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しゅごキャラ二次創作小説第二部

1<img src="http://sak2-2.tok2.com/home/clamp/gif-box/icon11/blackrockshooter.gif" alt="ブラック★ロックシューター">:2013/12/06(金) 04:40:03 ID:???0
前回の続き。
いくつかの外伝があるし、新キャラも出てくる。
ただキャラ紹介があんまできないかもしんないけど、ごめんな。
感想は歓迎。管理人スレッドでもいいっす。

522Q:2015/01/13(火) 05:51:33 ID:z/cSfQcw0
訂正事項。

すでにオフラインでは修正済みだが。
『一之瀬』ではなく『一之宮 ひかる』が正しい。
これはアニメ版に準拠します。

いよいよ、オフラインでは卒業式を終えてラストスパートとなりつつあります。
どう終わらせればいいのか、まだ決まってません。
高校生編とか外伝とか。

まだ少し新キャラ出ます。が、激しいバトルはほぼありません。
ルルも出ますが、戦いませんし。
謎なキャラも居るけど、ゲスト出演みたいな扱いになってます。

523Q:2015/05/27(水) 05:15:07 ID:skjYNMgM0
『Gothique noir』第十八部

egg 1

 合宿を終えて一ヶ月があっという間に過ぎて夏本番となった。
 気温は二十五から三十度を維持し、雨はあまり降らなかった。その代わり、異常なほどの強風が吹き荒れることがしばしばあった。
 台風も次から次へとやってくる。
「あっつい……」
 教室の机で日奈森は突っ伏していた。
「今日は風があるから、そんなに熱い方じゃないよ」
「来週はゲリラ豪雨になりそうだって」
「傘が壊れる〜」
 友達と談笑しつつ、日奈森は四十九院の席に顔を向ける。
 今日、彼女は欠席していた。
 定期健診だと聞いていても欠席されると寂しい。
「………」
 四十九院の代わりラジカリズムが教室にやって来ていて今は窓の外を眺めていた。
 普段はテンションの高いキャラだが、ここ数日は大人しく、何も喋らない。
 無視しているというよりは元気が無いように見えた。
 教室から出る事はなく、イタズラもしない。

 昼休みになり、ラムをロイヤルガーデンに連れて行った。
 既に柊達、ガーディアン見習いが来ていて花壇の清掃を行っていた。
「あむ先輩、お疲れ様です」
「君達もご苦労様。ひかる君は今日もサボリ?」
「さあ? 一度も手伝ったことないですけどね」
 口を尖らせながら柊は言った。
 『一之宮ひかる』
 一年生で三人目の見習い。
 学校が終わるとすぐに帰ってしまうので真城りまのようなキャラだと言われている。
「それよりラムちゃんの様子はどうですか?」
「相変わらず」
「病気ってわけでもなさそうだけど、熱は無いみたい……」
 柊が触れてもラムは嫌がらず、黙ったままだった。
「つ……、ちーちゃんが言うには将来への不安が影響してるらしいんだけど……」
 宿主はそう言っていても日奈森達は心配だった。
 ×キャラ化の前触れかもしれないと思うくらい。

524Q:2015/05/27(水) 05:15:30 ID:skjYNMgM0
egg 2

 しばらくラムは日奈森家が預かることになった。というか、あまりにも心配だったので四十九院に頼んで許可を得た。
「この、お人好しめ」
 と、彼女は苦笑しながら言っていた。
「ちーちゃんが言うように心配しすぎじゃない?」
「食欲はあるようだし」
「他人のキャラなのに……」
「こっちの言う事はちゃんと聞くし、勝手に居なくなったりしないし」
 その代わりダイヤはよく居なくなる。
 筆談も試みたが、喋らないわけではなく、返事をする時がある。
「本人にも分からないのかもしれないよ」
「そっか〜。でも、いつでも相談に乗るからね」
 ラムは日奈森の言葉が聞こえているのか、いないのか。返事は返さなかった。

 ラムはとても大人しく過ごしていた。
 妹も振り回さず、気が付いた時は声をかけるようにしていた。
 窓を眺めて、卵の中で眠る生活が続いていたが、ご飯時はちゃんと台所に来る。
 食が細いのか、二口三口ほどで食べるのをやめてしまう。その時は気だるそうにしていた。
「病気かもしれないわね」
 と、日奈森の母のみどりも心配していた。
「うつ病かもしれないけど、しつこく構うのも逆効果かもしれない」
「ノリとマリは元気なんだけど……」
「元気出してね、ラム」
 それから定期健診を終えた四十九院がラムを引き取ったが元気は回復しなかった。
「う〜ん、五月病かな〜?」
「燃え尽き症候群かもしれませんな」
「うつ病?」
「……たぶん、全部同じ病に行き着くと思うな。急な変化はしないだろうから、無為な日常を過ごしてもいいんじゃないか?」
 自分のしゅごキャラなのに、と日奈森は反論しそうになったが打つ手が無いのも事実だったので言葉は飲み込んだ。
 放置することにした訳ではなく、四十九院はラムをとても可愛がっている。
 普段はケンカっ早いノリ達も親身になって心配していた。
「お前が我のケーキを勝手に食べたとか」
「私の大事にしていた小物を紛失したとか」
「そんなことが万が一にあったとしても! 許そう」
「正直に言えば楽になるぞ」
 ノリとマリはラムが犯人だと決め付けた上で尋ねているように日奈森には聞こえた。
 せっかく仲良くしようという雰囲気を感じたのに台無しになった気がした。

525Q:2015/05/27(水) 05:15:52 ID:skjYNMgM0
egg 3

 そんなやり取りにも関わらず、四十九院は静かに微笑んでいた。
「二人とも、ラムはそんなキャラじゃないよ」
「む……」
「私のキャラがラムに影響しているだけだ。だから、しばらくこのままだ」
「……主殿がそうおっしゃるのであれば……」
 四十九院はラムの頭を優しく撫でる。
「どうにもならない時はどうにもならない。……たぶん、お前はそういうキャラなんだろう」
 顔だけ宿主に向けたが特に表情は変化しなかった。

 数日後、ロイヤルガーデンに久しぶりにセラが訪れた。
 彼は前と変わらず無表情のまま辺りを移動し、ガーディアン見習いを観察するように見つめた。
「あむ先輩。この子は初めてさんですよね?」
「そうだっけ?」
「はい」
「この子はセラ。最強のしゅごキャラだよ。少し大人のガーディアンみたいな組織のしゅごキャラ」
 日奈森は確かめるように言った。
 正式名称を知らないので説明が難しいと思った。
「あと、この子は喋らないから。話す時はメモ用紙を使うの」
「耳が悪いんですか?」
「違う違う。喋れないの」
 セラはテーブルに降り立ち、懐からメモ用紙とペンを取り出した。
 身体の大きさを考えると明らかに仕舞えない大きさのメモとペン。
 ミキも時々、出してくるけれど原理はしゅごキャラも知らないらしい。
 首を傾げる日奈森をよそにセラは文字を書いていった。
「初めまして……。わあ、きれいな字〜。こちらこそ、はじめまして」
「見た目は怖いかもしれないけど、守ろうとする気持ちは人一倍強い子なんだ」
 スゥがセラの為にお菓子と温かい飲み物を運んできた。
「今日はお一人ですか〜?」
「………」
 セラは頷いた。
 飲み物を一口飲んだところで、セラは表情を和らげる。
 オフモードと呼ばれるセラの待機形態。
 この状態になると比較的、様々な表情を見せてくれるようになる。
「えっと……、今は……。あむ先輩、これなんて読むんですか?」
「小休止。つまり一休みってことじゃない?」
 メモに書きつつ、柊達と会話する。
「やっは〜い。来たよ〜」
「あっ、キランも来たんだ」
 輝く笑顔を振り撒きながら黄色の色調のしゅごキャラが飛んできた。
「むこうのがっこうにはしゅごキャラがほとんどいないみたいだから、ちょっとさびしかった」
「こっちはこっちで多すぎだと思うけど」
「ひなこちゃんは元気?」
「うん。ともだちができたみたい。わたしもともだちとあそんでいいって言われたから」
 キランはさっそくセラの下に向かった。

526Q:2015/05/27(水) 05:16:16 ID:skjYNMgM0
egg 4

 日奈森は一瞬、セラがキランを撃退するのでは、と思った。しかし、実際は大人しくキランを見つめるだけで何もしなかった。
「あは。わたし、キラン、よろしくね」
 さっそくセラはメモ用紙に『よろしく』と書いた。
「セラだけだと静かだね」
「解説役のクリミアが居ないと話しが進まない気がする……」
 人の二倍は話すクリミアの存在が切望される。
 セラは何か思い出したらしく、てのひらに拳を落す仕草をし、メモ用紙に文字を書く。
 書き終わった紙を日奈森に渡す。
「……難しい字……は無いか」
 メモには『域墹沮泪』の居るシェアハウスの住所が書かれていた。
 来客の日時、不都合な時間帯。電話連絡不要など。
「遊びに行っていいってこと?」
 返信の為の言葉はすぐさま紙に書かれる。その仕草はとても素早かった。
「大勢は無理だけど……、将来についての……アドバイスなどを受け付ける」
「セラのところにはどれくらいのしゅごキャラが居るの?」
 ランの質問に五体くらいとセラは答えた。
「二百人じゃなくて?」
「ハウスには五人くらいしか居ないって意味じゃない?」
 ミキの言葉にセラは頷いた。
「しゅごキャラさんはそんなに居ないんですね〜」
「ここには十人以上も居るけどね。……行ってみたいけど、真面目な話しは苦手だな〜」
 セラがまた文字を書き始めた。
「えっと、そろそろ失礼する。用件は以上。面白い話しが無くて申しわけないな」
「まじめさんですからね〜」
 表情を引き締めた後、セラは飲み物を片付けて去って行った。

 セラと行き違いになるように新たなしゅごキャラが訪れた。
 袴姿で小豆色の髪のカムイと黒猫のポゥと黒犬のドイルの三人だった。
「ご無沙汰しています」
 と、カムイがまず挨拶した。
「また新しいしゅごキャラだ〜」
 柊の言葉に驚いたポゥ達はカムイの背中に隠れた。
「カムイだよね? 後ろの子達も見覚えがあるけど……」
「ポゥとドイル。以前はお世話になったそうで」
 顔見知りの日奈森が居たので、二人はすぐさま彼女の元に飛んで行った。
「お姉ちゃん」
「この前はありがとう」
 二人は揃って頭を下げた。
「どういたしまして。以前、迷子になっていたところを助けた事があって……」
 日奈森はみんなに簡単な説明を話した。
 人見知りするのか、ポゥ達は知らない人間には近づかない。

527Q:2015/05/27(水) 05:16:34 ID:skjYNMgM0
egg 5

 カムイ達に飲み物とお菓子を用意したところで、ガーディアンの他のメンバーがやってきた。
「新しいしゅごキャラ?」
 結木はポゥ達に近づいた。
 急に大きな人間が迫ってきたので二人は逃げ出してしまった。しかし、すぐにカムイは彼らの背中を掴む。
「こらこら。ここに居る人間はみな仲間だよ」
 一気にしゅごキャラが増えたので『しゅごキャラハウス』にそれぞれ移動した。
「このところ×たまなどが見当たらなくてな。その手の情報は無いに等しい」
「こっちもだけど」
「だからといってネガティブな気配が無いわけではない。推測ではあるが……、宿主の中に潜んでいるのかもしれない」
「……まじめな話しでちゅね」
 しみじみとペペは言った。
「……期待されても困るがな」
「じゃあ……、神崎さんちのコイルちゃんの遊び相手になるのはどうかな? 今度、あみを連れて行こうかと思ってるんだけど」
「コイルちゃん?」
「あのコイルちゃん?」
「そのコイルちゃん。他には居ないだろう」
 名前を呼ばれたと思ったコルクは首を傾げたが、すぐに自分ではないと気付いた。
「あの家にはさくらが居るが……。行ってみるか?」
 さくらと聞いてドイル達は互いを抱きしめあい、ブルブルと震えだした。
「おい、カムイ」
 と、遠くから四十九院が声をかけた。
「お前はさくらに会った事があるのか?」
「あるけど、どうかしたか?」
「リベンジしたい。私も行く」
 四十九院の言葉が理解できなかったのか、カムイは首を傾げた。

 日曜になり、四十九院と日奈森は神崎家の前で落ち合った。栗花落も約束はしていなかったがやってきたので日奈森は少し驚いた。
 すぐ後にカムイ達も姿を見せる。
「いよいよ、最終決戦だな」
「ラスボス扱い!?」
 そんなことを言いながらインターフォンを鳴らし、家の中に入った。

528Q:2015/05/27(水) 05:16:58 ID:skjYNMgM0
egg 6

 玄関口にはいくつかの靴が並んでいた。相変わらずスリッパの数は足りていなかった。
 日奈森は妹にスリッパを渡して靴下のまま客間を目指した。
「いらっしゃい」
 出迎えてくれたのは龍美のはずだった。
 鈴怜とほとんど顔が一緒なので丁寧な挨拶をされると見分けがつかない。
「おじゃまします」
「あむちゃんとあみちゃん、ようこそ」
 丁寧に挨拶してきたのはコイルだった。
 さっそくしゅごキャラ達はコイルの所に向かった。
「今、飲み物を用意するから適当に座ってて。あと、赤龍は風呂場に居るから」
 赤龍を呼び捨てにしたので彼女は龍美であると確信した。
 鈴怜は家族を呼び捨てにしないからだ。
「さくらに会えますか?」
「おっ、いよいよ決戦か? 部屋に居るから。でも、ヨルって子が居ないと話しが出来ないんだっけ?」
「そうですね。でもいいんです」
「んっ? 今、誰か呼んだかにゃ?」
 どこからともなく猫型のしゅごキャラ『ヨル』が現れた。
「えっ!? なんでヨルが居るの?」
 居て悪い事はないけれど、何故という疑問がそれぞれ浮かんでいた。
 ヨルは眠そうな態度のまま空中を漂っていた。
「さくらの言葉を通訳してほしいから、一緒に来てくれる?」
「めんどうくさいにゃ〜」
 と、言っているヨルをノリとマリは引っ張りながら四十九院達は移動していった。

 栗花落は龍美に話しかけ、残った日奈森は椅子に腰掛けた。
「おねえちゃん」
 と、妹に服を引っ張られた所で日奈森は我に返る。
 正直、ここに何しに来たのか忘れていた。
「ごめんごめん。コイルちゃんは……、あれ? さっきまで居たのに」
「二階の本棚の部屋に行ったと思うよ。行っておいで。おやつを持ってってあげるから」
「は〜い」
「赤龍は風呂掃除中。のぞくだけなら行ってもいいよ。ちゃんと声かけないと水をかけられるから」
「分かりました」
 作業の手を休めずに龍美は応対した。
 それらの様子をカムイ達は感心しながら見つめる。

529Q:2015/05/27(水) 05:17:15 ID:skjYNMgM0

egg 7

 カムイ達がついて来ないので日奈森は首を傾げた。
 一応、声をかけて妹と共に移動する。
 先に移動した四十九院は大きな扉の前で深呼吸した。
 目の前には二周りほど大きな扉がある。
「……よし」
 と、気合を入れる。
 さすがにいきなり飛び掛られる事はないはずだと思ったが、やはり大型の猛獣は怖い。
 なかなか扉を開けられない。
「おっ、まだ居たか」
 数分ほど格闘していたら声をかけられた。
 両手にお盆を持つ龍美だった。
「今、中にお客さんが居るんだ。可愛い子だけど。智秋ちゃんはさくらが苦手だってね」
「……まだ慣れてないだけです」
「無理はいけない。心臓に悪いから。じゃあ、開けるから、私の後ろに居なよ」
 口を尖らせつつも四十九院は龍美の背中に張り付いた。
「子供はそうしている方が可愛い」
 龍美の言葉に反論出来なかった。
 意地悪だったりからかうつもりで言ったのではなく、純粋に可愛い四十九院のほうがいいと思っているのだろう。
 ことあるごとに可愛くないぞ、と言われていた。
 今回はさすがに気丈に振舞えない。歳相応な小学生だった。

 お盆を廊下に置いてから龍美は扉を開ける。
 光りが視界を覆うような視覚効果は無く、物凄い音量の騒音も聞こえない。
「ほら、さくらは今、寝てるから見てみな」
「はい」
 おそるおそる龍美の背中から部屋の中を覗き込むと、前に見た恐ろしい顔の猛獣が居た。
 さくらは外の光りを浴びつつ寝転んでいた。そして、側に金髪の少女が一緒に寝ていた。
「………」
 言葉が出ない。
 前に見た時と同じくデカイ図体だな、と思った。
 改めて見ると迫力のある獣だった。寝ているとはいえ、簡単には近づけない。
「触っても大丈夫だよ。さくらは怖い顔してるけど、慣れたら可愛いもんだよ。あと、いきなり顔を舐めたりしないから」
 龍美が先行してさくらに近づいた。

530Q:2015/05/27(水) 05:17:38 ID:skjYNMgM0
egg 8

 寝ている筈のさくらは龍美の気配に気付いたのか、ゆっくりと頭を上げる。それだけで四十九院の背筋に緊張が走る。
「近づくのが無理ならしゅごキャラに通訳させてみたらどうかな? 何か聞いてごらん」
「は、はい……。こんにちは」
 まずは無難な挨拶から始めることにした。
「ウニャア」
 知っている猫よりも荒々しい返事が返ってきた。
「オッス。って言ったにゃ」
「おっす? それ合ってるの?」
「そう聞こえたにゃ」
「えと、え〜と。あなたは男性ですか?」
「この子は性別が無いそうだよ」
 そう言ったのは龍美だった。
「無性体ってやつ。親からどうやって生まれたのかは国家機密らしい。お兄ちゃんも知らないって言ってた。ちなみに名前は幼生体の時、今の状態だけど『獅皇さくら』で、成体になると獅皇の正式な名前がまた別に与えられるらしい」
 さくらの頭やあごを撫でながら龍美が答えた。
「あねさんが全部答えたら意味がないですって言ってるにゃ」
 ヨルの言葉を四十九院が言った。
「さくらにビビってるからだろ。あと、さくらって名前は家族会議で決定しました」
「ニャ」
 今のは訳さなくても四十九院には『うん』っていう返事だと感じた。
「一応、女の子という扱いにしているからお尻部分は見せません」
「トイレとか食事とか、どうしているんですか?」
「人並みに出るものは出る。基本、食べなくても大丈夫らしいけど、私たちと同じものは大体食べるし、飲むよ。コーラみたいな炭酸系が苦手かな?」
「じゃあ……、触ってもいいですか?」
「ニャア」
「どうぞって言ってるにゃ」
 さっきから尻尾が動いていたので、まずはそこから触ろうかなと思った。
 龍美がさくらの身体を押さえているので、思い切って尻尾に触れてみた。
「あっ……。よく考えたら義手だから感触が分からないや」
「ん〜、残念」
「ウニャ〜」
「思い切って背中をなでても良いぞって言ってるにゃ。オレも何度かあの毛並みに飛び込んだことがあるけど、フサフサでサラサラで気持ちいいにゃ」
 龍美が遠慮なく抱きついているので大丈夫なのだろうけれど、やはりまださくらの顔が怖く見える。
 ここまで大型の動物に苦手だったのかと自分自身が驚いていた。
 いつも大人なお兄ちゃんである神崎龍緋の背中を追いかけていたのに、と悔しい気持ちになる。

531Q:2015/05/27(水) 05:18:11 ID:skjYNMgM0
egg 9

 尻尾までは触れたので龍美は無理強いするのはやめて、持ってきたおやつの一部を部屋に入れた。
「そうそう。この子はこのまま寝かせておいてね。あと、飲み物が欲しくなったら台所から汲んでいいから」
「……すみません」
「さくらみたいな大型の獣は他に居ないから。何かあれば呼んでね。赤龍もお姉ちゃんも居るし」
「はい」
「あと、ヨル。出来るだけ協力してあげてね。そういえば煮干が好きみたいだけど、他に好きなもんとかあるの?」
「魚系はだいたい好きにゃ」
 という言葉を四十九院が伝えた。
「智秋ちゃんはまだ挑戦するの?」
「そうですね。もう少し頑張ってみます」
「そっか……。がんばんな」
 そう言って龍美は部屋から出て行った。

 猛獣と同じ部屋に取り残された四十九院はしばらくさくらを見つめた。
「心配せずともとびかかったりしない」
 ヨルは一生懸命に通訳した。
「我に答えられるのであればえんりょなく聞くがいい」
 そう言っているようだが、さくらの表情は厳ついままで怖かった。
 自顔なのだから仕方がない、とはいえもう少し可愛い猫だったらいいのにと少し思った。
 さくらの側で寝ている金髪の少女が気になるところだが、この子のように気安く慣れてみたいという気持ちもあった。
 龍緋からさくらの事はほとんど教えてもらっていない。
 大きなペットが居る事は知っていた。
「……あ……。成長すると三十メートルくらいになるって本当?」
「知らない。せいちょうきにあるのは間違いないだろう。来年あたり部屋から出られなくなるのは困る」
「人間を食べたりする?」
 失礼を承知で尋ねてみた。
「命令であれば食べるかもしれない」
 寝ていた少女が寝返りを打つ。
「お兄ちゃんに倒されたって本当?」
「……グゥ……、ガァウワー」
「強かった。大人……になっても勝てるかどうか、というほどだった」
 本当に倒したんだ、とつぶやきながら四十九院は苦笑した。

532Q:2015/05/27(水) 05:18:29 ID:skjYNMgM0
egg 10

 聞きたいことが急に浮かばなくなったのでヨルには休んでもらい、おやつを食べることにした。
 同じ頃、栗花落は風呂場で赤龍の仕事振りを見学していた。
 男湯ではあったが特に目新しいものはなく、入居者の持ち物がいくつか置いてあるだけだった。
「日奈森を除けばうちの親達と俺だけかな。女の人口が多いから、そんなに汚れない」
「いつも掃除なさるんですか?」
「当番制だけどな。シェアハウスの運営は日が浅いからさ、まだよく分からないのさ。日々、試行錯誤」
 質問すれば大抵の事は答えてくれる。
「寮との違いって何だろうな。……寮の方がいいのか?」
「さあ?」
 赤龍は作業の手を止めて栗花落を見据える。
「……毎回、来てくれてるけど、俺のどこが気に入ったのかな? 優しいだけじゃ他にも居るんじゃないのか?」
「一目ぼれではダメですか?」
 言葉で『好きです』と言っても何故と聞き返されると答えられない。
 優しくて強くて何でも知っている。年上だから、というのもあるかもしれない。
 その点で言えば四十九院が龍緋の事が好きだったのと違いは無い、と思っていた。
 赤龍は邪険にせず、携帯や自宅の番号を教えてくれた。
 ただ、恋愛は中学生からだと何度も言われた。
「好いてくれるのはありがたいけどな。それが何年続くのか……」
「今のところは赤龍さんだけですよ」
 栗花落の側に居るコルクは黙って二人のやり取りを聞いていた。
 相手がしゅごキャラの見えない人間なので、少し寂しかった。
「そう言っていられるのも今のうちだ」
 そう言いつつ赤龍は片づけを始めた。
 いずれは怖い思いをするかもしれないし、赤龍の嫌いな部分も見え始めるかもしれない。
 もとより危険な仕事も行うらしいことは聞いていたので、彼なりに心配してくれているのかもしれない。

 本のたくさん置いてある部屋に行っていた日奈森達はコイルともう一人の客人の相手をしていた。
 見た感じでは自分より年上に見える女性が静かに読書していた。
「……何か?」
 短めの黒髪に目元が鋭く見える女性の名前は『冥王サーラ』という。
 こちらに顔を向けると睨まれているように見えてしまい、少し怖いと思った。
「おともだちのサーラちゃん。こちらはお客さんのあむちゃんとあみちゃんとランちゃんたち」
 コイルはサーラに怯む事無く笑顔で紹介した。
「……ああ、しゅごキャラですか。そういえばそんなことを言ってましたね」
「この人は私たちのこと見えていないみたい」
「サーラちゃんは何をよんでるの?」
「『魔女と魔術の事典』という本。たまたま置いてあったから読んでるだけだよ」
 日奈森の見た目には難しそうな印象を受ける本だった。明らかに漫画本ではなさそうな雰囲気を感じる。

533Q:2015/05/27(水) 05:18:46 ID:skjYNMgM0
egg 11

 見た目は怖いけれどコイルの為に低学年向きの本を読んで聞かせた。
 この部屋には漫画本はほとんどなく、ハードカバーや箱入りの本が多かった。
「マンガはここには無いよ」
 本棚を物色していた日奈森が気になったのか、サーラは言った。
「無いの?」
「この部屋の本は鈴さんの資料がほとんどだから。君には何がなにやら分からないんじゃないかな」
 料理の本もあるにはあったが、面白そうなものは無い気がした。
「各国の風土や歴史、食生活。日本の古典文学などの解説書がメイン」
「へ〜」
 妹のあみも自分が読めそうな本を探していたがサーラの言葉から簡単そうな本は無さそうだった。
「リーチェさんの部屋にあるんだけど、今は……入れないかも。私が代わりにマンガ本を持ってこようか?」
「なんで入れないの?」
 日奈森の疑問にサーラは視線をコイルに向けた。
「この子がお腹を叩くから、立ち入り禁止になっている」
「……なんでそんなことを」
「もうすぐお姉ちゃんになるんだから、しっかりしないと」
 口を尖らせて不満の表情になるコイル。
「リーチェさんは精神的にも肉体的にも弱いから大変なんだよ。お母さんを守ってあげないと」
「……あみ、コイルちゃんと遊んであげなさい」
「ラジャー」
 自分の妹は物分りが良いのか、素直に言う事を聞いてくれた。
 不機嫌なコイルに比べると少し頼もしく思えた。

 しゅごキャラ達は交代であみのお手伝いをすることになり、日奈森は一気にやることが無くなった。
 あみが誘うとコイルは笑顔になった。
 ラン達も不機嫌なコイルを喜ばせる為に頑張ろうと思い、彼女達のあとを追うことにした。
 サーラに顔を向けると読書を再開していた。
 読書の邪魔をしてはいけないと思い、静かに部屋を出た。
 廊下に出ると丁度、龍美と鈴の姿が見えた。
「コイルの相手は大変だった?」
「まあ、なんとかやってます」
「食事の用意が出来たから食べてって。しゅごキャラの分もあるよ」
「ありがとう」
 鈴は日奈森に一礼して本の部屋に入っていった。
「面白いものがなくて退屈だろう? うちはアウトドアな活動が多いから」
 そう言いながら龍美は日奈森を連れて客間に向かった。

534Q:2015/05/27(水) 05:19:05 ID:skjYNMgM0
egg 12

 客間では既にカムイ達が食事をしていた。
「今居るしゅごキャラの名前はなんていうの?」
「カムイと……」
「ドイルとポゥです」
 と、カムイの言葉を伝えた。
「ふ〜ん。私も野郎の友達は何人か居るけど……、しゅごキャラのこと知らなかったもんな〜。そうかそうか」
 龍美はなんとかしゅごキャラに触れようとしたが感触が無い。
 カムイ達は一応、龍美の手に自分の手を当てたりしていた。
「そうそう、忘れてた。今、鈴怜の部屋には入れないから」
「?」
「大きな手術があってね。前に言ったかな? 脳梗塞とか脳卒中のおそれがあるって言ったこと」
「うん」
「合宿から帰った後、再発というか、まあ再発してね。かなり深刻な事態になっちゃってさ。……あ〜っと、あむちゃん達のせいじゃないからね。気にしたらダメだよ」
 台所に向かいながら龍美は言った。
 冷蔵庫からいくつかの飲み物を持ってきて、椅子に座る。
「脳腫瘍が見つかったらしい。場所で言うとかなり奥ってことになる。それで、髪の毛をばっさりと落したんで、ちょっと他人に見られたくないんだって」
「髪?」
「手術は終わったし、経過も良好だっていうから、それは安心なんだけど……。まあ、女の子だもんね」
「そうなんだ……。ハゲってことですか?」
「ばっさりって言っちゃったけど、十センチくらいそり落としたから不恰好になって、恥ずかしいって。もし、用があるなら聞いてきてあげるよ」
「……今は特には……。ラダの姿が見えないから部屋に居るのかな〜とは思ってた」
「ご飯は減ってるから部屋に居ることは居るみたい。声が聞こえないと寂しいな」
 龍美が話している最中にインターフォンが鳴った。
 すぐに玄関に向かい、客人を迎える。
 現れたのは髪の毛が赤い男性だった。
 赤紫の髪を最近見ていなかったせいか、かなりインパクトのある髪の毛だと感じた。
「ちわっす」
「遠路はるばるご苦労さん」
「そんなに遠くないだろ」
「あんたの嫁さん、本のとこに居るから」
 そんなやりとりを聞きながら出された食事に手を付ける。

535Q:2015/05/27(水) 05:19:22 ID:skjYNMgM0
egg 13

 新たな客は自分とは関係が無さそうなので無理に声をかける必要も無いと判断することにした。
 作ってくれた料理は野菜中心で出来ていた。
 新鮮な野菜の料理が多いようだ。
 他にもあるけれど時間のかかるものは出てこない。頼めば作ってくれるかもしれない。
「あむ殿は好き嫌いはある方ですか?」
 カムイが唐突に質問してきたのでびっくりした。
「……あるかもしれない。だいたいものは食べるよ」
 虫の料理はダメかもしれないと思った。
「この二人の宿主は好き嫌いが激しいので心配している」
「しゅごキャラはよく食べているようだけど?」
「現代病になりやすくなるぞ、とは言っているのだが……。ポゥ達は比較的、好き嫌いは少ないようだから心配はあまりしていない」
「面倒見がいいんだね、キミは」
「他人の悩みを聞くのが仕事みたいなものだから。私自身もしっかりしないと。じゃなかった、宿主が、だが」
 宿主の気持ちが移ってしまったのか、カムイは自分の事のように言った。
 とても責任感のある人間なのだろうと日奈森には思えた。

 数分後に赤い髪の男性とサーラがやってきて、その後から四十九院達も食事の為に戻ってきた。
「いつでも頼ってくださいね」
「ありがとうございます」
 赤い髪の男性は鈴にそう言ってサーラと共に帰って行った。
「あれ? コイルは?」
「友達と走り回ってたよ。今、さくらがお姉ちゃんとこのドアの前でせき止めてるから大丈夫じゃないかな」
「じゃあリンちゃんは?」
「顔を洗ってる。もうすぐ来るよ」
「せっかく来てくれたのに何も面白いものが無くて申し訳ありません」
 鈴は日奈森達に頭を下げながら言った。
「いえいえ、お構いなく」
「うちの日奈森は勉強中だし、歌唄ちゃんはなにやら忙しいし。相手してやれなくて悪いな」
「ご飯、作ってあげたよ〜。食べて〜」
 龍美は鈴達に食事を振舞った。そのすぐ後に金髪の少女が姿を現す。

536Q:2015/05/27(水) 05:19:37 ID:skjYNMgM0
egg 14

 異国人の雰囲気をかもし出している不思議な少女。
 瞳の色も金色だった。
 目つきは鋭く、先ほどのサーラよりも怒っているように見える表情をしていた。
 眉がVの字になっているので不機嫌なのかな、とそれぞれが思っていた。
「リンちゃんも食べるかい?」
「……い」
 かすれたような声で返事をした。
「この子はお姉ちゃんと同じ名前でリンちゃん。リンちゃんはこの辺りに居るしゅごキャラは見える?」
 そう言うと小首を傾げた。
「小さな妖精みたいな姿をしているそうだけど……」
 リンは何度か瞬きをした後、日奈森の側に居たスゥに向かって手を伸ばす。しかし、テーブルに身体が当たり、届かなかった。
 スゥはリンの手に触れた。
「……にん……た」
「?」
 日奈森にはリンの言葉が全く聞き取れなかった。
 何か言っているのは分かった。

 リンは龍美達の側に駆け寄る。
「……も……きする?」
 龍美は耳をリンに近づけて復唱を頼んだ。彼女もリンの言葉はあまり聞き取れていないようだ。
「認識したいかって?」
 そう言うとリンは頷いた。
 その返事を聞いた途端に龍美の顔色が悪くなった。
「……う、うう……。それは……」
 片目をつぶりながら痛そうな顔になる龍美。
 気が付けばリンの両手に小さなナイフが握られていた。
「ヤバイ様子だな……」
 鈴と赤龍もそれぞれ怯んでいた。
 当のリンは小首を傾げながらナイフを構えている。
「なにやってんの! 小さい子が刃物を振り回したらダメでしょう」
「……が、…インワー……」
「? よく聞こえない」
 日奈森はリンから刃物を取り上げる。意外とあっさりと奪えたので拍子抜けした。

537Q:2015/05/27(水) 05:19:53 ID:skjYNMgM0
egg 15

 安心したのもつかの間、奪ったはずの小型ナイフが消えた。
 確かに手に感触があったはずなのにどこにも見当たらない。少女の手にも無い。
「あれ?」
 床にも落ちていない。
 気が付いたら無くなっていた。
「物騒な方法は……、勘弁してね」
「……い」
 リンは頷いていたが日奈森には彼女が何を考えているのか、全く分からない。
 表情に変化でもあれば喜んでいるのか、不満そうな態度なのか分かるのに、と思った。
「今回は保留ってことで……。リンちゃん、他に食べたいものがあったら言ってね」
「………」
 何も答えないリンにしゅごキャラ達が視線を向ける。
 不機嫌なのか、自顔なのか分からないけれど、その後は特に暴れたりせず大人しくしていた。

 鈴は時々、リンの肩を揉んで機嫌を伺ったりしていた。
 今まで特別扱いする人間を見たことが無かったので不思議だと日奈森達は思った。
「この子は……、どういう……」
 四十九院が思い切って尋ねてみた。
 リンの存在は自分も知らなかったので興味があった。先ほど、チラッとだけ見たサーラ達はなんとなく知っている程度だったが、この子は全く分からない。
「VIP中のVIP」
「分かり易い例えでは……、この子の機嫌一つで神崎家が消滅する」
「え〜っと……。姉ちゃんが逆らえない人間の一人、かな?」
 赤龍と龍美はそれぞれ上手い例えを模索して話してくれたが、日奈森達には全く理解できないものだった。
「ご機嫌うかがいするような子ではありませんが……、つい、です」
 苦笑しながら鈴は言った。
 リンはテーブルに居るしゅごキャラ達に顔を向けていた。
 表情は変わらないが黙って様子を見ているようだった。
「……そういえば、我皇は居ないんですか?」
「ここ数日は見てないな……。鈴怜のとこかもしれないが……」
「エネルギーを借りてるから長時間留まれないって言ってたもんね」
「……おう?」
 リンが首を傾げた時、鈴が小声で彼女に説明を始めた。
「こんなところで時間を潰している暇はなかった。悪いな、司穂ちゃん。この後、出かけるんで」
「えっ?」
「連れて行けばいいじゃん」
 と、龍美がすかさず言った。

538Q:2015/05/27(水) 05:20:08 ID:skjYNMgM0
egg 16

 あからさまに不機嫌な顔をする赤龍。
「小さい子と一緒に行けと?」
「私らも合流するから大丈夫だろ」
「二人とも、物騒な事態に巻き込むのはやめなさい」
 と、姉弟達がにらみ合う形になった。
「……カムイはこういう時、どういうアドバイスしてくれるの?」
 ランが大人しく食事をしていたカムイに尋ねた。
「彼らは物事をちゃんと把握できる人間だ。任せておけばいい」
「随分と信頼してるんだね」
「修羅場を潜り抜けた人間であることは私も知っている。宿主もお世話になっているからな」
 四十九院はカムイ達の宿主との面識はあまり無かったので誰だったのかは思い出せなかった。
 それぞれが話し合っている最中、リンの頭上に突然、オレンジ色のしゅごたまが現れた。そして、それに真っ先に気付いたのは日奈森と四十九院だった。
「あっ!」
 リンも頭上に違和感を感じたのか、手で頭を探った。
「そ、それはラムの卵なの。割らないでくれるかな?」
 と、日奈森の言葉にリンは黙って頷いた。
 表情とは裏腹に素直な対応に安心した。
 卵は丁寧な動作でテーブルの上に置かれる。そして、すぐに割れたのでリンも一瞬、驚いたようだ。
「………」
 無表情で無言のラムがその場に現れる。
「どうしたの、ラム? こっちにおいで」
 主の呼びかけに答えないラム。
 後ろからリンがラムの背中を押す。
「………」
「………」
 何も喋らないラム。
 ただ一点、宿主の顔を見つめる。
 何か言いたい事でもあるのかもしれないと思い、四十九院は黙って待ってみたが数分経っても言葉は出てこない。
 カムイ達は気まずさを感じつつも食事は続けた。

 リンは何度かラムの背中を押しているけれど、押されたことに腹を立てるわけでもなく、振り向いて抗議するでもなかった。
 ただひたすら宿主を見つめる。

539Q:2015/05/27(水) 05:20:32 ID:skjYNMgM0
egg 17

 鈴は一旦、奥に引き下がり、赤龍と龍美は栗花落を伴って客室を後にした。
 残った日奈森は居心地の悪さを感じていた。
「二人とも黙ってないで何か話してくれない?」
 しびれを切らした日奈森は言った。
「んっ? 無理してこっち見なくてもいいのに……」
「いやいや。この空気は耐えられないって」
 ラン達も日奈森の意見に同意し、何度か頷いた。
「ん〜、そうか……。仕方ないな。解説モードに移行」
「?」
 四十九院は不敵に微笑んだ。
「この子は私にもっとも近い感情や気持ちを持っている。だからかもしれないけれど、こうやって黙っているラムの気持ちはなんとなくだけど、理解出来る」
「そうお?」
「この子には分かるんだよ。私の様子が」
 と、四十九院はラムを見据える。しかし、ラムは黙ったままだった。
 リンは席を立ち、四十九院の側に歩み寄る。そして、彼女のわき腹辺りを指で押した。
「きゃ」
 わきは弱いらしく、四十九院は少しのけぞった。
「いや、なんとなくやってくるだろうとは思ってたけど……。つんつんしないで」
「……ぱい。……も……」
 目の前に居るのにリンの声は日奈森と四十九院には聞き取りづらかった。
 ベアトリーチェや域墹も声は大きくはないけれど、彼らよりも尚、声は小さいと思った。
「………」
 四十九院が怯んでいる隙をつくようにリンの指先が今、つつかれたわき腹に突き刺さる。
「!?」
 日奈森にも見えた。しゅごキャラ達もあまりの事に声を失う。

 完全に手首まで見えなくなるほどにリンの手は埋まっていった。
「……わ〜お」
 例えようの無い感触が伝わるけれど、激痛というほどでもないとすぐに分かったが、あまりのことにどう反応すればいいか分からなくなった。
 周りが騒然となっているのにも関わらず、どんどんリンの手は四十九院の身体に埋まっていく。
 どのような手品なのか、四十九院の記憶の中にも無い不可思議な出来事にただただ恐怖した。
 ズブズブと埋まる手を見ているのだから怖くないはずが無い。
 色んな出来ごとを見てきた四十九院でさえ、少し漏らしそうな気がしたほどだった。

540Q:2015/05/27(水) 05:20:49 ID:skjYNMgM0
egg 18

 体内で骨や内臓に触れられる感触。
 明らかに様々な血管や神経に触れているはずなのに思ったほどは痛くない。けれど、気持ち悪い。
 声に出すと危険な気がして反撃できない。
「……う〜ん」
 小さくリンは唸った。
 その後にラムの側に我皇が静かに出現した。
「……リン様でしたか」
「?」
 我皇の言葉にリンは首を傾げつつ、名前を呼ばれた方に顔だけ向けた。
 黒と白が曖昧に混ざり合うしゅごキャラ。
「勝手に人の身体をいじるのは感心しませんな」
 そう我皇が言うとリンは空いている方の手でラムを指差す。
 ラムは黙ったまま事の成り行きを見守っていた。
「……なるほど」
 そう言った後、我皇は四十九院の体内に侵食している方の腕に飛び乗った。そして、軽くつねる。
「!」
「わあ!」
 体内で手が少し暴れたので四十九院は総毛立ちつつ慌てた。
「余計な干渉はやめていただきたい。それぞれの事情があるのですから」
「……う〜」
「い、いきなりはちょっと……」
 出来れば手を抜き出してからつねってほしかった、と四十九院は思った。
 そんな彼女の気持ちを知っているのか、我皇はマイペースでリンに手を抜き出すように言っていた。
 あからさまに不機嫌になったリンは言われる通り、四十九院の身体から手を慎重に抜き出す。
 ズルズルと抜き出される感触も気持ち悪かったが我慢した。

 抜き出されたリンの手には気持ち悪い肉の塊が握られていた。
「……あ〜、私のお肉が……」
「……よ」
「……ん〜、やるなら……いや、やってほしくないけど……。出来れば麻酔かけてからの方が……」
 四十九院にはリンが何を持っているのか、一目で理解したようだが気持ち悪いのでいつまでも見たくはなかった。
 彼女が持っているのは転移したガン細胞の塊。
 臓器の一部なら今頃、のたうちまわるような激痛を感じてもおかしくない、と思った。

541Q:2015/05/27(水) 05:21:06 ID:skjYNMgM0
egg 19

 ラムがずっと大人しかった理由。
 宿主の体内に異常を感じていたからだと四十九院は推測していた。
 日奈森達と談笑している暇は無く、今すぐにでも病院に行ってほしいと思っていた。けれども、ラムにはそれをちゃんと伝える事が出来ず、今まで一生懸命に言葉を考えていた。
「というような理由」
 と、四十九院は言った。
「……モノローグ?」
「そう」
 念のためにラムに確認を取ってみると素直に頷いた。
 ラン達は四十九院はすごいとほめていた。
「いいじゃん。自分で一生懸命に考えることは大事だよ」
 ノリとマリは黙ってラムを見つめる。
「私がお兄ちゃんに対してそうだったように、ラムも伝えたいことが言葉に出来ずに悩んでいたのかもしれない。……ということを日奈森達に説明するのも変だろ?」
「一人で抱え込むのもよくない気がするけど」
「私、明日死ぬけどお前どうする? って聞くようなもんだよ」
 凄い例えだね、と日奈森は思った。
「……でも、定期健診はちゃんと受けてるのに……。転移も想定内なんだけどな」
 そう喋っている合間もリンが声をかけていたが日奈森たちは気づかなかった。
「小さな身体の私には頻繁に手術を受ける体力がありません。この前の麻酔騒動が良い例だ。お前が心配してくれるのはありがたいと思っているけれど、そうそう事が運ばないのも事実だ」
「………」
 普段ならすぐにでも反論するラムが黙って泣いていた。
 スゥが彼女にハンカチを渡す。
「……リン様、子供達はちゃんと分かっているのですよ」
「………。ご……い……」
 我皇はラムの側に行き、頬を軽く叩いた。
「これも経験だ、ラム」
 そう言った後、ラムは我皇のお腹に拳を打ち込んだ。しかし、彼は吹き飛ばず、その場に立ち止まった。
「それだけ元気なら問題は無い」
 そう話している間にリンの手にあった肉の塊は青い炎を発した後、消し炭になってしまった。
「あっ……、大事な臓器が無いかまだ確認してない……」
 痛くなかったからと言ってガン細胞だけを取り出したとは限らない。
 『脾臓』だか『胆のう』とか漢字で書けないような小さな臓器が混じっていないとも言えない。
「勝手な行動は後で叱られますよ」
 そう我皇が言うとリンは泣きそうな顔になってきた。
 四十九院はリンの様子を見ながら『こっちも泣きたいんですけど』と思いはしたが黙っていた。

542Q:2015/05/27(水) 05:21:20 ID:skjYNMgM0
egg 20

 数分待っても異常が見られないから安心、というわけにはいかず後で病院に行かなければならないだろう。
 それにしても小さな手のリンが握っていた分量は自分が思っていたものより多かったのは素直に驚いた。
 色々と準備期間が必要だから、というのもあるけれど、増殖が早すぎる気がした。
 やはり健康な部分も引き出された可能性も捨てきれない。
「……そもそも今のはマジものなのか手品なのか?」
 そういう疑問があってもリンの声は聞き取れない。
 一応、念のために携帯で自宅に連絡を入れた。
「さくらに挑戦できたから私は帰るよ。ノリとマリはラムを怒らないように」
 そう言うとノリ達は黙って頷いた。ラムも反論はしなかった。
 いつの間にか食事を終えたカムイ達は食器を片付け始めていたのでラン達も手伝うことになった。

 日奈森は妹のことを思い出し、コイルの下に向かうことにした。
 冷蔵庫を好きに使っても良いということも思い出し、おやつを探す。
 神崎家の冷蔵庫は大きく、たくさんの飲み物と食材に溢れていた。
 住人専用だと分かるように所々に名札が付けられていた。
「なんかごちゃごちゃしてるな……」
 スゥはたくさんの食材に溢れた冷蔵庫の中を見て目を輝かせていた。
「私も飲み物を一つもらっていくとするかな」
 四十九院が冷蔵庫にあった紙パックのジュースを一つ取っていった。
「病気は治さないといけない。それは分かっているんだけど、準備期間が必要な時もあるので……」
「うん」
「意味も無く学校を休んでいるわけじゃあないんだよ。……大掛かりな手術が決まるとお母さんが毎回、パニックになるし……。家庭でも大変なのさ」
 独り言のように四十九院は言った。
「せっかく頂いた命……。私は無駄にしたりしないよ」
「うん」
 日奈森が相槌を打つたびに四十九院は微笑む。
 何気ない会話。
「そういうことだから、本当に助けて欲しいときは言うから。それ以外はあんまり心配しないで。過度に心配される空気も案外、身体に悪いものだから」
 それは日奈森としゅごキャラ達に向けられた言葉。
 四十九院の言葉に対して日奈森は言い返す言葉が見つからなかったが、頷きで答えた。
 その後、鈴達に挨拶した後、四十九院は帰っていった。
 日奈森は妹の様子を見に行こうと思った時、側に居るリンが気になった。
 一人でポツンと佇んでいるので、つい気になってしまった。
「一緒に来る?」
「………」
 声は聞き取れなかったが、彼女は頷いた。

543Q:2015/05/27(水) 05:21:36 ID:skjYNMgM0
egg 21

 リンと共にコイル達が居る場所を探す。
 三階建てとはいえ部屋数が多く、少し入り組んでいた。
 この家は二世帯住宅二件分が合わさったような作りになっていて、入り口が複数存在するらしい。
「奥にも通路が……」
 リンが日奈森の服を引っ張り、とある場所を指差す。
 その方向に日奈森が顔を向けると妹達の姿が見えた。
「仲良く遊んでいるかな?」
「は〜い」
「あっ、黒いしゅごキャラさんです」
 妹が指差す方向には我皇がゆっくりと飛んでいた。その後にカムイ達が居た。
「病人が居るから音はあまり立てないように」
 我皇がそう言うとコイルは少しだけ眉根を寄せる。
「うっさい! バ〜カ!」
「こら」
 そう言いつつも日奈森は苦笑した。

 コイルにとって我皇は父親のような存在のはずだが、仲が悪いのかなと少し疑問に思った。
 我皇が指摘するたびに唸るコイル。
「一応、君のパパのしゅごキャラなんだから……」
「亡霊は邪魔かもしれないが……。嫌われると傷つくな……」
「遊び相手がほとんどいないからかも。家では一人っきりになるんでしょ?」
 我皇は頻繁に消えるし、ベアトリーチェと鈴怜は療養中。鈴達は色々と忙しいようだし。
 コイルは孤独なのかもしれない。
「あれ? コイルちゃんの……、おじいちゃんって居ないの?」
「あっち」
 コイルは指差して答えた。
 機嫌が悪いせいか、素っ気ない答えだった。
「行ったら怒られる?」
「わかんない」
 尋ねると素直に答える分、日奈森は自分はまだそんなに嫌われていないようだと思って安心した。
 何回か神崎家に来ているけれど鈴達の両親にはお目にかかったことがないなと思った。
 前に一度だけ会ったような気もするけれど、あんまり覚えていない。

544Q:2015/05/27(水) 05:21:52 ID:skjYNMgM0
egg 22

 コイル達と共に探検がてら行ってみようと思った。我皇に確認してみたが特に断る理由は無いと答えた。
 神崎家の大人が居るであろう部屋の扉には他の部屋と同様に表札がかかっていた。
 それぞれ『関係者以外立ち入り禁止』と『住人はインターフォンを押せ』と縦書きで書かれた表札が並んでいる。
 ただ、問題のインターフォンが見当たらない。
「ボタンが無いんだけど?」
「……あ〜、前に壊れたと言って取ったままになってるな。穴が空いているところがそうだよ」
「あら。じゃあノックすればいいかな」
 そう言いながら日奈森はドアをノックしてみた。しかし、すぐに妹とコイルがドアを開けてしまった。
「あっ! こら、二人とも」
 機嫌の悪かったコイルも妹と遊ぶ時は楽しそうな顔をしていた。

 コイル達がさっさと中に入って行ったのですぐに日奈森達も後を追う。
 ドアの向こうには短い通路があり、小物がいくつか置かれていた。更に先にドアがあり、既にコイル達によって開けられていた。
「物置みたいだね」
 ついて来ているラン達が興味ありげに見回す。
「お〜、孫〜」
「じい〜」
 早速、声が聞こえてきた。
 日奈森がもう一つのドアを抜けると客室に似た部屋が現れる。
 コイル達の側には大人と思しき人物が何人か居て、テレビを観たりしていた。
「お邪魔してま〜す」
「あらあら、向こうからのお客さんは立ち入り禁止ですよ」
「……すみません」
 近づいてきたのは鈴達の母親らしき人物だったが、祖母というにはまだ若い気がした。
 部屋を軽く見渡すと大人は四人居た。
「チョロチョロとハエみたいに飛ぶんじゃねーよ」
 ほぼ下着の男性が言った。
 日奈森の近くに居る我皇に向けられた言葉のようだった。
「じい、これ、とうさま」
「早く成仏した方がいいんじゃないか。気色悪い姿しやがって」
「……ちょっとうちの人、酒が入ってるもので……。ごめんなさいね」
「可愛いお客さんは大歓迎だよ」
 と、言ったのは離れた所に居るもう一組の夫婦からだった。

545Q:2015/05/27(水) 05:22:10 ID:skjYNMgM0
egg 23

 立ち入り禁止と言われたけれど、追い返されること無く中に案内された。
「日奈森さんちの娘さんよね?」
「は、はい」
「いつも孫娘がお世話になって〜。ありがとうね」
「お名前はなんだったかしら?」
「日奈森あみです」
 妹が挨拶した後、しゅごキャラ達も声をかけたが誰も気付かなかったようだ。
「この辺りにしゅごキャラ? っていうの居るのかな?」
「いっぱいいます」
「そうお? よろしくね」
「あなたは部屋で寝てくださいな」
「あっ? いっつも俺、邪魔者扱いかよ」
「はいはい」
 不機嫌な男性を諌めつつ別の部屋に連れていってしまった。
「……あの人はお酒を飲むと危険人物になるからね。それにしても……」
 残った大人達は日奈森の格好を頭から足元まで見渡す。
「随分とすごいかっこうだね〜。そういうの流行ってるの?」
「これはゴシックパンクっていうファッションなんです。ママに買ってもらった服の影響で」
 自分の服装を簡単に伝えると、相手はバカにするでもなく何度も頷いていた。

 話しを聞いている夫婦は『霏死神』というちょっと読み方の分からない苗字でベアトリーチェの両親だと言う。
「色々と娘を助けてくれたとか?」
「たいしたことはしてませんよ」
 会話しつつコイルに目を向けると、すっかり大人しくなり用意されたお菓子を食べていた。
 我皇はコイルの側に居るけれど黙って彼女を見守っていた。
「気弱な性格だから心配してたけど、君達の話しをするからどんな人達だろうって思ってた」
「あはは……」
「おっと、あまりここに居ると鈴ちゃんが怒るから戻りなさい」
「どうしてですか〜」
 と、スゥが言ったけれど相手には聞こえていない。
「こちらは一般家庭で向こう側は学生寮みたいなものだから。鈴ちゃんは線引きには厳しい方だからね。……本人には内緒だよ」
 そうしゅごキャラの言葉が聞こえていないにもかかわらず、疑問点を教えてくれた。
「そういえば……。鈴ちゃんは君の服装について何か言ってたかい?」
「特に言われた記憶は……無いです」
「珍しい……」
「失礼ですよ、あなた。自分のファッションセンスをちゃんと説明すれば鈴ちゃんだって怒りません」
 ガタンと日奈森の後ろで音がした。

546Q:2015/05/27(水) 05:22:26 ID:skjYNMgM0
egg 24

 一瞬だが悪寒を感じた。
 振り向くと鈴が居るような気がした。次に気のせいではなく、本当に居るのだろうと思った。
 少しだけ振り向きたくない空気を感じる。
「……勝手に入った悪い子は誰ですか?」
 静かに姿無き存在は言った。
 間違いなく鈴だった。
「まあまあ、鈴ちゃん。せっかくのお客さんなんだから」
「孫を心配してくれたんだから大目に見てあげよう?」
 霏死神家二人に言われて鈴はため息をついた。
 その後で日奈森はゆっくりと後ろを振り返る。
「ルールは守らなければなりません。それは大事なことです」
「娘の恩人なら大歓迎だよ。前々から会ってみたかったし」
「おじ様がそうおっしゃるのであれば……」
「我が主の父親が酒乱の気があるので隔離めいた事になってて、君達の安全を考慮してのことだ」
 そう補足したのは我皇だった。
 我皇は唯一、誰にでも見えて声が聞こえる存在らしく、霏死神家も頷いていた。
「我々は今日は非番でね。のんびりしてたところだよ」
「珍しく四人が顔を合わせる形になってしまいましたけど」
 聞いてもいないことを日奈森に教えてくれた。
 リンはコイルの側で大人しくしていた。
 彼女は黙っていると存在を忘れてしまう。
「あむちゃん達はコイルの面倒を見てくれているのだから、多少は権限を与えても良いのでは?」
「権限ですか?」
 我皇の提案に鈴は少しだけ眉根を寄せた。
「現金を渡すよりはマシだと思うけど」
「……確かに」
「あむちゃんもどうだろう? 将来の道筋が見つかるまで、この家を使ってくれても構わないから、コイルの事をお願い出来ないだろうか?」
「いきなりそんなこと言われてもムリ」
 つい口に出てしまった。すぐに気が付いて口に手を当てる。
 すぐ『ムリ』と言ってしまう癖。久しく出て来なかったのに、と反省する。
「いや……あの……。幼稚園とかまで面倒は見れないよ。あたしにも色々と予定が出来るかもしれないし」
「ベビーシッターをしろと言ってるかもしれないのは分かっている。せめて二人目が生まれてリーチェの体調が良くなるまで、と考えている。あの子は遊び相手が近くに居ないから寂しいのかもしれない」
 我皇の言っていることは理解できる。けれども、毎回妹一人を寄越すのも心配だった。

547Q:2015/05/27(水) 05:22:43 ID:skjYNMgM0
egg 25

 この辺りの治安は悪くは無いけれど絶対安心とは言いがたい。
 今はしゅごキャラのお陰で不審な存在があれば知らせてくれるけれど、この先もそれで済むとは思っていない。
「……とはいえ、他人に頼むことではないと……」
「あたしに出来る事は手伝ってあげるよ」
「……父親がもう少し生き延びられれば……」
「それは仕方ないじゃん。今更、グチっても」
 父親は他界し、母親も出産の予定が控えていてコイルの相手が出来ない。
 両親が不在の今、コイルは孤独だった。
 妹のあみ以外に友達が居る気配は感じない。
「住人の中に面倒を見る人って居ないんだっけ?」
「みんな勉強で忙しいようです」
「今、入居している人間はほぼ勉強で手が離せないみたいだ」
「あたしも来年、中学生ですけどね」
 日奈森達が会話している所にコルクが姿を見せた。その後から栗花落達が駆けつけてきた。
「こっちに来てたか」
 赤龍の姿を確認した鈴は手で合図だけ送った。
「コイルの送り迎えくらいは私がやりますよ。兄様のしゅごキャラともあろう者が他人を頼るとは……。正直、意外です」
「らしくないか……」
「ええ」
 我皇は表情は分からないけれど、少し元気が無いように日奈森と鈴には見えた。
「娘のことが心配なパパは素敵だと思うけど?」
 鈴は我皇が忙しい家族を思って日奈森に頭を下げているのだろうと思った。
 何でも自分でやってしまう兄とはいえ、娘のことになると色々と思うことがあったのかもしれない。
 鈴怜の将来を心配していた頃の兄の姿が思い出される。
 武神と呼ばれていた龍緋も家族には弱かった。
「保育園の面倒はたぶん無理そうだけど、数日くらいのお泊りならなんとかなるレベルかもよ。パパとママに相談しないといけないけど……」
「コイルちゃんはだいかんげいです」
「それはありがたいが……。……あの親が居ると何が起こるか分からないからな……」
「父様がいつも迷惑をかけてばかりですみません」
 鈴は霏死神の夫妻に頭を下げた。
「ったく、あの酒乱野郎……。いつか決着つけてやるからな」
「あそこまでアルコールに弱い人だと知ったのは最近だけど、よくあんなのと結婚したな、うちの母ちゃん」
 赤龍と龍美がそれぞれ何度か頷いていた。

548Q:2015/05/27(水) 05:23:00 ID:skjYNMgM0
egg 26

 神崎家の大黒柱の名前は龍詞という。
 鈴が知る限り、キレ易い人間という言葉がぴったりと合う。
 酒を飲まなくても危険な人間に分類されそうだが、会社では真面目に仕事をしている。
 龍詞の姉の流美の言葉によれば弱いものいじめは許さないタイプだったのが、気が付くといじめる側に立っていたという。
 ストレスが原因かもしれないけれど、思うように物事が進まないせいで性格が歪んでしまったのかもしれないと言っていた。
「……ヤベ〜、泣きそう……」
 急に赤龍が目頭を押さえて、来た道を引き返していった。その後を栗花落が黙って追う。
「?」
「龍美も向こうに行きなさい」
「うん。なんか私も泣きそうだよ。……まったく、もう」
 鈴はコイルとリンを招き寄せ、日奈森と共に部屋を後にしようとした。
 一度、振り返り霏死神家に夕飯の支度を尋ねる。
「後で買い物に行こうと思ってる。鈴ちゃんも一緒に行こう」
「はい。では、失礼しました」
 丁寧な挨拶に霏死神家の夫婦は少し気恥ずかしさを感じた。

 客間まで戻った日奈森はしゅごキャラの点呼を始める。その間にリン達は帰り支度を始めた。
 迷子になっているキャラが居ないことを確認した後、インターフォンが鳴った。
「リンさんのお迎えが来たようです」
「………」
 リンが何か喋ったようだが全く聞き取れなかった。
 新たな来客は黒のスーツ姿で背の高い男性のようだった。髪は少し長く銀髪。顔に大きな傷があったので日奈森は少しだけ怯んだ。
 サングラスをかけているせいか威圧感があった。
「お迎えに上がりました」
「………」
 銀髪の男性はリンに向かってひざまずく形になった。その彼の後から赤い髪の少女が顔を出す。
 先ほど来ていた男性とは違った赤色だったが日奈森はすぐには例えが出てこなかった。
「ち〜っス」
 男性とは違い、赤い髪の少女の挨拶は軽いものだった。
「ノヴァさんも来ていたんですね。上がりますか?」
「すぐ帰る。……ところで、これは聞いていいのかな?」
「しゅごキャラですか?」
 鈴の言葉にノヴァという少女は苦笑して頷いた。
「……一応、挨拶した方がいいのかな?」
 小声で鈴に尋ねる。彼女は頷いて答えた。
「よっ、しゅごキャラ達。私はノヴァ。こっちはお父様のミストラル。たぶん……、お父様はお前らの姿は見えてないと思うから」
 父親の方はリンを連れて外に出てしまった。
「こんにちは」
 ラン達は元気よく挨拶した。見える人が居るだけで嬉しかった。

549Q:2015/05/27(水) 05:23:15 ID:skjYNMgM0
egg 27

 そのすぐ後に玄関から先ほど帰った筈の四十九院が駆け込んできた。
「何か忘れ物?」
「我皇は居るのか!?」
 怒鳴るように四十九院が言うとどこからとも無く我皇が現れた。
「何か……」
 と、途中まで言いかけたが四十九院に捕まってしまった。
「お兄ちゃんの記憶はまだ残ってるんだよな?」
「そんなに慌ててどうしたんだい? 私は逃げないよ」
「今、聞かないとまた忘れそうだからさ」
 ノヴァは四十九院の慌てぶりに驚きはしたものの面白そうだと思い、黙って見物することにした。
「お兄ちゃんに隠し子とか居ないだろうな? 後で見知らぬ男が実の息子ですって来ないな? ありそうなベタな設定は起きないよな?」
「それは君にとって重要な事かい?」
「……たぶん」
 そう言われた後、我皇は少しの間、沈黙した。
「残っている記憶の中にはそれらしいものは無い。十年という月日の空白はあるが……。もう少し待て。さすがに私単体では記憶の閲覧にエネルギーを使いすぎる」
「……うん。ごめん」
 四十九院は我皇を離した。その後でミストラルが戻ってきた。
「何かあったのかい?」
「ちょっとね。お父様、中で待ってて。何か大事な事があるらしいから」
 ミストラルは部屋の中の人物たちの表情を一通り見回して状況を分析し始めた。
「車内冷房がきいているとはいえ、長時間は居られないぞ」
「うん。……あっ、今の内にお参りしてこようか」
 ノヴァの意見にミストラルは頷き、二人は奥の部屋に向かった。入れ違いになるように赤龍達が姿を現す。
「じゃあ、姉ちゃん。行ってくる」
「気をつけるんですよ。……今日はお前達だけじゃないんですから」
「今日は見学程度にするから。それより姉ちゃん達の面倒を頼むよ」
 鈴は一緒について行く事になった栗花落の側に駆け寄った。
「見学だからと言って甘く見ないように」
「はい。気をつけます」
「……そんな言葉で済むと思っているならやめなさい」
 鈴の真剣な顔と言葉を受けて、栗花落の身体に緊張が走る。
 軽い見学なら大丈夫だと思っていた所があるのは認める。だけれど、鈴はそれを許さない。そんな雰囲気を感じた。
 しゅごキャラのコルクも反論出来ないでいた。

550Q:2015/05/27(水) 05:23:29 ID:skjYNMgM0
egg 28

 少しの間、黙っていた赤龍は栗花落の頭を撫でた。
「命のやり取りをするような所には行かないって。紛争地域に行くわけじゃないんだから」
 そう赤龍が言うと姉に頭を叩かれた。
「お前一人がケガするならともかく、と言っているんですよ」
「う〜。だっ、しょうがないじゃん。ついてくるとは思ってなかったんだから〜」
 口を尖らせて反論する赤龍の側に我皇が飛んできた。
「頑張れ、男の子」
 その言葉を受けて、一瞬だけ兄の顔が脳裏に浮かんだ。
 自分が信じた道に兄はいつも応援してくれた。
 姉とは違い、滅多に叩いてこない。
「応援してどうするんですか」
「弟を応援して何が悪い」
 そう言われて鈴は言葉に詰まった。
 はたから見ていた栗花落は驚いた。
 生真面目な鈴に負けない我皇の様子に。
「……いや〜、お兄ちゃんのしゅごキャラって凄いね〜。私でも勝てそうにないな」
 龍美が感心して笑った。
「……よし、今の内に行こうぜ。いつまでも喋ってるわけにいかないし」
 そう言って赤龍は姉の反論が来る前に龍美と栗花落と共に出て行った。
「青春だね〜」
「………」
 鈴は我皇を睨んだ。しかし、すぐにため息をつく。
「兄様もそうでしたが……、どうして男の人は危険なことばかり……」
「心配ならついて行けばいいだろう」
 横で聞いていた日奈森と四十九院はすごい事を言うな、と感心したり驚いたりしていた。
 堅物の鈴に負けない言動が出来る人間はそうそう居ないだろうと四十九院は思った。
「意地悪な所もそっくりですね」
「それは彼の本能の一部だろう。……さて、隠し子については臥龍の力を借りないことにはどうにもならないようだ。小さい身だからどうにもならないのかもしれない」
 そうそうに話題を切り替える我皇。
 鈴は少しの間、不機嫌だったが過ぎてしまった事をいつまでも引きずるわけにはいかないと判断し、奥に引っ込んだ。

551Q:2015/05/27(水) 05:23:46 ID:skjYNMgM0
egg 29

 四十九院は聞くだけ聞いたので、日を改めることにした。
「君の用件は以上か?」
「うん」
「次はこちらだな」
 我皇はテーブルの上に降り立つ。そして、日奈森に顔を向ける。
 言葉より先に我皇は動いた。

 黒と白が混ざり合う奇妙な身体から黒い卵がゆっくりと出て来た。
 その卵は久しく見ていない白い×のついた『こころのたまご』だった。
「?」
「君のところに居る一之宮ひかる、という子の卵だ」
「ひかる君のたまご?」
 色々と分からないことが湧いて出たので日奈森はどうリアクションすればいいのか分からなかった。
「まず一つ」
 我皇は続けた。
「この卵は私が抜き出した。浄化はせずに彼の返答を待って欲しい」
「?」
「彼はガーディアンがこの卵を持っていると思っているはずだから、いずれは取り返すかもしれない」
「つまり……。えっと、この卵は渡さない方がいいの?」
 雰囲気的にそう思った。
「壊さずに保管してくれるだけでいい。近頃、コイルの機嫌が良くないのでな」
「うん。分かった」
「判断は任せるよ。うちのお姫様の姿が見えないな。熱中症にならないうちに帰りなさい」
「今日はまだ大丈夫だよ」
 日奈森が×たまを預かることになり、妹を呼び寄せて日奈森は神崎家を後にした。
 四十九院も途中までついてくることになった。
「しゅごキャラのみんな、全員居る?」
「ダイヤ以外は居るようだな」
 一足先にカムイ達は帰ってしまった。ヨルもいつの間にか居なくなっていた。
「今度、コイルちゃんにまたお泊りに来てもらえるか聞いてみようか?」
「さんせーです」
「遊んでくれる人が居ないと寂しいもんなのかな?」
 コイルはたくさんの人間に囲まれているけれど、孤独なのかもしれない。
 忙しい人間が多いから一人で遊ぶしかない。同年代の友達が必要かもしれない。と、日奈森は色々と考え始めた。

552Q:2015/05/27(水) 05:24:05 ID:skjYNMgM0
egg 30

 考えながら歩き始めた日奈森が気になったのか、四十九院は車や自転車に注意しつつ彼女を導いた。
 余計な事を言わずに観察しているとどこからとも無くダイヤが飛んできた。
 神出鬼没のしゅごキャラは当たり前のようにラン達に混ざる。
「ダイヤ、いままでどこに行ってたの?」
「秘密」
「私はなんとな〜くダイヤが何所に行っているのか分かるな」
「え〜。おしえておしえて」
「教えな〜い」
 四十九院の言葉にダイヤは苦笑した。
「代わりに私の事、教えてあげるよ」
「別にいいよ」
 ミキが興味なさげに言った。
「まあまあ。来週辺り定期検査で学校を休む。お腹の検査ね」
 自分のお腹に手を当てながら四十九院は言った。
「またうちのノリ達をよろしくお願いします」
「オッケー」
 と、ランは元気よく言ったがミキは黙っていた。
 気楽に返事を返せる事態ではないと感じたからだが、ランの明るさには驚いた。
「食事代は出すよ、うちのお母さんが」
「何の話し?」
 現実に戻った日奈森が首を傾げた。

 四十九院と別れて日奈森達は自宅に到着した。
 一旦、着替える為に自室に向かうとセラとクリミアが居た。
「あれ? なんで居るの?」
「紙とペンを使ってママさんに入れてもらいましたの」
 なるほど、と日奈森は納得した。
「小休止がてら寄っただけですの。もう帰りますから」
「あらら」
「入れ違いにうちの宿主たちは今頃、神崎家に行っているはずですの」
「なんで?」
「前に言いませんでしたか? あの家、事務所としても使わせてもらっているんですの」
 首を傾げる日奈森にクリミアは一つ一つ丁寧に解説していく。彼女が喋っている間、セラは頷いたり、メモを見せたりして話しを補足する。
「いわゆる、カクカクシカジカ、というやつですの」
「……あははは」
「うちのハウスでは出来ない会議や資料をまとめるのに適しているんですの」
「でも、それここで言っていいこと?」
「ダメですの」
 そう言いながらクリミアは苦笑した。

553Q:2015/05/27(水) 05:24:21 ID:skjYNMgM0
egg 31

 話しを聞いているうちにクリミアが居ると場の雰囲気が明るい。
 セラだけだと会話が出来ない分、静かになるので今は不思議とうるさく感じない。
「私達は宿主と離れて会議の内容を遮断しているわけですの。二人っきりになる分には全然、嬉しいのですが……。このところ皆さんと居るのが楽しみで……」
「二人だけでラブラブしていればいいのに」
「そんな意地悪は言わないで下さいの」
 二人だけの世界に入るつもりなら『出て行け』と言っているところだが、今のクリミアはみんなと居るのが楽しみで仕方がないらしい。
 セラもメモを書きながらラン達と会話していた。
「いつまでもこんなところで話しているけにいかないから、下に降りなよ」
「すみません、勝手にお邪魔しておいて」
「……それより、なんか他にもしゅごキャラが居るような気がするんだけど……。気のせいかな〜?」
 部屋に来る前にママの側に見慣れないしゅごキャラが数体、居たような気がした。
 預かった×たまは新しく用意したしゅごたま専用のケースに入れた。
 この×たまはとても大人しく、暴れたりしなかった。
 見間違いでなければ少なくともあと五体は居るはずだ。

 茶の間に向かうと他のしゅごキャラがテレビを観ていた。それだけなら特に問題はない。
 問題はないが自宅がしゅごキャラの寄り合い所と化しているのが不思議だった。
 前々から受け入れているとはいえ自分達のプライベートが奪われている気がしてならない。
 そう思った時、神崎家の事が思い出される。
 彼らはプライベートと仕事を隔離していた。
 両親を切り離すのはひどいと思っていたが今なら、なんとなくだが理解できる気がした。
「……それぞれの役割って重要なんだね」
「なんのことですの?」
「こっちの話し」
 セラはメモに何か書こうとしたが途中でやめた。そして、日奈森を見据えた後で彼女の肩に乗った。
「?」
「………」
 気のせいか、ひんやりした涼しさが伝わってくる。
 セラが黙ったまま何も反応しないので気にするのをやめることにした。
 新しいしゅごキャラは飛び回ったりせず、全員が大人しくしていた。
「あれ、君……。どこかで……」
「セシルです。お邪魔しております」
「こちらは通りすがりのしゅごキャラさんです。本体が仕事で忙しいので私達がここを紹介させていただいたのです」
 セラがメモに文字を書き、ラン達に見せた。
「前にイル達が連れてきた子じゃない?」
「歌唄ちゃんとは仕事関係でお付き合いがあるもので」
 それぞれ簡単な挨拶が済んだ所で台所からもう一体、しゅごキャラが現れた。

554Q:2015/05/27(水) 05:24:38 ID:skjYNMgM0
egg 32

 大きな帽子と宝石をあしらった服が特徴的なしゅごキャラ『ナナ』が姿を見せた。そのすぐ後でブロンドヘヤーの少女が現れる。こちらはしゅごキャラではなく人間だった。
 歳は自分と同じくらいの少女に見えた。
「娘のあむよ。あむちゃん、こちらはご近所さんの山本さんの娘さん」
「ルル・ド・モルセールよ」
 山本と聞いたのに山本が名前に入っていない。
「えっ? ……ルル・ド・モルセール山本さん?」
「ルル! ド! モルセール!」
「はいはい、ルルね」
 目の前で怒鳴るように言われて日奈森はびっくりした。
「一応、ナナの宿主でぁ」
「ふ〜ん」
 ラン達はそっけない態度で言った。
「リアクション、薄っ!」
「たくさんしゅごキャラが居るから、いちいち驚くのも疲れるんだよ」
「驚いてはいる」
「ダイヤはおらんの?」
「あれ? さっきまで居たと思ったのに」
「ダイヤは台所の奥に行きましたの。丁度、入れ違いになったようですの」
 と、クリミアが補足してくれた。
「あの子、すぐ居なくなるから……」
 ルルは空いている椅子に座り、しゅごキャラ達を眺めた。
「宿主の姿は初めて見たけど、可愛い子だね」
 ミキの素直な感想にナナは照れた。
「……それにしても随分としゅごキャラが居るのね」
「殆どはお客さん。うちの子はダイヤを含めて四人だよ」
「ナナから聞いてはいたけど……」
 複数のしゅごキャラを実際に目にすると言葉が出てこない。

 しゅごキャラは滅多に出会えない存在だったからルルにとっては不思議でならない。
「たくさんのしゅごキャラがおるで、様子をみよう思っとったら食事をご馳走してくれることになったでぁで」
「うちのママが挨拶するからってついてきただけよ」
「ママさんは先に帰ってしまったでぁね」
「急な来客だったもので、こんなケーキしか無かったけど……」
 と、日奈森の母親がルルにチョコレートケーキを差し出した。
「それあたしが食べるやつじゃん」
「そうだったかしら? 他に出せるものが無いし……」
 唸る母親を見て、セラは台所に向かい水道の蛇口を捻った。
 突然、水が噴出したので母親はびっくりしたが日奈森がすぐに補足する。

555Q:2015/05/27(水) 05:24:53 ID:skjYNMgM0
egg 33

 水は一旦、止められた。その後、セラはコップやら器を用意しはじめる。
 母親の目にはしゅごキャラの仕業だと分かっていても勝手に動く物体には驚いた。
「……まさかカキ氷を作ろうとしているの?」
 そう言っている側で再度、水が出された。今度は水道が氷結し始める。
 クリミアもセラの側に向かい、手伝おうとした。
「私も手伝いますの」
 そう言った彼女に小さな氷の塊を差し出した。
「持っていればいいんですのね?」
 セラは身振りで指令を飛ばす。
 クリミアも何度も確認しながら彼の手伝いをする。

 ある程度、コップに氷が溜まったら器に移す作業をした。
 器がいっぱいになったところで、セラは氷の塊全体に水をかけた。その後、蛇口を閉める。
「………」
 セラはクリミアを軽く突き飛ばす。
 離れた位置から見ていた日奈森の目には『ひどい』と思えた。
 ただ、クリミア自身はセラの行動には意味がある事を分かっていたのか、真面目な顔のまま黙っていた。
 両手を合わせる仕草を確認したクリミアは更に離れた。
 彼の近くから冷気が発生し、冷たい風が日奈森達の所に流れ込んでくる。
 セラは温度を操る、と言われている。
 見る見るうちに器に入れられた氷に霜が張り巡らされる。
「今、全体的に固める作業をしているようですの」
「見れば分かるわよ」
「……解説」
 素っ気ないルルに反論しようとしたクリミアは言葉を切った。
 解説しないで黙っていても良かったのだが、あまりにも静かだったので何か言わなければと思ったが、ラン達も黙って見ているので余計なことだったかなと思い、やめた。
 セラのやろうとしていることは『カキ氷作り』なのは理解した。
 後は作業の邪魔にならないように見守ったり、手伝うだけにしようと思った。
「まあまあ、気を落とさんと」
「逆に質問された時、答えてやんねーですの。バーカ」
 クリミアはルルに向かってあっかんべーした。
 日奈森はクリミアの様子に苦笑したがルルが怖い顔をしていたので口を押さえて聞いていないフリをした。
 ただ単に氷を作るだけなら何度も見てきたが、どうやって氷を細かくするのかはクリミアには分からなかった。
 ミキサーなどの道具を使うのだろうかと疑問に思った。

556Q:2015/05/27(水) 05:25:10 ID:skjYNMgM0
egg 34

 ごく短時間で手際よく作業するセラの姿は職人のようにクリミアには見えていたし、日奈森達も同じように感じた。
 水と氷を自在に操る姿は幻想的。
 日奈森の母親でさえ口を挟めない。ただ、ルルだけは苛立っているようで腕を組んだまま唸っていた。

 ある程度の大きさになった氷を手の軽い仕草だけで宙に浮かせる。
 一瞬、超能力のように見えたが細い氷の糸のようなものが見えているので、それで操っているのだろう。
 簡単にやっているようだが、ラン達も『すごいすごい』と小さく言っていた。
 氷の塊を掌に載せた瞬間、塊は回転を始めた。
 セラはクリミアに空いているほうの手で手招きし、器の用意をさせた。
「これを動かすんですね?」
 そう言うとセラは頷いた。
 彼の意を汲み、器の中に何も入っていない状態にしてから定位置に器を置いた。その後、離れるように指示し、クリミアは従った。
 その作業にかかった時間はおよそ一分。声無き指示にクリミアはテキパキと答えていく。
 氷の塊は回転しているけれど周りに水などが飛ばなかった。その事に最初に気付いたのはクリミアで次にルルだった。
 雑な仕事だと思っていたルルもセラの行動に少しずつ驚きを感じてきた。
 軽く手首を動かしただけにしか見えない仕草で少し高く塊を投げ上げた。すぐに両手を氷に向ける。
 氷は氷結する時に出す音を響かせ、全体的に曇っていく。
 クリミア達はてっきり透明の球体を作り上げるものとばかり思っていたので少し驚いた。
 再度、セラの掌に乗るまで一分から数十分もかかったような気がしたが実際には数秒もかかっていないはずだ。
 冷気を振り撒きながら出来上がった氷の塊は白いバレーボールのようになっていた。そして、それを無造作に器に投げ入れる。
 すると、氷の塊は小さな音を立てて崩れ去った。
 砕け散る、というよりは砂で出来たオブジェが静かに崩れる感じに似ている。
 無造作に投げたので辺りに飛び散るようなイメージがあったが殆ど器の中に収まっている。
「………」
 言葉が無かった。
 見事な仕事にそれぞれ見入っていた。
「すごい! これ、すごいじゃない! キメが細かくて砂粒みたいじゃない」
 ママは大変、喜んだようだ。
「これCGじゃないんでしょ? うわ〜、すごいわ〜。……あ〜、いい水で作ったらもっと美味しいだろうな〜」
「そうなんですか?」
 と、スゥが質問したがママには聞こえない。
 クリミアがすぐさまメモを用意してスゥの言葉をママに見せた。
「良いカキ氷は良い水で作る。基本ではあるわね。あとね、削り方と氷の作り方。これが一般家庭ではなかなか実現できないのよ。プロのカキ氷の美味しさは一味違うのよ。北極の氷の味とか」
 すっかり舞い上がった母親をなだめつつ、溶けないうちにいただくことにした。

557Q:2015/05/27(水) 05:25:28 ID:skjYNMgM0
egg 35

 水道水から作るのでお代わりは自由だと言われた。
 セラが作ったカキ氷は不思議なことに頭痛を感じない。
「パパも食べてみて」
 奥に居る日奈森の父親や妹と他のしゅごキャラ達にも振舞われた。
「頭痛は絶対しないわけではないので食べすぎには注意してください」
 と、セラは紙に書いた。
「おいしいよ、セラ。ありがとう」
「こ、これくらいうちのパパにだって作れるんだから」
「ルルのパパさんはイタリアの有名シェフさんだがね」
「へ〜」
「じゃあイタリア料理ばっかり食べてるの?」
 ミキの質問にルルは不機嫌な顔を見せる。
「そんなわけないでしょ。日本食も食べるわよ。じゃなくて、作ってくれるわよ」
「セラっていうのね。すごい特技を持っているのね」
 横でママがセラ達と会話を試みているようだった。
「……あなたのママ、凄い喜んでいるわね」
「よっぽど気に入ったのかも」
 ルルとの会話中、クリミアが服を引っ張ってきた。
「?」
「ママさんに通訳してくれないです?」
「いいけど」
 クリミアは日奈森が分からない単語は紙に書き、それ以外は口頭でママに伝える。
 主にセラの通訳の通訳という面倒くさい構図になってしまった。
「世界各地のカキ氷の極意を教えてもらった。氷の作り方はそれぞれ秘伝らしくて……、言葉って難しいな」
「門前の小僧で?」
 ママの言葉にセラは頷いた。しかし、日奈森はママの言葉が全く分からなかった。
「なにそれ?」
「『門前の小僧。習わぬ経を読む』の略だと思いますの」
「ならわぬきょうって?」
「直接は教わらないけれど、読んでいる人を見て覚えるってことですの」
 クリミアの例えが頭の中で想像できなかった。
「しゅごキャラは見えないから店の中とか勝手に入って覚えてきたのかな?」
 ママの言葉にセラは首を横に振る。

558Q:2015/05/27(水) 05:25:45 ID:skjYNMgM0
egg 36

 ルルはカキ氷を食べながら話しに耳を傾ける。
「一人ではなく神崎さんの紹介を受けたって言ってる」
「確かに勝手に店の秘密を盗み見る事は出来るかもしれないけれど、しゅごキャラの存在を知る者にバレると神崎さんの立場が悪くなりますからね」
 というクリミアの言葉を出来る限り伝えた。
「なぜかと言うと……。えっと、難しい事を言いますが棒読みでいいので伝えてくださいの」
「が、頑張る」
「製法は門外不出の場合、似ていたりすると『盗んだ』って言われて大変な騒ぎになります。ましてしゅごキャラを使った産業スパイともなると神崎さんに疑いの目が向けられてしまいます」
「その神崎さんにしか教えていない筈なのに、って話し?」
「その当時は宿主と別行動していたものですから。まだ守秘義務とか分からなかったし……」
 ママは難しい話しにも関わらず、黙って聞いていた。
「ちなみにセラの宿主はもっとすごいことが出来ますの。それこそ北極や南極の氷を作ることも……、きっと可能かもしれないですの」
 クリミアはセラに顔を向けたが彼は黙って頷いたのみだった。
「北極の氷って普通の氷と違うの?」
「……たぶん、気分の違いかも……。ミネラルウォーターで作る氷のようなものじゃないんですか、きっと」
 見もふたも無いけれどクリミア自身、味の違いはあんまり分からない。
「ねえ、クリミアはどんな特技があるの?」
「私は得意なものがありませんの。せいぜいセラのお世話係でしょうか?」
「ラブラブカップルめ」
「あえて言えば腹話術?」
 スゥの言葉をクリミアはセラを使って喋る場面を想像した。
 言い返したい気持ちになったが複雑な心境に陥ったので顔を赤くするだけになってしまった。
「クリミアが居るおかげで仕事に専念できる、ですって」
 セラのメモをママが読んだ。
「……ところで、クリミアとセラの宿主ってどういう人達なの?」
「ラブラブカップルかな? そのまんまって感じ」
「……ずっと気になってたけど、セラってどうして喋らないの?」
 そう言ったのはカキ氷を食べ終えたルルだった。
「喋れないの。昔、仕事でなんかあったみたい」
「無視してるのかと思った」
「いやいや、セラはちゃんと受け答えが出来るよ。ちょっと前まではクールキャラだったけど」
「仕事人なんだよ。無駄口叩かないし、喋れないけど……」
「喋れた頃のセラってどうだったのかな?」
「……宿主である域墹様がクールなお方ですからね。だいたい似たような人柄だったと思いますの」
 ルルが食べ終わった器をセラは流し台に運んでいた。

559Q:2015/05/27(水) 05:26:02 ID:skjYNMgM0
egg 37

 食器がひとりでに飛ぶ様子はしゅごキャラの仕業だと分かっていてもママにはびっくりすることだったようだ。
「今日はずいぶんおしえてくれるんだね」
 ランの言葉にクリミアは頷いた。
「神崎様に関わらない分はだいたい言えますですの。特殊な氷の製法は守秘義務ですの。振舞う分には制限はありません。と、言っておくですの」
「いや、関わってんじゃん」
 カキ氷の製法のことを日奈森が言っている事は理解している。
「何がですの? どこの国や地域のどこの店のことですの? 誰から教わったかとか、具体的な証拠は?」
「? 今、神崎さんがカキ氷の作り方を教えてもらったって所のことだよ」
「神崎様が、誰とどのような約束をしてカキ氷の秘密の製法を教わったかなんて、私は一言も言ってないですの」
 クリミアの難しい言葉は日奈森にも理解できない。
「バカね。カキ氷の作り方を教えてもらった。詳細は言ってない。ということよ」
 ルルが補足した。
「バカで悪かったね」
「漠然とした物言いなら秘密に抵触しない。そういうことなんでしょ?」
「そうなのですが、ついついポロっと言ってしまわないか心配な時もあるですの。すみません、意地悪な言い方をして」
 いつも意地悪な言い方をされているような気がしたが、クリミアは真剣な顔で頭を下げたので何も言い返せなかった。
「大事な秘密って色々と手続きが面倒よね」
 そうママが言うとセラが『そうですね』と紙に書いた。
「しゅごキャラが勝手に色々と喋る分には問題ない気がするけど、その辺りはどうなっているの?」
 と、ママは言った。
「出所を調査されると困ることがあるので。しゅごキャラでも守秘義務の大切さを勉強していますの」
「困るって? えっ? 誰が調査するの? そんな組織あるの?」
「具体的には言えませんが、海外ではそういうこともあると思ってください。……ちなみにうちの宿主たちは捕虜経験があるので」
 そう伝えるとママが怖い顔になった。
「………」
 そのうちに頭をかかえるママ。
 日奈森には今の言葉がどういう意味を持っているのか、理解できなかった。

560Q:2015/05/27(水) 05:26:16 ID:skjYNMgM0
egg 38

 黙ったママにセラは色々と文章を見せた。
「いろいろあって神崎さんに助けられた、と……」
「別に我々が銃を持ってテロリストと戦っていたわけではありません。我々と言うか宿主が、ですが。うっかり捕まることがあるですの。市民に化けた過激派とか居るらしいですの」
 クリミアの言葉をそのまま伝えてはいるけれど、日奈森には全く状況を想像できなかった。
「そういえば宿主って学生さんだよね? どうして外国に行ったの?」
 と、ミキは尋ねた。
「この部分は守秘義務でしょうか?」
 クリミアの言葉にセラは頷いた。
「秘密ですの。ですが、好き好んで行ってるわけではなく、要請されて行く場合が多いですの」
「誰かの命令?」
「そう言えなくは無いですが……。ちなみにうちのリーダー、夢聊様というのですが……」
「無料? タダってこと?」
「読みは同じですが漢字が違いますし、人間ですの。そのリーダーは関係ありませんので、文句を言ってはダメですの」
「リーダーなのに?」
「リーダー全てが同一人物ではないですよ、という意味ですの」
 セラが頷いたが他のしゅごキャラはいまいち分からなかったようだ。
 図で表さないとダメかも、とクリミアは思った。
「人間の大きさはとても小さいのでピンポイントの情報を必要としますの」
 この言葉はルルには理解出来た。
「正確な情報を与える人。受け取る人。行動する人。それらが連携しなければならないこと。色々とあるんですの」
「その中だと神崎さんは行動する人?」
「自分で判断して行動する人ですね。持っている力を十二分に発揮する。私の宿主は頑張ると命を縮めてしまいますの。セラの宿主は色んなものを失うらしいですの」
「どういう意味?」
 と、ルルは言った。
「秘密ですの」
「セラが何か書いてるけど?」
 クリミアはセラが書いている文章を読んで驚いた顔になった。
「『献血』するから命を縮めるって意味なのね」
 正確なことは書いていないことは分かったが、セラが人に教えるとは思わなかったのでびっくりした。
「セラの宿主のことも教えてくれるの?」
 そう日奈森が尋ねるとセラは紙にまた字を書き始めた。
「『ものおぼえが悪くなる』って、どういうこと?」
「血管の流れが悪くなる……。そういう状態になりやすい。……よく分からないけど、それ病気じゃないの?」
 日奈森とルルは一緒に首を傾げた。

561Q:2015/05/27(水) 05:26:30 ID:skjYNMgM0
egg 39

 しゅごキャラとの会話はいつも驚かされると、とママは思った。
 筆談とはいえ、明確に意思を持っていて自己主張している。そして、クリミアとセラはとても賢い。
 子供のしゅごキャラだと思っていたけれど、甘く見ることは出来ないなと感じた。
「そういえば、セラの宿主って不思議な能力を持っているんだよね?」
 一瞬、ルルはギクリとした。
「セラの能力じゃないの?」
「ほら、前にセラを倒したじゃない」
 随分と昔の出来事になってしまったのか、日奈森はすぐには思い出せなかった。
「氷を操るセラを凍らせた能力だよ」
 そうミキが言うとルルは首を傾げた。
「それ、本末転倒じゃない」
 そう云われた後、セラは字を書き始めた。
 昔の彼ならば『秘密』と書く筈が今は詳しく書こうとしている。クリミアはその事に驚いた。
「宿主の能力は秘密だが、かなり強力な力のため、自分に跳ね返ってしまう。その影響で仮死状態化するらしい。未成熟な仮死状態は脳に悪影響を及ぼす」
 難しい漢字と単語だらけなので読むだけでも大変だった。
 ただ、母親だけはなんとなく理解したようだ。
「セラが能力を使うと危ないってこと?」
 ミキの疑問にセラは首を横に振る。
「セラと域墹様は影響しあっておりませんので、大丈夫ですの。私が見たかぎりではセラは自分の能力で自分を傷つけることはありませんでしたの」
「宿主はそうじゃないってことだね」
「聞いた話しでは、そうらしいですの。実際に見せてって言うわけにもいかないですし」
「オッケー、ぐしゃー。じゃあバカだもんね」
「……域墹様はそんなに軽い男ではありませんの」
「例えだよ」
 クリミアが呆れたような顔をした。

 話しが一段落したところで食べ終わった食器類は次々とセラが片付けていく。
「……うちのナナでも食器は持つのがやっとなのに……」
「ボクらは三人協力すればなんとかなるけど」
「はいですぅ」
「普段はしゅごキャラに運ばせたりしてないよ」
 日奈森は両手を振りながら弁明した。

562Q:2015/05/27(水) 05:26:45 ID:skjYNMgM0
egg 40

 食事を終えたルル達は日奈森の言葉を無視して母親の方に向かい、頭を下げた。
「ごちそうさまでした」
 カキ氷を作ってくれたセラにもルルは頭だけ下げた。
「もう行くの?」
「そうよ。何か問題でも?」
「……いや、一緒に帰るで」
 もう一度、ルルは頭を下げた。
「またおいでよ」
「ここに居なかったらガーディアンのところでもいいよ」
「分かったでぁ」
 そう言って、二人は帰っていった。
「……それにしても……」
 ふと日奈森は気が付いた。
 ダイヤが全く会話に参加していなかったことを。
 カキ氷を食べた後はテレビのあるところに行ったり、戻って来たりを繰り返していた。
 自分のキャラなのに何を考えているのか、分からない。
 別段、誰に迷惑をかけるでもないし、とがめるだけの理由も無い。
「……そろそろダイヤとじっくり話し合った方がいいのかな」
「?」
 ダイヤは微笑んだまま首を傾げた。
 四つ目のしゅごキャラのことについて考えなければならない時期に来たのかもしれない。

 セラ達が帰り、晩御飯まで勉強することにした。
 色々と気になる事はあるけれど今は少しずつしか考えることが出来ない。
 一之宮の×たまは今までの×たまと違って暴れださない。
「卵の状態なのに見えるのかな?」
「………」
 こころのたまごに耳を傾けても×たまは何も答えない。
「お腹とか空いてない?」
「………」
「大人しくしてくれるなら×キャラになってもいいよ」
 色々と声をかけてみたが返答は無かった。
 少なくとも×キャラになればご飯を食べさせることが出来る。
 出会ったばかりなので警戒しているのかもしれない。

563Q:2015/05/27(水) 05:27:00 ID:skjYNMgM0
egg 41

 会話が成り立たないまま次の日になった。
 部屋から出ないし、暴れなかったけれど緊張の為に眠るのに時間がかかった。
 学園には遅刻はしなかったけれど、まだ少し眠かった。
 今日は朝からダイヤが一緒についてきてくれた。
「おっはよ〜」
 元気よく挨拶したものの四十九院と栗花落の姿は無かった。
 かわりに辺里が返事を返してくれた。
「今日は二人とも欠席みたいだね。栗花落さんの欠席理由は分からないけど……」
「ねえねえ、あむちゃん」
 と、声をかけてきたのはなまみとわかなだった。
「なに?」
「……昨日、司穂ちゃんが知らない男の人と歩いてるの見ちゃったんだけど……。それと関係あるのかな?」
 男の子の人と聞いてすぐに赤龍の事を思い出した。
「その人、強そうな人だった?」
「うん」
「あたしの知ってる人かもしれない。……う〜ん」
 目撃例があってもそれ以上のことは分からないので、唸るしかなかった。

 二人が欠席したまま朝のホームルームが始まった。
「え〜、欠席は二人だけですね?」
「先生。何か連絡は来ましたか?」
 辺里が手を上げてすぐに尋ねた。
「四十九院さんは検査で欠席ですが栗花落さんは分かりませんね」
「……そうですか」
 家からの連絡も無い様だった。
 その後、一時間目が始まる。
 二時間目が開始される時に栗花落が現れた。
「しーちゃん!?」
 顔色の悪い栗花落がみんなの顔を一様に眺める。
 自分の席に着くまで彼女は黙っていた。
「みんな心配してたんだけど……。具合でも悪いの?」
「………」
 少しの間、栗花落は黙っていたがコルクが姿を見せた時、彼女は泣き出した。

564Q:2015/05/27(水) 05:27:16 ID:skjYNMgM0
egg 42

 机に突っ伏して号泣する栗花落をよそにコルクが口を開く。
「しばらくはそっとしておいて下さい」
 日奈森と唯世のしゅごキャラ達も出てきて集まった。
「……ここではちょっと。司穂の居ないところで話す」
 緊急事態を察知した辺里は日奈森と共に栗花落を保健室に連れて行く事にした。
 今はまだ事情が話せる状態ではないと判断し、早退手続きを取ることにした。
 色々と聞きたいことがあったけれど、まずは授業を消化する。
 放課後に辺里達はロイヤルガーデンに集まった。栗花落だけは早退させた。
「大変な事が起きたみたいだね」
 相変わらず一之宮の姿は無く、相楽と柊の二人だけ来ていた。
 コルクはジュースを一口、飲んだ後、口を開く。
「細かいことは省くが……。赤龍さんが刺されてしまった」
「!?」
「司穂は自分のせいだと言って泣いてばかりいる。刺されたといっても深刻な状態ではないと言っていたが……、司穂にはショッキングだったようだ」
「どうしてそんなことに……」
 赤龍がどれくらい強いのかは日奈森もよく知らないので、想像は出来なかった。
 明るく気さくなお兄さん、というイメージがあったのでそれなりに日奈森もショックを受けた。
「口から泡を出している変なおっさん、という表現が合ってるのかもしれないが……。そんなおっさんに唐突に襲われた。彼は仲間と見回りの仕事をしていた。それだけだった」
 コルクの顔が少しずつ悪くなっていくのでラン達がお菓子などを勧めた。
「……犯人は仲間達が取り押さえていたが力が強いのか、抵抗が激しかった。ケガをしている赤龍さんが最終的に犯人を殴り倒して気絶させて鎮静化した」
「……そう」
 内容が生々しいので辺里以外は口を出せなかった。
「司穂は血だらけの赤龍さんにショックを受けて、手が付けられないくらい大変だった」
「その赤龍さんはどうなったの?」
 藤咲は嫌な予感を感じつつも尋ねた。
「病院で止血してもらった後は元気そうだった。ただ、司穂は赤龍さんを助けられなかった事を後悔しているようでな」
「普通の女の子は流血沙汰を見たら誰だって何も出来ないと思うよ。もちろん、ぼくらもだけど……」
「キャラなりの能力だったら助けられたかもしれない。……でも、それは机上の空論だよ」
「案外、智秋ならなんとかしたかもしれないわね」
 滅多に会話に参加しない真城が言った。

565Q:2015/05/27(水) 05:27:32 ID:skjYNMgM0
egg 43

 コルクの状態を見ながら辺里は会議を続けていく。
「あたしも現場に居合わせたら何も出来ないかもしれない」
「それが普通よ、あむちゃん」
 ダイヤは静かに言った。
「不意打ちに対処するのは難しい」
「……確かに。普段は流血沙汰の事件に巻き込まれない、とかなんとか言ってた」
「頻繁にあっても困るよ」
「とにかく、今は流血のショックが薄まるまで司穂はしばらく学校を休ませたい」
「そんなにひどいケガだったの?」
「私は初めて目の当たりにした。あんなに怖いものとは思ってなかった」
 キセキはそろそろコルクを休ませようと皆に言い、会話を切り上げさせた。
「無事ならいいじゃん」
 ランの言葉に辺里達は何も答えなかった。
「どうしたの、みんな?」
「そうなのだがな……」
 空気が重い。
 日奈森はそう思っても場の雰囲気を変えるような言葉が見つからない。

 ガーディアン見習いとして相楽と柊も何か言う事は無いか必死に考えた。
「……お姉ちゃんなら、無事ならそれでいいって言うかもしれません」
 相楽はそう言ってみたものの自分自身は納得していなかった。けれど、何か言わなければならない。
「それはどうかな」
「わっ!」
 相楽の耳元で声が聞こえたので彼はびっくりした。
 振り返るとノミナリズムが腕を組んだ状態で浮いていた。側にマテリアリズムとラジカレズムの姿もあった。
「ノリ!?」
「つい先ごろに連絡が来たのでな。我々だけ飛んできた」
「辛気臭い連中だな。いつもの明るさはどうした?」
「……ラムは空気を読むことを覚えた方がいい」
 マイペースな四十九院のしゅごキャラ達を見て、辺里は苦笑した。
「まあ、気休め程度に聞くがよい」
「……ありがとう」
 藤咲が辺里に代わって礼を述べた。

566Q:2015/05/27(水) 05:27:52 ID:skjYNMgM0
egg 44

 心強い存在はありがたい。
 ガーディアン達はノリ達の言葉を心待ちにしていた。
「暴漢に襲われることは何度もあったらしい。龍緋様が存命中にもやはり赤龍様は結構なケガを負うことがあった」
「……それは初耳だ」
 マリの言葉にノリは苦笑する。
「お主達が生まれる前だからな」
「もったいぶりやがって、クソババアが」
 そう言ったラムの顔面を力いっぱいノリは拳を打ち込んで沈黙させた。
「お前は帰れ。邪魔くさい」
「まあまあ」
 マリと藤咲はノリをなだめた。
「町の見回りをしているんだよね、彼らは」
「うん」
「普段から危険な仕事をしているのかい?」
「個人的に犯罪者を追い回すような危険な仕事はしていない。それは今もその筈だ」
 ノリ達は辺里達の居るテーブルの上に降り立った。ラムだけ『しゅごキャラハウス』に向かった。
「我々が話しても仕方ないと思うので、直接本人に聞いた方が早いかもしれぬ」
「赤龍さんに聞けってこと?」
 辺里の言葉にノリは頷いた。
「連絡方法が……」
 と言った時に日奈森がゆっくりと手をあげた。
「……あたし、番号持ってる」
「あむちー、ケガ人とそういう仲なの?」
「誤解しないで、れいれんさんの為に入れただけだから」
 鈴と龍美の番号も登録していることを伝えた。

 試しに赤龍に連絡を入れるとあっさりと繋がった。
「今、話せますか?」
 そう言うと電話の向こうに居る赤龍はあっさりとオーケーを出した。
 携帯のスピーカーを大きくし、テーブルの中央に置いた。
「……ごめん」
 最初に聞こえた言葉がそれだった。
「司穂ちゃんはしっかり守ったけど、物陰からやられたから対処が出来なかったよ」
「無事でなりよりです」
「口で言うのと実際に見るのとじゃあ違うからな。正直、あんなに怯えられるとは思わなかった。本物の流血でトラウマにならなきゃいいけど……」
「起きてしまったことをクドクドと言う気はありません。……それでケガの具合は?」
「全治一週間くらいじゃないかな」
「えっ!?」
 流血沙汰で一週間は早すぎるのでは、と辺里は思った。
 栗花落の表情からは一ヶ月以上の重症だと思っていた。

567Q:2015/05/27(水) 05:28:10 ID:skjYNMgM0
egg 45

 現在は大人しく病院で寝ている状態だと言っていた。しかし、藤咲はここで疑問に思った。
 確か病院内では携帯電話は禁止だったと記憶していたからだ。
「そりゃあ……、抜け出したに決まってんだろ」
「なにしてるんですか」
「俺はやんちゃな男の子だからいいの」
「やんちゃ過ぎです」
「……なんか凄い人みたいだね、あむちー。こういう人なの?」
 結木の疑問に日奈森は苦笑を浮かべるだけで答えられなかった。
「神崎家では、大人しい方です」
 と、ノリは言った。
「今、俺の悪口言ったろ」
「言ってません、言ってません」
 赤龍には聞こえないはずだがノリはそう言った。
「妙に鋭いところがある人だね」
「トラウマうんぬんは置いといて……。厄介な不審者を捕まえられたんだ。……少なくとも、少しは安全になったはずだ。俺という犠牲の上を歩けよ、お前ら」
「礼は言いません」
 言ってることに説得力はあるけれど他に方法は無かったのだろうかと藤咲達は思った。

 赤龍の言い分は無茶苦茶な部分が多いけれど、誰かの役には立っている気がする。
 彼が捕まえていなければ力なき誰かが犠牲になっていたかもしれない。
 それはたまたま通りかかった栗花落かもしれない。
「言っとくけど、毎回危ないわけじゃないぞ。こんな事はめったに起きないんだからな。せいぜい肉体言語に不自由するくらいなんだから」
「しゅごキャラは無事ならいい、と言ってましたが、あなたはどう思いますか?」
 辺里は携帯の向こうに居る赤龍に尋ねた。
「それはケガした本人が言うセリフだ。実際に傷ついた時、お前ら同じこと言えたら言ってみろよ」
 想像していた赤龍の言葉とは全く違っていたので辺里は驚いた。
 話しを聞いていたかぎりでは、赤龍という人物は何も考えていない楽天的な人だと思っていた。
「……これは耳に痛いですね」
「心配される立場の気持ちが分からないわけじゃないよ。俺が司穂ちゃんやお前らの立場なら文句を言いたい気持ちになってるもん」
 日奈森は赤龍の声で思い出す。
 彼らは自分の兄を物凄く心配していたことを。
 だから命の大切さは身にしみて理解しているはずだ。

568Q:2015/05/27(水) 05:28:27 ID:skjYNMgM0
egg 46

 好きでケガをしたわけではないことは理解できる。
 ただ、実際にケガをされるとどうしてこんなに胸が痛むのだろうか。それは日奈森だけではなく辺里達も同じように自分の胸に手を当てていた。
「外が危険なら一生閉じこもってた方がいいのか? 誰かが町を守っているからお前ら安心して外に出掛けられるんじゃねーの? 人員には限界があるんだぜ」
「そうですね」
「俺たちには兄ちゃんがその役をやってくれてた。歌唄ちゃんを守ったりさ、よその国を守ったり。見知らぬ誰かを守ったり」
 真城は胸に手を当てて黙って聞き入っていた。
 誰かが助けに来てくれたからこそ今の自分が居る。そう思うと赤龍の行動を責めることが出来ない。
 正しい方法があったとしても自分は『正しい方法で確実に助けてもらえたのか』は分からない。
「正当性を主張しても水掛け論になるからやめるけど、俺は司穂ちゃんが無事だった事を嬉しく思う。あとは知らんな」
「うむ。ここまで潔い人物だと会ってみたくなるな」
 そうキセキは言ったが合宿の時、赤龍が居たことを忘れている者が何人か居た。
「彼女への謝罪は退院してからだな。そろそろ検査の時間だから」
「すみません、大変な時に……」
「……ところであなた、あむとはどういう関係なの?」
 真城が急に身を乗り出して聞いてきた。
「友達、でいいか?」
「えっ!? きゅ、急に言われても困る」
「何故、日奈森さんに番号を教えたんですか?」
 今度は三条が尋ねた。
「鈴怜の相談の為だよ。なんだ、お前ら恋人だと思ってんの?」
「違うんですか?」
 質問に質問で返す藤咲。
「……一通りの番号は教えてるからさ。特別、何かあるわけじゃねーけど……」
「我が主殿も番号を教えてもらっているのだが……」
 ノリの言葉に三条達は思い出した。
 四十九院は日奈森よりも神崎家と付き合いが長いことを。
「……赤龍さん、こんなとこで何してんすか? 女日奈森と愉快な仲間達と会話中。……ああ、ガーディアンの」
 赤龍の方で新たな声が聞こえてきた。
 声の主は男日奈森こと『日奈森唄奏』だった。

569Q:2015/05/27(水) 05:28:48 ID:skjYNMgM0
egg 47

 赤龍を病室に戻すために探し回っていたらしい事が聞こえてきた。
「続きは退院してからだ。うるせーな、筋トレなんかしてねーって」
 そう言った後で通話が切れた。
「……元気そうですね」
「過度に心配し過ぎるのもどうかと思う。少なくとも赤龍様は捨て身で行動するような人ではない」
「ここで議論しても仕方ないってことなのかな」
「実際、現場では何が起こっていたのか……。ちゃんと検証しなければ真実は見えてこない。私はそう思う」
 マリは言った。
「そういえば……」
 と、コルクは言う。
「何度も周りに気をつけろと言われた。司穂は彼の友達? みたいな人、十人くらいに囲まれて移動してた」
「からまれてたの?」
「いやいや。よくは知らないのですが、友達らしいです」
「どういう人達か分かる?」
「一言で言えば不良ですね。見るからにがらの悪そうな顔してました」
 ノリとマリは苦笑した。
「素行の悪い連中を引き連れている話しは聞いた事がある」
「えっと……、その人のことよく知らないけどヤンキーってこと?」
 結木が尋ねた。
「正義感に溢れる人、かな。龍美様も同様で暴走族を潰してそのまま舎弟にした、という話しもある。どういう人物かは直接、本人に聞くしかないだろう。我も人となりはうまく説明できない」
「合宿で見た時は確かにかっこいいお兄さんってイメージだったけど……」
 赤龍がケンカしている場面は見たことが無いし、町での活動も知らない。
 神崎家自体、謎だらけというイメージをそれぞれが抱いた。

 日奈森はヤンキーと聞いて男日奈森の顔が浮かんだ。
 赤紫の髪の毛に見るからに不良。
 悪い事はしていないのに悪いイメージに見えてしまう。
 おそらく、そういう仲間達がたくさん赤龍の周りに居るのかもしれない。
「慕われているんだから、そんなに悪い人ではないと思うよ、たぶん」
「しほちゃんを守ったんなら、いい人じゃん」
「絶対に無傷でいられる保証は無いし、彼はそういう事を分かった上で行動したはずよ」
 真面目に言ったのはダイヤだった。
「×たまを相手にするのは危険だからやめましょう、という話しにならないのは何故?」
「それがぼくらの仕事だから」
 ダイヤの言葉を辺里は肯定する。
 それが答えであり、本質なのかもしれない。

570Q:2015/05/27(水) 05:29:06 ID:skjYNMgM0
egg 48

 とりあえず、ガーディアンとしては栗花落の心のケアをどうするか話し合った。
 ガーディアン見習いの二人はしゅごキャラの相手をすることにした。
「今日のりっかの仕事は?」
「お花に水をあげるのとゴミ拾いかな」
「これも誰かがやらなきゃいけない仕事だよね」
 嬉しそうに相楽は言った。
「ゴミ拾いは危ないからやめた方がいいわよ」
 ダイヤが意地悪を言ってきた。
「割れたガラスとか気をつけます」
「軍手は忘れずに」
「備品チェックは済んだかしら?」
 しゅごキャラによる色々な確認作業が始まった。

 ガーディアンが会議をしている頃、理事長室に一人の客人が訪れていた。
 全身黒尽くめで顔には猫の面が付けられていた。
「身内が迷惑をかけているようだ。すまない」
「こちらとしては毎回、助けていただいて感謝しているよ」
「これで君の顔も見納めかな……」
「それは残念だ。昔のクラスメートを集めて同窓会でもやりたかったのに」
「うちの兄妹たちはもう一人で歩ける。だから、私も本来の姿に還ろうと思う」
 仮面の人物は等身大の人間の姿の『我皇』だった。そして、今までの声が消えて武神『臥龍』の声に変わった。
 女性的な声。
 聞く人が聞けばネコ型のしゅごキャラ『ヨル』にそっくりだと言うかもしれない。
「彼との約束で今まで出てきていたが、鈴怜はもう私を必要としない」
「多くの弟子が居るんじゃないのかい?」
「きっと……、大丈夫だろう。良き師は一人ではない」
 仮面を外す。しかし、そこには人間的な顔は無かった。
 渦巻く黒と白の流動的な色合い。凹凸すらも判別できない。
 我皇が見据える先にあるロイヤルガーデンに向かって指で作ったハート型を向ける。
「オープンハート」
 理事長は薄く笑っただけで何も言わなかった。
「ありがとう、未来の導き手たち……」
 そう言った後、我皇の身体は霧散して消えた。
 理事長はしばらく静かに窓の外を眺め続けた。

571Q:2015/05/27(水) 05:35:57 ID:skjYNMgM0
ここまで十八章。
最後となるのは三十章と最終外伝三十一章ともいうべきものです。
最後は百メートルほどの大蛇とデケーオオカミとか出てきます。

こんな調子になるのでしゅごキャラの活躍はほぼ無いです。
コピペの効率があがらんな。

オフラインでは色々とやってるんですけどね。
ハードディスクが立て続けに三つも壊れたので、新しいハードディスクが欲しいです。


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