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しゅごキャラ二次創作小説第二部

471Q:2014/08/26(火) 05:21:48 ID:z/cSfQcw0
egg 13

 この質問にダイヤは間を置かず答える。
「貴方と同じ結論に至ると思うわ」
「どう同じなのかな? 人によって解釈は違うと思うけど」
「……あれを使うのはどうかしら?」
 ダイヤは海の上に広がる晴れ渡った空を指差した。
 そこには広い空しか無い。
「意表を突く案か……。まあ、似たものと言えばそうかもな」
「むこうに何かあるの?」
 ラン達の質問にダイヤは微笑むだけで何も言わなかった。
「騒ぎを起こす案をお前は否定した。なら、今出来る事は教訓として受け入れるだけだと思うが……」
「そうね。それが最善の方法よね。みんなは納得しないと思うけど」
「二人だけで納得しないでちゃんと説明して下さいよ〜」
 柊が赤龍に掴みかかってきた。
「みんなの笑顔を守るようにって兄ちゃんの言葉を思い出した。だから、今回は諦める。このまま我がまま言うと悲しい結果しか出てこないよ。まさしくダイヤの言う通り」
 四十九院もおぼろげながら赤龍の言葉が分かる気がした。
 どう足掻いても結果は変わらない。どころかせっかくの合宿が台無しになるおそれがある。
 海水浴に固執するより、よりよい思い出を作る方が大事だった。
 我々の笑顔を守る、という言葉はそういう意味だと四十九院は受け取った。

 ここでダイヤの言っていた『あれ』とは何だろうと疑問が浮かんだ。
「ダイヤ、あの向こうに何かあるの?」
「すぐにピンときたけどさ、本当に持ってきたわけじゃないだろうな?」
「方便って言いたいのかしら?」
 赤龍はダイヤのつかみ所の無い様子に少し困惑した。
 自分の苦手とするキャラかもしれないと思った。
 苦手というか叶わない存在。
 すぐ思い当たる人で言えば『魔女』だが、ダイヤは自分の知るどのタイプのキャラとも似ているようで似ていない気がする。
 なんだろう、という不確かな気持ちが広がる。
 嫌な気持ちは感じないが、不思議な印象を受けるのは確かだった。
「とりあえず、荷物は整理しておけ。夕暮れまでは自由行動でいいよ」
「は〜い」
 しゅごキャラ達は元気よく返事したが日奈森のキャラなりはまだ解かれていなかった。
 鈴怜が服を掴んでいるからかもしれない。

egg 14

 不思議な服装に興味津々の鈴怜にダイヤは少し困っているようだった。
「どういう生地なんだろう」
「鈴怜さん、そろそろ離してあげてください」
 そう四十九院が言うと鈴怜はずっと掴んでいたことに気付き、苦笑しつつ服から手を離した。
「奇麗な服だから、気になって」
「ありがとう」
 服を誉めてくれたのは素直に嬉しかった。
 赤龍は一旦、海岸から離れて道路際に行き携帯を取り出す。
「じゃあわたしはちょっと失礼するけど、すぐ戻ってくるから」
 そうダイヤはラン達に言って、広い空に向かって飛翔した。
「どこへ行くの?」
 大人しくしていた日奈森がダイヤに話しかける。
「他言無用よ、あむちゃん。もう少し離れたら分かるわ」
「聞きたい事があるのに……」
「……わたしは他の子達とは違うから……。色々と秘密が多いの」
 空中を翔けるダイヤに後方から物凄いスピードで追いかけてくる存在があった。
 内に引っ込んでいる日奈森も感じた。
 それは四十九院だった。
 白い外套をまとっているのでアビステラーだろう。
 彼女は飛ぶように駆けていた。ほぼ走っている。
「ん〜、さすがライバル。素直に引き下がらないところがクールね」
「これでも『自称』ライバルだ。勝ち逃げさせるほどお人好しじゃないんで」
 数秒もかからずに追いついてきた。
「さすがに海上で戦うわけにはいかんな」
「貴重品を落したら大変だもんね」
「そりゃそうだ。それで……、臥龍はどの辺に来ているんだ?」
 内に居る日奈森は驚いた。
「ん〜、もう百メーターってとこかしら。海の照り返しで見事に偽装されてるようね」
「百か……。おかしいな、海中なわけないよな」
 ダイヤは小さな光りの玉を出し、辺りにばら撒いた。
 玉の一つが何かに当たり、海に落ちる。
「あの辺みたいね」
「誰がここまで運んで来たんだ?」
「知らない。あの人も意味ありげなことしか言わないから」
 ダイヤと四十九院の会話の内容が理解できない日奈森。とはいえ、ここで暴れても仕方ないと思い、成り行きを見守ることにした。

472Q:2014/08/26(火) 05:22:29 ID:z/cSfQcw0
egg 15

 分からない事が多いけれど詳しく説明されても難しくて分からない。
 そんな矛盾にどう答えたらいいのか、日奈森は悩んだ。
 四十九院も赤龍も本当はかなり詳しく説明してくれているんだろうなと思い、申し訳ない気持ちになる。
「ここか。確かに手ごたえはあるな」
「目の前で見ると気持ち悪いわね」
 『光学迷彩』という言葉で有名な姿を隠すシステムが目の前にある。
 正式名称は秘密にされていてダイヤも四十九院も知らない。
 手で触れると虹色の光りが広がっていく。特に警報音は聞こえない。
 少し離れて全体でどのくらいの大きさなのか、目視しようとしたが全体像がうまく掴めない。
「映像でしか見たこと無いが……。臥龍っぽいな」
「誰が運転してるのかしら?」
「私が知る限り、赤龍さん以外は知らない。なんだっけな、パーソナルデータを登録した人間にしか動かせないシステムだとかなんとか」
 臥龍は時之都で整備中だし、複数台あるとは聞いていない。
 聞いていないだけで複数存在している可能性もあるけれど、それにしても大きいなと思った。

 動力不明。空を飛び、姿を消し、単機で国を滅ぼす人型兵器。
 大きさは約三十メートル。鎧武者をイメージした造形。龍緋の臥龍は赤黒い色が特徴。
 武器は巨大な『幻龍斬戟』のオリジナル。
「海に影も落さないとは……。どういう科学技術なんだろう?」
 と同時に臥龍は今、どういう状態で飛んでいるんだろうと疑問に思った。
 立ったままなのか、寝転がったような状態なのか。仰向けなのか。
 今のところ触れる位置にある事から停止している事は分かった。
「さすがにお兄ちゃんが運転してるってのは飛躍しすぎだろうか?」
「ところで入り口はどこかしら?」
 海岸からかなり離れているし、太陽からの直射が暑くなってきたので長居は出来ない。
 平気な顔をしているダイヤも宿主の身体は守りきれていないようで、汗が目立つ。
「ダイヤ。服を消して頭を守れ」
「どうして?」
「本体が熱中症になる。頭だけはちゃんと守れ」
 四十九院も外套を変化させて暑さ対策を取った。
 ダイヤは四十九院の様子を見よう見まねで再現し、頭部を守る形態を取った。
「くそっ、これ影がどこにも無い。早く見つけないとヤバイ。ダイヤも胸付近を探せ」
 嫌な予感を感じた四十九院は乱暴な口調になりながらもダイヤに命令を飛ばして入り口を探した。
 覚えているイメージでは臥龍の搭乗口は胸の辺りの筈だった。背中はメンテナンスの時だけ開くらしいが、よく覚えていない。というよりは機密部分なのであまり教えてもらえなかった。
 だから、開け方は知らない。

473Q:2014/08/26(火) 05:22:53 ID:z/cSfQcw0
egg 16

 いざとなれば海岸に逃げ帰るしかない。
 臥龍を残しておくわけにも行かないので、ギリギリまで調査する必要がある。
 今日は快晴で海も穏やか。今は周り全てが海と空の青一色だった。
 距離感がおかしくなる。風が無いせいか現在位置が良く分からない。
「コンパスを持ってくる発想になるわけないよな……」
 こんな想定は普通出来ない。
 暑さで判断力がおかしくなってきたのかもしれない。
「見晴らしがいいわね〜」
 ダイヤはマイペースだった。
 文句を言おうかと思ったが、宿主が危機に陥れば嫌でも自覚するだろうと思って作業を優先させた。
 段々と義手が焼け付く。耐熱仕様とはいえ長時間は危ないと言われている。
 四十九院はノリ達三体のしゅごキャラを順番に使用して体力を温存させている。
 海水を使いたいが熱で蒸発する水蒸気で火傷しそうになるので、耐えている。
「入り口をあけて下さ〜い。ゆで卵になっちゃいますから〜」
「思ったよりデカイな。こんなに手間取るとは……」
 遠くで見るのと目の前で見るのとでは距離感が違う、と暑さに耐えつつ思った。
 透明なガラス細工のようで取っ手などが見つけにくい、というより見えない。
「もうギブアップか?」
 頭の後ろの方から声が聞こえた。
「勘弁してくれ」
 聞き覚えのある声。
「仕方ないな。もう少し上の方に来なさい」
 その言葉の後で金属が擦れるような音が聞こえてきた。
 おかしいとは思っていた。
 臥龍だと仮定して、こちらの調査が始まった当初から動いていない。
 景色に変化が無いのだから空中で停止しているのは薄々気付いていた。

 声の主はおそらく『我皇』だろう。
 そうでなければ臥龍を運ぶことなど誰にも出来ない筈だ。
 焼け付く日差しに耐えながら少し上空に駆け上がるように登ると、ダイヤが入り口らしき場所に入ろうとしているのが見えた。
 疑問に思っている暇はない。めまいなどを起こす前に日陰を確保しなければならない。
「あっち……。こんなに暑くなるのかよ」
 焼けた鉄板の上に居るからか、異状に暑い。
 早くに飛び込まないとノリ達が本当にゆで卵になってしまう。

474Q:2014/08/26(火) 05:23:12 ID:z/cSfQcw0
egg 17

 入り口に無事到着し、中に入ると想像していたより広めの空間になっていた。
 冷気が漂い、程よい涼しさになっていた。
「うわ〜、快適だわ、こりゃ」
「何人乗りかしら?」
 操縦席に当たる部分は見当たらない。
 臥龍に乗るのはおそらく初めてかもしれないと四十九院は思った。
「ようこそ、武神『臥龍』へ」
 声のみで姿は無い。
 入り口はすぐに閉まり、真っ暗になった。しかし、十秒ほどで室内に電気がついた。
 あちこちから何かが起動するような音が聞こえてくる。
「操縦はしなくていいから安心しなさい」
「……自動操縦か」
「今、椅子を出そう」
 壁からゆっくりと座れる部分がせり出してきた。
「それにしてもしゅごキャラ風情がよく臥龍を使えたな」
 さすがのダイヤも暑さでダウンしていた。本体も同様に今は涼しい風に当たって休むことにしたようだ。
「説明の前に……。冷蔵庫にジュースが入ってる。栄養ドリンクだが飲むといい。トイレは狭いがマークで分かるだろう」
「は〜い」
「随分と快適な空間なんだな」
 四十九院は緊張の糸を緩めずに周りを観察した。
「一つ言っておこう。私は我皇ではなく神崎龍緋の擬似人格だ」
「?」
「本体を忠実にトレースしたつもりだが、多少の誤差は大目に見てほしい」
「しゅごキャラじゃないの? 幽霊?」
「そろそろいい?」
 と、聞き覚えの無い女性、というか女の子ぽい声が聞こえた。
「いや〜、まあ面白い小話も無いからさくさく進ませてもらうけど、よろしく」
「………」
 声の主は元気に言った。
「君達の事はもう知ってるよ。初めまして。ミリオンドリームの総帥『フィリー』ちゃんだよ」
「……は?」
「あと、臥龍の制御は私が乗っ取ってま〜す。どう足掻いても君達には操縦も自爆も出来ませ〜ん」
 明るく宣言されても面白い返事は返せない、と思いつつ、声の主はあまり頭が良くない気がした。
 自称ミリオンドリームの総帥とやらは何がしたいのだろう。

egg 18

 暑さのせいか、四十九院は頭があまり回らなかった。
 ダイヤは未だにキャラなりしたままのようで、栄養ドリンクを飲んでくつろいでいた。
「ねえねえ、龍ちゃん」
「なんですか」
「二人とも乗りが悪くない?」
「軽い熱中症でしょう。それより移動を始めて下さい」
「オッケー。キル、出番だよ〜」
「イエス、マイマスター」
 機械の音声が返事をし、臥龍が静かに動き始めた。

 数分後に暑さが和らぎ二人とも落ち着いた頃に室内を見渡した。
 見慣れない計器類が随所にあり、何がなにやら分からない。
「いや〜、二人とも大人しいね。お姉さんはどうすればいいのか分からないよ」
「仕方ありません。見えない相手とすぐに仲良くなど出来ないでしょう」
「そうだよね〜。あっ、この会話をモニターに反映させてみよっか」
「イエ」
 言葉の途中で回線が切られたらしい。
 その後、四十九院の目の前で電源が入り、テレビ画面のようなものがついた。そして、上から横並びに文字が浮かんでいく。
「チャットログ、みたいなやつ見えているかな?」
「今、どこですか?」
「海岸の上空辺りだよ。今はそこに停泊状態。下に君達の連れが居るのが見えているんじゃない?」
 海岸と言ってもモニターの画面ではかなり小さく映っている。
 臥龍はかなり上空に居るらしい。
「龍ちゃんの弟と妹が一緒に居るよ」
「……二人が一緒?」
「すごいすごい、鈴怜ちゃんだよ、あれ。なんで? 和解?」
「………」
 フィリーらしき文字は並ぶが相手の方は無言が多い。
 音声が無くなったので、質問されているのかどうかが分からない。
「データ検索中……」
 という文字の後、ログにメチャクチャな文字が一気に埋め尽くした。
「危うく生き埋めになるところだった」
 フィリーは音声に切り替えたようだ。
「龍ちゃんに不測の事態が起きるとは……。いや〜、しかし、あの二人が一緒に居るなんてね〜。ねえねえ、どうして?」
「知り合いなんですか?」
 質問を受けたけれど今は質問を返す。
 訳の分からない言が多くて頭の中を整理するには時間がかかりそうだった。

475Q:2014/08/26(火) 05:23:32 ID:z/cSfQcw0
egg 19

 フィリーが答えるまでにモニターには無数の文字が現れては消えていく。
「神崎家とは色々とあって付き合いがあるのだよ。おっ、きたきた。うん、マリンの姉様が……、ん?」
 全く顔が見えないのでフィリーが何をやっているのか全く分からない。
「あっ、ごめんね〜。私、総帥だから忙しくて」
「そうですか」
「君達の事情は把握した。結論から言えば……、一日で解決しない。それと、この地域に君達はどれくらいの愛着があるのかな?」
「今回、初めて来たから分かりません」
「……そんなもんだよね。旅行者のマナーの悪さは全国規模だからね〜。どこもかしこも頭を痛めているよ。さて、そんな話しはもういいか。お〜い、龍ちゃ〜ん。復活しておくれよ」
 まだモニターはおかしくなったままだった。
「ここに居る龍ちゃんはさっきも聞いたように、以前の搭乗者の記憶を忠実にトレースして存在している。幽霊とは違うんだけど、考え方や話し方が再現されているから知り合いの場合はけっこう混乱するかもね。でも、偽物かもしれないけれど、付き合ってあげてよ」
「善処します」
「キル、随分と時間かかってるけどどうなってるわけ?」
「検索中」
「システム自体は問題ないようだけど……。まあいいか。機密保持の観点から教えられる事は少ないけど、君達にはほとんど関係無いから大丈夫か。この臥龍は意思を持つ人型ロボットって思って。さっきの擬似人格は無人の時に発現するらしいよ。今回は龍ちゃん。縁のあるものに合わせてくれたのかも。といっても龍ちゃん専用だから龍ちゃんしか出てこないんだろうけどね」
「修復中」
「おっ、動き出したか」
「? ちょっと待って下さい」
 四十九院が割り込んだ。
「なんでしょうか?」
「お兄ちゃん専用ならどうしてあなたが動かせるんですか?」
「正確には『命令』だね。別に私が操縦桿を握ってるわけじゃないよ。あと、私はこのロボットの中に居ないから。意思あるロボットにお願いしてるから動いてるっていう理屈」
 分かり易いのか分かりにくいのかわからない説明だった。
 とはいえ、話しが通じない相手ではない事は理解した。
「自分の意思を持ち、自己判断で行動する。善悪は……、まあなんていうのかな、フィーリングかな」
「勝手に動いて人を殺すこともあると?」
「殺傷機能については……、たぶん機密扱い。君達、子供にひどい場面は見せたくないし」
「……それはお兄ちゃんも?」
「? どういう意味かな?」
「お兄ちゃんは……、辛い現場や仕事をしてきたのかなって」
「そうだね」
 フィリーはそう言った。
 それは否定なのか肯定なのか判断しにくい言葉。
「……龍ちゃんは優しくて厳しい人。小さい時からそれは一貫して変わらなかった。徹頭徹尾って言葉があるけど……。初志貫徹とも言うか……。自分の心に真っ直ぐな人」
 大切な人を紹介するような優しさでフィリーは言った。
 一言一句丁寧に話すので四十九院はフィリーにとっても龍緋はとても大事な人だったことを感じた。

476Q:2014/08/26(火) 05:24:08 ID:z/cSfQcw0
ところどころ2個ずつになってます。

今回は途中でとめるかもしれぬ。

477Q:2014/08/26(火) 05:24:31 ID:z/cSfQcw0
egg 20

 モニターの右半分が真っ青に変化した。それから白くなったり黒くなったり。
 四十九院の目から見ても壊れてしまったように見えた。
「モニターがおかしいけど、大丈夫ですか?」
「こっちではなんともないよ。う〜ん、キルでもメンテナンスは難しいのかな?」
「キルってなんですか?」
 不吉な名前だな、とは思っていた。
「キルベルサー。ミリオン……っとこれは秘密扱いか……。え〜、名前はいいよね? いい? 良かった。言ってからダメっていうのやめてよ〜」
 フィリーの周りに誰かがいるらしい。
「ったく……。バ〜カ」
「すみません、こっちに言われても困ります」
「あっ! そうだった。ごめんごめん。これ双方向ってやつでやりとりしてて。音声だけカットさせていただいてます。こっちのスイッチ入れるぞ、コラ!」
 なにやらゴタついているらしい。

 モニターの調子が戻らない内にダイヤの様子をうかがった。既にキャラなりは解かれていて日奈森が涼しい風を探していた。
 難しい話しに参加出来ないので四十九院の邪魔にならないように気を使っていたらしい。
 極力、物音を立てないようにしていた。
「……トイレ、行ってくる」
 四十九院に気付いた日奈森は小声で言ってきた。
「トイレの中に使い方が絵で描いてるから、それを参考にね」
 フィリーが生きている画面にトイレノマークを映し出した。
「すみません」
 そう言って日奈森は奥に向かった。
「龍ちゃんが再起不能のようだね。とりあえず、海岸に降りるわ。外の出方は分かる?」
「ロックでもされてなければ」
「外に出たら赤龍ちゃんを呼んできて」
「はい」
「他の人はダメ。今回、龍ちゃんが許可したのは君とさっきの日奈森って子だけだから」
「どうして日奈森も?」
「さあ? 生前の龍ちゃんと何かあったんじゃないの? 私は知らないけど」
 疑問は残るが四十九院はフィリーの言う通りにしようと思い、生きているモニターを確認した。
 一向にモニターは復旧しない。明らかに壊れている気がする。他は火花が出たり、煙が発生したりはしていないようだ。
 操縦席と言うのか、この部屋は多少の揺れは感じるもののとても静かだった。
 龍緋はここでどうやってこのロボットを動かしていたのだろう。そして、何を見てきたのだろう。

478Q:2014/08/26(火) 05:24:52 ID:z/cSfQcw0
egg 21

 着水も静かで外に居る結木達は全くこちらを認識していないようだった。
 トイレから戻った日奈森を確認して外に出ることにした。
「随分とくつろいでいたな。外に出るけど、残ってるか?」
「出ますよ。あたしに出来ることは無さそうだし」
 余計なボタン押しそうだし、と小さな声で続けた。
「龍ちゃん専用なんで君が勝手に押した程度でどうこうなったりしないよ。私が乗っ取ってるのは秘密だけどね」
 フィリーの言葉が正しければ龍緋にしか扱えない。なのにフィリーは扱ってる。矛盾した事を言っているようにしか聞こえない。
 何か秘密があるのだろうが、それは答えてくれないだろう。

 冷蔵庫からジュースを取り出して、一本は日奈森に渡した。
「出ようか」
「うん」
 一応、二人ともキャラなりして砂浜に降り立つ。
 振り返って臥龍を見ようとしたが姿が消えていた。赤龍を入れる為に開けた部分が無ければ分からない程だった。
「あむちーにつるちー、どっから来たの?」
「ちょっと巨大ロボットに乗ってた」
 話半分で終わらせて四十九院は赤龍の下に向かった。
 一応、彼に事情を話すと頭を抱えた。
「フィリーちゃん……、またとんでもないもん持ってきたな」
「智秋ちゃん。フィリーちゃん来てるの?」
 鈴怜も会話に加わってきた。
「モニター越しですが……。お知り合いですか?」
 日奈森は結木達と合流し、日陰に避難した。しゅごキャラ達もおとなしく浜辺で遊んでいた。
「マリンさんの妹で俺達がよくお世話になっている人。君の義手も彼女が用意したものだよ」
「そうなんですか!?」
 驚きはしたものの前にも聞いたような気がした。暑さで判断がおかしくなっているのかもしれない。
「ただ、直接会った事は無いんだ。マリンさんによく似ているらしいって話しは兄ちゃんから聞いてる」
「時々、電話する。メールは禁止らしくて一方通行が多い。あと、偉い人」
 嬉しそうに鈴怜は言った。
 相当、仲良しな関係のようだと四十九院は感じた。
「お前ら! 適当に遊んだら先に帰っていいから」
 鈴怜は何かに気付き、結木の下に向かった。
「これ、夕食代。ご飯はしっかり食べなきゃダメ」
 言うだけ言って鈴怜は臥龍の下に向かった。

 何か言いたそうな顔をしていた結木達を後にして、四十九院に手伝ってもらいながら三人は臥龍に乗り込んだ。
「これが臥龍か。中に入るのは初めてだな」
「私は何回か乗せてもらったことある」
 そんな事を話しつつ操縦席に着くと半分だけ壊れたモニターが出迎えた。
「あれ? これ壊れてんの?」
「なんか調子が悪いみたいです」
「やっほ〜、赤龍ちゃん、鈴怜ちゃん」
「あっ、フィリーちゃんの声だ」
「へ〜、これがフィリーちゃんの声か」
 鈴怜は即座に相手が誰だか分かったようだ。
「てことはキルも居んの?」
「イエス」
 機械の音声が聞こえた。
「おうおう、久しぶり〜」
「ベルちゃんだ〜」
「感動の再会はここまでにして、何だか大変みたいね。特にこの辺り」
 フィリーの顔は映らなかったが地図や現在まで居た砂浜が映し出される。
 分かり易く点滅する矢印が付いていた。
「そうなんだよ。姉さん、やる気出してヘコんじまったよ」
 四十九院は呆気に取られていた。
 自分もそれほど喋る方ではないが、よく喋る人間同士が会話すると全く入り込めなくなる。
 色々と聞きたい事もあったような気がしたが二人の勢いで霧散してしまった。

479Q:2014/08/26(火) 05:25:25 ID:z/cSfQcw0
egg 22

 思い出話しが始まると思って日奈森が使っていた席に行き、先ほど取っておいたジュースを飲む。
 栄養ドリンクと聞いていたが微炭酸でなかなかに美味しい。
「フィリーちゃん。モニターなんとかなんないの?」
「う〜ん。物理的に無理そう。あと龍ちゃんが一向に復活してくんない」
「えっ!? お兄ちゃんが居るの?」
「擬似人格だけどね。ごめんね、鈴怜ちゃん。ぬか喜びさせて」
「それは知ってる。でも、嬉しい」
「あら、意外と強い子に育って……。総帥は嬉しいぞよ」
 凄いという感想を四十九院は抱く。
 それぞれが即答で会話しているからだ。
「それよりも二人が一緒に居るなんて一番の驚きだよ。龍美ちゃんが居たらパーフェクト」
「後ろの子達が頑張ってくれたお陰。なのである程度の情報開示を頼んます」
「私からも願いします」
 赤龍と鈴怜が揃ってモニターに向かって頭を下げた。
 四十九院にとって何度目かの驚きだった。
「データ照合」
「待て待て、キル。勝手に承認しようとするな」
 慌てたフィリーの声が聞こえた。
 モニターに様々な文字が羅列され始めた。
 何かのデータが起動しているように見えたが、モニターがおかしいので全く分からない。
「あっ」
 突如、モニターの電源が落ちた。
 それから数秒も経たないうちにモニターが点灯。今度は多少画質は悪いが左右とも表示された。
「……つい、みとれてしまった。これどうやって操作するんだ?」
「ある程度は自動で動くって言ってた」
 フィリーの声が聞こえなくなり、代わりに新たな声が聞こえてきた。
「……二人が並び立つ姿を見る日が来るとはな」
 静かに聞こえるのは龍緋の擬似人格の声。
「お兄ちゃんの声だ」
「彼はよく君達家族の話しを聞かせてくれた。そして、よく心配していた」
「大きなお世話だ」
「前は違う声だったのに……。臥龍なんだよね?」
「その通りだ。我皇の存在も知っている。言わば図体の大きいしゅごキャラだと思ってくれても良い」
「なんで知ってんだ? 我皇と臥龍は……どう繋がるっていうんだよ」
 赤龍の指摘に四十九院も疑問に思った。しかし、四十九院の方はどういう疑問かはまだ固まっていないので言葉が出てこない。

480Q:2014/08/26(火) 05:25:45 ID:z/cSfQcw0
egg 23

 意思を持つ武神『臥龍』は分からない事だらけ。
 せいぜい巨大な人型ロボットだという事くらいしか理解していなかった。
「まずは前の主の代わりに言わせてもらおう。二人とも、お帰り」
「おう」
「ただいま」
 素直に赤龍達は答えた。しかし、四十九院は今の質問を自分なら簡単に挨拶しないだろうと思った。
 聞きたい事はたくさんある。挨拶などしている場合ではない。というような感じを予想していた。
「兄妹揃って、そんな挨拶を交わしたいという願いはとうとう叶わなかったが……」
「……ごめんなさい」
「なるほど」
 赤龍は腕を組んで頷いた。
「あの我皇も臥龍の一部なんだな。そう考えると納得できる」
「精神世界への干渉は容易い。端末代わりと考えていたが、今はあれはあれで独立した意志で動いている」
「ということはほとんどのしゅごキャラもか?」
「いいや。私は神崎龍緋と共に歩むもの。子供らの笑顔を守るのが仕事だ」
 今の言葉は四十九院の胸に深く響いた。
 なんでもないことを言っているはずなのに心を揺さぶられる。
「この臥龍も内側の部品は解体され、核も封印されるだろう」
「それは聞いてる。新しく二台っていうか二機っていうか単位は分からんが、出来たらしいね」
「名称は未定だ。一機目は確実に君のものになるだろう」
「え〜、こんなバカデカイもん要らないよ」
 四十九院も赤龍が臥龍を継承するだろうと思っていたのであまり驚きは感じなかった。
「そう言うな。せっかく君の兄君が用意してくれたんだ。ありがたく受け取れ」
「新手の嫌がらせかな?」
「もう一台は?」
「未定。二機目は決まっていない。ただ、三機目は候補が上がっている」
「ほう、初耳」
 でも、なんで二機目だけ未定なんだろう、とそれぞれ疑問に思った。
 よくあるパターンで敵に奪われるフラグが立つんじゃねーか、と赤龍は危惧した。
「あっ、自分の意思が……。いや、強制起動とかシステム乗っ取りとかもあるか……」
 あごに手を当てて赤龍は悩んだ。
「もしかして……、コイルちゃん専用機?」
「そう思ってくれて構わない。とはいえ、三機目は彼女が成人する頃に作られ始める予定だ」
「軽〜く、国家機密っぽい匂いを感じたけど?」
「この三機は時之都で作られる予定になっている。この臥龍のような戦術兵器とは違い、使うものの意思で決められるようになっていく、はずだ」
「おいおい、お前メカのクセにやたらと曖昧な表現使ってくるな。もしかして、お前さんもオルビーネの姉さんみたいなポンコツ仕様か?」
 臥龍をポンコツ呼ばわりしたので四十九院は驚いた。
 龍緋も凄かったが赤龍も負けていない。

481Q:2014/08/26(火) 05:26:24 ID:z/cSfQcw0
egg 24

 ポンコツ呼ばわりされた臥龍はメカの筈なのに苦笑した。
「面白い人間だな、お前は」
 臥龍の声が変わった。
 聞いた事の無い声。男性的と言われれば男性に、女性的と言われれば女性の声に聞こえる。
 言わば中性的な声だった。
 四十九院の知っている中で似ている人は思い浮かばなかった。我皇の声とも違っていた。
「……いや、似ているかもしれない」
 急に思い出した存在の中で近い声があった。それはヨルだった。
 特殊な環境のせいか、臥龍の声は多重に聞こえる。反響しているのかもしれないと思った。
「あっ、臥龍の声だ」
「我はメカではない。人間風に言えば精神体や精神生命体のような呼称が似合うのだろうな。この身体を構成しているのは幻龍斬戟と祖を同じくするものに手を加えたもので出来ている。だが、長い年月で機械の補助がなければ動かせられない身体なのも事実」
「簡単に言えば年寄りってことか」
「そうだな。老体に鞭打って活躍したのだ。引退しても不思議は無かろう」
「臥龍はもうすぐ死んじゃうの?」
 鈴怜は悲しそうな顔で尋ねた。
「核は一部を新しい身体に移した後、封印される。人型ロボットがただの御神木に戻るだけだ」
「……核は核兵器のことじゃないからな」
 赤龍が小声で四十九院に言った。
「どうでもいいけど、フィリーちゃん、出てこなくなったな」
「こちらの会話は聞こえている筈だ。今は君達との会話を邪魔されたくないのでキルベルサーに協力してもらってる」
「器用なポンコツロボだな」
「お兄ちゃんの声はもうやんないの?」
「我も龍緋を眠らせたいのでな。君達の様子を見て安心した」
「それで実際のところ、お前は何しに来たんだ?」
「インパクト」
「?」
「可愛い妹のためならどこへだって行く。それがお兄ちゃんという生き物なのだろう?」
 映像モニターが鮮明になった。
「……もしかして、私のため?」
 おそるおそる鈴怜は尋ねた。
「時之都から映像を見せてもらった。ピンチらしいと聞いたので飛んで来たという次第だ」
「それはありがたいけど……、臥龍が出てくるとますますややこしくなる気がする」
「臥龍はいいアイデア無いの?」
「何の説明もなしにアイデアを要求されても困る。我はポンコツロボットだから説明を要求する」
 赤龍も鈴怜も臥龍と普通にお喋りしてて楽しそうだなと思った。
 自分は分からない事だらけなのに、彼らは疑問をあまり口にしない。
 口調が機械っぽくない事を聞きたいところを避けているようにも聞こえる。

482Q:2014/08/26(火) 05:26:41 ID:z/cSfQcw0

egg 25

 鈴怜は臥龍を一個の人格を持った友達感覚で話しかけている。
 自分も同じ事が出来るかと聞かれれば出来ないと答えるだろう。
「旅行者のマナーの悪化か……。それは深刻な問題だな」
「以前は海水浴やサンドアートのイベントをやって楽しんだんだって」
「もうすぐ私たちは帰っちゃうけど、何かしたいの」
「ルールを守る者が居れば破る者も居て当然か。それは地域住民が長い時をかけてルール作りをする必要があるな。地域の安全の為なら今回の中止は我も支持するだろう」
 冷静に分析し、臥龍は言った。
「だが、都合が良い事に我は今、フリーだ。光学偽装を解いて暴れるかもしれぬ」
 楽しそうに臥龍は言った。
 臥龍とは一体、何者なのか四十九院は疑問しっ放しだった。

 人型ロボットのようで人間臭い。
 本当は誰か別の人間が居て喋っているだけなのではと思わせる。
「ねえ、臥龍って変形出来たっけ?」
「無理。そもそもそんな機構は設計されていない。合体ロボのようにはいかない」
「十二の神機ってこと思い出したから」
「本来の十二神機は信仰対象に過ぎない。ここから先は機密扱いゆえ、君達にも言えぬようだ。いろいろあって我だけロボになったと思えば良い」
 本物のロボットならそんなアバウトな説明はしないはずだと四十九院は思い、苦笑した。
「せいしんせいめいたい。って要するに幽霊のこと?」
「君達の言葉で近いのは『魂』だろう。言霊、人が生み出した歴史が幻龍残戟に蓄積され言葉が生まれた。同時に感情も蓄積され我は個として自我を得た」
「難しいことは分かんない」
 鈴怜はばっさりと切り捨てた。
「我も正確な理由は分からない」
「おいおい臥龍。お前、ここで暴れるなよ。一応、臥龍は神崎家が操っているって思われてんだから。抗議はこっちに来るんだぜ」
「そうだよ。お姉ちゃん、白髪が出るから困るって言ってた」
「鈴が困るのなら自重せねばなるまいな」
 これだけ喋る相手なら龍緋も退屈しなかったんだろうなと赤龍達は思って安心した。
 普段は口ベタな兄が孤独に戦っているので心配だったからだ。
「時には劇薬も必要……、って誰かが言ってた気がするが……。暴れるのはマジ勘弁な」
「………」
 臥龍は沈黙して答えない。

483Q:2014/08/26(火) 05:26:57 ID:z/cSfQcw0
egg 26

 会話が一時、中断したらしいと判断した赤龍達は四十九院の側に移動した。
「冷蔵庫はここです」
「臥龍の中は凄いな」
「赤龍さん達の方が凄いですよ。マシンガントーク炸裂してましたね」
「えっ? そんなに話してないだろ」
 四十九院は苦笑した。
 普段もだいたい今の調子で喋るのだから凄いと思う。

 赤龍は色々と問題を抱えた若者の世話をしている。
 だからなのか分からないけれど、聞き上手であり話し上手なところがある。
 決断力もあり、頼れる兄貴分と言われる事もある。
 龍緋は圧倒的な実力はあるけれど赤龍のような柔軟性が乏しい。
 ケンカさえ無ければ龍緋の良きサポーターになっていただろうと四十九院は残念に思った。
「……本当にどうすれば『話し』と『拳』を間違えるんでしょうか?」
 その言葉に赤龍は苦笑する。
「話し合いと殴り合い。字面でも違うのに……。残念な兄弟ですね」
「厳しいな〜、智秋ちゃんは。根に持ってるとブスになるぜ」
「ブ〜」
 口を尖らせながら四十九院は言った。
「拳で語るのは神崎家のやり方だからな。伝統芸能みたいなもんだよ」
 そう言われると納得出来てしまうから神崎家は恐ろしい。
 ほぼ全員が拳で語るの好きでしたね、と口には出さなかったが思った。
「テステス。あ〜、ようやく復帰できた」
「お帰り」
 赤龍の出迎えに新たに出現した声は苦笑しているようだった。
「この私を弾くなんて。臥龍に情報をあげたの私なんだよ」
「家族の話しばかりだし、いいじゃん」
「いい案、思いついたよ。臥龍にここら辺に立ってもらってさ……」
「却下」
 喋り始めたフィリーをすかさず赤龍は切り捨てた。
「はっ? ちょ……」
「ありがたいけどさ。本当は結論出てんだよ。急な変更は無理だって。今から客を集められないし、どの道改革には時間がかかるもんだし」
 それでも子供達の為に色々と考えて悩んだ。
 部外者に出来ることは殆ど無い。それは赤龍も鈴怜も理解している。

484Q:2014/08/26(火) 05:27:14 ID:z/cSfQcw0
egg 27

 モニターからの返事は一分ほど後になってからだった。
「こっちも色々と悩んでやったのに。バ〜カ」
「その通りです」
 不機嫌になったフィリーに赤龍は素直に謝った。
「姉様にもちゃんと言っといてね。あの人、しぶといから」
「……誰がしぶといだって?」
 室内に四人目の来客が現れた。

 気配を感じさせずに臥龍に乗り込んできたのはマリンだった。
 赤龍達はそれぞれ驚いた。
 モニターではマリンの情報が示されていないし、入り口を開けたような音も聞こえなかった。
「光学迷彩で姿を消してたんじゃなかったっけ?」
「私にそんなもん通用しない。というか子供らから聞いたから場所の見当がついただけさ」
 と、喋りながら操縦席にマリンは向かった。
「……サプライズゲスト」
 小声で臥龍が言った。
「ナイス、アシスト」
 キルベルサーが機械の音声で答えた。
「こら、キル。なにやってんの」
「そう怒るな。血管が切れるぞ」
「……ど、どうやって入ったんだろう」
 四十九院の疑問にマリンは微笑んだ。しかし、サングラスをかけているせいで表情が読みにくい。
「普通によじ登って入ったのさ。意外だろ?」
 貴女が意外です、と胸の内で四十九院はつぶやいた。
「フィリーはこの地域の問題を時間無視だったら解決出来るか?」
「そりゃあ……、出来る自信はありますけど。……たださ、問題があるのだよ、お姉様」
「ミリオンの方針から外れる事か?」
「その通り。まず即効三人が『はっ?』で四人が『一人でやれバカ』という素晴らしい結果です」
「優秀な人材が揃っていて頼もしいな」
「よその県だし……。突然、地域活性に乗り出して一日で解決したいって普通、言ったら『ふざけてるのか』と笑顔で殴られますよ」
 マリンは今の言葉で苦笑した。
 フィリーの言う通り、とても無茶な事を自分達はやろうとしていた。
 他の幹部達に怒られたり呆れられたりしても当然だと思う。

485Q:2014/08/26(火) 05:28:19 ID:z/cSfQcw0
egg 28

 母親なら応援してくれそうだが、現実は厳しい。
「……そうですよね、普通」
 四十九院もフィリーの短い言葉で理解出来た。
「ところで、この話し母様には届いてないだろうな?」
「さあ? 入る可能性はゼロではありませんからね」
 マリンの口調が変化したので四十九院は疑問に思った。
 聞かれてはマズイ、そんな空気を感じる。
「お母さんに聞かれるとダメなんですか?」
「ダメに決まってんだろ!」
 即効でマリンは怒鳴った。
「落ち着いて、ドードー」
 赤龍がマリンの肩を掴んでなだめようとした。
「お、あ……。悪い、大声出して」
「あの人にこの事態を知られると……、とても面倒くさいことになる」
「娘のピンチにすぐ飛んでいく人だからね〜。あらゆる手段を講じようとしてトラブルを撒き散らすと思うわ」
「あ〜……。そういう事か〜」
 赤龍はマリン達の懸念がなんとなく分かった。

 マリン達の母親の事は赤龍達も知らないけれど、彼女達が慌てている所を見ると想像以上に厄介な人物なのは理解出来る。
 龍緋からも聞いた事は無いけれど、一度は怖いもの見たさで会ってみたいと思っていた。
「……例えば国会議事堂に乗り込んで行ったりな。案外やりそうだから怖い」
 マリンは小声で四十九院に言った。
 怒鳴った事を気にしているようだった。
「それのどこがマズイんですか?」
 今の説明では想像できなかったので四十九院は改めて尋ねた。
「少し、というか大体は思い立ったら吉日、的なところがある人だから。説明が難しいな」
「う〜んと、今日は天気が良いから社員を全員クビにしようって言うくらいの無茶を平気でする人って思って」
 物凄い無茶苦茶な例えだなと赤龍は思った。しかし、この説明で四十九院も『それは確かにマズイですね』と納得した。

486Q:2014/08/26(火) 05:28:47 ID:z/cSfQcw0
egg 29

 一応、そこまで極悪人ではないことをフィリーは付け足した。
「会って見たいな、マリンさんの母ちゃんに」
 母ちゃん、という表現がマリン達には合わない気がしたが四十九院は指摘しなかった。
 明らかにマリン達は欧米人のような風貌をしているのでカタカナ表記が相応しい気がした。
「一言で言えばアウトドアな人だ。社員をクビにする権限は元から無いから安心しろ」
「私は総帥だけど、好き勝手にクビに出来ない立場なのよ。言うだけならタダだけど」
 モニターに適当な文字が浮かび始めた。
「我の出番が無いようなので残念」
 と、臥龍の声が聞こえた。
「おっ、臥龍か。壊れてたのかと思ったよ」
「大人しくしていただけだ」
「それでお前はここらへんを破壊しにやってきた、と?」
「ただ突っ立っていれば良い宣伝効果になると思ったのだが……。そう簡単にはいかないようだな」
「なることはなるさ。ただイベントの邪魔になるのは確実だがな。結局は時間が必要なんだよ。いいか、地域のイベントは思い付きで始まったりしない」
 と、マリンは臥龍相手に説明を始めた。
 結構長くなる予感を四十九院は感じた。鈴怜は先ほどから大人しくしていた。

 マリンの説明は三十分ほど続いたと思う。
 その間、臥龍も質問する。
 人型ロボットが人間と対等に議論している。
「だが、中止にするのは容易いのだな」
「ああでもないこうでもないと無駄に議論するのが好きなんだろ」
「敵が来たら迎撃する、みたいな単純な事は出来ないのだよ。……ところで姉様、諦めて帰っておいで」
「まだ一日ある。それより臥龍はこの後、帰るのか?」
「地球を何週かしたら帰る。その後は長い眠りつく予定だ」
 それからみんなは沈黙した。
「冷蔵庫の中の物は全て持って行っていいぞ」
「うん、分かった。……もう臥龍に会えないの?」
「次の戦場が控えている。そう何度も会ってはやれんな。我皇を我の代わりだと思えば良い」
 それぞれの質問が尽きる頃、四十九院は手を上げた。
「臥龍にとってお兄ちゃんはどんな人でしたか?」
「良きパートナーというのが一番近いだろう。言葉では語れぬ存在だった。……この先は色々と手続きをせねば解放されぬようだ」
「そういやさ。臥龍は自分の意思でデータを解放出来ないの?」
「盟約は破れぬ」
「約束を破る人は結構居るのに……」
「臥龍は我々人類に力を貸す代わりに迷惑……じゃなくて盟約や条約、まあ約束っちゃあ約束なんだけど、それらを交わしてくれてるの。避けるって意味じゃないよ」
 フィリーが補足する。
「ここまでの話しで気付いておるかは分からんが……、君が理解しやすいように話している」
 何故だか今の言葉は四十九院に向けられているとそれぞれが思い、本人もそう思った。
「今ここで記録映像を見せることは出来ないが、君が成人し時之都に来ることがあればシルビア姫に頼むといい」
「?」
「シルビア姫という人は家に下宿している姫様達の母ちゃんだよ」
「お兄ちゃん、なんでも母ちゃんって言うと近所のおばちゃんと同列っぽく聞こえるからやめて」
「姫の母親とか、言いようがあるでしょ」
 鈴怜とフィリーに叱られる赤龍。そして、その様子を見て苦笑するマリン。

487Q:2014/08/26(火) 05:29:05 ID:z/cSfQcw0
egg 30

 不思議な光景だった。
 あこがれや目標としている人が今、目の前にたくさん居る。それなのに自分は何も出来ずにいる。
 一歩前に踏み出すだけなのに遠く感じる。
 今は無理かもしれない。それは頭では分かっているけれど、この輪の中に今は入れない。
 臥龍はそんな四十九院の心境を確実に見抜いている。そんな気がした。
「……私はそんなに特別じゃないよ……」
「君はちゃんと物事を理解しようとしている。ポンコツロボの言うことだから気にしなくてもいいが……。あの主が推す者だから気になっていたのかもしれない」
 龍緋を慕うものは数多く居る。別に自分だけ飛びぬけて優秀とは思っていない。
 ただ、この場に居合わせただけの存在だ。
「智秋ちゃんは特別だよ」
 鈴怜は言った。
「私は君にいっぱい助けられたもん。……それじゃあ不満?」
「……いえ、そう言ってもらえると……嬉しいです」
 鈴怜は優しく四十九院を抱きしめた。
 自分は鈴怜の事が苦手だった。その彼女が誉めてくれた。
 素直に嬉しいと思った。
「小学生の分際で自分の実力不足とか言うなよ。義務教育の真っ最中なんだからさ」
「耳の痛いことを平気で言ってくれますね」
「そろそろ大人は退散するよ。臥龍は見つからないように帰れ、いいな?」
「仕方ないな。我の超絶破壊」
「地域の人に迷惑かけたらダメ!」
 鈴怜の怒鳴り声で臥龍は黙った。
「それだけ元気なら文句は無い。言う通りにしよう」
「当たり前です!」
「うむ。暗くなる前に降りるがよかろう。忘れ物がないか確認は忘れるな」
 赤龍はすぐに行動に出て、周りの確認作業に入った。
 切り替えが早い。
 四十九院は自分も彼らのように出来るといいなと思った。
「後はフィリーに任せよう。キルベルサーは帰ったら報告」
「イエス、マイマスター」
「あと、キルベルサーで遊ぶなよ。ライフラインも管理してんだから」
「うみゅー。いいじゃん、たまにはさ。総帥特権」
 可愛らしくフィリーは言う。
 実際はどういう人物なのか四十九院は疑問に思った。
 話しからミリオンドリームの総帥らしいが、画面には文字と風景しか映っていない。それが少し気になった。
 その誰もいない画面にみんなは平然と疑問も抱かずにいるのだから、それはそれで凄いと思う。

488Q:2014/08/26(火) 05:29:22 ID:z/cSfQcw0
egg 31

 それから外へ出るのに一苦労した。
 元より力持ちではない四十九院が自分より大きな身体の赤龍達を浜辺に降ろすのは大変だった。
 登りも大変だったが、栗花落を呼ぶべきだったかなと少しだけ後悔した。
 マリンは長身にも関わらず、器用に降りていった。
「ばいば〜い」
 振り返れば臥龍の姿は夕暮れがかった景色に溶け込み、分からなくなっていた。
 音も無く、風も立てず、気配すら断つ。
「手の方は大丈夫か?」
 と、臥龍に意識を向けていたので驚いてしまった。
「な、何がですか?」
「ちょっと見せてみろ」
 赤龍に腕を掴まれた。
「今日は無茶な使い方をさせたんじゃないかと思ってな」
「……そうですね。元々感覚がありませんから、どの程度なのか分かりません」
「我慢するなよ」
 心配してくれる赤龍の顔が龍緋の顔と重なる。
 本当に兄弟なんだなと思った。

 帰りの道中はほぼ無言だった。時々、車に気をつけろ、という事は言われた。
 静かな時間が流れていた。
 お寺に着いてもまだ明るかった。
「ただいま帰りました」
「つーちゃん、お疲れさま」
 出迎えてくれた仲間達の顔を見たら、特に理由も無く安心した。
「進展なし。これが結論かな」
「そうですか。残念です」
「現状を変えるには相当の努力が必要だ。地域の人間と協力すればいずれは解決するかもしれない。けど、それは今じゃない」
「はい」
「偉そうな事を言ったが、私もまだまだ力及ばず。あとは勝手に泳いで、サンドアートだっけ? それ砂浜に勝手に作ることくらいだな」
「ルールは守ってくれないと困ります。特に大人は」
 鈴怜の言葉にマリンは素直に頭を下げる。
「さて、堅い話しはやめて晩飯にするか。ちゃんと材料は買ってあるだろうな?」
「はい」
 四十九院達は一旦、荷物を置いてある部屋に向かい、持ってきた飲み物を並べる。
 義手の予備は持ってきてないので、このまま最後の日まで持たせようと思った。

489Q:2014/08/26(火) 05:29:37 ID:z/cSfQcw0
egg 32

 四十九院達は先にお風呂に入ることになり、日奈森達は下ごしらえだけすることにした。
 ノリ達も台所にやってきたが、少し眠かった。
「今日は主殿の精神疲労がひどいようだ。こちらまで眠くなってきた」
「ちょっとの間、寝てきなよ。包丁とか危ないし」
「そういえばラムは?」
 ラムは即効、眠っていた。彼女の隣りにはダイヤも居た。
「無駄口を叩かない」
 三条が鬼教官となり、それぞれに命令を与えていく。
 十分後に赤龍が台所に来た。
「随分、早いんですね」
「手伝うためさ。食ったら今度はゆっくり入る」
「では、神崎さんも手伝ってもらいますからね」
「それで歌唄も手伝うのか?」
 黙々と野菜を切りながら歌唄は頷いた。
「撮影が中止になったから今後の予定が未定になっちまったんだ」
「マネージャーさんは先ほどまで抗議してました」
 イルとエルが赤龍に向かって言ったが、彼には聞こえていない。
 代わりに日奈森が伝えた。
「予定が狂うと仕事になんないもんな」
 コルクは赤龍の近くに飛んできた。彼の邪魔にならない位置をキープしつつ様子を眺める。
「今日は定番のカレーか……」
「みんなで作るものとしては定番ですが……、様々なアレンジが作りやすいので」
「人によって好みが違う場合はどう作り分ける?」
「途中までは同じで別のルーを加えて味を変えます。さすがに全員分を変えるのは大変なので三つか四つにしたいと思っています」
「なるほど。話しは変わるけど俺達は明日で帰る。真城ちゃんも一緒だけどさ。今回の合宿は……、正直、みんなにとって楽しい想い出にならなかった気がするけど、どうなの?」
「白熱した議論が出来てぼくはそれなりに楽しかったと思います」
「ややはあんまり遊べなくてつまんなかった〜」
 しゅごキャラ達は知らない土地を飛び周り、あちこち散策出来たので楽しかったと主張した。
 藤咲達も退屈はしなかったらしい。
「あたしは不満よ」
 歌唄ははっきりと言った。
「仕事が飛んじまったから仕方ねーよ」
「りまたんはどうだったの?」
「参加出来ただけマシ。それくらいよ」
「本当はとってもうれしいの」
 りまに対してクスクスは喜んでいた。

490Q:2014/08/26(火) 05:29:53 ID:z/cSfQcw0
egg 33

 赤龍の側に居る栗花落は特に意見は出さなかった。
「今回は色々と出来ないことがありすぎて、正直楽しくなかった。……って思ったけど……、みんなでひとつの事を議論するのは嫌じゃなかったよ。サンドアートは残念だったけれどね」
「晩飯食ったら、みんなで花火するか?」
 台所の様子を見に来た相馬が言った。
「もちろん!」
 それぞれほぼ同時に答えていた。

 ある程度の料理が出来始める頃、赤龍は栗花落の顔を見つめた。
「君は楽しかった?」
「えっ、あっ、はい……」
「俺はこう見えてとても忙しい。だから君にどう答えたらいいのか分からない」
「………」
 栗花落は結果が実を結ばない事になっても受け入れようと考えていた。
 四十九院が常に側に居るし、あまり彼の事は知らない。
 不安が無いわけではない。
「俺は仕事を優先する男だ。それでも構わないなら家に来てもいい」
「………」
 せっかく話してくれたのに何も言葉が出てこない栗花落。コルクも両手を握り詰めて彼女を見守っていた。
「そうそう、俺にはたくさん女の子の知り合いが居る。それは頭に入れておけ」
 栗花落は黙って頷いた。
「元々兄ちゃんがらみで知り合った人が多いけどな。本人、すっげーモテるんだ。時之都のお姫様もそう。モノホンの英雄ってのもあるけど……」
「司穂、彼は君の誤解を解こうしている。何か言わないとマズイかもしれないぞ」
 コルクが宿主を応援していた。
「……しゅごキャラの名前って何だっけ?」
「……コルクです」
「はっきり言っておく」
 みんなに聞こえるような声で赤龍は言った。
 一斉に視線が赤龍達に集まる。
「俺はモテない。みんな兄ちゃんの女。うらやましいぜ、こんちくしょー」
「な、何を……」
「司穂。彼は君の言葉を待っている。だから、わざとこんなことを言っているんだと思う」
「そんなこと大声で言うことですか〜」
 結木は面倒臭そうに言った。
「人望がありそうなのにモテないんですか?」
「あの神崎龍緋の弟、という肩書きの方が多いかな。俺個人の実力ってそんなに認められてないんだよ。巨大ロボを操縦するでもないし。紛争地域に行って争いを解決することも出来ない」
「弟は大変なのね」
「コンプレックスってやつ」
「なにそれ?」
 しゅごキャラ達が真っ先に藤咲に尋ねた。辺里のところにはクスクスが来たが、何も言わなかった。
「人は誰しも何かこう、もどかしい問題をかかえているものなんだ。大抵はそういう気持ちをコンプレックスって言ったりする」
「劣等感じゃないの?」
 辺里はコンプレックスは劣等感とばかり思っていた。
「似たものだね」
「へ〜、後で調べてみようっと」
 赤龍が感心していた。

491Q:2014/08/26(火) 05:30:07 ID:z/cSfQcw0
egg 34

 ある程度、カレーが出来てきた頃に四十九院達はやってきた。
「こんがり焼けてるね、つるちー」
 夕方だから気付かなかったが今の四十九院は頭以外、日焼けしていた。
 手のところだけ薄桃色だった。
「相当、日差しを浴びたからな。日奈森は……、あんまり焼けてないな」
 ダイヤの衣装が原因かもしれないと四十九院は分析する。
 自分は早いうちに衣装を頭部に集中したから差が出たのかもしれない。
「匂いでカレーだってのは分かったけど、闇鍋みたいな感じなのかな」
「わけの分からないものは入れないよ」
「四十九院さんはこっちで煮込みの様子を見てくれるかい?」
 辺里に呼ばれて四十九院は彼の下に向かった。
「お風呂上りにカレーでは匂いが移りそうだ」
「また入ればいいよ」
「鈴怜はどうした?」
「寝かせた」
 答えたのはマリンだった。
 長い髪を一まとめにしていて、サングラスはかけたままだった。
「適度に休ませないと。あんまり興奮させるのも身体に悪いから」
「そうですか」
「そろそろ出来たかな〜」
「ルーはお好みでかけて下さい」
 そう言いつつも三条はおかずの調理に忙しく動いていた。
「あいつはいい主夫になる」
 マリンにそう言われて喜んでいいのか、三条は少し困惑した。

 色とりどりのカレールーが並べられ、湯気が立ち上る炊き立てのご飯が配られた。
 よその家庭のご飯は何故、良い匂いなのだろうとそれぞれ思った。
「こちらはしゅごキャラ達の分です。熱いので注意してください」
「は〜い」
「今回はスイカ割とか出来なかったが、この後、花火やろうぜ」
 相馬の提案にそれぞれが賛成した。
「買ってきてないけど」
「用意してあるから心配すんな」
「りっか達も遠慮しないでね」
「今回、僕たちはあまり活躍できなかった……」
「それはあたし達も一緒。また頑張ればいいよ」
 日奈森が元気いっぱいの笑顔を後輩に向ける。四十九院は黙って彼女の様子を見守り、ご飯を食べる。

492Q:2014/08/26(火) 05:30:22 ID:z/cSfQcw0
egg 35

 日奈森は人の面倒はわりと得意な方かも知れない。と、四十九院は思った。
 自分はあこがれに追いつこうと突っ走り、柊達の事をすっかり忘れていた。
 赤龍達と一緒に居て分かった事は自分はあまりにも物を知らなすぎる。慌ててばかりで役に立てたのか、邪魔していたのではないのかと不安ばかりが募る。
 ×たまが居なくなり、調子を崩しているのかもしれない。
「智秋ちゃんは難しい事でも考えているのかな?」
 気が付けば赤龍の顔が近くにあった。
「……皆さんのように何でも知っているのがうらやましいなと思っていたところです」
「そうでもないし、君よりは知っている……。というような程度だよ」
「何でも知っていると思うのは、そう見えているだけだ。実際には我々も色々と勉強中なのさ」
 マリンは言った。
「最近、しゅごキャラを勉強し始めたところだ。お前らはかなり詳しいんだろ?」
「マリンさんに比べたら知っている方かもしれません」
「すっげー、うらやましい。なんでも知りたいな〜」
 わざとらしく赤龍は言ってみた。しかし、四十九院の表情は堅いままだった。
 励ましてくれているのかもしれないけれど、役に立てないのは悔しい。
 いざという時こそ動かなければ、自分は後悔してしまう。
「俺では無理なようです、マリンさん」
「……諦めるの早いな〜。きっとしゅごキャラ達は大爆笑だぞ」
 そう言われたラン達は一斉に手を横に振った。クスクスも首を横に振っていた。
「あんまりうらやましがられても……」
 言い難い言葉だったのでちゃんと言えたか、何度か復唱する。
「おかしな質問かもしれませんが……。赤龍さんは……、赤龍さん達はどうして色んな事を知っているんですか?」
 栗花落の質問に赤龍は首を傾げた。
 勉強しているから、という言葉は聞こえていたはずなので別の意図があるのかな、と赤龍は頭の中で考えた。
「たぶん……」
 箸を置いてマリンは軽く息を整える。
「分からない事を知ったからだろう。お前達もいずれは知る事になる事実とかたくさん出てくる。ただ、それを前借しようとしているに過ぎない」
 この言葉は栗花落も辺里達も不思議と納得できたが、結木と日奈森としゅごキャラの半数はよく分からなかったようだ。
「興味ないことは頭に入らない。良い例がここに居るみたいだな」
 マリンは微笑みながら言った。
「ものすごく分かり易かったです。すみません、変なこと聞いて」
 栗花落は深々と頭を下げてお礼を言った。

493Q:2014/08/26(火) 05:30:38 ID:z/cSfQcw0
egg 36

 マリンはその後、食事を再開した。
 彼女は豪快に食べるイメージがあったらしく、丁寧にゆっくりと食べる様を見て意外だなと思ったものが何人か居た。
「極秘情報とかもいつか分かったりするのかな?」
「分かると同時に、それは周りに話せるものか話せないものかの選択を迫られる。今はまだ重要さがピンと来ないだけだろう」
「もう少し分かり易い例がそこに居る歌唄かな」
 静かにカレーを食べる歌唄は視線だけ赤龍に向けた。
「新しい曲を作ってるそばから事細かに説明するようなものだ。全部聞いたらCDやDVDを買う必要が無くなるだろう? コレクターでもない限り」
「なるほど〜。ものすごくいい例えですね」
「今回の撮影も本当は秘密なんだからな!」
 イルが周りに向かって叫んだ。
「なんか言ったのか?」
 栗花落がイルの言葉を伝えた。
「どう編集されたかまで言わなきゃ大丈夫だよ。CGとか使うだろうし」
「加工しちゃうんですか?」
 柊が言った。
「概ね加工するみたいね」
「大胸?」
「加工や修正は見栄えをよくする程度よ。中には宇宙空間や幻想世界を合成したりもするけど」
「じゃあ別にここで撮影しなくてもいいんだ」
 みもふたもない事を言ったように日奈森達には聞こえた。そして、何人かは納得してしまった。
「……あ……、どうして秘密にするのか分かった気がします」
 栗花落は赤龍に小声で言って頭を下げた。
「何言ってんだ。有名人が様々な地域に行けば、そこが有名になって観光客がお金を落すだろう?」
「落したらダメでしょう」
 柊は即効で反論した。
「ここで言う『お金を落す』ってのはお土産を買ったり旅館に泊まったりすることだよ。そうすることで、地域が潤うだろう? いわゆる観光財源ってやつだ。客が来なくなると観光地は困るだろう?」
「あっ! ……そうですね。歌唄ちゃん、がんばってください!」
「え、ええ……。ありがとう」
 赤龍が話している間にマリンはカレーを食べ終えて食器を片付け始めた。
 その後、子供達を残してマリンは退出し、真城夫婦に連絡を入れた。

494Q:2014/08/26(火) 05:30:54 ID:z/cSfQcw0
egg 37

 ご飯を食べ終えた他のものは花火の用意の為に相馬の所に向かった。
「仕事はあたし一人で完成しないの。様々な人の助けを借りて作り上げるものなのよ」
「曲は?」
「全部一人でやる人も居るけど、作詞、作曲、演出、会場の調達、告知作業。多くの人員が関わるのが一般的よ。照明スタッフが事故を起こしただけで全部止まる事もあるし」
 この言葉にラン達は身に覚えがあるらしく、一斉に視線を歌唄から逸らした。

 何年か前にラン達は歌唄のライブを中止に追い込んだ事がある。
 当時は×たまやエンブリオ争奪の為に敵として戦っていた時代だった。
 今も敵かは不明だが、ラン達は当時の出来事を覚えていたらしい。
「お客さんはお金を払ってチケットを購入するの。中止になれば払い戻ししなければならない。多くの人が迷惑する。そんな業界なの」
「あれ、しゅごキャラ達、どうかしたんですか?」
「あ、あははは。なんでもないよ」
「マネージャーの仕事は物凄く大変らしいですね。あちこちに頭を下げるんだとか」
「こまめに電話連絡したり、経理の仕事をしたり、アイドルの体調管理、スケジュール管理。ストレスが溜まるって言ってたし」
「難しい話しはここまでにしよう。食べ終わったら何も考えずに花火だ」
 いつまでも仕事の話しをしても仕方が無いと判断した赤龍はそう言った。
 彼の様子を見ていた栗花落は感心していた。
 ちゃんと周りの状況を把握して話しを切り上げたように見えた。
 食事を終えてから赤龍は辺里を連れて退出した。
 栗花落も後を追おうとしたが、赤龍が真剣な表情だったので邪魔してはいけないと思って踏みとどまった。
 仕事を大切にする赤龍はやはりかっこよく見える。
 呼び出された辺里はガーディアン用の寝床にやってきた。鈴怜が丁度、起きた頃だったようだ。
「まあ、座って」
「はい」
 赤龍に促されて辺里は座布団を敷いて座った。
「せっかく君達の合宿なのに、なんだか邪魔ばかりしているよな」
「?」
「仕切りは君達にやってもらう筈なのに、つい口が出てしまう。ほんと、申し訳ない」
 赤龍は土下座に近い形で謝った。
「いいえ、ぼくらの方こそお役に立てず」
「うるさ〜い」
 寝ていた鈴怜が気だるそうに言った。
「お前の分のカレーあるから食ってこい」
 唸りながらも鈴怜は起き上がり、ゆっくりと食堂を目指した。
「食べたら薬飲めよ」
「う〜……」
「こいつの面等は任せた。まあ、もう暴れたりはしないだろうが……、よろしく頼むよ」
「はい」
 言うだけ言って赤龍は二度目のお風呂に向かった。

495Q:2014/08/26(火) 05:31:10 ID:z/cSfQcw0
egg 38

 それぞれがお風呂から出た後、花火をする者とそのまま就寝するものに分かれた。
 四十九院はさっさと就寝し、日奈森は花火を始めた。
「浜辺は禁止になったが、ここら辺はじいちゃんもやっていいって言ってたから」
「ありがとう」
「いよいよ、明日は最終日。午前中だけど、一通り散歩しようと思う」
「わたしは朝から辞退するわ。パパ達と合流するから」
 真城の言葉に辺里は頷いた。
「ほしな歌唄が居ない」
「歌唄ちゃんは仕事の打ち合わせみたい」
「代わりにアタシらが来てやったぜ」
「ドラマやCMのお仕事が控えているんです。歌以外の仕事も大変なんです」
「うちのルルも連れて来たら良かったかもねぁ」
「どんな人なの? そのるるどるにゃーって人?」
「ルル・ド・モルセール。歳はおみゃーらと同じくらいでぇ」
 日奈森に人差し指を向けてナナは言った。
「友達になれるかな?」
「……難しい子だねぁで……。でも、仲良くしてくれると……」
 ランはナナの背中を叩いた。
「大丈夫。きっと友達になれるよ」
「おみゃーら……」
「一応、そいつまだ敵だと思うぜ」
 イルは花火を見ながら言った。
「敵とかもうどうでもいいがね。肝心の×たまもエンブリオも見つからんし」
 色々と複雑な事情があることは分かったけれど、日奈森にとっては難しいことは今はどうでもよかった。
 今はナナの宿主と友達になれればいいかな、と思うことにした。
「みんなは今回の合宿は退屈だったんじゃないかな」
「見知らぬ土地に来るのはなかなか良い経験でした」
 辺里が他のしゅごキャラに合宿の感想を聞いていた。

 今回、参加してくれたしゅごキャラは海水浴の中止以外は楽しく過ごしていたらしく、辺里も少し安心した。
 迷子にならないように遠くに行かず、風景などを楽しんでいた。
 ラン達と違い、とても大人しいキャラ達でほぼ三条と藤咲の二人が面倒を見ていた。
 そして、合宿最終日。

496Q:2014/08/26(火) 05:31:25 ID:z/cSfQcw0
egg 39

 朝方、赤龍とマリンは真城夫婦と共に帰ることになり、真城りまも両親と一緒に迎えの車に乗った。
「感想文は忘れずに書いてきて下さいね」
「クスクスはどうするの?」
「りまといっしょに帰る」
「気をつけてね」
 そう言って彼女達を見送った。

 歌唄は三条マネージャーと共に次の仕事の為に移動した後だった。
「一気に人数が減ったね」
「ぼくらはお昼まで自由時間としよう。忘れ物がないか各自点検して下さい」
「は〜い」
 出かける予定のない者はテレビ観賞することにした。
 鈴怜は時間まで休む事になり、四十九院は部屋で体操をしていた。
「感想文か……。書きようが無いな……」
「主殿、ファイト」
「臥龍のこと書くわけにいかんだろ」
 丁度、視線が寝ていた鈴怜に合い、彼女は手招きした。
「なんですか?」
「携帯電話貸して」
「鈴怜様、あのエムなんとかはどうされました?」
 そういえば、と言いつつ寝返りを打ちながら鈴怜は自分の荷物から携帯電話こと『M−サテラ』を取り出す。
「あれ? それって……」
「M−サテラ」
「ベアトリーチェさんも同じもの持ってましたよね?」
「借りたの」
「なるほど」
 何度か見かけた事はあるがベアトリーチェは秘密だと言って詳しく教えてくれなかった。
 寝ながら鈴怜は番号を押していく。それから十秒過ぎた頃に相手が出た。
「おはようございます。鈴怜です」
 寝転がっているのに相手の声は全く聞こえない。
 音盛れを期待していたが、全くの無音だった。
「時差で夜中? ごめんなさい。あの、臥龍の事を作文に書いてもいいですか? ダメかな?」
 臥龍の管理をしている所と言って浮かぶのは時之都。他は詳しくは知らなかった。
「いいの? 何か書類とか……。そうそう、臥龍だけ。他は知らないけど……。そんなとこ……。後でダメって言わないでよ。入った人は日奈森……あむちゃんと智秋ちゃんと……、マリンさんとお兄ちゃんかな? うん、赤い方。なにそれ? とにかく、頑張って書かせてもらいます。あ……、いや別に臥龍だけじゃなくてさ。メインは合宿のこと。うん、ありがとう、失礼しま〜す」
 携帯の電源を切って、鈴怜は一息ついてから起き上がった。
「書いてもいいんだけど、機械のところは詳しく書かないでって」
「分かりました」
「それくらい。操作方法がダメみたいだね」
「大丈夫です。全く操作方法知りませんから」
「だよね〜。おっと、フィリーさんの所はキルベルサーって名前は書いちゃダメ。あむちゃんにも言っておいてね」
「はい」
「目標は原稿用紙二枚」
 鈴怜は四十九院にVサインを見せた。

497Q:2014/08/26(火) 05:31:39 ID:z/cSfQcw0
egg 40

 枚数は電話とは関係ないと言っていた。
 相手が誰なのかは言わなかったが、臥龍を管理していて鈴怜さんとは親しい間柄であることは察しがついた。
 鈴怜の交友関係は自分が思っている以上に広いのかもしれない。
「そういえば、感想文ってここで書くの?」
「家だと思います。今のうちにメモでも書いておきましょうか」
「そうだね。でも……、私、寝てばっかりだな……」
「中止が大きかったですもんね。あと、鈴怜さん」
「?」
「鈴怜さんの分の朝ごはんを用意しているので……、持って来ましょうか?」
「自分で行くよ」
 まだまだ神崎家には自分の知らない事がいっぱいあるようだった。

 朝食を終えて、自由時間になり近くのコンビニに行く者と商店の方に行く者、お寺の散策などに分かれた。
「わたしたちはつーちゃんと一緒でいい?」
 ランとナナが着いて来た。
「代わりにノリ達は日奈森の方に行ってあげて」
「やなこった」
 ラムだけそう言って残った。
 この子は本当に面白い、と四十九院は微笑した。
「ミキ達はれいれんさんのところ」
 怒られないように鈴怜の名前を覚えたお陰で、だいぶ間違いが少なくなった。
「鈴怜さんは性格が不安定で色々と大変だからね。急に怒鳴ることも珍しくないよ。別にしゅごキャラだからって甘やかさないし。私もけっこう怒られる」
「う〜、そうなんだ」
「ただ、手は出さないから。暴力は……、あれ? 手は出してたな……。いや、暴力は嫌いな筈なんだけど……」
 赤龍にパンチする鈴怜。
 自分の思い込みなのか、四十九院は困惑した。
 今まで見て来た鈴怜は暴力の嫌いな女性だった。ヒステリー気味な性格は承知していたが、実際はどうなのだろう。
「分かんないから、やめた。とりあえず、コンビニ寄って海を見てこようか」
「賛成〜」
「天気もいいし。そうだ。臥龍から持ってきたジュース持って行こうか」
 四十九院は冷蔵庫のある台所に向かい、何本か取り出した。
 帰り際、鈴怜が荷物を入れるバッグの用意をしているのが見えた。

498Q:2014/08/26(火) 05:32:03 ID:z/cSfQcw0
egg 41

 荷物の点検だろうか、と思いつつ部屋に戻る。
 ガーディアン見習いの二人としゅごキャラと共に海岸付近の散策を目的にする。
「ところで、遊ぶ機会がなかったが……、残念としか言いようが無いな」
「大きな事故が無いだけマシだよ、お姉ちゃん」
「十々夜君はいい子だな。今回はアイスは無しだ。帰りのことを考えるとお腹の調子と相談しなければならないから」
「うん」
「……どういうことですか、せんぱい」
 柊が手を上げて質問した。
「冷たいものばかり食べるとお腹が冷える、ということだ。飲み物は熱さ対策だが……。アイスはけっこう食べただろう? 帰りの事を考えると普通のお菓子類が無難だな」
 柊と相楽にジュースを渡した。
「これ、なんのジュースですか?」
「栄養ドリンク。長期戦闘には欠かせない、という飲み物」
 と缶に書かれている。
 メーカー名は見当たらない。
「一応、聞いてみるか」
 柊達を置いて四十九院は鈴怜の下に向かった。

 たくさん買い込んだ肴類をテーブルの上に置いたままにしている鈴怜に最初にジュースのことを聞いてみた。
「臥龍のジュースというか栄養ドリンクについて教えてほしいのですが?」
「んっ? いいよ。聞いてみるね」
 先ほどの携帯電話モドキを使い、連絡を入れる。
「臥龍の中は時之都の方で? 分かりました……。お休みなさい」
 続いて別の番号を押す。
 離れて見ている分にはどう見ても携帯電話にしか見えなかった。
「この栄養ドリンクについて教えてほしいのですが……」
 相手からの声は一切聞こえない。イヤホンも付けずに音漏れを防止出来るものだろうかと疑問に思った。
「メーカー名は秘密。子供が飲んでも大丈夫か、という点は? はあ、問題無し? 本当に? お兄ちゃん専用の特別仕様とかだったら……。水で薄めた方がいいんじゃないの? 後で鼻血が出ても知らないからね。知ってる栄養補助食品だったら……、う〜」
 なにやら相手と意見の相違が出たらしく、唸り始めた。
 ここで下手になだめようとすると逆上するかもしれない、という気がして声がかけにくい。
 五分ほど会話が中断したが相手の返答待ちだった。
「どうだった? うん……。そっちの病院が独自に作った物? おもて……、ああそっか……」
 不機嫌になっていた鈴怜が表情を緩めた。
 どうやら納得出来る理由が聞けたらしい。

499Q:2014/08/26(火) 05:32:19 ID:z/cSfQcw0
egg 42

 栄養ドリンクは独自に開発したものでメーカー名を入れないのはテロ対策の為だと鈴怜は四十九院に説明した。
 自分が納得出来ない時は飲ませない、とはっきり鈴怜は言った。
 優しさと厳しさが混在する彼女の考えを理解するには時間がかかりそうだと四十九院は思った。
「長期保存出来て、暖かくても冷たくても飲めるものらしいよ。味は多少、果汁が入っている程度だとか」
「なにやらすみません」
「お兄ちゃんの飲む薬は劇薬が多いから。確認は大事だよ」
 と、言われる前にマリンや日奈森が飲んでしまっていた事は秘密にするべきか迷った。
 飲んで大丈夫だと今、聞いたけれど今回は秘密にすることにした。
 言えば機嫌を損ねる。
 合宿中は楽しく過ごしてほしいので、この事は帰ってから話そうと思った。
 鈴怜に礼を言って柊達の下に戻った。
「一応、飲んでも大丈夫そうだよ。まあ、飲んだんだけどね。なんか効きそう〜、っていう驚きは無いな……。口休め程度だ」
「そうですか」
「お姉ちゃんは鈴怜さん苦手なんだね」
「う〜ん。正体不明なんだよな……。協調性が無く、自分で行動するキャラ」
「でも、周りのことを心配してくれる」
 相楽の言葉に四十九院は頷く。
 赤龍と龍美は聞いてもいない事をベラベラと話す一方、鈴怜はとことん内に秘めて自己解決しようとする。
 知りたくても教えてくれない。
 何が気に入らないのかはっきりしないので、四十九院にとっては苦手な存在だった。
 龍緋の話しに出てくる鈴怜はとにかく人見知りで、他人と仲良くなろうとしない。
「真面目さは姉ゆずりなんだけど……、仲良くしたいな」
「鈴怜さんはお姉ちゃんのこと『智秋ちゃん』って呼ぶよね? 友達だと思っているんじゃないの?」
「苗字より簡単だからだろ、きっと」
 とは言ったものの鈴怜が友達だと思っているのなら、それは素直に嬉しい。
「つーちゃんよりちあきちゃんの方がうれしい?」
「愛称でも名前でも悪口でなければ嬉しいよ。そろそろ行こうか」
 四十九院は後輩としゅごキャラを連れて海岸を目指した。

 海岸に着くと天気は良いのに浜辺は少し荒れていた。
「どんよりしてるな」
「人は居るみたいですね」
「明日は曇りって言ってたから、その影響かな」
「浜に下りて、奇麗な貝とか探してみる?」
 相楽の提案に四十九院は頷いた。
「波が強くなっても困るから、長居はしないよ」
「は〜い」
「しゅごキャラ達も遠くに行かないこと。向こうの岩辺りで遊んでいいから。かくれんぼは禁止」
「わかった〜」
「先輩は泳ぐんですか?」
「この汚い海でか? どこの勇者がやるんだよ。写真撮影は迷惑のかからない範囲で撮るように」
 指示を出しながら四十九院は砂浜を散策する。

500Q:2014/08/26(火) 05:32:38 ID:z/cSfQcw0
egg 43

 本当なら環境客や地元の人間がたくさん集まって楽しい海水浴をしている筈だった。
 前回はさぞかし楽しかったのだろう。
 時代の流れなのか、遊べる範囲が狭まってきている。
 ニュースを主に見ているせいか、四十九院はなかなか楽しめなかった。
「暗いモノローグみたいね」
 いつの間にかダイヤが居た。
「鈴怜さんによればこの近くで産業廃棄物が捨てられていたらしい。直接、海とは関係ないかもしれないが、念のために中止にした、というのが真相だとか」
 海に流れては一大事と判断した自治体が住民達の安全を考慮して中止にした、というような情報を得たらしい。
 大きいニュースの筈なのに地元の新聞では小さく扱っていた。
「海に捨てるゴミ問題の方が社会問題として大きいから、本当に大事なことが伝わらない、気がする」
「そんな難しいこと考えて楽しい?」
「自然とそういう話題が耳に入るんだ。それよりダイヤは何を考えているのか、の方が興味あるかな」
「ふふ。ないしょ」
 空中を旋回しつつダイヤは不敵に微笑んだ。
「それより、泳がないの?」
「……どうしても泳がせたいようだな。もとより泳がないし、泳げない。病院暮らしが長かったせいもあるかも」
 目の前の汚い海を見ると更に意欲が無くなる。
「ダイヤとキャラなりさせてくれたら考えてやる」
「別にいいわよ」
 即答。

 四十九院はどれくらい黙っていたのか分からないくらい思考停止状態になった。
「………」
「?」
「……自分でもびっくりするぐらい息を止めていた気がする」
 危うく陸地で溺れ死ぬかと思った。
「では、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
 ダイヤは何も聞かずに笑っている。
 不思議とダイヤが頼もしい存在に思えた。

egg 44

 日奈森は四十九院は何でも知っていると言っていた。
 あこがれのようなものを抱いている。
 今は自分がダイヤは何でもお見通しのような気がしてならない。
「私のココロ、キーロック」
 しゅごキャラと行動を共にする時は『ハンプティ・ロック』を忘れずに身につける習慣を付けている。
 日奈森と同じように、そして彼女に負けないように。
 自分は多くの秘密を抱えている。それはもう自分だけの秘密ではない。
 しっかりと錠をかけて守らなければならない。
 守るもののために戸締りをしっかりする。それが四十九院智秋という自分のキャラだ。
 ダイヤとのキャラなり『フューチャーディメンション』
「服装の変化はあまり無いが……、暑苦しい気がする」
「ヒラヒラが多くてごめんなさいね」
「こんな格好じゃあ泳ぐより沈むだろうね」
 そんなことを呟きながら柊達のところに飛んで行った。
 まずは軽く動いて身体に慣れさせなければならない。
「わ〜、なんですか、それは」
「キャラなり」
「また新しい格好だね、お姉ちゃん」
「大勢の前では恥ずかしいがな」
 せっかくダイヤとのキャラなりが出来たので海に向かわなければならない。
 泳ぐ気はないし、水着も用意していないけれど、ダイヤのことを知るいい機会ではあった。

 柊達を見える場所から離れないように言いつけて、海に向かう。
 さすがにもぐる事は出来ないが少し上空から観察してみようと思った。
「マナーが悪いのは別に観光客だけじゃないさ」
 独り言を呟きながら旋回する。
 ダイヤの能力は未知数。
 なんでも出来るような気がするけれど何も分からない。
 ラジカリズムがそうであったようにダイヤも彼女と同じキャラなのかもしれない。
 そう思いつつも『しゅごキャラクリエイト』を発動する。
 見ている世界は停止し、精神体が抜け出るようなイメージが展開される。
「……まあ、普通だな」
「あらら。隔絶世界?」
 世界から分断されればキャラなりは意味を無くす。しかし、さすがはダイヤ。この世界でも自在に動き回る。
 末恐ろしいしゅごキャラだと四十九院は思った。

501Q:2014/08/26(火) 05:33:01 ID:z/cSfQcw0
egg 45

 世界から隔絶されたとはいえ攻撃が有利になるわけではない。
 せいぜいが冷静に物事を考える小休止程度。
「お前は『夢の世界』を行き来出来るのだろう?」
「『たまごのゆりかご』……。それが目的かしら?」
「そうだと言われれば否定はしない。連れてってもらえるとありがたいな」
 色んな出会いを重ねて四十九院はここまで来た。
「別にいいわよ」
 ダイヤは満面の笑みで言った。
「気まぐれな流星ゾーンに気をつけて」
 ダイヤの身体からたくさんの星屑があふれ出る。
 四十九院はそんな現象に驚かず、次に起こる事態に備えていた。

 キラキラと輝く世界。
 ほんの一瞬で世界は輝きで満たされた。
 遥か彼方には巨大な光りの玉のようなものがある。
 その光りの玉には行く筋もの星で出来た道が向かっていた。
「……なるほど、確かにたまごのゆりかごだ」
「みんなの夢がいっぱい詰まったたまごたちのゆりかごよ」
 星のように見えていたものは『たまご』の形をしていた。
「ここはたくさんの思い出がつながっている場所。ゆりかごで見る夢みたいなところ」
「……うむ。まさかここまで来るとはな」
 四十九院の耳元で聞き覚えのある声が聞こえた。
「我皇?」
 そう言うと彼女達の目の前にたくさんのたまご達が集まり、一つの形になっていった。
 黒と白が混ざり合う不思議な模様で出来たしゅごキャラ『我皇』が現れた。
「定期的に休憩を取る時はここで休んでいる」
「色々と聞きたいことがあるけれど、やめておく。今回は私も色々と勉強することがあった」
「色んな問題があって楽しいだろう?」
「そう考えられる我皇がうらやましいな」
「鈴怜がついに家族と邂逅したそうだね。臥龍からのメッセージは届いたから」
「うん。……生きている間に見せたかった……」
 四十九院達はたまごで出来た座れる場所に移動して、ダイヤと共に大きな光りの玉を眺める。

502Q:2014/08/26(火) 05:33:16 ID:z/cSfQcw0
egg 46

 非常にたくさんのたまご達が辺りを飛び交っている。
 その合間に様々な映像が浮かび上がる。
 ダイヤが言っていた『思い出』なのかもしれない。
「正直、私は鈴怜さんが苦手です。お兄ちゃんはどうやって付き合っていたんだろう」
「あの子は鈴にそっくりだ。ただ、真面目すぎる。友達が居るのかは分からないが、説明が下手で……。気に入らないとすぐにすねる」
「見てきたように言うけど、我皇はしゅごキャラだよね?」
「う〜ん。まあ……、ここには神崎龍緋の思い出が記憶されているからね。私は文字通り、神崎龍緋の思い出を話している」
「記憶の共有ってやつかな?」
「そうだろうね。難しい理屈は分からん」
 喋り方は確かに龍緋にそっくりだと四十九院は思った。
 ゆっくりだがはっきりした口調。とても耳になじむ。
「あの子は身の回りのことがよく見えている。薬の知識もあるし……。そうだね〜、あの子は……、話しベタだが、聞き上手だ」
「……確かに。では、会話はどうすればいいんだ?」
「尋ねたらいい。自分から話すのは苦手みたいだが、聞かれた質問には一生懸命に答えてくれるだろう」
 自分が見てきた鈴怜の印象と我皇の話しでは全然感じ方が違っていた。
 言動がおかしい理由も理解出来たし、納得も出来た。
 鈴怜は不器用な人。と、言っている自分も同じようなものだと四十九院は苦笑する。
 一生懸命に頑張る妹の姿はきっと、可愛いものだったのだろう。
 苦手を理由にして避けるのは失礼なんだろうな、と自らの行いを反省する。
「そういえば……、君……達に頼みたいことがあった」
「なんだい?」
「それはいずれ話そう。そろそろ戻った方がいい。君の能力は多大な負担だろうに」
 制限された時間の中でしか行使できないのは間違いではない。
 我皇は全てを承知している。そんな気がした。
 この世界から力を分けてもらっているからなのかもしれないが、このしゅごキャラに隠し事は出来ないだろう。
 先ほどからチラホラと自分の未来の映像も目に入っている。

 十年先か二十年先かは分からない。けれども防弾ベストを身につけて各地を旅していたり、子供を抱いている姿も映っている。
 十々夜君が泣いている映像はおそらく死亡フラグが立った時かな、と他人事のように思った。
 無数の未来を映しているのだから別段、自分がどうなるのかについては驚きはなかった。
 日奈森も色んな服装で登場しているし、ここは『そういう』場所なのだと理解した。
「もし病気でなければ……、きっと今まで出会うべき人とは会わなかったのかもしれない」
 我皇は独白する。

503Q:2014/08/26(火) 05:33:34 ID:z/cSfQcw0
egg 47

 それはもはやしゅごキャラの我皇ではなく神崎龍緋の意思そのもの。
「既に歩んでしまった道を今更後戻りする気はない。だから、後悔はしないし、してはいけない」
「………」
「君もきっと同じなのかも」
「……うん。それにせっかくお兄ちゃんがチャンスをくれたんだから、頑張るよ」
 一度は手放したノミナリズムが今は自分の側に居る。
「それから、あまり友人を怒らないように」
「なんで?」
 今の言葉はきっと鈴怜を連れてきた日奈森の事なんだろうな、と、なんとなくだが思った。
「人との触れ合いが苦手な子を連れ出しただけで充分だ」
「……お言葉を返すようですが、それはダメです」
「どうしてもダメ?」
 龍緋がそうであったように我皇も同じ反応をした。
 厳しい一面が強調されるけれど基本、龍緋は弟妹に甘い。
 だからこそ、あんなバカな兄弟ケンカに発展してしまった。
 自分に厳しく家族に甘い。少し自己犠牲的な面があるから弟達は心配で仕方ない。
「鈴怜さんはお客さんです。部外者とはいえ、連れてきたからには責任を持って対応してもらいたいんです」
 後ろに居るダイヤは微笑みながら話しを聞いていた。
「あっ……、あむちゃんよりつーちゃんがよく相手をしてたわね」
「いや、まあ、それはそうなんだけど……」
「君は放っておけない性格だったか」
「うるさいな、しゅごキャラのクセに」
 前と後ろで鋭いツッコミが入り、どっちに顔を向けようか迷ってしまった。
「うん。智秋ちゃんは実に頼もしい。安心したよ」
「成仏する気か? 何か大事な事があったと思うが」
「忘れてはいない。当初の約束は守るさ。さて、私は……我は、だったか」
「一人称はどうでもいいよ」
 ありがとう、と我皇は言った。
「では、お休み」
 そう言った後、我皇は無数の卵に分裂して散っていった。
「本当にもう……。バカ兄め」
 その後、ダイヤは何も言わずに四十九院と共に元の世界に戻って行った。

504Q:2014/08/26(火) 05:33:51 ID:z/cSfQcw0
egg 48

 『たまごのゆりかご』から戻り、しゅごキャラクリエイトを解いた後もしばらくは暗く淀んだ海を眺めた。
 今の自分の心境はこの海のような気がした。
 不安なのか不満なのか分からない。
 とにかく、物事が進まない時は叫びたくなる。
 まさしく海に向かって『バカヤロー』という状態だった。
「荒れてるわね、あなたの心は」
「それが人生と言われればみもふたもないけど……。可愛い後輩は置いていけないな」
「……もうちょっと人生を楽しく考えた方がいいと思うわ」
「若年寄りで悪かったな」
 悪態をつきながらも砂浜に降り立ち、ダイヤとのキャラなりを解く。
「ちあきせんぱ〜い」
 柊達が駆け寄ってきた。
「帰ろうか?」
「いきなりですか!?」
 四十九院が疲れきった顔をしていたので相楽は心配になった。
 そろそろ薬の時間が近いので、海から離れることにした。
「ぜんぜん楽しくないって顔してますね」
「さすがに海が荒れてたら、楽しいってならないだろ?」
 波も少しずつ強くなっている気がした。
 サーフィンするには絶好の波かもしれないが、透明度の悪い海には入りたくなかった。
「別に無理して楽しもうとか思ってないけど……。君達はどうなんだ?」
「楽しい方がいいです」
「うん」
 今回の合宿は一生懸命に楽しもうと柊達は決意していた。

 四十九院達、上級生にとっては聖夜学園最後の合宿になるわけだから。
 初日から計画が破綻し、気難しい雰囲気になり、面白くなかった。
 相楽と共に色々と考えてみたけれど現状を打破するには至っていない。
「お姉ちゃん、全然笑ってない気がする」
「そんなことは……。私は……、一日中寝転がっているよりはマシだと思ってるよ。それが良いか悪いかは別にして」
 良くも悪くも合宿に参加出来ただけで嬉しかった。それは間違いない。
 鈴怜も赤龍と出会えたし、嬉しいことの方が多い。
 それが下級生には楽しそうに見えていないのだろう。
「………。じゃあ、バカみたいに『わ〜い』って叫びながら走り回ればいいのか?」
「ちょっと……、見てみたいかも」
 正直な感想を述べる相楽。
 素直な男の子の返答に四十九院は苦笑した。
「……禁止区域でそれはちょっと……、×ゲームになるよ。うん、女の子の私にとっては辛いな……」
 本当にやってやろうかと思いはしたが、淀んだ海を目にすると足が止まる。

505Q:2014/08/26(火) 05:34:07 ID:z/cSfQcw0
egg 49

 楽しむのは大事かもしれないが海難事故に遭わない事も大事。
「本気で悩まなくても……。お姉ちゃんはかわいいな」
「こいつめ〜」
 小芝居と分かりきっていたが、四十九院と相楽はそれでも楽しかった。
「ガーディアン見習いのりっか君」
「は、はい」
「忘れ物が無いか確認し次第、帰ろうか。何かメモするなら早い内に書いておいて」
「分かりました」
 元気よく返事をする柊。
 来年の活躍が楽しみだと四十九院は思った。

 三十分後に四十九院達は寺に戻り、みんなと合流する。
 それぞれ四日間の出来事をメモに書き、意見を交換し合っていた。
「鈴怜さんは?」
「近所を回っているみたい。一緒に行こうとしたけど断られちゃった」
 日奈森は最後まで役立たずだった。
「せっかくの合宿なのに……、あんま遊べなかったな」
「社会勉強だと思えば有意義だったよ」
「そうですよ、A。楽しく遊んでいられるのは色んな人が色んな努力をした結果なのです」
 と、長く続きそうな話しが始まると思っていたが、三条は止めた。
「そこら辺のことも作文に書いて下さいね」
「え〜、ヤダ〜」
「ガーディアン見習いの君達は今回、初めてなわけだけど……」
「頑張って書きます」
「本当は楽しく遊ぶ筈だったんだけどね。ガーディアンらしい仕事が無くて困ってたんじゃないかな?」
「いえ、そんなことは……」
 辺里は柊と相楽を交互に見比べながら苦笑する。
 ちょっとした小旅行にする筈だったのに楽しんでもらえることが少なくて申し訳ないと思っていた。
 せっかく来てくれた新しいしゅごキャラ達も退屈したんじゃないかと顔を向けてみたが、案外彼らは楽しかったと言っていた。
 今回、来てもらったしゅごキャラの殆どがしっかりとした計画書を作成し、迷子対策も万全に整えていた。
 ある意味、ガーディアンより頼もしく、しっかりしていた。
 カメラ係の事をすっかり忘れていた辺里とは違い、結木を連れて風景を撮るよう指示していた。
 今回一番働いたのは結木と三条と四十九院かもしれない。

506Q:2014/08/26(火) 05:34:23 ID:z/cSfQcw0
egg 50

 一番の謎は鈴怜の行動。
 必要な道具はほぼ全て彼女が用意していたがガーディアンの殆どが気付かなかったという事実。
 カメラも結木の為のおやつも暑さ対策用の道具も持たせていた。
 戻ってきた鈴怜に尋ねても要領を得ない。
「私はみんなが楽しくしていれば、それでいい」
 そう言われると言い返せない辺里。
「……お前の思うように行動しろ」
 四十九院の言葉に鈴怜は目蓋を思いっきり開く。
「私も似たようなことを言われました。それを実践なさっているんですね、貴女は」
 そう言うと鈴怜の頬が赤くなり、視線を逸らした。
 明らかに恥ずかしがっていた。

 言葉での説明が不得意な鈴怜は自分の思ったことを行動で示していただけ。
 それを複雑な意図があるのではないか、と思い悩んでいたのは四十九院達。
 彼女の一連の行動は全て大好きなお兄ちゃんの言葉を信じた結果に過ぎない。
「へ〜、そうだったんだ〜」
 全く何も考えていない日奈森の言葉に四十九院は怒りを覚えたが耐えた。
 ノリ達も主の心境を察し、深いため息をもらす。
「鈴怜さん、こいつはこれでいいんですか!?」
 日奈森を指差して尋ねてみた。
「こ、こいつ?」
「ん〜? 呼んでもらっただけで嬉しかったよ。……それに色々と助けてもらったし、恩人に文句は言えない」
「何が恩人だ、こんな奴!」
 と、つい本音を口走ってしまった。
「自分の友達にこんな奴って言っちゃダメ!」
「!?」
 鈴怜の怒鳴り声が襲い掛かってきて、四十九院は萎縮した。
「あむちゃんと智秋ちゃんはとても仲良し。私はちゃんと聞いていたよ。智秋ちゃんが入院している時、あむちゃんは物凄い頑張ったって。あむちゃんが病気の時、智秋ちゃんが頑張ったって。それくらい互いを思いやっている仲なのに、今の言葉はひどいよ。お互いに言い合うならいいけど、第三者に向かって言うべきじゃないよ」
 恐ろしいほど流暢に分かり易い言葉で鈴怜は言ってきた。
「それにね。あむちゃんは私のこと苦手だと思う」
「えっ!?」
 日奈森が驚いた。

507Q:2014/08/26(火) 05:34:41 ID:z/cSfQcw0
egg 51

 彼女がびっくりしたので鈴怜は苦笑した。
「智秋ちゃんも私のことは苦手でしょ?」
「………」
 図星なので言い返せない。
「二人ともそっくりだから。ライバルとは言い得て妙だよね。え〜と、こういうのは心理学用語で……、なんていったっけな。同族嫌悪? 近親憎悪は……違う気がするけど、うちのことみたい」
 鈴怜は少しだけ苦笑した。
「心理学用語なんてよく知らないけど、二人には仲良くしてもらいたいな」
 今までそんなことを鈴怜に言われた事が無かった。
 苦手にしていることは感づいていたかもしれないが、気にかけてくれていたとは思わなかった。
 いつも龍緋の後を追う鈴怜というイメージしか無かったので、どう答えればいいのか分からない。
「智秋ちゃんと違って、あむちゃんのことは殆ど知らない。家族ぐるみの付き合いがあるわけじゃないし」
 一回、日奈森に顔を向ける。
「別に友達が欲しいわけじゃないし、彼女はこのままでいいんじゃないかな。感謝はすれど友達になるかは別問題だと思う」
 言っていることは正しいので日奈森も反論する気にはならなかった。
「それとも……、友達になってほしかった? 智秋ちゃん的には」
 ぐうの音も出ない、とはこのことかと四十九院は思った。
 勘違いしていたのかもしれない。
 日奈森と鈴怜は友達になったんだと。
 二人がそこまで深い仲だと思い込んでしまった。
 実際は鈴怜にその気は無く、日奈森も特段、鈴怜の事はなんとも思っていないようだった。
「参りました!」
 深々と四十九院は頭を下げた。
「あ〜! ちくしょー! 空回りじゃないか。あ〜、恥ずかしいな〜も〜!」
 叫ばないと泣きそうになる。
 そんな四十九院を鈴怜は抱きしめた。
「人生、それくらいが面白い」
 鈴怜の言った言葉は龍緋もかつて言っていた。
 失敗もまた人生の面白さ、だとか。
 そういう境地にたどり着く時、自分はどんな未来を歩んでいるのだろうか。
 そう四十九院は思った。

egg 52

 多少の騒動が起きたが、四十九院と日奈森は仲良くすることで鈴怜に許してもらえた。
 その後は淡々と身支度を整える。
「今回、部外者なのに連れてきてくれてありがとうございました。お陰でとても有意義な時間を過ごせました」
 丁寧にガーディアン達に向かって鈴怜はお礼を述べた。
「しつも〜ん」
 元気よく結木が手を上げた。
「どうぞ」
「大量に買ったあのお菓子はどうしたんですか?」
「近所の人達に配りました」
「なんで?」
 一言だけだったので鈴怜は首を傾げた。
 普通、そんな言い方は失礼に当たる、と四十九院は思った。
「わたしたちも気になってた」
「教えてください」
 しゅごキャラ達の方が丁寧に聞こえた。
 本来はしゅごキャラのように尋ねるのが正しい。なので結木の将来が心配になったのはペペも含めて数人居た。
「腐りにくい。塩分補給。この時期に配るなら妥当なものですよね?」
 そう言ったのは四十九院だった。そして、鈴怜は頷く。
「この海をなんとかして下さい、と頼みに行ったんだと思います」
「そうなんですか?」
「子供達が自由に遊べないのに大人が黙って泣き寝入りなんて、ひどい話しじゃない。でも、この問題を解決するには地域住民の協力が必要不可欠。私たちは部外者で何も出来ない。出来るとすれば頭を下げてお願いすること。私が一生懸命に考えても結局はそれくらいしか浮かばなかった」
「いや、しかし……。何故、お客さんであるあなたが」
 鈴怜はそもそもガーディアンではないし、たまたま連れてきた客人に過ぎない。
 協力する義務はないはずだと三条は思っていた。
「まさか、オレたちが困っているからっていうだけの理由ですか?」
 たぶん、それだけの理由なのだろうと四十九院は思った。
 神崎家は『お節介』が好きな兄姉達だから。
 それぞれ人の面倒を見たがるし、ボランティアにも参加している。
 姉の鈴も兄のサポートをするためだけに公務員になったらしい。しかし、何故、公務員を選んだのかは分からない。
 公務員以外にも仕事は有りそうな気がしたが、謎のまま。

508Q:2014/08/26(火) 05:35:00 ID:z/cSfQcw0
egg 53

 鈴怜はあまり喋らないけれど、周りのことをよく見ている。
 自分に出来る事は何か、常に考えていたのかもしれない。
 それが神経質に見えて四十九院達は苦手だと感じても不思議ではなかった。
「言ってくれれば、とか言わないで」
 三条の言葉を先回りする形で鈴怜は言った。
「君達は考えるのが仕事。行動するのが私の仕事。役割分担。動ける人間が動くのが自然」
「間違ってはいません。けれども、それは自分勝手な理屈です」
 藤咲は反論したが鈴怜はその言葉を予期していたのか、驚かなかった。
「でもでも〜、みんなの合宿なんだから、それぞれが判断して動いてもいいんじゃないの?」
 と、結木が言った。
「すごいこと言いますね、Aは」
「ややもガーディアンなんですけど〜」
 辺里は鈴怜に向かって一歩前に出る。
「ですが、やはり納得出来ません」
 反論の言葉は無かった。
 鈴怜は辺里の言葉が理解できないわけではない、ように四十九院には見えた。
 自分勝手なのは分かっているはずだから、反論しないのかもしれない。
「手伝いますから。ちゃんとあなたの話しも聞きます」
「もう配り終わった」
 そうですか、と辺里は言い、鈴怜の顔を見据えた。
「………」
 鈴怜も辺里の顔をじっと見つめた。

 頼めば手伝うと言うかもしれない。
 確かに目の前の少年の言う通りで反論の言葉は無い。
 ただ、自分は困っていると思ったから動いただけ。
 怒られるのは想定の範囲内。
 自分勝手なのは分かっている。
「……けれども方法が……」
 分からない。
 今にも泣きそうな顔に鈴怜がなったので四十九院はすぐに彼女に駆け寄った。
「……日奈森、ちょっと」
 日奈森も鈴怜の側に駆け寄る。
「……お前、少しはなぐさめてやれよ」
「あはは……。なかなか入り込めなくて……」
「……ほら、手でもつないでおけ」
「うん」
 四十九院に促されて鈴怜の手を握る。
 特に拒まれなかったが、彼女は強く握り返してきた。そして、小刻みに震えているのが分かった。

509Q:2014/08/26(火) 05:35:18 ID:z/cSfQcw0
egg 54

 ラン達が鈴怜の前に集まる。
「わたしたちのためにがんばってくれたんだよね?」
「……うん」
「キング小僧」
 ラムが辺里に向かって言った。
「?」
 辺里は初めて呼ばれる呼称が理解できなくて首を傾げた。
「相談も何も、この人も自分の仕事をまっとうしただけだろ。なぜダメなんだ?」
「相談しなかったからだろ」
 とノリとキセキが全く同時に答えたので、お互い苦笑しあった。
「自分で判断して行動しただけだ。他のみんなもそうじゃないのか?」
「それぞれ打ち合わせてから、行動していたよ」
 答えたのは藤咲だった。
「じゃあお客さんが自分の判断で行動しても良いんじゃないか?」
 ラムが鈴怜を擁護することにノリとマリはあえて尋ねなかった。
 一見、ラムは正論を言っているように聞こえる。
「今回は旅行ではなく、合宿。客人といえど行動する時は相談してもらいたい」
「ちょっと待ってみんな」
 と、日奈森は言った。
「……やっとやる気出したか……」
「……うっ」
 と、四十九院が囁くような声で言ったので日奈森は少し赤くなった。
「そうやってみんなで責めたら何も言えなくなるよ」
「……お前が一番……」
 と、揶揄しようとした四十九院の口をダイヤが塞いだ。そして、ノリとマリもダイヤを手伝う。
「気持ちは分かりますが……。ここはヒロインに任せましょう」
「……ごめんなさい。うちの宿主が役に立たなくて」
 ダイヤが代わりにノリ達に頭を下げた。
「方法は間違っていたかもしれない……。けど、れ……れいれんさんもみんなのことを思って頑張ったんじゃないかな? ほら、話すの苦手みたいだし……」
「そうであっても、一言欲しかったな、って思ってる」
 辺里は真面目な顔で答えた。
「珍しくピンチだね」
 という声が聞こえて鈴怜は声の主を探す。

 鈴怜の様子に呼応して、辺里達も視線をさまよわせているとクスクスが日奈森を指差した。
「いた! 頭のところ」
 そう言われて辺里達の視線が集まる。
 日奈森の頭上の更に少し上に白と黒の不思議な模様で出来ているしゅごキャラの姿があった。

510Q:2014/08/26(火) 05:35:33 ID:z/cSfQcw0
egg 55

 日奈森は一歩、身を引いて頭上を確認する。
 そこに居たのは『我皇』だった。
「……お兄ちゃん?」
「妹がピンチの時は駆けつける。そういう思念は我も……、いや、私の中に残っている」
 鈴怜はすぐさま我皇を捕まえた。
「みんなと仲良くしていたんじゃなかったのか?」
「……ごめんなさい」
「なんかあっさり謝った」
 ミキは首を傾げながら言った。
「彼女は自分勝手過ぎるので注意していたところです」
 藤咲ははっきりと言った。
「そっか……。注意されていたのか」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
 我皇を握り締めたまま鈴怜はその場に泣き崩れた。
 堰を切ったように泣き始めた。
「……泣くのは……いいのですが……。がおうさんを振り回すのは……」
 スゥが見ている側から我皇を上下に振りはじめた。手が震えているのかもしれない。
 側に居た他のしゅごキャラ達が鈴怜の手を止めようと集まった。
 力が強いのでなかなか押さえきれない。
「落ち着いてください」
「!?」
 鈴怜の頭に四十九院は拳を落した。その拍子に右手の義手が外れて落ちてしまった。
 柊と相楽はビックリして目を覆った。
 異変に気付いた栗花落と藤咲は柊達を鈴怜から遠ざけた。
「とりあえず、君達は荷物の点検をしてきて」
「わ、わたしもびっくりしちゃった」
 栗花落は柊達と一緒に現場から離れることにした。
「鈴怜さんもいい年なんですから、しっかりしてください」
「泣いても仕方ないじゃん。でも……、自分が正しいと思ったなら別に恥じることもないし。その……、あたしは立派だと思うよ。思ったことを即実行に移せるんだもん」
 日奈森が喋っている間に四十九院は落ちた義手を拾って装着を試みていた。
 内心、日奈森も義手が地面に転がるところを間近で見てしまい、驚いている。
 リアルすぎる造形の手首なので心臓の鼓動が聞こえるほど振動しているのが分かった。
 チラっと見た感じでは四十九院の手は掌が少ししかないような状態に見えた。

511Q:2014/08/26(火) 05:35:53 ID:z/cSfQcw0
egg 56

 日奈森がチラチラと義手を見てくるので四十九院は軽くため息をついた。
「大方、手首をスパッと切ったっていうイメージなんだろ?」
「えっ? いや、その……」
「実際、私もそう思ってて怖かったよ。……まあ無いんだけどな」
 四十九院は苦笑した。
「そんなことより、私の事よりも鈴怜さんに話しかけろよ」
「ん、あっ、そうだったね」
「……頑張れ、主人公」
 軽く日奈森に肘鉄を食らわせる。
 四十九院は口では色々と言うけれど、やっぱり応援してくれてるんだと思い、嬉しかった。
「ん……。みんなが出来ない事をやってのける。確かに、相談無しに行動するのはダメかもしれないけど……。れいれんさんは一生懸命、考えてくれてたんだよね?」
 部外者なのに一生懸命になって考えてくれていた。それは仲間だと思っているからなのかもしれないと日奈森は思った。
「行動には責任が付きものだ。……また一つ勉強出来たな」
 我皇は優しく言った。
「何もせず、見てみぬふりするよりはマシだ」
「……耳の痛いことを……」
 藤咲は苦笑した。
 我皇の言うとおり、自分達は話し合いばかりして行動に移そうとしなかった。出来なかった、というよりはしなかった、が正しいのかもしれないので反論は出来ない。
 鈴怜の行動を責める資格は確かに無いのかもしれない。
「どっちが悪いかなんてやめよう。みんなで頑張ればいいわけだし。れいれんさんもあたしたちも」
 日奈森はなかなかうまく説明できないのがもどかしかった。
 自分の考えを言葉にするのはとても難しいと思った。

 場の雰囲気は治まったけれど、鈴怜はまだ泣いていた。
「いつまでも泣くな。この中ではお前が一番、年上なんだから」
「……うん」
「では、私は休むから。もう少し頑張れ」
「ごめんなさい、お兄ちゃん」
 そう鈴怜が言った後、我皇は彼女の手の中から消えていった。
 側で聞いていた四十九院は龍緋の面影を確かに感じた。

egg 57

 涙を拭って鈴怜は辺里達に向かって頭を下げた。
「ごめんなさい」
 我皇の言葉のせいか、辺里達は何も言わなかった。
 見てみぬふりをしていたことをそれぞれ反省しているように四十九院には見えた。
「おい、主人公」
「う……」
「お前、×たまが居ないとモブと変わらないな。何かこう……、主人公らしいスキルでも身に付けたらどうだ? 中等部に行ったら生徒会に入れ、絶対」
「え〜!」
「その代わり、私は日奈森の居ないところで主人公になってやるよ。たぶん、高等部編から」
「あむちゃん、段々とつーちゃんが苦手になってきたね」
 ランは嬉しそうに言った。
「なに喜んでんの、ラン」
「つーちゃんはあむちゃんの将来を本気で心配してくれてるんだよ。こういう風に応援してくれる人、わたし大すき」
「張り合いのある人間でいてくれないと暇で仕方が無いだけだよ」
 と、四十九院は言った。
「後輩の面倒とか見てるよ。……少しずつだけど……」
「地味。主人公らしい行動見せなきゃ」
 ミキはばっさりと切り捨てた。
「なんだかんだ言っても、ふたりは仲良しさんですよ〜」
「そうよ、あむちゃん」
「……がんばります」
 四人のしゅごキャラに囲まれた日奈森は返事を返すだけで力尽きた。

 荷物をまとめて点呼を取り、鈴怜達は帰りの送迎バスに乗り込んだ。
「じゃあまたな」
「空海は乗らないの?」
「もともと帰省してただけだし。まだしばらくは居るつもりだ」
 それだけ言って帰っていった。
「しゅごキャラは全員居るかな?」
「全員乗りました〜」
「忘れ物も無し」
「りっか達は忘れ物とか無い?」
「お土産を買うの忘れました!」
「近くの『道の駅』に寄って買えばいいよ」
 鈴怜の言葉にそれぞれ頷いた。
 しゅごキャラ達はバスが発車するまでの間に鈴怜の側に集まり、どの座席に座るか議論を始めた。
 身体が小さいので窓には近づかない。出来るだけ飛ばない、などを取り決めた。

512Q:2014/08/26(火) 05:36:09 ID:z/cSfQcw0
egg 58

 バスが発車して三十分ほどで道の駅に着き、それぞれお土産を買う為に降りていったが鈴怜はバスの中に残った。
「あなたは降りないの?」
「うちはたくさんのお土産で溢れてるから。在庫が多くて困ってる」
「お姉さんに買ってあげたら喜ぶんじゃないの?」
「ん……」
 鈴怜はしばらく悩んだ末にバスから降りることにした。
 品物を見てから判断してもいいかなと思った。

 売店に着いてから財布の中身を確認し、日奈森達と合流する。
 置物は特に興味を引くものが無かったので食べ物コーナーに向かった。
 海が近いので海産物が豊富だった。
「キーホルダーとか買わなくていいの?」
「あんたたち、何を買おうが個人の自由でしょ」
 日奈森が鈴怜の側に駆け寄った。
「勝手なことばかり言って……。この子達のことはあんまり気にしないで」
「……何を買えば良いのか、分からない」
「無理に選ばなくてもいいんじゃない?」
「私は……、土産物店に来たことないから……。う〜ん」
 色々と物色はするけれどなかなか決まらない。
 日奈森は悩む彼女の為に目に付いたものを説明する。
「ご当地キーホルダーを集めたりは……?」
 と、言った後で土産物の店に来た事が無いと言っていたことを思い出す。
「お姉さんの好きなものとかは? あたしならパパやママの好きなもの買うけど」
「お姉ちゃんは好き嫌いしないし……。死神お姉ちゃんは死神グッズなら喜ぶと思うけど、そんなもの無いし」
 『死神お姉ちゃん』とは誰のことだろうかと日奈森は首を傾げて思った。
「……家族の好きなもの……、あんまり知らなかった……」
 鈴怜は顔を真っ青にして元気を無くした。
「そ、そんなに難しく考えなくていいんじゃないかな。あなたがお土産を用意しただけで嬉しいと思うよ。それで怒るならあたしが文句を言ってやるから」
「そうお?」
「……う。ま、まあ、あのお姉さんに文句を言えるかって言われると困るけど……」
 日奈森の脳裏には厳しい表情の神崎鈴の姿が浮かんでいた。
 何を買っても笑わない気がした。

513Q:2014/08/26(火) 05:36:29 ID:z/cSfQcw0
egg 59

 鈴怜を気にしつつ日奈森は自分の買いたい物を選んでいく。
 妹の分を選び終わった所で鈴怜の側に向かう。
「まだ決まらないんですか?」
 今まで的確に買い物を済ましていた鈴怜が何も選べていない。
 同じところを何週も回ったりしている。
「難しく考えなくても」
「……どうしよう」
 日奈森の言葉が耳に届いていないのか、鈴怜は間違ってはいけない、というような強迫観念に襲われていて焦っているようにも見える。
「れいれんさん、れいれんさん」
 何度か呼びかけて、肩を叩いてみた。
「落ち着いて」
「……ああ、どうしよう」
 たかがお土産を買うだけなのに、と思っていたが鈴怜はひどく怯えているようだった。
 声をかけても不安そうな表情は変わらず。
「お土産を買わないと怒られるの? そうじゃないでしょ?」
「……何も決まらないと……、怒られる……」
「誰に怒られるの?」
 あまりにも怯えている鈴怜の様子に店員も気付き、近寄ってきた。
「どうしました?」
「あ、いや、なんでも……。大丈夫だから、あはは」
 他のガーディアンメンバーも異変に気付き、買い物が終わった者から駆け寄ってきた。
「えっと……、その……。つーちゃん、助けて」
 そう言われた四十九院は大きなため息をついた。

 しゅごキャラ達と辺里達は買い物を続行させたが相楽と栗花落が鈴怜の側に駆け寄った。
 四十九院は鈴怜の背中をさする。
「買い物しないと怒られる家なの?」
「そんなことはない、はずだ。ただ、責任感の強い人間が住んでいるからな」
「お姉ちゃん、僕も一緒に選んであげるから泣かないで」
「私が知っている鈴さんは確かに厳しい人だけど、お土産を買わないだけで怒るような人ではないと思う」
「ちょっと本人に聞いてみようかな」
「ダメ!」
 日奈森は携帯を取り出して神崎鈴に直接、連絡しようとした。しかし、気が付いた鈴怜に止められる。
「ど、どうして……」
 鈴怜の行動が全く理解できない日奈森。しかし、ラン達は前にも似たようなことがあった気がして、日奈森を外に連れ出す。

514Q:2014/08/26(火) 05:36:46 ID:z/cSfQcw0
egg 60

 店に迷惑がかからないように黙って外に出た日奈森達は重い空気から解放されて、ひと時の安らぎを感じた。
「それで、急にどうしたのさ」
「れいれんさん、昔のつゆりんと似た状態じゃないかなって思って」
「?」
「ほら、忘れちゃった? つゆりんは『嘘』に関わる事があると暴走しゃったでしょ?」
「そうだっけ?」
 嫌な事は忘れようとしていたせいか、奇麗に忘れていた。
 それでも言われてから少しずつ思い出す。
「今回は嘘とか関係ないよね? あとしゅごキャラは家に居るはずだし……」
「きびしい家庭で育ったせいかもしれないって話し」
「スゥたちにできることは怖くないって言うことかもしれませんね〜」
 ダイヤは会話に参加せず見守っていた。
「ネガティブな思考の持ち主なら……」
「オープンハート?」
「あむちゃんの得意技」
「がんばってくださいです〜」
 オープンハートをする、ということはキャラなりしなければならない。
 鈴怜を一旦、外に出した方がいいのだろうか、と思ったが中も外も客でいっぱいになっていた。
「話しは全て聞かせてもらったぞ、モブ野郎」
「モブやろう?」
 そんなことを言う人間は日奈森の中では四十九院しか居ない。
「オープンハートは×たまを浄化する技だし……」
「そんなことはないさ。ハンプティ・ロックの力を借りれば出来ないことは無い。ようはお前が自分の成すべきことを信じればいい」
「うむ。主殿の言う通りです」
「私が主人公なら問題ないけど、今はお前が主人公だ。あと、ロック忘れたなら貸すよ」
 日奈森は頼もしい四十九院の言葉に背中を押された、ようには感じなかったが、ここは自分が主人公として動かなければならない気がしたのは事実だった。
「頑張ったら、お前、じゃなくて『ひーちゃん』って呼ぶよ。いい加減、苗字で呼ぶのも悪い気がしてきたしさ。あむだから『あーちゃん』の方がいいか?」
「呼び方は後で話し合おう。とにかく、頑張ってみるよ」
 恥ずかしいけど、と口には出さなかったが胸の内で言った。
 とはいえ、キャラなりは人前でするのは恥ずかしい。なかなか一歩、前に踏み出せない。
「お前達の宿主は面倒くさいやつだな」
「そこがまた可愛いところよ、つーちゃん」
 四十九院の言葉にダイヤは笑顔で答えた。

515Q:2014/08/26(火) 05:37:00 ID:z/cSfQcw0
egg 61

 人前でのキャラなりは何度も経験しているとはいえ、知らない土地に来ると調子が狂う。
 まして、今の時間帯は旅行客が意外と多く行き交っている。
 チラッとラン達を見る。
 今の気温と露出度を考えればミキとのキャラなりが妥当かなと思った。
「……仕方ないな……。私のココロ、キーロック」
 日奈森の心情を察した四十九院がキャラなりを唱えた途端に右手の義手が転がり落ちた。
「………」
 一度、落ちた義手に視線を向けたが無視することにした。
 今回はラジカリズムとのキャラなり『ダイヤモンドブレイカー』になった。
「修理してもらわないとダメだな、きっと」
 拾った義手を付けてみたが塩梅は良くなかった。
 オレンジ色の派手な衣装に周りの観光客達の視線がいくつか集まった。
「……今のうちにあむちゃん」
 と、ランが言った。
 四十九院が視線を集めている間に日奈森は覚悟を決める。
「ありがとう、つーちゃん。……あたしのココロ、アンロック」
 夏らしくミキとのキャラなり『アミュレットスペード』になった。
「お礼は荷物持ちな。なんか手がくっつかないんで」
「わかった」
 二つ返事で答えて日奈森は店内に戻る。

 店内では柊達が鈴怜の側に居た。
 主に彼女に声をかけていたのは無数のしゅごキャラ達だった。しかし、それでも鈴怜は何かに怯えたような状態のままだった。
「あむちゃん」
「うん?」
「れいれんさんのココロの声、聞こえる?」
 そう言われて日奈森は胸の前で両手を握り合わせる。
 久しくキャラなりしていなかったけれど、キャラなりした時は様々な声が聞こえていた。
 今回は目の前の鈴怜。
「……なんか怨念みたいなドス黒いオーラを感じるんですけど……」
 以前もそうだったし、今回も鈴怜は様々な強迫観念に縛られている。
 大半が『早く決めなきゃ』や『迷惑がかかる』などの言葉が多い。
 『お前は自分で決めることも出来ないのか』
「ん?」
 『周りに迷惑をかけるな』
 実際には鈴怜が喋っているわけではない。
 彼女の身体から湧き出ている黒いオーラから聞こえている。

516Q:2014/08/26(火) 05:37:17 ID:z/cSfQcw0
egg 62

 黙って聞いていると腹が立つものばかりなので日奈森の眉根に力が入って来る。
 既にしゅごキャラが生まれた彼女がどうしてネガティブな思考を持っているのか、全く理解できない。
 厳しい性格とはいえ、感情の起伏が激しい。
「しゅごキャラの影響なのかな?」
「もしかして、もう一つしゅごたまが生まれているのかも」
 と、ミキは言ったがしゅごたまの気配は感じない。
 鈴怜の側に居たしゅごキャラ達が日奈森の下に集まってきた。
「我らも手伝おう」
「ありがとう」
 たくさんのしゅごキャラが集まっても、正直、対処方法は浮かばない。
 鈴怜のネガティブ思考は離れていても強固だと分かるほどだった。
 並大抵のオープンハートでは無理だと身体が訴えている。
 打破できる者が居るとすれば赤龍や龍緋のような者かもしれない。
「……ここにはあたし達しか居ない。あたしがやらなきゃいけない」
「あむちゃん……」
 大きく深呼吸して日奈森は鈴怜に向き直る。
 鈴怜に近づいて、彼女の背中を思いっきり叩いた。
「!?」
 今の殴打で物凄い黒いオーラが噴出し、日奈森の身体に浴びせられた。
 一瞬の出来事の間に様々な負の感情がぶつかって飛んでいった。
 意識を吹き飛ばされそうになったが懸命に踏みとどまった。それはミキや他のしゅごキャラ達が日奈森の身体を支えてくれたお陰かもしれない。しかし、身体の大部分が黒く染まってしまった。
「何も怖い事は無いし、誰もあなたを責めていないよ」
「………」
 もう一度、背中を叩く。
 今度は少しだけオーラが出た程度だった。
「迷惑がかかってもいいじゃん、ってわけにはいかないよね」
 日奈森の顔の半分を黒く染めていたオーラは蒸発するように少しずつ光りに還っていく。
「でもさ、あなたが考えていることは妄想でしかない。実際にお姉さんが怒ったりするのかな?」
「……怒るかもしれない」
「そんなことはない!」
 日奈森は怒鳴るように言った。
「今回の合宿にあなたを誘った時、お姉さんは嬉しそうだった。そんな人がお土産で怒ったりしない。あたしに任せるって言ったもん」
 任せる、ではなく責任は取る、と言ったかもしれないと日奈森は思ったが無視した。
 同情はせず、ネガティブな回答は跳ね除ける決意で臨む。
 鈴怜を救うには徹底的にポジティブをぶつけるしかない。

517Q:2014/08/26(火) 05:37:32 ID:z/cSfQcw0
egg 63

 しゅごキャラが生まれたのだから言葉は通じる。
 呼びかけにも反応してくれる。
 だから、大丈夫。
「これ見て、れいれんさん」
 胸の前で指をハートに形作る。
「オープンハート?」
「そう。どんなネガティブも浄化する技だよ」
 少しの間、鈴怜は日奈森の手を見つめた。
 指の輪の中心にはハンプティ・ロックが輝いていた。
「あたしからみて何でも出来るれいれんさんがお土産で悩むなんて信じられない。鈴さんは確かに厳しい人かもしれないけれど、心の狭い人には見えなかったよ」
 神経質なまでに細かい注文を受けた覚えは無いし、何度か家にお邪魔した時も快く出迎えてくれた。
 多少は規律や規則にうるさい面もあったけれど、家族のことを大事にしているのは感じ取れた。
 姉ではなく、鈴怜の心に問題がある。
 先ほどから鈴怜の心の叫びが聞こえている。それは過去にあった出来事なのかもしれない。
 黒いオーラと共に大半は霧散していったけれど、まだまだ彼女の中にはネガティブな想いが残っている。
「しゅごキャラが生まれて、お兄さんと出会えた。いつまでもつらいことを引きずっていたらダメだと思う」
「……うん」
「年上に対して生意気かもしれないけどさ」
 鈴怜は首を横に振る。
「あむちゃんにはたくさん助けてもらった。智秋ちゃんは怒ってたけど、私は嬉しかった」
 ゆっくりと鈴怜は日奈森に向き直る。
「仲間じゃないかもしれないけれど……」
「仲間で良いよ」
「ありがとう。年上としてしっかりしなきゃね」
 軽く頬を叩き、鈴怜は笑顔を向ける。
「……ネガティブハートにロックオン」
 鈴怜は日奈森の言葉に合わせて、自らも指でハートを形作る。そして、二人同時に言った。
「オープンハート」
 日奈森から鈴怜へ。
 しゅごたまを持つ者のみが見ることの出来る光りの本流。
 ハートからハートへ流れ込んでいく。

518Q:2014/08/26(火) 05:37:47 ID:z/cSfQcw0
egg 64

 鈴怜の中にわだかまる黒いオーラは次々と浄化されていく。
 ×たまを持っているかどうかは日奈森は無視することにした。
 難しい理屈は分からない。
 ただただ、鈴怜の力になりたい。その一心だけだった。
「………」
 目いっぱい出しつくした。
 急激な疲労感でキャラなりが解ける。
「……れいれんさん?」
 恐る恐る彼女に顔を向けると目蓋を閉じたままその場でじっとしていた。
「……うん。君は不思議な人だね」
「そうかな」
 鈴怜は両手を合わせつつ日奈森ににっこりと微笑んだ。
「色々と迷惑をかけちゃったね」
「気にしないで」
「……それでその……、せっかくだから……」
「?」
 いいにくそうにしながら鈴怜は何度か呼吸を整える。
「お土産を……、一緒に選んでくれる?」
「もちろん」
 日奈森はほぼ即答した。

 一連の様子を盗み見ていた四十九院は『よしっ』と小さく言った。
 その後は知らない顔をしつつ日奈森達と合流する。
「荷物は十々夜君に任せてもいいだろうか?」
「わかった。お姉ちゃんも大変なんだね」
「気苦労が絶えないよ。……なんでこいつらに気を使わなきゃいけないんだ、って思うことは多々ある」
 四十九院の言葉が聞こえた日奈森は苦笑した。
「いろいろ言っても助けに行くんだから、お姉ちゃんはすごいよ」
 相楽に誉められるのは素直に嬉しかった。
 きっと将来のお婿さんかもしれない、と四十九院は思った。
 それは冗談ではなく、臥龍の中で見た未来だからでもなく。
 自分の血肉を受け継いだのだから、立派になってもらわなければならない。そう思うと将来まで付き合うパートナーになるのは必然だと思ったからだ。

519Q:2014/08/26(火) 05:38:02 ID:z/cSfQcw0
egg 65

 今、そう思ったわけではなく、常日頃からの付き合いでもあり、義手のことも受け入れている。
 とはいえ、将来のことなので枝分かれする未来が無いわけではない。
「かっこ悪いお姉ちゃんで申し訳ないな」
「完全無欠の主人公なんて居ないよ」
「居るかもしれないよ」
 お互い笑いあいながら買い物を続けた。

 一通りの買い物が終わり、それぞれが荷物を積み込んだりトイレに行っている頃、四十九院は日奈森と共に最後の買い物のための品定めを行っていた。
「あーちゃん」
「ち、ちーちゃん?」
「急に変えると変な気分になるな」
「そうだね」
「それはそうと、酔い止めの飲み物は買いましたかな?」
「忘れてた」
「飴でもいいんだが……。しゅごキャラ達の為に細かく砕けるものがいいな」
 四十九院達を離れた位置から見守っていたしゅごキャラ達は会話の邪魔をしないように見守っていた。
「一時は敵対するかと思ったよ」
「普段は大人しい方なのだが……」
「あむ殿の前では天の邪鬼キャラが出てしまうらしい」
「ところでラムは?」
「バスの中で寝ています。帰りの道中はみんな寝るようですよ」
「移動だけなのになんで疲れるんだろう?」
 それぞれが話しているうちに宿主たちの買い物が終わり、一堂はバスに戻った。
 点呼確認を終えて、いよいよ帰宅の途につく。
 しゅごキャラ達の殆どは鈴怜の側で静かに眠りに着いた。
 ガーディアン達もお喋りはせず、身体を休めるのがほとんどだったが結木は景色の写真を撮り続けた。
 後半は鈴怜が引き継ぎ、最終的に子供達としゅごキャラは眠ってしまった。
「うん、シートベルト良し」
「最後は鈴怜が残ったか」
 シートの背もたれに我皇が立っていた。
「また来たの?」
「色々と打ち合わせがあってな」
「酔い止めはちゃんと飲んだよ」
「そうか。……もう言う事はないな」
「……うん。だからお兄ちゃんは天国から無理して降りてこなくて良いよって伝えて」
 我皇は黙って頷いた。

520Q:2014/08/26(火) 05:38:19 ID:z/cSfQcw0
egg 66

 それからしばらくしてバスが止まり、運転手が交代した。
 鈴怜は眠気対策の飴や飲み物を運転手に勧めた。
「安全運転をお願いします」
「頑張ります」
 両手の拳に力を込めて、鈴怜は頷いて席に戻った。
 それからすぐにバスは動き出した。
「……もうすっかり……、……大人になったんだな」
「そうだよ。でも成人になったわけじゃないから」
「頼もしいな。じゃあ、家に帰るまで子供達の面倒を頼むよ」
「はい」
 そう返事をした時に我皇は霧散するように消えた。

 鈴怜はしゅごキャラと子供達の寝相を確認しつつ、写真を撮ったり運転手に運転の邪魔にならないように気をつけながら話しかけた。
 そして、夕暮れすぎに送迎バスは聖夜学園に到着する。
 長い道のりだったが何事もなくそれぞれ安堵した。
「もし、家に帰るのが困難ならうちに泊まるといいよ。君達くらいの人数は受け入れられるから」
「ふらふらしたまま帰るのも危ないですし、お言葉に甘えましょうか」
「では、帰ることの出来る方はここでお別れです」
 たっぷり睡眠したしゅごキャラ達はそれぞれ宿主の下に帰って行った。
「ナナ達はどうするの?」
「暗いしな……。泊まろうか」
「食事は?」
「作ってあげるよ。お風呂もトイレもあるし」
 それぞれ議論を交わし、神崎家に泊まる者とそのまま帰宅する者に分かれて合宿は終了した。
「そうだ。写真、たくさん撮ったけど確認しておいて」
 カメラを結木に渡し、鈴怜達は去っていった。
「あ〜、疲れた〜。ずっと座ってただけなのに」
「あむちゃん、おつかれさまです〜」
「さてと、感想文を書かないとね。……結局、海水浴も山登りも出来なかったな」
 海対策の為に登山計画は立ち消えになってしまった事を思い出す。というよりは山の事はすっかりメンバーの中から消えていた。
 簡単に解決出来そうで出来ないのが悔やまれる。
 とはいえ、有意義な合宿になったのは間違いないと思った。

521Q:2014/08/26(火) 05:40:04 ID:z/cSfQcw0
とりあえず、合宿編は投稿し終わった。

今回はここまで。まだテキスト4つ分あるので続きます。
合宿は2つ分です。

522Q:2015/01/13(火) 05:51:33 ID:z/cSfQcw0
訂正事項。

すでにオフラインでは修正済みだが。
『一之瀬』ではなく『一之宮 ひかる』が正しい。
これはアニメ版に準拠します。

いよいよ、オフラインでは卒業式を終えてラストスパートとなりつつあります。
どう終わらせればいいのか、まだ決まってません。
高校生編とか外伝とか。

まだ少し新キャラ出ます。が、激しいバトルはほぼありません。
ルルも出ますが、戦いませんし。
謎なキャラも居るけど、ゲスト出演みたいな扱いになってます。

523Q:2015/05/27(水) 05:15:07 ID:skjYNMgM0
『Gothique noir』第十八部

egg 1

 合宿を終えて一ヶ月があっという間に過ぎて夏本番となった。
 気温は二十五から三十度を維持し、雨はあまり降らなかった。その代わり、異常なほどの強風が吹き荒れることがしばしばあった。
 台風も次から次へとやってくる。
「あっつい……」
 教室の机で日奈森は突っ伏していた。
「今日は風があるから、そんなに熱い方じゃないよ」
「来週はゲリラ豪雨になりそうだって」
「傘が壊れる〜」
 友達と談笑しつつ、日奈森は四十九院の席に顔を向ける。
 今日、彼女は欠席していた。
 定期健診だと聞いていても欠席されると寂しい。
「………」
 四十九院の代わりラジカリズムが教室にやって来ていて今は窓の外を眺めていた。
 普段はテンションの高いキャラだが、ここ数日は大人しく、何も喋らない。
 無視しているというよりは元気が無いように見えた。
 教室から出る事はなく、イタズラもしない。

 昼休みになり、ラムをロイヤルガーデンに連れて行った。
 既に柊達、ガーディアン見習いが来ていて花壇の清掃を行っていた。
「あむ先輩、お疲れ様です」
「君達もご苦労様。ひかる君は今日もサボリ?」
「さあ? 一度も手伝ったことないですけどね」
 口を尖らせながら柊は言った。
 『一之宮ひかる』
 一年生で三人目の見習い。
 学校が終わるとすぐに帰ってしまうので真城りまのようなキャラだと言われている。
「それよりラムちゃんの様子はどうですか?」
「相変わらず」
「病気ってわけでもなさそうだけど、熱は無いみたい……」
 柊が触れてもラムは嫌がらず、黙ったままだった。
「つ……、ちーちゃんが言うには将来への不安が影響してるらしいんだけど……」
 宿主はそう言っていても日奈森達は心配だった。
 ×キャラ化の前触れかもしれないと思うくらい。

524Q:2015/05/27(水) 05:15:30 ID:skjYNMgM0
egg 2

 しばらくラムは日奈森家が預かることになった。というか、あまりにも心配だったので四十九院に頼んで許可を得た。
「この、お人好しめ」
 と、彼女は苦笑しながら言っていた。
「ちーちゃんが言うように心配しすぎじゃない?」
「食欲はあるようだし」
「他人のキャラなのに……」
「こっちの言う事はちゃんと聞くし、勝手に居なくなったりしないし」
 その代わりダイヤはよく居なくなる。
 筆談も試みたが、喋らないわけではなく、返事をする時がある。
「本人にも分からないのかもしれないよ」
「そっか〜。でも、いつでも相談に乗るからね」
 ラムは日奈森の言葉が聞こえているのか、いないのか。返事は返さなかった。

 ラムはとても大人しく過ごしていた。
 妹も振り回さず、気が付いた時は声をかけるようにしていた。
 窓を眺めて、卵の中で眠る生活が続いていたが、ご飯時はちゃんと台所に来る。
 食が細いのか、二口三口ほどで食べるのをやめてしまう。その時は気だるそうにしていた。
「病気かもしれないわね」
 と、日奈森の母のみどりも心配していた。
「うつ病かもしれないけど、しつこく構うのも逆効果かもしれない」
「ノリとマリは元気なんだけど……」
「元気出してね、ラム」
 それから定期健診を終えた四十九院がラムを引き取ったが元気は回復しなかった。
「う〜ん、五月病かな〜?」
「燃え尽き症候群かもしれませんな」
「うつ病?」
「……たぶん、全部同じ病に行き着くと思うな。急な変化はしないだろうから、無為な日常を過ごしてもいいんじゃないか?」
 自分のしゅごキャラなのに、と日奈森は反論しそうになったが打つ手が無いのも事実だったので言葉は飲み込んだ。
 放置することにした訳ではなく、四十九院はラムをとても可愛がっている。
 普段はケンカっ早いノリ達も親身になって心配していた。
「お前が我のケーキを勝手に食べたとか」
「私の大事にしていた小物を紛失したとか」
「そんなことが万が一にあったとしても! 許そう」
「正直に言えば楽になるぞ」
 ノリとマリはラムが犯人だと決め付けた上で尋ねているように日奈森には聞こえた。
 せっかく仲良くしようという雰囲気を感じたのに台無しになった気がした。

525Q:2015/05/27(水) 05:15:52 ID:skjYNMgM0
egg 3

 そんなやり取りにも関わらず、四十九院は静かに微笑んでいた。
「二人とも、ラムはそんなキャラじゃないよ」
「む……」
「私のキャラがラムに影響しているだけだ。だから、しばらくこのままだ」
「……主殿がそうおっしゃるのであれば……」
 四十九院はラムの頭を優しく撫でる。
「どうにもならない時はどうにもならない。……たぶん、お前はそういうキャラなんだろう」
 顔だけ宿主に向けたが特に表情は変化しなかった。

 数日後、ロイヤルガーデンに久しぶりにセラが訪れた。
 彼は前と変わらず無表情のまま辺りを移動し、ガーディアン見習いを観察するように見つめた。
「あむ先輩。この子は初めてさんですよね?」
「そうだっけ?」
「はい」
「この子はセラ。最強のしゅごキャラだよ。少し大人のガーディアンみたいな組織のしゅごキャラ」
 日奈森は確かめるように言った。
 正式名称を知らないので説明が難しいと思った。
「あと、この子は喋らないから。話す時はメモ用紙を使うの」
「耳が悪いんですか?」
「違う違う。喋れないの」
 セラはテーブルに降り立ち、懐からメモ用紙とペンを取り出した。
 身体の大きさを考えると明らかに仕舞えない大きさのメモとペン。
 ミキも時々、出してくるけれど原理はしゅごキャラも知らないらしい。
 首を傾げる日奈森をよそにセラは文字を書いていった。
「初めまして……。わあ、きれいな字〜。こちらこそ、はじめまして」
「見た目は怖いかもしれないけど、守ろうとする気持ちは人一倍強い子なんだ」
 スゥがセラの為にお菓子と温かい飲み物を運んできた。
「今日はお一人ですか〜?」
「………」
 セラは頷いた。
 飲み物を一口飲んだところで、セラは表情を和らげる。
 オフモードと呼ばれるセラの待機形態。
 この状態になると比較的、様々な表情を見せてくれるようになる。
「えっと……、今は……。あむ先輩、これなんて読むんですか?」
「小休止。つまり一休みってことじゃない?」
 メモに書きつつ、柊達と会話する。
「やっは〜い。来たよ〜」
「あっ、キランも来たんだ」
 輝く笑顔を振り撒きながら黄色の色調のしゅごキャラが飛んできた。
「むこうのがっこうにはしゅごキャラがほとんどいないみたいだから、ちょっとさびしかった」
「こっちはこっちで多すぎだと思うけど」
「ひなこちゃんは元気?」
「うん。ともだちができたみたい。わたしもともだちとあそんでいいって言われたから」
 キランはさっそくセラの下に向かった。

526Q:2015/05/27(水) 05:16:16 ID:skjYNMgM0
egg 4

 日奈森は一瞬、セラがキランを撃退するのでは、と思った。しかし、実際は大人しくキランを見つめるだけで何もしなかった。
「あは。わたし、キラン、よろしくね」
 さっそくセラはメモ用紙に『よろしく』と書いた。
「セラだけだと静かだね」
「解説役のクリミアが居ないと話しが進まない気がする……」
 人の二倍は話すクリミアの存在が切望される。
 セラは何か思い出したらしく、てのひらに拳を落す仕草をし、メモ用紙に文字を書く。
 書き終わった紙を日奈森に渡す。
「……難しい字……は無いか」
 メモには『域墹沮泪』の居るシェアハウスの住所が書かれていた。
 来客の日時、不都合な時間帯。電話連絡不要など。
「遊びに行っていいってこと?」
 返信の為の言葉はすぐさま紙に書かれる。その仕草はとても素早かった。
「大勢は無理だけど……、将来についての……アドバイスなどを受け付ける」
「セラのところにはどれくらいのしゅごキャラが居るの?」
 ランの質問に五体くらいとセラは答えた。
「二百人じゃなくて?」
「ハウスには五人くらいしか居ないって意味じゃない?」
 ミキの言葉にセラは頷いた。
「しゅごキャラさんはそんなに居ないんですね〜」
「ここには十人以上も居るけどね。……行ってみたいけど、真面目な話しは苦手だな〜」
 セラがまた文字を書き始めた。
「えっと、そろそろ失礼する。用件は以上。面白い話しが無くて申しわけないな」
「まじめさんですからね〜」
 表情を引き締めた後、セラは飲み物を片付けて去って行った。

 セラと行き違いになるように新たなしゅごキャラが訪れた。
 袴姿で小豆色の髪のカムイと黒猫のポゥと黒犬のドイルの三人だった。
「ご無沙汰しています」
 と、カムイがまず挨拶した。
「また新しいしゅごキャラだ〜」
 柊の言葉に驚いたポゥ達はカムイの背中に隠れた。
「カムイだよね? 後ろの子達も見覚えがあるけど……」
「ポゥとドイル。以前はお世話になったそうで」
 顔見知りの日奈森が居たので、二人はすぐさま彼女の元に飛んで行った。
「お姉ちゃん」
「この前はありがとう」
 二人は揃って頭を下げた。
「どういたしまして。以前、迷子になっていたところを助けた事があって……」
 日奈森はみんなに簡単な説明を話した。
 人見知りするのか、ポゥ達は知らない人間には近づかない。

527Q:2015/05/27(水) 05:16:34 ID:skjYNMgM0
egg 5

 カムイ達に飲み物とお菓子を用意したところで、ガーディアンの他のメンバーがやってきた。
「新しいしゅごキャラ?」
 結木はポゥ達に近づいた。
 急に大きな人間が迫ってきたので二人は逃げ出してしまった。しかし、すぐにカムイは彼らの背中を掴む。
「こらこら。ここに居る人間はみな仲間だよ」
 一気にしゅごキャラが増えたので『しゅごキャラハウス』にそれぞれ移動した。
「このところ×たまなどが見当たらなくてな。その手の情報は無いに等しい」
「こっちもだけど」
「だからといってネガティブな気配が無いわけではない。推測ではあるが……、宿主の中に潜んでいるのかもしれない」
「……まじめな話しでちゅね」
 しみじみとペペは言った。
「……期待されても困るがな」
「じゃあ……、神崎さんちのコイルちゃんの遊び相手になるのはどうかな? 今度、あみを連れて行こうかと思ってるんだけど」
「コイルちゃん?」
「あのコイルちゃん?」
「そのコイルちゃん。他には居ないだろう」
 名前を呼ばれたと思ったコルクは首を傾げたが、すぐに自分ではないと気付いた。
「あの家にはさくらが居るが……。行ってみるか?」
 さくらと聞いてドイル達は互いを抱きしめあい、ブルブルと震えだした。
「おい、カムイ」
 と、遠くから四十九院が声をかけた。
「お前はさくらに会った事があるのか?」
「あるけど、どうかしたか?」
「リベンジしたい。私も行く」
 四十九院の言葉が理解できなかったのか、カムイは首を傾げた。

 日曜になり、四十九院と日奈森は神崎家の前で落ち合った。栗花落も約束はしていなかったがやってきたので日奈森は少し驚いた。
 すぐ後にカムイ達も姿を見せる。
「いよいよ、最終決戦だな」
「ラスボス扱い!?」
 そんなことを言いながらインターフォンを鳴らし、家の中に入った。

528Q:2015/05/27(水) 05:16:58 ID:skjYNMgM0
egg 6

 玄関口にはいくつかの靴が並んでいた。相変わらずスリッパの数は足りていなかった。
 日奈森は妹にスリッパを渡して靴下のまま客間を目指した。
「いらっしゃい」
 出迎えてくれたのは龍美のはずだった。
 鈴怜とほとんど顔が一緒なので丁寧な挨拶をされると見分けがつかない。
「おじゃまします」
「あむちゃんとあみちゃん、ようこそ」
 丁寧に挨拶してきたのはコイルだった。
 さっそくしゅごキャラ達はコイルの所に向かった。
「今、飲み物を用意するから適当に座ってて。あと、赤龍は風呂場に居るから」
 赤龍を呼び捨てにしたので彼女は龍美であると確信した。
 鈴怜は家族を呼び捨てにしないからだ。
「さくらに会えますか?」
「おっ、いよいよ決戦か? 部屋に居るから。でも、ヨルって子が居ないと話しが出来ないんだっけ?」
「そうですね。でもいいんです」
「んっ? 今、誰か呼んだかにゃ?」
 どこからともなく猫型のしゅごキャラ『ヨル』が現れた。
「えっ!? なんでヨルが居るの?」
 居て悪い事はないけれど、何故という疑問がそれぞれ浮かんでいた。
 ヨルは眠そうな態度のまま空中を漂っていた。
「さくらの言葉を通訳してほしいから、一緒に来てくれる?」
「めんどうくさいにゃ〜」
 と、言っているヨルをノリとマリは引っ張りながら四十九院達は移動していった。

 栗花落は龍美に話しかけ、残った日奈森は椅子に腰掛けた。
「おねえちゃん」
 と、妹に服を引っ張られた所で日奈森は我に返る。
 正直、ここに何しに来たのか忘れていた。
「ごめんごめん。コイルちゃんは……、あれ? さっきまで居たのに」
「二階の本棚の部屋に行ったと思うよ。行っておいで。おやつを持ってってあげるから」
「は〜い」
「赤龍は風呂掃除中。のぞくだけなら行ってもいいよ。ちゃんと声かけないと水をかけられるから」
「分かりました」
 作業の手を休めずに龍美は応対した。
 それらの様子をカムイ達は感心しながら見つめる。

529Q:2015/05/27(水) 05:17:15 ID:skjYNMgM0

egg 7

 カムイ達がついて来ないので日奈森は首を傾げた。
 一応、声をかけて妹と共に移動する。
 先に移動した四十九院は大きな扉の前で深呼吸した。
 目の前には二周りほど大きな扉がある。
「……よし」
 と、気合を入れる。
 さすがにいきなり飛び掛られる事はないはずだと思ったが、やはり大型の猛獣は怖い。
 なかなか扉を開けられない。
「おっ、まだ居たか」
 数分ほど格闘していたら声をかけられた。
 両手にお盆を持つ龍美だった。
「今、中にお客さんが居るんだ。可愛い子だけど。智秋ちゃんはさくらが苦手だってね」
「……まだ慣れてないだけです」
「無理はいけない。心臓に悪いから。じゃあ、開けるから、私の後ろに居なよ」
 口を尖らせつつも四十九院は龍美の背中に張り付いた。
「子供はそうしている方が可愛い」
 龍美の言葉に反論出来なかった。
 意地悪だったりからかうつもりで言ったのではなく、純粋に可愛い四十九院のほうがいいと思っているのだろう。
 ことあるごとに可愛くないぞ、と言われていた。
 今回はさすがに気丈に振舞えない。歳相応な小学生だった。

 お盆を廊下に置いてから龍美は扉を開ける。
 光りが視界を覆うような視覚効果は無く、物凄い音量の騒音も聞こえない。
「ほら、さくらは今、寝てるから見てみな」
「はい」
 おそるおそる龍美の背中から部屋の中を覗き込むと、前に見た恐ろしい顔の猛獣が居た。
 さくらは外の光りを浴びつつ寝転んでいた。そして、側に金髪の少女が一緒に寝ていた。
「………」
 言葉が出ない。
 前に見た時と同じくデカイ図体だな、と思った。
 改めて見ると迫力のある獣だった。寝ているとはいえ、簡単には近づけない。
「触っても大丈夫だよ。さくらは怖い顔してるけど、慣れたら可愛いもんだよ。あと、いきなり顔を舐めたりしないから」
 龍美が先行してさくらに近づいた。

530Q:2015/05/27(水) 05:17:38 ID:skjYNMgM0
egg 8

 寝ている筈のさくらは龍美の気配に気付いたのか、ゆっくりと頭を上げる。それだけで四十九院の背筋に緊張が走る。
「近づくのが無理ならしゅごキャラに通訳させてみたらどうかな? 何か聞いてごらん」
「は、はい……。こんにちは」
 まずは無難な挨拶から始めることにした。
「ウニャア」
 知っている猫よりも荒々しい返事が返ってきた。
「オッス。って言ったにゃ」
「おっす? それ合ってるの?」
「そう聞こえたにゃ」
「えと、え〜と。あなたは男性ですか?」
「この子は性別が無いそうだよ」
 そう言ったのは龍美だった。
「無性体ってやつ。親からどうやって生まれたのかは国家機密らしい。お兄ちゃんも知らないって言ってた。ちなみに名前は幼生体の時、今の状態だけど『獅皇さくら』で、成体になると獅皇の正式な名前がまた別に与えられるらしい」
 さくらの頭やあごを撫でながら龍美が答えた。
「あねさんが全部答えたら意味がないですって言ってるにゃ」
 ヨルの言葉を四十九院が言った。
「さくらにビビってるからだろ。あと、さくらって名前は家族会議で決定しました」
「ニャ」
 今のは訳さなくても四十九院には『うん』っていう返事だと感じた。
「一応、女の子という扱いにしているからお尻部分は見せません」
「トイレとか食事とか、どうしているんですか?」
「人並みに出るものは出る。基本、食べなくても大丈夫らしいけど、私たちと同じものは大体食べるし、飲むよ。コーラみたいな炭酸系が苦手かな?」
「じゃあ……、触ってもいいですか?」
「ニャア」
「どうぞって言ってるにゃ」
 さっきから尻尾が動いていたので、まずはそこから触ろうかなと思った。
 龍美がさくらの身体を押さえているので、思い切って尻尾に触れてみた。
「あっ……。よく考えたら義手だから感触が分からないや」
「ん〜、残念」
「ウニャ〜」
「思い切って背中をなでても良いぞって言ってるにゃ。オレも何度かあの毛並みに飛び込んだことがあるけど、フサフサでサラサラで気持ちいいにゃ」
 龍美が遠慮なく抱きついているので大丈夫なのだろうけれど、やはりまださくらの顔が怖く見える。
 ここまで大型の動物に苦手だったのかと自分自身が驚いていた。
 いつも大人なお兄ちゃんである神崎龍緋の背中を追いかけていたのに、と悔しい気持ちになる。

531Q:2015/05/27(水) 05:18:11 ID:skjYNMgM0
egg 9

 尻尾までは触れたので龍美は無理強いするのはやめて、持ってきたおやつの一部を部屋に入れた。
「そうそう。この子はこのまま寝かせておいてね。あと、飲み物が欲しくなったら台所から汲んでいいから」
「……すみません」
「さくらみたいな大型の獣は他に居ないから。何かあれば呼んでね。赤龍もお姉ちゃんも居るし」
「はい」
「あと、ヨル。出来るだけ協力してあげてね。そういえば煮干が好きみたいだけど、他に好きなもんとかあるの?」
「魚系はだいたい好きにゃ」
 という言葉を四十九院が伝えた。
「智秋ちゃんはまだ挑戦するの?」
「そうですね。もう少し頑張ってみます」
「そっか……。がんばんな」
 そう言って龍美は部屋から出て行った。

 猛獣と同じ部屋に取り残された四十九院はしばらくさくらを見つめた。
「心配せずともとびかかったりしない」
 ヨルは一生懸命に通訳した。
「我に答えられるのであればえんりょなく聞くがいい」
 そう言っているようだが、さくらの表情は厳ついままで怖かった。
 自顔なのだから仕方がない、とはいえもう少し可愛い猫だったらいいのにと少し思った。
 さくらの側で寝ている金髪の少女が気になるところだが、この子のように気安く慣れてみたいという気持ちもあった。
 龍緋からさくらの事はほとんど教えてもらっていない。
 大きなペットが居る事は知っていた。
「……あ……。成長すると三十メートルくらいになるって本当?」
「知らない。せいちょうきにあるのは間違いないだろう。来年あたり部屋から出られなくなるのは困る」
「人間を食べたりする?」
 失礼を承知で尋ねてみた。
「命令であれば食べるかもしれない」
 寝ていた少女が寝返りを打つ。
「お兄ちゃんに倒されたって本当?」
「……グゥ……、ガァウワー」
「強かった。大人……になっても勝てるかどうか、というほどだった」
 本当に倒したんだ、とつぶやきながら四十九院は苦笑した。

532Q:2015/05/27(水) 05:18:29 ID:skjYNMgM0
egg 10

 聞きたいことが急に浮かばなくなったのでヨルには休んでもらい、おやつを食べることにした。
 同じ頃、栗花落は風呂場で赤龍の仕事振りを見学していた。
 男湯ではあったが特に目新しいものはなく、入居者の持ち物がいくつか置いてあるだけだった。
「日奈森を除けばうちの親達と俺だけかな。女の人口が多いから、そんなに汚れない」
「いつも掃除なさるんですか?」
「当番制だけどな。シェアハウスの運営は日が浅いからさ、まだよく分からないのさ。日々、試行錯誤」
 質問すれば大抵の事は答えてくれる。
「寮との違いって何だろうな。……寮の方がいいのか?」
「さあ?」
 赤龍は作業の手を止めて栗花落を見据える。
「……毎回、来てくれてるけど、俺のどこが気に入ったのかな? 優しいだけじゃ他にも居るんじゃないのか?」
「一目ぼれではダメですか?」
 言葉で『好きです』と言っても何故と聞き返されると答えられない。
 優しくて強くて何でも知っている。年上だから、というのもあるかもしれない。
 その点で言えば四十九院が龍緋の事が好きだったのと違いは無い、と思っていた。
 赤龍は邪険にせず、携帯や自宅の番号を教えてくれた。
 ただ、恋愛は中学生からだと何度も言われた。
「好いてくれるのはありがたいけどな。それが何年続くのか……」
「今のところは赤龍さんだけですよ」
 栗花落の側に居るコルクは黙って二人のやり取りを聞いていた。
 相手がしゅごキャラの見えない人間なので、少し寂しかった。
「そう言っていられるのも今のうちだ」
 そう言いつつ赤龍は片づけを始めた。
 いずれは怖い思いをするかもしれないし、赤龍の嫌いな部分も見え始めるかもしれない。
 もとより危険な仕事も行うらしいことは聞いていたので、彼なりに心配してくれているのかもしれない。

 本のたくさん置いてある部屋に行っていた日奈森達はコイルともう一人の客人の相手をしていた。
 見た感じでは自分より年上に見える女性が静かに読書していた。
「……何か?」
 短めの黒髪に目元が鋭く見える女性の名前は『冥王サーラ』という。
 こちらに顔を向けると睨まれているように見えてしまい、少し怖いと思った。
「おともだちのサーラちゃん。こちらはお客さんのあむちゃんとあみちゃんとランちゃんたち」
 コイルはサーラに怯む事無く笑顔で紹介した。
「……ああ、しゅごキャラですか。そういえばそんなことを言ってましたね」
「この人は私たちのこと見えていないみたい」
「サーラちゃんは何をよんでるの?」
「『魔女と魔術の事典』という本。たまたま置いてあったから読んでるだけだよ」
 日奈森の見た目には難しそうな印象を受ける本だった。明らかに漫画本ではなさそうな雰囲気を感じる。

533Q:2015/05/27(水) 05:18:46 ID:skjYNMgM0
egg 11

 見た目は怖いけれどコイルの為に低学年向きの本を読んで聞かせた。
 この部屋には漫画本はほとんどなく、ハードカバーや箱入りの本が多かった。
「マンガはここには無いよ」
 本棚を物色していた日奈森が気になったのか、サーラは言った。
「無いの?」
「この部屋の本は鈴さんの資料がほとんどだから。君には何がなにやら分からないんじゃないかな」
 料理の本もあるにはあったが、面白そうなものは無い気がした。
「各国の風土や歴史、食生活。日本の古典文学などの解説書がメイン」
「へ〜」
 妹のあみも自分が読めそうな本を探していたがサーラの言葉から簡単そうな本は無さそうだった。
「リーチェさんの部屋にあるんだけど、今は……入れないかも。私が代わりにマンガ本を持ってこようか?」
「なんで入れないの?」
 日奈森の疑問にサーラは視線をコイルに向けた。
「この子がお腹を叩くから、立ち入り禁止になっている」
「……なんでそんなことを」
「もうすぐお姉ちゃんになるんだから、しっかりしないと」
 口を尖らせて不満の表情になるコイル。
「リーチェさんは精神的にも肉体的にも弱いから大変なんだよ。お母さんを守ってあげないと」
「……あみ、コイルちゃんと遊んであげなさい」
「ラジャー」
 自分の妹は物分りが良いのか、素直に言う事を聞いてくれた。
 不機嫌なコイルに比べると少し頼もしく思えた。

 しゅごキャラ達は交代であみのお手伝いをすることになり、日奈森は一気にやることが無くなった。
 あみが誘うとコイルは笑顔になった。
 ラン達も不機嫌なコイルを喜ばせる為に頑張ろうと思い、彼女達のあとを追うことにした。
 サーラに顔を向けると読書を再開していた。
 読書の邪魔をしてはいけないと思い、静かに部屋を出た。
 廊下に出ると丁度、龍美と鈴の姿が見えた。
「コイルの相手は大変だった?」
「まあ、なんとかやってます」
「食事の用意が出来たから食べてって。しゅごキャラの分もあるよ」
「ありがとう」
 鈴は日奈森に一礼して本の部屋に入っていった。
「面白いものがなくて退屈だろう? うちはアウトドアな活動が多いから」
 そう言いながら龍美は日奈森を連れて客間に向かった。

534Q:2015/05/27(水) 05:19:05 ID:skjYNMgM0
egg 12

 客間では既にカムイ達が食事をしていた。
「今居るしゅごキャラの名前はなんていうの?」
「カムイと……」
「ドイルとポゥです」
 と、カムイの言葉を伝えた。
「ふ〜ん。私も野郎の友達は何人か居るけど……、しゅごキャラのこと知らなかったもんな〜。そうかそうか」
 龍美はなんとかしゅごキャラに触れようとしたが感触が無い。
 カムイ達は一応、龍美の手に自分の手を当てたりしていた。
「そうそう、忘れてた。今、鈴怜の部屋には入れないから」
「?」
「大きな手術があってね。前に言ったかな? 脳梗塞とか脳卒中のおそれがあるって言ったこと」
「うん」
「合宿から帰った後、再発というか、まあ再発してね。かなり深刻な事態になっちゃってさ。……あ〜っと、あむちゃん達のせいじゃないからね。気にしたらダメだよ」
 台所に向かいながら龍美は言った。
 冷蔵庫からいくつかの飲み物を持ってきて、椅子に座る。
「脳腫瘍が見つかったらしい。場所で言うとかなり奥ってことになる。それで、髪の毛をばっさりと落したんで、ちょっと他人に見られたくないんだって」
「髪?」
「手術は終わったし、経過も良好だっていうから、それは安心なんだけど……。まあ、女の子だもんね」
「そうなんだ……。ハゲってことですか?」
「ばっさりって言っちゃったけど、十センチくらいそり落としたから不恰好になって、恥ずかしいって。もし、用があるなら聞いてきてあげるよ」
「……今は特には……。ラダの姿が見えないから部屋に居るのかな〜とは思ってた」
「ご飯は減ってるから部屋に居ることは居るみたい。声が聞こえないと寂しいな」
 龍美が話している最中にインターフォンが鳴った。
 すぐに玄関に向かい、客人を迎える。
 現れたのは髪の毛が赤い男性だった。
 赤紫の髪を最近見ていなかったせいか、かなりインパクトのある髪の毛だと感じた。
「ちわっす」
「遠路はるばるご苦労さん」
「そんなに遠くないだろ」
「あんたの嫁さん、本のとこに居るから」
 そんなやりとりを聞きながら出された食事に手を付ける。

535Q:2015/05/27(水) 05:19:22 ID:skjYNMgM0
egg 13

 新たな客は自分とは関係が無さそうなので無理に声をかける必要も無いと判断することにした。
 作ってくれた料理は野菜中心で出来ていた。
 新鮮な野菜の料理が多いようだ。
 他にもあるけれど時間のかかるものは出てこない。頼めば作ってくれるかもしれない。
「あむ殿は好き嫌いはある方ですか?」
 カムイが唐突に質問してきたのでびっくりした。
「……あるかもしれない。だいたいものは食べるよ」
 虫の料理はダメかもしれないと思った。
「この二人の宿主は好き嫌いが激しいので心配している」
「しゅごキャラはよく食べているようだけど?」
「現代病になりやすくなるぞ、とは言っているのだが……。ポゥ達は比較的、好き嫌いは少ないようだから心配はあまりしていない」
「面倒見がいいんだね、キミは」
「他人の悩みを聞くのが仕事みたいなものだから。私自身もしっかりしないと。じゃなかった、宿主が、だが」
 宿主の気持ちが移ってしまったのか、カムイは自分の事のように言った。
 とても責任感のある人間なのだろうと日奈森には思えた。

 数分後に赤い髪の男性とサーラがやってきて、その後から四十九院達も食事の為に戻ってきた。
「いつでも頼ってくださいね」
「ありがとうございます」
 赤い髪の男性は鈴にそう言ってサーラと共に帰って行った。
「あれ? コイルは?」
「友達と走り回ってたよ。今、さくらがお姉ちゃんとこのドアの前でせき止めてるから大丈夫じゃないかな」
「じゃあリンちゃんは?」
「顔を洗ってる。もうすぐ来るよ」
「せっかく来てくれたのに何も面白いものが無くて申し訳ありません」
 鈴は日奈森達に頭を下げながら言った。
「いえいえ、お構いなく」
「うちの日奈森は勉強中だし、歌唄ちゃんはなにやら忙しいし。相手してやれなくて悪いな」
「ご飯、作ってあげたよ〜。食べて〜」
 龍美は鈴達に食事を振舞った。そのすぐ後に金髪の少女が姿を現す。

536Q:2015/05/27(水) 05:19:37 ID:skjYNMgM0
egg 14

 異国人の雰囲気をかもし出している不思議な少女。
 瞳の色も金色だった。
 目つきは鋭く、先ほどのサーラよりも怒っているように見える表情をしていた。
 眉がVの字になっているので不機嫌なのかな、とそれぞれが思っていた。
「リンちゃんも食べるかい?」
「……い」
 かすれたような声で返事をした。
「この子はお姉ちゃんと同じ名前でリンちゃん。リンちゃんはこの辺りに居るしゅごキャラは見える?」
 そう言うと小首を傾げた。
「小さな妖精みたいな姿をしているそうだけど……」
 リンは何度か瞬きをした後、日奈森の側に居たスゥに向かって手を伸ばす。しかし、テーブルに身体が当たり、届かなかった。
 スゥはリンの手に触れた。
「……にん……た」
「?」
 日奈森にはリンの言葉が全く聞き取れなかった。
 何か言っているのは分かった。

 リンは龍美達の側に駆け寄る。
「……も……きする?」
 龍美は耳をリンに近づけて復唱を頼んだ。彼女もリンの言葉はあまり聞き取れていないようだ。
「認識したいかって?」
 そう言うとリンは頷いた。
 その返事を聞いた途端に龍美の顔色が悪くなった。
「……う、うう……。それは……」
 片目をつぶりながら痛そうな顔になる龍美。
 気が付けばリンの両手に小さなナイフが握られていた。
「ヤバイ様子だな……」
 鈴と赤龍もそれぞれ怯んでいた。
 当のリンは小首を傾げながらナイフを構えている。
「なにやってんの! 小さい子が刃物を振り回したらダメでしょう」
「……が、…インワー……」
「? よく聞こえない」
 日奈森はリンから刃物を取り上げる。意外とあっさりと奪えたので拍子抜けした。

537Q:2015/05/27(水) 05:19:53 ID:skjYNMgM0
egg 15

 安心したのもつかの間、奪ったはずの小型ナイフが消えた。
 確かに手に感触があったはずなのにどこにも見当たらない。少女の手にも無い。
「あれ?」
 床にも落ちていない。
 気が付いたら無くなっていた。
「物騒な方法は……、勘弁してね」
「……い」
 リンは頷いていたが日奈森には彼女が何を考えているのか、全く分からない。
 表情に変化でもあれば喜んでいるのか、不満そうな態度なのか分かるのに、と思った。
「今回は保留ってことで……。リンちゃん、他に食べたいものがあったら言ってね」
「………」
 何も答えないリンにしゅごキャラ達が視線を向ける。
 不機嫌なのか、自顔なのか分からないけれど、その後は特に暴れたりせず大人しくしていた。

 鈴は時々、リンの肩を揉んで機嫌を伺ったりしていた。
 今まで特別扱いする人間を見たことが無かったので不思議だと日奈森達は思った。
「この子は……、どういう……」
 四十九院が思い切って尋ねてみた。
 リンの存在は自分も知らなかったので興味があった。先ほど、チラッとだけ見たサーラ達はなんとなく知っている程度だったが、この子は全く分からない。
「VIP中のVIP」
「分かり易い例えでは……、この子の機嫌一つで神崎家が消滅する」
「え〜っと……。姉ちゃんが逆らえない人間の一人、かな?」
 赤龍と龍美はそれぞれ上手い例えを模索して話してくれたが、日奈森達には全く理解できないものだった。
「ご機嫌うかがいするような子ではありませんが……、つい、です」
 苦笑しながら鈴は言った。
 リンはテーブルに居るしゅごキャラ達に顔を向けていた。
 表情は変わらないが黙って様子を見ているようだった。
「……そういえば、我皇は居ないんですか?」
「ここ数日は見てないな……。鈴怜のとこかもしれないが……」
「エネルギーを借りてるから長時間留まれないって言ってたもんね」
「……おう?」
 リンが首を傾げた時、鈴が小声で彼女に説明を始めた。
「こんなところで時間を潰している暇はなかった。悪いな、司穂ちゃん。この後、出かけるんで」
「えっ?」
「連れて行けばいいじゃん」
 と、龍美がすかさず言った。

538Q:2015/05/27(水) 05:20:08 ID:skjYNMgM0
egg 16

 あからさまに不機嫌な顔をする赤龍。
「小さい子と一緒に行けと?」
「私らも合流するから大丈夫だろ」
「二人とも、物騒な事態に巻き込むのはやめなさい」
 と、姉弟達がにらみ合う形になった。
「……カムイはこういう時、どういうアドバイスしてくれるの?」
 ランが大人しく食事をしていたカムイに尋ねた。
「彼らは物事をちゃんと把握できる人間だ。任せておけばいい」
「随分と信頼してるんだね」
「修羅場を潜り抜けた人間であることは私も知っている。宿主もお世話になっているからな」
 四十九院はカムイ達の宿主との面識はあまり無かったので誰だったのかは思い出せなかった。
 それぞれが話し合っている最中、リンの頭上に突然、オレンジ色のしゅごたまが現れた。そして、それに真っ先に気付いたのは日奈森と四十九院だった。
「あっ!」
 リンも頭上に違和感を感じたのか、手で頭を探った。
「そ、それはラムの卵なの。割らないでくれるかな?」
 と、日奈森の言葉にリンは黙って頷いた。
 表情とは裏腹に素直な対応に安心した。
 卵は丁寧な動作でテーブルの上に置かれる。そして、すぐに割れたのでリンも一瞬、驚いたようだ。
「………」
 無表情で無言のラムがその場に現れる。
「どうしたの、ラム? こっちにおいで」
 主の呼びかけに答えないラム。
 後ろからリンがラムの背中を押す。
「………」
「………」
 何も喋らないラム。
 ただ一点、宿主の顔を見つめる。
 何か言いたい事でもあるのかもしれないと思い、四十九院は黙って待ってみたが数分経っても言葉は出てこない。
 カムイ達は気まずさを感じつつも食事は続けた。

 リンは何度かラムの背中を押しているけれど、押されたことに腹を立てるわけでもなく、振り向いて抗議するでもなかった。
 ただひたすら宿主を見つめる。

539Q:2015/05/27(水) 05:20:32 ID:skjYNMgM0
egg 17

 鈴は一旦、奥に引き下がり、赤龍と龍美は栗花落を伴って客室を後にした。
 残った日奈森は居心地の悪さを感じていた。
「二人とも黙ってないで何か話してくれない?」
 しびれを切らした日奈森は言った。
「んっ? 無理してこっち見なくてもいいのに……」
「いやいや。この空気は耐えられないって」
 ラン達も日奈森の意見に同意し、何度か頷いた。
「ん〜、そうか……。仕方ないな。解説モードに移行」
「?」
 四十九院は不敵に微笑んだ。
「この子は私にもっとも近い感情や気持ちを持っている。だからかもしれないけれど、こうやって黙っているラムの気持ちはなんとなくだけど、理解出来る」
「そうお?」
「この子には分かるんだよ。私の様子が」
 と、四十九院はラムを見据える。しかし、ラムは黙ったままだった。
 リンは席を立ち、四十九院の側に歩み寄る。そして、彼女のわき腹辺りを指で押した。
「きゃ」
 わきは弱いらしく、四十九院は少しのけぞった。
「いや、なんとなくやってくるだろうとは思ってたけど……。つんつんしないで」
「……ぱい。……も……」
 目の前に居るのにリンの声は日奈森と四十九院には聞き取りづらかった。
 ベアトリーチェや域墹も声は大きくはないけれど、彼らよりも尚、声は小さいと思った。
「………」
 四十九院が怯んでいる隙をつくようにリンの指先が今、つつかれたわき腹に突き刺さる。
「!?」
 日奈森にも見えた。しゅごキャラ達もあまりの事に声を失う。

 完全に手首まで見えなくなるほどにリンの手は埋まっていった。
「……わ〜お」
 例えようの無い感触が伝わるけれど、激痛というほどでもないとすぐに分かったが、あまりのことにどう反応すればいいか分からなくなった。
 周りが騒然となっているのにも関わらず、どんどんリンの手は四十九院の身体に埋まっていく。
 どのような手品なのか、四十九院の記憶の中にも無い不可思議な出来事にただただ恐怖した。
 ズブズブと埋まる手を見ているのだから怖くないはずが無い。
 色んな出来ごとを見てきた四十九院でさえ、少し漏らしそうな気がしたほどだった。

540Q:2015/05/27(水) 05:20:49 ID:skjYNMgM0
egg 18

 体内で骨や内臓に触れられる感触。
 明らかに様々な血管や神経に触れているはずなのに思ったほどは痛くない。けれど、気持ち悪い。
 声に出すと危険な気がして反撃できない。
「……う〜ん」
 小さくリンは唸った。
 その後にラムの側に我皇が静かに出現した。
「……リン様でしたか」
「?」
 我皇の言葉にリンは首を傾げつつ、名前を呼ばれた方に顔だけ向けた。
 黒と白が曖昧に混ざり合うしゅごキャラ。
「勝手に人の身体をいじるのは感心しませんな」
 そう我皇が言うとリンは空いている方の手でラムを指差す。
 ラムは黙ったまま事の成り行きを見守っていた。
「……なるほど」
 そう言った後、我皇は四十九院の体内に侵食している方の腕に飛び乗った。そして、軽くつねる。
「!」
「わあ!」
 体内で手が少し暴れたので四十九院は総毛立ちつつ慌てた。
「余計な干渉はやめていただきたい。それぞれの事情があるのですから」
「……う〜」
「い、いきなりはちょっと……」
 出来れば手を抜き出してからつねってほしかった、と四十九院は思った。
 そんな彼女の気持ちを知っているのか、我皇はマイペースでリンに手を抜き出すように言っていた。
 あからさまに不機嫌になったリンは言われる通り、四十九院の身体から手を慎重に抜き出す。
 ズルズルと抜き出される感触も気持ち悪かったが我慢した。

 抜き出されたリンの手には気持ち悪い肉の塊が握られていた。
「……あ〜、私のお肉が……」
「……よ」
「……ん〜、やるなら……いや、やってほしくないけど……。出来れば麻酔かけてからの方が……」
 四十九院にはリンが何を持っているのか、一目で理解したようだが気持ち悪いのでいつまでも見たくはなかった。
 彼女が持っているのは転移したガン細胞の塊。
 臓器の一部なら今頃、のたうちまわるような激痛を感じてもおかしくない、と思った。

541Q:2015/05/27(水) 05:21:06 ID:skjYNMgM0
egg 19

 ラムがずっと大人しかった理由。
 宿主の体内に異常を感じていたからだと四十九院は推測していた。
 日奈森達と談笑している暇は無く、今すぐにでも病院に行ってほしいと思っていた。けれども、ラムにはそれをちゃんと伝える事が出来ず、今まで一生懸命に言葉を考えていた。
「というような理由」
 と、四十九院は言った。
「……モノローグ?」
「そう」
 念のためにラムに確認を取ってみると素直に頷いた。
 ラン達は四十九院はすごいとほめていた。
「いいじゃん。自分で一生懸命に考えることは大事だよ」
 ノリとマリは黙ってラムを見つめる。
「私がお兄ちゃんに対してそうだったように、ラムも伝えたいことが言葉に出来ずに悩んでいたのかもしれない。……ということを日奈森達に説明するのも変だろ?」
「一人で抱え込むのもよくない気がするけど」
「私、明日死ぬけどお前どうする? って聞くようなもんだよ」
 凄い例えだね、と日奈森は思った。
「……でも、定期健診はちゃんと受けてるのに……。転移も想定内なんだけどな」
 そう喋っている合間もリンが声をかけていたが日奈森たちは気づかなかった。
「小さな身体の私には頻繁に手術を受ける体力がありません。この前の麻酔騒動が良い例だ。お前が心配してくれるのはありがたいと思っているけれど、そうそう事が運ばないのも事実だ」
「………」
 普段ならすぐにでも反論するラムが黙って泣いていた。
 スゥが彼女にハンカチを渡す。
「……リン様、子供達はちゃんと分かっているのですよ」
「………。ご……い……」
 我皇はラムの側に行き、頬を軽く叩いた。
「これも経験だ、ラム」
 そう言った後、ラムは我皇のお腹に拳を打ち込んだ。しかし、彼は吹き飛ばず、その場に立ち止まった。
「それだけ元気なら問題は無い」
 そう話している間にリンの手にあった肉の塊は青い炎を発した後、消し炭になってしまった。
「あっ……、大事な臓器が無いかまだ確認してない……」
 痛くなかったからと言ってガン細胞だけを取り出したとは限らない。
 『脾臓』だか『胆のう』とか漢字で書けないような小さな臓器が混じっていないとも言えない。
「勝手な行動は後で叱られますよ」
 そう我皇が言うとリンは泣きそうな顔になってきた。
 四十九院はリンの様子を見ながら『こっちも泣きたいんですけど』と思いはしたが黙っていた。

542Q:2015/05/27(水) 05:21:20 ID:skjYNMgM0
egg 20

 数分待っても異常が見られないから安心、というわけにはいかず後で病院に行かなければならないだろう。
 それにしても小さな手のリンが握っていた分量は自分が思っていたものより多かったのは素直に驚いた。
 色々と準備期間が必要だから、というのもあるけれど、増殖が早すぎる気がした。
 やはり健康な部分も引き出された可能性も捨てきれない。
「……そもそも今のはマジものなのか手品なのか?」
 そういう疑問があってもリンの声は聞き取れない。
 一応、念のために携帯で自宅に連絡を入れた。
「さくらに挑戦できたから私は帰るよ。ノリとマリはラムを怒らないように」
 そう言うとノリ達は黙って頷いた。ラムも反論はしなかった。
 いつの間にか食事を終えたカムイ達は食器を片付け始めていたのでラン達も手伝うことになった。

 日奈森は妹のことを思い出し、コイルの下に向かうことにした。
 冷蔵庫を好きに使っても良いということも思い出し、おやつを探す。
 神崎家の冷蔵庫は大きく、たくさんの飲み物と食材に溢れていた。
 住人専用だと分かるように所々に名札が付けられていた。
「なんかごちゃごちゃしてるな……」
 スゥはたくさんの食材に溢れた冷蔵庫の中を見て目を輝かせていた。
「私も飲み物を一つもらっていくとするかな」
 四十九院が冷蔵庫にあった紙パックのジュースを一つ取っていった。
「病気は治さないといけない。それは分かっているんだけど、準備期間が必要な時もあるので……」
「うん」
「意味も無く学校を休んでいるわけじゃあないんだよ。……大掛かりな手術が決まるとお母さんが毎回、パニックになるし……。家庭でも大変なのさ」
 独り言のように四十九院は言った。
「せっかく頂いた命……。私は無駄にしたりしないよ」
「うん」
 日奈森が相槌を打つたびに四十九院は微笑む。
 何気ない会話。
「そういうことだから、本当に助けて欲しいときは言うから。それ以外はあんまり心配しないで。過度に心配される空気も案外、身体に悪いものだから」
 それは日奈森としゅごキャラ達に向けられた言葉。
 四十九院の言葉に対して日奈森は言い返す言葉が見つからなかったが、頷きで答えた。
 その後、鈴達に挨拶した後、四十九院は帰っていった。
 日奈森は妹の様子を見に行こうと思った時、側に居るリンが気になった。
 一人でポツンと佇んでいるので、つい気になってしまった。
「一緒に来る?」
「………」
 声は聞き取れなかったが、彼女は頷いた。

543Q:2015/05/27(水) 05:21:36 ID:skjYNMgM0
egg 21

 リンと共にコイル達が居る場所を探す。
 三階建てとはいえ部屋数が多く、少し入り組んでいた。
 この家は二世帯住宅二件分が合わさったような作りになっていて、入り口が複数存在するらしい。
「奥にも通路が……」
 リンが日奈森の服を引っ張り、とある場所を指差す。
 その方向に日奈森が顔を向けると妹達の姿が見えた。
「仲良く遊んでいるかな?」
「は〜い」
「あっ、黒いしゅごキャラさんです」
 妹が指差す方向には我皇がゆっくりと飛んでいた。その後にカムイ達が居た。
「病人が居るから音はあまり立てないように」
 我皇がそう言うとコイルは少しだけ眉根を寄せる。
「うっさい! バ〜カ!」
「こら」
 そう言いつつも日奈森は苦笑した。

 コイルにとって我皇は父親のような存在のはずだが、仲が悪いのかなと少し疑問に思った。
 我皇が指摘するたびに唸るコイル。
「一応、君のパパのしゅごキャラなんだから……」
「亡霊は邪魔かもしれないが……。嫌われると傷つくな……」
「遊び相手がほとんどいないからかも。家では一人っきりになるんでしょ?」
 我皇は頻繁に消えるし、ベアトリーチェと鈴怜は療養中。鈴達は色々と忙しいようだし。
 コイルは孤独なのかもしれない。
「あれ? コイルちゃんの……、おじいちゃんって居ないの?」
「あっち」
 コイルは指差して答えた。
 機嫌が悪いせいか、素っ気ない答えだった。
「行ったら怒られる?」
「わかんない」
 尋ねると素直に答える分、日奈森は自分はまだそんなに嫌われていないようだと思って安心した。
 何回か神崎家に来ているけれど鈴達の両親にはお目にかかったことがないなと思った。
 前に一度だけ会ったような気もするけれど、あんまり覚えていない。

544Q:2015/05/27(水) 05:21:52 ID:skjYNMgM0
egg 22

 コイル達と共に探検がてら行ってみようと思った。我皇に確認してみたが特に断る理由は無いと答えた。
 神崎家の大人が居るであろう部屋の扉には他の部屋と同様に表札がかかっていた。
 それぞれ『関係者以外立ち入り禁止』と『住人はインターフォンを押せ』と縦書きで書かれた表札が並んでいる。
 ただ、問題のインターフォンが見当たらない。
「ボタンが無いんだけど?」
「……あ〜、前に壊れたと言って取ったままになってるな。穴が空いているところがそうだよ」
「あら。じゃあノックすればいいかな」
 そう言いながら日奈森はドアをノックしてみた。しかし、すぐに妹とコイルがドアを開けてしまった。
「あっ! こら、二人とも」
 機嫌の悪かったコイルも妹と遊ぶ時は楽しそうな顔をしていた。

 コイル達がさっさと中に入って行ったのですぐに日奈森達も後を追う。
 ドアの向こうには短い通路があり、小物がいくつか置かれていた。更に先にドアがあり、既にコイル達によって開けられていた。
「物置みたいだね」
 ついて来ているラン達が興味ありげに見回す。
「お〜、孫〜」
「じい〜」
 早速、声が聞こえてきた。
 日奈森がもう一つのドアを抜けると客室に似た部屋が現れる。
 コイル達の側には大人と思しき人物が何人か居て、テレビを観たりしていた。
「お邪魔してま〜す」
「あらあら、向こうからのお客さんは立ち入り禁止ですよ」
「……すみません」
 近づいてきたのは鈴達の母親らしき人物だったが、祖母というにはまだ若い気がした。
 部屋を軽く見渡すと大人は四人居た。
「チョロチョロとハエみたいに飛ぶんじゃねーよ」
 ほぼ下着の男性が言った。
 日奈森の近くに居る我皇に向けられた言葉のようだった。
「じい、これ、とうさま」
「早く成仏した方がいいんじゃないか。気色悪い姿しやがって」
「……ちょっとうちの人、酒が入ってるもので……。ごめんなさいね」
「可愛いお客さんは大歓迎だよ」
 と、言ったのは離れた所に居るもう一組の夫婦からだった。

545Q:2015/05/27(水) 05:22:10 ID:skjYNMgM0
egg 23

 立ち入り禁止と言われたけれど、追い返されること無く中に案内された。
「日奈森さんちの娘さんよね?」
「は、はい」
「いつも孫娘がお世話になって〜。ありがとうね」
「お名前はなんだったかしら?」
「日奈森あみです」
 妹が挨拶した後、しゅごキャラ達も声をかけたが誰も気付かなかったようだ。
「この辺りにしゅごキャラ? っていうの居るのかな?」
「いっぱいいます」
「そうお? よろしくね」
「あなたは部屋で寝てくださいな」
「あっ? いっつも俺、邪魔者扱いかよ」
「はいはい」
 不機嫌な男性を諌めつつ別の部屋に連れていってしまった。
「……あの人はお酒を飲むと危険人物になるからね。それにしても……」
 残った大人達は日奈森の格好を頭から足元まで見渡す。
「随分とすごいかっこうだね〜。そういうの流行ってるの?」
「これはゴシックパンクっていうファッションなんです。ママに買ってもらった服の影響で」
 自分の服装を簡単に伝えると、相手はバカにするでもなく何度も頷いていた。

 話しを聞いている夫婦は『霏死神』というちょっと読み方の分からない苗字でベアトリーチェの両親だと言う。
「色々と娘を助けてくれたとか?」
「たいしたことはしてませんよ」
 会話しつつコイルに目を向けると、すっかり大人しくなり用意されたお菓子を食べていた。
 我皇はコイルの側に居るけれど黙って彼女を見守っていた。
「気弱な性格だから心配してたけど、君達の話しをするからどんな人達だろうって思ってた」
「あはは……」
「おっと、あまりここに居ると鈴ちゃんが怒るから戻りなさい」
「どうしてですか〜」
 と、スゥが言ったけれど相手には聞こえていない。
「こちらは一般家庭で向こう側は学生寮みたいなものだから。鈴ちゃんは線引きには厳しい方だからね。……本人には内緒だよ」
 そうしゅごキャラの言葉が聞こえていないにもかかわらず、疑問点を教えてくれた。
「そういえば……。鈴ちゃんは君の服装について何か言ってたかい?」
「特に言われた記憶は……無いです」
「珍しい……」
「失礼ですよ、あなた。自分のファッションセンスをちゃんと説明すれば鈴ちゃんだって怒りません」
 ガタンと日奈森の後ろで音がした。

546Q:2015/05/27(水) 05:22:26 ID:skjYNMgM0
egg 24

 一瞬だが悪寒を感じた。
 振り向くと鈴が居るような気がした。次に気のせいではなく、本当に居るのだろうと思った。
 少しだけ振り向きたくない空気を感じる。
「……勝手に入った悪い子は誰ですか?」
 静かに姿無き存在は言った。
 間違いなく鈴だった。
「まあまあ、鈴ちゃん。せっかくのお客さんなんだから」
「孫を心配してくれたんだから大目に見てあげよう?」
 霏死神家二人に言われて鈴はため息をついた。
 その後で日奈森はゆっくりと後ろを振り返る。
「ルールは守らなければなりません。それは大事なことです」
「娘の恩人なら大歓迎だよ。前々から会ってみたかったし」
「おじ様がそうおっしゃるのであれば……」
「我が主の父親が酒乱の気があるので隔離めいた事になってて、君達の安全を考慮してのことだ」
 そう補足したのは我皇だった。
 我皇は唯一、誰にでも見えて声が聞こえる存在らしく、霏死神家も頷いていた。
「我々は今日は非番でね。のんびりしてたところだよ」
「珍しく四人が顔を合わせる形になってしまいましたけど」
 聞いてもいないことを日奈森に教えてくれた。
 リンはコイルの側で大人しくしていた。
 彼女は黙っていると存在を忘れてしまう。
「あむちゃん達はコイルの面倒を見てくれているのだから、多少は権限を与えても良いのでは?」
「権限ですか?」
 我皇の提案に鈴は少しだけ眉根を寄せた。
「現金を渡すよりはマシだと思うけど」
「……確かに」
「あむちゃんもどうだろう? 将来の道筋が見つかるまで、この家を使ってくれても構わないから、コイルの事をお願い出来ないだろうか?」
「いきなりそんなこと言われてもムリ」
 つい口に出てしまった。すぐに気が付いて口に手を当てる。
 すぐ『ムリ』と言ってしまう癖。久しく出て来なかったのに、と反省する。
「いや……あの……。幼稚園とかまで面倒は見れないよ。あたしにも色々と予定が出来るかもしれないし」
「ベビーシッターをしろと言ってるかもしれないのは分かっている。せめて二人目が生まれてリーチェの体調が良くなるまで、と考えている。あの子は遊び相手が近くに居ないから寂しいのかもしれない」
 我皇の言っていることは理解できる。けれども、毎回妹一人を寄越すのも心配だった。

547Q:2015/05/27(水) 05:22:43 ID:skjYNMgM0
egg 25

 この辺りの治安は悪くは無いけれど絶対安心とは言いがたい。
 今はしゅごキャラのお陰で不審な存在があれば知らせてくれるけれど、この先もそれで済むとは思っていない。
「……とはいえ、他人に頼むことではないと……」
「あたしに出来る事は手伝ってあげるよ」
「……父親がもう少し生き延びられれば……」
「それは仕方ないじゃん。今更、グチっても」
 父親は他界し、母親も出産の予定が控えていてコイルの相手が出来ない。
 両親が不在の今、コイルは孤独だった。
 妹のあみ以外に友達が居る気配は感じない。
「住人の中に面倒を見る人って居ないんだっけ?」
「みんな勉強で忙しいようです」
「今、入居している人間はほぼ勉強で手が離せないみたいだ」
「あたしも来年、中学生ですけどね」
 日奈森達が会話している所にコルクが姿を見せた。その後から栗花落達が駆けつけてきた。
「こっちに来てたか」
 赤龍の姿を確認した鈴は手で合図だけ送った。
「コイルの送り迎えくらいは私がやりますよ。兄様のしゅごキャラともあろう者が他人を頼るとは……。正直、意外です」
「らしくないか……」
「ええ」
 我皇は表情は分からないけれど、少し元気が無いように日奈森と鈴には見えた。
「娘のことが心配なパパは素敵だと思うけど?」
 鈴は我皇が忙しい家族を思って日奈森に頭を下げているのだろうと思った。
 何でも自分でやってしまう兄とはいえ、娘のことになると色々と思うことがあったのかもしれない。
 鈴怜の将来を心配していた頃の兄の姿が思い出される。
 武神と呼ばれていた龍緋も家族には弱かった。
「保育園の面倒はたぶん無理そうだけど、数日くらいのお泊りならなんとかなるレベルかもよ。パパとママに相談しないといけないけど……」
「コイルちゃんはだいかんげいです」
「それはありがたいが……。……あの親が居ると何が起こるか分からないからな……」
「父様がいつも迷惑をかけてばかりですみません」
 鈴は霏死神の夫妻に頭を下げた。
「ったく、あの酒乱野郎……。いつか決着つけてやるからな」
「あそこまでアルコールに弱い人だと知ったのは最近だけど、よくあんなのと結婚したな、うちの母ちゃん」
 赤龍と龍美がそれぞれ何度か頷いていた。

548Q:2015/05/27(水) 05:23:00 ID:skjYNMgM0
egg 26

 神崎家の大黒柱の名前は龍詞という。
 鈴が知る限り、キレ易い人間という言葉がぴったりと合う。
 酒を飲まなくても危険な人間に分類されそうだが、会社では真面目に仕事をしている。
 龍詞の姉の流美の言葉によれば弱いものいじめは許さないタイプだったのが、気が付くといじめる側に立っていたという。
 ストレスが原因かもしれないけれど、思うように物事が進まないせいで性格が歪んでしまったのかもしれないと言っていた。
「……ヤベ〜、泣きそう……」
 急に赤龍が目頭を押さえて、来た道を引き返していった。その後を栗花落が黙って追う。
「?」
「龍美も向こうに行きなさい」
「うん。なんか私も泣きそうだよ。……まったく、もう」
 鈴はコイルとリンを招き寄せ、日奈森と共に部屋を後にしようとした。
 一度、振り返り霏死神家に夕飯の支度を尋ねる。
「後で買い物に行こうと思ってる。鈴ちゃんも一緒に行こう」
「はい。では、失礼しました」
 丁寧な挨拶に霏死神家の夫婦は少し気恥ずかしさを感じた。

 客間まで戻った日奈森はしゅごキャラの点呼を始める。その間にリン達は帰り支度を始めた。
 迷子になっているキャラが居ないことを確認した後、インターフォンが鳴った。
「リンさんのお迎えが来たようです」
「………」
 リンが何か喋ったようだが全く聞き取れなかった。
 新たな来客は黒のスーツ姿で背の高い男性のようだった。髪は少し長く銀髪。顔に大きな傷があったので日奈森は少しだけ怯んだ。
 サングラスをかけているせいか威圧感があった。
「お迎えに上がりました」
「………」
 銀髪の男性はリンに向かってひざまずく形になった。その彼の後から赤い髪の少女が顔を出す。
 先ほど来ていた男性とは違った赤色だったが日奈森はすぐには例えが出てこなかった。
「ち〜っス」
 男性とは違い、赤い髪の少女の挨拶は軽いものだった。
「ノヴァさんも来ていたんですね。上がりますか?」
「すぐ帰る。……ところで、これは聞いていいのかな?」
「しゅごキャラですか?」
 鈴の言葉にノヴァという少女は苦笑して頷いた。
「……一応、挨拶した方がいいのかな?」
 小声で鈴に尋ねる。彼女は頷いて答えた。
「よっ、しゅごキャラ達。私はノヴァ。こっちはお父様のミストラル。たぶん……、お父様はお前らの姿は見えてないと思うから」
 父親の方はリンを連れて外に出てしまった。
「こんにちは」
 ラン達は元気よく挨拶した。見える人が居るだけで嬉しかった。

549Q:2015/05/27(水) 05:23:15 ID:skjYNMgM0
egg 27

 そのすぐ後に玄関から先ほど帰った筈の四十九院が駆け込んできた。
「何か忘れ物?」
「我皇は居るのか!?」
 怒鳴るように四十九院が言うとどこからとも無く我皇が現れた。
「何か……」
 と、途中まで言いかけたが四十九院に捕まってしまった。
「お兄ちゃんの記憶はまだ残ってるんだよな?」
「そんなに慌ててどうしたんだい? 私は逃げないよ」
「今、聞かないとまた忘れそうだからさ」
 ノヴァは四十九院の慌てぶりに驚きはしたものの面白そうだと思い、黙って見物することにした。
「お兄ちゃんに隠し子とか居ないだろうな? 後で見知らぬ男が実の息子ですって来ないな? ありそうなベタな設定は起きないよな?」
「それは君にとって重要な事かい?」
「……たぶん」
 そう言われた後、我皇は少しの間、沈黙した。
「残っている記憶の中にはそれらしいものは無い。十年という月日の空白はあるが……。もう少し待て。さすがに私単体では記憶の閲覧にエネルギーを使いすぎる」
「……うん。ごめん」
 四十九院は我皇を離した。その後でミストラルが戻ってきた。
「何かあったのかい?」
「ちょっとね。お父様、中で待ってて。何か大事な事があるらしいから」
 ミストラルは部屋の中の人物たちの表情を一通り見回して状況を分析し始めた。
「車内冷房がきいているとはいえ、長時間は居られないぞ」
「うん。……あっ、今の内にお参りしてこようか」
 ノヴァの意見にミストラルは頷き、二人は奥の部屋に向かった。入れ違いになるように赤龍達が姿を現す。
「じゃあ、姉ちゃん。行ってくる」
「気をつけるんですよ。……今日はお前達だけじゃないんですから」
「今日は見学程度にするから。それより姉ちゃん達の面倒を頼むよ」
 鈴は一緒について行く事になった栗花落の側に駆け寄った。
「見学だからと言って甘く見ないように」
「はい。気をつけます」
「……そんな言葉で済むと思っているならやめなさい」
 鈴の真剣な顔と言葉を受けて、栗花落の身体に緊張が走る。
 軽い見学なら大丈夫だと思っていた所があるのは認める。だけれど、鈴はそれを許さない。そんな雰囲気を感じた。
 しゅごキャラのコルクも反論出来ないでいた。

550Q:2015/05/27(水) 05:23:29 ID:skjYNMgM0
egg 28

 少しの間、黙っていた赤龍は栗花落の頭を撫でた。
「命のやり取りをするような所には行かないって。紛争地域に行くわけじゃないんだから」
 そう赤龍が言うと姉に頭を叩かれた。
「お前一人がケガするならともかく、と言っているんですよ」
「う〜。だっ、しょうがないじゃん。ついてくるとは思ってなかったんだから〜」
 口を尖らせて反論する赤龍の側に我皇が飛んできた。
「頑張れ、男の子」
 その言葉を受けて、一瞬だけ兄の顔が脳裏に浮かんだ。
 自分が信じた道に兄はいつも応援してくれた。
 姉とは違い、滅多に叩いてこない。
「応援してどうするんですか」
「弟を応援して何が悪い」
 そう言われて鈴は言葉に詰まった。
 はたから見ていた栗花落は驚いた。
 生真面目な鈴に負けない我皇の様子に。
「……いや〜、お兄ちゃんのしゅごキャラって凄いね〜。私でも勝てそうにないな」
 龍美が感心して笑った。
「……よし、今の内に行こうぜ。いつまでも喋ってるわけにいかないし」
 そう言って赤龍は姉の反論が来る前に龍美と栗花落と共に出て行った。
「青春だね〜」
「………」
 鈴は我皇を睨んだ。しかし、すぐにため息をつく。
「兄様もそうでしたが……、どうして男の人は危険なことばかり……」
「心配ならついて行けばいいだろう」
 横で聞いていた日奈森と四十九院はすごい事を言うな、と感心したり驚いたりしていた。
 堅物の鈴に負けない言動が出来る人間はそうそう居ないだろうと四十九院は思った。
「意地悪な所もそっくりですね」
「それは彼の本能の一部だろう。……さて、隠し子については臥龍の力を借りないことにはどうにもならないようだ。小さい身だからどうにもならないのかもしれない」
 そうそうに話題を切り替える我皇。
 鈴は少しの間、不機嫌だったが過ぎてしまった事をいつまでも引きずるわけにはいかないと判断し、奥に引っ込んだ。

551Q:2015/05/27(水) 05:23:46 ID:skjYNMgM0
egg 29

 四十九院は聞くだけ聞いたので、日を改めることにした。
「君の用件は以上か?」
「うん」
「次はこちらだな」
 我皇はテーブルの上に降り立つ。そして、日奈森に顔を向ける。
 言葉より先に我皇は動いた。

 黒と白が混ざり合う奇妙な身体から黒い卵がゆっくりと出て来た。
 その卵は久しく見ていない白い×のついた『こころのたまご』だった。
「?」
「君のところに居る一之宮ひかる、という子の卵だ」
「ひかる君のたまご?」
 色々と分からないことが湧いて出たので日奈森はどうリアクションすればいいのか分からなかった。
「まず一つ」
 我皇は続けた。
「この卵は私が抜き出した。浄化はせずに彼の返答を待って欲しい」
「?」
「彼はガーディアンがこの卵を持っていると思っているはずだから、いずれは取り返すかもしれない」
「つまり……。えっと、この卵は渡さない方がいいの?」
 雰囲気的にそう思った。
「壊さずに保管してくれるだけでいい。近頃、コイルの機嫌が良くないのでな」
「うん。分かった」
「判断は任せるよ。うちのお姫様の姿が見えないな。熱中症にならないうちに帰りなさい」
「今日はまだ大丈夫だよ」
 日奈森が×たまを預かることになり、妹を呼び寄せて日奈森は神崎家を後にした。
 四十九院も途中までついてくることになった。
「しゅごキャラのみんな、全員居る?」
「ダイヤ以外は居るようだな」
 一足先にカムイ達は帰ってしまった。ヨルもいつの間にか居なくなっていた。
「今度、コイルちゃんにまたお泊りに来てもらえるか聞いてみようか?」
「さんせーです」
「遊んでくれる人が居ないと寂しいもんなのかな?」
 コイルはたくさんの人間に囲まれているけれど、孤独なのかもしれない。
 忙しい人間が多いから一人で遊ぶしかない。同年代の友達が必要かもしれない。と、日奈森は色々と考え始めた。

552Q:2015/05/27(水) 05:24:05 ID:skjYNMgM0
egg 30

 考えながら歩き始めた日奈森が気になったのか、四十九院は車や自転車に注意しつつ彼女を導いた。
 余計な事を言わずに観察しているとどこからとも無くダイヤが飛んできた。
 神出鬼没のしゅごキャラは当たり前のようにラン達に混ざる。
「ダイヤ、いままでどこに行ってたの?」
「秘密」
「私はなんとな〜くダイヤが何所に行っているのか分かるな」
「え〜。おしえておしえて」
「教えな〜い」
 四十九院の言葉にダイヤは苦笑した。
「代わりに私の事、教えてあげるよ」
「別にいいよ」
 ミキが興味なさげに言った。
「まあまあ。来週辺り定期検査で学校を休む。お腹の検査ね」
 自分のお腹に手を当てながら四十九院は言った。
「またうちのノリ達をよろしくお願いします」
「オッケー」
 と、ランは元気よく言ったがミキは黙っていた。
 気楽に返事を返せる事態ではないと感じたからだが、ランの明るさには驚いた。
「食事代は出すよ、うちのお母さんが」
「何の話し?」
 現実に戻った日奈森が首を傾げた。

 四十九院と別れて日奈森達は自宅に到着した。
 一旦、着替える為に自室に向かうとセラとクリミアが居た。
「あれ? なんで居るの?」
「紙とペンを使ってママさんに入れてもらいましたの」
 なるほど、と日奈森は納得した。
「小休止がてら寄っただけですの。もう帰りますから」
「あらら」
「入れ違いにうちの宿主たちは今頃、神崎家に行っているはずですの」
「なんで?」
「前に言いませんでしたか? あの家、事務所としても使わせてもらっているんですの」
 首を傾げる日奈森にクリミアは一つ一つ丁寧に解説していく。彼女が喋っている間、セラは頷いたり、メモを見せたりして話しを補足する。
「いわゆる、カクカクシカジカ、というやつですの」
「……あははは」
「うちのハウスでは出来ない会議や資料をまとめるのに適しているんですの」
「でも、それここで言っていいこと?」
「ダメですの」
 そう言いながらクリミアは苦笑した。

553Q:2015/05/27(水) 05:24:21 ID:skjYNMgM0
egg 31

 話しを聞いているうちにクリミアが居ると場の雰囲気が明るい。
 セラだけだと会話が出来ない分、静かになるので今は不思議とうるさく感じない。
「私達は宿主と離れて会議の内容を遮断しているわけですの。二人っきりになる分には全然、嬉しいのですが……。このところ皆さんと居るのが楽しみで……」
「二人だけでラブラブしていればいいのに」
「そんな意地悪は言わないで下さいの」
 二人だけの世界に入るつもりなら『出て行け』と言っているところだが、今のクリミアはみんなと居るのが楽しみで仕方がないらしい。
 セラもメモを書きながらラン達と会話していた。
「いつまでもこんなところで話しているけにいかないから、下に降りなよ」
「すみません、勝手にお邪魔しておいて」
「……それより、なんか他にもしゅごキャラが居るような気がするんだけど……。気のせいかな〜?」
 部屋に来る前にママの側に見慣れないしゅごキャラが数体、居たような気がした。
 預かった×たまは新しく用意したしゅごたま専用のケースに入れた。
 この×たまはとても大人しく、暴れたりしなかった。
 見間違いでなければ少なくともあと五体は居るはずだ。

 茶の間に向かうと他のしゅごキャラがテレビを観ていた。それだけなら特に問題はない。
 問題はないが自宅がしゅごキャラの寄り合い所と化しているのが不思議だった。
 前々から受け入れているとはいえ自分達のプライベートが奪われている気がしてならない。
 そう思った時、神崎家の事が思い出される。
 彼らはプライベートと仕事を隔離していた。
 両親を切り離すのはひどいと思っていたが今なら、なんとなくだが理解できる気がした。
「……それぞれの役割って重要なんだね」
「なんのことですの?」
「こっちの話し」
 セラはメモに何か書こうとしたが途中でやめた。そして、日奈森を見据えた後で彼女の肩に乗った。
「?」
「………」
 気のせいか、ひんやりした涼しさが伝わってくる。
 セラが黙ったまま何も反応しないので気にするのをやめることにした。
 新しいしゅごキャラは飛び回ったりせず、全員が大人しくしていた。
「あれ、君……。どこかで……」
「セシルです。お邪魔しております」
「こちらは通りすがりのしゅごキャラさんです。本体が仕事で忙しいので私達がここを紹介させていただいたのです」
 セラがメモに文字を書き、ラン達に見せた。
「前にイル達が連れてきた子じゃない?」
「歌唄ちゃんとは仕事関係でお付き合いがあるもので」
 それぞれ簡単な挨拶が済んだ所で台所からもう一体、しゅごキャラが現れた。

554Q:2015/05/27(水) 05:24:38 ID:skjYNMgM0
egg 32

 大きな帽子と宝石をあしらった服が特徴的なしゅごキャラ『ナナ』が姿を見せた。そのすぐ後でブロンドヘヤーの少女が現れる。こちらはしゅごキャラではなく人間だった。
 歳は自分と同じくらいの少女に見えた。
「娘のあむよ。あむちゃん、こちらはご近所さんの山本さんの娘さん」
「ルル・ド・モルセールよ」
 山本と聞いたのに山本が名前に入っていない。
「えっ? ……ルル・ド・モルセール山本さん?」
「ルル! ド! モルセール!」
「はいはい、ルルね」
 目の前で怒鳴るように言われて日奈森はびっくりした。
「一応、ナナの宿主でぁ」
「ふ〜ん」
 ラン達はそっけない態度で言った。
「リアクション、薄っ!」
「たくさんしゅごキャラが居るから、いちいち驚くのも疲れるんだよ」
「驚いてはいる」
「ダイヤはおらんの?」
「あれ? さっきまで居たと思ったのに」
「ダイヤは台所の奥に行きましたの。丁度、入れ違いになったようですの」
 と、クリミアが補足してくれた。
「あの子、すぐ居なくなるから……」
 ルルは空いている椅子に座り、しゅごキャラ達を眺めた。
「宿主の姿は初めて見たけど、可愛い子だね」
 ミキの素直な感想にナナは照れた。
「……それにしても随分としゅごキャラが居るのね」
「殆どはお客さん。うちの子はダイヤを含めて四人だよ」
「ナナから聞いてはいたけど……」
 複数のしゅごキャラを実際に目にすると言葉が出てこない。

 しゅごキャラは滅多に出会えない存在だったからルルにとっては不思議でならない。
「たくさんのしゅごキャラがおるで、様子をみよう思っとったら食事をご馳走してくれることになったでぁで」
「うちのママが挨拶するからってついてきただけよ」
「ママさんは先に帰ってしまったでぁね」
「急な来客だったもので、こんなケーキしか無かったけど……」
 と、日奈森の母親がルルにチョコレートケーキを差し出した。
「それあたしが食べるやつじゃん」
「そうだったかしら? 他に出せるものが無いし……」
 唸る母親を見て、セラは台所に向かい水道の蛇口を捻った。
 突然、水が噴出したので母親はびっくりしたが日奈森がすぐに補足する。

555Q:2015/05/27(水) 05:24:53 ID:skjYNMgM0
egg 33

 水は一旦、止められた。その後、セラはコップやら器を用意しはじめる。
 母親の目にはしゅごキャラの仕業だと分かっていても勝手に動く物体には驚いた。
「……まさかカキ氷を作ろうとしているの?」
 そう言っている側で再度、水が出された。今度は水道が氷結し始める。
 クリミアもセラの側に向かい、手伝おうとした。
「私も手伝いますの」
 そう言った彼女に小さな氷の塊を差し出した。
「持っていればいいんですのね?」
 セラは身振りで指令を飛ばす。
 クリミアも何度も確認しながら彼の手伝いをする。

 ある程度、コップに氷が溜まったら器に移す作業をした。
 器がいっぱいになったところで、セラは氷の塊全体に水をかけた。その後、蛇口を閉める。
「………」
 セラはクリミアを軽く突き飛ばす。
 離れた位置から見ていた日奈森の目には『ひどい』と思えた。
 ただ、クリミア自身はセラの行動には意味がある事を分かっていたのか、真面目な顔のまま黙っていた。
 両手を合わせる仕草を確認したクリミアは更に離れた。
 彼の近くから冷気が発生し、冷たい風が日奈森達の所に流れ込んでくる。
 セラは温度を操る、と言われている。
 見る見るうちに器に入れられた氷に霜が張り巡らされる。
「今、全体的に固める作業をしているようですの」
「見れば分かるわよ」
「……解説」
 素っ気ないルルに反論しようとしたクリミアは言葉を切った。
 解説しないで黙っていても良かったのだが、あまりにも静かだったので何か言わなければと思ったが、ラン達も黙って見ているので余計なことだったかなと思い、やめた。
 セラのやろうとしていることは『カキ氷作り』なのは理解した。
 後は作業の邪魔にならないように見守ったり、手伝うだけにしようと思った。
「まあまあ、気を落とさんと」
「逆に質問された時、答えてやんねーですの。バーカ」
 クリミアはルルに向かってあっかんべーした。
 日奈森はクリミアの様子に苦笑したがルルが怖い顔をしていたので口を押さえて聞いていないフリをした。
 ただ単に氷を作るだけなら何度も見てきたが、どうやって氷を細かくするのかはクリミアには分からなかった。
 ミキサーなどの道具を使うのだろうかと疑問に思った。

556Q:2015/05/27(水) 05:25:10 ID:skjYNMgM0
egg 34

 ごく短時間で手際よく作業するセラの姿は職人のようにクリミアには見えていたし、日奈森達も同じように感じた。
 水と氷を自在に操る姿は幻想的。
 日奈森の母親でさえ口を挟めない。ただ、ルルだけは苛立っているようで腕を組んだまま唸っていた。

 ある程度の大きさになった氷を手の軽い仕草だけで宙に浮かせる。
 一瞬、超能力のように見えたが細い氷の糸のようなものが見えているので、それで操っているのだろう。
 簡単にやっているようだが、ラン達も『すごいすごい』と小さく言っていた。
 氷の塊を掌に載せた瞬間、塊は回転を始めた。
 セラはクリミアに空いているほうの手で手招きし、器の用意をさせた。
「これを動かすんですね?」
 そう言うとセラは頷いた。
 彼の意を汲み、器の中に何も入っていない状態にしてから定位置に器を置いた。その後、離れるように指示し、クリミアは従った。
 その作業にかかった時間はおよそ一分。声無き指示にクリミアはテキパキと答えていく。
 氷の塊は回転しているけれど周りに水などが飛ばなかった。その事に最初に気付いたのはクリミアで次にルルだった。
 雑な仕事だと思っていたルルもセラの行動に少しずつ驚きを感じてきた。
 軽く手首を動かしただけにしか見えない仕草で少し高く塊を投げ上げた。すぐに両手を氷に向ける。
 氷は氷結する時に出す音を響かせ、全体的に曇っていく。
 クリミア達はてっきり透明の球体を作り上げるものとばかり思っていたので少し驚いた。
 再度、セラの掌に乗るまで一分から数十分もかかったような気がしたが実際には数秒もかかっていないはずだ。
 冷気を振り撒きながら出来上がった氷の塊は白いバレーボールのようになっていた。そして、それを無造作に器に投げ入れる。
 すると、氷の塊は小さな音を立てて崩れ去った。
 砕け散る、というよりは砂で出来たオブジェが静かに崩れる感じに似ている。
 無造作に投げたので辺りに飛び散るようなイメージがあったが殆ど器の中に収まっている。
「………」
 言葉が無かった。
 見事な仕事にそれぞれ見入っていた。
「すごい! これ、すごいじゃない! キメが細かくて砂粒みたいじゃない」
 ママは大変、喜んだようだ。
「これCGじゃないんでしょ? うわ〜、すごいわ〜。……あ〜、いい水で作ったらもっと美味しいだろうな〜」
「そうなんですか?」
 と、スゥが質問したがママには聞こえない。
 クリミアがすぐさまメモを用意してスゥの言葉をママに見せた。
「良いカキ氷は良い水で作る。基本ではあるわね。あとね、削り方と氷の作り方。これが一般家庭ではなかなか実現できないのよ。プロのカキ氷の美味しさは一味違うのよ。北極の氷の味とか」
 すっかり舞い上がった母親をなだめつつ、溶けないうちにいただくことにした。

557Q:2015/05/27(水) 05:25:28 ID:skjYNMgM0
egg 35

 水道水から作るのでお代わりは自由だと言われた。
 セラが作ったカキ氷は不思議なことに頭痛を感じない。
「パパも食べてみて」
 奥に居る日奈森の父親や妹と他のしゅごキャラ達にも振舞われた。
「頭痛は絶対しないわけではないので食べすぎには注意してください」
 と、セラは紙に書いた。
「おいしいよ、セラ。ありがとう」
「こ、これくらいうちのパパにだって作れるんだから」
「ルルのパパさんはイタリアの有名シェフさんだがね」
「へ〜」
「じゃあイタリア料理ばっかり食べてるの?」
 ミキの質問にルルは不機嫌な顔を見せる。
「そんなわけないでしょ。日本食も食べるわよ。じゃなくて、作ってくれるわよ」
「セラっていうのね。すごい特技を持っているのね」
 横でママがセラ達と会話を試みているようだった。
「……あなたのママ、凄い喜んでいるわね」
「よっぽど気に入ったのかも」
 ルルとの会話中、クリミアが服を引っ張ってきた。
「?」
「ママさんに通訳してくれないです?」
「いいけど」
 クリミアは日奈森が分からない単語は紙に書き、それ以外は口頭でママに伝える。
 主にセラの通訳の通訳という面倒くさい構図になってしまった。
「世界各地のカキ氷の極意を教えてもらった。氷の作り方はそれぞれ秘伝らしくて……、言葉って難しいな」
「門前の小僧で?」
 ママの言葉にセラは頷いた。しかし、日奈森はママの言葉が全く分からなかった。
「なにそれ?」
「『門前の小僧。習わぬ経を読む』の略だと思いますの」
「ならわぬきょうって?」
「直接は教わらないけれど、読んでいる人を見て覚えるってことですの」
 クリミアの例えが頭の中で想像できなかった。
「しゅごキャラは見えないから店の中とか勝手に入って覚えてきたのかな?」
 ママの言葉にセラは首を横に振る。

558Q:2015/05/27(水) 05:25:45 ID:skjYNMgM0
egg 36

 ルルはカキ氷を食べながら話しに耳を傾ける。
「一人ではなく神崎さんの紹介を受けたって言ってる」
「確かに勝手に店の秘密を盗み見る事は出来るかもしれないけれど、しゅごキャラの存在を知る者にバレると神崎さんの立場が悪くなりますからね」
 というクリミアの言葉を出来る限り伝えた。
「なぜかと言うと……。えっと、難しい事を言いますが棒読みでいいので伝えてくださいの」
「が、頑張る」
「製法は門外不出の場合、似ていたりすると『盗んだ』って言われて大変な騒ぎになります。ましてしゅごキャラを使った産業スパイともなると神崎さんに疑いの目が向けられてしまいます」
「その神崎さんにしか教えていない筈なのに、って話し?」
「その当時は宿主と別行動していたものですから。まだ守秘義務とか分からなかったし……」
 ママは難しい話しにも関わらず、黙って聞いていた。
「ちなみにセラの宿主はもっとすごいことが出来ますの。それこそ北極や南極の氷を作ることも……、きっと可能かもしれないですの」
 クリミアはセラに顔を向けたが彼は黙って頷いたのみだった。
「北極の氷って普通の氷と違うの?」
「……たぶん、気分の違いかも……。ミネラルウォーターで作る氷のようなものじゃないんですか、きっと」
 見もふたも無いけれどクリミア自身、味の違いはあんまり分からない。
「ねえ、クリミアはどんな特技があるの?」
「私は得意なものがありませんの。せいぜいセラのお世話係でしょうか?」
「ラブラブカップルめ」
「あえて言えば腹話術?」
 スゥの言葉をクリミアはセラを使って喋る場面を想像した。
 言い返したい気持ちになったが複雑な心境に陥ったので顔を赤くするだけになってしまった。
「クリミアが居るおかげで仕事に専念できる、ですって」
 セラのメモをママが読んだ。
「……ところで、クリミアとセラの宿主ってどういう人達なの?」
「ラブラブカップルかな? そのまんまって感じ」
「……ずっと気になってたけど、セラってどうして喋らないの?」
 そう言ったのはカキ氷を食べ終えたルルだった。
「喋れないの。昔、仕事でなんかあったみたい」
「無視してるのかと思った」
「いやいや、セラはちゃんと受け答えが出来るよ。ちょっと前まではクールキャラだったけど」
「仕事人なんだよ。無駄口叩かないし、喋れないけど……」
「喋れた頃のセラってどうだったのかな?」
「……宿主である域墹様がクールなお方ですからね。だいたい似たような人柄だったと思いますの」
 ルルが食べ終わった器をセラは流し台に運んでいた。

559Q:2015/05/27(水) 05:26:02 ID:skjYNMgM0
egg 37

 食器がひとりでに飛ぶ様子はしゅごキャラの仕業だと分かっていてもママにはびっくりすることだったようだ。
「今日はずいぶんおしえてくれるんだね」
 ランの言葉にクリミアは頷いた。
「神崎様に関わらない分はだいたい言えますですの。特殊な氷の製法は守秘義務ですの。振舞う分には制限はありません。と、言っておくですの」
「いや、関わってんじゃん」
 カキ氷の製法のことを日奈森が言っている事は理解している。
「何がですの? どこの国や地域のどこの店のことですの? 誰から教わったかとか、具体的な証拠は?」
「? 今、神崎さんがカキ氷の作り方を教えてもらったって所のことだよ」
「神崎様が、誰とどのような約束をしてカキ氷の秘密の製法を教わったかなんて、私は一言も言ってないですの」
 クリミアの難しい言葉は日奈森にも理解できない。
「バカね。カキ氷の作り方を教えてもらった。詳細は言ってない。ということよ」
 ルルが補足した。
「バカで悪かったね」
「漠然とした物言いなら秘密に抵触しない。そういうことなんでしょ?」
「そうなのですが、ついついポロっと言ってしまわないか心配な時もあるですの。すみません、意地悪な言い方をして」
 いつも意地悪な言い方をされているような気がしたが、クリミアは真剣な顔で頭を下げたので何も言い返せなかった。
「大事な秘密って色々と手続きが面倒よね」
 そうママが言うとセラが『そうですね』と紙に書いた。
「しゅごキャラが勝手に色々と喋る分には問題ない気がするけど、その辺りはどうなっているの?」
 と、ママは言った。
「出所を調査されると困ることがあるので。しゅごキャラでも守秘義務の大切さを勉強していますの」
「困るって? えっ? 誰が調査するの? そんな組織あるの?」
「具体的には言えませんが、海外ではそういうこともあると思ってください。……ちなみにうちの宿主たちは捕虜経験があるので」
 そう伝えるとママが怖い顔になった。
「………」
 そのうちに頭をかかえるママ。
 日奈森には今の言葉がどういう意味を持っているのか、理解できなかった。

560Q:2015/05/27(水) 05:26:16 ID:skjYNMgM0
egg 38

 黙ったママにセラは色々と文章を見せた。
「いろいろあって神崎さんに助けられた、と……」
「別に我々が銃を持ってテロリストと戦っていたわけではありません。我々と言うか宿主が、ですが。うっかり捕まることがあるですの。市民に化けた過激派とか居るらしいですの」
 クリミアの言葉をそのまま伝えてはいるけれど、日奈森には全く状況を想像できなかった。
「そういえば宿主って学生さんだよね? どうして外国に行ったの?」
 と、ミキは尋ねた。
「この部分は守秘義務でしょうか?」
 クリミアの言葉にセラは頷いた。
「秘密ですの。ですが、好き好んで行ってるわけではなく、要請されて行く場合が多いですの」
「誰かの命令?」
「そう言えなくは無いですが……。ちなみにうちのリーダー、夢聊様というのですが……」
「無料? タダってこと?」
「読みは同じですが漢字が違いますし、人間ですの。そのリーダーは関係ありませんので、文句を言ってはダメですの」
「リーダーなのに?」
「リーダー全てが同一人物ではないですよ、という意味ですの」
 セラが頷いたが他のしゅごキャラはいまいち分からなかったようだ。
 図で表さないとダメかも、とクリミアは思った。
「人間の大きさはとても小さいのでピンポイントの情報を必要としますの」
 この言葉はルルには理解出来た。
「正確な情報を与える人。受け取る人。行動する人。それらが連携しなければならないこと。色々とあるんですの」
「その中だと神崎さんは行動する人?」
「自分で判断して行動する人ですね。持っている力を十二分に発揮する。私の宿主は頑張ると命を縮めてしまいますの。セラの宿主は色んなものを失うらしいですの」
「どういう意味?」
 と、ルルは言った。
「秘密ですの」
「セラが何か書いてるけど?」
 クリミアはセラが書いている文章を読んで驚いた顔になった。
「『献血』するから命を縮めるって意味なのね」
 正確なことは書いていないことは分かったが、セラが人に教えるとは思わなかったのでびっくりした。
「セラの宿主のことも教えてくれるの?」
 そう日奈森が尋ねるとセラは紙にまた字を書き始めた。
「『ものおぼえが悪くなる』って、どういうこと?」
「血管の流れが悪くなる……。そういう状態になりやすい。……よく分からないけど、それ病気じゃないの?」
 日奈森とルルは一緒に首を傾げた。

561Q:2015/05/27(水) 05:26:30 ID:skjYNMgM0
egg 39

 しゅごキャラとの会話はいつも驚かされると、とママは思った。
 筆談とはいえ、明確に意思を持っていて自己主張している。そして、クリミアとセラはとても賢い。
 子供のしゅごキャラだと思っていたけれど、甘く見ることは出来ないなと感じた。
「そういえば、セラの宿主って不思議な能力を持っているんだよね?」
 一瞬、ルルはギクリとした。
「セラの能力じゃないの?」
「ほら、前にセラを倒したじゃない」
 随分と昔の出来事になってしまったのか、日奈森はすぐには思い出せなかった。
「氷を操るセラを凍らせた能力だよ」
 そうミキが言うとルルは首を傾げた。
「それ、本末転倒じゃない」
 そう云われた後、セラは字を書き始めた。
 昔の彼ならば『秘密』と書く筈が今は詳しく書こうとしている。クリミアはその事に驚いた。
「宿主の能力は秘密だが、かなり強力な力のため、自分に跳ね返ってしまう。その影響で仮死状態化するらしい。未成熟な仮死状態は脳に悪影響を及ぼす」
 難しい漢字と単語だらけなので読むだけでも大変だった。
 ただ、母親だけはなんとなく理解したようだ。
「セラが能力を使うと危ないってこと?」
 ミキの疑問にセラは首を横に振る。
「セラと域墹様は影響しあっておりませんので、大丈夫ですの。私が見たかぎりではセラは自分の能力で自分を傷つけることはありませんでしたの」
「宿主はそうじゃないってことだね」
「聞いた話しでは、そうらしいですの。実際に見せてって言うわけにもいかないですし」
「オッケー、ぐしゃー。じゃあバカだもんね」
「……域墹様はそんなに軽い男ではありませんの」
「例えだよ」
 クリミアが呆れたような顔をした。

 話しが一段落したところで食べ終わった食器類は次々とセラが片付けていく。
「……うちのナナでも食器は持つのがやっとなのに……」
「ボクらは三人協力すればなんとかなるけど」
「はいですぅ」
「普段はしゅごキャラに運ばせたりしてないよ」
 日奈森は両手を振りながら弁明した。

562Q:2015/05/27(水) 05:26:45 ID:skjYNMgM0
egg 40

 食事を終えたルル達は日奈森の言葉を無視して母親の方に向かい、頭を下げた。
「ごちそうさまでした」
 カキ氷を作ってくれたセラにもルルは頭だけ下げた。
「もう行くの?」
「そうよ。何か問題でも?」
「……いや、一緒に帰るで」
 もう一度、ルルは頭を下げた。
「またおいでよ」
「ここに居なかったらガーディアンのところでもいいよ」
「分かったでぁ」
 そう言って、二人は帰っていった。
「……それにしても……」
 ふと日奈森は気が付いた。
 ダイヤが全く会話に参加していなかったことを。
 カキ氷を食べた後はテレビのあるところに行ったり、戻って来たりを繰り返していた。
 自分のキャラなのに何を考えているのか、分からない。
 別段、誰に迷惑をかけるでもないし、とがめるだけの理由も無い。
「……そろそろダイヤとじっくり話し合った方がいいのかな」
「?」
 ダイヤは微笑んだまま首を傾げた。
 四つ目のしゅごキャラのことについて考えなければならない時期に来たのかもしれない。

 セラ達が帰り、晩御飯まで勉強することにした。
 色々と気になる事はあるけれど今は少しずつしか考えることが出来ない。
 一之宮の×たまは今までの×たまと違って暴れださない。
「卵の状態なのに見えるのかな?」
「………」
 こころのたまごに耳を傾けても×たまは何も答えない。
「お腹とか空いてない?」
「………」
「大人しくしてくれるなら×キャラになってもいいよ」
 色々と声をかけてみたが返答は無かった。
 少なくとも×キャラになればご飯を食べさせることが出来る。
 出会ったばかりなので警戒しているのかもしれない。

563Q:2015/05/27(水) 05:27:00 ID:skjYNMgM0
egg 41

 会話が成り立たないまま次の日になった。
 部屋から出ないし、暴れなかったけれど緊張の為に眠るのに時間がかかった。
 学園には遅刻はしなかったけれど、まだ少し眠かった。
 今日は朝からダイヤが一緒についてきてくれた。
「おっはよ〜」
 元気よく挨拶したものの四十九院と栗花落の姿は無かった。
 かわりに辺里が返事を返してくれた。
「今日は二人とも欠席みたいだね。栗花落さんの欠席理由は分からないけど……」
「ねえねえ、あむちゃん」
 と、声をかけてきたのはなまみとわかなだった。
「なに?」
「……昨日、司穂ちゃんが知らない男の人と歩いてるの見ちゃったんだけど……。それと関係あるのかな?」
 男の子の人と聞いてすぐに赤龍の事を思い出した。
「その人、強そうな人だった?」
「うん」
「あたしの知ってる人かもしれない。……う〜ん」
 目撃例があってもそれ以上のことは分からないので、唸るしかなかった。

 二人が欠席したまま朝のホームルームが始まった。
「え〜、欠席は二人だけですね?」
「先生。何か連絡は来ましたか?」
 辺里が手を上げてすぐに尋ねた。
「四十九院さんは検査で欠席ですが栗花落さんは分かりませんね」
「……そうですか」
 家からの連絡も無い様だった。
 その後、一時間目が始まる。
 二時間目が開始される時に栗花落が現れた。
「しーちゃん!?」
 顔色の悪い栗花落がみんなの顔を一様に眺める。
 自分の席に着くまで彼女は黙っていた。
「みんな心配してたんだけど……。具合でも悪いの?」
「………」
 少しの間、栗花落は黙っていたがコルクが姿を見せた時、彼女は泣き出した。

564Q:2015/05/27(水) 05:27:16 ID:skjYNMgM0
egg 42

 机に突っ伏して号泣する栗花落をよそにコルクが口を開く。
「しばらくはそっとしておいて下さい」
 日奈森と唯世のしゅごキャラ達も出てきて集まった。
「……ここではちょっと。司穂の居ないところで話す」
 緊急事態を察知した辺里は日奈森と共に栗花落を保健室に連れて行く事にした。
 今はまだ事情が話せる状態ではないと判断し、早退手続きを取ることにした。
 色々と聞きたいことがあったけれど、まずは授業を消化する。
 放課後に辺里達はロイヤルガーデンに集まった。栗花落だけは早退させた。
「大変な事が起きたみたいだね」
 相変わらず一之宮の姿は無く、相楽と柊の二人だけ来ていた。
 コルクはジュースを一口、飲んだ後、口を開く。
「細かいことは省くが……。赤龍さんが刺されてしまった」
「!?」
「司穂は自分のせいだと言って泣いてばかりいる。刺されたといっても深刻な状態ではないと言っていたが……、司穂にはショッキングだったようだ」
「どうしてそんなことに……」
 赤龍がどれくらい強いのかは日奈森もよく知らないので、想像は出来なかった。
 明るく気さくなお兄さん、というイメージがあったのでそれなりに日奈森もショックを受けた。
「口から泡を出している変なおっさん、という表現が合ってるのかもしれないが……。そんなおっさんに唐突に襲われた。彼は仲間と見回りの仕事をしていた。それだけだった」
 コルクの顔が少しずつ悪くなっていくのでラン達がお菓子などを勧めた。
「……犯人は仲間達が取り押さえていたが力が強いのか、抵抗が激しかった。ケガをしている赤龍さんが最終的に犯人を殴り倒して気絶させて鎮静化した」
「……そう」
 内容が生々しいので辺里以外は口を出せなかった。
「司穂は血だらけの赤龍さんにショックを受けて、手が付けられないくらい大変だった」
「その赤龍さんはどうなったの?」
 藤咲は嫌な予感を感じつつも尋ねた。
「病院で止血してもらった後は元気そうだった。ただ、司穂は赤龍さんを助けられなかった事を後悔しているようでな」
「普通の女の子は流血沙汰を見たら誰だって何も出来ないと思うよ。もちろん、ぼくらもだけど……」
「キャラなりの能力だったら助けられたかもしれない。……でも、それは机上の空論だよ」
「案外、智秋ならなんとかしたかもしれないわね」
 滅多に会話に参加しない真城が言った。

565Q:2015/05/27(水) 05:27:32 ID:skjYNMgM0
egg 43

 コルクの状態を見ながら辺里は会議を続けていく。
「あたしも現場に居合わせたら何も出来ないかもしれない」
「それが普通よ、あむちゃん」
 ダイヤは静かに言った。
「不意打ちに対処するのは難しい」
「……確かに。普段は流血沙汰の事件に巻き込まれない、とかなんとか言ってた」
「頻繁にあっても困るよ」
「とにかく、今は流血のショックが薄まるまで司穂はしばらく学校を休ませたい」
「そんなにひどいケガだったの?」
「私は初めて目の当たりにした。あんなに怖いものとは思ってなかった」
 キセキはそろそろコルクを休ませようと皆に言い、会話を切り上げさせた。
「無事ならいいじゃん」
 ランの言葉に辺里達は何も答えなかった。
「どうしたの、みんな?」
「そうなのだがな……」
 空気が重い。
 日奈森はそう思っても場の雰囲気を変えるような言葉が見つからない。

 ガーディアン見習いとして相楽と柊も何か言う事は無いか必死に考えた。
「……お姉ちゃんなら、無事ならそれでいいって言うかもしれません」
 相楽はそう言ってみたものの自分自身は納得していなかった。けれど、何か言わなければならない。
「それはどうかな」
「わっ!」
 相楽の耳元で声が聞こえたので彼はびっくりした。
 振り返るとノミナリズムが腕を組んだ状態で浮いていた。側にマテリアリズムとラジカレズムの姿もあった。
「ノリ!?」
「つい先ごろに連絡が来たのでな。我々だけ飛んできた」
「辛気臭い連中だな。いつもの明るさはどうした?」
「……ラムは空気を読むことを覚えた方がいい」
 マイペースな四十九院のしゅごキャラ達を見て、辺里は苦笑した。
「まあ、気休め程度に聞くがよい」
「……ありがとう」
 藤咲が辺里に代わって礼を述べた。

566Q:2015/05/27(水) 05:27:52 ID:skjYNMgM0
egg 44

 心強い存在はありがたい。
 ガーディアン達はノリ達の言葉を心待ちにしていた。
「暴漢に襲われることは何度もあったらしい。龍緋様が存命中にもやはり赤龍様は結構なケガを負うことがあった」
「……それは初耳だ」
 マリの言葉にノリは苦笑する。
「お主達が生まれる前だからな」
「もったいぶりやがって、クソババアが」
 そう言ったラムの顔面を力いっぱいノリは拳を打ち込んで沈黙させた。
「お前は帰れ。邪魔くさい」
「まあまあ」
 マリと藤咲はノリをなだめた。
「町の見回りをしているんだよね、彼らは」
「うん」
「普段から危険な仕事をしているのかい?」
「個人的に犯罪者を追い回すような危険な仕事はしていない。それは今もその筈だ」
 ノリ達は辺里達の居るテーブルの上に降り立った。ラムだけ『しゅごキャラハウス』に向かった。
「我々が話しても仕方ないと思うので、直接本人に聞いた方が早いかもしれぬ」
「赤龍さんに聞けってこと?」
 辺里の言葉にノリは頷いた。
「連絡方法が……」
 と言った時に日奈森がゆっくりと手をあげた。
「……あたし、番号持ってる」
「あむちー、ケガ人とそういう仲なの?」
「誤解しないで、れいれんさんの為に入れただけだから」
 鈴と龍美の番号も登録していることを伝えた。

 試しに赤龍に連絡を入れるとあっさりと繋がった。
「今、話せますか?」
 そう言うと電話の向こうに居る赤龍はあっさりとオーケーを出した。
 携帯のスピーカーを大きくし、テーブルの中央に置いた。
「……ごめん」
 最初に聞こえた言葉がそれだった。
「司穂ちゃんはしっかり守ったけど、物陰からやられたから対処が出来なかったよ」
「無事でなりよりです」
「口で言うのと実際に見るのとじゃあ違うからな。正直、あんなに怯えられるとは思わなかった。本物の流血でトラウマにならなきゃいいけど……」
「起きてしまったことをクドクドと言う気はありません。……それでケガの具合は?」
「全治一週間くらいじゃないかな」
「えっ!?」
 流血沙汰で一週間は早すぎるのでは、と辺里は思った。
 栗花落の表情からは一ヶ月以上の重症だと思っていた。

567Q:2015/05/27(水) 05:28:10 ID:skjYNMgM0
egg 45

 現在は大人しく病院で寝ている状態だと言っていた。しかし、藤咲はここで疑問に思った。
 確か病院内では携帯電話は禁止だったと記憶していたからだ。
「そりゃあ……、抜け出したに決まってんだろ」
「なにしてるんですか」
「俺はやんちゃな男の子だからいいの」
「やんちゃ過ぎです」
「……なんか凄い人みたいだね、あむちー。こういう人なの?」
 結木の疑問に日奈森は苦笑を浮かべるだけで答えられなかった。
「神崎家では、大人しい方です」
 と、ノリは言った。
「今、俺の悪口言ったろ」
「言ってません、言ってません」
 赤龍には聞こえないはずだがノリはそう言った。
「妙に鋭いところがある人だね」
「トラウマうんぬんは置いといて……。厄介な不審者を捕まえられたんだ。……少なくとも、少しは安全になったはずだ。俺という犠牲の上を歩けよ、お前ら」
「礼は言いません」
 言ってることに説得力はあるけれど他に方法は無かったのだろうかと藤咲達は思った。

 赤龍の言い分は無茶苦茶な部分が多いけれど、誰かの役には立っている気がする。
 彼が捕まえていなければ力なき誰かが犠牲になっていたかもしれない。
 それはたまたま通りかかった栗花落かもしれない。
「言っとくけど、毎回危ないわけじゃないぞ。こんな事はめったに起きないんだからな。せいぜい肉体言語に不自由するくらいなんだから」
「しゅごキャラは無事ならいい、と言ってましたが、あなたはどう思いますか?」
 辺里は携帯の向こうに居る赤龍に尋ねた。
「それはケガした本人が言うセリフだ。実際に傷ついた時、お前ら同じこと言えたら言ってみろよ」
 想像していた赤龍の言葉とは全く違っていたので辺里は驚いた。
 話しを聞いていたかぎりでは、赤龍という人物は何も考えていない楽天的な人だと思っていた。
「……これは耳に痛いですね」
「心配される立場の気持ちが分からないわけじゃないよ。俺が司穂ちゃんやお前らの立場なら文句を言いたい気持ちになってるもん」
 日奈森は赤龍の声で思い出す。
 彼らは自分の兄を物凄く心配していたことを。
 だから命の大切さは身にしみて理解しているはずだ。

568Q:2015/05/27(水) 05:28:27 ID:skjYNMgM0
egg 46

 好きでケガをしたわけではないことは理解できる。
 ただ、実際にケガをされるとどうしてこんなに胸が痛むのだろうか。それは日奈森だけではなく辺里達も同じように自分の胸に手を当てていた。
「外が危険なら一生閉じこもってた方がいいのか? 誰かが町を守っているからお前ら安心して外に出掛けられるんじゃねーの? 人員には限界があるんだぜ」
「そうですね」
「俺たちには兄ちゃんがその役をやってくれてた。歌唄ちゃんを守ったりさ、よその国を守ったり。見知らぬ誰かを守ったり」
 真城は胸に手を当てて黙って聞き入っていた。
 誰かが助けに来てくれたからこそ今の自分が居る。そう思うと赤龍の行動を責めることが出来ない。
 正しい方法があったとしても自分は『正しい方法で確実に助けてもらえたのか』は分からない。
「正当性を主張しても水掛け論になるからやめるけど、俺は司穂ちゃんが無事だった事を嬉しく思う。あとは知らんな」
「うむ。ここまで潔い人物だと会ってみたくなるな」
 そうキセキは言ったが合宿の時、赤龍が居たことを忘れている者が何人か居た。
「彼女への謝罪は退院してからだな。そろそろ検査の時間だから」
「すみません、大変な時に……」
「……ところであなた、あむとはどういう関係なの?」
 真城が急に身を乗り出して聞いてきた。
「友達、でいいか?」
「えっ!? きゅ、急に言われても困る」
「何故、日奈森さんに番号を教えたんですか?」
 今度は三条が尋ねた。
「鈴怜の相談の為だよ。なんだ、お前ら恋人だと思ってんの?」
「違うんですか?」
 質問に質問で返す藤咲。
「……一通りの番号は教えてるからさ。特別、何かあるわけじゃねーけど……」
「我が主殿も番号を教えてもらっているのだが……」
 ノリの言葉に三条達は思い出した。
 四十九院は日奈森よりも神崎家と付き合いが長いことを。
「……赤龍さん、こんなとこで何してんすか? 女日奈森と愉快な仲間達と会話中。……ああ、ガーディアンの」
 赤龍の方で新たな声が聞こえてきた。
 声の主は男日奈森こと『日奈森唄奏』だった。

569Q:2015/05/27(水) 05:28:48 ID:skjYNMgM0
egg 47

 赤龍を病室に戻すために探し回っていたらしい事が聞こえてきた。
「続きは退院してからだ。うるせーな、筋トレなんかしてねーって」
 そう言った後で通話が切れた。
「……元気そうですね」
「過度に心配し過ぎるのもどうかと思う。少なくとも赤龍様は捨て身で行動するような人ではない」
「ここで議論しても仕方ないってことなのかな」
「実際、現場では何が起こっていたのか……。ちゃんと検証しなければ真実は見えてこない。私はそう思う」
 マリは言った。
「そういえば……」
 と、コルクは言う。
「何度も周りに気をつけろと言われた。司穂は彼の友達? みたいな人、十人くらいに囲まれて移動してた」
「からまれてたの?」
「いやいや。よくは知らないのですが、友達らしいです」
「どういう人達か分かる?」
「一言で言えば不良ですね。見るからにがらの悪そうな顔してました」
 ノリとマリは苦笑した。
「素行の悪い連中を引き連れている話しは聞いた事がある」
「えっと……、その人のことよく知らないけどヤンキーってこと?」
 結木が尋ねた。
「正義感に溢れる人、かな。龍美様も同様で暴走族を潰してそのまま舎弟にした、という話しもある。どういう人物かは直接、本人に聞くしかないだろう。我も人となりはうまく説明できない」
「合宿で見た時は確かにかっこいいお兄さんってイメージだったけど……」
 赤龍がケンカしている場面は見たことが無いし、町での活動も知らない。
 神崎家自体、謎だらけというイメージをそれぞれが抱いた。

 日奈森はヤンキーと聞いて男日奈森の顔が浮かんだ。
 赤紫の髪の毛に見るからに不良。
 悪い事はしていないのに悪いイメージに見えてしまう。
 おそらく、そういう仲間達がたくさん赤龍の周りに居るのかもしれない。
「慕われているんだから、そんなに悪い人ではないと思うよ、たぶん」
「しほちゃんを守ったんなら、いい人じゃん」
「絶対に無傷でいられる保証は無いし、彼はそういう事を分かった上で行動したはずよ」
 真面目に言ったのはダイヤだった。
「×たまを相手にするのは危険だからやめましょう、という話しにならないのは何故?」
「それがぼくらの仕事だから」
 ダイヤの言葉を辺里は肯定する。
 それが答えであり、本質なのかもしれない。

570Q:2015/05/27(水) 05:29:06 ID:skjYNMgM0
egg 48

 とりあえず、ガーディアンとしては栗花落の心のケアをどうするか話し合った。
 ガーディアン見習いの二人はしゅごキャラの相手をすることにした。
「今日のりっかの仕事は?」
「お花に水をあげるのとゴミ拾いかな」
「これも誰かがやらなきゃいけない仕事だよね」
 嬉しそうに相楽は言った。
「ゴミ拾いは危ないからやめた方がいいわよ」
 ダイヤが意地悪を言ってきた。
「割れたガラスとか気をつけます」
「軍手は忘れずに」
「備品チェックは済んだかしら?」
 しゅごキャラによる色々な確認作業が始まった。

 ガーディアンが会議をしている頃、理事長室に一人の客人が訪れていた。
 全身黒尽くめで顔には猫の面が付けられていた。
「身内が迷惑をかけているようだ。すまない」
「こちらとしては毎回、助けていただいて感謝しているよ」
「これで君の顔も見納めかな……」
「それは残念だ。昔のクラスメートを集めて同窓会でもやりたかったのに」
「うちの兄妹たちはもう一人で歩ける。だから、私も本来の姿に還ろうと思う」
 仮面の人物は等身大の人間の姿の『我皇』だった。そして、今までの声が消えて武神『臥龍』の声に変わった。
 女性的な声。
 聞く人が聞けばネコ型のしゅごキャラ『ヨル』にそっくりだと言うかもしれない。
「彼との約束で今まで出てきていたが、鈴怜はもう私を必要としない」
「多くの弟子が居るんじゃないのかい?」
「きっと……、大丈夫だろう。良き師は一人ではない」
 仮面を外す。しかし、そこには人間的な顔は無かった。
 渦巻く黒と白の流動的な色合い。凹凸すらも判別できない。
 我皇が見据える先にあるロイヤルガーデンに向かって指で作ったハート型を向ける。
「オープンハート」
 理事長は薄く笑っただけで何も言わなかった。
「ありがとう、未来の導き手たち……」
 そう言った後、我皇の身体は霧散して消えた。
 理事長はしばらく静かに窓の外を眺め続けた。


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