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あの作品のキャラがルイズに召喚されましたin避難所 4スレ目
1
:
ウルトラマンゼロの使い魔
◆5i.kSdufLc
:2017/08/14(月) 13:53:15 ID:tnRMCI/M
もしもゼロの使い魔のルイズが召喚したのがサイトではなかったら?そんなifを語るスレ。
(前スレ)
避難所用SS投下スレ11冊目
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/9616/1392658909/
まとめwiki
ttp://www35.atwiki.jp/anozero/
避難所
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/9616/
_ ■ 注意事項よ! ちゃんと聞きなさいよね! ■
〃 ` ヽ . ・ここはあの作品の人物がゼロ魔の世界にやってくるifを語るスレッドよ!
l lf小从} l / ・雑談、SS、共に書き込む前のリロードは忘れないでよ!ただでさえ勢いが速いんだから!
ノハ{*゚ヮ゚ノハ/,. ・投下をする前には、必ず投下予告をしなさいよ!投下終了の宣言も忘れちゃだめなんだからね!
((/} )犬({つ' ちゃんと空気を読まないと、ひどいんだからね!
/ '"/_jl〉` j, ・ 投下してるの? し、支援してあげてもいいんだからね!
ヽ_/ィヘ_)〜′ ・興味のないSS? そんなもの、「スルー」の魔法を使えばいいじゃない!
・まとめの更新は気づいた人がやらなきゃダメなんだからね!
_
〃 ^ヽ ・議論や、荒らしへの反応は、避難所でやるの。約束よ?
J{ ハ从{_, ・クロス元が18禁作品でも、SSの内容が非18禁なら本スレでいいわよ、でも
ノルノー゚ノjし 内容が18禁ならエロパロ板ゼロ魔スレで投下してね?
/く{ {丈} }つ ・クロス元がTYPE-MOON作品のSSは、本スレでも避難所でもルイズの『錬金』のように危険よ。やめておいてね。
l く/_jlム! | ・作品を初投下する時は元ネタの記載も忘れずにね。wikiに登録されづらいわ。
レ-ヘじフ〜l ・作者も読者も閲覧には専用ブラウザの使用を推奨するわ。負荷軽減に協力してね。
. ,ィ =个=、 ・お互いを尊重して下さいね。クロスで一方的なのはダメです。
〈_/´ ̄ `ヽ ・1レスの限界最大文字数は、全角文字なら2048文字分(4096Bytes)。これ以上は投下出来ません。
{ {_jイ」/j」j〉 ・行数は最大60行で、一行につき全角で128文字までですって。
ヽl| ゚ヮ゚ノj| ・不要な荒れを防ぐために、sage進行でお願いしますね。
⊂j{不}lつ ・次スレは
>>950
か480KBからお願いします。テンプレはwikiの左メニューを参照して下さい。
く7 {_}ハ> ・重複防止のため、次スレを立てる時は現行スレにその旨を宣言して下さいね。
‘ーrtァー’ ・クロス先に姉妹スレがある作品については、そちらへ投下して盛り上げてあげると喜ばれますよ。
姉妹スレについては、まとめwikiのリンクを見て下さいね。
・一行目改行、且つ22行以上の長文は、エラー表示無しで異次元に消えます。
SS文面の区切りが良いからと、最初に改行いれるとマズイです。
レイアウト上一行目に改行入れる時はスペースを入れて改行しましょう。
557
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/07/31(火) 22:57:05 ID:7PqA9ujA
「お待たせいたしましたミス・ヴァリエール。どうぞ、横のゲートを通って中へお入りください」
学生手帳を返した下級貴族はそう言って詰所内の壁に設置されたレバーの持ち手を握って、それを下へと下ろしていく。
するとルイズの目の前、彼女をここから先へ通さんとしていたかのように立ちはだかっていた通行止めのバーが、上へと上がっていく。
細長くやや部厚めの木で出来たバーが上がる様子を眺めつつ、ルイズは衛士代わりの下級貴族に礼を述べた。
「ありがとう。こんな所にヴァリエール?って感じで疑われるのを覚悟していたから助かったわ」
「いえいえ、何せ今年の夏季休暇はここに『特別なお方』がお泊りになっておりますからね」
あの人の家元を考えれば、ヴァリエール家の者がここにいると勘づくのは分かっていましたよ。
最後にそう言ってルイズに軽く敬礼をしてくれたのを見届けた後、ルイズはゲートを通ってその向こう側へと入る。
そしてそこで一旦足を止めて背後を振り返ると、彼女は一人ポツリと呟いた。
「『風竜の巣穴』…か。確かにパンフレット通り…良い景色が一望できそうね」
王都の街並みを一望できる小高い丘の下に建てられたリゾート地の入り口で、ルイズはホッと一息つく。
ルイズがここへ来た理由は一つ、一昨日別れたカトレアに会いに行くためである。
別れ際に彼女からここの居場所と、ご丁寧にもどこの別荘に泊まっているという事も教えてくれた。
わざわざ教えてくれなくとも場所さえ教えてくれれば自力で探せそうなものだが…と、当時のルイズは思っていたのである。
しかし、それが単なる迂闊であったという事は初めてここを訪れたルイズは身を持って知る事となった。
「ちょっとした規模のリゾート地かと思ったけど。…成程、こうも同じような建物ばかりだと迷っちゃうわよね…」
カトレアから手渡されたメモと地図が載ったパンフレットを片手に道を歩く彼女は、似たようなデザインが続く別荘を見てため息をついた。
一応細部や部屋の様相が違うという事はあるだろうが、外見だけ見ればどれも似たようなものである。
それが何件も続いている為、中庭に誰も出ていなければ何処に誰がいるか何て分からないに違いない。
幸い各別荘の入口には数字が書かれた看板が刺さっており、何処が何番の別荘だと迷う事は無いだろう。
ルイズはメモに書かれている「12」番の看板を捜して、別荘地の奥へ奥へと進んでいく。
「今が五番で次が六番だから…って、この先道が二つに分かれてるのね」
「5」番目の看板が目印の、オリーブ色の屋根が目立つ別荘の前で足を止めたルイズは、ふと前方に分かれ道がある事に気が付く。
次の別荘は隣にあったものの、どうやら七番目と八番目の別荘は左右に分かれているらしい。
右の方には『8』が、左には『7』の番号が振られた別荘がそれぞれ宿泊施設としての役目を果たしている最中であった。
どちらの別荘にも貴族の家族が泊まりに来ているようで、右の別荘の芝生では幼い兄弟が楽しそうにキャッチボールをしている。
ボール遊びといってもそこは貴族の子供、平民の子から見れば結構アクロバティックな球技と化していた。
思いっきり上空へと投げたボールを受け取る子供が『フライ』の呪文を唱えて見事にキャッチし、次いで空中から投げつける。
それを先ほど投げた子が『レビテーション』の呪文を唱えて勢いを殺し、難なくボールを手にしてみせる。
兄弟共に楽しそうな笑み浮かべて汗を流して遊ぶ姿は、例え魔法が使えるとしても平民の子供と大差は無い。
それを若干羨むような目で見つめていたルイズは、左の別荘の方へも視線を向けてみる。
左の別荘の芝生ではこれまた幼い姉妹が魔法の練習をしており、子供用の小さな杖を一生懸命振って魔法を発動させようとしていた。
ルイズが今いる位置からでは聞き取れなかったが、彼女たちの周囲で微かなつむじ風が起こっている事から恐らく『風』系統の練習なのだうろ。
子供の幼い舌では上手く呪文を唱えられないのであろう、必死に杖を振る姿がなんとも昔の自分にそっくりである。
ただ違う所は一つ。彼女らは一応風を起こしているのに対し、自分はどれだけ杖を振っても成果が出なかった事だ。
558
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/07/31(火) 22:59:09 ID:7PqA9ujA
(あの時自分の系統が何なのか気付いてたら…って、そんな事考えても仕方ないわよね)
幼少期の苦い思い出を掘り越こしてしまった気分にでもなったのであろう、ルイズは沈んだ表情を浮かべつつも首を横に振って忘れようとする。
自分がここを訪れた理由は一つ。幼少期の苦い思い出を堀り越こす為ではなく、カトアレに会いに行く為だ。
その後、すぐに気を取り直したルイズは芝生で遊んでいた子供たちの内、魔法の練習をしていた姉妹に聞いてみる事にした。
最初こそ怪しまれたものの、今日はマントを身に着けていた為不審者扱いされずに何とか道を聞く事ができた。
どうやら「12」番の看板が刺さった別荘は彼女たちがいる左側にあるようで、二人して道の奥を指さしながら教えてくれた。
ルイズは「そう、助かったわ。ありがとうと」とお礼を言って立ち去ると、姉妹は揃って「じゃあねぇ!」と手を振りながら見送ってくれた。
彼女も笑顔で手を振りつつその場を後にすると、左側の道路を奥へ奥へと進んでいく。
その間にも何人かの宿泊客達と出会い、軽い会釈をしつつも「12」番の看板目指して歩き続ける。
やがて数分程歩いた頃だろうか、もうすぐ行き止まりという所でようやく探していた番号の看板を見つける事ができた。
「十二番…ここね」
少しだけ蔓が絡まっている看板に書かれた数字を確認した後、ルイズは臆することなく芝生へと入っていく。
綺麗に切りそろえられた芝生、その間を一本の線を走らせるようにして造られた石造りの道をしっかりとした足取りで歩くルイズ。
他と同じような造りの二階建ての別荘からは人の気配があり、ここを利用している人たちが留守にしていないという何よりの証拠である。
看板は合っている、留守ではない。それを確認したルイズはそのまま道を進んで玄関の方へと歩いていく。
一分と経たない内に玄関前まで来た彼女は軽く深呼吸した後、ドアの横に付いた呼び鈴の紐を勢いよく引っ張った。
直後、ドア一枚隔ててチリン、チリン…という鈴の音が聞こえ、誰かが訪問してきたという事を中の人々に知らせてくれる。
呼び鈴を鳴らし終えたルイズはスッと一歩下がった後に、このドアを開けてくれるであろう人物を待つことにした。
すると、一分も経たない内に呼び鈴を聞きつけたであろう誰かが声を上げたのに気が付く。
「…〜い!少々お待ちォー!」
ドア越しに軽快な足音を響かせてやってきた誰かは、ゆっくりとドアを開けてその姿を現す。
その正体は市販のメイド服に身を包んだ、四十代手前と思われる女性の給士であった。
薄黄色の髪を短めに切り揃え眼鏡を掛けている彼女は、ドアの前に立っていたルイズを見て「おや」と声を上げる。
「おやおや、これは貴族様ではございませぬか?…して、この別荘に何か御用がおありでしょうか?」
丁寧に頭を下げつつも、ルイズがどのような目的でこの別荘のドアを叩いたのか聞いてくる給士の女性。
ルイズは丁寧かつ仕事慣れした彼女の挨拶に軽く手を上げて応えつつ、単刀直入にここへ来た目的を告げた。
「今ここを借りているち…カトレア姉様に会いに来たの。ルイズが来たと伝えて頂戴」
「…ルイズ!?…わ、分かりました。すぐにお呼び致しますので、どうぞ中へ…」
基本的に宿泊している貴族の名を明かすことは無いこの場所において一発で名前を当て、尚且つルイズという名を名乗る。
この国の重鎮であるヴァリエール家の事を多少は知っていた給士はハッとした表情を浮かべ、すぐさまルイズを家の中へと招いた。
カトレアが現在泊まっている別荘の中へと入ったルイズは、給士の案内でハイってすぐ左にある居間へと通される。
大きなソファーと応接用のテーブルが置かれたそこには彼女とは別にカトレア御付の侍女が一人おり、部屋の隅の観葉植物に水をやっている所であった。
丁度その時ルイズに対し背を向けていたものの、ルイズはポニーテルにした茶髪と鳥の羽根を模した髪飾りを見てすぐに誰なのかを知る。
「ミネアさん、ミネアさん。お客様が来られましたよ」
「あっはい……って、ルイズ様!?ルイズ様ですか!」
559
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/07/31(火) 23:01:08 ID:7PqA9ujA
給士がその侍女の名前を口にする彼女――ーミネアはクルリ振り向き、ついでその後ろにいたルイズを見て素っ頓狂な声を上げてしまう。
そりゃまさか、こんな所で自分の主の妹様にお会いする等と誰が予想できようか。
驚きのあまりつい大声を出してしまったミネアはハッとした表情を浮かべて「す、すまいせんつい…!」と謝ろうとした所で、ルイズが待ったと手を上げた。
「別に良いわよミネア。貴女が驚くのも無理はないかもしれないんだから」
「あ…そ、そうですか…。でも驚きました、まさかルイズ様とこんな所でお会いするだなんて…」
ルイズが学院へ入学する少し前に、地方からカトレア御付の侍女として採用されたミネアとの付き合いは決して長くは無い。
けれども無下にできるほども短くも無く、こうして顔を合わせば親しい会話ができる程度の仲は持っていた。
その後給士の女性は居間起きたばかりだというカトレアを呼びに二階へと上って行き、
居間で彼女を待つ事となったルイズにミネアは紅茶ょご用意いたしますと言って台所へと走っていった。
結果居間のソファに一人腰を下ろしたルイズは、すぐに下りてくるであろうカトレアを待つ間に今をグルリと見回してみる事にした。
全体的に目立った装飾は施されていないものの、貴族が泊まれる別荘というコンセプトを考えれば確かに泊まりやすい場所には違いないだろう。
最近の貴族向けのホテルではいかに豪勢な装飾を施すかで競争になっていると聞くが、ここはそういう俗世の嗜好とは無縁の場所らしい。
どらかといえばあまり装飾にこだわらず、街から少し離れた静かな場所で休みを過ごしたいという人には最良の場所なのは間違いないだろう。
そんな風に素人なりの考えを頭の中で張り巡らしていたルイズの耳に、彼女の声が入り込んできた。
「あら、こんな朝早くから一体誰が来たのかと思ったら…やっぱり貴女だったのねルイズ!」
「ちぃねえさま!」
慌てて腰を上げて声のした方へ顔を振り向けると、そこには眩しくて優しい笑顔を見せるカトレアの姿があった。
いつものゆったりとした服を着て佇む姿に何処も異常は見受けられず、あれから二日間は何事も無かったようである。
最も、ルイズとしてはあれ以来何か変な事があったのなら驚いていたかもしれないが、それも単なる杞憂で済んでしまった。
まぁ何事も無ければそれで良く、ルイズは何事も無い二番目の姉の姿を見てホッと安堵しつつ、彼女の傍へと近寄る。
カトレアもまるで人に慣れた飼い猫の様なルイズを見て安心したのか、近寄ってきた彼女の体をそのまま優しく抱きしめてしまう。
「あぁルイズ、私の小さなルイズ。いつ見ても貴女は愛くるしいわねぇ」
「ちょ…ち、ちぃねぇさま…!う、嬉しいですけど…!何もこんな所で…ッ」
突然抱きしめられたルイズは嬉しさと恥ずかしさからくる照れで頬が赤面しつつも、姉の抱擁を受け入れている。
服越しに感じる細めの体と優しい香水の香りに、自分とは比べ物にならない程大きくて柔らかい二つの胸の感触。
特に胸の感触と圧迫感の二連撃でどうにかなってしまいそうな自分を抑えつつ、ルイズはカトレアからの愛を受け入れ続けている。
これがキュルケや他の女の胸なら容赦なく押し退けていたが、流石に自分の姉相手にひんな酷いことは出来ない。
むしろここ最近苦労続きの身には何よりものご褒美として、彼女は顔に押し付けられている幸せを安らかに堪能していた。
そしてふと思う。今日は自分一人だけで姉のいる此処へ訪問するという選択が正しかったという事を。
(ここに霊夢たちがいなくて、本当に良かったわ…死んでもこんな光景見られたく無しいね)
その後、互いに一言二言の会話を交えたところで準備を終えたミネアがティーセットをお盆に載せて戻ってきた。
朝と言う事もあって軽い朝食なのだろうか、小さいボウルに入ったサラダとベーグルサンドがお盆の上にある。
カトレア曰く「食材等もここの人たちが用意してくれてるの」と言っており、今の所不自由は無いのだという。
確かに、サラダに使われてる野菜や焼き立てであろうベーグルを見るに食材には気を使っているのが一目でわかる。
平民にも食通が多いこの国では貴族の大半は美味しい物を食べ慣れており、酷い言い方をすれば舌が肥えているのだ。
そうした貴族たち専門の宿泊地で食材に気を使うというのは、呼吸しないと死んでしまうぐらい常識的な事なのであろう。
560
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/07/31(火) 23:03:05 ID:7PqA9ujA
姉からの説明でそんな事を考えていたルイズの耳に、今度は元気な幼女の声が聞こえてきた。
「おねーちゃん!……って、この前の小さいお姉ちゃん?」
カトレアと比べてまだ聞き慣れていないその声にルイズが声のした方―――厨房の方へと顔を向ける。
するとそこに、顔だけをリビングへと出して自分を見つめている幼女、ニナの姿があった。
彼女は見慣れぬ自分の姿を見て多少驚いてはいるのか、そのつぶらな瞳が丸くなっているのが見て取れる。
カトレアはリビングへとやってきたニナを見て、嬉しそうに笑い掛ける。
「あぁニナ。今日は私の大切で可愛い妹が朝早くから来てくれているの。ついでだから、一緒に朝ごはんを頂きましょう?」
「え?…う、うん」
いつもは元気な返事をするであろうニナは、見慣れぬルイズの姿を見つめたまま曖昧な返事をする。
その姿はまるで元からいた飼い猫が、新参猫に対して警戒しているかのようであった。
カトレアもニナの様子に気が付いたのか、優しい微笑みを浮かべつつ言葉を続けていく。
「大丈夫、怯える事なんてどこにもないわよ。こう見えても、ルイズは私より気が利く子なんですから」
「ちょっ…急に何を言うのですかちぃねえさま?」
やや…どころかかなり持ち上げられてしまったルイズは、カトレアの唐突な賞賛に赤面してしまう。
嬉しくも恥かしい気持ちが再び胸の内側から込み上がる中で、ついつい姉に詰め寄っていく。
カトレアはそんなルイズの反応を見てクスクスと笑いつつ、呆然とするニナの方へと顔を向けながら一言、
「ね、そんなに怖くは無いでしょう?」と不安な様子を見せるニナに言ってのけた。
ニナもニナでそれである程度ルイズを信用するつもりになったのだろうか、コクリと小さく頷いて見せる。
それを見て良しとしたカトレアもコクリと頷き返してから彼女の傍へと近寄り、優しく頭を撫でながら「良い子ね」と褒めてあげた。
「それじゃ、頂きますをする前に手を洗いに行きましょうか?」 、
「……うん」
「あ、私も一緒に…」
カトレアの言葉に頷くと、彼女の後に続くようにして洗面場の方へと歩いていく。
それを見ていたルイズもハッとした表情を浮かべて席を立つと、若干慌てつつも二人の後を追って行った。
その後、成り行きで三人仲良くてを洗い終えたルイズ達は居間で朝食を頂く事となった。
スライスオニオンとハムの入ったベーグルサンドとサラダは朝食べるのにうってつけであり、紅茶との相性も良い。
「どうしらルイズ?味は保証できると思うけど、量が少なかったらパンのおかわりもあるけど…」
「あ、いえ。大丈夫ですよちぃ姉さま、私はこれくらいでも十分ですし…それに御味の方も、とても美味しいです」
勿論実家のラ・ヴァリエールや魔法学院での朝食と比べれば品数は少ないが、ルイズ自身朝はそれ程食べるワケではない。
自分の質問に素早く答えたルイズにカトレアは微笑みつつ、サラダのドレッシングで汚れたニナの口元に気が付く。
「あらニナ、そんなに慌てて食べなくてもサラダは逃げませんよ?」
「ムグムグ……はぁ〜い!あ、じじょのおねーさん!パンのおかわりちょーだい!」
カトレアは無論小食であるので問題は無く、食べ盛りであるニナは少し物足りないのか侍女達からおかわりのパンを貰っている。
貴族らしくお淑やかに頂くルイズ達とは対照的にがっついているニナの姿に、侍女達は元気な子だと笑いながらバゲットから焼きたてのパンを皿の上へと置く。
ニナはそれにお礼を言いつつ置かれたばかりのパンを掴むとそのまま齧りつく…事は無く、一口サイズに千切って口の中へと放り込む。
きっとカトレアから教わったのだろう。この年の子供で平民だというのに食事のマナーを覚えているニナに流石のルイズも「へぇ…」と感心の声を上げてしまう。
それを耳にしたであろうカトレアが、妹の視線の先にニナがいる事で察したのか嬉しそうな笑みを浮かべながら言った
「偉いわねニナ。妹のルイズが貴女の綺麗な食べ方を見て感心してくれてるわよ?」
「え、ホントに?」
「え?いや…そんな、別に…ただ平民の子供だからちょっとだけ感心だけよ」
まるで本当の母親のように褒めてくれたカトレアの言葉に、ニナは嬉しそうな瞳をルイズの方へと向ける。
ニナが褒められたというのに何故か気恥ずかしい気持ちになってしまったルイズは、照れ隠しのつもりで手に持っていたサンドウィッチに齧り付いた。
シャキシャキとした食感と仄かな甘味のある玉葱と少し厚めにスライスされたロースハムの旨味、
そしてベーグルに塗られたマヨネーズの酸味を口の中で一気に感じつつ、ルイズは久方ぶりなカトレアとの朝食を楽しんでいた。
561
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/07/31(火) 23:05:07 ID:7PqA9ujA
朝食が済んだあと、侍女たちが食器を片づける中でニナは中庭の方へと走っていった。
何でもカトレアが連れてきている動物たちもそこにいるようで、餌やりは既に終わっているのだという。
「やっぱりというか、なんというか…連れてきていたんですね?」
「えぇ。何せこんな長旅は初めてだから、あの子達にも良い教養になると思ってね」
侍女が出してくれた食後の紅茶を堪能しつつ、ルイズはお茶請けにと用意された見慣れぬ焼き菓子を一枚手に取った。
元はトンネルの様な形をした菓子パンであり、表面には雪の様に白い粉砂糖が降りかけられている。
それを侍女に六枚ほどスライスしてもらうと、生地の中にナッツやレーズン等のドライフルーツが練り込まれている事にも気が付いた。
トリステインでは見た事の無いお菓子を一切れ手に取ったルイズはすぐにそれを口にせず、暫し観察してしまう。
それに気が付いたのか、カトレアは微笑みながらルイズと同じく一切れを手にしながらそのお菓子の説明をしてくれた。
何でもゲルマニアやクルデンホルフを初めとしたハルケギニア北部のお菓子らしく、始祖の降臨祭の前後に食べられるのだという。
「本来は降臨祭の三、四週間ほど前に焼き上げてそこからからちょっとずつスライスして食べていくらしいわよ。
それでね、降臨祭が近づくにつれてフルーツの風味がパンへ移っていくから、ゲルマニアでは…
「今日よりも明日、明日よりも明後日、降臨祭が待ち遠しくなる」…っていう謳い文句で冬には大人気のお菓子になるらしいの」
カトレアからの豆知識を耳にしつつ、ルイズは大口を開けて手に持った菓子パンをパクリと齧りついてしまう。
いかにもゲルマニアのお菓子らしく表面は固いものの、内側のパン生地はしっとりしていて柔らかく、そしてしっかりと甘い。
恐らく長期保存の為に砂糖やバターを一般的なお菓子よりも大量に使っているという事が、味覚だけでも十分に分かってしまう。
そこへドライフルーツの甘みも加わってくると甘みと甘みのダブルパンチで、口の中が甘ったるい空間になっていく。
「どうかしら、お味の方は?」
「は、はい…その、とっても甘くてしっとりしていて…でもコレ、甘ったるいというか…甘いという名の暴力の様な気が…」
平気な顔して一切れを少しずつ齧っているカトレアからの質問にそう答えつつ、ルイズは齧りついた事に後悔していた。
本場ゲルマニアではどういう風に齧るのかは知らないが、多分姉の様に少しずつ食べるのが正しいのだろう。
少なくともトリステインの繊細かつ味のバランスが取れたお菓子に慣れきったルイズの舌には、この甘さはかなり辛かった。
「ン…ン…、プハッ!…ふうぃ〜、とんでもない甘さだったわ」
その後、齧りついた分を何とか飲み込む事ができたルイズはコップに入った水を一気飲みしてホッと一息ついていた。
ルイズと違い少しずつ齧り取っていたカトレアはそんな妹のリアクションを見て、クスクスと楽しそうに笑っている。
「あらあら、貴女もコレを初めて食べた私と同じ轍を踏んじゃったというワケなのね?」
「ま、まぁ…そういう事みたいですね。正直ゲルマニアの料理は色々と食べてきましたが、あんなに甘ったるいのは初めてでしたわ」
決して自分を馬鹿にしているワケではないと分かる姉の笑いに、ルイズも釣られるようにして苦笑いを浮かべてしまう。
ハルケギニアでは比較的新しい国家であるゲルマニアには、他の国よりも名のある保存食が多い事で有名である。
ひとまずルイズは一切れ飛べた所でもう大丈夫だと言って、カトレアは残った菓子パンを下げるにと侍女に告げた。
「もしお腹が減ったら貴女たちで分けて食べても良いわよ。…ついでに後一枚だけ残しておいてくれたら助かるわ」
ようやく手に取った一切れを食べ終えたカトレアの言葉に、菓子パンの乗った皿を下げる侍女はペコリと一礼してから居間を後にする。
周りにいた侍女たちにももう大丈夫だと言って人払いさせた後、彼女はルイズと二人っきりになる事ができた。
ニナは中庭で動物たちと一緒に遊んでおり、暫くはここへ戻ってくる事はないだろう。
ご丁寧にドアを閉めてくれた侍女の一人に感謝しつつ、ルイズはゆっくりとカップに入った紅茶を飲んだ。
これも宿泊場の支給品なのだろうが、中々グレードの高い茶葉を用意してくれたらしい。
朝食の後に食べてしまった甘ったるいあの菓子パンの味を、辛うじて帳消しにしようとしてくれる程度には有難かった。
562
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/07/31(火) 23:07:07 ID:7PqA9ujA
暫し食後の紅茶を堪能していると、何を思ったのかカトレアが話しかけてきたのである。
「さて…貴女がここへ来たのは、何も会うのが久しぶりな私の顔を見に来たってワケじゃないのでしょう?」
紅茶が半分ほど残ったカップを両手に、カトレアは一昨日の出来事を思い出しながらルイズに質問をした。
いきなりここへ来だ本題゙を先に言われてしまったルイズは、どんな言葉を返そうか一瞬だけ迷ってしまう。
確かに彼女の言うとおりだ。ここへ来た理由は、久しぶりに顔を合わせる家族に会いに来ただけ…というワケではない。
ルイズはどんな言葉を返したらいいか一瞬だけ分からず、ひとまずの自身の視線を左右へと泳がせてしまう。
しかしすぐに言いたい事が決まったのか、決心したかのようなため息をついた後で、カトレアからの質問に答えることにした。
「信じて貰えないかもしれませんが…一昨日の事は、色々と複雑な事情があったからこそなんです」
霊夢や魔理沙たちの事を、カトレアには何処から何処まで喋れば良いのか分からない今のルイズには、そんな言葉しか考えられなかった。
そんな彼女の姉は妹の返事に「『信じて貰えないかもしれない』…ねぇ」と一人呟いてから、ルイズの方へとなるべく体を向けつつも話を続けていく。
「荒唐無稽でなければ、貴女の言う事は大概信用できるわよ?」
「ちぃねえさまなら本当に信じてくれるかもしれませんが…でもやっぱり、ねえさまに話すのは危険だと思うんです」
「…!危険な事、ですって?」
ルイズの口から出た「危険」という単語に、カトレアはすかさず反応してしまう。
少しくぐもってはいるものの、中庭の方からニナの笑い声が微かに聞こえてきた。
それよりも近い場所からは侍女たちが後片付けしている音が聞こえ、二つの音が混ざり合って二人の耳に入り込んでくる。
今の二人にとって雑音でしかないその二つの音を聞き流しつつも姉妹は見つめ合い、それからまずルイズが口を開いた。
「いや、別にねえさまに直接身の危険が及ぶとか、そういうのではありませんが…でも、もしかしたらと思うと…」
「身の危険って…、誰が好き好んで私みたいな病人を襲うというのかしら?」
「あまり自分の身を軽く考えてはいけません。ちぃねえさまだってヴァリエール家の一員なんですから!」
自嘲気味に自分を軽視するカトレアに注意しつつも、ルイズは更に話を続けていく。
「ねえさまも見知っているとは思いますが、レイムとマリサの二人とは今切っても切れない様な状態にあります。
何故…かと問われれば答えにくいんですが…今本当に、色々な問題を抱えちゃってるんです…」
「レイム、それにマリサ…うん、覚えているわ」
愛する妹の口から出た人名らしき二つの単語を耳にして、、カトレアは一昨日の出来事を思い出す。
あの時、確かにルイズの近くにはそういう名前の少女が二人いたのを覚えている。
時代遅れのトンガリ帽子を素敵に被っていた金髪の少女がマリサで、中々にフレンドリーであった。
いかにも物語の中に出てくるようなメイジの姿をしていたが…、
どちらかと言えば平民寄りであり、初見であるニナや自分にも気さくな挨拶をしてくれていた。
そしてもう一人…黒髪で見た事も無い異国情緒漂う――もう一人の居候とよく似た格好をした、レイムという名の少女。
あの時はマリサと比べ口数も少なく、考え事をしていたかのようにじっとしていたあの少女。
彼女が背負っていたインテリジェンスソードが、代わりと言わんばかりに喧しい声で喋っていた事は覚えている。
ハルケギニアでも見慣れた姿をしていたマリサとは何もかも違っていた、レイムの姿。
今はこの場に居ない『彼女』を何故かしきりに睨んでいた事も、同時に思い出す。
563
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/07/31(火) 23:10:07 ID:7PqA9ujA
「しかし、あの二人と貴女にどんな縁ができちゃったのかしら?私、そこが気になってくるわ」
「…少なくとも、あの二人がいなかったら一昨日の事件にもそれほど関わりたいとは思わなかったかもしれません」
…何より、命が幾つあっても足りなかったかも…―――と、いう所までは流石に口にできなかった。
いくらなんでも済んだこととは言え、霊夢達には命の危機を何度も救ってもらっている…なんて事までは言えない。
逆に言えば、アイツラの所為で色々と危険な目に遭っている…という考えは否めないが。
(まぁこれまでの経緯を全部言っちゃうと、ねえさまが心配しちゃうしね)
いざカトレアと対面した今は、霊夢達との経緯を何処からどう詳しく話せばいいか悩んでいた。
春の使い魔召喚の儀式で霊夢を召喚してしまい、それから命がけでアルビオンまで行って戻ってきた所か?
彼女たちがこの世界の人間ではなく、幻想郷とかいう異世界に住んでいるという所からか?
(…駄目ね、何処から話しても多分ねえさまには余計な心配をさせちゃうわ)
今振り返ってみても碌な目に遭っていない事を再認識しつつ、ルイズは頭を抱えたくなった。
霊夢一人だけでも結構大変な毎日だったというのに、そこへ来て幻想郷と言う彼女の住処まで半ば強引に拉致され、
挙句の果てに何故か自分の世界と関係してその世界が崩壊の危機を迎えているという、自分には重荷過ぎる事を説明され、
更にその原因を引き起こしている黒幕はハルケギニアに居ると言われて、なし崩し的に霊夢と異変解決に乗り出す事となり、
そこへ更に状況を悪化させるかのようにスキマ妖怪が魔理沙を連れてきて、魔法学院の自室には三人の少女が住むことになった。
三人いるおかげで部屋は手狭り、魔理沙が持ってきた大量の本が部屋の二隅を今も尚占領されている。
そして自分たちを戻ってきたのを見計らっていたかのように訪れる、危機、危機、危機!
奇怪な異形達にニセ霊夢、そしてアルビオンのタルブ侵攻と虚無の使い魔ミョズニトニルンに…ワルド再び。
これだけでも頭の中が一杯になりそうなのに、王都では奇怪な事件が現在進行中なのである。
我ながら大きな怪我を一つもせずにここまで生きて来られたな…ルイズは自分を褒めたくなってしまう。
しかしその前に思い出す。今はそんな事を一人で喜ぶよりも、先にするべき事をしなければならないのだと。
ふと気づくと、自分の横にいる姉は何も言わずに考え込んでいる自分の姿に怪訝な表情を見せている。
自分だけの世界に入ろうとしていたルイズはそこで気を取り直すように咳払いしつつ、話を再開していく。
「ま、まぁとにかく!あの二人とは色々あり過ぎて…どこから説明すれば良いのかわからないんです」
これは本当であった。正直霊夢達が来てからの出来事が濃厚過ぎて、どこからどう話しても結局カトレアに心配を掛けてしまう。
とはいえこのまま何も言わず…かといって幻想郷の事を話そうものなら、彼女もまた今回の件に首を突っ込ませてしまうに違いない。
一体どうしようかと今もまだウジウジと悩むルイズを見て、カトレアは何かを思い出したのだろうか?
あっ…小さな声を上げると手に持っていたティーカップをテーブルに置くと…パン!と自らの両手を合わせてみせた。
何か思いついたのだろうか?大切な姉を巻き込みたくないというルイズの意思を余所に、妙案を思いついたカトレアはルイズに話しかける。
「そうだわルイズ!私、アナタと再会したら聞きたいとおもってた事があったのよ?」
「…?き、聞きたい事…ですか?」
突然そんな事を言われたルイズは半分驚きつつも、姉の口から出た言葉に興味を示してしまう。
カトレアも『えぇ』と嬉しそうに頷くとスッと顔を近づけて、『聞きたい事』を口にした。
「私の家にいるもう一人の居候から聞いたのだけれど…貴女はその二人と一緒に゙あの時゙のタルブにいたのよね?
なら、この機会に教えてくないかしら?貴女達がどうしてあんな危険な場所へ赴いて、何をしようとしていたのかを…ね?」
ルイズとしては彼女の口から出ることは無いだろうと思っていた言葉を聞いて、何も言えずに固まってしまう。
…あぁ、そういえば今ねえさまの所にあの巫女モドキがいるんだっけか?そんな事を思い出しながら、ルイズはどう説明しようか悩んでしまう。
564
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/07/31(火) 23:12:12 ID:7PqA9ujA
朝だというのに夏の陽光に晒されて、今日も水準値よりやや高い気温に包まれた王都トリスタニアがブルドンネ街。
こんなにも暑いというのに平常通りに市場はオープンし、今日も多くの人々がこの街を出入りしていた。
タオルやハンカチに日傘などを片手に狭い通りを歩く市民らの顔からは、これでもかと言わんばかりに汗が滲み出ては流れ落ちていく。
夏に入ってからというものの、街中のジュースやアイスクリームを販売するスタンドの売り上げは日々右肩上がり。
今日も木陰に設置されたジューススタンドには、キンキンに冷えた果汁百パーセントのジュースを目当てに人々が列を作っている。
とある通りに面したレストランでも、冷製スープなどが話題のメニューとして貴族平民問わず話のタネになっていた。
更にロマリア料理専門店ではそれに触発されてか、冷たいパスタ…つまりは冷製パスタという創作料理が貴族たちの間で話題となっている。
そのロマリアからやってきた観光客たちからは困惑の目で見られていたが、それを気にするトリステイン人はあまりいなかった。
どんなに暑くなろうとも、その知恵を振り絞って何とか耐え凌ごうとする人々でひしめきあうブルドンネ街。
その一角…大通りから少し離れた先にある小さな広場に造られた井戸の前で、霊夢はジッと佇んでいた。
額や髪の間から大粒の汗を流しながら一人呟いた彼女の視線の先には、井戸の横に設置された看板。
ガリア語で『飲み水としてもご利用できます!』と書かれた看板を睨み付けながら、背中に担いだデルフへと声を掛ける。
「デルフ…この看板で良いのよね?」
『んぅ?あぁ、飲み水としても使えるって書いてあるから、問題なく飲めると思うぜ?』
ま、保証はせんがね。と釘を刺す事を忘れないデルフの言葉に頷きつつ、霊夢は井戸の傍に置かれた桶を手に取った。
それを井戸の中へ躊躇なく放り込む。少しして、穴の底から桶が着水する音が聞こえてくる。
それを聞いて小声で「よっしゃ」と呟いた彼女は、ロープを引っ張って滑車を動かし始めた。
カラカラと音を立てて滑車は回り、井戸の中へと落ちた桶を地上へと引っ張り上げていく。
やがて水を満載した桶が井戸の中から出てくると、霊夢は思わず目を輝かせてその桶を両手で持った。
袖が濡れるのも気にせず中を覗き込むと、驚く程冷たく澄み切った水が桶の中で小さく揺れ動いている。
思わず上げそうになった歓声を堪えつつも、彼女は桶を器に見立ててゆっくりと中の水を飲み始めた。
ゴクリ、ゴクリ…と喉を鳴らす音が広場に聞こえた後、満足な表情を浮かべた博麗の巫女がそこにいた。
「いやー!生き返った生き返った!やっぱこういう時は冷たいお茶か…次に冷たい水よねぇ〜」
数分後、井戸の横にある木の根元に腰を下ろした霊夢はそう言って、傍らに置いた桶をペシペシと叩いて見せた。
中には数えて四杯目となる水がなみなみと入っており、彼女に叩かれた衝撃でゆらゆらと小さく揺れ動いている。
本来ならば桶の独占は禁止されているものの、幸いな事にこの広場には彼女とデルフ以外誰もいない。
それを良い事に霊夢は今この時だけ、井戸の桶をマイカップみたいに扱っていた。
「今回は有難うねデルフ、アンタのおかげでそこら辺で干からびてるトカゲやミミズの仲間入りせずにすんだわ」
潤いを取り戻した彼女は満面の笑みを浮かべて看板を呼んでくれたデルフに礼を言いつつ、片手で水を掬っては鞘から出した彼の刀身に水を掛けている。
『そりゃーどうも。…ところでいい加減、オレっちの刀身に水かけるのやめてくんね?』
「何でよ?アンタ体の殆どが金属なんだから一番涼みたいんじゃないの?」
『そりゃまぁ冷たいのは冷たいが、できればその桶に水一杯張ってさーそこに突っ込んでくれるだけでいいんだが…』
「そんな事したら私が水を飲めなくなっちゃうから駄目」
デルフの要求を笑顔で拒否した霊夢は、それから暫くの間デルフの刀身に水を掛け続けてやった。
それから三十分程経った頃、ようやく満足に動けるだけの休息を取った彼女は左手に持った地図と睨めっこをしていた。
ルイズの鞄から無断で拝借しておいたこの地図は、王都トリスタニアのものである。
主な通りやチクトンネ街とブルドンネ街の境目の他、御丁寧にも旧市街地の通路も詳細に描かれていた。
霊夢はそれと空しい睨めっこを続けつつ、ついさっき特定できた現在地からどこへ行こうかと悩んでいる最中である。
565
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/07/31(火) 23:14:55 ID:7PqA9ujA
「んぅ〜…。何でこう、道が幾重にも分かれてるのかしらねぇ?人里なら路地裏でも単純な造りしてるってのに…」
『人が多く住めばその分家や建物を増やさなきゃならんしな。その度に新しくて小さな道が幾つも生まれていくもんなのさ』
幻想郷の人里とは人工も規模も圧倒的過ぎるトリスタニアの複雑的で発展的な構造に苦虫を噛んだかのような表情を見せる霊夢に対し、
桶に張った水に刀身を三分の一程刀身を入れているデルフは落ち着き払った声でそう返す。
殆ど鞘に入れられていた事と太陽の熱気の所為で熱くなってしまった刀身を冷ますには持って来いであろう。
「…そうなると、考え物よねぇ。発展っていうヤツは」
デルフの言葉に霊夢は嫌味たっぷの独り言を呟きつつ、食い入るように地図上に記された路地裏を見回していく。
大通りや人通りの多い地域は分かりやすいが、路地裏や脇道等は結構複雑に入り組んでいる。
主要な通り等はあらかじめ名前付いているらしく、すぐ近くの大通りには『サミュエル通り』と黒字で大きく書かれている。
勿論霊夢に読める筈も無いのだが、辛うじて文字の形と並びだけで何となく区別する事は出来ていた。
一昨日シエスタに案内してもらった公園が隣接する小さな通りにも名前があるらしい。
名前があるならまだマシであったが。生憎これから調査の為に入るであろう街中の裏路地には名前など全く持っていなかった。
まるで土から芽生え出てくるよう芽のように名前の付いた通りからいくつも生まれる小さな道には誰も興味を示さないのであろう。
何時の頃かは知らないが、きっと大昔に名前を貰えなかった道はそのまま一つ二つと増えていき…結果、
地図で記されているような、幾重にも分かれた複雑な裏路地群を形成していったのであろう。
そんな事をふと考えてしまっていた霊夢はハッとした表情を浮かべると、咳払いして気を取り直しつつもう一度視線を地図へと向ける。
ブルドンネ街とチクントネ街、そして旧市街地も合わせれば実に百に近い数の裏通りや路地が存在している。
そしてこの広い街の何処かにいるのである。今現在霊夢とデルフを、この炎天下の下に曝け出している奴らが。
アンリエッタから渡され、霊夢が増やした金貨を盗んでいった少年に、一昨日劇場で惨殺事件を起こしたであろう黒幕という二つの存在。
明らかに人間がやったとは思えない手口で殺されたあの老貴族の事を思うと、どうしても体が動いてしまうのである。
そして件の少年に関しては…この手で金を取り戻したうえで鉄拳制裁でもしない限り、死んでも死にきれない。
こうして行方をくらましているスリ少年を捜しつつ、惨殺事件の黒幕をも探さなければいけなくなった霊夢は、
こんなクソ暑い炎天下の中を、デルフと共に動かなければいけなくなったのである。
「…全く、季節が春か秋なら手当たり次第に探しに行けるんだけどなぁー」
『おー、おっかねえな〜?となるれば、あの小僧も間が良かったって事だな』
日よけの下で忌々しく頭上の太陽を見上げる霊夢の言葉に、デルフは刀身を震わせて笑う。
彼の言うとおり、霊夢達から見事お金を盗むのに成功したあの少年は本当にタイミングが良かったのだろう。
幻想郷以上に暑いトリスタニアの夏では霊夢も思うように動けず、それが結果として少年の発見を遅れさせている。
最も、この前魔理沙に見つかったらしいので恐らくそう遠くない内に見つかるに違いない。
そうなったら何が起こるのか…それを知っているのは始祖ブリミルか制裁を加えると宣言している霊夢だけだ。
遅かれ早かれ捕まるであろう少年の運命に嗤いつつ、デルフはついでもう一つ彼女が抱えている問題を口にする。
『それにあの子供だけじゃねぇ。この前の貴族を返り討ちにしたっていうヤツも探さないとダメなんだろ?』
デルフの言葉に霊夢はキッと目を細めると「そりゃそうに決まってるじゃない」と返した。
一昨日、タニアリージュ・ロワイヤル座で起きた貴族の怪死事件についてはまだ人々に知らされてはいないらしい。
昨日は閉館していたモノの、今朝仮住まいを出てすぐに其処の前を通りかかると、平常通り多くの人々でごった返していた。
あんな事が起きたというのに、たった一日空けただけで大丈夫だと責任者は思ったているのだろうか?
幻想郷の人里で同じような事件が起きたら一大事で、諸悪の根源が捕まるか退治されるまで閉館し続けるのは間違いないだろう。
そして博麗の巫女である自分が呼ばれて、それに釣られるようにして鴉天狗がスクープ目当てで飛んでくる。
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:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/07/31(火) 23:16:42 ID:7PqA9ujA
そんなもしもを一通り考えた後、ここが改めて幻想郷とは違う常識で動いてるのだと再認識せざるを得なかった。
人が死んでいるというのに何も知らされず、人々はいつものように劇を見て満足して帰っていく。
その姿はあまりにも暢気であり、例え真実を知っても彼らは其処で死んだ初老の男の事など気にも留めないだろう。
中にはお悔やみを申し上げる者もいるだろうが、きっと大半は「あぁ、そんな事があったんだ」で済ませてしまうに違いない。
あのカーマンと言う貴族の男はそんな光景をあの世から眺めて、一体何を思うのだろうか。
自分の死で街中がパニックにならない事を安堵するのか、それとも人を何だと思っていると怒るのだろうか?
「…仮に私なら、まぁ怒るんだろうなぁ」
『え?何が?』
思わず口から独りでに出た呟きを聞いてしまったであろうデルフに、霊夢は「ただの独り言よ」と返す。
そレに対しデルフはそうかい、と返した後無言となり、半身浴(?)を楽しむ事にした。
霊夢は霊夢で腰を下ろしたまま空を見上げて、自分に礼を言って死んでいったカーマンの事を思い返す。
病気を患った妻の為に薬を買えるだけの金を用意したところで、無念の死を遂げた初老の彼。
そんな彼の事を思うと、やはりあのような目に遭わせた存在を見過ごすワケにはいかないのである。
「見てなさいよ。相手が化け物だろうが人間だろうが…タダじゃあすまさないんだから」
夏の空を見上げながら、霊夢はまだこの街の地下にいるかもしれないもう一人の黒幕、
窃盗少年よりも厄介なこの黒幕が何処にいるのかは、カーマンの最期の言葉で大体の目星は付けている。
そこは王都の真下、地上よりも入り組んでいるであろうラビュリンスの如き地下下水道である。
彼が死の間際口にした言葉で、少なくともあのような仕打ちをした存在が地下に逃げたという事だけは分かっていた。
地図に記されていないものの、いま彼女らが腰を下ろす地面の真下にもう一つの世界が存在するのである。
霊夢としては今抱えている二つの問題の内、厄介な地下の方を先に済ませたかった。
少年の方も気になって仕方がないが、そちらと比べれば文字通りの犠牲者が出ない分後回しに出来る。
あの初老の貴族を殺したモノが何であれ、あんな殺し方をする以上マトモなヤツではないだろう。
これ以上被害が出る前にヤツが潜んでいるであろう地下世界へと一刻も早く潜入して正体を確かめた後、対処する必要があった。
「もしも相手が人間なら縛り上げて衛士に突き出してやるけど…何かそうならない気がするのよねぇ」
『おいおい、縁起でも無い事言うなよ?って言いたいところだが…まぁ確かにそんな気がしてくるぜ』
意味深な霊夢の言葉にデルフも渋々と言った感じで肯定せざるを得なかった。
霊夢とデルフ―――――特に霊夢は長年異変解決をこなしてきた経験がある故に、その気配を感じ取っている。
ここ最近、王都トリスタニアでは人々の見てない所で何か良くない事が連続して起こっているという事を。
それは日中や夜間の軽犯罪が多発している事ではなくそれより深い、まず並みの人間が感知できない不穏な『何か』だ。
相次いで発生している怪死事件に、魔理沙が街中で出くわしたという正体不明の妖怪モドキ。
それらがどう関係しているかはまだ説明は出来なかったが、それでも彼女はこの二つが決して無関係ではないという確信を抱いていた。
博麗の巫女として長い間妖怪や怪異と戦い続けてきた彼女だからこそ、そう思っているのかもしれない。
しかし、彼女とは違いハルケギニアの存在であるデルフも彼女と同様の事を思っていたようである。
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:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/07/31(火) 23:18:41 ID:7PqA9ujA
『お前さんも思ってるかどうかは知らんが…なーんか最近、変な事がたて続けに起こってると思わないか?』
「あら、奇遇じゃない。私も同じような事を考えていた所よ…っと!」
意外と身近な所にいた賛同者…ならぬ賛同剣の言葉にほんのちょっと喜びつつ、博麗霊夢はようやくその重い腰を上げた。
夏の日射で奪われた体力を取り戻した彼女はその場で軽い体操をした後、桶に入れていたデルフを手に取る。
「…というワケで、これから地下へ突入するつもりだけど…勿論一緒に来てくれるわよね?」
『オレっちに拒否権なんか無いうえでそれを言うのか?…まぁいいぜ、お前さんはオレっちの『ガンダールヴ』だしな』
水も滴る良い刀身を太陽の光で輝かせながら、デルフは拒否しようがない霊夢の問いにそう答えて見せた。
かくして霊夢とデルフは王都の地下を調べる事にしたのだが、事はそう上手く運ばない。
彼女らが地下へと入る為にそこら辺の適当な水路から入る…という事自体が難しくなっていたからだ。
「やっぱりいるわよね?こんなクソ暑いのに律儀だこと」
井戸のあった広場を抜けて、ブルドンネ街の一通りにそって造られている水路の傍へと来ていた。
そこはアパルトメントや安い賃貸住宅が連なっている住宅街があり、その真ん中を縫うようにして水が流れている。
平民や下級貴族が主な住民であるこの地区も今は日中の為か、閑散としている。
今は人気の少なくて寂しげな場所となっているが、霊夢としてはそちらの方が有難かった。
何せこの通りを流れる川には、地下水道へと続く大きなトンネルがあるのだから。
この王都に数多く存在する地下へと続く入口の内、一つであった。
あの井戸のある広場から最短で来れる場所であり、穴の大きさも十分なので入るにはうってつけの場所である。
しかし、霊夢本人はというとその穴へと飛び込まず歯痒そうな表情を浮かべて道路の上から眺めていた。
その理由は一つ。彼女よりも先にやって来ていたであろう衛士達が数人、地下へと続くトンネルを見張っていたからである。
先ほど彼女が口にした「やっぱりいるわよね?」というのも、彼らに対しての言葉であった。
デルフも鞘から刀身を少しだけ出して、彼女がついた悪態の原因を見て口笛を吹いて見せた。
『ヒュー!流石衛士隊と言った所か、平民の集まりと言えどもお前さんの一歩先を行ってたようだねぇ』
「平民がどうのこうの何て私は興味ないけど、でもあぁやって集まられると素通りできないじゃないの」
軽口を叩くデルフを小声で叱りつつ、霊夢は地下へと続いているトンネル前にいる衛士達を観察してみる。
数は五、六人程度が屯しており、装備している胸当てや篭手等は夏用の軽装型であろうか。
男性ばかりかと思いきや、その内三人が女性の衛士でありトンネルの入り口近くの陰で休んでいるのが見える。
兜の代わりに青色のベレー帽を頭に被っている。まぁこんな猛暑日に兜なんか被ってたらすぐに立てなくなるだろうが。
武器は手に持っている槍と腰に差している剣だけのようで、やろうと思えば強行突破など簡単かもしれない。
しかし、人数が人数だけに何かしらの不手際を起こししてしまうとアッと言う間に取り押さえられてしまうだろう。
そうなればまた詰所につれて行かれるのは確実だろうし、面倒な取り調べをまたまた受ける羽目になるのだ。
一昨日夜の事を思い出して苦い表情を浮かべる霊夢に、デルフが話しかける。
『この分だと、衛士さん方も犯人が地下にいると踏んで他の入口もこんな感じで見張ってるような気がするぜ』
「確かにね。…でも、それにしたって今日はヤケに厳重過ぎない?」
ここへ来る途中、霊夢は複数人で街中を移動する衛士達の姿を三度も見ている。
真剣な表情を浮かべて人ごみの中を歩いていく彼らの様子は、明らかに『何か』を捜しているかのようであった。
『衛士がか?確かに、特にこれといったイベントのある日でも無さそうなのにな』
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ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/07/31(火) 23:20:20 ID:7PqA9ujA
霊夢が口にした疑問にデルフも同意した所で、反対側の道路から他の衛士の一隊が来るのに気が付く。
五人一組で街を警邏している最中なのだろう。水路にいる仲間たちと同じ装備をしている彼らは同僚たちに声を掛けた。
「おーい!そっちはどうだー?」
「成果なしだ!そっちはー!?」
自分たちを見下ろしながらそう聞いてきた男性衛士に対し、水路にいる女性衛士の一人が言葉を返しつつ質問も返す。
それに対し男性衛士は大袈裟気味に首を横に振ると、女性衛士は額の汗を腕で拭いつつ彼との話を続けていく。
「最新の情報だとチクトンネ街でそれらしい人影が目撃されたらしいから、そっちの方へ回ってみてくれー!」
「わかったー!水分補給、忘れるなよー!」
そんなやり取りの後、道路側の衛士達は水路にいる同僚へと手を振りながらチクトンネ街の方へと走っていく。
対する水路側の衛士達も全員、走り去っていく仲間に軽く手を振りながら見送っていた。
大声でやり取りしていた衛士師達に通りがかった通行人たちの内何人かが何だろうと騒いでいる。
その輪に混ざるつもりは無かったものの、霊夢もまた彼らが何を言っていたのか気になってはいた。
「人影…って言ってたから探し人なのは確実だけれども…まさか一昨日の犯人を?」
『どうだろうな。王都のど真ん中で貴族を殺したヤツが相手なら、あんな風に悠長にしてるワケはなさそうだが』
「でも、他に理由は無さそうじゃない?」
デルフの疑問を一蹴しつつも、霊夢は踵を返してその場を後にしようとする。
ここが使えないと分かった以上やるべきことは唯一つ、下見していた他のトンネルへと行く事だ。
「ひとまず私達は地下へ行かなきゃダメなんだから、まずは安全な入口を見つける事を優先しないと…」
『…ここがあんな感じで見張られてるとなると、他のも粗方警備の衛士がついてると思うがね』
「ここは馬鹿みたいに大きいのよ?そしたらどっか一つだけでも見落としてる場所があるでしょうに」
『王都の衛士隊がそんなヘマやらかすとは思えんが…まぁオレっちはただの剣だし、お前さんの行きたい場所に行けばいいさ』
自分の意思をこれでもかと曲げぬ霊夢の根気に負けたのか、デルフの投げやりな言葉に「そうさせてもらうわ」と彼女は返す。
まぁデルフがそんな事を言わなくても決して足を止める気は無かったのだろう、そさくさと大通りの方へと戻っていく。
大通りを挟んで南の方に二か所、そこから更に西を進んだ通りに同じような地下へと通じるトンネルがあるのは知っていた。
とはいえ流石の霊夢でも大通りから近い場所はとっくに衛士達がいるだろうと、何となく予想だけはしている。
しかし、だからといってこのまま命に係わる程暑い地上を捜しても見つかるものも見つからない。
今探している相手は地下に潜んでいると知っているのだ。だとしたら何としてでもそこへ行く必要がある。
「どっか警備に穴空いてる箇所とか、あればいいんだけどなぁ〜…」
建物の陰で直射日光を避けて歩く霊夢は一人呟きながら、暑苦しいであろう大通りへと向かっていく。
一体全体、どうしてこの街に住んでる人々はあんなぎゅうぎゅう詰めになりながらもあの通りを使うのだろうか?
冬ならともかく、こんな真夏日にあんなすし詰め状態になってたら、何時誰かが熱中症で死んでもおかしくは無い。
そんな危険な場所を今から横断しようとする事実で憂鬱になりかけた所で、ふと霊夢は思いつく。
「…いっその事、こっから次のトンネル付近まで飛んで行こうかしら?」
主に空を飛ぶ程度の能力、名前そのままの力にしてあらゆる重圧、重力、脅しすら無意味と化す能力。
博麗の巫女である霊夢に相応しいその能力を行使すれば、あの大通りを苦も無く横断できであろう。
さすがに飛び続けていれば怪しまれるかもしれないか、この街は屋上付きの建物が結構建てられている。
屋上や屋根を伝うようにして飛んで行けば、そんなに怪しまれない…かもしれない。
この王都では余程の事が無い限り使わなかったが、今正に空を飛ぶべきだと霊夢は思っていた。
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ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/07/31(火) 23:24:43 ID:7PqA9ujA
決意したのならば即行動、それを体現するかのように霊夢は自身の霊力を足元へと集中させていく。
彼女の体内を流れるその力を感知したのか、それまで静かにしていたデルフは『おっ?』と声を上げて反応する。
『何だい?こっから次の目的地まで一っ飛びするつもりかい?』
「そのつもりよ、こんな照り返しで限界まで熱くなってる道路の上に立っていられないわ」
頭上に浮かぶ太陽をに睨み付けながらそう答えると、彼女の体はフワリ…と宙へ浮いた。
ここら辺の動作は幼少期からやっているお蔭で、今では息を吸って吐くのと同じくらい簡単にこなしてしまう。
足が地面から数十サント離れたところで、霊夢は周囲に人がいないかどうか確認する。
幸い通りは閑散としており、ここから五分ほど歩いた先にある大通りの喧騒が聞こえてくるだけだ。
準備を済ませ、目撃者となるであろう他人もいない事を確認した後、いよいよ霊夢は飛び上がろうとする。
「ん…―――…!」
既に体を浮かせ、後は入道雲の浮かぶ青く爽やかな空へ向かって進むだけでいい。
幻想郷と然程変わりない色の空へといざ飛び上がろうとしたその時――――霊夢はその体の動きをビクリと止めた。
突如脳内を過った微かな、それでいて妙に鋭い痛みのせいで飛び上がるタイミングを失ってしまう。
霊夢は突然の頭痛に急いで地面に着地すると、右手の指で右のこめかみを抑えてしまう。
これにはデルフも驚いたのか、鞘から刀身を出して唐突な頭痛に悩む彼女へと声を掛ける。
『おいおい!いきなりどうしたんだよレイム?』
「ン…わっかんないわ。何か、こう…急に頭痛がして…――――…ム!」
急な頭痛に困惑する中、デルフに言葉を返そうとした最中に彼女は気が付く。
別段体に異常は無いというのにも関わらず起こる急な頭痛の、前例を体験している事に。
つい二日前、あのタニアリージュ・ロワイヤル座でも体験したこの痛みの原因が、あの゙女゙にあるという事も。
そして今、霊夢は感じ取っていた。すぐ後ろ…建物建物の間に造られた細道からその゙女゙の気配を。
突然過ぎる上にタイミングが悪過ぎる出会いに、霊夢は軽く舌打ちしてしまう。
(何の用があるか知らないけど…ちょっとは空気ってモンを呼んでくれないかしら…?)
他人に対して無茶な要求をする博麗の巫女に続いて、デルフもまた背後の気配に気が付く。
慌てて視線(?)を背後へ向けた直後、その気配の主が横道から姿を現した姿を現したのである。
『…おいおいレイム、こいつぁはとんでもないお客さんのお出ましだぜ?』
「えぇそうね。…っていうか、アンタに言われなくても気配の感じでもう分かってるんだけどね」
デルフの言葉にそう返すと、霊夢は未だジンジンと痛む頭のまま…後ろへと振り返る。
そこにいたのは彼女が想像していた通り、あの刺々しい気配の持ち主―――ハクレイであった。
「二日ぶり…と言っておきましょうか、私のソックリさん…っていうか、偽物さん?」
「…二日ぶりに顔を合わす人間に対して、その言い方はないんじゃないの?」
好戦的な霊夢の買い言葉に対し、暑さで若干バテているかのようなハクレイは気怠そうな様子でそう返す。
炎天下の猛暑に晒された王都の片隅で、二人の巫女は再び相見える事となった。
570
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/07/31(火) 23:26:22 ID:7PqA9ujA
以上で95話の投稿を終了します。
途中で予期せぬトラブルが起きてしまうとは…申し訳ありませんでした。
投稿できなかった部分はまとめる際に追加しておきます。
それでは今月はこの辺で、それではまたお会いしましょう!ノシ
571
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/08/05(日) 14:11:46 ID:uZCoNBp.
どうも皆さんこんにちは、無重力巫女さんの人です。
今回は投稿…ではなく、ちょっとしたお知らせをしたいと思います。
突然で申し訳ありませんが、このたびSS投稿サイトハーメルンにて同時掲載する事に致しました。
タイトルはそのままですので、小説検索で入力すればすぐに出てくると思います。
それでは!ノシ
572
:
ウルトラ5番目の使い魔
◆213pT8BiCc
:2018/08/06(月) 08:23:37 ID:2n5SOG2U
皆さんこんにちは、ウルトラ5番目の使い魔、75話の投稿を開始します
573
:
ウルトラ5番目の使い魔 75話 (1/17)
◆213pT8BiCc
:2018/08/06(月) 08:26:26 ID:2n5SOG2U
第75話
嵐を呼ぶ怪獣エレキング
宇宙怪獣 エレキング 登場!
ド・オルニエールで温泉を楽しむ少年少女たち。
しかし、突然温泉が沸騰し、ド・オルニエールの水という水が熱湯に変わるという異変が起こった。
異変の元凶は、湖の中に潜んでいた宇宙怪獣エレキング。
しかし、通常のエレキングとは違って、こいつは信じられないほどの高熱を体から放つ特殊個体だった。
「あの怪獣、一匹だけじゃなかったのか!」
「どうするんだいギーシュ隊長? 命令をくれよ」
「決まってるさ。一度倒した相手に臆したとあっては騎士の恥、水精霊騎士隊全員、杖取れーっ!」
ギーシュの掛け声で、水精霊騎士隊は表情を引き締めて、今まさに自分たちに向かって湖面を進んで来る怪獣を睨みつけた。
エレキングを放っておけば、ド・オルニエールは水源をすべて熱湯に変えられて滅んでしまう。なんとしてもエレキングを倒さなければならない。
前と多少違おうとも、一度倒した相手に負けるものか。だが、これから始まる戦いに思いもよらない魔物が潜んでいることを、まだ誰も知らなかった。
湖岸で待ち受ける水精霊騎士隊。彼らの眼前で、エレキングはその体から放つ高熱で湖水を煮えたぎらせつつ、一週間前に彼らが見たものよりもさらに激しく身をよじりながら迫ってくる。それは、常人であれば腰を抜かして正気を失うような恐ろしい光景であったが、ギーシュたちには恐れはない。
それは蛮勇? いや、地球の歴代防衛チームの隊員たちも、時には光線銃一丁の生身で巨大怪獣に挑んでいった。そうした勇敢な人々の活躍は今さら列挙するまでもあるまい。水精霊騎士隊のその目には、先ほどまでの覗きがバレてなよなよした軟弱な色はなく、貴族の誇りを自分たちなりの正義感と使命感に昇華させた、半人前ながらも戦士としての誇りが宿っていた。
むろん、子供たちが闘志を燃やしているのに大人たちが怖気ずくわけもない。銃士隊は、怪獣の出現に対して、魔法の使えない自分たちでは何ができるかを判断して即座に実行した。
「走れ! ド・オルニエールの住民を避難させろ。奴が人里に近づく前に急ぐんだ」
ミシェルが叫んだ。若年者に戦わせて自分たちが離れることに対して屈辱ではあるが、怪獣との遭遇など想定しておらずに装備不足の自分たちでは戦えない。だが、女王陛下の臣民の命を救うことはできる。ならば迷うべきではない。
一方で、判断に迷っていたのがベアトリスの率いている水妖精騎士団である。水精霊騎士隊への対抗心で結成され、そのための訓練も積んできた彼女たちではあるけれど、まだ実戦経験はまったくなく、眼前に迫る怪獣の威圧感に完全に腰が引けてしまっていた。
「ひ、姫殿下、に、逃げましょう」
少女のひとりがうろたえながらベアトリスに言った。臆病ではない、これが普通の反応なのだ。
574
:
ウルトラ5番目の使い魔 75話 (2/17)
◆213pT8BiCc
:2018/08/06(月) 08:27:58 ID:2n5SOG2U
ベアトリスも、実際に暴れ狂う怪獣を前にして、未熟な自分たちがこれに立ち向かおうとする無謀さをひしひしと感じていた。
かなう相手じゃない。アンテナを回転させるエレキングの無機質な顔を見上げると、これと戦ったら死ぬと心の底から思い知らされた。逃げても恥にならない相手はいる。逃げても誰も責めたりはしないだろう。
しかし、ベアトリスが逃げようと命令しかけたときだった。よせばいいのに、ギムリが腰が引けているベアトリスたちに得意げに言ったのだ。
「怖いならぼくらの後ろに隠れてな。ぼくがかっこいいとこ、見せてやるぜ」
その挑発的な言葉に、女子全員がカチンときた。ギムリとしては、軽い気持ちでギーシュあたりを真似てかっこつけたつもりだったのだろうが、女子たちからすれば覗き魔がいけしゃあしゃあと何をほざいているんだということにしか見えない。
ベアトリスの瞳に、以前の冷酷な輝きが戻ってきた。それに、水妖精騎士団の少女たちも、元々は水精霊騎士隊に大きな顔をされているのが腹立たしくて結成されたメンバーだけあってプライドが高い。たちまちのうちに、恐怖心は怒りにとってかわられた。
「水妖精騎士団全員、わたしに恥をかかせたら承知しないわよ!」
「はい、クルデンホルフ姫殿下様!」
あんな破廉恥隊に後れをとったとあっては末代までの恥。ベアトリスを守るようにエーコたちが円陣を組み、腕自慢の女生徒たちが持つ杖に魔法力が集中していく。
どんなに訓練を積んだところでいつかは初陣を迎えなければならないのだ。女は度胸! あんな破廉恥隊にできることが、このわたしたちにできないはずがない。
水精霊騎士隊と水妖精騎士団。それぞれ男子と女子からなる異色の騎士隊がライバル心むき出しで並び立つ。
けれど、いくら闘志を燃やしても未熟なメイジだけでエレキングを倒しえるものだろうか? あまりにも危険だが、水精霊騎士隊の闘志が水妖精騎士団の闘志を呼んだように、危険を承知で戦う者は仲間を呼ぶ。ギーシュたちが燃えているのにじっとしてられるかと、才人はルイズに変身をうながした。
「あいつら、まーたかっこつけやがって。よしルイズ、おれたちも行こうぜ。エレキングに、何度来たって同じだってこと、教えてやろうぜ!」
才人もギーシュたちに負けずに、向こう見ずなくらいに叫ぶ。覗きの汚名返上のいい機会だし、内心ではこのあいだウルトラリングを盗まれかけたときのことがまだくすぶっている。
しかし、いつもなら即座に同意するか先に命令してくるはずのルイズの様子がどうもおかしかった。見ると、そわそわした様子で服やスカートのポケットを探りまくっている。そして、ルイズの顔が急激に青ざめていくのを見て、才人は最悪のケースを察してしまった。
「ルイズ? おい、まさか」
「……リング、脱衣場に忘れてきちゃったみたい」
「な、なんだってえーっ!?」
思わず才人も間抜けに叫んでしまった。冗談じゃない、ウルトラリングは二つ揃わなければ役に立たないのだ。
「ルイズ、なにやってんだよ! お前までおれみたいなヘマしてどうすんだ!」
「しょ、しょうがないでしょ、急いで着替えしたんだから! お風呂に指輪つけて入るのはマナー違反じゃないの!」
ルイズは顔を真っ赤にして怒鳴り返す。だが、そりゃ確かにマナーは大切だけれども、それでこうなっては元も子もないではないか。
575
:
ウルトラ5番目の使い魔 75話 (3/17)
◆213pT8BiCc
:2018/08/06(月) 08:35:49 ID:2n5SOG2U
才人の背中のデルフリンガーが、娘っこの几帳面さが悪いほうに働いちまったな、と、他人事のように言う。けれど才人はそうのんきに構えてはいられない。リングがないとどうにもならないし、もし誰かが持って行ってしまったら。
「くっそお、引き返すしかないじゃねえか!」
才人はルイズといっしょに温泉に引き返すために走り始めた。すると、才人やルイズの背にギーシュやキュルケの声が響いてきた。
「サイトぉ! この大事な時にどこへ行くつもりだい!」
「悪りぃ! すぐ戻るからちょっとだけ待っててくれ」
「ルイズ? あなたこんなときにお花を積みにでも行く気なの!」
「そんなわけないでしょ! ああもう! こんなことになったのもあんたたちが覗きなんかするからよ! このバカバカ! サイトのバカ!」
ルイズは才人をポカポカと殴りながら走った。才人はもちろん痛がるけれど、原因の半分は自分にあるので強く言い返すこともできずに走るしかない。
しかし、湖から温泉まではたっぷり数リーグある。いくら急いでも、果たして間に合うのだろうか。
だが当然、エレキングがそんな事情を汲んでくれるわけがない。津波のように湖水を蹴り上げながら、ついに湖岸への上陸を果たすエレキング。その巨体を見上げて、水精霊騎士隊と水妖精騎士団は左右に別れた。ギーシュは杖を握り締め、作戦指示をレイナールに求め、彼は全員に通るように大声で答えた。
「その怪獣は前に雷みたいなブレスを吐いていた。だから、電撃以外の魔法で攻撃しよう!」
単純だが明解で説得力のある指示が飛び、少年少女たちは一斉に魔法を放った。
ファイヤーボールやエアハンマーなどの魔法が唸り、エレキングの巨体に吸い込まれていく。キュルケ以外はラインクラスが限界で、威力はさほど高くはないと言っても、百人近いメイジの同時攻撃を受けてエレキングは苦しそうに叫びながら身をよじった。
「いける! ぼくたちでもやれるぞ!」
怪獣に目に見えたダメージを与えられたことで、少年少女たちから歓声があがった。
しかし、痛い目に会わされてエレキングも黙っているわけがない。怒りのままに鞭のような長大な尻尾を叩きつけてきたのだ!
「みんな、伏せて!」
人間以上の動体視力を持つティアが叫んだ。その声に、皆が訓練でくりかえした通りに反射した瞬間、彼らの頭上を巨木のようなエレキングの尻尾が轟音をあげて通過していった。
576
:
ウルトラ5番目の使い魔 75話 (4/17)
◆213pT8BiCc
:2018/08/06(月) 08:37:50 ID:2n5SOG2U
「あ、あっぶねえ……」
ギムリが緑褐色の髪についたほこりを払いながらつぶやいた。今の声で皆が反応していなかったら、数人は首から上を持っていかれていたかもしれない。
やはり油断は禁物。相手は怪獣なのだ、少し体を動かすだけでも人間にとっては大きな脅威になる。命拾いして息をついている水精霊騎士隊に、水妖精騎士団の少女たちからヤジが飛んだ。
「ふふん、どう? うちの子のほうがあんたたちなんかより出来がいいのよ」
「くっ! ぐぬぬぬ」
プライドを傷つけられた水精霊騎士隊から悔し気な声が漏れる。特にエーコ、ビーコ、シーコは思いっきり勝ち誇って憎たらしい顔を作って見せたので、男たちの屈辱感は大きかった。
が、そんなのんきな行為を続けさせてくれるほどエレキングはお人よしではなかった。間近に迫られるだけで、超高温を発する体からの熱波が少年少女たちの肌を焼く。まるで燃え盛る窯の前にいるようだ。
「あっ、ちちち! 後退! 後退だ! こいつのそばにいると照り焼きにされてしまうよ!」
上陸してきたエレキングを見上げながらギーシュが叫んだ。一週間前にエースが倒した奴とは姿は同じでも明らかに違う、火竜でもここまで高熱を発しはしないだろう。
エレキングが上陸しただけで、周辺の木々があまりの高熱にあてられて立ち枯れていく。そればかりか、エレキングはフライの魔法で後退していく少年少女たちに向かって、指先から白色のガスを吹き付けてきた。
「なっ、なんなの?」
「なんだかわからないけど吸っちゃダメだ!」
今度はレイナールが動揺する少女たちに叫んだ。なんであろうと、怪獣が出してくるものがろくなものであったためしがない。
とっさに口を押さえてガスの届かないところまで飛びのく少年と少女たち。振り向くと、ガスを浴びせられた木々が枯れ果ててしまっている。
毒ガス? もしうっかり吸い込んでしまっていたら今ごろは……冷や汗がギーシュたちやベアトリスたちの背筋を走る。
それにしても、植物を一瞬で枯らすこの威力。そして常に発し続けている高熱から考えて、ティラはパラダイ星の学者の卵として、ひとつの仮説を導き出した。
「まさか、高濃度の二酸化炭素? もしかして、惑星の温暖化を促進して生態系を破壊する怪獣兵器!?」
エレキングが兵器として量産されている怪獣なら、攻撃する対象別のバリエーションがあっても不思議はない。怪獣一匹の噴き出す二酸化炭素の量などたかが知れていると思われるかもしれないが、宇宙大怪獣ムルロアのアトミックフォッグはわずか数時間で地球全土を覆いつくしてしまったほどの威力があった。もしこのエレキングがその勢いで二酸化炭素を噴出したらハルケギニアの気候は壊滅的な被害を受けるであろう。
「これ、温泉につかりに来ただけのつもりが世界存亡の危機じゃないの。いつかピット星人に文句つけてやるわ!」
とんでもない置き土産を残していったくれたものだ。兵器として完成できたのは一体だけというがとんでもない、こんな悪意の塊のような奴が育ちきっているではないか。
アンテナを回転させ、長すぎる尾で木々を蹴散らしながら前進してくるエレキングに対して、現在のところ有効な手立てはなかった。水から上がったせいで奴の体温がさらに上昇し、威力の弱い魔法が通じなくなってしまったのだ。
エレキングの体表の高熱で、炎の魔法は言うに及ばず、風は気流に散らされ、土は砂に変えられ、水は蒸発させられた。特に、この中で唯一トライアングルクラス以上のキュルケの炎が封じられたのは痛かった。
「スクウェアクラスの氷の魔法で冷やせれば、別の魔法も効くようになるんでしょうけど、あの子がいれば……誰?」
不可思議な感覚に戸惑うキュルケだったけれど、彼女は迫り来るエレキングの足音で我を取り戻した。温泉につかりすぎてぼんやりしてしまったのか? 今、そんなことを気にしている場合じゃない。
エレキングの前進は止まらず、水精霊騎士隊も水妖精騎士団もバラバラになってしまってまともな迎撃などできない状態だ。ギーシュもベアトリスも進撃の速さに動揺して指揮が追いつけていない。
577
:
ウルトラ5番目の使い魔 75話 (5/17)
◆213pT8BiCc
:2018/08/06(月) 08:39:20 ID:2n5SOG2U
キュルケは混乱している両者に向けて思わず叫んだ。
「なにやってるの! 連携がとれないならいったん引いて態勢を立て直すのよ。あの子ならそうするわ」
あの子? わたしは何を言っているの? キュルケはとっさに口から出た言葉に動揺したが、キュルケが怒鳴ったおかげで混乱していた一同に明確な目的が生まれた。
「み、みんな! 森の外までいったん退却だ!」
ギーシュがやっとのことで命令を飛ばし、一同はやっと退却に全力を尽くし始めた。
エレキングは森の木々を蹴散らしながら追ってくる。その通り過ぎた後の森はことごとく枯れ果て、まるで干ばつに会ったかのようだ。
こんな奴を野放しにしては、ましてや人里に入れたら大変なことになる。しかし今は、態勢を立て直す余裕ができるまで逃げるしかなかった。
一方で、ド・オルニエールの里では一足先に戻った銃士隊によって怪獣が現れたという報がすでに駆け巡っていた。
「早く! 逃げて、逃げてください!」
湖の方角から姿を見せ始めたエレキングを見て、住人たちは一目に逃げ出し、逃げ遅れている人々を銃士隊は救助していった。
もちろん、アンリエッタらにも報告はすでに届いており、高台から指揮をとっていた。
「女王陛下、怪獣が近づいてきております。お下がりください」
「なりません。民の危機に、女王が真っ先に背を向けてなんとなりますか。民が安全なところまで避難できるまで、わたくしはここを離れません」
烈風に鍛えられた根性で、ド・オルニエールを見渡してアンリエッタは言った。
今日で、ド・オルニエールはだめになるかもしれない。けれど、民が残ればゼロからでもやりなおすことができる。
そんな女王の気高い姿を見て、賓客のルビアナはすまなそうに頭を下げた。
「申し訳ありませんアンリエッタ様。本当なら私もここで見届けたたいのですけれど」
「いいえ、はるばるゲルマニアから来ていただいた貴女にもしものことがあってはわたくしの恥です。安心してください、怪獣と戦うことに関しては我が国は一日の長があります」
「ご無理はなさらずに……お先に失礼いたします」
優雅な一礼をして、ルビアナも共の者に連れられて退去していった。
魅惑の妖精亭の子たちも急いで避難し、ティファニアも孤児院の子たちを連れて行っている。そのため、コスモスが出られないのが痛いけれど、先日アイを誘拐されたときの恐怖が残る子供たちにはまだティファニアがついていてあげなくてはならなかった。
けれど、住民のなかには踏みとどまって果敢に戦おうとする者たちもいた。
578
:
ウルトラ5番目の使い魔 75話 (6/17)
◆213pT8BiCc
:2018/08/06(月) 08:40:59 ID:2n5SOG2U
「わしらは、生まれたときからこのド・オルニエールで生きてきました。今さらよそでは暮らせはしませんのじゃ。残らせてくださいまし」
老人たちのその健気な姿に、無理強いすることはできなかった。
また、彼らの家族の中にも、雑他な武器を持って集まってくる者もいる。普段はなんと言おうと、そうして守りたくなるのが故郷というものなのだ。
「ここはわしらの土地じゃあ、バケモンめ、来るならこんきに」
ついに田園地帯に入ってきたエレキングに老人がしわがれた声で叫んだ。
そして、水精霊騎士隊と水妖精騎士団も、平民がこれだけの覚悟をしているのに貴族がこれ以上無様を見せられないと、今度こそ死守の構えで陣形を組む。
「いいか諸君、女王陛下がご覧になっておられる。ここより先、ぼくらの下がる道はないと思いたまえ!」
ギーシュが薔薇の杖を掲げて仲間たちに命令する。本職の騎士のような強力な魔法はまだなくても、踏んだ場数の多さが彼らをいっぱしの騎士に見せていた。
そしてベアトリスたち女子も同じように立つ。経験のなさを思い知らされても、彼女たちにも譲れない女の意地がある。
けれど一方で、いまいち締まらないことになっている者たちもいた。
言うまでもない、才人とルイズである……ふたりは誰もいなくなった温泉に戻って、脱衣場でルイズが置き忘れたリングを必死になって探していた。
「くっそぉ、ないないないないない! ルイズ、ほんとにここに置き忘れたのかよ?」
「ほかに思いつかないわよ! もう、こう散らかってちゃどれがわたしの使った籠だったかわからないわ」
ルイズも半泣きになっていた。女子全員が大急ぎで着替えていったせいで、着替えを入れておく籠がタオルなどといっしょに散乱していて誰が使ったものかさっぱりわからなくなっていた。
籠をひっくり返し、棚の隅を探し回っても見つからない。外からはすでにエレキングの鳴き声が聞こえてくるので、一刻も早く変身しなければいけないのに、自分たちはこんなところでタオルをかき回したりして何をしてるんだろうか?
「くっそお、こんなマヌケな理由で変身できなくなったのっておれたちだけだろうなあ」
変身アイテムを奪われたならまだわかるが、なくすみたいなドジを踏んだのは自分たちくらいだろうと、才人とルイズは心底情けなく思った。
実は唯一ではなく、同じようなヘマをやらかした先輩は存在するのだが、彼の人の名誉のためにここでは割愛する。
しかし、必死の捜索のかいあって、ついにルイズの指先がタオルの下に隠れたリングを探り当てた。
「あった! あったわぁーっ!!」
高々と上げられたルイズの指先には、確かに銀色に輝くウルトラリングが掲げられていた。
579
:
ウルトラ5番目の使い魔 75話 (7/17)
◆213pT8BiCc
:2018/08/06(月) 08:42:09 ID:2n5SOG2U
ルイズの緋色の眼から、感動のあまり涙がこぼれ落ちる。
もし見つからなかったらどうしようかと思った。それこそ、世界中の人たちに腹を切ってお詫びしなくちゃいけないくらいだった。いや、ルイズはトリステイン人だから切腹なんかしないけれども。
しかし、感動に浸っている場合ではない。エレキングは、もうすぐ近くまで迫ってきている。この平和なド・オルニエールを荒らさせるわけにはいかない! ルイズはリングを指にしっかりとはめ、才人の手のひらとリングを重ね合わせた。
「ウルトラ・ターッチッ!」
閃光が走り、きらめく光の渦の中からウルトラマンAの勇姿が現れる。
〔ちょっと今回はヒヤッとしたぞ〕
意識を通じてウルトラマンAの声が二人の心に響いてくる。エースにとっても、今回の事は肝を冷やしたに違いない。
〔ご、ごめんなさい。北斗さん〕
〔わたしたち、最近油断しすぎてたかも。反省してるわ……〕
〔いや、わかっているならいいんだ。人間、一度こっぴどく失敗したら同じ失敗はそうそうしないもんだ。気にするな!〕
うなだれている二人をエースは肩を叩くようにはげました。北斗も、ウルトラリングを盗まれたことはなくとも、ヤプールの策略にはまって変身不能にされてしまったことはある。あまり思い出したくない思い出でも、だからこそ糧となる。
そして、失敗を取り戻す方法はいつもひとつ。黒に白を混ぜていったらいつか消えるように、失敗を押しつぶせるだけの何かで埋め合わせればいい。
今、この場でそれをする方法はひとつ。この怪獣を倒すことだ!
「ヘヤアッ!」
変身からの空間跳躍。空高く跳び上がり、舞い降りてきたエースの急降下キックが先制の一撃としてエレキングに突き刺さった。
エレキングの細長い巨体が揺らぎ、エースはそのたもとへ着地する。そしてエレキングは、自らの進行を妨げた新たな敵に対して、金切り声をあげて向かっていった。
〔こいっ! エレキング〕
エースは突進してくるエレキングを正面から受け止め、その首をがっちりと捕まえた。当然、振りほどこうと暴れるエレキングとエースの間で壮絶な力比べが生じる。
押し合い引き合い、そんな攻防の様子を見て、悲壮な防衛戦を覚悟していたギーシュたちは新たな高揚感を覚えていた。
「よおーっし! そこだーっ、エース頑張れーっ!」
少年たちから声援が飛ぶ。これから戦おうとしていたときに、獲物を横取りされた感がないかといえば嘘になるが、エースには何度も助けられ、このハルケギニアを守る仲間だという想いがそれより強くあった。
580
:
ウルトラ5番目の使い魔 75話 (8/17)
◆213pT8BiCc
:2018/08/06(月) 08:45:55 ID:2n5SOG2U
一度やっつけた怪獣なんか一捻りだと、少年たちの声援に続き、少女たちも精悍なエースの勇姿にかっこいいとエールを贈り始める。ド・オルニエールの民たちは、神よどうかこの地をお守りくださいと、必死の祈りを捧げた。
そう、ヒーローの姿は人々に希望と勇気を与えてくれる。しかし、このエレキングは前回のエレキングとはやはり大きく違っていた。エースと組み合ったエレキングの体から蒸気が沸きだしたかと思うと、エレキングはエースが触っていることもできないほど熱くなっていったのだ。
「ヌワアッ!?」
エレキングを掴んでいたエースの手から、熱したフライパンに水を垂らしたような音がして、エースは思わず手を離してしまった。
なんだいったい!? 一同がエレキングを見ると、エレキングの周囲で陽炎が起こり、周辺の木々は枯れるどころか干からびて崩れていく。その様子は遠く離れて見るアンリエッタからもはっきりと伺え、その様にアンリエッタは戦慄したように呟いた。
「まるで、生きた火の山のようですわ……」
エレキングの体温が異常に上昇してきているのは誰から見ても明らかだった。才人は、これじゃエレキングじゃなくてザンボラーじゃねえかと呟いた。熱波はどんどん広がり、やや離れていたはずのギーシュたちの体からも滝のような汗が吹き出してくる。
「あ、頭が……」
「いけない! みんな離れるんだ。熱射病でやられてしまうよ!」
レイナールが叫んで、一同は慌てて距離をとった。熱にある程度強いはずの火の系統のキュルケでも目眩のしてくる信じられない熱さだ。とても人間の近づける温度ではない。
エースは、火炎超獣ファイヤーモンスと戦った熱さを思い出した。いや、この熱気はファイヤーモンスの炎の剣以上だ。
そればかりではない。余りの熱気は上昇気流となって大気を乱して黒雲を呼び、ド・オルニエール全体に激しい雷と嵐を巻き起こしていったのだ。
「きゃああぁっ! お姉ちゃん、怖いよお」
「みんなっ、体を低くして、物影に隠れるのよ」
嵐に襲われ、ティファニアや子供たちはもう一歩も進めなくなっていた。近くにいたはずの魅惑の妖精亭の子たちもどこへいってしまったかわからない。ティファニアはコスモスの力を借りることもできず、目の前の子供たちを守るだけで精一杯だった。
雷は辺り構わず降り注ぎ、子供たちはあまりの恐怖で泣き叫んでいる。しかも悪いことに、雷が彼女らの近くの木に落ち、へし折れた木が一人の子の上に倒れ込んできたのだ。
「お姉ちゃん、助けてーっ!」
「アナーっ!」
ティファニアは必死に手を伸ばしたが届きそうもなかった。
間に合わない。誰か、誰かあの子を助けて。ティファニアが必死に祈ったその時、誰かが飛び込んできて、木に潰されそうになっていた子を間一髪で助け出してくれた。
581
:
ウルトラ5番目の使い魔 75話 (9/17)
◆213pT8BiCc
:2018/08/06(月) 08:49:48 ID:2n5SOG2U
「ああ、あ、ありがとうございます。あなたは、女王陛下のお友だちの」
「ルビアナと申します。私もこの嵐で供の者とはぐれてしまいまして。けど、おかげで危ないところに間に合えてよかったですわ」
ルビアナはにっこりと微笑んだ。そのドレスは嵐と泥で見る影もなく汚れているが、彼女は気にする素振りもない。その温和な様子に、助けられた子はルビアナのドレスにしがみつきながらお礼を言った。
「うぅ、お姉ちゃん……あ、ありがとう」
「あらあら、かわいいお顔が台無しよ。さあ、あなたはあなたのところへ帰りなさい」
優しくルビアナに促され、その子はティファニアのもとに戻り、ティファニアはルビアナに心からの感謝を返した。
「本当にありがとうございますルビアナさん。なんてお礼を言えばいいのか」
「いいえ、当然のことをしただけですわ。それより、ここは無理に動かずに嵐が去るのを待ったほうがよろしいでしょうね。不躾ながら、私もしばらくご一緒いたします」
「はい。けれど、ひどい嵐です。いったい、いつ止んでくれるのかしら」
「きっとすぐやみますわ。だって、ギーシュ様が戦ってくれているのですもの」
ルビアナは信頼を込めた笑みを浮かべ、子供たちに「だから心配しなくて大丈夫よ」と、優しく話しかけた。すると、ルビアナのその温和な雰囲気に、怯えていた子供たちも恐怖心を解かれてルビアナにすがりついていった。
「まあ、みんな甘えん坊さんね」
「きっと、子供たちにはあなたが優しい人だってわかるんですよ。みんな、ルビアナさんにご迷惑かけてはダメよ。さあ、こっちにも来なさい」
ティファニアのもとに子供たちの半分が戻ってくる。みんな体は大きくなっても中身はまだまだ子供のようで、ティファニアとルビアナにすがってやっと落ち着きを取りもどしてくれた。
まだ嵐は弱まる気配を見せない。動けないのなら、嵐が収まる時までこの小さな命を守らなければならないと、しっかりと小さな体を抱きしめ続けた。
いまや、エレキングの振りまく被害はただの怪獣一匹の次元を超えつつあった。
熱波を振り撒きながらエレキングが突進してくる。エースは組み合うのを避け、キックやチョップでエレキングを押し返そうと試みるが、間合いを詰められないのではエースの技も威力が半減してしまった。
「ムゥ……!」
肉薄しなければダメージが通らない。対して、エレキングはその手から放つ二酸化炭素ガスでエースを追い立ててくる。
「ムッ、グゥゥッ!」
さしものエースも 高熱と二酸化炭素の同時攻撃にはまいった。まるでエレキングの周囲だけ疑似的に金星の環境になったようなものだ、いくらウルトラ戦士の体でもこれではただではすまない。
エースを助けるんだと、水の系統のメイジたちが氷の魔法を放つが、エレキングに届く前に蒸発してしまって通じなかった。彼らの好意はうれしいけれど、焼け石に水とはまさにこのことだ。
ゾフィー兄さんのウルトラフロストくらいの威力がなければ、とエースは思った。エースの技は多彩だが、残念ながら冷凍系の技は持っていない。そもそもM78星雲のウルトラマンは寒さに弱く、冷凍系の技を持っていてもせいぜい一人に一つくらいで極めて少ないのだ。ウルトラの歴史の中では氷を操る戦士がいたこともあったけれど、彼のことも今では遠い思い出となっている。
582
:
ウルトラ5番目の使い魔 75話 (10/17)
◆213pT8BiCc
:2018/08/06(月) 09:00:46 ID:2n5SOG2U
が、感傷に浸っている暇はない。今は、このエレキングを止めなければ、際限なくどこまで熱量を上げていくかわからない。しかし接近もままならないのでは、あっという間にエースの活動限界が来てしまう。ルイズはいら立って才人に問いかけた。
〔ちょっと、こういうときこそあんたのからっぽの頭でも役に立てるときでしょ! あの怪獣の弱点とかほかにないの?〕
〔そうはいっても、こんなに暑いと気が散って……そうだ、角だ! エレキングの弱点はあの角だ〕
ぼんやりしてても、将来志望がGUYSの才人はさすがに思い出すのが早かった。
エレキングの弱点は目の役割をする回転するレーダー角。それを破壊してしまえばエレキングは行動不能になる。それを聞いたエースは、すかさずエレキングの角を目がけて額のウルトラスターから青色の破壊光線を発射した。
『パンチレーザー!』
矢のように鋭い輝きを放ち、パンチレーザーの光がエレキングの角を目がけて飛ぶ。しかし、なんということであろうか。パンチレーザーはエレキングの至近でぐにゃりと軌道を曲げると、角に当たらずに明後日の方角に飛び去ってしまったのだ。
「ヘアッ!?」
確実に当たるはずだった攻撃をかわされ、エースも思わず動揺の声を漏らした。バリアか? いや、エレキングにそんな能力はないはず。となると、エレキングの周りで熱せられた空気が光を歪め、レーザーの軌道をずらしてしまったとしか考えられない。
信じられない高熱だ。しかもこの熱はまだ上がり続けている。ならば、曲げきれないほどの威力で一気に叩き潰すのみ! 一撃必殺、エースは体をひねり、L字に組んだ腕からもっとも得意とする光波熱線を発射した。
『メタリウム光線!』
光芒がエレキングの頭部に叩き込まれて大爆発を起こす。空気の対流くらいで逸らされるほど、ウルトラマンAの必殺技は半端な威力ではないのだ。
「やったか?」
爆炎でエレキングの姿は隠れ、倒したかどうかはまだわからない。しかし、あれほどの威力を撃ち込まれて無事ですんだわけがないと、水精霊騎士隊も水妖精騎士団もじっと煙の晴れるのを待った。
だが、力を抜けるその一瞬の隙に爆煙の中から蛇のようにエレキングの尻尾が伸びてきてエースの体に絡みついてしまったのだ。
〔しまった!〕
気づいたときにはエレキングの尻尾は完全にエースに巻き付いてしまっていた。
振りほどかなくては! だが巻き付いたエレキングの尻尾はビクともしない。そして、煙の中からエレキングが再び姿を現した。
〔角が片本残っている。くそっ、当たり所が悪かったか〕
エレキングの頭部の片側は黒焦げになり、片方の角は吹き飛んでいるが、もう片方の角はかろうじて残っている。それでこちらの位置をサーチできたのだ。
583
:
ウルトラ5番目の使い魔 75話 (11/17)
◆213pT8BiCc
:2018/08/06(月) 09:01:59 ID:2n5SOG2U
まずい、エレキングの最大の武器は尻尾にある。振りほどかなければ! だがエレキングはエースの抵抗をあざ笑うかのように、尻尾を通じて強力な電流をエースに流し込んできたのだ。
「ヌッ、グアァァァーッ!」
何万何十万ボルトという電撃がエースに流し込まれ、溢れ出したエネルギーがスパークとなってエースを包み込む。
すさまじい衝撃と激痛がエースの全身を貫き、エースは身動きできないまま電撃の洗礼を浴びせかけられ続けた。
「グッ、ウオォォォーッ!」
電撃のパワーはエースの全力でも対抗しきれず、一気にカラータイマーが点滅を始めた。エレキングは奪われた角の恨みとばかりに、腕を震わせ全身から巨大都市何十個分という電気エネルギーを絞り出してエースに送り込んでいく。
このままではエースが黒焦げにされてしまう! エースの危機に、水精霊騎士隊や水妖精騎士団はなんとかエースを助けようと動き出したが、エレキングの熱気の壁はメタリウム光線で弱められたとはいえまだ健在で、半端な魔法は通用しなかった。
「ワルキューレ! だめか、ぼくらの魔法じゃあいつには効かないのか」
ギーシュのワルキューレすべての体当たりでもエレキングには通用しなかった。ほかの面々の魔法でも同様で、ベアトリスも魔法の撃ち過ぎで疲労困憊した体をエーコとビーコに支えられながら、悔しそうにつぶやいた。
「わたしにももっと力があれば……彼には大きな借りがあるっていうのに」
エースのおかげで、エーコたちをユニタングの呪縛から解き放つことができたときのことは忘れない。その恩義はすべての誇りをかけてでも返さねばならないのに、今の自分にはその力はない。
「なにか、なにか強力な武器があれば、あの怪獣の角をもう一本折るだけでいいのに」
エースがエレキングの角を狙って攻撃したのを彼女たちも見ていた。なら、角さえ折れれば怪獣は弱体化するに違いない。けれど、それをするための力がみんなの魔法にはないのだ。
すると、そのときだった。戦いを見守っていたド・オルニエールの民たちが、一抱えほどもある大きな銀色の銃のようなものを持ってやってきたのだ。
「だ、旦那様方。よければこれを使ってくだせえまし」
「これは、こんな銃見たことないが、いったいこれはなんだね?」
「わしらも、もしも、この地に何か異変が起きたときのために有り金を寄せ合って武器を買っていたのでございます。使ったことはまだありませんが、とても強力な武器だという触れ込みでしたので……」
土地の老人は貴族に対して恐る恐るながらも、その銃のような武器を差し出してきた。
もちろんギーシュたちは疑いの目でそれを見た。もとより銃はハルケギニアでは平民用の武器で、ふいを打たれたりしなければ魔法には及ばない程度の代物なのだ。とても怪獣に通用するとは思えない。
しかし、ギーシュたちはもとよりベアトリスたちも、その銃のような武器の持つ怪しい気配をなんとなく肌で察した。これまでに何度も宇宙人と接したことがあるだけに、その銃のような武器がハルケギニアのものとは異質な気配を持っているのを感じたのだ。
もしかしたら? ベアトリスは商才を働かせて考えた。この怪しげな取引に乗るべきかそるべきか? いや、乗らなかった場合の結果は全員の死でしかない。
584
:
ウルトラ5番目の使い魔 75話 (12/17)
◆213pT8BiCc
:2018/08/06(月) 09:05:20 ID:2n5SOG2U
「わかったわ、その武器を使わせてもらうわね」
「クルデンホルフ姫殿下?」
「ミスタ・グラモン、迷ってる時間はないみたいよ。あなたたちの中で、銃の扱いができる人はいる?」
「え? じ、銃ならオストラントの機銃を扱ったことはあるけど」
「だったらあなたが撃ちなさい! ほら、ぐずぐずしないのよ!」
小柄な体で思いっきり足を振りかぶってベアトリスはギーシュの尻を蹴っ飛ばした。
こういうとき、男より女のほうが踏ん切りが早い。ギーシュは言われるままに、銃のような武器を受け取って照準をエレキングの角に定めた。幸い、見た目に反してけっこう軽い。
エースは絶え間なく流され続けている電撃で今にも死にそうだ。ギーシュは、引き金に触れる指先にエースの生死がかかっていることに一筋の汗を流し、皆の見守っている中でゆっくり引き金を引いた。
「始祖ブリミルよ、そしてこの世のすべてのレディたち、ぼくに力をお貸しください」
相変わらず余計な一言を付け加えながら引き金が引かれたその瞬間、銃口からピンク色のレーザーが放たれてエレキングの角に突き刺さり、なんと大爆発を起こしてへし折ってしまった。
「や、やった!」
ギーシュは自分のやったことが信じられないというふうにつぶやいた。見守っていた他の面々も一様に、あまりの銃の威力に、喜ぶよりむしろ愕然としてしまっている。
だが、エレキングの角を折ったという戦果は大きかった。外界の状況を探るためのレーダーである角をふたつとも破壊されてしまったエレキングは完全にパニックに陥り、エースを拘束していた尻尾の力を緩めてしまったのだ。
〔いまだ!〕
エースは残った全力でエレキングの尻尾を振りほどいて抜け出した。
「シュワッ!」
拘束から脱出し、エースは片膝をついて立ち上がれないながらも、なんとか自分が助かったことを確かめた。エースが無事だったことで、ギーシュたちも我に返って喜びの声をあげる。
ともかくすごい電撃だった。あと少し食らい続けていたら、本当に焼き殺されていたかもしれない。才人とルイズも、「死ぬかと思った」と、今回ばかりは無事助かったことを手放しで喜んでいた。
だが、本当に喜ぶのはまだ早すぎたようだ。角を破壊されて行動力を失ったと思われたエレキングが、再びすさまじい熱波を放ち始めたのだ。
〔なんだっ? まるで溶鉱炉の中にいるようだっ!〕
さっきよりもさらに強い熱量がエレキングから放たれていた。それと同時に、エレキングの白色の表皮も赤く染まり出して、明らかに尋常な状態ではない。
まさか奴め、死期を悟って周りを道連れに自壊するつもりか! こんな熱量の物体を放置すれば、ド・オルニエールが焼け野原と化してしまう。
585
:
ウルトラ5番目の使い魔 75話 (13/17)
◆213pT8BiCc
:2018/08/06(月) 09:06:22 ID:2n5SOG2U
〔い、今のうちにエレキングを倒さないと〕
〔でも、あんな爆弾みたいになった奴に光線を当てたら、それこそどうなるかわからないわよ!〕
才人とルイズも焦るが、そもそも今のエースにまともに光線を撃つ力は残っていない。
どうすればいいんだ! このままエレキングが地上の太陽になっていくのを見守っているしかないのか。エレキングの口から、勝利の雄たけびとも断末魔とも聞こえる叫びが轟く。
しかし、もうエースに戦う力が残っていないことを見た水精霊騎士隊は、こんなときのために考えていた最後の作戦に打って出た。水妖精騎士団にも協力をあおぎ、田園地帯を流れる用水路に集まったのだ。
「ようし、水の使い手は用水路を凍らせるんだ。残りの半数は『固定化』、もう半数は『念力』の準備だ。急いでくれ!」
少年少女たちは、熱波に肌を焼かれながら最後の精神力を振り絞った。
用水路の水を凍らせて成形し、それをさらに固めた上でエースに向けて投げ渡した。
「ウルトラマンA、それを使ってくれーっ!」
エースの手に、少年少女たちが作った最後の武器が手渡された。それは、用水路の水を使った青白く輝く美しい一刀。
〔氷の剣!? ようし、これなら!〕
これならエレキングを誘爆させずに倒すことができる。
エースは氷の剣を構え、エレキングを見据えて渾身の力で振り下ろした。
〔俺の残ったすべての光をこの剣に込める!〕
一閃! 青い輝きがエレキングを貫通し、次の瞬間エレキングは頭から股先まで真っ二つになって斬り倒されていた。
「やった……」
両断されたエレキングは左右に崩れ落ち、最後は自らの熱量によってドロドロに溶けて消滅していった。
エレキングの死とともに熱波も消え、空を覆っていた暗雲も切れ、嵐も収まっていった。空には再び青空が戻り、季節通りの風が吹き始めた。
ド・オルニエールに平和が戻ったのだ。そして穏やかな自然の風景を肌で感じ、皆の中から大きな歓声があがった。
「勝っ、たぁーっ!」
会心の、しかし紙一重の勝利だった。
このエレキングは強敵だった。しかし、ピット星人の言葉通りなら、もう戦闘可能な個体はいないはずなのにどうして現れたのだろうか? ピット星人の言葉が嘘であったとは思えない。でなければ前回の戦いのときに使っていたはずだ。
なにか、ピット星人以外の外的要因があったのだろうか? そういえば、再生エレキングにしても一説には復活に何者かの手が加えられたという話がある。
586
:
ウルトラ5番目の使い魔 75話 (14/17)
◆213pT8BiCc
:2018/08/06(月) 09:08:21 ID:2n5SOG2U
しかし、エースの耳に喜びに沸く少年少女たちや、ド・オルニエールの人々の声が響いてくると、心にひっかかっていたしこりも取れていった。
エースが見下ろすと、ギーシュやベアトリスたちが手を振っている。ともに全力で戦ったことで、彼らにも戦友に近い感情が生まれたようだ。これで、覗きの罪が許されるまではなくとも、多少なり情状酌量の余地が生まれてくれればよいのだが。
だが、手を振り返そうかと思ったそのとき、ギーシュが持っている”あの武器”にエースの視線は吸い込まれた。
〔あの武器は! どうしてあれがここに〕
〔北斗さん? どうしたんですか〕
〔いや、後で話そう。今は、もうエネルギーが危ない〕
実際、もうしゃべっている余力もほとんどなかった。エースはカラータイマーを鳴らせながら飛び立ち、晴れ間の空の白雲のかなたへと消えていった。
怪獣エレキングの打倒はすぐさまアンリエッタのもとへも報告され、水精霊騎士隊と水妖精騎士団は揃ってアンリエッタ直々にお褒めの言葉をいただいた。
「我が忠勇なトリステインの若き戦士の皆さん、ご苦労様でした。非公式の立場ですので恩賞を渡すことはできませんが、あなた方の戦功はわたくしの胸に永久にとどめることを約束いたします」
ギーシュとベアトリスは、そのお言葉だけで億の恩賞に勝る誉れですと答え、少年少女たちは感動して静かに涙した。
だが、アンリエッタは最後に一言付け加えることを忘れなかった。
「ただ、水精霊騎士隊の皆さん、そして水妖精騎士団の皆さん。話を聞くところ、今度の敵はあなた方のどちらかだけではとても力が足りなかったようですね。互いに切磋琢磨するのは当然ですが、このトリステインを守る者同士、あなた方は仲間だと言うことを忘れないでくださいね」
肝に銘じます、とギーシュとベアトリスは答え、女王陛下の前で固く握手をかわした。
「勘違いしないでね、ミスタ・グラモン。覗きのことは許したわけじゃないんだから。でも、戦うあなたたちは少し、かっこよかったわ」
「いや、君たちこそ、あれほどのことができるとは思っていなかったよ。覗きのことは、その、あらためてお詫びする。二度としないから許してくれ」
「仕方ないわね。今度だけですわよ」
ベアトリスが視線を向けると、女子たちもうなづいてくれた。
その様子に、アンリエッタも雨降って地固まるとはこのことですわね、と微笑んだ。
そして、そうしているうちに避難していた人たちも戻ってきたようだ。
587
:
ウルトラ5番目の使い魔 75話 (15/17)
◆213pT8BiCc
:2018/08/06(月) 09:09:41 ID:2n5SOG2U
「ああ、皆さんご無事だったんですね」
一番にティファニアが喜びの声をあげた。次いで、ルビアナや魅惑の妖精亭の子たちもやってくる。心配されていたド・オルニエールの人たちも、銃士隊の適切な避難指示のおかげで犠牲者を出さずに済んだようだ。
賑わう中で、さりげなく才人とルイズも戻ってきている。しかし、才人とルイズは、エースが気にしていた何かを確かめることに気が急いていた。
”いったい北斗さんは、なににあんなに驚いていたんだ?”
そうしているうちに、今回の戦いに参加した住民たちにも女王陛下のお声がかけられ、彼らが戻ってくると、才人は急いで彼らの持っている銀色の銃を確かめに走った。
「ちょ、ちょっとすみません。少しでいいので、その武器を見せてもらえませんか?」
「へえ? 構わないでございますよ。どうぞ、ご覧になってくださいませ」
頼むと、特に抵抗なく持っていた人は才人にそれを渡してくれた。
才人は受け取り、それをまじまじと見つめる。すると、エースが驚いたわけが才人にもわかった。それは銀色の金属で作られた、明らかにハルケギニアのものではない兵器だったからだ。
「レーザー銃?」
才人にはそれくらいしかわからなかったが、明らかなオーバーテクノロジー兵器であることは見ただけで確かだった。
ルイズにはよくわからないようだが、それは仕方ない。これまで宇宙人の兵器をさんざん見てきてはいるけれど、ハイテク兵器という概念そのものがないのだから。
しかし、北斗が驚いた理由はそれだけではないようだった。普段は滅多に語り掛けてくることはないのに、その武器を目の当たりにしたときに、才人とルイズの脳裏に話しかけてきたのだ。
〔間違いない。その武器はウルトラレーザーだ〕
〔ウルトラレーザー?〕
〔俺がTACにいた頃、ヤプールの手下のアンチラ星人が持っていた武器だ。どうしてこんなところに〕
エース・北斗は信じられないというふうに語った。すると、才人もウルトラレーザーを見下ろしながら考え込んで答えた。
〔すると、トリステインにアンチラ星人が来てるってことですか?〕
〔いや、そうとは限らないかもしれない〕
北斗は単純に答えを出そうとはしなかった。なぜかというと、ウルトラレーザーは元々アンチラ星人が元MAT隊員郷秀樹に化けてTACに潜入するための手土産として用意したもので、そのため『地球人の技術で作れて怪しまれない』程度のテクノロジーしか詰まっていない。実際、その後TACは恐らくは複製したと思われるウルトラレーザーを使用している。つまり、やろうと思えばどんな宇宙人でも作れてしまう程度の武器なのだ。
が、それでもこんなところに軽々しくあっていいような武器ではない。才人は持ち主の人に、これをどうやって手に入れたのかを訪ねると、すぐに答えてくれた。
「はあ、何か月か前でございましたか。こちらを訪れたゲルマニアの行商人の方が売ってくれたのでございます。もしも、この土地にオークやコボルドが出たときにはそれなりの武器がないといけないと言われまして、このマジックアイテムを薦められました。その方が試しに使うと、大木を一発でへし折ってしまったので、みんなで話し合って購入しましたのです」
どうやら住人たちはこれをマジックアイテムと思っているらしい。この世界の常識からして、そうとしか思えないのは当然のことだが、問題は彼らにこれを売りつけたというゲルマニアの商人だ。
588
:
ウルトラ5番目の使い魔 75話 (16/17)
◆213pT8BiCc
:2018/08/06(月) 09:11:09 ID:2n5SOG2U
「それで、その行商人さんはどこへ?」
「さあ、あれ以来見かけませんで、どこか遠くへ行かれたと思います。ですが、これ以外にもいろんな珍しいアイテムを持っていらしたようなので、今でもどこかで商売なさっていると思いますです」
才人とルイズは顔を見合わせた。つまり、ウルトラレーザーと同じかそれ以上の兵器を、平民が買える程度の値段で誰かが売りさばいているということだ。今はまだ平民たちは、これがどれほどとんでもない代物なのか気づいていないようだが、もしもその気になって争いごとに使い始めでもしたら。
深刻に考え込む才人とルイズ。すると、この中で唯一暗い雰囲気を放っているのに気付いたのか、ギーシュがはげますように近づいてきた。
「どうしたんだい二人とも? ははあ、さては今回のことで出番がなかったのを気に病んでいるんだろう? 心配することはないよ。ぼくらの誰も、君たちが逃げ出したなんて思ってはいないからね」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。まあいいか……ところでギーシュ、この武器のこと、どう思う?」
「ん? そういえば忘れてたけど、すごいマジックアイテムだったね。今回はこれがなかったら危なかったかもしれない。見たこともない形だけど、いったいどこの魔法機関が作ったんだろうね」
「ゲルマニアから来た商人が売ってたんだってさ」
才人が経緯を説明すると、ギーシュはふーんとうなづいた後に言った。
「それはまた、金銭主義のゲルマニア人らしいことだな。ゲルマニア人にもルビアナのような虫も殺せないような美しい人がいるっていうのに、大違いだよ」
「まあ、ギーシュ様ったらお上手ですこと」
わざとルビアナに聞こえるように言ったのがバレバレであるが、ルビアナは照れたようにうなづいた。
ルビアナは穏やかな笑みを絶やさず、その腕の中では小さなエレキングがぬいぐるみのように抱かれている。ギーシュはそんなルビアナにさらにきざな台詞を贈って、さらにそれをモンモランシーに聞きつけられて怒られている。もう早くもこっちのことは視界に入っていないようだった。
ルイズはそんな彼らの様子を見て、お気楽なものね、と、いつものように呆れてみせた。しかし、本当の意味ではルイズも事の重大さを理解できていない。
エースは二人の心の奥に消える前に、才人に「今度の敵はいつもとは違うかもしれないぞ」と言い残していった。
一体誰が、なんの目的でハルケギニアに武器をバラまいているんだ? ヤプールが裏で糸を引いているのか、それとも……。
才人は考えた。しかし、すぐに考えに行き詰ってボリボリと頭をかいた。
「ダメだなあ、おれの頭じゃさっぱりわからねえや」
読書感想文でシャーロック・ホームズを読んでも十ページで居眠りをしてしまうような脳みそで推理をしようとすること自体が間違っていると才人は気が付いた。
面倒くさいので、犯人がここにいれば直接聞いてみたいとさえ思う。ともかく、情報が少なすぎた。
こういうときに頼りになるのは……と、そのときキュルケが一同によく響く声で告げた。
589
:
ウルトラ5番目の使い魔 75話 (17/17)
◆213pT8BiCc
:2018/08/06(月) 09:12:04 ID:2n5SOG2U
「さあ、雨を浴びて汚れちゃったし、みんなで温泉に入り直しましょう。今度こそ、ゆっくりとね」
そういえば、もう全身ドロドロであちこちがかゆい。皆は疲れたのもあって、温泉の温かなお湯がたまらなく恋しくなってきた。
そうとなると話は早い。だが、ふと気にかかった。この土地の温泉が、あのエレキングが地下水を沸かしてできたものだとすれば、エレキングを倒してしまったら温泉も枯れてしまうのでは?
だが、その心配は杞憂だったようだ。土地の人が、また温泉にいい塩梅の湯が湧いてきたと知らせに来てくれたのである。
「よかった。ここの温泉は元から本物だったのね。あーあ、安心したら体がかゆくなってきちゃった。サイト、着替えとタオルを用意しなさい」
「って、おいルイズ。せっかく難しい問題を考えてるってときに」
「どーせあんたの頭じゃ何も浮かばないんでしょ? なら悩むだけ時間の無駄よ。それより、今度は目隠しなしでわたしとお風呂入りたくない?」
「了解しました、ご主人様!」
これぞ、即断即決の見本であった。才人は顔から火が出るほど元気いっぱいになって着替えを取りに走り出し、ルイズは横目でミシェルを見て「こ、これがわたしの実力なんだから」と、少し赤面しながらも勝ち誇って見せた。
さて、そうなると収まりがつかないのがミシェルと銃士隊である。対抗意識を燃やして、才人が戻ってくるのを待ち構えた。
そして、ルイズの挑発で火が付いたのはそれだけではなかった。ルイズでさえ、あれだけのアピールをしているというのに黙っていていいのかと、モンモランシーたちが同じようにギーシュたちを誘い始めたのだ。
「モ、モンモランシー、これは夢じゃないんだろうね。ほ、本当に君が僕と、は、裸の付き合いを!?」
「か、勘違いしないでよね。裸じゃなくてタオルごしなんだから。それに、ほかの子に目移りしたら許さないんだから!」
たとえタオルごしでも、それは夢のようなお誘いに他ならなかった。それにギーシュはおろか、これまでガールフレンドのいなかったギムリやレイナールにも女の子から誘いが来ているではないか。
これは本当に夢か? 覗き魔として処刑される運命にあった自分たちが、まるで正反対の立場にいるではないか。夢なら、夢なら覚めないでくれ。
つまり、彼らはわかっていなかった。彼らが今日果たした役割の大きさと、なすべきことへの一所懸命さが女の子たちのハートを掴んだことを。男は百の言葉よりも、まずは背中で語れというわけだ。
こうして、水精霊騎士隊は覗きなどという卑劣なことをせずとも、夢にまで見た混浴を我がものとすることができた。
もちろんこの後でも、男女いっしょの入浴ということで様々な悲喜劇が起きたのは言うまでもない。しかしそれでも、彼らは今日という日を永遠に忘れることはないだろう。
世界に不気味な影が迫っている。しかし、平和な日常はなにものにも代えがたい。
せめて、この日はこれ以上なにもないことを祈ろう。明日からは、またなにがやってくるかわからないのだから。
ちなみに、この数日後。ド・オルニエールから続く川の河口付近で、一人の貴族の少年が簀巻きにされた状態で漁師の網に引っかかっていたことを付け加えておこう。
続く
590
:
ウルトラ5番目の使い魔 あとがき
◆213pT8BiCc
:2018/08/06(月) 09:18:26 ID:2n5SOG2U
今回はここまでです。では、また次回。
ルイズと無重力巫女さんの方よりお知らせがあるそうなので、まだ確認されていない方は
>>571
をご覧ください
591
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/01(土) 23:42:29 ID:PXO5dG.M
ウルトラ五番目の人、投稿お疲れさまでした。
それと、お知らせしていただき誠にありがとうごさいます。
さて皆さんこんばんは、無重力巫女さんの人です。
昨日は色々あって投稿できなかったため、九月になってしまいましたが第九十六話の投稿を開始します。
特に問題が起きなければ23時46分から始めたいと思います。
592
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/01(土) 23:46:06 ID:PXO5dG.M
「どうしたものかしらねぇ…」
カトレアは悩んでいた、半ば強引にルイズから聞いた『これまで起きた事』を聞いてしまった事に対して。
玄関に設置してある壁掛け時計の時を刻む音が鮮明に聞こえ、それが彼女の集中力を高めていく。
一方で、姉のカトレアに『これまで起きた事』を説明し終えたルイズは彼女の反応を窺っている。
すっかり温くなってしまったカップの中の紅茶を見つめつつ、時折思い出したように一口だけ啜る。
今振り確かいないこの居間の中で、妹は姉の動向をただ見守るほかなかった。
そんなルイズの心境を読み取ったのか、やや真剣な表情を浮かべて見せる。
そして彼女の前で反芻して見せる。妹が口にし、自分が今まで聞いたことの無かった数々の単語の内幾つかを。
「ゲンソウキョウという異世界にヨウカイ、ケッカイに異変…」
初めて聞いた単語を言葉にして口から出してみると、横のルイズか生唾を飲み込む音が聞こえてくる。
恐らく自分の言ったことを嘘かどうか、見極められていると思っているのだろう。
まぁそれは仕方がない事だろう。普通の人にこんな事を話したとしても本気で信じてくれる者はいないに違いない。
精々酔っ払いか薬物中毒者の戯れ言として片づけられるのが精いっぱいで、それ以上上には進まないだろう。
しかしカトレアは信じていた。愛する妹が口にした異世界の存在を。
現に彼女はその証拠であろう少女達を間近で見ているのだ、博麗霊夢と霧雨魔理沙の二人を。
彼女たちの存在感は、同じハルケギニアに住んでいる人たち…と呼ぶにはあまりにも変わっている。
それを言葉で表すのは微妙に難しいが、彼女たちは異世界の住人か否か…という質問があれば、間違いなく住人だと答えられる。
考えた末に、確かな確信を得るに至ったカトレアはルイズの方へ顔を向けると、ニッコリ微笑んで見せた。
「ち、ちぃねえさま…?」
「大丈夫よルイズ。貴女の言う事にちゃんとした証拠がある事は、ちゃんと知っているつもりよ」
「…!ちぃねえさま…」
微笑み見せるカトアレからの言葉を聞いて、ルイズの表情がパッと明るくなる。
彼女が小さい頃から見てきたが、やはり一番下のこの娘は笑顔がとっても似合う。
そんな親バカならぬ姉バカに近い事を思いつつ、カトレアは言葉を続けていく。
「それで貴女は春の使い魔召喚の儀式でレイムを召喚して、それが原因でゲンソウキョウへいく事になったのよね?」
先ほど簡潔に聞いたばかりの事を改めて聞き直すと、ルイズは「えぇ」と頷きつつその事を詳しく話していく。
幻想郷はその異世界の中にあるもう一つの世界であり、その世界とは大きな結界で隔てている事、
そしてその結界を維持するためには霊夢の力が必要であり、彼女がいなくなった事で結界に異変が生じた。
それを良しとしない幻想郷の創造主である八雲紫が霊夢を助けるついでに、自分まで連れて行ってしまい、
結果的に並大抵の人間が味わえない様な、不可思議な世界への小旅行となってしまったのである。
そこまで聞き終えた所で、ルイズはカトレアが嬉しそうな表情を浮かべている事に気が付いた。
「あらあら!聞く限りでは結構楽しい体験をしてきたのね。異世界だなんて、どんな大貴族でも行ける場所じゃないわ」
「え?え、えぇ…そりゃ、まぁ…考えたらそうなんでしょうけど…」
先ほどの真剣な表情から打って変わった素っ頓狂な事を言う姉に困惑の色を隠し切れずにいる。
まぁ確かに良く考えてみれば、ハルケギニアの歴史上異世界へ行ったという人間がいた記録は全くない。
そもそもそうして異世界自体は創作や架空の概念であり、現実にはありえない事の筈…なのである。
そう考えてみると、確かに自分は初めて異世界へと赴いたハルケギニアの人間という事になるだろう。
593
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/01(土) 23:48:03 ID:PXO5dG.M
しかしルイズは思い出す、あの幻想郷にたった丸一日いただけでどれほど散々な目に遭ったのかを。
瀟洒なメイドには挨拶代わりにナイフを投げつけられ、あっちの世界の吸血鬼に限りなく迫られる…。
あれが向こうの世界流の歓迎…とは思わないが、流石にあんな体験をしてもう一度行きたいとは思う程ルイズは優しくない。
(一応ちぃねえさまにはそこの所は話してないけど…やっぱり心の中にしまっておいた方がいいわよね?)
流石にその時の事まで話したら心配させてしまうと思ったルイズは、再度心の中に仕舞いこんだ。
そして一息つくついでに温くなった紅茶を一口飲んだところで、カトレアが再度話しかけてくる。
「…でも、その向こうの世界で更なる問題が発生してその問題を解決する為に、あの二人が貴女の傍にいるっていう事ね?」
「あ、はい!その通りですちぃねえさま。私はその…まぁ唯一彼女たちを知っているという事で協力を…」
その言葉にルイズが頷きながらそう言うと、今度は笑顔から一転気難しい表情を浮かべたカトレアはため息を吐いた。
「それでも危険だわ。何か探し物だけをするっていうのならばともかく…あの時のタルブ村にまで行くなんて事は流石に…」
「ねえさま…」
憂いの色を覗かせる顔であの村の名前を口にしたカトレアに、ルイズは申し訳なさそうに顔を俯かせてしまう。
カトレアとしては正直、どんな形であれルイズと親しくしてくれる人が増えただけでも嬉しかった。
本来は優しいとはいえ普段は長女や母、そして父譲りの硬さと厳格さで他人に甘える事は少ない。
風の噂で聞いた限り、魔法学院では魔法が使えない事で『ゼロのルイズ』というあんまりな二つ名までつけられているらしい。
そんな彼女に理由や性別はどうあれ、付き添ってくれる人達ができた事は家族の一人としてとても嬉しかった。
しかし…だからといって彼女を…愛するルイズを戦場へ連れて行って良い理由にはならない。
例え彼女自身が望んだこととは言え、できる事ならば王宮へ残るよう説得してもらいたかった。
結果的に無事で済んだから良かったとルイズは言うが、それはあくまで結果に過ぎない。
カトレア自身戦争には疎いが、あの時のタルブ村はハルケギニア大陸の中で最も危険な地域と化していた。
ラ・ロシェールとその周辺に展開していた軍人たちは大勢死に、タルブや街の人々にも犠牲が出ているとも風の噂で耳にする。
そんな場所へ自由意思だからと妹を連れて行った霊夢達を、カトレアは許していいものかと悩んでいる。
「いくら私が心配だからとはいえ、あの時のタルブ村がどれ程危険なのか…王宮にいた貴女は知ってる筈でしょう?」
「は、はい…けれどねえさまの事が心配で…」
「貴女は私と違って未来は未知数なのよ。そんな希望溢れる子が命を賭けに出すような場所へ行ってはダメでしてよ」
厳しい表情で言い訳を述べようとするルイズの言葉を遮り、カトレアは妹を優しく叱り付ける。
これが姉のエレオノールならもっと苛烈になっていたし、母なら静かに怒りながら突風で彼女を飛ばしていたかもしれない。
父も叱るであろうが…きっと今の自分と同じように優しく叱る事しかできないだろう、父はそういう人だ。
だからカトレアもそれに倣って優しく、けれども毅然とした態度でルイズを叱り付ける。
頭ごなしに否定し、威圧するのではなく抱擁しつつもしっかりとした理屈を語るかのように。
そう意識して叱ってくるカトレアのそんな意図を、ルイズも何となくだが理解はしていた。
けれども、あの時感じた姉への心配は本物であったし、いてもたってもいられなかったというのもまた事実。
しかし常識的に考えれば悪いのは自分であり、今のカトレアは悪戯好きな生徒を諭す教師と同じ立場。
どのような理由があったとしても、今の自分は戦場へ行ってしまったことを叱られる身でしかない。
594
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/01(土) 23:50:10 ID:PXO5dG.M
反論もせず、叱られる仔犬の様に縮こまってしまうルイズを見てカトレアはホッと安堵の一息をついた。
言いたい事はまだまだあったものの、一つ上の姉のように叱りに叱り付ける何て事は自分には到底真似できない。
それにルイズも見た感じ反省はしているようだし、これで危険な事にも手を出すことは少なくなるに違いない。
他人からして見ればやや甘いと見受けられる裁量であったが、カトレア自信はルイズが反省さえしてくれればそれで良かったのである。
「まぁでも、今回は無事に帰ってこれたようですし。私としてはこれ以上叱る理由は無いわ」
「…!ちぃねぇさま…」
ションボリしていたルイズの顔に、パッと喜色が浮かび上がり思わずカトレアの方へと視線を向けてしまう。
何歳になっても可愛い妹に一瞬だけ照れそうになった表情を引き締めつつ、姉は最後の一言を妹へと送る。
「ルイズ。もしも貴女の周りにいるあの二人が危険な事をしそうになったら、その時は貴女が止めなさい。いいわね?」
「…え!?あ、あの二人って…レイムとマリサの二人を…ですか?」
その一言を耳にして、大人しく話を聞いていたルイズはここで初めて大声を上げてしまう。
突然の事に多少驚いてしまったものの、カトレアは「えぇ」と頷きつつそのまま話を続けていく。
「あの二人だって年は貴女とそれほど差は無いのでしょう?いくら戦えるとっても、そんな年端の行かない子供が戦うだなんて…」
「いや…でも、あの二人は何と言うか…住む世界が違うから…その…そこら辺のメイジよりスゴイ強くて…」
何故か余計な心配をされている霊夢達についてはそんなモノ必要ないズは言おうとしたが、それを遮るかのように姉は言葉を続ける。
「強い弱いは関係無いのよ、ルイズ。どんな事であれ、荒事に首を突っ込むのは危険な事なの。
どんなに強い戦士やメイジでも戦いの場に出れば、たった一つの…それも本当に些細な事で命の危機に晒されてしまうのよ。
…だからね、もしもあの二人が何か危険な事をしようとしたら…貴女は絶対に彼女たちを止めなければいけないの」
「ち、ちぃねえさま…」
カトレアのしっかりとした…けれどもあの二人には間違いなく火竜の耳に説教な言葉にルイズは何も言えなくなってしまう。
姉の言っていること自体は真っ当である。真っ当であるのだが…如何せんあの二人に関しては本当に止めようがない。
一度これをやると決めたからには、坂道発進するトロッコの如く一直線に走るがのように考えを事を実行へと移す。
そして最悪なのは、アイツラが魔法学院で威張り散らしてるような上級性すら存在が霞むような圧倒的な『我』の強さを持っている事だ。
仮にあの二人にカトレアの話したことをそのまま教えても…、
――――ふ〜ん?で、それが何よ?私が自分で決めた事なんだから他人に指図される覚えはないわ
――――――成程、じゃあ私はその言葉を厳守させてもらうぜ。お前の姉さんが傍にいたらな
…なんて言葉で終わってしまうのは、火を見るよりもずっと明らかだ。
姉にはすまない事なのだと思うが、それが博麗霊夢と霧雨魔理沙という人間なのである。
(すみませんちぃねえさま…流石にあの二人に諭しても無駄なんです)
ニコニコと微笑むカトレアにつられて苦笑いを浮かべるルイズは心中で姉に謝る。
いずれはカトレアもあの二人の本性を知る機会があるかもしれないが、流石に無駄な事だと直接喋ることは無い。
だからルイズは口に出さず心の中で謝ったのだが、それとは別にもう一つ…姉との約束を守れそうにない事への謝罪もあった。
595
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/01(土) 23:52:04 ID:PXO5dG.M
恐らくこれから先…もしかしてかもしれないが、タルブ以上の『危険』に自分たちは突っ込んでいく可能性が高い。
タルブで出会ったキメラ達に、それを操るシェフィールドという虚無の使い魔のルーンを持つ女の存在。
誰が主人…つまり虚無の担い手なのかまでは分からないが、もう二度と会えないという事は無いだろう。
いつか何処か…そう遠くない内に互いに顔を合わせてしまい…そのまま穏便に済む事が無いのは確実である。
そして一番の問題は、その出会いが人が大勢いる所で起きてしまった場合…、
村と街を丸ごとキメラで占領し、多くのトリステイン軍人を血祭に上げて尚涼しい顔で笑っていた女だ。
何をしでかすか分からない。恐らく真っ先に動くのは霊夢と自分…そして魔理沙であろう。
だからきっと、姉との約束は果たされないだろうという申し訳なさで胸がいっぱいになってしまう。
それが表情に出ないよう耐えつつも、自分が今の状況から逃げられない程の使命を背負っている事を改めて痛感する。
博麗の巫女を召喚した結果、幻想郷の結界に重大な生じ、その原因がここハルケギニアにあるという事、
そして霊夢を召喚できる程の凄まじい系統…『虚無』の担い手という、一人の少女には重すぎる運命。
二つの重く苦しい使命の事に関しては、絶対にカトレアには話す事は無いのだとルイズは決意する。
幻想郷での異変の事に関しては大分ソフトに話していた為、本当の事までは話していなかった。
(ねぇさまはねぇさまで大変な毎日を過ごしている…だからこの二つの事は、隠しておこう…何があっても)
改めて決意したルイズが一人頷いた、その時…中庭の方からニナの喜色に溢れた声が聞こえてくるのに気が付く。
ルイズとカトレアが思わず顔を上げた直後、間髪入れずにニナがリビングへと走りながら入ってきたのであった。
「キャハハッ!ねぇ見ておねーちゃん、四葉のクローバー見つけたよ!」
黄色い叫び声を上げながらカトレアの傍へと寄ってきた彼女は、土だらけの右手をスッとカトレアの前へと突き出してくる。
突然の事にカトレアとルイズは軽く驚いていたが、その手の中には確かに四葉のクローバーが一本握られていた。
「あら、綺麗なクローバーねぇ」
「ふふ〜!でしょ?」
確かにカトレアの言うとおり、ニナの持ってきたクローバーは見事な四葉であった。
ニナが嬉しがるのも無理はないだろう、仮に自分が見つけたとしても少しだけ嬉しくなる。
ルイズはそんな事を思いながら彼女の手にあるクローバーをもっと良く見ようとした…その時であった。
ふとキッチンの方から様々な動物たちの鳴き声と共に、雑務をしていた侍女たちの叫び声が聞こえてくる。
「きゃー!お嬢様の動物たちがー!」
「あぁっ!コラ、待ちなさい!それは今日のお昼ご飯の材料…」
ドタン、バタンと騒がしい音動物たちの鳴き声が合わさりが別荘の中はたちまち大騒ぎとなる。
ここからでは直接見えないものの、侍女たちのセリフからして何が起こっているのかは容易に想像できた。
突然の騒ぎにルイズは目を丸くし、ついでクローバーを持ってきたニナが顔を真っ青にさせているのに気が付く。
そう、彼女はついさっきまで動物たちのいる中庭で遊んでおり、その中庭からクローバーを持ってきた。
余程見つけた時に感激したのだろう。是非ともカトレアに診せたいという気持ちが勝って慌てて別荘の中へと入った。
中庭と屋内を隔てる窓を開けっ放しにした事を今の今まで忘れていた…というのはその表情から察する事ができる。
クローバー片手に今は顔を青くしたニナの背後には、未だニコニコと微笑むカトレアの姿。
ルイズは何故かその表情に恐怖を感じてしまう。何といえばいいのであろうか…そう、笑っているが笑っていないのだ。
まるで笑顔のお麺の様にそれは変に固まっており、何より細めた目をニナへと全力で注いでいる。
幾ら年端のいかぬニナといえども、カトレアが心からか笑っていないという事は看破しているようだ。
とうとう冷や汗すら流しつつも、「お、おねーちゃん…?」と恐る恐るではあるが勇敢にも話しかけたのである。
返事は意外な程早かった、というよりも…ニナが口を開くのを待っていたかのように彼女は口を開く。
「あらあら、ちょっと大変な事になっちゃったわねぇ。まさか動物たちが入ってきてしまうなんて……
今の時間は侍女さんたちがキッチンで料理の下準備をするから閉めていたというのに、おかしいわねぇ?」
596
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/01(土) 23:54:04 ID:PXO5dG.M
わざとらしく小首を傾げながらそう言うカトレアに、ニナは「うん、うん!そ…そうだよ!」と必死に頷いている。
薄らと瞼を開けたカトレアの目は明らかに笑っておらず、ただジッと首歩を縦に振るニナを見つめているだけだ。
それを横から見ていたルイズは口出しする事など出来るワケもなく、ただジッと見守るほかない。
もはやニナに逃げる術などなく、どうしようもない袋小路に追い込まれた所で、カトレアは更に言葉を続ける。
「まぁ鍵は掛けていなかったし、中庭で遊んでいた貴女が゙うっかり開けっ放じにしたままだったら、あるいは…」
「え…へ?え、えぇ!?わ、私が…に、ニナちゃんと閉めたよぉ〜?何でそんな事を―――」
いきなり確信を突かれたことに対して、咄嗟に誤魔化そうとしたニナであったが、
何も言わず、彼女の眼前まで顔を近づけたカトレアによって有無を言わさず沈黙してしまった。
この時ルイズは見ていた、カトレアの顔は常に笑っていたのを。
いつも見せる笑顔とは明らかに違う感情の籠っていない笑みに、流石のニナも狼狽えているようだ。
そんな彼女を畳み掛けるように、ニナの眼前に顔を近づけたままカトレアは質問した。
「ニナ」
「は…はい?」
「貴女よね?クローバー私に見せたいと思って、ドアを閉めずに屋内へ入ったのは?」
「……………はい」
――――普段から怒らない人間が怒る時こそ、最も恐ろしい。
以前読んだ事のある本にそんな言葉が書かれていた事を思い出しつつ、ルイズもまた恐怖していた。
あんな感情の無い笑みを浮かべられて近づかれたら、そりゃコワイに決まっている。
始めてみるであろうかなり本気で怒っている(?)カトレアの姿を見ながら、ルイズは思った。
霊夢は思っていた。この世界の運命を司っているであろうヤツは、超が付くほどの性悪だと。
前から薄々と思っていたのだが、何故かこのタイミングで出会う事となったハクレイの姿を見てその思いをより強くしていく、
確かに彼女の事も探してはいたのだが、今は彼女よりも他に探すべきものが沢山あるという時に限って姿を現したのだ。
まるで朝飯に頼んだ目玉焼きが何時までたっても来ず、夕食の時に今更その目玉焼きが食卓に並んだ時の様な複雑な心境。
目玉焼きは欲しかったが、わざわざ夜中に食べたい料理ではないというのに…と言いたげなもどかしさ。
それは今、自分の目の前に姿を現したハクレイにも同じことが言えるだろう。
探している時には全く姿を現さなかった癖に、何故か探してもいない時には自ら姿を現してくる。
「全く、どうしてこういう時に限ってホイホイ出てくるのかしらねぇ…?」
「それを他人に面と向かって言うのって、結構勇気がいるんじゃないの?」
そんな複雑の心境の中で、更にジンジンと痛む頭に悩まされながらも霊夢はハクレイに向かって喋りかけた。
対するハクレイも、汗水垂れる額を袖で拭いつつ、売り言葉に買い言葉な返事を送る。
597
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/01(土) 23:56:30 ID:PXO5dG.M
炎天下が続く王都の一角で、双方共に予期せぬ出会いを果たした事をあまり快く思ってないらしい。
霊夢はハクレイを見上げ、ハクレイは霊夢を見下ろす形で互いに睨み合っている。
しかし…下手すれば、街のど真ん中で戦闘が起こるのか?と言われれば、唯一の傍観者であるデルフはノーと答えただろう。
一見睨み合っている二人ではあるが、互いに敵意を抱くどころか身構えてすらいない。
霊夢もハクレイも、予期せぬ邂逅を果たしたが故に単なる睨み合いをしているだけに過ぎないのである。
そしてその最中、霊夢は改めて相手の服装をじっくりかつ入念に眺め、調べていた。
――――こうして改めて見てみると何というか、…飾り気が無さすぎで渋すぎるわね…
自分のそれとよく似たデザインの巫女服を見つめながら、霊夢はそんな感想を抱いてしまう。
今自分が着ている巫女服を簡易的にデザインし直した感じ、良く言えばスッキリしているが、悪く言えば作り易い安直なデザインである。
余計な装飾はついておらず、戦闘の際に破損しても直しやすいだろうし追加の服も安価で発注できるだろう。
ただ、霊夢本人の感想としては「悪くは無いが、酷く単純」という余り良いとは言えない評価を勝手に下していた。
何せアンダーウェアの上から直接スカートと服を着ているだけなのである、シンプルisベストにも程がある。
(いや、妖怪退治をするっていうならそういうデザインで良いんでしょうけど…私は着たくないわね。特にアンダーウェアとかは)
下手すれば水着にも見て取れる彼女の黒いアンダーウェアをチラチラ見ながら、そんな事を考えていた。
―――――何というか、地味に華やかね…
一方で、ハクレイもまた霊夢の服装を見てそんな感想を心の中で抱いていた。
自分とは対称的な雰囲気を放つ彼女の巫女服は、年頃の女の子が程よく好きそうな飾り気を放っている。
スカートや服の小さなフリルや黄色いタイに頭のリボンが目立つその服と比べてみれば、いかに自分の服が地味なのか思い知らされてしまう。
とはいっても別に羨ましいと感じることは無く、むしろ『良くそんな服で戦えたわねぇ…』と霊夢本人が聞いたら憤慨しそうな事を思っていた。
ただしそれは侮蔑ではなく感心であり、殴る蹴るしかできなかった自分とは全く別のスマートな戦い方をしていた事は理解している。
飛んだり飛び道具を投げたりするような戦い方であれば、あぁいう服でも戦闘に支障をきたさないのは容易に想像できる。
でも自分も着たいかと言われれば、正直あまり好みではないと言いたくなるデザインだ。
(私にフリルなんて合いそうにないのよねぇ?まぁコイツみたいに小さい子なら似合うんだろうけど…結構、涼しそうだわ)
夏場にはイヤにキツいアンダーウェアに窮屈さを覚えつつ、ハクレイは霊夢の服を見てそんな事を考えている。
もしも、ここに心を読む程度の能力の持ち主がいれば、きっと二人の心の中を読んで苦笑いを浮かべていたであろう。
こんな炎天下の中で極々自然に出くわし、そのまま互いを睨み付けつつ勝手に服の品評会を始める始末。
二人してこの暑さで頭がやられたのかと疑いたくなるようなにらみ合いは、しかし他人が見ればそうは思わないだろう。
『…あ〜お二人さん、睨み合うのは良いが…せめてもうちっと涼しい場所で睨み合おうや』
その他人…というか霊夢が背負うデルフも、流石に心の内側まで読めないらしい。
馬鹿みたいに暑い通りのど真ん中でにらみ合い続ける二人に、大丈夫かと言う感じで声を掛ける。
「…ん?あぁ、そういえば…ったく!せっかく涼んだっていうのに台無しになっちゃったじゃないの…!?」
「…?なんで私の所為になるのかしら」
『そりゃそうだな。こんなに暑けりゃどんなに涼んでも外にいるなら変わらんよ』
この呼びかけが功をなしたのか、それまで黙ってハクレイをにらみ続けていた霊夢がハっと我に返る。
そしてついさっき井戸の水で涼んできた体が再び汗まみれになっているのに気が付いて、ついついハクレイに毒づいてしまう。
傍から見れば勝手に汗だくになった霊夢が同じ汗だく状態のハクレイに理不尽な怒りを巻き散らしているだけに過ぎない。
現にハクレイは一方的に怒られる理不尽に違和感を感じる他なく、流石のデルフもここは彼女の肩を持つほかなかった。
598
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/01(土) 23:58:17 ID:PXO5dG.M
――――結局のところ、真夏の太陽照り付ける通りで突っ立っていたのが悪い…という他ないだろう。
不意の対面とはいえ、せめて太陽の光が直接入らない通りで出会っていたのならばまた結果は違っていたであろう。
霊夢としても後々考えれば場所を変えればいいと思ったが、汗だくになってしまった後で考えても後の祭りというヤツだ。
せめて次はこうならないようにと気を付けつつ、またさっきの場所へ戻って汗を引かせるしかないであろう。
対して彼女よりも前に汗だくになっていたハクレイは、元々涼める場所を探していた最中であった。
…と、なれば。二人の足が行き着く場所は自然とさっきの井戸広場なのである。
『―――――…で、結局さっきの井戸広場へとUターンってワケかい』
霊夢に担がれて、何も言わずにあの井戸がある小さな広場へともどってきたデルフは一言だけ呟く。
その呟きには明らかに呆れの色がにじみ出ていたが、当の霊夢はそれを聞き流してまたもや地下の冷水でホッと一息ついていた。
「はぁ〜…。やっぱり水が冷たいモンだから、癖になりそうだわ〜」
「確かにそうよね、こんな街のど真ん中でこんな良い水が飲めるなんてね…ンッ」
そんな事をつぶやき続ける霊夢から少し離れたベンチに座っているハクレイも、同意するかのように頷いて見せる。
ついでその両手に持っていた井戸用の桶を口元へ持って行き、中に入った水を飲んで暑くなっていた体の中を冷やしていく。
地上とは温度差が大きすぎる地下水道の水はとても冷たく、ひんやりとしている。
それを口に入れて飲んでいくと、たちまちの内に火照っていた喉がその温度をさげていく。
「――…プハァッ!…ふぅ、確かに生き返るわね」
「でしょ?まさに砂漠の中のオアシスって感じよねぇ〜」
ま、砂漠なんて見たことないんだけどね。すっかり上機嫌な霊夢も井戸桶で水をぐびぐびと飲んでいく。
そこら辺の酒場の大ジョッキよりも一回り大きい桶の中に入った水は、少女の小さな体の中へとどんどん入っていく。。
ハクレイはともかくとして、あの霊夢でさえ苦も無く桶いっぱいに入った水を飲み干そうとしている。
『一体あの小さな体のどこに、あれだけの量の水が入るっていうんだよ…』
彼女のそばに立てかけられたデルフはいくら暑いからと言って飲みすぎな霊夢の姿に、戦慄が走ってしまう。
そんな事を他所に、中の水を飲み干した霊夢はホッと一息ついてから桶を足元へと置いた。
暑さから来る怒りでどうにかなりそうだった霊夢は、冷静さを取り戻した状態でハクレイへと話しかける。
「そういえば…なんであんな所にアンタまでいたのよ?」
「…?別に私があそこにいても良いような気がするけど…ま、教えても別に困ることはないか」
炎天下で出会ったときとは違い大人し気な霊夢からの質問に対し、ハクレイは素直に答えることにした。
そこへすかさずデルフも『おっ、ちょっとは面白い話が聞けるかな?』という言葉を無視しつつ、あそこにいた理由を喋って行く。
少し前に、一人の女の子にカトレアから貰ったお金を盗まれてそのまま返してもらって無いという事、
カトレアは別に大丈夫と言っていたがこのままでは申し訳が立たず、何としても見つけて返してもらう為に街中を探し回っている事、
かれこれ今日に至るまで探しているが一向に見つからず、挙句の果てに朝からの炎天下で参っていた所だったらしい。
599
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/02(日) 00:00:19 ID:gTe/oGKc
「…で、そんな時に私と鉢合わせてしまっちゃった、ということなのね?」
壁に背中を預けて聞いていた霊夢が最後に一言述べると、ハクレイはそうよとだけ返した。
最後まで話を聞いていた霊夢であったが、正直言いたいことがたくさんありすぎて頭をついつい頭を抱えてしまう。
そういえば財布を盗まれたあの晩に空中衝突してしまったが、偶然……と呼ぶにはあまりにも奇遇すぎる。
(まさか向こうも金を盗まれていたなんて、何もそこまで同じじゃなくたって良いんじゃないの?)
この世界の運命を司る神を小一時間ほど問い詰めたい衝動にかられつつも、霊夢はこれが運命の悪戯なのかと実感する。
このハルケギニアという異世界で、財布を盗まれた巫女姿の女同士がこうして顔を合わせる事など天文学的確率…というものなのであろう。
流石に盗んだ相手の性別は違うものの、そんな違いなど些細な事に違いはない。
デルフもデルフでこの偶然には驚いているのか、何も言わずにただジッとしている。
頭を抱えて悩む霊夢の姿に、「どうしたの?大丈夫?」という天然気味な心配を掛けてくれるハクレイ。
そんな彼女を他所に一人顔を挙げた霊夢は大きなため息を一つついてから、心配してくれる彼女のほうへと顔を向けた
「…まぁ、アンタの苦労もなんとなく理解できたわ。ま、お互いここでお別れだけど…精々捕まえられるよう祈っておくわ」
「一応、礼を言うべきなのかしらね?…あっ、でもちょっと…待ちなさい」
巫女のくせにそんな事を言ってその場を後にしようとした所、軽く手を上げて見送ろうとしたハクレイが霊夢を止めた。
ちょうどデルフを背中に戻したところであった彼女は、何か言いたい事があるのかとハクレイのいる方へと顔を向ける。
「ん?何よ、何か言いたいことでもあるワケ?」
「怪訝な表情浮かべてるところ悪いけど、まぁあるわね。…なんでアンタは人にだけ喋らせといて自分はとっと逃げようとしてるのかしら?」
「……あっ、そうか。……っていうか、喋る必要はあるのかしら?」
「いや、普通に不公平だっての」
『まー、普通に考えればそうだよなぁ〜』
ハクレイの言葉に霊夢は目を丸くしてそんなことを言い、ハクレイがそれに容赦ない突っ込みを入れる。
そんな二人のやりとりを見て、デルフは暢気に呟くしかなかった。
「……とまあ、そんなこんなで私は色々と忙しい身なのよ」
その言葉で霊夢が説明を終えたとき、井戸のある広場には決しては多くはないが何人もの人々が足を運んでいた。
専業主婦であろうか女性がその大半をしめていたが、その中に紛れ込むようにして男性の姿も見える。
ほとんどの者は水を汲みに来たのだろう、井戸のそれよりも一回り小さい桶を持ってきている者が何人かいた。
彼らは井戸の隣で話し込む霊夢たちを横目に井戸から水を汲んで、自分の家の桶に入れていく。
桶の大きさからして近所に住む人々なのだろう、何人かが見慣れない少女たちの姿を不思議そうに見つめている。
中には日の当たらぬところで子供たちが地面や壁に落書きをしたり、談笑に花を咲かせている主婦たちの姿も見えた。
それはこの一角に住む人たちにとって何の変哲もないあり触れた日常の光景で、こんな夏真っ盛りにもかかわらずそれは変わらない。
ただし、今日は霊夢たちが先にいた為か何人かの市民がチラリチラリと見やりながら談笑していた。
600
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/02(日) 00:03:06 ID:gTe/oGKc
周囲から注がれる視線に霊夢が顔をしかめようとした時、それまで黙って聞いていたハクレイが口を開いた。
「なるほどね。アンタもアンタでいろいろ忙しそうね」
「……え?まぁね、一つ問題を解決しようとする所で放っておけない事が起きるんだから堪らないわよ」
ややワンテンポ遅れているかのようなハクレイの言葉に霊夢はため息をつきながら返す。
実際、お金を盗まれた件よりも地下に潜伏しているであろう謎の相手をどうするかが最優先事項となってしまっている。
下手すれば、劇場で死んだあの下級貴族と同じような殺され方で命を落とす人々が出てくるかもしれない。
その為にも唯一の手掛かりがあるであろう地下に潜ってできる限り情報を探り、最悪見つけ出して倒さなければいけない。
だが運命というヤツは今日の彼女にはより一層厳しいのか、一向に地下へ潜れるチャンスというものに恵まれないのである。
「なんでか知らないけど警備は厳しくなってるわ、外は暑いわで……正直イヤになりそうだわ」
『今お前さんの今日一日の運勢を占い師に見せたら、きっと最悪って言われるぜ』
前途多難にも程がある現状に頭を抱えたくなった霊夢に追い打ちをかけるかのように、デルフが刀身を震わせながら言う。
それが癪に障ったのか彼女は「ちょっと黙ってて」と言いつつデルフを無理やり鞘に納めると、それを背中に担いですっと腰を上げた。
「…と、いうことで私は地下に潜れる所を探さないといけないからここらでお別れにしましょうか」
――いい加減、ジリジリと微かに痛むその頭痛ともおさらばしたいしね。
その一言は心の中で呟きつつその場を後にしようとした霊夢は、ハクレイの「ちょっと待ちなさい」という言葉に煩わしそうに振り返る。
「まさかと思うけど、その変にお喋りな剣だけと一緒に探すつもり?」
「……それ以外誰がいるっていうのよ。まぁ手伝ってはくれそうにないけど、丁度いい話し相手にはなるんじゃない?」
『ひでぇ。剣だから喋る事と武器になる事以外役に立たないのは事実だが……それでもひでぇ』
霊夢とハクレイの双方からボロクソに言われたデルフは、悔しさの為か鞘に収まった刀身をカタカタと震わせている。
そんな彼に対して霊夢は「動くなっての!」と怒鳴ったが、ハクレイは逆に興味がわいたのかデルフの傍へと近寄っていく。
「……それにしても、意思を持っている剣とはねぇ。アンタ、寿命とかあるのかしら」
『?……いんや、オレっちのようなインテリジェンスソードは寿命とかは無いね。だから一度生まれれば後は戦い続けるんだよ』
――『退屈』という悪魔との戦いをな。いきなり質問してきた彼女に軽く驚きつつも、やや気取った感じでそう答える。
それに対してハクレイは「へぇ〜?」と興味深げな表情を浮かべて、何の気なしにデルフへと手を伸ばしていく。
一方で霊夢は「ちょっとぉ〜人の背中で何してるのよ?」と明らかに迷惑そうな表情を浮かべている。
しかし、そんな霊夢の言葉が聞こえていないかのようにハクレイはスッと撫でるようにして、優しくデルフの鞘へと触れた。
――その直後であった。彼女とデルフの間に、霊夢でさえ予想しきれなかった事態が起こったのは。
ハクレイの人差し指が最初にデルフの鞘に触れ、そのまま中指、薬指も鞘へと触れた直後、
――――バチンッ!…という音と共に、デルフの鞘と彼女の指の間で青い電気が走ったのである。
「――――……ッッ!?」
『ウォオッ!?』
突然の事に驚愕の声を上げつつもハクレイは咄嗟に後ろへと下がり、デルフは驚きのあまり鞘から飛び出してしまう。
まるで黒ひげ危機一髪ゲームの黒ひげのように飛び出た剣は、幸いにも地面へと突き刺さった。
対してハクレイは余程ビックリしたのか、数歩後ずさった所でそのまま尻餅をついてしまっている。
周りにいた人々は突然の音と稲妻を見て何だ何だとざわつきながら、霊夢たちの方へと一斉に視線を向けていく。
601
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/02(日) 00:05:12 ID:gTe/oGKc
そして唯一二人と一本の中で無事であった霊夢は、状況の把握に一瞬の遅れが生じていた。
無理もない、なんせ急に刺激的な音が聞こえたかと思えば、鞘から飛び出したデルフがすぐ近くの地面に刺さっていたのだから。
「――――……っえ?…………何?何なの?」
目を丸くし、キョトンとした表情を浮かべた彼女は一人呟いてから、ハッとした表情を浮かべてデルフへと走り寄る。
ようやく状況を把握できたらしい彼女はすぐにデルフを地面に引き抜くと、何も言わない彼へと何が起こったのか聞こうとした。
「ちょっとデルフ、今の何よ……っていうか、何が起こったの?」
『……』
「デルフ?……ちょっとアンタ、こんな時に黙ってたら意味ないでしょうがッ!」
霊夢の問いかけに対して、デルフは答えない。あのデルフリンガー、がだ。
いつもなら何かあれば鞘から刀身を出して喋りまくるあのデルフが、ウンともスンとも言わなくなったのである。
まるでただの剣になってしまったかのように、彼女の呼びかけに応じないのだ。
ついさっき、何かが起こったというのにそれを知っているデルフは黙っている。
自分が知りたい事を知らせない、それが癪に障ったのか霊夢は苛立ちつつもデルフに向かって叫んでしまう。
「アンタねぇ……いっつも余計な所で喋ってるくせに、こういう肝心な時に黙ってるてのはどういう了見よ!?」
デルフの事を知らない人間が見れば、暑さで頭をやられた異国情緒漂う少女が剣に向かって叫んでいる光景はハッキリ言って異常だ。
現に周りにいた人々はその視線を霊夢へと向き直しており、何人かが自分の頭を指さしながら友人や家族と見合っている。
中には「衛士に通報した方がいいんじゃない?」とか言っていたりと、状況的にはかなり不味いことになり始めていく。
それを察したのか、はたまた本当に今の今まで気を失っていたのか……金属質なダミ声がその剣から発せられた。
『――…あー、何か…何が起きた?』
耳障りな男のダミ声が剣から聞こえてきたのに気が付いた人々は驚き、おぉっと声を上げてしまう。
何人かが「インテリジェンスソードだったのか…!」と珍しい物を見つけたかのような反応を見せている。
そしてそのデルフを持っていた霊夢はハッとした表情を浮かべると、怒った表情のままデルフへと話しかけた。
「……ッ!デルフ、この野郎!やっと目を覚ましたわね!?」
『あ〜……いや、別に気絶してたワケじゃないんだが……まーとりあえず、落ち着こうな……――な?』
いつもとは違い、口代わりの金具をゆっくりと動かしながらしゃべるデルフに霊夢はホッと安堵する。
だがそれも一瞬で、デルフの言葉でようやく周囲の視線に気が付いた彼女は、軽く咳払いした後に急いで彼を鞘に戻す。
鞘に戻した後で、改めて咳ばらいをした彼女は今度は落ち着き払った様子で早速刀身を出した彼へと質問をぶつけてみる。
602
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/02(日) 00:07:17 ID:gTe/oGKc
「一体全体、急にどうしたのよ?なんかバチンって凄い音がアンタから出て、気づいたら鞘から飛び出てたし…」
「……んぅ、オレっちにも何が起こったのかさっぱりで……それより、ハクレイのヤツは大丈夫なのか?」
質問に答えてくれたデルフの言葉に霊夢も「そういえば……」と思い出しつつ背後を振り返ってみる。
するとそこには、少なくない人に周りを囲まれているあの女性が立ち上がろうとしている所であった。。
どうやら彼女はあの音の正体を間近で見ていたのか、今だショックが抜けきってないような表情を浮かべている。
周りの人たちはそんな彼女を気遣ってか「大丈夫かい?」などと優しい心配をかけてくれていた。
対するハクレイはそれに一言のお礼を返すことなく立ち上がったところでふと感づいたのか、霊夢はスッと傍へ走り寄る。
この時デルフは彼女にも大丈夫?どうしたの?って言葉を掛けるのかと思っていたのだが…。
そんな彼の予想を真っ向から打ち破るような言葉を、霊夢は真っ先に口にしたのである。
「ちょっとアンタ、コイツに何か細工でもしようとしてたんじゃないの?」
「え?………細工、ですって?」
てっきり大丈夫か?何て一言を期待していたワケではなかったが、今のハクレイの耳にはやや棘のある言葉であった。
まぁでも、確かに持っていた本人がそう思うのも無理はないだろうと理解しつつ、どんな言葉で返せばいいのか悩んでしまう。
こういう時は咄嗟に反論するべきなのだろうが、はてさてそれでこの場が丸く収まるかどうか……。
明らかに自分に非があると疑っている霊夢を前にして、ひとまずハクレイが口を開こうとするより先に、デルフが霊夢を窘めようとする。
『まぁまぁレイム、落ち着けって。別段オレっちは何処も弄られてなんかいやしないぜ?』
「デルフ?でもアンタ、それじゃあ何で勝手に鞘から飛び出したりしたのよ」
『え?あ〜……いや、その……それはオレっちにも説明しにくいというか……何が起こったのかサッパリなんだよ』
ハクレイを庇おうとするデルフは、霊夢からのカウンターと言わんばかりの質問にどう答えていいか悩んでしまう。
彼自身、今起こった事を何と答えて良いのか分からいのか珍しく言葉を濁してしまっている。
霊夢も霊夢で、そんなデルフを見てやはり「何かがある」と察したのか、ハクレイへと詰め寄っていく。
「やっばり……アンタが何かしでかしたんじゃないのかしら?ん?」
「わ、私は別に何も……っていうか、アンタの言い方って明らかに私がやってる前提で言ってるでしょ?」
「何よ、なんか文句でもあるワケ?」
「大ありよ!」
ジト目で睨みつけながら訊いてくる霊夢に顔を顰めつつも、ハクレイはひとまず自分は何もしていないということをアピールする。
それに対してすっかりハクレイが怪しいと思っている霊夢は、強硬な態度を見せる相手に対してムッとしてしまう。
ハクレイもハクレイで負けておらず、尚も自分がデルフに何かをしたのだと疑っている霊夢を睨み返している。
たったの一瞬、奇妙な出来事が起こっただけで緊迫状態に包まれた広場に緊張感が伝染していく。
正に一触即発とはこの事か。彼女たちの周りにいる人々がいつ爆発してもおかしくない睨み合いから距離を取ろうとしたその時……。
その勝気な瞳でハクレイを見上げ睨んでいた霊夢の背中から、デルフの怒号が響き渡ったのである。
『だぁーッ!待て、待て二人とも!こんな長閑な所で決闘開始五秒前の空気なんか漂わせんじゃねぇ!』
まるで夕立の落雷のように、耳に残るダミ声の怒号に霊夢やハクレイはおろか他の人々も皆一斉に驚いてしまう。
特に彼を背負っている霊夢には結構効いているのか、目を丸く見開いて驚いている。
ハクレイも先ほどまで霊夢を睨んでいた時の気配はどこへやら、目を丸くしてデルフを見つめている。
さっきまで険悪な雰囲気に包まれていた二人の警戒心が上手く吹き飛んだのを見て、デルフは内心ホッと安堵した。
603
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/02(日) 00:09:38 ID:gTe/oGKc
(――ダメ元で叫んでみたが……どうやら、上手くいったようだな)
周囲の視線が自分に集まってしまったのは仕方がないとして、デルフは霊夢へと話しかけていく。
「まぁ落ち着けよレイム。意味が分からないのは分かるが、それはオレっちやハクレイだって同じことさ」
「んぅ〜ん。何かイマイチ納得できないけど、まぁアンタがそこまで言うんなら、そうなのかもね」
まだハクレイが何かしたのだと疑っている様な表情であったが、何とか説得には成功したらしい。
先ほどまでの険悪な雰囲気を引っ込めた霊夢に、デルフは一息ついて安堵する。
ハクレイもまた喧嘩寸前の所を止めてくれたデルフに内心礼を述べていた。
その後、二人と一本は騒然とする広場を後にして表通りへと続く場所へと姿を移していた。
理由はただ一つ、互いに探しているモノを探しに行く前に、別れの挨拶を済ませる為である。
先ほどいた広場でしても良かったのだが、色々とひと騒動を起こしてしまったせいで人の目を集めすぎた。
だから変に居心地の悪くなったそこから場所を変えて、丁度表通りとつながる横道で別れる事となったのである。
「――じゃ、アンタとはここでお別れね」
デルフを背負った霊夢は背中を壁に預けた姿勢のまま、前にいるハクレイに別れを告げる。
大勢の人が行き交う表通りを見つめているハクレイもその言葉に後ろを振り向き、小さく右手を上げながら言葉を返す。
「そのようね。ま、何処かで再会しそうな気はするけど」
「……何か冗談抜きでそうなりそうだから言わないでくれる?」
「そこまで本気っぽく言われるとちょっと傷つくわねぇ」
おそらく、そう遠くないうちにそうなりそうな気がした霊夢は嫌そうな苦笑いを浮かべて肩を竦めてみせる。
彼女がルイズの姉の傍にいる内は、最悪明日にでもまた顔を合わせる事になるだろう。
『まぁまぁ良いじゃねぇか。少なくとも敵じゃねぇんだから、仲良くしとくに越したことはないぜ』
本気かどうか分からない霊夢に対し、苦笑いを浮かべるしかないハクレイを見てデルフがスッと口を開いた。
彼自身、言った後で少しお節介が過ぎたかと思ったが、同じくそれを理解していたであろう霊夢が「それは分かってるわよ」と返す。
「まぁ何やかんやで助けてくれた事もあるから一応は信用してるけど、記憶喪失や名前の事も含めてまだまだ不安材料も多いしね」
「そこを突かれるとちょっと痛くなるわねぇ。相変わらず記憶は戻らないし、しかもアンタも゛ハクレイ゛だなんてねぇ」
彼女の言う不安材料がそう一日や二日で解決できるものではない事を理解しつつ、ハクレイもまた肩を竦めて言う。
唯一今回の接触で分かった事と言えば彼女――霊夢の上の名前が自分と同じ゛ハクレイ゛であったという事だけである。
しかしそれで何かが解決するという事も無く、じゃあ自分はその少女と同じ゛ハクレイ゛の巫女なのか……という確証までは得られなかった。
604
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/02(日) 00:11:03 ID:gTe/oGKc
霊夢自身も自分より前の代の巫女のことなど知らないので、彼女が博麗の巫女なのかという謎を抱えることになってしまっている。
とはいえ、髪の色はともかく服装からして、間違いなくこことは違う世界から来た人間だという事は容易に想像できる。
(少なくともこの世界の人間じゃないだろうけど……やっぱり藍の言ってた先代の巫女……って彼女なのかしら?)
以前街中で紫の式が話してくれた先代博麗の巫女の事を思い出した霊夢は、しかしそれを否定する。
(ま、どうでもいいわよね?仮にそうだとしてもそれが何だって話だし、それに本人が記憶喪失だからすぐに分かる事じゃないから……)
――まーた厄介事が一つ増えちゃっただけなんだしね。心の内で一人ため息をつきながらも、霊夢はハクレイの方を見据えながら喋る。
「まぁアンタの事は追々調べるとして、アンタもアンタでせめて自分が博麗の巫女なのかどうか調べておきなさいよ」
「あんまりそういうのに期待して欲しくないけど……まぁ私も調べられる範囲で調べて……――――ん?」
変にプレッシャーを掛けてくる霊夢からの無茶ぶりに苦笑いを浮かべていたハクレイは、ふと背後からの違和感に怪訝な表情を浮かべる。
一体何なのかと後ろを振り向いてみると、そこには自分のスカートを指で引っ張っている少女の姿があった。
最初はどこの子なのかと思ったハクレイであったが、その容姿と顔が目に入った瞬間に゛あの時の事゛を思い出す。
今こうして霊夢と出会い、炎天下の中このだだっ広い王都を歩く羽目となり、ニナに水浸しの雑巾を顔に当てられた元凶となった、少女の姿を。
「貴女――……ッ!」
「え?何?どうしたのよ……って、あぁ!」
全てを思い出し、目を見開いたハクレイの姿に霊夢もまた少女の姿を見て声を上げる。
彼女もまた少女の姿に見覚えがあったのだ。あの時、自分に屈辱を与えた少年を兄と呼んでいた、その少女の事を。
霊夢が声を上げると同時に少女も声を張り上げて言った。今すぐ逃げ出したい衝動を抑えつつも、彼女は二人の゛ハクレイ゛に助けの声を上げたのだ。
「あの、あの……ッ!お金、盗んだお金を返すから……私の――――私のお兄ちゃんを助けてくださいッ!」
605
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/02(日) 00:20:08 ID:gTe/oGKc
以上で、第九十六話の投稿を終わります。
とうとう暑すぎた平成最後の夏が終わってしまいましたね……。
豪雨に台風と色々大変な目に遭いましたが、振り返ればそれ程悪くない夏でした。
それでは今回はこれまで、できるのならば今月末にまたお会いしましょう。では!ノシ
606
:
ウルトラ5番目の使い魔
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 19:52:40 ID:yMMJKRV6
皆さんこんにちは。
前回こっちに76話を投稿するの忘れていたので2話同時にいきます。
607
:
ウルトラ5番目の使い魔 76話 (1/13)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 19:54:26 ID:yMMJKRV6
第76話
狙われたサーカス
放電竜 エレキング 登場
「皆さん、ご存じでしょうか? 宇宙の星々には、様々な伝説が語り継がれています」
「宇宙の平和を守る神の伝説、宇宙を滅ぼす悪魔の伝説。そして時に伝説は現実になって、我々を魅了してくれます」
「ですが中には、悪魔よりもっと恐ろしい、触れずに眠らせておいたほうがいいような恐ろしい伝説があるのです。そんな伝説に、ある日突然出くわしてしまったら貴方はどうしますか……?」
「そうですね。地球にはパンドラの箱というお話があるそうですが、ある日道端でパンドラの箱を拾ってしまったら、あなたはどうします?」
「なぜこんな話をするのかですって? だってそうでしょう。ある日突然、それを手に入れた者は宇宙を制することもできる宝をポンと見つけてしまったとしたら、こんなつまらない脚本がありますか……」
「……三流の役者に舞台を荒らされるなら、まだ愛嬌もあるというものですが……まったくこのハルケギニアという世界は特異点なんだと思い知りましたよ」
「けれど、私の演者としての持ち時間は変えられませんからね。当初の筋書きに狂いが出てきましたが、私にもプライドというものがあります。では、これからこの幕間劇が傑作となるか駄作となるか、続きをご覧ください」
ド・オルニエールでエレキングと戦った日の翌日の朝。この日も才人たちの姿はド・オルニエールにそのままあった。
「ふわぁ……あーあ。今日には魔法学院に帰ってるはずだったのに、結局こっちで寝込んじまったか」
608
:
ウルトラ5番目の使い魔 76話 (2/13)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 20:04:22 ID:yMMJKRV6
才人は、屋敷に刺し込んで来る朝日を顔に受けて目を覚ました。
しかしここは寝室でもなんでもない屋敷のロビーで、見ると、周りにはギーシュたち水精霊騎士隊の連中も床に寝転んでのんきな顔で寝息を立てている。あの後、全員で温泉を修理して温泉に入り直した。その中で、まさかの混浴となったわけで思わず長湯してしまって、風呂上がりの後の記憶がないというわけだ。
「こりゃ、コルベール先生が心配してるだろうなあ」
と、才人は今さらな心配をした。けれど、昨日のことを思い出せば、そうするだけの価値があったと心から思える。
そう、才人は夢のひとつを叶えたのだ。好きな子といっしょに風呂に入るという夢を。まさかまさかでルイズのほうから誘ってもらえ、並んでいっしょに湯船に入ったあの後のことは……時間よ止まれと何度祈ったかわからないほどだ。
「プニプニで、フワフワで、おれはあのときのために生まれてきたんだなあ……」
思い出すと今でも涙が止まらない。男として生まれてきて苦節十ウン年、小学中学高校生活でも彼女のできた試しのない自分が、女の子と混浴を味わえるなんて、ほんと一年前までは思いもしなかった。
「人間、生きてたら何かいいことがあるって本当なんだなあ」
「まったくだねサイト、君の気持ちはよくわかるよ」
「うわっ! ギーシュ、お前いつのまに起きてきたんだよ」
「プニプニ、フワフワのあたりかな。いや、君もなかなかナイーブなところがあるんだねえ」
お前に言われたくねえよ、と才人は思ったが、心の声が漏れていたことは正直不覚であったといえよう。
「それを言えばお前はどうなんだよ。モンモンとうまくいったのか?」
「そりゃもう、生きながらヴァルハラを散歩した気分だったよ。ぼくは悟ったね、ぼくが百万の言葉でモンモランシーを褒めたたえようとも、生まれたままの姿の彼女の美しさを言葉にするのは不可能だってことが」
「へーえ、でもお前さ、ルビアナって人に呼ばれてホイホイ行きそうになったところをモンモンに耳引っ張られてたのチラッと見えたけどな」
「なにを言うのかね? だったら君だってルイズだけじゃなくて、あの銃士隊の副長殿ともいっしょだったろう? ルイズそっちのけで誰の胸をまじまじと見てたか言ってあげようかな?」
互いに自慢とも牽制ともつかないやり取りをする才人とギーシュ。本来なら、貴族と平民がこんなやり取りをできるわけがないが、二人はもう身分など気にしない親友なのだ。
さて、そうしているうちに周りで寝ていた水精霊騎士隊の面々も起きてきたようだ。全員、目を覚ましながらもまだどこか夢うつつな様子で、昨日のことが頭から離れられないようだ。
「とりあえず、顔でも洗ってこようか……」
人のふり見て我がふり直せで、才人とギーシュはみんなを伴って井戸まで行って冷水を浴びてきた。
早朝の冷たい井戸水が肌に染みて本格的に目が覚める。夢の余韻が洗い流されると、皆はなんともいえない多幸感を表情に浮かべながらギーシュを見た。
609
:
ウルトラ5番目の使い魔 76話 (3/13)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 20:05:09 ID:yMMJKRV6
「隊長……」
「いいさ、諸君。みなまで言うな。胸がいっぱいすぎてなんて言ったらいいかわからないんだろう? ぼくも今日だけは、そんな気持ちさ。だから諸君、一番大切なものはそれぞれの胸の中に大切にしまっておこうじゃないか」
おしゃべりなギーシュも、まるで悟ったように語るほど、昨日のことは少年たちの誰にとっても素晴らしかった。誰もが、死んでもあのことだけは忘れまいと心に誓っている。しかしそこで、才人がみんなに知った風な顔をしながら言った。
「だけどみんな、ルイズに犬呼ばわりされてたおれからわかったようなことを言わせてもらえば、今のおれたちは美味しい骨をやっとくわえたばっかの犬っころだ。新しい骨を見つけてうかつに「ワン」なんて吠えてみろ。くわえてた骨まで落っことしちまうぜ。わかるだろ?」
才人のその言葉に、皆ははっ! とした顔になった。
そう、油断は大敵。人生、上がるのは大変だが落ちるのは一瞬なのだ。ましてや、昨日のことは覗きという最低最悪の行為が見つかった後の、まさに奇跡に等しい出来事だった。今後、もしまた覗きのようなことをしたら名誉挽回の機会は二度と来ないと思っていいだろう。
しばらくは自重しよう。やっと上がった女の子たちからの好感度を、翌日急下降させるような間抜けだけは避けなくてはならない。
と、いうわけで全員でもう一回冷たい水を頭から浴びて、彼らは屋敷に戻った。そして、起きてきた女の子たちに「あんたたち早朝から濡れネズミでなにやってんの?」と、呆れられたのは言うまでもない。
やがて朝食も終わり、一日が動き出す。
本来なら、昨日のうちに魔法学院に戻らねばならないはずだったので、今日はあまりぐずぐずもしていられない。
「幸い、馬たちは大丈夫だ。これなら日があるうちには余裕で学院までは帰れるだろう」
エレキングの起こした嵐にも、馬たちはたくましく耐えてくれていた。そして、帰る算段がついたなら、あとはあいさつ回りを済ませなければならない。
屋敷には、まだ仕事を残しているルビアナが続けて住まうことになった。食べ物などについては、土地の人が差し入れてくれるそうで心配はない。
「ではルビアナ、君と別れるのはつらいけど、ぼくたちもこれ以上学院を空けているわけにはいかないんだ。次の虚無の曜日には必ずまた来るから、しばしのお別れを許してくれ」
「おなごり惜しいですが、仕方がありませんね。ギーシュさまたちと過ごした毎日は、とても楽しかったです。せめて、お見送りだけはさせてくださいませ」
こうして、見送りについてくるルビアナといっしょに、魔法学院の生徒たち一行は屋敷を後にした。
ド・オルニエールの里は平穏さを取り戻しており、今日は穏やかな晴れで、昨日の戦いが嘘のように感じる。
一行は、滞在中に世話になった住人の方々にあいさつをして回り、その途中で同じように帰り支度をしている魅惑の妖精亭の面々と会った。
「ようジェシカ、そっちもこれから帰りか?」
才人が声をかけると、八百屋で野菜を見繕っていたジェシカが振り向いた。
「おはようサイト、わたしたちも昨日のうちには帰るつもりだったけどだめだったからね。せめて、こっちで安い食材を仕入れてから帰ろうとしてるのよ。それより、ルイズとは風呂上りにうまくやれたの?」
610
:
ウルトラ5番目の使い魔 76話 (4/13)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 20:05:58 ID:yMMJKRV6
「……悪いが記憶がねぇ」
「あら残念。失敗してたらシエスタを焚きつけようと思ったのに。それはともかく、ここの温泉は気に入ったわ。約束通り、トリスタニアで宣伝しておくから、ね?」
「わかってるよ、魅惑の妖精亭のメンバーはフリーパスだろ。ほんと、お前らはちゃっかりしてるよなあ」
こういう面ではすでに働いている相手にはかなわないと才人は思った。後ろではスカロンたちが、お肌がすべすべでお客さん増えすぎちゃったらどうしようとはしゃいでいるが、ギーシュたちはトラウマを呼び起こされて吐き気を催しているようだ。
さて、立ち話をしていると、どうやら人間の考えることは似通っているようで、ティファニアが孤児院の子供たちを連れてあいさつにやってきた。
「皆さん、今回はご招待ありがとうございました。わたしもそろそろ、この子たちを送り届けて帰ろうと思います」
ティファニアが丁寧にぺこりとおじぎをすると、その下で逆さむきになった巨峰がぷるんと揺れて才人はどきりとした。
「サイトさん?」
「い、いやなんでもない。気を付けて帰れよ」
まずいまずい、ここで下手に鼻の下を伸ばしたりすればルイズの嫉妬にまた火がついてしまう。昨日の今日でまたふりだしに戻るはごめんだ。
道中はマチルダがいるから心配はない。むしろ盗賊が現われでもしたほうが心配だ。道端に身ぐるみはがされたオッサンの簀巻きが転がっている凄惨な光景が出来上がるかもしれない。
と、そこへさらに、砂利道を規則正しく踏み締めながら行進する音が響いてきた。才人が「おっ」と思って振り向くと、思った通り、こんな規則正しい足音を立てる集団は、ド・オルニエールにたったひとつだ。
「ほう、雁首揃えているな。破廉恥隊ども」
「うっ、それはもうナシにしてくださいよ、ミス・アニエス」
さっそくの毒舌に、ギーシュが苦しそうに答えた。
見ると、隊列の中央には顔を隠したアンリエッタもいて、一同は反射的に敬礼をとった。むろん、すぐに「楽にしてください」と手ぶりでたしなめられ、一同は力を抜いた。
どうやら彼女たちもこれから城へ帰るようだ。というより、これ以上女王が城を空けているといくらなんでもマズいであろうから、アニエスの表情にもどことなく焦りが見える。もしも城で大事があったら伝書フクロウが飛んでくるはずであるから、今のところは大丈夫なはずではあるが、万一なにかがあったらアニエスの首が飛びかねない。鬼の銃士隊隊長も決して楽な仕事ではないのだった。
しかし、ほかの銃士隊の面々は隊長の気苦労も知らずにのんきそうであった。能天気なサリュアはおろか、副副隊長格のアメリーも温泉の効能で私たちの人気もまた上がっちゃうわねとはしゃいでいる。本当に、リアルとプライベートの使い分けがうまいというか、なまじどいつもいざとなると人一倍働くだけにアニエスも強く言えずに困っているようだった。
ま、これも付き合いが長いゆえか。才人は、姉さんお疲れさまと心の中で頭を下げると、こっそりとミシェルの隣に移動して話しかけた。
611
:
ウルトラ5番目の使い魔 76話 (5/13)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 20:07:19 ID:yMMJKRV6
「……真面目な話、昨日頼んだあのこと、できるだけ早くお願いします」
「わかってる。実物もスケッチしたし、こういう仕事はこっちの専門だからな。ウルトラレーザーか、確かにあんなものをそこらの平民が持っていたら、そのうち自衛どころではない事件になるのは目に見えている。帰ったらさっそく探りを入れてみよう」
才人はミシェルに、ウルトラレーザーの出どころを探ってくれるように頼んでいたのだった。あれはどう見てもこのハルケギニアにあっていいレベルの兵器ではない。そんなものを安値で売りさばいている奴がいるならば、いずれ大変なことが起きるのは目に見えている。特に、この手の捜査はアニエスに次いでミシェルの得意分野だ。
ただし、今はそう大きくは動けない理由があった。
「ただ、あまり早くはできないかもしれない。この間のトルミーラの件で、奴の背後にいた奴の捜索もまだ続いているし、なによりあの件で単独行動が過ぎたせいでしばらく自重しろと叱られていてな。あまり期待はしないでくれよ」
「ああ、あの後アニエスさんにこっぴどく怒られたって聞きました。でも、これがヤバいことだってのはアニエスさんもわかるんじゃないですか?」
「実際に被害が出ないと、こういうものに簡単に人手は割けんよ。それに銃士隊にもいろいろ仕事があってな。姉さんが皆が少しくらいふざけているのを大目に見ているのも、普段が過酷だからだ。そうだ、サイトが銃士隊に入ってくれるなら助かるんだがな。前にも言ったが、男でもサイトなら歓迎だぞ」
「えっ! お、お気持ちはうれしいですけど、ルイズの許可がないと……」
「はは、わかってるよ。遊びたい盛りのサイトに、銃士隊の任務は務まらないさ。でも、将来働き口が欲しくなったらいつでも来ていいんだぞ。それこそ、わ、わたしが、て、手取り足取り教えてやるからさ」
「……そう言えって、アメリーさんたちに吹き込まれたんですか?」
「うん……」
慣れないお姉さんぶりっこが不自然だと思ったら、やっぱり銃士隊の連中が裏で糸を引いていたのかと才人は頭が痛くなった。
そりゃ、ミシェルのことは嫌いではない。いや、嫌いではないどころか、海のような青い髪に整った顔立ちは文句なしで美人だし、胸の大きさはティファニアほどではないにしても、むしろスレンダーな体格と均整がとれて非常に美しい。それに、昨日いっしょに入浴したときに気づいて、あえて口には出さなかったけれど、今では一言で言ってしまえば、欠点を見つけることのほうが難しいトップモデル級である。性格は真面目だし一途だし、素はちょっと弱いところがあって可愛いし、ほんと自分にはもったいない人だと思う。
けれど、それに対して欠点だらけながらもほっておけないのがルイズなんだよなあと才人は思う。銃士隊の面々からすれば、なんであんなかんしゃく持ちから離れないんだと不思議に思われてるかもしれないが、胸の奥のドキドキというものは言葉で説明できないからやっかいなのだ。まったく、それこそギーシュみたいに誰にでも好きだと言えればどんなに楽か。
しかし、それはそれとしてウルトラレーザーの件は気に止めておかねばならない問題だ。どう考えても、この一件には宇宙人が絡んでいるのは間違いない。才人は、狙いが空振りになって落ち込んでいるミシェルを励ますように言った。
「ミシェルさんはそのままのほうが一番いいんだよ。余計なことしなくたって、ミシェルさんが誰よりきれいな心を持ってるのはおれが知ってるからさ」
「サイト……そういうことを素で言えるのがお前のズルいところだよ。でも、もうそろそろ人目を気にせずに名前だけで呼んでくれ。もう誰も気にしないからさ」
612
:
ウルトラ5番目の使い魔 76話 (6/13)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 20:08:09 ID:yMMJKRV6
「えっ? ミ、ミシェル……」
「サイト……」
見つめ合う二人。そんな様子を、いつの間にか周り中の目が生暖かく見守っているのを二人は気づいていない。
そしてそんな二人に、銃士隊の中から「作戦成功ですね副長!」とささやく声が響いた。そう、策は二重三重に張ってこそ価値があるものなのである。
ついでに、その外野でルイズがいきり立っているが、銃士隊二人に羽交い絞めにされながらアンリエッタにいさめられていた。
「離してーっ! 離しなさいったら! あの浮気者を地獄に送ってあげるんだからぁ!」
「あらルイズ、暴力はいけないわ。レディならあくまで魅力で勝負しないと美しくありませんわよ」
「女王陛下! あなたはいったいどっちの味方なんですか!」
「それはもちろん、可愛い臣下の幸せを願っているに決まっているじゃないの。うふふ」
臣下って、それを言えばルイズもミシェルもどっちも臣下じゃないですか。アンリエッタは優しげな笑みを浮かべ続けるだけである。
さて、ド・オルニエールの広場ではこれらの他にもそこかしこで話す声が響いている。昨日の裸の付き合いを経て、すっかりみんな打ち解けていた。
「また来週、ここで温泉に入りに来ましょう。健康と美容にいい食べ物も、まだたくさんあるんだって」
「もちろん、じゃあ次は別の友達にも声をかけておくね。楽しみだわ」
なんやかんやで、ド・オルニエールを温泉で盛り上げるという計画は成功を収めつつあるようだった。この調子なら、女子生徒たちは別の女子生徒へ、魅惑の妖精亭や銃士隊からはトリスタニアの人々へと口コミが広がっていくことだろう。
もちろん、集客は始まったばかりであり、今は物珍しさで来てくれる人もいるだろうけど、リピーター客を得るにはこれからだ。出だしで調子に乗って一年も持たずに閉鎖した観光地などいくらでもある。まあ、出だしはできたことだから、これから先はビジネスの専門家のルビアナがいるし、ド・オルニエールの人たちもやる気になっているから自分たちは身を引くのが筋だ。なによりこれ以上こっちにかまけて落第になったら目も当てられない。
一同はしばしの別れの前に少しでもと、親しげに談笑を続けた。そして、それもそろそろ終わりに差し掛かった時のことである。どこからともなく、トランペットやドラムで奏でられた軽快な音楽が風に乗って響いてきたのだ。
パンパカパンパン♪ ピーヒャラピーヒャラトントントン♪ 聞いているだけで愉快になってくるような音楽に、一同は話を忘れて周りを見渡した。
「なんだい? お祭りがあるなんて聞いてないけど」
「おい、あれ。あれ見てみろよ」
怪訝な様子から誰かが指さしたほうを見ると、街道のほうから派手な身なりをした一団が笛や太鼓をたたきながら大きな荷車といっしょにやってくる。そして、荷車に立てられたのぼりには、『パペラペッターサーカス』と大きな文字で書いてあった。
「へーえ、ハルケギニアにもサーカスってあるんだなあ」
才人が感心したように言った。魔法で飛び回ったり、好きに火や水を出したりできるこの世界ではこういうものははやらないと思っていたが、意外とそうでもないようだ。
613
:
ウルトラ5番目の使い魔 76話 (7/13)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 20:09:08 ID:yMMJKRV6
すると、ミシェルが軽く笑いながら教えてくれた。
「あくまで平民向けだがな。貴族は体裁にこだわって演劇やオペラしか見ようとしないが、手ごろな値段で見れる単純な娯楽は平民にはけっこう人気がある。ただ、リッシュモンが低俗な見世物はよくないと言って数年前に締め付けたから、最近はめっきり減っていたが、まだ生き残りがいたんだな」
サーカス団は十数人ばかりの規模で、楽団のほかにおなじみのピエロや、肩に鳥を乗せた動物使い、うしろの荷車には動物の檻も見えて、なかなか盛況そうに見えた。
やがて音楽を鳴らしながらサーカス団はここまでやってくると、先頭に立っている団長らしき小太りな男性が大仰にお辞儀した。
「レディースアンドジェントルマン! 我がパペラペッターサーカスへようこそ。私、団長のパンパラと申します。本日より、この地でしばらく公演をさせていただきます。はじまりは忘れかけた昨日の夢を、おしまいは明日への胸のときめきを。皆さま、気軽にこの夢の世界の門をくぐっておいでください。初回公演は一時間後にスタートいたします」
団長のあいさつとともに後ろの団員たちも一礼をして、ついで誰からともなく拍手が鳴り出した。
その陽気な様子に、才人も思わず顔をほころばせてルイズに言った。
「いいなあ、サーカスだってよサーカス。なあルイズ、帰る前にちょっと見て行こうぜ」
「はぁ? あんた何言ってるのよ。わたしたちは急いで学院に帰らないといけないんでしょ。遊んでる暇なんてないわよ」
「どうせ今日の授業には間に合わねえだろ? なら、一時間や二時間遅れたって変わりはしないだろって。サーカスっておもしろいんだぜ、見て行こうぜルイズ」
すっかりウルトラレーザーのことなどは頭から抜け落ちた才人であった。とはいえ、この年頃の少年は好奇心旺盛で気が散りやすいものだから無下に才人を責めるわけにはいくまい。
しかし、サーカスというものに懐疑的なルイズはいい顔をしなかった。
「サーカスってあれでしょ。飛んだり跳ねたり手品を見せたりするんでしょ? そんなのあんたいつでも見てるじゃないの」
「ちっちっち、わかってないなあ。それを魔法を使わないでやるからすげえんじゃないか」
「いやよ、あんなちゃらちゃらしたの胡散臭いじゃないの」
ルイズはどうも機嫌が悪いのもあって意固地になってしまっているようだった。見ると、学院の生徒たちも、貴族としてのプライドからか、いまひとつ興味はあっても乗り気ではないようだった。
と、そのときだった。団長の顔をさっきからまじまじと見つめていたスカロンが、ポンと手を叩いて言ったのだ。
「あーっ、思い出したわ。あなたたち、旅芸人のカンピラちゃん一座じゃない!」
すると、それを聞いて驚いた団長がスカロンを見て、こちらもはっとしたように跳び上がってスカロンに駆け寄ってきた。
614
:
ウルトラ5番目の使い魔 76話 (8/13)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 20:10:19 ID:yMMJKRV6
「おお、そういうあなたはスカロン店長ではありませんか! おお、おお、よく見れば魅惑の妖精亭のみなさんもご一緒で。あの節ではお世話になりました。あなたのご恩は忘れたことはありません」
感極まったように涙を流しながらスカロンの手を握る団長に、周り中から驚いた視線が集まる。
いったいどういうことだ? 知り合いなのかといぶかしる周りからの疑問に、スカロンは笑いながら答えた。
「何年か前のことだけどね、ド貧乏な旅芸人の一座がうちに寄ってきたことがあるのよ。もう無一文で、せめて衣装と引き換えに食べさせてくれっていうから一晩泊めてあげたんだけど。へーえ、あのボロボロの一座が立派なサーカスになったものじゃないの」
「はい、お恥ずかしい限りですが、当時の我々は芸人としてはさっぱりで、もう飢え死にする寸前でありました。ですが、行き倒れ同然で転がり込んだ我々に一夜の宿を与えてくれたスカロン様の温情を受けて、まだこの世は捨てたものではないと思いました。そして、名前をパンパラと変えて心機一転芸を磨き続けて、ようやくここまで一座を大きくすることができたのでございます」
まさに、聞くも涙の物語であった。人に歴史ありというが、陽気に人を笑わす芸人にも、裏には血のにじむ苦労があるものなのだ。
しかしパンパラ団長は芸人に涙は禁物だと目じりを拭うと、皆を見渡して大きく言った。
「さあさ、こんな明るい日に湿っぽい話はナシでございます。今日はうれしい方と再会できた素晴らしい日です。特別に、初回公演料はいただきません! どうか皆さん、我々のサーカスを見ていってくださいませ」
その言葉に、一同から歓声があがった。魅惑の妖精亭の皆は、どうせトリスタニアには数時間もあれば帰れるのだからと、公演を見ていく気満々になっているし、ティファニアは子供たちからサーカスを見て行こうとせがまれて断れなくなっている。
それでも、ルイズや魔法学院の生徒たちは学院に急いで帰るかどうかでまだ迷っている様子だったが、天秤を大きく傾かせたのはアンリエッタだった。
「まあ、おもしろそうですわね。サーカスですか、平民の娯楽を知るのも為政者としては大切な務めですわよね」
興味津々で言うアンリエッタ。しかし、それに血相を変えたのはアニエスだった。
「い、いけません陛下! これ以上帰還が遅れたら枢機卿がお怒りになられます。ただでさえ今回は無理して来たというのに、これ以上遊んでいる時間はありません」
しかしアンリエッタは顔色一つ変えずに静かに言い返した。
「あら、お城よりも城下のほうが民の暮らしはわかるものですわよ。これも立派な公務ですわ。そういえば、マザリーニ枢機卿といえば……先日、お城の書庫で持ち出し厳禁の先王様時代の経理書がインクまみれになっていたと、カンカンに怒っておいででしたが……誰の仕業か知っているかしら? アニエス」
「お、お供つかまらせていただきます……」
冷や汗を流しまくるアニエスを見て、何をやっているんだ、この人は……と、才人は少々げんなりした。そんな場所で何をしていたか知らないが、もしかして仕事外ではポンコツなんじゃないのかこの人は? と、思わざるを得ない。
とまあこういうわけで、女王陛下がご覧になるのならば我も我もといったふうに、水精霊騎士隊も水妖精騎士団も全員サーカス見物を決めてしまった。こうなるとルイズも一人だけ先に帰るわけにもいかず、しぶしぶ自分も参加するしかなかった。
サーカスのテントは手慣れた様子で一時間ほどで組み上げられ、公演は即座に開始された。
615
:
ウルトラ5番目の使い魔 76話 (9/13)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 20:12:59 ID:yMMJKRV6
「へーえ、テントの中も地球のもんとあんま変わらないんだなあ」
テントの中は意外と広々としていて、ざっと二百人くらいは収容できそうな広さを持っていた。U字型になった観客席の中央には、おなじみの空中ブランコの立てられたショースペースがあり、才人は小さい頃に母親に連れて行ってもらったサーカスを思い出した。
客席は平民用であるために粗末な木の椅子で、そこは多少不満が出たものの、女王陛下が平然としているのに文句をつける者はいない。
ずらりと整然と席に座り、一同は開演を待った。薄暗い中で、ざわざわと囁く声があちこちから聞こえる。サーカスというものを名前では知っていても、実際に見たことがある者はほとんどいなかったので、不安や憶測でいろいろな話が飛び交っていた。
「サイト、ほんとに大丈夫なんでしょうね? 平民向けの低俗な劇なんかでわたしを退屈させたら許さないわよ」
「大丈夫だって。お前こそ、食わず嫌いせずにもっと期待してみろよ。すっげえ楽しいんだからさ」
才人はいぶかしるルイズをなだめながら開演時間を待った。
それでも、開演が間近に迫ってくると、期待に傾く声も増えてくる。ベルが鳴り、開演まであと五分のアナウンスが流れると、いよいよだと皆が息をのんだ。
「さあ、いよいよ始まるぜ。ん? 今ちょっと揺れたような……気のせいか」
椅子からわずかな違和感が伝わってきたが、すぐ収まったので才人は気にせずにステージのほうへ意識を向けた。
開幕まで、あと三分。その頃、舞台裏ではサーカス団員たちが最後の準備をすませて、いまかいまかとスタンバイしていた。
団長は張り切っている。恩人に見せる晴れ舞台である上に、多くの貴族たちが見に来てくれているという(アンリエッタがいることは気づいていない)またとない機会だ。
団員たちはそれぞれの演技の準備を済ませ、そして裏方たちは仕掛けに異常がないかを念入りに調べて待つ。
そんな中、照明を任されたある団員は天井付近で役目を待っていたが、ふと背後に人の気配を感じて振り返った。
「誰だい? 打合せならもう済んだ……ひっ! バ、バケモ」
鈍い音がして、裏方の団員は桁の上に倒れ込んだ。
「……本来なら消しておきたいところですが、万一にも事前に察知される危険は冒せませんからね。さて、ここからなら全体がよく見えますね」
何者かは天井裏の暗がりに身を潜めつつ、ほくそ笑みを漏らした。
そして遂に、サーカス開演の瞬間が訪れた。
「レディースアンドジェントルメン! 大変長らくお待たせいたしました。パペラペッターサーカス、これより開幕いたします。夢と興奮のひとときを、どうぞお楽しみになってください!」
616
:
ウルトラ5番目の使い魔 76話 (10/13)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 20:14:24 ID:yMMJKRV6
ファンファーレとともに幕が上がり、団長に続いてきらびやかな衣装をまとった団員たちが現われて優雅に一礼した。同時に天井から色とりどりの照明とともに紙吹雪が舞い降りてきて、観客から歓声があがった。
そうそう、この陽気な雰囲気こそがサーカスだよと、才人はまだ始まったばかりなのに嬉しくなった。が、少し気になったことがある。舞台に出ているサーカス団員の誰もが半そでで手袋もない素手をしている。服装は派手なので妙にアンバランスだなと思ったら、団長が「タネも魔法もございません。では、ショーターイム!」と言ったことで、なるほどメイジが紛れ込んで杖を隠し持ったりはしていませんよという証明なのかと理解した。
そして一番手、さっそくの動物使いの登場に観客は早々に度肝を抜かれることになった。
「うわっ! なんてでかいライオンだ!」
猛獣使いを乗せて現れたのは、二メイルはあるかという巨大なライオンだった。人間なんか一口でパクリといってしまいそうなでかさと迫力で、その一吠えで学院の生徒たちは縮こまり、子供たちは泣き出すくらいだった。
しかし、猛獣使いはライオンの背からひらりと降り立つと、ライオンの頭を撫でながら観客に言った。
「皆さんこんにちはーっ! あたし、猛獣使いのルインっていうの。あたしの友達がビックリさせちゃってごめんねーっ! あたしたち、南の国からやってきた兄妹なのーっ。今日はあたしたちのショーを楽しんでいってねーっ!」
そう言って猛獣使いはライオンの頭に飛び乗ると、ライオンはなんと後ろの二本足ですっくと立ちあがったではないか。
おおっ! と、思いもかけないライオンの行動に驚く観客。そして軽快な音楽が始まると猛獣使いはライオンの頭に片手で逆立ちして、そのままライオンの頭の上で体操をしたり、かと思うとジャグリングやトランプ芸を披露して見せた。
「すごい。メイジと使い魔だってあそこまで息を合わせるのは難しいっていうのに」
レイナールが感心してつぶやいた。猛獣使いといっしょにライオンだって動き回っている。二足歩行から四つん這いになって走り回ったりと、激しく動き回っているのに、乗っている猛獣使いは少しもバランスを崩さないのだ。
そして、大きなライオンが猛獣使いといっしょにコミカルに動き回るのを見て、怖がっていた子供たちも緊張がほぐれてきた。席から立ってステージと観客席の間の柵に駆け寄り、猛獣使いのお姉さんに向かって手を振る子も出てきた。
「はーい、ぼくたちありがとーっ! じゃあもっとすごいの見せてあげるね。カモーン! ファイヤーリーング!」
猛獣使いの合図で、黒子たちが猛烈に燃え上がる火の輪を持ち出してきた。その火勢と、勇ましく吠えるライオンの姿に、いつの間にか学院の生徒たちも銃士隊も目が釘付けになっている。
才人は、くーっ! これこそがサーカスなんだよとさらに胸を熱くした。百聞は一見に如かず、本当にタネも仕掛けもなくすごい技を見せてくれるのがサーカスの魅力なのだ。
火の輪くぐりをするライオンを見て、さらに興奮する観客たち。そして、興奮するのは人間だけではなかった。ルビアナの抱いていた幼体エレキングが、熱気に当てられたのかルビアナの手を離れてステージに寄っていったのだ。
「あらあら、お仕事の邪魔をしてはいけませんわよ」
心配そうに見送るルビアナ。エレキングはやがてステージに詰めかける人たちの中に紛れていった。
そしてその後も、サーカスの出し物は続いていった。ナイフ投げや空中ブランコ、メイジが魔法を使えば簡単なことも、平民がやるとなってはスリリングな見世物になる。
もちろん、貴族から見て退屈にならないようにも工夫がこらしてあった。わざと失敗したと見せてギリギリで成功させて見せたり、手品を使って思わぬところから現れたりと飽きさせなかった。
そうしているうちに、最初は疑り深かったルイズもいつの間にかステージをわき目も振らずに見つめ続けていた。それを横目で見て、才人がニヤリとしたのは言うまでもない。
617
:
ウルトラ5番目の使い魔 76話 (11/13)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 20:16:05 ID:yMMJKRV6
公演はまだまだ続き、時が経つごとに観客の意識は陽気で明るいショーに釘付けになっていく。
しかし、そうして観客も団員も意識がすべてショーに注ぎこまれている間に、信じられないような異変が彼らを襲っていたのだった。
それは、サーカスのテントの近くを通りがかったド・オルニエールの農夫の眼前で突然起こった。
「ひえええぇっ! テ、テントがでっけえ亀になっちまったぁ!」
それは彼の常識では精一杯の表現だったが、正確にはテントが巨大な円盤に変わってしまったということだった。
円盤はその巨体の重さを感じさせない静かさでゆっくりと浮かび上がると、そのまま空へと舞い上がっていった。
中では外の異変などにまったく気づかず、サーカスショーがそのまま続いている。彼らが居ると思っているド・オルニエールの大地は、知らぬ間にどんどん遠ざかりつつあった。
そしてその光景を眺めて、ほくそ笑んでいる影があった。
「ほほお、宇宙船を偽装してまとめて全部捕らえてしまうとは、ずいぶん豪快な方法を使いますねぇ」
それは、ここ最近暗躍を続けているあの宇宙人の姿だった。
しかし、なぜ彼が関わっているのだろうか? その理由は、時間をややさかのぼってのことになる。
昨日、怪獣エレキングとの戦いが終わり、ド・オルニエールに平和が戻った。
若者たちは勝利と喜びに沸き、やがて騒々しい一日も更けていく……。
しかし、誰もが疲れきり寝静まる闇の刻にあって、なお蠢く邪悪な者たちがいた。
「本当に、ここにアレが? とても信じられない話ですねえ」
「いいえ、確かな情報ですよ。疑うなら別にイイですよ。この話を買ってくれる方はいくらでもいるでしょうからねえ」
618
:
ウルトラ5番目の使い魔 76話 (12/13)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 20:23:31 ID:yMMJKRV6
ド・オルニエールを見下ろすどこかで、人ならざる者たちがひそかに話し合っていた。
一人はすでに何度もこの世界で暗躍しているコウモリのような影。対して、それと話しているのは今だハルケギニアでは未確認の姿をした者だった。
「わかりました、あなたを信用することにしましょう。しかし、アレは正直伝説だと思っていました」
「でしょうね。私もアレがまだこの世に存在するとは思っていませんでした。それが、こんな世界で実在を確かめることになるとは夢にも思いませんでしたよ。私がそうなのですから、あなたが信じられなくても無理はありません」
「そちらこそ、自分のものにせずに私に売りつけるところからして、手に余ったのではないですか? 宇宙に悪名を轟かせると聞く、あの星人の一角にしては情けないことですねぇ」
互いに慇懃無礼な言葉をぶつけ合い、信頼関係があるようには思えない。しかし、会話の中に登場する”アレ”が、相手への不信を置いても重要な意味を持つのは確かなようである。
コウモリ姿の宇宙人は、相手からの挑発には挑発で返した。
「私の種族が別宇宙でも有名とは光栄ですね。ですが、私の目的にはアレは不要というより邪魔ですから、欲しい方がいるならお譲りします。なにより私の一族には、あんなものに頼る必要はなく強力な切り札がありますので。ですから、あなたにもそれを差し上げたのですよ。それがあっても、まだご不満ですか?」
彼は相手の手の内に視線を落とした。相手の手の中には、自分がプレゼントした黒い人形が握られている。それは一見するとただのおもちゃのようだが、得も言われぬ不気味なオーラを放っていた。
「フフ、その手は乗りませんよ。お膳立てを整えておいて、断れば臆病者と蔑む古典的な手段でしょう? ですが、もしアレを手に入れられたら、我々の計画はより完璧なものになるでしょう。それは魅力的です。けれどねぇ」
「なんです?」
「アレを我々に押し付けたいのはわかりましたが、それにしてもお膳立てが丁寧すぎませんか? まだあなたはこの世界で目立ちたくないのは聞きましたが、あなたほどの実力があれば、こんな回りくどい手を使わなくても直接なんとでもできるでしょう。ただの親切なんて陳腐な返事はしないでくださいよ」
その問いかけに、彼は少し考え込む素振りを見せた後、つまらなそうに答えた。その回答に対する相手側の反応は爆笑。しかし彼は気分を害する風もなく話を続け、やがて相手も了承した。
「いいでしょう。あなたの誘いに乗ってあげますよ。ですが、こちらがアレを手にいれても後悔しないでくださいよ。フフフフ……」
「後悔などしませんよ。私はあなた方のやろうとしていることにも興味はないですし、そちらと同じで、この星がどうなろうともかまいませんからね。ただ、私の残りの仕事が済む前に、この星の人間がアレの価値に気づくと面倒ですから」
「確かに、アレはこの星の人間どもには過ぎた宝ですね。代わりに我々が手に入れて有効活用してあげましょう。では、フフ、アハハハ」
相手は高笑いしながら闇に消えていった。
一人残された彼は、しばらくじっと宙に浮いていた。しかし相手の気配が消えたのを確認すると、憮然として呟いた。
「期待してますよ、遠い宇宙の方……なにかを探して並行世界を渡り歩いているそうですが、以前のあのロボットのように、あなたも特異点であるこの惑星に引き寄せられたのでしょうね。この星の特異点……その価値に気づいているのは、今のところ奴だけのようですが、その奴もいつ動き出すか……あまり時間はありません。それなのに……ぐぅっ!」
そのとき、悠然と構えていた宇宙人から絞り出すような苦悶の声が漏れた。そして、姿勢を崩した彼のマントの影から彼の右腕が覗いたが、それは激しく焼け焦げてしまっていた。
「ぐぅ……やはり、そう簡単には治りませんね。おのれ、よくも私にこれほどの傷を……絶対に許しませんよ。そちらがその気だというのならば、こちらも相応のお返しをしてあげようではありませんか」
619
:
ウルトラ5番目の使い魔 76話 (13/13)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 20:24:32 ID:yMMJKRV6
傷の痛みが、彼の胸中に煮えたぎるような憎悪を沸き立たせてくる。彼は自分にこれほどの深手を負わせた相手の姿を思い浮かべた。そう、あれは一週間前のあの夜。
あの日、彼は事あるごとに横槍を入れてきた何者かをついに探し出し、ピット星人を一瞬にして銃殺したその相手と接触した。フードつきの服で姿を覆い隠していたので顔は見えなかったが、あわよくば相手の力を利用してやろうと対話を持ちかけた彼に対して、その相手は予想外の態度と力で答えてきたのだ。
「まさか、ろくに話も聞かずに即座に殺しにかかってくるとは……あんな野蛮な方とは会ったことがありません。ですが、かすっただけで私にここまでの傷を負わせるとは……それにこの弾丸の破片の金属は、やはりあの星の方のようですね」
彼は、自分ともあろうものが命からがら逃げだすだけで精一杯だった屈辱に身を焦がした。真っ向勝負に打って出ることもできなくはなかったが、奴があの星人だとすれば、自分の持つ最強の力に匹敵する”あれ”を持っている可能性が強い。そんなものと戦えば確実にウルトラマンたちに気づかれるし、最悪の場合は共倒れとなってしまう。目的の達成が間近な今、そんなリスクを冒すわけにはいかなかった。
しかし、収穫がないわけでもなかった。わずかにできた会話の中で、その相手が口にした名前……それに、彼は覚えがあったのだ。
「かつて、数々の星を壊滅させたという『それを手にするものは宇宙を制することもできる』という伝説の力……本当に、眉唾な伝説だと思っていましたが、この星の人間たちの中に紛れていたというのですか……? 見定めさせていただきますよ……それが本物かどうかを。そのうえで、この傷の痛みを倍返しにしてあげようではありませんか」
復讐を彼は誓った。侮りがたい宇宙人だということは確かだが、まだあの伝説の存在そのものかどうかは確証がない。もし本物だというなら、何らかの反応を見せてくるだろう。
そして、伝説が本物だというならそれもいい。こちらにも、その伝説にひけをとらない”切り札”があるということを、そのときは教えてやろうではないか。
「この宇宙は、絶対的な力を持つ者によって支配されるべきなのです。弱い力はより強い力に飲まれて消え去るのみ。おもしろいではありませんか。誰が真の最強か、勝負するのもまた一興でしょう」
続く
620
:
ウルトラ5番目の使い魔 77話 (1/16)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 20:28:04 ID:yMMJKRV6
第77話
170キロを捕まえろ!
高速宇宙人 スラン星人 登場!
謎の宇宙人の策略により、サーカスを楽しむ才人たち一行は、サーカスのテントごと巨大な円盤に乗せられて連れ去られようとしていた。
サーカスに夢中になっている才人たちはまったく気づいておらず、このままでは知らないうちに二度と帰れない場所まで連れて行かれてしまうに違いない。
果たして敵の目的とは? 才人たちは、かつてないこの危機を脱出できるのであろうか。
円盤は上昇を続け、内部は変化がある前の状況をそのまま再現されているために誰も異変に気付くことができない。ご丁寧に、テントを通して入ってくる太陽光やテントが風で揺れる様さえ再現されていた。
サーカスの公演時間はまだまだあり、観客の興奮は収まる様子を見せない。今も、空中ブランコの芸に大きな歓声があがっていた。
「おおおお! まるで妖精の羽ばたきみたいだ」
空中ブランコの妙技に貴族からも歓声が飛ぶ。ハルケギニアでは貴族が魔法で飛べて当たり前であるから、彼らは魔法よりもすごく跳べるように技を磨いてきたのだ。
空中回転からの飛び移り、複数人同時飛び。それを目にもとまらぬ速さで縦横無尽に繰り出す芸当は、まさに魔法以上に魔法のようなきらびやかな魅力を持って観客を魅了した。
しかし悪いことに、サーカス団のそうした演技のすばらしさが逆に注意力と警戒心を薄れさせてしまっていた。
テントを飲み込んだ円盤はさらに上昇を続けるが、いまだに異変に気付いた人間は誰もいない。その様子を天井の照明の影から見ていた宇宙人は、これでこのままハルケギニアから連れ去ってしまえばこっちのものだとほくそ笑んだ。
だが、宇宙船が高度を上げてワープに入ろうとしたその瞬間だった。順調に飛行を続けていた宇宙船に、突然下方から赤い矢尻状の光弾が襲い掛かったのだ。
『ダージリングアロー!』
光の矢は円盤をかすめ、その余波で円盤は大きく揺れた。
もちろん円盤にダメージがあれば、その中に収容されているテントもそのままでは済まなかった。
「うわぁっ! なんだっ!」
突然の揺れに、サーカスに夢中になっていた彼らは椅子から放り出されて体を痛めてしまった。それと同時に、空中ブランコの途中だったサーカス団員もバランスを崩して放り出され、床にに真っ逆さまになるが、すんでのところで銃士隊員が駆け込んで抱き留めた。
621
:
ウルトラ5番目の使い魔 77話 (2/16)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 20:35:59 ID:yMMJKRV6
「あ、ありがとうございます」
「い、いえいえ。え、ええと、ところで今度、私と夜明けのコーヒーでも……」
「はい?」
イケメンだったサーカス団員を思わず逆ナンしている銃士隊員がいるが、それでも危ないところは救われた。
だが、なんだ今のは? サーカスの趣向ではないし、地震にしては不自然だ。観客席は動揺し、慌てて出てきた団長が、お客様どうか落ち着いてくださいと呼びかけてはいるけれども、一度始まった動揺はすぐには収まらない。
そのときだった。子供たちをなだめるのに必死なティファニアの脳裏に、怒鳴りつけるような声が響いてきた。
〔気づけティファニア! 今すぐ外を確認しろ!〕
「えっ! この声、ジュリ姉さん?」
聞こえた声の主に気が付き、ティファニアはとっさに「誰か、外を見てきてください」と叫んだ。その声にはっとして、何人かがサーカステントの出入り口へと走った。
そして、この事態に驚いているのは人間たちだけではない。作戦成功を確信していた宇宙人も、異変に気がついて外部を確認して驚いた。
「ウルトラマン!? くそっ、どうしてこんなところに!」
円盤の外、そこには赤い正義の戦士、ウルトラマンジャスティスが駆けつけ、宇宙船の進路を塞ぐように対峙していたのだ。
円盤はジャスティスの光線を受けてダメージを負い、亜空間ワープができなくなっている。間一髪のところで、ジャスティスのおかげで最悪の事態は免れた。
しかし、なぜここにジャスティスが駆けつけてくることができたのか? この光景を、あのコウモリ姿の宇宙人が遠くから見ながら笑っていた。
「おやおや、あと一息というところで”偶然”ウルトラマンがやってくるとは不運ですねぇ。では、あなたの実力を拝見させていただきましょうか。この窮地を切り抜けられるなら、本当になんでも持って行っていいですよ。フフフ」
陰湿な笑い声が流れ、事態は終局から一気に混迷へと崩れ落ちていく。
ジャスティスは円盤の中にティファニアたちがいることをわかっており、円盤を完全に破壊しないように地上に下ろそうと近づいていく。
しかし、円盤も無抵抗ではおらず、下部からビームを放って反撃してきた。
「シュワッ!」
ジャスティスはビームをかわし、円盤の死角に回り込みながら再接近をはかる。もちろん円盤もそうはさせじと旋回して、背後を取り合うドッグファイトの様相を見せてきた。
一方、内部の人間たちも自分たちの置かれた状況の異常さに気づいてきた。
「なんだこの壁! 外に出られないぞ」
いつの間にかテントの出入り口の外に金属の壁が現われており、出ることができなくなっていた。
622
:
ウルトラ5番目の使い魔 77話 (3/16)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 20:41:25 ID:yMMJKRV6
一転してテントの中はパニックに陥る。人間は閉じ込められるというシチュエーションに本能的に恐怖心を抱きやすく、そうなるともう自分では歯止めが効かなくなってしまうのだ。
だが、ここには歯止めをかけられるくらいに冷静さを保てる者が複数いた。アンリエッタの「静まりなさい!」に始まり、アニエスやスカロンたちがそれぞれ周りを叱咤したりなだめたりして、パニックは最小限度で収まった。
けれど、サーカス団の団員たちはいまだ動揺していた。場慣れしていないので仕方がないが、公演の最中に訳が分からないことになり、団長も「い、いったいこれはどういうことなのでしょう」と、うろたえている。そんな団長に、スカロンは肩を握ると安心させるように告げた。
「心配しないで、これはあなたたちのせいじゃないわ。こういう奇妙なことはね、裏でイタズラしてる悪い子たちがいるの。それより、あなたの団員さんたちはみんな大丈夫なの?」
さすがに馬鹿とはいえ宇宙人を養っているスカロンはどんと落ち着いていた。そして団長もスカロンに諭されて落ち着きを取り戻すと、団員たちの無事を確かめるために全員を呼び出した。
ところが、点呼をとると一人が足りなかった。
「ケリー? 照明係のケリーはどこだ!」
団長が叫んで探すが返事はなかった。ほかの者たちも、自分の周りを見渡すがそれらしい人はいない。
照明係、ということは天井のほうか? 必然的に皆の視線が上を向く、天井辺りは照明が集中しているので下からでは見にくく、様子がよくわからない。だが、目を凝らして天井付近を見渡したとき、アニエスはそこで輝く不気味な目を見つけ、とっさに拳銃を抜いて撃ちかけた。
「何者だ!」
乾いた銃声がし、皆がアニエスのほうを見た。
いきなり何を? だが、敵の反応はそれよりもさらに早かった。撃ち出された銃弾が目標に命中するより早く、その相手の姿は瞬時に天井からステージ上へと移っていたのだ。
「フフフ……」
「う、宇宙人!?」
宇宙人の出現で場がざわめき、才人が現れた相手の姿を見てつぶやいた。そいつは非常にスマートな姿をしたヒューマノイド型宇宙人で、黒々とした体に昆虫のような顔を持ち、頭にはオレンジ色の発光体が鈍く光っている。
しかし、見たことのないタイプの宇宙人だ。才人は地球に現れた宇宙人はほぼ全て記憶しているけれど、こいつはGUYSメモリーディスプレイにも記録のない、自分にとって完全に未知の星人だった。
「お前が、おれたちを閉じ込めた犯人だな!」
「フフ、そのとおり。我々はスラン星人。よく見破ったと褒めてあげましょう。ですが、気づかないほうが幸せでしたものを。楽しい時間を過ごしながら、我々の星に連れ帰って差し上げようと思っていましたのに」
「なにっ! てことは、ここは宇宙船の中だってのか?」
「そのとおり、見たければ見せてさしあげましょうか」
慇懃無礼な言葉使いで話すスラン星人が手を振ると、床がすっと透けてガラスのようになり、皆の足元にはるかに遠くなったド・オルニエールの風景が見えてきた。
623
:
ウルトラ5番目の使い魔 77話 (4/16)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 20:45:27 ID:yMMJKRV6
「わわっ! お、落ちちゃう!」
「みんな落ち着け、床が透明になっただけだ! スラン星人とか言ったな。てめえ何が目的だ。おれたちをさらってどうするつもりだ?」
才人がデルフリンガーを抜いて怒鳴る。それと同時に銃士隊も剣やマスケット銃を抜いてスラン星人を取り囲み、ルイズたちメイジも杖を抜く。
しかし、スラン星人は追い詰められた様子は微塵も見せず、笑いながら答えた。
「目的ですか? いえいえ、あなたたちには別に何の用もありませんよ。ただ、聞いたものでしてねぇ。あなたたちの中に、すごい力を持った人が隠れてるということを。そして、さらうのでしたら一人のところを狙うよりも、大勢をまとめてさらったほうが成功しやすいと踏んだだけです」
その言い分に、才人は「こいつらルイズの虚無の力を狙っているのか?」と思った。確かにルイズの虚無の魔法はこれまで怪獣や宇宙人に対して何度も決定的な効果をもたらしてきた。それを狙う星人が現れたとしても不思議はない。
「そうはいくか! お前らの勝手な理由のために連れて行かれてたまるもんかよ」
才人が、無意識にルイズにも刺さる台詞でたんかを切った。それと同時に、銃士隊やメイジの面々もいっせいに武器を向ける。
だが、スラン星人はこれだけの人数に囲まれても、やはり追い込まれた様子は微塵も見せずにせせら笑った。
「おやおや勇敢な方々ですねえ。それでは是非ともやってみてくださいませ」
いやらしいまでの余裕。いや、挑発か? しかし、あくまで帰さないというならこちらも是非はない。アニエスは陣形を整えた部下たちに短く命じた。
「やれ!」
抜刀した銃士隊員たちがスラン星人に殺到する。この一斉攻撃に隙はなく、誰もがこれでやったと確信した。
だが、刃が届こうとした、まさにその瞬間だった。スラン星人の姿は掻き消えるようにして消滅してしまったのである。
「消えた?」
ルイズを守りながらデルフリンガーを構えていた才人が叫んだ。
どこへ行った? その場にいた全員が気配を探り、辺りを見回す。だが、そんな努力を嘲笑うかのように、スラン星人は才人の真正面に現れたのだ。
「フッフフ」
「うっ、わあぁぁーっ!」
至近距離への前触れもない出現に、才人は狂ったように叫びながらデルフリンガーを降り下ろした。が、それもスラン星人を捉えることはできず、剣先が床を叩いただけで終わってしまった。
「また消えた!? デルフ、今の幻じゃねえよな?」
「ああ、だが目で追うだけ無駄だぜ相棒。お前たち人間の目じゃ見えなかっただろうが、あの野郎、信じられない速さで移動してやがる」
すると、その言葉を待っていたかのようにスラン星人の笑い声が響いた。
624
:
ウルトラ5番目の使い魔 77話 (5/16)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 20:47:32 ID:yMMJKRV6
「フッフッフッ、ご名答。なかなか見る目のいい焼き串君です」
「な、や、や、焼き串だとこの野郎!」
「フフ、せいぜい時速十数キロでしか走れないあなたがたには、私は絶対に……」
すると、スラン星人は、今度は皆の目の前に次々と出現を繰り返した。
ギーシュやベアトリスの前に現れて脅かしたと思ったら、杖を振り上げた時にはすでに消えている。アンリエッタの前に現れたときにはアニエスが斬りかかったが剣は空を切り、ミシェルや銃士隊隊員たちの攻撃もかすることもできない。
何度も空振りを繰り返すばかりで、皆の息だけが上がっていく。スラン星人は再びステージ上に姿を現すと、愉快そうに笑いながら言った。
「私は絶対に、捕まらないのです」
瞬間移動にも等しいほどの高速移動、これがスラン星人の能力か! 才人は歯噛みした。剣も魔法も当たらなければなんの意味もない。しかも、テントの中に大勢で閉じ込められている状況ではルイズのエクスプロージョンでの広域破壊もできないし、なによりこうも人目があっては才人たちもティファニアも変身ができない。
スラン星人は、ノロマな人間など何百人いようと問題にはならないというふうに余裕を示し、次いで円盤の進路を邪魔し続けているジャスティスに目をやった。
「さあて、こちらはともかくそちらは問題ですね。人質がいるのでうかつに撃ち落としたりはしないでしょうが、こちらもあまり余計な時間はありません。あなたに恨みはないですが少し手荒にお帰りいただきますよ」
スラン星人がそう言うと、円盤はゆっくりと降下を始めた。もちろんジャスティスも追って降下していく。
そして円盤が地上数十メイルまで降下した時、円盤の中から巨大化したスラン星人が姿を現した。
「ググググググ……」
「シュワッ!」
互いに土煙をあげて、スラン星人とジャスティスが大地に降り立つ。
さあ、戦いの時が来た。両者は一気に距離を詰め、ジャスティスのパンチがスラン星人を狙う。
「デヤァッ!」
「グオッ!」
ジャスティスのパンチをスラン星人は手甲のようになっている腕で受け止めた。そしてそのまま手甲の先についている短剣でジャスティスの首を狙って斬りかかってくる。
「死ねっ」
だがジャスティスもスラン星人の手甲を腕で受け止め、キックで反撃して押し返す。
まずは互いに小手調べ。スラン星人は格闘戦でも戦えることを証明してみせ、ジャスティスは油断なく拳を握り締める。
「略奪に拉致、お前の行為は宇宙の正義に反している。すぐにこの星から立ち去るがいい」
625
:
ウルトラ5番目の使い魔 77話 (6/16)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 20:50:45 ID:yMMJKRV6
「黙れ、我々の邪魔をするものは許さん!」
スラン星人はジャスティスの警告に聞く耳を持たず、腕から破壊光弾を放って攻撃をかけてきた。紫色の光弾が機関銃のように連発され、ジャスティスの周りで無数の爆発が起こる。
「ヌォッ!」
ジャスティスは光弾の乱打にさらされ、炎と煙がジャスティスを包み込む。スラン星人はその様子を見て、聞き苦しい声で笑い声をあげた。
どうやら話してわかる相手ではないようだ。ならば、是非もない。ジャスティスは、慈悲をかける価値のない悪だとスラン星人を認定した。
「セヤァッ!」
手加減を抜いたジャスティスのパンチが爆炎を破ってスラン星人に直撃する。轟音が鳴り、スラン星人の華奢な体は数十メートルは吹き飛ばされ、悠然とジャスティスは倒れたスラン星人を見下ろした。
「警告は発した。チャンスも与えた。それでもお前がそれを無視するならば、私は宇宙正義の名において、お前を倒す」
ジャスティスの宣告。そこにはもはや慈悲はなく、宇宙正義の代行者としての冷徹な姿のみがあった。
倒れたスラン星人はなおも起き上がり、憎悪を込めた眼差しで自分に死刑宣告を下したウルトラマンを睨みつけた。
「俺を倒すだと? 貴様の姿を見ていると、憎き奴を思い出す。倒されるのは貴様のほうだ!」
スラン星人は怒りのままにジャスティスに猛攻をかける。両腕の短剣を振りかざし、スマートな体をいかしてのジャンプやキックなどの格闘攻撃。それはスラン星人が決して弱い宇宙人ではないことを証明していたが、実戦経験という点ではジャスティスが圧倒的に勝っていた。
「ジュワッ!」
「ぐおあっ!」
ジャスティスの両鉄拳がスラン星人のボディに食い込む。パワーでは圧倒的にジャスティスに分があり、それだけではなく攻撃をさばくテクニックや、一撃を確実に当てる判断力、それが総合した一撃の重さは比較にもならなかった。
しかしスラン星人は、まだ負けたと思ってはいなかった。パワーで勝てないからスピードをと、さきほど宇宙船内で見せられたものよりもさらに高速で移動することによって分身を作り出し、ジャスティスの周囲を回転することで分身体でジャスティスを包囲してしまったのだ。
「くく、これを見切れるかな?」
ジャスティスの360度を完全包囲したスラン星人は、そのまま円の中心のジャスティスに向かって破壊光線を放ってきた。四方八方から放たれる光線は避けきれず、ジャスティスの体が爆発で包まれる。
「ムゥ……」
一発一発はたいした威力ではない。しかし、回避できないままで食らい続けたら危険だ。
626
:
ウルトラ5番目の使い魔 77話 (7/16)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 20:51:51 ID:yMMJKRV6
スラン星人はこのまま一方的に勝負を決めるつもりで、分身による円運動を続けながら光線攻撃を続けている。しかし、スラン星人はジャスティスが冷静に反撃の機会を狙っていることに気づいていなかった。
光線での集中攻撃でじゅうぶん弱らせたと見たスラン星人は、一気に勝負を決めようとジャスティスの背後から手甲の短剣を振りかざしてジャスティスの首を狙った。しかし、スラン星人が「もらった!」と確信した瞬間、ジャスティスは振り向きざまに強烈なパンチをスラン星人の顔面に叩きつけたのだ。
「ぎゃあぁぁっ! な、なぜ俺の位置が」
本体にクリーンヒットを受け、スラン星人の分身もすべて消え去る。スラン星人はパンチを食らって歪められてしまった顔をかばいながら、見破られるはずがなかったと困惑するが、ジャスティスは冷たく言い捨てた。
「簡単だ。お前のような輩は必ず後ろから狙おうとする。それならば、仕掛けてくるときの一瞬の気配さえ読めれば迎撃するのはたやすい」
かつて異形生命体サンドロスと戦ったときにも、奴は闇に紛れて死角からの攻撃をかけてきた。姿をくらますのは一見有効だが、逆に言えば相手は死角から攻撃を仕掛けると宣言しているようなものだ。
大ダメージを受けたスラン星人はよろよろと立ち上がったものの、もうジャスティスに真っ向勝負をかけられる余裕はないことは明らかだった。
ジャスティスの圧倒的優勢。その光景に、宇宙船の中からも人間たちが歓声をあげていた。しかし、ジャスティスがスラン星人にとどめを刺そうとしたとき、宇宙船から鋭く静止する声が響いた。
「そこまでです! 抵抗を止めなければ、ここにいる人間たちを順に殺していきますよ!」
なんと、宇宙船の中でスラン星人が子供たちに短剣を突きかざして脅していたのだ。
その脅迫にジャスティスの動きが止まる。そして、今まさにとどめを刺されかけていたスラン星人はジャスティスに乱暴に蹴りを食らわせた。
「グワァッ!」
「ちっ、よくもやってくれやがったな。この仕返しはたっぷりさせてもらうぜぇ!」
スラン星人の手甲の剣が抵抗できないジャスティスの体を切り裂いて火花があがる。その様を見て人間たちからは悲鳴が上がり、宇宙船の中のスラン星人は愉快そうに笑った。
「いいですねぇ。やっぱりウルトラマンにはこの手がよく効きますねぇ」
スラン星人は、宇宙船の外でもう一人のスラン星人がジャスティスを痛めつけている光景を満足げに眺めた。
そう……最初からスラン星人は二人いたのだった。
大勢を人質に取られていてはジャスティスも戦えない。歴戦の戦士であるジャスティスは言わなくとも、人間たちからは「卑怯者!」との声が次々にあがるが、スラン星人は意にも介さない。
「んん〜、相手の弱点を攻めるのは戦いの基本でしょう? こんなにわかりやすい弱点を持っているのが悪いんですよ」
「この腐れ外道! 許さねえ」
激高して才人が斬りかかるが、スラン星人はあっさりとかわして、また別の子供の喉笛に短剣を突き付ける。
ダメだ、スラン星人のあの速さでは子供たち全員を守り切るのは不可能だ。それに子供たちだけでなく、実質テントの中に閉じ込められている自分たち全員が人質ということになる。
627
:
ウルトラ5番目の使い魔 77話 (8/16)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 20:52:50 ID:yMMJKRV6
「フフフ、大人しくしていなさい。我々は別にあなたたちの命などに興味はないのですからね。フフフ」
昆虫のような顔を揺らして笑うスラン星人の声が癇に障る。
だが、剣も魔法も当てられないのでは何の意味もない。才人だけでなく、ルイズも焦り始めていた。なんとか、スラン星人を捉えることができなければ自分たち全員が宇宙の果て送りだ。
才人はルイズに小声で尋ねた。
「ルイズ、お前の『テレポート』の魔法でなんとかならないのか?」
「真っ先に考えたわよ。けど、テレポートで連れ出せるのは数人が限界なの。この中に人質を残してわたしたちだけ脱出できても何の解決にもならないわ」
「なら、テレポートであいつに近づけねえか? おれが斬りかかるからさ」
「それも考えたわ。でも、あいつはアニエスの剣もかわす相手よ。テレポートで近づけても、振りかぶってそのバカ剣を振り下ろすまでの隙が必ず生まれるわ。それでも確実にあいつを仕留める自信はある?」
ルイズに言われて、才人はそこまでの自信はないと思わざるを得なかった。さすがルイズ、頭の回転はこんなときでも鈍ってはいない。
恐らくは銃士隊の皆も、水精霊騎士隊や水妖精騎士団もスラン星人を捉える方法を必死で考えているに違いない。しかし、文字通り目にも止まらぬ速さで自由に動き回る奴をどうやって捕まえればいいというのか?
最後の手段はここで変身を強行することだが、エースにしてもコスモスにしても、変身した瞬間にスラン星人は別の行動に出るだろう。いくらなんでも危険すぎる。
だが、そうしているうちにも事態はどんどん悪くなっていった。外にいるほうのスラン星人は嬉々としてジャスティスを痛めつけている。
「おらぁ!」
「ヌワァッ!」
スラン星人の蹴りが膝をついたジャスティスを吹っ飛ばした。外にいるほうのスラン星人は粗暴な性格で、まるで不良のような乱暴な攻め方を好んでジャスティスを攻め立てている。
ジャスティスは、その気になればこいつを倒す程度は苦もないのに、無抵抗でそのままやられている。カラータイマーはすでに点滅し、もう長くはないのは明らかだ。
しかし、宇宙船の中にいるほうのスラン星人は、そんな時間をかけるやり方にまどろっこしさを感じたのか、外のスラン星人を急かした。
「いつまで遊んでいるんです。無駄な時間はないんですよ。さっさとケリをつけてしまいなさい!」
「チッ、わかったよ。動くなよ、今ブッ殺してやるからな」
外のスラン星人は渋々ながら、短剣を振りかざしてジャスティスに迫った。ジャスティスは無言のままで、しかしなお動かない。
才人とルイズは、もう考えている時間はないと決意した。イチかバチか、テレポートでの逆転に賭けるしかない。
正直、勝算はかなり低い。しかし、スラン星人の速度に対抗する手段がない以上は他にない。そう、あの速度に対抗する手がない以上は……。
だが、まさにその瞬間だった。テレポートを唱えようとしていたルイズの胸がどきりと鳴り、それと同時にアンリエッタの指にはめられていた水のルビーの指輪と、そしてアンリエッタの懐の中にしまわれていた手鏡がそれぞれ共鳴するように光り出したのだ。
「きゃっ! こ、この光は?」
628
:
ウルトラ5番目の使い魔 77話 (9/16)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 20:54:05 ID:yMMJKRV6
「じ、女王陛下! その鏡は、いったい?」
「崩壊したロマリア法王庁から我が国に寄贈された『始祖の円鏡』です。始祖ゆかりの品ということで、わたくしが使っていたのですが、これはまさか、ルイズ!」
「ええ! その鏡を、わたしに」
アンリエッタは光り輝く鏡をルイズに向けた。するとそこには、ルーン文字でルイズにははっきりと新しい呪文が記されているのが見えた。
「これなら……サイト!」
「おう、ルイズ!」
何かの確信を持ったルイズに、才人は迷わず答えた。ルイズは何かの勝機を得たのだ。だったら、おれは四の五の言わずにそれを信じるのみ。
ルイズは才人の手を取り、呪文を唱え始めた。対して、スラン星人は始祖の円鏡の光に戸惑っているようだったが、自慢の速度でなんにでも対応できるように準備していた。
「なにをする気か知りませんが、あなたたちの力で私を捉えることは絶対にできませんよ!」
「それはどうかしら? あなたはもう、わたしからは逃げられないわ。いくわよ、『加速!』」
その瞬間、才人とルイズは『テレポート』とはまったく違う形でスラン星人の眼前に現れていた。
「なっ!」
言葉にならない呻きがスラン星人から、そしてそれを見ることのできた者たちの口から洩れた。
刹那、才人のデルフリンガーがスラン星人を狙うが、スラン星人は寸前でそれをかわしてテントの別の場所に現れた。
「そ、その程度の攻撃な」
「それはどうかしら?」
再び才人とルイズの姿はスラン星人の前に現れていた。しかも今度はテレポートではあるはずの実体化からのタイムラグもなく、かわそうとするスラン星人のギリギリを刃が通り過ぎていく。
なんて速さだ。常人以上の動体視力を持つはずの銃士隊員やサーカス団の人たちも捉えられない速さで両者は移動している。いや、互角というよりは……。
「おっ、おのれぇっ!」
スラン星人は逃げた。しかし、ルイズと才人は確実にスラン星人の後を追ってくる。サーカステントの天井からステージ上、観客席とすさまじい速さで出たり消えたりを繰り返して、もうギーシュやスカロンは目を回しかけている。しかも、次第にスラン星人のほうが余裕がなくなっていくように見えるではないか。
「ば、馬鹿な。私にスピードでついてくるだと!?」
「これが虚無の魔法『加速』よ。言ったでしょ、あなたはもうわたしから逃げられないって!」
629
:
ウルトラ5番目の使い魔 77話 (10/16)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 20:55:06 ID:yMMJKRV6
「お、おのれ、奇妙な術を使ってくれますねぇ!」
「? ……さあサイト、あの思い上がった虫頭に思い知らせてあげなさい!」
「ああ、食らえぇぇぇーっ!」
ルイズと同調した才人は、渾身の力でデルフリンガーをスラン星人に叩きつけた。
「ぐわぁぁぁーっ! ば、馬鹿なーっ!」
スラン星人に、今度こそ会心の一撃がさく裂した。しかし残念ながら致命傷には届かず、倒すにはまだ至っていない。
細身に見えて、なかなかしぶとい奴だ。『加速』の呪文が切れてステージ上に現れた才人とルイズは舌を巻いた。スラン星人はよろめきながらも、膝をつきはせずにまだ立っている。
それでも、相当な打撃を与えられたのは確かで、もうさっきまでのような速さで動き回れはしない今がチャンスだと、銃士隊はいっせいに腰に下げているマスケット銃を抜いて構えた。だがスラン星人は自分に向けられた銃口が火を噴く前に、怒りにまかせて光線を乱射してきた。
「たかが人間が、私をなめるなぁーっ!」
光線の乱射で銃士隊の隊列も吹き飛び、彼女たちの手からマスケット銃が取り落されて辺りに転がった。
が、その一瞬でメイジたちも我に返って魔法で銃士隊を守ると同時にスラン星人への反撃をおこなおうとする。手傷を負ったスラン星人はこれを避けることはできまいと思われた。だが。
「く! だが外のウルトラマンさえ片付けてしまえば、お前たちにここから逃げる手立てはないのですよ」
奴はまだ冷静さを失ってはいなかった。スラン星人は高速移動ではなく、テレポートで宇宙船の外まで逃げると、そのまま巨大化してジャスティスに襲い掛かったのだ。
「もらったァ!」
そのころジャスティスは、宇宙船の中で才人たちが反撃に出たのと同時に戦闘を再開していた。一方的になぶられ続けていたとはいえ、必ずチャンスが来ると信じて待っていたから余力はじゅうぶんに残している。スラン星人を返り討ちにすることなどは造作もなく、猛反撃をかけてスラン星人を追い込んでいた。そのジャスティスの背後から、宇宙船から飛び出してきたもう一人のスラン星人が奇襲をかけたのだ。
今はジャスティスの背中はガラ空きだ。スラン星人は短剣を降り下ろしながら勝利を確信した。だが、その刹那に輝いた青い閃光がスラン星人を吹き飛ばした。
「コスモース!」
青い光は実体化し、ウルトラマンコスモスの姿となって吹き飛ばしたスラン星人の前に立ちふさがった。そう、あの瞬間にチャンスを掴んだのは才人たちだけではない。ティファニアもジャスティスを救うために、皆の注意がスラン星人に集中した一瞬にコスモプラックを掲げていたのだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「心配はない。それより、お前も戦うつもりなら、こいつらには情けをかける価値はないぞ。その覚悟はあるのか、ティファニア」
630
:
ウルトラ5番目の使い魔 77話 (11/16)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 20:55:56 ID:yMMJKRV6
「は、はい。わ、わたし……」
ティファニアに厳しく問いかけるジャスティス。すると、コスモスがなだめるように間に入ってくれた。
「ティファニア、君の心はまだ命を奪う戦いを怖れている。ここは、私が引き受けよう」
「コスモス……ごめんなさい。あなたに力を貸してもらっているのに、わたし」
「謝ることはない。命を奪うことに恐れを持ち続けるのは大切なことだ。君の力を必要とする時は、いずれ必ずやってくることだろう」
ティファニアはコスモスと一体化している。しかし、戦いを好まないティファニアのために、コスモスは自分が主導権をとって戦うことを決意した。
コスモスはコロナモードにチェンジし、卑劣なスラン星人たちの前にジャスティスと共に並び立つ。
対して、スラン星人たちはもう余力がなかった。二体とも重い一撃を受けている上に、ジャスティスもダメージを受けているとはいえコスモスは万全だ。
「おおのれぇーっ!」
激高して二体のスラン星人は襲い掛かってきた。しかし格闘戦では簡単にコスモスとジャスティスに圧倒され、さらに奥の手の高速分身戦法を二体同時にかけてきたが、高速で輪を描いて包囲してくるスラン星人たちに対してコスモスとジャスティスは、まるでわかっていたかのように同時に一撃を繰り出した。
「シュワッ!」
「デヤァッ!」
二人のウルトラマンのダブルパンチが分身の幻影を破ってそれぞれ本体に炸裂する。
「バカナァ!」
たまらず吹き飛ばされるスラン星人たち。彼らは高速宇宙人としての自分たちの能力に自信を持っていたが、あいにくコスモスとジャスティスも高速戦闘は得意中の得意だ。コスモスの戦歴の中でも、目にも止まらない宇宙人との対決はいくつもあり、いまさらスラン星人の技程度で翻弄されたりはしない。
追い詰められた二人のスラン星人。その様子を、あのコウモリ姿の宇宙人は愉快そうに見つめていた。
「そろそろ危ないですね。そろそろ切り札、使います? 使っちゃいますか?」
スラン星人には、あらかじめ最悪の事態になったときのための切り札を与えてある。それを使えば、この状況をひっくり返すことも可能だろう。スラン星人がどうなろうと知ったことではないが、事態がさらに混迷化すればしびれを切らして”アイツ”が動き出すかもしれない。
そして、ついに勝機がなくなったことを認めざるを得なくなったスラン星人は、預かっていた黒い人形を取り出した。
「こ、こうなったら、これを使うしかありませんか」
まさに、黒幕の思い描いていたシナリオ通りに話は進もうとしていた。
だが、人形にかけられていた封印を解こうとしたとき、意外にも粗暴なほうのスラン星人がそれを止めてきた。
「待てよ、そいつはアイツを倒すための切り札にしようって決めたじゃねえか。ここでそいつまで失っちまったら、俺たちの本来の目的はどうする?」
631
:
ウルトラ5番目の使い魔 77話 (12/16)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 20:56:43 ID:yMMJKRV6
「ですが、このままではやられるのを待つだけですよ。アレを手に入れることもできずに引き下がっては、どうやってアイツを倒すというのですか?」
「……俺が囮になる。お前はそいつを持って逃げろ」
「ア、アナタ……」
粗暴なほうが示した自己犠牲の覚悟に、慇懃無礼な話し方をするほうは思わず言葉を失った。
「俺がいるよりも、そいつをお前が持ってたほうが確実に強え。思えば、欲を出してアレを手に入れようなんてせずに、そいつを持ってとんずらすればよかったんだ。そして……俺が死んでも、仇をとろうなんて思わないでくれよ! じゃあな」
「ま、待ちなさい!」
止める間もなく、粗暴なほうのスラン星人は雄たけびをあげながらコスモスとジャスティスに突進していった。
「ヘヤッ!?」
「ムウッ!?」
まさかの特攻に、さしものコスモスとジャスティスもひるんだ。そして、そのわずかな隙に彼は叫んだ。
「行けえ! 行くんだクワ……うぎゃあぁぁっ!」
「ぐ、ぐぐ……あなたのことは忘れません。必ず、手向けに奴の首を約束します。トゥアッ!」
コスモスはためらったが、ジャスティスのパンチが容赦なく炸裂した。しかし、粗暴なスラン星人が作ったその一瞬のチャンスに、もうひとりのスラン星人は血を吐くような誓いの言葉を残して消えた。
しまった、逃げられた! 非道な宇宙人ではあったが、仲間意識は強かったようだ。まさか、こんな展開になるとはと、ウルトラマンや人間たちだけではなく、黒幕の宇宙人も悔しがった。なにしろせっかく与えた切り札を持ち逃げされたのである。いい面の皮どころではなかった。
しかし、仲間を逃がしはしたものの、残ったスラン星人の命運は尽きようとしていた。コスモスは、もう勝ち目がないことを告げて降参するように警告したが、彼はそれを聞き入れなかった。
「降参だぁ? てめえらみてえな赤い奴に頭下げるくらいなら死んだほうがマシなんだよぉ!」
どういうわけかスラン星人はコロナモードのコスモスとジャスティスに非常な敵愾心を持っていた。話をまるで聞く気はなく、自殺に近い攻め方をしてくるのでコスモスとジャスティスも手を抜くわけにはいかなかった。
ならば、ルナモードのフルムーンレクトで鎮静させれば……しかし、コスモスがモードチェンジしようとしたときだった。暴れまわり過ぎて、ついに限界に達したスラン星人は、よろよろとよろめくと宇宙船に寄りかかるように腰をついてしまったのだ。
「こ、この大きさを保っているのも限界かよ。だが、せめて」
すでに彼には宇宙船を叩き壊す力も残っていなかった。しかし、スラン星人は残ったわずかな力で等身大となって宇宙船の中にワープすると、まるでアンデットのような姿で人間たちの前に現れた。
「せめて、ウルトラマンどもと、あのクソったれ野郎に一泡だけでも吹かしてやる!」
悲鳴をあげる人間たちを前にして、スラン星人は最後の悪あがきを開始した。最後の力で高速移動をおこない、人間たちに次々斬りかかっていく。
「きゃあぁぁーっ!」
「うおぉぉぉ! 死ねっ、みんな死ねぇぇ!」
632
:
ウルトラ5番目の使い魔 77話 (13/16)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 20:58:18 ID:yMMJKRV6
スラン星人も死に体とはいえ、その高速移動を人間が見切れないのは変わらない。
戦えない者たちの前に銃士隊が盾となって防いでいるものの、めちゃくちゃに振り回される短剣で血しぶきが飛び、才人はルイズに叫んだ。
「ルイズ、もう一回『加速』だ!」
「わかってるわよ!」
ルイズも焦って加速の呪文を唱えた。今、スラン星人を止められるのは自分たちしかいない。今度こそとどめを刺さなければ。
だが、加速の呪文が完成しようとした、まさにその瞬間だった。スラン星人が銃士隊の決死の肉壁を蹴散らして、ついに無防備な女子供たちの中に飛び込んでしまったのだ。
「出てこぉいバケモノぉ! てめえのせいで俺たちはぁぁーっ!」
スラン星人の短剣が孤児院の子供たちに振りかぶられる。だめだ、加速を使っても一歩間に合わない!
才人とルイズは、自分の無力さを悔やんだ。さっさと最初にスラン星人を倒していればこんなことには。
しかし、誰もがどうすることもできないとあきらめかけた、その時だった。悲鳴と怒号の響く虚空を、短く乾いた音が貫いた。
パンッ!
漫画であれば擬音でそう表現されるであろう音。それは一発の銃声……そして、スラン星人の頭部の球体に、小さな穴が開いていた。
「え、あ……ク……クワイ……がふっ」
最後に、恐らくは仲間の名をつぶやきながらスラン星人は倒れた。その目から光が消え、命の灯が消えたことを銃士隊の隊員が近寄って確認した。
けれど、周りでは誰も声を発さない。あまりにも唐突であっけない幕切れに、誰も頭が追いついていないのだ。
才人とルイズも、加速の魔法が不発に終ってあっけにとられている。ギーシュなど、杖を握ったままでぽかんと口を開けたままでおり、ほかの水精霊騎士隊も似たようなものだった。
いったい誰がスラン星人にとどめを? 正気に戻った者はスラン星人の正面……すなわち弾丸の来た方向に視線を向けた。そこにいたのは……。
633
:
ウルトラ5番目の使い魔 77話 (14/16)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 20:59:03 ID:yMMJKRV6
「はあ。怖かったですわ」
ほっとした声とともに、拳銃が床に落ちる音が鳴る。落ちた拳銃は、さきほど銃士隊が使おうとしてばらまかれたマスケット銃の一丁で、まだ銃口から薄く煙を吐いているそれを握っていたのは……ルビアナであった。
「ル、ルビアナ!」
はっとしたギーシュとモンモランシーが震えているルビアナに駆け寄った。
「だ、大丈夫かい! 銃を撃つなんて、君の細腕でなんて無茶なことをするんだ」
「いえ、わたくしはメイジではありませんので、護身の心得として少しばかり覚えがありましたの。でも、怖かったですわ」
「怪我はない? でも、子供たちを守るためにやったのよね、ほんと見かけによらずに無茶する人ね」
「もうわたくしとティファニアさんはお友達ですから。わたくしより、子供たちに怪我がなくてよかったですわ」
優しく微笑むルビアナに、子供たちは嬉しそうに懐いていた。それに、ティファニアもコスモスから変身解除して急いで戻ってきた。
「みんな、みんな大丈夫? ルビアナさん、本当に、本当にありがとうございます!」
「礼などいりません。わたくしは、あなたとこの子たちが好きだからやっただけです。それより、怪我をされた方が大勢いますわ。早く手当をしませんと」
ルビアナが指差すと、何人かの銃士隊員が負傷して呻いていた。すでにアニエスの指示で応急手当てが始まっているものの、暴れ狂うスラン星人を身一つで止めたリスクは大きかったのだ。
ティファニアははっとすると、わたしも手当てを手伝いますと言って駆け出し、モンモランシーも、自分も治癒の魔法ならできるからと言って続いた。 ギーシュは、水精霊騎士隊の仲間に、治癒の魔法が使える者は手当てを手伝うように指示を出すと、まだ怯えた様子のルビアナの手を握った。
「無茶をする人だ。けど、ぼくは貴女ほど勇敢なレディを知りません。騎士としても、ぼくは貴女を尊敬します。それでも、あまり無理はしないでくださいね」
「ギーシュ様、やはり貴方はとてもお優しい方ですわね。貴方を好きになれたこと、わたくしはとても名誉に思います」
子供たちに囲まれ、ギーシュの手を握り返すルビアナの表情はどこまでも純粋で温かかった。
しかし、ハッピーエンドのはずなのに、才人とルイズはスラン星人の死体を見下ろしながら、あることに違和感を拭えずにいた。
「こいつら、本当に虚無の力が目当てだったのかしら……?」
スラン星人は、この中に特別ななにかを持った誰かがいるから、それを狙っていると言った。それを聞いて、てっきり虚無の力を持つルイズかティファニアを狙っているものだと思った。
しかし、奴はルイズが虚無の名前を口にした時も、まるでまったく知らなかったかのような反応を返している。この中で、ほかに宇宙人が狙うような特別な人間なんかいないはずなのに。
634
:
ウルトラ5番目の使い魔 77話 (15/16)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 21:00:11 ID:yMMJKRV6
死んだスラン星人は何も答えず、才人とルイズはテントの中を見渡した。宇宙人の恐怖から解放されて、安堵した顔ぶれが続いている。宇宙人に狙われるような危険なものが混ざっているなど、とても信じられはしなかった。
そして、奥歯にものが挟まったような気持ち悪さを感じている者たちがもう一組いる。
銃士隊の負傷者の救護のほうもアニエスの指揮のもとで山を越えつつあった。しかし、戦死者は出なかったというのにアニエスの表情は明るくなかった。
「ミシェル、負傷者のほうはどうだ?」
「はっ、幸い軽傷ばかりで入院の必要な者はおりません。民間人のほうも、せいぜい転んで擦りむいたくらいです」
「そうか、皆よくやってくれた。女王陛下には特別手当を申請しておこう。だがそれはいいとして……ミシェル」
「はい……」
アニエスの声が重くなり、ミシェルもわかっているというふうに短く答えた。
二人の視線の先には才人たち同様に、放置されたままになっているスラン星人の死体がある。一見、なんの変哲もない屍のように見えるが、二人には共通の違和感があった。
「……見事に眉間の中央を撃ち抜いている。これが、護身術のレベルでできることなのか……?」
銃士隊の使っているマスケット銃の命中精度はお世辞にもいいものではない。一発で相手の急所を撃ち抜いて倒すなどという真似は自分たちでも難しい。
二人はさりげなくルビアナを見た。すらりとした細腕で、ナイフとフォーク以上に重いものを持ったことがないというふうな華奢な体躯。あれでは銃を撃つことすら難しそうなものだ。
偶然当たったと言えばそれまでだ。ギーシュなら、ルビアナは天才だからと言って納得してしまいそうなものだが、アニエスとミシェルはどうしても納得することができずにいた。
一方、不完全燃焼な終わり方に明確な不満を示す者もいた。そう、今回の件の付け火をした、あのコウモリ姿の宇宙人である。
「スラン星人、とんだ食わせ物でしたね。まったく、あれだけはっぱをかけてあげたというのにアレを持ち逃げしてしまうとは……あと少しで、奴を引っ張り出せたかもしれないというのに。どこかの宇宙で会ったら今度はきついお仕置きをしてあげなければいけませんね」
本当なら、ここでさらに混戦に持ち込んで目的に近づくつもりだったのに、おかげで台無しだと彼は憤っていた。その場合、このド・オルニエール一帯が焦土と化していたであろうが、そんなことは彼には関係ない。
「仕方ありせんね。過ぎたことより先のことを考えましょう。なんとか、最低限の収穫はできました。後は、これをどう利用していくか……」
彼は気を取り直して次の陰謀を巡らせ始める。その姿はいつの間にかド・オルニエールの空から消えていた。
テントの中は少しずつ落ち着きを取り戻してきている。後は外に脱出するだけだが、外でジャスティスが宇宙船の外装を引っぺがしてくれているので間もなく出られることだろう。
635
:
ウルトラ5番目の使い魔 77話 (16/16)
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 21:01:37 ID:yMMJKRV6
ともかく、大変なハプニングだった。温泉旅行の最後で、まさか宇宙人にさらわれかけるなんて誰も夢にも思わなかった。
けれど、さすがたくましいハルケギニアの人間たちは、土産話が一個増えた程度にしか思っておらず、ジェシカたちはこれ以上店を開けているとまずいわねと、すでに気にも止めていない。それに、公演を邪魔されて意気消沈しているかに見えたサーカス団の人たちも「我がパペラペッターサーカスはこれくらいじゃへこたれません!」と、団長は張り切って、まだ怯えていた子供たちを動物たちと触れ合わせて遊ばせてくれている。やはり、どん底から這い上がってきた人は強い。
ステージ上では子供たちが調教師にライオンの背中に乗せてもらったりして喜んでいる。動物たちはみな人懐っこく、子供たちにも今回の件でトラウマが残ったりはしないだろう。
なにはともあれ、重い怪我人が出なかったのが救いだ。気を張っていた者たちも、子供たちの笑い声を聞いて気を緩めつつある。
と、そんな中でのことだった。舞台の隅で、サーカスの女性団員がじっとうずくまっているのが見つかった。
「エイリャ、おいエイリャどうしたんだい? 返事をしなさい」
「……」
仲間のサーカス団員が呼びかけても、その女性団員は惚けたように宙を見つめるばかりで答えない。
どうしたものかと団員たちが戸惑っていると、そこに急いだ足取りでルビアナがやってきた。
「まあまあ探しましたよ。さあ、こっちにいらっしゃい」
すると、うずくまっていた女性団員の傍らから、幼体エレキングがぴょこりと飛び出してきてルビアナの胸の中に帰っていったではないか。
「あらあら、本当にわんぱくな子なんだから。よその人に迷惑をかけちゃダメでしょう」
ルビアナがエレキングの頭を優しくなでると、エレキングは短く鳴き声を発した。
そうすると、まるでそれが合図だったかのように、惚けていた女性団員がぼんやりと目を覚ました。
「あ、れ……あたし、どうして?」
「大丈夫ですか? ごめんなさい。この子ったら、気に入った相手を見つけると、すぐにじゃれついて行ってしまうの。許してあげてもらえるかしら」
「そう、その動物があたしにじゃれてきて……あれ? それからどうなったのかしら」
「きっと疲れがたまっていらしたのね。ゆっくり休んだら、きっとすぐ元気になりますわ。ふふ」
夢うつつな様子の女性団員はふらふらと立ち上がると、「働きすぎなのかしら……?」と、つぶやきながらテントの奥へと入っていった。
ルビアナは「お大事に」と微笑みながら見送り、抱き抱えているエレキングの頭を撫でている。エレキングはその腕の中で丸くなり、まるでぬいぐるみのようにおとなしく抱かれている。
「うふふ、可愛い子……ふふ、ふふふ……」
続く
636
:
ウルトラ5番目の使い魔 あとがき
◆213pT8BiCc
:2018/09/16(日) 21:03:40 ID:yMMJKRV6
今回は以上です。なんとか今月中にもう1話いきたいな
637
:
名無しさん
:2018/09/17(月) 20:36:11 ID:1KmGaZRU
おつ
638
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/30(日) 23:02:10 ID:q4fByaLE
ウルトラ五番目の人、投稿お疲れさまでした。
さて皆さんこんばんは、無重力巫女さんの人です。
日付が変わる一時間前ですが、特に問題が起きなければ二十三時六分から九十七話の投稿を開始します
639
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/30(日) 23:06:07 ID:q4fByaLE
それは時を遡って、丁度二日前の夕方に起こった出来事である。
場所は丁度ブルドンネ街の中央から、やや西へ行ったところにある大通りを兄のトーマスと一緒に歩いてた時らしい。
陽が暮れるにつれて次々と閉まっていく通りの店を横切りながら彼女――妹のリィリアは兄から今日の゛成果゛を聞いていたのだという。
「今日は中々の大漁だったぜ。まっさか丁度上手い具合に道が封鎖してたもんだよなぁ〜?理由は知らないけど」
「それでその袋いっぱいの金貨が手に入ったの?凄いじゃない!」
リィリアはそう言って兄を褒めつつ、彼が右手に持っている音なの握り拳程の大きさのある麻袋へと目を向ける。
袋は丸く膨らんでおり、中に入っている金貨のせいで表面はゴツゴツとした歪な形になっていた。
何でも急な封鎖で立ち往生していた下級貴族から盗んだらしく、銀貨や新金貨がそこそこ入っているらしい。
兄が盗んだ時、リィリアは危険だからという理由で゛隠れ家゛にいた為彼がどこにいたのかまでは知らない。
とはいえ妹として……唯一残っている家族の身を案じてかどこで盗んだのか聞いてみることにした。
「でもお兄ちゃん、道が封鎖してたって言ってたけど……一体どこまで行ってきたの?」
「チクントネの劇場前さ。あそこは夕方になったら金持った平民がわんさか夜間公演の劇を見に集まってくるしな」
「え?チクトンネって、この前変な女の人たちに追われてた場所なのに……お兄ちゃんまたそこへ行ったの!?」
トーマスの口から出た場所の名前を聞いたリィリアは、数日前に見知らぬ女の人から財布を盗んだ時のことを思い出してしまう。
あの時は手馴れていた兄とは違い初めて人の財布を盗んだせいか、危うく捕まりそうになってしまった苦い経験がある。
最後は偶然にも兄と合流し、自分を追いかけていた女の人と兄を追いかけていた空飛ぶ女の子が空中で激突し、何とか撒く事ができた。
しかし゛隠れ家゛に戻った後に待っていたのは大好きな兄トーマスからの称賛……ではなく、説教であった。
以前から「お前は俺のような汚れ事に手を突っ込むなよ?」と釘を刺されていた分、その説教は中々に苛烈であった事は今でも思い出せる。
その日の夜はゴミ捨て場で拾った枕を濡らした事を思い出しつつ、リィリアは兄に詰め寄った。
「お兄ちゃん、昨日ブルドンネ街で大金持ってた女の子の仲間に追われたって言ってたのに、どうしてまたそんな危ない場所に行くのよ!」
「だ……だってしょうがないだろ!王都は他の所よりも盗みやすいんだ、稼げる時に稼いでおかないと……」
年下にも関わらず自分に対してはやけに気丈になれるリィリアに対し、トーマスは少し戸惑いながらもそう言葉を返す。
それに対してリ彼女は「呆れた」と呟くと、兄に詰め寄ったまま更に言葉を続けていく。
「その女の子たちが持ってた三千エキューもあれば、十分なんじゃないの!?」
「お前はまだ子供だから分かんないかも知れないけどさ、お金ってあればある程生きていくうえで便利なんだぜ?」
開き直っているとも取れる兄の言葉に、リィリアはムスッとした表情を兄へと向けるほかなくなる。
卑しい笑みを浮かべて笑う兄の顔は、かつて領地持ちの貴族の家に生まれた子どもとは思えない。
しかしそれを咎めることも、ましてや魔法学院にも行ってない自分にはそれを改めよと説教できる資格はないのだ。
自分が丁度物心ついた時に両親が領地の経営難と多額の借金で首を吊って以来、兄トーマスは自分を守ってきてくれた。
両親の親族によって領地から追い出され、当てもない旅へ出た時に兄は自分の我儘を嫌な顔一つせず聞いてくれたのである。
お腹が減ったといえば農家の百姓に頭を下げてパンを貰い、山中で喉が渇いたと喚けば自分の手を引いて川を探してくれた。
そして今は自分たちが大人になった時の生活費を゛稼ぐ゛為に、わざわざ盗みを働いてまで頑張ってくれているのだ。
640
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/30(日) 23:08:07 ID:q4fByaLE
自分は――リィリアはまだ子供であったが、兄のしていることがどんなにダメな事なのか……それは自分が財布を盗んだ女の人が教えてくれた。
しかし、だからといって兄の行いを妹である自分が正す事などできるはずもない。
いくらそれが悪い事だからといっても、これで自分たちは糧を得てきたのである。今更それをやめて生きていく事など難しすぎる。
ここに来る道中行く先々で色んな人たちから冷遇を受けてきたのだ。やはり兄の言う通り、大人は信用できないのかもしれない。
自分たちの事など何も知らない大人たちはみな一様に笑顔を浮かべ、上っ面だけ笑顔を浮かべて可哀そうだ可哀そうだと言ってくる。
兄はそんな大人たちから自分を守りつつ、遥々王都まで来た兄は言った。――ここで俺たちが平和に暮らしていけるだけの金を稼ぐんだ。
得意げな表情でそんな事を言っていた兄の後姿は、それまで読んだ事のある絵本の中の騎士よりも格好良かったのは覚えている。
結局、することはいつもの盗みであったがそれでも他の都市と比べれば倍のお金を手に入れる事ができた。
懐が暖かくなった兄は余裕ができたのか、屋台で売られているようなチープな料理を持って帰ってきてくれるようになった。
持ち帰り用の薄い木の箱に入っている料理は様々で、サンドウィッチの時もあればスペアリブに、魚料理だったりスモークチキンだったりと種類様々。
王都の屋台は色んな料理が売られているらしく、また味が濃いおかげで少量でもお腹はとても満足した。
偶に安売りされてたらしい菓子パンやジュースも持って帰ってきてくれたので、王都での生活はすごく充実していた。
本当ならここに住めばいいのだが、兄としてはもっともっとお金を稼いだ後でここから遠く離れた場所へ家を建てて暮らすつもりなのだという。
「ドーヴィルの郊外かド・オルニエールのどこかに土地でも買って、そこで小さな家を建てて……小さな畑も作ってお前と一緒に暮らすんだ。
貴族としてはもう生きていけないと思うけど、何……魔法が使えれば地元の人たちが便利屋代わりに仕事を持ってきてくれるだろうさ」
そう言って自分の夢を語る兄の姿は、いつも陰気だった事は幼い自分でも何となく理解する事はできた。
今思えば、きっと兄自身も自分のしている事が後々――それが遠いか近いかは別にして――返ってくるであろうと理解していたに違いない。
それでもリィリアは応援するしかないのだ。自分の為に手を汚してまで幸せをつかみ取ろうとしている、最愛の兄の事を。
……しかし、そんな時なのであった。そんな兄妹の身にこれまでしてきた事への――当然の報いが襲い掛かってきたのは。
「全くもう!ここで捕まったらお兄ちゃんの幸せは無くなっちゃうんだから気を付けないと!」
「分かってるって――…って、お?あれは……――」
通りから横へ逸れる道を通り、そのまま隠れ家のある場所へと行こうとした矢先、トーマスの足がピタリと止まったのに気が付いた。
何事かと思ったリィリアが後ろを振り返ると、そこにはうまいこと上半身だけを路地から出した兄の姿が見える。
一体どうしたのかと訝しんだ彼女は踵を返し、彼の傍へ近寄ると同じように身を乗り出してみた。
「どうしたのよお兄ちゃん?」
「リィリア……あれ、見てみろよ。ここから見て丁度斜め上の向かい側にある総菜屋の入り口だ」
兄の指さす先に視線を合わせると、確かに彼の言う通り少し大きめの総菜屋があった。
幾つもある出来合いの料理を量り売りするこの店は今が稼ぎ時なのか、仕事帰りの平民や下級貴族でごった返している。
その入り口、トーマスの人差し指が向けられているその店の入り口に、何やら大きめの旅行カバンが置かれていた。
641
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/30(日) 23:10:07 ID:q4fByaLE
「旅行カバン……?どうしてあんな所に?」
「さぁな。多分何処かの旅行客が平和ボケして地面に直置きしてるんだろうが……チャンスかも?」
「え?チャンスって……ちょ、ちょっとお兄ちゃん!?」
トーマスの口から出た゛チャンス゛という単語にリィリアが首を傾げそうになった所で、彼女は兄のしようとしている事を理解した。
妹がいかにもな感じで置かれている旅行カバンを訝しむのを他所に、懐から杖を取り出したのである。
「お兄ちゃん、ダメだよあのカバンは!あんなの変だよ、こんな街中でカバンだけ放置されてるなんて絶対変だって……!」
「大丈夫だって、安心しろよ。この距離と通りの混み具合なら、上手くやれる筈さ」
妹の静止を他所に兄は呪文を唱えようとした所でふと何かを思い出したかのように、妹の方へと顔を向けて言った。
「リィリア、もうちょっと奥まで行って隠れてろ。もしも俺が何か叫んだ時は、形振り構わずその場から逃げるんだぞ」
「お兄ちゃん!」
「大丈夫、もしもの時だよ。……今夜はこれでお終いにするさ、何せお前と俺の将来が掛かってるんだからな」
この期に及んでまだ稼ぎ足りないと言いたげな兄の欲深さに、リィリアは呆れる他なかった。
それでも彼が自分の為を思ってしてくれていると理解していた為、言うことをきくほかない。
「もう……」とため息交じりに言う妹がそのまま暗い路地の奥へと隠れたのを確認した後、トーマスは詠唱した後に杖を振る。
するとどうだ、トーマスの掛けた魔法『レビテーション』の効果を受けた旅行カバンが、一人でに動き出した。
最初こそ少しずつ、少しずつ動いていたカバンはやがてその速度を上げ始め、一気に彼のいる横道へと向かっていく。
ずるずる、ずるずる……!と音を立てて地面を移動するカバンに通りを行く人の内何人かが目を向けたが、すぐに人込みに紛れてしまう。
通行人の足にぶつからないよう上手くコントロールしつつ、尚且つ気づかれないようなるべく速度を上げて引き寄せる。
そうして幾人もの目から逃れて、旅行カバンは無事トーマスの手元へとやってきたのである。
「よし、やったぜ」
軽いガッツポーズをしたトーマスは、そのままカバンの取っ手を掴むと妹が入っていた暗い路地の奥へと入っていく。
流石に今いる場所で盗んだカバンを開けられないため、少し離れた場所で開ける事にしたのだ。
そして歩いて五分と経たぬ先にある少し道幅のある裏路地にて、二人は思わぬ戦果の確認をする事となった。
「お兄ちゃん、そろそろ開きそう?」
「待ってろ。後はここのカギを……良し、開いた」
防犯の為か二つも付いていたカバンの鍵を、トーマスは手早く『アンロック』の魔法で解錠してみせる。
小気味の良い音と共に鍵の開いたそれをスッと開けると、まず目に入ってきたのは数々の衣服であった。
どうやら本当に旅行者のカバンだったようだ、王都の人間ならばわざわざ自分の街でこれだけの服は持ち歩かないだろう。
トーマスとリィリアは互いに目配せをした後、急いで幾つもの服をカバンから出し始める。
この服を売りさばく……という手もあるが物によって値段の高低差があり過ぎるうえ、選別する時間ももどかしい。
だから二人がこの手の大きな荷物を盗んでから最初にする事は、金目のものが入っているかどうかの確認であった。
「おいリィリア、見ろ。見つけたぞ!」
カバンを物色し始めてから数分後、先に声を上げたのはトーマスの方であった。
彼はカバンの中に緯線を向けていた妹に声を掛けると、服の下に隠れていた小さめの革袋を自慢気に持ち上げて見せる。
そして二度、三度揺すってみるとその中から聞こえてくるジャラジャラ……という音を、リィリアもはっきりと聞き取ることができた。
何度も聞き慣れてはいるが耳にする度に元気が湧いてくる音に、妹は自身の顔に喜びの色を浮かべて見せる。
642
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/30(日) 23:12:06 ID:q4fByaLE
「凄い、まさか本当にあっただなんて……」
喜ぶと同時に驚いている彼女に「そうだろう」と胸を張りつつ、トーマスは袋の口を縛る紐を解く。
二人の想像通り、袋の中から出てきたのはここハルケギニアで最も普及しているであろうエキュー金貨であった。
少なくとも五十エキューぐらいはあるだろうか、旅行者が何かあった時の為に用意しているお金としては十分な額だろう。
「小遣い程度にしかならないけど……今夜はお前と一緒に美味しいものが食えそうだな」
「もう、お兄ちゃんったら」
思いもよらないボーナスタイムで気を良くする兄に、リィリアは呆れつつもその顔には笑顔が浮かんでしまう。
リィリアは兄の言葉に今から舌鼓を打ち、トーマスは妹の為に今日は安い食堂にでも足を運ぼうかと考えた時――その声は後ろから聞こえてきた。
「あー君たち、ちょっと良いかな?」
「……ッ!」
背後――それも一メイル程の真後ろから聞こえてきたのは、若い男性の声。
二人が目を見開くと同時にトーマスはバッと振り返り、妹をその背に隠して声の主と向き合う形となった。
そこにいたのは二十代後半であろうか、いかにも優男といった風貌の青年が立っていたのである。
青年は前髪を左手の指で弄りつつも、野良猫のように警戒している二人を見て気まずそうに話しかけてきた。
「……あ〜、そう警戒しないでくれるかな?ちょっと聞きたいことがあるだけだから」
青年の言葉に対して二人は警戒を解かず、いつでも逃げ出せるように身構えている。
特にトーマスは、気配を出さずにここまで近づいてきた青年が『ただの平民ではない』という認識を抱いていた。
「何だよおっさん?俺らに聞きたい事って……」
「おっさんて……僕はまだ二十四歳なんだが、あぁまぁいいや。……いやなに、本当に聞きたい事が一つあるだけだからね」
警戒し続けるトーマスのおっさん呼ばわりに困惑しつつも、彼はその゛聞きたい事゛を二人に向けて話し始めた。
「実はさっき、僕が足元に置いていた筈の荷物が消えてしまってね。探していた所なんだよ……あ、失くした場所はここから近くにある総菜屋の入り口ね?
それでね、適当な人何人かに聞いてみたら路地の中に一人でに入っていった聞いて慌てて後を追ってきたんだが……君たち、知らないかい?」
男は優しく、警戒し続ける二人を安心させようという努力が垣間見える口調で、今の二人が聞かれたくなかった事を遠慮なく聞いてきた。
リィリアはその手で掴んでいる兄の服をギュッと握りしめつつもその顔を真っ青にし、トーマスの額には幾つもの冷や汗を浮かんでいる。
彼の言う通り自分たちはその荷物とやらの行方を知っている。いや、知りすぎていると言っても過言ではない。
何せ彼が探しているであろう荷物は、先ほどトーマス自身が魔法で手繰り寄せて盗み取ったのであるから。
つい先ほどまで有頂天だったのが一変し、窮地に追い込まれた兄妹はこの場をどう切り抜けようか思案しようとする。
だがそれを察してか、はたまた彼らがクロだと踏んだのか男は彼らの後ろにあったカバンを見て声を上げた。
643
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/30(日) 23:14:07 ID:q4fByaLE
「ん、あれは君たちの荷物かい?」
「へ?あ、あぁ……そうだよ」
てっきりバレたのかと思っていたトーマスはしかし、男の口から出た言葉に目を丸くしてしまう。
どうやら男はこんな場所に置かれていたカバンと自分たちを見て、それが自分の荷物だと思わなかったらしい。
よく言えば重度のお人好しで、悪く言えば単なるバカとしか言いようがない。
きっと自分たちがまだ子供だから、盗みなんてするはずが無い…思っているのかもしれない。
もしすればこのまま上手く誤魔化せるのではないかと思ったトーマスであったが……――世の中、そう甘くはなかった。
「そうか、そのカバンは君たちの物なのか〜……ふ〜ん、そうかぁ〜」
トーマスの言葉を聞いた男はそんな事を一人呟きつつ、懐を漁りながら二人のそばへと近寄りだした。
更に距離を詰めようとしてくる男に二人は一歩、二歩と後退るのだが、男の足の方が速い。
兄妹のすぐ傍で足を止めた男はその場で中腰になると、懐を漁っていた手でバッと何かを取り出して見せる。
それは一見すれば極薄の手帳のようだが、よく見るとそれが身分証明書の類である事が分かった。
表紙には大きくクルデンホルフ大公国の国旗が描かれており、その下にはガリア語で゛身分証明゛と書かれている。
男はそれを開くとスッと兄妹の前に開いたページを見せつけながら、笑顔を浮かべつつ唐突な自己紹介を始めた。
「自己紹介がまだだったね。僕の名前はダグラス、ダグラス・ウィンターって言うんだ。まぁ詰まるところ、旅行者ってヤツさ」
「……そ、それがどうしたってんだよ?俺たちと何の関係が……」
「――君。その鞄の右上、そこに小さく彫られてる名前を確認してみると良いよ」
自分の反論を遮る彼の言葉に、トーマスの体はピクリと震えた。
リィリアもビクンッと反応し、相も変わらずニヤニヤと笑う男の様子をうかがっている。
対する男――ダグラスはニコニコしつつも兄妹の後ろにあるカバンを指さして、「ほら、確認して」と言ってくる。
仕方なくトーマスはゆっくりと、自分の服にしがみついている妹ごと後ろを振り返り、カバンを確認した。
丁度都合よく閉まっていたカバンの外側右上に、確かに小さく誰かの名前が彫られている事に気が付いた。
最初はだれの名前がわからなかったかトーマスであったが、目を凝らさずともその名前が誰の名前なのかすぐに分かった。
――ダグラス・ウィンター
血の気が引くとはこういう事を言うのか、二人してその顔は一気に真っ青に染まっていく。
「ね?その名前、実は俺が彫ったんだよ。いやぁ、中々の手作業だったんだ」
心ここにあらずという二人の背中に、聞いてもいないというのにダグラスは一人暢気にしゃべっている。
しかしその目は笑っていない。口の動きや喋り方、表情に身振り手振りで笑っている風に装っているが、目だけは笑ってないのだ。
限界まで細めた目で無防備に背中を見せるとトーマスと、警戒しているリィリアが次にどう動くのかを窺っている。
無論トーマスとリィリアの兄妹もダグラスの冷たい視線に気が付いており、動くに動けない状態となっていた。
644
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/30(日) 23:16:05 ID:q4fByaLE
トーマスは咄嗟に考える。どうする?今すぐ妹の手を取ってここからダッシュで逃げるべきか?
既に自分たちが盗人だとバレてしまっている以上、どうあっても誤魔化しが効かないのは事実だ。
ならば未だ狼狽えている妹の手を無理やりにでも取って、脱兎の如く逃げ出すのが一番だろう。
幸いこの路地は程よく道が幾つにも分かれており、上手くいけば彼――ダグラスを撒ける可能性はある。
これまで足の速さと運動神経の良さのおかげで、バレたときにはうまく逃げ切れていたし、何より魔法も使える。
今回も大きなミスをしなければ、背後にいる得体の知れない観光客から逃れることなど造作もないだろう。
(唯一の不安材料は妹だけど……けれど、今更置いて逃げる事なんかできるかよ)
盗みがバレたせいで未だ目を白黒させているリィリアを一瞥しつつ、トーマスは自身の右手をベルトに差している杖へと伸ばす。
同時に左手をそっと妹の方へと動かして、胸元で握り締めている両手を取ろうとした――その時であった。
ふと目の前、暗くなった路地の曲がり角から突如、自分たちよりも二回りほど大きい褐色肌の男が姿を現したのである。
突然の事にトーマスは慌てて両手の動きを止めて、リィリアは突如現れた大男を見て「……ひっ」と小さな悲鳴を上げてしまう。
男はダグラスよりもずっと屈強な体つきをしており、いかにも日頃から鍛えていますと言わんばかりのガタイをしている。
筋肉男――マッチョマンと呼ぶに相応しいほど鍛えられた肉体を、彼は持っているのだ
そんな突然現れたマッチョマンを前に二人が驚いて動けない中、その男はスッと視線を横へ向け、ダグラスと顔を合わせてしまう。
そしてダグラスに気が付いた瞬間、男はパッと顔を輝かせると面白いものを見たと言いたげな声で彼に話しかけたのである。
「ん……おぉ、いたいた!おぉいダグラス!盗人はもう見つけたのか?」
「やぁマイク。ようやっと見つけたよ。まさか僕のカバンを盗むなんてね、大した泥棒さんたちだよ」
「ん?あぁ、このガキどもが犯人ってワケか!はっはっは!まさかお前さんともあろう男が、こんなチビ共に盗まれるとはな!」
「よせよ、まさか本当に盗まれるだなんて思ってなかったんだからさぁ」
まるで一、二ヵ月ぶりに顔を合わせた親友の様に話しかけてくる褐色肌の男――マイクに対して、タグラスも同じような言葉を返す。
そのやり取りを見てトーマスは更なる絶望に叩き落される。何ということだろう、自分は何と愚かな事をしてしまったのだと。
冷静に考えれば確かにあのカバンは怪しかった。景気よく稼いだせいですっかり調子に乗っていた自分は、その怪しさに気づけなかった。
その結果がこれである。自分だけではなく妹のリィリアをも危険に晒してしまっているのだ。
妹を危険に晒してしまった。……その事実がトーマスに突発的な行動を起こさせきっかけになったかどうかは分からない。
ただ愛する妹を、唯一残った肉親をせめてここから逃がそうとして、小さな頭で素早く考えを巡らせ結果かもしれない。
「……ッ!うわぁあぁあぁッ!」
「お兄ちゃん!?」
「うぉッ!?何だ、この……離せッ!」
トーマスは自分たちの目の前で景気よく笑うマイクに向かって、精一杯の突進をかましたのである。
無論自分よりも倍の身長を持つマイクにとっては、突然見ず知らずの子供が叫び声をあげて両脚を掴んできた風にしか見えない。
しかし、大の男二人に至近距離まで近づかれた状態では、これが最善の方法なのかもしれない。
ここまで近づかれては杖を取り出してもすぐに取り上げられ、最悪二人揃って捕まる可能性の方が高い。
ならば小さな頭で今考えられる最善の方法を、一秒でも早く実行に移す他なかった。
645
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/30(日) 23:18:09 ID:q4fByaLE
「走れリィリア!ここから急いで逃げるんだッ!」
「え……え?でも、」
「俺に構うな!さっさと逃げろォッ!」
「……ッ!」
兄の突然の行動に体が硬直していたリィリアは、彼の叫びを聞いて飛び跳ねるかのように走り出す。
大男とその足を必死に掴む兄の横を通り過ぎ、暗闇広がる路地をただただ黙って疾走する。
「あっ!お、おいきみ――って、うぉ!?」
後ろからダグラスの制止する声が聞こえたが、それは途中で小さな叫び声へと変わる。
五メイルほど走ったところで足を止めて振り返ると、トーマスは器用にも足を出して彼を転ばせたのだ。
哀れその足に引っかかってしまったダグラスは道の端に置いてあったゴミ箱に後頭部ぶつけたのか、頭を押さえてうずくまっている。
ここまでした以上、何をされるか分からぬ兄の身を案じてか、リィリアは「お兄ちゃん!」と声を上げてしまう。
それに気づいてか、顔だけを彼女の方へ向けたトーマスは必至そうな表情で叫ぶ。
「バカッ!止まるんじゃない!早く、早く遠くへ――……っあ!」
「この、野郎ッ!」
トーマスが目を離したのをチャンスと見たのか、マイクはものすごい勢いで拳を振り上げる。
振り上げた直後の罵声に気づき、彼が視線を戻したと同時にそれが振り下ろされ、リィリアは再び走り出した。
直後、鈍く重い音と子供の悲鳴が路地裏に響き渡ったのを聞きながら、リィリアは振り返る事をせずに走り続ける。
いや、振り返る事ができなかった。というべきであろうか、背後で起きている事態を直視する勇気は、彼女に無かったのだ。
涙をこぼしながらただひたすらに路地裏を走る彼女の耳に聞こえてくるは、何かを殴りつける鈍い音と、マイクの怒声。
「このガキめ、大人を舐めるな!」
まるでこれまでの自分たちの行動が絶対的な悪なのだと思わせるかのような、威圧的な言葉。
それが深く、脳内に突き刺さったままの状態でリィリアは路地裏を駆け抜け、夜の王都へとその姿を消したのである。
「最初に言ったけど、もう一度言うわ。自業自得よ」
リィリアから長い話を聞き終えた後、霊夢は情け容赦ない一言を彼女へと叩きつけた。
それを面と向かって言われたリィリアは何か言い返そうとしたものの、霊夢の表情を見て黙ってしまう。
ムッと怒りの表情とそのジト目を見てしまえば、彼女ほどの小さな子供ならば口にすべき言葉を失ってしまうだろう。
威圧感――とでも言うべきなのであろうか、気弱な人間ならば間違いなく沈黙を保ち続けるに違いない。
そんな霊夢を恐ろし気に見つめていたリィリアの耳に、今度は背後にいる別の少女が声を上げた。
「まぁ霊夢の言う通りよね。少なくともアンタとアンタのお兄さんは被害者だけど、被害者ヅラして良い身分じゃないもの」
彼女の言葉にリィリアは背後を振り返り、ベンチに腰を下ろして自分を見下ろしている桃色髪の少女――ルイズを見やる。
646
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/30(日) 23:20:06 ID:q4fByaLE
最初、リィリアはその言葉の意味がイマイチ分からなかったのか、ついルイズにその事を聞いてしまった。
「それって、どういう……」
「そのままの意味よ。散々人の金盗んでおいて、一回シバかれただけで白旗を上げるなんて、都合が良すぎなの」
「でも……あぅ」
ふつふつと湧いてくる怒りを抑えつつ、冷静な表情のまま相手に言い放つルイズの表情は冷たい。
眩い木漏れ日が綺麗な夏の公園の中にいるにも関わらず、彼女の周囲だけまるで凍てつく冬のようである。
もしもここに彼女の身内や知り合いがいたのならば、きっと彼女の母親と瓜二つだと言っていたに違いない。
その表情を見てしまったリィリアはまたもや何も言い返せず、黙ってしまう。
ほんの十秒ほどの沈黙の後、リィリアはふとこの場にいる三人目の女性――ハクレイへと目を向ける。
彼女もまた財布を盗まれた被害者であり、さらに言えばそれを盗んだのが自分だったという事か。
普通に考えれば助けてくれる可能性など万一つ無いのだが、それでも少女は救いの目でルイズの横に立つ彼女へと視線を送った。
ハクレイはというと、カトレアから貰ったお金を盗んだ少女が見せる救いの眼差しに、どう対応すれば良いのかわからないでいる。
睨み返すことはおろか、視線を逸らす事さえできず、どんな言葉を返したら良いのか知らないままただ困惑した表情を浮かべるのみ。
そんな彼女に釘を刺すかのように、ルイズと霊夢の二人も目を細めてハクレイを睨みつけてくる。
――同情や安請負いするなよ?そう言いたげな視線にハクレイは何も言えずにいた。
(やっぱり、カトレアを連れてくるべきだったかしら?)
自分一人ではどう動けばいいか分からぬ中、彼女は自分の選択が間違っていたのではないかと思わざる得なかった。
それは時を遡る事三十分前。丁度霊夢とハクレイの二人が互いの目的の為に街中で別れようとしていた時であった。
色々一悶着があったものの、ひとまず丁度良い感じで別れようとした直前に、あの少女が彼女たちの前に姿を現したのである。
――今まで盗んだお金を返すから、兄を助けてほしい。そう言ってきた少女は、あっという間に霊夢に捕まえられてしまった。
ハクレイとデルフが制止する間もなく捕まえられた彼女は悲鳴を上げるが、霊夢はそれを気にする事無く勝ったと言わんばかりの笑みを浮かべていた。
「は、離して!」
「わざわざ姿を現してくれるなんて嬉しい事してくれるわね?……もしかして今日の私の運勢って良かったのかしら?」
いつの間にか後ろへ回り込み、猫を掴むようにしてリィリアの服の襟を力強く掴んだ彼女は、得意げにそんな事を言っていた。
そして間髪いれずに路地裏へと連れ込むと、襟を掴んだままの状態で彼女への「取り調べ」を始めたのである。
「早速聞きたいんだけど、アンタのお兄さんが何処にお金を隠したのか教えてくれないかしら?」
「だ、だからお金は返すから……先にお兄ちゃんを!」
「あれ、聞いてなかった?私はお金の隠し場所を教えてもらいたい゛だけ゛なんだけど?」
最早取り調べというより尋問に近い行為であったが、それを気にする程霊夢は優しくない。
ハクレイとデルフが止めに入っていなければ、近隣の住民に通報されていたのは間違いないであろう。
ひとまずハクレイが二人の間に入ったおかげでなんとか場は落ち着き、リィリアの話を聞ける環境が整った。
最初こそ「何を言ってるのか」と思っていた霊夢であったが、その口ぶりと表情から本当にあった事だと察したのだろう、
ひとまず拳骨を一発お見舞いしてやりたい気持ちを抑えつつ、ため息交じりに「分かったわ」と彼女の話を信じてあげる事にした。
その後、姉の所に出向いているであろうルイズにもこの事を報告しておくかと思い。ハクレイに道案内を頼んだのである。
647
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/30(日) 23:22:08 ID:q4fByaLE
彼女の案内で『風竜の巣穴』へとすんなり入ることのできた霊夢は、ハクレイにルイズを外へ連れてくるように指示を出そうとした。
しかしタイミングが良かったのか、丁度カトレアとの話が済んで帰路につこうとしたルイズ本人とバッタリ出くわしたのである。
「丁度良かったわルイズ。見なさい、ようやっと盗人の片割れを見つけたわ」
「えぇっと、とりあえずアンタを通報すれば良いのかしら?」
「……?何で私を指さしながら言ってるのよ」
そんなやり取りの後、ひとまず近場の公園へと場所を移して――今に至る。
「それにしても、イマイチ私たちに縋る理由ってのが分からないわね」
リィリアから話を聞き終えたルイズは彼女が逃げ出さないよう睨みつつ、その意図を図りかねないでいる。
当然だろう。何せ自分たちが金を盗んだ相手に、兄が暴漢たちに捕まったというだけで助けてほしいと懇願してきたのだから。
本来ならばふざけるなと一蹴された挙句に、衛士の詰所に連れていかれるのがお約束である。
いや、それ以前に衛士の元へ駈け込んで助けて欲しいと頼み込めばいいのではなかろうか?
まだ幼いものの、それが分からないといった雰囲気が感じられなかったルイズは、それを疑問に思ったのである。
そして疑問に思ったのならば聞けばいい。ルイズは地面に正座するリィリアへとそのことを問いただしてみることにした。
「ねぇ、一つ聞くけど。どうしてアンタは被害者である私たちに助けを求めたのよ?」
「え?そ……それは…………だから」
突然の質問にリィリアは口を窄めて喋ったせいか、上手く聞き取れない。
霊夢とハクレイも何だ何だと傍へ近寄って来るのを気配で察知しつつ、ルイズはもう一度聞いてみた。
「何?ハッキリ言いなさいな」
「えっと……その、お姉さんたちがあんなに大金を持ってたから……」
「大金……?――――ッァア!」
一瞬何のことかと目を細めてルイズは、すぐにその意味に気づいたのかカッと見開いた瞳をリィリアへと向ける。
限界近くまで見開かれた鳶色のそれを見て少女が「ヒッ」と悲鳴を漏らす事も気にせず、ルイズはズィっとその顔を近づけた。
「も、も、もしかしてアンタ!私たちの三千近いエキュー金貨の場所を、知ってるっていうの!?」
「はいはいその通りだから、落ち着きなさい」
興奮するルイズの肩を掴んでリィリアと離しつつ、霊夢は鼻息荒くする主に自分が先にリィリア聞いた事を伝えていく。
「まぁ要は取り引きってヤツよ。ウソか本当かどうか知らないけど、どうやら兄貴が何処に金を隠しているのか知ってるらしいのよ。
それで私たちから盗んだ分はすべて返すから、代わりに兄貴を助けて……次いで自分たちの事は見逃して欲しいって事らしいわ」
霊夢から話をする間に大分落ち着く事のできたルイズは「成程ね」と言って、すぐに怪訝な表情を浮かべて見せた。
「ちょい待ちなさい。兄を助ける代わりにお金を返すのはまぁ分かるとして、見逃すってのはどういう事よ?」
「アンタが疑問に思ってくれて良かったわ。私もそれを聞いて何都合の良いこと言ってるのかと思ったし」
「少なくともアンタよりかはまともな道徳教育受けてる私に、その言葉は喧嘩売ってない?」
顔は笑っているが半ば喧嘩腰のようなやり取りをしていると、二人の会話に不穏な空気を感じ取ったリィリアが口を挟んでくる。
「お願いします!盗んだお金はそのまま返すから、お兄ちゃんを……」
「まぁ待ちなさい。……少なくともお金を返してくれるっていうのなら、あなたのお兄さんは助けてあげるわ」
逸る少女を手で制止しつつ、ルイズは彼女が持ち掛けてきた取引に対しての答えを返す。
それを聞いてリィリアの表情が明るくなったものの、そこへ不意打ちを掛けるかのようにルイズは「ただし」と言葉を続けていく。
648
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/30(日) 23:24:20 ID:q4fByaLE
「アンタとアンタのお兄さんを見逃すっていう事はできないわ。事が済んだら一緒に詰所へ行きましょうか」
「え?なんで、どうして……?」
「どうしても何もないわよ。だってアンタたちは盗人なんですから」
二つ目の条件が認められなかった事に対して疑問を感じているリィリアへ、ルイズは容赦ない現実を突きつけた。
今まで見て見ぬ振りを決め込み、目をそらしていた現実を突き決られた少女はその顔に絶望の色が滲み出る。
その顔を見て霊夢はため息をつきつつ、自分たちが都合よく助けてくれると思っていた少女へと更なる追い打ちをかける。
「第一ねぇ、盗んだモノをそっくりそのまま返して許されるなら、この世に窃盗罪何て存在するワケないじゃない」
「で、でも……それは……私とお兄ちゃんが生きていく為で、」
「生きていく為ですって?ここは文明社会よ。子供だからって理由で窃盗が許されるワケが無いじゃない。
アンタ達は私たちと同じ人間で、社会の中で生きていくならば最低限のルールを守る義務ってのがあるのよ。
それが嫌で窃盗を生業とするんなら山の中で山賊にでもなれば良いのよ。ま、たかが子供にそんな事できるワケはないけどね。
第一、散々人々からお金を盗んどいて、いざ身内が仕事しくじって捕まったら泣いて被害者に縋るような半端者なんだし」
的確に、そして容赦なく現実を突きつけてくる博麗の巫女を前にリィリアは目の端に涙を浮かべて、顔を俯かせてしまう。
流石に言いすぎなのではないかと思ったルイズが霊夢に一言申そうかと思った所で、それまで黙っていたデルフが口を開いた。
『おぅおう、鬱憤晴らしと言わんばかりに攻撃してるねぇ』
「何よデルフ、アンタはこの生意気な子供の味方をするっていうの?」
『まぁ落ち着けや、別にそういうワケじゃないよ。……ただ、その子にも色々事情があるだろうって事さ』
「事情ですって?」
突然横やりを入れてきた背中の剣を睨みつつも、霊夢は彼の言うことに首をかしげてしまう。
デルフの言葉にルイズとハクレイ、そしてリィリアも顔を上げたところで、「続けて」と霊夢は彼に続きを言うよう促す。
それに対しデルフも「お安い御用で」と返したのち、彼女の背中に担がれたまま話し始めた。
『まぁオレっち自身、その子と兄さんの素性なんぞ知らないし、知ったとしてもこれまでやってきた所業を正当化できるとは思えんさ。
どんな理由があっても犯罪は犯罪だ。生きていく為明日の為と言いつつも、結局やってる事は他人から金を盗むだけ。
それじゃ弱肉強食の野生動物と何の変りもない、人並みに生きたいのであればもう少しまともな道を探すべきだったと思うね』
てっきり擁護してくれるのかと思いきや、一振りの剣にまで当り前の事を言われてしまい、リィリアは落ち込んでしまう。
何を今更……とルイズと霊夢の二人はため息をつきそうになったが、デルフはそこで『ただし、』と付け加えつつ話を続けていく。
『今のような状況に至るまでにきっと、いや……多分かもしれんがそれならの理由はあっただろうさ。
断定はできんが、オレっち自身の見立てが正しければ、きっとこの子一人だけだったのならば盗みをしようなんざ思わなかった筈だ。
親がいなくなり、帰る家も失くしてしまった時点で近場の教会なり孤児院を頼っていたに違いないさ』
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:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/30(日) 23:26:06 ID:q4fByaLE
デルフの言葉で彼の言いたい事に気が付いたのか、ハクレイを除く三人がハッとした表情を浮かべる。
霊夢とルイズの二人は思い出す。あの路地裏でアンリエッタからの資金を奪っていった生意気な少年の顔を。
リィリアもまた兄の事を思い浮かべていたのか、冷や汗を流す彼女へとルイズが質問を投げかけた。
「成程、ここまで窃盗で生きてきたのはアンタのお兄さんが原因だったってことね?」
「……!お、お兄ちゃんは私の為を思って……」
「それでやり始めた事が窃盗なら、アンタのお兄さんは底なしのバカって事になるわね」
あれだけの魔法が使えるっていうのに、そんなことを付け加えながらもルイズはため息をつく。
いくら幼いといえども、自分たちに見せたレベルの魔法が使えるのならば子供でも王都で雇ってくれる店はいくらでもあるだろう。
昨今の王都ではそうした位の低い下級貴族たちが少しでも生活費を増やそうと、平民や他の貴族の店で働くケースが増えている。
店側も魔法を使える彼らを重宝しており、今では平民の従業員よりも数が増えつつあるという噂まで耳にしている。
もしも彼女のお兄さんが心を入れ替えて働いていたのならば、きっとこんな事態には陥っていなかったであろう。
「才能の無駄遣いって、きっとアンタのお兄さんにピッタリ合う言葉だと思うわ」
『まぁ非行に走る前に色々とあったってのは予想できるがね。……まぁあまり明るい話じゃないのは明らかだが』
ルイズの言葉にデルフが相槌を入れつつも、リィリアにその話を聞こうと誘導していく。
少女も少女でデルフの言いたいことを理解しているのか、顔を俯かせつつも話そうかどうかと悩んでいる。
どうして自分たちが盗人稼業で生きていく羽目になったのか、その理由の全てを。
少し悩んだ後に決意したのか。スッと顔を上げた彼女は、おずおずとした様子で語り始めた。
両親の死をきっかけに領地を追い出され、兄妹揃って行く当てもない旅を始めた事。
最初こそ行く先にある民家や村で食べ物を恵んでいた兄が、次第に物を盗むようになっていった事。
最初こそ食べ物や毛布だけであったが次第に歯止めが効かなくなり、とうとう人のお金にまで手を出した事。
常日頃口を酸っぱくして「大人は危険」と言っていた為に自分も感化され、次第に兄の行為を喜び始めた事。
ゆく先々で他人の財産を奪い続けていき、とうとう王都にまでたどり着いた事。
そこで兄は大金を稼ぎ、二人で暮らせるだけのお金を手に入れると宣言した事。
そして失敗し、今に至るまでの出来事を話し終えたのは始めてからちょうど三分が経った時であった。
「……なんというか、アンタのお兄さんって色々疑いすぎたのかしらねぇ?」
三人と一本の中で最初に口を開いたルイズの言葉に、リィリアは「どういうことなの?」と返した。
ルイズはその質問に軽いため息をつきつつも座っていたベンチから腰を上げて、懇切丁寧な説明をし始める。
「だって、アンタのお兄さんは大人は危険とか言ってたけど。普通子供だけで盗んだ金で家建てて生きていくなんて無茶も良いところだわ。
それに、普通の大人ならともかく孤児院や教会の戸を叩けたのならきっと中にいたシスターや神父様たちが助けてくれた筈よ?」
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:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/30(日) 23:28:09 ID:q4fByaLE
ルイズの言葉にリィリアは再び顔を俯かせつつ、小声で「そいつらも危険って言ってたから……と話し始める。
「お兄ちゃんが言ってたもん、大人たちは大丈夫大丈夫って言いながら私たちを引き離してくるに違いないって」
以前兄から教わった事をそのまま口にして出すと、ルイズの横で聞いていた霊夢がため息をつきつつ会話に参加してくる。
「孤児院や教会の人間が?そんなワケないじゃないの、アンタの兄貴は疑心暗鬼に駆られすぎなのよ」
「ぎしん……あんき?」
『つまりは周りの他人を疑い過ぎて、その人達の好意を受け止められないって事だよ』
デルフがさりげなく四文字熟語を教えてくるのを見届けつつ、霊夢はそのまま話を続けていく。
「まぁ何があったのか大体理解できたけど、それで非行に走るんならとことん救いようがないわねぇ
きっとここに至るまで色んな人の好意を踏みにじってきて、そのお返しと言わんばかりに金を盗って勝ったつもりになって……、
それで挙句の果てに屁でもないと思っていた被害者にボコられて捕まったんじゃ、誰がどう考えても当然の報いって考えるわよ普通」
肩を竦めてため息をつく彼女の正論に、リィリアはションボりと肩を落として落胆する。
流石の彼女であっても、ここにきてようやく自分たちのしてきた事の重大さを理解したのであろう。
デルフも『まぁ、そうなるな』と霊夢の言葉に同意し、ルイズは何も言わなかったものの表情からして彼女に肯定的であると分かる。
しかしその中で唯一、困惑気味の表情を浮かべてリィリアを見つめる女性がいた。
それは霊夢たちと同じく兄妹……というかリィリアに直接お金を奪われた事のあるハクレイであった。
少女に対し批判的な視線と表情を向けている霊夢とルイズの二人とは対照的に、どんな言葉を出そうか悩んでいるらしい。
確かに彼女とそのお兄さんがした事が許されないという事は、まず変わりはしない。
けれどもルイズたちの様に一方的になじる気にはなれず、結果喋れずにいるのだ。
下手に喋れずけれども止める事もできずにいた彼女であったが、何も考えていなかったワケではない。
幼少期に兄と共に苛酷な環境に身を置かざるを得なくなり、非行に走るしかなかった少女に何を言えばいいのか?
そして兄と共に二度とこんな事をしないで欲しいと言わせるにはどうすれば良いのか?それをずっと考えていたのである。
彼女はここに来てようやく口を開こうとしていた。一歩前へと踏み出し、それに気づいた二人と一本からの熱い視線をその身に受けながら。
「?どうしたのよアンタ」
「……あーごめん、今まで黙ってて何だけど喋っていいかしら?」
軽い深呼吸と共に一歩進み出た自分に疑問を感じたルイズへ一言申した後、リィリアの前へと立つハクレイ。
それまで黙っていたハクレイの言葉と、かなりの距離まで近づいてきたその巨躯を見上げる少女は自然と口中の唾を飲み込んでしまう。
何せここにいる四人の中では、最も背の高いのがハクレイなのだ。子供の目線ではあまりにも彼女の背丈は大きく見えるのだ。
唾を飲み込むついで、そのまま一歩二歩と後ずさろうとした所で、ハクレイはその場でスッと膝立ちになって見せる。
するとどうだろう、あれ程まで多が高過ぎて良く見えなかったハクレイの顔が、良く見えるようになったのだ。
「……え?あの」
「人とお話をする時は他の人の顔をよく見ましょう。って言葉、よく聞くでしょう?」
困惑するリィリアに苦笑いしつつもそう言葉を返すと、ハクレイは若干少女の顔を見下ろしつつも話を続けていく。
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:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/30(日) 23:30:09 ID:q4fByaLE
「私の事、覚えてるでしょう?ホラ、どこかの広場でボーっとしてて貴女に財布を盗まれた事のある……」
霊夢やルイズと比べ、年頃らしい落ち着きのある声で話しかけてくる彼女にはある程度安心感というモノを感じたのだろうか。
それまで緊張の色が見えていた顔が微かに緩くなり、自分と同じくらいの視点で話しかけてくるハクレイにコクコクと頷いて見せた。
「うん、覚えてるよ。だからまず最初にお姉さんに声を掛けたの。だってもう片方は怖かったから……」
「おいコラ。今聞き捨てならない事をサラッと言ってくれたわね?」
自分の方を見つめつつもそんな事を言ってきた少女に、霊夢はすかさず反応する。
それを「やめなさいよ」とルイズが窘めてくれたのを確認しつつ、ハクレイは尚も話を続けていく。
「さっき、貴女のお兄さんを助けてくれたらお金はそっくりそのまま返すって言ってたわよね?」
「……!う、うん。私、お兄ちゃんがどこの盗んだお金を何処に隠しているのを知って……――え?」
食いついた。そう思ったリィリアはパっと顔を輝かせつつ、ハクレイに取り引きを持ち掛けようとする。
しかしそれを察したのか、逸る彼女の眼前に右手の平を出して制止したのだ。
一体どうしたのかと、リィリアだけではなくルイズたちも怪訝な表情を浮かべたのを他所にハクレイはそのまま話を続けていく。
「別にお金の事はもう良いのよ。私がカトレアに貰った分だけなら……あなた達が良いなら渡してあげても良い」
「え?それ……って」
「はぁ?アンタ、この期に及んで何甘っちょろい事言ってるのよ!?」
三人と一本の予想を見事に裏切る言葉に、思わず霊夢がその場で驚いてしまう。
ルイズは何も言わなかったものの目を見開いて驚愕しており、デルフはハクレイの言葉を聞いて興味深そうに刀身を揺らしている。
まぁ無理もないだろう。何せ彼女たちから散々許されないと言われた後での言葉なのだ。
むしろあまりにも優しすぎて、ハクレイにそんな事を言われたリィリア本人が自身の耳を疑ってしまう程であった。
流石に一言か二言文句を言ってやろうかと思った矢先、それを止める者がいた。
『まぁ待てって、そう急かす事は無いさ』
「デルフ?どういう事よ」
突然制止してきたデルフに霊夢は軽く驚きつつも自分の背中にいる剣へと声を掛ける。
『どうやら奴さんも無計画に言ってるワケじゃなそうだし、ここは見守ってやろうや』
何やら面白いものが見れると言いたげなデルフの言葉に、ひとまず霊夢は様子を見てみる事にした。
彼女の後ろにいるルイズも同じ選択を選んだようで、二人してハクレイとリィリアのやり取りを見守り始める。
「え……?お金、くれるの?それで、お兄ちゃんも助けてくれるっていうの……?」
相手の口から出た言葉を未だに信じきれないのか、訝しむ少女に対しハクレイは無言で頷いて見せる。
それが肯定的な頷きだと理解した少女は、信じられないと首を横に振ってしまう。
確かに彼女の思う通りであろう。普通ならば、金を盗まれた相手に対して見せる優しさではない。
盗まれた分のお金は渡し、更には兄まで助けてくれる。……とてもじゃないが、何か裏があるのではないかと疑うべきだろう。
リィリア自身盗んだお金を返すから兄を助けてほしいと常識外れなお願いをしたものの、ハクレイの優しさには流石に異常を感じたらしい。
少し焦りつつも、少女は変に優しすぎるハクレイへとその疑問をぶつけてみる事にした。
「で、でも……そんなのおかしいよ?どうして、そこまで優しくしてくれるなんて……」
「まぁ普通はそう思うわよね。私だって自分で何を言っているのかと思ってるし」
彼女の口からあっさりとそんに言葉が出て、思わずリィリアは「え?」と目を丸くしてしまう。
そして疑問に答えたハクレイはフッと笑いつつ、どういう事なのかと訝しむ少女へ向けて喋りだす。
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:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/30(日) 23:32:15 ID:q4fByaLE
「私が盗まれた分のお金はそのまま渡して、ついでにお兄さんも助けてあげる。それを異常と感じるのは普通の事よ。
だって世の中そんなに甘くないのは私でも理解できるし、そこの二人が貴女のお願いに呆れ果ててるのも当り前の事なんだし」
優しく微笑みかけながらも、そんな言葉を口にするハクレイへ「なら……」とリィリアは問いかける。
――ならどうして?最後まで聞かなくとも分かるその言葉に対し、彼女は「簡単な事よ」と言いながら言葉を続けていく。
「あなた達の事を助けたいのよ。……まぁ二人にはそんなのは優しすぎるとか文句言われそうだけどね」
暖かい微笑みと共に口から出た暖かい言葉に、それでもリィリアは怪訝な表情を浮かばせずにはいられない。
何せ自分は彼女に対して財布を盗んだ挙句に魔法を当ててしまったのだ、それなのに彼女は助けたいと言っているのだ。
普通ならば何かウラがあるのではないかと疑うだろう。リィリアはまだ幼かったが、そんな疑心を抱ける程には成長している。
「でも、そんなのおかしいわ?だって、私はお姉ちゃんに対してあんなに酷いことをしたのに……」
疑いの眼差しを向けるリィリアの言葉に対して、ハクレイは「まぁそれは忘れてないけどね?」と言いつつも話を続けていく。
「だから私は今回――この一度だけ、あなた達の手助けをするわ。一人の大人としてね。
あなた達兄妹が泥棒稼業から手を洗って、まともに暮らしていくっていうのなら……今後の為を思ってあなた達に私の――カトレアがくれたお金を託す。
何なら孤児院や、身寄り代わりの教会を探すのだって手伝おうとも考えてるわ。少なくともそこにいる人たちならば、あなた達を助けてくれると思うから」
ハクレイはそう言った後に口を閉ざし、ポカンとしているリィリアへとただ真剣な眼差しを向けて返事を待っている。
少女は彼女の言ったことをまだ完全に信じ切れていないのか、何と言えばいいのか分からずに言葉を詰まらせている。
それを眺めている霊夢は彼女の甘さにため息をつきたくなるのを堪えつつも、最初に言っていた言葉を思い出す。
――この一度だけ。つまりは、あの兄妹に対して彼女はたった一度のチャンスをあげるつもりなのだろう。
彼女が口にしたようにバカ野郎な兄と共にまともな道を歩み直せる、文字通りの最後のチャンスを。
ルイズもそれを理解したようだったが、何か言いたそうな表情をしているに霊夢と同じことを考えているらしい。
確かに子供といえど犯罪者に対して甘すぎる言葉であったが、犯罪者であるが以前に子供である。
自分と霊夢は少女を犯罪者として、彼女は犯罪者である以前に子供として接しているのだ。
だから二人して甘々なハクレイに何か一言突っついてやりたいという気持ちを抑えつつ、リィリアの答えを待っていた。
そして件の少女は、ハクレイから提示された条件を前に、何と答えれば良いか迷っている最中であった。
今まで兄と共に生きてきて、大事な事を全て決めてきたのは兄であったが、その兄はこの場にいない。
だから自分たち兄妹の事を自分が決めなければいけないのだ。
リィリアは閉まりっぱなしであった重い口をゆっくりと開けて、自分を見守るハクレイへと話しかける。
「本当に……本当に私たちの、味方になってくれるの?」
「アナタがお兄さんと一緒になってこれから真っ当に生きていくというのになら、私はアナタ達の味方になるわ」
少女の口から出た質問に、ハクレイは優しい微笑みと真剣な眼差しを向けてそう返す。
そこには兄の言っている「汚い大人」ではなく、本当に自分たちの事を案じてくれる「一人の大人」がいた。
そして彼女はここにきてようやく思い出す、これまでの短い人生の中で、今の彼女と同じような表情と眼差しを向けてくれた人たちが大勢いたことを。
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:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/30(日) 23:34:07 ID:q4fByaLE
ある時は通りすがりの旅人に果物やパンを分けてくれた農民、そしてタダ配られるスープ目当てに近づいた教会の人たち。
ここに至るまで通ってきた道中で出会った人々の多くが、自分たちの事を本当に心配してくれていたのだと。
しかし兄は事あるごとに彼らを見て「信用するな」と耳打ちし、その都度必要なものだけを奪って彼らの親切心を踏みにじってきた。
兄は自分よりも成長していた、だからこそ自分たちを領地から追い出した親戚たちの事が忘れられなかったのだろう。
結果的にそれが兄の心に疑心暗鬼を生み出し、他人の善意を踏みにじる原因にもなってしまった。
その事を兄よりも先に理解したリィリアは、目の端から流れ落ちそうになった涙を堪えつつ――ゆっくりと頷いた。
ハクレイはその頷きを見て優しい微笑みを浮かべたまま、そっと左手で少女の頭を撫でようとして――。
「…って、何心温まる物語にしようとしてるのよッ!?」
「え?ちょ……――グェッ!」
二人だけの世界になろうとした所で颯爽と割り込んできた霊夢に、見事な裸絞めを決められてしまった。
あまりに急な攻撃だった為に何の対策もできずに絞められてしまったハクレイは、成すすべもない状態に陥ってしまう。
突然過ぎた為か流れそうになった涙が完全に引っ込んでしまったリィリアは、目を丸くして見つめている。
それに対してルイズは彼女の傍に近寄りつつ、「気にしなくていいわよ」と彼女に話しかけた。
「まぁあんまりにもムシが良すぎるから、ただ単にアイツに八つ当たりしてるだけなのよ」
「え?八つ当たりって……あれどう見ても絞め殺そうとしてるよね?」
「大丈夫なんじゃない?ねぇデルフ、アンタもそう思うでしょう?」
『イヤイヤ、普通は止めろよ!?ってか、そろそろヤバくねぇかアレ?』
霊夢から無理やり手渡されたのであろう、ルイズの言葉に対し彼女の右手に掴まれたデルフが流石に突っ込みを入れる。
確かに彼の言う通りかもしれない。自分より小柄な霊夢に絞められているハクレイはどうしようもできず、今にも落ちてしまいそうだ。
デルフの言う通りそろそろ止めた方がいいのだろうが、正直ルイズも彼女の横っ腹にラリアットをかましたい気分であった。
確かにあの兄妹は犯罪者であるが以前に子供だ、牢屋にぶち込むよりも前に救済をしたいという気持ちは分かる。
しかしだからといってあの時金を盗まれた時の屈辱は忘れていないし、自分たちの他にも大勢の被害者がいるに違いない。
それを考えれば懲役不可避なのだろうが、やはり本心では「まだ子供だから」という気持ちも微かにある。霊夢はあるかどうか知らないが。
ともかくハクレイはその「まだ子供だから」という元で兄妹にチャンスを作り、兄妹の一人であるリィリアはそれを受け入れた。
まだ納得いかない所は多々あるがそれをハクレイにぶつける事で、ルイズと霊夢の二人もそれに了承したのである。
654
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/30(日) 23:36:10 ID:q4fByaLE
ひとまずは満足したのか、虫の息になった所でようやく解放されたハクレイを放って、霊夢はリィリアと対面していた。
ハクレイと似たような顔をしていながらも、彼女よりも怖い表情を見せる霊夢に狼狽えつつも、少女は彼女からの話を聞いていく。
「じゃあ先にお金は返してもらうとして、アンタのバカお兄さんを助けたらルイズの紹介する教会か孤児院に入る事、いいわね?」
「う、うん……それで、他にも盗まれたお金とか一応……あなた達に渡す、それでいいの?」
「そうよ。アンタたちが他の人たちから盗んだお金は私たちが……まぁ、その。責任もって返すことにするわ」
多少言葉を濁しつつもひとまず条件を確認し終えた所で、今度はルイズが話しかける番となった。
彼女は言葉を濁していた霊夢をジト目で一瞥しつつもリィリアと向き合いは、咳払いした後真剣な表情で喋り始める。
「まぁ私たちはそこで伸びてるハクレイと違ってあなた達に甘くするつもりはないけど、貴女は反省の意思を見せてる。
その貴女がお兄さんを説得できたのならば、私もアナタたちがやり直すための準備くらいはしてあげるわ。
でも忘れないで頂戴。貴族である私の前で約束したのならば、どんな事があっても最後までやり遂げる覚悟が必要だってことを」
わざとらしく腰に差した杖を見せつけつつそう言ったルイズに、リィリアは慎重に頷いた。
その杖が意味することは、たとえ幼少期に親を失い貴族で無くなった彼女にも理解できた。
リィリアの頷きを見てルイズもまた頷き返したところで、彼女は「ところで」と話を続けていく。
「一つ聞きたいんだけど、どうして私たちを頼る前に衛士の所に行かなかったのよ?
いくらアンタ達がここで盗みをやってるって情報が出てても、流石に子供が誘拐されたとなると話しくらいは聞いてくれそうなものだけど……」
先ほどから気になっていた事を抱えていたルイズからの質問に、リィリアは少し考える素振りを見せた後に答えた。
「えっとね……実はあの二人を探す前にね、今日の朝に詰め所に行ったの」
「え?もしかして、子供の戯言だとか言われて追い返されたの……?」
人での少なくかつ教育の行き届いていない地方ならともかく、王都の衛士がそんな雑な対応をするのだろうか?
そんな疑問を抱いたルイズの言葉に対して、リィリアは首を横に振ってからこう言った。
「うぅん、何か詰め所にいた衛士さんたちが皆凄い忙しそうにしててね。私が声を掛けても「ごめんね、今それどころじゃないんだ」って言われたの」
「忙しい……今それどころじゃない?」
「あぁ、そういえば今日は朝からヤケにばたばたしてたわねアイツら」
何か自分の知らぬ所で大事件が起きたのであろうか?首を傾げた所で霊夢が話に入ってきた。
彼女の言葉にルイズはどういう事かと聞いてみると、朝っぱらから街中で大勢の衛士が動き回っていたのだという。
「何でか知らないけどもう街の至る所に衛士たちがいたり、走り回ってたりしてたのよ。
しかもご丁寧に下水道への道もしっかり見張りがいたから、おかけでやるつもりだった捜索が台無しよ。全く……」
最後は悪態になった霊夢の言葉を半ば聞き流しつつも、ルイズはそうなのと返した後ふと脳裏に不安が過る。
この前の劇場で起こった事件もそうだが、ここ最近の王都では何か良くないことが頻発しているような気がしてならない。
そういう事を体験した身である為、ルイズは尚現在進行中で何か不穏な事が起きている気がしてならなかった。
街中の避暑地に作られた真夏の公園の中で、ルイズは背筋に冷たい何かが走ったのを感じ取る。
その冷たい何かの原因が得体のしれない不穏からきている事に、彼女は言いようのない不安を感じていた。
655
:
ルイズと無重力巫女さん
◆1.UP7LZMOo
:2018/09/30(日) 23:40:00 ID:q4fByaLE
はい、以上で第九十七話の投稿は終了です。
今年も残すところ半分を切って、色々慌ただしくなってきました。
それでは今回はここまで、また来月末にお会いしましょう。それではノシ
656
:
ウルトラ5番目の使い魔 78話
◆213pT8BiCc
:2018/10/05(金) 17:27:41 ID:ClJwH74c
皆さんこんにちは、ウルトラ5番目の使い魔。78話投稿開始します
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