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避難所用SS投下スレ11冊目

1名無しさん:2014/02/18(火) 02:41:49 ID:0ZzKXktk
このスレは
・ゼロ魔キャラが逆召喚される等、微妙に本スレの趣旨と外れてしまう場合。
・エロゲ原作とかエログロだったりする為に本スレに投下しづらい
などの場合に、SSや小ネタを投下する為の掲示板です。

なお、規制で本スレに書き込めない場合は以下に投下してください

【代理用】投下スレ【練習用】6
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1279437349/

【前スレ】
避難所用SS投下スレ10冊目
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/9616/1288025939/
避難所用SS投下スレ9冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1242311197/
避難所用SS投下スレ8冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1223714491/
避難所用SS投下スレ7冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1212839699/
避難所用SS投下スレ6冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1205553774/
避難所用SS投下スレ5冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1196722042/
避難所用SS投下スレ4冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1192896674/
避難所用SS投下スレ3冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1190024934/
避難所用SS投下スレ2冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1186423993/
避難所用SS投下スレ
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1184432868/

101ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:20:22 ID:AELr9ruI
 第24話
 希望と絶望の伝説
 
 蘇生怪人 シャドウマン 登場!
 
 
 タバサを、異世界から連れ戻すことができるかもしれない。その淡い期待を胸に抱いて、一台の馬車がトリステイン王宮からラグドリアン湖へ向けてひた走っていた。
 
「殿方の噂に、ヴァリエール公爵家に女神の寵愛を一身に受けた美姫がいると小耳に挟んだことはありますが、根も葉もないものと忘却の沼地に捨てていました。いえ本当に、人間の常識などというものは当てにならないものですわね」
「お褒めいただき光栄です。けれど、わたくしにレディの手ほどきをしてくださったのはお母さまです。母は、他人にも自分にも厳しい人ですから苛烈に見えてしまいますが、母ほどの貴婦人はわたくしの知る限りおりませんわ」
「ええ、わたしもそう思いますわ。ミス・カトレア」
 馬車の中で揺られながら、キュルケは前の席で温厚そうな笑みを浮かべているルイズのひとつ上の姉を見つめた。
 彼女はカトレア・ド・フォンティーヌ。『烈風』カリンの娘であり、エレオノールを姉に、ルイズを妹に持つヴァリエール三姉妹の次女である。しかし、他の姉妹や母の苛烈なイメージとは反対に、カトレアの穏やかでのんびりとした笑顔は、キュルケの頬をも緩ませていた。
「それにしても、今こうしてわたしがお姉さんといっしょにいると知ったら、ルイズはどう思うかしらね」
「たぶん、血相を変えて怒り出すんじゃないかしら。あの子はあれで嫉妬深いから。昔なんか、アンリエッタ王女でもお姉さまのだっこは譲らないって領土宣言していたんですよ。ふふ」
 キュルケとカトレアは、幼いルイズとアンリエッタがむきになってカトレアのだっこを取り合うのを思い浮かべて、思わず声を出して笑った。
「あっはははっ、これはルイズが帰ってきたときにからかってあげるネタが増えたわね。すぐにでも、タバサにも教えてあげたいわ」
 そう、この旅の目的はジョゼフによって異世界へと追放されてしまったタバサを助け戻すことがなによりの目的である。普通に考えれば、そんなことは絶対に不可能だと誰もが思うだろう。しかし、藁にもすがるような今にあって、カトレアの提示してきた伝承は単なる希望以上のものとなってキュルケの胸を占めていた。
 
 
 それはキュルケがトリステイン王宮で目を覚まし、シルフィードやジルとともにカリーヌに救われたことを知ったあのときのことである。
 異世界という、人間には手の出しようもないところに追放されてしまったタバサを救う希望を失ってしまっていたキュルケ。そこへやってきたカトレアは、ラグドリアン湖に伝わる伝承を教えてくれた。それこそがトリステイン王家に水の精霊との盟約とともに語り継がれる伝説。

102ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:21:12 ID:AELr9ruI
「ラグドリアン湖に、異世界への扉が……? そこを通れば、タバサを連れ戻せるって言うの!」
「はい、ラグドリアン湖の底には水の精霊の都があると言われ、代々トリステインの王家は水の精霊と盟約を交わしてきました。その伝承の中に、水の精霊の都にはこの世でもっとも深い海へと通じる扉があり、水の精霊はその扉を通ってラグドリアン湖にやってきたのだというものがあります。恐らく、それもミス・タバサが呑まれたという異世界への扉なのでしょう」
 キュルケは、何度も訪れたことのあるラグドリアン湖にそんな伝承があったとはと驚いた。しかし、それだけではあまりにあいまいな伝説に過ぎない。
「異世界への扉が、ラグドリアン湖に……けど、そんなものがあるならどうして誰も知らなかったの?」
「わたくしどもにも確証はありません。伝えるものも、王家に残るこの伝承だけなのです。しかし、想像は出来ます。ラグドリアン湖は、その沿岸部の浅瀬までは漁師たちにもよく知られていますが、中央部はまるで断崖のように深くなっていて、その底の深さは数千メイルに及ぶとさえ言われています。つまり、その扉にはそもそも誰も近づけなかったのです。ですが……」
 カトレアの説明に、キュルケは怒りを覚え始めていた。近づけもしないというのであれば、いくら異世界への扉があったとしても意味がないではないか。
 しかし、キュルケが激情を破裂させるより早く、カトレアはその難題を氷解させる答えを提示してくれた。
「そちらの韻竜のお嬢さんから聞きました。あなた方は以前、水の精霊と友好を結んだそうですね。人間の力では到底、深さ数千メイルに潜ることはかないませんが、水の精霊が助力してくれたとしたら、あるいは」
 はっ、と、キュルケは目の前で手を打ち鳴らされたように気がついた。
 そうだ、どうして忘れていたんだろう。以前、タバサとラグドリアン湖で砂漠化を進めている怪獣を倒したとき、自分たちは水の精霊に貸しを作っている。それを差し引いても、自分たちに対する水の精霊の心象は悪くないに違いない。さらにシルフィードがキュルケに言った。
「人間と違って精霊は恩を忘れたりしないのね。それに水の精霊は何千年も昔から叡智を溜めてきた偉い精霊なのね。きっといい知恵を貸してくれるなのね!」
「そうね。あの水の精霊なら力を貸してくれるかも。ジョゼフたちも、まさか精霊の力を借りるなんて予想もしてないに違いないわ! 見えてきたわね、希望が!」
 元より前向きな気質のキュルケは、絶望からの出口が見つかると切り替えは早かった。
 人間には解決不可能な問題でも、精霊ならば別かもしれない。そうなると、後は真っ直ぐ情熱のままに突き進むのが微熱のキュルケの本領である。
 行こう、ラグドリアンへ!
 目先の困難などまったく目に見えていない。親友であるタバサに近づける可能性があるのなら、それに懸けない道がどこにあるだろうか。
 キュルケとシルフィードは意気投合して、今すぐにでもラグドリアン湖へ飛んでいきそうなくらい盛り上がっている。ところが、竜の姿に戻って飛び立とうとするシルフィードをカリーヌが静止した。
「待て、このトリステインにもどこにガリアの草が潜り込んでいないとも限らん。ジョゼフにお前たちが生きていることを気づかせないためにも、風竜になって行くのはやめておけ」
 言われてみればそのとおりだった。せっかく執念深いジョゼフとシェフィールドを撒けたと思っているのに、こっちが生きていることがバレたら台無しになってしまう。目立つ移動手段は使えない。
 と、なれば後は徒歩か馬車かということになるが、そこでカトレアがキュルケたちにとって驚くことを提案してきたのである。

103ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:22:15 ID:AELr9ruI
「ラグドリアン湖までは、私がヴァリエール家の馬車でお送りしましょう。お母さま、よろしいですね?」
 それを聞いてキュルケは驚いた。知恵を貸してくれるのはありがたいが、自分たちの旅はいつどこで死んでもおかしくないような危険なものなのだ。ルイズやエレオノールならまだしも、このスプーンより重いものを持ったこともなさそうな儚げな”お嬢様”を連れて行くのはとんでもない話だった。
 しかし、キュルケが止めようとすると、母親のカリーヌが事も無げに言った。
「いいでしょう。こちらのほうは我々でなんとかしておきます。ミス・ツェルプストーたちに力を貸して差し上げなさい」
「え、ちょ! ミセス・ヴァリエール! なにを言われるんですか。これは安全な旅じゃないんですよ、またいつジョゼフに気づかれて追手がかかるか。とても、ミス・カトレアを守っているような余裕はありませんわ!」
 遊びではないのだ。ジルくらい腕が立てばまだしも、足手まといを連れて行って万一のことがあっても責任は持てない。
 ところが、だ。カリーヌは娘の身を案ずるどころか、平然として言ったのだ。
「心配は無用ですよ。カトレアは、あなたの百倍は強いですから」
 仮にも私の娘ですよ、と、言外に付け加えてキュルケを見た。すると、カトレアも温厚そうな笑みを浮かべながら。
「もしも足手まといになるようでしたら、置いていってくださって構いませんわ。なんでしたら、ここで私と一戦交えてみますか?」
 カトレアの表情は穏やかだったが、その笑顔の奥にまるで神仏のそれのように底知れないものを感じてキュルケは息を呑んだ。
 そういえば、ヴァリエールの血筋の人間は皆化け物揃いだった。『烈風』カリンに『虚無』の担い手のルイズ、エレオノールは実戦に出ることこそ滅多にないものの、弱いという印象はない。
 思えばそうだ。タバサと初めて出会ったときも、とても強そうには思わなかった。メイジを見た目で判断するととんでもないことになるのは基本であった。戦えば死ぬ! 蛇に睨まれた蛙どころではなく、ドラゴリーに解体される寸前のムルチが感じたような恐怖が背筋をよぎり、キュルケはそれ以上なにも言えなくなってしまった。
 ところがである。キュルケに本能的な恐怖を与えたカトレアであるが、すぐに剣呑さなどひとかけらもない温和な表情に戻ってキュルケの手をとったのである。
「ごめんなさい。わたくしも遊びではないことはよく存じているつもりです。ですが、あなた方のお噂は母や妹からよく聞かされていましたのよ。幼い頃のルイズは、友人らしい人間もおらず、わたしたちもずっと心配していました。そしてそのルイズに友達ができたと聞いたときは、どれだけうれしかったか。特に、あなたがね、キュルケさん」
「え? わたし、ですの?」
「ええ、知ってのとおりヴァリエールとツェルプストーは不倶戴天の敵同士。けれど、あなたは何度もルイズを助けてくれたと聞きました。あなたとルイズのふたりなら、ふたつの家のいさかいだけの歴史を終わらせて架け橋となることができるかもしれない。だから、わたしにも少しだけお手伝いさせてもらいたいの」
 カトレアの言葉に偽りがないことはキュルケにも伝わってきた。
 そして同時に、キュルケは自らを恥じた。自分はこれまで、ツェルプストーはヴァリエールに対して勝者として伝統をつむいできたことを誇りとしてきた。しかし、今現在はどうか? 今のヴァリエール家に対してツェルプストー家は、いいや自分は強者であり勝者だと言えるのか?

104ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:23:28 ID:AELr9ruI
 考えて、キュルケはカトレアを正面から見返した。
「……わかりました。タバサを救うために、ミス・カトレア、あなたの力をお借りします」
「ありがとうございます。わたくしの力、遠慮なく使ってくださいませ」
「それはもちろん。ただし、ひとつだけ訂正しておきたいことがありますわ」
「なんです?」
「わたしとルイズは友人ではありません。あくまでツェルプストーのわたしはヴァリエールの宿敵。しかし、わたしとルイズはこれまでに多くの借りと貸しを作り作られてきました。その清算が片付くまでは少なくともルイズとは休戦いたしましょう。あと何十年かかるかわかりませんけれども、ね」
 にこりと笑い、キュルケとカトレアは手を取り合った。
 それはキュルケにとって、プライドを天秤にかけたギリギリの譲歩だった。しかし、口に出さなくても伝わる思いというものはある。建前の裏に隠されたキュルケの本音を、カトレアはきちんと見抜いていたのだ。
 カトレアは思う。「とても熱いけれども、とても暖かい人。でも、本当に大切なところを表に出せないところは、うちの子たちと似てるわね」と。多くの動物や怪獣たちと触れ合い、物言わぬ彼らの心と触れ合ってきたカトレアにとっては、キュルケの虚勢を見破る程度は造作もないことだったのだ。
 そして同時に思う。ルイズのためにも、彼女を死なせるわけにはいかないと。
「よろしくお願いします。では、さっそく出かけることにしましょう。お母さま、後のことはよろしくお願いいたします」
「わかっております。ヴァリエール家の人間として、ふさわしい活躍を期待していますよ」
 カリーヌに激励されて、カトレアは杖に誓ってヴァリエールの次女として使命を果たすことを制約した。
 
 
 そして十数分後には、キュルケたちはカトレアの用意してくれた馬車に乗って、トリスタニアの市街を横切ってラグドリアン湖への旅に出発したのだった。
「ジルが抜けたのは痛かったですが、代わりに百万の援軍を得た気分ですわ。必ずタバサを助けて、帰ってきましょう!」
 この、常な前向きさこそキュルケのなによりの武器である。カトレアが、本当にカリーヌに認められるようなメイジなら、その魔法を見るのは自分にとっても大きなプラスになるはずだ。それがきっと、タバサを救うためにも役立つ。
 そう、火の系統のメイジがくすぶっていても美しくなどない。火は燃え盛ってこそ光を放つのだ。
 情熱の本分を取り戻したキュルケはやる気に溢れ、ヤメタランスでもこの炎は容易に消すことはできないだろう。馬車の中が、キュルケひとりの熱気で室温が二、三度上がったようにさえ思え、カトレアはそんなキュルケを頼もしそうに見つめている。
 また、シルフィードは竜の姿のままでは目立つので人化してもらっていっしょに乗り込んでいる。しかし人化には大きな負担も同時にかかるらしいので、今シルフィードはカトレアのひざを枕にしてすやすやと眠っていた。

105ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:24:33 ID:AELr9ruI
「うーん、おかあさま……イルククゥは大きくなったのね……」
「あらあら、この子ったらお母さんの夢を見ているみたいね」
 カトレアがシルフィードの髪を優しくなでると、シルフィードは寝ながら気持ちよさそうに笑った。その様子は、まさに仲のよい母と娘のそれそのもので、キュルケはルイズもこんなふうにカトレアに甘えていたのかなと、その情景を想像して、思わず口元をにやけさせていた。
 ただしかし、大家族でもゆうに乗せられそうな大きさを持つこの馬車には、残念ながら三人しか乗っていなかった。出発の前、ジルも当然同行するものと思われたのだが、ジルは早くいっしょに行こうと急かすシルフィードにこう言ったのだ。
「悪いが、お前たちだけで行ってきてくれ。私はここに残るよ」
「えっ! な、なんでなのね? ジルもいっしょに行こうなのね」
「忘れたかい? 私の足はこれだ」
 そう言い、ジルは義足を失った片足を見せた。
「あっ……」
「この足じゃお前たちの足手まといにしかならないよ。新しい義足を作ってくれるそうだけど、出来上がるには時間がかかる。それに、武器や道具も使い果たした私はただの平民だ。私が行けるのは、ここまでさ……」
 寂しげに言ったジルは、無念さをにじませながらもシルフィードとキュルケの肩を叩き、「シャルロットに会えたらよろしく言っといてくれ」と告げて去ろうとした。ところが、シルフィードはかみつくようにジルの前に出て押しとどめると、ぐっとジルの目を見つめて言った。
「ジル、ジルはこれまでずっとおねえさまやわたしを助けてくれたのね。だから、そんな自分を役立たずみたいに言わないでなのね。ジルがいたから、わたしたちはここまで来れたのね。タバサおねえさまはシルフィたちがきっと連れて帰るのね! だからおねえさまが帰ってきたときに、ジルは一番に「おかえりなさい」って言ってあげてほしいのね!」
 シルフィードのその必死な目は、これまで数え切れないほどの凶暴な猛獣と睨みあって来たジルをもたじろがせるものだった。しかし、恐ろしいものではない。それどころか、胸につかえていたものが取り除かれたように、ジルは愉快な気持ちになるのだった。
「ああ、わかったよ。じゃあ、わたしはしばらく骨休めをしているから、ちゃんとシャルロットを連れ戻してくれよ。あの子のお母さんのことなら心配はするな。ここより安全な場所はハルケギニアのどこにもない。だから、気負わず頑張って来い」
 ジルは、今度は信頼と期待を込めた手でシルフィードの肩を叩いた。
 タバサの母は、今王宮の別の部屋で休ませている。王宮の中にガリアのスパイが紛れ込んでいる可能性は無きもあらずだが、バム星人の件以来、王宮で働く人間の身元は徹底して洗ってある。そうして選ばれた王宮医が診ているので安心だ。もちろん、口の固さでも信頼はおける。
「カトレアさん、このじゃじゃ馬娘たち、手に余ると思いますが、よろしくお願いします」
 別れるときのジルの顔は、まさに母であり姉である人間のそれだった。カトレアは、その重責をしっかりと感じ取り、必ずふたりを守り抜きますと誓約した。
 王宮に残ったジルのためにも、タバサは連れ帰らなくてはならない。水の精霊に必ず会って、異世界への扉へとたどり着かなくてはすべてが無駄になってしまうのだ。
 揺れる馬車の中で、カトレアはすやすやと眠るシルフィードの頭をひざに抱き、その温厚な表情とは裏腹に胸のうちに宿った強い決意を確かめた。そんなカトレアをキュルケは微笑しながら見ている。ふたりの間に溝はもうない。キュルケはカトレアの人柄を知ると、元々気さくな性格を表に出して、今ではすっかりカトレアと打ち解けていた。
 
 
 それが、今これまでの話である。しかし、希望という光が強くあれば、それに比例して大きな闇もまた伴ってくることを、今のキュルケは知らなかった。
 
 カトレアはキュルケに対して、ルイズに向けるようにずっと温和な態度を続けてきた。しかし、キュルケと打ち解けて彼女の人となりを確かめると、カトレアは、温厚そうな表情を引き締めて告げた。

106ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:25:38 ID:AELr9ruI
「キュルケさん、あなたのミス・タバサを救いたいという気持ちはよくわかりました。けれど、いくらあなた方が水の精霊に恩を持っているとはいっても、水の精霊が交渉に応じてくれる可能性は限りなく小さいことを覚悟しておいてください」
「なんですの? 今になっておじけずいてきましたか。大丈夫、もし水の精霊がノーと言っても、わたしの炎でラグドリアン湖を干からびさせてでも言う事を聞かせて見せますわよ」
「そういう意味ではないのです。私たちも、可能性に懸けたい気持ちはあなたと変わりません。ですが、ラグドリアン湖にある異世界への扉、そこを潜った先には水の精霊が本来住んでいた世界があるはずですけれど、水の精霊はこちらの世界のものが向こう側へ渡ることを極めて嫌うそうなのです」
「そんなわがままな。それじゃ、まるでハルケギニアのものが汚いみたいじゃないですか。失礼なことですわね」
「その理由をこれからお話します。どうせ、ラグドリアン湖に着くまでに、知っておいてもらわねばならないことですから……」
 キュルケの疑問に答えて、カトレアは自分の知っている限りのことを伝えようと試み始めた。そう、ラグドリアン湖に伝わる水の精霊と異世界への扉への伝承の残りのすべてである。
「あなたにお話いたしましょう。ですが本来これは、トリステイン王家と血筋に近しい貴族にだけ伝えることを許された秘密です。他言はしないよう、あらかじめお願いします」
「ご心配なく。わたしの名誉と杖にかけて秘密は守ります」
 貴族の杖にかけた誓約は神に誓うことに等しい。真剣な表情になって聞く姿勢をとったキュルケに、カトレアは信頼を込めてうなづいた。
「あなたを信じます、キュルケさん。この伝承は、ヴァリエールの血筋でも二十を越えた者にはじめて明かされます。そのため、ルイズもまだ知ってはいないのです。しかし、世界の危機にこれ以上秘匿していても意味はないでしょう」
「信頼にはお応えするつもりですわ。ですが、それほどまでに秘密にこだわる理由はなんですの? これまでの話ですと、確かに衝撃的ではありますけれど、強いて秘密にするものでもないと思われるのですが」
「それは、水の精霊の伝承に、ハルケギニアの民ならば誰もが知っているブリミル教の……始祖ブリミルの動向が重なっているからなのです」
 その瞬間、キュルケの背中に冷たい汗が流れた。ブリミル教の威光と権力はハルケギニアのすべての民が恐れるものであって、睨まれれば死というのは王家や貴族も例外ではない。
 だが、つまりはその伝承がブリミル教の教義にしたら不愉快なものであるということだ。ならば王家がひた隠しにするのもわかるというものだが、聞くからにはこちらにも相応の覚悟がいる。キュルケはそれを決めた。
「外に漏れたら異端審問ものというわけですのね。上等です、続けてくださいませ」
「わかりました。伝承の時代は、今からおよそ六千年の昔に遡ります。その時代は、誰もが知っているとおりに始祖ブリミルがこの地に現れたと言われていますね。ラグドリアン湖はその時代からすでにあり、その当時は水の精霊は湖から頻繁に現れて、湖畔の人々と交流していたそうです」
「あの、気難しいと言われている水の精霊がですか? 冗談じゃありませんの」
 一度とはいえ、水の精霊と直接対面して、その人外の雰囲気を直に感じているキュルケとしては信じられなかったのも無理はない。
「あなたは一度、水の精霊とお会いしているのでしたね。嘘のように思われるかもしれませんが、同じように疑問に思ったヴァリエールの先祖が、水の精霊に直接確認して、間違いのないことを誓約されたと言われています」
「確かに、水の精霊は別名を誓約の精霊……決して、嘘はつかないのでしたね」
「そう、そして水の精霊がなぜ誓約の精霊と呼ばれるようになったのかも関係しているのです。話を戻しましょう。六千年前のその当時、ラグドリアン湖の周りにはまだ国と呼べるものは無く、わずかな人間の集落が点在するだけの、森に囲まれた穏やかな湖だったそうです。そこで、水の精霊は水害などから湖畔の人々を守って、守り神と称えられ、人々も決して湖を侵そうとはせず、共存の関係であったと伝えられています」
「今の水の精霊は、時に水害を起こして畏れられているのにまるで反対ね。それで、その湖畔の人々が、今のトリステインの人たちの先祖なわけですのね?」
「先祖、ですか……確かに、そうとも言えなくもないですが」

107ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:26:36 ID:AELr9ruI
 そこでカトレアは言葉を濁して、表情を暗く曇らせた。キュルケは、その様子にこれからの内容にただならぬものを感じたが、カトレアの話そうとしている言い伝えはさらに想像の上にいくものであることを、カトレアの額に浮かぶ汗は示していた。
 実を言うと、内心でこのときカトレアは話を始めたことを後悔しはじめていた。母と共に、秘密を明かす必要は感じていたが、やはりこの伝承を人に聞かすのは重過ぎるかもしれない。
「繰り返しますが、ここから先の内容は秘中の秘です。それゆえに、伝承も完全に口伝で、書類などには一切残されていません。いえ、それよりも、聞かなければよかったと後で後悔するかもしれません。最後に尋ねます。それでも、よいですか?」
「今さら、毒を食らわば皿までですわ。それに、わたしたちはこれまでハルケギニアのあちこちで、常識の通用しない出来事に対面してきました。異世界からタバサを救い出すなんて、奇跡を越えた大それた事をしようとしているんです。水の精霊に関して、少しでも多く知っておかないと、後で後悔してからでは、それこそ取り返しのつかないことになりますわ」
 キュルケにとっては、ブリミル教が敵になろうと正直どうでもよかった。元々それほど信仰心の強いタイプではない。タバサを助けるために邪魔になるのなら、神官でも神でも叩きのめしていくのが偽らざるキュルケの覚悟だった。
 カトレアは、この人は引くことを知らないのだなと悟った。常に前向きで力強いさまは、どこかしらルイズに似ているようにも思える。ならばきっと、どんな残酷な真実が待っていても受け止めることができる。
「続けます……六千年前まで、ラグドリアン湖では数百年に渡って人間と水の精霊が平和に共存してきました。ですが六千年前、そこに奇怪な人間たちがやってきたのです」
「奇怪な、人間たち……ですか?」
「はい、見たこともない異国の衣装に身を包み、不思議な力を操る者たちであったそうです。空を自在に飛び回る丸い船に乗って現れ、病人を瞬く間に癒し、あらゆる食物を与えてくれ、望めばどんな不可思議をも叶えてくれました。当時、その土地には魔法を使える者はおらず、今で言う平民のみが住むところであったために、人々はその異邦人たちを大いに歓迎しました。しかし、それは最初のうちだけだったのです」
 キュルケは、カトレアの暗い眼差しに、ごくりとつばを飲み込んだ。
 空飛ぶ船に乗って現れる、見たこともない姿をした者たち……それって、まるで……
「最初に現れた異邦人の空飛ぶ船はひとつだけでした。ですが、それからすぐに後を追うようにして同じ空飛ぶ船が何隻も現れて、それぞれの船が湖畔の集落の人々を次々に囲い込み始めたのです。それまで、集落同士は争いも無く自由に行き来できたのですが、異邦人たちは自分の囲い込んだ集落の人間に、よそに移ることを禁じました。それでも人々は、異邦人たちが与えてくれる、暑さも寒さも通さない家の中で働かずに遊び呆けていられるので平気でした。ですがその間にも、異邦人たちはラグドリアン湖の周りの土地を競い合うように我が物としていき、そしてとうとう異邦人たちのあいだで衝突が起こったのです」
 その瞬間、暗雲に覆われたトリステインの空で雷鳴が轟き、稲光がカトレアとキュルケの横顔を冷たい光で照らした。
 カトレアはじっと聞き続けているキュルケに伝承の続きを語った。
 ラグドリアン湖周辺を我が物とした、複数の異邦人たちの集団はそれぞれの縄張りを主張するかのように争いを始めた。そして、その争いに駆り出されたのが元々湖畔に住んでいた人々だったのだ。
「っ! 自分たちの争いのために、無関係な人たちを駆り出したというの?」
「そうです。異邦人たちは自分で戦って傷つくことを恐れて、現地の人間をてなづけていたのです。しかしそのときすでに、異邦人たちの強大な力を目の当たりにしていた人々は命令に逆らえず、また、与えられたなんでも欲望の叶う生活を取り上げられるのを恐れて、必死にかつての隣人たちと戦いました。水の精霊は、湖からじっと見守っていることしかできませんでした……」
 水の精霊が強大な力を有するとはいっても、それはあくまで湖の中に限っての話だ。水の精霊がどうすることもできずに見守るしかできないなかで、異邦人たちは最初に人々に見せた友好的な姿勢を脱ぎ捨てて、人々をまるで奴隷のように戦わせた。
 それはまさに、見るに耐えない凄惨な光景であったそうだ。異邦人たちは人々を戦わせるに際して武器を与え、それが惨劇をさらに広げていった。
 水の精霊の知識では表現は難しいものの、異邦人たちが与えた武器というものは現代の銃に似た飛び道具だったらしい。その殺傷力はすさまじく、人々は次々と倒れていった。しかし異邦人たちの技術は医療でも神がかっており、瀕死の人間すら蘇らされて戦わされた。

108ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:28:03 ID:AELr9ruI
「ちょっと待ってくださいな。死に掛けても無理矢理生き返させられるなんて、そんなものをみんなが使っていたら、まともな決着がつくわけがないじゃないですか?」
「そうです。苦労して敵の土地をとってもまた取り返され、そんなことが何回も繰り返させられました。異邦人たちの力は拮抗しており、戦いは長引く一方となったのです」
「まさに地獄ね。水の精霊も、さぞ無念だったでしょう」
 誇り高い貴族であるキュルケにとって、自ら血を流そうとしないその異邦人たちの愚劣な所業は許せるものではなかった。憤ったあまりに殴りつけた馬車の扉が激しく鳴り、寝こけていたシルフィードがびくりとなる。
 が、カトレアの話はまだ続いた。
「キュルケさん、あなたが高潔な人間であってくれてうれしいですわ。けれども、これだけなら今の戦争とあまり差はありません。本当に重要なのは、これからなのです」
 そこでカトレアは一度言葉を切り、息をついて呼吸を整えた。
「異邦人たちが、自らの争いのための道具として湖畔の人々を駆り出したところまではお話しましたね。互角の力を持つ者同士の戦いは日々無益に続き、ラグドリアン湖の水面までも震わせたそうです。しかし、異邦人たちは決着のつかない戦いにいらだちを募らせていきました」
 異邦人たちに抵抗する力を持たない人々の、無間地獄にも似た戦いは異邦人たちの気まぐれによって唐突に終わったとカトレアは語った。
 しかし、湖畔の人々はそれで異邦人たちの支配から解放されたわけではなかったのだ。
 互角の力を持つがゆえに終わらない戦いなら、より強い力を持たせればいいと異邦人たちは考えた。そして人々に対して、身の毛もよだつような所業を始めたのである。
「異邦人たちは、湖畔の人々の中から一度に数人ずつを選び出し、それまで決して人々を立ち入らせることのなかった自分たちの船の中に連れてゆきました。その中で、なにがおこなわれたのかはわかりません。ですが、その人たちが船から降りてきたとき、彼らには……」
「え……?」
 カトレアの口から出た言葉を耳にしたとき、キュルケの心は真空となって、それを受け入れることを拒否しようとした。
 呆けた表情となったキュルケの横顔を、窓から差し込んできた雷光が照らし、褐色の彼女の肌を、今の彼女の心と同じように白く染める。しかし、一度望んで秘密という堰を切って流れ出した真実という奔流は、カトレアの口からキュルケの心へと怒涛に流れ込んでくる。
「彼らは船に乗せられる前は、確かになんの力も無いただの人間でした。しかし、異邦人たちは彼らの頭の中をいじくり、無理矢理その力を植えつけてしまったのです」
「そ、そんな馬鹿なことがあるはずないわ! そ、その力は血統でしか伝わらないのは昔からの常識よ!」
「エレオノールお姉さまによれば、この力の源泉は脳に由来するそうです。もちろん私たちの技術では不可能ですが、理論上は可能なのだそうです。話を続けましょう。そして人々は、与えられたその力で戦争を再開させられました。それを持つ人間と持たない人間の戦いがどういうものになるかは、あなたもよくご存知でしょう? 戦いは一時、一方的なものになりました。しかし、ほかの異邦人たちもすぐに同じことをしたのです」
 戦いはふりだしに戻った。しかし異邦人たちが満足することは、なかった。

109ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:28:50 ID:AELr9ruI
「戦いは激化し、異邦人たちの所業は、見る間にエスカレートしていったそうです。手を加えてない人々に対しても、より強力な力を付与するだけでは飽き足らず、ある者には鳥の翼を植え付け、さらには人々が家畜にしていた豚や犬に手を加え……」
 見る見るうちに、キュルケの顔も青ざめていく。一体何だ? その神をも恐れぬ所業の数々は。しかも、水の精霊の見ていたという、それがそのとおりだとするならば。
「ハルケギニアの歴史がひっくり返るどころじゃすまない話じゃないですの! まるで、それらは今で言う……」
「そうです。そしてこれと同じことが、もしもハルケギニアのあちこちでおこなわれていたとしたら……?」
 その瞬間、キュルケは猛烈な吐き気を覚えて口を抑えた。
 ハルケギニア全土……それはすなわち、自分の故郷であるゲルマニアも当然含まれる。そこで、ラグドリアン湖で水の精霊が見たものと同じことが繰り返されていたとしたら。
”まさか、そんなことって!”
 キュルケはありえないことと否定しようとした。しかし、明晰な彼女の知性は、本人の思うに関わらずに裏付けを進めてしまう。
 そう、ハルケギニアには人間以外にも様々な亜人がいるが、それらのどれもが戦うことに優れた能力を持っているのは果たしてなぜなのか。そして、その大元になったものは当然ながら、そのすべてを超えたものであるはず……そして、ブリミル教徒であれば誰もが知っている。この地に現在のハルケギニアの基礎を築いたのは誰だったのか。
 であるならば、まさか! そして、現在の自分を含めたハルケギニアに生きる者たちとは。
 つながる。偶然ではありえないほどに、パズルのピースが埋まっていく。
 キュルケの顔から血の気が引いていくのを見たカトレアは、やはり彼女も同じショックを受けたかと思うと、ルイズにそうしていたようにキュルケの体を抱きとめて言った。
「少し、休憩にしましょう。まだ、旅の先は長いのですから」
「ミス・カトレア。わたしは……いいえ、その異邦人たちとは、まさか」
「それはこれから先の話になります。ともかく、気を落ち着けなさい。大丈夫、伝承はどうであれ、それはすでに六千年も昔のこと。今のあなたに心配することはなにもありませんよ」
「……少し、ひとりで風に当たってきますわ」
 カトレアは、キュルケの意を汲んで馬車を止めさせた。周りはすでにトリスタニアから離れて、郊外の森の中へと入っている。人影もなく寂しい道だが、今のキュルケにはそれくらいがよかった。
「私はここで待っています。こちらは気にしないで、落ち着いたと思うまでゆっくりしていてください」
「ありがとうございます。わたしは、きっと大丈夫ですから」
 
 
 カトレアの馬車と別れて、キュルケはひとりでゆっくりと森の中の道を歩き始めた。
”あんな伝承、とても人に知られるわけにはいかないじゃない”

110ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:29:28 ID:AELr9ruI
 キュルケは、数分前の自分の威勢よさを呪うしかなかった。タバサを救うという大目標のためなら、どんな大きな壁でも超えていけると思っていたけれど、このハルケギニアという世界そのものに、まさか、あんな……
 嘘であってほしい。しかし、これまでに自分たちは数々の伝説が現実であったことを見てきた。それに、この世には自分たち人間の及びもつかない悪魔的な力を持つ者たちがいることも見てきた。しかし、自分たちはそれらとは違うと思っていたのに。
 歩きながら、キュルケは自分の杖を取り出して見つめた。それは、メイジならば誰でも使える魔法の象徴。これまで自分は、その力があることを当然と思って生きてきた。だが、考えてみれば平民は持っていないこの力の起源はなんなのだ? いったいどこでどうやって、メイジの祖先はこの力を得たのだ? 自分に流れる血の源流は……そして、ルイズやタバサ、自分が知っている皆の血の源流は何なのだ?
 さらに、キュルケは静まり返った森の中を見渡した。人間だけではない。この、ハルケギニアには数多くの亜人や幻獣種がいるが、それらも過去を遡れば……
 信じたくない。自分たちの世界が、そんなものであってほしくないと、キュルケは悩みながら歩き続けた。
 
 
 そして何十分、どれくらい歩いたことだろう。ふと気づくと、キュルケは森の中に小さく開けた場所にたどり着いていた。
「墓場、ね」
 ぽつりとキュルケはつぶやいた。どうやら考えながら歩いているうちに、トリスタニア郊外の共同墓地に入り込んでしまったらしい。苔むした墓石が何十と並び、日の差さないここには時節もあってか墓参りの人間もなく、静まり返っている。
「ある意味、今のわたしにはふさわしい場所かもね」
 ふっ、と、自嘲げに息をついてキュルケは歩き出した。墓場といえば、周りにいるのは死人ばかり、人間は死んだらあの世に行くというが、ならば人間以外のものが死んだらどうなるのだろう?
 わからない、わかるはずもない。ほとほと、人の知る事の出来る真実のなんと少なくてあいまいなことか。
 
 ところが、である。なかばぼんやりと墓地を歩いていたキュルケの耳朶に、突然ありえない声が響いてきた。
”引き返せ!”
「っ! なに? 今の、誰かいるの!」
”引き返すんだ。ここは、危険だ!”
「だから何? なにが危険なの!」
 戸惑いながら周りを見渡すものの、墓地には自分以外誰も見当たらない。しかし、空耳ではなく確かに真剣に訴える男の声が聞こえたのだ。
 なにがなんなのよ? 声に従うべきか迷うキュルケは、わけもわからずその場に立ち尽くして周りを見渡し続けた。
 しかし、声が嘘でなかったとはすぐにわかった。墓場の中に立ち尽くすキュルケを取り囲むように、不気味な人影が何十人もいきなり現れたのである。
「なっ! これは大勢の殿方……わたくしになにかご用ですの?」
 ぞくりと危険を感じ取ったキュルケは、感情を困惑から戦闘に切り替えて啖呵を切った。

111ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:31:12 ID:AELr9ruI
 これは、尋常ではない。いつ近寄られたのか、キュルケの周りは完全に囲まれている。見た目は普通の人間の男女で、いずれも喪服のようなみすぼらしい姿をしており、さらに例外なく表情には一切の生気が感じられない。まるで死人だ。
 不気味な集団はキュルケを囲んだまま、じりじりと包囲を狭めてくる。呼びかけにも答えない。こいつらは普通じゃないと思ったキュルケは、ふと連中の姿が半透明で背後が透けているのに気がついた。
「あなたたち、人間じゃないわね!」
 迷わずキュルケは正面の相手に『ファイヤーボール』を撃ち込んだ。大きな火炎弾が一直線に相手に迫る。
 だが、どうしたことか! キュルケの魔法は相手を素通りして、そのまま後ろにあった墓石を焼き払うだけにとどまったのだ。
「魔法が効かない!?」
”無駄だ、ミス・ツェルプストー。そいつらは死者の霊魂が強力な念動力で操られたもの。どんな攻撃も通用しない”
「また! だからあなた誰なのよ?」
 再び聞こえてきた男の声。しかも、自分を知っている? 見渡すが、やはり周囲には誰もいない。
 いや、そんなことより今のピンチが問題だ。こいつらがなんであれ、どう見てもいい雰囲気は持っていない。しかも、相手が霊魂、すなわち幽霊となればスクウェアの魔法でも役に立たないだろう。
「異世界に行くどころか、幽霊に取り殺されたなんて冗談にもならないわ。どうすればいいの、タバサっ!」
 なにか手立ては? キュルケは考えるが、いい考えはそう都合よく浮かばない。幽霊たちはもうすぐ、手を伸ばせば届くところまで迫ってくる。
 やられるっ! キュルケがそう観念したときだった。
 
「地の精霊よ! 濁流となって、汚れたものたちを深淵の底へと押し流せ!」
 
 突然聞こえてきた透き通るような声。するとその瞬間、墓地全体の地面が大きく鳴動して、まるで流砂になったかのように地上の墓石や木々をまとめて飲み込みだしたのだ。
「なっ、なんなの! わ、わたしも沈むっ!」
”飛べ! 君たちの魔法なら飛べるだろう”
「そ、そうか。なんで忘れてたのよ! わたしのバカ」
 声の指示に従って、キュルケは『フライ』を唱えて飛び上がった。たちまちたった今まで立っていた場所が泥の海になり、墓石が沈んでいったのを見てキュルケは肝を冷やした。
 墓地はすでに根こそぎ沈んで跡形もない。幽霊たちも、墓の下の遺体が沈んだためか姿を消していた。
「なんてこと……少し遅れてたらわたしもいっしょに……けど、墓地を丸ごと沈めるなんて、まるで話に聞くエルフの先住……」
「精霊の力と言え」
 はっとして、キュルケが振り返ると、そこにはまたいつの間に現れたのか、白いフードを目深にかぶった人物がキュルケの近くに浮遊魔法を使って浮いていた。
「これは、どこのどちらさまかしら?」
 警戒心をあらわにして、キュルケはその相手に杖を突きつけながら問いかけた。
「ご挨拶だな。結果的にとはいえ、お前を助けたのはわたしだぞ? お前がまずすべきことは、わたしへの礼ではないのか?」
 見下したように告げる相手の言い様に、キュルケは内心で腹を立てたが、冷静な部分では別のことを思っていた。
 この声は、女だ。顔は見えないが、間違いない。しかし、さっき何度も警告したりしてくれた声とは別人だ。あちらの声は、やや年齢を重ねた男性の声だった。だが、この声は若い女性の……いや! そういえばさっき、精霊の力と……それに、よく見たら彼女は宙に浮いているというのにメイジの証である杖を持っていない!
「……危ないところをお助けいただき、ありがとうございます。けれど、あなた人間じゃないわね」
「ほぉ、蛮人の割には察しがいいな。しかし、わたしをさっきの連中と同類とされたら不快だな」
 そう言って、相手はフードを取り去って素顔を見せた。そこに現れたのは、透き通るような白い肌に金色の髪。そして長く伸びた耳。その容姿はエルフ! 間違いない。だが、それよりも相手の顔つきを見てキュルケは愕然とした。
「テ、ティファニア!? いえ、似ているけど、違う?」
 すると、素顔を見せたエルフの少女は興味深そうに笑った。
「なに? なるほど、わたしの従姉妹を知っているのか。これは、大いなる意思も味な導きをしてくださるものだ」
「ティファニアの、従姉妹!? いえ、そんなことよりなんでエルフがこんなところにいるの!」
 動揺しながらもキュルケが問い詰めると、その相手はティファニアに似ながらも鋭い目つきをした顔に薄い笑みを浮かべて告げてきた。
「わたしはアディール水軍所属、ファーティマ・ハッダード上校だ。ネフテス評議会の大命である。大いなる意思の導きに感謝して、我が従姉妹と仲間たちの下に案内願おうか」
 
 
 続く

112ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:47:01 ID:AELr9ruI
以上です。ずいぶん間が空いてすみませんでした
次回は、もっと早く書き上げられればいいなと思います

ともあれ、ここで旅のメンバーの交代です。我ながら、まったく関わりのない人物同士が集まったものだと思いますが、だからこそ自由度があって
腕の見せ所でありますね。しかしこんな顔ぶれでタバサ救出は大丈夫なのか?
では、次回は2章で行ってきたサハラのことも少し明らかになります。じゃあ、また

113名無しさん:2014/12/13(土) 23:29:56 ID:2ZnDP6Bo

しかし気分が悪くなる伝説
果たして過去を乗り越えて希望を取り戻せるか

114名無しさん:2014/12/16(火) 00:10:25 ID:W0mtEcew
新作アップありがとうございます。

まさか、ハルケギニアのメイジたちにそんなおぞましい呪われた運命と出生の秘密があったとは、まるでショッカーに改造人間にされた仮面ライダーを思わせますね。

思わず読んでて背筋が凍り付きました。

115ウルトラ5番目の使い魔 25話  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 22:47:23 ID:yME8DVLc
皆さんこんばんわ。ウル魔25話ができましたので投下開始いたします

116名無しさん:2015/01/25(日) 22:49:58 ID:7V63W30o
待ってました

117ウルトラ5番目の使い魔 25話  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 22:54:46 ID:yME8DVLc
 第25話
 狙われたサハラからの使者
 
 ロボット怪獣 ガメロット 登場!
 
 
 このハルケギニアと呼ばれる世界で、六千年の昔に大きな戦争があった。
 それはエルフの伝承では大厄災と呼ばれ、一度世界中を完膚なきまでに破壊しつくしたと言われ、恐れられている。
 しかし、それほどの大戦争がなにが引き金になったのか、何者が引き起こしたのについては今なお謎が多い。
 時間軸を遡り、六千年前の過去に飛ばされてしまった才人はそこでヴァリヤーグと呼ばれていた光の悪魔を目の当たりにした。怪獣を次々と凶暴化させてしまうこのヴァリヤーグによって、世界が滅亡への道を辿ったのは間違いない事実であろう。
 それでも、謎は残る。
 六千年前、ヴァリヤーグという存在によって大厄災が引き起こされた。しかし、その前はどうなのかはほとんどの記録が沈黙している。
 大厄災が起きる前のハルケギニアはどんな土地だったのか? どんな人々が住んでいたのか? どんな文化があったのか? 翼人のような亜人はどうしていたのか? エルフはどうだったのか?
 不思議なことに、どんな記録や伝説を見ても、六千年前以前の歴史は切り落とされたかのように消滅しているのである。失われた古代史……エルフや翼人は、大厄災の混乱で記録が消失してしまったのだと結論づけているものの、いくつか残された古代の遺跡にも大厄災以前についての記述だけはないのだ。
 
 だが、唯一六千年前より以前からハルケギニアで生き続けてきた水の精霊だけは、その秘密を知っていた。
 当時、わずかな人間たちしか住んでいなかったラグドリアン湖に前触れもなくやってきた奇妙な異邦人たち。彼らは最初こそ友好的な態度を示したが、やがて本性を表した。
 異邦人たちの目的は、自分たちの勢力拡大のための戦争に使う生きた駒として住民を利用することだった。
 苦痛だけ与えられて、勝敗のつかない堂々巡り。そんな茶番劇が延々と続くと思われたが、これは悪夢の序章に過ぎなかった。
 カトレアが語るのをためらい、キュルケでさえ聞いたことを後悔するような所業。それを水の精霊は見てきたのだという。
 
「こんなこと、絶対に世の中に知られちゃいけない。けど、このハルケギニアって世界は、いったい……」
 
 話のあまりの重さに苦悩するキュルケ。だが、運命の潮流は彼女に迷っている時間を与えてくれなかった。
 
 迷い込んだ墓地で突然襲ってきた亡霊たち。そして、続いて現れた、キュルケの見知らぬ砂漠の民の女。
「アディール? ネフテス? それって確か、ルクシャナの言っていたエルフの国の都と政府のこと? あなたが、エルフの国の使者だっていうの?」
「声のでかい蛮人だな。だが、あの変人学者のことも知っているならなお都合がいい。連中のいる場所までの案内を重ねて要請する。わたしはネフテスから全権を預かってきた者である」
 警戒心を隠しもせずに睨みつけるキュルケと、尊大に命令するもう一人の女。しかし、この誰も予想していなかった邂逅が、彼女たちにとってもハルケギニアにとっても極めて重大な意味を持つことを、まだ彼女たちも知らない。
 
 
 そして、墓場での戦いから十数分後、招かざる配役を交えて物語は再開される。
 
 
 がたん、ごとんと馬車の車輪が道を踏み、車内の椅子に心地よい振動を伝えてくる。
 しかし今、馬車の中は一種異様な空気が充満していた。

118ウルトラ5番目の使い魔 25話 (2/9)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 22:59:02 ID:yME8DVLc
「なんであなたがわたしたちの馬車に乗っているかしら? ミス・ファーティマ」
「気にするな。命を救ってやった貸しを親切で安く取り立てているだけだ。正直歩き疲れていたのでな、乗り物が見つかったのはちょうどいい」
「あらあら、まあまあ」
「え? なに? なんなのこの眺め。シルフィーがお昼寝してるあいだに何があったというのね?」
 まるで、鉢合わせしたドラコとギガスのように一触即発の空気。唖然としているシルフィードの目の前で、視線の雷がぶつかりあって見えない大戦争を繰り広げている。
 キュルケと相対して、殺伐とした空気を振りまいている招かれざる同乗者の名はファーティマ。フルネームはファーティマ・ハッダードといい、元はエルフの水軍の少校を勤めていた。
 もしここにティファニア本人がいたならば、喜んで歓迎の意を表しただろう。しかし、ティファニアの従姉妹だといい、エルフの評議会からの使者だというファーティマをキュルケは信用できないでいた。どうしてかといえば、確かに容姿は目つきの鋭さを除いてティファニアにそっくりではあるけれど、ティファニアや、百歩譲ってルクシャナと比べても、ファーティマの人間に対する蔑視は露骨であったのでキュルケも不快を禁じえなかったのだ。
「あなた、本当にテファのご親戚なの?」
「そう言っている。血統書でも見せなければ満足できんか? いいから黙ってあの娘たちのいるところへ連れて行け。それがなによりの証明になるとなぜわからん」
「怪しい相手を友人の下に連れて行くバカがどこにいるっていうんですの?」
 そもそも、エルフの国からティファニアの元へと使者が送られてくるということ自体がキュルケにとっては寝耳に水だった。むろん、ティファニア個人に対してではないが、想像もしていなかったのは事実である。
 なぜなら、才人たちが東方号ではるか東方の地のサハラへの遠征をしているちょうどその頃、キュルケはガリアに囚われて幽閉され、外部の情報からは完全に隔離されていたからである。だから東方号のことや、アディールで起こったヤプールとの一大決戦についても何も知らなかった。対してファーティマは、キュルケがそれらについてティファニアやルクシャナの知り合いならばわかっているだろうという前提で話しているので、両者が噛み合うはずがなかった。
 キュルケは、図々しくも馬車に同乗を決め込んできたファーティマを苦々しく睨んでいる。シルフィードはあまりの空気にどうすることもできずにいて、カトレアだけが物珍しげに笑顔を浮かべていた。
「こんなところでお友達を連れてらっしゃるなんて、キュルケさんの交友関係はとても広いのですね」
「ミス・カトレア、わたくしは友人は選んで付き合っているつもりですのよ。と、いうより今日初めて会ったばかりの、こんな横柄なエルフを友人にする趣味なんて持ち合わせていませんわ」
「エルフエルフとうるさい女だ。サハラもハルケギニアも変わらぬと言いにきたのは貴様らだったろう。なら、エルフのわたしがどこにいてもそれは自然の摂理というものだ」
「それならば、海の上とか火山の噴火口でとかをおすすめしますわよ。サラマンダーと輪舞をなさるなら、極上のお相手を紹介いたしますわ」
 互いに相手を牽制しあい、歩み寄りの気配など微塵もなかった。ファーティマに対し、キュルケは始めから機嫌が最悪だったこともあり、考えたいことがほかに山ほどあって、この無礼なエルフに対してとても愛想よくする気にはなれなかったのだ。
 ファーティマは、どこへ向かっているのか聞いてもいない馬車に揺られながらも、特に焦ってはいないように見えた。大方、どうせ案内させることになったら方向転換させればいい、とでも思っているのであろうが、その図々しいまでの神経の太さだけは感心に値した。思えば、エルフが一人で堂々とハルケギニアに乗り込んでくることなど正気のさたではない。ルクシャナにしても、当初は念入りに正体を隠していたのだ。
 人間のエルフへの恐怖はそれほど深く、同時にエルフの人間に対する侮蔑もまた深い。このふたりの対立は、まさに人間とエルフという二種族の縮図ともいえた。
 しかし、その一方でキュルケの心の片隅では、先ほどカトレアから語られた伝承が消えずに繰り返されていた。あの伝承が正しいとすれば、その人間とエルフの対立自体、まったく意味のないものになるのではないだろうか。気に入らない女だが、そう思うと少しだけキュルケにも冷静さが戻ってきた。
「とりあえず、先ほど助けられた恩義だけはありますから、借りは返したいけれど……はぁ、まったく、乗ってきたものは仕方ないとしても、ミス・ファーティマ、わたしにはあなたを悠長にエスコートしている時間はないんですわよ」
「時間がないなら作ればよかろう。お前の用がなにかは知らないが、わたしの用より重要だとは思えん」

119ウルトラ5番目の使い魔 25話 (3/9)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:00:24 ID:yME8DVLc
 できるだけ柔和にお断りの意志を伝えてもファーティマはにべもなかった。そういえば、水軍の士官だと名乗っていたなと思い出した。軍人ならば居丈高な態度も納得できるというものだが、だからといって要求にこたえてやるわけにもいかないのも事実だ。
 今の自分たちにはタバサを救うという大切な使命があるのだ。余計なことに関わっている時間はないと、キュルケは焦っていた。
 すると、そんなキュルケのいらだちに気づいたのか、カトレアが両者をなだめるように、キュルケの抱いている疑問を代わりにファーティマに尋ねた。
「まあまあ、お二人とも。そんなに自分の意見ばかりを主張しては始まりませんわ。ところでファーティマさん、わたしは少し前にあなたのお国にお邪魔したお転婆娘の姉なのですが、よろしければそのときのことを少しお聞かせ願えませんか? お土産話を楽しみにしていたのに、あの子ったらとても忙しいらしくって」
 カトレアの柔和な表情と声が、馬車の中の張り詰めた空気をやや解きほぐした。しかしなぜ彼女がこうした質問ができたかといえば、アンリエッタを通して以前のルイズたちの活躍をすでに知っていたからであった。
 ファーティマは、カトレアの温和な空気に少し毒を抜かれたようで、軽く息を吐くと以前のアディールでの戦いを語って聞かせた。
 サハラの地にやってきた人間たちの船『東方号』。人間とエルフの和睦を目指してやってきた彼らと、それを妨害せんとするヤプール。そしてアディールでおこなわれた大怪獣軍団との決戦。結ばれた、人間とエルフの間の確かな絆。
 それらのことを、キュルケやシルフィードはこのときはじめて知ったのだった。
「ルイズやテファたちが、そんなことを……!」
「シルフィたちが捕まっているあいだに、あのちびっこたちすごいのね!」
 このときの彼女たちの心境を地球流に表現すれば、浦島太郎というほかなかったろう。ほんの何ヶ月か牢の中にいただけだというのに、まるで何十年も時間が経ってしまったかのように思えた。とても信じられなかったが、つこうと思ってつけるような嘘ではないことは確かだった。
 すると、ファーティマのほうもようやくキュルケたちとの意識の差を理解した。
「呆れたものだな。トリステインから来た蛮人たちのことは、今やサハラで知らない者はいないぞ。それなのに、こちらでは民はおろか連中の友人たちすら知らぬとは、どうなっているのだ」
「わたしたちは、少々込み入った事情があるんですのよ。ミス・カトレアはこのことを?」
「ええ、聞き及んでおります。しかし、事が事だけに、公にするにはいましばらくの用意がいると姫様からはうかがっておりましたが」
 エルフに対して、悪鬼の印象を植え付けられているハルケギニアの民に、その意識を百八十度転換させるには上からの押し付けではとても無理なことをアンリエッタも理解していた。そのため、周到に根回しを進めていたのだが、まさかそれを始める前にこんなことになるとは予想だにできなかったことだろう。
 キュルケとシルフィードは、自分たちが留守にしているうちに世界がめまぐるしく動いていたことを知った。ルイズや才人たち、クラスメイトや友人たちは自分がいないあいだにも世界を救おうと必死に努力していたのだ。
 だが、引き換え自分はどうか、こんなところでつまらない問題につき合わさせられている。まあ、事情を最初から知っていたとしても、このファーティマというエルフは気に食わなかったであろうが、心の中の嵐が静まってくると、キュルケはある思いを持ってファーティマの顔をじっと見た。
「なんだ? わたしの顔になにかついているのか」
「いえ、失礼いたしました。そして、どうやらあなたのおっしゃることは正しかったようですわね。無礼を、お詫びいたしますわ」
 相手はエルフ、ハルケギニアでの恐怖の象徴。しかし、今のキュルケはそのエルフを恐れる気持ちにはどうしてもなれなかった。
 人間とエルフは不倶戴天の敵。しかしそれは宇宙が始まったときからの法則に記されているわけではなく、後年の誰かが勝手に決めたことだ。そしてその起源は……あの伝承が確かだとすれば、根底から無価値だったということになる。
 ファーティマは、怪訝な様子で押し黙ってしまったキュルケを見ている。しかしその瞳には、侮蔑や傲慢とは違った光が少しだけ隠されていた。

120ウルトラ5番目の使い魔 25話 (4/9)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:06:40 ID:yME8DVLc
”おかしな女だ。怒ったと思ったら急に沈みこんだり。しかし、素直に謝罪の言葉が出るとはなかなかできた人物ではあるようだな。少なくとも、少し前のわたしにはできなかったことだ”
 内心で自嘲したファーティマは、それまでキュルケたちに見せていた傲慢な態度とは裏腹な感想を抱いていた。
 そう、一見して人間を見下している態度に徹しているかのように見えているファーティマだが、その本心ではかつてティファニアが命を懸けて灯した友情の炎が消えずに灯っていたのである。
 が、ならばなぜファーティマはキュルケをあおるような態度を続けるのだろうか? いや、それはエルフが人間と変わらない心を持つ生き物だということをかんがみれば、察することもできると言えよう。そして彼女は、実はずっとキュルケたちを観察していたのだった。
”ものわかりの悪い女だが、わたしの素性に確信がいくまでテファに会わせまいとするあたりは情のある人物ではあるようだな。不満は残るが、ようやく信用に足る人物を見つけられたか”
 重ねて述べるが、トリステインはエルフにとってはいまだに敵地である。そこへ踏み込み、特定の任務を果たすためには一時の油断も許されないのだ。
 実際、ここに来るまでにファーティマは誰も信じられない孤独な旅路を送っていた。ルクシャナの百倍は生真面目な彼女が、人間に対する態度を硬化させたとしても仕方がないであろう。
 本当にキュルケたちを見下していたのであれば、キュルケに案内の役が務まらないことを知った時点で馬車を去っていればいい。しかしそれをしなかったのは、任務遂行の使命感と、かつて自分を救ってくれたティファニアを忘れていなかったからだ。
 ただし、それらとは別に、彼女には使者としてのほかに、もうひとつ隠された目的があった。
”魔法学院とやらで連中の行方を聞いても、どうにもわからず行き詰まっていたが助かった。しかし、この国をざっと見てみたが、やはりテュリューク統領やビダーシャル卿は変わり者だ。あのときやってきた連中はまだしも、まだ蛮人たちの大半は大いなる意思の加護も理解できず、この国も国内すら統一しきれていない。こんな連中と接触したところで、我々に害をなすだけではないのか? だがまあ、任務は任務だ、もうひとりの女は多少は話がわかるようだし、わたしの運もまだ尽きてはおらんだろう。ともかく、これをあの連中に渡すまで、万一のことがあってはいけない”
 ファーティマは心の中でつぶやき、懐の中に忍ばせた”あるもの”を確かめた。
 それは、彼女がサハラから来るに際して、テュリューク統領とビダーシャルから厳命された任務だった。
「よいかね、ファーティマ上校。君にはネフテスの名代として人間たちの国へと向かってもらう。道筋は、以前ルクシャナ君の記したものがあるから海から回ってゆくとよいじゃろう。本来なら、ビダーシャル君にまた行ってもらいたいが、あいにく今は彼を欠いては蛮人、いや人間世界に詳しい人物がおらなくなってしまうからのう。君には苦労をかけるが、使者としてティファニア嬢と血縁関係にある君以上の適任がいないのじゃ」
「先のオストラント号の件で、歴史上はじめて人間がネフテスに来て以来、多くの者が人間と接触はした。だが、まだ大衆はあの船の人間だけしか知らず、ハルケギニアの人間の大多数が我らを恐れていることへの実感が薄い。今のうちに理想と現実の差を埋めておかねば、後で大変なことになるのは目に見えているからな。それから、使者としても当然だが、君に預けるそれは、恐らく今後の世界の命運を左右する可能性を秘めている。必ず、あの船の人間たちに届けてくれ」
「はっ! 鉄血団結党無き後、水軍を放逐されていておかしくなかったわたしに目をかけてくれた統領閣下方のためにも全力を尽くす所存です。ご安心ください」
 ネフテスから人間世界への使者へと、もうひとつ、東方号へと、ある重要な物品を届けることがファーティマに課せられた使命であった。それを果たすまでは、些事にこだわって余計な遠回りをするわけにはいかない。
 しかし、任務の重大さとは別に、ファーティマ自身はこの任務に必ずしも乗り気ではなかった。なぜなら、ファーティマは以前に才人たちがサハラに乗り込んだとき、反人間の過激派組織である鉄血団結党の一員であり、その手によってティファニアの命が脅かされたこともある。現在は鉄血団結党は解体したけれど、ファーティマ自身人間への偏見を完全に忘れたわけではないし、自分の素性を知っている向こうにしても少なくとも好んで顔を見たい類の相手ではないであろう。

121ウルトラ5番目の使い魔 25話 (5/9)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:09:18 ID:yME8DVLc
 ただし、今はそんなことまで口にする必要はない。ファーティマは、相手の警戒心を解くために、現在のサハラが今どうなっているのかを語った。それによれば、現在のサハラは先のヤプールとの決戦で甚大な被害を受けたアディールを一大要塞都市に作り変えて、反攻のために戦力を整えている。そして、そのリーダーシップをとっているのが、先の戦いで信望を深めたテュリューク統領なのだとキュルケたちは聞かされた。
「エルフは完全に戦うつもりなのね。それなのに、わたしたち人間ときたら、いまだに各国の意思の統一すらできていないんだから、うらやましい限りだわ」
「当たり前だ。我々砂漠の民は、滅ぼされるのを待ち続ける惰弱の民ではない。過去の人間たちとの戦い同様に、侵略は断固として迎え撃つ。しかし、先の戦いで敵の戦力がお前たちと戦うよりずっと強力であることがわかったのでな。お前たちのようなものでもいないよりはマシだろうと、来るべき決戦に参加させてやりにわたしが来たまでだ」
「そういう態度をこちらでは手袋を投げつけに来た、と言うのよ。けど、実際に的を射ているから頭が痛いとこなのよね。まったく、せめてジョゼフさえいなければねえ」
 エルフの世界に比べて、ハルケギニアのなんというガタガタ具合かとキュルケは呆れたようにつぶやいた。
 ベロクロンの戦いの後、現在のアンリエッタ女王はヤプールの侵略に対して各国で協力体制を作るよう呼びかけてきたが、それは一年以上経った現在でも成し得ていない。アルビオンとは友好国であるし、ゲルマニアは信頼関係こそ乏しいがアルブレヒト三世が現実主義者であるため同盟国という立場はとれている。ロマリアは立場上中立としてもいいが、問題はガリアであった。アンリエッタがいくら呼びかけても、のらりくらりと回答をかわして、今に至ってもまともな関係は築けていない。それがどうしてかというならば、キュルケにはもうわかりすぎるくらいわかっていた。
「ジョゼフがいる限り、ハルケギニアの一体化を邪魔し続けるでしょうね。しかしそれにしても、あなたみたいなのが使者に遣わされるなんて、統領さんはなにを考えているのかしら」
 と、キュルケがつぶやくと、ファーティマはつまらなさそうに答えた。
「知らん。だが、とにかくわたしは自分に課せられた使命には忠実でいるつもりだ。お前たちに危害を加えるつもりならば、とうの昔にやっている。わたしがこの地に出向いてきた、テュリューク統領の意思は平和と友好のふたつにこそある」
 そう言いながら、ファーティマは自分が言ってこれほど白々しい言葉もないなと自嘲していた。ほんの半年ほど前の自分には夢にも思わないことだ。あの頃の自分だったら、いずれ水軍の大提督になって人間世界へ攻め込むことを夢見ていただろう。
 人間のことが気に食わないのは今でも変わっていない。しかし、あの頃の自分は今思えば血塗られた夢に酔っていたのかもしれない。砂漠の民の力があれば、蛮人など鎧袖一触と無邪気に思い込んでいた無知な自分。ただエスマーイルの言葉に踊らされて、鉄血団結党の一員であることに有頂天になっていた。それでいい気になって蛮人どもを襲撃したら、軽く返り討ちにあったあげくにその相手に助けられているのだからざまはない。
 そして、奴らのひとりはこう言った。お前だけが不幸だなんて思うなよ、あんたみたいな復讐者は何人も見てきたと。あのときほどの屈辱は、それまでになかった。おまけに、あのシャジャルの娘ときたら、まったく心底自分の器の狭さを思い知らされた。
 しかし夢は夢、覚めてしまえば夢は過去へと流れていく。表面は蛮人に対してとげとげしく取り繕って、内心では心を許せないもどかしさを感じていたファーティマだったが、その葛藤は意外な形で晴らされることになった。
 
「まあ、まあまあまあ! 素晴らしいですわ。ファーティマさん、私、小さいときからいつかエルフの国へ行ってみたいと夢見てましたの。エルフと人間の友好、こんなにうれしいことはありませんわ」
 
 カトレアの、喜びに満ちた声が馬車の中のよどんだ空気を吹き飛ばし、思わずカトレアを見たキュルケとファーティマの目に、カトレアの満面の笑顔が太陽のように映り込んで来た。

122ウルトラ5番目の使い魔 25話 (6/9)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:10:49 ID:yME8DVLc
 驚いて、とっさの言葉が出てこないキュルケとファーティマ。しかし、カトレアは立ち上がってファーティマの手をとると、優しげに口を開いた。
「慣れない土地での旅、ほんとうにご苦労様でした。こうしてここであなたとめぐり合えたのは、始祖のご加護と、あなたには大いなる意思のお導きがあったからなのでしょう。これほど祝福された出会いはないと思いませんか?」
「あ、ああ、出会いに感謝を。このめぐり合わせは偶然ではない。正しきことを後押しする大いなる意思の見えざる手が導いてくれたのだ」
「でしたら、もっとうれしそうな顔をしましょう。あなたが正しいことをしにはるばる参られたのなら、わたくしたちは心から歓迎いたしますわ。さっ、あなたたちもこっちにいらして」
 そうして、カトレアは唖然としているキュルケとシルフィードを呼び寄せると、彼女たちの手をとってファーティマの手に重ねた。
「今はわたくしたち四人だけですけど、エルフと人間と、韻竜も、こうして手を結び合うことができるのだと証明されましたわ。ファーティマさん、手を繋げばどんな種族でもこんなに近い。とてもすばらしいことですね」
「う、うむ。い、いや! 形は形だ。実際の交渉や同盟が、そんな甘いものではないことくらい承知している」
 カトレアの優しすぎる笑みに、思わず納得してしまいそうになったファーティマは慌てて現実を盾に取り繕った。また、キュルケやシルフィードも、異なる種族がそう簡単に近くなれるものではないと、額にしわを寄せている。
 だが、カトレアはわかりあうことへの抵抗を除けないでいる三人の手を両手で包み込むと、諭すように語り掛けた。
「では、まずはここにいる四人から友情をはじめていきましょう。すてきだと思いませんか? ハルケギニアがどんな種族でも仲良く生きられる世界になる第一歩をわたくしたちの足で踏み出すんですよ」
 カトレアの言葉に、三人はしばらく呆然とするばかりだった。腹の探りあいと、どうしてもぬぐい得ない不信感をぶつけあっていたのに、カトレアの笑顔にはひとかけらの濁りもなかった。
 この人は、いったい? 返す言葉がとっさに浮かんでこない三人。そのうちのキュルケが、どうしてそんな無防備な笑みができるのかと目で尋ねているのに気づいたカトレアは、そっとささやくように答えた。
「キュルケさん、あなたの言いたい事はわかりますわ。けれど、思い悩んだところで生まれを変えられる者などいません。わたしも、何度も自分の存在が世界にとってあっていいものだったのかを思い悩みました。でも、その度に思い出すことがあるんです」
「思い出す、こと?」
「ええ、皆さん、わたしは実は昔、大病をわずらって長くは生きられないと言われていました。でも、ともすれば自ら命を絶ってもおかしくなかった日々で、わたしを支えて生かしてくれた友達は、必ずしも人間ではありませんでした」
 そう言うと、カトレアはシルフィードのほうを見た。するとシルフィードははっとして、いまさらながら気づいたように言った。
「そういえば、カトレアお姉さまからいろんな生き物のにおいがするの。こんなにたくさんの生き物のにおいを持ってる人、これまで見たこともないのね!」
 驚くシルフィードにカトレアは語った。自分の住むラ・フォンティーヌ領では、多くの動物や、中には怪獣までもが仲良く住んでいることを。
 シルフィードはそれで、自分がカトレアに対して不思議な安心感を持てていたわけを悟った。自分が鈍いからと言うだけではない、それほどに多くのにおいを持つカトレアは、人生のほとんどを自然の中で生きてきたシルフィードにとって、まるで故郷に帰ってきたかのように安らげる空気の持ち主だったからだ。

123ウルトラ5番目の使い魔 25話 (7/11)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:12:54 ID:yME8DVLc
 そう、カトレアにはラ・フォンティーヌ領で世話をしてきた数え切れないほどの生き物のにおいが染み付いている。それも、そのすべてがカトレアに対して好意を持っていることを示す香りであったために、シルフィードは疑問に思うことすらもなかったのだ。
「最初は、思うように動けない自分の代償のつもりだったかもしれません。けれど、病気が治った後も、彼らはずっとわたしの友達でいてくれました。そして気づいたんです。生き物が生きていく上で、共に生きるべき相手は必ずしも同族でなければいけないということはないということに」
「きゅい、シルフィも誇り高い韻竜だけど、人間とは仲良くしたいと思うの。ねえ赤いの、前にお姉さまといっしょに、人間と翼人を助けたのを思い出さないかね?」
「そうね。あれは、タバサとわたしたちでやった初めての冒険だったわね。もう、あれからずいぶん経つのねえ」
 懐かしそうに、キュルケは思い出した。
 エギンハイム村での、翼人と人間のいさかいから始まったあの事件のことは忘れない。軽い気持ちでタバサの手助けをしようとして、そのまま宇宙人と怪獣を交えての大決戦にまでなったあの事件では、人間と翼人の両方が力を合わせなければ勝てなかった。そしてその後誕生した人間と翼人の夫婦の幸せそうな顔。思えば、自分たちは一度すでにいがみあっていた異種族をつなげることに成功している。増して、ルイズたちは自らエルフの首都に赴いて帰ってくるという前代未聞な冒険を成功させているではないか。
 異種族が共存することは、決して不可能ではない。その前例は、すでにたくさんあった。キュルケは、そのことを知っていたはずの自分を恥じて、しかしそれでも納得のいく答えを求めてカトレアに視線を移した。
「あなたにも、忘れてはいけない大切なことがあったのですね。ねえキュルケさん、さきほどの話の後で話そうと思っていたことがあるんです。ファーティマさんとシルフィードちゃんも聞いてください。確かにこの世界では、人間とそれ以外の生き物でバラバラに別れています。そして、わたしたちはそれぞれに簡単に相手を信用することのできない理由も抱えているでしょう。けれど、だからこそそのしこりをわたしたちの代で消し去っていこうと思うのです」
「しこりを……消し去る?」
「そうです。事はわたしたちだけの問題ではありません。わたしや、キュルケさん、ファーティマさん、シルフィードちゃん、それにあなたたちの知っているすべての人の子供や孫の世代にも関わっていくのです。率直に聞きますが、皆さんがいずれ子供や孫を持ったときに、友達を残してあげたいと思いますか? 敵を残してあげたいと思いますか?」
 その答えは決まっていた。キュルケもシルフィードも、ファーティマでさえ言葉には出さなくても顔には同じ答えを浮かばせている。
「確かに世の中には、どうしても理解しあえないような卑劣で邪悪な相手もいます。けれども、人間やエルフの多くの人はそんなことはないということを、あなた方はもう知っているでしょう?」
 カトレアの言葉に、三人はじっと考え込んだ。世に悪人は間違いなくいる。しかし、毎日を正しく一生懸命に生きている人はそれよりはるかに多くいることに。
 かつて、ウルトラマンタロウは言った。少ない悪人のために、多くのいい人を見捨てることはできないと。カトレアも、数多くの命と向き合ううちに、本当に邪悪な相手はほんの一握りだと思うようになっていっていたのだ。
「わたしはこれまで、多くの生き物の生き死にを見てきました。動物の寿命は、人に比べればとても短いものもあります。けれど、そんな彼らも世代が進んで仲間が増えていくごとに、生き生きと力強く生きるようになっていくのです。それで思うようになりました。わたしたちはみんな、次の世代に幸せをつなぐために生きているのだと」

124ウルトラ5番目の使い魔 25話 (8/11)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:14:39 ID:yME8DVLc
「次の、世代に……?」
「そうです。過去になにがあったにせよ、わたしたちの後に続く人たちが平和に楽しく暮らせる世の中が来るのならそれでよいではありませんか。そうして積み重ねていけば、大昔のことなんか笑い話ですむ時代がいずれやってきます。その一歩を、わたしたちの手で進める。この上ない名誉と幸福だと思いませんか?」
 どこまでも純粋で優しいカトレアの笑顔を見て、三人はそれぞれ自分の中での葛藤を顧みてみた。だが、三人共に共通していたのは、いずれも今の自分たちのことしか考えていなかったということだった。
 対して、カトレアは次の世代のそのまた先。十年後、百年後、いいや千年後まで視野に入れて考えている。三人は、それぞれ思うところは違いはしたけれど、カトレアの思う生き方に比べたら、自分たちのこだわりが笑えるほど小さなものに思えて口元がほぐれてきてしまう。
 ただ、現実にハルケギニアの異種族同士はわかりあえずに六千年を過ごしてきている。それを忘れてはならないという風に、ファーティマは言った。
「お前の理想論、険しいという言葉では済まされない道だぞ」
「わかっています。今日初めて会ったばかりの相手を、すぐに信用できなくて当然ですわ。けど、今ここにいる四人はこれからきっといいお友達になれます。大丈夫ですよ、だってほら、誰の手のひらにも同じようにあったかい血が流れているんですから」
 カトレアの重ねた四人の手からは、ゆっくりとそれぞれの体温が相手に伝わっていった。それは、熱くも冷たくもない、生きているものの発する生命の暖かさ。人間もエルフも韻竜も、魔物でも幽霊でもないことを示すぬくもりを感じて、キュルケ、シルフィード、それにファーティマは、言葉に表すことは難しいけれど、自分の中でのなにかが変わっていっているような不思議で、しかし快い感触を覚えていた。
 人は、大きなものを見据えることで小さなこだわりを捨てることができる。そして、人と人は小さなこだわりを捨てることで友情を結ぶことができる。大自然の中で自由に心を育んできたカトレアの思いが伝わって、重なり合った手のひらに誰からともなく新しい力が加わっていった。
 
 
 けれども、カトレアは豊かな心を持っていても、無知な野生児ではない。キュルケやファーティマが持っていた警戒心が薄れたことを確信すると、その瞳に鋭い知性の光を宿らせてファーティマに問いかけた。
「ところでファーティマさん。聞けば、先ほどはキュルケさんが亡霊に襲われて危ないところを助けていただいたとか。しかし、キュルケさんには亡霊などに襲われる所以はありませんし、そもそも亡霊などというものに早々お目にかかれるとは思えません。もしかすると、本来亡霊に追われていたのはあなたなのではないですか?」
 その瞬間、ファーティマの背筋がびくりと震え、表情に明らかな動揺が見えた。
「そ、それは……」
「それに、最初から気になっていたのですが、サハラからトリステインへの大事な使者であるにも関わらず、あなたはたった一人でここまで来られたのですか? いくらエルフが人間に比べて強いとはいっても、普通なら水先案内や護衛のために、あと数人はいっしょにいておかしくないはず。ひょっとしてファーティマさん、あなたには他にまだ隠している役目があるのではないですか?」

125ウルトラ5番目の使い魔 25話 (9/11)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:17:35 ID:yME8DVLc
 ファーティマはすぐに肯定も否定もしなかったが、その短い沈黙だけでもシルフィードはまだしもカトレアやキュルケは過不足なく察することができた。
 再び馬車の中に緊張が走る。しかし、対峙する姿勢に入りかかったキュルケとファーティマをカトレアはすぐに抑えた。
「落ち着いてください。キュルケさん、ファーティマさん。わたしは尋問をしようとしているわけではありません。ですがファーティマさん、わたしたちは今、大事な目的を持って旅をしています。もしかすると、この世界の行く末を左右するかもしれない重大な意味を持つ旅です。正直に言って、あまり時間はありません。けれども、できればあなたの望みもかなえてあげたい。ですからお互いに、隠し事はやめて打ち明けあいましょう。そうすれば、もっとあなたの助けにもなれるかもしれません」
 カトレアに諭すように告げられて、ファーティマは金髪を伏してじっと考え込んだ。カトレアはキュルケとシルフィードに視線を移し、話してよいですかと目で尋ねた。キュルケは一瞬躊躇したけれど、意を決して自分から旅の目的をファーティマに語って聞かせた。
 タバサのこと、ジョゼフのこと、異世界への扉を求めてラグドリアン湖に向かおうとしていることなどを、キュルケはすべて包み隠さず話した。そしてファーティマの反応をうかがうと、ファーティマは驚いたようではあったが、ふうとため息をついてからキュルケやカトレアを見返して言った。
「異世界へ、か。どうやら、わたしがお前たちとめぐり合ったのは本当に大いなる意思の導きらしい。わかった、わたしも全てを話そう。わたしのもうひとつの使命は、ある物をお前たちの仲間に届けることなのだ」
 ファーティマは、懐から小さな小箱を取り出して、その中身を見せた。
「なんですの? 見たことない形の、カプセル……かしら?」
 それを見てキュルケは首をかしげた。小箱の中身は、手のひらに収まるくらいの楕円形の金属でできたカプセルで、表面には焼け焦げた跡があった。
 しかし、よく見てみると表面には細かな文字でなにかが書いてあり、それに汚れてはいるけれど、文字の上にはなにやら紋章のようなものが描かれていて、キュルケはふと既視感を覚えた。
「先日、我らの聖地の近辺で発見されたものだ。そのときは、もっと大きなケースに入っていたのだが、すでに何者かに攻撃された形跡があった。ともかく、その字を読んでみろ」
「ううん、かすれてて見にくいけど……あら? このマーク、どこかで同じものを見たような。それに、この文字は……えっ!」
 キュルケは、カプセルに書かれていた文字を読んで愕然とした。それは、つたないトリステインの公用語で書かれていたが、その中に記されていた固有名詞や人物の名前は、キュルケにとってとてもよく知っているものだったからである。
「思い出したわ! この翼のようなマークは、確かタルブ村で……」
 
 だが、キュルケが記憶の淵から呼び戻してきたそれを口にする前に異変は起こった。
 
 突如、爆発音とともに激震が馬車を襲い、中にいた四人はもみくちゃにされた。頭をぶつけたシルフィードが悲鳴をあげ、馬車を引いていた馬の悲鳴もそれに重なって響く。
 高級馬車の車軸でも吸収しきれない揺れにより、車内のランプが落ちて割れ、灯油がぶちまけられて刺激臭が鼻をつく。だが、そんなものに構っている者は一人もいなかった。それぞれが多寡は違えども戦いの中を潜ってきた経験を持つ者たちである、今の不自然な揺れと爆音が、自分たちを危機へと追い込む悪魔の角笛だということを理解していたのだ。

126ウルトラ5番目の使い魔 25話 (10/11)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:20:00 ID:yME8DVLc
「なに! 今の爆発音は、まさか」
「そ、外なのね! うわっ! 森が燃えてる。きゅいぃぃぃ! みんな、空を見てなのね!」
 頭のたんこぶを押さえながら窓から外を見たシルフィードの絶叫。続いて窓を開けて空を見上げた三人の目に映ってきたのは、空に浮かぶ三十メートルはあろうかという巨大な鉄の塊だったのである。
 なんだあれは!? 異様すぎる浮遊物体の巨影に、キュルケやシルフィードは唖然とし、まさかジョゼフの放った刺客かと身を固めた。
 しかし、それはジョゼフの刺客などではなかった。百メートルほど上空にとどまり、こちらを見下ろしてくるような鉄塊を見て、ファーティマが忌々しげに吐き捨てたのだ。
「くそっ! もう追いついてきたのか!」
「なに? あなたあれを知ってるの」
「今の話の続きで話そうと思っていた。サハラを出てからこれまで、ずっとあいつに付け狙われていたんだ。共にアディールから出た仲間はみんなあいつにやられた! まずい、攻撃してくるぞ、飛び降りろ!」
 その瞬間、鉄塊に帯状についている無数の赤いランプが断続的に輝き、ランプからそれぞれ一本ずつのいなづま状の赤い光線が馬車に向かって発射された。七本の光線は一本に集約して馬車に直撃し、馬車は火の塊になって飛び散る。
 だが、ファーティマの警告が一歩早かったおかげで、馬車から飛び降りた四人は間一髪で無事だった。
「きゅいいい、し、死ぬかと思ったのね」
「あと一瞬逃げ出すのが遅れてたら、わたしたちは丸焼けだったわね。ミス・カトレア、大丈夫ですの?」
「ご心配なく、こう見えて野山を駆け回るのが日課ですから。それよりも、ファーティマさんにお礼を言わなければいけませんね」
「勘違いするな。せっかくの大いなる意思の導きを台無しにしては冒涜だからだ。だがそれも、生き延びれたらの話ではあるが……下りてくるぞ! 気をつけろ」
 燃える馬車の炎に照らされる四人の前に、空飛ぶ鉄塊がゆっくりと下りてきた。敵意を込めて、鉄塊を睨みつける四人。その眼前で、鉄塊は真の姿を現していく。
 
 まず、上部の穴から頭がせり上がってきた。洗面器を裏返したようなツルツルの表面に、かろうじて目と口だと見えるくぼみが三つついている。
 続いて、左右から腕が生え、下部から足が生えて地面に着地した。その胸元には、先ほど破壊光線を放ってきたランプが赤く輝いている。この人型の巨大ロボットこそが鉄塊の正体だったのだ。
 
「きゅいい! で、でっかい人形のおばけなのね!」
「なんて大きさ。こんなガーゴイルがこの世にいたなんて」
「いえ、これはガーゴイルじゃないわ。きっと、以前にトリステイン王宮を襲った機械竜と同じもの。そして、あのときの亡霊といい、そんなことができるものといえば」

127ウルトラ5番目の使い魔 25話 (11/11)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:22:11 ID:yME8DVLc
「そういうことだ。こうなったらお前たちも一蓮托生だ。奴の思うとおりにさせたら、砂漠の民も蛮人もすべて滅び去る。だから知らせねばいかんのだ。ヤプールが再び動き出したのだということを!」
 
 聞きたくなかった忌まわしい侵略者の名が吐き捨てられ、巨大ロボットは電子音と金属音を響かせながら動き始めた。
 
「モクヒョウヲカクニン。ケイコクスル、タダチニコウフクシテ、ソノソウチヲアケワタシナサイ、サモナケレバ、キミタチゴトハカイスル」
「断るわ!」
 
 シルフィードがドラゴンに戻り、キュルケ、カトレア、ファーティマが魔法攻撃の体制に入る。
 燃える馬車の炎に照らされ、逃げ去っていく馬の悲鳴を開幕のベルとして戦いが始まった。
 
 
 だが、その一方で、始まったこの戦いを離れたところから見守っている目があった。
「あれはガメロット……確かあれはサーリン星のロボット警備隊に所属するロボット怪獣だったはずだが、やはりロボットだけでは星を維持できなくなってヤプールの手に落ちたか。しかし、このシグナルに従って来てみたが、リュウめ、相変わらず荒っぽい作戦を思いつくやつだ」
 彼の手には、激しいシグナルを発し続けているGUYSメモリーディスプレイがあった。そして、ファーティマの持つカプセルにもまた、メモリーディスプレイに記されているのと同じ翼のシンボルが描かれていたのだ。
 
 
 続く

128ウルトラ5番目の使い魔 あとがき  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:44:53 ID:yME8DVLc
以上です。待っていてくださった方、ありがとうございました。
実は先週の水・木には投下するつもりだったのですが、直前でちと某アニメで精神的ショックを受けてしまいまして…
ですがそれを置いても遅れてすみませんでした。今回は特にシチュエーションや台詞回しが重要なので、何度も書いては消してを繰り返してました。
しかし怪獣も出た以上はテンション上げていこうと思います。あ、一応いっておきますけど原作どおりに誰かを特攻させたりとかはしませんのでご安心を

ハーメルンのほうでの投下も続けていますので、そちらもよかったらいらしてください。
では、今回はこのへんで失礼します

129名無しさん:2015/01/26(月) 06:24:12 ID:WB8.oUFg
乙です

>>某アニメ

あれですねあちこちでもめてますが設定上しゃあないっちゃそうですが

130名無しさん:2015/01/26(月) 22:08:32 ID:DRpYE9cM
乙です
ファーティマも丸くなったなあw
あんな目にあってまだ目が覚めなければ救いようが無いけど
どうこの危機を乗り越えるのか

131ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:13:35 ID:cq4lwDYU
皆さんこんにちは、ウル魔の26話の投稿準備ができたので投下開始します。

132ウルトラ5番目の使い魔 26話 (1/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:18:18 ID:cq4lwDYU
 第26話
 魂のリレー
 
 ロボット怪獣 ガメロット 登場!
 
 
 異世界ハルケギニアを舞台にした、ウルトラマンAと異次元人ヤプールの戦いが始まって、一年あまりの月日が流れた。
 その戦いを顧みてみて、エースは苦しい戦いを、多くの人々の助力を得て乗り越えてきた。
 そう、ウルトラマンといえど限界はある。圧倒的な闇の力に対抗するためには、仲間の力が欠かせないのだ。
 ヤプールを倒すため、ハルケギニアの人々は勇敢に立ち向かい、さらに地球と光の国からもエースを救うべく勇者たちが立ち上がった。
 だが、次元を超えて地球からハルケギニアへと渡ろうとしたCREW GUYSの試みはヤプールによって妨害され、亜空間ゲートは完全に封じられた。
 その後、才人たちは地球からの援軍を失ったことで苦戦を強いられながらも、エルフの都アディールでの決戦で、なんとかヤプールの怪獣軍団を撃退することに成功した。
 しかし、ヤプールがこのまま黙っていると思う者は誰もいなかった。遠からず奴は、さらなる恐ろしい力を持って攻めてくる。そのときまでに、どれだけ戦力を整えていられるかで勝敗は決まる。
 怨念と執念を込めてハルケギニアを滅亡せんと狙うヤプール。対して人間たち、エルフたちもいずれ必ず襲ってくるヤプールとの戦いに備えて、可能な努力を惜しまずに進めた。
 
 だが、来るべき時のために最大限の努力を傾けているのはハルケギニアの民やヤプールだけではなかった。
 忘れてはいけない。道を閉ざされたとはいえ、次元の向こう側には悪を許さない勇者たちがいることを。
 
 時をさかのぼり、才人たちが東方号でネフテスからハルケギニアへと帰還の途にある頃。
 この時、地球からさして離れていない宇宙空間でCREW GUYSが一発の大型ロケットを打ち出していた。
「超光速ミサイルNo.9、軌道に乗りました。弾頭内の各発信機、自動追尾シグナル、オールクリア! このままウルトラゾーンの亜空間断層へと突入します」
「ようし、時空を越えて行ってきやがれ。一個でいい、あの世界に届くんだ!」

133ウルトラ5番目の使い魔 26話 (2/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:19:53 ID:cq4lwDYU
 リュウ隊長の見守る前で、GUYSの希望を乗せたロケットは異次元空間へと消えていった。行く先は宇宙の墓場・ウルトラゾーン。GUYSも一度だけ突入したことがあるが、命からがら脱出してきたほどの宇宙の難所だ。
 その不安定な時空に彼らは賭けた。非常に不安定な時空の果てがどうなっているのか、生きている者で確認できた者はいない。しかし、このロケットにはGUYSのテクノロジーの粋を集めた、数千にも及ぶ”ある装置”が詰め込まれていたのだ。
 
 超光速ミサイルはウルトラゾーンのかなたに消え、やがて自爆して搭載されていた”装置”をばらまいた。
 それらのほとんどは無駄となり、永遠に時空のはざまをさまよい続けることになる。だが、たった一個の奇跡が、すべてを変える大いなる大樹の種となった。
 
 
 それから時は流れて、舞台は再び時空のかなたへと戻る。
 
 
 ”それ”が、彼らの手に渡ったのは、まったくの偶然といってよかった。
 事の次第はある日のこと、エルフたちの国ネフテスにおいて、海上哨戒中の水軍が嵐と遭遇したことがきっかけだった。
 アディール近海……ヤプールの手に落ちた竜の巣、聖地を望むその海は今や地獄と化していた。
「艦長! 船体傾斜率が三十度を越えました。残念ですが、これ以上竜の巣に近づいたら、艦が持ちません!」
「おのれ、竜の巣はもう間近だというのに。特別に訓練した、この鯨竜を持ってしてもだめだというのか」
 激しく動揺し、なにかに掴まっていなければ立っていることもできないほど悲惨な状況にある鯨竜艦の艦橋で、艦長が悔しげに吐き捨てた。
 海は天を貫く巨峰のような波が無数に逆立ち、風はマストに掲げたネフテスの旗を引きちぎっていきそうなほど強い。
 以前の戦いで、壊滅的打撃を受けた水軍。それからようやく立ち直りかけ、手塩にかけて育て上げた鯨竜と乗組員で竜の巣の詳細を偵察してこようともくろんだ艦長の狙いは、想像をはるかに超えた嵐の前に打ち砕かれてしまった。
 むろん、これは自然の嵐ではない。竜の巣を手中におさめたヤプールが、近づくものを排除しようと人工的に起こしているものである。その威力は絶大そのものであり、空からは暴風雨によりいかなる飛行獣も飛行船も近づけず、かといって海中も水流がでたらめに渦巻いているので、潜ればバラバラにされてしまうだろう。残る、わずかに危険度の少ないと思われる海上からの接近さえ、比較的近くに寄ることが精一杯というありさまであった。
「艦長、鯨竜が疲弊しています。このままここにとどまったら、海中に引きづりこまれて一巻の終わりです!」
「くそっ、止むを得ん。進路反転百八十度、この海域から離脱する!」

134ウルトラ5番目の使い魔 26話 (3/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:21:43 ID:cq4lwDYU
 悲鳴のように叫ぶクルーの声に、艦長は悔しさをかみ締めつつ撤退を命令した。
 鯨竜は、帰ることのできるのを認められて喜ぶようにひと吠えすると、くるりと進路を来た方向に変えて泳ぎ始めた。竜の巣から離れるごとに波と風は弱まっていき、沈没の恐怖におびえていた艦橋にもやっと安堵のため息が流れるようになっていた。
「どうやら、危機は脱したようです。しかし、艦内はもうひどい状況です。このままアディールの水軍司令部に帰還します」
「仕方があるまい。くそっ、もっと我々に大きくて強い船があれば、こんな屈辱を味わわずにすむというのに」
 艦長は、割れた窓から吹き込んできた風雨でぐっしょりになった軍服を揺すって、自らの非力を嘆いた。周りでは、同じようにずぶ濡れになったクルーたちが無言で職務に勤めている。いずれの顔にも疲労の色が濃かった。
 情けない。艦長は心底そう思った。我らネフテスの水軍は、水の上にあっては最強なことを誇りとしてきたはずなのに、たかが嵐に勝つことさえままならないとは、偉大な先達の方々に合わせる顔がない。
 彼は、以前アディールにやってきた人間たちの船を思い出した。オストラント号と名乗っていた、あの巨大船を見たときの衝撃は忘れられない。
「あれほどの船を、我らにも作れれば」
 蛮人たちはどうやったのかはわからないが、とてつもない巨艦を建造して我々の防衛網を突破し、歴史上初めてのアディールに立った蛮人たちになった。これまでの蛮人たちの船ときたら、風石ばかりを無駄に食う浮かぶ標的のようなものだったというのに。
 しかし、このような評価をコルベールが聞いたら、過大評価だと顔を真っ赤にするだろう。自分たちも、異世界の技術を流用したに過ぎないのだと。
 ただ、勘違いであるとはいえ、東方号の与えた衝撃はエルフたちにも多くの影響を残していたことは間違いない。
 今に見ていろ、誇り高き砂漠の民がいつまでも蛮人の後塵を拝すなどあっていいはずはない。我が人生のすべてを懸けてでも、あれに負けない船を作り上げて無敵水軍の復興を果たす。同じように空軍も再建に血眼になっているが、負けてはいられない。
 屈辱は人を奮起させる。負けたときにそこから這い上がろうとする意思の力は、時に爆発的な進歩をもたらす。かつて地球でも、我が物顔で暴れる怪獣や宇宙人たちに対抗しようする人々が作り上げた新兵器の数々が、現在のGUYSのメテオールの原型になっているし、ウルトラマンジャックやウルトラマンレオも、敗北から血のにじむような特訓を経て新技を編み出して勝利してきた。そして、エルフたちも同じように、今自分たちの進歩のために殻を破ろうとしていたのだ。
 と、そのときであった。悔しさを噛み締めて窓の外を凝視していた艦長たちの目に、空を横切る一筋の流星が映ったのは。
「なんだ? いまのは」
「見張り所より報告します。左舷後方、竜の巣の方面から発光体が飛来、左舷前方、推定三千メイルに着水しました」
 見ると、確かに左舷前方の海上になにやら光るものが浮いているように見える。荒れる波間に漂っているので、見えたり隠れたりを繰り返しているが、明らかに自然のものではない強い輝きを放っており、艦長以下艦橋にいたクルーたちは怪訝な表情をした。

135ウルトラ5番目の使い魔 26話 (4/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:23:53 ID:cq4lwDYU
「なんでしょうね。かなり小さなもののようで、遠見でも正体が判別できませんが、敵の攻撃にしてはお粗末です」
「ええ、砲弾の破片でも、燃えた岩の欠片でもないようです。しかし、風に乗って流れてくる気配がないですし、少なくとも生き物ではなさそうです」
「海流に乗って流されていきます。なににしても、本艦に危害が加わることはないでしょう。ま、この嵐の中、すぐに沈んでしまうでしょうが」
 クルーたちは、目立つ輝きを発しながらもしだいに遠ざかっていく飛来物への興味をなくしたように口々に言った。いずれも、敵地のど真ん中であるこの海域を早く抜け出したくて、触らぬ神にたたりなしといった風に意図的に無視しようとしている。
 しかし、彼らと同じように光る飛来物をじっと睨んでいた艦長は驚くことを言い出した。
「進路取り舵、第一戦速! あの発光物に接近しろ」
「ええっ!? か、艦長、何をおっしゃるのですか。暴風圏は抜けたといえ、まだ本艦は危険な状況にあります。一刻も早く、この海域を抜けなければ」
 せっかく拾いかけた命をまた危険に晒すのは嫌だと、艦の副長ほかクルーたちは皆反対した。だが、艦長は反論を許さないという風に断固として言った。
「ダメだ! 大口を利いて出てきた以上、なにもなしに引き上げたのでは水軍の面子に関わる。ここはなんとしてでも何かを持ち帰らねばならん。速度を上げて接近し、あれを回収するのだ。これは命令である!」
 クルーたちは腹立たしさを覚えたが、軍人である以上は上官の命令に従わねばならない。ぐっとこらえて、鯨竜に進路を変えるように指示すると、鯨竜はしぶしぶといったふうにゆっくりと進路を光る飛来物のほうへと向けた。
 風雨の中を縫って前進し、接近すると速度を絞ってそばに船を静止させるには大変な手間と繊細さを必要とした。しかも、荒れる海の中で人の背丈ほどの大きさもない浮遊物を回収するのはいくらエルフでも難解を極めた。万能に近い先住魔法を操れる彼らであったが、強烈なマイナスエネルギーに支配されたこの海域では精霊の加護をほとんど得ることができずに、手作業に頼った回収がやっと終わったときには溺死者を出さなかったことが奇跡と思えるくらいに、作業に関わったクルーはずぶ濡れで疲弊しきっていた。
「報告します。飛来した物体の回収と収容が完了しました」
「うむ、ご苦労」
「はっ、次いで報告いたしますが、飛来物は一抱えほどの大きさの、金属製の丸い容器のようなものでした。光っていたのは、それにつけられていたランプだったようです」
「容器? ということは、なにかを収納しておくためのものだというのか?」
「わかりません。形からして入れ物なのは確かのようですが、中身が危険物であったときのために、回収すると同時に船倉にしまってしまいましたので。ただ、落雷にでもあったのか破損してはおりましたが、容器の作りは我々ネフテスでは見たことのないものでした」
「わかった。あとは持ち帰って専門家に渡そう。ようし、全速力でこの海域を離脱する!」
 
 しかし、離脱していく彼らを背後から憎悪をこめた眼差しが見守っていることも、このとき誰も知るよしはなかった。
「おのれ、エルフどもにあれを回収されてしまったか。まだ力が完全に戻っていない今、連中にこの世界に来られるのはまずい。エルフどもにはあれは使えまいが、確実に始末しておかねば……」
 
 その後、持ち帰られた謎の飛来物は、トリステインで言えば魔法アカデミーに相当する機関に運び込まれて調査された。

136ウルトラ5番目の使い魔 26話 (5/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:25:08 ID:cq4lwDYU
 内容物は、一見、サハラの民からすれば価値を持っているようには見えない金属製の小さなカプセル。しかし、そこに書かれていた文字を解読したとき、明らかになったその意図と機能は報告を受けたテュリューク統領を驚愕させるに充分なものだった。
 彼は即座にビダーシャルを呼び寄せると、秘密を明かして協力を要請した。
「ビダーシャルくん、忙しいところを呼びつけてすまんの」
「構いません。私もこの時節、統領閣下が戯れに呼びつけたとは思っておりませんので。それで、要件とは」
「うむ、重要な事柄じゃ。結論から簡潔に伝えよう。先日水軍の船が竜の巣近海から持ち帰ったカプセル。あれは、異世界からやってきたものじゃった。しかも、ヤプールと対立する勢力が我々に向けて送ったものなのじゃよ」
「なんですって! いえ、なるほど……考えられなくも無いですね」
 ビダーシャルは驚いたものの、すぐに冷静さを取り戻して考えた。
 彼らの言う竜の巣、忌み名をシャイターンの門というそこは、伝説では悪魔たちが降り立った地とされ、現在なお製作者不明な武器や用途不明な道具がしばしば発見されることを一部の者たちには知られている。そこで見つかる道具は、明らかに人間でもエルフでも作れないような高度な製法で作られているものばかりで、それらの事象をかえりみたとき、その地の持つ意味を理解できぬほどエルフは愚かではなかった。
「君もわかったようじゃの。シャイターンの門の先には異なる世界が広がっている。ヤプールがなにを狙ってシャイターンの門を奪ったのか、目的はいまだはっきりせんが、奴は門の力を利用しようとしているのは間違いない。しかし、まだ門を制御するにはいたっておらんようじゃ」
「このカプセルが紛れ込んできたのが、その証明というわけですね。これがカプセルにつけられていたメッセージの写しですか。うん? この名は確か……なるほど、信憑性は高いと私は判断します。これに成功すれば、我々は大きな力を得れることになりますね。ですが、肝心の使い方が書いていないのが気になりますが」
「それは恐らく、悪用を防ぐためと、我々の力ではそもそも使いこなせないからじゃろうよ」
「念のいったことです。しかしそのためには、我らの中の誰かが蛮人の国まで出向かねばなりません。なにより、我ら砂漠の民がまたしても蛮人に頼ることになるというのはいかがなものでしょう?」
「ふうむ。確かに、他人の力を借りることには腹を立てる者も多かろうの。正直、わしも悔しい思いがしないでもない。君の言う事も一理あるが……本音はそうではあるまい?」
「当然です。シャイターンどころか、我々は想像だにしていなかった悪魔の脅威に今現在さらされているのです。ここは、誰に頼ることになってもまずはネフテスを守ることが重要でしょう」
 ビダーシャルはあくまで現実思考を前に出して言った。一度は撃退に成功したものの、ヤプールの恐ろしさをビダーシャルは忘れてはいない。再軍備は進めているものの、エルフだけで勝てると思うほど彼は楽観主義者ではなかった。
「ふむ、敵の敵は味方か、人間たちの言葉じゃったのう。まあよい、どのみちそろそろあの船の人間たちには連絡をとろうと思っておったことじゃし、ちょうどよい。しかし、我々の中に蛮人の国の奥深くまで使者として行けるような骨のある者が君以外におったかのう?」
「適任がおります。元より血の気の多い者ですから、汚名返上のために力を尽くすことでしょう。何より、かの地にはその者の親類がおります」

137ウルトラ5番目の使い魔 26話 (6/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:27:03 ID:cq4lwDYU
「なるほど、言いたいことがわかったぞ。それに、行く当てがなくて軍に引き取った鉄血団結党の者たちにもよい刺激になるじゃろう。きゃつらの中には、まだ愚かな夢を捨て切れん者もおることじゃし、党でなかなかの地位にあった彼女がその目で人間世界を見てきて話せば、心変わりをする者も出るであろうよ。よろしい、ビダーシャル君、多忙なところをすまんが急いで準備してほしい。わしの責任で、彼女にはできるだけの待遇を与えてやってかまわんのでの」
 こうして、テュリューク統領とビターシャルの即決によってトリステインへと使者を送ることが決定した。
 その代表として、罪は許されたものの水軍で兵卒として一からやり直していたファーティマが急遽呼び出され、上校待遇を与えられて使命を託されたのだった。
 
「頼んだぞ、ファーティマ・ハッダード。必ず、その荷をトリステインのサイト・ヒラガの元へ届けてくれ」
「はっ! この身命に換えましても、ご期待にそえてご覧に入れます」
 
 ファーティマは使命感に燃えて、ネフテスを幾人かの役人や護衛とともに旅立った。
 選んだ道は海路。陸路でゲルマニアやガリアを越えるルートは、十数人のエルフがいっしょに行動する上でトラブルが起こる可能性が高く、かつ時間がかかるということで、外洋を北周りに迂回して直接トリステインを目指すルートをとることになった。
 
 だが、ネフテスから海上に出てしばらく後、ファーティマたちの乗った船が襲われた。
「空を見ろ! 何かが近づいてくるぞ」
「なんだ、船じゃない。巨大な、鉄の、塊か?」
 空から現れた巨大な鉄塊は、船の上に影を落として静止した。そして、驚き戸惑うエルフたちの頭上から、片言の電子音で作られたエルフの言語が話しかけてきたのだ。
「ケイコクスル、キミタチノハコンデイルソウチヲアケワタシ、タダチニヒキカエシナサイ。サモナクバ、キセンヲゲキチンスル」
 突然の一方的な要求はエルフたちを困惑させた。しかし、誇り高いエルフたちが脅しに屈するわけはない。彼らは戦いを即座に決意したが、これは無謀というほかはなかった。
 宙に浮かぶ鉄塊からの破壊光線によって船は一撃でバラバラに粉砕され、エルフたちも海へと放り出された。むろん、軍属である以上は彼らは水泳の心得があったが、鉄塊は水面に浮かんでこようとする者には容赦なく光線を浴びせかけて沈めてしまう。
 情け容赦のない残忍な攻撃。仲間たちが次々と消されていくのを目の当たりにして、彼らは悟った。
「これはこの世のものの力ではない。ヤプールだ! 奴が我々の目的を知って邪魔をしにきたんだ!」
 エルフたちは水中呼吸の魔法を使うことでなんとか深く潜って耐え忍び、イルカを呼んで掴まることでかろうじて難を逃れた。
「生き残ったのは、たったこれだけか……」

138ウルトラ5番目の使い魔 26話 (7/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:29:11 ID:cq4lwDYU
 命からがらトリステインの海岸にたどり着いたとき、残っていたのはファーティマのほかはたった数名でしかなかった。
 だが、船もなくして帰る術も失ってしまった彼らには引き返す道はなかった。案内役もいなくなった今、ファーティマをリーダーに、右も左もわからないトリステインで、使命を果たすべく彼らはさまよった。
 けれども、そんな彼らを、ヤプールが見逃すはずはなかったのである。
「なんだ、どこからか、誰かに見られているような気がする……?」
 自然の気配に敏感なエルフたちは、いつからかねっとりと自分たちから離れない不気味な視線を感じていた。しかし、いくら探せども姿を確認することはできず、彼らはただじっと不快感に耐えて旅を続けるしかなかった。
 だが、その視線は決して夢でも幻でもなかった。監視されているような視線に導かれるように、あの巨大鉄塊が再び現れたのだ。
「うわぁ! また来たぞ」
「散れ! バラバラになって、ひとりでも多く生き残るんだ!」
 鉄塊の攻撃を受けるたびに、エルフたちは櫛の歯が欠けるように命を落としていった。
 どこへ逃げようと、どれだけ離れようとわずかな時間稼ぎにしかならない。その中で彼らもようやく、自分たちを監視している目が敵を引き寄せていることと、その正体に気づいて愕然とした。
 それは、死者の霊が悪の念動力によって蘇って操られるシャドウマン。ようやくその姿を認めることはできても、霊であるために実体がなく、一切の攻撃が効かないシャドウマンにはさしものエルフの戦士もなす術がなかった。何回かは、霊体の出所と思われる墓地などを丸ごと破壊して追撃を絶ったが無駄だった。なぜなら、墓場や古戦場などを含め、死人を出したことのない土地などあるわけがない。シャドウマンはまたどこからか現れてエルフたちに付きまとった。
 振り払うことはできず、かといって止まれば鉄塊に追いつかれる。しかも、敵はしだいに亡霊を使うことに慣れてきたのか、監視にとどまらずに直接シャドウマンが襲ってくるようになり、ファーティマの持つカプセルを奪い取ろうとしてきた。
 しかし、同時に彼らは確信した。ここまで執拗に追手がかかってくるということは、このカプセルはそれほどまでにヤプールにとって不利益になるものであるということだ。
 そして、ついに鉄塊に追われてファーティマが最後の仲間を失ったとき、彼はファーティマに向かって最期に言い残した。
「行け! ファーティマ・ハッダード。お前の肩にネフテスの、いや、全世界の運命がかかっているんだ」
 彼はそう叫んで、怪光線の爆発の中に消えた。
 ファーティマはひとり生き残り、仲間の犠牲を無駄にしないために、今日まで旅を続けてきたのだった。
 
 
「あと少しというところで、しつこい奴め。だが、わたしの命に換えてもこれは渡さん!」
 ファーティマは、眼前でロボット形態になり、こちらを見下ろしてくるガメロットを睨み返して叫んだ。

139ウルトラ5番目の使い魔 26話 (8/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:31:22 ID:cq4lwDYU
 使命を果たすまで、自分は絶対に倒れるわけにはいかない。ネフテスの運命のために、なにより自分に託していった仲間たちのために、やられるわけにはいかないのだ。
 だが、はやるファーティマをカトレアが優しく諭した。
「お待ちになって、ミス・ファーティマ。世界の運命を背負っているのは貴女だけではありませんわ。国はその民のものですが、世界は誰のものでもありません。焦らないで、貴女は私が守ります」
「なに、お前!」
 ファーティマは、臆した様子もなく巨大ロボットの前に立ったカトレアを見て唖然とした。
 この女はいったいなんなのだ? 先のことで、多少頭が切れるのは認めてやってもよいが、これほどの怪物を目の当たりにしても平然としているばかりか、こともあろうに蛮人が砂漠の民である自分を守るだと? この国で見てきた蛮人たちは、たまにエルフであることを明かすと、命乞いをするか襲い掛かってくるかであったというのに。
 差別というものをしないカトレアの器の広さと、ヴァリエールの血を引く者の胆力をファーティマは初めて見た。
 そして、ヴァリエールが立つ以上はツェルプストーも負けてはいない。
「あなたもお待ちになって。ルイズのお姉さんに怪我でもさせたら、あの子に合わせる顔がありませんわ。というよりも、ルイズに貸しを作ってやるチャンスねえ。そういうわけで、ミス・カトレアはわたしが守ってさしあげますわ」
「あら? それは心強いですわ。ですが、わたくしもお母さまの手ほどきで戦いには些少の心得があります。心配はいりませんことよ」
「わかりましたわ。では、烈風の愛娘の実力のほど、間近で拝見させていただきましょう」
「シ、シルフィもがんばるのね! おねえさまと冒険をともにしてきたシルフィはもう、そんじょそこらの竜なんか目じゃないのね!」
 キュルケに続いてシルフィードも気勢をあげる。
 彼女たちの歩んできた戦いの道を知らないファーティマは唖然とした。
 なんなんだこの蛮人たちは? 我ら砂漠の民の戦士団すら全滅に追い込まれた相手を見ているというのに、この余裕はなんなのだ? バカなのか? いや、もしかしたらこいつらも、あの船に乗ってきた奴らと同じ……ならば、こちらも腹をくくるのみ!
「ずいぶんと威勢がいいな。まあ、どのみちもう逃げようもないようだし。足手まといになるなよ、人間ども!」
 ファーティマが叫んだ瞬間、戦いが始まった。
 
「コウフクノイシナシトハンダン、タッセイモクヒョウヲセンメツニヘンコウ」
 
 ガメロットが金属音を鳴らして動き出し、無機質な目がファーティマたちを見据える。殺戮兵器としての本分を目覚めさせて、感情のこもらない死刑宣告を投げかけてくる。

140ウルトラ5番目の使い魔 26話 (9/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:33:02 ID:cq4lwDYU
 奴は、こちらを皆殺しにする気だ! ガメロットの胸のランプが赤く輝き、破壊光線が襲い掛かってきた。だが、ガメロットのランプが光った瞬間、彼女たちは四方へバッタのように飛びのいていた。
「ひゅう、すごい威力ね。地面にでっかい穴が空いちゃったわ。ミス・カトレア、ご無事ですの?」
「ご心配なく、こう見えて山野を駆け回って足腰は鍛えてありますの。では、出し惜しみをする余裕もないようですし、最初から全力でいくといたしましょう」
 カトレアは、ドレスを爆風ではためかせながら杖を掲げて呪文を詠唱した。温和だった表情が凛々しく引き締まり、杖を振り下ろした瞬間にカトレアの足元の大地が脈動して、みるみるうちにガメロットとほぼ同等の大きさを持つゴーレムへと変貌、カトレアをその肩に乗せて雄雄しく立ち上がったのだ。
「ひゃあ! ロン……いえ、以前に見たフーケのゴーレムの倍はあるわね。これは確実にスクウェアクラス以上……けど、土ゴーレムは大きくはできるけれども、どうしてももろいのが弱点。それで、あの鉄の人形とやりあうつもりですか?」
 キュルケの言うとおり、ゴーレムは確かに怪獣じみた大きさで作ることができ、そのパワーは絶大ではあるが、しょせんは土であるために非常にもろく、格闘戦にはまったく向いていない。これまでにハルケギニアには数多くの怪獣が現れたけれども、どこの軍隊もゴーレムで怪獣を迎え撃たなかったのはそのためだ。小型のゴーレムであればギーシュのワルキューレのように金属に錬金して強度を高めることもできるものの、大きさに比例して消費される精神力もまた膨大になるために、数十メイルクラスのゴーレムを金属に変えることは現実的に不可能と言っていい。
 しかしカトレアは、心配無用と言う風に微笑むと、ぐっと握りこぶしを作ったゴーレムのパンチをガメロットのボディに叩きつけた。轟音が鳴り、なんとガメロットの巨体が押し返されてよろめいたではないか。
「効いた! なんでよ?」
「このゴーレムは、鉄とはいきませんが鉛くらいには硬くしてあります。それでも硬さではかないませんが、重さを活かせばこれくらいはできるのですよ」
「ゴーレムに、『硬化』の魔法をかけたのね。けど、そんなことをすれば精神力があっというまに無くなって……」
「わたくしは少々、人より精神力の持ち合わせが多いようなのですの」
 こともなげに言ってのけ、ころころと笑うカトレアを見てキュルケは唖然とした。
 冗談じゃないわ、スクウェアクラスと見積もったけどとんでもない。四十メイルクラスのゴーレムに『硬化』をかけて、なお平然と維持するなんて、もはや人間技じゃないわ。これが、あの『烈風』の娘の力……
 ケタが違う……と、キュルケは戦慄を覚えた。天才だとかそういう次元の話ではなく、自分の貧弱な”常識”などというもので計れるメイジではない。これがヴァリエールの、ルイズの姉さんの力。巨大ゴーレムの放った一撃の威力には、ファーティマやシルフィードですら驚きを隠せずに固まってしまっていた。
 しかし、カトレアとてこれほどの力を何もなしに天から授かったわけではないのだ。
「ヤプールのお人形さん、あなたが命も心もない殺戮の道具だというのなら、わたしも容赦はしません。もう、誰もわたしの目の前で無為に死なせたりしないために」
 カトレアのまぶたの裏には、以前に自分を守って命を散らせたリトラの最期が薄れずに焼きついている。
 自分に、もっと力があればあのときに誰も死なせずにすんだのに。その自責の念から、カトレアはあれ以来戦いの鍛錬も重ねて、母譲りの魔法の才能を何倍にも引き上げてきたのであった。
 命を大切にせず、他人の命を奪おうとするものには容赦はしない。誰よりも優しいカトレアだからこそ、悪を決して許すまいとゴーレムの攻撃がガメロットのボディに打ち込まれる。
 だが、強固な宇宙金属でできたガメロットの体はほとんど損傷を受けてはいなかった。ガメロットの動きは少しも鈍らず、反撃に振るわれてきたパンチ一発でカトレアのゴーレムの片腕がもぎ取られてしまい、きしんだ音を立てながら殴りかかってくる度にゴーレムの体が削り取られていく。奴のボディはウルトラマンレオの攻撃をまともに受けてもビクともしなかったほどの強度を誇り、パンチは一発でレオを吹き飛ばしたほとのパワーを持つのだ。

141ウルトラ5番目の使い魔 26話 (10/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:34:06 ID:cq4lwDYU
 窮地に陥らされるカトレア。しかし、それを傍観できないとキュルケが杖を振って助太刀に出た。
『フレイム・ボール!』
 抱えるほどもある大きな炎の玉がキュルケの杖の先から撃ち出される。だが、あの頑強な鉄の塊にそんなものが通じるかとファーティマは苦い表情を見せた。
 けれど、キュルケは無謀はするけど馬鹿ではない。フレイムボールは最初からダメージを狙って撃ったものではなかった。炎の玉はガメロットの頭部に命中すると、そのまま燃え上がって顔面を覆いつくしたのである。
「わたしの情熱の炎も、無粋な鉄人形のハートはあっためられないわよねえ。けど、恋は盲目っていうのを軽く教えてあげるわ。熱くね」
 そう、キュルケの炎はガメロットの装甲ではなく目を狙ったものであったのだ。魔法の炎は魔法力を燃料にしているために、魔力が残っている限り燃え続ける。キュルケはこのフレイムボールには、ちょっとくらいでは燃え尽きないほどに多めの魔法力を注ぎ込んでいた。
 顔面を炎に覆われたガメロットはガシャコンガシャコンと、まるで古びたビデオデッキのようにやかましい機械音を鳴らしながらもだえている。確かにキュルケの炎はガメロットにダメージを与えるには届かなかったが、ロボットにも人間と同じように目はあり、その依存度は人間以上だ。高感度センサーも炎に覆われては使い物にならず、文字通り完全な盲目状態へと陥らされたガメロットのコンピュータはパニックを起こして、その隙にカトレアはゴーレムを元の形に再生することができた。
「ありがとうございます、キュルケさん」
「どういたしまして。ふふ、タバサの戦い方を見てるうちに、いつの間にか移っちゃったようね。こんなスマートじゃない戦い方、国のお父さまたちに知られたら叱られちゃうかもしれないけど……あら、怒らせちゃったかしら?」
 炎を燃やしていた魔法力が尽きて、頭部の火災が鎮火したガメロットの無機質な目がまっすぐにキュルケを見据えていた。そして奴のコンピュータは、キュルケを優先して始末せねばならない目標と見なして、胸のエネルギーランプを光らせて破壊光線を撃ちはなってきた。
 赤い稲妻が宙を走って大爆発が起こり、土と岩が撒き散らされる。しかし、キュルケはその爆発をすました顔で真上から眺めていた。
「ひゅう、いいタイミングじゃないシルフィード。さっすが、タバサから風の妖精の名前を贈られただけのことはあるわね」
「えへへ、その名前はシルフィの誇りなのね。だから、おねえさまが戻ってきたら、もうおねえさまが危ない目に会わないでいいくらいにもっと強くなるのね!」
 滑空して、キュルケを乗せたシルフィードはガメロットの破壊光線の照準を狂わそうと挑発的に飛ぶ。ガメロットの破壊光線は、かつてレオが相手をした個体が言ったことによれば、地球を破壊しつくすことも可能なほどだそうだが、当たらなければどうということはないのだ。
 体勢を立て直したカトレアのゴーレムが再度ガメロットを狙い、対してガメロットも一発が二万トンの威力を誇るというパンチを繰り出してカトレアのゴーレムを砕く。しかしガメロットは目の前をシルフィードがちょこまかと飛ぶので照準を絞り込めず、一番狙われたら恐ろしいカトレア本人はいまだ無傷である。
 その戦いの様子を、ファーティマはなかば呆然とした様子で見守っていた。
「なんなんだ、この人間たちは……」
 あの悪魔のような鉄人形と互角に渡り合っている。最初は、多少相手の注意を逸らしてくれれば上出来だとくらいにしか思ってなかったのに、我らネフテスの戦士たちですら敵わなかったあの相手と、どうして戦えるのだ?
 奴らには恐れというものがないのか? しかし、彼女たちも決して恐れ知らずに戦っているわけではないことを、漏れ聞こえてきた彼女たちの会話は示していた。

142ウルトラ5番目の使い魔 26話 (11/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:35:07 ID:cq4lwDYU
「キュルケさん、シルフィちゃん、もっと離れて飛んでください! そんなに近いと、あなたたちが撃ち落されてしまいます」
「だめなのね! シルフィだって怖いけど、シルフィが離れたらカトレアおねえさまのほうが危ないのね。大丈夫なのね、シルフィはおねえさまから、怖いのを我慢したら強くなれるってことを教わってきたのね」
「シルフィードの言う通りよ。わたしだって、かすっただけで殺されるこんな相手と戦うのは恐ろしいわ。けど、ヤプールがわたしたちよりはるかに強力な力を持ってるのは最初からわかってること。それでも恐れたら、ヤプールの思う壺になるだけ。だったらわたしたちに残った武器は、恐怖を乗り越えるための、この”勇気”しかないじゃない!」
 勇気……ファーティマは、キュルケの発したその言葉を、反芻するかのように口の中でつぶやいた。
 そうだ、思えばあの船に乗ってきた連中や、ティファニアもそうだった。無茶・無理・無謀の三重奏が大音量で流れているような惨劇の戦いを、奴らは臆することなく立ち向かって、多くの民の命を救ってくれた。我ら砂漠の民に比べたら、わずかな力しかない弱者のくせに……いや、それは間違いか。
「我らとて、あの悪魔の前では弱者に過ぎないのだな。ならば、わたしのやるべきことも、また、ひとつ!」
 ファーティマは覚悟を決めた。鉄血団結党がなくなって以来、自分はなんのために生きていて、なにをすべきなのかをずっと探していた。いまだにそれは見つからないし、正直自分には世界を救いたいという意思も、守りたいと思う誰かもいないけれども、それでも自分にもあんなふうに前を向いて戦うことができるのならば。
 そのとき、ガメロットのランプが発光し、破壊光線がシルフィードをかすめてカトレアのゴーレムの半分を吹き飛ばした。
「うあぁぁぁっ!」
「カトレアさん!」
 ガメロットはしびれを切らし、とうとうシルフィードごとカトレアを仕留めにきた。カトレアのゴーレムは半壊して、すぐには動くことはできない。ガメロットの破壊光線の威力からしたら、粉々に粉砕されていてもおかしくはなかったけれど、ゴーレムがしょせんはただの土の塊であったことが衝撃を緩和してくれたようだ。
 しかし、ガメロットの冷たい電子の頭脳は目の前の戦果よりも目標を優先して、ためらわずにゴーレムの上で身動きができなくなっているカトレアに照準を定めた。硬い鋼の拳が、サンドバッグに一撃で風穴を空けるボクサーのパンチのようにカトレアを狙って振りかぶられる。
 やられる! だが、カトレアはゴーレムの維持と操作にほとんどの力を裂いていたのですぐには別の魔法を使えない。シルフィードとキュルケも、爆風にあおられて助けにいくことができない。
 そのとき、乾いた金属音を鳴らすガメロットの背後から枝葉のこすれるざわめきが響き渡った。
「森よ、鎖となって我の敵をからめとれ!」
 周辺の木々の枝や幹が動物のようにうごめき伸びて、ガメロットの四肢に巻きついた。全身を拘束されてガメロットの動きが止まる。カトレアは、寸前のところにまで来て止まった鉄の拳に肝を冷やしつつもゴーレムを再生させながら後退し、シルフィードも爆風からやっと持ち直している。

143ウルトラ5番目の使い魔 26話 (12/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:36:59 ID:cq4lwDYU
 そして、彼女たちは今の魔法の主を悟り、視線をその金色の髪をなびかせた勇姿に向けた。
「どこを見ているデク人形。お前の欲しい宝はわたしが持っているぞ」
「ファーティマさん!」
「勘違いするな。お前たちに死なれたら案内役がいなくなるからな。それにわたしの肩には、わたしに希望を託して散っていった同胞たちの期待がかかっている。彼らの無念、晴らさせてもらうぞ」
 そう、今の自分に言えることはそれだけだとファーティマは決意した。今の自分を後押しするのは、死者たちの遺言だけ。ところがそこへ、シルフィードとキュルケの浮かれた声が響いてきたではないか。
「やったーっ! エルフの人が仲間になってくれたのね。これでもう、百万人力なのね」
「いい援護だったわ。この調子でよろしく、ガンガンいくわよぉ!」
「なっ、お前ら! わたしは別に、お前たちの仲間になったわけでは」
「いいのいいの、あなたみたいな子をわたし知ってるんだから。照れなくてもいいのよ、仲良くやりましょ。わたしたちはあんな鉄人形とは違って、熱い血が流れてる仲間ですもの。ねえ? ミス・カトレア」
「ええ、そうです。ヤプールに勝つには、人間の力だけでも、エルフの力だけでもだめだということはあなたももうわかっているでしょう。あなたが否定しても、わたしたちはもうあなたを仲間だと思っています。あとは、あなたが認めるだけ。さあ、誰でもなく、ファーティマさん、あなたが最後に決めてください」
 カトレアの言葉を受けて、ファーティマはぐっと心に重い石を飲み込んだ。
 自分で決める。これまで、自分の進む道は、使命は、いずれも与えられたものを歩んできた。それを自分で、蛮人に向かって差し出す手を出すか否かを、自分で選べというのか?
 いや、考えるだけ愚問だったとファーティマは自嘲した。なぜなら、彼女の従姉妹は、ティファニアは自分よりずっと弱いのにそれをやったではないか。どうせ一度は捨てた命、ならば古いファーティマ・ハッダードはあのときに滅んだ。今ここにいるのは、あのときとは違う新しいファーティマ・ハッダードなのだ。
「まったく、蛮勇しか知らないド素人どもが、仮にも水軍の上校にむかって偉そうに。だがおもしろい、どうせわたしも外れ者のはしくれ。なら、なってやろうじゃないか、お前たちの仲間にな!」
 そう叫び、吹っ切れたような笑みを浮かべたファーティマに、キュルケたちは皆うれしそうな笑顔で答えた。
「ようっし! 歓迎するわ。わたしのことはキュルケって呼んでね。さあ、カーニバルの時間よ!」
「お祭りなのね! 人間とエルフに韻竜も集まったら、あんなポンコツのひとつやふたつは目じゃないの」
「ええ、わたしたちはひとりひとりは弱いけれども、力を合わせれば百万の軍団をもしのぐでしょう」
「お前ら、よくそれだけの大言壮語が出てくるものだ……フッ、ならこの際ついでだ。ヤプールよ、お前はもう勝ったつもりだろうが、たったひとつミスを犯した。それは、わたしというこの世で最強の戦士を敵にまわしたことだ!」
 意気を最大に高め、空からはシルフィードとキュルケ、敵の正面からはゴーレムに乗ったカトレア、後背からはファーティマを配して戦いは再開された。

144ウルトラ5番目の使い魔 26話 (13/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:38:42 ID:cq4lwDYU
 むろん、ガメロットは相手の士気などには関係なく、ただひたすら機械的に役割を果たすために動き出す。木々の拘束を怪力で引きちぎって活動を再開し、怪力のパンチでカトレアのゴーレムを削り取り、破壊光線で周辺を火の海に変えた。
 対して、キュルケたちはそれぞれに連携して、考えられる限りの方法でガメロットを攻撃したものの、目に見えて効いたと思えたものはひとつもなかった。心意気は高くても、相手はエルフの部隊を全滅に追いやった相手である。最大に火力を高めたキュルケの炎も、カトレアやファーティマの物理的な攻撃も通用しない。なんとか動きを封じようと試みても、ロボット宇宙船と異名を持つガメロットは高い跳躍力や浮遊能力で軽々と回避してしまい、効果がなかった。
 それでも、彼女たちはあきらめていなかった。あきらめたらすべてが終わる。奇跡は、最後まで全力を尽くしたやつのところにだけ輝くということを、才人やタバサが教えてくれたではないか。
 そして、彼女たちの負けない闘志は届いた。しかし、それは神ではなく現世から声になって返ってきた。
 
”ガメロットの弱点は頭と腹だ! そこだけは装甲が薄い!”
 
 突然、彼女たちの頭の中に響いた男の声。幻聴とするにはあまりにはっきりとしたその声に、カトレアやファーティマは戸惑った。
 いまの声は、誰? しかしその中で、キュルケだけは敏感に反応できていた。そう、今の声は、先に墓場で死霊たちに襲われたときに警告してくれたものと同じ声。あのとき、警告どおりに自分は襲われて、指示に従ったおかげで命拾いすることができた。ならば、今回も……迷っている時間は、ない!
「頭と、腹!」
 キュルケは決意し、不死身を誇るかのように身を守る気配も無く進撃してくる巨大ロボットを睨みつけた。
 
 果たして、人間の力でウルトラマンレオも苦戦したガメロットを倒すことが可能なのか。
 いや、無理と言い切れば可能性は途切れる。
 キュルケたちとガメロットの戦いを森の中から仰ぎ見て、声の主である男はナイトブレスに寸前まではめ込んでいたナイトブレードを下ろして思った。
 
 
 続く

145ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 11:03:25 ID:cq4lwDYU
お久しぶりです。この先の細かい展開に悩んで、何度か消しては書き直しをしていましたが、なんとか方針も決まって進行が戻ったので投下しました。
ウルトラマンギンガ、なかなか続きますね。最初は列伝の短編コーナーで終わるかもと思ったのですが、ウルトラシリーズも新しい道を歩み続けているようでなによりです。

さて今回は、人間とエルフ(韻竜も)の共闘でした。異なる者たちが協力して強大な敵に挑むというのは、自分でもメビウスの最終回を思い返します。
ファーティマ、アニメで見たかったなあ。挿絵がかなり可愛かったので残念です。
次回で、キュルケたちの旅もとりあえず一区切りです。では、今度はそこそこ早くなれるとは思いますが、また。

146ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 08:45:51 ID:E95BPtlw
おはようございます。27話の投下準備ができたので、これから投下開始します。

147ウルトラ5番目の使い魔 27話 (1/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 08:48:19 ID:E95BPtlw
 第27話
 届けられた誇りのメッセージ
 
 ロボット怪獣 ガメロット 登場!
 
 
「これで、終わりです!」
 カトレアの叫び声が戦いで荒れ果てた森の中に響き、なかば崩れかけたゴーレムが大きく身をよじって最後の拳を繰り出す。
 ゴーレムの拳は『硬化』によって強度を高められ、目の前で棒立ちになり、手足をガクガクと震わせているガメロットの腹部に突き刺さっていった。
 刹那、メカがむき出しになった腹部を貫通されたガメロットは、内部の歯車や電装系をめちゃめちゃに破壊されて大きく全身を震わせる。いかに宇宙金属製のボディといえども、体の内部への攻撃にはさしものガメロットも無防備だった。
「やった、やったのね!」
 かつて、その防御力と破壊力でウルトラマンレオを絶対絶命の危機に追い込んだロボット怪獣ガメロット。しかし、この世には無敵も不死身もありはしない。サーリン星のロボットは強力なパワーを誇るが、定期的にメンテナンスを必要とするために全身をみっちりと装甲で覆いつくすわけにはいかず、制御中枢のある腹部だけ装甲の薄いメンテナンスハッチになっていたことが弱点となっていて、かつてと、今回もそれを突かれて破壊された。
 致命的なダメージを受けて、体の各所から火花をあげてよろめくガメロット。しかし、その代償は大きかった。キュルケとファーティマは魔法の力のほとんどを使い果たし、カトレアもまた今のゴーレムの一撃で力を使いきってしまった。
 魔法による維持が効かなくなり、ただの土くれに戻っていくゴーレム。その肩からカトレアが投げ出されそうになったとき、シルフィードが飛び込んできて、空中でふわりとカトレアを受け止めた。
「きゅいい、カトレアおねえさま、大丈夫なのかね。すごかったのね」
「ええ、なんともないわ。シルフィードちゃんも、よくがんばったわね」
「えへへ、それほどでもあるのね。けど、やっぱり一番はカトレアおねえさまだったのね。見て、あの鉄人形が狂ったみたいに踊ってるの」
 それは踊っているのではなく、コンピュータが錯乱して暴走しているだけなのだが、そんなことまでシルフィードにわかるはずもない。重要なのは現実の光景である。
 無敵を誇ったガメロットも、こうなってはもはやどうしようもない。ファーティマは、唖然とした様子で、本当にこれを自分たちがやったのかと信じられない目で見ていた。
「みんな、仇は……討ったぞ」
 これで、奴の犠牲になった仲間たちもうかばれる。安らかに、眠ってくれ。
 それにしても、本当にスレスレの勝利だった。奴の弱点が腹の薄い装甲にあるとわかったとはいえ、そことてたやすく破壊できるほどもろくはないために、自分たちはあらゆる手を尽くした。
 とはいっても、あれを打ち抜けるパワーを持っているのはカトレアのゴーレムだけなので、作戦自体は簡単だった。ファーティマが先住魔法で周辺の植物や地面を操ってガメロットの動きを少しでも鈍らせ、そこへカトレアのゴーレムが拳を金属化させた上で、キュルケの炎で焼き入れをしたパンチを打ち込み続けるという、それだけのものだった。

148ウルトラ5番目の使い魔 27話 (2/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 08:50:59 ID:E95BPtlw
 しかし、楽な作戦ではなかった。それぞれの精神力はその時点でだいぶん落ち込んでいたし、なによりガメロットはそうたやすく弱点を攻撃させてくれるほど鈍くはないので、ファーティマが全力で動きを封じてやっと互角に持ち込めている状況だった。それに加えて破壊光線の威力と、仮に命中させることができても一発や二発ではこたえない装甲の頑丈さが彼女たちの気勢を削ごうとしてきた。
 それでも、ヤプールなどに負けてなるものかという意思が戦意を支え、とうとうガメロットの腹部装甲に先に根をあげさせることに成功したのである。
 弱点を貫かれて、体のバランスもおぼつかずによろけるガメロット。サーリン星のロボットは、かつてこの星の天才科学者であったドドル老人によって作られたというが、完成度の高い機械ほどトラブルに対しては弱い。レオが戦った個体が地球に逃亡したドドル老人を執拗に追ってきたのも、メンテナンス要員としてドドル老人が必要だったからで、レオと戦った際も緒戦はレオの攻撃を寄せ付けずに圧倒していたが、腹部の装甲を破られて中枢回路にダメージを受けてからはまったく精彩を欠いてレオに一方的に叩きのめされている。
 追い詰められたときに限界以上の力を発揮できるのは、善であれ悪であれ心持つ生き物だけだ。感情すら持たない冷たいロボットに、ピンチをひっくり返す術はない。ガメロットは戦闘能力をほぼ喪失し、破壊光線を撃つ機能も破損したらしく撃ってくる気配はなかった。
 あと一発、あと一撃を打ち込めば完全に奴を倒せる。精神力を使い切ったキュルケやカトレアには無理でも、ほんの少しだが余裕を残していたファーティマが叫んだ。
「とどめを刺してやる! 貴様にやられた者たちの恨み、私が味わった屈辱の数々、思い知らせてやる」
 怒りを込めて、ファーティマは残った精神力を振り絞って大地の精霊に呼びかけた。その呼びかけに応えて、地中から巨大な岩石が浮き上がってくる。その土地の精霊と契約を結んでいない場合の先住魔法は効果が限定されるものの、感情の高鳴りによって威力が上がるのは人間の魔法と共通する。いうなれば、術者の感情に精霊を共感させるようなものか。ともかく、ファーティマは浮き上がらせた巨岩をガメロットの破損した腹部へと向けた。これを叩き込めば、すべてが終わる!
 しかしなんということか、戦闘能力を失ったガメロットはスプリング状になったひざの関節を屈伸させて一気に宙高く飛び上がった。そしてそのまま空中で手足を胴体へと収納し、くるりと東のほうを向いたではないか。
「くそっ、逃げる気か!」
 まさしくそのとおりであった。任務遂行が不可能になったガメロットは、せめて自身の保存だけは果たそうと帰還を試みようとしていた。これは別に珍しいことではなく、自律行動するロボットなどは、エラーが生じた際に行動を開始する前の場所に戻ろうとする自己保存・自己復帰のプログラムが組まれているものがざらにある。
 ガメロットは機械であるがゆえに、非常時には自己の保存を最優先にと逃亡を選ぶことをためらわなかった。破損は帰還すれば修復することができる。ならば任務遂行のためには、ここは逃げることがもっとも合理的であると。
 ファーティマが、百メートルは上空のガメロットを悔しげに睨みつけながら毒づいても、これだけの高さではこちらからはどうしようもない。キュルケやカトレアも打つ手がなく、飛び去ろうとしているガメロットを見送るしかないと思われた、そのときだった!
 森の一角から光の柱が立ち上り、その中から青い体を持つ巨人が立ち上がる。
「あれは、ウルトラマンヒカリ!」
 キュルケが、以前に才人から教えられたそのウルトラマンの名前を叫んだ。

149ウルトラ5番目の使い魔 27話 (3/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 08:52:42 ID:E95BPtlw
 現れたヒカリは、逃げ去ろうとするガメロットを見据えると、右腕のナイトブレスを高く掲げてエネルギーを集中させ、一気に手元まで引き戻して、その手を十字に組んだ。ほとばしるエネルギーが青い光線となって手から放たれ、ガメロットへと突き刺さっていく。
 
『ナイトシュート!』
 
 ヒカリが放った必殺光線は、針の穴をも通す精度でガメロットの腹部の破損部へと命中した。ガメロットの装甲ならば、その威力に耐えられたかもしれないが、穴の空いた鎧などなんの役にも立ちはしない。体内の残った無事だった回路も破壊され、ガメロットは煙を吹きながら頭から墜落していった。
 そして激突。その衝撃によって、もうひとつの弱点である頭部をつぶされたガメロットは、エネルギーと燃料に引火して、大爆発を起こして微塵の塵へと帰っていった。
「やった、やったわ!」
「きゅいい、あの人形木っ端微塵なのね! ヤプールめ、ざまーみろなのね!」
 立ち上って消える赤黒い炎に照らされて、キュルケとシルフィードが歓呼の叫びをあげた。
 勝利。ガメロットは粉々に砕け散り、ヤプールの追撃は断ち切られたのだ。
 安堵感に、カトレアもほっと息を吐き、ファーティマは開放感から軽くよろめいて、はっと気を引き締めなおした。
「終わった、のか。本当に、勝てるとはな……いや、きっと散っていった仲間たちが力を貸してくれたに違いない。しかし、あの巨人、以前アディールに現れたふたりとも違う。ウルトラマンとはいったい……」
 ファーティマは、自分たちからさして離れていないところに立つヒカリを見上げてつぶやいた。エルフの世界でも、ウルトラマンは今や生きる伝説となっていた。悪魔に対抗するために現れた光の巨人、その正体がなんなのかについては様々な憶測が飛び交っている。
 と、見るとキュルケとカトレアを乗せたシルフィードがこちらに向けて降りてくる。そして、ファーティマたちの見ている前で、ヒカリはガメロットが完全に沈黙したのを確認すると、青い光に包まれて変身を解いた。
「あ、あなたは……」
 キュルケは、その男に見覚えがあった。そして、すべてを理解した。
「ミスタ・カズヤ・セリザワ! そうか、さっきまでの声はあなたでしたのね!」
 そう、かつて地球とハルケギニアが一時的につながったときにウルトラマンメビウスとともにやってきて、この世界に残ったもうひとりのウルトラマン。キュルケはあまり交流があったわけではなかったが、ヒカリの強さは才人から幾たびか聞く機会があった。
 確か、当初は魔法学院で働いていたけれど、いつからか旅に出てそれきり会わなくなっていたので失念していた。そうか、あの墓場での声も、敵の弱点を教えてくれた声も、不思議な力を持つウルトラマンであるならうなづける。
 しかし、自分はなんていうバカなのだ。いくら何ヶ月も幽閉されていたとはいえ、この世界には才人とルイズのほかにもウルトラマンがいることを忘れていたとは。

150ウルトラ5番目の使い魔 27話 (4/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 08:54:42 ID:E95BPtlw
「お久しぶりですわね。長らくお会いしていませんでしたが、お元気でしたか」
「しばらくこの国を離れて、敵の動向を探っていた。お前こそ、長い間学院にも帰っていなかったと聞く。いったいどこでなにをしていた?」
 セリザワは、GUYS隊長であった頃と同じように落ち着いた様子でキュルケのあいさつに答えた。どうやらセリザワのほうでも、長い間消息が絶えていたキュルケたちを捜してくれていたらしい。場所が場所だけに見つからなくて当然だが、キュルケは自分たちが相当大勢の人たちに心配をかけていたと、申し訳なさを感じた。しかし、今はそれを語るときではない。
「話せば長いので次の機会にさせてください。ただ、今わたくしたちは敵の策略に落ちてしまったタバサを救うためにラグドリアン湖へ急いでいるところですの。ともあれ、先ほどはお助けいただき感謝いたします」
 キュルケは時間をロスすることを嫌って簡潔にまとめた。嘘は言っていないことは目で証明している。詳細は語らなくても、真剣ささえ伝えられれば今はそれでじゅうぶんだ。
 だがそのときだった。キュルケとのあいだに割り込むようにして、ファーティマがひどく動揺した様子で詰め寄ってきたのだ。
「まっ、待て! お前、今セリザワと言ったな。い、いやそれより、お前が今の青い巨人、ウルトラマンだというのか? そうなのか!」
 驚愕と困惑を隠しきれない様でファーティマはセリザワに問いかけた。キュルケはそのとき、しまったと内心で思ったがすでに遅い。
 だが、セリザワは、慌てるキュルケとは裏腹に落ち着き払った表情で答えた。
「そうだ。俺の名はセリザワ・カズヤ。そして、ウルトラマンヒカリというもうひとつの名を持っている」
「なっ!」
 あまりにもあっさりと、ためらう欠片もなくセリザワが肯定したのでファーティマのほうが逆に言葉を封じられてしまった。才人とルイズのように、正体を隠すことに神経を使っているのとは反対の態度に、むしろ慌てたのはキュルケだった。
「ちょ、ミスタ・セリザワ! ウルトラマンは、ほかの人に正体を知られてはいけないんじゃないの?」
「かまわない。俺も、急いで君たちに伝えなければならないことがあって来た。話はある程度聞いていた。以前、エースが君たちを信頼したように、俺は君たちを信頼するに値する者たちと信じる。そちらの、ミス・ヴァリエールのお姉さんと、エルフの君は初対面だったな」
「はい、聞くところによると妹のルイズがお世話になったとか。カトレア・ド・フォンティーヌです。お見知りおきを」
 受容性の高いカトレアは、特に特別な態度をとるわけでもなくセリザワに礼をとった。その穏やかな笑顔に、セリザワも表情は変えないままだが軽くうなづいてみせた。
 しかし、一時の動揺が収まると黙ってられないのがファーティマだった。
「ふざけるなよ! 我々にとっても、ウルトラマンの正体はいくら調べてもわからない謎だったんだ。それをこんなあっさりと、なにがどういうことなのか説明してもらうぞ!」
「いいだろう、好きなように聞いてくれ。ただし、こちらにも急ぐ用があるので手短にな」
「くっ! なら!」
 そうしてファーティマは、セリザワにエルフがウルトラマンに対して疑問に思っていることを矢継ぎ早にまくしたてた。と言っても、その疑問は人間たちが感じていたものとの差異はほとんどなく、ウルトラマンはどこから来て、なんのために戦うのかという事柄に集中していた。

151ウルトラ5番目の使い魔 27話 (5/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 08:56:32 ID:E95BPtlw
 そしてセリザワはウルトラマンヒカリとして答えた。ウルトラマンとは、こことは異なる次元に存在する、M78星雲光の国に住む者たちのことで、特に自分たちは光の国にある、宇宙の平和を守るための組織、宇宙警備隊に属する戦士であること。自分はこの世界で暗躍をはじめたヤプールを追って、宇宙警備隊隊長ゾフィーの命を受けてやってきたことなどを、ファーティマの知りたがる限り話したのだ。
 ファーティマは、それらセリザワの語ったウルトラマンの秘密を唖然としながら聞いていた。異世界から来た戦士たち、ヤプールが異なる世界からの侵略者である以上は、対抗者であるウルトラマンもこの世界のものではないとする説が濃厚であったが、それを本人の口から語られると現実味が違った。ただし、それはあくまでも自分とエースたちだけで、元々この世界にいたコスモスやジャスティス、さらに別の次元から来たであろうダイナのように事例は数多くあるということも重ねて言われたが、それでも予想をはるかに超えるスケールに彼女は圧倒された。
 深呼吸をして心臓の鼓動を押さえ込む。ウルトラマンとは、そして自分たちの住んでいるこの世界とはなんなのか、ファーティマは自分の中の考えをまとめて、勇気を消耗しながら言葉に変えていった。
「わたしも、ここに来る前に統領閣下から別世界が実在することは聞かされていた。だが、この空のかなたにはお前たちのような巨人の住む国があって、ヤプールのような悪魔の住む国も無数にあるというのか。くそっ、それでは我々は知らず知らずのうちに誰とも知らない相手に狙われて、誰とも知らない相手に守られていたというのか」
「結果だけ言うとそうなるだろう。ヤプールのような侵略者だけでなく、凶暴で凶悪な怪獣たちもこの世には数多く存在している。それらから人々を守ることが我々の使命だ」
 セリザワは淡々と語ったが、ファーティマの心中は大きく荒れていた。昔よりは他者を受け入れるようにはなってきたとはいえ、まだ彼女にはエルフこそがこの世でもっとも優れた種族であるという自負が根強く残っている。それが、自分たちの運命は他人の手のひらの上で知らないうちに転がされているほど小さなものだったと知って穏やかでいられるはずもない。その憤りを、ファーティマは吐き出すようにセリザワにぶつけた。
「そうか、我々はしょせんお前たちからしてみれば、お情けで守ってもらっているほどのちっぽけな存在だということだな。それにひきかえお前たちは、全宇宙の平和を守るとは、なんとも立派なことだ。だが、それならなぜさっきはもっと早く出てこなかった! ずっと見ていたのだろう? 我らが死にそうになっている間も、もったいつけているつもりか!」
「むろん、君たちが本当に危なくなればすぐに飛び出していけるよう身構えていた。しかし」
 そこでセリザワは言葉を一度切ると、ファーティマとキュルケやカトレアたち皆を見渡してあらためて言った。
「本来、この世界は我々のような部外者ではなく、この世界に住む君たち自らの手で守り抜いてこそ価値がある。我々は、君たちが全力を尽くして、なお及ばないときに少しだけ力を貸しているに過ぎない。いずれ、君たちが力をつけて星の海へさえ乗り出していくときになれば、我々が楯になる役割も終わる。そうなるのが早いか遅いかに関しては、君たちの努力次第だ」
 セリザワは、そうきっぱりと言い切った。
 対して、ファーティマはぎりりと歯噛みをするのを抑えられなかった。悔しいが、ウルトラマンにせよヤプールにせよ、自分たちとはまるで次元の違う高みにいることはわかる。もしも、ウルトラマンに守ってもらえなければ、ヤプールの強大な力の前にエルフも人間も関係なく、今頃は跡形もなく滅ぼされていたであろうことは容易に想像ができてしまう。
 しかし、悔しさを隠しきれないファーティマにカトレアは穏やかに語りかけた。

152ウルトラ5番目の使い魔 27話 (6/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 08:58:11 ID:E95BPtlw
「ファーティマさん、あなたの悔しい気持ち、わたしにもわかります。でも、他人をうらやんでいても何も始まりません」
「うるさいっ、そんなことはわかっている」
「そうですね。それでも、手を伸ばしてもどうしても届かないものがある悔しさはあります。周りの人には力があるのに、自分だけにはない。わたしは、そんなふうに無力を嘆いてもがいている人を知っています」
 カトレアは、ルイズのことを、そして昔の自分のことを思い出しながら言った。ひとりだけ魔法を使えずに孤立していたルイズ、体をろくに動かすこともできず、ベッドの上から外を眺めているしかできなかった自分。
 だがそれでも、ひがんでいてもどうしようもないということを自分たちは知っている。厳しくても、道を自分で切り開くためにあがいてこそ、はじめて希望の光は刺すのだということを。
「人でも国でも、大きな挫折や苦難はあるものです。ただ、そこで立ち止まるか、なおあがいて上を目指すかで未来は変わってきます。あの人も言っていたではありませんか、ウルトラマンに頼る時代が終わるのが早いか遅いかは、私たちの努力しだいだと」
 カトレアの言葉に、ファーティマは奥歯を食いしばって考え込み、セリザワは静かにうなづいた。
「確かに、ヤプールをはじめとする侵略者たちの力は強大なものだ。しかし、この世に完璧というものはない。今、君たちが戦った巨大ロボットにしろ、ヤプールは絶対にやられることはないと考えていただろう。しかし、君たちは自分たちの力でそれを打ち破った。最後まであきらめない心と、他人を頼りにしない強い意志がヤプールの力を上回ったのだ。それは誇るべきことだ」
 それは世辞や慰めではなく、真実のみを語っていた。先の戦いで、ファーティマたちはウルトラマンの力を一切借りていない。ヒカリがやったことは、逃げていくガメロットにとどめを刺しただけで、そこまで追い込んだのは間違いなく彼女たちの力だったのだ。
 努力と勇気を賞賛されて、ファーティマの表情から少し険がとれた。傷ついたプライドが癒されたわけではないが、ウルトラマンは自分たちが全力を尽くしていたのをちゃんと見ていてくれた。同情ではなく、戦う人として認められたことが屈辱にまみれていた心に熱いものを取り戻させてくれた。
「我々砂漠の民は、弱者に甘んじる惰弱の民ではない。覚えていろ、お前たち異世界の者がいかに強かろうと、最後に勝つのは我々だ」
「ああ、その日を楽しみにしている」
 ファーティマの言葉に、セリザワは深くうなづいた。
 そう、誇りこそ強さの源だ。自らを弱者敗者とすることをよしとせず、常に上へと食らいついていこうとする心が進歩を生むのだ。
 セリザワも、GUYS隊長であった頃から、人間が必死に努力して、それでも及ばないときにウルトラマンは助けてくれるのだと信じていた。今は無理でも、何度も怪獣と戦っていくごとに自分たちは強くなる。ウルトラマンはその進歩をこそ守ってくれようとしているのだと。
 ファーティマや、カトレアやキュルケの姿勢には、明日のために今日を必死で乗り越えようとする誇り高い心が確かに見えた。それが見れただけで、冷や汗をかきながらでも余計な手出しを控えたかいがあったとセリザワは思った。
 
 しかし、物語はまだハッピーエンドとはいかない。立ちはだかる敵を倒しても、それはまだ問題の解決にはなっていないのだ。
 そう、違和感……カトレアやファーティマは気づいていないが、ウルトラマンとの付き合いが長いキュルケは、ある違和感を感じていた。

153ウルトラ5番目の使い魔 27話 (7/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 09:00:00 ID:E95BPtlw
 激昂していたファーティマの感情が収まっていくのを確認すると、キュルケはその疑問をセリザワに問いかけた。
 
「ところでミスタ・セリザワ。いえ、ウルトラマンヒカリ、先ほども申しましたけれど、わたしの見てきた限り、ルイ……いえ、ウルトラマンAは極力他人に正体がばれるのを避けていました。それを押してまでわたしたちに話したいことって、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですか?」
 カトレアの手前、ルイズがウルトラマンAということは伏せて尋ねると、セリザワは軽くうなづいてから答えた。
「そうだ、それこそヤプールが恐れていたこと。そう、エルフのお嬢さん、君が俺をここに呼んだと言ってもいい」
「な、なに?」
 そう言うと、セリザワは戸惑っているファーティマに、懐からGUYSメモリーディスプレイを取り出して見せた。そして、そこに記されているGUYSのシンボルを見たとたん、彼女の顔色が明らかに変わった。
「そ、そのマークはまさか! お、同じだ」
 ファーティマは慌てて懐からサハラから持ってきたカプセルを取り出し、そこに描かれていたマークがメモリーディスプレイのものとまったく同じであることを見比べて愕然とした。そして、驚愕する彼女に、セリザワはキュルケたちも驚くようなことを語ったのである。
「それはCREW GYUS JAPAN、別の世界にいる俺の仲間たちが作ったものだ。それから発信される信号を受信して、俺はここまで来た。よくここまで運んできてくれた、感謝している」
「どっ、どういうことだ。い、いや、それよりも、これを運ぶために我々は多くの犠牲を払ってきた。ヤプールも奪おうと執拗に追ってきた。これはいったいなんなんだ! 教えろ」
 ファーティマの必死の叫びが暗い森の中にこだました。ふたりのその会話を聞いて、カトレアにキュルケ、シルフィードも答えを求めて見つめてくる。
 これだけのことを生み出した、この小さなカプセルにどんな意味があるというのだ? これには、ハルケギニアの文字で、簡単にまとめれば「我々はヤプールに対抗する者、もしこのカプセルをハルケギニアの誰かが拾ったら、セリザワ・カズヤ、平賀才人、モロボシ・ダンのいずれかの手に届けてほしい。ウルトラマンの手助けになるはずだから」という内容の文章が書かれていたものの、その用途については謎だった。しかし、エルフのものをはるかに上回る高度な技術で作られていることと、ビダーシャルが才人の名前を覚えていたことから重く見ることとなったのはファーティマも聞いていた。
 ヤプールをこれほど警戒させる、ウルトラマンの助けになるというこのカプセル。計らずも、ファーティマの旅の目的のひとつははたされた。しかし、その成果を見るまでは終わるわけにはいかない。
 セリザワは、皆の視線が自分とファーティマの持っているカプセルに集まっているのを見ると、落ち着いて口を開いた。
「それは、発信機の一種だ」
「ハッシン、キ?」
「一言で言えば、遠くにいる者に対して見えない合図を送るものだと思えばいい。実際、それから発せられるシグナルをこれで受信して私は来た」
 そう言って、セリザワはカプセルについているランプとGUYSメモリーディスプレイの画面が同調しているのを見せた。だが、それは前置きに過ぎない。
「単刀直入に話そう。それはこの世界から、我々ウルトラマンの仲間のいる世界へと助けを呼ぶための装置だ」
「なっ……なんだと!」

154ウルトラ5番目の使い魔 27話 (8/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 09:01:29 ID:E95BPtlw
 ファーティマだけでなく、キュルケやシルフィードも愕然とした。しかしセリザワは構わずに続ける。
「以前に二回、我々の世界とこの世界はつながった。一度目は昨年の夏のアルビオンでの戦いで、俺はそのときにこの世界にやってきた。しかし、その際のゲートは急造で不安定だったために、わずか数日で閉じてしまった」
 キュルケははっと、以前ウルトラマンメビウスとヒカリがやってきたときのことを思い出した。あのとき、彼らは日食を利用してやってきたと言っていた。しかし……
「そして二回目、それから三ヶ月後に我々の世界からこちらへとつながる半永久的なゲートを開こうと向こう側では試みた。しかし、ゲートを開きかけたときにヤプールの妨害に会い、作戦は失敗に終わった。それでも、向こうの世界の仲間たちはあきらめずに、こちらの世界へと渡る方法を模索していたんだ」
 セリザワはそれから、ファーティマたちが知りたいと思っていたカプセルの謎について答えていった。
 まず、このカプセルはヤプールや他の宇宙人、ないし関係のない人間に拾われたときに誤用や悪用を避けるために、詳しい用途や使い方は、発信される特殊な信号をGUYSメモリーディスプレイで受信することによってのみ明らかになるということ。ただし、それだけではヤプールなどの科学力の進んだ敵には構造を分析されてしまうので、ある特別なエネルギーのみで起動することが語られた。
 そして、肝心の使用用途であるが、これは端的に説明すれば、地球のある次元に対しての道しるべであるということだった。
「道しるべ、ですか?」
「そうだ、本来次空間の移動には莫大なエネルギーがいるものだが、この世界はどういうわけか他の世界とつながりやすい性質を持っているようだ。そのおかげで、扉を開くこと自体はそれほどの困難ではなかったが、どの方向に向かってゲートを開けばいいのかがわからなくては開きようがない」
 それが、GUYSが直面した最大の問題だった。この世にはウルトラ兄弟のいる世界とハルケギニアのある世界のほかにも無数の宇宙が同時に存在している。並行宇宙・マルチバース、その中から目的の世界を特定することができなければ、いくらゲートを開く技術があったとしても役に立たない。
 が、事実上無限に等しい数の並行世界からひとつを特定するのは現在の地球の科学力では到底不可能だった。前にゲートを開くことができたときは、自然発生する天然の空間のひずみ、すなわち日食を利用したものの、日食がどういうメカニズムでふたつの世界をつなげているのかということは謎のままである。次の日食が起こるのは数年後、待っている時間も研究している余裕もない。行き詰ったGUYSは苦悩した。
 だがそこで、GUYS JAPANのリュウ隊長の脳裏にひとつの事件のことが蘇った。それは、彼が隊員だったころの最初の大規模な事件であるボガールとの戦いが終結したすぐのときである。ある日、GUYSが受信した宇宙からのSOSシグナル、それは消息不明になっていた宇宙輸送船アランダスからのもので、宇宙の歪みであるウルトラゾーンの中から発信されていたのだ。これはすなわち、入り口さえあれば通常の電波でも次元を超えてやってくることができるということを意味している。実際に、最初のゲートがつながっていたときにハルケギニアに渡ったガンフェニックスとフェニックスネストは交信できたし、才人はパソコン通信で地球にメールを送っている。
 と、いうことはである。なんらかの方法でハルケギニアから信号を発すれば、それが地球に届く可能性はじゅうぶんにあるということだ。そうすれば、後は糸を手繰り寄せるようにふたつの世界をつなげることができる。
「それが、この機械というわけなのか?」
「そういうことだ。そして、俺の仲間たちはこれを届けるために可能性に賭けた」

155ウルトラ5番目の使い魔 27話 (9/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 09:02:21 ID:E95BPtlw
 そこが、この作戦の要諦であり、セリザワが「荒っぽい作戦」と評した理由であった。すなわち、ウルトラゾーンの次元の歪みへ向けて、無人のロケットから無数のカプセルをぶちまけ、その中のひとつでもハルケギニアへ届けばよしという作戦だったのである。成功の確率の計算など、ほぼ不可能、ただハルケギニアのある世界が他の世界とつながりやすいというあやふやな可能性にのみ賭けたとんでもない博打だったのである。
 しかし、リュウの無謀な賭けは成功した。しかも、ある意味で皮肉な原因によって。
「このカプセルは、お前たちの言うシャイターンの門から現れたと言っていたな。恐らく、ヤプールの影響で歪められた門が次元の歪みの中をさまよっていたこれを引き寄せたのだろう」
「ヤプールの……それは確かに皮肉なものだ。そして、この世界にたどりついたこれが我々の手に入り、ここまで運ばれてきた……大いなる意思よ、お導きに感謝します。仲間たちの犠牲は、無駄ではなかった」
 ファーティマは、散っていった仲間たちの冥福を改めて祈るとともに、ならばと叫ぶように言った。
「よくわかった。ならば早速それを使って、別の世界にいるというお前の仲間のウルトラマンたちを呼んでもらおうか!」
 そうだ、それでこそ仲間たちも本当の意味で浮かばれる。だが、セリザワははやるファーティマに対して、ゆっくりと首を横に振って見せた。
「残念だが、今はできない」
「な、なぜだ!」
 この期に及んで、まだなにか足りないのかと、ファーティマだけでなく、キュルケやカトレアもセリザワの顔を覗き込む。するとセリザワは、カプセルを手に持って道の先を望みながら告げた。
「カプセルの発信機を作動させても、カプセルがどこか次元の歪みを持つところになくては信号は向こうに届かない。ここで起動させても、意味がないのだ」
「なんだと! くそっ、それではまったくなんの意味もないではない……ん?」
 次元の歪みのある場所など、わかるはずはないとファーティマが吐き捨てようとしたとき、彼女の心になにかがひっかかった。次元の歪み、異世界への入り口……まてよ、そんなものを、自分は知っている? しかも、つい最近。
 そのとき、鬼の首をとったようにシルフィードが詰め寄ってきたのは、もはや必然であったといえよう。
「違う世界への入り口なら知ってるのね! シルフィたちの向かってる、ラグドリアン湖の底なのね。そこに行けば別の世界からウルトラマンたちを呼べるのね!」
「こ、こらバカ韻竜! のしかかるな、わかっているから、つぶれてしまう!」
 興奮しているシルフィードに肩に乗られて慌てているファーティマも、失念していた自分に腹を立てながらも喜んでいた。
 ラグドリアン湖。そこへ行けば、世界を救うことができる。ファーティマだけでなく、シルフィードとカトレアの表情にも笑みが浮かび、輝いている。
 だがしかし、それ自体は非常に喜ばしいことではあるけれど、自分たちの目的とは違っていると慌てて割り込んできた。
「待って! 忘れたのシルフィード、わたしたちがラグドリアン湖へ向かってるのはタバサを助け出すためなのよ。世界を救うのもけっこうだけど、時間がないのはわたしたちもなのよ」
「そ、そうだったのね! もー、シルフィのバカバカ。おじさん、悪いけどシルフィたちは忙しいのね。あっ、このエルフ、なにするのね!」
「ふざけるな、この尻軽ドラゴン! ここまで来て抜けたいなどと許されると思うなよ」
「なにを言うのね、おねえさまが帰って来なかったらジョゼフを止められなくて、ガリアもハルケギニアも大変なのね。こっちだって急いでるのね!」

156ウルトラ5番目の使い魔 27話 (10/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 09:03:56 ID:E95BPtlw
 そう、ここにきてファーティマとキュルケたちの目的の差異が表面に出てしまったのである。世界を救うことと、タバサを救い出すこと、どちらも切り捨てるわけにはいかない重要な問題で、双方ともに妥協できない。
 けれども、あわや内輪もめになりかけたところで助けてくれたのは、またもカトレアだった。
「落ち着いて皆さん。わたしたちが争っても何にもなりませんわ。まだ、お互いの目的が反発すると決まったわけではありません。キュルケさん、実はさきほどまでの話を聞いていて思ったのですが、この世界と別の世界をつなげられるような方々なら、ミス・タバサの救出にも大きな力になってもらえるのではないでしょうか?」
「えっ……? あっ!」
 キュルケとシルフィードははっとするとともに、なんでこんな簡単なことに思い至らなかったのかと頭を抱えてしまった。情けないが、人間は慌ててしまうと普段の半分も頭が回らなくなってしまう。岡目八目と言う奴か、横で話を聞いていたカトレアのほうがずっと冷静に全体を見ていた。
 そして、そのことを問われたセリザワはゆっくりとうなづいた。
「確約はできないが、もしもミス・タバサの飛ばされた世界がわかればゲートを開くことができるかもしれない。いや、なにより彼女は我々と何度も共に戦った仲間だ、「CREW GUYSに仲間を見捨てる道はない」と、リュウならそう言うだろうな」
 キュルケとシルフィードの脳裏に、かつていっしょにヤプールの怪獣軍団と戦ったCREW GUYSやウルトラマンメビウスの頼もしい姿が蘇ってくる。彼らなら、この世界の人間の力ではどうにもできないことでもなんとかしてくれるかもしれない。
 希望が、儚げだった希望の光が胸の中で強くなっていくのをキュルケたちは感じた。そして、少し遠回りになっても、それは自分たちだけで闇雲に進むより、ずっと確実な道だと信じた。
「タバサ、ごめんね。あなたを連れ帰ってあげるのが、少し遅くなるかもしれないけど、その代わりに戻ってきたあなたがびっくりするようなプレゼントを持って迎えに行ってあげるからね」
「急がば回れ、と、前にサイトが言ってたのね。シルフィにはわかるのね。どれだけ遠く離れていても、お姉さまは元気で生きているって。だから、もう少しだけ待っていてほしいのね」
 キュルケとシルフィードの決意は固く、カトレアはそんなふたりを暖かく見守る。
 そしてファーティマは、自分がこれからなすべきことを悟った。
「ラグドリアン湖か。統領閣下、もう少しで貴方のご期待に応えることができそうです。ようし、わかった。それで、そのハッシンキとやらを動かすには特別なエネルギーがいると言ったな。それはいったいなんなんだ?」
 ファーティマが尋ねると、セリザワは右手にナイトブレスを構えてカプセルへとかざした。
「この装置は、我々ウルトラマンのエネルギーにのみ反応して、同じ波長のシグナルを発する。見ていろ」
 ナイトブレスから光の粒子がこぼれ出てカプセルへと吸い込まれていく。すると、それまで黒々としていたカプセルのダイオードのランプが点灯し、なにかを発しているように点滅しだしたのだ。
 驚いて、輝きだしたカプセルをファーティマたちは見つめる。しかしこれが、この発信機を作る上でGUYSがもっともこだわった部分であった。かつて、ヤプールは偽のウルトラサインを使ってゴルゴダ星にウルトラ兄弟をおびき寄せて罠にはめた。また、ババルウ星人も同じ手を使ってヒカリを惑星アーブにおびき出している。だが、これならば偽造は不可能だということだ。
 あとは、これをラグドリアン湖の底にあるという水の精霊の都の門へと持っていくことだ。そのためにも、まずは水の精霊に会って話をつけなくてはいけない。すんなり行くとは思えないが、なぜか今のキュルケたちには、どんな困難なことでも成し遂げられそうな、そんな確信がふつふつと湧いてきていた。

157ウルトラ5番目の使い魔 27話 (11/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 09:05:30 ID:E95BPtlw
「今のうちに勝ち誇っていなさい悪党ども、遠くないうちに、わたしたちが世界をひっくり返してあげるんだからね」
 ツェルプストーの炎の血統が、冒険と変革を求める若い血が燃えていた。ジョゼフも、ヤプールも、ほえ面をかかせてやるだけの可能性を自分たちは持っている。
 勇気と希望を胸にして、彼女たちはラグドリアン湖へと続く道の先へと足を踏み出した。馬車を失い、ここから先は歩くしかなくても、踏み出す足取りは力強く、前をのみ目指していく限り道は途切れない。
 
 
 だが……ヤプールの追撃を撃退した彼女たちでも、ヤプールでもジョゼフでもない敵の魔の手がすでにトリステインへと忍び寄ってきていることを、まだ知る由もなかった。
 トリステインを南下した地にある国、ロマリア。闇に包まれた世界の中にあって、いまや人々の希望の中心となりつつも、その実は闇の中心である腐敗の都において、教皇ヴィットーリオは腹心ジュリオからの報告を受けていた。
「……以上です。結論として、我々の宣伝により、ゲルマニアの諸侯たちは聖戦を支持しています。アルブレヒト三世が抑えきれなくなるのも時間の問題でしょう。ガリアも、英雄王ジョゼフの名の下に気勢が高まっております。こちらはシェフィールド殿が大層に張り切っておられるようですね」
「ご苦労です、ジュリオ。すべては、我々の予定通りに進んでいるようですね。神の加護を受けた、始祖ブリミルの再来の聖教皇陛下の下で邪悪なるエルフを打倒するというハルケギニアの人間たちの声が聞こえてくるようです。そして、この世界に真の救済をもたらす、最後の魔法の準備もまた、遠からずできあがるでしょう。ジュリオ、この前お願いしたことはできていますか?」
 これまでに無数の信者の心を溶かしてきた、慈愛に満ちたヴィットーリオの微笑み。しかしその言葉の内には凍りつくような闇が渦巻いている。そしてそれはジュリオも同じ。尋ねられたジュリオは、無邪気そのものという笑みを浮かべながら答えた。
「ええ、もちろんです。トリステインへ向かって逃げているもうひとりの虚無の担い手と、勇敢な少年淑女の方々にはすでに同志を差し向けてあります。彼女は優秀です。きっと、邪魔者どもを始末して、虚無の担い手を連れ帰ってくれることでしょう」
「ほほお、それは楽しみです。『彼女』ですか、あなたがそれほど言うのですから、それはきっと素晴らしいレディなのでしょうね」
「はい、僕自ら勧誘してきましたが、とても可愛らしいレディでしたよ。彼女はこの世界の中でも、闇の中をこそ住まいとする種族。しかも、彼女には自らも気づいていない特別な力がありました。それを目覚めさせてあげると、彼女は喜んで我々への忠誠を誓ってくれました。数日後には、虚無の担い手以外の者たちは、カラカラに干からびた死体となっていることでしょう」
 自慢げに、楽しそうな笑いを浮かべながら報告するジュリオ。ヴィットーリオは満足げにうなづき、視線を窓外の北の空へ向けると、思い出したように話題を変えた。
「そういえば、あの方々を乗せてきた船は途中で引き返したようですが、ほって置くと仲間の異変に気がついてなにかしてくるかもしれませんね?」
「それについてもご心配なく。その船、オストラント号のほうにも刺客を差し向けておきました。こちらは、シェフィールド殿のご紹介で、ガリアの北花壇騎士を派遣しています。報酬次第でどんな汚れ仕事でも請け負う、これまで失敗したことのない凄腕たちだとか。どちらも、早ければ今日にも吉報が届くかもしれませんよ」

158ウルトラ5番目の使い魔 27話 (12/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 09:06:37 ID:E95BPtlw
「よろしい。あなたの仕事ぶりは常に私を満足させてくれます。さて、ルイズ・フランソワーズ殿、あなたが素直に私たちの理想に賛同してくれなかったばかりに、あなたのお友達はこれから天に召されることになります。ですがご安心ください。少々回り道になりますが、四の四の四を揃える手取りはできています。それが生み出す、始祖ブリミルの最後にして最大の遺産を、ぜひあなたと共に見たかったものです」
 闇に覆われた空に向かって大きく手を広げ、ヴィットーリオの口から嘆きの言葉が流れ、悲しみの涙がほおに伝わっていった。
 だが、それは蜃気楼よりももっと儚い薄氷の仮面に過ぎない。精巧で美しい嘘泣きは一瞬で消えて、ヴィットーリオはジュリオとともに、憂いと慈愛を込めた眼差しで退廃と混乱に満ちたロマリアの国を、そしてハルケギニアを見つめた。
 ただし、彼らの眼差しの中の世界に、”人類”は含まれてはいない。
 
 才人の仲間たちへと迫る、強大な悪の足音。太陽が失われたハルケギニアに、夜明けはまだ兆しすらも見えていなかった。
 
 
 続く

159ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 09:36:20 ID:E95BPtlw
どうもお久しぶりです。またも間が空いてしまってすみません
ともあれ、これでキュルケたちサイドのお話も区切りのいいところまでいけました

そして次回からはしばらく出番のなかった人々の登場です。新キャラの登場もありますので、ご期待いただけるとうれしいです
それにしても、私はウルフェスには行ったことがないのですが、動画でウルフェスにガメロットの人形があってびっくりしました

160名無しさん:2015/06/25(木) 21:17:02 ID:ciZA95CQ
遅ればせながら乙

161ウルトラ5番目の使い魔 28話  ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 21:45:49 ID:Aw.YRaq2
皆さんこんばんわ。28話の投稿準備ができましたので始めます

162ウルトラ5番目の使い魔 28話 (1/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 21:51:37 ID:Aw.YRaq2
 第28話
 夜の支配者
 
 巨蝶 モルフォ蝶 登場!
 
 
 ハルケギニアを明けない夜が包んで、早くも一月あまりの時が流れようとしていた。
 わずか一月前には、世界は光に満たされていた。昼と夜が規則正しく巡り、昼は太陽が、夜は月と星が大地を照らし出していた。
 それが、当たり前だと思われていた。
 人と人の流れもそうだった。ルイズたちは日々学院で勉強し、才人は雑用に汗を流し、銃士隊は剣を振り、子供は遊び、大人は働く。
 それが、守られるべき平穏であり、そのために人間たちは不断の努力を続けてきた。
 
 ヤプールの送り込んでくる超獣を何度となく打ち破り、不可能に幾度となく挑戦してきた。
 過去の人間がそれらを見たなら、まさしく奇跡と呼ぶに違いない。
 中でも、最大の奇跡と呼ぶべきなのは、六千年の常識を覆した、東方号によるエルフとの直接交渉にあることは疑う余地はないだろう。
 筆舌に尽くしがたいほどの苦難と冒険を乗り越えて、エルフの首都アディールにたどり着いた快挙。そこで繰り広げられた、人間とエルフの修好を妨害せんものとするヤプールの怪獣軍団との死闘。
 あれは誰もが忘れない。何度も絶体絶命の危機に陥りながらも、その身を挺して人々を守り、悪を退けた光の巨人たちを。
 
 あきらめない限り、希望は失われない。
 
 しかし、世界は変わってしまった。数を計ることさえできない無数の昆虫の群れが空を覆って太陽を隠し、地上は完全な闇に閉ざされてしまったのだ。
 人々は混乱し、人心の乱れにつけこんで悪はハルケギニアへとすさまじい速さで根を張っていっている。このままでは、この世界はヤプールの侵攻を待つまでもなく、人間たち自らの手によって滅亡してしまうだろう。
 なのに……あのとき戦ってくれた光の巨人は、今はいない。エースはヴィットーリオの虚無魔法によって才人とルイズが別々の時空に追放されてしまって、戻る目処さえ立っていない。
 そしてもうひとり。エルフの伝説にあった、あの青いウルトラマン……彼はその後、一度も姿を見せていない。
 破滅に瀕したハルケギニア。その中でも、あがき続ける人間たちに希望の未来は訪れるのだろうか。
 
 光はもう一度、大地を照らし出してくれるのだろうか。お日様が暖かい昼下がりに、子供たちが駆け回って遊ぶ日常が、再び訪れてくれるのか。
 闇は依然として沈黙を守り続けている。それでも、時間だけは止まらない。
 
 
 キュルケたちがラグドリアン湖へと向かい、ロボット怪獣ガメロットを撃破しているのと時を同じくして、もうひとつの重大な事件が幕を上げていた。
 
 場所はガリア王国の、首都リュティスから南東に下った山間部。その辺りは濃い森林地帯に覆われて、目だった産業も産物も存在しないために、街道沿いにわずかな畑を持つ寒村が点在する以外にはなにもない土地のはずだった。

163ウルトラ5番目の使い魔 28話 (2/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 21:59:23 ID:Aw.YRaq2
 存在し続ける理由としては、ここがアルビオンからトリステインを経てガリアへ入り、さらに南下してロマリアへと続く巡礼街道のひとつであったということぐらいである。だがそれも、何年か前に南西部にロマリアの虎街道へと直結する新街道が開かれてからは必要性を薄れさせ、この近年は通行人はおろか住民さえ減少の一途を辿っている。現在は、新たにこの地方に移り住もうとするような人間は、人気を避けて静養したいと望む老人か病人くらいしかおらず、外の人々からはすでに忘れられ始めていた。
 
 だが……さびれる一方の辺境の地とはいえ、まだ相当数の人間が村々に点在して住んでいることには違いない。そんな、外部との関わりの薄い陸の孤島のような村にも、数週間に一度は旅人や商人が訪れて、旅の消耗品を買い込んだり、少ないながらも収穫された作物や狩猟の獲物を取引していく。そこには紛れもなく人と人との交流があり、それらの人々は、年に数回訪れるそれらの村々に立ち寄ることを楽しみにしているという。
 ただし、辺境を旅するそうした人間たちがひそかに恐れていることがある。まれに、めったに、人によっては一生遭遇しないことも多いが、そうして忘れられかけた頃に天災のように起こるそれに出くわしたとき、人は恐怖におののき二度とその地に近づかないという。
 
 想像してみるとよい。『ほんの数ヶ月前まで貧しいながらも活気のあった村が、次に訪れたときには人っ子一人住まない荒れ果てた廃墟になっていた』ということを。
 なぜか? 疫病による大量死。悪政による住民の逃亡。それらも確かにあるが、数百人単位の村ひとつが消滅するほどのことは滅多にありはしない。
 答えはひとつ、滅んだ村は外敵に襲われたのである。それも、野盗による襲撃などという生易しいものではなく、人ならぬモノ、亜人の襲撃によってである。
 そう、このハルケギニアには数多くの亜人種が存在している。それらの中には、翼人のように人間から手出しをしなければ襲ってくることはない理知的な種族もいるが、大部分はオークやトロルのように知性薄弱で凶暴なモンスターばかりであり、これらの群れに襲われて滅ぼされた村も少なくはない。
 ただし、オークやトロル、またはコボルドなどによる村落の消滅は動物災害に近く、地球でも熊などによって甚大な被害が発生し、結果的に集落が消滅する事例が実際にあることから、決してハルケギニアだけが特別なわけではない。
 恐れられているのは、それらの亜人種の中でも高度な知能を持ち、かつ凶悪な性質から妖魔と呼ばれる者たち。その中でもさらに、他の種族にはないある特徴を持ち、それを利用して狡猾かつ残忍な手法を好む、ある種族による犯行である。奴らはオークやコボルドのように群れをなして人里を力づくで襲撃したりはせず、大抵はひとりか数人の少人数でひっそりと人里に忍び込む。そして、この種族の妖魔に狙われたが最後、人々は恐怖におののき、犠牲者の哀れな屍がひとつふたつと日々増えていく。
 そう、この妖魔は人間に化けて村に入り込み、内側から食い荒らしていくのだ。恐れられている理由はここにある。オークやトロルなら、迎え撃つことも逃げることもできるが、この相手は平和な日常に潜んで、いつ襲ってくるかわからないために防ぎようがないのだ。さながら通り魔にも似て、犠牲者は襲われる瞬間まで気づくことはなく、姿なき殺人鬼は影から獲物を襲い続け、そして村は死人にあふれて、生き残った人間たちは泣く泣く故郷を捨てて逃げ出すことしかできない。
 その恐るべき死神たちの名は”吸血鬼”。人間の血を好み、殺戮を繰り返す、ハルケギニア最悪の妖魔である。熟練のメイジでも対抗は難しく、その名が唱えられるだけで人々はおののき、住民を失って地図から消えた村や町は数知れない。そして生存者も、あまりの恐怖に体験を語ろうとする者は少なく、殺戮の所業は闇に葬られていくのだ。
 まさに人間の天敵であり、恐怖の対象という度合いで言えばエルフすらもしのぐ。そして、その吸血鬼のひとりがこの地に潜伏し、獲物が来るのを待ち構えていた。
 
 闇の中に巣食う、闇の住人吸血鬼。これから始まるひとつの事件は、ハルケギニアのほとんどの人々に知られることなく終わりまでを駆け抜ける。だが、この辺境で起こった小さな戦いの行方は遠からぬ将来において、ハルケギニア全体はおろか、全世界の運命をも大きく左右していくことになる。

164ウルトラ5番目の使い魔 28話 (3/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:01:58 ID:Aw.YRaq2
 ただし、それがいかような方向へと舵を取っていくのかは、神も悪魔も知る由はない。未来は無限大であり、たとえ全知全能の存在であったとしても、それは”今”のことでしかないのだから。
 
 
 語りを現世へと戻し、暗闇の中から幕は上がる。
 
 
 湿った空気と、かび臭い匂いが鼻をつき、わずかに虫の鳴き声がする薄暗い空間で少女は目覚めた。うっすらと開いた翠色の眼に光が入り、見覚えのない眺めに彼女は戸惑った声を漏らした。
「えっ……ここは、どこ」
 視界に映ってきたのは、差し渡し五メートル四方程度の部屋だった。その隅には古びた箪笥と、小汚い毛布が乗ったベッドが置かれ、正面の小窓からは曇った空が見えた。
 どうやらここは、どこかの平民の家の一室らしい。部屋の様子から彼女がそう察したのは、彼女が以前住んでいたウェストウッド村の家の雰囲気に似ていたからだった。家具はいずれも無骨な手作りで、子供たちと過ごしていた日々の思い出が彼女、ティファニアの胸に蘇ってくる。
 しかし、感傷に浸れたのは一瞬だった。辺りを見回して、気が落ち着いてくると、ティファニアは自分がその部屋の柱に後ろ手で縛りつけられているのに気がついたのだ。
「なにこれ! んっ、外れない」
 もがいてみたが、ティファニアの両手首は背中に回した状態で頑丈なロープでがっちりと柱にくくりつけられており、非力な彼女の力ではどうにもならなかった。
 わたしは、いったいどうしてこんなことに? 目が覚めてみて自分の陥っている状況の異常さに気づいて動揺するティファニアは、必死に気を失う前に何があったのかを思い出そうと試みたが、その前に自分が今どうなっているかを明確に自覚せざるを得なかった。
 そう、自分は以前、同じ状況に陥れられたことがある。あれは確か、ガリアのアーハンブラ城というところだった。そこへ……
「わたし、またさらわれちゃったんだ」
「へえ、なかなか理解が早いんだね。少し感心しちゃった」
「えっ! だ、誰!」
 突然、部屋の中に幼い少女の声が響いた。驚いたティファニアが部屋の中を見回すと、いつの間に現れたのだろうか。さっきまで誰もいなかったはずのベッドの上に、ちょこんと五歳前後と見える金色の髪をした少女が座っていた。
「あ、あなたは……?」
「おはようお姉ちゃん。よく眠っていたね。なかなか起きないものだから、わたしそろそろ起こそうかと思ってたからちょうどよかったよ」
 ティファニアの問いに答えずに、少女は明るくよく通る声でしゃべった。その顔には笑顔があふれており、少女の幼げな容姿とあいまって、まるで人形のように可愛らしげに見えた。
 だが、普通の人であれば心を溶かされてしまうような可愛らしげな少女の笑みとは裏腹に、ティファニアは表情を凍らせて、鋭い視線を少女に向かって放っていた。すでにティファニアの顔には動揺はなく、心からは戸惑いは消えていた。
 なぜなら、ティファニアは目の前の天使のような少女の影にある、大きな違和感を感じ取っていたからだ。一見、無邪気な子供のように見えるけれども、逆にあまりにも美しすぎる。人形のような、ではなく人形そのもののような作り物じみたあどけなさの不自然さが、多くの子供たちと直に接してきたティファニアには見えたのだ。

165ウルトラ5番目の使い魔 28話 (4/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:03:07 ID:Aw.YRaq2
「あなたが、わたしをさらってきた犯人ね」
「あら? 本当に察しがいいんだ。めんどくさい説明をしなくちゃいけないと思って、いろいろ考えてたんだけど手間がはぶけて助かっちゃう。なんでわかったの?」
「あなた、子供を装う演技がうまいのね。けど、あなたの仕草は大人が勝手に思ってる子供っぽさだったわ。ほんとうの子供は、もっと落ち着きがなくてきょろきょろしてるものなの。しゃべるときだって、思ったことをそのまま口にするけど、あなたは考えて言葉を選んでる。そんなこと子供にはできないわ」
 ティファニアが確信を込めて断言すると、その少女は今度は本当に子供らしく腹を抱えて笑って見せた。
「あっはははは、なーるほどね。私、おしゃべりはあまり得意じゃないから騙せなかったかあ。こんなのでも、大人はたいがいバカだからちょっと泣いたり甘えればコロっと騙されてくれるんだけど、こんなすぐに見破るなんてお姉ちゃんすごいね。でもほんとのこと言えば、子供を演じてるわけじゃないんだよ。これでも私はまだ子供なの、ただちょっとだけ私たちの種族は大きくなる早さが人間と違うだけ」
「あなた、いったい何者なの?」
「ん? 吸血鬼だよ」
 こともなげに言ってのけた少女の、その唐突な言葉にティファニアはあっけにとられるしかなかった。
「きゅう、けつ、き?」
「そう、名前はエルザ。よろしくねおねえちゃん」
 ニコリと笑い、エルザと名乗った少女は言葉を失っているティファニアを無邪気そうな童顔で見つめた。
 対して、ティファニアはまったく理解が追いつけていない。伝聞で、吸血鬼という妖魔がいるということだけは知っていたけれども、彼女の知識はそこまでだった。すると、ティファニアの困惑を見て取ったエルザはベッドに座ったまま、楽しそうに足をばたつかせてみせた。
「あっはは、お姉ちゃん今バカみたいな顔してるよ。でもしょうがないか、普通の人は吸血鬼なんて見たことないものね。牙だって、ほらこんなふうに隠しておけるんだ」
 そう言って、得意げに口を開いたエルザの犬歯が、ティファニアの見ている前で見る見る伸びて狼のように長く鋭く変わった。部屋の薄暗い中に、白く輝く二本の凶器。それはエルザの幼げな容姿とはまるで釣り合わず、唖然としているティファニアにエルザはさらに楽しそうに続ける。
「驚いた? すごいでしょう。この牙をね、人間の首筋に食い込ませて、あふれ出てきた血をゴクンゴクンってすするんだよ。あ? お姉ちゃんったら、まだ信じられないって顔してるね。そうだ、いいもの見せてあげる」
 するとエルザは、座っているベッドの裏側からなにかをつかむと、無造作にティファニアに向かって放り投げてきた。それは、エルザの背丈より大きいが妙にひょろひょろしたもので、ティファニアの前の床に落ちると、カラカラと乾いた軽い音を立てて転がった。
 いったいなんだろう? それは色が黒くて、明かりのない室内ではいまいち正体がわからない。ティファニアは目を凝らして、それがなにかを確かめようと試みた。
 
 枯れ木? いや、人形? いや……えっ!
「こ、これって! に、人間の!」

166ウルトラ5番目の使い魔 28話 (5/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:04:51 ID:Aw.YRaq2
 その瞬間、ティファニアの体から血の気が一気に引いた。
 
「そう、人間の死骸だよ。血を一滴残らず吸い尽くした絞り粕。お姉ちゃんが眠っているうちにお腹がすいたから、さっき一人いただいちゃってたんだ」
「ひっ、ひうっ!」
 楽しげに笑うエルザの口から覗く牙と、目の前のカラカラに乾いた死体の首元に空いたふたつの穴が、エルザの言葉がほんとうだと告げていた。
 ティファニアの足元に転がる死体は土色に完全に干からびており、目は黒い空洞になり、口は断末魔の叫びのままで、大きく開かれたまま固まっていた。
「あっはっはっ、びっくりしたでしょ。けど、これで信じてくれたね? そう、私は吸血鬼……闇の中に生きる、美しき夜の種族」
「こ、この人は……?」
 ガタガタと震えながら、ティファニアは死体が誰なのかを尋ねた。死体は完全に乾ききっていて、もう生前の姿を想像することはできない。
 だがエルザは、まさかまさかと怯えるティファニアに努めて優しげな声で言った。
「心配しなくても、お姉ちゃんの知り合いじゃないよ。私が支配したこの村の女の人。味も悪くなかったけど、なかなか楽しいお昼ごはんだったからお姉ちゃんにも見せてあげたかったな。知ってる? 人間の血ってさ、若い女の人が一番おいしいの。だから村中の女の人を集めて閉じ込めてあるんだけど、ただ血をもらうだけじゃ味気ないから、その人たちに一言言ってあげたの、わかるかな?」
「ひっ、ひぅぅ」
「ああ、お姉ちゃんのその怯えた顔もいいよぉ。そんなふうに怯える人たちに、私はこう言ったの。「あなたたちで一人、私のごはんになる人を差し出しなさい」ってね。そうしたらねぇ、もうひどい押し付け合いよ。「お前がいけ」「あんたが先よ」って、ののしりあい、殴り合い、もう必死すぎて久しぶりにいっぱい笑ったなあ。そして、やっと地味で気の弱そうな子を一人差し出してきたんだけどね」
「それが、この人……?」
「ブーッ! 残念はずれ。そのとき私は、生け贄を差し出してきたお姉さんにこう言ったんだ。「じゃあ、あなたで決まりね」と。そしたらその人、最初は呆然としてたんだけど、すぐに怒鳴ってわめいたの。「話が違う」「私はイヤだ。あいつを食べろ」ってさ。けど私は最初から、やっと助かったと思って安心してる人の顔が恐怖にゆがむのが見たかったの。そのほうがドキドキするじゃない? で、泣き喚くお姉さんの手足をしばってゆっくりといただいたわ。おいしかったなあ」
 うっとりとした表情で、エルザは舌で口元をペロっと舐めて言った。その口元には、凶悪な二本の牙が冷たく光っている。
 この子は本物の吸血鬼、生き血をすすり、恐怖をもてあそぶハルケギニア最悪の妖魔。ティファニアの体に、いままでなかった震えが走って止まらない。
「わ、わたしも食べる気なの?」
 恐る恐るティファニアは尋ねた。しかしエルザはその問いに、少し困ったような顔をして言った。
「うーん、できればそうしたいんだけどね。お姉ちゃんは生きたまま引き渡さないといけないの。それが、ロマリアのお兄ちゃんとの契約なんだ」
「ロマリア! そう、そういうわけだったの……」
 エルザの一言に、ティファニアの頭の中にあったもやが一気に晴れていった。
 そして理解した。なぜ自分がさらわれたのか、その理由もなにもかも。

167ウルトラ5番目の使い魔 28話 (6/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:06:38 ID:Aw.YRaq2
「わたしの、虚無の力が欲しいのね。わたしの、わたしの友達たちは、みんなはどうしたの!」
「あら、ほんとうに思ったより頭はいいんだ。くふふふ、そう来ると思って用意しておいたんだよ。ロマリアのお兄ちゃんからのプレゼント、見せてあげる」
 そう言うと、エルザはベッドに立てかけてあった姿見をティファニアの前に置いた。それは、一見するとただの鏡のようであるが、装飾に奇怪な文様が刻まれており、ティファニアにでもすぐにそれが仕掛けのあるものだとわかった。
「これね、ガリアで作られた『遠見の鏡』っていうマジックアイテムなんだって。効果はまあ、名前でわかるよね? んーと、使い方はと」
 エルザは少し思い出すようなそぶりを見せると、鏡の紋様を指で数回なぞった。
 すると、操作が加えられた遠見の鏡は光りだし、遠く離れた場所の光景を映し出した。しかしそれは、仲間たちの身を案じていたティファニアの不安を、最悪に限りなく近い形で実現するものだったのである。
「ミシェルさん! ギーシュさん! みんな!」
 鏡の向こうには、森の中の沼地が映っていた。そのほとりの草地に、ギーシュたち水精霊騎士隊や銃士隊は倒れていたのだが、彼らの頭上に異様なものが飛んでいた。
「な、なんなの? あの大きな蝶たちは!」
 そう、それはまさしく蝶の群れだった。しかし、大きさが馬鹿げており、羽根の差し渡しがざっと八十センチはある巨大なものだったのだ。サファイアのような青い羽根がきれいではあるが、その巨体ゆえにグロテスクな印象しか受けない。それらが十数匹も舞う下で、ギーシュたちは身をよじりながら苦しんでいた。
「あら、あらあらあら、苦しそうに。けど、あの子たちの毒鱗粉をあれだけ浴びて、まだ正気を保っているなんて意外としぶといね」
「エルザ! あの蝶は、あなたの仕業なのね」
「そうよ。私の可愛いペットたち。私ね、気ままに旅をしてるときは、あの蝶ちょの卵を水辺に撒いて育てて、寄ってきた人間をしびれさせていただいてるの。モルフォって知ってる? 奥地にしかいない珍しい蝶なんだけど、手なづけると便利なんだよ」
 モルフォ……その名前に、ティファニアは聞き覚えがあった。ネフテスへの遠征から帰って来て、しばらくルクシャナの助手としてアカデミーで勉強していたとき、ポーションの原料としてモルフォの鱗粉を目にしたことがあった。そのときには、大変希少価値が高いけれども、毒性も強いから絶対に触らないようにと聞いている。それが、あの蝶なのか。
 愕然とするティファニア。だが実は、この蝶は地球にも生息していて、かつて日本でも発見例が報告されているのだ。
 『巨蝶・モルフォ蝶』全長八十センチメートル、体重百グラム。アマゾンを原産とする幻の蝶で、水辺を好み、群れで活動する。そしてその羽根からばらまかれる毒鱗粉は、人間さえのたうちまわらせるほどの強い毒性を持っている。
 ただし、このモルフォ蝶は特殊な種類で、紛らわしいのだが、普通の昆虫としてもモルフォという種類の蝶はいるのだけれど、それとはまったく違うものである。
 普通のモルフォが何らかの原因で突然変異で巨大化してモルフォ蝶になったのか、それとも最初から巨大な種類であったのかはわかっていない。しかし、そんなことはともかく、モルフォ蝶が人間にとって危険な生物であることは間違いない。
「みんな、早く逃げて!」
「無駄だよお姉ちゃん、みーんな、モルフォの毒鱗粉をたっぷり浴びちゃってるからね。あとどれだけ持つかなぁ? うふふ」
 エルザは自信ありげにティファニアの叫びを一蹴した。
 確かに、モルフォ蝶の毒鱗粉は強力であり、これの生息する水辺にはオークでさえ近寄らないと言われる。民間にもその恐ろしさは伝承されており、幼年時代のルイズとアンリエッタが興味本位でこれの生息地に探検に出ようとして、一週間の外出禁止を食らったこともある。

168ウルトラ5番目の使い魔 28話 (7/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:08:25 ID:Aw.YRaq2
 牙を口元から覗かせ、残忍な笑いを浮かべるエルザと、悲痛な表情に沈むティファニア。このままでは、みんながあの毒蝶の餌食になってしまう。
 
 
 どうして……どうして、こんなことになってしまったのかと、ティファニアは無力感をかみ締めながら記憶の糸をたどった。
 そうだ、わたしたちは……ここまで。
 
 
 ここで、時系列はややさかのぼり、一行がトリステインを目指してガリア辺境の森の中の街道を歩いていた時に返る。
 ロマリアでの天使の事件で、才人、ルイズ、デルフリンガーを失った一行は、事の次第を女王陛下と仲間たちに伝えるために、帰国を急いでいた。
 しかし、それは決して平坦な道のりではなかった。あの戦いの後、別行動をとっていたティファニアやモンモランシーらとの合流は幸いにもうまくいき、才人らが死んだということで嘆き悲しむティファニアをなだめて、彼らはロマリアから一路トリステインを目指すことにしたのだが、その方法が難題であった。
 帰国の道は、大きく分けて空路、海路、陸路の三つである。しかし、空路は飛行船の搭乗料が多額にかかるため、手持ちの資金が間に合わないために即外され、海路は空路に比べれば料金は安いとはいえ、空が闇に包まれてからは海の怪獣たちの動きも活発になってきたということで長距離航路は無期限運休になっていて、残るのは必然的に陸路を歩いて帰るのみとなる。
 ただし、その陸路もまた彼らを悩ませた。トリステインへといたる最短の街道は、火龍山脈の大陥没によって封鎖されているために大きく迂回することを余儀なくされ、慣れない土地の手探りでの旅はさしもの銃士隊も手を焼いた。
 いや、単に困難な旅であるならば、彼らはこれまでに何度もそれを乗り越えてきた。しかし、今回の帰途は、これまでとは違った。
「サイト……サイト」
 平民に扮して歩く一行。その中で、うつむきながら呻くようにしてミシェルが漏らした声が、全員の心情を代弁していた。
 なにを成し遂げることもできぬまま、仲間を失っての逃避行。皆の意気が高かろうはずもなく、特にミシェルの落ち込みようがひどかった。あれ以来、自殺だけは思いとどまってくれたものの、ときおりうわごとのように才人の名前を繰り返すばかりで、そのやつれようはひどかった。
「副長、サイトは……」
「わかっている。わかっているさ……わかって」
 無理もない……泥沼のような半生を送ってきたミシェルにとって、はじめて手を差し伸べてくれた才人の存在がいかに大きかったか、どれだけ深く才人を愛していたか、皆が知っていた。そして、自分たちにはどうしてやることもできないことを、誰もが痛感していた。
 彼女をはげましてやることができるとしたら、彼女の義理の姉のアニエスしかいないだろう。そのためにも、なんとしてでも連れて帰る。銃士隊員たちは、それが才人へのせめてもの手向けだと、自分たちにも浅からぬ関係のあった才人の死を悲しみながらも自分を叱咤し、ギーシュたち水精霊騎士隊も、才人とルイズの犠牲を無駄にしてたまるかと、自分を奮い立たせていた。

169ウルトラ5番目の使い魔 28話 (8/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:15:48 ID:Aw.YRaq2
 そしてティファニアやモンモランシー、ルクシャナらも、受けた衝撃からは一応は立ち直っていたものの、友を失った衝撃が軽いはずはない。
「ルイズ……ほんとうに、バカなんだから。あなたが死んだって、あなたの家族に伝えなきゃいけないわたしたちの身になりなさいな」
 気の強いモンモランシーにも今は精彩がない。これまで水精霊騎士隊は戦死者を出したことがなかった。だが、頭で想像していたのと実際に体験することでは大きく違う。表面は平静を装ってはいるものの、誰も余計なことを言おうとしない道中は、まるで葬列のようにさえ見えた。
 
 そんなときのことである。ひたすらトリステインへと向かい、辺境の森の中の人気のない街道を歩き続けていた一行の耳に、森の奥から悲鳴が聞こえてきたのは。
「いやぁぁっ! 誰かぁ! 誰か助けてぇ!」
 一行の耳朶を打ったのは、幼げな女の子の声だった。暗く静まり返っていた森の中で、突然耳に飛び込んできたその悲鳴に、ギーシュたち水精霊騎士隊、そして銃士隊ははじかれたように飛び出したのだ。
 そしてそのころ、森の奥の小道を十二歳くらいの少女が必死に走っていた。
「はぁ、はぁ……やだ、やだぁ」
 少女は平民の村娘風の身なりで、頭には赤い頭巾をかぶっている。その頭巾からグレーの少しちぢれた髪が覗き、笑えば誰もがかわいいと褒めるであろう目鼻立ちをしているが、今の彼女の顔は涙で大きく崩れていた。
 吐き出す息が切れ、手も足もガクガクとして激しく痛むが、少女は走ることをやめない。その後ろからは、重く乱暴な靴音が近づいてくるけれども、少女は決して振り返ろうとしなかった。
「来ないで、来ないで! やだ、誰かぁ!」
 そう、少女は追われていた。その顔は恐怖に歪み、背中のほうから近づいてくる足音と、獣のような荒い息遣いが聞こえてくるごとに、焦点の定まらない目からは涙があふれだしている。
 逃げなきゃ、逃げなきゃ殺される! 少女は、自分を追ってきているものに捕まったが最後、決して助からないであろうことを知っていた。ひたすら助かりたい一心で走り、森の先を目指す。ここを抜ければ街道に出られる、そうして通りがかった誰かに助けを求められればなんとか!
 だが、少女の必死の逃亡も、子供の脚力では結果は知れていた。いきなり後ろからむんずと手首を掴まれて、少女の小さな体は軽々と宙に持ち上げられてしまった。
「離して! 離してぇ!」
 少女の手首を掴んで宙吊りにしていたのは、屈強な大男だった。年のころは四十代そこそこで、そこらの平民と同様の粗末な衣服をまとっている平凡そうな男に見えた……その野獣のように血走った目と、口元から伸びた鋭い牙を別にしては。
「ア、アレキサンドルさん、や、やめ……ヒッ、ば、化け物っ!」
 引きつった声で悲鳴を漏らしながら少女はもがいた。しかし、非力な子供の力では大人の大男に敵うわけもなく、必死に相手の胸板を蹴りつけるもまったく効果は見えなかった。
 そして、男は鋭い牙を覗かせる口元をにやりと歪ませ、少女の喉をわしづかみにして締め付けてきたのだ。
「かっ……やめ、やめて……た、たすけ……お、かあ、さん……」
 息を吸えない。舌がしびれ、目玉が飛び出そうだ。少女は激しい痛みと恐怖の中で、はっきりと自分の死を意識した。
 苦しい、殺される、死にたくない、助けて、お父さん、お母さん、誰か!
 少女の吐息が途切れていき、助けを求めた最後の声も、か細く森の空気の中に溶けていく。

170ウルトラ5番目の使い魔 28話 (9/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:22:12 ID:Aw.YRaq2
 だが、そのときだった。
 
「なにやってんだ、てめぇぇーっ!!」
 
 突然、横合いから突っ込んできた黒い影が男をふっ飛ばし、思わず緩んだ手の中から少女の体が解き放たれた。
 支えを失った少女の体は、力を失ったままで頭から落ちていく。しかし地面にぶつかる直前に、小さな体はすべりこんできたたくましい体によって受け止められていた。
「危ない、かろうじて間に合ったか」
「さっすが、銃士隊一の俊足の持ち主!」
 少女を受け止めたのは、全力疾走で駆け込んできた銃士隊の隊員のひとりだった。彼女のかたわらには、男を体当たりでふっ飛ばしたギーシュのワルキューレが槍と盾を構えて守るように立っている。
 そして森の先から響いてくる十数人の足音。悲鳴を聞きつけてやってきた水精霊騎士隊の少年たちと銃士隊の一行が追いついてきたのだ。一行は少女を介抱している隊員の周りを囲むと、盾のような陣形を組んだ。少女は口から泡を吹いているが、なんとか命に別状はなさそうだった。他の皆も、後から続々追いついてくる。
「ゲホッ、あ……だ、誰?」
「心配するな。もう大丈夫だ……皆、気をつけろ! そいつ、人間じゃない!」
「なに!?」
 恐怖感さえ混じった声での警告に、陣形を組んでいた水精霊騎士隊と銃士隊は、起き上がってきた大男の顔を見て絶句した。ここまで彼らは、獣か野盗にでも子供が襲われているのだろうと考えて駆けつけてきたのだが、目の前の相手がそんな生易しいものではないことに気づかされたのだ。明らかにまともな人間ではない男の狂相を見て思わずうろたえたギーシュが、隣でひきつった表情に変わっている銃士隊員に尋ねた。
「な、なんなんだいアレは! よ、酔っ払いじゃないよね?」
「屍人鬼(グール)だ。気をつけろ」
「グ、屍人鬼って……まさか吸血鬼の!」
「そうだ。吸血鬼に血を吸われた人間の成れの果てだ。くそっ、冗談じゃない。来るぞ!」
 吸血鬼に血を吸われた人間は普通はそのまま血を吸い尽くされて死亡するが、吸い尽くされなかった場合はより恐ろしいことになる。それが、殺害された人間の死体が吸血鬼の魔力で操られたモンスターである屍人鬼だ。これは一種のゾンビであるが、吸血鬼の忠実な操り人形であり、吸血鬼が狩りの道具として多用する。

171ウルトラ5番目の使い魔 28話 (10/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:25:15 ID:Aw.YRaq2
 つまりは、この近くに吸血鬼がいるということを意味し、一行が焦ったのもそのせいだった。しかし、今はともかくも襲い掛かってくる屍人鬼をなんとかするのが先だ。まずは銃士隊の数名が飛び出すと、数の優位を活かして左右から斬りかかった。
「いあぁぁぁっ!!」
 叫び声とともに、屍人鬼の男の右腕、左腕が切り裂かれる。だが、屍人鬼は獣のような叫び声とともに太い腕を振り回すと銃士隊員たちを振り払ってしまい、その壮絶な光景にギムリは唖然とした。
「あ、あいつは痛みを感じていないのか?」
「なにしてる! こいつの狙いはそっちだぞ」
 怒鳴られて、ギーシュたちははっとした。屍人鬼のターゲットは、この少女だ。当然のように、取り返そうと防壁を組んでいる水精霊騎士隊に向かってくるために、ギーシュたちは慌てて魔法を唱えた。
「ワ、ワルキューレ、あいつをやれ!」
 たちまち、ワルキューレが斬りかかり、他にも火や風の魔法が屍人鬼に殺到する。
 しかし、いくら狂相をしているとはいえ、相手も人間だということが必殺の気合を鈍らせた。数人がかりのメイジの攻撃だというのに突進を食い止めきれず、ギーシュの目の前まであっというまに迫ってくる。
「う、うわぁぁぁっ!」
「馬鹿者! なにをやっている!」
「し、しかし相手はにんげ……」
「一度屍人鬼にされてしまったら元に戻すことはできん。もう動く屍なんだ。倒す以外に手立てはない」
 銃士隊員は怒りとともに悲しみを交えた声で言った。屍人鬼は人間が操られているのではなく、人間の死体があたかも生きているように操られているだけなので救う方法がないのだ。吸血鬼の非道さを示す所業のひとつだが、わかっていても元は人間だったものを倒すのは気分のいいものではない。
 が、屍人鬼は体を焼かれ切り刻まれ、本当のゾンビのような姿になりながらも、まるでロボットのように前進をやめず、ひるむギーシュたちを突き飛ばして、少女を抱きかかえている隊員に迫った。
「おのれ化け物め!」
 彼女は少女をかばいつつ、片手で抜いた剣で屍人鬼を迎え撃った。しかし、屍人鬼の力は熊のように強く強化されており、いくら銃士隊員でも片手では食い止めきれない。
「ひ、ひぃっ」
「逃げろ、は、早くっ!」
 銃士隊員は、少女をかばいきれないと、自分が食い止めているあいだに早く逃げろとうながした。
 だが、腰が抜けている少女は立つことすらできない。そして、屍人鬼の血まみれの手が少女に延びた、まさにそのとき。

172ウルトラ5番目の使い魔 28話 (11/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:28:46 ID:Aw.YRaq2
「いやぁぁぁぁっ! おとうさん、おかあさーん!」
「『マジック・アロー!!』」
 突然、無数の魔力の矢が屍人鬼を貫き、蜂の巣にされた屍人鬼は吹き飛ばされて立ち木に叩きつけられた。
 今の魔法は、誰が!? マジック・アローは魔力そのものを凝縮して放つ高位の攻撃魔法、水精霊騎士隊の未熟な腕で放てるものではない。なら、まさか!
「ふ、副長……」
「……」
 そこには、心が折れて戦う力など残っていなかったはずのミシェルが、亡霊のようにうつむいたまま杖を握って立っていた。
 しかし、屍人鬼は人間ならば即死しているほどの傷を負いながらも、うなり声をあげてミシェルに襲い掛かってくる。危ない! という叫びが次々に響き、呪文の詠唱をする時間すらない。
 が、ミシェルは戦意を失っている人間とは思えないほどの早さで杖から剣に持ち替えると、鞘から抜いた勢いのまま上段に構え、そして。
「でぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーっ!」
 獣、いや、龍の咆哮のような叫び声とともに、ミシェルの剣は屍人鬼の頭頂部から足元までを切り裂いた。
 刹那……屍人鬼は左右に真っ二つに両断され、哀れな大男の死骸は、ただの冷めた肉の塊に戻って崩れ落ちたのである。
「す、すごい……」
 水精霊騎士隊も、銃士隊も、ただの一刀で大男の屍人鬼を倒してしまったミシェルの剣技に圧倒されていた。さすがは、アニエス隊長に次ぐ剣の達人……メイジとしての力にばかり目を奪われがちだが、剣士としての強さも一年前とは比べ物にならなかった。
 しかし、戦うだけの気力を無くしていたはずのミシェルがなぜ……? 皆が、そう思って戸惑っていると、ミシェルは剣に残った血を振って払うと鞘に収め、少女に歩み寄ると、かがんで話しかけた。
「大丈夫か?」
「え、あ……お、おねえさんは?」
「君の、おとうさんとおかあさんは?」
「え? あ、あ……あああっ!」
 そのとたん、少女は堰が切れたように泣き始めた。
「うあぁぁぁぁっ! 助けて、助けてっ。わたしの、わたしの村がっ! おとうさんとおかあさんたちがぁぁぁっ!」
「だいじょうぶ、だいじょうぶだから……」
 ミシェルは泣きじゃくる少女を抱きしめて、その背中をさすって優しく慰めていた。

173ウルトラ5番目の使い魔 28話 (12/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:30:12 ID:Aw.YRaq2
 だが、仲間たちは見ていた。家族を呼んで泣き続けている少女と同じように、ミシェルの目からも光るものが流れ落ちていることを。
 
 
 そして、屍人鬼を倒した彼らは、これがまだ始まりに過ぎないことを知ることになる。
 そのころ、ティファニアやモンモランシーたちは、悲鳴を聞きつけて飛び出していった水精霊騎士隊や銃士隊を見送って、街道に残り待っていた。
「皆さん、大丈夫でしょうか……?」
「心配いらないわよテファ。まったく、なにが危ないからここで待っていてくれよ、よ。かっこうつけちゃって」
 不安げなティファニアと、プリプリと怒っているモンモランシー。彼女たちは、駆けだして行ったギーシュたちを案じてはいたが、銃士隊もいっしょだしよほどのことがない限りは大丈夫だろうと考えていた。不安があるとしたら、調子が戻っていないミシェルくらいだけれど、彼女もプロの軍人なのだし滅多なことはないだろう。
 相手は山賊だかなんだか知らないけれど、十人ばかりのメイジがいれば大抵は恐れをなして逃げ出す。モンモランシーたちはギーシュたちの無傷の帰りをほとんど疑っておらず、いっしょにいるルクシャナも、つまらなさそうに彼らの帰りをぼおっとしながら待っていた。
 当然、警戒心が散漫になり、わずかに注意を払う方向も、ギーシュたちの向かった小道の先だけになる。
 ところがこのとき、油断する彼女たちの背後から忍び寄ってくる人影があったのだ。しかし、彼女たちがそれに気づいたときには、すでに手遅れになっていた。
 
「きゃあぁぁぁぁっ!」
「今の声は、モンモランシー!?」
 
 ギーシュが叫び、水精霊騎士隊は血相を変えて元来た道を引き返した。
 全力で走り、森から飛び出して街道へ出る。そこには、モンモランシーとルクシャナが道の真ん中に倒れていた。ギーシュはすぐにモンモランシーに駆け寄って抱き起こして呼びかけた。
「モンモランシー! 大丈夫かい! モンモランシー、ぼくのモンモランシー!」
「う、ううん……ギーシュ? はっ、いけない! ギーシュ、大変よ。ティファニアが、テファがさらわれちゃったのよ!」
 水精霊騎士隊に激震が走り、後から追いついてきた銃士隊も事の次第を知って愕然とした。
 これは、罠だ。あの屍人鬼は、最初から水精霊騎士隊と銃士隊をおびき寄せて、ティファニアを奪うための囮だったのだ。
 犯人は……疑う余地もない。ロマリアの手のものに違いない。でなければ、ティファニアひとりだけをさらっていくわけがない。
 それに……と、一行はつばを飲み込んだ。自分たちも、このまま見逃されるとは思えない。きっと、誰一人としてこの森から出すつもりはないだろう。
 
 暗い森の中で、姿も見えない吸血鬼を敵にして、水精霊騎士隊と銃士隊に大きな試練が立ちはだかろうとしていた。
 
 
 続く

174ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:47:38 ID:Aw.YRaq2
今回は以上です。前回までのキュルケ編に続いて、今回から吸血鬼編のスタートです
この話はずっと前から暖めていましたが、満を持しての本俸投入です。トリステインを目指す水精霊騎士隊と銃士隊に立ちふさがる凶悪な敵を前にした戦いを、これから描いていきたと思います

そして、ゼロの使い魔の本編の再開というめでたい話がついに来ましたね。自分も興奮して、書く手が一気に延びてしまいました
以前のような週一のハイペースは無理だと思いますが、未来に希望が見えてきた以上、張り切って投下ペースを上げていこうと思います
なににしても、天国のヤマグチノボル先生、プロットを残していてくれてありがとうございます

175名無しさん:2015/07/01(水) 22:44:12 ID:AOcZqk3o

ティファニアたちはどうこの危機を乗り越えるのか
原作もこちらも完結目指して頑張ってください

176ウルトラ5番目の使い魔  ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:15:35 ID:KxOFlp2.
皆さんこんにちは、ウルトラ5番目の使い魔、29話の投稿準備ができましたので投下開始します

177ウルトラ5番目の使い魔 29話 (1/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:17:29 ID:KxOFlp2.
 第29話
 サビエラ村の惨劇
 
 巨蝶 モルフォ蝶 登場!
 
 
「思い出したわ。エルザ、あなたがわたしをさらうために、わたしの仲間たちを誘い出して罠にはめたのね」
「そうよ。お姉ちゃんのお仲間たちは、みんなお人よしだって聞いていたから必ずひっかかると思ってね。まあ、屍人鬼を一匹つぶしちゃったけど、たいしたことないわ。代わりは、いくらだっているからね」
 ティファニアとエルザ、囚われた者と捕らえた者。立場を異にするふたりが、遠見の鏡を前にして成り行きを見守り続けていた。
 鏡には、エルザの仕掛けた罠にはまって苦しんでいる仲間たちの姿が映っている。ティファニアはその様子を苦悩して見ていたが、得意げに自分をさらった手際のよさを語るエルザをきっと睨み付けた。
「わたし一人を捕まえるためだけに、なんの関係もない人を屍人鬼にして、わたしの仲間に倒させるなんて。なんてひどい」
「ひどい? うふふ、わかってないなあ。屍人鬼はもう人間じゃないの。私がお腹を満たした後の絞り粕の再利用。どうせ生きていたところで、適当に歳を取って死ぬだけのでくの坊さんが、私のご飯になれた上にオモチャにもなれたんだから、むしろ光栄と思ってほしいなあ」
 ティファニアの弾劾にも、エルザは余裕を崩さずに冷酷な笑いを続けた。
 あのとき、水精霊騎士隊と銃士隊が屍人鬼を倒している隙に、仲間たちと引き離されて無防備になったティファニアを別の屍人鬼が襲い、まんまとさらわれてしまったのだ。
 吸血鬼は、人間を食料としてしか見ていない。その命を奪うことには何の躊躇も見せないし、死者の魂を冒涜するに等しい屍人鬼の使用も当たり前に行う。
「エルザ、あなたの狙いは私でしょう? 関係ない人たちを巻き込むのはやめて」
「それはダメだよぉ。お姉ちゃんの身柄は無事に、ほかの人間たちは皆殺しがロマリアのお兄ちゃんとの契約なの」
「ロマリア……くっ」
「うふふ、お姉ちゃん、私が憎い? 人間は私たちを妖魔と呼ぶよね。別にいいよ? 人間なんて、私たち美しい夜の種族からしたら、たいした力もないしすぐに死ぬつまらない生き物なんだもの。そんなのが楽しそうにしてると、私とってもムカムカするんだ。いじめたくなるんだよ」
 嗜虐的な笑みを浮かべると、エルザは座っていたベッドから立ち上がり、床に転がっていた村人の娘のミイラを枯れ葉のように踏み潰した。
「人間なんて大っキライ。数が多いだけで、バカで弱っちくて。けど、人間たちは一日の半分を太陽に守られているから私たちは敵わなかった」

178ウルトラ5番目の使い魔 29話 (2/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:21:39 ID:KxOFlp2.
「吸血鬼は、お日様の下では生きられない……」
「ええ、私たち吸血鬼は夜の種族。太陽の光は、私たちの体を焼いてしまう。だけど、ロマリアの教皇さまは救世主だったのよ。そして私に言われたわ。我々の同志となってくれるのなら、永遠の夜をプレゼントしてくれるってね。アハハハ」
 愉快そうに笑うエルザを見て、ティファニアは納得した。吸血鬼の唯一にして最大の弱点が太陽であるが、現在空は無数の昆虫が雲を作って日差しをさえぎっているために昼でも暗い。まさしく、吸血鬼にとってはユートピアに等しい。
 太陽のない世界の吸血鬼は完全無欠と言っていい。好きなように人間を蹂躙できるだろう。エルザは楽しそうな笑いを続けたまま、ティファニアの隣に無防備に座り込むと、劇場でお気に入りの英雄譚が始まるのを待ちわびる子供のように遠見の鏡を覗き込んだ。
「さあお姉ちゃん、時間はたっぷりあるからいっしょに見よう。お姉ちゃんのお友達が、モルフォの毒鱗粉にやられてダメになっていく姿をね? くふふふふ」
「エルザ……みんな、逃げて、逃げて……」
「あら? そんなこと言ったらかわいそうだよ。あの人たち、みんなお姉ちゃんを助けるために涙ぐましくやってきたんだから」
 エルザはティファニアにじゃれるようにしながら、自分が見てきた彼らのこれまでを語り始めた。ティファニアは自分の無力をかみ締めながら、この無邪気な殺人鬼の言葉を聞くしかなかった。
 
 
「本当はね、あの人たちがお姉ちゃんを見捨てて逃げられたらちょっとやっかいだったの。けど、そうならないように工夫しておいたんだ。なんだと思う? うふふふ」
 
 ここで時系列を少し戻し、ティファニアがさらわれて、ギーシュたちが駆けつけてきた直後へと返る。
 モンモランシーからティファニアがさらわれたことを聞き、慌てて追いかけようとした水精霊騎士隊の一同であったが、飛び出していこうとしたところを銃士隊に止められた。
「待て! 今から追いかけても森の中では追いつけん。追うだけムダだ!」
「なんですって! ちぃっ、それでも誇り高いトリステインの騎士ですか。ティファニアさんの危機です。僕らは行きますよ」
「バカ者! 土地勘のない人間が森に入ってなにができる。迷子になったところを吸血鬼に襲われたらどうする? 冷静になれ!」
 一時は頭に血が上り、血気にはやったギムリたちであったが、その一喝と、吸血鬼という単語に思いとどまった。
 悔しいが、屍人鬼にすらあれだけ苦戦したのに、水精霊騎士隊だけで吸血鬼なんてものに対抗できるとは思えない。仕方なしに、彼らはひとまずモンモランシーとルクシャナを介抱することにした。
「大丈夫かいモンモランシー、どこも怪我はないかい?」
「ええ、ギーシュ、心配いらないわ。ちょっと、殴り飛ばされて痛かっただけよ」
「よかった。いったい何があったんだい? 詳しく教えてくれないか」
「何って言われても、突然のことで……急に後ろから、目をギラつかせた男たちが襲ってきて、気がついたらわたしとルクシャナは殴り倒されて、ティファニアがさらわれてて。ごめんなさい、わたしたちが油断していたせいだわ」
 君のせいじゃないさ、とギーシュはモンモランシーを慰めた。ルクシャナは、レイナールたちが介抱しているが、あちらもどうやら殴られただけですんだらしい。

179ウルトラ5番目の使い魔 29話 (3/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:22:50 ID:KxOFlp2.
 不幸中の幸いは、モンモンシーとルクシャナだけでも助かったことか。しかし……ギーシュはぎりりと歯軋りをした。
「くそっ、屍人鬼は複数いたのか」
 だが、地団太を踏むギーシュたちと違って、銃士隊員たちは怪訝な表情を見せた。
「屍人鬼が複数いた? いや、そんなはずがあるわけは……」
「どういうことですか?」
「いや、まだはっきりしたわけじゃない。その前に、彼女の話を聞いてみようか」
 と、そこでギーシュたちは、街道のわき道からミシェルに付き添われて、先ほど屍人鬼に襲われていたあの少女がやってきたのを見た。確かに、今からティファニアを追っても手遅れな以上、手がかりはこの少女しかいない。
 自然と、全員の視線が少女に集中した。だが、それらの視線が怖かったのだろう。少女はミシェルの胸に顔をうずめて、かむっていた赤い頭巾をおさえて震えている。無理もない、たった十二歳ばかりの少女にとって、怪物に殺されかけたショックはもとより、こんな大勢の騎士や貴族に囲まれるなど心が持たなくて当然だろう。
 怯える少女を、ミシェルは無言のままで優しく抱いている。その姿はまるで母親のようにも見えたが、重く沈んだ表情からは彼女がなにを考えているのかを読み取ることはできなかった。
 このまま、少女が落ち着くのを待つべきか。いや、事は一刻を争うかもしれないのだ。しかし、ギムリやレイナール、ミシェル以外の銃士隊員が話しかけても少女は怯えるばかりで、モンモランシーも努めて優しく話しかけたのだが要領を得なかったので、モンモランシーは仕方なくギーシュをうながした。
「こうなったら方法はこれだけね。ギーシュ、あなたの出番よ」
「へ? ぼくが」
「そうよ。いつもレディの扱いはどうのって自慢ばかりしてるじゃない。手並みを見せてみなさいよ」
「い、いや、幼女はちょっと専門外なんだけど……」
「ぐずぐず言わない! あなたの特技なんて、こんな時くらいしか役に立たないんだからね。今回だけはわたしも見逃すから、テファの無事がかかってるのよ!」
「わ、わかったわかったわかったから!!」
 さっさとやるか魔法を食らうかどっちがいいかとモンモランシーに詰め寄られ、ギーシュはしぶしぶながら少女の隣に行って、彼女の視線にかがんで顔を覗き込んだ。
「こ、こんにちは。ミ・レイディ」
「……っ!」
 少女は少しだけギーシュの顔を見たが、すぐに頭巾をかむって視線をそらしてしまった。
 ギーシュでもダメか……皆に落胆の空気が流れかけた。だが、それでギーシュのプライドに火がついた。

180ウルトラ5番目の使い魔 29話 (4/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:24:01 ID:KxOFlp2.
”ギーシュでもダメ? 冗談じゃない。グラモンの男子に女性からの撤退などあってはならないのだ”
 それに……こんなに怯えている女の子を見てそっぽを向いては、男としても人間としてもすたる。ギーシュは足元に落ちていた小枝を拾うと、片手に杖を持って少女の前にかざして見せた。
「ねえ君、ちょっとこれを見てくれるかな?」
「……ん?」
「イル・アース・デル……それっ」
 ギーシュが呪文を唱えて合図すると、ただの小枝がポンっと鳴って小ぶりなバラの造花に変わった。
「わあっ」
 少女は驚いたようであったが、興味深そうにギーシュの作ったバラを見ている。ギーシュの錬金の実力では、ものを作っても原色のままで、ワルキューレもブロンズの地肌そのままをしていたが、そのバラは手のひらサイズなおかげか彩色もされていて、本物のバラそっくりな美しさをしていた。
「気に入ったかい? ミ・レイディ」
「うん……」
 少女はこくりと小さくうなづいた。すると、ギーシュは「君にプレゼントするよ」と言って、バラを少女に手渡した。すると、少女はぱあっと笑顔を浮かべてバラを受け取った。
 ギーシュはちらりと皆を振り返り、「どんなもんだい」とでも言うように片目をつぶってみせた。むろん、皆が感心したのは言うまでもない。
「気に入ってもらえたようでうれしいよ。花も、君のような可愛いレディにもらわれて喜んでいるだろう」
「うん……おにいちゃん、あり、がと……」
「ぼくの名はギーシュ・ド・グラモン。以後、お見知りおきを。小さなレディ、君の名前を教えてくれるかな?」
 ギーシュがきざったらしく会釈しながら尋ねると、少女は少し迷ったそぶりをしてから、小さな声でおずおずと答えた。
「アリス……」
「ミス・アリスか、いい名前だ。君はまるで、その髪の色と同じ野菊のような可憐なレディだね」
「ん、うん。ありがと……ギーシュおにいちゃん」
 自信たっぷりに褒めちぎるギーシュに、アリスは顔を真っ赤にして照れていた。
 さすがギーシュ、女たらしの腕は子供相手でも健在であったかと皆は呆れながらも、少女の心を開かせてしまった手際には感心していた。しかし、このままギーシュに調子に乗らせていたら子供相手に行ってはいけない領域にまで踏み込みそうだったので、モンモランシーはわざと聞こえるように咳払いしてギーシュにそのへんにしておけと促した。
「う、うん、わかったよモンモランシー……ごほん、それでミス・アリス。君はさっき、屍人鬼に襲われていたけど、いったい君や君の村になにがあったんだい?」
 すると、アリスはまたびくりとすると、まるで思い出したくないものをこらえるようにうつむいてしまった。しかしギーシュは、アリスの恐怖心をほぐすように優しさをつとめて呼びかけ続けた。

181ウルトラ5番目の使い魔 29話 (5/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:25:02 ID:KxOFlp2.
「よほど怖い思いをしたんだね。でも大丈夫、ここにいるのはみんな君の味方だから安心してくれていいよ。ぼくたちはね、悪い奴をやっつけるために旅をしてるんだ。必ず、君の力になってあげるから、ね」
 アリスは迷った様子だったが、すがるように抱きつき続けていたミシェルの顔を見上げた。すると、ミシェルは口元に笑みを浮かべると、アリスに優しくうなづきかけた。
「大丈夫、わたしたちにすべて話してみて」
「……はい」
 決心した様子で、アリスはギーシュや皆に向き直って話し始めた。
「お願い、助けて……助けてください。わたしの、わたしの村が吸血鬼に……」
 それは、思い出すのもおぞましい記憶だった。
 
 
 サビエラ村、それがアリスの住んでいた村の名前である。
 ガリアの首都リュティスから南東に五百リーグ程度に位置し、山と森に囲まれた人口三百五十人ほどの、取り立てて何もない辺境の寒村であった。
 アリスはこの村の農家の娘で、つい最近まで村は貧しいながらも平和に過ごしてきた。
 だが、ある日のこと、森に狩猟に出かけた男たちが一日経っても戻らないということが起きた。さらに、探しに出た男たちも、さらにその後に探しに出た男たちも帰ってこないということになり、村はパニックに包まれた。
”いったい何が? 森に化け物が住み着いたに違いない! このままじゃ村も危ないぞ”
 ハルケギニアの人間にとって、人食いの怪物というのは身近な脅威であるだけに、村人の危機意識は強かった。相手はオーク? トロル? それともコボルド? それはわからなくても、大挙して襲われたらサビエラ村程度の村落が全滅するのは目に見えていた。
 すぐさま、村長を中心に村の人々で相談が行われ、ふもとの町から王政府に向けて救援を呼ぶことになった。
 数人の若者がその使者に選ばれ、彼らは村中の期待を一身に背負って出発した。
 しかし、それから半日後……村に、若者のひとりが恐怖に顔を引きつらせて帰ってきた。一体何があった? 他のみんなはどうしたのかと問いかける村人たちに、その若者は震えながら答えたのである。
「みんな、みんなやられた。村を出てしばらくして、急になにかが襲ってきたと思ったら、俺は気を失っていた。だけど、目を覚ましたときに見たんだ。血の海の中で、目を光らせて、獣みたいな牙をむき出しにして笑ってる化け物を! あれは噂に聞く吸血鬼に違いねえ! しかも、あの顔は村はずれのアレキサンドルだった。あいつが吸血鬼だったんだよ!」
 彼のその言葉で、村の人間たちの怒りに火がついた。
 アレキサンドルというのは、一年と少し前にこのサビエラ村に越して来た老占い師の息子のことである。老いた母親の静養のため、とのことらしいが、よそ者には冷たいのがこうした寒村の常であり、当初は無理に追い出されこそはしなかったが村八分的な扱いを受けていた。ただ最近では、特に問題を起こすこともなく、ぼんやりした見た目をしていることもあって人畜無害な男として村人たちも気を緩めていた。なのに。

182ウルトラ5番目の使い魔 29話 (6/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:25:58 ID:KxOFlp2.
「あいつ、これまで俺たちを油断させていたんだな。畜生、許さねえ!」
 村人たちは激昂し、吸血鬼アレキサンドルをやっつけろと口々に息巻いた。
 しかし、相手は吸血鬼である。村中の男が総出で退治をおこなうことになり、女性たちはその間、村で一番の高台にある村長の屋敷に避難しておくことになった。
 もちろん、アリスもそこにいて、山刀を持って出かけていく父親を見送っていた。
「お父さん、行っちゃいやだよ。吸血鬼って、なんでアレキサンドルさんをやっつけに行くの? どうして」
「アリス、いい子だから村長さんの家でおとなしく待っていておくれ。アレキサンドルは、人間に化けて血を吸いに来た怪物だったんだ。必ずお父さんたちが退治してきてやるから、少しの辛抱だよ」
 そう言い残し、アリスの父親は村人たちと出かけていった。
 村人たちは手に手に武器を持ち、すきやクワを持った者から槍や弓矢を携えた者までいた。村中の男集、二百人近い人数がたったひとりの男を狩るために向かったのである。これだけの人数がいれば、たとえ相手が吸血鬼でも負けはしないと誰もが思っていたはずだ。
 だが、これが吸血鬼の張った罠だということに、村人たちは気づいていなかった。
 それから数時間後、大挙してアレキサンドルの家を襲った村人たちは、女たちの待つ村長の屋敷へと戻ってきた。全員が屍人鬼に変えられて。
「お、お父さん……」
「あ、あなた、どうしちゃったの……」
 夫や父、恋人の帰りを待っていた女たちは、彼らの変わり果てた姿を見て愕然とするしかなかった。
 罠……すなわち、アレキサンドルの家を取り囲んだ男たちは、火を放ってアレキサンドルの家を彼の母親の老婆ごと焼くことには成功した。しかし、そこに四方からこれまで森で行方不明になっていた男たちや、使者として出されて帰ってこなかった男たちが屍人鬼になって襲い掛かってきて、ふいを打たれた村人たちはことごとく血を吸われ、血を吸われた人間もまた屍人鬼になって村人を襲い、男たちは全滅したのであった。
 そして、屍人鬼と化した男たちに村長の屋敷は包囲され、女たちも逃げる間もなく捕らえられた。使者の若者がひとりだけ村に逃げ帰れて、アレキサンドルのことを報告できたことも、吸血鬼が村人を一網打尽にするために仕掛けた罠だったのだ。
 村の男たちは全員が屍人鬼にされ、女たちは捕らえられた。しかも、それだけでは終わらなかった。捕まった女たちも、アリスのような少女から比較的若い娘だけを残して、あとは屍人鬼に変えられてしまったのである。
「あなた、あなたやめて! やめて!」
「お父さんやめて! お母さん! お母さん! いやぁぁーっ!」
 目の前で屍人鬼になった父が母の血を吸い、屍人鬼に変えていく様を見せ付けられたアリスや少女たちは気が狂わんばかりに泣き叫ぶしかできなかった。
 地獄のような時間が過ぎ、サビエラ村の住人は六十人ばかりの女性を残して屍人鬼へと変えられてしまった。そして、吸血鬼はついに村人たちの前にその正体を現したのである。

183ウルトラ5番目の使い魔 29話 (7/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:26:48 ID:KxOFlp2.
「うーん、やっと終わったぁ。まったく、めんどくさかったけど、この村の人たちってバカばっかりだったから助かったなあ。けど、これでこの村は私のものだね」
「え、エルザちゃん? あなた、なにを言ってるの?」
「んー? ああ、アリスおねえちゃんはまだわからないの。みんなが探してる吸血鬼はね、この私、エルザなんだよ。ほぉら、ね?」
 突然、人質の中から立ち上がり、鋭い牙を見せ付けて吸血鬼の正体を明かしたのは、村長の家で養女として育てられていたエルザであった。
 エルザは二年ほど前に、両親を亡くして放浪していたところを村長に拾われたという少女だった。よその人間を村に入れることに対しても、たった五歳くらいの幼女であるし、若くして子や連れ合いを亡くして家族のいない村長に気を使って、村人たちも気にかけず、最近は体が弱いそうなので家の中だけではあるが村の子供たちとも遊ぶようになり、大人たちもそんな彼女を可愛がるようになってきていた。そのエルザが吸血鬼だったのだ。
 本性を現したエルザは屍人鬼たちを操り、女たちを村長の屋敷に閉じ込めた。屋敷の周りは常に屍人鬼たちが見張り、逃げ出すことはできない。そして、ときおり女たちのなかからひとりずつ連れ出されていき、二度と戻ってくることはなかった。
 逐殺場の豚のように、檻の中で飼われて吸血鬼に食われるのを待つだけかと誰もが絶望していた。
 ところがである。あるときふと、村長の屋敷の壁の一部に痛んで穴が空くようになっているところが見つかり、見張りの屍人鬼も少なくなっているのが見受けられた。
 今なら逃げ出せる。しかし、壁の穴は小さくて子供しか潜れないし、屍人鬼の目をごまかして逃げ隠れするのも大人では無理だ。穴を潜り抜けられて、かつ遠くまで走れるだけの体力を持っているのは、子供たちの中でもアリスしかいなかった。
「アリスちゃん、ふもとの町まで行って、お役人さんにサビエラ村が吸血鬼に襲われたって知らせるの。そうしたら、きっと王国の軍隊が来てくれるわ。ごめんなさい、つらいだろうけど、あなたしか頼れる人がいないの。がんばれる?」
「うん、みんな待ってて。わたし、がんばってみる。だから、待っててね」
 こうしてアリスはひとりで村を抜け出し、助けを呼ぶためにひたすら走ってきた。しかし、途中で追いかけてきたアレキサンドルの屍人鬼に捕まって、そこへ一行が駆けつけてきたというのがこれまでのいきさつであった。
 
「お願い、助けて、助けてください、わたし、もう……うわぁぁぁっ」
 そこまでを話したところで、アリスはもう耐えられないとばかりにまた泣き出してしまった。
 無理もない。たった十二歳の少女が体験するにしては過酷過ぎる。ここまで話してくれただけでたいしたものだ。アリスはミシェルの腕に抱かれて泣き、一行の心に怒りの炎が灯る。とにかくこれで、敵の正体がわかった。
「なるほどつまり、そのエルザって吸血鬼が黒幕なわけだな。だが、五歳くらいの子供が吸血鬼なんて」
「吸血鬼の寿命は亜人の中でもかなり長い。見た目が子供でも、人間の年齢では老人くらいに歳を重ねていることなどざらだ。覚えておけ」
「なるほど、見た目が子供なら人間は油断しますしね。それにしてもひどいことを、まるで悪魔のような奴だ」
 ギムリが憤慨したようにつぶやき、水精霊騎士隊の仲間たちも同感だというふうにうなづいた。
 だが、感情に逸る少年たちとは反対に、銃士隊の仲間たちは納得できないというふうに考え込んでいた。

184ウルトラ5番目の使い魔 29話 (8/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:28:08 ID:KxOFlp2.
「村全部が屍人鬼に、だと? そんな馬鹿な」
「馬鹿なって、どういうことですか?」
 苦渋の表情を浮かべている銃士隊員に、レイナールが問いかけた。一般的に吸血鬼に対する知識はあまりなく、専門的なことは秀才のレイナールも知らないが、遊撃部隊に近い銃士隊は幻獣退治もするので亜人全般に知識があるのだ。
「さっきも言ったが、屍人鬼が複数体いるという時点でおかしいのだ。なぜなら、吸血鬼は血を吸った人間を『一人しか』屍人鬼にして操ることはできない。屍人鬼をふたり以上操っているなんてあるはずがないんだ」
「えっ! でも、しかし」
「確かに例外はある。吸血鬼が徒党を組んでいれば屍人鬼が複数いることもあるし、屍人鬼を次々に乗り換えることで複数いるように見せかける手もある。しかし、トリックを使っているにしては多すぎる。それに、屍人鬼に噛まれた人間までが屍人鬼になるなんて聞いたことがない」
 ありうるはずがないのだと彼女は断言した。それに怒ったのはギーシュである。
「ちょっと待ちたまえよ。それじゃ、まるでミス・アリスが嘘をついているというのかね?」
「そんなことは言ってない。ただ、吸血鬼の常識とあまりにかけ離れていると言っているのだ。それでも、アリスを襲っていたのは間違いなく屍人鬼だった。敵が吸血鬼なのは間違いないが、仮にそのエルザという娘が吸血鬼だとしても、ただの吸血鬼だとは思えない」
 吸血鬼は恐ろしい妖魔だが、できることは限られている。村ひとつを丸ごと乗っ取るなんて真似ができるような力があるはずはないのだ。
 ところが、そのとき別の銃士隊員が厳しい表情で現れた。
「いえ、ひとつだけ全部のつじつまが合う答えがありますよ。それはアリス、その娘こそが吸血鬼だってことです!」
 きっと鋭い目でアリスを睨み付け、アリスは怯えて震えだした。それを見て、ギーシュが慌てて叫ぶ。
「お、おい君! 突然なにを言い出すんだね」
「なんだも何も、さっきまでの話も、屍人鬼に襲われていたのも自作自演だったってことよ。そうしておいて、まずはティファニアをさらっておいて、吸血鬼本人は被害者を演じながら隙を見て我々を食っていけばいい。それだけなら本物の屍人鬼のほかに、薬で操った人間を数人使うだけで済むわよね」
「そ、そんな……アリスは、吸血鬼なんかじゃないよ」
「どうかな? 吸血鬼は人間に完璧に化けられるのが特徴よ。牙さえ隠しておける。なにより、そうして人間の油断を誘うのが常套手段」
 その隊員は完全にアリスを疑っていた。しかも、彼女の仮説には無視できない説得力があったので、銃士隊員の中には賛同する者も現れ、アリスをかばいたい側もうまく言い返すことができなかった。
 アリスはミシェルの腕の中で歯を鳴らして震えている。このままでは、ティファニア以前にアリスをどうするかで一行が真っ二つに割れてしまう。まずい……と、思われかけたときだった。
「はいはい、あなたたちそのへんにしておきなさい。現実主義もいいけど、そう断言するものじゃないわ」
 両者のあいだに割って入ってきたのはルクシャナだった。これまでじっと成り行きを見守っていたのだが、突然出てきた彼女は殺気立っている銃士隊員の前に立って言った。

185ウルトラ5番目の使い魔 29話 (9/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:29:31 ID:KxOFlp2.
「確証もないのに、推測だけで人を吸血鬼よばわりはわたしから見てもちょっとひどかったわよ。それだけ言って、もしアリスが吸血鬼じゃなかったらどうする気よ?」
「あなたは吸血鬼の恐ろしさを知らないからのんきなことが言えるのよ。奴らは本当に恐ろしい。我々銃士隊が正式に結成される前の傭兵集団だったころ、一度だけ吸血鬼と戦ったことがあるけど、十人以上の村人を殺したそいつの正体は盲目の少年だったわ。正体をあばきだすまでに、こっちの仲間も三人もが犠牲になって、かろうじて朝が来たから討伐できたようなものなのよ!」
「そうね、気持ちはわかるわ。でも、わたしは学者でね。人が間違った答えを口にしてると我慢できなくなる性分なのよ。ここはわたしに任せなさい、吸血鬼がいくらうまく化けても、絶対に隠せないものはあるのよ」
 そう一方的に宣言すると、ルクシャナはアリスの下に歩み寄り、怯える彼女の肩に手を置いた。
「ひっ!」
「大丈夫、わたしはあなたの味方よ。あのわからずやのお姉さんたちをぎゃふんと言わせるから、少しだけじっとしてて。心配しないで、すぐ終わるから」
「う、うん」
「いい子ね。では、この者の体内を流れる水の息吹よ。我に、そのあるべき姿を示せ……」
 ルクシャナが呪文を唱えると、彼女の手がわずかに光ったように見えた。そしてルクシャナは少しのあいだ、何かを確認するようにうなづいていたが、おもむろに立ち上がると自信を込めて言った。
「アリスは間違いなく人間よ。吸血鬼でも屍人鬼でもないわ」
「待て! いったい何をしたの。私たちにはわけがわからないわよ」
「あら、単純なことよ。アリスの体の中の水の流れを確認してみたの。吸血鬼がいくら人間に化けてもしょせんは別種の生き物。人間の目はごまかせても、わたしたちエルフの、もっと言えば精霊の目をごまかすことはできないわ」
 アリスの体内の水の流れは、間違いなく生きた人間のものだと断言したルクシャナの眼光の強さは銃士隊員をもたじろがせた。そして、自分たちが間違っていたことを、隊員たちは認めざるを得なかった。
「も、申し訳ない。私が軽率だったわ」
「わたしはいいわよ。そんなことより、あなたたちはもっと別に謝らなきゃいけない人がいるんじゃないの?」
 ルクシャナはあっさりと引き下がり、隊員たちの前にはアリスがぽつんと残された。目と目が合い、先ほどまでアリスを疑っていた隊員たちは一瞬迷ったような表情を見せた。だが、彼女たちは一瞬だけ呼吸を整えると、すぐにぐっと頭を下げたのだ。
「う、ごめんなさい。あなたのことを吸血鬼だなんて疑ってしまって。なんというか……許してほしい!」
「え? あ、ええっと」
 大の大人に頭を下げられてアリスは戸惑うばかりだ。けれど、そんな彼女に、モンモランシーが明るく告げた。
「ごめんね、このお姉ちゃんたち、真面目すぎるのが玉に瑕なの。でも、本気で悪い奴をやっつけようとしてるだけで、悪い人じゃあないの。許してあげて」
「う、うん。おねえちゃんたち、わたしは怒ってないよ。だから……」
「……ありがとう」
 過ちを正すにはばかる事なかれ。悪いことをしてしまったら、償う気持ちと態度を表すのを惜しんではいけない。銃士隊の隊員たちは、その心得を騎士道としてきちんと心の中に持っていた。

186ウルトラ5番目の使い魔 29話 (10/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:30:30 ID:KxOFlp2.
 そして、それだけではなく、アリスが彼女たちを許したことで、アリスは隊員たちを罪悪感に蝕まれることから救っていた。
 人は罪を犯す。しかしそれを重荷として引きずっていくのはつまらないことだ。罪を犯せば償い、それで許すことできりをつけ、どちらも清清しく前へ進むことが出来る。たった、それだけでいいのだ。
 隊員たちとアリスは手を取り合い、互いに笑顔を向けた。
 だが、これでアリスの話が本当だと証明されて、敵が単なる吸血鬼ではないことがはっきりした。そこで新しく推理する必要が出てくる。とはいえ、あまり難しく考えるまでもなかった。このメンバーの中で、ティファニアだけがさらわれたことからつながって、どんな非常識なことでもやりかねない相手となれば、おのずと集約される。
「ガリアのジョゼフ、ないしロマリアの教皇か……」
 レイナールが眼鏡の奥の目に自信を宿らせて言った推理に、異論を挟む者はいなかった。非常識さといえばヤプールが一番にいるが、ヤプールにはティファニアを狙う理由がない。
 と、なれば後は裏づけだが、これも難しくはなかった。
「ミス・アリス、吸血鬼騒ぎが起きるより前に、村にガリアかロマリアの偉そうな人が来たりとかはしなかったかい?」
「うん、あるよ! 前に、ロマリアの神官だって人が村長さんを尋ねてきたの」
「それがどういう人だったか、覚えてるかい?」
「えっとね、金髪のすごくかっこいいお兄ちゃんだったよ。みんなの間ですごく噂になったし、目の色が左と右で違ってたから、よく覚えてる!」
「やっぱりそうか……」
「ジュリオだ、間違いない」
 ギーシュやギムリは苦い顔をした。そんな容姿の神官など、ハルケギニアでも二人といまい。脳裏に、あの人を馬鹿にしたニヤケ面が浮かんでくる。
 しかし答えは決まった。吸血鬼の後ろには、ロマリアが糸を引いている。
 とうとう来たか、と一行は息を呑んだ。このまますんなりトリステインに戻れるほど甘くはないだろうと思っていたが、まさかこんな方法でやってくるとは誰も想像もしていなかった。
「これはぼくたちを狙った罠だね」
 レイナールの言葉に、一同はうなづき、ギーシュも同意した。
「ああ、ここまで来たらぼくにだって敵の考えがわかるよ。囮を使って、まずはティファニアを無傷でさらう。それから、取り返そうとぼくらが追いかけてきたところで、屍人鬼にした村人を使って皆殺し。そんなところだろうね」
「ギーシュに見破られるようじゃ、たいした作戦じゃないな。しかし悪辣ではあるね。これでぼくたちは選択を強いられるわけだ。ティファニアを見捨てて先へ進むか、それとも罠だとわかっている中へ飛び込んでいくか」
 ここで突きつけられた困難な二択は、簡単に答えが出せるものではなかった。これまでに何度も危機を潜ってきた水精霊騎士隊であるが、つい先日に才人とルイズを失ったばかりだというのに、ここでティファニアまでを失えというのか。
「騎士は友を見捨てない。女王陛下から杖を預かった我らトリステイン貴族が、おめおめと敵に背を向けるなんて名折れだ」
 ギーシュはそう気を吐く、しかし銃士隊は冷静だった。
「だったら親切に罠の中に飛び込んでいって全滅するか? アリスの話を忘れたか。吸血鬼は三百人近い屍人鬼を従えている。一匹でもあれだけ苦戦したというのに、勝ち目などあると思うか」

187ウルトラ5番目の使い魔 29話 (11/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:32:02 ID:KxOFlp2.
「わかっているよ、ぼくも言ってみただけさ。だけど、それじゃティファニアを見捨てろってのかい?」
「そうは言っていない。しかし、ロマリアはティファニアを無傷で手に入れたいはずだから命をとったりはすまい。だが我々がここで全滅してしまったら、誰がトリステインに事の次第を伝えるというんだ」
「う……」
「それと言っておくが、お前たちだけで救出に向かうというのもなしだ。ただでさえ少ない戦力で、さらに人数を半分にしてしまったら、それこそ全滅する」
 返す言葉がなかった。ティファニアは最悪、ロマリアに連れて行かれた後でも取り返すチャンスはあるかもしれない。だがここで、三百の屍人鬼が待つ村に飛び込んでいったら、待っているのは間違いなく全滅だ。
 悔しいが、現実的な判断では銃士隊のほうが一歩も二歩も先を行っていた。彼女たちは、厳しい視線で言う。
「戦場では、勝利のためにあえて味方を見捨てねばならんときもある。どのみち、お前たちも将来軍人になるのなら避けて通れない道だ。今のうちに慣れておいたほうがいい」
 ぐうの音も出なかった。相手はハルケギニア最悪の妖魔である吸血鬼に、村いっぱいの屍人鬼の群れ。しかも吸血鬼の背後には、得体の知れないロマリアの力が加わっている。
 対して、こちらの戦力は剣士と半人前のメイジを合わせて二十人そこそこ、比較にすらなっていない。
「ティファニアを見捨てる……それしかないのか」
 ギムリが口惜しげにつぶやいた。残念だが、どう勘定しても戦力がなさすぎる。せめて才人とルイズがいれば……と、思ったときである。アリスの、か細く消え入りそうな声が流れた。
「おにいちゃんたち、行っちゃうの……? サビエラ村は、村のみんなはどうなっちゃうの……」
 はっとして、一同はお互いの顔を見合った。
 そうだった。アリスは、外の誰かに助けを求めるために、たったひとりで逃げ出してきたのだった。ここで一行が立ち去れば、吸血鬼は残りの村人たちを喜々として餌食にするだろう。
 ならば、アリスの最初の目的のようにガリアの役所に訴えるか? いやダメだ。世界中がこんな様になっているのに、あの無能王の軍隊が辺境の村ひとつのためにすぐ動いてくれるとは思えない。よしんば動いたとしても、その頃にはすべてが手遅れになってしまっているだろう。
「お願い行かないで。村には、お隣のおねえちゃんも、リーシャちゃんもクエスちゃんも待ってるんだよ。早く助けなきゃ、お願いだから助けて!」
 アリスの必死の訴えは、一同の心を乱した。
 自分たちだって、ティファニアがさらわれているのだし、助けられるものなら助けたい。しかし、今回はいくらなんでも相手が悪すぎるのだ。幼いアリスには、説明してもわかるものとは思えない。
 だが一同が決断しかねているとき、それまでずっと黙っていたミシェルがアリスの涙をぬぐって言った。
「わかった。わたしが力になってあげる。行こう、君の村へ」
「お、おねえちゃん……?」
「ふ、副長! なにを言い出すんですか」
 部下の隊員たちは慌てて叫んだ。しかしミシェルは落ち着いた声で言う。

188ウルトラ5番目の使い魔 29話 (12/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:33:05 ID:KxOFlp2.
「お前たちは、このままトリステインへ帰れ。わたしはこの子といっしょに、やれるだけやってみる」
「副長、サイトの後を追って死ぬ気ですか!」
 隊員たちにはそうとしか思えなかった。いくらミシェルが優秀な魔法戦士とはいえ、三百の屍人鬼に太刀打ちできるとはとても思えない。
 しかしミシェルはかぶりを振って言った。
「そうじゃない。わたしはどうしてもこの子を見捨てられない。わたしにもあった、十年前に……」
 
”お父様、お母様。なんでふたりだけで行っちゃうの……帰ってきてぇ、わたしをひとりぼっちにしちゃやだよ”

「この子は、昔のわたしだ……」
 皆ははっとした。そして思い出した。ミシェルも幼い頃に両親を失った孤児だったことを。
 このまま村が全滅してしまったら、アリスは本当に世界中でひとりぼっちになってしまうだろう。誰よりも孤独の悲しさや苦しさを知っているミシェルだからこそ、たとえ死ぬとわかっていてもアリスを見捨てられないのだ。
 ミシェルはアリスを促して、村へ続く道へと歩いていこうとする。だが、このままでは確実に殺されてしまう。一行は苦渋の末に、ついに決心した。
「待ってください副長、我々もお供します」
「お前たち、だが……」
「サイトたちに続いて副長まで見殺しにしてきたとあっては、それこそアニエス隊長に合わせる顔がありません。だが、犬死にもごめんです。副長、銃士隊副長として、我々に指示をお願いします!」
 部下からの𠮟咤に、ミシェルは戦士ではなく、軍人としてまだ部下の信頼を失っていなかったことを知った。
「わかった。お前たちの命を預かる。作戦目標は、ティファニア及びサビエラ村の生存者の救出だ。アリス、サビエラ村は山の上にあると言ったね。なら、近くに村の畑へ続く水場があるんじゃないかな?」
「うん、村の裏手に沼があって、そこから水路を通してるの」
「やはりな。よし、その水路を通って村に侵入しよう。アリス、道案内できるかな」
「うん! あの、おねえちゃん……ありがとう」
 照れながらお礼を言ったアリスへのミシェルの返答は、母のような暖かい抱擁だった。
 屍人鬼たちが群れる村へは、まともな侵入はできない。だが足元は、誰であろうと死角になる。ミシェルはリッシュモンがトリスタニアの地下水道を利用していたことを思い出したのであった。
 
 アリスに案内されて、一行はサビエラ村の沼池へと向かった。だが、そんなところにまで吸血鬼が罠を仕掛けていたことは、さすがの彼らの想定をも超えていた。
 水辺を好む毒蝶モルフォ蝶に襲われ、水精霊騎士隊も銃士隊も麻痺毒を受けて動けなくなった。そんな一行のみじめな姿を遠見の鏡ごしに眺めて、エルザは愉快そうに笑う。

189ウルトラ5番目の使い魔 29話 (13/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:34:32 ID:KxOFlp2.
「バカだねえ。人間に気がつくようなことを、わたしが気づいていないわけはないじゃない。吸血鬼が正体を隠してひとりで生きていくって、すごく頭を使うんだよ」
 エルザは一年以上サビエラ村に住むうちに、この村の地形もすべて熟知していた。それゆえに、どこが監視の死角になるかも最初から読んでいたのである。
「子供なんかほっておいて、さっさと逃げればよかったのに本当にバカ。でも、人間って子供に甘いんだよね。ティファニアおねえちゃん?」
「壁にわざわざ子供だけが通れる穴を作って、アリスちゃんを逃がさせたのも、最初からそのために企んでいたのね」
「ええ、全部わたしの作戦どおり。もっとも、これだけできたのは、ロマリアのおにいちゃんがわたしの中に眠っていた特別な血の力を目覚めさせてくれたおかげだけど。とりあえずはこれで終わりね。後はあの人たちをモルフォのエサにしたら、おねえちゃんをロマリアに引き渡して、残った村の女の人たちも食べてあげる。そして屍人鬼をどんどん増やして、世界はわたしたち美しき夜の種族が支配するようになって、人間は家畜になるの。素敵でしょ」
 うっとりとしながらエルザはティファニアに吸血鬼の理想郷の夢を語った。
 しかし、ティファニアはエルザが期待したような絶望を浮かべてはいなかった。そしてエルザを睨み付けて毅然として言う。
「エルザ、わたしの仲間たちをなめないで。わたしが会う前から、あの人たちは多くの困難を乗り越えてきた。笑ってると、後悔することになるわ」
「アハハハ、おねえちゃん、ハッタリはもっとうまく言ったほうがいいよ。けど、まだそれだけ強がりが言えるんだ。その根拠、どこから来るのかな?」
「あの人たちは、まだ誰もあきらめていない。ただ、それだけで十分よ」
 ティファニアの見る鏡の中では、苦しみながらも必死に杖や剣を握ろうとする人たちがいた。そして、我が身を挺してアリスを毒鱗粉から守ろうとしているミシェルの懸命な姿があった。
 がんばって、みんな……
 勇気を捨てない限り、未来もまた死なない。ティファニアは自分もあきらめないと心の中で誓って勇気を振り絞る。その胸の中では、サハラからずっと大切に身につけてきた輝石が、静かだが力強い輝きを放ち始めていた。
 
 
 続く

190ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:49:03 ID:KxOFlp2.
以上です。ゼロ魔本編復活のおかげか、最近妙に筆のノリがよくて自分でも驚くほど早く書き上げられました。
さて、吸血鬼編の第二回ですが、お楽しみいただけたでしょうか。本作でのエルザは単なる吸血鬼ではなく、ある特殊な存在になっているのですが、そのヒントは出してますのでよかったら推理してみてください。
この話から名前が出た少女は、すでにお気づきと思いますが、タバ冒の冒頭でエルザに殺害されたモブの少女です。このあたりはまったく別の展開に沿ってもよかったのですが、自分はどうも
子供が死ぬ展開というのは嫌いなので、助けられる流れに変えました。もちろん、ただの好き好みの問題だけではなく、名前の設定までしたからにはキーキャラクターとして扱っていきますので、
次回からの彼女の役割にも期待していてください。
ちなみにエルザは子供の範疇には入れてませんのであしからず。

では、30話でまた。

191名無しさん:2015/07/14(火) 21:43:06 ID:2DaCXkgY

自分も子供が死ぬ展開は駄目なのでこの改変は個人的にはOKです
次が楽しみです

192名無しさん:2015/07/14(火) 22:50:38 ID:hQ7ItBxw
>輝石
あー、待ち遠しいんじゃー
溜めに溜めての逆転って爽快ですよね。

193ウルトラ5番目の使い魔  ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 20:59:21 ID:Xi9vctbI
皆さんこんばんわ、ウルトラ5番目の使い魔の30話の投下準備ができましたので開始します

194ウルトラ5番目の使い魔 30話 (1/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:10:32 ID:Xi9vctbI
 第30話
 その一刀は守るために
 
 巨蝶 モルフォ蝶 登場!
 
 
 水精霊騎士隊と銃士隊は今、全滅の危機に瀕していた。
 吸血鬼に占領されたサビエラ村への潜入を試みるものの、村の構造を熟知していた吸血鬼エルザに先を読まれて、水源地の沼地に放たれていたモルフォ蝶の毒鱗粉にやられた。
 才人とルイズなき今、ウルトラマンの助けも得ることはできず、全身を毒に犯された彼らには立ち上がる力すらろくに残ってはいない。
 このまま、不気味に飛び続ける毒蝶のエサとなるしかないのか。全員行方不明として、トリステインに記録されるしかないのだろうか。
 エルザはあざ笑い、ティファニアは信じて祈る。
 
 
 小型ながら、立派に怪獣扱いされるモルフォ蝶。その毒は強烈で、激しい渇きと痛みに襲われる。だがそれでも、彼らはまだあきらめてはいなかった。
「み、みんな、まだ生きてるかい?」
「ギ、ギーシュ、苦しい。目がかすむ」
「しっかりしたまえ、それでも女王陛下の名誉ある騎士かいっ!」
 ギーシュがなんとか、気力が潰えそうになっている仲間を叱咤して支えている。
「さあ、杖をとり、あの忌々しい蝶を叩き落すんだ! ごほっ! ごほほっ」
 しかしモルフォ蝶の毒は喉にも影響を与え、魔法を唱えるのに必要な呪文の詠唱をすることができない。そして魔法が使えなければ、彼らはただの少年と変わりはなかった。
「ち、ちくしょう……」
 一方で、銃士隊はさらに深刻であった。
「くそっ、手に力が入らない……」
 毒素のせいで手がしびれて剣が握れない。剣士の集団である銃士隊にとって、剣が握れないというのは致命的であった。かといって銃も同じだ。震える腕ではまともに狙いも定まらないし、いくら翼長八十センチもあるとはいえ、蝶の小さい胴体にそう当たるものではなく、羽根に当たっても軽く穴が空くだけで、逆にさらに鱗粉がばらまかれるだけだ。
 彼女たちは、自分のうかつさを悔いていた。この沼地に入ったとき、襲ってきたモルフォ蝶を銃士隊と水精霊騎士隊は迎え撃ち、何匹かを倒すことには成功したのだが、それがまずかった。

195ウルトラ5番目の使い魔 30話 (2/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:19:58 ID:Xi9vctbI
 魔法を受け、空中で爆発したものは鱗粉を大量に撒き散らし、剣で切り落とすために接近したときにも鱗粉を食らってしまった。このメンバーの中で、ルクシャナだけはモルフォの危険性を知っていたが、彼女も現物を見るのははじめてだった上に、沼地の暗がりのためにモルフォ蝶であるということに気づいたときには遅かったのだ。
「わたしとしたことが、ポーションの原料に逆にやられるなんて。こんなんじゃ、叔父様やエレオノール先輩に叱られちゃう。うっ、ゴホッゴホッ!」
「うぁぁっ、喉が焼ける。水、水ぅ」
「やめなさい! 水を飲んではダメよ。体の中まで毒がまわって、ほんとうに助からなくなるわ!」
 ルクシャナが、喉の渇きに耐えかねて沼に這い寄ろうとしているギムリやギーシュ、銃士隊員を必死に呼び止めた。
 モルフォ蝶の毒は単なる毒ではない。呼吸器官を焼いて猛烈な渇きを覚えさせ、人間や動物は必死に水を求める。だが、モルフォの棲む沼地の水には当然モルフォから飛び散った毒が混入している。これを飲もうものなら内蔵にまで毒が回って致命傷となってしまう。
 いや、単に死ぬだけならマシといえる。モルフォの鱗粉の毒素は、魔法アカデミーでポーションの原料として珍重されているように、他の物質と混合することで様々な性質に変化する特性を持っている。通常の生息地であれば毒物であるだけなのだが、本来の生息地とは違う水辺の水と混合すれば、どんな性質の毒素に変わるのかまったく読めないのである。事実、本来日本には生息しないはずのモルフォ蝶が蓼科高原に出現したときは、毒素の複合作用で人間が巨大化してしまうというとんでもない結果を生んでいる。
 ここの沼の水も、飲んだらどんな恐ろしい作用が出るかわからない。彼らは道端の草を食いちぎって噛み潰し、その苦味で必死に渇きをごまかそうとした。
 
 彼らの頭上には、まだ十数匹のモルフォが舞って鱗粉を飛ばし続けている。蝶は一般的に花の蜜を好むと言われるが、実際はかなりの悪食でモルフォの種類も腐った果実から動物の死骸までもなんでも食べる。この巨大モルフォ蝶が、毒鱗粉で倒した動物をエサにする習性を持っていたとしてもなんらおかしくはない。
 このままではやられる! だが、たかがチョウチョなんかに殺されてたまるものかと、ギーシュたちも銃士隊もなんとか毒鱗粉から逃れようともがいた。だが、相手は空を飛んでいるために逃げられない。
 さらに、毒が視神経などにも作用し始めると、毒の末期的症状が出始めてきた。
「くそっ、目がかすむ。頭が、重い……」
 なんでもないときにただ目を瞑っているだけでも、いつの間にか眠ってしまっていたという経験は誰にでもあるだろう。視覚が効かなくなれば、睡魔が一気に襲ってくる。ましてや毒の傷みと渇きで苦しめられた分、眠りの誘惑は強烈だ。そして眠ってしまえば、気力で毒に対抗していたのが切れてしまい、二度と目覚めることができなくなってしまう。
 もはや誰にも、戦う力は残っていない。いや、正確にはひとりだけ毒鱗粉を浴びることを避けられた者がいたが、彼女は戦士ではなかった。

196ウルトラ5番目の使い魔 30話 (3/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:21:57 ID:Xi9vctbI
「おねえちゃん、怖い、怖いよぉ」
 アリスはミシェルのマントを頭からかぶって、地に伏せながら震えていた。毒鱗粉が撒き散らされたとき、一行は身を守ることもできずにこれを受けてしまったが、アリスだけは子供で小柄だったことでミシェルがとっさに自分のマントをかぶせてかばっていたのだ。
 しかしミシェル自身は毒鱗粉をかわすことができずに、まともに毒鱗粉を浴びてしまった。アリスの傍らに倒れて咳き込みながら、喉の痛みに耐えて身をよじる。いくら強力な魔法騎士である彼女でも、こうなれば戦いようがない。それでも、ミシェルは怯えるアリスをはげますように話しかけた。
「……っ、大丈夫か、アリス?」
「う、うん。おねえちゃんこそ、苦しそうだよ。ねえ、あのチョウチョはなんなの? この沼で、あんなの見たことないよ」
 どうやらアリスに毒鱗粉の影響はなさそうで、ミシェルは少し安心したように息を吐いた。しかし、ミシェルはアリスにすまなそうに答えた。
「吸血鬼の奴が、ここにわたしたちが来ると読んで罠を張っていたらしい。すまない、どうやら吸血鬼のほうが一枚上手だったようだ。アリス、動けるか?」
「う、うん。大丈夫だよ」
「そうか、なら……逃げろ」
「えっ! そ、そんな。おねえちゃん!」
 動揺するアリス。だがミシェルはアリスにつとめて優しく答えた。
「心配するな。おねえちゃんも、もう少しがんばってみる。けど、君が近くにいたら危ないんだ。だから、しばらく安全なところへ、ね?」
「……う、うん」
「いい子だ。さあ、行け!」
 ミシェルに背中を叩かれて、アリスははじかれたように走り出した。ミシェルのマントを頭からかぶり、口を布で押さえて走っていく。
「いい子だ……さあ、そのまま行け」
 ミシェルは、アリスが沼地の端の木立の影にまで駆けていったのを見届けると、ほっとしたように息をついた。
 これでもう、アリスは大丈夫だ。あれだけ離れれば、毒鱗粉の影響を受けることはない。
 だけどごめん……最後に、嘘をついちゃったね。わたしにはもう、がんばれる力なんてない。

197ウルトラ5番目の使い魔 30話 (4/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:26:16 ID:Xi9vctbI
 ミシェルの体から、急速に力が抜けていく。
 ごめんアリス……君の村を助けるなんて言って、結局なにもできなかった。
 ごめんみんな……わたしのわがままにつき合わせて、みんなまでこんな目に。わたしは最低の指揮官だ。
 ごめんサイト、お前からせっかくもらった命なのに。
 おとうさま、おかあさま……わたし、もう疲れたよ……
 まぶたが落ち、ミシェルの体が草地に横たえられる。それに気づいた銃士隊員が叫んだ。
「ゲホッゴホッ、副長? どうしたんですか副長! 目を開けてください。副長! 副長、ミシェル副長ーっ!」
 だが、いくら叫んでも、もはやミシェルの眼が開かれることはなかった。身動きすることすらなくなった肢体に、毒鱗粉が粉雪のように積もっていく。
 畜生! こんなところで死んでなんになるんだ。水精霊騎士隊は、銃士隊は、怒りのままに叫んだ。しかし、そんな彼らの上にも、毒鱗粉は無情に降り続けていた。
 
 そして、その有様を見ていたエルザは嘲りを満面に浮かべて笑ってみせた。
「あははは、とうとう耐えられなくなる人が出てきちゃったね。おねえちゃん、あれでどうやって私を後悔させるの? あっははは」
「……」
 ティファニアは、エルザの嘲笑に答えなかった。口で説明したところで、わかってもらえる類のものではないことを知っていたからだ。
 ただひとつ言えることは、エルザはこれまでに自分たちが乗り越えてきた多くの壁を知らないということ。いや、事前情報としてロマリアからある程度のことは聞いているだろうが、自分たちの戦いと冒険の数々の厳しさは、とても口で説明しきれるものではない。
 ならば、今できることはたったひとつ。仲間たちの力を信じて、最後まで信じきることだけだ。
「みんな、がんばって……」
 まだ全員倒れたわけではない。命の灯火が残っている限り、まだ負けたわけではない。ティファニアは、それを信じていた。
 
 しかし、ティファニアは信じることで心を支えていたが、信じるべき芯を失った心は絶望の沼に沈もうとしていた。
 仲間たちの声も届かず、ミシェルの心は深い眠りの中へ落ちていく。落ちていく、落ちていく……
「疲れた。もう、眠らせてくれ」
 ミシェルはもう、なにもかもがどうでもよくなっていた。副長としての職責も、世界の命運も、いまでは全部が空しく思える。それらを背負うのは、わたしには重すぎた。

198ウルトラ5番目の使い魔 30話 (5/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:29:14 ID:Xi9vctbI
 だが、ひどい奴だな、わたしは、とミシェルはぽつりと思う。自分はこんなに無責任な人間だったのだろうか? 多分、そのとおりなのだろう。
 思えば、最初から自分には、世界を守るために戦うなどといった正義感や使命感はなかった。わたしはいつだって、わたしのためにだけ生きてきた。生き延びるために、復讐のために費やしてきた半生、殺伐とした人生だった。
 でも、そんな自分をおせっかいにも救い出してくれる奴がいた。サイト……あいつはわたしを優しい人だと言い、大罪人であるわたしを守ってくれた。
 そして、わたしは恋を知った。人の思いの暖かさも知り、やっと自分以外の誰かのために生きてみようと思えるようになった。
 だけど、あいつはもういない。サイトは、わたしの愛した一番大切な人はもうどこにもいない。それでもう、わたしの心にはどうしようもないくらいに大きな穴がぽっかりと空いてしまった。
 心残りは、こんなわたしのために必死になってくれた仲間たちを裏切ってしまうことになったこと。でも、わたしにはもうみんなの期待に応える力は残ってない。アリスを見たとき、胸の奥がざわついて、もう少しだけがんばれる気がしたけど、やっぱりだめだった。
 いったい、どこからわたしという人間はだめになってしまったんだろう。昔、遠い昔には心から幸せだった頃もあった。そうだ、あれはおとうさまとおかあさまがまだ生きていた頃……
 
 思い出の中で、ミシェルは夢を見始めた。
「おとうさまー、見て見て、わたしね、今日新しい魔法を覚えたんだよ」
「ほお、それはすごいね。まだ十歳なのに、こんなに難しい魔法を覚えるなんてミシェルは偉い子だ。さすが、私の娘だな」
「あなたったら、そうやってすぐ甘やかすんですから。でも、ミシェルもよくがんばったわね。これなら魔法学院に入る前にはラインクラスに昇格できているかもしれないわね」
「えへへ」
 優しい父と母、幸せだった毎日。あのころは、明日が来るのが待ち遠しくて仕方がなかった。こんな日々が、ずっと続くものだと思っていた。
 けど、十年前のあの日。
「おとうさま、お出かけするの? 今日はお仕事お休みでしょ。わたしと、遠乗りに行くお約束は?」
「ごめんなミシェル、父さんはこれから高等法院に出頭しなければいけないんだ。約束を破ってすまないが、聞き分けてくれるかな?」
「うん、お仕事だものね。おとうさま、がんばって!」
「いい子だ。なあ、ミシェル」
「なに? おとうさま」
「お母さんを、大事にな」
 なぜか寂しげな顔で、父は出かけていき、わたしは父の言葉を不思議に思いながらも、その後姿を見送った。
 それが、父を見た最後だった。あのリッシュモンの策略で、父は汚職事件の主犯だとあらぬ罪を着せられて、形ばかりの裁判で貴族としてのすべてを奪われた。

199ウルトラ5番目の使い魔 30話 (6/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:31:48 ID:Xi9vctbI
 失意の中で、父は二度と帰ることなく、自ら命を絶った。
 そして、父の最期を知った母も。
「ミシェル、よく聞きなさい。お母さまはこれから、貴族の妻としての最後の責務を果たさねばなりません。私がお父様の部屋に入ったら、すぐに屋敷を立ち去りなさい。決して、追ってきてはいけませんよ」
「お母様、なにするの? お父様はどこなの? なんでお役人さんが、家のものをみんな持っていっちゃうの? ねえ、お母様」
「ごめんね、ミシェル。母さんも、あなたが大きくなるのを見たかったわ。けど、お父様の汚名を少しでも雪ぐためにも、お母様は行かなければいけないの。でも、せめてあなただけは生きて」
「いやだよ、お母様。行かないで、わたし、もっといい子になるから」
「ミシェル、これからはあなたは一人で生きていくの。私の、私たちの自慢の娘。あなたの母になれて、よかった。さあ、行きなさい!」
「待って! 待ってお母様!」
「ついてきてはなりません!」
「ひっ!」
 そうして、震えるわたしの前でお母様は父の書斎に入っていき、やがて書斎から出た炎に屋敷は包まれた。
 わたしは、すべてを失った。行く当てもなく国中をさまよい、生きるためにはなんでもやった。
 やがて十年……地獄をさまよったわたしは、ようやく光の射す場所に帰れたと思った。なのに、やっと取り戻せたと思った幸せまで奪われた。
 もういい、もうたくさんだ。せめてもう、静かに眠らせてくれ。
 サイト、姉さん、みんな、守られてばかりでごめん……わたしは最後まで、一人ではなにもできないダメな人間だったよ……
 
 疲れ果てたミシェルは目を閉じて動かなくなり、水精霊騎士隊と銃士隊も、時間とともにどんどんと力を奪い取られていっていた。
「うう、畜生。モンモランシー……せめて、ワルキューレの一体でも作れたら、ゴホッゴホッ」
「副長、クソッ! 見損なったわよ。あなたは、こんなに弱い人だったのか! これじゃ、サイトも浮かばれん。くそっ、こっちも頭が」
 すでになにかの行動を起こすには、皆は毒鱗粉を浴びすぎていた。体を動かすことはおろか、声を発することさえすでに激しい痛みがともなう。知恵をめぐらせるべきレイナールやルクシャナも、毒のせいで思考が乱されて策を考えることができない。
 なんとかしなければ、なんとか……そう思っても、あと数分ですべてが手遅れになろうとしていた。
 
 
 時間が経つごとに、一行の身じろぎする動きが鈍くなっていき、声は弱く途切れがちになっていく。

200ウルトラ5番目の使い魔 30話 (7/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:35:15 ID:Xi9vctbI
 もうすぐ、毒の症状の最終段階だ。エルザは、何度もモルフォを使っての狩りを成功させてきた経験から、ここまで毒の回った獲物が逃げられることはないと確信して笑った。
「あっははは! とうとうおねえちゃんの期待した奇跡は起こらなかったね。もう数分もすれば、みんな意識もなくなるよ。そうすれば、あとはじっくりとモルフォのエサだよ」
「なら、まだあと数分残っているわ。勝負はまだ、ついてないわ」
「ええーっ、無駄だって言ってるのに、あきらめが悪いなあ。まあいいか、あきらめが悪い人は嫌いじゃないよ。楽しめるからね」
 エルザは、ティファニアが思い通りにいかなかったというのに、特に気にした様子もなくティファニアの前に立った。五歳児ほどの背丈しかないエルザは、柱に縛り付けられて座り込まされているティファニアとそれでやっと視線の高さが同じになる。エルザは身動きのできないままのティファニアの首筋に鼻を摺り寄せると、芳しげに息を吸った。
「いい匂い、おねえちゃん、とってもいい匂いだよ。とっても柔らかくて甘いいい匂い。いままで食べたどんな人間とも違うの。これがエルフの匂いなの? それともハーフエルフが特別なのかな」
「そ、そんなこと、わからないわよ」
「ふふ、まあそうだろうね。ああ、でも本当にいい匂い。こんないい匂いのする人の血ってどんな味がするんだろう? 食べてみたいなぁ。けどダメダメ、おねえちゃんは生きたまま渡さないとロマリアのお兄ちゃんとの契約に違反しちゃうもん」
 ティファニアの匂いをいとおしげに嗅ぎながら、エルザは残念そうにつぶやいた。
 吸血鬼は美食家だ。人間の中でも、若い女性の血を好んで吸う。吸血鬼が長い時間を町や村に潜伏してすごすのは、念入りに獲物を選別するためもあるという。
 鋭い牙の生えた口からよだれを垂らし、しかし童顔には無邪気な笑みを浮かべている。その異様なアンバランスさに、ティファニアは背筋を震わせた。
 と、そのときである。突然、ドタドタと階段を乱暴に上って来る音がしたかと思うと、ティファニアたちのいる部屋のドアが開かれた。そして部屋の中に、投げ込まれるようにしてひとりの少女が入れられてきたのだ。
「きゃっ! うっ、痛……」
 少女は後ろ手に縛られていて、部屋の中に投げ捨てられると受身をとることもできずに体をぶつけて身をよじった。一方、少女を連れてきたらしい数人の屍人鬼は、ドアを閉めるとさっさと戻っていった。
 いったい何が? 突然のことで事態が飲み込めないティファニアは、連れ込まれてきた少女を見て思った。栗毛でおとなしそうな顔立ちの、ティファニアより少し幼そうな感じの娘である。彼女も、自分の状況が飲み込みきれないらしく、部屋の中をきょろきょろと見回していたが、姿見の影からエルザが姿を見せると、ひっと引きつったような声を漏らした。
「エ、エルザ……」
「あらぁ、今度はメイナおねえちゃんが来てくれたんだぁ。くすくす、私の屍人鬼たちは気がきくねえ。ちょうど、祝杯をあげたいと思ってたから、おねえちゃんならぴったり」
「ひ、ひいぃぃっ!」
 メイナと呼ばれた少女は、エルザが牙をむき出しにして笑いかけると悲鳴をあげて逃げ出そうとした。手を縛られているので、体ごとドアにぶつかって、口でドアノブをまわそうと必死になって噛み付いている。
 しかし、エルザはひょいと跳び上がると、メイナの首筋をわしづかみにして、自分の倍以上の体格の少女を軽々と床に叩きつけてしまった。


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