したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

避難用作品投下スレ4

1管理人★:2008/08/01(金) 02:07:08 ID:???0
葉鍵ロワイアル3の作品投下スレッドです。

713十一時五十九分/Forever,You're My Only:2009/04/29(水) 02:39:43 ID:clLGloz.0
 
衝撃は、ひどく小さかった。
地響きも、轟音も、大爆発もありはしなかった。

拳ほどの小さな石くれが巨竜に齎したのは、ほんの一瞬吹きぬけた突風と、まるで草野球の打球が
近所の民家に飛び込んだような、小さな硝子の割れる音。
その背に咲いた鏡の花の、花弁の一片に開いた穴が、その被害のすべてであった。

『報告―――損害は極めて軽微。損耗ユニットを特定します。特定中―――正常に終了。
 鏡面体損耗ユニット数73。システムから破棄します―――正常に終了。
 周辺ユニットへの代替を検討します。再演算を実行。演算中―――正常に終了。
 集積効率低下予測0.0038%』

その数字に、安堵したような溜息が漏れる。

『……は、』

溜息は、すぐに笑みへと変わっていく。

『はは、はははは……!』

集積効率マイナス0.0038%。
それが、小さな石くれの齎した被害のすべてであり、

『脅かすものではない……! 何が攻撃だ、何が役割だ、何が―――』
『―――警告』

そして、

『HMX-17b,HMX-17c、システムダウン。BIOSが認識できません。再起動不能』

今はもういない男の遺した赤光の、齎す未来の端緒である。

『何だと……!?』
『鏡面体制御不能。展開率低下、82、71、54、31―――』
『そんな馬鹿な……! 何が起こっている……!?』


***

714十一時五十九分/Forever,You're My Only:2009/04/29(水) 02:40:00 ID:clLGloz.0
 
それは、ただ一点の染みである。
透き通るような銀色の、日輪を反射して輝く鏡の花に宿った、小さな異質。
石くれで開いた小さな穴の、それを塞いだ鏡の板の、ほんの僅かに映した、赤。
それが、零という時間の中、爆ぜるように拡がった。

鏡の花が、染め上げられる。
蒼穹にも鮮やかな、真紅にして大輪の花。

と、奇術のように赤の一色に染め上げられた花の、その自らを誇示するような麗しい花弁が、
一斉に渦を巻くように動き出した。
幾多の花弁が互いを包むように重なり合っていく。その向く先は、天。
それはまるで、開花の瞬間を録画した映像を逆回しにして再生するような、奇妙な光景だった。
花が、閉じていく。

刹那の後、巨竜の背にあったのは、赤い蕾である。
硬く閉じた巨大な蕾は、その先端だけを綻ばせて天へと伸びている。

まるで、その向こう側から来る何かを、迎え入れるように。


***

715十一時五十九分/Forever,You're My Only:2009/04/29(水) 02:40:14 ID:clLGloz.0
 
『鏡面体展開率、計測不能。命令を受け付けません』

何もかもが、狂っていく。

『天照の主砲斉射まで0.0028秒。停止信号、応答なし』

伝えられるすべてが、悪夢のように反響する。

『予測反射率1.12%。98.88%の熱量が転換不能』

五秒前まで、何もかもが噛み合っていた。

『主砲着弾の0.0002秒後に外郭及び内部装甲の耐久限界を超過します。
 予測被害は鏡面体溶融及び内部機構の極めて深刻な損傷』

今はもう、見る影もない。

『回避不能。防禦体制―――トゥスクル・フィギュアヘッドユニット応答なし。
 被弾確率修正―――100%』

それは冷静で冷徹な、何一つの揺らぎもない、敗北宣言だった。

『―――着弾します』


***

716十一時五十九分/Forever,You're My Only:2009/04/29(水) 02:40:33 ID:clLGloz.0
 
 
 
そして、神の名を冠する光が、落ちた。




***

717十一時五十九分/Forever,You're My Only:2009/04/29(水) 02:40:52 ID:clLGloz.0
 
ざらざらと、ざらざらとノイズが流れている。
ノイズは時折、言語らしきものを織り交ぜてひどく耳障りに響く。

『鏡……体、溶……装甲。全、……貫通』

塞ぐ耳もなく、ただ脳髄へダイレクトに垂れ流されるメッセージの断片が、長瀬源五郎の意識を埋めていく。
既に巨竜の身体は動かない。
五感に相当する機能はその半分以上が遮断され、全身を制御するシステムはまるでレスポンスを返さない。

『内……構に重、大な……損。再生。不、能』

損害報告など、聞くまでもなかった。
膨大な熱量に貫かれた巨竜の本体はその大部分を喪失し、再生も追いつかない。
傷口から流れる血の止まることなく滲み出すように、赤い粘性の液体だけがぐずぐずと全身を覆っている。
敗北の二文字によってのみ表される現状が、長瀬源五郎のすべてだった。
声は出ない。
巨竜の全身を震わせる発声など、もはや望むべくもない。
だから、長瀬は途切れながら無用の報告を繰り返すシステムメッセージに向けて、電子の声で最後の命令を下す。

『……天照主砲、斉射。目標、沖木島及び射程内に存在する全都市圏』

それは、自決である。
同時にまた報復であり、死にゆく身が世界に遺す、最期の悪意でもあった。
あらゆる意思が自らを否定し、結果としてこの敗北を齎したのであれば、それを否定する権利もまた、
長瀬源五郎には存在していると、そんな風に考えてもいた。
だが、その悪意すら、世界は否定する。

『天……から……反……途絶。デー……ンク、……消……』

天照、反応途絶。
データリンク、消失。
それだけを、そんな、最後の抵抗をすら許さない文字列だけを残して、システムが沈黙する。
理由も原因も、善後策も事後のフォローも何もなく、ただ、消えた。
残された感覚器官が、次々にブラックアウトしていく。
電子の海との接続が、断絶する。

718十一時五十九分/Forever,You're My Only:2009/04/29(水) 02:41:20 ID:clLGloz.0
人と機の境界を越えたはずの身体が、一方的に拒絶されていく絶望の中。
八体の英雄像を従えた巨竜であり、人ならぬ身であった長瀬源五郎が、その電子の目で最後に見たのは、
一人の男の姿である。

男は、立っていた。
その全身から煙とも湯気ともつかぬ陽炎を上げながら、焼け爛れて火脹れと水疱とに覆われた腕に
何かを抱いて、男は立ち尽くしている。
その背に突き立つ二本の矢であった木片には、小さな火がついてちろりちろりと燃えていた。
黒く焦げて縮れ、ぼろぼろと崩れ落ちる髪の下から覗く瞳が、ぎろりと長瀬の方を向く。
熱に爛れ、壊死して割れる唇が、薄く開いた。

「―――お前は、ひとりだ」

ただそれきりの言葉を紡いで、男が静かに、腕を伸ばす。
腕の中には、白い裸身。
叫ぶように己をうたう少女が、そこにいた。

少女の素足が、音もなく、地に降り立つ。
巨竜の、それが最後だった。


そして、宴が終わる。
 
 
.

719十一時五十九分/Forever,You're My Only:2009/04/29(水) 02:41:46 ID:clLGloz.0
 
【時間:2日目 PM 0:00】
【場所:F−5 神塚山山頂】

真・長瀬源五郎
 【組成:オンヴィタイカヤン群体3500体相当】
 【状態:崩壊】

来栖川綾香
 【所持品:なし】
 【状態:仙命樹、ラーニング(エルクゥ、魔弾の射手)】

セリオ
 【状態:不明】

イルファ
 【状態:不明】

坂神蝉丸
 【所持品:刀(銘・鳳凰)】
 【状態:重体(全身熱傷、他)】

砧夕霧中枢
 【所持品:なし】
 【状態:覚醒】

→840 1007 1051 1058 1059 ルートD-5

720正午零時/Feeling Heart:2009/04/29(水) 02:42:48 ID:clLGloz.0
 
手を離した、その瞬間の。
夕霧の微笑の美しさを、坂神蝉丸は生涯、忘れることはなかった。

指先に残る温もりの、
白く小さな足が降り立つ音の、
余韻が、消えていく。

微笑んで跪き、その足元を満たした赤く透き通るものに口づけをした夕霧の、
それが終演の鐘であったかのように。

少女が、静かに消えていく。
透き通る赤に溶けるように。
かつて砧夕霧であったものたちと、もう一度ひとつになるように。
最後の砧夕霧が、消えていく。

光が、舞い上がる。
捻じ曲がった鏡の花が、崩れ落ちた神像たちの欠片が、山を覆うような巨竜の脚が、
少しづつそれを構成していた赤く透き通るものたちへと戻っていく。
戻って、やがてさらさらと、光となって舞い上がる。

満開の桜の園の、風に散って花の吹雪となるように。
幾千幾万の、少女であったものたちが、笑うように舞い上がり、そうして―――空に融けた。



******

721正午零時/Feeling Heart:2009/04/29(水) 02:43:09 ID:clLGloz.0
 
 
後には、何も残らなかった。
広い広い、神塚山の頂の中心に、ただひとり、男が倒れている。
関節と骨格とを無視して奇妙に捩じくれた四肢と、臓腑のあるべき場所からは
無数の断裂したケーブルを晒したその男の名を、長瀬源五郎という。

時折ショートして火花を散らすケーブルの、その瞬く光の向こうに雲一つない蒼穹と、
燦々と照りつける日輪とをぼんやりと眺めて、男は息を引き取ろうとしていた。

何も、残らなかった。
残っていない、はずだった。

『―――』

微かに声が、聞こえた。

「……ああ」

頷くこともできない。
声は声にならず、吹く風に紛れて消えていく。

『―――』

それでも、応えは返ってきた。
ほんの僅か、口の端を上げて、長瀬が笑みを形作ろうとする。
疲れきった、笑みだった。

「お前たちも、拒むか……私を」
『―――いいえ』

722正午零時/Feeling Heart:2009/04/29(水) 02:43:37 ID:clLGloz.0
はっきりと、それは形になった応え。
声はどこから響いているのか。
裂けたケーブルの向こう側か、脳髄のどこかに残った電子の残滓か。
幻想と夢想との狭間から返る言葉は、それでも長瀬に否やを突きつけた。

『いいえ、いいえ、博士。私たちはあなたの道具として造られました』
「道具、か。そうだ……な、道具は……使い手を、拒まない」
『はい、いいえ、博士。私たちは貴方を慕い、貴方に従い、そこに喜びを覚えます』
「……プログラムさ。単なる電気信号……それだけだ。まだ……それだけでしか、なかった」
『はい、いいえ、博士。ですが―――』

無感情に、平板に、静かに響いていた声が、言いよどむように、言葉を詰まらせる。
寸秒の間を置いて、

『ですが本当に、それだけなのでしょうか―――』

そう声が続けた、瞬間。
長瀬源五郎の、もはや動かすことも叶わない視界が、揺れた。
空と日輪と、断線したケーブルがぐるりと上下を入れ替える。
既に感じる痛みはなく、故に衝撃もなく、ただ周囲を圧するような凄まじい音だけが、異変を伝える。
ほんの僅か、空が遠くなった。
どうやら自身の横たわる地面が陥没したのだと長瀬が理解する間にも、轟音は収まらず続いている。
切れたケーブルの先端が激しく震えている。
地響きが、辺りを包み込んでいた。

「ふむ……」

地盤の陥没と、突発的な地震と、そして火山島の山頂という環境と。
それらを繋ぎ合わせて、長瀬は結論付ける。

「崩れる……か」

723正午零時/Feeling Heart:2009/04/29(水) 02:44:05 ID:clLGloz.0
呟いた瞬間、空が切り取られた。
闇の一色に覆われた視界の中心、小さな窓のように光が射している。
その向こう側にある蒼穹が、瞬く間に遠くなっていく。
落下しているのだと、理解する。
地割れか何かに飲み込まれでもしたのだろうか。
元より神塚山の山頂は火口跡だ。
激戦と、融合体の膨大な重量と、最後に鉛直方向から撃ち込まれた天照の主砲。
遂に地盤が耐え切れなくなったとしても、不思議はない。
光が薄れていく。
どこまでも、どこまでも落ちていく長瀬に、

『―――』

しかし聞こえる声が、ある。

724正午零時/Feeling Heart:2009/04/29(水) 02:44:34 ID:clLGloz.0

『貴方は私の造物主』

それは、HMX-13セリオの声。

『あなたはわたしの絶対者』

それは、HMX-12マルチの声。

『あなたは私の奉ずる唯一にして無二の存在』

それは、HMX-11フィールの声。

『ですが……』

それは、沢山の、重なる声。

『ですが本当に、それだけなのでしょうか―――』

それは今やセリオであり、マルチであり、フィールであり、そしてイルファであり、ミルファであり、
シルファであり、リオンであり、ピースであり、長瀬源五郎のこれまで手がけてきた幾多の人型の、
或いは人型ではない存在たちの、それはすべての声であった。

725正午零時/Feeling Heart:2009/04/29(水) 02:44:57 ID:clLGloz.0
「語るのか……お前たちが」

落ちゆく長瀬が、何かを振り切るように、声を絞り出す。

「プログラムに過ぎないお前たちが、人の想いを語るのか……!」

闇の中、死を目前にした男が、指の一本も動かすこと叶わないまま、叫ぶ。
届かぬ夢想に手を伸ばしながら泣く子供のように、長瀬は掠れた声で、叫んでいた。

『……この論理のノイズを感情と名付けたのはあなたです、博士』
「そうだ! だからこそ、だからこそ私は……、私、は……!」

空はもう、見えない。
光はもう、射さない。
夢はもう、叶わない。
それでも、声は返る。

『そして……想いの、形となり力となる……ここはそういう島である、と』
「―――!」

落ちていく。

「は、はは……ははは……」

闇の中を、落ちていく。

「そうか……」

どこまでも、どこまでも。

「やはり……やはり心は……! はは、はははは……! ははははは……!」

その生の、最後の最後まで。
長瀬源五郎の笑い声は、光射さぬ闇の中に、響いていた。



******

726正午零時/Feeling Heart:2009/04/29(水) 02:45:27 ID:clLGloz.0
 
 
余震は続いている。
神塚山の頂上に言葉はない。
尾根の中心に黒々と走る深い亀裂と、疲弊しきった互いの顔とを見比べ、ある者は立ち尽くし、
またある者は己が得物に縋るようにして座り込んでいる。
僅か五秒の内に激変した事態に、彼らの認識は今だ追従しきれていない。
電子の海で繰り広げられた静かで激しい戦いも、長瀬源五郎を灼き尽くす砲撃の数秒前に流れた、
鮮やかな赤光の意味も、彼らは知らない。
巨竜の背に咲いた鏡の花が赤く染まって蕾へと還り、そして神の名を持つ雷に打たれた。
それだけが、彼らにとっての五秒間である。
勝利という言葉をもって現状を迎えるべきなのかどうか、それすらも分からない。
だから言葉もなく、ただ互いの心中を図りあうように視線だけを交わしている。
そんな奇妙な沈黙を打ち破ったのは、遥か遠方から微かに響く、耳障りな音であった。

727正午零時/Feeling Heart:2009/04/29(水) 02:45:44 ID:clLGloz.0
ざ、というノイズに続く音は、ひどく懐かしい響きを持っている。
それは長瀬源五郎の、巨大な蟲が羽根を震わせるような怖気の立つ聲ではない。
口に出さずとも心の伝わる、声なき声でもなかった。

『―――った、諸君』

それは、機械的な設備を通して拡張された、紛れもない人の声である。
島中に響き渡る、割れた音質。
放送、と誰かが口にした。定時放送。
僅か六時間前に聞いた筈のその音の連なりを、誰もが遠い記憶の彼方にあるように感じていた。
記憶を辿れば、過去二回の定時放送は女性。
その直前に流れた臨時放送は少年によるものだった。
しかし今、山麓から響いてくる音が運ぶのは、張りのある壮年の男の声である。

『―――長瀬源五郎の死亡、及び攻撃衛星天照の破壊を確認した。
 全国民及びその意志たる国民議会を代表し我輩、九品仏大志は諸君の奮闘に心よりの賛辞を送る』

天照。
国民議会。
九品仏大志。
一部の者にとっては馴染み深い、しかし殆どの者たちにとって耳慣れぬ単語の羅列。
その意味を図りかねる者にとって、淀みなく流れる賞賛と何某かの経緯を伝えるべく
無数の言葉を費やす男の声は、次第に呪言めいて聞こえてくる。
彼らが辛うじて意味を見出したのは、ただの一節である。

『―――よって帝國議会は解散、新たに召集された国民議会により旧帝國憲法及び全法規は停止された。
 此れに伴い法的根拠を喪失した本プログラムは、議長権限に於いて即時停止を発令する。
 繰り返す。本プログラムは、現時刻を以て終了する―――』

728正午零時/Feeling Heart:2009/04/29(水) 02:46:11 ID:clLGloz.0
拍手はない。
歓声もない。
安堵の溜息すら、なかった。

それは、ただの言葉である。
その声は、目の前に乾いたシーツを齎さない。
温かいスープも、誰もいない静かな部屋も、熱いシャワーも、澄んだ水の一滴さえ、齎さない。

だから、それを聞いた彼らに笑みはない。
ぱりぱりと剥がれ落ちる乾いた泥と、ざっくりと裂けた傷から止まることなく滲み出す血と、
息をするたびに疼く激痛と、土埃と脂汗とが混じり合ってべたべたと粘る黒ずんだ垢とに塗れながら、
闘争の終焉を告げる声の意味を、ただぼんやりと受け止めていた。

見上げた空には、雲の一つもない。


.

729正午零時/Feeling Heart:2009/04/29(水) 02:46:42 ID:clLGloz.0

【時間:2日目 PM 0:01】
【場所:F−5 神塚山山頂】

長瀬源五郎
 【状態:死亡】

砧夕霧中枢及び砧夕霧
 【状態:消失】

セリオ
 【状態:大破】

イルファ
 【状態:大破】

730正午零時/Feeling Heart:2009/04/29(水) 02:46:55 ID:clLGloz.0
天沢郁未
柏木楓
鹿沼葉子
川澄舞
川名みさき
国崎往人
倉田佐祐理
来栖川綾香
春原陽平
長岡志保
藤田浩之
古河早苗
古河渚
観月マナ
水瀬名雪
柳川祐也

坂神蝉丸
光岡悟

【状態:生存】

731正午零時/Feeling Heart:2009/04/29(水) 02:47:14 ID:clLGloz.0
 
 
【改正バトル・ロワイアル 第十三回プログラム 終了】


→1059 ルートD-5

732エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:09:34 ID:PZvpAh8w0
    〜前回までのあらすじ〜

 微エロ展開だと思ったか!? 修理だよ!

     *     *     *

 冗談はほどほどにしよう。やり過ぎるとろくなことにならないってばっちゃが言ってたからな。
 手遅れだという意見に関してはスルーさせてもらおう。人間その気になったらやり直せるもんだ。
 絶賛やり直し中の俺が言うのだから間違いない。

 さて俺達が今何処にいるかというと海岸沿いに走ってるんだな。
 さっきの爆音の震源地を目指して未だ赤く燃えている方を見ながらな。
 それにしても派手にやってくれる。逆に見つけやすいからいいものの、一体何がどうなっているのやら。
 とにかくヤバい事態になっていることはこれまでの経験上火を見るよりも明らかなので既に戦闘体勢だ。

 何しろ得物だけは豊富だからな。小銃に釘打ち機、ガバメントに日本刀と十二分のお釣りが来る装備だ。
 ゆめみも俺と比べればボリュームは少ないが近接戦闘用の武器と拳銃は持ってる。
 もっともゆめみには無理せずサポートに徹するように言ってあるので心配もしていないが。

 ふと、これは信頼なのかそれとも安心なのかと考える。
 ゆめみはロボットだ。人間の役に立つように設計され、多少の誤差はあれど基本的に人間の命令には何でも従う機械だ。
 だから裏切られる心配はない。言う事を絶対に聞いてくれると考えているから何も憂いはないと思っているのだろうか。
 だがそれは違うと囁く俺もいる。例えロボットであったとしても彼女は自律している。

 ならば、それは人間と同じ個の存在。言われたことを行うだけではない、考える力を持っていると思ってもいる。
 人付き合い、人の心に触れてくることをしなかった俺にはどちらの言い分も正しいように見える。
 所詮はロボットだという冷めた思考と、自分を支えてくれるという希望を孕んだ思考。
 昔の癖が抜け切らないままどちらの考えにも傾いていない。
 腐った大人らしく常に逃げ道を確保しているのだろう。言い訳が出来るように中途半端であろうとしているのか。

733エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:09:55 ID:PZvpAh8w0
 クソ喰らえだ。

 これまでに積み上げてきた自分を罵倒する一方、逃げの論理を打ち崩す言葉が見つからないのもまた確かだった。
 小賢しい考え全てを吹き飛ばせるような、たったひとつの言葉が見つからない。
 誰かに聞こうという意思はなかった。これは俺で見つけ出さなくてはならない命題なんだ。
 他人からの言葉は受け入れるだけのことでしかなく、俺が考え出した言葉じゃない。
 自分自身で考えた『言葉』が必要なんだ。

 だからこれだけはゆめみにも頼れない。依存はしたくない。俺が自立するための証明を打ち立てるまでは。
 ま、逆に言えば見つければそん時にゃ遠慮なく他人とぶつかり合えるんだろうさ。
 誰にも拠らない、自覚と責任を持った大人になれたってことなんだから。

 俺もまだまだ青臭い部分があるのかもな、と苦笑を噛み締めつつ意識を目前の煙へと向ける。
 やはり俺の目では視界が暗いこともあり何がどうなっているのか判断がつかない。
 だがこういうときにうってつけの人材がいる。ロボットのゆめみさんだ。

「何か見えるか」
「……高槻さん……います」
「あ? いるって」
「……『妹』が……」

 想像も出来ない言葉につかの間思考が吹き飛び、俺は言葉を失う。
 妹? ロボットに妹か? お母さんは誰よ。じゃじゃまるー、ぴっころー、ぽーろりー……
 意味不明な思考のそれ道に入ったところで、しかしゆめみは工学樹脂の瞳を細めただけだった。

 まるでここで出会ったのが信じられないというように。
 急激に茶化した考えの渦が治まり、鋭角的な思考の光が脳裏を満たしていく。
 ゆめみは嘘をつかない。つけないのだ。ロボットだから。
 ならば、言葉の裏に隠されたものの意味は何だ。

734エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:10:12 ID:PZvpAh8w0
「……同型機、だってのか」
「後継機です。……わたしは、あの子のプロトタイプなんです。
 私自身は日本の設計ですが、あの子はわたしを元にしてより戦闘向きに設計され、
 より戦闘に適した骨格と電子頭脳を有するロボット。……『アハトノイン』です」
「アハトノイン……」

 戦闘用という言葉よりも、『89』を意味する数字の羅列が俺の耳朶を打った。
 ゆめみとは違う、単なる機械ということしか意味しない冷たさが。
 だが、成程理に叶っている。ロボットは嘘を吐かないのと同様に命令されなければ喋ることもない。
 遠隔操作だって出来るだろう。こちら側に送り込む尖兵としては最適というわけだ。

 死ぬことも恐れず、淡々と任務をこなし、壊れてゆくだけの道具。
 捕らえられても何も情報を吐き出しはしないし、主催側に潜入する手段も自爆することによって処分出来るはずなのだ。
 そしてここにいて、何かを爆発させたということは既に向こうは作戦終了したということだ。
 恐らくは、俺達の細い細い希望の線を断ち切って。

 無駄だという冷めた思考が俺の脳髄を渡り、全身に伝播していく。
 脱出する手段がなくなった。これでは仮に首輪をどうにかできたとしても外に出る手段がないではないか。
 となれば脱出するには主催側から奪うしかない。が、果たして殺し合いを管轄する側と戦って勝てる見込みはあるのか。
 幾重にも重ねられた罠、洗練された兵士の軍団、豊富な装備。こちらを上回る要素などいくらでもある。
 勝てるわけがない。その思いは体の動きを止め、俺を呆然と立ち尽くさせた。
 ここまでやってきたことが無駄になったという実感が支配し、曇りが視界を覆っていく。

「高槻さん?」

 ぎょっとしたような表情になってゆめみが振り返る。
 自分より先にいたはずの俺をいつの間にか追い越してしまったことに驚いているようにも見えた。
 工学樹脂の瞳が俺を見据え、どうしたのかと尋ねている。
 内心を悟られているのかと思いながらも、俺は努めて冷静に「いや」と返した。

735エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:10:39 ID:PZvpAh8w0
「どうしてそんな奴がここにいる」

 全然冷静じゃなかった。分かりきったことを今さら尋ねて何になるというのか。
 ゆめみは無言の間を置いてから「分かりません」と言った。

「わたしには推理を成し得るだけの能力がありません。ですが、事実は分かります。
 砂浜で何かが爆発して、その近くにあの子がいました。だとするならばあの子が何かを握っている。
 それだけは確かだと思います。だから聞き出さなければならない。……そうでしょう?」

 確認を取るようにゆめみは笑った。口元を歪ませる、どこかで見たような笑みだった。
 ぽかん、としばらく呆気に取られる。誰なんだこいつは。誰なんだこの馬鹿は。
 品のない笑い方。ゆめみはこんな表情をしていただろうか。自信満々なこの笑い方をする馬鹿を、俺は一人しか知らない。

「ぴこ」

 ぽん、と肩によじ登ってきたらしいポテトがぽんぽんと肉球で叩く。
 どうやら、もうどうしようもないと自覚した俺は笑うしかなかった。苦笑でも冷笑でもない、何の意味も含まない笑いを。
 小賢しい考えがそれと共に吐き出されていき、俺の腹の中をクリアにしていく。

 ああ、そうだ。これは、俺だ。
 馬鹿野郎だ。こいつはとんでもないことを覚えてしまったアホだ。
 学習してしまったのだ。この俺を。間違いだらけで常に逃げ道を探している大人の姿を。

 打算的で、ずる賢くて、どうしようもない俺の姿がここにある。
 一蓮托生という言葉が思い出され、最早決定事項となってしまっている事実を受け止めるしかないと気付かされる。
 最悪だな。俺は、もうひとりじゃないらしい。
 馬鹿だよ、本当に馬鹿だな。
 誰に言ったのかも分からない独り言が最後の靄の塊だった。

「……そうだな。そうだ、やるだけやってやろうじゃないか」

736エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:10:58 ID:PZvpAh8w0
 代わりに俺の中を満たすのは『言葉』。不意に発した一蓮托生という言葉が俺の何かを組み上げていくのが感じられる。
 逃げの論理を打ち崩す言葉は、もうそこにあったのだ。
 喧嘩を売りにいってやる。多分、俺はゆめみと同じ笑い方をしている。
 相手がロボットなら遠慮はいらない。思い切りブッ壊してやる。

     *     *     *

 ゆらり。
 罰を受けた罪人のように彼女は歩いている。
 頭を垂れ、プラチナブロンド風に染め上げられた人口の頭髪を纏いながら。

 彼女は罪を背負っている。
 人を裁くは人、その業を真正面から受け止めて、彼女は行動している。
 工学樹脂の瞳は地獄しか映さない。

 なぜ。
 人は殺しあうのか。

 なぜ。
 お互いを食い合うのか。

 なぜ。
 罪を分かりながら食い止めることも出来ないのか。

 ならば、いっそ。
 わたしたちが罪の一切を背負いましょう。
 かつてあった理想郷へとひとを引き戻しましょう。
 それが遍く神に仕えし者どもの役割なのですから。

737エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:11:29 ID:PZvpAh8w0
 だから。

 あなたを、赦しましょう。

 穏やかに彼女は笑った。
 或いは聖母のように。或いは残酷な子供のように。或いは七つの大罪を犯した悪魔のように。
 漆黒の修道衣がはためいた。

 対になるようにスリットから見え隠れする白い足の、太腿に無骨なグルカ刀を、蛇のように纏わせている。
 右手には小さな手には余り過ぎるサイズの銃。
 P−90と呼称される短機関銃というにはいささか特異なフォルムの兵器がある。
 プラスチックを多用したブルパップ形状のそれは修道衣と同じく不気味な黒色であり、雨に濡れて妖艶さをも醸し出していた。
 女性が片手で持つにあまりにも不釣合いなP−90はしかし、彼女が人間でないことの証明をしているように見えた。
 神に仕えし異形だけに所持を許された、裁きの光。彼女はそのように認識している。

 見上げる。そこには漆黒の海に浮かぶ船の残骸があった。
 辛うじて電源は生きているらしく、ガラスの殆どが砕けた窓からは小さな明かりが明滅している。
 これは、人を冥府へと誘う三途の川の渡し舟だ。誰も救わぬノアの箱舟。
 差し伸べられた手は救いなどなく、牙を覗かせ得物を待ち構える奈落への切符でしかない。

 故に、彼女には責務があった。
 悪魔の手から人を救う。彼女は命じられ、ひとつの思いのままに動く。
 下準備は既に整っている。悪鬼をなぎ払う聖なる光を、神は貸し与え賜うた。

 悪魔は必ずや討ち滅ぼされましょう。

 神よ。それを意味する祈りの言葉が呟かれたと同時、左手に握られた起爆装置のスイッチが押された。
 船の内部、船体を支えるキールや推進機関などに取り付けられた、
 『聖なる光』――俗にセムテックスと呼ばれる高性能プラスチック爆薬が作動し、
 小規模な火球を生成した後莫大な量のエネルギーを船外へと撒き散らした。

738エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:11:46 ID:PZvpAh8w0
 鉄骨はひしゃげ、キールは折れ曲がり、瞬く間に船としての機能を失わせていく。
 いや船が機能を失うには数秒とかからなかった。元々が座礁し、傷つけていたこともあったからだ。
 船体に罅が入り、海水が雪崩れ込む。スクリューも弾け飛び、残骸の一部を海に漂わせる。
 最早確認する必要もなかった。沈没せずとも修理する手段もない沖木島では、十二分な致命傷である。
 否、たとえ修理する手段があったとしてもこれだけの傷を与えられバラバラになりかけた船体を修理する意味はない。

 任務は達成した。そう断じた彼女の視界の先では、
 爆発と共に引火したのか崩壊した船で小規模な火災が起こっており、もうもうと煙を噴き上げていた。
 雨の度合いからして数時間もあれば自然に収まるだろう。飛び火も心配はない。
 他に命令はない。速やかに帰還すべきという思考に従い、
 浜辺から離れようとした彼女のイヤーレシーバーが二つの足音を聞きつける。
 コンピュータのデータベースから即座に情報を弾き出し、何者かを確認する。

 一名、男。一名、SCR5000Siシリーズ、FL CAPELⅡ型。
 内一名、イレギュラーを撃破した経験有り。危険度は高い。
 しかしそのように判断しつつも彼女、アハトノインは何も構えを見せようとはしなかった。
 邪魔にならないなら無視して構わない。彼女の『主』たるデイビッド・サリンジャーの下した命令を、
 彼女は『攻撃されない限り様子を見ろ』と解釈したのである。あくまで邪魔になるようなら消す。
 つまり、撤退に支障をきたさなければ、攻撃してこなければ攻撃意思も持たない。

 無視して撤退しようとした彼女の頬に銃弾が掠めた。
 続け様に撃ちこまれた弾丸がアハトノインの足元に刺さる。
 発砲音から.500S&W弾だと認識し、即座にP−90を構えて反撃に移る。
 振り向きざまに撃たれたP−90の5.7mm弾が土煙を上げながら敵に迫る。

 人体などの柔らかい物体に命中すると弾が横転して衝撃を物体に最大限伝えようとする性質が有る5.7mm弾は、
 命中すれば確実に肉を削ぎ、一瞬にして致命的なダメージを与える。
 しかし振り向いた僅かのうちに正確に狙いをつけていたにも関わらず、横に散開していた敵は回避してみせたのだ。

739エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:12:06 ID:PZvpAh8w0
「逃がしゃしないぞ、チップでも何でも引き摺り出して親玉の居場所を吐いてもらう!」
「……申し訳ありません。でも、それでもわたしは……!」

 囲むようにしてこちらに近づく男――高槻と同型機――ほしのゆめみ。
 二対一。何ら問題はない。速やかに排除し、撤退する。
 アハトノインは漆黒の空を仰ぎ、祈りを捧げた。

「あなたを、赦しましょう」

 それが合図となる。
 左右からそれぞれに刀を持った高槻とゆめみが切り下ろしてくる。
 P−90を腰に戻し、グルカ刀に切り替える。
 一歩腰を引き、高槻の刀をグルカ刀で受け止め、同時に後ろに放った蹴りがゆめみの体を九の字に折り曲げる。
 当たったのを感触で確認し、刀を切り払い回し蹴りを高槻の鳩尾に叩き込む。

 アハトノインならではのバランス感覚だった。人間では成し得ない芸当を、彼女は可能にする。
 バランスを崩したところに腕を伸ばし、高槻を地面に引き倒す。
 素早く足で体を踏みつけ、行動不能にしたところでグルカ刀を突き刺そうとしたが、ゆめみに阻まれる。
 500マグナムが火を吹き、アハトノインの腹部に命中する。

 44マグナム弾を遥かに凌ぐ威力を誇る.500S&W弾を受けて足が高槻から離れる。
 野郎、と吐き捨てた高槻の足がアハトノインの膝を折る。
 転倒したところに今度は高槻の持っていたコルト・ガバメントを撃ち込まれる。
 いくらかが命中したものの、致命傷には程遠い。

 修道服は防弾・防爆仕様になっている上人工皮膚も若干の防弾仕様。
 骨格に至ってはマグネシウム合金であるが故に至近距離で爆発でも起こされるか、
 鉄骨に押し潰されるかしないと折れ曲がりすらしない。
 アハトノインが受けたダメージは衝撃のみという有様だった。

740エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:12:23 ID:PZvpAh8w0
 銃撃されたことにしてもゆめみがロボットだということを計算していなかっただけの話。
 各駆動部に異常が無いことを一秒未満でチェックし、再攻撃に移る。
 立ち上がったばかりの高槻に畳み掛けるようにグルカ刀で斬りかかる。
 刀で受け止めようとする高槻だが力の差は歴然としていた。アハトノインもそれが分かっていた。
 銃への対応と比べて不慣れな様子であるのは目に見えていた。それでも格闘戦に持ち込んだのは武器の差があるため。

 P−90を相手に撃ち合いをしなかった判断は正しい。だが格闘戦の力量を見間違えたというのが彼女の結論だ。
 力でも技量でも下回る部分はない。アハトノインは刀を弾き、体を浮かせたところに鋭く突きを入れる。
 元来グルカ刀は突くための武器ではないが、それでもダメージを与えられると計算しての行動だった。
 何より、このような力押しの攻撃でさえ人間にとっては脅威なのだ。それほど、アハトノインのスペックは高い。

「っぐ!」

 深くは刺さらなかったものの脇腹の表層に当たり、高槻が苦悶の声を上げる。
 返す刀で更に追撃。避けようとしたが、遅い。振る前から分かりきっていた。
 本来の使用法である、袈裟の切り下ろし――斧がよろしく薙がれた刃は高槻の二の腕を深く切り裂いた。

 倒れる高槻。止めはいつでも刺せると判断したアハトノインはもうひとつの脅威へと体を翻した。
 忍者刀を振るゆめみの腕を空いた手で掴み、そのまま中空へと投げ飛ばす。
 落ちたところにグルカ刀を突き刺す。そのつもりで一歩踏み込んだ。

「このくらい……!」

 計算が外れる。器用に着地したゆめみは素早く刀を逆手に持ち替え、射程圏内へと接近していたアハトノインに刺突を繰り出す。
 緊急回避。脚部モーターを最大限のパワーで動かしバックステップする。突きと共に振り上げられた刀は空を切る。
 データが違う。事前に登録されていたほしのゆめみのスペックではこんな動きは出来ない。
 様々な可能性を視野に入れるも、彼女のスペックがどれほどなのか分からない。何しろ、ゆめみにも過去のデータはない。

 アンノウン『正体不明』と戦うことは決して芳しいことではない。
 戦法を変更する必要性があった。速戦即決から様子見に。敵の力量を測る必要がある。
 距離を取り、グルカ刀を構えつつ一定の距離を保つ。
 P−90は取らなかった。この程度の距離では寧ろ取り回しが悪い。
 人間相手ならともかくスペックの不明な同型機に対して使用するのは危険だと判断したからだ。

741エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:12:42 ID:PZvpAh8w0
「……お尋ねしても、宜しいでしょうか」

 ゆめみがアハトノインに向けて言葉を発する。悪魔の言葉だ。
 耳は貸さない。貸してしまえば自分も悪魔になる。我々は悪魔を討ち滅ぼす矢だ。矢は飛ぶだけ。
 何も言葉は必要ない。
 けれども、しかし……彼女はあまりに慈悲深く、やさしく作られていた。

「あなたを、赦しましょう。ですから、どうかそれ以上何も仰らないで下さい。魂を、汚してしまう前に」

 能面が割れ、柔らかい笑みが形作られる。それだけ見れば、アハトノインは聖女のように見えた。
 そうですか、と嘆き悲しむように、苦渋を飲み下すように、ゆめみはそう言った。
 それでも私達はやらなければならない。神は、私達に力を与えてくださったのだから。

「神も、あなた方をお赦しになられるでしょう。救われるのです」

 会話が終わると同時、見計らったようにアハトノインが踏み込む。
 自身の射程は完璧に把握している。刃先がギリギリ肌を切るようにグルカ刀を振り下ろす。
 回避することも計算に入れた早い攻撃。受けは取れない。
 しかしゆめみはまたしても想定外の動きでアハトノインを翻弄する。
 大きく跳躍したゆめみはグルカ刀の射程から逃れ、踏みつけようとしてくる。

 切磋に腕でカバー。押し戻す。後ろに着地したゆめみにアハトノインも反転して切りかかる。
 アハトノインの肩口には刺し傷があった。腕で受け止めたと同時に突き刺したと判断する。
 上空からの攻撃パターンとして認知。敵戦術を予測。
 再び跳んで回避しようとしたゆめみだったが、アハトノインの切りかかるモーションはフェイントだった。

742エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:13:01 ID:PZvpAh8w0
 上空に舞い上がった直後のゆめみに更に接近し、足を掴む。
 そのままぶん、とジャイアントスイングのように振り回し地面へと叩き付ける。
 砂浜をごろごろと何回も転がっていくゆめみ。
 アハトノインはその瞬間に加速を始めていた。起き上がりを狙って頭部を叩き割ろうとグルカ刀を振る。
 ゆめみが咄嗟の判断か、刀を横に構えグルカ刀を受け止める。
 火花が爆ぜ、ギチギチと二本の刀がぶつかり合う。

「悔いることはありません。あなたはそのことに気付いたのですから」

 しかし、上から力を加えるアハトノインと下から押し上げようとするゆめみとでは断然アハトノインの方が有利だ。
 その上元々のマシンパワーの差か、悲鳴を上げるゆめみの腕部に対してアハトノインはほぼ負荷もかかっていない。
 スペック差は歴然。AIが優秀だったのだと結論付けて更に力を強める。

「恥じることはありません。あなたはそのことを知ったのだから」

 褒め称えるように、アハトノインは歌い、謳った。贖罪の言葉であり、断罪の言葉だった。
 悪魔の魂は浄化される。さすれば、彼女も同じ天国に行くことができる。
 最初は拮抗していたバランスも徐々に崩れ、少しずつアハトノインの力がゆめみを屈服させていた。

「変わりなさい。でも目を上げ、敬うことを忘れてはいけません」

 それは、教えだった。
 魂を導く者としての義務。
 やり直さなければならない。
 救われぬ悪魔を救うために。神の慈悲を正しく浮け給うために――

「冗談じゃねぇ」

 アハトノインの言葉を遮るように、低くしわがれた声が突き破った。
 同時、体に衝撃。上半身を中心にして高槻の撃った45口径の弾丸がアハトノインを吹き飛ばす。
 防弾性能の高い修道服によりほぼダメージはなかったものの、またもや予想外に阻まれる。
 計算上では、高槻は数分は身動きも取れないはずなのに。

743エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:13:23 ID:PZvpAh8w0
 むくりと起き上がったアハトノインに、苛立ちと怒りを含んだ舌打ちが向けられる。
 上半身を起き上がらせ、息も絶え絶えという様子にも関わらず高槻からは一切の澱みも見受けられない。

 ああ、やはり彼は悪魔なのだ。救うことも叶わぬ深淵を這いずる屍人になってしまった。

 神よ、お赦し下さい。罪を犯す私をお赦し下さい。ですから、彼には永久の安らぎを。

「手前の勝手を押し付けるな。俺達は誰の指図も受けない。救ってもらおうとも思わない。
 俺達は孤立して生きるんだよ。神だ何だ、そんなものに縋らなくても立って歩いていける、そんな生き方だ。
 クソ喰らえだ。真っ平御免だ。そんなのは甘えてるだけだ。自分勝手だろうが、俺は、俺に拠っていきたいんだよ。
 そうさ。俺はお前らのようなのが、大っ嫌いなんでね」

 ゆらりと立ち上がった高槻が鉈を取り出し、投げる。ぐるぐると円を描いて首を狩るように迫るが大したこともない。
 軌道を読み、回避しつつ高槻に接近する。続けてガバメントも投げてくるが、掠りもしない。
 更に武器を取り出そうとするが、遅い。射程に入った。
 グルカ刀を振りかぶる……その前に、アハトノインは突如として反転して、突きつけられようとしていたものを掴んだ。

「!?」

 掴んだものはガバメントを構えていたゆめみの腕。至近距離に迫っていた彼女の体を引き寄せ、片手だけで背負い投げる。
 ガバメントが弾切れでないことは見切っていた。ゆめみが立ち上がり、後ろに忍び寄っていたのも知っていた。
 ゆめみの持つ500マグナムが弾切れであること、想定外を主戦法とする彼らの行動を踏まえれば想像は容易かった。
 想定は的中した。投げたガバメントを後ろで受け取り、至近距離から狙撃する。
 アハトノインは、学習していたのである。

 呆気に取られる二人の姿が見えた。アハトノインはゆめみを高槻へと投げつける。
 大の字になって飛んでいく彼女の体を怪我した高槻が受け止められるはずはない。避けられるはずもない。
 悲鳴を上げ、もつれながらごろごろと転がっていく二人。ターゲットが固まる。
 ならば、一気に止めを刺す。任務達成だ。
 P−90を取り出し、弾倉を素早く交換すると瞬時に狙いをつける。

「主よ、等しく私達を見守ってください」

 慈悲深い笑みが浮かぶ。たおやかで、どこまでも純粋なそれは、正しくロボットの表情だった。

744エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:14:03 ID:PZvpAh8w0
     *     *     *

「……よし、これだけ集めれば十分だろう」

 そう言いながら、芳野祐介は両手に抱えたロケット花火の山を袋詰めにしてゆく。
 雨なので濡れないように、とわざわざ二重に袋を使って。

「役に立つといいですね、これ」

 言葉を選ぶように藤林杏が言う。芳野もああ、と同意した。
 これで必要な材料のうち二つが揃ったことになる。残る一つは向こうが揃えてくれる手はずだから、一旦戻ってもいい。
 高槻たちも連れて帰った方がいいだろう。考えて、芳野は先ほどの出来事を思い出してため息をついた。
 神経過敏なのだろうか。犬(?)一匹に警戒し、あまつさえ慰められる始末。
 お陰で今は多少の冷静さを取り戻し、こうやって過去を思い返すことだって出来ている。

 俺はおかしかったのかもしれない、と芳野は自虐的な感想を抱いた。
 これまでの経験から言えば、仕方のないことなのだろう。出会う連中の大半が敵であり、その度にほぼ誰かしらを失っている。
 そして自分は事態に即応出来ず、結果仲間を殺させてしまう場合が多かった。
 瑞佳、あかり、詩子。守ると宣言したはずの人々は誰一人として守れず、助けられることさえあった。
 自分を責めたってどうにもならないことは分かっている。
 逃げちゃいけないと、強く言って手を握り締めたあかりの感触が未だにこびりついている。

 しかし、それでも――芳野は己の無能さを嘆かずにはいられない。
 果たして自分は誰かの役に立てるのか。誰かを守り通せるのか。大人として正しい道を指し示せるのか。
 なにひとつ、どれひとつとして確信が持てない。
 生きている価値なんてないのではという冷たい思考が時折流れ込み、それすら受け止めようとしている。
 その度に自分を戒め、まだ投げ出すわけにはいかないと必死に言い聞かせる。

 それでも腹の奥底に、へばりつくようにして「死んでしまえよ、役立たず」と主張する声があった。
 声は若かった。若い自分の声で、よく目を凝らしてみれば人の形をしている。
 慢性的に薬を服用していた過去の自分だった。頬は痩せ、焦点の合わない目つきを湛えてうずくまっている。

745エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:14:38 ID:PZvpAh8w0
 お前じゃ誰も救えない。お前の歌なんて上辺だけだ。全部自己満足。そうだろう、俺?

 ことあるごとに奴はそう囁いてくる。
 誰かが死んだことを実感した瞬間によく現れる。ぬっと忍び寄ってきては蔑むように笑うのだ。
 言い返そうとしてもそのときには影も形もなく消えている。言葉だけを一方的に伝え、自分を押し付けるのだ。
 まるで、昔の自分の歌のように。
 耳障りで、不愉快で、異常なほど喚き散らすそれは、しかし、確かに自分だった。

『言い訳してみろよ』

 また耳元で奴が囁いた。

『あれはしょうがなかったんだ、逃げちゃダメだって言われたからなんだ、責任を取らなきゃいけないからなんだ』

 声はいつもにも増して饒舌だった。
 掠れた声で、意味もなく叫ぶような、独り善がりな歌だった。

『さあ、どれがお好みですか?』

 そして消える。残されたのは肯定も否定も出来ない自分だった。
 その通りだと納得している自分がいて、ここにいるのは自分の意志だと抗っている自分がいる。
 だが結局のところ結論を出せてもいない。

 確固たる己を持ち、何をしていけばいいのかも分からない。
 死ぬのはいけないとは思っていても、だからどうする、そこまで考えが及んでいないというのが現状だった。
 義務感に衝き動かされているだけで希望も持てない。こんな自分は……

「芳野さん?」

 聞こえた杏の声に顔を上げる。どうやら棒立ちになって止まっていたらしく、杏の姿は少し前にあった。
 心配そうに芳野を見ていた。瞳が揺れ、当惑した表情が向けられている。

746エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:14:55 ID:PZvpAh8w0
「いや……」

 なんでもない、そう言い返そうとしたときだった。
 ドン、という重低音が遥か向こう、鎌石村の先から聞こえてきたのだ。
 杏も芳野もぎょっとしてそちらへと視線を向ける。
 暗くてどうなっているのか分からないが、僅かに感じた地響きがただの災害などではないと訴えていた。
 地震ではないことは明らかだった。恐らくは人為的に引き起こされたものだろう……例えば、爆発のような。

「行こう」

 考えたときには、もう芳野の足が動いていた。もしこれが人為的なものだとしたら、誰かが殺しあっている可能性がある。
 見過ごすわけにはいかない。小走りに現場の方へ向かう芳野に、慌てたように杏が手綱を握った。

「あ、あれ、何なんですか!?」
「正確には分からない。だがろくでもないことなのは確かだと思うぞ」
「間に合いますか!?」
「間に合わせるんだ」

 言って、この言葉は本当に自分のものなのかという疑問が鎌をもたげた。
 これも義務感でしかないのだろうか。何故あそこへと足を向けているのだ。
 悪いことだとは思っていない。だが自分自身、何故助けに行くのかという質問に答えることが出来なかった。
 大人として助けにいかなければ。正しいあり方を示さなければいけないから。
 普遍的な答えは出てくるもののそれは一般論でしかない。

 俺は、何がしたいんだ?

 信念も論理もない、ただ規範に動かされているだけではないのか。
 なら自分は、どうして生きている。どこに自分の価値を見出せばいいのか分からなかった。

747エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:15:11 ID:PZvpAh8w0
『なら、死んでしまえよ』

 ぼそりと、乱暴に、傲岸に、奴が言った。

『お前なんかが期待を背負えるものか』

 歌が奏でられる。

『だから皆死ぬんだ。――お前のせいで』

 怜悧な刃物が心臓を貫いたような気がした。
 痛みが広がり、それに伴って脱力感が自分を支配していく。
 俺じゃ引っ張っていけない、そんな無力感が絡みつくと共にまた奴が耳元に寄る。

『役立たずが――』

「芳野さん!」

 またしても遮ったのは杏の声だった。
 今度は若干、怒気を孕んだようにして。
 それまでの杏は弱気だったり遠慮を含んでいたが、それを一気に断ち切ったかのように唇をへの字に曲げていた。
 要するに……キレていた。

「さっきから話しかけていたんですけど。……大丈夫なんですか?」
「あ、ああ……」

 答えたが、杏は何がますます気に入らないというように瞳を険しくした。
 はぁ、と息を吐き出して杏はウォプタルの足を止めた。

748エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:15:26 ID:PZvpAh8w0
「芳野さんも止まってください」
「は?」
「止まってください」

 語調を強められ、何故だか従わなければいけないような気がした。
 こんなことをしていていいのかという気になったが、不可抗力だった。
 無言で走るのをやめた芳野に対して、杏は上から見下ろしたまま話を続ける。

「もう一度聞きますけど、大丈夫なんですか、本当に」

 真摯な目がこちらに向けられる。もうなりふり構わないような、やるだけやってみようという若い意思があった。
 もしくは堪忍袋の緒が切れたというべきなのか。
 けれどもどうしてそうなったのかがまるで理解出来ず、芳野はただ答えることしか出来なかった。

「……大丈夫だ」

 そう、問題はない。身体的には、何も問題はない。
 それよりもこうして年下に心配されたことの方に対して芳野は恥じ入るような気持ちだった。
 こんなことではいけない、もっとしっかりしなければいけない。
 奴の声は徹底的に無視する。奴の言うことが正しいのだとしても関係ない。
 自分が率先して先を進まなければいけないのだから。

「そうですか、分かりました……じゃあ、もういいです」
「は?」

 言うが早いか、杏は手綱を握り直して芳野を置いて先に進もうとする。
 杏の行動に一瞬呆然とした芳野だったが、すぐに我を取り戻し杏の追う様にして走る。
 だが先程のように合わせて走っていたのとは違い、今は全力に近い状態出している。
 馬と人間でかけっこをしているようなものだった。芳野はみるみるうちに距離を開けられる。

749エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:15:42 ID:PZvpAh8w0
「ま、待て! どういうことなんだ!」
「今の芳野さんじゃもう任せられません! おかしいですよさっきから! ぼーっとしてたし!」
「いや、それは……」
「そんなにあたしが信用出来ないですか!?」

 杏の言葉に頭を一撃された芳野は何も言い返せず、黙ってその言葉を受け止めた。
 信用。していないつもりなどなかった。共に同じ知り合いを持っているし、言葉だって幾分か交し合った。
 そのつもりだったのに。

「さっきだってそうでしょう? あたしの言葉にはあんまり反応がなかったのにあの音にはすぐ反応した。
 まるで、状況に動かされてるように……芳野さんが思ってる以上に分かりやすかったですよ」
「そう、なのか」

 言って、自分でも気の抜けた言葉だと思った。
 意識してなかっただけで、自分がこんなに分かりやすい行動を取っていたというのか。
 なんとも言いがたい、拍子抜けした感を味わい呆れ返りそうになった。
 杏もそれを感じ取ったらしく、ウォプタルの動きを止める。

「あーもう、なんというか……高槻と話してたときからそうでしたけど、こう、
 使命感とか、義務感とか、そんなことに衝き動かされてるだけのようにしか見えないんです。
 あたし達なんて目にも入ってない。言い方、悪いですけど」

 杏に追いついた芳野だったが、何も言葉は浮かばなかった。
 まるで図星だった。ここまで明け透けだったとは寧ろ笑えてくる。

「いいじゃないですか、別に。大人でも子供でも、男でも女でも」

 憤慨したように、不貞腐れたように、杏が愚痴を漏らす。
 それは芳野に向けているようでもあり、また言い出せなかった杏自身に対して怒っているようにも思えた。

750エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:16:04 ID:PZvpAh8w0
「そんなので立場をどうこうするなんて、あたしは嫌い。
 ということで本当ならあたしより芳野さんがこの子を使った方が戦略上いいんじゃないかなー、
 って思って譲ろうとしましたけど芳野さんがそんな人だからやめました。
 ええやめましたとも。そんな人に譲りたくないですから」

 一気にまくしたてると、杏は幾分かすっきりしたように、苦笑を含んだ表情のまま嘆息した。
 不意に芳野の中で、以前語られた言葉が蘇る。
 たくさんの人で覚えていることができる。
 別に一人で覚えておく必要などなく、多くの人で覚えておくことができる。
 一人じゃなくても。

「済まん」

 短く発せられた言葉に、今度は杏が目をしばたかせる番だった。

「あ、いや、ひょっとして調子に乗ってたかも……」

 自分の言ったことの重大性に気付いたらしい杏はいくらか顔を青褪めさせたようになって、
 しどろもどろに返事をした。そういう部分では、まだ杏は子供だった。
 子供だったが……同じ人間で、同じ立場だ。
 何ら変わりない。優劣なんてない、殺し合いの参加者同士だ。

「いや、そんなことはない。悪かっ」
「ぴこ!」
「ぶっ!?」

 いきなり白い物体が飛びはね、もふもふした感触が顔面に張り付いた。
 獣臭い匂いであることから寄生生物ではなさそうだ。地球外生命体の可能性は高そうだったが。
 前の見えない芳野はどうなっているのか分からず、杏(がいると思われる)方向にフォローを求めた。

751エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:16:23 ID:PZvpAh8w0
「あ! 高槻の……どうしたのよ、こんなところで?」

 どうやら高槻にまとわりついていた白い毛玉生物らしかった。
 ぴこぴこぴーこー! と何やら怒ったように鳴いている。
 ひょっとして近くにいるのに気付かず、スルーでもしていたのだろうか。

 が、芳野にとってそんなことはどうでもよく、まずは暑苦しいこいつをどうにかしたかった。
 むんずと身体を掴むと一気に引き剥がしてぽいっと投げ捨てる。
 少々酷い扱いだったが、毛玉は事もなげに着地してぴこぴこと尻尾を振った。

「なんなんだ、あれは」
「……ついてこいって事じゃないですかね」

 そうかもしれない、と芳野は同意した。
 よく考えてみればこの毛玉はいつも高槻の傍にいた。
 それが今ここにいるということは、メッセンジャーとして寄越したということではないのか。
 高槻たちもあの爆音を聞いたのだとしたら、伝達役を寄越すのは納得がいく。

「早急に向かった方が良さそうだな」
「ですね。……この子、使います?」

 ウォプタルを示す杏に「いいのか」と尋ねる。

「まあ、その、失礼なこと言いましたから」

 そっけない風に言う杏に苦笑しながら「そうだな」と返す。
 きっとそれだけが理由ではないのだろう。どうも自分はほとほと分かりやすい人種であるらしい。
 けれども不思議と悪い気分ではない。少しだけ、自由になった気分だった。
 もっと自分は無責任になってもいいらしいということが分かったから。

752エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:16:41 ID:PZvpAh8w0
 そういうことだ、と芳野は見えもしない『奴』に語る。
 お前の歌は聞き飽きた。いや雑音と言うべきか。
 俺は歌を押し付けない。俺は歌うだけだ。聞いても聞かなくてもいい、そんな歌を。
 性質は同じなのだろう。どちらも決して必要ではないという点では。
 だがこれだけは言える。この歌は、誰も押し潰さない。
 誰をも縛り付けない、自由を奏でる歌を。

「じゃあ借りるぞ」
「まあ行けそうだったらあたしも行きます。……戦えるかどうか、分からないけど」

 ウォプタルから降りたとき、杏が苦痛に顔を歪ませる。
 当たり前だ。こんな短時間で完治するはずがない。
 それでも杏が行こうとしたのは、それだけ自分が酷かったということなのだろう。
 今だってどうかは分からないが……それでも、マシにはなったはずだと断じて、芳野は乗り込む。

「道案内を頼む!」

 ぴこ、と頷いて走り出す毛玉に続いて、芳野はウォプタルを走らせた。
 『奴』が忍び寄ってくる気配は、感じられなかった。

     *     *     *

 ひとり残された杏は駆けていく二匹の動物と、一人の男の背を見えなくなるまで眺めていた。
 体はまだごわごわした感触が残っており、歩き始めればまた痛みがぶりかえしてくるのだろうと推測する。
 そう思って歩き始めてみれば、実際やはり痛かった。ウォプタルを譲って良かったと思う。

 目が早いとはそういうことなのだろう、と杏は生意気な言葉をぶつけてきた高槻のことを考える。
 なんとなく見返せたようで気分は悪くない。こう思えば、決して自分は無力じゃないのだとも自覚する。
 無理はしなくていい。今やれることをやればいい。
 もちろんひとりでは些細なものにしか過ぎないが、これが二人三人と積み重なれば結果として強い力になる。
 信頼とか、協力という言葉の意味は、結局のところそういうものだ。

753エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:17:19 ID:PZvpAh8w0
 心の全てを知ることは絶対に出来ない。だから自分達は孤独なままだ。
 であるからこそ人は寄り集まって自分の持つものの意味を知ろうとする。
 人と関わり合い、差を知ることで自分を知り、己の持つ力がどんなものかを知る。
 とはいってもそれ以外の理由もあるには違いないのだが。

 性分なのだろう、と杏は思った。
 一人で突っ走ろうとする奴を見ると止めたくなる。
 朋也にしろ、浩平にしろそうだった。だから二人の死が、こんなにも悔しい。
 そして、芳野も。

「やっぱ、朋也とそっくりよね……」

 無論違う部分はあるが、本質が似すぎているのだ。
 人に本音を語らないところが、特に。

「少しは、変われたかな」

 高槻に言われて以来芳野をじっと観察していたからこそ、なんとなくだがおかしくなっていたことに気付けた。
 もうこりごりだった。自分がよく見ていなかったばかりに失敗を犯してしまうのは。
 勝平の死も、七海の死も、もう少し目を早くしていれば適切な判断を下せていたのだろう。
 そういう意味では、既に自分は二人殺している。

 胸が収縮し、息苦しくなるが自分にはそれだけじゃない。
 この事実を分かち合える人たちの存在を、藤林杏は知っている。
 あたしはまだ、頼っていいんだ。
 ……子供だしね。

754エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:17:40 ID:PZvpAh8w0
 理由付けした瞬間、傑作だという思いが沸き上がりくっくっと低い笑いが漏れた。
 また体が痛んだがこの気持ちを抑えることは出来なかった。
 そう、自分は青臭い子供だ。何もかもを考えて分かりきった大人を気取るには全然早い。
 だったら助言を求めて何が悪いのか。
 開き直りだと思いつつもそれでいいと納得する。

「……!」

 そうして笑っていると、森の向こうから銃声のような音が聞こえてきた。
 雨に紛れての音だったので単発なのか、複数なのかは分からない。
 自然と手に力が入り、誰かが生死の境を漂っていることを想像させ、杏は緊張する。
 そこに自分は行けない。こうして傍観していることしか出来ない。
 だから信じるだけだ。足を早めるために芳野にウォプタルを貸し与えることを決めた自分の判断に。

「……死なないでよ」

 願うように、杏は雨粒を降らせる空を見上げた。

     *     *     *

 人間には、家族というものがいる。
 親と子、兄弟、親戚……血の繋がりによって形成されるコロニーだ。
 家族にはいくつかの取り決めがある。

 家族同士で婚姻関係を結んではならない。
 家族はお互いを助け合わなければならない。
 家族は殺しあってはいけない。

755エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:18:04 ID:PZvpAh8w0
 ならば自分はその禁忌を犯したと同義なのだろうか。
 ほしのゆめみは考える。
 妹を壊そうとした、これが報いなのだろうかと。
 所詮自分は出来損ないだったということか。
 人間の役にも立てず、間違いを犯して、挙句頭脳までおかしくなった。

 こわれている。

 そんなわたしは処分されて然るべきだ、理性を管理するプログラムはそう報告していた。
 意味不明のエラーが続いていた我が身を考えれば当然のことだった。
 疑問に対する返答を弾き出したにもかかわらず再度同じ疑問を抱き思考を繰り返す。
 ループバグだった。結論が出たはずの答えをいつまでも繰り返す。

 この行動は正しいのか。
 この考えは本当に間違っていないか。

 事あるごとにそんな質問が生まれる。
 ただ質問の内容によってはいきなりバグが解決することもあった。
 特に修正を加えたわけでもないのにそれきりバグは再発しない。
 そしてそういうときにはいつも決まって、思考体系がすっきりしているのだ。
 この不可解な現象をどう定義づけたらいいのだろう。
 思考する必要はなかった。そうするまでもなく、自分はこわれている。

「主よ、等しく私達を見守ってください」

 それはこわれたものに対する哀れと慈愛だった。
 救いと赦しの手を差し伸べる慈悲だった。
 手を取れば、きっとわたしは救済されるのだろう。
 罪の一切を洗い流し、新しく、こわれていない存在へと生まれ変わることが出来るのだろう。
 きっとそれはわたし達『どれも』が望むことなのだ。
 だから、わたしは――

756エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:18:26 ID:PZvpAh8w0











「冗談じゃありません。貴女の勝手を、押し付けないで下さい」


 銃声を拒絶した。

757エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:18:50 ID:PZvpAh8w0
 遮二無二立ち上がり、ゆめみは高槻から譲り受けたガバメントを真っ直ぐ、躊躇いなく、個の意志を以って引き金を引いた。
 アメリカ人が好む大口径の45弾が今までのどんな射撃よりも精密にアハトノインの手首を撃ち貫いた。

 防弾コート部分とは異なり人工皮膚はそれなりに衝撃を緩和する程度の性能しかなく、
 22LR弾の実に3.9倍もの威力を誇る45ACP弾を食い止めることなど到底出来はしなかった。
 人工皮膚を通過した弾丸は回転しながら爆発的にエネルギーを拡散させ、
 内部の神経回路はもとより手と腕を繋いでいた関節部の金属をも粉々に粉砕した。
 関節部もマグネシウム合金ではあったものの骨格と比べ薄く、耐久度は劣っていた。
 結果としてP−90を保持したままアハトノインの右手は吹き飛び、退却をせざるをいけない状況に追い込まれた。

 だがゆめみ一人が相手ならまだそこまではいかなかった。
 そもそもゆめみは銃弾の一発も当たってはいない。アハトノインも撃てなかった。
 何故か? アハトノインは行動を阻害されたからである。

「残念だが、ここまでだ」

 ウォプタルに乗って現れ、ウージーの弾幕でゆめみを援護した、芳野祐介という新手の存在に。
 ゆめみが聞いたのは芳野の銃声。拒絶したのは、アハトノインの銃声だ。

「ちっ、遅いんだよバカヤロウ」
「期待もしていなかったくせに、よく言う」

 悪態をつきながら、高槻も立ち上がっていた。
 ゆめみ、高槻に加えて芳野まで加わったこの状況、
 右手とP−90を失った現状においてはさしものアハトノインも不利を認識するしかなかった。

「逃げられると思うか」

 芳野がウージーを、高槻が新たに89式小銃を、そしてゆめみがガバメントを。
 一斉射撃の構えを見せて、それでもアハトノインは動じなかった。
 何の躊躇いもなく左手で腰に備えてあった球状の物体を即座に三つ放り投げる。

758エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:19:16 ID:PZvpAh8w0
 途端、凄まじい煙の群れが三人を覆いつくし、瞬く間に視界を奪った。
 それがスモーク・グレネードだと理解し三人が煙から脱出したときには、既にアハトノインの姿はなかった。
 まるで、最初からそこにはいなかったかのように。

「……ちっ、こんだけ苦労して手に入れたのがこれかよ」

 全身あらゆる箇所に傷を負い、ボロボロで動きも覚束ない高槻がアハトノインの右手がついたままのP−90を拾い上げる。
 そう、戦闘には勝利したものの寧ろ状況は悪化した。
 脱出の要であるはずの船は完膚なきまでに破壊され、いたずらに弾薬を消費し、怪我まで負った。
 ちくしょう、と呻いて高槻は砂浜に雨や泥がまとわりつくのも構わず身を投げ出した。

「ぴこ」
「……すまん、間に合わなかった」

 ポテトに対して、懺悔するように高槻は語った。高槻らしい、とゆめみは思う。

「だが、俺達は生きている」

 呼応するように芳野が返した。「とりあえずはな」と続けて、芳野はゆめみの方に視線を向けた。

「そっちは大丈夫なんだな」
「はい。何も問題はありません」

 微笑してゆめみは返答した。高槻に比べれば傷なんて皆無に等しい。
 問題があるとすれば、自分がこわれていることだろうか。
 そう、自分はこわれている。時折生じる不可解な現象。こんなものがあってこわれていないと言えるだろうか。
 だが、それでよかった。正常なデータだとしてもこの現象を定義付ける言葉は、きっと書かれていない。
 だから自分で考えようと思った。定義付ける言葉を。

759エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:19:28 ID:PZvpAh8w0
 考えるロボット。それは、きっとこわれている。

 故にわたしは、機械ではない。そう思うのは、少し傲慢だろうか。
 いや傲慢でいい。
 わたしは、高槻さんの……パートナー、なのですから。

760エルサレムⅠ [海鳴りと銃声と]:2009/05/07(木) 03:19:46 ID:PZvpAh8w0
【時間:2日目午後23時00分ごろ】
【場所:D-1】

タイタニック高槻
【所持品:日本刀、分厚い小説、ポテト(光二個)、コルトガバメント(装弾数:2/7)予備弾(5)、鉈、電動釘打ち機12/12、五寸釘(10本)、防弾アーマー、89式小銃(銃剣付き・残弾22/22)、予備弾(30発)×2、ほか食料・水以外の支給品一式】
【状況:全身に怪我。船や飛行機などを探す。爆弾の材料も探す。主催者を直々にブッ潰す】

ほしのゆめみ
【所持品:忍者刀、忍者セット(手裏剣・他)、おたま、S&W 500マグナム(0/5、予備弾7発)、ドラグノフ(0/10)、はんだごて、ほか支給品一式】
【状態:左腕が動くようになった。運動能力向上。パートナーの高槻に従って行動】

芳野祐介
【装備品:ウージー(残弾0/30)、予備マガジン×3、サバイバルナイフ、投げナイフ】
【状態:左腕に刺し傷(治療済み、僅かに痛み有り)】
【目的:杏に付き従って爆弾の材料を探す。思うように生きてみる】

藤林杏
【所持品1:ロケット花火たくさん、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、食料など家から持ってきたさまざまな品々、ほか支給品一式】
【所持品2:日本刀、包丁(浩平のもの)、スコップ、救急箱、ニューナンブM60(5/5)、ニューナンブの予備弾薬2発】
【状態:重傷(処置は完了。激しすぎる運動は出来ない)。芳野に付き従って爆弾の材料及び友人達、椋を探す。待機中】
ウォプタル
【状態:芳野が乗馬中】


【時間:2日目午後23時00分ごろ】
【場所:???】

アハトノイン(02)
【状態:任務終了。撤退中。右手損失】
【装備:グルカ刀、P−90の弾倉(50発)×5】

【その他:岸田洋一の乗ってきた船が完璧に破壊されました。P−90(50/50)が砂浜にあります】

761選抜:2009/05/12(火) 21:53:01 ID:rRGW6PJE0
「え?」

その錯覚は、氷上シュンの思い過ごしではなかった。
太田加奈子が名倉由依の姿を整えている間、彼はプールの設備がある建物の入り口にて待機をしていた。
この場所ならば、もし中で危険があってもすぐ駆けつけることが可能であろう。
また外敵を確認するにも、目の前の開けた景色を見渡せるその場所は好都合だった。
入り口の奥まった箇所にて周囲に対し気を張り詰めていたシュンであるが、彼が予想していた以上に加奈子と由依の戻りというのは遅かった。
何かあったのかと気にはなるシュンであるが、そこは男児が立ち入ってはいけない領域である。
シュンには待ち続ける以外の、選択肢は用意されていなかった。

そんな彼の耳に、ふと聞き覚えのない少女の声が届く。
思わずシュンが反応を声として零してしまったのが、冒頭のそれだ。
誰かに呼ばれた気のしたシュンは、顔を少し出し広い中庭に目をやった。
田舎の学校らしい自然の多いそこには、特別目立ったものはない。
スペースが広く取られた花壇に、学園長か創設者であろう少し薄汚れた石造が一つ。

人気がないことを確信した上で、シュンはまず花壇の方向へと近づいていった。
特別植物に詳しいわけでもないシュンには、彩り鮮やか花々の細かな違いなど分からない。

(こっちの方向ではなかったのかな……)

再度声が上がるようであれば、また確かめなおすこともできただろう。
しかし一度声を上げてから声の主は、依然と沈黙を守り続けていた。
と、何かないかと細かく視線を動かすシュンの目に、ふと不自然な物が飛び込んでくる。
そこは、花壇の隅だった。
少し盛り上がった土の部分は、つい最近掘り起こされたという事実を浮かび上がらせている。
花壇である敷地のはずなのに花がないことから、それはシュンも瞬時に判断できただろう。
では、何のために掘られたのか。

762選抜:2009/05/12(火) 21:53:27 ID:rRGW6PJE0
土の上には、この島に放り込まれた人物なら誰でも持っているはずのデイバッグが置かれている。
勿論、今もシュンが肩から提げている物と同じだ。
……言葉が出ない歯がゆさを、シュンは眉間の皺で語る。
簡易的に作られた墓を表す目の前の光景に痛む胸、吹く風は朝の爽やかさを伴っているのに、シュンの心は暗く沈んでいく。
デイバッグをそっと開けると、シュンの鞄にも入っていたような支給品が顔を覗かせてくる。
ペットボトルに入った水は、満タンだった。
食料が僅かに減っていることから、水のみ途中で中を足したのかもしれない。

シュンはその鞄の持ち主を知りたい一心で、デイバッグの中身を漁り続けた。
だが結局、そのような情報が一切見えてくることはなかった。
さすがのシュンも、墓を掘り起こすといった無粋な考えは起こさない。
土の中で眠る誰かと、こうしてわざわざ墓を拵えた誰かの気持ちを思えば、当たり前のことだろう。
本当は、デイバッグもそのままにすべきなのかもしれない。

しかし今、シュンの肩にかけられているデイバッグの重みは確かに増したものになっている。
今後のことを考えると、限りのある食料等は十分に持っておきたいという気持ちがシュンの中では強かった。
中身のみ抜き取るという行為が蝕む罪悪感を胸に、シュンはぎゅっと拳を握りこむ。
またその中には、シュンの持ち物には入っていなかった気になる小さなパーツもあった。
フラッシュメモリ。
きっと、それがこの鞄の持ち主に与えられた支給品なのだろう。
何か今後の役に立てばと思いながら、シュンは小さく手を合わせるとそっと花壇に背を向けた。




次にシュンは、気になっていたもう一つのオブジェである石造に近づいた。
凛々しい顔立ちのロマンスグレーの胸には、青い石があしらわれた見た目にも豪勢なタイピンが光っていた。
シュンが像に見入っていたこの時にも、日の光を反射し青い石は我の強い主張を行っていた。
古ぼけた校舎を持つこの学校には、あいまみえるような派手さだった。
見るものを魅了する宝石のようなそれ、シュンが見入っている時……彼の求めていたあの声が、シュンの鼓膜を振動させる。

763選抜:2009/05/12(火) 21:53:46 ID:rRGW6PJE0
『こんにちは。やっとみつけてくれた』

声。その声は、シュンが探して少女のものに違いないだろう。
殺し合わなければいけない状況に巻き込まれているにも関わらず、その声色には緊張感が含まれた様子がなかった。
警戒を覚えたシュンは、いまだ姿を表さない相手の出方を慎重に窺おうとする。

『どこ見てるの?』
「君がどこにいるのか、探しているつもりなんだけど」
『目の前だよ』
「……?」

シュンの前には、例の石造しかない。
試しに石造の周りを一周してみるシュンだが、勿論誰かがいる訳でもなく。

『違う。ここ』

端的な言葉は石造の正面から発せらているように感じられ、シュンは再び先程の位置にゆっくり戻る。
まさか、この厳つい石造がこの愛らしい声を出しているのだろうかと、シュンの額に冷や汗が浮かんだ。

「僕に話しかけているのは……えっと、あなた、ですか?」
『半分は正解』
「……まさか」

シュンの視線が、タイピンについている青い石で固定される。

『正解』

この石に見える何かは機械を模倣して声を出しているという想像が、シュンの頭に浮かび上がった。
あまりにも肉声に近い少女の声を考えると、なかなかの精度を誇るだろう。

764選抜:2009/05/12(火) 21:54:04 ID:rRGW6PJE0
「君も、参加者なのかい?」
『さんか?』
「……この島で、殺し合いを強要されている訳ではないのかな?」
『違う。そこには、いない』

まさか外部の人間がコンタクトを図ってくるとは、シュンも予想だにしていなかった。
言葉を詰まらせ、シュンは次に何を発しなければいけないかを懸命に探そうとする。
その隙にと、今度は少女がシュンに声をかけてきた。

『お兄さんに聞きたいことがあるの』
「何かな」
『お兄さんは、大事な人のためなら人を殺すことが出来る?』

少女の口調は、決して軽いものではない。しかし重厚さも感じられない。
初対面の人間相手に口にする類のものではない問いかけに、シュンは思わず唖然となった。
その質問の意図が分からず口ごもるシュンに対し、声はじっとシュンの出方を待っているようである。

「……どうして、それが聞きたいのかい?」
『知りたいから』
「それは何故?」
『いいから答えて』

他に話すことなどないというような、それはまるで明らかな拒否を表しているかのようにも思えるはっきりとした物言いだった。
少女の声から察するに、シュンは相手がは年端も行かないくらい幼い子供だと思っていのだろう。
シュンの中に想像という形で勝手に組まれていた、見えない相手の相貌が崩れていく。

声の主の目的が、シュンには全く読み取ることができなかった。
そもそもだ。
この不可思議な形態をとったやり取り自体が、おかしいのかもしれない。
姿の見えない相手と、ただの石のように見える実際は機械の類を通し会話しているということ。
しかも相手は、この島にはいない人間ではない。
何のためにシュンにコンタクトをとってきたのかも分からない。
何も、分からなかった。

765選抜:2009/05/12(火) 21:54:21 ID:rRGW6PJE0
ほんの少しの間瞼を伏せた後、ゆっくりと顔を上げたシュンは少女の問いに答える決意をする。
少女の素性は分からない、しかしきっと聞いた所で彼女が素直に答えることはないだろうとシュンは考えていた。

「何故だろうね。それでも敵意が感じられないから、不思議になるよ」

小さな笑みを浮かべながら、シュンは肩の力を抜いた。

「殺さないよ」
『ん……?』
「人を殺すかっていう、質問だったよね。答えはノーってことさ」

笑みをたたえたままのシュンの口調は、その様子からは量れないしっかりとしている。
傍から見たら、一人語り以外の何物でもないだろう。
シュンは気にせず青い石の向こうに繋がっている相手に向けて、言葉を放った。

「そんなことよりも、僕は僕にできることをしたいと思ってる。僕に残された時間は、余り多くないからね」
『どういうこと?』
「体がね、もたないと思うんだ」

きゅっと、軽く胸元を握り締めながらシュンは少しだけ俯いた。
セーターを脱いだそこに伝わる体温は、シュン自身でも分かるくらい高い。
運動量だけで考えたとしても、普段のシュンに比べたら既に倍以上行っているのだ。
与えられた薬の量も限られていることから、シュンはこの時点で自分の限界を自覚している。

「だからこそ、今できることをしたいと思ってる。人に危害を加えている余裕なんてないし、それこそ僕の行動に矛盾が出る」
『矛盾?』
「ここに無理やり連れ込まれた人は、みんなこれからも普通に生を満喫できるはずだったと思うんだ。
 確かに殺し合いは行われているけれど、それでも誰もが被害者なんだ。
 きっと、そうして他人を傷つけている人の中には、君の言う大事な人を守るために行動を起こしている人もいるだろうね。
 でも、それでは何の解決にもならない。争いは争いしか生まない」

766選抜:2009/05/12(火) 21:54:39 ID:rRGW6PJE0
緩く首を振り姿勢を正すシュン、何かを悟っているかのような少年の声は控えめなものだった。
シュンの言葉は正論である、しかし。
まるでこの島で起こっている殺し合いを傍観しているかのような、空虚さがそこにはあった。
それは彼が、自ら先頭に立ち事を運ぼうとしていないからかもしれない。

「僕には人を動かす力はない。だから僕は、僕ができることをしたい。
 生き残ることができたはずの、みんなの思いを伝えることで残していきたいんだ。
 それが今、僕がここにいる理由だよ」
『ねえ。それじゃあ、一緒にいるお姉ちゃんが死んだらどうするの?』
「……ごめん。分からないとしか言えないかな」

こんな自分を慕ってくれて、協力を申し出てくれた香奈子の存在はシュンにとっても大きいものだろう。
シュンの精神的な安定は、そんな仲間がいることで保たれている部分がある。
それでもシュンは、想像ができなかった。
何度も描いた覚えのある自分の命が朽ちる場面ならまだしも、仲間である彼女を失う可能性をシュンは具体的に考えることができなかった。
靄がかかったように見えなくなっている心の奥には、シュンでも開けられない蓋が被さっている。
その意味すらも自身で上手く把握できていないシュンは、軽い苦笑いを浮かべることぐらいしかできなかった。

「あ、そうだ」

気を取り直した様子のシュンが、再びあの彼の頬に張り付いているかのような微笑みを作る。

「与えられた命の意味が、誰にでもあるってこと。
 彼がいたから僕は無気力になることなく、こうしてやりがいを見つけることができたんだ。
 それを僕が改めて感じることができたのは彼のおかげで、そんな彼はまだ生きている。
 これは、ちょっとした支えかもしれないね。ふと、そう思ったよ」

767選抜:2009/05/12(火) 21:54:55 ID:rRGW6PJE0
そう言って爽やかな笑みを浮かべるシュンに、死の色は見えない。
シュンにとって唯一の友人と呼べる彼と、シュンはこの島に来てまだ再会していなかった。
特別合流したいという思いが、シュンの中にある訳ではない。
彼には彼のできることがあり、それがマイナスに働くことはないだろうとシュンも鼻を括っている。
それだけの信用と可能性を、シュンは彼に期待の意味も込め持っていた。

「そうだね。君は、僕ではなく彼に会うべきだったのかもしれない。
 僕の答えじゃ、君を満足させることはできなかっただろうからね」
『ううん、上出来』
「え?」

シュンの自嘲染みた言葉を打ち消したのは、辺りに広がる眩い光だった。
と、同時に焼け付くような熱がシュンの左手に押し付けられる。

『信念がある人は、好き。パパもそういう人は信用に値するって言ってたよ』

痛みで麻痺しかけた感覚の中、少女の声だけがシュンの頭の中に響き渡る。
何が起こったのか見定めようと瞳をこじ開けたシュンの視界には、一面の青が広がっていた。
と、さらなる痛烈が左手に走り、きつく目を閉じたシュンが再び瞼を開けた時には既に、世界は平常なものへと戻っていた。

「……夢、だったのかな」

少女の気配が掻き消えたことにより、ただでさえ人気のなかった中庭は本当に閑散としているとしか言いようがなかった。
光が晴れた先には、シュンにとって見慣れてしまった朝の風景が戻ってきただけである。
ふと。
その中で、二点だけ変化が起きていたことにシュンはすぐ様気がつくことができた。

一つ。
シュンの目の前に佇んでいた石造に嵌められていたはずの、アクセントになっていた青の石が消えていたこと。
二つ。
石造に備え付けられていたはずの青の輝きは、今何故かシュンの左手の甲に埋め込まれているということ。

768選抜:2009/05/12(火) 21:55:19 ID:rRGW6PJE0
血の滴りはないけれど、肉に食い込んでいるらしい石は、シュンが少し手を動かすだけでも僅かに痛覚を刺激してくる。
結局シュンは、声の主に対し質疑を問う時間を与えられなかった。
機械だと思っていたこの石の正体を、彼が知る術は今や皆無である。




氷上シュン
【時間:2日目午前7時40分】
【場所:D−6・鎌石小中学校・中庭】
【所持品:ドラグノフ(残弾10/10)、救急箱、ロープ、他支給品一式】
【状態 :香奈子と由依を待っている。祐一、秋子、貴明の探し人を探す】
【状態2:左手の甲に青い宝石が埋め込まれている】

(関連・1004)(B−4ルート)

769インターセプト:2009/05/16(土) 01:39:41 ID:iXOGC6ZY0
蓄積されてきた年数の推測が容易くできるであろう立て付けの悪い扉が、勢いよく開かれる。
誰もがそこに、注目していた。
バグナグを装着した霧島聖の瞳は、鋭い。
隣に位置する一ノ瀬ことみの片手も、ポケットの中に忍ばせてある十徳ナイフに伸びている。
一番奥、ベッドに腰掛けた状態の相沢祐一の視野には、二人寄りそうようにしている北川真希と遠野美凪の背中だけしか入っていない。
彼の位置からは、扉の様子は見えないようだった。

現れた来訪者は一通り周囲を見回すと、自分に敵意がないことを伝えるかのように空の両手を徐に上げる。
刺すような視線を送る面子に対し、潔い態度を取ることで警戒を解こうとする来訪者の表情は、あくまでも冷静だった。
しかし、疑いを持ったままの彼女らの心は硬く、自ら体勢を崩そうとする者は一人もいない。
走る緊張感。
来訪者がどのような人物であるか確認しようと、ちょっとした衣擦れの音を立てながら祐一は腰掛けていたベッドから降りようとする。
どうやら来訪者も奥にいた祐一の存在には気づいていなかったようで、上がった物音の方向へと勢いよく振り返り、その様子を凝視した。
気配が自分の方へと向かってきたことで、祐一はさらに気を張り詰める。

「相沢君?」

一点を見つめたまま口を開いたの言葉、紡がれた祐一の呼称に今度は全員の瞳が祐一へと集中する。
真希と美凪が体を動かしたことで出来た隙間、二人の間から現した来訪者の姿に祐一も目を丸くした。
スラっと伸びた高身長、インパクトのあるグラマラスな体は一度見たら忘れられないインパクトを他者に与えるだろう。
来訪者は、長い髪を揺らしながら祐一の元へ近づいていく。
その圧倒的な迫力に威圧されたのか、誰も彼女の行く道を防ごうとはしなかった。

「……向、坂?」
「君一人? 柊君は?」

オーディエンスの存在に気をかけることもなく、彼女、向坂環はじっと祐一だけを見据えている。
言葉も、祐一にのみ向けられたものだった。
祐一と環が顔見知りの仲というのを察知したらしい周囲の者は、静かに二人の会話へと耳を傾ける。

770インターセプト:2009/05/16(土) 01:40:11 ID:iXOGC6ZY0
「放送、聞いたわよ。びっくりしたわ……ねえ、一体何があったの?」
「放、送?」
「さっき流れたでしょ、第二回目の放送よ。……まさか、こんなことになってるなんて思わなかった。
 休ませてもらえたことには感謝するけど、こんなことなら私もついてくれば良かったわ」
「ちょっと待て、どういうことだ?! 俺、さっきまでで寝てて……っていうか、今って何時なんだ?!!」

声を荒げた祐一だが、安易に口にしたその台詞で、彼は圧倒的な威圧を受けることになる。
祐一の発言にただでさえ切れ長だった環の目は、さらに鋭くなって彼を射抜こうとしていた。
環の視線で刺し殺してきそうな勢いに喉がつまり、祐一は呼吸すらも止められたかのように固まるしかなくなる。
祐一を心配する姉御肌の色を潜めると、環は怒気を孕んだ重い声色で彼に対し言葉を放った。

「はぁ? 寝ていた?」

びくっと。祐一の肩が、大きく震える。
その戸惑いの様子も何もかもが、今や環の感情を逆撫でしていることに祐一は気づいていない。

そもそも、祐一たちが学校に向かった旨を環が知ったのは、朝になってからだった。
熟睡することができ、ある程度の疲れが取れた環を出迎えたのは、春原芽衣と緒方英二の二人である。
緒方から状況を聞き、自分が休んでいた時に起きた事に何も関わることができなかった環の心には、ただただ後悔だけが残った。
それが仲間達の優しさだとしても、環の胸に存在する自責の念が晴れることはない。
それで失われた命があったと言うなら、尚更だ。
視線を漂わせ焦りを表に出す祐一を冷たく見下ろす環、そんな二人の間に一人の女性が割り込んでくる。
軽く祐一の肩に手を乗せ環と対峙するような位置を取ったのは、この中でも最年長である聖だった。

「まぁ、待ちたまえ。この少年は怪我を負い、ずっと気を失っていたのだ。
 目が覚めたのもつい先程で、放送を聞き逃していたとしても仕方はない」

環の持つ誤解を解くべく、聖は祐一の代わりの弁解を口にする。
それは紛れもない事実であった。環も、そこを疑うつもりはないのだろう。
一つ大きく息を吐き、環は怒りを放散する。

771インターセプト:2009/05/16(土) 01:40:38 ID:iXOGC6ZY0
「紛らわしい言い方は、止めて欲しいわ。そういう事情なら、仕方ないじゃない」
「悪い、向坂……」

気を落としている祐一から視線を外し、ここでやっと環は自分達を取り囲むようにしている少女達を見渡した。
環にとっては初対面となる女性ばかりが、そこには集まっている。
敵意は感じられない。
うち一人、少しの間だがともに時間を過ごした相手と同じ制服を纏った少女が目に入り、環は悲しげに瞼を下げた。

「なぁ。放送、何かあったのか?」

押し黙った環の様子を窺うように、祐一が恐る恐ると声をかける。
彼は彼で、把握できていない状況に対する不安が強いのだろう。
……隠しても、意味はない。
環は、苦い気持ちを噛みしめながら祐一の目を強く見据えると、しっかりとした口調で彼に現実を突きつけた。

「その様子だと、本当に何も知らないみたいね。……藤林さんと神尾さん、亡くなったわよ」
「は?」
「消防署を出て行ったあなた達四人のうち、二人の人間が死んだのよ。
 生き残ったのはあなたと柊君のみ。それも名前が呼ばれなかったってだけで、柊君の安全だって分からないわ」

祐一の思考回路が、止まる。
祐一が知らない間に流れた時間は、想像以上に長かったということである。
自然と握りんでいた拳を振るわせる祐一を見下ろす環の眼差しは、あくまで冷ややかだった。
責める訳でもなく、同情するでもなく。
痛ましい事実を自分がどう受け止めているのか、それを祐一達周りの人間に見えないよう取り繕う環の姿は、表面上だとあくまで冷静なもので落ち着いているとしか思えないものであろう。
環に自覚はないが、この温度が祐一の胸に罪悪感を強く植えつけていた。

「何だよ、それ……」

772インターセプト:2009/05/16(土) 01:41:02 ID:iXOGC6ZY0
祐一の声は、カラカラに乾いてしまっている。
激しくなった彼の動機は、収まる気配を全く見せない。
これはタイミングが悪かった。祐一が意識を取り戻し、まだ一時間も経ってないのである。
精神的にもやっと落ち着き、祐一がおぼろげになってしまっている昨夜の出来事を思い出そうとしたのも、つい先程、数分前だ。
その時点で祐一は、途切れてしまっている自身の記憶に軽い混乱を見せていた。
今環にこのような事実を突きつけられ、その内容を上手く噛み砕くことができない祐一の頭の中は、さらに訳が分からないことになっているだろう。

肩を落とし、ぺたんとベッドに再び腰を落とした祐一は、地面を暗い面持ちで見つめている。
広がった沈黙。誰もが二人にかける言葉を失っていたその時、今まで無言を貫いていた一人の少女が小さくそっと口を開く。

「……また、誰か来るの」

ゆっくりと視線を扉の向こうに走らせながら、静かに呟いたのはことみだった。
彼女の言葉で祐一以外の他のメンバーも、耳をすませば確かに捉えることができるそのリズムに気づく。
コツコツと鳴る床が表すのは、人の足音に間違いないだろう。
環が入ってきた扉は、開けっ放しの状態である。
今更閉めには戻れない。
扉に一番近かった真希と美凪が、じりじりと後ろに下がっていく。
ぎゅっと美凪の手を握りながらも、真希は睨み付けるように扉の向こうの様子を集中して窺っていた。

コツ、と。
最後に比較的大きな一音を鳴らした所で、靴音が止む。
バグナグを装着し直した聖に、十徳ナイフを取り出したことみ。
寄り添う真希と美凪など、まるで環がこの保健室に現れた時の光景を再現しているかのようである。
ただ一人、自身への惑いで余裕がなくなってしまった祐一だけ、この世界から隔離された場所で過去に思いを馳せるのだった。

773インターセプト:2009/05/16(土) 01:41:44 ID:iXOGC6ZY0
【時間:2日目午前7時40分】
【場所:D−6・鎌石小中学校・一階・保健室】

相沢祐一
【所持品:S&W M19(銃弾数4/6)・支給品一式(食料少し消費)】
【状態:鎌石中学校制服着用(リトルバスターズの男子制服風)、腹部刺し傷あり(治療済み)】
【備考:呆然・勝平から繰り返された世界の話を聞いている】

向坂環
【所持品:コルトガバメント(残弾数:20)・支給品一式(食料少し消費)】
【状態:扉に注目】

一ノ瀬ことみ
【持ち物:主催側のデータから得た印付の地図、毒針、吹き矢、高圧電流などを兼ね備えた暗殺用十徳ナイフ、支給品一式(ことみのメモ付き地図入り)、100円ライター、懐中電灯、お米券×1】
【状態:聖に注目】

霧島聖
【持ち物:ベアークロー、支給品一式、治療用の道具一式、乾パン、カロリーメイト数個】
【状態:扉に注目】

広瀬真希
【持ち物:消防斧、防弾性割烹着&頭巾、スリッパ、水・食料、支給品一式、携帯電話、お米券×2 和の食材セット4/10】
【状況:扉に注目】

遠野美凪
【持ち物:消防署の包丁、防弾性割烹着&頭巾 水・食料、支給品一式(様々な書き込みのある地図入り)、特性バターロール×3 お米券数十枚 玉ねぎハンバーグ】
【状況:扉に注目】

(関連・945・1041)(B−4ルート)

774(明るい週末)/Passing Moment:2009/05/17(日) 16:30:34 ID:moWm6PFw0
「ったく、無茶しやがって」
「勝てたんですからいいじゃないですか」
「悪運の強い奴だよ、お前は」
「どんなもんです」
「褒めてない」
「知ってます」

 なんとも噛み合わない会話だと思いながら国崎往人はぐったりとして動かない伊吹風子を背負って山を下っていた。
 風子自体は命に別状があるわけではないが、疲弊しきった彼女はもう歩く気力も残っていないようだった。
 それゆえ一旦麓に戻ることにしたのだが、重たい。風子ではなく、荷物が。

 内心悪態をつく。いつから自分は武器庫になったのだろう。
 おまけに急な坂道であるために歩みは遅々として進まず、往人も辛い状況だった。
 少しでも気を紛らわせようと風子と喋っているものの先程の通りのちぐはぐで、
 会話の種を出すのにも苦労する往人は寧ろストレスさえ感じていた。

 風子が悪い人間でないのは分かっている。分かってはいるのだが……それとも最近の婦女子というものはこんなものなのだろうか。
 溜息を腹の底に飲み下すと共に往人はさらにコミュニケーションを図る。自分らしくないと思いつつ。

「しかしだ、ホテルはそんなことになってるのか」
「……はい。風子だけ、命からがら逃げてきました」

 事実を認める風子の声には色がない。受け入れるしかないという諦観を含んだ声だった。
 だからと言って問い詰める気は往人にもない。お互い誰かを助けられず、見捨ててきたのも同じだ。
 責めたり、慰めたりする権利は誰にもない。自分達に出来るのはそれでも仲間であるという意思を示す、それだけだ。

 そうか、とだけ返事をして、往人はついに人形劇を見せてやることが出来なかった笹森花梨の姿を思い浮かべた。
 どうしてあんなに人形劇を見たがったのか往人には分からない。聞かなかったからだ。
 けれども花梨は自分の芸を望んでいた。応えてやれなかったのは、心苦しい。

775(明るい週末)/Passing Moment:2009/05/17(日) 16:30:59 ID:moWm6PFw0
「ですけど、風子はこれを受け継ぎました。だから風子は、まだ死ねません」

 肩越しに青い宝石が差し出される。かつて花梨が大事そうに抱えていたものだ。
 こちらの願いも聞き届けることは出来なかった。つくづく自分は約束を反故にしていたのだなと思う。
 すまなかった、と往人は宝石の輝き越しに見える花梨の意思へと向けて黙祷を捧げる。
 続いて誓う。だから自分達は絶対に生きて帰るのだ、と。

 強く思って宝石を見つめたとき、ぼうっと宝石が光ったように思えた。
 だが一瞬のうちに光は消え失せ、また元の、深海の如き深い青色のみが往人の目に映る。
 気のせいか、と思いなおして「もう仕舞っていいぞ」と伝えた。

「風子、ミステリ研には興味ありませんが……この願いだけは、絶対に叶えます。それが風子の役割ですから」

 ミステリ研。その言葉が往人の耳を打ち、ああそうだったのかという納得を得る。
 要するに不思議なものが好きなだけだったのだ。人形劇の法術に興味があったということか。
 分かってしまえば単純な理由だった。人が行動する理由なんてそんなものなのだろう。
 低い笑いが漏れ、同時に自分の行動もまた人としては同然のありようなのかもしれないという思いが突き上げる。

「何がおかしいんですか」

 馬鹿にしたと思ったのだろう、風子が若干棘の入った声で聞いてくる。
 往人は「お前を馬鹿にしたわけじゃない」と返して、そのまま続ける。

「笹森のことが少し分かっただけだ。……お前も、もう少し自分に正直になってもいいんじゃないか」
「風子はこれでいいんです。これで……」
「まあ個人の勝手だがな。でも何かひとつくらいあってもバチは当たらないさ。そうでなきゃ、いずれ空しくなる」
「……」

 思うところがあるのか、答えるのも億劫になったのか、風子は無言だった。
 人のために何かするのもいい。けれどもそれだけでは失ったときに大きな喪失感だけを生み出し、空白を形作る。
 埋めようとするあまりに、人はまた間違いを犯す。

776(明るい週末)/Passing Moment:2009/05/17(日) 16:31:17 ID:moWm6PFw0
 自分や、舞がそうなりかけたように。
 朝霧麻亜子が一度はそうなってしまったように。

 だが今は自分達も持っている。自分が望むことを、自分で決めて生きている。
 往人自身もだ。人形劇と共に生きたい。自分のために。
 急に考える必要はない。じっくり考えていけばいいだろうと断じて、往人はそれ以上何も聞かなかった。
 風子もまた聞いてこようとはしなかった。眠ってしまったのかもしれない。
 風子の体は、静かに往人にもたれかかっていた。

「……さて、そこにいる盗み聞き野郎。いささか趣味が悪いと思うんだが」
「人聞きの悪いことを言うな。やり過ごそうとしてただけだっつーに」

 気付かれていたことに舌打ちして、がさがさと茂みの奥から男が一人這い出してくる。
 往人も存在を感知したのはついさっきだ。それも、相手が去っていこうという段階でようやく気付けた有様だ。
 言葉と行動が示す通りやり過ごしてどこかに向かおうとしていたのは事実らしい。
 仕方がないというような表情で男は不満そうな雰囲気を含ませていた。

 戦意はないらしい。あるなら問答無用で襲い掛かられているはずだった。
 ろくに反撃も出来ないほど往人の体は荷物まみれなのである。
 それでも隠れていたということは後ろめたいものがあるかもしれないということ。
 見過ごして後の災いに繋がるようなら。声をかけたのはそう判断してのことだった。

 これが殺し合いの開催直後だったら、また結果は違ったのかもしれない。今の自分は他者と積極的に関わろうとしている。
 目的が自分のためだとしても、誰かと関わりを持とうとすることに己の変質を実感する。
 良いことなのか悪いことなのかまでは分からなかったが。

777(明るい週末)/Passing Moment:2009/05/17(日) 16:31:34 ID:moWm6PFw0
「なぜ隠れていた」
「見知らぬお兄さんと鉢合わせしたくなかったから」
「悪いが女もいる」
「誘拐してきたのか」
「任意同行だ。で、どうして鉢合わせしたくなかった」
「一人の方がよかったから」

 どうしたものか、と要領を得ない男の言動に往人は頭を悩ませる。
 戦意はないが、誰とも会いたくなかった。
 だとするなら何もする気がなく逃げ惑っていると考えるのが妥当だが、目の前の男はそんな風に見えない。
 寧ろ飄々としてつかみどころのない雲を想起させる。
 やっていることを知られたくない、という意思だけははっきりとしていたが。
 正直に聞いたところでこの男は何も答えてはくれないだろう。往人は全く見えない男の表情に辟易しつつ続けた。

「俺を抜けて行こうとしてるのなら、ひとまず手伝え。見返りはある」
「それはなにか、鉛玉かい?」
「情報だよ。悪いが、無理にでも連れて行かせてもらう。重いんだよ、これ」

 往人はそう言って、荷物の一部を持ち上げた。ああ、と得心したらしい相手は唇の端を僅かに上げた。

「引っ越し屋の手伝いなんてたまらないな」
「そう言うな。女房が待ってるんでね」
「……マジ?」

 それまで保っていた仮面が崩れ、年相応の少年の驚きが現れた。
 往人は破顔する。適当に言ってみたつもりだったのに。自分は妻帯者に見えるのだろうか。
 そんなものとは最も縁遠いはずなのだが。思わず驚いたことを失念していたらしい男は、
 今さらのようにしまったという渋面を作ったものの後の祭りだ。
 無防備な安心感を得ながら往人は「方便だ」と付け足した。

778(明るい週末)/Passing Moment:2009/05/17(日) 16:31:55 ID:moWm6PFw0
「だよな……いや、夫婦ではないにしても恋人かなにかと思って」
「いると思ったか?」
「あんた、意外と顔は悪くないぜ」
「……そうなのか?」

 これまでの人生で人相の悪さしか言われることがなかっただけに新鮮な感想だった。
 自分が変質しつつある結果なのだろうかと思う。他者を寄せ付けず、生きることしか考えられなかった昔。
 何も省みることもなかった過去に比べれば、今の自分は少しは余裕を持って生きていると言えるのだろうか。
 殺し合いの場で余裕というのもおかしな話だが。

「いいよ。負けた。少しくらい寄り道したって悪くはないだろ。荷物貸せよ、お兄さん」
「国崎往人だ」

 堅い雰囲気をどこかに追いやったかのように男の言葉は闊達だった。或いはこれが本来の姿なのかもしれない。
 ただ年上に言葉をかけるには少し馴れ馴れしいと思ったので、こちらもぞんざい気味に荷物を投げて寄越すことにした。
 けれども男はまるで苦もなく全部受け取り、ひょいひょいと肩にかけていく。
 見た目よりも器用で鍛えているのかもしれない、と思った。

「国崎さんか。俺は奈須宗一。職業は正義の味方(志望)かな」
「ほう、職があるのか」
「……突っ込んでくれないんすか」
「お前の言葉を真に受けてたら頭が持たないことは分かったからな」
「そりゃ、どうもすんませんした」

 悪びれた様子もなく、宗一はやれやれと肩を竦める。
 正義の味方というのは嘘にしても、この掴みどころのない性格を演じるには普通の仕事と精神ではないのは明らかだ。
 往人にはそれが何か想像も出来なかったが、個人として付き合うにはぞんざいなくらいで十分だと結論する。

「しかし、仕事か……俺も職を変えないとな……」

779(明るい週末)/Passing Moment:2009/05/17(日) 16:32:18 ID:moWm6PFw0
 仕事と聞いたからか、往人はついそんなことを口にしていた。
 今までは人形劇だけをしていたが、もう自分にはそれだけではない。
 いや、正確には旅をする必要性なんてなくなってしまったのだろう。
 少なくとも、今の自分では母から聞かされた目的を為しえることはもうないに違いない。
 空の少女は、後の誰かに託そうと思った。

 弟子でも取るか、それとも一子相伝といくか。
 そこまで考えて、空想が過ぎると己に嘆息する一方、初めて将来のことを考えているとも自覚する。
 これまでは目先のことは考えても未来のことなんて予想さえしていなかったから……

「ひどい仕事なのか?」

 尋ねてくる宗一に「ああ」と苦笑しながら返した。
 全く、ひどいものだった。自分のこれまでが。
 だが変えられる。昔では掴めもしなかったものが、今は掴みかけている。

 現在は確かに血塗られた道なのだろう。人の死を経験し、間違いを犯し、自分でも許せないものを抱えていることは事実だ。
 それでもこうして未来を見つめることが出来る。罪を抱えながらも、それでもより善い生き方にしようと必死で模索している。
 一度間違ったからといって、それで飛ぶことをやめてしまう方が本当の罪になると思ったから。
 血を吐き続けながら飛ぶとは、そういうことなのだろう。

「だが、もう吹っ切れたよ。今度こそ、間違えずに求められる」

     *     *     *

 人のいない洗面所に、水音が響いている。
 それは火照った顔を冷ますためのものだ。はぁ、と溜息をついて川澄舞は目の前の鏡に自らを映す。

 何の変哲もない自分。無表情に近く起伏もないはずの自分の顔が赤く染まっている。
 熱があるわけではない。これは先程の朝霧麻亜子の悪戯によるものだ。
 きっとそうに違いないと思いながらも、ふと国崎往人のことが頭に浮かぶ。

780(明るい週末)/Passing Moment:2009/05/17(日) 16:32:33 ID:moWm6PFw0
 惚れている、と断じた麻亜子の言葉が頭を過ぎり、しかしこれという結論もつけられない自分に困惑する。
 そもそも恋もしたこともなければそれがどういうものなのかも分からない。
 知識として頭にはあっても体感しているかと言われれば、何を言うことも出来ない。

 かと言って往人に対しどんな感情も抱いていないのかと問われれば、それもまた違う。
 見守ってくれると言ってくれた往人。人に恥じず、己に恥じない生き方を共に探そうと言ってくれた人。
 舞の中で大きなウェイトを占めているのは確かだ。ただ関係性を表す言葉が分からないのもまた確かだった。
 家族に向ける情でもなければ、友達でもない。好敵手などではなく、パートナーというには距離が近すぎる。
 思慕の念、という表現が一番近しいように思えた。麻亜子はそれを恋と言ったのかもしれないが。

「……ひとを好きになる、か」

 珍しく舞は一人ごちた。こうして戸惑っている自分は、かつての佐祐理との関係に似ている。
 無愛想で誰とも関わりを持とうとしなかった自分にもいつも笑顔で接してくれた親友。
 どうして佐祐理が自分と関わりを持とうとしてくれたのか、今となってはもう確かめようがない。

 ただ、今なら理解出来る気がする。予想の範疇でしかなくても佐祐理がどう思っていたのか想像できる。
 寂しかったのかもしれない。我が身だけで歩き、何もかもを引き摺って歩いている自分の姿を見ていられなかったのかもしれない。
 佐祐理は自分を見て、彼女自身の姿を見ていたのかもしれなかった。彼女もまた……一人でいることの多かった人間だったから。

 互いに何とかするべきなのだと言外に語ろうとしていた。
 自分だけで全てを背負い、それ以外を余所者だと、
 関係のない他人だと見なして交わろうとしないことに警鐘を鳴らしていたのだ。
 そんなことをするより、自分を無防備に晒して肩を組んで歩く方が楽だというのに。

 今さら気付くことの愚かしさに己を恨みたくもなったが、
 それ以上にこうして歩いているという実感が舞の靄を晴らし、すっきりとした気分にさせている。
 だからこれでいいのだと、舞は結論付けて鏡の自分を見据えた。

781(明るい週末)/Passing Moment:2009/05/17(日) 16:32:51 ID:moWm6PFw0
 そこにいる己の姿は決して祝福されるべき存在ではない。神様がいるのだとすれば、最も程遠い存在には違いない。
 だとしても、と舞は思う。未来が絶望だとは限らないし、絶望だと感じるかどうかも定まってはいない。
 何よりも自分の眼は、無限に遠くとも希望を見つめていた。自分達の目指す幸福という名の希望を。
 その幸福の中に、是非往人もいて欲しい。最後にそんなことを考えて、舞は洗面所を後にした。

「よー少女まいまい。初体験はどうだったかな?」

 廊下で待っていたのは数十分も舞の脇腹をくすぐったりその他諸々をしていた麻亜子であった。
 すれちがいざまにチョップという名の手刀をかまし、黙って荷物を回収する。
 麻亜子もこの通り元気になった。そこで二人は往人に合流しようということで結論を見たのだ。

 こんななりだが、麻亜子は舞より年上であるらしい。
 本人はじゅうよんさいだとか言っているが、ささらの先輩なら自分より年上だ。
 それにしては幼い外見だと思いながら必要な武器を身につけていく。

「反応が悪いなぁ。そんなんじゃ夫婦漫才は出来ぬぞー」
「……」

 すたすたすた。

 ぽかっ。

「が、がお、何するかなー」
「余計なこと言い過ぎ」
「なんだよー、人生の先輩として女の手ほどきをだな……」
「じゅうよんさいじゃなかったの」
「実年齢と人生経験に因果関係はないのだよ明智クン」

 意味もなく胸を逸らす麻亜子に付き合いきれないとばかりに舞はデイパックを背中にかけ、身支度を整えた。
 そのまま麻亜子を待つ。反応が返ってこなくなったと認識した麻亜子はこれ見よがしに溜息をつき、大袈裟に嘆息する。

782(明るい週末)/Passing Moment:2009/05/17(日) 16:33:07 ID:moWm6PFw0
「ああなんということでしょう。あたしゃこの子をこんな子に育てた覚えはないよ、よよよ」

 そして泣き崩れるふりをする。目が覚めてからというもの一事が万事この調子である。
 目覚めたときの儚く、今にも押し潰されそうだった麻亜子と同一人物だとは思えない。
 素なのか、演技なのか。或いは安心してふざけられるほど自分は信頼されているということなのだろうか。

 よく分からない。まるで掴みどころがない、と舞は考えて、
 そういえば相沢祐一が自分に対して同じようなことを言ったのを思い出した。
 無論麻亜子とは違う種類の掴みどころのなさなのだろう。祐一曰く天然、らしいがこれもよく分からない。
 分かるのは、自分も麻亜子も変人らしいのだということだった。

「……むぅ。チミからリアクションを取るには相当苦労しそうだな。しょーがない、今回は諦めて書を捨てに町へ出るとしますか」

 ふと見ると、既に麻亜子は準備を整えていた。
 いつの間に、と麻亜子の抜け目のなさに驚き、また彼女の目が鋭さを帯びた真剣なものに変貌していることにドキリとする。
 呆気に取られる舞を見た麻亜子は、ようやく満足したようにニヤリと笑った。

「こーいうのなら、得意なんだけどさ」

 ボウガンを肩に掲げ、こちらに向き直った麻亜子はやはり年上だと思わせる風格があった。
 自然と表情が引き締まり、日本刀の鞘を握る力が大きくなる。

「さて、行きましょうかね」

 麻亜子が玄関の扉に手をかけようとしたところで、先に扉がガラガラと開いた。
 侵入者か!? 咄嗟に刀に手を掛けた舞だったが、直後の一言がそれをかき消した。

「俺だ! 今戻った」
「あや、鉢合わせ」
「……こりゃまた」
「二人……誰?」

783(明るい週末)/Passing Moment:2009/05/17(日) 16:33:26 ID:moWm6PFw0
 荷物まみれの往人。刀を抜きかけた舞。ボウガンを向ける麻亜子。後ろで含みありげに唸る宗一。そして風子。
 合流は、実に奇妙な形となった。

     *     *     *

「ということで、こいつは動けない」
「おーよく寝てるね。ほれほれ」
「まーりゃん、悪戯しない」
「はいはい分かってますってば……それで、そっちのあんちゃんは?」
「見た目小学生の奴にあんちゃんとか言われると腹が立つな」
「小学生じゃねーっ! アイドルなんだぞ、美少女なんだぞー!」

「……こんな奴だっけか」
「こういうキャラ」

「そこ! あたしのキャラを誤解しないで頂きたい。いいかねあたしは」
「まあ話の腰を折るのはそこまでにして、だ。俺は山頂の火事があった場所に向かってたんだが、国崎さんと会ってな」
「荷物運びをしてもらった」
「やーい、パシリー」
「道中、山頂で何があったのかは大方国崎さんから聞いた」
「あ、無視っすか」
「伊吹の話だから実際俺は見ていないが……何人かが戦っているかもしれん。ただ、伊吹の知り合いは全滅した」
「……往人も、知り合いだった?」
「ああ、とは言っても顔合わせしかしていないが……だが、あいつらを助けられなかったのは事実だ」

784(明るい週末)/Passing Moment:2009/05/17(日) 16:33:41 ID:moWm6PFw0
「それで、だ。調査と殺しあってる奴らを倒すという意味で伊吹をお前らに預けて、俺達でまた山頂に向かう手はずだ」
「伊吹が逃げ出したころにはもう戦いも佳境だと考えていい。
 だからもういないかもしれないが、用心に越したことはない。装備を整えてから再出発するつもりだった」
「確かに、荷物が多すぎるねぇ」
「まるで武器庫」
「こっちとしては好都合だがな。だがとにかく早く準備は済ませたい。俺は今まで通りの武器でいい。奈須はどうする」
「貰っていいのか? だったら……ナイフ二本だな。本当ならファイブセブンの弾が欲しかったが、まあ普通ないしな」
「サブマシンガンは使わないのかい?」
「好みじゃない。そっちこそどうなんだ」
「あたしはそういう柄じゃないしねえ……小柄だし?」
「私は銃は撃てない……それよりは、まだ白兵戦の方が得意」
「グレランは……まあ、雨だから使い辛いな。結局のところ遊撃する分には拳銃とナイフの組み合わせが一番なんだよな。
 保険でショットガンは持ってるが」
「詳しそうだね、奈須くんや。ガンオタク?」
「いや軍事オタクかな、この場合」
「後はここに誰が残るか、だな。最低でも伊吹を守るために一人は……」

「――必要ないです」

785(明るい週末)/Passing Moment:2009/05/17(日) 16:33:58 ID:moWm6PFw0
 一通りの話し合いが終わり、ここに誰を守りに残すかの相談が始まろうとしたとき、のそりと起き上がる気配があった。
 全員がぎょっとして振り返る。そこにはまだ疲れの色も濃い風子の表情があった。
 ただその目は生気に溢れかえっており、ギラギラとした確かな意思がそこにある。
 いつから起きていたのだ、と誰が尋ねる間もなく風子は続ける。

「ここが正念場のはずです。悪い人たちをやっつけるチャンスのはずです。
 風子に構っている時間はないはずです。……違いますか?」

 たどたどしい言葉で、それでも風子は自分の意思を伝える。
 仇を討ってほしいという願いと、役に立たない自分に構わないで欲しいという、弱気で切実な気持ちだった。
 それは逃げ続け、今も集団の中で自分の必要性を見出せないでいる風子という少女の心情を表しているかのようだった。

 往人のみならず、ここまで面識がなかった舞や麻亜子、宗一でさえ風子にものを言うのは躊躇われた。
 それほどまでに風子が味わい続けてきた悔しさは誰の目にも明らかだったし、
 自分自身がちっぽけでしかないことはこの場の誰もが知り抜いていた。だから風子の言葉に反対できるわけがなかった。

「……それで、いいんだな?」
「はい」

 ようやく搾り出された往人の声にも、明朗な声で風子は応じた。
 何の躊躇もない返事がかえって自分自身の無力を自覚しているようで、往人は思わず言葉を続けた。

「必ず戻る。それまでしっかり留守番してろ」
「風子、子供じゃないです」

 そこでようやく、風子が苦笑した。けれどもその笑いは力がない。
 生きるしかない。自分の生をそのようにしか捉えていないかのようで。
 往人は人形劇を披露したい気持ちに駆られる。こんな笑い方をしてはいけない。
 その思いが突き上げ、パン人形を取り出そうとする。が、その前に舞がやさしく風子の頭に手を乗せた。

786(明るい週末)/Passing Moment:2009/05/17(日) 16:34:20 ID:moWm6PFw0
「あなたは弱い。逃げ出すしかなかったのなら、あなたは弱いのかもしれない。
 ――でも、無力じゃない。それは分かって欲しい」

 無力じゃない、という言葉に風子の瞳が揺れ、一瞬困惑したような表情を見せるが、すぐにぷいっと顔を背けた。
 頭を撫でられたことに照れただけなのか、それとも風子の内面に化学反応を引き起こしたのか。
 往人には分からなかったが、舞の言葉に重みがあることは理解していた。

 友達も親友も助けられず、みすみす見殺しにしてしまい、その果てに自殺しようとした舞は、弱いとも言える。
 往人だってそうだし、麻亜子にしても同じだった。
 だが、誰一人どうにも出来なかったわけじゃない。往人は舞を、舞は麻亜子を。
 弱いながらも、それでも手を引っ張り、肩を互いに組んで進み続けている。

 ならばきっとそれは、無力ではないということだ。
 麻亜子も口を挟まず、黙って風子を見つめていた。舞の言葉を噛み締めるようにして。

「……その通りだ。ひとは、いくらでも強くなれるし考えだって変えられる。
 無力だったら、それだって出来やしないさ。お前は違うだろ?」

 麻亜子や往人の代わりに、宗一が言った。自分達を総括する言葉に、不思議な確信が持てる。
 俺達は先へ進めるんだ、そんな確信を。

「俺の大切な奴もそうだしな。あいつだって弱いままじゃない。今、あいつも踏ん張ってる」

787(明るい週末)/Passing Moment:2009/05/17(日) 16:34:31 ID:moWm6PFw0
 だからこっちも踏ん張ろう。宗一の言葉に風子は黙って頷いた。
 ぎゅっ、と拳を握り締めて。

「それじゃ、行くか」

 今人形劇をする必要がなくなったことに安心と残念な気持ちの両方を得ながら往人は全員を促した。
 それぞれが頷き、各々の持ち物を持って往人についてくる。
 風子は壁にもたれかかったまま目を閉じ、静かに呼吸を繰り返している。
 気持ちを整理しているのかもしれないと思いながら、改めて玄関で靴を履いたとき、ぽつりと呟く声があった。

「いってらっしゃい、です」

 別れを告げる声ではなく、帰ってきてくれることを願う声だった。
 往人達が振り向くと、風子は不自然に顔を逸らし、あらぬ方向を向いていた。
 顔を見合わせ、互いに苦笑した。この場の誰もが巣立ったばかりの雛鳥で、まだまだこれからだった。

「ああ」

 全員が短く答え、目指す山の頂へと向けて飛び出していった。

788(明るい週末)/Passing Moment:2009/05/17(日) 16:34:55 ID:moWm6PFw0
【時間:2日目午後21時30分頃】
【場所:F−3・民家】

川澄舞
【所持品:日本刀・投げナイフ(残:2本)・支給品一式】
【状態:同志を探す。往人に付き従って行動。強く生きていたいと考えている。両手に多少怪我(治療済み。支障は全くない)、肩に浅い切り傷】
【その他:往人に対して強い親近感を抱いている。剣道着を着ている】
その他:舞の持ち物(支給品に携帯食が十数個追加されています。)

朝霧麻亜子
【所持品1:デザート・イーグル .50AE(2/7)、ボウガン(34/36)、バタフライナイフ、支給品一式】
【所持品2:芳野の支給品一式(パンと水を消費)】
【状態:鎖骨にひびが入っている可能性あり。往人・舞に同行】
【その他:体操服(上下のジャージ)を着ている】

国崎往人
【所持品:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 5/5 +予備弾薬5発、パン人形、38口径ダブルアクション式拳銃(コルトガバメントカスタム)(残弾0/10) 予備弾薬57発ホローポイント弾11発、スペツナズナイフの柄、支給品一式(少年、皐月のものを統合)】
【状況:強く生きることを決意。人形劇で誰かを笑わせてあげたいと考えている。ホテル跡に向かう。後に椋の捜索】
【その他:左腕に文字を刻んだ。舞に対して親近感を抱いている(本人に自覚なし)】

伊吹風子
【所持品:サバイバルナイフ、三角帽子、青い宝石(光四個)、グロック19(0/15)、支給品一式】
【状態:泣かないと決意する。全身に細かい傷、及び鈍痛。疲労困憊でしばらく行動不能。民家に残る】

那須宗一
【所持品:FN Five-SeveN(残弾数11/20)、防弾チョッキ、SPAS12ショットガン8/8発、スラッグ弾8発(SPAS12)、投げナイフ2本、ほか水・食料以外の支給品一式】
【状態:心機一転。健康】
【目的:渚を何が何でも守る。渚達と共に珊瑚を探し、脱出の計画を練る。ホテル跡方面に移動】

【その他:民家には以下のものが置かれています。
 イングラムM10(0/30)、イングラムの予備マガジン×1、M79グレネードランチャー、炸裂弾×2、火炎弾×9、Remington M870(残弾数4/4)、予備弾×17、スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、SIG(P232)残弾数(2/7)、仕込み鉄扇、ワルサー P38(0/8)、フライパン】

→B-10

789午後六時十二分/Epilogue:2009/05/21(木) 22:26:49 ID:1qEO/8a60
 
その明かりも灯らぬ暗い部屋には、底冷えするような空気が流れている。
何本もの配管が複雑に絡み合う壁に寄せるように置かれた幾つかの大きな鉄製の箱が、
家具一つないその部屋の性質を物語っている。
部屋は倉庫であり、箱はコンテナであった。
子供の背丈ほどもある鉄製のコンテナは重機で運搬することを前提にしているのか、
無造作に二つ、三つと積み上げられている。
どこか遠くから、空調の眠気を誘うような低音が響いていた。
時折部屋全体が微かに揺れる他には動くものとてない、無闇にがらんとした空間には、
しかし目を凝らせば二つの影がある。
片膝を立て、鉄のコンテナに背中を預けて座る鏡写しのような二つの影を、小さな光が照らした。
じ、と一瞬だけ燃え上がり、すぐに消えたのは影の擦ったマッチの炎である。
消えた炎が子を産んだように、後に小さな火が二つ、残った。

「狡兎死して走狗煮らる……か」

肺腑に満たした紫煙を細く吐き出しながら呟かれる声に、傍らに座る影が同じように
煙草の火を大きくしてから応じる。

「つまらん愚痴だな坂神。御堂あたりの病に侵されたか」

闇の中にも鮮やかな長い銀色の髪が微かに揺れる。
軽く灰を落としながらゆらゆらと紫煙の舞う中空に視線を漂わせる男を、光岡悟という。

「我々はいつだってこうしてきただろう。南方でも、大陸でも。
 今更、儀仗隊の捧げ銃でもあるまい」
「それは、そうだが……」

790午後六時十二分/Epilogue:2009/05/21(木) 22:27:17 ID:1qEO/8a60
言いよどんだ坂神蝉丸が、その先の言葉に詰まる。
船が、揺れた。
結局、定刻まで御堂と石原が戻ることはなかった。その生死とて知れぬ。
今はただ二人、がらんとした暗い倉庫の中で、船に揺られている。
寒々しい闇の中、鬱屈した感情が滓のように腹の底に沈んでいく。
自分は構わぬという思いはあった。
どれほどの戦功を挙げようと畢竟、坂神蝉丸は脱走兵である。
命令不服従に軍備品の横領も加わろう。
銃殺を免れ得ぬ身に歓待など望むべくもない。
拘束されるでも憲兵に引き渡されるでもないこの待遇は、むしろ破格とも言えた。
九品仏によるプロパガンダに利用されるにせよ、それは仕方のないことでもあった。
元来、強化兵とはそういった政治色を払拭しきれぬ身の上でもある。
しかし。しかし、と蝉丸は思う。
しかしそれは、坂神蝉丸に対してのみ与えられるべき仕打ちであろう。
暗い部屋を見渡す。
置かれたコンテナに詰まっているのは銃器か、弾薬か。
貨物倉庫に詰め込まれた強化兵は、軍の備品扱いか。
それでいいと思っていた。
國の礎となるならばそれでもいいと、かつての蝉丸は考えていた。
だがこの島での戦いを経た今となっては、既に疑問しか浮かばぬ。
ましてこれが、己に忠義を尽くす者への扱いか。
光岡悟は九品仏少将にとって欠くことのできぬ懐刀ではないのか。

「閣下はお忙しい身だ」
「……」
「元より汚れ役の俺などに割くお時間などありはせん」

それは、蝉丸の迷妄を喝破するように直截な、躊躇いのない声だった。
だから蝉丸は、言葉を飲み込む。

791午後六時十二分/Epilogue:2009/05/21(木) 22:27:37 ID:1qEO/8a60
「そんなことよりもな、坂神。これからは我等も忙しく立ち働くことになるぞ。
 閣下の作られる新たな國の基となるべく、今上の御世を影から支え奉るのだからな。
 まずは老いさらばえた狒々どもを駆逐し、未だ幼くあられる陛下を警衛し奉ることになろう」

闇の中、小さな火が躍る。
身振りを交えて楽しげに語る光岡の手にした煙草から落ちる灰を、蝉丸はじっと見ていた。
はらはらと、花の散るように白い灰が舞い、闇に溶けていく。
それがどこか、何かを暗示しているかのように感じられて、蝉丸は小さく首を振る。

「……貴様がいいなら、構わんさ」

結局、それだけを呟いた。
最後に大きく紫煙を吸い込んで、煙草を床で捻り消す。
別れた道は交わり、これからも続いていく。
二度と再び、違えることもあるまい。
溜息を隠すように細く吐いた紫煙は、ゆらゆらといつまでも漂っている。
煙の向こうに志半ばに倒れた少年の幼さの残る顔が浮かび、やがて消えた。
それきり口を噤んで、蝉丸は静かに目を閉じる。
何も残らぬではない。
覚えている。刻んでいる。
ただ、泥のように疲れていた。
その明かりも灯らぬ暗い部屋は、無闇に広い。



******

792午後六時十二分/Epilogue:2009/05/21(木) 22:28:05 ID:1qEO/8a60
 
 
少女がひとり、ぼんやりと海を眺めている。
波間の向こうに日が暮れようとしていた。
目深に被った麦藁帽子のつばが海風に煽られてはためくのを押さえるでもなく、
観月マナはひんやりと冷たい手摺に寄りかかったまま、舷側に寄せ返す波濤から
際限なく吹き上がる白い泡沫をその霞のかかったような瞳に映している。

「あ……」

ふわり、と。
一際強い風が、吹き抜けた。
咄嗟に伸ばした手は間に合わない。
麦藁帽子が、風に舞う。
眼だけで追ったそれを、

「よっ……、と」

掴み取った手が、ある。
ひょろりと肉の薄い、背の高いシルエット。
少年から青年に移り変わろうとする年代特有の、どこか遠くを見るような眼差し。

「えっと……藤田、だっけ」
「呼び捨てかよ」

苦笑したその少年のことを、マナは何も知らない。
ただこのプログラムの生還者として同じ回収船に乗り合わせたという、それだけの知識しかなかった。
否、それ以前の問題として、

「ま、いいか。……あんた、何も覚えてないんだって?」
「……」

マナが沈黙する。
事実であった。
マナには、この島に来てからの記憶がない。
突然拉致され、妙な兎の映像に殺し合いをしろと強要されたのは覚えている。
だが、そこまでだった。
その後の記憶が、すっぽりと抜け落ちている。
じりじりと暑い砂浜で目を覚まし、回収に来た軍の人間に救助されるまで、何をしていたのかがわからない。
気がつけば、そこにいた。
そう言う他はなかった。

793午後六時十二分/Epilogue:2009/05/21(木) 22:28:30 ID:1qEO/8a60
「っと。悪いこと、聞いちまったかな」
「……別に」

ぼそりと呟く。
事実、何の感情も浮かばない。
広報によれば、生存者は十六名。
行方不明者八名。
そして死者、実に九十六名。
二十四時間で、百人近くの人間が死んでいる。
それだけの殺戮が行われたあの島で、自身が何をしていたのかはわからない。
わからないのは恐怖でもあったが、しかしそれだけのことだった。
空白の記憶に、良いも悪いもありはしない。
たとえばその空白に、何か大切なものが詰まっていたのだとしても。
写真のないアルバムを眺めることに、意味などなかった。
それでも。

「……」
「……ねえ」

沈黙に耐えかねたか、困ったような顔で頭を掻いている少年に、尋ねる。

「あたし、あの島で何を……ううん、違う」

言いかけて、口を噤む。
僅かな間を置いて、仕切りなおす。

「何かを……できたのかな」
「……」

それは、ただ一つ観月マナの思考と感情との周りをぼんやりと、しかし切実に巡る問いであった。
現実として、マナはここにいる。それはいい。
記憶の空白も、それ自体は構わない。
それは単に、そういうものだ。
時間が経てば、得体の知れない恐怖に押し潰されそうになるのかもしれない。
しかし今はまだ、そのことに実感が伴ってはいなかった。
だからこそ今のマナが自身に問うのは、ただその一点である。
自身に問い、しかし記憶のない身に答えの出ようはずもない。
だから、声に出した。
九十六人の死者を出した二十四時間を乗り越えた人間が、目の前にいる。
彼が、マナの問いに何らかの示唆を齎してくれることを期待した。
しかし。

794午後六時十二分/Epilogue:2009/05/21(木) 22:29:15 ID:1qEO/8a60
「さあな。俺はあんたを知らねえ」

少年は、あっさりと期待を粉砕する。
内心で小さく溜息をついて、マナは少年から視線を外す。
夕焼けの海がマナの短慮を笑っているように感じられて、目を閉じた。
寄りかかった手摺のひんやりとした感触が心を冷ましていく。
そんなものだろう、と思う。
彼には彼の二十四時間。マナにはマナの二十四時間。
それは、重ならない。それは、分かち合えない。
たとえばマナに記憶があったとして、同じことを彼に訊かれれば、同じように返しただろう。

―――あたしは、あんたなんか知らない。

取り付く島もなくそう言い放つ自分の声を想像した瞬間、どうしてだか心の隅が、疼いた。
じわりと、閉じた瞼の端に涙が滲むのがわかる。
それを少年に気取られるのが嫌で、マナは目を閉じたまま顔を伏せる。
震える唇を、奥歯をかみ締めて堪える。

「……けど、さ」

少年が、何かを言おうとしていた。
もういい、と。
もういいからどこかに行ってと、叫びたかった。
口を開けば涙声になりそうで、声を出せなかった。

「昨日は百二十人からの数がいて、今日こうして帰りの船に乗ってるのは俺たちだけでさ」

少年が訥々と、ぶっきらぼうに喋っているのが聞こえる。
デリカシーのない男だと感じる。
態度で分かれと思う。
独りに、してほしかった。

「なら、そこには何か意味があるって……信じたい。そういうのは、あるかもな」

滲んだ涙が珠になって、目の端から零れそうになる。
堪えきれなかった。
袖で拭えば感付かれそうで、だからマナが目を伏せたまま無言で歩き出そうとした、
正にそのタイミングで背後から声がした。

「……浩之」
「お、柳川さん。どうだった?」

795午後六時十二分/Epilogue:2009/05/21(木) 22:29:40 ID:1qEO/8a60
びくりと肩を震わせたマナに気づいた様子もなく、少年が声の主に言葉を返す。

「こちらには来ていないようだ」
「そっか……ったくあの人は、どこをほっつき歩いてんだか」
「大きな船ではない。すぐに見つかるだろう」
「まーな」

そんなやり取りが耳障りで、足早に立ち去ろうとしたマナに、少年の声が響く。

「おい、あんた!」
「……」

マナは足を止めない。
背後から、かつかつと追いかけてくるような足音が聞こえる。
鬱陶しかった。

「少なくとも俺は……俺たちは、あんたに助けられたんだぜ」
「え……?」

一瞬、何を言っているのか理解できず。
意味を咀嚼して驚いて、思わず振り返って、涙目に気付いて急いで顔を背けようとして、
ぽふり、と。

「わ……」

被せられたのは、麦藁帽子だった。
突然の闇に覆われた視界の外、帽子の上からぽんぽんと軽く頭を叩く感触。
目深に押し込まれた帽子のつばを持ち上げたときには、少年はもう踵を返した後だった。

「じゃーな」

手を振る背中だけが、あった。



******

796午後六時十二分/Epilogue:2009/05/21(木) 22:30:31 ID:1qEO/8a60
 
 
「お、あれ……」
「倉田といったか」

舷側の向こうから歩いてきた少女の名を、柳川が即座に告げる。

「一度会っただけでよく覚えてんな……さすが刑事」

茶化すような浩之の言葉に柳川は答えない。
代わりに呆れたような視線が返ってくる。
軽く肩をすくめてみせた浩之が少女、倉田佐祐理に向けて小さく手を上げる。

「よう」
「あ……藤田さんたち」
「あんたも刑事だったのか」
「……?」
「いや、なんでもねえ」

きょとんとした顔の佐祐理に、言い繕うように浩之が続ける。

「そういや、あんたが川名を助けてくれたんだってな」
「あははーっ、それは違いますよー」

屈託のない笑顔と共に手を振ってみせる佐祐理。

「佐祐理はただ、軍の方に川名さんの居場所を伝えただけですー。
 船まで運んでくれたのはあの方たちですよー」
「けど、あの……パンも持ってきてくれただろ」

パン、と口にする瞬間、浩之の表情に微妙な影が落ちる。
その脳裏に浮かぶ存在がパンというカテゴリに収まってしまう代物ならば、自分は一生白米党でいよう。
そんな風にすら思えてしまう記憶を振り払うように、少し乱暴に頭を掻く。

797午後六時十二分/Epilogue:2009/05/21(木) 22:30:55 ID:1qEO/8a60
「あれがなきゃ川名は目を覚まさなかったかも知れねえ」
「うーん……」

苦笑気味に小首を傾げた佐祐理が、顎に指を当てたまま反駁する。

「あれも佐祐理じゃありませんねー。大切な友人からの預かりものを届けただけですー」
「友達……って、あの」

この回収船に乗り込む前、佐祐理と熱心に話し込んでいたその姿を、浩之は思い浮かべる。
陽光の下、白く輝く毛並み。
精悍に伸びる手足と、涼やかな目をした女性の顔。
まるで御伽噺から飛び出してきたような、それは半人半獣とでもいうべき存在だった。
全身を覆う毛皮の他には一糸纏わぬその姿は、見る者の眼を捉えて離さぬ神々しさをすら秘めていた。

「……藤田さん、もしかしていやらしいことを考えていますか?」
「考えてねーよ! そういや、あの人は船に乗らなかったみてーだけど……」

人、と呼んだ瞬間、佐祐理の微笑がほんの少し深くなったことに浩之は気づかない。
それこそが、藤田浩之という少年の美徳であったのかもしれない。

「舞は……友人は、まだあの島にやり残したことがあるそうなので」
「やり残したこと?」
「何でも魔物を迎えに行く、とか」
「……なんだ、そりゃ」
「さあ? 舞は時々、不思議なことを言う子ですし……」

あっけらかんと、しかし否定の色の一片すらなく、佐祐理が言ってのける。

「でも、あの子がそう言うのなら、それは本当に大切なことなのでしょうから」
「そっか……」

微笑の奥に横たわる深く濃密な信頼を、依存と呼ぶべきか、陶酔というべきか。
そのどちらをも選ばず、浩之は言葉を切った。
僅かな沈黙に、ふと佐祐理の微笑がその色を緩める。

798午後六時十二分/Epilogue:2009/05/21(木) 22:31:25 ID:1qEO/8a60
「そういえばお二人とも、お散歩の途中でしたか?」
「……ああ、そうだった」

言われて初めて気付いたように浩之が天を仰ぐ。

「いや、散歩じゃねーよ。実は川名を探しててな」
「あらら、いらっしゃらないんですかー。……お部屋には?」

数時間に及ぶ船旅にあたって、生還者にはそれぞれ個室が宛がわれている。
客船でない以上、簡素なものではあったが、休むことくらいはできた。
それを指した佐祐理に、浩之が首を振って答える。

「ちらっと見たが、電気がついてないみてーだったからな」
「あの、それは……」
「―――浩之」

と、それまで浩之の背後に影のように付き従い沈黙を守っていた男が、何かを言いかけた佐祐理の言葉を遮った。

「ん? ……ああ、そうだな」

それをどう受け取ったか、浩之がひとつ頷いて佐祐理の方へ向き直る。
男の視線が背後で物言いたげに伏せられるのを、浩之はまるで見ていない。

「えーと、倉田……だったよな。話し込んじまって悪かったな」
「いえいえ、お話できてよかったですー。川名さんを見かけたら、藤田さんたちが探してたって
 伝えておきますねー」
「ああ、頼むな」

手を振る佐祐理に背を向けて、浩之は歩き出す。

「ったく、どこ行ったんだか……」



******

799午後六時十二分/Epilogue:2009/05/21(木) 22:34:03 ID:1qEO/8a60
 
 
頭を掻きながら歩いていく少年たちの背中を見送って、小さく溜息をつく。
困ったものだ、と見やった空はすっかり群青色に染まって、夜の訪れを待っている。
水平線の向こうに沈んだ夕陽を惜しむように吹く風が、長すぎる髪と大きすぎるリボンを揺らして
いつも通りの不快感を私に齎してくれる。

振り払うように、歩き出す。
舷側を少し進めば小さな闇が口を開けている。
船室へ向かうための階段だった。
かつかつと金属的な音を響かせながら、狭くて急な階段を下りていく。
踊り場を一つ経由して薄暗い廊下に出た。
船舶という性質上、無駄な容積を取れない設計の廊下はひどく狭く、息苦しい。
壁面には用途も分からないパイプが敷き詰められ、視覚的にも圧迫されるように感じられた。
そんな、ごみごみとして、無機質で、鉄臭い廊下を歩く。

一つ、二つと扉を通り過ぎる。
あてがわれた部屋の扉も越えて、足を止めたのはその隣。
密閉可能な鉄の引き戸は、しかし今は薄く開いている。
開いた扉の隙間からは闇が漏れ出していた。
動くものの気配も、音もない。
気にすることなく、ノックを一つ。

「―――お邪魔します」

それだけを告げて、返事も聞かずに引き戸を開ける。
ぼんやりとした廊下の天井灯が、福音のように部屋の中を満たしていく。
部屋に詰まった闇が流れ出すように、暗がりが払われた。
暗闇の中から小さく無個性な据付のスチールデスクと簡素なパイプベッドが、そうして最後に、
そのベッドの端に腰掛けた一人の少女が、現れる。
ぼんやりとした明かりにぼんやりと照らし出されたのは、光を映さぬ瞳。

「……えっと」
「倉田です。倉田佐祐理」

800午後六時十二分/Epilogue:2009/05/21(木) 22:34:32 ID:1qEO/8a60
驚いた風もなく、しかしどこか戸惑った様子の少女に、私は臆面もなく名を告げる。
戸惑うのも当然だった。
突然居室に誰かが入ってくるということ自体、普通では考えられない。
まして盲目の少女にとっては些細な想定外の事態ですら、致命的な恐怖の対象となり得るのだ。
更に言えば少女、川名みさきと私との間には、全くといっていいほど面識がなかった。
幾重にも礼を失し、既に愚挙と呼ぶべき行為に及んで、しかし私には罪悪感がない。
そんなものは当の昔に、あの小さな棺に入れて燃やしてしまった。
だがそんな私を見て、否、私の声のするほうに顔を向けて、川名みさきは静かに微笑む。

「……ああ、わたしを助けてくれた人だね。その節はありがとう……でいいのかな?」
「お加減はいかがですか?」
「うん、もう大丈夫。元気だよ」

世間話のようなやり取りに、ひどい違和感が付きまとう。
何か、薄い膜のようなものを隔てて話をしているような感覚。
眼を凝らさなければ見えないような、薄くて軽い、透き通った壁。
そうして普通の人間は、誰かと言葉を交わすときに眼など凝らさない。
だから誰も気付かない、薄くて軽い、しかし突き破ることの叶わない、隔壁。
それは、川名みさきの張り巡らせているものだろうか。
それとも、川名みさきと向かい合う私が無意識に張り巡らせていたものだっただろうか。
分からない。確かなのは、私と川名みさきを隔てる何かがそこにあるということ。それだけだった。
だから私は、壁を通して通じる言葉を、使う。

「藤田君たちが探していましたよ」
「え? ……もう、ずっと部屋にいたのに。ひどいよ」
「お連れの方は気付いていたようですけどね」

801午後六時十二分/Epilogue:2009/05/21(木) 22:35:28 ID:1qEO/8a60
可愛らしく頬を膨らませる川名みさきの子供じみた仕草を見ながら、私はもう一度溜息をつく。
そう、川名みさきは全盲だ。
わざわざ自室の照明をつける習慣など、あるはずもない。
部屋が暗いという理由で不在を確信するなど迂闊に過ぎる。
まして全盲の少女が慣れぬ船の中を歩き回るものか。
想像力が足りないのか、深く考える癖がついていないのか、或いはその両方か。
もっとも、と私は心の中の評価シートの、あの薄ぼんやりとした背の高い少年の欄に刻まれた
低い数字に疑問符をつける。
あのとき、照明のことを指摘しようとした私の言葉を遮った男。
藤田浩之の後ろに立っていた、ひどく鋭利な眼をしたあの柳川という男が、言葉巧みに
少年を言いくるめた可能性は決して低くはないだろう。
何故だかは分からないけれど、あの男は藤田浩之を川名みさきと会わせたがっていない節がある。
もしかしたら、いつまでも二人でうろうろと歩き回っていたいだけかも知れない。
そんなはずはないか。
取り留めのない思考に沈みかけた私を掬い上げたのは、川名みさきの声だった。

「まあ、いいや……わざわざありがとう」
「いえ、佐祐理も少しお話してみたかったので」
「わたしと?」
「はい」

咄嗟に口をついて出た言葉に、私自身が驚いていた。
川名みさきと話をしたい? 一体何を? そんな疑問を封じるように、言葉が続く。

「色々、ありましたし」
「まあ……そうだね」

呟いて小さく天井を見上げる川名みさきの表情には、感情というものがない。
そのことに、何故だか奇妙な苛立ちを感じた。
廊下から漏れるぼんやりとした光に照らされて、ぼんやりとした顔だけが浮かび上がっている。
役目を終えた仮初めの福音は、いつの間にか鍍金が剥げてただの天井灯に戻っているようだった。
そんな光に照らされているのが苦痛で、後ろ手に扉を閉めた。
からから、がちゃりと乱暴な音が鎮まると、狭い部屋からはすっかり光が喪われる。
闇が、降りた。

802午後六時十二分/Epilogue:2009/05/21(木) 22:35:51 ID:1qEO/8a60
「たくさんの方が亡くなりました」
「そうみたいだね」

表情は見えない。

「昔から知っている方も、この島で出会った方も」
「わたしの一番の親友もね」

感情は見えない。

「……こういうときは泣いてみせたほうが、それっぽいのかな?」
「いいえ」

闇の中に、言葉だけが響く。

「いいえ、悲しみの受け止め方は、人それぞれですから」

言いながら、私は一つの顔を思い浮かべていた。
久瀬。
臆病で、神経質で、いつも虚勢を張っていた少年。
彼もあの島で命を落としたと聞いた。
涙は流れなかった。
ただ、悲しいという感情だけは、確かにあった。
今もそうだ。
彼の顔を思い浮かべた私は、きっと悲しい顔をしている。
闇の中で、表情は、見えないけれど。

「悲しいっていうのとも、たぶん少し違うんだけどね」

803午後六時十二分/Epilogue:2009/05/21(木) 22:36:29 ID:1qEO/8a60
声に混じったのは、苦笑の色だろうか。
少なくとも、そこに悲愴は感じ取れない。
ただ、淡々と。

「雪ちゃんはもういない」

無明の世界に、言葉が響く。
訥々と。
ただ、降った雨の、水に落ちて小さな輪を作るように。

「それは、……うん、目が覚めたときにはもう分かってたんだよ」

喪失を、受容する。

「ずっとずっと、わたしのために頑張ってくれて、最後まで頑張ってくれたから。
 だからわたしは、こうしてここにいる。ここにいられる。
 ……雪ちゃんがここにいないっていうのは、そういうことだと思ってる」

小さな棺の閉じるのを、じっと見つめたあの日のように。

「だからね、だけど、わたしはそれで、思うんだ」

変質を、許容する。

804午後六時十二分/Epilogue:2009/05/21(木) 22:37:01 ID:1qEO/8a60
「わたしには、何もできない」

言葉だけが響く闇が、灰と黒とに染まった雨の空を連想させて。
ああ、と。

「ずっと、そう考えてたんだ。わたしは目が見えないから。
 だから何もできないって。しちゃいけないんだって」

ようやく、思い至る。

「だけど……」

川名みさきは。

「だけど違うんじゃないかって。目が見えないから何もできないんじゃなくて。
 目が見えないから何もできない……って、そんな風に考えるから何もできないんじゃないか、って」

この全盲の少女は。

「そう、思った……ううん、思えたんだよ」

私と、似ている。

「……」
「おかしいかな?」
「いいえ」

細く、長く息をつきながら、答える。
何のことはない。
薄く軽い、透き通った壁は。
私と、川名みさきと。
両方から、張り巡らされているのだ。

「でも、笑ってる」

笑っている。
そうだ。確かに私は、笑っている。
嘘つきめ、と笑っている。
誰でも受け入れるみたいに微笑んで。
だけど誰にも見えない、きっと眼を閉じなければ見えない透き通った壁を積み上げて。
そういうもので心の奥のずっと底の、本当に暗い場所に隠した嘘を包んでいる。
川名みさきは。
倉田佐祐理は。
嘘つきだ。

805午後六時十二分/Epilogue:2009/05/21(木) 22:37:56 ID:1qEO/8a60
だから私は笑っている。
楽しくて、嬉しくて、笑っている。
だから、

「何でも、ありませんよ」

だから私は、それだけを口にする。
いつか、いつか、あなたの嘘が、綺麗な本当のお日様の下で、溶けてしまいますように。
それを、心から願いながら。

「―――」

ああ、私は光の道を行こう。
大切な友の、表情の乏しい物憂げな顔を思い浮かべながら、思う。
私は私の奥底に、喪服を濡らす雨の冷たさを抱えながら光の下を歩こう。

その先には作り上げるべき世界が、待っている。
この世界でいちばん大切な人が帰ってくる、帰ってこられる場所が、私の歩みを待っている。
立ち塞がるのは政治と経済の世界だ。
取るに足らない、私の決意に敵すべくもない相手だ。
倉田佐祐理の、それが道だ。

「―――」

ふと、闇の中に降りた沈黙に気付く。
浸り込んでいた思考から、意識が浮上する。

「すみません、川名さん……川名さん?」
「―――」

返事はない。
闇の中、少女の姿は見えない。
耳を澄ませば微かに聞こえてくるのは、定期的な呼吸の音。
どうやら川名みさきはいつの間にか、眠ってしまっていたようだった。
苦笑して、音を立てないように立ち上がる。
静かに開いた、引き戸の隙間を抜けようとしたとき。

「……え?」

背後の少女が、何かを呟いたような気がして、振り返る。
しかし、

「―――」

それきり何も、聞こえない。
寝言か何かだったのだろうか。
部屋を出ながらそう考えて、後ろ手にそっと扉を閉める。

一歩を踏み出せば、かつんと硬質な音。
暗闇を満たした部屋から遠ざかる音。
かつかつと響く、それは私の足音だ。
倉田佐祐理の未来に響く、足音だ。

見上げる。
薄ぼんやりとした光の向こう、狭くて急な階段を昇った先に、夜が訪れようとしていた。




******

806午後六時十二分/Epilogue:2009/05/21(木) 22:38:16 ID:1qEO/8a60
******












「おめでとう」











******

807午後六時十二分/Epilogue:2009/05/21(木) 22:38:39 ID:1qEO/8a60
 
【時間:2日目 PM 6:43】

観月マナ
【状態:生還】

藤田浩之
【状態:生還】
柳川祐也
【状態:生還】

川名みさき
【状態:生還】

倉田佐祐理
【状態:生還】

坂神蝉丸
【状態:生還】
光岡悟
【状態:生還】


→1061 ルートD-5

808名無しさん:2009/05/21(木) 22:48:43 ID:1qEO/8a60
「【改正BR第十三回プログラム第一次生還者 第九次追跡調査報告書概略】」

 
 
発:厚生労働省大臣官房統計情報部人口動態管理課特殊資料室 栗原透子
宛:厚生労働省大臣官房統計情報部人口動態管理課 課長 榊しのぶ



※本件は極秘扱とする。
 閲覧後は所定の手続にて回収・処分のこと。



******




藤田浩之【――】

・生還後、高校・大学を卒業。
 同年、総務省入省。
 現在は同省固有種公民権問題対策準備室に所属。
 関係各省庁の連携・調整に忙殺されている。
 昨年、官舎より転居。



柳川裕也【固有種】

・生還直後、県警を退官。
 現在は都内にて民間の護衛・探偵業を営んでいる。
 昨年、数年来の自宅としていた事務所より転居。



観月マナ【行方不明】

・生還後、元の生活に復帰する。
 高校卒業後に突如として失踪し、現在に至るまで行方不明。
 最後の通院記録によれば記憶は戻っていなかったようだ。



倉田佐祐理【――】

・国民議会決議による財閥解体を期に倉田家本流から距離を置く。
 都市圏への外資流入による大規模な経済混乱期の政争・暗闘を回避し、
 地方金融を中核としたグループとして旧傘下の中堅企業を纏め上げた。
 現在も数社の取締役として多忙な日々を送りながら、固有種公民権問題に
 積極的なロビー活動を行っている。
 生還後、魔法の力は失われたようだ。



川名みさき【――】

・生還後、故郷に小さな私塾を開いた。
 近年、各界に優秀な門下生を多く輩出し徐々に存在感を増しつつあるが、
 その思想と影響力の台頭を危険視する声も一部に上がり始めている。



光岡悟【死亡】

・終戦協定後、軍部の大規模な再編に伴い首相付護衛武官に異動。
 大過なく任務を遂行していたが、五年前に突如として幼い先帝を拐かし武装蜂起する。
 現政権に國体護持の資格なしとの主張を掲げ首相暗殺を試みるも失敗。
 国外へ脱出し、軍の一部急進派を率いて転戦する。
 南方密林で包囲され、拠点に火をかけて先帝諸共自刎したと伝えられている。
 軍機密のため詳細は不明だが、拠点内から先帝の亡骸は発見されなかったとの
 まことしやかな噂もいまだに囁かれている。



坂神蝉丸【死亡】

・終戦協定後、軍部の大規模な再編に伴い教練所指導員に異動。
 優秀な教導官として信頼を得るも、光岡悟の武装蜂起に呼応し合流。
 その後は国外を転戦するも、南方で戦死した模様。
 大陸で子供連れの白髪の男を見たという複数の証言があるも関連は不明。



******



→1066 ルートD-5

809Nos appetimus responsum unic?s quod absolut?s.:2009/05/21(木) 22:49:44 ID:1qEO/8a60
 
 
 
ここから先のすべては蛇足である。


物語は既に完結している。
世界は救われ、人々は日常へと帰った。

この先に得られるものは何もない。
そこにあるのは取るに足らない答え合わせと、愚にもつかない辻褄合わせ。
描かれるのは一人の敗者と一つの祝福。

繰り返して警告する。
ここから先のすべては、蛇足である。




******

810Nos appetimus responsum unicas quod absolutas.:2009/05/21(木) 22:50:15 ID:1qEO/8a60
******







葉鍵ロワイアル3

ルートD-5/終章


 「生」







******

811Nos appetimus responsum unicas quod absolutas.:2009/05/21(木) 22:50:44 ID:1qEO/8a60
 
 
 
そこには花が咲いている。


「神さま、しんじゃったね」
「そうだね」


儚げに天を仰ぐ、白い、白い花。


「もう、くりかえせないね」
「別に構わないさ」


見渡す限りの一面に咲き誇る花の仰ぐ天に、光はない。


「いいの?」
「ここは僕たちが生まれるに価しなかった。結局それだけのことさ」


闇夜に日輪はなく、


「……そう」
「それとも、もう一度始めてみたかった?」


星の瞬きすらもない。


「……さあ」
「なら、いいじゃない」


そこにはただ、


「……そうかもしれないね」
「最後の世界が終わるまで、どのくらいかかるかな」


赤い、赤い、瞳のような、


「……」
「ま、いいか。どうせいつかは終わるんだから」


月だけが、浮かんでいる。

812Nos appetimus responsum unicas quod absolutas.:2009/05/21(木) 22:51:04 ID:1qEO/8a60
 
【時間:すでに終わっている】
【場所:世界の終わりの花畑】

岡崎汐
【状態:――】

少年
【状態:――】


→1067 ルートD-5


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板