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避難用作品投下スレ4

1管理人★:2008/08/01(金) 02:07:08 ID:???0
葉鍵ロワイアル3の作品投下スレッドです。

455十一時四十三分(2)/今日が終わっても:2009/02/05(木) 06:08:00 ID:oO7s4YPQ0
 
『―――現況と、展開を伝える』

告げた蝉丸が、山頂の戦況を整理する。

『敵は八体。北から獣使い、北東に黒翼、東の大剣、南東の白翼、南に刀、南西に槍、西に二刀……そして北西の女。
 これより我等は戦力を集中しつつ撹乱戦に入る。その隙を突いて―――』
『貴様が砧夕霧を連れ、神像の防衛線を突破する、か。だが……』
『……北西に回せる手が、足りません』
『ああ。本来であれば最優先の打倒目標は北西、女の像だろう。見る限り、あれが全体の損傷を
 回復させる鍵となっている。まずはあれを黙らせ、しかる後に戦線を構築するのが定石だが』

葉子の懸念、光岡の指摘は的確である。
南西の葉子、郁未。北東側の水瀬名雪。どちらも遠い。
蝉丸の提示した作戦は、火力の集中運用による一点突破―――即ち、狙いを間合いの長い
有翼の二体と槍使いに絞り、他の像の刃が届かぬ隙を駆け抜けるというものである。
北東の黒翼を水瀬名雪、南西の槍使いを郁未と葉子に任せ、光岡が抑える南東の白翼側を抜ける策。
敵に無限とも思える回復がある以上、いかにも苦しい消耗戦となることは予想できた。
が、もはや体勢を立て直すだけの猶予はない。
近海に展開する部隊からの援軍とて、既に間に合わぬ。

『……川澄、頼めないか』

蝉丸のそれは懇願に近い。
川澄舞とは未だ共闘への承諾どころか、まともに意思の疎通すら果たせていない。
頭数として計算できない以上、策はその存在を勘定に入れずに立てられている。
しかし万が一にも舞の力を見込めるならば、北西側の女神像への直接攻撃が可能となるやも知れぬ。
無限の回復さえ断たれれば、攻勢にも意味が生じてくる。
泥沼の消耗戦の末ではない、敵の戦線を崩しての突破すら夢ではない。
そう考えての、懇願である。
だが、しかし。
返ってきた声はそうした蝉丸の想定と期待とを、あらゆる意味で大きく裏切るものであった。

『―――何だ、白髪頭。こんなものに、手こずってるのか?』

声が、した。
川澄舞のそれではない。
悪意と笑みとを含んで湿った、どろりと濁った声。

『この島の、最後の戦いなんだろう? もっと派手に楽しめよ、なぁ……白髪頭』

声が伝えるのは、血の色の貌。
闇夜の奉ずる深紅の月の如き瞳と、牙を剥く獣の如く歪められた口元。
来栖川綾香と呼ばれた女の、それは哂う声だった。

456十一時四十三分(2)/今日が終わっても:2009/02/05(木) 06:08:21 ID:oO7s4YPQ0
 
【時間:2日目 AM11:46】
【場所:F−5 神塚山山頂】

坂神蝉丸
 【所持品:刀(銘・鳳凰)】
 【状態:健康】
光岡悟
 【所持品:刀(銘・麟)】
 【状態:健康】
砧夕霧中枢
 【所持品:なし】
 【状態:覚醒】
天沢郁未
 【所持品:薙刀】
 【状態:健康・不可視の力】
鹿沼葉子
 【所持品:鉈】
 【状態:健康・光学戰試挑躰・不可視の力】
水瀬名雪
 【所持品:くろいあくま】
 【状態:過去優勝者】
川澄舞
 【所持品:村雨、鬼の手、白虎の毛皮、魔犬の尾、ヘタレの尻子玉】
 【状態:白髪、ムティカパ、エルクゥ】

来栖川綾香
 【所持品:なし】
 【状態:―――】

真・長瀬源五郎
【イルファ・シルファ・ミルファ・セリオ融合体】
【組成:オンヴィタイカヤン群体18000体相当】
【アルルゥ・フィギュアヘッド:健在】
【エルルゥ・フィギュアヘッド:健在】
【ベナウィ・フィギュアヘッド:健在】
【オボロ・フィギュアヘッド:健在】
【カルラ・フィギュアヘッド:健在】
【トウカ・フィギュアヘッド:健在】
【ウルトリィ・フィギュアヘッド:健在】
【カミュ・フィギュアヘッド:健在】

→1014 1034 1037 1038 ルートD-5

457名無しさん:2009/02/05(木) 06:09:58 ID:oO7s4YPQ0
申し訳ありません。
>>450>>451の間に、以下の文が挿入されます。

***

 
「―――どうしたね、諸君。もう息切れとは、些か早すぎやしないかね?
 理解し給え。神の光を前にして、諸君に逃げ場などありはしないのだよ」

巨体が蠢き、醜悪な声を撒き散らす。
長瀬源五郎の哄笑が、山頂一帯を不気味に揺さぶっていた。


***

458十一時四十六分/明日が過ぎても:2009/02/05(木) 15:55:55 ID:oO7s4YPQ0
 
ご、と。
重く、低く、音が響いた。

それが、神塚山頂を巡る最後の攻防、その再開の嚆矢となった。


***

459十一時四十六分/明日が過ぎても:2009/02/05(木) 15:56:22 ID:oO7s4YPQ0
 
『来栖川……綾香……? 貴様、何故……!』

その名を噛み潰すように呟いた、蝉丸の位置から姿は見えぬ。
だが、哂う声と、重い音と、そうしてぐらりと揺らぐ一体の巨神像が、その存在を誇示していた。
揺らいだのは北西、祈るように目を閉じた女の像。
音は、打撃音である。
しかし巨竜の体躯を挟んで対角に位置する蝉丸の耳に届くその重低音は、およそ人の身によるものとは思えぬ。
重機が廃棄されたビルを打ち崩すような、或いは砲弾が要塞を直撃するような、破砕の轟音。
そも、揺らいだ神像は人の数十倍を誇る身の丈である。
重量にすれば鉄塊と羽毛ほどにかけ離れている。
それを打撃して、更に揺るがせ、なお哂っている。
既にしてそれは、人ならざる異形の仕業である。

『何故……? それを聞くかよ、私に。二度、同じ答えが必要か?』

ささめくように、異形が哂う。
死を超えて、生を踏み躙り、そこに理由は要らぬと、人の道を外れた女は哂っている。
それは女の、来栖川綾香という女の命のかたちである。
愚昧妄執と、是非も無しと坂神蝉丸の断じた、それは在り様を誇っていた。
誇らしげに咲いた拳が、振るわれる。
ご、と。
重く、低く、二度目の鐘が、鳴らされる。

460十一時四十六分/明日が過ぎても:2009/02/05(木) 15:56:57 ID:oO7s4YPQ0
『ああ―――血が、巡る』

びぎり、と嫌な音を立てて傾いだ女の像の、おそらくはその袂の辺りに立つのであろう綾香が、
艶の混じった吐息を漏らした。
いくさ場に散る無念と妄念とを吸って恍惚に浸るが如きその声音に表情を険しくした蝉丸が、
しかし綾香の口にした言葉に、何某かの引っ掛かりを覚える。
血。
血が、巡る。
巡る血と、死んだ筈の女。
鬼を取り込み、薬を取り込み、異形と化した女に流れる、否、女から流れ出る、血。

『―――そうか』

ほぼ同時に結論に至ったらしい光岡が、声を上げる。

『坂神、奴は……』
『ああ。来栖川、貴様……仙命樹をも、その身に取り込んだか』

あの時。
長瀬源五郎の使徒として現れたHMX-13・セリオが、来栖川綾香を盾とした、あの時。
その襤褸雑巾の如き、命の灯の消えゆこうとする躯が、どこに転がったか。
誰のものとも知れぬ血だまりに入って飛沫を上げた、その躯。
誰のものとも知れぬ血だまりとは、果たして誰のものであったか。
それは、先の一戦の最中。

『貴様に斬られた……俺の、血を。呑んだな』

ざっくりと裂かれた、右の脹脛の傷。
既に癒えつつあるそれが、唐突に疼きだしたように感じる。
それは実体のない、後悔の疼痛である。

『知らないな。どうだっていい。私はここにいる。世界の真ん中に生きている。
 大事なのはそれだけだ』

鬼の力と不死の仙薬とを得た女が、それをすら、哂った。
途方もない高慢と底知れぬ驕慢とを以て、それを当然と、笑んでいる。

461十一時四十六分/明日が過ぎても:2009/02/05(木) 15:57:17 ID:oO7s4YPQ0
『不覚だな、坂神。妖を黄泉返らせたか』
『……いずれ、始末は付ける』

ごぐ、と。
三つ目の鐘が、鳴った。

『―――私はまだ人間か? それとも、もう戻れない化物か? どうだっていい。
 ああ、ああ。そんなことはどうだっていいんだ。私はただ、私であるためだけにここにいる。
 ひとまずは―――幾つかの貸しを、返してもらおうか』

みぢり、びぢり、と。
奇妙な音が、聞こえた。
それは、束ねた縄を力任せに引き千切るような。
何かが裂け、撓んでいく、不可逆の破壊音。

『馬鹿、な……』

ただの、三度である。
打撃音が聞こえたのは、三度。
それが、如何なる凄絶さを以て行われたものかは知れぬ。
だが、ただの三撃で。
祈るような女の像が、傾ぎ、戻らず、折れ砕け―――そして、崩れた。

『―――お前は後回しだ、白髪頭』

崩れていく女神像の、巨大な岩塊の降り注ぐ中で、来栖川綾香が宣言する。

「長瀬、長瀬源五郎。返せよ―――私の、人形をさ」

告げたその影に、踊りかかるものがある。
女神像の両脇、北に座する獣使いの像と、そして西、二刀を使う戦士の像。
今や七体となった神像の、その内の二体が動くのと同時。

『……坂神!』
『ああ、今だ―――総員、戦闘を開始する!』

坂神蝉丸の声が、響き渡った。

462十一時四十六分/明日が過ぎても:2009/02/05(木) 15:57:39 ID:oO7s4YPQ0
 
【時間:2日目 AM11:47】
【場所:F−5 神塚山山頂】

坂神蝉丸
 【所持品:刀(銘・鳳凰)】
 【状態:健康】
光岡悟
 【所持品:刀(銘・麟)】
 【状態:健康】
砧夕霧中枢
 【所持品:なし】
 【状態:覚醒】
来栖川綾香
 【所持品:なし】
 【状態:仙命樹、ラーニング(エルクゥ、魔弾の射手)】

真・長瀬源五郎
【イルファ・シルファ・ミルファ・セリオ融合体】
【組成:オンヴィタイカヤン群体16800体相当】
【アルルゥ・フィギュアヘッド:健在】
【エルルゥ・フィギュアヘッド:大破】
【ベナウィ・フィギュアヘッド:健在】
【オボロ・フィギュアヘッド:健在】
【カルラ・フィギュアヘッド:健在】
【トウカ・フィギュアヘッド:健在】
【ウルトリィ・フィギュアヘッド:健在】
【カミュ・フィギュアヘッド:健在】

→1048 ルートD-5

463儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:00:01 ID:nKYEabcw0
 残り人数は三十人弱……か。
 つまり百人近い人の死体がこの島のどこかに転がっているということになる。
 手始めに首輪爆弾のスイッチを試した姫川琴音も、甘すぎた長瀬祐介も、知り合いだった岡崎朋也、春原陽平も。

 熾烈な争いの中、何とかここまで生き延びてきたことを幸運に思いながら診療所内部で、
 宮沢有紀寧は玩具を弄るようにマシンガンを見回している柏木初音をぼんやりと眺めていた。
 有紀寧よりも小柄な初音が無骨で、暴力的な形状の銃(MP5K)を取り回している様を見ると、
 異常さよりも滑稽さの方が先立って見えた。或いは自分の感覚こそが麻痺しているのかもしれない。

 自分を待ってくれているたくさんの人達のため、という義務感で殺し合いに乗っていた当初とは違い、
 今は半ば自然、自衛をするためならばという気持ちだけで人に凶器を向けられる。

 ……慣れとは怖いものだ。嘲るように唇の形を歪めた有紀寧は、だがこれが人の業なのかもしれないと考える。
 惰性という言葉で感覚を麻痺させ、正義の名の下に目を曇らせなければ闘争の歴史を積み上げてこれない一方、
 動物としての本能が争いを望み、支配し、搾取し、屈服させようとする。
 この殺し合いはそれを体現させたものなのだろう。ここまで生き延びてきた人間も、
 所詮は更に大きな人間の手のひらの上というわけだ。もっとも、生きて帰れるのなら自分にはどうでもいいが。

 わたしにはわたしの世界がある。
 自分はあるべき場所に戻り、元の鞘に納まるだけだ。それ以上は望まない。
 そのために出来る最善の手段を為す――それで余計な思考を打ち消した有紀寧はここから先の予定を考える。

 まず基本の方針だが、やはり隠れて試合終了のギリギリまで待つのが上策だろう。
 全くの偶然とはいえクルツ(MP5Kのこと)を手に入れられたのは奇跡ともいえる幸運だが、
 それ単体で三十人近くを相手にするには火力不足……いや実力不足というのは否めない。
 まだ測りかねている部分はあるものの初音は大体自分と同レベルの身体能力と思っていい。
 さして格闘経験があるわけでもなく、柳川のような屈強な男が数人がかりならこちらは簡単にねじ伏せられる。
 よくて二、三人を道連れにするだけだろうし、そんなものは望んでいない。

464儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:00:24 ID:nKYEabcw0
 別に積極的に殺す必要はないのだ。最終的に生き残っていればそれでいいのだし、最低限以上の武装がこちらにはある。
 攻撃されたときのみ已む無く反撃すればいい。機会が与えられるかどうかは別の話になってしまうが、
 少なくとも問答無用で隠れていた女性二人を襲うくらいの人間なら既にやり合って死んでいるだろう。
 幸いにして、初音はこちらの意向に従順だ。提案は受け入れてくれるはず。

「初音さん。そろそろここを離れましょう。
 柳川さんがわたし達の代わりに戦っている以上、巻き込まれる危険性がありますから」
「うん。分かったよ」

 実に素直な風に初音は頷いた。にこにことした表情は完全に有紀寧に懐いていることを示しており、
 また純粋であったが故の現在の狂気を表したかのようであった。
 こういう人間は使えると思う一方、痛ましいという心情も有紀寧は感じていた。
 何故こんな感情を抱いているのか、自分自身も分からない。殺戮劇という非日常の延長の中にあって、
 もう忘れ去ってしまったものなのかもしれない。

 ただ唯一分かることは、今の初音は家族をあまりに愛しすぎたがためにこうなってしまったということだ。
 どんな生活をしてきたのかは未だ分からないが、これだけは確信できることだった。
 同じ妹という立場として、共に家族を失った人間として、家族を失う喪失感は知り抜いている。
 どんなに後悔したとして、どんなに罪滅ぼしをしたとして、もう戻ってくるはずはない。
 分かり合うことも、喧嘩することも出来ない。
 失った時点で永久に答えは出せなくなり、果てのない堂々巡りの中に自分という存在が置かれる。

 だとするなら、自分は既に狂っていたのかもしれないと有紀寧は思った。
 兄がいなくなり、分かるはずもない兄の幻影を追い求めてかつての兄の仲間の元に身を投じた。
 その中で宮沢有紀寧という存在は薄れ、亡霊を追い続ける宮沢和人の妹という立場の人間に成り下がった……
 だから誰に対しても丁寧にしか話せなくなったし、
 誰に対しても同じような態度を取ることしか出来なくなったのか。

 なるほど、確かに狂っていると有紀寧は納得する。
 『狂気』の定義を、自分の感情をなくした人間、とするとしたらの話だが。
 だがそれを自覚したところで、この病は永久に治せないのだろう。
 亡霊を追い続けるしか生きる術を持たず、またそれ以外の生き方を忘れてしまった自分には……

465儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:00:45 ID:nKYEabcw0
 思い出す必要はないと断じて、有紀寧は思考を打ち切った。
 今は初音と二人、生き残ることだけを考えればいい。
 戦地となりつつあるここからひとまず離脱し、平瀬村方面へと向かおう。
 当初は灯台に向かうつもりだったが、予定変更だ。

 柳川に灯台という行き先を言ってしまったのでもうあそこは安全圏とは言いがたい。既に手駒の柳川だが、
 情報を漏らさないとは言い切れないのだ。
 何かの弾みで、いやそうでなくとも言葉の端から推理されてこちらの居場所を突き止められたのではたまったものではない。
 隠れるだけではなく、何かの情報操作でも行って撹乱できればなおよいのだが難しい。

 ノートパソコンを起動してロワちゃんねるを確認してみたのだが、死亡者に関するスレッド以外はまるで更新がなく、
 見ている人間は極端に少ないのだろう。ここに書き込んでも効果はなさそうだと考えた有紀寧は見るだけに留めておいた。
 ひょっとするとここの管理者にでも頼めば色々と有益な情報教えてくれるかもしれない。
 しかし一応はここもあらゆる人間が見られるシステムにはなっている。

 例えばいつ、どこで誰が死んだかというのを画像で表示してくれと書き込み、仮にそれが実現されたとしよう。
 その情報を得られるのは自分だけではない。書き込んでいないだけで随時チェックしている人物だっているはずだ。
 匿名で書き込めるため自分が頼んだものだとは分からないはずだが、万が一ハッカーのようなスキルを持つ人間がいた場合、
 書き込んだこちらに警戒される恐れがある。そればかりか書き込みを元に情報をリークされ、
 不利な状況になることさえあり得る。メリットは小さく、デメリット、リスクばかりが大きいのでは使う気にもならない。

 結局は残り人数をリアルタイムで確認できるものだと思うしかない、と有紀寧は結論付ける。
 あってもなくてもいいが、あっても困るものでもない。情報の重要さは有紀寧自身がよく知っているところだ。
 まあ、そこまで深く考えなくてもいいのかもしれないが。所詮は誰とも分からぬ人間からの情報なのだから。

「ところで、どこに行くの? 灯台?」
「いえ、逆です。平瀬村の方に行きましょう」

466儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:01:09 ID:nKYEabcw0
 ふーん、とさしたる疑問を持つこともなく初音は素直に頷いた。
 あまりにも素直すぎて、かえって何かを疑いたくなるくらいに。そう思った有紀寧は「あの」と尋ねていた。

「いいんですか、それで? 何か心配するようなことはありませんか」

 すると初音はけらけらと笑って「あるわけないよ」と有紀寧に極上の信頼を湛えた視線を向けた。
 その中身はあまりに真っ直ぐ過ぎて、却ってなにか、空恐ろしいものを有紀寧に感じさせた。

「有紀寧お姉ちゃんは私とずっと一緒にいてくれるんだもん。私のお姉ちゃんなんだもん。
 だから何も間違ってることなんてない。有紀寧お姉ちゃんの言うとおりにしてれば――殺せるから、皆」

 相変わらず真っ直ぐな瞳のまま、声だけを低く唸らせて初音は憎悪を振り撒いた。
 それに初音の言葉はどこか間違っているように聞こえて……だが、有紀寧にはその言葉が正しいと分かっていた。

 このひとなら地獄の底まで付き合ってくれる。お姉ちゃんだから。
 このひとといればみんなのカタキのところまで連れて行ってくれる。お姉ちゃんだから。
 このひとならきっと助けてくれる。お姉ちゃんだから。

 家族の一語で何もかもを信じきることができる、初音の無垢と狂気がそこにあった。
 それも錯覚や逃避などではない。有紀寧を本当に家族と思い、心の底から慕ってくれているのが分かる。
 そうでなければ……この綺麗すぎる、あまりにも綺麗過ぎて馴染む者以外を排除してしまうくらいの瞳を向けてくるはずがない。

 ある種の畏怖を感じる一方、共感のようなものもあった。
 感情を排し、負の要素を甘んじて受け止め狂気に染まったのが自分なら、
 負の要素を排し、信頼の名の下に倫理を作り変え、狂気としたのが初音。
 言うならば黒い狂気と、白い狂気だ。
 全く違うものでありながら、性質は全く同じ。
 自分が手を下したわけでもないのに……実に奇特な縁だ。こういうものを、運命というのだろうか?

467儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:01:30 ID:nKYEabcw0
 不思議な感慨を受け止めながら、有紀寧は「そうですか」と相槌を打つ。
 同時に、初音をだんだんと駒と見なせなくなってきている自分が生まれつつあることも自覚する。
 生き残るためには不要なものだと見なしておきながら受け入れようとしている己がいる。悪くはないと考えている。
 ただの情ではないと思っているのだろうか。同情や憐憫を超えた、
 いや言葉では量りきれない何かが初音との間にあるとでも言いたいのか。
 言い訳にしか過ぎないはずなのに、だが決定的に捨て切れていない自分は何なのだ……?

 そこでまた、有紀寧は自分について考えていることに気付く。
 先程打ち切ったはずなのに性懲りもなく悩んだりしている。どうかしている。
 胸中に吐き捨て、有紀寧はもう初音についてどうこう考えるのはやめにしようと思った。
 問題がなければいい。本当に考えすぎた。落ち度さえなければそれ以上深入りはしなくていいんだ。

「分かりました。ならわたしについてきて下さい」
「うん。あ、さっき皆殺すって言ったけど……有紀寧お姉ちゃんは私が守るからね、絶対」
「……ありがとうございます」

 笑顔のままクルツをかざす初音に、有紀寧は平坦な口調で応える。
 元からそんなつもりなどない。誰も信用せず、自分一人で生き抜くつもりだったのに……どうして、こんなに尽くす?
 一瞬、有紀寧の脳裏にはここに来る以前の、資料室のお茶会の風景が浮かんだ。
 毎日のように会いに来る兄の友達。初音はあまりにも彼らに似すぎている。
 誰でもできるような丁寧な物腰でしか対応していないのに、何故こんなに懐くのだろうか。

 家族。またその一語が出てくる。
 家族の亡霊を追いかけているはずのわたしが、家族と思われている。
 皮肉なものだと笑いながら、必要としている彼らの存在を再認識し、戻ろうと有紀寧は思った。

 あの資料室に。

 あの変わらない世界に。

 そうして玄関で靴を履こうとしたときだった。

468儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:01:53 ID:nKYEabcw0
「待って」

 肩を叩き、小声で呟きながら初音はじっと、どこかに意識を傾けていた。
 既に笑みは消えている。ただならぬ様子に有紀寧も眉根を寄せ、異変が起きているのかと考える。
 妥当な線としては誰かがこちらに近づいているといったところか。
 柳川が仕留め損なったか、或いは兎が迷い込んできたか。どちらにしてもここはチャンスだ。
 有紀寧はリモコンを取り出すと初音の耳元に口を寄せる。

「近くに誰かいるのでしょうか」
「多分……足音が聞こえるから。でも、かなり近くみたい。こっちに来る」

 有紀寧には耳を澄ましても聞こえない。余程初音の聴覚がいいのだろうか。
 クルツを構えかけた初音を、有紀寧が制する。

「待ってください。ここはわたしに。……タイミングのようなものは計れますか」
「なんとなくは……でも、大丈夫?」
「わたしを誰だと思ってるんですか」

 きょとんとした表情になったのも一瞬、すぐに「そうだね」と微笑を浮かべた初音の顔には誇らしさが滲み出ていた。

「うん、じゃあ任せたよお姉ちゃん。大丈夫だと思ったら肩を叩くから、後はお姉ちゃんが」
「ええ」

 頷くのを確認すると、初音は再び外界へと集中を向ける。恐らく、初音が肩を叩くのはすぐだろう。そういう予感があった。
 本日三度目の使用となるであろうリモコンに目を落としながら、有紀寧は初音の合図を待った。
 どくん。どくん。どくん。
 心臓の音を音楽にして時が刻まれる。
 いつだ、いつ来る――?

「……!」

469儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:02:14 ID:nKYEabcw0
 そうして永遠にも近い一瞬が過ぎ去ったとき、とん、と。
 肩が叩かれたのをスイッチにして、有紀寧は玄関の扉を押し開けていた。
 目と鼻の先。初音の読み通り、そこには。

「えっ……?」

 今、まさにこちらがいた民家に侵入しようとしていた女の顔がそこにあった。
 女の不運と、初音の聴力と、僅かな幸運に感謝しながらも容赦なく有紀寧はリモコンのスイッチを押した。
 十分に接近していたことも相まって、ろくすっぽ狙いを付けずとも首輪は点灯を始めていた。
 いきなり何をされたか分からず、呆然としたままの女に、有紀寧はいつもの笑みを浮かべる。

「はじめまして。驚かせてしまってすみません。でもしょうがないですよね、殺し合いなんですから」
「え、え? あの、あなた、どうして……?」

 よく見れば、女は自分と同じ学校の制服だ。ひょっとするとこちらのことを知っているのかもしれない。
 これでも以前はちょっとした有名人だった。資料室を住み処とするおまじない少女と。
 だがそんなことはどうでもいい。取り敢えずは概要を告げてやろう。有紀寧はこれ見よがしにリモコンを掲げてみせる。

「まずは自己紹介をしましょうか。わたしは宮沢有紀寧と申します。あなたのお名前は?」
「ふ、藤林……りょ、椋、です、あの、い、いきなり、私になに、したんですか」

 困惑と恐怖をない交ぜにしたように視線を泳がせ、歯をカチカチと鳴らす椋。
 自分の取った行動だけでここまで怯えられる要素はない。だとすると、ここに来るまでに何かがあったと見るべきだった。
 まったく存在を忘れているようだが、その手にはショットガンらしきものも握られている。警戒はするべきだ。
 頭の隅にショットガンの存在を置いておきながら有紀寧は「藤林さん、ですか」と話を続ける。

「端的に言えばあなたの首輪の爆弾を作動させたんです。鏡を見れば分かると思いますよ?
 藤林さんの首輪は、赤く点滅しているんですから。24時間後には……ぼんっ、と爆発するでしょうね」
「え、え、え……え?」

470儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:02:31 ID:nKYEabcw0
 ありえないとでもいうように表情を硬直させ、目の前の現実も分かっていない風であった。
 こんな調子でよくここまで生き延びられたものだ。……それとも、予想外の事態には何も対応できないだけなのか。
 或いは、これも演技かもしれないと思いながら有紀寧は大袈裟に嘆息する。

「このリモコンで作動させたんですよ。このボタンを押したが最後、24時間後にはあなたは死んでしまうわけです。
 無論解除する手段もわたしが持っていますが――」

 そこまで言ったとき、恐怖に慄いていたばかりだった椋の目元がスッ、と細められるのを有紀寧は目撃した。
 同時に、だらりと垂れ下がっていたショットガンが持ち上げられ有紀寧に照準を合わせようとする。
 やはり演技……! ここまで生き抜いてきた本能が彼女を衝き動かしたのか、それともここまで狙っていたのか。
 舌打ちしながらリモコンのスイッチを押そうとしたが、椋の方が明らかに早かった。
 やられる――思ってもみなかった自身の反射神経の鈍さを呪いかけたときだった。

「そこまでだよ」
「っ!?」

 椋の側頭部にぐりっと銃口が押し付けられる。いつの間に移動していたのか初音が椋の動きを止めていたのだ。
 有紀寧同様微塵の容赦も感じられない、ただ暴力的なクルツを押し当てて初音は今にもトリガーを引かんとしている。
 意外な初音の俊敏さと行動力に安堵と驚嘆を感じながら、有紀寧はホッと一息ついた。
 流石にここまで生き残っただけはある。無意識だったとしても今の行動は見事だと言わざるを得ない。

 有紀寧は再びにこやかな顔に戻すと「お見事です」と拍手を向ける。
 椋は完全に途方に暮れて情けない表情に移り変わり、「や、やめて、殺さないで」と泣き言を呟いている。
 悪態のひとつでもつけばいいものを。強いのだか弱いのだか分からない椋に苦笑しつつ、
 有紀寧はデイパックから粉末と支給品の水を取り出す。

「さて、ちょっとしたお仕置きですね。藤林さん? この薬、飲んでいただけますよね?」
「な、なにするんですか? それ、何なんですか」
「状況分かってる? 有紀寧お姉ちゃんの言う事聞かないと……」

471儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:02:50 ID:nKYEabcw0
 怯えて受け取らない椋の頭にめり込ませるかのような勢いで初音はクルツを押し付ける。
 本当に言葉の清らかな音色とは程遠い。殺戮の天使ともいうべきなのか。
 人殺しなんてダメだと言っていた初音と同一人物だとは思えない。
 愛情も転化すれば凶暴性へと早変わりするということか。表裏一体とはこういうことなのだろうと思いながら、
 有紀寧は椋が自ら薬を手に取るのを待った。完全に屈服させるために。

「わたしの妹は、とても優しいですけど彼女にも我慢の限度というものがありますよ?
 多分、わたしにここまでしたからにはただでは殺さないでしょうね。確か鋸がまだ手元にあったはずですから、
 あなたの手足をぎこぎこと……」
「ひ、ひっ!」

 半ばひったくるようにして、椋は勢いもよく薬を水で流し込んだ。苦かったのかそれとも恐怖の故か顔は歪んでいた。
 よく耳を澄ますと、「助けてお姉ちゃん助けてお姉ちゃん」とうわ言のように繰り返し繰り返し呟いている。
 この藤林椋も妹か。実に奇特な縁だと思わずにはいられない。なら存分にその立場を利用してやる。
 人を幾度となく陥れてきた有紀寧の狂気が鎌をもたげ、言葉の形に変えて椋に振り下ろされる。

「種明かしといきましょうか。それは特別な毒でして……爆弾と同じ、約20時間前後で死に至る遅効性の毒です。
 解毒剤はちょっとしたところに隠してあります。分かりますよね、わたしの言ったことの意味が」

 こくこくと必死に頷く椋に「結構です」と有紀寧は微笑んだ。
 既に顔は青褪め、二つの死に追い詰められていく己を自覚しているのか目元には涙まで浮かんでいる。
 これは演技か、素の彼女か……どちらでもいい。隙を突かれさえしなければ。

「そうそう、藤林って名字で思い出したのですが……会ってるんですよ、あなたのお姉さんと」
「……え?」

 絶望に俯いていた顔がふっと上げられる。思ってもみなかったのだろう、この名前が自分の口から出てくるとは。
 ノートパソコンからロワちゃんねるを見ていたから分かる。藤林という名字の人間は名簿に二人いた。
 そして椋が妹だと言っている以上、必然的に姉はもう片方ということになる。これを利用しない手はなかった。

472儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:03:09 ID:nKYEabcw0
「さて、わたしは殺し合いに乗っています。あなたのお姉さんとわたしは会いました。さて、どうなっているでしょう?」

 光を見出しかけた椋の顔が、再び色を失う。それも、先程よりも深く。
 カタカタと唇を震わせながらそれでも先を聞きたいのか、椋は口を開いた。

「ま、さか」
「そう、あなたにしたこととまったく同じことをあなたのお姉さんにもね、してあげたんですよ。
 ……今頃はわたしの命令に従ってどこかで人殺しをしているでしょうね」

「そんなっ! どうしてお姉ちゃんがっ! う、嘘をつかないでっ!」

 身を乗り出そうとした椋だったが、初音によって阻まれる。腕を引っ張られ、
 直後クルツの銃把で強く横顔を殴りつけられる。短く呻いた椋はそのまま地面に倒れる。

「本当、物わかりの悪い人だね……有紀寧お姉ちゃん、殺していい? 邪魔だよ、この人」
「ダメです。こんなのでも利用価値はあるんですよ」
「嘘だ、嘘だ、嘘だ、お姉ちゃんが、こんなくだらない悪い人たちなんかに負けるはずが……」

 初音を宥めている最中も椋はひたすらに有紀寧の言葉を否定し続けていた。
 病的なまでに繰り返すその姿は、ありもしない神に縋っているようだった。

 椋はここまで一人だった……
 だから、姉を神格化し己の罪を姉の名の下に免罪符にし、こうして生き延びてきたということか。
 推測に過ぎないが、概ね間違いはないだろう。でなければこんなに取り乱すことはない。
 いくらなんでもここまで錯乱するとは思えない。この女もまた、狂っているということなのだろう。

「……いいんですよ? 信じないなら信じないで、それでも」

473儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:03:28 ID:nKYEabcw0
 蔑むように向けられた有紀寧の声に、椋の呟きが止まった。

「あなたのお姉さんの死がちょっと早まるだけです。恨むでしょうね、あなたのせいでお姉さんは殺されるんですから。
 家族殺しになる度胸があるならそうやって否定していればいいでしょう。結果はすぐに分かりますよ、放送で」

 無論椋の姉、杏と出会ったこともない。
 殺せるわけもなかったが、こう言えば追い詰められるだろうと有紀寧は確信していた。
 神格化しているとするなら、自らの手で神殺しに等しい行為をさせるのはあってはならない禁忌のはず。
 ここで糸を垂らせば、間違いなく食いついてくるはずだった。

「ですが、何もわたしだって悪魔というわけではありません。お姉さんも随分心配してましたよ。
 美しい姉妹愛というものでしょうか。それに免じて、お二人を助ける機会を与えます。
 勿論、あなたも賛成してくれますよね? 藤林椋さん?」
「……どうすればいいんですか」

 何の迷いもなく飛びついてきた。読み通りだと有紀寧は内心に嘲り笑いながら、
 希望に縋ろうとする椋の顔を見下した。所詮は途中で切れる糸だというのに。

「今からわたしの指示に従ってください。言うまでもないと思いますが、
 もし逆らったり勝手な行動を起こせば、あなたのお姉さんの首が弾け飛びます」
「わ、分かって……分かって、います」

 椋が完全に屈服した瞬間だった。哀れなものだと憐憫、侮蔑の混じった感情を覚えながら、
 それでも椋は使えると思っていた。不意を突ける能力は恐らくは本物だ。この地獄を彷徨ううち、
 自然と身についた彼女の特技といったところだろう。ただ単に矛として使い潰すのは惜しい。
 とはいえ、有紀寧の頭にある作戦は当面の敵がいないと使い辛い作戦でもある。
 さてどうしたものかと頭を捻ろうとしたとき、遠くから断続的に弾けるような甲高い音が響き渡った。

「銃声、かな」
「柳川さんでしょうかね……」
「や、柳川さんっ!?」

474儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:05:48 ID:nKYEabcw0
 椋が口を挟んでくる。おどおどとした卑屈な雰囲気のまま、明らかに畏怖している感情が読み取れる。
 そういえば、と有紀寧は思い出す。確か柳川が探していた女の名前が藤林椋だった……
 なるほど、柳川をあそこまで激昂させた犯人がこの女ということか。
 ここまで生き延びられたわけだと有紀寧は内心に感心しながら、やはり使える、と今度は確信した。

「ええ。柳川さんも私たちの手駒です。まあ安心していいですよ、柳川さんとかち合わせるようなことはしませんし」

 実際、二人を合わせるのはリスクも高い。二人が殺し合うだけでこちらには手駒が減るというデメリットしかないのだ。
 それより、今の銃声で当初組み立てた作戦が使えそうだった。実行するなら今だろう。
 有紀寧は最上の笑みを浮かべながら、椋に概要を伝える――

     *     *     *

「何があったのか、私は知らない」

 降り続く雨の中、一匹の狐と一匹の鬼が静かに向かいあっている。
 眼前に見据えた男――柳川祐也の目は暗く、冷たく……悲しいものがあった。
 この世の全てを憎み、またそうしなければ生きてこられないと知った男の瞳だった。

「知ろうとも思わない癖に……やはり、そうか。俺は所詮ひとりでしかない。
 お前は覚えていると思ったんだがな……結局は、救われないままか」
「倉田佐祐理のことでしょう」

 今更、という風に柳川の目が鋭くなる。
 そう、自分には何があったのか知る事が出来なかった。柳川の言う通り知ろうともしなかった。
 自分にことにだけ精一杯で、今まで自分のことしか考える術を持たず、分かる努力もしなかった。

475儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:06:05 ID:nKYEabcw0
 少し想像を働かせれば分かることだった。
 柳川とずっと一緒にいたはずの佐祐理がいないこと。それ以前に放送で呼ばれていた彼女の名前。
 恐らく、柳川は修羅へと足を踏み外したのだという結論くらいはすぐに導き出せたはずなのに。

 全くだ。今更に過ぎる。己の馬鹿さ加減を思い知る一方、夢から醒めた思いで周囲を見る事が出来ている。
 復讐に身を任せ、己以外の全てを憎むことでしか自分を保てなくなった柳川の姿も、
 未だ自分のやることに確信が持てず、どこへ歩いていけばいいのか分かっていない自分の姿も。
 どちらも愚図で、どうしようもない人間の姿には違いなかったが、それでもリサは柳川とは違うと思っていた。

「貴方の言う通り、私は何も分かっていない。何があったのかも知らない。
 ……けれど、分かるつもりもないなんて言ってない。貴方とは違って」
「何?」
「私はここからでも進んで行きたい。先を行く人たちに追いついていきたい。遠すぎるけど、
 それでもいつかは肩を組んで進めるんだって思いたい。……でも貴方は違う。誰も信じられず、
 信じるものや守るものがなくても全てを憎み続けて戦ってさえいれば生きていけると頑なに思い込んでいるだけ。
 そんなのは餓鬼の道に過ぎないのに。ただ殺しあうだけの獣に過ぎないのに」
「お前に何が分かる。いや、人間に何が分かる」

 リサの言葉、存在すら拒絶し、否定する柳川の一声が場の空気を冷え込ませた。
 拳を握り締め、世界の全てを憎み続ける柳川の身体全てから底無しの虚無を感じ取れる。
 だがこの虚無に巣食われては終わりだ。呑み込まれたが最後、自分の言葉は否定され希望を失ってしまう。
 目を反らしては駄目だという思いに衝き動かされて、リサは柳川の闇を真正面から受け止めた。

「あらゆる希望に裏切られ、あらゆる運命から見放された俺の事など誰も分かるものか。
 信じるだと? そんなものは俺を騙そうとする偽善だ。
 守るものだと? それが俺の腹を食いちぎろうとした。
 自分は自分でしか信じられないし、守れない。恐怖を克服するためには、自分が恐怖になるしかない。
 ただ支配すればいい。自分を喰う者さえいなくなれば、もうなにも恐れなくていい」

476儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:06:25 ID:nKYEabcw0
 人の全てに失望し、また自らも全てを諦めてしまった男の結論だった。
 だが力を手にした一方、言葉の奥底に押し殺した怯えがあるのをリサは感じ取っていた。

「……子供ね。貴方は、本当に子供。思い通りにいかなかったからって駄々をこねる子供と同じ」
「なら貴様はエゴイストだな。前へ進みさえすれば思い通りになると思っている。自分が何をしてきたかを棚に上げて、な」
「そう、私がエゴイストなら貴方は子供。もう一度言うわ。貴方はここで誰よりも弱い子供。
 ――もう御託は要らないし、時間も惜しい。決着をつけましょう。
 かかってきなさい。私の全存在をかけて……貴方を、倒す」

 ふわり、と長い髪を靡かせてリサが地面を蹴った。
 次の瞬間、それまでリサがいた空間を拳が薙ぎ払う。
 既に動いていた柳川が攻撃を仕掛けてきていたのだ。回避したリサはトンファーを身体の前でクロスさせる。

 直後、拳圧が叩きつけられた。とても素手とは思えない圧力でリサは数歩後退させられる。
 柳川は休む暇を与えない。更に踏み込むとガードしていない箇所を狙って殴りかかってくる。
 だがリサも格闘戦についてはあらゆる分野をマスターしている。
 拳の連打を受け流すかのようにトンファーに掠らせ、直撃させない。

 さらにリサは攻撃後の隙を突き肩からタックルでよろけさせ、追撃の足払いを差し込む。
 足をも崩され、背中から地面へ落ちそうになる柳川。
 すかさずトンファーを柳川の身体に打ち込もうとしたリサだったが、柳川の膂力は尋常ではなかった。
 倒れながらも手を伸ばし、追撃体勢に移りかけていたリサの腕を取ると、
 そのまま巴投げの要領でリサを投げ飛ばしたのだ。

 普通なら在り得ない芸当である。倒れながらリサの身体を引き寄せる力、投げに移れるだけの瞬発力。
 どんな人間でも不可能に近いはずだ。……これが、『鬼』だというのか?
 片鱗を見せ始めた鬼の実力に戦慄しながらもリサは空中で体勢を整え無事足から着地する。
 柳川と向き合ったときと同じだ。恐れたら負ける。退くな――!

 後退しそうになる足を抑え、リサは既に肉薄していた柳川を迎え撃つ。
 先程と同じく、受け流し主体で防御し攻撃後の隙を突く。速度は早いが見切れないレベルではない。
 着実に攻撃を受け流し、隙を見てトンファーで一撃、一撃を叩き込む攻防が暫く続く。

477儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:06:42 ID:nKYEabcw0
 が、木製とはいえ鉄芯のトンファーを何度も打ち込まれているというのに、
 まるで応えていないようなのはどういうことだ? 顔色一つ変えず何度も何度も攻めてくる。
 ……なら、頭を叩けばいい。『鬼』は肉体も強靭なのだろう。この程度の攻撃なら何とも思わないのかもしれない。
 だが頭部なら話は別だ。そこだけはいくら鍛えようと、鬼であろうと耐久力は人間と変わらないはず。
 一撃必殺。やってみせる。そう考えて狙いを定めようとしたとき、リサの思惑を感じ取ったかのように柳川が退いた。

「っ!?」
「なるほど……確かに強い。だが、『覚えた』」

 ゾクリとした悪寒を覚えた瞬間、再び柳川が突っ込んできた。
 速度は変わらず。悪い予感を必死に押さえ込みつつトンファーを構える。
 が、柳川が繰り出してきたのは直線的な拳ではなかった。肘を押し出すようにしての突進だ。
 受け流しきれない。それに避けきれない……!

 切磋に防御体勢へと切り替え、直撃だけは防いだリサだったが、次の瞬間には巨大な手が胸倉を掴んでいた。
 圧倒的な力で引き寄せられたかと思うと、柳川が身体ごとぶつかってくる。
 質量からくる力に耐えられず、身体を浮かせてしまう。やられると思ったときには、既に拳がめりこんでいた。

「がはっ……!」

 あまりに的確かつ最速で打ち込まれた攻撃に、腹筋に力を入れる暇さえなかった。
 肺から空気全てを搾り取るかのような威力に呼吸することすら出来ない。
 無様に地面を転がり、泥が鼻や口から入り、じゃりじゃりとした感触を味わう。
 激痛に呻いている暇はない。立ち上がらないと……

 己の意思のみに衝き動かされ、リサは何とか立ち上がりトンファーを握り直す。
 直撃を受けてさえ武器を手放さなかったのは自分でもファインプレイだと言える。大丈夫、なら戦える。
 必死に呼吸を整え、構えるリサに柳川が接近を開始する。

478儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:07:16 ID:nKYEabcw0
 柳川はまたもや肘を繰り出し、リサに受け流させない。『覚えた』とはそういうことか。
 こちらの戦術の更に上をいく柳川に驚嘆しつつ、何故か意識が高揚していくのも感じる。同時に、空しさをも。

 これだけの力を持ちながらどうして人が守れないなどと思える?
 これだけ強いのにどうして虚無に喰われてしまった?
 こんなにも……貴方は強いのに。なんで、こんなにも弱いのよ。
 回避を主体にし、攻撃を紙一重で避け続けるリサ。拳が交わされる度にいたたまれなさだけが上乗せされていく。
 悲しすぎるじゃないか――研ぎ澄まされた想いが突き上げ、自然と言葉になって飛び出していた。

「……貴方だけは、強いと思っていたのに」

 ぽつりと吐き出された言葉は、しかし確かな言葉となって柳川へと向けられた。
 言葉の意味を図りかねたのか、柳川はただ眉根を寄せて体当たりを仕掛けようとする。
 リサは大きく身体を反らしつつまたも紙一重で避け、すれ違いざまにトンファーを突き刺す。
 ぐっ、と僅かに呻きが聞こえ、僅かに苦渋の顔を見せた柳川と真っ直ぐなリサの顔とが相対する。

 手ごたえはあったということか。ちょうど脇腹の柔らかい部分を突けたのが良かったのだろう。
 柳川も決して征服されざる怪物ではないということを実感しながら、リサは続ける。

「私は貴方の言う通りのエゴイストで、自分のことしか考えられない。それは事実よ。
 でも、努力は続けたい。そんな自分から少しでも脱却できるように、明日にはもう少しマシな私になれるように。
 私より強いはずの貴方が、どうしてそんな子供に成り下がったのよ……!」
「そうしなければ生きられないと知っただけだ。
 何も出来ない奴は出来ないままに支配されるだけ……貴様こそ、何故それが分からない」

 絶望に取り込まれ、何も信じず、何も映さない瞳をリサは見据え続ける。
 柳川の味わったものがどれほどの闇なのか想像も出来ない。何を知ったのかも。
 だがリサにはこれだけは言っておかねばならないことがあった。
 柳川の言葉は、柳川を支えていたものでさえ否定しているということを。

479儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:07:35 ID:nKYEabcw0
「だったら……倉田佐祐理はどうなのよ。貴方を信じて生きてきた、あの子も貴方は愚かだと見下げるっていうの!?
 冗談じゃない。そんなの、あの子は絶対に許さない。絶対に……!」
「思い上がるなっ!」

 リサにも負けない怒声が大気を震わせる。
 紙のように白くなり引き攣った表情へと柳川は変わっていた。
 一瞬感じた押し殺した怯えが今は顕になっている。絶望とは別の感情が柳川の内から溢れ始めている。

 ただ、それはやはり全てを拒絶する類のものだった。
 恐怖を恐怖で支配しようとしている男の弱みに近いものが顔を見せているだけだ。
 説得はやはり出来ない、とリサは確信してしまう。もう彼に残っているのは人の持つ負の力。
 人なら誰しも持つものに搦め取られ、圧殺されかかった男の姿だった。

「貴様が倉田を語るなっ! 倉田をダシにして自分を正当化するなど!」

 横に動いた柳川が側面からの蹴りを放つ。素早く身を引いて躱すが、続けて後ろ回し蹴りが飛ぶ。
 連続した攻撃。なら一発あたりの威力はそれほどでもないと当たりをつけ、あえて無理に避けずトンファーで受ける。
 避けるだろうと想定していたのか、リサの意外な挙動に一歩行動が遅れた柳川の隙を見逃さない。

「ダシにしてるつもりなんてないっ! 貴方は逃げてるのよ! 分かった風になって自分の過去から逃げてる!」

 それはまさしく篁を追い続けていたときの自分だった。
 目的だけを追い、己を殺し、途方に暮れるしかない未来が待っていると分かりながらもどうする術を持たず、
 今ある現実にだけ目を向け、こうするしかない、ああするしかないと諦め続け無力さを晒すばかりの存在だ。

 自分が見てきた柳川はこんなつまらないものじゃなかった。
 ギラギラした目にいつも勝機を宿し、可能性を模索する男だったはずだ。
 そんな男だったからこそ倉田佐祐理も、栞も、自分もついていこうと思ったのではなかったのか。

480儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:07:53 ID:nKYEabcw0
 本性は違うと言えば、そうなのかもしれない。柳川の生い立ち、人生。
 何も知っていない自分が作り上げた柳川像というものはあるだろう。
 だが彼が強い男だったというのは間違いないはずだった。それだけはリサが信じて疑わない柳川の姿だった。
 なのに、今は。

「貴方じゃ誰も支配なんて出来ない。貴方自身が、一番恐怖に支配されてるから!」

 一気に懐に潜り込み、まるで天を突くかのような勢いでトンファーをかち上げる。
 反応することのできない柳川はモロにトンファーの筒先を顎に受けた。
 頭がかくんと後ろを向き、身体が宙に浮く。リサはとどめというように鋭い前蹴りを刺突のように繰り出す。
 踵の先が腹部にめり込み、柳川の長身が吹き飛ばされた。身体の二箇所に直撃させる決定打だ。

 派手に地面を転がる柳川を見届けたリサはフッ、と短く息を吐き出した。
 この程度で気絶したとは思わない。まだ立ち上がってくると見るべきだ。

 ……だが、柳川に負ける気はしなかった。実力的には拮抗していても、彼は昔の自分でしかない。
 正確には数時間前の自分と言えるが。皮肉なことだとリサは思う。
 柳川と相対したことで自分は強くなろうと決め、柳川は弱くなった。
 どうして、貴方はこんなに……
 複雑な心境にとられかけた刹那、重低音が聞こえてきた。

「!?」

 振り返ると、そこには猛スピードで道を駆け抜けて行く一台の車があった。
 こちらに直接突っ込んでくるというものではなかったが、明らかに挙動が異常だ。
 車が向かう先は、栞と英二が離脱した場所を指している。

 まさか、という予感が脳裏を巡り、まずいという思いに駆られて一時柳川との決戦を中断しようと考える。
 栞は怪我をしていて、とてもじゃないが戦える状態ではない。そこに車という武器を持ち込まれては状況は最悪だ。
 柳川を放置しておくのもまずいが、今は仲間の命が最優先だ。武器だけ奪って駆けつけようと、
 道の端に放置された柳川のデイパックに向かって走ろうとリサが背を向ける。

481儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:08:14 ID:nKYEabcw0
「まだだっ!」

 唸るような声が聞こえたと同時、咄嗟にリサは前転していた。
 身体中から発せられる『危険だ』というサインに従っての行動。完全な勘に任せての行動だったとも言える。
 だがそれは結果として不意打ちからリサを救った。視線を横に走らせた先では、
 自分に向かっていたラリアットを避けられ――身体の一部を異形に変化させた柳川の姿があった。

「ぐっ、逃がしたか……!」

 獣のような、今までとは違う声音を伴って柳川が振り向く。
 右腕から先は赤黒く変化し、爪は鋭く尖り、まるで槍のように変化している。
 また血管の一部も肥大しており、明らかに柳川の身体には異常が起こっているのが見て取れる。

「貴方、そこまでして……!」

 叫びながら、リサはあれが『鬼』の本体なのかと想像する。
 不可視の力、翼人伝説、毒電波。様々なオカルト、異能の力について仕事で調査したこともあったが、
 まさか実物を見る羽目になるとは。まるでSFアクションの世界だ。
 そして、この力を発揮させたのだとしたら……もう柳川は、なりふり構わずに攻めてくる。

 とても救援に行ける状態ではなくなり、焦りと緊迫感がリサを駆け巡る。
 だがやるしかない。仲間達を救うためにも、自身が生きるためにも。
 凛とした表情を取り戻しトンファーを構えたリサを、鬼の爪を生やした柳川が見据える。

「……教えてやる」
「何?」

482儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:08:58 ID:nKYEabcw0
 瞳を真っ赤に染め、鬼そのものへと移り変わりつつある柳川はひびの入った眼鏡を打ち捨て、全貌をリサに見せた。
 紅色でありながら、どこまでも暗い目。彼の虚無は寧ろまだまだ大きくなっているかのようにリサは思えた。
 底無しの闇を含んだ目が細められた。来る、と思ったときには既に腕が振り上げられていた。
 腕が肥大化したことによりリーチも伸びているはずだ。避けきれるか? 僅かに迷った末、リサは防御を選ぶ。
 万が一目測を誤り致命傷を負っては意味がない。ならば多少のダメージは負っても命を確保できる方を選んだのだ。

 トンファーで爪を抑えにかかったリサだったが、やはり全開の柳川を受けきることなど無理な話だった。
 めきっ、とトンファーが悲鳴を上げたのと同時、リサの腕が軋みを上げた。ダメだ……!
 持たないと判断して、あえて力に逆らわず吹き飛ばされる。だが十分に受け身の用意をしていたリサは、
 さしたる損傷もなく少し転がっただけですぐに立ち上がった。そこに柳川の踵落としが待ち構えていた。
 足はどうだ? これも判断しかねたリサはまた受けに回る。トンファーを眼前でクロスさせ、
 しっかりと防御したところにガツンという衝撃が走った。

「ぐっ!」
「俺は……俺は、裏切られたんだよ! あまりにもたくさんの人間になッ!」

 何とか受けきったかと思ったが、別の攻撃が繰り出されていた。器用にもう片方の足を使って、
 下から蹴り上げてくる。がら空きにさせるための攻撃。気付いたときには遅く、身体につま先が刺さる。

 今度はどうすることもできず無様に転がる。だがダメージは思ったほどでもなくすぐに体勢を立て直す。
 が、トンファーに異変が起こっていることに気付く。爪に強く打ち据えられた部分に深い爪痕が残り、
 鉄芯の部分が僅かに剥き出しになっている。そればかりか、鉄にさえひびが入っているではないか。
 ゾクリとした怖気を感じる。もしクリーンヒットすれば骨折どころではない。もし頭部に爪の一撃を貰えば……

「まず最初に裏切られたときは倉田を殺されたッ!」

 ハッとしてリサは柳川に意識を戻す。彼の身体は既に射程圏内にあった。
 反射的に飛び退いてしまう。それが不味かった。槍のように突き出された爪がリサの脇腹を掠る。
 突き刺さりこそしなかったものの鋭い痛みに身体がぐらついてしまう。そこに柳川が猛ラッシュを仕掛けてくる。

「それだけじゃあないッ、次に俺を裏切ったのはな……血の繋がっていたはずの家族だったんだよッ!」

483儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:09:19 ID:nKYEabcw0
 ここから先はまるで猛獣が一方的に小動物を襲うかのようなものだった。まさしく、『狐狩り』だ。
 ろくに防御する暇も与えられず爪が身体中を裂き、合間に出された拳が体力を削り取り、
 みるみるうちに出血が増大してゆく。ギリギリで躱しているため決定打こそなかったものの、
 上半身は傷だらけで、トンファーを握る腕からも力が抜けていくのをリサ自身も感じていた。

 この威力は柳川の肉体によるものだけではない。
 仲間を失った恨み、家族にさえ裏切られ、拠るべきものを全て失い憎しみに身をやつすしかない者の怨嗟。
 それらが渾然一体となって世界の全てにぶつけられている。

「俺が信じていたものをッ! あいつらは嘲笑いながら見下し、利用して捨てようとしていたんだ!
 なら俺だってそうする。痛みには痛みを、侮蔑には侮蔑を、恐怖には恐怖でなッ!
 家族にさえ裏切られた俺が、他に何を信じろってんだよ! 何を守れってんだよ!
 守れるのは、信じられるのは……俺自身だけなんだッ!」

 憎悪を言葉に乗せ、柳川が拳を腹部に押し込む。
 かはっ、と息を吐いた直後赤黒い爪が振りかぶられた。
 半分抵抗する力を失い、拳だけで吹き飛ばされかかっていたのが幸いしたか、
 爪はリサの肉を少々抉るだけで済んだ。……けれども、もはや戦えるだけの体力も気力もとうに無くなっていた。

 圧倒的な暴力と殺意。その上虚無に塗り込められた揺るがぬ怨恨を前にして、一体どうすればいいのか。
 策は小細工でしかなくなり、技術を駆使した戦法など巨大なゾウの前のアリでしかない。
 どうあっても勝てない。合理的な軍人であるリサの頭はそう叫び続け、戦闘を放棄しかかっている。

 だが、と奥底に芽生え始めた、人間としてのリサは必死に語っている。
 柳川は結局弱い。家族が裏切ったからといって、自分も誰かを裏切っていいと思い込んでいる。
 家族が裏切ったから、自分以外の全員が裏切ると思い込んでいる。
 確かに誰よりも信頼していた家族に手のひらを返されるのは絶望の一語だろう。
 自分でさえ柳川のように呑み込まれ、虚無を含んだまま悲嘆に暮れ、生きてさえいけなくなるかもしれない。

484儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:09:37 ID:nKYEabcw0
 だがそれは他の誰かを裏切って、無為にしていい理由にはならない。
 それまで築き上げてきたものを壊す理由にはならない。
 自分自身しか信じられないといいながら、己を構成するものを壊してそれで何が残るというのか。
 たとえ残ったとしても、そこにあるのは自分のではなく、ひとの悲しみだ。ひとを虚無の闇に引きずり込むものだ。
 皆が皆そうなってしまえば世界からは誰もいなくなってしまう。

 そんなものを認めるわけにはいかない。
 こればかりは否定しなければならない。
 宙ぶらりんの自分でさえ前に進ませようとしてくれている、大切な仲間達のためにも――!

「……そんな下らない理屈で、これ以上誰かが殺されるなんてまっぴらよ」

 ゆらりと幽鬼のように立ち上がり、抜けかけていたトンファーを強く握り直すと、鋭い視線を柳川へと向ける。
 目つきを険しくした柳川は無言で構えを取る。一切の油断はなく、ただ向かってくる敵を倒すという風情だった。
 だらだらと身体のそこかしこから血が溢れ、雨と混ざり合って肌を伝ってゆく。

 けれども不思議と力が湧き出てくる。流れた血も再び身体の奥底から沸き上がり、また己の血となっていくのを感じる。
 自分が決して間違っていないという思い、自分はひとりじゃないという思いが己を支え、気力が満ちていくのを感じる。
 敢然と立ち向かう。リサの気持ちの全てが満ち溢れ、柳川にも伝わったようだった。
 無言の気迫に押されたらしい柳川が一歩退いたのを、リサは見逃さなかった。

「攻める!」

 トンファーを真正面から打ち込む。柳川は予想外の勢いに慌てたか、変化した鬼の腕で受けようとしたが、
 それはフェイントだった。急激に力を抜き、滑らかな動きで横から後ろに回る。
 裏を取った。そう確信したリサはトンファーと共に肘鉄を打ち込む。

「ぐっ!」

 更に勢いに任せ、ダンスをするようにくるくると回りながらトンファーを用いた打突と回し蹴りの組み合わせの応酬。
 数発打ち込まれてようやく柳川も防御に回ったが、守勢なのは変わらず。
 腹部を中心に攻撃を叩きこんだ後、仕上げの体当たり……いわゆる、『鉄山靠』を当てて吹き飛ばした。

485儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:09:59 ID:nKYEabcw0
「Have nothing to go with me...」
「貴様……!」
「これで互角といったところかしら? ……次で決めるわよ」

 後から後から気力が満ちてくるとはいっても、体力的には限界に近い。
 いやむしろ沸いてくる気力で己を持たせているといったほうがいい。
 それは柳川も同じだろう。ここにきて鬼の力を出しているということは、本人にも相当な負担がかかっているはず。
 でなければ最初からこの力を出してかかってくるに違いないからだ。彼も同じく、気力で己を持たせている。

 次の打ち合いで全てが決まる。
 自分は柳川の頭部を狙い。
 柳川は己を刺し貫くのを狙い。
 正真正銘、最後のダンスとなるだろう。
 果たして勝つのは妄執に囚われた鬼か、諦めの悪い雌狐か。

「上等だ。……行くぞッ!」
「Come on!」

 柳川が駆けるのと同時に、リサも駆け出す。
 一撃で全てが決まるとは思わない。
 勝敗を決するのは相手の動きを見切り、いなした上で最後の攻撃を叩き込んだ方だ。
 柳川も自分の中で技の組み立てを終えているはず。

 力と知恵と技術、そして想いの丈をぶつけ合う一騎打ちの始まりだ。
 初手。
 リサは勢いをつけていたはずの足を止め、急ストップをかける。

「っ!」

486儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:10:15 ID:nKYEabcw0
 間合いを見誤ったらしい柳川は既に爪による突きを放っていたが、届くはずがない。
 カウンターの要領でここから側面に回ろうとしたリサだったが、柳川も対応は早い。
 突きによる慣性をそのままに利用し、勢いに乗っての回し蹴りがリサを襲う。
 咄嗟にジャンプして空中へ逃げたが、そこに空いた柳川の拳が待っていた。

「空中では身動きが取れまい!」
「そうかしら!?」

 殴りかかろうとする柳川の拳を、足を思い切り突き出し靴の裏で柳川の手を踏みつけることでそれ以上の追撃を許さない。
 さらに反動を利用し、リサは柳川の後ろへと飛び降りる。
 着地ざまにトンファーを振るが、素早く遮った鬼の腕によって阻まれる。
 そのまま数度打ち合う。お互いに間を計るように、隙を作り出す機会を確かめるように。
 その間、リサは仲間のことを思う。

 どんなに鈍くてもいい、自分のことを考え、未来を想像しろとアドバイスをしてくれた英二。
 恨みに呑まれることも悲しみで塗り潰されることもなく、ただ自分を助けようと健気に慕ってくれている栞。
 自分は人として立派であるはずがないのに、どうしてここまでしてくれるのだろうか。そう思ったときもある。
 だが今なら分かる。彼らは自分を捨て置くのではなく、引き上げて寄り合いながら歩こうとしているのだと。
 確かに、決して幸福へと向かっているわけではないのだが『今』を歩く一歩一歩は苦にならない。
 たとえその先で地獄が待っているのだとしても、積み上げた『今』が自分達にはある。
 それが自分の強さになる。闇に立ち向かっていける力の源となる。

 だが柳川はどうなのだろう。今戦っているこの時でも彼はずっと一人のままなのだろうか。
 今も、昔も、未来さえ信じられず、足場の見えない暗闇を歩きながら何を考えているのだろう。
 いや、だからこそ柳川は闇に身をやつし自分さえも消して恐怖になろうとしているのかもしれない。
 周りが真っ暗で満たされているなら自分がその一部になればいい。そう断じて。
 けれどもそれでは誰もいなくなってしまう。無音の恐怖だけが満ちた暗闇だけになってしまう。
 それではあまりにも寂しすぎる。
 だから、私は――

487儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:10:47 ID:nKYEabcw0
 リサが柳川の素手の方の拳を弾き、一歩分の距離を取ったとき柳川が動いた。
 大きく鬼の腕を振りかぶり、本気の突きを繰り出す体勢を取る。
 懐に入り込むには足りない。防御できるような攻撃ではない。ならば避けるしかない。

「く!」

 大きく横へ跳躍して回避しようとする、がそれは柳川の読み通りであった。
 動きを一瞬溜めて突きを放とうとしたのはフェイントだった。
 跳んだのを確認した柳川は手を開いてリサの首を掴みかかるように腕を振るう。
 首を掴み、絞め殺そうというのだろう。あの腕に捕まれば逃れようがない。

 ……けどね、こっちだって考えなしに跳んだわけじゃないのよ!
 ニヤリと笑みを漏らしかけていた柳川に、リサも笑い返した。

「プレゼントよ、柳川!」
「!?」

 腕を振った柳川の前には、リサが着ていたジャケットが宙に浮いていた。
 当然のようにジャケットは振っていた爪に引っかかり、さらに柳川によって傷つけられ、
 ボロボロになっていたお陰で破れかかっていた箇所から爪が刺さり、激しく絡まり合う。
 その上視界をジャケットが遮っていたせいで腕を振り切れず、勢いを失ってしまう。
 再度リサが力を溜めて柳川に跳躍しかかったのと、完全に柳川が勢いを殺されたのはそのタイミングだった。
 柳川の回避動作は間に合わない。


「柳川ああぁぁああぁぁぁあぁああぁっ!」
「リサ……ヴィクセンッ! うおおぉぉぉぉおぉぉぉッ!」


 最後まで諦めまいとしてジャケットが刺さったままの腕を振り上げようとする。
 しかし、やはり早かったのはリサの方で。

488儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:11:04 ID:nKYEabcw0
 空中から全力の勢いで振り下ろしたトンファーが柳川の側頭部を打ち抜き、頭蓋骨を砕き、
 彼を戦闘不能へと落とさせていった。

「か、はっ……」

 呻き声が一つ。致命傷を与えられ血を吐き出した柳川は、意地の一撃も届かせることなく崩れ落ちた。
 リサは激しく胸を上下させつつ、額にはりついた髪の毛をかき上げる。
 何とか勝てた。本当に殺しに掛かるなら身動きさせずに絞め殺すだろうという読みが当たり、
 対応策を講じておいてよかった。もし突きをトドメにと考えていたなら、また違った結果になったかもしれない。

「く……」

 低く搾り出す声が聞こえた。まだ柳川は生きてはいるらしい。
 鬼の強靭な生命力ゆえなのだろうか。だとしても、痙攣するようにしか動いていないことから、
 もう時間の問題だろう。リサは息を整えながら柳川の元で腰を下ろす。

「俺にだって……俺に、だって、守りたいものくらい……」
「知ってるわ」

 目を閉じたまま、うわ言のように呟く柳川にリサは静かに答える。
 強かった柳川には確かにあった。だからこそ、リサは悔しくてならなかった。
 この男から何もかもを奪ってしまった沖木島の狂気と、島全体に今尚敷衍し続ける、
 恐怖を恐怖で支配する力の倫理を。

「だから……おれは、信じて欲しかった……こんなどうしようもない、
 屑だった殺人鬼の、おれでも、だれかと一緒に歩いていけるんだ、と……
 おれは、ひとごろしを楽しむ……悪魔なんかじゃ、ないんだっ……」

489儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:11:23 ID:nKYEabcw0
 雨などではなく、柳川自身から溢れ出る雫が彼の顔を濡らした。家族にさえ裏切られた無念と、
 最後の最後まで言い出せなかった自分に対する悔しさがない交ぜになったものかもしれなかった。
 信じて欲しい。ただそれだけを願い続けていたやさしい鬼。
 彼が生きていくには、ここはあまりにも残酷で過酷な場所だった。
 だから、せめてその最期は。想いを込めて、リサは柳川の手を取った。

「今からでもいい? 今からでもいいなら、私が貴方を信じる。本当の言葉で語ってくれた貴方を、信じる」
「……リサ……」

 信じられないという疑念と救いはあったのだと安堵するものを含んだ柳川の目が薄く開かれる。
 だが手を取り、しっかりと握っているリサの手を見て、ふっと柳川は微笑を浮かべた。

 すぐにそれも消え、目も再び閉じられる。受け入れまいと思ったのか、己に対する贖罪なのか……
 やはりリサには分からなかった。ただ、開かれたときの柳川の目は、
 虚ろな中にも安らぎがあったかのように見えた。

「宮沢、有紀寧……」

 ぽつりと出された言葉は、聞き覚えのない名前だ。何なんだろうと思っていると、
 今度は強く手が握られ、残った命さえ搾り出すような声で続けられた。

「宮沢有紀寧……奴を……奴だけは、必ず殺せ……あいつ、だけは許しちゃならないんだ……!
 奴は……ひとを、どこまでも、陥れる、あく、ま、だ……頼む……やつ、を……!」

 ぐっ、と一際強く握り締められたのを最後に柳川の手がするりと抜け、地面に落ちた。
 者が、物に変わった瞬間。ひとつの命が散った瞬間だった。

「柳川」

490儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:13:11 ID:nKYEabcw0
 思わず手を取りかけたリサだったが、すぐにそれを取り消した。
 柳川から力が抜けたのではない。柳川は自ら手を放したのだ。握っていては、邪魔になるから。
 宮沢有紀寧という名を伝え、意思を託したリサの邪魔をしてしまうから。
 故に……弔いは必要ない。言い遺した柳川の意思を確かめ、リサは崩れかけていた表情を戦士のそれへと戻した。

 行こう。さっと立ち上がると何事もなかったかのように自分と柳川の持ち物をかき集め、
 キッと車が走り去っていった方角を見据えた。雨に紛れているが時折銃声のようなものが聞こえてくる。
 間に合わないかもしれない。もしかすると、皆死んでいるのかもしれない。
 この先には絶望しか待っていないのかもしれない。

 だがそれでも、積み上げてきたものに恥じないために。今しがた己の一部となった柳川に恥じないために。
 どこまでも進む。どこまでも戦う。
 残った者たちに、翳りのない未来の在り処を教えていくために。

 限界だったはずの身体はまだまだ動く。柳川が己を支えてくれている。
 その思いが胸を突き上げるのを感じながら、リサは全速力で走り出した。

491儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:15:03 ID:nKYEabcw0
ここまでが前編となります

492儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:15:31 ID:nKYEabcw0
 ……まさか、もう一度ここに逃げ込むことになろうとはね。
 かつて神尾観鈴の応急処置のために駆け込んだ診療所の中で、痛みに喘ぐ栞を見下ろしながら英二は苦笑する。
 しかもご丁寧に状況までそっくりと来ている。

 リサと別れた後氷川村を一直線に走っていた英二だったが、全く予想外の追っ手が来た。
 何の前触れもなく猛スピードで走ってきた車が栞もろとも英二を轢き殺そうとしたのだ。
 派手にエンジン音を吹かせていたお陰でいきなり轢き殺されるという最悪の事態だけは避け、
 その後も幾度となく迫る車を回避しながら何とか診療所へと避難してきたというわけだ。

 しかも車は執拗に狙いを変えず、診療所の周囲をぐるぐると周回している。
 中に誰がいるかは逃げるのに必死だったので分からなかったが、余程性質の悪い人間であることは間違いない。
 学校で襲ってきた少女といい、向坂弟といい、自分は凶悪な連中に付け狙われる星にでも生まれたのだろうか。
 やれやれと思う一方、嘆いている暇はないと状況を整理する。

 栞の怪我は命には別状はなさそうであるものの、依然として動けぬ状態であるのには変わりない。
 それにリサは正体不明の男と交戦中。今までのリサを見た限りでは負けそうだとは思わないが、
 すぐに救援に来れるという風情でもない。立て篭もって救助を待つというのはあまりにも愚かだ。
 最悪、この建物に車ごと突っ込んでくるという可能性もないではない。何せ木造の診療所だ、
 あっけなく倒壊しそうな気がする。

 そうなると……やはり以前の方法を用いるしかない。
 上手く敵を自分が引きつけるという陽動作戦。実際、あのロボ少女とでは成功に近い結果を出した。
 しかし、その後の結末はどうだ? 逃がすことに成功したはずの相沢祐一と神尾観鈴は死に、自分だけが生き残った。
 放送のときのショックが影を落とし、今の情けないままに生きてしまっている。

 ひょっとしたらまた同じ結果になってしまうのではないか。
 自分は誰も救えないのではないかという不安が鎌首をもたげ、行動に足踏みを起こさせている。
 己の行動は全て裏目に出てしまう。ならばいっそ逆に立て篭もり続けるのも一手ではないかとさえ考える。

「くそっ、優柔不断だな、僕は……」

 やり通すとリサに宣言しておいて、今はこのザマか。
 自分への情けなさが胸を潰し、やりきれない思いばかりが体を重くする。

493儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:15:45 ID:nKYEabcw0
「英二さん」

 静寂を破る声が聞こえ、英二が振り向く。その先では痛みに耐えながら、どうにか意識を保っている栞がいた。
 脂汗を浮かべながらも笑みを湛えた栞の表情は、英二にひとつの疑問を抱かせる。
 なぜ笑える? なぜこの状況で……それも、こんなに力強い微笑みを?
 呆然としたままの英二に、栞は言葉を重ねる。

「私を置いていってください。大丈夫です、後で合流します……そろそろ、痛みも引いてきましたから」

 そう言う栞だが、明らかに体は震え、顔色は冷めている。
 冗談じゃないと思った英二は、沸き上がった感情のままに反論してしまう。何年振りかも分からぬ感情を出して。

「見捨てろというのか。僕は君を死なせるために……」
「分かってます。私だって、死ぬためにそんなことを言ったんじゃないんです。陽動……それが最善の作戦ですよね?」
「!? 何故――」
「分かりますよ。だって、ずっと外を見ていましたから」

 また力強い笑みを浮かべた栞には諦めの感情は一切無かった。
 自分が生きられることを信じ、また自ずから道を切り拓きその一因となろうとする強靭な意思があった。
 眩しすぎると思う一方、それに惹かれている己を感じながら英二は拳を握る。

「私は、リサさんや、英二さん……いえ、みんなの力になりたい」

 脇腹から未だにあふれ出す血を手で押さえながら、栞はたどたどしくも必死に、しっかりとした意思を以って話す。

「だから、やってみせます。英二さんの陽動に合わせて、私もやり通します。降りかかる火の粉は払いますし、
 それでも来るなら……撃つかもしれません。でも、私は生きたいんです。私にも大切なひとができたから……
 忘れてはいけないことがいっぱいできたから。諦めたりなんて絶対にしない」

494儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:16:01 ID:nKYEabcw0
 絶対に諦めない。その言葉が重く圧し掛かり、栞は自分と正反対の存在であることを自覚させられる一方、
 だからこそ自分は栞のためにやり通す必要があるという使命も感じていた。
 そうだ。自分の命は最後まで他人のために使う。今までがどうだったとしても今回は間違えないかもしれない。
 ただ己の節を曲げないために最後までやり通す。そう決めたはずではなかったのか。

「そうだな」

 応じた英二が浮かべたものは不敵な笑みだった。栞が自分に生き様を晒せと言っている。ならば無様な生き様を、
 見事晒して見せてやろうではないか。そうすることでしか、自分は何かを伝える術を持たないのだから。
 英二の中の化学変化を感じたのか、栞もこくりと頷いた。

「行ってください。私はなんとか隠れきってみせます。その後は……挟み撃ちにしてあげましょう?」

 冗談交じりの口調ながら、真剣な顔つきで栞は言った。
 生きたいという意志と、命の受け止め方を知った者の言葉だった。英二は頷き、ベレッタM92を取り出した。
 スライドを引き、チェンバーに初弾を装填する。これが始まりのゴングだ。

 ゲームスタートだ、緒方英二。
 駆け引きを楽しむ『プロデューサー』の姿がここにあった。

     *     *     *

 今の己を支えているのは妄執、ただ一つ。或いは愚昧とも言える感情にのみ衝き動かされているのかもしれない。
 過去を清算するためだけに。人間であった部分を捨て去るためにどこまでも追い縋っている。
 車で轢き殺すということは英二の反応の良さと悪天候による路面の悪さによって失敗したが、追い込んだ。

 後はどう料理するかを考えればいい。そう断じて診療所を見渡せるポイントからじっと観察を続ける篠塚弥生に、
 神尾晴子が開け放った窓から周囲の様子を窺いつつも、新鮮な空気を求めて首を外に突き出していた。
 本人曰く、「急に猛スピード出してめちゃめちゃな運転するから酔った」とのこと。
 シートベルトもつけていなかったので体がブンブン振り回されていたから当然といえば当然だろう。
 文句の一つも飛んでこないのは余程参っているか、何か考えあってのことか分からないがうるさいよりはいい。

495儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:16:29 ID:nKYEabcw0
 ただ戦闘のときに使い物にならないのは困るので、こうして晴子の体調復帰を待ち、
 車ごと診療所に突っ込もうという算段を立てている。見たところ木造の家屋だ、
 最大速でぶつかればひとたまりもないはずだろう。あわよくばそのまま押し潰して殺せる。
 何よりもこんな大胆な戦術をとり、敵の裏をかけるというところにメリットがある。
 建物は決して避難場所ではない、時によっては墓場となり得るのだということを教えてやる。

「篠塚、ひとつ聞いてええか」

 聞き慣れない呼び名にぎょっとして振り向いた先では、相変わらず晴子が窓から顔を出している。
 この人が自分を名前で呼ぶのは初めてだ。不思議な感慨にとられながら「なんですか」と努めて冷静に返す。

「勝てるんやろな?」

 低く敵意を含んだ声が弥生の頭を叩く。晴子がそう思うのも無理はない。
 目の前で戦っていた男と女を無視して突っ切り、英二と怪我した女の方を執拗に狙っている。
 自身を見失っているのではと疑念を持たれているかもしれない。なら不安要素は取り除けばいいとして、
 弥生は「勝ちます」と力強く言い、彼女にしては珍しく自身のことをとつとつと話し始める。

「最初の二人を無視したのはあの常人離れした戦いを見て、とても割り込んで勝てるような相手ではない。
 ましてこの貧弱な武装では……そう言いましたね? もちろん嘘ではないのですが、理由はもう一つあります」
「ほう」
「私が追っている方の……男の名前は緒方英二と言います。私の知り合いでもあり、
 緒方プロダクションのプロデューサーでもある人です。有名なので名前くらいはご存知かと思いますが」
「聞いたことはあるなぁ。なんや、えらい大物と知り合いなんやな」
「仕事上の付き合いが大半でしたが。……そして、私の弱さの象徴でもある」

496儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:16:48 ID:nKYEabcw0
 ずきりと古傷が疼くのを感じる。英二に一蹴され、屈辱と共に穿たれた傷だ。
 君のやり方は間違っている。
 由綺を失った自分に対して、英二も理奈を失ったにも関わらず彼はそう言ってのけた。
 現実を受け止め、夢も見ることも妥協することも許さない対極の存在が一度己を打ちのめした。
 それが今でも尾を引き、殺戮遂行の機械となりきれないまま嫉妬心、羨望の感情を残している。

「なるほど、なんやよう分からへんけど復讐っちゅうわけや」
「復讐ではありません。全てに決着をつけるための清算です」
「は、うちにはどっちも同じやねん」

 目つきを険しくしかけた弥生に「怒るなや」と晴子が手をひらひらと振る。
 「気持ちは分からんでもないからな」と続けて、彼女はVP70をまじまじと見つめた。

「汚点は消したいもんや、そうやろ? うちにも決着つけとうてかなわんクソガキがいる。
 まあ一人は死んだらしいねんけどな。ざまあみろって感じや、はは」

 愉快そうに笑う晴子の顔からは微かな憎悪と狂気が見て取れる。
 汚点、という言葉の中身を確かめるように弥生は口中に呟いた。

 晴子にとってのそれは己に潜む憎悪なのかもしれない。これを消しさえすれば、常に目的へと向けて動ける、
 任務遂行の機械となれるのを彼女は知っている。弥生にとってのそれは緒方英二だった。
 立場を同じくする大人でありながら存在するだけで自分を否定する、まさしく汚点。
 英二さえいなくなれば自分は強くなれる、そう信じて疑わぬ存在だった。

「ええわ、目先の利益に目ぇ奪われてんやないんやろ。ケリ、つけに行こうや」

 ニヤと口元を歪め、凶暴な雰囲気を晒し始めた晴子に「いいのですか」と弥生は尋ねる。
 見方を変えれば半分私怨で動いているとも取れる。
 晴子からすれば付き合う義理はないだろうに、と今更思いながら。

497儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:17:07 ID:nKYEabcw0
「篠塚が強うなればうちにとって利益にもなる。それに……勝てるんやろ?」

 信頼を含んだ強い口調で晴子は言い寄る。
 これは晴子にとってのテストなのかもしれない、と弥生は思った。
 パートナーとしての力を試すテストであり、晴子自身も汚点を消せるのかということを確かめるためのテスト。
 ハイリスクでハイリターンな計画だと考えながらも、こういう女だから仕方ないと内心に苦笑して言葉を返す。

「ええ、勝ちます」

 弥生の言葉に、満足そうに晴子が頷く。二人の間に改めて共闘宣言がもたれた、そのときだった。

「……あ! 男の方が出てきおったで」

 目ざとく気付いた晴子が窓から身を乗り出すようにして診療所方面のある一点を指す。
 確かにそこでは緒方英二が診療所から走り出していた。
 救援でも呼ぶつもりなのだろうか。それとも、怪我した女から目を逸らさせるための陽動か。

 後者だろうと弥生は当たりをつける。自分と正反対でしかない英二ならこうするはずという予感があった。
 乗ったところで特に問題はないと判断する。元々自分の狙いは英二一人なのだし、
 女の方も怪我の度合いを見る限りとてもじゃないが戦闘可能とは思えない。殺すなら、いつだって殺せる。

「神尾さん。作戦を伝えます。私の指示通りに行動してください」

     *     *     *

 今回は逃げるための戦いではない。犠牲になるための戦いでもない。生き延び、その先を切り拓くための戦いだ。
 最終的にはどうあれ、自分がその一員となっているのを実感しながら、英二は迫り来る車をちらりと見る。
 やはり悪天候のお陰で車内に誰がいるかは窺い知れようもない。いや、相手が誰であろうと関係ない。
 自分は自分のやるべきことをやり通す、それだけだ。強く意思した瞳を鋭く細め、英二は車を迎え撃つ。

 ベレッタを持ち上げ、撃つと同時に跳躍。まずフロントガラスを狙って視界を遮る作戦だった。
 地面に転がったと同時、速さと質量を兼ね備えた物体が英二の横を通過していく。
 掠ってさえひとたまりもないだろうなと思う。絶対に失敗が許されない、まさに背水の陣と言える。

498儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:17:46 ID:nKYEabcw0
 だが車だってそこまで運動性能が高いわけではない。引き返すときにUターンする瞬間、
 確実にその横腹を無防備に晒す。狙うのはそこだ。
 唸りと甲高い音を立てながら、車がこちらへと反転してこようとする。
 だが雨によってふんばりの利かない地面では、その挙動さえ時間がかかる。

「そこだっ!」

 続けて二発ベレッタを撃ち込むが、所詮は9mm弾でしかないからなのか強化ガラスなのか、
 さして大きな傷にもならず敵の視界を遮ることは不可能だった。構わず車は再突進してくる。
 ガラスを狙うのは無理だと英二は認識し、ならばタイヤを狙うかと一瞬考えてすぐにそれを打ち消す。
 銃の扱いに手馴れているならともかく両手でしっかり持ってでさえ大体の箇所しか狙えない自分が、
 器用に車のタイヤだけ撃ち抜けるものか。となれば、車から敵を追い出す作戦は一つだ。

 どこかの障害物に車をぶつけ、走行不能な状態に持ち込む……それしかない。
 問題はこの作戦を気付かれないように誘導しつつ障害物のある地点まで行けるかということだ。
 だが、やるしかない。車という鋼鉄の盾から追い出しさえすれば互角の戦いに持ち込める。
 栞からの援軍も期待できる。あわよくばリサの助けさえ見込めるかもしれない。

 自分次第ということか。今の僕になら相応しいと苦笑し、実行に移すため車から離れるようにして逃げる。
 当然のように車も追ってくる。そうだ、そのままついてこい。落とし穴に落としてやる。
 車は左右にくねりながら避けさせまいとしているかのようだったが、悪天候が味方してくれている。

 診療所から離れ、現在疾走している地点はアスファルト舗装もされていないむき出しの地面だ。
 そこに雨が降っていることにより若干ではあるが地面はぬかるみ、車の本来の最大速度を出させない。
 故に英二のような運動慣れしていない人間でもギリギリではあるが軌道を読み、避けることが出来る。

499儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:18:06 ID:nKYEabcw0
 また車はその性質上後ろをとられることにも弱い。完全に後ろを維持し続けることは難しいものの、
 側面や後方近くに回り、真正面にだけは出ない。
 こちらは小回りが最大に利くことを利用し、細かく回りながら移動し、スピードを出させない。

 直角に移動して突進させない、Uターンして車にも同じ行動を強要するなど、
 それなりに時間がかかりつつも、体力を消費しながらも器用に立ち回りながら、
 英二は氷川村の外れの雑木林近くまで車を誘導することに成功していた。

「く……っ、はっ、はっ……っ」

 息を激しく切らせ肺が必死に酸素を求めている。たかだか10分ほど運動しただけだというのに。
 やれやれ、帰ったら体力づくりに励まないとな。
 こんなときでも皮肉交じりの冗談を並べるのは自分のどうしようもない性であるらしい。
 本当に自分はどうしようもない。苦笑を浮かべ、英二は木を背にして目の前に立ちはだかる車を見据えた。

 ここが正念場、腹の決め所というやつだ。最後の突進を避けられるかどうかでこの戦闘は大きく変わる。
 もっとも、体力の切れかけた自分がこの先どうなるか……そう思いかけて栞の姿をふと思い浮かべた英二は、
 ああ、そうだなと諦めかけていた自分を叱咤する。
 諦めてたまるか。まだ自分は何もやりきってはいない。終わってもいいと思うのは為す事をやり通したときだけだ。

 澱んでいた血が今は正常に巡り、体の隅々にまで力を与えている。もう動けないと頭が思っても体が勝手に動く。
 ただの生存本能なのかもしれない。動物としての本能が死にたくないと勝手に動かしているだけなのかもしれない。
 だがそうだとしてもこの一歩一歩が確かに道を切り拓いていく実感がある。
 自分のものではなく他人のものであっても、雨が止んだ空のように晴れ渡っていく感覚がある。

 来い。胸中に絶叫したとき、車のタイヤが急回転してこちらに突っ込んでくる。
 ――その瞬間、緊迫した雰囲気に割り込んできた物音が英二の耳に入る。

「っ!?」

 遠くから数度聞こえたそれは、僅かに英二の意識を呆然とさせ、また隙を作り出すには十分過ぎる間があった。
 ハッとして意識を眼前に戻すと、そこには高速で突っ込んでくる巨大な車体が立ちはだかっていた。

500儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:18:24 ID:nKYEabcw0
「しまっ……!」

 全身を使って跳躍し逃れようとしたが遅かった。
 即死とまでには至らなかったもののボンネットからフロントガラスへ激しく体をぶつけ、
 そのまま勢いに飲まれごろごろと車上を転がった後トランクを伝い滑り落ちた。

 ごほっ、と激しく咳き込む。体を強く打ちつけた英二の体は思うように動かず、
 泥濘の地面を無様に転がることしかできない。一時的なものだろうがあまりにもショックが強すぎる。
 しかし自分に突っ込んだドライバーもただでは済んではいまい。思惑通り猛スピードで突っ込んだ車は、
 勢いを殺しきれぬまま木へと突っ込み見事にバンパーをへこませる形で走行不能状態に陥っていた。

 エアバッグが機能しているかは知らないが、状況的には相打ちといったところか。
 後は、少しでもここを離れないと……這いつくばるように移動しようとした英二だったが、
 車のドアがガチャリと開く音が背後から聞こえた。
 まさか、相手は無傷――!?

「くっ、冗談じゃない……!」

 寝転がったまま、痛みを押してベレッタを構えた英二の前に転がるようにして現れたのは。

「やってくれますね……緒方、英二」
「……弥生君かっ!?」

 よろよろと、英二と同じく地面に膝を付きながら、とても攻撃に移れる状態とは思えないのに。
 それでも銃をしっかりと掴んで放さない、篠塚弥生の姿がそこにあった。
 前々から冷然として感情を持たないはずの彼女の顔は、今は妄執と意地に取り付かれ般若のような形相になっている。
 以前逃がしたときとは似ても似つかぬ、落ちるところまで落ちてしまった女の姿だ。

501儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:18:44 ID:nKYEabcw0
「ですが、それもここまでです。貴方の死で、私はもう何も恐れることはなくなる」
「ぐっ……だが、この状況で君も、僕も撃てはしない。ここで死ぬ気がないならな」

 英二はベレッタを、弥生は機関銃らしきものを肩から吊り下げお互いがお互いへと向けている。
 弥生の願いは一度会って知っている。いやそうでなくとも十分に想像ならつく。
 どれだけ一緒にいたと思ってる。

 英二は吐き捨てつつ、ベレッタの銃口を弥生にポイントし続ける。
 由綺を生き返らせる。彼女をスターダムに押し上げる。どこまでも純真で愚直な弥生のただ一つの願い。
 そうすることでしか生きる術を持たない、哀れなほど小さく弱々しい弥生の願いだ。

 だがその願いを叶えるなら弥生は必ず生き延びて優勝しなければならない。
 今は二人で優勝できるだとか言っているが、コンビを組んだとして、片方だけ生き残っても由綺を生き返らせてくれ、
 などと言うはずがないと弥生は思っている。そういう人間なのだ、弥生は。
 だから彼女は絶対に死ねない。そうであるはずに違いなかった。

「そうでしょうか。私は、そうは思いません」
「なに……?」

 構えを崩さぬまま、弥生はニヤと口元を歪める。この状況こそが予定通り、そう語っているかのようであった。
 そう、英二は気付いていなかった。

 英二が動けぬ状況に仕立て上げることこそ弥生の思惑で……既に、英二にはチェックメイトがかかっていたのだと。

     *     *     *

 鎮静剤らしきものを見つけて、手探りのような感じで注射してみたものの痛みは僅かに引いただけで、
 全然効果らしいものはない。治療を施してもいない脇腹からは未だにだらだらと血が流れ続けている。
 現実ってやっぱり上手くいかないものですねと思いながらも、だからこそ抗いようがあると気合を入れ直す。

502儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:19:18 ID:nKYEabcw0
 英二が診療所から出ていって何分が経過しただろうか。外からは雨に混じってけたたましい爆音が聞こえてくる。
 向こうも必死に踏ん張っている。ここで寝ていては示しがつかない。
 美坂栞はよろよろと体を起き上がらせると、M4カービンを杖のように支えて立ち上がる。
 大丈夫。動ける。まだ動ける。何度も自身にそう言い聞かせ萎え切っている体を鞭打って動かす。

 まったく、本当に変わってしまったものだと苦笑する。ここまで自分が生きていることも奇跡なら、
 こうして体を動かせているのも奇跡。

 起こらないから、奇跡って言うんですよ。

 己を総括していたはずの言葉が今は馬鹿らしいものにしか思えない。ただ、奇跡の捉え方については変わった。
 奇跡は起こってなどはくれない。自分から何かをする意思がなければ奇跡は起こりようがない。
 ここに来る前の自分はただ望んでいただけだった。何もしようとせず、何も望まず、何も信じず、
 抜け殻のように過ごしていただけだ。それでは何も変わらない。奇跡だって起こせない。

 己が前に進もうとする意思。翳りのない未来を目指すのも、自己満足を成し遂げるだけでも、
 意思がなければ達成しようがないのだ。諦めだけに満たされていた自分に奇跡などあるはずがなかった。
 だから、今は自分自身で歩く。望んだ結末を目指すために、風の辿り着く場所へと行くために。
 ゆっくりと、しかし確実に歩みを進めて診療所から外への扉を開ける。

「ご苦労さん。ええ根性や。……が、ここまでやな」

 扉を開けた目の前。そこには銃を構えた傷だらけの女がいた。
 誰だ、という疑問が飛び出す前に銃の筒先が栞の体をポイントし、何の前触れもなく銃弾が栞を撃ち抜いた。
 すとんと体が崩れ落ち地面に突っ伏す。そこでようやく、栞は待ち伏せされていたのだと気付いた。

 恐らくは英二の言っていた追っ手。一人だけではなかったのだ。
 前のめりに倒れたせいかM4が身体の下敷きとなって、どうやら武器を奪おうとしたらしい敵はちっと舌打ちを漏らす。

503儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:19:38 ID:nKYEabcw0
「まあええわ……死体は動かへんしな。取り敢えずは邪魔な要素を排除できただけでよしとせな、な。
 後は篠塚が上手くやって、うちが男の方にトドメを刺す……か。ホンマいけ好かへんけど使えるわ」

 薄れてゆく意識の中、敵の立てた策にかかっていたのだと栞は自覚する。
 狙いは最初から各個撃破で、陽動を目論んでいることなど既にお見通しだったということか。
 元々ギリギリで動いていたところにさらに銃弾を撃ち込まれ、完全に力が抜け切っていた。
 視界も徐々に霞み、自分の命を支える砂時計が加速度的に落ちてゆく。

 ここまでか。もはやどうしようもない事態になっていて、自分ができることなどなくなってしまった。
 当然の帰結なのかもしれない。虚勢を張ったところで、訓練紛いのことをしたところで肉体的に弱いというのは変わらない。
 自分より強い存在に遭遇すれば為す術もない。現実はそんなものだ。

 ――だけど、このままでは皆が死ぬ。自分だけではなく、英二もリサも、皆死ぬ。それでいいのか?
 自分が死ぬからといって全てを諦め、投げ出してしまう程度の人間だったのか、自分は?
 嫌だという思いが衝動的に突き上げ、栞の指に力を入れさせる。

『ほら、しっかりしなさいよ。まったく、私がいないと全然ダメなんだから、栞は』

 ため息をつきながらもしっかりと栞の手を取り、銃に手を添えさせてくれる存在がいた。
 どこか冷めていて、でも頼りがいのある声は……自分の姉だ。

『いいか、思いっきりやれ。遠慮することはないんだ。雪合戦だ、やっちまえ』

 茶化すように煽りながらももう片方の手を添えさせてくれている存在がいた。
 ニヤリと不敵な笑いを浮かべている声は……相沢祐一だ。

『栞ちゃん、ファイトだよっ』

 羨ましすぎるくらいの元気さで両腕に力を入れさせてくれる存在がいた。
 かけがえのない友達で、自分にも元気をくれる声は……月宮あゆだ。
 それだけではない。たくさんの存在が自分に力を分け与えてくれている。

504儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:19:57 ID:nKYEabcw0
 気をつけて。ドジるなよ。しっかりやれ――砂時計の残りは僅かだったが、皆が踏ん張り、漏れ出すのを抑えている。
 後は自分だけだ。やるべきことをやり、為すべきことを為すために。
 血まみれの手でM4を握り、リサに叩き込まれたことを反芻する。

 頬と右肘でストックを固定する。右膝をついて、左足のつま先は目標に向ける。
 ライフルは右膝に対し約80〜90度開き、左肘は左膝の前方に出す。
 そして腿と左足のふくらはぎは出来るだけ密着させる事。体重は出来るだけ左足に多く掛け、
 左足は地面に平らにおき、前方から見て垂直になるようにする――

「まだ、勝負は、ついて……!」
「な……!?」

 栞の声を捉えた敵が驚愕に満ちた表情となって振り向く。死んだと思った相手が再び起き上がり、
 しかも銃を向けているのなら尚更だろう。必死に銃口を向け、こちらをポイントしているがもう遅い。
 敵が銃口を引いたのと同時に栞も最後の力を使ってM4の銃口を引き絞った。

     *     *     *

 けたたましい銃声と眩しいくらいの光が辺りを包む。
 晴子の放った銃弾は栞の胸部、心臓を撃ち抜き即死させていたが、
 栞がフルオートで放ったM4のライフル弾もまた晴子の肺や内臓をことごとく破壊し致命傷を与えた。
 かはっ、と血を吐きながら晴子はよろよろとよろめき、診療所の壁へと背中をもたれさせ、
 そのままズルズルと身体を落としていった。

 馬鹿なという驚きと信じられないという気持ちがない交ぜになり、晴子から闘志の全てを奪った。
 焦りすぎたのか。それとも弾丸を温存しておきたいという思考が仇となったのか。
 心臓を撃ち抜かれながらも満足げに微笑み、してやったという風情の顔になっている栞を見て、
 どちらでもないと晴子は確信した。

505儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:20:27 ID:nKYEabcw0
 執念が足りなかった。絶対に優勝してやろうと決意していたが、
 所詮夢物語だと冷めた目で見ている自分がいるのに気付けなかった。
 相手はそうではない。目前の敵を倒すためだけに全力を傾けていた。温存なぞ微塵も考えず、やるだけのことをやった。
 その結果が相打ちということか。そう結論した晴子はやはり弥生のようにはなりきれないと嘆息するしかなかった。

 そう、実際晴子には『まず重傷を負っている栞を殺せ。然る後に弥生の元へ駆けつけ、機を見計らって英二を殺せ』
 と言われて、栞を狙った時点である種の慢心があった。
 重傷だから拳銃一発で死ぬだろうという思い込み。
 また武器を温存しておきたいという思考がVP70を連発させなかった。
 そして何よりも、晴子が考えた通り、彼女には『現在』に対する執念が栞に劣っていた。

 観鈴を殺した連中への報復は考えていたもののそれは漠然とした参加者全体に対してでしかなかったし、
 また仮に優勝したとして本当にクローンとして再生できるのか。
 現実主義者の晴子にはここが疑念として残ってしまっていた。

 つまるところ、晴子は自棄にしかなっていなかったのだ。恨みと憎悪を撒き散らし、強い信念も持てず、
 子供のように暴れまわることしか出来なかった。
 弥生みたいになりきれないとはそういうことだった。くそっ、と吐き捨てた晴子はぼんやりとした意識のまま、
 娘の観鈴のことを思った。

 たとえ自棄になっていようが、晴子の母親としての気持ちは本物だった。ずっと一緒にいたかった。
 やり直して、二人で仲良く暮らしていきたかった。お祭りを一緒に楽しみたかった。花火を二人で見たかった。
 誕生日を祝ってやりたかった。髪を切ってやりたかった。抱きしめてやりたかった……

 もう叶わない。分かりきっていたことを今更思い知らされると同時に、
 やはり観鈴の死を受け止めている自分がいることにも気付く。
 晴子はどこまでも人間でしかいられなかったのだ。

 けれども、と晴子は思った。この部分だけはきっと娘も許してくれるはず。妄想や夢想でしか生きられず、
 そのために化け物に成り下がらなかったことだけは許してくれるだろう。……同じ天国に行けたらの話だが。

506儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:20:45 ID:nKYEabcw0
「は、はは……ああ、無理やな」

 天国など元より信じていない。仮にあったとしても地獄行きだろう。何せ人を殺している。
 それが母親をやってこなかった自分に対する罰なのだろうと断じて、晴子は目を閉じた。

 荒かった息が徐々に収まり、上下に揺れていた身体もゆっくりとその動きを止める。
 そして一滴、涙を雨に混じらせたのを最後に、神尾晴子はその生を閉じたのだった。

     *     *     *

 思い通りに行っていた。
 車で英二を追い回し、疲れたところで晴子が乱入し銃で射殺する。
 更にもう一人は自分が英二と戦っている間に殺すように言ったので援軍など在り得ない。

 戦いをわざと長引かせたのもそのため。晴子が十分に第一の使命を果たすための時間稼ぎをしていた。
 最後の最後、ブレーキをかけきれずに木に激突してしまい思わぬダメージを負ったのは計算外だったが、
 少し打ち身をしただけで重大な問題ではない。
 後はこうして互いに銃を向け合っているが、英二の身動きは封じたも同然。
 自分は晴子が撃ち殺しに来てくれるのを待てばいいだけだった。

 晴子はこの作戦を聞いた時「いいのか」と尋ねてきたが、誰が英二を殺したかに意味はない。
 英二が死ぬという事実のみが重要なのであって、自身で葬りたい気持ちはあったものの、
 敵討ち自体に執着はしない。自分が生き、英二は死んだ。そう認識出来さえすれば良かった。
 そう、睨み合うふりをしつつ待つだけで良い……そのはずだった。
 遅すぎる、と弥生は苛立つ。

 英二を殺してくれるはずの晴子がいつまで経っても到着する気配を見せない。
 どんなに周りを確認してみても静寂ばかりで、人影など微塵も見られないのだ。
 一体何をやっている? 片割れの殺しに手間取っているのか?

507儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:21:11 ID:nKYEabcw0
 だがそんなはずはないと弥生は考える。以前の戦い振りを見る限りではあっさりとやられるようなタマではないし、
 何より相手は重大な怪我を負っている。これだけ晴子に有利な状況で仕留め損ねるなど考えられない。
 では裏切ったのか? こうして自分と英二が共倒れになるのを待っているというのだろうか?
 いやそれもない、と即座に否定する。ここで自分を見殺しにしたとしてメリットがなさすぎる。

 まだまだ生き残りはいる。ここから先、怪我だらけの晴子一人で戦うにはあまりにも敵が多すぎる。
 武器を独り占めするという考えもないはずだ。そうして貴重な人的資源を失うデメリットは晴子だって知っている。
 自分と本質を同じくし、汚点を消すことに賛同してくれた晴子に裏切る要素などどこにもない。

 ではまさか、逆に殺されたとでもいうのだろうか。それこそお笑い話に過ぎない。
 戦闘になって苦戦するという想定以上に在り得ない話ではないか。
 ならば一体、何が起こっている、この状況で?

 弥生の構えるP−90が少しずつ揺れ、焦りが表面に出始めたときだ。
 己の瞳をずっと眺めていた英二が哀れむような、悲痛な表情を湛えながら、ぽつりと漏らした。

「無駄だ。もう君の援軍は来ない。どんなに待ったって、な」
「なっ」

 作戦を読まれたことに思わず声を上げてしまう。本当だとばらしてしまった事実に気付き、
 弥生は舌打ちをしたがすぐに平静を取り戻し「何故そう言い切れるのです」と注意を英二に向けた。

「……やはり、君には聞こえなかったみたいだな」
「……もったいぶらずに説明してくださるかしら」

 弥生の声に怒気が篭もり、スッと目が細められた。だが英二はそれに動じる風もなく、淡々と話し続ける。

「君が車で突っ込んできたとき、銃声が聞こえたんだ。それも複数の、何発もの銃声が」
「……」
「それで僕には分かってしまった。君の仲間と、栞君が相打ちになってしまったのだとね」
「あり得ません」

508儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:21:47 ID:nKYEabcw0
 ぴしゃりと撥ね付けるように弥生は否定する。弥生の想定では在り得ないはずなのだ。重傷者相手に、相打ちなど。
 英二はしかし「だがこの状況を説明するにはそれしかない」と続ける。

「君はまだここで死ぬわけにはいかない。二人で引き金を引いて心中、なんて結末にはしたくないはずだ。
 なのに君は交渉をするでもなく、打開策を練っているわけでもなく待ち続けている。どういうことか?
 簡単な話さ。君には援軍がいると分かりきっていた。だから待つだけで良かった。
 膠着状態にしさえすれば良かったのさ。僕を狙い撃ちにしにくる仲間へのお膳立てとして」
「下手な推理ですね」
「どれだけ君と付き合ってきたと思ってる」

 確信を含んだ英二の物言いに、弥生は歯を噛むしかなかった。この男は自分の全てを知りきっているとでもいうのか。
 鉄面皮で隠し、秘匿してきたはずの感情をも英二は読んでいるというのか。……在り得ない。
 だが最初もそうだった。結局はこちらの真意を読まれ、銃撃戦に敗北し、あまつさえ命を長らえさせる結果となった。
 今と同じ表情で、何もかもを見透かしているような透明な目つきで。

「……私が、貴方を殺したいと思っている。そうは考えたことはないのですか。
 貴方の推理では、私は他人に復讐の権利を譲ってしまったことになる」
「その質問が既に答えだ。君が拘るのは森川由綺、ただひとり……そうだろ?
 君はそうすることでしか生きる術を知らない、僕と同じ種類の人間だ。分かるんだよ、同種だからな」

 晴子と同じ言葉を英二は言ってのける。その瞬間、弥生の脳裏に形容しがたい悪寒が走った。
 この男が同種だというのか。由綺のために全てを投げ打てる自分が、妹の死さえ受け入れたこの男と同じだと?
 晴子はまだいい。自分の目的のためなら手段を選ばない強引さと合理性を併せ持ち、賢く生きているのだから。

 だが英二は違う。達成すべき目的も持たず、その場その場で方針を変え何が最初の目標だったかも忘れるような男だ。
 それゆえ英二は自分の汚点だ。相容れられず、さりとて下すことも出来ない存在だった。
 それが今、こうして、チェックをかけたはずなのに……また立ち塞がっている。

509儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:22:05 ID:nKYEabcw0
「……冗談ではない」

 耐え難い怒りが弥生の鉄面皮を破り、底暗い形となって滲み出した。
 この程度の存在が排除できず、優勝など狙えるものか。

 何が何でも由綺を生き返らせてみせる。今までレールの上を歩くようにして生きてこれなかった自分が、
 初めて持った目標。それをこんなところで邪魔されてたまるか。妄執が弥生の身体を衝き動かし、
 よろよろと、しかししっかりと二の足をつけて立ち上がらせる。
 打ち身も古傷の痛みももはや関係ない。ただ許しがたい想念だけが弥生の身体を動かしていた。

「貴方のような惰性で生きているような人が私と同種? そんなことがあるものですか。
 私は夢を諦めてはいない。絶対に諦めず、最後まで遂行し続けるだけです。一緒にしないで下さい」
「だがその夢はただの幻想だ」

 弥生に引っ張られるようにして同じく立ち上がった英二の口調も、聞き分けのない子供を叱る親のものへと変わっていた。
 全身を声にして、確かな感情をもって英二は否定の言葉を重ねる。

「何も変わらず、何も変えようとせず、それでいて自分の思い通りに事が進むと思い込んでいる。
 いや、思ってすらいない。一度思い通りにいかなかったからって思考停止して目を背けている愚か者だ!」
「私を同種と言うなら貴方だって同じだ! 本当に大切なものが何かを考えもしない癖に……!」
「そうだっ! だから『今』から考えようとしているんじゃないか!」
「御託は……もう聞き飽きた!」

 P−90の引き金を引き絞る。もう作戦などどうでもよかった。
 ただこの男が許せない。その一念に駆られて銃を乱射する。
 だが英二は飛び上がると、そのまま車のトランクの上をごろごろと転がり掃射を回避してみせた。

 ボロボロだったはずの英二にどこにそんな力が? 理解できない思いを無視して銃口を修正し、再発射しようとする。
 だが……銃口からは何も出なかった。
 弾切れ――そう認識した弥生の視線の向こうでは、英二が拳銃をしっかりとホールドしていた。

510儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:22:22 ID:nKYEabcw0
「……ゲームオーバーだ、弥生君」

 その表情はあまりにも辛そうで、苦しそうで。泣いているのではとさえ思ったが、
 雨に紛れているだけだと弥生は思い込むことにした。
 認めたくなかった。自分と同種であることも、涙を流しているかもしれないということも、勝てなかったということも。
 自分には運と実力が少し足りなかっただけのことだ。だから悲しんで貰おうだなんて思っていない。

 自分を悲しんでいいのは由綺だけだ。
 だからせいぜい苦しんでしまえばいい。自分を殺してしまった分、苦しみ抜けばいい。
 それが今の自分にできる最大限の反撃だろうから。

 ――でも、それじゃ寂しいですよ。

 いつか聞いた藤井冬弥の声がふと蘇り、ああ、そうかもしれませんねと弥生は苦笑した。
 それでも良かった。夢半ばで倒れる程度の人間にはそれで十分だった。

「寂しい、ですね……」

 そう呟いたのを最後に、篠塚弥生の意識は真っ白な雪に覆われてゆく――

511儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:22:52 ID:nKYEabcw0
ここまでが中編となります

512儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:23:24 ID:nKYEabcw0
「……英二」
「やあ、リサ君」

 疲れた、ただ疲れきった、そんな表情で英二がリサを出迎える。
 周りには一人の人間の体がうつ伏せに転がっており、恐らくは遺体なのだろうと判別できる。
 そして英二自身は車に背中を預けるようにしてもたれかかり、座っている。

 見た感じではどこからも出血はしていなさそうだが、ひどくぐったりとしていることからダメージは大きいらしい。
 いや、単にそれだけではないだろう。英二がひとりでいるということは、
 ひとつ失われてしまったものがあるということだった。

「……栞君は、残念だが、恐らく……」
「……そう」

 暗澹とした思いがリサを包み込む。いざこうして言葉で受け止めてみると辛い。
 間に合わなかったという後悔が胸を軋ませる。肌にかかる雨が冷たくなったように感じられた。
 結局言えなかった。家族のように大切に思っていたのだということも、
 もし帰れたら一緒に暮らしてみないかという提案も……全てが遅きに過ぎた。

「ボロボロだな、君は。だが、強くなった。そんな目をしているよ」
「そうかしら……? 英二は優しくなった気がする、そんな目よ」
「お互い、何か踏ん切りがついたようだな」

 そうらしいと微笑しながらも、それを伝えられる相手がひとりいなくなったしまったことを認識する。
 追いつく前に、肩を並べる前に栞は遥か遠くに行ってしまった。悲しさよりも寂しさの方が先に突き上げる。
 逆に言えばまだそれだけの関係でしかなかったということで、本当に取り返しがつかなくなったなとリサは思う。

 だがこうして自分も英二も生きている。この感情を共有できる相手がいる。それだけでマシなのかもしれない。
 そう考えてリサは英二に手を伸ばした。

「行きましょう。栞の最後、見届ける義務があるわ、私達には」
「……ああ。多分、栞君は診療所の近くにいたはずだ。そこで別れたからな」

 リサの手を支えにして英二はゆっくりと立ち上がった。その傍らの遺体には一丁の銃……P−90が落ちている。
 ついでに拾おうかと思ったが、英二がそれを阻む。

「弾は入ってない。予備弾もなかった。……武器はそれだけだった」

513儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:23:45 ID:nKYEabcw0
 どうやら調べはついていたらしい。あの車はまだ使えるだろうかと次に考えたが、歩いていく方が早いだろうし、
 今は車を走らせられる気分じゃない。栞の本当の最期を見届けたら調べようとだけリサは考えて英二の横に並んで歩き出した。

「ねえ、英二」
「ん?」
「以前レストランとかお酒なら話せる、って言ってたわよね」
「ああ……そうだな、それなりには」

 よかった、とリサは柔らかく微笑する。英二はというとまったく脈絡のない話題に目をしばたかせ、
 何を企んでいるんだという風に首をかしげている。別に他意なんてないのに。内心にため息を吐きながら続ける。

「私とディナーの約束をしてくれないかしら? お店は貴方に任せるわ」
「は? おいおい、何をいきなり」
「私じゃ不満?」
「そういうことではないが……」

 ここの殺伐とした雰囲気とはあまりに場違いな提案に戸惑っているのか、英二は考えあぐねているようだった。
 自分も口には出してみたものの実におかしなことを言っていると思う。
 そもそも生きて帰れるかさえ分からない状況で、今は仲間の死を確認しに行っているというのに。
 不謹慎だと思う一方、やりたいようにやればいいと思う自分もいる。後悔だけはしたくない。それは本心だったから。

「一度貴方とゆっくり話してみたいのよ。落ち着いた場所で、じっくりとね」
「……ふむ」

 英二は眼鏡を直し、まじまじとリサを見つめる。あまりにも真剣な目で見るので気恥ずかしいとも思ったが、
 じっと英二の答えを待つ。せかすつもりもない。思うに任せてやったことなのだから。

「了解だ。こんな美人の誘いをお断りするなど男のすることじゃない」
「光栄ね。褒め言葉と受け取っておくわ」
「あまり期待はするなよ、僕だってそんなに詳しいわけでもないからな……ん?」

514儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:24:02 ID:nKYEabcw0
 英二が声を上げたのと同時にリサも発見する。
 診療所の近くには『三人』の人間がいた。ただし一人はうつ伏せに、一人は壁にもたれて座りながら、
 そしてもう一人は様子を確かめるように倒れた二人の体を触っていた。

 髪型は栞に似ていて少しドキリとしたリサだったが服装が明らかに違う。
 そしてあの戦々恐々とした様子は、今しがたこの現場を発見したというところだろう。
 何にせよ、このまま好き勝手に仲間の遺体を弄らせるわけにもいかない。そのために自分達はやってきたのだ。

「そこの子、ちょっといいかしら」
「!? は、はいっ!?」

 思い切り動揺した裏声で応じられる。どうやらこちらの存在にも今気付いたらしく、リサと英二は顔を見合わせる。
 取り合えず敵意はないというように手を上げながら二人は近づく。

「この子はね、僕達の仲間だった子だ。……ちょっと悪いけど、席を外してもらえないか」
「え、え、は、はぃ……」

 緊張しながらも素直に言葉に従い距離をとってくれたが、どこか挙動がおかしい。
 常に視線を動かし、まるで何かに怯えているようだ。探ってみる必要性があると考えたリサは栞に近づくと、
 その額を撫でて、持っていたM4を取るとそれで別れの儀式を済ませる。
 僅かに温かさを感じる。最後に残した栞の余熱を覚えて、リサは立ち上がった。

「それだけでいいのか?」
「いいの。……それより、あの子、おかしい」
「おかしい?」
「何か落ち着きがない。それに見て、あの首輪。何かチカチカ点滅してる。……柳川と会ったときもそうだった」
「トラブルがあるということか。確かに、ここにあんな子が一人でいるというのもおかしな話だ」

515儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:24:22 ID:nKYEabcw0
 任せたという風に頷き、英二は荷物の回収を始める。栞への別れは後でするつもりなのだろう。
 或いはもう心中で終えているのかもしれないと思いながら、リサは「さて」と話をする相手を切り替える。
 わけありと見るのが妥当なところだ。……ひょっとすると、柳川のことも少しは分かるかもしれないと思いながら話しかける。

「自己紹介しないかしら? 私はリサ……で、あっちにいるのが緒方英二。貴女の名前は?」
「ふ、藤林……椋、です」
「なるほど、じゃあ藤林さん? ……その首輪について聞かせてくれないかしら? 何故点滅しているのかを、ね」
「!? そ、それは……」

 明らかに動揺した様子でうろたえている。やはり何かあるらしい。万が一のことを想定して油断なく気配を探りながら、
 リサは「落ち着いて。話せるならでいいから」と肩を叩く。余程怯えているのか呼吸するのもままならなさそうだったが、
 次第に平静を取り戻し、微かに聞こえる程度の小声で話し出した。

「実は、その……お、脅されて、いるんです」
「脅されている……?」

 不意に嫌な予感が駆け巡るがまずは話を最後まで聞こうとリサは考え、続きを促す。

「私、ずっとお姉ちゃんを探してて……それで藤田浩之さんって人と一緒に行動していたんです。でも、
 ある人と会って、出会い頭にリモコンを押されたんです」
「リモコン?」
「この、首輪の爆弾を起動させた、って……私も、藤田さんも」

 首輪爆弾を起動させるリモコン。そんなとんでもないものが参加者に支給されていたと知り、リサは戦慄を覚える。
 だとするなら柳川がああなったのは、実質あのリモコンのせいだということか?
 家族に裏切られた挙句、殺しを強要させられた。だとしたらあのようになっていたのも頷ける。

 この藤林椋も同じ境遇だと考えたほうがいい。解除してほしければ人を殺せ、などと言われれば頷くしかない。
 ましてや椋の怯え振りからすれば相当強要されたと言って過言ではない。
 いくつか怪我も負っているが……まあ、それについては大体想像はつくし、
 ここまで来れば戦闘に巻き込まれていない方がおかしいというものだ。それよりも大事なことを聞いておく必要がある。

516儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:24:42 ID:nKYEabcw0
「いつ爆発するの?」
「……12時間後です。それまでに三人殺せ、と言われました」
「貴女の相方は?」
「バラバラにさせられました。二人で歯向かわれても困るから、って」
「なるほど。じゃあどうして私達を攻撃しなかったの?」
「……それは」

 わざと回答に困るような質問をしてみる。首輪爆弾を起動させられたのは間違いないだろう。
 だが普通なら生存欲求が働き、こちらを攻撃してくる可能性が高いはずだ。
 無論そのときにはこちらも反撃していただろうが、彼女はそうしなかった。単に数の有利不利を見たのか、それとも……
 しばらく待ってみたが、椋は困ったように口を閉じて何も言おうとはしなかった。

「オーケイ。悪かったわね、変なことを言って。ちょっと試しただけ」
「た、試した……?」

 呆然とした様子で返事をした椋に、「ええ」とリサは笑いつつも悪びれもなく続ける。

「何か言い訳してくるようなら怪しい……って思ってたところよ。まあ殺しはしなくても縛るくらいのことはしてたかな。
 でも貴女は何も言わなかった。ならたとえ殺す度胸がなかっただけなのだとしても今こちらに危険はない。
 そう思っただけよ」
「……」

 何とも言えない表情をしているが取り敢えずは納得したのか椋は無言で頷く。
 椋がどう思っているにしろ、犯人の目星はついている。
 柳川が最期に言い残した人の名前……宮沢有紀寧が下手人だろう。

517儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:25:05 ID:nKYEabcw0
 そのやり方を見る限り、かなり狡猾で容赦がない。
 こんなことをしている時点で人の命を軽視しているとしか考えられないのだから。
 それに保身能力も高い。二人で組ませ効率よく殺させるメリットを捨てながらも二人をバラバラに行動させ、
 なるべく自分の身に危険が及ばないようにしている。

 更に柳川を裏切ったという家族の存在も気にかかる。宮沢有紀寧と一緒にいるのか、それとも単独行動なのか、
 或いは既に死んでしまっているのか……
 椋の口からは有紀寧は一人のように思えるが別行動していたことも考えられる。
 とにかく、最大限有紀寧の存在には注意を払わねばならない。

「リサ君、どうだ?」
「厄介なことになってる」

 荷物を回収してきたらしい英二があるものを投げて寄越す。M4のマガジンだった。
 まだ四本分きっちりと残っており、栞がこれを使ったのは最後の最後だったのだろうと思わせた。
 デイパックに仕舞うと他に何か物はなかったかと尋ねてみるも英二はいや、と首を横に振った。

「ハンマーが一つだけだった。銃の方は弾切れだ。……弥生君達の装備はかなり悪かったみたいだ」

 そんな状況でも、戦い続けるしか生きる術を知らない。言外にそう語る英二の表情は渋面だった。
 しかしすぐにそれを打ち消すと「そっちの話も聞かせて欲しいな」と椋の方を見る。

「ええ。でも一旦戻りましょう。あの車、まだ使えるかもしれないから。話は歩きながらするわ」

 二人も頷き、賛同の意を示してくれたようだった。
 同意を得たリサは歩きながらこれまでのあらましを説明する。

518儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:25:33 ID:nKYEabcw0
「リモコンの件だけど、恐らくは解除も出来るはず。そうでなければこのリモコンは使えない。
 だって、解除できないと分かったら自棄を起こして歯向かって来るかもしれないからね」
「だがその犯人が嘘をついていることもあるんじゃないか?」
「確かにね。でも万が一誤作動して自分の首輪が点滅したとしたら……必要でしょ? そういうものが」
「……本人が持っていないという可能性はあるが。確かに、理にはかなっているか。それと、椋君、だったか?」
「は、はい?」
「君のお姉さんに会ったことがある。君を探すと言って別れてしまったが……心配していた、君のことを」
「っ! 本当ですか!? 何もおかしなところとかはなかったんですか?」
「あ、ああ。まあ随分前の話……だが」
「そうですか……良かった」

 それまでの暗い表情から一転して華やいだ表情を見せる椋。
 へえ、とリサも興味を示す。英二が椋の姉と会っていたとは。
 別れているとはいえ、家族が心配しているのを伝えられれば少しは安心するだろう。

 そう、別れているよりは一緒の方がいいに決まっている。
 仕事の都合とはいえ会えない日々が続き、最後には物言わぬ形でしか目を会わせられず、
 一度は復讐の塊になってしまった自分という存在がいるのだから。
 なるべくなら、姉妹を無事に会わせてやりたい……そう考えながら車のところまで戻ってきたときだった。

 車の近くに二人の人間がいる。一人は男、もう一人は女だ。
 女の方はどこかで見た事がある髪型だ。一体誰だっただろうか? だがすぐにその疑問を打ち消すと、
 新たなる来訪者が来たことを英二と椋に告げようとする。今日は客が多い……そんな風に言おうとした。

「あ、あ……!」

 何故ここに――そう言って差し支えないほどに目を驚愕の形に見開いた椋が半歩後ずさっていた。
 同時、こちらに気付いたらしい二人組が叫びながらこちらへと走ってくる。その内容にリサも、英二も耳を疑った。

 『離れろ。そいつは、藤林椋は殺人鬼だ』――と。

 椋が殺人鬼? そんな馬鹿なと思いながらも決死の勢いで叫ぶ二人組にリサの勘がヤバいと警笛を鳴らす。
 何故出会った時点で攻撃してこなかった、何故こんなにもうろたえている?
 疑問はつきなかったが、嘘と断じるにはあまりにも証拠が足りなかった。

519儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:26:10 ID:nKYEabcw0
 混乱しながらもまずいと判断したリサは椋から離れようとしたが、予想外にも対応は椋の方が早かった。
 既に彼女は自身のデイパックからショットガンを取り出し、筒先をリサ……引いては、あの二人へと向けていた。
 その目は既に、怯えるだけのか弱い少女のものから凶悪さを含んだ殺人鬼のものへと変貌している。
 M4で応戦しようにも遅い――撃たれるのを覚悟したリサの体にぶつかってきた人間がいた。

「危ない!」

 英二だと分かった瞬間、耳をつんざくような発砲音が聞こえ、英二の片手を吹き飛ばした。
 至近距離で放たれたショットガン、ベネリM3の散弾がまとまったまま英二の手に命中し、
 肉や骨ごと根こそぎ吹き飛ばしたのだ。

「が……ぁっ!」

 激しく出血した英二だがショック死は免れたようだった。リサは英二を支えつつ、己の目測が外れたことを実感する。
 だが疑問は残っていた。演技だったということは分かる。分かるが、何故最初に会ったとき、
 いや遺体を調べているときに撃ってこなかったのだ? 奇襲をかけるなら絶好のチャンスだったはずなのに。
 二人とも殺せないと思ったからなのか? それとも本当に驚いただけだったから?

 ……違う。物音を立てたくなかったからだ。あの二人に見つかるのを避けたかったから。
 派手な戦闘はしたくなかったからというのが推論として浮かぶ。
 しかしそれだけではない気がする。自分はまだ何かを見落としている。決定的な何かを……

 とにかく安全な場所まで移動しようと英二を引っ張る形で移動し始める。警告してきた二人は攻撃を回避できたようで、
 それぞれ武器を持って椋と対峙していたようだった。
 椋は半ば乱射気味に二人の方へベネリを撃ち放すがショットガンは遠距離から狙い打つには向かない。
 二人はしっかりと回避し反撃の体勢を取る。
 勝てるか……? リサが三人の戦いに一瞬意識を向けたとき、支えられていた英二が叫んだ。

「リサ君ッ! 向こうに……!」

520儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:26:32 ID:nKYEabcw0
 手のない腕で椋の後ろ側を指す。そこにはまたしても新しい人影が現れていた。
 マシンガンを持った小柄な少女。恐らくはMP5Kであろうものを抱えて、こちらへと狙いを定めていた。

「計画がちょっと狂っちゃったみたいだけど……結果は同じだよ。皆殺しにしてあげる」

 計画、と少女が口にしたとき、リサの中で見落としていたパズルのピースが見つかった。
 周到に包囲していたのだ。藤林椋を囮に使い、彼女を誰かと出会わせた上でしばらく泳がせ、
 人数が増えてきたところを他の仲間の射撃と椋の内部からの攻撃で一網打尽にする。
 内と外からの同時攻撃。それが狙いだったのだ。だとするとこの近くには宮沢有紀寧がいる。

 これだけ大掛かりな作戦だ、指揮をとる宮沢有紀寧がどこかで見ているはずだった。
 だが、遅きに失したと言わざるを得ない。待ち構えていたのか少女の銃口は確実にこちらを捉えており、
 英二を連れたままの状態では掃射を回避することもままならない。
 何より、この作戦を見抜けなかった時点でこちらは詰んでいた。
 完全に出し抜かれた……そんな敗北感に駆られたリサの体を、叱咤するように英二が突き飛ばした。

「!?」

 片手を吹き飛ばされたとは思えない力は、恐らくは最後の力を振り絞ったものだったのだろう。
 力を使い果たした英二は口元に微笑を浮かべていた。
 直後、弾丸の雨が降り注ぎ、体を細かく跳ねさせる。
 銃弾の雨に貫かれ、身体中から血を噴出させながら、英二は首をゆっくりとこちらへ向けた。

「愚直に、過ぎたかな……?」

 微笑を含んだままの声で、彼は最後にそう言った。
 そうね、という返事が喉元まで突き上げ、しかしそれは言葉にならなかった。
 愚直に過ぎた。何も話していない。酒を酌み交わしてもいない。
 貴方は本当にそれでやり通せたのか。分からないじゃないか。
 私はまだ、自分の本当の名前すら教えてもいないのに……

521儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:26:50 ID:nKYEabcw0
 だが言葉にならない哀しみをすぐに怒りに変え、リサは眼前の敵を見据えた。
 泣いている暇はない。泣いていたら殺される。自分の何も伝えられないまま。
 それより何より……あの女は、私を本気で怒らせた。

 地獄の雌狐を出し抜いたことを称賛しよう。そして、後悔させてやる。
 全身の血液を猛然と沸騰させ、リサは限界の体を引き摺って戦い始めた。

     *     *     *

 また人が死んだ。
 ここに来たときには車の近くで一人死んでおり、今もまたこうして一人が命を落とした。

 一体何があったのかまだ想像もできないし、結論から言えば出遅れた自分達には当然の結果なのかもしれない。
 だがこれだけは分かる。恐らくは観鈴を殺し、みさきを殺し、珊瑚をも殺した藤林椋という仇敵が目の前にいる。
 性懲りもなく獅子身中の虫を気取って入り込もうとしていた奴がいる。

 これ以上誰かに後悔させてたまるかという気持ちを振り絞って自分と、傍らにいる瑠璃も叫んでくれた。
 後で問い詰められようと構わない。とにかく、あいつだけは倒さなければいけない。
 生かしておいちゃいけないという強い信念が体を動かし、一度は間に合わせたと思った。

 だが椋は周到さを増しており、今度は共闘相手まで連れてきた。
 あくまでも殺しに罪悪感を感じる気も、やめる気もないらしいと悟った浩之は、もう言葉もかけまいと思う。

 どんな理由があっても、どんなに大切な家族がいてもそれは悲しみや憎しみを撒き散らしてまで守るものなのか。
 人と人の繋がりを構成する命を断ち切って、まるで何も思わないのか。
 おれは許さない。奪ってまでしがみつこうとする奴を絶対に許さない。
 自分の未来はもう明るさを取り戻せないのだとしても、人の未来、翳りのない明るい道は守れる。
 だからそのために、ただ戦う。

522儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:27:23 ID:nKYEabcw0
「てめぇっ!」

 新たに現れた小柄な少女、柏木初音に対し浩之は火炎瓶を投げる。
 雨の中だったが小降りなお陰で威力はそれほど損なわれなかった。一気に膨張した炎が初音を包もうとするが、
 距離の長い投擲であったために初音は回避動作に移っており、炎から逃れ椋と合流する形でまとまる。
 一方の浩之と瑠璃にも金髪の女性、リサ=ヴィクセンが合流し、三人は遮蔽物となっている車の陰へと身を隠した。
 壁ができたことで銃撃の嵐は一旦なりを潜め、つかの間の静寂が辺りを支配した。

「助けてくれてありがとう。まず礼を言わせて。……リサ、リサ=ヴィクセンよ」

 そう名乗ったリサが差し出した手を、この状況でいいのかと一瞬躊躇しながらも浩之も名乗って手を取った。
 浩之の名前を聞いたときリサは不意に首をかしげたが、今は気にしなくてもいいと思ったのかそのまま瑠璃へと視線を移す。
 瑠璃も「姫百合瑠璃です」とリサの手を握ったが、表情は心なしか申し訳なさそうだった。

「でも、その……間に合わへんで、ごめんなさい……もう少しウチらが早かったら」
「そうね、間に合ったかもしれない。でも私にそれを責める気はない。英二は望んで私を助けた。
 ……それで満足に生きられたのかは分からないけど、一緒に死ぬはずだった私を生かしてくれた。
 だから私は何も言わない。何も言わず、ただやり通すだけ。今はそうしましょう?」

 ふっと大人の笑みを見せたリサに、まだ引け目を感じている風だったが瑠璃も応えて「そうやな」と笑った。
 強いな、と二人のやりとりを見て浩之は思う。恐らくは心を通わせあっていた仲間を失いながらも、
 自分の為すべきことを見失わずに目を逸らさず進もうとしている。リサにはそういう強さがある。

 羨ましいと思う一方、己には無理だと悟りきっている他人のような自分がいる。
 空虚になるのも是としているのだから……
 しかしリサの言う通り、今はただやり通そう。どうこう考えるのはそれからでいい。

「さて、一気にケリをつけるわよ。敵さんもそう考えているようだしね。そっちは何を持ってるの?」

523儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:27:43 ID:nKYEabcw0
 リサの持ち物はM4というアサルトライフル、接近戦用の木製トンファーだった。
 浩之はショットガン、瑠璃は小型ミサイルの発射装置を出してみせる。

「……そういや、そんなもん持ってたな」
「強力過ぎて使いどころが分からへんのやけどな。家一軒吹き飛ばせるらしいし」
「いや、それがあればもう作戦は決定よ。いい、耳を貸して」

 瞬時に戦法を組み立てたらしいリサに、浩之と瑠璃も真剣な面持ちで聞き入る。
 一通り聞き終えた浩之は、なるほどこれなら倒せると納得する。
 しかしこれだけの戦法を一瞬で考えられるリサという女性、一体何者なのだろうという疑問が浮かぶ。
 ここに来るまでの身のこなしもいいように見えたし、ただの外人金髪ねーちゃんというわけではなさそうだ。

「でも私と貴方……浩之が少々危険な目に会うわ。いや死ぬかもしれない。覚悟はいい?」

 リサの問いに「ああ」と浩之は寸分の迷いもなく返答する。うだうだ迷っている暇はない。
 手をこまねいていると向こう側から仕掛けられるかもしれない。瑠璃は不安そうだったが、
 浩之が自信に満ちた表情で応えると、心配を苦笑に変えてくれた。

「でも……そうだ、ちょっと時間をくれへんか?」
「何を?」

 ちょっとした御守りや。そう言ってデイパックの中身をひっくり返し、持ってきた缶詰をデイパックに詰めていく。
 なるほどね、とリサは感心したそぶりを見せ、ならその間少しでも牽制しようとリサは車から身を乗り出し、
 M4で射撃を開始した。浩之も続いて援護射撃に回る。

 隙あらば側面に回り込もうとしていたらしい初音と椋は、
 いきなり再開された射撃に慌てながらもしっかりと撃ち返してくる。

 車に銃弾が当たり甲高い反射音を細かく刻む。貫通する危険性は低そうだが、
 万が一燃料タンクを貫いてしまったらという不安が頭を過ぎる。リサもそう思っているのか、
 敵に行動を取らせないように細かく発砲を続ける。

524儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:27:59 ID:nKYEabcw0
 リズム良く、流れるような一連の行動は十二分に足止めの役割をも果たしていた。
 援護なんて必要ないんじゃないか、と思いかけた浩之の前に「出来たで」と瑠璃が少し重たくなったデイパックを差し出す。

「気休めかもしれへんけど……盾にして。ええな、死んだらあかんで、絶対や」
「たりめーだ」

 苦笑で返した浩之は肩にデイパックを抱え、ショットガンに銃弾を再装填し、己の準備が終了したことを伝える。
 頷いたリサもM4のマガジンを取替え、地面に転がっている持ち物から使えそうなものをいくつか見繕った。

「よし、それじゃ……ミッションスタートよ」

     *     *     *

「いい? 逃げ出そうだなんて思わないでね。あなたは最後まで戦うんだよ。最後まで、ね」
「わ、分かっています……」

 牽制的にライフルを撃ち放してくるリサの射撃を動きながら避ける一方、初音は椋の様子にも目を光らせる。
 椋はカタカタと震えながら仕方のないといった感じで初音について回っている。
 どうやら手持ちのショットガンはほぼ弾切れになってしまったらしく、残りが数え二発しかないらしい。

 他に射撃できる武器もなく、この距離から反撃できるのは初音だけという状況だった。
 だが初音のクルツは残弾十分でたった今もマガジンを交換したがそれでも残りは八本もある。
 長期戦に持ち込めれば勝てる。どこかで自分達の戦い振りを見ているであろう有紀寧の視線を想像しながら、
 初音は必ず仕留めると誓う。

 当初の予定ではまず椋を潜入させ、適当に人数が揃ったところでまずこちらが襲撃をかけ、
 向こうがこちらに気を取られた瞬間椋が内側から攻撃を仕掛けさせ、内と外からの二段構えの攻撃をする作戦だった。
 素早く殲滅できればそれでよし。失敗しかかっても外側にいるこちらが逃げればいいだけでそれほどリスクはない。
 椋が行った後にそう言った有紀寧の作戦は完璧で、流石は自分の姉、やることが違うと感心し、尊敬さえした。
 有紀寧の言う通りやれば上手くいく。全てが上手くいくはずだった。

525儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:28:43 ID:nKYEabcw0
 が、椋は何をトチ狂ったのかいきなり射撃を仕掛け、こちらが仕掛ける前に戦闘が始まってしまった。
 椋の勝手すぎる行動に初音は心底怒り、もう放って見殺しにしようと進言したが、
 有紀寧はまだ間に合うと断じ、一人くらいは殺せると舌打ちしながら現場に行こうとしたが、初音はそれを押し留めた。

「有紀寧お姉ちゃんが直接出ることはないよ。わたし一人で皆殺しにしてくる。
 あんなヤクタタズのために有紀寧お姉ちゃんがやることなんて、何もない」
「……いいんですか?」
「お姉ちゃんを危険な目に合わせたくないもの。だからわたしがやる。大丈夫、わたしはお姉ちゃんを信じてるから」

 そう言って初音はクルツを持って向かい、現にこうして一人を仕留めることに成功した。
 自分には有紀寧がいる。絶対的な守護神。どんなときでも守ってくれる敬愛する姉。
 だから死ぬわけがない。皆殺しにして帰ればきっと有紀寧が褒めてくれる。家族だった人達の仇も討てる。
 有紀寧に従ってさえいれば全てが上手くいくのに。言いつけを破ったばかりに窮地に立たされかけている椋を見て、
 初音はそれ見たことかと蔑みに満ちた感情を寄越す。

 だがまだ殺しはしない。殺していいのは有紀寧が用済みだと判断したときだ。自分は有紀寧の決定にただ従えばいい。
 初音の持っている感情は従属意識でも恐怖でもなく、純粋な思慕だ。
 この狂った世界においてなお初音に慈愛の精神で接してくれたのは有紀寧だけだった。
 全てを奪われ、寄る辺をなくしてさえ有紀寧は初音を必要としてくれた。
 そして一緒に堕ちよう、と。

 重なる悲劇の中で差し伸べられた手。たとえそれが悪魔の手だったとしても初音は迷わず取っていた。
 必要としてくれる。大事にしてくれる。それだけで有紀寧に全てを委ね、身を任せるには十分だった。

 いや、初音でなくとも誰もがそうしていただろう。
 本当に真っ暗な闇の中、手を差し出されれば縋ってしまうのが人だ。

526儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:29:03 ID:nKYEabcw0
 誰も初音を責めることなど出来はしない。
 初音は意思して悪を為そうとしたわけではなく、ただ心の拠り所が欲しかっただけなのだから……
 柳川と同じく、彼女もまたやさしすぎたのだ。

「……埒があかないね。ねえ椋お姉ちゃん、ちょっと特攻してきてよ」
「と、特攻って! 何を言ってるんですか、こんな状態のまま行っても死んじゃうだけじゃないですか!」
「それがどうしたの?」
「……っ、嘘をついてた癖に……お姉ちゃんを人質にしてるって嘘をついてた癖に!」
「ああ、そうなんだ。へぇ、流石有紀寧お姉ちゃん。誰がばらしたのか知らないけど上手い嘘をつくね」
「……悪魔です……あなたたちなんて、いつかお姉ちゃんが……」
「うるさいよ。そういえば面白いもの持ってたよね。あれ、吹き矢セットだっけ? まだ効果の分からない黄色のやつ、試してみようかなあ?」
「な……」

 ニタリと気味悪く笑った初音に椋はそれまでの怒りも忘れ、吐き気さえ覚えて顔を青褪めさせる。
 だが彼女は逃げられない。逃げたところで待つのは制裁、それも無残な死。

 いやだ、まだ死にたくない。姉と再会し、無事に脱出して平和に暮らす。そのためにもこんなところで死にたくない。
 選択肢は一つしかなかった。特攻して、その上で全滅させる。これしかなかった。
 行くしかないとカチカチ鳴る歯を必死で食い縛り、駆け出そうとしたとき、椋と初音の頭上に何かが投げられた。

「殺虫剤……?」

 呆然とそう呟いた初音は、しかし何かを予期して椋に「逃げて!」と叫び、自身も大きく飛び退く。
 次の瞬間ライフルの発射音が聞こえ、激しい爆発が起こり、爆風が椋と初音を襲う。
 爆発というよりは衝撃の塊だった。爆風に押されはしたものの初音も椋も地面に転がり反撃が出来ない。

 そこにリサと浩之が飛び出してくる。リサは車を乗り越えて初音に、浩之は車を回りこんで椋に。
 先手を取られたと思いつつ、初音はクルツで迎え撃つ。
 だがリサは車から高く跳躍すると初音の目の前へと接近する。

527儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:29:32 ID:nKYEabcw0
 速い。そして高い。咄嗟の機転でデイパックから鋸を取り出し振り回したがM4で受け止められ、
 更に手刀を叩き落されクルツを落としてしまう。
 拾おうとした初音だったがその前に蹴り飛ばされクルツは遥か遠くへと転がってしまう。
 歯噛みした初音だが懐に潜り込んでいるのは自分だと気付き、少しでも身軽にすべくデイパックを投げ捨て、
 鋸を振りかぶり、連続して斬りかかる。

 初音自身でも驚くほど俊敏な動作だった。リサも初音の意外な運動能力は想定外だったらしく、
 必死に受けに回るしかなさそうだった。
 本人さえ気付いていないが、初音も鬼の血を引く一族の末裔。命を賭けた戦闘を続けることで鬼としての意識が研ぎ澄まされ、
 徐々にその能力を高めていたのだ。

 初音はいける、と確信を持つ。意外と動ける上に相手は血だらけで満身創痍。雨でいくらか流されていようが分かる。
 何故だか、分かる。無意識に初音は哂っていた。凄惨な、悪鬼の笑みを。

 一方の椋と浩之は睨み合いが続いていた。互いに武器がショットガンであり、一撃必殺の威力がある。
 下手に先手を打てない。特に慎重かつ臆病な椋はショットガンの弾数上絶対に自分からは切り出せなかった。

「何だよ、仕掛けてこねえのかよ……」
「わ、私はまだ死にたくないんです。こんなところで死にたくないんです!」
「……そう言って、また殺すのかよ。言い訳したまま、同じ人間を……家族がいる人間を。観鈴や、みさき……珊瑚みたいにか」
「……殺さなきゃ、こっちが殺されるんです。騙さなきゃこっちが騙されるんです。他人同士で信じあうなんてないんです。
 そうやって私は、私は騙されてきたんですから……殺し合いじゃ、もう誰も信じられないから……」
「そうかよ……お前は『疑う』ことさえしなかったんだな。もういい。こちらから仕掛けるぜ!」

 浩之がショットガンを持ち上げ発砲する。だが狙いが浅く、散弾は椋の足元に着弾するに留まった。
 椋はたたらを踏みつつも己の身を守るべく撃ち返す。しかしこちらも軸がブレていたためか容易に避けられてしまう。
 不意をつく奇襲はできても、真正面からの撃ち合いはあまりにも不得手に過ぎた。

 元々運動が苦手なのにもそれに拍車をかけていた。続けて撃つも外してしまう。
 混乱の極みに達した椋はもう弾がないことも忘れて引き金を引いたが、当然出るわけもなく。
 弾切れだと読んだ浩之が確実にショットガンを命中させるために接近しようとする。

528儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:29:53 ID:nKYEabcw0
 死ぬ――現実となりつつある事態に泣き叫びそうになった刹那、椋はポケットに隠していたある武器の存在を思い出し、
 必死に手繰り寄せて遮二無二攻撃した。

「なっ……!」

 もたつきながらも取り出したのは小型の拳銃、二連式デリンジャー。驚きを隠しきれない様子で、
 咄嗟にデイパックを盾に使ったようだが、その程度では防げないと断じて容赦なく発砲。
 デイパックを突き抜け、腹部に致命傷を負った浩之は倒れ――

「危ねえっ……!」

 ――なかった。
 そんな馬鹿な、と今度は椋が呆気に取られる番だった。
 浩之の持っていたたくさんの缶詰入りデイパックは22口径のデリンジャーなどでは貫通できない。
 既に浩之は反撃のショットガンを構えていた。その心中では、瑠璃に感謝しつつ。

「ひ……っ」

 最早脇目もふらず一直線に逃げ出そうとした椋だったが、今回ばかりはいささか遅すぎた。
 発射された12ケージショットシェル弾が椋の腿を貫通し、瞬く間に足を奪った。
 悲鳴を上げ、痛みにのた打ち回る椋。
 それを聞きつけた初音がちっと舌打ちを漏らす。

「相打ちにすら出来ないなんて……本当、役立たずだよ!」

 この調子ではまずい。ここは一旦撤退するしかないと弾いて距離を取る。
 後はデイパックとクルツを回収し、有紀寧のところまで戻る。決着は後でつけよう……
 そう思っていた初音の耳に「離れてくれてありがとう。……チェックメイト」という声が届いた。

529儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:30:15 ID:nKYEabcw0
 思わず足を止め、リサへと向き直る。リサ、いや浩之までもが身を翻し、追撃することなく退いていく。
 どういうことだ……? 思わず考えてしまったのが、初音の命を奪う致命打となった。
 嫌な予感に駆られ、空を仰ぎ見たとき。

「……嘘」

 そこには高速で迫る、小型のミサイル砲弾があった。
 最初からそういう算段だったというのか。ミサイルが着弾するまで時間を稼ぐのが奴らの役目だったということか。
 有紀寧お姉ちゃん――初音は内心に絶叫する。

 早く引いておけば良かった。敵の行動をおかしいと思うべきだった。
 ごめんなさい。生きて帰れなくて、ごめんなさい。
 懺悔を頭の中に満たし、何故か涙が溢れ出て……しかしそれも、巻き起こった爆発の中に巻き込まれていった。

 初音と椋の間に撃ち込まれたミサイルはそこを中心にして小規模な火球と爆風を巻き起こし、
 初音の体を微塵も残さずに砕いた。

 椋は痛みに苦しんだまま、それでも姉と会いたい、助けて欲しいと愚直なまでに願いながら。
 だがその叫びも誰にも届くことはなく、爆発音にかき消されたのだった。

 柏木初音。藤林椋。
 沖木島の狂気に身を焦がされ、最後まで踊り続けるしかなかった彼女達も……ようやく、死を迎えたのだった。

     *     *     *

「くっ、これでは……」

 激しい爆発音が起こった後、一部始終を見届けていた宮沢有紀寧は初音達が完全敗北したと悟り、一人で逃げ出していた。
 椋の暴走から始まり、それでも人数を減らしたいと欲をかき、初音を行かせた結果がこれか。

530儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:30:29 ID:nKYEabcw0
 元々有紀寧は自身が行く気はなかった。自分が行くと言い出せば初音は止め、自らの身を差し出すだろうとして、
 それは思い通りに運んだ。一人二人殺して引き返してくれば上出来だとは思っていたが、
 よもやあんな切り札があるとは思いもしなかった。重要な駒を二つも失ってしまった……

 だが有紀寧の心には、それ以上に初音の死が重く圧し掛かっていた。
 なぜこんなにも心苦しいのか。なぜこんなにショックを受けているのか自分でさえ分からない。
 元々自分はひとりでこの殺し合いを生き残り、ひとりで帰るつもりではなかったのか。

 最初の予定に立ち返っただけではないか。
 まだリモコンの残りも三回ある。一人くらいを手駒に取り、殺しに向かわせれば後は己の独力だけでもどうにかなる。
 そうだと理解しているはずなのに。

「……家族……」

 亡霊を追っているに過ぎない自分を縛り上げる言葉だ。
 いつもこの言葉が自分を苦しめる。
 分からない。初音が死んでしまった今、初音が自分に抱いている感情の意味も確かめる術はなくなった。

「……いや、まだだ」

 有紀寧は放送で告げられた『褒美』の言葉を思い出す。
 褒美。それを使えば、もしかすると、また初音と……
 だが絵空事に過ぎないし、第一まだ殺し合いは続いている。

 考えるのは優勝してからでいい。無理矢理そう結論して、有紀寧は黙って逃げ続ける。

 その一事が有紀寧のしこりとなり、彼女の体を重くしているのにも気付かないふりをしながら……

531儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:32:25 ID:nKYEabcw0
【時間:2日目午後21時00分頃】
【場所:I-6】

リサ=ヴィクセン
【所持品:M4カービン(残弾15/30、予備マガジン×3)、鉄芯入りウッドトンファー、ワルサーP5(2/8)、コルト・ディテクティブスペシャル(0/6)、支給品一式】
【状態:宗一の言葉に従い分校跡に移動。どこまでも進み、どこまでも戦う。全身に爪傷、疲労大】

姫百合瑠璃
【持ち物:デイパック、水、食料、レーダー、携帯型レーザー式誘導装置 弾数2、包丁、救急箱、診療所のメモ、支給品一式、缶詰など】
【状態:浩之と絶対に離れない。珊瑚の血が服に付着している】
【備考:HDD内にはワームと説明書(txt)、選択して情報を送れるプログラムがある】

藤田浩之
【所持品:珊瑚メモ、包丁、レミントン(M700)装弾数(3/5)・予備弾丸(7/15)、HDD、工具箱】
【状態:絶望、でも進む。守腹部に数度に渡る重大な打撲(手当て済み)】

532儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:32:43 ID:nKYEabcw0
美坂栞
【所持品:支給品一式】
【状態:死亡】

緒方英二
【持ち物:何種類かの薬、ベレッタM92(10/15)・予備弾倉(15発)・煙草・支給品一式】
【状態:死亡】

柳川祐也
【所持品:支給品一式×2】
【状態:死亡】

神尾晴子
【所持品:H&K VP70(残弾、残り0)、大きなハンマー、支給品一式】
【状態:死亡】

篠塚弥生
【持ち物:支給品一式、P-90(0/50)、特殊警棒】
【状態:死亡】

藤林椋
【持ち物:ベネリM3(0/7)、100円ライター、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、フラッシュメモリ(パスワード解除)、支給品一式(食料と水三日分。佐祐理のものを足した)、救急箱、二連式デリンジャー(残弾1発)、吹き矢セット(青×5:麻酔薬、黄×3:効能不明)】
【状態:死亡】

柏木初音
【所持品:MP5K(18/30、予備マガジン×8)、フライパン、懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手、折りたたみ傘、鋸、支給品一式】
【状態:死亡】

533儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:33:03 ID:nKYEabcw0
【時間:2日目午後21時00分頃】
【場所:I-7】

宮沢有紀寧
【所持品:コルト・パイソン(6/6)、予備弾×19、包帯、消毒液、スイッチ(3/6)、ゴルフクラブ、ノートパソコン、風邪薬、胃腸薬、支給品一式】
【状態:前腕軽傷(完治)、強い駒を隷属させる(基本的に終盤になるまでは善人を装う)、柳川を『盾』と見なす。初音と共に優勝を狙う】


【その他:車が完全に使えないかどうかは不明】

→B-10

534儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 18:08:38 ID:nKYEabcw0
感想スレで指摘がありましたので修正をば

>>523を以下に修正

 リサの持ち物はM4というアサルトライフル、接近戦用の木製トンファーだった。
 浩之はライフル、瑠璃は小型ミサイルの発射装置を出してみせる。

「……そういや、そんなもん持ってたな」
「強力過ぎて使いどころが分からへんのやけどな。家一軒吹き飛ばせるらしいし」
「いや、それがあればもう作戦は決定よ。いい、耳を貸して」

 瞬時に戦法を組み立てたらしいリサに、浩之と瑠璃も真剣な面持ちで聞き入る。
 一通り聞き終えた浩之は、なるほどこれなら倒せると納得する。
 しかしこれだけの戦法を一瞬で考えられるリサという女性、一体何者なのだろうという疑問が浮かぶ。
 ここに来るまでの身のこなしもいいように見えたし、ただの外人金髪ねーちゃんというわけではなさそうだ。

「でも私と貴方……浩之が少々危険な目に会うわ。いや死ぬかもしれない。覚悟はいい?」

 リサの問いに「ああ」と浩之は寸分の迷いもなく返答する。うだうだ迷っている暇はない。
 手をこまねいていると向こう側から仕掛けられるかもしれない。瑠璃は不安そうだったが、
 浩之が自信に満ちた表情で応えると、心配を苦笑に変えてくれた。

「でも……そうだ、ちょっと時間をくれへんか?」
「何を?」

 ちょっとした御守りや。そう言ってデイパックの中身をひっくり返し、持ってきた缶詰をデイパックに詰めていく。
 なるほどね、とリサは感心したそぶりを見せ、ならその間少しでも牽制しようとリサは車から身を乗り出し、
 M4で射撃を開始した。浩之も続いて援護射撃に回る。

 隙あらば側面に回り込もうとしていたらしい初音と椋は、
 いきなり再開された射撃に慌てながらもしっかりと撃ち返してくる。

 車に銃弾が当たり甲高い反射音を細かく刻む。貫通する危険性は低そうだが、
 万が一燃料タンクを貫いてしまったらという不安が頭を過ぎる。リサもそう思っているのか、
 敵に行動を取らせないように細かく発砲を続ける。

535儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 18:09:44 ID:nKYEabcw0
>>524を以下に修正

 リズム良く、流れるような一連の行動は十二分に足止めの役割をも果たしていた。
 援護なんて必要ないんじゃないか、と思いかけた浩之の前に「出来たで」と瑠璃が少し重たくなったデイパックを差し出す。

「気休めかもしれへんけど……盾にして。ええな、死んだらあかんで、絶対や」
「たりめーだ」

 苦笑で返した浩之は肩にデイパックを抱え、ライフルに銃弾を再装填し、己の準備が終了したことを伝える。
 頷いたリサもM4のマガジンを取替え、地面に転がっている持ち物から使えそうなものをいくつか見繕った。

「よし、それじゃ……ミッションスタートよ」

     *     *     *

「いい? 逃げ出そうだなんて思わないでね。あなたは最後まで戦うんだよ。最後まで、ね」
「わ、分かっています……」

 牽制的にライフルを撃ち放してくるリサの射撃を動きながら避ける一方、初音は椋の様子にも目を光らせる。
 椋はカタカタと震えながら仕方のないといった感じで初音について回っている。
 どうやら手持ちのショットガンはほぼ弾切れになってしまったらしく、残りが数え二発しかないらしい。

 他に射撃できる武器もなく、この距離から反撃できるのは初音だけという状況だった。
 だが初音のクルツは残弾十分でたった今もマガジンを交換したがそれでも残りは八本もある。
 長期戦に持ち込めれば勝てる。どこかで自分達の戦い振りを見ているであろう有紀寧の視線を想像しながら、
 初音は必ず仕留めると誓う。

 当初の予定ではまず椋を潜入させ、適当に人数が揃ったところでまずこちらが襲撃をかけ、
 向こうがこちらに気を取られた瞬間椋が内側から攻撃を仕掛けさせ、内と外からの二段構えの攻撃をする作戦だった。
 素早く殲滅できればそれでよし。失敗しかかっても外側にいるこちらが逃げればいいだけでそれほどリスクはない。
 椋が行った後にそう言った有紀寧の作戦は完璧で、流石は自分の姉、やることが違うと感心し、尊敬さえした。
 有紀寧の言う通りやれば上手くいく。全てが上手くいくはずだった。

536儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 18:10:54 ID:nKYEabcw0
>>527を以下に修正

 速い。そして高い。咄嗟の機転でデイパックから鋸を取り出し振り回したがM4で受け止められ、
 更に手刀を叩き落されクルツを落としてしまう。
 拾おうとした初音だったがその前に蹴り飛ばされクルツは遥か遠くへと転がってしまう。
 歯噛みした初音だが懐に潜り込んでいるのは自分だと気付き、少しでも身軽にすべくデイパックを投げ捨て、
 鋸を振りかぶり、連続して斬りかかる。

 初音自身でも驚くほど俊敏な動作だった。リサも初音の意外な運動能力は想定外だったらしく、
 必死に受けに回るしかなさそうだった。
 本人さえ気付いていないが、初音も鬼の血を引く一族の末裔。命を賭けた戦闘を続けることで鬼としての意識が研ぎ澄まされ、
 徐々にその能力を高めていたのだ。

 初音はいける、と確信を持つ。意外と動ける上に相手は血だらけで満身創痍。雨でいくらか流されていようが分かる。
 何故だか、分かる。無意識に初音は哂っていた。凄惨な、悪鬼の笑みを。

 一方の椋と浩之は睨み合いが続いていた。一方は武器がショットガンであり、一撃必殺の威力がある。
 対する浩之はライフル銃。貫通性能が高く人間の体程度ならほぼ確実に貫く。
 下手に先手を打てない。特に慎重かつ臆病な椋はショットガンの弾数上絶対に自分からは切り出せなかった。

「何だよ、仕掛けてこねえのかよ……」
「わ、私はまだ死にたくないんです。こんなところで死にたくないんです!」
「……そう言って、また殺すのかよ。言い訳したまま、同じ人間を……家族がいる人間を。観鈴や、みさき……珊瑚みたいにか」
「……殺さなきゃ、こっちが殺されるんです。騙さなきゃこっちが騙されるんです。他人同士で信じあうなんてないんです。
 そうやって私は、私は騙されてきたんですから……殺し合いじゃ、もう誰も信じられないから……」
「そうかよ……お前は『疑う』ことさえしなかったんだな。もういい。こちらから仕掛けるぜ!」

 浩之がライフルを持ち上げ発砲する。だが狙いが浅く、銃弾は椋の足元に着弾するに留まった。
 椋はたたらを踏みつつも己の身を守るべく撃ち返す。しかしこちらも軸がブレていたためか容易に避けられてしまう。
 不意をつく奇襲はできても、真正面からの撃ち合いはあまりにも不得手に過ぎた。

 元々運動が苦手なのにもそれに拍車をかけていた。続けて撃つも外してしまう。
 混乱の極みに達した椋はもう弾がないことも忘れて引き金を引いたが、当然出るわけもなく。
 弾切れだと読んだ浩之が確実にライフルを命中させるために接近しようとする。

537儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 18:12:04 ID:nKYEabcw0
>>528を以下に修正

 死ぬ――現実となりつつある事態に泣き叫びそうになった刹那、椋はポケットに隠していたある武器の存在を思い出し、
 必死に手繰り寄せて遮二無二攻撃した。

「なっ……!」

 もたつきながらも取り出したのは小型の拳銃、二連式デリンジャー。驚きを隠しきれない様子で、
 咄嗟にデイパックを盾に使ったようだが、その程度では防げないと断じて容赦なく発砲。
 デイパックを突き抜け、腹部に致命傷を負った浩之は倒れ――

「危ねえっ……!」

 ――なかった。
 そんな馬鹿な、と今度は椋が呆気に取られる番だった。
 浩之の持っていたたくさんの缶詰入りデイパックは22口径のデリンジャーなどでは貫通できない。
 既に浩之は反撃のライフルを構えていた。その心中では、瑠璃に感謝しつつ。

「ひ……っ」

 最早脇目もふらず一直線に逃げ出そうとした椋だったが、今回ばかりはいささか遅すぎた。
 発射されたライフル弾が椋の腿を貫通し、瞬く間に足を奪った。
 悲鳴を上げ、痛みにのた打ち回る椋。
 それを聞きつけた初音がちっと舌打ちを漏らす。

「相打ちにすら出来ないなんて……本当、役立たずだよ!」

 この調子ではまずい。ここは一旦撤退するしかないと弾いて距離を取る。
 後はデイパックとクルツを回収し、有紀寧のところまで戻る。決着は後でつけよう……
 そう思っていた初音の耳に「離れてくれてありがとう。……チェックメイト」という声が届いた。

538儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 18:13:05 ID:nKYEabcw0
修正は以上です
まとめさんにはお手数かけますが宜しくお願いします

539十一時四十七分/全てを:2009/02/18(水) 00:02:52 ID:C6SXGSXs0
 
―――北西


一抱えほどもある岩塊が、雨粒のように降り注ぐ。
愉しむように目を細めた来栖川綾香が、真上から影を落とした一際大きなそれを拳の一振りで塵に変える。
降り注いでいるのは、祈るように手を組んでいた巨神の像であったものの欠片である。

「来栖川……綾香……!」

押し殺したような響きは長瀬源五郎。
物言わぬ石造りの神像の他には顔もなく、無論のこと口もない、胴から四肢のみを生やした巨躯を
微細に震わせるようにして声を発している。
薄気味の悪い蟲の羽音の如き、醜悪な声音だった。
そこに込められているのは憤怒の二文字。

「どうした、余裕が足りないな神サマ。取り立てられるのには慣れてないか?」
「死に損ないがっ……!」

吐き捨てるような叫びと同時。
綾香の足元が、ぐらりと揺れた。
否、正確を期すならば揺れたのではない。
綾香が立つのは神塚山の山頂を抱え込むような長瀬の巨躯、いまや七体となった巨神像の立ち並ぶ、
その途方もなく広い胴体の上である。
眼前には銀色の湖とも見える、燦然と光り輝く鏡の如き鱗状のものがどこまでも続く光景を臨む
綾香の足元は即ち、長瀬の身体の一部であった。
それが、ぐねり、と。
波打つように、歪んだ。

「……」

踏みしだくように退いた、その一瞬だけ後。
天を突き上げるように飛び出してきたのは、槍である。
透き通るように赤い、鉱石の槍。
赤玉から彫り上げられた樹氷の如きそれが何本も、一瞬前まで綾香のいた場所を貫いていた。
空を穿った槍がどろりと融け崩れるや新たな穂が生まれ、槍衾はまるで土竜の地を這うが如くのたくりながら、
綾香へと向けて迫る。
小さく舌打ちした綾香が更なる一歩を退いた、その刹那。
狙い澄ましたかのように、巨大な影が落ちてきた。

540十一時四十七分/全てを:2009/02/18(水) 00:03:13 ID:C6SXGSXs0
「―――!」

目に映ったのは、爪。
ただ一本で人の臓腑を丸ごと抉り出すようなそれが、五つ。
正確に綾香を叩き潰す軌道で落ちてくるのは、悪夢の如き巨大と凶悪とを兼ね備えた暴力の塊。
石造りの神像が一、獣の肢であった。
天から剛爪、地より迫るは赤玉の槍。
十死、一生を絶無と為す挟撃を前に、しかし女は哂っていた。
哂う女が、次の瞬間、消える。
否、それは跳躍である。
爆ぜるが如きその挙動は刹那の消失に等しい。
宙に身を躍らせた女の、文字通り紙一重を獣の爪が裂き削る。
地に落ちた爪が轟音を上げ槍衾を砕いたときには、綾香の影は既に中空、伸びきった獣の前肢を
踏み台とするように蹴りつけている。
一気に天空高くまでを跳躍した綾香の、右の拳が変化していく。
白い肌を覆うように、ごつごつと強張った黒い皮膚が拡がる。
整った爪の色は鮮血のそれ。
鬼と呼ばれた、それは星を駆ける狩猟者の拳である。
十二分の加速と鬼の力とを得た拳が迫るのは獣の神像、その頭部。
黒金の流星と化した一撃が、真っ直ぐに獣の顎へと吸い込まれていく。
轟、と弾けたのは風である。
直後、凄まじい音が響いた。

「―――」

かち上げるような、一撃。
女の像を砕いたそれよりも更に恐るべき威力を誇る拳である。
刹那の交錯で、勝負は決まったかに思えた。
獣の顎は砕かれ、綾香は哂い、岩塊が降り注ぐ―――その光景が繰り返されることは、しかし、なかった。
風が吹き去り、音の残響が消え、そこに獣の神像は健在である。
小さく頭を振った、その顎には皹一つ入っていない。

「硬い、なぁ……」

ただ、女の愉悦に満ちた笑みだけが、そこにある。
それだけは、変わらなかった。


******

541十一時四十七分/全てを:2009/02/18(水) 00:03:24 ID:C6SXGSXs0
 
―――西


唐突に背を向けた、それは好機か、或いは誘いの罠であったか。
二刀の神像と対峙する少女たちは迷わず前者と取った。
向かって左手、北西側から轟音が響くのを背景に、巨大な刃の舞う間合いへ躊躇なく踏み込む。
失策を悟ったように二刀の像が向き直ろうとしたときには既に遅い。
耳を劈くような甲高い音と共に二条の紫電が閃いたのはほぼ同時。
神像の巨大な石造りの背に、十字型の深い傷が刻まれていた。
短い残響が消える頃には、少女たちは再び距離を取っている。

痛覚とて存在しようはずもない石造りの像が、それでも憤りを乗せたかのように刃を振るう。
二刀の一は川澄舞に。
更なる一は柏木楓へ。
攻防を一体と為し自在の変幻を誇る二振りの刃を見据え、しかし少女の瞳に怯懦の色はない。
駆けるその身を、跳ねるその影を刃が追い縋り、そうして捉えること叶わない。

少女の振るうも刃である。
川澄舞の手には白刃、抜けば珠散ると謳われた退魔の一刀。
柏木楓が宿すのは深紅の刃、漆黒に変生した手指より伸びる妖の爪だった。
銀弧が閃き、紅爪が奔る。
最早、神像の傷は癒えぬ。
そのことを知ってか知らずか、激しさを増していく人ならざる少女たちの攻勢に、
神像の二刀がじりじりと押されていく。

しかし如何に押そうと、凌がれながら稼がれる時の一分一秒は、重い。
その重さを、事ここに及んで未だ、少女たちは真に理解していなかった。


******

542十一時四十七分/全てを:2009/02/18(水) 00:03:41 ID:C6SXGSXs0
 
―――北東


漆黒の光球が着弾する、その場所に衝撃はない。
現出するのはその場所に存在したはずの大地が、草木が消滅するという、ただその結果のみである。
万物を無に帰す闇に、応じるように飛ぶのはやはり黒の光。
直線の軌跡を描く、こちらは黒い稲妻とでもいうべき光線であった。
光球と光線と、蒼穹に染み出すが如き黒の応酬は止まらない。
黒翼の神像と、宙に浮く奇妙な黒蛙を連れた少女との無音に近い死闘は、いつ果てるともなく続いていた。

埒が明かぬ、と。
至るところで岩盤が抉られ、一面の痘痕模様と化した山道に立つ水瀬名雪が思考する。
このまま遠距離から互いに砲撃を交わしたところで、致命打は与えられない。
生み出される黒い光球の数と密度では、広い山道を自在に動ける名雪には直撃を受けない確信がある。
対してほぼ定位置を動かず、砲台と化している黒翼の巨神像はいい的である。
黒雷の命中率は十割に近く、しかし如何に当てたところで、打撃が通らなければ意味がない。
回復機能が途切れた今、数百、数千を当て続ければ或いは揺らぐのやも知れぬ。
しかしそれだけの猶予は無論、ない。
時を稼がれれば、それは即ち敵側の勝利である。
刻一刻と近づく敗北は死の概念を超越した女に恐怖こそ与えなかったが、だがそれを甘受するつもりもまた、
名雪には当然のこと、存在しない。

ならば、どうするか。
回答は、前進である。

砲撃が通らぬならば、直接の打撃を叩き込む。
水瀬名雪にはそれが可能であるという、それは無限に近い時間に培われた自負である。
磨耗した精神と引き換えに得たものが、名雪の全身を満たしていく。
大きく息を吸い込み、大腿筋に酸素が供給されると同時。
疾駆を、開始する。

目標は眼前、黒翼の神像。
一瞬で最高速まで加速した名雪を迎え撃つように、神像の両手に光が宿る。
光には、色があった。闇の珠ではない。
右手には灼熱を思わせる朱、左の手には荒涼たる大地の土気色。
神像の手から光が解き放たれる寸前、名雪が跳躍する。
直後、その足元の岩盤が、轟音と共に崩落した。


******

543十一時四十七分/全てを:2009/02/18(水) 00:04:09 ID:C6SXGSXs0
 
―――南西


熟練の槍術とは刺突にのみ依るものではない。
斬と打とをも兼ね備え、時に応じて千変し万化するそれは接近すら容易に許さぬ。

「……ッ!」

唸りを上げて迫る長柄を前に、天沢郁未が真横へと跳ねる。
岩盤が顔を覗かせる地面を、まるで子供が作った砂山のように削りながら石突が通り過ぎていく。
目の脇を流れる冷や汗を拭えば、ふやけた返り血がぬるりと滑って不快だった。
瞬きをするほどの間を置いて小さく息を吐いた郁未が、再び突進を開始しようとした、その刹那。

声はなかった。
ただ、ひどく背筋のざわつくような感覚と同時。
自身に迫る巨大な槍の柄を、郁未は見ていた。
一度は通り過ぎたはずの石突が、フィルムを逆回しにするように郁未を襲おうとしている。
方向は真後ろ。
完全な視界の外、郁未には見えるはずのない、それは光景。
相方、鹿沼葉子の送る視界だった。
見えたのは、一瞬という単位を更に幾十幾百に分割してなお足りぬ、寸秒である。

背筋を伝う寒気が延髄を通り過ぎるよりも早く、郁未は全身の力を脚に込める。
大地に身を投げるようにして、回避を試みる。
飛び退いた郁未が靴底に感じたのは爆風の如き大気の流れである。
直撃していればひとたまりもない、必殺の打撃。
それを間一髪で躱しながら、先の一撃目は誘いであったのだと郁未は痛感する。
飛んだ勢いをそのままに前転するようにして立ち上がり、更なる追撃に備える。
しかし対峙する巨神像の槍は郁未の想定するどれとも違う軌道を取っていた。
その穂先が向かうのは郁未の立つ位置から僅かに離れた場所。
長い金色の髪を振り乱しながら跳躍する女を迎え撃つ動きである。
薙刀を下段に構えて飛び上がる鹿沼葉子を、巨神像の槍が上から叩き落そうという交錯。

『―――今です!』

声が聞こえたときには、郁未は既に突進を開始している。
直後に響くのは硬質な音。
数千倍ではきかぬ質量差、正面から一合でも打ち合えば人を容易く挽肉に変えるその打撃を、
葉子の張り巡らせた不可視の壁が凌いだ音である。
ほんの僅か、巨神像の槍が動きを止める。
隙とも呼べぬその刹那、図ったように駆ける影がある。天沢郁未である。
針の穴を通すような連携の一撃。
狙うのは槍の持ち手、巨神像の左腕である。
不可視の力を刃に乗せて、郁未が鉈を振り上げる。
弾丸の如き突撃の成功を確信した郁未が、

「―――なッ!?」

驚愕に、思わず声を漏らした。
視界全体を覆うような、それは巨神像の腕。
今まさに刃を振り下ろそうとしていたその巨大な石柱の如き逞しい腕が、逆に郁未へと迫っていた。
莫迦な。近すぎる。目測を誤ったか。そんなはずがない。
戦慄と共に断片化した思考が脳裏を過ぎる。結論は一つ。
連携すら、読まれていた。
葉子への打撃を瞬時に片手持ちへと変え、空いた腕での狙い澄ました迎撃。
刃を振り上げたまま咄嗟に不可視の盾を構築しようとする郁未を、巨神像のかち上げるような肘が、撥ねた。

544十一時四十七分/全てを:2009/02/18(水) 00:04:28 ID:C6SXGSXs0
「―――」

視界が、白い。
白いが、しかしそれを認識できるならば、まだ命はある。
飛散しようとする意識を鷲掴みにして、郁未は瞳をこじ開ける。
見えたのは蒼穹の青。
感じたのは浮遊感。
そして最後に聞こえてきたのは、

『―――郁未さん!』

友の、声。

「……あああぁぁあッ……!」

応えるように搾り出した声は、喉で血が絡まって酷く掠れている。
中空、血痰を吐き捨てて息を吸った。
肺が膨らむのと同時、激痛が走る。
肋骨が数本、折れ砕けているようだった。
痛みが意識を覚醒させていく。
痙攣するように息を継ぎながら、郁未が空中で身を捻る。
鉈は手の内、五体は健在。
それだけを確認し、損傷は無視。
迫る大地に足から落ちる。
破滅的な音と砂煙。着地ではない。それはむしろ、墜落に近い。
それでも、天沢郁未は立ち上がった。

『―――生きていますか』
『ご覧の通り……ッ!』

流れ出るのは血か汗か。
吐き棄てるように答えた郁未が睨むのは拭った手ではなく、聳え立つ槍の巨神像である。

『どうやらこの敵……周りのものと比べても別格、といったところのようです』
『あたしら、貧乏籤ってわけ……』

だらだらと止め処なく流れ出そうとする命と気力とを乱暴に拭って、郁未が苦笑する。

『―――上等じゃない』

言って見上げた、その瞳には光がある。
闇が濃くなるほどに眩く輝く、それは光であった。


******

545十一時四十七分/全てを:2009/02/18(水) 00:04:39 ID:C6SXGSXs0
 
―――東


坂神蝉丸は堪えている。
抱えた砧夕霧の、声ならぬ声は続いていた。
孤独を憂い同胞を求めて彷徨う、それは迷い子の慟哭である。
岩をも切り裂く大剣の斬撃と、耳朶でなく心の中の薄い膜を乱暴に叩くような慟哭と、
その二つとに堪えながら、蝉丸は時の熟すのをじっと待っている。

光岡悟は白翼の神像の牽制に回っている。
山頂の西側で、或いは北で、南で打ち続く激戦の中、刻限という鎧が寸秒を経るごとに
削られていくのを感じながら、蝉丸はただ一瞬の好機だけを待ち続けていた。

―――正午まで、あと十二分を切っていた。

546十一時四十七分/全てを:2009/02/18(水) 00:04:59 ID:C6SXGSXs0
 
【時間:2日目 AM11:48】
【場所:F−5 神塚山山頂】

坂神蝉丸
 【所持品:刀(銘・鳳凰)】
 【状態:健康】
光岡悟
 【所持品:刀(銘・麟)】
 【状態:健康】
砧夕霧中枢
 【所持品:なし】
 【状態:覚醒】
天沢郁未
 【所持品:薙刀】
 【状態:重傷・不可視の力】
鹿沼葉子
 【所持品:鉈】
 【状態:健康・光学戰試挑躰・不可視の力】
来栖川綾香
 【所持品:なし】
 【状態:仙命樹、ラーニング(エルクゥ、魔弾の射手)】
水瀬名雪
 【所持品:くろいあくま】
 【状態:過去優勝者】
川澄舞
 【所持品:村雨、鬼の手、白虎の毛皮、魔犬の尾、ヘタレの尻子玉】
 【状態:白髪、ムティカパ、エルクゥ】
柏木楓
 【所持品:支給品一式】
 【状態:エルクゥ、軽傷、左目失明(治癒中)】

真・長瀬源五郎
【イルファ・シルファ・ミルファ・セリオ融合体】
【組成:オンヴィタイカヤン群体16800体相当】
【アルルゥ・フィギュアヘッド:健在】
【エルルゥ・フィギュアヘッド:大破】
【ベナウィ・フィギュアヘッド:健在】
【オボロ・フィギュアヘッド:損傷】
【カルラ・フィギュアヘッド:健在】
【トウカ・フィギュアヘッド:健在】
【ウルトリィ・フィギュアヘッド:健在】
【カミュ・フィギュアヘッド:健在】

→1042 1043 ルートD-5

547歪み:2009/02/18(水) 00:09:36 ID:JzhkGceQ0
「もうそろそろ、でしょうかね」

 モニターに映る光点と手元の名簿を見比べながら柔らかそうな椅子に腰掛けている男、
 デイビッド・サリンジャーはモニターの少し上にあるデジタル表示された時計を見る。

 放送から三時間しか経過していない。だというのに既に死者の数は十人を超えている。
 愚か極まりないものだと思いながらも思い通りに事態は進んでいることに笑みを漏らさずにはいられない。
 ただひとつサリンジャーには気になることがあった。

 この計画における唯一のイレギュラー的存在にして既に鬼籍に入っている男……岸田洋一、が乗りつけてきたものだ。
 彼が乗ってきた船は今も尚海岸のとある地点、正確に言うとD−1の海岸に打ち上げられている。
 懸念するのはそこだった。もしあの船を修理されでもしたら脱出路が確保されてしまう。
 一体どこから奪ってきたのか知らないがあの船は中々に大きく走行距離も長いだろう。
 首輪という枷はまだ厳然として存在するし、それを何とかできるであろうただ一人の参加者、姫百合珊瑚も死んでいる。
 外せるとは考えがたかったが、それでも不安材料なのには変わりなかった。

 しかも最近立て続けに殺し合いを積極的に進めようとする連中が減っている。今しがた数少ない鬼の柳川祐也も死んだ。
 比率から言う限りでは状況は殺し合い否定派の方に傾きつつある。もしも連中が結託し、玉砕覚悟で首輪をどうにかできたとしたら?
 在り得ないと考えつつもだがしかしと不安要素を絶っておきたいという小心者の性分がサリンジャーを惑わせる。

 後の作業を全て作業用アハトノインに任せ、自らは脱出して、という考えはないでもなかった。サリンジャーとて命は惜しい。
 だがその結果アハトノインを失い、夢が遠のいてしまうということにもなりかねない。そればかりか命を付け狙われる事さえ在り得る。
 篁財閥という後ろ盾を失くせばサリンジャーは所詮何の力も持たぬひとりの人間でしかなく、犯罪者に過ぎない。

 自分の今は篁財閥に守られているのであり、だからこそ戦闘用ロボットを作り出していることも、
 殺し合いを進めていることも咎められていない。サリンジャーは庇護されているだけに過ぎない。
 そう、故にサリンジャーは自らが権力となろうとした。篁財閥を掌握さえしてしまえばそのような小さな罪など取るに足らぬ。
 そればかりかこの世の富も名誉も全てが自分の思いのままになろうという日が目の前に来ている。

548歪み:2009/02/18(水) 00:09:55 ID:JzhkGceQ0
 まだ留まろう。そう思い直して臆病風に吹かれ掛けていた己を叱咤する。
 取り合えず現状の問題は岸田洋一が残していったあの置き土産だ。やはりこちらで早々に処分する必要性がある。
 たとえ一人にしてもここから逃がすわけにはいかないのだ。この島にいる人間には須らく死んでもらう。
 参加者達を煽ってきたのは単に人数減らしのための措置に過ぎないし、願いなど叶えられるわけもない。

 篁総帥が生きていればまた話は別だったのかもしれない。
 新たなる時代の扉。そう言いながら『幻想世界』について語っていた篁の姿が思い起こされる。
 願いの集まる場所とも言っていた。信じられるわけがないし信じるわけにもいかなかったが、篁の入れ込みようは尋常ではなかった。

 ひょっとすると、本当にそういう世界があるのかもしれない。噂にはそのようなものを研究していた科学者がいたと聞く。
 確か名前は……イチノセ、だったか? 聞き流していたのでよく覚えていない。
 まあ今となってはどうでもいい。取り敢えずはここにいる連中の殲滅が全てだ。サリンジャーはそれで考えを締めくくると、
 作業している一体のアハトノインに声をかける。

「おい、02を呼べ。任務だと伝えろ」
「了解しました」

 抑揚の無い声で答えてアハトノインはマイク越しに02――戦闘用アハトノインの二体目――を呼び出す。
 ここ管制室にもエコーのように声が響き渡り、程なくして02が姿を現す。
 見た目には作業用のアハトノインと何ら変わりなく、違うところはと言えば脚部に『02』というナンバーが書かれていることくらいだ。

 ただその実力は戦闘用に改造されただけあって他のアハトノインとは比べ物にならない。
 各種格闘技系のOSをインストール済みであるし、世界各地の銃火器系の用法、及び兵器の運用、
 更には米軍の特殊部隊をモデルにして小隊での行動パターンや罠の設置、簡易的な施設の造営ですらこなす。
 まさに天才と言える兵士だが、唯一戦闘に関する経験値だけが足りない。スペックが高くとも新兵であるのには人と何ら変わりない。
 人と同じく、ロボットもまた完全ではないということか。ため息を腹の底に飲み下しながらサリンジャーは任務の内容を告げる。

「今からある地点にある船を破壊してくるんだ。木っ端微塵に、跡形も残さずにな。データは作業している連中から受け取れ。
 武器は任せる。もし島の中の参加者連中と会ったら――殺せ。邪魔にならないなら無視して構わん」
「任務了解しました」

549歪み:2009/02/18(水) 00:10:16 ID:JzhkGceQ0
 大仰にお辞儀をして、02は作業している連中へと向かい、
 今しがた作成したらしいメモリチップをイヤーレシーバーの横にあるスロットへと差し込む。
 便利なものだ。ブリーフィングも事前に作成したデータを使ってものの数分で終わる。おまけに忘れない。

 これからはそういう時代になるのだろう。少数による精鋭部隊での早期決戦が主流となり、
 大部隊を展開し陣形を構築するという時代は既に過去のものになりつつある。
 そして新しい時代の先駆となるのが……神の軍隊というわけだ。

 恭しく頭を垂れ、しずしずとした足取りで管制室を後にする02。
 自動扉が完全に閉まるのを見届けて、サリンジャーはモニターへと視線を戻す。
 船が座礁したままの位置にあるとするなら今、その近辺には四名程の人間がいる。距離的に鉢合わせしないとも限らない。
 爆破作業なら尚更だ。物音を聞きつけられる可能性は高い。だが02が負ける要素は万に一つもない。

 それよりも興味深いのは、以前篁が送り込んだ『ほしのゆめみ』の存在だ。
 人間の心を追い求めて作られたロボットがどんな奇跡を生み出すのか――そんなことを言っていた。
 篁はHMX17a『イルファ』や『ほしのゆめみ』の方に興味を抱いていた節があった。まるで戦闘能力などなく、
 心の慰みでしかないロボット風情に一体何を期待していたのだろうか。

 正直なところ、アニミズムにも近い篁の思想は理解したくもなかったし己の設計思想を否定されたかのようで気に入らなかった。
 正確には篁は測っていたのかもしれない。心を追い求めたモノとスペックをひたすらに追究したモノ。
 どちらが上に立つのか、を見極めていたのかもしれない。ただ篁は『心』とやらにチップを賭けていた、それだけであり、
 それがサリンジャーには腹立たしい事だったのだ。

 もしアハトノインとほしのゆめみが出会うとするなら――サリンジャーは想像して、嘲笑を浮かべる。
 負ける要素などない。まずは一戦を交え、篁に己の思想が正しかったことを証明してやろう。そうなってほしいものだ。

『何より、日本のロボットは気に入らないんですよ……』

550歪み:2009/02/18(水) 00:10:33 ID:JzhkGceQ0
 日本語ではなく、母国語のドイツ語でサリンジャーは呟く。誰にも聞こえぬように、暗澹として底黒い自らの内を悟られないように。
 日本にはロボット開発の技術を学ぶために留学したこともある。日本語はそのとき身につけたものだ。
 だが日本の設計思想は何もかもが気に入らない。

 実用性も捨て、まるで傾倒するかのように人間らしさとやらを追い求め、不要なものばかり詰め込んでいる。
 所詮は紛い物でしかないのに。プログラムでしかないのに、何故あのように称賛されるのかサリンジャーには理解出来なかった。
 そればかりか自分の言葉も否定され、「ロボットの心を知れ」などというようなことまで言われた。
 ならば理解させてやろう。自分の理論……ロボットの行き着く先は兵器であるという言葉を実証してみせよう。

『神の軍隊でね……分からせてやるよ、黄色い猿ども』

 自分を否定した世界を否定し返すために。全てを屈服させるために。
 デイビッド・サリンジャーが一つ目の駒を動かす――

551歪み:2009/02/18(水) 00:10:54 ID:JzhkGceQ0
【場所:高天原内部】
【時間:二日目午後:21:00】

デイビッド・サリンジャー
【状態:殺し合いの様子を眺めている。頃合いを見て参加者を殲滅するためにアハトノイン達を会場に送り込む。このゲームの優勝者を出させる気は全くない】
【その他:Mk43L/e(シオマネキ)が稼動できるようになった】

アハトノイン(02)
【状態:D−1地点にある船を完全に破壊しに行く。任務優先で、妨害されない限り参加者には手を出さない】
【装備:不明】

→B-10

552十一時四十八分/あなたがいる:2009/02/20(金) 14:49:27 ID:WUwc3v1o0
 
柏木楓という少女の振るう刃に、憎悪はない。
彼女はただ、湯浅皐月という好敵手と、柏木千鶴という嫌悪すべき女と、そうして柏木耕一という
人生の拠りどころとの、その全部がいっぺんに目の前から消えてなくなった空白からざわざわと滲み出してくる、
高揚に程近い混沌とでもいうべきものを鎮めようと、眼前の敵とみなした存在へと刃を振るっている。
そこにあるのはひどく漫然とした殺意と、それと同程度の質量を備えた鋭角な害意である。
それが、かつて己が血統の祖が遠い星々の彼方で繰り返した行為と酷似していることに、彼女自身気付いていない。
柏木楓は、狩猟者である。


***

553十一時四十八分/あなたがいる:2009/02/20(金) 14:49:40 ID:WUwc3v1o0
 
すべてを忘れたかった。
何かに縋りたかった。
骸すら、残らなかった。

ああ。
あの人の、隙もなく爪を塗った手で作られた食べ物を、全部吐き出した後のような。
私に残されたのは、涙の滲むような苦味と、どうしようもない空腹感と、饐えた臭いだけだ。

振り払うように、走る。
走って、切り裂く。
切り裂けば、手応えがある。

音は聞こえない。
音はもう、聞こえない。
高鳴る鼓動も、耳元を吹きぬける風も、何も聞こえない。
聞きたくないものは、聞こえない。


***

554十一時四十八分/あなたがいる:2009/02/20(金) 14:49:54 ID:WUwc3v1o0
 
恣意的な無音の中で、柏木楓は刃を振るう。
深紅の爪の閃くたびに、二刀の像に傷がつく。
刻まれる傷は浅くささやかで、しかし少女は粘り強く、或いは偏執的なまでに執拗に、傷を増やしていく。
一文字は十文字となり、十文字は幾つも重なって瞬く間に複雑怪奇な紋様と化していった。

そこに、悪意はない。
ただ害意という膏薬に敵意という毒を練り、殺意という指で傷口に塗り込むという、それだけの話である。
女という種が笑みを崩さぬまま、息をするようにしてのけるそれを、少女は刃を以て行う。
傷から流れる血を見なければ己が害毒を確かめられぬ。
それが少女である。

血の通わぬ石造りの像に、際限のない傷だけが増えていく。


***


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