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避難用作品投下スレ4

1管理人★:2008/08/01(金) 02:07:08 ID:???0
葉鍵ロワイアル3の作品投下スレッドです。

167降り続ける雨の中で:2008/10/18(土) 19:24:07 ID:rCiO.Kc20
 そのことは同時に、他者を切り捨てる可能性が出てくるのでは、と杏は危惧を抱く。
 生きなければならないという責に駆られ、そのために誰かを犠牲にするという危惧。
 ひょっとしたら芳野はそれとも戦っているのかもしれなかった。

 けれども……今はそんなことはない、と杏は確信する。
 話してくれるほどには、芳野は追い詰められてはいないということなのだから。
 一つ息を吐いて、杏は雨が降り始めた空を見上げる。
 傷口に沁みる雨が、少しだけ痛かった。

「本当、狡いですよね……」

 ああ、と頷く芳野の、その服も既に肩口に埃と雨粒で汚れが広がっている。杏は続けた。

「でも、たくさんの人で覚えていることは出来ますよ」

 芳野の動きがほんの数瞬止まり、苦笑に満ちた目が杏を見上げる。
 初めて、芳野が杏の顔を見た瞬間だった。
 覚えておく責を、人と人で分かち合うことは出来る。杏は、それが出来ると信じていた。
 ああ、そうだなと応じた声は先程よりは軽く、朗らかになったように思えた。
 僅かに空気が弛緩していくのを感じた杏は続けとばかりに頭に浮かんできた話題を持ち出す。

「そういえば、結局アレの隠し場所は体育倉庫で良かったのかしら? 人数上の関係から見張りを付けられないのは分かるんだけど、鍵をかけておかなかったし……」

 保健室で別れた二人は、予定通りまずは硝酸アンモニウムを倉庫に運び込んだが、扉は閉めただけで鍵はかけなかった。
 そのときは特に理由も問い質さなかった杏だが、時間が経つにつれて強奪される恐れがあるのではないかとの危惧を抱き始めた。
 この島において入手が困難だと思われる硝酸アンモニウムを奪われては計画の実行どころではなくなる。
 もう少しマシな隠し場所を皆で考えれば良かったのではないか。鍵をかけるよう進言すれば良かったのではないかと思いながら尋ねた杏だったが、芳野は「心配ない」と返す。

168降り続ける雨の中で:2008/10/18(土) 19:24:41 ID:rCiO.Kc20
「アレ単体じゃさほどの意味を持たない。俺達と同じようなことでも考えていなければ持って行きはしないだろう。むしろ、そうならば好都合と考えるべきだ」
「……逆に、それの意味を知っているからこそ作らせないために持ち去るってことも考えられると思うんです」
「確かに、殺し合いに乗っている奴が知識のある人間だったら、その可能性もなくはない。だが厳重に鍵をかけたとしてそれを持つ人間が死んで……あるいは行方不明、離れ離れになったとしたら、それは事実上紛失したのと同義だ。なら、多少のリスクはあっても全員が確認できる場所に置いておくのがいい」
「……そう、ですね」

 納得する一方で、芳野の言っていることは誰かが死ぬことも視野に入れていることにも杏は気付く。
 最悪のケースを想定している、と思っていいだろう。これまでの芳野の経験上からそれは考えて然るべき行動なのは杏にも理解できたし、尋ねなかった自分が悪いと感じていた部分があったので、不満は特に感じなかった。
 むしろ心配だったのは、芳野の言葉は彼自身に向けて言っているような気がしてならないことだ。

 死にたくても死ねないと語った芳野。
 けれども、心のどこかでは死に場所を求めているのではないのか。
 誰かを犠牲にするのも已む無し、その考えと戦っていると杏は考えていたが、それは違うのでないか。
 芳野が本当に戦っているのは、押し潰されまいとしながらも重圧に負けて、死を選んでしまうかもしれない弱い自分ではないのか。

 先の会話で繋がりあえたと思ったのも一瞬、靄のかかった不安が疑問となって喉元まで込み上げ、しかしどう口にしていいのか分からず結局閉ざしてしまう。
 どう話を続けていいのか分からなくなった杏だったが、それでも捻り出そうと何か言おうとする――が、それは芳野が手を上げて、杏を制したところで打ち切られた。

「誰かいる。遠目だが、こちらを窺っているようだ」

 既に芳野はウージーを取り出し、油断なく構えている。
 鎌石村の中には入っているのだろうが、ここは町外れのようでまばらに民家が立ち並んでいる以外は草ぼうぼうの野山が広がっているくらいで、しかも雨によって視界はいくらか悪くなっている。幸いにして道はいくらか整備されているのでウォプタルに乗って逃げることは容易いだろう。
 けれども監視されているという事実が杏の警戒心を煽り、無意識に日本刀を取り出させ、目を深々とした林に向けさせる。
 芳野は鋭く尖った刃物のように視線を走らせ、ゆっくりとその場を回りながら前方を中心として警戒を高めているようだった。

169降り続ける雨の中で:2008/10/18(土) 19:25:08 ID:rCiO.Kc20
「何か、見えたんですか」

 雨の仕業かもしれない。たまたま雨粒が落ちて不審な物音を立てたのでは、とも考えた杏が確認の意味合いも兼ねて尋ねる。
 聞こえただけ、というのはそんなに頼りになるものではない。自分の目で確かめ、その先にあるものをしっかりと見る事が重要なのだ。
 けれどもそんな杏の心配は無用だったようで、芳野は「確かだ」と返す。

「変な白い綿毛みたいなのがちらちらと見えていたんだ。こちらをついてくるので何かとは思っていたが、急にいなくなった」
「綿毛……?」

 疑念ではなかった。そんな特徴に見覚えがある。はて、何だっただろうかと考えを走らせようとする杏だが、疑っているとみたのか芳野は大真面目に続けた。

「この島、動物がいないだろ? ここにいる恐竜も支給品だ。お前の猪も支給品。だとするなら、他にそんな動物がいてもおかしくない。斥候に使っていたんだ」

 迂闊だったと嘆息する芳野に、「あ、そういう意味じゃ……」とフォローしようとした杏だったが空気の読めない第三者の声が割って入った。

「藤林さん! 良かった、ご無事だったんですね!」
「おい待て、勝手に飛び出すんじゃない! あーくそ!」

 がさがさと無警戒に茂みをかき分けて這い出してくる二人の……いや、一人と一体、おまけに一匹のトリオの姿があった。
 ゴキブリのように這って来た三つの物体に口を開けて愕然とし、固まる芳野を他所に杏はどこか冷静に「あー、こいつらだった」と緊張していたのをバカらしく思っていた。
 いくらなんでもその再会の仕方はないだろうと思いつつ、取り敢えずはほっとしたように表情を緩めた杏は芳野に警戒を解くように言った。

 が、言い渡された芳野は何故か固まったままで、首をかしげた杏が「芳野さーん」と四回くらい背中を叩いたところで「あ、ああ……」とどこか気落ちしたかのように呟き、ふふふ、と自虐的に笑っていた。
 杏と同じく、あまりにも大きい落差に打ちのめされたのだろう。が、よりシリアスだった分ダメージは深刻だった。
 あまりにも可哀想だと思った杏は、取り合えず「何だ、お前か」と暢気に安心していた高槻の頭を殴った。

「ガッ!? てめ、何しやがる」
「取り合えず、空気読め、バカ」

170降り続ける雨の中で:2008/10/18(土) 19:25:32 ID:rCiO.Kc20
 ギロリと凶暴な視線を向けられた高槻は何が何だか分からない……と頭を押さえながら不満タラタラな口調で言い返す。

「先に飛び出したのはゆめみだろうが……俺は止めたんだよ……なのにあいつ、藤林だって分かった途端……」
「ええと、その、わたしは何かまずいことをしてしまったのでしょうか……」

 ゆめみにしてみれば杏が険悪な雰囲気を醸し出しているのには合点がいかないに違いない。こーいうコだったわよね……と嘆息しつつ、ちらりと芳野を横目で見てみる。

「なぁ、今の俺は笑えているか……?」
「ぴこー」
「そうか、お前はいい奴だな……悪かった、疑ったりなんかして」
「ぴこっ」

 空気が澱んでいた。雨が降っている中、あそこ一帯だけが土砂降りである。いつの間にか友情も築き上げているが、心に負った傷はマリアナ海溝くらいは深そうだった。
 再度ため息をつき、まあこんな状況でも無事再会出来たのは喜ぶべき……と考えかけたところで、ふと足りないものに気付く。

「……郁乃、は?」

 言ってしまってから、その名前がつい数時間ほど前に呼ばれていたことを思い出して、失言をしてしまったと杏は思った。
 一瞬の沈黙が走り、それまであった空気が吹き飛んだ。ゆめみは表情を固くし、高槻も眉を寄せながら「放送、聞いてなかったのか」と返す。

「……ごめんなさい」

 狡い言葉だ、と思った。
 高槻はしばらく杏の表情を窺っていたが、やがて一つ息をつくと「俺を庇って死んだ」と短く言った。
 死んだ、という抑揚のない響きが、かえって杏にその命の重さを実感させる。
 恥ずかしくなって、いたたまれなくなったように杏はぎゅっ、と自らの服の袖を掴んだ。

171降り続ける雨の中で:2008/10/18(土) 19:26:10 ID:rCiO.Kc20
「そっちも、何人か殺られたみたいだな? 何がどうなって、今に至っているのかは知ったこっちゃないが」
「まあ、ね……」
「……あの野郎、カッコつけて死にやがったか」

 どうして、という風に杏は驚いた顔を見せる。杏とて死に際の顔を見たわけではないが、芳野から聞かされる限りでは高槻が言うような死に方をしていった。
 訊けない杏の心情を見て取ったように、高槻は付け加える。

「お前の顔には恨みとか、何と言うか……負のオーラってのかね、それが出ていない。一方的にやられたとか、そういうんなら絶対に顔に出る」

 言わんとしていることは分かった。が、この男はここまで鋭い男だっただろうか?
 胸の内から湧き上がる疑問は、直後の一言に打ち消された。

「もっと目を早くしておくんだな」

 ふん、とどこか馬鹿にしたような言葉にしばらく打ちのめされた気分になる。
 何かが変わったのだ。この男の中で、何かが。
 だがその表情は、寂しそうな感じで――それは、つまり……

「そこの兄ちゃん。ちょいと情報交換しないか? 耳寄りな情報があるぜ」

 しかしそこでそれ以上の考えは打ち切られる。高槻の挙動は、いつも通りの軽薄な部分を含んだものに戻っていた。
 杏の横から「行きましょう」と見上げるゆめみの声がかかる。
 高槻が喋っているときには、ゆめみも何も言ってはいなかった。邪魔をしないように、高槻に任せて。
 取り残されているのか、と杏は思った。

 皆どんどん変わっていく中、最初から何も変わらないのは自分だけで……
 目を早くしろ、という高槻の言葉が反芻する。
 それは、警告のように思えてならなかった。

172降り続ける雨の中で:2008/10/18(土) 19:26:32 ID:rCiO.Kc20
     *     *     *

「船?」

 今ひとつ信用しきれていなさそうな顔で、芳野祐介は地図の上に記された点の集まりを眺める。
 道中簡単な自己紹介をしつつ、辿り着いた先のあばら家の軒下にて四人は談義を重ねていた。
 さほど雨は酷くなかったので突っ切りながら話をしても良かったのだが、芳野が取り出したメモを見て、何かあるらしいと判断した高槻は自然を装いながら隠れるようにして目立たないところへ行く事にしたのだ。

 芳野と杏のメモを見た高槻とゆめみは仰天。水面下でこんな計画が進行していたということに(特に高槻は)驚き、落胆の表情さえ見せた。
 が、そのまま黙っているというのも会話の流れが悪いので高槻は顔を引き攣らせつつ、岸田の船の件について話し始めた。
 希望の芽が増えたというのに、どうしてあんなに複雑な顔をしているのでしょう、とゆめみは不思議がりつつ、二人の持っていたメモに目を通し、その内容をメモリーに焼き付けておく。少し雨で滲んでいたが、読み取りには支障はなかった。

「岸田って野郎が乗ってきた船があるに違いないんだ。
 かいつまんで話すとだな、奴は首輪をしていなくて、にも関わらずこの島の連中を片っ端から襲っていた。
 ということはだ。奴は主催者連中に雇われたということでもない可能性が高い。何故か分かるか?」
「必要性がないからか」
「流石に賢いな。そう、主催者に雇われるってのは相応の条件がないとダメだ。例えば、進行を円滑にする代わりに家族を助けてもらうとかな。
 そうでなきゃわざわざ参加者に襲われやすい島ん中に放り出すより殺し合いを管理してる施設の防衛に回す方が合理的ってもんだ。
 にも関わらず奴は島の中だった。ということは、奴は正真正銘の乱入者ってことだよ。だから、ここに来るための乗り物が必ずあるに違いない」
「空から来た場合まず俺達だって気付く……地中はここが島であるということから考えにくい。船は妥当な線だな」

 そんな会話を交わす二人の男を尻目に、聞こえぬ程度に机の上に座っていた杏がぼそりと漏らす。

「……あいつ、こんなに頭が冴えるようなキャラだったっけ」

 ウォプタルは流石に家に入れるわけにもいかなかったので外で待機中。時折馬とも鳥とも取れるような鳴き声が響いていた。

「科学者さんだったらしいですよ、高槻さんは」

173降り続ける雨の中で:2008/10/18(土) 19:26:59 ID:rCiO.Kc20
 が、耳ざといゆめみが聞き逃すはずはなかった。今回は幸いにして空気を読んだのか、それとも会話の邪魔をしないためなのか、杏に聞こえる程度の小さな声だったが。
 へぇ、と目を丸くした杏は、科学者ねぇ……と呟いてため息をつく。

「あたし、そんなことも知らなかったな」

 どこか羨ましそうに語る杏にゆめみは「わたしも、少し前に知りました」と返す。
 高槻に関しては知らないことが多すぎた。
 科学者であったこと。
 人に誇れるような生き方をしてこなかったこと。
 郁乃の死を体験して初めて、高槻が語りだしたことだった。

 では、今までの高槻は全てが嘘だったのか。
 見栄を張るための紛い物の姿だったというのか。
 それは違う、とゆめみは思っていた。

 岸田を無学寺で追い返したときの、燃え盛る炎のような絶叫が虚偽であるとは、ゆめみには考えられなかった。
 それがゆめみをプログラムした人間によって施された人工の判断材料だったとしても、それを信じるのはゆめみの『心』なのだから。

「わたし達は、あまりにも知らなさ過ぎたのかもしれません。でも、だからこそ……知らなかったことを知ることが出来ました」
「無知の知……か」

 そう呟いて、杏は何かを考え始めたようだった。彼女も、何か思うところがあったのかもしれない、とゆめみは考えることにした。
 私たちと同じで、不完全……当たり前だったことを今更思い知ったというような郁乃の顔と台詞がゆめみの頭で繰り返される。
 杏も、恐らくはそうなのだろう。
 何かに気付いてもらえるなら。それはきっと、郁乃の言った『成長』したモノの姿に違いなかった。
 そうなることが出来ているのだろうか。果たして、自分は誰かの役に立てているだろうか。

174降り続ける雨の中で:2008/10/18(土) 19:27:23 ID:rCiO.Kc20
 それは所謂、『迷い』の一種であったが、ゆめみ自身はそんな感情を持っていることにまだ気付いてさえいなかった。
 ロボットが持ち得ることの無いとされる感情。これでいいのかと足踏みする感情。
 殺し合いという環境下では余計とさえ言えるもの。それが、どう変転してゆめみを変えていくのか。
 まだ本人は、何も知ることはなかった。

「でだ、俺達はここから奴の船を探そうとしていたって事よ。どうだ兄ちゃん、付き合ってみる気はないか」

 気がついてみれば、芳野と高槻の会話は結論に入ろうとするところだった。
 芳野も頷いて、高槻の意見に同調の意を示している。脱出できる要素が増えることについて異を唱える必要はないと思っているからだろうか。

「しかし、だ。主催者連中がそれを回収に来ていたらどうする」
「それも可能性は低いだろうさ。閉じこもってりゃ取り合えず奴らの身の安全は保障されるんだからな。それを俺らみたいな少数の人間に、わざわざ発見される危険を冒してまで姿を現すとは考えにくい。それに」

 発見できたとして、こいつを外せないことにはな、と首輪爆弾を指しながら高槻は言った。
 だがその表情は台詞とは裏腹の不敵なものになっている。それもそのはず、それをブチ壊しにするプランが今目の前にあるのだから。
 食えない男だ、というように芳野も唇だけ変えて笑う。

「なら手を貸すぞ。藤林もいいか?」
「あ、はい。……まあ、元々探してた人と会えたわけだしね。後、椋も探す必要があるけど……近くに電話、ないかな? ことみたちに連絡が取れればいいんだけど」

 別々に分かれて行動している仲間と連絡が取れれば、行動の無駄は減る。電話で会話出来るということは杏の仲間(メモの紙面で一ノ瀬ことみ、霧島聖なる人物だということは分かっている)はどこか一箇所の施設に留まっているか、携帯電話でも持っているのか。
 考えたところで自分の利にはならないと判断したゆめみは、とにかく電話があれば話は出来ると理解するに留めておくことにした。
 連絡を取ろうと考えた張本人の杏は周りを見回すが、廃屋に近いあばら家には電話どころか電気も通ってさえいなさそうだった。
 そういう場所を選んで移動したから仕方ないのですが……
 そんな風にゆめみが考えていると、お前、無線で連絡を取れる機能とかないか、と高槻が尋ねてくる。

「残念ですが……」

175降り続ける雨の中で:2008/10/18(土) 19:28:07 ID:rCiO.Kc20
 真面目に応じるゆめみに対し、「そんな機能があるんだったらもう言ってるでしょ」と呆れながらに杏がため息をつく。
 ゆめみに対して言ったものではなかったのだが、自分のことを言っていると思ったのか「も、申し訳ありません」と平謝りする。
 謝罪された杏はやれやれと首を振って、どうしようもないなぁ、というように笑った。

「ほんっと、仕方ないコね、あんた」

 それはどこか、安心したような響きがあった。
 ふと昔の友人にひょっこり出会ったような、そんな柔らかい微笑みだった。
 ただ呆れられているのではないのではないか、とゆめみはふと思ったが、確信するまでには至らず、ただ困ったように首をかしげるしかなかった。

「無いものは仕方ないさ。それはまた後でやればいい。で、どうする。俺達は一緒についていけばいいのか」
「そりゃ非効率だろう。二手に別れようぜ。俺達は南側から入るから、お前らは北側から鎌石村に入ってくれ」
「……? どうしてそんなことを?」

 分かれるにしても距離が近すぎる。疑問の声を重ねた杏はそう思ったのだろう。それはゆめみも思ったことだったので、高槻の返事を待つことにする。
 すると高槻はさも自信満々に、

「保険だよ。もしどちらかが襲撃されても、もう片方がすぐに救援に行けるだろ?」

 と言った。
 ほぅ、と芳野は感心したように顎に手をやり、杏もゆめみもそういうことか、と納得したように頷く。
 なるほど確かにこれなら各個撃破される恐れは低くなる。流石だとゆめみは感心しながらも、これが先程高槻が言った『目を早くする』ことなのだろうかとも思った。
 見習わなければなりませんね、と心中で呟いて見落としていることはないかと考えを巡らせる。

「あ、そうです。あの、餞別というわけではありませんが、これを」

 情報以外にも交換し損ねていたものに気付き、ゆめみはデイパックからニューナンブとその弾薬を取り出して杏に手渡す。
 意外なものを受け取った杏は「いいの?」と一応確認する。
 貴重な武器であることは否めない。しかし勿体無いと渋っていては宝の持ち腐れだ。戦力は均等に分けておいたほうがいいという考えもあった。

176降り続ける雨の中で:2008/10/18(土) 19:28:27 ID:rCiO.Kc20
「結構武器が多いので。代わりのものはあります。これで、ご自分の身を守ってください。それと、他の皆さんも」

 それは芳野だけでなく、杏が心の内に抱えている人全てに言ったつもりだった。
 結局守れなかった郁乃への責任から来る言葉なのか、ただ単に気遣いのつもりとして言ったのか、ゆめみ本人も認識していなかったが、そのように奥底で感じていたことは事実であった。
 杏はしばらくゆめみとニューナンブを交互に見ていたが、「うん、ありがと」と軽く頭を下げ、ニューナンブを制服のポケットに入れた。

「代わりってわけじゃないけど、あたし達の仲間の電話番号を教えておくわ。あたしから教えてもらったって言えば多分信用はしてもらえるから。……電話番号、書かなくても大丈夫?」

 ロボットの記憶力を当てにしているのか、書くのが少し面倒そうな杏はあはは、と笑いながら聞いてくる。

「記憶力には、自信があります。大丈夫です。テキスト量で言えば1テラバイト分は十分に記憶しておけるかと」
「……ロボットってのは伊達じゃねぇな」

 感心というより、羨望に近いような高槻の声が横から飛ぶ。
 先程記憶云々で一悶着あったからだろう。軽く負い目になっているようだった。
 そんなことを知るわけもない杏は「うん、やっぱ凄いわゆめみは」などとうんうんと感心しつつ、連絡先という電話番号を教えてくれた。

「おっと、一応こっちも見せとくか。武器のバーゲンセールなんでな、今は」

 高槻も同様にデイパックの中身を芳野に見せ「持ってくか」と尋ねる。どうやらゆめみと考えたことは同じようだった。
 そうだな、と応じてデイパックを軽く漁っていた芳野はその中に投げナイフを見つけ、「こいつは……」と手に取る。

「ん、どうかしたか」
「……形見、みたいなものかもしれないな。因縁の証かもしれない」

 因縁、という言葉に杏の表情が固くなったように、ゆめみには見えた。
 芳野はナイフをじっくりと見回してから、間違いない、と呟いた。因果なものだ、とつけ加えて。

177降り続ける雨の中で:2008/10/18(土) 19:28:47 ID:rCiO.Kc20
「俺の連れが持っていたものだ。奪われたままだと思っていたが……」

 いた、という言葉は既にその人が鬼籍に入ってしまったことを示していた。

「因縁、というのは?」

 だが高槻は芳野とかつて在った人物のことより、因縁の方を気にかけているようだった。
 死者に拘らない、高槻らしい言葉だとゆめみは思った。あるいは、人間関係を調べることで敵味方がどうなっているのか判断しようとしているのかもしれなかった。

「前に俺達……いや、俺を襲った奴がいてな。そいつから奪った……というと実際には違うんだが、まあそういうことにしておいてくれ。で、そいつは俺とどこか似ていた部分があってな……人を思う、愛に溢れていた。悪い方向だったがな」
「んなこたどうだっていいからよ、そいつは誰だ」

 人物以外に興味のなさそうな高槻の言動に、お前な、と芳野は舌打ちして憮然とした表情を見せたが、すぐに話を続ける。

「名前までは分からん。が、ナリの小さい奴で、しかし豪胆な奴だった。物怖じせずに攻めて来る。そういえば……水着を着ていたか?」
「……水着、ね」

 変な格好した奴もいたものね、と呆れている杏に対し、高槻は表情を険しくしていた。思い当たる節があったのだろうか。
 それとなく尋ねてみようとしたゆめみだったが、あまりにも険しい表情だったために、そうするのは憚られた。
 しかしその気配もすぐに消え、「愛、ね」と呟いた高槻はほれ、と芳野にナイフを渡す。

「まあともかく、形見なんだろ? 大事にしとけ」
「……お前とは、そりが合いそうにないな」
「愛なんて、下らねえよ」

178降り続ける雨の中で:2008/10/18(土) 19:29:02 ID:rCiO.Kc20
 ふん、と小馬鹿にしたように言って、高槻は芳野から離れる。
 嫌悪している風ではなかったが、受け入れられない部分でもあるのだろうか。
 愛という言葉はいい言葉のはずなのに。
 信頼はしているが、どうも高槻には他の人間と違うところがいくつもある。不思議なものです、とゆめみは思った。
 それが所謂『変人』に向ける類のモノであることをゆめみは、まだ知る由もなかった。

「おい、行くぞゆめみ。雨だからって休んでる暇はねえぞ」

 人間とはどういうものか、というのを再度考えようとしたところに、高槻の言葉が飛んでくる。
 既に高槻の姿は雨の中に移っていた。

「あ、待ってください! ……ええと、藤林さん、芳野さん、お気をつけて」
「ええ、そっちも。あのバカをしっかりフォローしてあげてね」
「出来れば、奴の心をもう少し解してやってくれ。メイドロボに頼むことじゃないんだがな」

 不愉快そうな口調ながらも、芳野も決して嫌悪しているというわけではなさそうだった。
 了解しました、といつものように恭しく応じながらゆめみも高槻を追って雨の中に飛び出した。
 少し走ってから、後ろを一度振り向いたが、雨による視界の悪さのせいなのか二人の姿が見えることはなかった。

 また会いましょう。そちらの言葉の方が良かっただろうかとゆめみは思ったが、もうそれを伝える術はなかった。

179降り続ける雨の中で:2008/10/18(土) 19:29:27 ID:rCiO.Kc20
【時間:2日目午後20時40分ごろ】
【場所:C-5・廃屋】

芳野祐介
【装備品:ウージー(残弾18/30)、予備マガジン×3、サバイバルナイフ、投げナイフ】
【状態:左腕に刺し傷(治療済み、僅かに痛み有り)】
【目的:杏に付き従って爆弾の材料を探す。北側から岸田の船の捜索もする。もう誰の死も無駄にしたくない】

藤林杏
【所持品1:携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、食料など家から持ってきたさまざまな品々、ほか支給品一式】
【所持品2:日本刀、包丁(浩平のもの)、スコップ、救急箱、ニューナンブM60(5/5)、ニューナンブの予備弾薬2発】
【状態:重傷(処置は完了。激しすぎる運動は出来ない)。芳野に付き従って爆弾の材料及び友人達、椋を探す。岸田の船を探す】
ウォプタル
【状態:外に待機】

愛などいらぬ!高槻
【所持品:日本刀、分厚い小説、ポテト(光二個)、コルトガバメント(装弾数:7/7)予備弾(5)、鉈、電動釘打ち機12/12、五寸釘(10本)、防弾アーマー、89式小銃(銃剣付き・残弾22/22)、予備弾(30発)×2、ほか食料・水以外の支給品一式】
【状況:船や飛行機などを探す。爆弾の材料も探す。主催者を直々にブッ潰す】

ほしのゆめみ
【所持品:忍者刀、忍者セット(手裏剣・他)、おたま、S&W 500マグナム(5/5、予備弾7発)、ドラグノフ(0/10)、ほか支給品一式】
【状態:左腕が動かない。運動能力向上。高槻に従って行動】

【備考:ゆめみと高槻がことみの計画について知りました】
【その他:台車にのせた硝酸アンモニウムは学校外の体育倉庫に保管】
→B-10

180一歩、一歩ずつ:2008/10/28(火) 20:58:46 ID:LMiccLVs0
「え?……どういう事だよ」

この過酷な殺し合いの中、常に抗い続けていた藤田浩之がただ空を見ていた。
ただ信じられなかった、先ほど流れた放送に。
誓ったはずだった、負けないと。
殺し合いに抗い続けると。
そうやってここまでずっと戦い続けていた。
ずっと。
ずっと。

だが、その頑張りを、歩みを踏みにじる様なものだった。
藤田浩之と言うたった一人の少年にはとてもとても重くて。
彼が戻りたかったもの。
彼が守りたかったもの。
全て、全て。

奪われた。

思わず跪いてしまう。
歩き続いてた足が止まる。
もう、その場から動けないぐらいに。

何の為に頑張っていたのだろうと思う。
何の為にここまで進んでいたのだろうと思う。

何で。
何で。

皆消えていったのだろう。

守りたかったはずだった。
守る決意もした。
守る覚悟もあった。

それなのに。
それなのに。

自分は守れなかった。

守れるはずだった。

なのにすべて失った。

「あかり……みさき」

大事な。
本当に大事な存在も。

181一歩、一歩ずつ:2008/10/28(火) 20:59:42 ID:LMiccLVs0
「なぁ……何で逝ったんだよ……あかり」

浩之が思うのは本当に身近の少女の事。
失いたくなかった、大切な人。
守りたかったはずだった。

共に戻りたかった、あの日常に。

なのにどうして零れ落ちるんだろう。

あかりはどんな風に逝ったのだろうと。
幸せに逝けたのだろうか。
楽に逝けたのだろうか。
笑顔で逝けたのだろうか。

唯そんな事を考えて。


……でもバンと強く拳を叩きつける。

だって

「死んだらなにもならねぇだろうが!……死んじまったら……糞……畜生……」

死んだらもう逢えない。
死んだらもう話せない。

あの何処にでもあるようで幸せだった日々に戻れない。

そう、一緒に歩める事がもう、永遠に無理なのだから。
永遠に。
永遠に。

あかりだけじゃない

「雅史も、志保も、委員長も、理緒ちゃんも、綾香も……皆……皆!……死んで……あぁ……あああぁぁあぁあぁあぁあ」

浩之の隣に居て下らない話で盛り上がってた雅史も。
浩之と下らないネタで笑いあっていた志保も。
厳しいながら優しかった智子も。
必死に頑張ってた姿が微笑ましかった理緒も。
フランクであり気高かった綾香も。

皆、死んでしまった。

182一歩、一歩ずつ:2008/10/28(火) 21:00:39 ID:LMiccLVs0
浩之が戻りたかった日常。
あの温かい日常。

その全てだった人達が居なくなってしまった。

唯、浩之を残して。

もう還りたかった日常は存在しない。

浩之は哀しくて。
苦しくて。

唯涙が溢れた。

思うのは無力。

もっと自分が上手くやれば。
もっと力があれば。

皆は生きることが出来たのではないかと。

そう思って悔しくて。
苦しくて。

ただ立ち尽くすしかできない。

そしてさらに二人の人物の死。
それが浩之を絶望へと誘う。

「みさき……観鈴……ごめん……ごめ……ん」

川名みさき。
神尾観鈴。

先程まで一緒にいた仲間達。

本当にさっきまで居たのだ。
なのに死んでしまった。

何故、と浩之は思う。

183一歩、一歩ずつ:2008/10/28(火) 21:01:07 ID:LMiccLVs0
何故あの時離れた。
何故あの時安心だと思った。
何故あの時大丈夫だと思った。
何故あの時みさきのか細い手を取ってあげなかった。
何故あの時みさきを守るために傍に居てあげる事が出来なかった。

何故。
何故。
何故。


何故、自分は大切な人達を失ってしまった。


祐一も守れず。
観鈴も守れず。
みさきを守れず。

待ってて、笑っていてといったのに。

その笑顔を見ることは出来ないんだ。


浩之は思う。


なんて無力だと。



「俺は……俺は」


涙が止まらなくて。
悲しみが止まらなくて。
余りにも自分は愚かだと思って。

そのまま地面に倒れこむ。

このまま朽ちてしまえと思う。
このまま絶望に浸り。
そして、なくなればいいと。

何も守れない藤田浩之は。
力も無い藤田浩之は。
何にもできない藤田浩之は。

ここで。

消えてしまえと。

ただ。
ただ。

それだけを願う。


「あかり、雅史、志保、委員長、理緒ちゃん、綾香、祐一、観鈴、みさき……」

散っていった大切な人を思い。

浩之は目を瞑る。


願うは唯の闇。

何も無い虚空。

空の浩之と同じように。

それだけを思い。

目を瞑っていた。

184一歩、一歩ずつ:2008/10/28(火) 21:01:36 ID:LMiccLVs0






――浩之ちゃん
――浩之君


そんな時だった。

大切な二人の声が聞こえてきたのは。


――頑張って。
――頑張れ。

浩之を励ます声。


――立ち上がって。
――めげないで。

温かな声。
絶望に沈む浩之を歩かせる為に。

「……もう疲れたよ、俺は」

浩之は呟く。
幻聴なのに、謝罪するように。
でも、それでも。

――浩之ちゃん、諦めないで。
――浩之君、諦めないで。

声は止まない。
浩之に歩けと。
浩之に沈んで欲しくないから。


――浩之ちゃん、生きて。
――浩之君、生きて。


その生きてと言う願いが聞こえてきて。
そして声は止んだ。

唯浩之を心配して。


浩之は


浩之は唯ゆっくりと


「俺は……」

185一歩、一歩ずつ:2008/10/28(火) 21:02:24 ID:LMiccLVs0
立ち上がった。
まだ、目は虚ろだけど。
まだ、苦しいけど。

歩かなきゃ。
生きなきゃ。
進まなきゃ。

そう思って。
思わないと二人に怒られると思って。


「行こう……まだ、珊瑚達がいる」

残る仲間たちの下に歩き始めた。

一歩。
一歩。

ゆっくりだけど。
確かに。


歩き始めていた。


――浩之ちゃん、頑張ってね。
――浩之君、諦めないでね。


大切な。
大切な人達のエールを背に。

ただ、進み始めていた。

【時間:二日目18:40】
【場所:I-6】


藤田浩之
【所持品:珊瑚メモ、包丁、殺虫剤、火炎瓶】
【状態:絶望、でも進む。守腹部に数度に渡る重大な打撲(手当て済み)】

186名無しさん:2008/10/28(火) 21:30:01 ID:LMiccLVs0
すいませんルートB-10です……orz

187きみのこえ。(echo)/傷跡の花。(Low Blood Pressure):2008/11/02(日) 15:32:22 ID:vpnn3bro0
 もう少しで、日が暮れる。
 自らの頭上に浮かぶ空の色、外気の具合、そして腹の減り具合から考え、恐らくは後一時間もすれば三回目の放送だろうと那須宗一は考えた。
 ただ次第に厚みを増している鈍色のどんよりとした雲が空を覆い始めているのが気にかかる。
 雨になる可能性が高い。それは空気が少しずつ湿り気を帯びてきていることからも分かる。
 あまり激しくは降らなさそうだが、厄介だ、とエージェントとしての自分が告げている。

 雨は様々な物を洗い流す。
 赤く汚れた、血という名の泥。発砲を証明する硝煙の匂い。音、足跡――
 殺人の痕跡は姿を消し、加害者の姿は不透明感を増す。闇に潜み、卑劣を生業とするこの島の殺人鬼共にとっては絶好の天候となるだろう。
 加えて夜ともなれば視界も悪くなり、奇襲しやすくもなる。
 それは『ナスティボーイ』の異名を持つ自分でさえ油断できぬ環境になるということ。
 これまで以上に物音には気を配りつつ行動せねばなるまい。
 もう、佳乃のような犠牲者は出したくないのだから……

 胸中に滲み出る苦さを腹の底に飲み下し、宗一は視線だけを動かして、隣を歩いているルーシー・マリア・ミソラの横顔を見る。
 恐らくは北欧の人間であると思われる、極めて色素の薄い肌色と髪の毛。すらりと長く伸びるしなやかな手足と、整った顔立ち。
 どこか浮世離れした雰囲気ながら、生硬い表情はやはり彼女も人間であることを実感させる。
 いい加減、話を切り出すべきか。
 あまりに情けない話なので口に出すのを躊躇っていたが、つまらないプライドに拘ってしこりを残すのは愚の骨頂だ。
 旅の恥はかき捨てと言い聞かせ、宗一はルーシーに話しかける。

「なあ、少しいいか」
「何だ」

 答えながらも、その視線は常に周りへと向けられている。けれども取り付くしまもないというほどの無関心という程でもない。
 器用に行動できるのだろうな、と感想を持ちながら一つ咳払いをして、胸中にあった疑問を投げかけてみる。

「渚のことなんだが……どう思う」
「……脆いな」

188きみのこえ。(echo)/傷跡の花。(Low Blood Pressure):2008/11/02(日) 15:32:48 ID:vpnn3bro0
 少し間を置いて向けられた言葉は、やや辛辣な響きがあった。或いはそのように言葉を選んだのかもしれなかった。
 深く詮索しようとする頭をどうにか抑えつつ、宗一は息を吐いて「お前もそう思うか」と返した。

「抱え込み過ぎてるんだ。それは分かってる。……でも、分からないんだ」
「踏み込み方か? それとも、受け止め方か」

 両方だ。返事はすぐさま浮かんだものの、それが口に出ることはなかった。
 あまりにも確信を突く言葉で、思う以上のショックを感じたのかもしれない。
 無言の返答を受け取ったルーシーは「世界一が聞いて呆れる」と嘆息を漏らす。

「目的のために、人を物と考え、動く駒として見て、目的の達成という名の下に思考を停止する。ツケは大きかったな」

 容赦なく抉るような言葉だが、不思議と反論をする気にはならなかった。
 当然の事実と受け止めたわけではない。エージェントとしての使命に没頭していた、あの頃を思い出さないではなかったが、それ以上にルーシーの言葉は宗一ではなく自身に向けて言っているような気がしてならなかった。
 無様な己をさらけ出し、こうはなるなと嗜めるように。

「結果だけを求めて行動するな。しっかりと繋ぎ合って、お互いに確かめるんだ。私は、気付くのがいささか遅すぎた」

 自嘲するように笑うルーシーには、後悔の色がありありと滲んでいた。
 まだ、なくしたわけじゃない。
 崩れそうだった不安は姿を消し、代わりに灯った熱がじんわりと手のひらに伝わって使命感の形を成す。
 握り締めた拳は無力から来る痛みではなく、力強さを持ったものになっていた。

「ああ、努力するよ……」

 鈍感の意地を見せてやる。
 宗一はこの熱を、絶対に無くすまいと誓った。

     *     *     *

189きみのこえ。(echo)/傷跡の花。(Low Blood Pressure):2008/11/02(日) 15:33:28 ID:vpnn3bro0
「遠野美凪です」
「古河渚です」
「天文部部長です」
「演劇部部長……です」
「ほかほかのご飯」
「あんぱ……カツサンドっ」
「ゾウさんです」
「キリンさんです」

 第三者から見れば、まるで掴みどころのない会話に脳が混乱することだろう。
 しかし会話の中心にいる二人の少女にとって、それは無意味な会話ではなかった。
 少なくとも、遠野美凪は少しでも親交を深めていると思っていた。
 それが証拠に、ぎこちなかった渚の表情は僅かに緩くなってきていて、次の美凪の言葉を待っているかのように見える。

 特に人嫌いでもない限りは、お喋りは楽しいものだ。
 潤いというものがまるで感じられないこの島なら、尚更。
 先行すると言ってルーシー・マリア・ミソラと共に前を歩く那須宗一が、前と後ろに分かれる前に寄越した視線の意図を、美凪は瞬時に理解していた。

 渚の表情が、暗い。
 それは悲しみに打ちのめされている風でもなければ、絶望に心が挫けたという風でもない。
 むしろ渚は己の内に向けている。迷子になったのを、離れた自分が悪いのだと考え、それでいて自分一人で何とかしようと気負っている。
 不満は口に出るものだが、渚は押し黙ったまま何も語らない。
 つまり、はけ口は渚自身にあると見て相違ないだろう。己を責め、それによって何かを結論付けようとしている。

190きみのこえ。(echo)/傷跡の花。(Low Blood Pressure):2008/11/02(日) 15:33:54 ID:vpnn3bro0
 推測には過ぎなかったが、己の不実は己に対してのみ向けられるという考えは美凪の経験から来る持論でもあった。
 『みちる』という存在の成り立ち。北川と広瀬の死。
 いずれも原因は自分にあるとして一度は全てを投げ出し、自棄になって現実から目を背けた。
 自分さえ罪を償えばいいのだとまるで論拠もなくそう思い、それで全てが解決すると断じて思考を停止する。
 自己解決しただけで、何も変わりはしないというのに。
 様々なひとの助けもあり、どうにか自分は持ち直すことが出来たが、今また渚は同じ道を歩もうとしているのではないか。
 美凪ほど目を背けてはいなくとも、己の不実を己で解決しようと意固地になっているのではないか。

 飛べない翼にだって、意味はある。
 出来ないからと、無理に埋め合わせをしなくたっていい。誰かに肩代わりしてもらい、代わりにまた別の誰かの肩代わりをすればいいのだ。
 美凪には美凪だけの、渚には渚にしか出来ないことが、きっとあるはずなのだから……
 だから、そっと。
 美凪は渚の肩代わりをしようと決めた。

「さて、自己紹介はここまでにしましょう。ここからはちょっとアダルティなサタデーナイトフィーバー」
「今日って、土曜日の夜なんですか?」

 個人的にはキャーミナギサーンと言って欲しかった美凪だが、生真面目な渚にそれを期待するのは酷な話だと思い直し、取り合えず心の中だけで例のポーズを決めておいた。

「さて古河さん、ズバリあなたの意中の人は」
「……脈絡ないと思います」
「サタデーナイトフィーバーなので」
「お友達なら、今はたくさんいますけど……」

 本当に困ったように渚は苦笑する。恋愛談義は女の華だと聞き及んでいた美凪だが、どうもそういうわけでもないらしい。
 とは言ってもやれ持っている武器はどうだとか、ここから脱出するにはどうだとかを話し合う気にはなれない。
 無論それも重要なことなのだが、そればかり話しては心が休まる暇などないし、精神衛生上良くない。
 いつ、どんなときでも心のどこかに安心できる場所があればいい。殺し合いにはまるで不似合いな考え方だが、必要なものだと美凪は考えていた。

「――あ、でも……」

 次の話題を考えていた美凪の耳に、付け加える渚の声が重なる。

191きみのこえ。(echo)/傷跡の花。(Low Blood Pressure):2008/11/02(日) 15:34:19 ID:vpnn3bro0
「……宗一さんは、素敵な人だとは思います。格好良くて、責任感もあって……」

 若干照れるようにして言ったように思えるのは、拙い喋り方のせいだろうか。
 その一言だけで止めたので、再び確かめることは出来なかったがそういうことなのだろう。

「確かに、頼れそうな人だと思います。初めて会ったときは少しピリピリしていたように感じましたが」
「あの時は……でも、本当にいい人です。……お父さんやお母さん、霧島さんのお墓を作ってくれましたから」

 古河姓の人間が既に放送で呼ばれていることは、美凪も知っている。
 家族の死を看取ることが出来た。それを幸運なことだと感じてしまったことに、自分は友人の死に立ち会えなかったのにと思っていたことに、不快なものを覚える。
 あのわだかまりがまだ抜けきっていない。肩代わりすると言っておきながら、こんな黒いものを抱えているのか。
 己の内から生じた黒いそれは溶けて液体となり、美凪の身体を巡ろうと手を伸ばしかける。

「そう言えば、宗一さん、力仕事ばっかりです。土方さんみたいです」

 格好いい宗一の姿と力仕事ばかりの宗一の姿のギャップが可笑しかったのか、渚はくすっと笑みを漏らす。
 その笑いに釣られて、美凪も思い描く。
 長閑にえんやこ〜らと歌いながら畑を耕す宗一。何故かそんな想像になり、思わず美凪も吹き出した。

 緩んだ口元から黒さが流れ出て、すっと胸のうちが軽くなってゆくのを感じる。
 くだらない、と思った。未だわだかまりを残している自分も、思考の渦に飲み込まれようとしていたことも。
 笑ってしまおう。それだけを考えて美凪は「ふふ」と声を出して笑った。

「なんだ、二人してニヤニヤして……着いたぞ」

 呆れたような宗一の声が聞こえたときには、平瀬村分校跡の全容が姿を見せていた。
 廃墟というに相応しい、今にも幽霊が声を上げそうな木造の校舎。
 時計塔に備え付けてある、グラウンドからならどこでも見ることが出来そうな大きな時計は4時35分を示して動かず、その機能は失われていることを意味していた。
 割れた窓からは不気味に破れたカーテンがはためき、まるで手招きしているかのような印象を与え、風によるものだろうか、開閉を繰り返している入り口の扉が錆びた金属の唸りを上げていた。

192きみのこえ。(echo)/傷跡の花。(Low Blood Pressure):2008/11/02(日) 15:34:39 ID:vpnn3bro0
「さて、ここにお尋ね者はいるのかね」
「亡霊が代わりに出てくるかもしれんぞ」

 どこか楽しそうな宗一とルーシーの声は、肝試しでもする小学生のように感じられた。

「怖いですね」
「怖いです」

 努めて冷静に振る舞いながらも、青褪めた顔をする美凪と渚は、まるで先の二人とは対照的だった。
 立ち尽くしたまま動かない二人に「お化け屋敷みたいなもんだ」とフォローにならないフォローを入れた宗一が渚の手を引き、「ホラーハウスだと考えろ、なぎー」とこれまたフォローにならない言葉と一緒に美凪の手を引き摺るルーシー。

「あうぅぅぅぅぅ……」
「……ちーん」

 ずるずると同じように引っ張られていく渚の姿を見ながら、美凪はホテル跡のときもこうだった、と他人事のように考えていた。

     *     *     *

 もうすぐ18時になる。
 祐一たちは無事なのだろうか、電話で連絡は取れないものだろうか、と緒方英二は考え、しかし虫のいい話だと内心に苦笑する。

 それよりも、このリサ=ヴィクセンという女はまるで隙がない。
 軍事関係者だと当たりはつけているが、単に知識というだけならジャーナリスト、言い方を悪くすれば軍事オタクだって持っている。
 しかしリサの挙動は実戦を何度も経た兵士そのものだ。絶えず目を動かし、聞き耳を立て、少しでも不審な点がないかを探っている。
 ……自分に対しても。
 寧ろそれで安心できると英二は安堵していた。初対面の人間に警戒心を抱かない方がおかしいうえ、リサの動きは明らかに素人の俄仕込みでないことも分かった。
 虚勢を張った、偽者ではない。それはこの先脱出へと向けて動くには十分過ぎる程の戦力と言える。

193きみのこえ。(echo)/傷跡の花。(Low Blood Pressure):2008/11/02(日) 15:35:13 ID:vpnn3bro0
 逆を言えば、なぜこれほどの人物がこれまで動いてこなかったのかという疑問もある。
 我が身の安全を慮ってのことなのか。こんな辺鄙な場所にいるということがその証明にも思える。
 それとも、リサのすぐ横にいる美坂栞を守るためだからであろうか。
 戦力と言う点から見れば栞は脆弱、しかも病気というリスクを抱えてもいる。ライフルを持った姿が危なっかしく見えるくらいだ。
 戦闘能力を買って味方にしているというわけではない。この二人の間に流れているものは、親友や家族、それらに向けられるものに違いない。

 直接の知り合いや家族というわけではなさそうだった。
 今この間に二人のしている他愛ない会話も、どこか遠慮を含んだものが感じられる。
 推測に過ぎないが、この二人はここに連れて来られてから、初めて出会ったのだろう。
 それから行動を共にするうち、親愛の情が芽生え、しかし互いに踏み込みきれぬままここまで来てしまった、というところか。

 いつの間にか分析を始めていたことに、英二はまたか、と己に吐き捨てた。
 プロデューサーという仕事は、人を知り、その内面にまで踏み込まなければ食ってはいけない。
 観察し、推測を立ててコミュニケーションを円滑にし、アイドルの魅力を引き出すのは最早職業病とも言えるほど当たり前のことになってしまった。人の隠微な琴線を探るようにしか会話出来なくなってしまったのは、いつからだっただろうか。
 春原芽衣が亡くなったときでさえ、大人が喚くわけにはいかないと己を律し、激情を撒き散らすことをしなかった。
 いやそれ以前に、妹の理奈の名前が放送で呼ばれたときでさえ、一時の感傷以上のものを持つことがなかった……

 仲間が命を散らすたびに若さ相応の怒りを叫び、暴力に真っ向から立ち向かおうとする祐一の姿を思い出す。
 僕は大人になりすぎてしまったのか。
 いやそれ以前に、大人とは何だという疑問が英二の中で持ち上がる。

 己を律し、感情を押さえ、目の前の現実しか見ようとしないことが大人か。
 本当の自分から目を背け、楽だからと流されるがままに流されて、朽ちて行くのが大人か。
 この期に及んで不甲斐ないと自分をなじり、逃げ道を用意しておくのが大人か。

 祐一に会いたい、と英二は強く思った。
 何か結論を求めて、というわけではない。とにかく、今の自分がどう見えるかを聞きたかった。
 自分を知るものは、妹や芽衣がいなくなってしまった今、ここに来た当初から出会った祐一しかいないのだから。

194きみのこえ。(echo)/傷跡の花。(Low Blood Pressure):2008/11/02(日) 15:35:34 ID:vpnn3bro0
「そうだ、リサさん。分校跡に電話をかけるって言いましたけど、繋がるんですか?」

 世間話が終わり、少しの間会話の波が途切れていた二人だったが、思い出したかのように栞が尋ねる。
 栞の疑問はもっともだ。跡、というからには人が途絶えてから久しい可能性は高い。
 そんなところに、果たして電気は通っているのか。
 先程までの自省を霧散させ、二人の会話に耳を傾ける。けれども心配ないと英二の疑問を撥ね退けるようにしてリサが返答する。

「これはあくまで私の推論でしかないんだけど、この島は人工島……殺し合いのためだけに作られた代物よ」

 想像だにしない返答であったためか、栞は口をぽかんと開けて「はあ」と生返事を返しただけだった。
 英二も口にこそ出さなかったもののあまりに素っ頓狂な意見であったために、嘘だろう、と思った。
 栞の返事が気に入らなかったのか、リサは幾分ムッとしたような顔つきになって続ける。

「前に一度言ったはずなんだけど……忘れた? まあいいわ。まずこの島はあまりにも静か過ぎる。
 いくら小さな島とは言っても、緑が多く残っている割には動物や昆虫の鳴き声がまるで聞こえないのはどうして?
 それに、まるで歴史……というには大袈裟だけど、人の生活している跡が見受けられない。
 建物は新しい、備え付けの調度品も傷が見当たらない。装ってはいるけど、月日が出す建物特有の傷みはどこにもない。
 この島、すべからく、ね」

 言われて、英二はこれまで尋ねた施設の内容を思い出す。
 応接間などのところなどはまだしも、調理場や寝室、教室や便所などといった人いきれの匂いが感じられそうな場所ですら清潔に過ぎる。
 手入れしていようとも、この匂いは長年使っているのであればそうかき消せるものではない。
 動物や昆虫の一件に関してもそうだ。これまで山中を突っ切ってきたこともあったが、鳥はおろか虫ですら皆目発見は出来なかった。
 殺し合いという異常な環境下で目を行き届かせる暇が無かったとは言え、確かに不自然極まりない。

「……思い出しました。確か柳川さんが、どうも身体の調子がおかしいって……」

 随分前のことだったのか、ようやくといった感じで栞がそう漏らす。

195きみのこえ。(echo)/傷跡の花。(Low Blood Pressure):2008/11/02(日) 15:35:53 ID:vpnn3bro0
「ええ、柳川の言う『鬼の力』とやらは眉唾モノだけど、何かしら不思議なものがあるのは分かった。多分、超能力でも封じてるのかもね?」
「……信じられないな。超能力とは」

 突拍子もない『人工島』に加え『超能力』ときた。今度こそ我慢できなかった英二は茶化すように言う。
 百歩譲って『人工島』は説明がつくとしても、『超能力』は信じがたかったのだ。

「あら、案外そうでもないのかもしれないわよ? 私は仕事でオカルトめいたものの調査をしたこともあるけど、科学だけでは確かに説明できないものがあった」
「いや、いい。多分僕には理解出来ないよ。僕が分かるのは世間話とちょっとしたレストラン、お酒くらいのものだ」
「へえ……レストランに、お酒、か」

 不自然に口の端が釣り上がったのに、英二はどこか挑戦的なものを向けられたように感じた。
 これでも仕事上の付き合いやアイドルの女の子の機嫌を取るために通り一遍以上の知識はあると自負しているつもりだ。
 それこそ有名どころから知る人ぞ知る隠れた名所だとか……
 思わず反論しかけて、話の路線が崩れていることに気付いた英二は「ともかく」と仕切り直す。

「連絡は取れると見て間違いないんだな?」
「上手くいけばね。運が悪かったら、諦めて遅れることを承知で分校跡を目指すしかないけど」

 ……結局は運次第、か。
 この島を設計した人物に天運を委ねる。何とも皮肉なものだと内心にため息をつき、ようやく見えてきた宿直室のプレートを指差し、「あそこだな」と二人に教える。

 宿直室は六畳一間の和室で、部屋の中には申し訳程度に置かれたちゃぶ台と形容していいほど小さい机と、湯飲みと電気ポット、それに安物の茶葉もあった。確か流し台もあっただろうか。そして部屋の隅にちょこんと少し古い型の電話が所在無く置かれていた。
 詳しく中を調べたわけではないので、覚えているのはここまでだ。
 リサが電話をかけている間、栞と共に部屋を物色し、使えるものは持っていくほうがいいだろうと算段をつけ、その旨を伝える。
 反対する必要性もないと判断したのか、栞もリサも二つ返事で了承してくれた。

196きみのこえ。(echo)/傷跡の花。(Low Blood Pressure):2008/11/02(日) 15:36:18 ID:vpnn3bro0
「……そう言えば、リサ君は誰に電話を?」

 宿直室の扉を開ける際、何故今まで訊かなかったのかと自分で思うほどの、一番最初に訊くべきだった質問を投げかける。
 言ってなかったかしら、とリサも今思い出したかのような口振りで、しかし絶対の信頼を含めた声でその人物の名を告げる。

「柳川裕也。さっき言った『鬼』さんよ。しかも刑事」

 ……また、超能力か。
 頭の中身がまたぞろ冷えていくのを感じながら、ああ、そう言えば栞君が口に出していた名前だったな……とため息をついた。

     *     *     *

 分校は分校でも、これではまるで物置ではないか――
 FN・Five−Sevenを両手に、一つ一つ教室に踏み込む度、宗一はその認識を持たざるを得なかった。
 跡という割には、きちんと整理整頓された教室。新品のチョークや、カレンダー。
 おどろおどろしい外見とは裏腹に、そこは冷然と物が並ぶ倉庫に過ぎなかった。
 あれだけ怖がっていた渚や美凪も別の意味での不審を感じ取ったのか、釈然としない様子で教室の中身を調べている。
 加えてこれまでにもいくつかおかしい部分が指摘されてもいる。

「ここ、全然埃が積もっていません。とても年代物とは……」
「机にも落書きが全くないです。穴の一つだって空けられてない……それに、ガタガタしてませんし、塗装もきれい……」
「面白くない。地球人の作るお化け屋敷はいつもこんなものか」

 最後は指摘でもなんでもなかったが、とにかく全員がこの不自然な建物の異変を感じ取った。
 それもそうだろう。学校は、俺達が一番良く知っている場所で、日常なんだから。
 上手く物を敷き詰めても日常の匂いまでは演出出来ない。というよりは、その努力さえ怠っているようなものだ。
 ここだけがそうなのだろうか。いや、そうではあるまい。

「自然にやられたって風じゃない……シミ一つ付いてないたぁ随分と手入れが行き届いているんだな、ここは」

197きみのこえ。(echo)/傷跡の花。(Low Blood Pressure):2008/11/02(日) 15:36:58 ID:vpnn3bro0
 窓に近づき、所々破れながらも全体は真っ白く清潔感漂うカーテンを手にしながら、宗一は吐き捨てるように言う。
 どうして今まで気付かなかったのか、と忸怩たる思いだった。
 殺し合いという状況の中で眼前の物事に対処するのに手一杯で、この島の位置がどうなっているのかなど考えもしなかった。
 辿ってみれば、道に立ち並ぶ木々はどれも似たようなものばかりでまるで箱庭。
 どこも綺麗の一言では片付かない新品同様の施設。

 間違いない。ここは『地図にない島』だ――

 鈍感に過ぎる。リサなら一晩と経たずにこの事実に気付いていただろう。それに比べて、今更気付いた自分のなんと不甲斐ないことか……
 乾いた笑いしか出てきそうになかったが、それよりもこれが事実なら、脱出の目処はつくのかと思考を巡らせにかかる。
 自分に失望するのは簡単だが、そこで止まり、思考を停止するのは愚かな行為だ。ルーシーの言葉を脳裏をに過ぎらせながら、宗一はあらゆる可能性について分析してみる。

 場所については、本物の沖木島のような場所にあるとは考えられない。
 もしそうならこの島から別の陸地が肉眼で目撃できるだろうし、何よりこの島で行われていることについて国が黙っちゃいない。
 無論国ぐるみでこの計画に加担しているとするならば話は別だが、それでも目撃者の一人も出さないというのは難しいだろう。
 今のこのご時勢、何処で誰が何を見ているかも分からないうえ、即座にネットワークで情報が拡散し、一日と経たずに世界に出回る時代だ。
 世界の誰もから完璧に隠し通せるわけもない。

 ……だが、実際は二日も経つというのにまるでこの島からは主催者の焦りというものが感じられない。
 放送は二度聞いただけだが、殺し合いを加速させるような煽りが見受けられない。
 優勝すれば何でも願いを叶える、とは言ったもののそれでは煽動としては不適格だ。やるとするならば、24時間以内に何人か死んでいなければ首輪を爆発させるだとか、確かな実感を認識させる方法を使う。
 随分とのんびりしている。こんな調子では、果たして終わるまでにどれほどの時間を消費するのか――

「おい、那須」

 思考を遮ったのは、少し苛立った様子のルーシーの声だった。
 んあ、と顔を上げた宗一の前には、女性陣が雁首を揃えて立っている。
 どうしたんだよ、と口を開く前にルーシーが続ける。

198きみのこえ。(echo)/傷跡の花。(Low Blood Pressure):2008/11/02(日) 15:37:22 ID:vpnn3bro0
「他の場所を探さないのか。どうしたんだ、ぼーっとして。熱でもあるのか」

 ……そういえば、ここは狭い教室だった。
 特に収穫はなかったのだろう、渚と美凪も手持ち無沙汰な様子で宗一のことを見ている。
 考えるのはまた後か、とそれまでのことを脳の隅に押しやり、「考え事だ」と打ち切って教室の外に出る。

「しっかりしてくれないと困るぞ、リーダー」
「……リーダー?」

 確かに唯一の男性である宗一だが、リーダーと言うにはどうも納得のいかない部分がある。
 大体、皆を引っ張ったり鼓舞したりするのは皐月の役目で、俺は影からヒーローのピンチを助ける、裏ヒーロー的な役割であってだな……
 勝手にレッドに任命されたことに反対すべく、宗一はルーシーに向き直ってビシッ、と指差してやる。

「俺はブラック派なんだよ。孤独な戦士、ロンリーヒーローなのさ……」

 ふ、とニヒルに決めたつもりだったが、ルーシーはきょとんとした表情で「ブラック? コーヒーがどうした」と聞いてきた。

「おお、そうか。出番が全く無くて不遇をかこつ空気ということか。シロッ」

 聞き捨てならないと判断した宗一が最後まで言わせず、即座に言葉を返す。
 しかも何故コーヒーからそんな発想になるのか。あれか、俺は連れて行かれるのか。

「アホかお前は。ブラックと言ったら戦隊モノの定番に決まってるだろ! ほら聞いたことあるだろ、最近だとマジレッドとか」
「……? サンレッドなら知ってるぞ」

 ……ある意味、間違ってはいない。間違ってはいないのだが……
 どうやらこの調子では仮面ライダーもウルトラマンもにこにこぷんも知らないのだろう。勿体無い、勿体無いぞ……!
 サンレッドだけどうして知っているのかについてはこの際言及すまい。

199きみのこえ。(echo)/傷跡の花。(Low Blood Pressure):2008/11/02(日) 15:37:43 ID:vpnn3bro0
「いいかねルー公。かつて日本にはゴレンジャーという由緒正しき五人かつ五色のヒーロー達がいてだな」
「それなら私も知っている。ニンジャが派手に爆発を背景にして怪人を轢き殺したりするやつだろう?」

 お前は特撮の知識がどこか間違っている。……嘘じゃないのは分かるけどさ。
 これ以上の議論は無駄だと判断した宗一が、「ともかく」と話を仕切りなおしにかかる。

「俺は影のヒーローのブラック。お前はすっとぼけた部分があるからイエローだ」
「むっ、私はグルメだが大食いじゃないぞ」

 だからなんでそんなことだけ知ってるんだよ。
 突っ込みの衝動を何とか抑えつつ、ぽつねんと話の流れについていけず、突っ立っていた渚と美凪にも役職を振り分ける。

「遠野は冷静なブルー。渚はピンクな」
「ええっ、わたし通りすがりの一般人さんだとばかり……」

 何故嫌そうな顔をする。おにーさん悲しい。
 オファーを断られたナスティPは悲嘆に暮れる気分になりかけたが、「これが俺達、セイギレンジャーだ」と締めくくって無理矢理流れを終わらせた。

「……せっかく決めポーズを考えていたのですが」

 美凪がしょんぼりとした様子だったが、宗一は無視を決め込む。
 美凪の場合一般のセンスとかけ離れたポーズを考案しそうだったからだ。荒ぶる何とかのポーズみたいに。
 そんな馬鹿げた会話をしつつ歩いたからか、思ったより早く次の部屋……職員室に辿り着いた。

 忘れてはならないが、自分達は脱出のため、生きて帰るためにこの忌々しい首輪を何とかできる(可能性のある)姫百合姉妹を探しているのであり、決してピクニックなどに来ているわけではない。
 その辺りは既に皆心得ているようで、Five−Sevenを片手にドアに張り付いた宗一を見る三人も一様に張り詰めた表情をしている。
 曲がりなりにも、それぞれが修羅場を掻い潜り、人の死を乗り越えて尚進もうとする連中だ。
 頼もしいな、と心中で呟き、ドアの取っ手に手を掛ける宗一の耳に、突然けたたましい音が飛び込んできた。

200きみのこえ。(echo)/傷跡の花。(Low Blood Pressure):2008/11/02(日) 15:38:08 ID:vpnn3bro0
「っ、電話……?」

 罠だと思ったのも一瞬、ドアの向こうから断続的に響いてくる音は聞き慣れた電子音。
 そう、どこからかここにコールしてくる人物がいるのだ。
 電気が通じていることよりも、何故ここに、という疑問が宗一の中で生じる。
 電話をかけるということは、そこに誰かがいて、何らかの応答を期待してやっているということだ。
 見ず知らずの人間は敵になりやすいという状況で、何の考えもなしに見境無く電話するなど在り得ない。
 それにお互いが見えない電話での会話は虚々実々。騙し騙されるのが当たり前という状況だ、なのに何故?

 決まっている。知っている相手と連絡を取るためだ。
 例えば、何らかの原因で離れ離れにならざるを得ない状況に陥り――戦闘に巻き込まれただとか――その後、分校跡に集まろうと約束したが、距離上の関係からすぐには辿り着く事が出来ず、心配しているであろう相方を安心させるために連絡を取ってきた……そんな推測が立てられる。
 既に見知っている相手が電話に出るなら何も心配はいらない。怪しげな人間が出れば即座に切ればいいだけだし、機材もない以上は逆探知だとかの恐れもない。

 そして、これらから導き出せる事実は一つ。
 ここにはやはり、誰かがいる、もしくは集まる可能性が高い。それも、それなりに頭のキレる奴が。
 さて、問題は――

「どうするんですか、電話が鳴ってるみたいですけど……」

 判断を求めるように、渚が宗一を窺う。コール音は既に十回を超え、なお切ろうとする気配は見えない。
 かといって、こちらが出て相手が反応してくれるだろうか。
 自分達は完全に部外者だ。先に考えた『見知らぬ相手ならば即刻ガチャン』は大いに在り得るのだ。
 だからこうして『本来連絡を取り合うはずだった誰か』が電話に出てくれるのを期待して待っているのだが……残念なことに、その様子も感じられない。
 コール音の回数が二十を超える。留守番電話サービスにはならないようだ。良かった良かった。

 はぁい、こちら主催者。こちら主催者。クソ残念ですがあんたの待ち人来たらず永遠にお別れです。追悼のメッセージをどうぞ――

201きみのこえ。(echo)/傷跡の花。(Low Blood Pressure):2008/11/02(日) 15:38:29 ID:vpnn3bro0
 ひょっとしたらそんな音声が聞こえていたかもしれないと思うと、悪態の一つでもつきたくなった宗一だった。
 しかし、本当に誰も出ない。そういう取り決めなのか、それともここに来るまでに命を落としたのか、はたまた本当に無闇矢鱈の電話なのか。
 三十回目のコール音。そろそろ我慢の限界に来て文字通りのプッツンになってもおかしくはない。

 どうする。無視するか、出てみるか。
 駆け引き然とした今の状況を、少なからず楽しんでいる自分がいることに気付き、悪い癖が直ってないと宗一は苦笑する。
 エディ、俺ってエージェントの生活にどっぷり浸かってきたんだな……
 全くだ、と呆れ果てた顔のエディが笑い、背中をドンと押すのが感じられた。
 行けヨ。オレッチがサポートするからナ。

「……そうだな。行こう。ビビってても話にならない。念のために皆は職員室に誰かいないか気配を探ってくれ」

 今の宗一を支えてくれるエディの……その役目を果たしてくれる仲間に背中を預け、宗一はドアを開けて職員室の中に飛び込んだ。
 日が落ちかけて色を消しつつある職員室を横切り、宗一は真っ直ぐに早く受話器を取ってくれとがなり立てている電話の元へと向かう。

「私となぎーで入り口と、もう一つの入り口を見る。古河は中を探れ。くれぐれも、油断はしないようにな」

 ルーシーが指示を出し、二人がそれぞれ「分かりました」と応じて散る。
 誰も気を抜いていない。いい兆候だと思いつつ、宗一は受話器を掴み、耳に当てる。

『……』

 もしかしたらと、宗一は自分から声をかけることはしなかったが、やはり相手はキレるらしく、無言のまま反応を窺っている。
 とはいえ、このまま無言を続けても損をするのはこちらだ。
 切られたらその時はその時だと見切りをつけ、「もしもし」と声を入れる。

『……』

 反応なし。だが、その間に驚きを含んだ気配が感じられたのを宗一は見逃さなかった。
 違う相手が出たという驚きではない。どうしてこの人が、とまるで予想を外れた応答だったことに対しての驚きだった。
 もう一つ、揺さぶりをかけてみることにする。もし自分の勘が外れていないのであれば、受話器の先の相手は二つに絞られる。

202きみのこえ。(echo)/傷跡の花。(Low Blood Pressure):2008/11/02(日) 15:38:55 ID:vpnn3bro0
「残念ですが、天下のナスティボーイの留守番メッセージです。伝言をどうぞ」
『……地獄の目狐が、貴方に狙いをつけたわ。せいぜい気をつける事ね』
「こりゃご丁寧にどうも、リサ=ヴィクセンさん?」
『そちらこそ、那須宗一』

 ビンゴ。それも大当たりの部類だと、宗一は密かに拳を握り締めていた。

     *     *     *

 リサが予想外の好感触を示していた。
 那須宗一と告げられた人物。電話に出た相手は残念ながら柳川とは違ったようだが、リサの反応から察するに友人、それも頼れる人間なのだろうと栞は思った。

「取り合えず、味方が出てくれたみたいですね」
「らしいね。お目当ての相手ではなかったらしいが。……その宗一というのも、超能力だったりしてな」

 冗談交じりに言った英二に、あははと栞は苦笑いを返す。
 先の超能力云々に関しては、栞も信じてはいない。
 奇跡は、起こらないから奇跡……常日頃口癖にしている言葉を思い出し、超能力も同じようなものだと結論付ける。
 ともかく、繋がらなかったという最悪の事態に発展しなかったことにほっと一息つく。

「それで、そっちはどうしてそこに? ……あら、私を探してくれてたの? 私も捨てたものじゃないわね」

 どこか愉しげに那須宗一と話すリサの姿は、友人との他愛ない会話というよりは、ギャンブルでの駆け引きを楽しんでいるかのような雰囲気があった。
 大人の会話、と言えばいいのだろうか。英二と話すときにも同様のものがあった。それとも、元々がそういう性格なのか。
 分からないなあ、と思いつつ栞は視線を虚空に走らせて――

「皆様、いかがお過ごしでしょうか。大変心苦しい事とは存じ上げますが、どうか心を鎮めてお聞きください。――では、第三回目の放送を、開始致します」

203きみのこえ。(echo)/傷跡の花。(Low Blood Pressure):2008/11/02(日) 15:39:47 ID:vpnn3bro0
 ピタッ、と会話の流れも、それまでにあったゆったりとした空気の流れも止まってしまい、静寂が立ち込める。
 栞も、もうこれを聞くのは三度目になる。
 一度目は友達の死を、二度目は実の姉の死を。三度目は――?

 漠然とした怒りと受け止めることしか出来ない己の不甲斐なさが同時に湧き上がり、しかしそれをどこにぶつけるべきなのかも分からず、臍を噛んでいる自分に辟易する。
 だが何よりも許せないのは、そのような思いを持ちながらも、人間の死を当たり前のように感じ、慣れきってしまっている部分を持ちかけた自分だった。
 元々、自分は病弱であるために人よりは死に近いところはあった。それどころか自らの命を軽んじている部分さえあった。
 だからだと言うのか。自分の命さえ軽んじるような人間が、他者の命を軽んじるのは当然。冷めた目で命を見ている自分は――

「……え、ゆう、いち、さん?」

 血が上り、迷走を始めた思考の中に飛び込んできた名前は、栞の中を空白にするには十分過ぎる重さがあった。
 三度目は、大切な友人。自分に死ぬことを思い留まらせ、世界に留まりたいと思わせてくれた人。
 そう、確かに自分の命でさえ、冷めた目で見つめていた。神様に見捨てられた不幸な存在なのだと信じ、挙句の果てに自殺して背中を見せ、目を背けようとして……
 最後の買い物で、月宮あゆと相沢祐一に出会った。
 じゃれ合い、笑い合う二人を見て、栞はかつて姉と、そんな記憶を紡いでいたことを思い出す。
 そんな時が自分にもあった。その光景が羨ましくて、懐かしくて……
 だから、踏み切れなかった。絶望し切れず、たたらを踏んでぺたんと座り込み、深遠の世界へと飛び込むことをしなかった。
 その時傷つけて未だ跡を残すカッターの傷跡が熱を帯び、そこから込み上げ、どうしようもないやるせなさとなって形を成してゆく。

「少年が、か……そう、か……」

 英二が、寂しそうに笑いながら落胆の表情を隠しもせずに俯いていた。

「英二、さん? それって、どういう……」

 言いかけた途中で、英二の視線がこちらに向き、すまなかったとでもいうように目を伏せる。
 途中で別れてきたという仲間。英二の向けた視線の意味。
 瞬時に事実を悟った栞の頭がカッと熱くなり、激情が全身から溢れ出てついに爆発した。

204きみのこえ。(echo)/傷跡の花。(Low Blood Pressure):2008/11/02(日) 15:40:12 ID:vpnn3bro0
「どういう……事なんですか!」

 普段の栞ならば絶対に出さないだろう大声を張り上げ、英二の胸倉に掴みかかる。声に驚き、リサが絶句するほどに。

「……言っただろう。敵に襲われて、僕は敵を引き付けて逃げてきた。確かに祐一少年達は逃げおおせることが出来たはずだ。出来たはずだったんだ……!」

 言い訳という風ではなかった。だがそこにはどうしようもなかった運命の歯車に対しての諦めがあり、既に現実を受け入れ、平静であろうとする大人の表情が見えた。
 やり場のない怒り。また大切な友人を、看取ることも助けることも出来ずに聞くことしか出来ない己の無力。
 八つ当たりだというのを理解しながらも、留めておくにはあまりにも感情の波は膨大過ぎた。
 リサには決してぶつけられなかった憤怒の熱を、吐き出すように栞は叫ぶ。

「そんな、そんな一言で済ませられると思ってるんですか!
 祐一さんは、私の大切な人で、今の私は祐一さんがいなければここにはいなくて、
 でも結局、何も出来ずにこうやって聞くことだけしか出来ないなんて、そんなのないじゃないですか!
 どうして私の手の届かないところで、みんな死んじゃうんですか! あゆちゃんも、お姉ちゃんも、みんな……!
 言ったってしょうがないのは分かりますけど、でも、悔しくないんですか!?
 そうやって仕舞いこんで、誤魔化して慣れてしまって、それでいいんですか!? 私は、そんなの……!」

 嫌だと言い切ることは、栞には出来ない。栞もそうでありつつあるから。けれども、拒んで、抗う気持ちもまた、厳然として栞の中に存在していた。
 自分の命を軽んじるから、人の命だって軽んじるようになる。
 死に慣れてしまったから、これからの死にだって軽薄になってしまう。
 忘れてはならない命の重さ。それ自分は、どこかに置き去りにしているのではないか。
 そうなってしまうのが怖かった。

205きみのこえ。(echo)/傷跡の花。(Low Blood Pressure):2008/11/02(日) 15:41:24 ID:vpnn3bro0
 自分は銃を手に取り、奪うための訓練をしている。覚悟だってした。
 それと同時に、無力さを悟り、どうしようもなくちっぽけだということも理解した。
 だが失いつつあるものがある。大切なものを失うたびに、忘れてしまっている。
 命の重さを忘れて、誰か守れるのか。誰かの役に立てるのか。
 好きなリサ、頭を撫でてくれた英二を助けられるのか。
 出来ない。今のままでは、絶対に出来ないと感じた栞は怖くなって、手放したくなくて、必死に手繰り寄せようと足掻く。

「僕は……受け入れることしか出来ない。残酷な事に……でも、栞君はそうじゃない。まだ怒れる。正しく、怒れるんだ」

 英二は調子を変えず、淡々と告げる。しかしその目は何か、希望を見出した目だった。

「何人か、僕の知り合いも死んだ。でもそれだけだ。僕はそれしか感じられなかった。それが僕という愚かな大人の姿だよ。だからこそ、それを刻み付けておくんだ。こんな馬鹿な大人になってたまるか、ってね」

 苦笑する英二。それは変わらぬ己に愛想を尽かし、諦めたというよりも、その姿を演じて見せ付けることが今の自分に課せられた仕事なのだと無言のうちに語る男の姿だった。
 ヘタクソです。英二さん、演技は、とっても下手――
 そんな感想を抱いた栞の口元は陰のない、微笑の形を浮かべていた。

     *     *     *

『……皐月も、死んでしまったみたいね』

 そうだなと応じた宗一の頭には、先程の少女の絶叫が繰り返されていた。
 内容もそうだったが、生の感情をありありとぶつける彼女の声が、ひどく印象に残った。
 横目で見てみれば、それぞれ複雑そうな顔はしているものの、特に誰も、何も喋ることはなかった。
 ……渚を、除いて。

 渚だけは深刻な表情で、しかし必死になって平静を保っているのがありありと見て取れる。
 その瞳からは、今にも涙が溢れ出しそうで……しかし、すんでのところで押し留めている。

206きみのこえ。(echo)/傷跡の花。(Low Blood Pressure):2008/11/02(日) 15:41:40 ID:vpnn3bro0
 俺には、何もぶつけてはくれないのか。
 苛立ちよりも、寂しさが宗一の胸を突き上げる。
 受話器の向こうの少女のように、怒りをぶつけてくれたっていい。悲しんで泣き崩れたっていい。絶望に罵ってくれてもいい。
 だから、見せてくれよ……渚、お前の気持ちを。
 俺が、そっちに向かうから。

 静かな決意をして、宗一は受話器の向こうのリサへ意識を飛ばす。

「落ち着いたらこっちに来てくれ。こちらはこちらで少し離れたりもするかもしれないが、リサの約束の時間までには、必ず戻る」
『ええ』
「リサ」

 一つ、付け足しておこうと思った宗一は切ろうとする雰囲気になりつつあったリサを呼び止める。

「俺達は軍人……まあ、俺はエージェントだが……ともかく、俺達には矜持ってもんがある。これだけは絶対に譲れないって信念がな。それを忘れんなよ」
『……それじゃあ、また』

 変わらぬリサの声を最後に、電話は途絶える。
 そう、自分には譲れないものがある。
 渚。彼女だけは、俺が全てを投げ打ってでも守る。
 例えそれで、他の命を軽んじるような結果になったとしても。
 皐月、だからお前のために悲しめる暇は、今はないんだ。……悪い。
 胸中に軽い謝罪をして、宗一は湯浅皐月に関する思考を全て打ち消し、受話器を置いた。

 沖木島は、夜の帳が降りようとしていた。

207きみのこえ。(echo)/傷跡の花。(Low Blood Pressure):2008/11/02(日) 15:42:05 ID:vpnn3bro0
【時間:二日目18:10頃】
【場所:F-3】

古河渚
【持ち物:おにぎりなど食料品(結構減った)、支給品一式×2(秋生と佳乃のもの)、S&W M29 4/6、ロープ(少し太め)、ツールセット、救急箱】
【状態:腹部打撲、ちょっと手が痛い、食事を摂った】
【目的:最優先目標は宗一を手伝う事】

那須宗一
【所持品:FN Five-SeveN(残弾数11/20)、防弾チョッキ、SPAS12ショットガン8/8発、スラッグ弾8発(SPAS12)、ほか水・食料以外の支給品一式】
【状態:腹部に軽度の打撲、食事を摂った】
【目的:渚を何が何でも守る。渚達と共に珊瑚を探し、脱出の計画を練る。可能ならリサと皐月も合流したい】

遠野美凪
【持ち物:包丁、予備マガジン×1(ワルサーP38)、包丁、防弾性割烹着&頭巾、支給品一式、お米券数十枚、色々書かれたメモ用紙とCD(ハッキング用)、ノートパソコン】
【状態:強く生きることを決意、食事を摂った。お米最高】
【目的:るーさん達と行動を共にし、珊瑚を探す。ハッキングを絶対に成功させる】

ルーシー・マリア・ミソラ
【所持品:IMI マイクロUZI 残弾数(30/30)・予備カートリッジ(30発入×5)、支給品一式×2】
【状態:生き残ることを決意、食事を摂った。渚におにぎりもらってちょっと嬉しい】
【目的:なぎー達と行動を共にし、たこ焼き友だちを探す。なぎーを手伝う】

208きみのこえ。(echo)/傷跡の花。(Low Blood Pressure):2008/11/02(日) 15:42:25 ID:vpnn3bro0
【時間:2日目午後18時10分頃】
【場所:I-10 琴ヶ崎灯台内部】

リサ=ヴィクセン
【所持品:鉄芯入りウッドトンファー、支給品一式】
【状態:宗一の言葉に従い分校跡に移動。栞に対して仲間以上の感情を抱いている】

美坂栞
【所持品:M4カービン(残弾30、予備マガジン×4)、支給品一式】
【状態:やや健康。リサから射撃を教わった(まだ素人同然だが、狙撃の才能があるかもしれない)。リサに対して仲間以上の感情を抱いている】

緒方英二
【持ち物:ベレッタM92(15/15)・予備弾倉(15発)・支給品一式】
【状態:健康。首輪の解除、もしくは主催者の情報を集める。リサたちに同行。『大人』として最後まで行動する】

→B-10

209亡き彼女の為のセプテット:2008/11/05(水) 01:53:05 ID:IZAF2yHQ0
 神尾晴子の表情は、意外なことにすっきりとして清々しいものさえ感じられるほどだった。
 吹っ切れたのか、それとも自棄になったのか。
 まだ油断は出来ないと思った篠塚弥生はP−90のグリップを握ったまま晴子の挙動をじっと注視して窺う。

「なんや、そないな怖い顔せんでもええやろ」

 おどけたように笑い、肩をすくめる。VP70を手で弄びながら、晴子は無学寺の隅に置いていた自分のデイパックを手に取り、「そろそろ行こか」と尋ねてくる。
 どうやら今すぐに自分と敵対する気はないらしいと判断した弥生は、ようやくP−90のトリガーにかけていた指を離し、紐の部分を肩にかける。
 紐はここで調達したもので、ずっと手に持っておくよりは鞄のように肩からかけておく方が消耗が少ないと考えた弥生が、銃の端をガムテープやらで何重にも巻いて急ごしらえの肩掛け銃にしたのだった。
 また、肩からかけることによってより身体に密着し、手放しにくくなったという利点もできた。
 力ずくで奪われるような事態にはそうそうなるまい。

「分かりました。行きましょう」

 応じた弥生は腰を上げ、晴子と同じくデイパックを背負う。数時間に渡る休息はそれなりに効果はあったらしく、昼頃に戦った怪物――柏木耕一――に投げ飛ばされ、したたか打ち付けた部分の痛みは既に引いている。
 もっとも、古傷のある脇腹の部分は未だ熱を持っており、身体を捻るたびにキリキリとした苦痛が襲い掛かってくる。
 緒方英二が情けをかけた治療のお陰で消毒はしていたはずだし、包帯だって巻かれている。今はどうか分からないが、一応血は止まってはいる、はず。
 赤黒く染まり、黄ばんだ体液がその外周を埋めている包帯の有様を見ればその自信もなくなっていきそうなものだが、自分の中に確かに流れている血の巡りが良好であることはまだ大丈夫という証とも言える。

 まだ戦える。この心が萎えてしまわない限りは……
 と、そこで『心』などという単語が出てきたことに対して、弥生は少し驚愕を覚える。
 そんなものが、まだ自分に残っているというのか。

210亡き彼女の為のセプテット:2008/11/05(水) 01:53:30 ID:IZAF2yHQ0
 だがそうだろうなと弥生は認識せざるを得ない。
 藤井冬弥を殺害したときの感情の発露。緒方英二と相対したときの一瞬の迷い。
 そしてこの直前に思い出してしまった寂しいという言葉。
 人形だろうと断じて疑わなかったはずの自分は、実はこんなにも人間であったという事実として現れた。
 それが甘さとなって緒方英二にしてやられ、藤井冬弥も一度は取り逃がした。

 けれども、それだって力でねじ伏せてきているではないか。
 藤井冬弥は最終的には仕留め、今脳裏にある冬弥は情報としての冬弥でしかない。
 とどめを刺したとき、確かに冬弥の存在を情報として処理することができた。
 寂しいという彼の言葉も所詮は思い出でしかなく、今後の自分に影響を及ぼすこともない。

 一時の感傷。もうその一言で片付けられる。
 英二とて同じことだった。
 生きているからこそ、それは情報ではなく感情として自分の中に流れ込んでくるだけのこと。
 過去の冬弥や英二が自分を苦しめていることはないのだ。
 苦しめているのは、今この瞬間、確かに存在している英二だけだ。

 決着をつけたい。弥生はどろりとした黒い液体が腹の底にたまっていくのを感じていた。
 英二さえ自分の手で葬れば、もう誰も私の心に入り込んでくる者はいない。脅かされることのない、人形として行動ができるはずだった。
 愛憎というものかもしれない。
 己を知るからこそ、己で殺し終止符を打つ。他人には決して持たぬ特異な感情だと弥生は思う。
 早く、会えればいい。この興奮が冷めやらぬうちに……

「待ちぃや。ええもん見つけてきたんや。ウチらにお似合いの、な」

 先行して歩く弥生に、やけに楽しそうな晴子の声が引き止める。「いいもの?」と返した弥生に、晴子はポケットから取り出した小さな鍵をチラつかせる。

「車の鍵や。寺の横の駐車場に置かれとるねん。ええモンやなー、使えたら楽やのになー思うて何の気はなしにドア引っ張ったら開いたんや。で」
「何故か開いて、おまけに何故かキーが掛けっ放しだった、と」

211亡き彼女の為のセプテット:2008/11/05(水) 01:53:51 ID:IZAF2yHQ0
 満足そうに頷いて、はははっと笑う晴子。どうせ開いてなくてもこの女はどうにかして使おうと無理矢理こじ開け、バラしてでも車を動かそうと試みただろう。
 面倒くさがりな晴子の性格を少なからず熟知している弥生はそんな考えを持ったが、何にせよ車が使えるというのは大きい。
 歩いて体力を消耗しない、移動距離が大幅に長くなる。それだけに留まらず車は多少の銃撃に対しても高い防御能力がある。勢いのままに轢き殺すことだって可能だ。
 こちらの存在は察知されやすくなるもののそれを補うだけの戦略的優位性があるというものだ。
 やはり晴子は使えると思った。これが自分ならば常識の輪に当て嵌め、どうせ使えるわけがないと無視し、好機を逃していただろう。

「アンタ、運転は出来るんやろ? ハンドルは任せるで」
「それは構いませんが……免許をお持ちではないのですか」
「ウチはバイク乗りや。性に合わへん」

 かったるそうに言うだけ言って、晴子は車のキーを投げ渡す。
 口ぶりからして免許は持っているのだろうが、ただ単に嫌いというだけのことらしい。
 バイク乗りの矜持とかいうやつなのだろうか。理解できないと弥生は思いながらも、晴子の性格を鑑みるに運転させたら無茶をしでかすような気がしてならなかった。
 断らない方が懸命だろうと当たりをつけ、弥生は分かったと頷いた。運転するだけならさほど苦にはならない。

「なぁ、ひょっとしてアンタ、車乗ると人が変わる……なんて、あらへんな?」
「何をいきなり」
「いや、よくある話やん? 普段冷めた顔の癖して実は生粋の走り屋……」

 馬鹿馬鹿しいとため息をつき、弥生は「早く車の所に案内してください」と返す。
 そんな経験もなければ、そんな趣味もない。
 たまに由綺の送迎で、遅刻しそうになったとき若干飛ばしたくらいだ。

 一蹴されたことに腹を立てたのか、「んな言い方せんでもええやろ」とぶつぶつ文句を言いながら弥生の横を通り過ぎ、付いてこいと顎をしゃくりあげる。
 外に出ると、悪くなっていた天候は更に悪い方へと傾き、さあさあとした小雨が降り注いでいた。
 もっとも車を使う自分達からすれば天候の悪さはさほど関係ない。安全運転さえしていれば。
 文句を言わず引き受けて正解だったと弥生が思っていると、晴子がムッとしたような表情をこちらに向けてくる。

212亡き彼女の為のセプテット:2008/11/05(水) 01:54:11 ID:IZAF2yHQ0
「アンタ、何か失礼なこと考えてへんやろな」
「何をいきなり」
「白々しいわ。ホッとしたような顔やんか。ムカつく。ウチだって最低限のルールくらい守るっちゅーねん」

 最低限なんて言う時点で怪しいものだと弥生は思ったのだが、口に出すと口論になりそうな気がするので沈黙で答える。
 この手の人間と言い争っても疲れるだけだ。
 晴子はイライラを募らせているようだったが、こちらが反応しない以上向こうも何もしようがない。
 ちっ、と吐き捨てて晴子は「こっちや」と弥生を先導する。

 無学寺の脇を通っていくと、晴子の言うとおり、恐らくは一昔前のモデルと思われる乗用車が一台ぽつねんと佇んでいた。
 特に傷などは見当たらないことから心配するようなことはなさそうだが……

「エンジンの起動は確認したのですか」
「ああ、一度確認した。ガソリンもばっちしや。一日中乗り回せるで」

 そこまで言うからには異常はないと思って間違いないだろう。考えてみればこれは主催者の罠ではないのかという疑問が今更ながらに浮かんだのだが、その安全確認は晴子がやってくれた。もし罠なら晴子がキーを回した時点で爆発でも起こしている。
 車自体にガタが来ているという可能性もあるが、それはアクセルを全開にして飛ばさない限りは対処のしようがある。
 参加者を発見でもしない限りは安全運転で十分だ。
 晴子が口出ししてくるかもしれないとは思ったが、今の晴子からは特に焦りというものは感じられない。やはり、吹っ切れたのか。
 日常の中にあった人間関係に未だ囚われている自分とは対照的だ。羨ましいものだ、と皮肉でも何でもなく、弥生は素直に感心する。

 車の扉を開けると、島の土埃の匂いとは違う、つんとした街の匂いが鼻腔を刺激する。
 手肌から感じるシートのザラついた硬い皮の感触も、フロントガラス越しに見えるぼやけた沖木島の風景も、全てが懐かしく、久しいものののように思える。
 一瞬の感慨は、しかし助手席に乗ってきた晴子の姿を見るとすぐに消え失せ、再び弥生の双眸はいつもの冷たいものへと戻っていた。
 デイパックを後ろの席に放り込み、P−90を肩にかけたまま運転席へと乗り込む。
 隣を見ると、既に晴子は寛いだ様子で、シートを後ろに倒して寝転がっていた。緊張感がない……というより、リラックスしている。
 ここまでマイペースだと呆れを通り越して尊敬する。

213亡き彼女の為のセプテット:2008/11/05(水) 01:54:33 ID:IZAF2yHQ0
「シートベルトはして……」

 半ば条件反射で言いかけ、そんな必要はないと思った弥生は「いや、気にしないでください」と繕った。
 交通違反も何もない。寧ろシートベルトなどしていたら対応が鈍るではないか。
 きっちりとしているのも考え物だと思う弥生の隣では、晴子がくくっと笑っていた。

「真面目なんやな、ホンマ」

 全くだと自分でも思いながら、「出しますよ」と声をかけて車のキーを回す。
 キュルルル、とエンジンが唸りを立てて車体が細かい振動を起こし、発車の準備が整う。
 晴子の言うとおり、きちんと動いているようだ。ハンドルを握り、弥生はゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
 ゆっくりと車体が動き、車が走り出す。

「さぁて、地獄巡りのドライブやな」

 呟いた晴子の台詞を洒落にならない、と思いながら弥生は少しずつアクセルを踏み込んでいく。
 少しずつ車は速さを増し、やがて分かれ道に差し掛かる。ここを北に行けば鎌石村方面に、南に行けば氷川村方面だ。
 どうする、と弥生は晴子に尋ねてみる。

「んー、ウチはどっちでもええんやけど……地図、どっちの方が運転しやすいんや」
「……愚問でしたね」

 晴子の見せる地図を一目見て、弥生は嘆息する。
 それなりに緩い南側の道に比べて、北は曲がりくねっており平易な道ではなさそうだった。
 取り敢えずは氷川村に向けて運転することとしよう。
 晴子は地図を仕舞いこむと再びシートに寝転がり、横に顔を向けて雨の降りしきる外の風景を眺めているようだった。

「……おっそいなー」

 晴子がわざとらしく盛大にため息をつくが、弥生は無視して現行の速度で車を走らせた。
 この速さでも徒歩の人間とは段違いの速さなのだ。無理に飛ばす必要性はない。

214亡き彼女の為のセプテット:2008/11/05(水) 01:54:48 ID:IZAF2yHQ0
「なーんか、平和やな……」

 その台詞を聞くのは二度目だった。確かに、のんびりと走行している今の時間は平和には違いなかった。

「平和には、必ず終わりが来るものです。備えはしておいてください」

 晴子の目がこちらを向き、わかっとるわとでも言いたげな視線を寄越してきた。

「ホンマ、真面目くさった奴や。気に入らへん」

 不貞腐れたように言い放つ晴子だが、その手には先程は握っていなかったVP70がしっかりと握られていた。
 半分晴子に向けていた意識を、再度運転に回す。
 この先の大きく曲がった道を真っ直ぐ行けば氷川村に辿り着けるはずだった。

 さて、この車がどこまで通用するか。
 弥生の視線は、既に氷川村を見つめていた。

215亡き彼女の為のセプテット:2008/11/05(水) 01:55:13 ID:IZAF2yHQ0
【場所:F-09 南部】
【時間:二日目午後:19:10】

神尾晴子
【所持品:H&K VP70(残弾、残り4)、大きなハンマー、支給品一式】
【状態:マーダー。右手に深い刺し傷、左肩を大怪我(どちらも簡易治療済み。痛みはあるものの動けないほどではない)、弥生と共に勝ち残り、観鈴を生き返らせてもらう。氷川村に行く】
【備考:蘇生の情報には半信半疑】

篠塚弥生
【持ち物:支給品一式、P-90(20/50)、特殊警棒】
【状態:マーダー。脇腹の辺りに傷(悪化)、晴子と共に勝ち残り、由綺を生き返らせてもらう。氷川村に行く】
【備考:蘇生の情報は一応理解を示している】

【その他:弥生と晴子は乗用車に乗っています。ガソリンはほぼ満タン】
→B-10

216十一時四十分(2)/dis the B.R.:2008/11/09(日) 15:06:09 ID:4fIefZFU0
 
神塚山の頂に、終焉までの時間が告げられた頃。
その山の上を食い入るように見つめる少女がいた。

「ああもう、バラバラじゃない……!」

歯噛みする少女の漏らした声に、傍らの少年が反応する。

「え……? お前、見えてるの……?」
「当たり前でしょ!? ちょっと黙ってなさいよ!」

少年、春原陽平が振り返り、そこに立つ男と目を見交わして首を傾げる。
この少女、長岡志保の言うことはどうもおかしい。
あの山頂で戦闘らしきものが始まって以来、自分たちはこの麓を動いていない。
遥か遠く離れた場所で起こっている戦闘だ。
巨大な化け物は見える。閃光や爆発も見える。
だが細かな趨勢や、まして戦っている人間など、芥子粒ほどにも目に映らない。
事実つい今しがたまでそれが見えていたのは背後の男、国崎往人だけだった。
自分と志保は国崎の実況に一喜一憂しながら、今後の身の振り方を検討していた。
していた、はずだった。

「どうしてみんな、勝手なことばっかりやってんのよ……!」

だが少し前から、少女の言動が明らかに変わっている。
見えている、というのだ。
今しがたまで見えなかったものが、見えている。
志保はそのことに疑問を抱いていない。
そのことが当然だというように、自分の異常を受け止めている。

217十一時四十分(2)/dis the B.R.:2008/11/09(日) 15:06:40 ID:4fIefZFU0
おかしな島だった。
殺し合いをしろと言われて連れて来られた。
だというのに出会ったのは妙な連中ばかりで、殺し合いなどそっちのけで動いていた。
男と一夜を過ごす悪夢や、死ぬほど殴られたりといった不幸はあった。
だが今、自分はこうして生きている。
どうして生きているのかはわからないような目にあったけれど、ともあれ生きていた。
奇妙な事態の一つや二つ、今更気にするほどのことでもないのかもしれない。
そんな風に結論づけて、春原は少し張り出している腹をぽんと叩く。
便秘かな、少し運動しなきゃな、そんなことを考えながら、軽い気持ちで口を開く。

「はは、どうせなら僕らの声が、その戦ってる連中に届くような……そんな力があったら面白いのにな」

本当に、軽い気持ちだった。
単なる戯言、場を持たせるための冗談、その程度の言葉だった。

 ―――そんな力、あるわけないじゃない!

そんな怒声と、機関銃のような罵声の嵐が返ってくると確信し、内心で身構えて、しかし。

「届くわよ」

少女は、ただ一言。
それだけを、口にしていた。

「あたしの声は、届く」

少女は、じっと山の上を見上げていた。
絶句する春原の目に映る少女の表情には、一切の冗談を許さない雰囲気があった。
凍りついたような空気が嫌で、そんな場を崩したくて、何か茶化してやろうと少女を見て、
そして春原は、口を噤む。
少女、長岡志保の頬には、一筋の涙が伝っていた。

「あたしはここで見てる。だったら見てるだけなんて、そんなの嫌じゃない。
 あたしの見てるものは、誰かに届く。届けるのよ。あたしの声が。あたしの言葉が。
 それが志保ちゃんだもの。それが、あたしだもの。届くに決まってる。絶対。……絶対!」

支離滅裂だ、と春原は思う。
少女の言葉には、何の根拠もない。
それはただの我侭で、駄々っ子が店先でごねるようなもので、だけど。
だけどその目には、きっと世界のどこかで何かを変えると、そう信じたくなる光が、宿っていた。

「……かもね」

この世界でたった一人、あるはずのない奇跡を疑わない、少女がいた。
自分が、その二人目になろうと、思った。

 ―――どくり。

鼓動が、聞こえた。

218十一時四十分(2)/dis the B.R.:2008/11/09(日) 15:06:55 ID:4fIefZFU0
命の、脈動する響き。
呼応するように背後、小さな音がした。
世界のどこかで、何かの変わる音だと、そう思えた。

振り向けばそこにあるのは古びた社。
鷹野神社と銘の掛けられた社の奥、光る何かが見えた。
朽ちかけた暗い拝殿の奥で燦然と輝くそれが何なのか、春原にはわからない。
小さな羽根のようにも映るが、羽根は自然に光らない。
だからそれが何であるのか、春原陽平には理解できない。
それが幾多の不幸をもたらしてきた翼人の羽根であると、その意思の宿った一片であると、知る由もない。
しかしその光る何かを見つめる春原の耳に響く鼓動は、どんどんとその存在感を増していく。

どくり、どくりと鼓動が響く。
初めは息遣いよりもささやかに、次第に梢のざわめきを凌駕して、そして最後には世界を包むように。
ぐらり、と視界が傾く。

鼓動は外から響かない。
鼓動は心臓の音だ。
春原の心臓はしかし平静で、ならば誰かの心臓が、鼓動を奏でている。
それが誰だかわからずに、自分の中から響くもう一つの鼓動が誰のものだかわからずに、
音に呑み込まれて耳を押さえた春原の視界が、光に満たされた。

青の一色。
静謐な湖面の、無限の蒼穹の、水平線まで続く波濤の、それは色。

音と光が春原を包み、その意識を薄れさせていく。
最後に少女がこちらを向いて、何かを言ったような気がする。

「―――あんた……! 何、そのお腹……光って―――!?」

音に紛れて、少女の声は聞こえない。
光に掻き消えて、少女の顔はもう見えない。

何が起こったのかはわからない。
わからないけれど、少女の言葉を信じようと思ったのが、この光を呼んだのなら。
拡がる光が満たすのはきっと、少女が声を届けたいと願う、世界のすべてだ。

春原陽平の意識は、それきり途絶えている。

219十一時四十分(2)/dis the B.R.:2008/11/09(日) 15:07:39 ID:4fIefZFU0

【場所:G−6 鷹野神社】

長岡志保
 【所持品:なし】
 【状態:異能・詳細不明】
春原陽平
 【所持品:なし】
 【状態:妊娠】
国崎往人
 【所持品:人形、ラーメンセット(レトルト)、化粧品ポーチ】
 【状態:健康・法力喪失】

→678 1003 ルートD-5

220巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 00:51:45 ID:zsviVj.20
 パソコンの前では、まさに最後の仕上げと言わんばかりに姫百合珊瑚が目にも留まらぬ速さでキーボードを打ち、プログラムを組み上げていた。
 まるでピアノの演奏だ、と向坂環の看病を続ける姫百合瑠璃は思った。

 これが完成すれば、ひとまずは首輪の脅威から逃れる事が出来る。それを足がかりにこの悪夢じみた島から逃げ出すことだって……
 だが、そう簡単に事は運ばないのは瑠璃にだって分かっている。
 自分達が首輪の事について話すときにはいつだって筆談。盗聴器がついているからだ。
 加えて、島のあちこちに仕掛けられた監視カメラ、それに参加者を区別するための発信機。

 首輪を外すということはそれを付けた人物が死亡したことと同義だ。
 発信機がたちまちのうちに死亡のシグナルを出し、それを管理している側が不審に思わないわけがない。
 最悪兵士でも送り込んできて、首輪を外したこちらを抹殺にかかる可能性もある。
 狭い島の中だ、主催者側の技術力ならば簡単に見つけ出されるだろう。
 だから首輪を外すときは、この島から脱出するときだ。

 船か、あるいはヘリでも確保し、動かせる状況になってから首輪を解除。何事かと主催が事態を把握する間に外海に逃げ出す。
 恐らくはそういう筋書きを、珊瑚は立てている。
 だがこの問題点は、果たして脱出の要となる船、ヘリを首尾よく確保できるかというところだ。
 この島にそんな都合のいいものが用意されているわけがなし、そうなると畢竟、主催側の懐に飛び込まなければならなくなる。
 主催者側にだって、ここに来るまでに用意した移動手段が、必ずあるはずなのだから。

 そのとき、果たして自分は珊瑚を守りきる事が出来るのか。
 未だ戦闘経験のない自分が守るためとはいえ、人を殺す事が出来るのか。

 迷いが不安となって津波の如く押し寄せ、それでもやらなければならないのだという焦りを生み出す。
 いつまでも安穏としてはいられない。自分だけ綺麗でいようだなんて虫の良すぎる話だ。
 分かっている。分かっているけれども、戦うという未知の事態に覚悟の支えが揺れる。
 靄を掴むような感触が、確信を持たせてくれない。

221巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 00:52:07 ID:zsviVj.20
 じっとりと手のひらに汗が滲み、落ち着こうと一つ息をついて、瑠璃は作業を続けている珊瑚の横顔を見る。
 パソコンのモニタ以外は何も目に入っていない、真剣な顔。
 イルファを設計したとき、自分とイルファを仲直りさせようと奔走していたときもこんな顔だったのだろうか。
 想像しているうちに、自分の中に再び、萎えかけた決意が膨らんでいくのを感じる。

 そうだ。この顔があるから、まだ生きている珊瑚の顔を見られるから、まだ自分だって頑張れる。
 沈黙の内に瑠璃は決意を新たにし、環の看病に集中する。
 とはいっても、濡れた布巾で汗を拭い、体を冷やさないようにしてやることくらいしかしていないのだが……
 苦笑のうちに、それでもやらないよりはマシか、と思い直し柔らかな頬をそっと拭う。
 気のせいか顔色はそれなりに良くなり、呼吸も安定してきている。峠を越え、取り合えず命に別状はなくなったというところだろうか。
 安心は出来ないと思いつつも確かに命が戻ってきているという実感が瑠璃の頬を緩ませる。

「瑠璃ちゃーんっ!」

 と、そこに盛大に声を張り上げ、どたどたとこちらに駆け寄ってきた珊瑚が背後から抱きついた。
 勢いのあまり環の腹部にダイビングヘッドしそうになった瑠璃だったが、ギリギリのところで堪えて大惨事になるのだけは回避する。
 ここに隠れているという事実を理解しているのか、そして環が大事になったらどうしてくれるのかと二つの文句をぶつけようと珊瑚の方に振り向いた瑠璃だったが、声を出す間もなくその眼前に突きつけられたメモ用紙には、辛うじて日本語だと認識できるくらいの汚い文字で文章が書かれていた。

『ワームかんせいや〜』

 ホンマか! と文句を垂れようとしていたことも忘れて思わず叫びそうになった瑠璃だったが、それは機密中の機密ということも思い出し、慌てて口を閉じる。

「ど、どうしたん、さんちゃん?」

 とはいえ、抱きつかれた勢いのままギュウギュウ締め上げてくる珊瑚の体をいつまでも受け止める事が出来るわけもなく、堪忍してとばかりに珊瑚を邪険にならない程度の力で引き剥がし、改めてやり遂げた珊瑚の表情を見る。
 笑顔とは裏腹に、珊瑚の表情にはやや疲れの色が見えた。そうだろう。何しろ何時間もぶっ続けでパソコンの画面と向かい合っていたのだから。

 自分の何倍の苦労を成してきたのかという疑問を持たせる間もなく、珊瑚は「お腹空いたー」と恐らくはこれも本音であろう言葉を続けた。
 小食なはずの珊瑚だが、流石にあの様子では空腹にもなるだろう。
 ならば、自分の出番だ。家事を得意とする姫百合瑠璃の本領発揮というわけだ。

222巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 00:52:30 ID:zsviVj.20
「……しゃーないなぁ。ウチがなんか作ったるから、さんちゃんはちょっと大人しくしててや」

 この家にあるのは携帯食ばかりではない。持ち運びできないというだけでちゃんと冷蔵庫には食材もあった。
 調理する音が気にならないではないが、この家の真横を誰かが通るのでもない限り聞かれる心配はない。
 はーい、と行儀よく応じた珊瑚を置いて、瑠璃は腕まくりをしながら台所に向かおうとした、その時であった。

「皆様、いかがお過ごしでしょうか。大変心苦しい事とは存じ上げますが、どうか心を鎮めてお聞きください。――では、第三回目の放送を、開始致します」

 放送……その単語を脳が理解したときには、既に一人目の名前が告げられていた。

「祐一……!? さ、さんちゃん……!」

 驚くというより、信じられなかった。つい一時間前まで顔を合わせて笑いあっていたはずの仲間。
 思わず珊瑚の顔色を窺った瑠璃だったが、何か言葉を紡ぐ前に、さらなる犠牲者の名前が呼ばれる。
 神尾観鈴。川名みさき。……数少ない知り合いの、河野貴明まで呼ばれていた。

 そんな、馬鹿な。
 ショックが大きすぎて、その程度の感想しか抱けなかった。
 ここ一時間の間に、藤田浩之を除く外出組は全滅したというのか?
 一体何があって、三人も死んだ?

 放送でそれらの名前を告げていた人物は、まだ何事かを呟いていたが、冷静に聞き取るだけの余裕はなかった。
 珊瑚も相当のショックがあったらしく、ひろゆき、と唇が動いたのを最後に呆然と立ち尽くしたままの姿になっていた。
 何か言わなければと思いつつ、口は開くことなく、逆に頭の中ではどうしてこんなことになったと思考がぐるぐると回転している。
 一時間足らずでここまでの人数が死んだ、ということは容赦なく人を殺せるだけの凶悪な人物が近辺に潜んでいるということを指す。
 だがここには何も聞こえてはこないし、相変わらず静かなままだ。
 何より、怪我しているとは言え、浩之や祐一がいてそれほどの死者を出したというのが在り得ない。

223巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 00:52:46 ID:zsviVj.20
 一体どうして、と考える瑠璃の頭に、もう一つの可能性が頭をもたげる。
 浩之が裏切って、皆を殺しにかかったという可能性。
 油断している皆の背中に銃を突きつけて、容赦なく撃ち抜いたのではという可能性。
 ……それなら、辻褄は合う。こんな短時間で仲間が次々に死んでいったということも。

 しかしそんなのは在り得ない。常にこの殺し合いに疑問を持ち、傷つきながらも立ち向かい、守ってきた浩之が……殺し合いに加担するなど。
 背中を合わせて守りたい人を守ると話し合ったあの夜。
 仲睦まじくみさきの手を取って歩いていた背中。
 あれが全て演技だったというのか。皆を信用させ、無防備な背中をさらけ出させるための策だったというのか。

 嘘に決まっている。こんな根も葉もない思い込みを信じてどうする。
 疑心暗鬼にかかり、仲間を裏切りかねないのは自分じゃないか。
 己の周囲に靄が立ち込め、まるで周りが見えなくなっていく。
 一度根を張った疑いの芽は既に萌芽を始め、しっかりと足元に絡みつき瑠璃の身動きを封じてしまっていた。
 どんなに断ち切ろうとしても、すぐにまた成長を始めて……

「瑠璃ちゃん?」

 放送が終わってからも何も喋ろうとしない瑠璃に、一抹の不安を感じたのか、珊瑚が心配そうに顔を覗きこんでくる。
 そこで靄は離散し、芽の成長も一旦止まる。
 違う可能性だってあるじゃないか。例えば、あらかじめ誰かが張っていた罠に浩之以外が引っかかってしまったとか……
 けれどもそれだって憶測でしかない。確信に至るだけのものが存在しない。

 今すぐに浩之に会いに行きたかった。この疑いを馬鹿となじって横っ面を張って欲しい。
 光の差す方へ進もうとした、藤田浩之として、愚かな妄想を持つに至った自分を――

「……さんちゃん、さんちゃんは、どう思ってるん?」
「え?」
「浩之……」

224巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 00:53:09 ID:zsviVj.20
 体は、今すぐにでもこの家を飛び出して真実を確かめたいと主張していた。
 しかし珊瑚を放っていくわけにはいかない。自分と珊瑚は一心同体。それ以前に掛け替えのない姉妹であり、家族なのだ。
 己の一存で勝手をして、珊瑚を困らせるわけにはいかなかった。
 大体、自分に何かを決める権限などない。ここではいつだって珊瑚の背中にくっついているだけで、何の役にも立っていない自分になど……

 またぞろ嫌悪感が己の中に広がり、どうしようもない無力感が瑠璃の中を支配する。
 みさきとはまるで違う。みさきは、しっかりと浩之の心の支えでいてくれていたのに。

「……ウチは、浩之を信じるよ。きっと、何か良くないことがあったんや。多分、ものすごく辛い思いしてる……だから、今度はウチらがしっかりして、浩之を支えたらんと」

 当たり前すぎる言葉だった。……そうだ。今誰よりも悲しみに打ちひしがれているのは、三人も仲間を失った浩之ではないのか。
 浩之は裏切り者かもしれない。でも今まで見てきた、自分達の信じてきた浩之なら、きっと悲しみに暮れているはずなのだ。
 珊瑚の言葉に強烈な衝撃を受けた瑠璃は、自分がどうしようもない屑に思えてきたが、珊瑚は「そんなこと言うてる、けどな」と続けた。

「でも、怖いねん。ひょっとしたら浩之が裏切ってるかもしれんって考えて、すぐに探しに行けばいいのに、環さんがここにいるから、やらなあかんことがあるからって理由つけて、動きたくないウチがおるねん。ウチ、のろまで、ドジやもん。襲われたら何もでけへん……誰も守れへん。だから瑠璃ちゃんが羨ましい。本気出した瑠璃ちゃんは、強いねんもん。でもウチは何もできへん……ただの機械オタクやもん。それに……殺されるのだって、怖い。瑠璃ちゃんの言うてた守る覚悟なんてあらへん。……あるのは、ここから早く逃げ出したいって気持ちだけや」

 自嘲するように珊瑚は言って、俯く。そこにあるのは同様に、疑心の芽に絡め取られた姉の姿だった。
 珊瑚も同じだったのだ。プログラムを組むこと以外では何も取り得のない、無力な己に辟易し、嫌悪する。
 そればかりか保身にさえ走ろうとしている自分が、果たしてここにいていいのか……そんな問いを、瑠璃に向けているような気がしていた。

 そんなことはない。自分だって同じだ。ウチだって浩之を信じてる。でも、ちょっとだけ不安なだけなんや。

 口を開きかけた瑠璃だったが、カラカラになっていた喉から言葉が出る前に、珊瑚は「せやから」と笑って、付けっぱなしになっていたパソコンの前まで走り、何事か作業を始めていた。
 言葉をかける機会を逃した瑠璃が呆然と立ち尽くす中、珊瑚は黙々と、真剣にパソコンの画面に見入っていた。
 どうしよう……そんな感想が頭の中を過ぎ、そう言えば自分は料理をしようとしていたのだったと思い出した瑠璃は、せめて食事だけでもと冷蔵庫まで行こうとしたのだが、玄関から聞こえてきた、ガンガンという音に全てをかき消された。

225巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 00:53:54 ID:zsviVj.20
「……っ!? だ、誰や!?」

 叫んでから、しまったと瑠璃は思った。これではこちらの存在を相手に知らしめてしまったのと同義ではないか。
 黙っているということは、浩之では在り得ない。もし浩之なら、まず真っ先に何か声をかけてくるはずだからだ。
 敵――そんな言葉が脳裏を掠め、咄嗟にレミントンM700を持ち、玄関へと向かう。

「た、助けてください! 追われているんです!」

 返答など期待していなかった矢先。息を弾ませ、いかにも怯えたという風な声が、玄関扉の向こうから聞こえてきた。

     *     *     *

 さて、島の中の参加者の人数が分かるというフラッシュメモリを手に入れたはいいものの、これを安全かつ確実に使えるようにするにはどうするべきか。
 小走りで動きながら、藤林椋は氷川村の南を行っていた。
 姉の藤林杏と再会することが最大の優先事項であり、それ以外のことは椋の頭の中にはなかった。
 現に椋は一刻も早くこのフラッシュメモリを使いたいがばかりに自らの脅威となり得る柳川裕也や藤田浩之、長瀬祐介殺害目撃の可能性がある宮沢有紀寧などがまだここに潜んでいるにも関わらず、氷川村を抜けることなく留まっていた。

 浅はかと言えば浅はかに過ぎる椋の思考だが、逆を言えばそれだけ杏に対する思いの丈が強いという証拠でもあった。
 誤解され、裏切られ、人間の醜い心理模様をこれでもかと目撃してきた椋にとって、杏だけが唯一信じられる絶対的な存在であり、救いの手を差し伸べてくれる救世主(メシア)であったからだ。
 無論椋は杏に一度たりとも再会してはいないし、杏が狂っているかもしれないという憶測を立てたこともない。家族だからという理由だけで、杏は自分を救ってくれるのだと愚直なまでに信じきっていた。

 だが家族という言葉の重みはこの島においては誰もが知っていることだろう。
 血を分かち、共に暮らした家族が、同族を襲うなど在り得ない。そう無条件に信じてしまうだけものが、家族という言葉の中にはある。
 その点において、椋はこれ以上になく『純粋』でもあった。

226巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 00:54:11 ID:zsviVj.20
 家族以外は信じず、全てを排除する。
 白と黒の二色に塗り分ける、単純にして絶対の倫理。

 だが椋とて、目的のために全てを見失っているほど愚かではない。
 達成するまでは身の安全を確保し、最上の手段で経路を導き出す。そうするだけの頭脳が椋の中にはあった。
 そこで考え出したのが、またもや誰かの中に紛れ込み、盾として利用しつつパソコンに繋ぎ、このフラッシュメモリを差すという戦略だった。
 要は姉の位置が分かって、それまで安全でありさえすればいい。そのための盾をここで見つけ出そうという算段だった。

 当たり前だが、誰でもいいというわけにはいかない。自分の存在を知らない存在であることが第一の条件。
 自分より弱いということが第二の条件。
 第二の条件を設定したのは万が一、自分の正体がバレたとき迅速に殺害するための措置。
 ただし自分が運動を苦手としているのは他ならぬ自分自身が良く知っている。同時に相手できるのは二人が限度、それも男が含まれていないのが絶対条件。……さらに言うなら、川名みさきや倉田佐祐理のような、誰の目にも明らかな弱者であるのが望ましい。
 だが先の放送で呼ばれた45人という死者の数から考えて、そのような人物はもう殆どいないだろう。あまり期待はしない。

「そうだ、放送といえば……ふふ、分かってるじゃないですか」

 放送において追加された『生き残りを二人まで許す』という言葉。
 やはり天運は自分達姉妹についているのだと椋は確信する。
 きっと姉のために奮闘する自分へのご褒美に違いない。残念ながら殺した数が足りなかったのか、そのままここから出させて貰えるというわけにはいかなかったが、上出来に過ぎると言えるだろう。きっと姉だって褒めてくれる。
 早く会いたい、会いたい――

 無垢な少女のように微笑む椋は、いつしか海岸の方まで走ってきていた。
 軽く息を切らせつつ、深呼吸のために大きく息を吸い込むと、海独特の潮の香りが鼻腔を刺激し、胸の辺りがスッと冷えていくのを感じた。
 さて、もうそろそろ行動に移ってもいいだろう。
 軽く周囲を見回し、どこかにパソコンが置いてありそうな家はないだろうかと見回すと、うってつけとでもいうように一軒の民家が目に留まる。
 あそこにあるだろうか。軽く期待に胸を膨らませながらそちらへと向けて走る。

「……ん?」

227巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 00:54:38 ID:zsviVj.20
 まずは様子を窺おうと、じっくりと家の様子を観察しようかと思った椋だったが、その必要はなかった。
 地面に足跡がいくつか。さらに土が玄関前にいくつも広がり、明らかに誰かが入ったと思しき形跡があったのだ。
 人がいる。一瞬家に侵入すべきか迷った椋だったが、ここの立地条件を鑑みるに、安全である確率は高いはずだった。
 人気のない海岸沿いな上、もし柳川のような凶悪かつ狡猾な殺人鬼が潜むとしても、こんな分かりやすい形跡を残しておくだろうか。
 少なくとも自分が柳川の立場であれば、奇襲に必勝を期すため、極力人の気配は絶っておく。

 ならば、ここにいる……かもしれない人間は、自分同様の素人然とした参加者なのではないか。
 襲い掛かってきたとしても、このショットガンなら勝てる。
 ベネリM3をデイパックから取り出し、注意深く手に持った椋は、ありったけの必死さを演出しながら激しく玄関の戸を叩く。

「だ、誰や!?」

 途端、声に驚いたらしい女のものと思われる声が家の中から聞こえてきた。
 やはり、隠れていた。それも予想通りの人間。
 好都合だと笑った椋は顔を歪ませながら、ここを自らの苗床とするべくさらに演技を続ける。

「た、助けてください! 追われているんです!」

 誰に、とは言わない。
 ここが氷川村の近くである以上先程殺した観鈴やみさきの知り合いとも限らないのだ。
 下手に情報を出して窮地に追い込まれるのだけは避けたかった。
 それはこの島で椋が人を殺していくうちに学び得た、知恵の一つだった。
 自分の怯えた声を信用したのか、特に追及の言葉が来ることもなく簡単に鉄の門は開けられた。
 心中でほくそ笑みつつ、椋は盾となる人物と対面する。

「……」

 が、流石に警戒を全て崩しているわけではなさそうだった。出てきた女は自分同様にショットガンを持ち、その銃口を向けていた。
 椋はひぅ、と掠れた声を上げ、さも相手が自分を殺そうとしているかのように振る舞う。

228巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 00:54:59 ID:zsviVj.20
「あ、あ、あ、そ、そんな、ちが、こ、殺さないで……」

 ぺたんと尻餅をつき、弱者のように演技する。もう椋にとって、それは慣れたものだった。
 この島において学んだことはもう一つ。
 弱者は確かに駆逐されるが、あまりに弱すぎる者は生かされる。いつでも倒せると認識するからだ。
 餌として、飼い殺すために。
 故に相手よりも遥かに弱いということを認識させれば、すぐには殺されることはない。椋はそう確信していた。

「勘違いせんといてや。ウチはそんな誰彼構わず殺す気はあらへん。手ぇ出さへんのやったら、こっちも何もせぇへんよ」
「あ……は、は、はい……」

 まずは第一関門突破。ショットガンの銃口を上に向けた女は、取り合えず敵意をこちらには向けていないようだった。
 尻餅をついたと同時に地面に落としたベネリM3を拾いながら、椋もよたよたという調子で立ち上がる。

「立ち話もなんやから……というか、ここにいたらウチらだって危ないから、取り合えず中に入るで」

 ウチ『ら』という言葉に、ここにいるのは一人だけではないらしいと悟った椋は、まずこの女を排除するという思考を捨てる。
 手を出さなければ手を出してこないとも言っていたし、危険性も今はなさそうだ。
 椋は頷いて、女に続くようにして家の中に侵入していった。
 廊下を過ぎ、居間に出ると、そこではまた新たに机に向かって……いや、パソコンに向かって作業している女がいた。
 椋は喝采を上げたいのと、すぐには使えないのかという落胆の、両方の気分を味わう。

 ベネリM3を乱射して皆殺しにするのは簡単な話だったが、それではパソコンも壊しかねない。
 何よりここに誰かいて、争っているとの格好の目印になってしまう。
 しばらく待つしかないと作業をしている女に憎悪の視線を向けつつ、椋は「あの」と話を切り出す。

「皆さんはここで何を?」

229巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 00:55:19 ID:zsviVj.20
 まずは情報収集。最終的に二人が生き残れると決まった今、利用し合う関係から有用なパートナーとなり、共に生き残りを図ろうとする人間は多いはずだ。ここにいる二人もそうだろう。容姿も似ていることから、ひょっとすると姉妹かもしれない。
 ともかくまだ安心はしない。ここで自分は弱者であり、今すぐ殺す価値もない人間だということを存分にアピールすればいい。

 気付いたときには、猛毒の牙が喉元に噛み付いているんですけどね。
 冷笑を押さえ込み、ここまで案内してきた女へ視線を移す。

「ん……まぁ、なんというか、怪我人がおるねん。今は隣の部屋で寝てんやけど……それで、医者を連れてきてもらおう思うて、別の仲間が探しに出てんやけど」

 怪我人、という情報よりも、医者を連れてくる仲間がいるという情報の方が椋の耳朶を打つ。
 そんな連中に、つい先程出会っていたからだ。

 藤田浩之と、その一行……しかもそのうちの二人は椋が自ら殺害したのだ。
 ヒヤリとしつつも、先のこの情報を手に入れられたことに、椋は己が絶対的に有利な立場を獲得したと確信する。
 連中とは氷川村に一度向かう過程でそれなりの情報を持っているし、どのような嘘をつけばいいのかは見分けがつく。
 彼らから奪った支給品は絶対に出さない。彼らの存在を知っていたことも話さない。
 この二つを念頭に置きつつ、「そうですか……」とさも初めて知ったような風を装う。

「……そういや、アンタは追われてるって言うてたけど、誰にや? 良かったら教えて欲しいんやけど。……っと、その前に名前教えとくわ。ウチが姫百合瑠璃、あっちのがさんちゃん……やなくて、姫百合珊瑚や」

 紹介された作業女……姫百合珊瑚がこちらを向き、ぺこりと一礼する。
 しかし特に何も言う事もなく、すぐにパソコンのディスプレイに向かって作業を再開する。
 何をしているのかに特に興味はなかったが、早くこちらが使えるようにして欲しいものだ。
 思いつつも、不審がられるわけにもいかない椋は文句を堪え、瑠璃との会話に神経を傾ける。

「えっと、藤林椋っていいます。あの、それで、私、お姉ちゃんを探していたんです。藤林杏って名前の……」

 杏という名前を出し、まずは反応を窺う。これで居場所が掴めればわざわざフラッシュメモリを使わなくて済む。
 リスクが減るという意味で、そうなれば理想だと考えたが、二人から特に反応が見られなかったことから外れか、と結論付ける。

230巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 00:55:39 ID:zsviVj.20
「それで、この辺りまで探して歩いてきたんですけど、村に入った途端突然男の人に襲われて……ここまで必死に逃げてきたんです」
「男……誰かは分からへんの?」

 分かりません、と首を振る。柳川の情報でも伝えようかと思ったが、あまり精緻すぎても疑われる可能性もある。
 外見の簡単な特徴だけ言うことにする。男は基本的に共通する特徴も多いから、誤解を招いて混乱させられればという狙いもあった。

「でも、目つきが怖くて、後は……眼鏡をかけていました」
「眼鏡……」

 どこかホッとしたような表情を見せる瑠璃。当てが外れたのだろうか。期待していなかったとはいえ、誤解を持たせる策に失敗したかもしれないことに、椋は内心歯噛みする。もっとも、実害はないからどうということもないが。

「大変やったんやね……けど、よく無事で逃げてこられたね。怪我してるようやけど、大丈夫?」

 不意にかけられた声に、椋の心拍数が上がる。
 背中を向けたままの珊瑚が尋ねていた。のんびりとした声の調子はただ疑問に思っただけだったのか、それとも疑いの声か。
 椋は裏返った声で「だ、大丈夫です」と答えた。動揺がありありと出ているのが自分でも分かったが、珊瑚はそれを怖い記憶を呼び覚ましたと勘違いしたのか、「あ、聞かれたくなかった……? ごめんなー」とようやく顔をこちらに向け、頭をぺこりと下げた。
 だが心の底で疑っている可能性はなくはない。嘘をついているかもしれないと思われたが最後、こちらを排除しにかかる恐れもある。
 どうする、こちらから先手を打って攻撃するか。未来の危険より、まずは目の前の危険を……

 デイパックに意識を飛ばしかけて、早計だとギリギリのところで理性がストップをかける。
 今ここでベネリM3を乱射したとして、銃声を撒き散らすばかりか目の前のパソコンまで破壊してしまう。
 目的は姉の居場所を掴むことであり、敵の排除はその後。焦ることはない。この二人は手に武器も持っていなければデイパックも近くにないではないか。こちらが常に武器を保持しておけば、有利なのはこちらだ。
 まだ動くのは早い……しかし先程の緊張のお陰か、足は少し震え、デイパックを持つ手は汗ばんで滑り落ちそうになるほどだった。

「調子、悪そうやな」

231巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 00:56:04 ID:zsviVj.20
 様子を見ていた瑠璃が、ぽんと椋の肩を叩く。ビクッと竦み、振り払いたくなる衝動を押さえ、「は、はい」と笑顔を作って応じる。
 演技ではなかった。小心者である椋は常に安全を確保しておかなければ余裕を持てず、動揺をありありと浮き立たせてしまうのが常だった。

「まあ話はまた後でええよ。今は隣の部屋で休んどきや。もう一人おるねんけど」
「もう、一人?」

 聞いてない。それとも、あえて言わなかったのか。
 考えを巡らせる間に、瑠璃は閉じていた襖を開け、その奥で眠っている一人の人物の姿を見せる。
 部屋自体が暗くてよく分からないが、どうやら眠っているらしい。怪我もしているようだ。
 現状の脅威ではない、と判断を下しかけた椋の頭に、けれどもそれをひっくり返す情報が入ってきたのはすぐだった。

「向坂環さんって言うんやけど、ちょっと、酷い怪我でな――」

 こう、さか?
 名字を聞いた瞬間、先のものとは比較にならないほど心拍数が跳ね上がるのが分かった。
 向坂という名字は聞き覚えがあるだけでなく、椋にとってトラウマにも等しい、忌むべき名前であったからだ。
 佐藤雅史を騙して殺し、凶悪で底無しの虚無の如き瞳を携えた男……向坂雄二の名を思い出してしまった。
 いや、実際布団で眠っている彼女と、雄二とは姉弟の関係には違いない。
 だとするなら……この女も、雄二同様人を騙し、背後から襲い掛かり殺していくような凶悪な人物だ。

 なんの確証もない憶測だったが、椋はそれだけが真実だと断じて考えを進める。
 今の椋は精神が崩壊しかけており、自分と姉以外の人間は全員が全員他の人間を殺して生き残ろうと図っている、そうとしか考えておらず、尚且つかつて自分をひどく裏切った雄二の親類だというのなら、尚更凶悪な人物だと見なすことはある意味で当然の心理だった。
 放置しておいては、危険を伴う……己のことを棚に上げ、椋は内心でどうしてこんな奴を招きいれたのかと吐き捨てた。
 排除しなければならない。早急に。

 それまで環に何があったのか、どんな理由があってここに招いたのか、その事を探ろうとする思考は持ちえようがなかった。
 向坂という名字の人間なら、それだけで危険分子。
 既に椋の頭には穏便に事を済ませようという意思はなく、どのようにして環を……いや、この家に巣食う人間を全滅させるかだけを考えていた。

232巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 00:56:25 ID:zsviVj.20
 真っ先に確保すべきは今の自分の安全であり、命。
 突き詰めれば保身の一語で説明が成り立つ藤林椋という人間の、脆弱な人間性を表していた。
 しかし誰も椋を責めることなど出来はしないだろう。
 幾度となく裏切られ、精神の安寧を保つためにここまで身を落とさなければならなかった椋を、誰も……

 椋はまず、環を例の毒で葬ることを考える。
 ショットガンでは銃声で気付かれ、逃げられるか戦闘になる恐れがあるし、椋自体も一度たりとも発砲していない。
 勝てる見込みが少ない状況で、最善の戦法は一人ずつ、確実に仕留めていくことだった。

「えっと、じゃあ、お言葉に甘えて、そちらで休憩させてもらいます、ね」

 表面上は穏やかな表情を崩さず、話を終えた瑠璃にそう伝える。
 作戦は早くに完遂されなければならない。スピードが勝負だった。

「うん……あ、だったら、出来たらでええんやけど、環さんの様子、見ててくれへんやろか? ウチ、ちょっと料理したいから……」

 願ってもない。一も二もなく椋は頷く。ただ一人、珊瑚だけは何か言いたげな目で瑠璃の方を見ていたが、椋にそれを気にするだけの余裕はなかった。
 ともかく、早く、環の排除を。半ば逸る気持ちで椋は足を動かした。
 殺さなきゃ、殺さなきゃ、はやく、はやく――

 始めは姉のためと銘打っておきながら、今は自らの保身のためだけにしか動けない……哀れなまでに臆病な椋の姿が、そこにあった。

     *     *     *

 靄のかかった霧の中で、向坂環はたゆたっていた。
 ふわふわと浮いて、体の安定も覚束ない感覚……一番近しいものに例えるなら、プール……そう、プールに浮かんでいるような感触だった。
 もっとも、意識が覚醒しているのか、それとも夢を見ているのかさえ環本人には分からない。
 何も見えないし、聞こえない。索漠とした、水の満たされた空間でただ一人彷徨っている。
 ぼんやりとした感覚の中で、ひょっとすると自分は死んだのかもしれない、と環は思った。

233巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 00:57:09 ID:zsviVj.20
 いくら動揺し、体力も限界に近い、満身創痍の雄二だからといって、頭に金属バットを振り下ろされて無事であるはずがない。
 脳細胞が徐々に消滅し、死という破局をもたらす、その過程のうちに己はいるのだろうか。
 だとするなら、この水は川の流れで、行き着く先は彼岸……
 詮無いことを想像して、しかし馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばすわけにもいかず、困ったように目を伏せるしかなかった。
 だが家族殺しの汚名を自ら被った自分にはお似合いの終焉なのかもしれない。
 雄二の心を取り戻すことが出来ず、狂った歯車を最後まで直そうと足掻くことを諦め、叩き壊してしまった自分には。

 このまま、流れに身を任せて彼岸の先に辿り着くのもいいかもしれない。
 やるだけのことはやったつもりだし、後は藤田浩之や相沢祐一に任せてもいいはずだ。
 いい加減、頼れる姉貴というポジションからは卒業しないと。
 私だって、女の子なんだし。
 でも、と心残りなこともある。

 学校で別れたきり音沙汰のない河野貴明の存在がちらと脳裏を過ぎる。
 弟同然の存在。雄二と同じくらい大切な貴明は、タカ坊はこの事実を聞いてどう思うだろうか。
 怒るに決まっている。疑問は一秒と経たずに解決され、そうだったわねと得心する。

 少し優柔不断のきらいはあるが、やるときはやってくれる男。
 学校でカッコつけさせてくれと不敵に笑った横顔を、どれほど頼もしいと思ったことか。
 そんなタカ坊が、不実に奔った自分を怒らないわけがない。まして、流れの先にある彼岸に安穏として辿り着こうとしているのでは。

 まだ楽になるわけには、いかないか――
 いつか死んでしまうのならば、せめて怒られない程度には、安心して逝きたい。
 それにこのままくたばるというのも、向坂家の女として面白くないじゃない?

 長い間、まるで使っていなかったかのように凍り付いていた指先にじんわりと熱が戻ってくるのを感じ、動くという意志が伝わってゆく。
 戻ろう。泳いで、戻ろう。
 環の視界から靄が消え去り、戻るべき場所がはっきりと見えてきた。
 それと同時に、彼岸の向こうの光景も……

234巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 00:57:23 ID:zsviVj.20
『行っちまうのかよ、姉貴』

 そう、ずっと向こうで待っていたひとの存在も、対岸に浮かび上がらせていたのだった。
 雄二だ。待っていてくれたのか。
 最後に交し合った互いの和解。赦しを受け入れ、今は所在無く立ち尽くす弟の姿が、寂しそうな笑みを浮かべていた。
 俄かに惜別の情が込み上げ、雄二のもとまで泳いでいきたい感覚に囚われたが、口を固く結んでその衝動に耐える。

『いいんだ、もういいんだよ姉貴。こっちに来たって……』

 悔恨と労いを携えて、雄二が手を差し伸べてくれている。また仲良くしようと言ってくれている。
 これ以上、姉貴に背負わせたくないと精一杯謝罪してくれている。
 環の目元から一杯の雫が溢れ、でも、と動きを止めかけた手を再度動かす。

「まだ、楽になるわけにはいかないのよ……ごめん、折角、誘ってくれてるのに……私は」
『……そうかよ』

 敵わねえな、やっぱり……と呟いた雄二の声を最後に、もう何も聞こえることはなくなった。
 不意に、こんな別れ方をして良かったのか、もっと言うべきことがあったのではないかという思いが環を駆け抜けた。
 結論を変えるつもりではないが、それでも……
 振り向いて、雄二がいたはずの方向に視線を走らせようとしたが、それは別の存在によって阻まれた。

「っ!?」

 ぬう、と突然どこからか伸びてきた手が環の足を掴み、水底へと引きずり込んでいく。
 悪しき意思を伴った、どこまでも暗い、深淵からの闖入者――
 何を思う暇もなく、向坂環は現実の世界に身を引き戻されることになった。

235巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 00:58:09 ID:zsviVj.20
ここまでが前半となります。

236巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 00:58:39 ID:zsviVj.20
 目が開かれる。
 散大していた意識が体の中に吸い込まれていく。
 心臓の脈を打つ音が、はっきりとした音となって聞こえてくる。
 そして、最後に……見知らぬ女が、注射器を自分の腕に刺そうとしていた。

「なっ……!」

 脳に情報が飛び込んでくると同時、危険だと判断した身体が勝手に反応し、目の前の女を突き飛ばしていた。
 女にとっては予想もしていない反撃だったのだろう。派手に吹き飛ばされた女は畳の上を転がり、注射器を手放していた。
 環はころころと転がった注射器を飽和したままの頭で引っ掴み、吐息も荒く女の方へと激昂した瞳を差し向ける。
 何を、何をするつもりだった、こいつは?

 呆然としたままの女を見、やがて全身から伝わるズキズキとした痛みと、暗くなった室内から、環は雄二との戦闘後、気を失った自分を誰かが連れてきてくれたのかということを思った。
 なら、何故目の前の女は自分を殺そうとしている?
 見覚えはまるでないが、自分も何時間眠っていたかわからない身。寝ている間に何があったのかなんて分からない。
 何がなんだか分からないままの頭で、それでも今の状況を判断しようと脳は回転を続ける。

 殺そうとしていた見知らぬ女。何時間も寝ていた自分。知り得る事実はこれだけだったが、そこから最悪の推論を導き出すには十分だった。
 皆殺しにされたのだ。祐一も、観鈴も、他の皆も。この女の手によって。
 絶望感が頭を過ぎると同時に、抗いようのない猛烈な怒りが湧き上がり、恨みそのままの感情が環の表情を彩った。
 怯えたような表情をしているものの、油断を誘うための演技に相違ない。恐らくは、そこにつけこまれて毒を盛られたのだ。

 そして極めつけに自分を、毒を直接打ち込んで抹殺しようと目論んだというわけか。
 嗤笑にも近い笑みが環の口に浮かび、しかしそれが仇となったなとでも言わんばかりの妄執を帯びた目を女に向けた。

「残念だったわね……でも、もう何もやらせない……! 殺す、殺してやるッ!」

 目を血走らせて、女を締め落とそうと指をゴキリと鳴らし、接近する――だが環の怒声を聞きつけ、この場に姿を現した二人がいた。

「なんやっ!? 一体何が……」

237巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 00:59:00 ID:zsviVj.20
 襖を開けて相対した人物の目には、明らかな困惑が混じっていた。
 一瞬の間を置いて、環の頭が情報を引き出す。あれは確か、姫百合瑠璃とか言ったか? その隣にいるのは、姫百合珊瑚。
 主催者に対抗する術を講じ、こちら側に希望を見出させてくれた人物。
 何故、その二人がここに?
 殺されたのではなかったのかという疑問ではなく、どうしてこの女と一緒にいるのかという疑問の方が湧き上がる。

 グルなのか? いや、それは違う。
 覚えている限り、珊瑚は間違いなく主催者に対抗する『ワーム』を完成させつつあった。
 それがいまさら、殺し合いに加担するなど……
 いや、待て。脳裏に響く警告が、今さっき人を騙す裏切り者だと断じた女の姿が、環にもう一つの可能性を出させる。
 自信を満面に滲ませたあの表情が嘘だったとしたら? あのプログラムは出鱈目で、自分達を騙すハッタリだったとしたら?
 プログラムのことなど所詮自分には理解もできない。あれが、内部から切り崩すための罠だとしたら……

 実際に祐一が、観鈴がいないこと、そして空白の数時間というラグが、環の疑心を強めていく。
 己の疑いをそうじゃないと言ってくれる人がいない。そうだと信じられる人がいない。
 孤独の中に結論を出さなければならず、沸騰を続ける頭から判断力が失せていく。

「環さん、どうしたんや? 殺す、って……一体……」
「あ、あかん、喧嘩はあかんよ……?」

 不安げに視線を動かし、自分と女の方を見る二人。戦意など感じられない、ただただ戸惑っているばかりで武器も持たない二人。
 これも演技なのか? これも嘘だというのか? 教えて、ねえ、教えてよ、雄二……!
 狂気寸前の疑心が己を苛み、ガラガラと崩れそうになる感覚だった。雄二は、こんな恐ろしいものと戦っていたのか。

 頼れるものなど何もなく、自分自身で判断を下すしかない。しかも、それで人の命が動く……
 環はこのときほど、時間を切望したことはなかった。教えてよ、この数時間に何があったのか……
 しかし揺れ動く環の心を嘲笑うかのように、女の涙声が二人に向かって叫ぶ。

「た、助けて下さい! こ、この人、私を殺すって……! 急に襲い掛かってきて!」
「なっ!?」

238巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 00:59:26 ID:zsviVj.20
 事実無根の罪を突き付ける女に、たまらず環は声を上げる。同時に、しまったという思いが浮かぶ。
 先刻言ってしまったのだ。殺す、と。
 先手を取られた。もし……もし、瑠璃と珊瑚が無関係なのだとしたら、この女が殺し合いに乗っているということを知らないのだとしたら。
 彼女に関わっている時間が皆無だった自分。懐柔される時間を与えられていた二人。圧倒的不利に立たされたのは、私だ。

「環、さん……嘘、やろ?」
「る、瑠璃ちゃん……」

 いや瑠璃にしても珊瑚にしても、自分はそんなに関わり合いになる時間が持てなかった。目的が同じということを確認しているだけで、腹を割って話すような関係足り得ていない。だから自分が疑ったというのに。二人が疑わない道理はない。
 自分がただ一人の敵という状況に晒される。その恐怖を感じた環は藁にも縋る思いで二人に詰め寄る。

「ちが……私は、そんなことしていな……」

 手を伸ばす。先程までの怒気から一転、今にも泣き出しそうな顔で姫百合姉妹に望みを託そうとしたが、その期待はあっけなく裏切られる。
 後ろ足で下がった。手から逃れるように……
 そんな、と絶望が掠めたのも一瞬、ズドン、という鈍い衝撃が環の腹を砕いた。
 真横から巨大な質量をぶつけられ、己の臓物と一緒に何かが飛び出す。
 誰だという視線が、最後の力を振り絞って向けられる。

 そこには……勝ち誇ったように陰惨に笑う、自分を嵌めた女の姿があった。その手にはショットガンを持って。
 やはりそうだったという実感。しかしそれよりも、これが結末かと己を嘲る気持ち、悔悟の念が環を支配していた。

 あの時、雄二を置き去りにしていなければ。
 少しでも、二人を信じていれば。

 天罰だというのか。家族を一人、彼岸の向こうに置いて己を満足させたいがために帰ってきてしまった我侭のツケが、この結果だというのか。
 自分の魂を慰めたい、そう思ったのが――

239巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 00:59:56 ID:zsviVj.20
 ごめん……雄二、ごめんね……

 無念すら口には出せなかった。
 上半身と下半身を真っ二つにされ、全身の血をぶちまけた向坂環は、藤林椋の姿を捉えたのを最後に、闇の底へと落ちていったのだった。

     *     *     *

 環が目覚める、少し前のことだった。
 休憩すると言って奥に引っ込んだ藤林椋の後姿を眺めたのを確認して、双子の姉である珊瑚が「ちょっとええかな、お料理する前で悪いんやけど」と小声と手招きで呼んできた。
 先程から妙に口数が少なかったので、何かあるのかとは思っていたが、本当に何かあるらしい。

 双子の感応というものもこういうものなのかと詮無いことを考えつつ、「どうしたん?」と足早に珊瑚の方に寄る。
 すると珊瑚は有無を言わせぬ勢いで、無言で箱状の物体を取り出す。
 無骨な金属製の箱……しかし一方で機械特有の脆さをも持っているそれは、間違いなく珊瑚が作業していたパソコンのHDDであった。
 どうしてこんなものを、と尋ねる口を、ノンノンというように指で閉じてくる。首輪解除に関わる重要なことなのだろうか?
 続けて差し出された、珊瑚のものと一発で分かる汚い字のメモには、こう書かれていた。

『このなかには、ウチのつくったワームと、それをおくりこむてじゅんを書いたせつめいしょがあるねん。るりちゃんにあずける〜』

 おくりこむ、とてじゅん、の間には割り込むようにして小さく書かれた『だれでもおっけー』の文字も見えた。
 つまり、これは、珊瑚以外の誰でもワームを送り込めるように改造し、手順までを書いてくれた言わば初心者版にしたものと言えた。
 今までの短時間でそんなことを、と驚嘆する一方、どうしてこんなことをしたという不安が瑠璃の中で大きくせり上がってくる。

 確かに誰でも使えるようにしてくれたのは在り難い。
 だが、それは自らの役割は終わった。もう自分はいついなくなっても大丈夫だと言っているようにしか思えなかったのだ。
 やるべきことはやった。思い残すことはない。凛として微笑み、HDDを押し付けてくる手が、そう語っている気がして……

 死んでもいいだなんて思ってへんやろな……!

240巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 01:00:15 ID:zsviVj.20
 胸倉を引っ掴んで問い質したい気持ちに駆られ、喉元まで出かかったがこの事を誰にも知られてはならない、珊瑚の期待を裏切る真似はしたくないともう一人の自分が押し留め、結局唇を震わせただけでどうすることもできなかった。
 それに、そんな笑い方をされたら……自信満々な、不敵な笑みを見せられたら、応えるしか出来ないではないか。
 己の一挙手一投足が確かな希望を紡ぎ、切り拓いていくと実感している、その様子を見れば。

 ずるいよ、と瑠璃は胸中に吐き捨て、未だ己の未来を信じられない不甲斐なさを拳の形にして、力いっぱい握り締める。
 だが力みすぎていると言えるに十分な拳をたおやかに包み、内包してくれるものがあった。

「大丈夫や。瑠璃ちゃん、ウチは大丈夫。ずっと一緒やて約束したやん」

 珊瑚が瑠璃の手をとり、相変わらずのにこにことした笑顔で諭してくれる。
 どこまでもおおらかな、ふわふわとした柔らかなやさしさ。それに触れているだけで落ち着き、安心させられる。
 大丈夫だと、珊瑚が言っている……それだけで、自分にも大丈夫だという予感がしてきた。

 この手のぬくもり……人が誰しも持っているぬくもり。人を信じる原動力というのがこれなのか。
 手を取り合えば、分かることができる――確信に近い、そんな感想を抱いたときだった。

「殺す! 殺してやるッ!」

 恐ろしいほどに殺気を帯びた、金切り声に近い怒声が隣の部屋から響く。
 向坂環のものだということはすぐに判別がついたが、先程まで彼女は寝ていたはずだった。
 目覚めたのだとして、何故いきなりそんな――
 頭で考えるより先に、体が動いていた。武器も持っていない、居間の隅に置き去りにしたままだというのに。

「なんやっ!? 一体何が……」

 襖を開けた瞬間、瑠璃は己が目を疑った。
 鬼のような形相で、環が椋に掴みかかろうとしている。椋はただ震え、恐怖に慄いている。
 先刻聞こえた『殺す』をそのまま体現したかのような光景に、瑠璃は体の節々が硬直するのを感じた。

241巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 01:00:33 ID:zsviVj.20
 どういうことだ。これは、一体?
 傍から見れば環が一方的に椋を殺そうとしているかのように見える。いや事実、瑠璃にはそう見えてしまった。
 祐一、浩之と共に弟との因縁をつけるために出て行った環……それが瑠璃の覚えている姿。

 だが、帰ってきたときにはボロボロで、意識も混濁していた。弟という者との間で何があったのか、知りようもなかった。
 起きたら、きっと話してくれるだろう……そんな希望的観測のもとに、環の精神がどうなっているのか想像だにしていなかった。
 それでもまずは、話を……珊瑚もそう思っていたのか、瑠璃と珊瑚はほぼ同時に口を開いていた。

「環さん、どうしたんや? 殺す、って……一体……」
「あ、あかん、喧嘩はあかんよ……?」

 口にした瞬間、キッと血走った目がこちらに向けられる。
 鬼。そう錯覚させるような、あるいは目の前の信じられない光景から来る恐怖が、環から滲み出ていた。
 足が震えているのが、自分でも知覚できた。
 環のことは、あまり知らない。出会ったばかりで、ろくに話もしていない。……椋と、同じくらいに。

 無自覚のうちに、瑠璃は二人を天秤にかけていた。椋と環、どちらが信じられるか。そしてそれは、椋の方に傾きかけている。
 殺す、という環の声が脳裏にこびりついて離れなかったから。
 それに追い討ちをかけるかのように、椋が涙声ながらに叫んだ。

「た、助けて下さい! こ、この人、私を殺すって……! 急に襲い掛かってきて!」
「なっ!?」

 思いも寄らぬ声だったのか、環は驚愕の視線を椋に向ける。その真実味を帯びた声は、瑠璃の天秤を傾けるのに十分な効果をもたらした。
 まさか、本当に……?
 珊瑚も信じられないという面持ちで、ふるふると首を振る。

「環、さん……嘘、やろ?」
「る、瑠璃ちゃん……」

242巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 01:00:52 ID:zsviVj.20
 動揺が自分にも、珊瑚にも発生している。
 殺すと叫んだ環。会ったときからのイメージそのまま、震えたままの椋。
 どちらも真実味を帯びていて、いや、だからこそ……

「ちが……私は、そんなことしていな……」

 咄嗟に環が腕を伸ばしてくる。それを視界に捉えた瞬間、自分も珊瑚も、反射的に後ずさってしまっていた。
 無意識の天秤が、警告を発し危険だと判断した体が動いてしまったのだ。
 そんな、という形で環の唇が動く。絶望に打ちのめされ、瞳が光を失った。
 あっ、と珊瑚が、声にならない声を出す。なんていうことをしてしまった――そう言うように。それは瑠璃も同様だった。

 人のぬくもり。つい先程知ったばかりだというのに、自分は、なんということを……!
 激しい悔悟の念が瑠璃を、そして恐らくは珊瑚をも貫き、それでもまだ遅くないと恐怖を断ち切り、今度こそ信じる手を伸ばそうとした。
 だが一瞬でも拒絶してしまった……その天罰を与えたかのように、環の脇腹からびしゃりと赤い肉片が飛び出した。
 割れた西瓜のように臓物を飛散させ、絶望の瞳を硬直させたまま、環の体がくずおれた。

「ぅあ……環さぁぁぁあぁぁあんっ!」

 珊瑚の悲鳴は届くことはなかった。瑠璃も体が硬直しきったまま、何も反応することができない。
 取り返しのつかないことをしてしまった。味方でいられるはずだったのに、迷ってしまったばかりに撥ね退けて……!
 自責と罪悪感の二つがないまぜになり、瑠璃は膝を折って懺悔の海に沈みたくなった。
 が、それだけの余裕も、時間も与えられるはずはなかった。何故なら……

「邪魔な女は消しました。次は、見ていた……あなた達です」

 環の屍を踏み越えて現れ、ベネリM3を携えた殺人鬼。藤林椋が殺気の篭もった陰惨な笑みを浮かべながら現れたからだった。
 この女が、全ての元凶。
 自分と珊瑚を騙し、油断したところを内側から一太刀に殺そうとした、悪魔の女。
 迂闊に過ぎた。その一言では片付けられない結果となり、二度と動かぬ環の遺体を手土産に、自分を殺そうとしている。

243巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 01:01:24 ID:zsviVj.20
 逃げなければ。珊瑚を引き連れて早く逃げなければ……
 頭ではそう思っていても、環の死が引き起こしたショックは体の神経を千々に引き裂き、まるで命令を聞こうとしなかった。
 こんなことになるのなら、追い返しておけば。

 そもそも、どうして椋がここに人がいることを察知出来たのか疑うべきだった。
 本当に恐怖を感じているなら、本当に追われているなら、人がこの家にいるだなんて想像もしていないはず。
 それを、椋はさも分かっているかのようにドンドンと玄関の戸を叩き、こちらが動揺したのを見てあのような無害を装って、侵入したのだ。
 最初から計算ずく。それもこれも、全て自分のせい、自分のミスが招いたツケ――

 今更ながらに浮かんだ、本当に疑うべきもの。真実を見据えてかかるべきだったことを思い、瑠璃はもう一度己に絶望した。
 さんちゃん、と口に呟いた次の瞬間、まずはこちらというように椋のショットガンがこちらを標的と捉え、黒い銃口の穴を差し向けた。
 死ぬ……その予感が立ち込め、この結末に納得している自分と、珊瑚を助けられなければ死んでも死に切れないという思いを過ぎらせたが、頑として体は動かなかった。肉体が恐怖しているのだ。こんな、情けない最期なんて……!

 その時だった。ショットガンの弾が瑠璃に突き刺さるより早く、体を押し出すものがあった。
 姫百合珊瑚。彼女の手が、ぬくもりを思い出させてくれた手が、瑠璃を突き飛ばす。さんちゃん、という言葉に応えたかのように。
 何が起こったのか、瑠璃が理解する間もなかった。
 突き飛ばされたと分かった瞬間、ズドンという重く、低い音が響き渡り、次いで珊瑚の脇腹が弾け飛び、肉片の一部を瑠璃の体に叩きつけた。

「……ぁ」

 もう、何も搾り出せなかった。
 守れない。守れなかった……
 薄い笑みを浮かべる珊瑚の姿が、あまりにもやさしくて。

 突きつけられた過酷な事実は、瑠璃から何もかもを奪うのに十分なものであった。
 体の芯から脱力し、肉体も生存を諦めたか、腰が折れ、ぺたんと尻餅をついた。
 三度弾を装填し、冷酷な表情で見下ろす様は初めて椋と出会った時の構図を瑠璃に思い出させた。

244巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 01:01:47 ID:zsviVj.20
 終わる。これで、何もかも――
 もう何度目か分からない諦観と、絶望。

「下がれッ、瑠璃ッ!」

 だがまたしても、それを遮るものがあった。
 瑠璃の中を突き抜ける、鋭くも叱咤するような声。
 あれだけ萎えきって、一歩として動けなかったにも関わらず、体が反応し低く体勢を伏せる事が出来たのは、あるいは心のどこかで、今度こそ信じなければならない。今度こそ取り返しのつかない過ちを犯すまいとどこかで思っていたからなのかもしれなかった。

 瑠璃の頭上を何かが飛び越え、一直線に椋へと向かっていく。さながら、矢のように。
 飛び越えた弓矢……藤田浩之は、勢いをそのままに椋に包丁を振り下ろし、その肩へと深くめり込ませ、切り込むことに成功した。さらに浩之は蹴りを繰り出し、小柄な椋の体を吹き飛ばす。
 包丁での攻撃は力任せに切り下したためか、バッサリと切り裂くほどのダメージには程遠く、二、三センチ肉を抉る程度の損傷になったが、椋に対する効果は絶大だった。いきなりの闖入者に慌てふためき、ベネリM3を向けなおす暇も与えられず切り裂かれ、ほぼ半狂乱の状態で肩を押さえ、悲鳴を上げ、苦痛を訴えていた。

「てめえっ……こんな、こんなっ……! ただで済むと思うなッ!」

 烈火の如く猛り狂った浩之の怒声が、血に染まった民家を震わせた。

     *     *     *

 昨日に比べ、今日は随分夜が早い。
 いや違う。これは……雨だ。
 夜天が空を覆う中、雲の一団が一面に鎮座していることに気付いた藤田浩之の頬に、ぽたりと一つ雫が落ちた。

 自分の予測が間違っていなかったことが証明され、浩之は空白でぽっかりと穴が開いた心が、さらに沈むのを感じた。
 これだけ心を痛めつけられてもまだ落ち込めるという己の頑丈に過ぎる精神に苦笑せざるを得ない。
 死に対して希薄になったとは思わない。でなければこんなに足取り重く瑠璃、珊瑚、環の下へ戻ろうとしていない。

245巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 01:02:07 ID:zsviVj.20
 ただ使命感だけが体を動かしている。
 死んでいるのかもしれないな、と浩之は思う。
 意思を持っていた『俺』が『おれ』になって、自分を留めている。

 歩けと命じた誰かの声が聞こえたから、歩いた。
 諦めるなと誰かが言ったから、死んでいない。

 魂が死に、肉体だけとなって留まり続ける自動人形(ロボット)。言い得て妙だと自分でも納得する。
 自分を清算できる出来る場所を探して、彷徨い続ける自動人形……きっと、もう輝きもない瞳になっているのだろう。
 暗い瞳……光を喪った瞳。だがみさきは、自分とは違った。
 世界を見えなくした目でも、正しく自分を、真実を見つめて、希望を捨てず――

「……そう言えば、今日、夕焼けじゃないんだな……」

 夕焼けが好きだと言った彼女。まだその理由も聞いていなかった。100点満点の夕焼けも教えてあげられなかった……
 明日も見れるように、頑張ろう。
 昨日、みさきに向けて言った言葉に、そうだったなと浩之は再度苦笑する。
 おれたちはまだ夕焼けも見ていない。本当の日の落ちるとき、夜が巡り、次の朝を迎える瞬間も……

 心の残滓をかき集め、まだ人形にはなりきれないらしいと嘆息して鈍い足取りを駆け足に変える。
 何も守れていないおれを、今度こそ誰かを守れるおれにするために。
 走れ、走れ、走れ……!

 雨で燻る木々を抜け、湿ってぬかるみかけている地面を蹴り、海岸にある、皆の待つ家へと向けて走る。
 たくさん説明しなければならないことがあるかもしれない。
 なじられ、どうして一人でおめおめと戻ってきたのかと罵倒の言葉の一つでも飛んでくるかもしれない。

 彼女たちの、恐らくは放置されたままの遺体も転がったままだ。
 目を閉じてさえもいない。埋葬もできるかどうか分からない。
 でも、いつか……本当の夕焼け。それも乗り越え、本当の朝を迎えることが出来たのなら、そのときはきっと……いや、必ず。

246巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 01:02:43 ID:zsviVj.20
 目標を一つこしらえ、人形になりきれない心に一条の光を見出して、浩之はひた走る。
 海岸沿いに走り、砂浜を抜けて、出発点となったあの家に……
 当初の目的だった聖は見つけられないままになってしまった。環の命を縮めてしまった、その責任も降りかかった。
 けれども伝えなければならないことがある。この近辺に、祐一を殺害したと思われる眼鏡の男がいることを。
 ふと、浩之の心に何か引っかかるものがあった。何かを見落としている、大切な何かを……

 思索に耽りかけた浩之の耳につんざくような銃声が聞こえたのはその時だった。
 海岸沿いで、遮蔽物が何もなかったからだろうか。清々しいほどにその音は明朗に、確かに銃声だと判断できた。
 しかも、その音はもう目の前にある出発点であった民家から……!
 刹那、忘却の彼方に置いてきてしまった『大切なこと』が電撃のように浩之の頭に走った。

 そうだ、あの男……あの男と祐一が、争う原因となったのはなんだった?
 一人の女を巡って、おれたちは争うことになったんじゃなかったのか?
 ざわと泡立つ自分の感覚を予感と捉え、浩之は放送の内容を思い出していた。

 争いの原因になった女……藤林椋。そいつは、まだ生きている。
 その一方で死亡が確認されたみさきと観鈴。椋と合流していない現状。
 嘘をついて、お前らを内側から殺そうとしている――柳川の言葉が脳裏に反芻される。
 奴の言っていたことが、真実だったのか……?

 殺人鬼へと転化したように思え、凶暴ともとれる雰囲気でかつて出会った人でさえも殺そうとした柳川。
 それゆえ信じる事が出来ないでいたが、嘘ではなかった……
 皮肉なものだと吐き捨てる一方、だとするなら、今の銃声はおれたちを出し抜いた『奴』の仕業の可能性がある。
 当たっているという予感が浩之の中にあった。ざわめきたっている体がそうだと言っている。

 デイパックから包丁を取り出し、走ってきた勢いをそのままに玄関のドアにケンカキックをぶつける。
 鍵がかかっていようがお構いなしの強行突破。この向こうに、奴がいる……!
 靴のまま玄関を上がり、狭い廊下を走り抜け、居間に続くドアも強引に蹴り開ける。
 銃声が聞こえてから、一連の行動は僅か数秒だった。それが間違いでなかったことを……悲しいことに、浩之は実感してしまった。

247巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 01:03:03 ID:zsviVj.20
「っ!?」

 絶句する気配が、へたり込んでいる瑠璃の向こう……ショットガンを構えた、奴――藤林椋――から伝わってきた。
 ちくしょう、ちくしょうッ……! こんなのってあるか……! こんなのが、現実だなんて……
 騙していた椋の存在にも、疑うことなく目の前の言葉に踊らされ続けていた自分も、猿芝居の駄賃に殺された二人も……
 全てが茶番のように思えて、ただただ嘘のようにしか思えなかった。

 けれども……
 体の内から燃え広がる暗い炎、圧倒的な怒りだけは真実だった。

 目の前に嘘つきがいて、助けるべきひとがいる。
 猿芝居を終わらせるだけの舞台が整っている。
 客であることはもう終わらせよう。出入り禁止になろうが、クソ喰らえと踏みつけて台無しにしてやろう。
 悲鳴のない舞台。今度こそ真実を見据えさせてくれる、虚偽のない舞台にするために……

「下がれッ! 瑠璃ッ!」

 猛然と突進し、即座に応じてくれた瑠璃の頭を飛び越え、浩之は力の限り包丁を振り下ろす。
 刃が肉にめり込み、鈍く切り裂いた感触が伝わってきた。

「あああああああっ!」

 悲鳴を張り上げ、肩を押さえてよろよろと後退する椋。続け様にその体を蹴り飛ばし、瑠璃から距離を取らせるように、そして立ちはだかるように位置を整える。その足元では珊瑚が、環が、血の海に沈んでいる。

「てめえっ……こんな、こんなっ……! ただで済むと思うなッ!」

248巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 01:03:27 ID:zsviVj.20
 憎むべき対象を目の前にしては、人形になりかけた心も沸騰し、沸き立っている。
 間に合わなかったという痛恨と、一人でも助けられたという実感。
 その二つが化学反応を起こし、力となり、憤怒となって敵に向けることが出来ている。

 痛みからか、邪魔されたからか、ありったけ憎しみを込められた視線を向けられても浩之は動じることもなかった。
 殺人に対して迷いはなかった。ひょっとすると、あの柳川と同じ道を辿っているのかもしれない。
 しかしそうだとしても、自分は間違ったことをしていないという確信が浩之にはあった。
 立てと命じた友人たちが、諦めるなと立たせたあかりとみさきが、自分を支えてくれている。
 人形であっても、成すべきことを成す為に。僅かに残る、心の残滓にある願いに従って……

 包丁を逆手に持ち、切り込めるように体勢を整える。
 ショットガンを構えられてもその間に懐に飛び込み、必殺の一撃を叩き込む自信はあった。

 だらりと垂れ下がった腕が持っている椋のショットガンを見ながらも、集中して油断しない。
 とはいえ武器間の射程差、威力の差は歴然として存在し、こちらから踏み込むことも躊躇われた。
 他に椋が即時応射可能な武器――例えば小型拳銃――などを所持していれば、反撃されるのは浩之だった。
 じりじりと間を詰め、有利な間に持っていく。それが浩之のとった戦法だった。

 だがそれは結果として致命的なミスにはならなかったものの、好機をも逃した。
 椋はショットガンを構えることも、他の武器で応戦し続けることもなかった。
 浩之に蹴られ、後ろへ下がった後。痛みを堪え肩を押さえるのを我慢し、椋が手に取っていたもの……それは瑠璃が持っていた火炎瓶だった。

 いつの間に、と椋の周到さに驚愕したのも刹那、投げられた火炎瓶から退避するため、咄嗟に瑠璃の腕を掴むと、隣の部屋へと引っ込み、体が許す限りの速さで襖を閉める。間に合うかと危惧したが、炎の舌が浩之と瑠璃を絡め取ることはなかった。
 火炎瓶から吐き出された炎は酸素を求めて居間を駆け巡ったものの、急激に燃え広がることはなく一瞬膨張したに留まった。
 だが、この間の時間は浩之にとって痛恨のラグであった。数秒待ってから襖を開け椋の姿を求めてみたが、既に居間はもぬけの殻と化し、ちろちろと小さな炎が揺らめくだけの赤い空間と化していた。

「……くそっ」

 必ず後を追う。どこまでも追い続けてやると心に誓い、一方で床に転がり、炎の煽りを食って酷い有様になっている、二人の仲間を、何とかしなければという思いを働かせていた。これでは、あんまりすぎる。

249巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 01:03:43 ID:zsviVj.20
「さんちゃん……」

 呆然として虚ろな瑠璃の声は、まるで人形のようで……浩之自身と重なって、ずきりとした痛みを与えた。

     *     *     *

 こんな偶然、予定外です……!

 自分の作戦に無駄はなかった。ミスだってなかったはずだった。
 たった一度の偶然で、なんでこんなことに……
 出血を続ける肩を押さえながら、椋は民家を脱出してどこへともなく走り続けていた。浩之から逃げるために。
 実際、途中までは上手くいっていたのだ。いや正確には、最初の段階で一つミスはあったものの、結果として上手くいっていた。

 最初は環を毒で屠るつもりだったが、刺す瞬間環が目覚め、反撃されたことで失敗。
 だが取り乱してくれたことで敵同士の疑心暗鬼を誘い、隙を作り出すことでショットガンで狙いを付け、殺害することに成功。
 続け様に奇襲で、動揺していたあの姉妹に攻撃。これは当初の予定通りで、順番こそ違えど珊瑚を撃ち殺すことに成功し、瑠璃もあの様子なら苦もなく殺すことが出来たはずだった。

 天は私に味方してくれているはずではなかったのか。理不尽な仕打ちに対する怒りは、派手な行動を起こしてはならないと決めていたにも関わらず環の登場で恐慌をきたし、あっけなく自戒を破ってしまった椋自身に向けられる……わけもなく、いるはずもない神様に対して向けられていた。

 どうしよう、どうしようという焦りも生まれつつあった。
 柳川に続いて浩之、瑠璃まで敵に回った。このままでは周りがどんどん敵だらけになる。
 姉に会えるのが遠のいたということと、死の危険に晒されるということが目的のない逃走を続けさせていた。
 その先には、氷川村があり――逃げてきたはずの柳川裕也がいるはずだった。

 だが椋はそんなことに気付くこともなく……前からは柳川、後ろからは浩之に囲まれる形となっていることにも気付かない。
 確実に、確実に……椋にも『ツケ』が回り始めていた。

250巡り巡って/赫い彼岸の幻/みんな、ふたり、ひとり。:2008/11/17(月) 01:06:30 ID:zsviVj.20
【時間:二日目19:10頃】
【場所:I-5】

姫百合珊瑚
【持ち物:デイパック、水、食料、工具箱】
【状態:死亡】
【備考:主催者の仕掛けたHDDのトラップ(ネット環境に接続した時にその情報を全て主催者に送る)に気付き、対策はしていた】

姫百合瑠璃
【持ち物:デイパック、水、食料、レーダー、携帯型レーザー式誘導装置 弾数3、レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(12/15)、包丁、救急箱、診療所のメモ、HDD、支給品一式、缶詰など】
【状態:放心状態。珊瑚の血が服に付着している】
【備考:HDD内にはワームと説明書(txt)、選択して情報を送れるプログラムがある】

向坂環
【所持品:なし】
【状態:死亡】

藤田浩之
【所持品:珊瑚メモ、包丁、殺虫剤、火炎瓶】
【状態:絶望、でも進む。守腹部に数度に渡る重大な打撲(手当て済み)】


【時間:二日目19:10】
【場所:I-5・I-6の境界】

藤林椋
【持ち物:ベネリM3(5/7)、100円ライター、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、フラッシュメモリ(パスワード解除)、支給品一式(食料と水三日分。佐祐理のものを足した)、救急箱、二連式デリンジャー(残弾2発)、吹き矢セット(青×5:麻酔薬、黄×3:効能不明)】
【状態:マーダー。左腕を怪我(治療済み)、右肩に深い切り傷、半錯乱状態】
【備考:赤×1は民家内に放置】

→B-10
まとめ様へ、お手数かけますが分割での収録をお願いします
補助サイト様へ、包丁は観鈴に刺さったままで間違いありません。申し訳ないです……

251もう嘘しか聞こえない:2008/11/24(月) 03:10:57 ID:u8/9AdKg0
 無人の氷川村を、一目につかぬように、されど素早く駆けて行く男の姿があった。
 カッターにネクタイ、決して派手と言い難い髪型と黒縁の眼鏡という出で立ちはどこにでもいるサラリーマンという風貌である。
 だが近づいてみれば分かる、刃のように鋭く研ぎ澄まされた視線、僅かに覗く腕から見える筋肉のつき具合から考えればただの人物ではないだろうということが窺い知れる。何より、男の動きは機敏に過ぎていた。

 疲れなど微塵も感じさせず、ひたすらに隠密行動している男……柳川裕也には、人に見つかってはならない理由があった。
 赤く点滅している彼の首輪……それを起動させた彼女曰く、「24時間後に爆発する」という時限爆弾を背負わされつつも、柳川は初音の救助を諦めたわけではなかった。寧ろ、窮地に立たされた直後の今こそが彼女――宮沢有紀寧――を出し抜くチャンスだと柳川は考えていた。

 有紀寧の指示通り、殺し合いに向かったと思わせて有紀寧の後を追跡し、初音と合流したところを監視し、解毒剤、解除スイッチの両方を見せたところで突入、殺害して問題は解決する。
 解毒剤と解除スイッチ、両方ともを出してくる機会は必ずあると柳川は思っていた。確かにこの爆弾で自分も初音も拘束されたようなものだが、逆を言えば有紀寧もこの縛りを受けている。柳川が有紀寧に従属しているのは初音の命が手玉に取られているからであり、有紀寧にとってみれば初音が死んでしまえば命綱はあっさりと切れ、自分の首を絞める結果になるだけだ。

 つまり、柳川の死亡が確認できない限りは有紀寧は決して、初音を無為に殺すことは出来ない。自分の命を天秤にかければそのまま放置という選択肢は在り得ないのだ。ましてこれまで善人を装っていた有紀寧のこと、保身思考は人並み以上に高いに違いない。
 毒の方はともかくとして、首輪は再起動させられる恐れがあるが、それも解除できない道理もない。
 有紀寧の戦術は、戦力になると判断した人間の近しい人物の首輪を起動、解除、再起動させることで成立する。
 生殺しの状態であれど、殺されはしないのだ。

 付け入る隙はそこにある。
 上手い具合に初音だけに接触して、自然を装って有紀寧に解毒剤と首輪解除スイッチを持ってこさせるということだって不可能ではない。
 初音は所詮人質。弱者だと有紀寧は見下しているはずなのだから。
 敢えて逆らい、裏の裏をかく。
 この判断は間違っていないはずだと断じて、柳川は有紀寧の追跡を開始したはずだった。

 だが有紀寧も周到なもので、柳川が背を向けると同時に戻ってしまったのか姿を掴むことは出来ずじまいだった。
 診療所に戻ったのか、それとも別の場所を移動中なのか。
 だが移動し続けるということは在り得ない。それは即ち、解毒剤と解除スイッチの両方を持っていると証明しているに他ならないのだから。

252もう嘘しか聞こえない:2008/11/24(月) 03:11:18 ID:u8/9AdKg0
 先の戦術を行使するならば、わざわざそれらを自分から遠ざける理由はないからだ。
 持って来る最中に人質と従属させた者と接触される恐れもあれば、持ってくる最中に襲撃される恐れもある。
 何より、自分にとっての命綱を目の届かないところに置いておくのは常に不安が付きまとう。
 ちょこちょこ場所は移動するにしても、絶対に自分の手の届かないところに解毒剤と解除スイッチを置いておくことはない。
 それはまた……宮沢有紀寧は、この氷川村から出られないということも指していた。

 首を絞められたのは、お互い様というところだな?

 冷笑を殺意に変え、だが楽観視できる状況でもないと気を引き締め、柳川は周りの動向を窺う。
 何はともあれまずは誰にも気付かれず有紀寧の監視を続けなければならない。
 このような作戦を立てていると、人づてでもバレてしまえば有紀寧は自分を殺しにかかってくるかもしれない。
 直接的ではないにしても、同じく首輪爆弾を点滅させられ、隷属させられた者を介して襲わせたり……
 極力人の手は借りたくない。作戦を遂行させる意味でも、巻き込みたくないという意味でも。

 ふと柳川は、この思いは他人を信用していないのか、それとも慮っているのか、どちらなのだろうかと思った。
 個人的にはどちらともとれる。邪魔だという思いもあれば、迷惑をかけたくはないという思いもある。
 他人との共同作戦など人付き合いが苦手だった自分がそんなこと出来るものかという己への嗤笑もあるし、もし失敗すれば申し訳がたたないという思いやりとさえ言える考えだって持っていた。

 変わりつつあるのだろうか。半ば孤独を生きてきた自分と、人と関わりあうのも悪くないという自分がせめぎ合っているのか。
 倉田佐祐理を通して、過去の中にしかなかった貴之だけから、美坂栞、リサ=ヴィクセン……そして血の繋がった同族とも言える初音。
 おじさんと言われたときの違和感。年不相応だと思いつつもどこかくすぐったい響きは、互いに頼りにし、一蓮托生の言葉さえ思わせた昔を思い出させていた。鬼であっても未来を信じ、人間らしくいられると信じていたあの頃を……

 有紀寧に殺人鬼と謗られ、激しく憤ったのもそのせいなのだろう。
 ここに来た頃の自分なら、無表情に言葉を受け流し、どのように場面を展開していくか機械的に考えていくだけだった。
 どうかしている、と思いつつもやはりそれも悪くないと思う。相反する思考がぐるぐると回っている。これが葛藤なのだろうかとも柳川は思った。
 人のために動く。誰かを助ける、助け合う。当たり前ながらもどうしてという問いが柳川に投げかけられている。

253もう嘘しか聞こえない:2008/11/24(月) 03:11:39 ID:u8/9AdKg0
 柳川はしばらく逡巡し、やがて一つため息をついた。
 結局、自分のツケを自分で払いたいだけなのだと結論付けた柳川は、軽く苦笑した。
 家族のため、という言葉も付け加えてもいいかもしれない。
 人間らしく、家族のために……『ごっこ遊び』などではなく、本当に未来が築いていけると確信するためにこうしているのだ。

 そう、俺は殺人鬼なんかじゃない。
 人を思いやれる心も、慈しみ助け合う心だって俺は持ち合わせている。
 たとえそれが人より少なく、冷酷と揶揄される程度のものだったとしても。

 俺はこんなものも忘れていたんだという思いが過ぎり、思い出させる切欠となった人達の出会いをもう一度脳裏に反芻した。
 倉田、お前の仇は取る。初音を無事救出した暁には必ず……無念を晴らしてみせる。藤林椋を、必ず殺す。
 拳を堅く握り締めた視線の先には、氷川村の診療所、その裏手が見えていた。
 まずここに有紀寧と初音がいるか、ということだが……とにかく、様子を探るしかない。

 対人レーダーでもあれば話は別になるのだが、生憎と今の柳川の持ち物は弾切れのコルト・ディテクティブスペシャルと予備弾倉のないワルサーP5、そして支給品一式だ。とても何かを探れるとは思えない。
 戦力的にもワルサーP5だけ、しかも弾数から考えれば残弾が少ないということは明白。宮沢有紀寧が持っているであろう武器を奪えば少しは楽になるのではあろうが……だが、有紀寧一人だけを仕留めるのに銃はこれだけでもいい。
 刑事として、拳銃の発砲経験もある柳川と、いかに狡猾と言っても一介の女子高生に過ぎない有紀寧とでは実力差は歴然。
 だからこそ、自分を使って人を殺させようとしたのだろうが……

 足音を殺し、ゆっくりと、しかし確実に診療所に近づいていく柳川。最低でも12時間以内には初音と接触を果たしたい。もっとも、毒の進行状況を考えるとおたおたしていられないが。
 診療所の壁に張り付き、ちらりと窓を覗き見てみる。ここからでは様子を探るにも限度がある。
 だが中に侵入するのは気付かれる。ただでさえそんなに広くない診療所だ、気付かれでもしたら……

 焦ってはならない。一応、時間的猶予だけならば24時間ある。実際はそこまで長くは待てるはずもないが、先に動くのは愚の骨頂だ。
 捜査だって、辛抱強く待つ事が基本ではないか。
 逸る気持ちを深呼吸で落ち着け、冷静に思考を巡らせ、頭を冷却させる。力を抜き、リラックスして待つ。
 極度に緊張した肉体は少しの異変にも反応し、思ってもいない行動を起こしてしまいかねないからだ。特に、自分は。
 余裕を持て。勝つのは自分だ。そう言い聞かせ、鼻からゆっくり息を吐いて筋肉を弛緩させ、己の頭が冷えたことを確認する。

254もう嘘しか聞こえない:2008/11/24(月) 03:12:04 ID:u8/9AdKg0
 取り合えずここに居続けるのも無意味だと判断した柳川は抜き足差し足で壁伝いに移動を開始する。
 無論、診療所の中だけでなく外側にも気を配りながら。
 気を揉みつつ近くにあったもう一つの窓へと張り付く。こちらは何を考えていたのか、窓が開け放しになっていて窓枠もひどく傷ついている。
 そもそも室内があれだけ荒らされていたことを考えれば自ずと想像はついたが、深くは考えなかった。

 こんなところに、本当に留まっているのか……?
 有紀寧の用意周到さを考えればこんな目立つ施設に留まろうとするのは愚考とし、早々に移動を開始していた可能性もある。
 もっと目立たない、どこか別の民家に。
 見切りをつけて、別の場所を探すべきなのか。それともまだ早計としてもう少し様子を探るか。
 こんな近くに留まらずとも、離れた場所から監視する手だってある。自分の推理が正しいのなら、どうせ有紀寧は氷川村からは出られないのだから。

 迷いを覚え始めたその時だった。壁の向こうから二つの足音が近寄ってきているのを柳川は察知した。
 まさか、という思いを抱きながらも神経は診療所の中へと向けられていた。
 こんなにも早く、機会が巡ってくるとは……

 まずは初音との接触を試みたい。もちろん有紀寧が出払ったのを確認してからでないと不可能だが、有紀寧だって四六時中初音を監視しているわけにもいくまい。外部からの介入を恐れているのは有紀寧だって同じなのだ。
 新たな隷属を見つける、解毒剤の隠し場所を変える。用意周到は、慎重さの裏返しということでもある。
 有紀寧だって安穏とばかりはしていられない。勝つためには手段を選ばない……だからこそ、その努力を怠ることもしない。

 そうだろう、宮沢有紀寧?
 勝負はここからだ。どちらがより我慢を続けられるか。先に動いた方が負けの持久戦――

「有紀寧お姉ちゃん、こっちこっち! いいもの見つけたんだよ」

 そんな気持ちを霧散させたのは、やけに楽しげな初音の声だった。まるで、有紀寧の何も知らないかのような。
 毒を飲まされたことも、首輪の爆弾を起動させられたことにも気付いていないのか?
 そんな馬鹿な、とすぐに自身の考えを否定する。毒の方は騙し騙し出来たとして、首輪は騙しようがない。不自然に点滅を始めて、何も思わないわけが……いや、そもそも毒にしたって飲まされてこんな元気でいられるはずが……

255もう嘘しか聞こえない:2008/11/24(月) 03:12:28 ID:u8/9AdKg0
 ブラフか、そんな考えも浮かび上がる。柳川自身何も確かめていない以上、その可能性も十分考えられた。有紀寧の自信ありげな態度と、初音のお人好しぶりからそう判断したに過ぎなかっただけなのだから。
 だとするなら、ほとんどの問題は解決する。残る自身の首輪をどうにかしさえすれば、後は何も恐れることはない。

 ……しかし、あの狡猾な有紀寧がブラフだけに頼るなどということが本当に在り得るのか。
 そもそも、どうして初音を何も知らないままにしておく必要性がある? 初音に自分の正体をバラしたくないためか?
 いやそんなことは何のメリットにもならない。自分の考えた策を、毒はハッタリだとしても爆弾だけでも十分脅威になる。
 首輪に何の問題もなく放置しておくなど、命綱で自分の首を締めているだけだというのに?
 何かあるのか。もっと他に致命的な問題か、使う必要のない何かがあるというのか。

「待ってくださいよ。こっちだって情報の収集で忙しいんですから……」

 柳川の思考を他所に、随分とのんびりした有紀寧の声が通り過ぎる。初音に対して何の危機も抱いていないような、むしろ仲間だとさえ思っているような……自分と会話していたときよりも……
 演技だ。迷いを断定で打ち消し、先の有紀寧との会話を思い出す。人を見下すような、侮蔑するような声色。
 あれこそが有紀寧の本性で、初音に見せているのは偽りの姿。
 騙されるか。これ以上、俺は何も失うわけにはいかないのだから。

 だが柳川のそんな苦悩を知りもしない二人は、さらに会話を続ける。まるで他に物音がしないので、明瞭に聞き取ることが出来るのがせめてもの幸いだった。己の胸の内に、不吉な予感が漂ってゆくのを感じながらも、柳川は聞き続ける。

「で、どうなの? 有紀寧お姉ちゃん」
「……ええ、上々ですね。再確認してみましたが、残り人数は30人ほどです。まだ散発的に戦闘が起こっていることを考えれば、わたし達にも十分勝機はあります。問題は、いささか武装が貧弱なくらいなことですが……」
「だから、ひょっとしたらそれが解決できるかもしれないって言ったんだよ?」
「そうでしたね。……で、そのいいものとは?」

256もう嘘しか聞こえない:2008/11/24(月) 03:12:49 ID:u8/9AdKg0
 ……どういうことだ。この会話に、初音は何も疑問を持たないのか?
 残り30人。勝機。武装。とても殺し合いを否定しているものとは思えない言葉の節々を、初音は何の違和感もなく受け止めている。
 いくらお人好しの初音でも、殺人に対する感度は人より遥かに敏感なはずなのに。
 初音の態度から、ある仮説が柳川の頭に浮かぶが、そんなことは在り得ないと即座に否定する。……いや、否定しなければならなかった。
 柏木耕一をして天使だと評した彼女。柏木の家族の中でも、一際優しいと言われる彼女が、そんなはずは……

 己の耳を疑いたくなるような言葉の数々だったが、声はれっきとした初音のものであると分かる。分かってしまう。
 悲しいくらいに、ここは静かでよく聞こえてしまうのだ。

「これ。ベッドに下にあったんだけど……まだ開けてないっぽいね」
「……確かに、わたし達が持ってるデイパックと同じですね。忘れ物……でしょうか?」
「かもね。ここ、すっごく酷く荒らされてるし」

 会話から察するに、初音はここに置き去りにされたデイパックを見つけ出し、有紀寧に献上したというところか。
 自分達が一度ここに来たときは、そんなに注意深く探さなかったから気付けなかった。
 恐らくは、自分と有紀寧が会話している間に見つけたのだろうが、勝手に開けるわけにもいかず……と、そのままにしておいたのか。
 初音らしいと思いながらも、今の初音との違和感を思い出し、柳川はさらに分からなくなる。

 一体、初音が何を思い、こんな行動を起こしているのか……
 柳川は己の中にある熱が温度を失い、冷えて固まってゆくのを感じていた。失望とも諦めともつかない、冷めていく熱情。
 それが何なのか、分からぬままに時間は過ぎていく。

「開けてみてもいいかな」
「どうぞ。ですが外れかもしれませんから、あまり期待はしない方がいいと思います」
「そうかな……って、これ」
「……そうでも、なかったみたいですね」
「マシンガン、だよね。これ」

 がちゃがちゃとした音が鳴り、二人がデイパックの中身……曰く、マシンガンと言っていたものを取り出しているらしかった。
 有紀寧に強力な武器が渡ってしまったが、それはさして問題ではない。
 問題は、今の初音がどうなっているのかということで、柳川は半ば祈るような気持ちで、初音は有紀寧に合わせているだけなのだと考える。
 考えうる可能性はこれしかない。首輪爆弾を起動させられた上で、柳川も同様の状態に陥っていることを説明され、従うように言われた。

257もう嘘しか聞こえない:2008/11/24(月) 03:13:08 ID:u8/9AdKg0
 正確には、初音が裏切ったという場合もあった。だが柳川は信じたくなかった。
 こんな自分にさえ、おじさんと言ってくれた初音が、まさか有紀寧に同調して殺し合いに乗り、騙していたなどと……
 穴はいくつもあった。已む無く従わされているのであれば、言葉の節々にもっと棘があるはずだったし、このように自ら武器を差し出すなんてあるわけがない。だがそう考えるしかなかった。どんなに僅かな可能性でも、柳川はそれに縋りたかった。

 俺は人殺しを楽しむ悪鬼じゃない。孤独を生きてきても、人と寄り添え合える心だってまだ失ってはいない。
 俺は化け物なんかじゃないんだ、こんな俺でも、人といたいと思うことだってある。

 忘れかけていた自分に、倉田佐祐理が教えてくれたもの。馴染めないと思いながらも悪くないと感じたもの。
 希望の残滓。鬼だって人間らしく生きられるということを信じさせてくれたもの。
 椋を付け狙うのだって、それを残酷に踏み躙ったことに対しての自分なりの決着のつけ方だと考えてのことだった。
 邪魔をした少年を殺害してしまったのも、椋に執着するあまりのこと……今にして思えば、とんでもないことをしてしまったという自覚はある。

 言い訳とも取れる考え方をしている自分に気付き、いつからこんなになってしまったのかと柳川は思った。
 目的のためには多少の犠牲も已む無し。今までの自分ならそう断じて対処してきたはずだった。
 倉田ならこんな自分に何と言うだろうか。いなくなってしまった彼女を想っていることも、今までの柳川ならなかった。
 倉田、俺は……

「本物みたいだね……なら、柳川おじさんだって、簡単に殺せるよね」

 柳川の思考が、ぷつりと途絶え、空白の一部を作った。
 初音の発した一言が、受け入れることを拒否した結果だった。それほどまでに信じられない一言だったのだ。

「初音さん、分かってますよね? 柳川裕也の前では、あなたは……」
「哀れな人質、だよね。大丈夫だよ、しっかりやるから」
「ええ。そうです。首尾よく柳川さんが何人か殺して、戻ってきた時には」
「ぱらららら。だよね? ……でも、それだけじゃ足りない。千鶴お姉ちゃんを殺した奴も、梓お姉ちゃん、楓お姉ちゃんを殺した人たち、みんな撃ち殺してあげるんだから……もう誰だって信じない。有紀寧お姉ちゃん以外は、みんな敵。もう私に、家族なんていないんだから」

258もう嘘しか聞こえない:2008/11/24(月) 03:13:29 ID:u8/9AdKg0
 その言葉が決定的な一言だった。
 家族なんていない。信じていたものを、あっさり壊された感覚だった。
 全てが、偽りだったのか? 出会ったときから、今までずっと、自分は家族ごっこの中で踊らされていた……

 楓の死を告げなかったのも、初音にショックを与えたくなかったから。もう少し時間が経ってから言おうと思って、今まで黙っていた。
 それが……もし告げていたなら、自分は即座に殺される可能性だってあったということか。
 最初から、自分は道具扱いで、盾から矛に移り変わっただけということだった。

 絶望感が柳川を覆い、何かが音を立てて崩れていくのが分かった。まるであっけない、砂上の楼閣。
 俺は勝手に幻想を抱いていただけだったのか。所詮俺は人殺しで、誰からも疎まれて、孤独なままに人を殺して……
 音にも出ないほどの乾いた笑いが口から漏れ、ただただ寂寥感と喪失感だけが柳川を支配した。
 裏切られたのか。俺は、同族……家族にさえ……

 守るべきものも、目指すべき未来も、もう何も見えなかった。孤独に取り残された自分と、殺人を運命付けられた鬼の血だけが、今の柳川の全てだった。希望なんて最初から無くて、垂らされた偽りの蜘蛛の糸を辿って、見下ろす者に哂われていただけに過ぎなかった。

 ならば……
 俺だって、もう何も信じない。

 人が人を殺し、誰かが誰かを裏切るのを当たり前にしているのであれば、そうさせてもらおう。
 希望的観測になど縋りはしない。恐怖がこの世界を支配しているのならば、恐怖で支配すればいい。
 せせら笑う者たちに更に大きく、膨大な恐怖を。支配していたものを覆され、怯えさせながら殺せばいい。あの頃のように。
 柳川の中に確かな確信が生まれ、それまで抱えていた想いを一瞬の内に消し去った。

 恐怖で恐怖を支配する、絶対的な力の倫理。潰されなければ正しく、潰された方が悪いとする暴力の正義。
 何も信じず、誰も信じず、己の力のみを信じて何者をも屈服させる。
 それを柳川に証明したのが、他ならぬ同族である、柏木初音だった。
 感謝の意すら柳川は覚えていた。そうすれば正しいと分かった瞬間、最後に屈服させるべき敵は決まっていたからだ。

259もう嘘しか聞こえない:2008/11/24(月) 03:13:43 ID:u8/9AdKg0
 柏木初音と、宮沢有紀寧。
 全てを敵として憎み続ければいいと教えてくれた恐怖の象徴。
 二人を最後に潰すことで、己の恐怖は確立される。
 だからこの二人は今殺さない。最後の最後……三人になったときに、殺す。
 勝利を確信したその横面を残酷なまでに張り倒す。恐怖で恐怖に打ち克つ……その証明として。

 垂れていた頭を前へと向け、柳川は歩き出した。その足取りは一歩、一歩、何者をも支配するかのように傲慢で、高圧的に。
 前を見据える瞳は憎しみに染まり、全てを拒絶するように鋭い。
 歪になった唇からは赤い口腔が僅かに覗き、彼の内面が最早人ならざる悪鬼に変貌したことを示している。
 それは全てに裏切られ、また全てを裏切ると決意した男の、悲壮な姿だった。

 ぽつ、ぽつと。
 気が付けば雨が降り出していた。
 雨は柳川の身体を打ち、肌も服も少しずつ濡らしていく。
 少しずつ雫はたまり、やがてそれが、川となって柳川の頬を伝った。

260もう嘘しか聞こえない:2008/11/24(月) 03:14:06 ID:u8/9AdKg0
【時間:二日目19:20】
【場所:I-7、北西部】

柳川祐也
【所持品:ワルサーP5(3/8)、コルト・ディテクティブスペシャル(0/6)、支給品一式×2】
【状態:左肩と脇腹の治療は完了、ほぼ回復。椋を見つけ出して殺害する。また、有紀寧、初音、柳川の三人になるまで他全員を殺害し続ける】
【備考:柳川の首輪爆弾のカウントは残り22:40】

宮沢有紀寧
【所持品:コルト・パイソン(6/6)、予備弾×19、包帯、消毒液、スイッチ(4/6)、ゴルフクラブ、ノートパソコン、風邪薬、胃腸薬、支給品一式】
【状態:前腕軽傷(完治)、強い駒を隷属させる(基本的に終盤になるまでは善人を装う)、柳川を『盾』と見なす。初音と共に優勝を狙う】

柏木初音
【所持品:マシンガン(種類不明、弾数未定)、フライパン、懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手、折りたたみ傘、鋸、支給品一式】
【状態:精神半分崩壊。有紀寧に対して異常な信頼。有紀寧と共に優勝を狙う】
【備考:マシンガンの入っていたデイパックは古河渚のもの】

【その他:19:00頃から雨が降り始めています】

→B-10

261青(1) ずっとふたりで/私、貴女、それ以外:2008/11/27(木) 02:36:50 ID:oegs0OjU0
青。
青の中にいる。

天沢郁未が認識したのは、まずそのことである。
ぼんやりとした頭で考える。
巨像はどこにいったのか。
戦いはどうなったのか。
考えて、その結末が思い出せず、しばらくしてそれも当然と思い直す。

「……どこよ、ここ」

辺りを見回す。
まるで網膜に青色のフィルターが貼られてでもいるかのような、奇妙な感覚。
そこは明らかに、つい今しがたまで立っていた神塚山の山頂ではなかった。
見上げても空はなく、無論のこと日輪もそこにない。
どこまでも広がる、透き通った青色の大気に包まれたような、不思議な場所だった。
郁未の思考がはっきりとしてくるに連れて、徐々に記憶が蘇ってくる。

異変が起こったのは双剣使いの像との戦いの最中だった。
変幻自在に襲い来る二刀をどうにか捌き、活路を見出そうと激闘を繰り広げていた郁未の視界が、唐突に塗り潰された。
世界を、青い光が包み込んだ。
咄嗟に認識したのは、その一事である。
青の一色に、巨像も、山肌も、空も海も郁未自身も、あらゆるものが飲み込まれ、塗り潰され。
そして、記憶はそこで途切れていた。
と、

『お目覚めですか』
「……葉子さん?」

郁未の耳朶を打ったのは、馴染みの声。
安堵を感じて振り返ればそこにいたのは果たして鹿沼葉子である。
空とも海ともつかぬ青一色の世界を背景にしてもまるで変わらない仏頂面に苦笑しかけた郁未が、
ふとその足元に目をやった瞬間、思わず呟きを漏らす。

「……なんで浮いてんの、葉子さん」

その膝下まで伸びる長いスカートの下、革靴を履いたその足は郁未の眼前、どこにも着いていない。
激戦を物語るように全身を返り血に染め、ふわふわと宙に漂うようなその姿は妖精か幽霊か、
いずれ彼岸の存在を思い起こさせる。

「……自縛霊?」
『ここが地獄でなければ違います』

冷静に否定する声音には揺らぎがない。
言葉を失った郁未を見下ろすように浮き上がった葉子が、言葉を継ぐ。

『これも不可視の力……といいたいところですが、それも違うようです。
 ところで一つ伺いますが郁未さん、あなたはどこに立っているのですか?』
「どこ、ってそりゃあ……え? ……あ、……え? わ……私まで浮いてる!?」
『……気付いていただけたようで何よりです』

呆れたような葉子の表情など、郁未は既に見ていない。

「ちょ、わ、何これ溺れる!?」
『溺れません。ずっと息をしているでしょう』

言われてみれば、と郁未は手足を振り回すのをやめて深呼吸。
問題なく肺が空気を取り込み、排出する。
一つ、二つと繰り返す内、郁未が次第に落ち着きを取り戻していく。

262青(1) ずっとふたりで/私、貴女、それ以外:2008/11/27(木) 02:37:10 ID:oegs0OjU0
「うーん……慣れてみればまあ、どうってこともないのね。……で、ここはどこで戦いはどうなったの?」
『その前にもう一つ、気付いていますか?』
「……何のこと?」

きょとんとした表情を浮かべる郁未の眼前、ふわふわと漂う葉子が唇に指を当ててみせる。

『私、先程からずっと声を出していません』

郁未に聞こえたその声は確かに鹿沼葉子のもので、しかしその言葉通り、葉子の口は動いていない。
それはつまり、と少し考えて、

『……こんな感じ?』
『郁未さんにしては飲み込みが早いですね』
『……』
『ええ、伝えようと思うだけで、相手に考えが伝わる……ここはそんなところのようです』
『気味の悪い場所だこと』
『……便利だとは言わないのですね』
『何が便利? 面倒が増えるだけでしょ』
『かもしれません』

漂いながら器用に肩をすくめてみせる葉子。

『で、先程の問いに答えますが……ここがどこかは判りません。戦いの行方も』
『珍しい、葉子さんにも判らないことがあるんだ』
『無知の知という言葉をご存知ですか?』
『馬鹿にされてることだけは分かるよ』
『素晴らしい』
『……』

実のない会話を打ち切って辺りを見回した郁未が、何かを見つけて指をさす。

『あれ、何だろ?』

指し示したのは、透き通る青の広がる世界、その水中とも空中とも判然としない中に浮いた、小さな球である。
全体には丸い形をした、人の頭ほどもあるそれは時折ぶよぶよと歪みながら、幾つも辺りを漂っている。

『泡? 突っついたらどうなるんだろ』
『……やめておいた方が、』

葉子が止める間もなく、郁未が手を伸ばす。
その指が触れた瞬間、泡が弾けた。


 ―――國體を護持し奉る為、此の身命が一片に至る迄、忠と成し義と成さん事を誓約す。


弾けた泡から声がした。
弾けた泡から色が零れ、弾けた泡から音がして、弾けた泡から溢れた世界が一瞬の内に、郁未を飲み込んでいた。


******

263青(1) ずっとふたりで/私、貴女、それ以外:2008/11/27(木) 02:37:31 ID:oegs0OjU0

『―――人を棄てるのではない』
『どう違う!』

男の声が、狭く雑然とした部屋を震わせる。
重く響いた声音は怒りに近い感情を乗せていた。

『我等は蛮戎夷狄を討ち払う國の礎、挺身忠孝の魁となるのだ、坂神』
『そういう話ではない!』

男は二人、他に人影はない。
坂神と呼ばれた男が、扉に背を預けるようにして立っている長髪の男に何か詰問しているようだった。

『他に何が必要なのだ。國の為に死ねと命ぜられれば死ぬのが兵だろう』
『しかし……!』
『この期に及んで臆したか、坂神』
『そうではない、そうではないが光岡……貴様とて思わんか』

取り付く島もないといった様子の長髪の男に、坂神と呼ばれた男が口調を変える。

『あの男……犬養が政治を牛耳るようになってからの軍は……いや我が國は、どこかがおかしい。
 何か取り返しのつかない方向へと走り出しているようにすら思えるのだ、俺には』
『……滅多なことを言うな、坂神。奴はあれで九品仏閣下の後ろ盾だ』
『またその名か……』

坂神が嘆息交じりに目を伏せる。

『九品仏という男、シンパは多いが……要は憲兵の元締めだろう。佐官に閣下もあるまい』
『貴様……もう一度言ってみろ!』
『何度でも言う。あの男に会ってからの貴様は何かに憑かれたようだ―――』


***


大きな泡が弾けて消えた。
押されるように、小さな泡が幾つも弾ける。


***


『―――坂神、貴様も来ないか』
『いや、俺は遠慮しておこう。まだ稽古の途中でな』
『そうか……だがいずれ時間を作れ。閣下のお考えを聞けば貴様にも分かる―――』


***


『……奴も変わったな』
『ケケ、お上品なインテリ連中の考えることなんざ放っとけ、坂神。
 それよか、たまには置屋に付き合えや。女郎共が煩くってかなわねえ。
 あのお連れの方はいらっしゃらないの、次はいつお見えになるの……とまあ、こうよ』
『御堂……貴様、掟を何だと思っているのだ』
『いいじゃあねえか、いくら色町で種を撒こうが孕むわけでもあるめえ』
『―――ほう貴様、まだ悪い癖が治らんと見えるな』
『おお岩切、戻っていたのか。そうだ、貴様からも言ってやれ』
『ゲェェーック、怖えのが来やがった……くわばらくわばら、っとくらあ』


***


『―――なあ、御堂。俺はたまに、思うのだ』
『あァ?』
『こんな、泥沼を這いずるような戦いが―――いつまでも続けばいい、と』
『……ケケ。手前ェも大概、病んでらぁな』


******

264青(1) ずっとふたりで/私、貴女、それ以外:2008/11/27(木) 02:37:54 ID:oegs0OjU0

最後の泡が弾けて消える。
色が失せ、音が消え、世界が融けてなくなって、静寂に満ちた青だけが残った。

『今の、って……?』

きょろきょろと辺りを見回すようにしているのは天沢郁未である。
頭痛に耐えるようにこめかみを押さえた鹿沼葉子が、それに答える。

『過去の記憶……MINMESのようなものでしょう。こちらは強制的に公開される機能付のようですが』
『悪趣味だね。……まあ、ELPODじゃなかっただけマシだけど』
『まったくです。風体からしておそらく、あの怪物と交戦していた男たちのものでしょうね』
『……あんなんだっけ? 髪の長いのがいたのは覚えてるけど』

首を捻った勢いでトンボを切るように回転した郁未に、葉子がこれ見よがしのため息をついてみせる。

『本当に、周りを見るということをしない人ですね……』
『そういうのは葉子さんの担当』

けろりと言ってのける郁未。

『けどさ、犬養って……ずっと前から総理大臣だよね』
『就任は十六年前ですね。今は第五次内閣です』
『言うほどこの国、おかしくしたっけ?』
『一般的には現在及び前回の休戦期を主導した人物として知られていますが』
『じゃ、いいじゃん』
『軍部には軍部の言い分もあるのでしょう。昨今は縮小傾向のようですし』
『そんなもん?』
『そういうものです。ちなみに話に出てきた九品仏とは陸軍の九品仏少将でしょう』
『誰、それ』
『知りませんか? 若くして将官にまで登り詰めた気鋭の軍人にして犬養首相の懐刀』
『全然』
『雑誌にもよく特集記事が組まれていますが』
『興味ないし。ていうか葉子さん、案外そういうの好きだよね』
『……』
『何で黙るかな』

ほんの僅か頬を染めた葉子の周りをくるりくるりと回っていた郁未が、
ふと何かに気づいたように動きを止める。

『ねえ、葉子さん』
『……』
『ねえってば。……あれ、何だろ』
『……また泡でも見つけましたか? 今度は不用意に突かないでくださいね』
『違うって』

つい、と指さす先。
目を向けた葉子が、微かに表情を変えた。

『何か……あれは、光っている……?』
『だよね、やっぱり』

どこまでも拡がる青のフィルターがかかったような空間の、果てしなく遠く離れた彼方。
針の先ほどに小さく見えるそこに、何かが瞬いている。
揺らめき、薄れ、時に煌くそれは夜空に輝く一番星のようにも、或いは今にも消えんとする灯火のようにも映る。

『……行ってみますか』
『他にアテもないしね』

踏みしめるべき地面はない。
しかし蹴るように足を動かせば、海にでも潜っているかの如く身体は前へと進む。

『……そういえば、葉子さん』
『何でしょう』

泳ぐように歩を進め始めた郁未が、肩越しにちらりと振り向いて問う。

『さっき、私のこと止めたよね? 泡、突こうとしたとき』
『……』
『私が起きる前に誰かの過去、見たんでしょ』
『ええ、まあ』

葉子の表情は変わらない。
空を蹴る足のリズムも変わらない。
ただ、ほんの少しだけ言葉を選ぶように目を細めて、口を開く。

『……人形も歌をうたう、……そんな、他愛もない夢でした』

それきり途絶えた背後の声にふぅんと気のない返事を返し、郁未が前へと向き直る。
その行く先では豆粒ほどだった光が、次第にその大きさを増しつつあった。

265青(1) ずっとふたりで/私、貴女、それ以外:2008/11/27(木) 02:38:15 ID:oegs0OjU0

【時間:???】
【場所:???】

天沢郁未
 【所持品:薙刀】
 【状態:軽傷・不可視の力】
鹿沼葉子
 【所持品:鉈】
 【状態:健康・光学戰試挑躰・不可視の力】

→996 999 1013 ルートD-5

266こんにちは、その道のプロです。:2008/12/02(火) 23:51:07 ID:O6UEvEkI0
開け放たれた窓から、爽やかな風が吹き込んでくる。
朝を実感させる痛みを伴わせた低温のものではないそれは、精神に優しい心地よさでエディの頬を撫で上げていった。
しかし窓辺に備えられた椅子に腰掛け静かに瞳を閉じるエディの顔に浮かぶものは、苦虫を噛み潰したような渋さで満ちている。
時刻は既に午前十時を回っていた。
行われた第二回目の放送、それですっかり気力を削がれてしまったエディはこうして数時間もの間、眠ることなく目を瞑り続けじっと心の痛みに耐えている。

エディが失ったものは、余りにも大きかった。
勝ち気で明るい少女、友人の姉である彼女、実力は折り紙つきの頼もしい彼女。
失われた知人達、これでエディの知り合いは残り二名となる。
内一人、那須宗一はまだいい。
トップエージェントである彼が、このような場で遅れを取ることはエディも想像していなかった。
リサ=ヴィクセンのこともあるので油断はならないが、残りのもう一人に比べたら生存率は遥かに高いだろう。

立田七海。
か弱い、何の力も持たない彼女のことがエディは心配でならなかった。
性格から、彼女が人を傷つける立場に回らないであろうこともエディは予測済みである。
受け身の彼女がこのような戦場で生き抜くには、誰かの庇護に下る以外有り得ないだろう。

「ナナミちゃん……」

もし、守って貰える「誰か」を彼女が既に見つけているのならば、まだいいだろう。
しかし、そうではなかった場合。
……一刻も早く、七海を回収する必要がある。島の脱出策を探す前に、優先することがエディには出来た。
またこれとは別に、エディの気が晴れない理由はもう一つある。

(ナスティガールん所は、まさかノ彼女含めノ全滅だもんナ……)

エディがこの島にて初めて言葉を交わしたのは、放送でも名前が上がっているイルファだった。
イルファと協力して知人を探すことになっていたエディだが、当のイルファ含め彼女の知人等は全て絶命したということになる。
姫百合瑠璃。姫百合珊瑚。河野貴明。
結局エディは彼等がどのような人物か知ることもなく、島で得た唯一つの繋がりも失った。


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