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避難用作品投下スレ3

18或る愛の使途:2007/11/05(月) 01:38:31 ID:ZrWf.p0Y0
「タカ、ユキ……」

だから、その低くしわがれた声が何を指しているのか、自らの思考に耽溺していた彰が気づくのには
僅かな間を要した。
おぞましい声音が紡いでいたのは、人の名。
だが歩調を緩めることもない化け物の周囲には誰もいない。
それは他でもない、彰に対する呼びかけだった。
真紅の眼が、抱えられたままの彰をじっと見下ろしていた。
禍々しい容貌に慄きながらも、しかし彰の中に何か小さな塊が生まれていた。
閃きとも、違和感とも呼べる何か。
触れれば砕けて消えてしまいそうな、脆く淡い道筋。
絡まった細い糸を手繰るように、彰は慎重に記憶を整理していく。
タカユキ。
その響きに、覚えがあった。
あれは初めてこの化け物に出遭ったときのこと。
そう、確かこの化け物は少年、藤田浩之のことをタカユキと呼んでいた。
直後、人間に化けてみせたときには浩之と呼んでいたにもかかわらず、だ。
加えて、先ほどの浩之と化け物の言い争い。
激昂する藤田浩之の表情。
そこに垣間見える可能性に、彰はそっと手を伸ばす。
どの道、当てが外れたところで今より状況が悪くなることはなかった。
苦しんで死ぬか、些か楽に死ねるかの差でしかない。
ならばせめてこの生を弄ぼうと、そう思った。

痙攣する指先をどうにか持ち上げて、こちらを見下ろす化け物の顎に這わせる。
びくりと、化け物が震えたような気がした。
顎の下を撫でるようにしながら、太く硬い腕に髪を擦りつける。
化け物の生臭い吐息が、一際荒くなったように感じられた。
その反応に確信を得て、彰は化け物の胸の中で小さく身を起こす。
澱んだ血溜まりのような眼球を覗き込んで、そっと囁いた。

「ねえ、……名前を、きかせてもらえる?」

真紅の瞳に映る七瀬彰は、宵闇のように笑んでいる。


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