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避難用作品投下スレ

1管理人:2006/11/11(土) 05:23:09 ID:2jCKvi0Q
新スレが立たない、ホスト規制されている等の理由で
本スレに書き込めない際の避難用作品投下スレッドです。

178CRISIS:2007/01/05(金) 19:50:02 ID:ZKFxbOxA
「だって、そうでしょう?」

葵の形相を意にも介さず、瑠璃子はくつくつと嗤う。

「お兄ちゃんは、そんなになってまで私を守ろうとしてくれている。
 とうに死んでしまってもおかしくないのに、私を庇って立っている。
 砕けた膝で、立てるはずもない身体で、そうして立っている」

言葉通り、拓也が立ち上がっている。

「私を愛してくれているひとが、私のために死をも厭わず戦ってくれている。
 ほら、こんなに幸せなことってないと、思わない?」

心の底から這い出るように、瑠璃子の言葉は吐き出されていく。

「だから、私は笑っているのだけれど。何か、おかしいかな?」
「―――澱んでいるっ!」

拓也の喉、膨れ上がって顎と区別のつかなくなっているそれを貫手で突く葵。

「澱んでいる、濁っている、腐っている!」
「……そういうことは、もう少し綺麗なひとに言われたいね」

瑠璃子のどろりとした眼光が、葵の全身を這い回る。

「ねえ、ねえあなた、強いあなた。お兄ちゃんを殺そうとしているあなた。
 あなたは本当に、そういうことを言えるようなひとなのかな?」
「何を……っ!」

179CRISIS:2007/01/05(金) 19:50:40 ID:ZKFxbOxA
裏拳で拓也の目の辺りを叩くと、躊躇なく金的を蹴り上げる葵。
空気の抜けるような音を立てながら、拓也が悶絶する。

「ほら、それだよ」

瑠璃子が指差した先で、拓也はもう折れる歯すらない口を噛み締めて、立ち上がる。
ひゅうひゅうという吐息に、時折血が混じっていた。

「まただ。あなたは、またお兄ちゃんを殺さなかった。これで、何度目かな?」
「……ッ!」
「ひどいよねえ。殺せるんだ。いつだって殺せるんだよ、あなたには。
 立てるはずがないのに立っていたって、首をねじ切ってしまえばきっと死ぬのに。
 生きているはずがないのに生きていたって、殺してしまえば死んでしまうのに」

拓也の髪を掴んだ葵が、空いた手で掌底を叩き込む。
ずるりと、血のついた毛根ごと髪が抜ける。

「そうやってずっと、死なない程度にずっと、あなたはお兄ちゃんを虐めている。
 どうしてだろうね? 殺してしまえば、すぐにも私を殺すことができるのに」

何かに気づいたように、芝居がかった仕草で仰々しく手を叩く瑠璃子。

「ああ、ああ、そうだ。きっとそうなんだね。あなたは。
 あなたはそうやってずっとお兄ちゃんを、お兄ちゃんのかたちを削りながら、」

白い貌の真ん中で。
真っ赤な口が、笑みの形をつくる。

「―――楽しんでるんだ」

180CRISIS:2007/01/05(金) 19:51:08 ID:ZKFxbOxA
葵の膝が、拓也の鳩尾に叩き込まれる。
胃液と血と痰の混じった反吐を葵の体操着に擦りつけながら、拓也が崩れた。
葵の視界の中、瑠璃子が嗤っている。

「黙ってください」

倒れた拓也の手を、全体重を乗せた踵で踏み抜きながら、葵が口を開く。

「楽しいよねえ、人を壊すのは。ひとを、ぐずぐずに崩していくのは、楽しいよねえ?」
「黙れ」

のたうつ拓也の腹を蹴って動きを止めると、身体を丸めて激しく咳き込むその背に、何度も脚を落とす。

「ああ、ああ、そんなにしたら死んじゃうよ?
 あなたの大切な玩具が、私のたいせつなお兄ちゃんが、死んでしまってもいいの?
 そうなってしまったらもう、壊して遊べなくなってしまうけれど、それでもいいの?」

瑠璃子が、嗤う。

「―――黙れと言っているんだ……っ!」

激昂に任せて下ろされた葵の脚が、拓也の頚骨を踏み砕いた。
けく、と小さな音が、した。

「……ああ、ああ、死んじゃったね」
「……!?」

思わず視線を下ろす葵。
何度も、何度でも立ち上がってくるはずの拓也は、ぴくりとも動かない。

181CRISIS:2007/01/05(金) 19:51:43 ID:ZKFxbOxA
「―――そうして、こころを乱した」

瑠璃子の声が、響いた。

「駄目だよ、そんな風に揺れては。
 人を壊して遊んでいたひとが、人を殺したくらいでそんな風に驚いちゃいけない」

声は、葵の耳朶を侵す。

「もっと楽しそうにしなきゃ。もっとつまらなそうにしなきゃ。
 楽しく遊べてありがとう。もう終わってしまったのか、さようなら。
 あなたはそういう風に、思わなければ、いけない」

気がつけば、すぐ目の前に、瑠璃子の眼が、あった。

「楽しく。楽しく。楽しく、ひとを壊しましょう。
 ゆっくりと、時間をかけて、たっぷりと、感謝をこめて」

すう、と。
瑠璃子の顔が、近づいてくる。

「―――だからこれは、契約の証」

唇を、奪われた。

「壊しにきて。あなたのたいせつなひとを壊した私を。
 追いかけてきて。私のたいせつなお兄ちゃんを壊したあなた。
 もっと、もっと遊びましょう。楽しく、楽しく、楽しく―――」

頭蓋の内側に響くその言葉を最後に、葵は意識を喪った。

182CRISIS:2007/01/05(金) 19:52:32 ID:ZKFxbOxA

******


眼を開いたとき、葵がまず行ったのは、己の拳を見ることだった。
血に染まっていた。すべて、月島拓也の血だった。

空を見上げた。
雨が、弱まっていた。
雨粒と、涙が入り混じって、流れた。

身を起こし、辺りを見回して、二つの死体を見つけ、葵は思う。

 ―――こんなものも、あったな。

涙を流しながら、葵は立ち上がる。
振り返ることもせず、歩き出した。

野ざらしの骸は、物言わずただ、葵の背を見つめている。

183CRISIS:2007/01/05(金) 19:52:58 ID:ZKFxbOxA
 【時間:2日目午前10時ごろ】
 【場所:E−7】

松原葵
 【持ち物:支給品一式】
 【状態:健康】

月島拓也
 【状態:死亡】

月島瑠璃子
 【持ち物:鍵、支給品一式】
 【状態:電波使い】

→591 ルートD-2

184それぞれの想いと変化:2007/01/05(金) 22:08:14 ID:7pibsTiM
るーこは自分の目を疑っていた。共に走ってきた留美達もただ呆然と立ち尽くしている。
その光景はまさに惨状そのものだった。
自分達を先に逃がしてその場に残った仲間たちは、その殆どがもう動かぬ骸と化している。
そこら中に飛び散った血がこの場でどれだけ激しい戦いがあったかを証明していた。
るーこたちが戻ってきた事に気付いた陽平が、おぼつか無い足取りでるーこの方へ歩いてきた。
「…るーこ」
「うーへい!」
すぐさまるーこは陽平の体を支えた。近くで見ると陽平のこめかみの上あたりから血が流れていた。
るーこは陽平の髪をかき上げその傷口を観察した。傷は深くは無かったが、部位が部位だけに楽観視してはいけない。
(確か…救急箱はよっちが持っていたな)
きょろきょろと周りを見渡すと、チエの姿はすぐに確認する事が出来た。
「舞先輩………志保先輩………」
チエはがっくりと肩を落としていた。るーこが彼女を気遣いその肩に手を乗せる。
牛丼の一件以来行動を共にし力を合わせて生き延びようと誓い合った仲間たちが死んでしまった。
よりにもよって同じ仲間だった耕一とその家族の手によって。それなのに――
「なんで…舞先輩は、こんな安らかな顔をしてるんっスか…」
「るーには分かる、これは何かをやり遂げた者の顔だ」
「るーこ先輩…」
「恐らくそこのうーひろ達が何か事情を知っているんじゃないか」
チエはるーこが目を走らせている方向を追った。
その先には浩之や、柳川の治療を行なっている佐祐理がいた。
視線に気付いた浩之が全員を呼んで事情の説明を始めた。

185それぞれの想いと変化:2007/01/05(金) 22:10:33 ID:7pibsTiM




「そうスか…舞先輩は最後に佐祐理先輩を守り抜いたんっスね…」
「川澄が守ったのは倉田だけでは無い。正直な所俺は耕一の相手をするだけで手一杯だった…。川澄が千鶴を食い止めていなければ全員殺されていただろう」
――そう語る柳川の体にもまた、新たな痕が刻まれている。
彼の体には肩から胸に掛けて襷の様に新たな包帯が巻かれており、元からしていた包帯も合わせるとその上半身はまるでミイラのようだった。
その姿は彼がこれまでいかに厳しい道のりを歩んできたかを物語っていた。
(みんなこんなに頑張ってるのに…あたしは何をやっていたんスか…。ただ戸惑い続けるだけで、何も出来なくて…。
あたしはみんなに迷惑を掛けていただけじゃないっスか…)
気付くとチエは拳を握り締めていた…その手がじんと痛んだ。
しかしもう取り乱すような事は無い――あるのは唯一つの決意。
(あたしはみんなの分まで生きないといけない…舞先輩や住井先輩、志保先輩のように、強く…今度こそ、誰も死なせないように…。
じゃないと河野先輩にも、死んだこのみやちゃるにも合わせる顔が無いよ…!)
想い人と今は亡き親友たちの顔を思い出して、ともすれば弱気になりかねない自分自身を奮い立たせる。
少女は、仲間の死を乗り越えるたびに確実に成長していた。

「耕一先輩は…?」
「…ああ。耕一さんって人なら柳川さんに胸を撃ち抜かれて死んだよ…。死体は千鶴さんが逃げる時に運んでいった」
「言い訳させてもらうが、耕一はまるでこちらの話に聞く耳を持たなかった。奴を放っておけば必ず夥しい数の犠牲が出る…。
なら俺はそれを見過ごす事などしないし、出来ない」
「俺もそれを咎めるつもりは無いよ…あそこでやらなければ俺達がやられていたしな。俺だって、ああなるのが分かっていて爆竹を投げ込んだんだ」
説得などとても考えられる状況ではない、それ程の激戦だったのだ。
浩之と柳川の意見に異を唱える者はいない――ただ一人を除いて。
詩子の横で留美がわなわなと肩を震わせていた。
次の瞬間、彼女は溜まりに溜まった感情を爆発させた。
「何で………何でみんな殺しあっちゃうのよ!こんなの絶対おかしいよ!!」
腹の底からありったけの、一瞬雷が落ちたかと思えるくらいの声量で叫ぶ。
それくらい鬱憤が蓄積していたのだ。この理不尽なゲームに対して。

186それぞれの想いと変化:2007/01/05(金) 22:11:52 ID:7pibsTiM
だが柳川はその迫力にもたじろぐ事は無い。
「さあな、理由など分からん。ただ、やる気になっている者がいたのなら俺は容赦しない。そうしなければ自分が死ぬし、俺が守るべき者たちも危険に晒されるからだ」
「――っ …でも…でもっ…!」
納得していないがその気持ちを言葉にする手段が見つからない、といった感じの留美。
浩之はそんな彼女に諭すように言った。
「七瀬…で良いんだよな。俺も最初はそう思っていたよ。諦めずに話し合えばきっと分かり合えるってな」
「そうよ…心の底から殺し合いをしたいって思ってる人なんて、きっといないんだから!」
「――だけど俺は今日、もう二回もやる気になっている奴にあったんだ。それでもう、分かってしまったんだ。
戦わないといけない時には戦わないと大事なものを全部失っちまうって事を…」
これまでの戦いの中で浩之もその事だけは認めざるを得なくなっていた。
綾香との戦いの時も耕一たちとの戦いの時も、柳川が戦わなければもっと被害は広がっていただろう。
頑なに殺人を拒んできた浩之だったが、もう彼に柳川の言葉を否定する資格は無い。
そしてそれは留美にも通じる事だった、彼女も自分の身を守るために巳間良裕と戦ったのだから。
「………」
留美は返す言葉が思いつかなくなり、それきり俯いてしまった。
場に沈黙が流れる。助け舟を出すように詩子が小さく呟いた。
「とにかくさ…いがみ合ってても仕方が無いし、死んじゃった人たちを埋めてあげようよ…」
その意見に反対する者はいない…一行は何グループかに分かれて各々の作業に移行した。




他の者が埋葬を行なっている間るーこは陽平の頭に包帯を巻いていた。脇腹の治療は既に済んでいる。
彼女の故郷でも包帯を用いた治療が行なわれているかは分からないが、その手つきは手慣れていた。
程なくして作業は終わりを迎える。
「よし、これで治療は終わりだ」
「うん、ありがとう」
「全く………鉄パイプなどで無茶をするからだ。ああいうのは勇気ではなくて、無謀と言うんだぞ」
「いきなり酷い言い草ですねえ!? 大体僕が――」
冷ややかな罵倒を受けた陽平が何か言おうとしたが、それが最後まで言い切られる事は無かった。

187それぞれの想いと変化:2007/01/05(金) 22:12:56 ID:7pibsTiM
――るーこが陽平の背に縋るように抱きついていた。
陽平はるーこの体が微かに震えているのを感じた。
「るーこ…?」
「うーへい…もうあんな無茶をするな。うーへいが死んでしまったら、るーは………るーは………!」
「………ごめん」
それきり二人とも喋らなくなった。黙ってほんの一時の間、寄り添い合う。
彼女たちの心にはお互いが無事だった事への安堵と、仲間の死に対する悲しみが混在していた。




「…倉田、本当にもう良いのか?」
「ええ、珊瑚さんたちも心配してるでしょうし急ぎましょう」
佐祐理は荷物を分配した後、周りにいる人間に出発を促がした。
柳川はもう少しゆっくりしていっても構わないと言ったが、彼女はそれを拒んだ。
佐祐理もまた、親友の死を乗り越えて変わりつつあった。
最後に一行は手を合わせ静かに冥福を祈る。もう現実を受け入れていない者はいない。
一人、また一人と別れの挨拶を済ませて顔を上げる。
最後に佐祐理が顔を上げ彼女たちは出立した。それぞれの想いをその胸に抱いて。

歩きながら話し合った結果、まずは珊瑚たちと合流して全員で情報を交換しあう事にした。
この場にいる人間はそれぞれ別々の目的がある、すぐに別行動になってしまうだろう。
だが最終的な目標は皆同じ…協力し合える部分は協力し合うべきだった。
そんな中、留美は一行の少し後ろを肩を落としながら歩いている。
浩之が歩く速度を落として彼女の横に並びかけた。
「なあ、七瀬」
「…何?」
「一体何が正しくて、何が間違いなんだろうな…。俺にはもう分からない…」
「…そんなのきっと、誰にも分からないわよ」

188それぞれの想いと変化:2007/01/05(金) 22:14:19 ID:7pibsTiM
浩之も留美も己の目的を果たす為の強い意志は持っている。
しかし迷いが消える事は無い。
――『これから君たちには殺し合いをしてもらう』
この狂った島で行なわれているのは殺し合い…その圧倒的な現実の前に、少年少女の想いはあまりにも無力。

【時間:2日目12:00頃】
【場所:F-2】

春原陽平
【所持品1:スタンガン・FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2・他支給品一式】
【所持品2:鋏・アヒル隊長(1時間20分後爆発)・鉄パイプ・他支給品一式】
【状態:全身打撲・数ヶ所に軽い切り傷、頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)、珊瑚達の所へ戻る】
柳川祐也
【所持品:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、日本刀、支給品一式×2】
【状態:左肩と脇腹の治療は完了したが治りきってはいない、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)、疲労、珊瑚達の所へ戻る】
倉田佐祐理
【所持品1:舞と自分の支給品一式、救急箱、吹き矢セット(青×5:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、投げナイフ(残り2本)】
【状態:普通、珊瑚達の所へ戻る】
藤田浩之
【所持品:日本刀、ライター、新聞紙、護と志保の支給品一式】
【状態:守るために戦う決意、珊瑚達の所へ戻る】
七瀬留美
【所持品1:デザートイーグル(.44マグナム版・残弾6/8)、デザートイーグルの予備マガジン(.44マグナム弾8発入り)×1】
【所持品2:H&K SMG‖(6/30)、予備マガジン(30発入り)×4、スタングレネード×1、何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(3人分)】
【状態:珊瑚達の所へ戻る、目的は冬弥を止めること。千鶴と出会えたら可能ならば説得する、人を殺す気、ゲームに乗る気は皆無】

189それぞれの想いと変化:2007/01/05(金) 22:15:29 ID:7pibsTiM
柚木詩子
【持ち物:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈、包丁、他支給品一式】
【状態:珊瑚達の所へ戻る、千鶴と出会えたら可能ならば説得する】
ルーシー・マリア・ミソラ
【所持品:鉈・包丁・スペツナズナイフ・他支給品一式(2人分)】
【状態:珊瑚達の所へ戻る、左耳一部喪失・額裂傷・背中に軽い火傷(全て治療済み)】
吉岡チエ
【所持品1:投げナイフ(残り2本)、救急箱、耕一と自分の支給品一式】
【所持品2:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)】
【状態:珊瑚達の所へ戻る】

【関連:619 B-13】

190修正:2007/01/05(金) 22:53:04 ID:7pibsTiM
>まとめサイト様
以下を修正願います

>>187
>佐祐理は荷物を分配した後、周りにいる人間に出発を促がした。        

佐祐理は荷物を分配した後、周りにいる人間に出発を促がした(アヒル隊長はもう用途が無いので、
爆発の規模を抑えれるよう少し離れた地面に埋めて廃棄した)。

>>188
>春原陽平
>【所持品1:スタンガン・FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2・他支給品一式】
>【所持品2:鋏・アヒル隊長(1時間20分後爆発)・鉄パイプ・他支給品一式】
>【状態:全身打撲・数ヶ所に軽い切り傷、頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)、珊瑚達の所へ戻る】


春原陽平
【所持品1:スタンガン・FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2・他支給品一式】
【所持品2:鋏・鉄パイプ・他支給品一式】
【状態:全身打撲・数ヶ所に軽い切り傷、頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)、珊瑚達の所へ戻る】

お手数をお掛けして申し訳ございません

191医者は電気羊の夢を見るか:2007/01/06(土) 09:59:49 ID:HlWmjZ4k
霧島聖は薄暗くなった部屋の中でちらりと時計(家に備え付けてあった。当たり前か)を確認する。
――午前3時30分。
まだ少し出るには早いような気がしなくもないが、そろそろ出立の準備をしてもいいころだろう。
結局、交代で床についてもほとんど眠る事が出来なかった。そりゃそうだ、こんないつ襲撃されるか分かったもんじゃないこの出来の悪いふざけた演劇の舞台で、誰が眠れるって言うんだ?
聖は、脳裏にゲームの開始を告げた殴り心地の良さそうだった兎の人形を浮かべる。
――次に出会ったら、強烈なストレートをかましてやろう。それもただのストレートじゃない、二度と悪さ(それにしちゃ度が過ぎているが、クソ)出来ないように骨の髄まで砕けるようなストレートだ。
TKO。どんなもんじゃーい。
聖はことみが寝ているベッドまで近づいていき、ゆっくりと体を揺らした。
「ことみ君、起床時間だぞ」
言うと、ことみはぱっちりと目を開けて起き上がった。
「よく眠れたか?」
ううん、と首を振ることみ。
「何となく、寝つけなかったの。羊の数を数えてたら、14725匹になっちゃったの」
恐ろしい集中力だった。自分なら、100匹もいかないうちに放り出すだろう。
「今、何時?」ことみが尋ねる。3時30分、と答えてやると「こんなに早起きしたのは人生初なの」と言った。聖は仕事柄、こんな時間まで起きていることも珍しくはなかったが。
「さて、出発の準備だ。ことみ君、悪いが何か役に立ちそうなものを探してきてくれないか? 私は食料を探そうと思う」
「あいあいさー」
敬礼すると、ことみは押入れの中を探り始めた。聖は台所を漁り始める。
冷蔵庫にめぼしい物はなかったものの、戸棚の中から乾パンやカロリーメイト(用意のいい家だこと)を発見することができた。どうせなら、ミネラルウォーターでもあればなお助かったのだが、そこまで期待するのは酷というものだろう。
「――しかし、まるで泥棒みたいだな」
薬やばんそうこうなどを集めているときには思いもしなかったが、考えてみれば人様の家に勝手に入りこんだばかりか食料まで頂戴している。
霧島聖及び一ノ瀬ことみ、住居不法侵入罪。懲役10年。イエー。

192医者は電気羊の夢を見るか:2007/01/06(土) 10:00:38 ID:HlWmjZ4k
「正確には住居侵入罪なの。ついでに、法定刑は3年以下の懲役または10万円以下の罰金なの」
解説とツッコミ、ありがとう。
「――で、ことみ君は何か見つけたのか」
ツッコミのために顔を覗かせていたことみが、「えーっと」と言って色々取り出す。
「懐中電灯〜」
どこぞの青タヌキ型ロボットの口調を真似たかのようにことみが取り出す。大きさはペンより少し大きいくらいの、つまり俗に言う、ペンライトだった。
明るさとしてはやや頼りない気がするがこの際文句は言えまい。むしろ口にくわえて狭い場所も探索できるのでありがたい。
「100円ライタ〜」
見るからに安物(いや、実際百円ものだが)のライター。だが火をつけたり明かりを灯したり、用途は様々だ。火で炙って殺菌消毒も出来なくはない…はず。
「以上なの」
びっ、と敬礼して報告の終わりを告げることみ。まだ出会って間も無いが、彼女の見識は広いものがある、と聖は思っていたのでもうこれ以上役に立ちそうなものはないのだろう、と考えた。
「よし、じゃあ出発前に少し食べてから行くぞ。ほら、まだ少し早いが朝食だ」
ことみにカロリーメイトを投げ渡す。危なげなくことみはキャッチして、ぺりぺりと袋を開ける。
聖も一つ開けて一気に口に放りこむ。粉っぽいが、味は悪く無い。
十秒チャージ、2時間キープ。
「ひんへいは、ひがふほ」
同様に、リスよろしく両頬にカロリーメイトを頬張ったことみがまたもやツッコミを入れる。
「…キチンと飲みこんでから言って欲しいな」
――聖には届かなかったが。
それはことみも了解しているらしく、モグモグと時間をかけて飲みこんでから改めて突っ込む。
「品名が、違うの。それはウィダーインゼリー」
約一分後の、間を置いたツッコミだった。
食べ終えると、聖は地図を取り出して、現在地を確認する。
「さて、今我々がいるのはこのB−4だ。ここから灯台や氷川村に行くわけだが――ホテル側から迂回して氷川村から行くルートか、学校側から灯台へ向かうルート、どちらにする?」

193医者は電気羊の夢を見るか:2007/01/06(土) 10:01:26 ID:HlWmjZ4k
一直線に道なき道を通るという選択肢もあるにはあったが無駄に体力を使うわけにもいかない。妹も気がかりではあるが――まだ、無事であると信じたい。
「うーんと…先に行きたいところがあるけど、いい?」
言って、ことみが指し示したのは学校だった。灯台へのルートの途中にあるので遠回りにはならないが…
聖が尋ねようとしたところ、先に言葉を発したのはことみだった。
「ちょっと、調べたい事があって」
はっきりとは言わなかった。というより口に出すのを躊躇っているような感じだ。口に出して言えないようなことなのだろうか? 気にはなったが、追求は避けた。ことみなりに何か考えあってのことだろう。
「分かった。先にそちらに向かおう。ひょっとしたら、ここに佳乃がいるかもしれないからな」

【時間:二日目午前4時前】
【場所:B-4】

霧島聖
【持ち物:ベアークロー、支給品一式、治療用の道具一式、乾パン、カロリーメイト数個】
【状態:健康。まず学校へ移動】
一ノ瀬ことみ
【持ち物:暗殺用十徳ナイフ、支給品一式(ことみのメモ付き地図入り)、100円ライター、懐中電灯】
【状態:健康。まず学校へ移動】

194医者は電気羊の夢を見るか:2007/01/06(土) 10:02:36 ID:HlWmjZ4k
あ、書き忘れ

B-10です

195名無しさん:2007/01/06(土) 21:16:22 ID:Y5PL6XtQ
誓い(後編) 〜THE END OF JOKER〜


「なんとか無事に着いたんよ」
「ええ。ここが鎌石局ね…」
20分ほど歩いたところで皐月と花梨は鎌石局にやって来た。
早速2人は中に入り、しらみつぶしに局内を物色し始めた。
とはいえ、そう長居もできない。恐らく少年も自分たちを見つけようと今頃村中を徘徊しているだろう。
そのため一通り手短に調べ終わったらすぐに村から去ろうと2人は考えていた。

「なにか武器の変わりになるものでもいいんだけど………」
「そう簡単に見つかったら苦労はしないわよね………あれ?」
業務机の引き出しを立て続けに開けて中を調べていた皐月であったが、ふと1箇所だけ鍵がかかっていた引き出しを見つけた。
「ここだけ鍵がかかってる……」
「……なんか怪しいね。じゃあ早速開けてみるんよ」
そう言うと花梨はポケットから針金(ホテル跡で手に入れた奴。どうやらまだ持っていたらしい)を取り出し島に来て2度目のピッキングを敢行した。
前回同様、鍵穴に針金を差し込んでしばらく格闘していると『カチッ』という音が引き出しからした。
「よしっ。解除完了!」
「へえ。見事なものね。でも私ならもっと早く解除できたけど……」
「え? 皐月さん、今なんて?」
「ああ、なんでもない、なんでもない。とにかく開けてみましょ」
そう言って引き出しを開ける皐月。もちろん花梨とは違い罠が仕掛けられている可能性も考え伸張に開けていく。
―――引き出しの中にあったのは郵便局にあるには不自然すぎる銀色の鉄の塊だった。

「――これって……銃だよね? それに弾も……」
花梨が引き出しから取り出したもの。それはまぎれもなく拳銃だった。
引き出しの中には花梨が取った銃のものや他の銃のためのものであろう数種類の予備の銃弾があった。
「………ちーちゃんだ」
「えっ?」
花梨の持つ拳銃に皐月は覚えがあった。

196名無しさん:2007/01/06(土) 21:17:31 ID:Y5PL6XtQ
―――チーフスペシャル。そう。それは皐月も愛用していたアメリカのスミス&ウェッソン社製のリボルバー拳銃だった。
(もっとも、花梨の持っているそれは皐月の愛用するM36ではなく、その発展型であるM60・3インチモデルであったが……)


「――うん。ちょっとホコリ被ってるけど銃も弾も問題なく使えそうね」
手に入れた銃と弾を一通りチェックし終えると、皐月は制服のポケットにチーフスペシャルを、デイパックに弾をしまった。
ちなみに手に入った弾はM60の予備弾である.357マグナム弾20発(うち5発はM60に装填したため残り15発)と散弾銃用の12番ゲージ弾10発、FN ハイパワーのマガジンに入っていた9ミリパラベラム弾13発の以上3種類である。
「でも武器が見つかってよかったね。これで少しは安心なんよ」
「ええ。でもさ、本当に銃は私が持っていていいの?」
「うん。なんか判んないけど私よりも皐月さんのほうが使い慣れてるような気がするから」
(う…そりゃあねえ………)
そう思いながら苦笑いをする皐月。さすがに今は「銃はこの島に来る以前からたびたび使っていたことがあるから」とは言えない。

「じゃあ行きましょ。何時までもこの村に行くわけには行かないわ」
「ええ。由真やたかちゃんたちと無事に合流できればいいんだけど……」
「そうね。私も宗一やリサさんと合流できれば………っ!?」
――郵便局を出た瞬間、皐月は何か『嫌な予感』がした。
「花梨!」
「えっ?」
考えるよりも先に皐月の身体は動き出していた。咄嗟にバッと花梨に飛びつく。


――ガガガガガガ!

197名無しさん:2007/01/06(土) 21:18:29 ID:Y5PL6XtQ
「っ!?」
「皐月さん!?」
皐月が花梨に飛びつくと同時に銃声が周辺一帯に響き渡った。
さらにそれと同時に皐月の左肩から鮮血が噴き出す。
「さ…皐月さん血が………!」
「いいからこっちに!」
痛みに耐えながら皐月は立ち上がるとすぐさま花梨の手を引き物陰に滑り込んだ。

――敵の奇襲。誰の手によるものかは2人ともすぐに気づいた。

「少年っ!」
皐月と花梨は揃ってその襲撃者の名を口に出すと、皐月たちの隠れている物陰の向かい側に位置する民家の影から襲撃者は姿を現した。
アサルトライフルを手に佇む黒ずくめの姿―――そう。それは間違いなく先ほど自分たちを襲い、幸村と智子の命を奪った少年だった。


「――おかしいな…完璧な奇襲だったはずなのに仕留め損ねるなんて………どうやら君は見かけによらず良い戦闘センスを持っているみたいだね湯浅皐月……」
場に似つかわしくないフッとした笑みを浮かべながら少年は皐月と花梨が隠れている物陰を見つめていた。
「少年! あんた、本当にどういうつもりよ!」
皐月はそう叫ぶと手に入れたばかりのM60を少年に向け構えた。
「言ったでしょ? 僕の目的は君たちが持っている宝石を手に入れることだって……」
そう言いながら少年も皐月に対してステアーを構える。

「――悪いけど、さすがにもう今の僕は君たちを見逃すことは出来ないよ。それに無駄な労力は払いたくない……だから一思いに殺してあげるよ」
「やれるもんならやってみなさいよ………!」
お互い銃を握る手に自然と力が籠もる。2人ともすぐには動かない。
「…………」
「…………」
無言のまま睨み合う皐月と少年。数秒の時間がとても長い時間に2人は感じた。

198名無しさん:2007/01/06(土) 21:19:34 ID:Y5PL6XtQ
―――沈黙を破ったのは皐月――いや。皐月の陰に隠れていた花梨だった。
「こいつーーっ! なめるんじゃないんよーーーーーーっ!!」
花梨はそう叫ぶと自身の持っていたデイパックのうちの1つを少年に向けて勢い良く投げつけた。

「っ!?」
思わず少年はステアーの引き金を引いた。

ガガガガガ………!

銃声と同時にデイパックは蜂の巣となる。しかし次の瞬間、デイパックは破裂すると同時に白い煙が勢い良く少年の周辺に充満させた。
「!? なんだコレは!? ――小麦粉!?」
そう。それは今は亡きエディの支給品、大量の古河パンによる大量の小麦粉の煙幕だった。
さすがの少年もこれには視界を封じられた。
「皐月さん!」
「ええ!」
それを見て、急いでその場から離脱しようと皐月と花梨は走り出した。
普通ならば少年を倒す絶好のチャンスである。しかし、少年にはアサルトライフルの銃弾すら弾く強力な盾がある。そのため、いくら強力なマグナム弾を用いるM60を持っている今の皐月でも少年を攻撃しようなどとは思わなかった。

「一度村の中心部に戻るんよ! あそこなら物陰も多いからきっと逃げ切れる!」
「判ってるわ!」
先ほどと同じように振り返ることなく皐月と花梨は全速力で駆けていく。
しかし………
「―――言ったよね? 君たちを見逃すことは出来ないって………」
「えっ?」
不意に近くから少年の声が聞こえたので、花梨が振り返ると『パン! パン!』という音が近くで鳴り響くと同時に自身の胸と腹部から先ほどの皐月の左肩のように鮮血が噴き出した。
「あ………」
花梨は体中から力が抜けていくのを感じた。そして花梨はゆっくりと地面に倒れた。
「花梨っ!?」
それを見た皐月も思わず足を止めてしまう。しかしそれは少年に絶好のチャンスを与えてしまった。

199名無しさん:2007/01/06(土) 21:20:30 ID:Y5PL6XtQ
パン! パン! パン!

―――再び銃声。それも今度は3回だ。1つ目の銃声で皐月の左足に風穴が開き、2つ目の銃声で右腕にかすり傷が生まれ、3つ目の銃声で右わき腹が抉られた。
「あああああああああああああああっ!!」
迸る激痛に皐月は思わず叫び声を上げ、その後彼女も大地に崩れ落ちた。

「やれやれ……もう慣れてると思ったけど銃って本当に扱いが難しいものだね。未だにコツが掴めない………」
皐月が声のした方に目を向けるとそこにはステアーではなくグロックを持った少年の姿があった。
「能力者の能力を制限する……結構便利なルールだけど自分の能力も封じられてしまうというのは結構不便なものだよ。本来なら不可視の力で君たちを自身の死に気づかせることなく葬ることもできるのに………」
そう言いながら少年は動かなくなった花梨に近寄った。
「………」
皐月はただ黙って少年を睨みつける。
隙を突いてM60をお見舞いしてやろうとも思ったが、今の少年からは皐月にまったく隙を与えてくれる感じがしなかった。
「だけど、ようやくこれで全てを終わらせられるよ。この繰り返される悪夢のような殺し合いも、僕の役目も…………」
少年は花梨のデイパックを手に取り中を開ける。しかし目当ての宝石は入っておらず、中からは特殊警棒と貝殻と手帳が出てきた。
「これは……なるほど。猪名川さんか……確かに、彼女と彼女の仲間たちにはあの時に何度も苦汁を舐めさせられたよ………」
手帳を開いて目を通した少年はふっと笑った。発言からしておそらく前回行われた殺し合いのことを思い出したのだろうと皐月は思った。
「さて……こんなことをしている場合じゃあないよね?」
手帳を花梨のデイパックにしまい、それを置くと今度は花梨の方を調べる。
「やっぱりポケットの中かな?」
そう言って少年は花梨の制服のポケットに手を伸ばした。
その時―――

「にゃあー!」
「うわっ!? なんだこいつ!?」
(猫さん!?)

200名無しさん:2007/01/06(土) 21:21:10 ID:Y5PL6XtQ
突然皐月のデイパックから飛び出したぴろが少年に飛び掛った。
ぴろは花梨のポケットへと伸びていた少年の手を引っかくと、今度は少年の顔に張り付いた。
「くっ…こいつ……!」
「にゃ!?」
しかし、すぐさま少年に引き剥がされるとそのまま勢い良く地面に叩きつけられた。
「ふぎゃあ!」
そう叫ぶとぴろもぐったりと地面に倒れ伏した。
「くっ……こんな奴まで僕の邪魔をするなんて………」
少年はぴろを一瞬睨みつけるとすぐに花梨の方に目を戻した。
「困るんだよ……あと1歩というところで邪魔されるのは………」
「そうか。それは悪いことをしたな……」
「!?」
不意に誰かの声が聞こえた。少年は振り返ると同時に片方のデイパックを自身を守るように前に突き出した。

ズドン!
パン! パン!

2種類の銃声が聞こえると同時にデイパックが破裂し中に隠されていた盾が姿を現し、少年の身体には着弾の衝撃が伝わった。
(ショットガンか!)
そう判断すると同時に少年はその場から少し後退する。

――少年の眼前には、ショットガンをこちらに向けて構える少年と拳銃をこちらに向けて構える少女、そしてその後ろに同じく2人の少女が立ちはだかっていた。


* * * * *

201名無しさん:2007/01/06(土) 21:21:58 ID:Y5PL6XtQ
「笹森さん………」
ショットガンを構える少年――河野貴明は目の前に倒れている花梨と皐月にちらりと目をやった。
見知らぬ少女の方はまだ生きているようだが、花梨の方はその場に倒れたまま動いていなかった。胴体からは大量の血を流し、大きな赤い水溜りを形成していた。
目の前の惨劇に対する怒りにぎりっと奥歯を噛み締めた。そして目の前にいる少年をキッと睨みつける。
「――お前がやったのか………?」
「――僕じゃなかったら誰がやったっていうんだい?」
「……っ!」

ズドンッ!!

少年のそのその言葉が告げられると同時に貴明は少年にレミントンを撃っていた。
それが戦闘開始の合図となった。



貴明のレミントンが火を噴くのとほぼ同時に少年は貴明たちの視界から姿を消していた。
少年の持っていた盾だけがそこには存在していた。
(速い……!)
柏木梓は直感で隣にいた久寿川ささらの腕をぐいっと引っ張った。
貴明とその隣にいた観月マナも咄嗟に左右に転がるように場所を変える。

パン! パン! パン!

「くっ!」
次の瞬間、貴明たちのいた場所に数発の銃弾が貫いた。
まだ完全に癒えていない傷がズキンと痛んだが、今の貴明にそんなこと言っている暇はなかった。

202名無しさん:2007/01/06(土) 21:22:46 ID:Y5PL6XtQ
(固まっていたらやられる……!)
すぐさま貴明たちはそれぞれ物陰に身を隠す。
「梓さん! 久寿川先輩たちをお願いします!」
弾切れしたレミントンに急いで新しい弾を装填しながら貴明は梓の方に叫んだ。
「馬鹿! そんなこと言われなくても判ってるよ! こっちの心配をしてる暇があったら自分の心配をしろ!」
梓は物陰から飛び出すと、近くに倒れていた皐月を抱きかかえる。
「大丈夫か!?」
「あ…ありがとう………っ!?」
「梓さん、前!」
「!?」
マナの叫び声を聞き、梓が目を向けると前方の物陰から黒い影が一瞬横切った。
――少年だ。
「梓さん早くこちらに!」
「判ってる!」
急いでささらの隠れている物陰に身を隠そうとする梓。
しかし再びステアーに武器を持ち替えた少年がそんな梓と皐月に銃口を向けトリガーを引いた。
それとほぼ同時に梓の後ろから貴明とマナが飛び出し2人を守るためにレミントンとワルサーを、梓に抱きかかえられていた皐月も咄嗟にM60を取り出し少年に向けて発砲する。

203名無しさん:2007/01/06(土) 21:24:22 ID:Y5PL6XtQ
―――4種類の銃声が村に響く。
しかし少年に貴明たちの銃弾が当たった気配は微塵もなかった。
その代わり、貴明たち――特に皐月を庇った梓には容赦なく銃弾が襲った。
「ぐうっ!?」
「梓さん!?」
「大丈夫だ、このくらい!」
貴明たちは物陰に身を隠したおかげでなんとか無傷で済んだが、梓は右腕と右肩を負傷していた。
「何処にいったのあのすばしっこい奴!?」
マナが辺りを見回すが少年はまたしても姿を消していた。
「くっ…気配すら感じない……何なんだあいつは?」
「あいつは少年……前回この島で行われた殺し合いの優勝者で主催者が送り込んだ殺人鬼よ……」
「なんだと!?」
皐月のその言葉を聞いた梓たちは驚きを隠せない。
「あいつの目的は私と花梨が持ってる主催者の『計画』に必要な鍵といわれる宝石を狙ってるの………!」
「じゃあ、そのためにあの人は………!?」
ささらの問いに皐月はうんと頷いた。
「許さない………!」
マナはワルサーを握る手にさらに力を籠めた。
「絶対にあんただけは許さない!」
「それなら僕を殺してでも止めてみることさ」
「!?」

204名無しさん:2007/01/06(土) 21:24:59 ID:Y5PL6XtQ
突然マナの視界に少年が踊り出た。
咄嗟にワルサーを構えようとしたが、それよりも早く少年はそのワルサーを握るマナの手を蹴り飛ばした。
ワルサーがマナの手を離れ空中を舞い、地面に転がる。
続けざまに少年は蹴り上げた足をそのままマナの右肩に勢い良く叩き付けた。俗にいう『踵落とし』である。
「ああっ!?」
「観月さん!?」
それを見た貴明は咄嗟に少年の背中に向けレミントンを構える。
しかし少年は振り返ることなく腰にねじ込んでいた38口径ダブルアクション式拳銃を抜き取り、振り返りと同時に貴明に向けて撃った。
2発の銃声と共に放たれた2発の弾丸が一瞬で貴明の右腕を掠り、右肩を貫通する。
「―――ッ!!」
襲い掛かる激痛に貴明は声にならないうめき声を上げる。
そのためレミントンも照準が外れ、放たれた散弾も少年に掠ることなく終わった。

少年は弾切れになった銃を捨て、またしてもグロックを抜き取ると目の前で尻餅をついているマナに向けてその銃口を向ける。
「あっ―――」
瞬間。マナは死を覚悟した。


「させるかああああああああああ!」
「っ!?」
しかしそこへ特殊警棒を持った梓が少年に飛び掛る。
梓から振り下ろされた警棒は少年が左手に持った特殊警棒(花梨のデイパックから奪ったものだ)と激突し、激しい金属音を響かせた。
その隙を突いてマナは貴明のもとに駆け寄った。

205名無しさん:2007/01/06(土) 21:25:39 ID:Y5PL6XtQ
「往生際が悪いよ!」
瞬間、体勢を一気に下ろした少年が右手で梓の警棒を持つ右腕を掴むとそのまま巴投げのように彼女を投げ飛ばした。
「まだっ!」
しかし梓も制限されているとはいえ少年と同じく異端者である。
普通なら背中から地面に叩きつけられるところだが彼女も空中で体勢を代え両足で見事に着地した。
それでも少年は追撃を止めない。すぐさま右手にグロックを握り直し梓に向ける。
「なめるなああああ!」
しかし梓も持っていた警棒を少年の右手に勢い良く投げつけていた。
「くっ!?」
警棒は少年の右手に当たり、持っていたグロックを弾き飛ばす。
この時、少年は右手を軽く打撲した。つまり彼は今回の殺し合いで初めて負傷した。

「チッ……!」
少年は軽く舌打ちすると2、3歩後退する。同時にデイパックからステアーを取り出し梓に構えた。
「!」
それを見て梓もすぐさま皐月から借りたM60を取り出し少年に構えた。
今の少年は盾を持っていない。すなわち、撃てば少年に確実に致命傷を負わせることが出来る。

―――しかし、お互い銃口を向けたまま動かない。
確かに撃てば相手を倒すことは出来る。しかし同時に自身の命も奪われることになるのだ。
梓も少年もこんな所で死ぬわけにはいかなかった。
梓には千鶴を止め、初音を見つけ出すという使命が、少年には宝石を手に入れるという使命がある。
だが、ここで死んでしまえばそれも意味がなくなってしまう。死ねば全てが台無しになる。お互いそれだけは避けたかった。

少年はチラリとあたりを見る。自身のグロックと弾切れの38口径銃に盾、マナのワルサー、梓の警棒、あと先ほど自分を引っ掻いた猫は近くに転がっている。
梓のM60以外で唯一の障害となる武器―――貴明のレミントンは未だに貴明が持っているが当の貴明の姿はない。おそらく先ほどマナに連れられて物陰に身を潜めたようだ。
(しかし油断はできないよね…………)
そう考えながら目線を再び梓に戻す。

206名無しさん:2007/01/06(土) 21:26:21 ID:Y5PL6XtQ
「―――お互い、いつまでもこうしていたららちがあかないと思わないかい?」
「そうだな………」
「だけど、それでも続けるんだね」
「ああ。確かに今あんたを撃てばあんたを倒せるだろうが、あんたも同時にあたしを撃つだろ? それじゃあ結果は相打ちだ。
――あたしは千鶴姉と初音を見つけ出さなきゃならないからな。だから、こんなところで死ねない…!」
「――僕も『計画』の鍵である宝石を手に入れるという使命があるからね。だから死ぬつもりは微塵もないよ……」
最も、その役目もあらかた終わったようなものだけどね、と付け加えて僅かに肩をすくめてみせる少年。


―――その時、また潮風が吹いた。


刹那、再び少年が動いた。
すぐさま梓はM60を少年に撃った。しかし少年にはやはり当たらない。
黒い風が梓を横切る。直感で梓は地面を転がった。
それと同時に少年のステアーが梓の立っていた場所に向けて火を噴いていた。一瞬でも反応が遅れたら間違いなく梓は蜂の巣だっただろう。

―――だが、おかげで少年に一瞬でも隙を作らせることが出来た。そう。転がりながらも梓は少年を捉えていたのだ。
狙うは少年の胸元。そこへM60の銃口を向けた。
「これで………!」
「!?」
少年が反応したときには既に梓はM60を撃っていた。
M60から放たれたマグナム弾はスローモーションのようにゆっくりと(いや、実際は速いのだが梓たちにはそう見えたのだ)少年の胸元に吸い込まれる―――と思われた。

ガァンッ!!

「な………!?」
梓は己が目を疑った。
M60の放った弾丸は少年に当たる直前、彼が地面から蹴り上げたソレに弾かれた。

207名無しさん:2007/01/06(土) 21:27:14 ID:Y5PL6XtQ
―――強化プラスチック製の盾。
過去にセリオのグロック(現在は少年のものだ)から、幸村のステアー(これまた現在は少年のものだ)から少年の命を守った実質彼の『切り札』ともいえるアイテム。
それが三度少年に九死に一生を得させたのだ。
少年はこの時『二度あることは三度ある』という言葉がありがたいものだと感じた。
「さすがに今回は少しヒヤッとしたけどね………」
そう呟き苦笑しながら少年はステアーのトリガーを引いた。


* * * * *


―――ふと目が覚めた。
身体が――特に胸元とおなかのあたりが激しく痛くて熱かった。
あたりは一面真っ赤だった。
目が霞んでいて周りはよく見えないが、それが何であるかはすぐ判った。

―――赤いのは血だ。私の血だ。
すごい血の量………自分の身体の中にはこれほどの量の血が流れていたのかと思わず驚いてしまう。

声が聞こえた。それも叫び声だ。
―――誰の声だろう? 皐月さんかな?

いや……違う。これは男の子の声だ。
どこかで聞いたことがある声―――これは………


(―――たかちゃん!?)


* * * * *

208名無しさん:2007/01/06(土) 21:28:11 ID:Y5PL6XtQ

「さすが柏木の人間――まだ生きてるなんてね…………」
弾切れになったステアーからマガジンを取り出しながら少年は目の前に倒れ伏す梓を見つめていた。
「ぐっ……ち、ちくしょう…………」
梓の腕や足などにはいくつもの風穴が開いていた。無論、少年のステアーによるものだ。
頭や胸など急所に被弾するのはギリギリ避けることができたが出血が酷い。いくら柏木の人間である梓でもこのままでは死んでしまう。
「だけどこれで終わりだよ………」
少年が予備のマガジンをステアーに入れようとした瞬間―――

「少年、お前だけは!!」

レミントンを構えた貴明が物陰―――それも少年の至近距離から飛び出した。
しかし、少年は最初からこう来ると判っていたかのように足元に転がっていた盾を拾い貴明めがけて思いっきり放り投げた。
盾はまっすぐ貴明に直撃する。その衝撃で貴明は尻餅をつき、レミントンも彼の手からすべり落ちた。
さらに少年は追撃とばかりに勢い良く貴明の胸を踏みつけた。
「ぐあっ!?」
「貴明さん!?」
「貴明!?」
「悪いけど動かないでもらえるかな?」
「!?」
すぐさま、ささらとマナ、そして2人に抱えられている皐月が物陰から飛び出すが少年が貴明に銃口を突きつけ3人を制止させる。
「そうだね――まずは君から始末したほうがいいかな貴明くん? なにも特別な力を持っておらず、なおかつそれだけの傷を負っていながらも僕に抗うその戦闘力……正直少し驚いているよ」
既に身体中傷だらけでずたぼろな貴明を見下ろしながら少年はふふと微笑む。その微笑は貴明やささらたちにはとても不気味に感じた。

209名無しさん:2007/01/06(土) 21:29:13 ID:Y5PL6XtQ

少年は嘘は言っていない。
正直、この殺し合いにおいて彼が最も恐れていた存在といえば彼と同じ不可視の力を有する天沢郁未や鹿沼葉子。鬼の血を引く柏木の人間。そして那須宗一や篁といった自身でも未知数の力を有する者たちだった。
だが、そのような者たちとは違う、何も特別な力など有していない一般人たちに彼はこれまで何度も阻まれてきた。
前回の殺し合いの時もそうだったし、今回もあと1歩というところで保科智子の手により1度宝石を手に入れ損ね、今だってあと1歩のところで貴明たちの妨害を受けた。
(本当――人間っていうのはよく判らないよ………だけど…だから面白いのかな……?)
そう思いながら少年は内心くすりと面白可笑しく笑った。


「本当ならこのまま君の命と引き換えに宝石を渡してもらうところだけど、君のような人間は生きているとこの先障害になりかねない……だから悪いけどここで消えてもらうよ」
「――俺は……こんなところで死なない…!」
「………最後の最後まで強情だね……」
そう言って少年はステアーのトリガーを引……
「少年!」
「!?」


* * * * *


―――僕が振り返るよりも先に何かが僕の背中に勢い良くぶつかって、そのまま僕を近くの民家の壁に叩きつけた。
身体中に衝撃が走る。
間違いない。これは人だ。誰かが僕に捨て身で体当たりをかましたのだ。

―――では、いったい誰だこいつは?
柏木梓は既に立ち上がれるほどの戦闘力は残っていないはずだ。それに彼女は僕の視界にもちゃんと映っていた。
同じく視界に映っていた河野貴明、久寿川ささら、観月マナ、そして湯浅皐月もその場から一歩――いや1ミリも動いてはいない。
ではこいつは……………

210名無しさん:2007/01/06(土) 21:29:57 ID:Y5PL6XtQ


少年は、ようやく振り返り自身に体当たりをした者の正体を確認した。
「笹森…花梨か……!?」
そう。先ほど少年のグロッグで胸と腹部を撃たれ、完全に死んだと思われていた笹森花梨であった。

「私……言ったよね………『絶対に宝石はあなたなんかに渡さない』って…………」
「くっ……」
少年はしがみ付く花梨を引き剥がそうとする。しかし、花梨は少年にがっしりとしがみ付いて放そうとしない―――否。放さない。

花梨の目は既に焦点を合わせていない。それに口からも大量に血を吐いている。既に事切れてもおかしくない状態であった。
(―――では、それなのに僕を完全に押さえつけているこの力はいったい何だ?)
少年は身震いを感じた。
不可視の力も――鬼の血も――毒電波や未だ未知の力も持っていないはずの一般人が…………なぜここまで戦えるのだ?

「なんなんだお前は………特別な力も持たないただの人間のはずなのに……………どこからこんな力が……」
「そん…なの……きまって……るでしょ…………?」

一度言葉を切る。
そしてふっと笑うと花梨は言った。

「人間だからよ…………!!」
「!?」


この時になって少年はやっと全てを理解した。

―――そうだ。前回の時も、あの時の保科智子も、そして今自分を押さえつけている笹森花梨もそうだ。
皆最後は己の命を懸けてでも守るべきものを守ろうとした。最後の最後で――己の命の全てを燃やして……………

211名無しさん:2007/01/06(土) 21:31:01 ID:Y5PL6XtQ

* * * * *


「笹森さん!?」
目の前で突然展開された光景を思わず呆然と眺めていた貴明たちであったが、次の瞬間ハッと我に返り貴明が叫んだ。

「たかちゃん!」
「!?」
それに答えるように花梨が貴明の方に振り返った。
「このまま私に構わずこいつを撃って!!」
「な―――!?」
その言葉を聞いた貴明たちは一瞬驚愕した。

花梨のその言葉を聞いた貴明は迷った。
レミントンは今自分の手元に転がっている。確かにこれを拾って撃てば確かに少年は倒せる。しかし………
(それは――笹森さんも殺すということじゃないのか………?)

貴明の目的――それは知り合いや仲間たちを守ることだ。決して殺すことではない。
殺し合いに乗った者が襲ってきたとき――そのとき人を殺すという覚悟は確かに出来ていた。
だが………仲間であるはずの者を自らの手で殺す覚悟など出来てはいなかった。完全に想定外だったし予想外だった。

「そんな……」
―――俺に笹森さんを…友達を撃てと………殺せっていうのか?
貴明の両手は震えて動かなかった。出来るわけがなかった。
自身が守るべきはずの人を自らの手で殺し、それを一生背負っていくなんて貴明にはできなかった。

212名無しさん:2007/01/06(土) 21:31:41 ID:Y5PL6XtQ

「貴明さん!」
「!?」
不意にささらの声がした。
「撃ってください!」
「なんだって!?」
ささらの発言に貴明は思わず振り返ってしまう。
「先輩までおかしくなっちゃったのか!?」
「いいえ。違います! 今…ここで撃たなかったら……きっと私たちは笹森さんを裏切ることになってしまいます………だから………!」
「!?」
ささらは既に泣いていた。その決断を貴明に下すことは彼女にとっても本当はとても辛かったのだ。
「そうだ貴明、撃て! あの子の気持ちを理解して答えてやれ! お前以外誰がやるっていうんだ!?」
「貴明、撃ちなさい!」
「………………」



「こいつっ!」
「ぐが…………」
少年が花梨の腹に拳を叩き込む。花梨の身体から力が抜けていく。花梨の身体がずるずると崩れていく。
それを確認するとすぐさま少年はステアーを構えなおし今度こそ貴明を――――

ズドン!

「がっ……!?」
撃とうとした瞬間、再び衝撃が少年を襲った。それも先ほどの比にもならないほどの大きな衝撃だ。まるで自動車ともろに衝突したかのような………
その衝撃で少年は無意識に血を吐き、ステアーも落としてしまった。いや。こういう場合落とさないほうが不自然というものだ。
目を向けると、その先にはレミントンを構えた貴明の姿があった。
そう。彼は撃った。少年を。少年を押さえつけていた花梨ごと…………

213名無しさん:2007/01/06(土) 21:32:28 ID:Y5PL6XtQ

* * * * *


―――レミントンから放たれたスラッグ弾は花梨の背中にクリティカルヒットとばかりに直撃し、その背中をを勢い良く吹き飛ばす。
そしてその衝撃は少年にも伝わり、彼の肋骨を粉砕していた。
周辺一帯に花梨の血飛沫が撒き散らかされ、その血飛沫の発生源である花梨も吹き飛んだ。

それを見ながら貴明はレミントンを投げ捨てると、少年に向かって駆け出していた。
まだ少年は死んではいない。確実に止めを刺さなければならない。
「これで…………!!」
貴明は腰にねじ込んでいた鉄扇を引き抜くと、すぐさまバッと開いた。
そして、少年をその範囲に捉えると同時に……勢い良く振り下ろす。

―――振り下ろされた鉄扇は美しい軌道を描きながら少年の首を一閃した。

切られると同時に少年の首からはまるで噴水のように大量の鮮血が噴出した。
「あ……あああああ……………!!」
少年はすぐさま両手で切られた箇所を押さえつけるが血は一向に止まる気配は無い。
身体中から徐々に力が抜けていくのを少年は感じた。

「僕が……こんなところで僕が……そんな…………!」
身体をがくがくと震わせながら少年はゆっくりと膝を付いていく。
「少年………」
「!?」
自身を呼ぶ声がしたのでそこへ目を向ける。そこには…………少年の返り血を浴びた貴明がM60の銃口を自身の顔に向けながら見下ろしていた。


「さよならだ…………」

214名無しさん:2007/01/06(土) 21:33:06 ID:Y5PL6XtQ

銃声――――

ビクンと一度震えると少年の身体はそれきり動かなくなり彼は地面に崩れ落ちた。





 終わるのか? 僕は……はここで………?

 ああ。終わるんだ。お前はここで…………でも、これで終わるよ。少なくとも……あんたの『悪夢』は…………

 そうか………



 ―――郁未……僕は……………





―――こうして1人の悪魔は己の中の繰り返される悪夢に終止符を打った。


* * * * *

215名無しさん:2007/01/06(土) 21:34:16 ID:Y5PL6XtQ


「笹森さん!」
少年の死を確認すると貴明はすぐさま花梨のもとに駆け寄った。
花梨のもとには既にささらやマナ、梓に皐月がいた。
「あ…………たか……ちゃん………?」
「ああ! 俺だよ笹森さん! ―――倒したぞ、少年は! あいつの悪夢は俺がこの手で終わらせた!」
涙をこぼしながら貴明は花梨に告げた。

(本当は……全てが終わるまでは泣かないって………決めていたのに…………!!)
必死に溢れ出す涙を止めようと貴明する貴明に梓とマナがぽんと肩を叩いて呟いた。
―――今は泣いていい、と………
「―――っ……!」
それを聞いた貴明は完全に崩壊し、今度こそ完全に涙を流した。

「―――そう……やったね…たかちゃん………」
そう言って普段貴明がよく知っているとびっきりの笑顔を作ってみせる花梨。
その顔は確かに貴明の方を向いていたが、その瞳はもう何も映してはいない。

「花梨……花梨ッ………!」
「皐月さん………宝石の…こと………あとで……たかちゃんたちに教えて…………」
「うんっ! うんっ! 教える! 絶対に教えるから!」
「よかった………」

216名無しさん:2007/01/06(土) 21:35:01 ID:Y5PL6XtQ
「笹森さん………」
「久寿川さん……それに……名前も知らない人たち………あとは……お願いね………?」
「………はい!」
「ああ。あとはあたしたちにまかせろ!」
「だから……あなたはゆっくり休んでいて………」
「うん…………たかちゃん…皐月さん……みんな……ありが………とう………」
そう言うと花梨はゆっくりと目を閉じて眠るように安らかに―――死んだ。

「笹森さん……………ッ!」
それを見て貴明は大粒の涙を流すと青空に向かって声にならない大きな叫び声を叫んだ。
ささらや梓たちもそんな貴明の様子を黙って見つめていた。

―――だから彼らはこの時は気づかなかった。花梨の制服のポケット、いや。正しくは花梨のポケットの中に入っていた宝石に2つの『光』が吸い込まれていくのを………

彼らがそのことに気づくのは少しした後の話である。


* * * * *


 ………これでよかったのかい本当に?

 うん。たかちゃんたちも私の思いにちゃんと答えてくれたから悔いはないんよ。

 でも、僕が倒れたところで主催者の『計画』は終わったわけじゃあない。これから先もあいつらは彼らを付け狙うよ?

 大丈夫、大丈夫。たかちゃんはこの花梨ちゃん一押しの人材だから、そう簡単にやられちゃうほどヤワじゃないんよ!

 ふふ…そうなんだ。少し羨ましいな彼が………

217名無しさん:2007/01/06(土) 21:36:00 ID:Y5PL6XtQ
 へ?

 ああ。なんでもないよ。気にしないでくれ。さて……じゃあ逝こうか? 僕と一緒というのは何かと気に食わないだろうが………

 そうね……ものすごく気に食わないんよ!

 ははは……正直な子だ………



* * * * *


「貴明、もう大丈夫なのか?」
「………いつまでも泣いてはいられませんよ」
「そうか……」
「――だけど、荷物をまとめたらすぐこの村を去ったほうがいいと思います。今の騒ぎを聞きつけて別の敵がくるかもしれませんので………」
高槻さんたちには悪いですけど……、と付け加えて苦笑いをする貴明。
「貴明さん、梓さん。それよりもまずは傷の手当をしないと……」
「そうよ。皐月さんの手当てもしないといけないんだから」
ささらとマナが皐月に肩を貸しながら貴明たちに言った。

「……そうだね。じゃあ荷物をまとめたら近くの民家で休憩しようか」
「ああ。そうだな」
そうと決まればと貴明たちは急いで荷物やあたりに散らばっているものをまとめ始めた。

218名無しさん:2007/01/06(土) 21:37:08 ID:Y5PL6XtQ
貴明はちらりと花梨と少年の亡骸を見た。
本当なら2人とも埋葬してあげたかったが、今の自分たちにはそんな余裕はなかった。
(―――結果的に俺が殺したようなものなのに、笹森さんは俺に『ありがとう』と言ってくれた………だから俺の選択は間違っちゃいない……はずだ……
だから笹森さん…それと少年………俺たちは絶対にお前たちの分まで生きてみせるからな…………! それが2人を殺した俺にできる精一杯の償いになるかは判らないけど………)
貴明は亡き2人にその誓いを伝えると梓たちと荷物をまとめ始めた。



【55番 少年、48番 笹森花梨  死亡】


【時間:2日目・12:15】
【場所:C−4(鎌石局周辺)】

 河野貴明
 【所持品:S&W M60(2/5)、予備弾(12番ゲージ弾)×20、SIG・P232(0/7)、仕込み鉄扇、他支給品一式】
 【状態:左脇腹・左肩・右腕負傷(応急処置および治療済み)。左腕刺し傷・右足に掠り傷(どちらも治療済み)。右肩負傷・右腕にかすり傷】

 柏木梓
 【持ち物:支給品一式】
 【状態:右腕、右肩、左腕、右足、左足負傷(鬼の力のおかげで傷のひとつひとつはそこまで酷くはないが出血が酷い)。目的は初音の保護、千鶴の説得】

 観月マナ
 【所持品:ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、他支給品一式】
 【状態:足にやや深い切り傷(治療済み)。右肩打撲】

 久寿川ささら
 【所持品:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、他支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)】

219名無しさん:2007/01/06(土) 21:38:30 ID:Y5PL6XtQ
 湯浅皐月
 【所持品:セイカクハンテンダケ(×1個+4分の3個)、.357マグナム弾×15、12番ゲージ弾×10、9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、他支給品一式】
 【状態:左肩、左足、右わき腹負傷。右腕にかすり傷】

 ぴろ
 【状態:気絶中】


【備考】
・荷物をまとめたら一度近くの民家で傷の手当てをする予定(貴明はその後高槻たちとは合流せず村を後にするつもり)
・以下のものは周辺に転がっている
Remington M870(残弾数1/4)、ワルサー P38(残弾数5/8)、特殊警棒
強化プラスチックの大盾(機動隊仕様)、38口径ダブルアクション式拳銃(残弾数0/10)、ステアーAUG(残段数30/30)、グロック19(残弾数7/15)
少年のデイパック(中身はステアーAUGの予備マガジン(30発入り)×2、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×11、他支給品一式)
花梨のデイパック(中身は海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳)

・以下のものは少年の死体が所持
特殊警棒

・以下のものは花梨の死体が所持
宝石(光3個)、ピッキング用の針金

・花梨と少年の片方のデイパックは中身ごと大破

【関連】
・B−13ルート
・→611

220名無しさん:2007/01/07(日) 14:55:10 ID:ZQiNsmmU
>まとめサイト様
632話の以下の部分の訂正をお願いします

デイパックは破裂すると同時に白い煙が勢い良く少年の周辺に充満させた。
 ↓
デイパックは破裂すると同時に白い煙を勢い良く少年の周辺に充満させた。

少年のそのその言葉が告げられると同時に貴明は少年にレミントンを撃っていた。
 ↓
少年のその言葉が告げられると同時に貴明は少年にレミントンを撃っていた。

「あいつの目的は私と花梨が持ってる主催者の『計画』に必要な鍵といわれる宝石を狙ってるの………!」
 ↓
「あいつの目的は私と花梨が持ってる主催者の『計画』に必要な鍵といわれる宝石を手に入れることなの………!」

しかし少年は振り返ることなく腰にねじ込んでいた38口径ダブルアクション式拳銃を抜き取り、振り返りと同時に貴明に向けて撃った。
 ↓
しかし少年は振り返ることなく腰にねじ込んでいた38口径ダブルアクション式拳銃を抜き取り、振り返ると同時に貴明に向けて撃った。

普通なら背中から地面に叩きつけられるところだが彼女も空中で体勢を代え両足で見事に着地した。
 ↓
普通なら背中から地面に叩きつけられるところだが空中で体勢を代え両足から見事に着地した。

その衝撃で少年は無意識に血を吐き、ステアーも落としてしまった。
 ↓
その衝撃により少年は吐血し、ステアーも落としてしまった。

221名無しさん:2007/01/07(日) 14:55:34 ID:ZQiNsmmU
クリティカルヒットとばかりに直撃し、その背中をを勢い良く吹き飛ばす。
 ↓
クリティカルヒットとばかりに直撃し、その背中を勢い良く吹き飛ばす。

必死に溢れ出す涙を止めようと貴明する貴明に梓とマナがぽんと肩を叩いて呟いた。
 ↓
必死に溢れ出す涙を止めようとする貴明に梓とマナがぽんと肩を叩いて呟いた。

それを聞いた貴明は完全に崩壊し、今度こそ完全に涙を流した。
 ↓
それを聞いた貴明は完全に崩壊し、今度こそ涙を流した。


多いですがよろしくお願いします

222名無しさん:2007/01/08(月) 21:01:12 ID:aY1/vTkY
B−13ルートにおいて494話と589話において矛盾が見つかったので
B−13ルート用の修正版を今から投下します
まとめサイト様、補助サイト様には申し訳ありませんが
以降投下する作品を494b、589bとしてサイトにまとめなおして下さりますようお願いいたします

223早朝の星(B−13):2007/01/08(月) 21:03:42 ID:aY1/vTkY
「ふぁ〜…よく寝た……って、どこだここは!?」
気絶(爆睡)から目覚めた折原浩平は状況が判らず多少混乱した。
近くに狙撃銃や自分のものではないデイパックが転がっている寺の裏手に一人ぽつんとたたずんでいたのだから。
浩平は気絶する以前の記憶を蘇らせ、やっと状況を理解した。
「そうか、七瀬はあいつを追っていったんだな…」
貴重な武器である狙撃銃を置いていってしまっているが、多分七瀬なら大丈夫だろうと浩平は思った。

「さて…せっかくここまで運んでもらったんだ、朝まではこの寺で休んでいくとするかな?」
そう言うと浩平は周りの荷物をまとめて無学寺の裏門を潜った。


「うん…?」
「気がつかれましたか?」
「うわぁ!?」
目を覚ました七海は自身の目の前にいた見知らぬ少女、ほしのゆめみに対して思わずすっとんきょうな声をあげた。
「あっ。すみません。驚かせるつもりではなかったのですが…」
「大丈夫よ七海。ゆめみは敵じゃないわ」
同じ部屋にいた郁乃がすぐさま七海にこれまでのことを説明した。


あの後、また高槻が現れたおかげで一応春夏は退けたこと。(無論、その後にあった高槻の告白やキスしそうになったことなど余計な部分は大幅説明カット)ゆめみたちと合流したこと。
ゆめみたちのグループの一人だったレミィが何者かに殺害されたこと。そして高槻たちがその犯人の足取りを追っていったことを一通り郁乃は話した。

224早朝の星(B−13):2007/01/08(月) 21:09:32 ID:aY1/vTkY
「そんなことがあったんだ……」
「でもこうして七海も無事目を覚ましたことだし、あとはあいつらが帰ってくるのを待つだけね」
「はい。ご無事だと良いのですが……」
「あれ? 誰かいるのか?」
「あっ…」
郁乃たちが振り替えると、そこには荷物を抱えて部屋に入ってくる折原浩平の姿があった。
しまったと郁乃はすぐさま浩平に銃を向けた。
「うおっ!? 待て待て、俺はゲームに乗っていない。人を探しているだけだ!」
そう言って荷物を足元に投げ捨て浩平は両手を挙げる。
「……その様子だと、嘘ではないみたいね」
郁乃は銃を向けていた腕を下ろすと浩平から話を聞くことにした。


「つまり今折原はこの川名みさき、上月澪、里村茜、住井護、長森瑞佳、七瀬彰、
七瀬留美、藤井冬弥、氷上シュン、広瀬真希、深山雪見、柚木詩子を探しているのね?」
浩平が探しているという人たちを確認するため、郁乃は参加者名簿をチェックしていく。
「ああ。俺が知ってる奴はそれで全員だな。じゃあ今度はそっちが探している人の名前を聞かせてくれ」
「私はお姉ちゃんの愛佳とそのお姉ちゃんの知り合いで河野貴明って奴の2人ね」
「私が探しているのは那須宗一さんに湯浅皐月さん。それと梶原夕菜さんです」
「あんたは?」
浩平はゆめみの方へ目を向ける。
「すみません。私はこの島に来る以前のお知り合いの方はいらっしゃらないので……」
「そうか。このマルチとかセリオっていうのはロボットっぽい名前だから知り合いかなと思ったんだが……」
そう言って浩平は一通り自分の名簿にチェックを済ませるとそれをパタンと閉じてデイパックにしまった。

「あ。そういえばこっち何入ってんだ?」
浩平はもう一方のデイパック――かつて柚原春夏のものであったそれの中が気になったので確認してみることにした。

225早朝の星(B−13):2007/01/08(月) 21:10:34 ID:aY1/vTkY
「――ナイフと何かの鍵と…カードにどこかの建物の見取り図か……」
「こんな施設がこの島のどこかにあるっていうの?」
「あるから支給品で配られたんだろ?」
「そうですよね」
浩平たちは要塞の見取り図を見ながらああだこうだと話し続けたが、自分たちの子供の考えだけではらちがあかないと判断し、結局打ち切りとなった。

「とりあえず、今は小牧の仲間たちが戻ってくるのを待とうぜ。休めるときに休んでおかねーと」
「そうね」
浩平は自分のデイパックからパンを取り出すと勢い良く噛り付いた。今まで食物など何も口にしていなかったので腹が減っていたからだ。
「あんまり美味くはないな………」
しかし背に腹は替えられない。今は殺人ゲームの真っ最中、食べられるときに何か食べておかないとこの先何があるか判らないのだから。
パンを食べながらふと部屋を出て空を見た。まだ朝日が昇る時間ではない。空には未だ無数の星々が輝いていた。
(こんな所でも星空は俺が住んでるところよりも綺麗なんだな)
こうして星を見るのは何年ぶりだろうかと思いながら浩平は残りのパンを口の中に放り込んだ。
(長森……無事でいてくれよ………)

226早朝の星(B−13):2007/01/08(月) 21:10:52 ID:aY1/vTkY



【時間:2日目AM3:45】
【場所:無学寺】

折原浩平
 【所持品1:34徳ナイフ、H&K PSG−1(残り4発。6倍スコープ付き)、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)】
 【所持品2:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、他支給品】
 【状態:高槻たちが戻るまで休憩】

小牧郁乃
 【所持品:S&W 500マグナム(残弾13発中予備弾10発)、写真集×2、車椅子、他支給品】
 【状態:高槻たちが戻るまで休憩】

立田七海
 【所持品:フラッシュメモリー、他支給品】
 【状態:高槻たちが戻るまで休憩】

ほしのゆめみ
 【所持品1:忍者セット、他支給品】
 【所持品2:おたま、他支給品】
 【状態:高槻たちが戻るまで休憩】

【備考】
ゆめみのおたまは春夏が落としていったもの

227秘めていたセイギ(B−13):2007/01/08(月) 21:13:01 ID:aY1/vTkY
YO! YO! パソコンの画面の前のよい子、悪い子のみんな。おはこんばんちわ。(死語? ほっとけ!)
いつの間にかMr.ハードボイルドと呼ばれるまで(え? まだそこまでは呼ばれてない? 別にいいじゃねーか)このキャラが板についてきたと思ったら、
前回ランクが「漢」にアップしたんだかダウンしたか判らなくてちょっと困ってる高槻お兄さんだよー。
いつものノリならこのまま美少女ゲーみたいに俺様の一人称視点で話が進めたいだが、残念ながら今回は以降の文は普通の小説っぽく話が進んじまうんだなあこれが。一応メインキャラは俺様だけどよ。
たまにはいいだろそういうのも? 原点回帰みたいで新鮮な感じ……しないか? 駄目か?
……あーもう。とにかく本編開始だ。さっさと次に行けよやー!!



「はい。終わったわよ」
「おう。すまねえな」
杏は浩平の両手に包帯を巻き終わると救急箱をデイパックにしまった。
「――しっかし…沢渡の置き土産がこんなところで役に立つとはな」
高槻は浩平に再び七海を背負わせると現在は杏の手にある沢渡真琴のデイパックに目を向けた。
以前述べたとおりこの中には今杏がしまった救急箱や先ほど真琴の墓を作る際に使用したスコップなど様々な日用品が入っている。
今は亡き真琴曰く「持って行けば絶対に役に立つわ!」とのことだったが、その「使えそう」というのが真琴基準であるため、使えそうなものから見るからに絶対使えそうもないものまで本当に様々な種類の品が中にはぶちこんである。

「そういえば聞いていませんでしたが、何で久寿川さんとは別行動を?」
まだ聞いていなかった疑問をゆめみが高槻に投げかけた。
「ああ。実はあれから俺たちはポテトの鼻を頼りに鎌石小中学校まで行ったんだがな………」
高槻がそこまで言ったところで2回目の定期放送が流れ出した。

228秘めていたセイギ(B−13):2007/01/08(月) 21:14:33 ID:aY1/vTkY

『――みなさん……聞こえているでしょうか。
これから第2回放送を始めます。辛いでしょうがどうか落ち着いてよく聞いてください』
「!?」
前にも一度聞いた青年の声が高槻たちの耳に入る。
しかし、その青年の声は12時間前に聞いたときよりも活気がなくなっているように思えた。
(――もしかして、この放送をしている奴も俺たちみたいに主催者に強制されてやらされているのか?)
放送を聞きながら高槻はそう思った。


「くそっ…氷上や雪見先輩まで………」
放送が終わると浩平は手当てを終えたばかりの右手でどんと軽く壁を叩いた。
「梶原さんって人の名前もあったわね……」
「神尾晴子って確か観鈴の……それに春原芽衣と古河早苗って…もしかして………」
「久寿川たちや沢渡の探していた祐一って奴はまだ一応無事みたいだな」
「ええ…」
「しかしマズイなこれは……」
高槻は放送の最後に(どういうわけか)あの声を聞くだけで腹立たしいクソウサギが言った言葉を思い出した。
「『優勝者にはどのような願いも叶えられる』。『大切な奴が死んでしまってもそれで生き返らせれば問題ない』……だっけ?」
「ああ。それに、下手をしたらそれに釣られて今までこのゲームに乗っていなかった奴までゲームに乗っちまう可能性がある。
『ゲームに乗って他の参加者を皆殺しにしても、自分が優勝してゲームが終わった後に全員生き返らせれば問題ない』なんて馬鹿なこと考えてな」
「少なくとも1人はそういうやつがいるだろうな」
「―――まあ、今は考えてばかりいても仕方がねえ。まずは鎌石村に行って久寿川たちと合流するぞ」
そう言って高槻は自分の荷物を手に取ると無学寺を後にする。
「あっ! 待ちなさいよ! まだなんでささらと別行動になったのか理由を聞いてないわよ!」
「それは歩きながら説明してやるよ。いいから早く来い。置いてくぞ」
ぶっきらぼうにそう言って先を行く高槻の背中にぎゃーぎゃーと文句を言う郁乃をなだめながら浩平たちも高槻の後に続いた。

229秘めていたセイギ(B−13):2007/01/08(月) 21:17:07 ID:aY1/vTkY



「………とまあそういうこった」
道中を歩きながら高槻は鎌石小中学校で起きた出来事を一通り郁乃たちに説明した。
「つまり、鎌石村に行ってささらたちと合流したらまずはその朝霧って人を探すのね」
「ああ。一応な。本当なら宮内の仇を討ちたいとこだが、久寿川たちがそれだけは止めてくれってことでな。
……そういや、折原に藤林だったか? お前らは探している奴はいないのか?」
「そうだな。俺は……川名みさき、上月澪、里村茜、住井護、長森瑞佳、七瀬彰、七瀬留美、藤井冬弥、広瀬真希、柚木詩子だな」
「そりゃまた随分多いな」
やれやれだぜ、と呟くと高槻は郁乃から渡された参加者名簿にペンでチェックを入れていく。
「まあ俺の探している連中……特に住井と長森とみさき先輩と七瀬…留美のほうな。この4人は間違いなく信用していい」
「確証はあんのか?」
「七瀬はここに来る前まで俺と一緒に仲間を探していたから問題ない。長森とみさき先輩は性格からしてゲームに乗るような連中じゃない。住井は……馬鹿だけどこういうことには絶対乗るような奴じゃない」
「おいおい…最初の留美って奴はともかく、2人以降はまともな確証になってないじゃねえか………」
「安心しろ。俺のカンは結構当たるぞ」
「そう言われると逆に凄く不安なんだけど……」
自信に満ちた浩平の発言に杏と郁乃…そしてさすがの高槻も呆れるしかなかった。

230秘めていたセイギ(B−13):2007/01/08(月) 21:18:39 ID:aY1/vTkY
「あー。気を取り直して、次はあたしの探している人ね。
あたしが探しているのは一ノ瀬ことみ、岡崎朋也、坂上智代、春原陽平、古河渚……そして妹の藤林椋の6人よ」
「一ノ瀬に岡崎に坂上………そして藤林椋と……」
「あと。さっき言ってた祐一って人――多分相沢祐一だと思うけど、彼とは一度鎌石村の消防分署で会ったわ」
「本当か?」
「ええ。今はもう鎌石村にいるかどうかは判らないけど……それと、祐一と一緒にいた子で神尾観鈴。あと私は直接話しちゃいないんだけど緒方英二と向坂環って人。彼らは全員信頼できるわ」
「なるほど……少なくともゲームに乗るなんてことはないんだな?」
「ええ……観鈴が少し心配だけど………」
「神尾晴子……だっけ?」
郁乃が先ほどの放送で上がった名前を口にする。
杏もだまってうんと頷いた。
「あー。そういう辛気臭くなる話はやめろ。ただでさえこっちはテンション高くねえんだからよ」
これ以上士気が下がらないように高槻が話を強制的に終了させた。

「さて、お前たち」
突然高槻が手にしているものを参加者名簿から地図に変えて郁乃たちの方に振り返った。
「なに?」
「なんだ?」
「どうしたんです?」
「どうかしたの?」
郁乃たちはそろって高槻に声をかける。
すると高槻は地図を広げると彼女たちにこれから先の道のりについての説明を始めた。
「既にご存知の通りだが今俺たちは鎌石村に向かっている最中だ。そして、地図を見れば判るとおりここから鎌石村に行くには2種類のルートがある。
1つは東崎トンネルを通って行くルート。もう1つは山道から観音堂方面を経由して行くルートだ。
そのことなんだが…俺様の意見としては後者のルートの方で行った方が安全だと思うわけよ」

231秘めていたセイギ(B−13):2007/01/08(月) 21:19:10 ID:aY1/vTkY
高槻が地図に載っている海沿いの山道を指でなぞっていく。
「なんでさ?」
「さっき俺様と今は亡き沢渡は行きも帰りもこっちの東崎トンネルのルートを通って来たんだけどよ、ここがちょっとワケありな場所でな……」
「ワケあり?」
「ああ。このトンネル軽く1キロくらいは距離があるんだよ。しかも、どういうわけかこのトンネル中に照明が、まったくないときたもんだ」
「つまり中は真っ暗闇ってこと?」
「ザッツライトだ藤林! するとどういうことかもう判るよな? つまりはここを通るときは壁伝いでなきゃ恐ろしくて行動できねえんだなこれが!」
「ああ…! そうそう思い出した。私も七海とここを一度通ったけど、中本当に暗いのよここ」

郁乃は昨日七海と無学寺に行くためにこのトンネルを通ったときのことを思い出した。
確かに高槻の言うとおり、あのトンネルの中は昼間でも本当に暗かった。しかも、その暗さは酷いと自身の足元すら判らなくなるほどであった。

「おお。そうなのか我が愛しのマイスイートハニー郁未!? これはやはり運命ってやつなのかねえ……」
属にRRと呼ばれる竹林風台詞回しで高槻が郁乃に言う。ちなみに今言った『我が愛しのマイスイートハニー』という言葉は嘘でもなければ本心でもない。ただノリで言っただけである。
「馬鹿丸出しな冗談言ってないでさっさと話を続けなさい」
「なんだよノリが悪い奴だな……とにかく、俺が言いたかったのはこのトンネルを通るのは危険すぎるってことだ。
もしここん中でマーダーと接触でもしてみろ。下手したらいつの間にか全員ズガンされちまう」
「確かに…それに、もしかしたらそれを狙ってトンネルの中で待ち伏せしている奴がいるかもしれないしな」
「でも、マーダーだってわざわざ自らを危険にさらすまでそんな所で待ち伏せすると思う?」
「そうですね。下手をしたら自分がやられてしまうかもしれないのに……」
「いや……少なくともあの男は………平気でやるでしょうね」
郁乃のその一言で高槻と杏以外(すなわち浩平とゆめみ)ははっとした顔をする。
「―――さっきの男……岸田洋一だな?」
高槻の問いに郁乃は黙って頷く。

232秘めていたセイギ(B−13):2007/01/08(月) 21:19:58 ID:aY1/vTkY
「キシダヨウイチ? それがあの男の名前か?」
「ああ」
「ちょっと待ってよ! 岸田なんて人は参加者名簿に載っていなかったわよ!?」
杏が高槻と郁乃に問い返す。が、それにはゆめみが答えた。
「でも、私やポテトさんやボタンさんのこともありますし………」
「あっ…そっか………つまりその岸田って男は主催者がゲーム進行を進めるために用意し送り込んだマーダーってことなのね?」
「いや。その可能性は低いだろうな」
「なんでよ?」
「あの男は首輪をしちゃいなかった」
「えっ?」
「俺たちやゆめみにだって付けられているこの首輪をあの男は付けてはいなかったんだよ。おそらく………」
「―――ゲームに乱入したっていうのか?」
「多分な。あくまで可能性にすぎないが、もしかしたら島のどこかに奴の船か何かが隠されているかもしれねえ」
「じゃあ上手くいけば……」
「ああ。このゲームを脱出する糸口が掴めるかもしれねえ」
高槻は一度にやりと笑った。
「さて……この話はここで一旦打ち切りだ。本題に戻るぞ」
全員うんと頷く。
「というわけだから俺たちは山道から鎌石村に向かうべきだと思う。ちょっと遠回りになるかもしれないし山道だからきついかもしれねえが………異論は無いか?」
「『急がば回れ』って言うし……いいんじゃないの?」
「ああ。異論は無いな」
「私もありません」
「あたしもないわ」
「ぴこっ」
「ぷぴっ」
「よし。満場一致で決定だな。じゃあ気を取り直して行くとするか」
そう言って地図をしまうと、高槻一行は再び歩き出した。

233秘めていたセイギ(B−13):2007/01/08(月) 21:20:54 ID:aY1/vTkY


(やれやれ……何度も思うが本当に俺はどうなっちまったんだろうな?)
空を見上げながら高槻はふと思った。
(こんな連中なんか頬っておけばいいと思っていたはずなんだがなあ………なぜか知らねえが放っておけねえんだよなあ危なっかしくてよ)

(―――それとあの岸田って野郎だ。同族嫌悪というワケじゃねーというと嘘になるかもしれねえが俺はあの野郎が許せねえ……!)
ふと脳裏に真琴が岸田に刺された光景がフラッシュバックする。
(………腸が煮えくり返ってしょうがねえ…!)
その光景や岸田の顔を思い出すたび内から怒りが込み上げてきた。
(あの野郎は絶対あの程度で引き下がるような奴じゃねえ……間違いなくこれから先も奴は他の参加者を殺したり犯そうと暗躍するはずだ………
そして……絶対に俺やこいつらの前に再び現れる………!)
高槻はちらりと目線を郁乃たちに向けた。
(―――ったく。こんな絶望的な状況の中でも僅かな希望の光を求め続ける……本当に馬鹿な連中だぜ。
だが、それに少なからず影響を受けてきている俺様……か。はっ。我ながら馬鹿馬鹿しい光景だぜ。
――――だけど、結構悪くねーじゃないの、そーいうのよ………)
高槻はふっと笑った。
それに気が付いた浩平たちが高槻に尋ねる。
「なんだ高槻? 急に笑ったりして」
「ほっときなさい。どーせまたやらしい妄想でも抱いていたんでしょ?」
「おいコラ。勝手に決め付けんな。俺様だって時には憂鬱に浸りたいときがあんだよ!」

(―――まったく…本当にしょうがねえガキどもだぜ。しょうがねえ…もうしばらくこいつらの面倒を見てやるか……)
高槻はそう決断するともう一度ふっと笑った。
(そして待ってやがれ岸田洋一…そして主催者ども……! テメーらはこの高槻様が直々にブッ潰す…!)
―――高槻自信はまだ気づいていなかったが、彼の心には確実に『正義』と属に呼ばれるものが生まれていた。

234秘めていたセイギ(B−13):2007/01/08(月) 21:21:50 ID:aY1/vTkY



【時間:2日目・07:00】
【場所:E−8】

 正義の波動に目覚めはじめた高槻お兄さん
 【所持品:日本刀、分厚い小説、ポテト(光一個)、コルトガバメント(装弾数:7/7)予備弾(6)、ほか食料・水以外の支給品一式】
 【状況:外回りで鎌石村へ。岸田と主催者を直々にブッ潰すことを決意】

 小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、S&W 500マグナム(5/5、予備弾7発)、車椅子、ほか支給品一式】
 【状態:外回りで鎌石村へ】

 立田七海
 【所持品:フラッシュメモリ、ほか支給品一式】
 【状態:気絶(睡眠)中。今は浩平の背中に】

 ほしのゆめみ
 【所持品:忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、ほか支給品一式】
 【状態:外回りで鎌石村へ。左腕が動かない】

 折原浩平
 【所持品1:34徳ナイフ、H&K PSG−1(残り4発。6倍スコープ付き)、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)】
 【所持品2:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、ほか支給品一式】
 【状態:全身打撲、打ち身など多数。両手に怪我(治療済み)。外回りで鎌石村へ】

235秘めていたセイギ(B−13):2007/01/08(月) 21:22:04 ID:aY1/vTkY
 藤林杏
 【所持品1:包丁、辞書×3(国語、和英、英和)、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、ほか支給品一式】
 【所持品2:スコップ、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々、ほか支給品一式】
 【状態:外回りで鎌石村へ】

 ボタン
 【状態:外回りで鎌石村へ】

236犬猿:2007/01/08(月) 23:23:41 ID:tZx0fkHM
私は今、柳川さん、七瀬さんと一緒に氷川村に向かって歩いています。
ですが、問題が一つあります。

「貴様、随分と余裕なんだな。銃を全て他の者に渡すとはな」
「いいのよ。私はあなたと違って、人を殺すつもりなんてないんだから」
それにこっちの方が使い慣れてるしね、と七瀬さんは手にした日本刀をぶんぶん振りながら付け加えました。

「どれだけ腕に自信があるか知らんが、そのような物を振り回すのはあまり関心せんな。
それとも貴様の言う乙女とは、野蛮な女の事を指すのか?」
「っ――余計なお世話よ!」

……また始まりました。
さっきからずっとこの調子で、柳川さんと七瀬さんは事あるごとに衝突しています。

その度に私はフォローを入れるのですが、
「あのー……、もう少し仲良くなさっても良いのでは……」
「いくら倉田の頼みであろうとも、それは断る。この女とはどうも気が合わん」
「私もよ。そりゃ柳川さんは尊敬出来る部分もあるけど……何ていうか、ムカつくのよ」
「……」
こんな調子です。
これが犬猿の仲と言うものでしょうか。
先行きはかなり、不安です。


――事の顛末はこうです。

みさきさん達と別れた場所に戻ると、すぐに珊瑚さんが私達を呼びに来ました。
珊瑚さんの後に続いて民家に入っていくと、
みさきさん、それに私達がいない間に出会ったという北川さん、広瀬さんがいました。

237犬猿:2007/01/08(月) 23:25:33 ID:ThffvYok

「留美、どうしたのよ?そんな辛気臭い顔してるなんて、あんたらしくないわよ」
「うるさいわね、乙女にはたまに黄昏たくなる時があるのよ」
「まったまたー、冗談言っちゃって。どこの世界に、あんたみたいな乙女がいるのよ」
「な……何ですってーっ!」

……七瀬さんと広瀬さんはお知り合いだったようです。
七瀬さんは怒っていたけれど、心なしか少し元気になられたように見えました。
ですがいつまでもこうしてはいられません。
民家の一室で、私達は話し合いを始めました。

まず最初に北川さんから話を始めたのですが、その中の一つの話題に柳川さんが声を荒げました。
「くっ、そういう事か!」
「そうだ。【氷川村の宮沢有紀寧】が、【リモコン爆弾】と【人質の初音】を使って脅したんだと思う」
「人質を取られていたから、耕一さんはあんな事をしたんスね……」
「有紀寧ちゃんがそんな事をするなんて……」

耕一さんが豹変してしまった理由。
それがようやく分かりました。
春原さんの知り合いの、有紀寧さんという方に脅されていたのです……。
その後、藤田さんが思い出したように呟きました。

「それにロワちゃんねるの書き込みも……」
「ああ。るーも、宮沢有紀寧が犯人だと思う」
「その女……どこまで人の命を弄べば気が済むつもりだ……!」

耕一さんの事が余程悔しかったのでしょう、柳川さんは終始怒りを隠しきれない様子でした。
無理もありません、耕一さんは柳川さんと血の繋がった親戚だったのですから……。

238犬猿:2007/01/08(月) 23:27:50 ID:JQ0YZ9Ig


「現時点で俺達が知っている情報はこんだけだ。それじゃ俺達は出発させてもらうよ」
「何、もう行くのか?まだ俺達の知っている情報は一部しか話していないぞ」
「……柳川さんも分かっている筈だぜ?俺と真希には時間が無い、って事をな」
北川さん達の目的は、みちるさんという方を探す事。
そして春原さんが、みちるさんの行き先については知っていました。
みちるさんは、岡崎さんという方達と一緒に鎌石村へ向かわれたそうです。
ですが……その中の一人、伊吹風子さんの名前が、ロワちゃんねるの死亡者スレッドに載っていました。
きっと、何か良くない事があったのでしょう。
そのスレッドの最終更新時間は午前8時……今もみちるさんが無事という保障はどこにもありません。
真希さんが部屋を出て行こうとしたとき、七瀬さんがその背に向けて声を掛けました。

「真希!」
「どうしたの、まだ何か聞きたい事でもあるの?」
「……死なないでよ」
「大丈夫よ、私はあんたみたいにドジじゃないし」
「ちょ、喧嘩売ってんの!?」
「あははっ、そうカッカしない。あんたこそ、ヘマしないでよね」
真希さんはぐっと力こぶを作って見せてから、北川さんと一緒に部屋を出て行きました。


別れを惜しむ間も無く話し合いは続きます。
皆さん一人一人が、自分達のこれまでの経緯と集めた情報を話しました。
一通り情報を交換し終えると、皆さんが動き始めました。
浩之さんは、みさきさんと吉岡さんを連れて鎌石村役場に行く事になりました。
例の書き込みで引き起こされるであろう、戦いを食い止める為です。

239犬猿:2007/01/08(月) 23:29:31 ID:lxqDEFTg

「藤田、今からでは時間に間に合うか分からん。
途中の街道で待ち伏せされている可能性も考慮すると、走って行く訳にもいくまい」
「分かってるさ。それでも……人が殺されそうなのに、何もしないなんて御免だ」
「そうか。だがくれぐれも、早まった行動はするなよ」
……死亡者スレッドの中には、浩之さんの親友だという方の名前もありました。
その事が余計に、浩之さんを駆り立てているのでしょう。
目の見えないみさきさんを連れて行く事に、浩之さんは危険だと反対しましたが、
みさきさんは断固として譲らず、浩之さんの方が折れる形になりました。

珊瑚さんやるーこさん達は、CDを使った作業が安全に出来るよう、
村外れにある教会へと向かう事になりました。
村には人が集まる、裏を返せば危険な人達も集まりやすいという事です。
その点教会なら人目につかないし、何かが必要になればすぐに村に探しに行く事も出来ます。


――そして私達も民家を出発して、今に至ります。

「それで貴様、いつまで付いてくるつもりだ?」
「ずっとよ。あなたが森川由綺さんを殺したというのなら、いずれ藤井さんはあなたの前に現れる……。
私は絶対に藤井さんを止めてみせる」
「貴様にも事情はあるのだろうが、その男がもし俺達に武器を向けるようなら、俺はその男を殺す。
本気でその男を止めたいと思うのならば、そうなる前に何とかする事だな」
「殺す殺すって、あなたそればっかりね……」
「勝手に言ってろ、貴様とくだらん言い合いをするつもりは無い。
俺は宮沢有紀寧という女を殺し……まだ生きていれば、柏木初音を救う。立ち塞がる者は排除するだけだ」
「……それが、耕一さんとの約束なんですね」
「少なくとも、奴が一番望んでいる事なのは間違いない」
「そうですね……」

240犬猿:2007/01/08(月) 23:31:42 ID:xil/GRDE

この人は一人で全ての責任を負おうとしているのでは……。
不安を感じた私は、思わず柳川さんの腕を抱き寄せました。

「佐祐理も精一杯お手伝いしますから、どうか一人で全部、抱え込もうとしないでくださいね。
柳川さんは自己犠牲が過ぎる人ですから……」
「分かっている、俺とて一人では生きていけないからな」
柳川さんはそう言って、私の髪を撫でてくれました。
舞の事があって以来、柳川さんは私に対しては素直になってくれています。
それは本当に嬉しい事です。

ですが七瀬さんが、後ろでぼそっと呟きました。
「私がいるの、忘れてない?見られても良いんなら、構わないけどね」
「……ちっ」
柳川さんは恥ずかしくなったのか私の腕をほどいて、一人で前へ歩いていってしまいました。
七瀬さんは満足げに、してやったりという顔をしています。
「あ、あははー……」
私は苦笑いする事しか出来ませんでした。
前途、多難です……。

【時間:2日目12:30頃】
【場所:F-2(各自移動中)】

北川潤
【持ち物①:SPASショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
【持ち物②:スコップ、防弾性割 烹着&頭巾(衝撃対策有) お米券 おにぎり1食分】
【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
【目的:みちるの捜索、鎌石村へ】

241犬猿:2007/01/08(月) 23:37:39 ID:DfDBQGB.
広瀬真希
【持ち物①:ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)×2】
【持ち物②:ハリセン、美凪のロザリオ、包丁、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】

【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
【目的:同上】


春原陽平
【所持品1:鉈、スタンガン・FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2・他支給品一式】
【所持品2:鋏・鉄パイプ・他支給品一式】
【状態:全身打撲・数ヶ所に軽い切り傷、頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)、教会へ】
柚木詩子
【持ち物:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈、包丁、他支給品一式】
【状態:千鶴と出会えたら可能ならば説得する、教会へ】
ルーシー・マリア・ミソラ
【所持品:H&K SMG‖(6/30)、予備マガジン(30発入り)×4、包丁・スペツナズナイフ
・他支給品一式(2人分)】
【状態:珊瑚達の所へ戻る、左耳一部喪失・額裂傷・背中に軽い火傷(全て治療済み)、教会へ】
姫百合珊瑚
【持ち物①:デイパック、水(半分)食料(3分の1)、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD】
【状態:教会へ】


柳川祐也
【所持品:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、日本刀、支給品一式×2】
【状態:左肩と脇腹の治療は完了したが治りきってはいない、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)、氷川村へ】

242犬猿:2007/01/08(月) 23:39:55 ID:lxqDEFTg
倉田佐祐理
【所持品1:舞と自分の支給品一式、救急箱、吹き矢セット(青×5:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、投げナイフ(残り2本)】
【状態:苦笑、氷川村へ】
七瀬留美
【所持品1:日本刀】
【所持品2:スタングレネード×1、何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(3人分)】
【状態:氷川村へ、目的は冬弥を止めること。千鶴と出会えたら可能ならば説得する、人を殺す気、ゲームに乗る気は皆無】


藤田浩之
【所持品1:デザートイーグル(.44マグナム版・残弾6/8)、デザートイーグルの予備マガジン(.44マグナム弾8発入り)×1】
【所持品2:ライター、新聞紙、志保の支給品一式】
【状態:守るために戦う決意、鎌石村役場へ】
吉岡チエ
【所持品1:投げナイフ(残り2本)、救急箱、耕一と自分の支給品一式】
【所持品2:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)】
【状態:鎌石村役場へ】
川名みさき
【所持品:護の支給品一式】
【状態:鎌石村役場へ】

【備考:北川と広瀬は、平瀬村の戦いの顛末とみちるが鎌石村に向かった以外の情報を聞いていない、
この話の登場人物全員が、有紀寧の外見の特徴を陽平から聞いている】
→616
→629

243かるくヒネるのだ:2007/01/10(水) 18:57:32 ID:c/TFTwi2
芳野祐介は、長森瑞佳を自分の背に隠れるように手で合図を送る。芳野の見る限り、瑞佳に戦闘能力があるとは思えない。――最も、芳野は戦闘をさせる気などまったくなかったが(女の子なんだ、当然だろ?)。
「そこに隠れているのは分かっている、出てくるんだな」
デザートイーグル(50.アクションエキスプレスって奴だ)を慎重に構えて何者かが隠れている木の陰に向かって、再度警告する。
「――お前はこれに乗っているのか? 乗ってないなら出て来い」
呼びかけるも、返答はまたしても無言。よほど警戒しているのか、それともこちらの警戒が切れるのを待っているのか。――だが、芳野としてはこの膠着は好ましくない。
第三者に絡まれたら隠れている相手とは違い、見をさらけ出しているこちらは間違いなく蜂の巣になる。
「長森。一歩づつ下がるんだ。逃げるぞ」
相手に聞こえないよう、囁くように耳打ちする。
「え? で、でも…まだ相手の人がどんなのか分からないですし、ただ怯えているだけなのかも――」
「そうかもしれない。だが、そうじゃないかもしれない。だから安全策を取る」
こちらの残弾が少なすぎる以上、戦闘は極力避けたい。押し出すようにして、瑞佳を一歩づつ下がらせ始めた。
「それは困るなぁ」
ひゅっ、と空気を裂く音がしたかと思うと、瑞佳の足元に何かやけに角張った木の枝のようなもの(ボウガンの矢だ)が突き刺さっていた。
「なっ…」
驚く間もなく、今度はナイフらしいものが眼前に迫ってきていた。避けなければ当たる、と思ったがそれでは長森に当たってしまう。
やむなく、芳野は瑞佳を思いきり突き飛ばした。直後、突き飛ばした左腕に誤ってコンパスを突き刺したかのような痛みが襲う。当然ナイフが当たったからだった、クソ――
「お前っ!」
デザートイーグルのトリガーを引き絞る。片腕で撃ったために50口径ならではの凄まじい反動が芳野の体を痛めつける。

244かるくヒネるのだ:2007/01/10(水) 18:58:56 ID:c/TFTwi2
何のこれしき。愛する公子さんを失った痛みに比べれば――
「ファイトォー、いっぱぁーつッ!」
そして雄叫びと共にナイフ(投げナイフだった、サーカスで使うような)を引き抜いた。ぶしゅ、と血が少し吹き出したが刺さった時より痛くない。
一方の敵、朝霧麻亜子と言えば、当然苦し紛れに撃った芳野の弾丸が当たるわけもなく、それどころか既にボウガンに矢を装填して腰だめに構えていた。
「ひゅー、やるねぇお兄さん。でもねぇ、甘いんだよなぁコレが」
タン、と軽い音がして二本目が発射される。来るか! と芳野は思ったが、向きが妙な方向を向いていた。芳野の方向では無い。
「え…?」
麻亜子が狙ったのは、武器を持つ芳野ではなく無防備かつ芳野に突き飛ばされてバランスを崩している瑞佳だった。
「あっ」
――だが、助かったのは瑞佳だった。意図に気付いた芳野が、デザートイーグルを地面に放り出して瑞佳を逆に引っ張ったのだ。間一髪で、矢は瑞佳の横をすり抜けるだけに終わる。
「なんとっ!?」
麻亜子は驚くが、再び矢を装填する。これくらいは予想の範囲、とでもいうように。
「お前っ、どうしてこんなことをする!?」
装填している麻亜子に向かって芳野が叫ぶ。麻亜子は何をいまさらというように気だるげに言った。
「――当然、このゲームに優勝するためさね」
半分予想通りの答えだったが、やはり聞くと失望を持たざるを得ない。無駄だとは分かっていながら、芳野は説得を試みる。
「そんな下らないことを何故する。自分自身のためか」
「心外だねぇ、あたしがそんな人間に見えると思うかい? …って、そんな人間に見えるから言ったか。いちおー言い訳しとくけど、あたしにはそんなつもりはない。ある人のためさ。その人にはそうしても死んで欲しくないんだ、あたしは」
装填し終え、ボウガンを向ける麻亜子。しかし芳野は怯まず言葉を続ける。
「――そいつは、お前の愛する人か」
「愛する…美しー言葉だね。今のあたしとは無縁な言葉だけどさ。ま、そーだよ。
――世界で一番、失いたくない人だよ」
最後の方は、ちょっぴり悲しそうに麻亜子は言った。

245かるくヒネるのだ:2007/01/10(水) 18:59:41 ID:c/TFTwi2
「なら、お前は愛する人の為にこんなことを続けているのか。それも一つの愛ではある…だが、それは貧しい愛だな」
「ふん、何と言われても構わないよ。自己満足でもいい。憎まれてもいい。でも、これだけは譲れない。…だれにも分かってもらえなくてもいいんだ、この愛は」
「分かった、認めよう。だがな――本当に愛する人のためを思うなら…まずその人を『泣かせない』ことが重要だと思うぞ!」
いつのまにかデイパックに手が伸びていたことに、麻亜子は気付かなかった。気付いてボウガンを構えたときには、既に直線上にデイパックがあった。
避けて再び構えなおそうかとも思ったが、芳野と瑞佳の姿は遮蔽物のさらに多い森の中へと消えていた。
「ちぇ…」
舌打ちする麻亜子。芳野が言った最後の言葉で麻亜子の頭に友人を失って泣き崩れるささらの姿を、ちらりとでも思い浮かべてしまったのが失敗だったかもしれない。
「どーも言葉を交わすと感情的になっていけないね、あたしは」
…だが、芳野の言葉にはまるで歌詞のような、心に響く詩的なものがあった。
日常の中で、もしも彼と知り合えていたら思う存分愛について語り合ったに違いない。
芳野のデイパックから水と食料を回収する。
「――お?」
それと、芳野が瑞佳を助けるために投げ出したデザートイーグルを発見する。
「お客さんお客さん、落とし物はいけませんよ――特に、こんな落し物はね」
拾い上げて、ボウガンの代わりに手に持っておく。
ボウガンの矢二本と投げナイフ一本で銃を一丁お買い上げ。え、安過ぎるって? なになに、人生最後のお買い物ですから――サービスサービス。
「――まだ死なない。あたしは絶対に負けるわけにはいかないからな」
それから疲れを取るために奪った食料と水で腹を満たしてそれから立ち去ろうとした時、不意に何者かが現れる気配がした。
「むむっ! 敵襲かっ」
「ま、待てっ! 撃つな、今はやりあう気は無い」

246かるくヒネるのだ:2007/01/10(水) 19:00:33 ID:c/TFTwi2
茂みに隠れているせいで誰かは分からないが、声から麻亜子は男のものだと判断する。
けど、そんなこと言われてもねぇ。撃っちゃおーか? こっちはやる気マンマンだし。…いや、ここはあたしお得意のだまし討ちに出るとしますか。何せあたしは卑怯の女神と言う称号を…って、いらんわーっ!
心中でノリツッコミをしつつ、極めて冷静を装って麻亜子は答える。
「…よぉーし、ならば出てくるがよい。敵さんでないならあたしは大歓迎だよ」
デザートイーグルを下ろして(フリだよ、フリ)、相手が出てくるのを待つ。
果たして茂みから出てくるのは一体誰でしょうねぇ?
「こっちの方角から銃声がしたから来てみたんだが…少し遅かったようだな」
――茂みから現れたのは、巳間良祐だった。
     *     *     *
「ほうほう、それではお兄さんはもうやる気がなくなったというのかね?」
地面に座りこんで歓談する麻亜子と良祐。いずれ殺すつもりだったが情報くらいは手にいれておいても損じゃないだろう、と麻亜子は思ったからだった。
「まあな。…というより、武器が無くなったからという方が正しいかもしれんが」
「それにしても吊られていたなんて…これぞまさしくハングドマン」
「放っといてくれ。それより、銃声がしたんだが、お前が撃ったのか」
麻亜子のデザートイーグルを見ながら良祐が言う。
「んー? そうだけど、正当防衛さっ。いきなりこんな、か弱いいたいけなお年頃のおにゃのこを襲ってきたもんだから…ううっ、貞操のピンチだったんだぞっ」
よよよと涙で袖を濡らしながら(これも演技。我ながら上出来っ)、理解を求める麻亜子。
「か弱い…そうは見えんがな」
「キミも人を見る目がないねぇ。どんだけあたしが必死こいて追い返した事か。赤塚不二夫マンガに出てくる警官みたいに撃って撃ちまくったんだから」
「…の割には、銃声は一発しか聞こえなかったが」
「そりゃ聞こえなかっただけでしょ。耳遠いんじゃないのかーい? いい医者紹介するよ」

247かるくヒネるのだ:2007/01/10(水) 19:01:26 ID:c/TFTwi2
天国――いや、三人も殺したんだから地獄か――でだけどね。
良祐は、まあどうでもいい事か、と呟いて立ち上がる。
「俺はもう行く。調べたいことがあるんでな」
おっと、逃がしゃしないよ――麻亜子は慌てた風を装って(我ながらホレボレするねぇ。ハリウッドでも狙っちゃおうかな)、良祐を呼び止める。
「ちょ、ちょっとちょっとお兄さん。武器もなしに一人で行く気かな? 危ないんじゃないのー?」
良祐は一瞬動きを止めたが、すぐに麻亜子に向き直って言う。
「群れるのは好きじゃない。武器はないが、人目は避けていくさ」
「それにしても、身の安全は考えるべきだと思うぞっ。あたしの武器、貸してあげるからさ」
良祐は驚き、それから信じられないというような目で麻亜子を見た。
「――ここは殺し合いの場なんだぞ。貴重な武器をやるなんて何の考えだ」
「ま、ま。武器っても大したものじゃないんだ。ボウガンなんだけど、矢も残り少ないし、あたしも何回か撃ってみたけどぜーんぜん当たんないし。おまけに結構重たいのよね、コレ。
けれども捨てるわけにもゆかず、まさしく宝の持ち腐れなり。ってなわけで、お兄さんにプレゼントしちゃおうってコトさっ」
まだ疑わしげな顔をしている良祐だったが、貰えるものは貰っておこうという考えなのか分かった、と首を縦に振った。
「おおっ、サンキューヨンキューシャ乱Qー! そいじゃー出すからねー」
麻亜子は置いてあったデイパックからボウガンを確認する。オーケイ、矢はちゃあんと装填されてるね。それじゃプレゼントターイム。
麻亜子は素早く取りだし――そして、完全に麻亜子の言動からコイツはただのお人好しだ、と油断していた良祐に向けて、軽くトリガーを引いた。
距離にしてわずか数十センチ。麻亜子が発射したと認識したときには、既に矢は良祐の腹部に突き刺さっていた。がはっ、と反吐を吐いて良祐がよろめく。
「どうこのプレゼント? 喜んでもらえたかなぁ?」
満面の笑みを浮かべて麻亜子は言った。
「き…貴様っ…」
充血した目で、それでもなお良祐は麻亜子を睨みつける。
「騙し煽り裏切りはこの島じゃ当たり前ー。悲しいけど、これって戦争なのよね」

248かるくヒネるのだ:2007/01/10(水) 19:02:32 ID:c/TFTwi2
大げさに肩をすくめてやれやれと呟く。
やがて立つ力さえも維持できなくなった良祐は、よろよろと木にもたれ掛かって腹部を抑える。
「くそっ――結局、殺人を犯した者の末路はこんなものか…」
皮肉げな口調。それは自身に向けたものか、麻亜子に向けたものか。
しばらく荒い呼吸を繰り返していたものの、それも徐々におさまっていき――そして、息をしなくなった。
それを見届けて、麻亜子は改めてボウガンに矢を装填してからデイパックに仕舞い直した。
「ま、お兄さんの不幸はやる気がなくなっちゃったことだね。目的のない奴って死にやすいもんなの。コレ、世界のジョーシキ」
デイパックを担いで、麻亜子は歩き出した。

【時間:2日目・午前7:20】
【場所:F−7】
芳野祐介
【所持品:投げナイフ、サバイバルナイフ】
【状態:逃走、左腕に刺し傷】
長森瑞佳
【所持品:防弾ファミレス制服×3、支給品一式】
【状態:芳野と逃走】
朝霧麻亜子
【所持品1:デザート・イーグル .50AE(3/7)、ボウガン、バタフライナイフ、支給品一式】
【所持品2:ささらサイズのスクール水着、芳野の支給品一式(パンと水を消費)】
【状態:マーダー。現在の目的は貴明、ささら、生徒会メンバー以外の排除。最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。スク水の上に制服を着ている】
巳間良祐
【所持品:支給品一式】
【状態:死亡】

【備考:B-10】

249無力:2007/01/10(水) 21:16:18 ID:gvjemA22
「―――!」
有紀寧は息を飲んだ。
予定外の出来事が起きてしまった。
祐介は人を連れてきてしまったのだ。それも、二人も。
「長瀬さん、その人達は―――」
「外で出会ったんだ。大丈夫、二人ともゲームは乗ってないから」
予想通りの答えに、有紀寧は頭を抱えたくなった。

全くこのお人好しは……まるで話にならない。
祐介が外に出てから戻ってくるまで三時間足らず…その程度の長さの付き合いで、何が分かるというのか。
祐介と違って連れの二人は警戒心丸出しでこちらを観察している。
それが正常、このゲームでは当たり前の行動なのだ。
だが祐介の手前門前払いにする事は難しい。

「そうですか……ではお近づきの印に、ご一緒にお食事しませんか?」
有紀寧は柔らかい笑顔でそう切り出した。
まずは次の策を講じる時間が必要だった。







250無力:2007/01/10(水) 21:17:42 ID:gvjemA22

一同は一つのテーブルを囲んで座っている。
有紀寧はそれぞれの様子を注意深く観察していた。
「お味はどうですか?」
「うん、なかなかイケるわよ」
「ふふ、ありがとうございます」
郁未はごく自然な態度で、勢いよくピラフを頬張っていた。
まるで警戒する風は無い……彼女も祐介と同じお人好しなのかも知れない。
だが出会った時に感じたあの鋭い視線。何かが引っ掛かる。

祐介も特に変わった様子は見せず、同じように食事を取っている。
こちらはもうただの馬鹿に過ぎないという事が分かっている。
椋は何とか料理を口にしているものの、まるで何かに怯えているような感じだった。
ここに来るまでに何かあったのだろうか?
まあ、自分にはどうでもいい事だったが。

初音は……落ち着き無く視線を泳がせ、まともに箸をつけていなかった。
リモコンの事を話そうか話すまいか迷っているのだろう。
有紀寧が制すように睨み付けると、初音は慌てて目を逸らした。
自分の正体がバレてしまう時ももう遠くない、と有紀寧は思った。
初音の性格上、保身の為に黙秘を続ける事は期待出来ない。
観察を終えた有紀寧は素早く次の策を頭の中で構築していった。
そしてそれはすんなりと成し遂げる事が出来た。
警戒すべき対象は、もう一人に絞れていたから。

251無力:2007/01/10(水) 21:18:38 ID:gvjemA22
―――そして、転機は思ったよりも早く訪れた。
「あれ?初音ちゃん、どうしたの?」
「………」
祐介が初音の異変に気付いたのだ。
よく見ると、初音の体は小刻みに震えている。
自然と周りの視線が初音に集中する。
だがこれは想定内の事態、慌てる必要は無い。
有紀寧は落ち着いた動作で、ポケットの中身を確認していた。
「……駄目」
「え?」
初音が下を向いたまま声を絞り出した。
他の者達はまだ初音の異変の原因が分かっていない。
全ての事情を知っている有紀寧を除いて。
もう、この先の展開は考えるまでもない。
ポケットの中のリモコンを握り締め―――
「みんな、今すぐここから逃げて!」
「初音ちゃん、一体何を……」
「―――そこまでです」

有紀寧が初音の言葉を遮るのとほぼ同時。
郁未の首輪が、赤く点滅を始める。
有紀寧は郁未の首輪に向けてリモコンのスイッチを押していた。
その事に気付いた郁未が、毒々しげに舌打ちをする。
「く!……マズったわね」
「ゆ……有紀寧さん、何を……?」
「何をされたか、郁未さんだけはお分かりのようですね。私の勘に狂いはありませんでした」
郁未を狙ったのは、この中で唯一得体が知れない何かを感じさせる人物だったからだ。
いち早く有紀寧の行動の意味に気付いたあたり、狙いは正しかった事が分かる。

252無力:2007/01/10(水) 21:20:12 ID:gvjemA22
「動かないでくださいね。このリモコンで天沢さんの首輪の爆弾を作動させました……初音さんの爆弾ももう作動済みです。
動けば彼女達の爆弾をすぐ爆発させますので」
その一言で有紀寧以外は動くに動けなくなってしまった。

一番得体の知れない郁未は自身の命が握られてる以上動けない。
今にもこちらに飛び掛らんと殺気を放ってきてはいるが、ボタンを押すより早く掴みかかるなど不可能だ。
椋にはこの状況で動くような度胸は無いだろう。
見れば、ただ震えているだけだ。
お人好しの祐介や人質に過ぎない初音も問題にならない。

「さて、ここまでは予定通りですが……、これからどうしたものですかね」
有紀寧は相変わらず笑顔のままだった。
その笑顔には一点の曇りも狂気も感じられない。
女優顔負けの、完璧な笑顔だった。
「ま、まさか……。有紀寧さん、ゲームに……?」
もう疑う余地は無いのだが、それでもまだ祐介は認めていなかった。


有紀寧さんは、有紀寧さんは……。
笑顔がよく似合う子だった。優しい子だった。
僕達の為に料理も作ってくれて、放送があった時には一緒に悲しんでくれた。
そんな有紀寧さんがゲームに乗っているだって?
ハハ、冗談はよしてよ。こんな冗談、全然面白く無いよ?


――しかし、現実は無情なもので。

253無力:2007/01/10(水) 21:20:54 ID:gvjemA22
「ええ、乗っていますよ。詳しい事は後で初音さんに聞けば分かるかと」
祐介が目を向けると初音は今にも泣き出しそうな顔で震えていた。
祐介は、有紀寧の言葉が嘘偽りで無いと認識する他無くなった。
「大勢で組んで向かってこられたら厄介ですし……。一人か二人、死んでもらうべきでしょうかね?」
ショックを受ける祐介を尻目に、有紀寧が淡々と告げる。
だが有紀寧以外にも冷静な思考を保っている者が、この場に一人存在した。

「―――待ちなさい」
「何ですか天沢さん?命乞いなら聞きませんよ?」
有紀寧が訝しげな顔になる。
だが、郁未の考えていた事は命乞いなどではなかった。

郁未は鞄の中から黒いノートを取り出した。
「これ、何だか分かるかしら?」
「……ただのノートでは?」
「それが違うのよね――――これを見てみなさい」
郁末は表紙の裏を開いて見せた。
すると有紀寧は口をぽかんと開いて固まった。
有紀寧にはそこの最初の一文が何と書かれてあるかすぐに分かった。

「ま、まさか―――」
「そう。これは死神のノート。人の名前を書くだけで殺せるノートよ」
「まさか……そんなものが……」
「このノートに本当にそんな力があるかどうかはまだ分からない。でも、今なら丁度良いモルモットがいるじゃない」
「―――なるほど」
そう。あれこれ考えるよりも試した方が早いし確実だ。
有紀寧と郁未は二人揃って歪んだ笑みを浮かべた。

254無力:2007/01/10(水) 21:22:10 ID:gvjemA22
「今あなたが私の首輪を爆発させれば、このノートも一緒に吹き飛んでしまうかもしれない。
貴女にとってもこのノートは強力な武器になるし、それは避けたいでしょ?
そこで交換条件よ。このノートの効果が本物なら私と協力して人を殺しましょう」
「……解せません。生き残れるのは一人、私が貴女を生かすとでも?」
疑うように―――事実疑っているのだが、怪訝な顔をする有紀寧。
しかし郁未もその辺りの事は考えている。
「分かってるわ。最後の二人になったら私を殺して、主催者の褒美で生き返らせてくれればそれで良いわ。
そのリモコンだけで戦い続けるより、優勝出来る見込みはうんと高くなると思うけど?」
「成る程―――良いでしょう。私としては、生きて帰れさえすれば褒美なんてどうでも良いですから」
「話が分かるわね。じゃ、早速実験を始めましょうか?」
「そうですね。では……まず藤林さんをそのノートで殺してもらいましょうか」
「オッケーよ」
まるで友達と遊びに行く約束でもするかのように軽い調子で恐ろしい事を言ってのける。
祐介は二人のあまりの豹変ぶりに驚きながらも、精一杯声を張り上げて意見を挟んだ。
「有紀寧さん、郁未さん、何を考えてるんだ!本気でそんな事言ってるのか!?」
「ほとほと長瀬さんには呆れさせられます。これまでのやり取りが、冗談で行なっていたとでも?」
「全く、本当に馬鹿ね……。そんな事だから、良いように使われるのよ」
交渉の余地などどこにも無い。
二人はあっさりと祐介の意見を受け流した。

(そうか……。二人ともこの島の狂気に溺れてしまったんだね……)
瑠璃子への異常な愛情のあまり狂ってしまった月島拓也のように。
有紀寧も郁未もこの島の環境に耐えられず、冷静に狂ってしまったのだろう、と祐介は考えた。
今までやり取りも全ては狂気を覆い隠す為の演技でしか無かったのだ。
なら……現実を認めて、今やらないといけない事をしよう。

255無力:2007/01/10(水) 21:23:00 ID:gvjemA22
「……なら、せめて、僕を実験台にしてくれ」
「―――は?」
「聞こえなかったかい?僕を実験台にしてくれ、と言ったんだ」
「祐介さん!?」
「祐介お兄ちゃん!?」
突然の提案に、この場にいる全員が驚きを隠せない。
祐介は項垂れながら話を続ける。
「椋さんをここに連れてきてしまったのは僕だ……。馬鹿な僕に巻き込まれただけの椋さんが殺されるのは嫌なんだ」
「本当に馬鹿な方ですね……。良いでしょう、では貴方から死んでください。さあ天沢さん、お願いします」
「ええ、任せといて。こんな偽善者には虫唾が走るしね」
「しかし……必要なのは、名前だけなんですか?それが本当なら、ゲームはそのノートと名簿さえあれば優勝が確定する事になります。
もう私達は死んでいるはずです」
「うん、それが問題なのよ。どうやらこのノートで人を殺すには、対象の顔も知っておく必要があるみたいでね。
そこまで甘くは無いってワケよ」

相手の顔が必要―――その言葉を聞いた椋の体が、ピクリと硬直した。
全員の様子に細心の注意を払っていた有紀寧がそれを見逃すはずもない。
有紀寧の鋭い視線が椋に向けられる。
椋は悲鳴を上げてしまいそうになった。
「……ちょっと待ってください」
「どうしたの?」
「いえ……念の為、藤林さんの鞄の中身を調べようと思いまして。
藤林さん、テーブルの上に貴方の鞄を置いてください。拒否権が無いのは、分かりますよね?」

(私、どうしたらいいの…………?)
椋は大量の冷や汗を掻いていた。
今鞄を渡せばどうなるかは明らかだった。
しかし―――渡さなければ今すぐ死ぬ事になる。
結局椋は素直に鞄をテーブルの上に置いた。
有紀寧はその中身を漁り……やがて、今の自分に一番必要な物を見つけ出した。

256無力:2007/01/10(水) 21:23:52 ID:gvjemA22

「……お喜びください、天沢さん。そのノートが本物なら、私達は生きて帰れます」
「え?」
「―――参加者全員の、写真つき名簿です」
「…………アハハ、アハハハハハッ!これは良いわ、なんてラッキーなの!」
郁未は自身の命も有紀寧に握られている事を忘れ、高笑いした。
有紀寧も同じように笑っている。
作り笑いでは無い本心からの笑み―――しかし、不気味な笑みだった。


(なんて事だ……)
祐介は絶望に打ちひしがれていた。
この島にいる全員の命が有紀寧に握られてしまった可能性があるのだ。
可能性が現実のものとなった時、有紀寧以外の参加者は死に絶える(実際にはロボットや本名が名簿に載っていない者は死にはしないのだが)。
そして―――栄えある犠牲者第一号は、自分だ。

崩れ落ちそうになる祐介をよそに、郁未は鉛筆と名簿を取り出した。
ノートに名前が一文字一文字、ゆっくりと書き綴られていく。
死神のノート……あまりにも現実離れしている。
しかしこの島は常識で計りきれない面がある、100%偽物であるとは断定出来ない。
本物なら、祐介は何らかの変調を起こし死ぬ。
全員の注意は自然と祐介に集中する。
―――あの有紀寧の注意すらも。
それは、最初で最後の好機に"見えた"。


瞬間、郁未は駆けた。
この時を待っていたのだ。
褒美なんて不確かなものに生死を任せるなんて冗談じゃない!

257無力:2007/01/10(水) 21:25:33 ID:gvjemA22
制限されているとはいえ、郁未は不可視の力の持ち主。
隙さえ作れればそこを突く事など容易い。
「つっ!?」
郁未は一瞬にして間合いを詰め、有紀寧のリモコンを持つ手を蹴り飛ばしていた。
リモコンは有紀寧の手を離れ、宙を舞う。
この状況でリモコンの奪取に固執する事は下策に過ぎる。
人を殺す手段は、首輪を爆発させる以外にも幾らでもあるのだから。
郁未は鞄から素早く包丁を取り出した。

「死になさいっ!」
振るわれる包丁は有紀寧の喉を貫かんと唸りを上げ―――
一つの銃声が響いた。

「がっ!?」
困惑の色の混じった呻き声が、聞こえた。
「―――天沢さん。貴女は二つ、愚を冒しました。第一に、貴女は殺人に対して躊躇いが無さ過ぎた。
そんな貴女が襲い掛かってくる事くらい簡単に予想出来る事です。そして第二に―――」
包丁は有紀寧を切り裂くまで後少しという所で止まっていた。
それ以上刃先が進む事は無く……郁未の体がどさりと崩れ落ちた。

「貴女の見積もりは甘かった。切り札は、ぎりぎりまで取っておくものです」
有紀寧の手に、銃が握られていた。
コルトバイソン―――大型の回転銃だ。
ポケットに隠されていたのは、リモコンだけでは無かったのだ。
どうやってこのような物をポケットの中に入れていたのか。
彼女は料理を作ってる間に、ポケットに銃が収めきれるよう、銃身のみを通す穴をポケットの底に開けるという細工をしていた。
いざという時に備えて、切り札はすぐに使えるようにしておかねばならないからだ。
それが早速、役に立った。

258無力:2007/01/10(水) 21:26:38 ID:gvjemA22
(後一歩だったのに―――間抜けね……)
郁未の腹から血が留まる事無く流れ出す。
(色々あったわね……。 始めに葉子さんと出会って。
あの時の葉子さんの提案、傑作だったわね、あはは……。
その後は芳野祐介に返り討ちにされて。
くそっ、結局借りは返せなかったわね……。
クラスAが、聞いて呆れるわ……。
ああ、意識が朦朧と……してきたわね……。
葉子さん…………少年。あんた達は私みたいにドジったら駄―――)
そこで、天沢郁未の思考は途切れた。
有紀寧が拾った包丁が、郁未の首を貫いていた。



「全く、無駄死にもいいとこですね。どうせ私を殺しても、助かりはしないというのに……」
「……どういう事だ?」
「言葉の通りです。作動した爆弾はこのリモコンでは解除する事は出来ませんから」
「―――!?」
「ああ、勘違いしないでくださいよ?解除する機械はあります。
ですが―――それは別の場所に隠してあります。そして私しかその場所は知らない、故に貴方達は私を殺せない。
反撃を警戒するなら、当然の措置でしょう」
それは完全に出鱈目だったが、その正否を祐介達に確認する手段は無い。
何とか有紀寧の隙を突いて殺害したとしても、首輪の爆弾が解除出来なければ初音と耕一は助からない。
祐介達にとっては、一か八かで動くにはリスクが大きすぎる。

259無力:2007/01/10(水) 21:27:54 ID:gvjemA22
「では実験を再開しましょうか。安心してください、これが本物なら私の優勝は決まったようなものです。
主催者の言う褒美が本当なら、後で貴方達だけは生き返らせてあげます」
「有紀寧お姉ちゃん……?私達だけって……他の参加者の人達は……?」
「―――耕一さんが今頃私の事を言いふらしているかもしれません。
折角優勝したのに、知らない人にいきなり後ろから刺されては堪りません。
ですから、人畜無害な貴方達以外をわざわざ生き返らせる気はありませんよ?」
有紀寧は既に生きて帰った後の保身も計算している。
この島で自身が行なったのはまさに悪魔の所業だ。
自分への恨みを持った人間を生き返らせてしまっては、復讐の対象にされるかも知れない。
当然他の参加者達も―――そして、本当は祐介達も生き返らせるつもりは無かった。
褒美が本当だったのなら有紀寧の望みはたった一つ、今は亡き兄を生き返らせてもらう事だけだ。
もっとも、そのような甘い話に多くは期待していなかったが。


祐介が有紀寧を睨んでいた。
お人好しの彼が初めて見せる、明確な殺意。
有紀寧はその視線を受け流しつつ、ノートを拾い上げる。
「……有紀寧さん―――いや、有紀寧。お前は自分さえ良ければ、それで良いのか?」
「はい、そうですよ。この島のルールに則るのならそれが自然な姿勢です」
「本当にお前は……それで満足なのか?」
「ええ、生きて帰れさえすれば満足です。では―――さようなら、”祐介お兄ちゃん”」
有紀寧はにやっと笑ってそう吐き捨てると鉛筆を手に取った。

260無力:2007/01/10(水) 21:28:42 ID:gvjemA22
完璧な流れだった。
リモコンのターゲットに郁未を選んだのも。
彼女の反撃を予測していつでも反撃出来る心構えをしていたのも。
もし他の者をターゲットにしていたら、油断していたら、きっと殺されていただろう。
運もあった。
まさかこんなノートがあるとは思わなかったし、お誂えむきに写真まで手に入った。
このノートが本物なら、これで生きて帰る事が出来る。
褒美が本当なら死別した兄との再会すら果たす事が出来るのだ。
これで……全てが終わる。

そう有紀寧が考えた時にこそ、見せ掛けではない本当の意味での隙が初めて生まれた。
有紀寧の目にはノートしか映っていない。
「させませんっ!」
「!?」
ノートが、取り上げられていた。
開いた有紀寧の視界に入ったのは祐介でも初音でもなく―――
「藤林さん……!?」

有り得ない―――理解出来ない。
この女は今まで何もしなかった。
警戒する価値もない、一番脆弱な相手。そう判断していた。
ただ怯えているだけだった女。あの初音ですら少しは自分を咎めていたというのに、この女は何もしていない。
お人好しの祐介や初音にも劣る臆病者に過ぎぬこの女が何故こんな蛮行を!?

261無力:2007/01/10(水) 21:29:51 ID:gvjemA22



狼狽する有紀寧とは反対に、椋は止まらない。
「長瀬さん、これを!」
ノートを後ろにいる祐介に向かって投げ渡す。
もしこのノートが本当に死神のノートなら、この世にあってはならないものだ。
姉や朋也があんな訳の分からない物で命を奪われるなど想像したくもない。

次に椋は有紀寧を制圧しようと振り返り―――
「―――調子に乗らないでください」
銃声。
強烈な衝撃と共に、椋の胸から鮮血が噴き出した。
「う……あ……」
噴き出しているのは鮮血だけでなく、彼女の命そのもの。
急激に力を失っていく椋は、重力に逆らえなくなり地面に倒れた。


有紀寧は自身が手にしかけていた優勝のチケットの行方を追った。
そして、見た。
「あああああああっ!?」
ノートは激しい火を上げて燃えていた。
祐介が持っていたライターで火を点けたのだ。
ノートの材質が紙なのかそれとも別の何かなのかは分からない。
しかし、火は異常な速度で燃え上がっていた。
有紀寧は慌てて机の上のヤカンに入れてあった茶をかけ鎮火したが、もう遅い。
後に残ったのは、ただの灰だけだった。



262無力:2007/01/10(水) 21:31:07 ID:gvjemA22





椋の息が小さくなっていく。少しずつ、胸の鼓動が緩慢になっていく。
「椋さん、しっかり!」
祐介はただ叫ぶ事しか出来なかった。
「祐介さん……ノートは……?」
何とか口を開いて、それだけ尋ねる。
「……安心して。ちゃんと処分しておいたよ」
「そうですか……良かった……」
椋は血に塗れた唇で、笑みを形作った。

祐介は目から涙が零れそうになるのを抑えながら、一番の疑問を口にする。
「どうして、こんな事を?」
分からなかった。どうして椋が突然、あんな行動を取ったのか。
何もしなければ―――少なくともすぐに椋が死ぬ事は無かった。
もしノートが偽物なら、十分生き残るチャンスはあっただろう。
どうしてそのチャンスを捨てるような真似をしたのか。

「祐介さんが……私を、庇ったから、です」
「……え?」
気を抜けば今にも閉じてしまいそうな目蓋を気力で支え、祐介の目を見つめながら。
「祐介さんや佐藤さんがお人好し過ぎるから……私も真似、したくなっちゃいました……」
「椋さん……」
「ごめんなさいお姉ちゃん、先に逝くね……。祐介さん達も、どうか最後まで諦めずに生きて……」
「……うん。やれるだけやってみるよ」
そう言って、強く手を握った。その言葉を聞いた椋は満足げに微笑み、目蓋を閉じた。
祐介が横を見ると同じように涙を堪えている初音がいた。

263無力:2007/01/10(水) 21:32:46 ID:gvjemA22
その小さい体を抱いて―――
「うわああぁぁっ!」
祐介はようやく、涙を流した。









それから少しして背後から冷ややかな声が聞こえた。
「……やってくれましたね」
声の主は確かめるまでも無い。
祐介は拳を握りしめながらゆっくりと立ち上がった。
頬を伝うは涙―――もう、怒りと悲しみを抑える事など出来なかった。
「ならどうする。僕を殺すか?」
「―――いいえ。簡単に楽にはしてあげませんし、ノートが無くなった以上その余裕もありません。
祐介さんには私の護衛をしてもらいます。逆らえば初音さんとそのお兄さんがどうなるか、分かりますね?」
「……後悔する事になるぞ。僕はお前を絶対に許さない」
「引き換えに初音さんが死んでも良いのならどうぞ。どんなに私を憎もうとも貴方が私を殺せないのは分かっていますよ?」
「……悪魔め」
「私は生き延びる為なら悪魔にでもなります。さて、銃声を聞きつけて人が集まってきたら厄介ですし少し場所を移しましょうか」
人の命を次々に奪ったこの悪魔を前にして、自分は何もする事が出来ない。
祐介は悔しそうに有紀寧を睨み付けた。
そこで、祐介はある考えを思いついた。
電波で有紀寧を操れば……。
そうすれば、何とかなるんじゃないか。
この悪魔に対して電波を使う事には何の罪悪感も感じない。

264無力:2007/01/10(水) 21:33:42 ID:gvjemA22


(壊れろ……壊れろ、壊れろ、壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ、壊れてしまえぇぇぇぇぇっ!!)
祐介はありったけの憎しみと狂気を籠めて電波を生成し、有紀寧にぶつけた。
本来なら周囲一帯の人間全てを壊してしまうくらいの電波が放たれていただろう。

しかし、それが有紀寧に変化をもたらす事は無い。
制限されている電波では、この悪魔の精神には通じない。
(くそ……くそぉぉぉぉぉ!!)
やり場の無い怒りに歯をギリっと噛み締める。
―――無力だった。


【時間:2日目正午頃】
【場所:I−6】
宮沢有紀寧
【所持品①:コルトバイソン(4/6)、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(2/6)】
【所持品②:ノートパソコン、包丁、ゴルフクラブ、支給品一式】
【状態:前腕軽傷(治療済み)、少し移動】

柏木初音
【所持品:鋸、支給品一式】
【状態:精神状態不明、首輪爆破まであと20:45、有紀寧に同行(本意では無い)】

長瀬祐介
【所持品1:包丁、ベネリM3(0/7)、100円ライター、折りたたみ傘、支給品一式】
【所持品2:フライパン、懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手、支給品一式】
【状態:有紀寧への激しい憎悪、有紀寧の護衛(本意では無い)】

265無力:2007/01/10(水) 21:34:14 ID:gvjemA22

天沢郁未
【所持品:他支給品一式】
【状態:死亡】

藤林椋
【持ち物:支給品一式(食料と水二日分)】
【状態:死亡】

(関連575・615)

266the girlish mind:2007/01/10(水) 21:54:12 ID:ugJye6jM
「思ったより、時間をかけてしまいました」

手にする包丁には、すっかり人の脂がこびりついてしまっている。
水瀬秋子は全く身動きとらなくなった名倉友里に向け、それを投げ捨てた。
返り血のついたセーターはそんな彼女へのせめてもの情けとして被せてある、真っ赤な泉の中ほんの少しだけ薄いピンクの地の色が見えるその光景はあまりにも異様だった。
背を向け、振り返ることなく場を後にする秋子の横顔には何の表情も浮かんでいない。
秋子の心中が死んでしまった友里に伝わるはずもなく、こうして一連の流れは幕を閉じた。




静かに佇む民家は、秋子が出て行った時と変わらぬ様子で彼女を出迎える。
周囲への気配りは欠かすことなく戻ってきた、特に異変を感じることもなかったので秋子はそのまま家の扉を開ける。
キィッという軋む音以外、何も聞こえなかった。
二人ともまだ起きていないのだろうか、そう思う秋子の鼻を思いがけない異臭を捕らえる。

(・・・・・・これ、は・・・)

さっきまで自分も嗅いでいた種類のもの、その溢れかえる血の臭いに驚く。
まさか、自分が留守にしている間に敵襲があったのだろうか。

「澪ちゃん!?・・・な、名雪っ!!」

普段見せない、取り乱した様子で駆けて行く秋子。
居間にあたる部屋に飛び込むと、そこにはリボンをつけた幼い少女のうずくまる姿があり。
駆け寄り、抱き上げる。暖かさの残る体とは反面、重く閉じられた瞼が彼女の状態を表している。
自分のシャツに血が染みこんでいくが気にしない、秋子はひたすら上月澪の体を揺さぶり続けた。

「澪ちゃん、澪ちゃんっ!お願い目を開けて・・・っ」

267the girlish mind:2007/01/10(水) 21:55:04 ID:ugJye6jM
澪の腹部には、何度もナイフのようなもので抉られた痕があった。
何て残酷な、声の出せない彼女は悲鳴を上げ助けを求めることもできないというのに。
涙と共に溢れる怒りを抑えきれない、そんな秋子が背後に忍び寄る気配に気がついたのはその時だった。

「誰です?!」
「きゃっ・・・!」

振り向きざまにジェリコを構える、だがそこに立っていたのは誰よりも大切な自分の娘。
水瀬名雪は、向けられた銃身を凝視しながら棒立ちになっていた。

「な、名雪!!無事だったんですね、よかった・・・・よかった・・・・・・」

慌ててジェリコをしまう秋子、しかし名雪は身動きすることなく固まっている。
・・・驚かせてしまったようだ、抱えていた澪を一端寝かせ秋子は名雪に近づいた。
そのままぎゅっと抱きしめるが、反応はない。
いつもなら腕を回してくるのに・・・だが、そんなことを思っている場合ではない。

「怖い思いをさせました、ごめんなさい、本当にごめんなさい・・・」

安心させるよう、背中を優しく撫でながら秋子はあやす様な口調で名雪に話しかけた。

「・・・お母さん」

それはしばらくしてからであった。声をかけられた秋子はそっと拘束を緩ませ、視線を彼女の頭部に合わせる。
だが、顔が伏せられているため表情はうかがえない。
何か伝えることがあるのだろうか、秋子は名雪の言葉を待った。

268the girlish mind:2007/01/10(水) 21:55:53 ID:ugJye6jM
「私はいっぱい怖い思いをしたよ」
「・・・そう、ごめんなさい。お母さんが守ってあげなくて・・・ごめんなさいね」
「我慢もしたよ、痛いの我慢した」
「そうね、偉いわね」
「もう充分だよ・・・」

その、疲れきった口調に焦る。秋子がいくら声をかけても名雪に変化は現れない。
何とか気をしっかりもたせなければ、再び口を開こうとした時だった。

「だからお母さん」

早口で捲くし立てられた台詞と共に上げられた顔、上目遣いでこちらを見やる名雪は・・・無表情で。
目が合う、そのいつも甘えてくる柔らかさの欠片もない目線に心が冷えきる。
思ってもみなかった様子に戸惑い、今度は秋子が固まった。
そんな秋子を気に留めることなく、名雪は無造作に言葉を吐く。
その、絶対零度の視線と共に。

「私も、奪う側に回っていいよね?」

一瞬、彼女が何を言っているのか理解できなかった。
相変わらずの無表情である名雪からその意味を読み取ることはできない、彼女の言葉は一体何を指しているのか。
疑問符を、秋子が口にしようとした時であった。

「っ?!」

・・・一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
何かを突き立てられるような痛みが走る、脇腹辺りからだった。
事態がどうなっているのか理解できなかった。
目をやると、そこには愛娘の手にするスペツナズナイフの刃がしっかりと刺さっていた。

269the girlish mind:2007/01/10(水) 21:56:44 ID:ugJye6jM
「お母さん、私のこと撃とうとしたよね?お母さん、私のこと殺そうとしたもんね」

弁解をしようとした、それは間違いだと。名雪を撃とうとしたわけではないと。
だが、崩れ落ちる秋子を見下す名雪の視線には何の感情も含まれていない。
目があっているはずなのに、お互いの感情の疎通が全くできていないという場面。
腹部の痛みもあり秋子はうまく言葉を紡ぐことはできなかった、それは名雪の誤解を解く機会を失ったという意味でもあり。

「いいんだ、お母さんなんて知らないもん。お母さんだけは信じてたのに・・・お母さんだけは、私の味方だと思ってたのに」

名雪の出した結論に涙が出そうになる、秋子は歯をくいしばりなんとか膝立ちで彼女と対峙しようとする。
目の前の真っ赤に染まった名雪の手にナイフはない、それはいまだ秋子の腹部に刺さったままなのだから。
・・・だが、よく見ると。その手には、もっと時間の経過したものに見える凝固された血液が張り付いていた。
ポタポタと垂れている秋子の血、それとは別のもの。その光景の、物語ることは。

「なゆき・・・まさか、あなたが・・・澪、ちゃんを・・・?」

跪く秋子の足元近くには、青白い澪が寝転んだままである。
ちらっと一瞬目をやる名雪、秋子は彼女の言葉を待った。

「ん?だって、起きたらお母さんはいないし知らない子はいるしで私もびっくりしたんだよ〜。
 万が一のこともあるからね、手は早めに打っとかないと」

それは、一瞬で返ってきた答え。
何の躊躇もなく飄々と言ってのける目の前の少女が、本当に名雪かと疑問すら持ち上がる。

「見て、分かるでしょ・・・っ!澪ちゃんが、そんなこと・・・しないって・・・」
「分からないもん、私達は殺し合いをさせられてるんだもん。現にお母さんだって私を撃とうとしたんだよ、人のこと言えないよ〜」

一見それは無邪気にも思える口調であった、だが強く他者を拒否する名雪の姿勢は強固であり。
いくら言っても無駄であった、彼女の傷ついた心は母親の言葉さえも遮断する。

270the girlish mind:2007/01/10(水) 21:57:43 ID:ugJye6jM
「これは罰だよ・・・お母さんが、私を一人にした罰。そして、私を殺そうとした罰」

かがみこみ、刺された腹部を抑える秋子の様子を嘲笑いながら名雪は秋子の髪を掴んだ。
長いみつ編みを力任せに引っ張られ秋子が呻くが、名雪は気にせず嬉しそうに言ってのける。

「でも大丈夫だよ、お母さんは私のお母さんだもんねっ、これぐらいじゃ死なないもんね!!
 ・・・お母さん、一端私は離れちゃうけどまた私を見つけてね。え、何でかって?そんなの足手まとい状態なお母さんといるメリットなんてないもんっ。
 だからケガは自分で何とかしてね、その痛みが私の受けた精神的外傷だっていうのも忘れちゃだめだよ〜。
 反省してね、それで反省し終わったら今度こそ私を守ってね、待ってるよ。
 ああ、大丈夫、私のことは心配しないでいいよ。お母さんが来てくれるまで、誰か別の代わりの人を見つけるもん。
 大丈夫だよ〜、私も頑張るから。ふぁいとっ、だよ。お母さんも頑張ってね。
 それで、元気になったらまた会いにきてね。私を見つけてね。それで今度こそ、ずっと傍で私だけを守ってね。
 ・・・じゃないと」

髪を引かれ、無理やり顔を近づけられる。それは唇が届く距離。

「裏切り者は、例えお母さんでも許さないんだよ〜」

・・・何故、この子はこんなにも楽しそうなのであろうか。
はらはらと秋子の頬を伝う涙は決して腹部の痛みからではない、濁った瞳の目の前の少女の変容がただただ悲しかった。
部屋から出ていく名雪の背中が見えない、滲む瞳は何も映さない。
先ほど自分が開けた外部と繋がるドアが開閉される音が聞こえ、秋子は本当に名雪がこの場から去ってしまったことを実感するしかなかった。

・・・名雪の心中が秋子に伝わるはずもなく、こうしてまた一連の流れも幕を閉じる。
だが、今回残された者の命は失われていない。秋子がこれに対しどう出るかは、まだ分からなかった。

271the girlish mind:2007/01/10(水) 21:59:27 ID:ugJye6jM




夜風は思ったよりも身に染みる、名雪は風に舞う髪を押さえながら自分の支給品である携帯電話を取り出した。
圏外、その表示で通話ができないことは一目瞭然である。
だが、名雪は慣れた手つきでインターネットに接続するボタンを押した。・・・少しの間をあけ、液晶の画面が変わる。
現れたのは、あるサイトのトップ画面。澪を葬った後秋子が現れるまでの暇をつぶしている際に、名雪はこのページを見つけた。
と言っても、インターネットに接続できるとはいえ見れるサイトというのもここだけであったのだが。

「ロワちゃんねるポータブル」、そうタイトルづけられた掲示板は名雪の書き込みで止まっている。

何故「圏外」なのにこのようなサイトに繋がるのか、それは分からなかった。
しかし使えるという事実は確かにここにある、名雪はそれを有効活用しようとした。

「うーん、でもお母さんと別れちゃったから・・・ちょっと矛盾が出てきちゃったよ」

自分の書き込みを見て首を傾げる名雪、本当は秋子と合流した上での身の安全を第一に考えていたのだが、今はこうなってしまった以上仕方ない。
できることはした、あとは信じて待つしかない。

272the girlish mind:2007/01/10(水) 22:00:06 ID:ugJye6jM



自分の安否を報告するスレッド

3:水瀬名雪:一日目 23:45:46 ID:jggbca7kO

 ショートカットのお姉さんに襲われました。肩をナイフで刺されました。
 黒いTシャツの目つきの悪い男の人にも襲われました。殺されそうになりました。
 今は信頼できる人が傍にもいますけど、正直誰を信じればいいのか分かりません。助けてください。




「ふふ・・・藪をつついて出るのはヘビさんかな、それとも本当に王子様かな〜」

微笑む名雪は、一体どちらを望んでいるのか。
しいて言うならば。王子様だったらやっぱり祐一がいいな〜、そんなことを呟きながらまるでダンスを踊るかのごとくステップを踏む名雪の様子は。
彼女がこの島に来て、一番生き生きとしたものだった。

273the girlish mind:2007/01/10(水) 22:01:05 ID:ugJye6jM
水瀬名雪
【時間:2日目午前0時頃】
【場所:F−02】
【持ち物:GPSレーダー、MP3再生機能付携帯電話(時限爆弾入り)
 赤いルージュ型拳銃 弾1発入り、青酸カリ入り青いマニキュア】
【状態:肩に刺し傷(治療済み)】

水瀬秋子
【時間:2日目午前0時頃】
【場所:F−02・民家】
【所持品:スペツナズナイフの刃(刺さっている)、IMI ジェリコ941(残弾14/14)、木彫りのヒトデ、殺虫剤、支給品一式×2】
【状態:腹部に刺し傷、主催者を倒す。ゲームに参加させられている子供たちを1人でも多く助けて守る。
 ゲームに乗った者を苦痛を味あわせた上で殺す】
【備考:セーターを脱いでいる】

上月澪  死亡

澪の支給品(フライパン、スケッチブック、他支給品一式)は放置

(関連・290・357・485b)(Jルート)

274羅刹血華(承前):2007/01/12(金) 03:09:09 ID:XpSdXthk

血糊を払った刀身の先から、雨粒が雫となってこぼれ落ちていた。
川澄舞の身体が、ゆらりと傾ぐ。
どうにか倒れずに踏みとどまるが、その瞳は半ば虚ろであった。
喪われた左手の断面からは、とめどなく血が流れ出していた。
白い肌が、青に近い色に変わっていく。

「お、おい、大丈夫か嬢ちゃん!?」

それを見た聖猪、ボタンが慌てて舞の元へと飛んでこようとする。
喉笛を噛み破ろうとする蛇の顎に毛針を叩き込み、吹雪を巧みにかわして、舞へと近づくボタン。
虚ろな目にその光景を映した舞が、いまだ治まることを知らずに血潮の流れ出す左腕を、す、と力なく掲げた。

「嬢ちゃん、しっかりしろ……って、おい、何してんだ!?」

ボタンの驚愕も無理からぬことであった。
駆け寄ったボタンの、その灼熱の毛皮に、舞は己が左腕を躊躇なく差し入れたのである。
雨を裂いて、肉の焼ける匂いが立ち込める。

「―――ッ……!」

がち、と。
堅く、小さな音がした。
舞の、必死で噛み締めた奥歯が砕ける音であった。
血の混じった痰と共に、歯の破片を吐き出す舞。
傷口を焼いたことで血管が肉もろとも潰れ、出血は止まっていた。
左手の断面から嫌な臭いのする湯気を上げながら、川澄舞は立っている。
その眼は既に先程までの虚ろなものではなく、鬼気迫る光を取り戻していた。

275羅刹血華(承前):2007/01/12(金) 03:10:20 ID:XpSdXthk
「無茶苦茶しやがるな……嬢ちゃん、生きてるか?」
「……戦える」
「返事になってねえよ……」

苦虫を噛み潰したようなボタンの声にも、舞は無反応。
青白い顔に爛々と眼だけを光らせて、抜き身の刀を片手で構える。
その視線は、真っ直ぐにもう一匹の魔獣、ポテトを捉えていた。

「……人間のやることは、時折理解に苦しむぴこ」
「それについちゃあ同感だ……な、っと!」

言い合いながら、互いに飛びかかろうとする二匹の獣。
その後ろで、舞がゆらりと足を踏み出す。

「バカ野郎、そんな身体で何ができるってんだ!?」
「……戦う」
「ったく、強情な嬢ちゃんだな……!」

全身に脂汗をかきながら、なお走り出そうとする舞。
振り下ろされた鋭い爪を牙で受け止めながら、ボタンが叫ぶ。

「分かった、分かったから無理に動こうとするんじゃねえ!」
「……」

荒い息のまま、舞が踏み出そうとした足を止めた。
牙を跳ね上げ、空いた胴に一撃を加えながら、ボタンが続ける。

「いいか、よく聞け嬢ちゃん!
 テメエでも分かってるだろうが、嬢ちゃんにはもうまともに動く力なんぞ残っちゃいねえ!」

276羅刹血華(承前):2007/01/12(金) 03:11:31 ID:XpSdXthk
横薙ぎに振り回された蛇の胴をしたたかに打ちつけられてよろけるボタン。

「だが、だがそれでいい、今の嬢ちゃんにはそれで充分だ!」
「……」

続けざまに繰り出される下からの爪が、ボタンの前脚を傷つける。
鮮血が飛沫を上げた。

「どの道、その手じゃあ力任せってのは、無理だ!
 だが思い出せ嬢ちゃん、さっきの鬼を斬ったあのとき、嬢ちゃんは力任せだったか!?」

灼熱の業火を全身から噴き出すボタン。
噛み付こうとしていたポテトが、慌てて首を引っ込める。

「そう、そうだ嬢ちゃん。
 あれがそいつの使い方だ、抜けば玉散る氷の刃、そいつは伊達じゃねえ!」

炎の勢いに任せて牙を跳ね上げ、そのままトンボをきるように縦回転を始めるボタン。
瞬く間に、業火を纏った円盤と化す。

「そいつは手数で押しまくるようなもんでも、まして力任せにぶん回すもんでもねえ。
 極限まで研ぎ澄ました、ただ一刀で何もかんもを斬り伏せる、そういう業物よ!」
「―――」

炎の円盤が、ポテトを襲う。
至近からの攻撃に回避が間に合わず、円盤がその顎に直撃する。
ポテトの牙が数本、折れて飛んだ。

「―――今だ!」

277羅刹血華(承前):2007/01/12(金) 03:12:02 ID:XpSdXthk
「―――!」

ボタンの声が、響くか響かないかの瞬間。
舞の足が、泥濘を吹き飛ばすように、大地を踏みしめていた。
数メートルの間を、文字通りの刹那に駆け抜けて、舞の一刀が奔っていた。

音が、消えたように感じられた。
ポテトの絶叫が響いたのは、その大蛇の尾が、遠く離れた水溜りに落ちた後だった。

「―――上出来ッ!」

快哉を叫んで、ボタンが追撃をかけるべく飛ぶ。
炎の円盤が、二度、三度とポテトの身体を撥ね上げ、焼き焦がしていく。

「これで……どうだッ!!」

言葉と共に一際大きく燃え上がった業火が、ポテトの全身を包み込んだ。


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