したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

0さん以外の人が萌えを投下するスレ

4058-719 あぁ勘違い:2006/10/29(日) 00:55:23
カブってしまいすみませんでした。改めて投下させていただきます――――――――――
「目が覚めたか?」
耳元から聞こえる声に覚醒しきらぬ頭は事態を把握できない。

「あぁ悪いな、客布団ねぇんだよ。狭苦しかったか」
…えっと…そうだ、昨日は商談成立させた祝杯をってTさんのマンションで飲んだんだっけ。

「スーツ皺になるから掛けといたぞ」
あぁどうも。。
…って俺いつパジャマに着替えたんだ!?
つーか客布団ないからってなんで一緒に寝てるんだよ!
うぁああぁぁ〜!ヤバいよ、ヤバい!どうしよう。

「くくっ…覚えてないのか?気持ちよさそうに寝てたもんなぁ。
着替えさせんのも大変だったぞ。」
ぇえーっ!じゃあ、あんなとこやこんなとこも見られちゃたわけ?
慌てる俺を見て事もなげに笑ってくれちゃってさ。
いつもと変わらぬ大人な余裕で…いつもと変わらぬちょっと悪ぶった態度で…。


マンションにまで誘ってくれて嬉しくて嬉しくて舞い上がっちゃって、
もしかしたらTさんも…なんて期待した俺はバカだ。
Tさんはいつも冷静で、ほんの些細な言動にも一喜一憂して翻弄されるのは俺だけで

なんかひとり酔っ払って身も心もぐるぐるしちゃって。
あ〜ぁ、どうせ俺の勘違いですよ。
女にもてるTさんが俺なんか相手にしてくれるわけないよな。


「オイ、飯作っとくからシャワー浴びてこい。すっきりすんぞ。」
シャワーの言葉にもビクッとしちゃう俺の気もシラナイで。

「美味いか?やっぱ朝は味噌汁だよな。もっと食え」
なに?仕事できてかっこよくて、その上料理までできちゃうわけ?
ドキドキして味なんかよく分かんないけど美味いに決まってるじゃん。

だけど…飯食う俺をそんな優しい目で見ないでよ。
ほら、また勘違いしちゃうじゃないか。

4068-690接触過多な変態×常識人なツンデレ:2006/10/29(日) 20:14:06
扉を開け放つと同時に体をやわらかな光に包まれ、視界に満ちた
清冽なまぶしさに、思わず息を呑んだ。窓際ではかすみの色の
カーテンが風をはらんで波打ち、その合間を小魚の泳ぐように、
白衣のナースが動き回っている。室内に備えられた二台のベッドの
うちの片方には、午後の日差しを一身に受けて、所在無い様子で
新見が腰を下ろしていた。

お友達ですか、はいそうです。必要な物を届けてくれるよう頼んだん
です。いきなりの事でも頼れる奴が他にいなくて、などと二人が
会話を交わしている間、紙袋を手にぶら下げ、服部はただ新見の
頭部に白く巻きついた包帯を凝視していた。
「服部、そこ、邪魔」
扉の前に立ち尽くしたその脇を、ナースが一礼し、きりきりとした
足取りで去っていく。後姿をぽかんと見送っていると、「いつまで
そこにいるんだ、さっさと入れ」と苛立った声がした。
「済まなかったな、仕事帰りに」
「あ、ああ、平気。そっちは」
「頭と肩と、あちこちを打った。前に言ってた、例のビルの壁画
修繕中に足場が崩れたんだ。高さは大したことがなかったけれど、
色々検査をして、安静をとった方が良いらしい」
色の薄いシャツにジーンズと、新見は普段通りの格好をしている。
おそらく事故の時の服装のままなのだろう。ただ手首には、患者の
取り違えを防ぐための認識票がブレスレットのように巻かれている。
短期入院患者専用の室内に今は二人以外の人影は無く、空の
ベッドに面積の半分を埋められた部屋は妙にがらんとしていた。

「い、痛いか、まだ」
「何しろ落ちたてだからな。それよりさっきから何なんだ、お前は。
変におどつきやがって、借りてきた猫じゃねえかよ」
やましいことでもあるのかと胡乱な目つきを寄越されて、服部は
大きな体を一段と縮ませた。
「なあ、今日は抱きついてこないんだな」
普段は剥がしても剥がしても藻みたいにへばりついてくるくせによ、
と新見はそっぽを向いて呟いた。
「え、いや、オレは」
どっと肉の落ちたような背に服部は泡を食ったが、ほれ、と顎を
しゃくられ、晒された喉に本能的に飛びついた。放り出した
紙袋が壁に激突して沈黙する。頬に触れ、喉を撫で、肩の
稜線に指を這わせて腕ごと抱えこみ、包みこむ。大事な名前を
呼んで、何度も唇に刻ませた。
「おい、そこでどうして乳首をさわるんだ」
「ああごめん、ついいつものくせで」
ラッピング用紙になったつもりで背中をゆっくりとさする。痛くは
ないかと耳元で囁いたが、返事の代わりは心地よさげな吐息だった。
「今日のことがきっかけで、高所恐怖症になっちまったらどうしよう。
ただでさえ作業に遅れを出してしまうのに、そんなことになったら、
オレは」
「大丈夫、大丈夫だよ。君は根っからの高い所好きだから」
どういう意味だ、と激昂しかけた口元を指の腹で押し止める。新見の
唇をなぞって往復させながら、大丈夫だよと繰り返す。それ以上
騒ぐことは無かった。されるがままの様子に、どちらが猫の子だか
分かりはしないと思いながら、この温もりを手放すまいと胸元に
繋ぎとめた。
数日の後、入院中に使用した下着をちょろまかしたことが露見して
二時間ほど正座させられながら、ああいつもの新見だと、服部は
ほっと安堵の息を吐いたのだった。

4078-749 着物:2006/11/01(水) 15:00:44
小袖の手をご存知でありましょうか。
江戸は寛政年間、とある古刹へ一枚の小袖が納められました。
小袖とは文字通り、袖の小さく活動的に動けるような、公家から
武家、庶民にまで広く着られた衣装のことです。
名の売れた遊女の亡き後、苦界をさすろうたその身の供養の
ためにと祀った衣に香を手向け、日々菩提を弔っていたところ、
夜な夜なちりん、ちりんと鈴を鳴らす音がありました。
怪しみてそっと覗いてみたところ、衣紋掛けの小袖からぺらり
とした紙のような白い手がすうっと伸び、壇の鈴棒をつまんでは、
そうっと鈴を打つのです。
思えば人の、女の執着とは、儚くした後もその衣服に留まり、
過ぎた浮き世を偲んでは、帰らぬ日々に、消えぬ未練に亡き身を
妬くものなのでありましょうか。
ね、聞いてる?ちゃんと聞いてる?

「いや、そんなポエムは今はいいですから、背中!背中、のいて!
借り物なんです、皺になっちゃう!」
羽織くらい、自分で着られますから、と必死で叫んでも、背中にくなりと
圧し掛かった男は聞き分けなく甘えるように密着してくる。彼の言う
小袖の手の話ではないが、羽織の肩越しににゅうと手が伸ばされて、
かいぐりかいぐりと頭を撫で、ときおり目測を誤った指が鼻の穴に
突撃する。こうした時はやりたいようにさせておくのが一番の得策
なのだが、このはしゃぎようは普段の比ではない。

「しかしよく似合うねえ。馬子にも衣装、とは言わないよ。自慢の
息子だもん」
今度はくるりと前面に回って、頭の天辺から足袋の先までしげしげと
見やる。紋付羽織に、長着に、袴。日本男子の礼装である。
ひどく気合が入れられているのは今日が成人式だからだ。
一生に一度の記念だからと、彼は本人よりも嬉々として準備に奔走
していた。当の成人は満面の笑みの親を前にして途方に暮れるのみだ。
「あっと、そろそろだね。式の会場へ行くのに、友達と駅で待ち合わせ
してるんだろ。ほい、外に出た出た」
皺になるというのに、背中を両手でぐいぐいと玄関の方へ押してくる。
その背を頭ひとつ分追い抜かして、もう幾年も過ぎた。今は逆らわず、
為されるがままに滑るように廊下を渡り、雪駄の鼻緒をひっかけて表に出る。

「ああ、いい天気だね。小春日和だ」
君を引き取って二人でこの家にやってきた日のことを思い出すよと、
庭の梅に目を注ぎながら義父は目尻に皺を寄せた。黄の蝋梅が盛りを
誇っている。まさに晴れの日、晴れ着だねと手をかざし、空を仰ぎ見た。
つられて見上げた空はとても高く、澄んでいた。
「お父さん。駅まで、一緒に歩いて行きませんか」
今日は暖かいし、散歩代りにね、と顔を窺うようなねだり方をすると、
彼の目はまん丸に見開き、ついて来て欲しいだなんてまだまだ子供だね、
とにっこり笑った。春の陽のようだ、と思った。
過去はすでに遠く、現在は不透明に流れる。
見透かし難い霧の中を、それでも貴方の隣で歩いて生きたい。
その手を取って、共に未来を。

4088-769冷たい手:2006/11/04(土) 00:56:35
大きな手が汗ばんだ頬を撫でる。
ゆっくり、ゆっくりとあやされるような赤ん坊の
気分になったので、どういうつもりだと熱に
かすんだ目で問いかけたら、大きな手の
持ち主の、黒く澄みきった夜の葡萄みたいな
瞳が、こちらの様子を案じて見守っているのが
滲んだ視界にぼやけて見えた。
「僕の手は冷えているので、あなたの頬を撫でています」
その通りだ。確かにそうだ。男の手は大抵いつも冷えている。
そうして俺は、そのことを知っている。
「あなたが言ったんです。お前の手の冷たさには
意味があると。手が冷たい奴は、その分心が
温かいんだ、心配するなと」
確かにそうだ。その通りだ。いつかの日に、何かの拍子に
俺が言った。どっかのドラマで使い捨てのセリフだったが。
「僕のことを。僕自身を、そんな風に肯定的に
捉えてくれた人は、いなかったから」
だからこうして、あなたの頬を撫でていますと、大きな手で
男は俺の頬を包んだ。
いつか俺の熱は冷たい指に吸い取られ、掌をぬるめたあと、
空気中に分子のように散らばるだろう。そしたらその時は、
今よりずうっと楽になっているだろうから。
その時は遠慮なく、俺の手を一晩でもいつまででも握って
いるといい、冷たさも温かさも包みこむその大きな手で。

4097-779 熱血受け:2006/11/04(土) 19:01:55
お母さん、
あの熱血受けはどこへ行ったでしょうね
とは、かの有名な偉大なる801詩人の言葉ですが。
最近は巡り会うのは難しいようですね
でもそれは、
熱血の前に、はみ出してたり捻れてたりやけにスタイリッシュだったり、なヒーローが増えましたから
皆さんが見落としてるという事も多々あると思いますので
安易に「熱血受けじゃないや」と判断すると損をします。

まず、熱血受けとは何か。
燃えています
どこぞのキャッチフレーズのような、
ど力・ゆう情・勝りや
協力する・一致団結することが基本的に好きです
心も体も明日を夢見る瞳も、内に秘めてる場合もありますが、とても熱いです。
それはベッドの中でも同様です。
パートナーと快楽を共にする努力も惜しみません
しかし押さえ付けたりすると、戦っている気分になるのか強い抵抗を示す事もあります。
攻める際は怪我に注意しましょう。強いです。
ツン入り受けはキツい言葉を投げかけて来たりもしますが、
別な意味で口が達者かどうかは、個人差がありますので、それぞれで確かめて下さい。
たまには熱血受けでも恥じらいモードが入ると、他の受けのように声を押し殺したりします。
漏れ聞こえてくる声はなかなか悩ましげです。テレビなどで敵に一旦斥けられた時に零す声を想像すると分かりやすいかも知れません。
まぁ実際はその数十倍は艶めかしいですが。
先にイクと、負けた気がして悔しがることもありるようです。
攻めは熱血受けの気持ちを上手いこと汲むようにしましょう。
熱血受けは言い訳を嫌います。割とナイーブです。

相性がいいのは
主に共に戦ったり、支えてくれた仲間ですが
ライバルや敵もなかなか良いです。
ただ、始まりは難しいです。
ゴーカンからが多いです。
ゴーカンが苦手な場合は改心しましょう。
かつての味方が敵になるののは辛いでしょうが、障害は愛を更に燃え上がらせると思います。

さて、冒頭の詩についてですが。
余談ですが、
我が家には私の帰りを20年来待ってくれている熱血受けがいます。
…これはテストに出ませんからメモしなくていいです。
はい、ではこれで特別授業を終わります。
またの機会にお会いしましょう。

4108-789こたつ出しました:2006/11/05(日) 20:37:12
イチョウの葉が、扇の如く宙を舞っている。
見蕩れていると、突如けたたましい犬の声が耳をつんざいた。
一瞬、ほんの一瞬ぐっと身を竦ませる。何でもない些細な事にも
怯えて反応してしまうのは、昔からの悪い癖だ。

てやんでえ、ばっきゃろおおおめえええ。

間を置かず、男の胴間声が後に続いて響き渡る。立ち止まって
いた歩を進め、吹き抜けの廊下を伝って縁側に出ると、ごましお
頭で半纏姿の男が庭に倒れ伏し、子牛ほどもある大きな犬の
下敷きになって襲われていた。否、じゃれつかれていた。
「あああんた、来てくれたか、この犬っこをどけてくれえ!」
「今度は何をやったんですか、松さん」
「知らねえよう、一仕事終えて息継ぎしてたら、いきなり
まみれついてきゃあがったんだ」
「仕事が済むのを待ってたんでしょう、ははは。マッハ有明は
本当に松さんが好きですねえ」
金色の毛皮を震わせて、犬が屋敷抱えの庭師の顔を唾液で
べろんべろんにしている様子を微笑ましく見守っていると、ふと
馴染みの痛みが、肩を、背中を、体中に残る傷の跡を、懐かしい
甘さを伴って走り抜けていくのを感じた。

「おまえの姿は目障りだ。這い蹲って犬の真似でもしているがいい。
人の言葉を喋るな。鳴くんだ。しゃがみこんで、舐めろ。
歯を立てたりしてみろ、どうなるか分かっているだろう?」

鞭のしなる音。硬い靴の踵で打ち据えられる音。過去に消えた
はずの音が耳の奥に潜み、幻聴となって蘇る。
そう、全て幻聴だ。なかなか思い通りにならない己の心に、
辛抱強く何度も言い聞かせた。
「旦那を探しているのかい」
「ええ。居場所は分かっているんですが」
「なら、桜の手入れが終わったと伝えといてくれ。気になすってた
からな。いやその前に犬を、犬をおおお舌があああ」
承りました、と戯れる彼らを尻目に屋敷の奥へと足を向けた。
今時の桜は葉を紅く色づかせ、夕日の照る頃になるとなお一層
その姿を松明のように燃えたたせる。春には煙の化身のような
霞む花弁を、夏に若葉の瑞々しい生命力を、見送ることのできる
日々のなんと幸福なことか。

「その、御主人様って呼称は何とかならないの。気味が悪いん
だが、え、すぐには無理。定着しちゃってるからか。じゃ、せめて
様を取って呼んでくれ。近所の奥さん連中もそうしてるから。
私は未婚なんだけどね。君にはしっかり働いてもらうよ。
春には、花見。庭の桜は私が子供の時からあるんだ。お弁当を
重箱に詰めて、桜餅を用意して。薫風の頃なら、柏餅も忘れず
にね。夏には流し素麺のできるほど庭は広いし、そう、近くに
野原もあるから、秋桜も見に行こう、マッハ有明を連れて。
楽しみだね。楽しみだねーえ」

なんの気紛れであれ、この身をすくって拾い上げて下さった時から
変わらぬあの方の笑顔を、一生忘れはしまい。ここに在る日々の
全てが、自分にとっては連綿と続く奇跡だ。
調理場の土間には入り口に尻を向け、一心不乱に
巨大な冷蔵庫の冷凍室をまさぐっている男がいる。冬の準備が
出来たら、せっかくだからアイスクリームを食うのだと、小一時間
前に子供のようにはしゃいでいた男だ。
「御主人、御主人。こたつ出しましたよ」
その言葉にばね仕掛けのように跳ね上がり、カップアイスを
抱えたまま男がくるりとこちらを向いた。
「やっぱり、バニラだろ、バニラ」
にんまりと極限まで相好を崩したその笑みは愛らしく、ひどく
妖怪じみていて、せめて布団にこぼさぬよう、机に起き上がって
食わさねばと、新たな決意を促すのだった。

4118-819 ハリネズミのジレンマ/1:2006/11/08(水) 08:18:59
知ってるか否かの前に
間違えてるよ、ソレ。
と、小さく肩を竦めると
「んん?」
間抜けな声を上げて、ヤツがきょとんとした表情を浮かべた。
「…それ、ハリネズミじゃねーって」
「え?え?」
溜息が出る。
「ヤマアラシだよ…」
「ええっ!ハリネズミじゃねーの?」
…夜中なんですが。
リアクションでけーよ。煩い。

「うん。ハリネズミじゃねーの…」
だから俺はごく静か小さく応える。眠い。
「ヤマアラシ?」
「…ヤマアラシ」
まだ疑わしそうな声に、厳かに言い返せば
ちぇ、なんて
ヤツは似合うような似合わないような、少し拗ねた顔をして
「おまえは何でも知ってんだなぁ」と、次の瞬間には笑顔。
なのに。

「そーでも無い…」
気恥ずかしくなって、さり気なく視線を逸らし目を閉じかけた俺に
「あぁ、そういやそーか。ふはははっ」
…おい。即答かよ。しかも笑うのかよ
安眠妨害、断固反対。

「…で?」
「へ?」
「何か…言いたかったんじゃ、ねぇの?
“ハリネズミの、ジレンマ”」
「あー…うん、いや…なんかで読んで、いい話だなーって思って、」
教えてやろうと思ったんだ。
「…イイ話?」
「うん」
ヤツは非常に素直に頷いたが、俺は眉を顰めた。

4128-819 ハリネズミのジレンマ/2:2006/11/08(水) 08:37:54
…いい話だったか?

ハリネズミ、もとい
ヤマアラシのジレンマ。

寒い夜、二匹のヤマアラシがいる。
くっついて暖め合えば凍えない。
けれど体を覆う硬い針のような毛が互いを傷つけるんで、体を寄せ合えない。
…っていうような話で。
求め合っても、一緒になれない、みたいな
悲しい、淋しい感じの話じゃなかったか?
いや、確か固い話だと哲学かなんか、自己の自立がナントカカントカで…

「違うんだよなー、それが」
「へ?」
アホみたいな声を出した俺の体を、グイと胸元に引き寄せたのは
目が覚めそうな、力強い腕。
「…たとえ、すぐにはうまく行かなくても、
二人なら見付けられるんだって」

…何を?
ヤツの優しい声と鼓動と体温を感じつつ、少しぼんやりした声になってしまったのがわかった。
…眠いせいだ。

「お互いを、じょうずに暖め合う方法を、だよ」
最初は傷付け合っても、傷付け合わないような方法を。
小さな傷が沢山出来ても、二人で探せば、必ず何か方法はあるんだよ。
それってスゲーことだろ?
イイ話だろ?なっ?
嬉しそうに。
幸せそうに、ヤツは笑う。
「………」
ハリネズミもヤマアラシも、ちゃんと見たことがないから
正直なところ、本当かどうかはわからない
やっぱり無理じゃないの?とも思う。
わかることは、こいつが底抜けに楽天家で明るいってことだけ。
だけど俺は、コイツのこういうところが。

「…わかったわかった…すごいすごい…だから、」
もう黙って目も口も閉じて
おとなしく抱き合って
幸せなハリネズミとヤマアラシの夢でも見ようや、と
俺はヤツの裸の背中に腕を回して、肌をぴたり合わせて、今度こそ目を閉じた。

こいつに逢うまでは
俺はハリネズミだった
こいつに逢わなかったら、
きっと凍え死んでいた。
…こいつに逢わなかったら

でも、こいつとなら
俺はハリネズミでもヤマアラシでも、
きっと、凍え死にしない。

4138-839ネズミ×ネコ:2006/11/11(土) 01:02:31
「おまえさぁ、いい歳こいてそのかぶりものやめてくれよ、
まったく恥ずかしいったらありゃしない」
久しぶりのデートで家族連れやカップルなどで賑わうこのテーマランドに来たはいいが、
すれ違う子供たちがあれ欲しーとばかりに振り向き指を指している。
だいたい俺はこういう人混みは苦手なのに、その上恥ずかしいこいつ連れじゃいたたまれない。
「なんでさ、デズニンランドと言えばこれでしょ!この耳がないと盛り上がらないじゃん」
「せめて土産にして家で被れよ。ほらまたガキが見てったじゃん」
「えっ?じゃあベッドで被ろうかなぁ。ネコに襲われるミッキ☆ってよくね?」
「……、…」

ベッドではいつも甘く激しく抱いてくれるのに、なんでこいつはその男らしさが昼もつづかないのか…。

「俺は逃げまどうミッキ☆。ネコの舌であそこもここもペロペロされて…。うは〜楽しくなってきた」
ロマンチックなホテルを予約してるのに
きっとロマンチックな夜は…。

惚れた弱味だ。
ミッキ☆を襲う腹空かせたネコに成りきってやろうじゃないか。
俺は舌なめずりしつつ夜を待つ。

4148-869 やさしいライオン:2006/11/14(火) 00:40:19
「……お前まで辞めるこたなかった」
「なに、潮時だったさ。あのオーナーの下じゃ、どのみち長くは働けなかった」
「俺はごめんもありがとうも言わないぞ。必要ないのに、勝手にかばったんだ、お前は」
舌打ちして、苛立ち紛れに壁をどんと叩く。
ベッドに腰掛けた男は、視線を軽く下げて、口元には微かに苦笑を浮かべている。
その穏やかな様子からは、さっきオーナーに激しく噛みついていた姿は想像できない。

まとめて首を切られた俺たちは、この店の寮となっているアパートの荷物を早々にまとめなければならなかった。
まあいい。これで、この狭い二人部屋ともお別れだ。奴との生活もここまでだ。
「……必要は、あったさ。お前が怒っていたものな」
焦燥にも似た苛立ちが募って、俺は突然泣き出しそうになった。
奴が味方してくれた時、一瞬嬉しさを感じた自分が嫌でしょうがなかった。

その哀しい穏やかな目で見られると、どうにも苦しいのだ。
俺なんか守らなくていい。たいしたものじゃないのだから、あのオーナーと同じようなモノなのだから。
その喉元にくらいつきたい。そうすれば、俺を喰い尽してくれるだろうか。
食い荒らして、骨なんて、その辺に捨ててくれて構わないのだ。

4158-879で、どうする?1/2:2006/11/15(水) 03:14:12
人生はまるで塵(ごみ)溜めだ。塵溜めに捨てられ、塵溜めに育ち、
塵溜めで反吐を吐きながらゴミのように暮らす。
自分を引き取った男は大したタマで、年端もいかぬ子供にマスクを
被らせ、見事リングの上でのかませ犬に仕立て上げた。刺青のごとく
痣は散り、血尿に悩まされ、日本に地下プロレスを持ち込んだ奴を
呪わぬ日はなかったが、今じゃ立派な覆面レスラー、身長百八十越えの
謎のマスクマンである。
泣いて膨れる腹はない。塵溜めで過した餓鬼なら皆知っている事だ、
闘わねば食っていけないのは分かっている。だが稼いだ賞金は全て
養父の懐へ納まるのだ、ならば自分は何のために闘うのだろう。
何のために人を傷付け、また自身も傷付かねばならないのだろう。

「と、いう訳なんですが」
「そこまで詳しく聞いてねえ。何で途中から身の上相談になってんだ」
俺が語っている間中、男は頬づえついて、渋面を崩さなかった。色白
の、思わずはっとするほど顔の整った男だ。
「そもそも、お前誰だよ」
「通りすがりの覆面レスラーです」
「バッキャロー、銀行強盗でもねえのに昼間日中を覆面でほっつき歩く
奴があるかよ」
紛らわしいトコ歩いてるから、仲間と間違えちまったじゃねえかと、
男はぶつくさ文句を言った。マスクで歩くと周りの人がビックリして
くれるので気に入っているのだが、先ほど裏路地を散歩している最中に
いきなりここへひっぱりこまれたのだ。訳も分からず付き合っていた
が、途中で男の本来の仲間から「盲腸で緊急入院」の報せが入らなけれ
ば、まだ勘違いされたままだったろう。
「とにかく」と男は冷たそうな拳銃を俺に突きつけた。
「お約束だが、『計画を知られたからにゃ、ただじゃおかねえ』。
で、どうする?」
玩具会社のロゴマークが悲しく拳銃に光っていた。

4168-879で、どうする?2/2:2006/11/15(水) 03:15:24
「目的は金じゃないんだ」と、男は言った。
「あの銀行には個人的な恨みがあンだよ。とりあえず侵入したら、
コイツを店の壁一杯に貼り付ける。そこらに同じ写真のビラも撒く」
でかでかと広げられた特殊紙製のポスターには肩を寄せ合い、いざ
ホテルへ赴かんとする男女が印刷されている。女の顔にはご丁寧に
モザイク入りだ。
「男の方は、元いた銀行の上司だ。信用商売、スキャンダルは御法度
だからな。ちなみに不倫だ。どうせ暴露するなら、最高の舞台を演出
してやろうと思ってね」最高のえげつなさだ。
「あんた、一体何をされたんです」質すと、男はひょいと首を竦め、
「そいつにゲイをバラされた」
オレもクビになったクチだよ、と寂しそうに笑った。塵溜めに生きる者
の鈍い光が、この男の目にも宿っていた。
「いいか。銀行強盗と覆面レスラーを間違えるくらいだ、元々根本的に
適性に問題があンだよ。最初から逃げ切れるとは思っちゃいない。
一応逃走経路には農道空港を利用できるよう手配はしたが」
そこまで辿りつけやしないだろうな、と息を吐く。これは復讐なのだ。
それでもついて来る気かと尋ねる男の手を、ぎゅっと握った。
これは裏街道マスクマンの最低で最高、最後の舞台。
と、思ったのだが。
ピーマンや胡瓜、トマトの箱がうず高く積まれ、カタカタ揺れている。
外では轟々たるエンジンの音。今や地上は千メートルの彼方に霞む。
どうしたことか俺達は大量の現金袋に埋もれて呼吸難になりながら、
「で、どうする?」
輸送機の底で途方に暮れつつ、二人で顔を見合わせていた。

「誰です、金目当てじゃないなんて言ったのは」
「うるせえ。店員のオッサンが早とちりしたのが悪い」
本来の目的は達した訳だし、と覆面を脱ぎ捨て、髪を風に晒した男は
上機嫌だ。適当に拝借したトラクターでガタゴト走る北の大地は、
あまりに雄大だった。
「まさか成功するとはなあ」
エゾタヌキもびっくりであろう。トラクターのあった場所には持ち主に
簡単な謝辞と、風呂敷に数百万ほどを包んで置いておいたが、出来れば
盗銭だと発覚するより先に速やかなる買い換えを望む。
「で、どうするんです、このお金」
「どうするったって」
男は一万円札の肖像部分をぐにぐにと三つ折りにし、偉人の目をにたり
と笑わせて遊んでいたが、
「オレはもっといいものを手に入れたよ」
俺からマスクを剥ぎ取ると、音を立てて、素早く頬にキスをした。
「うわ、ちょっと暴れないで、ハンドル狂っちゃいますよ」
風が吹き、大きく穴を開けてやった袋から幾枚もの紙幣が舞い躍る。
蛇行する轍の跡を尾を引くように流れ、やがて雁の群れのように、
大金がゆっくりと空に消えていく。縁があったらまた会いたいものだ。
「まあ、金を空にぶち撒けるのは銀行強盗のお約束だしな」
でも悪くない光景だろ、と去り行く紙吹雪を見送りながら、男は
ぐしゃぐしゃに俺の髪をかき乱した。
そうとも、悪くはない。男の細い指にじゃれつかれながら、
人生も悪くはないと、俺は思った。

4178-909 一番星:2006/11/16(木) 18:11:47
それが言い訳ではないなどと訴えたところで、一体誰が
信じるというのだろう?
彼も、自分自身ですらも。

今もなお、根限りと力の込められた指の強さを忘れられない。
「分かっています、あなたにとって今が一番大事な時期だと
いうことは。俺なんかに構っちゃいられないって事も。
けど、どうか忘れないで。あなたが大事。
あなたが大好きです。
いつだって、どんなあなたでも見つめていたいんだ」
それが、最後に会った彼の言葉。

「あ、いちばんぼしーい」
小さな指が紺色の天を差す。
ああ、そうだなと適当に相槌を打ちながら、買い物袋を
提げた方とは反対の手で、幼稚園鞄をカタカタいわせて今にも
駆け出しそうな手をしっかりと握る。それをブンブンと振りながら、
「いちばんぼしは、お父さんのほしー」
「おいおい、何だそりゃ。一番でっかいからか」
「ちがうの。ぼくらのこと、いつもいちばん見守っててくれるのが
お父さんだから、いちばんぼしはお父さんのほし。
ヒロくんと二人で、そう決めたの」
幼子はなおも星を指す。あなたの負担になりたくは
ないのだという、彼の微笑が不意に蘇る。あなたにとっての
一番が俺ではないという事くらい分かっていると、それでも、
だからあなたが好きなのだと迷いもなく言い切った男の笑みを。
「君は信じたのか、子供を盾にしたあの薄っぺらな言葉を」
その場凌ぎの苦しい言い訳にしか過ぎないと誰にも分かった
はずなのに、男は微笑んで身を引いた。
「ヒロくん、またあそんでくれるよね。やくそくしたもんねー」
ゆびきりしたもんねとはしゃぐ無邪気なその指は、強力なしるべの
ように、ただひとつの星を指し示していた。

4188-919 小さな死:2006/11/17(金) 02:10:17
 大きな体を震わせて、君が泣いている。
 太陽のように明るくて、何時だって元気な君。そんな君がこんなに泣くだなんて思っていなくて、俺は慰めることも出来ずに立ちすくんでいた。
 足元には小さな墓石。良く見なければ庭に落ちている単なる小石と思ってしまいそうなそれに、君の歪な字が並んでいる。
 君の目から溢れる涙が墓石と土を濡らして、まるで雨の跡のように大地が色付いた。
「笑うなら、笑えよ……」
 何も言えず立ちすくんでいた俺を、見る事無く君が言う。自嘲気味な色を含んだ沈んだ声は、押さえきれぬ涙を笑って欲しいといっているようだった。
 俺はゆるりと首を振って、静かに君の頭へと手を伸ばした。母親が子供を慰めるように、ゆっくりと撫でてやる。
 ごわりとした短い毛が掌にあたって、ほんのりくすぐったい。
「笑うもんか。大切だったんだろ」
「……格好悪いだろ、小鳥一匹死んで泣くなんて」
「死は死だ。悲しんで何が悪い」
 身近な死に泣けない奴の方が問題だ、と言ってやれば君はまた嗚咽を大きく響かせる。
 図体が大きくて、顔もどちらかと言えば厳つくて、涙なんて流しそうにも無い君。けれど俺は、君が心の優しい人だって良く知っている。
 ――君がどれだけあの子を好きだったかも、俺は良く知って居るのだから、笑う理由なんて何処にも無いのだ。
「胸、貸してやる。誰にも言わないから安心しろよ」
 ぐいと顔を引き寄せて、無理やりに俺の胸へと押し付ける。君は大きな体をくの字に曲げて、シャツにしがみ付きながら声を枯らしながら泣いた。
 鼓膜を擽る君の嗚咽が愛しい。口元に浮かびかけた微笑をぐっと飲み込んで、俺は優しく背を撫でた。
「……本当に、誰にも……言うなよ。約束、だぞ」
 泣きながら君が懸命に言葉を紡ぐ。安心させるように二度ほど頷いて、約束だと笑ってやる。
 
 ――誰が言うものか。君の優しい、可愛らしい部分は、俺だけが知っていればいい。

4198-859三人麻雀:2006/11/17(金) 02:37:34
同居している弟が風邪をひいた。
奴も子供ではないので、ひどくなるようなら病院に行くよう言い聞かせて朝は家を出た。
しかしまあ相当苦しそうだったから残業も繰越して看病のために定時で帰ってやれば、
弟は部屋の真ん中で、見知らぬ男二人と雀卓を囲んでいた。
「あ、お兄さん帰ってきた?あーどうもどうも、お疲れ様です」
「おじゃましています…。」
客人はよく見ると同じアパートの住人、東の角部屋大西さんと、一階のホスト君だった。
「兄ちゃんおかえり、はやかったんだ」
「…智、お前」
どういうつもりか問いつめようと肩を掴むと、思いがけず弟の体は朝よりずっと熱い。
「な…、お前、薬ちゃんと飲んだのか!?…病院は?」
智は何か言おうとして、顔を伏せて咳き込んでしまった。すると大西さんが、
「薬は昼過ぎに飲みました。病院には行けていないんですが」
「え、あ、はぁ、そうですか…」
心配そうな顔つきで弟の背中を擦りながら、しかし簡潔に俺に説明してくれた。
いや……何故あんたが答える?
「智君、はい…リンゴジュース。」
かと思えば限りなく金髪に近い茶髪のホスト君が、いつのまにか咳き込む弟の傍らに
ひざまづいて飲み物を差し出している。
え?何この状況。
「って、とにかく寝てなきゃダメだろ!?何麻雀なんかやってんだお前は!」
「……だって」
だるそうに呟いて弟は卓の上に両手をそろえるとその上に額を乗せ、
それから少しだけ顔をこちらに向けて言った。
「朝からずっと一人で寝てるの、寂しかったんだもん…」


「…!?い、今『きゅん』って音がしたよな、二カ所から!ラップ音か…!?」
「何言ってんの兄ちゃん」
「…ははは…お兄さん面白いなー」
「ゴホン…。」
いや、あんた達、何頬染めて顔そむけてる…。
「まあお兄さんも帰ってらした事だし、智君ももう眠ったほうがいいよな?
 俺達はそろそろおいとまさせてもらいますわ」
「あ…どうもなんか、弟がすっかりお世話になっちゃって」
ていうかあんた仕事は…大西さん。
「智君、何かあったら電話して。いつでもいいから…。」
…こいつ男だよ?貧乏学生だよ?ホスト君。
「うん、二人とも…今日は一緒にいてくれてありがとう。今度は四人で麻雀やろうね」
智の笑顔に見送られ、二人は名残惜しそうに各々の部屋に戻っていった。
その後弟を布団に寝かしつけて、俺は雀卓を片付けにかかった。
と、そこでふと恐ろしいものに目が留まった……やけに片寄りのある点棒。
「……なあ、何荘打ったんだ?」
「んー…さあ。昼くらいからずっとやってたし…」
布団の中から眠そうに答える弟の声に、俺は奴の悪行を確信した。
「レートは?」
「…………ぐーぐーぐー。」
「おいっっ!!」
「ぐーぐー……あ、そうだ兄ちゃん、明日は松坂牛ですき焼きにしようね、ぐー。」
「いったいあの二人からいくら巻き上げたんだぁぁぁぁ!!」

420 8-879 で、どうする?:2006/11/19(日) 21:07:22
「ま、待て。ちょっと待て!」
俺は近づいてくる唇を手で塞いだ。手の下でくぐもった声がなにかしらのことを呟く。
濡れ場に突入する寸前の所で止められ、いつもニコニコと気のいい親友は明らかに機嫌を損ねた顔をしている。
酒癖悪いなあ、コイツ。
口を塞ぐ俺の両手を無理矢理引き剥がし、フローリングに押しつけて頭の上で固定した。
じたばたあがくが、上から遠慮なく体重がかけられた手首の拘束を解けるはずもない。
標本にされる虫の気持ちがわかる気がすると言うのは言い過ぎかな。
「手が痛え」
「うるせえ。黙って押し倒されてろ」
いつもとは人が変わったような荒々しい手つきで制服のボタンを外す親友を刺激しないよう、やんわりと話しかける。
「なぁ、お前なんか溜まってんの?いや性欲以外で。相談乗ってやってもいいぞ」
ぐだぐだと言う俺の口を唇が塞いだ。
「ん…」
口内でビールと日本酒の香りが混ざり合う。飲みすぎたかもしれない。
大学の合格祝いぐらいは未成年飲酒も見逃されてしかるべきだ。
と言うつもりはないが、飲まずにはいられなかった。卒業後、俺は北の大地へ飛び立つ。
コイツの第一志望は俺の大学に程近い国立大だが、コイツの頭では到底ムリだと言われている。三年間の腐れ縁ともお別れってことだな。
口の中を動き回る舌に自分の舌を絡み付かせた。舌の裏を舐めあげ、前歯の裏に舌を這わせる。
三年間ずっと好きだった。
俺はれろれろと舌を絡ませるのに夢中になる。
「ッ…はぁ」
唇が離れた。
ディープなキスに体の力と思考を奪われ、ぼんやりとしていると、シャツの合わせ目から手が侵入してきて乳首を軽く摘んだ。
「んッ!」
思わず漏れた甘い声に、奴がニヤニヤしながら真っ赤に染まった俺の顔を覗き込んだ。
「お前、乳首が好きなんだな」
おっしゃる通り。誰に教え込まれた訳でもないが、俺は男なのに乳首を弄られるのに弱いんだ。
見て見ないふりしてくれればいいものを、ねちこくねちこく舐めたり噛んだりつねったり…。
俺が乳首責めが好きな変態なら、そんな俺が泣いて許しを乞うまで男の胸を弄り倒したコイツだって立派な変態だ。
「で、どうする?」
「……もっと触れよ…」
つまりは割れ鍋に閉じ蓋ってヤツだ。
「愛してるよ」
俺も勢いでクサイセリフ言っちゃうお前を愛してるよ。
で、これ酔いが覚めた後はどうする?
で、コイツがまかり間違って第一志望に合格しちゃったらどうする?
……どうしよっかね…。
国公立入試まであと○ヵ月。

4218-949 ジャイアニズム:2006/11/19(日) 22:04:00
「お前のものは俺のもの」
とか言って上に乗っかって咥え込んでくれるのは大変うれしいんですがね?
俺もお前のを触ったりとか、イタズラしたいわけですよ。

なのになんで
「俺のものは俺のもの」
って怒るわけですか?とろけそうな可愛い顔してるくせに。

自分で弄ってないで俺にも触らせろ。

抗議の言葉に返ってきたのは、キッツイ締め付け。
「だ〜め。今日は俺が王サマなの」なんて、すっげ色っぽい目をして言うな。

俺様の超我がままジャイアンに、うまうまと翻弄させてる自分が情けない。

4228-949 ジャイアニズム:2006/11/20(月) 00:11:29
分からないのか?
分からなかったよ。
気付かなかったのか?
気付かなかったとも。
君が名残惜しそうに語りかける。その声は弱弱しく、全てを悟り、諦め
きったように奥底に響くので、小心者は居た堪れなくなり、傲慢だった
君の昔の面影を、ついどこかに探してしまう。
そもそも君は、僕から分捕った本をまだ返してくれてはいないんだ。
あの時のゲームソフトはどこへやった。壊したプラモは壊れたままか。
君の前で、僕はてんで意気地の無い子供だった。粗暴で凶暴、恐怖
政治の暴君に、逆らえる奴などいなかった。君の素顔に、君の心に
近付ける者はいなかったのだ。少年時代は取り返せない。それは
きっと、かけがえのない時間だったに違いない。

僕の体をどうどうと、潮騒のように血液が巡る。繰り返されるその流れ
を支配するのは、中央付近に宿るこぶしほどの塊だ。どくりどくりと
収縮は絶えず、網の目よりもなお細かい、無数の血管を通じて無限に
エネルギーを送り出す。心臓は叫ぶ。血となれ、肉となれ、生命を
絶やすなと訴える。
その胸に手の平を押し当てて、かすかに残る君の声を聞く。日々新しく
生まれ変わる血液の中の、残滓のような君の声。永久に伝えられる
ことのなかったはずの秘められた君の思いが、僕の糧となり、体中を
駆け抜けていく。移植された心臓に提供者の記憶が宿るなどと信じる
者は笑われるだろう。それでも確かに、これは君の鼓動だ。僕の体に
取り込まれた瞬間に蘇った、君の最後の言葉。

君は結局僕の物は何でも自分の物にしてしまって、戻してはくれな
かった。僕の全てを奪い去ってしまおうという性分は、今でも変わりが
ないようだ。僕の中心は君によって支配された。君の音がそこで鳴り
響いている限り、僕は君のものだ。

4238-969 震える肩:2006/11/22(水) 02:34:29
沈黙は時として何よりも雄弁である。アルバイト先の上司、桂木は
正に沈黙を武器として備えた男だった。声を荒げて叱責するという
事が無い。
急須をはたき落として冷めた湯を被った時も、観葉樹の鉢に足の小指を
ぶつけてそこらじゅうを飛び跳ねた時も、間抜けなバイトの様子を冷や
やかに眺めて桂木は沈黙し、ただ肩を震わせては眉間に皺を寄せ、静か
な怒りに耐えているようだった。怒られる自覚のある者としては、それ
が怒号よりも堪える。最近では視線すら合わせてくれなくなった。
「そりゃ、軽蔑されてもおかしくないですよね」
昼の休憩時にまで近くの公園で泣きを入れる不甲斐なさである。
大学OBにして桂木とは同期に当たる三谷はモンシロチョウチョを眺める
のに夢中で話を聞いているのかどうかも分からなかったが、不意に立ち
上がり出店の方へノコノコ向かうと、たこ焼きパックを買って帰ってき
た。真っ先に自分が頬張り、残りを「急いで食え」と押し付けると、
携帯電話で「俺だ、今出られるか。なら近くの公園まで来い。
出店のある所だ」と素早く喋って一方的に切り上げた。
五分と立たぬ間に現れたのは桂木である。
自分の配下と三谷が親しげに歓談している風を見てやや不審がったよう
だったが、その不機嫌そうな桂木の方へ、
「上司に、昼のご機嫌を伺ってごらん」と三谷に頭を押しやられ、
さらには「笑え。にっこりとだ」とドスの効いた小声で命令されれば
逆らう術は無い。
「ど、どうも」もっと気の利いた受け答えは出来ないのかと暗澹とした
が、目の前の桂木の様子を見て顔色を変えた。上司はまたもや肩を
震わせ、怒りを抑えているではないか。
「三谷さん、ヒドイ」唆した張本人の方へと振り向いたが、その三谷は
桂木の伏せられた顔を覗き込み、やはりニタリ、と笑った。白い歯には
見事に先ほどのたこ焼きの青海苔がくっついていた。
ふと音を感じた。自転車の空気入れから漏れ出づるような、そんな
間抜けな音。唐突に桂木が膝から崩れ落ちた。ガクリとズボンに土を
つけ、口から息を洩らしながら這うようにしてベンチにしがみつく。
こちら側からは表情は見えない。震える肩、痙攣する背を呆気に取られ
て見守っていると、「怯えることは無い。笑っているだけだから」
ティッシュで歯を拭いながら三谷が説明を加えた。
「こいつは昔から笑い上戸でな、しかも絶対声を立てずに呼吸
困難になるような苦しい笑い方をする。
普段、肩を震わせているのは君が喜劇役者顔負けの才能で彼を
可笑しがらせるからだ。今こうしているのは、俺たちの歯に青海苔が
くっついているのが堪えきれないからであって」
最近君と目も合わせないというのは、君の右の鼻毛が出ているからだ。
そう言って三谷は片鼻を押さえ、フン、と息を吐いた。
どうして教えてくれなかったんですかと抗議すると、済まんと全く
悪びれない様子で謝った。教えない方が面白かっただろとでも言うに
違いない。この数日の自分の事を考えると、顔から火が出る
思いだった。早々に手入れをしなければならない。
もう行きますと挨拶してその場を立ち去った。桂木はまだ発作が
収まっていないようだった。一度だけ振り返ると、三谷が桂木の
耳元で「ふとんがふっとんだー」と囁いているのが見えた。息の通じ
合ったその仲の良さを少しだけ羨ましく思った、ある麗らかな
何でもない午後のこと。

4248-989(:2006/11/24(金) 02:30:39
学校長式辞も卒業証書授与も、送辞も答辞も校歌斉唱もとどこおりなく済んで、おれは式の間中眠っかたし、端のほうの席からは、退場する卒業生の中に先輩の姿を見つけることもできなかった。
まあそんなもんだろうな、と思う。
教室に戻れば、さっきまでの静粛な空気が嘘のように、もう普段どおりのにぎやかな教室だった。
3年の教室に花を届けに行く者もいれば、部活か何かで集まって3年に挨拶するとかで、みんな浮き足立っている。
居た堪れなくなって、おれは教室を抜け出した。
廊下にも校庭にも、胸に花を飾った3年や、彼らを取り囲む下級生があふれていた。
誰もいない図書室に、逃げるように入り込む。
窓からの光はあたたかく眩しく、遠くに聞こえる歓声や笑い声がやわらかく体を包んだ。
かなしい。さびしい。
本当はその感情に押しつぶされそうになっているのに、一人になっても泣けなかった。
それはどこかでほっとしているからだ。
これで終わりにできる。
やっと諦めることができる。
あの人を、解放することができる。
おれのわがままに巻き込んでしまった、あの人とはもう二度と会わない。
泣きたいのに泣けなくて、胸の中で何度もごめんなさいとつぶやいた。

4258-989(2/2):2006/11/24(金) 02:33:22
「あ、やっと見つけたし。」
ドアの開く音と、場違いなほど陽気で穏やかな声に、思わず振り返ると、さっきから何度も思い描いた優しい笑顔がそこにあった。
「探したぞばか。メールしても電話しても出ねぇし。」
「…部活のお別れ会に行くとか、言ってたじゃん。おれ関係ないし。」
足元を見ながら悪態をついたけれど、罪悪感とか嬉しさとかが綯い交ぜになって、声も体も震えていた。
胸に花を飾った先輩がじっとおれを見ている。
もう二度と会わないなんて思いながら、探しに来てくれるのを期待していた。
だからせめて、最後くらいはちゃんとお別れを言おう。
それなのに、声を出したら今更のように滲んだ涙がこぼれてしまいそうで、何も言えなかった。
「ほんとばかだね、お前。」
先輩のあたたかい手がおれの頭を撫でる。
「思う存分切り捨ててください、みたいな顔で告ってきたお前のこと構ってたのは、最初は確かに単なるヒマつぶしだったけど。」
その言葉に驚いて無意識に瞬きをして、しまった、と思ったときには涙が一粒右の頬を転がっていた。
「俺だってちゃんと、お前のこと見てて、それで好きになったってなんで信用しないかな。」
先輩の指先が、かすかに濡れた頬をたどる。
顔をまっすぐ見られなかったけれど、きっと先輩は困ったように微笑んでいる。
「俺はさよならとか言わない。もう単なるヒマつぶしじゃないんだ。」
とうとう溢れ出した涙を、指先を濡らして受け止めながら、先輩がおれの額に唇を寄せた。
「遊びに来いよ。大学の近く、すげえいいところでさ。でかい街だけど自然も結構残ってるし、景色がきれいなんだ。何より知ってるヤツ誰もいねぇし。そしたら誰にも気兼ねしないで会えるだろ?」
先輩の声が直に体に聞こえる。
頷くことも首を振ることもできなかったけれど、結局いつも、逃げられない、逃げる気もないのはおれのほうだ。
あやすように抱きしめる先輩の腕の中で、おれは先輩に聞こえないようにごめんなさい、と呟いた。






…いつも書き終わると0さんがいるトロい漏れ…orz
本スレ990姐さんGJ!

426990-991姉さんの続き妄想:2006/11/25(土) 05:23:39

俺の大好きだった、君へ。
俺たちが出逢ったことは、間違いじゃ無かったよな。
ありがとうって君に胸張って言えるように、俺は生きていくよ。


「もう、苦しいんだよ、おまえといるの。」

そう言って、俺の一番愛しい人は離れていった。
一緒に過ごした季節が走馬灯みたいに蘇る。
全てが鮮やかで、大好きだった。

でも、思い出にする気はない。

どのくらいの時間がかかるか分からないけれど。
俺は君の幸せを祈りながら、生きていこう。

君は真っ直ぐで優しい人だからすぐに素敵な人が現れる。
そのときは、もっともっと幸せになってください。
でももしも、その人より俺のほうが良かったら、覚悟してください。
俺はどんなことをしてでも、君を俺のものにして、今度こそ離しません。

4278-999ありがとうを伝えるために(0以外の萌え):2006/11/28(火) 18:07:33
「どうして帰ってきたんだよ」と中島様は声を震わせました。はて
どうして、どうしてこんなに早くばれてしまったのか、私にも分かり
ません。今の私は中島様より背も高く、波打つ髪の持ち主の、
一般的な青年であるはずです。かつての名残は跡形も無く消え
去ってしまっているのに、再会した瞬間に、中島様は私の正体を
見破ってしまわれました。

出自を述べさせていただきますと、私、元々は東京都は伊豆諸島に
連なる小さな無人島、鳥島(とりしま)を出身地といたします、
しがない海鳥にございます。
出会いを運命と申しますなら、それは今を去る事二ヶ月前、日差しの
眩いある五月晴れの日のことでありました。長々と翼を広げ、若鳥
特有の黒い背毛を陽光に照り返しながら、自由に空の散歩を楽しん
でおりましたところ、助っ人外人の打ち放った8号場外ホームランが
額に直撃し、私は脳天もくらくらと、駐車してあった中島様の自動車
めがけてきりきり舞しながら落下したのでございます。
ピンクのくちばしに愛車の天井をぶち破られたにも関らず、また少々
乱暴な言葉遣いをなさる方でありながら、中島様はたいそう親切な
御仁でありました。元来環境の調査と保全、また私のように迷い込んだ
者の保護をお仕事となさっておいでだったようで、そのような方に拾わ
れましたこと、誠に僥倖でございました。

私専用の餌入れを用意してくださいましたのも中島様です。海の水で
染めたような青いバケツ、可愛らしゅうございました。私専用のゲージ
も用意してくださいました。歩き回れるほど広い、贅沢なものでありま
した。中島様専用の寝袋も用意してくださいました。一時でも中島様の
お姿が見えなくなると私が鳴き騒ぐので、寝食を共にできるよう苦肉の
策としてご用意してくださったのですが、少々甘えすぎたかと反省して
おります。数多の夜を共に過していただきました。鳥の体温は人様
よりも8度ほど高うございます。初夏の夜明けは冷え込むもので、
お抱えになった私の体は、中島様に安らかなる眠りをもたらすに
十分であったでしょうか。たまに風切り羽で脇の下や鼻の穴を
くすぐったこと、まだお怒りですか。

六月も半ばを過ぎた、やはりよく晴れた日の事、それが生涯初めて
のドライブでございました。天井の穴をガムテープで塞いだ車の
助手席に私を乗せ、中島様はどこでお知りになったのか、火サスに
でも出てくるような、波濤(はとう)も砕く崖の上へとお連れください
ました。野生に戻れぬままテレビを見ながら煎餅をかじる、そんな
私の身を案じてくださったのでしょう。
荒い風を真っ向から浴び、私は細長い翼を迷うことなく広げ、海へ帰る
ために走り出しました。我々は羽ばたくのが苦手な鳥であるため、飛び
立つには助走を必要とします。崖から伸びる長い長い道がついに
途切れ、眼前に飛び込む深い青、一瞬の落下、そしてゆっくりと浮き
上がっていく体に、懐かしい風の力を感じ、幾度も幾度も旋回を
繰り返し、ひとつ円を描くごとに、さらに高く上昇していきました。
気が付くと中島様のお姿は既に点のようになっておりました。私の目の
捉えましたるところ、中島様は随分と長いこと、腕を振っていてくださ
いました。おそらく私の姿を洋上に確認なさる限り、その場を立ち去ら
れることはなかったでしょう。そういうお方でした。私は翼を傾け、鳥
島へと向かう勢いを強めました。それが我らの別れであったはずです。

けれど今、私は姿を変え、人の子として中島様の前に立っています。
「中島様に受けた御恩をお返ししたく、戻って参りました」
「テレビと煎餅の味が忘れられないだけじゃねえのか」
違いますとも!と私は大仰に叫び、中島様に飛びつきました。同じ
二本の腕、同じ体温、同じ言葉。ああ、またひとつ、私はあなたに感謝
の気持ちをお伝えしなければならない。助けてくれてありがとう。海へ
返してくれてありがとう。出会いを、人間の温かさを教えてくれて、
ありがとう。伝えるために、再び私は帰ってきたのだから。
この、アホウドリめ!そう、罵倒にならない罵倒をなさりながらも苦笑
なさる中島様の脇を、私は思わずくすぐり、特大の雷を落とされてしま
いました。

4289-59×綺麗なニューハーフ ○ごっついオネエ:2006/11/29(水) 22:24:11
高校時代の同級生に久米川という男がいて、俺はそいつとバンドを組んでいた。
ヴォーカルだったのだが、頭の出来と反比例に顔が良かったから女にモテて、
根拠もなく自信家で自己中、金持ちの坊な上考えるより先に手が出る単細胞。
空気が読めない(読む気もない)から友達らしい友達もいないくせに
本人はそんなことは全く気にしない。結局奴がずっとそんな調子だったために
徐々にメンバーの足並みも揃わなくなり、バンドは卒業前に自然消滅した。

正直俺は久米川のことを友達だと思ってなかったのだが、向こうは違ったらしく
卒業してからも突然連絡があったり毎年手書きの年賀状が来たりしていた。
その久米川から昨日、結婚式の招待状が届いた。

『おお、元気かよ!小平オマエ、どうよ最近!?』
「…どうよじゃねぇよ。招待状見たよ、おめでとう。けどこれ、お前な…
 日時しか書いてないんだけど。つーかお前の手書きだし。」
『あれ、まじで?ワリぃまた地図送るわ。まぁ知り合いの店なんだけどさ』
意外だった。てっきり金にあかせたド派手婚を想像していたので。
社会に出て数年、この歩く迷惑にも、少しは変化があったという事だろうか。
「そういえば奥さんの名前なんて読むんだ?“深夏”って」
『あはははっ、読っみにくいよなぁ!?…ミナツって言うんだけどさ!』
電話越しに照れているのが伝わってくる。…変われば変わるものだなぁ。
「かわいい名前だな」
『ははは、名前だけはなっ!つーか本名じゃねぇし、本名は裕司っつって』
「……?…は?」
『女なんだけどさ、心は。ただ戸籍は男ってやつ?いるだろ、ときどき。』
「ああ、え、うん、あー…うん?」
『まあ籍は入れられねぇからほんとに形だけだし、俺も家とは縁切ったから
 オマエらと今やってるバンドの奴らしか呼んでないし。気軽に来てよ?』
「ああ、…おう」

結婚式当日、久米川の隣で真っ白なウェディングドレスに身を包んでいたのは
俺達のなけなしの想像力を振り絞って思い描いたいわゆる「綺麗なニューハーフ」
…とは清々しいまでにかけ離れた、新郎よりひと回りほど体躯の頼もしい
いかにも頑健な…個性派美人だった。
しかし二人の照れくさそうな、嬉しそうな笑顔を見ていたら、
心から幸せになって欲しいという気持ちだけが、ただただ湧いて来た。

4299-109 けんだま:2006/12/03(日) 01:48:41
「あーだめだって、そこだけは。絶対だめ!!」

そもそも、ちょっとした好奇心だった。
あいつが絶対にそこだけは開けさせないから。
キツめのエロ本かAVでも入ってるのかと思ってた。
見つけてちょっとからかってやるつもりで、
あいつが目を離した隙にその引出しを開けた。


でも、中に入ってたのは古ぼけたけんだま。
それから、おもちゃのピストルとビッ●リマンシール。

「これって、もしかして…」
「……だから、おまえにだけは見られたくなかったんだよっっ!!」

そう、それはまだほんのガキだった俺があいつにあげたものばかりで。
こんなに大事にしてくれてるなんて、知らなかった。

「女々しいだろ、もらったものずっと大事にしまってるなんてさ。」

真っ赤になりながらそう言うおまえのことを俺は思わず抱きしめた。

「実は俺も、おまえがくれたサッカーボールもうボロボロだけど捨てずに置いてる。」

4309-89 てぶくろ:2006/12/03(日) 02:25:17
眼鏡はすぐ曇るし雨混じりの雪は降るし、だから冬は嫌いだ。
校舎の入り口で眼鏡を拭いていると後ろから背中を叩かれた。
「純、今日一緒帰ろうぜ!」
振り返ると勇太が立っている。
傘が目当てだなと思いながら僕は勇太との間に傘を差して歩き出した。

天気や授業の話をしながら帰り道を歩く。
言わないようにしているけれど、一緒にいると心が温かくなる気がして、やっぱり僕は勇太が好きだなと再認識する。

雨混じりの雪はすっかり雪なった。
冷たい手をさすって暖めていると、勇太が手袋を片方押し付けてきた。
「片方貸してやる。」
「いいよ、借りたら君が寒いだろう。」
手袋を返そうとするが勇太は受け取らない。
仕方なく手袋を右手にはめると、左手を掴まれて勇太のコートのポケットへ押し込まれた。
人のコートの中で手を握られて歩くのはなかなか歩きにくいな、と考えながら僕は勇太の手を握った。
「純の手はいつも冷たいな。」
「冷え性だからかな?君の手はいつも暖かいね。」
視線を合わすと、勇太は何か言いかけてから口を閉じてうつむき、僕の手を振り払った。
「……俺が子供だって言いたいのかよ、半年と十日しか誕生日違わないくせに!」
表情は見えないけれど赤くなった耳から察するに怒っているのだろう。
「そういう意味で言ったわけじゃないよ、ごめんね。」
そう言ったけれど、勇太は何も言わずに走って帰ってしまった。

最近の勇太は僕といると怒りっぽいし目を合わそうとしない。
もしかしたら僕は勇太に嫌われたのかもしれない。
右手の手袋をじっと見て、手を振り払った勇太を思い出した。
これ以上嫌われるよりは少し距離を置いた方がいいのかもしれない。
そう考えながら僕は家へ歩き始めた。



ある日の「俺」の日記

今日は純と一緒に下校した。
寒そうにしてるから純に俺のてぶくろを片方貸してやった。
純の手が冷たいって言ったら「君の手はいつも暖かいね。」って言われた。
「純と手をつないでたらあったかくなるんだ。」って言おうとしたけど、なんか恥ずかしい気がして言うのをやめた。
言うのをやめたらなんだかイライラしてきて純に八つ当たりをしてしまった。
明日、純に片方貸したままのてぶくろを返してもらうときに今日のことを謝ろう。

4319-119 dat落ち:2006/12/04(月) 00:26:31
神が先にみえたようなのでこちらに
──────────────────

「それじゃ!名無しにもどるよ」

そう書き込んだ君は、それを最後に本当に現れなくなった。
見慣れたトリップはもう使われないんだろう。


『ボロ原付で日本を一周するスレ』
そんなスレがたったのは、一ヶ月くらい前だったか。
「スペック 男 18歳 童貞 原付歴1年半 相棒もうpしとく」
お決まりの文句とともに書き込まれていたURLをクリックすると、
そこにはホントにボロとしか言いようがないカブが
どこか頼りない後姿の君とともに写真でうpされていた。
君は左手を細い腰に当てて、右手は人差し指を伸ばしたポーズで立っている。
その指先をたどると『名古屋駅』の文字が見えた。

細い体の君と、ボロボロのカブ。

「無理だってwwwwwもう止めとけwwww」
そう煽られる事もあった。
でも君は気にする様子も無く、旅を続けた。
そしてその様子をスレッドに書き込み、
時には美しい写真を、時にはちょっとバカな写真を、
うpしていった。

俺は毎日そのスレに通った。
君の書き込みがとても面白かったし、
何より、自分も旅に出ているような気分になれたから。
ともに笑い、ともに悩み、ともに迷い…
そう、まるで君と一緒に…

永遠に続くように思った旅路は、長くは続かなかった。
「この調子で行けば、明日には名古屋につくかもしれん」
その書き込みに、俺は胸を締め付けられた。
君との旅も、もう終わる。
「支えてくれたスレ住人達よ!アリガ㌧!
 駄目かと思った時もあったけど、
 もまえらが励ましてくれたり、助けてくれたからココまで来れた。
 皆!でら愛しとるよ!」
君の書き込みを読んだ瞬間、ブラウザが滲んで見えなくなった。
マウスを握る手が震えた。

俺…君と旅をしてる間に君を…

そんなキモイ事、書き込めるはず無かった。
立ち止まった俺に、君は気付くはずもない。
君は最後に名古屋駅の前でカブに跨り、
大きくガッツポーズした写真をうpすると、
旅の余韻に浸る間もなくスレから消えてしまった。

残された俺は、dat落ちと書かれたスレタイ一覧を見ながら、
目から汗を流してた。

「はは…俺きめぇ…超きめぇ……っ」

4329-139 慟哭:2006/12/05(火) 21:45:41
「どうして…どうして君がっ」
血塗れの俺を見てやっと理解したのか、奴が叫んだ。
回りには奴の仲間の死体が転がっている。
「…それが、俺の任務だからだ」
俺は奴を正面から見据えた。
こんな小さなレジスタンス組織に何ができるというのか。
国お抱えの暗殺者が紛れ込んでも気付かないような間抜けな組織に、何が。
「お前を殺して、任務完了だ」
深い海の色をした瞳が。悲しみと憎悪を湛えて、俺を見詰め返してきた。
「…君の事、大好きだったよ」
奴が口を開くのと同時に、右腕が一瞬ブレて。

血を流して地面に倒れたのは俺のほうだった。
…虫も殺せない奴だと思ってたんだが、とんだ検討違いだ。
頬に熱い雫がポタポタと落ちてくる。
バカ、自分でやったくせに泣いてんじゃねぇよ。

奴が叫んでいる名前が、俺ではなく俺が殺した誰かの名前だったのが

ひどく残念だった。

4339-139 慟哭:2006/12/05(火) 23:34:01
最低の人だった。
俺のことは、商品としてしか見ていなくて。
「どうしたらあなたがもっと輝くか」とか歯の浮くようなことを、毎日毎日考えて。
俺のために身を粉にして営業して、仕事をひとつでも多く取ってきて。
いい大学出ているのに、中卒の俺の言うなりになって、頭下げて。
俺が仕事が多いからと機嫌を悪くすれば、何時間でも俺のワガママにつきあって。
俺が寝ている間も、経費削減とか言って、衣装をアレンジするのに徹夜したりして。
ラジオの時間姿が見えないと思ったら、車の中で聴衆者のふりして応援メール送ったりして。
「売れないアイドル」だった俺を、「世界一のアイドル」にすると息巻いていた人だった。

「俺のどこが好き?」と聞くと「全部」と言うくせに、俺の仕事しか見ていなかった。
「俺を俺自身として見てよ」というワガママに、いつも困っていた。
俺のワガママで、彼女と別れさせた。俺しか傍にいなくなれば、俺のこともっと見てくれると
思ったから、一人暮らしさせた。無理やり体もつなげてみた。
でもそれら全て怒らなかった。拒否もしなかった。ただ困った顔をするだけだった。

そんな彼に耐えかねて、マネージャーを変えてもらったのが、俺の最後のワガママだった。
彼は嫌がって泣いたと聞いた。
最後に挨拶に来た時も、俺は耳をふさいで顔も見なかったから、彼が最後に俺に何を伝えた
のか、知らない。手紙も渡されたが、破って捨てた。

まさかその彼が、こんなあっけなくいなくなるなんて。

「脳溢血ですって。大家さんが部屋に入ったら、もう冷たくなっていたらしいわ。
 …あの病気、若い人もなるものなのね」
新しいマネージャーは、淡々と事実を俺に伝えた。
俺はその間、ただ自分が彼にやったことだけを、考え続けていた。
俺のことばかり考えていた人。彼の手を離したのは俺。
ひとつも本心を見せない人。その最後の抵抗として、傷つけたのは俺。
彼の気持ちばかり気にして、自分の気持ちを伝えなかった俺。
「…一人で逝っちゃうなんて、寂しいわね…。あんな良い人だったのに」
あんなに良い人だったのに。その言葉が、胸を鋭角にえぐった。
信用できないなんて、心底思ったわけじゃなく、ただ否定してほしかっただけで―――
ただ俺のことだけを考えて、愛してると言ってほしかっただけで。

『どうしたら、あなたに信じてもらえるんでしょう。こんなにあなたを愛しているのに』

いつか言われた、彼の困り顔とその声が頭に響いた。
俺は、喚いていた。そうしないと、もう耐えられなかったから。

4349-69 毛布に包まる:2006/12/06(水) 01:40:38
「適当に座っててくれ。」
「おー……。」
と言いつつ奴は辺りを見回している。
珍しいものなんか何も無いぞ。
「布団発見!突撃ー!」
俺の布団に寝転ぶな、子供かお前は。
ゴロゴロと転がっているリュウジを無視してお茶を用意する。
茶葉を急須に入れていると何度も俺を呼ぶ声がする。
茶を入れるのに集中したいのに何事だ。
「五月蝿いな、白湯飲ますぞ。」
「これすっっっっごく気持ちいい!なにこれ!」
何って、
「毛布だろ。」
リュウジは何が楽しいのか毛布に包まって笑いながら脚をバタバタさせている。
そうかと思うと急に体を起こしてシャツを脱ぎ始めた。
「なっ、何やってんだよ……。」
「これの感触をもっと味わおうと思って。」
相変わらず突拍子も無いことを思いつく奴だ。
「風邪ひくからやめろ。」
そう言っても「えー。」とか「お前も一緒にどうよ。」とか言うだけで止める気配が無い。
腕を動かしたり頬擦りしたりするたびに鎖骨や胸や背中が見えて目のやり場に困る。
「今日はDVD観るんじゃないのか?」
「観るよ、寝ながら観る。」
結局奴は借りてきたDVDを見ている間ずっと毛布と戯れていた。

――俺はもうあの毛布をただの毛布として見る事は出来ないだろう――

「か、買い換えようと思ってたところだし、そんなに気に入ったならその毛布お前にやるよ。」
「え……本当に?ありがとう!」
ちょっと困惑した顔の後、素直に喜ぶリュウジの純粋な笑顔に心が痛んだ。




見送りを断って、大きな袋を抱えて玄関を出る。
ドアが閉まったのを確認すると笑顔を崩す。
「……ばか。」
どこまで鈍感なのか分からない想い人からのプレゼントを抱えなおすと、リュウジは早速次の作戦を考え始めた。

4359-59 ×綺麗なニューハーフ ○ごっついオネエ:2006/12/06(水) 02:23:33
超遅ればせながら…でも萌えたので語る
カマ萌えでポイントになるのはギャップ。そして、ギャップを重ねていくことにより、様々な萌え方が見えてくるのだ!

1 まず基本のギャップ「男なのに女言葉」「ごっつい男なのに乙女」

2 明らかに男にしか見えないわけである。欲求を突き詰めて体を作り替えたわけではない。
そこには、「どうせ自分はあんな綺麗にはなれないし…」という羨望や、自分の男性性への諦めや葛藤、また誇りがあるかもしれない。

3 カマキャラってとかくギャグに使われがちだ。だが普段陽気なほど、シリアスが映えるというのはお約束。
かっこいい活躍に萌えてもいいし、
ひたすら笑いや倒錯を重ねることで到達するカタルシスだってある。

4 外からは世慣れているように見えても、内心で初恋の人など一人を想い続けているとかだと、もう、もうね。

5、オネエなのに攻め…というギャップを求めるとオネエ攻めに。

哀愁、倒錯、切なさがキーワードだ。
ただ、オネエにもいろいろあるが、特に完全乙女仕様の場合、
たまーに「中身が女ならやおいじゃなくね?」と悩んでしまうのが玉に傷。まあその辺は個々の判断で。

436年賀状を書きながら:2006/12/07(木) 01:45:46
明けましておめでとう。今年も・・・よろしく・・・か。」

なんとも短く愛想の無い文面を見つめるが、他の言葉が浮かばない。
何故ならこの手塚智弥と俺は、今まで3回程度しか話した事がない。
同じバンドが好きで、同じクラス、席が斜め前って事くらいしか近しい記憶はない。
話しかけるタイミングだって逃してばっか・・・8ヶ月で話した記憶が3回て・・・

「年賀状出しても、俺のこと知らないんじゃねぇか?」

最悪の予感がよぎる・・・っていうかあいつ、俺の名前知ってるのか?
俺なんて名前どころか顔すら思い出せない程度の存在なんじゃないかとも思う。

「あああああーーーー冬休み前にもっとアピっとけば良かったああああ・・・」

あのバンド、年明けにアルバム出すんだよな。
2月には武道館でライブもあるし、行けたらいいよなー・・・って、話題あんじゃん。
もう新学期まで会えないのに・・・ヘタレすぎだろ俺。

あーあ、うるせーな携帯のヤロー。チャラチャラ鳴ってんじゃねーよ!
イタズラメールだったら・・・・・殺す!!!!!!!!
イライラ最高潮の俺だったのに、見慣れないアドレスとやけに丁寧な文面を見て、指先が震えた。

「こんにちは、手塚智弥です。分かるかな?
青田から山本がRoseのファンって聞いて、色々話したくてメアド聞いたんだ。」

その後に延々続くバカ丁寧なメールを何度も何度も読み返して、忘れて机に向かった。
落ち着きたくて机に向かい、形式的な年賀状を書きながらも俺は。

あの心いっぱいのメールになんて返そうか・・・どうしても、そればかり考えてしまうのだ。

4379-219:2006/12/10(日) 14:39:36
書いてみたけどもう*0いってたのでこっちに

「お前さ、いい加減、諦めろよ」
「あー俺って運悪ぃー」
「誰が書いたんだろうな、あの罰ゲーム」
「俺」
「は?」
「俺が書いた。したらば自分でひいた」
「それは、ご愁傷様」
「まさか自分に回ってくるとは思わなかった」
「まあ、そういう運命だったんだよ」
「ああくそ。…しかも付き添いお前だし」
「俺だって嫌だよ。前説なんて。まあ、ひいたものは仕方ないからやるけど」
「俺の方が数倍恥ずかしいんだぞ」
「こうなったら、お前の一世一代の告白をしっかり見届けてやるよ」
「ううう」
「到着。寒いな」
「げ。なんでグラウンドにあんなにギャラリーできてんだよ。三年とかいるじゃん」
「山田たちが宣伝して回ったんじゃないの」
「あいつら〜。あとで覚えてろよ」
「ま、なんだかんだ言って逃げ出さないお前はかっこいいと思うよ」
「……なんだよ」
「あ、あのへん女子が固まってる」
「え」
「鈴木さんはいるのかな」
「……あ、いる」
「目がいいな。じゃ、前フリするから、呼ぶまでお前はそこで待機」
「やべえ、泣きそう」

「泣きたいのは俺の方だよ。俺の居ないところでやってくれればいいのに」

4389-219 可愛い!先生優しそうで萌え(ry:2006/12/10(日) 14:42:18
「それでね、それでね!」
「せんせい、あのねー」
「いまオレがはなしてんだよ!」
「オレはカンソウだからオレがはなしていいの」
「オレがはなしてたのに!」
「まあまあ、二人とも。落ち着いて、ね?」

先生にそう言われると黙らざるを得ない。
こんなに優しい先生を困らせるわけにはいかないのだ。

「お話はちゃんと順番に聞きますから」

にっこりと微笑まれればもうそれだけで頭がいっぱいだ。
ちらりと横を見れば同じことを考えているのか、奴の顔も赤い。
そしてぽつりと言葉をもらした。

「せんせいかわいー……」

なんだと!?
その可愛い笑顔はオレだけのもののハズだったのに!

「かわいいかなー?」
「かわいい! ちょーかわいい!」

まずい。非常にまずい。
オレそっちのけで話がはずんでる。

そんなの許さない。
なんとしてでもこっちを見てもらう。

「せんせい!」
「ああ、うん。お話の続きは?」

にっこりとこっちを向いた先生の『ひよこぐみ』と書かれたピンクのエプロンを
無理矢理ひっぱって頬に唇を寄せた。
硬直する先生。
隣からあがる叫び声。

ずるい、オレもと叫び出す子供たちの中で先生はまた笑顔になった。

439タンポポ:2006/12/11(月) 01:43:33
春になると幼稚園以来の友人がよく持ち出す話題がある。
幼稚園の頃オレがあいつを苛めて困らせた思い出話だ。
当時あいつはタンポポの綿毛を飛ばすのが大好きで、
綿毛になっているのを見つけては吹き飛ばしまくっていた。
あいつがあんまりタンポポに夢中だったから、まわりの子どもや先生も
あいつにタンポポの綿毛をあげたりしていた。
でもオレはそういう奴らの差し出すタンポポの綿毛を横から
ぷうぷうと吹き飛ばしまくった。
オレは結構そういう悪戯をする子どもだったけど、あの時は
徹底的に邪魔をした。
そうするうちにタンポポはどれも葉っぱだけになった。
「あれすごく嫌だったなあ」
「…ほい、どうぞ」
友人に綿毛のタンポポを差し出した。
友人は笑みを浮かべて受け取るとふうっと校庭に向かって吹いた。
友人にタンポポの綿毛を差し出すのが昨年以来の二人の遊びになった。
タンポポの綿毛を吹き飛ばす、いい年して子どものような友人の横顔を
見つめながら「あの頃は多分友達になりたかったんだよな」と思う。
でも今は、タンポポの綿毛を吹き飛ばすその口に触れてみたい。

4409-279 点と線:2006/12/14(木) 00:57:39
今、俺の斜め向かいで、ゼミの助教授が講義をしている。
左手で専門書を押さえ、右手の人差し指でテーブルの端を叩きながら、
小難しい顔で小難しいことを朗々と話している。

周りの奴らはそれに聞き入っていたり、ノートにペンを走らせていたりしている。
俺もノートを広げて講義に聞き入っている……振りをしている。
ノートには、講義の内容など一文字も書かれていない。

斜め向かいに視線をやって、俺は軽くため息をつく。

そりゃ、ね。
確かに俺は、周りにバレないようにしようと言いましたよ。

俺はいいとしても、向こうは社会的地位とかあるわけで。
大学で教鞭とってる人間が教え子と付き合ってるなんてバレたら、色々と問題があるし、
しかも、俺は男で相手も男なわけで、危険度は更に倍率ドン。

ところが向こうはそういうものに頓着がなかった。なさすぎた。
ゼミが終わった直後に「今日はどうする?」と聞いてこられたときは本気で眩暈がした。
本人曰く、「そうなったら、そうなったときに考えればいいだろう」とのことだったが。

「あんたはそれでいいのかもしれないけど、俺が良くない。
 あんたの講義が受けられなくなるのは嫌だ。平穏無事な学生生活が送りたい」

とか色々言って、頑固な相手にとりあえず一つ約束させた。
周りに大学関係者がいるときに恋人という立場からの呼びかけ・発言はしないこと。

とは言っても、今日の予定とか飯とかその他諸々、ちょっとした用事はお互いに出てくる。
大学にいる間、その手の用件にまで口を閉ざすのは難しいだろう。
そういう話に展開した。

俺は携帯のメールでやり取りすればいいと普通に考えてた。

だが甘かった。
俺が好きになってしまった相手は、何かが致命的にずれていた。



今、俺のノートには点と線が羅列されている。
小難しい顔で小難しいことを話している助教授の、人差し指。

(モールス信号案却下……さて、どうやって説得するかなぁ……)

4419-279 点と線:2006/12/14(木) 01:12:05
「俺は【線】だから」
そう言って誇らしげに奴は笑った。
邪気なんて微塵もないその笑顔に胸の奥がもやもやする。
「…お前、それでいいの?」
俺の言葉にきょとん、と奴は首を傾げる。意図が伝わらないことに少しイライラする。
「だって、吉田のやつ、最近お前放置で吉田と仲良いし…あとお前、酒井のこと、好きだったんだろ?なのに」
「嬉しいよ」
遮った声にも暗い影は見当たらない。
「ただの点同士で繋がりのなかった奴らが、俺っていう線で繋がって仲良くなって幸せになるんだぜ?」
それって凄いことじゃん、なんて、やっぱり笑顔で奴は言う。
…凄い事なわけあるか。
仲の良かった友達が自分経由で知り合った別の友人と自分より仲良くなる。
想い人が自分経由で知り合った別の誰かと付き合い始める。
…それが笑い事なわけがあるか。寂しくないわけがあるか。
そんな俺の苛立ちをよそに、笑顔を少し真剣に引き締めて奴は宣言する。
「ナオちゃんのことも、絶対幸せになれるヤツと繋ぐからな。っつーかそれが一番重要だし!」
任せとけ!なんて親指を立ててくるのが最高に癪に障る。
「はいはい、それはありがたい。出来る物ならやってみな」
「あ、バカにしやがったな?!こーなったら泣いて感謝したくなるくらい幸せにしてやる!」
見てやがれー!と握りこぶしを振り回す姿に眩暈がして大きく溜め息が出た。

何やら見当違いな使命に燃える【線】に、【点】たる俺の想いはいつか届くのだろうか。

4429-289 変態仮面氏リク「物凄い受けの俺」:2006/12/15(金) 16:31:11
「ありがとう、変態仮面! 今まで男同士で悩んでいたのが嘘みたいだ」
20歳前と思しき内気そうな青年が満面の笑顔でそう言った。
青年の前に立つのは奇妙な格好の男。
スレンダーな肢体に黒いズボンしかつけておらず、惜し気もなく晒された
胸板は白く滑らかだ。顔を覆う白い仮面が妖しい魅力を醸し出していた。
「悩めるゲイを救うのが我が使命! どんな激しいプレイもいとわない!
体に漲る『物凄い受けパワー』! その名は 変 態 仮 面 !!!」
ヒーローさながらにポーズを決め、男はそう言い放つ。
「何かあればまた呼んでくれ!ではさらばだ!」
男は不敵に微笑むと素早く身を翻し、闇の中に消えた。


「はぁ…疲れたー」
自宅に戻ると、俺は仮面を外してソファへぐったりと座り込んだ。
俺は瀬崎真・21歳。昼間は大学生、夜は素顔を隠し裏稼業に精を出している。
瀬崎家の男が代々受け継ぐ裏の仕事――それは悩めるゲイの手助けをする事だ。
俺が18になったその日、親父からコスチュームが渡された。
「お前も今日から『変態仮面』の一員だ」
それ以来、俺は親父や一族の男達と共に変態仮面をやっているという訳だ。
親父は「俺達は”性技の味方”だ」と陽気に笑うが、この仕事は酷く消耗する。
体が辛いのは俺が受け役専門だからなのだが、精神的にもかなりキツい。
助けを求める男性の中にはプレイそのものより、悩みを聞いて欲しい・或いは
これからの生き方について助言が欲しいという人も多く、その望みにとことん
つき合わなくてはならない。
どんな時も厳しく己を律し、心の均衡を保たないと到底できない仕事だ。
俺はテーブルに置かれた予定表の束を手に取る。
変態仮面への依頼を受け、仕事を割り振るのは瀬崎家の女の仕事だ。予定表の
一番上に貼られたメモには母の筆跡で、
「真へ。今月は依頼が多いけど体に気をつけて。ご飯ちゃんと食べなさいね」
と書いてあった。
小さな子供に聞かせるような言葉に苦笑しつつ、書類に目を通す。
「明日も忙しくなるな」
しかし俺は内心安堵していた。忙しさが心の迷いを忘れさせてくれるから。

『驚かないで聞いて欲しい。俺、瀬崎が好きだ』
『……! 大嶋、何言って――』
『ごめんな、こんな事言って。ずっと前から悩んでた。
友達としてずっと側に居る方が良いとも思った。だけど――』
『大嶋!』
『やっぱり友達じゃ駄目なんだ』

親友の真剣な表情を思い出してしまい、胸が苦しくなった。
(俺だって……でも……)
【誰にでも分け隔てなく体を与えよ。しかし決して心は与えてはならない】
これが俺達変態仮面の鉄則だった。
それは変態仮面だけが発する『物凄い受けパワー』を生み出す為の絶対条件だ。
心が乱れると”性技の味方”としての絶大な能力が失われてしまう。
「大嶋……ごめん……」
瀬崎家の一員として、使命を捨てて大嶋を選ぶことなど俺にはできなかった。


その時の真は、まさか思いつめた大嶋が「変態仮面ホットライン」に相談依頼
をして来るとは予想だにしていなかった。
そして偶然大嶋の担当になった真が、正体を隠す辛さや恋心を抑える苦しみを
味わうようになる事も。

何も知らない真は、どうすれば大嶋との関係を元に戻せるのか思案を巡らせて
いるのだった。

4439-299 屈辱:2006/12/16(土) 01:57:20
唇が離れ、二人を繋ぐ透明な糸が途切れる。
ほうっと吐いた息が妙に卑猥に聞こえて口元を押さえる。
「もっとしたい?」
その質問に少しだけ頷いて視線を合わせる。
「したいなら、「もう1回して。」って言って。」
「い……嫌だよ。」
そんな恥ずかしい台詞言えるわけが無い。
「嫌だから聞きたいんだよ。」
あいつはくすくす笑って俺の髪を梳く。
「それとも、もうしたくない?」
耳元で囁かれるくすぐったさに首をすくめる。
「……も、っかい、して。」
震える声に耐え切れずぎゅっと目をつむる。
あいつの顔が近づく気配を感じながら、今なら恥ずかしさで死ねるかもしれないと思った。


=========
何かエロい雰囲気のを書きたかったの。

4449-309変人でサイコな攻とついついチョッカイを出すツンデレ:2006/12/18(月) 02:25:47
俺の考えが甘かった。
……だって大学のオープンテラスだったし、
昼どきは過ぎたけど、外はいい天気でたくさん人もいたし。
二人きりになったりしなければ大丈夫だと、どこかでたかをくくっていた。

テーブルの上にはたった今勝負のついたままのチェス盤と、剥がされた俺の手袋。
奴は剥き出しになった俺の左手を、両手で弄んでいる。
「……さて。どうしようか……」
他人の大きな手で無造作にいじり回されるなんてことに、俺の左手は免疫がない。
幼少期の怪我のトラウマから左手だけはいつも手袋をして過保護に扱ってきたのだ。
こいつは、そのことを知ってから、異様に俺の左手に興味を示すようになった。
将来を嘱望される才能あふれる若き助教授、というのはあくまで研究面だけの話で、
学内では有名な変人、触らぬ神に祟りなしと敬遠される胡乱な男。
そのうえ、人の弱点を隙あらば慰み者にしようと付けねらう迷惑きわまりない奴。
……で、それなのに、
何だって俺はそんな男についついちょっかいを出してしまうんだろう。

突然、奴がアイスティーのグラスを倒した。
中身が溢れてテーブルを濡らし、奴は片手で氷を掴み取ると俺の左手に押し付けた。
「……っ!!や、め……っ」
「勝ったほうの言うことを、この場で、何でもきく約束だろ?」
俺の左手に氷を握り込ませて、奴の手がその上からぐりぐりと揉む。
普段から外気にも触れない敏感な肌への刺激に、息は上がり目には涙が浮かんだ。
「……それは、っ……だから、なんかおごるとか……んっ」
「ふーん……まあ、じゃあそれでもいいけど」
そう言うと、奴は俺の左手から氷を取り上げ、自分の口に放り込んで噛み砕いた。
氷の感触から解放されて、心から安堵のため息が漏れた。
しかし、俺はこの男に捕まってしまったということを、甘く考えていた。
この程度で満足するような男でないことは、……気付いていたはずなのに。

「じゃあ、何か食べさせてもらおうかな、この子に直接。」
「この子」と言いながら奴は俺の左手を指でつつく。
「……は?」
「そうだな、ナポリタン……がいいかな。」
「……はい?」
「すみません、ナポリタンひとつ。フォークはいらない。」
「かしこまりました」
その日、俺は公衆の面前で男にケチャップまみれの左手を舐め尽くされるという
人生最大の屈辱を味わわされるのだが、その後雪辱をはらそうとするたびに
返り討ちに合い、次第に取り返しのつかない深みに嵌ってしまう事は
知る由もなかった。

4459−390 ライナス症候群:2006/12/24(日) 22:34:44
阿鼻叫喚の地獄もかくや、逃げ惑いながら、絞められる寸前の雄鶏の
ように憐れな奇声を放つ友人を居間の隅に追い詰め、容赦なく襟首を
引っつかみ、その着物を剥いで、剥いで、剥いで、剥ぐ、私の様は正に
悪鬼、三途の川の奪衣婆の如くである。光のどけし埃の舞う中、頭を
抑えず尻を抑えて果敢に抵抗する友人の頭を素足で踏みつけ、漆の
色に黒光りする越中褌を掴んでぐいぐいと引きずり下ろし、奪い取った
布を首級の如く、高々と頭上に掲げた。垂れ下がった褌には斑の紋様が
点々と浮かび、得体の知れぬ異臭を澱のように纏うていたが、周囲の
大気を汚染する前に友人の紺木綿の着物で手早く包み、手でこねるよう
に玉にすると、長屋の戸口で仁王立ちし、逆光を浴びながら踏ん張って
いた大家のおかみに向けて一直線に投げ渡した。どっしりとした
鏡餅型のおかみは着物の玉を片脇に抱えると、何の符丁か知らないが、
ぐ、と左手の親指を私に向けて立ててみせ、それからピシャリと長屋の
障子戸を閉め、後は知らぬと立ち去った。

やあ一仕事終えた、と私は額の汗をついと拭うた。足元では白兎の如く
赤裸に剥かれ、寒々しく背を丸めた胎児のような格好で尻も隠さず、
友人がひいひいと震えている。この有様を見ては、彼がこの界隈にて並
ぶべく者の無い名医であることなど信じられはせぬだろう。友人には悪
癖がある。診療所を訪ぬる者、先ずは徒ならぬ気配に驚かされる。聞い
て正気を保てるものか、客すら寄せつけぬ瘴気の正体、それ即ち彼奴の
褌から漂う悪臭である。問えば最後に洗濯したのは八年前だと言う。
医師たる者、身を慎み、清潔に備える事は万全なれど、問題は下帯で
ある。この男、同じ褌を使い続けて離そうとせぬ。その様はやや常軌を
逸しており、まるで歯も生え揃わぬ幼子がかつての産着を、赤子の頃の
敷布を愛しがり、執着する様のようで、肌身に付けておかねば不安の
あまり、怯え、揺らぎ、前後不覚に陥る体たらく。一本の褌がまるで
彼奴の存在を支える命綱のようだ。これでは如何に名医と言えど、
嫁も、助手すらも寄りつかぬ。医師の恩恵を授かる一方で腐れた褌にも
悩まされ続けた長屋の住人一同一計を案じ、同じく友人の身空に不安を
覚えていた私共々、強硬手段に打って出たのだ。
今日は良き日だ、大安だ、今頃大家のおかみは晴天の下、もはや
褌やらくさややら分からぬ代物の洗濯に精を出していることだろう。

荒療治であったが、思いの他穏便に済んだ事に私は安堵した。
血を見ずには終わらないとの確信が外れ、うっかりと気を緩めたその
瞬間に、虚を突かれた。がばりと身を起こした友人の動きに情けなくも
遅れを取り、一転、柔の技にてあっという間に体勢を逆転させられる。
染みだらけの土壁に叩きつけられるより早く受身を取り、私はおかみを
追って裸のまま通りに飛び出そうとする友人の前に大手を広げて立ち
はだかった。観念しろ、と説くと、普段理性的な友人はこれ以上無いと
いう程顔をくしゃくしゃにし、だらだらと鼻水を垂らしながら、錯乱し
たか、貴様の褌をよこせ、と股間の虎の子を振り乱しながら私に
むしゃぶりついてきた。あれよと言う間に帯を解かれ、懐ははだけ、
袴が引き抜かれる。しゃくりあげながら胸板に鼻汁を擦りつけてくる
友人の短髪に、私は指を這わせた。そうして思い切って男の体を自分
の下に敷きこむと、深く、深く口づけ、私は自ずから褌を解いた。
友よ、時代の騒乱の中に父を亡くしたお前が、生きねばならぬと足掻
いていたのは知っている。寄る辺を求め、彷徨うた先に、肌に馴染んだ
あの褌に行き着いたこともだ。どこか稚気の抜けきらぬ友よ、しかし、
もはや身を守られる脆弱な子供でいる日々は過ぎたのだ。侍は城を
去り、私は刀を捨てた。変わらねばならぬのだ、お前も私も、
皆、我らは。
ふと我に帰ると、けばだらけの畳の上に素裸のまま大の字になって寝転
がっていた。紙障子を通して赤い陽が差し込み、何に使ったか、
ちぎって丸められた懐紙がそこら中を散らかしていた。友人は私の傍ら
にいた。やはり裸で、涙の跡が頬を横切り、指をちゅうちゅう
吸って、すんすんと鼻を啜っている。私は己の褌を取り上げて友人の
顔にあてがい、ちん、と洟をかんでやった。しみるなあ、と言って友人
は、さらに落涙した。

446499いかなくちゃ:2007/01/06(土) 02:01:09
リロったのにかぶったのでこちらにも一応。
スマソorz


ドアを開けて1歩踏み出し、直後戻ってきた。

「寒い」
「……学校行け」

寒いのは分かる。
今お前がドアを開けた瞬間一気に廊下が冷えたし。
路面も凍ってる見たいだし?

「転んだ事は黙っててやるからさっさと行けよ」
「嫌だ。こんな道歩いて行けるか」
「寒くても世の中動いてんだよ。可哀想な受験生はさっさと勉強しに行け」
「……家でもできる」

確かにこんなに寒い日くらいはと思うけれど
ここで甘やかす訳にはいかない。
今まで頑張ってる事を知ってるから。
後悔はしてほしくないし。

……それ以上にオレが困る。

「……バカ兄貴」
「バカで結構」
「なんで兄貴は休みなんだよ」
「大学生は休みが多いの。……お前も大学生になるんだろうが」

お前、オレのところに来るんだろ?

「なる。なってラブラブキャンパスライフ」
「……バカ」

本当にバカだ。
そんな事の為に頑張るなよ。
それが嬉しくて仕方がない自分はもっとバカだ。

「だったらさっさと行けよ」
「うん。行って来ます」



送り出した寒い世界。

暖かくなる頃は、
きっと一緒に。

4479-489冬のバーゲン:2007/01/06(土) 02:28:13
新年の挨拶でもしてやるかと訪れた古道具屋の店先には、
「冬のバーゲン開催中」と毛筆で書かれた半紙が貼られていた。

店に入ると、店主である男が俺に気づいて片手をあげた。
「おう、あけましておめでとう」
部屋着にどてらを羽織って椅子に座り、ストーブにあたっている。店の中に俺以外の客はいない。

「外のあれは何だ?書初めか?」と聞いたところ、
「見たまま。バーゲンを開催中」と、なぜか自慢げに言われてしまった。
なんでも、有名百貨店の初売りバーゲンの様子をテレビで見たそうだ。それで「ぴーんときた」らしい。

「すげーんだよ。福袋買うための行列ができてたりしてさ。お客さんが大勢押し寄せてんの」
「それで自分の店でもバーゲンやろうって?」
「そうそう。気合い入れて福袋も作った」

見ると、店の隅に風呂敷包みがいくつか並べてある。
そのうちの一つを解いてみたところ、古道具というかガラクタが満載だった。
俺はその中のいくつかに見覚えがある。

「……お前これ、処分するんじゃなかったのか」
去年の暮れ、あまりに物が溢れて店内が雑然とし過ぎていたため、俺が音頭をとって大掃除を決行した。
その際『処分箱』に放り込んだはずの、商品価値なしと判断されたもの。

「いざ捨てるとなると、可哀想でさあ」
物を大切にするのは良いことだと思うが、この男の場合は度が過ぎる。
そんなことを言いながら持ち込まれる古道具を見境なく買い取るから、店の『商品』は増える一方だ。
結果、店内は更に混沌とし、一部の客を除いて更に客足が遠のいていく。悪循環だ。

「だからこうしてバーゲンやってるんだって」
お気楽そうな笑みを浮かべる。
「捨てる前に売れるのが一番良いじゃん。俺は儲かるし、道具は使ってもらえるし」

「その肝心のバーゲンの成果はどうなんだ。客じゃなくて閑古鳥が押し寄せてるじゃないか」
「そんなことないぞ。昨日は上川さんに、あそこにあった硯箱をお買い上げ頂きました」
「あの人は常連だろ」
「市原さんが胡桃釦をがっぽり買ってくれたりとか」
「常連だろ」
「それから秀峰堂の旦那さんとか、ミラクルショップの秋さんとか」
「同業者だろ」
「あと鈴木のばあちゃんも来てくれた。あ、そうそう。ばあちゃんに餅貰ったんだよ、餅」

俺はため息をついて、福袋ならぬ福風呂敷包みを元に戻した。
おそらく『冬のバーゲン』期間が終わっても、この中身が処分されることはない。
今年もこの男は、ガラクタが大半を占めるこの店で、この調子でのほほんと笑っているのだろう。

そもそも、本気で客を呼び込みたい店主は、営業時間中に餅を焼くための金網を店内から探したりはしない。

「なあ、黒砂糖と黄粉と砂糖醤油、お前はどれにする?」

4489-509 日曜大工:2007/01/07(日) 01:26:43
ぎこぎこぎこぎこ
「…あれ??」
がんがんがんがん
「…あれ???」

時間経過に比例して徐々に増えていく疑問符。
だから止めておけと言ったんだ。
「材料は揃ってるんだから作ってみる!」なんて言っても、カレーと本棚とじゃ訳が違う、と。
おまけに設計図も無し。
あいつは頭の中に本棚を描き、それっぽいパーツの形に板を切り出し、それっぽく適当な釘を打って組み立てる。
『緻密な計算』『綿密な計画』なんて言葉はあいつの辞書にはきっと載っていない。だってバカだから。

「……〜〜!!!」

どすっ、と鈍い音がして、あいつが突然カナズチを放りだしてうずくまる。また指を叩いたらしい。
「…もう止めたら?」
「止めないっ!」
がばっ、と身を起こして作業続行。そしてやっぱり「あれ?」と首を傾げる。
心なしか先程より渋い顔。事態は深刻化しているらしい。
「…あーあ、やるコト大雑把すぎっから」
「るせー!何とかなる…や、何とかするんだよこれから!」
「強情っ張り」
「ほっとけ!」
拗ねたようにむくれて再びカナヅチを手にする。

さて、あいつが素直に「手伝って」と言ってくるのが先か、材料が木っ端みじんになるのが先か、それとも奇跡的に本棚が完成するか。

「…ま、どうでもいいけど」

無関心を装って呟いてきつつ、何となく『完成すればいいな』なんて思ってしまう。

本棚と言い張れなくもない不格好なシロモノをなんとか一人で組み上げて自慢げに笑うあいつの顔、実は物凄く見てみたかったりするのだ。

「…やべ、こっち切りすぎてる…」
「リタイア?」
「なっ!だ、誰がするかっ!こんなのは反対を切り落とせば…!」
ごまかすように作業を再開したあいつの背中に向けて、柄にもなく笑って「頑張れ」と小声で応援してみた。

4499-439「会社で年越し・上司と部下」1:2007/01/07(日) 06:28:32
 そろそろ、疲労がピークだ。キーボードを叩く手を止め、片瀬はいい加減休ませろと疲れを訴える目元を押さえた。
 大きく溜息を、一つ。そこから前方へと腕を伸ばし、伸びをする。途端、椅子がぎしりと悲鳴を上げた。人気のない室内にやけに大きく響き、片瀬は僅かに身を竦めた。普段は人がひしめくはずの場所に、一人きりという孤独感がそうさせるのか。暖房が効いているはずなのに、やけに薄ら寒い。
「あー、……疲れたっつーか、眠いっつーか、……早く帰りてェ……」
 思わず、情けない声が出る。流石に部下の前では零せないが、今は一人きりだ。多少の愚痴も許されるだろう。
 まったく何が悲しくて、この年末に居残って残業しなければならないのか。
 納期が近いのは分かっている。思ったように進行しなかったのも、事実だ。そして、独身である身で、上司。残業に問題のない身であることも、十分理解しているつもりではあるのだが。
 もうすぐ年が変わる時間に、一人で残業というのも、なかなか厳しい。
 さて、と気合いを入れ直して再びディスプレイに向き直る。どうにか、終わりそうな目処がついたから部下を帰したのだし、ここでいつまでもへこたれている訳にもいかない。
 不意に、近付いてくる足音が耳に届き、片瀬は緩く首を傾げた。自分の所の人間は、皆帰した筈だ。どこか、別の部署の人間が残っていたのだろうか。
 もう年も変わろうとしているのに物好きな。そう思いかけて、思わず口元に苦笑が浮かぶ。
 それは自分もか、と苦笑を深めた時、近付く足音が止まり、部屋の扉が開く。
「お疲れ様でーすっ。年越し蕎麦の出前に来ましたァ、……なぁんて言ってみたりして」
 底抜けに明るい声が響く。いつも通りの満面の笑顔で、コンビニ袋を嬉しそうに掲げる男の姿に、思わず力が抜ける。深く背もたれにもたれかかると、ぎしりとまた椅子が大きな悲鳴を上げた。
「さー、ほらほら、のびちゃいますよー。さっさと食いましょ。ね、ね?」
 先程帰したはずの部下、中村はにこにこと満面の笑みで、相変わらずのテンションだ。彼の持つ袋からは、生麺タイプの掛け蕎麦が二つ、既にお湯が注がれた状態で出てきて、ますます片瀬は力が抜けた。
 早く早くとせかす中村に、片瀬は大きく溜息を吐くと、勧められるままに蕎麦の器を取った。冷えた指先に、じわりと温く熱が伝わってくる。
 はい、と中村が割り箸を差し出してくる。素直にそれを受け取りながら、蓋を取った。ふわりと香る出汁の香りに、腹が減っていた事を思い出す。そういえば、前回の食事はずいぶんと前だったような。ゼリー食だったか、固形栄養食だったか。
 ぼんやりと、前の食事を思い返しつつ、蕎麦を啜る。……暖かい。
 なんだかんだで力の抜ける部下の中村だが、見ている所はしっかり見ているというか。ちゃんとした食事を取っていない所も見られていた、というか。こういう気遣いをしてくる辺りは、捨てたものではないと改めて思う。
 ふと、にこにことやけに嬉しそうに自分を見つめてくる中村の視線に気付き、片瀬は眉根を寄せた。
「……なんだよ」
「あー、いや、……うん」
 あんまり見つめられると落ち着かない。気になって問いかければ、やけに中村の歯切れが悪い。
 睨んで先を促せば、ぼそぼそと呟くように白状した。

4509-439「会社で年越し・上司と部下」2:2007/01/07(日) 06:29:13
「や、ほら、片瀬さん、美味いモン食ってる時、黙り込む癖があるから、美味かったのかなーって。や、それがなんか無性に嬉しかったっていうか、可愛かったっていうか」
 白状された言葉に、思わず片瀬は噎せた。
 そこまで観察されていたのか、とか、三十路手前の男に何言ってんだ、とか。色々問いつめたい事はあれど、噎せて噎せて言葉にならない。
 慌てて背を擦ってくれる中村の手を、恨めしく思いながらも、どうにか呼吸を立て直す。
「……バカ言ってないで、とっとと食え。んで、さっさと家に帰れ」
「えー。あともうちょっとなんでしょ?なら、二人でやって、ちゃっちゃっと終わらせちゃって、二人で帰りましょうよ」
 ねえ、と脳天気に笑う中村に、目眩がする。
「一人で帰る部屋は寒いんですよ、智之さん」
「……まだ仕事中だ」
 ぴしゃりとはねのけるように片瀬は返すが、耳が熱いのを自覚している。不意の名前呼びに、こんなにも動揺させられて、悔しいやら、恥ずかしいやら。きっと、頬も赤くなっているのだろうとは思うが、それを認めるのもどこか悔しい。
「一緒に帰りましょうね」
 先程の言葉に、改めて念を押すように中村は繰り返してくる。こうなってくると、ちゃんと答えるまで中村は粘るのだ。諦めたように片瀬は大きく息を吐き出した。
「……ああ」
「へへー」
 まるで子供のように素直に感情を表に出して、満面の笑みを浮かべる中村に、片瀬はどうしても勝てないのだ。
「あー、でも、これだけ頑張ってるんですから、明日は予定通り休みですよね?」
「……あァ、まあ、そうだろうな。……つーか、もう、今日、になるけど」
「あ、ホントだ」
 パソコンのディスプレイの時計が、0時を示す。ニューイヤーを祝う花火の音が、どこか遠くで響いた。
「あけまして、おめでとうございます。今年も、どうぞ宜しくお願いします」
「……宜しく」
 満面の笑顔で言う中村に、片瀬は妙な照れくささを覚えつつ、ぼそりと返して視線を逸らせた。
「……蕎麦、とっとと食って、仕事片付けて帰るぞ」
「はいッ。あ、片瀬さん、明日お休みなら、初詣してから帰りましょうよ。俺、どーしてもしたいお願い事があるんですよねー」
「初詣?」
 不意の言葉に、片瀬は眉根を寄せて首を傾げる。
 ええ、と力一杯中村は頷きを返して、ぐっと拳を握りしめる。
「今年も、来年も、そのまた来年も、そのずーっと先も。片瀬さんと、一緒にいられますように、って。こう見えても、俺すっげェ不安なんですよー?片瀬さん狙ってる女、多いんですから」
「……バカか」
思わず、呆れた溜息が出た。
「願い事は人に話すと、効果なくなるんだぞ」
 片瀬の言葉に、衝撃を受けた中村の表情が、へにゃりと泣きそうなものに変わる。その、あまりにも情けない表情に、思わず妙な仏心が沸いてきてしまう。片手を伸ばして、くしゃりと中村の髪を撫でた。
「それに、そんな心配なんか、すんな。……大丈夫だから」
「智之さぁんッ」
「だぁっ!そば!そば、こぼれるっての!」
 犬だったなら、きっと尻尾が振りちぎれているだろう。そんな勢いで、飛びついてきそうな中村を制しつつ、片瀬は残った蕎麦を片付けてしまおうと口元に器を運んだ。
 先程までの情けなさは、どこへやら。喜色満面で、中村も再び蕎麦に箸をつけている。
 翻弄されているのは自分ばかりかと、仄かに浮かんだ感情は悔しさだろうか。器から口を離し、ちらりと中村を見やる。
「初詣より、早く俺は家に帰りてぇんだけど」
 片瀬の言葉に、何でですかぁ、と口をとがらせる中村を見、わざとらしく視線を外す。ちらりと、再度照れくさそうに中村を見やり、
「……バカ、たまには、俺だって誘いたい気分になるんだよ」
 意趣返しのつもりで返した科白の効果は、いかほどか。程なくして意味を理解した中村が、真っ赤になって噎せ返るのと、してやったりとばかりに片瀬が会心の笑みを浮かべるのは、ほとんど同時だったという。

4519-509日曜大工:2007/01/07(日) 12:35:11
電動ドリル: 強気攻め。日曜大工道具の中でもお高いお坊ちゃま。
       これと決めると目標に向かって一直線。行動が早く、すぐ相手を落とす。
       彼に開けられない穴はない。

プラスドライバー: プラスネジだけを回す一途な男。プラスネジのことしか頭にない。
          しかし彼は知らない。
          マイナスドライバーが強引にプラスネジを回していることを…

ノコギリ: 見た目がトゲトゲしていて「うかつに触ると怪我をする」と恐れられているが、
      本人は寡黙で地道にコツコツ鋸引く真面目な男。引いては押し、引いては押し。

トンカチ: 彼の一撃は重い。が、本人はそれほど激しくしている自覚がないのが難点。
      鉄製である釘は、彼のせいで一本気な生き方を曲げざるを得なくなってしまった。

紙やすり: 裏表のある性格。
      相手を彼の思うように変えてしまうが、その行動はさりげないため
      当の本人は自分が変わったことに気づかないという。

木工用ボンド: 某諜報員と同じ名前を持つが、気弱。想いが成就するまで時間がかかってしまうタイプ。
        過去、『木工用』の意味がわかっていない小学生に紙をくっつけるために勝手に使われ
        「ボンドくっつかねー使えねー」と言われたことが未だトラウマ。

木: 電動ドリルに穴を開けられ、ネジや釘を押し込まれ、ノコギリには刃を入れられ
   紙やすりには撫で回され、木工用ボンドにもくっつかれる、総受け体質。
   しかし本人は前向きに、立派になることを夢見ている。彼の明日は犬小屋か、本棚か、台風対策か。

4529-509日曜大工:2007/01/07(日) 20:50:53
降り止む気配は一向に無く、どうやら長雨になりそうだった。
軒の下ではおっさんが紫煙をくゆらす。今にも無精ヒゲに燃え移り
そうな赤い火は、そぼ降る雨の狭間にちろちろと揺れ、昼なお薄暗い
庭先に頼りない灯りを燈している。
煙草の量、増えたんじゃないかな。ぼんやりとあてどのないおっさん
の顔を気にしながら、俺は濡れそぼった前髪から飛沫を散らして金槌を
振り上げ、ガンゲンと不揃いな音を立てて板に釘を打ち付けた。

三ヶ月前、勤めていた警察庁を辞し、おっさんは警察官ではなく
なった。ちょうどその日、署を去り行く長い長いその廊下で、俺は
おっさんに体当たり気味の愛の告白をした。以前に起きた事件で知り
合い、関り合いになった頃から既におっさんは疲れ切った気怠げな目を
していたが、この時もやはり、俺は邪険に追っ払われかけていた。同僚
にも、職場にも愛想を尽かし果てていた時期だ、変な民間人に構う気力
すら残っていなかったのも無理は無い。が、俺も必死だった。今まさに
二度とくぐることの無いであろう出口に向かわんとするおっさんの道を
塞ぎ、脚に喰いつかんばかりの勢いで土下座して、
「犬、犬でいいから!俺を、あんたの犬にしてください!」
と、とんでもないことを口走ったのだ。俺を見下ろすおっさんの目は
一瞬にして凍りついた。思うに、長年「犬」と陰口を叩かれ蔑まれる
ような奉職を続けていたおっさんに、俺は致命的な間違いをしでかした
のだろう。否、そうでなくても嫌悪されて仕方の無いほど見事な
マゾっぷりを披露してしまったのだが、ともかく、そうして俺の立場は
決定した。「犬なら犬らしくしてろ」とおっさんは吐き捨て、その後ろ
をニョロニョロと、俺は這うようにしてついていった。

要するに、犬らしくすれば側に居てもいいという事だ。俺はそう解釈
し、その日から涙ぐましく奮闘し始めた。おっさんは俺が家の中に入る
事を許してはくれなかった。そのくせ自分は室内に閉じこもって散歩
にも出ようとしない。そんなだからヒゲは伸びるし、俺の犬小屋計画
にも気付くのが遅れたのだ。おっさんが引きこもっている間に、
おっさんの両親が遺したという六坪程度の裏庭には着々と資材が運び込
まれた。と言っても大した量はない、目指すのは大人一人が悠々と寝そ
べることの出来る犬小屋だ。天岩戸のごとくピシャリと閉めきられた
ガラス戸を尻目に、俺は設計図を広げた。板を揃え、ノギスを走らせ、
墨で線引き、鋸を振るった。帰る時には掃除もしておいた。恋に燃える
犬だからといっても、一朝一夕には完成させ難い。自分の職務もあった
し、何しろ自宅の建造なんて初めての事だった。そう、これが落成した
暁には、俺は一家一城の主となる。俺はおっさんの犬となって、
側近くに控えているのだ。属していた組織を離れ、独りぼっちになった
おっさんと、いつでも一緒に居られるようになる。犬はいつだって最良
の友だから、寂しい思いをさせはしない。不器用なりに完成を急ぎ、
仕事の日々を縫っては金槌を響かせる、俺の作業をおっさんが見守る
ようになったのはいつからだったか。咥え煙草の頬はこけてはいた
が、鋭い眼差しを意識せずにはいられなかった。
どこか遠くで鳴っていたはずの雷を、ふと耳元に感じる。悪天候の中で
つい没頭しすぎていたか。おっさんがすぐ側にいた。軒下でいつも暗い
目をしていたおっさんが、雨水に身を打たせ、金槌を振りかぶった俺の
腕をとどめるようにして掴み、俺の側に立っていた。
「もういい」久しぶりに聞いた声には、かつての棘はなく、
「もういいから、風邪をひく前に家に入ろう」「お、おっさん」
「犬は雷を怖がるものだから、家に入れてやる。それだけだからな」
おっさんは無愛想に、俺の合羽を剥いだ。
「お、おっさん、おっさん!」
玄関の扉からもれる暖かな光に眩みそうになり、俺は寒気と動揺と
嬉しさとでガタガタ震え、おっさんに縋った。おっさんは顔をしかめ、
「俺の犬なら、飼い主の名前ぐらい覚えるんだな」
そう言って、扉は閉められた。
なあおっさん、俺は室内犬になれるんだろうか。

4539-529男ばかり四兄弟の長兄×姉ばかり四姉弟の末弟:2007/01/09(火) 01:31:05
「駄目だ」
掴んだ腕は、簡単に振り払われてしまう。
「お前には背負っているものがあるだろう」

それでも僕は追いすがる。
離すものかと、両の手で彼の右腕を掴む。
「背負っているのは総一郎さんだって同じことだ。僕も一緒に」
「それは出来ない」
「どうして」
「お前がいなくなったら、家督は誰が継ぐ」
「元々僕には家を継ぐなんて無理です。知っているでしょう、僕は絵描きになりたいんだ」
「……」
「それに、才覚だったら夏子姉さんの方がずっと」
「篠塚の家に、男子はお前だけだ」

突き放すように言われた言葉に、僕は言い返すことができない。
――嫌だ。
彼に会えなくなるのは嫌だ。
彼が僕の前から姿を消すなんて、耐えられない。

「黙っていますから」
気がつけば、自分でも惨めだと思うほど、彼に縋り付いていた。
「今度の席で初めて顔を合わせた振りをしますから。心の奥底に沈めます。
 ……いえ、本当に忘れて貰って構わない。だからどうか」
「無かったことにしたいのか?」
その言葉に呼吸が止まる。
「俺には出来ない」
そう言って、彼は僅かに視線を落とした。

「……もしも」
声はひどく震えていた。
「もしも僕が、春江姉さんの弟でなかったから」
「同じことだ。俺があのひとを裏切っていたことに変わりはない」

一番上の姉を思い出す。綺麗で優しくて気丈な姉。
姉があんな風に泣いているのを見るのは初めてだった。
――姉を、傷つけたかったわけではない。

「無かったことにはできない。だが、あのひとをこれ以上裏切ることもできない」
確りとした、迷いの無い口調だった。
「うちにはまだ三人いる。俺が消えても、なんとでもなる」

彼は左手でゆっくりと、僕の両手を引き離していく。
空気の冷たさに、指の感覚はなくなっていた。

「しかし騒ぎにはなるだろう。両家に泥を塗った、そのけじめはつける」
「総一郎さん」

初めて出会ったとき、僕が彼を綿貫総一郎だと知っていたら。
抱き合うよりも前に、彼が僕を篠塚冬樹だと気づいていたら。

否、あの晩、僕が自ら打ち明けさえしなければ。
こんなことには、ならなかったのだろうか。

「さようなら」

彼の手は、暖かかった。

4549-579かごめかごめ:2007/01/11(木) 21:18:34
「かごのなかのとり、とは腹の中の赤ちゃんのこと。夜明けの晩に滑って流産したって比喩だ。
しかし一説には息子を溺愛する姑に背中を押されたって説もある。いずれにしろ悲しい唄なんだ。軽々しく口にすんな」
まーた始まった。
『日本の民話童謡研究会』なるサークルの一員である彼は、何かにつけ俺の話の腰を折る。
「じゃいいよ。明日ははないちもんめで遊ぶから」
「花一匁とは花=子供、匁=金銭単位。つまり口減らしのための人身売買の唄だ。
あの子が欲しい、この子が欲しいと売られていった子供の気持ちを考えた事あるのか」
「…。」
そんな唄なんかよ。
「あっえっとさ、今日さ、初めて絵本読ませてもらったんだ。純真無垢な瞳に見つめられてドキドキしたよー」
「何読んでやったんだ?」
「ピーターパン!ちょっとトチッちゃったけどどうにかうまく、」
「ピーターパンなんて野蛮な話を聞かせるな。あれはなピーターパンが成長した子を殺してるから子供の仲間しかいないんだ」
「…、じゃ明日は狼と七匹の子やぎにする」
「子やぎちゃんもダメだ。あの話は中世の西欧の森に住む犯罪者と犠牲になった子供や人間狼裁判など、事実から作られてるんだ。
腹を裂かれ石を詰められる刑も実在した。そんな背景を知ってお前は笑顔で語れるのか?」
「ダァー、もうウザイ!ウザイ!黙って聞いてりゃいい気になって。
だいたいお前日本民話研究してんだろ。いちいち文句つけるな」
「日本の民話を知るにはまず外国の民話や童話も知らねば深く洞察できない。
文句言ってるわけじゃない。真実を教えてやっただけだろう」
「真実がどうあれ現代の解釈じゃファンタジーなんだよ!ファンタジー!かごめもはないちも楽しい遊び唄!
俺はただ憧れの保育士になるための初めての実習での出来事を、お前に聞いてもらいたかっただけなんだよ。
頑張れよとか良かったなとか、言って欲しかったんだよ。 誰が講釈垂れろって言った。」
頭に血が昇り一気にまくしたてた。
隣りにいたくなくて、流しに向かい黙々と洗いものをする。
誰がお前の皿なんか洗ってやるか。
怒り心頭でブツブツ言っていると、いきなり後ろから抱きすくめられた。
「うしろの正面だぁ〜れだ」
アホか、お前しかいねえだろがよ。
おいこら、首筋キスすんな。
あぁウゼぇー。
ついお前の皿も洗っちまったじゃないか。

明日はやっぱり、かごめかごめで遊ぼう。

4559-599センター試験:2007/01/12(金) 23:27:03
「センター試験直前とはいえ、根詰めすぎじゃない?」
「んなことねーよ」
「たまには息抜きした方がイイと思うんだけど」
「私大の推薦決まってるお前に言われたくないね」
「でも、クリスマスも大晦日もお正月も」
「ウルサイ。邪魔するなら帰れ」

「やほー」
「よう。昨日は本当にあのまま帰るとは思わなかったぞ」
「あは。実はさ、これ」
「お守り?…北野天満…お前京都まで行ってきたのか!?」
「ウン」
「…暇人」
「愛が深いって言ってよ」
「ん。まぁ…ありがとう。もらっておくよ」
「それじゃ、体調崩さないようにしてよ。じゃ」
「ちょいまち」
「ん?何?手?繋ぐの?」
「ん」
「え…そりゃ、願ったりだけど、どういう風の吹き回し?珍しい」
「菅原道真よりお前の方が御利益あるだろ。俺の右手にパワー送れ、学年主席」
「君だって次席じゃん…」
「うっさいな!お前が良いんだよ言わせるな!」
「……じゃ、じゃあ、もっとこう俺のエネルギーを送り込むようなそういう行為の方が効き目無いかな…?」
「なっ!?赤い顔して何言い出すんだよこのバカ!?」
「いいじゃんちゅーくらいー」
「…え?あ、…うっさい何がちゅーだこのバカ!!!」

この日だけは試験勉強休んで主席君と一緒に息抜きをした次席君でした。
試験前こそリラックス!

4569-629年下の先輩:2007/01/16(火) 22:29:36
昨今の囲碁ブームに踊らされて、初級者教室の門を華麗にくぐったのが
半年前だ。仕事帰りに一端緩めたネクタイを、鉢巻代わりに、も一度
きりりと締め直すのが毎週水曜夜七時。パチリパチリといい音響かせ、
「音は良くなりましたね」と無理のある褒め方をしてもらったのが、
ついこの間の水曜日。たまにはサロンの方にも顔を出して、へぼ碁の
相手を探そうかなあと同じビルの階段を一つ昇ったところ、人の影、
聞き覚えのある話し声、震える言葉、駆け降りてくる、駆け抜けていく
見慣れた学生服の見知った少年の背に不穏なものを感じ、踊り場を
見上げると、いつも馴染んだ羽織姿の、温かな笑みを崩したことのない
指導の先生のその瞳、縁なし眼鏡の奥の底、青ざめた表情に反射的に
きびすを返し、何があったのか、とにかくさっきの高校生の姿を求めて
追っかけっこを始めたのが五秒前、日曜日の午後のことで、こうなる
ことならもう少し考えて服を選ぶべきだったと後悔しながら、俺は背広
の裾を翻した。
あの年頃であれば自分はもっとあほ面を晒し、悪くすれば鼻水すら垂ら
していたかもしれないというのに、最初に対面した時から彼の態度は
しれっとしていて、この子は一月前から通い始めたんですよとの紹介を
受け、「じゃあ俺の方が先輩だね」などと目を細めて言ってのけたもの
だ。お互い初級者という立場は違わないが、高校生のあの子が対局に
負けて悔しがる姿というものをおよそ目にしたことがない。
老若男女、十に満たない生徒数の、様々な人々が集まる中で、大体に
おいて静かに笑み、勝負の最中、首を捻って頭を絞るうちにのぼせて
しまう俺の前では一層楽しそうな顔を見せ、必要もないだろうに横に
ついては助言を与える、プロ棋士である先生の前では、何やら
はにかみ、ひたすらに俯いているので、面白がって覗き込めば、白い
碁石の吹雪のような激しさで猛撃される、その表面上だけは平然とした
顔、生意気な顔、得意げな顔、黙考する顔、思い起こされるのは捻くれ
た根性と、それですら覆いきれない、年相応の無邪気さが入り混じった
何とも不思議な表情だ。
大人げの無さでは渡り合えるものの、革靴の音もバタバタと、次第に
顎を上げてひいひい言い始めた日本のおっさんに哀愁を感じたのか、
風を裂くように我武者羅に走っていた若人は後ろの様子を気遣い、
やがて立ち止まり、茜差す川面の道端でぜいぜいと肩を上下させて
いる俺の側にゆっくりと戻ってきて、静かに声を掛けた。
「イトウさん、俺、ふられちゃったよ」
「だ、誰に」
「知ってそうだから、わざわざ教えない」
「俺は相手の一手先どころか自分の手すら読めないへぼ碁の打ち
手なんだぞ。人の気持ちなんか分かるか」
だろうね、とあっさり肯定し、
「俺、気持ち悪いって思われたかなあ」
少年がポツリと呟くので、そいつは君に告白されたぐらいで気持ち悪い
と考える奴なのか、違う、違うだろうと熱弁をふるえば、やっぱり
さっきの見てたんじゃないか、と文句を言われた。
「だからって、まさか、もう教室に顔を出さない気じゃないだろうな」
ふいと背けられた顔に、俺は焦れた。焦れて、怒鳴った。
「それは困るぞ!俺は君に勝った試しがないんだから、せめて、
せめて一勝できるまでは、君に居てもらわなきゃだめだ!」
これだから、冷静さを忘れてはいけませんと毎度同じ説教をもらうこと
になるのだ。
「イトウさん、それじゃ俺、あの教室に一生通うことになっちゃうよ」
襟元の金ボタンがきらりと光を反射し、俯いていた少年は笑い顔を
見せた。八の字に下げられた眉の、涙を堪えた笑顔というのはこれまで
に見たことがなく、やはり不思議な表情をすると、俺は思った。

4579-669色鉛筆:2007/01/19(金) 01:59:19
「おい、何とろとろしてんだよ。置いてくぞ」
「待ってよぉ。みんな慌てて走ってくから僕にぶつかっていくんだもん。転んじゃうんだもん」
「だぁーからおまえと遊びに行くのヤダったんだよ。トロいし鈍いし運動神経ないし」
「それ全部同じじゃん。そんなに怒らなくてもいいでしょ。」
「だいたいなぁ、おまえは八方美人なんだよ。言い寄ってくるやつみんなにイイ顔してよ、
ちったぁ自己主張ってもんしろ。あぁまったくイライラする」
「酷い。そんな顔真っ赤にして怒らないでよ。激情型なんだから」
「煩せぇ!顔が赤いのは生まれつきだ。悪いか。嫌なら一緒に遊ぼうなんて誘うな」
「だって、いつもみんなの中心で人気者の君に、なかなか声かけられなかったんだもん。
昨日、マリコちゃんが初めて隣同士にしてくれて…嬉しかったんだ。
せっかく…勇気出して、、誘ったのに、怒らなくても…」
「おまっ、な、なに泣いてんだよ。俺がいじめたみたいじゃんか。わかったから涙拭けよ」
「もう怒ってない?」
「あぁ、怒ってねぇよ。」
「ほんと?」
「あー、しつこい!怒ってねぇっつってんだろ。だからよぉ、おまえがとろとろしてっと、
ゴロゴロぶつかってきた奴らの色がつくから嫌なんだよ。」
「僕に色ついちゃ嫌なの?」
「そう!嫌だっつってんの!おまえは他人の色に染まりやすいんだから」
「ねね、さっきより顔真っ赤だよ」
「煩せぇー!ほっとけ!夜が空けるぞ。ダッシュだぜ、白」
「待ってよー、赤君!」



『ママぁー、マリコの色鉛筆いじったぁ?昨日ちゃんとしまったのに青だけ箱から出てるの。
端っこから赤、白、青、って入れといたのに』

4589-689人間と人外 (1/2):2007/01/21(日) 00:36:26
その青白い男は、やはり雨の日に現れた。

庭先に浮かぶぼんやりとした陽炎が、徐々に確りと姿形を成していき、
地面に落ちていくはずの雨が、いつの間にか男の肩で撥ねている。
足を地につけているのに泥濘に足跡が残らないのは何故だろう、と
ぼんやり考えているうちに、男は軒先の三歩ほど先で立ち止まった。

雨に打たれるその男の肌は異様に白く、瞳の色は水底の泥を思わせる暗い色をしている。

その場に佇んだまま視線を彷徨わせる男に、俺は自分から視線を合わせてやる。
男の目があまり利かないことに気づいたのは、二月ほど前だ。

「そろそろ来る頃だと思っていた」
「決心は、ついたか」
俺の言葉を無視した唐突な問いかけにも、いい加減慣れていた。
雨に打たれながら、男は繰り返す。
「決心は、ついたか」
「いいや」
俺が首を振るのも、半ばお決まりの挨拶になっていたが
それでもこの男は毎回、律儀に困ったような顔をする。

「まだ、時間が足りぬか」
「……。そこの睡蓮な」
男の問いには答えず、俺は軒先の瓶を顎で示した。
「お前に言われたとおり、三丁先の池の水を汲んできたら生き返った」
「…………」
「今年は花が咲くといいが」
「…………咲く」
沈黙の後、男は微かに頷いた。

「実を言うと、俺は睡蓮の花というものを見たことがない」
この家に越してきたのが去年の夏の終わり頃で、そのときからこの瓶はここにあったが、
その頃は花どころか葉も茎も枯れかけていた。
「絵や写真で見たことはあるんだが。赤い花と白い花があるのだろう?」
「白が咲く」
瓶の方に視線をやって、男は僅かに目を細めた。
「嬉しそうだな」と言ってみると、また困ったような表情になる。

この男の僅かな表情の変化を読み取れるようになったのはいつからだろう。

「生き返ったのはいいとして、今度は瓶の水が凍ってしまわないかと心配している」
「枯れはしない」
「だといいが。それにしても、この辺りの土地は、毎年雪が積もるのか? ここ数日物凄く寒い」

4599-689人間と人外 (2/2):2007/01/21(日) 00:37:45
しかし、男は答えなかった。

「私と共には、行けぬか」

その声は消え入りそうなのに、雨音に掻き消されることなく、はっきりと耳に届く。
目を逸らそうとしたが、灰色の瞳に捉えられて叶わない。
水底の泥が僅かに揺らいだのを見て、俺は奥歯を噛み締めた。

「逝けない」

それはとうの前から出ていて、しかし胸のうちに仕舞いこんでいた答えだった。
男は動かずに、こちらをじっと見つめている。
両目を閉じてしまいたい気持ちを抑え、俺は男を真っ直ぐ見て、声を押し出した。

「このままでは駄目か。これからも、お前とこうして会うのは許されないか」

ほんのひと時、お前とこうやって他愛のないことを語るのは許されないか。
この庭で、一緒に睡蓮の花を愛でることは許されないのか。

「俺は、お前とこうして話すのを気に入っている」

最初はこちら側にだけ未練があった。だから猶予を乞うた。逃げ出すつもりだった。
しかしいつの頃からか、この男がやってくるのを待つようになった。
そして、どちらかを選んでどちらかを捨てることに、迷うようになっていた。

「お前と共に生きていくことは、出来ないのか」
「……ひとは、欲深い」

半ば独り言のように、男は呟いた。

「しかし、私とて、あのとき直ぐに攫うべきだった」

庭に植えられた木々がざわりと揺れる。
雨脚が先刻より弱くなっていることに気づく。
そして、雨が再び男の身体をすり抜けていることにも。

「待て」

――骸となったお前を引きずり込めば、共に暮らせたものを。
――だが、お前を知った今となっては

まるで水の底にいるかのように、男の声が辺りに反響している。
俺は縁側から飛び降りて、雨の中に手を伸ばす。

「待ってくれ、俺は」

――雪は、七日の後に積もる。

その言葉を最後に陽炎は虚空に消え、伸ばした手が青白い男に触れることはなかった。

4609-699ふみなさい:2007/01/21(日) 09:58:14
「ホントに踏んでいいの?俺でいいの?」
「いいって言ってるだろ。早く踏めよ」

裕人と俺が今見つめているのは、パソコンだ。
サークルの連絡と親睦の目的で作られたパスワード制のHPだ。
管理人は裕人。メンバー数50ほどの一大学のサークルのHPにしては本格的だ。
何故か大学の全景、雑多な部室の風景などのフォトコーナー、
メンバー全員のプロフや連絡掲示板、画像アップもできるなんでもBBS、ご丁寧にチャットまで備えている。
webデザイナーを目指している裕人らしくセンス良く効率的に配置されたページは使い勝手が良い。
しかしせっかくのBBSやらチャットは開店休業状態。
週に2、3度顔合わせるのに、わざわざネットにまで出向いて親睦をあたためようなんて輩はそういない。
せいぜいスケジュールの確認に訪れるくらいだ。
なんでもBBSには、裕人のつぶやきや先日行ったという北海道旅行の写真などが虚しくアップされているだけだ。
何故かいたたまれず、ある日、チャットに足跡くらい残してやろうと入ったところ、
ちょうど管理中だった裕人に見かった。
サークルではあまり話したこともないけど裕人の楽しいおしゃべりに俺はすぐにハマった。
以来、ほぼ毎日深夜一時は二人のチャットタイム。

そして、今日も俺が訪れたら、トップのカウンターが999を示したのだ。
900を過ぎたあたりからトップページには
『記念の1000を踏んだ人は申し出て下さい。管理人より愛を込めてささやかなプレゼントをあげちゃいまーす♪』
と大々的に書かれてあった。
そんなプレゼントに深い意味はないと思いつつも、誰かに渡るだろうそのプレゼントが、
いやプレゼントを貰うだろうその誰かが気にかかっていた。
一瞬もう一度リロードしてしまおうかと頭をよぎった。
しかし気にしているのを見透かされそうな気がして、急いで裕人の待つチャットに入ったのだった。

「だからもう一回トップに戻ればいいじゃん。プレゼントが何か気になるんだろ?」
「気になるわけじゃないけど、何かなぁと思っただけ」
「だから踏めよ。そしたらお前のもんだ。明日会ったら渡すから」
「俺でいいんだね?じゃ踏むよ、ホントに踏むよ!」


翌日待ち合わせのファミレスで、俺は小さな切符を貰った。
踏んだのが誰でもこれあげちゃうんだと思うと複雑だった。
「それからこれも。はい」
「なに?カップメン?」
「そう、北海道限定ウニ入りカップメン 。ホントはプレゼントはこのカップメンだけなんだ」
「じゃあ、この切符は?」
「それは大智に渡したくて買ったんだ。でもへんだろ、いきなりそんなの。渡しそびれちゃってさ」
「これ俺に?。」
「そうだよ。もう廃線になった国鉄時代の駅の切符のレプリカだから使えないけどね。
 BBSの写真見た?あの廃駅が記念館になってて、大智に渡したくて買ったんだ。
 ほら、おそろい。キリ番踏んでくれてサンキュな」

俺は手の中の切符が、どんなプレゼントより愛しく思えた。
切符にはこう書かれていた。[愛国→幸福]と。

4619-699ふみなさい:2007/01/21(日) 15:28:37
「お、早いね。じゃあ八さんいってみようか」

ふ ふざけあってた少年時代
み 見つめる横顔 頬に朱さし
な なぜか苦しい胸の内
さ 再会してから気づいた恋は
い 言い出せもせず、笑みの悲しき

「まとまってるね。一枚あげとこうか……はい、菊ちゃん」

ふ ふうん、こういうのが好きなんだ?
み 見せ付けてやろうぜ
な 啼けよもっと
さ 桜にさらわれるかと思った
い イキたいか?

「おーい、座布団全部持ってちゃいなさい」

4629-699ふみなさい:2007/01/21(日) 16:18:26
「踏みなさい」

 居間でごろんとうつ伏せに寝転んだ智也さんが、柔らかな口調で俺に言った。
 突然、そんなことを言われても困る。
 
「あの、俺、高校せ……」
「大丈夫。父さんなら大丈夫だ、信じなさい」

 何が大丈夫、なんですか。何を信じろというんですか。
 項垂れた俺を肩越しにちらりとみて、智也さんはまた大丈夫だと言った。

 俺はもう高校3年にもなる男だ。背も高い方だし、結構体重もある。
 大丈夫、踏みなさい――といわれても、そう簡単に頷けはしない。
 俺は案外常識人なんだ。
 対する智也さんは、よれよれのスーツを着た線の細い――よく言えば繊細な、悪く言えばもやしみたいな人だ。
 俺なんかが踏んだら、ぼきっと骨が折れてしまいそうだ。
 40をとうに超えた、義理の父。
 母が再婚相手として連れてきたこの人のことを、俺はまだ『智也さん』と呼んでいる。
 別に智也さんのことが気にいらないわけではない。
 俺自身は、智也さんのことをとっても気に入っている。
 智也さんは、優しくて大らかな、陽光のような人だ。俺は、そんな智也さんが大好きだった。

 だけど――踏みなさい、なんて言葉はいただけない。
 俺はもう一度、ぶるりと首を横に振った。

「裕貴……踏んではくれないのかい?」
「俺が踏んだら絶対痛いから……」
「大丈夫だ! 私は踏まれるのが好きなんだ。痛いぐらいが気持ちいい」

 智也さん、その発言はいろいろ危ないような気がするんですが。
 体を起こし、眼鏡をずるりと落としかけながら力説する様子に、俺は小さく嘆息した。
 こうみえて智也さんは頑固なところがある。
 今日やってあげなければ、明日もあさっても――下手すると一年ぐらい言い続けかねない。
 だったら、早く済ましてしまおう。
 
 恐る恐る右足を出して――智也さんの細い腰に添える。

 そのまま、ぐっと全体重を乗せ――

「……ッ!! い、痛ッ」
「ごっ、ごめん!」

 直ぐに飛び退けば、智也さんは腰を摩りながらほろりと涙を零す。
 やっぱり、大丈夫なんかじゃなかったじゃないか!

「智也さん、大丈夫?」
「あ、ああ……大丈夫、大丈夫。あだだ、こ――腰が」
「ああほら、起き上がらなくっていいから!」

 只でさえ、智也さんは腰が悪い。
 腰を押さえながらも無理に起き上がろうとする智也さんを制して、俺は直ぐにシップを取りに走った。
 シャツをぐいと捲り上げ、先ほど踏んだ箇所に張る。

「足の裏を踏んでもらうマッサージ、あるだろ? あれを子供にやってもらうのが私の夢だったんだ」

 座布団に顔を埋めながら、智也さんが言った。
 母は再婚だが、智也さんは初婚だ。智也さんに、実の子供は居ない。
 二人の間の子供は俺だけだ。
 つきん、と胸の奥が痛む。

「足の裏は流石に痛いだろうから、と思って腰にしてもらったんだけど――やっぱり痛かったな」
「当たり前だろ。マッサージなら俺、ちゃんとやってあげるよ?」
「いやいや、子の体重をぎゅっと感じたかったんだよ。それが父親の幸せってもんだろう?」

 智也さんはそう言うと、手を伸ばして俺の頭をわしわしっと撫でた。
 節ばった細い指が髪を掻き乱し、くすぐったくて心地良い。

「父さんって呼べとは言わないよ。だけど裕貴も、私の子供なんだからね」
「うん――分かってる」

 智也さんの薄い唇が、俺の名前を呼ぶ。
 それが妙にせつなくって、俺は俯きながら呟いた。
 智也さんは、俺のことを実の子供だと思い接してくれている。
 ギクシャクさせているのは、俺の方だって言うのも分かってる。
 智也さんのことは、好きだ。だけど、どうしても父さんとは、呼べない。

 ごめんね、智也さん。
 俺は貴方に、父親以上の愛情を抱いています――。

4639-729お墓参りの帰り:2007/01/22(月) 21:25:03
さっきから小さな足音がついてくる。
振り返るのがこわい。
逃げるのもこわい。
(大丈夫。きっとばーちゃんが守ってくれるから)
最後にばーちゃんから貰ったお守りをギュッと握りしめて、何度も自分に言い聞かせていた。

今日は三年前に死んだばーちゃんの命日だった。
お墓には花とまんじゅうだけで、お線香の煙も寂しかった。
去年は三回忌で、一昨年は一周忌だった。
父ちゃんも母ちゃんも『今年は特別じゃないからさみしいね』って言ってたのに。
でも、ぼくがいるからね。
ばーちゃんの大好きだったビールと、いい匂いのするお線香を、お年玉の残りで買って来たよ。

ばーちゃんに『また来るね』って言って、お寺から出るときに気付いた。
さっきからずっと、誰かが後を歩いてる。
ぼくが早足になると、足音も速くなる。
ゆっくりにすれば、ゆっくりになる。
おばけが出るのは夜のはずなのに……。
きっとばーちゃんが助けてくれるって、握ったお守りを胸に抱きしめた。
でも、そのとき……
「あのー、えーと……」
「う、うわーーーーん!ばーちゃーん!助けてー!」
低い声といっしょに肩に乗った手で、我慢してたこわさが破裂した。
思いっきり走り出そうとしたのに、大きな手に捕まえられる。
手や足を振り回して逃げようとしたけどビクともしない。
「うう、……ばーちゃん、助けてよ」
「ボクはいつでもじーちゃんを助けるよ?」
聞こえた声は聞いたことのない声。
でも、ぼくを『祐二』とか『祐ちゃん』じゃなくて『じーちゃん』って呼ぶのはばーちゃんだけ。
「ばー、ちゃん?ほんとに?」
手も足も動かなくなって、体が凍ったみたいに固まった。
振り返ったら本当にばーちゃんがいるの?
「うん。本当に双葉だよ。ボクがじーちゃんに嘘なんて吐けるわけないじゃない」
いつもの言葉。
振り返れば、きっといつもの笑顔。
だから『なんで大きいの?』とか『ばーちゃんはお化けなの?』とか、みんなみーんな吹っ飛ばして抱きついた。

4649-739あの星取ってきて:2007/01/23(火) 03:41:08
あいつと初めてあったのは、ネオンきらめく夜の街だった。
色とりどりの偽物の星の輝くネオン街が好きだと言っていた。特に、昼間は緑の川面に映る不確かな灯りが好きなのだと。
そんな関係になったのは出会って一月ほどした頃か、身体を重ね、まくらごとに過ぎない甘い言葉を重ね、ふと気づけば、抜け出せないほど本気になっていた。

夜景が綺麗だと評判のホテルのラウンジでそれを告げたとき、あいつは酷く傷ついた顔をして眼下の街を指差して一言
「あの星取ってきてくれたら、付き合ってやる」
と言った。
白くて細い指の先には、きらきらと輝く猥雑な地上の星々。
その先になにか特別に魅力的な店でもあるのかとガラスを覗き込んで、後ろからしたたかはたかれた。

考えて考えて考えて、未だかつて無いほどよくない頭をひねって、俺は生まれて初めて多大なる借金を作ってマンションを買った。
あいつの好きなネオン街からさほど遠くもない、中古で2DKでこじんまりとした、小さな、正直あまりパッとしない部屋だ。
だけど、機能的には申し分ない、多分。
あいつが外にいるときは、帰り道に迷わないように灯りをともす。あいつが帰っているときは、地球が命を育むように、あいつを包み込む安らぎになるような灯りを…温かい光を。

ありふれたキーホルダーにつけたありふれた形の鍵を手にプロポーズまがいの言葉を持って行った俺に、あいつは初めて見るような笑顔を見せた。
それからはずっと、この小さな部屋にはオレンジの星が灯る。

4659-739 あの星取ってきて:2007/01/23(火) 04:26:39
「すげーだろ、超偶然に田舎のばーちゃんちに落ちてきたらしくてさ」
「…ふーん」
「あ、ひで。リアクション薄っ」
「…これでも充分驚いてるんだけどね」
そう。表面上冷静を装っているものの十分に驚いてるし、何より動悸がおさまらない。
『僕と結婚したいなら、あの星取ってきて』
お前と結婚できたらな、と冗談めかして言った彼に、かぐや姫を気取ってそんな事を言ってみたあの日。
他愛ない日常。それでも僕は覚えている。
冗談でもいい、あの時素直に『結婚しよう』とでも返していればよかった、と今でも後悔する。
だから期待してしまった。隕石のカケラだという石を持って僕を訪れてきた彼に。
…馬鹿みたいだ。彼が手に入れた宝物を見せに来るのは昔からの事じゃないか。
そう自分に言い聞かせても、早鐘はいっこうに鎮まらない。
「…唐突に全っ然関係ない事聞くけど」
裏返りそうな声を必死で抑えて聞く。
「…もしも誰かが本当に宝物を見つけてきたとしたら、かぐや姫は本当に結婚したと思う?」
「しただろ。っつーかする気なかったとしても言い出したケジメで結婚しろ」
笑顔を急に引き締めて真剣にこちらの目を覗き込んで彼は言う。
「…な、何だよ。僕がかぐや姫本人みたいな言い方して」
「【星取ってきて】なんて無茶な難題出す奴がかぐや姫以外の何だってんだよ」
「!!…お前、覚えて…?!」
「っつーか…取ってきたわけじゃないし本当に隕石だって証明できないし、
【あの星】ってお前が示した星のカケラってわけでもないけど…」
それでもいいか?と彼は顔を赤くして手の中の星をこちらに差し出す。
「…合格に決まってるだろ」
差し出された手を両手で包み、取り繕えない泣き笑いの表情でようやくそれだけ告げた。

4669-529男ばかり四兄弟の長兄×姉ばかり四姉弟の末弟:2007/01/26(金) 20:53:45

 ぴぃんぽぉーん、という平和ボケをそのまま音にしたようなインターフォンが聞こえた途端に、
俺の周りをちょろちょろと走り回っていたチビギャングどもが玄関に突撃した。その数、三匹。
 「だれー?」だとか「なにー?」だとかうるさいったらない。あいつらのツルツルな脳味噌には
まだ『近所迷惑』という言語が刻み込まれていないのだ。そしてそれを刻み込まなければ
ならないのが俺。破滅的に面倒くさい。
 舌足らずな弟どもは興奮していて、余計に何を言っているのかサッパリ判らない。ので、客人が
誰であるのか、部屋の中まで出向いてくださるまで分からなかったのは事実であったのだが。
「やあ久しぶり、お兄ちゃん」
「うわぁっ先輩!?」
 敬愛する先輩に、ひよこ柄の黄色いエプロンでホットケーキを焼いているという、およそ格好
悪さの極致みたいな姿を見られただなんて、あんまりだった。

「いやー、まいったな、ホットケーキ焼いてるなんてさ。反則だよお兄ちゃん」
「先輩お願いだから……ホント後生だからその『お兄ちゃん』ってのヤメテくださいよ」
 ハイスピードでホットケーキを焼き上げ、ダイニングキッチンの皿の上にてんこ盛りにして放置し、
チビ猿人たちが喰らいつくのを確認してリビングに引き上げる。勿論エプロンは速攻で外す。
 それだけで心身ともに疲労が溜まる感じがするのに、加えて先輩の『お兄ちゃん』には正直堪えた。
「いいじゃないか。正直憧れなんだよ。『お兄ちゃん』て呼ばれるの」
 というのも、先輩はどうやら末っ子であるらしい。姉ばかり三人いるという話だ。俺はむしろ
先輩の環境に憧れる。
「ホットケーキ作らされるのにですか」
「まだマシじゃないか? 俺はクッキーにスポンジケーキ、パウンドもブラウニーもトリュフチョコも
手伝わされて覚えさせられたさ」
 壮絶な背景を髣髴とさせることをサラリと言って、先輩は「実はそれが原因なんだが」と、弱った
顔をして切り出した。
「ジンジャークッキーが我が家で大量に余ってしまったんだ。食いもしないのに姉が作ってな。
それで甘いものを消費できそうなお前の所に持ってきたんだが」
 先輩はそこでちらっとダイニングに眼をやった。ミニサイズ腹ぺこグール三匹はそろそろ大量の
ホットケーキを食い尽くすことだろう。しかしその上クッキーを食ったら流石に、夕食に響く。
「遅かったようだな」
「ビニール袋に入れて封しとけば、明日まで持ちますよね? 明日の三時に食わせますよ」
 良いのか? 助かるよ。と言って紙袋を差し出し、ほんわりと笑う先輩は妙に艶っぽい。
ジンジャーとバニラエッセンスの香りがふと俺の鼻を掠めた。今日も手伝わされたんですか。
うーん、いい匂いだ。

「今度何か余ったら、すぐ電話かメールするから。ごめんな」
「や、こちらこそすいませんでした、お構いもせず」
 所帯じみた俺のセリフに先輩は爆笑した。

「じゃあな」

 俺がそのクッキーを弟たちに与えることなく、ひとりで平らげたのを先輩が知るのはずっと後のこと。
 先輩がそのクッキーを手伝わされてでなく、自主的に作って俺に届けたのを俺が知るのは、更に
もっと後のことである。

4679-800昼ドラ:2007/01/27(土) 00:39:02
<前回のあらすじ>

相澤家を出て幸平の元へ行こうとした春樹だが、良一に見つかってしまう。
「うちからの援助を打ち切られても良いのか」と詰め寄る良一に「構わない」と返す春樹。
しかし「お前の妹の将来も閉ざされる」という言葉に決心が揺らいでしまう。
更に「お前は俺のものだ」と言われ、春樹は絶望する。

その場面を偶然目撃した雄二は、ほくそ笑みどこかへ電話をかける。
電話の相手は外科医・秋野だった。「兄貴の弱みを見つけた」と告げる雄二。

一方、相澤総合病院の小児科へボランティア公演にやってきていた幸平は、真山と鉢合わせる。
病院の取材を続ける真山は、患者として病院に潜り込んでいた。
真山から院長一家の噂を聞いた幸平は、春樹のことを案じ電話をかけるが繋がらない。

院長室で写真を眺めている相澤。古びた写真には、妻ではない女性と少年が写っている。
相澤は悲しそうな表情で「もう十五年か……」と呟く。

幸平たちの公演は好評のうちに終わる。

その帰り、小児病棟の廊下で幸平は『安藤あずさ』の名札を見つける。
「年の離れた妹がいる」という春樹の言葉を思い出し室内を覗くが、検査中であずさの姿はない。
しかし、ベッド脇にあの折り紙が置かれているのを見つけ、確信する。

病院を出る幸平。再び春樹に電話をかける。
呼び出し音が鳴る春樹の携帯に手を伸ばしたのは、良一だった……。


<今週のみどころ>

遂に、幸平に良一との関係を知られてしまった春樹。幸平にはもう会えないと告げる。
良一もまた幸平の存在を知ったことで、春樹に一層の執着をみせるようになり……
一方、病院内の派閥抗争も表面化。雄二の策略に、春樹も巻き込まれていく。

468萌える腐女子さん:2007/01/27(土) 00:41:09
しまった違った。800ではなくて799だ
>>467は「9-799昼ドラ」です

4699-809喉仏:2007/01/27(土) 22:38:35
「子供の頃は歌手になりたかったのだよ」
林檎を口に運びながら、彼は言った。
「地元の少年合唱団に所属していてね。クリスマスには教会で賛美歌を歌ったものだ。
 周りから天使の歌声だと褒められて、その気になっていた」
「天使か。今じゃ悪魔の癖に」
精一杯の皮肉にも、相手は「その通りだ」と鷹揚に頷くだけだった。

「この林檎は少々酸っぱいな。日の当たりが悪かったか」
「暗闇の中で生きてきたあんたにはお似合いじゃないか」
「上手いことを言う」
怒るどころか、可笑しそうに喉の奥でくつくつと笑う。
そして、酸っぱいと言いながら、また次の一切れを口に運んでいる。
彼はこちらを僅かに見て「私は林檎が一番の好物でね」と言った。

「そういえば、かのアダムも林檎が好きだったか」
唐突に呟いて、彼は手元に視線を落とす。
「彼が林檎を喉に詰まらせなければ、私は天使の声を失いはしなかっただろうね。
 そうすれば今頃は歌手を現役引退して、神に祈りながら静かに暮らしていたかもしれないな」
「後悔しているのか? 今更……」

大勢の人間を踏みにじり、屍の山の上に君臨していたあんたが。
命乞いをする人間に慈悲の欠片も持たなかったあんたが。

「最期の最期で悔い改めれば、救われて天国に行けるとでも」
「ふふ、後悔などしておらんよ。仮にそうしたところで、君は私を許さんだろう?」

優雅に微笑んで、彼は最後の一切れを口に含み、咀嚼し、飲み込む。
皺だらけの喉元が、ゆっくりと上下する。
俺は銃を突きつけたまま、その喉元を見ている。

彼は俺を正面から見て、嬉しそうに――なぜか、本当に嬉しそうに微笑んだ。

「賭けは君の勝ちだ」

4709-829ノンケ親友に片思い:2007/01/29(月) 01:44:06
兄さん、お元気ですか。そちらは相変わらず暑いですか。
今日は下宿先に春日が、貸していた本を返しにやってきました。
上は白い袖なしのランニングシャツに、紺色のジーンズを履いて、
足元は健康サンダルと、いつも通りの気安さでした。
春日とオレは本の好みが似ているみたいで、
この時の本も気に入ってくれたようでした。
板塀沿いの木戸をくぐったら裏庭があって、犬小屋があって、
縁側が張り出していて、棹に干した洗濯物が揺れていて、
お世話になってる下宿先のご夫妻は旅行に行ってて、だから今日は
日がな一日オレが留守番をしていて、冷蔵庫を開いて麦茶のグラスに
氷を入れて、しま模様のストロー立てて、
風鈴がちんちろ鳴ってる下で、サンダルの足をぶらぶらさせながら、
春日とオレは本の話をしました。今度映画になるのもあって、
それは見てみたいなあと、春日は言っていました。庇(ひさし)の影が
顔に斜めに落ちていて、くっきり二色に別れてました。

もまの話はした事があるでしょうか。この地方ではムササビのことを
もまと呼んでいるんですが、ここのご夫妻が飼っている犬も、
もまという名前です。尻尾の形が似ていると仰っていたのですが、
オレにはよく分かりません。
そのもまなんですが、とりとめの無い話をして、そいじゃ帰るわ、と
春日が腰を上げて、
裏木戸に向かいかけた時に、それまで犬小屋の陰でべったり
地面に寝そべってたはずが、いきなり起き上がって春日に飛びつき、
ジーンズの脚に二本の前足で離すまいとしがみついて、
後ろ足で立ち上がり、ぐんぐん腰をつかい始めました。オレは
慌てましたが、土でズボンを汚されても、春日は怒りませんでした。
何だお前、帰って欲しくないのか、いい子だなあオイと、
もまの頭をわしわし撫でて、へっへと舌を出しているもまの横で
上機嫌にオレに手を振り、そうして帰っていきました。

もまはパタパタと尻尾を振っていました。
オレは縁側に腰掛けたまんま、
しばらく春日の去った後をぼんやり見つめてました。
春日は勘違いをしていたようですが、別にもまは春日を
引き止めようとしてあんな行動に出たのではありません。
あれは一種のマウントです。犬は自分の上位を下位の者に
示そうとする時に、相手にのっかって自分の股間を擦りつけ、
腰を振るのです、まるで性行為を見せつけるかのように。
もまはオスです。
マウントはメスにも見られますが、先程のあれは明らかにオスの行為
でした。オレが言うんだから間違いありません。

繰り返しますが、もまはオスです。毛も生えています。
オレは思いました、その滾る獣欲でもって春日を征服しなんとした
もまは、既にオレよりも遥かに良く春日の体に通じてしまったのだと。
何せもまはオレですらできなかったのに、暴力的な肉球で春日を
押さえつけ、ぶ厚い毛皮で春日を蹂躙し、
熱く涎を滴らせながら春日の肌を嘗めしだいたのですから。
嫌がる春日の悲鳴が耳に聞こえます。引き裂かれる白いシャツ、
爪跡が赤く線を引く小麦色の背中、背の窪み、履き古しの
ジーンズをずり下げて、尾骨に、尻のえくぼに指を沿わせて、
それから、それから、それから、それから!

兄さん、オレはもう色々とダメかも分かりません。
この手紙は読んだら焼き捨ててください。
焼いて、灰にして、青い空に振りまいてください。
お願いします。         次郎

4719-839 嫌われ者の言い分:2007/01/29(月) 18:13:17
美術準備室。この部屋の主の性格を表すように整頓されたテーブルの上に、
先生のあの絵が大きな賞をとったことを報せる通知が、無造作に置いてあった。

「ここ、辞めるんだろ」
ドアが開き、先生が入ってきたんだと分かった瞬間、俺はそう言い放った。
「――はっきりいわれると、ちょっと寂しいね」
先生が苦笑する。おめでとう、という言葉なんか、思いつきもしなかった。
空気こもってるなぁ、窓開けよう。独り言みたいに言って、先生は窓に近づき、
思いきり開け放った。強い風が吹き込む。
高台にあるこの場所からは、山に囲まれた市街地が一望できる。
「見晴らしいいから、ここ。いざとなるとちょっと離れがたいな」
笑ってそう言う先生は、吹き込む風に膨らんだカーテンの陰に隠れてしまった。
そんなの嘘だろ。小声で言うと、先生は、カーテンを押さえ込んでから、
首をかしげるようにして視線をこっちによこした。
「嫌いだったんだろ、こんなとこも、俺たちも」
好きだったはずがない。大学受験しか頭にない者の集まるこの学校では、
誰も美術の授業に真面目に取り組みやしない。どころか、美術なんてなければいい
と皆思っていて、5分かそこらで仕上げたような適当な絵を平気で提出する。
美術の時間に、他の教科の教科書を広げることを、悪いなんて誰ひとり思ってない。
そんな生徒たちを、そんな学校を、この人もまた好きなはずはないのだ。
美術教師としての仕事なんてたかがしれてるこの学校は、彼が画壇に出てゆくまでの
ちょうどいい腰掛けだったんだろう。給料を貰って、準備室をアトリエがわりにする。
ただそれだけのことだ。

吹き込む風に煽られて、テーブルの上の通知がかさかさと音をたてて踊った。

ふいに先生が、こちらに向き直った。肩越しに見える青空が、眩しくてどうしようもない。
「……君だって、君たちだってそうだろう?」
そう言って笑う先生の顔はひどくすっきりしていて、それが悔しくて仕方なかった。
俺は違う。言いたいのに、口に出せない。好きだったんだ。
素直に言いたいのに、どうしても言えない。
どんな荒んだ絵でも、かならずどこかを誉める寸評をつけて、全員に返していた。
穏やかな筆跡。思い出すと、震えそうになる。
うつむいて歯を食いしばった瞬間、先生が呟くように言った。
「嫌われ者の言い分だけど、でも、僕は君の絵が好きだった」


弾かれたように、俺は顔を上げた。
先生の、その笑顔が目に入った瞬間に堰を切ったように流れ出てきた感情を、
どう言葉にしていいかわからなかった。
呆然としたまま、何も言えずにいる俺に向かって、静かに先生が言葉を継ぐ。
「いつもていねいに、誠実に、描いてくれてうれしかった。
君の絵があるから、僕は好きだったよ、ここ」
見晴らしもいいしね。そう言って先生は、再び窓の外に向き直る。
窓枠に身を預けて外を眺める先生の後ろ姿から、目を離すことが出来ない。

先生いかないでよ。
思わず口に出した瞬間、先生の後ろ姿は、にじんでうまく像を結ばなくなった。

(*9さん素敵な萌えシチュありがとうございました!がっつり萌えました!)

4729-859送り狼:2007/01/31(水) 18:46:09
土曜日の夜は、彼をあのマンションまで乗せていくことになっている。
家族も金も仕事もない状態で拾われ、彼の専属運転手として雇われてから数年間。
あのマンションに通うようになってからも、もう随分経つ。
「送り狼、って言葉があるだろう」
後部座席に悠然と座り、手にした書類と窓の外とを交互に眺めていた彼が言った。
「ええ」
「この前、彼女と外で会った時にさ。遅いから送っていくって言ったら、『送り狼に
なられちゃ困るからいい』なんて言われちゃって」
苦笑いをする彼の顔をバックミラー越しに見ながら、私も笑い声を出した。
「ははは。若社長も形無しですね」
「参っちゃうよ、ほんと」
土曜日の夜の彼は、いつも幸せそうに笑う。
「送り狼にまつわる昔話をご存じですか」
「知らないな、どんな話?」
「…昔ある男が、女の元へ通う山道の途中で狼に会いまして。狼の喉にものが刺さっていて
とても苦しそうだったので、手を突っ込んで抜いてやったんです。狼はとても感謝して、
それ以来その男が女の元へ通う夜は、男の後をついて歩いて彼を守っていたそうです」
「へえ……じゃあ本当の送り狼は、取って食ったりしないんだ」
「まあ、そういう話もあるということですね」
週末気分に浮かれて混雑する道路を抜け、車は狭い道に入る。
「彼女に教えてやろう、その話」
次の角を曲がれば、幸せな彼の恋人のマンションに着く。

4739-839 嫌われ者の言い分:2007/02/01(木) 20:29:50
「お前ってさ。本当嫌われ者だよな」
「何?藪から棒に」
「いや、結婚したくない男一位だったんだよ、うちの女子社員のなかで」
「僕が?」
「当たり前だろ」
「ふーん」
「仕返しにいたずらしようと思うなよ」
「おー、エスパー?」
「やっぱりか。そんなんだから嫌われんだよ」
「いいよ別に。女はあいつらだけじゃない」
「どーかねえ。お前自身の問題だと思うぞ、おれは。このままじゃまずいんじゃないの」
「何が?」
「お前はさ、上司受け悪いだろ」
「うん」
「同僚の評判も悪いだろ」
「うん」
「おまけに友達も少ない」
「まあ、否定はしないよ。で?」
「まじで性格改善しないと、一人ぼっちになっちまうぞ」
「あーそうかもねえ。でもこの性格は今さら変えられないし、変える気もないよ」
「・・・まあ、そう言うと思ったけど。お前はそれでいいわけ?」
「うん。だって、絶対に一人ぼっちにはならないし」
「ほう。そりゃまた、どうして?」
「だってさ。世界中の人間が僕を見捨てたとしても、君だけは僕を見捨てないからね」
「またえらく言い切ったな」
「だって、そうでしょう?」
「まーな」
「だったらいいじゃない、このままで。特に問題はないでしょ?」
「ああ、確かに」



「ところでさ、君はもっと僕が他の人に好かれて欲しいわけ?」
「んー……まさか」
「じゃあ、やっぱり今のままでいいんじゃない」
「そうだな。お前は今のままでいい」

4749-859 送り狼:2007/02/02(金) 01:27:37
「えーんえーん」
僕は周囲に響き渡るように大きく声を出しました。
「えーんえーん、迷子になっちゃったよぅ」
すぐそこに彼がいることはわかっていたのです。
両の手を目に当てて、泣き真似をしながらも、手の間からそっと茂みのほうを見てみると、
僕の声を聞きつけた彼が、草の影からこちらを窺っています。
僕はさらに声を張り上げ泣いてみせます。
「えーんえーんえーん、お家に帰れないよぅ」
こちらの備えは万端整っているはず。
今朝は念入りに手入れをしたので、自慢の巻き毛もふわふわだし、
寒いのを我慢して露出度高めの装いをしてきたのですから。
ここ数日まともな食事にありつけていない彼が、この僕のを見過ごせるわけないのです。
しかし、草むらからガサゴソと物音はすれども、一向に彼の現れる様子がないのに僕が少し
イラつき始めたとき、「コホンッ」と躊躇いがちな咳払いがひとつ、背後から聞こえました。
そして、緊張した様子で
「き、きみ、どうかしたの?」
僕に呼びかける声がします。
「よっしキタ!」と心の中でガッツポーズをとりながら振り向くと、そこには、彼の、
白粉で顔を真っ白にした、彼の姿がありました。
…僕は、僕自身を、よく堪えたと、褒めてあげたい。よく、笑い噴出さずに耐えたと。
一瞬、泣くのを忘れてポカンとしてしまったた僕を、不思議そうに見ている白い顔。
それ以上直視することはできませんでした。
おそらくは、僕を怯えさせまいと、少しでも僕の姿に近付こうとしてのことでしょう。
彼らしいと言えば、この上なく彼らしい、間抜けた思考と行動です。
そんなんだから、いっつも餌に逃げられるのさと思いつつ、僕は泣き真似を再開しました。
こんなことで出足を挫かれちゃたまらない。
「えーん、迷子になっちゃったんだよぅ」
「か、かわいそうに。私が送っていってあげるよ。きみのお家はどこ?」
用意していた言葉を一息に吐き出すように彼は言いました。
言い終わると、全ての仕事を終えたとばかりに、ほっと息をつきました。
彼としては、こう言ってしまえば僕は言うことを聞いて、大人しく後をついて来るだろうから、
人気のない道にすがらことに及ぶ…というように、万事うまく運ぶと思っていたのでしょう。
しかし、そうは問屋が卸さない。
僕はさらに声を一段大きくし、激しく泣いてみせます。
予定外の反応に途端に慌てふためく彼。
「大丈夫、ちゃんと家まで送っていくよ、本当だよ」
「えーんえーん」
「わっ悪いことしようなんて全然考えてないんだからね!私を信じておくれ」
「えーん」
「ほら、泣かないでお家を教えて」
「えーん!お家がわからないから迷子なんだよーぅ」
「そ、そうだね。そうだよね」
「えーん…」
「どうしようか。どうすればいいかな。弱ったな」
僕をなだめるのに精一杯で、彼は本来の目的など忘れてしまっているようです。
そこで、潤んだ目をして少し上目遣いに見上げれると、彼の咽喉がゴクリと唾を飲み込んで
動くのが見えました。
「お腹が空いたよぅ」
「…私もだ」
ともすると白粉の下から現れそうになる欲望を、必死に押し鎮めようとする様は、
見ていてとても楽しい。
まったく要領を得ない問答に半ば呆れながら、それでも僕は、そんな彼を可愛らしく思います。
初めて彼を森で見かけたあの日から、彼の存在は常に、僕の加虐心を煽情してくるのです。
喰う者と喰われる者という本来の関係を越えて、僕は彼に近付きたいと、
そう願わずにはいられない。
僕はか弱き存在だが、知恵という偉大な力で、今日それを叶えるつもりです。
「寒いよぅ」
「うん、日がだいぶ傾いて来たからね…じゃあ、こうしよう。今夜は私の家へ泊まるといい。
 明日になったら、お家を探してあげるから。家で、あったかいミルクを飲もう」
彼にしては上出来の、僕が思い描いた通りの回答です。
「ミルク?はちみつ入り?」
「ああ、はちみつ入り」
僕は、か弱さと可愛らしさを過剰に演出しながら、彼の袖を掴んで寄り添いました。
泣き止んだ僕にほっと胸を撫で下ろし、彼は歩き出します。
二人の重なった長い影を携えて、彼は今日の狩の成功を確信したのでしょう、
満足そうな顔で独りごちました。
「送り狼なんて言葉、知らないんだろうなぁ…」
そんな彼の影を踏みながら、僕は今夜の成功を確信して、ほくそ笑みました。
羊の皮を被った狼なんて言葉、彼はきっと知らないのでしょうね。

4759-899 シャワー中に濃厚なキスで:2007/02/03(土) 15:25:43
目が回る。
アイツを伝いながら落ちてきたお湯が顔の上を流れていく。
鼻側を通るそれに呼吸もままならない。
口の中を蹂躙しているアイツの舌。
何度も歯を立てかけ、思い止まる。
俺はアイツの声が好きだった。

馬鹿なことをした。
アイツと俺、どっちのキスが巧いかなんてどうでもいいじゃないか。

ああ、目が回る。

震えた膝がタイルに当たる寸前、アイツの腕が俺を支えた。



「……の決着はオレの勝ちだったんだぜ」
「へー、マジで?で、どうやったのよ?」
浮上した意識が最初に捉えたものはシャワー室ではない天井だった。
どうやら気を失っていた俺を運んでくれたらしい。
次いで把握した声はアイツの美声とくぐもった友人の声。
ドアの外にいるらしい友人に得意気に話している。
「いやー、シャワー中だったから後ろに回ってがーって襲ったわけよ。濃厚な一発でクラクラーって…」
「酸欠でだ」
延々と話し続けそうな声を聞きながら、口から出た言葉がアイツの口を一瞬止めた。
今度は「えーそんなー」とか言いながらいじけた振りをしている。
そんなふざけた声でも俺を惹く力は変わらない。
背後から近付いて額を押し下げ、軽く唇を合わせる。
唇を離したと同時に力を抜いて倒れてきた。
「シャワー室で続きをしてやってもいいぜ?」
小さく耳元に囁けば白旗が上がった。

4769-839 嫌われ者の言い分:2007/02/03(土) 18:01:25
彼は一瞬目を丸くして、それからけらけらと笑い始めた。
「俺は別にそんなつもりないですって」
「嘘だ」
「ホントですよ。奪うなんてこと自体、ちっとも思いつかなかった。
 そっか、そういうのもアリか。略奪愛かー…あ、でも愛がないや」
なおも可笑しそうに笑う彼を、俺は睨みつける。
「遊びのつもりなのか」
「いーえ、本気は本気ですよ。佐伯さんと会うようになってから、他の人とはヤってない」
その言葉に眩暈がする。
「いつから」
「んー…元々、二人の関係を知ったのは二ヶ月ちょい前かな。
 俺、裏の倉庫で二人が濃いーキスしてるの見たんですよね」
「……覗いてたのか」
「偶然。奥の棚で探し物……あ、そーいえばあれ頼んだの和泉さんですよ」
「……」
「で、ちょっと興味がわいて近づいてみたっつーか」
「…それで、あいつは受け入れた」
「や、まさか。最初は全然相手にされなかったですよ。冗談だと思われてたみたいで。
 言い寄られたからってすぐフラフラするようなタイプでもないじゃないですか、あの人」
その口が、あいつを語ることにどうしようもない怒りを覚える。
しかし、彼は怯んだ様子も無く喋り続ける。
「で、いつだったかなー…これまた裏の倉庫で、今度は喧嘩してましたよね」
「それも覗いてたのか」
「超生々しい痴話喧嘩。あの後、仕事場じゃ二人とも普通に喋ってたけど。
 そこへメーカーとのトラブルが起きちゃって、和泉さんはそのまま出張へ」
「……そこに付け込んだ」
「うーん、そういうことになっちゃうか。でも佐伯さん、すげー落ち込んでたんですよ?
 その日一緒に飲みに行って、べろべろになったところをもう一押ししたら、落ちました」

あの喧嘩は、今思えば本当に些細なことが原因だった。
しかしあのときの俺は頭に血が上っていて、あいつと顔を合わせるのが嫌で仕方なく、
だから急な出張にほっとしていた。
結局、トラブルを片付けて後始末をして、その間に頭も冷えて落ち着いて、
次にプライベートで会えたのはその二週間後。

――二週間。

「大丈夫ですよ。本当の本当に、和泉さんから佐伯さんを奪おうとか思ってないですから」
「……だったら別れてくれ」
「だからぁ、佐伯さんにそう言われたら大人しく諦めますってば」
「あいつはまだ、俺が気づいたことには気づいてない」
「だったら胸倉掴んで『俺とあいつのどっちを選ぶんだ!』って迫ればいいんですよ。
 百パーセント、あの人は和泉さんを選ぶから」
そう言って彼はまた笑う。
「一応、俺も本気なんで」

俺はその笑顔が憎らしくて仕方なかった。

4779-909 お母さんみたい:2007/02/05(月) 01:28:07
「あったかい格好してけよ」から始まり「受験票は?」「地下鉄の乗り換えはわかる?」と続いて、
「切符はいくらのを買えばいいか」に到ったとき、俺は去年のことを思い出していた。
世の受験生は、皆このような朝を過ごすものなのだろうか。
昨日まで散々繰り返してきた会話を、当日の朝の玄関先で再びリピート。
俺、受験二年目ですが、昨年はかーちゃんがこんな感じだった。
そんで、朝っぱらからカツ丼食べさせられて、油に中って、惨憺たる結果を生んだのだ。
そのことについては恨んでいない。むしろ感謝している。
なぜかというと、一年間浪人させてくれた上、都内の叔父さんところに下宿を許してくれたからだ。
「それからこれ、頭痛くなったりしたら飲んで。眠くならないやつだから」
手のひらに錠剤を数粒のせて、差し出すこの人が、俺の叔父さん。
「お腹下したらこっち。気持ち悪くなったらこっち」
まったく、心配性なところも、お節介なところも、かーちゃんそっくり。
かーちゃんみたいだと指摘したら、神妙な顔つきで
「最近自分でも似てきたと思う」と答えたので笑ってしまった。
まあ、血の繋がった姉弟なんだから、似ていて当然なんだけど。
叔父さんは、かーちゃんとは十以上も歳が離れていて、むしろ俺とのほうが歳近く、兄弟のように育った。
高校卒業と同時に、家を出て一人暮らしをすると知ったときは、俺はダダをこねて泣いたのを覚えてる。
会いたい一心から、毎月一度は、電車で一時間ちょっとの距離を一人で訪ねたりした。
そのまま都内に就職を決め、実家に帰ってこないとわかったとき、俺も上京することを決意した。
本当は、大学生になって、近くにアパートを借りるつもりだったのが、浪人という立場ゆえ、
一人暮らしよりは…と、何だか勝手によい方向へ転がって、同居なんて嬉しい状況を手にしている。
おかげでこの一年、結構バラ色の浪人生活を送らせてもらったと思う。
「そんなに心配なら、一緒に行けばいいじゃん。どうせ同じとこ行くんだし」
この人は今、大学の事務で働いている。
俺が去年見事に不合格となり、今年は余裕で合格するつもりの大学だ。
「じゃあ一緒に出ようよ。ほら、すぐ着替えて来い」
「やだよ。今出たら早く着きすぎちゃうもん」
「受験生なら余裕持って出かけるべきだろ!?」
だから、余裕なんですよ。一年も余計に勉強したからね。そんな心配しないでよ。
「そっちが俺に合わせてくれたらいいじゃん」
冗談のつもりで言ったのに、全部真に受けて困った顔なんてされると、もっと我儘言いたくなっちゃうんだよね。
「仕事だもん無理に決まってるだろ」
いい歳した大人が、口尖らせてみせたって…可愛いから。上目遣いとか、可愛いから、やめてください。
あーあ、不貞腐れちゃって…こういうとき俺、どっちが年上かわからなくなるよ。
「いいの?時間」
俺の声にハッとして時計を見ると、慌てて靴を履いて飛び出した。
玄関の扉を開け身体を半分外に出したところで、彼はまた振り返って俺を見る。
まだ何かあるのかー?と思っていたら、扉の閉まる音がして、彼が近付いてきて、
頬を両手で挟まれて、ぐいっと引っ張られたと思ったら、キスされてた。
身長差に加え玄関の段差のため、俺は前屈みでアンバランス。されるがまま口付けを受ける。
ゆっくりと唇の形を確認するように味わって離れていった顔は、それでも名残惜しそうで、
物足りないと、目が、唇が、語っていた。
あーもー、自分から勝手にキスしておいて、そんな顔すんなよな。
もっと色々したくなっちゃうじゃないか。俺、受験生だぞ。
まったく、そういう無意識に甘え上手なところも、かーちゃんそっくりだ。
ま、かーちゃんとはキスはしないけど。
俺はこの人たちには一生敵わないと思うよ。
「じ、じゃあ俺、先行ってるから」
自分の行動に今更、耳まで真っ赤にしながら、彼は俺の目を見て言う。
「頑張れよ」
しっかりと力強く響いた言葉を残して、今度は振り返らず出て行った。

頑張るに決まってるじゃん。
もうアンタにあんな物足りなそうな顔させられないからね。

4789-919 あやかし×平安貴族:2007/02/05(月) 02:30:14
雨が降り始めた。最初は小粒の雨だれだったが段々と雨脚が強まっていく。
勝利に沸き立っていた周りの人々は、その興奮に文字通り水をかけられたのか、
足早に山道を引き返していく。

しかし、彼――私の仕える主人だけは、その場に佇んだまま動こうとしなかった。
右手に剣を携えたまま、雨に打たれている。

私は主人の元に走ろうとして、一瞬だけ躊躇した。
彼の足元に転がるそれが、また起き上がり牙を剥くのではと思ったのだ。
しかし、すぐにその考えを打ち消して傍に駆け寄る。
「中将様、お怪我は」
訊くと、彼は足元から目を離さず、ただ「ない」と短く言った。
その視線につられるように、私も足元を見る。

それは、漆黒の毛並みを持つ獣だった。今は骸となって地に横たわっている。
大きな体躯をしたそれは山狗に似ていたが、本来は何という獣なのか私には分からない。

宮中に災いをもたらす妖の者だという話だった。
元は獣であっても気の遠くなるような月日を生き長らえるうちに、知恵をつけ
恐ろしい力を振るい、妖の術を使い、ときには人に化けることもあるという。

仕留めたのは、彼だった。

「あまり雨に濡れると御身体に障ります」
それでも彼は、骸から目を離そうとしない。
「…それは、もう事切れておりましょう。心配なさらずとも」
「なぜ此処で待っていた」
「……は?」
「逃げろと、言ったのに」
見れば、彼の剣を握るその手が微かに震えている。
「攫わないどころか逃げもしないとは、お前は本当に…」

意味が分からず、どう返事をしたものかと逡巡していると
彼は顔を上げ不意に「戻る」と言った。
そのまま、私の返事も待たずに歩いていく。私も慌てて後を追う。

「中将様が仕留められたとお聞きになれば、主上は一段とお喜びになるでしょうね」
主人を和ませようとして出た言葉だったが、彼は何も答えなかった。
硬い表情のまま、後ろを振り返ることもなく、足早に歩いていく。

この三日後に、彼が自らの身を湖に投げ出すとは、このときの私には知る由もなかった。

4799-879 探偵と○○:2007/02/07(水) 01:14:24
「先生! 何を呑気に食事してるんですか!」
「やあ黒木君。ここのモーニングは美味しいね。スクランブルエッグが半熟で絶品だ」
「卵の固さなんかどうでも……」
「一流の美術館の向かいにある喫茶店は、モーニングも一流なのだね」
「そんなものいつだって食べられるでしょう!」
「モーニングは午前中にしか食べられないよ。君はおかしなことを言うねぇ」
「あの泥棒を捕まえてから食べればいいじゃないですか!」
「まあまあ。いいじゃないか、そんなに急がなくても。怪盗君が逃げるわけじゃなし」
「逃げますって! 寧ろモーニングの方が逃げません!」
「予告の時間にはあと二十分ある。あの怪盗君は時刻には正確じゃないか」
「先生は泥棒の言うことを信用するんですか。怪盗を名乗っても所詮は犯罪者ですよ」
「手厳しいね」
「今回は先生宛に挑戦状まで送りつけてきて」
「買い被られて光栄だ」
「僕は怒っているんです。先生を馬鹿にしてる!」
「余程の自信があるのだろうね」
「さあ先生、僕たちも早く美術館へ行きましょう! 警部たちも待ってます」
「そうだね。……うん。それじゃあ、そろそろ行こうか」
「今度こそあの泥棒を捕まえてやりましょう!」
「……あ、ちょっと待ってくれ黒木君」
「何ですか!! 食後のコーヒーが飲みたいとか言うんじゃないでしょうね!?」
「違うよ。どうやら財布を忘れてきたらしい。すまないが、貸してくれないか」
「……。まったくもう。ではこれで……ってうわっ!?」
「黒木君が助手でいてくれて幸せ者だと、私は常々思っているんだよ」
「せっ、先生、今はこんなことしてる場合じゃ……」
「失敗だったねぇ」

紙幣を握り締めた彼を抱きしめたまま、私は耳元で囁いた。

「捕まえたよ、怪盗君」

4809-949 妻子持ち×変態:2007/02/09(金) 23:35:04
通話を終了して携帯電話をテーブルに置く。と、ベッドの方からくぐもった声がした。
「奥さん?」
「……起きてたのか」
「気ィ失ったままだと思ってた? あ、だから普通に喋ってたんだ」
毛布にくるまったまま、にやにや笑っている。
「なんでこの時間に電話……ああ、今の時間って会社の昼休みか」
「……」
「奥さん何の用だった?今日は早く帰ってきてね、ってラブコール?」
「お前には関係無い」
「まさか旦那が仕事抜け出して昼間から男を抱いてるとは思ってないだろうなぁ」
睨みつける。
しかし悪びれた様子もなく「俺なら夢にも思わない」と頷いている。
「ねえ、奥さんからの電話が十二時過ぎにかかってきてたらどうしてた?」
「知らん」
「ヤってる最中でも誰からかは分かるよね、着メロ違うから」
「……いつから起きてた」
「もし今度そういうシチュエーションになったらさ、
 『電話に出ないで今は俺だけを見て』って泣きながら健気にお願いしてやるよ」
「馬鹿なことを」
「俺が泣いたらアンタいつもがっついて来るじゃん。俺の泣き顔が好きなんだろ?」
「ふざけ――」
「やっぱり奥さんと娘さんが一番大事?」
怒鳴りかけた言葉が喉元で止まった。
「ちなみに俺はね、アンタが家族と俺を天秤に乗っけて悩んでるときの表情が一番クる」
そう今みたいな感じの、とこちらを指差すその顔は楽しそうだった。

4819-949妻子持ち×変態:2007/02/10(土) 02:23:29
散る火花、電動ドリルの回転音、荷を積載して行き交うトラックの軋み、砂埃、
天を突く事を恐れず真っ直ぐ伸びていくクレーン車の腕が、白日の空には余りに
不調和に過ぎる黒い鉄骨を高々と吊り下げる下で、労働者達の怒号が交差する。
決して気短な人間ばかりではないのだが、種々の工程に付随した騒音が
鼓膜を刺激しない建設現場など未だ有り得ず、スピード、効率を高めることに腐心する
人々は拡声器を握り締め、腹の底から大いに声を張り上げる一方で、かつ瓢箪型を
した小さな耳栓に世話になりもした。
作業音に限らず、どんな職場にも耳を塞いでしまいたくなるような害音は存在
するもので、特にそれが人の喉から発された聞くにも耐えない言葉であり、己が身を
おびやかす予感すら匂わせていた場合、鉄拳の一つも見舞いたくなるのが
人情というものだ。決して、自分は気短な性質ではなかったはずなのだが。
「愛しています」。
そう口にして縋りつこうとしてきた若者の頬を一発、殴り飛ばした瞬間にこそしまった、
と思ったが、未舗装の赤土の上に上等のスーツで尻餅をつき、脚を広げて
ポカンとした顔がやがて我を取り戻し、敢然と同じ愚言を繰り返そうとするので、
二発目は全く遠慮無しに腹に打ちこんだ。
「この、ド変態が!」
男の多い職場である。世に同性愛を嗜好する者があることも分かっている。
しかし自分がその対象にされるとなるとただ黙っているわけにはいかない。
長く現場第一線に立ち続ける中、まさかこの身が他人に向けてそういった種類の
罵倒を吐こうとは思いもしなかった。
大手建設会社から工事管理、現場にて細かな調整に当たるために派遣されてきた
建築士であるというこの男も、初見ではまともに映ったのだ。育ちのよさそうな顔立ち
に堅実な仕事、現場監督としてのこちらの立場を軽んじることもない、非常な好青年
ぶりを発揮していたはずが、
「調子に乗るなよ、若造が」
「むしろあなたが僕に乗るべきだ!」
今では二者の間には静電気のようにピリリとした緊張が流れ、四六時中
獣のように気を張っていなくてはならなくなってしまった。
どうしてこんなことになったのか。俺が一体何をした。
隙を見せないよう、化粧前で剥き出しの鉄筋の壁で尻を隠しながら横伝いにじりじりと
歩く。若者の頬には痣が増えた。血を吐いて鳴くホトトギスのように鋭く、愛して
いますと迫るたびに一撃、また一撃を加えたためだ。言葉の激しさに応えたわけでは
なかったが、一切の手加減をしなかった。
目障りな変態相手に情けは無用と感じたからだ。
ボクサーのように痣を誇りこそしなかったが、若者はそれを隠そうともしない。こちらの
拳の痛みなどお構い無しに日々青に黄色に、斑に広がっていく模様に声をかける者
もいたが、明確な返答をした事はなく、目元に満足そうな笑みを刻むのみだった。
ホモでマゾか。救いようがない。
アブラゼミの声を聞きながら、「夏場のヘルメットは頭がサウナですねえ」
などと気負いのない会話をしていた頃がひどく懐かしかった。
たまらず、泣きを入れた。自分は妻子ある身だから、これ以上付き纏うのはやめてくれ
と拝み倒したのだ。彼は不意を突かれたようにきょとんとしていた。
どうやらこちらが既婚であることを知らなかったらしい。
申し訳ない事をしたと、頭を下げる様は潔かった。
「僕は我侭を言って、現実を受け入れたくなかっただけなのかもしれない。
あなたはちゃんと、最初から答えをくれていたのにね」
そう言って、若者は頬を押さえた。
こちらについての十分な知識もなく、そんな余裕もなく、ひたすら心の滾るままに
彼は突っ走っていたのだろうか。だからといってあのしつこい猛勢に得心が行くわけ
ではなかったが。自分はかつて妻に限らず、これほどまでの情熱でもって誰かに
接したことがあっただろうか。
あなたを好きでしたと、振り切るように彼は最後に告白し、およそ一月後、我々の
手掛けた建物は無事竣工式を迎えた。
式典から帰宅して玄関で黒光りする靴を脱ぐ間もなく、小学生になる娘が駆け寄ってきた。
「お帰りなさい、お父さん!」
見上げてくる、澄みきった黒い二つの輝きにふと何かを思い出しかけた。そう言えば
こんな目をしていた、ひどく一途な目をして追いかけてきていたんだと、彼の熱を
今更のように胸をよぎらせ、両手を差し出して、ゆっくりと娘を抱え上げた。

4829-979 息子の友人×父親:2007/02/10(土) 02:47:19
「おとうさんを僕にくださいっ!」

それは我が最愛の息子の、晴れの成人式の日のこと。
本日はお日柄もよく滞りなく式も執り行われ、凛々しい紋付袴姿に惚れ惚れと
息子の健やかなる成長を、天国の妻に報告しようと仏壇に向かって手を合わせた時だった。
先ほど帰宅した息子が、友人と二人で引き篭もった奥座敷から、大きな声が聞こえてきた。
何事かと思い襖の陰から中を窺えば、袴姿の若者が二人向かい合い、
我が息子の親友A君が、畳に頭を擦り付けるようにして土下座をしている。
息子は神妙な顔で腕を組み、そんな彼を見下ろしている。
そして再び、
「おとうさんを僕にください」
今度は噛締めるようにしっかりと、腹の底から響くような頼もしいA君の声。
何か昔のテレビドラマなんかであった結婚を許しをもらいに行くシーンみたいだなと、
少しワクワクしてみたけれど、ちょっと待って?お父さんって俺のこと?
普通「お嬢さん」を「お嫁に」くださいを「おとうさん」に言うのであって、
「おとうさん」が「ください」の対象ってどういうことデスカ?
俺、お嫁に行かされちゃうんデスカ?
ちょっと待ってクダサーイ。
私には永遠の愛を誓った人がいるんです。亡くなった妻への愛を生涯貫く覚悟なんです。
いきなりお嫁に来いとか言われても困ります。
そもそも息子の親友A君とそんな関係になった覚えはないのです。
そりゃ彼は、息子がいようがいまいが、毎日のように我が家へ遊びに来ているので、
よく知っているし、既に家族の一員みたいな気持ちはあるけれど、あくまで俺にとっては
息子が一人増えたようなものだというだけで、それ以上の感情などあるはずもなく…。
いやいや、それより、いきなり本人の承諾もなくだね、息子に了解を得に行くのは順序が違うんじゃ?
そんな不束者に、大事なお父さんはあげられないよな?息子よ。頼りにしてるぞ、言ってやれ。
「お前の気持ちは知ってた」
張り詰めた空気を割るように、息子が口を開く。
「いつかこんな日が来るんじゃないかと思ってたよ」
えええええ!?そうなんだ!?俺は全然知らないんですけど?
「けど…何から話せばいいかな」
よし、丁寧にお断りするんだ。
親友といえども、大事なお父さんはあげられませんって言え。ガンバレ。
「あれは俺の祖父だ。おじいちゃん。親父はさっきからあそこで、赤くなったり青くなったり
 一人煩悶してる挙動不審者」

ああ見えて今年で三十七歳だ。若作りっていうか、精神的にも幼いっていうか、よく兄弟に間違われるよ。
高校卒業前に俺が出来ちゃって、まあオフクロが結構年上だったから何とかなったみたいだけど、
はっきり言って俺もあんまり親父と思ったことないんだよね。頼りないし。ガキだし。
子供の頃から一度もお父さんとか呼んだことないし。呼び捨て。間際らしくて悪かったな。
で、お前が親父だと思ってた祖父だが、十五で親父が生まれたって聞いてるから、まだ五十代だけどさ、
あの人は、お前の手におえるような人じゃないぞ。悪いことは言わないから、引き返せるうちに引き返せ。
化け物みたいなもんだ。男も女も、あの人の毒牙にかかって破滅してった奴を何人も知ってる。
まさか未成年にまで手を出すようになったとは…歳の差なんて関係ないって、まあそうだけど。
ああ、そうだな。もう今日から成人だ。だからもう犯罪にはなんないって、お前は来たわけだ。
でも、一度嵌ったら抜け出せない、底なし沼に飛び込むことになるんだぞ。
そりゃ今は、それでもいいって思ってるだろうけど、それはわかるけど。
親友のお前の背を押すようなことは、俺にはできない。
いや、仲を引き裂くとか大げさなもんじゃなくて、いや、そうなんだけど。
お前は今病気にかかってるんだ。病だ病。だから俺の言うこと聞いとけ。
許してくれないなら駆け落ちするって、馬鹿かお前は。
ああもう、だいぶ毒がまわってるな、もう手遅れか?
おぉい、目を覚ませー!

4839-989ふたりだけにしか分からない(1/2):2007/02/11(日) 18:44:02
市民公園の大きなケヤキ、それをぐるっと取り囲むベンチに座る人影ふたつ。ケヤキを挟んで背中合わせのふたり。
つまらん昔話でもしようか、と、片方が呟く。昔を語るにはあまりに幼すぎる声。
「…昔々、黒い妖(あやかし)がいてな。ここらの村人は皆、夜になると家に閉じこもって震えておった」
背中合わせに座った人影が続ける。
「妖は家畜を襲い、作物を荒らし、井戸の水を濁らせた。
 挑みかかった剛の者は皆、翌朝には骨になり転がっていた」
「…訂正しろ。骨なら食えんが、あれはまだ食えた」
「細かいところにこだわるな、お前」
「犬畜生と一緒くたにされるのが不快なだけだ」
明らかに機嫌を損ねる幼い声に思わず苦笑を漏らす、その声も決して年経ているとは言い難い。
「…まぁよい、続けるぞ。
 ある日、村に武者修行なんぞという名目で旅をする若造がふらりと現れた」
「話を聞いた若者は、一宿一飯の恩義にその化け物を退治しようと申し出た」
「そして…」
幼い声が言葉を紡ごうとするのを遮り、もうひとつの声が語る。
「夜に暴れるならば昼に討てばよかろう、と、若者は妖の寝倉と噂される山へと分け入った」
「!」
「若者は山の奥深くで木漏れ日の日向に寝転ぶ妖を見つけた」
「……」
「漆黒の毛並みは艶やかに日に輝き、血の如く朱い目は満足げに細められていた。
 ぐるぐると鳴らす喉の音は離れた場所から様子を窺う若者の所まで伝わり響いた」
一気に語り、ふぅ、と息をつく。
「やがて妖は寝入り、若者はゆっくりと近付いた」
「何故そこで斬らなかった?」
「妖の毛並みがあまりに綺麗だったので、撫でてみたいと思った」
「っ!!」
「自分の背丈以上もあるその妖の喉を、耳の後ろを撫でた。
 寝ぼけているのか、妖はされるままになり、ぐるぐると喉を鳴らして若者の手に頭を擦り寄せた」
「……不覚。あの日に限って寝呆けたとは」
「不覚という事はないだろう。おかげで妖は生き長らえたんだ」
「ほんの数刻だがな」
幼い声が忌ま忌ましげに呟き、もうひとつの声は続ける。
「あとは、あそこの立て看板に書いてある、この公園の名前の由来になった伝説の通り。
 その晩から妖と若者は三日三晩の死闘を演じ、ついに若者は妖を討ち果たした」
「嘘をつけ。あれは俺と若造の骸を見つけた輩が勝手に

4849-989ふたりだけにしか分からない(2/2):2007/02/11(日) 18:47:20
でっちあげた話だろう」
「…そうだな、決着はあっという間だった。
 若者は妖に捩伏せられ、瀕死の重傷を負った。
 死を目前にして若者は強く思った。この妖を他の誰かに倒されるのは嫌だ、と」
「何故」
「惚れたのかもな。宵闇に躍る強く美しい姿と、木漏れ日の下で眠る愛らしい姿を見せられて」
「……はっ、馬鹿馬鹿しい。人と獣だぞ?」
「最期の力を振り絞り、若者は妖の首を撥ねた。
 薄れる意識の中、若者は思った。何故、妖は自分にとどめを刺さなかったのか、と」
「…いらん事を思い出しただけだ」
幼い声に、ふっ、と自嘲めいた笑いが混じる。
「とどめを刺そうと覗き込んだその顔が…
 そのまた昔々、妖のその二叉の尾がまだひとつであった頃、その頭を撫でられた主君にうりふたつだっただけの事よ」
「……」
しばし沈黙が辺りを支配する。街の喧騒がやけに遠い。
「…あの夜は曇りだったな」
「ああ。だから、人はおろか月や星すら本当の事を知らない」
「二人だけにしか分からない真実、か」
悪くない、とふたつの声が笑いあう。
「笑うか、若造。貴様を殺したこの俺と共に」
「お前こそ笑うか、黒猫。俺こそお前を殺しただろう」
「憎しみや怨みはどうにも妖の骸に忘れてきてしまったらしいな」
「俺はもとよりお前を怨んではいないさ」
片方の人影が立ち上がって何かを背負い、反対側の人影へと歩み寄る。
「…とりあえず、若造呼ばわりをまず止めろ。今はお前が年下だ」
声をかけられた少年は、目の前の相手のランドセルと自分の小さな肩掛け鞄を見比べ、「そうだな」と呟いた。
「なら、何と呼ぶ?」
「ヒロキ。ちなみにお前と会った当時の名は…」
「いらん。現世を生きるには必要ない」
「幼稚園児には不似合いな言葉遣いだな」
「たわけ。貴様と話すから合わせてこの口調にしているだけだ」
黄色い帽子を脱ぎ、悪戯めいた笑みでランドセルの少年を見上げる。幼児独特の柔らかな黒髪がさらりと揺れた。
「…撫でたいか?ヒロキ」
「おう。撫でてじゃらして可愛がりまくってやるぞ、黒猫」
「貴様も、れっきとした人間に向けて猫よばわりは止めろ。【コウタ】だ」
ヒロキにくしゃくしゃと髪を撫でられてコウタが笑う。
妙な縁の妙なふたりが互いに懐古以上の感情を抱きあうのは、まだまだ遠い先の話。

48510-19 捨て猫がついてくるんですけどww まじどうしよう:2007/02/13(火) 01:26:35
「おっす」
「……それは何だ」
「向こうの公園に捨てられてた。ちょっと構ってやったら懐かれちゃって」
「それで無責任に連れて来たのか」
「だって、みーみー鳴きながらちょこちょこ付いてくるんだぞ。ほっとけない…」
「お前と似てる」
「ん?」
「都合のいいときだけ寄ってくるところが」
「ちょ、都合のいいって、俺が?」
「こっちの事情お構いなしに転がり込んできて、それなのにある日ふっといなくなって、
 忘れた頃にまた何食わぬ顔して戻ってくる。自分の都合じゃなくて何なんだ」
「え。もしかして、怒ってる?」
「ああ」
「えーと……ごめん、図々しかった」
「……」
「…それじゃこれで」
「どうして出て行った」
「はい?」
「どうして何も言わずに出て行った」
「あの。割のいい長期バイトがあってさ。それが現場に泊り込みで」
「……」
「貯金が底を尽きそうってバレたら、またお前に怒られると思って」
「だからって今まで連絡の一つも寄越さないのはどうなんだ」
「うん。…すいませんでした。ごめん」
「分かればいい」
「……あれ?」
「何だ」
「怒ってるのって、黙って出て行った方にだけ?」
「は?」
「いや、元々の転がり込んだ方には怒ってないのかなーって」
「それは……今更」
「良かったー。ついにお前に見捨てられるのかと思って本気で焦った」
「……大袈裟な」
「じゃあ、上がらさせてイタダキマス。あ、コイツは」
「勝手にしろ」
「ありがと。良かったな、お前も上がっていいってよ。命拾いしたなぁ、お互い」
「さっさとドアを閉めろ。寒い」
「ういー。なあなあ、牛乳ある? こいつ腹減ってるみたいなんだけどさ――」

48610-49 この胸を貫け:2007/02/15(木) 23:35:11
「よ、お疲れ」
顔を上げると西崎さんがいた。俺も「お疲れさまです」と返す。
壁際の自販機にコインを入れながら、西崎さんは俺を見て少し笑った。
「どうした。なんだか本当にお疲れ風に見えるぞ」
「やっぱりそう見えますか?」
そう返すと、彼は僅かに目を瞠ってその笑みを引っ込めた。
「何かしんどいことでもあったのか?」
心配そうに訊ねてくる。俺は何秒か逡巡して、思いきって口を開いた。

「……俺、近いうちに死ぬかもしれないんです」
「おいおい」
俄かに深刻な表情になる西崎さんに、俺は慌てて説明する。
「いや、あの、別に死にたいとか、そういう訳じゃないんですよ。ただ」
「ただ?」
「その…。最近、殺される夢をよく見るんですよ」
笑われるだろうかと様子を伺うが、彼は指を止めたまま真顔でこちらを見ている。
「同じシチュエーションで、毎回、同じように殺されるんです。
 最初の頃は疲れてるのかと思ってただけなんですけど…」
しかし、それが五回も六回も続くと、さすがに気になってくる。
「いわゆる予知夢みたいなもんじゃないのかって、心配になってきて」

「なるほど」
西崎さんは頷いてから、自販機ボタンを押した。がこん、と音がする。
「確かに気味悪く思うかもしれないが、こういう話もあるぞ」
言いながら、「おごりだ」と取り出した缶コーヒーを、俺に投げて寄越す。
「殺される夢は、今自分が抱えている悩みやトラブルが解決する予兆である」
「解決の予兆、ですか」
「特に現実に問題が起こっている相手に殺されるのは、その問題が解決する前触れなんだと。
 殺され方によって色々意味が違うらしいぞ。首を切られる夢は仕事の悩み、とか」
そう言って、西崎さんはにっと笑った。
「良いことの前触れだと思っていた方が気が楽だぞ」
彼の笑顔につられて俺も無意識のうちに笑っていた。

「じゃあ、俺のはとりあえず仕事の解決ではないですね」
「お前の場合は?」
「刺されるんです。胸を刃物でこう、ブスッと一突き。腹を刺されたこともあります。
 刃物が入ってくる感覚だけ妙に生々しくて、でも不思議と痛くはないんですけど」
刺殺の場合は何の悩みなんでしょうねと言うと、不意に彼の笑顔がにっ、からニヤリに変わった。
「それはあれだ。欲求不満だ」
「よっ……」
「刃物で刺されるという感覚のイメージが共通している、らしいぞ。
 ま、それは女の場合のような気もするが………、っておい。東、大丈夫か?」
「…………」
「あー…とは言っても、以前読んだ本の受け売りだから。あまり気にしないでくれ。すまん」
俺が返事をしないのを、ショックを受けたからだと思ったらしい。
申し訳なさそうに、こちらを覗きこんでいる。

俺は、彼の顔をまともに見ることができなかった。

(夢で俺を殺す相手、西崎さんなんですよ…)

48710-49 この胸を貫け:2007/02/16(金) 18:22:36
2月16日、会社員芦野基彦(27)が仕事を終えて自宅アパートに帰宅すると、
六畳の日に焼けた畳の真ん中に、不釣合いなストロベリーブロンドの美少年が、
正座をして待っていた。

「…どちらさまですか?」
「こんばんわ。私はキューピッドです」
「すいません、部屋を間違えたようです」
「芦野基彦さんでいらっしゃいますね?」
「…はい」
「初めまして。私はあなたの恋心を奪うためにやってきました」
「はあ?」
「さる2月14日午後6時24分15秒、○×駅前広場噴水横ベンチにて、
 同僚花丸希美子さんから差し出されたチョコレートを受け取りませんでしたね?」
「はあ?」
「受け取りませんでしたね?」
「…はあ」
「契約により、この鉛の矢を撃ち込んで、あなたの恋心には死滅してもらいます」
「ちっ、ちょっと待って!何それ弓矢!?こっち向けないで危ない!」
「逃げないでください。すぐに済みます」
「ひぃ〜っ殺される〜!!」
「生命に危険はありません。安心して」
「安心できるかっ!!」
「あっ何するんですか、返してください!」
「没収!こんな危ないもの子供が持ってはいけません!」
「子供とは違います。キューピッドです」
「まずは話し合おう。話を聞こう…って君、何で裸なの?」
「キューピッドですから」
「…キレイな肌してるね」
「キューピッドですから」
「……君、キレイな顔してるねぇ」
「キューピッドですから」
「ほぁ〜」
「あれ?恋色メーターが反応してる。私、間違って黄金の矢を撃ちましたか?」
「黄金の矢ってこれ?これ撃つと恋しちゃうの?」
「あっ黄金の矢までいつの間に!?」
「これ黄金で出来てるの?結構軽いね」
「あ〜ん、返してくださ〜い」
「そんな涙ぐまれると困っちゃうなぁ。もう俺を狙ったりしない?」
「それはできません、契約ですから」
「何その契約って」
「チョコレートを買ってくださったお客様へのオプションサービスです。本来なら、
 意中の相手がチョコレートを受け取り、箱を開けると私たちキューピッドが現れ、
 黄金の矢を撃ちこむことで、目の前の相手に愛情を芽生えさせるという内容です」
「最近のバレンタインはすごいことになってるんだな」
「しかし花丸様の場合、チョコレートをあなたが受け取らなかったので、本日、
 鉛の矢を撃って相手が恋を嫌悪するようになるオプションを追加で購入いただきました」
「それ何て呪い代行業?」
「契約をきちんと履行しなければ、私が上司に怒られるんです〜ぅ」
「可愛い声出してもだめですぅ」
「矢を奪われたことまでばれたら、クビになっちゃいます〜ぅ」
「俺だって恋が出来なくなるなんてごめんですぅ」
「私キューピッド失格になっちゃいます〜ぅ」
「じゃあ、うちにくればいいじゃない」
「え?」
「えいっ」

ぷすっと、芦野が伸ばした手の先の、黄金の矢が少年の胸を貫いた。
後に彼はこのときのことを、次のように語っている。

矢が胸を貫いた瞬間、世界は大きく色を変え、全てのものが美しく輝きだし、
天使が祝福のラッパを吹いていた。頭の中では絶えず鐘が鳴り響き、熱き血潮に
顔が紅く染まるのを止められなかった。そして、目の前には軍神マルスの如き
逞しく美しい男がおり、自分に熱い視線を向けていたのだ。

「鉛の矢は返すよ。さあ、この胸を貫いてごらん」

男は両腕を大きく広げ、少年に向かい微笑んだが、少年は矢をつがえることすらできなかった。
それよりも、高鳴る胸の音を聞かれやしまいかと恥ずかしくて、どこかに逃げ隠れてしまいたかった。

4886-279 教師二人:2007/02/18(日) 16:26:34
さあ帰るかと、車のキーを取り出しながら中庭を横切っていると、
どこからともく「花村せんせー」と名前を呼ばれた。
立ち止まって辺りを見回すが、薄暗い中には誰の姿も見えない。
「ここですここー。上です」
見上げると、二階の理科準備室の窓から同僚が手を振っていた。
「鳥井先生。まだ残ってらっしゃったんですか?」
若干声を張り上げると、「それがですねぇ」と呑気な声が返ってきた。
「ちょっと今、大変なことに」
「は?」
「花村先生、もう帰るんですよね?」
「え。あ、はい」
「もし良ければ、ちょっと時間とってもらえないですか」
「え?」
「お願いします。このとおり。俺を助けると思って」
二階から拝まれては「いえ、お先に失礼します」とも言えない。
仕方なく、キーをポケットに仕舞って第二校舎へ入って二階へ上がる。

理科準備室のドアを開けると、そこは真っ白な世界だった。
比喩ではない。本当に白かった。机も、椅子も、床も、粉まみれになっていた。
「鳥井先生、これは一体……」
「いやぁ、授業で使う重曹を袋ごとぶちまけてしまいまして。あはは」
白い世界の中で白衣を着た男は、能天気に笑っている。
「明日必要なんで準備をしてたんですが、大五郎にぶつかってしまって」
「大五郎?」
「そいつです」
指差す先には人体の骨格標本があった。
「ガイコツに名前をつけてるんですか?」
「俺じゃないですよ。昔からそういう名前らしいです」

骨格標本の他にも、人体模型やら鉱石の標本やら実験器具やらが置かれている。
準備室というくらいだから、本教室よりも物が多くて雑多なのは当たり前だ。
当たり前なのだが…
「なんだか、物凄く散らかってるように見えるんですけど」
「それが、重曹を拭こうと思って雑巾取ろうとしたら、そこの台にぶつかって」
「よくぶつかりますね」
「積み上げてた物が、ガラガラドーン!」
三匹の山羊ですかと言いそうになったのを飲み込んで「崩れたんですか」と相槌をうつ。
「そうなんですよ。連鎖反応って怖いですよねぇ」
「はぁ」
「お願いします、花村先生。片付けるの手伝ってもらえませんか」
また拝まれてしまった。
「お礼に、今度ケーキをご馳走しますから」
「いえ、別にお礼とかそういうのは……」
と言うよりも、何故唐突にケーキなのか。思考の展開がよくわからない。

「でも、知ったからにはこのまま帰るわけにも行きませんし。手伝いますよ……うわっ」
頷くやいなや、もの凄い勢いで両手をがし、と掴まれた。粉まみれの手で。
「ありがとうございます」
そのままぶんぶんと上下に振られる。まるで世紀の実験に成功した研究者だ。
「力を合わせて、跡形もなく片付けましょう」
「あ、跡形も無く?」
そこでその言葉の使い方はおかしくないだろうか。
「何の痕跡も残しておかないようにしないと。風見先生にバレたらどうなるか」
「風見先生?」
「今度こそ雷が直撃だ。容赦ないんですよ、あの人。
 あ。花村先生も、どうかこのことは黙っておいてください。ケーキに免じて」
「あの、だからケーキは別にいいですよ」
件の風見先生とは、別の理科担当の教師である。
以前にも何かやらかして怒られたのだろうか。失礼だが、容易に想像できてしまった。

「とりあえず。いきなり雑巾で拭いても駄目ですよ。高い所から順番にやらないと。
 最初は机や椅子を叩いて、それからから拭く。床は最後に掃きましょう」
「おお、なるほど。位置エネルギーに則るわけですね」
そんなに感心されても困るのだが。というか、その納得の仕方に納得がいかない。
ため息をひとつついて、着ていたコートを脱いで、腕まくりをする。
(帰れるの、何時になるかなぁ……)
自分の心配を他所に、彼は鼻歌を歌いながら、人体模型にかかった粉を払い始めている。
妙に楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。
(……。頑張ろう)


翌日、『手伝いのお礼と口止め料』という名目で、彼は本当にケーキをご馳走してくれた。
化学反応の実験の副産物、電極が差し込まれたカップケーキを。

4897-419 自分の萌えを熱く語れ!:2007/02/18(日) 23:17:39

 皆さん今晩は。
萌えについての勉強ですが、今日は『自分の萌を熱く語れ!』というテーマで少しお話しをしたいと思います。
 大きく分けて属性というものは装備系統と基本系統にわかれますが、属性は日々誕生し、増え続けるものであります。
その多くの属性を全て理解することは不可能に近いと思いますが、理解を広げることにより自分自身をより深く理解、分析することが出来ますし、また新たな属性を発見する手助けになると思います。

 たとえば青木君、君の萌え属性は、この用紙には猫耳と書かれていますね?
中にはもとから生えている物でないといけないという方もおられますが、猫耳というのは系統に置き換えると装備系と言えるでしょう。
何の変哲もないキャラや人物でも、そのアイテムを付加することによって簡単に萌えるキャラや人物にレベルアップするというものです。
猫耳に代表される耳以外にも角や翼、私が今着用している眼鏡と白衣、巫女服や軍服などの制服もこのオプション型と考えて良いでしょう。

 次は神崎君、君の萌え属性は、黒髪と褐色の肌ですか、比較的相性のいい属性ですね。
こういった外見的特長を取り入れた萌は基本系と言えるでしょう。
この属性は先程の装備系と違い、キャラクターや人物が素の状態で持っていることが多く、そのため付加や取替えすることが出来ない物が多いです。
一つの例として神崎君の基本属性を上げると……あ、嫌ですか?
えー、それでは私の持っている基本系属性を上げると、黒髪、黒目、色白等になります。

 次に藤川君、君の萌え属性は、ツンデレな喫茶店店主ですか、店主限定な所に藤川君のこだわりを感じますね。
喫茶店店主は職業萌と言うものですね、基本系にあたるものですが転職可能なキャラや人物もいますので装備系とも言えるでしょう。
刑事、スポーツ選手、ファンタジー世界ですと魔法使いや戦士、それから皆さんの生徒や私の先生という職業もそうですね。
 ツンデレは性格を表すものであり、ある程度そのキャラや人物を知らないと分からない属性でもあります。
性格は大体において容易に変えることが出来ないものなので基本系にあたりますね。
では私を例として上げると、なんでしょう?んー、えー。
ああ、よく天然と言われるので天然なのだと思います。

 自分の性格を属性で例えるのは難しいですね、いい機会ですからこれは宿題にしましょう。
次回までに各自自分の性格を属性に例えること、その理由も簡潔に添えるようにしてください。

 では時間も無くなってきたので最後に湯川君、君の萌え属性は、眼鏡、白衣、黒髪、黒目、色白、先生、天然ですか、随分多いですね。
湯川君のように様々な属性を同時に……なんですか?湯川君。
先生が好き?
そうですか、湯川君は特に先生と言う属性が好きだそうですが、様々な属性を同……なんですか?
だから先生が好きなんですよね?え?耳を貸してくれ?
……え……あ、その、じ、時間が来ましたので、今日の講義はこれで終了します!

49010-119 ピロートーク:2007/02/25(日) 11:15:16
睦言に憧れていた。

子供の頃からの夢だった。いつか好きな人が出来て、その人と結ばれることが叶ったら。
情熱的な告白とかじゃなくてもいい、映画に出るような洒落た言葉じゃなくたって。
ただ朝ごはんは何にしようかとか、ドアちゃんと閉めた?とか、そんな他愛のないことを確認し合いながら、
おやすみ、とどちらともなく穏やかに眠りに落ちるのだ。それで十分甘いはずだ、そんな些細なやりとりさえも。

だけどぼくはゲイだったし、だから好きになったのも当然男のひとで、厳しい目をしたそのひとは
その上妻子持ちと来た。諦めるべきだと思った。初めての恋も、子供の頃からの夢も。

未だにぼくはあなたが何故ぼくを抱いたのか分からずにいる。

ぼくは自分が思ったより遥かに諦めが悪かった。言ってみればそれだけのことだ。
潔く身を引くことも出来ずぼくはあなたとのことを引き摺り、そうして長引いた初恋は今年で十年目に突入し、
あなたの子供はあなたに出会った時のぼくの歳になり、今ぼくの前で恐ろしい形像で何故あなたがぼくと
寝ていたのかを問い質している。顔怖いな、とちょっと思う。顔立ちは幼いが、怒った表情はあなたにそっくりだ。
あまりにも似ているものだから、つい問い返したくなってしまう。ねぇ、あなたは何故ぼくを抱いたのですか。

一緒に朝を迎えたことはなかった。あなたには帰るべき場所があった。
一緒に映画を見たり、買い物に出かけたり、外で食事をしたことだってなかった。そんな関係じゃなかった。
人々の視線を恐れ、あなたに呆れられることを恐れ、ただ黙ってあなたに抱かれていた。
そこに睦言など介在する余地もなく、今思い返してみれば熱さえもなかったような気がする。
あなたはいつも淡々と、ほぼ事務的にぼくを抱き、ことが済んだら先に帰っていった。
その背中にいつも問いかけようとし、そして結局呑み込んでしまった言葉をこうしてぼくは持て余している。

問いたかった。答えを知りたかった。
あなたとデートがしたかった。一緒に朝を迎えたかった。あなたにおやすみを言いたかった。
だけどぼくはあなたを奪えなかった。だってあなたが何故ぼくを抱くのかさえぼくは知らなかった。
あなたは奪ってくれなかった。

ねぇぼくはあなたものになりたかった。

49110-119 ピロートーク:2007/02/25(日) 11:17:11
ずっと言いたかった言葉はあなたの厳しさに戯言だと切り捨てられることを恐れ、ただぼくの体中を巡り、
なるべき声を切り裂き、そして永遠にあなたに伝わることはなかった。
だけどその厳しい目であなたは見出せたのだろう。ぼくの縋り付く腕に。何の抵抗もなく開く体に。
特記するエピソードもなかったこの十年間、淡々と、事務的に、それでもずっとぼくを抱きに来てくれたあなたなら。
病床で最期に、熱にうかされ、うわごとのようにぼくの名前だけを呼び続けたというあなたなら。

子供の頃憧れていた甘い言葉はなかった。たった一度も、そんなやりとりが交わされたことはなかった。
あなたはぼくを奪ってくれず、ぼくはあなたのものになり損ね、
ただあなただけ最後の最後にぼくのものだったと、ぼくさえ知らなかったことをあなたの息子さんは怒っている。
それはどんな睦言よりも甘く、この十年間を実際在り続けていたものとは違うものにしてしまう程に甘く、
そしてぼくは分かってしまうのだ。

それで今、幸せなはずのぼくは、報われたはずのぼくは、否、多分だからこそ、こんな甘さより別のものを
欲しているのだ。望んでいるのだ。
ぼくのものになったあなたのことを聞かされるこの瞬間より。こんな短絡的でいてそれでこそ絶対的な答えより。
ただただ流れていくだけだった、あの甘さなど欠片もなかった時間がまだ続くことを、
ねぇ、あなたは何故ぼくを抱くのですか、と声にならない言葉を問いかけるように。

でももう遅い。あなたはもういないのだから。

それでもぼくはもう一度、未だに分からないフリをして。
もうぼくを見ることはないその厳しい目を恐れるフリをして。
今はもういない、あなたに呼び掛ける為に、まるで睦言のように。

ねぇ、教授。

49210-119 ピロートーク:2007/02/25(日) 15:14:30
おかしい。

いわゆるピロートークってもんはもっとうこう、甘いもんじゃないのか。
普段は恥ずかしくて言えないこととか、他愛のないこととか、
とにかく二人で余韻に浸りながらイチャイチャと話をするもんじゃないのか。

なのに、どうしてこいつは俺の隣に寝そべったままノートパソコンのキーボードを叩いてるんだ。

「いける!これでいけるぞ!なんで今まで思いつかなかったんだ俺!」
なんだその生き生きした目は。なんだその溌溂とした表情は。
『いける』じゃねーよアホ。今しがた俺にイカされたばっかだろお前。
「……楽しそうだな」
「楽しいというか嬉しいというか、俺って天才?みたいな」
テンション最高の満面の笑顔でこっちを見るな。
ついさっき涙目で俺を見上げて言った「もう駄目」「もう限界」っつー言葉は嘘か。
まさか「早く」とねだったのは早く終わらせたかったからじゃねぇだろうな。
「仕事か、それ」
「まーね。急な仕様変更があって、どうしようかここ数日悩みっぱなしだったんだけど」
こいつの職業はSEだが、『SEとはシステムエンジニアの略称である』ことくらいしか俺には分からない。
「閃いた!唐突にぴかーんと!アドレナリンがどばーっと!」
「へえ」
「解決した。多分ね。明日書き換えてテストしてみないと分からないけど、多分オッケー」
「ああ、そうかよ。良かったな」
わざと機嫌の悪さを滲ませて言ったのに、明るく「うん、ありがとう」と笑う。
本当に嬉しそうに、鼻歌を歌いながらノートパソコンを撫でている。

おかしい。甘くないどころか、すごく苦い。
こいつは表情はとても幸せそうなのに。俺の隣で笑っているのに。
さっきまで何度も好きだと囁いて、囁かれて、最高に幸せな気分になっていたのに。

苦い気分が着地した先は、情けなくも『パソコンへの嫉妬心』だった。

俺たちの甘いピロートークを奪いやがってこの野郎。
次やるときは、絶対隠す。

49310-179:2007/03/05(月) 13:54:08

「一番嬉しかったこと」
「そう。ただのアンケートなんだけどどーにも、思いつかなくてさ。参考くれ」
「俺の意見が参考になるとは思えねーな」
「それでも! 一般論でいいから何かない?」
「……強いて言えば」
「言えば?」
「お前に蹴り倒されてそのまま踏まれたことだな」
「……は?」
「そうなんだよ。俺はきっと、お前に踏まれる為に生まれたんだと思う」
「え?」
「さあ。踏めよ。ていうか踏んでくださいお願いします!」



「てめぇみてーな変態M男に聞いた俺が馬鹿だった」
「ううううさっきみたいな容赦無いビンタも今みたいなシカトも結構クるけど
やっぱり踏まれるのが一番嬉しいよ受けー」
「攻め、お前は死ね。お前を殺して俺は生きる」
「そんなどっかのラノベみたいなこと言わないでもう一回踏んでくれよ
受けーあいらびゅーあいにーじゅうぅー」

 受けは足を高くたかく振り上げ、期待に目を潤ませた攻めの脳天に
勢い良く打ち下ろしました。
 攻めは昏倒しながらも幸せそうな顔でした。     〜FIN〜

4946-159最後のキスと押し倒しにうほっwwとなりつつ踏まれます(1/2):2007/03/11(日) 03:24:43
 寝転がってテレビを見ていると、先輩は必ず俺のことを踏み付ける。
 先輩はいつもの無表情で淡々と「お前の前世が玄関マットなのが悪い」なんてわけのわからない理屈を言って煙に撒こうとするが、わざわざ進路を曲げてまで人のことを踏みつけていくその行動は、自分に注意を向けたくてわざわざ人を踏んでいく俺の実家のネコの行動とそっくりだったりする。
 ……なんて言うと切れ長の目を細めて「それで?」なんて冷たく言われて、以後最低三日はご機嫌ナナメ・下手をすれば料理ボイコットにより毎食うまい棒(たこやき味)が出されかねないことは目に見えているので、とりあえず今日も黙っておとなしく踏まれている俺なのだった。
「お前が見てる話って、いつもワンパターンだな」
 踏まれることにスルーを徹底する俺の反応がお気に召さなかったのか、先輩は俺の腰に乗せた片足に全体重をかけながら声をかけてきた。
「えー、全然違うじゃないっすかー!どこ見てそういうコト言うかなー」
 踏まれた足の下で手足をじたばたさせて抗議をアピールしてみるが、先輩は俺の方を見ようともせず、つまらなそうにテレビを眺めている。
「どうせこのあとキスして押し倒して一発ヤってはいサヨナラ、だろ。別れるつもりのくせに未練がましい」
「うーわー、俺の燃えかつ萌えシチュ・ラストキスをさらりと全否定しましたね?!」
「あぁそういやお前、切な萌えとやらについて無駄に熱弁を奮ってた事があったな。途中からアイスの賞味期限について考えてたんで聞いてなかったが」
「アイス>俺、ってコトですか!?」
「不満そうだな」
 腕を組んで軽く首を傾げた見下し目線が俺を捕らえる。無論、右足は俺を踏み付けたまま。あぁもう本当そういう尊大な態度と表情似合いますね。Mのケはないけど目覚めてしまいそうです。
 ……なんてぐだぐだしているうちに、テレビに映るシーンは別れを告げられ泣きじゃくるヒロインを抱きしめる主人公。最後に一度だけ、と交わすキスは徐々に熱を帯び、やがてゆっくりとベッドへと倒れ込む。漂う切ない雰囲気や悲壮感、胸を締め付ける感覚がたまらない……エロが目的で見ているわけではないのだ。断じて。

4956-159最後のキスと押し倒しにうほっwwとなりつつ踏まれます(2/2):2007/03/11(日) 03:27:13
 浸っていると、いきなりぎゅっ、と俺を踏み付ける圧力が強まった。ぐへ、と間の抜けた悲鳴が勝手に口から飛び出る。
「ちょ、一番いい時になにすんですか!」
「なんかムカついた」
 俺を踏み越えて台所へ向かいながら先輩は淡々と告げる。
「俺なら離さない。最後だっていうなら最期にしてやる」
「さらりと恐い発言しないで下さい!唇に毒でも塗るつもりですか?」
「いや、腹上死狙い」
「なっ……」
 絶句する俺になんてお構いなし。持ってきた牛乳をパックから直に飲んで唇をぺろりと舐める。赤い舌が妙になまめかしい。
「自分から跨がって腰振って、からっからに干からびてミイラになるまで俺の中に搾りとってやるつもり……どうした、いきなり丸くなって」
「いや、なんでもない、です……」
 うっかり乱れる先輩を想像して体育座りになる。ただでさえベッドでの可愛さは普段とのギャップと相俟ってえらいことになっているのに、そこに積極性が加わったら正直洒落にならない。
 更に丸くなる俺なんて眼中にないように、やっぱり先輩は淡々と続ける。
「問題は下になっているのに【腹上】と呼んでいいかどうかだな。どう思う?」
「……どうでもいいです!」
「どうでもよくないだろう。お前の死因だぞ?」
「え」
 どういう意味かを問おうとした口は、素早く先輩の口で塞がれてしまった。

×××

『シチュが好きなだけであって、先輩と別れようなんて気は1ミクロンもありません!』

先輩の艶やかな痴態にうっかり酔ってしまい、ようやくそう告げることが出来たのは、死なないまでも散々搾られて身動きできないほどへろへろにされた後の話。

49610-249 卒業:2007/03/13(火) 01:27:23
先週、俺はこの学校を卒業した。
進学が決まった報告に訪れた今日が、この校舎に来る最後の日だ。
地元を離れることも決まったから、あの人と会うことももうない。

あの人が誰を見ているかぐらい、とっくにわかってた。
俺は3年間ずっとあの人だけを見てたんだから。
1年半が経つ頃には、アイツのあの人を見る目つきが変わったのにも気付いた。
あの人がアイツといる時、どれほど幸せそうな顔をするのかも。

それでも諦められなかった。
望みがないとわかってても、あの人を想う気持ちを止められなかった。
告白する勇気もない、ましてやアイツから奪うことなんて出来ないくせに。
でも、それでも終わらせることはできなかった。

今日を逃したらもう、あの人と会う機会はない。
合格した日に決めた。
最後にあの人に会って、それで終わりにしよう。

きっと、すぐに忘れたりできない。
何度も思い出して、その度に後悔するかもしれない。
せめて、何か出来たらよかった。
頑張って告白するべきだったろうか。
あの人を悩ませたくないなんて、振られるのが怖くて言い訳してるだけだ。

それでもやっぱり告白はできないだろうから。
その代わり、ちゃんとサヨナラを言おう。
先生への別れと、叶うことのなかった恋への決別。


俺は今日、この恋から卒業する。

49710-241:2007/03/18(日) 14:24:59
「お前の辞書に辛抱って文字は無いんだな」

…と言いつつ、されるがままになっている俺も俺か
こいつに「いい…?」って上目遣いにせがまれると
どうにも抵抗出来ない
今日もせめてシャワーだけでも浴びさせてくれって言ったのに
シャワールームまでやってきて背中流してやるよ…って
そのままコレだもんな

「いつ見ても綺麗な背中してるな〜」

俺の苦手な所だけは、ホントしっかり覚えてやがるし
こら、そこは自分で洗えるってば!
気持ちいい?とか聞くな!答えられる訳ないだろ!

「ここだったら洗濯の手間とか無いし…いいよね?」

はいはい、参りました。



12時間反応待ちがある所を見落としてました、すいません
明らかな嵐は無いものとして扱っても良いと思うけどなぁ…

49810-289党首×捕手:2007/03/20(火) 07:30:53
『八神海渡、八神海渡、海を渡る八人の神。もうこりゃ縁起もんです。
しかし皆さん、名前負けするような男ではありません。
お手々繋いで幼稚園…そうかれこれ30年近くの腐れ縁ですが、
一度たりとも約束を反故にしたことのない誠実な男です。
高校時代デッドボールを受け、足を打撲した私を担いで医者まで走ってくれた、そんな優しい男です。
お嫁に貰ってもらいたいほど…あっいや女房役はグラウンドだけで手一杯でして、
それは未来のお嫁さんにお任せしましょう。
また皆さん、……』

私は横で微笑みを浮かべながら、嫁という言葉にあの日の自分を思い出し真っ赤になった。


和人とゆっくり会ったのはもう3ヶ月も前だったろうか。
お互い忙しくいつもこんな調子だ。
あの日、逞しい和人に何度も貫かれ追い上げられ快楽の淵に突き落とされた私は
「そろそろお嫁に貰ってくれてもいいのに。
 いつもおまえと一緒にいたいんだ」
積もり積もったストレスと快楽の余韻の為せる業とはいえ
正気に返れば恥ずかしさにいたたまれないような言葉を紡いでしまった。
「俺はいいよ?いつでも嫁に貰ってやるさ。
 だけどプロの投手になる夢を捨てて政治の道を志ざしたのはおまえだろ。まだまだ先だ」
「政治家の引退って遅いの知ってるだろ?そんなの待てない。」
「一党の党首が男と暮らしてるなんて許してくれるほど世間は甘くないぞ。
 先だっていい。おまえが隠居してゆっくり暮らせる日まで俺は待ってるよ。」
そう言って子供をあやすように背中をトントンとして抱きしめてくれた。
ただの弱音、おまえにだからこその甘えだと分かっているんだろう。
それでも優しい言葉が嬉しかった。

党首とは言っても3年前に立ち上げたばかりの若い党だ。
派閥抗争に嫌気が差した若い議員、既成の党の体制に合わない議員、
国政に新しい風を起こしたい同志で立ち上げのだった。
今回の総選挙の応援演説を和人に依頼するのは抵抗があったが、私たちが親友だと知る周りの者たちからは、
東海ランナーズの正捕手であり昨期の打率トップでもある真鍋和人の力を借りない手はない、
と押し切られこの現状だ。


『明日の投票日には是非「八神海渡」とお願いします。
政治の事は疎い私ですが、万一手抜きしようものなら親友として一国民として容赦はしません。
必ずや私が、彼が真っ直ぐな道を勧めるよう支えていく事をお約束します。
まぁ酒を飲んだり愚痴聞いたりしかできんですけどねぇ。
皆さんのお力をこの日本新風クラブの八神海渡に是非是非貸してやって下さい!』

そうだな。どんな時もおまえは私の支えだ。
会えるのはたまにでも幸せだ。
のんびりゆったりするのはまだ先でいい。

49910-169 痛かったら手を挙げてくださいね:2007/03/23(金) 05:07:51
…これが常套句ってやつなんだと、恐怖と緊張のさなか、何故か冷静に国語の宿題のワークを思い出していた。

マスクで隠れてるが、見えなくても想像が付いた。
先生の形良い瞳が優しく細められる。
白い歯っていいねーなんとかかんとかっ、て古いCMばりに爽やかな笑顔と、
穏やかな、安心させるような声。
けど、騙されねぇ。
痛みに手を挙げても
「もうちょっとだから、我慢してね」とか
「偉いぞーかっこいいぞー男の子は我慢だぞー」
とかなんとか言う、悪魔になるんだ。
天使じゃねーぞ。全然。絶対。
…あれ?
白衣の天使って、かんごふさん限定?
そんなことを思いつつ、
ぜったい、しかえししてやる、と
ガリガリ歯を削られながら
そう心に誓った小6の俺――


バシッ。

50010-169 痛かったら手を挙げてくださいね:2007/03/23(金) 05:35:25
「あんたはいつだってそうだ!
ずっと、昔っから。
俺の事、子供扱いしてっ
…そうだよ!15も違うよっ…追いつけねぇよっ…けどっ、」
今更不毛だの、何でそんなこと言うんだよ!
最初から分かってた事じゃねーかっ!
それこそ、あんたは大人なんだからっ!!
一気にまくし立てた。

些細なすれ違いから、エスカレートしてく感情の発露。
どうして、伝わらないんだろう。
好きなだけじゃ駄目だって、そんなこと分かってるよ。
けど、けど――。
…手のひらが熱い。
興奮のあまり喉が詰まって言葉が続かなくなり、俺はぎゅっと目を閉じると背中を向けた。

「……ごめんね」
「…!」
淋しそうな声と、拳を包んだ温もりに振り返ると、
先生は赤い頬のまま、
昔とは違う、悲しそうな笑顔を浮かべていた。
その痛々しさに、はっとして
すうっと興奮が冷めてゆく。
「ごめ…」
謝らないで、というように先生は静かに首を振った。

「…痛かったのは、
歯じゃなくて君の手と
君の心だから…」

50110-169 道しるべ:2007/03/23(金) 07:31:43
…春ニ貴方ヲ想フ

あの人を失った、河原の道を歩く。
あの日も、今日と同じように、日差しが柔らかく暖かい春の日だった。
あの人は凛とした瞳で俺を見つめていた。
涙は無かった。
ただ、癖で噛んだ唇が赤く、痛々しかった。
どちらかが悪かったのではなく、多分、どちらもが悪かった。
子供だったと、幼かったと、若さのせいにしたら
あの人は怒るだろうか。
それともあの日と同じように、冴え冴えと美しく微笑むだろうか。

俺とあの人は、何もかも危ういバランスの上で存在していた。
キスをして、抱き合って、笑い合っても
俺たち二人はいつも小さな傷を付け合って、いつも怖がっていた。
――何を?
考えようとして、頭を振る。

今ではもう、思い出せない。

ただ、大切だった。
それぞれ違う道を歩もうとも
憧れで、目標で
…本当に、大切な人だった。


それは、思い出の中のワンシーン。

「…つくしって、何でつくしって言うか知っとる?」
「は?」
唐突な事を言い出すのは彼の十八番。
へぇー、ということから
で?ってことまで、
豆知識や宇宙の謎、答えられる事もあったけど、返答に困る事まで。
けど、そんな時の彼は、いつもどこか楽しそうだった。
「つくしのつくしって、ミオツクシから来とるんやって」
「ミオツクシ…?」
飲み込めない俺に、彼は
そこらに転がってた小石を拾うと
澪つくし、とゆっくり地面に文字を綴った。
「あ、その澪つくし、か…」
「うん」
彼はぱっと笑顔を浮かべ頷いた。
「それでな、
その澪つくしに、立ってる感じが似とるから、
つくしって言うんやって」
他にも色々説はあるらしいけどな。
「…けど、海の標識が澪つくしなら、」
つくしは春の道しるべみたいで、しっくりくるな。
と、菜の花のようにふわりと彼は笑った。

…春の道しるべ。
普段は現実主義者の振りをしてるくせに、
その実、ロマンティストで。
なのにそう指摘すると、照れて怒った表情をした。
けど、本当に強い人だった。
「……」
俺は。
淋しかった。

違う道を進んでいる事は分かっていた。
あの人が誇るもの、大切なもの、守るものも知っていた。
そんなあの人が好きだった。
けれど、それでも淋しくて、もどかしくて
…悔しかった。

何かが記憶に引っかかった。
「…っ、」
目の奥が熱くなって、俺はその場に立ち止まった。

50210-169 続き:2007/03/23(金) 07:44:02
俺は。
あの人の、道しるべになりたかった。

…あの人は。

「二人で歩いて来た足跡が、」
二人の道しるべだと
そう言って、笑った。

「行き先を教える道しるべはいらない。
来た道を教えてくれればいい。
間違ったら、間違った場所まで戻って
二人でまた歩い行けばいい」と。


…戻れるだろうか。

あの、道しるべまで。

5036-159:2007/03/23(金) 08:03:16
オイっ、6-159よ。
まだそんな格好してんのか?
ヨソさまのラブシーンにうほっwwとなってる余裕も
踏まれてるヒマもお前さんにはねーんだよ!
さっさと…と言っても
はるか超亀になってしまったが、
はるばるやって来たこの俺サマを、押し倒してキスせんかいっ!
…ナニ、嫌だと?
なーに言ってんじゃワレ!
なら、この俺サマがとっととヤったる!!
ホラ、目くらい閉じろよ。

…おながいします。
目を閉じて下さい。
実はちょっと、かなーり、
恥ずかしいんだお。

50410-119 ピロートーク:2007/03/29(木) 03:24:16
(…妹はいつもこんな風に抱かれているのだろうか…?)
 悠樹は気だるさの残る身体でぼんやり考えた。
その隣で煙草を吹かしている『悠樹の妹の彼氏』、迅は相変わらずの
余裕たっぷりな態度で悠樹にニッと笑いかけた。
「ちゃんとイけたか? ゲイの悠樹君?」
 もはや彼に反発する気も起こらない悠樹は、
「…ああ、イった、…良かった。もの凄く…」
 と、答えた。
「今日はエラく素直なんだな」
 迅はそう言ってククッと笑い、
煙草を灰皿に押し付けて、布団を捲って再び悠樹の隣に寝転がった。
悠樹の瞳を覗き込む様な彼の仕草に、悠樹の心臓の鼓動が高鳴った。
「…俺は素直だよ。あんたがわざわざ怒らせなければ」
 悠樹は迅の事が好きで好きで堪らなかった。
妹より自分を愛して欲しいと願う様になっていた。
「…迅…、俺ってキモいだろ?」
「…まぁな。キモいよ」
 迅のストレートな物言いは、やはり悠樹を傷付けた。
「……じゃ、何で抱くの…」
 迅はニヤニヤしたまま悠樹の惨めな表情を見つめて言った。
「…キモ可愛いってやつだろ?」
「茶化すなよ、俺はマジで…んっ」
 悠樹の口唇は迅のキスで塞がれた。
「……もうちょっとさ…、楽しもうよ…、誰にも内緒で」
 迅はそう囁いて悠樹の上にのし掛かった。ベッドが軋む。
悠樹は舌に残る煙草の匂いがいつまでも消えなければいいのに…と願った。

50510-359 キリスト教徒同士 1/2:2007/03/30(金) 15:58:04
「仕方ないと思うんだよな俺」
「何がだ」
「こうなること」
「何でだ」
「だってほら覚えてる?神様って人間をご自分に似せて創造なさったって」
「それがどうした」
「似せたのってなにも形像だけじゃないんだよって話」
「言っていることが分からない」
「旧約だよ旧約、神様って嫉妬深いってあったじゃん」
「ただ似せられてるだけだというのか」
「責めないでやってくれよ。あの人は俺達を愛してるだけなんだよ」
「人じゃないと思うが」
「別にいいじゃん、親密感わくし」
「よくない。あの方のせいにしたくない」
「あんたって信心深いのな」
「君ほどじゃない」
「へ。俺何かしたっけ」
「君は真面目ではないかも知れんがとてもまともな生徒だと評判されている」
「あーここミッションスクールのわりには結構アレだもんな」
「君は目立つ生徒だった」
「転校生だったからだろ」
「誰もが君を愛していた」
「知らねぇヤツに愛されても嬉しくない」
「それは君が愛される人だからだ」
「俺はあんたを愛してるよ」
「・・・心にもないことを」
「ミッションスクールなんて冗談じゃないって思ってた。
あんたがいたからなんとか我慢できたんだと思う。感謝してるよ」
「それは買い被りすぎだ」
「あんたは俺と逆だね、まともだとは言いがたいけど真面目すぎる。
それが面白かった、でもだからずっと心配だったんだ。なぁ馬鹿なことするなよ」
「すでにしている」
「いいんだよこんなことは」
「いいはずないだろう」
「いいんだよ。あの人は許してくれる」
「こんなことをか」
「あんたが教えてくれただろ。何でも何度でも許してくださるって。
例え世界中のやつらがあんたが悪いってあんたのしたことは罪だってあんたを許さなくたって」

50610-359 キリスト教徒同士 2/2:2007/03/30(金) 16:00:54
「あんたが誰を愛しても誰を殺しても」

「あの人だけは」


「それでも君は死ぬ」
「あんたが生きればいい」
「嫉妬に血迷って生徒を刺すような人間だ、生きる価値などない」
「馬鹿なこと考えるな、自殺だけは駄目だ、許されなくなってしまう」
「許されなくていい、許さないでくれ、どうせ君は愛してくれない、せめて側に居させてくれ」
「じゃあ許さない、許さないから馬鹿言ってないで逃げろ、もうすぐ人がくるはやく逃げろ」
「居させてくれ!」
「先生」
「・・・血が」
「愛してるよ」
「あああ血が」
「あんたに逢えてよかった」
「わ、私はなんてことを」
「あんたじゃなくてごめんな」
「なんてことを!」
「ごめんな」



我らに罪を犯す者を我らが赦す如く我らの罪をも赦したまえ
我らを試みに遭わせず悪より救い出したまえ



主よ!

50710-359 キリスト教徒同士:2007/03/30(金) 19:06:30
 その感触は少し気持ち悪く、それでいてとても気持ちが良かった。
そして必ず罪悪感を心に引き起こした。
ジョルジュの舌と自分の舌が触れ合う時、
リンドはいつも幼い頃飼っていた蛙にさわった時の事を思い出した。
 突然小屋の外で物音がした途端、二人は長い時間行っていた唾液交換を中断させ、
そのまま耳を澄ませてピクリとも動かなかった。
「…大丈夫、人じゃないよ、リンド」
 ジョルジュは力を抜いて優しく微笑んだ。
その(お気に入りの)笑顔を向けられると、大してビクビクしている訳でもなかったリンドは
ふいにジョルジュに甘えたくなった。
「…ジョルジュ…、もっとして…」
「…ん?キス?」
「うん…キスして…」
 リンドは、ジョルジュはとても大人びていると思った。
彼らは同い年だったが、ジョルジュは穏やかで他の誰とも違っていた。
「…リンド…」
 濡れた口唇を離して二人は息も絶え絶え見つめ合った。
「…リンド、僕たちは地獄に堕ちる」
「……」
 リンドは息を呑んだ。
然し、解っていた。この事が誰かに知れたら二人とも殺される。
リンドは静かに震える口を開いた。
「…そうだね…、神様は全部見てる、絶対に…。」
 その間ジョルジュの瞳は真っ直ぐリンドへ向けられていた。
その目には怖れなど全く映ってはいなかった。
そしてリンドは、自分ももう既に子供ではない事を悟った。
 リンドは言った。
「…最後の審判のラッパが鳴って蘇った時に、
君と一緒にいられるなら…
僕はその後どうなっても構わないよ」
 ジョルジュは少し驚いた顔をして、そして微笑った。
リンドは誇らしげに、しかし照れた様な笑みを返した。

50810-419囚人のジレンマ:2007/04/05(木) 02:01:00
愛しい貴方へ。
 
真円だった月が、半分に欠けました。僕らの処刑が執り行われるという新月まであと半分です。
 
『自分が間違っていた』と一言告げさえすれば、晴れて自由の身になれる事は保証されています。二度とお互いに会えなくなるという一点を除いて。
 
僕らがいかに不道徳か、非を認め改心しろと説いていた父親も、無駄と悟ったのかここ三日程姿を見せません。
僕は、貴方を愛した事、貴方に愛してもらえた事を決して後悔も恥じもしていません。
だから、貴方と重ねたこの唇で貴方との愛を否定するような真似はどうしてもしたくないのです。
例え命を絶たれるとしても。
 
……けれど、貴方はどうなのでしょうか。
約束してくれましたよね。『新月の日に一緒に逝こう』と。
命が惜しくなったりしていませんか?
もしかして、僕らの在り方を否定してでも、生きる道を選びたくなりましたか?
……貴方は、僕を裏切りますか?
 
そんな事を考えてしまった自分が腹立たしくて情けなくて、けれどどんなに振り払っても不安は纏わり付いてきて涙が溢れます。
『裏切られる前に裏切れ』という悪魔の囁きと、貴方を信じる心がぶつかって、胸が裂けそうに苦しい。
貴方のいない孤独と寂しさがどんどん負の感情を増幅させ、新月を待たずに気が狂いそうになる。
 
もう結果なんてどうでもいい。誰が死んで誰が生きようとも関係ない。
ただ、今すぐ貴方に会いたいいです……兄さん。

50910-489裏切り者の烙印を押されても:2007/04/14(土) 21:27:11
薄暗い牢獄に、靴音と叫び声が入り交じる。
ランタンの光も届かないその片隅で、ひとりの青年を抱き込み庇うようにひとりの男が蹲っていた。
銀色の冴えた光に似つかわしくない鮮血を纏わせる剣が、傍らに投げ捨てられている。

立派なのは文言だけで、民衆の声を聞き入れない王政を覆そうと反乱軍の先鋒を切り城内に侵入したはいいが、
もう何十回目の争いに耐え抜いただけあり内部は要塞の如く複雑に入り組んでいた。
農園のようにベリーの木々が生い茂るこの庭を突っ切るとしても時間の浪費は避けられないなと、
喉元で小さな笑い声を漏らした男は、淡い水色の髪を揺らし空を見上げた。
「…ラグズ?」
苦悩と困惑を色濃く表した声に、反射的に右手に握っていた愛剣を相手の方へ突き出す。
一本の直線を描いた切っ先は彼の金の髪を数本散らし、頬を掠めて一筋の傷痕を残した。
「んっと、ラグズだよ…ね?」
「…、………を、俺の名を何故知っている」
「覚えてない?隣の家に預けられてた…ダエグって少年を」
叫び声を上げそうになり、思わず少年…いや、ダエグ王子に唇で口を塞がれていた。
恋愛未満であったとしても、隣人の彼と過ごした時間は今でも男の中に燦然と蘇る。
手を離れる時が来たんだと預かり主の老夫婦から聞いた晩は、彼と別れの酒を酌み交わそうと年上らしく提案したものの、
朦朧とした意識の中にあるのは彼を掻き抱いて泣く己の姿と、背伸びをして何度も髪を撫でる彼の潤んだ笑顔だった。
気付かないうちに曖昧にはぐらかしてきた関係を悔やんでも悔やみきれず、その後戦いに身を投じた結果が、
身分の明かされた彼との―しかも反乱軍の有力人物と王子となった互いの再会の場だと、誰が予測できただろう。
「とびきり大きく育つぞってもらった鉢植え、覚えてるかな…ここの庭の、全部あれから株分けしたんだよ。
…のんびり話すのは、もうちょっと後かな。僕も頑張ったんだけどね…」
と、理知そうな顔を少し切なげに歪めて彼は片手を差し出す。
僅かに躊躇いを見せて、男は、一呼吸置いてから、彼の荘厳かつきらびやかな正装を剥ぎ取り投げ捨てた。
が、簡素な下着姿になった彼に己の外套を羽織らせて、自分の中折れ帽を深く被せる。
「…本当にいいのか。逃げても」
「茂みを抜けると地下牢への抜け道に辿り着けるんだ。そしたら多分、見つからないよ」



「いたぞ!…ラグズ?それに…ダエグ王子?…まさか―」

『裏切り者の烙印を押されても、君との永久が欲しい』

51010-269 受けよりよがる攻め:2007/04/20(金) 21:36:33
無神経な奴だ、勝手な奴だ、ほんと下らない、どうしようもない男だ。
入れるのが駄目だったら、せめて素股でときたもんだ。
せめてって何だ。最初は手淫だけって言ってたじゃないか。
「あ、はあ、ああっ」耳障りな音が絶えず降り注ぐ。
シーツを噛み締め、内股を擦りあげられる、なんとも言い難い感覚に耐える俺とは対象的に、
奴は盛大に声をあげて、やりたい放題だ。
俺の眼球は渇き、唾液はシーツに奪われて、からからだというのに。

奴がはああと息を吐いて腰を引くので、あ、終わり?と思えば、
体を仰向けに返された。
「おい……」
だが文句をつけようとした俺の喉は詰まる。
視覚は暴力だ。
目を濡らし、頬ばかりか全身を赤く染めて、腿を震わせる男の姿に、思わず言葉を呑み込んでしまった。
ひどく甘ったるい調子で名を呼ばれる。
お前は何で、俺の脚でそこまで気持ちよくなれるというんだ。
俺はなんだか目やら鼻やらから変な汁が出そうになった。

おい、やめろ!お前のその情けない声が、姿が、俺にまで伝染ったらどうしてくれるんだ?
お前のやっていることは、あくまで俺の体を使った自慰であって、決してそれ以上ではないというのに!
だからお前は俺に何も聞かせるべきではないし、何も見せべきではないのだ。
だって、万一俺がほだされたとしたら、
そんな顔で求められることに喜びを覚えてしまったとしたら、
一体どうしてくれるっていうんだよ!

51110-459 君が代:2007/04/24(火) 19:03:45
体育館で彼は言った。君が代を聞いたことがないのだと。
これからこの地域に越してきて初めて聞くのだと。
唖然とした僕を見つめて広島出身なんだ、と笑った。
その歌は彼の親や彼の教師、彼の故郷によって禁忌とされ、どのような歴史があり、
どんな意味でどんな風に国民が歌ってきたかを知っているからこそ歌えないし
絶対に歌いたくないのだと言った。
僕はそのような環境には育っていないし、ましてやその歌を憎んでもいない。
何故歌うのかもその意味も考えたこともない。
無知な自分を環境の違いだ、と恥じもしなかったが、普段共にふざけあい笑う彼の真剣な眼差しに小さな隔たりを感じた。
そっと隣にいる彼をみるとその顔はぐっと口をつぐみ、まっすぐ前を見据えていた。

5129-999 かえって免疫がつく:2007/04/28(土) 02:29:21
聖地バラナシの朝はガンガーでの沐浴で始まる。

「嫌だ」
「まあそう言わず」
「嫌だ嫌だ嫌だ! こんな河に入ったら病気になる!」

俺と奴は、聖なる河のほとりで手を引っ張り合っていた。

「インドだぞ、バラナシだぞ、ガンガーに入らずしてどうするよ!」
「入ったら死ぬ!」
「お前それはここにいるインド人たちに失礼だぞ」
「日本人だからいいんだよ! 水の国の人だからいいんだよ!」

俺が引っ張る。
ふんばられる。
ふと力が抜けると逃げようとされる。
また引っ張る。
以下繰り返し。
周囲のインド人の視線が痛い。日本人の恥ですいません。

「だいたいどこが聖なる河だよ、ひどいよこの色、綾瀬川より汚いよ!」
「大丈夫だって! だいたいなぁ、日本人は潔癖すぎなんだ、だから免疫力が低下してアトピーとかアレルギーとか蔓延するんだ」
「極論だ!」
「そうでもないぞ、だってインドやカンボジアにはアトピーいないからな!」
「……うそっ」

ふんばりが弱くなった。よし、あと一押しだな。

「嘘じゃないぞ、三度目のインドな俺が保障する。ガンガーは確かに汚いが、飲まなきゃなんともないんだ。俺だってホラ、元気元気」
「でも……」
「失恋して『もう何もかも嫌になった、俺もインドで自分探しをしたい、さもなきゃ大学やめて死にたい』って言ったのはお前だろ?」
「……おれだけど……」
「日本と同じ生活しててどうすんだよ、違うことしなきゃ新しく見つからないだろ」

勝った。

1分後、奴は腰まで水に浸かって、居心地悪そうに周囲を見回していた。

「ま、まあ入っちゃえばどうってことないか……」
「そうそう、どうってことないない。見ろよ悠久のガンガーの流れを……悩みなんかふっとぶだろ?」

二人で並んで目線を遠くにやる。日本には、都会にはない雄大な景色。
茶色い、ゆったりと流れるガンガーの水面。昇り行く朝の太陽の下、何もかもを押し流す大いなる自然。
ゆったりと、目の前を流れて行く、水死体。

「あ」

次の瞬間、奴は甲高い悲鳴を上げて俺の腕の中に飛び込んだ。

5139-999 かえって免疫がつく:2007/04/28(土) 02:31:29
――ということがあったのが三年前。

「あ、また死体だ」
「大きさからして子供かしら」

俺と、奴と、インド仲間(アメリカ人女性)とは、並んでチャイなんかすすりながら、今日もガンガーを流れる死体を眺めていた。
二人でインドももう三回目。しかも毎回夏休み中ずっといるとなれば、そりゃもう馴染む。慣れる。死体や牛の糞や人糞くらいじゃ動じない。

「あのさあ」

奴がぽつりと呟いた。

「俺、昨日ガンガーの水ちょっと飲んじゃってさ」
「ええっ!?」
「下痢覚悟してるんだけど、さっぱり来ないんだよね。むしろ快便というか……」
「あら、もしかして便秘してたんじゃない?」
「あ、そうか」

インド仲間と二人で笑い合っている。

免疫つきすぎだ。心も身体も。

俺は無言でチャイをすすった。

「ねえ、そういえば今日宿屋に来たゲイのカップル」
「ああ、いたね」
「前に同じ部屋だったんだけどそれが――」

ものすごい猥談が始まった。

チャイを噴出した俺の横で、奴はやっぱり笑っている。
むしろ腹を抱えて大喜びしている。

「あっはっはっはっは、そ、そんなの入れるか普通!?」
「ねえ、入れないわよねえ」
「せ、せめてヘアスプレー缶とかさ……あはははは!」
「やだっ、この暑さで爆発したらどうするの、アッハッハ!!」

大盛り上がりだ。かなりクレイジーに。ラリってもいないのに。素で。

……そんな免疫までつけなくていいんだよ。

俺は目頭を押さえながら、聖なるガンガーに視線を戻した。
流れた河の水がポロロッカしない限り戻らないように、俺の好きだった、あの恥ずかしがりやで潔癖な、好みのタイプどまんなかでしかもゲイという好物件の同級生は戻らない。



ただ、その……すっかり図太くたくましくなった同級生のことが、最近気になるんだ。
俺にも免疫がつきつつあるらしい。人間って、すごいな……。

51410-619女装デート:2007/05/01(火) 00:49:15
「ねえお願い。女の子になって?」
「は?」
いきなりの言葉に耳を疑った。
「だから、女装して」
そういいながら差し出される服はヒラヒラだ。
「こんなもんいつの間に用意したんだ!」
「今日。さっき買ってきた」
「無駄使いすんな!」
いやまて、そういう問題じゃない。
「……女装したオレにヤられてみたいとか?」
「バカか。デートすんだよ、外で」
「羞恥プレイかよ!」
「まだ恥ずかしいと思うだけの理性はあったのか」
「普段理性飛ばしっぱなしですいませんね」
「悪いと思うなら言うこと聞けよ」
「それは嫌」
キラキラと見つめてくる目は期待に満ちている。
……諦める気はないらしい。
「そもそもどっから出てきた思いつきだよ」
そう言うと目を反らして口ごもってしまう。
言えないような理由でもあんのか。
「理由次第ではやってやる」
「……本当か?」
「本当に」
迷いは少しだった。
「デート、したかったんだ」
「は? いつもしてるだろ?」
昨日は映画。先週は買い物。
先先週なんて夢の国まで行っただろ。
2日間フリーパス買って。
「そうじゃなくて! その……」
なんだ?
男同士では行きづらい所にでも行きたいのか?
「ラブホに行きたかった?」
「バカー! 違う! 色ボケジジイ!」
「じゃあなんだよー!」
「オレはエスコートしたいの!」
「はぁ?」
間の抜けた声を出すのは本日二回目。
「そんなの、女装しなくたって出来るだろ?」
「だってお前、気がききすぎて先になんでもやっちゃうんだもん」
なるほど。
女相手なら少しはリードしやすいだろうってことか。
……大して変わらないだろうに。
「だから女装やれ!」
「そんなにデートしたいの?」
「したいからやれ!」

だだっこのワガママのような願い事。
こんな事すら叶えてしまいたい自分はどうなのか。
とりあえず、化粧の仕方でも勉強するか。

51510-609:2007/05/04(金) 12:47:03
「犯人はいます。それも、ぼくたちの側にいる」


「おいおい刑事さん、いったい何を言うのかね?」
「そうですわ! 刑事さん私たちをお疑いになるの?」
「犯人が夫人を事故にみせかけて殺害しようとしたのは間違いないでしょう」
「でも。。奥様は。。一人で。。部屋に。。いらっしゃったと。。おっしゃって。。」
あいつは涼しい顔で言った。
「一人きりだと思わせたんですよ。目隠しと手錠と鏡を使ってね」

その場にいた十数名の人々は一様に驚きの表情を見せた。
夫人の顔からは血の気がひき、今にも倒れそうだ。

でも俺は違う。
何度もこんな場面を見てきた。
これから始まるだろう痛快な場面が楽しみでならない。

「ちょっと待ってくれ。俺たちが夫人の部屋に行ったとき、鍵は内側からかかってたんだぞ?」
「そうだ、そうだ!」
あいつは顔をうつむかせた。

さあ幕を上げろ。
謎解きの始まりを告げる、いつものあの言葉を言ってくれ。

「ぼくのような一介の刑事に、まるで探偵まがいのことをさせるなんて、犯人は。。ひどい人だ」

あいつはうつむいた顔に、かすかな笑みを浮かべた。もうすぐ犯人は捕らえられるだろう。

51610-809 飛んでいくよ。:2007/05/25(金) 07:05:34
「もしもーし、繋がってる?
 あんたが向こう行っちゃったのっていつだっけ。もう随分会ってないよな。
 ……うん。思ってたより、すげー寂しいよ。そりゃちょっとは頑張ろうかとも思ったけどさ、ちょっと無理みてぇ。あんたもさんざん言ってくれたじゃねぇか。俺は甘ったれなんだよ。
 好きだとか、幸せだなんて感じたことねーんだけどさ、やっぱあんたといたときの時間て、特別だった。飯食って飲んで、セックスしたりしてさ。
 あんたがいなくなってからも誰かと寝てみたけど、バカ、おこんなよ。寝てみたけど気持ちよくなかったよ。やっぱあんたって特別。
 だからすげー寂しいの。
 なんかさ、飛行機とか飛んでんじゃん、空。あんたのいるとこめちゃくちゃ遠い気してたんだけど、あれ見てたらけっこー近いかなと思って。
 だから、あんたは迷惑かもしんないけど、俺、やっぱそっち行くことにするわ。
 追い返したりすんなよ。いろいろ考えて決めたんだよ。
 あんたは特別なんだ。だから、飛んでいくよ」







「先輩、ケータイありましたよ」
「おう、壊れてないか?」
「多分。あれ、直前に電話してたみたいっすね」
「かけてみろ」
「はい。……ん、『現在使われておりません』だって。でも発信履歴、こいつの名前ばっか」
「待て、その名前みたことあるぞ」
「俺もっす。えーと、あぁそうだ、去年ここでバイクで事故った被害者っすね。俺初めて担当したやつ」
「……そうか。追っかけたんだな」

51710-779 ピアニスト×ヴォーカリスト:2007/05/26(土) 23:59:29
ツアーバンドピアニスト×ポップヴォーカリストで

 ピアニストにとって今回が初めての大舞台だ。『彼』のツアーバンドに選ばれたのは
幸運だった。―彼の代表曲にはピアノが欠かせない。
この経歴は今後、自分の役に立つだろう。

―コンサート準備の喧騒の中、『彼』が一心にピアノの鍵盤を見つめていた。
微かに口元を動かしながら。

 ピアニストがそれに気づく。
「なにか気になることでも?」
 ヴォーカリストが軽く舌打ちする。ピアニストを振り返って軽く睨みつける。
「……数えていたのに。また数え直しだ」

「88鍵ですよ。ご存知でしょう?」
 ヴォーカリストは軽く片眉を上げる。
「さあ、この前はそうだったけど。皆もそう言っているけど…
 皆、僕に嘘を吐いているのかもしれないし、変わっているかもしれないから、
 毎回確認するんだ」 そして微笑む。あけっぴろげな、5歳児のような笑顔。
 
 ヴォーカリストが今度は無事に数え終わる。
「やっぱり88本だったよ」彼はなぜか少し得意気だ。
「そういったでしょう?誰も嘘なんて吐いてません」

 ヴォーカリストは唇の前に左手の人差し指を立てる。冗談めかした口調で小声で囁く。
「他の人には黙っててくれる? 疑っていたなんて思われたくないから。お礼はするよ」

 それを耳にしたピアニストの口から、無意識のうちにつるっと言葉が滑り出る。
 あの曲の最初の一音を鍵盤で叩く。
「なら、今夜はこの曲を、私に捧げて下さい」
 ヴォーカリストは微笑み、頷く。

 その夜、永遠の無償の愛を歌うその曲を歌うとき、ヴォーカリストは伴奏に聞き入って
いるかのように、ずっとピアニストを見つめ続ける。

 ピアニストは夢見る。その歌詞が、メロディではなく、喘ぎ声に乗って彼の口から零れる
光景を。自分の両手が、ピアノではなく彼の身体の上を走っていくことを。

51810-769 オカマ受け:2007/05/27(日) 21:49:22

「な?一度だけだから。本当にこれっきりって約束するから」

懇願するヤツの右手にあるゴムが、生々しいほどのリアルを見せている。
スカートの裾を押し上げようとするヤツの左手から、どうにか逃げられないだろうか。

「止めてください!ココはそういう店じゃないんですよっ!」

小さく叫んでもヤツの手は止まらない。
片手で押さえているが、体格の違いは力の違いを見せ付ける。

「イイじゃん。どうせ誰かにヤられちゃうんでしょ?ヤられたいんでしょ?」

口調はふざけているように聞こえるのに、ヤツの目は笑っていない。
手に入った力が強くて、すごく怒っているのだとわかる。

好きでこんなカッコしたり、店に出たりしているわけじゃない。
何の資格も持っていないオレにとっては、コレが一番金になっただけだ。
おまえと離れたくないから、どうしても金が欲しかっただけだ。
それなのに、何でこんなコトになったんだろう。
友情よりも気持ちが熱い。オレも、おまえも。
カッコだけのバイトじゃなくて本物になっちゃったってコトだろうか。
自惚れだと笑われるかもしれないけれど、頭を過ぎったセリフにすごく喜んでしまう。


『おまえ、オレが好きなの?』

言ってしまおうか?

51910-669 腐兄:2007/05/28(月) 01:14:49
やっぱり基本はショタかガチムチなんかな?少数派の中の少数派じゃ厳しいよなぁ。
みんな見る目がねぇよ。
萌えキャラはキャ○バル兄様筆頭に兄キャラ!コレ世界のジョーシキNE!
萌えカプはド●ル×キャ○バル筆頭にゴツ男×兄キャラ!コレ宇宙のホーソクYO!
あーあ、アイツ、なんでわかんねぇのかな。数少ないオフのオタ友なのに。
この頃イっちゃってるしなぁ。アイドルの何とかっつー男追っかけてるっていうし。
さすがにナマはさ、そのうちホモと間違えられるぞって言ったんだけど。
やっぱりダメなのかなぁ。ジョーシキもホーソクも通じねぇし。
ううっ……きもち入れ替えてサイトの日記でも更新しよ。
『今週のサ○デーはつまんなーい!お兄様にふさわしいガタイのイイ男出ないかなぁ(メソメソ』
あ、ココは大きい人のがカワイっぽいかな?えーと、顔文字コピっといたのドコいった?
ん?チャイム鳴ってる?あー、そういやアイツ来るんだっけ。
まあ、鍵持ってるし勝手に入るだろ。よし、日記はおわりっと。次はコッチ。
誰かいねぇかなぁ。見てるヤツはサイトより多いんだから一人ぐらいはさぁ。
お、このレスはお仲間かも……て、そんなわけねぇか。結局ショタじゃねぇか。
スクロールスクロールっと。あーあ、今日もいねぇなぁ。
うおっ!何だよ!テメェいきなり抱きつくな!ビビらせやがって!
は?いや、確かにおまえ最近はナマ好きとか言ってたけど!
ソレとコレとは話が別だろ!ちょっ、待てって!あのアイドル追っかけてんだろ!
タイプ違いすぎじゃねぇか!いや、似てねぇって!
それに俺はノーマル!二次元専門だし!って、おい!んなトコに手つっこむな!
話聞けって!やーめーろー!ダメだって、マジで!あ……、ソコもダメ!
ダメ、なんだってば!ぁ………いや、きもちくねぇ、から!ホントだっ……て……

………………………………俺はノーマルなんだからな!おまえが特別なんだからなっ!
うるせぇ!常套句だっていいだろ!ちきしょー!コレ書いてアップしてやるからな!覚えてろ!

52010-849 攻よりでかく成長したかわいい受:2007/05/30(水) 03:35:24
「…本当にお前なのか」

別れて居たのはほんの2年の事なのに、時とは残酷なものだ
最後に彼を見たのは向こうが14の春の事だったか
声が少女の様に甲高い事と華奢な体を大層気にしていたのに
たった2年で私を追い抜く程背も伸び、声変わりも済んでいた
彼はお父さんの仕事の関係でアメリカに行っていた
…向こうの食事が体に合った、という事なんだろうか?
「ショックだ、何たる悲劇」
あの、かわいらしかった天使の声も、少女とも少年ともつかない
曖昧な容貌も残っていなかった…これは世界遺産の遺失に近い
がっくりと肩を落とした私を彼はきょとんと見ていた
いや、悲しむまい
米食で見るも無残な姿にならなかっただけでも良しとしようではないか
「まー、向こうでバスケとか色々やってた所為かな〜」
ちょっとは見られるようになっただろ?と彼は胸を張るが
私には以前のままの方が良かっただけに素直に頷けぬものがある
「俺がごつくなったから嫌いになっちゃった…?」
うなだれた私の横から彼が覗き込んでくる
ドアップの顔が突然目の前にあって心臓が飛び出そうになった
ああ、そうだ、このくるりとした小動物的な瞳はそのままだ
「いや、追い越されたのが少しショックだっただけさ」
彼の前髪をくしゃりと混ぜて、肩を組む
「俺だっていつまでも餓鬼じゃないもんね〜!」
心地よい彼の腕の重みを感じつつ
いつまでも私の前でだけは餓鬼で居て欲しいと心の中で願った

52110-859 鼻歌:2007/05/31(木) 03:53:30
風の強い高台の広場に、彼は立っていた。
足下には、薄っぺらいメタルプレート。
彼はその上にそっと花束を置く。
「……あなたって、本当にどうしようもない人ですね」
答える声はない。
「知ってますか?なにも残ってないんです。僕らの手元には」
語尾が震えた。風の音だけが辺りに響く。
「どうやって信じろって言うんですか!?あなたにもう二度と会えないなんて……っ」
笑顔で戦地へと立った男の顔を、彼が再び見ることはなかった。
彼の元へ届いたのは、男が永遠に還らないことを告げる一枚の紙切れ。
この場所に葬られたものは何もない。
ここには、同じようなプレートが見渡す限りに並んでいる。
「あんまり遅いと、あなたのこと、忘れちゃいますよ?」
笑おうとして上手くいかなかった。男の記憶が薄れつつあるのは事実だから。
「…あなたが教えてくれた歌の歌詞が思い出せないんです」
いつか男が教えてくれた、古い異国の歌。愛の歌だと男は言っていた。
彼は鼻歌でメロディをなぞる。
「僕は何も忘れたくない……だから、早く帰ってきてくださいね」
そして、僕にもう一度歌詞を教えてください。
涙混じりの鼻歌で辿る旋律は、風に紛れていつまでも続いていていた。

52210-769オカマ受け1/3:2007/06/04(月) 19:59:23
僕が『彼女』と出会ったのは、南へ向かう汽車の中だ。
僕は出発間際のデッキ、煙草をふかす彼女の足元に転がりこんだのだった。
目の周りに痣をこさえ、ちゃちな鞄ひとつを抱えたぼろぼろの僕を、
彼女は暫くぽかんと眺め下ろしてから
「こんにちは、家出少年」と言った。

汽車が南端の街に着くまでは、二日かかった。
その間僕は暇をもてあます彼女と、とりとめもなく話をしたり、
呆れるほどヒールの尖ったブーツを磨いて駄賃を貰ったりした。

「どうせ行く宛なんかないんでしょう」
「とりあえず南だ。友達がいる」
「そんなもん、あてにしない方が身のためよ」
「そういうあんたはどうなのさ」
「私はね、生まれ変わりに行くのよ」
「生まれ変わり?」
「医者がいるのよ、そういう…。体を思う通りにしてくれるの。性別だってね」
馬鹿な!そんなことってあるだろうか。担がれてんじゃないのか、この人?
「あとは、ま、ついでにね、人と会うの」
「友達?」
「違うわ、あんたじゃあるまいし。友達でもないし頼りに行くわけでもないわ」
「じゃ、誰さ」
「男よ」
なんて漠然とした言い方だ。人類の半分は男じゃないか。
「じゃ、何しに行くっていうの」
「殴りに」
「…そりゃ…穏やかじゃないね」
随分間の抜けた返事をしたものだが、その時はそうとしか言えなかったのだ。

52310-769オカマ受け2/3:2007/06/04(月) 20:04:44
到着を翌朝に控えた夜、僕はなかなか寝付けなかった。
あの家から逃れたのだという安堵と、新しい世界を前にした高揚と不安が
ないまぜになって体の中で渦巻いていた。
それは二日間で収まるどころか、僕にとって未知の象徴ともいえる『彼女』と過ごすにつれたかまるばかりで、
おそらくその夜、満潮を迎えたのだった。
僕は起き上がり、そっと彼女の寝台を覗き込んだ。
「もう、寝た?」
反応はない。
毛布の上からでも、彼女の肩が広くて骨っぽいのがよくわかった。
聞いていない相手に向かって呟く。
「ねぇ、姐さん、僕はあんた今のままで、すごく魅力的だと思うよ」
「ガキが……」
地を這うような唸りが漏れる。なんだ、起きてたのか。
「あんたにどう思われたところで仕方がない…意味がない」
肩越しに昏い眼差しを寄越される。
だが、すごまれても僕は何故か怖くなかった。
ただただ彼女が不思議と愛しく思えた。
「それなら誰なら…
誰かなら意味があるの?例えばあんたが会いに行く男なら?」
妙な高揚が僕を口走らせる。
「僕も会ってみたい、あんたが殴りたい人間ってどんな奴なのか…」
「見世物じゃないわよ、何考えてんの」
「ねぇ、邪魔にはならないから…」
「居るだけで邪魔よ!
なんなの、あんたは…ほんとどういうつもりなの!」

52410-769オカマ受け3/3:2007/06/04(月) 20:35:32
僕は知っている、さっきの昏い眼、あれはおとといまでの僕の眼だ。あれを絶望と呼ぶんだ。
誰が彼女を絶望させた?
一体誰なら彼女を絶望させることが出来るんだ?
僕がそれを知らないってことが、まるで理不尽なことのように思えた。通りすがりのただの他人であるというのにね。

僕の絶望が全てあの故郷にあったように、彼女にとっての絶望が『彼』であるなら。
僕は一方でそれを許せないと憤り、
一方で、僕もそんなふうに、
彼女に、うんと傷つけられたり傷つけたりしてみたいと羨んだ。

52510-979傘があるのにずぶ濡れ1/2:2007/06/18(月) 05:03:17
「ええええええ、お前、なんでそんな濡れてんの!」
土砂降りの雨の日曜日、来ちゃった☆、とばかりにうちの玄関先に立つ
親友の顔を見て、俺は思わず大声を出した。
「傘!傘、お前持ってんだろ!?」
玄関のたたきにみるみるうちに水溜りを作りながらにこにこしてる
そいつの手には、見間違いでなければしっかりと傘が握られている。
「えー、雨降ってたら濡れるの当たり前じゃん」
傘という人類の知恵を全否定するようなことを言いながら、そのまま
家に上がりこもうとする。冗談じゃないよ、このバカ。
「雑巾とって来る、動くな。ステイ」
手の平を向けてそう命令すると、風呂場に雑巾をとりに行く。
「え、タオルじゃないの?」
贅沢なことを言ってるのを無視して、適当な雑巾をとって玄関に戻ると
ぶるるるる、と犬のように髪を震わせてるそいつがいた。
「あああ、ばか、水が飛び散るだろ!今日親いないの!俺が全部掃除すんの!」
がしがしと頭を拭いてやりながら、せっかくの一人きりの休日を惜しんで俺はため息をついた。

52610-979傘があるのにずぶ濡れ2/2:2007/06/18(月) 05:04:03
「で、なんで傘さしてるのにそこまで濡れたんだよ、プールにでも行った?」
遠慮なくうちのシャワーを借りて、俺のシャツとパンツを着て、うちの冷蔵庫からコーラを出して
えーペプシじゃないの、なんて言いながらリビングの俺の隣(近いよ!)に
座るやつを横目で見て、俺は一応聞いてやった。
今度はシャワーの水滴をちゃんと拭かないせいで、
また中途半端に長い茶髪が束になって顔の周りにへばりついてる。
なんか、なんていうか、その上気した顔は……。
「今、俺の顔見てただろ」
どきっとした。
「見てねーよ、つーか水滴落すなよ、今日親いないから掃除すんのお……」
ふふっふふふっふ、と変な笑い声をたてながら、そいつはいきなり俺に抱きついた。
「見てたせに、見とれてたくせに!だいたいさ、親いないとかそんなに
何回も言っちゃって、襲うよ?」
嫌というほど雨を吸い込んだ大きな目が、きらきらと光って俺を見つめる。

「ふざけんな!もう知らねー、誘ったのそっちだからな!」

ぶち、と何かが切れるのを感じながら、俺はそいつをソファに押し倒す。
一瞬びっくりしたような目で俺を見たそいつは、笑って俺の耳に囁いた。
「お前に会いたいって思ってたらさー、傘さすの忘れてたんだよね」
ああ、さようなら、平穏な日曜日。俺はこれからこの愛すべきバカととても背徳的なことをします。

527萌える腐女子さん:2007/06/18(月) 05:06:17
以上、10-991,992からの再掲です。

52810-789 ミ/ス/タ/ー/ド/ー/ナ/ツ:2007/06/25(月) 02:36:51
『いいことあるぞ♪ミ/ス/タ/ー/ド/ー/ナ/ツ♪』


30歳の誕生日。
ゆうべ寝る前に仕掛けた洗濯機、ホースが外れてベランダが水浸しだった。
通勤電車で痴漢に間違えられた。
教室に入ったら俺のかわいい生徒たちが、「先生30歳おめでとう」「マジおっさんだね」と笑いやがった。
階段でふざけていた生徒にぶつかって落ちた。鼻血が出た。
誕生日を祝ってもらう飲み会で、学生時代からの友人達の三角関係が発覚。殴り合いの大喧嘩に。
止めに入ったら「ホモのてめぇに何が分かる!」と怒鳴られて店内の空気が凍った。

……。
俺は何か悪いことでもしたんだろうか。

飲み屋の店員にひたすら謝って解散し、疲れと空腹からふらふらと近所のドーナツ屋に立ち寄った。
「いいことあるぞ♪」ってキャッチのCMを流してた有名なあの店だ。
ドーナツを何個か取って、飲み物と一緒に購入して、さあ席に着こうとしたその時。

「あっ!」

という声がしたと思ったら、頭からアイスコーヒーを浴びていた。
そして顔にぶつかるドーナッツとトレイ。
俺の目の前には、ふざけていてトレイをひっくり返したらしき女子高生たちがいた。
そしてその女子高生たちは――逃げた。
きゃあきゃあという悲鳴を残して。

……。
俺は何か悪いことでもしたのか?
どこに「いいこと」があるんだよ。

情けない気持ちのまま、店員から渡されたタオルで顔を拭き、代わりに出されたドーナッツと飲み物を前に、俺は食欲も失せて椅子に

座り込んだままだった。
本当は今すぐ帰りたかったが、なんだか力が抜けて立つことができず、とりあえず店の奥の人目につきにくい席に隠れるように座るしか

なかった。
本当に今すぐ帰りたい。消えたい。透明人間になりたい。誰にも存在を認識されたくない……。

「大丈夫ですか?」
いきなりかけられた声の主は、さきほどからこちらをちらちらと見ていたサラリーマンだった。

……今日は本当に運が悪い。
こんな状況で知らない人に優しい声をかけられるなんて、あまりに運が悪い。
耐え切れず涙を流した俺に、サラリーマンは相当慌ててしまったのだろう。
彼は焦ったように俺の隣の席に座ると、子供を慰めるように肩を抱いてあれこれ話しかけてくれた。俺はついつい今日の自分を襲った事

柄に関する愚痴をこぼし、彼は辛抱強くそれを聞いてくれた。

声を殺してはいたものの、たっぷり泣いて気が済んだ頃、着替えに来ないかと誘われたが、こちらも近所なので断った。初対面の相手

にこれ以上迷惑をかけるわけにもいかないだろう。
別れ際、彼はそっと名刺を差し出した。「愚痴ならいつでも聞かせてください」という心の広い言葉を添えて。

家について何とはなしに名刺を裏返すと、ボールペンで殴り書きされたメッセージが目に入った。


――男性に興味がないならこの名刺は捨ててください。軽いと思われるかもしれませんが、ひとめぼれでした――


俺は今日の不運をすべて忘れた。



『いいことあるぞ♪ミ/ス/タ/ー/ド/ー/ナ/ツ♪』

52910-889 煙突のある風景():2007/07/10(火) 01:42:52
投下させてください。あと長くなってしまいました、すみません。
______________________________


僕の住んでいる町には巨大な煙突がある。
町のどこからでも見える、とても大きな煙突だ。
煙突の横には小さな家がちょこんと建っているのだが、空き家のようなので誰が
何のために建てたのかさっぱりわからない。
両親や祖父母にも聞いてみたが知らないと言う。なんとも不思議な話だ。

煙突と、まるで煙突のおまけのように小さな家(廃墟と言ったほうがいいかもしれない)は
子供たちの絶好の遊び場だった。
まわり一面原っぱで民家がなく、雨をしのげる家までついている。
これで秘密基地にならないはずがない。
僕とあいつも毎日ここで遊んだ。道で拾ったエロ本や捨て犬を持ち込んだりしたな。

そしてなんともありがちな話だが、煙突には足場がついていて、高く上ったヤツが偉いという子供内ルールがあった。
田舎だったので木登りが得意なやつが多く、途中まではみんなするすると登っていく。
でも木の高さより高くなると、怖くてだんだん足が進まなくなってくる。
僕は木登りすらもろくにできなかったので、煙突なんてとても登れなかった。
「こわい!こわいって!!もう無理!絶対これ以上登れんわ…」
「まだ10段登っただけやろー!根性出せや!」
というやりとりを数回繰り返して、やっとあいつも「こいつには無理だ」と悟ったらしい。

あいつは僕と違い、なんと記録を打ち立ててしまった。今でも子供たちの間では破られていないらしい。
さすがにてっぺんまでは登れなかったが、今までの記録を大きく更新してぶっちぎりの第一位だ。
自分のことのように嬉しくて、降りてきたあいつがこちらに向かって誇らしげに笑った瞬間、涙まで出てしまった。
落ちないか心配だったんだろうか。

自分のことを「僕」から「俺」と呼ぶようになったころ。
中学に入学したころには自然と煙突には近づかなくなった。
あいつとはよく遊んだが、秘密基地ではなくお互いの家でゲームをしたり漫画を読んだりした。
中学・高校とずっと同じ学校で、俺たちは相変わらずの仲だ。
煙突も取り壊されることもなく、ずっと原っぱに建っている。

53010-889 煙突のある風景(2/3):2007/07/10(火) 01:44:35
そんな高校最後の夏休み、あいつから突然電話がかかってきた。
いつもはメールなのに、と思いつつ通話ボタンを押す。

「おう」
「おう。どうしたんや」
「お前暇やろ。今から煙突まで来い」
「は?お前受験勉強「いいからちょっと来い」
そう言い放って切りやがった。
かけなおしてみたら電源が入っていないか…のアナウンス。
いったいなんなんだあいつは。
もしかして前借りた漫画にジュースこぼしたのがばれたんだろうか。
それとも電子辞書の履歴をエロい言葉で埋め尽くしておいたのがばれたんだろうか。
心当たりがありすぎて困る。とにかく煙突まで行ってみることにした。

台風が近づいてきているんだろうか。風が強くて自転車がなかなか進まなかった。
汗だくになりながら俺が着くと、すでにあいつは着いていたようだ。自転車が停めてある。
でも姿がどこにも見えない。
「おーい、着いたぞー。なにやってんだー?」
声をかけながら家の中を探してみるがちっとも見つからない。
探しつくして外に出ると、煙突から声が降ってきた。
「おーい、どこ探してんだよ!」

あいつは上にいた。それもかなり高い。昔あいつが自分で作った記録より高いところにいて、
顔もはっきり見えない。
「何やってんだバカ!さっさと降りて来い!あぶねーだろーが!!」
声も自然と大声になる。こんな高さから落ちたら間違いなく即死だぞ。しかも今日は風も強いのに。
落ちてきて地面にぶつかるあいつを想像してぞっとした。
「いーやーだー!てっぺんまでもうちょっとなんだよ!」
「なにがもうちょっとだよ!!いいから早く降りて来い!」
「うるせーよバカ!だまって見とけ!」
そのあとは俺が何回降りて来いと言っても、止まらずにひたすら登り続けた。

53110-889 煙突のある風景(3/3):2007/07/10(火) 01:46:18
1時間後、あいつは地面に落ちることもなく登りきり、そして無事に降りてきた。
降りてきたときの得意そうな笑顔は数年前とまったく変わらない。
絶対殴ってやろうと思ったのに気が抜けてへたりこんでしまった。こいつは飄々とした顔で
「あれ、今回は泣かんかったなー」
とか言っている。まあ、後で殴ると心に決めたところで重要なことを聞いておこう。
「…おい、なんであんなことした?」
「お前の泣き顔が見たいと思って」
「はあ!?」
俺が本気で殴りそうだと思ったのか、慌てて否定してきやがった。
「ごめんごめんごめん嘘!それは嘘!」
そのあと3秒ほど間を空けてこう呟いた。
「もうてっぺんまで登る機会なんてないなーと思って」
あるだろ、いくらでも。そう言おうと思ったけど言えなかった。こいつが今何を言おうとしているか、俺にはなんとなくわかってしまう。
俺の顔を見て、こいつも気付いたらしい。でも話を止めはしない。
「俺さ、東京の大学行くわ。やっと決めた」
やっとお前との腐れ縁も切れるわ!とか東京でも達者で暮らせよ!とか言ってやろうと思ったけど、
「そうか」
としか言えなかった。なんでだ。っていうか、なんで俺はこんなに泣きそうなんだ。
こいつは俺の顔を見て話し続けるが、俺はうつむく。こいつの目を見ていられない。

「ほら、こういうことして大目に見てもらえるのって高校生までじゃね?」
「おう」
「だから思い立ったら吉日ってことで登ってみた!」
「おう」
「いやー、4月になったらこの煙突ともお別れやなー」
「おう」
「お前とはお別れじゃないけどなー」
「お……は?」
「俺お前のこと好きだから」
「……な」
「遠恋というやつだ。もしくは俺といっしょに東京に来い」
「いや、ちょっと待て」
「お前が煙突登れなかったころからさ、俺がいっしょにいなきゃってずっと思ってて。
 最近気付いたんだけどこれって恋だわ。俺お前に触りたいとか思うし」
「やめろ!恥ずかしいわ!それ以上しゃべんなアホが!!」
「そんでお前はどうなんだよ?」
にやつきやがって。明らかに答えを知っているって顔だ。
やられっぱなしでムカつくので、胸倉引っつかんで頭突きしたあと、口に噛み付いてやった。


煙突のあるこの町を、こいつは4月に離れていく。山と田んぼ、それと煙突しかないこの町。
俺もいつかはこの町を離れ、煙突のある風景を懐かしく思う時が来るのだろうか。
懐かしいと思うとき、隣にこいつがいて、懐かしささえも笑い飛ばせたらいい、と心から思う。

53211-279 ボケ×ツッコミ:2007/08/07(火) 05:27:07
投下させていただきます。

ありがとうございました、と頭を下げて拍手が聞こえる中、二人で裏に
引っ込んだ。そしたらいきなり相方に頭を小突かれた。
「いって、なにすんねん」
「下手な関西弁使うなバカ。……お前、さっきのなに? 
あの、『意味わかんねえ』のとこ。ナニ、あの変な間は」
ああ、また始まった。いつもこれだ。なんで終わってすぐに相方から
ダメ出しをくらわにゃならんのだ。反省会がとても重要なのは分かっている。
けれどそうやって言われるたびに自分の中の自信が風船みたいにシワシワに
しぼんでゆく。
「なぁ、なんか最近変だぞお前。なんかあったのか」
心配そうに聞いてくる相方に俺が出来ることと言ったらせいぜい鼻で笑うこ
とぐらいだ。
「べっつに。ちょっと疲れてるだけだ」
悩みがあった。ここ二ヶ月、俺を睡眠不足に陥らせているほどの悩み。
「大丈夫か」
相方に言っても理解されない。それこそ『意味が分からない』と素で
返してくるだろう。
それになんて突っ込みを入れればいいのか、俺は分からない。だから隠す。
当たり前の図式だ。
日常生活でもボケとツッコミなんてやっていられない。こいつはボケで俺の
相方。それ以上はいらない。

お前に見とれてたんですよ、と白状するのはまだまだずっと先の話。

53311-362 補完:2007/08/23(木) 04:53:21
超展開ホラー触手注意

その夜
村のスタア様ご帰還に沸いた村人たちによる大歓迎会が開かれた。
季節感ナシのマグロにカツオが豪勢に並び、酒が振舞われた。
長身の青年が提案し、さらに宴会参加者全員が賛成挙手し、エイジが強制的に裸にひんむかれたりする場面もあった。

裸に腰タオル、全身酒まみれというズタボロのエイジは歓迎会の行われた海辺の旅館から、長身の青年に抱きかかえられるようにして脱出した。
「くそーーー総一の馬鹿ーはなせー、俺を裸にした奴のてなんかーかりたくねーーーーー」
「エイジうるさい、酔っ払いすぎ」
そのまま旅館の隣にある総一の家へと何とかたどり着く。
まるで荷物でもおくように、べちゃっと玄関先にエイジを放り出し総一はウーロン茶のペットボトルに口をつけた。

「うーん、うーん、さけくさいー、べたべたするー」
「そりゃ日本酒を頭から浴びりゃーそうなるよ」
玄関先でタオルいっちょでうねうねするエイジが可笑しくて、つい意地悪をしてしまう。
飲みかけのそれなりに冷たいウーロン茶をエイジにぶちまける。
「うわ、冷た!」
そのままエイジの腹に触れると日本酒と汗とウーロン茶が混ざり合ってぬるりと妙な感触がした。
「う、わ、ちょっと、やめ」
そのぬめる感触のまま、日焼けしてない腹から胸へと手を滑らせていく。
「都会でも大人気みたいじゃないか。ねえ、さつまあげ?」
玄関先であるにもかかわらず総一はエイジにのしかかり、肩や喉を噛み散らす。
「な、なんでお前がそれを…!」
「俺が広めたんだもの」

さつまあげ、とはネット上のコミュニティにおけるエイジのあだ名、というかエイジを指すスラングだ。
大物声楽家の作品に参加するうちに頭角を現し始めたエイジにはネット上でも話題になることが多くなった。
そんなとき
「エイジって英語でageだよね、苗字とつなげたらsatumaage さつまあげじゃん」
という話がどこからともなく広まり、すっかりエイジのあだ名がさつまあげになってしまったのである。

53411-362 補完2:2007/08/23(木) 04:54:33
「あ…そーいちが?まさか…、ホントに?」
顔を上げ至近距離で目を合わせると、にたりと人の悪い笑顔を滲ませ総一は頷く。
「こんなど田舎にもネットはつながってるんだよ」
なんでそんなこと…と思うのと同時に、総一が自分への批判や称賛、嫉妬や慕情が渦巻くネット上でのコミュニティに
参加していたことにショックを受けてしまう。
「なっ、なんでだよ!なんでそんなことしたんだよう!」
酔いもあいまって、なぜか涙腺が崩壊しそうになってしまう。
勝手に総一たち故郷の仲間のことは聖域としてしまっていたようだ。
その仲間があんなコミュニテイに参加していたなんて!
軽くパニックに陥っているエイジを落ち着かせる為に、総一はついばむようなキスを繰り返す。
「だって、エイジが遠くに行ってしまうような気がしたから。
だから、中学時代のあだ名でつなぎとめようとした。稚拙な手だと思うだろう」
「…へ?」
そうだ、もともとさつまあげとはageという綴りを習った時に発生したあだ名だった。
「約束したよね?週に一回はメール頂戴って。忘れてたでしょう」
「あ……ごめん」
「本当にそう思ってる?俺がどれだけ不安になったかわかってる?わかってないよね?」
その問い詰めるような口調にひゅっと息を呑んでしまう。
ここは玄関だ。外の街灯の光しか明かりが無い状態で、総一の表情は逆光になってよく見えない。
しかしゾクゾクと恐怖とそのほかの感情がエイジの尾てい骨から背骨を這いあがる。

「おしおき、だね」

53511-362 補完3 閲覧注意:2007/08/23(木) 04:57:12
ぞるっ、と総一の影からいそぎんちゃくのような触手が這い出てくる。
それは自在に動き、逃げようとするエイジの足首と手頸を掴み縛り上げてしまう。
「総一、そういち、やだよやめてよ…ひぐっ!」
「やめない。エイジは触手が苦手だよね、おしおきにはちょうどいいよね」
確かに、エイジは触手が苦手であった。見るのも、触るのも、単語を聞くことすら嫌だった。
それは幼馴染で、仲間で、…恋人でもある総一が普通の人間ではないことを示すものだったから。
この他地域から隔離されたような僻地に人が住み続ける理由。
それは、この触手を操る人によく似た生き物が平和に暮らすため、それだけである。
最近では大分触手も減り、ただの寒村になりつつあるが時折思い出したように強い力を持つ子供が生まれることがある。

「む、ぐぅっ、うん」
蛸足のような触手がエイジの口にねじ込まれる。それは喉を犯すように侵入し、窒息と紙一重の快感を与える。
総一だって滅多に触手なんて出さないし使わない。
しかし感情が振り切れたり、何かのたがが外れてしまうと無造作に触手を繰り出してしまう。
おかげで総一はどんなに都会に住みたくとも、この里を離れることはできないのである。
口に気を取られている間にも無数の触手がエイジの肌を這いまわり、仄かな快感に火をつけていく。
気持ち悪いのに、キモチイイ。
「キモチイイ?」
玄関マットの上で触手の粘液や汗にまみれ芋虫のように転がるエイジとは好対照に、
総一は相変わらず街灯の光を背負い、エイジを真上から観察していた。

「良くない!」
答えを得るために解放された口からは、叫びがとびだした。
それは宣戦布告、触手には屈しないといった攻めの一手であった。
スッと総一のまとう空気が冷やかになり、さらに無数の触手が鎌首をもたげ始める。

そのまま、朝まで、玄関先での常軌を逸した痴話げんかは続けられたのであった。

(終了)


さつまあげが苦手 さつまあげが触手 さつまあげに挙手 さつまあげの一手
さつまあげは歌手 今日のおかずはカツオにマグロ ウーロン茶☆ヌルヌル
をすべて入れてみました。

53611-429 悪の組織の幹部×同組織の最下層1/4:2007/09/04(火) 12:54:38
「大体いつもさ、作戦が悪いんだよ作戦が」
「はあ…」
「あと一歩って所で秘密兵器が出てくるのなんて分かりきった事だろ?
 なに、それとも今回は出てこないとでも思ったわけ?
 まさか出てこないといいな〜とか希望的観測で作戦を進めたとかじゃないよな?」
「いや、そんなことは、…ないと思うんだが…」
「思うんっだがってなんだよハッキリしろよ!いつも現場で動くのは
 俺たちなんだよ俺たち。それわかってんのか?」
「それは、申し訳ないと思っている」

もう小一時間説教を食らっている。その間正座させられっぱなしの私は
しびれが足全体に渡ってすでに感覚はなかった。
おそるおそる手を挙げて提案してみる。

「すまない、次は善処したいと思うので、もうそろそろ、その…」
「お・ま・え・が言うなお・ま・え・が!」

ピシピシとプラスチックのものさしで額を叩かれる。痛い。
戦闘員Dの怒りはまだ収まっていないようだ。
それもそのはず、今日の地球防衛側の反撃はそれはすごいもので、
最下層戦闘員の彼らには恥辱にまみれた、としか言いようがないものであったからだ。

53711-429 悪の組織の幹部×同組織の最下層2/4:2007/09/04(火) 12:55:14
「大体なあ、俺がどんな目にあったと思ってんだ?…お、俺が、あんな…」

変化した声にふと視線を上げると、まっかになった戦闘員Dの顔があった。
おそらく昼間の醜態を思い出しているのだろう。握りしめた手は小刻みに震えている。
その姿は小鳥の様で、全治万能の力を与えられた幹部の私からすると、
哀れみをさそいながらもなぜか背中の辺りがぞくぞくとする。

彼が一体どんな目にあったか?
忘れようにも忘れられない。敵の長官が「こんなこともあろうかと」開発していた
秘密兵器は、巨大な蛸のような生き物で、あと一歩の所で司令塔を制圧できていた
はずの我々は、その触手によって全戦闘員の攻撃力を奪われたのだ。
とりわけ中心部に近付いていた戦闘員Dは、からめとられた手足を拘束され、
戦闘服は見るも無惨な布切れとなって地に落ち、全身を弄られ擦り上げられ
肛門に触手を挿入されたあとは強制射精で意識を失うまで喘がされ続けたのだ。

正直に言おう。最後まで見たいために命令を出しませんでした。

しかしそんな事を口に出せる訳もなく、この作戦の指揮官を任されていた私は
作戦失敗の叱責を、なぜか部下の戦闘員Dから受けているわけなんだが…

「敵の本部の職員すべてと、巨大生物が現れたと集まったヤジ馬ども、
 そしてつぶさに記録を残そうとするテレビ局!全国放送だ!!
 そ、そんななか、俺がっ…おれ、おれは…くそっ…!!」

53811-429 悪の組織の幹部×同組織の最下層3/4:2007/09/04(火) 12:55:34
悔しさのあまり俯いてぽろぽろと泣き出してしまった戦闘員Dを、私は後悔の念を
持って見つめていた。そうだ、戦闘員Dにも普通の生活や人生という物がある。
あんな映像が全国に流れてしまったら、どこへ行っても「強制射精の人」
と後ろ指を指され続けるに違いない。最悪「化け物にやられてよがるくらいなら
俺たちだって相手できんだろへへへ」とか言い出す狼藉者にレイプされた挙げ句
裏ビデオを取られて売られ薬付けにされて敵の地球防衛隊とやらの性奴隷に…!!
そうなったら私は戦闘員Dの家族になんとお詫びをすればいいのか…!!
そうだ、そんな心の傷は上司である私が癒さなくては…!!

「すまないっ……!!」
「えっ…!?」

堪り兼ねた私は、正面に座っていた戦闘員Dを抱きしめた。
いや抱きしめようとした。
が、しびれていた足がからまり、鈍い音と共に戦闘員Dを床に押し倒してしまっていた。

「あっ…だ、大丈夫か!?戦闘員D!戦闘員D…!!」

ゆさゆさと揺さぶるが返事はない。ただのしかばねのようだいやいや違うこういう時は
あれだ!まず気道の確保をして…あ、ハイネックのセーターだな…
仕方がない、上は脱がせるとして…ベルトも外して楽にさせてやろう。
緊急時に的確な判断が出来てこそ頼れる上司というものだからな。
次は人工呼吸をして胸のマッサージを……

53911-429 悪の組織の幹部×同組織の最下層4/4:2007/09/04(火) 12:56:03
「……なにやってんのお前ら」
「総帥……!?いえ、あの、これは…」
「……いやいいんだけどさ、せめてベッドの上でやったらどうなの?」
「はっ…ご助言ありがとうございます。なにかありましたか?」
「いいや大した用じゃねーし。まあ明日休みだからいんだけどさ、ほどほどにね」
「了解いたしました」

翌日、なぜか秘密基地内食堂の黒板に相合い傘で『幹部/戦闘員D』と書かれていた。
冷やかされてまっかになって怒りまくる戦闘員Dの横で
「誤解だ。私は服を脱がせて体中をマッサージしていただけで、
 その際不可抗力で勃起したペニスを射精させたが、それだけだ」
と隊員に説明したら、さらに赤く怒った戦闘員Dにみぞおちを殴られた。
なぜ私は戦闘員Dにこんな暴挙に出られても許してしまうのかは謎だが、
仕事に対する意欲も増しているので問題がないと思う事にした。

54011‐09「雨宿り」:2007/09/08(土) 03:29:00

---------------------------------------

前略。芹沢様。

君は元気でしょうか? 風邪などひいていないでしょうか? ちなみに、僕は元気です。それなりに
やっていますので、ご心配なく。……もしよかったら、ちょっと心配してくれると嬉しいけど、さ。

そういえば、最近、また新しくアルバイトを始めました。友達や縁遠くなった両親はいい加減に
定職につけと言うだろうけれど、フリーター人生が、僕には今のところ一番似合っている気がします。

芹沢。君は何て思うかな。こんな僕のこと。まだ、忘れないでいてくれてるのかな。
僕は今、君の住む(らしい)町で暮らしています。君のすぐそばで、君との思い出にしがみつく
ようにして生きています。
あなたはどこにいるでしょうか? 僕のこと、まだ覚えてくれているでしょうか?

馬鹿馬鹿しい話だと、我ながら思います。

もう何年前になるのかな。最後に二人で並んで歩いたのは。
あのとき約束したよね。
また明日って、約束したから。
それだけのために、君に会うためだけに、僕は生きているのです。

直接話したいことがたくさんあります。
「大好きだ」って、ふざけないで、芹沢、お前に言ってみたいです。
「愛してる」って、笑わないで、本気で伝えてみたいです。


……………
……

---------------------------------------


住所も知らぬ相手への手紙につづる文章をとうとうと考えながら、時間は流れ過ぎていく。
そうやって時間を殺すことが、最近の僕の常套手段になりつつある。

雨降りの午後、傘を忘れた僕は小さな酒屋の前で一人たそがれる。
コンビニにでもいけばビニール傘くらい買えるだろうけど、そんな合理性に従うよりも僕は
情緒溢れる「雨宿り」をたしなんでいたかった。

雨に降られながらも、東の空はぼんやりと明るい。雨がやんだなら、もしかしたら虹が出るかも
しれない。そう思ったら、少しだけ、何だか気持ちが明るくなった。

54111-589「どうでもよくない」:2007/09/25(火) 00:38:54
ギリで間に合わなかったので投下

____________________________

「実は俺、お前の事好きだったんだ」

突然の告白に、頭が真っ白になる。
今の今まで、そんなの全く臭わせなかったくせに。
おまけに、なんでこんなタイミングで言い出すんだ。お前、明日転校すんだろ?
HRの最後にクラスの皆にも、涼しい顔で「お世話になりました」って挨拶してたじゃないか。
今だってそれは変わらなくて、こっちは動揺しまくりで背中やら掌やら汗かきまくりだってのに
お前はいつものように飄々としてて、無様な俺を面白がって観察してる。

そうだよ、こーいう奴だったよ。
いつだってひとり平然として、周りの心配をよそに無茶も平気でやらかす。
実力と同じくらいプライドも高くて、手持ちのカードは絶対誰にも見せない。
自分と他人の間にきっちりラインを引いて、一歩も立ち入れさせない、それがお前だったのに。
なんで、今になってそんな事を言うんだ。

「あ、別に返事とかいらないぜ? どうでもいいし。
 一応最後に言っときたかっただけだから気にすんな、じゃあな」

…何という自己完結っぷり。
そんな捨て台詞を丸きり冷静な顔で言ってのけて、さっさと立ち去ろうとする奴に、
呆れを通り越してムカついた。

「よくないだろう!?」

思わず通りすがりの腕をありったけの腕で掴んでいた。

どうでもいいって。気にするなって。
そんな言い分通るか。
忘れられる訳がないだろう、お前と、お前と同じくらい酷い告白を。
お前は最後にすっきりぶちまけて、逃げて、それでいいのかもしれないけど俺はどうなる。
密かにお前を想って悶々と葛藤した日々までどうでもいいって、切り捨てるつもりか。
許さない。俺自身の想いまで勝手に終わらせようとするなんて、お前にだってそんな権利はない。

「…そうか、どうでもよくないか」
「あ?」
「俺は正直ホントにどうでもよかったんだよ。フラれて当然と思ってたしな。
 けどお前がそう言うんじゃ仕方ない」
「仕方ないって…」
「つきあうしかないだろ? この場合」

…やられた。
にっこり笑う奴の顔が、悪魔に見えてくる。
そうだよ、こーいう奴だったんだよ昔っから!
絶対最後まで手の内は明かさず、いつの間にか相手を自分のペースに引き込んじまう。
分かってるのに、俺は何度懲りずに引っかかって振り回された事か。
けど、そばにいられるならそれでも構わないと思ってしまう俺は、もう末期だろうか。

「電話しろよ。メールも」
「お前からしろよ」
「おー強気じゃん」

けらけら声を上げて笑うその笑顔に、ああ俺たちはこれからも何も変わらないんだろうと
妙な安堵と喜びと、少しの諦めが胸によぎった。

___________________

初参加なんでベタにいってみたよー

54211-749「若者×お父さん系オサーン」:2007/10/19(金) 15:18:53
「正夫くん、ちょっとそこに座りなさい」

俺の下にいた義夫さんが突然むっくりと身体を起こして、
敷かれた布団の上を指差しながらそう言った。
あの、何ででしょうか。俺とあなたって、ついさっきまでなんかこう、エロエロ!って
感じでいましたよね?で、義夫さんが仕事から帰ってきて風呂入って、その湯上り姿が
すごく色っぽかったからキスして、そのままお布団の上まできましたよね?
それで義夫さんが真っ赤になってとろーんとしてて
もうセックス開始一歩手前!まで来てましたよね?あれ、何で俺が悪いことして
これからお説教されそうな雰囲気になっちゃってるんですか?
言いたかったことはこれだけあったんだけど、俺はあの、すら言うことも出来ないで
義夫さんが指示した場所に正座した。ちゃんとしました、半裸で。
義夫さんも半裸で俺の前にきちんと姿勢を正して座った。

「正夫くん、明日が何の日か分かってるかな?」

静かに話しかける声。それなのにその声音には荘厳?な響きがあって、びくびくとする。
小さなころ、お父さんが大事にしてたコップを思いっきり割ったときがあるんだけど、
今の義夫さんと向かい合うのは、そのお父さんの前にいたときと同じくらい怖い。
この人が、俺の下で可愛くあんあん喘ぐ人と同一人物だとはとても思えないです。

「あ、あした?」
「そう、明日」

冷静な表情で腕を組みながら、義夫さんが俺に問う。
じーっと俺を見てる。
あした。あした……。

「……あしたって、何かありましたっけ」
「覚えてなくても仕方ないかな。明日は僕、朝早い出張の日なんだ」

出張。
その言葉で俺はようやく思い出した。
明日の朝、4時半には家を出るからセックスは絶対しないでと指きりしたんだ。
それなのに俺は約束破って、義夫さんのことを押し倒してしまった。
俺のバカヤロウ!義夫さんを困らせるようなことはしたくないのに、約束を忘れるなんて。

「すみませんでした」

謝罪の意をいっぱいこめて土下座した。
床に頭をすりつけて、悪かったという思いを伝えようとすると、
顔をあげなさいって義夫さんが俺の肩に手を乗せた。

「僕こそちょっと迂闊なことをしたね。うっかりしてた、君とはそういうことする関係なのに」
「義夫さんはわるくないです!……出張のこと忘れた俺が悪いんです」

鼻の奥が、つーんとした。やべ、泣きそう。俺泣きそう。
年に合わないみっともない顔は見せたくなくて下を向くと、頭を撫でられた。

「ならどっちも悪い、ってことだね。ごめんね、正夫くん」
「……俺もごめんなさい」
「うん。もうこの話は終わりにしようか」

手のひらは優しくて、お父さんに似ていた。
俺のお父さんは俺よりも子供みたいで、俺がコップを割った後
ぎゃおすと怪獣のように怒鳴りながら泣いて、お母さんがどっちが子供なんだと
困ったように笑いながらあやされる人だった。
こんな落ち着いた大人の義夫さんとは全然似てないんだけど、こうやって撫でる仕草はお父さんにそっくりだ。
悪いことをしたら怒って、謝ったら偉いねと撫でてくれて、厳しいけど優しい人。
お父さんとは別の意味の好きだけど、俺は両親と同じくらいこの人が好きだ。

「僕はもう寝るよ。君はどうする?」
「俺も寝ます」
「うん。分かった。」

義夫さんが、俺が脱がしたパジャマをきちんと着なおして床につく。
俺も自分で脱いだパジャマを着て、義夫さんの隣の布団に入る。
電気を消す。
オレンジ色の光が、ぼんやりと光っている。

「出張から帰ってきたら、しようね」
「はい、待ってます!」
「……おやすみ」

きゅう、っと手のひらが握られた。
おやすみなさいって言いながら、俺はそのあったかい手を握り返した。

543萌える腐女子さん:2007/10/20(土) 20:01:06
由緒正しい勇者の血統だそうである。

「それやったら、代々伝わる伝説の剣とか鎧とか、あるんやないの?」
「家にはありません。今は国の宝物庫で保管されています」
「よし。まずは、それ返して貰いに行こうや」
「あー…それは無理です。何代か前に、お金と引き換えに所有権を譲渡してしまって」
「アホ。命がけの旅に出るのに、所有権もなにもあるかいな。ていうか売るなや」

王の勅命を受けて魔物討伐に出発する『勇者様』の装備が、鉄製の小剣と布製の服なんてありえない。
しかも、王から渡された旅の資金は雀の涙。屈強なお供もなし、馬もなし。
現在の旅の仲間は、勇者自身が仲介人を通じて雇った商人ただ一人。(勿論、仲介料も自己負担)
これで魔王を倒せとは、タチの悪いの冗談だ。
そのことを言うと、人の良さそうな青年は苦笑した。

「ロクに訓練を受けていない僕に宝物やお金を与えるほど、国の台所事情は良くないみたいです」
「そのあんたに魔王倒して来い言うたのは、他でもない王様やんか」
「仕方ないですよ。予定より早く魔王が復活してしまったんですから。それに、倒すのではなくて、封印するんです」
「ああ、そうやったな」

なんでも、五百年前の大昔に世界を恐怖に陥れたという魔王は、倒されたのではなく封印されたのだそうだ。
しかしその封印の効力が永久ではないため、定期的に封印をしなおさなければならない。
魔王を封印することは、勇者の血統にしか出来ないのだそうだ。それが目の前にいる青年らしい。

効力が切れる前に再度封印すればよく、魔王と対峙するわけではないので、封印自体は比較的簡単に行える。
ただ、魔王が封印されているのは魔物が多数生息する魔境の奥深くで、行くにはそれなりのレベルが必要だ。
そのため、代々勇者一家は、再封印の時期に合うように『勇者』を育成しているそうなのだが……

「本当は、もう五年は大丈夫だった筈なんですけどね。でも現実に復活してしまったから、修行してる場合じゃなくなって」
「なんや、緊張感のない話やなあ」
「そんなことないですよ。魔王も今はまだ復活したばかりで力が弱ってますけど、それも時間の問題です。
 ですから、早くお金を貯めて、ワンランク上の武器と防具を買わないと!」
「だから、そういうのは王様に頼めばええやん。あの伝説の魔王が復活したんやろ?国もケチっとる場合やないんと違うか」
「寧ろ、伝説だから仕方ないんですよ」

青年は僅かに苦笑を浮かべたが、すぐに真面目な顔になり、握りこぶしをつくった。

「とにかく、当面の目標は5,000イェン!目指せ、破邪の剣と青銅の鎧!」
「…………」

天下の勇者様が、まるで便利屋の如く町人の依頼をこなしたり、まるで猟師の如く狩りをしたり、
まるで行商人の如く交易をこなしたりして小銭を稼いでいると誰が思うだろう。
二言目には『お金を大事に!』と叫んでいると、誰が思うだろう。
そもそも、最初の仲間に商人をセレクトする勇者がどこにいるというのだ。

「近場の遺跡に挑むにはちょっと装備が心もとないですし。とりあえず先立つものがないと。
 でも僕、ずっと田舎の村で育ったんで、ものの相場が良く分からないから」
「まあ、確かに俺らは『モノの相場』の専門家やけれども……」
「でしょう?特に行商をする人は世界各地を旅しているから色々なことを知っているでしょうし、魔物とも戦うこともあるでしょうし」
「戦えるいうても、それなりやぞ?」
「それに、魔王もまさか商人とひよっこ冒険家の二人組が、勇者一行とは思わないでしょう?」
「自分でひよっこ言うなや……」

まあ、無駄に使命感に燃えて魔物の群れに突っ込んでいくよりは、賢いやり方だとは思うが。
そうでなかったら、馴染みの仲介人の頼みとはいえ、危険な子守まがいの役を引き受けてはいない。
しかし、本当にこの青年に魔王を倒せ……もとい、封印できるのだろうか?

「大丈夫ですよ。なんたって勇者の血統ですから!」
「あ、そう。早いとこ金貯めて、戦士とか魔法使いとか雇おうな」
「そうですね!頑張りましょう!!目指せ、5,000イェン!!」
「5,000イェンはもうええって」

544萌える腐女子さん:2007/10/20(土) 20:03:15
名前欄を忘れていました
>>543は「11-809商人×勇者」です
失礼しました

54510-129 たまにはこういうのもアリだろ:2007/10/24(水) 10:06:46
体中の汗と、白濁した液が、暖かい濡れタオルでふき取られる。
「いらない」と静止しようとしても体が動かない。
体が限界なのか、させてやればいいと本当は思っているのか判らない。

手首足首に残った荒縄の跡、擦り切れた皮膚に軟膏が塗られる。
つんとした臭いのそれは傷口にしみるけれど、
やさしく塗布されるのが心地いい。

首に残った指の跡にそっと額が寄せられる。
殴られた頬に手が添えられる。
優しく、なでられる。

「なんなんだ、さっきから」

掠れた声がやっと出た。起き上がる気力は無いから寝転んだまま腕を組む。

「……たまにはこういうのもアリだろ」
「自分でやっといて治療か。そんなら最初からすんなっつう話だよ」

二人で、内緒話をする子どもの様に声をひそめて笑った。
ひとしきり笑えば、また部屋がシンとする。

「本当に好きなんだ」

俺の首に顔を埋めたまま、泣いていた。

54610-859 ペンのキャップと本体:2007/10/27(土) 02:14:52
月曜の居酒屋はとても暇だ。
俺は鍵を預かっている身なので最後まで残っていなければならない。小さな居酒屋だからいざとなれば俺一人でも何とかなる。
と、言うことでホール係の女の子と調理バイトを先に帰らせ、俺はカウンターに座ってテレビを見ていた。
「ひまだなあ、もうしめちゃおっかなー」
テレビにも飽き、暇を持て余した俺は独り言を言いながらくるくる回ってみる。
その勢いで、胸ポケットに挟んでいたペンを取り出してキャップを外し、合体ロボごっこなんぞをやってみた。
「きゃぁぁぁぁぁっぁぁぁあああっぷぅ!いくぞぉっ!」
「おう!ペン!合体だあああぅ!!ズギャーーーーーーン!」
そこで回転を止め、仁王立ちしてペンを掲げる俺。
「超合体!ZE=BUR=A GR_inkーーーーーー―ーーー!!!!」
わざわざスポット照明の真下で格好をつけた。
その瞬間テロリーンと間の抜けた音が響き俺の陶酔を邪魔する。
音の主は…オーナー!?
店の入り口でオーナーが携帯電話のレンズをこちらに向けたまま腹を抱えて呼吸困難になるほど笑い転げている、いや笑いすぎて座り込んだ。
さっきの音はもしかして、写メ?
「あ…あ、オーナー?その…、…、わらいすぎだああああああ、わああああん!!!」
冷静さを取り戻すにつれ、俺はあまりの恥ずかしさに顔が燃えるようだった。
「ひっ、まさかお前が合体ロボすきだとは、くくっ」
「もういい加減笑うのやめて下さいよオーナー。あと携帯のデータ消してください」
「やだね」
のちのちこの画像をネタにいつまでも脅され色々な無理難題を吹っ掛けられおちょくられることになろうとは、その時の俺には知る由もなかった。

★お約束
あんな奴なんか俺には必要ない、俺は一人で生きていける、マジックはそう思っていた。
「もう、駄目か…」
蓋を捨ててからの一週間、マジックは言いようのない渇きを覚えいつしか強く蓋を探し求めていた。
たった一人の兄弟、生まれた時から一緒だったのに、あまりに過保護な蓋にいつしか反感を抱くようになっていた。
「許してくれ、蓋。俺が間違っていた、俺はお前なしでは…」
渇いてゆく指先、色を失う髪。先端から自分が死んでゆくのを感じながら、マジックは願った。
蓋よ、俺が乾いて死んだあとも他のマジックを抱き締めるような事だけはしないでくれ…。

54712.5-129 @田舎:2008/01/29(火) 17:50:44
「お前、東京の大学行くんだって?」
オレがそう聞くと、松田はちょっと驚いた顔をした。
「あれ、なんで知ってるの。まだ先生と親にしか言ってないのに」
「…や、昨日な」
昨晩の松田とおやじさんの大喧嘩が、隣りのオレん家まできこえていたのだ。
「ああ!やっぱりあれ聞こえてたのか。ごめんな〜近所迷惑で」
松田はへへっと笑って頭をかいた。
「…なんでオレに教えてくれなかったんだ」
「だってまだちゃんと決まったわけじゃないし…でも絶対に行くよ。
やりたいことがあるんだ。地元じゃできないんだよ」

「おまえまで故郷をすてていくんかぁ!」
昨晩、そう怒鳴るおやじさんの声を聞いた。
この町にはなんにもない、だだっ広い畑と、年寄りと、雪があるだけ。
若者は職を求めて、あるいは寂れた町を嫌って都会へ出ていく。そうしてオレた
ちの同級生もたくさん町を去ることを決めた。
けど、オレはここに残る事を決めている。
一人息子のお前まで町を出たら誰が畑を継ぐんだと親に泣き付かれたせいもある
が、
オレはこのなんにもない町を、生まれ故郷を捨てて出て行くことが後ろめたくで
できないのだ。

「研究者になりたいんだ」
いつだったか、目を輝かせて松田は話してくれた。
松田ならきっとなれるだろう。こいつの頭の良さはオレが保証する。
物心付いた時から一緒にいた。お互いの事はなんでも話した。
だから東京へ行くなんて重大な決意をオレにすぐ教えてくれなかった事に腹が立
つし、すごく寂しく思う。
松田はオレの知らない土地で、オレの知らない世界を見るんだろう。そうして他
の若者たちと同じようにこの町を忘れていくんだろう。
…オレの事も忘れるんだろう。
こいつはこんな田舎で一生を過ごす奴じゃないと、ずっと前からわかっていた。
それでも、この先この町でオレひとり残って送る生活なんて、隣に松田のいない
日々なんて想像もつかない。

かけるべき言葉が見つからなくて、オレは黙って松田を見つめていた。

54812.5:2008/02/22(金) 01:16:18
「正気か!? 身体を機械にするなんて……! クローン技術だってあるだろ!」
「生身のままじゃ、奴らを殺せない!!」

幸せだった2人に突然襲い掛かった悲劇。
テロに巻き込まれ、目の前で恋人を殺され、自分も瀕死まで追い込まれた彼はすっかり復讐鬼となっていた。
この前まで、虫を殺すことも嫌がるような奴だったのに。
そしてあいつも、死んでいい理由なんか何一つなかった。
本当に、いい奴だったのに。

「だけど、あんたがサイボーグ技術士でよかったよ。他の奴だったら、理由知ったら絶対やってくれないし」
「……だろうな」

復讐のためか、こいつのためか。
どっちにしても不毛なこと。
ただわかるのは、他の奴にだけは任せられないってことだけだ。

549萌える腐女子さん:2008/02/22(金) 01:17:19
しくった。
>>548は12.5-289「機械の身体」

55012.5-339 @水の中:2008/02/29(金) 18:11:43
水の中では、僕らに言葉は要らなかった。
ただ泳いでれば、水は僕とアイツを繋いでいて、言葉を使わないで互いを分かり合えた。


「俺、水泳辞める」
「え、何で」
高校からの帰り道、唐突に天野は言った。いつもみたいに、ぶっきらぼうな声で。
あんまりあっさりと言うもんだから、僕の耳がおかしくなってしまったのかと思ってしまった。
小さい頃からあんなに水泳好きだったのに。なんで辞めるなんて言うんだろう。
「何でだよ」
立ち止まった僕から数歩歩いて、天野は振り向いた。
よくわからない、恥ずかしそうな、気まずそうな複雑な顔をしていた。
「お前は、大会とか行きたいんだろ」
「うん」
「俺は、そういうの、思ってなくて、ただ、水泳が好きなだけで、泳げれば、それでいい」
口下手な天野は、ちょっとずつ考えながら言葉をつむいでいる。
「うん、知ってる」
昔から、天野は泳ぐのが好きだった。誰よりも泳ぐのが速くて、人間のくせに魚みたいなやつだった。
僕は、そんな天野が好きで、ちょっとでも天野とおんなじ楽しさを共有したくて水泳を始めたんだ。
プールや海で泳いでるとき、僕らは言葉なんか使わなくても楽しいのが分かったし、笑いあってた。
だから、どうしてそんな天野が水泳辞めるんだろう。
「笑うなよ」
「え?」
「これから言うこと、笑うなよ」
「う、うん?」
「俺さ、人間になりたい」
「へ?」
人間。人間ってなんだ。人間になるってなんだ。それが水泳を辞める理由か。
「なに、それ」
天野は、ガシガシと頭を掻いた。あんまり他人に言いたくないことを喋るときの天野の癖だ。
「泳いでると、楽しい。けど、よく考えてみたら、べつに、水泳部じゃなくても、いいし」
「そりゃ、そうだけど、自由に学校のプール使えるのは水泳部くらいじゃないか。大体、人間になりたい

ってなんだ。お前はちゃんと人間だろ。違う?」
そう言うと、天野は苦しそうな顔をした。なんか、僕不味いこと言っただろうか。
「お、お前、には」
「なに」
「お前には、わかんないよ」

551萌える腐女子さん:2008/02/29(金) 18:12:10
お前には分からない。僕には分からない。今は少しも、天野の気持ちが分からない。
人間になりたいなんて、分かるわけない。天野は、なにが言いたかったんだろう。陸の上での天野は

喋るのが苦手で、言葉が少ない。
陸の上だと、こんなに天野のことが分からない。水の中なら、水の中でなら……分かるんだろうか。
「おーい、もう部活終わりだぞー」
「あ、え、はい」
顧問の先生の声がした。プールサイドでちょっと呆けていたみたいだ。
「……あの、先生、天野」
「ああ、朝聞いたよ。退部したいってなぁ」
「はぁ。その」
「凄い才能あるのになぁ。でも本人がもう辞める決意してたみたいだし。先生じゃ止められなかったよ」
はっはっは、なんて笑う先生。はっはっはじゃない。
「天野、なんて言ってました。退部理由」
「え? お前にも言ってないの? うーん、実は、よくわかんなかった」
え?
「ちょっと教師失格だけど。なんか言ってたんだけどね、ただ、もう辞めますってだけは分かったんだ」
もしかして、先生にも人間になりたいなんて言ったんじゃないだろうな……。
「あ、ありがとうございました。あと、もうちょっとだけここにいてもいいですか?」
「えぇ? まぁ、僕もしばらく残ってるからいいけど……なにするの?」
「ちょっと、考え事です」
家よりも、こっちのほうが考えがまとまりやすいから。


プールサイドに腰掛けながら、僕は水面を見ていた。夕焼けが反射して眩しい。
なんで僕には分からないんだろう。今まで一番天野を分かっていたのは僕だったのに。
いや、そんなことはないか。僕が天野と繋がっていたのは水の中だけ。陸の上では、そんなにたくさん

喋ったことがなかった気がする。喋っても、僕が話しかけて、天野が相槌を打つくらいで。
「あれ……」
ふと、気付いた。天野は、喋ってただろうか。僕以外と、家族以外と。
段々、鼓動が早くなる。天野は、天野は、
天野は、僕以外とまともに喋れてない。
「………」
誰もいないプールを、記憶の中の天野が泳いでいく。まるで魚のように。水の中の生き物みたいに。
そうか。そうだったんだ。人間になりたいって、そういうことだったんだ。
人間の祖先がそうだったように、天野は水から上がって、魚から人間になりたかったんだ。
魚じゃ、陸の上で上手に生きられないから。陸の上で上手く喋れないから。
「……馬鹿」
天野の馬鹿。僕の大馬鹿。

552萌える腐女子さん:2008/02/29(金) 18:12:56
「天野、今からすぐそこの公園に来い」
深夜。僕にしては珍しく、高圧的な命令口調で電話した。案の定、天野は少しビクッとしたようだが、嫌

とは言わずに、ちょっと待て的なことを言った。
苛苛していた。天野がこんなことで悩んでたことと、そのことに気付かずにいた自分に。本当に、馬鹿

みたいとしか言いようのない自分。
なんて、自嘲してると、天野が来た。公園の入り口できょろきょろしている。
「こっちこっち」
「……なに?」
あからさまに、僕と目線を合わせようとしない。昨日僕に言った言葉を後悔しているんだろうか。
「っ?!」
「こっち見ろ。今から大事な話するから」
無理矢理頭を抑えて僕と目が合うようにする。天野は苦しそうで、泣きそうな顔をした。
「よく聞けよ。僕はある男の子のことが好きで好きでしかたないんだ」
「………え」
「そいつは小さい頃から泳ぎが凄く上手くて、僕はそいつに憧れてた。一緒に遊びたくて水泳始めた」
「………うん」
「でもそいつすっごい口下手っていうか、喋るの苦手でさ。陸の上じゃ、まともに話したことなかったんだ

。でも、水の中では違った。泳いでると、言葉なんか使わないでも通じ合ってるって思えた」
「………俺も、そう」
「うん。だけどさ、そいつに昨日、人間になりたいって言われて、お前には分からない、とまで言われて

さ」
「………」
「そんでそいつ、今日僕のことほとんど無視してさ」
「う、あ」
天野は、ぎゅっと目を瞑ってしまった。
「あのさぁ、天野。僕が人間にしてやるよ」
「え?」
「天野のことは僕が一番分かってるんだから。人とどう喋ったらいいのか、どうコミュニケーションとった

らいいのか、全部僕が教えてやるよ。天野が嫌じゃなければ」
「い、嫌じゃない! けど……お前は」
「いいんだよ。僕は天野が好きだから」
「あ、あ、俺も、いっくんのこと、好きだ」
「うん。よろしく、あっくん」
いつのまにか手を握り合って、昔のあだ名で呼び合って、凄く幸せだった。


水の中は、凄く心地がいいけれど。
僕らは人間にならなくちゃ。
水を出て、大人にならなくちゃ。




55312.5-479「強敵と書いて〜」:2008/03/19(水) 00:17:42
「はーっはっはっはっ、また俺勝っちゃったじゃん?ごめんねー俺強くって」

うぜえ、こいつすげえうぜえ。
初めて見たときは強くて綺麗な奴だと思っていただけに
このギャップにへこたれそうだ。
ちくしょう、何で一緒の学校になっちまったんだお前。
お前と部活一緒じゃなけりゃ、俺にとってはただの強くて見た目のいいやつってだけだったのに。
口は災いの元とはよく言ったもんじゃねーか。

「次はお前だろ?かかってこいよ。今日は絶対に俺が負かしちゃうけどねー?」

ケツを叩いて挑発って子供かお前は。
つか何で俺にばっかりうざさ三割り増しなんだ。
弁当のおかずの大きさが自分が大きいっていっちゃ自慢して、
身長が0.3センチ高いっていっちゃ自慢して、
俺よりも多く連勝したっていっちゃ自慢して
俺に何か恨みがあるのかお前。
しかもお前、勝負では俺に一度も勝ったことねーだろ。
うっぜえすげえうぜえ。

「…また俺が負かすにきまってんだろ。バーカ」

なのに、しかとできない俺。何故だ。

55412.5:609 死亡フラグをへし折る受け:2008/04/06(日) 16:58:17
「本当に行くのか」
「うん」

信孝は写真家だ。戦争の現状を撮りたいと言い、
今まさに紛争の只中にある某国へ旅立とうとしている。
…あの国で外国人が何人も拉致されたり殺されたのをまさか忘れたか?
全部自己責任だぞ自己責任。わかってんのかこのバカ。

「なぁ、悠」
「なに」
「一年以内には帰ってくるから…。そしたらさ、その、お前に話が…」
「…わかった。一年だろうが十年だろうが待っててやるから、
 五体満足で帰って来いよ」

そんなに顔赤くしながら「話がある」なんて、バカじゃねーのかこのバカ、俺より10も年上のくせに。
全部つつぬけだっつうの。しかしバカに惚れた俺も相当バカだ。

「じゃあ、行ってくる」
「…ん」

気をつけてなとか、しっかりやれよとか、言いたい事は色々あったのに
なぜか言葉にならなかった。
俺がまごついている間にあいつは笑顔で手を振り、
バックパックを背負って遠ざかって行ってしまった。

俺はその背が見えなくなるのを確認すると、ポケットから携帯電話を取り出す。

「もしもし?ああ、そう、今発ったから。交通手段は前伝えた通りな。
 現地ではくれぐれも姿を見せるなよ。緊急の場合のみ許す」




そして一年後。

「悠!ただいま!」

そう言って嬉しそうに手を振る信孝は、一年前に比べて随分日焼けしていて
ヒゲも伸び放題で、体つきも心なしかたくましくなった気がする。
見た目は小汚い感じなのに、なぜだか格好いい。

そして俺は予定通りに信孝の告白を受け、めでたく恋人同士となった。

「それにしても、不思議なんだよなぁ」
「なにが?」
「向こうでさ、実は結構ピンチになった事が何回かあったんだよ。
 でもその度に運よく逃れられて…。
 強盗のグループに襲われそうになった時は、たまたま通りかかった遠征軍が助けてくれたし
 いつの間にかパスポートをスられてた時も、次の朝手元に戻ってきたり
 撮影に夢中になりすぎて山の中で遭難しそうになった時も、
 同じ日本から来たっていうジャーナリストにバッタリ会って、ふもとまで案内してくれたんだ」
「へぇ、すごいじゃん」
「俺もう一生分の運使い果たしたんじゃないかな〜」

そうかもね、あはは〜などと笑いながら俺は
心の中で自社のSPと追加で雇い入れた傭兵達に向かってグッと親指を立てた。

俺が某財閥会長の孫である事は秘密にしている。
信孝は俺の事をごく普通の大学生としか思っていないだろうし、
実際そう見えるような生活しかしていない。
じーちゃんは俺の事を可愛がりすぎ過保護すぎで正直うっとうしい時もあるけど
今回ほどじーちゃんの孫に生まれて良かったと思った事はなかった。

さて次は、どうやってじーちゃんに信孝の事を認めさせるかだな。
まともに恋人ですって紹介しても、じーちゃんが脳卒中で倒れるか信孝が殺されるかだ。
まずは周りの役員から味方に引き入れよう。うん。

55512.5:629青より赤が似合う:2008/04/09(水) 00:38:19
せっかく書いたのに規制にかかって書き書き込めない。。
あんまり悲しいのでこちらに失礼。


放課後。
「ねえ」
あきれた君の声。
「いつまでかじりついてんの」
これ見よがしの溜息さえ、夕暮れに似てこの胸を鮮やかに染める。
目印を残して僕は厚い本を閉じた。朱に透ける瞳はまるで、何かの監視員気取り?
「信じらんない。もう間に合わない」
「そんなに見たいドラマなら、どうしてさっさと帰らないんだ。机にかじりつこうが図書室に根を生やそうが、とにかく俺の勝手だ」
「ちょっと! どこ行くんだよ!」
よく喋るから無駄が多い。身振りが大仰だから行動が鈍い。鞄を掴んだ君はやっと、僕が廊下を抜ける途中で追いつく。ほら、加減なく後ろ手を掴む。
「待てよ!」
「おまえこそ『どこ行くんだよ』?」
「どこ、って……」
いつも明るいから沈黙が深い。さっき綺麗だと思った夕焼け色の瞳がさっと伏して、けれど弾かれたようにまた僕を見上げた。長いまつげ。
「おまえが教えてくれないから俺は、どこにも行けないんじゃないか」
僕を睨む。鬱陶しい前髪をかきあげながら……かきむしりながら、君は、君が。
「あのときあいつ、何か言った。最後の言葉なんだ。俺に言ったに違いないんだ」
君が僕を。
「それ、やめてくれないか」
「え」
「ほらまた。そうやって髪をかきあげる」
「え、なに……」
「おまえ以前はそういう癖、なかっただろう」
いつか僕は唐突に気づいた。奴の仕草が君にうつった。奴の気さくな性格を心に宿して、君はそれを恋と知った。
再放送のドラマ。苦手なブラックコーヒー。似合いもしないブランドの鞄。なぜあの日一緒に燃えなかった。バイクもトラックも燃えた。アスファルトは黒くただれた。
駆け寄った僕に、奴は何事かを語った。声にはとうとうならなかった。あの唇は何と動いたろうか。口唇術? まさか。まさか。僕に読めるわけが無い。
「髪? そんなのいま関係ない……、おい、触るなよ」
「赤」
「ちょ、み、耳! 触んなってっ……え?」
「赤がいいって」
夜によく映える、深い青が美しい、自慢のバイクは炎に消えた。
「赤いピアスのほうが似合うのにって、言ったんだよ」

556萌える腐女子さん:2008/04/09(水) 01:06:16
あああああ555です。携帯から本スレ投下できました。
重複大変大変申し訳ない。すいません!

55712.5:719 青春真っ只中:2008/04/22(火) 15:51:43
青春18きっぷって年齢制限無いのは有名だけど、乗車期間限定なの知ってた?

新宿から山形まで8時間かかるなんて事聞いてない。しかも全部各駅停車と来たもんだ。
反対側の座席の窓からは、梅雨真っ只中のどんよりした暗い空しか見えない。今どの辺だろう。

今年の夏切符は7月から使えるんだけど、さくらんぼ食べれるの10日くらいまでなんだよね。

さくらんぼと聞くとドキッとする俺は変なんだろうか。
一年でこの時期しか味わえない果実。とろけるほど甘くて酸っぱくて、すぐに傷ついて膿んで腐って。
茎を結べるとキスが上手。2個くっついて描かれる。どう考えてもレモンより青春ぽくて恥ずかしい。
よりによってそんな物、今じゃないと駄目だから一緒に腹いっぱい食おうぜなんて熱心に誘うなんてさ。
冬は毛蟹となまこ、あと明石焼きを食べにいったんだ。うまかったよ〜と思い出しよだれを垂らさんばかりに
笑う彼を見たら、なんだか断れなくなっていたんだ。
貧乏旅行と贅沢品食べ歩きのミスマッチな組み合わせに興味がわいたって事にして、OKした。
2人ならお土産一杯もてるしなんて言い訳もくっつけて。

次は北仙台〜北仙台〜

急停車の衝撃に、緩んだ手のひらから滑り落ちた傘を直してやる。
ガラスにぶつけるように預けたぼさぼさ頭から起きる様子のない安らかな寝息が続く。
そういや、さくらんぼと飯食った後の予定聞いてないや。こんな雨じゃ野宿は無理だよな・・・・・・。
取りすぎたさくらんぼをどうやって持って帰ろう?なんていう出かける前にした心配より
未成年二人連れを泊めてくれる場所があるかどうかの方が俺には気になった。

558萌える腐女子さん:2008/04/22(火) 15:52:54
720さんがいらっしゃったのでこちらへ。
sage忘れましたごめんなさい!

55912.5:909 アリーナ:2008/05/22(木) 20:41:57
ここはコンサート会場前で、手元にはチケットが二枚ある。
昨日、付き合ってくださいの言葉と共に渡されたものだ。
二枚とも渡したことで奴の馬鹿さ加減はわかろうというものだが。
あと30分で開場だ。誘った当人はまだ来ない。
もしかしたら来ないのかもしれない。
告白された瞬間、俺は思わず「アリーナじゃないとヤダ」と答えてしまった。
素直に頷いておけば良かった。頷ける性格だったら良かった。
きっと来ないんだろう。
一歩を踏み出せない俺に、お前から手を差し出してくれたのに、それを突っぱねたんだ。
来るはずがない。絶対に来ない。
俯いていたら涙が零れそうで、空を見上げる。

……何か、見た。

妙なものが、上を向く際に視界を掠めていった。
徐々に視線を下げていく。
その妙な物体は明らかに近付いていた!ってか、来るな!


「ア○ーナ姫とーじょー!どう?どう?似合う?」

手作りらしきお面を被り、某RPGのキャラのコスプレをした物体は、奴の声でそう言った。
俺は無言のまま顔面に拳を叩き込んだ。
潰れたお面を引っぺがして、奴の手を引いて会場に向かう。
口を開いたら号泣してしまいそうだった。
幾らなんでもこれはないだろう?普通ならこんな間違いありえない。
そう思うのに、嬉しかった。
きっと奴には一生敵わない。

56012.5:969:2008/05/30(金) 04:05:21
「頼むから乗って」

バイト帰り見覚えのある黒いワンボックスが止まると同時に窓が開いた。
びっくりしたじゃないか。
必死な形相で言ってくるモンだから助手席側に回ってドアを開けるとあからさまにほっとした顔になる。
ムカつく。
何も言わずにシートベルトを締めると車は走り出した。

「…車に俺を乗せて逃げ場無くす作戦か?」
「…ごめん、でも、乗ってくれるなんて思わなかった」
だってお前必死な顔してたもん。

駅前のCD屋の洋楽コーナーでよく見かけるスーツの男 という印象が変わったのは1年前
少女漫画みたいに一枚のCDを同時に取ろうとして手が触れ合った。
お互いびっくりしたけどスーツの男が「この店良くいらっしゃってますね、洋楽好きなんですか?」
なんて言ってくるから「好きですよ」なんて返しちゃって。
その後意気投合して俺たちは友達になった。
相手が三個上だと知ったのは半年前。
俺のことが好きだと告白されたのは一週間前。
返事しない俺に業を煮やしたのか無理やり押し倒されたのは四日前。

「無理やり、あんなこと…してすまなかったと思ってる」
「俺の方向くな、前向け、信号変わってんぞ」
俺の指摘に慌てて前を向く、傍から見りゃエリートサラリーマン風なのにどっかしら抜けてるんだ。
「許して欲しいなんて思ってないよ」
「じゃあ許さなくていいのかよ」
「いや!許して欲しいけど…」
「どっちだよ」
「ごめん」

勝手知ったると車のサイドボードにあるCDケースを引っつかんで何枚か見てみる。
…少女漫画再びか。
あの時手が触れ合ったCDで目が留まってしまったのである。

これも運命?

CDをかけると
「許して欲しけりゃ今夜一晩ずっと首都高ドライブだ。このCD延々リピートでな」
言ってやると

「あ、あぁ…わかった」

なんて訳分かってない顔と嬉しそうな顔をしやがった。
一晩中運転だぞ?マゾかお前は。

56113:19 春雷と桜:2008/06/05(木) 10:10:47
激しい音を立てて降る雨と時折混ざる雷の音を褥の上で聞いていた。
近頃暖かい日が続き小康を保っていたというのに、この急な冷え込みは体調の悪化を予想させた。
「なあ、障子を開けろよ。縁側で桜を眺めたいんだ」
十五畳程の座敷の片隅に鎮座している大男に命じるも反応がない。
「聞こえないのかでくのぼう。障子を開けろ。おまえは花を愛でる心も知らんのか」
「…いけません。お体に障ります」
数度罵って初めて、男はごろごろと妙に人を不安にさせるような響きの声を出した。
自分の声の醜さを自覚して極力声を出すまいとする様は謙虚だと評価できなくもないが、
父からこの男をあてがわれて六年も経つ今となっては、最早瑣末なことであった。
「そんなことは分かっている。無理なら、ここから眺めるだけでも構わない。いいだろう?」
男の表情は揺らがない。
「寂しいじゃないか。あれだけ咲き誇っていた桜が一夜にして枝葉となってしまうのは。
 せめて散る様を惜しみたい。」
言葉を重ねると、男は観念して溜息を一つ吐いた。
「お待ちください。上掛けを持って参ります」
「いらん。おまえが上掛けの代わりになればいい」
もう抗弁する気もないのだろう。
大人しく障子を開け放ち、半分起こしていた無体な主人の体を後ろから包み込む。
するりとその懐に身を寄せると、男は念を入れてその上から更に掛け布団を羽織った。
二人羽織のような不恰好さに思わずくすくすと笑みが溢れる。
「ああ、やっぱり」
外では雨粒が容赦無く桜の木をそぎ落とし、稲光で照らされる地面は白い花びらで汚れていた。
男の腕の中で桜の木がその衣を剥がされていく様子を見ていると、
雷鳴の中、ひゃあひゃあと明るい声がかすかに聞こえるのに気が付いた。
おそらく本邸の方で六つになる頃の弟が女中達と騒いでいるのだろう。
その騒ぎの中には、きっと父もいるはずだ。
「…もういい。閉めてこい」
そう言って男の顔へと視線を向ければ、真剣にこちらを見てくる黒い双眸とかち合った。
「私にも、花をいとおしむ心はあります」
体から離れる間際男が残したその謎の言葉は、妙な響きをもって心を震えさせた。

56213-89 女形スーツアクター:2008/06/19(木) 22:49:12
「ぷはっ…」
「お疲れ様です、筒井さん!」
今日の収録が終わってようやく『着ぐるみ』から出た僕たちは、互いの
汗だくの体を見て、今日も大変でしたねえ、と笑い合う。
僕たちはスーツアクターだ。よくあるレンジャーもので、僕は主人公、
筒井さんは敵の女幹部。ちなみに僕も筒井さんも男性である。
筒井さんの役は、チョイ役とまで行かないものの出番が少なく、
僕の役と絡むことも少ない。けれど今日は、スタッフのいわゆるテコ入れで
試験的に主人公と敵幹部のエピソードを入れるということになり、
僕と筒井さんは一緒に撮影をしたのだった。
話の流れで、その夜、僕は筒井さんと一緒に飲みに行くことになった。
「あの…本当に奢ってもらっちゃって…」
「いーんだって。芹沢くんはいつも大変でしょ。たまには飲みなよ」
確かに、昼間の撮影のせいで体中はボロボロ、一杯煽りたい気分だった。
けれど年上でキャリアも上な筒井さんに奢って貰うわけにも―。
「うらっ、飲め飲めぇ」
僕が迷っていると筒井さんは無理矢理ビールを飲ませ、笑った。
「しっかし筒井さんって、細いですよねえ」
ひと段落した後、僕は筒井さんの体をジロジロ見ながら呟く。
筒井さんはちょっと浮かない顔で、よく言われるよ、と言った。
ひょっとして気にしているんだろうか、自分の体のこと。
「ごっごめんなさい、僕」
「いいよいいよ。俺だって好きでこの仕事をやってるわけだしね」
そう言いながら日本酒を煽る筒井さんは、何だか色っぽい。不覚ながらどきりとしてしまった。
「しかしさあ、あのシーンで思ったんだけど」
「え、あ、はい?」
「芹沢くん、力持ちだよねー…って、この仕事だから当たり前かあ、あはは」
茶化すように笑う筒井さんは、やっぱり色っぽい。女形スーツアクターだからか、
仕草がいちいち女っぽいっていうか…。僕にそういうケは全くないはずなんだけどなあ。
「でもそれにしても、この仕事にしては細い腕なのに、と思ってさ」
そう言って筒井さんは、シャツに包まれた僕の二の腕を触る。女みたいな手つきで。
「僕だって力はあるほうだけどさー、あっそうだ、芹沢くん、腕相撲しようよ腕相撲」
「あ、は、はい…」
「この仕事長いとは言えないけど、君よりはキャリアあるんだ。意地見せなきゃなー」
ぎゅ、と手を握らされて、僕は思い出していた。今日撮影したシーンのこと。
敵の女幹部―つまり筒井さんがピンチになって、そこを偶然(随分なご都合主義だ)通りかかった
主人公がなぜかお姫様抱っこで女幹部を助ける、というものだった。
筒井さんを抱きかかえた時の、ふんわりとした感触、男性とは思えない体つき―
薄い胸板に、細い腰、やわらかな尻肉。こんなことを思い出してしまう僕って変態なんだろうか?
「うーん…う…」
腕に力を込めて呻く声が、どこかいやらしい。そう考えてしまう僕って変態だと思う。
「ふ…っ」
ひっくり返りそうな声を聞いて、力なんて入らなかった。僕の腕は、テーブルに力なく倒れる。
「やったねー。俺だって女形ばっかりじゃないんだ、力には自信があるんだよ、要はキャリア…」
言いかけて筒井さんは、俺の熱烈な視線に気付いたようだった。どうした、という視線を僕に向ける。
「あの…筒井さん、そのキャリアを見込んでお願いがあるんですけど」
「おおっ、何?」
「僕、いまいちアクションの演技に自信がなくて。それでよかったら―」
意志とは無関係に、口が動いて、喉が勝手に言葉を搾り出した。止まる気がしない。
「僕の家に来て、演技指導、してくれませんか」
僕は無意識の内に、不敵な笑みを筒井さんに向けていた。俳優でもないのに。
断るかと思った筒井さんは、酒に飲まれて真っ赤になった顔で、いいよ、と言った。
「えっ…いいんですか!?」
「俺は厳しいよー、筒井くん」
べろんべろんになりながらも表情だけは真面目さを保とうとする筒井さんに噴出しそうになりながら僕は、
お手柔らかに、と言った。

56313:369 通り雨 通る頃には 通り過ぎ:2008/08/21(木) 00:34:23
 掌を握っているとしっとりと湿った体温が伝わる。
外は相変わらずざあざあざあと雨が降り注いでいて俺達は此処半時間シャッターのしまったぼろい店の
看板のテントの下で難を逃れている。唯の友人同士だと、もしこの夕立の中側を通る人があれば思った
かもしれない。しかし隣同士で立ち尽くしたまま、二人しっかりと手をとりあっている。胸に充満する
雨の匂いに満たされた学校の帰り。着込んだ制服は雨を含んで肌に張り付く。恋人同士のような格好で
、俺達はいる。
 しかし握る力は俺のほうが甚大なのだ。
 俺はお前が好きだった。だけどお前は俺のこと何かどうでもいい。
 多分雨が降り終わる頃にはこの掌は俺のものではない。降り終ったねと笑うお前は俺の側を軽々と通
り過ぎて世界に紛れてしまうだろう。そう言う約束だった。お互いの世界だけで関係を完結させて、決

して他には漏らさないと、仔犬みたいな笑顔で約束をせがんだお前を俺は許容した。(せんせいにもと
もだちにもおかあさんにもおかあさんにも)だけど許容さえすればお前が手に入るんだから、俺に逃れ
る術はなかった。(そしたらぼくもすきになったげる)そうやって始まった俺の恋。
 雨を機に人通りの少ない商店街の、テントの下にお前を連れこんだのは俺だ。そしてその内にお前の
掌をぎゅっと浚うように握ったのも。お前が全てに抵抗しなかった。ただただ天使のようないつもの柔
らかい微笑で、にこにこと俺の行動を見つめていた。児戯に微笑む大人のように。所詮何をしたって俺
の行動なんてお前の思考には登らないのか。何故隠したいのかと戯れを装って尋ねた時だって、その笑
顔で笑うだけ。俺の声になんて答える意味がないとでも言うように。

 これは同等が与えられないと知っている恋。それでもお前が欲しいから、俺はその苦難を甘受する。だけど、だけど。それはいつ崩れぬと知らぬ砂礫の上に立つかのように辛く苦しいことだと、お前は知
っているか。

 お前は酷い奴だ。俺の確かな恋情を、劣情を知りながらそれを同等のもので受け入れるなど思いもせ
ず、俺を玩具のように弄びながら遊んでいる。飽きたら捨てるのか。お前は全ての始まりと同じように
、なんとも無い様にあっさりと俺に終わりを言い渡すような気がして俺は心底恐ろしくて怖くてたまら
ない。

 そうやって俺の側を通り過ぎる。

 ざあざあ。ああ、地面を叩く音が徐々に静まる。雨が弱くなっていく。通り雨のせいで人通りが消え
た街中に人の声が聞こえ始めてきたらこの体温は俺のものではなくなる。人に触れては壊される俺達の
関係は。それが普遍的な物になりつつある事を思えば俺の心臓は簡単に破裂しそうなほど締め付けられ
た。握った掌を強く握りしめる。雑踏で母親においてかれそうになる子供みたいに。だけどその手は握
り返されない。俺とは違う、いつまでも俺となじまない体温で、俺はお前を繋いでいる。違う。
 繋いでいると、思い込もうとしている。
 おもいこもうと。
 誰にも囲えない奔放なお前を、誰に助けてもらう事も知られることも無くこの頼りない腕で捕まえて
しまわなければならない。その不安。その苦悩。お前は何も知らないよとにこにこと外ばかりを眺めて
ばかり。隣にいる存在の不在を嘆くのは俺だけなのだと今更ながらに思い知る。全ては俺の無様なのか
。だけどお前しか欲しくない。欲しくないのに。

 ああ。

 白皙の、美しい子供のようなお前。ふと首を傾げて俺を見た。その笑顔が愛しくてならなくて、だけ
ど俺を踏みつけていくのはいつだってこれなのだ。
「どうしたの、芳樹、泣きそうだよ」  
 な、此処で雨の代わりに尽きぬ涙をお前に捧げたら何処にも行かないでくれるのか。

 ざあざあざあ。通り雨が過ぎていく。俺の叫びを置いていく。ざあ、ざああ。

56413:793 異国人同士、まったく言葉が通じない二人:2008/10/19(日) 02:56:33
間近で見た瞳が、凝縮された空のようだと思ったのだ。
この手に触れた髪が、光そのもののようだと思ったのだ。
ああ何故僕は真面目に勉強しなかったのだろう。こんなにも後悔することになるなんて。
貴方の言っていることが分からない、こんなにも貴方を愛しているのに言葉を通わすことができない。
絡めた指が、擦れ合う鼻先が酷く熱い。
僕の目じりにじわりと滲んだ涙を涙を見てか、絡んでいた手を離して、彼は僕の頬を包むように触れた。

彼がその時、眼鏡越しの僕の目を見て、ガラスの向こうに見える夜空のようだと言った事がわかるのは、まだ先のこと。

56513-819 自称親分×無理やり子分:2008/10/25(土) 12:30:21
「おい、行くぞ」
「またですか」
 僕はため息をついた。金曜日、午後五時四十五分。
 手元の書類は、まあ週明けの朝イチで処理しても間に合うもの、ではあるの
だが。
「面子がたりねんだよ」
「やですよ。先輩ひとりで行ってくださいよ。そもそも先輩の友だちじゃない
ですか」
 マージャンならともかく、ポーカーに厳密な面子なんてあるものか。
「いいから、ごちゃごちゃいうなって。親分の言うことにさからうなよ」
「誰が親分ですか」
「え? オレオレ」
 先輩は自分の鼻先にちょんと人差し指をつけたあと、その指で僕の鼻先に触
れた。
「子分」
「勝手に決めないでくださいよ」
「そー言うなって。新人研修のとき、面倒見てやったろ?」
 この部署に配属されて最初に仕事を覚えるとき、この人が僕の「教育係」に
なった。3年先輩だから、まだまだひよっこの彼にも、後輩を教えることで業
務について自己研鑽を深めてほしい、という狙いがあったと思う。だいたい、
この人と来たら、業務に関する知識は僕より下で、何度か実地の作業中にやば
いことをしでかしそうになったのをあわてて止める羽目になったくらいなのだ。
 以来、腐れ縁である。
 彼は自らを親分と称し、嫌がる僕を無理やり子分と呼んでいる。
「こないだお前連れてったときさ、バカ勝ちしたろ。験がいいんだよ。勝った
らラーメンの一杯もおごってやるからさ」
「勝ったら、って。僕のほうが勝ったらどうすんですか」
「お前がおごる」
「なっさけないなあ。それでも自称親分ですか?」
 僕は手元の書類をそろえてフォルダに収め、デスクの引き出しに鍵をかけた。

56613-819 自称親分×無理やり子分(2/2):2008/10/25(土) 12:35:07
 この人はけしてバカじゃない。むしろ、むちゃくちゃ切れるほうだろう。た
だ、興味の焦点が今の仕事にはクリアに合っていないだけなのだ。大学時代に
つるんでいたというお友だちだって結構な人間ばかりで、切れのいいジョーク
を飛ばしあいながらワイン片手にポーカーを楽しむ姿は、はたから見れば成功
した男たちの集団といった趣だろう。常識的なレートやチップの上限といい、
白熱しても二時間で切り上げる、掛け金はその場の飲食代に充てて後に引かせ
ない、というローカルルールといい、紳士的な集まりだと思う。場のジョーク
に若干下ネタが多いのはご愛嬌だ。
 なのに、この人単独で話していると、とんでもない場末の賭場でなけなしの
給料をかけて目の色を変えたオヤジどもが冷や汗をたらしているような、饐え
て煮詰まった空気の場のイメージになってしまうのはなぜなんだろう。
「何も、僕をつれてかなくてもいいじゃないですか」
「いーや。つれてく。俺が決めたんだよ。二時間で終わるからさ、そのあと
ラーメン食って、うちでサシ呑み」
「……そこまで決まってるんですか」
「ったりめえよ。あ、サシ呑みの分はおごってやっから心配すんな」
「いいですよ無理しなくて。先輩の給料想像つきますから」
 家呑みをおごったくらいでいばられたんじゃたまらない。
 僕は立ち上がり、ジャケットに袖を通した。
「連れてってください、どこへでも。こう横で騒がれたんじゃ仕事になりゃし
ない」
「ひゃっほう! 行くぞ行くぞ! あ、お前これ持て」
 よれた紙袋を押し付けられた。とっさに受け取ると、ずしっと重い。中を見
ると、トランプの箱やチップのケースが押し込まれていた。今日の道具か。
 足取りもかるくエレベーターホールに向かう背広をにらんだ。
 ……まさか、荷物持ちがほしかっただけじゃないだろうな。
 大学時代の友だちも、だんだんオトナの紳士になり始めて、学生のノリでバ
カやってる自分がなんとはなし寂しくて僕を引っ張り込もうって算段なのかと
想像して、ちょっとだけ同情したのは深読みのしすぎだったんだろうか。
「おい、早く来いよ! エレベーター来てんぞ!」
「行きますよ、大声出さないでくださいよ」
 僕はため息をついて小走りで追いつき、彼の横に並んだ。

56713-909 活動家攻め政治家受け:2008/11/01(土) 21:23:14
「選挙は来年に先延ばしになるらしいね」
「そうらしいですね」
目の前にいるのは、去年選挙で俺に負けた立候補者だ。野党からの公認を蹴って無所属で出馬した。馬鹿だよな。そんなんで俺に勝てるわけないだろう。選挙なんて落ちればただの人。今は政治活動家として活動しているらしい。NPO団体の何かをしているとか聞いたかな。
もともとこいつに白羽の矢がたてられたのも、こいつの身内に犯罪被害者がいて、その支援活動をしていたからだ。身近で苦しんでいる人の為に出来ることをしていたら、知名度があがり対立候補として担ぎ出された。よくある話だ。
俺の場合は、長年議員をやっていた親父が脳卒中で急逝し、準備期間もないまま弔い合戦に担ぎ出された。これもよくある話だ。昔から世話になっている支援団体のおっさん達に泣きつかれてどうにもならなかった。親父の地盤は強固で、とにかく俺が出れば勝つと言われていた。実際に勝った。
理不尽だけど、選挙ってのは勝てば官軍。そんな訳で俺は若くして政治家になっている。

訳もわからず政治の場に席を置いて、目の前の事をこなすのが精一杯だ。やりたいと思うことも自分に何が出来るのかも、薄ぼんやりとしか見えてこない。
本当は、こいつが受かった所を見てみたいとは思う。どんな政治家になるのかを見てみたい。けれど、俺と同じ選挙区から出るのをやめない以上は、俺の当選はゆるがない。それだけの磐石な基盤を親父は築いて、多くの人の支援と期待を俺は引き継いでいるからだ。
答えはわかっているけれど俺はこいつに聞いてみた。
「他の選挙区から出ていただけないですか?先輩」
「うん。それは無理だ」
ずっと好きだった。こいつは俺の高校時代の先輩だ。だからどんなに政治家に向いているかも俺は知っている。ただ人に奉仕するのが好きなだけ。自分の利益なんかどうでもいい人だから。
本当はこんなことで争いたくなかった。でも、絶対に俺は負けるわけにはいかない。
ロミオとジュリエットみたいだと苦笑いしてみる。あんな若造達みたいに馬鹿な心中はしないけど。

56813-929 小説家志望の書生:2008/11/03(月) 01:47:17
「書生さん、今日は月が綺麗ですね」
「坊ちゃん。珍しいですね。酔っていらっしゃるのですか?」
「たまにはいいじゃないですか。すみません。僕が不甲斐ないばっかりに、住むところがなくなってしまった」
「そんな…私はとてもよくしていただきました」
うちは住居の一角に書生を住まわせるくらいの余裕がある資産家だった。だが事業に失敗し多額の借金をかかえた為、明日は家を出て行かなくてはならない。金にかえられるものはすべて金にかえ、それでも足りない分をある貿易商に肩代わりしてもらい、その代わりにその家の娘と結婚し婿に入ることになった。
「荷物はもうまとめたの?」
「私にまとめるような荷物なんてないですよ」
確かに彼には荷物なんてなかった。小説家を希望したのは、紙とペンさえあればはじめられるからだと言っていた。
「君は結局、僕に自分の書いた小説を見せてくれなかったね。それだけが心残りだ」
彼が小説を書いている時に部屋に入ることは度々あったけれど、彼はその度に頑なに僕に見せるのを拒んだ。
「私の小説は、いつもある人への想いを書いています。ただの恋文です」
「恋文」
「例えば、こうして月を見ています。同じ月をそばでその人が見ているだけで、私は胸が何かゆるやかであたたかなものに満たされるような気がするのです。月が美しいと私に教えてくれたのはその人だと思います。美しいものを見るのなら、私はこれからもその人と一緒に見ていたい」
僕は彼がこんなに情熱的な事を考えている人間だなんてまったく知らなかった。
「私は口下手ですからね。文字でしか自分の中の想いを吐き出すことが出来ません。でも、もう書けないかも知れません」
思いもかけない一言だった。
「どうして?実家に帰ったら小説をやめてしまうの?」
「小説ならどこでも書けます。でもその人がいないと私は書けないから。書けてもそれはただの文字の羅列です」
聞いている方が胸に詰まるような告白だった。
「……君に想われている人は、とても幸せな人だと思う」
うらやましいと思った。うらやましすぎて涙が出そうになった。
ふいに、彼が僕の手をとった。そしてうつむいて必死な声で僕に言った。
「私は口下手で。でも、言わないとあなたはもういってしまう。だから…」
彼の手から震えが伝わってくる。
「あなたが好きです。私と一緒にどこか遠くに逃げて下さい」

逃げてどうなるというのだろう。ふたりとも金なんてない。これから先に明るい未来などないだろう。多くの人への裏切りだ。でも、目から涙があふれて止まらなかった。僕が一番今欲しい言葉を言ってくれたと思った。酒ではなく彼の言葉に酔ってしまった。もう他に何もいらないと思った。

569959:2008/11/04(火) 21:37:58
『お客様でございます。
 お取次ぎいたしますか、マスター?』
スピーカーからのノイズが混じる機械的な音声、それが私の声だ。
私の呼びかけに、主人は無言の仕草で答えた。
ひらひらと振る手の平、そしてたまらなく嫌そうな顔。
その客は通すなという意思表示だ。
『先日、マスターがお連れになっていた女性のようですが、よろしいのですか?』
「だからなんだ」
重ねて問うと、ずいぶんといらだった口調が返ってきた。
初めてつれてきた先日の夜には下心たっぷりの笑顔で歓迎していた相手だと言うのに。
まったくこのお方はとっかえひっかえ、二回と同じ相手と夜をすごそうとしない。
本当にこの人は薄情なニンゲンだと思う。
訪ねてきた女性を慇懃無礼に追い返し、主人の元に戻った。
長年愛用しているカップで紅茶を飲む主人。
居心地はいいながらも古い椅子に根を生やしたように座って新聞を読んでいる。
そんな主人の顔を見て、ふと、眼鏡の端にヒビが入っているのに気がついた。
『マスター、眼鏡の右レンズが破損しているようですね』
話しかけると主人はこともなげに答えた。
「ああ、どうも昨夜何かしたらしいな。酔ってたから記憶にないが」
そう言うが、主人は特に気にした風でもない。
『新しいものに取り替えるべきかと。注文いたしますか?』
半ば答えを予想しながらもそう問いかけた。
「いや、いい。まだ使える」
ああ、やはり。
この方はニンゲンに対しては非常に飽きっぽい。
けれど。
『相変わらず、物持ちがいいというか……。本当にそのままでよろしいのですね?』
私が問うと、主人はうるさそうに答えた。

「ああ、まだ使えるだろ。道具は愛するものだ、簡単に捨てるものじゃない」

『かしこまりました、マスター』
おとなしく引き下がりながら、こう思う。
この身が機械でよかった。
私が道具でよかった。
決して叶うことはない想いだけれど、それでもずっと傍に置いてもらえるのだから。

570569です、陳謝。:2008/11/04(火) 21:40:02
すみません、一つ前に投稿したものです。
名前(タイトル?)を入れ忘れました……。
「959 ロボットの恋」でした。すみませんでした。

57113-959 同じく「ロボットの恋」:2008/11/04(火) 21:49:30
もう勝ち目がないと悟った瞬間、奴は自分の最後の砦である戦艦を自爆させた。
ブリッジの奥で奴と相対していた俺は逃げるまもなく爆発に巻き込まれ……
翼や手足の一部をもがれながら、無様に地面へ叩きつけられた。

地上で私の勝利を信じて待っていた主人が駆け寄ってくる。
その足音が、半壊してノイズ交じりのセンサーから聞こえた。

「――…!――、……っ!!」

カバーが外れて露出したカメラのレンズに主人の姿が映る。
その映像にすら砂嵐が混じり、
主人がしきりに口を動かして私を呼んでいるらしいことは分かったが
音声はもう聞き取れなかった。あの少し甲高い声が私を呼んでくれるのが好きだったが。

瞬く間に、主人の目からぼろぼろと涙がこぼれ始めた。
少し泣き虫なのは出会った頃から変わっていないんだな。
ああ、もう泣かないでくれ。
私は君の笑顔を守るために戦った。
人の平和のために戦った。
これでもう、世界は平和になる。
だからそんなに涙を流さないでくれ、
私の一抱えもある指にしがみついて泣き叫んでいる、君のその姿だけで
剥き出しになった配線がショートしてしまいそうだ。

「さ。よ……な、――rあ、…だ…―」

さよならだ。
残りわずかな動力を振り絞って発音機構を動かしたが、主人にはちゃんと聞こえただろうか。
唇はちゃんと笑みの形を作れただろうか。

既に私の中のプログラムは、主要な回路や記憶装置が
致命的なダメージを受けてしまったことを感知している。
機械的な修理は可能だろうが、次に目覚める時、私は私ではないだろう。

ロボットに命があるとして、その私の命がここで終わってしまうのなら
せめて君の笑顔をメモリーいっぱいに焼き付けたまま壊れたいと思った。

572誤字修正:2008/11/04(火) 21:52:59
>>571の二行目の一人称は「私」の間違いでした。
確認不足で申し訳ありません。

57313-989 たき火:2008/11/07(金) 00:09:32
「修ちゃん、やっぱりやめようよぉ」
「大丈夫だって。ちゃんと水だって用意してあるし」
子供というのは好奇心旺盛である。かつ悲しいことに正確な状況判断能力がない。それがこの過ちの原因だ。その当時、俺の家の周辺は開発したての新興住宅地でまだ空き地が多かった。同じ地域に住んでいた孝也を巻き込んで俺は、木切れや枯葉を集めて空き地でたき火をしようとしていた。
「おー、燃えた、燃えた。すげー。ほら孝也、見てみろよ」
俺はかなり調子に乗っていた。臆病な孝也に対する優越感もあって、嫌がる孝也の腕をひっぱって火に近づけた。今でもあの白い腕は覚えてる。その直後に孝也はバランスを崩して火に突っ込み、その右腕は熱傷で皮膚がはがれ見るも無残な状態になったからだ。

「修ちゃん?どうしたの?」
今俺たちは大学生になっている。カフェテリアで無言になった俺を不思議そうに孝也が覗き込む。なんでこんなことを思い出したんだろう。ああ、たき火をしたのが今頃だからか。
孝也は暑がりで今くらいの時期まで平気で半袖を着る。初めて孝也の腕を見る奴は一瞬ギョッとするが、すぐになれるらしく気にしないようだ。利き腕でも後遺症は残らなかったので、見た目以外はまったく問題なかった。たぶん一番気にしているのは俺なんだろう。
「修ちゃん、今度の連休どっか旅行に行かない?」
「旅行?おじさんとおばさんは?」
「ハワイに行くんだって。新婚旅行でいけなかった所だから二人で行きたいらしいよ。一人で家にいるのも嫌だし」
「わかった。いいよ」
「良かった。ありがと」
俺がお前の頼みを断らないのを、お前は知っているけどな。

ラブホテルのベッドの上で、俺は孝也を抱く前に孝也の右腕にキスをする。何がきっかけではじまったのかは忘れてしまった。今となっては懺悔の儀式のような気がする。
「ねえ、修ちゃん。俺のこと好き?」
「なんだいきなり」
「好き?」
「好きだよ」
「この傷痕があっても?」
「関係ないだろ」
「じゃあ、この傷痕がなかったら?」
答えにつまった俺を孝也は一体どう思ったんだろう。
孝也はふっと笑って、両腕を俺の肩にからめてきた。
「いじわるだった。ごめんね、修ちゃん。俺も大好き」
そのまま孝也は俺の口をふさぐ。その先の答えは言わなくていいとでもいうように。

57414-49 日本昔話風:2008/11/09(日) 22:43:08
 昔々、あるところの小さな村に、ゴンベエという働き者とクロという名の真っ黒い猫が住んでいました。
ゴンベエは日が昇る頃から畑を耕し、日が沈む頃帰ってきてクロと一緒に眠りました。
ゴンベエはクロが大好きでした。
クロもゴンベエが大好きでした。

 ある朝、ゴンベエが起きると枕元にクロがいませんでした。
ゴンベエはその日から畑仕事もそこそこに、クロを探して歩きましたが、とうとうクロは見つかりませんでした。
 そうして三年ほどたったある日のことです。
ゴンベエが目覚めると、枕元に黒い着物を着た少年がすやすやと寝息を立てています。
ゴンベエは飛び上がるほどビックリしました。
少年は自分のことを猫のクロだと名乗り、
「大好きなゴンベエさんにご恩返しをしたいと思い、お山の仙人様に人間になる術を習いました。
一生懸命働きますからどうかおそばにおいてください。」
と言いました。
ゴンベエはクロが戻ってきたことをたいそう喜び、その日からクロと暮らし始めました。

蜜月蜜月。

57514-69 親の言いなり攻めとそんな攻めに対して何も言わない受け:2008/11/12(水) 20:41:59
クールビューティーが怒っている姿というのは、
個人的にはとてもそそられる。
ただソレが自分のパートナーだとちょっと話は違ってくるけど。

「そ…それでね。オトウサンが正月には家に帰ってこいって
いうから…。コレ、チケット…」

包丁をまな板の上にドスッと刺すような音がした。
対面カウンターキッチンじゃなくて良かった。
今どんな顔をしているのか、想像するだけで恐ろしい。

「い、嫌ならすぐに帰ってこようよ! 顔だけ見せれば満足するって!」

無言で鍋に火をかける後姿。
マンガでよく見る炎のオーラが俺にも見えるようだ。

「勘当覚悟でカミングアウトしたのはわかるけど、理解してくれたんだしさ」

テーブルの上に料理が並べられた。一人分だけ。いいけど。

「孫の顔を見る機会は来ないんだから、せめて息子の顔は
見たいとか言われちゃうとさァ。俺も弱いんだよ」

この会話を始めて、初めてこっちを見てくれた。
でも般若みたいな顔なので、あまり見ないで欲しかった。

「もう何年も帰ってないじゃない? そろそろ良くない?」

ガツガツと食事を口の中にいれ、サッサと食器を流しに持っていき、
スタスタと寝室に入っていった。鍵を閉める音がした。
俺は今日はリビングのソファーか。寒いんだけど。

プルルルと電話が鳴った。ナンバーを見る。今日の喧嘩の原因だ。

『どうだったかな?』
「無理です。俺じゃどうにもなりません」
『頼むよ。君だけが頼りなんだよ』

泣きつかれても困るんですけど。
自分の親でもないのにいいなりになってる俺は
実はかなりえらいんじゃないかと自分で自分を慰めた。

57614-119「タイムリミット」:2008/11/16(日) 00:44:35
駅までチャリで15分。
時計は午後6時48分。
<今日午後7時の新幹線。>
メールが届いたのが、今朝。

無視するつもりだった。
行かないつもりだった。
『忘れてやるよ、お前のことなんて』
心にもない言葉が、ずっと枷だった。
よりによって最後の日に喧嘩した。
理由は忘れた。たぶん些細なこと。
苛立っていた俺は、酷い言葉ばかり吐いた。
苛立っていたわけは、子供のような独占欲。
…離れたくない。
ただ、それだけ。

『忘れてやる』と言ったくせに、ちっとも忘れられなかった。
嘘。あいつの笑顔やふざけた顔が、全然浮かんでこなかった。
最後に見た泣きそうな顔だけが、脳裏に焼き付いたまま離れなかった。
…俺の記憶の中のあいつは、ずっと泣きそうな顔のままかもしれない。

絶対、嫌だ。

遠くで列車到着のアナウンスが鳴る。
階段を一段飛ばしで駆け上がる。
必死で切符のボタンを押す。
改札を抜けて疾走する。
発車ベルが鳴って、
嫌だよ待てよ、
まだ俺は、
まだ、


ぼやけた視界の向こうに、
遠ざかる新幹線が見えた。

…おしまいだ、
まにあわなか、

「おせえよ」

お前待ってたら行っちまったじゃねえか。
息を切らす俺に、こいつは不機嫌そうに、
だけど明るい声で、そう言って、笑った。

57714-119 タイムリミット:2008/11/16(日) 01:06:19
「おい吉井、話は聞いたぞ!何でもっと早く言ってくれなかったんだよ!」
「……は?」
昼休みが始まるや否や、目を輝かせながら僕に寄ってきた坂下の唐突な台詞に、僕は大層間抜けな声を出してしまった。
「そうかそうか、吉井がなあ。うん、あんな奴だけど俺協力するからさ!何でも言ってくれよ!」
「ちょ、ちょっと待って。話が見えない、何のことだよ?」
すると坂下は、またまたー、とぼけるなって!と僕の背中をバシバシ叩いた後、

「お前、俺の妹に惚れてるんだろ?」

実に楽しそうに笑いながらそう言い切るものだから、
「…………へ?」
僕は更に間抜けな声を発しながら、坂下の言葉を脳内リピートしていた。
惚れている?僕が、坂下の妹に?
「待っ…何でそんな話になってるんだよ」
平素を装って尋ねる。坂下の回答は、至極単純な物だった。
「ほら、俺が弁当とか忘れるとさ、あいつよく届けに来るじゃん。そんときお前、ずっとあいつのこと見てるって聞いた」
「………」

否定はしない。だって、それは紛れもなく事実だから。ただ、そこに込められた意味が違うだけで。
「いやー知らなかったなぁ。けどさ、俺が言うのもなんだけど、可愛いぞーあいつ。料理上手いし、あ、でもちょっと――」「…坂下は」

楽しそうに捲し立てる坂下を遮って、僕は尋ねた。
「坂下は、僕と…坂下の妹が、一緒になればいいと思う?」
すると坂下は、やっぱり楽しそうに笑って、
「勿論。だって吉井いい奴だし、うん、吉井なら安心だな」
それを聞いて、僕は確信した。
もう――限界だと。

初めはただのクラスメイト、それから過程を経て、気の置けない親友になった。けれど一緒にいるうちに、いろんな顔を知るうちに、その感情は形を変えてしまった。
伝える気はなかった。けれど、いつまでもぬるま湯のような関係に浸ってはいられないとも分かっていた。
きっと、ここが潮時だ。
彼がそれを望むなら、それで彼が幸せなら、僕は彼の妹を好きになる。
たとえ今は、嫉妬しか感じられないとしても。

僕はゆっくりと息を吸い込み、出来るだけ自然に笑顔を作った。
「ありがとう。協力、お願いするよ」
「ああ、任しとけって!まずはやっぱデートだな、いきなり二人きりはアレだから…」
坂下に相槌を打ちながら、僕は心の中でそっと呟く。

さようなら、親友。
さようなら、僕の大好きだった人。

57814-119 タイムリミット:2008/11/16(日) 01:47:26
俺の命にはタイムリミットがあった。
小さい頃に心臓疾患が見つかって、俺の両親は『成人式を迎えられたら神様に感謝してください』と言われていた。でも奇跡は起きて、とりあえず俺は成人式を迎えられる。
そしてもうひとつタイムリミットがある。これは自分で自分に決めた時間制限。

「はい、じゃあ胸見せて」
聴診器があたる瞬間はいつも体がこわばる。聴診器が冷たいせいもあるけれど、心臓の音がいつもより早くて緊張するからだ。
「今度、成人式だって? 良かったね。ドーム行くの?」
目の前の人のいつもよりしわくちゃの白衣が気になる。また病院で寝たのかな。
「行かないよ。友達と麻雀大会する」
「何、それ。もったいないな。一生に一度だよ?」
髪もボサボサ。でも暇な先生よりいいけどね。
「一生に一度だから、つまらない話を聞くのに時間を使う方がもったいないじゃん」
「この時を一番待ってたのはご両親だよ。親孝行しておきなよ」
「いいんだよ。俺、親不孝だもん」
診察室ではいつもたわいもない話だ。
「後で絶対後悔するよ」
「後悔って? いつ頃すんの?」
「君が子供を持つ頃くらいかな」
「じゃあしないよ」
服を着ながら俺は答えた。俺は親不孝だって言ったでしょ。
「今の医学の進歩はすごいんだぞ。大丈夫だよ」
「そうじゃなくて。医学が進歩しても、俺、女の子を好きになれないもん」
「え?」
絶句するよね。でも、そんな話題ふる方が悪い。
「……そうか。そうだよなあ…。でも……」
「いいよ。無理して答えようとしなくても」

このまま行けば俺は成人式まで生きていられるだろう。
神様がくれた奇跡だ。だから贅沢は言えない。もうひとつ奇跡を下さいなんて。
「俺、成人式を過ぎたら先生に言おうと思ってた事があるんだ」
「今でもいいじゃない。何?」
「今はダメだよ。何の準備もしてないから」
「準備って?」
「発作、起こすかもしれないから」
「脅すなよ」
「脅してないよ。親切心だよ」
この恋心をかかえたままだと、俺の寿命は確実に縮まる。それだと先生も悲しむだろう。悲しんでくれるよね?
だから決めた。
もうすぐこの不毛な恋が終わる。

57914-351 ツンデレになりたい 1/2:2008/12/01(月) 18:26:26
「おまえ彼女と上手くいってんの」
「あ、あの可愛い受付の子ね」
「いや別れたよ。先週振られた」
「おまえが振られるって珍しいな!」
「なんて言われたの?」
「『私、あなたが私を愛してくれる程あなたを愛しているのかわからなくなっちゃって』だって」
「あいつ言いそうだな。それもブリッコしながら」
「大好きだったんだねぇ」
「いやベタベタすんのが好きな女だと思ってたんだよ。そしたら意外と冷静なタイプだった」
「ていうかやっぱギャップが必要なんじゃね? おまえら優しいからさぁ、女には優しいだけじゃだめなんだよ」
「ええ、それって僕も入ってるの?」
「そりゃこの三人の中で一番優しいのはおまえだもん」
「どうせ今付き合ってる奴にもベタボレしてんだろ?」
「うんまあそうなんだけど」
「気をつけろよ、時代は紳士よりツンデレを求めてるからな」

僕は悩んでいた。
男は優しいだけじゃだめで、今は紳士なんか求められていないって言いきかされても、
僕は本当に本当に彼が大好きで、できることならちっちゃな瓶に入れて持ち歩きたいとか、
もういっそ女の子になって彼の奥さんになってもいいとか、
でもその場合は僕の腕の中で声を押し殺して小さく震える姿を見れなくなってしまうから
やっぱりそれはちょっと止めとこうかなぁとか、とにかくそれくらい彼を愛しく思っているんだ。

58014-349 ツンデレになりたい 2/2:2008/12/01(月) 18:27:25
でも普段、彼からのリターンはあまりない。ほとんどない。
キスすれば応えてくれるし、抱けばすがってくれるけど、
それ以外の部分では鬱陶しがられることの方が多い。
僕の大きすぎる愛が原因で彼に愛想をつかされたら、それは本意じゃない。
そこで僕は思った。ツンデレになりたいと。
彼に愛されるためにデレデレは卒業だ。
そうだ、ツンデレになろう。

「ただいま」
(おかえり、今日遅かったね。ずっと待ってたよ。疲れた? 大丈夫?)
「どうした、帰ったぞ」
(ごはん作っておいたよ、君の好きな豚のしょうが焼きだ)
「喉でも痛いのか」
(痛くないよ、僕身体だけは丈夫だから風邪ひかないんだ。
それより君の方が心配だ、今週働き詰めだしちょっと痩せたんじゃないか)
「何か怒ってるのか? 言わないと俺はわからないぞ」
(怒ってなんかない、今すぐおかえりのキスをしたいけど君は嫌がるじゃないか)
「……遅くなったのは悪かった。携帯の充電が切れて連絡できなかったんだ」
(あれ、自分から言ってくれた! 謝罪と理由がセットなんて滅多にあることじゃないのに)
「代わりにこれを買ってきた」
(僕がずっと探してたバルセロナ特集号のサッカー雑誌!)
「うわーん、ありがとう! ありがとう!! びっくりさせてごめんねえ、大好きだよぉ!」
僕はもうたまらなくて、彼に飛びついて頬ずりをして、そのまま何度も何度もキスの雨を降らせた。
彼はなんとも言えない表情をしてたけど、僕の背中に手を回してシャツをきゅっとつかむ仕草は素直で、
とてつもなく可愛らしかった。
こうして僕はツンデレを一瞬で卒業した。
だって、不安になったり傷ついたりしてる彼を見ているのに耐えられなかったから。
そして無愛想な彼が、案外僕のことを気にかけてくれていることに気付いたから。

58114-399 いじめっこ勇者×いじめられっこ魔法使い:2008/12/05(金) 00:38:10
紅蓮の炎が蛇のように地をはしり、轟音とともに爆ぜた。
断末魔の悲鳴をかき消すように、二発三発と容赦なく炎の塊が撃ち込まれる。
闇の眷属であった獣は苦痛に身をよじりながら地に崩れ、一抹の灰に還った。
魔法使いはロッドを掲げたまま、すこしの間無表情に火柱を見つめていたが、
はっと我に返って、すこし離れた場所にいる仲間のもとへ駆け寄った。

「ゆ、勇者さんは!?」
「生きてるわ。気を失ってるだけね」
戦士に抱きかかえられ、勇者はぐったりと目を閉じたまま身じろぎもしない。l 
僧侶が呪文の詠唱をはじめるとじきに出血は止まったが、損傷は大きく、すぐには意識が戻りそうになかった。
「よかった……死んでしまったかと……思い…ました」
魔法使いは、へなへなと勇者の傍らに膝をついた。既に涙目である。
(やっぱり変わった子だわ)
戦士は、勇者にすがりつく優男を、珍獣のようにまじまじと見遣った。

旅は道連れ。年々危険を増す旅路にあっては、得手不得手を補い合う仲間が不可欠だ。
そんなわけで、彼らは五人でパーティを組んで旅をしている。
ある日突然「勇者になる」と言い残して実家を飛び出した漁師の次男坊(現勇者)、
精悍な見た目に反してなぜかおネエ言葉の戦士、
普段は陽気だが、酒がきれると震えが止まらなくなる僧侶。
武闘家に至っては中型犬である。

少々風変わりなこのパーティの中で、魔法使いだけが明らかに浮いていた。
そもそも箱入り息子なのだ。代々、絶大な魔の力をもって王家を支えてきたという、
覚える気も失せるほど長ったらしい名の名門一族に生まれた。
長の嫡子で、生まれながらに抜きん出て魔力が高く、当然、跡取りとして将来を嘱望されていた。
それがどういう気の迷いか勇者に同行すると言い出して、家出同然にパーティに加わってしまったのだ。
黒魔法に長けた者が仲間にいるのは助かる。
おおいに助かるが、マイペースな性格が災いして、魔法使いは連携が大の苦手だった。

そのせいかどうかは不明だが、魔法使いはしょっちゅう勇者にいびられていた。
子供のような他愛のないいじめだが、全く免疫のない魔法使いはその都度多彩な反応を示し、
調子にのった勇者が徐々に行為をエスカレートさせ、武闘家に窘められて一応反省したフリをするのが常だった。
魔法使いからすれば勇者を煙たがって当然なはずだが、なぜあれほど勇者に懐いているのか。
戦士でなくとも、不思議に思うところだろう。
「ねえねえ、アンタ勇者のことどう思ってんの?」
戦士の言葉に、魔法使いはこくりと頷いた。
「照れ屋ですが、根はとてもいい人だと思っています。なんだかんだで面倒見はいいし、
 武闘家さんの仰ることはよく聞くし。……生憎と、僕は嫌われてしまったようですが」
「嫌ってる、っていうんじゃないとは思うけどね。ほら、アンタはさ、元々が努力しなくても人並み以上じゃない?
 血筋とか素質とか、おつむの出来とか。そういうところがこう、鼻につくんじゃないかしら。
 あいつ負けん気強いし、隠れて相当努力するタイプだもの。ムラムラ〜っと、いじめたくなるんだと思うわ」
勇者は庶民の出だ。争いを避けて鄙びた土地に根を張り、代々地道な暮らしを守ってきた人々の末裔である。
あらゆる面で、魔法使いとは対照的といえる。
魔法が使えないから勇者になった、などといつぞや本人も言っていたくらいだから、
魔法使いと見ると反射的にコンプレックスを覚えるのかも知れない。
「よくついて来るよなぁって、正直感心するわ。あれこれつつき回されんるの、イヤじゃないわけ?」
「いやでは……ないです。故郷では血族以外の者からは基本、口をきくのも避けられてましたから、
 はじめて対等に扱ってもらえたみたいで、嬉しいんです。ずっと僕のこと見ててくれるし」
なんとも両極端な話だ。しかし普通の世界ではあれを”対等の扱い”とは呼ばない。
「うわぁ……マゾいわねぇ……」
「心底憐れんだような目で見ないでください!そういうんじゃないです!」
「アンタってさあ、あれよね。そのうち勇者をかばって死んじゃったりするタイプよ」
「よしてくださいよ。俺より先に死んだりしたらブッ殺す!って常々勇者さんに言われてるんですから」
思いがけない言葉に、戦士は目をまるくした。
「なんだ、実はめちゃくちゃ気に入られてるじゃない。……へえ、そうだったんだ」
自分一人が要らぬ心配をしてしまったようで、戦士は急に馬鹿馬鹿しい気分になった。
当の魔法使いは言われた意味を掴みそこねた様子で、きょとんとしている。

58214-439 きみといつまでも:2008/12/07(日) 00:25:02
command:きみといつまでも Y/N?

801はファンタジーだ!! と割り切ってるがどうしてもNのルートに考えが行って
しまう私を許してください。決して不幸話が好きなんじゃないんです。

仮にA君とB君がいるとしましょう。
この2人が「いつまでも」何かを共有または同じ状態(精神的なものも含む)に
いられるでしょうか? 答えは圧倒的にNOだと思うんです。

たとえA君の隣にB君がいるのが当たり前の世界であっても
「いつまでも」そのままって言うわけには行きません。
歩き始めたならいつかは終点にたどり着きます。朝は夜になり、人は年老います。
感情が動かない人はいないでしょう。うつろうのが人の心。記憶もいつか薄れます。
A君は年をとっても「B君が好きだ」と思う、そこまでが事実だと仮定しても。
どちらかが先に死んだら? 社会的な圧力に負けて誰かと結婚てしまったら?
物質だって永遠に残りません。いつかは破壊され燃やされ分解され再生されます。
すべての物質の質量が変わらなくても、その中でサイクルはあるのですから
いつまでも何かを所有する・共有するということも不可能に思えます。

お話の中には時間がループしているものもあるけれど、それはここでは考えません。
閉じた時間軸の中で同じことが繰り返されるのならそれは「一時」のコピーであって
何も進まない。(お話の様式としては好きなのですが)
確実に時間が流れ、その中での無限のif連鎖が今生きてる世界だとすれば
100%2人だけのために働く事象は数えるほどではないでしょうか。

だから余計に私は「きみといつまでも」と祈ります。
Nに行く選択肢を一つでも少なくすれば2人はそれだけ長く「いつまでも」を実現できる
と信じるから。
人の気持ちは変わると言ったそばからこんなことを書いて変ですよね。
でも今は心からA君とB君に少しでも長く時間を共有してほしいと感じます。
本当にお互いが「きみといつまでも」と思える2人でいてほしいから
今日も私はYを選択する2人を、成長していくssを書くんだとおもいます。

萌え語りにも満たない年食った中2病のたわごとを最後まで読んでくれてありがとう。
A君B君、だいすきだ!

583萌える腐女子さん:2008/12/07(日) 00:34:36
───なんかさ、あいつって変に色白じゃん。
身体つきなんかは意外とがっしりしてたりするのにさ、あいつの印象っていうのがまた、
ニュルニュルっていうかニョロニョロっていうか… なんかとにかく掴みどころもないし、
すっごく変なヤツじゃね?

他のみんながそんな風に僕を噂してるのは知っている。

どうせね、そうさ。
色白なのは生まれつきだし、どうせニュルニュル?ニョロニョロ??どっちの表現でもいい
けど、掴みどころなんてありませんよ。
なんだよ、みんなだってゴツゴツしてたりペラペラしてたりヒョロっとしてたり、どうせ
五十歩百歩のくせしてさ。
───まぁ、中には。とんでもなくカッコのいい、オイシイ奴だっていたりするけれど。
でも、彼らがすき好んでそういう風に生まれたわけじゃないのと同じに、僕だって望んで
こんな風に生まれてきたわけじゃない。なのになんで、陰口ばっかり叩かれて。

「やぁ、こんにちは。…どうしたんだい?そんなに悲しそうな顔をして」

「え?あ、こ、こんにちは」

突然声をかけられて、驚いて振り向くと。こっそり憧れている彼が、すぐそこにいた。
まるで太陽みたいに綺麗で明るい色を放つ、誰とでも相性のいい、仲良くできる彼。
みんなが憧れる───そして僕も例外なく密やかに思い続ける彼。

「そうだ。ね、今日は君が一緒においでよ」
「え?で、でも…」
「大丈夫、だって僕たち、最強に相性がいいんだから!だから、ね?」
「だ、けど、でも」
「なんてね。一番の理由は時間が全然ないからってことらしいんだけどさ。でも、僕たちの相性が
いいってのはホントだろ?僕たちがトロトロに混ざり合えば、誰にも負けないくらいに、お互いを
高め合って絡み合って…最高に蕩け合う。君だって知ってるだろ?」

ね?と微笑みかけられて、うっかり頷いてしまう。
遠慮しないで、と手招かれて、彼の後におとなしくついていった。
だって、彼はすごく魅力的なんだ。みんなが憧れてるんだ。本当に。

今日彼と「蕩け合える」という白羽の矢が立ったのはホントに僕らしい。
他の誰かだと色々と手を加えなきゃならないことが多いらしくて、今はそんな時間がないらしい。
どんな理由だっていい。僕らの相性がいいのは本当で、実はものすごく自信があるんだ。
とんでもなくカッコのいいオイシイ奴よりも、僕は彼と混ざり合うことで、もっとオイシクなれるってこと。

僕がまとっていた薄い、ぺらぺらの服を手早く剥ぎ取られる。
ちょっと恥ずかしい───だって本当に、情けないくらいに色が白いんだ。
でも。

「ふふ。ホントに色白。…キレイ」

隣で見ていた彼がそんな風に呟くから。
僕は促されるまま、足先からとろとろに蕩かされていった。
身体が。…グズグズに溶けていく。彼と混ざり合うために。───どこまでも最高に高め合うために。
やがて全身とろりと崩された僕の中に、「今日は不要だから」と、透明な膜を捨て去った太陽の色を
した彼が、とぷん、と入り込んできた。

「きもちいいね?」

そんな風に囁かれて、もう何も判らなくなる。
全身をかき混ぜられて、とろとろに彼と混ぜられて。どこが境目かも判らないくらいに一緒になって。

「とろろごはんって簡単で最高に美味しいよね?」

誰かのそんな言葉が聞こえてきた時───やっぱり僕は僕に生まれてこれて良かったなって思ったんだ。
これから先も、何度生まれ変わっても僕は僕のまま。
ずっといつまでも、黄身といつまでも混ざり合えるように。

584583:2008/12/07(日) 00:38:54
ごめんなさい。名前欄入力したけど消えてた。
583は 14-439 きみといつまでも です。

58514-439 きみといつまでも:2008/12/07(日) 00:52:37
「せんぱっ……卒業おめでとうございまっ……うえええええ」
卒業式の後、派手に泣き出した後輩を前に、俺は苦笑する。
卒業するのは俺で、コイツはまだあと1年この学校に通うはずで。
なのに、あまりに大泣きするものだから、俺の方は感傷やらなにやらは全てどこかに行ってしまった。
「コラ、泣くな。どっちが卒業生だか、分からないだろ」
「だって、だってぇ」
涙を隠そうともせず、鼻水まで垂らして泣いている後輩を、俺はずっと可愛がってきた。
そして、相手も慕ってくれていたことは、現在目の前に繰り広げられている光景からすれば、疑いようもない。
「たかが卒業だ。そんなに、大したことじゃないだろ?」
「大したことですよ!! 大したことなんですよ!! だって、俺、先輩の「後輩」ってポジションしかないのに!!」
「は?」
訳の分からない内容で食って掛かられて、思わず聞き返すと、悔しそうに噛み締められた唇が目に入った。
それに、ゴシゴシと袖で乱暴に目を拭うから、目元が赤くなってしまっている。
「だってっ……同じ歳じゃないから、友達ってわけに行かないし、女の子じゃないから付き合うわけにも行かないし、俺は「後輩」以外になれないのに、先輩が卒業しちゃったらその繋がりまで無くなっちゃうじゃ無いっすかっ……」
心底辛そうに呟かれた言葉に、俺は思わず苦笑した。
「まるで、愛の告白みたいだな」
「告白すれば、先輩とずっと一緒に居られるなら、俺告白します」
むっとした様に唇を尖らせての言葉に、俺は笑って、その頭を撫でてやる。
「じゃあ、告白してもらおうか。付き合えば、ずっと一緒にいられると、そう思ってるんだろ?」
「へっ?」
本気で驚いたらしく、ずっと止まることなく流れ落ちていた涙が、ぴたりと止まった。
俺はそんな後輩の手をとって、上向きに手を開かせる。
「へ、え?」
その手のひらに、学ランの第二ボタンを千切って載せてやると、後輩はボタンと俺の顔を、首ふり人形のように見比べた。
「で、俺は、ずっとお前が好きだったことを、いつ告白すればいいんだろうな?」
「〜〜っ! 先輩!!」
飛びついてきた後輩の身体を、俺は笑ってしっかり受け止めた。

58614-449 学生やめて久しいので休みなのかどうかもう全然わからん:2008/12/07(日) 01:41:38
本スレに投稿しようとしたらPC携帯共に規制食らってたのでこっちに
―――――――
じゃあたまには萌え語りでもするか
なおこの萌え語りはフィクションです。気分を害してしまったら申し訳ありません

「学生やめて久しいので休みなのかどうかもう全然わからん
でも冬休みはクリスマス前後からだよなあ、まわし」

このレスから勝手に妄想したのはおっさん、もしくは高校中退した若者です。
おっさんの場合は、あるやもめ暮らしの冬の日、突然見知った少年が訪ねてくる。
学校はどうした、さぼりじゃないのかとうろたえまくるおっさんに、
「今冬休みだから大丈夫」なんて少年は笑いながら答えます。
そして寂しそうに上の言葉をぼやくおっさんに少年はいとおしさを感じるのです。

若者の場合は街ではしゃぎまわる学生らしき集団を見て、いらいらしながら言ってくれるといいと思います。
「俺の大学はもっと早いよ」なんて隣からかけられた言葉に、
学校をやめて働きに出てしまったことに対するコンプレックスを感じつつ、
「いいよな学生は。どうせ勉強しないで遊んでるんだろ」なんて口を尖らせるのです。
それでも高校をやめてもずっと付き合ってくれていた隣の友人に感謝と、友愛と、
そして「なんで俺に声をかけてくれるんだろう」と少しの疑念を抱きます。

どちらにせよ、クリスマスの夜にはぜひとも二人きりで腰に手をまわしつつ温めあっていてほしいものです。

58714-449 学生やめて久しいので休みなのかどうかもう全然わからん:2008/12/07(日) 01:42:42
本スレに投稿しようとしたらPC携帯共に規制食らってたのでこっちに
―――――――
じゃあたまには萌え語りでもするか
なおこの萌え語りはフィクションです。気分を害してしまったら申し訳ありません

「学生やめて久しいので休みなのかどうかもう全然わからん
でも冬休みはクリスマス前後からだよなあ、まわし」

このレスから勝手に妄想したのはおっさん、もしくは高校中退した若者です。
おっさんの場合は、あるやもめ暮らしの冬の日、突然見知った少年が訪ねてくる。
学校はどうした、さぼりじゃないのかとうろたえまくるおっさんに、
「今冬休みだから大丈夫」なんて少年は笑いながら答えます。
そして寂しそうに上の言葉をぼやくおっさんに少年はいとおしさを感じるのです。

若者の場合は街ではしゃぎまわる学生らしき集団を見て、いらいらしながら言ってくれるといいと思います。
「俺の大学はもっと早いよ」なんて隣からかけられた言葉に、
学校をやめて働きに出てしまったことに対するコンプレックスを感じつつ、
「いいよな学生は。どうせ勉強しないで遊んでるんだろ」なんて口を尖らせるのです。
それでも高校をやめてもずっと付き合ってくれていた隣の友人に感謝と、友愛と、
そして「なんで俺に声をかけてくれるんだろう」と少しの疑念を抱きます。

どちらにせよ、クリスマスの夜にはぜひとも二人きりで腰に手をまわしつつ温めあっていてほしいものです。

58814-449 学生やめて久しいので休みなのかどうかもう全然わからん:2008/12/07(日) 02:40:15
「なに言ってるんですか。久しいもなにも、先輩が卒業してまだ一年経ってませんよ」
「俺は過去に囚われない男だ」
「もう一度言いますけど、一体なにを言ってるんですか」
「俺は常に未来しか見ていない。過去は振り返らない。学生時の習慣もまた然り」
「去年の今頃、先輩は年賀状用の芋版を作る!とか言ってサツマイモ買い漁ってましたよね」
「ああ、あの焼き芋うまかったな!やっぱ焚き火でやるとホクホク感が違うよな」
「思いきり覚えてるじゃないですか」
「あの後小火になりかけたよなー。あれは焦ったな!」
「その様子だと、全然反省してないですね」
「あーなんか焼き芋食いたくなってきたな。食っとけばよかったなあ」
「……だったら、今から買いに行きますか」
「んで、話を戻すけどさ、冬休みって確かクリスマス前後からだったよなあ」
「え?」
「だから、確かまだ冬休みじゃないだろって話だよ。まだ学校は営業中だろ?」
「営業……まあ、そうですね」
「ってことはだ。お前、学校サボって俺ンとこ来たの?」
「いけませんか」
「良くはないだろ。学生の本分は勉強だ。親の出してくれた授業料を無駄にしちゃイカン」
「先輩に言われたくないですよ」
「ははは、だよなあ。……お、そろそろか」
「……」
「でも正直、驚いたわ。誰にも言ってなかったのにさ。まさかお前が来てくれるなんてな」
「……いけませんか。俺にだって、学校より何より優先したいことくらい、ありますよ」
「あのなあ、そういうくさいセリフはカノジョに言え」
「彼女はいません」
「じゃあ早く作れ。クリスマスまでまだ時間はあるぞ。今年もまた去年みたいに俺と二人で馬鹿やるのは寂しいだろ」
「馬鹿なことをしてたのは先輩一人だけです」
「うわ、きっつ。ほぼ一年振りだっつーのに相変わらずだなお前。……って、ヤベ。もうマジで時間が」
「……先輩」
「じゃーな。元気でな。風邪ひくなよ。雪道で滑って転ぶなよ。勉強頑張れよ。家に篭ってばかりじゃなくて外でも遊べよ。変なもん食うなよ」
「先輩」
「向こうから年賀状出してやるからな。エアメールの出し方わかんねえから、正月ジャストは無理かもしんないけど」
「先輩!!」
「見送り来てくれてありがとなー!すげー嬉しかったー!」

満面の笑顔でこっちに大きく手を振って、先輩は空港の通路の奥に消えていった。

58914-449 学生やめて久しいので休みなのかどうかもう全然わからん:2008/12/07(日) 02:50:47
「優希くん、学校どうしたの?」
「休みだけど」
「こんな時期に? 普通クリスマス前後じゃない?」
「今は試験休みだってば」
「俺だまされてないよね?」
「じゃあ学校に問い合わせれば?」
「あー。学生やめて久しすぎて休みの時期なんてもう全然わかんねー」
「親でもないのにうざいよ、達也さん」
「親以上ですよ、俺は」

この人は俺の後見人。
火事で家族も家もなくした俺を血のつながりもないのに
周りの反対を押し切って引き取ってくれた人。
もちろん簡単に出来たわけじゃない。
後見人になる時には変な勘ぐりもあったらしい。たぶん今もある。
俺の知らない所で、達也さんは俺がなるべく傷つかないようにしてくれている。

「早く大人になりたい」と言うと、
「そんなに急いで大人にならなくていいのに」と達也さんは笑う。

大人になりたいのは、この家を早く出たいからなんて言えないけれど。
父親もどきの人に恋をしてるから苦しすぎるなんてもっと言えないけれど。

せめて金銭的負担をかけたくなくて大学もあきらめるつもりだったのに
俺の可能性を狭めたくないと許してくれなかった。
せめて俺は一生懸命優等生になる努力をする。周りに達也さんを認めさせる為に。
そんな俺を「子供っぽくなくてつまらないな」と達也さんはまた笑う。

「あ、そうだ。サンタさんに、優希くん何お願いした?」
「ハァ? 今なんて言った? サンタって言った?」
「言ったよ」
「……達也さん俺のこといくつだと思ってるの?」
「いくつになっても、いい子にしてたらサンタさんは来るものです」
「……そうですか」
「何、その冷めた反応」
「馬鹿じゃねーとか言わないだけ感謝してよ。達也さんのそーゆーとこたまについてけないなー」
「だって俺には来たからさ。いい子にしてたから」
「いい子ね……。自分で言っちゃうし。で? 何貰ったって?」
「君」

願ってもいいんだろうか。願いは叶うだろうか。この人が欲しいと死ぬほど願ったら。
世間の目も先のことも何も考えないで、今だけはワガママになってしまいたいと
駄々をこねる小さい子供のように泣き出した。

59014-459 1/3:2008/12/07(日) 15:40:12
「…で、どうしてお前がここにいるんだ」
「…それ、俺が一番言いたい台詞」

ほんの好奇心だった。
ほら、あるだろ、少し前に流行ったメイドリフレってやつ。メイドさんがマッサージしてくれるやつ。
可愛くてうまい娘いるって後輩から聞いて、ちょっとだけ興味沸いたわけよ。
…まさか、昔からずっとつるんでるこいつ(もちろん男)が出てくるなんて予想もしてなかったわけよ。

「人手が足りないと頼まれたんだ。こんな制服だけど、給料がよくて助かる。何より腕を買っていただいた。それだけでありがたいよ」
整体師として開業するのがこいつの夢だ。そういやこないだ、新しい仕事先ができたと言っていた。力を発揮できると嬉しそうにしていた。真面目なこいつらしくて微笑ましかった。
…が、よりによってこの店かよ。いくら頼まれたからって、女装してまで働かねえよ、フツーは。これも真面目で片付けていいもんなのか…。頼むほうもどうかしてるよな。本当に腕見込んで頼んでんのかな。
そんなことをグダグダ思いつつ、ベッドに横にされて、肩や腕をほぐされながら、俺はこいつを改めて眺めた。メイドリフレってだけあって、こいつもばっちりメイド姿だ。恥ずかしげもなく堂々と接客してるのがこいつらしい。化粧とウィッグで微妙に雰囲気変わってる。
…まあ、元々顔は悪くない奴だし、痩せてるし、一見すると中性的な美人って感じかな。ちょっと腕周りとかきつそうだし、スカートも短いけど。
……似合ってるとか思うのは、結構可愛く見えたりとかするのは、たぶん俺が頭おかしいんだよな。…たぶん。

59114-459 2/3:2008/12/07(日) 15:42:07
……揉まれるのが気持ちいいのも相まって、なんか変な気持ちになってきた。気を紛らわそうと悪態をつく。
「…可愛い姉ちゃん来てくれると思ったらさあ、お前だもんなあ。詐欺だろこれ。店長訴えてもいい?」
「駄目だ。せっかくの仕事の機会を反故にしないでくれ」
「つーか、喋ったら男だってバレバレだろ。客ドン引きだよ」
「普段はなるべく声を出さないようにしているよ。黙っていれば分からないみたいだな」
「サービストークできないメイドなんて人気なさそうだけどなー」
「そのぶん、技術で満足させるさ」
こいつはそう言ってふっと微笑んだ。
うっ、…な、なんだこの感じ…!女の子に可愛いとか思うのと一緒じゃねえか!……こいつに?どうしちゃったの俺!?
おかしい、俺おかしい。メイド姿のこいつを見てから何かがおかしい。なんでこんなに顔が熱いんだよ。…畜生、この部屋に何か変なもん撒いてあるんじゃねえのかよ…

「よし。次はうつ伏せになってくれないか」
内心動揺する俺にはお構いなしに、こいつは次の指示を出した。言われた通り寝返りをうって背を向けると、…あろうことか、こいつは俺を跨いでベッドの上に仁王立ちして、
「い…!?」
突如踵で太股を踏まれ、思わず身体がびくんと反り返ってしまった。
「あででで、なんか痛え!けどくすぐってえ!!うはは、ああ、やめ、」
「ずいぶん張ってるな、かたいぞ…こら、動くなっ」
…少しすると、だんだん押されることが快感になってくる。気持ちいい。うまいな、こいつ、…ていうか踏むの!?こんなこともされんの!?
ふと我に返って、自分が置かれている状況を把握した時、俺は軽く混乱した。
メイド姿の、こいつに、踏まれて、……な、なんだよ、なんで俺、こんなに息荒くしてんだよ!!……うー、なんか変態みてえ…泣きそう。

59214-459 3/3:2008/12/07(日) 15:57:05
「…ごめん、痛かったかな」
「ち、ちげーよ、踏まれんのが気持ちイイんだよ、…」
眉をひそめて黙りこんだせいか、心配そうな声が頭上から降ってきた。とっさに返した言葉もなんか変態じみてて、余計に泣きそうになる。
対するこいつの声は、ほっとしたものになった。
「そうか、よかった。…それにしてもお前、ずいぶんあちこち凝ってるな。今度、家でも施術しようか?」
「…へ?」
身体を起こして振り向いた俺に、屈みこんだこいつの顔が急接近する。…う、また動悸が…
「むしろ、やらせてくれ。俺はもっと上達したい。練習台にするようで申し訳ないけれど、お前の身体が整うなら一石二鳥だ。未熟な施術だけど…駄目かな」
真摯な眼。…ああ、こいつは格好とかそういうのも全然気にしないで、ただ技術を高めたくて頑張ってんだな、…そう思った。
こいつのそういうとこが、俺は、
「…メイド服着んの?」
って何どうでもいいこと聞いてんの俺ー!!バカすぎるだろ俺!!
「流石に着ないが、…お望みか?」
「い、いや、冗談だからな!」
ちょっとだけ開いた新しい扉を閉じようと必死で頑張る俺の努力を、
「構わないぞ。お姉さんに任せなさい」
こいつは、こいつなりの冗談ととびきりの笑顔で、…あっさり無駄にした。

593傍若無人なくせに天然:2008/12/10(水) 00:40:19
「傍らに人無きが若し」
「ん?」
「お前のこと。一般的には傍若無人。近くの人にとって迷惑な行動をするって意味」
「俺、迷惑なんかかけてないよ?」
「ほー。よくそんなことが言えるな」
「そりゃ言えるでしょ」
「この間、同じゼミの女の子に何をした?」
「失恋話を聞いてなぐさめた」
「こう言ってな。『あいつ浮気者だよ。この間俺も食われたよ。まだつきあってた時期じゃね?』」
「なんで聞いてるんだよ!」
「聞きたくないのに聞こえたんだよ」
「え? ああ…、いたね。そういえば」
「男に男とられたって、あの後大変だったぞ」
「でも、あれで未練がなくなったはずだ。俺は役にたったと思う」
「そうくるか」
「そうだよ」
「教授たぶらかして、やめさせるし」
「ちょっと待て! 向こうが勝手にやめたんじゃないか!」
「『生徒でいるのがつらい』って言ったからなぁ」
「別れたいって意味だって普通わかるだろ!」
「わかるかよ」
「国文が専門なのに日本語の機微がわからないはずがない」
「へーえ」
「へーえじゃない」
「後輩には貢がせるし」
「勝手にくれたんだってば!」
「雑誌みながら『コレいいね。そう思わない?』って同意求めて?
カード限度額まで借りちゃったぜ、あいつ。どーすんの」
「だってお金持ちのボンボンだと思ってたし」
「金持ちならいいってこともないだろ」
「……そうだけど……」
「ペット不可物件の部屋に住んでる先輩に犬は飼わせるしさァ」
「俺なんも言ってないよ!」
「ペットショップで『こんな犬がいる家だったら毎日でも通っちゃうな…』」
「独り言も禁止?!」
「しかも大家さんにばったり会って『犬に逢いに来たんです』って。馬鹿だろ」
「アレ? そういえば引越したって言ってたのは……?」
「気がつくのが遅いよ」
「えー?!」
「おまえ自覚しろ。お前の行動が周囲の人に多大なる迷惑をかけているということを」
「……お、俺のせいなの?!」
「どう考えてもおまえのせい」
「……意識してやってるわけじゃないし……」
「じゃあ、つきあう人間を少なくしろ」
「ひとりいればいいけど」
「気の毒だけどしょうがないよな。誰だ」

(目の前の人を指差した時、ひきつったような気もしたけど、
ちょっとは嬉しそうな気がしたのは気のせいか?)

59414-519 体育会系×体育会系 1/4:2008/12/12(金) 00:37:04
松田がアパートに帰ってきたのは10時を過ぎた頃だった。
風呂から上がったばかりの竹原がおかえりと声をかけると、松田は玄関に座り込み手招きをした。
「何」
「脱がして」
泥だらけの両足を投げ出してそんなことを言う。
松田は子供のような驕慢さがあるのだが、生まれ持った愛嬌のおかげで何故か憎まれない男だ。
「甘ったれ」
そう言いながらも竹原はシューズの靴紐を解き、汚れたソックスを脱がしてやるのだった。

机の上に用意されていた野菜炒めと鶏の竜田揚げをレンジで暖め、すぐに遅い夕食が始まった。
「それどうしたの」
食べながら話すので、松田の口元から米粒がこぼれ落ちる。
黙ってティッシュを渡すと松田はそれで洟をかんだが、もう竹原は口を出す気も起こらなかった。
「それってどれ」
松田は箸で竹原の右腕を指す。
そこには握りこぶし程の大きさの青黒い痣が広がっていた。
「今日の打撃練習でぶつけられた」
「いたそー」
練習用の投球とはいえ、硬球が当たればもちろん痛い。痣はしばらく残るだろう。
まぁでも体育会の宿命だからな、と呟くと、俺のもある意味そうだと言って松田が笑った。
彼の頬は赤く腫れ上がり、熱を持っていた。

59514-519 体育会系×体育会系 2/4:2008/12/12(金) 00:38:07
竜田揚げの味付けが濃いせいか、二人ともよく食が進んだ。
野菜炒めは多少火の通りが悪いが、食べれない程ではない。
「今日遅かったな」
「ミーティングが長くてさぁ」
生焼けのにんじんをかじりながら松田が答えた。
「試合前なんだろ」
「無駄に話なげぇんだよ、途中で3回寝ちったし」
サッカー部の“魔のミーティング”は大学内で有名だった。
野球部と並んで長い伝統を持つ部活ということで、規律も練習も厳しく、毎年多くの新入部員が止めていく。
竹原の所属する野球部は数年前に部則を見直し、彼が入学する頃には時代錯誤な風習は消え、学年間の風通しも大分良くなっていた。
「寝てんのバレた?」
「超バレた」
「そんでこれか」
竹原は食卓ごしに手を伸ばし、松田の痛々しい頬に触れた。
「佐々木先輩マジ容赦ねーの」
松田は表情を変えずに白米を口に運んでいる。鉄拳制裁に対して恨み言を言うつもりはないらしい。
竹原は彼のそういうタフな部分が好きだった。

食べ終わって眠くなった松田が畳の上で横になったので、竹原は慌てて彼の肩を揺さぶった。
「おまえシャワー浴びろよ」
「明日でいい」
「着替えもしないで何言ってんだ」
「だって眠い……」
こうなるとまるで子供と変わらない。
竹原は松田の両脇に手を差し入れ、上半身を抱き起こした。
汗のにおいがした。それが少しも不快ではなく、むしろ欲をそそられることに、竹原はとっくに気付いていた。
自分の肩にもたれかかる頭を上向かせて、キスをする。
最初は触れるだけのキス。それから唇を食むキス。
それだけでも良かったのだが、まだ松田が体重を預けたままだったので舌を入れた。
松田がわずかに身をよじったが、とくに嫌がるわけでもなく、案外素直に受け入れられた。

59614-519 体育会系×体育会系 3/4:2008/12/12(金) 00:38:49
舌がある場所を掠った時、松田が竹原の胸を軽く突いて離れた。
「いてぇ」
松田は顔をしかめて口元を押さえている。
「どっか切れてんのか」
「殴られたとこ」
竹原の顔から血の気が引いた。そんなに強く殴られたのか、と思った。
今までも練習で作った生傷や上級生からのしごきで出来た痣は見てきたが、血が出るほど顔を殴られているとは知らなかった。
「見せてみろ」
「たいしたことない」
「見せろって!」
思ったより大きな声が出てしまい、松田が目を丸くした。
竹原が声を荒げることはほとんどない。自分自身も驚いていた。
沈黙が続き、気まずい思いをかみ締める。

先に口を開いたのは松田だった。
「……タケ」
「悪ィ」
先に謝ってしまえば気が楽だと考え、竹原は俯いたまま謝罪の言葉を口にした。
松田は何も答えない。
思い切って顔をあげると、目の前にいる松田は満面の笑みを浮かべていた。
「タケってさぁ、ほんと俺のこと好きなのな!」
「はぁ?」
松田はにやけた顔で竹原の首に腕を回してきた。
「“俺の可愛い松田”が殴られて心配しちゃったんだろ?」
そのまま松田はなだめるように竹原の背を叩いた。ずいぶん調子にのっている。
「愛感じたぜ」
「おまえなぁ……」
どっと肩の力が抜けた。
このタチの悪い男をなぜ愛しいと感じてしまうのか、自分の本能を恨めしく思った。

59714-519 体育会系×体育会系 4/4:2008/12/12(金) 00:40:07
「シャワー浴びてくるよ」
急に立ち上がった松田の背中を、竹原は戸惑いの目で見つめた。
さっきまで眠くてぐずっていたのに、この豹変ぶりは一体どういうことだ。
疑問に思っていたら、バスルームの手前で松田が振り返った。
「タケ、先に寝んなよ。今夜は俺の愛を見せてやるぜ」
憎らしいほど良い笑顔だ。腹も立たない。
「いいのかよ、試合前だろ」
「それはタケ次第だな」
松田の肌にそういった意味で触れるのは2週間ぶりだった。
理性がきくか、無理をさせないか、自信は正直ない。
しかし、汗のにおいで目覚めた欲望はいまだ冷めていないのだ。
「緑山大学サッカー部の次期エースの実力を見せてもらいますか」
松田が声を立てて笑い、待ってろよ、次期4番打者! と言い残してバスルームのドアを閉めた。

59814-589 お前なんか大嫌いだ 1/4:2008/12/15(月) 03:14:06
春日亨は出来た男だった。
成績優秀、顔も良ければ社交性もある。
ギターが弾けたり、ダーツが得意だったりもする。
「俺はなぁ、お前みたいな男は気に食わないんだよ」
「オレは佐々木さん好きなんだけどなぁ」
――おまけに悪意や皮肉を受け流すのも得意と来ている。
この同じゼミの後輩は、まったく出来た男なのだ。

俺たちはいつものように喫煙所で煙をふかしていた。
この男と一緒にいるのは癪だが、学内で煙草を吸える場所は限られている。
「オレのどんなとこが嫌いなんですか」
「顔が良くて頭が良くて要領が良くてモテること」
「モテると思います?」
「思うっていうか、現在進行形でモテてんじゃねぇか」
ゼミの女の子は全員春日を好意的に見ていたし、うち3人は本気で春日に恋していた。
そのうち1人は俺が狙っていた女の子だった。まったく頭にくる。
「好きな人からモテないと意味ないじゃないですか」
鼻にかけない上に、いかにも誠実な発言。
「そういうことがむかつくんだよ」
「佐々木さんって子供みたいっすね」
「あぁ?」
春日が反論するなんて滅多にないことだから、ムキになって語調が荒くなってしまった。
俯いてマフラーに顔の半分をつっこんでいるので、春日の表情は読めない。
「ないものねだり」
くぐもった声に、痛いところを突かれた。
男としてのプライド、年長者としてのプライドを打ち砕かれた気分だ。
「……お前にはないものなんてねぇからわかんねんだよ」
「あんたにだってオレのことなんてわからない」
どうしたんだ春日、普段のお前なら笑って俺の僻み話なんて受け流すじゃないか。
本当はそう問いたかったが、口から出てきたのは「あんたって言うな」というくだらない言葉だった。
春日はずいぶん灰の部分が長くなった煙草をもみ消し、校舎の方に歩き出した。
後を追う気にもなれず、俺はもう一本吸ってから授業に出ることにした。
おかげで10分遅刻し、厳格な教授に睨まれる羽目になった。

59914-589 お前なんか大嫌いだ 2/4:2008/12/15(月) 03:15:08

その夜、バイト先の小さな居酒屋に春日が現れた。
以前もゼミ生たちが面白がって見に来たことがあったが、今日は1人だった。
気が乗らないまま注文を取りにいくと、春日は囁くほどの声で尋ねてきた。
「今日何時までですか」
「2時までだけど」
「じゃあそれまで飲んで待ってます」
「あっそ」
春日はケンカの気まずさなど気にしていないようだが、俺は次の日まで引きずる面倒なタイプだ。
つい返答もぶっきらぼうなものになる。
悔しいが、人間としての器の差を認めざるを得ない。
春日はホタテとほっけをつまみにして黙々と1人酒を飲んでいた。
途中何度もメールの受信音が聞こえたが、横目でうかがっても春日が携帯を開く様子はなかった。

「お疲れ様です」
店を出ると、すぐに春日に声をかけられた。
「お前、何しにきたの」
「謝ろうと思って」
春日の表情は柔らかい。そのことに安堵する自分が嫌だった。
「今日やつあたりしちゃってすみませんでした」
深々と頭を下げられた。
こう素直に謝罪されては、拗ねてるわけにもいかないだろう。
「いや、むしろ俺もやつあたりしてたし」
「許してもらえます?」
春日が握手をもとめて右手を差し出したので、仕方なくその手を取った。
「良かったぁ……」
思ったより強く手を握られて、俺は少し顔をゆがめた。
「オレね、本当に佐々木さんが好きなんですよ」
「はっ、ホモかよ」
「結構そうかも」
予想外の返事に、返す言葉が見つからなかった。

60014-589 お前なんか大嫌いだ 3/4:2008/12/15(月) 03:15:42
「泥臭いとこを繕わないとことか、文句言っても実は正当に評価してくれるとことか、
あと弱音吐くけど全然あきらめないとことか、全部オレの逆だから尊敬してるんです」
「尊敬だけにしとけよ」
「でもオレ、佐々木さんの顔も好きなんです。吊り目の奥二重ってツボで」
「やめろよ」
「佐々木さんで勃起するし」
「やめろって!」
貞操の危機を感じた俺は、つながれた手を振り払った。
「だからね、あんたにオレの気持ちなんてわかんないって言ったんです」
見ると春日はひどく傷ついたような顔をしていた。
あの時マフラーの中に隠されていたのは、この顔だったのだ。
「オレだってほしいものはあるのに……」
嘘だろ、止めろよ、冗談じゃない。
春日の彫りの深い印象的な瞳が潤み、みるみるうちに涙が溜まっていくのが見えた。
お前が泣いてどうすんだ、春日亨は出来がよくて、とてつもなくタフで、むかつくほどモテる男じゃないか。
何を血迷ったか、俺は動揺のあまりとんでもない行動に出てしまった。
泣き出す寸前の春日を抱きしめたのだ。
「佐々木さん?」
「泣くんじゃねぇよ」
戸惑いながら自分より高いところにある春日の頭に腕を回すと、春日は額を俺の肩に押し付け、その両手を俺の背中に回した。
きつく抱かれて息が詰まる。
涙目のままの春日にキスされた時も、自分が何をしてるか、されているのか、混乱していてよくわからなかった。
それでも、俺はもう春日の腕を払うことはしなかった。

60114-589 お前なんか大嫌いだ 4/4:2008/12/15(月) 03:16:15
結局その日から、俺と春日は恋人と呼ばれるような関係になった。
良い店に案内してくれたり、しんどい時には美味しいコーヒーを淹れてくれたりと、春日は恋人としても出来た男だった。
ある時、からかうつもりで最初の夜のことを持ち出した。
「お前さ、あの時だけは可愛かったよな。泣いちゃってさぁ」
春日は照れる様子もなく、爽やかに笑っていた。
「あれは本当に可愛かったのは佐々木さんなんですよ」
「どういう意味だよ」
「あんな古典的な泣き落としにひっかかっちゃったじゃないですか」
しゃあしゃあと言われて、唾を吐きたくなった。
「困った顔して、ぎゅってしてくれましたよねぇ」
「……やっぱお前なんか大嫌いだ」
「オレは佐々木さんが大好きです」
無駄にいい笑顔しやがって。
最高にむかつくが、今の俺はこの出来た男を愛しいと思ってしまうのだった。

60214-599 悪に立ち向かう少年:2008/12/16(火) 18:07:53
少年がどんなにもがこうとも、戒めは緩みもしない。
最大の脅威は今や掌に。世界を支配せんと企む邪悪なる存在はほくそ笑んだ。
身を魔道に堕とし、陽炎のように揺らめく黒い影。憎悪で形作られた悪そのもの。
そんなものに身をやつしてしまうと、今度は輝きが欲しくなった。
「さあ、諦めるがよい。我が僕となるのだ」
「いやだ!お前の言うことなんか聞くものか!」
キッと向けられた真っ直ぐな眼差し。
恐れを知らぬ少年。純粋な魂よ。
自由を封じられてもまだ絶望せぬか。
「ならば、これではどうだ?」
手始めに悪は、少年の故郷を魔法の像で映し出した。
懐かしい木々の緑。暖かい人々。
それらを一瞬に焼き尽くし、灰燼に変えた。
「嘘だ、この場から村を焼くなんて、お前にそんな力はない!」
震えは隠せぬものの、気丈につぶやく声。
見透かされている。そうとも、これは心への攻撃なのだ。
利発な少年、だがそれ故に残酷な映像に耐えるしかない。
やめてくれ、とひとこと。その懇願が欲しいのだ。それで少年は悪のものとなる。
次に、恋しい生家を、愛する父母ともども焼き尽くす。
「……信じない、これは嘘のことなんだ……」
さすがに目を背け、それでも少年は屈しない。
悪は焦れた。
「ではこれでは……?」
変わる映像。映し出されたのは少年の守り人。
かつて、氷の心と剣を持つとうたわれた、腕の立つ剣士。
悪は知っている。剣士が少年と出会い、苦難の旅を共にする中で心を溶かし、
踏み入れかけた魔道から救われたことを。
あれは、もう一人の己であると。
「だめだ!あの人はだめだ!」
初めて少年の声に焦りが混じった。この城にほど近い場にいる剣士を気遣って?
そうではあるまい、少年は恐れているのだ。
もし、ここで少年が剣士を見捨てたことを剣士が知ったなら、
剣士の心は今度こそ凍てついてしまう。
少年を守り、少年に守られる存在。
妬ましい。
──悪は、剣士を焼いた。
その映像が真実なのか、虚像なのか、もはや問われぬ。
「だめだ……やめて……やめてください……」
涙が一つ、二つと石の床を濡らした。これこそ悪の欲しかったもの。

60314-619:冷たい人が好きなタイプだったのに何で?:2008/12/18(木) 02:11:40
「なんでおまえ手袋もしてないんだよ。」

ほら、手貸せ。
一方的に繋がれた手から、相手の体温が流れ込んでくる。
冷てーなおまえの手。昔から、冷え症だっけか。
彼は、優しい苦笑いを潜ませた声でそう言って、歩き出す。

温かすぎるその熱にめまいを感じながら、手を引かれて歩いた。
半ば俯けていた視線を少し上げて、繋いだ手を視界の中心に据えた。
手を引っ込めようとするのに、その度に掴み直されて、指は絡め合ったまま。
その内に互いの温度が混ざり合って、何処から何処までが自分のものなのか、
境界が曖昧になってしまう。
堪えきれなくなって、眼を逸らした。
胸が痛い。悲しさや苦しさでなく、得体の知れない切なさが喉を締め上げる。

辺りはもうすっかり冬景色で、明け方には雪が降った。
時折氷点下の空を過ぎる風は首筋を脅かし、靴の下で、さくさくと雪がなる。
新雪の降り積もった道が、眼前に広がっていた。

この、雪のような人が好きだった。
綺麗で冷たい、凛とした人。
三年越しのそれは、告げることも出来ずに終わってしまった恋だったけれど、
その透明な硬質さを、今でも忘れられなかった。
温かいものは鬱陶しくて持て余して苦手で、冷たい人が、好きだった。
だから次に好きになる人もきっとそうなのだろうと、
なんの根拠もなく漠然と考えていた。


「兄貴のことはさ、」

今まで精一杯、好きだったんだろ。だったらそれでいいじゃんか。
一歩先を歩く幼なじみが、こちらも見ぬままにぽつりと呟く。
俺の前でまで強がってたら、おまえどこで泣くんだよ。
指の先に、ぎゅっと力が籠もった。
彼の短い髪が、小さく冬の風に揺れている。


「ばーか」

辛うじて出した声は、酷くゆらいだ。
涙が溢れそうになって、慌てて立ち止まり、空を見上げる。
夏空よりも淡い、けれど透き通って高くにあるひんやりとした、眼底に焼き付く青。
眼を閉ざせば、温かで微弱な太陽の光を瞼に感じた。
眸を開けたらその瞬間に掻き消えてしまいそうで、細かく震えながら立ち尽くす。
その光の向こうから、自然同じように立ち止まった彼の声が聞こえた。


「泣いたらいいんだよ」

優しすぎる声は、柔らかく内耳に入り込んだ。
喉元までこみ上げた何かが、呼吸を苦しくさせる。


冷たい人が好きだった。
温かいものは苦手だった。
その筈だったのに。


「俺が、そばにいるからさ」



この手だけは、離し難かった。

60414-629 ふんで:2008/12/20(土) 00:00:58
「は?」
短いムービーを見終え、俺が真っ先に発した言葉はそれだった。
新幹線の到着時間を知らせるメールにくっついてきたそれには、音が入っていなかった。
画面の向こうでは、座席に座ったあいつが満面の笑みを浮かべている。
掲げて見せる漫画やゲームを見るに、これで遊ぼう!と言いたいのは何となく分かるが、
……問題は最後だ。突然真顔になったこいつは、口を尖らせて「う」の形を作り、
続けてかたく引きむすび、
最後にわずかに開きながら顎を下げ、困ったように眉を寄せて視線を落とし、
……映像はそこまでだった。
「……謎解きかよ」
何かの言葉なのだろうか?
車内でうるさくできないのは分かるが、こんなの読唇術の心得があるわけでもなし、
俺にはさっぱりわけがわからない。メールで問い返したが返信もない。
「……ったく」
苛立ちまぎれに画面のあいつにデコピンし(爪がちょっと痛かった)、俺はため息をついた。

あと十数分もすれば、本人に直接確認できるが、暇にかまけて考えてみた。
「う」「ん」「え」……とりあえずこんな口の形に見えた。分家?軍手?いやグ○ゼ?
下着忘れたから買っといてくれって?んな馬鹿な。
貧困な語彙力でうんうん考え込んでも、それっぽい言葉は出てこない。
と、足の下でぱきりと小気味良い音がした。どうやら足を動かした拍子に小枝でも踏ん、
「……あ」

――『ふんで』?

***

「っていきなり何すんの!?」
「あ、違ってたのね。わりい」
「違ってたって何がだよ!」
「あのメール、『踏んで』って言ってたのかと」
「マゾかよ俺!?」
「てっきり都会で悪い人に目覚めさせられたのかと思って焦ったんだぞ」
「全然焦ってなさそうなんだけど、……つーか気持ち悪いこと考えないでね」
「んで、何て言ってたの、ほんとは」
「……言えたら無音にしねえよ」

(ちゅー、して、……なんて)

60514-649 人事部 1/4:2008/12/21(日) 22:10:49
「こちらとしてもまことに心苦しいのですが、どうぞご理解ください」
「はぁ……」
 なで肩の男は怒ることも落胆することもなく、達観しているようにさえ見えた。

 人事部人材構築2課――内部から「肩叩き課」と呼ばれるこの仕事は、簡単に言うとリストラの対象になった社員に首切りを宣告し、退職を勧めるというものだ。
 論理的に話を進めて相手の感情を逆撫でしないよう配慮し、会社の意向を伝えてもう逃げ場はないと諭す。
 決して気持ちの良い仕事ではないが、かといってエネルギッシュに営業先に愛想を振りまく性分でもないので、佐伯は「肩叩き」であることにそこそこ満足していた。
 
 退職勧奨を受けた人間は、様々な反応を返した。
 逆上して掴みかかる者、顔を覆って泣き出す者、動揺のあまり支離滅裂な話を始める者。
 自分より1周りも2周りも年上の社員が心を乱す様子を見ていると、哀れみと軽蔑がないまぜになったような複雑な感情が沸いた。
 しかし、今日の男は違った。
「そうですか」「はい」「わかりました」、無表情にこの3つの言葉を繰り返し、反論もせずに帰っていった。
 その落ちた肩は絶望のためにゆがんだわけではなく、生まれ持った骨格なのだった。
 佐伯は彼に関連するファイルを手に取り、書類をたぐった。 
 古河実、35歳。営業部所属。借り上げ社宅在住。実家は自営業の定食屋。未婚、扶養家族なし。
 いかにもパッとしない営業マンのデータだが、佐伯にはどうしても気になる点があった。

 古河が入店してからきっかり5分後、佐伯は居酒屋ののれんをくぐった。
 目当ての男はカウンターの隅にひっそりと座っていた。
「古河さん、偶然ですね」
「あぁ、人事部の……」
「佐伯です。お隣いいですか」
「どうぞ」

60614-649 人事部 2/4:2008/12/21(日) 22:11:41
「今日はどうも」
「人事部のお仕事も大変ですね」
「いいえ、営業の方にこそ頭が下がります」
「営業はね、好きなんですけど僕には向いてなかったみたいです」
「まったく、何ていったら言いか……」
「ビジネスですから仕方のないことですよ」
 曖昧に笑って熱燗をすする古河の手元に、鰐皮の時計が光っている。
 佐伯は一呼吸置いてから切り出した。
「時計、お好きなんですか?」
「え?」
「ブランパンの少数限定モデルですよね」
「詳しいんですね」
「憧れの時計なんです」
「まぁ、時計は一生モノですから」
「私なんかには一生かかっても手が届きません」
「佐伯さん、言いたいことがあるならはっきり言ってください」
 古河の横顔に変化はない。
 怒りも動揺も一切見えない、まさにポーカーフェイスだ。
「古河さん、何をなさってるんですか? 産業スパイって時代でもありませんよね」
「僕はただの無能なサラリーマンですよ」
「そんな方がこの時計を? 失礼ですが、あなたの給料では無理だ」
「……飲みながらする話じゃありませんね。出ましょうか」
 
 古河に連れてこられたのは、雑居ビルの中の薄暗い雀荘だった。 
 冗談のようなレートを聞き、佐伯は気が遠くなった。
 そこに居合わせた、どう見ても堅気ではない男達を相手に、半荘勝負が始まった。
 リーチ、平和、一盃口。東場は佐伯の安手の早上がりも通用した。
 しかし南場――相手に高い手で上がられ、苦しくなる。
 最後の親は古河だった。ここで勝たないと、二人の負けは大きくなる。
 牌を取り終え並べ直していると、ふいに古河が手を上げた。
「天和です」
 配牌の時点で上がっているという非常に確率の低い役満貫だ。
 雀荘全体がざわめいた。イカサマではないか、という声も聞こえてくる。
「おいあんた、俺らの目の前でサマやったってんじゃねぇだろな」
 強面の男にすごまれても、古河は動じなかった。
「やったように見えたなら、やりなおしましょうか」
 その声には怯えのような響きは全くない。
 しばらく睨みあった末、男達が舌打ちをして万札の束を雀卓の上に投げやった。
「どうも」
 ひょうひょうとその金を拾いあがる古川を、佐伯は呆然として見ていた。

60714-649 人事部 3/4:2008/12/21(日) 22:12:43
「いつもあんなことをなさってるんですか」
「そんなことしたら命がいくつあってもたりません」
「じゃあ一体……」
「要するにね、ギャンブルが得意なんですよ」
 古河は飲み終えた缶コーヒーを、離れた場所に向かって投げた。
 美しい放物線を描いて空き缶がゴミ箱に収まった時、ようやく佐伯も合点がいった。
「株ですか」
「自慢じゃないですけど才能があります」
 真面目な顔で言うので、妙にリアリティーがあった。
「気付いたら会社の給料よりそっちの収入の方が増えてました」
 淡々とした引き際の理由はそれだったのか。
 佐伯は納得し、ずっと気に留めていた古河の時計に目を向けた。
「じゃあリストラなんて痛くも痒くもありませんね」
「いや、不安ですよ。会社を辞めると一日中パソコンの前にいてしまいそうで」
「では一応未練があると?」
「引っ越したり保険を切り替えたりするのもおっくうですし」
 佐伯はにやりと笑った。
 きっと古河ならどんな時もこんな笑みはこぼさないだろう。
 彼が営業に向かない原因がわかったような気がした。
「古河さん、私と取引をしていただけませんか?」

 事業戦略部新規開拓3課――内部から「博打打ち課」と呼ばれる場所に古河はいた。
 1課や2課の綿密なデータを基にした堅実な戦略とは違い、従来の常識に捉われないユニークな戦略を打ち出す遊撃手的なポジションだ。
 リスクを恐れない肝の太さと、過酷な状況の中でも勝ちの道を探す冷静さを求められるこの部門に、佐伯はコネを伝って古河を推薦したのだ。
 成果はすぐに出た。
 古河の研ぎ澄まされた勝負感覚により、3課の担当したあるプロジェクトが大成功を収めた。
 リストラ目前の他部署の平社員の返り咲きとあって、人事部の英断も評価されることになった。
 佐伯が直接登用したわけではないのだが、人事部長はわざわざ肩叩き課までやってきて、彼に握手を求めた。
 佐伯が差し出した手には、ブランパンの時計が嵌められていた。

60814-649 人事部 4/4:2008/12/21(日) 22:13:17

「プロジェクトのご成功おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「株の方はいかがですか」
「最近はもっぱら逆張りですね」
 二人は以前来た居酒屋で杯を交わしていた。
 古河は酒が入るといくらか表情がわかりやすくなるということに、佐伯は最近になって気付いた。
「おかげで一発逆転できました」
「それもご自身の持っている運でしょう」
「実はね、自分より強い勝ち馬を知りません」 
 軽口のように聞こえるが、まぎれもない事実なのだろうと今ではわかる。
 酢の物をつまんだ瞬間、佐伯の目はある一点に集中した。
「古河さん、それって……」
「あぁ、ブレゲのクラシックタイプです」
 佐伯は息を呑んだ。
 それは彼が取引の条件として譲り受けたものより、更に高価な腕時計だった。
「佐伯さんも、僕なんかよりずっとお似合いですよ」
 古河は佐伯の手首を柔らかく押さえ込み、曖昧に笑ってみせた。
 この男は本当に油断ならない。
 くたびれたスーツも、ずり落ちた肩も、すべては彼の強さを隠す鎧なのだ。
「もう一つ取引をしませんか」
 いざという時はやはりポーカーフェイスらしく、彼の感情は読めない。
「……出ましょう」
 この勝ち馬に乗るのも、悪くはない気がした。

60914-699 渡せなかったプレゼント 1/2:2008/12/25(木) 17:06:27
(惨敗だ……)
これ以上なくみじめな気持ちに、思わずうずくまる。
暗澹たる気持ちをよりいっそう落ち込ませてくれる部屋の惨状からも、目を背ける。
昨夜はクリスマスイブ。世間的には恋人達の甘い夜、ということになっている。
彼氏いない歴二十ウン年の哀れなホモである自分だが、街のクリスマスムードについ浮かれて、
密かに片思い中の同僚、鈴木にアタックしてみる気になった。
二人で、買ってきたチキン食べて。ビール飲んで。ワイン飲んで。ケーキ食べて。
良い感じになったところでプレゼントの包みを渡す。
『プレゼント?何……香水? 男が男に香水をプレゼントだなんて、なんだか意味深だな』
『……そんな意味に取ってくれても俺、全然構わないよ……?』
流れる微妙な雰囲気、そして二人は……なんて。妄想してたのに。

鈴木にアポを取ると二つ返事。
「ああ、いいねー篠田。寂しいもの同士、パーッとやるか。大野も水田も呼んでさ」
「えっ、……あ、ああ、うん、パーッとね……」
と瞬く間に人数が増えて総勢8人。それが1DK6畳の俺のうちに大集合となった。
忘れていたが鈴木は、柔道部あがりのバリバリの体育会系、面倒見のよい兄貴肌なのだ。
料理は焼き肉。飲み物はビールのみならず日本酒と芋焼酎。
ホールのケーキは「めんどくさいからいいか!」と箸で無惨につき回され、
つまみが足りないからとコンビニに行って、さきいかとポテトチップスをあてに朝までノンストップ。
「大野ー、今度合コン企画しろよー」
「や、厳しいっす、この間の看護師さんでネタ切れです」
「そんなこと言ってるから、イブの夜に男ばっかりで飲む羽目になるんだぞ?
 だいたい篠田もさぁ、『男まみれのクリスマスパーティ』なんぞ、正気で企画するかー?」
そんな企画、したつもりはないんですが……

61014-699 渡せなかったプレゼント 2/2:2008/12/25(木) 17:08:02
昼近くになって、ようやく一人起き二人起き、全員が帰ったのは午後になってからだった。
鈴木も、いつのまにか帰ってしまった。
テーブルの汚れていない所をさがして、本当なら昨夜渡すはずだったプレゼントを置いてみる。
香水は買えなかった。やっぱりどう考えても踏み込みすぎだろう、と思い、
鈴木が前に話題にしたゲームソフトを、中古ショップで入手した。
これなら、同僚にプレゼントしても
「たまたま目に付いたからさ、今度おごれよ」ぐらいでごまかせる。
……そもそも、そういう意気地のなさが招いた事態だったのだ。
鈴木とどうかなるつもりなんて、本気じゃない。
ただ仲の良い友達でいられればそれでいい。
そういうことなら今回の『男まみれのクリスマスパーティ」、成功じゃないか。
鈴木も楽しそうだったし。
……ため息が出る。膨大な片付けものにも、ため息が出る。
一度思い描いてしまった虫のよすぎる妄想と、あまりにかけ離れた結果に涙が出そうだ。

「悪い、悪い。片付け手伝うから。何、あいつら帰ったの? 今度締めないといかんなー」
突然降ってわいた声に心臓が飛び上がった!
ベルトをカチャカチャさせながら、鈴木がキッチンから入ってくる。
「鈴木! 帰ったんじゃなかったの?」
「トイレ借りてた。飲んだ次の日ってちょっと下すよね。
 ……あれ、それ何? ゲームランドで買ったの?」
ああ、やっぱり理想とはかけ離れている。甘い雰囲気になりようがないです。
でも、それでも、これが、神様のくれたチャンス。
いや、クリスマスだから、サンタさんからのプレゼントなのか?
昨夜じゃ、その気もないような俺に、サンタさんも渡せなかったよな。
俺が受け取る気になれば。このチャンスをものにする気があれば。
「これ、これね……鈴木へのプレゼント。前に言ってたやつ」
「わざわざ俺に?」
「……そうなんだ。鈴木にね、あげたかったんだよ。
 本当はもうちょっと、違うものを考えてたんだけどさ」
「篠田? 何で……泣いてるんだよ」
「は、はは、何でもない。……鈴木、ちょっと、話があるんだけど──」

61114-709 地下牢 1/2:2008/12/26(金) 19:08:41
カツ―――……ン…………と、
冷え切った空気に鋭い靴音が響く。
一部の隙もなく磨き上げられたそれは、身に着けているスーツと同じように
きっと彼に合わせて作られたものだろう。それも質の良い。
靴ばかり見ていてもしょうがないので、私は顔を上げた。
左腕の鎖がじゃらりと鳴る。

「――話す気には、ならないかい?」

あまりにも貫禄と威圧感に溢れているその雰囲気に、不釣合いなほど若い姿。
その唇からこぼれるシガーの吐息が、私に尋ねた。
冷たい床にうずくまる私の視線に合わせて、彼が膝を折る。
汚れるのを構う風もなく土埃の舞う床にいつも着ているスーツの膝をつけ、
無精ひげだらけの私のあごに指で触れた。
ここに囚われて何日が経ったのか、もう記憶は定かでない。

「私は喋らないよ」

涼やかなオリーブグリーンの目に間近で見つめられながら首を振る。
あごに触れた指はそれでは離れようとしなかったが、
目の前の瞳はわずかに悲しそうに笑った。

「どうしても?」
「何度言われても同じだ」
「そう」

君は実に有能なエージェントだね。これまで受けたどんな拷問でも口を割らなかったし、
自白剤も催眠術もてんで効きやしない。でもね……

「そんなに、組織に――いや、君のボスに忠実な君が、いまだに舌を噛み切らないって事は
 まだ逃げ出せるチャンスがあると思ってるんだよね?」
「…………」
「残念ながら、そんな物は無いよ」

また少し悲しそうに笑って、彼は立ち上がった。
指は、するりと私の喉をなぜてから離れる。

「でもねえ、私の組織もあまり暇じゃあないんだ。
 吐きもしない捕虜をいつまでも飼っておくなって、上の方が煩いんだよ……。
 私は君がとても好きなのに」

61214-709 地下牢 2/2:2008/12/26(金) 19:09:09
何だか自分の理解の範疇を超えた言葉を聞いた気がした。
確かに、組織の幹部であるというこの若い男が
ただの捕虜に過ぎない私の下へやってきたのはこれが初めてではなかった。
しかしそれは、私が重要な情報を握っているという事と
それをなかなか喋らないために、彼がわざわざやって来て
毎回説得なり拷問なりを行っているものだと思っていた。

「殺すには惜しいけど、このままここに居させてあげる事も出来ないんだ……。
 だからね、今日はいい案を持ってきたんだよ」

言いながら、私の身体を抱き上げるようにして立たせる。また鎖が鳴った。

「君が、私の物になればいい」

一体何を言っているのか。
私は、私のボスにだけ忠誠を誓っている。それを裏切るなどありえない。
ましてや他人の手でそれを強制されようと言うのなら、
それこそ真っ先に舌を噛み切って死んでやる。
そんな思いを込めて目の前の顔を睨み付けると、彼は今度は至極嬉しそうに微笑む。

「大丈夫だよ。何も心配しなくていい。私が君を作り変えてあげよう」

ぐにゃ、と視界が歪んだ。
どんな薬もマインドコントロールも効かないように訓練されたはずの体が
急速に幻惑の中に落ちていくのが分かる。
覗き込んでくるグリーンだったはずの瞳が、今は極彩色に見えた。

「次に目が覚めるとき、君は私のものだ」

君は君のアイデンティティを残したまま、私のものになる。
残念ながら、記憶が残るかどうかは保障できないんだけど……
けれど記憶を失っても君は君だものね。
前の君と違うのは、私を愛してやまなくなるって事だけだ。
そしたら2人であの男に……君のボスに会いに行こう。
どんな顔をするか見ものだよ。
さ、ほら、目を閉じて。おやすみ。

そんな独白にも似た語りかけを聞きながら、
私は目の裏に弾ける色彩の世界に意識を投じた。

61314-769 野:2009/01/01(木) 00:36:15
『野』(や)という言葉には「官職につかないこと、民間」という意味があります。
対義語は『朝』(ちょう)。朝廷の『朝』です。

『朝』と『野』は、光と影のような存在です。
『朝』があるからこそ『野』という言葉が意味を持ちます。
反対に『野』が存在せず『朝』のみがあったとしたら
その『朝』の存在はとてつもなく無意味なものとなるでしょう。

多くの場合、『朝』は大変に支配欲が旺盛です。
そのため常に『野』を支配したいと思っています。
『野』はただ自分に奉仕するために存在すればいい
とすら考えているかもしれません。

『野』は『朝』にどれだけ虐げられても、最後まで『朝』に寄り添おうとします。
たとえ重税を課せられても、理不尽な法令がしかれても
文句を言いつつ結局は『朝』に従ってしまいます。
それは罰則に対する恐怖ゆえではありますが
自分には『朝』になり変わる実力がないのだと諦めているのかもしれません。
またあるいは、己を支配せんとする『朝』の輝かしく力強いことを
誇らしく思っていた時代もあったかもしれません。

けれどきっといつか、『野』の裡につもりつもった不満が爆発するときが来るでしょう。
『野』は死力を尽くして『朝』に反抗し、己も大きな傷を負いながら
ついには『朝』を滅ぼすでしょう。
しかし『朝』なしには存在できぬのが『野』。
かつての『朝』と入れ替わるように、『野』の中から新しい『朝』が生まれます。
一旦生まれ出てしまえば、『野』と『朝』はやはり別個の存在。
新しい『朝』はやがて以前の『朝』と同じく暴虐を尽くすようになります。
『野』はそれに耐えつつ、かつて己が滅ぼした『朝』を
今となっては懐かしく思い起こすのです。

61414-839 卵性双生児:2009/01/09(金) 01:36:28
「もういい。佑子、お前とは別れる。涼、お前とは縁を切る。勝手にしろ!」
明はそう言い捨てて立ち上がった。
「明!明、待って!」と、バカみたいに大声を出す女に縋られながら、
部屋を出て行く。

これで何人目だろう?明の女を抱いたのは。バレたのは三人目か。

初めて明が彼女を紹介した時、明がどんな風にこの女を抱くのかと
考えたらたまらなくなった。
「兄の恋人を好きになるなんて、いけないことだとわかってるんだ。
でも、抑え切れない。好きなんだ!」
陳腐な禁断の恋バージョンの口説き文句は、面白いように効果的だった。

どんな風に明とするのか、一つ一つ聞き出しながら、同じことをする。
そうしているうちに明に愛された女の体が憎たらしく思えてきて、
最後にはその憎しみを叩きつけるように酷く乱暴に責め立ててしまう。
「一卵性双生児なのに、全然違うのね」と、女達は決まって言ったっけ。

そうして女達は時に明を捨てて俺を選び、時に秘密の三角関係の
気まずさに俺達二人と距離を置き離れていき。今回のように図々しく
明とも俺とも付き合い続けようという女には俺が明にばれるように仕向けて
やり。
結局、明と別れることになるのだ。

縁を切る、か...
ダメだよ。お前がいくら縁を切ろうとしても、俺はお前を追ってしまう。
お前が誰かと幸せに笑いあうのを黙って見ているなんてできない。

いっそ...いっそ、憎んでくれればいい。一生許さないほどに。

いっそ、憎んでくれればいい。
俺をその手で殺してしまいたくなるほどに...

「ああ、そうか。その手があったんだ...」
がらんとした部屋に、俺の声だけが取り残された。

615614:2009/01/09(金) 01:48:30
>>614
コピペミスだよ、一が抜けたよorz
お題は「一卵性双生児」です。

61614-939 押し入れの匂いのするおじさん受け1/2:2009/01/20(火) 14:40:23
孝叔父さんは、一緒に暮らしていた叔父のお母さん、つまり僕の祖母が亡くなってから、
すっかり駄目人間だった。
「聡史、また孝に持って行ってくれる?」
僕の母は、実の弟である叔父さんをひどく心配して、3日に一度の割合で
おかずやら何やらを僕に持たせるのだ。
幸いというか何というか、僕の学校は家から1時間もかかるが、叔父さんの家に近い。
つまり僕は、3日に一度の割合で叔父さんを訪ね続けて、もうすぐ1年になろうとしている。
「──聡史君、いつもすまないね。姉ちゃんにもよろしく言っておいて」
叔父さんは、相変わらずちゃんと食べてるんだかわからない様相で、でも笑顔で、僕を招き入れる。
これでも随分よくなったとは思う。祖母が亡くなった直後は憔悴して、ボンヤリして、まるで頼りなかった。
長男ということで喪主を務めたが、ほとんどひと言も話さない喪主だった。
うちの父が代理のようにあれこれと動き回っていた。
(嫁さんでももらっていればなあ……)(お母さんも心配なことだろう……)
そんなささやきが親戚連中から上がるのは当然だった。これで大学講師が聞いてあきれる。
……でも、叔父の喪服姿はちょっと印象的だった。
いつもボサボサ一歩手前の長めの髪をちゃんと流して……なんというか、格好良かった。
いや、違うな。
綺麗だった、というのは変だろうか。

「姉さんと義兄さんにはすっかりお世話になりっぱなしだ、今度の一周忌もほとんど手配してくれたよ」
持ってきたおかずで一緒に晩飯を食べながら、孝叔父さんが言う。
「僕は昔から親戚づきあいとか苦手なんだ。母さん……聡史君のお祖母ちゃんにまかせっきりだった」
「それって跡取り息子としては駄目なんじゃない?」
約1年間聞き慣れたような弱音を、これもいつものような文句で返してあげる。
「みんな心配してるんだってよ? 母さんが言ってた。お嫁さんもらわなきゃ、だって」
叔父は苦笑する。これも繰り返されたいつもの会話だ。
「お祖母ちゃんが死んでまだ1年だよ? そんな気にはなれないな」
叔父はいわゆるマザコンというやつだったのだろうか、と時折思う。
黙っていればそこそこ格好いいし、並収入高身長なんとやら、という
お手頃物件のはずなのに、浮いた話がない。

61714-939 押し入れの匂いのするおじさん受け2/2:2009/01/20(火) 14:43:20
「……どうしたの。僕なんか変? そんなに見つめられると照れるな」
気がつくと叔父の顔を凝視していたようで、慌てた。
「そ、そういや母さんにさ、孝叔父さんの喪服を見てこいって言われてたんだ、
 ちゃんと一周忌に着られるよう準備しておけ、って」

その押し入れはナフタリンとカビ臭かった。
喪服は、祖母の布団やら洋服やらがきっちり納められた横に、紙袋入りで放置されていた。
「初盆は……着てたよね?」
「一応たたんだつもりだけど。駄目だったかな」
「駄目でしょう!? お盆暑かったのに!」
「着てみようか」
止めるまもなく上着を羽織る、と「あー駄目だね」
所々にうっすらと白いカビが生えていた。そもそもの押し入れの臭いの元凶っぽい。
「クリーニングで落ちるかな……」
「叔父さんー、もう、早く脱いだ方が良いよ、ほら」
きったねー、とか言ってるあいだにおかしくなって、僕は笑いながら叔父の上着を脱がせにかかった。
「危なかった、姉ちゃんが言ってくれなかったらこれで一周忌出るところだった」
「ちょー、駄目だよ、勘弁して」
手に当たる肩が骨っぽい。叔父の背は、こんなに薄かったか。
葬式の姿がよみがえる。あの端正な姿。
ふと、息詰まる感覚に襲われた。
「叔父さん……早く、結婚した方がいいよ。しっかりしなきゃ」
無理矢理上着を剥がした。……その裾を、叔父の細い手がつかむ。
「僕は結婚したくないんだ。もうきっと、しっかりなんてできない。仕方を忘れたよ。
 ……聡史君が、ずっと面倒見てくれるといいのにな」
俯いたまま呟いた叔父は、およそ色っぽくない押し入れの臭い。

61815-19 二人暮らし:2009/01/28(水) 13:00:16
「家賃払えなくて追い出されちったてへ」
大荷物を持ち玄関先でそう言い放った友人を数日の約束で居候させることにしたのは一ヶ月前のことだ。
今、私は彼に侵略されている。

玄関を開けるといい匂いが漂ってくる。
「おかえりーぃ」
あるかなしかの廊下を通ってキッチンへ行けば友人が大忙しで腕をふるっていた。
「すぐできるから待ってて」
言い放って再び料理に向き合った友人に頷き、うがい手洗いをしてからリビングに座りテレビをつけた。
今、私は彼に侵略されている。胃袋を。
出来たよーと明るい声がしてエプロンをつけた友人がパエリアを運んできた。スープにサラダに何だかおいしい付け合せがどんどんテーブルの上に並べられる。
その料理を皿が見覚えのないものであることに気づき彼を見ると、悪びれなく言い放った。
「料理は相応しいお皿に載せてあげなきゃいけないんだよ」
そういうものだろうか。私は美味しければどんな皿に載っていたって気にしないけれど。
しかしこれでまたセットのものが増えてしまった。彼は居候になってしまってからこっち、こんな風にどんどんペアで何かを買ってくる。食器は勿論、歯ブラシなどの日用品やクッションに至るまでこまごまと。
最初はこんなものを買うくらいなら早く新しい家を探せとせっつきもしたのだけど、ここ最近強く言えないでいる。
「ど、おいし?」
にこにこと尋ねてくる彼に言葉で返す余裕もなく、頷いてご飯を平らげる。
こちらの好みをこれでもかというくらいついてくる味付けに箸がすすみ皿の中身はどんどんなくなってゆく。
「おいしそうに食ってくれるから作りがいあるわぁ」
おかわりは?と尋ねられ、二杯目のパエリアを所望した。

美味しいご飯とこの笑顔。
居候が二人暮らしになる日も遠くなさそうだが、まぁいいかと思っている自分がいる。

61914-910・911続き 1/3:2009/01/29(木) 03:39:05
お題「バカップルに振り回される友人」で書いたものの続きです。長くなってしまいすみません…。


一年経った。
俺は松居さんと同じ大学に入った。理由は家から通える距離だから。そう言うと松居さんは、「お前はスラダンの流川か」と呆れていた。後日、俺は兄貴からその漫画を借りた。小説とは違うスピード感があって、面白かった。
新歓の時期に文芸部へ入ると、ひとつの部室を二つのサークルで区切って使うという、なんともな弱小サークルだった。ちなみに隣は松居さんの所属する漫研である。
「松居さん、漫研だったんですね」
「絵が下手だから読み専だけどな。でも消しゴムかけは得意だ」
「確かに、絵は下手ですよね。年賀状の虎を見たときはまた丑年が来たのかと思いましたよ」
「うっさい、ペン軸で刺されたいか。もうっ、お前はあっち行ってろよ!こっちは漫研の領土!」
ぎゅうぎゅう背中を押され文芸部に戻されて、仕方なく狭いスペースへパイプ椅子を出して座った。そこには部長が一人、雑学書を読んでいるだけだった。
俺も図書館で借りてきた本を読もうと、鞄を開ける。
「…小林くんは、今夜の新歓コンパに出るの?」
と、お笑い芸人のナントカさんに似た部長が話しかけてきた。
「はい、参加します」
と言うより、強制参加だと副部長の女の人に言われている。
「そっか。今日は漫研と合同だから、松居くんもいるよ」
「合同?」
「うん、今年は漫研もうちも一年の数が多いわりに上の数が少ないからね、コンパ代の負担額が大きいんだよ。だから合同にしようか、って。」
「はあ、そうなんですか」

62014-910・911続き 2/3:2009/01/29(木) 03:41:59
そんな内部事情を聞かされてもね。もしかして暗に「注文し過ぎるな」と言いたいのだろうか。
片手を突っ込んだ鞄からサリンジャーを取り出して眼鏡のフレームを上げたとき、部長は声を潜めてこう言った。「副部長には気をつけろ」、と。
俺はそこで、部長が誰に似ているかを思い出した。


…なるほど、気をつけろとはこのことか。
飲み会が始まって一時間後、部長の忠告の真意を知ることになった。あの副部長、酒乱だ。絡み酒だ。
今も絡んでいる、日本酒の一升瓶片手に肩をがっしりと掴み、絡んでいる。松居さんに。
酒の入ったそれぞれの声が大きくなって、離れた席にいる二人の会話は聞こえないけれど、明らかに松居さんは引き気味だ。
あーあ。
松居さん、女に弱いからなあ…。立場的な意味で。
目の前にあるくし形のフライドポテトをつまみつつ、ちらちらと向こうを窺ってしまう。さっきから俺は、ポテトばかり食べていた。
ここの居酒屋のポテトは塩辛い。水分が欲しくなる。
松居さんは副部長の方を向き、苦笑いを浮かべている。
「あっ、小林くん、それ僕の烏龍ハイ!」
遠くを眺め自分の烏龍茶を喉に流したつもりだったのに、それはどうやら隣にいた部長の酒だったらしい。アルコールの味だと気付いたのと部長の声を聞いたのは、ほぼ同時だった。


「…こばやしくん?大丈夫か?」
肩を遠慮がちに叩かれる。
うるさい、誰ですかあ。
短く呻いてテーブルに突っ伏した状態から顔だけ横に向けると、芸人の長井ナントカさんがいた。気を付けろ!の人だ。

62114-910・911続き 3/3:2009/01/29(木) 03:44:22
「…離婚、したんですかあ?」
「は?」
「浮気ばっかりしていたらあ、だめですよう」
ああ自分の声がいつもと違うなあ、面白いなあ。
「ふふっ、ふふふ」
俺、笑っちゃってるよ、はははは、楽しいなあ。なんだかいつもより重力もかかって体が重いし。愉快だなあ。

「こ、小林くん?ひょっとして、酒に弱い?」
「そんなことないですよう」
「いや、そんなことあると思う。すっごく笑ってるし…。ねえ!松居くんっ、ちょっと来て!」
えっ、何!?と驚く松居さんの声が遠ーくから聞こえる。
少しして、背後で二人の声が聞こえてきた。酔っぱらってるんだとか、もう二次会へ移動しなきゃとか。
「おーい正二、大丈夫かー?」
ぺちぺちと頬を柔らかく叩かれて、俺はまた閉じていた目を開ける。
松居さんのどアップ。近い、近いですよ松居さん。
「あー、まついさんだあ」
松居さん、ようやくこっちに来ましたねえ。ようこそ、ようこそ。
目の前にある首に腕を回してみる。あ、松居さんの匂い。よく晴れた日に干した洗濯物みたいな匂い。おまけに温かい。
「お、おいおいおい、正二、どどどどどうしたよ」
わざと俺に触れないように、座ったまま後ずさろうとする松居さんに体重をかける。だってそっちに重力がかかるからね、仕方ないよねえ。
「松居さん、俺ねえ、」
俺ねえ松居さん、俺ねえ…。
松居さんの柔らかくて栗色の髪の毛に鼻を押しつけて、その後。そこから先は、記憶に、ない。


「正二、あのときのこと覚えてないの?」
「覚えてません、記憶にありません、だから松居さんもさっさと忘れてください」
「忘れないよー、あのときの正二ってば素直で可愛かったなあ。俺に子犬みたいに甘えてきてさあ、そのあと…」
「俺、よく石頭って言われるんですよ。花道みたいに頭突きしましょうか?」
「ごめんなさい」

62215-29 ツンデレ泥棒×お人好しな刑事 1/2:2009/01/29(木) 12:08:42
「では、男爵家の秘宝『アドニスの涙』は確かに頂戴した」
高らかにそう宣言すると、さえ渡る月光の中、黒い影はさっと身をひるがえしました。
「待て!怪盗赤鴉!逃がすものか!」
赤鴉を宿敵と定め、もはや3年の長きにわたる戦いを繰り広げてきた蟹村警部が、
ここで逃がしてなるものかと腰のサーベルをスラリと抜くも、
男爵家の豪奢なホールの高い天井、そこに取り付けられた高窓にとりついた赤鴉、
その名のとおり、カラスでもなければ到底届きはしないのです。
「蟹村君、毎度忠勤ご苦労である、そして我が仕事への御協力いたみいる、さらば!」
「待て!」
蟹村警部はぎりり、と歯噛みします。なんという人を馬鹿にした態度でしょう。
変装の名人、怪盗赤鴉は、こともあろうに宝の持ち主である男爵に化け、
宝を守らんとする警部の手ずからまんまとお宝をせしめたのです。
「くそ……!なんとしても逃がさんぞ! これまでの数々の失態、
 これ以上重ねては総監殿に申し訳がたたん!」
地団駄を踏み、しかし万事休す。警部の顔は憤怒で真っ赤です。
……と、急にがっくりと肩が落ちました。サーベルが石の床にカラン、と音を立てます。
「うむ、そうだ。私はもう何度も何度もお前に負けた。そして今回の失策、失態。
 私の責で男爵殿の宝を失うはめになろうとは……もはや引き時かもしれん」
「どうしたね、蟹村警部、随分弱気じゃあないか」
「部長殿に申し上げよう。お役目を交代させてもらうように。私では力不足だ」

62315-29 ツンデレ泥棒×お人好しな刑事 2/2:2009/01/29(木) 12:09:22
今にも中有へ飛び立たんとしていた赤鴉が、ハッとしたように振り向きます。
「何を言う、蟹村君。僕の華麗なショウをいつも引き立ててくれた君が。
 君が去って、いったい誰が君の後を継げると言うんだね」
「田尾警部補に一任しよう」
「ハッ、あのひよっこが? 君の後任? 晦日市の掏摸でも追っかけてるのがお似合いだ 」
薄闇の中、赤鴉は肩をすくめたようです。
しばらくして、やや憤然とした声が蟹村警部へ落ちてきました。『アドニスの涙』と一緒に。
「……今回は、僕としたことが、犯行予告時刻を3分過ぎていた。失敗だ。
 後日改めて頂きに伺うことにしよう」
驚いたのは警部です。
「赤鴉! 一体君は何を!……まさかこの私を憐れんで」
「勘違いしていただいては困るね、警部。私は完璧を望むだけだ」
「しかし……しかし……」
警部は思わぬ事態に混乱しています。宝を胸に抱きながら、
「それでは、君の事件で初めての不首尾になるじゃあないか。
 明日の新聞には大きく載るぞ。世間の人の物笑いの種になる」
ホールに沈黙が満ちました。
「蟹村君、君はお人好しだね。僕をして3分遅らせただけでも大したものなのだよ。
 新聞には、君のお手柄が載るのだ」
闇へ身を躍らせた怪盗赤鴉。まさにその背に羽を持つがごとく滑空していきます。
「──蟹村警部。次回もまた、全力で僕を阻止したまえ」

62415-29 ツンデレ泥棒×お人好しな刑事 1/2:2009/01/29(木) 14:24:36
投下してみる

まったくあの馬鹿野郎が!
飛んでくる弾丸をかわしつつ、床で蹲っている男に対し、悪態を吐いた。
男の腹部からは大量の出血。背後には金を盗まれた怒りで目が血走っているマフィア。
あのままだと、あの愚かな刑事は死んでしまうだろう。
長年、自分を追いかけている正義感の塊のような男。
見るたびにイラついてしょうがなかった。
刑事が勝手にしくじったというのなら、「馬鹿な奴」と嘲笑い、そのまま放ってさっさと逃げ出しているのに。
あの男が自分を庇って撃たれたのでさえなければ。
泥棒助けて、自分が死にかけるなんて笑い話もいいとこだ。
世の中、善が報われるとは限らない。むしろ、自分の生きてきた世界ではお人よしであればあるほど早死にしていたのだ。
一向に逃げずにいる自分に苛立ちを覚えつつ、刑事の方に目を戻せば彼の周りは十数人のマフィアで取り囲まれていた。
刑事の息はかなり荒く、最早抵抗する事も出来そうにない。
――あのままだと殺される。
そう思った瞬間、どうするべきかを考えるまでもなく、勝手に身体が動いた。
部屋中に煙幕が充満する。混乱するマフィア達をよそに素早く地面に下りると、刑事を抱かかえ、ワイアーを使って宙を飛んだ。
助け出したのがどこかの可憐なお嬢様とかだったら楽しかったが、残念ながら腕の中にいるのは体格のいい男だ。しかも商売敵。
身に起った事が理解出来ず、目を白黒させている刑事をよそにワイアーの反動を使い、建物の外へ出た。

62515-29 ツンデレ泥棒×お人好しな刑事 2/2:2009/01/29(木) 14:26:00
「何で……」
しばらくして落ち着いたのか、刑事が口を開いた。いつもは煩いぐらい声を張り上げるのに今は酷く弱弱しく、これは早く病院に連れて行ったほうがいいと思った。
「何でと聞きたいのはこっちの方だ。何で助けた」
「……だっておれは刑事だから、目の前の人間に危機が迫っているのに見過ごすわけにはいかない」
「それで死に掛けるんじゃざまあないな」
「確かに。でも、助けてくれたじゃないか。……本当にありがとう」
その言葉に小さく舌打ちをし、何ともいえない感情で刑事を見た。庇った相手に助けられ、それでも素直に礼を言うなんてどこまでお人よしなんだか。
「私は泥棒だけどな、物は盗んでも人の命は盗まない主義なんだよ。私を庇って死なれたら、私のポリシーに反する事になるからね」
「ははっ。だからお前は嫌いにはなれないよ」
刑事が静かに笑った。
「さて、もうすぐ病院だ。お前を預けたら、私はさっさと消えるからな。お前を助けて捕まるなんて馬鹿みたいだからな」
「心配するな。今回は見逃してやるよ。ただし今回限りだかな」
「上等だ。そうでなくては面白くない」
この異常に早い心臓の動きは予測できない事でいろいろ起ったせいという事にしておこう。
泥棒が心を盗まれたなんて洒落にもならない。

626ある日目覚めたら魔法がかかっていた:2009/01/31(土) 23:55:29
ある朝目覚めると、俺に魔法がかかっていた

「おはようございます、旦那様」
―早く起きていただかないと、予定が狂ってしまうんですよ。
「あ…ああ…おはよう。済まない、すぐに起きるから…」
「いえ、ごゆっくりどうぞ。ところで本日は紅茶と珈琲、どちらになさいますか?」
―いつも紅茶に角砂糖三つを召し上がられますよね。意外にも甘党でおられますから。
「えーと…じゃあ…今日は珈琲をいただこうかな…」
―はい?用意しておりませんよ!?
「かしこまりま…」
「あ、やっぱりいいよ!いつも通り紅茶にしよう!」
「ではお砂糖は三つで宜しいですか?」
「あ、うん…そうだね…三つがいいかな…」
「かしこまりました。…ところで本日は体調がお悪いのですか?」
「えっ?」
「先程から顔色が優れないように見えますが…」
―風邪でもおひきになったのですか?珍しいこともあるものですね…。
「いや…あの…全然元気…うん…」
「そうですか?あまりご無理をなさらないでくださいね。旦那様に何かあったら、皆が心配致します」
―…多分、誰よりも、この私が。
―旦那様にもしも何かあったら、私は……
「…旦那様?」
「いや、うん…あの…」
「やはり熱がおありでは?顔がお赤いですよ」
「……言わないでくれ…」

ある朝目覚めると、俺に魔法がかかっていた
好きな奴の心が、全部分かってしまう魔法
それはこの俺を赤面させるほど恥ずかしくて
でも少し暖かい魔法だった

62715-79 芸術家の悩み 1/2:2009/02/02(月) 01:13:25
――暁さんが旦那様の愛人だってのは本当かね?
――さてねえ……屋敷に置いて寝食の面倒を見ている上に、金の援助までしているそうだけど。


この気持ちは雑音のようなもの。

僕は常に静かな気持ちでいることを望んでいました。怒ったり悲しんだりするのは苦手です。
弱いだけなのです。静かな気持ちでいるには、外は煩すぎる。
そもそも僕がキャンバスに向かうようになったのも、外の雑音から耳を塞ぐためだった。
自分の境遇が他より恵まれていることを是幸いと、内側に閉じこもったのです。
何のためでもない、僕はただ逃げるために絵を描いていた。

もう一人の僕がいつも傍で囁いていた。『お前の絵はお前にしか価値がない。そしてお前の価値は絵にしかない』
そんなことは、僕自身がよく知っていました。

しかし、初めて会ったとき彼は言ったのです。
「難しい理屈は分かりません。でも俺はあなたの絵を見ていると優しい気持ちになります」と。
そして屈託無く笑って「きっとあなたの優しさが滲み出ているのでしょうね」とも。
僕は優しくなどない、弱いだけだ。そう言いましたが、彼は微笑むばかり。
それから彼は頻繁に離れを訪ねて来るようになりました。
茶菓子を差し入れだと言って持ってきて、他愛の無い話をして、帰っていく。
ときには僕を外に連れ出して、川縁の桜や並木道の銀杏を見せてまわることもありました。

いつの間にか、僕はキャンバスに向かう時間よりも、彼と話す時間の方が多くなっていました。
彼の訪問を待ち望み、彼との会話を心待ちにするようになり、僕は絵を描かなくなった。

ああ、彼と居ては絵が描けないのだな、と思いました。
そしてこの気持ちは雑音のようなものだとも思いました。僕が避けて逃げていた筈の、外の世界の雑音。
けれど、それでも構わないという気になっていました。
僕は逃げるために絵を描いていた。逃げる必要が無いのなら、絵を描く必要もない。

しかし、その気分も長くは続かなかった。やはり雑音は雑音でしかなかった。
窓の外の世界は、僕の心を乱すものでしかなかったのです。僕は耳を塞ぎ続けるべきだった。
だから彼を視界から消すよう努めました。
彼に話しかけられても碌に返事をしなかったし、彼に微笑みかけられても目を逸らした。
彼は戸惑ったように「何か気に障ることをしましたか?」と訊ねてきました。
僕は答えようとして、結局は黙ったままでした。
何も言わぬ僕を見て、彼は悲しそうな表情を浮かべました。

62815-79 芸術家の悩み 2/2:2009/02/02(月) 01:14:04
するとまた僕の心に小波がたつ。
波紋は心の内に広がって、僕を追い詰め、逃げ場を奪っていく気がしました。
堪りかねた僕は、彼を乱暴に追い返しました。
もう来ないでくれだとか、酷い言葉を投げた気がしますが、よく覚えていません。

もう一人の僕が冷笑しました。『お前はまたそうやって逃げるのだな。これで何度目だ?』

その通りだと僕は叫びました。
僕は再び、逃げるためにキャンバスに向かいました。
しかし、絵の具を取り出しいくらキャンバスに塗っても、何の形にもならなかった。
窓の外の風景も、部屋の中に置きっ放しの絵たちも、酷く色褪せて見えました。
ふと見ると、戸口に追い返した筈の彼が立っていました。

呆然とする僕に彼は「俺はあなたの絵が好きですよ」と言いました。
もう一人の僕が、僕の代わりに答えました。『僕はきっと、君のことが好きなのだ』
すると彼はいつもと変わらない、柔らかな微笑を浮かべたのです。
酷い言葉を投げた僕を、彼はいとも簡単に許してくれたのです。
彼は繰り返しました。「俺はあなたの絵が好きです」と。

だから僕は絵を描く。逃げるための絵は僕にはもう必要ない。
この気持ちは雑音のようなもの。一度見失えば、もう二度と聞けない微かな雑音。
忘れぬように、僕は絵を描き続けなければならない。そしてまた彼にこの絵を見せるのです。

ねえ兄さん、この絵を見たら、彼はどう思うでしょう。また、笑ってくれるでしょうか?




19××年2月1日深夜、久崎家の次男・洸耶が、庭で笑いながら自身の絵画を焼いているのを使用人の一人が発見。
慌てて取り押さえるも、洸耶は意味のわからない言葉を繰り返し、他者の認識が出来ない状態であった。
同日、彼がアトリエにしていた離れで、屋敷に下宿していた書生・安藤暁が死んでいるのが発見される。
解剖した医師によれば後頭部の打撲痕が致命傷とのことだったが、他殺なのかまでは判断できず、結局事故死として処理された。
使用人たちによれば、洸耶は人嫌いであったが安藤とは不思議と仲が良く、だからこそ洸耶が彼を殺すなど考えられないとのこと。

その後、洸耶は神経衰弱と診断され、彼の兄であり久崎家の当主でもあった総一郎により静養所に送られた。
彼はそこで絵を描き続け、二十八歳で急逝するまでに十三点もの絵画を遺すことになる。
そしてそれらは全て、現在において高い評価を受けている。

62915−89 お次の方:2009/02/02(月) 03:21:05
規制中なのでこちらに投下させてもらいます。


俺、ブラックIT企業の社会人2年目、東京出身。
最近は困ったことに年下の男の子に片思い中。
片思いの相手、バイト2ヶ月目(たぶん近所の大学生)、福岡出身。
元野球部のホークスファンで、背が低いのがコンプレックス。
なんだかんだで20時間労働で朦朧となって帰って来ても、
コンビニの店員さんに癒される日々なのだ。

「今年こそホークスの優勝ばい」
秋山監督だもんな、そりゃ期待するよな。
「あー、のど痛か。昨日腹出して寝たけん」
寝相悪いのか、一緒に寝ることがあったら気をつけてやらなきゃ。
「オレ、煙草吸う子は好かん」
ええい、それなら今日から禁煙だ!
俺はこの2ヶ月間で、聞き耳を立てて店員同士の会話を拾うのが上手くなった。
決して褒められたことでないのはわかっているが、この恋は長期戦なのだ。

立ち読みしてした漫画雑誌をラックに戻し、いつもの品を買い物カゴに次々に入れる。
会計をしている先客の後ろに並ぶと、すぐに掠れた声が飛んできた。
「お次の方どうぞー! お待たせしました」
隣のレジで軽快に手を上げたのは、愛しの彼だった。

スポーツ新聞、週間ベースボール、パックの麦茶にヨーグルト、鶏カツ弁当。
彼が手際よくバーコートを読み取り、袋に詰めていく。
「お弁当あたためますか?」
「お願いします」
家でやってもいいのだが、電子レンジが回ってる時間分、彼の側にいられる。
くだらないようだけど、俺にとってはとても重要なことだ。
「あ、今日はマルボロは?」
なんて気が利く! 彼は俺の好きな煙草の銘柄を覚えていてくれた。
いやしかしここで尻尾を振っちゃダメだ、だって俺は君のために――。
「いいです、禁煙するんで」
途端に彼の目尻に僅かに皺が寄って、幼い笑い顔になった。
「がんばってくださいねー、オレ超応援しますよ」
ああ、この八重歯はやばい。超絶スーパーキュートだ。

63015−89 お次の方:2009/02/02(月) 03:24:17
「お客さん、どこファンですか? いつも週べ買ってますよね」
おお、決まった物を買って印象付ける作戦が効いていた!
アドバイスしてくれた会社の事務の女の子に感謝しなければいけない。
「パ・リーグ好きなんで、日ハムとかソフバンとかの試合良く見ますね」
「マジすか!」
盗み聞きで相手の好みを把握しておく策も成功だ。
これは大学時代の悪友に礼を言おう。
「最近スカパー入ったから、今シーズンから全試合フルで見れるんです」
「うわ、それ良いっすね! うらやましかー」
彼の口から、接客中には決して出さない博多弁がこぼれた。
学生に真似できない経済力を見せ付ける技が、こんなに効果的だとは。
合コン番長の先輩、ありがとうございます。

「あ、すいません。オレつい方言……」
彼が照れた様子で頭を掻いた瞬間、レンジの中から破裂音が響いた。
何事かと驚いたが、俺以上に彼の方が慌てていた。
手荒くレンジを開けて弁当を取り出し、彼は肩を落とした。
「申し訳ありません、ソースの小袋も一緒に温めたので、破裂してしまいました……」
見ると、たしかに弁当のパック全体にソースが派手に飛び散っている。
鶏カツ弁当はそれが最後の一つだった。
自分が買い取ります、それか他のお弁当をお出ししますと彼は必死に言ってくれたが、
好きな子が困っているのを見たら優しく励ますのが男というものだろう。
誰かに教えられたわけではないが、これくらい馬鹿な俺にでもわかる。
「良いですよ、家に醤油あるんで」
「でも……」
「はい、お金ちょうど。レシート要りません。いつもありがとうね」
俺は彼が好きだから、いくらでも優しくする。
割に合わない仕事をして身も心も擦り切れた夜、彼の笑顔がいつも俺を温めてくれた。
彼の気を引くためにちょっと格好つけて去ることは、果たしてどう出るだろうか。

63115−89 お次の方:2009/02/02(月) 03:26:31
「オレ、生まれかわったけん。昨日までとはちごうとよ」
素のままで十分魅力的なのに、一体彼に何があったんだろう。
「あのお客さんが……って言ったっちゃん」
いまいちよく聞こえないけど、迷惑な客でもいたのかな。
「やけん、初心にかえったと!」
彼らしい前向きな言葉だ。なんだかこっちまで元気が出る。

いつもの商品を持って列に並ぶと、すぐに横から彼がやってきた。
その姿を一目見て、思わずカゴを落としそうになった。
「お次の方、どうぞー」
手を挙げてはにかむ彼は、高校球児のような坊主頭になっていた。

「お弁当温めますか?」
「お願いします」
「はい」
「あの、髪の毛……」
「思い切って短くしました」
「す、すごい似合いますね」
「昨日失敗しちゃったんで、自分なりにけじめをつけてみたんです」
「俺のせい?」
「お客さんのおかげ、ですよ。オレ最近たるんでたんで」
「いや、いつも君はよくやってくれてるよ」
「ありがとうございます、なんか逆に気使わせちゃって」
「俺はただ、その、君が……」
「お客さんにお礼というか、お詫びというか、させてもらいたんですけど」
「そんなのいいんですよ、ホントに」
「一緒に開幕戦見に行きません? チケット奢りますよ」
「え!」
「迷惑だったらいいんですけど」
「ううん、嬉しいんだ、嬉しすぎてもう泣きそう…」
「あはは、お客さんがば面白かぁ」
彼が八重歯を見せて笑った時、レンジがチンと音を立てた。

潔い五厘刈りも、直球のお誘いも、彼がやるとなんでこんなに素敵に見えるんだろう。
鷄カツ弁当のおかげで、ただの客と店員の関係からは抜け出せそうだが、
忘れてはいけない、この恋は長期戦だ。
俺は明日も明後日もコンビニに通い、彼が呼んでくれるのを待つのだ。
いつかこちらから彼に愛を告げ、頷いてもらう日のために。

63215-129「その弱さと醜さを愛す」1/2:2009/02/04(水) 02:36:45
「・・・いい加減帰ろうぜ、ほら」
立てよ、と脇の下に手を入れて持ち上げると、唸り声と共に手を振り払われた。
「んーだよ・・・いいだろ別に・・・すいませぇーん、これおかわりぃ」
「ああいいですいいです!帰りますから、おあいそお願いします」
心配顔で寄ってきた店員に、愛想笑いを浮かべながら伝票とカードを差し出した。
「水村くんいつにもまして飲んでたね、大丈夫?タクシー呼ぼうか?」
もう顔馴染みとなってしまった店長が困ったように笑いながら声を掛けてくるのに、
大丈夫ですから、と首を振った。
「こいつ今日は俺んち泊めるんで」
「そうだね、そのほうがいいかもね、」
ああちくしょー!なんであいつが・・・あいつのが・・・・・・、急に大声をあげる水村に
ぎょっとしてそのうつ伏せの背を見つめた後、店長と二人顔を見合わせて苦笑した。
ぐっと声のトーンを落として、店長が「・・・また?」と問いかけるのに頷いた。
「・・・ええ、またコンテスト落ちちまって・・・・・・今度は最終選考までいってたから余計・・・」
「そっか・・・つらいとこだね」
支えてあげなよ、友だちなんだからさ、と軽く肩を叩かれて、曖昧に笑顔を浮かべた。
友だち。その言葉に胸の奥がギリと焼け付くように疼いた。
「―――じゃあ、ごちそうさんでした」
俺は水村の肩を抱いて、店を後にした。
「うん。あっ、今度またメニューの写真撮りに来てって云っておいてね〜」
背中に届いた店長の言葉に片手をひらりと振って答えた。

はあ、と吐き出した息が白く立ち上る。
俺とそう身長は変わらないとはいえ、酔った千鳥足の男を支えて歩くのはいささか辛い。
「・・・・・・檜山ァ」
「んだよ起きてんならちゃんと歩けよな」
いつも自信満々怖いものなしって水村の顔が歪んでいた。
俺のすぐ横で、水村が囁くように吐き出す。

63315-129「その弱さと醜さを愛す」2/2:2009/02/04(水) 02:37:46
なぁなんで俺の作品じゃ駄目だったんだよ、最優秀とったやつの写真、お前も見たろ?
あんなの誰だって撮れるじゃねぇかよ、露出と倍率と・・・あんな小手先の技術で撮った作品の
何処がいいんだよ・・・俺なら、俺ならさぁ・・・
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら水村が何度も呟く。畜生、畜生・・・なんでだよ・・・・・・。
俺の肩口を濡らしながら、水村は今日何度目か知れない愚痴を零した。
俺は何も云わずに、ただだらだらと頬を伝う水村の涙は甘いだろうかだなんて
馬鹿なことを考えていた。
「・・・審査員の奴ら目がないんだよ。
大丈夫だって、絶対いつかお前の凄さに気付くひとは出てくるって」
「そ・・・かな、お前がそういうんなら、そうかもな・・・・・・」
やっとぎこちなく笑顔を浮かべた水村の目じりからつ、と涙が零れ落ちた。
なんとなくそこから目を逸らしながら俺は空を仰いで、馬鹿みたいに明るい声を出した。
「そうだよ。水村は立派な写真家になって、
そんで毎晩お前の奢りで飲みに行くのが俺の夢なんだからさ」
だから諦めてもらっちゃこまるんだよ、と云うと、
馬ッ鹿お前ふざけんなよ、と水村は笑って俺の頭を軽くはたいた。
ああいってーと俯いた先のアスファルトに向かって俺は呟いた。

立派な写真家なんかにならなくていい
お前の価値をわかるやつなんて、俺以外誰もいなきゃいいのに

コンテストに落ちるたびにこうやって弱音を吐いて、
愚痴と不満と憤りでぐちゃぐちゃになるお前が好きなんだ。
こんなこと云えるのはお前だけだよと泣きそうな顔で云って、
そんな些細な言葉に俺は一喜一憂して、泣きたくなって、
次のコンテストこそ賞取れるといいなと唇に乗せる言葉は本当なのに、
でも一生賞なんて取れずに終わればいいんだと思ったり、
俺は頭のなかがぐちゃぐちゃになって、罪悪感とやるせなさと嬉しさと苦しさで
どうしようもない気持ちになっていることをお前は知らないだろうし、
こんなどうしようもない俺を、お前は一生知らないでくれ。

「なあ、水村・・・・・・次のコンテストこそはさ・・・」

その次の台詞を俺は知らない。

63415−229 両親とご対面 1/3:2009/02/11(水) 12:59:22
マッチを持つ手がぶるぶると震えてうまく煙草に火を点けられないでいると、
助手席から白い手が伸びてきて、俺の代わりに点してくれた。
「あ、ありがとう」
「いいえ」
小野寺は頬を膨らませ、マッチの小さな火を消した。
普段余り見ない幼い仕草に、ほんの少しだけ心が和む。
「明石さん、そこ右です」
「ええっ、マジでぇ!?」
思いっ切りハンドルを切ったら、周りの車に短いクラクションで非難されて、心臓がとび跳ねた。
「次からもうちょっと早めに言って、俺まだ右折苦手だから」
「だって明石さんが一人でニヤついてるから」
――わざとかよ。
一人じゃ煙草も吸えないほどいっぱいいっぱいなパートナーに、この仕打ちはあんまりだ。
「出た、小野寺くんの意地悪」
「意地悪というより、もともと根性が悪いんです」
「あーもう、親御さんの顔が見てみたいね」
「これから見に行くじゃないですか」
しれっとした顔で返されて、言葉に詰まった。煙草の煙を吐き出し、少し間を取る。
「嘘だよ、君が良い奴なのは俺が一番知ってるよ」
そんなくだらないやり取りをしながらも、カローラは着々と彼の実家に近づいていく。

63515−229 両親とご対面 2/3:2009/02/11(水) 12:59:58
「どどどどどうしよう、腹痛くなってきた」
「ここまで来て何言ってるんです」
「君にはこの扉を開けるのが俺にとってどれだけ重大なことかわからないんだ」
「あのね、確認しておきますけど、一人の先輩として紹介するんですから
 何も緊張する必要はないんですよ。結婚するわけじゃあるまいし」
そこら辺は事前に二人で話し合って決めたのだが、それでもこの不安は拭えない。
小野寺のイライラがびんびん伝わってくる中、俺は更に口を開いた。
「だってさぁ、好きな人の大切な人に好かれたいって思うのは当たり前だろ」
どさり。小野寺が手に持っていたボストンバッグを落とした。
彼はこうやって直接言われるのに弱い。
俯いて首の後ろを触るのは、照れている時の癖だ。
ああくそ、かわいいな。しかしさすがに実家の玄関先ではキスもできない。
「……大丈夫です、明石さんは本番に強いから」
「それはそうだけどさぁ、俺、ちょお緊張しいなのよ」
「でもいつだって最終的には上手くやってみせるじゃないですか」
肩を軽く叩かれて、しゃんと背筋が伸びた。
俺も彼も、お互いの操縦法がよくわかっている。
小野寺は叱って伸びるタイプで、俺は褒められて育つタイプなのだ。
「俺、ちゃんと出来ると思う?」
「もちろん」
「よしっ、お邪魔しよう」
俺は冷え切った手でドアノブを回し、小野寺家に足を踏み入れた。

63615−229 両親とご対面 3/3:2009/02/11(水) 13:00:57
「一週間お世話になりました」
「明石さん、またいつでも遊びに来てくださいね」
目元が良く似ているお母さんが、お漬物を渡しながらそう言ってくれた。
「こんた子だがら大学じゃ友達も出来ねんじゃねがと思っとっだけど、
 明石さんがいでくれるなら安心だす。こえがらもよろしくお願いします」
お父さんは訛りがきついが、笑顔が穏やかな人だった。
「いえ、僕の方こそ小野寺くんがいてくれて本当に良かったと思ってるんです。
 いつも良くやってくれてますよ。友達も多いですし。」
荷物を積み終えた小野寺が、後ろから靴のかかとを踏んできた。
余計なことは言うなという意思表示だろう。
「それじゃ、失礼します」
「気付げてな」
バックミラーに映る二人は、姿が見えなくなるまでずっと手を振っていてくれた。
俺はハンドルを握りながら片手を振り返し、小野寺も振り返ってじっと後ろを見ていた。

「最後のアレ、ああいうの要らないんで」
「嘘も方便って言うだろ。嘘つくのが嫌なら友達作りなさいよ」
「……努力します」
「いやでも素敵なご両親だったな。君が大事にされてるのがよくわかったよ」
これは言わないけど、君が家族をとても大切にする人だと言うこともね。
「今度は明石さんのおうちに行きたいです」
「ええほんと?! 一体どういう心境の変化よ、嬉しいなあ」
「だって、好きな人の大切な人に会いたいって思うのは当たり前でしょう」
「言うよねぇ、小野寺くん」
ポケットを探って煙草を取り出すと、何も言わずに彼がマッチを擦ってくれた。
ああ、そう言えば彼のお母さんはお酌がとても上手だったし、
お父さんは見送りの際、お母さんの外履きを出してあげていた。
顔以外の部分も似ているんだなと思い、口元が緩んだ。
「明石さん、そこ右」
「ちょ、ちょっと! 早く言ってって頼んだじゃないかぁ」
カローラは二人を乗せて走る。ずっと走る。

63715-239 襲い受け:2009/02/11(水) 18:47:41
なんかコレいいのかなあ。
俺、寝そべってるだけなんですけど。
上で先輩がいろいろやってますけど。
先輩、上だけ着てるってエロさ倍増。
白いシャツって本当反則だよね。
下半身が見えるようで見えないってのもそそるなあ。
茶色くて少し長めの髪が乱れて色っぽい。
ああ、キスしたい。触りたい。許してくれなかったけど。
「気持ちいい?」
「はい、気持ちよすぎてヤバイです……」
「はは。素直でいいね」
先輩の動きが激しくなって、俺は意識が飛んだ。

スキーに行って先輩と接触して俺だけ骨折して入院して
今は家で安静にしてますけど、
お見舞いとお詫びと称してこういうことされて、
少しだけ骨折して良かったとか思ってますが。

足が治ったら先輩につきあってくださいって言ってみよう。
『あれは単なるお詫びだよ?』
哀しいことにそんな答えがかえってきそうだが。
おそらくその予想は正しいとは思うが。
でも、そうなったら今度襲うのは俺ってことで。
簡単に襲わせてはくれなさそうだけどね。

63815−239 襲い受 1/2:2009/02/11(水) 21:15:06
「…まだ起きてる?」
「寝かけてるけど起きてる」
「オレ昔さぁ、母さんのおっぱい触ってないと寝れない子供で」
「なに、触りたいの」
「うんでも、おまえには胸ないから」
「じゃあ何だよ」
「代わりにちんこ触らして」
「はあ?」
「お願い、触るだけだから」
「だってそのまま寝て、夢うつつのまま握ったりしたらどうすんだよ」
「大丈夫、ソフトタッチにするから」
「えー」
「優しくするから」
「それはなんかちげーだろ」
「じゃないと寝れない」
「仕方ねーなぁ」
「失礼しまーす」
「ちゃんと寝ろよ」

63915−239 襲い受 2/2:2009/02/11(水) 21:16:10


「ふふふ、ふにゃふにゃ」
「ケンカ売ってんの?」
「いつもお世話になってます」
「てめぇ寝ろよ」
「ここ好きだよね」
「ちょ、やめろって」
「でもこっちは起きたがってるみたい」
「ほんと死ねよ……」
「生きる!」
「うわ」
「耳も気持ちいいんだね」
「あ」
「首も」
「……っ」
「このままじゃかわいそうだから、オレがしてあげるね」
「お前、最初からそのつもりだったろ」
「あ、気付いた?」
「もうそういう次元じゃねーだろ!」
「ふん、バレちゃぁ仕方ない、目茶苦茶にしてやるぜ」
「……優しくしろよ」

64015-250 くだびれたオサーン2人  1/2:2009/02/12(木) 22:08:38
店屋物で各自遅い夕食を終える。署に泊まるのもこれで五日目だ。追い込みのかかった捜査本部は段々と殺気立った気配を漲らせてきている。
その張り詰めたような空気が嫌で、安藤はわざと唸り声のような溜息をついた。爪楊枝を吐き出し、ごみ箱めがけて投げる。それは小さな金属製のごみ箱のふちに跳ね返り、無残に床に落ちた。安藤は片目を細めて舌を打つ。
安藤は斜め向かいのデスクで書類を書いている横山に向かって声をかけた。
「外行くか」
屋内禁煙。押し寄せる嫌煙の波に、警察署とて無縁ではない。取調べ室すら禁煙とされて現場の刑事は不平を漏らしたものだが、あるか無きかの抵抗は果たして無駄に終わった。今では皆、この寒空に屋外で情けなく煙をくゆらすことしかできない。
「ん…おお、ちょっと待て」
横山は眉間に皺を寄せて、つたない指づかいでキーボードを叩いている。未だにタイピングタッチの出来ない同僚を見て安藤は小さく笑う。太い指にノートパソコンの小さなキーボード。熊がレース編みをしているような奇妙な眺めだった。
「先行くぞ」
「いやいやいや、ちょっと待て、もう終わる……ん、終わっ、た、と」
言葉に合わせてとん、とん、とん、とキーを叩き、横山はにやりと笑って立ち上がる。

64115-250 くだびれたオサーン2人  2/2:2009/02/12(木) 22:11:16
五年ほど前に購入した黒いトレンチコートは、とうに色はあせて青とグレイを混ぜたような奇妙な色になっている。生地はよれてところどころ裾が擦り切れてしまいそうだ。しかしこのコートが一番自分の身体に馴染んでいる。雨上がりの空気は清冽で、澱んだ部屋の空気に慣れた肺には心地いい。水溜りを踏まないように気をつけながら署の裏手に回った。
安藤はごそごそとポケットを探ってライターを出す。オイルが少なくなっているのか、何度か石を鳴らしても火花が散るばかりだ。
「ほらよ」
隣からライターが飛んでくるのを辛うじて受け止めた。
「おう」
二人で肩を寄せ合い、薄ぼんやりとした宵闇の中で煙草を燻らせた。寝不足で不明瞭な頭には、苦い煙草の煙すら何の刺激にもならない。
「そろそろ帰りてえよなあ」
「全くだ」
建物の壁にもたれ、上を向いて煙を吐き出した。背を丸めて煙草を吸う横山の後姿を見る。彼も似たり寄ったりのくたびれたコートを身に着けている。
「なあ」
声をかける。横山は煙草を咥えたまま振り返る。疲れたような顔で笑って見せると、横山もゆっくりと頬を緩めた。薄暗い闇、建物の裏手、見る者は誰もいない。
指に煙草を挟んだまま、横山のコートを焦がさないように気をつけながらその襟を掴んで乱暴に引き寄せる。指にかかった抵抗はほんの僅かで、横山はすぐに安藤に身体を寄せてきた。
自分よりも随分高い上背と拾い肩幅。今でも柔道をやっている彼の身体に余分な肉は少しも無い。
「煙草、邪魔だ」
言うと、横山は苦笑して咥え煙草を指に持ちかえる。
顔を寄せる。自分からは口付けない。少し待つと、身をかがめるようにしてゆっくり横山が口付けてきた。
自分のものとは違う煙草の味。伸びてきた髭がお互いの皮膚にちくちくと痛い。薄っすらと唇を緩めると横山の舌が忍び込んできた。
指から力なく煙草が落ちる。まだ随分と長いそれは上手いこと水溜りに落ち、不平を言うようにじゅっと鳴った。

64215-259 パティシエの恋:2009/02/13(金) 17:20:03
 厨房の向こうでふたりのやりあっている声がする。

「僕がオーナーだ。私の方針に従ってもらう」
「出来ません」
「バレンタインのデザートにはにチョコレートを使え。それだけのことだろ」
「私はパティシエです。ショコラティエではありません」
「だからなんだ。パティシエはチョコレート菓子を作らないとでも?」
「ショコラはデリケートなんです。私はショコラティエの技術を尊敬している。
納得のいかないデザートをお客様には出したくない」
「君の職人精神は素晴らしいと思うが、私はレストランの『経営』をしてるんだ。
自分の作りたいものだけを作って、レストランが運営できるか」
「では、この期間だけショコラティエを雇ってください」
「この時期に暇なショコラティエが役にたつか!」

 堂々巡りの話の決着はまだつきそうにない。結果はわかっているので、
俺はメインの肉料理でカカオでも使おうかと考える。

「オーナーとやりあうパティシエなんてはじめてみました。すごいっすねえ」
「手を動かせ、新人。そのうち慣れるよ。オーナーが負けるし」
「なんでですか? お前なんかクビだって一言いえば終わりでしょ」
「言えるわけないだろ。あいつほどの腕があれば雇うところなんか
いくらでもあるし、独立してもいいし」
「なるほど」
「まあ、他の理由もあるけど」
「他の理由?」
「あー、まー、いろいろ」
「あ、オーナーが負けた」
「今まで勝ったことないけどな。このソースどうだ?」
「お、チョコレート風味っすか? いいっすね」

 うちのパティシエは本当に意地が悪い。サドかもしれない。
そんなやつに惚れたオーナーも本当に気の毒だと思う。
 蛇の生殺し状態はもう何年続いているだろうか。
気持ちに気がついているなら返事をしてやればいいのに。

 バレンタインはキューピッドでもしてやろうか。
 そんなことを言ったら、「余計なことをしたら殺す」と脅された。
 今年は少しはオーナーが報われるのかもしれない。少し安心して店を閉めた。

64315-259 パティシエの恋  1:2009/02/13(金) 23:10:13
初投下で勝手がわからなかった…まとまりなくて本当にスマソ

チリンと鈴の音が鳴って男が入ってきた。
雑誌やテレビを賑わしている様なお洒落なパティスリーではない、「パティシエじゃねえ、菓子職人と言え」という
頑固親父が長らく経営していた寂れかけた製菓店には、貴重な客だ。
店を継いだ二代目パティシエ、もとい菓子職人は、週に一度は必ず買物に来る大事な常連客に
飛び切りのにこやかな笑顔で「いらっしゃいませ」と声をかけた。
男は挨拶に無反応なまま、ショーケースの前で長身を屈めじっくりとケーキを吟味する。
それこそ下段の棚から上段まで、左から右へと隙間なく視線を巡らす。それを何度か繰り返した後に、
おもむろにこちらに視線を向けてきた。
「…この間のケーキは?」
投げかけられた問いに答えられるまで数秒かかる。それが先週まで並んでいた新メニューのケーキの事を
言っているのだと気づいて、ああ、と思わず溜息をついた。
「あれはもう店頭から下げたんですよ。林檎のシブーストですよね」
「シブ……」
「タルト地に林檎とクリームを載せて焼いたやつです。でも見た目が少し地味だったみたいで
あまり人気がなかったんですよね。その代わりに、ほら」
ケースの向こう側から身を乗り出して中央の棚、右から二番目を指し示す。
「今週から並べたんですけど、評判がいいんですよ。よかったらいかがですか?」
「いや、これは…」
指差されたケーキを見た途端、無意識なんだろうが男の顔が渋くなる。当然だ。無数のハートでデコレーションされたケーキなど、
三十路を過ぎた男が買うものではない。もしそれが「大の甘党の男」だったとしてもだ。
「…じゃあ、これとこれ」
男は店の定番のチーズケーキと新作ケーキの二つをオーダーすると、鞄の奥から財布を取り出した。
その際に中からラッピングされた箱がいくつか見えた。明日は土曜日。なるほど今日はバレンタインの前倒しというわけか…と
どこかもやもやした気分で考える。
「…もてるんですね」
一万円札を取り出した男が不意打ちを食らった鳩のような顔をする。それがなんだかおかしくてくすっと思わず笑ってしまった。
「だってそれ」
「…義理だから」
自慢すればいいのに取り付く島もない素っ気無さ。けれど、嫌な感情は湧かない。
「そういえばこの間、駅前の居酒屋で見かけました。団体だったから会社の同僚の方たちですよね、きっと。すごく盛り上がってたし」
「…たぶん、会社の子の送迎会」
「ああ、なんかそんな感じでした」
それきり落ちる沈黙。商品を交えない会話はキャッチボールにならず、ミットも掠らない。…そんなお堅い態度じゃなく、
オヤジギャクの一つでも飛ばして見せろよ。そんな事を考えながら、レジからお釣を取り出そうと手を伸ばした。
…けれど少し考えて腕を引っ込める。ちらりと男を見ると胡乱そうな目を向けられた。

64415-259 パティシエの恋  2:2009/02/13(金) 23:13:04
「すみません。細かいお札足りないんで少し待っててもらっていいですか?」
ぺこんと頭を下げると、男は了解したとばかりに店の隅においてあるベンチに腰をかけた。
とはいっても長く待たせるわけにはいかないので、急いで奥に向かうと手早く目的のものを手に持ち小走りで戻ってくる。
男は所在なさそうにチラチラと店内に視線を漂わせていた。
「お待たせしました。…これ、お釣です」
「ああ、ありがとう」
そのまま財布を仕舞い込んで出て行こうとする男を呼び止め、ショーケースの外側にまわると、まだ半開きの鞄に小さな包みを捻りこむ。
男は驚いたように体を固くした。
「おまけです。いつもありがとうございます」
微笑みかけると、いつも無反応な態度なのが嘘のように、男はぽかんと口を開けて無防備な顔をした。
そんな思いがけない様子を見ると、今度は自分のした事が妙に気恥ずかしくなり、咄嗟に俯く。数秒後、チリンと鈴の音が鳴る。
顔をあげると男はいなかった。けれどうろたえるように呟いた「ありがとう」の言葉が、型押しされたように胸の奥に強く残った。

最後の客を見送り店を片付けると、厨房スペースにおいてある椅子に腰掛け一息入れる。
お菓子作りは体力勝負だ。製造と接客でくたくたになった上半身や足をもみほぐしていると、
店の隅においてあった携帯電話からメールの着信音が流れる。
送信元は今でも仲がいい大学時代の友人だった。内容はいつもくだらない。彼女の話や、仕事の話、会社の同僚の話…。

『…それでさ、根津さん今日も例の彼女のとこ行ったらしい。
普段の仕事の鬼ぶり知ってるからすごい笑えるよ。大の辛党のくせにケーキ屋通いだぜーー』

 他の部分は全然頭に入らなくて、友人が何の気なしに打ったはずのメールの一文を、呆れるくらい何度も読み返す。
奇跡のような偶然は、油断すれば涙が出るほど嬉しくて幸せで、それなのにやっぱりどこか切なくてたまらなくなる。

 男はきっとパティシエの名前も知らない。けれどパティシエは男の名前も知っていれば、好きな食べ物から趣味まで知っている。
お喋りで何かとマメな友人が、会う度電話する度、堅物で変わり者な同僚の話をおもしろがって一から十まで話して聞かせるからだ。
パティシエは今までに書き溜めていた脳内メモを、頭の中で反芻してみた。
無口で頑固な変わり者。けれど実は世話好きで情に厚い。時折身内に飛ばすギャクはオヤジ。目下、ケーキ屋の菓子職人にご執心。


…それを当の男が知ることになるのは、あとほんの少しだけ先の話。

645大事な事なので二回言いました:2009/02/15(日) 20:15:27
「好き、だーい好き」
「はいはい」
「大好き、ものすごく好き」
「あっそ」
「すきすきあいしてるー」
「……いい加減うるさいんだけど」
「なんだよ、そこは俺も好きだよって返すとこだろー?」
「うるさい、誰が言うか」
「お前滅多に好きとか行ってくれないじゃん。俺の事好きじゃないのー?」
「嫌いな奴だったらこうやって膝に頭乗せてきた時点で殴ってるよ」
「それはそうだけど」
「俺なりの愛情表現なの。いいだろこれで」
「ダメ、口に出さないと伝わらないの!大事な事は2回言うぐらいで丁度良いんですー」
「そんなもんか?」
「そんなもんだよ」
「へぇ……好き、好き」
「えっ、いや、えっと」
「2回言うぐらいが丁度いいんだろ?好きだ、大好きだ」
「た、タンマ!耳元で囁くの反則!低い声出すの反則!」
「そうやって顔を真っ赤にするお前も可愛くて好きだ、大好きだ」
「もういいっ…いいから、そのやらしい声禁止っ!」
「愛してる、愛してるよ」
「や…だから待てって…っ」
「何?もう満足した?」
「十分すぎるぐらい。……なぁ」
「ん?」
「好き、好き、愛してる」
「うん、知ってる」
「な……!くそ、お前も照れろ馬鹿!」

646忘れないで (300に萌えたので二次創作です):2009/02/16(月) 12:49:36
「イヤだ、どうしてレナードがこの家を辞めなきゃならないんだ」
「申し訳ありません。坊ちゃまが私に抱いているその感情がある限り、私は坊ちゃまのお傍にはいられないのです。」
「じゃあもう困らせないから、ワガママ言わないから。」
「それでもダメなんです。私も気付いてしまって申し訳ありません。」
「一体どうすればいいんだよ、どうすればレナードと一緒にいられるんだよ」

涙は流していないものの、彼は拳を握ってドンとテーブルを叩いた。
彼の気持ちに気付いてからは私だって辛かったことをきっと彼は知らない。
今ならまだ間に合う、そう思っての行動だと分かって欲しい。

「坊ちゃま、ひとつ提案を聞いていただけないでしょうか」
「なに、レナード」
「今の私の雇い主は坊ちゃまのお父さまでいらっしゃいますよね。
 でしたら今度は、坊ちゃまが私を雇ってください」
「え!?そうすればレナードと一緒に居られる?」
「ええ、但し、将来坊ちゃまにご子息が産まれた時の話ですが」
「えーーーー!!僕はレナードが好きなのに結婚しなきゃいけないの!?」
「そうですよ、坊ちゃまは大事な跡継ぎですからね」
「なんだよそれ・・・。いつになるか全然想像つかないし・・・」
「坊ちゃまは今15歳でしょう、早ければあと10年もすればまた会えますよ」
「10年!!長すぎるよ!!」
「でしたら、もう一生の別れになってしまいますよ」
「それもイヤだ!」
「じゃあ私の提案を受け入れてみるのもいいんじゃないですか?感動の再会になるかもしれませんよ」
「10年後かぁ・・・。レナード、白髪増えてるかもね」
「ええ、きっとロマンスグレーな執事になっていると思います」
「僕もすごくかっこよくなってるかもね」
「そうですね、絶対なると思います」
「一生の別れはイヤだから、レナードの提案を受け入れるよ」
「ありがとうございます、坊ちゃま」

「絶対だよ、約束だよ?僕のこと忘れちゃダメだよ?」
「私が坊ちゃまのことを忘れるわけはないでしょう」

そうだ、これでいい。
彼にはこの家を継ぐ重要な役目がある。
一時の気の迷いでこの家を壊すわけにはいかない。
立派になった彼と、彼の幼少の頃にそっくりであろう新しい坊ちゃまと
また幸せに暮らせることを考えると、
感動の再会で涙を流すのは私かもしれない。

647ハリボテ完璧王子様と人畜無害なふりをした蛇 1/3:2009/02/16(月) 23:39:48
むかしむかしのお話です。

ある国に、王子様がおりました。
王子様はたいへん賢く、心優しい美しい方でした。
ある日、家来を連れて歩いていた王子様は、花の咲き誇る湖の畔で立ち止まりました。
「なんと綺麗な風景だろう!家来たちよ!私を一人にしておくれ!この美しさを心ゆくまで味わいたいのだ!」
利発そうな瞳をキラキラと輝かせて王子様は叫びました。
「かしこまりました、王子様。」
家来たちは思わず微笑んで、王子を残して去りました。

「……疎ましい…。」
どかっ、と王子は湖畔に腰をおろしました。
お尻の下では花がいくつも折れ、ぺちゃんこになってしまいました。
「…どいつもこいつも馬鹿ばかり。もうウンザリだ。」
それは低い低い、ヒキガエルの鳴き声のような声でした。
どんよりと淀んだ沼の面のような目は、なにも映していませんでした
「分かりきったお追従。お世辞。おべんちゃら。何もかも下らない!」
王子がそう吐き捨てた時です。
かさり!
背後の藪がなりました。王子ははっとして振り向きました。

そこにいたのは、小さな小さな蛇でした。

「聞かれたからには生かしておけぬ。」
「お許し下さい!誰にも言いませぬ!!」
蛇は身をすくめ、必死で命乞いしました。
「いいやお前は喋るだろう。皆から慕われる私の正体が、ギラギラと飾りたてた只の空箱だと、いつか言いたくて堪らなくなるに違いない。」
「信じて下さい王子様!私は決して!!」
今にも蛇を踏み潰しそうだった王子の表情が、ふと緩みました。
「…決して言わぬか。そう誓うか。」
「誓います!我が命にかけても!」
「…ならばこうしよう。お前を今日から、私の側に置いて監視する。万が一お前が喋ったその時は…。」
遠くの方からがやがやと、賑やかな声が聞こえてきました。
家来たちが帰って来たのです。
「…"国の宝"とも呼ばれる私の中身が、実は空虚なハリボテであることを、こんなにちっぽけなお前だけが知る、か…ふふ、なかなか面白いな。」
王子はズボンの泥を振るって立ち上がりました。

648ハリボテ完璧王子様と人畜無害なふりをした蛇 2/3:2009/02/16(月) 23:42:26
「わあ!王子様!何を手にお持ちなのです!」
「蛇君だよ。先ほど友達になったのだ。」
「王子様ともあろうものが、そのような醜いものを…」
「命に貴賤はない。そのように言ってはいけないよ。それに蛇君はこんなに美しいじゃないか。」
王子様の手に握られた蛇は、確かにとても綺麗でした。
水に濡れたターコイズの様な深い青色の鱗が、光にあたるとぴかぴか光って色を変えるのです。
明るい笑い声に包まれながら、小さな蛇は王子の手のひらで、そっと震えておりました。

その日から、王子は蛇を片時も離しませんでした。
最初は気味悪がっていた侍女達も、蛇のたいへん小さく弱々しい様子を見て、次第に慣れてゆきました。王子様は自分の食べ物を手ずから蛇に与え、蛇もまた大人しく王子様の側に控えておりました。
そうして見た目は睦まじいまま、日々は過ぎてゆきました。

ある夜のことです。
少し膨らみ始めた王子の喉仏を、蛇は眺めておりました。
蛇は大きく口を開けておりました。
むき出しになった牙を伝って、透明な液体が、今にも王子の喉に零れ落ちそうになっておりました。
「…なぜ噛まぬ。」
「!!」
「なぜためらうのだ。お前の毒なら私ごとき、一噛みであろう。」
「…っ!!」
「そもそもお前はその為に…我が元に潜り込んだのであろうに。」
「…知っておられたのですか?」
「何をだ。
 お前が猛毒を持つ毒蛇であることをか?お前があの時、一か八か覚悟を決めて、わざと私に見付かったことをか?お前が私に殺意を抱いていたことをか?」
「い…いつから御存知で…?」
「初めから、だ。」
蛇は月の光を受けて、ぴかぴか光っておりました。
「…私の母を…覚えておいでですか…?」
「覚えている。私が殺した。本当に美しい蛇だった。
 どうしても我がコレクションに加えたかったのだ。…だが殺すと、鱗は色を失ってしまった。」
王子は手を伸ばし、蛇の鱗をなでました。
「下らない理由で、馬鹿なことをした。」
蛇は身動ぎせず、王子を見据えておりました。
「…復讐に燃えたお前の瞳は、実に美しかった。決意を秘めたあの輝き!どのような宝石でも、あの美しさには敵わないだろう!」
王子はうっとりと、夢見るように言いました。
「あれこそ本物だ!真実の持つ輝きだ!」 …嘘で固めてきた私のまわりには、もはや嘘しか残っていないのだ…」

649ハリボテ完璧王子様と人畜無害なふりをした蛇 3/3:2009/02/16(月) 23:44:53
「…何を考えておいでなのです…?」
「空っぽの虚構の城に住む私を、真実の目をもつ小さな小さなお前が殺す。
 ふふ…昔話のようではないか。
 きっと美しい寓話になると思ったのだ。」
王子は大きく腕をひろげました。
しかし蛇は動きません。
「どうした!毎晩機会を伺っていたのだろう?なぜ私を殺さない!?」
「…貴方は私に殺されたいと仰る…私に殺されるのが望みだと…」
「そうだ。さあ、早くしろ。」
「…ならば貴方には生きて頂きます。」
「なんだと!?」
「貴方の望むことをして何の復讐になりましょう。貴方には一人で孤独に生きて生きて生きて、天寿を全うして頂きます。そして私は…」
蛇は言います。
一言喋るたびに、燃えるような真っ赤な舌が、ちろちろと見え隠れしていました。
「私はずっと傍らで、四六時中離れず、貴方を見張っておりましょう。」
蛇の真っ黒な瞳が、夜のなかできらきらと輝いておりました。


ある国に、王様がいました。
とても立派な名君で、たいそう民に慕われていました。
またたいへんな美男子だったのですが、不思議なことに、生涯お妃様はお作りになりませんでした。
そして王様のお側には、四六時中、片時も離れず、美しい大蛇が控えていたそうです。
王様が長い長い天寿を全うされ、天に召される時までも、ずっとずっと。

むかしむかしのお話です。

65015-349 数学者:2009/02/18(水) 00:19:02
素数は孤高の数だという。
何者にも分解されず、常に自分であり続ける、孤独で気高い数であると。

元々、学校は好きでも嫌いでもなかった。
机と椅子が規則性を持って並べられている教室や、
多くの直方体を積み上げた構造の下駄箱は興味深かったけれど、
周りの生徒が何故あんなにも楽しげなのか、僕には全然わからなかった。
喜ぶ、怒る、哀しむ、楽しむ。
誰もが簡単にやっていることが僕には困難で、
他の人の感覚や感情をうまく想像できないのだ。
そのため外からは、何を考えているかわからない人間として見られた。
クラスの45人の中で、まるで僕だけが素数のようだった。

しかし、数学の時間だけは違う。
ほとんどの生徒が授業を投げだしていても、
僕はその人の言う言葉、書き出す数式の全てを理解している。
「この3次方程式の3つの解を、それぞれα,β,γとする」
彼の指先から零れる数字は、優しく語り掛けてくる。
僕はただ一つの答えを求めて必死に式を追う。
ノートにボールペンを押し付けるようにして数を並べる。
「右辺を展開すると……七瀬、わかるかな」
「α2+β2+γ2=32、です」
「うん、正解だ」
僕達が辿りつく答えは、いつでも一致していた。
その人と僕は同じことを考え、同じ答えを見つける。
僕はそれがとても好きだ。

素数は孤高だというが、素数は自身の他に唯一つ、
1という数字でも割り切ることが出来る。
僕は学校で彼を見つけた。
たったひとりの人を見つけた。
だから僕は、もう二度と孤独を感じることはないのだ。

651イー:2009/02/18(水) 21:18:00
本スレ360です。
萌えを書きなぐったのですが、まだ萌え止まらないので小ネタ集を少々。

・マッドサイエンティスト×戦闘員
「気持ちいいですか?感覚は消していませんから、気持ち良かったらきちんと言うんですよ?」
「イー!」
「ああ、僕がそれしか言えないように改造したんでした。ふふふ…しかしこれでは少し楽しみ甲斐がないですねぇ。」
「…イ、イー…」
「おやおや、そんな涙目で…どうしたんですか?ねぇ?」

・戦闘員×戦闘員
「イー!」(危ないっ!)
ズバシュッ
「ッ!!イー!」(せ、戦闘員!)
「…イー…」(…良かった、無事で…)
「イー、イー!!」(喋るな、出血が酷くなる!!)
「…イー。」(…どうせもう助からんさ)
「イー!イー!イー!」(馬鹿言うな!なぜ俺を庇った!しっかりしろ!)
「イー…イ…」(お前と一緒に戦えて…楽しかったぜ…)
がくり
「イー!イー!!」(戦闘員!戦闘員ー!!)

※番外編
YAOI戦隊 HOMOレンジャー!!
男なら裸と裸で語り合え!恥ずかしくない、男同士だろ!? 熱血野郎 HOMOレッド!
甘いマスクと甘い声!繰り出される言葉攻めに敵はどこまで耐えられるのか!? 爽やかアイドル HOMOブルー!
マニキュア!ルージュ!アイシャドウ!オネエ言葉は使うけど〜、下はまだまだ工事前ぇ〜、みたいな? オカマヒロイン HOMOピンク!
いいのかい俺にホイホイ付いてきて?俺はカレーもノンケも構わず喰っちまうヒーローだぜ! 夜の食欲魔神 HOMOイエロー!
眼鏡は標準装備です!むっつりではなく、知的好奇心が旺盛なだけですよ? 変態紳士 HOMOブラック!

359さん良いお題をありがとうございました。
ああヤバいくらい楽しかったw
…お目汚し失礼しました。

65215-390 神隠し・本編修正版1:2009/02/22(日) 22:40:11
本スレ15-390です。
お題「神隠し」を投下後、続編を書いたので投下します。

整合性を取るために多少本編修正もしたので、本編、続編、連続投下します。
続編は、長いといわれた本編より長いです。エロ描写チョイありです。

では以下本編です。


----


文化人類学のゼミの追い出しコンパはザル組のオレと大川先輩以外が全員ヘロ
ヘロに出来上がるという壮絶な最後を迎えた。
酔ってないオレ達が会計を済ませて店を出ると、ヘロヘロ組は勝手にどっかに行
ってしまっていた。大方、二次会にカラオケにでも行ったんだろう。
「しょうがない、俺達も勝手にやるか。まだいけるなら、一杯つきあわないか?」と
誘われて先輩の部屋へ行った。
女の出入りが激しいと聞いていた先輩の部屋は、意外なくらいに女の気配を感じ
させない。そりゃそうか。女の気配を感じる部屋じゃ、別の女を連れ込めないもん
な、と納得しているオレに、先輩はグラスを差し出した。
「実家の近くの酒なんだ」と聞いた事の無い銘柄の日本酒を注いでくれる。
「実家って、どこなんですか?」
「S県の山奥のほうの小さな村」
「遠いんですね。帰省、大変でしょう?」
「大学に入ってから、一度も帰ってないんだ」
「何かと忙しいし、金かかりますもんね」
「それもあるけど...怖くてな...」
「怖い?」
聞き返したオレに、先輩は「長くなるぞ」と前置きをして話しはじめた。

「俺の生まれ育った村には小さな神社があるんだよ。
神社の裏の林は禁足地になってて、そこには神様の住む奥社があるんだ。
年に一度の祭りの前夜に、村の年男の中からくじ引きで選ばれた神男が事前に
精進潔斎をして、神様を饗応して神社...中社へお迎えするために奥社で一晩の『お
こもり』をする風習があってさ。
俺、十二歳の時に神男に選ばれたんだよ」



「いいか?何があっても、その面は外してはいかんぞ」
白いひげの生えた爺さんのようなシワクチャ顔の面をつけてくれながら神主様は
そう言った。
面の目のところは大きな穴が開いていて、視界はまあまあ確保されていた。口の
辺りは切り取られていて、鼻の下から横へ長くのびたヒゲを掻き分ければ物も食
べられるしペットボトルの水も飲めた。
「ゲームボーイ、もってってもいい?」と聞くと、意外にも神主様は笑って頷いた。
「ああ、いいぞ。本を読んでもゲームをしてもいい。お供え物も飲み食いしていい。
ああ、お前は未成年だからお酒は駄目だがな。誰かが来たら、一緒に遊んでも良
い。テレビは無いけれど、音がなくて寂しいならうちのラジカセを持っていってもい
いぞ」
「おこもりって、そんなのでいいの?」
「ああ。だけど、朝になって中社に降りてくるまで絶対にその面は外してはいかん
ぞ」
「はあい」

結局俺は、精進潔斎の部屋においてあった古いラジカセと、ゲームボーイを持ち
込んだ。
明かりは社務所から引っ張ったドラム式延長コードから電源を取ったライトがひと
つ。暖房はホットカーペット。
社の中には祭壇が作られていて、沢山のお供え物があって、下座に畳んだ布団
があった。
「朝になって明るくなったら、面をつけたまま中社に降りて来るんだぞ」と言い残し
て神主様が帰った後、とりあえずお供え物をチェックする。焼いた干物や煮物や
漬物や押し寿司が色々と並べられている中に、俺の好物の母さんの作ったから
揚げとサンドイッチもあった。俺のために用意してくれたんだろう。
精進潔斎の時には三日も味気の無い精進料理を食べさせられたのに、神様のい
る社では肉を食べて良いって変だなとは思ったけれど、喜んで食べることにした。
冷めたから揚げは運動会の弁当のから揚げと同じ味で、俺は面のヒゲが邪魔だ
なと思いながらも美味しく食べていた。

65315-390 神隠し・本編修正版2:2009/02/22(日) 22:42:31
「美味しそうだね」
声を掛けられて振り向くと、神主様のような白い着物に袴のお兄さんが立っていた

「お兄さん、誰?」
「神社で神主様のお手伝いをしているんだよ。僕は時々君を見かけてたけど、君
は僕に気づかなかった?」
神主様の他にそういう人達がいるのには気づいていたけど、この人の顔は覚えて
いなかった。
「君くらいの小さな子一人だと寂しいだろうから、やっぱり、大人が一人一緒にいる
ことにしたんだよ。僕もそれを食べていいかな?」
「うん、いいよ」

それから、俺たちは一緒に色々な話をしながらお供えを食べた。
「お酒も飲んじゃおうかな...内緒にしててくれる?」
俺が頷くと、お兄さんは嬉しそうに笑って、お供えの中の瓶子と白い杯を持ってきて、
お酒を飲み始めた。
お兄さんはお酒を飲みながら、俺はお供えの中にあったポテトチップスを食べな
がら、学校の話をして、家族の話をして、好きなゲームの話をした。
お兄さんは俺の話をニコニコと聞いて、時々質問をして、感心をして、褒めてくれ
た。
それから、一台しかないゲームボーイで交代で落ちゲーをした。
お兄さんは初めてだと言ったくせにすごく上手くて、俺のハイスコアを越えた記録
を出した。むきになった俺は、「もう一回!もう一回やったら交代ね!」と交代でや
るはずのところを連続でプレイし始めた。
夢中でやっていると、面で作られる死角がうっとおしくなってきてしまった。
「もう!このお面があるから上手くいかないんだよ!」
「外しちゃうかい?」
「...内緒にしててくれる?」
「君が僕がお酒を飲んだことを内緒にしてくれるなら、僕も君が面を外したことを内
緒にするよ」
お兄さんの優しい笑顔に安心して、俺は面を外したんだ。

「ああ、君はそんな可愛い顔をしていたんだね」
お兄さんの声に、俺はどきりとした。
さっき、お兄さんは俺を時々見かけていたと言っていたじゃないか?俺の顔は知
っていたはずじゃないのか?
するりとお兄さんの両手が、面をはずした俺の頬を包んだ。滑らかな指はひんや
りと冷たく、お兄さんの白い整った顔が目の前に近づいてきた。
吸い込まれそうな黒い瞳が俺を見つめて、いっぱいお酒を飲んでいたのに全然酒
臭く無い吐息がかかるほどの距離で、お兄さんは言った。
「己を守る面を外した儺追人は連れて行っても良い約束だけれど、君はまだ幼い
から、僕はしばらく待つことにするよ。全てを捨ててもいいほどに僕が恋しくなった
ら、またここにおいで。これは約束の印だよ」
破裂しそうなくらいの心臓のドキドキと、唇を重ねられた時の柔らかい感触と甘い
香り、初めて感じる駆け抜けるような快感が最後の記憶。
気がついたら朝になっていて、俺はホットカーペットの上に敷かれた布団の中で寝
ていた。面は枕元に置かれていて、食べ散らかしていたはずのお供えの器は綺
麗に祭壇の横にかたづけられていた。
俺は面をつけなおして、神主様に言われていた通り、一人で社を出て朝の光の中、
石の階段を下りて中社に戻った。
中社では夜通し酒を飲んで待っていた氏子達が「神男が神様を連れてきてくださ
ったぞ」と大歓迎で迎えてくれて、自分の手で神様の宿った面を外して神主様にそ
れを渡して神男の仕事は終わり。お父さんもお母さんも、無事に神事を勤め上げ
たと喜んでくれた。その後の村総出の祭りで俺はお兄さんを探したけれど見つけ
られなかった。
俺は、言えなかった。お兄さんに会ったことも、面を外してしまったことも、その後
のことも。

翌年の神男は隣の家の還暦のおじさんだった。
祭りの後でおこもりのときの様子を聞いたら、一人になって酒を飲み初めて、気が
ついたら面をつけたまま布団の中で寝てたんだそうだ。

65415-390 神隠し・本編修正版3 end:2009/02/22(日) 22:43:14
「俺は、怖かった。実家は僻地だから高校の時から寮住まいだったけど、できるだ
け実家には帰らなかった。大学もできるだけ遠くを選んだ。色んな女を抱いた。で
も、忘れられなかった、お兄さんのことが」
「先輩、先輩、タイム!」
オレは片手を上げて先輩を制した。
「話の腰を折ってすみません。文化人類学ネタはいいですけど、なんでホモネタが
組み合わされるんですか?どうせなら綺麗な女神様で行きましょうよ」
「......うん.......そうだな」
先輩はちょっと笑った。
「じゃ、女神様ということで続きをどうぞ」
「続きは...四月になってからだな。春休みに帰省するから、久しぶりに禁足地へ行
ってネタを仕込んでくるよ」
「楽しみに待ってますよ」
オレは地酒の入ったグラスを掲げて言った。


四月、先輩は大学に帰ってこなかった。
実家に帰省した翌日から行方不明になっているのだそうだ。
先輩の両親が大学に来て、息子の行方不明の理由に心当たりが無いか、ゼミ生
に聞いて回っていた。
オレは、言えなかった。あの夜、先輩が話したことを。
ただ思い出した。お兄さんのことを話す先輩の、とても柔らかい優しい表情を。

65515-390 神隠し・続編:2009/02/22(日) 22:44:40
飛行機で空港に着き、取ってあったビジネスホテルで一泊、そこから電車で乗り換
え駅まで行って、汽車で最寄り駅まで行って、駅から日に六本出ているバスに乗っ
て小一時間、昼過ぎにやっと俺は自分の生まれ育った村の入り口に着いた。
最小限の着替えの入った荷物を肩に、山の斜面に張り付くように作られた道路を
歩いていくと、後ろから自動車の近づく気配がした。
念のためにガードレールに身を寄せながら歩いていると、白い軽トラが俺を追い
抜いて、少し先で止まった。
「もしかして、本家の巧か?」
軽トラの運転席から降りてきたのは、分家の賢兄だった。俺より五つ年上で、小さ
な頃は良く遊んでもらった。一応血縁らしいのだが、はとこなんだかはとこの子な
んだか良くわからない。田舎の親戚関係なんてアバウトなもんだ。
「バスで来たのか? おじさん達、駅まで迎えに来てくれなかったのか?」
「S駅から電話しろとは言われてたんだけど、忙しいだろうから...」
「おばさん達なら、迎えに行く手間がかかっても、早く会えるほうが喜ぶって。去年
の祭りでも『全然帰ってこない』って愚痴ってたから。乗ってけよ。三十分歩くより
は早く着くって」
荷台に荷物を放り込み、賢兄の軽トラのスプリングの薄いシートに座る。
「祭り、今もやってるんだな」
「当然だって。オレ、去年の神男だったんだぜ」
どきりとした。
「やっぱり、面をつけておこもりしたんだ?」
「おう!でも、ありゃ、なんか変な夜だったなあ」
「変って?」
「オレ、酒には強いんだって。お供え食べ放題飲み放題って聞いたから、一晩飲
み明かすつもりでおこもりはじめたんだけど、気がついたら布団で寝てたんだって。
飲み始めの三十分くらいしか記憶がないんだって。酒飲んで記憶をなくしたこと
なんか、一度もないのにだぞ? お供えを飲み食いした跡は残ってたんだけど、
オレが記憶をなくすほど飲んだとは思えない量しか酒は減ってなかったんだって。
しかも、後片付けしてあったんだって。家じゃ茶碗下げたこともないオレが、いくら
神様のいる奥社って言っても、後片付けなんて思いつくか?
よくよく思い出しても、なんか変な感じなんだって。凄く気持ち良い夢を見たような
気もするんだって。でも覚えてないんだって。変だろ?」
「面を...外さないように寝るの、大変じゃなかった?」
「気がついたら、面をつけたまま寝てたからなあ。そういや、巧も十二の時に神男
やったんだったな」
「うん。俺も、すぐ寝ちゃったけどね」
俺はそう嘘をついた。

道の両側にポツンポツンと家があるバス道からコンクリート舗装の旧村道に入っ
て川沿いをしばらく行くと、山間にぽかんと開けた空間が広がる。村の一番奥、川
の一番上流にある村の中でも一番古い大川という集落で、ここの住人は殆どが大
川姓だ。俺の家も神社もここにある。
狭い土地に田んぼと畑を作って、冬の間は獣を獲って自給自足で細々と暮してい
た小さな集落。元は平家の落人の隠れ里で、だからこんなに不便なところにある
のだと聞いた。
段々と村人が増えて谷沿いに田を作りながら少しずつ集落を拡大していった。分
家の賢兄の家もバス道沿いだ。
平成の大合併でこの村もS市の一部になったが、とてもS県S市から始まる住所と
は思えない僻地なのだ。
狭い農地と少ない人口、後は江戸時代あたりから始めたらしいこうぞを使った和
紙作りくらいしか無かったこの村がやっていけたのは、「凶作知らず」だからなの
だと親は教えてくれた。
「この村は神様が守ってくれているの。だから、しっかり神男を務めるのよ」と、
十二歳の時に村育ちの母親に言い聞かせられたのを思い出す。

家の前まで軽トラが寄ると、縁側で干ししいたけを広げていた母さんが顔を上げた。
「おばちゃん、巧、連れてきたよー!」
トラックの窓から賢兄が言う。
「あら、賢ちゃん、ありがとー!巧っ!あんたは電話しろって言ったのに!親の言
うこと聞かないから、賢ちゃんに迷惑かけちゃったじゃないのっ!あ。賢ちゃん、
ちょっと待ってね。丁度、しいたけがいい具合になったから、持って行ってね」
母さんは賢兄にはにっこり笑って、トラックを降りた俺をキッと睨みつけて、それか
らまた賢兄に優しい笑顔を向けて言ってから、バタバタとタタキへと入っていった。
「あいかわらず、うるせーわ、あわただしいわ...」
「母親なんてそんなもんさ」
俺の言葉に、賢兄が笑う。
「本当にわざわざありがとうね、賢ちゃん。これ、皆さんでどうぞって、お母さんに
渡してね。お父さんにもご隠居さんにもよろしくね」
「はい、ありがとうございます。じゃあ、巧、またな」
「送ってくれてありがとう」
俺は賢兄に手を振った。

65615-390 神隠し・続編2:2009/02/22(日) 22:46:07
「久しぶりだから、その辺、歩いてくるわ」
とりあえず荷物を縁側に置き、俺は母さんに言った。
「お昼ごはんは食べたの?」
「バスの中でパン食った」
「夕飯はあんたの好きなから揚げだからね」
「楽しみだな。じゃ、行ってくる」
実家から歩いて五分も行くと神社に着く。
石の鳥居の手前、参道の階段で小学校低学年くらいの子供二人がじゃんけん遊
びをしていた。
「ちーよーこーれーいーとっ!じゃんけんポン!」
「勝った!ぱーいーなーつーぷーるっ!」
そういえば、俺も子供の頃は境内とかでよく遊んだっけ。
思えば、あの夜より前には禁足地にも入り込んだことが何回かあった。うっかりそ
のことを親に話してこっぴどく叱られたこともあったけれど、別に、何があったわけ

でもなかったはずだ。
鳥居を抜けて、手水を使って、形ばかりのお参りをする。
神主様も村に畑を持つ農家なので、普段の日中は神社にはいない。
子供達が階段の下のほうへ行くと、人目がなくなった。
俺は意を決して、神社の裏手へと足を踏み出した。


注連縄の張られた小さな鳥居が禁足地の境だ。
俺は鳥居をくぐって自然の石を適当に組んだだけに見える曲がりくねった石の階
段を上り始めた。奥社までそんなに距離は無いはずなのに、なんだか妙に遠い。
弾む息と次第に早くなる鼓動にせかされるように、俺は足を速めた。
曲がり角を抜けて林の向こうに奥社が見えた。俺は駆け出していた。
靴を脱ぐのももどかしく奥社の木の階段を上がり、木の扉に手を掛けた。奥社の
木の扉には大きな黒い和錠がかかっていたはずなのに、扉は勢い良く開いた。

「大きくなったね」
祭りの時とは違う、お供え物の無いすっきりした祭壇の前に、お兄さんが立ってい
た。
あの時と同じ、白い着物と白い袴と白い足袋、あの時と同じ、優しげな笑顔。
俺は駆け寄ってお兄さんを抱きしめた。まだ落ち着かない呼吸もかまわず、唇を
むさぼる。冷たくて柔らかい唇を割り、舌を押し込み、跳ねる舌を甘い香りの
吐息と共にからめとる。
思うまま唇を奪っておきながら、それでもまだもどかしくて、俺は唇を離し、抱き潰
さんばかりの力でお兄さんの体を抱きしめた。
背中に回されたお兄さんの手が、そっと抱きしめ返してくれるのがわかった。そし
て片方の手が、やさしく俺の髪を撫でてくれた。
その手が俺の頬に触れる。
あの時と同じ、ひんやりと滑らかな手が俺の頬を包む。その手に導かれてお兄さ
んに顔を向けると、あの時と同じ、吸い込まれそうな黒い瞳が俺を捕らえた。
「好きにしていいんだよ」
お兄さんはそう言って笑った。あの時とは違う、ただ優しいだけではない妖しい笑
みで。
後は無我夢中だった。
押し倒し、着物を剥ぎ取り、無駄な肉の無い、でも十分な筋肉のついた細い体を
組み敷き、反りかえる腰を押さえつけ、まるで尽きる気配のない自らの欲望を叩
きつけた。

65715-390 神隠し・続編3:2009/02/22(日) 22:47:25
「こんなにも、君は僕の事を思い返してくれてたんだね」
気がついたら、お兄さんが横になった俺の顔を覗き込んでいた。俺は眠ってしまっ
ていたのかもしれない。
「お兄さんの名前、なんていうの?」
「内緒だよ、巧君」
「ずるい!教えてよ!」
「ダメ」
「じゃあ、別の質問。お兄さんの言う儺追人って、どういうもの?」
現在、一部の神事にその名の残る儺追人は、他の人の厄を引き受ける者だ。こ
の村の神事の神男とは役割が違う。
「儺追人は、僕を楽しませるためのいけにえだよ」
お兄さんは笑った。
「元々は毎年村人全員でくじ引きしていたんだけどね。昔、若い女の儺追人が面
を外して僕のものになってしまって以来、年男だけになったようだよ。子供を産む
村の女がいなくなってしまったら困るからね」
「あの面はなんなの?」
「僕の世界と君の世界を隔てるもの。儺追人を現世につなぎとめる命綱。現世の
神主の言葉を守り続けること、現世を忘れないことが、儺追人を守るんだよ。
もっとも僕も、本当に気に入った相手以外には面を取って欲しくないけどね」
「面を取った女の人はどうなったの?」
「僕と一緒に暮らして、子供を一人産んで、寿命で死んだよ。僕の世界でだけどね」
「子供は?」
「人から生まれた子供は人だからね。生まれてすぐに神主の家に。大川の集落に
上子(かみこ)姓が何件かあるだろう? あれが彼女の子孫。今の神主も子孫だ
ね」
「何でそんなことまで知ってるの?」
「仮にも神様だもの。僕は、年に一度の祭りの夜、僕の世界と君の世界が一番濃
く重なるこの場所で、儺追人と好きに遊ばせてもらう。代わりに、この地に豊穣を
もたらす。もしも儺追人が自分を守る面を外したら、僕は儺追人を僕の世界に連
れて行っていい。それがこの地に人が暮らすようになった時からの約束なんだよ」
「もうひとつ、質問」
俺は、体を入れ替え、お兄さんの顔を上から覗き込みながら、軽トラの中で賢兄
の話を聞いた時に思ったことを口にした。
「去年の年男とも、こういうことをしたの?」
「うん。彼とは話しても面白くなかったからね」
さらりと、お兄さんは言った。
喉の奥に、カッと熱い塊が生まれた気がした。その塊を飲み下すようにしながら、
唇を重ねる。
長い口付けの後、顔を離した俺の目を下から覗き込みながら、お兄さんは言った。
「苛立ってる?嫉妬しているんだね。とても可愛いよ」
ああ、お兄さんは人間じゃないんだ。唐突に、奇妙な絶望感と共に、そう感じた。
俺の知っている人間とは違う、別のものなのだ。
そんな俺の心さえ見透かすように、お兄さんは笑いながら俺の股間に手を伸ばし
た。
「苛立ってる。嫉妬してる。絶望してる。それでも猛ってる。本当に、人は面白いよ
ね」
耐え切れなくなって、俺はまたお兄さんを抱きしめた。
荒々しく貫く俺を軽々と飲み込み、白い肌をわずかに上気させる。その全てが俺
を翻弄するための幻かもしれないと思いながら、何もかもごちゃ混ぜになっ
た自分自身を叩きつけるように、俺はお兄さんの体を抱いた。


自分が果ててもまだお兄さんの体を抱きしめ続ける俺の髪を撫でながら、お兄さ
んは言った。
「君はやっぱり人だから、君のいるべき場所にお帰り。もう、ここに足を踏み入れ
てはいけないよ。あの夜、面を外した君は、僕の世界に凄く近い存在なんだ。僕
が君を返してやれるのは、きっとこれが最後。今度ここに来たら、もう、君は帰れ
なくなってしまうからね。二度とここに来てはいけないよ」
とてもとても優しい声。
「さあ、お帰り」

「お兄ちゃん、そこは入っちゃダメなんだよ!」
突然、子供の声が聞こえて、俺ははっとした。
俺は禁足地の鳥居の手前に立っていた。奥社で脱いだはずの服も靴も、家を出
た時のままだった。
時計を見ると家を出てから四十分程しか経っていなかった。
「入っちゃダメなんだってば!お兄ちゃん、聞いてる?!」
「ああ、教えてくれてありがとう」
俺は鳥居に背を向けて実家へと帰った。

65815-390 神隠し・続編4:2009/02/22(日) 22:48:52
夕飯は母さんが言った通りにから揚げもあったが、それ以外のおかずもいっぱい
あった。どれも俺の好きなものだった。
村役場に勤めていた父さんは、市町村合併で市の職員になったんだそうだが、や
っている仕事も給料も大差ないそうだ。
「まあ、飲め」と、ニコニコしながら俺のグラスに地酒を注いでくれる。
考えてみたら、十八で大学に行ってから初めての帰省、成人してから初めて父さ
んと一緒に飲む機会に恵まれたということだ。
「息子と飲むのは正明の夢だったもんねえ」と、ばあちゃんが笑う。
「あ〜。父さんの前じゃ、確かに飲んでなかったか」と、俺が言う。
「高校の頃から、家に帰ってくると夜に冷蔵庫のビールをくすねてたのは、みんな
気がついてたわよ」と、母さんが言う。
「気がつかれないと思ってるのが巧の底の浅さだよねえ」と、ばあちゃんが笑う。
「まあ、堂々と酒を飲める歳になったのは良い事だ。飲め」と、父さんは一升瓶を
持上げた。

飲んで食べて、また飲んで、やがて父さんはコタツで横になっていびきをかき始め
た。
「父さんもお酒に弱くなってきてねえ。昔はザルだったのに、歳のせいかしらね」
毛布を掛けながら母さんは言って、男達が飲み散らかしたコタツの上を片付け始
めた。
一度立ち上がったばあちゃんがもどってくると、立てた人差し指を唇に当てて、そ
っと俺の手にティッシュに包んだ紙幣を握らせてくれた。
「少しだけど、お小遣いにしなさい」
「ありがとう」
小声で返事をするとちょっと笑って、「お風呂先にいただこうかね」と大きな声で言
いながら行ってしまった。
入れ替わりに台拭きを持ってきた母さんは、コタツを拭きながら「無駄に使わない
のよ」と釘を刺した。ティッシュの中には3万円があった。
「うん、わかってる」
「あんた、好きな子できた?」
「ん...うん」
「告白した?」
「あ...あ〜〜、まだしてないな」
「なによそれ」
「色々あるんだよ。...そうだ、母さん」
「何?」
「大学行かせてくれてありがとう」
「やあねえ、急に」
母さんは笑いながら逃げるように台所へ行った。どうやら照れたらしい。
その背中に、俺は口の中で小さく「ごめん」とつぶやいた。

65915-390 神隠し・続編5 end:2009/02/22(日) 22:49:45
朝の光の中、俺は禁足地の鳥居の前に立った。
「お兄ちゃん、そこは入っちゃダメだって昨日も言ったじゃん!」
何時の間にそこに来たのか、昨日の子供が俺の隣にいた。俺を見上げながら口
を尖らせる。
「うん。知ってるよ。だから、君は入っちゃダメだぞ」
「入ったらもうおうちに帰れなくなるんだよ。神隠しって言うんだよ」
「難しい言葉、知ってるんだな」
「お母さんもお父さんも、きっと泣いちゃうよ?」
「うん。わかってるよ。俺、酷い息子だよな。でも、決めたんだ」
俺は鳥居の中に足を踏み入れた。
「もう帰れなくなるって言ったのに」
背後から聞こえたお兄さんの声に振り向くと、そこにいたはずの子供の代わりに
お兄さんが立っていた。
「わかってるよ。でも、俺は来たんだ」
俺は、お兄さんをまっすぐ見つめて言った。
「お兄さんが好きだ。お兄さんの側にいたいんだ」
お兄さんは鳥居をくぐって俺の側に来た。
「まだ、迷いがある。少し後悔している。不安が大きい。でも、喜びも大きい。本当
に、人は面白いよね」
そっと俺を抱きしめる。
「本当に...本当に、人は愛しいよね、巧君」
「名前、教えてよ。名前を教えると俺を返せなくなるから内緒にしてくれてたんだよ
ね? もう帰らないんだから、教えてよ。俺も、お兄さんの名前を呼びたい」
抱きしめ返した俺の耳に、お兄さんはそっと内緒の名前を囁いてくれた。




最初に書きます。これは遺書ではありません。

お父さん、お母さん、ごめんなさい。
俺は行きます。

お父さん、お母さんには、これ以上ないほどに愛してもらいました。
俺はこの家の息子でよかった。心の底からそう思っています。
こんなに愛してもらったけれど、俺は行くことに決めました。
好きな人ができました。その人の側で一生を終えるために、俺はもう戻れない場
所に行きます。
ここまで育ててもらったのに、学費出してもらったのに、こんな選択をしてしまって
すみません。
大学中退の手続きと、アパートの引き上げをよろしくお願いします。

繰り返します。これは遺書ではありません。
俺は自殺をするわけではありません。
戻れないけれど、多分手紙も電話も使えないけど、きっと俺は元気でやって行き
ます。
だから、心配しないでください。
全ては俺の我侭です。許してくださいとは言えません。ただただ、謝るしかありま
せん。ごめんなさい。
どんなに遠くにいても、俺はお父さんとお母さんが元気でいることを願っています。

お父さん、お母さんも、どうかお体に気をつけてください。
ばあちゃんも、長生きしてください。

大川巧

追申
十二歳のおこもりの時に、神様に言われたことを思い出しました。
お母さんのから揚げがとても美味しかったので、またお供えにして欲しいと言って
いました。
今年から、できたら毎年お供えに加えてやってください。

660萌える腐女子さん:2009/02/23(月) 00:34:05
ここの感想ってこっちでいいのかな…
>659
うおおおおおお、なんだこの萌えは!!もうつるっつるのぴっかぴかだよ!

66115-449 大好きだからさようなら:2009/02/25(水) 23:54:47
何か変だなと思ったのは3ヶ月前。
携帯電話を盗み見たりなんかしなかったけれど、
自分のいるところで話をしない通話が多くなった。
たまたま鳴りっぱなしの携帯に出た時は、相手の人が無言で切った。
残業だと言っていたけれど、職場の人から緊急の電話が家にかかってきた。
服の趣味が変わった。
知らないシャンプーの匂いがした。
俺の吸わないタバコの匂いもした。

でも、一緒に暮らして長いから、仕方ないかと思ってた。
病気だけは気をつけて欲しいと思っていたけど。
俺は今でももてるから。他のやつより魅力的だと自信があったから。

「鍵を返して欲しいんだ」

それなのに、なんでそんな言葉が俺につきつけられるんだろう。

この間、そいつと一緒のお前を見た。
俺と一緒の時には見せなかった顔をしていた。
俺とつきあい始めた時にも見せていなかった顔だったかもしれない。
安心と愛情が混じった、たぶんあれが『幸せそうな顔』って言うんだろう。

離れたくない。
今でも好きだ。
でも、お前が大好きだから。
だから言ってあげる。

「さようなら」

66215-449 大好きだからさようなら:2009/02/26(木) 00:39:40
この日を、笑顔で送ろうと思っていた。
お前と俺がさよならをする日。
お前が心配しないように、俺頑張ったんだぜ?
苦手だった料理もするようになったし、嫌いだった掃除機もかけるようになった。
洗い物もちゃんとやってるよ。
じゃんけんで代わりにやってくれる人、もういないもんな。
あ、あと就活も頑張ったんだぜ。
希望してたとこ、なんとか潜り込んだぞ。
これからやってけるか不安だけど、やれるだけやってみるよ。
人付き合いも面倒くさいけどお前見習って友達もつくってみる。
この部屋とも今日でさよならだ。
お前とたくさん話して、泣いて怒って笑った部屋。
笑顔でお別れしたいのに。
写真に写るお前を見ると、今でも会いたくてたまらなくなる。
なんでお前がいないんだろう。
俺の隣にはお前の場所しかないのに。
一年間、俺はがむしゃらに頑張ったよ。
お前とさよならするために。
今までありがとう。
最後に一度だけ泣いてもいいだろうか。
本当に大好きなんだ。
でも大好きだから、俺は前に進まなきゃ。
いつか会った日に、情けない姿なんか見せられないだろ?
俺、頑張るから。
後ろから見ててくれ。
お前より先へ進む俺を見守っててほしい。
お前の一周忌、俺はお前とさよならをするよ。

66315-479 仲間はずれ:2009/02/27(金) 21:50:58
僕はSFCを持っていない。だから休み時間も会話に入れなかった。話題の中心はこのあいだ出たゲームの話ばかりで、すっかり時代遅れになってしまったFCの話なんて全然出ない。
前はこうじゃなかったのに。ソフトを貸し借りしたり、一緒に対戦したり楽しかったのに。いつの間にか、みんなSFC世代になっていた。お父さんが生きていればなぁ。そうしたらSFCだって買ってもらえたし、仲間外れになんかされなかったのに。ねだり続けてようやくFCを買って貰った僕には、SFCはとても手の届かないものだった。
「お、どうした斉藤」
「あ……先生」
昼休みなのに遊びに行かずに教室でボーッとしていた僕に
、先生が声をかけてくれた。僕の担任の山口先生は、お父さんと大の仲良しだったんだって。お父さんのお葬式でわんわん泣いている男の人がいたのを、僕はうっすら覚えていた。そのせいか先生は僕を気遣って声をかけてくれるんだ。お父さんが生きていればこんな感じだったのかなって思うと、僕は山口先生が大好きだった。
「あのね、僕だけSFC持ってないの。だから仲間に入れなくて、僕……。お母さんSFC買ってくれないんだよ」
「うーん、お前のお母さんも大変なんだよ。お前のために夜遅くまで働いてるんだろ?」
「それは、わかってるけど」
でも、欲しいんだ。仲間外れはいやだよ。
「ねぇ先生、お父さんが生きていれば、お父さんは僕にSFCを買ってくれたかなぁ?」
「うーんどうだろうな。……そうだな、テストで満点をとったら、もしかしたら買ってくれたかもしれないな」
テストで満点かぁ。いつも70点台の僕にはちょっと難しいだろうなぁ。それに本当に100点が取れてもお父さんがいないなら意味がないよ。
「ハハ、そう口をとがらすなよ。……斉藤、ちょっと耳を貸せ」
そういって先生は腰を屈めた。内緒話をするように手を丸めて口に当てている。一体なんだろう?僕は先生に一歩近づいた。
「実はな、先生はお前のお父さんと約束しているんだ。お前が本当に望むことを一つだけ叶えてやって欲しいって。一つでいいから、どんなことでも叶えてやってくれってな」
こそばゆさを耳に感じながら僕はとても嬉しくなった。お父さんが僕を気遣ってくれていたこと、先生が僕の願いを叶えてくれること。なんだか先生がサンタさんに見えてきた。
「先生ぇ耳かして」
ちょっと背伸びして、さっきの先生と同じように手を丸めて口に当てた。
「じゃあ僕がSFCが欲しいって言ったら先生は買ってくれる?」
「お前がテストで100点をとったらな」
やった! 夢みたいだ! 僕もSFCが出来るんだ! またみんなと一緒に遊べるんだ!
飛び上がって喜ぶ僕に先生は呆れながら、テストで100点とれたらだぞ? と言ったけど、SFCが手に入った想像で頭がいっぱいだった僕の耳には入らなかった。
「だがな、斉藤」
そう告げた先生の声はなんだかいつもと違う感じがした。先生の両手が僕の肩に掛けられる。怖いくらい真剣な顔をしていた。前に、みんなで飼っていた金魚が死んでしまったときに話してくれた、命の大事さの授業と同じくらい。
なんだかいつもの優しい先生じゃないみたいで、緊張してしまう。
「お前のお父さんとの約束で、願いを叶えてやるのは一つだけなんだ。もしSFCを買ってやったら、ほかにどんなお願いがあっても先生は叶えてやれないんだぞ。本当の一生のお願いなんだ」
僕はよくお母さんに一生のお願いって何度も言うけど、そうじゃなくて本当に最初で最後なんだ。……どうしよう。
「もしSFCを買って貰ったら、ほかには買ってくれないってこと?」
「ああ」
「……でも僕は、SFCが欲しいんだ……」
「わかった。……まぁそのためにはテストで100点を
とらないとな! 98点でもダメだぞ?」
ニカって笑う先生はいつも通りで、僕はほっとする。そして先生に向かって勢いよく手を挙げて、ハイっと返事をした。

*** *** ***

あの時、どうしてあんなくだらないことに親父の遺言を使ってしまったんだろう。先生は「どんなこと」でも一度は叶えてくれると言っていたのに。
俺の恋人になってよと泣いてすがって見せても、先生は「一生のお願いはもう使ってしまっただろ?」と苦笑するだけだった。
先生の心は親父がずっと支配していたのだ。どうしてガキの頃のあの状況を、仲間外れだなんて思えたのだろう。仲間にいれてと勇気を出して一言告げれば良かっただけなのに。
本当の仲間外れは、こういう状況こそ言うんだろう。先生の心に俺が立ち入る隙などどこにもなかった。

66415-509お互いに妻子ありの幼なじみ:2009/03/01(日) 22:54:34
「久方ぶりに時丸をみたが、ありゃあ本にお前さんの生き写しじゃなあ、なあ」
「阿呆、もうあやつはとうに時丸ではないわ」
もうろくじじいが、領主の名も忘れたのかと、同じく白髪のまじる年寄りが何やら皮肉を言っているが、もうろくと一緒に耳も遠くなったわと茶化してやれば、あの頃と変わらぬ血気盛んな剣幕で拳を振りあげてくる。
若い時分は、顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた。元服して髷を結い、戦陣を駈けるようになっても、共に妻を娶り、子を持つようになっても、二人の関係は変わらず年ばかりを重ねたように思う。
齢17にして家督を継いだ男の、頭主としての双肩にのし掛かったその重圧や、己なぞが測り得るものではなかった。
だか、こやつを取り巻く周りが、目まぐるしく渦巻いては黒々と追いつめるようにこの男をせき立てていたことだけは、20に足りぬ若造にも嫌と言うほど感じることができた。
ならばワシにできることは何か。変わらずに、変わってゆくこやつを、変わることを強いられる我が主を、己の前だけでは変わらず、言いたいことを言い、童のままでいさせることはできまいか―――――
そんな風に考え、その後考える間もないくらい激動の時代を共に生き抜いて、結局幼い思いつきを改める暇もなく今日に至っている。
「まったく貴様はジジイになってもちいとも変わらんな!」
「いやいや、こうしてお前さんをあやせるくらいの余裕は出来たからのう」
「何を言うか、昔からワシを一方的に振り回していたのはどこのどいつじゃ!」
「はっは、そう怒るな怒るな。綺麗な顔が台無しじゃあて」
「………!」
なにをふざけたことを…と、小さくなる言と紅の指す顔は、生娘のように可愛らしい。さすがに惚れた弱みと言いながらも、ぼけたものだと内心己に呆れたが、それでもやはり美しいものは美しいのだから仕方がなかろうと一人納得する。
「こんな皺の寄った顔のどこが綺麗じゃ、阿呆たれ…」
「んにゃ、お前さんは綺麗じゃあ。いくつになっても、この目に映る姿はあの頃のままじゃて」
にこりと笑ってやれば、ふざけるなと拳固が一つ。しかしまったく威力のないそれは、拳までが真っ赤に染まっている。
肩の荷が幾ばくか降りた今、余生を過ごすこの城はあまりにも寂しかろう。目の前の美しい主の幸福を切に願いながら、赤い御手を見つめながらこそりと一人笑みを深めた。

66515-509お互いに妻子ありの幼なじみ:2009/03/01(日) 23:53:26
「美咲さん今何ヶ月だっけ?」
「えーっと……8、かな。来週実家帰るって。あ、智子さん何度も飯お裾分けしてもらってありがとな。美咲より旨いから助かるよ」
たまたま帰りが一緒になって、駅から家までの10分を共に歩く。俺が住んでいたマンションにこいつが越してきて以来、よくある光景だった。
「あいつなんかの飯でよければ何度でも。そうか、もう8ヶ月か。じゃあウチんとこの圭介と一緒に学校通えるのか」
「だな。男の子らしいから、俺たちみたいに仲良くやっていけたらいいな」
「まったくだ」
そういってあいつは笑った。俺たちみたいに仲良くか。自分にしちゃ皮肉が効いているな、と内心自嘲した。こいつも笑って流せるくらいになったんだな。
俺とこいつは物心が付く前からのつき合いで、気づけば側にこいつがいた。喧嘩もしたし、親に言えないような悩みをいくつも相談しあった仲だ。
唯一無二の親友だと胸を張って言えるし、俺が妻を最初に紹介した友人もこいつだった。逆もまたしかり。こいつに子供が出来た時も素直に祝うことが出来た。
思春期の気の迷いで結んだ肉体関係。高校から大学にかけて、こいつとは何度も体を交えた。
きっと何年何十年と年を重ねてもこいつとずっと一緒にいると思ったし、こいつ一人を愛し続けるものだと思っていた。
だが、時の流れというのは残酷なもので。いや、これ以上は思い返しても仕方ないことだ。
結局俺とこいつの関係は世間でいう幼なじみに落ち着いたのだ。それ以上でも以下でもない。俺たちの妻も、俺たちの過去に疑問を持ったこともなかった。
「美咲さん実家帰ったら家に来いよ。一人じゃ帰ったとしても寂しいだろ」
「バカ言え。もう俺も一児の父だぞ?寂しいもクソもあるか」
「子供を持っても一人寝は寂しいもんだ。それになんでだか圭介はお前が来ると機嫌が良くなるんだよ。パパとしては心中複雑だ」
「俺のこともパパだと思ってるんだろ。少しは俺の種も混ざってそうだしな」
「あの頃は散々中に出してくれたしな。そういえばしょっちゅう腹をこわして大変な目にあった」
ちょっときわどい冗談を口にしても、もう沈黙が生まれることもなくなった。お互い大人になったのか、それとも傷が癒えたからだろうか。
「まぁマジな話、飯くらいは食いに来いよ」
「考えとく……った」
「ん、どうした?」
「あー、唇切れた」
チリッと走った痛みの箇所を舌でなぞると血の味がする。この時期になるといつもこうだ。俺は顔をしかめた。
「またかよ、お前も本当学習しねぇよな」
「うるせーよ」
俺をバカにするように笑ったこいつはポケットをまさぐったかと思うと、深緑色のスティックを取り出した。
「ほらよ」
「ん、悪いな」
「いいってことよ」
それは微妙に使い込まれたリップ。こいつが使ってたので形は斜めに削れている。唇に塗りつけると、独特の爽快感を唇に覚えた。
「ありがとよ」
「やるよ、お前しょっちゅう切れてるし」
「これくらい自分で買うっての」
そう言いつつポケットに押し込んだ。家に帰れば、同じようにこいつから貰ったリップが一体いくつあるだろうか。
これだけは俺とこいつの関係が変わっても、変わらない習慣だった。
また来年、俺の唇が切れる時にもこいつは側にいるだろうか。俺がリップを携帯しないことを追求せずに、また新しい物をくれるのだろうか。
直接唇を合わせることはもうないけれど、こうして俺たちは間接的に唇を重ね続ける。

66615-529 家で散髪 1:2009/03/03(火) 01:30:34
「あっ。」
呟いて、コウキが手を止めた。うつらうつらしていた俺は奴の声で覚醒し、目を開けた。
風呂場の鏡に写っているのは俺。風呂椅子に座って前掛けをしている間抜けな格好。
それでも、自分で言うのもどうかと思うが、なかなかの色男だ。
……が、問題はそこではない。
「なぁ。」
「はい。」
「なんかここ……」
「何のことでしょうか?」
鏡の中のコウキはにっこりと笑った。だが俺はつられない。
「ここだけ変に短くなってんだけど。色男が台無し。」
「自分で色男とか言うんじゃねえよ! だいたい変とかなんだ! わざとだわざと! アシンメトリーって流行りなんだぞ。流行遅れが。」
さっきまできれいに微笑んでいたのに、あろうことかキレやがった。この場合怒る権利は俺にあるはずだ。
だいたい流行遅れとはなんだ。これでもモテるんだぞ。
「正直に失敗したって言えよ! だいたいテメエが出来もしねえのに『切ってやろうか』なんて言うからこうなるんだ。」
「は!? バカにすんなよ!? 俺今カット習ってるしこの前母さんの髪だって切ったんだからな。」
「まだ専門卒業してねーだろ。俺の髪切るなら国家試験受かってからにしてくれ。」
むっとした表情を崩さない奴に俺は続ける。どう考えても調子に乗った奴が悪い。
「ったく。とりあえずこれどうにかしろ。絶対友達には笑われるし。あー女の子にも指差されたらどうすんだよ。」
奴が黙った。僅かに顔を伏せたのが鏡ごしに見えるが、表情は見えない。
急に静かになったのが不思議で、何の気なしに振り向いた。

66715-529 家で散髪 2:2009/03/03(火) 01:34:44
奴は鬼の形相だった。
怒りにうち震えるとは正に今の奴のような状態を言うのだろう。
内心気圧されていると、徐に奴が口を開いた。腹の底から捻りだしたような声だった。
「アキは、女の子に指差されたら、困る、のか……」
「はぁ?」
「俺がいんのに、女の子からどう見えるかとか気にすんのか……」
「いや、ちょ……」
分かった。こいつは誤解をしている。
俺が大学で女の子にモテてウハウハしてるとでも思っているのだろう。可愛い嫉妬だ。どうせなら怒り方も可愛いともっといいのだが。
「ごめん。コウキがいれば女の子や友達からどう見えても関係ない。」
こういう時は謝るに限る。実際今の台詞は100%……いや、99.9%くらいは本音のはずだ。多分。
「本当だな?」
「うん。」
俺の本音の0.1%には気付かずに、奴の機嫌は上を向いたらしい。
しかし、次に告げられた一言には流石の俺も面食らった。
「よかった。じゃあ俺も本当のこと言うけど、さっき短くなってるって言われたとこ失敗した。あとついでに言っとくと、母さんの髪切った時も実は失敗して、N海KディーSのYちゃんみたいな髪型になって泣かれちった。」
一息に言って奴はけらけらと笑った。
Yちゃんの髪型がそんなにあれか、失礼だろう。母親にも謝れよお前。それより、まだカットに慣れてないそんな腕前で俺の髪切ると申し出たのか。
頭がくらくらした。しかしここで怒鳴っては先程の状態に逆戻りだ。ポジティブに考えよう。

66815-529 家で散髪 3(終):2009/03/03(火) 01:38:39
「お前俺のこと大好きだな。」
「当たり前じゃん。じゃなきゃ恋人って言わないし。」
「そうじゃなくてさ、もしお前がお前の母さんの時みたいに失敗して俺の髪型がYちゃんになっても、俺のこと好きってことだろ?」
奴が黙った。てっきり「当たり前だ」と鼻で笑うと思ったのだが。
そして奴は言った。
「アキ」
「ん?」
「ごめん。やっぱり美容室行って切り直してもらってください。」
結局そうなのか。
なんて奴だ。可愛くない。
俺がキレそうなのを我慢した甲斐がどこにもない。



「でも」
「俺が卒業して試験受かって上手くなったら、俺だけに切らせろよ。」
前言撤回。やっぱり可愛い。

66915-569 数学教師と不良生徒:2009/03/09(月) 19:43:58
【3x²+15x+12=0を因数分解しなさい】
「この問題どうやって解くか知ってるか」
俺は、高校生ならば解けてほしい問題を指さす。
北村はうちの進学校一の問題児だ。進学校には相応しくない不逞な行動・授業妨害・成績の悪さから、教師たちは彼をけむたがっていた。
何故か北村は俺だけにはあまり反抗しない。多分俺が一番生徒教育にやる気がないからだろう。そのためか、俺は北村の専属補習教師という肩書きをつけられてしまっていた。
今日も放課後、誰もいない教室に残り数学を教えてやっていた。
「わかんねぇ」
「こうやるんだ。たすき掛けって知ってるか?組み合わせを考えるんだ」
やり方を説明する。しかし北村は俺の手元など見向きもせずに「知るか」と言った。
「知ろうとしろ」
「俺には数学なんて必要ない」
北村は少し前髪にかかる髪をくるくる手でねじりながら言った。
「なぁ、なのになんで数学なんて勉強しなくちゃなんねんだよ」
「…」
俺は黙った。すると今まで強気な相手の態度が少し和らぎ、その代りに不安げな表情が顔に現れた。
「なんだよ。…怒ったのかよ」
「いや…、なんでだろうな」
「は」
「なんで、勉強するんだと思う?」
俺が代わりに質問すると、北村は語気を荒げた。
「てめぇ、教師だろ」
ふ、と笑う。
「落ちこぼれのな」
それを見ると北村は潜めた眉毛を緩めた。
「…俺が知るか。ていうか俺は勉強しなくてもいいと思ってる。だから今までもこういう成績だ」
「そうだな」
ちらりと、北村は俺の方を見る。
「お前らはなんで俺らをそんな勉強させたがるわけ?」
「…」
「言っとくけど、俺のためとか訳わかんねぇこと言い出したらぶん殴るからな」
自分のため、と言われたいのだろうか?俺は少し考える。
「お前のため、か」
北村の目を見ながら、俺はしばらく考えた。北村は何故か俺の行動に少し狼狽しているようだった。頬がほんのり上気しているようだった。
「なんだよ、こっちジロジロ見やがって」
「考えてるんだ」

67015-569 数学教師と不良生徒 2:2009/03/09(月) 19:52:18
「ふん…答えてやろうか」
「言ってみろ」
なんだ、自分の答えを持っていたのか。俺は北村の答えに興味を持った。
「俺みたいな奴が野放しだったら都合が悪いからだろう。私達は落ちこぼれも見てあげてるのに彼は反抗する。だからこちらとしては彼が問題を起こしたときも精一杯対応しましたーっていう体制を整えたいんだ」
「そうなのか」
「そうに決まってる」
こういう簡単な言葉で他人の心理をつく北村は、本当は頭は悪くないのだと俺は思う。
「まぁ、確かに他はそうかもしれないな」
「お前は違うのかよ」
「個人の気持ちとしてはな。…俺は数学が好きなんだ」
しばらく考えた末に、やっと思い立った自分の答えを、俺はゆっくり導き出した。
「は」
「あらゆる無駄を一切省いた公式が美しいと思う。xy座標に描かれるサインの曲線にみとれる。地球を何周しようがお互い一切交わることのない平行線の力強さに心を奪われる」
「それがなんだ」
「俺にはそういう美しさを数学の中に見る」
「で?そういうウツクシサを俺にも見せてやりたいって?」
シニカルな笑みを見せて、北村は聞いた。それに俺は北村の目を見て応える。
「いや。多分俺が見たいんだ。お前と」
「は…」
「俺はお前の発言とか、考え方をこの補習の間に少しでも知って興味が沸いてるんだ。だから一度お前と一緒にそれを見てみたい。…お前をもっと知るために」

67115-569 数学教師と不良生徒 3:2009/03/09(月) 20:02:24
「…告白?」
しばらく時間が経ってから、北村が喉の奥から絞り出したような声を出した。
「…そうとるのか」
「違うのかよ」
ちょっと俺は自分の言ったことを思い返して言う。
「いや…違わない」
「…まさか、こんな風にこんな告白をあんたからされるとは」
目をそらしながら北村が言った。
「俺も想定外だ。…少し熱くなりすぎたよ」
本当にその通りだ。普段こんなに喋らないのに。明らかに喋りすぎだ。
「へぇ」
「恥ずかしいな…忘れてくれ」
やっと今言ったことの影響が二人にとっていかほどなものかを実感して、羞恥がどんどん自分にふりかかる。
「忘れられるか」
「やっぱりだめか」
「…嘘なのか」
ぽつりと北村が言う。
「いや…今いった気持ちは確かだ。話してみたいよ、一度。お前と。
だって知らないだろ?πもiもベクトルも」

67215-569 数学教師と不良生徒 4(終):2009/03/09(月) 20:08:00
「…アイなら知ってる」
黙って聞いていた北村はそう言うと、いきなり椅子から立ち上がり、俺に唇を重ねてきた。
「!」
「こういうことだろ?」
赤い顔をして、にやりと笑う。
「で、パイはこれだ」
そして俺の胸に手をあててきた。
「…親父ギャグだな」
「違うのか」
「まさか本気で?」
「誘ってるのかと」
「馬鹿野郎」
俺は笑って接近してきた北村を優しく押し戻す。
北村もそんな俺をみて、穏やかに笑った。そして小さな声で言う。
「…あんたがそう言うなら、数学やるのも悪くないかもしれない」
「え」
今度はおれの方をみて、勝ち誇ったような顔ではっきりと言った。
「ウツクシサってやつがわかるように、これから数学だけは努力してやる。感謝しろよ」
「…ふ」
子供じみた言い方だ。そうだ、コイツは8歳も年下なんだったな。今更思い当たる。
「笑うなよ」
口をとがらせる北村に俺は素直に自分の気持ちを打ち明けた。
「嬉しいんだよ」
それを聞いて、赤かった相手の顔がさらに耳まで赤くなる。
「なんだよ…」
俺はすかさず二人の間にしかれている問題用紙をあらためて指さした。
「じゃあ、まずはこの問題が解けるようになることからだ」
「げ」

さっき彼が「i=愛」という式を証明しようとした。
iは虚数解だ。実数で上手く表すことが出来ない虚ろな解。
今の俺とこいつの関係は果たして「愛」なのか?答えは限り無く不明。
俺には理解出来ない。
でもだからこそ。確かにこれは、この関係は。

「『アイ』だな」
「は」
「なんでもないよ」

67315-629 長い冬の終わり:2009/03/14(土) 12:44:18
雪が溶け始める頃に、今年もあいつはやって来る。交代に来たよと優しい笑顔を浮かべて。

「何か変わりはあった?」
自分の軽い体を枝の上に座らせながら、春が聞いてくる。枝に残っていた雪は静かな音を立て、真下に落ちていった。
「あの赤い屋根の家に赤ん坊が生まれたよ」
すっと俺が指差すと、春は思い出したように目を細めた。
「そうだったね、この前はお腹の中にいたのに、早いもんだね」
後で見に行ってみようと楽し気にはしゃぐから、俺はわざとらしく溜め息をついた。
「お前は少ししかこの町にいられないから早く感じるかもしれないけど、俺はもう飽きるほどだ」
この町の冬は長いから、その間ずっと一人でただただ雪を降らせるだけの仕事。降らせ過ぎれば嫌われるし、降らさなければ心配される、加減の難しい仕事。
春はけたけたと、柔らかな髪を揺らして笑う。
「冬の仕事は大変だねえ。僕なんて、ほら、こうやってれば良いんだから、楽なもんだよ」
そう言ってクイッと指先を動かすだけで、俺が地面に眠らせていた植物や動物を起こしてしまう。簡単な動作なのに、その瞬間から止まっていたものが動き出す。
柔らかな日差し、楽しそうな人達。そういったものは、冬にはなかった。
時々、春が羨ましいと思う。出来ることなら春になりたかった。
黙って春の横顔を見ていると、雪が溶けて小川になる音がした。
「行く時間だ」
すっかり流れてしまった雲を合図に腰を上げると、春が驚いたように顔を上げる。
「もうそんな時間?」
俺を惜しんでくれるのは、春だけ。俺は照れ臭い気持ちで頷く。
春は立ち上がって、俺に手を差し出す。別れの握手。いつもの、お決まりの挨拶。握った手は、俺と正反対に温かかった。
「またね」
春の頬は俺と入れ違いに咲く花と同じ色。二人並んで見ることはない、花の色。
「ああ、また来年」

冬として生きて、またお前に逢えることを楽しみにしているよ。

674恋すてふ〜:2009/03/16(月) 02:06:46
「まさにコレだよな?」
『恋すてふ 我が名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思いそめしか』
古文の教科書を読みながらそんな話をしたのは、確か放課後の図書室でだったと思う。
「まさにだね」
教科書をめくって勉強のポーズを取りながら、たわいない恋愛話を小声で交わしていた。
「で、噂は本人には伝わってないの?」
「それがさあ!」
思わず大声になった俺に、彼は人差し指で静かに、の合図をした。
「…なんかもう伝わっちゃったみたいでさ、」
「…何か言われた?」
「や〜、彼女の友達の、小林っているじゃん?あいつがさ、エミちゃんは『友達以上には見れない』って言ってたよ!って」
「そう…」
その時の彼の表情は、教科書で隠され読み取ることが出来なかった。
「告白してもないのに振られるってなんだよ…せめて告るまで待ってくれよ〜」
「君はすぐ顔に出るからね」
「おまえは全然顔に出さないよなー」
「……そうだね」
すると彼は教科書を差し出し、
「僕の場合はこれ」
そう言ってある短歌を指差した。
『玉の緒よ 絶えねば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする』
「これどんな意味?」
「たまには自分で調べなよ」
「なんだよ〜教えてくんないの?」


結局その歌の意味を俺が知るのは、だいぶ後になってのことだった。

67515-679:2009/03/16(月) 23:53:53
身長差というお題に萌えて勢いで書き上げたけどその前の*0をゲットしてしまったので連投を控えこちらに投下。
あとなんか身長差っていうお題の割りに身長差が目立ってないかもしれません。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
俺を見上げる日野のしぐさ。俺はそれが好きだ。
必然的に上目遣いになるし、俺のいろいろな補正も加わってとにかく可愛い。
やはり毎日息を止めて牛乳を一リットル飲んでたのは正解だったと思う。
そのおかげで今の俺があるのだ。
身長180cm。必死こいて筋トレしたおかげで俺はいい具合に筋肉のついたソフトマッチョだ。
そしてイケメン。自分で言うのもなんだが俺はもてるほうだと思う。

でも、一番告白してほしい人には今日も振り向いてもらえない。
あいつが「如月ってもっと姿勢をちゃんとすればもっとかっこよくなるよ!」っていったから俺はちゃんとするようになった。
あいつが「服に着られてる如月より着こなしてる如月のほうがずっといい」っていったからおれは雑誌を読み漁って着こなせる男を目指した。
でも増えるのは知らない奴とかからの告白ばかりで。一番望んでいた「あいつからの愛とか告白とか」はまったくないまま。
それとなくアピールしてみたりだってした。
ちょっと昔の歌みたいにわざとらしくラブレター見せたり。偶然を装って帰り道で待ったり。
好きなタイプはちっちゃくて茶髪ショートな子。身長差があるといいなあ。
あいつの前でそんな「俺の好きな人」の話をしてもあいつはただにっこり笑って話を聞いてくれるだけで、俺の思い人が日野だってことにまったく気づいてくれない。
告白してみようか。でも、もしそれで関係が崩れたら?それが怖い。
(世界中のどんな奴より日野のことが好きなのに)



僕を見下ろす如月の視線。僕はそれが好きだ。
なんだか優しい感じがするし、とてもかっこいい。
だから僕は身長を伸ばしたくなかった。
牛乳なんて飲まなかったし、カルシウム系統も嫌った。
そのおかげで今の小柄な僕がある。
如月以外の人には小さいってからかわれるけど、そのおかげで如月の大きい手に頭をなででもらえるんだから別に気にならない。

でも、最近如月がもっともっとかっこよくなった。
僕が健康を心配して姿勢のことを言ったら次の日から如月は背筋をピンと伸ばして生活するようになった。
しゃんとした姿勢の日野はいつもよりもっともっとかっこいい。さすがだと思う。
別の日に、僕が如月のファッションの相談に乗った。
何を言ったかはあまり覚えてないけど、その次の日から如月がものすごくかっこよくなったのを覚えている。
かっこいい如月がかっこいい服を着こなすんだからそりゃもうかっこいいんだ。
そんな如月の隣を、僕はずっと占領してきた。
でも、でも。最近如月がいろんな女の子に告白されるようになった。
そのたびに如月が断っているみたいだけど、僕は知ってる。如月には好きな子がいるんだ。
帰り道にいつも話してくれる、ちったい茶髪ショートな可愛い子。身長差がいいんだって如月は言う。
如月が時々僕のことを優しい目で見るのは、きっと僕にその子を重ねているんだと思う。
話を聞くたびに、その子が僕に似てるのがわかるから。
きっとその子より、僕のほうが如月のことをずっとずっと好きなのに。
(でもそんな醜い僕を知られたら、如月は軽蔑して去ってしまう)


((どうすれば、思いを伝えられるんだろうか?))

67615-679 身長差:2009/03/17(火) 00:56:51
「背が高いんですね」
 そう後ろから声をかけられたのは、俺が新入生に部活の案内をしていた時だった。
「バスケ部に興味あるのか?」
 そう勧誘したものの、彼の身長は俺よりも頭一つ低かったので、正直戦力として期待できず、
俺はそれほど熱心ではなかった。
 だが彼は嬉しそうに俺から入部用紙を受け取り、そのままその日に入部した。

 今は俺の隣でバスケットボールを磨いている。
「先輩、あの上の荷物とってもらえませんか?」
 実は俺がいない時に、自分で台に乗って荷物を降ろしているのを知っているのだが、
なんとなくこいつには弱くて言うことを聞いてしまう。
「ありがとうございます」
 こういう笑顔をもらえるのは悪くないし。

「先輩、こっちに来てください」
「何だ?」
「はい、ここ立って」
 俺は柱の前にたたされた。
「オレの身長がここなんですけど、先輩はここだから…。15cm差かな」
 そう言われて俺は言葉につまった。
 こいつは選手としては身長が低いので、いつもベンチに座っている。
 背はそのうち伸びるなんて、気休めは言いたくなかった。
 彼の家族は身長の低い人ばかりだと言っていたし、今伸びていないならこの先も見込みは薄いだろう。
 きっと永久にレギュラーにはなれない。
 彼がうつむくと俺にはまったく顔が見えないので、いつも慌てる。
「落ち込むなよ。好きなんだろ? それでいいんだよ」
「いいと思います?」
「そうだよ。好きだって気持ちが大事なんだからさ」
「先輩も?」
「おう、大好きだ」
「オレこんなに身長低いのに」
「関係ないって」
「嬉しいです」
「そうだよな。同じ思いのやつがいると嬉しいよな」
「でも不便ですよ」
「何が?」
「ちょっと下向いて下さい」
「ん?」
 チュッと音がした。あれ?と思っていたら、あっという間に机の上に体を押し倒された。
「こういう時。でも身長なんて関係ないですもんね」
 あれ? なんかおかしい。
「先輩の試合の邪魔はしないようにしますから。ああ、やっぱり同じ部活に入って良かったなあ。
スケジュールがばっちりわかるから」
 試合の邪魔って?

 その答えは数日後に充分すぎるほどわかった。
 とてもじゃないが、試合どころではなかったが。

67715-729 はじめてのおつかい:2009/03/20(金) 23:59:37
「『ベルナード通りのメリーナさんにこの手紙を届けてください』…って
これはどう見てもラブなレターです本当にありがとうございました」
「中身を見たら依頼は失敗扱いだぞ」
「いやだって表に堂々とハートのシール張っといて実は中身は『決闘を申し
込み致しますで候』とかいう線はないだろう」
「まあその方が冒険者の酒場に張られるのには適した依頼だと思うがな」
「というか荒くれものが集まる酒場に依頼できる根性があるならラブレター
渡す位楽勝だと思うんだよな。…つーかこの依頼主、あの親父にこの依頼を
渡したんだよな」
「個人的にはウェアウルフをこんぼうで撲殺しに行けと言われた方がまだ気が
楽な気がする」
「やべ、俺ちょっとこの依頼主尊敬しちゃいそう…応援したくなってきた…」
「…やる気が出てきたか?」
「おうよ!千リールの道も一歩からっつーし、それに俺らが冒険者になってから
初めての依頼が勇気ある青年の恋路を応援するってのは幸先がいいじゃねーか!」
「多分そのことわざは間違っている。…幸先がいい、とは?」
「ま、それはこっちの話だな!それじゃーちゃっちゃか行ってちゃっちゃか次の
依頼を貰いに行こーぜ!まだまだ先は長いんだからな!」
「…そうだな。これから、二人で旅をしていくんだからな」
「そういうこと。まあ俺に任せとけって!」
「…何をだ?」
「それもこっちの話だな!」

67815-729 はじめてのおつかい:2009/03/21(土) 00:03:57
豚肉と、玉ねぎと、福神漬け。
…たったそれだけの買い物でも、その時の俺にとっては大冒険だった。
一緒に遊んでたマサキを無理矢理引っ張ってって、近所の八百屋に行ったら玉ねぎがなくて、
子供の足で歩いて20分かかるスーパーに行ったら、帰りに思いっきり道に迷って、
こけて、袋破れて、玉ねぎ転げて、悔しくて、…すっげえ泣いたのを覚えてる。
マサキが服の裾で玉ねぎ抱えながら、もう片手で俺の手をぎゅっと握ってくれて、
それが痛いけど暖かかった。とにかく心強かった。
でもマサキは口ひんまげて、泣くの必死で堪えてて、
…家の灯りが見えた途端、俺より大泣きしてたのも、覚えてる。

***

「絶対欲しいの何よ」
「えーと、福神漬け、肉、…豚肉安いからそれで。あと玉ねぎ」
「了解。…マジで?」
マサキが挙げた3つは、見事にあの時と被ってた。
「わざとじゃねえだろな」
「わざとじゃねえですよ。…いやホントだって、偶然」
笑いを噛み殺しながら、マサキは続ける。
「道に迷うなよ」
「迷わせたのお前。俺は大丈夫ですー」
「コケても泣くなよ」
「はいはい」
「ホントかねえ。俺一緒じゃないよ、手繋いでやれないよ」
「いらねーよ、バカ」
ニヤニヤするマサキに苦笑しつつ、俺はキーを手に取って、
「んじゃ帰ってきたら繋いでね」
「へ」
不意打ちくらってぽかんとするアホ顔に見送られながら、新居のドアを閉めた。
…んじゃ、こいつと暮らしてから初めてのおつかい、行ってきますかね。

67915-699 別れの言葉:2009/03/21(土) 16:43:15
ちょっと古いお題ですが。

----

平日朝イチのN駅新幹線ホームは、静かだった。
三月終わりとはいえ朝はまだ冬の気配が色濃くて、キンと冷えた空気が人気の少ない静かなホームを包んでいる。
「なんで、入場料わざわざ払って、ホームにまでくるかな。...つか、こんな朝早くに見送りに来なくたっていいのに」
「えー?誰かが見送った方が『旅立ち』って感じがしね?」
「裕介はあさって出発だっけ?」
「そう。入寮日が決まってるから」
この四月から、俺は京都で裕介は北海道で、それぞれ大学生活が始まる。
小中高と同じ学校で、気がつけばいつも一緒にいて、一緒にいるのが当たり前で。
でも、俺は高校に入った頃から一緒にいるのが辛くなってきていた。
裕介のことが好きだと、俺自身が気がついてしまったから。

自覚してしまうとどうしようもなかった。
一緒にいればいたで裕介の言動に内心で一喜一憂し、離れていればいたで今頃裕介は何をしているだろうかと悶々とし、夜寝る前にはその日の自分の行動に自分の気持ちが現れた不自然な行動がなかったかを思い返してドキドキし、一度は裕介を見ないようにすれば少しは楽かと部活に熱中して裕介から距離を置こうとしてみたが、裕介はそんな俺の気持ちなんか知らずに無邪気に近寄ってくるからあえなく挫折し。
お互い、どうしてもやりたいことがあるから選んだ大学は遠く離れていて、俺は寂しく思うと同時にほっともしたのだ。

ホームに滑り込んできた掃除済みの始発新幹線が、俺の立っていた乗車位置表示の前に、ぴったりとドア位置を合わせて止まった。
乗車案内のアナウンスと圧縮空気の抜ける音とともにドアが開く。
俺はバッグを持って新幹線へ乗り込んだ。
デッキで振り向くと、裕介と目が合った。
「新生活、がんばれよ」
「ああ、明日にはもうこの笑顔には会えないんだ」と思った時、俺の胸の中に大きな熱い塊がうまれた。

何を言うつもりだ?止めておけ。盆や正月にたまに顔を合わせて、思い出話に花を咲かせて笑いあう、そんな未来を捨てるのか?
でも、遠い場所で俺の知らない人間達と出会う裕介に、次第に忘れられていくことに俺は耐えられるのか?
ならばいっそ、ここで自分の気持ちを口にしてしまえば楽になるじゃないか...

喉元にせり上がるものを押さえつけるように唇を噛み、グルグル考えていた俺の耳に発車ベルが聞こえてきた。
俺は、その音に背中を叩かれたかのように、その言葉を口にしていた。
「裕介。俺、お前が好きだった。ずっと好きだった!」
裕介の目が大きく見開かれる。
その表情から目を逸らし、「元気でな!」と捨て台詞のように口走りながら俺はデッキの奥に逃げ込もうとした。

突然、ぐいと、腕をつかまれた。
発車ベルの響く中、無理矢理振り向かされて、デッキの壁に押し付けられる。
俺を追いかけるようにデッキに乗り込んだ裕介の顔が、目の前にあった。
「本当?本当に?!」
裕介は俺の返事を聞くより先に俺の唇を自分の唇で塞いだ。
発車ベルが途切れ、ドアが閉まり、新幹線が動き出す振動が体を揺らした。
唇を離した裕介に、俺は力いっぱい抱きしめられた。
「夢じゃないよな?嘘みたいだ。お前も同じ気持ちでいてくれたなんて」
裕介の言葉が聞こえてくるけれど、意味がよくわからない。...え?あ、いや、それよりだ。
「裕介、新幹線、出発しちゃったぞ」
「んなこと、どうでもいいって!」
「よくないだろ。切符持ってないだろ」
「...あ...ああああああ!!...京都までいくらだ?」
「新幹線で2万円ちょい」
「往復4万....って...あああ、貯金箱のお年玉が飛ぶ....」
「いや、次の停車駅で降りて帰ればいいんじゃないか?」
「お前、この状況でその選択があると思ってるのかよ?」
「いや、その選択が普通だし」
俺の両肩を掴んで、裕介は俺の顔を覗き込んだ。
「せっかく、実は両思いだったことがわかったのに、すぐに別れ別れなんて我慢できるかよ!ああ、話したい事がいっぱいあるぞ。話せなかったことがいっぱいあるんだからなっ!」
「両思い....え...え?」
「オレも、お前が好きだ。ずっと、こうしたかったんだ」
軽く唇に触れるだけのキスをした裕介は、まだ状況が信じられない俺の様子に少し困ったように笑って、取り落としていた俺のバッグを持つと自由席の方へ俺の手を引いた。
「切符は改札が来たら買うことにして、とりあえず座ろう。京都まではまだまだ時間があるんだ、ゆっくり納得させてやるよ」

結局、京都まで一緒に来た裕介は、まだ荷物もろくに無い俺の新居に一泊して帰った。
手持ちの金が足りなくて、帰りの切符代の一部を俺に借りて。
京都駅まで送りにきた俺への別れの言葉は、「今度会った時、金、返すから!」だった。

68015-739 何も伝えられないまま:2009/03/22(日) 17:52:26
「愛していると言ったら、お前は笑うか?」
「あはは、何の冗談だよ。陽気で頭がイカれちゃった?」
「全てを捨てて、お前と逃げてもいいと考えていた」
「止めといて正解だね。今までの上等な人生を、俺みたいなので棒に振っちゃ駄目だよ」
「最初に会ったときは、お前ほど腹立たしい奴は居ないと思ったのに」
「俺も初めは、そこら辺にいるお堅い軍人だと思ってたよ」
「不思議なものだな」
「そうだねー」
「あの手紙を読んだ」
「お、読んでくれたんだ?破り捨てられるかと思ったんだけど」
「結局、俺がお前を追い詰めたんだな」
「違うって。あのさあ、ちゃんと読んだ?あんたの所為じゃないって書いたよね、俺」
「お前を傷つけてしまった。俺はお前に対して厳しく接するばかりで」
「ンなことないよ。あんたと出会って、俺は随分と救われたんだぜ?」
「そのくせ、本当に伝えたい言葉は何一つ言えなかった」
「うん、それでよかったんだよ」
「……なんとか言ったらどうなんだ」
「あー、やっぱ聞こえてないか」
「目を開けろ。もう一度笑ってくれ」
「俺はここで笑ってるよ。あんたの右斜め上。あんたを見下ろせてるのがちょっと新鮮だ」


「本当は俺も伝えたかったよ。あんたのことが大好きだって」

68115-819 海の底:2009/03/25(水) 13:02:52
ひい爺さんが死んで3ヶ月。
俺はチャーターしたクルーザーで沖縄の海にいた。


ひい爺さんは、白内障の手術もしたし、補聴器も手放せなくなり
もしたし、足腰も弱くなったけれど、80歳を越えてもボケたり
せずに新聞を毎朝隅々まで読むしっかりした老人だった。
ゲイカップルの俺と淳司にひい爺さんは最後まで味方をしてくれた。
カミングアウトして親父に勘当されそうになった時、「ワシの所有
株は全部正樹に生前贈与する。それでも勘当できるもんならして
みろ」と言い放って親父を黙らせた。

言った通りに生前贈与の手続きをすことになった時ひい爺さんは、
「正樹と二人きりで話がしたい」と言い出した。
親父も弁護士も部屋から追い出すと、ひい爺さんはセピア色の
ボロボロの写真を出した。
それは男たちの集合写真だった。
皆、そろいのつなぎ姿だ。襟元に白いマフラー、頭には耳当ての
ついた帽子とゴーグル。背後にはゼロ戦。
真面目な顔をしている人も、にこやかに笑っている人もいる。
「戦争の時の写真?」
「特攻隊を知っているか?」
どきりとした。
第二次大戦末期、日本軍が実行した航空機による体当たり作戦。
パイロットの命と引き換えに敵の船を沈めるスーサイドアタック。
特攻隊員として出撃することは、死ぬことを意味していた。
「ワシはここにいる。右から、井沢海軍一等飛行兵曹、藤岡海軍
一等飛行兵曹......」
ひい爺さんはよどみなく20人ほどの写真の人物の名前を挙げて
いった。
「皆、沖縄の海に散った。ワシだけが、機体不良で出撃できず、
次の出撃命令を待っているうちに終戦を迎えてしまった」
ひい爺さんはそれだけ言って、しばらく言葉を切った。
何度か口を開いて何かを言いかけて、でも何も言えないまま口を
閉じて。
やがて、ひい爺さんは言った。
「正樹、お前に頼みがある」
「頼み?」
「ワシが死んだら、ワシの骨の一部を沖縄の海に沈めてくれ」


デッキから見た南の海は穏やかで、俺はかつてここが戦場であった
ことが信じられなかった。
淳司が見つけてくれた遺骨を入れるためのアッシュペンダント。
中にはひい爺さんの遺骨のかけらが入っている。
俺はそれを思い切り遠くに投げた。小さなペンダントはすぐに
見えなくなって、俺は着水した瞬間さえしっかりとは確認できな
かった。


「必ず後から行くと、あいつに約束したんだよ」


どこまでも青く平和な明るい海の上で、俺はほんの少しだけ泣いた。

68215-869 1:2009/03/30(月) 01:34:00
「お前そろそろ捨てられるんじゃねーの」
幼なじみでもある友人の一言に俺は少なからず動揺した。
実際、最近田辺がそっけないのは自覚している。
いや、考えてみれば最初からそうだったのかもしれない。
大学の入学式で一方的に一目惚れした俺が最初に告白したときも、
断られても月一で告白を続けて、十回目にOKを貰ったときも、
なかなか手を出さない田辺に焦れて、泣き落としで抱いて貰ったときも、
いつも田辺は呆れた顔をしていたような気がする。
田辺に捨てられるのだけは嫌だ。
それだけは避けたい。
「どうしたらいいと思う?」
藁をも掴む思いでつめよった俺に、幼なじみは当然の顔をして答えた。
「愛情表現を控えめにしてみるとか」

68315-869 2:2009/03/30(月) 01:35:28
愛情表現を控えめに。
友人のアドバイスを頭の中で何度も唱えていると田辺が来た。
「あ!田辺!!おはよう!!!」
田辺はちらっとこちらを見ると近寄って来た。
「朝から元気だな。今日お前は昼からだろう」
相変わらず田辺は優しい。
いつもならここで田辺を褒めるのをぐっと我慢する。
「うん!あ、これ今日の弁当な」
「……ああ」
今日は田辺の好きなシャケ弁だ、なんてアピールはしない。
「あ、あとこれお前が休んだ時のノート」
「お前その授業とってないだろ」
「たまたま暇だったから出たんだ」
さりげなさを装う。完璧だ。
「……俺、これから授業だから」
「頑張れよ!」
そのまま、教室の中に入って行く田辺を見送る。
愛情表現はかなり控えめになったはずだ。
これで俺と田辺は安泰だ。
教室前のベンチに座った友人に向かって、得意げに振り向く。
しかしながら奴は、俺と目を合わせようとはしなかった。

684ハンター:2009/03/31(火) 14:54:23
「決めた!おれハンターになる!」
「はぁ?お前なに言ってんの?」
「今日からおれのこと、"愛の狩人"と呼んでくれ!」
「ぶっ!!」
それなりに真剣だった俺の前で、親友は吹き出した。

「なあなあ、"愛の狩人"」
「…小学生の頃の話だろ。…もう忘れてくれ、頼むから…」
「いや、あれは忘れられないだろ。死ぬほど笑ったもん。」
奴の顔に笑みが浮かんだ。未だに思い出し笑いをこらえられないらしい。
「…ヒーローに憧れる純朴な小学生だったんだよ、俺は。」
「でも何で"愛の狩人"だったわけ?」
「当時かーちゃんが読んでた小説のタイトルに書いてあったんだよ!格好良いなと思っちゃったんだよ、子供心に!」
今でもかーちゃんの愛読書、ハーレクイン。
「あ〜、懐かしいな『スーパーハンター・矢雄威』」
「すげぇ流行ったもんな。変身シーンとか、みんな真似たりしてさ。」
「『君のハートをロックオ〜ン』」
「おお、似てる似てる!」
「最終的にはヒロインのハートをハンティングして、二人で去っていくんだっけ。」
「そうそう。『狙った獲物は逃がさない!』」
「お前も似てるじゃん。」
「練習したからな。」
「…ところでお前が狙ってた獲物は手に入ったわけ?」
「へ?」
「当時言ってたじゃん、ハンターになりたい理由。"どうしても欲しいものがあるから"って。」
「あ〜…まあ、手に入れたっていうか、奪われたっていうか…」
「ふーん、まあいいや。
 ところで、今日うちの親、出張で居ないんだけど、このまま泊まってく?」
「お前ソレ狙ってやがったな!」
「俺と一緒にいるの嫌?」
「…嫌じゃねーけど…」
「今日は痛くしないから」
「!!」

獲物に食われた俺は、多分ハンター失格。

685きつね:2009/04/04(土) 02:15:30

真っ赤な鳥居を潜り抜けたその瞬間、きつねは嬉しく嬉しくて思わず笑ってしまいました。
生まれてから今まで何度挑戦してもべしんと無常にはたかれる、その境をようやく彼は越えたのです。心の底から暖かいような走り回りたいような気持ちがあふれ出て、きつねはおもわずくふんと笑ってしまいました。そして舌を噛みました。きつねが笑ったのは今が初めてなんですからしょうがありません。人間も動物も神様も初めてのことをする時にはちょっと失敗するものです。
きつねはちょっとじんじんする舌を冷やそうとべろりと顎から出しながらそれでもくるんと一回転しました。葉っぱはいりません。きつねはきつねですから小道具に頼らなくてもそのぐらいはできるのです。
ぼふん、と古典的な音と煙がきつねを包みました。その煙を見ながらあー俺所詮アナログ世代よね、ときつねは思います。彼は案外人間の世界に精通していました。
やがて現れたのは二十代前半の男性にきつねのもこもこした金色の耳とふかふかした立派な尻尾をつけた、微妙に漫画でよく見るような人物でした。きつねはすぐに自分の失敗に気がつきましたがなんというか、結構一杯一杯でした。きつねはきつねなので変身するのに葉っぱは使いません。使いませんが、生まれてこの方『ここは通さんでごわす』みたいな壁のこちら側で生きてきて、なんだよ修行しても意味ねえじゃん! それじゃあ、さー(↑)ぼろー(↓)みたいな逆ギレで修行をサボっていたきつねには耳と尻尾を隠すほどの力はついていませんでした。
きつねはあわあわし、何回か失敗とリトライを繰り返し、最終的に開き直りました。大丈夫! きっとこのままで行ってもああ電波な人だわ、で済むに違いない!
きつねは本当に日本の文化について精通していました。
「あ、あー……。やあ初めまして君ってどこから来たの? ええマジで俺もなんだよじゃあ山の向こうの赤い鳥居のお稲荷さんを知ってるかい?」
人の口の形になれるために繰り返したのはあの子に会った時に言おうとしている言葉でした。
あの子、と思い出してきつねは思わず俯きました。先ほどまでピンと立っていた耳も尻尾も今は力をなくしてしょんぼりと項垂れています。
あの子は、きつねの記憶に間違いないなら十年前からいつもここに来ていた子でした。最初は小さい人間だと思っていました。きつねはそれが子供という人の形であることをその日初めて知りました。
子供は、毎年ここに来ていました。赤い鳥居を抜けて、きつねの眠る場所の一歩手前で足を止め、いつも笑って頭を上げて「こんにちは、お邪魔します」と言いました。
きつねはその子が大好きでした。その子が男の子でなかったら神隠すくらいに好きでした。その子が受験だといえば学問の神様に頭を下げ、宝くじを買ったと言えば運の神様のところに酒を持っていくくらい好きでした。
幸いあれと、きつねは願っていました。幸いあれ、彼の行く道に光あれと。
けれどその子は先月別れを告げました。大学に行くからここにはもう滅多に帰ってこられないんだと言って、日本酒と草団子を置いていきました。おまえここはあぶらげだろうがよ! と思いながら草団子をかじったきつねは泣いて、舌を噛みました。だってきつねは生まれて初めて泣いたのです。
じんじんする舌をだらりと下げて考えて、きつねはついに思いつきました。
あの子の幸いを自分の手で生み出すのだと。傍にいて、ああけれどきっときつねだと引き離されてしまうから人に化けて、大学生のふりをして、そして彼の傍で幸福を。思った瞬間にきつねは走り出し、そして真っ赤な鳥居を抜けました。
けれどきつねは知りません。ここからあの子のいる東京までは車で四時間半かかります。
けれどきつねは知っています。誰だって初めてのときはちょっと失敗するものです。

68615-939 きつね:2009/04/04(土) 12:58:28
大学の授業の合間。ちょうど昼時だから飯でも食おうと
食堂に向かっている途中で、後輩の間山と会った。
先輩も昼ごはんなんだ!一緒にいい?
と、キラッキラの笑顔で聞いてくるので、ついいいよと言ってしまった。
今日は1人でゆっくりしようと思っていたのに、よりによってこいつに会うとは。

「先輩って、きつねみたいだよね」
きつねってなんだ、いきなり。
そう思ってテーブルを挟んで向かいに座る奴を見上げると、
えへへと笑い、俺の食べているものを指差した。
「きつねうどん!油揚げ!」
「だからなんだよ」
「お味噌汁に油揚げ入ってるときも嬉しそうだったし、
 きつねと好きなもの一緒でしょ?」
ああ、まあ嫌いじゃねえな。お前よく見てんなあ。
つーか俺そんな顔に出てんのか?
「先輩の目とか、笑った顔とかもきつねっぽい」
目はツリ目なだけだし。
笑ったら悪人みたいだとか言われるこの顔が狐に見えんのかよ。

「じゃあお前、狐に憑かれてんぞ」
「え?本望だよ、きつねかわいいし大好きだし」
……意味わかって言ってんのか、この鈍感。

68716-49 夜桜 1:2009/04/10(金) 22:33:55
「今年もやってるな、及川君」
声をかけてきたのは毎年参加組の工学部の只見教授だ。
「今年もやってます。さ、どうぞ、教授」
俺は自分の隣にスペースを開けて言った。
教授は、小脇に抱えていたマイ座布団を敷いてブルーシートに席を確保した。
ゼミ生がプラコップを差し出し「何にしますか?」と聞くと、教授はちらと俺の横に
まだ封を切られずに置かれている緑川を見た。
「まだ開けてないのか。じゃあ、適当な日本酒を。純米大吟がいいなあ」
「教授、それ、適当じゃないです」
俺出資の純米大吟醸を注がれて、教授は俺に向かって軽くコップを上げてから、
酒を口に含み、ずるずると音を立てて空気と酒とを口の中で混ぜてから嚥下し、
鼻から息を吐いて香りを確認する。
「うむ。美味いな」
ただの飲み会でも、つい、その銘柄の最初の一杯を利き酒の飲み方で飲んでしまう、
俺と同じ癖の教授に、思わず笑ってしまう。

周囲が暗くなる頃には、飛び入りのゼミ生の顔見知りで花見の参加者は膨れ上がり、
ブルーシートのスペースが足りなくなってきた。
念のために用意していた新聞紙を広げていると、後ろから声を掛けられた。
「今年も盛況だな」
水落の声だった。
振り向くと、ジーンズにコーデュロイのジャケットの水落が立っていた。
「よく来たな。教授、水落、来ましたよ」
「おうおう、よく来た水落。これで緑川が飲めるぞ!」
「相変わらずですね、教授」
水落が呆れたように苦笑した。
教授の隣に水落を座らせ、俺は水落の隣に腰を下ろした。
「今年も親父さんからもらったぞ。お母さんも親父さんも元気だそうだ」
緑川の封を切りプラコップに注ぎ、俺はそのコップを水落の前に置いた。
「私にもよこせ」と一気に前の酒を飲み干して開けたプラコップを俺に突き出す教授に、
はいはいと俺は緑川を注いだ。
自分のコップにも緑川を注ぎ、俺達は軽くコップを掲げて乾杯をした。
三人で、ずるずると酒を利いて飲み下す。舌に広がるまろやかながらも複雑な味と、
鼻を抜けるさわやかで華やかな香。
「く〜〜、美味いなあ〜〜〜!」
コップを持ったまま、水落が心底嬉しそうに言う。
「美味いよなあ」
「うむ。美味いな」
教授が言った。

688687:2009/04/10(金) 22:37:32
すみません、間違えて2番目の段落をアップしてしまいました。
もう1度仕切りなおしますので、改めて16-49 夜桜 1 改からお読みください。

68916-49 夜桜 1 改:2009/04/10(金) 22:40:27
人文学部棟と教育学部棟を結ぶ道の両脇には桜が植えられていて、北国の遅い
春に合わせて四月半ばに満開を迎える。
道の途中に作られた小さな広場の横にはひときわ大きなソメイヨシノ
があって、その広場がN大文化人類学ゼミの花見の定位置だ。
20年前、俺が文化人類学ゼミに入った頃にはもう、そこが定位置と言われていて、
俺が、院生になり、オーバードクターから助手になり助教授になって、退官した教授
の後釜として文化人類学ゼミを担当するようになった今までも、ずっと伝統を守って
ここで花見をやっているのだ。
近所のスーパーの惣菜やら乾き物やらのつまみと、俺が資金を出して
銘柄指定で買ってこさせた俺好みの地酒5升と、水落の父親から今年も
送られてきた緑川純米吟醸と、軽い酒が好きなゼミ生達のための大量の
ビールやらなにやらを広場の半分を占めるブルーシートの上に広げて、
花見は始まった。

普段の人通りは多くは無いが公共の通路でやっている文化人類学ゼミの花見には、
参加者の顔見知りの飛び入りは歓迎というルールがある。おかげで、「美味い酒が
ただで飲める」とちゃっかり毎年参加する者もいたりするのだ。
「今年もやってるな、及川君」
声をかけてきたのは毎年参加組の工学部の只見教授だ。
「今年もやってます。さ、どうぞ、教授」
俺は自分の隣にスペースを開けて言った。
教授は、小脇に抱えていたマイ座布団を敷いてブルーシートに席を確保した。
ゼミ生がプラコップを差し出し「何にしますか?」と聞くと、教授はちらと俺の横に
まだ封を切られずに置かれている緑川を見た。
「まだ開けてないのか。じゃあ、適当な日本酒を。純米大吟がいいなあ」
「教授、それ、適当じゃないです」
俺出資の純米大吟醸を注がれて、教授は俺に向かって軽くコップを上げてから、
酒を口に含み、ずるずると音を立てて空気と酒とを口の中で混ぜてから嚥下し、
鼻から息を吐いて香りを確認する。
「うむ。美味いな」
ただの飲み会でも、つい、その銘柄の最初の一杯を利き酒の飲み方で飲んでしまう、
俺と同じ癖の教授に、思わず笑ってしまう。

周囲が暗くなる頃には、飛び入りのゼミ生の顔見知りで花見の参加者は膨れ上がり、
ブルーシートのスペースが足りなくなってきた。
念のために用意していた新聞紙を広げていると、後ろから声を掛けられた。
「今年も盛況だな」
水落の声だった。
振り向くと、ジーンズにコーデュロイのジャケットの水落が立っていた。
「よく来たな。教授、水落、来ましたよ」
「おうおう、よく来た水落。これで緑川が飲めるぞ!」
「相変わらずですね、教授」
水落が呆れたように苦笑した。
教授の隣に水落を座らせ、俺は水落の隣に腰を下ろした。
「今年も親父さんからもらったぞ。お母さんも親父さんも元気だそうだ」
緑川の封を切りプラコップに注ぎ、俺はそのコップを水落の前に置いた。
「私にもよこせ」と一気に前の酒を飲み干して開けたプラコップを俺に突き出す教授に、
はいはいと俺は緑川を注いだ。
自分のコップにも緑川を注ぎ、俺達は軽くコップを掲げて乾杯をした。
三人で、ずるずると酒を利いて飲み下す。舌に広がるまろやかながらも複雑な味と、
鼻を抜けるさわやかで華やかな香。
「く〜〜、美味いなあ〜〜〜!」
コップを持ったまま、水落が心底嬉しそうに言う。
「美味いよなあ」
「うむ。美味いな」
教授が言った。

69016-49 夜桜 2:2009/04/10(金) 22:41:21
ゼミ生達はすっかり出来上がり、なにやら賑やかに笑いあっている。
水落は賑やかな宴会を黙って楽しそうに観察しながら、ちびりちびりとコップに
注がれた一杯を飲んでいった。
俺は、今年もそんな水落の嬉しそうな横顔を眺めながら、やっぱりちびりちびりと
酒を飲んでいく。
教授は俺から奪い取った緑川の瓶を手酌で傾けながら、ぐびぐびと飲んでいく。
やがて、コップが空になると、水落はそれをブルーシートの上に置くと立ち上がった。
「ああ、美味かった。ごちそうさま。またな」
「またな」
うっすらかかる靄の中、街灯にソフトフォーカスがかかったように照らされたわっさりと
重そうな満開の桜並木の間を歩いていく水落の背中を俺は見送った。
「いったか?」
教授が言う。
「はい。今年も美味そうに飲んでいきましたよ」
水落が置いたコップを俺は見下ろした。
コップの中には、最初に私が注いだ酒が、そのままあった。


俺の同級生の水落が、飛び入り参加した文化人類学ゼミの花見の帰りに飲酒運転の
トラックに突っ込まれて死んで今年で20年。
当時、水落の入っていたゼミの助教授だった只見先生はすでに教授に、3年生だった
俺は準教授になっていた。
でも、水落はあの夜と同じ格好、同じ笑顔のままだった。
「飲酒運転が原因で死んだのに毎年酒を飲みに化けて出て来るんだから。根っからの
酒好きってのは、水落のことを言うんでしょうね」
「その水落君に毎年一杯注いでやるために大学に居残りたいと、ついに準教授にまで
なった君もずいぶん物好きだと思うがね」
只見教授はそう言うと水落の残していった酒を持上げ、俺に差し出した。
俺は、その酒を一口含み、その味に思わず「うへえ」と声を上げてしまった。
教授が空コップを突き出すので、水落のコップから少量を分けてやる。
その少量を味見すると、只見教授は眉をしかめた。
「毎年のことながら、同じ酒がこのわずかな時間にこんなにも味が変わるのは驚異だな」
「水落が、美味しいところを飲んでいってしまった残りだから不味いんですよ、きっと。
本当に、嬉しそうに、美味そうに飲んでましたよ」
「うむ。幽霊などという非科学的なものは私には見えないし、信じたくは無いのだが...水落
君が嬉しそうにしていたと聞くと、私もそうあって欲しい気分になってしまうのだよなあ」
味も香もすっかり飛んでしまっている酒は、不味いけれど、水落が来てくれた証でもある。
教授が口直しに新しい緑川をコップに注ぐのを見ながら、俺は水落の残した一杯を
夜桜を眺めながらゆっくりと味わった。

69116-46夜桜:2009/04/10(金) 22:50:33
夜を迎えた桜の庭にふらりと顔を出しても、縁側で手酌する家主は表情を変えることさえしなかった。
勝手に俺は隣に腰を下ろし、家主は徳利と空いた杯を寄こす。それが挨拶の代わりとなった。
そのまま互いに一人酒を続けるようにただ黙々と酒を注いでいたが、
先に一本呑り終えたので、俺の方から口を開くことにした。
「盛りは過ぎた。風も出ている。おそらく桜は今晩で散ってしまうのだろう」
「そうかもな。わざわざ人の家の庭にまで押しかけて呑もうとする酔客も随分と減った。
 あとは、もうおまえぐらいのものだ」
もっともおまえは季節を問わず押しかけてくるがな、と淡々とした調子で家主はぼやく。
その物言いの底にあるくすぐったくなるような親しみは、おそらく俺だけが感じとれるものだ。
近所ではこの家の桜は評判で、満開の頃には昼夜問わず花見目当ての客がやってくる。
しかし、少しずつ花が若葉に変わるにつれそうした輩も減り、
葉桜が目立つようになったここのところは再び人が立ち入らないようになっていた。
その若葉が夜に融けてしまうと、一つ一つの小さな花が闇の中からほの白く浮かびあがってくる。
恐ろしさすら感じさせるほどの美しさは、日中には決して見せない桜の夜の貌だった。
「一本もらうぞ」
まだ中身が残っている徳利を引っ掴んで一本の桜の木の下に歩み寄る。
そしてその根元へと中身を全てひっくり返した。
酒で出来た小さな水溜りの上に花びらが数枚滑り落ちる。
「何をする。もったいない」
「こいつにあんまり生白い顔をされると黄泉から覗かれているようでいい気はしない。
 見てみろ。すこしは酔って赤らんだように見えはしないか」
吐いた溜息の深さから慮るに、得心しなかったらしい。
「もう手遅れかもしれんが、あまり酔って無粋な真似をするんじゃないぞ」
「そう野暮なことを言わんでくれ。俺は、お前と呑んでいるときが一番酔えるんだ」
笑いながら家主の首筋に鼻先を擦り付ける。
嗅ぎ取った酒精の匂いにすら酔いが深まるような気がして、頭がくらくらする。
そうしてじゃれついた俺に笑い声をこぼす程度には、こいつの体にも酔いがまわっている。
全てが夢のようだ。夢のように、心地よい。
桜は、今晩で散ってしまうだろう。
この春宵を忘れないように、この光景を忘れないように、
家主に体を預けながら暖かな夜の空気と共に酒を腹へと流し入れた。

692夜桜 定番のオマージュ◇1:2009/04/11(土) 19:39:29
「桜の樹の下には、屍体が埋まっている」
「――君は梶井基次郎が好きだったか、」

四月とはいえ、夜は冷えていた。強い夜風が頬を撫で、外套が靡く。
地面に敷き詰められた桜の絨毯が、
自ら闇に呑まれるように、漆黒の境界に溶けていった。

「いや――妻がね、好きだったんだよ。美学がある、と云ってね」
今日は彼の妻の一周忌だった。彼女の輪郭を辿るかのように、彼は目を細めた。
「早いものだな。……彼女はね、君と映画に行くのが好きだったんだよ。
蘊蓄が聞けるといってね、喜んでいた。妬けるから、黙っていたけど」

「少しは、落ち着いたか」
 私は口早に云った。
「ああ、お陰様でね。君にも随分世話になった」
眠りという一時の安息にも身を委ねることができなかった彼の深酒に付き合うのは、私の役目だった。
 泡沫の酔いの中にいる間、彼はよく笑いよく話し、そして、それが醒めると鬱ぎこんでいた。
 十日に一度はあった真夜中の訪問は、今では間隔を広げつつある。

「本当にね、感謝しているんだ。――学生の頃は、君とこんなに長くあるとは思っていなかった。
満開の桜の下でドストエフスキーを読み耽る様な奴だからな、君は。確か、此処だったろう」

覚えていたのか。

「桜とドストエフスキーは、合うのかい」
柔らかな陽射しのもと、学生帽の影に隠された彼の表情は読み取れなかった。
「このコントラストが好いんだ」
そう云った自分はあの時、どんな顔をしていただろうか。

693夜桜 定番のオマージュ◇2:2009/04/11(土) 19:54:29
夜桜が、まるで昔日の亡霊のように闇に浮く。この桜のある母校へ誘ったのは彼だった。
「君は、変わらないな」
ふいに彼が云った。
ひとつ息を吸って、私は嘯く。
「変わったさ。俺も、お前も」

違う、変わることができなかったのだ、逃れることができなかったのだ。
この愚かしいエゴイズム、肥大し続ける妄執、劣情、そのすべてから。

お前は知りもしないだろう、
お前に恋人を紹介される度に、この桜の下に埋葬した私の屍体を。

お前は知りもしないだろう、
彼女が逝ったと知らせを受けた時、私の口元が悦びのかたちに歪んだことを。

お前は知りもしないだろう、
彼女と映画に行く度に、食事に呼ばれる度に、お前の相談を受ける度に、
お前が幸せだ、とつぶやくその度に埋葬し続けてきた私の屍体を。

(ああ、桜の樹の下には屍体が埋まっている!)
いくつもの私の屍体は腐敗し、ぬらぬらと澱んだ血を地中に吸わせている。
迷路のような根はそれを一滴残らず絡めとる。
(何があんな花弁を作り、何があんな蕊を作っているのか、毛根の吸いあげる水晶のような液が、
静かな行列を作って、維管束のなかを夢のようにあがってゆくのが見えるようだ――)

彼の手が肩に触れた。
己の屍体を、狂い咲く桜を、その幻を見ていた私は、驚いて彼のほうを向く。

「行こうか」
変わらない笑みだった。
そうだった。この桜の下で出逢った時、お前は同じ顔をしていた。
晴れやかな笑顔ではない、少し寂しさをたたえたその、顔。

――ああ。
埋葬したはずの屍体が息を吹き返そうとしている今、彼に触れられた肩だけが熱いのだ。

694気圧の知識がない 文章の雰囲気は好き お次どうぞ◇1:2009/04/12(日) 16:26:21
「お前、気象予報士にでもなんの?」
うるさい奴が来た。どう考えても人種が違うのに
しつこく絡んでくるこいつとは、入学式で隣だったというだけの関係だ。
「考え中」
短く言って、僕は奴を視界から追い出し、
『石原良純のこんなに楽しい気象予報士 (小学館文庫)』に視線を戻す。
「はっ、おまえ、良純って」
「うるさい」
「――前は『小説家になる方法』読んでなかったか」
そうなのだ、こいつはことごとく嫌なタイミングで現われる。
その時は、本を開きながら書いていた散文を読まれたのだった。

「あれは……いいんだ、もう」
ため息をつきながら言うと、
「なんだ、お前の書く文章の雰囲気、好きだったのに」と奴は言った。
思わず奴を見る。目が合って、しまった、と思った。
畜生、不意打ちだ、こいつはことごとく嫌なタイミングでこういうことを言う。

695気圧の知識がない 文章の雰囲気は好き お次どうぞ◇2:2009/04/12(日) 16:27:42
気圧の知識がない 文章の雰囲気は好き お次どうぞ◇1
「空気は気体であるから、その性質として容積を限りなく増大しようとする。
それで空気を容器内に閉じ込めると、どこまでも膨張しようとする結果、
その容器の内面を押すことはもちろん、器内にあるものはみな押される。
この押す力を空気の圧力すなわち気圧という」
僕が覚えたての薀蓄を一息に言うと、奴はあっけにとられた顔をした。
「なにソレ」
「気圧だ、気圧。いいか、良純はなぁ、もっと膨大な知識蓄えてんだよ、
なんの知識もないくせに良純を馬鹿にするな」
睨み付けながら言うと、奴は口の端をチェシャ猫みたいに吊り上げて、
「やっぱ、面白いな、おまえ」
と言った。ああ、これだから嫌なのだ。

こいつが僕に言う言葉はどれをとっても、きっと本気ではない。
僕の文章を好きだと言った言葉も、どうせ信じられたものではないのだ。
なぜ気圧の薀蓄をすぐさま覚えることができたのかといえば、
それがどこか、自分が奴に抱く感情に似て――と、思いかけたとき、にやけた笑いのまま奴は言った。
「で、次はなにになんの?」
引きずられそうになった思考を元に戻し、
「うるさい、良純に謝れ」と、僕は奴の脛を蹴った。

696萌える腐女子さん:2009/04/12(日) 16:29:35
おあ、>>695の冒頭にコピペしたままの文が入ってしまった、スマソ

69716-89 愛馬1:2009/04/13(月) 22:11:40
夜の闇をつんざく呼子の音に、僕は飛び起きた。
夜襲だ。
直後に、抑える必要がなくなった敵のときの声が驚くほど近く
で、とどろくように上がった。
馬番の寝所は厩の隣。息も凍るような寒さの中、上着を羽織る
のも忘れ駆け出し、厩に飛び込み、入り口にある領主様の馬具を
抱き上げる。
他の馬達が外の騒ぎに鼻息荒くざわめく中、入り口に一番近い
柵の中の領主様の白馬は泰然としていた。
僕と目が合うと、早く鞍をつけろと催促するように前足を掻いた。


国王様から贈られた外国の白馬はとても大きな体をしていた
けれど、とても気難しくて何人もの馬番を蹴り飛ばして怪我
させていた。
馬番見習いだった僕に白馬の世話が回ってきたのは、馬番として
たいして役に立たないから蹴り殺されても惜しくないからだった
のだと思う。
「汗を拭いておけ」と布を渡され、厩で初めて白馬の前に立った
時、白目が見えるほど大きく開いた目でぎろりと見下ろされ、
僕は困ってしまった。
こんな風に敵意満々の目を向けられているのに、近づくなんて
無理だ。
仕方が無いから、僕は白馬に話しかけた。

69816-89 愛馬2:2009/04/13(月) 22:13:35
こ、こんにちは。
僕は君を見たことがあるよ。
前の戦いを終えて砦に帰って来たとき、領主様を背に歩いていたよね。
他の馬も騎士も、疲れてヨレヨレだったけど、領主様も君も、返り血に
濡れながらも胸を張って堂々と歩いていた。
とても格好よかったよ。
領主様はね、とてもお強いんだよ。ああ、君は間近で見知ってるか。
じゃあ、君は知ってる?領主様はね、とてもお優しいんだ。
ついこの間までいた前の領主様は、子供にひどいことをする人だったんだ。
僕も、ひどいことをされた。他にもそんな子供達が一杯いて、ひとところに閉じ込め
られてたんだ。
でも、今の領主様はそんな前の領主様をやっつけてくれて、僕達をそこから
出してくれたんだ。望む者には砦の仕事も与えてくれた。
ね?お優しい方だろう?

つい興奮して大きな声になった僕は、白馬に鼻を鳴らされて我に返った。
白馬はいつの間にか、僕をにらみつけるのをやめていた。白目が見えなくなった
黒い瞳は、穏やかに僕を見つめているように感じられた。

僕は、早く一人前の馬番になって、領主様のお役に立ちたいんだ。
だから、蹴らないでいてくれると嬉しいんだ。君に...触れてもいいかな?

僕が言うと、白馬はその鼻面を僕の顔に押し付けてきてくれた。

以来、領主様の愛馬は僕の担当になったのだ。


他の馬番や騎士見習い達が次々駆けつける中、僕はいち早く
白馬に鞍をつけ終わり、厩から引き出した。
直後、領主様の声が聞こえる。
「おのれ、裏切りかっ!!誰か、馬をもて!」
「はいっ!!」
僕は叫んで白馬と共に領主様の下へ走った。

69916-149 「誇り」:2009/04/17(金) 18:37:43
うっかり萌えたので一応投下。
連投気味なのでwiki収録は辞退させて下さいませませ

HO・KO・RI――またの名をプライド。
男はそれなしには生きられないと言っても過言ではないだろう。
自尊心・自負心とも呼ぶそれらは、ただ存在するだけでは意味を成さない。
それが崩れる瞬間、または対峙する瞬間にこそ、「萌え」は産声を上げるのである。
ここに短くはあるが例を示してみたい。

①プライドの崩壊
「――でさ、掘っても掘られたことはないってのが俺の誇りってわけよ」
「へぇーそりゃ凄いねぇ」
「……なのになんで俺、あんたに乗られてんの」
「まぁまぁ任せてみなって」
「いやいやいやいや舐めんな!んなとこ舐めんな放せこのっ…」
「実は俺もなんだよね」
「はっ?」
「掘っても掘られたことないの♡」
「ちょちょちょっちょとmtk」

②プライドの対峙
「お前、堅気のが向いてんじゃねぇのか」
「馬鹿抜かせ、さっさと行けよ」
「タコが、肩外れてんだろ」
聞き流し、力任せに立ち上がろうとして、膝が笑う。
唐突に肩に衝撃と痛みが来た。奴の靴が俺の肩を躙る。
唇を噛んで悲鳴を殺す、額に脂汗が滲む。
動く方の腕で靴を掴み、怒りを込めて睨んだ。
「退かせ」
「痛いって泣いたら退かしてやるよ」
「そんな趣味があったとはな、反吐が出る」
奴は口の端を吊り上げたまま靴を退かした――と思った瞬間、髪を掴まれた。
「ッう」
声が漏れて、思わず舌打ちをする。
俺を見下ろしていた奴の顔が正面に来て、囁いた。
「逃げんじゃねぇぞ」
「はっ、誰が」
笑える。今更だろう。足蹴にしようと膝を引くと、察したのか、素早く立ち上がった。
「先、行くぞ」
そこに別の意味を見出す自分に嫌気がする。
壁に体重をかけて立ち上がり、口の中に溜まっていた血を、唾とともに吐き捨てた。


拙い例ではあったが、プライドは応用によって無限大に広がる、
「萌え」に欠かせない神器なのである、ということをお分かりいただければ幸いに思う。
また、今回示した「プライドの崩壊」は「性的プライド」の崩壊であったが、
別パターンとして「下剋上」など、プライドが屈服する様される様、
逆転する様なども非常に美味しい例であるということも忘れてはならないだろう。

妄想すればするほど愉しい、萌えに欠かせない要素。それが「誇り」と言えたし。
以上、ご理解・お萌え頂ければ至極光栄であります。

70016-149 誇り1:2009/04/18(土) 02:19:00
 自分なりの誇りを模索しつつ戦う王子の話はいかがでしょう。
 以下、無駄に膨大なあらすじ&シーン抜き取りです。女の子も出てくるので注意。

 舞台は小さいけど豊かな国。
 美しい港、肥沃な大地、実直で勤勉な人々のおかげでその王国は栄えていた。
 しかしその恩恵を受けようと、強欲な隣国の軍が王国への侵略を度々企んだ。
 その度に人々は結束し、勇敢に戦って敵を退けてきた。
 主人公は王子。若くして戦線に立って指揮を執り、
圧倒的に不利な状況をひっくり返して勝利を収めたために
他の国からも自国の民からも希代の名将として特別視されている。
 王子は自国の平和を乱し、搾取を狙う隣国を激しく憎み、
「国のために戦い、誇りのために死ね」というモットーで鬼神のごとく戦った。
 兵士達は王子の言葉に奮い立ち、死を恐れずに敢然と敵に立ち向かったのだった。
           ――ここまで前フリ――

 戦いが終わり、国内も落ち着いてきた頃、王子は町へ降りる。
 と言っても本人だとバレると囲まれるので、一介の兵士の服を着て変装済み。
 港の方に出かけると、何やら人垣が出来ていて騒がしい。
 様子を伺ったところ、異国から来た若い商人が珍しい果物を売っているらしい。
 王子は隣国絡みの密偵ではないかと疑い、しばし物陰に隠れて監視する。
 商人は気前がよく、美人や年老いた者にはどんどん値引いてやっていた。
 ほとんどの果物が売り切れた頃、商人が立ち止まっていた少女に声をかける。
「お嬢さん、お一ついかが?」
「ううん、要らない」
「おや、どうしてだい? この実はなかなか美味いんだぜ」
「私のうち、父さんも兄さんも死んじゃったからあまりお金がないの」
「へえ、奇遇だな! 僕も父を失ったばかりなんだ。お互い苦労するね。
 じゃあこれは僕からの賄賂だ。お母さんと一緒にお食べ」
「わいろって何?」
「友達の証さ。これを受け取って僕の友達になってくれないかい?」
「もちろんよ! ありがとう、母さん甘いものがとっても好きなの」
「そりゃ良かった。また会おうな」
「うん、それじゃあね」
 笑顔で帰っていく少女を見て、王子は複雑な気持ちになる。
(誇りのために死ね、と言ってたきつけた結果を目の当たりにしたため)

70116-149 誇り2:2009/04/18(土) 02:19:43
「そこの兵隊さんもどうですか」
 王子は突然呼ばれて驚くが、先ほどのやりとりから密偵ではないと判断し、
 商人のもとに近づく。
「あんたは商売上手だな」
「あの子も君も、ずいぶん長いこと見てるからさ」
 商人から最後の一つだった果物を手渡され、王子は金貨を差し出す。
「俺は賄賂は受け取らない主義だ」
「まいった、ここの兵隊さんは清廉潔白なんだね。貢ぎ物って言えば良かった」
「それを言うなら贈り物だろう」
「あるいは勇敢な戦士への供物ってとこかな」
 王子の表情が微妙に変わったのを見て、商人は話を変える。
「悪いけど、入り用でお金が必要なんだ。お釣りが現物になっても良いかい?」
 商人が取り出した作りの良い懐中時計を見て、王子は頷く。
「ここは良い国だね。あの子はお金がないと言ったけど、盗みを働こうとはしなかった」
「ああ、みな気の良い者達だ」
「お隣りの国ではこうはいかない」
「あんた、あっちにも行ったのか」
「財布をすられたよ。果物が売れなかったら国に帰れなくなるところだった」
 飄々と語る商人に王子は驚く。
 また、切羽詰った状況にあっても子供への思いやりを忘れない商人に興味が沸き、
彼の話をもっと聞きたいと考える。
「それは難儀だったな。何かの縁だ、一緒に酒でも飲まないか」
「おや、賄賂が効いたかな?」
「友情の証なら受け取る」
 こうして二人は心を交わし、海を越えた友情を育てる。

 酒場にて。
王子「あんたの父上はどのような方だったんだ」
商人「お偉いさんさ。下の者に命令を出して、自分は煙草をふかすような」
王子「戦場には指揮官が必要だ。立場に見合った仕事がある」
商人「求められるのは優秀な指揮官だ。無能な指揮官は国を滅ぼす」
王子「お父上は無能だったと?」
商人「そうだね。頭の回る人だしそれなりに結果を残してたけど、
   僕は蛮勇を奮う者を優秀とは言いたくないんだ。君はどう思う」
王子「勝てば優秀で負ければ無能だ」
商人「シンプルだなぁ」
王子「この国は長い間ずっと隣国からの干渉を受けてきた。戦いにも慣れている」
商人「“誇りを賭けた戦い”だね」
王子「知っているのか」
商人「海の向こうでも有名になってるよ。悪魔のように強い将軍様がいて、
   絶体絶命の状況を逆手にとって向こうの軍をなぎたおしたって」
王子「何匹分も尾ひれがついてそうだな」
商人「もう一つ知ってる。“国のために戦い、誇りのために死ね”」
王子「誓いの言葉だ」
商人「もしも僕が将軍だったら、この台詞は決して言わない」
王子「……何故だ」
商人「なんだい君、ちっとも飲んでないじゃないか。ほら、杯を貸してくれ」
王子「あ、ああ。悪いな」
商人「ここは本当にいい国だね。酒が美味いし、女もきれいだ」
王子「あんたの国はどんなところだ」
商人「まあまあってところかな。父は失敗したが、兄は優秀だ」
王子「兄上がどうしたって?」
商人「いや、こちらの話さ。とりあえず飲みなよ、夜はまだ長い……」

70216-149 誇り3:2009/04/18(土) 02:20:22
 次の朝、王子は港まで商人を送る。
 そこには昨日の少女も来ていて、商人の姿を見つけて駆け寄ってくる。
少女「果物とっても美味しかったわ! 母さんも喜んでた」
商人「そうか、気に入ってくれて良かった。大きくなったら僕の国においで。
   夏になればそこら中に実がなるんだ、いくらでも食べ放題だよ」
少女「もう帰るの?」
商人「残念ながらね。君に会えてよかった」
少女「私もよ。じゃあお別れにこれあげる、航海のおまもり」
商人「わあ、ぬいぐるみ? 君が作ったの?」
少女「うん、母さんに習ったの。これがあれば、お父様を思い出してもさみしくないでしょう」
商人「君は心優しいレディーだね。ありがとう、大切にするよ」
少女「そこにかがんで。キスしてあげるわ」
商人「嬉しいな。大人になってからもしてくれよ」
少女「結婚する前ならね」
商人「慎みは女性の美徳だ。レディ、僕はもう帰るけど、僕の友達とも仲良くしてくれる?」
少女「あら、兵隊さんもキスしてほしいの?」
王子「いや、俺は……」
商人「彼はシャイなんだ」
少女「いいわよ。この国を守ってくれる誇り高き戦士だもの」
商人「良かったな」

 頬にキスされて黙り込む王子の顔を、少女が下から覗き込む。
少女「でも死んじゃいやよ、友達まで死んじゃったらさみしいもの」
 王子が少女の境遇に思いを馳せていると、商人が王子の背を軽く叩いて
大丈夫、この男は悪魔みたいに強いんだと少女に告げる。
王子はぎょっとして商人を見つめるが、相手の態度は何も変わらない。
丁度その時、商人の乗る船が出港の準備を終えて海に出ようとしていた。
少女「やぁね、悪魔だって不死じゃないのよ。今度兵隊さんにもお守りを作ってあげるわ」
商人「感謝するよ、レディ。兵隊さんも、有意義な夜をありがとう」
 商人は進みだした船に向かって走り出し、すんでのところで飛び乗った。
王子「待て、あんた一体何者だ」
 船は、徐々に遠ざかっていき、二人は互いに声を張り上げる。
商人「僕に会いたくなったら海の向こうの国を訪ねてくれ。
   あの時計を見せれば、誰かが取り次いでくれる」
王子「私のことを知っていたのか」
商人「普通の兵は商人に金貨なんか渡さないよ、次からは気をつけるべきだ」
王子「あの果物は――」
商人「友情の証さ! 僕はこの国も君たちもすっかり気に入ってしまったからね!」
 更に小さくなっていく船に、少女が大きく手を振る。
少女「私もあなたのこと気に入ったわー!」
 また会おう、という商人の声を最後に、船は国に帰っていった。
 王子は呆然として、ポケットから懐中時計を取り出す。
 その裏側には、海を挟んだ国の王家だけが使うことを許されている紋章が掘り込まれていた。
少女「兵隊さんもわいろをもらったの?」
 聞く人が聞けば大事件として取り沙汰されるようなことを少女に言われ、王子は頭を抱えた。

70316-149 誇り4:2009/04/18(土) 02:20:48

 王子は商人(のフリをした他国の王族)の言葉の意味を考える。
「もしも僕が将軍だったら、この台詞は決して言わない」
――国のために戦い、誇りのために死ね。
 人々は奮起し、隣国に打ち勝った。この国は守られたのだ。
 何も間違ってはいない、兵士たちは勇敢に戦い、見事な生き様を見せてくれた。
 そう思う一方で、少女の言葉も耳に残っていた。
「死んじゃいやよ、友達まで死んじゃったらさみしいもの」
「今度兵隊さんにもお守りを作ってあげるわ」
 彼女と母の貧しい食卓に、あの果物はどれだけの潤いを与えたのだろう。
 父や兄を失ってなお、他人を慈しむ心を忘れないこの国の子供はなんと美しいだろう。
 王子が一つの結論に至った頃、国境に隣国の兵が向かっているという知らせが届く。

 すみやかに軍議が設けられ、もちろん王子も呼び出された。
 いくつかの守備・攻撃の戦術が提案された後、王子は意見を求められた。
王子「戦わないという方法もある」
 周囲の軍人はざわめき、名将、気が狂ったかと口走る者もいた。
軍人「どういった方法です、凡兵にもわかるようにおっしゃってもらわなければ」
王子「海向かいの国と同盟を結び、その旨を隣国に伝えるのだ。
   あの国は隣国を上回る勢力を持っている。大きな威嚇になるだろう」
軍人「は! 猫のケンカじゃあるまいし、威嚇などにどれほどの意味がありましょう。
   戦って血を流さなければ、愚かな奴らはわからんのです」
王子「そうやって今まで幾度も戦ってきたではないか。結果、何も変わらない」
軍人「もしもあの国が隣国以上の脅威になったら如何されるのです」
王子「いや、それはない」
軍人「何故言い切れるのですか」
王子「――内々に上部と話をつけておいた」
軍人「何ということを……!」
王子「もちろん国境には兵を置く。しかしこちらからは手を出さぬ」
軍人「この国の誇りをお忘れになったのか! 他国に助けを請うなど許されない行為だ。
   私はあなたに余所の王の靴をお舐めさせて勝とうとは思わない!」
 悲痛な叫びが響き、広くはない会場が静まり返る。
 王子は侮辱ともとれる発言にも落ち着いたまま、穏やかに語りかけた。
王子「お前にとって誇りとはなんだ」
軍人「この土地と我が血でございます」
王子「私にとってはおまえ達すべてが誇りだ」
 その場にいた全ての者が王に注目した。
「全ての民は私の父であり、母であり、兄弟である。みな愛しい家族だ。
私の統べるべき国に生まれてきてくれた美しい者たちだ。
皆がいなければこの国もなかった。民こそが私の誇りだ。  
誇りを守るために、私は最良の方法を選ぶ。それだけだ。
民のために戦い、誇りのために生きるのだ」
 王子が話し終えると、もう反対する者はいなかった。
 兵の割り当てと渡航の詳細を決め、王子は商人のもとへ行くことになり、
 最後まで王子に反対していた軍人が国境を防衛する役割を担うことになった。
(王子は名将と言われる自分に、信念のために逆らった軍人を信頼した)

70416-149 誇り5:2009/04/18(土) 02:22:00
 出航の際、王子は港で人待ち顔の少女を見つける。
 声をかけると、少女は以前と違って立派な服を着ている王子に驚く。 
少女「いやだ、すっかり見違えちゃったからわからなかった!」
王子「あいつに会ってくる」
少女「よろしくって言っておいてね。あ、約束のお守りよ。やっと渡せるわ」
王子「心強いな」
少女「キスは要る?」
 王子は彼女の前に跪き、両頬にキスを受ける。
少女「王室式なのね、すてき! 片方のキスはあの人にあげてね」
王子「君のためなら、レディ」
少女「いってらっしゃい、王子様」

 こうして王子は異国に着き、商人(の振りをしてた王子)にキスをして面食らわせ、
あれやこれやしてすばやく同盟を組み、隣国に脅しをかけて
戦争を回避&今後の侵攻の禁止を約束させます。
 民衆はもう隣国に脅かされることがなくなったと聞き、お祭り騒ぎ。
 希代の名将はそのうち希代の賢王として期待されるようになりました。
 王国同士の国交は末永く続き、二人の友情も更に深まり、
少女の結婚式の際は三人でヴァージンロードを歩いたのでした。

70516-180 昨日:2009/04/20(月) 19:52:32
昨日のことを思い出した。
村上と、夕方まで一緒にいた。
駅で別れる時間まで、駅ビルのでっかい本屋で心ゆくまで新刊漁ったり、専門書パラ見したりした。
本屋に入る前に公園で飲んだ暖かい缶コーヒーのおかげで、実にゆったりした気分で過ごした。
公園の桜はすっかり散ってしまっていたが、枝変わりなのか、
一枝だけ、もうまばらな花を残している木があって、
それが風に吹かれて最後の花びらを散らすのを、ベンチで見ながら飲んだ缶コーヒーだった。
村上が、
「まるで祝福の」
言ったと同時に、自分でも無意識の正拳突きが奴の腹に決まったっけ。
「さっき食べた天津飯がぁ……」
悶えた村上。これ見よがしに大盛りなんか食べたからだ、馬鹿。
あいつのアパート近くの中華料理屋は天津飯が美味いんだ。ラーメンは不味いけど。
俺の方は少々食欲不振だったから、嬉しそうに注文する村上にちょっとむかついたな。
意地でも残したりしなかったけど。
幸い、昼前の早い時間だったから、店内は二人っきりで。
昼飯っていうか、朝昼兼用だったから早めの時間だったんだ。
朝飯は食べてなかった。そんな暇無かった。
とにかく人に見られたくない気分だったから、他に客がいないのはありがたかった。
店に行くのに村上の部屋を出るときは、なんかもう、顔上げられないぞって感じだったもん。
世間様は、みんなとっくに休日を元気に満喫してるっていうのに。
お天道様はあんなに明るく真っ当に輝いてるのに。
後ろめたい。
そのつい30分まで、暗い部屋で俺達は布団の中だったから。
男二人で。昨夜のまま素っ裸で。外の喧噪を聞きながら。
目を閉じたまま聞いた、低い、好きだって言った村上の声が耳に残る。
そういう朝は初めてだった。
俺も、と呟くのが精一杯だった。

ああ、明日どんな顔して村上に会えばいいんだろう。

706萌える腐女子さん:2009/04/20(月) 22:04:22
>>705
最後の行は
「ああ、今日どんな顔して村上に会えばいいんだろう。」
でした……orz

707昨日:2009/04/20(月) 22:23:44
実は僕は超能力者でしてね、妙な時間に俺を呼び出したそいつは素っ頓狂な事を言い出した。
「といっても気づいたのは最近で、どうやらある『1日』を何度もループさせる力があるんみたいなんです」
じゃあお前は『今日』を何度も体験してたりするのか?
「その通り。かれこれ1週間は今日…というか僕にとっては、昨日であり一昨日でもありそのまた前の日でもあるというややこしい状態なんですが、4月20日が続いています」
ずっと同じことをやり続けているのか?
「仮説ですが、僕が今日という日にやり残した事を悔やむ思いから、こんな力が芽生えたのかと思いまして」
起きる時間、通る道、食事のメニュー、話相手などなど、とにかく片っ端から違う『今日』を試してみたのだと言う。
「試行錯誤した結果、やはりあなたしかいない、と思いまして」
確かに俺は明日から結構な期間海外研修に出る身だが、なんか俺に恨みでもあんのか。
「いえ、」
不意打ちのように腕を引かれた。口と口が重なる、信じがたいことだが、俺とそいつの。
時計は今まさに23時59分59秒。
「ずっと、好きだったんです」
次の瞬間、そいつは『昨日』からの脱出に成功した。

70816-209「死ぬ気でがんばります!」:2009/04/22(水) 01:07:52
敵はもう目の前まで迫りつつあった。
どうするか、王族である私が残って士気を高めるべきか。
それともここは敗戦を見越して、再起を計るべきか。
眠れぬ夜が続き、斥候の報告では明日あたりにいよいよ全面対決になるのでは、という夜、幼馴染みの奴が訪ねてきた。
「あれ〜王子どうしたんですか〜そんな深刻そうな顔をして!」
……こいつはいつもいつも、空気を読まぬ行動をしてきた。
王子である私の勉学の友として、王宮に初めてやって来た日もヘラヘラと笑って、隠れんぼしましょ〜と言ってのけた男だ。
王子に向かってその物の言い様が出来る程肝が座っていた、悪く言えばアホな男はこの敵が迫り来る危機的状況にもいつもと変わらぬ物言いが出来るほど肝が座っていた。
「深刻にもなると言うものだ。敵軍はもう間近、しかしこちらの軍は臨時徴兵されたものが殆どのズブの素人ばかり。敗戦は濃色だ。深刻な顔をしたくもなるだろう」
「あ〜んダメだよ王子笑って笑って?」
そう言って奴はニヤけた笑みを浮かべた。
この状況でなければ、見る人を笑いに誘う、そんな笑みだ。
しかしこの状況では俺は笑う所ではなかった。
「それは無理だと言う物だ……私はどうするべきかな……死ぬと分かっていて、戦に赴き士気を高めるか。それともここは命を惜しんで兵達を見殺しにして脱出するべきか」
フッとため息を漏らす。これは自嘲だ。どうにもならぬ状況への、どちらにしろ兵隊を見殺しにせざるをえない状況への。
しかし奴はまた笑ってみせた、こんなどうしようもない状況だと言うのに。
「大丈夫!俺たち死ぬ気で頑張ります!この国のため!……そして王子のためにも」
奴は俺にそっと手を伸ばしてきた。その手は彼自身にも死が迫っているにもかかわらず震えてはいなかった。覚悟とでも言おうか、彼の気持ちが伝わってくる気がした。
「……いいか、あくまでも死ぬ『気』だぞ!僕を残して本当に死んだら、絶対許さないからな!」
奴はいつものように「は〜い」とふざけたポーズを取ったが、今の僕には、それを信じるしかなかった。

70916-149「誇り」:2009/04/24(金) 12:04:00
作戦決行前夜。
「頼みがある」
小さな明かりをつけて使い慣れた小銃を手入れしていると、藤堂が俺の部屋を訪ねてきた。
無口だが、ある種の鋭さを瞳に秘めた二十代後半の男。
喋ってみると博識で豊かな知恵もある教養人であることがすぐに解った。
徴兵される以前はさぞかし栄誉ある職に就いていたに違いない。
どちらかというと無教養で快活な性格の自分は、そんな藤堂とは共通点が同年代という以外はほぼ皆無で、
だからこそ他人より仲よくすることができた。
自分の部屋にやってきて、藤堂さんが改まって頼み事をするなんて珍しい。
俺は一瞬そう思ったが「入れよ」と普通に返事をした。
「こんなことを君に突然言うのは間違っているのかもしれないし、もしかしたら俺という人格を疑われるかもしれない」
「…何が言いたいんだ?」
入ってくるなりそう切り出す藤堂に、俺は眉間にしわを寄せる。
「多分、俺は明日死ぬ」
突然のセリフに、俺は一瞬言葉に詰まった。
「…ここにいる奴らは、藤堂も俺も含めて明日死ぬかもしれない奴ばかりだろ。なんでいちいち俺にそんなことを言うんだ」
かろうじて尋ねると、相手はすこし間を開けた。
「そうだな。これはきっと言い訳なのかもしれない。けど」
言葉を切って軽く息継ぎをして、そいつは言った。
「だから、俺を抱いてほしい」
銃の手入れをしていた手が止まる。改めて俺は奴を見た。灯りがうす暗くて表情が見えない。
「それを、言うために、ここに?」
「そうだ」
「…何故」
死が隣り合わせの戦場では、男性同士のセックスはよくあることだ。
おそらく生き物としての本能がそうさせるのだろう。
しかし奴は本能よりも理性が勝つタイプだと思っていた。なのにそいつがそんな物言いをする。
俺は正直戸惑った。
「俺がこんなことを言うのが理解できないという顔をしているな」
声のトーンを変えず、淡々と奴が喋る。
「当たり前だ。明日死ぬかもしれないから抱いてほしいなんて、理屈に合わない。お前らしくない」
「理屈に合わないのが人間だ。そしてそれは性欲も戦争も一緒だろう」
一歩一歩自分に相手が近づく。
『奴らしい』とはなんだろう。自問しながら体を緊張させる。
「どうしたんだ。本当にお前らしくもない」
それでも俺はそう言うしかない。
「俺らしいとは何だ。理屈に合わないと俺らしくないということは、普段人間らしくないのが俺ということか」
「そんなことは言ってないだろ」
相手の顔が近づきアルコール臭がして、初めて彼が酒を飲んでいることに気がついた。そして眼下が赤く腫れていることも。
「なあ、頼む」
銃の扱いを覚えて半月余りの細い腕が、自分の襟を固く握りしめる。相手の顔が自分の顔に寄せられた。
互いの唇が触れた後、消え入るようなかすれた声で奴が言った。
「…おかしくなりたいんだ」
その言葉で藤堂の自尊心の崩壊を知った俺は、突き動かされるように奴を抱きしめた。
相手の唇を奪ってそのまま背後のベッドに押し倒す。下衣をはぎ取り相手に自分を叩きつけるように、乱暴に交わった。
交わる間、奴はずっと泣いていた。
何度も口付けて、俺を慰めながら何度も「助けて、助けて」とうわ言のように繰り返す。
無性に悲しくて、俺もずっと奴に慰められながら、同じように泣いた。

710萌える腐女子さん:2009/04/24(金) 12:07:39
>>709
11行目「藤堂さん」⇒「藤堂」です。誤字すみません!

71116-239 「そろそろ本気だしていいですか?」:2009/04/28(火) 22:47:29
「そろそろ本気だしていいですか?」
凝ってきた肩と首を鳴らして、あくびをかみ殺した。
社長の手慰みにつきあうのも一仕事だ。
いい大人の男が、もう数年来、昼休憩のゲエムにうち興じているのだった。
昼餉をかき込み終えると、社長はニコニコと道具を出してくる。
最初のうちは碁や将棋といった馴染みの遊びだったが、
マンネリズムを感じたのか五目並べ、回り将棋、将棋崩しと手を変えてきて、
それも回数を重ねて後は、何やかんやと様々なゲエムの類をどこからか持ってきて、
時には説明書きを読み読み、試行錯誤に遊ぶようになったのだ。
西洋骨牌はポオカア、お婆抜きが定番となった。
行軍将棋をやった時は審判役がおらず、二人でやるとこれは揉めた。
野球盤はなにしろ乱暴で、あっさりと破れてしまった。
源平碁は簡単な手順ながら良くできた遊戯であった。
麻雀、花骨牌、西洋双六、チェス……枚挙にいとまがないほどやった。
人類はかくも暇をもてあます生物なるか、と思わず考えさせられるくらい、いろいろなゲエムを社長と遊んだ。
そう、社長の相手はいつも僕だ。こちらは社長と違って、
いつも店内にいて、客に帯を見せたり紐を出したりがそも仕事だというのに、
こうして奥へ引っ込められて、茶まで持ってこさせて、
「柿本君、一番勝負、一番だけだから」
などと言って、調子よく延々つきあわされるのだ。
そのくせ社長は下手の横好きであった。
目新しいゲエムは僕も勘所がわからないが、将棋や碁なら多少の定石は知っている。
そうして指したり打ったりしていると、格段勝ってやろうとか思いもせぬがいつも勝つ。
素人目に見ても、社長の筋は目茶苦茶だろう。
下手な相手と遊ぶのは、それはそれでくたびれるものだ。
大概僕は飽きっぽい方だし、店も気になる。そこで常に良い頃合いで、
「そろそろ本気だしていいですか?」
と社長に宣言する次第だった。終了宣言であった。

今日に限って、社長の返答は否だった。
「駄目だよ」
にやりと笑って、本日のゲエムである碁の盤から目を上げた。
「あんまり早く終わっちゃつまらない、せっかくの時間だよ」
ふ、とその笑みが苦さを加えたものになって、
「酒も煙草も悪い遊びもやらないお前さんが、ただ付き合ってくれるのはこれだけだからな」

71216-259 「漢を目指す受とそれを必死で止める攻」:2009/04/29(水) 17:28:06
『ボビーになってきます。2週間で帰ってきます。何も言わずにいなくなってゴメン』
いつも通りネギのささった買い物袋を提げ、合いカギを使い、上機嫌で部屋の扉を開けた俺を待っていたのは
誰もいない片づけられた部屋と一枚の簡単な書き置きだった。
「…は?」
俺の頭の中をあらゆるクエスチョンマークが埋め尽くす。
いやいやいやまてまてまてまて待ってくれ
ボビーになる?誰が?お前が?お前は生粋の日本人だろう?いやその前に人は他人になれるのか?2週間てなんだ?それって国籍変更の申請期間?というかこの部屋は?てかなんでお前いないの?なんでキレイなの??
しばらく呆然と立ちすくむ。どさりと買い物袋が崩れ落ちる音がした。その音で思考停止だった頭が再びフル回転し始める。そしてやっと、理解した。
「あ…のや、ろーーーーー!!!!!」
魂の限り雄たけびをあげると、ベランダに出て紐で縛られたチラシや雑誌をチェックする。あるだろうか。あった。
『君もボビーになろう!2週間の筋肉強化合宿!見違える体!!鍛えられた肉体美!!! 日時…場所…』
「畜生!」
急いで携帯を出して、アイツに連絡する。
俺に何も言わず、書き置きだけ残して消えたんだ。携帯なんて出ないだろうという気持ちはあったが、それでもかけずにはいられない。
『本物の漢(おとこ)ってやつになりたいんだ』
そういって、白く細い腕を自嘲気味にあげてみせたアイツが脳裏をよぎる。
『あぁ、そうだな。お前は漢ってやつを知らなさすぎるもんなぁ』
冗談交じりにそう返したのを覚えている。いや、しかしまさか、だからといって、こんなことになるとは。
「出ろよ…出ろよ…」
電源は切ってはいないようだ。プルルルルという電子音が耳に響く。繰り返す無機質な音を聞きながら、説得の台詞を必死に練った。
いいか、良く聞け。俺はお前のそのホワイトアスパラのような白さが好きなんだ。いや、ちがう。抱いた時の物質的な硬さが、いや駄目だ。
もやしのような…いやむしろこの表現は逆効果だ。思いつく台詞は全て酷い。まるで悪者。
俺が言いたいのはこんな事じゃない。こんな事じゃないんだ。
「…はい」
アイツの声が電話越しに聞こえた。まさか出るとは思わなかった分、不意をつかれて今まで頭に渦巻いていた台詞が全て吹っ飛ぶ。しかし時間は待ってくれない。
ごくりと唾を飲み込む。伝えられるだろうか。いや、伝えなければ。俺は、お前が、好きなんだ。
「あのな…」

71316-259:2009/04/29(水) 22:02:40
レスいただきありがとうございます。
なんか思いついてしまったのでスピンオフ。

「岩城竜之介さんってこちらですかー? 宅配便です、はんこ下さい」
「いつもご苦労様です。わー、やっときた」
「竜ちゃん。それ、この間頼んでた通販の家具?」
「うん。一目ぼれしちゃって……。うわ〜、思ってた以上に可愛い!」
「いつも以上にバラがたくさんついてるねえ」
「さとりん、ごめんね。本当は嫌なんでしょ、こんな部屋……」
「いや、別世界にいるみたいで楽しいよ。携帯の模様替えも面白いし。また変えた?」
「気がついてくれて嬉しい! このチュールフリルとテディベアが可愛いの!」
「可愛いけど、現場で驚かれたりしない?」
「驚かれたから現場用は他に用意したんだ。ほらほら、とにかくご飯食べよ! お腹すいたでしょ?」
「ありがとう。今日は何?」
「炊き込みご飯と、魚の味噌ホイル焼きと、あさりのお吸い物、五目豆」
「くー、いいね。いつもおいしいご飯が家で待ってて幸せだよ」
「もう。今日は嫌なことあったけど、さとりんがそんなこと言ってくれるから全部吹き飛んじゃう!」
「ああ、なんか現場で怒鳴ってたね。竜ちゃんがゲンコツで殴ってたから、
職人さん相当な事したんだろうなーって思ってた」
「見てたの?!」
「進行チェックに。一応、親会社の人間ですから」
「いやー! さとりんに見られてたなんて!」
「竜ちゃんが真剣に仕事をしてる所を見るのは好きだよ。
それにきちんと仕事してくれる人の方が会社としてもいいのは当然だろ」
「でも……そんな所ばかり見られてたら、いい加減嫌われるから……」
「嫌いになんかならないよ。竜ちゃんほど可愛い人は他にいない」
「……さとりん!」
「……り……竜ちゃん、ちょっと苦しい」
「あっ! ごめんね! もう、こんなごつい腕最低!」
「そんなこと言わないで。僕はこの腕から芸術的な建物が出来るのを見るのが好きなんだ」
「さとりん……」
「君と出会えて僕は幸せ者だよ」
「ううん、それはこっちの台詞……」
「なんか照れちゃうね。ご飯温かいうちに食べようか」
「うん、食べて」
「後で竜ちゃんも食べさせてね」
「……ばかっ!」

71416-289 「1cm」:2009/05/03(日) 01:10:52
しこたま飲んで酔いが回り始めると、シュウはいつも決まってこう言う。ごめんねえ、と。
「ごめんねえ、またクビになっちゃった」
僕の知っている限り、シュウがバイトをクビになるのは今回で四度目。僕の部屋に転がりこむ前も数えたら、一体何回になるのだろう。いつも誰かと喧嘩をしては啖呵をきって辞めてきてしまう。
リビングに散乱するビール缶をごみ袋へと入れながら、僕は酔っ払いの覚束無い言葉へ返事を返す。
「いいって。家賃だってちゃんと半分入れてくれてるんだしさ、僕は何も困ってないよ」
「だって、俺がいたら、彼女も部屋に呼べないっしょ?」
そしてまた、ごめんねえ。
そんな、もうほとんど眠りに落ちかけているシュウに、苦笑いを浮かべた。
「そんなのは僕に彼女が出来てから心配してよ」
彼女なんて大学以来いたためしがない。
「俺のことは、いつでも追い出していいから。だから良い彼女作れよな」
「はいはい、ありがとね。分かったからもう寝なよ。毛布持ってくるから、ね」
綺麗になったリビングを見渡して溜め息をつき、寝室へ毛布を取りに行く。絨毯の敷かれていない部分のフローリングは、驚くほど足先に冷たかった。
暗い寝室に電気を点け、押し入れから寝具を引っ張り出して、柔らかい毛布へ顔を埋める。
泣いてしまいたかった。
シュウに僕の心の内なんて、何一つ伝わっていない。
高校時代からずっとシュウが好きだった。不毛な恋をしても仕方がないと恋人を作っても、辿り着くのはシュウへの気持ちだけだった。
それなのになあ。
報われることなく、シュウとは平行線の友達のまま。交わって傷つくことも、触れ合うこともない。
リビングへ戻るとシュウはソファーに体を折り畳んで眠っていた。
音を立てないようにソファーの前まで行き絨毯へ跪く。薄いシャツを着た肩まで毛布を掛けてやると、シュウの小さな寝息が聞こえた。
すうすうと安らかな寝息。
僕はシュウの顔へ自分の唇を寄せる。そして、僅かな隙間を残して、そっと呟く。
「好きだよ」
好きだ、シュウ、好きなんだ。
僕はシュウの心を動揺させたくない。この居心地の良い友情を壊してまで、シュウに気持ちを伝えることなんて出来ない。
結局のところ僕は、こうやって最後の1cmを踏み越えられない臆病者なのだ。
ごめんだなんて僕の台詞だろう。
ごめんね、僕はシュウが好きなんだ。だから、シュウが思っているような友情を、僕は思えない。
「好きだ」
小さな小さな声は冷たい部屋にひっそりと消えていく。
臆病者の想いに相応しい、うらぶれた墓場だと、僕は泣きながら笑った。

71516-339「アスリートでライバル同士」:2009/05/08(金) 00:11:21
 その日、退部届けを出した。

 玄関で靴を履いていると、いつの間にか杉田が俺のすぐ目の前に立っていた。
 おい、まだ部活中の時間だろ? 陸上部期待のエースがこんなところで油売ってていいのかよ。
「なあ木下、お前……」
 ぜいぜいと息を荒げているのは、きっと向こうのグラウンドから一直線に駆けてきたからなんだろう。
 いつも後ろから見るしかなかった、流れるような綺麗なフォームで俺の所まで真っ直ぐに。
「ん?もう聞いたのか?」
「聞いたのか、じゃねーよ! 何で部活辞めちまうんだよ! もうすぐ県大会あるんだぞ! 俺とお前どっちが選手に選ばれるかって競い合ってた仲じゃねーか! なのに何で!」
 真っ赤な顔で噛みつくように俺に向かって怒鳴る姿に、ああコイツ理由聞いてないんだなと気付くのは容易だった。
「……脚」
「え?」
「脚、怪我したんだ。だからこの一週間程学校に来れなかった。まあたいした怪我でもないけどこれじゃ練習出来ないし、そしたらお前に勝つことなんてもう絶対無理だからな」
 どうせ大会終われば引退だし、と一言加えて身体を起こす。
「お前まだ練習残ってんだろ? 県大会、俺の分まで頑張ってくれよ。な?」
 立ち尽くしたままの杉田の肩をぽんと叩いてそのまま出て行こうとしたけど、次の瞬間強い力が腕とそして背中にかかった。
「……んで、何でそんな簡単に割り切れんだよ! 俺、お前と走るの楽しみにしてたのに! まだ時間あるじゃねーか! 怪我治して、それからでもまだ間に合うだろ! なあ!」
 ぎゅっと強く抱きしめられて、一瞬言葉に詰まったけれど。
「……ごめん」
 それだけ言うのが精一杯で、俺はそっと杉田の腕を振り解くと一度も振り返らずに学校を後にした。
 頼むから、無茶なこと言わないでくれよ。
 一度たりともお前に追いつけなかった悔しさを、もうこれ以上は知りたくないんだ。
 本当は、ずっと誓っていたことがあるんだけれど。
 お前に追いつき、追い越せたなら、その時絶対言ってやろうって誓ったことが。
 けれども俺は走るのを辞めてしまうから、これから先はお前にずっと追いつけないから。
 だからもう、俺はお前に言えないんだよ。

 ずっとずっと昔から、お前のことが、好きだったって。

71616-359「いたずら」:2009/05/10(日) 03:54:12


「お前のことが、好きだったよ。ずっとさ」
 笑いながら紘介が言った。口の端が奇妙に歪んで、震えたようにみえた。……気付かない振りをした。

 高校時代の友人の結婚式で、5年ぶりに紘介と再会した。
 特に何があったわけでもないが、紘介とは大学が離れて以来どちらからともなく連絡をとらなくなった。よくある話だ。
 中学高校といつも二人でいて、ワンセットとして扱われていた。部活も同じテニス部で、弱小だったけれど6年間ダブルスも組んだ。当時の自分は屈託がなくて、しょっちゅう紘介にいたずらを仕掛けては二人で笑い転げていた。
 大学を離れてからも何度も連絡をとろうとしたのに、メールの文章に悩んで、電話の話題に困って、結局連絡の頻度は減っていった。紘介の口から自分の知らない誰かの話を聞くのも嫌だと思った。
「俺の家近くなんだけど。…明日休みなんだったらさ、うちで飲みなおさない? 泊まっていってもいいし」
 結婚式の帰り、声が震えないように気をつけながら誘うと、笑って康平は頷いた。
 酒を大量に仕入れて、途切れがちになる話題を埋めるようにとにかく飲んだ。普段なら飲むとすぐ眠くなるのに、鼓動が速くなるだけでちっとも眠くならない。
「今付き合ってるやつ、いるの?」
「……紘介は?」
「いないけど。なんか、忘れられなくてさ。こういうの、言われてお前は引くかもしれないけど」
 好きだ、と言われた。
「寝ようか」
「紘介、」
「布団借りてもいい?」

 電気を消して部屋に闇が広がると、途端に息遣いが気になり始める。自分が何度も寝返りをうっている内に、紘介は眠ったようだった。
 ふと、この前高校のクラスメイトだった友人が電話で話していたことを思い出した。
「紘介はさー優しすぎんだよなー。変なとこ臆病っつーかさ。この前の同窓会、お前も紘介も来なかっただろ? 愛美がさ、あ、今実はこの前の同窓会から愛美と俺付き合ってんだけど。愛美がお前と紘介がそーゆーとこそっくりだって言い出してその話でみんなで盛り上がったんだぜ」
 逃げてばかりだった自分に、言う勇気はなかった。「好きだった」と言った紘介の顔を反芻する。
 一番最初に二人でダブルスを組んだとき、練習試合で自分が球を取りに行って紘介とぶつかるのが怖かった。二人とも譲り合って、自分の場所から動けなくて、結局その日のスコアは散々だった。
 いつからだったんだろう。でもそのときも、最初に踏み出したのは紘介だった気がする。
 ……手が震える。ゴクッと唾を飲み込むと、紘介が目を覚まさないように体を起こす。
 眠っている紘介の顔にはうっすらと髭がはえていて、一緒にいた頃よりも男ぶりがあがった気がした。
 唐突に、好きだ、と思った。好きだ。好きだ。…もう、逃げられない。
「……なに」
 紘介に気づいたら口づけていた。ぱっと紘介が目を開ける。
 一生分の勇気を振り絞って笑った。あの頃みたいに。

「いたずら」

71716-369「盲目の正義」:2009/05/10(日) 18:56:15
なんだかファンタジーな萌え語りここに置いてきますね

盲目の正義、ときめく響きです。
ヒーローでも革命の士でもむしろ悪役側でもとてもおいしくいただけます。
正義の名を借りて、自分のやっていることに何の疑いも持つことなく突き進む。
良く言えばとても素直でまっすぐな、悪く言えばとても愚かで意固地な人物だと思います。

私はそうして今まで信じてきたものが揺り動かされる瞬間というものがとても好きです。
敵役に自分の矛盾や見てこなかったものを指摘されて必死になって否定するのもいい。
(その際にお前らとは違う!などと、むしろ正義であるはずの彼のほうが酷い言葉を投げかけるのは多分お約束です)
彼を憎む人物がその坊ちゃんっぷりや偽善をせせら笑うのでもいい。
悪魔の誘惑のように感じられるそれらの台詞で、自分の基盤がぐらぐらになって、
荒れすさんだり、思い悩んだりと、精神的にぐちゃぐちゃになる彼の姿にはとても嗜虐心がそそられます。

着地点としては素直でまっすぐな彼のこと、
それまでむしろ忌み嫌っていた人物の言葉を聞き入れて一緒に戦うのもいいです。
彼はより賢く、よりいいリーダーとして人々を導いていくことでしょう。
もちろん、愚かさや意固地さをを発揮して自分の持つ正義に固執するのもありです。
狂気さえ孕んだようなその様には、もはや救えないという哀れみを感じるでしょう。

ですが個人的には、彼の愚かさを知りつつも傍に控える存在がいるとより萌えます。
自分のやってきたことに疑いを持つ彼に対し、
「お前は間違っていない。考えるな、そのままでいい」と、せっかく開きかけた彼の目をまた閉ざそうとするのです。
彼を利用する奴でもいい。彼やその思想を盲信する人物でもいい。
その弱さや脆さを知ってなお、ただ彼にどこまでも付いて行こうとするのでもいいんです。
死別、決別、彼らに幸福な結末は待っていないかもしれませんが、それでも共にいてほしいと思うのです。

718 16-369「盲目の正義」 1/2:2009/05/10(日) 23:20:25
真昼の病室に風が流れ、赤褐色の髪を遠慮がちに揺らした。
白いベッドに仰臥した青年は、目を閉じたまま、塑像のように動かない。
その冷たい手を取って、上から掌を重ねた。
大丈夫、眠っているだけだ。胸の内で繰り返しながら、昔のことを思い出していた。

ただ一度、心の底から愛した人を、理不尽なかたちで喪ったことがある。
当時はまだ年若く、状況に強いられ、納得のゆかぬ死をただ受け容れるよりなかった。
到底割り切れるものではない。無理と異物をのまされて、心のどこかが歪んだ。
力が欲しい。その一心で、ひたすらに権力の座を目指した。
いつしか位人臣を極め、手にした力で片端から不正を潰して回った。
そうしているときだけ、許されているような気がした。
復讐のつもりであったかも知れない。
厳しさのあまり、方々から恨みを買っていることは承知していたが、
自分の死をもって完結することならば、それはそれで構わないと思っていた。

だが、どうだ。己に返ってくるはずの報いは、無辜の若者に降りかかった。
あのときは非力ゆえに、今また傲慢ゆえに、私はかけがえのない人間を失おうとしている。
また、同じことを繰り返すのか。贖罪の機会すら与えられぬのか。
「君さえ、そばに居てくれれば……」
両掌の間に包んでいた手を、無意識に握り締めた。そのとき―――
「……さま」

どきりとした。蒼灰色の目が、真っ直ぐにこちらを見つめ返していた。

719 16-369「盲目の正義」 2/2:2009/05/10(日) 23:23:10
呼ばれたような気がして、ふと夢から覚めた。
誰かが傍らに付き添っていて、左手を握っているのが分かった。
瞼を開けたとき、視界に入ってきたのはただ光と影だった。
眩しさに馴れてくると、曖昧な影であったものは見慣れた男の像を結んだ。
途端に安堵がこみ上げてきて、思わずその名を口にした。
彼は握り締めていた手を離して、咳払いをひとつする。
「ご無事……でしたか」
「無事に決まっている。私を庇って刺されたのだぞ、君は」
「では、あの男は」
「死んだ。護衛に捕えられ、その場で毒を噛み砕いた……らしい」
らしい、と伝聞形で話をするのは、いかにも彼らしからぬことだった。
まだ、きちんと事実の確認を済ませていないのだろう。
「何故だ」
唐突に彼は言った。意味をはかりかねているのを察して、先を続ける。
「君は、わらったのだ。あのとき……刺された君を抱き起こしたとき、
 君は私を見て、確かに微笑んだ。血を流しながら、息も絶え絶えの状態で、何故」
言われて、徐々に記憶が蘇る。広間に飛び交う怒号と悲鳴が、遠く聞こえていた。
痛みと、噎せ返るような血のにおい。駆け寄って僕の名を叫ぶ彼の姿が、逆さまに映った。
わらっていたのかも知れない。あのとき、薄れゆく意識の中で何を思ったかといえば。
「おかしかったんです」
要点だけをかい摘んで答えると、彼は胡乱げに眉をひそめた。言葉が足りなかったらしい。
「あなたがあんまり取り乱したりするものだから、おかしくなって、つい」
「……君は馬鹿だ」
「ええ、そうでしょうとも」
「救いようのない馬鹿だが、国に必要な人間だ。これからも馬車馬のように働いてもらうぞ」
「素直に長生きして欲しいと仰ればいいのに」
「こういうことは年功序列だ。後から生まれてきた君が先に逝くのでは筋が通らん。
 私は筋の通らぬことが嫌いだ。だから、そのような真似は決してしないと誓いなさい」
生死は神の御業、いずれが先に召されるかは天の決めるところだろう。
しかし、今の彼が求めているのは、そんなありきたりの正論ではない。
「約束します。天地が引っ繰り返っても、あなたを残して死ぬことはない。
 ……だからもう、泣かないでください」
彼はハッとしたように顔をあげ、袖口で乱暴に頬を拭った。
その片腕を捉えて引き寄せ、手首の内側に唇で触れた。
薄く柔らかな皮膚の下には、温かな血が脈打っている。
「あなたも人の子だ。血も涙もあって、 時に間違いを犯すこともある。
 そう気付いたからには、暴走したあなたを止めるのは僕の役目です。
 是が非でも、死ぬわけにはいかなくなってしまいました」
人間誰しも、鍛えようのない脆い部分を持っている。
世に鋼鉄の男と畏れられる彼とて、決して例外ではないのだ。
彼は手首を預けたまま、観念したように苦笑を浮かべた。

72016-499 「次男」:2009/05/30(土) 18:15:45
「ただいま」
がちゃり、と扉の音と一緒に聞こえた声で、一気に気分が落胆する。
俺の隣で本を読んでいた佐藤が、あれ、といってからすぐに本を置いて振り返る。
「お邪魔してます」
「あれ、佐藤。久しぶりだなぁ」
「そうですね。え、いつもこんな時間に帰ってきてましたっけ?」
「今日から中間テストなんだよ」
二人の会話を背中で聞きながら、心の中で舌打ちする。ああ、テストか。
俺と佐藤の高校ではテストは再来週なので、兄が早く帰ってくることなんて
忘れていた。なんでもいいから、早く、部屋を出て行け、と思う。
結局それからしばらく佐藤は兄と喋り続け、兄がこれから塾に行くから、というまで終わらなかった。

兄が部屋を出てすぐに、佐藤が俺の腹を裏手で軽くはたく。
「一言くらい喋りなよ」佐藤の顔は笑っていた。少し困っているようにも見えたが。
「うるせえよ」はたき返して、溜息と一緒に言う。
「せめて振り向くとかさあ。お兄さんと喋るのは楽しいのに、隣からギスギスした空気が漂ってるから、一人気まずくなってたよ」
佐藤の顔を見る。その表情が笑っていたので、少しホっとする。
「お前、あいつと喋るの、楽しいのか」
「楽しいよ。頭がいい人と喋るのって、なんか新鮮っていうか」ああもう喋るな、やめてくれ。泣きそうだ。
俺の気持ちを察したのか、佐藤はそれ以上何も言わなかった。代わりに沈黙がおりる。
くそ、と一人悪態づく。さっきまでは、佐藤が本を読んで、俺がゲームをして、何てことない話をしてて。
なのに、なんでこうなるんだよ。兄が、あいつが。・・・兄は、何も悪くないのが
わかっているから、余計に腹立たしいのだ。
佐藤は、俺が、兄を好きではないことを、兄が好きになれない俺を好きでないことを、知っていた。
知っていて、そばにいてくれる。
けれど、それはいつまでだ?と思う。本当は、俺ではなく兄の隣にいたかったのではないか、と。

72116-499「次男」2/3:2009/05/30(土) 18:17:17


たとえば母と近所のおばさん達が話しているとき、近所のおばさんが兄を褒める。
母は、照れ隠しに俺をつかう。上の子はよくても、下の子はこうなのよ、というふうに。
照れ隠しだとわかっていても辛かった。
兄の担任をしたことのある先生が、翌年俺の担任になったとき、先生は俺に
「あいつの弟なのか」と歯をみせて笑った。けれど、一学期の終盤に入るころには、
「兄にできていたことが、お前はできないんだな」と何かを諦めたように、冷えた目で俺を見た。
中学までは兄と一緒の学校だったから、クラス替えのあと、初対面で喋るやつは
必ず兄の話題から俺に近づいた。兄に近づきたい下心があるわけじゃない。
ただみんな、純粋に、兄が有名だから、その話題から俺と親しくしようとしただけなのだ。
でも、俺は嫌だった。「君の兄貴は─」という言葉を、もう聞きたくなかった。

ぼんやり昔のことを思い出していると、佐藤が俺に勢いよくもたれてきた。ぶつかってきた、に近い。
急な衝撃に耐えられず、俺もそのまま倒れる。ぐえ、と変な声がでた。
「馬鹿だなあ、お前は」俺の胸の上に頭を乗せて佐藤が喋る。
「なにが」お前は思春期男子の性欲にたいする体のちょろさを知っててやってるのか、と思う。
「別に、頭だとか、才能だとか、いい、悪い、しか評価がないわけじゃないだろ」
ああ?とガラの悪い声が出た。佐藤とここまで密着するのは初めてだった。動揺する。

「お兄さんと喋るのは楽しい。でも、じゃれるんなら君がいい」
小さい、呟くような声だった。佐藤の顔は見えないが、髪からのぞいて見える耳は赤かった。
どうすればいいだろう。なんて返せば。そんなふうに言われるのは初めてだ。
上体を起こすと、佐藤が倒れかけるので、自然と腰に腕をまわして支える形になった。
佐藤の顔は真っ赤で、頭より先に体が勝手に動いて、キスしていた。

72216-499「次男」:2009/05/30(土) 18:19:37
腰のあたりで服をギュッと握られる。でも、舌をいれようとしたら、頭突きされた。
「そうやってすぐ調子にのるから、甘やかしたくなかったんだ」佐藤が笑いながらいう。
「仕方ないだろ、調子にのれる場面があまりにも少なかったんだよ」
褒められるのも好かれるのも、全部兄の役目だったから。
言いながら、俺はさっきまで暗い気分だったのを忘れていることに気がついた。
ほんとすげえなコイツは、と思う。ずっと傍にいてほしい。照れ臭くて言えなかった。
「ていうか、これ、どうするんだよ」
これ、とはズボンの中のことだ。佐藤の熱も伝わっていた。これを我慢しろと言われるのは辛い。
佐藤は俯いて、言いにくそうに口をモゴモゴした。
少ししてから、触りあってみる?と聞こえて、思わず聞き返したらはたかれた。
「言っとくけど、お兄さんが出かけてからだからな」
「わかってるよ」笑いながら頭をコツンと重ねた。
少ししてから、行ってくる、といってまた兄貴が部屋を通ってきたけれど、
俺は佐藤と隠れて手を繋いでいたので、兄貴が帰ってきたときに感じた煩わしさはなかった。



汚れたティッシュを詰めたビニール袋の口をしっかり縛りながら、
手を洗っている佐藤に話しかける。「思ったんだけど」
「俺が兄貴絡みで嫌なことがあるたびに、エロいことしてくれたら俺兄貴大好きになるかもしんねぇ」
「思ったんだけど、君って調子にのるとうざいから皆褒めなかったんじゃないの」

723萌える腐女子さん:2009/05/30(土) 18:25:19
これで終わりでした。ナンバリング付け忘れすみませんでした。

72416ー569「君が好きだ」:2009/06/08(月) 07:55:11
雨がざぁざぁと降っていた。
僕はそれを教室の窓から憂鬱な眼差しで眺めている。
――傘がない。
今朝は寝坊をして天気予報がチェック出来ていなかった。
朝、家を出るときには晴れていたから、まさか夕方になって急激に天気が悪くなるだなんて思ってもみなかった。
そうして大降りの雨を見ながら溜め息をついていると、後ろで教室のドアの開く音がした。
「どうして、まだ残っているの」
「あぁ、君か」
振り向けばそこにはクラスメートの鈴木がいた。
少し大人しいけれども明るくてとても良い奴だ。
僕はあまりクラスメートのことに興味など持ったりしない、所謂『変わった奴』だ。
そんな僕が何故彼の印象だけは覚えているかといえば、単純な話、彼に好意を持っているからだ。
他のただ馬鹿騒ぎをしているだけの奴らと違って、彼は明るいのに控えめで空気の読めるお人よしだ。
だから僕がクラスでわざと孤立していようが孤立してさせられていようが、構わず僕に話しかけてきては他のクラスメートとの仲を取り持ってくれたりする。
最初は煩わしくて仕方のなかったその行為が、いつの間にか温かくてどうしようもなくなっていた。
そしてそんな彼だから、クラスでもとても人気者で、一緒に下校する仲間には事欠かない。
だから今日もきっと彼はとっくに帰ってしまっているのだろうと、そう思っていた。
「どうしたんだい?今日はいつもみたいに早く帰らないんだね」
「君が此処にいるのが見えたから、それで」
「それで?」
僕が首を傾げて言葉の続きを促すと、何故だか彼は少し焦ったような顔をして視線を僕の斜め上に向ける。
「それで、気になったから」
「そう」

72516ー569「君が好きだ」2/3:2009/06/08(月) 07:58:45
彼はそう短く応えて、少し考えるように間を置き、また口を開ける。
「じゃぁさ、僕の傘に入って帰らない?一緒に」
少し照れながらそんな提案をしてきた彼に、思わず僕は顔を赤くする。
「何を馬鹿なことを言っているんだい?男同士でそんな、そんな」
破廉恥な。
僕はそう言って顔を俯けた。
きっと今僕の顔はとてつもなく真っ赤に染め上げられているだろう。
あぁ、こんな反応をしてしまっては彼に不審に思われてしまうじゃぁないか!
彼への想いは学生生活のほろ苦い思い出として将来一人で笑い飛ばすために、胸の内に秘めておこうと思っていたのに。
よりにもよって彼の目の前でこんな馬鹿な反応をしてしまうだなんて。
彼に気付かれなくとも、気持ち悪がられたらどうしよう。
そんな考えが頭の中をぐるぐると廻っていて、いつの間にか目の前に彼が接近して来ていることにさえ気付かないでいた。
「ねぇ、そんなにかわいい反応をしないでよ」
え?と思った時にはもう遅く、反射的に上げられた顔を彼は両手で固定して、僕の唇には何か温かくて柔らかいものが当てられていた。
視界いっぱいには彼の顔。
頭が混乱してもうわけがわからなくなって、それでもさっきより顔が赤くなっていることだけはわかった。
「そんなに固まらないでよ。またキスしたくなる」
キス。
その単語で漸く頭が何をされたのかを理解しはじめた。
つまり僕は彼に接吻をされたのだ。
そして理解した瞬間に僕の身体の力はふっと抜けてしまい、僕は床に盛大な尻餅をついた。
「初めてだった?ごめんね」
「な、なな、なに、なんで」
「好きだから」

72616ー569「君が好きだ」3/3:2009/06/08(月) 08:00:03
すき?すきってなんだっけ。すき、すき。好き?
……好き!?
誰が、誰を!?
まさか、そんな、彼が、僕を?
ありえるわけがない。
だって彼はクラス一の人気者で、それに比べて僕はクラス一の変わり者で。
そんな彼が、こんな僕を、好きになるなんて、そんなはずは。
「好きだよ。君が好き」
あぁ、そんなまさか。
これは夢じゃないのか?
そう思って僕は思い切り自分の頬を抓った。
痛い。夢じゃない。
夢、じゃ、ない。
そう思った瞬間、僕の両目から涙がこぼれ落ちた。
彼の前で泣いてしまうのが恥ずかしくて必死に涙を拭おうとするけど、次々と涙は溢れ出して止まらなかった。
涙で滲んだ視界の向こうで、彼が苦笑したのがわかった。
「ねぇ、返事は今すぐもらえるのかな?」
彼が手を差し出しながらそう問いかける。
僕は彼の手に自分の手を重ねながら嗚咽で途切れ途切れになりながらも、必死で彼に想いを伝える。
「ぼく、も、きみが、す、き。きみが、すきだ。」
彼は笑顔で僕を立たせ、そのまま抱き寄せキスをする。
僕は彼の背中に腕を回して、彼に身を任せていた。
「相合い傘、する?」
「……破廉恥」
ぼそりと呟いた僕の言葉に、彼はまた苦笑した。

雨はいつの間にか小雨になっていた。

727萌える腐女子さん:2009/06/08(月) 08:01:25
初投下させていただきました
最初ナンバリング忘れてすみません

72816-569「君が好きだ」:2009/06/09(火) 03:13:01
本スレ570です。踏み逃げみたいになって申し訳ありませんでした。
遅くなりましたがこちらに投下させていただきます。
_________________________________

「君が好きだ」

「へえ、俺は白身も好きだけどな」
朝食のサラダをフォークでつつきながら、彼は答えた。
頬杖をつき、かき回すだけで一向に食べる様子はないサラダに視線を据えて。
僕はもう一度繰り返す。
「君が好きだ」
「そんなに好きなら、俺のやるよ」
ぐちゃぐちゃになったサラダから、スライスされたタマゴを探し出し、僕の皿へと移す。
タマゴが形を崩してテーブルにいくつも落ちたが、彼は気に留めはしないようだ。
白い輪になった白身だけが、僕のサラダの上に積まれていく。
「君が」
「ああ、白身ばっかりになっちゃったな」
彼はそう言って、僕の言葉を遮った。
「悪い悪い。白身は嫌いなんだっけ?俺が食ってやろうか」
気怠く笑うその時の目も、僕に向けられはしない。
「ふざけないで聞いてくれ」
「ふざけてんのはお前だろ」
小さく吐き捨てるように彼は呟いた。
弄んでいたフォークを皿に投げ出す。
そして彼は深くため息をつき、椅子の背もたれに身体を預け俯いた。
「ちゃんと聞いて欲しい」
「何だよめんどくせえな。それ今話さにゃならんこと?俺朝メシ中なんですけど」
「こっちを向いてくれないか」
「…」
「僕を見て」
僕の声など聞こえていないかのように、彼は俯いたままだった。
だから、僕は、彼の名を呼んだ。
恐る恐る発せられた、小さく消え入りそうな声だったと思う。
しかしその声に彼は弾かれたように顔を上げ、僕はやっと彼の目を見ることが出来た。
驚いて見開かれた目には、確かに僕が映っている。
この部屋に来てから、彼の名を口にしたのは、これが初めてだった。
捕らえた視線を逃すまいと、僕はもう一度、今度はしっかりと相手に届く声で、彼の名を呼んだ。
懐かしい響きを持つ、その名を呼んだ。
彼は息を飲み込み、全身を強ばらせる。
追い詰めるつもりはないのだと、出来る限りの優しさを込めて、僕は再び告白をする。
「君が好きだ」
彼は顔を歪め、両手で耳を塞いだ。
「…やめろ」
聞きたくないとばかりに、首を横に振る。
耳を塞いだ両手の、白いシャツから覗いて見える手首には、布が強く擦れてできた赤い傷痕。
僕はゆっくりと、彼へ近寄った。
「来るな」
震える声で彼が言う。
テーブルの上の皿を、僕に向かって投げつけようとしたが、それは虚しく床を転がっただけっだった。
近づく僕を避けようと、彼は椅子から立ち上がり数歩後ずさった。
重い鎖の音が部屋に響き渡る。
その音を聞いた彼は、再び動くことが出来なくなる。
微かに震える彼の前に、僕は立った。
視線すら逸らせずに、目には涙が滲んでいた。
「好きだ」
そっと手を伸ばし、彼の頬に指先が触れたとき、その涙が零れた。
「嘘だ」
「嘘なものか」
僕は微笑み、彼の頬を両手で包み込んだ。
彼はまるで発作でも起こしたように、肩を震わせて息を吸い込む。
そして搾り出すような声で僕に訊ねた。
「じゃ…なんで、こんなこと」
小鳥のさえずりが聞こえる。
格子窓のから注ぐ朝の太陽の光は、僕たちに影を作っている。
僕は彼の目を見つめて答えた。

「君が、好きだから」

72916-569「君が好きだ」:2009/06/12(金) 01:35:12
 あまりにも時間の過ぎ去るのが早くて付いていくのが精一杯で、とうとう走るのをやめてみたら周りに誰もいなくなっていた。
 そこでようやく、本当は走りきらなければいけなかったのだと、初めて気付いた。
 中途半端な場所に止まって息を整えてみても、もう何の意味もない。時間は私を置いてどんどんと前へ進んでしまった。
 私は、取り残されたのだ。

「君が好きだ」
 そう言ってくれたあの人は、空で火となったと聞いた。
 優しかったあの人が敵とは言え誰かを犠牲にしようとするだなんて到底信じられないが、戦争とはそういうものだ。
「お国のためという大義名分を掲げているが、僕はね、ただ君に生きていてもらいたいだけなんだ。君を生かすために僕は行くんだ」
 あの人はそう言った。
 馬鹿馬鹿しい、女子供じゃあるまいし、私だって男です。戦地に出るんですよ、生きていられる保証は何処にもない。
 私が反論すると、あの人は笑った。あの人はよく笑う人だった。
「君は生きるよ、僕には分かる」
 そう確かに、こうして私は生きている。
 戦争は終わった。帰ってきた人もいた。その中にあの人はいなかった。海は変わらず広く空も変わらず青く呼べば犬だって来るのに、あの人だけは私の元からいなくなってしまった。
 私は取り残されたのだ。
 あの人のいた過去と現実の間に足を取られ、ゆっくりと沈んでいる。そんな私でも、あの人は生かしたいと思うのか。
 私は空を睨む。あなたはそこにいるのだろう。
 あなたの最期を知った日から、私は夢を見る。あなたを殺した火から鳥がひとつ飛んで行くのだ。それは、真っ黒な鴉だ。
 私の頭上に飛ぶ鴉よ、お前はあの人だろう。私が死人のように地に沈んでそれでも生きているのを見続ける、お前は、あの人だろう。
「私も連れて行けよ」
 あなたの優しさなぞいらない。あなたの望みなぞ知らない。
 私はただあなたに会いたい。
『君が好きだ』
 あの言葉に、私はまだ返事もしていないのに。

73016-609「死ぬまで黙ってる」:2009/06/15(月) 16:21:37
貴方の声が、今も何処かで聞こえている。
「お前が死ぬのはすなわち私が死ぬ時と心得よ」
仰せのままに、と私は返事をし、そして強く心に誓ったのだ。
私の身が滅ぶまで、この想いは決して口にすることなく胸の底へ底へとしまい込み
誰にも悟られることなく、貴方を想い続けながら死んで逝こうと。

秘めた想いは強く、痛く、そしていつでも私の心を暖めた。
私のどんな小さな幸せも、貴方に差し上げられたなら。
貴方のどんな小さな悲しみも、私が代わりに受け止めることができたなら。
どこかの戯曲のような甘い言葉さえ、私は毎夜のように胸の底へ底へとしまい込んだ。

貴方に伝えたかった言葉が何百と浮かんでは、その度に飲み込んだ。
しかし私は私と交わした愚かな約束を、この先も守らなければならない。
その言葉たちは私を、たとえば貴方の写真の前で、我慢できぬと駆り立てた。
墓の前で、形見の前で、この先も私は人知れず涙を流すだろう。
貴方が最期に口にした言葉が、この先も私を縛り付けるだろう。
私がその言葉を聞いた時、貴方は既にその目を閉じておられた。
手から温もりが消えていくのを感じながら
私もですと小さく呟いたその言葉は、貴方に届いていたのだろうか。
後悔など役には立たず、貴方がいない事実だけが私を苦しめる。
もう、貴方はこの世にはいないのだ。
貴方が私の想いを知ることは絶対にないのだ。

今日も私は貴方の墓で――ホトトギスが一輪だけ咲く墓の前で、貴方を想って泣くのだろう。
胸の中で告げられなかったその想いを、一つの言葉に紡ぎながら。

73116-619「閉じこめる」1/2:2009/06/16(火) 21:16:25

綾乃と駆け落ちをする、と、透は俺の眼を真っ直ぐに見つめて告げた。
叶わない恋だと嘆く、かつての弱々しい眼差しの面影は既に無く、瞳は強い光を帯びているのに気づいた。
遠くで蜩が鳴き、畳には、ふたつの影が這うように伸びていた。

「家はどうするつもりだ」
尋ねると、透は痛みを堪えるような顔をしたが、それも一瞬のことだった。
「知るものか。あいつらの傀儡にはならない。そんなものはもう御免だ」
「――いつ、発つんだ」
「明日の深夜、綾乃と峠で待ち合わせる。……和志、すまないがおれを助けてくれないか」
瞳の輪郭が和らぎ、幼い頃と変わらない眼差しが俺を捉えた。透が頼みごとをするときの眼だ。
頷くと、食い縛っていた透の唇が綻んだ。
「助かる。おれひとりでは囲いを越えられないんだ」
しばらくの間の後、透は大きく息を吐き、眉根を下げた。
「本当にすまない。……お前をひとりにしてしまう」
「……いいんだ。それより何時に本家に行けばいいのか教えてくれ」
「金に換えられるものを取りにゆくから、二時に蔵へ来てくれ」
「分かった」
透は安心したように俺の肩に手を乗せ、有難う、と微笑った。

73216-619「閉じこめる」2/2:2009/06/16(火) 21:23:34

ひとつになった影を、俺は眺めた。
――綾乃とは、終わったと思っていた。両親に知られることとなったその恋は、引き裂かれたと聞いていた。
もとより遊女が相手では、上手くいく筈がないと思っていたが、未だ続いていたとは。
強く握り締めていたため強張ってしまっている掌をゆっくりとひらき、
握りしめ、「いいんだ」と自身に言い聞かせ、透を想った。

「あの子には表情がない」と、幼い頃から厭われていた俺の感情を読み取ることができたのは、透だけだった。
透は有力な商家の子息だった。利欲のまま息子を服従させようとする両親を厭い、分家で歳が近かった俺に居場所を求めた。
どんな時も一緒だった。あのころ、俺たちだけは変わらないでいよう、と誓いを立てた――のに。

今日の透はおかしかった。俺の気持ちが解らないらしかった。
「お前をひとりにしてしまう」などと、可笑しなことを言っていた。そんなことがある筈がないのに。
綾乃だ。あの女が透をおかしくしたのだろう。透は俺のものなのに。俺だけのものなのに。あの女が。

また、いつの間にか掌を強く握り締めてしまっていた。今度はひどく痛む。
開こうとすると、ぱき、と間接が音をたてた。何故だか手が震えている。
先刻よりも時間をかけて開ききると、掌にはぽつぽつと爪の跡が赤く残り、血が滲んでいた。

――いいんだ。俺は深呼吸をして、もう一度自身に言い聞かせる。
いいんだ。透はあの女の元へなど行かないから。俺のそばにいるから。
蔵に――あの蔵に、透を閉じ込めるから。ずっと。俺のそばにいるから。
どれだけ叫んでも、正気に戻るまで出してやらない。俺が。そばにいるから。

ぷくり、と掌に滲む血が膨れる。そうっと舐めとると、鉄錆びに似た味が口の中に広がった。
そういえば、透の血の味を、俺は知らない。

73316-179 女好きのノーマルが男にハマる瞬間 1/2:2009/06/26(金) 16:42:35
今日も終電間際になってしまった。
 サービス残業はするなと言われているけれど、仕事が減る訳ではないので、
どうしても時間超過はしてしまう。
 無能の証だと言われても、物理的に出来ないものは仕方がない。
 オフィスの中は俺しかいない。
 携帯電話には約束していた彼女の着信とメールが大量にあった。
 文章では怒っていないが、そこはかとなく怒りを感じる。
さすがにこう何度も続くとダメだろう。いい女だったのになあ。おしいな。

 鞄を手に取り、電気を消す。廊下の明かりは補助灯くらいしかないのでよく見えない。
 足下に気をつけながら廊下を歩いていると、どこからかうめき声のような声が聞こえたような気がした。
 社内で強盗なんてあるわけないだろうが、万が一事件性があったら困る。
 何もないよりはいいだろうと側にあったモップを片手に声がする方に近づいた。
「んんっ…!」
 テンションが一気に下がった。
 まあ、ようするにそういう最中だった。ここは職場だぞ。
 俺だってさすがに職場ではしたことないのに。…いや、そうではなく。
 見なかったことにして借りを作ろうか、それとも人事に言って地方に飛ばそうか。
 とりあえず何かの時に役にたつかもしれない。そんな打算的な考えで、目をこらした。

 男女かと思っていた二人はどうみても男同士だった。
 そのまま見入っていたら、こちら側に顔を向けていた一人と目があってしまった。
 向こうは俺に気がつくと、一瞬驚いたような顔をしたが、その後すぐに艶っぽく笑って、
そのままこちらを見ながら男にされるがままになっていた。
 扇情的な姿に俺は訳がわからなくなってしまい、すごすごとその場を立ち去った。

      ***

「良かったらお昼を食べに行きませんか?」
 翌日、会社でいたしていた男からあっけらかんと誘われた。
 口止めの話であれば、言う気はないとさりげなく匂わせたが、彼はまったく意に介さないように
おいしい蕎麦屋があるので行きましょうと半ば強引に誘う。仕方なく俺は彼につきあった。
「あんなに夜遅くまで、仕事熱心ですね」
「あ、え? ああ、うん、能率悪くて…」
「真面目なんですよ。途中で切り上げられないんだから」
「ああ…ええと…」
 昨日のアレの話題が出るようで出ない。蕎麦の味などわかるような状態ではなかった。
 彼は何事もなかったかのように蕎麦をすする。
 目の前で蕎麦をすする奴の唇は、少し濡れてエロいなと、馬鹿な事を考えていた。

73416-179 女好きのノーマルが男にハマる瞬間 2/2:2009/06/26(金) 16:43:43
 針のむしろに座っていたかのような食事が終わった後、俺達は会社に戻った。
結局昨日の話題は出ずじまいだった。
 話題が出ないことに安心したような、でも結局結論が出なくて蛇の生殺しのような…。

「じゃあ、これで…」
「すみません、昨日のことなんですが」
 後ろからいきなり言われて、慌てて俺は振り返った。
「いや、あのさ……!」
 気がつくと目の前に顔があって、俺は彼とキスをしていた。
 しかも横からカシャッと携帯カメラのシャッター音がした。
「……え?」
「すごい顔」
 彼は俺を見て笑った。
 真っ昼間。人通りのあるオフィスの通路。一歩間違えれば、食事を終わらせた人間が横を通る。
「僕は真面目な人って凄く好きなんですけど、人間不信な所があって、
あなたが僕を裏切らないっていう証拠がないと、とてもじゃないけど落ち着いて仕事が出来ないんです」
「いや、心配しなくていい! 本当に大丈夫だから!」

 さっきのシャッター音はあれか? 脅しか? ああ、こんなことなら俺も昨日のアレを撮っておけば
良かった! 俺だけ弱み握られてどーすんだよ!

「今日は仕事残して切り上げてください」
「な、なんで」
「うちに来て欲しいから」
「なんで?!」
「共犯になりましょうよ」
「きょ、共犯っ?」
「ああ、心配しないで下さい。はまったら面倒みますから」

 はまったらって、いや、俺は女にしか興味ないし!
 そんな言い訳が出来るのはあと数時間だけだなんて、その時の俺は知るよしもなかった。

73516-589 君と会うのはいつも真夜中:2009/06/30(火) 19:14:34
草木も眠る何とやら、テレビの画面の向こうはやたらと騒がしい。
疲れた目に決して優しくない派手な色合いのセットの中で、あいつは一際大声を上げては周りの共演者にはたかれていた。

「俺、芸人になって、ゴールデンで冠持つのが夢なんだ」
高3の秋、図書館でせっせと勉強する俺の隣で、至って真面目な顔であいつはそう言った。
「東京行ってさ、休みなんてないくらいガンガン売れて、毎日テレビ出てさ、」
その夢物語には俺も登場するらしい。ある日一緒にコンビを組もうと誘われた。
「バカ言ってんなよ、俺は家継がなきゃいけないんだっつってんじゃん」

ひいじいちゃんの代から続いている医院を継ぐ事が、生まれた時から俺ら姉弟に決められた将来だった。
元々両親と反りの会わなかった年の離れた姉貴は、俺が小学生の時に外国人と結婚してそっちに移ってしまい、俺はそれから両親の期待を一身に受ける事になった。
幸い勉強も家業も嫌いじゃなかったから、親に勧められるまま大学受験をし、今は研修医として大学病院に勤めている。
夜勤の合間、休憩中に何となしに点けたテレビにあいつの姿を見つけたのは2ヶ月ほど前のことだった。

決してお笑いが嫌いだから、誘いを断ったのではなかった。
病院の息子と言ってもうちはそこまで躾が厳しかった訳ではなく、寧ろ家族揃ってテレビのお笑い番組を見るのが好きだった。
高校生の時も、あいつと一緒にバカばっかりやって、担任のマネをしたり2年の文化祭では漫才の真似事をしたりもした。身内ネタばっかりだったからかそこそこウケた。
見ている人が笑ってくれた、ということが気持ちよかった。
あいつはその時の気持ちよさが忘れられなかった。だからそれで食っていく道を選んだ。
その後の道が決まっていた俺にとって、それは一つの「思い出作り」でしかなかった。
あいつと俺は、考え方が全く違った。
卒業してからは何となく連絡が減っていき、成人する頃にはついに途絶えた。

全国ネットではないし、深夜の30分程の番組で、大勢芸人がいる中の1人。
だがあいつは、着々と夢に近付いているのだと思った。
古い小さなブラウン管に映る、あいつの表情は輝いていた。

もし、俺が医者の息子じゃなかったら、今あいつの隣にいるのは俺だったんだろうか。
姉貴が家を継いでいたら。俺がド文系の人間だったら。
そう考えかけて、やめた。
有り得ない話をして何になる。
あいつはあいつで夢に向かって邁進している。俺は俺で充分やりがいを感じている。
それでいいんだ。

白衣の胸ポケットでPHSが震える。お呼び出しだ。
まだまだ荒削りな感の否めないあいつの姿を眺めて、ゴールデンで姿を見るのはしばらく先だろうと思いながらテレビを消した。
直後暗くなった画面に映った自分を見て、どこか清々しい顔をしているのに気が付いた。

73616-829 男の娘受け4-1:2009/07/06(月) 01:18:07
長い・無理矢理あり・厨 注意

世界は危機に瀕していた。
異次元からの侵略者が刻一刻と進攻してきており、この世界を我が物にせんと画策しているのだ。
しかし、地球に住む人類はその脅威を知らず平和に暮らしている。
なぜならば…!!

「ダイナミィイイイイィック!イクァイブリリウム!」
真紅の短髪を逆立てた少女がそう叫ぶと、彼女が持つステッキの先から火球が飛び出し、宇宙空間に浮かぶ戦艦を破壊した。
「よし!頼んだぞイエロー!」
「了解レッド!…本当の秘密は永遠に秘密のまま…クオリア…マリーズルーム!」
小爆発を続ける戦艦に向かい金髪を波打たせた美少女が手を広げると、空間がぐにゃりとゆがみ、月よりも大きな戦艦がたちまち収縮を始める。
「「ブルー!止めだ!!」」
「らじゃっ!」
軽快に答えたのは青のポニーテールもりりしい少女で、手に日本刀型のステッキを持ち、ゆがみ続ける敵艦に音速で飛びかかる。
「キヨモリブレード!青海波あああっ!」
そして、縮んだとはいえいまだ高層ビルほどの大きさを持つ戦艦を真っ二つにする。
ついに異世界からの侵略者は分子レベルで破壊され、光の粉となって真空に溶けていった。
「やったね!今回も!」
『大☆勝☆利』
地球を背景にして、レッド、イエロー、ブルーと呼ばれた少女たちはどーんという効果音がどこからか聞こえてきそうな決めポーズをとり、満足げに勝利宣言をしたのだった。
そう、今日も地球が平和なのは、このエキセントリックな変身少女たちのおかげなのである。

「しかしまあ、なんと言うか、人間って慣れるもんなんだよなあ」
「そうですねえ…」
レッドとイエローがため息をつく横で、ブルーはきょとんとしている。
「いいじゃん、たのしいしレッドもイエローもかわいいし?」
「いやお前はもともと女装好きだろう」
「日常生活もほとんど女の子として過ごしてますからねえ、ブルーは」
だって女の子大好きなんだもん!と的外れな回答を返すブルーを見やり、レッドとイエローはがくりと肩を落

73716-829 男の娘受け4-2:2009/07/06(月) 01:19:25
「俺、こんな格好で魔女っ娘してるとか周囲に知れたら死ぬわ…」
レッド、という名前に相応しいショートカットの真紅の髪には大きな水晶のついた髪飾りがつき、洋服も体に沿う形の赤いタイトなワンピース。
しかしスカート部は腰の辺りからフレアになっており膝上二十センチの危うい短さでふわふわ揺れている。
闊達そうにきらきら輝く大きな瞳としなやかに伸びた手足は中性的な危うさを有しており、それが魔女っ娘の格好と相まって元気な女の子にしか見えなくなっていた。
「僕もこれがばれたら社会的ひきこもりになって一生外に出ませんね」
背は高いもののしなやかな体躯のイエローは、長めのふわふわしたレモン色のドレスを着せられており、変身と同時に伸び緩く波打つ髪が大人しげな雰囲気に拍車をかけていた。
「じゃあ二人ともばれたら私のお嫁さんになってよ!」
やだ、いやです!と即答をくらい、ちぇーっと口を尖らせたブルーの格好は、高く結った真っ青なポニーテールに青を貴重とした女物の袴もどきだ。
なぜ、彼らが男だてらに魔女っ娘をやるハメになったのか。

「突然だが、地球がピンチだ。君は救世主、僕は司令官」
ドゥーユーアンダスタン?とばかりにニヤニヤ笑う黒いコートの男が現れたことまでははっきり覚えている。
少年が目を覚ますと、そこは絵に書いたような秘密基地だった。手足はとくに拘束も怪我もなく自由に動かせる。
『ハイ!お目覚めかいボーイ!』
うわん、と空間に響くようにあの男の声が響き渡る。このあまりにも意味不明な展開に短気な少年は耐えられず、怒りを爆発させた。
「うるせー!なんでこんなわけわかんねーことすんだよ!帰せ!今日は空手の道場に行く日なんだよ!」
『ノン!そんなに怒らなくても、直ぐ帰してあげるよ!ひとつ、約束をしてくれたらね!』
響く声に呼応するように、少年の目の前にふわりと何かが落ちてくる。
それは、棒に大きなガラス玉のようなものが嵌め込まれたもので、少年の妹が振り回しているおもちゃに良く似ていた。
「なんだよこのおもちゃ!」
『それを振って、アフィニティークロマトグラフィー!と唱えるんだ!じゃないとお家には帰せないぞ!』
「はぁ?」
その後、本気で抵抗してもどうにもならないと諦めた少年は涙ながらに変身を受け入れ、変色した髪と瞳、思いの他似合う女装に涙したという。

73816-829 男の娘受け4-3:2009/07/06(月) 01:20:30
強制的に渡されたこれまたファンシーな通信機により次に呼び出しを受けた時には、同じ手を使って嵌められただろう背の高い大人しげな眼鏡の少年とえらくノリノリな女とも男ともつかない奴と顔合わせさせられた。
『やあ、これで三人そろったね!これからキミタチはこの次元を奪おうとするわるーいやつらと戦うことになる!
悪い奴らは異次元からやってきて、この世界を飽和させる気だ!まあ詳しいことはおいおい解るだろうからとりあえず戦ってくれ!』
指令らしい声が途切れると、さあ変身してくれといわんばかりにステッキが輝き始める。
「ひとつだけ、教えてくれないか!」
今にも泣き出しそうな眼鏡が、搾り出すような声で叫ぶ。
『なんだい?』
「なぜ…男に魔女っ娘をさせるんだ…っ!」
根本にして最大の疑問をぶつけてくれた眼鏡に、少年は目を見張った。
軟弱そうな奴かと思ってたけど結構やるな、と見直し援護するように声を張り上げた。
「命を懸けさせるなら、それくらいの疑問には答えてくれよ!」
『まあ知りたいなら教えてあげるよ。さっきも言ったけど敵の狙いはこの世界の飽和だ。
だからこちらは少しでも飽和のリスクを下げる必要がある。
魔女っ娘戦隊なんて掃いて棄てるほどいるけど男の娘戦隊はほとんどいないだろ?』
それだけだよ!とぶつりと声が途切れた。
「そんな理由で…ただの保険掛けのために…っ」
ついに泣き出してしまった眼鏡も輝きを増し続けるステッキの圧力に逆らえず、ついに三人は叫んだ。
「「「アフィニティークロマトグラフィー!」」」
かくして世紀の男の娘戦隊がここに誕生したのであった。

レッドの受難
「放せ、放せぇ…」
拳で流星を割り炎で一個艦隊を凪ぎ払う敵の戦士が、弱弱しく自分の体の下で暴れる様を青年は見下ろした。
青年はある世界では救世主と呼ばれ、別次元への進攻を一手に任されている。しかし容易かと思われた進攻は思わぬ妨害により頓挫してしまっていた。
「はなせよう…っ…うっ」
「は、散々我々の邪魔をしておいて何を言う、紅め」
悪趣味なフリルとリボン満載の洋服をむしりとり、下着も引きちぎる。
「所詮どんなに強かろうと貴様も女だ、こういったやり方にはかなわな…」

73916-829 男の娘受け4-4:2009/07/06(月) 01:21:21
そう、異次元侵略を妨害し続ける少女三人組の赤いリーダーを捕らえ、薬を盛った上で強硬手段に出ようとしたのだが。少女めいた服と下着の中では色の薄いペニスが恐怖にちぢこまっていた。
あまりの事に呆然とする青年の下で、紅は泣きじゃくり始める。
「ちが…ちがうもん、おれ、好きでやってんじゃないもん、やだ、みるな…」
のどをひゅうひゅう鳴らして首まで赤くしぼろぼろと大粒の涙を流し続ける紅は、やはり青年の目にはやや中性的であるが少女にしか見えない。しかし健康的な太股の付け根にはそれを全力で否定するものが鎮座している。
ずくり、と青年の腰に重い欲望が走った。自分は倒錯趣味があったのかと戸惑うものの、本来の目的達成を口実に、欲望に身を任すことに決める。
「ま、まあ、男でも女でも構わん。俺はお前を再起不能に出来れば良いんだ!」
「や、やあ、いやぁ!」

毒されイエロー
「ほら、こっち向いて口の中に唾液をためて」
「こう…っですかっ…」
イエローは少し戸惑いながらも唇を差し出してくる。
司令官はそんな彼の様子に頬を吊り上げ、遠慮なく口腔を味わった。
みるみるうちに手足から力が抜けていくイエローの腰を抱き、すでに熱を持ち始めている股間を押し付ける。
「昨日も散々レッドと愚痴ってたねえ、なんで女装しなきゃいけないんだ、って。
女の子みたいに犯されるのが好きなくせに。キスだけでもうすっかり出来上がっちゃうイエロー?」
薄い素材で出来ているイエローの戦闘服の上から、すでに立ち上がっている乳首を転がすと火照った体が震えて、舌っ足らずな声が漏れる。
「しこんだのは、あんただろおっ」
「はいはい、そうでしたっと。それにしても女の子の格好で女の子みたいに犯されてる君に、女装を否定する余地はないよ」
ロングスカートの裾を捲り上げると、イエローの性器が女物のショーツとストッキングを三角テントよろしく膨らませていた。その二重の布の上から、呼吸に合わせて開閉を繰り返している肛門をぐりぐりと指で押し込んだ。
「ひん!」
「フン、どうせこっちでもオナニーしてるんでしょ。ブルーに聞いたよ?変身して男の娘同士でセックスしたんだってねえ?変態だなあ」
「あれはブルーがっ!」
「別に君が誰としようと何をしようと、僕には関係ない。ちゃんと地球を守ってくれるだけで良いんだよ」

740 16-829 男の娘受け:2009/07/06(月) 23:09:38
                  
         ,. -‐'''''""¨¨¨ヽ
         (.___,,,... -ァァフ|          あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
          |i i|    }! }} //|
         |l、{   j} /,,ィ//|       『おれは女の子に痴漢をしていたと
        i|:!ヾ、_ノ/ u {:}//ヘ        思ったらいつのまにか男の子だった』
        |リ u' }  ,ノ _,!V,ハ |
       /´fト、_{ル{,ィ'eラ , タ人        な… 何を言ってるのか わからねーと思うが
     /'   ヾ|宀| {´,)⌒`/ |<ヽトiゝ        おれもナニを触ったのかわからなかった…
    ,゙  / )ヽ iLレ  u' | | ヾlトハ〉
     |/_/  ハ !ニ⊇ '/:}  V:::::ヽ        股間がどうにかなりそうだった…
    // 二二二7'T'' /u' __ /:::::::/`ヽ
   /'´r -―一ァ‐゙T´ '"´ /::::/-‐  \     いい男だとかガチムチだとか
   / //   广¨´  /'   /:::::/´ ̄`ヽ ⌒ヽ    そんなウホッなもんじゃあ 断じてねえ
  ノ ' /  ノ:::::`ー-、___/::::://       ヽ  }
_/`丶 /:::::::::::::::::::::::::: ̄`ー-{:::...       イ  もっと恐ろしいものの快感を味わったぜ…







 __[警] 川
  (  ) ('A`)
  (  )Vノ )
   | |  | |

741萌える腐女子さん:2009/07/08(水) 01:16:48
遅かった〜。一応書いてみました。

主「四つん這いになれ」
従「あの、今夜だけあなたが跪いてくれませんか」
主「断わる」
従「一度でいいんです」
主「生意気だな。私の上に乗ろうなんて」
従「さすがに身体が持ちません。連日連夜で疲れてしまって」
主「知らん。下っ端のくせに」
従「あなたひとりでいつも高みへ……。結局私は自分でどうにかしなきゃいけないなんて、辛いんです」
主「うるさい! 静かにしろ誰か来てしまう。おとなしく身体をまかせろ」
従「ううっ」
従忍は仕方なく跪く。
主忍は軽く勢いをつけると、四つん這いになった従忍の背中を思いきり蹴って館の塀の上に登った。
主「ほら、お前も早く登ってこい」
従忍は恨めしそうな目を上に向けると、背中をさすりながらノロノロと塀をよじ登っていった。
従「(やってらんねー)」

74216-889 来ないで 1/3:2009/07/10(金) 01:47:21
先に書いてらした方がいらっしゃったので、こちらに。


だめだよ、と言って彼は笑った。

「どうして」
「まだ根を上げるには早すぎるんじゃない?もうちょっと頑張りなよ」
「俺は十分頑張った」
「まだ、まだだよ。君にはまだ、与えられた分が残っているだろう?」

そう軽い口調で俺を窘める目の前のこいつを、少しだけ睨みつける。
俺は今まで、精一杯この世の中で頑張ってきたはずだ。
俺の頑張りを俺の傍で見ていなかった奴に、何が分かる。

「あ、今ちょっと失礼なこと考えたでしょ」
「人の思考を読むな!」
「見てたに決まってるじゃない、そこら辺の草の陰から」
「な、うわ、お前そんな悪趣味な奴だったのか」
「別に、誰も彼もを覗き見してるわけじゃないって」

君だからだよ、
少しだけ目の前の男から身を離した俺との距離を詰めるように、
一歩こちらへと近づいたそいつは、俺の耳元でそう囁いた。

頬が熱くなり、半ば条件反射の様に囁かれた方の耳を押さえ、飛び退く。

74316-889 来ないで 2/3:2009/07/10(金) 01:48:37

「っ、この変態!」
「変態で結構」

しれっとそうのたまった目の前の男は、俺と目を合わせると少しだけ笑った。
こいつと最後に会ったのはもう何年も前のことだ。
柔らかい、感情が読み辛く俺を度々惑わせたその笑顔は、久し振りに会ったというのに全く変わっていなくて。
その懐かしさに胸が軋んで、鼻の奥がツンとした。

「相変わらず泣き虫だね」
「っうるさいな!」
「でも、泣き虫の君にしては、良く頑張ってる」

食ってかかろうとした俺をいなすように抱きしめる腕も、変わらない。
温度の低い手が、あやすように俺の頭を緩く撫でる。

「別に、僕の分まで頑張れとは、言わないよ」

耳元にそっと囁かれる、声の感触に耐え切れずに涙が溢れる。

74416-889 来ないで 3/3:2009/07/10(金) 01:49:42

「やだ、もう」
「大丈夫、君が頑張りきるまで僕は待ってるから」
「そこら辺の草の陰で?」
「そう、覗き見しながら」

くすくすと笑い合う、その声が少しずつ小さくなって、そっと消える。
俺を撫でる手は止まらず、そして言い聞かせるようにこいつの声が耳元で響いた。


「君は、君が与えられた分の命を生きるんだ。
それまで、僕を追ってこっちに来ちゃいけないよ」


ふと目が覚める。
あいつがいない事に耐え切れず走ってきた、深夜のマンションの屋上。
どうやらフェンスを乗り越えたその先で、街の灯りを眺めながら眠ってしまっていたらしい。

深呼吸を一つして、目をしっかりと開いた。
夢と現の間で逢ったあいつの声、笑う顔、手の感触、その全てを覚えている。

「帰る」

小さくそう呟いて、フェンスに手と足を掛ける。
もう、どんなにきつくても、泣き言を容易に口に出すのは止めよう。
草の陰で俺を見ているらしいあいつに、今度会ったときに絶対笑われてしまうから。

振り返ることなくフェンスを登る俺の頬を、温い風が撫でていく。

夏が、すぐそこまで来ていた。

74516-779 攻めが美声すぎて照れる受け:2009/07/12(日) 01:54:51
奴は基本が卑怯だ。
生まれながらの立ち位置がすでに卑怯だ。右の頬を叩かれたなら左の頬を札束ではたけみたいな家柄に生まれて、しかも賢くて見目麗しくて剣道とか柔道とか空手とかで黒帯取っちゃって、かと思えばいきなり白いピアノ弾いちゃったり
ぞっとするほど美しい絵を描いてみたり、とにかく全部卑怯だ。
こちとら右の頬を叩かれたら左の頬に苗を投げつけろみたいな農民の生まれで物の数え方なんて「1,2,3、たくさん」だし田植えの成果か腰は強いけどスポーツなんて「え、サッカーさんてどこの国の人?」みたいな感じだしピアノなんて触ろうもんなら
白い鍵盤が茶色く汚れるし絵なんて生まれてこの方じい様がたまに描くすげえおかしい春画の劣化版みたいなのしか描けない。
奴に似合うのは薔薇と紅茶とクラシックで、俺に似合うのは稲穂の黄金とうっすい番茶とよさこい節だ。
なのに。
「ねえ、もっと呼んで」
なのに、そのくらい違うのに、元々生きてる場所の立ち位置が違うのに。
「あんたが僕を呼ぶ声を聞くと、それだけで全部報われる気がする」
お前の名前を呼ぶときに心臓がばしこんばしこんいうのはお前の名前がこの辺から明らかに浮くくらい綺麗だからだ。
この辺の名前なんてどんだけハイセンスでもせいぜい「与作」だ。すげえな、そんな中でお前言い切るのかよ。
「ねえ、もっと呼んでよ、……僕の名前」
それなのに、お前、こんな俺の声が欲しいのか。俺のお前を呼ぶ声が好きだと、恐ろしく綺麗な笑顔で言うのか。
「ねえ、呼んでよ……。たごじろう」
何はともあれとりあえず。とりあえず、その綺麗な声でオレのだっさい名前を言うのだけはやめてくれ。

74616-929 年の差主従1/3:2009/07/13(月) 01:37:22
「今日からあなたさまにつかえることになりました、あーさーです!」
目をきらきら輝かせながらそう言ったその子を、僕はひきつりながら見下ろした。
「どうしましたか?あなたさまはこのお城のりょう主さまのこうけい者となったんですよ」
そうだ。僕は本当はしがない農夫だったのだが、
ひょんなことからここら一帯を治める領主様の命を助けて、養子になった。
大怪我をしながらも幸い一命を取り留めた領主様の口から飛び出たそれは夢のようなおいしい話で、
毎日腹の音を子守唄にしていた僕はすぐに飛びついたものだ。
しかし、うっかり口をぽかんと開けてしまったくらい立派で重厚な門をくぐり、
初めて乗った馬車に揺られながら美しい庭園を抜けて、車から降りようとしたとき、
門の外で僕を待ちかまえていたかのように手を差し出してきたのが、この、金髪の男の子だった。

「え、あ、あの…」
戸惑う僕の手を礼儀正しく取って、”あーさー”は僕を馬車から下ろす。
とても機能的で、訓練されているような仕草だ。

そうして向かい合うと、あーさーの背丈は僕の腰ほどしかない。
馬車から降りてもやっぱり同じように僕はあーさーを見下ろすし、
あーさーは僕をきらきらとこっちが眩しいくらいに見上げっぱなしだ。

「あ、あの、君はいったい…」
「ですから、ぼくはあなたさまのじゅう者なんです!
ぼくのかけいは、代々りょう主さまに仕えています。
今のりょう主さまのじゅう者は僕のお父さんです。
したがって、あなたのじゅう者は、ぼくがつとめるのがシキタリなんです。
今日から僕はあなたさまのタテとなりホコとなります。どうぞよろしくおねがいいたします」

まるで子供とは思えない流暢な物言いに、僕はただ口をぱくぱくとしながら聞くしかなかった。
だって僕は28歳で、この子は見たところ7、8歳くらいだ。
それなのに、どうしてこんなにも喋り方や佇まいに差があるのだろう。
いやいやそれより、農夫の生まれとはいえ、とうに成人している領主の息子に、
どうしてこんな小さな従者をつけるのだろう。
と、初めはそう思っていた。
けれども……。
「どうされましたか?」
あーさーが心の底から案じているように首を傾ける。
「い、いや…。う、うん。分かったよ。君は、僕の従者だ」

そう、僕は上流貴族のしきたりなんてもの今まで全く無縁だったのだ。
だから、この子が真っ直ぐとした眼差しで、こんなになめらかに答えているのだから、
きっとこれが上流階級のシキタリなのだ。
そう思いながら、僕は改めてあーさーの手を握った。
あーさーは嬉しそうに小さな手で僕を握り締める。

「あくしゅですね」
「う、ん。握手だ」

74716-929 年の差主従2/3:2009/07/13(月) 01:38:02
(握手、か…。こんなこと、農夫の間じゃやらないな)
そのときはまだ僕の中では、
あーさーは、格式とか上流階級とか、僕がよく分からないものの体現みたいだった。
だってあまりにも、あーさーは整いすぎている。
言葉づかいも、立ち佇まいも、見た目だってそうだ。
卵みたいな白い肌と綺麗に切りそろえられた柔らかそうな金色の髪は、
畑仕事を手伝ってもらうとの名目でよく子守りをしていた、
近所の子供達の日焼けた肌とすすけた髪は全然違う。
と、あーさーを僕が見ている間に、あーさーは未だ手を繋いで僕の節くれだった手をまじまじと見ていた。

「あなたさまの手は、とてもすてきな手ですね」
「えっ、どういう意味?」
不意を突かれるように変なところを褒められて、僕は驚いた。
「だって日に焼けていて、ごつごつしていて、とっても格好いいです。
りょう主さまとは違って、ぼくのお父さんと一緒です」
僕はまたぽかんとあーさーを見つめていた。
そんな僕の様子に、あーさーが慌てる。
「…あっ、ごめんなさい、りょう主さまのアトツギなのに。
ぼくのお父さんと一緒にしてしまって」

僕はこのとき初めて、とても緊張していた自分に気がついた。
「いや、いいんだ」
そう言って僕はあーさーの頭をぽんぽんと撫でた。
あーさーは恐縮しきったような顔をして、
それから怒られないことが不思議だとで言いたげに僕を見ていた。
僕は安心させるように微笑んだ。



それまで僕は生まれて初めての異質な場所の中で圧倒され、気圧されまくっていた。
そんな中、あーさーが僕の人生の証だともいえる農夫の手を褒めてくれたのが、とても嬉しかったのだ。
そうして気がついたのだ、僕は初めから受け入れられていたのだと。
言葉遣いだとか、立ち振る舞いだとか…そんなものは気にしなくていいと、
あーさーの目が言っていたじゃないか。
きらきらして僕を見つめてた、「よろしく」と。
こんなにしっかりしているあーさーが受け入れてくれているんだ、
(上流世界の中だって、今までの僕のままでいいみたいだ……)



「あーさー。どうやら僕たちはこれから一緒に学んでいかなきゃいけないみたいだ。
僕はこれからここ一帯を幸せにしていく方法を、あーさーはいい従者になる方法を。
一緒に、頑張ろうな。あーさー」
「……はい!」
歯切れのいい返事だ。僕はにっこりと笑った。
一緒に、という言葉が嬉しかったのだろうか。
僕と一緒に笑ったあーさーの顔は、どれだけ整えられた見目をしていようと、
やっぱり近所の子供達と同じ、子供らしい無邪気なものだった。

74816-929 年の差主従3/3:2009/07/13(月) 01:38:49
今もあの笑顔が思い浮かぶ。
そうだ、僕がここに来てから初めて笑ったのは、アーサーのおかげだった。
それからずっと……。

「アーサー…。ありがとう…」
「いえ…とんでもございません……。私こそ……」




**************




以下は後世に残されたアーサーの当時の回想録である。
「その人にはその場にはそぐわないほどの温かさがあった。
厳しく冷たい権力階層の中で、外から来た彼はまるで新しい風のようだった。
事実彼は生涯を通して様々な改革をやってのけた。
彼は領民の生活を第一に考え、部下はおろか領民にもよく慕われる名領主となり、また円満な対外関係を持続させた。
幼かった私はまるでそれらを予感したかのごとく、
彼が馬車から降り立った瞬間、一目で彼に魅せられたのだ。
そしてそのとき、厳しい躾作法の中で私が失っていたものを、彼は与えてくれた。
彼から教えてもらった温かさは何にも代えがたい私の糧となった。
そう、私にとってその人とは、主人であり、兄であり、親友であり、心の支えであり、
出会ってから彼の死を看取るまでただのひとときも離れることのなかった、かけがえのない存在である」

749萌える腐女子さん:2009/07/13(月) 01:41:01
>>746の10行目の
>門の外

>馬車の出口
の間違いです…orz

75017-19 売れっ子俳優の弟と普通のサラリーマンな兄:2009/07/19(日) 16:24:31
上司のやけ酒に付き合って終電で帰宅。
誰もいない狭苦しい部屋に帰ってテレビをつける。
先に風呂に入ってから持ち帰った仕事をやろうか、などと考えながらチャンネルを回すと、
とても見慣れた、だが何度見ても不思議に見飽きない顔が現れた。
本当に同じ両親から生まれたのか?と思わず親の不義を疑ってしまいそうな、
自分とは違う繊細で、だが男らしい面立ちの男。
ちょうど主役の女性を追い掛けて走ってきた所で苦しそうに肩で息をしている。
その顔ですら男前だから軽くムカつく。
これはたしか去年の秋ドラマの再放送だ。
何度も見たから知っている、この後、男は女に「愛してる」と囁き口づけるのだ。

「俺はさぁ、台詞で愛してるって言う時は全部兄ちゃんのこと考えてるんだ」
「…それは相手の女優さんに失礼じゃないか?
それに役者ってのは役に成り切らないといけないもんだろう」
「役作りなんて人それぞれだよ。
俺は本当に愛してる人の事を考えながら演技する。
そうすると俺の嘘の演技に本当の感情が乗る」
「…なんだそりゃ。
まぁお前がどういう気持ちで演技しようが、どうでもいいけどな。
お前の出る番組なんて見ないし」
「ひでぇなー」

テレビではちょうど嫌がる女を宥めるように、しかし少し強引に男が抱き寄せ、優しく囁く。
「愛してる」
男に合わせて自分も呟いてみる。
けれどこんな言葉自分は彼に一生言ってやれそうもない。

すると計ったようなタイミングで、
玄関でガチャガチャと騒がしい音がし急いだようにドアが開いた。
「兄ちゃん帰ってるー!?」
俺は慌ててチャンネルを変えるためにリモコンを探す。

751萌える腐女子さん:2009/07/29(水) 22:43:25
酒の後の喉の渇きで目が覚めた。
室内が暑くて、エアコンの設定温度を一気に3度下げる。
すぐ横に横たわる大きな寝姿。同僚の鈴木が飲んだ後で泊まっていったのだ。
着替えたTシャツと、トランクスから伸びる重たそうな足。

鈴木と組んで2年目になる。長くとも1年でチームが代わるうちの職場では異例のことだ。
仕方がないだろうと自他共に認める。
「何しろベストコンビだからね、俺と上川先輩は」
自信満々に鈴木が笑う。何言ってるんだ、去年はあんなに不安そうな顔してたくせに。
無理もない、転属してきて、まったく経験のない部署に来て、
面識もなかった俺と組んで、それが噂になるほどの愛想無しと来ては不安にもなるだろう。
うち解けるのに、さほど時間はかからなかった。
人間、相性というものがある。俺と鈴木はよく合った。
人柄が軽快で愛想の良い鈴木と、堅苦しく押しの強い外見の俺という組み合わせは、
奇妙なでこぼこコンビとして、クライアントに受けた。
図や写真は多いがともすれば薄くなりがちな鈴木の作成資料は、
経験で長じる俺が適切な情報を加えることで、完成度を増す。
雰囲気から敬遠されがちな俺が、鈴木の入れる茶々で課内にとけ込めるようになった。
ツーといえばカー。定食屋で黙ってマンガを読む昼食も、社用車の中でする雑談も、
サッカーのひいきチーム、野球の相容れない好みすら、聴く歌まで、
鈴木とはうまく合った。まさにベストパートナーといえた。
業績も上がり、結果2年目のコンビ続投となった。
また一緒にいられる。会議の席で隣の鈴木と目があったら、やっぱり嬉しそうな顔をしていた。
屈託のないその笑顔。気持ちが通じ合う。
一生に何度も出会える相手ではない、と思った。
ずっと一緒に、できることなら3年目も。4年目も。

今、そのかけがえのない相手の唯一の難点に気づいた。
……これが、女であったなら。
いや男だとしても、いっそ公私ともに。一生離れず。もっと側に。もっと親密に。ずっと一緒に。
酔いは冷めていた。初めて、これと思って鈴木の膚を見た。
濃紺の下着のその下なんか、ついさっきまで俺にとって何の意味もないものだったのに。

目をつぶって、明日の鈴木の笑顔を思った。
エアコンが、急激に冷気を送ってくる。
そっと、下着の上から寝具代わりのバスタオルを掛けて、部屋を出た。

752751:2009/07/30(木) 01:10:00
すみません。
>>751は「17-119 下着の上から」でした。

75317-119 下着の上から:2009/07/30(木) 09:25:15
──あと7ヶ月もある。本当にうんざりだ。

「木島は夏は嫌いかー」
相変わらずのほほんとした口調で先生が話しかけてくる。
放課後の教室はそれなりに暑い。
先生がおごったって言うのは内緒にしとけよ、と言って先生は
俺の額に冷たい缶ジュースを押し付けてきた。
自分でも缶のお茶を飲みながら、先生は俺の机に腰を下ろす。

礼を言って缶を受け取り、一気に飲み干した。
「夏は別に嫌いじゃないんですけど。早く時間たたないかなーって思って」
「早く時間がたったらやばいんじゃないのかー?お前今年受験生だろう」
「受験とかどうでもいい。早く卒業したい」
俺がそう言うと、先生は飲んでいたお茶から口を離して少し笑った。
俺の好きな笑い方。我慢が出来なくなって、先生の隣に座る。
「せんせー…」
「何ー?」
先生は俺の方を見ずに、窓の方を見てる。
「こっち見てくれない?」
「やだ。ほだされるもん」
「いいじゃん。ほだされればいいじゃん」
「…卒業までは、って決めただろー」
お前、自分じゃ知らないかもしれないけど、凄く必死で可愛い顔してるんだよ。
俺から目をそらしたままで先生が言う。
「思わずぐらつきそうになるので、今はお前の顔を見ません」
「じゃあ顔は隠す」
俺は先生の首筋に顔をうずめた。少しだけ汗の匂いがする。
「木島」
「心配しなくても卒業まで何にもしないよ」
「今何かしてると思うけど」
先生の笑う気配がする。俺も少し笑う。
「あーあー、ちくしょう。先生に触りたいなあ」
「今触ってるじゃんか」
「そういう意味じゃない」
「どういう意味だよ」
「…下着の上からでもいい」
「変態」
先生はそう言って軽く俺を突き飛ばした。やっぱりちょっと笑っている。
俺もまた少し笑う。
「お前らほんとやりたい盛りだからなあ」
そう言いながら先生はお茶を飲み干すと立ち上がった。
もう帰るぞ、と言う合図なのだろう。
俺も自分の鞄を手に立ち上がる。

やりたい盛りなのを否定はしないよ、先生。
「だけど俺が触りたいと思うのは先生だけだよ」

先生の体中、触りたい。先生の全部が欲しいんだよ、先生だけしか要らない。

教室を出ようとしていた先生が、俺の方を振り向いた。
え?と聞き返してくる。聞こえなかったのか。結構恥ずかしい事言ったんだけど。
「もういいよ」
先生の横をすり抜けて教室を出ようとする時、先生に腕をつかまれた。
そしてそのまま少しだけ引き寄せられる。

「…知ってるし、俺もだよ」
耳元から全身へ熱が伝わっていく。それなのに首の後ろはぞくぞくした。
そんな俺を置いて、先生はさっさと廊下を歩いていく。
──我慢しろと言う癖に、協力する気は全くないよな…。

この状態で7ヵ月は、あまりにも長すぎると思った。

75417-139 禁断の恋に走る者と愛より安定を選んだ者:2009/08/02(日) 03:17:16
勇者と村の司祭でどーぞ

「本当に行ってしまうのか」
「ああ、俺を待っている人が居る」
「行くなよ、この村にいてくれよ」
「すまない。俺が勇者である限り、俺は自分の運命に従う義務がある」
「お姫様か」
「ああ。魔王に囚われた姫君が、俺の助けを待っている」
「姫を助ければ、お前は間違いなく勇者から王子様へジョブチェンジだな」
「ああ。この運命からも解放される」
「その先に待っているのは輝かしい未来だな」
「そうだな。飢えも寒さもない、一生を保障された生活だ」
「そこに愛はないのか」
「えっ」
「見たこともない姫を愛しているという訳でもあるまいに」
「しかし運命から解放されるためだ、致し方あるまい」
「そうか、わかった。気を付けて行って来い」
「ああ。ところでお前はどうするんだ」
「この村で生活するさ」
「まさか、俺がいないというのに無理だろう」
「そんな事はない、何とかやっていくさ」
「ぬめぬめとした粘液を纏いうねうねと動き、月に一度男の精を求めて村を襲う軟体植物をどう退治するつもりだ」
「それはこれから考える。何なら私はあいつらと共生したっていいのだから」
「えっ」
「それはまあいい。ほら、早く行くがいい、姫様がお前を待っている」
「あ、ああ」
「二度と振り向くな、真っ直ぐ進め、お前の輝かしい未来のために」
「ああ。わかった、行ってくる」

75517-189 花火 1/2:2009/08/09(日) 22:53:33
岡田が、花火大会に誘ってくれた。
「あれ、俺なの?誰か女の子誘えばいいのに」
内心嬉しかったが、同時に不思議に思った。
岡田はバイト先の女の子やらゼミの後輩やらにもてまくり、よりどりみどりのはずだ。
「んー、いいのいいの。……どう?行く?無理?行けるよな?」
自分でそう豪語していたくせに、今日は俺を強引に誘う。
「……はいはい、行くよ、人が多いの苦手なんだけどな。早めに帰ろうな」

小さな地方都市である我が市の、この夏唯一の大イベント。
当然結構な人出だろうと思っていたが、これは想像以上だった。
これでも余裕を見て、始まる30分前には会場の駅に着いたのだ。
だけど、駅から河川敷までの道が、すでに人の波に逆らえない状態。
「……これじゃ、屋台でビールって無理かな?」
「無理じゃないかな、並ぶのも厳しい」
「ッ……はぐれそうだ、加野、手ぇつなぐ?」
「どこのラブラブカップルかよって」
手ぐらいつなげば良かったのだ。せめて肩なりと掴んでいれば。
……俺としては、とても無理だったけど。
気がつけば、案の定というか、いつの間にか岡田を見失っていた。
開始時間まであと5分。見回してもわからない。
(そうだ、携帯)
時間がない、とあわててポケットから携帯を取り出し、かけようとした途端に着信がくる。

75617-189 花火 2/2:2009/08/09(日) 22:54:54
──加野?どこ?
「岡田?俺、たこ焼き屋の前あたり、お前は?
──たこ焼き屋?わからないな……俺は500円くじの前なんだけど。
見回すが、そういう屋台は見あたらない。
「他に近くの店は?もう始まっちゃうよ」
──イカ焼きとわた菓子、なんかピコピコ光るおもちゃの店……あ、始まった。
パッと周囲が明るくなって、一発目の大きな花火が空に咲く。
「岡田、わからないな、もう。このまま花火見て、終わったらまた電話する」
──ばっか、お前、それじゃなんのために一緒に来たかわからないじゃん。
「いいよ、俺、こんなに近くに花火見たの初めてだから。綺麗だな……」
屋台の明かりが少々邪魔だったけど、遠くから眺めるだけじゃない間近の花火は、
腹に響くドーンという重低音や、パパパとはぜる火薬の音が効果音となって、感動的だった。
「来て良かったよ、本当、綺麗だ、言われなきゃ来なかったから岡田に感謝だな」
携帯から聞こえてきたのは、低い小さなつぶやき。
──俺は、喜ぶ加野の顔が見られなくてつまらんね。
「え、何?」
──俺は加野と一緒に花火が見たかったの。好きな奴と花火大会、これ常識でしょ。
ひときわ大きな花火が上がって、その音と同時に心臓が止まるかと思った。
「岡田、何言ってる……」
──加野、好きだ、ずっと好きでした。
「岡田!こんな所で!いっぱい人がいるのに!」
──電話だから、誰が相手かなんてわからないよ。それに、皆、花火見てる。
うろたえる俺に、少し笑いを含んだ声が指摘する。
──加野のことが好きなんだって、ずっと、言いたかった。
「……ウソだ、お前、女の子にもてるって、女の子好きって、ずっと言ってたじゃん……」
──ちょっと、意地になってた。加野にだけわざと言ってたんだよ。なんでかな。
周りの人は、綺麗な浴衣を着た女の子も、仲良さそうな家族連れも、みんな、
次々と上がる花火に夢中で、岡田の言うとおり誰も俺なんか見ていない。
俺だけが、携帯を壊れるほど握りしめて、真夏の夜に震えてうつむいている。
今言っても、きっと、花火の音にかき消されて誰にも聞こえないんだろう。
──加野?言ってくれよ、俺にも。
「岡田……ずるい……俺が、ずっと岡田を好きなんだよ」

75717-189 花火:2009/08/10(月) 01:35:05
 高層マンションで見る花火は素晴らしい。
 必死になって場所を取らずに済むうえに、人込みも気にしなくていい。
 革張りのソファに座りながら、私は優越感を覚える。これに酒があれば最高だった。
 夜空に咲き誇る花達に見とれていると、ドアの開く音がした。玄が帰ってきたらしい。
「ただいま」
「遅かったな。どこに行ってたんだ?」
 振り向きもせずに問いかける。玄は隣に座り、片手に持っている袋を見せる。
「花火大会だよ」
「花火ならここで見られるじゃないか」
「いや、花火を見ていたら急に食べたくなったんだ」
 彼は袋から次々と中身を取り出した。
 たこ焼きに焼きそば、ベビーカステラやチョコバナナ。様々な食べ物がテーブルに並べられる。
 落ち着いた色合いのテーブルクロスにはいささか似合わない面々だ。
「わたあめも買おうか迷ったんだが……」
「いい年した大人が買うものじゃないだろう、あれは」
「子どもがいっぱい並んでいたからやめたよ」
 玄は目を細めながら、子どもたちの分がなくなったら困るからな、と付け足す。  
 私はチョコバナナを手に取った。表面には蛍光色のカラースプレーがたっぷりとまぶされている。
「きれいだろう?」
「きれいと言うより毒々しいが」
 子どもの頃ならば玄と同じことを思っただろう。
 母にねだってはみたものの、ああいうのは体に悪いのよ、と説教をされた過去を思い出す。
 おかげで屋台で売られているお菓子はほとんど食べられなかった。
 大人になったら絶対食べてやるんだ。幼い頃に抱いた野望はいつの間にか忘れていた。
 チョコバナナをパックに戻すと、玄は不思議そうな顔をする。
「食べるんじゃないのか?」
「気になっただけだ。それにこれは一個しかない」
「分ければいいじゃないか」
 驚いた。まさか甘党のお前からそんな言葉が聞けるとは思わなかった。
「私は君と食べたいんだ」
「なら二個買ってくればよかったじゃないか」
「最後の一個だったんだ」
 カラフルなチョコバナナはいつの時代も子どもたちのあこがれらしい。
「それなのに子どもには譲らなかったんだな」
 指摘すると、玄は気まずそうに視線をそらす。
「……どうしても食べたかったんだ」
 玄の頬はほんのりと赤くなっていた。微笑ましい、と素直に思った。
 彼はいつまでも童心を忘れない大人だ。それが時に煩わしく、羨ましくもある。
 私はテーブルに並べられた品々を隅から隅まで見てみた。
 りんごあめ、たい焼き、ポン菓子、べっこう飴。
 昔、指をくわえて眺めていたものばかりだ。ああ、どれもこれも懐かしい。
 黙っている私を玄は訝しげに見る。何か言ってやりたいが、上手く口を動かせない。
 その瞬間、花火が打ちあがり、室内をオレンジ色に染めた。
「そろそろ乾杯でもしようか」
 玄は袋からラムネを二つ取り出す。どこまでも徹底した男だ。
「酒じゃないのか」
「酒にチョコバナナは合わないだろう」
「タコ焼きと焼きそばは?」
「口直しだ」
 どこまで甘党なんだ、お前は。
 玄は穏やかな笑顔でラムネを差し出す。私は呆れながらも口元を緩め、ラムネを合わせた。
 ビー玉がからん、と音をたてた。

 革張りのソファに座り、ラムネを飲むながら花火を見る。
 たまにはこんな夜の過ごし方もいいかもしれない。

75817-189 イヨイミ:2009/08/10(月) 04:54:36
イヨイミ、マソヘオ、、ヌ、ケ、ヘ。ェ
ヒワ・ケ・琚「0ーハウー、ネ、筅ヒGJ。ェ、ヌ、ケ。ェー瑢�ナ弝シ、オ、サ、ニトコ、ュ、゙、ケ。」


。ヨ、ソ、゙、茖シ、テ。ラ。ヨ、ォ、ョ、茖シ、テ。ラ
・ォ・鬣ウ・綃ネウレ、キ、ス、ヲ、ハツュイサ、ャノス、*厚�ア、ニ、、、テ、ソ。」
、ャ、鬢遙「クヘ、*�ォ、ア、槶ネツヤ、チ、ュ、琦フケ簣ネ、ャトフ、熙*来⓽�ヤ、ッ、キ、ニ、、、槩」
、ネ、綃ア、槶隍ヲ、ハヘシニ*�ャ。「ケセクヘ、ホトョハツ、゚、*�ネ、鬢キ、ニ、、、ソ。」

。ヨイソ、タ。「、ェチー、ァ、*�ネ、ウ、ホ、ャ、隍ックォ、ィ、槶テ、ニ、ホ、ヒ、陦ラ
ホ「、ォ、鮴螟ャ、彔�、*�タ、ェ、琦*�ォ、ニ。「フ魵タマコ、マハム、ハエ鬢*�キ、ソ。」
。ヨソニノ网ャナ鰣ツテ」、ネシ*�ケ、熙タ。」、顬カ、顬カチ怵マ、ォ、鯀ニタフ、篋ォハェ、ヒヘ隍ニ、ヲ、槶サ、ァ、テ、ソ、鬢ヘ、ァ。ラ
、マ、マ。「、ネフ魵タマコ、マネ�、*�*�サ、ニセミ、ヲ、ネ、ト、ア、ニ、、、ソト「フフ、*�ト、ク、槩」
。ヨコ」ニ*�マセヲヌ荀ヒ、ハ、*�ヘ、ァ、ハ。ラ
チ皃皃ヒナケサナノ*�ァ、タ。「、ネクタ、テ、ニホゥ、チセ螟ャ、テ、ソ。」

イーコャ、ヒナミ、槶ネニ*�マ、ケ、テ、ォ、恇詡チ、ニ、、、ソ。」
タ軺ユ、ホキ*�*�ォ、鬢マア*�ッ。「タ詡ォ、鯀皃ッノ*�ャソエテマホノ、、。」
ホル、ヌクユコツ、*�ォ、、、ニ、、、氅魵タマコ、マ。「イ网ヒソゥ、顬琦ソ、ネクタ、テ、ニ踰、*�ワ、熙ワ、熙ネチ゚、ュンロ、テ、ニ、、、槩」
。ヨ、ノ、琚「ツ゚、キ、ニ、゚、絓ラ
。ヨサ゚、サ。「、ェチー、ァ、゙、ソウ*⓻�*�タ、綃ヲ、陦ラ
ソュ、ミ、キ、ソシ熙*�ミ、、、ハ、ャ、鮨ウ、鬢琦槩」

、ネ。「、キ、螟槶槶槩「、ネ、、、ヲイサ、ャハケ、ウ、ィ、ソ。」
。ヨ、ェ。「サマ、゙、テ、ソ、ハ。ラ
、ノ、ゥ、*�「、ネ、、、ヲケ瑫サ、ネカヲ、ヒク*�ャイヨウォ、ッ。」
ハユ、熙ャー璨ヨフタ、槶ッノ筅ォ、モセ螟ャ、テ、ニセテ、ィ、ソ。」
。ヨ、ェ、琦マ、陦「、ウ、ホイサ、ャケ・、ュ、タ、ハ。」ハ「、ヒ、ノ、*�ネヘ隍槩ラ
フワ、*�ト、ク、ニシェ、*�ケ、ア、氅魵タマコ、ホエ鬢*�「シ。。ケセ螟ャ、檔ヨイミ、ャセネ、鬢ケ。」
ク、、テ、ウ、綃ホ、隍ヲ、ハエ鬢マ。「ヌッ、ハ、熙ヒスタ、鬢ォ、ッ、ハ、テ、ニ、ュ、ソ。」
、ウ、*�ハ、ヒ、゙、ク、゙、ク、ネエ鬢*�ッ、皃槶ホ、篩鯥ャ、ネオラ、キ、ヨ、熙ヌ。「
、ス、ホソー、*�レ、綃熙ネ。「
。ヨ、テ。「、ハ、ヒ、キ、荀ャ、槩ラ
醺、皃ソスヨエヨフワ、ャケ遉テ、ソ。」ノ。、ャソィ、琦殂*呉�、。」
。ヨソニタフ、ヒ、陦「。ラ
、ノ、ゥ、*�」
。ヨア魲ネ、゚エォ、皃鬢琦ニ。ラ
、ノ、ゥ、*�」ケ
�ワ、ャタヨ、ッ、讀鬢皃ッ。」
、ス、ホテ讀ホシォハャ、ホエ鬢マセ*�ア、ハ、、ーフカッ、ミ、テ、ニ、、、槩」

。ヨ、ェ、琨。。「跪、ッ、ッ、テ、ソ、陦ラ

、ノ、ゥ、*�「、ノ、ゥ、*�」


ー璣ンフタ、槶ッセネ、鬢オ、琦ソフ魵タマコ、ホノスセ*�マハム、顬鬢ハ、、。」
、ス、ホヒヒ、*�エ、爨ネ。「ーユウー、ハト*�メ、*☀ㇶ�キ、ニ、、、ソ。」
ー瓉ゥ、ト、、、ニ。「クタヘユ、*�ヌ、ュスミ、ケ。」

。ヨ、ェ、琨。、ェチー、ャ、、、熙网、、、。ラ

。ヨイヌ、篏メカ。、筅、、鬢ヘ、ァ、陦」、ェチー、ャ、、、ニ、ッ、琦熙耆�ツュ、キ、ニサ爨ヘ、槩」、タ、ォ、鬢ェチー、ァ、粫琦ッ、ッ、琚ラ
。ヨ、ェ、琦ネ、、、ニ、ッ、琚「フ魵タマコ。ラ

、ノ、ゥ、*�」

フ魵タマコ、ホシ熙ャ、讀テ、ッ、熙ネ。「、ェ、琦ホシ熙ヒスナ、ハ、槩」
、ス、ホサ�ス鬢皃ニシォハャ、ホシ熙ャソフ、ィ、ニ、、、ソ、ウ、ネ、ヒオ、ノユ、、、ソ。」
。ヨ、キ、遉ヲ、ャ、ヘ、ァフ𨏍コ、タ、ハ。「、ェチー、ァ、ャ、ッ、ソ、ミ、槶゙、ヌ、、、ニ、荀槶陦ラ
簔、キ、、ト*�ホ、ス、ホセミエ鬢*�「、ス、琦*�*⓽ㇸ�」ニ*�ホニ*�ホイヨイミ、*�「、ェ、琦マー璿クヒコ、琦槶゙、、。」

759758:2009/08/10(月) 05:05:40
>>758、ヌ、ケ、ャ。「ハクサ*�ス、ア、キ、ニ、゙、ケ、ォ。ト。ゥ
オョスナ、ハ・琨ケ、*�ケ、゚、゙、サ、*�ェ
イソ、ヌ、タ、綃ヲ。「クォ、ハ、ォ、テ、ソサ*�ヒ、キ、ニイシ、オ、、。トorz

76017-189 花火:2009/08/11(火) 02:12:30
>>758-759文字化け本当に失礼致しました!
大したものではないですがせっかくなので改めて。

「たまやーっ」「かぎやーっ」
カラコロと楽しそうな足音が表を駆けていった。
がらり、戸を開けると待ちきれぬ高揚が通りを埋め尽くしている。
とろけるような夕日が、江戸の町並みを照らしていた。

「何だ、お前ぇんとこのがよく見えるってのによ」
裏から上がり込んだおれを見て、弥太郎は変な顔をした。
「親父が棟梁達と酒盛りだ。わざわざ相模から親戚まで見物に来やがってうるせぇったらねぇ」
はは、と弥太郎は眉を寄せて笑うと、つけていた帳面を閉じる。
「今日は商売になんねぇな」
早めに店仕舞ぇだ、と云って立ち上がった。


屋根に登ると日はすっかり落ちていた。
川辺の喧騒からは遠く、川から吹く風が心地良い。
隣で胡坐をかいている弥太郎は、蚊に食われたと云って脛をぼりぼりと掻き毟っている。
「どれ、貸して見ろ」
「止せ、お前ぇまた噛むんだろうよ」
伸ばした手を笑いながら蹴られる。
と、しゅるるる、という音が聞こえた。
「お、始まったな」
どぉん、という轟音と共に光が花開く。
辺りが一瞬明るく浮かび上がって消えた。
「おれはよ、この音が好きだな。腹にどんと来る」
目を閉じてまるっこい耳を傾ける弥太郎の顔を、次々上がる花火が照らす。
困った犬っころのような顔は、年なりに柔らかくなってきた。
こんなにまじまじと顔を眺めるのも随分と久し振りで、
その薄い唇をぺろりと
「っ、何しやがる」
舐めた瞬間目が合った。鼻が触れる程近い。
「親戚によ、」
どぉん。
「縁組み勧められて」
どぉん。黒目が赤く揺らめく。
その中の自分の顔は情けない位強張っている。

「おれァ、腹くくったよ」

どぉん、どぉん。

一際明るく照らされた弥太郎の表情は変わらない。
その頬を両手で挟むと、意外な程ひんやりしていた。
一息ついて、言葉を吐き出す。


「おれァお前ぇがいりゃいい」

「嫁も子供もいらねぇよ。お前ぇがいてくれりゃ満足して死ねる。だからお前ぇも腹くくれ」
「おれといてくれ、弥太郎」

どぉん。

少年の日、花火というものを初めて見た事、横にいた弥太郎と口をぽかんと開けて見とれた事、弥太郎の体温、歓声、いろんなものが一気に胸に押し寄せる。

手が、弥太郎の手がゆっくりと、顔を挟むおれの手の上に重ねられた。
その時初めて、自分の手が震えていたことに気付いた。
「しょうがねぇ野郎だな、お前ぇがくたばるまでいてやるよ」
闇に浮かぶ眩しい程のその笑顔を、おれは一生忘れるまい。

76117-239 絶対絶命:2009/08/13(木) 20:01:40
(229「人間×人外」を書かせて頂いたものです。
お題にそって「絶体絶命で続編を書いたのですが、続編投下はこちらということに
直前に気づき、こちらへ投稿させていただきます。」)

76217-239 絶対絶命1:2009/08/13(木) 20:02:30
大変だ。夢なのに頬をつねっても痛い。
というか、頬をつまめてる。指がある。毛が無い。
他にもおかしいことがありすぎて訳がわからない。
辺りをきょろきょろと見渡していると、見たこともない人間が驚いた顔をしていた。
いや、違う、鏡だ。

「…嘘だ」

話したかった言葉だ。アイツと同じ言葉、俺の声だ。
俺、人間になってる。
嬉しいけれど、けど。状況をアイツに言って信じるのだろうか。
信じるわけが無い。いつも聞こえていたテレビもラジオも、
猫が人間になったニュースを報じたことは無い。
無理だ。絶体絶命だ。
せっかくのチャンスなのに、駄目だ。
チャンスでもない、これは寧ろピンチとしか言えない。

76317-239 絶対絶命2:2009/08/13(木) 20:03:08
「今、何時だ」

午後8時前。そろそろアイツがバイトから帰ってくる。とりあえず服くらい
アイツの服を拝借し、少し緩いと重いながらも苦労してボタンを留めた。
落ち着いて鏡を見てみると、なかなかの顔立ちだと自画自賛してみる。
もとが猫だからか多少目がきついものの、年相応の可愛さもある。

と、見とれている場合でもない。
アイツが帰ってきて不法侵入だとか騒ぐ前にここを出て行かなくては。
寝ている頃に戻って俺は廊下で寝たりしていれば、朝には戻る、だろう。
確証は無いけど。
靴のサイズは合うだろうか。そしてこの不慣れな二足歩行に慣れるだろうか。

「ただいまー…って、ええええ!?」

ウォーキング練習をあわただしくしているところに、アイツが帰って来てしまった。
やばい。やばい。驚いてる。怖がらせてる。
窓から飛び降りることは、猫の体だったらできるだろうけど、人間の体は脆いから。
そんなこと絶対出来ない。しぬ。

76417-239 絶対絶命3:2009/08/13(木) 20:03:40
走れるかわからないのに走り出して、案の定転びそうな俺を、アイツがゆっくり抱きしめた。
オマエ、意外と力あるんだな。
高校のとき野球部で万年補欠だったくせに。
ばたばたと動いてもまったく離してくれない。

「お、まえ…あ、あ、成功だ。おまえの匂い。リオの匂い。…うっそだろ、俺すげえ。凄すぎ。レポートは駄目だけどやっぱり俺、実験なら出来る子だ。」

「何が成功だ馬鹿野郎。離せ離せ。」

「リオ、おまえ口調が可愛くない。でもリオだ。俺の大好きな猫。」

いつものように、いつもと違う頭をくしゃくしゃと撫でる。
俺の好きなように、やわらかく。気持ちよいように。

「こうやっておまえの声聞くの、夢だったんだよ。超幸せ。今度は長持ちっつーか、もう永久に変身できる薬作るから、待ってて。」

「オマエ、そんな余裕ねえだろ。いっつもレポート提出前日に慌ててるオマエが。」

「いいから任せて。おまえが欲しかったんだよ。」

76517-239 絶対絶命4:2009/08/13(木) 20:04:26
「俺、がオマエを好きになるかなんてわかんねーだろ。」

「頼りないところ全部知ってると思うけどさ。リオが知らないところだって沢山あるんだよ。」

頭を撫でることだけでは足りないのか、嫌がる俺を無視して頬やら首、耳にキスしてくる。
唇がこんなに軟らかいなんて知らなかった。
そこは弱音やら俺に語りかけることだけしか出来ないと思っていたのに。
言葉と同じような優しさを持っているとは。

「だから、好きになって。頑張るから。」

「知る、かよ。」

「朝までしか持たないからさ、お願い、添い寝させて。夜行性だとは知ってるけど。」

いつもベッドに連れて行くくせに。何で今日だけ丁寧に、しかも目をまじまじと見て聞くんだよ。
それに、オマエ、ちょっと待て。

「風呂はどうしたんだよ。歯磨いたりとか。そもそも着替えとか。」

「あ、忘れてた。」

「それで朝に困るのはオマエなんだからな。」

「焦りすぎた。ごめんごめん。一緒に入ろうか。」

「狭いだろ、二人じゃ。」

「狭いからいいんだよ。それで着替えて、歯磨いて、ごろごろしながら話そう。
どうやってリオを人間にしたのか、教えてあげるよ。」

いつも繋げなかった手を繋いで、指を絡め合って、確かめ合う。
ここにオマエがいるんだって、いつもより深く感じるよ。

「おいで、愛してるよ。」

そんなに優しく他の誰かにも語りかけるのかな。
手を繋いだことも沢山あるんだろうな。
俺は初めてだよ。ずっとオマエがいいよ。
ずっとこのまま一緒に居たいよ。
だから、このままでいさせて

76617-239 絶対絶命5(ラスト):2009/08/13(木) 20:04:54
「うん」

こうやって返事をさせて。意味のある言葉を発したい。会話をしたい。
もっと手を繋ぎたいし、抱きしめたいよ。
今度は俺から言わせて。今のうちに。今だけしか言えないみたいだけど、沢山言わせて。

「愛してる。」

76717-239 絶体絶命:2009/08/14(金) 04:00:19
規制で書き込めなかったので、こちらに投下します。


目の前には見知った男、背中合わせには壁。
ついでに左右は目の前の男の両腕に阻まれ、逃げ道すらない。

目の前の男は心底楽しそうに目をにんまりと細め、んふふ、と笑った。
その微妙に低い声が耳の底を柔く擽って、思わずぶるりと身震いをする。

「さぁ、もう逃げ道はないね」

甘い毒を含んだ、魅惑的な声。
騙されてはいけない、逃げなくてはいけないと思うけれど、耳を這い首を伝って背骨の付け根を痺れさせるその声に、
自分を曝け出し屈伏してしまいたいという気分にすらなってくる。

「君は、これから僕のものになるんだ」

違う、お前のものになんてなってたまるか。
家には腹を空かせた兄弟が、俺の帰りを待っている。

「君が僕のものになれば、君の兄弟は一生の安泰が約束される」

それはわかっている、でも、それだけじゃなくて、俺には。
想い人が――想い人が。

「そんなものが、君たち兄弟の腹を満たしてくれるとでもいうのかい?」

だから、忘れてしまえ。
目の前の男は愉快そうにそう囁いて、俺の首筋に口付けた。
軽い音を立てて首筋に吸いついたその唇が、俺のそれへと近付く。

後は壁で、目の前には男がいて、左右は両腕に阻まれている。
絶望に足を取られて、反論する言葉さえ奪われて、見動きをすることも出来ない。

助けて。
心が悲鳴を上げる。

目の前の現実のその全てを見たくなくて目を閉じれば、
そこに浮かんだのは愛しいあの男の残像だった。

76817-259:2009/08/16(日) 18:37:52
5分差で投下負け++
微妙にお題とズレてるから、いいかな



「良い事を思いつきました」
主人が何か言い出す時は大抵碌な事がない
館に入ったその夜に覚えさせられた事は今でも忘れられない
主人は自分と同じ様に長い銀の髪をした私がいたく気に入りらしかった
そして、いつも私の髪を指に絡めてくすくすと笑う
「おいで」
主人が手を叩くと、もう一人従者として使えている
ホムンクルスが寝室に入ってきた
昔主人が愛した少年をモデルにして造ったと聞かされている
「今夜の相手は『彼』にさせましょうか」
これまで共に主人に仕えて来た仲ではあるけれど
自立した行動が一切出来ない上に
言葉も返事くらいしか出来ない同僚だった
主人が何をする気なのか見当も付かず
不安な気持ちで主人を見つめると
主人はいつもにも増して優しく微笑んだ
この微笑が無かったら私は今の生活に耐えていないだろう
私をベッドに寝そべらせ、主人は傍のカウチに腰掛けると
呼び寄せられた『彼』がベッドの前に立った
「や…止めさせてください…」
「私が良く教えてありますから、大丈夫ですよ」
主人が指を鳴らすと、『彼』が口付けしてきた
「服を脱ぐのを手伝って上げなさい」
『彼』は主人の指示の通りに行動する
私は『彼』に弄ばれながら、主人の視線に耐えた
私の弱い所も何もかも、良く知っている主人だから
主人の指示は的確だった
乱れる私をカウチから微笑みすら浮かべて見ている主人が
それでも私は恋しくて、知らずに涙を浮かべていた

76917-259 従者×従者:2009/08/17(月) 10:57:59
ゆっくりと押し込むと、彼のそこはそうあるのが当然のように私を飲み込んだ。
眉根を寄せて体の中に入り込む私という異物の感触に耐える彼を見下ろしながら、
私は励ましの言葉をかけた。
「そう、最初は声を上げてはいけない。でも、体の力は抜かなければいけない。上手だぞ」
「はい...ありがとうございます...」
律儀に返事をするまだ幼さの残る声に、「我らが主には言葉で返事をするなよ?」と
一応釘を刺す。彼はこくりと頷いた。

我が主は従者の好みが五月蠅い。従者といっても実質的には稚児だ。
容姿年頃が好みであることはもちろんだが、舌技に長けている、痛がって
興を削がない、やたらと大声を出さない。無口で従順に命令に従い奉仕する従者が、
最初は声を殺して快感に耐えているのが、次第に耐えられなくなって最後は声を上げて
乱れるというのが良いらしい。
領地を回りながら主好みの田舎者を見つけ、連れてきて主好みの従者に仕込むのが、
かつて主の一番のお気に入りの従者であった私の今の仕事だ。

「動くぞ」と声をかけてから、まだ体が慣れていない彼のためにゆっくりと小幅の
出し入れを始める。
やがて、目尻に涙を滲ませ耐えるように引き結んでいた彼の唇がゆるんでくる。
舌で、指で、与えられる快感を覚えさせることから始めた。幾晩もかけて、
休み休み、でも繰り返し。
昨晩は初めて根元まで私を受け入れ、その状態で私にしごかれて彼は快感に
身悶えしながら果てた。今晩は動く私によって与えられる快感を受け止める訓練だ。
はあっ....
彼の唇から、熱い吐息が漏れる。指よりも太いその大きさに体が慣れてきたようだ。
ぐいと強くえぐると、彼は声を殺して頭をのけぞらせた。晒された白い喉がまぶしい
ような気がして、私は目を眇めた。
「痛かったか?」尋ねると、彼は首を振った。
「気持ち良いのか?」尋ねると、彼は頷いた。
「そうか。でも、主の心に余裕があるように見える間は主には首を振るのだぞ。
『気持ち良いのだろう?』と問われたら首を振るのだ。『気持ち良いと言え』と
問われても、最初の1・2回は首を振るのだ。あっさり認めるのもいけない。
でも、いつまで経っても気持ち良さそうにしないのもいけないのだ。匙加減には
注意するのだぞ。不興を買えばお前の命にかかわる」
「...ち良いのは...」
ふと、熱っぽく潤んだ目を私に向け、彼はあえぐように言った。
「あなただから...あなただからです...あなただけ...」
「そんなことを言ってはいけない」私は彼をたしなめた。
「お前が主好みの年頃である期間はわずかだ。その間、主好みの従者でいさえ
すれば、お前は殺されることはない。じきに飽きられて他のお気に入りの従者に
取って代わられ、ただ、主の世話をするお気に入りの従者の手伝いをする役に
回され、次第に主から遠ざけられる。主から遠くなればなるほど、お前が不興を
買って殺される確率は下がるのだ。田舎にいた頃のように飢えることなくこの城で
生きていけるのだ。だから、余計なことを考えてはいけない」
「あなたは、僕が主様にこうされても平気なんだ...」
平気なものかと、口には出せなかった。ここでは、主に逆らっては生きていけない。
彼がここで生き残るためには、私などに心を残していてはいけないのだ。
「平気も何も、私がお前を抱くのは主にこうしていただくためなのだぞ?」
みるみるうちに、彼の目に涙が盛り上がり、目尻から流れた。
「くだらないことなど考えられないようにしてやろう」
彼の瞳に浮かぶ絶望を無視して、私は彼自身に手を伸ばした。
えぐって、擦り上げて、じらして、長い時間をかけて私の言葉に一度は冷めて
しまっただろう彼の体の奥の焔を外から熾しなおし、煽り、彼の理性を押し流し、
快感にのた打ち回らせる。彼の気持ちも意志も関係なく、与えられる刺激に彼の
体が反応するまで。何の気持ちも伴わない、憎んでさえいる主に抱かれても、
彼の体が快感を貪ることができるように。
それだけが彼が生き残ることのできる道なのだから。

体中を汗と体液でドロドロにし、疲れ果て、泥のように眠りに落ちた彼の体を、
冷えないように私は綺麗に拭き清めてやった。
寝顔はまだあどけない。
顔にかかる前髪をよけてやって、私は彼が目を覚まさないように用心深く、
そっと、そっと、彼の額に口付けた。

77017-299 なんて男らしい 1/2:2009/08/20(木) 18:20:16
話があると部屋に呼んで、小柄な体をすっぽりと胸に包んだ。
……堪らない感情からと、顔を見ずに済むという理由のためだった。
「祐一のことは大好きだ……でも、別れよう」
髪にそっと口づけながら、とうとう言った。この3ヵ月、考え続けた結論だった。
同僚から恋人へ、想いがゴールを迎えてハッピーエンドのつもりだったが、人生はそう単純じゃなかった。
人は、恋だけに生きられない。
三十という年齢を過ぎて、社内での責任が重くなり、他の同僚が家庭を築き、
家族や親戚から圧力が高まり……
ありがちな、しかし誰でも直面する壁が俺達に立ちふさがった。
祐一はひとり息子だ。これ以上、俺に縛りつけておく訳にはいかない。
「このまま関係を続けても、俺達は幸せになれない。
 このあたりが潮時だよ……素晴らし思い出をありがとう、祐一」
なんとか、重くならずに言えたと思う。しかし語尾は震えた。
誰よりつらいのは、俺だと思った。しかし、祐一の幸せのためには耐えるしかない。
力を込めて、祐一を抱きしめた。わずかに抵抗された。
納得できないか?祐一。でも、それがお前のためなんだ。
俺だって決心できてるわけじゃない。でも、俺は男だから。
祐一の細い肩が震える。俺の視界も柔らかく曇った。
こんな顔は見せられない。ますます強く抱きしめた。

77117-299 なんて男らしい 2/2:2009/08/20(木) 18:23:33

「……っざけるんじゃねぇ」
低い、地獄からの声とともに、頭が揺れて気がついたら尻餅をついていた。
あごに一発をくらったと気づいたのは、そこから脳天に突き抜ける痛みと、口中の血の味のため。
「別れたいんなら別れてやる。どうせ俺のためとか思ってるんでしょ?」
冷たく見下ろす祐一の顔。一滴の涙もない。
「馬鹿じゃないの。逃げてるのは宏伸、お前のほうだから」
立とうにも立てない。あごを打たれて脳震盪を起こしているのだ。
祐一がきびすを返した。部屋から出て行こうとする。
「祐一……ちょっと、待っ」
「俺は跡継ぎとか、社内の立場とか出世とか、世間体とか、どうでもいいの。
 宏伸さえ覚悟してくれたら、今の仕事を辞めてどこか遠いところで頑張ってもいい。
 家族にだってカミングアウトしたって、それで縁を切られたって平気だ。
 それをお前は……」
「いや、だって、お前のためを考えて俺は」
言った途端すごい勢いで振り返られて、顔面に腕が伸びてきた。
──もう一発、殴られる。ぎゅっと目をつぶって身構えた……頬に、手のひらの感触。
「宏伸が俺のことだけ考えてくれたってのはわかるけどさ、君は本当に……
 馬鹿だとは思ってたけど、本当に馬鹿だ。自己完結しちゃって、情けないなぁ、それでも男か?」
ヒリヒリと腫れた唇に、冷たい唇の感触。
「ついてこい、って言われても困るだろうけど。
 ……俺だけじゃ駄目なの?他は全部あきらめて、俺をとれよ、宏伸。
 男二人、何したって食っていけるとは思わないか?」

77217-379 高すぎる腕枕:2009/08/27(木) 14:26:58
「なーいいじゃん、してくれよー腕枕」
「は? 何で男のオマエなんかにしてやんなくちゃいけない訳?
つか、体格からして逆じゃね?」
「だって、お前の腕で眠りたいんだもん。うーん、何ていうのかなぁ、
『母性』っていうの? そういうの感じてみたいんだ。
そんで、子守唄歌ってもらえたらサイコーなんだけど」
「それだったら、自分のカーチャンにでもしてもらえ!」
「えーと……うちお袋いねーんだわ」
「あ」
「何つー顔してんだよ。もう昔のことだって」
「そっか。あの、悪かったな……」
「悪いと思うならさー、やってよ腕枕」
「わ、わかったよ! ……ほら」
「やったー!! いやー言ってみるもんだなー。
んー何か落ち着く、お前の腕……」
「い、言っとくけど、俺の腕枕は高いぞ! 某無免許医の手術より高い。
10億だ!! 子守唄はプラス5億で歌ってやってもいい。
代金は一生かけてでも払ってもらうからな!」

俺が照れ隠しにそう言うと、奴は何故か幸せそうに笑った。

77317-419 思い出のなかに生きる人と見守る人:2009/08/30(日) 13:35:01
双子の弟が事故でいなくなってしまった。
しばらくして、弟のパソコンを開くと沢山メールが届いている。
全部同じ人物からで、英語だった。
内容は、メールが返ってこないことへの不安がひたすら書かれていた。
弟は最近まで留学していたから、多分そこでできた友達だろう。日本の知り合いには一応連絡をしていたけれど、彼のことは気づかなかった。
僕は弟のメールソフトから、彼に弟はもういないことを告げた。

なのに、未だに彼から毎日のようにメールが送られてきている。
内容は、今日何をしたとか、こんなことがあったとか、そんな些細なことが綴られていた。勉強し始めたのか、短い拙い日本語でメッセージが添えられていた。

「あいたい」「さびしい」「またあいましよ」

彼のメールを読んでいると、まだ弟がここにいるような気がする。

「日本 いきます 来週」

来週彼はやってくるらしい。
会ったこともない弟の親友。彼は弟と瓜二つの僕を見てどう思うだろう?

774萌える腐女子さん:2009/09/02(水) 22:10:39
神様、僕は何か悪いことをしたでしょうか。
思えば幼稚園から大学まで地方の中流を渡り歩き、我ながら何の変哲も無い人生でした。
それなのになぜ僕は今、見も知らぬ男に圧し掛かられているんでしょうか。

「突っ込みたい?突っ込まれたい?」

舌を噛んで死ぬべきか、なんていってもそんな根性僕には無い。
死ぬなら男とでもセックスしたほうが良いのか?
どうなんだ?逃げるのか?
ああ、けっきょくあまりにも平凡な僕はするかしないかではなくて、
ヤるかヤられるかしか選べないんだろう。

「突っ込みたい?突っ込まれたい?」

頬を吊り上げるようにして男が耳元で囁く。
答えはそのどちらかしか選べないだろうとばかりに、

775萌える腐女子さん:2009/09/02(水) 22:16:05
774は、17-439 どちらかしか選べない に対する萌です
タイトルミス済みません

77617-469 厨二×厨二(1/2):2009/09/10(木) 16:45:26
「サラリーマンだけにはなりたくねぇな」
俺はそう悪態をつくと最近覚えた苦いブラックコーヒーに口を付けた。
苦っ。苦みに一瞬顔を歪めるが、それを誤魔化すように瞳を閉じた。
俺はこの日も脳裏によぎった三文字を口に出さぬよう必死に取り繕う。
旨い。俺は違いの分かる男。同世代のガキとは違うんだ。
本音を言えば苦くてまずいが、
そう思うことでシュガーポットに手を伸ばそうとする未練を断ち切る。
ビルの三階にあるカフェは通りに面している壁がガラス張りになっていて、そこから下の様子などが見える。
俺は冷めた瞳で行き交う灰色の群衆を見つめていた。
スーツで武装し表を歩く生気も表情もない顔は見ていて不愉快で、いっそネクタイを窒息してしまうまで締めてやりたい。
見下ろした灰色の蠢きと自分に干渉する父親とダブり、余計に憎悪が増す。
ムカムカする気持ちを押さえつけようとコーヒーに口を付けたが、苦みのせいで余計気持ちが落ち込んだ。
気が重くなる理由はもう一つある。
目の前に座っている海斗だ。
文庫本に視線を落としたままうんともすんとも言わない。
この男はなかなか読書家で、愛読書は赤川次郎だ。
最近バンドを始めたらしく、いい詩、いや海斗曰くいいリリック(こう言わないとキレられる)が書けるようなインスピレーション探しに
俺は毎回付き合わされる。

77717-469 厨二×厨二(2/2):2009/09/10(木) 16:45:58

そして今日もご多分に漏れずそのインスピレーション探しに付き合っていて、今は小休止中だ。
目の前の相手は話しかければ返事は返すものの皆一言で終わりなかなか話が続かない。
雄次は諦めてブックスタンドから持ってきた英字新聞を広げた。
よ、読めねぇ……。だが俺は怯まない。何故なら俺は全能の眼(ゼウスズプレシャスアイ動揺の余りにガタンと机を揺らしてしまい慌てふためく。
そんな俺の様子など意に介さない海斗は相変わらず涼しい顔をして本を読んでいた。
「別に何にも変わんねぇよ。世の中平和、めでたいことだな」
「だがつまらないだろ。」
「え?」
「見てろよ。俺のバンドがそのしけた一面記事に大輪の花を飾ってやる」
その一言に背筋がぶるりとなった。
きっとこいつは俺の知らない世界を見せてくれるに違いない。
「行くぞ」と小さく呟き領収書を持ち席を立つ背中。
肩幅が広いとか背が高いと思ったことはあったが頼もしく見えたのは初めてだった。

77817-499 指舐め 1/2:2009/09/15(火) 14:56:35
校舎の屋上で、俺と高梨は5限のグラマーをサボっていた。
高梨は、屋上の入り口のドアのところにある段差に座りながら、誰かが置き捨てていったらしい
エロ漫画雑誌をどうでもよさそうにめくっていた。立って反対側からそれを覗き込みながら、
ふと思いついて俺は言った
「口でされるのって、どういう感じなんだろうな?」
「口でされる...?」
俺の言葉に、高梨はきょとんとした表情で俺を見上げた。
「フェラだよ、フェラチオ」
「ああ...そういう意味か」
なあんだという高梨の表情に、俺はちょっとむっとした。
「なんだよ、お前、興味ないのかよ...それとも、経験済みか?!誰だ?クラスの女か?!」
「女と経験なんかしてねえよ。興味も、ないわけじゃない」
経験無いという高梨の言葉に、俺はほっとした。
高梨は顔立ちの整った、穏やかな性格で、女子の間でも人気がある。ぱっと見はとっくに
童貞捨てていても不思議じゃないんだが、高校に入ってから始終つるんでいる童貞・
彼女いない歴=年齢の俺としては、敵わないのはわかっていても先を越されると面白くない
という複雑な感情を持たざるを得ない相手なのだ。
「...............るか?」
「え?」
疑問系の語尾にふと我に返る。
「ごめん、聞いてなかった」
「だから、『試してみるか?』って聞いたんだよ」
「誰が?!どうやって??!!」
「俺たちが。......指舐めたらさ、その感じでチンコ舐められてると思えば、どんな感じかは
わかるんじゃねえ?」
「そうか....そうかもな」
「やってみるか?」
「お、おう。頼む」
「じゃ、手を出せよ」
俺は妙にドキドキし始めた心臓の鼓動を「フェラの感触を味わうことへの期待」だと解釈した。
ワイシャツの腹のところでごしごしと拭ってから、自分の左手を差し出す。
高梨は、俺の左手を親指と人差し指、薬指と小指を軽く押さえるように両手で持ち、口を開けた。
ぱくりと咥えるかと思ったら、舌を伸ばしてぬろりと残った中指の腹に触れ、指先の方に一度舐め上げる。
ぞくりと、俺の下半身に何かが走った。
もう一度中指の腹にそっと舌を当ててから指先に移動させると、今度は昨夜切ったばかりの爪と指の間を
横にちろちろと舐め、それから改めて、舌全体を中指の掌側に当てるようにする。ぬらぬらな温かいものが、
吸い付くように中指にとりつき、指先に向かって動いていく。舌の先のほうにはちょっとざらつく感触があって、
それが移動していくのがわかる。
ざらつく舌先が指先に達するよりも早く、指の腹に高梨の下唇の内側の粘膜が触れる。舌先とは違う、
ただただ柔らかくぬめる粘膜がほんの数瞬与えた感触は、今までに感じたことの無いものだった。

77917-499 指舐め 2/2:2009/09/15(火) 14:57:00
....なんか変な感じがする。
見下ろした高梨の整った顔が、いつもと違って見える。俺の指を見ながら、口を開け、舌を差し出す表情が、
やけにエロい。目元がほんのり赤くなってるように見えるのは気のせいか?
俺の言う事を全然聞かないモノが、パンツの中で下を向いたまま段々固くなってくる。高梨の目の高さに近い
それに、高梨が気づかないでいてくれと祈りながら、俺は高梨がこれから何をしてくれるかを心臓をバクバク
させながら待った。

高梨はそんな俺の事情には気づいていないのか、俺の中指を舐め続けた。
指先に、ちゅっと吸い付くと、一瞬、指先が熱い粘膜に包まれる。けれど、すぐに唇は離され、外気が指に
ついた唾液から体温を奪う。
「もっと...」と思ってしまった俺の心の声が聞こえない高梨は、今度は中指と薬指の間、中指の側面に吸い
付いた。唇の粘膜を滑らせるように左右に動かし、不意に舌を出して指に絡ませる。握りこませていた指を
開かせると、指の股に舌を這わせる。
初めて感じるなんともいえないやるせないもどかしさに、俺は思わず言った。
「そこ、チンコにはねえんじゃね?」
「足の付け根とか、あるだろ?」
高梨は俺のほうを見もしないで言うと、いきなり俺の中指全部を口の中に咥えた。
唇の粘膜の輪が指の全周を柔らかく包み、その中で温かい舌が指に張り付き、吸い上げながら上下する。
その感触....!
もっとして欲しい。指だけでなく。

「ヤバイ...ヤバイって。コレ、気持ちよすぎる...」
言いながらも手を引けない俺の矛盾する気持ちを知ってか知らずか、高梨は口を開けて指を解放した。
左手をひっくり返し、掌をちろりと舐め、軽く唇を押し当てながら、高梨はそれを始めてから初めて俺を
見上げた。
「指なのに、そんな気持ちいいわけ?」
「...イイ」
「じゃ、交代な」
高梨はそう言って笑った。

差し出された高梨の右手を手に取りながら、今日一番鼓動を早くする俺の心臓。
秋の昼下がりの日差しの元で眩暈すら感じながら、何かとんでもないところに足を踏み入れようと
していることを自覚しながら、俺は高梨の指を自分の口元に導いた。

78017-539 高嶺の花:2009/09/20(日) 21:00:25
なんで、言っちゃったんだ。頭の中ではその重たい後悔がぐるんぐるん回っていて、誰を責めるべきなのかわからなくなる。
学年一の美少女に恋した自分か。それともいけるいける、なんて軽く背中を押してきた同級生だろうか。止めるどころかおもしろがったクラスの女子か。
考えているうちにこの世の全部が敵のように思えてきて、ぐったりと屋上の柵にもたれかかった。
天気がいい。山のてっぺん近くに建てられたこの学校は屋上の見晴らしがよく、絶望するにはもってこいの場所である。
「俺は馬鹿だぁ」
「そうだ馬鹿だ」
賛同の声がいきなりして、ぎょっとして後ろを振り返る。唯一、美少女に告白するなんて暴挙に出た自分を静観していた男が立っていた。
高校まで一緒の腐れ縁のくせに止めてくれなかった彼を恨めしいとはなぜだか思わなかった。
「そう思うなら早く止めてくれればいいものを」
「水戸黄門の歌思い出してみろって」
人生、苦楽あり。十七歳にしてしぶすぎるチョイスに力が抜ける。
がっと、力強く肩を組まれた。眼を見開き、真横の顔を見つめる。
「馬鹿だよ、ありゃ高嶺の花だってわかるだろ。摘んでみようって考えるだけお馬鹿さんだ」
「……うん。馬鹿ですよ」
「だからな」
「うん」
ふいと、彼がそっぽを向いた。黒い髪が風にたなびく。それが頬をかすめ、くすぐったかった。
「低いところのを摘めばいいと俺は思うわけだよ」
「低いところねえ」
「そう、低いところ」
「で、それどこに咲いてんだ」
目が合った。彼が愕然とした顔を一瞬浮かべて、やがてがっくりと首を倒してため息をついた。
「馬鹿だなあ。そんなんだから振られるんだって、俺以外に」
からりと彼は笑った。
なぜだか、なにも言い返せなかった。

78117-529 恋人を庇って銃で撃たれる:2009/09/23(水) 05:23:14
強盗犯に撃たれた傷口をガーゼで押さえられ、人工呼吸器をつけられ手術室へと運ばれる谷澤は寧ろ穏やかな表情で、ただ眠っているだけの様に見えた。
アレを瀕死の状態と言うのならば、横で座っている津嶋はなんと評すれば良いのだろう。
その顔はまるで死人のように蒼白で、廊下の蛍光灯が、手術中のランプの照り返しが、彼の頬に赤味があるのだと、生きた健全な人なのだと錯覚させる。
だが、その頬は確実に人の色とは言いがたいのだ。

「津嶋。もう帰れ。んで、寝ろ」
「いやだ。例え、それが命令だとしても、帰らない」
「お前、顔も白いし目もどっかいっちまってるぞ。谷澤が起きた時に、お前がそんな状態だったら……――」
「起きないかも知れない……あいつみたいに。だろう?」
「…………」

手術室のランプが赤い光を放っている。
病院の廊下は、外ではもう夜明けを迎えているはずだというのに、酷く余所余所しい人工的な暗さを保ったままだ。
どこまでも続くような、薄暗い、廊下。永遠に夜明けの来ない、薄暗い廊下。
時が過ぎ、そのときに最も嫌な結末を迎えるのであらば、いっその事時が止まってしまえば良い、とそう思っている心のうちを全て見透かすような、薄暗い廊下。
赤いランプと蛍光灯に照らされて、漸く人なのだと認識できる男を、仕事仲間を、友人を、俺は見下ろす。

「何で……俺じゃねぇんだ……!」
搾り出すような言葉は、前にも聞いた事のある言葉。
だからこそ、あの時の事を知る俺にとって、あの時も、今も、何も出来なかった、何も出来ない俺の心が痛み、悲鳴を上げる。


15年前と同じ状況だった。
津嶋は15年前、愛した人を目の前で……それも、本来撃たれるべきであった自分を庇い、そして死なせてしまったという傷を心に負っている。
以来、一匹狼で過ごして来たのだ。誰も傍に寄せないようにして。幼馴染だった俺さえも諦めるような頑固さで。
そこに谷澤がやってきた。若さ故の無鉄砲さと鈍感さで、まとわり付いて、せっかく津嶋も心を開いて…冗談だとしてもこの俺に、津嶋の馬鹿が、恋人とそろいのものを持つなら何が良いか、と聞いてきたばかりだったというのに。
犯人が津嶋に向けた銃口の前へと、手術室の向こうで寝ているであろう馬鹿は立ちはだかったのだ。


今ここで、谷澤も喪えば、津嶋は……――


死人のような顔でただ祈り続ける津嶋を見つめながら、俺は、手術室のランプが消える瞬間を恐れていた。


――――――


「……だからすみませんて」
「だからもくそもあるかてめぇ!」
「だって先輩絶対あそこで死ぬつもりにみえ……いたっ!」
「誰が死ぬつもりだって、あぁ!?」
「だ、だって前、何時でも死んで良いって……」
「あの時はあの時!今は今!いまさらてめぇを残して死ねるかよ!」
「えっ、って事は先輩!」
「だまれ。怪我に響くぞ」

……心配した俺がバカだった。
谷澤が目覚めた時からずっと、二人はあんな調子で喧嘩ばかりしている。
あぁ畜生。
色んな意味で満腹だから、次はどっちも撃たれないように互いをフォローしやがれってんだ。

78217-579 中ボス 1/2:2009/09/27(日) 14:39:37
腹に熱の塊が食い込んで、俺の身体を容赦なく吹き飛ばした。柔らかい葉を焦がし、華奢な木々をへし折って熱風が後を追ってくる。瞬間目の前が暗転し、気がついたときには濡れた地面の上で、木々の間の狭い空を見上げていた。体中が痺れて感覚が無い。声も出ない。
 積もった葉を踏み潰して、人影がこちらに近づいてくる。目がかすんで顔は見えないが、今しがた俺を吹き飛ばした魔術師か、勇者としてその名を轟かせている青年のどちらかだろう。他の者は皆彼等に殺されてしまったのだから。
 彼等が何の為にこんな森まで来たのか、予想はつく。恐らく、あちらこちらで暴虐の限りを尽くしている俺の主を殺しに来たのだろう。
  胸倉を掴んで引き起こされた。鎧の固い感触。唇が何事か動いているが、言葉が聴こえない。何事か俺に尋ねているようだったが、視界が水の中のようにぼやけていて、何も判らなかった。
 殺すか。
 きっと大声で魔術師に言ったのだろう、その言葉だけがぼんやりと聴こえた。
 身体がすっと冷たくなる。
 ついにこの時がきたか。戦いに負けて殺される時が。
 眼前に迫る金属の輝きから逃れるように、俺は目を固く閉じた。
 俺は死ぬのが怖かった。情けないことに、主の配下でそんなことを考えて居る者は俺だけのようだったから、誰にも打ち明けたことなど無かった。
 親しかった部下が殺されたと聞く度に、悲しみ、次は我が身かと怯えもした。次は俺が行って奴等を殺すのだと、息巻く同輩の気が知れなかった。
 冷たい感触が喉にあたり、どうしようもなく手足に震えが来た。灰になって散って行ったかつての同輩達は、この醜態を見て嗤うだろうか。
 長い時が過ぎたように思えたが、刃が俺の頸に食い込むことは無かった。酷い恐怖と、何故か湧き上がってくる焦燥感に耐えかねて目を開くと、やけに綺麗な色の瞳が、こちらをじっと覗きこんでいた。
「お前……」
 死ぬのが、怖いのか。
 半ば嘲るような調子で吐き出された言葉に、俺は頷いた。
 青年は紋章が入った鎧を震わせて笑った。殺した魔物の中に死を怖がった者などは居なかった、お前は変わっていると。はっきりと蔑まれているのは判ったが、俺は何も言わなかった。負けた者が蔑まれ甚振られ殺されるのは当然のことだ。
 胸倉を掴んでいた手を離され、俺はまた濡れた地面に倒れこんだ。未だに手足は動かなかった。とどめをさされずとも、放っておかれればこのまま死ぬのだろう。
 ぼんやりと主の顔を思い出していると、不意に、防具をつけた腕が俺のことを抱え上げた。俺の鎧も残骸だけとはいえ未だ残っているから相当な重さであろうに、事も無げに肩

78317-579 中ボス 2/2:2009/09/27(日) 14:41:40
の上に担ぎ上げられる。
 傷に身体の重さがもろにかかり、酷い悪寒が来た。背筋が冷え、嫌な汗が頬を伝う。青年が一歩踏み出すごとに肩が揺れて酷い痛みが走った。最早もがく気力も無くなった俺の耳に、青年が楽しげに笑う声が届く。
「……なあ、こいつ連れて行こうぜ」
「連れて行くも何も、じきに死ぬだろ」
 呆れたような声は魔術師だろうか。
「お前なら治してやれるだろ?」
「何で俺が手前でつけた傷を治さなきゃならんのだ」
 乱暴に地面に放り出され、俺は蹲った。視界がぐらぐらと揺れて、急激に薄暗くなっていく。
「いやなに、魔物の癖に死ぬのが怖いなんてほざくもんだからさ。なら殺さずに飼ってやろうかと思って。躾ければ番犬ぐらいの役にはたつだろ――――」
 薄れていく意識の中で最後に聞いたのは、勇者と呼ばれる青年の笑い声だった。

78417-579 中ボス:2009/09/27(日) 14:56:07
裏切ったわけじゃなくて、最初から決まっていたことだったんだよ。
俺は最初からおまえの仲間じゃなかった、だからこれは裏切りではないんだ。
おまえがもし俺のものになってくれるなら、俺はおまえを殺さなくてもいいし、世界をほんの少し分けてやることもできる。
あの方が世界を掌握した暁には、半分は俺に下さると仰っているからさ。
おまえの生まれたあの村、おまえの家族や友人が住んでいるあの村をあのままに残してやることもできる。
でもおまえはそういうことを望みはしないんだろうな。
軽蔑するか?俺を。世界の半分をくれてやるといわれてたやすく靡いた卑怯者だと。
そう思われるのはかまわないし信じてもらえなくてもいい。
だけど俺はあの方を信じただけなんだよ。
あの方の統べる世界を、俺は見てみたかっただけなんだ。
生も死も捧げようと思った、だから死ぬことは怖くない。
ただおまえとここで別たれることだけが今は―――……。

どちらにせよ、ここが俺の死に場所だ。
おまえの手にかかるのなら悔いはない。
勘違いしてくれるなよ、負けてやるつもりはないさ。
おまえのことは俺が殺そう。
ただ、勝ちを確信するにはおまえが強すぎることを俺は知っているし、俺はおまえに情をかけすぎている。
おまえの刃に焦がれる体を制する自信は、正直なところあまりない。
もしかしたら、俺はあの方を裏切っているのかもしれない。

もしおまえが俺を殺すことができたら、そのときはあの方の前に出るだろう。
俺がおまえにどれだけの深手を負わせていても、あの方はおまえをすぐに殺しはしない。
世界の半分、俺の取り分を、おまえに継がせてくださるはずだ。
そうしたら受け取って欲しい。俺の形見だと思って。
それでもおまえは受け取らないんだろうけどな。

俺を殺せないか?
それでもいいさ、それならおまえを殺すだけだ。
おまえを貫くことを、おまえのあえぐ声を、ずっと夢見ていた。
それから俺もすぐに行くよ。
言っただろ?

どちらにせよ、ここが俺の死に場所だ。

785立ち切れ線香(1/3):2009/09/29(火) 00:22:25
「お前が死んでしまったら、俺は嫌だなぁ」
なんとなく呟いた言葉に、お前は薄らと微笑んで俺の頭を一つ撫でる。
「もしも貴方より先に死んでしまったら、そのときは貴方にこの三味線を線香一本立ち消える間だけ届けてあげますよ」
よくわからないことを言われて眉根を寄せれば、お前の唇がそこに落ちてくる。
「そういうね、お噺があるんですよ」
「ふぅん、そうか」
よくわからなくてもそういう噺があるのだと言われれば、それで納得するしかない。もとより興味があるわけでなし、どういう筋の噺なのかは聞かずにおいた。
それよりもお前の膝が気持ち良くて、俺は目を閉じて意識を眠りの淵に追いやることにした。お前の手が俺の頭を撫でるのもまた気持ちいい。
「……私は、貴方がいなくなっても嫌ですから、どこにもいかないで下さいね」
お前の淋しそうな声に、どこにもいかないと答えたかったけど、俺の口はもう溢れんばかりの眠気に動きを封じられてしまった。
ただ、起きたときにお前の笑顔が正面にあればいいなと、ぼんやり思った。

786立ち切れ線香(2/3):2009/09/29(火) 00:23:50
目が覚めて、自分が泣いているのがわかった。
今更どうしてあんな夢をみてしまったのか、随分と昔のことなのにと不思議に思っていると、どこからか三味線の音が聞こえてきた。
ああ、そういえば。今日は彼の命日だった。
毎年、彼の命日になるとどこからともなく三味線の音が聞こえてくる。果たしてそれがただの幻聴なのか、それとも彼が本当にあちらから私の為に僅かの時間だけこちらに音を送ってくれているのかはわからない。
だけどもこうして、彼の三味線が私の耳に届くことだけは確かな事実だ。
だからそれが一体なんであれ、それでいいのだと思う。
彼の為に私は線香など立ててはやっていないから、やはりただの幻聴なのかもしれない。それでも彼が私に音を聞かせてくれているのだと思いたいから。
これは彼があちらから私に聞かせてくれている音なのだと、私は思う。
そうして三味線の音が途切れ、そのまま立ち消えてしまうまで、私は彼との思い出に涙を流す。

787立ち切れ線香(3/3):2009/09/29(火) 00:25:46
あの日、どこにもいかないで下さいとお願いした私を残して、彼はあちらへといってしまった。
私が死んだら嫌だなどと、彼の方が先にいってしまうことがわかりきっていたというのに、そう言ってくれた。
私だって嫌だ、彼に先に旅立たれるなんて絶対に嫌だった。
それでも彼はいってしまった。好きだと言った私の膝枕の上で、眠るようにいってしまった。
彼の頭を撫でていた手で、必死に彼の身体を揺さぶった。でも彼は二度と目を覚ましはしなかった。
私は泣いた。泣いて泣いて、涙が枯れ果てるかと思うほど泣いた。
けれども涙は枯れなかった。
彼の為に線香を立ててもすぐに涙で湿気てしまうから、線香は未だに立てられない。
それでも彼の三味線が私の耳に届くことが嬉しかった。
覚えが悪くてたどたどしい旋律しか奏でられなかったけれど、その音色はどこか優しくて、彼の不器用な優しさをそのまま弾き表したようなその三味線の音が好きだった。
そうして、彼の音が立ち消える瞬間、彼の声が聞こえた気がした。
今までなかった現象に、私は驚いて辺りを見渡す。けれども誰の姿も見えはしない。
これもあちらからの彼の声なのか、それともただの幻聴か。
ああ、もう幻聴でもなんでもいい。
あの言葉だけで私はこんなにも彼を側に感じることができる。
涙は止まり、彼の好きだと言ってくれた笑顔をこの顔に宿すことができる。

『どこにもいかない。ずっと側にいる』

ただの幻聴だとしても構わない。ただ、彼の言葉が嬉しかった。


その日私はずっと押し入れに仕舞っていた三味線を取り出し、彼の好きだった曲を弾きつづけた。
彼が私の側で聞いてくれているのを感じながら。

788立ち切れ線香 1/2:2009/09/29(火) 00:54:49
初めて会ったのは、大学の落研だった。
人情物や心中物が好きな俺に、アイツは笑ってよく言ったものだ。
「いやー!あかんあかん!上方落語は辛気くっさいのー!」
゙立ち切れ線香゙…俺の大好きな噺。繰り返し繰り返し、テープが擦りきれるまで聞く俺に、
「何回目やねん!」
アイツは毎回呆れた顔で突っ込んだ。
周りを標準語に囲まれながら『オレは関西を捨てへん!』と息巻いていたアイツの関西弁は、その時にはもう崩れていた。
「お前が悪いんやぞ!なんつーか…ほら…、一緒に居りすぎて東京弁がうつったんじゃ!」
アイツの言葉通り、2年になる頃には俺たちは四六時中一緒だった。
『お前らは夫婦か!』と周囲に突っ込まれると、なぜか嬉しくて心が踊った。


大学4年生の夏。
実家に帰省したっきり、アイツは帰って来なかった。
携帯は不通で、アパートも空。
周りの誰に聞いてもアイツの消息はわからなかった。
大学には休学届が出されているようだった。
藁にもすがる思いで、年賀状のために聞き出した実家の住所宛てに手紙を書いた。
一通。また一通。
書けば書くほど、アイツに話したいことが沸いてきた。
さらに一通。また一通。
最初は大学内で起きた、他愛のない出来事。
徐々に…お前が居なくて淋しいこと。
何かが欠けたようで、全くやる気が出ないこと。
返事は一通も来なかった。
だけど俺は送り続けた。枚数はどんどん増えた。
…我ながらキモいと思った。


半年が過ぎ、3月。
俺はハガキにただ一言、「お前に会いたい。」と書いた。
これで最後にしようと思った。

789立ち切れ線香 2/2:2009/09/29(火) 00:59:51
卒業式に、汗だくになって駆け込んで来たのはアイツだった。
「…っ…おま…!生きてた!?生きてたんやな良かったー!!」
そのままギュッと強く抱きすくめられる。
「…いや…生きてたんだってコッチの台詞だし…」
訳がわからない。半年ぶりなのに。
「ずっと返事書けんくてすまん!実家に監禁されてた!」
「…監禁?」
アイツは黙って、携帯を開いて見せた。
「…コレが、見つかってな…」
待ち受け画面一杯に広がる、俺の寝顔。
親に何故成人男性の寝顔を待ち受けに使っているのか問い詰められて。
「スッとうまい言い訳が出来んかったんや…お前のことが好きやったから。」
ああでも良かったお前が死んでなくて本当に良かった…と尚もキツく抱きついてくる。
「イヤ、死なないし…なにそれ…」

「お前がな手紙送ってくるから!」
叫んだ後、アイツは俺の首筋にそっと顔を埋めた。
「…立ち切れ線香の女郎みたいに、お前が死んでたらどうしようかと…」
ああ、そうだった。立ち枯れ線香はそういう噺だ。
見世で出会って惚れ合う二人。
しかし未来ある身の若旦那は、女郎を諦めるまで…と家に閉じ込められる。
監禁が解けて若旦那は初めて知るのだ。握りつぶされていた女郎からの幾通もの文と、彼女の死を。
「両親説得してきたから!オレお前と添い遂げるからな!」
「…は?…いや俺まだお前に好きとか言ってないし…」
「こんだけ熱烈な恋文送りつけてきて、今さらか!?」
アイツの片手に握り締められた、手紙の束。
どれもこれも内容は、空で言えるほどに覚えていた。
今さらながら恥ずかしさのため総身が震えてくる。
「とりあえず。…会いたかったでお前に、オレも。」
「…うん。」
赤くなった頬を隠すように、俺はアイツの胸に顔を押しあてた。

790788-9:2009/09/29(火) 02:46:10
>>788
上方落語 じゃなくて 江戸落語 でした。
すみませんでした。

上方落語じゃまんま関西の落語だよ…orz

791立ち切れ線香 1/4:2009/09/29(火) 04:17:06
>>788-9 を書いた者です。
萌えが止まらなかったので、勢いで書いた
上記の悲恋バージョン置いていきます。
死にネタ注意です。
※監禁される側が逆です。


********
初めて会ったのは、大学の落研だった。
人情物や心中物が好きな俺に、アイツは笑ってよく言ったものだ。
「いやー!あかんあかん!人情噺は辛気くさくて好かんわー。」
「いいじゃんか、゙立ち切れ線香゙。茶屋、芸者、身分違い、悲恋…俺の好きな古典落語のエッセンスが全部詰まってるんだぞ?」
「落語と言ったら落とし噺や!やっぱり笑えてナンボやで!」
「いいや落語の真骨頂はいかに人間性を深くえぐり出すかだ。異論は認めない。」
俺たちは、よくそんな愚にもつかない議論をして夜を明かした。
口から先に生まれてきたようなアイツと、人見知りで口下手な俺。
楽観的なアイツと、悲観的な俺。
持つ性質は正反対だったが、不思議と一緒にいるのは苦痛じゃなかった。
…いや、むしろ俺は、今までにない居心地の良さを感じていた。
それが恋心だと気付くのには、さして時間はかからなかった。


恋心を自覚したところで、アイツとの関係は変わらなかった。
変わらないように、強いて自分を律した。
どうせ叶わない恋なのだから、秘めておくに限る。
俺はアイツとの関係を、失いたくはなかったから。


全ての歯車が狂ったのは、大学4年の初夏だった。
実家に帰省した際に、この恋心が両親に知れたのだ。
携帯の待ち受けに設定していたアイツの画像を手に『どういうことか!?』と詰め寄られた俺は、ただ黙って俯くしかできなかった。
「ただの学友だ。」と答えるにはあまりにも、アイツのことが好きだったから。
『気の迷いだと解るまでは一歩もこの家から出さん!』と、親はすごい剣幕で俺を叱りつけた。
『跡取りとしての自覚を持て!』と。
…実家が下手にバカでかい旧家だったことも災いした。
人手も土地も部屋数も、俺一人を閉じ込めるには充分足りた。
大学にも休学届を出されたようだった。
携帯もなにもかもを取り上げられ、俺は世間から隔絶された。


何度か脱走を試み、そして何度め失敗する内に、俺は気力を無くしていった。
何一つ為すことなく、だが親の『諦めろ』と言う言葉にだけは頷けぬまま。
只ぼんやりと日々を過ごすうちに、窓の外の季節は移り変わっていった。

792立ち切れ線香 2/4:2009/09/29(火) 04:23:17
「…お兄ィ…!」
顔面蒼白な妹が部屋に駆け込んで来たときには、季節は冬を過ぎ春になっていた。
妹の髪の毛に、桜の花弁がひとひら貼り付いていた。
何か大変な事があったのだということは、妹の顔から知れた。
何か重大な、取り返しのつかない事が起きたのだと。
妹は、自分の部屋に飾るため庭の桜の枝を手折ろうとしたのだそうだ。
そして横着者の妹は、木に登るのではなく、一番桜に近い父の書斎の窓から身を乗り出して、花を取ることにしたのだと。
そういえば先ほど、二階から凄い物音がした。
おそらく無茶をしすぎて、書斎にひっくり返ったのだろう。
そして様々なものを巻き込んで転倒して…。
「…これ…見つけた…」
隠されていたものを、見つけてしまったのだ。
束ねられた俺宛の、十数通に及ぶ手紙と、…その上にのった一枚の葉書。
黒枠で縁どられた、事務的な印刷の葉書。
真ん中に、アイツの名前。
そこに記された日時は、もう疾うに過ぎていた。


「まあ!わざわざ遠い所から…あの子の為に、ありがとうねぇ。」
柔和に微笑んで俺を出迎えた顔は、アイツにそっくりだった。
「…すみませんでした。式にも、出られずに…。」
「いいえ、とんでもない。はるばる東京から来てくれる友達がいたなんて、あの子は本当に幸せものだわ。」


明るい家の中に、漂う線香の香り。
どうぞと通された仏間の真ん中、仏壇の中には、真新しい位牌が立てられていた。
線香に火を灯し、手を合わせる。
…なんだか現実味がなくて、涙すら出ない。
まだ、アイツが其処らから、ひょいと顔を覗かせそうな気がする。
出されたお茶を頂きながら、暫し世間話をする内に、
「そうだ!あのビデオ見るかしら?」
おばさんがふいに思い出したように、そう言った。
「後期を休学してたんなら、見てないでしょう。9月の文化祭の時の、落研のビデオがあるのよ!…あ、でも興味無いかしら?」
「是非!是非見せてください!」
俺は思わず頭を下げた。


思い出した。
夏に帰省する前、アイツと散々話したんだ。
文化祭でやる噺について。
「やっぱ落とし噺やろ〜!サゲでドッと会場をわかせたるで!あ、でも大学やし、艶話でもエエかなぁ?…うひひ」
など馬鹿なことを言いながら、アイツは笑っていた。
アイツがどんな噺をやったのか、どうしても知りたかった。

793立ち切れ線香 3/4:2009/09/29(火) 04:24:56
デッキにテープが吸い込まれる。
部の備品の、古いため酷く荒いホームビデオの画像が写し出された。
大学の講堂の舞台の真ん中に、ちんまりとした手作りの高座が設えられている。
しばらくズーム調整をし、画面中央に高座が来たところで固定される。
客席の入りはまあまあのようだ。
陽気な出囃子が流れ、噺家が入場する。
その姿に、俺はしばし呆然とする。
それは俺が覚えていたアイツよりも、遥かに小さく細かったから。
俺の様子に気付いたおばさんが、
「あの子、夏休みが始まって直ぐに発病したのよ。進行が早くてねぇ…本当は9月にはもう入院してないといけなかったの。
だけど、どうしても文化祭には出るんだって聞かなくて。
これが最後になるからって…。」
と言って目元を押さえると、
「本人は、ダイエットしてエエ男に磨きがかかったやろ!て胸張ってたわ〜」
と笑った。


ビデオの中では、アイツが着席し、指を揃えて口上を述べ始めた。
『え〜。お集まりの皆様、本日はようこそお運び下さいました。しばし皆様の時間をお借りいたします。どうぞ宜しくお願いたします。』
高座でしか見せない、丁寧な喋り方。折り目正しい態度。
俺はこれを見るのが、何より好きだった。
いつも、ここからガラッと口調を変えて、腹のよじれる落とし噺に持っていくのだ。
だが…ビデオの中のアイツは、どうも様子が違う。
指をついたまま、丁寧な口調のまま話し続ける。
『落語、ということで、笑いを求めてこられた方も多いかと存じますが、本日は趣向を変えまして、人情噺を一席お目にかけたいと存じまする。
古典といえば人情噺。笑いのなかに、人間の物悲しさが香る中々深いお噺で御座います。』
スッと身を起こす。
伸びた背筋、真っ直ぐ見つめる強い瞳。
多少痩せてはいるものの、まごうことないアイツの姿だ。
そしてニヘッと笑ってみせる。
『…言うてもコレ実は、オレがいっち好きなヤツからの受け売りなんですけどね!』
客席から笑いが起こった。


「どうやら好いた人がいたみたいなんよ。
私には最後まで、『秘密じゃ』言うて教えてくれなかったけど。」
「…そう、ですか…。」
ノイズ混じりのマイクでも、はっきり拾えるほど良くとおるアイツの声。
今その声で、何を言われたのだろう。
好き?いっち好き?
アイツが?


…俺を?

794立ち切れ線香 4/4:2009/09/29(火) 04:30:57
『昔の若い者が遊ぶとこで、お茶屋さん言うとこがありましてな。…今で言うたらメイド喫茶になるんかな。
まあそのお茶屋さんですが、昔のことなんで時間を図るのに、線香つこてたんですな。1本燃え尽きたら何時間。まあ、そないして料金をはかってたんですな。』


混乱している間も、噺はどんどん進んでいく。
若旦那。定吉。番頭。娘芸者。茶屋の女将。
表情も声音もくるくる変わる。
剽軽な場面。シリアスな場面。
アイツは次々に演じてゆく。
…今まで見たどんな“立ち切れ線香”より、面白い。
「あの子、床についてもずーっと練習してたのよ。もう、こればっかり。
私相手に、やれ今のは三味線に見えたか、今のは文を書くように見えたかて、五月蝿くて。」
最終的には図書館やビデオ屋で、江戸時代の風俗や三味線の弾き方を研究する程の騒ぎになったらしい。


『「三味線が止まった!小糸?」
 「若旦那、…小糸はもう三味線は弾けしまへん。」
 「なんでや?」
 「ちょうど線香が…立ち切れました。」』
噺が終わり、アイツが深々と頭を下げた。
『これにて私の一世一代の高座、終わらせて頂きます。』
そして一瞬、顔を上げ、こちらを見た。
どうや!と言いたげな笑みを浮かべ、得意気な顔で。


確かに、その目で、俺を見た。


プツとテープが止まり、画面が暗くなる。
…仏間の線香が、ふっと立ち切れた。




俺はそこで初めて、声を殺して泣いた。

795親友が再会したら敵同士 1/2:2009/10/06(火) 02:19:23
「君とは違う形で会いたかった」
私は鉄格子の向こうにいる彼にそっと語りかける。
「それはこっちの台詞だよ。ビックリしたぜ。皮肉な再会だな。感動も何もあったもんじゃない」
彼は昔と変らない不敵な笑みを浮かべ言った。

長く長く続く戦争。だが、つい先日戦局を決める大一番の戦が起こった。制したのは己が所属する軍。これにより、敵の軍はほぼ壊滅し、我々の勝利がほぼ確実となった。
数の上ではこちらの方が有意だったのにも関わらず、戦いが長引いたのは相手方に敵、味方問わず、伝説となった騎士がいたからだった。颯爽と戦場を駆け抜け、敵をなぎ倒す姿はまさに鬼そのものだと噂だった。
しかし、その鬼にもとうとう年貢の納め時が来た。負けが濃厚の中で最後の最後まで戦ったが、とうとう捕らえられてしまったのだった。
私はその男とは違う前線にいたため、彼を見たことはなかった。だから、その報告を聞いた時、興味をそそられたのだ。あれほど自軍を苦しめた男とは一体どんな姿をしているのだろうと。
しかし、実際に男を眼にした時の衝撃は自分の思っていたものとは全く違うものだった。
昔、まだ国が分裂し、争い合う前。私には兄弟と言ってもいい程の仲の良い友達がいた。彼は何でも知っていて、何でもでき、私の憧れだった。彼が親の都合で遠くの町に引っ越すまでいつも一緒にいたのだ。
そんな彼は今、捕虜になって自分の眼前にいる。
どうして、どうして、どうしてと私はただ運命を呪うことしか出来なかった。

「で、何の用? 思い出話を語りに来たんじゃないだろう?」
「……君の処刑が明日に決まった」
 私はゆっくりと静かに告げた。
「ああ、そう……随分と早いね」
 彼は特に恐れも驚きもしなかった。きっと覚悟が出来ていたのだろう。私と違って。
「君を晒し者にする事で相手の戦意を完全に消失させたいのさ」
「一気に畳み掛けたいわけね。そちらさんだってもう余裕はだろうから。ところで、親父さん達は元気?」
「……いや、6年前に死んだ。私を除いて」
「そうか。お前もか。本当、嫌なものだな戦争は。昔はあんなに綺麗だった国なのに今やボロボロだ」
「……そうだな」
牢屋を隔てて、私と彼はぽつぽつと昔話を始めた。川辺で足を滑らせ、溺れた私を君が助けてくれたことや森を探検しようとして2人して迷子になったこと。
ほんの少しの間だけ私達は過去に戻っていた。敵兵同士ではなく親友として。
しかし、そんな幸せな時間も終わりが来てしまう。

796親友が再会したら敵同士 2/2:2009/10/06(火) 02:20:10
「もう、そろそろ戻らなくては……」
「そっか、残念だな。けど、楽しかったぜ」
「君は……本当にこれでいいのか?」
「これでいいって、何が?」
私はここに来る前からずっと考えていた事を告げようする。
「例えばだ。例えば今なら看守は見ていない。だから……」
しかし、その先を彼が遮った。
「だから、お前がおれを逃がしてくれるってか。それでお前はどうなる」
「それは……」
 敵を逃がしてしまったら、もちろん自分は反逆者として処刑されるだろう。そんな事は分かっている。私も彼も。
「おれの代わりにお前が死ぬのはごめんだぜ」
「……私は君を死なせたくないんだ」
「なら、一緒に逃げるか。この広い国から逃げ果せる確立はあまりにも低いけどな。2人とも死ぬのが落ちだ」
「でも、何か、何か方法が」
「ないよ。考えようとしているところ悪いけど」
彼はそう冷静に私を諭した。彼は私よりずっと大人で自分が置かれて状況も理解していた。ただ、私が受け入れようとしなかっただけの話だ。
「……私は神を恨むよ。こんな残酷な運命を与えた神を」
「仕方ないさ。戦争ってのは色んなものを奪っていく。でも、おれは少しだけ神に感謝してるよ」
「え?」
「最後にお前に会えて良かった」
その言葉で私の最後の理性が破壊された。
膝を付き、喉がはりさけんばかりに泣き叫ぶ。
涙が枯れ果てるまで、私はただ泣き続けた。

797自分は当て馬ポジションだと半ば諦めてたけどそんなことなかった攻め:2009/10/12(月) 17:37:25
「この野郎!!」
殴られてふっとばされ、背中を壁に打ち付ける。
咳込みながら止まった呼吸をなんとか取り戻し、俺は口元を拳で拭って河野を睨み返した。
「早かったな。こっちとしてはもうちょいゆっくりでもよかったんだけど」
「てめぇ!」
怒りに顔を歪ませ、河野が俺の胸倉を掴む。もう一度殴られるかもしれない。
あーあ、やっぱこういう役回りか。カップルの片割れに横恋慕なんざするもんじゃねーな。
ま、いっか。全裸で俺の部屋にいる長谷、なんて滅多に見られないだろう場面も拝ませてもらったし。ひん剥いたの俺だけど。
そんなことを走馬灯レベルのスピードで考えていると、第三者によって俺を締め上げる手が振りほどかれた。
「やめろって言ってるだろ!」
「ユウ?!」
あれ?なんで長谷が俺を庇ってんの?
てかなんで裸のままなんだ。せめてシャツを、せめてシャツ一枚でも。
「なにしてんだ、そいつはお前を無理やり」
「無理やりじゃない!合意の上だった!」
えっマジで?!聞いてないよ襲っていいかどうかなんて!
そもそもなだめすかして家に呼んで、有無を言わさず押し倒したんだけど。
って、わわわ待て待てしがみつくな、服を着てくれ服を!
「けど、服も破れてるし、さっきまで悲鳴も」
「あっ、あれはそういうプレイだったの!」
そんな事実はございません。
俺は本気で傷つけるつもりだったし、長谷も本気で嫌がってたし。あぁ、思い出したらなんか罪悪感がひしひしと。
「それに……ケンちゃんは知ってるだろ。……俺がずっと、タクミのこと好きだったの」
えーっ、誰だよそれ!
目の前のこの男は河野健太で、幼なじみの長谷はずっとケンちゃんって呼んでたし、タクミなんてやつ 俺 じ ゃ ん !!
何が起こっているのか理解できず呆けていると、河野はけわしい顔のまま俺に近づき、
「ユウを泣かせたら許さないからな」とドスを効かせてから足音高く出ていった。
……とりあえず状況を整理しよう。
俺は幼なじみカップルの片割れ・長谷を好きになって、自宅に呼んで襲ったら彼氏の河野に殴り込まれて、そしたら長谷が河野を追い返して、
あれ、俺前提から間違ってる?
俺にしがみついたままだった長谷の顔を眺めていると、視線に気付いてこちらに情けない笑みを向け、すぐさま俯いて涙をこぼしながら
「……さっきのは忘れて。俺、セフレでもおもちゃでも、なんでもいいから」
なんて殊勝通り越して自虐的な言葉を吐くもんだから、俺は迷わず震える肩を抱きしめた。

798「初恋の女の子」1/2:2009/10/15(木) 05:27:36
"ひろみちゃんが来てるわよ。あんた仲良かった……"
お袋からのメール、最初の一文で俺は即効きびすを返した。
合コンはパスだ。わりぃ、岡本。

ひろみちゃんは天使みたいに可愛い子で、まぎれもなく
俺の初恋だった。原点と言っても過言ではない。
小学校に上がる前に親の転勤とかで引っ越してしまって、
お互いにこどもだったから連絡先も何も聞かず
それっきりになってしまったが、けして忘れはしなかった。

思えば、今の俺はひろみちゃんの言葉で出来ているようなものだ。
「強い男って憧れるよね」体を鍛えました
「でも賢くないと駄目なんだよ」勉強もしました
「楽器の演奏とかカッコいい」ピアノ教室に通いました
……
おかげで、自分で言うのもなんだが今やかなりの高スペック。
ぶっちゃけモテる。でも、可愛いと思う女の子と付き合ってみても
長続きはしなかった。それも、心の奥にひろみちゃんがいたからかもしれない。

だが、そのひろみちゃんが俺に会いに来たのだ!
何でもこっちの方に用事があって、記憶を頼りに訪ねて来てくれたらしい。
うちは引っ越してなくて良かった! 自営業の親父万歳!

799「初恋の女の子」2/2:2009/10/15(木) 05:28:43
「でも驚いたわぁ。昔はうちの孝明より華奢で女の子みたいだったのにねぇ」
「はは、母や姉には残念がられます」

玄関を開けた時に違和感は感じたんだ。見慣れない可愛い靴は無くて、
見慣れない、30cmぐらいあるんじゃね?という大きな靴が並んでいたから。
だが、お袋は何を言っているんだ。そしてなぜ青年の声がするんだ。
俺は恐る恐る客間を覗く…お袋の前に背の高いマッチョが座っている。

「孝明遅いわねぇ。ごめんねひろみちゃん」
待ってくれお袋、今そのマッチョにひろみちゃんと呼びかけましたか?

「あ、博己くんって呼ばなきゃね。つい昔のくせで」
敬称の問題じゃない。

なんだ、この状況はまさかあのマッチョがひろみちゃんなのか?
いやそれは無い。無いだろ?誰か無いと言ってくれ。
ひろみちゃんはフワフワで、ニコニコしてて、可愛い女の子のはずだ。
必死で記憶を探るものの、しかし俺と仲の良かったひろみくんは居なかった。
やっぱり、まさかなのか?あの俺より強そうなマッチョが?

「お茶のおかわり入れてくるわね」
お袋が立ち上がってこっちに来る。逃げようかと思ったが間に合わなかった。
「あら、あんた帰ってたの。ほら、ひろみちゃん待っててくれたのよ」
お袋につかまり、半ば押し込まれるように客間に入る。

「孝明くん!」

マッチョがこっちを見て立ち上がった。やっぱりデカイ。
ああ、こいつが俺の初恋の天使だなんて認めたくない。
断固認めたくない…けど

このとびきりまぶしい笑顔は、間違いなくひろみちゃんだ。

800「思われニキビ」1/2:2009/10/18(日) 23:10:35
「あー、思われニキビ!」
「はあ?何言ってやがる」

頬杖をつく右顎にポツリとできた吹き出物を指差して言えば、彼は面倒臭そうに視線だけをこちらへ寄越した。
朝日が射す教室でキラキラと照らされた彼の顔に、不似合いな赤い印。
プクリと腫れたそれはいやに性的で、硬派な彼の整った顔を、自分の劣情が汚しているんじゃないかなんて、自惚れた幻想がちらりと頭を過る。
自分のことながら朝っぱらからおめでたい頭だ。

思い思われ、振り振られってね、顔にできたニキビの場所で占いができるんだって
そう説明すれば、一段と呆れたような顔をして、ナンパなテメーが女相手に話すネタだな、なんて嫌味を吐かれた。

「もー、こんなの女の子じゃなくたって誰でも知ってるでしょーよ」
「俺はそういう占い事にも、色恋沙汰にも興味ねえよ」

第一こんなの、テメエに言われるまで気付きもしなかったよ。
そう言うと、彼はこちらから視線を外して、また元のように窓の外を向き直ってしまった。
僕にも、その真っ赤な出来物にも、まるで興味がないかのように。

801「思われニキビ」2/2:2009/10/18(日) 23:12:24
「・・・誰かに想われてたとしても、興味がないってこと?」
「ああ、どうでもいいね」

今度は、話しかけても、もうこちらを向いてすらくれない。
素っ気無い彼の態度に、この教室に入ってきた時の僕のテンションはすっかり下がってしまった。

その赤に少しでも手を添えてくれたら。
僕の話に少しでも何かを意識してくれたら。なんて。
期待した僕が馬鹿だった。彼はその出来物と同じように、この想いさえきっと知らぬ気づかぬ振りをするのだから。

そうやって何度想いを絶たれてきたのかわからないけれど、それでも期待してしまう僕は、どこまで浅はかで、図々しくて、諦めが悪いんだろう。
どうか彼のその顎の印が、できるだけ長く消えずいてほしいだなんて、女々しい祈りだけをしながら、彼の綺麗な横顔をただ眺めていた。

(もしそれが、あと一週間消えなかったら?)
(彼の顎に触れてみてもいいだろうか)

心配する振りを装って。勇気を出してもいいだろうか。
臆病で情けない僕は、こんな小さなニキビに頼ることでしか、彼に近づくほんの一歩すら踏み出せないでいる。

802「元カノの元彼」1/1:2009/10/20(火) 23:19:25
母さん、事件です。
僕、22歳にして、初めて告白されました。

「好きなんですよ君のことが」

なんて、頬を染めて言うのは、俺の上司です。
この慣れない生命保険の仕事を、手取り足取り教えてくれた、
2歳年上にも関わらず、ダンディな上司、高倉課長です。
確かに最近、二人で呑みに行くことは多いし、同期のやつらと
比べても、何か上司と距離が近いな、とは思っていたんです。
でもそれは、俺の意思でやっているんだと思っていました。
俺の大好きなタカコちゃん。俺が高校の時に1年つきあって、
他に好きな人ができた、とふられたタカコちゃん。
俺が唯一、誰かを好きになれて、告白してつきあえた人です。
あの時のタカコちゃんが、俺をにふった理由である、「他に好きな人」
が、この上司の高倉課長なんです。
なんたる偶然でしょう。高校時代の先輩が、俺の上司なんです。
高校時代から、頭が良かった高倉先輩は、課長となって、俺の
目の前に現れたんです。
あの後、高倉課長に告白して、1ヶ月だけ彼女になって、その後
ふられたタカコちゃん。そんなタカコちゃんに、再度告白しにいった俺。
そしてタカコちゃんの涙ながらの答え。

『…ふられても、好きなの。松前くんなら、分かってくれるよね』

分からないわけがありません。だって俺も、同じ状態ですもの。
「…驚くのは分かるけど、固まらないでくれないか」
まさかあれから5年以上経った今、こんなことになるなんて!
タカコちゃん、お互い気づかなかったね! この人、ホモだよ!!

803「元カノの元彼」2/2:2009/10/20(火) 23:20:06
ああ、あんなにかわいくて、タカコちゃんがふられた理由が知りたくて、
毎日毎日、仕事内外で高倉課長につきまとうんじゃありませんでした。
「…松前、お前さ…何か言ってくれよ」
固まったままの俺の手が、握られています。
その握られた手が。指が。何かくすぐったくて、顔の熱がどんどんあがって…。
『あの人に見つめられると、うっとりするの』
あの時のタカコちゃんの声が、頭にわんわんと響きます。
高倉課長の瞳を見ると、確かに体の力が奪われる気がします。
確かに恐るべき力でs。
『それで、抱きしめられたくなるの』
「お前、抵抗しないのは、オッケーだと勘違いするぞ」
おそるおそるといった感じで、高倉課長が、俺の後頭部に手をまわします。
高倉課長の右手は、俺の左手と絡みあい、左手が髪をすいて―――
何だかその近さと体温に、高倉課長に空気ごと抱きしめられたくなってきました。
恐い! これが高倉課長にメロメロになったタカコちゃんの気持ちでしょうか。
ふわりとその胸に抱きしめられたら―――
『…抱きしめられたら、心臓が止まりそうになって…。
 それが好きだってことなんだと思う』
え、ちょっと待って? マジですか? タカコちゃん、俺、君を思うあまり、
君が好きだった男と、え、ちょっと

初めての男とのキスは、タバコの味で。

『好きなんだと思う』

思わず腰を抜かして床に座り込んだ俺に、高倉課長が驚いた顔をしています。
まだ入社して半年近くですが、こんなにまぬけな顔をしている課長の顔は、
初めて見ました。
「課長…」
「な、何だ? いや気持ち悪いなら、そう言ってくれても……」
「俺、課長…いや先輩のこと…好きみたいで……」
オロオロしながら俺がそう言うと、高倉課長の顔に汗がぶわっとふきだして、
次の瞬間、一気に真っ赤になりました。
それを見て、俺の顔も、一気に熱く熱くなりました。
『でもあの人、いつも冷静なの』
母さん。
俺、今、多分、タカコちゃんがが見たことない、この人の顔見ています。



*****
すみません。通し番号素で間違えました。

804元カノの元彼 1/2:2009/10/21(水) 21:19:46
新婦招待客控え室でぼーっとしていると、ゼミ同窓生の山中が
新婦控え室から戻ってきた。
「大竹君、控え室行かないの?明留、キレイだったよ」
「どうせすぐ見るんだからいらねえよ」
「ふーん。でもさ」
山中はちょっと声を潜めて続けた。
「元彼を結婚式に呼ぶってアリなの?」
「元彼っつっても、わずか半年の清く正しい男女交際だったから
な。アイツ、招待状に『ご祝儀奮発するのを忘れないように』って
書いてきたんだぞ?」
「いくら包んだの?」
「5万」
「奮発したわねえ!」
「俺、アイツに借りがあるからさ...」
俺はボーナスが出るまでをいかに乗り切るかをに思いを馳せて、
ため息をついた。


明留は、男兄弟に囲まれていたためかさばさばした話し方をして
いて、いつもジーンズに男物っぽいシャツを着ていて、背が高くて
貧乳で、ぱっと見は線の細い男に見える、大学入学当初から目立つ
存在だった。
同じプレゼミに入ったことをきっかけに話してみると、女と話す時
にどうしても感じていた気構えのようなものが必要がなくて、とても
気楽な相手だった。好きな小説が同じだったり、音楽の趣味が一致して
たりで、さらによく話すようになってみると性格が良いのもわかってきた。
人間として、とても魅力的なヤツだった。
「なあ、俺と付き合わね?」
俺がそう聞いたら、明留は小首をかしげてきょとんとした顔で俺を
見返したっけ。
今から考えれば、あれは告られた女の顔じゃないよなあ。
「アンタと私が付き合うの?」
「そう」
「まあ、試してみるのもいいかもね。いいよ」
返事も変だったよなあ。

一緒に遊びに出かけるのには良い相手だった。....だったんだが、
結局、俺達はキス止まりの関係だった。
「ごめん、別れてくれ」
「いいけど、条件あるよ?」
俺が切り出した別れ話に、明留は言った。
「もう二度と、本当に好きだと思った人以外とは付き合わないって
約束したら、別れてあげるよ」
「いや、俺、お前のこと本当に好きだぞ!」
「じゃ、なんで別れなきゃいけないわけ?」
「それは....」
「アンタの言う『好き』が、『人間として好き』って意味だって、
わかってるから。アンタ、忘れてるかもしれないけど、私にだって
『女として好かれたい』って気持ちがあるんだからね?女と付き合うって
ことは、そういう気持ちに応えるってことだからね?『女として好き』
じゃないんなら女と付き合っても意味ないって、試してみてわかったでしょ?」
「あー。はい」
「じゃあ、約束しなさい」
「はい。もう二度と、本当に好きだと思った人以外とは付き合いません」
「OK。別れてあげる。これ、貸しだからね。あ、この後は普通に友達って
ことでよろしく。避けたりしたらぶん殴りにいくから」
明留らしいさばさばっぷりで別れ話は終わったっけ。

805元カノの元彼 2/2:2009/10/21(水) 21:23:14
「本日はまことにおめでとうございます」
「おめでとうございます。ご親戚の方ですか?」
山中と知らない男の声に顔を上げる。
「会社の後輩です」
つるんと肌が綺麗で女顔の、カラーフォーマルを嫌味なくすらりと
着こなした男がそこに立っていた。
俺と目が合うとにっこりと笑いかけてくる。
その時、控え室の入り口の方で歓声が上がった。
見ると、白無垢の明留が付き添いの女性に手を引かれて入ってくる
ところだった。
「これは見違えますね」
「別人のようだな」
「二人ともひどいですよ」
明留は新婦のために用意された椅子にかけると、俺達に気づいて
ちょいちょいと手招きをした。
「私はもう挨拶したから」と動かない山中を残して、明留の後輩の
男と一緒に、明留のところへ行く。
「今日は来てくれてありがとう」
明留が笑う。
「紹介するね。大学のゼミで一緒だった大竹君、会社の後輩の工藤君」
どうもとマヌケに会釈をしあってる俺達に、明留は言い放ちやがった。
「で、私に借りのあるアンタ達、しっかりご祝儀包んだんでしょうね?」
「アンタ達って、一括りかよ」
「だって、アンタ達、私に同じことしてくれたんだもん」
「同じって、あなたも明留さんと交際を?」
「え?」
俺は工藤と呼ばれた彼と顔を見合わせた。
「とりあえず、アンタ達、趣味似てるし話が合うと思ってさ。いやあ、
一度会わせてみたかったんだよね。じゃ、アンタ達は私のハンサムな
元彼として、私のダンナを引き立てる役を真っ当してね。これも貸し分の
取り立てよ」
「あけるねーちゃん、おめでとう〜!」
「ありがとうー」
親戚らしい子供たちが飛んでくるのに応えながら、明留は片手で
しっしと俺達を追いやった。


披露宴会場で明留の隣で笑う新郎は、絵に描いたような冴えない
ハゲの中年のおっさんで、招待客は俺とその隣の工藤君を盗み見ては
ひそひそと囁きあっていた。
「居心地ワリイなあ」
「仕方ないですよ。こんなこととご祝儀で借りが返せるなら安いものです」
俺のつぶやきに、工藤が笑う。
「そういや、その借りってどういう意味だ?」
「僕、女の人が苦手なんです」
工藤はちょっと照れたようにうつむきながら言った。
「僕、小さな頃から女の子と間違えられるような子で、上に姉が二人も居て
散々おもちゃにされてたんですよ。そのせいか、ずっと、女の人を好きに
なれなくて、でも、そんな自分を肯定できなくて、そんな時に明留さんと
出会ったんです。明留さんは僕の苦手な女性的なところが少なくて、
こういうタイプの女性なら、自分もお付き合いできるだろうと思って交際を
申し込んで、でも、実際付き合い始めてみると、ああ、やっぱりこれは違うんだって
思って」
「別れる時、アイツに言われたろ?『もう二度と、本当に好きだと思った人
以外とは付き合わないって約束しろ』って」
「はい」
「俺も言われた」
「あなたも?」
「アイツ、付き合ってくれって言われた時から判ってたんだろうな。
俺が、アイツのこと本当に好きなわけじゃなかったって。自分で自分を
誤魔化して、好きなつもりになってたってこと。その上で、俺が自分で
そのことに気づくまで、付き合ってくれたんだから、大した器だよ」
「本当に、大した人ですよね」
「そういえば、アイツ、俺達の趣味が似てるって言ってたな。工藤さんも
時代小説好きか?」
「はい。最近は上田秀人とか読んでます」
「お、若手もチェックしてるんだ」
「大御所は読みつくしてまして」
照れたときにうつむくのは、工藤の癖なのか。
妙に子供っぽく見える整った横顔を見ながら、俺はなんだかこいつの
頭をワシワシとなでてやりたい気分になってしまった。


その後、時代小説話で盛り上がって、工藤の本を借りる約束をして、
それを返して代わりに俺の本を貸す約束をして、何度か会ってるうちに
友達になって、あれやこれやがあって、俺と工藤は付き合うことになった。
工藤がそのことを明留に言うと、明留のヤツ、「そうなると思ってたよ」と
言いやがったらしい。

「『これ、貸しだからね。出産祝いは弾みなさいよ』だそうですよ。
もう、どこまで見通しているんだか....」
「しゃあねえ、せいぜい奮発してやろう」
うつむく工藤の頭をワシワシとなでてやって、俺は言った。

80617-799 敏腕秘書とアラフォー社長 1/2:2009/10/24(土) 02:59:51
3時のコーヒーをローテーブルに置き「ご休憩をどうぞ」と声をかける。
会社規模にふさわしからぬ手狭な社長室の、重厚な木製に見えるが実は既製品のオフィスデスクに座って、
私が仕える我が社の代表取締役は山と積まれた資料の中で
「ああ、ありがとう、もう3時か」
と、没頭していたパソコンからようやく頭を上げた。
「そろそろ一息お入れになった方がよろしいです、
 今日はどうぞこちらで。資料を汚すといけません」
「うん、久しぶりに講演なんか頼まれたからね、なかなか勘が戻らない」
そう言いながらさも美味そうにカップをすする。淹れ方も豆もお好みのはずだ。
「おっしゃいますね。この業界、現場を離れたといえやはり社長は第一人者でいらっしゃるというのに」
我が社は中堅菓子メーカー、社長はその3代目だ。
社長の息子でありながら食品化学の分野で博士号をとり、ずっと製造部門に身をおいていた技術屋で、
6年前に亡くなった先代の跡を継ぐまで、社長業は一顧だにしたことのない人だった。
私は先代の晩年の数年間を努めた秘書で、そのまま新社長の秘書となったのだった。
……つくづく、立派になられたものだと思う。
この方が社長になったばかりの頃は、越権と思えるほど手取り足取り仕事を教えた。
それは本来社長秘書の仕事ではなかったかもしれないが、他に人がいなかった。
私も有能とは言えなかったかも知れない、
影となってさりげなく導くのが敏腕秘書というものだったろうに、何度社長を叱りとばしたことか。
十近くの年齢差と、比肩無き社長と仰いだ先代への思い入れのせいだったろう。
今となっては反省しきりである。
現社長の技術が、我が社を先代以上に成長させることとなった。
この不況の中でも業績は悪くない。取材が増え、講演依頼まで舞い込んできた。
社長の嬉々とした準備の様子だと、製造ノウハウを惜しげもなく披露する気らしい。
それでも、この人なら信頼できる。6年経って、ようやくそう思えるようになった。
僭越ながら、社長を一人前にお育て申し上げた。
あとは、プライベートな、しかし我が社にとっても重要な案件、これを解決するだけだ。

80717-799 敏腕秘書とアラフォー社長 2/2:2009/10/24(土) 03:04:13
「さて、社長……資料に埋まりそうですが、こちらはご覧頂けましたか?」
埋まりそう、ではなくあらかた埋まっていたが、掘り出して何気ない口調を装う。
いわゆる釣書。そう、今年38才になる社長は独身なのだ。
これは社にとっても重大な問題である。早急な解決が望まれる。つまり早く結婚させねばならぬ。
しかし社長のことだった。就任当時の激務の中、やめろとどれだけ言っても
新製品開発に携わり続けたような頑固者だ。
頭ごなしに言えば意地になる。私はそれをよく知っていた。
「うーん?……ああ、それか。まだ見てないよ、見てないがお断りできないかねぇ」
そして自分のことに無関心な人のこと、おそらくそのように言うと予想はしていた。
作戦はあった。ここは逆を張るべきなのだ。
やめろと言われると意地になる、むしろやりたくなる。そういう性格だ、社長は。
「そうですね、一応お受けした話ですが……わかりました、お断りしましょう」
ほら、目をむいた。数年前まではチクチク結婚を勧めたこともあったものだから、意外だろう。
「結婚、跡継ぎなどと、そうお焦りにならなくともよいのです
 社長はまだまだお若い。人生の伴侶ぐらいご自分でお選びになりたいのでは?
 ま……こちら、かなりお綺麗な方ではありますが。写真、ご覧になりましたか」
「あ……いや。……美人?」
ほら、乗ってきた。
「そうですね、私は好みですかねぇ……」
「あなたの好みですか!? ちょっと拝見」
おもむろにひったくられた。これはいい。
「ああ、ああ、ウム、本当だ、美人だね。あれだ、この間のドラマの女優さんに似てる」
かなり興味を持ったようだ。かつてこういう事は一度も無かった!
上手くいきそうな手応え。内心勢い込んで、あくまで口調はさり気なくもう一押しする。
「正城女学院大学英文学部御卒業、フライトアテンダントを務められている才女でいらして、
 それでいて趣味は料理、それも得意は和食という家庭的な方だとか」
「ふーん……それはそれは……こういう人が好みなんですか、伊藤さん」
「はい?」
「伊藤さんはキリッとした和風美人がお好み、と。──僕、顔立ち濃いめだからなぁ、どうかなぁ」
「は?」
釣書を丁寧に閉じてカップの横に置きながら、社長は何故か私を見つめた。
「会社の跡継ぎなんてね、身内でなくても有能な人が継げばいい。僕はそう思います。
 それより人生の伴侶だ。伊藤さんも、自分で選びたいだろう、と言ってくれた。
 僕は……これでも迷っていたんですが……
 伴侶となる人は、お互いに分かり合えていて、苦楽をともにできて、気の置けない人が良い。
 そういう人はもう見つけてあるんです、6年のつきあいです。
 その人がどう言うかは判らないんですが、少なくとも僕はその人がいればいい
 その人と出会って人生が変わりました。これからもその人と歩いていきたいんです。」
押さえつけられている訳ではない、手もつかまれていない。しかし、何故か微動だにできない。
夕方近い陽が差し込んできて、部屋と私を染める。
「伊藤さん、どう思いますか……?」
有能な秘書なら、なんと答えるだろうか。
答えるべき言葉を持たない私は、やはり有能ではないのだろう。

808君だけは笑っていて 1/2:2009/11/15(日) 11:29:26
痛みという感覚は最早殆どなかった。
しかし死ぬんだなという静かな覚悟だけが存在していた。
その中で思い出したのはやはり弟たち2人の姿。
弟とはいっても俺とは血の繋がらない二人。
寡黙だが心根の優しい慎二と明るく穏やかな幸成。
(兄貴・・・)(兄ちゃん!)
こんな頼りない俺の事をそれぞれの形で慕ってくれた。
事故で両親を失って以降はあいつらを幸せにする事だけが俺の生き甲斐だった。
哀しい、辛いと感じた事などは一度たりともない。

ああ、でも結局俺の貞操は保たれたままだったな・・。
薄れゆく意識の中で未だ煩悩が残っている事に冷静に驚く。
好きな人に抱かれるのはやはり何より気持ち良かったんだろうか。
体験してみたかった。
一度でもいいから触れてみたかった。
あいつはどんな顔をしたんだろう。

ここまで考えたところで己のくださなさに気付き、軽く哂う。
何を必死に守ってきたのだろう。
そもそも死ぬ時ってもっとまともな事考えるのかと思っていたが・・。
いや・・、俺の根っこはこんなもんだろう。分かっていた事じゃないか。

そんな俺のことですら、頭の中のあいつ・・慎二は静かに微笑みかけてくれた。

(・・・)
慎二の口が何かの言葉を紡いでいる。
何を・・・言っているのだろうか・・・。
でも、ありがとう・・・。
最期くらい都合よく解釈してもいいよ・・・な・・・・・・。

涙がいつの間にか零れていた。
そして優しい気持ちのまま目を閉じた。

809君だけは笑っていて 2/2:2009/11/15(日) 11:29:58
兄貴が知らない病院で亡くなった。
俺たちに何の相談もなく、病気も手術の事も告げずに一人勝手に逝ってしまったと聞かされた時から俺は違和感を感じていた。

俺が兄貴の自室から見つけた手帳には何の情報も残っていなかった。
綴られていたのは俺たち兄弟との優しい日常だけ。涙が止まらなくなる穏やかな過去だけ。
でも、最後に一つ残されていた言葉。それだけが別の空気を纏っているように感じられた。
その意味を知りたくて必死になった。・・そして俺は辿り着いてしまった。
会社の負債を抱え込まされた挙句に風俗業、更には臓器売買を強要され、その手術中に失敗した医者に放置されて命を失ったという真実に。

そこから先はあまり覚えていない。
兄貴の会社の上司、風俗店店主、臓器売買のブローカー組織幹部、執刀した外科医、事件をもみ消した警察関係者、そして俺にこのネタを与える代わりに金をせびった元組織の情報屋・・
そいつらの大事なものを全て失わせ、その命をもって罪を贖わせた。
そして今の俺は完全に死に魅入られている。魂を売り続けた挙句、人ならざるものへと変化した悪魔そのものだ。
笑い方など・・・忘れた。

兄貴、俺約束守れなかった・・・ごめん。この先の世界でも逢いたかったけど、それは叶わないみたいだ・・・。

兄貴の最後の言葉に隠された哀しみに囚われてしまった。
俺だけ笑えなんて無理だ。兄貴が・・遼平が笑ってくれなけりゃ意味が無いんだ。

俺の腕の中で幸成が震えている。その細い首に軽くナイフを滑らせた。
それを見た刑事の目が大きく見開く。まるで自分が斬られたかのように痛々しく顔が歪む。
・・ああ、こいつなら大丈夫だろうか。俺のように狂気に堕ちぬよう、幸成を救ってくれるのだろうか。
今はただこの直感を信じたい。

一瞬幸成の耳元に口を寄せる。ごめんな、ありがとうなと軽く告げ
その反応を待たずして心の中で泣き叫びながら幸成の頭を拳銃の柄の部分で強く殴った。

幸成・・・、お前は一緒に笑い合える人と生き遂げろ。
俺も、そしてきっと兄貴もお前の笑顔に何度となく救われてきた。
でもな、自分の笑顔ってのは自分じゃ見えないんだ。
だからいっぱい微笑んでもらえ、いっぱい愛してもらえ。

それで天寿を全うして、もし向こうで兄貴に逢う事があったら、もう一人の兄ちゃんがこう言ってたと伝えてくれないか。

「ずっと愛してた・・・」と。

81017-969 極悪人と偽善者:2009/11/30(月) 23:37:55
「……ですから、彼のことは見逃して頂きたいのです」
ひとしきり語った後、真摯な口調で神父服の男は言った。
「貴方に僅かでも慈悲の心があるのなら、どうか」
「俺にそんなモンが欠片でも残っていると本気で思ってんのか?」
嘲笑ってやると、相手は困ったような表情を浮かべた。
「あの野郎の人柄だの哀れな境遇だの、俺には関係ない。奴は俺のシマを荒らした、それだけだ」
「彼本人が意図したことではありません。ただ単に利用されて…」
「うるせえよ」
言い募ろうとするのを切り捨てる。さっきまでの長々とした演説を再び繰り返されてはたまらない。
すると、男は小さくため息をついた。
「……議会の方々は、今だって貴方を十二分に恐れていますよ」
「あ?」
「無意味、ということです」
それは先程『彼の哀れな身の上話』を語ってみせたのとまったく変わらない口調だった。
「議会は既に、彼の存在を記録から抹消しています。元から捨て駒だったのでしょう。だから彼が死んでも痛くも痒くもない。
 それどころか、自分達の手を汚さずに彼が始末できるとあらば、貴方に感謝するかもしれませんね」
「何が言いたい」
「貴方にとって、彼の命にそこまでの価値はないということです」
どうか彼を殺さないで欲しいと懇願したその口で、さらりとそんなセリフを吐く。
その終始変わらない調子に、毎度のことながら軽く寒気を覚える。
「……。俺が気に入らねぇのはな」
「はい?」
「お前がいつもそうやって、誰かの為、何かの為と大義名分振りかざして来やがるところだ」
軽く睨んでやるが、男は表情を崩さない。真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
「なにが『彼は真面目でお人好しな人間』だ。なにが『病身の妹がいる』だ。
 哀れな子羊にご慈悲を? 寝惚けたこと言ってんじゃねえぞ、エセ神父」

今回の一件は飽くまで、マフィアと議会の諍いだ。
捕らえた男とこの男の間に直接関係があるとも考えにくい。
それなのに自分のところへ態々『慈悲を乞いに』やってくるということは。
「お前があの野郎を助けようとするのは、単に教会連中にとって利用価値があるってだけなんだろうが。
 それがなけりゃ、あの野郎が始末されようがどうしようが、お前は気にも留めない。違うか?」
一応それなりに凄んでみたのだが、やはり相手はまったく動じなかった。
それどころか、あっさりと肯定の意を示す。
「確かに仰る通り、こちらにはこちらの思惑がありますが」
でもいいじゃありませんかと、男は言い切る。
「それで助かる命があるのなら、善いことです。必要であれば、私は何度でも貴方に頭を下げましょう」
「……反吐が出る。教会の犬が」
「貴方ほどの人にそう言われると、逆に光栄です」

この男が厄介なのは、己に利があると認めた上でなお自分の行いを『善行』だと言い張ることだ。
否、言い張っているのではなく、心からそう信じているのだろう。
自覚的な偽善者は、そこいらの悪人よりタチが悪い。

「どうか彼と彼の妹さんの為に、ご慈悲を」
そう言って神父服を着た男は、今日ここを訪れてから初めて微笑んだ。

81117-959 休日街で偶然上司に会った 1/2:2009/12/04(金) 21:37:30
師走の人ごみの中を歩いていた。休日の、お馴染みのコース。
なんとなく、いつもの店で冬物を眺める。
なんとなく、本屋でサブカル本をパラパラ見る。
なんとなく、雑貨屋の店内を一周したところで喉が渇いた。
(…今日は何の収穫もない予感…)
コーヒーショップで軽く食事をして、来た道を戻る。まあ、よくある事だ。

街を歩く人は皆、キラキラした表情でどこかへ向かっている。
店頭のディスプレイも必要以上に瞬いている。
俺は無表情で駅へと向かう。これでも空腹が満たされて気分は良いのだけれど。
(さっきの本屋でなんか雑誌買おう…後は電気屋でプリンタのインクと…)
「・・・・・・・。」
ふと立ち止まって振り返る。知った顔はどこにも見当たらない。
これもいつもの事。なのに誰かをつい探してしまうのは、この寒さのせいなのか。
(やっぱクリスマスのムードって、すげーな…)
なんとなく、心がざわついた。「いつもの」俺でいられなくなりそうで怖い。
足早に雑誌を購入し、大型電気店の前を素通りして駅横の駐車場へ向かった。
車に乗り込む、と同時にポケットの携帯が震えた。慌てて携帯を取り出すと、一気に力が抜けた。

『電気屋行くならお風呂場の電球買ってきてネ!』
・・・母親からのメールだった。
「はぁぁぁぁぁぁ〜期待した自分乙…」
力なく車を降り、電気店へと向かった。
(これが、俺の日常。いつも通り。何も起きないのがとーぜん。分かってるだろ)

81217-959 休日街で偶然上司に会った 2/2:2009/12/04(金) 21:38:42



「!!」

電球を購入して店を出ようとしたその時、その人の背中が見えた。
「や、(じま、かちょー?)」
言いかけて止めた。そんなラッキーな偶然あるわけない。でも。
少し白髪の混じったあの頭。ひょこひょこ歩く後ろ姿。ちらと見えた横顔が。

「やじまかちょうっ! こんっ、にちはっ!」
驚きと焦りでおかしな発音になる。くるんっと振り返ったその人はまさしく谷島課長だった。

「んおおうっ!おーー、白井くーん。どしたの」
「どしたのって買い物ですよw 課長こそ何買いにきたんですか」
「んーー、いろいろっ☆」
「よく来るんですか、ココ」
「あんまりぃ〜。だって遠いじゃないの。今日はついでがあったから」

(なんだよソレなんでいるんだよなんで会えちゃうんだよ)

「これから何か用事あるんですか?」
「ん〜ん、帰るだけ」
「じゃ、ご飯でも食べにいきませんかっ? 私今日車なんで送りますよ!」
「ご飯ねぇ…行こうか? でもいいの?送ってもらうなんて。
 てゆーか白井君ち地下鉄の駅近いのに車? 駐車代もったいないよ〜」
「運転好きですからね。ついつい…」

街で見る課長はいつもと同じで穏やかな顔をしていた。いや、もっとユルイかも。
「ハイ、お車代★ よろしくお願いしますね」
そう言って缶コーヒーを差し出す課長の顔。ふにっと上がる口角に、俺はつられて笑う。
笑いながら、心は忙しく駆け回っている。このチャンスにしがみついてシッポを振っている。
逃げないように、消えないように・・・。さっきまでの期待を殺した自分はどこかへ消えた。
どうすれば今日、長く一緒にいられるのか。俺は固まった頭を目一杯使って考えていた。

81318-69 静かな雪の夜 1/2:2009/12/20(日) 03:47:31
「あの、ウチ、客用布団とかないんで。あの、ソファじゃ寒くて寝られないんで」
 一緒のベッドで、とはあまりに生々しい気がして言えなかった。
 そんな岡田をよそに、伊勢崎はふわふわと、楽しげに揺れている。
「あの、スーツしわになりますから脱いでください」
「らーい」
 そう言いながらも脱ごうとしない。ふらふら揺れて、岡田にしがみついてくる。
「この酔っ払い!俺は彼女じゃないですよ!脱がせますよ!いいですね!」
 なんとはなしに目を背けながらジャケットを引っぺがし、ベルトに手をかけて――ためらった。
「しわになりますからね!脱がせますよ!」
 苦情がきそうなほどでかい声で叫んで、岡田はベルトをはずしてズボンを下げた。
 ジッパーをおろしたとき、手がわずかに伊勢崎の股間にふれたことを頭を振って意識から追い出す。
「足、あげてください」
 らーい、と今度はおとなしく従った。まるで岡田にまかせきりだ。
 ネクタイをゆるめ、ふと思い付きを口にする。
「俺にSM趣味とかがあったら、これで伊勢崎さんのこと縛るとこですけどね」
 とろん、と、眠そうな目で笑っている伊勢崎を見る。
「もうちょっと警戒してくださいよ・・・・・・いや、されたら悲しいんですけど」
 スーツをハンガーにかけて、パジャマ代わりのスウェットをかぶせる。
 外は雪が降り始めていたのだ。Yシャツ一枚では寒すぎる。なにより岡田が落ち着かない。
頭を出させたら、ごそごそと自分で袖を通した。前後ろが反対だが、この際気にしないことにする。
下もはかせて、やっと伊勢崎を直視できるようになった。
「先に寝ててください。俺はシャワー浴びてきますんで」

 岡田の使っているシャンプーは女性用のものだ。
 伊勢崎はいつもいい匂いがして、何のフレグランスを使っているのか尋ねたら、
同棲相手のシャンプーの匂いだ、と教えられた。
風呂場が狭いのであまり物が置けず、同じシャンプーを使っているらしい。
 それから、岡田も同じものを使っている。
 男性用のシャンプーのような爽快感はないが、むしろ冬にはこちらの方がいい。林檎の香りだ。
 ときおり、伊勢崎とその顔も知らない女が、この香りでベッドを満たしながらセックスすることを
想像して抜いた。とても悲しくて、とても興奮した。

81418-69 静かな雪の夜 2/2:2009/12/20(日) 03:49:04
 伊勢崎は、きちんと布団をかぶって眠っていた。
「えーっと・・・・・・隣、失礼しますよ」
 そっと、ベッドの端におさまる。端と言ってもシングルベッドだ。少しでも身動きすれば
伊勢崎に触れてしまいそうで、体は半分ずり落ちそうだ。
(眠れるかな・・・・・・無理だな)
 触れないように、起こさないように、岡田は息さえも殺した。数時間前の忘年会の騒ぎが
壁を隔てて遠くに感じられるほど、夜は静かだった。
 雪の降る音が聞こえそうな気がして、岡田は耳を澄ませた。伊勢崎の、規則正しい寝息が聞こえた。
 静かに静かに、伊勢崎と向かい合うように姿勢を変える。
(あー、やっぱり睫毛長いな。ひげが生え始めてる。あ、発見。耳のうぶ毛けっこう長い)
 肩が、呼吸に合わせて規則正しく上下している。
 ふいに泣きたくなった。このまま時は止まらないだろうか。
 泣くまいとしてこらえたら、喉がグッっと鳴った。
(ダメだ。伊勢崎さんが起きたらまずい)
「えっ?」
 唐突に、岡田は抱き寄せられた。
「ちょ、」
 鼻を、髪にうずめてくる。心臓が飛び出そうに鳴った。
「何・・・・・・」
 だが、伊勢崎のまぶたはとじたままで、寝息もまったく乱れなかった。

 もう、どうにもならなかった。

 朝には雪が積もっているのだろう。その雪をサクサクとふんで、伊勢崎は帰るのだろう。
恋人のところへ。
 吹雪かないだろうか。歩くことが困難なほど吹雪かないだろうか。
 この寒い部屋で、唯一暖かい布団から出たくなくなるほど吹雪いてはくれないだろうか。
 そして、自分と体温を分け合ってはくれないだろうか。

 岡田は声を殺して、静かに静かに泣いた。

81518-129 行く年来る年:2009/12/31(木) 20:52:11
「もう行くよ」
とあの人が言う。
「待って下さい、もう少し」
引き止める言葉は反射的に出るが、時間がないこともわかっている。
全てを終えようとしているあの人は、ちょっと困ったように笑った。
「仕事は全部引き継いだよ。みんなも次の新担当の話を始めてる。
お前、期待されてるよ、頑張れ新人」
「でも、俺……」
口ごもる俺を静かな声が励ます。
「自信ないとか言わないよな? 大丈夫、お前は立派にやれるよ。
俺もたくさん悪いことがあったよ。お前ならきっと、俺より上手くやれる」
「……俺なんかどうなるかわからないです。あなたみたいにはできない」
「もともと今月末までの一年の約束だ。
来月からはお前しかいないんだ、わかってるじゃないか」
「……はい、でも」
どうしようもないことは始めから知っている。
でも、教えてくれた様々なこと、俺のためにしてくれた丁寧な準備、去るにあたっての潔い始末……
あなたを思い返せば思い返すほど、別れ難いこの感情が沸き上がる。
……あなたが行ってしまうのは寂しい。
今頃、みんなそれぞれに暖かい居場所で親しい人と過ごしながら、
あなたのことをいい思い出にしているのかもしれないけど、
俺だけはあなたを特別に思う。
「行かないで下さい」
顔を上げられない俺に、無茶を言うな、とはあの人は言わなかった。
黙ったまま俺の肩をぽんぽんと叩いて……その手が背にまわる。抱き寄せられる。
最後なのに。暖かい。
この人は明日にはもういなくなり、
俺も新しい仕事に追われて、この人のことを思い出しもしなくなるかもしれないのに。
さようなら。ありがとう。浄暗の闇の中、やがて俺達はすれ違い、永遠に別れる。

81618-179 冗談っぽく「好きなやついる?」 1/2:2010/01/14(木) 03:07:41

179 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 01:51:55 ID:QSlQ0VRmO
冗談っぽく「好きなやついる?」と聞いたら真顔でうなずかれたorz

180 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 01:55:04 ID:Gtr5sd23O
kwsk

181 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 01:57:13 ID:QSlQ0VRmO
こんな時間にごめんな、飲み会の帰りなんだけど、その飲み会の席で言われた
真顔だぜ真顔、俺も真顔で「うん…、上手くいったら紹介しろよ」とかどもっちゃったよ

スペックは当方フツメン、向こうイケメン。

182 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 03:30:55 ID:soHts4q1O
アッー?まだ起きてるなら相手が誰か聞いてもよくねとマジレス

183 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 03:35:23 ID:QSlQ0VRmO
起きてるよ、寝れるかチクショー!あと、うん、アッー!で合ってる
電話はどもる。メールなら出来る、文面どうしようか

184 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 03:40:41 ID:soHts4q1O
181へ
「好きなやつってもしかして俺?」

185 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 03:55:12 ID:Pisg7bweO
182ww
179まだ起きてるかー?www 上の送ってくれw

186 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 04:05:34 ID:QSlQ0VRmO
飲み直してたよ。明日あいつに代返してもらう
182送った

81718-179 冗談っぽく「好きなやついる?」 2/2:2010/01/14(木) 03:08:23
187 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 04:12:18 ID:Pisg7bweO
  送ったんかいwwwww

189 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 04:31:09 ID:QSlQ0VRmO
  意味不な返事が来た。「今ちょっとそっち行くから」
  ちょっと出迎えてくるww冗談が過ぎたかもしれんが飲み直してた俺に敵は無いぜwww

190 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 04:50:01 ID:soHts4q1O
  その相手のイケメンの好きな奴って口止めしたい奴だったりしたんかな

191 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 05:37:17 ID:ts2lt8ssO
  それ179可哀相過ぎないか
  好きな奴に好きな相手がいるって言われて口止めされるとか
  二次元嫁に置き換えてみたらなんかこうきゅってなった

192 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 06:03:28 ID:qBgr4xzO
  二次元嫁に置き換えるなよwwww
  ……彼女持ちの俺もきゅってなる

203 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 11:02:26 ID:Gtr5sd23O
  179ですが報告いいですか?

204 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 11:05:38 ID:ts2lt8ssO
  しむらー!ID!ID! 180?マジどうなってんの?

203 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 11:10:09 ID:Gtr5sd23O
  俺が酔ったときにここのURL教えてたのを失念してたらしい。馬鹿にされた
  書き込んだのもあいつだってさwwwww
  あと上手くいきました。すぐに報告できなくてごめんな

204 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 11:23:45 ID:Pisg7bweO
  相手も乙。とりあえず有休取った俺に長文で報告してくれるよな?

81818-230 うつらうつら:2010/01/28(木) 03:28:37
隣の席から、とんとん、と俺の軽く肩をたたきながら、
「おい、もうすぐ当てられるぞ。今、出席番号七番のやつが当たったから。」
と小声で囁く、上原の声がした。
「あー、ありがと。」
今の時間を担当している教師は、いつも出席番号順に生徒を当てて答えさせるやつだった。
つまり、俺は出席番号八番で、次に必ず当てられるのだ(後ろのほうの生徒はずるいよなー20番台のやつなんかぜんぜんあたんねーじゃん)
ただただ教科書を読み上げるだけの、つまらん上に受験勉強にもならない授業なので、みんな、当てられるとき以外は寝るか、内職している。
俺は前者の居眠り派だ。
いつも真面目な、この授業をクラスで唯一ちゃんと聞いている超優等生上原が隣の席でよかった。
当てられる直前に、ちゃんと起こしてくれる。
その時だけは起きてないと。…あのクソハゲ眼鏡教師は、教科書で生徒の頭をひっぱだいて起こすのだ。

そして放課後、同じ部活で、最寄の駅が一緒の小川と、駅で帰りの電車を待っていたとき、ふと、小川がつぶやいた。
「お前いいよなぁ。いっつも上原が起こしてくれて。俺なんか今週だけで4回も叩かれたし。」
「たまたま隣の席だからなーそれにあいついいやつだし。」
「でも俺、一学期、ずっと上原の隣だったけど、ぜんぜん、起こしてもらったことなかったんだけど…」
「え?そうなん?俺みんなのこと起こしてると思ってたんだけど、違うんだ?」
「うん。何でお前は起こしてもらってんだろうなーふしぎだよな。」
「確かに。何でだろう?」

81918-249 仮性包茎を気にするドSな上司:2010/01/28(木) 21:20:13
最初に思い浮かんだのはこちらだったんだけど、
どう考えてもSじゃない仕上がりになってしまったのでこちらへ供養させて下さい…
================================================================================

「毎回シャワー出た時からギンギンだったのって」
「言うな」
「おれのこと責めてる時に道具しか使わないのって」
「黙れ」
「っていうか日本人の6割以上がそうだって言いますし」
「馬鹿が。アレ絶対嘘だからな。
銭湯行ってみろどいつもこいつもズル剥けだろうが!
アレは世のホーケー共を哀れんだプロパガンダに過ぎん!!」
「いやー……
あっ、ホラ、ホーケーは銭湯行かないんですよきっと!」
「そんな『アイドルはうんこしない』話法で
誤魔化される俺ではないぞ……」
「っていうか課長、ベッドの上では王様のくせに
そこ指摘されると弱いんだからー。
でもそんな所が好きです!」

「だからおれのチンコがズル剥けで課長よりデカくても
気にすることないんですからね!」
「貴ッ様ァァァ!
覚えていろよ!!後で泣かすからな!」

82018-259 早漏改善合宿:2010/01/30(土) 21:26:05
普段いっしょにメシ食うノリで部屋に押しかけ、昨日の話の合宿だと言うと冗談だと思ったらしく
「そうかー、じゃ気合い入れて特訓しないとな!」
と笑った。その笑顔にむかつく。
入学して一年近く経つのに、昨日までお前の元カノ話なんか知らなかった。
親友とか勝手に思ってた俺馬鹿みたい。
何食わぬ顔でチビチビと、でも動揺をジョッキに隠しながら
上木モテモテだもんなー、今まで何人もスーパーテクでヒィヒィ言わせてんの、なんて露悪的にあてこすったら、
「いやー、なんか俺怒られるんだよね、痛いとか早いとか言われてさ」
と照れられた。なにその余裕。なにマジで複数かよ。
「早いのはいかんよー、上木、訓練、修行。特訓が必要なんだって。俺が教えてやる!」
って混ぜっ返したら、ジッと俺の顔見て「本当に?」とか言いやがった。
本当なわけないだろ、そんな方法知るもんか。腹立つからいじめてやろう……そう思った。

そばに人がいる、という状況が効果的なのだと説き伏せた。
「あくまでこれは訓練だから最終的には出すんだけども、そのことに集中しすぎないことが大切なんだ、
 一人っきりじゃないこのシチュエーションでは適度に気が逸らされていいんだよ」
俺の目の前でオナニーしろ、と言われて困る上木に内心ニヤニヤが止まらない。
「やり方は教えたとおり……
 早くフィニッシュしたくてガシガシこいてた若気の至りを改善すべく、
 ストロークは大きくゆっくり、柔らかい力加減で刺激を少なく、持続時間を延ばすことを第一の目標として行う。
 その際夢中になりすぎないように、具体的なオカズは用いず手だけを動かす。いいか?
 刺激に慣れること、緩やかな刺激で出せるようになることが大事だ」
『亜鉛を摂取すると男性の性的能力が向上する』とか言ってレバニラとカキフライを食べさせ、
『感覚を鈍らせリラックスするため』とアルコールをを飲ませたら、俺のでまかせをすっかり信じ込んだらしい。、
無茶ぶりに少々ためらいつつも、背中を向けてジッパーを開く。
優位に立つものをいじめるのは楽しい。内心のドキドキが止まらない。と思ったのに。
「ちょっと……あっち向いておけよ館野」
真剣に顔を伏せる上木に、ふと胸が詰まった。
こんな俺の騙りに騙されるほど深刻な悩みだったのかな、と思いあたったのだ。
本気で協力したくなった。シチュエーションは既に変だが、こうなったらとことん行ってみよう。
「そうそう……ゆっくりな、最初は起たなくてもいいからさ、気を楽に」
ハァーッ、と息を漏らす上木が可哀想になる。
「こっち向いた方がいいんじゃね?……俺の顔見た方が萎えて持続するかも」
言われて、振り返って上木が俺を見た。
俺を見ながら、上木の手がゆっくりと動くのが見えた。
「館野、館野……俺、なんかいつもより……無理」
急速に切羽詰まった上木の声に、俺の心臓も聞いたことない音を打ち始めた。

早い。駄目だ、改善できてない。5分くらいか。
まだまだふたりとも特訓が必要らしい。

82118-279 普段コンタクトの奴が珍しく眼鏡:2010/02/02(火) 03:53:08
「兄ちゃん…おかえり」
「おや、眼鏡なんだ?」
「コンタクト切らしちゃってて」

兄貴は荷物を解いているところだった。
分厚い本や、大学の意味のわからない講義テキストを、
小学時代から使っている古びた学習デスクの上に並べてる。
そんな重いもん、東京に置いてきてゆっくりすればいいのに。

使い捨てコンタクトを切らしたというのは嘘だった。
ただ、俺の持ってるのはギラギラのド緑の色したやつだし
くそ真面目の兄貴はそれが大っ嫌いでぐちぐち怒るから、
アレが帰省してる一週間は眼鏡っこぶろうというわけだ。ピアスも一個に減らした。

「…今日は先輩とメシ食う約束してっからまたすぐ行かなきゃなんねんだ。
 また帰ってからな」
「えぇ〜?久々に兄ちゃんカレー作ってやろうと思ってたのになんだよぉ。
 ってそんな格好で行くの? 外寒いでしょうが。ほらこれしていきな」
「いらねーよ…んなマフラー俺のかっこにも合わねーだろ」
「暖かければいいじゃない。早く帰っておいでね」
「過保護ヤロー」


結局、兄貴がひとりで家にいるってわかってるのに、
深夜になってもドリンクバーで粘っていた。

「先輩、なんで今日そんなに嬉しそうなの?」
「そんなことねえよ」
「ねえねえ、なんかあったの?」

先輩の前だと俺は変に浮ついたテンションになる。
女の子みたいで、自分でもキメェけど、なっちゃうものはしょうがない。
先輩はお洒落だしカッコイイし話も面白いから、遊ぼうといわれると嬉しいし、
一緒にいるとずっと帰りたくない気分になってしまう。
先輩が嬉しそうだと俺も嬉しいな。
それに、気づいてる。今日はいつもと違う雰囲気なこと。
グレイアッシュのカッコイイ目で俺のことチラチラ見てる。

「いやぁ、面白いこと思い出してよぉ」
「なに?」
「なんでもねぇ」

なんの期待というわけでもないけど、胸がドキドキ高鳴ってた。
浮かれてた。
だけど、俺の心の奥底は、嫌なうずきもしていた。

「つか今日お前眼鏡じゃん」
「…カラコンなくしてさ。ってか、え?今さら?」
「似合ってる。ずっとそれでもいいんじゃね? 黒い目もあどけなくてカワイーよ」

愛おしそうに言われると嬉しいけど、でもだんだん心がモヤモヤしてくる。
このモヤモヤは…。

「高校時代のスグル思い出すわ。
 こうして見ると、やっぱあいつと兄弟なんだなぁ」

ハイやっぱりきました。ですよねー。
こういう流れですよねー。ここから先ずっと兄貴の話題になるんだよねー。
高校時代ぜんぜん相手にされてなかったくせに。
チャラいし馬鹿だし乱暴だし、一番兄貴が嫌いなタイプじゃん。
もう名前すら忘れられてんじゃねぇの。

「あいつ今度いつ帰ってくんの?」
「いつだろ? 大学忙しいって言ってた」
「国立だもんなぁ。しかも特待だろ?すげーよなぁ。
 家計支えてるし俺には真似できねーよ。あいつは俺らとは違って…」

ああ、聞きたくないな。
いつも図太い先輩の自虐。

82218-299馬鹿が風邪ひいた1/4:2010/02/06(土) 06:08:26
吉田はバカだ。
もう中学生なのに、真冬でも半ズボンでTシャツしか着ない。
学校でも、体育の授業もないのに勝手に体操服でうろついている。先生も最近はほったらかしてる。
しかも体育があると、終わった後手洗い場で頭まで洗って、あちこちびしょぬれのまま教室に入ってくる。
去年幽霊の足跡だと思って廊下の水の跡を辿ったら、上履きの中ギュポギュポ言わせて歩いてる吉田でムカついた。
給食の時間は人一倍食べるし、余った牛乳は必ず吉田が持っていく。ゼリーの争奪戦にも出る。
吉田は雨の日でも傘を差さない。穴の開いたボロボロの運動靴で自分から水溜りに突っ込んでいく。

吉田はバカだからあんまり友達がいない。
俺以外の奴らとは喋るというよりバカにされてるか怒られてるかばっかりで、
それを吉田がいつもみたいにニコニコ笑って聞いてる所しか見たことない。(多分何言われてるか判ってないし。)
そんなだから、吉田が風邪を引いた時に家なんか知ってる奴がいなくて、なんか俺がプリントを持っていく事になった。

82318-299馬鹿が風邪ひいた2/4:2010/02/06(土) 06:08:50
実際に見るのは初めてだけど、吉田の家はあんまり綺麗じゃない。
詳しくは知らないけど大野とか村田が言うには貧乏だかららしい。

玄関から出てきた吉田の話では、今母ちゃんが丁度パートに出てるらしくて、その間一緒に遊ぼうと言われた。
風邪で寝込んでるのに、やっぱりバカだ。
お前今遊べないし、風邪が移るから嫌だと言ったけど、それでも「お願いやから帰らんといて」とか言って、
棚からたくさんお菓子やジュースを出してきてしつこく引き止めるんで、仕方がないから居てやる事にした。

ジュースを飲みながら対戦してたら、だんだん吉田がしんどそうにしだしたんで、無理矢理布団に戻した。
給食のゼリーがあったのを思い出して渡してやったら、またアホみたく鼻水顔で喜んでて、
それからずっと俺が一人でゲームやってる後ろから「藤田くん凄いなぁ!」とかニコニコしながら言ってた。

吉田のデータを勝手に3面くらい先に進めた頃、いつの間にかもう塾に行く時間になっていて、
俺が急いで帰り支度を始めると、吉田が慌てたようにまたお菓子や漫画を出して引きとめようとしてきた。
俺塾あるから帰らなきゃ、って何度言っても判らないみたいで、べそかきながら
このお菓子あげるから、この漫画あげるから、って言うんで凄く困ったけど、塾をさぼると母ちゃんが恐い。

82418-299馬鹿が風邪ひいた3/4:2010/02/06(土) 06:09:13
結局吉田は玄関まで追いかけてきて、泣きながら帰らんといて、帰らんといてとずっと言っていた。
靴も履き終わって、じゃあ帰るから。と振り返ったら、吉田が鼻水垂らしながら
「もう藤田くん僕の家来おへん?藤田くんまた来てくれるん?」
と言ってきた。「じゃあまだやってないゲームあるから来るわ。」と返すと、いきなり笑顔になって、
「来てな!絶対来てな!!」と鼻水まみれの顔のままでぶんぶん手を振っていた。
吉田は単純でバカだ。


なんとか塾に間に合って教室に入ると、大野に肩を叩かれた。
何かと思えば「ただの知り合いなのに吉田の家なんかに行かされるなんて、お前も災難だなあ」等と言われる。
確かに吉田の家は宅配係りをさせられる程近くはない。しかしそんなに損でもなかった。
俺は鼻で笑って、吉田の家でジュースとお菓子を貰った事や、散々ゲームで遊んだ事とかを大野に自慢してやった。
すると俺だけ得した自慢話にむっとしたのか、だんだん大野が不機嫌になってしまった。
ちょっと意地が悪かったと思って、帰り際の時に吉田に握らされたお菓子を一つやったら、なぜかもっと不機嫌になった。

82518-299馬鹿が風邪ひいた4/4:2010/02/06(土) 06:09:24
家に着くと母ちゃんがテストについて訊いて来た。
成績の話と塾と勉強の話をしたあと、いつものように「成績の悪い子とは付き合わないのよ」と言われる。
吉田の家に行った事は内緒にした。塾には間に合ったけれど、遊んでた事がばれたら叱られるから。
「クラスに吉田君って子がいるらしいじゃない?いつも言うけど絶対関わらないようにね?」「うん」
去年から吉田とたまに話す事があった事も内緒にした。

帰り際の吉田は、わんわん泣いたせいか顔が真っ赤になってたけど、よく考えたら
あれは動き回ってまた熱が上がってたんじゃないんだろうか。
吉田だといつまでも玄関前で手を振ってそうだけど、ちゃんとすぐ布団に入ったかな。
明日の給食は揚げパンとゼリーだから、両方持って行ってやろう。
バカは風邪引かないけど、引くと長引きそうだから。

82618-309 手袋 1/2:2010/02/08(月) 20:25:45
「なあ、頼むよ。この通り」
「頼むよってったってなあ……」

俺は困り果てた。
目の前には、フローリングに頭をこすり付けんばかりに懇願してくる男やもめがいる。
美人だった奥さんに先立たれて5年、当時産まれたばかりだった息子を抱えて
こいつは今まで本当に良くやってきたと思う。奴とは学生時代からの親友で、
そんな事になってから俺も出来ることがあれば今まで協力はしてきたし、
これからも望まれるならいつだって力になってやるつもりだ。
しかしこれは。

「頼む。俺、編み物できる知り合いなんかお前しかいないんだ」
「出来るって言ったって、俺も素人に毛が生えたようなもんだぞ……
 それに、そんなやり方でいいのかよ」

事の発端はこうだった。
奴が目の中に入れても痛くないほど可愛がっている一粒種が、
幼稚園で手編みの手袋を友達から自慢されたのだそうだ。
甲の部分にアニメキャラクターのワッペンをつけたどこにも売っていない手袋は、
小さな子供にとってよほど魅力的だったのだろう。そしてその日の晩から、
「どうしてうちにはお母さんがいないの」「僕もお母さんのてぶくろがほしい」という
こいつが最も恐れていた事態に陥ってしまった。
そろそろ考えなくちゃいけないってことは分かってたんだ、とこいつは言う。
幼稚園や小学校に進むにつれ、自分の家庭が周囲と違っていることに息子はやがて気がつくだろう。
その時、片親はなんと答えるか。非常に難しい問題だった。
そして今ようやく幼稚園を卒業しようとしている息子に真実を、「死」を説明しても、
彼には理解できないだろう。もっと色んな経験をつみ、色んなものを見て
自分なりの理解が出来る歳になるまで言わずにおきたいのだそうだ。
その気持ちは分かる。

そして、お母さんは今近くにはいないけれども、お前を大切に思っているんだよと。
その証拠に手編みの手袋を渡してやりたいんだそうだ。
何度も言うが、気持ちは分からないでもない。だがこんな生半可な嘘をついて、
大きくなったときに逆に傷つきやしないかと俺は心配なんだ。

82718-309 手袋 2/2:2010/02/08(月) 20:27:44
「だって、俺アホだから、こんな方法しか思いつかないんだよ。
 あいつに寂しい思いなんかこれっぽっちもさせたくない。だから頼む!」
「…………」

ほとんど半泣きで訴えてくる情けない親友の顔を見て、俺もなんだか情けない気持ちになった。

「……なあ、勘違いすんじゃねえぞ。たとえ俺が手袋を編んだとしてだな、
 お前がそれをお母さんからだよって言って渡したら
 その時点で偽物の愛情をあいつに与える事になるんじゃないのか。
 お前はあの子に偽者をやっていいのかよ。俺はやだね。
 それならぶすくれて駄々こねられた方がよっぽどいい」
「……お前…………」
「わかったか」
「……わかった。うん。俺ちょっと、周りが見えなくなってたみたいだな……
 悪かった。もう手袋編めなんて言わないから」
「バカ、誰が編まねえって言った」
「え?」

翌日、青や水色の毛糸とキャラクターのワッペンを山ほど持って訪れた俺に
昨日はぶすくれてリンゴのようだった坊主はうって変わって興奮しきりだった。
毛糸の色もワッペンも好きに選ばせて、目の前で小さな手袋を編み上げてやると
飛び上がって喜び、まだ片方しかないそれをはめて家中を駆け回る。

「ほら見ろ。変にひねくれたことするより、こういうのが一番だって」
「なるほどなあ。うん、母親がいなくたって、お前がこんなに愛情注いでくれるんだもんな。
 寂しがってる暇なんてないか。
 ……それにしてもお前、あれだな、これは今流行のツンデレって奴か」
「だいぶ流行から遅れてるぞ。いいから転んで流血しないようにちゃんと見とけ」
「らじゃ」

見るどころか、一緒くたになってはしゃぎ始める親子の歓声を聞きながら
俺はもう片方の手袋を仕上げてしまうと、また同じ色の毛糸を編み棒に巻きつけた。
幅はさっき作ったのの3倍。こっちには白いポンポンを付けてやろうとほくそ笑む。

828敬語紳士×ガテン系オヤジ:2010/03/06(土) 15:19:59
「アイツはなぁ、いいヤツなんだよぉ」
「ええ、分かりました、分かりましたから…」
「ぅ…ぐす…アイツは、アイツは両親事故で亡くしてな、それでも頑張って高校行ってなぁ…」
「ええ、本当に、頑張ったんですね」
 静かなジャズの流れるバーには、マスターのほかその2人しかいなかった。
 片方は細身にグレイのスーツ、オールバックの髪に細縁の眼鏡と、公務員のようないでたちで、シックなバーの雰囲気に溶け込んでいる。
 もう片方は連れ合いとは対称的で、髭面でさほど背は高くないが、ほの暗い照明にも薄いTシャツの下に逞しい筋肉が盛り上がっているのがわかる。アスリートというよりは、肉体労働で鍛えられたようだ、とマスターはグラスを磨きながら思った。ついでに、珍しい組み合わせだ、とも。その髭面が、顔中をくしゃくしゃにして泣いている。すっかり酔っ払っているのか、呂律も回っていない。
「なんで…なんでなんだよぉ…」
「鈴木さんにそこまで思ってもらえて、伊藤さんもきっと喜んでますよ」
 スーツのほうが、髭面の背を撫でながら慰める。1時間ほど前に店に入ってきてから、2人はずっとそんな調子だった。聞くと話に聞いていた会話で分かったのは、髭面の親友が亡くなったことと、2人が今日出会ったばかりだということくらいだった。
 髭面がびず、と鼻をすすった。
「いまさら喜んだって意味ねぇよ…」
「でも、俺は羨ましいですよ、伊藤さんが」
「…アンタいいヤツだなぁ…」
 酔眼でとろんと相手を見つめ、また涙ぐむ。苦笑して内ポケットからハンカチを取り出した。
「ほら、涙拭いてください。そんな顔で帰ったら、奥さんが心配しますよ」
「奥さんなんかいねぇよ」
「……え?」
 スーツのほうが一瞬手をとめた。それには気づかず、髭面が受け取ったハンカチで涙を拭う。そして照れくさそうに、小さく首を傾げた。
「それより、アンタはいいのか。こんな時間まで…」
 髭面の言葉に、マスターはカウンターの内側に置いた時計に目をやった。店の営業時間はまだまだあるが、終電がなくなってしまう時間帯ではある。そろそろお勘定だろうか、とマスターは音を立てずにグラスを置いた。
「俺も、奥さんいませんから」
 言われて、髭面はしばらく目をぱちぱちさせた。
「…だから、今夜は貴方につきあいますよ。今の貴方を、放ってはおけませんから」
 にっこりするスーツを見遣って、マスターは小さく微笑む。そして、友人の死に傷心している男のためにウィスキーの水割り一杯くらいサービスしようかと思った。

829828:2010/03/06(土) 15:21:26
名前欄ミスりました。
正しくは
「18-439 敬語紳士×ガテン系オヤジ」
です。

83018-449 照れ隠しで抱きしめる:2010/03/08(月) 13:52:33
あまりに関谷が俺を褒めるものだから、照れ隠しに抱きしめてみた。
関谷はぎゅむ、と声ともつかないうめき声をあげ、じたばたしている。
参ったか、これで黙らざるを得まい、どうだ俺の嫌がらせは。言葉にすればそんな気持ち。
とにかく、いつも生意気な後輩に一矢報いたつもりだった。

実のところ、逆襲の必要はもうなかった。
真面目だが一本気すぎて扱いにくいと評判だった関谷は、
一緒に担当した今回のプロジェクトを通じて、徐々に素直になっていたから。
鼻っ柱の強い後輩に認めさせる……先輩としての勝利だ。
だからもう気は済んでいた。まさか薬が効きすぎているとは思いも寄らなかった。
「いい仕事でした……加納さんの企画は的確だった。
 客も予測以上に入ったし……内容もよかった。ゲストも受けた。
 地味なテーマなのに満足度高かったですよ。取材も結構来ましたしね。
 加納さんの人脈があってこそでした。いや良かったです。本当にいいイベントになりました、大成功でした。
 加納さんは……すごい人だと、僕は思います」
饒舌というよりは訥々と、それでも心から思っているのだろう、何度も同じ事を繰り返す。
酒に弱い関谷は、褒め上戸だったのだ。
先輩冥利に尽きる。こんなに心酔されることなんてなかったと思う。
大げさに持ち上げられるよりじんわり気持ちが伝わってきて、嬉しいと同時にすごく照れた。
酒が入る直前まではいつもの落ち着いた関谷だったので、面はゆさに拍車がかかる。
最初は驚き、次第に苦笑い、ついには恥ずかしくていたたまれなくなった。
俺も酔っていた。冗談に紛らせて関谷を黙らせるつもりだった。
「お前の気持ちは分かった。俺も、お前がいたから今回頑張れたと思うよ!」
オーバーに叫んで、力一杯抱きしめた。

締め上げた、といった方が良いベアハッグだったから、息が詰まって関谷はあえいだ。
パッと離すと、顔が赤い。耳も、首筋まで真っ赤だ。
「感謝、感謝。もう、あんまりお前が褒めてくれるから感謝の気持ちね。
 関谷のこと俺、本当、愛してるから!」
テンション高くうそぶくと、火傷したように関谷の体がはねた。
……予想した罵詈雑言が返ってこない。急速に酒の力が抜けてくる。
黙ってしまった関谷に、俺はようやく何かいけないことをしたと……悟った。

83118-459 割烹着が似合う攻め:2010/03/10(水) 18:16:37
「おっはよー」
 朝っぱらからやたらテンションの高い声に起こされて不機嫌なところへ、はた迷惑な声の主の現れた姿にぎょっとした。
「…なんだ、それ」
「タクちゃんほんまお寝坊さんやなぁ。そんなんやとお仕事大変やん」
「いやだから」
「あ、この割烹着? 俺が東京出てきたときにオカンがくれたんよ」
 似合てるやろ、とくるりと回って見せる。
 顔はいいくせに妙に庶民的なせいか、似合ってはいる、と思う。
「…お前、料理できたのか」
「できるわぁ! 俺のたこ焼きは天下一品やったやろ!」
「ああ……そうだったか」
 そういえば、先日目の前の奴が押し掛けてきて作っていったたこ焼きは美味しかった。
 天下一品かどうかはともかく。
「タクちゃん、朝ごはんできてるで。俺桃子ちゃん起こしてくるわー」
「あ、ああ……」
 二階の子供部屋に上がっていく長身を見送ってから、顔を洗いに洗面所に向かった。
 冷たい水で顔を洗うと眠気も吹き飛び、漂ってくる焼き魚の匂いにいくらか心を弾ませながらダイニングに向かう。
 テーブルの上には、3人分の茶碗や焼き魚を載せた皿が並んでいる。
 そういえば昨日そんなものを買ったな、と3人での買い物を思い出しながら箸を並べる。
 朝食の見た目は悪くない。
 小葱の散った豆腐の味噌汁はほこほこと美味しそうな湯気を立てているし、皿のアジの開きもちょうどいい具合に脂が乗っていて、焼き加減も申し分なさそうに見える。
 なんだか少し照れくさい。
 こんなふうに朝食を作ってもらったのは妻が死んで以来だ、とふと思い出して、慌てて頭を振った。
「わぁ、お魚ー」
「そやねん、残したらあかんで?」
「残さないもん。桃子、ちゃんと食べるもん!」
「桃子ちゃんはええ子やなぁ」
 二階から降りてきた2人が、賑やかにはしゃいでいる。
「あれ、タクちゃんまだ食べてなかったん?」
「あ、ああ……」
「俺のこと待ってくれたん!?」
「え、あ…」
「嬉しいわぁ!」
 ぎゅ、と抱きしめられる。
 こんな愛情表現は少し苦手だ。
 距離を置かなければと思っているのに、心の枷を振りきってしまいたくなる。
「は、離せ……それより、食べないと遅れる」
「あ、そうやな…」
 慌てて離れ、少しうなだれるさまは大型犬のようで、なんだか微笑ましい。
「お前が作ってくれたんだ、ありがたくいただくよ」
 ぎこちなく微笑んで腰をおろし、味噌汁の椀を取り上げた。
 味噌の香りを吸い込んでから、口に含む。
「………!!!!!」
 とたん、吐き出した。



「あのときは、まさかお前があんなに料理が下手だとは思わなかったな」
「……なに、今さら?」
「あんな不味い味噌汁飲んだのは初めてだ」
「…そやから、もうたこ焼き以外作ってへんやん」
「ああ。けど、コーヒーくらいはもう少し上手く淹れられるようになれ」
「……努力します」
「…………不味いコーヒー飲まされるのは嫌だからな。俺も手伝う」
「!!!!」

83218-479 卒業:2010/03/16(火) 13:29:04
間に合わなかった…。供養させて下さい。

−−−−−−−−−−−−
「卒業式でー泣かないーと冷たい人と言われそおー」

 眼下に別れを惜しんで泣いている女子があちらこちらに見えた。
 屋上から下を見ながら、あいつは古い歌を歌った。

「女って浸るなあ。会おうと思えばいつだって会えるくせにさあ」
「いいだろ別に。それより卒業ソングだったらいくらでも他にあるだろ。
そんな昔の曲、チョイスすんなよ。」
「お袋の十八番だよ。いいだろ。わかるお前もお前だけどな」
 そういってあいつは笑った。
「お前、親とカラオケに行くのか。すげえな」
「俺しか相手いないじゃん。会社のストレス発散カラオケなんだから」
「それでも普通はいかねーよ」
 卒業証書が入った筒を手に持ちながら、なんとなくこの場から離れがたくて、
俺達はさっきからなんでもない話をしていた。
「歌詞なんかみないで歌えるぜ。でもー、もおっとー」
「うわー、やめろー、耳が腐るー」
 俺が耳をふさいごうとしたら、それを阻止するようにあいつに腕をつかまれた。
お互いに近くなった距離に気まずくなり、あいつの方が先に目をそらした。

 日が暮れて、さっきまで大量にあった制服の群れはまばらになっていく。 しばらく沈黙が続いた後、あいつがポツンとつぶやく。
「今日でもうここに来なくてもいいんだなあ」
「なにそれ、お前学校嫌いだったの?」
「嫌いじゃなかったけどさ。楽しかったし」
「まあね」
「でも、なんか苦しかった」
「そうだな」
「すごく苦しかった。やっとそれから解放されると思うと涙が出る」
 顔を下にいて俺に見せないようにしていた。
 もしかしたら本当に泣いていたかもしれない。

「お前、卒業アルバムに変なこと書いてたな」
「いい会社に就職して、結婚して、幸せな家庭を作るってどこが変?」
「当たり前な事を書きすぎて変だっつってんの」
「バーカ、今はその当たり前のことが大変な時代なんだよ」
「じゃあな」
「ああ」
 またなという言葉も喉の奥にひっかかった。
言えなかったのか、言わなかったのか、それは自分でもわからない。

 お互いの間に薄い壁を作ったまま、俺達はここを出る。
 こんな壁は簡単に崩せたかもしれないのに、俺達にはそんな勇気も、
こんなことはたいしたことじゃないと笑える飛ばせるほどの無神経さもなかった。

 毎日同じ場所に来れば会える。たわいもない会話で日が暮れる。
体に触れても何も不自然じゃない、そんな環境が今日で終わる。

 屋上から降りる途中の階段で、「女みてー」と同級生に笑われた。
そう言われて自分の頬が濡れているのに気がついた。

83318-589 盲目のご主人様:2010/04/05(月) 23:49:05
「今日の天気はどうだ?」
ベッドの背に寄りかかり俺の手を握ったままご主人様が聞く
今日の彼は機嫌が良さそうだ
「とても良い天気ですよ。ぽかぽかしていて、風も丁度いいです」
手を握り返して俺はそう答える
きっとピクニックをするには最高の天気だ
「そうか…そういえばなんとなく光が明るい気がする」
ふわりと笑う横顔が、俺の心を撫で上げる
貴方の目が見えなくなってどのくらいたっただろう
幼かった貴方は、今でも俺の顔を覚えているだろうか
「そういえばお母様たちへの手紙は出してくれたか?」
ああ、貴方はいつまでも無邪気なままでいて
握った手をそっと置いて俺は答える
「ええ、もちろんです。きっとまたすぐに返事が来ますよ」
俺の顔が貴方に見えていなくて良かった
「うん、返って来たらまた読んで聞かせてくれ。返事も僕が直接書けたらいいんだけど」
少し悔しそうに言う貴方の頭を撫でようとして、寸前で手を止める
「ご主人様の字はあまりきれいではないですから。目が見えていても私が代筆いたしますよ」
そうおどけて言うと、的確な位置にパンチが飛んでくる
「そうだ、屋敷中の窓を開けてくれ。たまには風を通さなくちゃな」
俺の方に顔を向けて無邪気な笑顔を見せて、貴方は哀しいことを言う
ああ、貴方はいつまでも無邪気なままでいて
何も知らずに、現実なんて知らずに、そのままで
「はい、今すぐに」
ベッドの横から腰を上げると、部屋の扉を開けて外へ出る
今日は本当に天気がいい
俺はポケットから一通の手紙を取り出して開ける
『お母様、お父様、元気ですか』
俺が代筆したその手紙に、返事を書くのは俺だ
貴方は、哀しい現実など知らないままでいて
目の見えない貴方に真実を隠し続ける俺のことなど、知らないままでいて
小さな小さなこの家で、窓などたった一つしかないこの家で
出すあてのない手紙を書きながら、返ってくるはずのない返事を読みながら
俺は貴方を守り続ける

83418-539 冷血なギャンブラー:2010/04/13(火) 18:40:19
伝説のギャンブラーがこのカジノに来ていると聞いたのは、数ヶ月前のことだった。
ブラックジャックしかしない。そしてめっぽう強い。だが、その程度なら伝説にはならない。彼が伝説になったのは、勝った金をすべて慈善事業に使うからだ。世の中には物好きな人間がいるものだ。あぶく銭なら俺みたいな男娼にもっと使ってくれればいいものを。
いつかはそいつを自分の客にしたいと思っていたが、彼はめったに来なかった。そして今日、はじめて俺はその伝説のギャンブラーに会ったのだ。
*****
わざと彼にぶつかり、酒をかける。古典的だが知り合うには意外と効果的だからだ。
「す、すみません! 大丈夫ですか? クリーニング代を…」
「いや。たいしたことは……。ああ、君か。見違えたな」
「え?」
「この間、同じ手で男をひっかけていただろう。どこのカジノだったかな。彼は僕の取引相手でね」
顔が赤くなるのが自分でもわかった。男娼であることがばれていたのもそうだが、使い古された手を使っていると笑われているようで恥ずかしかった。だが、致命傷じゃない。俺は戦略を変えた。
「恥ずかしい…俺の事を知っていたんですね…」
「この服は彼に? 彼はマイフェアレディが好きだから、さぞかし楽しかっただろうな」
「ええ、あの方は慈悲深い方で、俺に身寄りがいなくて、自分の身ひとつしかないからこの仕事をしていると言ったら、食事や服を……」
哀れな子供を演出したが、彼は笑いを堪えて肩をふるわせた。
「それで彼はだませても、僕は無理だよ」
「う……嘘なんてついてません」
「君は選んでこの仕事をやっている。そうだろ? 君はもっと強かだ」
真正面からきっぱりと言われて言葉につまった。カードが強いということは、人の心理を読むのが強いということだ。俺は演技をあきらめた。
「……ここは社会的にステイタスのある人間が多くて、金払いもいいし、病気のリスクも少ないから。はじめるのに元手もかからないし」
「悪くない選択ではあるけれど、もったいない。君は体よりも頭を使う仕事の方が向いていると思うけどね。あの男の要求をのらりくらりとかわして、自分のいい値で自分を買わせた手管には感服したよ」
「あなたは俺があまり好みじゃない?」
「いや、魅力的な子だと思うよ」
「なんでも言う事を聞くよ。今夜、俺を買ってくれない? 金がないんだ。これは嘘じゃないよ」
それは本当だった。この間の客から貰った金はすべて使ってしまっていた。
「なんでも?」
「ええ、なんでも」
「だったら賭けをしないか?」
「賭け?」
「一夜で終わるような関係じゃつまらないじゃないか。そうだな。マイフェアレディを僕もやってみたい。僕は仕事が忙しい。自分と同じ能力をもった片腕が欲しいんだ。探しているんだが、なかなか人材がいなくてね。君は僕と同じで場を読むのがうまい。君に教育をほどこしたらビジネスでも物になるかもしれない。僕に君を教育させてほしい」
「――物好きだね。俺が物にならなかったら、どうすればいい? 俺にかけた金がいくらになるのかは知らないけど、その時の俺に返せるかどうかわからないよ」
「君が物にならなかったら、君自身を僕にくれればいいよ」
「俺?」
そんな回りくどいことをしなくても、今夜誘っているのは俺の方なのに。訝しがっている俺に彼は笑って言った。
「君は自分の価値がわかっていないなあ。君を欲しいと思っている人間はこの世にはたくさんいるんだよ」
彼は俺の頬に手をやる。
「この肌。この瞳――――」
その手が下に下がる。
「この心臓……とかね」
「え?」
「僕がギャンブルで勝った金を、困っている人の為に使っているのは知っているだろう? おかげで僕の元には、失明した人や火傷をした人、心臓に生まれつき穴が空いている人とか、様々な臓器の移植を待っている人から助けて欲しいというメッセージがたくさんくるんだ。僕はお金を出せるけど、臓器までは用意できなくて」
彼の手が俺の体をなでた。
「君が勝ったら、君に投資した金は返さなくていい。君に会社のひとつも譲ってもいいよ。でも、もし君が負けたら、その体を僕にくれないか。それがこの賭けの条件だ」
まったく表情が読めなかった。
俺はこいつを見くびっていたのかもしれない。
「どうする?」
こいつはギャンブラーだ。とてつもなく強く恐ろしい魔物だ。

83518-639 顔が唯一のとりえだろ? 1/2:2010/04/16(金) 05:10:09
「貴様いい加減うっとうしいぞ」
今日も今日とて姿身の前に立ち、己の美しさを存分に堪能していたところ、
同僚であるむさ苦しい男が声をかけてきた。
彼は気品のカケラもない所作でソファに腰を下ろすと
眉間にしわを寄せてじろりとこの僕を睨み上げる。
ああなんと野蛮、なんと美しくないしぐさだろう。
彼をこのような人間に生まれつかせた神の采配が呪わしい。

「休憩室にでかい鏡なんぞ持ちこみやがって……」
苦々しげに、まるで独り言のような呟きを漏らす。
まったく、この僕と会話をしたいのならばもっと素直な言葉で話しかければいいものを。
とは言え僕はこの美しい外見にみあった広い心の持ち主なので
彼の心情を汲んで言葉を返してやることにしよう。
僕は、彼が美しくないからといって邪険に扱うような狭量な輩ではないのだ。
「休憩室とはくつろぐためのスペースだろう?
君の顔なんか見てても全く心安らがないからねえ。
加えて調度品もあまりに貧相で、心まで貧しくなってしまいそうだよ。
この部屋の中で美しい存在はたった1つ、この僕だけだというのに、自分で自分の顔は見られない。
君の目に美しさを提供してあげているこの僕が、美しくないものばかりを見て
休憩時間を無為に過ごすなんて、許されることではないと思わないかい?
鏡は必需品として認めるべきだよ」

「……もういい。貴様の話を聞いていると頭が痛い」
彼は額を抑えると、あろうことかこの僕の顔から床へと視線を落とし
僕の声を振り払うように頭を振る。
この僕が鏡を見るのをやめて、わざわざ彼の方を
振り返って会話してやっているというのに、だ。
「何という言いぐさだい?
この僕が、君の無粋な脳みそでも理解できるように
分かりやすく噛み砕いて説明してやったというのに……
というか僕の玉声を聞いて頭が痛いとは何事だ!」

83618-639 顔が唯一のとりえだろ? 2/2:2010/04/16(金) 05:10:47
俺は後悔していた。
こんな変人にわざわざ文句なんかつけるんじゃなかった。
まともに話を聞けば聞くほど頭痛がひどくなる心地がする。
「分かった……俺が悪かった。鏡のことはもう何も言わん」
だから大人しく鏡と見つめあっていてくれ、と胸のうちでつぶやいた。
しかし奴はなぜか鏡から離れ、俺の向かいに腰掛ける。
それから、珍しく殊勝な表情を作って口を開いた。
「分かっているよ、僕にもっと働いてほしいと思ってるんだろう?」
出鼻をくじかれ、口に出すことさえ諦めた俺の本心をずばりと言い当てる。
分かっているなら働け。
「けれど高貴な生まれであるこの僕は、君のような
下賤の者と肩を並べて働くのには向いていない」
「……」
「君が幼いころから長い時間をかけて身につけてきた能力にしたって、
僕は習得する機会も必要もなかったからね。
そういった素養のない僕が今さらながらに努力しても、能力の向上など微々たるものだ」
膝の上で手を組んて、悪びれた風もなく言い放つ。
「だから、この僕の唯一にして何物にも代えがたい長所である美しさに磨きをかけることで
君に至上の眼福を味わわせてあげようと思い、鏡の前で身だしなみの確認にいそしんでいるわけだ。
毎日僕の分までノルマをこなしてくれている君への感謝の証と受け取ってくれたまえ」
唯一の長所って自分で言いやがったこいつ、などと思いながら、
俺は長々と喋りつづける目の前の相手を何となく眺める。
休みなく言葉を紡ぎながら、落ちつかなげに指を組み換えるしぐさが妙に目についた。
そう言えば、以前はすべらかで傷一つなかったはずの奴の指先は
いつの間にかずいぶんと荒れていて、血のにじんだ切り傷が目立つ。

俺は奴の顔を見る。
その表情は、いつもの通り自分に酔いしれているようにしか見えなかった。
だから俺も、いつもの通り顔をしかめて無愛想に言葉を返すことを選んだ。
「……確認というか、心底自分に見とれているように見えたんだが」
「確認の過程でそういった事態が発生するのは仕方のないことだ。
何しろこの僕の美しさは――」
「それは分かったからいちいち説明するな」
「……分かった、とは?」
言葉を遮られていささか不満そうにこちらを睨んでくるが、
今日はすでに何度も長台詞を聞かされていい加減にうんざりしている。
だから俺は大した考えもなく軽口を返した。

「貴様のとりえは顔だけだということだろう」
そう言った途端、奴の顔色が変わった。しまった、と俺は思う。
本人が自分で口にしたこととは言え、他人が踏み込んではいけない領分というものがある。
俺はそれを侵した。
軽率だった。一度口にしてしまった言葉を取り消すことなど、誰にもできはしないのに。
奴は怒りに唇を震わせ、言葉をほとばしらせた。

「顔だけとは何だい!? この僕の体は爪の先、髪の一筋に至るまで全てが美の極み!
全身のバランスだって申し分ない! 神が生み出した奇跡とも言うべき存在だよ!?
断じて顔だけなどでは――!」
ああ、こいつの話を聞いていると本当に頭が痛い。

83718-649 チンコ見られた!:2010/04/16(金) 20:45:26
800 名前:801名無しさん[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 04:07:51
   |
   |A`) ダレモイナイ・・ロシュツスルナラ イマノウチ
   |⊂
   |

         (  ) ジブンヲ
         (  )
         | |        +。
           * ヽ('A`)ノ *゚
          +゚   (  )   トキハナツ!!!
              ノω|

801 名前:801名無しさん[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 04:08:01

<●><●>

802 名前:801名無しさん[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 04:18:40
 ('A`) ミナイデェェェェ
 (ヽノ)
  ><



ごくごく普通のスレで、深夜にたまたまこういう流れに
なったのに遭遇して笑い萌えたことがあるw
たぶん最初に露出AA貼った人は

  _[警]
   (  ) ('A`)
   (  )Vノ )  ショデハナシヲキコウカ・・・
    | |  | |

こういうレスがつくのを期待してたんだろうに、
まさかガン見されるとはw

83817-499 指舐め:2010/04/22(木) 18:30:26
古いお題ですが、書いたはいいが規制にあって&未だ規制されてるのでここに昇華させてください。


僕が子供の頃、近所にケーキショップがあって、いい匂いをいつも漂わせていた。
甘いもの好きの僕は、毎日のようにショーウィンドウから店内を眺めていたものだ。
奥でケーキの飾り付けをしているのを見て、僕も将来あんな仕事につきたいと思ったのもこの頃。
飾り付けをしている人の指示で厨房をせわしなく動いている人がいる。
ああいうのはやだな、と子供心に思ったっけ。今だから分かるけれど、彼は見習いの若いパティシエだった。
ある日、いつものように店の前に行くと、その日は見習いの彼一人だった。準備中らしく、客もいない。
僕を見かけると、彼は微笑んで、おいでと言うように手招きした。
言われるままに店の中に入ったのはいいが、母親がいる時と違って一人なので少し心細くなる。
「君いつも見てるよね。ケーキ好きなんだ」
僕は答えに困った。もちろん好きだけど、食べるのが好きみたいに思われてる気がした。
そうじゃなくて、作ることに興味があるのに。子供だから上手く言えない。
「今誰もいないから、ちょっと待ってて」
そう言うと彼は、奥から大きめの瓶を持ってきた。琥珀色の何かが入っている。
ふたを開けて、指でひとすくいそれをとると、僕の口元に寄せた。
「ハチミツ?」
「メープルシロップ。それも極上の奴。昨日仕入れられたんだ。舐めてごらん」
少し行儀悪いな、と思いつつも鼻をくすぐる甘い香りに耐え切れず、彼の指を口に含んだ。
濃厚な甘みが口いっぱいに広がる。虫歯が痛んだけど、それも気にならないほど素晴らしい。
僕は味がしなくなるまでずっと彼の指を舐めていた。
「甘くて美味しいね。でも高いんだろーな」
「そりゃあね。でもいつも見にきてくれるから、特別に君だけ」
そして彼はかがんで僕の口に人差し指をあてた。
「誰にも言っちゃダメだよ。僕らだけのヒミツだ」
ヒミツという言葉が何となく大人っぽくて、嬉しくて頷いた。

今、僕はパティシエ見習いとしてその店で働いてる。
極上のメープルシロップの味を教えてくれた彼の元で、いろんな甘いものに囲まれて。

83918ー689 長年の同居人が人外だと今知った1/2:2010/04/23(金) 20:31:16

パキッ

猫缶を空ける音で、俺は目を覚ました。
窓を見る。きらきらと浮き上がる埃の向こうにやや傾いた日が見えた。
俺はひとつ欠伸をするとベッドを降り、よたよたとリビングに向かった。

「おー、起きてきた。食事の気配にだけは敏感なんだね」
「うるせぇ」
「今日はちょっと高いやつだよ、ほら」
「ほらじゃねぇよ。横着してないで皿に出せ」
「えー」
「缶のまま食うなんて畜生のやることだろうが。一緒にすんな」
「……それは俺に対する挑戦?」

そう言う奴の背後には、空になった焼き鳥缶とフォークが転がっていた。
俺はため息をつきつつ、奴の使ったフォークを再利用した。



「なぁ」
「ん」
「原稿どんくらい?」
「あとちょっと」
「人間って大変だよな。かまえよ」

机に向かう奴の背に、べたりと寄りかかった。
奴は器用に、後ろ手で俺の頭を撫でる。違う、そういうのじゃない。
俺は這うようにして、あぐらをかいた脚の間に上半身を割り込ませた。

「もうちょっと」
「お前のちょっとは長い」
「何百年も生きてたら大概のことは『ちょっと』にならない?」
「ならない」

奴はふっと苦笑して、俺の体を引っ張り上げた。ぎゅう、と抱きしめられ溶けそうな気持ちになる。

84018ー689 長年の同居人が人外だと今知った2/2:2010/04/23(金) 20:32:43

「よしよし」
「ガキ扱いすんな。お前の何倍生きてると思ってんだ」

こう言うと決まって、奴が困ったような顔で口をつぐむことを俺は知っている。
年功序列はこの国の守るべき伝統だ。人間の若造風情が少しでも調子に乗りそうな時は、こうしてぴしゃりと押さえつけることにしている。
が、今日は少し勝手が違っていた。

「じゅうぶんのいち、ぐらいかなぁ?」

奴が珍しくとんちんかんな答えを寄越してきたのだった。
冗談にしても悪趣味だ、何千年も生きるような人間があるか。

「は?何をふざけ」

ているのだ、とは続かなかった。
奴の目がやや獰悪な光を帯びながらにぃっと笑う様子に、感じたことのない躊躇をおぼえたからだった。

「今日でちょうど15年だし、そろそろネタバラシといきますか」

奴はそう言うと、すうっと息を吸い込んだ。
みるみるうちに奴の頭が狐の顔にすげ変わる。

元のままの声で「こん♪」とおどけてみせる奴に、俺はすっかり言葉を失ってしまった。

「おかしいと思わなかったの?人間ってもっと年取るの早いんだよ」

嘘だろ。

嘘だろ……

「ごめんね、年下をからかうの大好きなんだ」

ショックに垂れて震える耳を、奴の肉球がやさしく撫でた。

841萌える腐女子さん:2010/05/09(日) 20:51:29
新まとめスレへ移行します
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/13789/
新しい投下はこちらへ


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板