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試験投下スレッド

1管理人◆5RFwbiklU2 :2005/04/03(日) 23:25:38 ID:bza8xzM6
書いてみて、「議論の余地があるかな」や「これはどうかなー」と思う話を、
投下して、住人の是非をうかがうスレッドです。

329テスタメント  ◇MXjjRBLcoQ:2005/05/27(金) 17:50:57 ID:pBSSTsig
 10時30分
 道に迷う、合わせ鏡の殺人鬼は、風に舞う一枚のメモを拾った。
 ただ短い一文が書かれたそれは……

「私が播いたのは『合わせ鏡の物語』4時44分、死んだ人の顔が鏡に写る、四次元の世界に引き込
 まれる。零時、今日と明日の入れ替わる時間、鏡は違う世界につながってる。二時、丑三つ刻、全
 ての境界があいまいになる時間、鏡に未来の自分の姿が見える、鏡と現実が入れ替わる。いろいろ
 なカタチがあるけれど。みんなが『違う世界』を望んでる。だから私は種を播いたの。鏡の向こう、
 違う世界にいけるように」
 詠子の言葉が、徐々に佐山を浸していく。
「私はみんなの‘望み’を叶えたあげたいだけ。そのために物語を広げるの」
 詠子は、もう一度佐山に尋ねる。
「だとしたら本物の悪役君はどうするのかな」
 見詰め合う二人。
 口元を引き結ぶ少年と、蕩けるような笑みを浮かべる少女。
 佐山はその端を歪めて、笑う。
 体をわずかに前倒しに。それは前髪がかすかに触れる距離。
「戯言だね」

 同時刻
 四人の少女は一路を北に。そして‘意識の底に触れる’少女はまた転ぶ。
 地面を這うその視線の先に、一枚のメモを見つけた。
 それは……

「詠子君、自分の行動に人を理由にしないことをお勧めする。それは腹の底を隠しています、と宣言
 しているようなものだよ。敢えてもう一度言おう、戯言だね」
 いいフレーズだ。自身の冴えに、佐山は確固たる自己を確認する。
「ああ、気にすることはないよ、詠子君。悪役に本音を隠して相対するのは魔女の宿命だが、それを
 見抜かれるのもまた宿命だ。何、私は役割を弁えているのでね。安心して嘘を吐くがいい、ことご
 とく見破って差し上げよう」
 詠子は、ほぅ、と溜息を吐く。二人の前髪がかすかに揺れた。
「本当に君はすごいね。魔女の言葉に耳を傾けて、それでもなお自分を保てるなんて」
「なに、相手の欲するところを悟るのも交渉のうちと言うことだよ」
 触れ合う前髪の心地よさに目を細め、佐山は魔女と『交渉』する。
「契約書だ、これでいかがかね」
『魔女が悪役にその瞳を差し出し、世界の脱出に協力するなら……』
 佐山は一息に書き連ねた。
『悪役は魔女に、この世界の物語をお見せしよう』

330テスタメント  ◇MXjjRBLcoQ:2005/05/27(金) 17:52:04 ID:pBSSTsig
 そして13時
 罠を拵える番犬は、木に刻まれた一文を認めた。
 それは……

 互いの額が触れ合う、唇が触れ合いそうなその距離で、詠子はくすくす、その喉をならす。
「魔女は悪役にすっかり誑かされちゃったからね」
 その目を瞑って、おかしそうに笑う。
「契約だよ、君は私にこの世界の物語を見せる。その代わり……」
 鉛筆を握る佐山の手、そこに自分の手を重ねた。
「私は君に猫の瞳と魂を預ける」
 唇の距離がゼロになる。
 佐山は口内に侵入してくる舌に自分のそれを絡ませた。
 唾液に混じるかすかな血の味。詠子の吐息とともに、飲み込んだ。

 7時50分
 世界の一部である少女はその超聴覚に唄をとらえる。
 それは魔女の夜会の招待状。

【C-6/小市街/1日目・12:15】

『Missing Chronicle』
【佐山御言】
[状態]:精神的打撃(親族の話に加え、新庄の話で狭心症が起こる可能性あり)
    異障親和性覚醒、詠子に感染
[装備]:Eマグ、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)、地下水脈の地図
[思考]:1.風見、出雲と合流。2.詠子の能力を最大限に利用。3.地下が気になる。
【十叶詠子】
[状態]:健康
[装備]:魔女の短剣、『物語』を記した幾枚かの紙片
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)
[思考]:1.佐山に異界を見せる(佐山がどう覚醒するかは不明)
    2.物語を記した紙を随所に配置し、世界をさかしまの異界に。

331オルタナティブ・レッド(異なる赤):2005/05/27(金) 23:02:09 ID:mhhsWZag
フリウ・ハリスコーは歩く。
すでにその細い足の先は棒になり。
すでにその小さな手の先は枝になっている。
何も動く気がせず。
何も動かせる気もしない。
それでも足は止まらない。止められない。止まってくれない。
フリウ・ハリスコーは歩き続ける。
その目は乾き睡眠を要求し。
その耳は赤く静寂を渇望する。
何も見る気はせず。
何も聞ける気もしない。
ただ歩き、ふらつき、蠢き、息を切らす。
手足は森の木で擦りむき。
腕はちりちりと痛み。
脇腹はきりきりと傷み。
頭はずきずきと悼む。
「はっは……は…っは」
息が荒くなってきた。苦しい。
休めるところ──そもそもこの狂った所にそんな場所があるのかはともかく──を探そうとする。
目の前には巨大な──建物があった。
地図を見る。
ここは、よく分からないがB-3かC-4の建物だろうと検討をつけた。
そんなに歩けた自分に驚いた。中に入って休憩しようと思う。
はっとし、瞼を閉じかけている自分に気がついた。
「……まだ、駄目。もうちょっと……目立たないところに」
入り口らしきところから入り込む。

332オルタナティブ・レッド(異なる赤):2005/05/27(金) 23:03:24 ID:mhhsWZag
「誰も、いない……よね」
緊張からか、息が大きい。必死で息を止めようとする。
気のせいか息をするたびに苦しくなっていく。
床に倒れこもうとすると、赤くて長い髪を見つけた。
「っ……!」
一本。
その赤い髪は否応無くミズー・ビアンカを連想させた。
あの人──正確に言うとあの人の死体──は。
あの女性──正確に言うとあの女性の死体──は。
ここに在るの…?
にじみ出る涙をこらえて立ち上がった。
その乾いた目はどうにか赤い髪の毛を確認した。
その赤い耳も辛うじて奥から聞こえる話し声を捕らえた。
その枝のように細い腕は少女を立ち上がらせた。
その棒になった足もなぜか勢いよく走り出した。

奥のドア。
運良く隙間が少し空いてたことに感謝しながら覗き込もうとする。
「は…っは…ぜっ…」
息が大きい。黙れ。お願いだから。
隙間を覗き込んで──中を見る。
がたんっ!
「っきゃ……!」
「おいおいどこの素人鼠さんかと思ったら……可愛らしい女の子じゃねぇか」
ドアを──体重を掛けていたドアを──引っ張られ、転倒した。
見上げるとそこには背の高い。片手に子犬を抱いた。
赤いスーツに赤い──とても紅い髪をした女性が立っていた。

333オルタナティブ・レッド(異なる赤):2005/05/27(金) 23:04:28 ID:mhhsWZag
「そうだねアイザック!」
若い男女がこちらに言ってくる。それをもはや聞ける状態じゃなかった。
息が。息が。息が。
苦しい。苦しい。苦しい。
それでも声をひねり出した。
「ミズーじゃ…無かった……」
再び涙がこぼれ。目の前はぐしゃぐしゃになり。
再び足は崩れ。頭の中はぐしゃぐしゃになり。
そして気を失った。


「お、おい! 少女! どうした!? いきなり倒れるな! リアクションに困るぞっ。
 <世界の中心で愛を叫ぶ、ただしボーイズラブ>みたいなっ!」
「ちょっと潤さん! その娘、すごい息が荒いですよ!」
「見てアイザック!腕も火傷してるよ!」
「大変だグリーン!」
「…デシ!」
「うるせぇてめぇら!」
とりあえず少女を仰向けにして容態を見てみる。
息が速く浅い。これが一番やばそうだ。
これは、過呼吸…ぽい。
「ビニール袋はないか?」
過呼吸は酸素の吸いすぎで、急な運動をしたりすると起こる。
簡単な症状だが放っておくと以外に危険だ。
ビニール袋に吹き込んだ二酸化炭素の多い空気を吸ってると治る。

334オルタナティブ・レッド(異なる赤):2005/05/27(金) 23:05:51 ID:mhhsWZag
「無いです!」
それを聞いて、にやりと──邪悪な笑みを浮かべた。
「な〜るほどぉ。それじゃ、しょうがないな。うん。
 ここは『やむおえなく』この人類最強のおねぇさんが介抱してやろう」
がっしと少女の肩を掴み息しやすそうな位置に固定。
「…潤さん?」
「「グリーン?」」
「それでは」
にやりと笑みを深めて──さらに深めて。
「いただきます」
ちゅう。
哀川潤は、人類最強は。いたいけな、気を失った少女に、大義名分の下、ちゅうをした。
ふぅぅぅっと息を吹き込む。二酸化炭素の多い空気を。
吹き込む。吸い込む。さらに吹き込む。繰り返す。
しばらく。あるいはほんの数秒後。
ぱちくり。
フリウは、目を覚ました。完全に。謎の感覚と共に。
目の前には──本当に目の前には真っ赤な髪をした、ミズーじゃない女性。
口には違和感。むしろ異物感。
「〜〜〜〜!!」
だっと突き飛ばして──いや自分が下がったが──距離を置いた。
「はっ…へっ? は、ええ!?」
「いいなーそういう初々しい反応。思わずお姉さん萌えちゃったよ」

335オルタナティブ・レッド(異なる赤):2005/05/27(金) 23:06:39 ID:mhhsWZag
「元気になったね!」
「グリーンのキスで目を覚ます、かぐや姫だね!」
「いやそれは白雪姫じゃあ…」
どくどくした鼓動を押さえ、状況が掴めずにいるフリウ。
そのフリウに近づいていき、手を差し伸べた。いつもと同じ皮肉な顔で。だが少なくともフリウには優しく見えた。
「悪い悪い。いやしょうがなかったんだって。
 疲れてるし、怪我もしてるだろ? お前ぼろぼろだぞ。大丈夫だから休めっていうか休ませるぞ」
その言葉と、初めて出会った優しい人と、紅い髪が重なり。
もう一度フリウは泣き出したのであった。

【C-4/ビル一階事務室/13:00】

『人類最強で天使な世にも幸せバカップル国記』
【フリウ・ハリスコー】
[状態]: 精神的ダメージ。右腕に火傷。肋骨骨折。
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)。眼帯なし
[道具]: 支給品一式
[思考]: 元の世界に戻り、ミズーのことを彼女の仲間に伝える。 この人たちはいったい? 休憩。
[備考]:第一回の放送と茉理達の放送を一切聞いていません。
 第二回の放送を冒頭しか聞いていません。
 ベリアルが死亡したと思っています。ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。

336オルタナティブ・レッド(異なる赤):2005/05/27(金) 23:07:21 ID:mhhsWZag
【哀川潤(084)】
[状態]:怪我が治癒。創傷を塞いだ。太腿と右肩が治ってない。
[装備]:錠開け専用鉄具(アンチロックドブレード)
[道具]:生物兵器(衣服などを分解)
[思考]:祐巳を助ける 邪魔する奴(子荻)は殺す こいつらは死んでも守る  この娘を休ませる&怪我の治療をする。 事情を聞く。
[備考]:右肩が損傷してますからあまり殴れません。太腿の傷で超長距離移動は無理です。(右肩は自然治癒不可、太腿は若干治癒)
    体力のほぼ完全回復には残り10時間ほどの休憩と食料が必要です。 若干体力回復しました。

【トレイトン・サブラァニア・ファンデュ(シロちゃん)(052)】
[状態]:前足に深い傷(処置済み)貧血 子犬形態
[装備]:黄色い帽子
[道具]:無し(デイパックは破棄)
[思考]:お腹空いたデシ  誰デシ?
[備考]:回復までは多くの水と食料と半日程度の休憩が必要です。

【アイザック(043)】
[状態]:超健康
[装備]:すごいぞ、超絶勇者剣!(火乃香のカタナ)
[道具]:デイパック(支給品一式・お茶菓子)
[思考]:すごいぞグリーン!休ませよう!

337オルタナティブ・レッド(異なる赤):2005/05/27(金) 23:08:10 ID:mhhsWZag
【ミリア(044)】
[状態]:超健康
[装備]:なんかかっこいいね、この拳銃 (森の人・すでに一発使用)
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:そうだねアイザック!!

【高里要(097)】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:デイパック(支給品一式・野菜)
[思考]:この女の子をどうしよう
[備考]:上半身肌着です

※昼ごはんに野菜とパンを食べました。残った野菜は要が持ってます。

338戦神戦捷(精神損傷) 1/5 ◆GQyAJurGEw:2005/05/29(日) 12:53:55 ID:ETuBmvOM
 食事も終わり休もうとしたとき、ギギナは轟音を聞き取った――――



「……降ろして」
 長門の言葉を無視して、出夢は南下する。
「せっかちだな。おにーさんのところに着くまでの辛抱だ」
 出夢は苦笑しながら人を一人抱えたままとは思えないスピードで走り続ける。
「おにーさんの所に着いたら、次は坂井を探さなきゃな。
 そういえばあの時に聞こえた奇声、なんだったんだ……?
 まぁ、考えても仕方がな…………ん?」
 人の気配に気付き、出夢は立ち止まる。
「……ちっ、敵か」
 ぼやきながら左を向く。視線の先には男がいた。男との距離はおおよそ20mだろう。
 銀髪で、顔に刺青。身長は190以上はある。漆黒の剣を携えて……嗤っていた。
 男は嗤いながら問う。
「貴様らは、楽しませてくれるか?」
 出夢は不快そうな顔をしながら男を睨む。
 そしてしばらくしてから長門に囁いた。
「……長門、コイツはヤバイ。お前がいても邪魔なだけだから、先におにーさんの所に行ってろ」
 頷いたのを確認し、出夢は長門を地面に降ろす。
 そしてすぐさま、長門はもと来た道を走っていった。
「っておい! そっちじゃない!」
 出夢が長門を捕まえようとした時、男が再び声を掛けた。
「敵前逃亡するとはな。……貴様は強き者か?」
 出夢は面倒事を黙然にして嘆息する。
(やるべき事があるんだが、仕方がねえな……)

339戦神戦捷(精神損傷) 2/5 ◆GQyAJurGEw:2005/05/29(日) 12:54:51 ID:ETuBmvOM
 戦闘は避けられないと判断して、男に向き直る。
 そして哄笑しながら、男に名乗った。
「ぎゃはははは! やってみれば分かるんじゃねえか?
 僕は《人喰い》。殺し屋の匂宮出夢だ。
 あんたは?」
 男はこちらへと歩みながら同じく名乗る。
「私の名は、ギギナ・ジャーディ・ドルク・メレイオス・アシュレイ・ブフ」
「なげぇよ」
 吐き捨てるように言った出夢はギギナへと疾走。
 ギギナは一旦歩みを止め、
「ふん、剣と月の祝福を」
 そして出夢と同じく疾走。
 二人の距離が一気に縮み、ギギナが先攻。
 ぎりぎりのところで出夢は斬撃を避け、ギギナの左側へと素早く回り込む。
「おらよっ!」
 出夢の鋭い蹴りがギギナの左脇腹を直撃。
「ぎゃははははは! 降参するのなら見逃してやっても……っっ!?」
 ギギナは痛みに口元を歪めるだけだった。
 逆に、こちらの左脇腹に抉られるような激痛。たまらず後退するが、片膝を地面についてしまう。
 脇腹を押さえながらギギナを睨む。
 全力で繰り出したあの蹴りを喰らえば、ただでは済まない。だがギギナには口元を歪める程度だった。
 それどころかこちらに蹴りを。しかも、自身よりも強力な。
 足先が掠っただけで、この威力だ。もし咄嗟に後ろに跳ばず、まともに喰らっていたら絶命していただろう。
 一般人並の防御力しか持たない出夢にとって、ギギナの人外の破壊力は喰らえば確実に一撃死。
「ぐ……てめえどういう体してんだ……」

340戦神戦捷(精神損傷) 3/5 ◆GQyAJurGEw:2005/05/29(日) 12:55:53 ID:ETuBmvOM
 見上げると、ギギナは出夢を見下しながら、怒っているような顔をしている。
「……貴様は、この程度か? つまらぬな」
「…………」
 怒りから、嘲笑に変わる。
「ハハハッ! 所詮、この程度ということか!
 降参するのなら逃がしてやっても良いが? ハハハ」
 不機嫌な顔をしながら出夢は立ち上がった。
 ギギナを睨みながら出夢はギギナと距離を取るため後退する。
(こいつを生かしておくと、おにーさん達が危険か……。それに、ムカツクしな)
「……ぎゃははは! 僕の本気を見せてやるよ!」
 体勢を立て直して、ギギナへと再び疾走。
 両腕を大きく仰け反りながら走り、出夢はギギナに近づいた。
 ギギナが剣を横に薙ぐが、超反応で出夢はギギナの頭上に飛翔して避ける。
「上がガラ空きだぜえぇっ!!」
 そして振りかぶった。


《一喰い》


 ヒュンと空を斬る音が聞こえた。
 出夢は地面に着地し、ギギナを向いた。
 危機一髪で横に転がり《一喰い》を避けたギギナは冷や汗をかきながら嗤っていた。
「僕はやることがあるんだが、これで終わりにしてくれないか?」
「却下する」

341戦神戦捷(精神損傷) 4/5 ◆GQyAJurGEw:2005/05/29(日) 12:56:39 ID:ETuBmvOM
 即答したギギナは剣を構え直す。
 そして一気に間合いを詰めて振るう。
(さっきより動きが速い! こいつ、本当に人間か?
 もしかしたら、人類最強と同じくらいかもな……)
 清水の舞台での『最強』との戦闘を思い出し、出夢は戦慄する。
 すぐさま後ろへ跳躍して回避したが、ギギナの素早い追撃が迫る。
 背後に大樹があったため、出夢は横に転がりかわした。そして出夢を斬るはずだった斬撃は、大樹を軽々と薙いだ。
「マジかよっ!」
 そのままギギナは大樹に近寄り、
「うるぁっっ!」

 掴んで投げた。

「……は?」
 眼前で起こったありえない出来事に出夢は素っ頓狂な声をあげる。
 体勢を直す前には、いくつも枝分かれした大樹が高速で迫っていた。
 出夢は避けきれないと判断し、顔を手で守り、身を縮めた。
 幹に当たらなくて良かった。そんな事を思いながら茂る葉と枝に巻き込まれる。
「ぐ……」
 派手な音をたてながら、かなりの距離を進んでから大樹は止まった。
 全身に傷を負いながら、なんとか葉と枝の中から抜け出そうとする。
 抜け出した先では既にギギナが剣を構えて振りかぶろうとしていた。
「っ!」
 出夢は半ば予想していたので、すぐさま横に転がる。剣は肩を浅く斬る程度だった。
「うぐ……」

342戦神戦捷(精神損傷) 5/5 ◆GQyAJurGEw:2005/05/29(日) 13:03:42 ID:ETuBmvOM
 だったのだが、何故か力が入らない。さらに視界が霞んできた。
(なん……だ……? あの大樹のせい……か? 頭を庇っていたし、葉がクッションになっていたから、致命傷じゃあないはず……)
 薄れる意識の中で、ギギナの声が聞こえてきた。
「む……、あるのは素早さと破壊力だけか。先程の着ぐるみの男ほどではなかったな。
 だが、あの攻撃は素晴らしかったぞ。貴様が『当たり』を引いていたなら、あるいは互角だったかもしれんな」
(クソ……)
「さらばだ、女よ」
 ギギナは踵を返し、東へ去っていった。
 出夢はその場で気絶した。

【E-4/森/1日目・08:00】

【匂宮出夢】
[状態]:肩に浅い切傷。全身に掠り傷。気絶
[装備]:シームレスパイアスはドクロちゃんへ。
[道具]:デイバック一式
[思考]:生き残る。あんまり殺したくは無い。長門を連れ戻す。

【長門有希】
[状態]:疲労が限界
[装備]:ライター
[道具]:デイバック一式
[思考]:一旦休む。現状の把握/情報収集/古泉と接触して情報交換/ハルヒ・キョン・みくるを殺した者への復讐?

【ギギナ】
[状態]:疲労。まだ完全にダメージが回復していない。
[装備]:魂砕き
[道具]:デイバッグ一式
[思考]:休んで強者探索。

※ギギナはこの後に『勘違いと剣舞』に続いています

343 ◆GQyAJurGEw:2005/05/29(日) 22:18:16 ID:MqxFG5Y.
>>338-342
問題点多数のため破棄します。

344Daytime Rendez-vous ◆Wy5jmZAtv6:2005/05/30(月) 23:09:23 ID:woCeKPjo
「へぇ、やるじゃない」
パイフウは一帯に仕掛けられたトラップの数々を見て、感心の言葉を漏らす。
単純なスピアトラップだが、巧妙かつ全てが理に叶った配置になっている。
「なるほどね、北上する相手をここで迎撃ってこと?」
地図を見ながら頷くパイフウ、ずきりと左肩が痛む…まだまだ本調子とは行かない。
「なら乗っかるとしようかしら」
そう言ってパイフウは相変わらずの感情を感じさせない声と表情で配置につくのだった。

「……」
アーヴィング=ナイトウォーカー、略してアーヴィは足の傷を無言でさする。
まったくいつまでたってもミラが見つからないのはどうしてなんだろう?僕の何がいけないのだろう?
うーん、こうなったらミラ以外の誰かをみんな撃っちゃうしかないのかな?そしたら最後に残った1人が多分ミラだろう。
うん、それがいいそれにきめた。
えらく危険な独り言をぶつぶつ呟きながらアーヴィもまた島の中心部へと向かっていく、その先に何人かの集団が目に入った。

そしてそれより数十分前、
「曇ってきたわよ…これなら大丈夫なんじゃないの?」
マンションの一室から空を見上げて千絵をせかす聖。
「だから昼間は様子見だって」
「でも、ぐずぐずしてたから祥子ちゃん死んじゃったじゃないの、勿体ない」
限りなく食欲と性欲の入り混じった、そんな感じの言葉を吐く聖、それをなんともいえない奇妙な表情で眺める千絵。
「それに…千絵ちゃんの友達も死んじゃったんでしょう」
「うん…」
聖の声に言葉少なく頷く千絵…物部景の死は確かに残念だった…。
だがその残念さが何によっての残念なのか、彼女にももはや分からなくなっていた。
(私は彼に欲望以外の何かを求めていたような…もう思い出せないけど)
「ねぇ、行こうよお?」
甘えるように千絵にすがり付く聖、その上目遣いの瞳が思わず同性でもため息を付きたくなるほどの
美しさと愛らしさを醸し出している。
それに押されてかどうかは知らないが、千絵は千絵で考えをめぐらせる。

実を言うと疼くような渇きをまた覚えつつある、このまま吸わなければいざという時正常な判断が出来なくなる可能性もある。
しかもたっぷりと補給した自分はともかく、聖はシズの血をあまり飲んでいない…。
だとするといつまたあの高架下のように暴走するかもしれない、今ですら欲望過多の彼女だ、そうなるともう抑えきれない。
互いの血を啜りあうことも手の一つだがこれは渇きを満たせても、今度は体力が落ちてしまう。
やはり2人では何かと効率が悪い、なら偵察がてら狩りに出るのもいいだろう。

345Daytime Rendez-vous ◆Wy5jmZAtv6:2005/05/30(月) 23:10:41 ID:woCeKPjo
「わかったわ、例のものは出来てるわね?」
聖は千絵が先程の仕掛けをしている間に作っておいた物を取り出す。
それは明け方に被って逃げたカーテンを利用して作った砂漠の民が身につけるような巨大なマントだ。
急ぎの仕事ゆえにあちこちいびつな出来だが、当面は身体全体と口元が隠れればそれでいい。
かなり奇異な格好と思われるかもしれないが 、突っ込まれれば土地の風習とでも言えばいい。

地図を眺める千絵…東か西か…ここに踏み込まれた場合の逃走ルートとしては東だが
今回は仲間を増やすのが目的だ、なら西よりに島の中心付近がいいだろう
禁止エリアの兼ね合いで北上してくる者も多いだろうし、東と比べ西側には施設も多い。
「1時間が限度よ、それ以上は無理…もし見つからないときは私の血で我慢して」
そう聖に告げ、頷いたのを確認して、それから千絵はマントを頭から羽織るのだった。



「あうっ!」
また頭から転ぶテッサ、これで何度目だろう?
明らかに苛立った感じで手を出すシャナ、相談の結果林道を行くことにした彼女ら、
その理由はどんな道だろうがテッサが転ぶのは避けられない、なら少しでも距離が短いルートを選んだほうがマシという消極的な理由だった。

現在の隊列はダナティアとリナが前衛、そして真中にテッサ、後衛にシャナの順だ。
最初は違ったのだがあまりにもテッサの進む速度が遅いため、いつのまにかこういういびつな隊列になってしまっていた。
本来フォローしなければならないはずだったリナは、明らかに不機嫌な表情でのしのしと歩いている。
だから今現在テッサのフォロー役はなりゆきでシャナなわけだが、その彼女の苛立ちは頂点に達しつあった。

「あ…花」
この日もう何回目か分からない転倒、ぐらりと揺れる視界の中、その片隅に一輪の花を見つけるテッサ。
何故そんなことをしようとしたのか分からない…この状況の中で、ただ確かに言えることは
彼女もまた皆と同じく疲れ傷ついていたのだ、まして彼女は指揮官という立場上
こういうギリギリの状況にはあまり慣れていないし、増して周囲には頼れる部下、いやかけがえのない仲間たちは誰一人としていない。
だからなのだろうか…普段なら心にとめることすらない路傍の花に思わず手を伸ばしてしまったのは。

シャナはそんなテッサの道草に知らん顔をする。
「知らない…」
そのまま先に向かうシャナ、テッサの目に余るトロくささにいいかげん嫌気が差している。
自分だってけが人だというのに…しかしその苛立ちゆえの他愛ない意地悪が、取り返しのつかない悲劇を生むことになった。

テッサが道端の花に手を伸ばすのと、それを見つけたアーヴィが狙いをつけるのは同時、
そしてさらに花を掴もうとしたテッサの指先が何かに触れた時、ぷつんという音と同時に茂みの中の何かが
テッサのわき腹を貫き、さらに風切る高速の何か、アーヴィの放った弾丸がのけぞったテッサの背中にあたったかのように見え、
それを察知したシャナの目の前でテッサはバランスを崩し茂みの中へと転落していった。

346Daytime Rendez-vous ◆Wy5jmZAtv6:2005/05/30(月) 23:11:40 ID:woCeKPjo
くぐもった命中音に振り向くリナ、そしてあえてやや先行していたダナティアが戻ってくる。
彼女としては自分が先行し、後に続くリナに2人のフォローを任せたつもりだったが、色々な偶然、不幸が重なり
結果、わずかな時間だったが間延びしきった隊列になっていたのは前述の通りである。
ダナティアが見たのは油断なく周囲を見渡すリナと、そして顔面蒼白になってるシャナだった。
「わ…わた・・・わたしっ」
「いいから何があったか教えてくださるかしら?」
完全にテンパッてしまってるシャナを刺激させないようにやさしく問い掛けるダナティア、だがそれが裏目に出た
その視線、声…それはシャナがもっとも尊敬し、頼りにし、そして恐れている女性
坂井千草の面影を思い出させる物だった…だから、彼女は、シャナは…。
「私が見たときはもう撃たれて…血がいっぱい出て下に落ちちゃったの」
嘘をついた。

「それって…」
突っ込みを入れようとしたリナの声をさえぎる様にまた銃声だ。
舌打ちするリナだが、考えてみれば自分に彼女を責める資格はない。
「話は後よ…逃げるわよ!」
おそろしく正確な狙撃に追い立てられるように3人は前に向かって進むしかなかった。
当然その行く手には宗介らの仕掛けた数々のワナが待っている。
先を行くダナティアの足にわずかな違和感、すかさず後ろのリナが竹槍を蹴り飛ばす、
シャナの首筋を糸が掠める、すかさずしゃがんだその鼻先を同じように槍が通過する。

「さがって!まだるっこしい!!」
リナの手から衝撃波が放たれる、とそれを受けて次々とワナが発動する
「よくもまぁこんなに…ったく」
それら恐ろしく周到で、なおかつ巧妙な位置に仕掛けられていた…その陰険さに思わず内心を吐き捨てるリナ。
とにかく先を急ごう、まだ背後の敵を振り切ったわけではなさそうだ。
「テッサは…」
「それは後の話よ!まずはここを逃れることを考えなさい!」

「うまくいかないものね」
嘆息するパイフウ、彼女のプランでは罠を察知し方向転換した標的を背後から攻撃、
それで仕留めきれない場合はそのまま教会に誘導し、あの黒い騎士を引きずり出して挟撃する予定だった。
しかし予想外の方向からの攻撃、さらに彼女らがそのまま力技で罠を抜けて来たため、結果正面から鉢合わせる構図となってしまっている。

347Daytime Rendez-vous ◆Wy5jmZAtv6:2005/05/30(月) 23:13:44 ID:woCeKPjo
これでは正面から迎撃する羽目になってしまう、今の状況でそれは避けたい、また逃げる場合だが、
もし察知されれば自分が仕掛けたと思われることは明白だ、それも避けたい、ならばどうする…。
「ならこうするわ」
パイフウは軽く自分の頬を叩いて気分を変えると、あろうことか自分の腹に「気」を入れる。
「ぐっ…」
胃液が逆流する苦痛の中、あらかじめ作っておいたシナリオを頭の中で何度も反芻する。
演技と見抜かれぬためにはこうするしかない。

そして罠を抜けてきたダナティアらの目の前によろめきながら現れるパイフウ。
「て…てき…やられ…」
そのままへたり込む彼女を反射的に抱きかかえるダナティア、もちろん油断無くリナとシャナが目を光らせている。
「肩と…お腹をやられていますわね?相手は誰?」
「わかり…ません…出会い頭だった…から」
本当に苦しい息の下、ぜいぜいと答えるパイフウ…そのまま気を失ったふりをする。
瞳を閉じた中でダナティアらの声が聞こえてくる。
「リナさん、彼女の傷治せますかしら?」
「この女を信用するの?」
「それはまた別の話ですわ」

「誰かを殺しているかもしれないわよ?」
「それは貴方も同じではなくって?もしそうだとしても彼女を責めるわけにはいきませんわ」
しばしの沈黙の後、ここじゃ無理だからとにかく目的地に行きましょ、リナの声が聞こえる。
心の中で笑うパイフウ、まさか肩の傷まで治してもらえるとは…ようやく運が巡ってきたようだ。
リナの背中に揺られながら凶悪な思考を続けるパイフウ。
(傷が全快したら…全員皆殺しね、悪いけど)
「テッサのこともあきらめたわけじゃないわよね」
「無論ですわ…でも全ては体勢を整えてから」
こうして彼女らは危険極まりない虎を自らの手で招きいれてしまったのだった。

348Daytime Rendez-vous ◆Wy5jmZAtv6:2005/05/30(月) 23:18:52 ID:woCeKPjo
一方のテッサだが、
「サガラさぁん…」
泣きながら藪の中を這いずるテッサ…ヘルメットはとうに脱げてしまっている。
その上小型のピットトラップに引っかかり、足の甲と太ももを槍に刺し貫かれそこからじくじくと血が滲み出している。
しかもこの周囲の地形は藪に囲まれたすり鉢状で、一旦転落するとそれほどの広さで無いにもかかわらず発見・脱出は容易ではない。
さらに…ぽつぽつと雨が降り始める。
「死ぬんですね?私…」
観念して目を閉じるテッサ…その時だった。
「ほら!いいことあったじゃない!」
「たまたまよたまたま…」
「まさに雨に打たれてずぶ濡れのELFって感じね、拾い物よ」
その声の主はもちろん聖と千絵だ…彼女らはテッサの血の匂いをかぎ付けここまでやってきたのだった。
もう我慢できない、そんな感じの聖、しかし千絵がそれを制止する。

千絵はそっと顔の覆いを取り、あえて牙を伸ばし…テッサの耳元で囁く
「あなたには2つの道があるわ、1つはこのまま運命を受け入れる道…もう1つは」
そこで言葉を止める千絵。
「人を捨てて自分の本当の願いを叶える道…どちらを選ぶかはあなた次第よ」
2つの言葉がぐるぐるとテッサの頭を巡る。
いや巡ったのは言葉ではない、1人の少年の姿。
(サガラさん…やっぱり会いたい…たとえ『仲間』でしかなくってもいい、それ以上先に進めなくってもいい…だから)
最初から答えは考えるまでもなかった。
この痛みから、そして苦しみから逃れられるのなら…そしてもう一度サガラさんと会えるのなら…何より生きてさえいれば、
チャンスは必ずやってくるのだ、それが汚れた生であっても。
テッサは自ら戦闘服のファスナーを外し、喉元を露出させる…誰に教えられたわけでもないのに。
そして、聖と千絵は頷くとその牙をテッサの白い肌に突き立てたのだった。

349Daytime Rendez-vous ◆Wy5jmZAtv6:2005/05/30(月) 23:35:38 ID:woCeKPjo
【D-6 /森/1日目・14:20】

『目指せ建国チーム』

【リナ・インバース】
[状態]:平常。わずかに心に怨念。(テッサの件で責任を感じている)
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。

【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:左腕の掌に深い裂傷。応急処置済み。
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(水一本消費)/半ペットボトルのシャベル
[思考]:群を作りそれを護る。シャナ、テッサ、パイフウの護衛。
[備考]:ドレスの左腕部分〜前面に血の染みが有る。左掌に血の浸みた布を巻いている。

【シャナ】
[状態]:平常。体の疲労及び内出血はほぼ回復
[装備]:鈍ら刀
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:悠二を見つけたい。テッサごめんね
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
     手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。

【パイフウ】
[状態]左鎖骨骨折(多少回復・処置中断)
[装備]ウェポン・システム(スコープは付いていない) 、メス
[道具]デイバック(支給品)×2
[思考]1.主催側の犬として殺戮を 2.火乃香を捜す
(ダナティアらに傷を治療してもらい。その後皆殺し)


【アーヴィング・ナイトウォーカー】
[状態]:情緒不安定/修羅モード/腿に銃創(止血済み)
[装備]:狙撃銃"鉄鋼小丸"(出典@終わりのクロニクル)
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:主催者を殺し、ミラを助ける(思い込み)
(現在は追撃を中止しています)

350Daytime Rendez-vous ◆Wy5jmZAtv6:2005/05/30(月) 23:36:32 ID:woCeKPjo
『No Life Sisters』
【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼化(身体能力向上)、シズの返り血で血まみれ
[装備]:剃刀
[道具]:支給品一式、カーテン、
[思考]:移動。己の欲望に忠実に(リリアンの生徒を優先)
    吸血鬼を知っていそうな(ファンタジーっぽい)人間は避ける。

【海野千絵】
[状態]: 吸血鬼化(身体能力向上)、シズの返り血で血まみれ
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式、カーテン
[思考]:移動。景、甲斐を仲間(吸血鬼化)にして脱出。
    吸血鬼を知っていそうな(ファンタジーっぽい)人間は避ける。
    死にたい、殺して欲しい(かなり希薄)。

【テレサ・テスタロッサ】
[状態]:重傷・吸血鬼化
[装備]:UCAT戦闘服
[道具]:デイパック×2(支給品一式) 携帯電話
[思考]:不明

351Rainytime Rendez-vous ◆Wy5jmZAtv6:2005/05/31(火) 22:40:34 ID:UrNk.4Ws
「ふふ」
闇に包まれた地下で美姫は笑う、その腕の中にはぐったりと気を失ったままのかなめ
「のう、かなめや、宗介は今何処であろうな?」
その顔を撫でてやりながら、話しかける美姫…かなめの顔が僅かに歪む。

「ほほ、案ずるな…所詮は塵芥に過ぎぬ人間風情、期待など最初からしておらぬ、要はあの男がお前のために何ができるか、それよ」
楽しげに美姫は笑う。
「律儀に首を5つ狩るのも良し、例えそれに及ばずともわたしと再び会うまでの間どれほどの奔走をしていたかは目を見ればわかること…
わたしはそれが知りたい、愛や恋とやらのためにどこまで人は己を犠牲にできるのかをな」
少しだけ懐かしい目を見せる美姫、思い出したのだろう…彼女もまた全てを捨てて一人の男をその手中に収めんとした日々があったことを、
「ゆえにうらやましいぞ、お前が…ふふふ」
焼け焦げた己の半顔を撫でる美姫…それはもはや叶わぬ遠い夢であるが。

「たとえ首を狩れずとも、その時は我が前で這いつくばり、自らの首を差し出す度量あらば、我が心も動くかもしれぬ、だが」
そこで美姫は意地悪く、そして凄惨な表情を見せる。
「卑しくも死体の首を狩ろうなどと墓盗人のような真似をした時は、断じてお前を帰してやるわけには参らぬの、
お前の器量ならば他に相応しき男いくらでもおろう、のうかなめや…ふふふ」
そう思いながら、それでも少しだけ宗介に何かを期待している自分に気がつき、
また美姫の口元は緩み始める。

そういえばあのカラクリ娘はどうしているだろうか?
美姫はしずくの顔を思い出す、今ごろ彼女もまた宗介を、そしてかなめを救うため
奔走しているのだろうか?
「お前たちが約定を守る以上わたしもこの娘を守ろう、これもまた座興よ…だが他言の末にこの娘を救う目的で踏み込まば、
 それが誰であろうと、わたしは躊躇無くかなめを殺す…よく考えよ」

空気が湿り気を増しているのが地下でもわかる、そろそろ雨が降るかもしれない。
「おおそういえばわたしが戯れに悦びを与えた娘がおったの、いまごろ何処におろうかの?」

352Rainytime Rendez-vous ◆Wy5jmZAtv6:2005/05/31(火) 22:41:43 ID:UrNk.4Ws
そしてそのころ
「曇ってきたわよ…これなら大丈夫なんじゃないの?」
マンションの一室から空を見上げて千絵をせかす聖。
「だから昼間は様子見だって」
「でも、ぐずぐずしてたから祥子が死んじゃったじゃないの、勿体ない」
限りなく食欲と性欲の入り混じった、そんな感じの言葉を吐く聖、それをなんともいえない奇妙な表情で眺める千絵。
「それに…千絵ちゃんの友達も死んじゃったんでしょう」
「うん…」
聖の声に言葉少なく頷く千絵…物部景の死は確かに残念だった…。
だがその残念さが何によっての残念なのか、彼女にももはや分からなくなっていた。
(私は彼に欲望以外の何かを求めていたような…もう思い出せないけど)
「ねぇ、行こうよお?」
甘えるように千絵にすがり付く聖、その上目遣いの瞳が思わず同性でもため息を付きたくなるほどの
美しさと愛らしさを醸し出している。
それに押されてかどうかは知らないが、千絵は千絵で考えをめぐらせる。

実を言うと疼くような渇きをまた覚えつつある、このまま吸わなければいざという時正常な判断が出来なくなる可能性もある。
しかもたっぷりと補給した自分はともかく、聖はシズの血をあまり飲んでいない…。
だとするといつまたあの高架下のように暴走するかもしれない、今ですら欲望過多の彼女だ、そうなるともう抑えきれない。
互いの血を啜りあうことも手の一つだがこれは渇きを満たせても、今度は体力が落ちてしまう。
やはり2人では何かと効率が悪い、なら偵察がてら狩りに出るのもいいだろう。

それに…正直な話いいかげんこの女がウザくなってきた。
もともと欲望過多だったのかもしれないが、こうやってしょっちゅう纏わりついて身体を求めてくるのには辟易する。
そりゃ抱かれるのは気持ちいい…しかしフィニッシュの時に他の女の名前を言うのは論外だろう。
そんなに栞が欲しければ本屋にでもいけばいいのだ。

心の中でひそかに聖殺害のプランを練る千絵
当然クリアせねばならぬ問題は幾つもある、平常時の彼女はセクハラを繰り返すが。
それに反してその頭脳は明晰といってもよく、さらに彼女はこの島のどこかにいる「主」(聖いわくマリア様だそうだ)に、
直接洗礼を受けており、その力は今の自分を凌駕している。

353Rainytime Rendez-vous ◆Wy5jmZAtv6:2005/05/31(火) 22:42:32 ID:UrNk.4Ws
何よりも今殺せば自分1人になってしまう、それは絶対に避けたかった。
やはり仲間が必要だ、それもこんな扱いにくい奴ではなく、従順な。
千絵は昨夜からの自分の心境の変化を敏感に察していた、あの時…聖の手首から流れる血潮を飲んだとき、
脳裏のもやが晴れ…あそこで自分を取り戻せたような気がする、だとしたら。

彼女が達した結論、それは吸われるだけではなく自分の主の血を吸って初めて自我を取り戻し、自立型の吸血鬼になれるということ。
ただ吸われただけでは主に従うだけの下僕に過ぎないのだ。
ならば狙うならやはり男だろう、これならレズビアンである聖に邪魔されず、自分だけの下僕を作ることができる。

(私にこの悦びを与えてくれたこと、そしてこんなにすばらしい生き物へと生まれ変わらせてくれたこと、それだけは感謝してるの…だから
なるだけ苦しまない方法で死なせてあげる)

「わかったわ、例のものは出来てるわね?」
聖は千絵が先程の仕掛けをしている間に作っておいた物を取り出す。
それは明け方に被って逃げたカーテンを利用して作った砂漠の民が身につけるような巨大なマントだ。
急ぎの仕事ゆえにあちこちいびつな出来だが、当面は身体全体と口元が隠れればそれでいい。
かなり奇異な格好と思われるかもしれないが 、突っ込まれれば土地の風習とでも言えばすむ。

地図を眺める千絵…東か西か…ここに踏み込まれた場合の逃走ルートとしては東だが
今回は仲間を増やすのが目的だ、なら西よりに島の中心付近がいいだろう
禁止エリアの兼ね合いで北上してくる者も多いだろうし、東と比べ西側には施設も多い。
「1時間が限度よ、それ以上は無理…もし見つからないときは私を好きにしていいわ」
そう聖に告げ、頷いたのを確認して、それから千絵はマントを頭から羽織るのだった。

354Rainytime Rendez-vous ◆Wy5jmZAtv6:2005/05/31(火) 22:43:25 ID:UrNk.4Ws
そして30分後、ぐっしょりとぬれたマントを羽織ったまま森の中をとぼとぼと歩く吸血鬼シスターズ。
「どうしてくれるのよ、おかげで帰れなくなったじゃないの」
まさに憤懣やる方ない、そんな表情の千絵。
「えー千絵ちゃんもさんせーしたじゃない」
わざとらしくしれっと受け流す聖。
まさかこんなに早く降り出すとは思わなかった、出来ればマンションに戻りたいが、
おそらくあの近辺の参加者が全て集まっていることだろう、となると危険すぎる。

「まぁまぁ雨に打たれてずぶ濡れのELFが、こいつは拾い物って感じで落ちているかもしれないじゃないの?」
「そういうのって大抵食いつぶされて終わるのよ…しかも気がついたときには遅すぎるの」
被ったマントが水を含みじっとりと重い、血で汚れてパサついた髪と顔を濯げたのは好都合だったが、
雨宿りできる場所なら、一応近くに教会がある…でも。
「絶対いや」
やっぱり聖が猛反対したのと、やはり自分も彼女ほどではないが嫌な何かを感じてしまう。

「そんなんで戻ったとき大丈夫なの?佐藤さんの学校ってミッション系でしょ?」
「うーん、そうなのよねぇ…朝とかミサやったりするのよ」
千絵は想像する、吸血鬼と化した女生徒たちが、耳を塞いで賛美歌のメロディにのたうちまわる様を。
まるでギルの笛の音に苦しむキカイダーだ。

さて、とそれはさておきどうする?
あれからもうすぐ1時間、何の収穫もなかった…それでも自分はまだ大丈夫だが
聖はどうなのだろう?せめて夜まで渇きが保ってくれればいいが…。
「ねぇ…祐巳って子に知られてるんでしょう、大丈夫なの?」
「大丈夫よ、祐巳ちゃんは喋らないわ、絶対」
聖は自分に言い聞かせるようにして応える、何故だか分からないがそういう気がする。
逆に志摩子が知ったら間違いなく自分を殺しに来る、そんな気もした。
「ふぅん…」
森を抜けるとそこにはもう街が目の前に迫っていた。

「ねぇ…服、全部脱いで、それからカバンも隠して…剃刀は確かマントの中に隠しポケットがあったわよね、そこに入れて」
「え、こんなところで!?ダイタン」
「何考えてんのよ」
やはり生かしておけないと改めて思いつつ、千絵は説明する。
「こんな汚れた服で、もし誰かに見られたらどうするのよ?雨宿りしてるときにずぶぬれマントじゃ不審でしょう、理由がないと」
屋内でも出来る限り脱ぐつもりはないが、突っ込まれてもこれで身包み剥がれたからという言い訳がたつ。
少なくとも血まみれの服を見られるよりはずっとマシだ。

「でも…」
「何いまさら迷ってるのよ、私を抱いたとき何て言ったの?私たちはもう人の世界の小賢しいルールには縛られないって…それともそういう時だけ
都合のいい理屈を持ち出すの?…じゃあ教えてあげるわ」
聖を睨む千絵の瞳がギラリと光る。

「私たちはね、もう獣なのよ」
だが聖はまるで動じなかった。
「それはさておきあと15分よね」
その言葉で逆に凍りつく千絵、しまった忘れていた…やっぱりこの女は獣だ。

355Rainytime Rendez-vous ◆Wy5jmZAtv6:2005/05/31(火) 22:50:40 ID:UrNk.4Ws
【D-5/地下/1日目/14:00】

【美姫】
 [状態]:通常
 [装備]:スローイングナイフ
 [道具]:デイパック(支給品入り)
 [思考]:座興を味わえて上機嫌

【千鳥かなめ】
【状態】吸血鬼化?
【装備】鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)
【道具】荷物一式、食料の材料。(ディバックはなし)
【思考】不明

【D-4 /森の出口/1日目・14:40】

『No Life Sisters』
【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼化(身体能力向上)、マントの下は裸
[装備]:剃刀
[道具]:カーテン(マントのみ)、
[思考]:移動。己の欲望に忠実に(リリアンの生徒を優先)
    吸血鬼を知っていそうな(ファンタジーっぽい)人間は避ける。

【海野千絵】
[状態]: 吸血鬼化(身体能力向上)、マントの下は裸
[装備]: なし
[道具]: カーテン(マントのみ)
[思考]:移動。甲斐を仲間(吸血鬼化)にして脱出。
    聖がウザい、殺したい
    吸血鬼を知っていそうな(ファンタジーっぽい)人間は避ける。
    死にたい、殺して欲しい(かなり希薄)。

356さらばボルカン! 渚に消えた英雄(1/7)◇J0mAROIq3E:2005/06/01(水) 23:17:43 ID:fuk4MM2Y
 森の中に、場に相応しくない声が響き渡る。
「じゃあこういうのはどうだ? ある無賃乗車の女が列車の外側に張り付いてたんだ。
 すると車輪とかの付いてる機関部から血まみれの車掌が這い出てきて一言。『切符を拝見させてください』!」
 内容は怪談らしいが、いかにも楽しそうな語り口がそれを相殺している。
「それはあれだ。きっと黒い奴に黒く吹っ飛ばされた車掌が轢かれたりしながらも職務を全うしたという美談だな」
「つまらんこと言うな。せっかく知り合いから仕入れた最新の怪談だってのに」
 あからさまに残念そうな顔をするクレアを後目に、ボルカンは歯ぎしりをしてと森を行く。
(まったく何故にこの俺様が道案内なぞせにゃならんのだ)
 撒こうとしても、赤毛の男はまったくこちらから視線を逸らさない。
 北へ南へと蛇行して時間は稼いでいるが、人っ子一人いない。
 城から出たとき聞こえたブルンブルンとうるさい音と、先ほど聞こえたよくわからない男女の声。
 それ以外は何の問題もなく進行できてしまっている。
 いつもいつも面倒ごとばかり起こるというのに、起こってほしいと願うときに限って起こらない。
 まったくもってドーチンがいないせいだと心中で毒づき、ボルカンは焦りを自覚した。
(……まずい。まずいぞこれは)
 このままでは地図上で東の果てにあっさり辿り着いてしまう。
 何故こうなってしまったのか。

 時間は二時間近く前に遡る。

357さらばボルカン! 渚に消えた英雄(2/7)◇J0mAROIq3E:2005/06/01(水) 23:19:06 ID:fuk4MM2Y
「で? 姫はどこにいる?」
 やばいこいつはやばい黒くないけど赤いけど借金取りと同じ原理で産まれたに違いないやばいやばい。
 だらだらと汗を流しボルカンは必死に考える。
 この状況を打破するには洗濯物を乾かし殺すか、もしくは、
「……俺様の命だけは助けやがってくださると見逃してやらんこともありません」
 平伏した。
 この手の反応に慣れているクレアは鷹揚に頷くとその頭をがっしり掴んだ。
「安心しろ。仕事じゃないから殺さないし、子供を殺す趣味はないし。子供のふりをした悪人はちょっと殺し続けたが」
 笑いながらもその瞳は少しの輝きもなくボルカンを射抜く。
 地獄を煮詰めたような色は、ボルカンに逆らった場合の未来を正しく想起させた。
(きっと黒ビームやら借金フラッシュを目から出して俺様から無い金を奪い尽くすに違いない。けしからんな!)
 やはりここは英雄として隣の荷物預かり殺すしかないかと勢いよく顔を上げ、
「それで、シャーネ姫をどこに隠したんだ魔王の手下その1?」 
 その目を見ると、諦めて嘘をつくことにした。
(姫といえばやはりあれか。げに恐ろしき伝説の銀月姫のことか)
 忌まわしき伝説の――そして自分が実際に遭ってしまった地人の姫を思い出し、軽く身震いする。
 出会ったのはアーバンラマ近くの荒野だったが、多分遠い。かなり遠い。嘘だと見破られる。
「あー……確かついさっき東の方で合戦をしてたな。うん、確か」
「合戦。おぉ、なんかすっぱり誘拐されるよりシャーネらしいぞ。バトルヒロイン、それもまた良し!」
 あっさりと頷くと、そそくさと地図を取り出し始めた。

358さらばボルカン! 渚に消えた英雄(3/7)◇J0mAROIq3E:2005/06/01(水) 23:20:01 ID:fuk4MM2Y
「東っていうと海沿いか森か。面白くなってきたな。――よし腹ごしらえだ!」
「すぐ行くんじゃないのか!?」
「あん? なんで?」
 思わず叫ぶボルカンに不思議そうに首を傾げる。
「だって俺が死ぬはずないと思えばシャーネが死ぬわけないし。強いし、俺の婚約者だからな。
 ピンチの時駆け付けるのもいいが、それなら俺が駆け付けるまでピンチにならないのが道理だし。
 そうだな、このアイザックとミリアって奴らはフィーロとジャグジーの友達だっけか。
 というかあの列車に乗ってたっけな。これも縁だ。死なせるわけにはいかないな。死なない死なない。よしこれで死なない」
 本気でそう言うと、取り出したパンをごく普通に頬張った。
 自信と言うことすら憚られる確信ぶりにさすがのボルカンも呆気にとられる。
「どうした手下その1? お前も食えよ。俺のはやらんが」
「は?」
 情報(嘘だが)を与えてもう用はないだろうに、何故そんなことまで口を出されるのか。
 確かに腹は減っているが。
「なに呆けてんだ。俺をシャーネのとこに案内するんだろ? 俺に使われる幸運を喜べ」
「ふ、ふざけるな! このマスマテュリアの闘犬ことボルカノ・ボルカンに道案内を強要するなど不敬罪にも程があるぞ!」
「何? この線路の影をなぞる者こと葡萄酒ことフェリックス・ウォーケンがここまで低姿勢で頼んでも駄目だってのか?」
「どこが低姿勢だ!? 鉄塔の上で土下座するのを低姿勢と言い張るならこっちも司法に頼る気がしないでもないぞ!」
「まぁいいけどな、ここに残りたいんなら。魔王と手下その2と仲良くな」
 ちらりと横を見ると、巨漢とバーテンダーが仰向けにぶっ倒れている。
 なんだかドーチンがいつも諦めを含んだため息をつく理由が分かった気がした。

359さらばボルカン! 渚に消えた英雄(4/7)◇J0mAROIq3E:2005/06/01(水) 23:20:54 ID:fuk4MM2Y
 そして二時間後、二人は眺めのいい岬へと辿り着いた。
「さぁ着いたぞ! 誰にも遭わず実に爽快な旅路だったな部下1!」
「そ、そうだな! 誰も彼もこの英雄ボルカノ・ボルカンに恐れをなして逃げ出したと見える! ふはははは!」
「はははははははは!」
「ふはははははは…は……」
 見るとクレアは声と口だけで笑い、目はぎらぎらと輝いている。
「いやぁ、行き止まりだし、ここだよな? でも合戦って割には痕跡も何もないな?」
「不思議なこともあるものだ。きっと合戦後に後かたづけをしたに違いないな!」
「いや別にいいんだけどさ。多分でまかせだろうって思ってたし。でも俺だから理由もなく会えるかなって思ってたし」
 言いながら、二抱えほどある岩をそっと撫で、友達相手にふざけるように押す。
 地響きのような音を立て、岩が動く。
 俊敏に背を向けようとするボルカンの襟首を掴み、クレアはにこやかに岩を押す。
「何かこう、スラップスティック・コメディ:主役俺、ヒロインシャーネ、道化俺、舞台俺、みたいな?
 いやいや文句を言う気はないぞ。騙されようと思って騙されたんだし」
「いやいやいやなら岩は何だその岩は! 恐怖政治は民草を疲弊させ何というかこう、駄目だぞ!」
「文句はない。文句はないが部下への仕置きは必要というのが俺政治」
 ぐ、と一際強く押した岩が投げ込まれるように崖を転がり海へと突撃する。
 水面を打つ轟音はすぐに波音に消され、跳ねた塩水が二人にかかる。
「ちょっとすっきり。しかし残念ながら俺の苛立ち指数、高水準で安定中。故にストレス解消案その2」
 じたばたと足掻くボルカンの頭をがっしりと固定。
 しっかりと大地を踏みしめ、遠い水平線を見渡し、青い空にシャーネの笑顔(補正あり)を夢想し、
「次からは嘘を本当にできるよう努力しろよー」
 投げた。
 飛んだ。
 落ちた。

360さらばボルカン! 渚に消えた英雄(5/7)◇J0mAROIq3E:2005/06/01(水) 23:22:08 ID:fuk4MM2Y
「おおおおぉぉ!?」
 潮風の中でボルカンは自由落下を余儀なくされる。
 先ほどの岩落下の衝撃で濁った海面が迫る。
 腹から落ちると痛いことは既に学習済みなのでばたばたと羽ばたくように両手を振る。
 腹から落ちた。
 いつものことといえばいつものことだが、痛いことこの上ない。
 悶絶して息を吸うと、空気の代わりに塩水が流れ込んでくる。
 そのまま岩の破片の待つ海底に突き刺さらんばかりの勢いで沈み、しかし吹き上げる泥で視界はない。
 そんなボルカンに、海底から浮上する板を避けることを要求するのは酷というものだろう。
 海底の泥に突き刺さっていた金属製のプレート。
 それがクレアのストレス解消で戒めを解き放たれて浮き上がるという、小さな奇跡が起きた。
「ぐぼがぁっ!?」
 無論そのプレートはそれが本来の役目であるかのようにボルカンの腹を強かに打ち付け、流れに乗りながら海面へと上昇していった。
 激痛に呻きながらも、それこそ蜘蛛の糸のようにそれにしがみつき、何とかボルカンは顔を海上へと上げることができた。
 嘔吐するように海水を吐き出し、こんな目に遭わせた元凶を睨もうと見上げた。
 角度の関係か、崖の上にクレアの姿は見えない。
 とりあえずラッコの姿勢でプレートに捕まりながらボルカンは叫んだ。
「げほっ、フェリックスとか言う赤借金取り! 今度会ったらこのボルカノ・ボルカンがカビ取り殺してぶはっ!」
 波が顔を洗い、塩辛さが口内を満たす。
 慣れたら美味いかもしれないと味わおうとし、二回嚥下して気持ち悪くなったところで頭の中に声が響いた。

361さらばボルカン! 渚に消えた英雄(6/7)◇J0mAROIq3E:2005/06/01(水) 23:22:49 ID:fuk4MM2Y
「誰が借金取りだ。ていうか何だ、あの板は?」
 クレアの卓抜した視力は浮沈する板の表面を何とか捉えたものの、中身は読みとれなかった。
「俺が読めん言葉があるってのは許せんな。帰ったら図書館でも行くか……っと」
『諸君、これより二回目の死亡者発表を行う――』
 頭の中で聞き覚えのない名前がずらずらと列挙される。
 その中に知り合い三人の名は含まれていない。
「やっぱシャーネは無事だよな。ま、今度は北に行ってみるかな」
 ぶらぶらと、あくまで気楽にクレアは歩き出した。


 一方、流され方のコツを覚えたボルカンは、ようやく自分のしがみついているものに興味を向けた。
 それは大きめのノートほどの大きさの板で、海中に沈んでいたにも関わらず錆の一つも浮いていなかった。
 表面には細かな模様と文字のようなものがびっしりと刻み込まれていた。 
 その模様によって、このプレートが主催者達の監視の目さえかいくぐっていることをボルカンは知らない。
 その模様によって、刻まれた文字が島全体にかけられた翻訳の力を逃れていることをボルカンは知らない。
 その文の末尾に、このプレートの作成者の名が刻まれていることをボルカンは知らない。
 ニーガスアンガー。
 とある世界における防御魔法の使い手が残した、最も丈夫な手紙。
 それは己と同じ世界の人間の目に触れるのを、今も待ち続けていた。

362さらばボルカン! 渚に消えた英雄(7/7)◇J0mAROIq3E:2005/06/01(水) 23:23:33 ID:fuk4MM2Y
【F-8/岬/1日目・12:00】
【ボルカン】
 [状態]:健康的に北へ漂流
 [装備]:かなめのハリセン(フルメタル・パニック!)
     ニーガスアンガーのプレート(防御紋章により、盾にもなる。事件シリーズキャラしか読めない)
 [道具]:デイパック(支給品一式)
 [思考]:1.塩辛い。2.陸が恋しい。3.打倒、オーフェン

【クレア・スタンフィールド】
[状態]:絶好調
[装備]:大型ハンティングナイフx2
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:1.シャーネを見つける。2.アイザックとミリアと会ったら同行してもいい。

 ※ニーガスアンガー:事件シリーズに登場した最高の防御魔法の使い手。
           ある魔法に対し過剰反応してしまい死亡。

363Battle Without Honor or Humanity ◆Wy5jmZAtv6:2005/06/04(土) 03:04:48 ID:fTfq9Pvo
「まったくバケモノ揃いですね、この島って」
「肯定だ」
顔を見合わせ囁きあう宗介とキノ、そして彼らの耳には、
「どこ行きやがった!殺す!」
怒鳴り散らす平和島静雄の声が届いていた。

発端は5分前に遡る。
平和島静雄はビルの前のベンチでひとまず一服していた。
手にはどこかからか拝借してきたタバコがある。
「あいつらどーしてっかなぁ…イザヤのバカがこの島送りになったのは当然としても、俺やセルティまでってのは
 やっぱ理不尽だよなぁ、生きて帰れたらスシくいてぇな、サイモンの店じゃなくてこうもっとゴージャスなよ」
絵に描いた餅が次々と静雄の眼前に浮かぶ、思わず手を伸ばそうとするが…やはり手は空を掴むだけだ。
「くそっ…むかつく」
そう呟いて時計を見る、あと5分休んだらまたセルティを探すか。

で、そんな静雄の背後10Mの位置に潜み寄っていた宗介とキノだ。
「いましたね」
そっとナイフを取り出すキノ…が、その前に…キノは軽く足元の石を軽く蹴飛ばし、わずかだが音を立てる。
だが、静雄はまるで反応しなかった、気が付いていないようだ。
この距離でこの反応なら殺すのは容易い、宗介も同じ考えのようだ。
「ナイフで仕留めるぞ」

思えばここで弾薬をケチったのが失敗だった。

植え込みから飛び出し左右から静雄に迫る2人、その動きは疾風のように素早い、
事実、静雄はその身体に刃が突き立てられるまで何も出来なかった…いや正確には…
何もしなくてもよかったのだ、何故なら。

背後から心臓めがけて突き入れられた宗介のナイフも、右サイドから脇の下を抉るように突き入れようとしたキノのナイフも
鉄筋コンクリートのような硬い感触と同時に弾かれてしまっていたのだ。
そして…静雄がにぃと笑う。
「人に刃物向けたら死ぬよなぁ、普通はよう…てなわけで手前ェら殺す」

364Battle Without Honor or Humanity ◆Wy5jmZAtv6:2005/06/04(土) 03:06:56 ID:fTfq9Pvo
そう云うが否かの速度で、ぶんと唸りを上げる静雄の右フック。
それは飛び退いた宗介の鼻先をかすめ、ベンチの傍らの街灯に直撃し、街灯がその場所からひび割れていく。
そのスキをついて逃走する宗介。
「逃げんなコラァ!」
静雄は自分が座っていたベンチを軽々と持ち上げ、それを宗介らへと投げつける。
だが、そのベンチは植え込みの中に転がり込んだ彼らの頭の上を通過する。
その鮮やかな動きは、これまで静雄がブチのめした何処のどいつらよりも洗練されていた、
強いて言うならサイモンのそれに近いか?
(奴ら軍人かよ)
一瞬の逡巡の後、また怒りを取り戻す静雄だったが、
その間に宗介らは悠々と店内に逃げ込んでいたのだった。


そして現在。
「ところで何故?」
あの男に加勢して俺を殺す手もあったぞ?そう言いたい表情の宗介、
キノの答えは明確だった。
「あれは助けたら頼んでねぇ!と逆ギレするタイプか裏切りを責めるタイプだと思うんですよ」
途中までは加勢するつもりでしたけどねと心の中で付け加えるキノ。
「肯定だな」
どこの世界にでもそういう輩は多いようだ。

「こうなった以上殺すしかあるまい」
静雄の怒号が段々と近くなっていく。
「ところで残りの弾薬はどれくらいある?」
キノは唇を歪め、足元のディパックを軽く爪先で蹴る。
「まだまだたくさんありますよ、このカバンいっぱいにね…あなたはどうなんです?」
宗介もまた軽く答える。
「俺も分けてやりたいくらい余裕がある、口径の違いがあるのでそれは無理なようだが」
どたどたと階段を駆け上がる音、どうやらお出ましのようだ。

「見つけたぞ…てめぇら、しにやがれぇぇぇぇ!」
小細工一切無しの突撃を敢行する静雄、この突撃を止められる者など1人もいない。
その瞳に写るのは通路の真ん中に並んで立つキノと宗介。
だが…静雄には違和感があった、この2人、まるで俺を恐れていない。
その時、足に何かが当たる音。
(空き缶?)
そしてそれを合図に、宗介とキノの手が閃く。
(銃かよっ!)
これで合点が行った…それともう1つ分かったこと…この2人、人を殺してやがる…それも半端な数じゃない人数を。
ぱんと乾いた音がこだまする、静雄は両足を踏ん張り身体にブレーキをかけようとする。
しかし、間に合わなかった、そしてズン!という痛み以上の衝撃が静雄の身体を貫いた。

365Battle Without Honor or Humanity ◆Wy5jmZAtv6:2005/06/04(土) 03:07:37 ID:fTfq9Pvo
腹部にダムダム弾の直撃を受け、それでも踏ん張る静雄…だがその衝撃は筋肉の鎧を伝い、その内部を確実に破壊していた。
こみあげる熱いものを感じると同時に静雄の口から噴水のように血液が噴き出し、
そしてふくらはぎが嫌な音を立て、彼の身体は空中へと舞い上がった。
そこにキノがやはりダムダム弾で追い討ちをかける、今度は支えるもののない空中、しかもその命中個所はクレアが刺し、宗介が撃った場所と
寸分違わなかった。
そしてついに静雄の筋肉の鎧が砕け、腹の傷が盛大に開き、切り揉み回転しながらその身体が強化ガラスの窓に叩き付けられる、
さらにそれだけに留まらず、ガラスがぴしぴしと軋んだかと思うと同時に割れて、外に落ちる静雄。
その落下地点には…彼自身が先程叩き折った街灯の、まるで槍のように尖った先端が待ち受けていた。

ざくっ!

2階から様子を伺うキノと宗介…その真下には鉄骨に串刺しになった静雄がいる。
「終わりましたね」 
宗介はキノの言葉には応じずそのまま踵を返し、1階への下り階段へと向かう。
その後に従うキノ、階段に差し掛かった時だった。
めきめき…。
何かが抜けるような音が微かに聞こえた、何だ?
そのまま気にせず階段の折り返しに差し掛かる。
ずるずる…。
次ははとんでもなく重い何かを引きずるような音。
今度は気にしないわけにもいかなかった。
「まさかな…」
そして1階に降り、正面玄関へと目をやり2人は同時に呟いた。
『やっぱり…』

2人の視線の先にいた物、それは怒りの形相で立ちはだかる平和島静雄だった。

366Battle Without Honor or Humanity ◆Wy5jmZAtv6:2005/06/04(土) 03:08:25 ID:fTfq9Pvo
そう、彼は街灯に串刺しになったまま…その街灯を周辺の路面ごと無理やり引き抜き…ここまでやってきたのだ。
「あれは…人間なのか?」
静雄の余りにも異様な姿に宗介もキノも畏怖の言葉を漏らさざるを得ない。
「どんな国でも」
呟くキノ
「どんな戦場でも」
応じる宗介
『あんなのは見たことがない』
最後は2人同時だった。

その静雄は身体に数メートルはあろう街灯を身体にぶら下げたまま、キノと宗介の元へと突進しようとする。
が、届かない。
街灯が入り口に引っかかってそれ以上前には進めないのだ。
「ぐおおおおおおっ」
叫びと共に己を貫く鉄芯を引きちぎろうとするが、もはやそこまでの力は彼には残っていない。
しかも中途半端に折れ曲がったそれは鍵のようになって逆に静雄の脱出を阻む。
「ちく…しょう…せっかく…」

自分にできること、この忌まわしい肉体を存分に振える場所を、そして誰かを守る意義を…ようやく見つけた、その矢先にどうして。
「なんで…うまくいかねぇ…」
それでも何かやれることはある…あるはずだ…何も思い浮かばないなら、いつもどおりやればいい。
(あばよ…もう会えねぇ)
自分が長くないことくらいは分かる、だから最期は平和島静雄らしく!
「だったら…こっちをちぎるしかねぇよなぁああああ!」
街灯を引き抜くことを諦めた静雄、その代わり彼の取った行動…それは…
「うおおおおおおおおおっ」
叫びと同時にぴしぴしと何かが切断されていく音が響き、そして、
ぶつんという音と共に静雄は自由になった、ただし上半身だけが。
彼の取った選択…それは街灯もろとも動けない下半身を置き去りにすることだった。

367Battle Without Honor or Humanity ◆Wy5jmZAtv6:2005/06/04(土) 03:09:05 ID:fTfq9Pvo
「これじゃ近づけませんね」
「落ち着け…持久戦ならこちらが有利だ」
自分に言い聞かせながら、待合室のソファを取り外し、それを盾にしてじわりと前進していくキノと宗介。
しかし…静雄の攻撃により、遅々として進まない。
彼らの前方に鎮座する静雄、目の前には崩れたごみ箱から大量の空き缶、それを彼は最後の力を振り絞り
キノらへと投げつけ続けているのだ。
ただの空き缶とはいえ、静雄の膂力ならそれは充分過ぎるほどの凶器となる。
事実ソファはもうベコベコになっていた。
しかし、それももう終わる…みたところ静雄の空き缶のストックはもうすぐ底を尽きる。
そうなれば勝ち…と思っていた…しかし。

次の瞬間、何かが勢いよくソファを貫通する、まるで鋭利な刃物のような何かだ。
そしてその正体が何かを知ったとき…2人は呻く以外のことが出来なかった。
「肋骨…だと」
そう、静雄は投げられる得物が無くなった果てに、自らの肋骨を抉り取り、それをキノらへと投擲したのだ。

そして2人は誘われるように改めて銃を構える。
彼らはついに確信した、どんな犠牲を払ってでも今ここで確実にこいつを自分たちの手で殺らなければ、
後々必ず後悔することになるだろうと、そしていかなる犠牲をも払うに値する相手だということも。

「っ!っ!っ!」
最後の攻撃を終えた静雄は…笑っていた。
もう声を出すことも出来ないのだろう、全身の血を出しつくし白い肌は乾ききり触ると崩れそうだ。
それでも彼は笑っていた、その先に死しかありえなくとも。
(文句あっか?)
そしてくぐもった銃声が2つ響いた。

368Battle Without Honor or Humanity ◆Wy5jmZAtv6:2005/06/04(土) 03:09:56 ID:fTfq9Pvo
「終わったな」
無表情の宗介、その足元には静雄の死体、
その胴体部分はほとんど四散し、首と片方の腕が辛うじて鎖骨一本でつながった状態だ。
さて、首を刈らねばならない。
宗介は改めてナイフを構え、そして静雄の眼前へと屈みこんだその時!
「!!」
静雄の残った腕が、まるで宗介の首を握り潰さんとばかりに動いたのだ!
さらに開いたままの口が、宗介の手をやはり噛み潰さんとばかりに勢いよく閉じられた。
宗介はおろか見ているだけのキノですら、戦慄を禁じえなかった…ただの死後硬直の一種だと分かっていても
肉片となってまで残る執念には寒気を感じずにはいられなかった。

こうして暴力の使徒、平和島静雄は死してなお恐怖を与えることに成功したのであった。

【B-3/ビル内/1日目/13:30】

【キノ】
[状態]:健康体。
[装備]:カノン(残弾無し)、師匠の形見のパチンコ、ショットガン(残弾2) 、折りたたみナイフ
    ヘイルストーム(出典:オーフェン、残弾6)
[道具]:支給品×4
[思考]:最後まで生き残る

【相良宗介】
[状態]:健康体。
[装備]:ソーコムピストル(残弾不明)、コンバットナイフ。
[道具]:支給品一式、弾薬、 静雄の首
[思考]:かなめを救う…必ず

【平和島静雄 :死亡 】 (残り80人)

369最強、鉛弾に散る ◆Wy5jmZAtv6:2005/06/04(土) 04:07:27 ID:fTfq9Pvo
「まったくバケモノ揃いですね、この島って」
「肯定だ」
顔を見合わせ囁きあう宗介とキノ、そして彼らの耳には、
「どこ行きやがった!殺す!」
怒鳴り散らす平和島静雄の声が届いていた。

発端は5分前に遡る。
平和島静雄はビルの前のベンチでひとまず一服していた。
手にはどこかからか拝借してきたタバコがある。
「あいつらどーしてっかなぁ…イザヤのバカがこの島送りになったのは当然としても、俺やセルティまでってのは
 やっぱ理不尽だよなぁ、生きて帰れたらスシくいてぇな、サイモンの店じゃなくてこうもっとゴージャスなよ」
絵に描いた餅が次々と静雄の眼前に浮かぶ、思わず手を伸ばそうとするが…やはり手は空を掴むだけだ。
「くそっ…むかつく」
そう呟いて時計を見る、あと5分休んだらまたセルティを探すか。

で、そんな静雄の背後10Mの位置に潜み寄っていた宗介とキノだ。
「いましたね」
そっとナイフを取り出すキノ…が、その前に…キノは軽く足元の石を軽く蹴飛ばし、わずかだが音を立てる。
だが、静雄はまるで反応しなかった、気が付いていないようだ。
この距離でこの反応なら殺すのは容易い、宗介も同じ考えのようだ。
「ナイフで仕留めるぞ」

思えばここで弾薬をケチったのが失敗だった。

植え込みから飛び出し左右から静雄に迫る2人、その動きは疾風のように素早い、
事実、静雄はその身体に刃が突き立てられるまで何も出来なかった…いや正確には…
何もしなくてもよかったのだ、何故なら。

370最強、鉛弾に散る ◆Wy5jmZAtv6:2005/06/04(土) 04:09:08 ID:fTfq9Pvo
背後から心臓めがけて突き入れられた宗介のナイフも、右サイドから脇の下を抉るように突き入れようとしたキノのナイフも
鉄筋コンクリートのような硬い感触と同時に弾かれてしまっていたのだ。
そして…静雄がにぃと笑う。
「人に刃物向けたら死ぬよなぁ、普通はよう…てなわけで手前ェら殺す」

そう云うが否かの速度で、ぶんと唸りを上げる静雄の右フック。
それは飛び退いた宗介の鼻先をかすめ、ベンチの傍らの街灯に直撃し、街灯がその場所からひび割れていく。
そのスキをついて逃走する宗介。
「逃げんなコラァ!」
静雄は自分が座っていたベンチを軽々と持ち上げ、それを宗介らへと投げつける。
だが、そのベンチは植え込みの中に転がり込んだ彼らの頭の上を通過する。
その鮮やかな動きは、これまで静雄がブチのめした何処のどいつらよりも洗練されていた、
強いて言うならサイモンのそれに近いか?
(奴ら軍人かよ)
一瞬の逡巡の後、また怒りを取り戻す静雄だったが、
その間に宗介らは悠々と店内に逃げ込んでいたのだった。


そして現在。
「ところで何故?」
あの男に加勢して俺を殺す手もあったぞ?そう言いたい表情の宗介、
キノの答えは明確だった。
「あれは助けたら頼んでねぇ!と逆ギレするタイプか裏切りを責めるタイプだと思うんです」
途中までは加勢するつもりでしたけどねと心の中で付け加えるキノ。
「肯定だな」
どこの世界にでもそういう輩は多いようだ。

「こうなった以上殺すしかあるまい」
静雄の怒号が段々と近くなっていく。
「ところで残りの弾薬はどれくらいある?」
キノは唇を歪め、足元のディパックを軽く爪先で蹴る。
「まだまだたくさんあります、このカバンいっぱいに…あなたはどうなんです?」
宗介もまた軽く答える。
「俺も分けてやりたいくらい余裕がある、口径の違いがあるのでそれは無理なようだが」
どたどたと階段を駆け上がる音、どうやらお出ましのようだ。

371最強、鉛弾に散る ◆Wy5jmZAtv6:2005/06/04(土) 04:10:23 ID:fTfq9Pvo
「見つけたぞ…てめぇら、しにやがれぇぇぇぇ!」
小細工一切無しの突撃を敢行する静雄、この突撃を止められる者など1人もいない。
その瞳に写るのは通路の真ん中に並んで立つキノと宗介。
だが…静雄には違和感があった、この2人、まるで俺を恐れていない。
その時、足に何かが当たる音。
(空き缶?)
そしてそれを合図に、宗介とキノの手が閃く。
(銃かよっ!)
これで合点が行った…それともう1つ分かったこと…この2人、人を殺してやがる…それも半端な数じゃない人数を。
ぱんと乾いた音がこだまする、静雄は両足を踏ん張り身体にブレーキをかけようとする、しかし
(まにあわねぇ!)
それでも1発目は避けた、しかし2発目が静雄の肩に命中する。
そして肉を引き裂き骨をも砕く、ダムダム弾の恐るべき威力によって静雄の左半分は消滅していた。

(ざまぁねぇ…な)
血にまみれ倒れ伏す静雄、池袋最強が聞いて呆れる…。
(所詮喧嘩の話かよ…)
自慢じゃねぇが、俺は結構希望に燃えていた、だから…少しだけ前向きにやれると思ってた。
ここでなら自分の力が、俺を苦しめるだけだった力を正しく振るうことが出来ると…一瞬そう思った…
けど、鉛弾には結局勝てなかった。
こんなに簡単に人は死ぬんだなというあっけらかんと空虚な何かが身体を吹き抜けていく。

(何のために…俺は生きてきたんだ…)
目の前が滲む…死ぬのが恐ろしいわけじゃない、本当に恐ろしいのは、何も残せないままこの世界から消えてしまうということ。
まして何かを残せると思った矢先に…。
「ちく…しょう」
それが最後の言葉だった。
(イザヤ…先に待ってるぞ…セルティ、お前はこっちにはくるなよ…な…はは、トムさん次の取立てはどこっすか?)

「泣いてるみたいですね」
静雄の死に顔を覗き込むキノ、だが宗介はたいした感慨も持たずその首を刈り取った。
これは今までの何百分の一でそしてこれからの何分の一かに過ぎない。
そう思えば何も感じない。
「あと4人」
ただそれのみ呟くだけだった。

372最強、鉛弾に散る ◆Wy5jmZAtv6:2005/06/04(土) 04:11:18 ID:fTfq9Pvo
【B-3/ビル内/1日目/13:30】

【キノ】
[状態]:健康体。
[装備]:カノン(残弾無し)、師匠の形見のパチンコ、ショットガン(残弾2) 、折りたたみナイフ
    ヘイルストーム(出典:オーフェン、残弾6)
[道具]:支給品×4
[思考]:最後まで生き残る

【相良宗介】
[状態]:健康体。
[装備]:ソーコムピストル(残弾不明)、コンバットナイフ。
[道具]:支給品一式、弾薬、 静雄の首
[思考]:かなめを救う…必ず

【平和島静雄 :死亡 】 (残り80人)

373 ◆Wy5jmZAtv6:2005/06/04(土) 12:03:36 ID:rPE/mYBg
「Battle Without Honor or Humanity」 および「最強、鉛弾に散る」
共通の修正です。

時計は14時25分を指している。

「まったくバケモノ揃いですね、この島って」
「肯定だ」
顔を見合わせ囁きあう宗介とキノ、そして彼らの耳には、
「どこ行きやがった!殺す!」
怒鳴り散らす平和島静雄の声が届いていた。

発端は15 分前に遡る。
学校へと向かうキノと宗介、しかし…道端の異様な痕跡に2人は足を止める
草や木々がまるで八つ当たりのようになぎ倒された跡が点在しているのだ。
そしてその先にはビル街があり、そこへと続く足跡もあった。

それから10分後
平和島静雄はビルの前のベンチでひとまず一服していた。
手にはどこかからか拝借してきたタバコがある。
「あいつらどーしてっかなぁ…イザヤのバカがこの島送りになったのは当然としても、俺やセルティまでってのは
 やっぱ理不尽だよなぁ、生きて帰れたらスシくいてぇな、サイモンの店じゃなくてこうもっとゴージャスなよ」
絵に描いた餅が次々と静雄の眼前に浮かぶ、思わず手を伸ばそうとするが…やはり手は空を掴むだけだ。
「くそっ…むかつく」
そう呟いて時計を見る、あと5分休んだらまたセルティを探すか。

で、そんな静雄の背後10Mの位置に潜み寄っていた宗介とキノだ。
「いましたね」
そっとナイフを取り出すキノ…が、その前に…キノは軽く足元の石を軽く蹴飛ばし、わずかだが音を立てる。
だが、静雄はまるで反応しなかった、気が付いていないようだ。
この距離でこの反応なら殺すのは容易い、宗介も同じ考えのようだ。
「ナイフで仕留める」

思えばここで弾薬をケチったのが失敗だった。

植え込みから飛び出し静雄に迫る宗介、その動きは疾風のように素早い、
事実、静雄はその身体に刃が突き立てられるまで何も出来なかった…いや正確には…
何もしなくてもよかったのだ、何故なら。

緩慢な動きで振り向いた矢先、腹部に突き入れられた宗介のナイフは、
鉄筋コンクリートのような硬い感触と同時に弾かれてしまっていたのだ。
そして…静雄がにぃと笑う。
「人に刃物向けたら死ぬよなぁ、普通はよう…てなわけで手前ェ殺す」

374人形達の参戦 1 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/05(日) 13:32:39 ID:D7qZuQnc
 ついに長い階段が終わりを告げ、広々としたフロアに出る。
 北と東へ二本の通路が延びているが、その間には巨大な扉があった。
 それはさも異様な妖気を放っているように感じられる。
 中から感じる威圧感に気圧されながらカイルロッドは呻いた。

「これが……格納庫」

 複雑な幾何学的紋様に隙間なく覆われた鉄製と思われる大扉。
 その表面は等間隔に設置されたライトによって光沢を帯び、
 場所さえ異なれば荘厳な雰囲気を見い出すことが出来ただろう。
 しかしここは地底であり、岩肌に浮き立つその姿は魔窟の入り口にしか見えない。

「随分と手の込んだ装飾ですわね……」
 扉に近づこうとした淑芳にカイルロッドは手を伸ばして引き寄せる。
 カイルロッドは地下に入った時、背後の扉が閉じてしまい戻れなくなった事を思い出し、心配していた。
「うかつに近づくな、まだ何か仕掛けが有るかもしれない。陸、何か怪しい物は?」
「地面には何の仕掛けも有りません、周囲に不自然な臭いも無いようですね」
 付近を嗅ぎ周っていた陸がカイルロッドの問いに応じる。
「上にも特に変わった物は無さそうですわね……カイルロッド様、退がっていて下さい」
 カイルロッドの前に進み出た淑芳の手には、数枚の呪符が握られていた。
 淑芳まさか――とカイルロッドが声をかける前に、
「吹き飛ばしますわ!李淑芳の符術、得とご覧あれ。臨兵闘者以下略!絶火来来、急々如律令!」
 符が凄まじい勢いの爆炎に変化し、扉を穿つと同時に炎の光がフロアを包み、
 飛び散った火の粉が陸の毛を焦がす。
(犬ばかりにいい顔をさせるわけにはいかないわ!)
 力が制限されているとはいえ、本来なら天界の神将も感嘆するほどの高レベルな符術が炸裂した。

375人形達の参戦 2 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/05(日) 13:34:58 ID:D7qZuQnc
 しかし――
「嘘、無傷だなんて……」
 目立った損傷もない大扉が、呆然とした淑芳の前にそびえていた。
 
 淑芳が手の込んだ装飾と称した扉の幾何学的紋様は、
 実は物質の強度を高めるための論理回路である。
 更に1st-Gの賢石加工が施されて『べらぼーに頑丈』と書かれているために、
 並みの攻撃位は跳ね返す、鉄壁の守りだという事を彼等は知らない。 

「まったく、ハデな見かけの割には、私の毛を焦がす程度の威力しかないんですか?」
 カイルロッドの背後に緊急避難していた陸が非難の声を投げかけてくる。
(大誤算ですわ、扉一つ壊せずに更には犬ごときに馬鹿にされるなんて……、
何としてでも名誉を挽回しなければなりませんわね)
 一瞬で思考を終了した淑芳は、愛しのカイルロッドと犬畜生に向かって作り笑いを浮かべた。
「ふふふ、一見しただけでわたしの実力を嘲るとは、おめでたい頭脳をお持ちですわね。
これはほんの小手調べ。序の口に過ぎないことを教えて差し上げましょう」
 黒地に銀の刺繍の入った道服を優雅になびかせ、淑芳は再び扉に向き直る。
  
 目に決意を浮かべて後ろを向いた淑芳から、只ならぬ気配を感じたカイルロッドは、
「お、おい……淑芳――」
 無理はするなよ、と告げようとした瞬間。
 彼女の手に先ほどの倍近い呪符が握られているのに気付いて、
 ――手遅れだ。
「陸、目を閉じろ!」
 足元の陸を掴むと同時に、後方に跳躍して地面に伏せる。
 直後に、
「臨兵闘者――」
 ぎりぎりで塞いだ耳に次の瞬間爆音が響き、同時に猛烈な衝撃が体を襲った。
「!!」
 続いて熱気、冷気、再度の衝撃が伏せた背中の上を通過して行くのを感じ、
 最後に強烈な打撃音と破壊音が響く。

376人形達の参戦 3 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/05(日) 13:36:01 ID:D7qZuQnc
 ごいん!
 めきゃ!

 それきり音は聞こえなくなり、恐る恐る顔を上げたカイルロッドは、
 何か巨大な力でブチ抜かれた大扉と、乱れた髪を整えながら不適に笑う淑芳を見た。
「いかがです?まあ、犬風情では私の符術の技量を計り知る事はできそうにありませんからね。
わたしの力を侮った先ほどの台詞は見逃して差し上げるわ」
 そこはかと余裕や自信を漂わせる言動だが、実際に扉を破壊したのは淑芳の符術ではない。
 一振りで天界に衝撃を起こした、太上老君秘蔵の武宝具『雷霆鞭』である。
 実際に再び扱って淑芳はその威力に戦慄していた。
(持ち手によって威力が増減するとはいえ、なんて破壊力…… 。
これがもし、悪しき力を持つ者の手に渡ったら……考えるだけでも恐ろしいですわ。
効果範囲を絞ってもこの威力。例えどのようなものが相手であろうと必殺間違いナシですわ)
 自分が本気で符術を使えば、カイルロッド達が防御行動を起こして自分をまともに見れなくなる。
 その瞬間を見越して、符術にまぎれてデイパックから雷霆鞭を取り出し、一撃を加えたのだ。

 当然カイルロッド達はそれを知らない。
 愛する人に対して嘘を貫く罪悪感が募る。
 しかし、自分はこの武宝具の存在を隠し通さなければならない。
「す、凄いな淑芳。なんて力だ」
「確かに。口先だけでは無かったのですね」
 身体を起こしながらカイルロッドと陸が賞賛の言葉を伝える。
「簡単な事ですわ、超高熱、超低温、超打撃の一点加重攻撃は大抵の物を破壊します。
わたしの頭には、精密な頭脳が詰まっていて四六時中休みなく働いているのです。
腕っ節には自信がありませんが符術と料理は大得意ですわ」
 体を払いながら、さりげなく誤魔化しの言葉を返すと、
 おぉ、と更なる感嘆の声がカイルロッドの口から漏れる。
 自分を信用してくれているであろう彼の言葉だけに心が痛んだ。

377人形達の参戦 4 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/05(日) 13:37:50 ID:D7qZuQnc
「さあ、丁度よい大きさの穴が空いたので格納庫に入りましょう」
 一人苦しむ淑芳の心を知ってか知らずか、陸が扉に向かって歩を進め始め、
 神妙な面持ちでカイルロッドがそれに続く。
「あぁん、そんなに急がないで下さいなカイルロッド様ぁん」
 淑芳も格納庫にある存在を確認し、兵器ならば破壊するという目的を思い出して、
 気持ちをLOVEモードに切り替えてその後を追った。
 くよくよしてもしょうがない。今は目の前の事に集中しよう。
 生き残って、理想の新婚家庭を築くために。

 淑芳がブチ抜いた穴にカイルロッドは手をかけた。
 こうして見ると扉はずいぶんと厚い。
 格納庫の存在を知った時から、
(一体何が有るのだろうか?)
 と疑問を浮かべて、その都度、
(何が有ろうと俺は臆さん)
 と思い直してきた。
(さて、吉と出るか凶と出るか……とんでもない物が無ければいいが)
 数瞬の黙考後カイルロッドが扉をくぐった瞬間、頭の中に声が響いてきた。

・――金属は生命を持つ

「何だ?」
 あたりを見回すと、奇怪な物体が大量に整列している。
 そのあまりの異様さに意識を奪われたカイルロッドは、先ほどの声の存在を完全に忘却してしまった。
 格納庫に納められていた物。それは、
「人形……なのか、これは?」
 動力を伝道するための複雑な歯車と、腱代わりの幾本ものワイヤー、露骨な金属フレーム。
 それら全てが組み合わさって織り成す造形は、不気味なオーラを放ってこそいたが、
 概ね人らしき形を保っていた。
 ユーモラスで独創性溢れるフォルムだな、とカイルロッドは心惹かれる。
 中には蜘蛛にしか見えない物も有るが、人型の物がほとんどだ。
 心惹かれると同時に、人に似ていて、しかし人とは明らかに別種の存在に対する恐怖も生まれる。

378人形達の参戦 5 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/05(日) 13:39:32 ID:D7qZuQnc

「な、何?この奇妙な空間は?」
 後から入ってきた淑芳は思わずカイルロッドの裾を掴む。
 淑芳にしてみれば、機械仕掛けの人形など恐怖の対象でしかない。
 妖怪などとはまた異なった無機質な容姿、しかし、
「何だか……生きてるみたいですわ」
 何処からともなく視線を感じてついついカイルロッドの背中に隠れてしまう。
 情けないけど、こういう時こそ甘えておくのも善いかもしれませんわ。
 などとは決して言わないが、それとなく接近したりする辺りは、
 なかなか計算深いわね、わたし。などと冷静に思考している。

「どうやらこれは人造人間のようですね」
 人形たちの間を走り回っていた陸が戻ってきた。
 格納庫内に目立った仕掛けや、人の気配は有りません。と告げた後に、
「製作者の名前と識別名が書いて有ります。例えばこれ、『人造人間二十二号コルチゾン君』
更に、『大天才コミクロン作製』だそうです。製作者のセンスが疑われますね」
 陸が指した先の蜘蛛型の物体には確かに名前が記されている。
 同時刻に遥か彼方で、その製作者がくしゃみをして首を傾げていた事は誰も知らない。

「そう言うなよ陸、俺の世界でこれほどの物を作り上げた者は天才扱いされるぞ」
「それに、一号からの技術の進歩が見て取れますわね。複雑さが増していますわ」
「そう言われば、試行錯誤の跡が分かりますね。機械技術が未発達な世界の
先駆者の作品かもしれませんね」
「何はともあれ、危険そうでなくて何よりだ。しばらく見て回るか」

379人形達の参戦 6 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/05(日) 13:41:00 ID:D7qZuQnc

 しばらくして淑芳は奥に並んでいた美しい女性型の人形を発見した。
 他の人造人間たちとは明らかに異なり、更に高度な技術と優美な外見を持つそれは、
「随分と綺麗な人形ですわね……スタイル良過ぎですわ。それに、なんて人に近い。
一瞬本物の人かと思いましたわ。前の方の人形とは比べ物にならない」
 ガラスのような瞳と、人の肌に似た人口表皮。3rd-Gが誇る自動人形である。
 それらは数こそ少ないものの、服を着ていて今にも動きそうなリアルさを備えていた。
「本当に……綺麗」
 
 思わず淑芳が見とれていると、
「tes.お褒めの言葉をいただき、真に感謝いたします。私は3rd-G謹製の自動人形である
八号と申します。以後お見知りおきを」
「――!!」 
 人形が動いた。淑芳の目の前で静かに一礼し、
「それでは、しばしお休み下さい」

 ごす!

 首筋に衝撃が走り、淑芳の意識はそこで途切れた。

「淑芳!……貴様、何者だ!」
 淑芳が倒れた瞬間、人造人間の間をカイルロッドが八号に向かい、疾走してくる。
 途中何体かを吹き飛ばすが気にしない。
 しかしそれは、新たなる声によって阻まれた。
「だめだよー。ここから先は通行禁止ー。って言うか動けないっしょ?」
 瞬間、カイルロッドの体が締め付けられたように動かなくなる。
 全身にくまなく結びついたそれは、
「糸……だと……」
 足がもつれてカイルロッドは激しく体を地に打ち付けた。
 金属製の床は冷たく、磨かれた表面はさらに近づく別の人形の存在を映し出していた。
 顔を上げた瞬間、
「あなたはお眠り下さいな」

380人形達の参戦 7 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/05(日) 13:41:57 ID:D7qZuQnc
 ぷしゅ!

 何かを体に打ち込まれ、カイルロッドの意識は闇に沈んだ。
 
「さて、皆さん動いてよろしいですよ。御客人方はお眠りになられました」
 モイラ1stが手を叩くと、それまだ沈黙していた人造人間達が動き出した。
 隊長格らしい口のようなスリットのある人造人間が号令をかける。
「全体、回れー右!」
「扉を破壊し、我等を解放してくださった御方達に、礼!」

 がしゃっ、と音を立てて回れ右した人造人間達は、
 カイルロッドと淑芳に向かって敬礼する。
 続いて隊長格の人造人間が自動人形達に向き直り、
「主催者の命により、我々『人造人間中隊』は、ゲーム打破を狙う不埒な輩を
粛清すべく、出動いたします!モイラ1st様達はいかがなされますか?」
「我々自動人形は、貴方たちの作戦開始と共に先頭促進のため、
変装して集団に潜伏、撹乱し、参加者達を疑心暗鬼に陥れます」
「ってことはこの人達とは別行動だねー。大姉ちゃん」
「そうなりますね、モイラ3rd。あなたはモイラ2ndと一緒に変装セットを取ってきなさい」
「おっけー」
 
とてとてと走り去るモイラ3rdを見送ると、隊長格の人造人間は自分の体を眺め回し、
 吐息のような物を一つ吐く。
 自分達と作製技術のレベルが違う自動人形が羨ましい、とでも思うのだろうか。
 しかしモイラ1stへ向き直った彼の顔には強い決意があった。
「では、我々は作戦を14:00より開始致します。主に遮蔽物が多い森や市街地にて、
戦線を展開しますのでご注意ください」
「御忠告ありがとうございます。どうか御武運を」
 モイラ1stにうなずき返した彼は、背後に待機していた人造人間達に声を張り上げた。
 彼らは全て、キリランシェロに破壊されたコミクロンの駄作達だ。
「ガラクタ呼ばわりされ、廃棄された我々を再生し、命を下さった主催者の方々の為、
我々はこれより死地に赴く!総員、命を捨てる覚悟はあるな!」
 がちゃがちゃと体を動かし、同意を示す人造人間達。
 不気味すぎる光景だが、コミクロンがこの場に居れば狂喜の涙を流しただろう。
 やはり俺の信じた科学は偉大だ、と。

381人形達の参戦 8 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/05(日) 13:43:05 ID:D7qZuQnc
「征くぞ!同志達よ!GO AHEAD!」
 総勢三十体あまりの人造人間達が地下道に向かって進撃していった。
 駄作の彼らが再び戻ってくることは無いだろう。
 ああ、心ある人形よ永遠なれ。

 人造人間たちを見送ったモイラ1stは、床に倒れたカイルロッドと淑芳を担ぐ。
 「さて、私達もそろそろ準備をしなくてはなりませんね。
私が変装する参加者が、そう簡単にお亡くなりにならなければ良いのですが……。
まずは12:00の放送を聞いて、生死を確かめておきますか」
 そこに、かつらを持ったモイラ2ndと服を持ったモイラ3rdが入って来た。
 かなり楽しそうなモイラ3rdを見て、
「遊びじゃないんですよ、モイラ3rd。脳の思考レベルを超ハイから元気の
ランクに落としなさい」
「ちぇー。せっかくの変装ごっこなんだから楽しくやろうよー。そう思うでしょ、八号?」
「tes.しかしモイラ3rd様は、アッパー入りすぎだと判断します」
「楽しむよりもお仕事優先です。モイラ3rd、この二人の記憶を紡いでおきなさい。
私が数時間ほど記憶を削除しておきました」
「いいよー。またリトルグレイの出てくる奴でいいよね?」
「さすがにそれはまずいでしょう」
「中姉ちゃんのいけず。いちいち考えるのが面倒なのに」

 彼女たちは忘れていた。
 密かに扉から出て行った一匹の犬の存在を。

【F-1/海洋遊園地地下 格納庫前/一日目、07:45】


 【李淑芳】
 [状態]:健康 、気絶中
 [装備]:なし
 [道具]:支給品一式。雷霆鞭。
 [思考]:雷霆鞭の存在を隠し通す/カイルロッドに同行する/麗芳たちを探す
     /ゲームからの脱出/カイルロッド様LOVE♪
 [備考]:格納庫の事についての記憶が失われています

382人形達の参戦 9 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/05(日) 13:43:59 ID:D7qZuQnc
 【カイルロッド】
 [状態]:健康 、睡眠中
 [装備]:なし
 [道具]:支給品一式。
 [思考]:シズという男を捜す/イルダーナフ・アリュセ・リリアと合流する
     /ゲームからの脱出/……淑芳が少し気になる/
 [備考]:格納庫の事についての記憶が失われています


 【陸】
 [思考]:取りあえず、この場から逃げる

 
 【人造人間達】
 [装備]:賢石。固定武装。
 [思考]:14:00より作戦行動開始/ゲームを乱す者に粛清を


 【モイラ1st】
 [装備]:麻酔銃。賢石。
 [思考]:放送後に参加者に擬態し、疑心暗鬼にさせる/殺しはしない


 【モイラ2nd】
 [装備]:賢石。?。
[思考]:放送後に参加者に擬態し、疑心暗鬼にさせる/殺しはしない
 

 【モイラ3rd】
 [装備]:曲弦糸。賢石。
[思考]:放送後に参加者に擬態し、疑心暗鬼にさせる/殺しはしない

 
 【八号】
 [装備]:賢石。?。
 [思考]:放送後に参加者に擬態し、疑心暗鬼にさせる/殺しはしない

383スィリー・カンバセーション ◆rEooL6uk/I:2005/06/06(月) 00:25:08 ID:hNdeEao2
from the aspect of ULPEN
ざく ざく ざく…
森の中に、ただひたすら自らの足音のみがこだまする。
それは心地のいい音だった。
風で葉の揺れる音も帝都の我が家を思わせて心をおちつかせる。
妻の眠るあの小屋を。
いったん草原へ抜けたのだが、暫く歩いてから引き返して正解だった。
また、見晴しの良い草原では、片目を失った視界は酷く不安でもあった。
ここにはそれがない。
どれほど歩いたのだろう。30分、あるいは1時間か。
(無心のあまりに時の概念すら忘れたか)
唇を歪ませて苦笑しつつ、彼、ウルペンは胸中でそうつぶやいた。
が、ふと気付いて笑みを消す。
長く仮面で表情を覆ううちに付いてしまった癖だった。
一人で歩きながら唐突に笑みを浮かべる男など気味の悪いものでしかないだろう。
見ている者は居ないはずだ。少なくとも彼の気付いてるなかでは。
それでも直した方がいいに変わりない。
しかし彼は気付いていなかった。
彼が見当違いな方向へ進んでいる事も。
左目を失い左腕の焼けおちた体は、酷くバランス感覚にかけており、まっすぐに歩く事は困難だ。
知らぬ間に蛇行し、同じ場所を彷徨っていても不思議は無い。
勿論いく場所に目的があったわけではない。が、それでも現在地を見失う事はリスクになりうる。
しかし彼は気付いていなかった。
森も、極限を超えた心身も、驚くほどに平穏だ。
しかし彼は気付いていなかった。
変化はいつもこともなげに訪れる。

384スィリー・カンバセーション(戯言使い) ◆rEooL6uk/I:2005/06/06(月) 00:26:22 ID:hNdeEao2
from the aspect of MONKEY TALK
 ざざぁぁぁ!
「っ!!」
本日二度目の落下感。こんなものは一日に一回で十分だ。
一日一回落下感。なんだか標語みたいで語呂が良い。
…いや、普通は一回もないのか?
「て、そんなことよりも… ドクロちゃん!!」
眼前に迫ってくる地面を後目にぼくは腕の中の少女を抱き寄せた。
目をつぶって衝撃に耐える。ついでに舌を噛まないように。生物として当然の防御反応だろう。
ずざぁぁああああん
ゆっくりと目を開ける。よし。特に怪我をした様子はない。
「ふわあーん ひははんひゃっはよー(舌噛んじゃったよー)」
なんだかすごい涙目だ。砂埃が目にはいったんだろう。
「………」
まあこの娘にそんな事期待するのは無駄だよなぁ。
しみじみと感心して辺りを見回す。
あの銀髪が追ってこないとも限らないし、今の大音響で他の参加者に気付かれないとも限らない。
上方の気配を伺ってから、前方に視線を延ばす。
そこにあったのは…黒い影。
最初ぼくはそれを怪物だと思った。
なんだか酷い違和感がある。
なぜだか凄い危機感がある。
いや、よく見ればそれは知っている人物だった。
小屋にやってきて、娘を探していたあの男。
女の子を殺した、と言っていた。危険人物と見て良いだろう。
そして違和感、その理由は――すぐに分かった。男には左腕が無い。
たった一つそれだけが彼のシルエットに怪物じみた印象を付加していた。
でも、本当に――それだけなのか? ぼくの脳が危険信号を送る。

385スィリー・カンバセーション(戯言使い) ◆rEooL6uk/I:2005/06/06(月) 00:28:07 ID:hNdeEao2
「ドクロちゃん!逃げるんだ!」
これもまた、本日二度目。
しかし当のドクロちゃんは目をこすっていて何も気付いていない。
「ドクロちゃん、といったか」
黒尽くめの声。肌が泡立ち、皮膚が戦慄する。
その言葉に反応したのはドクロちゃん。
「そうだよ。おにいちゃんの名前は?」
小首を傾げる仕草には危機感というものが全くない。
先ほど傷つけられたというのに忘れてしまったのか。
何故――気付かないんだ。
このぼくが、こんなに恐怖していると言うのに。
あの娘は、あんな目にあったというのに。
何故――この恐怖に気が付かない。
「俺の名前か」
面白そうに、男。
「俺の名前など、もうないも同然だ。もとより、多くの者が知っていたわけでもない。そして、それも皆死んだ」
ああ、そうか――
「今の俺は黒衣だ。空白を跋扈し人の世を蹂躙する怪物だ。
 さて黒衣に名前がいるか?存在の全てをこの衣のうちに隠す存在に?
 答えは否、だ。」
これは、この恐怖は――
「今の、俺に、名前は、ない」
今分かった。この恐怖はぼくの恐怖だ!!
物語を歪ませ、結末を狂わせる無為式へのジョーカー。
他人に成り代わろうとする彼女、雑音。そしてこの男。
怖い、恐い。恐ろしく、恐怖している。 
「終わりを始めようじゃないか」
見た事のある糸がどこからとも無く現れ、ぼくのひざの上の、少女の首に巻き付いた。

386スィリー・カンバセーション(戯言使い) ◆rEooL6uk/I:2005/06/06(月) 00:29:30 ID:hNdeEao2
「う あ、いやぁあ」
さっきの牽制とは違う、本気の攻撃。男は、ドクロちゃんを殺す気だ。
なんだか、少女の体重が軽くなっていくようだ。急速に、乾いていく。
「っやめろぉおお!」
ぼくはできる最善の事をした。つまりドクロちゃんを放り投げた。
木々の向こうに小柄な少女の影が消える。
…今度はちゃんと目をつぶってくれる事を祈ろう。
とりあえず、男の意識はドクロちゃんから逸れたようだった。
そして、逸れた意識が次に向かう対象は――
「つまり身を挺してあの娘をかばう、というわけだな」
やっぱり、ぼくですか。
「――別に、身を挺したつもりなんて、ないですよ。ぼくはこう見えても薄情なんです。後であの子にいろいろと恩を着せるという下心がありありですよ」
戯言だ。分かっている。
それでも喋るのをやめられない。
足が震えて動かない。
足が竦んで動けない。
それを知ってか知らずか男は一歩、こっちに近付いてきた。
気が付けばぼくの首筋にも銀色の糸。
「では一つ質問をしよう、少年。問いはこうだ。
『お前に確かなものはあるのか』」
は は、とぼくは笑った。
かすれて、悲鳴じみて聞こえていたかもしれないけど、それでも確かに笑った。
なんと、滑稽じゃないか。
今まで、ぼくは望まれもしない戯言を語ってきた。
それは物語を狂わせ、結果多くの死者が出た。
本当に、多くの人がぼくの戯言で死んでいった。
この島に来てからも一人。もしかしたら凪ちゃん、ドクロちゃんも。
戯言じみた質問だ。答える事も、戯言。
男はぼくにそれを要求している。名前の無い男。戯言の効かない切り札。
効く相手のいない戯言なんて、虚しい独り言。
「そんなもの、あるわけないじゃないですか。
壊して、眺めて、逃げて、近寄って、憎んで、愛して。
そのどれもが半端だ。
ぼくは「生きて」なんかいなかった。ただ、「いる」だけだった。
徹底的に、何もしなかったんだ。
生きたいのに、生きられず、死にたいのに、死ねず。
そんな、戯言使いです」
多分、これが最後の――
「さしあたって、確かなのはぼくはあなたに殺されるだろうと言う事ぐらいです」
最後の、戯言。

「お前は賢明だ」

ああ…喉が乾いた。
誰か、僕に水を下さい。

387スィリー・カンバセーション(戯言使い) ◆rEooL6uk/I:2005/06/06(月) 00:30:17 ID:hNdeEao2
【F−4/森の中/1日目・13:10】
 
【戯言ポップぴぴるぴ〜】
(いーちゃん/(零崎人識)/(霧間凪)/三塚井ドクロ)

  【いーちゃん 死亡】

【ドクロちゃん】
  *生死不明。 次の書き手に任せます。生存なら脱水状態。

【霧間凪】
[状態]:健康
[装備]:ワニの杖 制服 救急箱
[道具]:缶詰3個 鋏 針 糸 支給品一式
[思考]:こいつ(ギギナ)をどうにかして、いーちゃんたちと合流

  『ウルペン』
【ウルペン】
[状態]:左腕が肩から焼き落ちている。行動に支障はない(気力で動いてます)
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式) 
[思考]:1)チサト(容姿知らず)の殺害。2)その他の参加者の殺害3。)アマワの捜索

388損得勘定・義理人情 ◆5KqBC89beU:2005/06/06(月) 10:31:31 ID:gze6IUQc
 李麗芳は夢を見ていた。意識を失う少し前の光景が、夢の中で再現されていた。
 その時、呉星秀が死んだと放送で聞いて、麗芳はショックを受けていた。
「どうしよう……他のみんなも、いつ殺されてもおかしくないよ」
 泣きそうな顔をした彼女に、宮下藤花が言った。
「“人間にとって最大の快楽とは未来を視る瞬間にある。そのとき人は世界すら
 征服したような気がするものだ”――とか書かれた本があるくらい、人は未来を
 予測したがる。けれど、そうした予測を無条件に盲信するのは、とても危険だ。
 はたして、君の憂いている未来は、本当に実現してしまうのかな?」
「え?」
 呆然と藤花を見つめる麗芳。しぐさも、口調も、まなざしも、まるで藤花ではない
別人のようだった。左右非対称な表情には、人間らしさが欠けていた。
「未来が現在になる時まで、答えの出ない問いだ。そうは思わないかい?」
 藤花の顔をした“それ”が何なのか、麗芳には判らなかった。
「と、藤花ちゃん?」
「あ……はい、なんですか麗芳さん? わたしの顔に何かついてます?」
 小首をかしげた藤花の姿が、闇の中に溶けて――夢が終わった。

 目が覚めた時、麗芳は硬い床の上に寝かされていた。周囲は薄明るい光で
照らされていて、この場所が通路の中だと、見れば判る。
「おや、お目覚めですか」
 声の主は、奇妙な姿の男だった。彼の足元には二つのデイパックが置いてある。
片手の指でこつこつ仮面を叩きながら、もう片方の手にスタンロッドを持ったまま、
彼は彼女に歩み寄ってきた。これから戦おうという態度には見えない。

389損得勘定・義理人情 ◆5KqBC89beU:2005/06/06(月) 10:32:16 ID:gze6IUQc
「……それ、素敵な仮面ね」
 麗芳は、男に道具と武器を奪われていた。だが、意識がなかった間に殺されても
いないし、拘束されているわけでもない。彼は話し合いを望んでいる、と判断し、
麗芳は友好的に話しかけてみたのだ。変な仮面だとか思っているが口には出さない。
「どうも。社交辞令だとは思いますが、その思いやりには感謝しておきましょう」
 そう言って、男は麗芳から離れた位置で止まり、スタンロッドを床に置いた。
「あなたのデイパックも、ここに置いて離れます。勝手に取ってください」
 怪訝そうな麗芳を気にする様子もなく、男はデイパックを一つ移動させ、もう一つの
デイパックが置いてある場所まで遠ざかった。敵ではない、と態度で示したのだ。
「失礼だとは思いましたが、あなたが寝ている間に武器を調べさせてもらいました。
 退屈だったし、興味があったものですから。あなたのデイパックは開けていません」
 しかし麗芳は、男を完全には信用しない。何か細工をされた可能性があるからだ。
「……このデイパックが唐突に爆発しても、あんたは離れてるから無事でしょうね」
 裏切って苦しませて殺すのが大好きな男だったりしたら最悪だな、と彼女は思う。
「それでは、近くまで行きましょうか。ああ、心配しなくても大丈夫ですよ。
 もしも戦闘になった場合、僕は絶対に、あなたに勝てない」
 仮面の男は、自慢にならないことを自信たっぷりに断言した。どう見ても変人だ。
「へぇ? あんたは確かに弱そうだけど、わたしだって、か弱い乙女なのよ?」
「あなたが武術の達人だというのは知っています。だいぶ鍛えられているようですね」
 麗芳に向かって歩きながら、男は苦笑したようだった。
「おっ、よく判ったね」
「気絶していたあなたを背負って、ここまで運んできましたから。大変でしたよ」
 つまり、直に触れれば筋肉の状態くらい素人でも判るということだ。

390損得勘定・義理人情 ◆5KqBC89beU:2005/06/06(月) 10:33:07 ID:gze6IUQc
「つまり、わたしの胸やら太腿やらの感触を楽しんだわけね。高くつくわよ?」
 微妙に赤面しつつ、麗芳は男を睨む。半分本気で半分冗談だ。男が平然と答える。
「できるだけ紳士的に行動したつもりです。まぁ、証明するのは不可能ですが。
 放っておいたら誰かに殺されていたかもしれませんね。その場に留まるのは論外。
 あなたを守りながら素手で戦ったら、僕は負けてしまいます。それとも、いっそ
 引きずられて移動した方が良かったと? 僕らは泥の上も通ったんですが」
 男の靴が泥だらけになっているのを見て、麗芳は首を左右に振った。
「貸し借りは無しでいいわ。ところで、ここはどこなの? 何かの通路みたいだけど」
「水がなくなった元湖の、湖底だった場所で発見した地下通路ですよ。敵がいないと
 確認できていて、他の参加者が来なさそうな場所に、戻る途中で発見しました。
 この地下通路に入れたのは幸運でしたよ。ここは、隠れて休むのに最適な場所だ。
 ちなみに、僕のいる方に背を向けて進めば、僕らが入ってきた出入口があります。
 扉がありますが、閉じ込められてはいません。いつでも自由に地上へ出られます。
 出入口の近くには、地下の地図が描かれていました。確認しておくと良いでしょう」
 麗芳の間近で、男は足を止めた。彼女の技量なら、一瞬で彼を攻撃できる位置関係だ。
「さて、こうして僕が情報を提示した理由は、あなたと手を組みたいからです。
 僕は、主催者を打倒し、この島から脱出したいと考えています。他人の思惑通りに
 人を殺すなど、不愉快で我慢できません。だから、まず同盟を結成したいのです。
 あなたは気絶させられていた。現在の状況に、何の不安もないとは思えない。
 こうして話してみた印象からして、僕を殺したいと思っているようでもない。
 利害は一致しているはずです。違いますか?」
 不思議な男だ。善人のようにも悪人のようにも見える。信じるのも疑うのも難しい。

391損得勘定・義理人情 ◆5KqBC89beU:2005/06/06(月) 10:33:54 ID:gze6IUQc
 麗芳は、迷った末に、その迷いを正直に伝えることにした。
「違わない。でも、お互いに、信用できるっていう証拠がないんじゃない?」
「共通の敵が、あなたと僕とを結束させてくれるように祈るばかりですね。
 そもそも今も、あなたを怒らせたら、僕は死ぬかもしれないわけですから」
 緊張感のない言い方だったが、仮面の男が危険な賭けをしているのは事実だった。
 太白さまみたいな話し方だな、と麗芳は思う。太白というのは、彼女のよく知る
天界のお偉いさんで、舌先八寸だとか五枚舌だとか言われて親しまれている二枚目だ。
「……そうね。とりあえずは、できる範囲で協力し合いましょう」
 そう言って麗芳が微笑むと同時に、謎の轟音が響いた。思わず二人は身構える。
「何だ? 今のは」
「さあ? 何だか判んないけど油断は禁物ね。えーと……あんた、名前は?」
「エドワース・シーズワークス・マークウィッスルといいます」
「うわ、長い名前……憶えにくいし、舌噛みそう……」
「EDと呼んでください。どうぞよろしく。で、あなたの名前は?」
「李麗芳よ。麗芳でいいわ。よろしくね、EDさん」
 しばらく待っていると、今度は謎の声が聞こえてきた。
『皆さん聞いてください、愚かな争いはやめましょう、そしてみんなで生き残る方法を考えよう』
 二人は顔を見合わせたが、声に続く銃声と悲鳴を聞いて、口を閉ざした。

392損得勘定・義理人情 ◆5KqBC89beU:2005/06/06(月) 10:34:51 ID:gze6IUQc
「あれはピストルアームの発射音でした。この島にも、あれが存在しているとは……」
「何なの、そのピスなんとかって? とにかく物騒な武器だってことは想像つくけど」
 二人は食事をしながら情報交換をしていた。麗芳は常人の倍くらい食べていたが、
あえてEDは指摘しなかった。賢明だ。
 これでも麗芳としては、ものすごく食欲が落ちている状態だったりするのだが。
 二人とも、教えても無害そうな情報は隠すことなく話している。当たり障りのない
話題から語っているのは、序盤の会話を、その後の判断材料にできるようにだった。
 自己紹介。自分のいた世界について。竜について。魔法と術について。
 EDが一通りの情報を話し終わった後で、麗芳が情報を教える。そういう順番だ。
「まずは信用を得るのが第一ですからね。僕は、あなたを信用できると判断しました」
 などとEDが主張したからだ。おかげで麗芳は、隠し事をしづらい気分になった。
 情報交換は順調に進んだ。どれもこれも、互いにとって驚くべき内容の連続だった。
 魔法や術に関しては二人とも専門家ではないこと、故に呪いの刻印をどうにかする
手段がないこと、麗芳の能力に制限がかかっているらしいことなどが確認された。
 二つのデイパックが二人の手で開けられ、ランダムに渡された道具の把握も済んだ。
 次の話題は、この島にいる知人について。
 EDは躊躇なくヒースロゥのことを説明し、最後にこう言った。
「あいつなら、ちょっとやそっとのことで殺されたりはしないでしょう」

393損得勘定・義理人情 ◆5KqBC89beU:2005/06/06(月) 10:36:26 ID:gze6IUQc
 少し悩んだが、結局、麗芳は妹や知人について詳しく話した。
「神将の二人は、そう簡単には死なないと思う。でも、淑芳ちゃんは腕力ないし……
 術の力が封じられてたりしたら、ただの運動オンチになっちゃうから……」
 藤花のことも教えた。夢に見ていた会話についても、できるだけ正確に伝えた。
「もう一度、彼女に会って、事情を話してもらいたいの」
 そう言って遠い目をする麗芳に、EDは小さく頷いてみせた。
「“人間にとって最大の快楽とは未来を視る瞬間にある。そのとき人は世界すら
 征服したような気がするものだ”――か。偶然なのか、それとも必然なのか、
 その少女は、どうやら“霧の中のひとつの真実”について何か知っているらしい。
 個人的にも興味がわいてきましたよ。ああ、ぜひとも会ってみたい」
 さらに次の話題は、今後の行動について。
「次の放送が終わったら単独行動しましょう。ここを拠点にして、仲間を探すんです。
 そして、第三回の放送が始まる頃に、この場所で合流したいと思います」
「え? どうして? なるべく一緒にいた方が良いんじゃないの?」
「皆殺しを目的にする場合、最も厄介なのは同盟です。放っておけば、どんどん人数を
 増やし、手がつけられなくなる。単独行動している敵を後回しにしてでも、早めに
 始末しておかなければならない。――だから、集団行動をしそうな者から狙われます。
 二人組など、『他の同盟と合併する前に襲ってくれ』と言っているようなものです。
 同盟を結成するなら、一気に何人も集めないと危険なのですよ。手分けして仲間を
 探し、一斉に集めるんです。合流した時点で、まだ戦力が足りないようなら、また
 手分けして仲間探しを再開しましょう。異議はありますか?」

394損得勘定・義理人情 ◆5KqBC89beU:2005/06/06(月) 10:37:26 ID:gze6IUQc
「ある。それでも襲われるかもしれないじゃない。わたしはともかく、EDさんは
 襲われたら殺されそうじゃない。そんなのダメよ」
「僕は、あなたほどタフじゃありません。間違いなく足手まといになりますよ。
 僕が休憩したいと言ったせいで、妹さんが襲われている場所への到着が遅れたり
 したら、麗芳さんは僕を嫌いになってしまうでしょう?」
「そんなこと……」
 ない、とは言いきれなかった。うつむく麗芳に、EDが声をかける。
「気にする必要はありませんよ。なにしろ、僕らは仲間なんですから。ね?」
 ――こうして麗芳は、EDの奇妙な冒険に巻き込まれた。


【B-7/湖底の地下通路/1日目11:30】

『反戦同盟エドレイホウ』
【エドワース・シーズワークス・マークウィッスル(ED)】
[状態]:健康
[装備]:仮面
[道具]:支給品一式(パン5食分・水1700ml)、手描きの地下地図、飲み薬セット+α
[思考]:同盟の結成(人数が多くなるまでは分散する)/ヒースロゥ・藤花・淑芳・鳳月・緑麗を探す
[行動]:第二回放送後から単独行動開始/第三回放送までに麗芳と合流
[備考]:「飲み薬セット+α」
「解熱鎮痛薬」「胃薬」「花粉症の薬(抗ヒスタミン薬)」「睡眠薬」
「ビタミン剤(マルチビタミン)」「下剤」「下痢止め」「毒薬(青酸K)」以上8つ

【李麗芳】
[状態]:健康
[装備]:指輪(大きくして武器にできる)、凪のスタンロッド
[道具]:支給品一式(パン4食分・水1500ml)
[思考]:淑芳・藤花・鳳月・緑麗・ヒースロゥを探す/ゲームからの脱出
[行動]:第二回放送後から単独行動開始/第三回放送までにEDと合流

395名も無き黒幕さん:2005/06/07(火) 18:59:48 ID:gycKcWE2
読みにくいのでage

396損得勘定・義理人情(改) ◆5KqBC89beU:2005/06/09(木) 12:34:04 ID:gze6IUQc
EDのセリフを修正。

>>390
「さて、こうして僕が情報を提示した理由は、あなたと手を組みたいからです。
 僕は、この企てを叩き潰したいと考えています。というわけで、これから僕は、
 島中の参加者たちと交渉し、ありとあらゆる方法で、殺し合いを妨害します。
 その為には、同盟を結成しなければならない。まず、あなたの力が必要です。
 あなたは気絶させられていた。現在の状況に、何の不安もないとは思えない。
 こうして話してみた印象からして、僕を殺したいと思っているようでもない。
 利害は一致しているはずです。違いますか?」

>>393
「(略)二人組など、『他の誰かが加盟する前に襲ってくれ』と言っているようなものです。(略)」

397グッバイ・アーチ 1 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/12(日) 22:03:07 ID:D7qZuQnc
 ついに長い階段が終わりを告げ、広々としたフロアに出る。
 北と東へ二本の通路が延びているが、その間には巨大な扉があった。
 それはさも異様な妖気を放っているように感じられる。
 中から感じる威圧感に気圧されながらカイルロッドは呻いた。

「これが……格納庫」

 複雑な幾何学的紋様に隙間なく覆われた鉄製と思われる大扉。
 その表面は等間隔に設置されたライトによって光沢を帯び、
 場所さえ異なれば荘厳な雰囲気を見い出すことが出来ただろう。
 しかしここは地底であり、岩肌に浮き立つその姿は魔窟の入り口にしか見えない。

「随分と手の込んだ装飾ですわね……」
 扉に近づこうとした淑芳にカイルロッドは手を伸ばして引き寄せる。
 カイルロッドは地下に入った時、背後の扉が閉じてしまい戻れなくなった事を思い出し、心配していた。
「うかつに近づくな、まだ何か仕掛けが有るかもしれない。陸、何か怪しい物は?」
「地面には何の仕掛けも有りません、周囲に不自然な臭いも無いようですね」
 付近を嗅ぎ周っていた陸がカイルロッドの問いに応じる。
「上にも特に変わった物は無さそうですわね……カイルロッド様、退がっていて下さい」
 カイルロッドの前に進み出た淑芳の手には、数枚の呪符が握られていた。
 淑芳まさか――とカイルロッドが声をかける前に、
「吹き飛ばしますわ!李淑芳の符術、得とご覧あれ。臨兵闘者以下略!絶火来来、急々如律令!」
 ――犬ばかりにいい顔をさせるわけにはいかないわ!
 符が凄まじい勢いの爆炎に変化し、扉を穿つと同時に炎の光がフロアを包み、
 飛び散った火の粉が陸の毛を焦がす。
 力が制限されているとはいえ、本来なら天界の神将も感嘆するほどの高レベルな符術が炸裂した。

398グッバイ・アーチ 2 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/12(日) 22:05:03 ID:D7qZuQnc
 しかし――
「嘘、無傷だなんて……」
 目立った損傷もない大扉が、呆然とした淑芳の前にそびえていた。
 
 淑芳が手の込んだ装飾と称した扉の幾何学的紋様は、
 実は物質の強度を高めるための論理回路である。
 更に1st-Gの賢石加工が施されて『べらぼーに頑丈』と書かれているために、
 並みの攻撃位は跳ね返す、鉄壁の守りだという事を彼等は知らない。 

「まったく、ハデな見かけの割には、私の毛を焦がす程度の威力しかないんですか?」
 カイルロッドの背後に緊急避難していた陸が非難の声を投げかけてくる。
 ――大誤算ですわ、扉一つ壊せずに更には犬ごときに馬鹿にされるなんて……、
 何としてでも名誉を挽回しなければなりませんわね
 一瞬で思考を終了した淑芳は、愛しのカイルロッドと犬畜生に向かって作り笑いを浮かべた。
「ふふふ、一見しただけでわたしの実力を嘲るとは、おめでたい頭脳をお持ちですわね。
これはほんの小手調べ。序の口に過ぎないことを教えて差し上げましょう」
 黒地に銀の刺繍の入った道服を優雅になびかせ、淑芳は再び扉に向き直る。
  
 目に決意を浮かべて後ろを向いた淑芳から、只ならぬ気配を感じたカイルロッドは、
「お、おい淑芳――」
 無理はするなよ、と告げようとした瞬間。
 彼女の手に先ほどの倍近い呪符が握られているのに気付いて、
 ――手遅れだ。
「陸、目を閉じろ!」
 足元の陸を掴むと同時に、後方に跳躍して地面に伏せる。
 直後に、
「臨兵闘者――」
 ぎりぎりで塞いだ耳に次の瞬間爆音が響き、同時に猛烈な衝撃が体を襲った。
「!!」
 続いて熱気、冷気、再度の衝撃が伏せた背中の上を通過して行くのを感じ、
 最後に強烈な打撃音と破壊音が響く。

399グッバイ・アーチ 3 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/12(日) 22:06:16 ID:D7qZuQnc
 ごいん!
 めきゃ!

 それきり音は聞こえなくなり、恐る恐る顔を上げたカイルロッドは、
 何か巨大な力でブチ抜かれた大扉と、乱れた髪を整えながら不適に笑う淑芳を見た。
「いかがです?まあ、犬ふぜいでは私の符術の技量を計り知る事はできそうにありませんからね。
わたしの力を侮った先ほどの台詞は見逃して差し上げるわ」
 そこはかと余裕や自信を漂わせる言動だが、実際に扉を破壊したのは淑芳の符術ではない。
 一振りで天界に衝撃を起こした、太上老君秘蔵の武宝具『雷霆鞭』である。
 しかし、実際に再び扱ってみて淑芳はその威力に戦慄していた。
 ――持ち手によって威力が増減するとはいえ、なんて破壊力…… 。
 これがもし、悪しき力を持つ者の手に渡ったら、などと考えるだけでも恐ろしい。
 効果範囲が制限されていてももこの威力。
 ――例えどのようなものが相手であろうと必殺間違いナシですわ。
 ムキになった自分が本気で符術を使えば、
 カイルロッド達が防御行動を起こして自分をまともに見れなくなる。
 その瞬間を見越して、符術にまぎれてデイパックから雷霆鞭を取り出し、一撃を加えたのだ。

 当然カイルロッド達はそれを知らない。
 愛する人に対して嘘を貫く罪悪感が募る。
 しかし、自分はこの武宝具の存在を隠し通さなければならない。
「す、凄いな淑芳。なんて力だ」
「確かに。口先だけでは無かったのですね」
 身体を起こしながらカイルロッドと陸が賞賛の言葉を伝える。
「簡単な事ですわ、超高熱、超低温、超打撃の一点加重攻撃は大抵の物を破壊します。
わたしの頭には、精密な頭脳が詰まっていて四六時中休みなく働いているのです。
腕っ節には自信がありませんが符術と料理は大得意ですわ」
 体を払いながら、さりげなく誤魔化しの言葉を返すと、
 おぉ、と更なる感嘆の声がカイルロッドの口から漏れる。
 自分を信用してくれているであろう彼の言葉だけに心が痛んだ。

400グッバイ・アーチ 4 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/12(日) 22:07:07 ID:D7qZuQnc
「さあ、丁度よい大きさの穴が空いたので格納庫に入りましょう」
 一人苦しむ淑芳の心を知ってか知らずか、陸が扉に向かって歩を進め始め、
 神妙な面持ちでカイルロッドがそれに続く。
「あぁん、そんなに急がないで下さいなカイルロッド様ぁん」
 淑芳も格納庫にある存在を確認し、兵器ならば破壊するという目的を思い出して、
 気持ちをLOVEモードに切り替えてその後を追った。
 くよくよしてもしょうがない。今は目の前の事に集中しよう。
 生き残って、理想の新婚家庭を築くために。

 淑芳がブチ抜いた穴にカイルロッドは手をかけた。
 こうして見ると扉はずいぶんと厚い。
 格納庫の存在を知った時から、
 ――何が有るのだろうか?
 と疑問を浮かべて、その都度、
 ――何が有ろうと俺は臆さん。
 と思い直してきた。
 ――さて、吉と出るか凶と出るか……とんでもない物が無ければいいが。
 数瞬の黙考後カイルロッドが扉をくぐった瞬間、頭の中に声が響いてきた。

・――金属は生命を持つ

「何だ?」
 あたりを見回すと、奇怪な物体が大量に整列している。
 そのあまりの異様さに意識を奪われたカイルロッドは、先ほどの声の存在を完全に忘却してしまった。
 格納庫に納められていた物。それは、
「人形……なのか、これは?」
 動力を伝導するための複雑な歯車と、腱代わりの幾本ものワイヤー、露骨な金属フレーム。
 それら全てが組み合わさって織り成す造形は、不気味なオーラを放ってこそいたが、
 概ね人らしき形を保っていた。
 ユーモラスで独創性溢れるフォルムだな、とカイルロッドは心惹かれる。
 中には蜘蛛にしか見えない物も有るが、人型の物がほとんどだ。
 心惹かれると同時に、人に似ていて、しかし人とは明らかに別種の存在に対する恐怖も生まれる。

401グッバイ・アーチ 5 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/12(日) 22:08:01 ID:D7qZuQnc
「な、何?この奇妙な空間は?」
 後から入ってきた淑芳は思わずカイルロッドの裾を掴む。
 淑芳にしてみれば、機械仕掛けの人形など恐怖の対象でしかない。
 妖怪などとはまた異なった無機質な容姿、しかし、
「何だか……生きてるみたいですわ」
 何処からともなく視線を感じてついついカイルロッドの背中に隠れてしまう。
 ――情けないけど、こういう時こそ甘えておくのも善いかもしれませんわ。
 思っていても口には出さないが、それとなく接近したりする辺りは、
 ――なかなか計算深いわね、わたし。
 などと冷静に思考している。

「どうやらこれは人造人間のようですね」
 人形たちの間を走り回っていた陸が戻ってきた。
 カイルロッドに淑芳がはりついているのをちらりと見やり、
 「格納庫内に目立った仕掛けや、人の気配は有りません」
 と告げた後に、
「製作者の名前と識別名が書いて有ります。例えばこれ、『人造人間二十二号コルチゾン君』
更に、『大天才コミクロン作製』だそうです。製作者のセンスが疑われますね」
 陸が指した先の蜘蛛型の物体には確かに名前が記されている。
 同時刻に遥か彼方で、その製作者がくしゃみをして首を傾げていた事は誰も知らない。

「そう言うなよ陸、俺の世界でこれほどの物を作り上げた者は天才扱いされるぞ」
「それに、一号からの技術の進歩が見て取れますわね。複雑さが増していますわ」
「そう言われば、試行錯誤の跡が分かりますね。
機械技術が未発達な世界の先駆者の作品かもしれないですね」
「何はともあれ、危険そうでなくて何よりだ。しばらく見て回るか」

402グッバイ・アーチ 6 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/12(日) 22:08:41 ID:D7qZuQnc
 数分間格納庫を見て回ったが、人造人間達の装備は貧弱で、
 とても大量殺人をこなせる様な代物ではない。とカイルロッド達は結論付けた。
 更に人造人間達はまともに駆動するための機関を持っておらず、
 その場でがちゃがちゃ動くだけだろう。とも陸が判断し、
「取り敢えずはこの場に放置……ということで良さそうですね。シュールな光景ですが」
「ああ、しかし俺達が危惧していた様な危険な兵器が無くて安心した」
「全くですわ。最初に見た時は何かと思いましたが……しかし管理者の意図する
ところが読めませんわね。いったい何のために?」
「まあ、いいさ。実際に大した問題には成りそうにない。
それより今は知人を探すことに専念した方がいい。手遅れにならないうちに」
 しきりと首を傾げる淑芳にカイルロッドは当初の目的を告げる。
「そうですわね。さっさとこの犬を飼い主に引き取ってもらわないと。
それに麗芳さん達の事も心配ですわ。」
「私も早くシズ様と再開したいですね。それにそろそろ日光が恋しくなってきました」
「なら一刻も早く地上への出口を探すとするか。ここから一番近い所は?」
 カイルロッドが淑芳に尋ねるとほぼ同時に、淑芳は地図を濡らし始めた。
 
「塞がってしまった入り口を除くと……H-1かC-3のエリアが近いようですわね。
人探しならC-3の出口が良さそうですわ。商店街が在りますもの」
 水を垂らした地図をなぞりつつ、淑芳はカイルロッドの顔を伺う。
「そうか、ここからだと向こうに着くのは二回目の放送くらいになるな。
市街地には人が集まっていてもおかしくない。そちらに行くべきか」
「敵に遭遇する危険が大きくなりますよ?」
「ああ、だが参加者全てがゲームに乗ってるわけではなさそうだ。
危険は承知だが、取り敢えず今は情報が欲しい。」
「分かりました。私は先行して出口の様子を見てきます」
 とてとてと走り去る陸に続いてカイルロッドも腰を上げた。
「さて、俺達も行くとするか」

403グッバイ・アーチ 7 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/12(日) 22:09:21 ID:D7qZuQnc
 二人と一匹が立ち去った後、
 駆動音が格納庫の静寂を切り裂いた。
 3rd-Gの概念によって命を得た人造人間達が、静かに活動を開始する。
 彼らは全て、キリランシェロに破壊されたコミクロンの駄作達だ。
 その数およそ三十体。
 駄作とはいえ馬鹿にできるものではない。

「兄弟達よ!闘いの時だ!」
 顔面に口を有する人造人間が声を発する。
 格納庫には今や彼らしか存在しない。
「ガラクタ呼ばわりされ、廃棄された我々を再生し、命を下さった主催者の方々の為、
我々はこれより死地に赴く!総員、命を捨てる覚悟はあるな!?」
 がちゃがちゃと体を動かし、同意を示す人造人間達。
 不気味すぎる光景だが、コミクロンがこの場に居れば狂喜の涙を流しただろう。
 やはり俺の信じた科学は偉大だ、と。
「それでは主催者の命により、ゲームを乱すものに鉄槌を下す。
作戦開始は12:00だ。総員、配置に着け!」

 足並みをそろえ、隊列を整え、
 総勢三十体あまりの人造人間達が地下道に向かって進撃してゆく。
 駄作の彼らが再び戻ってくることは無いだろう。
 しかし彼らは進まねばならない。
 主催者のための闘争。
 それが廃棄された自分達の唯一の存在理由なのだから。

404グッバイ・アーチ 8 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/12(日) 22:10:06 ID:D7qZuQnc

【F-1/海洋遊園地地下 格納庫/一日目、07:45】


 【李淑芳】
 [状態]:健康
 [装備]:なし
 [道具]:支給品一式。雷霆鞭。
 [思考]:雷霆鞭の存在を隠し通す/カイルロッドに同行する/麗芳たちを探す
     /ゲームからの脱出/カイルロッド様LOVE♪♪
 

 【カイルロッド】
 [状態]:健康
 [装備]:なし
 [道具]:支給品一式。
 [思考]:シズという男を捜す/イルダーナフ・アリュセ・リリアと合流する
     /ゲームからの脱出/……淑芳が少し気になる


 【陸】
 [思考]:カイルロッドに付いて行く

 
 【人造人間達】
 [装備]:賢石加工。固定武装(ただし殺傷力低し)。
 [思考]:放送後に戦闘行動開始/ゲームを乱すものに粛清を
 [備考]:禁止エリアに制限されない/3rd-Gの概念による若干の性能向上

405グッバイ・アーチ 6改 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/18(土) 22:51:30 ID:D7qZuQnc
数分間格納庫を見て回ったが、人造人間達の装備は貧弱で、
 とても大量殺人をこなせる様な代物ではない。とカイルロッド達は結論付けた。
 更に人造人間達はまともに駆動するための機関を持っておらず、
 その場でがちゃがちゃ動くだけだろう。とも陸が判断し、
「取り敢えずはこの場に放置……ということで良さそうですね。シュールな光景ですが」
「いや、破壊しておく」
「何故です?どう考えても使い物にはなりませんよ」
「ああ、今は無害だろうが誰かの手が加わって、
殺戮兵器にならないという可能性は何処にも無いからな。
それにこのゲームにおいて、石橋を叩き過ぎると言う事は無いだろう」
「私も壊すのに賛成ですわ。最初に見た時に直感しました。
更に管理者の意図するところが読めない以上、放置するのは危険ですわ」
「ならば、天井を落とすべきですね。中央の巨柱を折れば済むのではないでしょうか?」
 では、と淑芳が再び呪符を取り出す。
 カイルロッドは辺りを眺め、
「淑芳、俺に任せてくれ。呪符も無限じゃあないだろう。あの程度なら崩せそうだ」
 瞬間、

 ぎり、ぎり、ぎり

 何かが軋む音が辺りに響いた。
「何だ?」
「カ、カイルロッド様、人形が……動いてますわ」
「そんな!自立駆動などできないはずです!」
 本来は、誰かが起動しなければ動くことの無い存在。
 しかし、己の存在の危機を感じ取り、人造人間達は確かに動き始めていた。
 五体を軋ませ、歯車の律動が、ピストンの鼓動が唸りを上げる。
 そして――
「走り出した!?」
「向かって来ますわ!」
 狼狽する二人を庇い、カイルロッドは立ちふさがった。
 ――三十体ばかりの人形ごとき、魔物の群れに比べれば!
 かつて自分はこの何十倍もの魔物一撃でを葬った。
 力は弱まったが「人を守りたい」と思う心は今も変わらずここにある。

406グッバイ・アーチ 7改 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/18(土) 22:52:37 ID:D7qZuQnc
 カイルロッドは天井を支える巨柱に手をかざして念を集中し、
「ク・ダ・ケ・ロ ――!!!」
 呼気と共に吐き出した想いは力となってその掌から青銀の稲妻となって迸り、

 ずがあぁん!

 途中何体もの人造人間を吹き飛ばし、柱を直撃した。しかし、
「力不足か……」
 柱を砕ききるには足らず、人形の群れが目前に迫る。
 だが、カイルロッドは諦めない。
 ――何度でも、力尽きるまでやってやる!
 再び手をかざすと、それを後ろから支える腕があった。
「未来の夫を支えるのは、婚約者として当然ですわ。
臨兵闘者以下略!氷魔来来、急々如律令!」
 淑芳が背後で巨大な氷の槍を作り出し、支柱に向かって放つ。
 カイルロッドは後ろに向かって笑みを浮かべ、
「これで終わりだ! ク・ズ・レ・ロ ――!!!」
「ついでに絶火に電光も差し上げます」
 銀色の閃光に併せて符術が放たれる。そして、

 ずどおぉん!!!

 柱を砕かれた天井が、
「――崩れるぞ。逃げろ!」
 次の瞬間、猛然と瓦礫の山が降り注いだ。

 砂埃がもうもうと舞い続ける中、瓦礫を押し退けて男が立ち上がった。
「淑芳、陸、大丈夫か?」
「ふう、死ぬかと思いましたわ。げほっ、あー鬱陶しい」
 あたりを見回すカイルロッドの隣に淑芳がのそのそと這い出してくる。
 立ち上がった彼女は不機嫌な顔で埃を払い、
「最っ悪ですわ。うら若き乙女がこんなに埃まみれになるなんて」
「陸は何処だ?」
「あの哀れな犬はきっと天井に押し潰されて……」
「失礼な。ちゃんと生きてますよ。少なくとも貴女よりは無事です」
 思ったよりも元気だな、と思いつつもカイルロッドはあたりを見回す。
 相変わらずひどい砂埃だが、上から陽光が差し込んで来るのが分かる。
 天井が陥没したことにより格納庫自体が消滅し、同時に海洋遊園地に大穴が空いたようだ。
「人形達は……全滅ですわね」
「ええ、しかしずいぶん大きな穴ができましたね。ここから登れないでしょうか?」
「壁が内側に傾いてますわ。よじ登るのは無理じゃないかしら」
「俺も今は飛べそうにないから、地下に戻るしかないな。幸いな事に扉の穴が残っている」
「惜しいですね、すぐそこに空が見えるのに」
「まあ、いいさ。面倒事は済んだし、今は知人を探すことに専念した方がいい。
手遅れにならないうちに」
 淑芳と陸にカイルロッドは当初の目的を告げ、ほこりを払う。
「そうですわね。さっさとこの犬を飼い主に引き取ってもらわないと。
それに麗芳さん達の事も心配ですわ」
「私も早くシズ様と再開したいですね」
「なら一刻も早く地上への出口を探すとするか。ここから一番近い所は?」
 カイルロッドが淑芳に尋ねるとほぼ同時に、淑芳は地図を濡らし始めた。

407グッバイ・アーチ 8改 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/18(土) 22:53:25 ID:D7qZuQnc
「塞がってしまった入り口を除くと……H-1かC-3のエリアが近いようですわね。
人探しならC-3の出口が良さそうですわ。商店街が在りますもの」
 水を垂らした地図をなぞりつつ、淑芳はカイルロッドの顔を伺った。
「そうか、ここからだと向こうに着くのは二回目の放送くらいになるな。
市街地には人が集まっていてもおかしくない。そちらに行くべきか」
「敵に遭遇する危険が大きくなりますよ?」
「ああ、だが参加者全てがゲームに乗ってるわけではなさそうだ。
危険は承知だが、取り敢えず今は情報が欲しい。」
「分かりました。私は先行して出口の様子を見てきます」
 とてとてと走り去る陸に続いてカイルロッドも腰を上げた。
「さて、俺達も行くとするか」

 

【F-1/海洋遊園地地下 格納庫/一日目、07:45】


 【李淑芳】
 [状態]:健康 、埃だらけ
 [装備]:なし
 [道具]:支給品一式。雷霆鞭。
 [思考]:雷霆鞭の存在を隠し通す/カイルロッドに同行する/麗芳たちを探す
     /ゲームからの脱出/カイルロッド様LOVE♪♪
 

 【カイルロッド】
 [状態]:健康 、埃だらけ
 [装備]:なし
 [道具]:支給品一式。
 [思考]:シズという男を捜す/イルダーナフ・アリュセ・リリアと合流する
     /ゲームからの脱出/……淑芳が少し気になる


 【陸】
 [思考]:カイルロッドに付いて行く

 【補足】格納庫は全壊、海洋遊園地の一部が陥没し地下へ行ける(降りれるが登れない)

408現れたもの 1/10 ◆69CR6xsOqM:2005/06/19(日) 09:56:42 ID:EGTFaGMo
カイルロッドたちの正面に立ちはだかる巨大にして重厚なな扉。
複雑な紋様が表面に施されており、何かの魔方陣のようにも見える。
地図にあるとおり、これが格納庫の扉なのだろう。
しかし、格納などと近代的な響きと裏腹に岩肌にめり込んだその偉容は正しく魔境への扉に見えた。
「我々の他に生き物の臭いはしません。また、中からも生物の気配はしませんね」
「扉から漂う妖気以外に感じ取れる力もありませんわ。少なくとも扉までの床や壁には
 何も仕掛けられていないようです。……機械的な仕掛けだった場合お手上げですけど」
陸と淑芳が周囲を観察し、そう報告してくる。
カイルロッドは頷き、静かに扉へと近づき始めた。
淑芳と陸も後に続こうとするが、それをカイルロッドの腕が遮る。
彼の真剣な表情に従い、立ち止まる淑芳たち。
「お気をつけください、カイルロッド様。何か嫌な予感がしますわ」
「わかってる。大丈夫さ、淑芳」
カイルロッドは扉に後一歩のところまで近づくと注意して観察し始める。
扉には取っ手も何もついていない。
しかし、カイルロッドの腰あたりの高さに鍵穴にしては大きな穴が開いていた。
その上には文字の書かれたプレート。

【神の怒りを鍵としてこの扉を打ち据えよ その者、神の叡智を授かるであろう】

わけがわからない。
試しにカイルロッドは扉に手を掛け、押してみた。
開かない。そして、何も起こらない。
まさか引っ掛けで引き戸や上げ戸になっているわけでもあるまい。
やはり鍵が必要のようだ。
カイルロッドはげんなりした。相当の決意を込めてここに来たのに、鍵がなくて入れないときた。
これではまるで道化だ。全くの無駄足になってしまった。
扉に触れてからかなりの時間が経っているが何も起こる様子はない。
とりあえずは安全のようだ。
「淑芳、陸!来てくれ。この扉、鍵がないと開かないみたいなんだ!」
二人が小走りに駆け寄ってくる。

409現れたもの 2/10 ◆69CR6xsOqM:2005/06/19(日) 09:57:55 ID:EGTFaGMo
穴の上にあるプレートを見て陸は呟いた。
「神の怒り……素直に読めば雷のことでしょうね。
 機械式の扉でどこかに電流を流す仕掛けが施してあるのかもしれません」
「いや、でも『鍵として』だぜ? それにこれみよがしに穴が開いているし……
 やっぱり、何らかの道具をここに差し入れるんじゃないか?」
あれやこれやと推測を並べ立ててみるが、結論は出ない。
「いっそのことカイルロッドの力で破壊してしまうというのはどうでしょう?」
それを聞いてカイルロッドは腕を組み唸る。
「う〜ん、できるかな?これで結構俺の力も制限されてしまってるし……」
難破船のマストを焼き切れなかったことを思い出す。
勢いよく折ってしまわないように手加減したとはいえ、思った威力の1/3も出なかった。
扉に目をやる。材質は判らないが、かなり頑丈そうな金属でできている。
巨大にして重厚。全力で放ったとて現在の自分の力が通用するかは怪しかった。
「でも、ここまできて無駄足も悔しいしな。やるだけやってみようか。
 淑芳の術と同時に放てば何とかいけるかもしれない。なぁ淑芳、……淑芳?」
ふと淑芳を見やると淑芳は真剣な表情でプレートと穴を凝視し、何やらブツブツと呟いている。
そこにきてようやく、カイルロッドは今まで会話に淑芳が参加していなかったことを思い出した。
「気に入らない……非常に気に入りませんわ……」
「どうしたんですか、淑芳?何かこの扉に関して心当たりでも?」
陸の質問にも無反応。ただ怒った様な表情で扉を睨み付けている。
「これは主催者の仕組んだこと?偶然にしては出来すぎですわ……
 ならば何を狙っているのか……このまま踊らされるのも癪ですわね、しかし……」
「淑芳?どうしたんです…「いや、待て陸」
淑芳に声を掛けようとした陸をカイルロッドが遮る。
「淑芳は何かに気付いたみたいだ。ここは彼女の結論が出るまで様子を見よう」
「そう……ですね。いつになくシリアスですし、そうしましょう」
「いえ、その必要はございませんわ」
見ると、淑芳が冷や汗を垂らしながらこちらを見据えてきていた。

410現れたもの 3/10 ◆69CR6xsOqM:2005/06/19(日) 09:58:44 ID:EGTFaGMo
「もう、いいのですか?淑芳」
「はい」
「何を考えていたのか聞かせてくれないか?」
カイルロッドのその問いに淑芳はいきなり頭を下げた。
ぎょっとして後じさってしまうカイルロッドと陸。
「話す前に私、カイルロッド様に謝らなければなりません」
「な、何を?」
「ずっと欺いていたことをです」
そういって淑芳は顔を上げ、デイパックから何かを取り出そうとする。
その間、謝罪する相手に私は数には言っていないのでしょうね、と陸は諦観の念で淑芳を見つめていた。
淑芳がデイパックから取り出したのは長さ1m程の金属製の棒だった。
柄に紅い房がついている。
それから放たれる凄まじい威圧感にたじろぐカイルロッド。
「そ、それは一体?」
「これが私に支給された武具。私の師にして最古の神仙。玉帝と並ぶ力を持った天界の重鎮。
 しかしてその実体は喰うことと寝ることにしか興味のない、長く生きすぎて脳みそが耳から
 だらだら垂れて無くなってしまったのかの如きぐーたら老人なのですが……いえ、話がそれました。
 ともかく、わが師太上老君が八卦炉の火で鍛え上げた天界最大の武宝具、「雷霆鞭」なのですわ!」
「「おお〜〜〜〜〜〜」」
淑芳の口上に思わず喚声を上げるカイルロッドと陸。
「私如きが使っても大地に大穴を空けることが可能な武器です。
 邪悪な者にわたれば一体どれだけの悲劇を生み出すのか……考えたくもありませんわ。
 だから私はこの武器を封印することに決めました。奪われぬように、存在を気取られぬように。
 その為とはいえ、私はカイルロッド様をずっと欺いてきたのです。
 本当に、申し訳ありませんでした……」
そういって淑芳は俯き、袖口で涙を拭う振りをする。
「そんなことを気にする必要はないよ淑芳。君の判断は間違っていない。
 さあ、元気を出して」
「ああ、有難うございます、カイルロッド様……」
淑芳はカイルロッド胸にすがりつく。
『あー、いい様に操られてますねー』
陸は彼女の嘘泣きに気付いてはいたが、とくに口を挟むこともなくおとなしくしていた。

411現れたもの 4/10 ◆69CR6xsOqM:2005/06/19(日) 09:59:25 ID:EGTFaGMo
「そしてその武器こそがこの扉の鍵というわけですか?
 すごい偶然ですね」
その陸の言葉を聞いた淑芳は顔を上げ、神妙な表情になる。
「私はまさしくそのことを考えていたのですわ。
 偶然、地図の秘密に気付いた私達が、偶然、何の障害もなく格納庫にたどり着き、
 偶然、扉の鍵を持っていた。しかも偶然、それは私の良く知る道具だった。
 ここまで揃うとこれはもう作為的なものと考えざるを得ません。
 私達は主催者の掌の上で踊らされているのですわ」
拳を握って力説する。余程腹に据えかねているようだ。
しかしカイルロッドはそれに異を唱える。
「だが淑芳。確かにそこまで偶然が重なると必然のようにも思えるが、
 その中で主催者が介入できそうなものといったらその武器を淑芳の支給品にすることくらいだぜ?
 後は全て本当に偶然か俺たちの意志による行動だ。考えすぎじゃないのか?」
「そうかもしれません。しかし……」
淑芳は手の刻印に目をやる。
「私達がそう行動するように仕向けられていた、という可能性もあります。
 この忌々しい刻印からの介入によって」
ハッとしてカイルロッドも刻印を見る。
「例えば、地図が火に近づきすぎていることに気付かない。
 わずかに焼けただけなのに水筒の水を全てかけてしまう。
 他の参加者が通らない道を選ばせる。
 それが刻印からのわずかな信号によって私達の意志が操作された結果、だとしたらどうでしょう?
 そしてこれは恐らくですが私達以外の参加者の地図に水をかけても
 地下空洞の地図は出てこないのではないでしょうか?」
「全ては推論に過ぎませんね。しかし主催者の力を考えればあり得なくはない説です。
 仮にその通りだとして、主催者の目的は一体何なのでしょう?
 我々に格納庫を確認させてどうするつもりでしょうか」
「わかりません。
 罠なのか、主催者にとって必要なことなのか。それとも偶然の重なった結果なのか。
 私達にはこの扉を開けないという選択肢もあります、しかし……。
 カイルロッド様……」

412現れたもの 5/10 ◆69CR6xsOqM:2005/06/19(日) 10:00:18 ID:EGTFaGMo
淑芳はカイルロッドを見つめる。主催者に対する怒りと決意を持った目だ。
陸もカイルロッドを見つめた。決断を促す、試すような目だ。
淑芳は参謀であり、陸は補佐であり、カイルロッドは指揮官だった。
いつの間にか決まっていた役割。
今、カイルロッドに決断が迫られている。
しばらく黙考した後、カイルロッドは口を開いた。
「開けよう。
 こちらのカードは全て相手に筒抜けだ。
 それを相手にしようとするのならわずかでも相手の手の内を知る必要がある。
 掌の上から抜け出すには掌の大きさを知らないといけない。
 淑芳、やってくれ」
「はいっ!」
淑芳は力強く頷き、雷霆鞭を扉の穴の中へ挿入する。
かちり、と音がしてぴったりとはまり込んだ。
「カイルロッド様、ついでに陸。下がっていてください。
 とばっちりが行くかもしれませんわよ」
忠告を受けて、カイルロッドたちは淑芳の背に回り身構える。
「打ち据えよというなら打ち据えて差し上げますわ!
 神の怒り、とくと喰らいあそばせ! はぁーーーー!!」
雷霆鞭に力を送り込み、その威力を炸裂させる。
淑芳と扉の周囲を電撃が迸り、縦横無尽に走り抜けた。
それが収まった後、扉に刻まれた紋様が輝きだし、ゆっくりと扉が左右に開き始める。
ゴォン
完全に扉が開ききった後、雷霆鞭はそこにもう存在しなかった。
武器として使用するか鍵として使用するかの二者択一だったらしい。
そして淑芳は……その場に崩れ落ちる。
「淑芳!」
カイルロッドは倒れた淑芳に駆け寄って抱き起こした。
「しっかりしろ、淑芳。どうしたんだ!?」
淑芳は弱弱しく微笑む。

413現れたもの 6/10 ◆69CR6xsOqM:2005/06/19(日) 10:01:00 ID:EGTFaGMo
「ふふ、私の力が制限されていたことを忘れていましたわ。
 雷霆鞭に力の殆どを持っていかれてしまいました。
 私は今から少し眠らせていただきますね。私を……お護りください」
そういい残して淑芳は目を閉じた。
「ああ、安心して眠ってくれ。必ず護る。」
そしてカイルロッドは淑芳を背に負い、格納庫の中へと足を踏み入れる。
その後を陸が静かについていった。

格納庫の中には広々とした空間が広がっており、
その真ん中に空間の1/3は占めようかという巨大な箱庭が置かれていた。
「これは……この島の全景か?」
蛍光色の光に照らされた箱庭は驚くべき精巧さで島の全域を擬していた。
「物凄く細かい部分まで再現されていますね。
 私達が淑芳と出会った難破船や、灯台はもちろん。
 森の木々の一本一本まで作りこまれています。よっぽど暇だったんでしょうか」
「一体誰が作ったんだろうな」
カイルロッドは淑芳を箱庭の脇に横たえ、様々な角度から模型島を観察する。
陸は箱庭の中に降り立ち、中を歩き回りはじめた。
「お、おい陸。大丈夫か?」
「ええ、かなり頑丈に作ってありますね。
 多少踏んだくらいでは壊れることはないようです。
 いえ、気をつけないとこちらが怪我をしてしまいますね」
陸は平然と中からの観察を続ける。
「うーん、本当にただの模型みたいですねぇ。
 起動に必要なスイッチやそれらしきものも見当たりませんし……」
「いや、この模型からは何らかの力を感じる。
 わずかだが、魔法のような力を」
陸は箱庭の中から出てカイルロッドに近寄る。
「魔法ですか。それでは私の知識ではお手上げですね。
 カイルロッドなら動かせそうですか?」

414現れたもの 7/10 ◆69CR6xsOqM:2005/06/19(日) 10:01:43 ID:EGTFaGMo
「いや、俺では無理だな。俺の力は魔法じゃなくて親から受け継いだ能力だからな。
 魔法や術なんて大層なものじゃない。
 多分だが、これを動かすには力の流れを制御する術が必要なんだと思う。
 俺たちの中で曲りなりにも術が使えるといえば……」
カイルロッドと陸の視線が眠り姫のもとに注がれる。
「やれやれ、彼女が目覚めるまでは待ちぼうけですか」
「そういうなよ。急ぐ気持ちもわかるが俺たちも動き通しだ。
 休息する時間ができたと思おう。
 いざ仲間と出会えても疲労困憊で護れませんでした、じゃ話にならないからな」
そういってカイルロッドは腰を下ろした。
「確かに灯台で少し仮眠を取っただけですしね。わかりました。
 この場なら他の参加者が訪れるというような事態もそうそうないでしょう
 灯台に代わる新しい拠点が出来たと思うことにしましょう」
陸も少し残念そうだが素直に身体を伏せる。
「おやすみ陸。良い夢を」
「悪夢でないといいのですが」

そしてそれから4時間ほどが経過した後、淑芳は目を覚ました。
「ここは……格納庫の中……のようですわね」
ヨロヨロと立ち上がって辺りを見回す。
すると大きな箱庭とそれにもたれて寝入っているカイルロッドと陸を見つけた。
何者かにやられたのかと慌てて駆け寄るが、単に寝ているだけと悟って安堵する。
「全く、見張りもおかないなんて無用心な」
微笑み、カイルロッドの鼻先をちょいと指で突付いて今度は箱庭を観察する。
この島を模した模型であること、何らかの力が働いていることまではわかったが
どう動かせばいいのかがまるでわからない。
「一体何なのかしら、これ?」
『玻璃壇』
「え?」
突如として頭の中に浮かび上がった単語に淑芳は戸惑う。
耳を澄ましてみるが、もう何も聞こえない。

415現れたもの 8/10 ◆69CR6xsOqM:2005/06/19(日) 10:02:37 ID:EGTFaGMo
「淑芳、起きたのか」
ギョッとして振り向くと目覚めたカイルロッドが欠伸をしていた。
涙を拭いながら笑いかけてくる。
「心配したんだぜ」
「それにしては熟睡なさっていたようですけど」
淑芳も笑って返す。
「おはようございます。お二方。
 まぁ異常なかったようでなによりですね」
陸も起き出してきた。
「それで淑芳、この模型を見て何か判るか?」
カイルロッドの言葉に淑芳は無念そうに俯く。
「いいえ、何も判りませんわ。
 どう動かせばいいのかすら……」
その時、淑芳の頭の中にこの『玻璃壇』の起動方法が流れ込んでくる。
「え? え? い、一体なんなんですの!?」
頭を押さえてうずくまる淑芳を見てカイルロッドが駆け寄る。
「どうしたんだ淑芳、しっかりしろ!」
「う、うう」
彼女が疑問を頭に浮かべるごとにその答えとなるべき情報が流れ込んでくる。
その未知の情報に淑芳は翻弄されていた。
苦しむ淑芳を前にカイルロッドはどうすることも出来ずに淑芳の身体を支えている。
「くそ、一体何が起こっているんだ」
その時、淑芳が大きく息を吐き出した。
そしてそのまま呼吸を荒げたまま立ち上がる。
「し、淑芳?」
「判りましたわ。この箱庭の名前は玻璃壇。
 存在の力によって編まれる自在法という術によって起動するようです」
大量の汗に顔面を蒼白にして、今にも倒れそうな状態だが淑芳は屹然と玻璃壇の前に立つ。

416現れたもの 9/10 ◆69CR6xsOqM:2005/06/19(日) 10:03:44 ID:EGTFaGMo
陸は怪訝そうに尋ねる。
「そのことをどこで知ったのですか?」
「私が疑問に思ったことの答えが脳裏に浮かび上がってしまうのです。
 私が何故こんな状態になってしまったのかは判りません。
 しかし心当たりはあります。おそらくは……」
「神の……叡智」
淑芳の言葉を陸が受け継ぐ。

【神の怒りを鍵としてこの扉を打ち据えよ その者、神の叡智を授かるであろう】

カイルロッドが得心が行ったように叫ぶ。
「あの扉に書かれていた言葉か! 扉を開けた淑芳にその叡智とやらが宿ったんだな?」
「多分、間違いありません。
 最も、なんにでも答えてくれるというわけではありませんけれども。
 主催者の都合のいい部分だけでしょうね。
 ある世界には異界黙示録(クレアバイブル)と呼ばれる知識の泉があり、
 これはその力を模しているようです」
突然溢れ出てくる知識の奔流にも慣れたのか、淑芳は大分落ち着いてきている。
「大丈夫なのか、淑芳」
「ええ、最初は次々に疑問を浮かべてしまいパニックになりましたけど
 今はもう慣れましたわ。さぁ玻璃壇を起動しましょう」
「自在法とやらを扱えるのですか淑芳?」
「ええ、存在の力は全てのものが持っています。
 私の仙術を使うための力やカイルロッド様の力も
 その源は存在の力から派生したものなのです。
 それさえ判れば簡単な自在法なら私にも可能ですわ、攻撃などの難しい物は無理ですけど」
そういって淑芳は踵を打ち鳴らし、玻璃壇に力の供給を始める。
「起動を願う」
格納庫の中に淑芳の声が朗々と響き渡った。

417現れたもの 10/10 ◆69CR6xsOqM:2005/06/19(日) 10:04:24 ID:EGTFaGMo
【F-1/海洋遊園地地下 格納庫/一日目、011:50】

 【カイルロッド】
 [状態]:健康
 [装備]:なし
 [道具]:支給品一式。陸(カイルロッドと行動します)
 [思考]:玻璃壇の力を確認する/イルダーナフ・アリュセ・リリアと合流する
     /ゲームからの脱出/……淑芳が少し気になる////

 【李淑芳】
 [状態]:健康
 [装備]:なし
 [道具]:支給品一式。呪符×20。
 [思考]:玻璃壇を起動する/カイルロッドに同行する/麗芳たちを探す
     /ゲームからの脱出/カイルロッド様LOVE♪

418 ◆E1UswHhuQc:2005/06/23(木) 22:28:01 ID:thNgKysc
 閑静な住宅地にビルが一つ、建っていた。そのビルの屋上に二つの人影がある。
 長槍を携えた少年と、スポーツバッグを持つ少女。
 佐山と藤花だ。
 佐山の視線の先、一つのものがある。
 下腹、脇腹、肩、太股、そして頭の五箇所に弾痕を残す、少女の死体だ。
 佐山はその亡骸をしばし観察し、
「私の知らぬ者……か」
 手指を伸ばし、恐怖に見開かれた目を閉じさせた。自身も目を閉じ、名も知らぬ少女の冥福を祈る。
 佐山の背後から覗き込むようにして藤花が少女の亡骸を見て、安堵の息を吐いた。彼女の知り合いではなかったのだろう。直後、彼女も両手を合わせて死者に祈る。
 亡骸を前に、佐山は思考する。
 この亡骸は風見のものではなかったが、しかしそれは彼女の生存の証明にはならない。
 ……考えるだけ無駄か。
 いつ、どこで、だれが死ぬかも判らない。
 ここはそういう場だ。
 新庄・運切も、既に失われている。自分の知らぬ間に。
 ……新庄君。
 想う言葉が軋みを生んだ。
 く、と声を漏らし、左胸に手指を突きたて、しかし他の動きとしては出さずに、身を貫く軋みに耐える。
 決して快いものではない狭心症の発作だが、
 ……新庄君が味わった痛みは、この程度のものではあるまい……!
 痛みは無視できる。それ以上の覚悟によって。
 その覚悟は既に決めている。佐山の姓は悪役を任ずる、と。
 ふ、と笑みが漏れた。
 佐山は後ろを振り返った。次の行動を取る為に、藤花に声をかける。
「――行こうか、藤花君、……?」
 疑問が生まれた。
 空が色を変えていた。業火に包まれたかのような朱空に。
 携えていたG-Sp2の重みが感じられない。見れば、槍は消えていた。
 そして背後、手を合わせて祈っていたはずの宮下藤花の姿も消えていた。
 その代わりに、一人の少女が立っている。
 歳は、自分と同じくらいか。尊秋多学院の制服を着込み、髪は柔らかみをもった黒のロングヘア。右手の中指には、男物の指輪がある。
 再度、軋みが来た。
 だが佐山は痛みに構わず、眼前の少女と視線を合わせた。
 すると、少女は表情を変えた。
 目を弓にした快い笑みに。
 ……新庄君。
 胸中の呟きに応えるように、少女は一つの動作を行った。
 抱擁をねだるように、両腕を開いたのだ。
「――――」

419アマワ黒幕化計画 ◆E1UswHhuQc:2005/06/23(木) 22:28:41 ID:thNgKysc
 佐山は目を細め、胸に手指を突き立て、彼女に歩み寄り、
「――不愉快な物真似はやめたまえ」
 腹に蹴りを入れた。
 かは、と息をついて身を崩した“それ”を、佐山は再度蹴りつける。蹴り足に込める力は容赦のないものだ。
 声と瞳に冷徹さを乗せ、佐山は言う。
「私以外の者が新庄君の姿形を真似て良いと思っているのかね? ――肖像権の侵害だよそれは」
「……新庄・運切は奪われた」
 “それ”の姿が歪んだ。歪み、たわみ、広がり、縮み、既知であり、そして未知である姿を取る。
 “それ”が言葉を放つ。指向性なく放たれる音は、どこから響いているのか判別不能だ。
「奪われたのなら……わたしが使っても問題はあるまい?」
 胸の軋みを無理矢理に押さえ込み。
「――それで、私に何の用かね」
 佐山は問いを発した。声音に込める意思は敵意に他ならない。
 “それ”は答えない。
「わたしは御遣いだ。未来精霊アマワ。……これは御遣いの言葉だ、佐山・御言」
「問いかけに答えたまえ、未来精霊とやら」
 隠せぬ苛立ちを怒気へと変え、佐山は声を放った。
「わたしが答えるのは、ひとつだけだ」
 アマワは言った。傲然と断固を含む言葉を。
「出会った者に、たったひとつだけ質問を許す。それがわたしの決めた……ルール。注意深く選べ。その問いかけで、わたしを理解せよ。別に先の問いを繰り返しても構わないが」
 精霊の言葉が響く。朱の空を背景に、未知の存在が蹂躙を始める。
 佐山は考える。これは何なのか、と。
 突然に切り替わったとしか思えない世界。宮下藤花の消失。新庄・運切の物真似。
 だが、と佐山は己に言い聞かせる。これは機会だ。
 未来精霊アマワは、確実にこのゲームの何かを知っている。聞き出せれば、その情報は状況を打開する武器となる。
 これは交渉だ。さしあたって、相手は質問をひとつだけ許可してきた。だがこちらは相手の事を全く知らない。そのひとつの質問だけが、こちらのアドバンテージだ。
「――――」

420アマワ黒幕化計画 ◆E1UswHhuQc:2005/06/23(木) 22:29:34 ID:thNgKysc
 佐山は思考する。この相手にとって、もっとも致命的な質問とはなにか。
「質問がなければ、この場はこれで終わりだ。――佐山・御言」
「これは質問ではなくただの雑談なのだが」
 考えて居る間に、アマワの姿は変化していた。
 影が不規則に伸びている。朱空の光源を無視して、ばらばらの方向にそれの影は伸びていた。
 光が狂っている。佐山は目を閉じた。
「その質問を許された代償は、何なのだろうね」
「新庄・運切だ」
 即答が返って来た。
「ならば――新庄君を奪ったのは、君なのだろうか」
「奪われたのは君だ、佐山・御言」
 目を開けた。
 視覚を嘲り、知覚すら許さない姿を取るアマワに視線を投げ、
「――彼女の物真似をして、私に何をさせるつもりだ」
「それが……質問か?」
 逡巡は刹那。
「そうだ」
「ならば答えよう」
 アマワは音を響かせ、また姿を変えた。新庄・運切の姿に。
 新庄の顔で笑みを作り、新庄の身体で手を差し出して、
「心の実在の証明を」
「――それをする代価は」
 軋みが体を襲っていた。左の胸に手指を立て、しかし身は折らず、視線で新庄の姿を真似たアマワを射抜く。
 アマワは答えた。あっさりと。
「新庄・運切を返そう」
 佐山は無表情で、
「彼女は死んだよ。私の知らぬ間に、私の知らぬ所で、私の知らぬ者の手によって」
「君は彼女の死を証明できない。ならば彼女は死んでいない。そうではないかな?」
「言葉遊びだ。ならば言おう。――この場には君と私しかいない」
 言い放ち、佐山は目を閉じ両手で耳をふさいだ。魔女の言葉を思い出しながら、言う。
「“見えない”し“聞こえない”」

421アマワ黒幕化計画 ◆E1UswHhuQc:2005/06/23(木) 22:30:16 ID:thNgKysc
「なんの余興だ、それは」
 耳をふさいでも聞こえる精霊の言葉に、佐山は目を閉じ耳をふさいだまま、ふむ、と頷き、
「――やはり詠子君のように上手くはいかないか。……いいかね? 今の私は何も見えないし何も聞こえない。ゆえに私は君を認識できず、君と私しかいない此処で君は存在しない」
「だがわたしの非存在を証明できまい」
「それこそ言葉遊びというものだよ」
 佐山は目を開け、手を下に降ろした。
 戻った視界の中央には、アマワがいる。新庄の姿で。
「――代価の話に戻ろうか。君は新庄君を返すと言った」
「欲しているのだろう、“これ”を。――佐山・御言」
 精霊の発言に、佐山は一つの表情で返した。
 苦笑だ。
「その不恰好な物真似を、かね? ――私には不要だよ。それは新庄君ではない」
 佐山は言葉を続ける。アマワが何かを言う前に、畳み掛けるように。
「確かに君の言うように、新庄君が生きている、という可能性はある。だがね、私は聞いたのだよ。――彼女の死と、彼女の言葉を」
 首を一つ振り、僅かに目を伏せ、
「今ならば判る。“吊られ男”君には感謝をせねばならないね」
「そんな不確かなものを……信じる、のか?」
「私にとっては君の方が不確かだ未来精霊アマワよ。――宜しい。交渉下手な君に交渉の基本を教授してやろう。ひとつだけ許された質問の、代価として」
 佐山は一歩を踏み出し、言った。
「然るべき行動には然るべき代価を」
 一息。
「それが交渉だ」
 二歩を踏み、腕を伸ばした。人差し指を新庄の姿をしたアマワの鼻先に突きつけ、
「去るがいい、私の知らぬ者よ。――私は君を必要しない。君とは契約できない」
「既に契約は為されている……わたしを呼んだのも君自身だ、佐山・御言」
「知らぬ間に為された契約など無効だよ。――二度言うぞ、去るがいい」
 佐山は腕を戻し、重心を変え、構えを作る。
 その時だ。
 ふと視線をめぐらせると、給水塔の上に影があった。棒が立っているような、黒のシルエット。
 佐山はそれを知っている。ゆえに飛び降りてきた彼に対し、
「久方ぶり、というには早過ぎるかね?」
「そうだろうね」
 笑みで返した。
 佐山が視線を戻すと、アマワはまだ新庄の姿のまま、何をするでもなく立っていた。
 ブギーポップの方を向けば、彼もまたアマワを見ている。
「君が出てきたという事は……彼が、――世界の敵か」
「そのようだ。何しろ僕は自動的なのでね」
 左右非対称の笑みでブギーポップは答え、アマワを見た。
「誰もが理解できぬうちに、確実に、そして貪欲に全てを奪っていく……断言しよう」
 一息。

422アマワ黒幕化計画 ◆E1UswHhuQc:2005/06/23(木) 22:32:43 ID:thNgKysc
「君は世界の敵だ」
 アマワは言葉ではなく、動作で答えた。
 新庄の姿が歪んだ。光学迷彩にも似た歪みだが、決定的に違う部位がある。だがその違いを言葉にする事はできない。それはあらゆる存在に対する冒涜だった。
「まずは……問いかけた」
「逃がさない」
 ブギーポップが疾走した。徒手空拳でアマワに飛びかかる。
 しかし、それは無意味となった。
 アマワの姿が消えたのだ。存在を消し、しかし声だけを響かせ、
「証明せよ。心の実在を。出来なければ……」
 佐山は言い終わるのを待たず、声高に言う。
「三度目で判らないのなら武力行使と行こう。――去るがいい、未来精霊アマワ」
 その言葉を契機としたように、視界が切り替わった。
 佐山は空を見上げる。火の色ではない、大気の蒼さを持った大空がそこにある。
 手にはG-Sp2の重みがあり、感触がある。
 そして背後には、
「どうか……したんですか? きょろきょろして」
「いや、……何でもないよ。今後の方針を考えていただけだ」
 宮下藤花にそう答え、佐山は左腕を掲げた。
 左手の中指に、女物の指輪がある。
 ……不等に結ばれた契約で、奪われたというのなら……
 呟く。藤花には聞こえない程度の声で。しかし決意を乗せて。
「私は奪い返すぞ。――悪役として」

【C-6/小市街/1日目・13:00】
『悪役と泡・ふたたび』
【佐山御言】
[状態]:正常
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)、地下水脈の地図
[思考]:アマワから新庄を奪還する。
[備考]:狭心症の発作対象に新庄。

【宮下藤花】
[状態]:健康
[装備]:ブギーポップの衣装
[道具]:支給品一式
[思考]:佐山についていく

423エンジェル・ハウリング(御遣いの物語)(1/4) ◆J0mAROIq3E:2005/06/23(木) 23:58:09 ID:t2jYYr76
 そこはどこでもなかった。
 常に“現在”であり続ける世界には辿り着けない未来。
 その硝化の中心に彼はいた。正確に言うならば、在った。
 彼を視界に捉えるは容易い。だが、彼を認識するのは難い。
 一見するとそれは人のようだった。だが、それはあまりに漠然としていて記憶に留めることができない。
 未だ自分の現れない世界を見据え、彼は一つの問いを投げかけていた。

「心の実在を証明せよ。解答の意志がある限り思索の時間は永久だ」

 その存在の名はアマワ。
 物質の隙間。未来精霊。未だ存在しない約束を結ぶ者。
 隙間であるが故に誰も触れられない。存在しないが故に誰も滅ぼせない。
 誰との繋がりも持たない。そのはずだった。
 だが。

「――心の実在証明。それが君の願いかね?」
 
 肉声とも意思ともつかぬものが硝化した空間に響く。
 振り向くことなく、その必要もなくアマワはそれを認識した。

424エンジェル・ハウリング(御遣いの物語)(2/4) ◆J0mAROIq3E:2005/06/23(木) 23:59:04 ID:t2jYYr76
 “それ”はアマワと対照的に異質な存在感を放っていた。
 夜色の外套。黒く長い髪。小さな丸眼鏡をかけた、それは人間の男の姿をしている。
 何もかもが周囲の闇に溶け込み、病的に白い美貌だけが浮かび上がって見える。
「質問を一つ許そう」
 その異様に僅かな動揺さえ見せず、アマワは言葉を発した。
「出会った者には一つだけ質問を許すことにしている。その一つでわたしを理解しろ」
「不要だ」
 くく、と黒衣の男が嗤う。
「『私』が興味を持つのは君の『願望』だけだ。君の本質など関係ない。
 だが、よもや人ならざる身で、世界を超えてまで『私』の介入を呼び込むほどの望みを持つとはね」
 ひどく愉しげに笑むと、会釈するように外套を一度打ち鳴らした。
「『私』は神野陰之。“名づけられし暗黒”にして“夜闇の魔王”。“あらゆる善と悪の肯定者”。
 君が証明を望むのであれば、式を組み立てる手伝いをしよう」
「その証明は人にしかできない。形だけ真似たお前には不可能だ」
 嘲るような声が闇に響く。
 それに対する答えは、やはり世界に対する嘲笑のように歪な感触を伴っていた。
「無論、君と心について論じようというわけではない。君は何を以て心の実在を認める?」
 その問いに一瞬、あるいは果てしない時間を挟んでアマワは答えた。
「人の住む世界。それを破壊し殺害し、奪い尽くした後に残るものがあるならば、それが心だろう」
「愚かな答えだね。しかし限りなく正解に近いのかもしれない」
 満足げに。どこまでも深く、どこまでも暗鬱に神野は嗤う。

425エンジェル・ハウリング(御遣いの物語)(3/4) ◆J0mAROIq3E:2005/06/24(金) 00:00:14 ID:t2jYYr76
「神野陰之。お前は何を手伝える? 世界を壊す双子の獣は失われた。この世界はしばらくは壊れまい……」
「ならば壊せる世界を用意しよう。殺し合うための世界、壊されるための世界を」
 事も無げに神野は答える。
 熟考するように顎に手を当て、あらゆる世界に広がる闇を見渡す。
「選りすぐった意思ある者達。彼らを世界の縮図で殺し合わせることでその実験を行うのは如何かな?」
「いいだろう。お前の意図は知らないが試す価値はある」
「意図は君の望みの成就だけだとも。では彼らについて語ろうか。
 お互い時間に縛られる身でもあるまい――」
 …………
 ………
 ……
 …
 人の感覚では膨大な時間をかけ、119の人と人でない者の全てが語られた。
 それでも直前の会話に相槌を打つようにあっさりと、アマワは一つの疑問を呈した。
「契約者ウルペン。彼の者は既に死んでいる」
「だが彼は存在したのだろう。観測点によって生死は無限に変化するものだよ。
 ――それに、彼に確かなものなどないのだろう?」
「肯定しよう。彼は確かな死さえ掴めはしない。……お前はこの世界のことも知っているのだな」
「然り。『私』は闇にして影。光ある世界ならば何処にでも探求の手を伸ばすとも」
 芝居がかった口調は、その魔人にこそこの上なく似合っていた。

426エンジェル・ハウリング(御遣いの物語)(4/4) ◆J0mAROIq3E:2005/06/24(金) 00:01:18 ID:t2jYYr76
「あとは……その破壊を制御する者が必要か。圧倒的な力で全てを消されては敵わない。
 淘汰はあくまで極限の状況下で、あらゆる感情を交えながら行われるべきだ」
 魔の理論を平然と紡ぐ口には変わらぬ嗤いが浮かんでいる。
 対して未来精霊は表情どころか揺らぎほどの動きさえ見せない。
 静止した世界の中で“実験”準備が音もなく行われていく。
 世界。管理者。刻印。
 多様な世界の人間達がそれらを演じさせられ、創り上げられていく。
 積み木のように。機械のように。物語のように。

 ――硝化の世界に何の変化も起こらぬうちに、全ては完了した。
 頷き、外套を再度打ち鳴らすと、布地とも思えぬ漆黒の奥に一つの島が見えた。
「……さて、始めようか御遣いよ。人と、人でないものの織りなす一時の物語を」
「見届けよう。その果てに疑問の答えがあるかどうか」

 こうして、人が変じた闇と人が生んだ隙間は契約した。
 全ては一つの問いのために。

427ゴースト・スピリット(虚無の心) ◆rEooL6uk/I:2005/06/25(土) 01:05:32 ID:hNdeEao2
贖われた都。鐘の音の響く工房都市。そして――我が故郷、硝化の森。
赤い剣士の銀の一撃。それが私を奪った。いや、奪われてはいない。
絶対殺人武器、殺人精霊。それは世界を滅ぼす引き金。私が生み出し、私が起こした。
答えの召喚、心の実在。それは世界をゆるがす疑問。私が問いかけ、私が答えの場を少女に与えた。
両者が、私を奪った。やはり、奪われたのだ。なぜなら今私はかの大陸に存在しない。
ここは断崖の図書館。次元の挟間。いくつもの窓が、数多の世界に開かれていた。
私はそこを通り抜け、旅し、そして知った事がある。空白を、埋め尽くし、そして分かった事がある。
ここにも、どこにも、心は無い。
地図の空白はうめられてしまった。なのに、怪物はいない。心は無い。
なら、私は、世界の全てを奪う事にする。
私は、未来精霊アマワ。

絶望の聖域。封鎖の玄室。そして――我が故郷、キエサルヒマ大陸。
傲慢な精神士の白魔術。それが私を生み出した。いや、生み出してはいない。
ネットワーク、情報の網。それは世界を体現する媒体。私が生まれ、私が根ざすもの。
ゴースト、理想の具現。それは世界の虚像。私のかつての姿で、私の今の姿でもある。
両者が、私の本質。そう、私はダミアンに作られたままの存在ではない。なぜなら今私はかの大陸に存在しない。
ここは断崖の図書館。次元の挟間。いくつものネットワークが、数多の世界に繋がっていた。
私はそこを通り抜け、旅し、そして知った事がある。記憶を、埋め尽くし、そして分かった事がある。
今の私は、「領主」とよばれた、男ではない。
同一世界のネットワークに優劣は無い。では、他頁世界を結ぶものならば?
私は、質こそは違えど領主と同じベクトルの存在。
この図書館で再構築されたゴーストのゴースト。

428ゴースト・スピリット(虚無の心) ◆rEooL6uk/I:2005/06/25(土) 01:06:41 ID:hNdeEao2
窓の一つをくぐり抜ける。
心の実在を世界に向かい、問いかけた。
硝化は一瞬だった。一つの世界がまるごと奪い去られる。
その有り様は美しいとすら言えるだろう。美しい世界、精霊の故郷。
人が、都市が、世界が、白く不変の景色に固定される。
完全なる静寂が世界を満たした。
答えは返ってこない。
しかし――
(あれはなんだ?)
まだ残るものがある。4つの存在が、白い世界の中で異質な輝きを放っていた。
物部景、 甲斐氷太、 海野千絵 、緋崎正介。
さきほどまで生きていた者も、とうに死んでいた者もいる。
なにが、彼らを硝化に抗わせたのか?
力か、意志か。もしくは、愛、心――
面白い。
彼らが、世界が投げてよこした答えなのか。
「しかしそれはまだ答えではない」
答えに対する精霊の返答。
「それは魂だ。確かに奪いがたいものではある。心が存在するとすればその中だろう」
「私がもとめるのは答えそのもの、心そのもの」
答えは返ってこない。

次の窓をくぐり抜ける。
十叶詠子、空目恭一
そして次――
ギギナ 、ガユス 、クエロ・ラディーン
また次――
ヴィルヘルム・シュルツ
次――
ヴァーミリオン・CD・ヘイズ 、天樹錬
――

窓のむこうの硝化した景色を、ながめ、ひとりごちる。
「私には彼らの全ては奪えなかった。それは認めよう。しかしそれで確かだと言えるのか」
おそらくは言えまい。119の魂、おそらく答えはこの中にある。
次はどう奪うものか。


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