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尚六SS「永遠の行方」

1名無しさん:2007/09/22(土) 09:45:00
シリアス尚六ものです。オムニバス形式。

832名無しさん:2017/05/06(土) 13:35:52
尚隆思考の振り切りが凄まじいよ……!たった一人でいる孤独より、隣に目覚めた六太がいるから味わう孤独のほうが、
より苦しくて思いつめるのだね……

833名無しさん:2017/05/06(土) 18:57:56
いつも飄々としてる尚隆が難儀な六太に翻弄されてるのがすごく素敵です!
思いのすれ違いで切ないけど尚隆が悩んでる所って本作で読めないから楽しいw

834書き手:2017/05/07(日) 00:04:17
尚隆……酔ってたんだよ……。

とりあえずGW中に六太視点は投稿しときますね。

835永遠の行方「絆(24)」:2017/05/07(日) 00:06:30

 六太が立ちあがって、ゆっくりながら歩けるようになるまでは意外と早かっ
た。とはいえ呪で眠っている間に体力も落ちて疲れやすくなっていたため、本
人がやりたがっても周囲が訓練のしすぎを気にし、慎重に段階を追っていった。
そのため六太自身はなかなか調子を取り戻せないという認識でおり、かなりの
不満をためる期間となった。
(早く仁重殿に帰りたいのに)
 相変わらずそう考えて焦る六太だったが、微笑を浮かべた女官たちが「主上
のお許しがありません」と頑として聞いてくれないのだから仕方ない。しかも
こっそり訓練をしようとしていたことを尚隆に見つかって以来、彼女たちは絶
対にひとりにしてくれなくなった。政務から尚隆が戻ってくるまで、必ず誰か
がそばにいる。
 尚隆と一緒ならさがっていてくれるが、それは要するに尚隆に抱きあげられ
てあちこちを散策しているときであって。
 もしこれが両想いの相手で、ゆったりとふたりの時間を持てたとでも言うな
ら話は違うだろう。だが何しろ六太には、ずっと不相応な望みをいだいている
という自覚がある。その時間は切なさしか生まなかった。
 それでも幸せだと自分に言い聞かせなければならないのだろうか。きっと一
生の思い出になるから、と。
 だが休み休みではあるが、やっと朝議にもかなりの距離を歩いて向かえるよ
うになった。途中で疲れて結局尚隆に抱きあげられることもあるとはいえ、徹
頭徹尾、横抱きであちこちに運ばれていたころを思えば進歩したものだ。数日
に一度は広徳殿に顔を出して、令尹や州宰と雑談を交わしてもいる。
(よし。ここまで来たら、尚隆もそろそろ仁重殿に戻っても文句言わないだろ。
なんか妙に過保護になったけど)
 それほど心配をかけたのだと思えば罪悪感も覚える。だが、それ以前に六太
自身の精神状態が持ちそうにない。尚隆の匂いを感じながら、同じ臥牀で仲良
く並んで眠るのはもうごめんこうむりたかった。どうせなら蓬莱の抱き枕よろ
しく抱きしめて眠ってくれればいいものを、逆に背を向けて寝られるなんて。
 もちろん現実にそんなことをされたら眠れないどころか、いっそう精神力を
消耗するだけだろうとは思うのだが、ついつい夢見るように妄想してしまう六
太だった。

836永遠の行方「絆(25)」:2017/05/07(日) 00:10:42

 あちこちに置かれた灯が放つ、温かな黄色の光に照らされた臥室。その夜、
被衫姿の六太は座っていた椅子から立ちあがり、ほんの数歩、歩いただけでふ
らついた体を支えるために目の前の小卓に両手をついた。頭をめぐらせて、半
分ほど開いている大きな框窓を見やる。填められている大きな玻璃の板は、都
度、蓬莱から技術や文化を容れてきた豊かな雁ならではだ。その先の露台も、
穏やかな夜の中でいくつかの灯に照らされて、光と影が織りなす美しい姿を見
せていた。露台では尚隆が雲海のほうに視線を投げ、立ち尽くしたまま、先ほ
どから何やら物思いに沈んでいる。
 ふと彼の目がこちらに向き、静かに歩み寄ってきた。そのさまがなぜか獲物
を視界に捕らえた猛獣のように見えて、六太は知らず、ぶるりと震えた。
「尚隆」
 六太は努めて普通に装い、明るい声を出して呼びかけた。
「なんだ」
「俺、そろそろ仁重殿に戻るわ。もうだいたい良くなったし」
 戻りたい、ではなく、戻る。六太はこれで自分の意志をはっきり伝えたつも
りだった。
 だが尚隆は露骨に顔をしかめた。臥室に戻り、掃き出し窓を閉めてから遮光
と目隠しのための垂れ幕まできっちり引いて向き直った。
「莫迦なことを言うな」
「え?」
 尚隆は大股に歩み寄ってきたと思うと、卓に両手をついたままの六太の後ろ
に立ち、長い金色の髪を愛でるように手にすくった。そんな彼の仕草を、六太
は首をめぐらせて不思議な思いで眺めた。尚隆は今まで六太にそんな仕草をし
たことはない。直に身体に触れられるより逆に官能的な気がして、それに気づ
いた六太は内心で少しうろたえた。
「俺は、またおまえと離されるつもりはないぞ」そう言った尚隆は、後ろから
六太の両肩に手を置いた。「身体が良くなったというのなら、もう待つ必要は
ないな。来い」
「……へ?」

837名無しさん:2017/05/07(日) 02:44:05
(��ぉぉぉぉぉぉっっ!)(息を潜めて○年分の感激を胸に心は全裸にネクタイで正座待機)

838名無しさん:2017/05/07(日) 08:41:03
(と…とうとう!???ドキドキドキ)

839永遠の行方「絆(26)」:2017/05/07(日) 09:54:55
 六太は我ながら間抜けな声を上げたと思った。しかし続いて尚隆の口から飛
びだした言葉に凍りついた。
「おまえを抱く」
 六太は呆然とした顔で、何度もまばたいて尚隆を見上げた。ようやくのこと
で意味を理解したあと、強がるように「そんなに飢えてんのかよ?」と返した
ものの声は震えていた。
「何とでも言え」
「俺、男なんだけど」
「知っている」
 呆気に取られた六太は声もなかった。
「おまえこそ、男同士でも契れるのを知らんのか」
 尚隆はふと、先ほどまでの張りつめた気配を消して、からかうように言った。
 この男はいったい何を言い出すのだ、と六太は混乱した。もしや何かの拍子
に自分の気持ちがばれてしまったのだろうか。あるいは話の種に、単に麒麟と
いうめずらしい生きものを抱いてみたくなったのか。どちらにしても、六太に
とっては悪夢でしかなかった。
 尚隆はそんな六太の恐慌を知らぬげに、後ろから抱きしめてきた。そのまま
頭を押さえるようにしつつ顎を上げさせ、無理やり口づける。ようやく我に
返った六太は何とか抵抗すべく、体をひねって尚隆の胸を押し、必死に逃げよ
うとした。だがもともとおぼつかない足元が動揺でもつれ、力が入らない。
「お――まえ、空しくないのかよ!?」
「何がだ?」
「き、麒麟なんか、抱いたって、おもしろいわけないだろっ」
「おもしろいかどうかなど知ったことか。おまえがほしいからおまえを抱きた
いと思う、それがなぜ空しいことなのだ」
「ほ、ほし――冗談、きつい」
「なぜ冗談だと思う」
「麒麟なんか――麒麟なんか、ただの器だ。すべては天意を受けるためのもの
で、自分の気持ちなんてない。王を慕うのは本能で、そんなの抱いたって空し
いだけじゃないか」

840永遠の行方「絆(27)」:2017/05/07(日) 10:06:12
 六太はもう涙声だった。いったいなぜこんな目に遭うのかわからない。
 だが尚隆は不意に優しい目になった。六太を押さえつける力は緩めないなが
ら、「王を慕う、か」とつぶやいた。
「ならばおまえも俺を慕っておるのだな?」
 六太は顔をそむけた。動揺しきりの彼は、普段ならばそれでも言わなかった
ろうに、ついに震える声で自棄のように「王を嫌いな麒麟はいない」と言った。
「それならばそれでも良い。ほしいと願った相手に慕われているとわかれば十
分だ」
 ふたたび強引に口づけてきた尚隆に、六太は「離せ!」とあくまで抵抗した。
だが強い力からは逃れきれず、とうとう「嫌だ」と泣き出した。
「は――話の種にでもするつもりかよ!?」
「おまえがほしいと言ったろう。――いや」
 尚隆はいったん言葉を切った。そうしてすぐに「そうだな、これも惚れてい
るということなのかもしれんな」と、どこか自嘲するように続けた。
 六太は愕然として、泣きぬれた目を尚隆に向けた。
「嘘だ……」
「嘘ではない」
「嘘だ」
「何が嘘だ。王が自分の麒麟に惚れて、どこが悪い」
 開き直ったように言う尚隆に、完全に恐慌をきたした六太は、泣きながらう
わごとのように「嘘だ」「ありえない」と繰り返した。奥底からわきあがって
くる恐怖に、というより理解できない事態に、六太の神経は完全に許容量を超
過した。ぶるぶると瘧(おこり)のように震えつつ、必死に相手の腕の中から逃
げようとする。衝撃のあまりいつもの仮面ははがれ、表情も言葉も態度も、何
ひとつ取り繕うことができなかった。
 だって慈悲の繰り言ばかりの自分はいつも尚隆のお荷物だったのだ。六太は
混乱の中で、そう過去を振り返った。これまで呆れられたことはあっても、特
に大事にされた記憶はない。むしろいつまでも困った子供だと苦笑いされてき
た気がする。要するに首をすげ替えれば良い官と違って、麒麟である六太は遠
ざけるわけにもいかず、尚隆は王として仕方なく付き合ってきただけだ。その
はずだった。

841書き手:2017/05/07(日) 10:10:02
全裸待機はやめてww


場面は変わりませんが、このまま尚隆視点に移行します。
しばらくはずっと尚隆のターン!
(ただ投下までちょっとお待ちください)

あ、でも強○はないです。
期待してた人がいたらごめんなさい。
泣いてるろくたん可愛いし、ついついいじめたくもなるけどw

842名無しさん:2017/05/07(日) 10:23:41
おおっ続けて更新が…パニくってるろくたん可愛いですねー泣かせたくなるのわかりますw
和○大歓迎ですしわくわく待つのも楽しい時間なのでご無理なさらず

843名無しさん:2017/05/07(日) 13:06:46
やめてといわれても、全裸待機せざるをえない
待ちわびた展開で続きが待ち遠しいよ!

844名無しさん:2017/05/07(日) 13:11:40
ついに何年も待っていた場面が読めるのですね!
ちょくちょく覗きにきててホント良かった!!

845名無しさん:2017/05/07(日) 14:19:33
お疲れ様です!!うわああいっぱいいっぱいな暴走尚隆たまりませんなあ…
>>837
靴下も忘れないで下さいね

846書き手:2017/05/10(水) 23:08:39
推敲しつつ、平日はニ、三レスずつ落としていきます。

847永遠の行方「絆(28)」:2017/05/10(水) 23:11:00
 一方、尚隆も驚いていた。
 先ほど露台から六太を見たとき、室内の灯の淡い光に照らされて金の髪がき
らきらと光る姿は、光でできた彫像のようだとも、幻のようにはかない姿だと
も感じて、妙に不安に駆られた。まだ以前のように自由に動き回れるわけでも
ないため、卓に両手をついてひっそりと立つさまに、ただ静かに眠っていた姿
を幻視する。そうして尚隆は、二度と離してたまるか、と内心で決意したのだ。
 だが本当に関係を無理強いすることはないだろうとも、どこかで諦めていた
気がする。おのれの醜さを六太に突きつけ、それに対する嫌悪を目の当たりに
し――おそらくそれで自分の心は萎えるだろう。そうしたら詫びの代わりに六
太を遠ざけてやろうと思った。きっと六太は安堵するに違いない。本人が望む
なら理由をつけて、陽子のところにしばらく滞在できるよう計らってやっても
いい。
 ――なのに。
 尚隆を嫌悪するのではなく、嫌悪から拒否するのではなく。恐慌の中、頭を
ふらふらと揺らして定まらない視線をでたらめにさまよわせ、それでも尚隆に
だけは目を向けようとせず、泣きながら幾度も幾度も「嘘だ」と繰り返す。そ
の様子に、これではまるで……と呆然としながらも訝しんだ。
「ありえない、ありえないんだ……」六太は泣きながら、しきりに首を振った。
「何が、ありえない」
「ありえない、嘘だ、嘘だ、ありえない……」
 また力なく首を振り、ひたすらうわごとのように繰り返す。足元がよろめい
て既に危うい。なのにやたらと首を振っては、混乱のあまりおぼつかない手で
尚隆を押して遠ざけようとするものだから体が傾き、今にも床に倒れこみそう
だった。尚隆が強引につかまえているから、結果的にかろうじて立っていられ
ているだけだ。
(これではまるで――まるで……)
 先ほどの「嘘だ」「嘘ではない」という応酬は、ほとんど反射的に言い返し
たに過ぎなかった。尚隆にしてはめずらしいことに、ほぼ感情に任せた台詞
だったと言っていい。「自分の麒麟に惚れて、どこが悪い」と言い放ったのも
同じ。何しろ内心では恋情のような甘いものではなく、よりたちの悪い「執着」
だとはっきり自覚していた。

848永遠の行方「絆(29)」:2017/05/10(水) 23:29:41
 だが今、彼は突如としてひらめいた可能性に動揺していた。尚隆自身を拒む
のではなく、あくまで尚隆の告げた想いが嘘だとして抵抗する六太。尚隆の脳
裏を、何年も前の廉麟の言葉が不意によぎった。
 麒麟は王のもの、王がそばにいなければ生きていられない、と。廉麟は確か
にそう言った。あのときは、ならばうちの麒麟は規格外だな、とひそかに思っ
たものだった。
(ああ)
 尚隆の心の中で、嘆声とともに何かがゆるゆると形作られていった。これま
でずっと見誤っていたそれ。いろいろな材料を得てなお、正しく組み立てられ
なかったひとつの絵。
 ばらばらに散っていた断片が、今度こそはっきりと正しく結びついていく…
…。
 ぴたりとはまった断片の数々が、ようやく尚隆の目にすべての真実を明らか
にした。長い長い時の中に埋もれ、最後に人知れず朽ちていくだけだったろう
真実を。
 わかってみればいちいちうなずけることばかりだった。なのに、自分は。
(――どうして)
 どうしてこれまで気づいてやれなかったのだろう。あまりにも深い後悔の念
に尚隆の心が激しく震えた。どれほどの間、必死に隠してきたのだろう。百年
か二百年か、あるいは。
(では、あの呪が解けたのは)
 雷に打たれたかのように天啓が訪れた。
 何も変わったことはしていないつもりだった。だがそうではなかった。なぜ
なら――尚隆は六太に接吻をしたのだから。
 確かに純粋に行為だけを見れば、それまで幾度となくやってきた口移しと何
ら変わらなかったかもしれない。だがあのときは水や果汁を飲ませていたわけ
ではない。
 陽子は言っていた。王子や王女の接吻で相手の呪いが解けるというのは、童
話でよくある類型のひとつだと。だからそれで目覚めたのなら、幸運な偶然と
思うことはできるかもしれない。
 だがあれはむしろ、思い人である尚隆からの接吻で六太の望みがかない、解
呪の条件が満たされたということではないのか……。

849永遠の行方「絆(30)」:2017/05/11(木) 23:19:21
(では、最近の六太が俺の世話を拒んでいたのは。驚いたり嫌がったりしてい
たのは)
 呪者の確信は、潜魂術により六太の認識を引き継いだがゆえだ。それほどあ
りえないと固く信じて解呪の条件としたほどの事柄。あさましい願いだと言い
切り、天地がひっくり返っても成就しないとまで思い込んでいたのなら、その
相手に触れられて親しく世話をされるのはむしろ苦痛だったのではないか。そ
こでこれ幸いと逆に距離を縮めようとするほど図太かったら、そもそもあのよ
うな卑怯な呪にかけられることもなかったはずだ。
(すべては誤解……?)
 六太は尚隆の世話を嫌がったのではなかった。ただ絶対に叶えられない望み
を目の当たりにすることを恐れただけだったのだ。
 尚隆は狼狽しつつも六太を見おろした。現金なことに先ほどまでのどこか追
い詰められた気持ちは、すべての断片と断片が明確に結びついたとたん、霧散
するように消失していた。今は何か救われたように感じ、むしろ動揺の中にも
優しい気持ちが芽生えはじめていた。まだ恐慌に駆られている六太を支えなが
ら、慣れない感情に途方に暮れる。
 ――愛(いと)しい。
 そんな気持ちが、みるみるうちに大きくなった。これだけ長い間そばにあり
ながらよくも気取らせなかったものだと思えば、いじらしくてたまらない。そ
んな頭の片隅では別の尚隆が、まったくもってやっかいな餓鬼だ、と、ようや
く復活した余裕の気持ちをにじませて苦笑していた。
「……信じられないならそれでも構わん。麒麟は王の命令には逆らえないのだ
ろう。おまえは命令に従っただけだ。自分にそう言い訳しておけばいい」
「いやだ……いやだ――」
 まだ完全に体調が回復したわけではないせいもあるだろう、混乱のあまり、
却って六太は抵抗の力を失っていた。尚隆の胸を押すように置かれた手には既
にまったく力が入っておらず、ひたすら泣いて首を振っている。
 気づけば、季節柄薄い被衫のせいもあって、夏場とはいえ涼しい雲海上の宮
城のこと、六太の体は明らかに冷えてしまっていた。あるいは混乱の極みにあ
る精神状態が何らかの症状として現われたのかもしれないが、いずれにしろ尚
隆はあわてた。

850永遠の行方「絆(31)」:2017/05/11(木) 23:36:32
(まずいな)
 さすがに我に返って牀榻に入れようとすると、六太は力の入らない手で、そ
れでも必死に抵抗しようとした。
「まだ何もしやせん。おまえ、足元がふらついているではないか」
 尚隆は強引に牀榻に連れこんだものの、寝かせるとさらなる恐慌に陥りそう
とあって、臥牀の端に腰かけさせた。臥牀から薄い衾をはいでそれですっぽり
とくるみ、衾ごと抱きしめる格好で同じように横に腰かける。恐慌から来る反
射か、ぶるぶると体を震わせたままの六太が落ち着くまで、何度も「大丈夫だ」
「何もしない」と声をかけつつ、これ以上相手の恐慌をあおらないよう、しば
らくじっとしていた。
 尚隆自身の気持ちとしても、罵詈雑言を浴びせられるならまだしも、こんな
ふうに恐怖に駆られているさまを見れば哀れさが先に立つ。どうやら両想いの
ようだとわかっても、さすがに無理やり抱く気にはなれなかった。ただでさえ
こんな様子の六太を見るのは初めてなのだから。
 そうやって時おり静かに声をかけつつ、ひたすら待っていると、長い時間が
経って、ようやく六太の反応が落ち着いてきた。尚隆に腕の中で身を硬くした
まま、がっくりと頭を垂れている。そのさまは荒れた国でよく見かけてきた民
らの無気力を彷彿とさせた。
 尚隆はせっかく落ち着いてきた六太を刺激しないよう、何とか相手の気持ち
をほどくための糸口がないかと穏やかに話しかけた。
「……そういえばおまえも蓬莱で生まれたというのに、向こうでの話を聞いた
ことは一度もなかったな……」
 ささやくような低い声に、六太はぴくりとも反応を示さなかった。
「生まれはどこだ」
 返ってきたのは無言だけ。だが尚隆が辛抱強く待っていると、ずいぶん経っ
てから消え入るように小さな声が「京」と答えた。
「帝のお膝元か。親は何をしていた。商いか。農民か」
「何も」
「何かしていたろうが」

851名無しさん:2017/05/12(金) 12:13:17
気持ち通じたー!尚隆良かったね、嫌われてるんじゃないよ
にまにまして続きお待ちしています!

852永遠の行方「絆(32)」:2017/05/12(金) 22:27:18
「……元は商家で下働きしてたみたいだけど、そこの主人が殺されたから。西
軍の足軽に」
「そうか……。家は?」
「そんなもん。燃えたよ。大きな寺も公家の屋敷も、民の家だって、全部燃え
た――燃やされたんだ。侍たちに。大名たちに」
 かぼそくも淡々とした声だった。何もかもを諦めたような。
「そうか……。それで食い詰めた親に捨てられたのか」
 ぎくり、と六太はいっそう身体をこわばらせた。やがて「仕方なかったんだ」
というつぶやきが漏れた。
「俺、まだ四つだったから……。働けずに食うだけの餓鬼で、役立たずだった
から……。仕方なかったんだ。家族が生き延びるために」
 千を生かすために百を殺す。百を生かすために十を殺す。そんな論理を嫌悪
する麒麟なのに、殺される側が自分であるならばまったくかまわないのだ。尚
隆は不憫に思った。六太自身は、普段から尚隆が唱えているその論理を自分が
肯定していることにまったく気づいていないようだが。
 尚隆は強いて、六太を慰めるような言葉をかけた。
「親はつらかったろうな。腹を痛めて産んだ子を捨てるとは」
 だが六太は力なく頭を垂れた姿勢のまま、身じろぎもしなかった。
 ふたたび長い長い時間が経って、小さなつぶやきがぽつりと漏れた。
「気味が悪いって、言われた」
 震える声。
「聡いから恐いって」
 かぼそい声に嗚咽が混じった。顔は伏せられたままだったが、六太がくるま
れている衾の上にぽたりぽたりと涙が落ちた。
「どこかから下されたみたいで、死なせたら祟りそうだって!」
 感情があふれたのだろう、不意に、声に力強さが蘇った。その声は血の色を
していた。五百年を経ても、その記憶が褪せることはなかったとでも言うよう
な。いまだに楔のように心臓に突き刺さっているとでも言うような。
「でも――でも、戦がなかったら、都が燃えなかったら、それでも捨てられず
に済んだんだ。俺はいてはいけない子供だったけど、役立たずだったけど、そ
れでも育ててもらえたんだ!」

853永遠の行方「絆(33)」:2017/05/12(金) 23:28:09
 血を吐くような悲痛な叫び。六太の体はふたたび瘧(おこり)のような震えを
発しはじめていた。
「だから俺は大名が嫌いだ。将軍とか、人の上に立って戦をする奴らが嫌いだ。
王だって大嫌いだ。だから、だから――」
 何かの発作を起こしたかのようにがくがくと激しく震えている六太を、尚隆
はあわてていっそう強く抱きしめた。赤子をなだめるように、優しく揺すって
やる。
「――俺は王なんか選びたくなかった。おまえは麒麟だって言われて、蓬山で
王を選べって言われて――吐き気がした。王がいるから民は殺される。王がい
るから民は搾取される。なのに王を選べって。だから蓬山を逃げ出したんだ。
逃げ出して戻ったんだ、蓬莱に」
 王を選びたくがないために蓬山を出奔した。いちおう鳴賢の証言で知っては
いたものの、初めて自分の耳で聞く告白に尚隆は驚かざるを得ない。確かにそ
んな麒麟の例は他にないだろうから。
 だが幸いにも哀れな興奮は長く続かなかった。尚隆が何も言わず、ただ励ま
すかのようにぎゅっと抱きしめては時おり揺すってやっていると、六太はほど
なく静かになった。相変わらず頭をがっくりと垂れたまま、震える声で続ける。
「――なのに。なのに、気の赴くままに旅をしていたらおまえに会った。一目
でわかった。おまえが王だって。王を選びたくなくて蓬莱に帰ったつもりだっ
たのに、天帝の掌で踊らされているだけだった。自分の意志で出奔したつもり
だったのに、そうじゃなかった」
 もちろん尚隆は蓬莱で六太と会ったわけで、彼が蓬莱に赴いていたことは了
解している。ただその理由については、何となく王を見つけるためだったろう
と思っていた。昔のおぼろな記憶をひっくり返してみても、天勅を受けるため
に蓬山に逗留していた際、女仙たち自身もそう言っていた記憶がある。むしろ
他には考えられないとして、その理由を信じ切っていたようだった。
 いずれにせよ、自分の意志で成したと思っていた行動が、すべて他者によっ
て仕組まれていたと知ったら、確かに衝撃を受けるだろう。
 何とも声をかけづらい内容に尚隆が黙っていると、六太はようやく泣きぬれ
た顔を上げた。泣きすぎて腫れた瞼の奥、ぼんやりとした目が無感動に尚隆を
見つめる。

854永遠の行方「絆(34)」:2017/05/13(土) 10:01:07
「麒麟には何もないんだ。この命も、感情すら自分のものじゃない。俺の気持
ちは全部天帝に仕組まれたものだ。だから、だから――」
 六太の目からふたたび涙があふれた。そうしてからまたぐったりと頭を垂れ
る。
「俺を、放っておいてくれ」
 かぼそくも乾いた声。何も望まず、何もかもを諦めたかのように力のないそ
れ。
「前みたいに妓楼にでも行って、姐ちゃんたちと遊んで憂さ晴らしして――俺
のことは捨て置いてくれ」
 それだけ言うと、六太はぱたりと黙り込んでしまった。今回の事件で鳴賢に
告げたことを除けば、これまで誰にも明かさず秘めていたのだろう重く真剣な
告白。尚隆は考えあぐねていたが、やがて「なあ、六太」と静かに呼びかけた。
「なぜそう決めつける。俺とおまえの年齢差からすると、おまえの前の雁の麒
麟が生きた年月も、俺が王とされた時期と被っていたのではないか。だがそい
つは俺を見つけられずに天寿尽きて亡くなったのだろう。それまでにも胎果の
王はいたというのに、崑崙や蓬莱に渡って探すという考えは浮かばなかったよ
うだな。ということは、おまえが向こうで俺と出会ったことはどうか知らんが、
蓬莱に戻ったこと自体はおまえの意志ではないのか? その後のことは、たま
たま俺が胎果だったためにうまく運んだだけかもしれんぞ」
 そこまで言って様子を窺ったものの、六太の反応はなかった。
「それに俺たちは既に五百年ともにいるのだ。これだけ長い間寝食をともにす
れば、麒麟であろうがなかろうが、相手を好ましく思っても不思議はあるまい。
それに俺もこの長い生の中で何度か考えたことがあるが、王を慕うという麒麟
の本能は、あくまで忠義に留まるように思う。宗麟や供麒を見るかぎり、嫉妬
という感情とは無縁のように思えるのでな。あの氾麟でさえ、氾王の寵姫たち
に別段妬くふうもない。というより寵姫たちの美貌やさまざまな才覚を自慢し
ていたくらいだから、むしろ王の幸いとして本心から喜んでいると言えるだろ
う。つまり独占欲ではないのだ、麒麟の、いわゆる王への思慕は。だが思い返
してみると、おまえは俺が妓楼に通うと不機嫌になったな」

855永遠の行方「絆(35)」:2017/05/13(土) 10:13:24
 思わず、といったふうに、六太がパッと頭を上げた。驚愕に彩られた顔で叫
ぶ。
「だ、誰が! それはおまえが真面目に働かないで、遊んでばっかりだから―
―」
「ならば後宮に女人を入れたいと言ったら、おまえはどう思う」
 六太は叫んだ形に口を開けたまま絶句した。次いで、頭を垂れるのではなく
顔を横にそむけて吐き捨てるように言った。
「勝手にすればいいだろ。俺には関係ない」
 そのまろやかな頬に、ふたたびあふれた涙が幾筋も伝った。
 実を言えば尚隆は、深い考えがあって言ったわけではなかった。六太の頑固
な態度に、つい反射的に口に出してしまったというか。
 だがそんな六太の反応に胸を衝かれた彼は、不用意な言葉を吐いてしまった
ことを心から後悔した。愚かな言葉を詫びるかのように六太を抱き寄せ、涙で
濡れた顔を自分の胸に押しつけた。
「莫迦、泣くやつがあるか。ただのたとえ話だ。俺はおまえに惚れていると
言ったろう」
 小柄な六太は、衾にくるまれていてさえ尚隆の腕の中にすっぽり納まってし
まう。もっと早く気づいてやれていれば。そうすればこんなふうに自分の翼の
下に入れて守ってやれたのに、と慙愧の念が心をさいなむ。
 いずれにしても、五百年以上をともに過ごしていながら、ふたりがこんな話
をしたのは初めてだった。知り合って何年も経たない鳴賢と交わした熱い話を
思い出しながら、尚隆は内心で、本当に俺はこいつのことを何も知らなかった
のだな、とひとりごちた。
「……ああ、そっか」
 尚隆の胸から頭を起こした六太が、不意に自嘲の声音を漏らしたので、尚隆
は「うん?」と問いかけた。
「俺、蓬莱でもここでもずっと役立たずだったしな。後宮でなら、俺でも役に
立つかもしれないって?」
 思いがけない言葉に、尚隆は呆気に取られた。
「おまえ……。もしかしてずっと自分を役立たずだと思っていたのか?」

856永遠の行方「絆(36)」:2017/05/13(土) 10:51:38
「役立たずじゃんか、実際」
「一口に治世五百年と言うが、おまえが俺の麒麟でなければ、最初の百年もも
たなかったと思うぞ」
「俺はいつもおまえの足を引っ張ってただけだ」
「なぜそう思う」
 とっさに理由を言えなかったのか、六太は口ごもった。だがすぐにこう答え
る。
「い――いつも、うるさそうにしてたじゃんか。慈悲の繰り言ばかりだって」
「それは否定せんが……。しかしそもそもそういう進言をすることこそが宰輔
の重要な役目だろう。それに俺の手足となって諸国の実情を見聞してくれてい
たろうが」
「そんなもの。麒麟なら誰だってできる」
「他の麒麟は、そもそも内乱状態やら空位で荒れているやらの他国に足を踏み
入れるのも嫌がると思うがな……。それにおまえほど機転が利かず、あっさり
と正体を見破られそうだ」
「宰輔の政務だって誰でもできる。訴状や陳情に目を通して、官から上がって
きた書類を決裁して……。靖州侯の政務もそうだ」
「だから、自分が意識不明になっても何の支障もないと考えたか?」
 六太は押し黙った。
「確かに表面的なことだけ見ればそうなのかもしれん。しかし心はどうなる。
おまえが呪にかけられたことで、鳴賢は心配のあまり相当に憔悴していたぞ。
命に別状がないとわかっていてもだ。おまえを何とか目覚めさせられないかと、
随分と力を尽くしてくれた。おまえと歌や曲を作っていた海客たちは、おまえ
が麒麟だとは知らないが、少しでも症状が改善すればと、関弓の民ともども何
十人も集まって演奏会を開き、眠ったままのおまえに歌を聴かせたのだぞ。覚
えてはおらんだろうが。それに俺はどうなる。おまえがいなければ俺は独りだ。
官だろうが女だろうが、俺と真に添えるのはおまえだけだ。蓬莱での俺、すな
わち俺の根を知っている唯一の存在、それがおまえなのだぞ。おまえがおらね
ば、俺は自分の根を失う。国を治める気力も失う。それがわからんのか」

857永遠の行方「絆(37)」:2017/05/13(土) 11:28:12
 六太は答えなかった。自信家なようでいて、その根本には実際のところ、よ
りどころとなるものが乏しかったのだろう。尚隆はあまり追い詰めるようなこ
とは言いたくなかったが、少なくない者たちが、六太のことを心から気遣って
いたことは信じてほしいと思った。
「なあ、六太」
 尚隆は優しく語りかけた。
「おまえが王を嫌いなことはよくわかった。だが俺はどうだ? 小松尚隆とし
ての俺は嫌いか?」
 ずるい問いであることはわかっている。だが今さら引き下がる気はなかった。
どれほど沈黙を保たれても、答えを聞くまでは待つつもりで黙っていると、六
太は消え入るような声で「嫌いじゃない」とつぶやいた。
「では好きか?」
 沈黙。
「俺はおまえを好いている。おまえはどうだ? おまえは俺を好いてくれてい
るか?」
 もちろん友愛方面の問いではないことはわかっているだろう。
 そのためか、今度の沈黙はずっと長かった。そんなあとで六太が発したのは、
声にならない声だった。いくら静かな牀榻の内とはいえ、こうして寄り添って
いなければ聞き逃したろう、そよ風のようにかすかなつぶやき。
「……好き」
 知らず息をつめていた尚隆は、ほんのりとした笑みを口元に浮かべた。つか
まえた、と思った。やっと、やっとつかまえた、と。
「では相思相愛というわけだ。ならば何の問題もあるまい?」
 そう言ってから、ふたたび六太の頭を胸元に抱き寄せる。顎に手をやって、
そっと顔を上げさせた。わずかな抵抗をかわし、目を伏せたままの六太を怖が
らせないよう、かすめる程度のささやかな接吻を唇に落とす。
「おまえがほしい。俺のものになれ」
 耳元でそっとささやく。六太が体を硬くするのを感じ、あやすように手の甲
をとんとんと優しく叩く。
「案ずるな。すべて俺に任せておけ。おまえはいつも考えすぎるぞ」

858永遠の行方「絆(38)」:2017/05/13(土) 13:24:40
 それでも六太は震えながら、いまだ力の入らない手で尚隆の胸を押しのけよ
うと抵抗の残滓を見せた。尚隆は内心で、まったくうぶなことだ、と苦笑しな
がらも愛しく思い、「大丈夫だ」と繰り返しささやいた。
「他のことは何も考えるな。俺のことだけ考えておれ」
 そう言ってさりげなく衾を剥ぎながら、先ほどよりは力を強めて接吻する。
 今度は唇を離さず、六太の背と頭の後ろに回した腕に力を込めて、深く深く
口づけた。強引に口を開けさせて舌を入れ、逃げる六太の舌をつかまえては強
く吸う。初めての経験で気が動転している相手につけこみ、幾度も角度を変え
ては口腔内を激しく蹂躙する。
「ん、んっ……」
 口を塞がれた六太が、鼻に抜ける声でうめいた。その声に潜むほのかな官能
の匂いを嗅ぎとり、尚隆は体の芯が熱くなるのを感じた。決心してからは臥牀
で六太に背を向ける理由が、まだ不自由な体に不埒な真似をしないために変
わったのだが、それで正解だったかもしれない。
 実は今回、少し心配していたのだ。六太を自分のものにするとして、果たし
てきちんと己の雄が役に立つだろうか、と。何しろ彼が六太の想いに気づかな
かった最大の原因を振り返るに、むろん六太がうまく隠していたというのもあ
ろうが、何と言っても男色の嗜好がなかったがゆえに、無意識にその可能性を
除外していたせいと思われるのだ。
 だが今、尚隆の雄は自分でも不思議なほど猛っていた。先ほど露台から室内
の六太の姿を見ていた際も少し心配だったのだが、杞憂に終わったことに心か
ら安堵する。決定的な瞬間に役立たずだったら、ふたたび六太を傷つけてしま
いかねない。
 やがて、慣れないことをされて頭がぼうっとなってしまったらしい六太の抵
抗がやんでいった。ふたりの体の間で相手の胸を押しのけるように置かれてい
た六太の手を、尚隆は片手でつかんで自分の肩の上に引きあげ、首を抱かせる
ように沿わせた。
 尚隆がやっと口を離すと、六太は空気を求めて深くあえぎ、彼の首に力なく
両腕を置いたまま、背に回されていた力強い腕にぐったりともたれた。尚隆は
そのまま六太の華奢な身体を臥牀に横たえた。

859永遠の行方「絆(39)」:2017/05/13(土) 13:29:25
 うんと優しくしてやらねば、と思う。長いことひとりだけを想ってきた一途
な六太は自分とはまるで違う。これ以上の衝撃を与えないよう、優しく接しな
ければ。おそらくは報われることのない想いを墓まで持っていく覚悟で、ずっ
と秘めてきたのだ。いきなり告白されても、確かにすんなり受け入れられるも
のではないだろう。
 それにこれから幾度閨をともにしようと、初めての夜は一度きりだ。幸せな
思い出になるようにしてやらねば。
 尚隆は自分の被衫の紐を解いて前をはだけると、六太にのしかかった。頬に、
鼻に唇を這わせて、その子供らしい柔らかい感触を楽しむ。六太の被衫もはだ
けてなめらかな肌をむきだしにし、素肌と素肌が触れ合うことにぞくぞくする
ような喜びを感じながら胸元をまさぐる。
 なし崩しに愛撫になだれ込もうとする尚隆にやっと気づいた六太が狼狽の中
で顔を背けた。相手を手で押しとどめようとするものの、動揺のあまりまった
く力が入っていない。いくら外見が子供といえど六太に色恋の経験があっても
おかしくはなかったし、実年齢を思えばむしろ自然だったが、あまりにもうぶ
な反応に、まったくの未経験らしいと尚隆は見当をつけた。
(あまりおびえさせぬようにせんとな……)
 そう自分を戒めながらも愛撫の手は止めず、首元から胸にかけて感じやすい
箇所を探しながら強く吸った。片方の乳首に舌を這わせ、強弱をつけてちろち
ろと舐めあげる。同時に下半身に手を伸ばすと、六太のものを包み込むように
優しくまさぐった。
「あ、や……! 何……!」
 六太が悲鳴じみた声を上げ、力が入らないなりに何とか尚隆を押しのけよう
とした。彼の股間はとうに尚隆の愛撫に反応していたが、なぜ自分がそんな反
応を示すのかもよくわかっていないらしい。どうやら自慰すらも経験がないら
しいと悟った尚隆は内心で困惑した。
 満年齢で十三歳ともなれば、昔なら別に嫁を迎えてもおかしくはない年では
あったが、もしかしたら麒麟はそういう欲求が少ないのかもしれない。少なく
とも尚隆は、昔のことで記憶は定かではないものの、十三歳のころは既に自慰
を知っていたような気がする。

860永遠の行方「絆(40)」:2017/05/13(土) 13:41:12
(少し厄介だな……。おびえさせずに自然に快感を味わわせてやりたいところ
だが)
 そう考えながら、逃れようと無駄な抵抗を続ける六太の被衫を一気に脱がせ
た。尚隆は身体を下にずらし、六太の膝を立てて太腿を両腕でがっしりと押さ
えこむと、その間に頭を入れ、むきだしになった六太のものを口に含んだ。六
太は息を飲んだ。
「そん、な……!」
 尚隆は刺激で固くなっていたものを何度も執拗に吸い、かつなめ上げた。六
太は両手で尚隆の頭を必死に押しのけようとし、さらに腰を浮かせて逃れよう
としたが、逆に不安定な体勢になったことでさらに強く腰を抱え込まれて愛撫
の度合いが深くなった。先端を、裏側を、熱い舌でなめあげられ、六太は激し
くあえいだ。
「あっ、あっ――だめっ、だめえっ――!」
 六太は快楽の声を上げながらも、尚隆の頭を手で押さえたまま、首を振って
快感をやりすごそうとした。そのうわずった声に尚隆はさらに官能を刺激され、
愛撫を深めた。わけがわからなくなったのだろう、六太は快感に導かれるまま
に身をよじり、腰をくねらせ、性の悦楽への耐性がなかったために、尚隆の口
の中であっけなく果ててしまった。
 六太は抵抗をやめ、褥に力なく横たわった。尚隆は顔を上げて六太の様子を
窺ったが、幼さの残る頬が新たな涙で濡れているのに気づいて狼狽した。いき
なり口で愛撫するのはやりすぎだったかと後悔し、あわてて頭を抱き寄せてな
でた。
「すまん、急ぎすぎた。嫌だったか?」
 ぽろぽろと涙を流すさまに、胸を締めつけられるような思いでいっぱいにな
る。六太は尚隆にしがみつくと、その首元に顔を押しつけた。
「俺、俺……。わから、ない……。だって……こんな、の、初めてで……」
 泣きながら震える声で答えるさまがいじらしかった。尚隆はなだめるように
六太の頭をなでながら言った。
「おまえを気持ちよくさせてやりたかったんだが、急ぎすぎたようだ。驚いた
ろう。すまなかった」
 六太は尚隆の首元に顔を押しつけたまま、かすかに首を振った。尚隆はほっ
として、六太の体をしっかりと抱きしめたまま、相手が落ち着くのを待った。

861永遠の行方「絆(41)」:2017/05/13(土) 14:11:23
 やがて六太が腕の中で静かになると、その顔を覗きこみ、小さな唇をそっと
ついばんだ。抵抗されないことを確認して、驚かさないよう少しずつ愛撫を深
める。
「尚……隆――」
 もはや六太もあらがわなかった。おずおずながらも主の首に腕を回して、舌
を入れてきた相手の行為に応えはじめる。
 尚隆は顔が遠いから不安になるのだと思い、六太の頬や耳に唇を這わせなが
ら、腕だけを伸ばして六太自身をまさぐった。反射的にだろう、それでも六太
は尚隆の腕をつかんで押しとどめた。しかし尚隆は手の動きを止めず、なだめ
るように「大丈夫だ」と耳元で優しく繰り返しながら、素直に反応しているそ
こを丁寧に愛撫した。六太の呼吸が速くなり、抑えきれない官能のあえぎが唇
から漏れる。
「尚隆……。お、俺、なんか……また出ちゃう――」
 しがみついて訴える切羽詰まった声音に、尚隆はようやく笑みを漏らした。
「いいんだ。そのまま俺の手に出せ。気持ちよくなるから」
 六太は戸惑っているようだったが、肉体の欲求は待ってはくれなかった。六
太はすぐに腰を震わせると、快感のうめきとともに射精した。とろりとした熱
い液体を手に受けた尚隆は、ふたたびぐったりとなった六太の尻の間にその手
を這わせ、目当ての場所にそれをたっぷりと塗りつけた。そうして滑りを良く
しておいてから、中指の先端をゆっくりと挿入する。気づいた六太が「何……」
とおびえた声を出し、また尚隆の腕をつかんだ。
「大丈夫だ。ここはな、男同士で契るときに使うのだ」
「え……」
 六太は「そんな、まさか」と動揺の色をあらわにした。尚隆は苦笑した。
「だがまあ、おまえはいわば病みあがりだ。無茶はせん。すぐ済むから楽にし
ておれ。とりあえず既成事実だけは作っておきたいからな」
 むろんそこは本来、そんな使い方をする場所ではない。ましてや十三歳で成
長が止まった小柄な体で、成人している尚隆の一物を受け入れるのはつらいだ
ろう。
 しかし六太は神仙だったし、その体は冬器以外ではほとんど傷つかない。だ
から多少の無理も、閨での行為なら何ということはないだろうと尚隆は見当を
つけていた。

862永遠の行方「絆(42)」:2017/05/13(土) 14:22:39
 六太は相変わらず不安そうに尚隆の腕をつかんだままだったが、相手の行為
を我慢して耐えているようだった。そんな彼に内心で「すまんな」と謝りなが
ら、やがて挿入する指を二本に、そして三本へと増やして抜き差しを繰り返し
た。
 やがて十分になじんで柔らかくほぐれたと判断した尚隆は、六太の太腿の間
に下肢を滑り込ませると、六太の腰を持ち上げた。先ほどまで指を入れていた
場所に、みずからの猛った雄をあてがう。
 ゆっくりと挿入される巨大な異物のせいだろう、六太は息を飲んで身体を固
くした。尚隆は動きを止め、「大丈夫か?」と問うた。
「う、う――ん」
「もう少し力を抜け。少しずつ入れるからな、もし痛かったら言えよ。神仙だ
から大丈夫だとは思うが」
 六太の中はあまりにも狭く、そして熱かった。吸いついてくるような熱い肉
壁の感触ときつい締めつけ。経験豊富な彼でさえ、これまで味わったことのな
いほど絶妙の感触だった。そのあまりの心地よさに、全部挿れる前から危うく
射精してしまいそうになり、尚隆は腹に力を入れてぐっとこらえた。時間をか
けて、狭い中を何とか根元まで挿入する。油断するとすぐ達しそうになるので、
震えながら深く息を吐いて何とか耐えた。
「全部入ったぞ。わかるか?」
「う――あ……」
 だが六太のほうは、ずいぶんと苦しそうだった。
「お、俺、なんか――」
「どうした」
「気持ち、悪い……」
「大丈夫か?」
「なんか――吐きそう」
「おい」
 心配する尚隆の前で、六太は浅い呼吸をせわしなく繰り返しては小刻みに震
えた。そこから伝わる絶妙の感覚に、尚隆はじっとしていても達しそうになる
のを必死でこらえ、そのまま六太の状態が落ち着くのを待った。

863永遠の行方「絆(43)」:2017/05/13(土) 14:37:33
 やがて六太の呼吸が安定してきたのを見定めた尚隆は「動くぞ」と言い置い
て、ゆっくりと腰を動かし始めた。
「あっ……!」六太は息を飲んで小さく叫び、尚隆の腕を押さえたままの手に
力をこめた。
「痛いか?」
「い――痛くは、ないけど、なんか――なんか、変……」
「初めてだからな。仕方がない。すまんが少しだけ我慢してくれ。俺もこのま
までは生殺しなものでな」
「うん……」
 もう射精をこらえる必要はないので、手早く済ませるため腰の動きを早める。
狭い中を幾度も出し入れしないうちに尚隆は達した。本当は中に出したかった
のだが、まだ六太への負担が大きかろうと判断し、果てる直前で一物を抜くと
褥の上に射精した。
 荒い呼吸を整えながら、ようやく解放されてほっとしている様子の六太を抱
きしめる。
「大丈夫だったか?」
 六太は目をきつくつむって尚隆にしがみつき、頭を尚隆の首筋に押しつけて、
混乱したように「俺、俺――」と震える声でつぶやいた。うぶな彼にとっては
驚天動地の経験だったのだろう。だがふたりには、新しい関係になじむだけの
時間はたっぷりとあるはずだった。
「そのうち体が慣れれば良くなる。毎晩可愛がってやるぞ。おまえは俺の大事
な伴侶だ」
 六太は何も答えず、ただ震えて、すがるように尚隆にしがみついているだけ
だ。尚隆は恋人の細い体をいっそう強く抱きしめると、耳元で優しい睦言をさ
さやきながら、頬や唇に幾度となく甘い接吻を繰り返した。

 だがここで肌を合わせたことは、完全な悪手ではなかったろうが、決して最
善手でもなかった。それを尚隆が理解したのは、しばらく経ってからのこと
だった。

864書き手:2017/05/13(土) 14:42:58
とりあえずこんな感じになりました。
肉体関係ができたことは大きな転機ではあるけれど、
尚隆が強引に進めたようなものだし、ふたりが真に通じ合うための通過点に過ぎません。

あと氾王に寵姫がいるとか、つい書いちゃいましたが、本作だけの設定なのでお許しを。
氾王は男女を問わず趣味人でオトナな寵姫寵臣をたくさんかかえていて
でも意外と皆認めあって仲良く過ごしていそうなイメージがあります。


なお以前、>>22で書いたように、書き逃げスレ『後朝』『続・後朝』は
この永遠の行方のエピソードのひとつで、時期的には今回の直後の話になります。

が、実は細部が異なる本筋版と妄想版のふたつあって、書き逃げスレに載せたのは妄想版のほう。
というのも当時は本編を書けるか見通しが立っていなかったというか、
「大長編になるだろうから、たぶん書かないだろうな」と思っていたため、
多少派手で書きやすいほうを安直に選んだ次第です。

特に『続・後朝』の朱衡の登場以降はほぼ妄想で、本編の展開とは全く違うと思ってください。
あれだと、すんなりラブラブに移行しそうに見えますが、
実際にはそんなことはなく、これ以降ろくたんはかなりぐるぐるします。

865名無しさん:2017/05/13(土) 18:02:13
大場面に邪魔だて出来ぬ……と感想スレで鼻息荒くしてました。
今日はまさかの一気投下で朝からドキドキと。

契る前に蓬莱での幼い六太をしっかりと救いあげる展開が泣けるほど嬉しかった……尚隆ありがとう、小松尚隆ありがとう。

そして繋がると思ったお話が別バージョンで、また違う続きが見られることにご褒美がありすぎる展開で本当に読んでいて感動します。何年も前にこの作品に出会えて良かった……!

866書き手:2017/05/13(土) 23:48:49
楽しみにしてくださってありがとうございます。
ぐるぐるろくたんのあたりは一度書いたんですが、
気に入らなくて書き直すので、次の投下まで今度はちょっと長く空きそうです。

いずれにしろ尚隆のぐるぐる時期は終わったので、それと入れ替わる感じですかね。
ずっと地味に悩んでいた尚隆と違い、六太にすれば目が覚めて
「なんか過保護になった?」と首を傾げていたら襲われて呆然としているようなもので、
それが落ち着いて本当の意味でくっつくにはまだ少しかかります。

要は、ろくたんはもっともっとぐるぐるして動揺して
てんぱって勘違いして泣いて、尚隆に慰めてもらわないと、ってことですw

867名無しさん:2017/05/15(月) 17:45:54
尚隆と六太の落差がまた萌えます・・・
姐さんの尚隆は包容力があっていいなあ、すれ違ってもだもだがまた良い!
無理がない範囲でいいので、頑張ってください!
続き楽しみにしています!!

868書き手:2017/05/21(日) 19:26:56
いろいろ書き直したんですが、
この辺はもうほとんど直さないだろうなと思った3レス分だけ落とします。

869永遠の行方「絆(44)」:2017/05/21(日) 19:31:56

 思いがけず尚隆に抱かれた翌朝、六太が目覚めると彼の腕の中だった。既に
朝に近いのだろう、薄明るい牀榻の中で顔を覗きこまれているのに気づき、六
太は反射的に覚えた恐怖で大きく体を震わせた。強引に抱いた尚隆自身に怯え
たのではない、いつ、昨夜の愛の告白は冗談だったと謝られるのかと、短い夢
の終わりを予感して激しくおののいたのだ。
 六太にとって、昨夜のなりゆきはまったく予想だにしないことだった。呪に
囚われる前まではいつも通りの日常だったし、永遠の眠りを覚悟していながら、
いざ起きてみれば眠っていたのはたかが一年半。なのに尚隆が妙に過保護に
なっているわ、やたらと触れてくるわで、六太にしてみれば困惑するしかな
かった。
 おまけに昨夜の尚隆は急に「惚れている」などと言い出した。追いつめられ
た六太は、つい感情が高ぶっていろいろわめいてしまったが、これが現実の出
来事だとはとても思えず、現実だとしても悪趣味な悪戯に引っかけられたとし
か考えられなかった。
 長い間、想いの成就を諦め、秘めることに慣れた六太は、それが報われたと
はとても信じられなかった。信じることすらも怖かった。
 だが尚隆は、腕の中で泣きそうになった六太をどう思ったのか、その小柄な
体を抱きしめると「二度と仁重殿には帰さぬぞ」と耳元で甘くささやいて接吻
してきた。優しい仕草と声音に、六太はいっそう体を震わせ――そこで牀榻の
折り戸の透かし彫りから漏れる明るさに、起床の時刻が近いのだろうことに思
い至って、はっとなった。
 このままでは起こしにくる女官たちに、裸で抱き合っているところを見られ
てしまう。そんなことがあってはならない、何とか誤魔化さなければ――と、
なぜそう考えたのかという自覚もないまま六太はあわてて飛び起きた。きょろ
きょろと見回して昨夜尚隆に脱がされた被衫を探す。
「どうした」
「被衫」

870永遠の行方「絆(45)」:2017/05/21(日) 19:37:05
「ん?」
「被衫、着なきゃ」
 声を震わせながらも必死に訴える。尚隆は何か残念そうな顔をしたが、仕方
ないというように彼もしぶしぶ上体を起こして周囲を見回し、臥牀の片隅で丸
まっていた六太の被衫を手に取ってくれた。
 ほっとした六太が受け取ろうとすると、だが尚隆は素直に渡してくれなかっ
た。背後から抱きしめて、昨夜のように乳首や局部をまさぐるなど戯れかけて
きたので、六太はふたたび激しく動揺した。
 それでも何とか女官たちが姿を見せる前に被衫を着ることはできた。そう
やってばたばたしたおかげで、起き抜けの際の恐怖も多少紛れたのだが、翻っ
て尚隆のほうはまるで無頓着だった。寝乱れてぐちゃぐちゃになった臥牀を取
り繕おうとするでもなければ、これまで六太が知らなかった、情事特有の匂い
もまったく気にした様子がない。
 ほどなく女官が数名起こしにきたものの、六太は狼狽のあまりずっとうつむ
いていたから、彼女らがどんな顔をしたのかは知らない。だが臥牀を改める際、
意味深な長い沈黙があったような気がして、六太は羞恥と動揺で震えながら、
ひたすら被衫の上着の裾をぎゅっと握りしめていた。
 結局その場で何か言われることはなく、いつものように彼女らに着替えさせ
られた。だが、急きょ湯と布がたっぷり用意され、いつもなら顔や手足だけな
のに全身を丁寧に拭き清められたため、全部ばれているんだと愕然とした。尚
隆に至っては、これからは夜だけでなく毎朝浴堂の用意をするようにとまで言
いつけていた。理由を察して顔から火が出るような思いをした六太は、頭から
衾にもぐりこんで永遠に隠れていたいとさえ思った。
 いったいどうしてこんなことになったのだろう。獲物を捕らえた猛獣のよう
だと思った尚隆にあらがえず、なしくずしに体の関係を持たされたが、これか
らどうなるのか、尚隆が六太をどう扱うつもりなのか、さっぱりわからなかっ
た。それでつい心細くなって、ちらりと尚隆のほうを見たのだが、気づかれて
嬉しそうな笑みを向けられた。六太はなぜか切なくて、泣きたい気持ちでいっ
ぱいになった。周囲に女官がいなければ本当に泣いていたかもしれない。

871永遠の行方「絆(46)」:2017/05/21(日) 19:40:41
 朝餉を摂り、正装して尚隆とともに朝議に赴いたものの、六太は用意された
椅子の上で自分の膝に視線を落として、ひたすら呆然としていた。このひどい
欺瞞がいつ終わるのだろうと思うと、そのときが怖くてたまらなかった。
 なのに。
「仁重殿だがな、広徳殿と同じように靖州府の建物として使うことにした」
「えっ……」
 さらに次の日の朝、いつものように尚隆と長楽殿で朝餉を摂っているとそん
なことを言われた。六太は驚愕のあまり箸を取り落とすところだった。だが昨
夜もたっぷりと情を交わしたせいか、相変わらず上機嫌な尚隆はこともなげに
続けた。
「今のまま放置しておくのももったいないしな。もともと広徳殿と近いのだか
ら、他の用途に充てるよりは使い勝手も良かろう」
「で、でも」
「むろんさすがに宰輔が自分の宮殿を持たぬというのはまずい。それでだ。お
まえには代わりに玉華殿をやることにした」
 さらなる混乱に襲われた六太は目と口を大きく開いた。ここで王の私室たる
正寝の宮殿の名前が出てくる理由がわからなかった。
「ぎょ、玉華殿? 長楽殿の、すぐそばの? なんで」
「もちろん普段は今まで通り長楽殿で過ごすのだぞ?」尚隆は念を押すように
言った。「だが俺とてたまには怪我をすることもある。そうするとおまえは血
の穢れで近寄れなくなるわけだ。ならば最初から、ここと近いが別の宮殿をお
まえの御座所ということにしておけば面倒も少なかろう」
 六太には寝耳に水だったが、冢宰にも太宰にも、昨日のうちに話が通ってい
たらしい。あれよあれよという間に、仁重殿で留守を守っていた残りの女官た
ちも全員が正寝に移ってきて、遅ればせながら次の朝議で諮られて追認もされ
た。そのすべてを六太は呆気に取られて見ているしかなく、帰る場所をなくし
たという事実はいっそう彼の心を追いつめた。

872名無しさん:2017/05/21(日) 23:16:55
うおおお、更新されてる!
それにしても数年前からずっと追って来て、ようやく両者の想いが繋がりかけてるのがなんだか感慨深いです・・・
でもすれ違いぐるぐる好きなので、もだもだ展開も嬉しいですw
尚隆は迷いがないのがさらに萌える・・・

873永遠の行方「絆(47)」:2017/05/27(土) 18:03:30

 数日後の診察で六太は、広い居室の中、女官の介添えなしにゆっくり歩いて
みせた。その様子を見て、黄医は満足げに微笑した。
「けっこうです。まだ疲れやすいようですが、身体機能としてはほとんど回復
なさったと考えてよろしいでしょう。ただ歩く際、あまりおみ足が上がってい
ないようです。階段はもちろん、ちょっとした段差でもつまずきかねませんの
で、それだけはご注意を。足踏みの訓練ではきちんと上がっておられるのです
から、普段の生活でも意識しておみ足を上げるようになさってください」
「わかった」
 六太は素直にうなずき、先ほどまで座っていた椅子に座り直した。その所作
の中でさりげなく皆から目をそらす。女官や黄医の目がいたたまれなかった。
今に至るまで何も言われていないが、ずっと身近に侍っている彼らは、絶対に
尚隆との関係を察しているはずだからだ。
 そんな六太に気づかず、女官たちは「そろそろ主上がおいでになる頃ですね」
と朗らかに言いながら卓をしつらえ、お茶の用意を始めた。六太が長楽殿にい
るとき尚隆は午後に必ず政務から戻ってきて、一緒にお茶を楽しむようになっ
ていた。広徳殿に行っている場合は、大抵は内殿のどこかで落ち合ってお茶を
飲むことになる。
「先ごろ景王から届いたお見舞いの――」
「明日は広徳殿にお出ましになるわけですから――」
「数日中に冬官が最後の確認をしたいと――」
 そんな会話を耳にしながら、六太は背を丸めてうつむき、小さく吐息を漏ら
した。
 「毎晩可愛がってやる」と宣言したとおり、尚隆はあれからも毎晩六太と同
じ牀榻で眠り、肌を重ねていた。体調を慮ったのか、大抵は体をつなげるとこ
ろまでは行かなかったが、肌と肌を合わせて濃厚な愛撫を施され、激しい快楽
の渦に落とされることは変わらない。六太は昼間、官や女官と顔を合わせる際
は必死で平静を装ったものの、内心の混乱と動揺は最初の夜からずっと続いて
いた。

874永遠の行方「絆(48)」:2017/05/27(土) 18:51:42
 六太には何もかもがいまだに信じられないのだ。実はまだ呪の眠りに囚われ
ていて、何かの作用で自分に都合の良い夢を見ているのではないかと真剣に
疑っているほど。
 一方、尚隆はと言えば相変わらず上機嫌で、最初の夜に迫ってきた際に見せ
た、どこか余裕のないさまはすっかり鳴りを潜めていた。一度体をつなげたあ
とは挿入を強いることもなく、大抵は六太の体を愛撫するに留めて、たっぷり
と愛情深い睦言をささやいてくれる。
 恋しいあるじに優しくされればもちろん嬉しいし、外で落ち合うときに尚隆
の姿を見つけた途端、やはり反射的に笑顔になる。だが次の瞬間にはふたたび
恐怖がぶり返し、本当にここは現実なのかと、何かの欺瞞ではないのかと怯え
てしまう六太だった。
「あの、さ……。俺、男なのに、気持ち悪くない……?」
 ある夜、六太は情事のあとで思い切って聞いてみた。だが苦笑されただけ
だった。
「気持ち悪かったら、そもそもこんなことはしておらんだろうが」
「う、うん。でも……」
「今の蓬莱ではどうだか知らんが、俺がいた頃は、男色は武士のたしなみのよ
うなものだったぞ」
「え、じゃあ……今までも……?」
「なんだ、さっそく悋気か?」
 尚隆はからかうように言ったが、その声音はあくまで優しかった。むしろ悋
気の片鱗を見せた六太に、やたらと嬉しそうだった。
「俺は男には興味がなくてな。知っておろうが、女ばかり相手にしてきた」
 六太は思わず顔をこわばらせた。それに気づいたのか、尚隆はなだめるよう
に髪に指を通して頭をなでてきた。
「だが、おまえは別だ。何しろこうまで惚れてしまってはな」
 惚れた、という言葉。好いている、という言葉。それがどうしても六太には
信じられない。だって尚隆は彼自身が言ったように、これまでずっと女としか
関係を持たなかったのだ。それも世慣れた、男あしらいのうまい大人の女を選
んでいたように見えた。それに男というものは普通、美しい女を好むものでは
なかろうか。

875永遠の行方「絆(49)」:2017/05/27(土) 19:39:50
 おずおずとそれを尋ねると、尚隆はおかしそうに「おまえは美しいではない
か」と返された。それで六太もようやく、「何、莫迦言ってんだよ」と無理に
笑ったのだが。
 突如として放り込まれた肉体関係とはいえ、六太から望んだ状態ではないと
はいえ、閨で抱きしめられながら甘い睦言をささやかれるのは嬉しかった。こ
れが夢でなければ何なのだと思うほど。
 だが同時にそれこそが六太を苦しめた。
 普段は飄々として、長年の近臣にさえ捉えどころがないと言われることもあ
る尚隆なのに、閨ではけっこう生の感情を出すのだ。六太に無理をさせないよ
うにだろう、大抵は六太の尻や股に一物を挟んで抽送するのだが、そのときの
欲情に駆られて上気した顔や荒い吐息、激しい腰の動き、口から漏れる獣のよ
うなあえぎは、六太がこれまで知り得なかったものだった。接吻でさえ、あん
なにいろいろなやりかたがあるとは知らなかった。六太が想像してきたのは、
単に唇を押しつけあう程度だったのから。
 なのにそうやって取り繕わずに素を出す尚隆を、これまで彼が抱いてきた行
きずりの女たちはとっくに知っていたのだ。
 自分の実体験としての性の知識が増えるにつれ、その関係に溺れるのではな
く、不思議と過去に尚隆が肌を合わせた無数の女の影が脳裏にちらつくように
なった。これまで長い間知らなかった尚隆の素の表情を知る者が実は大勢いる
という事実は、やはりこれは夢なのではとの疑いと併せ、思いのほか六太を苦
しめた。あんなふうに優しくささやいて、あんなふうに情熱を与えた相手が過
去にいただけでなく、これから先も無数にできるだろうことが容易に想像でき
たからかもしれない。
 熱い肌。荒い呼吸。したたり落ちる汗。射精する際の艶めいたうめき。達し
たあと脱力して六太に覆い被さるときに漏れる満足げな吐息。それは決して六
太だけのものではない。
 だからなのか、恋する相手と結ばれて有頂天になっても良いはずなのに、関
係を重ねれば重ねるだけ、六太の心はむしろ絶望に近づいた。

876永遠の行方「絆(50)」:2017/05/27(土) 21:28:39
 もちろんそんなことは今さらだ。想いが報われることを諦めていたことを考
えれば、過去の女たち――とはいえ大半は売春をなりわいとする妓女――に嫉
妬するのはおかしいとも理性では思う。だが六太がこれまで、尚隆が抱いてき
た女たちに漠然と妬く程度で済んでいたのは、単に情交の何たるかを知らな
かったからだ。
 なのに六太はもう閨で何があるのかを身をもって知ってしまった。そして見
知らぬ女たちは当たり前のように、何百年も前からこんな尚隆を味わい尽くし
ていたのだ。
 その想像は狂おしいほどに生々しく、六太をさいなんだ。憎しみこそ感じる
ことはなかったけれど、自分がひっそりと片思いに殉じている間に尚隆の熱い
肌を味わっていた女たちに初めて強烈な嫉妬を覚えた。
 毎晩のように尚隆に愛されているというのに、同じように愛されて、同じよ
うに腕の中で甘い睦言をささやかれた女が無数にいると思うと苦痛だった。今
の境遇が信じられない六太は、自分が彼女らの中に間違って紛れ込んだように
感じたからかもしれない。尚隆の技巧に手もなく翻弄されながら、六太は急速
に大きくなる自分の悋気の激しさを持て余した。
 思えばこれまでの六太は、ずっとぬるま湯につかっていたようなものだった。
そもそも神獣ゆえなのか、尚隆に導かれて性の扉を開くまでは、普通の生身の
男のような肉欲を感じたことは一度もなかった。恋愛ごとはすべて伝聞か想像
であって、一般的な知識こそあったものの、実体験に基づかないそれに具体性
はなくおぼろに脳裏に浮かべる程度。そこには自分の想いを秘め続けることに
対する悲哀こそあれ、他者に対する切実で苦しい嫉妬は存在しなかった。
 尚隆に優しい笑顔を向けられ、同じように笑顔を返そうと必死で努めながら、
六太は心の奥底で孤独に懊悩しつづけた。
 こんな生々しい感情は今まで知らなかった。知りたくもなかった。これが愛
というものなら、喜びよりも苦しみのほうが大きいのではないかとさえ思った。
 なのにもう、知らなかった頃には二度と戻れないのだ。

877書き手:2017/05/27(土) 21:31:26
今回はここまでです。

尚隆側にも迷いがあると、それこそgdgdになって読むほうもストレスがたまるので
もうぐるぐるするのは六太だけですねー。

過去の六太は、尚隆とのことを夢想するにしても
無邪気にバードキス止まりだった模様。
途中をすっ飛ばして、いきなり肉体関係に行ってしまった現在、
かなり混乱しております。

878名無しさん:2017/05/27(土) 22:33:54
尚隆がぐるぐる迷うのも大好きです、もしぐるぐるしてても最高です、ストレスではないです、でもこの尚隆も素敵です。
この六太の気持ちの辛さ、とてもとても萌えます。
素敵すぎておぼつかない日本語になってます。

尚隆の生々しい格好良さとても萌えます、しかも六太目線での描写!
過去の女への悋気に苦しむ六太とか、もうほんとにたまらなく切なく萌えます
尚隆格好良い……六太目線での獣な尚隆とかとても萌える……

879書き手:2017/05/28(日) 13:02:21
六太目線というか、六太にだけ獣な尚隆ってのもいいと思うんです(力説)。

既に尚隆のほうは心を決めてるんで、
あとは視野狭窄に陥っている六太がぐるぐるして着地点を決めるまでを
適宜想像しながらお待ちいただければと。

880名無しさん:2017/05/28(日) 20:45:12
六太にだけ獣な尚隆、良いと思います!(力強く同意)

881名無しさん:2017/05/28(日) 21:32:22
まったくまったく!!

882名無しさん:2017/05/28(日) 21:36:50
獣な尚隆に開発されちゃうろくたん…ごくり

883永遠の行方「絆(51)」:2017/06/10(土) 19:29:18

 六太が目覚めると比較的すぐ、陽子や帷湍らにも慶事として伝えられたし、
海客の団欒所の面々には鳴賢から伝えてもらうように頼んでいた。いずれもあ
くまで取り急ぎの報せであって、六太が普通に生活できるようになるまでそち
らの世話に注力するため、やりとりはしばらく控えさせてほしいとも添えてい
た。
 そのせいか、ほどなく陽子から送られてきた見舞いも、とりあえずの簡単な
祝いの品とちょっとした近況を伝える手紙だった。だがそろそろ返信ぐらいし
ても良かろうと、六太は短い手紙をしたためた。その様子をすぐ傍らで見守っ
ていた尚隆は、気遣うようにそっと六太の右手を持ち上げ「小さな字を書くの
にも、特に不自由はないようだな」と言ってきた。
「大丈夫、政務もできているわけだし。それに歩いてもあまり息切れしなく
なってきた。黄医も、あとは体力をつけるだけだって」
「それは重畳。だがあまり無理をしてはいかんぞ」
 尚隆は六太が書き上げた書面を、まだ濡れている墨に触れぬよう注意して他
方の手でつまみあげるとそのまま女官に渡し、非公式に景王に送るよう指示し
た。その彼の横顔を、六太は片手を取られたまま、盗み見るようにそっと眺め
た。
 こうしてささいなことでも尚隆のぬくもりに触れる機会も増えた。もうほと
んど普通に歩けるとあって、横抱きで運ばれることはなくなったが、逆に
ちょっとしたことでも尚隆が頻繁に手や体に触れてくるようになったからだ。
 それについては六太は素直に嬉しいと思ってはいたものの、同時に心の奥底
に巣くう恐怖の念がどんどん大きくなることも感じて怯えていた。
 六太にはどうしても、今の幸せな状況が現実だとは思えないのだ。最初から
恐ろしい勘違いであって、飽きた尚隆にすぐ捨てられるような気がしてならな
かった。
 たとえば意味深な視線を見交わしたり、ちょっとした気遣いを示しあったり
して、少しずつ心温まる予感を覚えながら想いの成就を迎えたのなら、話は
違ったかもしれない。しかし呪に囚われてずっと眠っていた六太にとっては、
ある日突然、何の前触れもなく棚ぼたのように長年の想いが叶ったようなもの
だった。だからその奇跡が、現われたときと同様に突然まぼろしのように消え
去ってしまうこともまた、必然のように思えた。

884永遠の行方「絆(52)」:2017/06/10(土) 21:11:29
 なぜなら最初から諦めていた六太は、たまに市井の噂話で聞くような恋愛の
かけひきも、相手に好かれるような努力も、恋人に乞うための告白も何もして
こなかったからだ。ただ寝ていただけなのに、目覚めたら尚隆が優しくべった
りと面倒を見てくれるようになっていて、あまつさえ恋が実ったなんて、どう
考えてもおかしい。そんな都合の良い話が現実に起こるはずがないではないか。
 想いが叶うことは絶対にありえないと思っていた。深く深く秘めたまま、誰
にも悟られることなく墓まで持っていくのだと固く信じていた。そして時に心
が引き裂かれるような思いをしながらも、実際に何百年もの歳月を耐えてきた。
 秘めることに慣れた想いを、今さら表に出すのは恐かった。何か恐ろしい間
違いのように思えた。尚隆の優しい対応に思い上がって期待をいだいたが最後、
あっさり足元から崩れていくような気がした。
 おまけに肌を合わせれば合わせるほど想いが増すような気がするのだ。これ
までも尚隆を好きだと思っていたが、本当の意味では恋していなかったのかも
しれないと思えるほど。
 あれほど好きだと思っていたのに、もっともっと好きになる余地があるなん
ておかしい。なのに閨で関係が深まるほど、牀榻の中で抱かれて睦言をささや
かれればささやかれるほど、ますます好きになっていくのだ。この想いが突き
返されてしまったら、きっともう心が壊れてしまう。歓びに天高く飛翔したあ
とで地上に叩き落されれば、身も心も粉々に砕け散るしかないのだから。
 ただ、以前は頻繁に下界を出歩いていた尚隆なのに、六太の目が覚めること
で事件が終息しながら、ほんの息抜きとしてすら宮城を離れる素振りがないの
には少しほっとしていた。官に聞けば、六太が眠っていた間も、解呪の手がか
りを得るため以外では下界に行かなかったらしい。そうして朝昼晩と食事をと
もにするだけでなく、午後の休憩でのお茶さえもふたりで楽しむ。まめに顔を
見に来ては世話を焼く尚隆に、六太は嬉しく思った。こうして宮城に留まった
まま、六太と一緒にいてくれる間は夢を見ていても大丈夫かもしれないと期待
したのだ。

885永遠の行方「絆(53)」:2017/06/10(土) 21:23:21
 一時の気の迷いかもしれないにせよ、ここまで六太に言い寄り、実際に毎晩
肌を重ねている。ならば今日明日のうちに六太が捨てられることはないだろう。
御座所を仁重殿から移すことまでやってのけたのだ、一ヶ月や二ヶ月程度で六
太に飽きて捨て置くような真似をしたら、さすがに官も呆れて強く苦言を呈す
るはずだ。逆に一年などという長期間は持たないだろうと観念してもいた。つ
まり来年の今ごろはきっと飽きられている。でも三ヶ月ぐらいはどうだろう。
半年は?
 ――半年ぐらいなら、きっと、何とか。
 つまり今年の冬までなら持つのではないだろうか。寒い夜に一緒に臥牀に
入って抱き合い、ぬくぬくと温かく過ごす幸せぐらいは味わうことができるか
もしれない……。
「今朝、鳴賢が楽俊と朱衡経由で送ってきたばかりの見舞いの品でな。海客の
団欒所の面々が作った蓬莱菓子だそうだ」
 六太が悲愴な見通しを立てているとは思ってもいないだろう尚隆は、女官に
指示して菓子を持ってこさせた。上機嫌なのは変わらず、六太が喜ぶだろうと
思っているのは明らか。六太は努めて笑みを浮かべた。
「へえ。じゃ、守真が作ったのかな? もし恂生とかも手伝ったなら、ちょっ
とびっくりかも」
「何でも、懇親がてら皆でにぎやかに作ったらしいぞ。色は薄いが、見た目は
どら焼きの生地に似ているな。せっかくだから俺も食ってみるとしよう」
 表面のごく一部にうっすらと焼き色がついている以外は雪のように白くてふ
わふわとした円盤状で、そこに飴色をした半透明の糖蜜がたっぷりとかかって
いる。先端がちょっとしたへら状になっている楊枝で切り分けた一片を六太が
口に入れると、見た目と同じく雪のようにほろほろと溶けた。尚隆も仲良く一
緒に食べ、「ずいぶん柔らかいな」「控え目な甘さで軽い食感だから、いくら
でも食べられそう」と感想を言い合った。
 菓子を食べたあとは、腹ごなしと気分転換のための散策だ。尚隆と手をつな
いで園林をぶらぶら歩く。剣も持つ尚隆の掌は大きくて固い。その温かなぬく
もりをいつまで味わっていられるのだろうと考えた六太は、ふと既に飽きられ
かけている可能性に思い当たってぞっとなった。

886永遠の行方「絆(54)」:2017/06/10(土) 22:29:06
 閨で睦むとき、実は尚隆はほとんど六太に一物を挿入しない。この半月でそ
んなことをしたのは最初の夜を入れても数回足らずであって、指を入れること
こそあるものの、一物は六太の股や尻に挟んで抽送している。何しろふたりの
体格差はかなりのものなので、これまでは六太の体を気遣っているのかと思っ
ていたが――どうも慣らしたりほぐしたりと手間がかかるようだし、そろそろ
面倒になったということはないだろうか。六太にはよくわからないが、もし男
同士にしろ、体内への一物の挿入が普通の愛の行為だとしたら、さすがに回数
が少なすぎるだろう。
 そんなことを思いついてしまった六太は、つい足を止めてぶるりと震えた。
 何の覚悟も知識もないところへの、初めての性体験という衝撃。諦めていた
想いの成就への期待と、相反する激しい不安。少しでも冷静になれれば建設的
な考え方もできたろうが、最初の夜以降、無自覚ながらも六太は相当に不安定
で臆病になっていた。
「どうした? 寒気でもするのか?」
「え、あ……。ううん、何でも、ない」
 心配そうな尚隆に口の中でもごもごと返しながら、六太はもしかしたら積極
的に愛撫を返さなければまずいのではと愕然とした。ただでさえ妙齢の女のよ
うな魅力的な容姿も、手ざわりの良い柔らかな乳房や豊かな腰も持っていない
のだ。実は満足してもらえていないなら、六太から奉仕しなければ、半年どこ
ろかひと月も持たないだろう。それに六太のほうは挿入されても、最初の一回
は内臓ごと押しあげられるようで吐き気をもよおしたし、それ以降もとにかく
愛撫に慣れるのに必死で、尚隆に喜んでもらえそうな痴態を見せた覚えもない。
(でも、そんな)
 尚隆によって強引に性の扉を開かれたばかりなのだ。六太が知っているのは、
実際に彼に閨で教えられたことだけ。それもあくまで受け身で、どうすれば相
手の男に満足してもらえるかなどという知識も技巧もない。
(どうしよう……)
 精神的に不安定な六太に、自分の一方的な想像に過ぎないという考えは浮か
ばなかった。自覚のないまま、坂を転がり落ちるように絶望に駆られた六太は、
知らずうつむき、震えて泣きそうになった。

887書き手:2017/06/10(土) 22:31:46
地の文ばかりでダイジェストっぽくなってしまったため
いろいろこねくり回していたのですが諦めました……。

次からは尚隆視点の予定なので、
今度はちゃんとキャラ同士のやりとりで話を進めたいと思いますが、
実際に投稿するまでけっこうかかりそうです。

888名無しさん:2017/06/11(日) 00:09:28
更新されてる!
成就してるのに、ろくたんがせつない・・・・
尚隆視点も楽しみにお待ちしてます!

889名無しさん:2017/06/12(月) 10:25:23
更新されてるーお疲れ様です!
ぐるぐる煮詰まってるろくたん切ないし尚隆視点も楽しみ
何ヶ月でも何年でものんびりお待ちしてますので無理はなさらず〜

890書き手:2017/07/02(日) 12:21:18
お待たせしました、少しずつ尚隆視点を投下していきます。
ちょっとわかりにくいかもしれませんが、
時系列で言うと、六太視点で描写された時期とかぶってます。

891永遠の行方「絆(55)」:2017/07/02(日) 12:23:26

 尚隆は六太の体調について、もちろん毎日黄医から報告を受けていた。そ
して解呪に関わった冬官たちからも、どうやら六太の体に呪の悪影響は残っ
ていないようだとの報告を受けて一区切りをつけ、まずは内議で、次いで翌
日の朝議で事件の収束を宣言した。
「やっとすべて終わりましたな」
 日頃泰然としている白沢もさすがに嬉しそうだった。六官を筆頭に朝官た
ちも晴れやかな表情を浮かべ、椅子に座っていた六太に「おめでとうござい
ます、台輔」「これで一安心ですね」と口々に祝いの言葉を述べた。
(まあ、俺の接吻がまことに解呪の条件だったのなら、今さら悪影響は何も
ないはずだからな)
 尚隆はそんなことを考えながら、続いて太宰が通常の案件に議題を移すの
を見守った。その合間にさりげなく六太に意識を向けると、表面上は明るい
ふうを装っていたが、表情はどこか硬かった。それは今に始まったことでは
なかったから、尚隆は顎をなでて考えこんだ。

 その日の六太は広徳殿に赴く予定だったため、午後のお茶は内殿の一室で
待ち合わせることを約束して、尚隆は自分の執務室に向かった。
 王の決裁を待つ間、天官のひとりが得々と披露した料理の蘊蓄にその場の
皆が顔を見合わせて苦笑いし、政務とはいえ穏やかな時間を過ごす。その後、
時間になったので待ち合わせ場所に赴くと、ちょうど通路の向こうから六太
がやってくるところだった。片手を軽く挙げて「おう」と声をかけると、尚
隆の姿を認めた六太が目を見開き、思わずといったふうに、一瞬だけ嬉しそ
うに顔を輝かせた。すぐに抑えた、どこか遠慮したような控えめな笑みに
なってしまったが。
 尚隆はそばにやってきた六太の背を押して目的の房室に入り、ともに席に
着いた。茶を飲みながら、身近な官がからむ日常の滑稽譚を披露すると、六
太もおかしそうに笑った。
「あいつ、普段がまじめなだけに、傍で見てると落差がおかしいんだよなあ」
「最近は料理が趣味だそうだ。今日は俺の承認印を待つ間、嫁のために作り
置きした総菜の蘊蓄を得々と語ってくれたぞ」

892永遠の行方「絆(56)」:2017/07/02(日) 12:57:17
 そんなふうに一見してなごやかなひとときを過ごしていても、六太の緊張
が真に解けることはなかった。
 初めて肌を合わせて以来、六太が何かを恐れているのはわかっていた。何
かを――おそらくは別れのときを。初めての朝、目覚めた六太の表情に浮か
んだ怯えを認めたとき、尚隆は自然と感じたのだ。あの怯えは、すがるよう
な、今にも泣きそうな表情は、戯れの時間が終わったことを告げられるだろ
う予感に対するものだと。
 前夜にした蓬莱での話と取り乱しようから自然な庇護欲に駆られていた尚
隆にしてみれば、むしろ愛しさが増したくらいなのに、六太のほうは、どう
してか一時的な戯れの相手に選ばれただけだと思いこんだらしい。表面上は
取り繕っているが、ふとした折りにうつむいては、いたたまれないとでも言
うように背を丸めてしまう。決して嫌われたとは思わないし、こうして一緒
にお茶や食事をする際に見せる嬉しそうな顔が偽りだとも思わない。だがこ
ちらが努めて優しく接しても、何しろすぐに表情が陰るので、どうしてそこ
まで気に病んでしまうのだろうと気になって仕方がなかった。
 まだ六太の想いを知らなかったころ、横抱きにして運ぶ最中に、たまに揺
れるまなざしを向けられた。あのときの、すがるような、どこか怯えたまな
ざしと今の様子はとても似ていて、尚隆をひどく不安にさせた。
 たとえば真に心を許し合った恋人同士なら、喧嘩をしたのでないかぎり、
沈黙が続く程度は気にならないだろう。そこまで近しい存在になれば、相手
の存在自体が癒しのようなものだからだ。
 だが六太は、ちょっとした沈黙でも怖いのか、今回も何かと懸命に話を
振ってきた。
「そういえばさっき広徳殿で令尹が教えてくれたんだけど、うちの州宰が甥
の官の前で下界の流行を知ったかぶりして教えて実は間違ってて、あとで指
摘されてへこんだらしいぞ」
「ほう、あいつがな。豪勢な飾りをつけた書棚を自作して、完成したはいい
が寸法を間違えていて帙が入らずへこんだ話は知っていたが」
 六太と話すこと自体は楽しいから、尚隆も話を合わせるのだが、もう少し
気楽に構えてくれればいいのにとも思う。むしろこういう関係になる前のほ
うが、沈黙が続こうが何をしようが、六太は気にしなかっただろう。
 茶と茶菓子を楽しんだあと、せっかくなのでふたりで庭院を散策すること
にした。室内にいるよりは六太も緊張しないだろうからだ。外に出、伸びを
してから傍らの六太を振り向き、思いついて「ほら」と手を差し出した。

893永遠の行方「絆(57)」:2017/07/02(日) 13:21:37
 六太は「え」と驚いたような顔をしてから、差し出された手をまじまじと
見つめ、ついで戸惑ったように尚隆の顔を見てからまた手に視線を戻した。
「ほら」
 再度促すと、瞬時に真っ赤になった六太はおずおずと遠慮がちに自分の手
を出し、そっと尚隆の掌に重ねた。それを尚隆が握ると、六太は身を震わせ
てうつむいた。
 六太の手を引いてぶらぶらと歩きながら、尚隆は適当に雑談をしたが、六
太はうつむいたまま黙りこんでいた。心配になって様子を窺うと、髪の間か
ら覗く耳は赤いまま。どうやら恥ずかしがっているだけらしい。単に手をつ
ないでいるだけなのに閨で睦み合うときより嬉しそうだとも感じ、尚隆は不
思議には思ったもののほっとした。
 その後、急ぎの書類があると官がやってきたため、既に今日の政務を終え
ていた六太をいったん正寝に送ってから尚隆は内殿に戻った。その際、手を
つないだままの主従に、女官たちが「あらあら」というような顔でほほえま
しそうに見たせいか、六太はいっそう顔を赤くしていた。
 夕刻になって長楽殿に戻り、いつものように六太とともに夕餉を摂った。
そのころには六太も普段の、取り繕った様子に戻っていた。しかし榻に並ん
で座り、そっと腕を回して肩を抱くと、体を硬くしてうつむいたもののやは
り耳は赤かった。うぶな反応に愛しさも募るが、こうして考える暇もないよ
うに追い込まないとすぐ表情が暗くなるのは困りものだった。
(それほど心配か)
 六太と初めての夜を過ごしたとき、尚隆は腕の中で疲れて寝入った六太の
顔を見て、深い満足を覚えた。陽子が慕われていたのではなく、尚隆が、尚
隆個人が想われていたのが無性に嬉しかった。
 実際のところ、恋愛的な意味で尚隆が六太に真に愛情を覚えたのは、前夜
の取り乱し具合を目の当たりにしてからだ。それまでは何をどう言い繕おう
と、相手が同じ時代の蓬莱を出身とするがゆえの執着に過ぎなかった。
 だが六太のほうはどうだ。なぜ呪者になじられて、それに甘んじるほど恥
じていたのかはわからないが、何があっても明かさないとまで思い詰めるほ
どの想いをいだき、さらに自分の命よりも尚隆の命を惜しんだ。それほどま
でに重く真摯な想いを寄せられていたと知った尚隆が感じたのは、紛れもな
い歓喜だった。

894永遠の行方「絆(58)」:2017/07/02(日) 13:25:55
 それまで、六太は尚隆の王としての側面以外には無関心に近いと思ってい
た。民にひどい仕打ちさえしなければ、尚隆が何をしようと気にもしない、
今まで必要以上に踏み込んでこなかったのもそのためだと。
(もっと早く、感情をぶつけあうべきだったのかもしれん)
 そうすればとっくの昔に、互いを真に半身として想い合う間柄になれたの
ではないだろうか。それともこんな経緯を辿ったからこそ、ここまで大きな
歓喜を覚え、六太に対して愛情を感じるようになったのだろうか。
 今となっては永遠にわからないことだ。だがそれで良いとも思う。大事な
のは今や尚隆が六太を欲しており、唯一の伴侶の座に据えたいと思うほどの
欲求を覚えたという事実だ。
 六太には笑っていてほしかった。蓬莱の親との確執に慟哭するさまはあま
りにも哀れで、何とかしてやりたいと自然に思った。もっと報われてほし
かったし、尚隆の腕の中で守られて、何の悩みもなく照れたように笑う顔が
見たくてたまらなかった。
 少なくとも体をつなげて既成事実は作った。単なる愛撫とは異なり、いか
にうぶな六太とはいえ、ふたりの関係が新しい段階に移行したことはさすが
にわかっただろう。あとは体の関係から心の関係に広げて、互いに理解を深
めていけば良い……。
 そんなふうに気楽に考えていたのに、最初の朝に六太が見せた泣きそうな
顔に胸が痛んだ。とっさに抱きしめて甘い言葉をささやいたものの、おそら
く言葉を弄するだけではだめだろうともわかった。尚隆が何を言っても、六
太自身が心から納得しなければ不安は解消するまい。
 尚隆による接吻で、呪の眠りから覚めたということは、六太の願いが叶っ
たということだ。そして体をつなげたということは、想いを遂げたことを意
味するのではないのか。なのになぜここまで暗い顔をするのか……。
 思えば前夜、眠りについたときも六太の顔に安らかな色はなく、むしろ眉
に暗い陰が落ちていた。強引に抱いたせいでもあるかと思えば、ちくりと心
に痛みを感じる。
 あれからそれなりの日数が過ぎたが、六太の様子は改善するどころか、少
しずつとはいえ確実に悪化しているように見えた。とりあえず優しく接して
様子を見るしかないのだろうが、いったいどうするのが正解なのだろうと、
尚隆は溜息をついた。

895永遠の行方「絆(59)」:2017/07/02(日) 21:18:13

 六太の御座所を玉華殿に移したため、仁重殿の女官侍官はすべて正寝に異
動となり、留守居として仁重殿に残っていた者たちも正式に正寝に移ってき
た。尚隆は既に正寝で六太と過ごしていた先発の女官らと一緒に顔を合わせ、
改めて六太の世話を命じた。
「ただしこれまで通り、普段は六太も長楽殿で俺と一緒に過ごす。俺が怪我
をしたなど、特に理由がないかぎり、玉華殿はあくまで名目上の御座所とな
る」
「かしこまりまして」
 だが彼女らの張り切り具合とは裏腹に、話をする間、榻に並んで座って尚
隆が肩を抱いていた六太のほうは戸惑った様子だった。どういう反応をすれ
ば良いのかわからないようで、またもや不安そうに尚隆を見上げている。ど
うも御座所を変えたことは彼の本意ではないらしい。恋人同士になったばか
りでもあり、尚隆としてはできるだけ一緒に過ごすのが当然だろうと思うの
だが。
 何か明るい話題を、と思った尚隆は、まだ六太に褒美をやっていなかった
ことを思い出した。
「ところでおまえはまだ望みを言っていなかったな」
「望み?」
「王を救った功績に報いて褒美をやると言ったろう」
「……ああ」
「何かないのか。この際だ、何でもかなえてやるぞ」
 国政に関することであれば、さすがに無条件にかなえるわけにはいかない
が、それでも妥協点をさぐることはできる。尚隆との関係についてであれば、
それこそ遠慮は無用だ。永遠の愛でも、公式の伴侶である大公の座でも堂々
と要求すればいい。そう思って促したのだが、六太の反応は予想外に薄かっ
た。
「うん……。別にいいや。欲しいものもないし」
 淡々と答えて、あっさり話を終わらせてしまった。最初からすべてを諦め
ているかのようで、尚隆にはもどかしかった。

896永遠の行方「絆(60)」:2017/07/02(日) 23:39:34
 自分の命よりも大事な想いではなかったのか。呪者に利用されても決して
明かさなかった真摯な想いではなかったのか。なのにそれがかなった今、ど
うして怯えるばかりで、自分から関係を深めようとしないのか。
 それとも――何か尚隆は対応を誤ったのだろうか。
 尚隆はいろいろ思い返したのだが、結局は肌を合わせたことに原因がある
としか思えなかった。
 むろん後悔などしていないし、今や毎晩六太を愛撫し、抱きしめたまま眠
りについているが、それをやめたいとも思わない。何の懸念もなく情事にの
めりこめるのは、こちらの世界に来て以来ほとんど初めてであり、何より恋
人との睦みあいという癒しの時間を手放したいとは思わなかった。
 だが六太の精神状態をこのままにしておくわけにもいかないだろう。

 数日後、光州の帷湍から六太宛に見舞いの果物が届いた。光州の名産でも
ある、茘枝のような一口大の果物で、朝採れたばかりだとのことだった。使
者が騎獣を飛ばして最速で届けてきたそれは見るからにみずみずしく、その
日の午後、さっそくお茶の際に供された。
「おまえの体調も落ち着いたようだし、帷湍もそろそろ関弓に来たいと言っ
ていてな。今、日程を調整しているところだ」
 そんなことを話しながら、尚隆みずから皮を剥いてやる。果汁のしたたり
そうな、ぷるりとした半透明の果物をつまんだ尚隆は、「ほれ、口を開けろ」
と六太を促した。六太は驚いた顔をしたが、口元にぶつけるように差し出さ
れたので、咄嗟に口を開けた。尚隆はそこに果物を差し入れ、六太は口を閉
じたはずみに尚隆の指までなめてしまって顔を赤らめた。最近では、赤面し
ていない時間のほうが短いのではと思うほどだ。もちろん実際にはそんなこ
とはないが。
「どうだ、うまいか?」
「う、うん。けっこう、甘い」
 六太は赤い顔で、ぎこちないながらもうなずいた。決して満面の笑顔とい
うわけではないが、尚隆の指をなめてしまったせいか照れたような笑みをほ
のかに浮かべていて、尚隆は思わず見とれた。

897名無しさん:2017/07/03(月) 00:12:07
うわあああ、一気に増えてる!!お待ちしてました!
尚隆が六太に結構べた惚れで見ててニヤニヤしてくる・・・

898永遠の行方「絆(61)」:2017/07/03(月) 20:28:39
(そういえば……手をつないで歩いたときも、恥ずかしがってはいたが嬉し
そうだったな)
 想い合っていたことがわかった以上、尚隆としては体を重ねることが区切
りであり、ひとつの到達点だと思っていた。あとは恋人同士らしく閨をとも
にすることで日常的に関係を持ち、心身ともに理解を深めていけばいいだけ
だと。
 だがいつまでも不安そうで、どこか不安定なままの六太を見れば、どうも
そういうことでもないようだった。むしろこういった、尚隆からすれば他愛
のないやりとりを重ねていくほうが良いのだろうかとようやく考えたものの、
ある意味ですれてしまった尚隆では判断がつかなかった。
(俺の愛撫で快感は感じているようだから、情事が嫌というわけでもないだ
ろうに。最近では閨で多少は甘えるようになってきているし)
 そんなことを考えながら、何となく閨での六太の痴態を思い出して、つい
つい口元をほころばせる。遠慮がちにとはいえ、最近では暗い閨でなら少し
は甘えてくれるようになったし、ますます愛しさが増した気がした。
 おかしなことに――いや、おかしくも何ともないかもしれないが、肉体関
係を重ねれば重ねるほど、尚隆が六太を愛しく思う気持ちは深まった。心を
得られないなら体だけでもとまで思い詰めてからさほどの時間が経ったわけ
でもないないのに、今のほうがずっと六太が愛しかった。
 それはそうだろう。あのときの感情は、なんと言い訳をしても実際には恋
情ではなく執着に過ぎなかったのだから。
 だが今は、こうして六太が尚隆の手で果物を食べさせられている様子を眺
めているだけで、穏やかな幸せを感じた。尚隆はこれまで、蓬莱の時代と併
せても本当の意味での恋人を持ったことはなかった。そのせいか初めての経
験に、どうやら自分でも意外ながら割と舞い上がっているらしいのだ。
 思えば息抜きに下界に降りて女を抱いても、愉しみはしても溺れることは
決してなかった。市井に使令を連れて行くことのなかった彼は、危険があれ
ばすぐ対処できるよう、どんなときも警戒は怠らなかった。常在戦場として
常に周囲に気を配っていたのだから、場末の娼館であれ我を忘れて情事にの
めり込めるはずもない。金銭で買った相手である以上信用もできないし、下
手に想われても面倒とあって必要以上に優しい言葉をかけることもなかった。
それはお互いさまで、相手の妓女とてこちらを客としか思っていないのだか
ら、仮に情を示されても困ったはずだ。

899永遠の行方「絆(62)」:2017/07/03(月) 21:06:19
 だが自分の私室である長楽殿で、恋人――いや、伴侶となった六太が相手
なら、そんな警戒も配慮も必要ない。そもそも姿を見せないだけで、いつも
使令が彼と六太を守っている。
 そのため尚隆は、過去にないほど無防備に情事を堪能していた。おずおず
とした様子とはいえ六太も少しは慣れ、暗い閨限定ではあるものの、時には
可愛い声で甘えたり、遠慮がちながらもぎゅっとしがみついてくるように
なったとあればなおさらだ。そんな六太を味わえるのが自分だけであるとい
う事実も快く、六太の柔らかな尻や股の間に己を挟み、つい夢中で抽送して
しまうこともしばしば。果てた瞬間、満足のあまり脱力して六太の上に覆い
かぶさってしまい、ふと我に返って「重かったか」とあわてて体を起こした
りもする。
 特に素股は、どうしても六太自身の性器ともこすり合わされるから、六太
が快感に耐えるように敷布や尚隆の腕をつかみ、「くっ……」とあえぎをこ
らえながら、思わず、といったふうに首を振って髪を乱すさまは非常に淫靡
だった。無理をさせずに淫猥な六太を鑑賞でき、尚隆は非常に満足していた。
よく見るために牀榻の中を照らす手燭の火を消さず、閨が完全には闇に沈ま
ないようにしているくらいだ。
 とはいえ恥ずかしいのか、六太は快感の声を上げるのをどうしてもこらえ
たいらしく、時には握った拳を口元に当て、ついには歯を立ててまで我慢し
ようとするので、怪我をさせないよう強引に拳を引き離すことも多い。する
と今度は衾やら掛布やらの端を噛んでまでこらえようとする。強情なやつめ
と内心で苦笑しながらも、それだけ尚隆の手管に溺れかけているということ
でもあり、妓女と違って作為のない反応は尚隆の雄としての自尊心を深く満
足させた。
 あとは少しずつ後ろの穴を拡張して慣らし、無理なく尚隆を受け入れられ
るようにしていけばいいが、むろん急ぐつもりはない。

900永遠の行方「絆(63)」:2017/07/03(月) 21:24:35
 それでも最初の夜に比べればはるかに指を受け入れやすくなっていたし、
六太自身の反応も芳しかった。どこをどうすれば良い反応を得られるかもわ
かってきたし、この奥にまた己を埋めることを思えば心は猛った。様子を見
るだけだと内心で言い訳をしつつ、たまに慎重に挿れてみれば、まだまだき
つくて時には痛いほどなのだが、これが六太の中かと思えば感激するほど心
地よい。毎晩、指で丹念に慣らしたおかげで、六太のほうも自然と内部が開
発されていたようで、挿入したときの反応もかなりよくなっていた。
 何しろ単に六太の一物をしごいてやるのと、後孔に指を深く突っ込んだま
ましごいてやるのとでは、もはやまったく反応が違う。片手の指を後孔に入
れ、ただし親指は蟻の門渡りと呼ばれる部分を撫でるように刺激しつつ、も
う片手で六太のものをしごく。すると最初は何とか耐えていた六太も、つい
には拳や掛布の端を口から離して背や顎をのけぞらせ、喉の奥から悲鳴じみ
た快楽の声を上げながら腰を振るのだ。きゅっと締まった後孔に、痙攣のよ
うに断続的に指を締めつけられれば、いずれここに遠慮なく己を挿れるのだ
と尚隆のほうもいよいよ劣情が高まって、快楽への期待に呼吸も荒くなる。
こうなるともはや六太は無意識に腰を上下に動かしていて、尚隆が動かさず
とも指が内部を行ったり来たりして肉壁をこするから、このまま滅茶苦茶に
犯して中に出せればどれほど素晴らしいだろうと妄想を重ねるほどだ。
 だが慎重に挿入するだけならまだしも、力任せに抽送するにはまだ早いだ
ろう。そう判断して何とか踏みとどまり、欲情に猛ったままの己を六太の性
器に激しくこすりつけて発散したりしている。だがもし六太のほうから、切
羽詰まったように「挿れて」とか「もっと奥」などとせがんできたら、いか
に尚隆と言えども理性を飛ばしたかもしれない。
 そんなふうに尚隆としては順調に関係を深めているつもりだったが、六太
が相変わらず頻繁に見せる暗い表情が、決してそう簡単ではないことを尚隆
に告げていた。長年の想いが叶ったのなら、普通は浮かれてもいいはずなの
に、六太は決してそうはならないどころか、何日経っても精神的に不安定な
ままだった。

901永遠の行方「絆(64)」:2017/07/04(火) 22:04:34

 ある日の午後、尚隆は朱衡を長楽殿の一室に呼んだ。茶を供してから女官
も侍官も退出させてふたりきりになったため、朱衡は首を傾げた。
「何か、内密の案件でしょうか?」
「うむ」
 尚隆はうなずいたものの、どうやって話を切り出そうかとしばし悩んだ。
 六太との関係は、長楽殿で身辺に侍る女官たちに限って言えば、当然わ
かっているだろう。それ以外の官で気づいている者はほとんどいないようだ
が、尚隆自身は、実は六太との関係を特に隠そうとはしていない。だから多
少注意深い官であれば、むしろ気づいて当然と言えた。
 中でも朱衡はずっと親しく過ごしてきた臣だけに、どうやら薄々勘づいて
いるようで、だからこそ今回の相談相手に選んだ。
「六太の目が覚めた直後、おまえに問われたな。どうして呪が解けたのだろ
うと」
「ああ、はい……」朱衡はそう答えてから、すぐ表情を引き締めた。「原因
がおわかりになったのですか?」
「六太に接吻した。それが鍵だったようだ」
 あっさり告げると、朱衡は驚愕の表情で絶句した。だがその目にすぐ理解
の色が浮かぶ。論理的な思考から、六太がずっと尚隆を想っていたことに思
い至ったのだろう。幾度か激しくまばたいたあとで、視線を落として「なる
ほど、それで……」と、どこか呆然としたようにつぶやいた。
「幾度も口移しで水や果汁を与えてきたのでな、てっきりそれと変わらぬ行
為だと思っていたのだが違ったらしい。あれで六太の願いが叶ったことに
なったのだろう」
 尚隆はそこで言葉を切り、朱衡の反応を見守った。朱衡は顔を上げると、
今度ははっきりとうなずいてみせた。
「了解いたしました。先の朝議でおっしゃったように既に解決を見たことで
すし、冬官たちの結論でも、呪の悪影響は窺えないとのこと。となれば、今
になって特に他の官に伝える必要はないでしょう」
 わざわざこんな席を設けて明かした理由を察したのだろう、きっぱりとし
た口調だった。

902永遠の行方「絆(65)」:2017/07/04(火) 22:37:57
「うむ。あまり大げさにして六太の心を乱したくない」
「かしこまりまして。それでは、おめでとうございますと申し上げてよろし
いのですね?」
 探るように言われる。尚隆が接吻した経緯は今さら問わないが、どちらか
の一方的な想いではなく相思相愛と考えて良いのか、ということだ。
「むろんだ。だが、そのことなのだがな」
「はい」
「その、な」
「はい……?」
 めずらしく言葉を濁す尚隆に、朱衡は首を傾げた。
「その、おまえから見て、六太はどんなふうだ?」
「かなり回復なさったせいか、たいそうお元気かと思いますが」
「そうか」
「しかしながら――そうですね、無理に明るく振舞っておられるようにも感
じます。実は正直なところ、少々痛々しいように感じられて、思い過ごしで
あればと懸念しておりました」
 尚隆は腕を組んで椅子の背にもたれてから、ひとつ溜息をついた。
「おまえも薄々気づいているようだが。六太を抱いた」
 朱衡は息を飲んだ。最近の六太の様子を思い浮かべながら、尚隆は続けた。
「俺はすれているからな、想い合っている者同士、肌を合わせるのは当然、
むしろ多少の行き違いはそれで何とでもなると思っていた。だが六太は違っ
たようだ。関係を持って以来、どうしてか精神的にずっと不安定でな」
 もちろん彼自身は六太を抱いたことを後悔してなどいない。そもそもあの
ときの追いつめられた気持ちを思い起こせば、六太の想いを知ったためとい
うのは言い訳であって、尚隆にとっては必要なことだったのだから。
「ちと生臭い話をする」
「かまいません」真剣な顔でふたたびうなずく朱衡。
「六太は接吻すら経験がなかったようだ。おまけに自慰もしたことがなかっ
たらしい。どうもあれは、その手の欲求に乏しいようだ。麒麟とはそういう
性質なのかもしれん」
 尚隆の接吻によって、六太は呪の眠りから覚めた。それはそれで良い。

903名無しさん:2017/07/05(水) 11:09:29
姐さん、いいよいいよー
尚隆すれてるよな、やっぱ。蓬莱のお嫁さんからしてあれだし
その分ろくたんに想いっきり執着して欲しい

904永遠の行方「絆(66)」:2017/07/05(水) 19:45:32
 だがそもそも、尚隆を恋していると思ったのは六太の思い違いという可能
性はないだろうか。現実に抱かれてみて、やっと気持ちの齟齬に気づいた可
能性は。
 そんな懸念を口にすると、朱衡は考え考え、こんなふうに答えた。
「そうですね……。確かに恋に恋する年頃というものはあるでしょう。台輔
の実年齢はともかく、これまで長いこと純潔でいらしたのなら、他人から聞
くのとご自分で経験なさるのとは大違いというのはあると思います。しかし
ながらそのお気持ちが勘違いということまではさすがにないでしょう。今に
して思えば、台輔が主上をお慕いしていたのは明らかでした。単にそれが恋
愛的な意味だとは誰も想像していなかっただけで。
 おそらくは初めてのご経験で、単に衝撃を受けておられるだけではないで
しょうか」
「実は俺もそう思う」尚隆も同意した。「俺が触れるといまだに震えるし、
涙目にもなるが、顔は耳まで真っ赤だしな。怖がっているのではなく、どう
もとてつもなく恥ずかしがっているようなのだ。だが正直、ここまで動揺が
長引くとは思わなかった。六太が自分を取り繕わないよう、あえて追い詰め
てみたようなものだが、失敗だったかもしれん」
「動揺、ですか」朱衡は尚隆の言葉を繰り返し、ひとしきり考えてからこう
答えた。「そう――仁重殿に住んでいらした以前と異なり、今は主上と寝食
をともにしておられるわけです。そうしますと、おひとりでじっくり考えて
気持ちを落ち着かせる余裕がないのかもしれません」
「なるほど。しかし落ち着かせるために仁重殿に――今は玉華殿か、とにか
く御座所に帰しでもしたら、それこそ六太は早くも見捨てられたと勘違いす
るだろう。どうも俺が一時的に相手をしているに過ぎないと思い込んでいる
ようなのだ。毎晩閨をともにしているし、愛撫も丹念にしているつもりなの
だが。そういえば先日、庭を散策する際に初めて手をつないでみたのだが、
閨よりむしろそちらのほうが嬉しそうな様子でな」
 朱衡は驚いたように目を見開き、物言いたげな顔になった。
「なんだ」
「その、主上」
「うん?」

905永遠の行方「絆(67)」:2017/07/05(水) 19:59:51
「台輔は、その、純潔でいらしたのですよね? そして台輔にとって、そも
そも主上が初めての恋のお相手でもある?」
 尚隆は組んでいた手をほどいて体を起こし、まじまじと朱衡を見た。
 六太には明らかに情交の経験はなかった。それのみならず、おそらくは恋
自体も初めて――尚隆が初恋なのだ。それに思い至ると、尚隆はあらためて
強い喜びに満たされたが、一途にひとりだけを想い続けていた六太と、無数
の女と関係を持ってきた自分とでは感性がまったく違うだろう。今回の事態
はそれに起因するのだろうか、とようやく考えた。
「うむ、おそらく」
「いわば台輔は恋愛の初心者であられる、と。手をつないで散策なさったら
喜ばれたとのことですが、たとえば文(ふみ)をお送りになったことは?」
「いや」尚隆は問いの理由がわからず眉根を寄せた。「毎日三食をともにし
ているのだぞ? 閨も一緒だし、何かあれば直接言ったほうが早かろう。離
れた場所にいて伝言があるなら女官にでも伝えさせるし、特に文を書く理由
はないな」
「では閨ではたっぷり可愛がっておられるけれども、日常的な触れ合いはな
さっておられない?」
「一緒に食事も散策もしているし、六太が歩けなかったときは、抱き上げて
あちこち連れていったろうが」
「主上」朱衡は、こほんと軽く咳ばらいをしてから言った。「お聞きするか
ぎり、台輔は過去に恋の経験もなく、主上が寵愛なさるまでは閨の知識もな
かった。つまりその方面では非常に幼いと思われます」
「む? まあ……そうだな」
「世の恋人たちというものは、普通はまず文を送りあったり、茶屋などで逢
瀬を繰り返して親交を深め、徐々に気分が盛り上がってくるものかと思われ
ます」
「……うむ」
「主上は台輔に対して、そういった段階を踏んで求愛なさったので?」
「いや……。その、いろいろあってな。ふとしたはずみにあれの気持ちを
知ったので、そのまま……なしくずしにというか、強引に抱いた、な」
 朱衡は溜息をもらした。何か叱られているような気分になり、尚隆はわず
かに視線をそらした。

906永遠の行方「絆(68)」:2017/07/05(水) 20:46:32
「長年、一緒にいらした台輔がお相手なので、さすがの主上も勘が鈍ってし
まわれたのでしょうか? たとえば年端もいかぬ生娘に求愛することを考え
てみてください。いきなり閨に引っ張り込んだら、体だけが目当てなのかと
誤解され、気持ちの上でのすれ違いが起きやすくなってしまいます。これが
男慣れした浮気女なら別ですが、閨のことよりも、まずは普段の触れ合いに
重きを置かれたほうがよろしいかと。そうやって肉体ではなく精神面でのつ
ながりを深めれば、台輔のお気持ちも和らぐのでは」
「しかし、今さら六太と臥室を別にする気はないぞ」
「もちろんです。先ほど主上がおっしゃったように、そんなことをなさって
は台輔が逆に動揺を深めてしまいます。閨のことはそれとして、昼間の触れ
合いを少し変えてはいかがかと申し上げたのです。台輔は手をつないで散策
なさったことを喜んでおられたそうですから、そういったささいな触れ合い
を重視なさることです。要は恋の夢を壊さないようにということです」
「恋の、夢」
 何だか体がかゆくなりそうな言葉だと思いながらも、尚隆は何となく納得
できるような気がした。五百年もの間、一緒に過ごした六太が相手なので、
朱衡が言うように勘が鈍っていたのだろう。一途に尚隆を想っていた六太の
恋は、尚隆が考えているよりずっと情緒的で甘美な空想の中にあったに違い
ない。翻って肉体的な交わりというものは、両想いだとしてもなかなかに
生々しいものだ。綺麗な面ばかりではないし、特に男同士となるといろいろ
と煩雑な部分もある。
 だが手を握られたり、恋人に物を食べさせてもらうようなままごとめいた
行為なら、恋の夢を壊さないどころか、むしろ甘やかな空想そのままだろう。
肉体的な刺激こそ少ないが、それだけに却って気持ちが落ち着いたり、精神
的な充足は得られるのかもしれない。そういった積み重ねがあってこそ、体
を重ねても不安を感じずに済むのかもしれない。
「――そう、か」
「はい」
 尚隆が納得した様子を見たからだろう、朱衡はほほえんだ。尚隆はあらた
めて朱衡を見た。
「いや、なんというか……。おまえからこんな助言を得るとは思わなかった
が、なかなかに経験を積んでいるようだな」

907永遠の行方「絆(69)」:2017/07/05(水) 20:48:56
「そうでもございませんよ。せいぜい人並みには、といった程度です。だか
らこそ百戦錬磨の主上よりは台輔の感性に近いだろうとは思いますが」
「しかし助かった。少し六太への対応を考えてみよう」
 うなずきながら、ふたたび腕を組んで背をもたれると、朱衡は微笑したま
まだった。
「なんだ」
「いえ、主上がこのようなことを相談してくださったのを嬉しく思いまして」
「なんだと?」尚隆は驚いて瞬いた。
「臣としましては、たまにお心の一端を見せていただけるだけで安堵するも
のでございます」
 尚隆は「そうか」と苦笑した。確かにこの臣下には、いろいろ心配をかけ
てきたと思い返したのだ。
「まあ、俺自身のことならまだしも、今回は六太に関わることだからな」
「王と麒麟は一対。仲むつまじいのはけっこうなことでございます」
「しかし文か。要は恋文……だな? 実は書いたことがないのだが」
「精進なさいませ」
「それと散策の際は必ず手をつなぐことにする。しばらくはもっと六太を甘
やかすか。いや、今でもかなり甘やかしているつもりなのだがな、どうもき
ちんと伝わっておらぬ気がする」
「そういえば先ごろ冢宰に、台輔のために温室や水遊びできる池などの造設
を命じられたそうですね。でしたら完成まで待つのではなく、台輔を連れて
現場をご覧になったらいかがですか。どこそこに何を作る予定だと説明なさ
りながら」
「ほう……なるほど」
「主上が台輔のために計らったことですから、少なくともがっかりされるこ
とはないでしょう。あるいは台輔のほうからご希望なりと出るかもしれませ
ん」
「うむ、良い案だ。六太もずいぶんと疲れにくくなったようだし、さっそく
連れて行ってみよう」
 尚隆は晴れやかに言った。

908書き手:2017/07/05(水) 20:52:48
尚隆、すでに六太にベタぼれだし甘々なんですけどねー。
数百年に及ぶ片思いの重みでどうしても六太はぐるぐるしてしまう上、
いろいろ慣れてスレて「両想いなのだから、とりあえずヤッてしまえば
間違いないだろう」な尚隆と、うぶなだけに繊細な六太とでは、
そもそもの感覚がまったく違うので、何かと行き違いが。
章の終わりも見えてきてるけど、あと一山あります。

というわけで次の投下まで、また少しお待ちください。

909名無しさん:2017/07/05(水) 22:12:49
感想スレにも感想書きましたが、ほんとに姐さん乙です

今日の投下は、読んでいてこちらが照れてしまった
尚隆��!こっちが照れ照れしてしまうよ!
こんなノロケ方があったかと、萌え萌えしました

アベマTVの放送で萌補給しつつ、楽しく待たせてもらいます
姐さんのお陰で2017年めちゃくちゃお祭り状態です

910名無しさん:2017/07/06(木) 02:04:20
久々に来てみたら更新が…姐さん乙です。
アドバイスに沿ってレッスン1からって初々しい主従が見れそうで楽しみです。

911名無しさん:2017/07/06(木) 09:44:09
レッスン1から・・・
何という萌え萌えむんむんな言葉・・・!

912永遠の行方「絆(70)」:2017/08/01(火) 21:06:06

 今日もお茶のあとで長楽殿の周辺をぶらりと散策する。尚隆は六太の手を
引きながら、今日起きたことを適当に喋ってくれるので、六太はたまに相槌
を打つだけで黙ってついていけば良かった。室内で面と向かっているときの
沈黙は気まずいが、こうして開放的な環境でぶらぶらと歩いているなら、さ
ほど気にはならない。
 初めて庭院で手をつながれて以来、尚隆はひんぱんに六太に手を差し出し
てくるようになった。閨で抱きしめられるのと違って触れあうのは手だけな
のに、六太は嬉しいわ恥ずかしいわでどきどきした。
 大きな手の温もりに包まれるのは嬉しい。閨での愛撫はすぐに訳がわから
なくなって翻弄されてしまうが、手をつなぐだけならそんなことにはならな
い。緊張することはするのだが体は適度に離れているし、尚隆は正面を見な
がら歩いて喋ってたまに振り向くぐらいなので、純粋に嬉しさのほうが勝っ
ていた。
(なんかいいな、こういうの)
 六太はようやく少し気持ちが落ち着いて、昼間はほのぼのとした時間を過
ごしていた。
 もちろん閨で睦むのも嫌ではない。何と言っても長年の片恋の相手だ。
 それでも尚隆に抱かれ、一方的に翻弄されて幾度も達すると、なぜか哀し
くもなってしまうのだ。これまでの生活と一変したためもあり、非日常の、
つかの間の夢を見ている気がしてならなかった。
 昨夜はいっそう激しくて、久しぶりに体をつなげて膝の上に乗せられ揺さ
ぶられている間、六太はつい切なくてぽろりと涙を落としてしまい、尚隆を
あわてさせた。
「どうした、痛いのか」
 そんなふうに聞かれ、六太はただ首を振った。夢の終わりはまだだと自分
に言い聞かせて。
(まだ尚隆は宮城に留まっている。きっともうしばらくは大丈夫)
 六太はそんなことを考えながら、時折尚隆が振り返っては雑談の同意を求
める言葉に、笑って「うん」とうなずいて見せた。

913書き手:2017/08/01(火) 21:08:30
ちょろっと一レスだけ。
ここから数レスほど六太視点で、つかの間の平穏な日々です。

914名無しさん:2017/08/01(火) 22:26:14
切な萌
うっかりほろり涙する膝の上の六太……清らかエロい

915名無しさん:2017/08/02(水) 10:19:10
六太切ない・・・、それにしても純粋だなあ
尚隆視点と違ってまるで少女マンガを見ているようだ
そして朱衡の言葉に素直に従う尚隆さんにも少し萌えたw

916永遠の行方「絆(71)」:2017/08/02(水) 23:47:21
 ただ最近、尚隆が物言いたげに見ることがあって、六太は少し気にしてい
た。嫌な予感がして、一度「なに?」と問うたとき、「いや」と首を振られ
たが、その後、「文言がなあ……」と唸るようにつぶやいていた。もしや別
れの言葉を選んでいるのだろうかと凍りついた六太は、それ以来、さりげな
く視線をそらすようにした。何も気づいていないふりをして、今のように
笑ってみせたりもする。
 いろいろあったが、六太は尚隆の重荷にはなりたくなかったし、ましてや
心を他に移されたり飽きられたとき、すがりついて鬱陶しい奴だと思われた
くはなかった。今の関係が、呪に囚われたがための過保護を発端とすると考
えられる以上、だんだん元の生活に戻っていく過程で、自然と関係も解消さ
れるのは仕方がない。話を切り出されたら深刻な様子を見せずに離れなけれ
ば。そうやって心構えをしておけば、いざそのときを迎えても醜態をさらさ
ずに済み、尚隆の心証も悪くならないだろう。
(短い間とはいえ幸せな時間を過ごせたんだ。それだけで儲けものじゃない
か)
 初めて抱かれてからある程度の時間が経ち、六太はようやくそんなふうに
考えられるようになっていた。それにいずれ飽きて捨てられ、仁重殿に戻る
ことになっても、あっけらかんと笑って鬱陶しい様子を見せずにいれば、こ
うやって手をつなぐことぐらいはたまにしてもらえるかもしれない。
 六太自身はそれを前向きな考えだと思っていた。

917名無しさん:2017/08/03(木) 07:01:03
六たん切ない…。更新ありがとうございます!やはり曲者尚隆とのお付き合い?は一筋縄ではいかないよなあ…

918永遠の行方「絆(72)」:2017/08/03(木) 20:23:46

 そんなある日、六太が広徳殿の執務室で官と話をしていると、尚隆づきの
侍官が文箱を持って訪れた。
「台輔。主上からお文(ふみ)でございます」
「……へ?」
 全面に螺鈿細工が施された、星がまたたく夜空のごとく美麗な小ぶりの漆
器を目の前の卓に置かれ、六太は戸惑って侍官と文箱を交互に見た。どちら
かが地方や国外に出ていて、使令経由で打ち合わせするような局面を除き、
六太は尚隆から文など受け取ったことはない。侍官がうやうやしい様子で
待っているので、錠はかかっていないのを見て取り、文箱の留め金をはずし
て蓋を開けた。
 文箱だから当然、入っているのは文だ。折り畳まれていた料紙を取り出し
て開くと、「愛する六太へ」という語で始まっていた。驚愕した六太は力を
入れたあまり危うく料紙を破ってしまうところで、まじまじと文面を凝視し
た。
 内容はと言えば、単に本日のお茶の場所の変更についてで、普段の尚隆な
ら女官に言づけて済ませるか、必要事項だけの簡潔な文面にするたぐいだっ
た。なのに、詩のように韻を踏んだ高尚な言い回しでこそないが、今日の天
気だったり六太の体調のことだったり、さほどの内容ではないが気遣うよう
な話題をいくつか連ねてあって、最後は「おまえの永遠の伴侶より」という
語で結ばれていた。
 しばらくそれを凝視していた六太は、戸惑いながら、使者となった侍官を
見た。
「あの……。これ、返事を書かないとだめかな? 口頭で返すのじゃだめ?」
「特には言づかっておりません」

919永遠の行方「絆(73)」:2017/08/03(木) 20:30:17
「そうか。でも……。うーん」
 さすがに空の文箱を返すのはまずいのではないだろうか。そうは思ったも
のの、何だか六太は不意に面倒になってしまった。
「じゃ、わかったって言っといてくれ」
「かしこまりまして」
 文をもらったこと自体は嬉しかったが、何を意図してのことかさっぱりわ
からず、侍官を返したあとも六太はしばらく「うーん」と唸っていた。
「台輔、主上が何か?」
「いや、大した内容じゃない。単にお茶する場所の変更」
「はあ」
 そばにいた官も、その程度の用件で文が送られた理由がわからず首をひ
ねっている。
 その後、時間になって指定された房室に赴いたが、いつも通りにお茶をし
ただけだった。茶菓子を食べながら六太がわけを尋ねると、尚隆は苦笑いし
た。
「実は朱衡に叱られてな」
「……朱衡?」
「世の恋人たちというものは、文を交わしたり茶屋で逢い引きを重ねたりし
て気分を盛り上げていくものだそうだ。いきなり閨に連れ込むものではない、
と」
 ふたりの関係を朱衡に知られたとわかって、六太はあっという間に赤面し
た。ゆでられたように赤い顔を伏せながら「そ、そうなんだ」と返し、そこ
でようやく言われた内容を理解した。
(……恋人たち?)
 六太は顔を上げて尚隆を見た。

920永遠の行方「絆(74)」:2017/08/03(木) 20:34:28
「かと言って、おまえとは政務以外一緒におるし、そもそも日頃からいろい
ろ話しておるしな。いちいち文にしたためるような事柄もないので、あれで
も頑張って文言をひねり出したのだが、おまえの返事は文ではなく口頭だし」
 苦笑いの中にも、どこかうらめしそうな表情を向けてくる。
「えーと……。その、ごめん?」
 くすりと笑いながら、六太は謝った。そして最近、物言いたげな顔を向け
られていたのはこのためかと思い当たって、苦しかった気持ちがみるみるう
ちにほどけていくのを感じた。
「……でも」
「うん?」
「――嬉しかった」
 慣れないことをされて戸惑いはしたが、嬉しいのは嬉しかったので、六太
ははにかんだ顔で素直に告げた。尚隆も笑って、「そうか」と答えた。
「でも大仰な表現はいらないかも」
「そうか? 頑張ってそれらしい表現を考えたのだがな」
「嬉しかったけど……恥ずかしかった」
「そうか」
「普通の文章でいいよ」
 六太はそう言いながらつい照れて顔をそらし、その後ちらりと上目遣いで
尚隆を見た。尚隆はと言えば、こちらも優しい目で笑っていた。
 また恥ずかしくなった六太は、手元の皿の茶菓子に視線を落として無心に
食べた。そんな六太に、ふと尚隆が自分の皿から小さな焼き菓子をつまんで
差し出してきた。砕いた木の実がふんだんに入っている、香ばしい菓子だ。
「おまえ、こういうのも好きだろう」
「う、うん」
 口元に差し出されたそれを、以前果物を差し出されたときのように、ぱく
りと食べる。食べ終わるとふたたび差し出されたので、六太は赤い顔をしな
がらも再度口を開けた。
 幸せだった。

921書き手:2017/08/03(木) 20:39:14
ほのぼのラブラブな主従です。

尚隆にいろいろ閨で教えこまれても、
ろくたんはまだまだピュアなので、十八禁なあれこれではなく
手をつないだりするほのぼのレベルが一番嬉しい模様。
しかも恋人つなぎとかじゃなく、普通につなぐ感じ。

922名無しさん:2017/08/04(金) 00:53:56
更新またあった!ああ六たん可愛い…!
ようやく幸せという単語が出て読むこっちも嬉しくなる!

923永遠の行方「絆(75)」:2017/08/05(土) 09:55:01

 初めて尚隆に抱かれたとき、六太は大海で嵐に翻弄されるはかない小舟
だった。激しい高波にもまれ続け、ついには水面に叩きつけられて粉々に砕
け散った。そこにあったのはまさしく衝撃であり、何の心の準備もない上に
性に無知だった六太はひたすら動揺するしかなかった。
 唐突な求愛は現実のこととは思えず、何かの間違いだと思った。毎日のよ
うに抱かれても、却ってそのおかげで動揺から脱することができなかった。
 それからかなり時間が経ち、ほのぼのとした毎日を過ごすようになって、
六太はようやく、六太を好きだという尚隆の言葉に実感が湧いてきた。
 毎日のようにふたりで庭院を散策し、その際、尚隆は必ず手をつないでく
れた。お茶の場所はあらかじめ決めるのではなく、午後になって尚隆が文で
伝えてくれることになった。それで少なくとも文を送る理由ができるからだ。
肝心の文面は六太の要望通り簡潔になり、特に大仰な修飾が用いられるでも
なく、単なる伝達事項という感じだった。それでも六太は、わざわざ文を
送ってくれること自体が嬉しかった。
 数日もすると、どちらからともなく文面で遊びだして、尚隆は昔の蓬莱の
候文(そうろうぶん)を記したりした。ただし比較的最近になって蓬莱文の読
み書きを身につけた六太に昔の文章はわからないので、陽子に教わった現代
文に候をつけるだけという、かなりでたらめなものだ。もともとの候文も割
とでたらめだったらしいが。
 ――本日は久しぶりに書類を溜めてしまい、官に叱られ候。
 ――くどくどと説教され、六太が恋しいで候。
 料紙を開けばそんなことが書かれていて六太も笑ってしまう。
 ――自業自得で候。
 ――さっさと仕事をしろで候。
 六太もそんなふうに返事を返したりもする。

924永遠の行方「絆(76)」:2017/08/05(土) 10:02:49
 そんなある日、六太は散策で正寝の正殿近くに連れてこられた。
「ここから蛇行するように小川を作ってな――」
 玉華殿のそば、何やら延々と掘り返されて工人が作業をしている現場に伴
われ、尚隆にそう説明された。最近工人があちこちで何かやっているなと
思ったら、六太のために整備しているのだという。広い箇所でも幅はせいぜ
い二、三歩、深さは六太の膝ほどの、いわば小さな水路のような小川を作り、
あちこちにままごとのような橋をかけ、途中に池を作り、色とりどりの魚を
放す。凌雲山の頂点にありながら高台からはささやかな滝のような水の湧出
もあるのが宮城の不思議だが、そういった湧水を水源とし、最後は地下に管
を通して雲海に流すという、そんな計画。今のように夏場なら、水遊びもで
きる。どっしりとした趣の玄英宮は、白で彩られた奏の清漢宮のような、殿
閣や園林それぞれが雲海に小島のように浮かんで回廊やらで立体的かつ優美
につながれた水の街ではない。むろんもともと雲海から引かれた水路もある
が、正寝に新たに作られるこれは真水の川になる。さらには戴にあるような
温室を作って、季節に関わらず花を楽しめるようにするらしい。
 そんなこととは知らなかった六太はびっくりしたけれども、自分を楽しま
せるために尚隆があれこれ考えてくれているのを知って心が躍るほど嬉し
かった。既に掘られている場所にぴょんと飛び降りて、底面をちょっと歩い
てみたりもした。
 その後、工事全体の状況を窺えるよう、尚隆は見晴らしの良い高台のひと
つに行って芝に腰を下ろした。そんな彼の膝の間、尚隆を椅子代わりにする
ような体勢で六太は座らされ、後ろから腕を回されて抱きしめられた。工人
以外に遠目に文官らしい姿も見え、六太は恥ずかしい思いをしたが、尚隆の
ほうはまったくの無頓着。むしろ余人の目があると、六太をからかいやすい
のか逆にきわどい戯れをしてくる。そのたびに六太はあわてるのだが、真っ
赤な顔で睨んでも、尚隆は笑っているだけだった。
「あのなー」
「別に良いではないか。俺とおまえの仲だ」
「ここ、外」
「なるほど、屋内なら良いと」

925永遠の行方「絆(77)」:2017/08/05(土) 10:09:28
 尚隆はそんなことを言いながら、六太を抱きしめたまま首の後ろに顔を埋
めてきた。それだけでなく、片手が不埒な場所を探ろうとしてきたので、六
太はその手の甲をつねってやった。
「いたた」
「だからここは外だって!」
 そんなふうにじゃれあいながら、少し前に比べれば、六太は信じられない
ほど穏やかな気持ちで過ごせるようになった。毎日、当たり前のように愛情
深く六太に触れてくる尚隆のおかげで、六太の気持ちはだんだん落ち着いて
いった。
 ――尚隆が俺を好きだって。
 ――俺は尚隆の伴侶だって。
 尚隆の言葉を思い出しては実感するようにかみしめて、心が温かくなる。
この様子なら、尚隆は宮城を出奔する際も六太を連れて行ってくれるのでは
ないかとも思った。その昔、勅命で国内の不穏な地域や国外を探るように
なった頃、尚隆は時折、労をねぎらうように遊びに連れ出してくれた。あの
ときのように仲良く一緒に騎獣にのり、軽口を叩きあいながら諸国を巡って
……。
(夢じゃないんだ。もしかしたらずっと一緒にいられるかもしれない?)
 そう考えると六太は嬉しくなり、鼓動は期待で高鳴った。むろん別れの予
感に対する恐れは残っていたが、だんだんと気持ちがほぐれていったことで、
当分はそんな心配はいらないのではと楽観的になってきた。
 その日の朝も政務のために広徳殿に向かい、早くも昼餉やお茶で会うこと
を思って「今日はどんな話をしよう」と、六太はどきどきしながら考えた。
とはいえ本当は話など何でもいいのだ。官の噂話だったり下界の流行の話
だったり、はたまた六太のために作られている途中の池や小川の話だったり。
言ったそばから忘れてしまうような他愛のない内容で一向にかまわなかった。
 そうやって浮かれていたからこそ、昼餉のあと執務室に戻ってしばらくし
たとき、尚隆が宮城から行方をくらましたと聞かされ、六太は世界が崩れた
ような衝撃を受けた。

926書き手:2017/08/05(土) 10:12:45
>>922
幸せ……幸せだったんですが!
このようにもう一山あります。
なんだかんだで詰めの甘い尚隆。

927名無しさん:2017/08/05(土) 23:25:23
にまにましながら読んでます
平和な尚六幸せだ・・・
でもせっかく六太の信頼得られそうだったのに、尚隆・・・・

928名無しさん:2017/08/05(土) 23:51:41
尚隆…一山あるんですね…六太頑張れ。超頑張れ。

929永遠の行方「絆(78)」:2017/08/06(日) 09:23:48

「え……?」
 まず六太は、何を言われたかわからずにぽかんとした。六太の執務室に書
類を運んでくるついでに、ちょっとした内容で話しかけてきた官のひとりが
苦笑とともに繰り返した。
「ええ、久し振りに主上がね。おかげで内殿では六官がばたばたしているそ
うで、でもおかしなことにみんな嬉しそうだっていうんです。これでやっと、
何もかもが事件の前に戻ったなあ、って」
 この官はおそらく尚隆と六太の新しい関係のことなどまったく知らないの
だろう。のほほんとした口調で語り、ばたばたしているという六官に劣らず
嬉しそうにしている。当人が口にした通り、これでやっと以前の日常に戻っ
た実感が湧いているのだろう。
 だが六太にしてみれば尚隆の出奔は青天の霹靂だった。少なくとも先ほど
尚隆とともに昼餉を摂った際は、まったくそんな話は出なかったのだから。
 予想外の事態に言葉を失ったあと、ゆるゆると現状を認識する。置いてい
かれたのだ、と。
 途端に足元が崩れて落ちていくような気がした。暗い暗い奈落の底へ。
 だが、今か今かと恐れながら待ちかまえてそのときを迎えたのと異なり、
衝撃のあまり凍りつくのではなく状況を把握できずにぽかんとしたのも、椅
子に座っていたためくずおれなかったのも幸運だった。六太が受けた激しい
衝撃に、その場の誰も気づかないようだったから。令尹あたりは主従の関係
を薄々察していたかもしれないが、今は他の部署に行っていた。
 混乱と動揺のただ中に投げ出された六太だったが、何気なさを装って手元
の書類を見やった。というか官がいるので、そこしか動揺した視線を向ける
場所がなかった。
 今日はたまたま、靖州侯たる六太の承認を必要とする書類が多く出されて
いた。それをとっさに利用する。
「あー、こっちは書類に埋もれてるってのにいいよなあ。そろそろ俺も下界
に遊びに行きたいや」
 芝居がかった仕草で書類の上に上体を投げ出すことで顔を隠し、そんなふ
うにぼやいてみせた。官たちは苦笑した。
「台輔はだめですよ。まだお体が本調子じゃないんでしょう?」
「んなことない、あとは体力をつけるだけなんだから。くっそー、よーし、
こうなったら大車輪で片づけるか。集中して処理しちまうから、しばらくひ
とりにしてくれ。別に逃げないからさ」

930永遠の行方「絆(79)」:2017/08/06(日) 09:39:41
「はいはい。そこの書類の束、本当にちゃんと片づけてくださいね。主上の
ことだからしばらく雲隠れするだろうし、なのに台輔にまで逃げられたら大
変なんですから」
「大丈夫、大丈夫」
 上体を起こした六太はにっと笑い、右手に筆、左手に州侯印を持って、わ
ざとらしく掲げてみせた。その場にいた数人の官は苦笑しつつ、適当に休憩
するために、もしくは決裁済の書類を届けるために、ぞろぞろと退出して
いった。
 ひと気がなくなったあと、六太は筆と州侯印を力なく卓に置いてうつむき、
深く長く溜息をついた。やがて顔を上げると口元に笑みを浮かべたまま、自
嘲するようにしみじみとつぶやいた。
「思ったより……早かったよなあ……」
 幾度も指折り数えてみたが、六太が呪の眠りから覚めて二ヶ月も経ってい
なかった。
 ――まだ、池も小川もできていない。
 だが涙は出なかった。不思議なことに、心中で嘆きながらもどこかほっと
していた。なぜならこれでもう、いつ飽きられるかと、いつ尚隆を失うかと
恐れる必要はなくなったのだから。もともと彼は六太のものではなかったの
だから。
 もちろんすぐに捨て置かれるようなことはないだろう。これは最初の変化
に過ぎない。そうして少しずつ尚隆は六太から離れていくのだろう……。
 危うく頭に乗ってしまうところだった、と六太は震える心で自戒した。あ
れほど女好きな尚隆の、六太を好きだという言葉を鵜呑みにしてしまうなん
て。
 むろん六太が意識不明の間、ずっと心配してくれていたのは事実だろう。
でも六太を抱いたのは、戯れとまではいかないまでも、気まぐれに近いもの
だったのかもしれない。
 ようやくのことで現実を思い知り、六太は体が芯まで凍えるように感じた。
奥底から立ち上ってくる冷たい震えを抑えることもできず、政務が終わった
あとは尚隆がいなくても長楽殿に戻らなくてはいけないのだろうかと懊悩し
た。尚隆のいない広いあの臥牀に、今夜からたったひとりで寝なくてはいけ
ないのだろうか。
 六太は暗い顔で悄然と座りこんだまま、夢の時間が終わったことをぼんや
り感じていた。

931名無しさん:2017/08/07(月) 00:34:00
はわわわ。一山がこれから迫ってくるのですね…相変わらず六太が賢く健気で可愛い…




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