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エリナ・ジョースターが彼を突き飛ばした。容赦ない鉄槌が彼女の体を捕えた。
狭い洞窟内に、グシャリ、と耳を覆いたくなるような、鈍い打撃音がこだました。
ジョセフ・ジョースターの絶叫が、地獄まで轟くように、暗闇を切り裂いた。
◆
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湿った砂を踏みしめる音が聞こえてきた。エリナの血をたっぷり吸いこんだ、真っ赤な砂。
ジョセフは振り返らなかった。
そんなことを気にかけていられる余裕が今の彼にはなかった。ジョセフ・ジョースターは祖母を抱きしめ、繰り返し、繰り返し彼女の名を呼んだ。
祖母の頬を撫で、名前を呼ぶ。逆の腕で傷口に波紋を宛がい、必死の治療を続ける。ジョセフもまた血みどろだった。
じわり……と広がる血の池。出血が止まらない。このままではマズイことになる。このままいけば、エリナ・ジョースターは死んでしまう。
はらはらと流れ落ちた涙が女性の頬を濡らす。ジョセフは泣いていた。ジョセフの涙が降りかかっても、エリナ・ジョースターの瞳は固く閉じられたままだった。
ジョセフは、祖母の名前を呼び続けた。それでも彼は名前を呼んだ。
黒騎士ブラフォードは既に撤退済みだ。鉄槌をエリナに叩きこんだ時にできた隙、そこにジョセフは渾身の波紋を込めた一撃をぶちかました。
身体を焼く炎のような感触に男は怒り吠えた。屍生人である彼にとってその一撃は確かな痛手となったのだ。
最後に憎々しげにジョセフを睨みつけると、彼は闇へと姿を消した。それ以上戦えばタダじゃ済まないことを黒騎士は悟ったのだろう。
結局彼は最初から最後までジョセフのことをジョナサンと誤解したままだった。
足音が確かなものとなって、ジョセフの鼓膜を震わせた。
次第に大きくなっていく音、無視できないほどに近づいてくる。
それでもジョセフは無視した。無視せざるを得なかった。
それほどまでに近づいているとわかっていても、今の彼には他に為すべき事があったのだから。
狭い洞窟、うるさいと思えるほどにジョセフの声がこだまする。
その声にこたえるかのように、エリナ・ジョースターが意識を取り戻した。たっぷり一分と時間をかけて、彼女はゆっくりと眼を見開いた。
まるでそうすることにすらエネルギーを振り絞らなければいけないと言わんばかりに。
男の腕に抱かれてまま、女性がそっと腕をあげる。涙が滴る夫の顔を、彼女は優しく撫でてやった。
「エリナ……! エリナ……!」
「……泣か、ないで。泣いちゃ、だめ……。わた、しは ――― 貴方が無事で、本当に良かった……。貴方が助かって、本当に―――」
「エリナ、僕は ――― 僕は…………!」
「大丈、夫、きっと ――― 大丈夫だから……わた、しは……大、丈夫だから……」
「……駄目だ、エリナッ! エリナ、駄目だ、駄目だ、駄目だ! 死ぬな……死んじゃ、駄目だ、エリナッッッ!」
腕の中で女性が少しずつ軽くなっていくような気がした。ジョセフは必死で波紋を流し込む。少しでも彼女を助けようと、虚しい努力を繰り返す。
信じたくなかった。考えたくなかった。死が、恐怖が、ジョセフを蝕んでいた。
こんなはずじゃなかったはずなのに。こんなこと、思ってもみなかったのに。
自分のせいで祖母が死んでしまうだなんて、そんなこと、絶対に嫌だ。そんなことがあってたまるか。そんなことがあっていいものか。
どんなことがあっても絶対に守ってやるって、誓ったはずだった。
唯一の肉親だ。たった一人の家族なのだ。
今までどれだけ迷惑かけたと思っているんだ。どれほど心配させ、どれほど祖母の気持ちを揉ませたと思ってるんだ。
今度は自分が守ってやらなければ。今度は自分が守られてきた分、守ってやらねばと思ってたはずなのに。
必死で耐えてきた。偽るのは辛かった。騙すのは心痛んだ。
だけどそれもこれも、全ては祖母のためだった。祖母のためだったというはずなのに!
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「なんで……」
ジョセフの声が震えた。波紋を流し続ける両手が真っ赤に染まり、手のひらに伝わる感触が生々しい。途端、まざまざと蘇った記憶に今の光景が重なった。
そう、数時間前に彼が波紋を流し、一人の女性を殺した時のような。
命がその手を滑り落ち、二度と返ってこないような。ゾンビの最後の生命力が塵となっていく光景に、今のエリナが重なった。
呼吸が乱れる。心臓が高鳴る。ジョセフはエリナ・ジョースターの顔を見た。女性の顔は死人のように真っ青で、生気が全く感じられなかった。
青年の息が止まり、彼は何も考えられなくなる。目の前の光景が急速に薄れていった。女性の呼吸が止まっていた。
エリナ・ジョースターの心臓が、止まっていた。
「 ――― ジョセフ・ジョースターだな?」
―― その時だった。突如、声が聞こえてきた。
青年の大きな肩に手が置かれる。乾いた、がらんどうのような声が、止まりかけたジョセフの思考を揺さぶった。
黒い山高帽子をかぶり、薄いナイフのような目つきをする男がそこいた。身体はそこまで大きくない。
警戒心の高い、成長しすぎたトカゲのような、そんな気配を感じさせる男がジョセフの傍らに立っていた。
カンノーロ・ムーロロは女性の意識がないことをもう一度確かめると、ジョセフの腕から半ば奪い取るようにして、エリナの身を地面に下ろした。
優しくはないが、かといって乱雑に扱うわけでもない。引っ越し業者が高級品の家具を取り扱っているかのような態度だった。
頬を何度か叩き意識を確かめる。瞼をこじ開け、じっくりと眼球の様子を伺う。心臓の鼓動を、手首の脈を。手慣れた感じで男は淡々と調べを進めた。
ジョセフは何もできずに、呆然としたままその様子を見つめていた。目の前の光景に、現実感が湧かなかった。
時間にして1分もかからなかった。
全ての点検を終え、ムーロロはエリナを地面にそっと置きなおした。そうして服についた砂を払い落す。
山高帽子の位置を直し、軽く咳払い。ジョセフは何も言わない。彼が何も言わないのでムーロロはもう一度咳払いした。
青年の眼が焦点を取り戻すまで、男はじっと辛抱強く待っていた。そして話が聞ける状態になったのを待って男は口を開いた。
ジョセフ・ジョースターだな。
もう一度、そう念を押すように言った。ジョセフは頷く。
ムーロロは何も言わなかった。彼は確認に納得がいったのか、小さくうなずき、そうかと独りつぶやいた。
懐をごそごそとまさぐり、男はトランプのカードを取りだす。
状況がいまいち飲み込めていないジョセフに気をはらうことなく、彼はカードを操る手をすすめた。
説明する気がないのか。今はその時ではないのか。カンノーロ・ムーロロは無言のままにシャッフルを続けた。
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「アンタはその女を助けたいのか?」
ジョセフ以外にこの場にいない以上、それは確実に彼に向けられた言葉だろう。
だがムーロロの視線は虚空に向けられ、まるでジョセフ何ぞいないかのような態度だった。青年はそんな様子に、曖昧に頷くしかなかった。
助けたいにきまってる。助けられるならどれほどいいだろう。ジョセフはそう思った。だが願いとは裏腹に、彼はわかっていた。わかってしまっていた。
だけど、もう駄目だ。もう……間にあわないんだ。
おばあちゃんの身体はもうゆっくりと死んでいくだけだ。波紋は万能の力じゃない。波紋は生命力。
なら死にかけのおばあちゃんは……もう、間にあわないんだッ!
「―――選べ」
俯いた彼に突きつけられる、三枚のトランプカード。
クローバーのジャック、スペードのエース、そしてハートのキング。
陽気で奇妙な絵柄が彼を見返していた。見間違いでないならば、その絵柄は彼に向って一様に笑いかけ、手を振り、そして自分を選ぶように声をあげた。
ジョセフはなにがなんだかわからぬまま、ムーロロを見上げる。ムーロロは何も言わずにジョセフを見下ろす。
膝突く青年に黙って待つ男。沈黙の後に説明が必要だとわかると、ムーロロは乾いた声でこう付け加えた。
「選べ。カードは三枚、全部がJOKER、その上アンタは俺に大きな借りを作ることになる。
だけどアンタは選んだんだ。なら選ぶしかない。選ぶ覚悟がないなら、その女がこのまま死ぬだけだ」
そして男は説明を続けた。エリナ・ジョースターを助けるための手段を。
サッと手が動くと魔法のように三枚のカードが一枚になった。クローバーのジャックがジョセフの前で陽気に踊る。
「一つ。アンタから見たら息子にあたる男に助けを借りる。
スタンドと言う特殊な能力をソイツは持っていて、助けを借りれば確実とは言わないが高確率で死なずに済む。
ただ今言った通り、ソイツはアンタの息子だ。“今”のアンタと見かけは同じぐらいの年。
つまり祖母に抱いた通りの感情を、アンタの息子は抱く羽目になるかもしれない。抱かないかもしれない。俺にはわからない。
その上二人の怪我人を抱えていて、今にでも移動する可能性もある。リスクは高く、後の面倒も多い」
最後の言葉を言い終わらないうちに、男の手がまたも素早く動く。
カードが風を切り、そして気がつけばそれは次の一枚に早変わり。スペードのエースがくるりと一回転、そして深々と礼をした。
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「二つ。アンタから見た血縁上、叔父にあたる男に助けを求める。
少年と言ってもいいぐらい若いが、確かな能力を持っている。頭も回る、度胸もある。冷静な判断力も魅力だ。
ただその少年も前者と同じように怪我人を抱えている。そいつは他でもない、アンタの母親だ。
面倒な事に変わりはない。だが話がこじれれば、もしかすれば治療を断られるかもしれない、断られないかもしれない。俺にはわからない。
ちなみに彼は待ち人と約束を交わしている。つまり移動制限あり、おまけにタイムリミットつきだ」
言葉の意味がようやく飲み込めてきた。ジョセフの光宿さない眼が、徐々に輝きを取り戻す。
俯いていた彼が顔上げ、信じられないような表情でムーロロを見つめる。男は何も変わらず、代わりに手の中のカードが入れ替わった。
「そして、三つめ」
ハートのキングが狭い掌の上で踏ん反り返り、ジョセフの顔を面白そうに眺めていた。
「スタンドと言う能力、アンタは信じられないかもしれない。突然超能力で治療するなんて言われればそう思うのもわかる。
誰だって信用ならないと思うだろう。当然のことだ。
ならばこのカードが一番アンタにとって本当に信頼たるものなのかもれしれない。
なんせアンタは実際にそれを見て、触れて、体験してきたんだ。なら信用せざるを得ないだろう。
少なくとも俺はアンタが一番にしようするのはこれだと思う」
一瞬の沈黙の後、ムーロロが続ける。彼の言葉は一ミリも変わらない。
まるで彼には感情と言うものがないかのようだった。熱もなく波もなく、男は何も思っていないかのように話しを続けた。
「DIO、という男に手を借りる。彼はアンタから見たら血縁上、祖父に当たる男だ。
そう、『ジョナサン・ジョースター』まさにその人だ。波紋使いであって、今は吸血鬼である男。
彼ならば間違いなく、それこそ一度その女が“死んだ”としても、必ずや生き返らせてくれるだろう。
治療どころじゃない。死すら克服する力。それをDIOはもっている」
どちらも何も言わないまま、数秒の間沈黙が続いた。
だが両者ともに、何かを感じ取った。その数秒で様々な感情、理解、知性が飛び交ったことを理解した。
ジョセフ・ジョースターはゆっくりと立ち上がり、そして今度は逆に男を見下ろした。
大柄である彼は、眼の前の男を見下ろしているはずなのに、何故だかそんなふうには思えなかった。小柄なはずの眼の前の男が小さく見えなかった。
堕ちていくだけなのに、その闇がどこまでも続いて行く。そんな無限の可能性を、ジョセフは男の中に見た。
本能が告げている。同時に戦士の勘も囁いていた。
コイツはやばいヤツだ。掛け値なしの、関わっちゃならねェ“裏側”の人間だ、と。
「さぁ、選びな、ジョセフ・ジョースター。時間はない。俺もそう我慢強いほうじゃない。
十数えるうちに一枚抜け。それでも選べなかったら、この話はナシだ」
どうする……? 無理矢理波紋でふんじばるか?
ぶん殴ってビビらせて、力づくで従わせるか? そんな街角のチンピラみたいな理論が、こいつに通じることなんてあり得るのか?
震える腕を持ち上げると、ジョセフは手を伸ばした。眼前に広げられた三枚のカードが踊る。ムーロロは踊らない。青年はごくりと唾を飲み込んだ。
空虚で脆い監視塔、嘘と偽りのトランプタワー。
ジョセフが、そっと、息を吐いた。いつの間にか彼の呼吸は、波紋の呼吸に戻っていた。
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【D-4 北(地下)/1日目 朝】
【ジョセフ・ジョースター】
[能力]:波紋
[時間軸]:ニューヨークでスージーQとの結婚を報告しようとした直前。
[状態]:精神疲労(大)、体力消耗(中)
[装備]:なし
[道具]:首輪、基本支給品×3、不明支給品3〜6(全未確認/アダムス、ジョセフ、母ゾンビ)
[思考・状況]
基本行動方針:エリナと共にゲームから脱出する
0.???
1.『ジョナサン』をよそおいながら、エリナおばあちゃんを守る
2.いったいこりゃどういうことだ?
3.殺し合いに乗る気はサラサラない。
【エリナ・ジョースター】
[時間軸]:ジョナサンとの新婚旅行の船に乗った瞬間
[状態]:瀕死
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品1〜2 (未確認)
[思考・状況]
基本行動方針:ジョナサン(ジョセフ)について行く
1.???
【カンノーロ・ムーロロ】
[スタンド]:『オール・アロング・ウォッチタワー』
[時間軸]:『恥知らずのパープルヘイズ』開始以前、第5部終了以降。
[状態]:健康
[装備]:トランプセット
[道具]:基本支給品、ココ・ジャンボ
[思考・状況]
基本行動方針:状況を見極め、自分が有利になるよう動く。
0.???
1.情報収集を続ける。
2.今のところ直接の危険は無いようだが、この場は化け物だらけで油断出来ない。
[備考]
※依然として『オール・アロング・ウォッチタワー』 によって各地の情報を随時収集しています。
制限とか範囲とか精度とかはもうノリでいいんじゃないか。
【ブラフォード】
[能力]:屍生人(ゾンビ)
[時間軸]:ジョナサンとの戦闘中、青緑波紋疾走を喰らう直前
[状態]:腹部に貫通痕、身体中傷だらけ、波紋ダメージ(中)
[装備]:大型スレッジ・ハンマー
[道具]:地図、名簿
[思考・状況]
基本行動方針:失われた女王(メアリー)を取り戻す
0:一旦撤退。戦況をたてなおす。
1:強者との戦いを楽しむ。
2:次こそは『ジョナサン・ジョースター』と決着を着ける。
3:女子供といえど願いの為には殺す。
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以上です。代理投下お願いします。指摘ありましたらください。
人気投票の集計、乙でした。そして投票してくれた方、ありがとうございました。
これからもがんばりたいです。
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またもアクセス帰省中! よってこちらに投下分へのコメント。
>fake
乙乙乙一。
ブラフォードからもジョナサン扱いされて自分で自分がわからなくなっていいるジョセフ大変!
して、一つ。
「ムーロロがどうやって人間関係(特に血縁関係)に関する情報を手に入れたか」 は、流石にフォローしとかないとまずいかも。
ウォッチタワーの情報収集では、3人の能力を確認するタイミングは一応あるけど、人間関係に関する発言(特にジョルノ)はほとんど無いし。
原作でも、「遠見の技ではなくあくまでスタンドをスパイとして使う情報収集」と強調されている以上、見聞できる範囲を超えてノリにしちゃうと根本設定が変わってしまう。
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最後の詰め&修正の後、ちょいちょいで投下します。
規制中なので、どなたか代理をお願いします。
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これは、以前読んだ医学書からの知識だ。
医学上の健忘には、逆向性健忘と前向性健忘の二つの症状がある。
簡単に言えば、「ある時点から以前の記憶がなくなる」か「ある時点から以降の記憶を保持できなくなる」か、だ。
前者は、俗に言う「記憶喪失」というものだ。つまり、ドラマや漫画で、「こはどこ? 私は誰?」となってしまうアレだ。
症例以外の分類を言えば、心因性か、外傷性か、或いはアルツハイマーなどの疾患の症状か、薬剤などによるものか等などの違いもある。
心因性というのはストレスやトラウマを引き金とするものだし、外傷性というのは怪我などがきっかけ。
統計を取ったわけではないし、そういうデータを見た記憶もないが、おそらくフィクションで一番多用されるのは、「心因性のショックで逆行性健忘に陥る」というパターンだろう。
このあたりは、千帆に聞いたほうがいろいろと例を挙げてくれるかもしれない。
「忘れる」ということができない僕は、それらの逸話や話を聞くときに、何とも言いようのない気分になる。
例えばそれらに恐怖を感じるとしたら、それを聞いた人間にも「忘れてしまう経験」があり、だからこそ「すべてを忘れてしまう」というようなことに共感や感情移入がなされるのだろう。
僕は、おそらく、その点において彼らと同じようには感じられない。
自分が記憶を失うということが、怖くないのか? と問われたらそれは「怖い」と言える。言えるだろうと思う。
しかし、現実に僕は、どうしようもなく「忘れる」ということが、できないのだ。
出来ない以上、どうしてもそこに、溝が生まれる。
或いは憎くも思っていたし、苦痛でもあり災厄でもあるこの「能力」。
それが失われることを願ったこともあるが、とはいえ既に自分の一部、いや、自分そのものとも言える「すべてを記憶する能力」。
もし、過去のページを捲っても何も思い出せず、再現されなくなったら?
もし、新たなページに何も書き込まれず、何も覚えられなくなったら?
想像は、できる。しかし、実感をしようがない。
「忘れることのできない僕」が、「忘れてしまうということ」に対して、どういう立ち位置でいるのか。
僕自身、それをはっきりと明言することはできない。
☆ ☆ ☆
そのカフェの一角で、僕がメモを取る、と自分から申し出たのは、一つにはカモフラージュでもある。
どういう方法でかわからないが、どこからともなく聞こえてくるこのアナウンスを、たいていの人であれば耳そばだて必死になりメモをとることだろう。
何より、50人という人間が殺されたというが、あの読み上げの速度では、ゆっくり落ち着いて書き取る、なんてのはそうそうできるものではない。
けれども僕に関して言えば、違う。
はっきり言えば、改めてメモを取る必要などないのだ。
全ては、自動的に僕のこの、〈本〉に書き込まれるのだから。
しかし、そのことを彼らに悟られるのも困るので、ことさら「必死になってメモを取っている」風を装う必要があるのだ。
どこからともなく現れた鳩が、その足にぶら下げた名簿を落として去っていったのには驚いたが、それをとやかく考える暇など与えずに、アナウンスは続いている。
ウェザー・リポートはメモを僕に任せて、周囲への警戒を続けていた。放送を聞き入っている時に襲われる危険性もある。
もちろんそこには、周囲のみならず、ジョルノへの警戒も含まれている。
ジョルノ・ジョバァーナ。彼は明らかに、最初のホールで殺された少年と寸分違わぬ同一人物だ。
それは僕の記憶力をもってしなくても、明白すぎるほどに明白だろう。
そのジョルノ・ジョバァーナも、僕同様にメモを取っている。
華奢、とまでは言わないが、決して偉丈夫というほどではない体格。
てんとう虫をあしらったブローチやボタンが随所に施された、学生服と似たシルエットの上下に、特徴的なカールした前髪。
年の頃は僕とさほど変わらないだろう。まだ幼さすら残る顔立ちは、日本人っぽいところもあるが、基本的にはイギリス系白人の特徴を多く持っている。
似ている、というだけなら、先ほどの救急車から落ちたであろう白人男性とも似てはいる。
最初のホールで殺された、ほかの二人とも似てはいる。
しかし、「同一人物」と言えるのは、やはり同じ上下を着ていた、最初のホールの壇上にて、最後に紹介された少年。
寸分違わぬと言えるその横顔を、見続けながらメモをとる。
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一通りの情報は、それぞれに異なる衝撃と驚き、或いは困惑をもたらしたようだ。
勿論、僕にもある。
ひとつは当然、双葉千帆の事だ。
名簿には彼女の名が有り、そして死亡者として告げられたなの中には無い。
勿論、名簿も放送も、すべてが掛け値なしの真実という保証などどこにもない。どこにもないが、僕には付け加えて情報がある。
つまり、最初に目撃した二人の死者 ――― 父、大神照彦と、母、飛来明里の存在。
彼らの『死体』を目撃しているウェザー・リポートも知らない事実。
なぜか昔に死んでいたはずの母を含め、この会場で二人が死に、その名は名簿にあり、死者として放送された。
少なくとも、この二人に関しての放送は、「事実」だ。
ならば他の名に関しても、「事実」かもしれない。
たとえば、ホールでちらりと見かけた、「母同様とっくの昔に死んでいるはずのウィルソン・フィリップ上院議員」や、「同じ杜王町の住人である、岸部露伴や虹村億康。あの東方仗助の年老いた父、東方良平」などに関しても「事実」かもしれない。
それを確かめる為には、ともあれ、彼らの「死」を、確認しないとならないだろう。
もう一つ。千帆が集められた中にいるのであれば、最初に考えた推論、「特殊な能力を持っている人間を集めたのか?」というのが、やはり違うものではないかとも考えられる。
母の存在もその推論を否定してはいたが、僕自身が母と接していた期間は殆どない。僕が「記憶していない」だけで、何らかの「特殊な能力」を持っていた可能性はゼロではない。(あったとしても、大神に対抗できるものでは無かったということかもしれない)
だが、実際に知り合って付き合っていた限りにおいて、千帆にはやはり、「特殊な能力」は無い。大神の言葉もそれを証明している。
本人含め誰もまだ気づいていない、というのもあるかもしれないが、やはり「ない」と考えるのが自然だ。
となると、あのスティールという男が、一体どう言う基準で「集めた」のか…。
僕も含め、ウェザー・リポートに、ジョルノ・ジョバァーナ。ここにいる3人の男は皆、「特殊な能力」を持っている。
途中で襲いかかってきた老人もまた同様。催眠術というか何というか、僕らの意識に働きかける何らかの力を持っていたようだ。
『頼む――――ッ! 琢馬――――ッ!! 千帆を――――ッ!! 頼む――――ッ!!』
悲痛な叫びが、僕の脳裏にこだまする。
〈本〉を読むまでもない。読むまでもなく、絶叫のこだまは、僕の脳裏から離れてなどいない。
僕は、応えなかった。何も応えることなどなかったし、応えるべき言葉などもなかった。
彼に対して、応えるべき言葉など、何もない。
だが、しかし ―――。
☆ ☆ ☆
「――― 僕の名前は、ジョルノ・ジョバァーナ。イタリアに住んでいる学生で ――― ギャングです」
改めての「自己紹介」は、言葉面だけで言えば異様だし以外とも言えるが、耳にしての感想としては「しっくりくる」ものだった。
ギャング、という言葉にある一般的なイメージ…つまり、粗野で粗暴で無教養、というようなものとはかけ離れているが、けれども何故かそれを納得させられるものもある。
そして付け加えれば、学生であり僕と同世代であるという事からはとても結びつかないが、おそらくきっと彼は、ギャングの中でも地位の高い存在なのだろうとも思えた。
放送が終わり、再び静寂の戻ったカフェの中、朝のさわやかな光が彼の顔を鮮やかに浮かび上がらせる。
同様に、今までは月明かりにしか観て取れなかったウェザー・リポートの顔をちらりと眺め、改めてその表情を見て取ると、僅かな苦悩とも困惑とも取れぬ、かといって無表情とも言えぬ複雑なもの。
「お前のその、『スタンド能力』―――『ゴールド・エクスペリエンス』か…」
切り出したのはそのウェザー。
『治療する』彼の能力は、既に実証されていた。
その点は実際目にした僕らには明白で、ジョルノの申し出に最初は些か気乗りしないながらも、ウェザー自身も『治療』を受けている。彼は僕以上にそれを実感しているのだろう。
「『部品を作る』…と言ったが、それは、『自分の治療』にも使えるのか?」
スタンド―――。
先ほど、死に瀕していた女性を「救う」と言ったジョルノ・ジョバァーナも、自分の「能力」を、そう呼称していた。
どうやら彼らの間では、「ほかの誰にも見えることのない像を持つ、特殊な能力」を示す名称として、共通のものとして知られているようだ。
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「ええ、使えます。自分自身の部品を作り、それを自分の傷や欠損にはめ込むことで、治療することもできます」
簡潔かつ無駄のない答え。
「…では、『死者』には―――?」
「無理です」
再びの問に、やはり簡潔な答え。
「僕の能力は、厳密には『治療をする能力』ではなく、『生命を与える能力』です。
石や木の枝に生命を与え、それを体の部品として作り出すことはできますが、それでできるのはいわば『移植』のようなもので、『回復そのもの』は、治癒力に任せるしかありません。
死んだ肉体には治癒力がありません。『無生物』になりますから、そこから『新たな生命、部品』を作ることはできても、『死んだ当人自体』を蘇らせることにはなりません」
そう都合良くはいかない、と同時に、最初のホールで一度死んだ彼が、能力で蘇ったわけではない……という事でもあるのだろう。
再び、会話が止まる。
ちらりと横目に見たウェザーの顔に、かすかな陰りと苦痛が見えた。
それはすぐに引っ込んだが、きっとおそらく、さっきの放送で読み上げられた名と関係あるのだろう。
ウェザーが黙ってしまったので、仕方なく僕が話を続ける。
つまり、彼に関する一番の『謎』である、「なぜ、最初のホールで殺されていたジョルノが、いま生きてここに居るのか」だ。
しかし回答は、「自分にもわからない」という、拍子抜けしたもの。
「自分にもわからないが、あそこに居た自分も自分だったし、ここにいる自分も間違いなく自分自身だ」
普通に聞けば、とてつもなく馬鹿げた嘘をついているとしか言えないが、そうも思えない。
ホールで自分自身と対面したとき、自分がちぎれ飛ぶような感覚とともに体が分解しかけたこと。そしてそのあと自分の能力でなんとか治療したこと。
いずれも何の証拠もない。
それでも、僕は既に知っている。「すでに死んでいる人間」がこの会場にいた、という事を。
そして彼らの言う『スタンド能力』のことを合わせれば―――死、あるいは時間を超越する何らかの力が、この件に関して働いている…。
成り立たなくはない推論だ。勿論、確証など何もないが。
そして付け加えれば、それらの推論よりも雄弁なのは、彼、ジョルノ・ジョバァーナ本人そのものだった。
彼は、おそらくは「正直な人間」だ。
いや、勿論それにも確証はない。ただの印象でしかないと言われれば、そうとも言える。
ただそれでも、例えば今いるここ、地図上はB-2の『ダービーズカェ』であろう場所へと来る際も、「ここでさっきまで仲間といて、待ち合わせもすることになっている」と、そう言ったのだ。
それら正直さも、もちろん計算のうちではあるだろう。
正直=善人、などと安易に考えるほどに僕は単純でもない。
仲間といる、と言っておいて、待ち伏せをしているかもしれない、と疑われる可能性はある。
かと言って、仲間がいることを言わずに連れて行って、悪いタイミングでバッティングする方にもリスクはある。
それらを考えて、「正直に話すことの利」を取った。
能力についても、それ以外についても、彼はかなり「正直」だ。
そしてそれは、「バカ正直」なのではなく、きちんと思慮熟考した上での「正直」なのだろう。
であるならばむしろ、そのことに関して言えば、「信頼できる」。
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「『納得』はできないようですが、『了承』はしてもらえたようですね…」
口調に、かすかな安堵がこもった声。信用してもらえる自信も保証もない話だ。無理もない。
「……そうだな。お前が嘘をついているようには思えない。結局はあの男に問いただすしか無い」
結局のところ、「何故、死んだはずの彼がここにいるか?」 を、彼に問うことは、やはり無意味なようだ、というのが、僕の(そしてウェザーの)結論になる。
それからは、ウェザーと僕の方が彼に情報を出す番だ。
ある程度かいつまんでの自己紹介。自分がここに来る前の状況など。話せる範囲で話す。
とはいえ、ウェザーはそもそも「過去の記憶がない」。
「気がついたら刑務所にいた。自分が誰だかわからない」という話も、考えてみれば荒唐無稽だ。
僕はというと、当然「話せることが少ない」。
日本の学生。地図上には自分が住んでいた町がある。他に、何が話せる?
「あらゆるものを記憶する能力がある」、「その記憶の中の出来事を再現することができる」、「実の父親を復讐のため殺すことだけを考えて生きてきた」
駄目だ。
まったくもって、人のことを言えた義理じゃない。
そして、ジョルノとは真反対なほどに、僕は秘密を後生大事に抱え込んで手放せない。
ギャングという背景。スタンド能力。仲間の存在。
ジョルノが詳らかにしたこと全て、僕は手放すことができず蹲るのみだ。
「話すことない」ウェザーと、「話せるわけがない」僕。
これはまったく、不公平な情報交換だろう。
「この、名簿と、さっきの放送なんだが…」
その気まずさもあって、僕は話を切り替えた。
「何か気づいたことは?」
この話題が、より気まずいものだろうことは分かっている。
特に、先ほどの僅かな表情からすると、ウェザーには何かがある。
それでも、自分から話せることのない僕にとっては、そのほうがまだましである。
それにやはり、おそらくそれらは、「知っておいたほうが良い」事だ。
二人の顔を交互に見る。
やはり、そうそう気軽に話せる話題ではないようだ。
「実は、妙なことを言うようだけど、この中に……」
なので、僕が口火を着ることにした。
「死んだはずの人間の名前があるんだ」
びくり、と、顔色が変わった。
「それは……」
口に出しつつも、その次を出せない二人。
「ここに、『吉良吉影』という名前がある。彼は僕と同じ街の人間で、ちょっと前に交通事故で死んでいる。ガス爆発か何かがあったらしい現場で、被害に遭っていた一人らしいんだけど、やってきた救急車の前に飛び出して轢かれてしまったらしい。
ニュースにもなったし、救命士の責任問題にもなっていたから、ちょっと覚えているんだ」
東方良平やウィルソン・フィリップ上院議員よりは、出しやすい名前を出しておく。
二人はそれぞれに、気まずそうな、あるいは悩ましげな表情を浮かべ、顔を見合わせた。
「F・F……は、少し前に死んでいる」
僕に続いて、ウェザーがそう切り出す。
「ほかにもいるが……スポーツマックスという男も、少し前に死んでいたはずだ」
二人の、「死んだはずの人間」……。
そしておそらく、「F・F」というのは、彼の「仲間」で、「スポーツマックス」は、「敵、あるいはそれ以外」だろう。無意識の言い回しに、それが表れていた。
もとより彼は、最初に出会った時から、「友達」ではなく、「仲間」という言い方をしていた。「仲間を探している」と。
「仲間」という言い方は、「友達」よりも、重い。結びつきの強固さ、あるいは同類、同士、また、「仲間以外」、この場合、「敵」がいる、という関係性で使われることが多い。
いずれにせよウェザーにとっての「仲間」は、漠然とした「ご近所さん、お友達」などではないだろう。
人を殺してでも、再会したい、「仲間」……。
-
視線をそらすように、僕はジョルノを見る。
発言を促されたと感じたのだろう。ジョルノもまた少し思案してから、
「僕も同じです。呼ばれた死者にも、名簿の中にも、「すでに死んだ者たち」が含まれています」
ギャングだ、と言ったからレの口から出る、「すでに死んだ者」というのは、さらに「重い」。
もしかしたら、抗争の果てに殺し合った相手、などもいるのかもしれない。
いや、間違いなく居るだろう。ここまで、慎重ながらも、正直に語っていたジョルノが、わずかながらも躊躇いを見せた発言だ。
「すでに死んだ者たち」のみならず、おそらくは間違いなく、「既に殺した敵」も、含まれているのだ。
ジョルノやウェザーの言う、「すでに死んだ者たち」が、彼ら同様(また、僕同様)に、特殊な能力……つまり、彼らの言う『スタンド能力』を持っているのかどうか。またそれらがどんな驚異なのか。
それももちろん気にはなる。気にはなるし、何れは聞き出したい情報ではあるのだが、今はそれを脇に置いておくべきだろう。
☆ ☆ ☆
「僕は、この『バトルロワイアル』を、壊すつもりです」
それぞれに微妙な距離感で続けられていた会話、空気の中、ふいにジョルノがそう宣言した。
「あなたたちは、『殺し合い』をしたいとは思っていない。当然僕もそうです。
このジョルノ・ジョバァーナには『正しいと思う夢』がある……。そのために、『襲ってくる敵』と戦い、傷つけ、殺したこともある。
けれども、誰がどうやったのかまだわからないが、『殺し合い』を強制されるなんてことは、『正しい道』じゃあない。
だから…」
「待った」
彼の言葉を、僕は右手で制して止める。
「『協力して欲しい』っていうなら、悪いけど断る。
それは、既にウェザーにも言ってある事だ。
僕は、『殺し合い』をする気もないし、『殺される』気もない。けれども、『仲間を募って共に戦おう』なんてのもゴメンだ」
おそらく言うであろうと思っていた言葉。
見ず知らずの人間に出会い、『治療』し、『話し合う』。
なら、次はこうくるだろう。
彼がどんな人間か。わずかな時間ながら、分かってきている。
ウェザーも僕も、『殺し合い』をする気はない、という点で『道連れ』にはなっていたが、かと言って『仲間』になったわけではない。
『仲間』…。
そしてこの場合は、『共通の目的、意志で結ばれた仲間』……。
ウェザーには、『仲間と合流する』という『目的』がある。そしておそらく名簿にその、『仲間』の名前があった。あるいは、『敵』の名前もあったのだろう。
ジョルノには、『バトルロワイアルを壊す』という『目的』がある。そしてその『目的』の為の、『仲間』を求めている。
僕は……?
違う。
改めてウェザーの目を見、ジョルノの目を見る。いや、見ようとして、直視できずに目線を逸らしている。
違う。
彼は、僕とは違う。
根本的、根源的に、彼は僕とは違う。
おそらくそうだろうという気はしていた。そしてそれは、彼が『治療』をしているあいだに、話をしているあいだに、確信へと変わりつつあった。
ウェザーには、『仲間』がいる。
ジョルノには、『正しいと思う夢』がある。
僕には、何も、無い。
ただうずたかく積み重ねられた書物の山。その山の中にあるあらゆる……『記憶』……。
『それだけ』だ。
ただ、『復讐』だけを生きる理由として来た。
友達や仲間を持ったことはない。
正直さとは無縁の人生。ただひたすら秘密を抱えて生きてきた。
ウェザーは……まだ良い。
彼もまた、僕とは別の意味で、『空虚』だ。
けれどもジョルノは……その、『まぶしさ』は……。
僕には、耐えられない。
それが、今、はっきりと分かった。
-
「あなたはどうですか、ウェザー?」
僕の内なる懊悩を感じ取ったのだろうか。ジョルノはしつこく追求することはせずに、ウェザーへと話を向ける。
「俺は、『仲間』を探している。そしてその『仲間』は、今この会場のどこかにいるらしい……。
琢馬と行動しているのも、ただ互いに邪魔をしないという約束でのことだ。
だが……」
そこで一旦言葉を区切り、それから目を閉じ…しばらくしてゆっくりと見開いた。
「仲間と合流できたあとになら……協力できるかもしれない。
ジョルノ……。きっとお前は、『信頼』できる人間だ。
俺もよく知っている……ある人物とよく似た『匂い』がある……。
たとえ『牢獄の中に閉じ込められても、泥を見て嘆くより、星を見上げて希望を心に灯すことができる』……。
そんな人間の持つ、『気高い匂い』だ……」
会って以来、さほど会話を交わしてはいないウェザーだが、それでもここまで饒舌に語るのは少し意外だった。
そしてその彼の語るジョルノへの印象は、驚く程に率直で、好意的だ。
「琢馬」
そのウェザーが、不意に僕へと向き直る。
「お互い余計な詮索はしない、という前提で行動を共にしてきた。
お前が自分について語らないのも、『生き残る』ことを最優先にして行動するのも、それはそれで良い。
だが、ひとつだけ話してもらうぞ……」
ジョルノの、暗闇の中でも光をもたらす目とは、真逆。
すがるべき光を見失い、それでも闇の奥から見つめ続ける目。
常人であらば身震いをするであろう目で、僕を見ている。
「お前のスタンド能力は、何だ?」
☆ ☆ ☆
「俺の名は『ウェザー・リポート』。
スタンド名も同じ……。能力は『天候を操ること』。
だがこれは本名じゃない。
俺には過去の記憶がない。だからこの名前も、能力からとった仮の名だ……」
囁くような、ぼそぼそとした声の調子。
だがしかし、決して弱々しくはない。
「俺は、『仲間』を探している。そして、名簿によれば、仲間はこの会場のどこかに居るらしい。
名簿……そして放送が事実ならば、な……」
じわりと、絡みつくような視線を、逸らすことはできない。
「あのスティール…あるいはその仲間のスタンド使いは、俺たち…そして、100人を優に超える人間を一堂に集め、こんな街を創り出してしまう『能力』を持っている……。
『スタンド使い』も、『死んだはずの人間』も、お構いなしだ。
どんなトリックだ? ただのハッタリか?
そうかもしれない。まだ何も確認できていないからな」
その響きに、心当たりがあった。
「それでも、それらが『事実』だとするなら……。
俺には『やるべきこと』が増えた。
『仲間を探す』、『仲間を殺したやつを探し、殺す』、『プッチを探し出し、殺す』……そして、『スティールとその仲間を、殺す』」
殺意。復讐心。
「俺はジョルノとは違う。
琢馬、お前がそれでも、自分には何の能力もないというなら、俺にはお前を助けながら歩き回る積もりも余裕もない。
お前が自分の能力を絶対に明かさないしというなら、お前に背中を見せる気もない。
だから、改めて聞く。
お前の『スタンド能力』は何だ?」
プッチ。エンリコ・プッチ。その名前は名簿にあった。きっとウェザーの『敵』なのだろう。
あるいはさっき出た名前……『死んだはずなのにここにいる』F・Fという『仲間』を殺したのが、プッチなのかもしれない。
殺意と、復讐心。
あるいは、僕の唯一にして長年連れ添った友人の別名。
常に僕の傍らに佇み、寄り添い、支え、そして縛り付け続けるもの。
そして……最も憎むべきもの。
-
ウェザーは言った。「俺はジョルノとは違う」。
確かにそうだ。
『僕ら』は、ジョルノとは違う。
『夢』よりも、『殺意』。『希望』よりも、『復讐心』を、糧として生き、進み続ける。
だがそれでも尚……。
僕とウェザーもまた、違うのだ。
「僕は……」
☆ ☆ ☆
「ジョージ……?」
か細く、それでいて透き通った声。
陽のあたるダービーズ・カフェ店内のカウンター奥から聞こえるその声は、僕とウェザーのやりとりを見守っていたジョルノに向けられたもの。
放送前。大きな破壊音を聞いて調べに行った場所で、おそらくは「救急車から突き落とされて」瀕死の重傷を負っていた女性。
そこで、あとからやってきたジョルノが、自らのスタンド能力、『ゴールド・エクスペリエンス』を使い、治療をした。
彼が作り出した『部品』は、たしかに女性の体にはめ込まれ、今現在外見上何ら怪我を負っていないように見える。
特に頭部は、実際よくよく見れば頭蓋が割れ、脳の一部が露出するほどのものだったのだが、今では傷口の痕跡も見えない。
「……いえ、違います。僕の名前はジョルノ・ジョバァーナ。
一緒にいたであろう男性……ジョージさんですか? 彼は、残念ながら既に亡くなっていました。
簡単にですが埋葬をしてあります。
あなただけは、発見時にまだ生きていたので、なんとか肉体の損傷を治すことはできましたが……」
もうひとりの男性、彼女が「ジョージ」と呼んだ、古めかしい軍服姿の男性は、ジョルノとウェザーでピエトロ・ネンニ橋脇の土手に穴を掘り、埋めてきてある。
その上にジョルノの能力で蔓薔薇を生やして、墓標替わりとしていた。
彼女はなんとなく焦点の合わないような目で、どこに視線を定めるでもなくこちらを見ている。
ウェザーは僅かに身構えていた。既に僕の方を気にしている素振りはない。彼女が何者なのか。敵ではない、危険ではないという保障がない事から、まだ警戒を解いてはいないのだろう。
「……一緒にいた? なにを言っているの? ジョージは……彼は……」
戸惑い。混乱。眉根を顰め、立ち上がろうとするが、弱った体でそれもかなわず、崩折れる。
「気をつけてください! 確かに表面上の傷は治しました。
しかしあなたは、死んでいてもおかしくないほどの重体だった……!
すぐに歩ける程に回復することもないですし、後遺症もあるかもしれない」
手を貸そうジョルノ。その差し伸べられた手を払い除け、女性が跳ね上がるようにして起立する。
「ジョージは……殺された! そう……『思い出した』わっ……!
あの人は殺されたの……。空軍司令…ディオの部下だった、生き残りの屍生人によって……!!」
驚異的身体能力だ。あるいは回復力も異常なほどなのか?
ジョルノが目を見張り、ウェザーがさらに緊張を現す。
「ジョルノ、と言ったわね。状況はわからないけれども、手助けしてくれたであろう事には礼を言うわ。
けど、私は『復讐』をしなければならないッ……!
夫の、ジョージの仇をとる……必ずよッ………!!」
ジョージ・ジョースターⅠ世、あるいはジョージ・ジョースターⅡ世。
そのどちらなのかはわからないが、名簿に名前が有り、そして共に「死んだ」と放送された2人。
そのどちらかが彼女の夫であり、また、彼女はその夫を殺した相手を知っている。
あの救急車に乗っていたのが、おそらくはその仇、という事なのだろうか。彼女の言葉、そして状況からはそう受け取れる。
あれだけの大怪我を負って、それでも尚、夫の復讐のために立ち上がろうとする。
そのまま、歩き去ろうとする彼女を、ジョルノが呼び止める。
-
「待ってください。まずは状況を確認したほうが良い。
さっき、放送がありました。それに、名簿も。
この『バトルロワイアル』の中に、ほかにも知り合いや、敵…問題のある誰かがいるかもしれない。
情報を交換し、お互いに手助けも……」
鋭い刃…そうとしか見えぬものが突きつけられ、ジョルノを押しとどめる。
「エリザベス…。名前だけは教えておくわ。けれどもそれ以上は馴れ合う気はない……」
彼女の、破れた黒衣の袖。その袖に何らかのエネルギーが流れ込んでいるのか、ただの布が文字通りに鋼のように鋭く、固く尖っていた。
断固とした拒絶。
自らの目的のために、復讐のために、あらゆるものをかなぐり捨ててしまおうという、漆黒の殺意。
その殺意が形になったが如き黒い刃が、彼女とジョルノ、そして僕らとを隔たっている。
有無を言わせぬその態度に、押し黙るしかない僕らを置いて、彼女は踵を返してカフェを出ようとし……、再び、足元から崩折れる。
ジョルノが再び駆け寄って、その体を支える。
跳ね除けられるかと思ったが、やはり見た目とは裏腹に体の回復が追いついていないのだろうか。力なくうずくまり、かぶりを振る。
陽が差し込む開いたカフェの中、朝の空気と緊張が、場を支配していた。
「……ジョージ……?」
その沈黙を破ったのは、再びの彼女の声。
か細く、それでいて透き通った声は、困惑と不安を微かに表していた。
ジョルノの顔を見て、それから周囲を見る。
その視線は当て所なくさ迷い、さらなる困惑をもたらしてくる。
彼女と、僕ら全員に、だ。
「…違う……。あなたは誰? ここは……?」
「……どうしたんですか、エリザベス……?」
「………ジョージ! そうッ………彼は殺された……! 空軍司令………ディオのかつての手下……屍生人にッ………!!
私は復讐しなければならないっ………! 夫の仇を……ッ!!」
☆ ☆ ☆
『忘れる』ということは、幸せなのだろうか?
あらゆる過去を全て記憶し、捨てることのできない僕。
ある時点からの過去を一切持たないウェザー。
未来への確たる『正しいと信じる夢』を掲げているジョルノ。
そして……『未来も過去もなく、今しか持たなくなってしまった』彼女……エリザベス。
逆向性健忘とは、「ある時点から以前の記憶がなくなる」症状を指し、前向性健忘とは、「ある時点から以降の記憶を保持できなくなる」症状を指す。
『忘れる』ということは、幸せなのだろうか?
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【B-2 ダービーズカフェ店内 / 1日目 朝】
【ジョルノ・ジョバァーナ】
[スタンド]:『ゴールド・エクスペリエンス』
[時間軸]:JC63巻ラスト、第五部終了直後
[状態]:健康
[装備]:閃光弾×1
[道具]:基本支給品一式
[思考・状況]
基本的思考:主催者を打倒し『夢』を叶える 。
1.エリザベス(リサリサ)の様子を確かめる。
2.ウェザー、琢馬と情報交換。できれば『仲間』にしたいが…。
3.ミスタたちとの合流。午前8時までダービーズ・カフェで待つ。
4.放送、及び名簿などからの情報を整理したい。
[参考]
時間軸の違いに気付きましたが、まだ誰にも話していません。
ミキタカの知り合いについて名前、容姿、スタンド能力を聞きました。
ウェザーについてはある程度信頼、琢馬はまだ灰色、エリザベス(リサリサ)の状態に困惑しています。
-
【ウェザー・リポート】
[スタンド]:『ウェザー・リポート』
[時間軸]:ヴェルサスに記憶DISCを挿入される直前。
[状態]:右肩にダメージ(中)ジョルノの治療により外面的損傷は治っている。
[装備]:スージQの傘、エイジャの赤石
[道具]: 基本支給品×2、不明支給品1〜2(確認済み/ブラックモア)
[思考・状況]
基本行動方針:『仲間を探す』、『仲間を殺したやつを探し、殺す』、『プッチを探し出し、殺す』、『スティールとその仲間を、殺す』
1.エリザベス(リサリサ)の様子を確かめる。
2.琢馬について、『スタンド能力』を確認したい。
敵対する理由がないため現状は仲間。それ以上でもそれ以下でもない。
3.ジョルノは、『信頼』できる。
【蓮見琢馬】
[スタンド]:『記憶を本に記録するスタンド能力』
[時間軸]:千帆の書いた小説を図書館で読んでいた途中。
[状態]:身体疲労(小)
[装備]:双葉家の包丁
[道具]: 基本支給品、不明支給品2〜4(琢磨/照彦:確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:他人に頼ることなく生き残る。
1.エリザベス(リサリサ)の様子を確かめる。
2.千帆に対する感情は複雑だが、誰かに殺されることは望まない。 どのように決着付けるかは、千帆に会ってから考える。
3.ウェザーたちに『スタンド能力』を話すべきか?
[参考]
参戦時期の関係上、琢馬のスタンドには未だ名前がありません。
琢馬はホール内で岸辺露伴、トニオ・トラサルディー、虹村形兆、ウィルソン・フィリップスの顔を確認しました。
また、その他の名前を知らない周囲の人物の顔も全て記憶しているため、出会ったら思い出すと思われます。
また杜王町に滞在したことがある者や著名人ならば、直接接触したことが無くとも琢馬が知っている可能性はあります。
琢馬は救急車を運転していたスピードワゴン、救急車の状態、杜王町で吉良吉影をひき殺したものと同一の車両であることを確認しましたが、まだ誰にも話していません。
スピードワゴンの顔は過去に本を読んで知っていたようです。
【リサリサ】
[時間軸]:ジョセフの葬儀直前。
[状態]:頭部裂傷、左腕切断等を含めた全身にダメージ(ジョルノの治療により外面的損傷は治っている)、脳の損傷による記憶障害。破れた喪服。
[装備]:承太郎のタバコ(17/20)&ライター
[道具]:基本支給品、不明支給品1
[思考・状況]基本行動方針:『夫の仇を取る』。
1:ジョージ…?
[参考]
※リサリサの記憶障害は、『ジョージⅡ世の復讐に向かった時点』にまで逆行し、また、『記憶をごく短いあいだしか保持することができない』状態です。
※琢磨たちは、「記憶を保持できない」ことには気づきましたが、「過去の記憶が抜けている」ことには気づいていません。
※ストーンオーシャンにて、ミューミューの『ジェイル・ハウス・ロック』にかけられた時と似た状態ですが、『記憶の個数』ではなく、『記憶できる時間』が短いという状態です。
※リサリサの体のダメージは回復していません。波紋呼吸である程度動かすことはできますが、万全には程遠いいようです。
※リサリサが初めから所持していたサングラスは破壊されました。
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以上にて。
コンディションとかいろいろありまして、たぶん誤字脱字が結構ある気配。
あといろいろ日にち忘れすぎ!
(実は投票の締め切りも間違えて結局投票できなかったのは内緒だ)
どなたか、本スレ転載していただければ幸いです。
-
しまった。すでにこの時点でミスを発見してしまった。
後ほど、またはwikiで訂正します。
訂正箇所についてはまた。
-
とりあえず、修正後の分をこちらに投下。
結構こまごました誤字や言い回しも修正したので、本スレに転載していただくのはこれから貼るほうでお願いします。
-
これは、以前読んだ医学書からの知識だ。
医学上の健忘には、逆向性健忘と前向性健忘の二つの症状がある。
簡単に言えば、「ある時点から以前の記憶がなくなる」か「ある時点から以降の記憶を保持できなくなる」か、だ。
前者は、俗に言う「記憶喪失」というものだ。つまり、ドラマや漫画で、「ここはどこ? 私は誰?」となってしまうアレだ。
症例以外の分類を言えば、心因性か、外傷性か、或いはアルツハイマーなどの疾患の症状か、薬剤などによるものか等などの違いもある。
心因性というのはストレスやトラウマを引き金とするものだし、外傷性というのは怪我などがきっかけ。
統計を取ったわけではないし、そういうデータを見た記憶もないが、おそらくフィクションで一番多用されるのは、「心因性のショックで一時的な逆行性健忘に陥る」というパターンだろう。
このあたりは、千帆に聞いたほうがいろいろと例を挙げてくれるかもしれない。
「忘れる」ということができない僕は、それらの逸話や話を聞くときに、何とも言いようのない気分になる。
例えばそれらに恐怖を感じるとしたら、それを聞いた人間にも「忘れてしまう経験」があり、だからこそ「すべてを忘れてしまう」というようなことに共感や感情移入がなされるのだろう。
僕は、おそらく、その点において彼らと同じようには感じられない。
自分が記憶を失うということが、怖くないのか? と問われたらそれは「怖い」と言える。言えるだろうと思う。
しかし、現実に僕は、どうしようもなく「忘れる」ということが、できないのだ。
出来ない以上、どうしてもそこに、溝が生まれる。
或いは憎くも思っていたし、苦痛でもあり災厄でもあるこの「能力」。
それが失われることを願ったこともあるが、とはいえ既に自分の一部、いや、自分そのものとも言える「すべてを記憶する能力」。
もし、過去のページを捲っても何も思い出せず、再現されなくなったら?
もし、新たなページに何も書き込まれず、何も覚えられなくなったら?
想像は、できる。しかし、実感をしようがない。
「忘れることのできない僕」が、「忘れてしまうということ」に対して、どういう立ち位置でいるのか。
僕自身、それをはっきりと明言することはできない。
☆ ☆ ☆
簡単に食事と水を摂った後、放送が始まったカフェの一角で、僕がメモを取る、と自分から申し出たのは、一つにはカモフラージュでもある。
どういう方法でかわからないが、どこからともなく聞こえてくるこのアナウンスを、たいていの人であれば耳そばだて必死になりメモをとることだろう。
何より、50人という人間が殺されたというが、あの読み上げの速度では、ゆっくり落ち着いて書き取る、なんてのはそうそうできるものではない。
けれども僕に関して言えば、違う。
はっきり言えば、改めてメモを取る必要などないのだ。
全ては、自動的に僕のこの、〈本〉に書き込まれるのだから。
しかし、そのことを彼らに悟られるのも困るので、ことさら「必死になってメモを取っている」風を装う必要があるのだ。
どこからともなく現れた鳩が、その足にぶら下げた名簿を落として去っていったのには驚いたが、それをとやかく考える暇など与えずに、アナウンスは続いている。
ウェザー・リポートはメモを僕に任せて、周囲への警戒を続けていた。放送を聞き入っている時に襲われる危険性もある。
もちろんそこには、周囲のみならず、ジョルノへの警戒も含まれている。
ジョルノ・ジョバァーナ。彼は明らかに、最初のホールで殺された少年と寸分違わぬ同一人物だ。
それは僕の記憶力をもってしなくても、明白すぎるほどに明白だろう。
そのジョルノ・ジョバァーナも、僕同様にメモを取っている。
華奢、とまでは言わないが、決して偉丈夫というほどではない体格。
てんとう虫をあしらったブローチやボタンが随所に施された、学生服と似たシルエットの上下に、特徴的なカールした前髪。
年の頃は僕とさほど変わらないだろう。まだ幼さすら残る顔立ちは、日本人っぽいところもあるが、基本的にはイギリス系白人の特徴を多く持っている。
似ている、というだけなら、先ほどの救急車から落ちたであろう白人男性とも似てはいる。
最初のホールで殺された、ほかの二人ともどことなく似てはいる。
しかし、「同一人物」と言えるのは、やはり同じ上下を着ていた、最初のホールの壇上にて、最後に紹介された少年。
寸分違わぬと言えるその横顔を、見続けながらメモをとる。
-
一通りの情報は、それぞれに異なる衝撃と驚き、或いは困惑をもたらしたようだ。
勿論、僕にもある。
ひとつは当然、双葉千帆の事だ。
名簿には彼女の名が有り、そして死亡者として告げられた名の中には無い。
勿論、名簿も放送も、すべてが掛け値なしの真実という保証などどこにもない。どこにもないが、僕には加えてさらなる情報がある。
つまり、最初に目撃した二人の死者 ――― 父、大神照彦と、母、飛来明里の存在。
彼らの『死体』を目撃しているウェザー・リポートも知らない事実。
なぜか昔に死んでいたはずの母を含め、この会場で二人が死に、その名は名簿にあり、死者として放送された。
少なくとも、この二人に関しての放送は、「事実」だ。
ならば他の名に関しても、「事実」かもしれない。
たとえば、ホールでちらりと見かけた、「母同様とっくの昔に死んでいるはずのウィルソン・フィリップ上院議員」や、「同じ杜王町の住人である、岸部露伴や虹村億康。あの東方仗助の年老いた祖父、東方良平」などに関しても「事実」かもしれない。
それを確かめる為には、ともあれ、彼らの「死」を、確認しないとならないだろう。
もう一つ。千帆が集められた中にいるのであれば、最初に考えた推論、「特殊な能力を持っている人間を集めたのか?」というのが、やはり違うものではないかとも考えられる。
母の存在もその推論を否定してはいたが、僕自身が母と接していた期間は殆どない。僕が「記憶していない」だけで、何らかの「特殊な能力」を持っていた可能性はゼロではない。(あったとしても、大神に対抗できるものでは無かったということかもしれない)
だが、実際に知り合い付き合っていた限りにおいて、千帆にはやはり、「特殊な能力」は無い。大神の言葉もそれを証明している。
本人含め誰もまだ気づいていない、というのもあるかもしれないが、やはり「ない」と考えるのが自然だ。
となると、あのスティールという男が、一体どう言う基準で「集めた」のか…。
僕も含め、ウェザー・リポートに、ジョルノ・ジョバァーナ。ここにいる3人の男は皆、「特殊な能力」を持っている。
途中で襲いかかってきた老人もまた同様。催眠術というか何というか、僕らの意識に働きかける何らかの力を持っていたようだ。
『頼む――――ッ! 琢馬――――ッ!! 千帆を――――ッ!! 頼む――――ッ!!』
悲痛な叫びが、僕の脳裏にこだまする。
〈本〉を読むまでもない。読むまでもなく、絶叫のこだまは、僕の脳裏から離れてなどいない。
僕は、応えなかった。何も応えることなどなかったし、応えるべき言葉などもなかった。
彼に対して、応えるべき言葉など、何もない。
だが、しかし ―――。
☆ ☆ ☆
「――― 僕の名前は、ジョルノ・ジョバァーナ。イタリアのネアポリスに住んでいる学生で ――― ギャングです」
改めての「自己紹介」は、言葉面だけで言えば異様だし、意外とも言えるが、耳にしての感想としては「しっくりくる」ものだった。
ギャング、という言葉にある一般的なイメージ…つまり、粗野で粗暴で無教養、というようなものとはかけ離れているが、けれども何故かそれを納得させられるものもある。
そして付け加えれば、学生であり僕と同世代であるという事からはとても結びつかないが、おそらくきっと彼は、ギャングの中でも地位の高い存在なのだろうとも思えた。
放送が終わり、再び静寂の戻ったカフェの中、朝のさわやかな光が彼の顔を鮮やかに浮かび上がらせる。
同様に、今までは月明かりにしか観て取れなかったウェザー・リポートの顔をちらりと眺め、改めてその表情を見て取ると、僅かな苦悩とも困惑とも取れぬ、かといって無表情とも言えぬ複雑なもの。
「お前のその、『スタンド能力』―――『ゴールド・エクスペリエンス』か…」
切り出したのはそのウェザー。
『治療する』彼の能力は、既に実証されていた。
その点は実際目にした僕らには明白で、ジョルノの申し出に最初は些か気乗りしないながらも、ウェザー自身も『治療』を受けている。彼は僕以上にそれを実感しているのだろう。
「『部品を作る』…と言ったが、それは、『自分の治療』にも使えるのか?」
スタンド―――。
先ほど、死に瀕していた女性を「救う」と言ったジョルノ・ジョバァーナも、自分の「能力」を、そう呼称していた。
どうやら彼らの間では、この「特殊な能力」を示す名称として、共通のものとして知られているようだ。
「ええ、使えます。自分自身の部品を作り、それを自分の傷や欠損にはめ込むことで、治療することもできます」
-
簡潔かつ無駄のない答え。
「…では、『死者』には―――?」
「無理です」
再びの問いに、やはり簡潔な答え。
「僕の能力は、厳密には『治療をする能力』ではなく、『生命を与える能力』です。
石や弾丸、無生物に生命を与え、それを体の部品として作り出すことはできますが、それでできるのはいわば『移植』のようなもので、『回復そのもの』は、治癒力に任せるしかありません。
死んだ肉体には治癒力がありません。『無生物』になりますから、そこから『新たな生命、部品』を作ることはできても、『死んだ当人自体』を蘇らせることにはなりません」
そう都合良くはいかない、と同時に、最初のホールで一度死んだ彼が、能力で蘇ったわけではない……という事でもあるのだろう。
再び、会話が止まる。
ちらりと横目に見たウェザーの顔に、かすかな陰りと苦痛が見えた。
それはすぐに引っ込んだが、きっとおそらく、さっきの放送で読み上げられた名と関係あるのだろう。
ウェザーが黙ってしまったので、仕方なく僕が話を続ける。
つまり、彼に関する一番の『謎』である、「なぜ、最初のホールで殺されていたジョルノが、いま生きてここに居るのか」だ。
しかし回答は、「自分にもわからない」という、拍子抜けしたもの。
「自分にもわからないが、あそこに居た自分も自分だったし、ここにいる自分も間違いなく自分自身だ」
普通に聞けば、とてつもなく馬鹿げた嘘をついているとしか言えないが、そうも思えない。
ホールで自分自身と対面したとき、自分がちぎれ飛ぶような感覚とともに体が分解しかけたこと。そしてそのあと自分の能力でなんとか治療したこと。
いずれも何の証拠もない。
それでも、僕は既に知っている。「すでに死んでいる人間」がこの会場にいた、という事を。
そして彼らの言う『スタンド能力』のことを合わせれば―――死、あるいは時間を超越する何らかの力が、この件に関して働いている…。
成り立たなくはない推論だ。勿論、確証など何もないが。
そして付け加えれば、それらの推論よりも雄弁なのは、彼、ジョルノ・ジョバァーナ本人そのものだった。
彼は、おそらくは「正直な人間」だ。
いや、勿論それにも確証はない。ただの印象でしかないと言われれば、そうとも言える。
ただそれでも、例えば今いるここ、地図上はB-2の『ダービーズ・カフェ』であろう場所へと来る際も、「ここでさっきまで仲間といて、待ち合わせもすることになっている」と、そう言ったのだ。
それら正直さも、もちろん計算のうちではあるだろう。
正直=善人、などと安易に考えるほどに僕は単純でもない。
仲間といる、と言っておいて、待ち伏せをしているかもしれない。少なくとも、そう疑われる可能性はある。
かと言って、仲間がいることを言わずに連れて行って、悪いタイミングでバッティングする方にもリスクはある。
それらを考えて、「正直に話すことの利」を取った。
能力についても、それ以外についても、彼はかなり「正直」だ。
そしてそれは、「バカ正直」なのではなく、きちんと思慮熟考した上での「正直」なのだろう。
であるならばむしろ、そのことに関して言えば、「信頼できる」。
「『納得』はできないようですが、『了承』はしてもらえたようですね…」
口調に、かすかな安堵のこもった声。信用してもらえる自信も保証もない話だ。無理もない。
「……そうだな。お前が嘘をついているようには思えない。結局本当のところはあの男に問いただすしか無い」
結局のところ、「何故、死んだはずの彼がここにいるか?」 を、彼に問うことは、やはり無意味なようだ、というのが、僕の(そしてウェザーの)結論になる。
それからは、ウェザーと僕の方が彼に情報を出す番だ。
ある程度かいつまんでの自己紹介。自分がここに来る前の状況など。話せる範囲で話す。
しかし僕はというと、当然「話せることが少ない」。
日本の学生。地図上には自分が住んでいた町がある。他に、何が話せる?
「あらゆるものを記憶する能力がある」、「その記憶の中の出来事を再現することができる」、「実の父親を復讐のため殺すことだけを考えて生きてきた」…。
駄目だ。
人のことを言えた義理じゃない。ジョルノとは真反対なほどに、僕は秘密を後生大事に抱え込んで手放せないでいる。
ギャングという背景。スタンド能力。仲間の存在。
ジョルノが詳らかにしたこと全て、僕はまるで明らかにできない。
「話せるわけがない」事ばかりの僕。
これはまったく、不公平な情報交換だろう。
-
「この、名簿と、さっきの放送なんだが…」
その気まずさもあって、僕は話を切り替えた。
「何か気づいたことは?」
この話題が、より気まずいものだろうことは分かっている。
特に、先ほどの僅かな表情からすると、ウェザーには何かがある。
それでも、自分から話せることのない僕にとっては、そのほうがまだましである。
何より、おそらくそれらは、「知っておいたほうが良い」事だ。
二人の顔を交互に見る。
やはり、そうそう気軽に話せる話題ではないようだ。
「実は、妙なことを言うようだけど、この中に……」
なので、僕が口火を着ることにした。
「死んだはずの人間の名前があるんだ」
顔色が変わった。
「それは……」
口に出しつつも、その次を出せない二人。
「ここに、『吉良吉影』という名前がある。彼は僕と同じ街の人間で、ちょっと前に交通事故で死んでいる。
ガス爆発か何かがあったという現場で、被害に遭っていた一人なんだけど、やってきた救急車の前に飛び出して轢かれてしまったらしい。
ニュースにもなったし、救命士の責任問題にもなっていたから、ちょっと覚えているんだ。
もちろん、ただの同姓同名かもしれないが…日本人でもこの名前は、かなり珍しい。データは無いが、実際日本に片手で数えるほどにいるかすら怪しい、特徴的な名前だ」
東方良平やウィルソン・フィリップ上院議員よりは、出しやすい名前を出しておく。
二人はそれぞれに、気まずそうな、あるいは悩ましげな表情を浮かべ、顔を見合わせた。
「F・F……は、少し前に死んでいる。俺の知っているF・Fなら、な…」
僕に続いて、ウェザーがそう切り出す。
「ほかにもいるが……スポーツマックスという男も、少し前に死んでいたはずだ」
二人の、「死んだはずの人間」……。
そしておそらく、「F・F」というのは、彼の「仲間」で、「スポーツマックス」は、「敵、あるいはそれ以外」だろう。無意識の言い回しに、それが表れていた。
もとより彼は、最初に出会った時から、「友達」ではなく、「仲間」という言い方をしていた。「仲間を探している」と。
「仲間」という言い方は、「友達」よりも、重い。結びつきの強固さ、あるいは同類、同士、同じ組織、同じ目的……。
また、「仲間以外」、つまりこの場合、共通の「競争相手」、「敵」がいる、という関係性で使われることが多いだろう。
いずれにせよウェザーにとっての「仲間」は、漠然とした「バカ話をして笑いあうだけのお友達」などではないはずだ。
人を殺してでも、再会したい、「仲間」……。
視線をそらすように、僕はジョルノを見る。
発言を促されたと感じたのだろう。ジョルノもまた少し思案してから、
「僕も同じです。呼ばれた死者にも、名簿の中にも、「すでに死んだ者たち」が含まれています」
ギャングだ、と言った彼の口から出る、「すでに死んだ者」というのは、さらに「重い」。
もしかしたら、抗争の果てに殺し合った相手、などもいるのかもしれない。
いや、間違いなく居るだろう。ここまで、慎重ながらも、正直に語っていたジョルノが、わずかながらも躊躇いを見せた発言だ。
「すでに死んだ者たち」のみならず、おそらくは間違いなく、「既に殺した敵」も、この名簿には含まれているのだ。
ジョルノやウェザーの言う、「すでに死んだ者たち」が、彼ら同様(また、僕同様)に、特殊な能力……つまり、彼らの言う『スタンド能力』を持っているのかどうか。またそれらがどんな驚異なのか。
それももちろん気にはなる。気にはなるし、何れは聞き出したい情報ではあるのだが、今はそれを脇に置いておくべきだろう。
-
☆ ☆ ☆
「僕は、この『バトルロワイアル』を、壊すつもりです」
それぞれに微妙な距離感で続けられていた会話、空気の中、ふいにジョルノがそう宣言した。
「あなたたちは、『殺し合い』をしたいとは思っていない。当然僕もそうです。
このジョルノ・ジョバァーナには『正しいと思う夢』がある……。そのために、『襲ってくる敵』と戦い、傷つけ、殺したこともある。
けれども、誰がどうやったのかまだわからないが、『殺し合い』を強制されるなんてことは、『正しい道』じゃあない。
だから…」
「待った」
彼の言葉を、僕は片手で制して止める。
「『協力して欲しい』っていうなら、悪いけど断る。
それは、既にウェザーにも言ってある事だ。
僕は、『殺し合い』をする気もないし、『殺される』気もない。けれども、『仲間を募って共に戦おう』なんてのもゴメンだ」
おそらく言うであろうと思っていた言葉。
どことも知れぬこんな場所で、見ず知らずの人間に出会い、『治療』し、『話し合う』。
なら、次はこうくるだろう。
彼がどんな人間か。わずかな時間ながら、分かってきている。
ウェザーも僕も、『殺し合い』をする気はない、という点で『同行者』にはなっていたが、かと言って『仲間』になったわけではない。
『仲間』…。
そしてこの場合は、『共通の目的、意志で結ばれた仲間』……。
ウェザーには、『仲間と合流する』という『目的』がある。そしておそらく名簿にその、『仲間』の名前があった。あるいは、『敵』の名前もあったのだろう。
ジョルノには、『バトルロワイアルを壊す』という『目的』がある。そしてその『目的』の為の、『仲間』を求めている。
僕は……?
違う。
改めてウェザーの目を見、ジョルノの目を見る。いや、見ようとして、直視できずに目線を逸らしている。
違う。
彼は、僕とは違う。
根本的、根源的に、彼は僕とは違う。
おそらくそうだろうという気はしていた。そしてそれは、彼が『治療』をしているあいだに、話をしているあいだに、確信へと変わりつつあった。
ウェザーには、『仲間』がいる。
ジョルノには、『正しいと思う夢』がある。
僕には、何も、無い。
ただうずたかく積み重ねられた書物の山。その山の中にあるあらゆる……『記憶』……。
『それだけ』だ。
ただ、『復讐』だけを生きる理由として来た。
友達や仲間を持ったことはない。
正直さとは無縁の人生。ただひたすら秘密を抱えて生きてきた。
ウェザーは……まだ良い。
彼もまた、僕とは別の意味で、『空虚』だ。明確な理由は無いが、うっすらとそれが感じられる。
けれどもジョルノは……その、『まぶしさ』は……。
僕には、耐えられない。
それが、今、はっきりと分かった。
-
「あなたはどうですか、ウェザー?」
僕の内なる懊悩を感じ取ったのだろうか。ジョルノはしつこく追求することはせずに、ウェザーへと話を向ける。
「俺は、『仲間』を探している。そしてその『仲間』は、今この会場のどこかにいるらしい……。
琢馬と行動しているのも、ただ互いに邪魔をしないという約束でのことだ。
だが……」
そこで一旦言葉を区切り、それから目を閉じ…しばらくしてゆっくりと見開いた。
「仲間と合流できたあとになら……協力できるかもしれない。
ジョルノ……。きっとお前は、『信頼』できる人間だ。
俺もよく知っている……ある人物とよく似た『匂い』がある……。
たとえ『無実の罪で牢獄の中に閉じ込められても、泥を見て嘆くより、星を見上げて希望を心に灯すことができる』……。
そんな人間の持つ、『気高い匂い』だ……」
会って以来、さほど会話を交わしてはいないウェザーだが、それでもここまで饒舌に語るのは少し意外だった。
そしてその彼の語るジョルノへの印象は、驚く程に率直で、好意的だ。
僕が目をそらすしかないでいるジョルノのまぶしさを、彼は目を細めながらにも直視している。
「琢馬」
そのウェザーが、不意に僕へと向き直る。
「お互い余計な詮索はしない、という前提で行動を共にしてきた。
お前が自分について語らないのも、『生き残る』ことを最優先にして行動するのも、それはそれで良い。
だが、ひとつだけ話してもらうぞ……」
ジョルノの、暗闇の中でも光をもたらす目とは、真逆。
すがるべき光を見失い、それでも闇の奥から見つめ続ける目。
常人であらば身震いをするであろう目で、僕を見ている。
「お前のスタンド能力は、何だ?」
☆ ☆ ☆
「俺の名は『ウェザー・リポート』。
スタンド名も同じ……。能力は『天候を操ること』。
だがこれは本名じゃない。
俺には過去の記憶がない。だからこの名前も、能力からとった仮の名だ……」
囁くような、ぼそぼそとした声の調子。
だがしかし、決して弱々しくはない。
「気がついたときには、俺は刑務所の中にいた。
地図にある、GDS刑務所の男子房……。今の俺にある記憶は、その時点からだ。
本名も、生まれも……俺が何をやって刑務所に入ったのか。本当に犯罪者なのか…何もかも分からない」
ウェザーがかすかに見せる、空虚さ。その理由。
「俺は、そこで出会った『仲間』を探している。そして、名簿によれば、仲間はこの会場のどこかに居るらしい。
名簿……そして放送が事実ならば、な……」
じわりと、絡みつくような視線を、逸らすことはできない。
「あのスティール…あるいはその仲間のスタンド使いは、俺たち…そして、100人を優に超える人間を一堂に集め、こんな街を創り出してしまう『能力』を持っている……。
『スタンド使い』も、『死んだはずの人間』も、お構いなしだ。
どんなトリックだ? ただのハッタリか?
そうかもしれない。まだ何も確認できていないからな」
その響きに、心当たりがあった。
「それでも、それらが『事実』だとするなら……。
俺には『やるべきこと』が増えた。
『仲間を探す』、『仲間を殺したやつを探し、殺す』、『プッチを探し出し、殺す』……そして、『スティールとその仲間を、殺す』」
殺意。復讐心。
「俺はジョルノとは違う。
琢馬、お前がそれでも、自分には何の能力もないというなら、俺にはお前を助けながら歩き回る積もりも余裕もない。
お前が自分の能力を絶対に明かさないというなら、お前に背中を見せる気もない。
だから、改めて聞く。
お前の『スタンド能力』は何だ?」
-
プッチ。エンリコ・プッチ。その名前は名簿にあった。きっとウェザーの『敵』なのだろう。
あるいはさっき出た名前……『死んだはずなのにここにいる』F・Fという『仲間』を殺したのが、プッチなのかもしれない。
殺意と、復讐心。
あるいは、僕の唯一にして長年連れ添った友人の別名。
常に僕の傍らに佇み、寄り添い、支え、そして縛り付け続けるもの。
そして……最も憎むべきもの。
ウェザーは言った。「俺はジョルノとは違う」。
確かにそうだ。
『僕ら』は、ジョルノとは違う。
『夢』よりも、『殺意』。『希望』よりも、『復讐心』を、糧として生き、進み続ける。
だがそれでも尚……。
僕とウェザーもまた、違うのだ。
「僕は……」
☆ ☆ ☆
「ジョージ……?」
か細く、それでいて透き通った声。
陽のあたるダービーズ・カフェ店内のカウンター奥から聞こえるその声は、僕とウェザーのやりとりを見守っていたジョルノに向けられたもの。
放送前。大きな破壊音を聞いて調べに行った場所で、おそらくは「激しい戦闘の後、走っている救急車から突き落とされて」瀕死の重傷を負っていた女性。
そこで、あとからやってきたジョルノが、自らのスタンド能力、『ゴールド・エクスペリエンス』を使い、治療をした。
彼が作り出した『部品』は、たしかに女性の体にはめ込まれ、今現在外見上何ら怪我を負っていないように見える。
特に左腕は完全に接合され、頭部も又、頭蓋が割れ、脳の一部が露出するほどのものだったのだが、今では傷口の痕跡も見えない。
「……いえ、違います。僕の名前はジョルノ・ジョバァーナ。
一緒にいたであろう男性……ジョージさんですか? 彼は、残念ながら既に亡くなっていました。
簡単にですが埋葬をしてあります。
あなただけは、発見時にまだ生きていたので、なんとか肉体の損傷を治すことはできましたが……」
もうひとりの男性、彼女が「ジョージ」と呼んだのであろう、古めかしい軍服姿の男性は、ジョルノとウェザーでピエトロ・ネンニ橋脇の土手に穴を掘り、埋めてきてある。
その上にジョルノの能力で蔓薔薇を生やして、墓標替わりとしていた。
彼女はなんとなく焦点の合わないような目で、どこに視線を定めるでもなくこちらを見ている。
ウェザーは僅かに身構えていた。僕の方をやや気にしつつも、彼女へと向き直っている。
彼女が何者なのか。敵ではない、危険ではないという保障がない事から、まだ警戒を解いてはいないのだろう。
「……一緒にいた? なにを言っているの? ジョージは……彼は……」
戸惑い。混乱。眉根を顰め、立ち上がろうとするが、弱った体でそれもかなわず、崩折れる。
「気をつけてください! 確かに表面上の傷は治しました。
しかしあなたは、死んでいてもおかしくないほどの重体だった……!
すぐに歩ける程に回復することもないですし、後遺症もあるかもしれない」
手を貸そうとするジョルノ。その差し伸べられた手を払い除け、女性が跳ね上がるように起立して、叫んだ。
「ジョージは……殺された! そう……『思い出した』わっ……!
あの人は殺されたの……。空軍司令…ディオの部下だった、生き残りの屍生人によって……!!」
驚異的身体能力だ。あるいは回復力も異常なほどなのか? どこに、あんな力が残っていたというのか。
ジョルノが目を見張り、ウェザーがさらに緊張を現す。
「ジョルノ、と言ったわね。状況はわからないけれども、手助けしてくれたであろう事には礼を言うわ。
けど、私は『復讐』をしなければならないッ……!
夫の、ジョージの仇をとる……必ずよッ………!!」
ジョージ・ジョースターⅠ世、あるいはジョージ・ジョースターⅡ世。
そのどちらなのかはわからないが、名簿に名前が有り、そして共に「死んだ」と放送された2人。
そのどちらかが彼女の夫であり、また、彼女はその夫を殺した相手を知っている。
あの救急車に乗っていたのが、おそらくはその仇、という事なのだろうか。彼女の言葉、そして状況からはそう受け取れる。
あれだけの大怪我を負って、それでも尚、夫の復讐のために立ち上がろうとする。
驚くべき執念であり、驚くべき行動力だ。
そのまま歩き去ろうとする彼女を、ジョルノが呼び止める。
-
「待ってください。まずは状況を確認したほうが良い。
さっき、放送がありました。それに、名簿も。
この『バトルロワイアル』の中に、ほかにも知り合いや、敵…問題のある誰かがいるかもしれない。
情報を交換し、お互いに手助けも……」
鋭い刃…そうとしか見えぬものが突きつけられ、ジョルノを押しとどめる。
「エリザベス…。名前だけは教えておくわ。けれどもそれ以上は馴れ合う気はない……」
彼女の、破れた黒衣の袖。その袖に何らかのエネルギーが流れ込んでいるのか、ただの布が文字通りに鋼のように鋭く、固く尖っていた。
断固とした拒絶。
自らの目的のために、復讐のために、あらゆるものをかなぐり捨ててしまおうという、漆黒の殺意。
その殺意が形になったが如き黒い刃が、彼女とジョルノ、そして僕らとを隔たっている。
有無を言わせぬその態度に、押し黙るしかない僕らを置いて、彼女は踵を返してカフェを出ようとし……、再び、足元から崩折れる。
ジョルノが再び駆け寄って、その体を支えた。
跳ね除けられるかと思ったが、やはり見た目とは裏腹に体の回復が追いついていないのだろうか。力なくうずくまり、かぶりを振る。
陽が差し込む開いたカフェの中、朝の空気と緊張が、場を支配していた。
「……ジョージ……?」
その沈黙を破ったのは、再びの彼女の声。
か細く、それでいて透き通った声は、困惑と不安を微かに表していた。
ジョルノの顔を見て、それから周囲を見る。
その視線は当て所なくさ迷い、さらなる困惑をもたらしてくる。
彼女と、僕ら全員に、だ。
「…違う……。あなたは誰? ここは……?」
「……どうしたんですか、エリザベス……?」
彼女の顔が苦痛に歪む。それは体の苦痛ではない。心の、魂のもたらした苦痛だ。
「ジョージは……殺された! そう……『思い出した』わっ……!
あの人は殺されたの……。空軍司令…ディオの部下だった、生き残りの屍生人によって……!!
私は復讐しなければならないっ………! 夫の仇を……ッ!!」
☆ ☆ ☆
『忘れる』ということは、幸せなのだろうか?
あらゆる過去を全て記憶し、捨てることのできない僕。
ある時点からの過去を一切持たないウェザー。
未来への確たる、『正しいと信じる夢』を掲げているジョルノ。
そして……『未来をなくし、今しか持たなくなってしまった』彼女……エリザベス。
逆向性健忘とは、「ある時点から以前の記憶がなくなる」症状を指し、前向性健忘とは、「ある時点から以降の記憶を保持できなくなる」症状を指す。
『忘れる』ということは、幸せなのだろうか?
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【B-2 ダービーズカフェ店内 / 1日目 朝】
【ジョルノ・ジョバァーナ】
[スタンド]:『ゴールド・エクスペリエンス』
[時間軸]:JC63巻ラスト、第五部終了直後
[状態]:健康
[装備]:閃光弾×1
[道具]:基本支給品一式 (食料1、水ボトル半分消費)
[思考・状況]
基本的思考:主催者を打倒し『夢』を叶える 。
1.エリザベス(リサリサ)の様子を確かめる。
2.ウェザー、琢馬と情報交換。できれば『仲間』にしたいが…。
3.ミスタたちとの合流。午前8時までダービーズ・カフェで待つ。
4.放送、及び名簿などからの情報を整理したい。
[参考]
時間軸の違いに気付きましたが、まだ誰にも話していません。
ミキタカの知り合いについて名前、容姿、スタンド能力を聞きました。
ウェザーについてはある程度信頼、琢馬はまだ灰色、エリザベス(リサリサ)の状態に困惑しています。
【ウェザー・リポート】
[スタンド]:『ウェザー・リポート』
[時間軸]:ヴェルサスに記憶DISCを挿入される直前。
[状態]:右肩にダメージ(中)ジョルノの治療により外面的損傷は治っている。
[装備]:スージQの傘、エイジャの赤石
[道具]: 基本支給品×2(食料1、水ボトル半分消費)、不明支給品1〜2(確認済み/ブラックモア)
[思考・状況]
基本行動方針:『仲間を探す』、『仲間を殺したやつを探し、殺す』、『プッチを探し出し、殺す』、『スティールとその仲間を、殺す』
1.エリザベス(リサリサ)の様子を確かめる。
2.琢馬について、『スタンド能力』を確認したい。
敵対する理由がないため現状は同行者だが、それ以上でもそれ以下でもない。
3.ジョルノは、『信頼』できる。
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【蓮見琢馬】
[スタンド]:『記憶を本に記録するスタンド能力』
[時間軸]:千帆の書いた小説を図書館で読んでいた途中。
[状態]:健康
[装備]:双葉家の包丁
[道具]: 基本支給品(食料1、水ボトル半分消費)、不明支給品2〜4(琢磨/照彦:確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:他人に頼ることなく生き残る。
1.エリザベス(リサリサ)の様子を確かめる。
2.千帆に対する感情は複雑だが、誰かに殺されることは望まない。 どのように決着付けるかは、千帆に会ってから考える。
3.ウェザーたちに『スタンド能力』を話すべきか?
[参考]
参戦時期の関係上、琢馬のスタンドには未だ名前がありません。
琢馬はホール内で岸辺露伴、トニオ・トラサルディー、虹村形兆、ウィルソン・フィリップスの顔を確認しました。
また、その他の名前を知らない周囲の人物の顔も全て記憶しているため、出会ったら思い出すと思われます。
また杜王町に滞在したことがある者や著名人ならば、直接接触したことが無くとも琢馬が知っている可能性はあります。
琢馬は救急車を運転していたスピードワゴン、救急車の状態、杜王町で吉良吉影をひき殺したものと同一の車両であることを確認しましたが、まだ誰にも話していません。
スピードワゴンの顔は過去に本を読んで知っていたようです。
【リサリサ】
[時間軸]:ジョセフの葬儀直前。
[状態]:頭部裂傷、左腕切断等を含めた全身にダメージ(ジョルノの治療により外面的損傷は治っている)、脳の損傷による記憶障害。破れた喪服。
[装備]:承太郎のタバコ(17/20)&ライター
[道具]:基本支給品、不明支給品1
[思考・状況]基本行動方針:『夫の仇を取る』。
1:ジョージ…?
[参考]
※リサリサの記憶障害は、『ジョージⅡ世の復讐に向かった時点』にまで逆行し、また、『記憶をある程度の間しか保持することができない』状態です。(具体的にどの程度かは未確定)
※琢磨たちは、「記憶を保持できない」ことには気づきましたが、「過去の記憶が抜けている」ことには気づいていません。
※ストーンオーシャンにて、ミューミューの『ジェイル・ハウス・ロック』にかけられた時と似た状態ですが、『記憶の個数』ではなく、『記憶できる時間』が短いという状態です。
※リサリサの体のダメージは回復していません。波紋呼吸である程度動かすことはできますが、万全には程遠いいようです。
※リサリサが初めから所持していたサングラスは破壊されました。
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以上、修正含めた訂正文です。
では。
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代理投下中連投規制くらった
>>282まで投下済み
誰か残りの代理投下お願いします
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残り代理投下しました。
抜け、無い・・・よな? あったらごめんなさい。
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>>287-288
転載どうもアリガトゴザイマース(オウム)。
抜けなどは無いようですもう万対です。
>>262 に書いた指摘も、もしかしたら本スレに転載してもらったほうがよいのかなぁ、とも思いますが、どーだろか。
たぶん点採用スレのほうは見ていない、という人も多い木はするので。
ただ指摘した点に関しては、後付的にフォローするアイデア自体は僕の中にチョットあるので、通して後付してもよいかもな、とも思ってます。
-
>>298
指摘ありがとうございました。
どうしましょう。ノリノリで書きすぎて、全然考えてませんでした。
僕自身一応フォローのアイディアも思いつきましたし、SBRさんもあるみたいなんですけど、結局どうしましょうか。
通しちゃいましょうか、修正入れましょうか。
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自分は修正入れたほうがいいような気がします
血縁関係まで詳細に知っているというのは、フォロー無しではやりすぎだと思います
フォローできるとはいっても、それを期待して修正できるものを無視してぶん投げるのはなにか間違っていると思います
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たぶん、アイデア自体はどっちも同じよーな気がしますが、既にアイデアあるんなら、どちらでフォローしてもよいと思いますよん。
今回のこのエピソードに関しては、この中にムーロロ視点の場面を入れない、ってのも演出上利いている部分でもありますし。
ただまあ、別SSでフォローするって場合、そっちの可否ってのを待たなきゃいけない、って話にもなる問題はありますから、加筆、修正入れちゃう、ってのが一番簡単でしょうが。
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胃を抉るような衝撃が走った。ヘビー級のボクサーが力任せに叩き込んだような拳。そんな拳が何度も何度も、それこそ百を超えるほどに、アナスイを襲った。
気がつけば視界が反転。青空が上に、アスファルトが目の前に。身体全体を固い地面に叩きつけられて、息がとまる。
その後地獄のような時間が彼を襲った。身体をくの字に折り曲げると、青年は全身を喰らう痛みに呻き、もがいた。
痛みのあまり滲んだ視界。彼はそんな世界で、自分の身に何が起きたか理解した。
空条承太郎のスタンド、『スター・プラチナ・ザ・ワールド』。
男が時を止めている間に自分を叩きのめしたということを、アナスイは理解した。
地べたに這いつくばるアナスイに影が落ちる。苦悶の表情を浮かべながらも、なんとか見上げればそこには承太郎がいた。
男の表情はわからない。そうなることを狙ってか、逆光が男の顔に影を落としている。彼の顔色はうかがえない。
承太郎は落ち着いた口調で語りかけた。その冷静さが、何の感情も込められていない言葉が、なによりも恐ろしかった。
「テメーにとって娘がどんな存在だったかはしらねーが……俺は娘を失った。
娘を失った父親の気持ちをてめーに押し付けようなんて思ってはいねーし、押しつけて理解してもらおうとも俺は思わねェ」
「がァ ――― ハ……ッ!」
「誰も俺のことを理解できるはずがないんだ。俺がテメーのことを理解できねェように、な。
テメーが俺に感情を押し付けるのは勝手だ。だが、それが気に食わなかったんでちょいとお痛を味わってもらったぜ。
事後報告になって申し訳ねェな。その点だけは謝るぜ」
目の前をゆっくりと通っていく一組の靴。地に這いつくばり、未だダメージの残るアナスイにそれを止める術はない。
承太郎が遠ざかっていく。一歩、また一歩。また遠くなる。その間、アナスイは必死で立ちあがろうとしていた。
立ちあがらなくてもいいのに。立ちあがったところで何ができるかもわからないというのに。
それでも彼は、今必死でもがいていた。必死で震える、手に、足に鞭打ち、男は這い上がろうと足掻いていた。
――― ナルシソ・アナスイの目に光が宿る。
その目に宿ったのは希望ではない。悲しみでもない。
怒りだった。まごうことなき、純粋な怒り。しかしそれは彼のやつあたり的な怒りではない。
男はなんとか立ち上がる。
胸が痛む。吐き気がこみ上げる。拳を叩き込まれた胃がひっくり返そうだ。
だがそれでもアナスイは立ち上がったのだ。どんな困難にも決して怯まず、決着ゥつける“彼女”の姿を思い出し……男は立ちあがったのだ。
「承太郎さん……、いや――― 空条承太郎ッ!」
その場を去ろうとする男に指を突きつけ、彼は叫んだ。
「あんたは、自分の納得のためだけに動いてる……!
娘を失った無力感、娘に何もしてやれなかったという罪悪感に突き動かされ……! 無茶で無謀な破壊衝動に犯されているッ!
悪党退治だなんて崇高な義務感に……あんたは酔っているだけなんだッ」
空条承太郎は振り向かない。
一度だけ、ぴたりとその場で立ち止まったが、やがて気を取りなおしたように足を動かしだした。
アナスイはやめなかった。彼は肺一杯に空気を吸い込むと、力の限りに、怒鳴った。
「徐倫はこんなことを望んでいやしないッ」
-
男は足をすすめようとして……その足を浮かしたままの状態でしばらく固まった。
そして次の瞬間、目にも止まらぬ速度で振り向くと同時に、アナスイ目掛けて一目散に向かっていった!
男の反応を予期していたように、アナスイも既に行動を終えていた。
スター・プラチナの拳が迫る。真っ向勝負でダイバー・ダウンが迎え撃つ。凄まじい轟音が響き、二つのスタンドは拮抗した。
空条承太郎が初めて感情をあらわにした。怒りに燃えた瞳が、スタンド越しにアナスイへと突き刺さる。
「てめェに、なにが、わかるってんだ……ッ!」
「ああ、わかるさ……! すくなくとも徐倫がそんなことは望んでいないってことぐらいは、わかってるつもりだ……!」
凄まじいスピード、とんでもないパワーで押してくる。
迫りくる拳の嵐。ダイバー・ダウンはおされていく。アナスイは無理することなく一度後ろに飛び下がり、距離を取る。
逃がさんとばかりに、承太郎は猛追。再び拳を振り上げ、彼は言う。アナスイも負けじと答える。
「てめェが! 娘の名を呼ぶんじゃねェッ!」
「徐倫はアンタをみすみす殺すために! 命をかけて、傷だらけになって! 救い出したんじゃないんだぞッッッ!」
ダイバー・ダウンが押し返した。承太郎は怒っている。だがそれ以上に、アナスイも怒っていた。
流れは再び中立に。パワーA同士のスタンド、突きの速さ比べは際限なく加速していく。
両者の顔が、怒りに、そして痛みに歪んだ。歯をくいしばって耐える二人の男。アナスイは、その食いしばった歯の隙間から、振り絞るように言葉を吐いた。
「何度でも言ってやる……!」
次の瞬間、ダイバー・ダウンの一撃が、スター・プラチナのガードをこじ開けた。
驚愕に染まる承太郎の瞳。ガラ空きのボディに迫るダイバー・ダウン。
アナスイが吠える。ナルシソ・アナスイの渾身の一撃が、魂の叫びが承太郎を穿たんと迫る……!
「徐倫は……そんなことを望んでいやしないッ!」
そして次の瞬間! ダイバー・ダウンの拳が数ミリまで迫ったその瞬間! ……――― 時が止まった。
……――――――
そして時が動き出す。
-
途端、アナスイの身体は木の葉のように吹き飛び、きりもみ回転しながら近くのゴミ山に突っ込んだ。
青年の口から血が噴き出す。すぐには立ちあがれないほどのダメージを前に、彼はどうすることもできなかった。
空条承太郎の手加減抜きの攻撃を喰らったのだ。むしろそれだけで済むほどにアナスイはタフで、承太郎を追い込んでいた。
帽子をかぶりなおした男はその場を立ち去ろうと一歩踏み出し、途中で止まる。しばらくの間、彼は自らの拳を見つめていた。
生々しく残った感触がやけに鮮やかで、気味が悪いなと承太郎は思った。
そういえばスタンドで人を吹っ飛ばしたのは久しぶりだなと思い出し、彼はやれやれ、といつもの口癖を口にした。
頭を振り、その場を後にする。だが直後、背後から聞こえた物音に気がつき、振り返った彼は驚愕に動きを止めた。
ナルシソ・アナスイはダウンしていなかった。
彼はなんとしてでもこれだけは言ってやりたいと。それだけを口にせずには意識を手放せないと言わんばかりで。
フラフラになりながらもゴミ捨て場を抜け出し、半分座り込んだまま……男に指を突きつけ、彼は声を張り上げた。
無様な姿だとはアナスイもわかっている。
情けなくて、カッコ悪い。徐倫が生きていたなら、絶対に見せたくない姿だ。
「止めてやる……ッ!」
だけど……もう、徐倫は死んだんだ。
もう徐倫は……いないんだ。
その瞬間、アナスイはようやくその事実を受け入れた。そしてその事実を受け入れ、だからこそ、そう宣言した。
「俺は、絶対に、あんたを……止めてみせる!」
それが徐倫の望んだことだと、心の底から思ったから。
徐倫が生きていたならば、必ずやそうしただろうと確信できたから。
徐倫は死んだ。もういない。
-
それはあまりに悲しいことだった。絶望して、膝をつきそうになりそうだった。
地団太ふんで一日中、いや、一年中一人部屋にこもって泣きつくしたい。
徐倫を想って涙で海が作れるほどに泣いていたい。もうこの身体が枯れ果てるほどに悲しみに浸りたい。
だけどそんなことをしている暇はない。そんなことに暇をさいて止められるほど、徐倫のお父さんは弱くないんだ。
アナスイは涙していた。放送で徐倫の死を聞き、徐倫の死を受け入れてから初めて、彼は泣いた。
アナスイは泣いた。自分の弱さに泣いた。何もできなかった自分の非力さに泣いた。
何もできなくてごめんと徐倫を想って泣いた。惨めでダサくて、自分が情けなくて泣いた。
涙と鼻水で顔はぐちょぐちょだ。疲労とダメージで視界が暗くなる。
それでもアナスイは繰り返し喚いた。もはや承太郎がそこにいるのか、立ち去ったのかもわからなかったが、何度も、何度も、叫んだ。
止めてやる。俺があんたを止めてやる。腕を振り回し、あらぬところを指さし、そう叫ぶ。
そうやって繰り返して、繰り返して、疲れ果てた彼は地面に倒れ込み……やがて静かになった。
それでも彼の涙は止まらなかった。彼は夢見心地のまま涙し、最後に徐倫……と彼女の名を呼ぶと、そうして気を失った。
空条承太郎は、そんな彼を見つめ……しばらくの間動かなかった。
気がつけばしのぶがそばに寄り添っている。数十秒がたち、安全だと判断した川尻しのぶは、男の傍をすり抜ける。
彼女は気を失った青年の隣にしゃがみ込み、容体を見守った。
気を失ったわ。そう彼女は確認し、男を見た。空条承太郎は何も言わずにその場に立ちつくしている。しのぶは何も言えなかった。
本当は一言二言、小言を言い、盛大にため息を吐きたい気分だったがグッとこらえた。
代わりに彼女はアナスイの脇に腕を射し込み、なんとか彼の体を持ち上げようと奮闘する。小柄な彼女にアナスイの大きさと重さはたいそうな負担だった。
承太郎は手伝わなかった。かわりに彼女の腕からデイパックを半ば強引に奪い取ると、それを代わりに持ってあげた。
-
十数分の奮闘を経て、しのぶはなんとか青年を安全な場所へと無事寝かしつける。
駅の脇の飲食店、ソファの上に彼を放り投げると、彼女は一息ついた。
引きずっているうちに足を何度か家具にぶつけたりしたが、この際贅沢は言わないだろう。
胸を見れば呼吸に合わせてしっかり上下している。死んではいない。素人判断だが、触った感じだと骨折もしてなさそうだ。
しのぶは、ふぅ……と大きく息を吐き、少しだけ休憩を取る。
さり気なさを装って店を見渡せば、厨房のほうから立ち上るタバコの煙が見えた。
しのぶは今度は我慢せずに、やれやれの言葉とともに大きくため息を吐いた。やれやれ。ほんとうに、やれやれだわ。
「行きましょう。時間がもったいないわ」
数分の後、充分休息がとれたと判断したしのぶ。付添いの男にそう声をかけた。
承太郎は黙って頷く。火をつけかけていた二本目のタバコをもみ消すと、脇に置いていたデイパックを手に取った。
しのぶは気がつく。承太郎は彼女の分のデイパックも持ってくれていた。
“てめェに、なにが、わかるってんだ……ッ!” 『徐倫は…… ――― あんたの娘なんだぞッ!』
“てめェが! 娘の名を呼ぶんじゃねェッ!” 『徐倫はこんなことを望んでいやしないッ』
店の扉を潜り抜け足早に男の横に並んだ時、唐突に彼とナルシソ・アナスイとの会話を思い出した。しのぶの胸が痛んだ。
そっと見上げれば承太郎はいつも通りのむっつりとした顔で、何を考えているのかまったくわからない。
ナルシソ・アナスイ。空条承太郎。どちらも一人の少女を失い、ひどく傷ついている。
しのぶは悲しかった。これは二人の男の問題で、話し合えばわかりあえるものでないともわかっていた。
どちらの言い分も痛いほどわかるので、だからこそ、余計に胸が苦しかった。
それでも、としのぶは思う。それでも、自分は空条承太郎から目を離すわけにはいかない。
青く若いナルシソ・アナスイは一見、若さゆえに無謀で無茶をしでかしそうに思える。
でもしのぶは彼なら大丈夫だ、という奇妙な安心感があった。アナスイならば立ちあがれると何故だか信じられた。
あの青年は少女の死にひどく傷つき、取りみだし、喪失感に苦しんでいた。
だけど……泣いていた。少なくとも泣けたのだ。彼は。
アナスイは徐倫のことを思って泣いていた。
しのぶと承太郎のまえで、それはもう惨めになるほど、ボロボロ、ボロボロと。
涙を流して、泣くことができたのだ。
-
もう一度隣の男の顔を見上げる。民家を出発後、たまたま化粧室による機会があり、二人はそこで身なりを整えていた。
彼の頬に涙の跡はもう残っていなかった。そのことが何故だか、しのぶの心を寂しくさせた。
どうかしたか。目線を辺りに配り、血に飢えた殺人鬼に警戒しつつ、承太郎がそう言った。
なんでもないわ。しのぶはそう返し、そっと目を伏せた。
何故だか気を抜いたら、泣きだしそうだった。だがそれはあまりにかっこ悪いと思い、彼女はグッとこらえた。
隣の女性の様子に気が付いているのか、いないのか。
承太郎はぶっきらぼうに、駅内を捜索するぞと彼女に告げる。しのぶは黙って頷いた。
そのまま近づきすぎず、離れすぎずの距離を保ったまま……一組の男女は駅の中へと姿を消していった。
湿った風が通り抜けると、ゴミ捨て場のアルミ缶が転がり……寂し気な音をたて、転がっていく。
アナスイの残した涙の跡は、もう残っていなかった。
-
【D-8 杜王駅入り口 / 1日目 朝】
【空条承太郎】
[時間軸]:六部。面会室にて徐倫と対面する直前。
[スタンド]:『星の白金(スタープラチナ)』
[状態]:体力消耗(中)、???
[装備]:煙草、ライター
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1〜2(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:バトルロワイアルの破壊。危険人物の一掃排除。
0.???
1.杜王駅内を捜索する。
【川尻しのぶ】
[時間軸]:The Book開始前、四部ラストから半年程度。
[スタンド]:なし
[状態]:疲労(中)、精神疲労(中) すっぴん
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1〜2(未確認)
[思考・状況]
基本行動方針:空条承太郎についていく
1.空条承太郎についていく
【備考】
※アナスイと承太郎の話を聞いて、しのぶもなんとなく時間軸の違いに気がつきました。ですがまだ確信はありません。
※アナスイと一方的な情報交換をしました。
その結果、承太郎はジョンガリ・A、リキエル、エンリコ・プッチを危険人物と判断しました。発見したら殺りにいきます。
ウェザー・リポートは灰色です。ヘビー・ウェザーになったら容赦はしないと思っています。
※承太郎はアナスイを殺す気は『今のところ』ありません。危険人物ではないと判断しました。
※化粧室に寄った際、しのぶは化粧を落としました。すっぴんです。
【D-8 杜王駅脇の飲食店 / 1日目 朝】
【ナルシソ・アナスイ】
[スタンド]:『ダイバー・ダウン』
[時間軸]:SO17巻 空条承太郎に徐倫との結婚の許しを乞う直前
[状態]:全身ダメージ(極大)、 体力消耗(中)、精神消耗(中)、気絶中
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1〜2(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:空条徐倫の意志を継ぎ、空条承太郎を止める。
0.徐倫……
【備考】
※骨折はしていません。承太郎はちゃんと優しく、全力で手を抜かずに、オラオラしました。
※放送で徐倫以降の名と禁止エリアを聞き逃しました。つまり放送の大部分を聞き逃しました。
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以上です。誤字脱字矛盾点などありましたら指摘ください。
代理投下、お願いします。
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最後の最後で規制orz下は挨拶だけですが転載してくだされば幸いです
***
以上で投下終了です。
仮投下からの変更点
・誤字脱字修正&文章追加修正
・内容の変更は無し
誇りってなんだろね、な話を書いてみたかったので“被害者”の二人にスポットを当ててみました。
本当は「妹同様の存在を失った二人」をテーマにもう少しネチネチ書くつもりでした。
だが億泰はともかくコカキの存在を忘れていた……もとい、かえって話の本筋が見えなくなりそうだったので思い切ってカット。
後半の俺パートも端的に状況説明しないと。あれを一人称三人称で長々書いてたらもうね、どうしようもないですよw
(どうしようもない書き方をしている人の言えたことではないですがorz)
それから、このSSに限らずですが自分の「かぎかっこ」の使い方について少々。
『 』は漫画で言うならフキダシの中に書かれる、文字通りこの『 』で、
“ ”はジョジョ原作でもよく見るフキダシの中の傍点(文字の隣に・がうってあるアレ)をイメージしています。
今回の本投下時には修正はしていません(むしろ追加したくらい)
読みにくい・パロロワ暗黙のルール等の理由で統一すべきなどの意見がありましたらお聞かせください。
設定の矛盾や誤字脱字、その他のご指摘も受け付けております。それでは次回作でまたお会いしましょう。
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【B-2 ダービーズ・カフェ店内 / 1日目 午前】
【ジョルノ・ジョバァーナ】
[スタンド]:『ゴールド・エクスペリエンス』
[時間軸]:JC63巻ラスト、第五部終了直後
[状態]:健康
[装備]:閃光弾×1
[道具]:基本支給品一式 (食料1、水ボトル半分消費)
[思考・状況]
基本的思考:主催者を打倒し『夢』を叶える。
1.ミスタたちとの合流。もう少しダービーズ・カフェで待つ。
2.放送、及び名簿などからの情報を整理したい。
[参考]
※時間軸の違いに気付きましたが、まだ誰にも話していません。
※ミキタカの知り合いについて名前、容姿、スタンド能力を聞きました。
【ウェザー・リポート】
[スタンド]:『ウェザー・リポート』
[時間軸]:ヴェルサスに記憶DISCを挿入される直前。
[状態]:健康、ナイーブ
[装備]:スージQの傘、エイジャの赤石
[道具]: 基本支給品×2(食料1、水ボトル半分消費)、不明支給品1〜2(確認済み/ブラックモア)
[思考・状況]
基本行動方針:主催者と仲間を殺したものは許さない。
1.ジョルノと共に行動。とりあえずはカフェで待機。
◆
母を重ねていたわけではない。
「あッ」
間の抜けたエリザベスの声に続き、彼女の体が傾く。先と同じようなへまはしない。
躊躇わず腕を伸ばし、琢馬は彼女の体ごと抱きかかえる。
腕に感じる彼女の柔らかさ。そして心配したくなるほどの身軽な体。
琢馬は驚いた。一体この細い体のどこにそれだけのパワーが。そう思えてしまうほどに、彼女は華奢で、その体は軽かった。
「……気をつけないと」
エリザベスが一人で立てるのを確認した後、青年はボソリと言った。
非難しているわけでもないのに、自分の口調がきつくなっているように思えて琢馬はらしくもなく動揺した。
表情の揺れを誤魔化すように、エリザベスの手から飛び出た介助用の杖を取りに行く。
押し付ける様に彼女の手にその杖を握らせると、二人はまた歩き出す。一歩、また一歩。
-
悲劇的とも言えそうなほど、のんびりとしたスピードだった。
だが琢馬は気にしなかった。それどころか腕を差し出し、こっちのほうが安定する、と言い彼女に掴ませた。
二人三脚のような、歪な影が街を進んでいた。二人の間に会話はなく、沈黙の街が二人を見つめていた。
躊躇いはなかった。罪の意識すら感じなかった。琢馬はすでに心に決めていたのだ。
それでも感じる微かな胸の痛み。それは自分の中に残った僅かな良心か、兄としての責任感か、或いは子供としての最後の甘えか。
頭を振って姿勢をただす。だかららこそだ。ならばこそ、やらなければいけないんだ。
全部投げ捨てる、たったいま決めたことじゃないか。今度こそ決断したはずじゃないか。
『これからは、自分のためだけに――― 幸せに―――あなた自身の未来へ――― イキナサイ』
今さら歩みを止めるわけにはいかなかった。全てを忘れて新しい道を進むことはできやしない。
“忘れる”事は復讐を忘れることだ。復讐を忘れるとは全てを失うのと一緒だ。
ひとりの男を絶望に突き落とすために、自分は生きてきた。
琢馬にとって復讐とは生まれた時からずっと傍にあり続けたもの。復讐とともに生まれと言っても過言でない。
自分にはそれしかなかったのだから。それしかしらず、それだけのためにこれまで生きてきたのだ。
『頼む――――ッ! 琢馬――――ッ!! 千帆を――――ッ!! 頼む――――ッ!!』
積み上げてきた記憶の数々は、もはやガラクタ以下の紙屑同然。
何の意味も持たないゴミの山。例え綺麗に整頓され、本棚に収まっていようとも。それはもはや必要ないもの。
どれだけびっしり文字で埋まっていようと、真っ白と一緒。もう無駄なものとなってしまったんだ。
復讐は達成された。或いは達成されてないのかもしれない。そして、これから達成しようにも、それはできなくなった。
琢馬の気持ちも、理想も、計画も。全て踏みにじり、現実は彼を追いたてた。
後に残されたのは蓮実琢磨と言う空っぽの人間。
ちょうど一個だけ余ってしまったパズルピースのようだ。まるで復讐の想いが形となり、『結果』だけが残ってしまった、双葉千帆かのように。
そう、蓮実琢磨は似ている。蓮実琢磨は、“双葉千帆”に“似ている”。
母は満足して逝った。復讐を果たすべき父はもういない。
二つの願いを託され、どちらに動こうともその願いは彼をがんじがらめに縛りつける。
自由に生きたいともがけば母の影が。元の生活を求め、平穏を辿れば父の怨念が。
「だからこそ、俺は……」
-
―――これは「呪い」を解く物語だ。そして、蓮実琢磨が歩き出す物語。
太陽が昇りかける朝、『蓮実琢磨』は人を殺した。
精一杯の力を振り絞って、つい先まで隣を歩いていた女性の首を絞めあげた。
「か……はッ、あ」
細腕の下で震える喉。掌に感じる死の感触を、きっと自分は死んでも忘れない。
カランと音をたて介助用の杖が宙を舞った。弱弱しく抵抗する女性。更に力を込め、まるで首の骨を折らんばかりにねじあげる。
何故だか母を刺し貫いた時の感触が思い浮かんだ。記憶の波から漏れだした想いが腕を震わせ、視界をにじませた。
そうしてゆっくりと、女性のもがく力は弱くなり、皮膚越しに彼女が冷たくなっていくことを琢馬は感じ取った。
アスファルトの上に横たわる彼女を見降ろした。何も考えられなかった。達成感も沸かなかったし、高揚感もなかった。
わかっているのは踏み出した一歩の軽さ。途方もなく、終わりの見えない道を、自分が歩き出したという感覚だけだった。
太陽は全く同じ強さで照り続けている。見慣れない街並み立っていると、現実感を失い、自分の体がまるで消え去ってしまいそうに思えた。
窓に反射した日光が思いのほか強く、少年は顔をしかめた。白い肌を焦がす、ジリジリという音が聞こえてくるかのようだ。
琢馬は最後に彼女に、さようなら、と一言言おうとして、その言葉を途中で飲み込む。
何も見てはいない女性の瞳を覗きこみ、そしてその中に写った自分の顔を見る。能面みたいに無表情だった。
もうこの場ですべきことは何も残っていなかった。
エリザベスのデイパックを拾い上げ、彼女に渡した杖を手に持つ。握り手はまだ温かい。
千帆を探そう。まるで子供のころの思い出を唐突に思いだしたかのように、そう思った。それは兄として? 恋人として? 道具を利用する人間として?
わからない。だが彼女に会わないといけない。自分の始まりは彼女と共にあった。ならば終わりも、新たな始まりも彼女と共にあらなければいけない。
―――これは「呪い」を解く物語。そして、蓮実琢磨が歩き出す物語。
蓮実琢磨の姿は街並みの影に、ゆっくりと消えていった。
【リサリサ 死亡】
-
【C-3 中央/ 1日目 午前】
【蓮見琢馬】
[スタンド]:『記憶を本に記録するスタンド能力』
[時間軸]:千帆の書いた小説を図書館で読んでいた途中。
[状態]:健康
[装備]:双葉家の包丁、承太郎のタバコ(17/20)&ライター、SPWの杖
[道具]: 基本支給品×2(食料1、水ボトル半分消費)、不明支給品2〜3(リサリサ/照彦:確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:他人に頼ることなく生き残る。千帆に会って、『決着』をつける。
0.???
1.双葉千穂を探す。
2.千帆に対する感情は複雑だが、誰かに殺されることは望まない。 どのように決着付けるかは、千帆に会ってから考える。
[参考]
※参戦時期の関係上、琢馬のスタンドには未だ名前がありません。
※琢馬はホール内で岸辺露伴、トニオ・トラサルディー、虹村形兆、ウィルソン・フィリップスの顔を確認しました。
※また、その他の名前を知らない周囲の人物の顔も全て記憶しているため、出会ったら思い出すと思われます。
※また杜王町に滞在したことがある者や著名人ならば、直接接触したことが無くとも琢馬が知っている可能性はあります。
※蓮実琢磨の支給品は スピードワゴンの杖@二部 だけでした。
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以上です。突っ込みお待ちしております。
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ageときます
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本スレ規制orz
以上の文を>>378の
「略)見事についたビーティーの勝ちさ」
と
「さ、長くなったが(略」
の間に追加しようと思います。
ご指摘ありがとうございました。
さて、今作のwiki収録ですが、今回の指摘追加分に対するさらなる指摘を受けたのち(1日くらい置く?)に収録しようと思います。
とりあえず今はcg氏の作品に期待しておりますw
まだ何かご指摘ありましたらバシバシとどうぞ。 それでは。
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容量いっぱいでの規制でしたので新スレ立てて解決しました。
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スレ立て乙です!
色々てこづって、しかも規制されてますが、とにかく投下します。
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それは唐突に襲いかかってきた。立ちくらみのような、めまいのような。脈絡もない突然のフラッシュバック。
鉄が錆びた様なこもった臭い。重苦しく淀んだ空気。地面に散らかる赤の斑点。
断片のようないくつもの記憶が思い浮ぶ。細部まで見たわけでもないし、急いで目を逸らしたから、全部がどうだとわかっているはずもない。
だというのに記憶の中のその光景は嫌に鮮明で、生臭くて。
手を伸ばせば掴めそうだと思えるほどのくっきりとした記憶が、川尻しのぶの脳を揺さぶった。
しのぶはごくりと唾を飲み込む。込み上げた吐き気も一緒に飲み干せたらいいのにと思ったが、吐き気は収まらなかった。それどころかますますひどくなった。
掌にじんわりと広がる汗を感じる。顔から血の気が引いて行くのが見ずともわかる。
彼女はゆっくりと眼を瞑って、息をとめてみた。あまり効果はないことはわかっていた。けれどもそうするほかにすることもなかったので、とりあえずそうしてみるしかなかった。
瞼の裏に映る暗闇を見据え、しのぶは隣に座る男に気づかれなければいいけど、と思った。
空条承太郎に気を使われるようなことはしたくない。それだけが心配だった。
アナスイとの一件を終えた後、二人は杜王駅内を捜索した。
駅には誰もいなかった。残酷な殺人鬼も、恐怖におびえる幼子も、影一人、人一人見つけることができなかった。
かわりに二人が見つけたのは、奇妙な形に歪められた死体。捩じれて、融け合わされ、崩れかけている幾つもの残骸。
人間としての表情が読みとれる余地が残されているだけ、余計にたちが悪い。
だがそれを見ても承太郎は眉一つ動かさなかった。彼は一切動じる素振りを見せなかった。
立ちすくむしのぶを尻目に彼は被害者の顔を覗きこみ、知り合いでないことを確かめ、そして支給品を一つ残さず全て回収した。
おまけに荷物になるであろう余分なデイパックや食料、懐中電灯を残してくるほどの徹底ぶり。
墓を造るようなことはもちろん、死者のために黙とうをささげるための僅かな時間すら、彼は惜しんだ。
吐き気を堪え俯く中、しのぶはそんな男を見て、まるで感情を剥ぎ落した機械のようだと思った。
場慣れた刑事や勘の鋭い戦士でなく、一体のアンドロイドが動いているかのような……そんな印象を彼女は抱かずにいられなかった。
しのぶはそっと眼を見開く。吐き気は少しだけ収まっていた。だがフロントガラスに映る自分の顔色は、一向に良くなる気配を見せない。
車内に会話はなく、壊れかけた空調が時折軋む音が、静寂を破っていた。隣の運転席でハンドルを握る男は、長い事口を閉ざしたままだった。
今二人は駅で拾った支給品のうちの一つ、車にのって移動している。
速度はそれほど出ていない。ちょうど朝の通勤ラッシュで急ぐサラリーマンぐらいの速さだ。
承太郎に言わせれば、誰かが見つけても追いつけられる程度で、誰かを見つければ追いつくぐらいのスピードだそうだ。
しのぶは自分の体調がよくなるよう、大人しく座席に収まっていた。
「少し休憩する」
数分後、男は速度を緩めると路肩に車を駐車した。
シガーライターでタバコに火をつけ、何回か煙を吐いた後、彼は思いついたかのようにそう言った。
やはり彼に気を使わせてしまったのだろうか。そう、と返事をするとしのぶはため息を堪え、居心地悪そうに視線を車外に向けた。
恥ずかしさと失望感で、とてもじゃないが話す気にはなれなかった。
-
しのぶにもわかっていたことだった。
お節介を焼いているのは自分のほうのはずだというのに、気がつけばいつも自分は彼に気を使わせている。
最初からそう。彼が無理を言ったことと言えば、ここにきて最初に会った時だけ。
『すまないが、一本吸わせてもらってからでいいか』 そう言った時だけなのだ。
彼との関係は、自分が一方的に追いまわしているだけの関係のはずなのに。
承太郎からすれば自分と一緒に行動してなんら得になるようなこともなかったし、きっとこれからもないように思える。
空条承太郎は自分がつけまわすことを“許してくれている”のだ。わざわざ自分に合わせ、足並みをそろえてくれているのだ。
その気になればしのぶをほっぽり出し、自分一人でより効率よく、より迅速にこの場を駆けまわれるというのにだ。
彼は自分が危険にならないよう、疲れないよう、さり気なく、いつも手を差し伸べてくれている。
しのぶは顔をしかめた。情けなさと怒りが半分ずつ同居するような、中途半端な表情だった。
長いこと、承太郎は動かなかった。
彼は何も言わず、地図と名簿をジャケットのポケットから取り出すと、じっとそれを眺めていた。
それほど熱心に眺めているわけでもない。なんとなくすることがないのでそうしている。何とも言えない、ポッカリとした空洞感があった。
そうして彼は不意に筆記用具を取り出すと、一つの名前の隣にメモを取る。
しのぶがすっかり回復したのを見計らったようなタイミングで、承太郎は動いた。
無言のまま、彼はしのぶにそれを突きつける。しのぶはそれを覗きこみ、そして次の瞬間、息をのんだ。
それは名簿に載っていた名前を見たからではない。承太郎の筆跡がそこにこう記していたからだ。
『俺たちは誰かに見られている』
◆
-
突如脇腹に鈍い痛みが走り、私は呻き声を漏らしかける。
慌てて口を覆い、喉奥で痛みの叫びを噛み砕く。もしや聞かれてしまっただろうか。空条承太郎は今の声を聞き落としてくれただろうか。
ラバーズに意識を集中させ、様子を伺う。
車からのっそりとその巨体を捻りだしたのは紛れもなく、あの空条承太郎だ。辺りをゆっくり見渡し、鋭い視線で何一つ見逃すまいと神経を張り巡らしている。
しばらく観察を続けたものの、どうやら声を聞かれてはいないようだ。ほっとしたのも一瞬、私は気合を入れ直し、再びラバーズに集中する。
助手席に座る女には見覚えはない。念のため手元にある名簿に目を通すが、これといってピンとくる名前もなかった。
承太郎の母親にしては若すぎる。顔も似ていなければ、態度も肉親にしてはよそよそしすぎる。
きっとどこかで拾ったただの女だろうと、だいたいの見当をつける。あの脅えかたからしてもスタンド使いとは思えない。
こうなると、やはり注意すべきは承太郎だ。
あの強力無比なスタンド、スター・プラチナの恐ろしさを忘れてはいない。眼前まで迫った拳の嵐。ラバーズすら知覚し、捕える桁外れの基礎能力。
油断は禁物だ。ドジを踏めば今度こそ、あの拳で再起不能なまでに叩きのめされるだろう。
私は自らを叱咤激励するように、つい先、つけられた傷口を撫でた。鋭い刃物で貫かれたその脇腹は、決して油断してはならないという戒めの証。
今私は単独で行動している。放送を終えた後、結局私は独りで行動することを決意したのだ。
情報交換の後に身の振り方を考えようと思っていたが、呆れることにヤツらはまともに情報交換する気すら見せなかった。
怪物でありながら戦闘狂であるワムウ。血と殺戮を愛する狂人、J・ガイル。きっと頭の中は闘いのことでいっぱいだったのだろう。
認めよう、私の認識が甘かった。こんなやつらとともに行動していたら戦いに巻き込まれ惨めな死を迎えるか、策略をめぐらしてる最中に背中から貫かれるに違いない。
最初からこんな二人を手駒にしようというアイディアそのものが無謀だったのだ。
実際この傷はJ・ガイルによってつけられたものだ。
私が別行動をしようと提案したのがよっぽど気に入らなかったのだろう。
脇腹の肉をえぐり飛ばし、ゲスじみた笑いをヤツはあげていた。今でも動けばずきずきと痛むほどの傷だ。
怒りで体が硬直しかけ、再び私は傷に手をやった。冷静になるんだ、スティーリー・ダン。落ち着くんだ、落ち着くんだ……。
J・ガイルやワムウでのミスを繰り返してはならない。まして相手はあの空条承太郎、その上見たところ私が知っているヤツより年をとり、熟練の雰囲気すら纏わしている。
隙もなければ、その眼光の鋭さも並はずれている。思わず私の体が震えるほどだ。恐ろしい……、あの男、ヤバすぎる。
「―――……だが」
これは真っ向勝負の戦いでなく……決闘でもなければ、ルールの存在するゲームでもない。
正攻法で敵わないならばそれなりの戦い方というものがあるのだ。そしてその闘い方において、このラバーズに弱点は……ないッ
ここに連れてこられる前にジョースター一行と戦えたのは幸運だった。J・ガイルによって慢心の愚かさを知れたのは幸いとしかいいようがない。
慎重に、慎重にスタンドを進めていく。そうだ……慎重に、そして大胆に。
策さえうまくはめてしまえば例え承太郎だろうと上回る自信はある。あの場所へ、“あそこ”まで辿りついてさえしまえば……!
「……良し」
だが、まさにそんな時だった。まさに私が策を完遂させ、これでヤツとも対等に渡り合えそうだ……と思いかけた、その瞬間。
思わず小声で自身を勇気づけるような言葉を吐いた瞬間。
「――――――…………」
-
承太郎が息を吐く。深く、長いため息のような呼吸音。気を静めるのでもなく、呆れるのでもなく、ただ機能的にそうしたような音が聞こえた。
そして唐突にヤツは私のほうをまっすぐに見据え、呟くようにこう言った。
声が届く範囲に私はいない。そんな距離まで近づいていない。だから私はヤツの口元を読み取っただけだ。
もしかしたら間違いでは。そう望みたくなった。何故こちらの居場所がばれたのだろう。微塵の当てすら浮かばなかった。
ただのブラフだ。山カン張った、ただの虚勢に違いない。私は咄嗟にそう思う。
だが無意味だったのだ。空条承太郎は、私が隠れている場所を真っすぐに見据え、こういったのだ。
「そこにいるんだろう、スティーリー・ダン」、と。
刹那、ぞわり と、背中が震える。
その声は私が知っている空条承太郎のものではなかったから。いや、空条承太郎どころか……この声は本当に人間のものなのだろうか。
私の体は震え始めていた。私の腕が、身体が、足が、そして……傷口が警報をがなりたてるように疼いた。
私は見た。こちらを向いた空条承太郎の目を、見た。
そこに込められたのは狂気……。そしてどこまで続くかもわからないほどの、底無しの殺意……。
◆
-
川尻しのぶが不安げな様子で外に出てきた。今にでも爆発する何かを刺激しないように、彼女はそっとドアを開け、そして閉める。
空条承太郎は動かない。男は道路の先に視線を向けたまま、微動だにしない。
その様子から彼が何かを待っているのだろう、としのぶは思う。だが一体何かを待っているのか、それが何なのかはさっぱりわからなかった。
沈黙のまま、刻々と時だけがすすんでいく。十秒、三十秒、一分…………。
状況が動くのにそれほど時間はかからなかった。スティーリー・ダンがその姿を現したのだ。
二人が面する道路、その先の坂を登って、たっぷり50メートルほどの位置で、その男は立ち止っていた。
しのぶは神経質そうに、ちらちらと承太郎へ視線を向けた。彼はその視線を無視した。承太郎は今、目の前に現れた男に全神経を注いでいる。
しのぶには何が起きているのか、まるでわからない。承太郎が車の外に出て、辺りを見渡して、一言二言、ブツブツと呟き……。
そして今、新たに姿を現した男は、はるか向こうで立ち止まり此方の様子を伺っているのみ。
此方に声をかけるでもなく、知り合いかどうかを確かめるために近寄るでもない。ただそこにひたすら立っているのだ。
そもそもここまで離れていると顔すらはっきり見えない。話をしようと思ってもこの距離となれば大声でしなければいけないのだが、そうする様子も見えない。
承太郎と男は会話もせず、互いに顔も見合わせる必要もなく、何かしら二人の間だけで通じ合っているようだった。
自分が蚊帳の外に置かれている事で、不安は大きくなるばかり。しのぶはやきもきしながらも、だが、ただ二人を見守るほかなかった。
「スティーリー・ダンか?」
-
承太郎が、確かめるようにそう言った。しのぶが辛うじて聞こえるぐらいの、小さな声。
-
これじゃ相手に聞こえるわけがない。無論、承太郎もそんなことは承知だろう。
-
だが彼はそのままの声で話を続けていく。
-
独り言としてはいささか奇妙で、淀みなく。
-
「タロットカード、恋人。スタンドはその名の通りラバーズ。能力は極小のそのスタンドを敵の脳内に埋め込み、内部から攻撃する。
特徴は自分が傷つけば、相手にもダメージが及ぶというのを前提とした人質作戦。性格は紳士風を装っているが、そこらのチンピラと変わらない、虚栄心の強い男。
DIOから命を受け、パキスタンを少し過ぎたあたりで俺たち一行に襲いかかったことがある……」
ふぅ、と一息入れる。そして続ける。
次に出てきた言葉は問いかけのようでありながらも、ほとんど確信を込めているのがしのぶにもわかった。
「あのスティーリー・ダンで間違いないな」
砂粒一つが落ちても聞こえるのではないか。そう思えるほどの沈黙が辺りを包み、二人と男の間を風が駆け抜けていく。
承太郎はきっかり十秒だけ待った。刑の執行直前に自白を待つかのような重苦しい十秒だ。
そして時が過ぎ、遠くの男がそれでも動かないのを見定めると……彼は男に向かって足を進めた。
その歩みに一切迷いは感じられなかった。空条承太郎は綺麗に、一直線に、男めがけて向かっていく。
慌てたのは遠くの男のほうだった。
-
「止まれ、承太郎ッ」
承太郎は止まらない。変わらず一定のペースで黙々と足を運んでいく。
「そこまでわかってるなら、私が考えそうな策も、当然わかってるんじゃないか……ッ!?」
少しだけ、ほんの少しだけ、彼のペースが落ちた。早歩きのスピードが、普通の歩くぐらいまでのペースに落とされる。
それでも……それでも、彼は止まってはいない。着実に、二人の男の距離は詰まっていく。
「我がラバーズは! 既にッ! その女の脳内に潜んでいるッ!
つまりこれがどういことかわかるか? 貴様には理解できているのか、エエ!?」
スティーリー・ダンと呼ばれた男の額に汗が浮かぶ。
顔は余裕を現すために笑おうとしているのだろう。だが承太郎の接近に驚きと狼狽を隠せていないのは一目瞭然だった。
奇妙にねじれた笑い顔は素直な焦り顔より、よっぽど惨めで、余裕がないことを顕著に示していた。
「おいッ、止まれと言ったはずだぞ、このクソガキがッ!」
男は声を荒げ、脅そうとしたのだろう。しかし緊張でか、途中で声が裏返ってしまい、脅すどころか笑いすらこみ上げてきそうだった。
本人もその裏返った声にあからさまに動揺している。見ていると、段々気の毒になって来るほどに。
同情すらしたくなるほどまでに、その男の表情と挙動は奇妙で余裕がなく、明らかに承太郎を前に冷静さを失っていた。
スティーリー・ダンは慌てふためきながら、ズボンのポケットをまさぐる。
尻ポケットから目的のものを見つけた彼は、これ見ようがしにそれを振り回し、承太郎の進行を食い止めようとした。
「動くんじゃねェ―――ッ! それ以上動くようだと、この銃で……、ぶっ殺すぞ!」
-
黒光りする武器、武骨で荒々しい暴力の象徴。今までどこか余裕のあったしのぶも、さすがに銃の登場にハッと息をのんだ。
承太郎が見せたスター・プラチナという能力。とても強力で、並大抵のことじゃかすり傷すら負わないだろうとはわかっている。
だが、それでも銃はやはり怖い。どれほど説得力を持たせ説明されても、現実世界最強の武器、銃は、しのぶにとって死そのものを連想させるのだ。
承太郎が、ようやく止まる。スティーリー・ダンが荒れる呼吸を整える。気がついてみれば彼と男の距離はもはや十メートルほどしかない。
いつの間にこれほど詰められてしまったのか。だが驚いている暇すら、今のダンには惜しい。
とにかく止めることはできたのだ。ようやく・・・・・・、ようやく! 承太郎が止まったのだ。
畳みかけるならここしかない。ラバーズが潜んでいる事実をもう一度印象付け、最悪ここは一時的に逃走してもいい……―――
ダンがそう考えている時だった。
無意識のうちに、彼は銃身を下げていた。承太郎の心臓目掛けて向けられていた暗闇が、足元へ向く。
最強のスタンド使いの眼が怪しく光る。そして男は絶妙のタイミングで彼は話しかけた。まるで日常の会話の一コマかのように、極めて自然に、そして如何にも気軽な感じで。
承太郎が言った。
「覚えてるか、スティーリー・ダン。てめェにはじめ会った時の事、ジジイを人質に取った時のことだ」
「…………?」
そうして一寸、立て続けにいくつかの事が起こった。承太郎の体から飛び出る大男の影。最強のスタンド、スター・プラチナが構えを取る。
スティーリー・ダン、反射的に及び腰になる。頭は冷静に射程距離外だと喚き立てるが、本能的な恐怖が理性を上回った。
男の膝が砕ける様に曲がり、彼は何もかもを捨ててその場から逃げようとした。脅しが効かない相手だと、そのとき初めて理解し、命惜しさにその場を逃れようとした。
逃がれようとした。
「『スター・プラチナ・ザ・ワールド』」
「え」
それが最期の言葉となる。スティーリー・ダンの記憶の中で最後に口にした言葉。
幸か不幸かと問われれば、きっと幸運だったのだろう。
スティーリー・ダンは自分が気づかぬうちに逝った。時が静止した世界で知覚すら不可能のまま、男はスター・プラチナに首をはねられ、一瞬で、死んだ。
一閃、目で追えぬほどの速さで振るわれた二本の指先。ザクッ、と小気味よい肉裂き音をとどろかせ、彼の首はピンポン玉のように綺麗に飛び、そして跳ねた。
坂を転がり、重力に従い、ころころころころ……。
驚愕を張り付けたままの首はしのぶの足元で、狙ったように止まった。
しのぶは見下ろす。見たくなくても、その生首から目が逸らせなかった。
自分の身に何が起きたかわからないまま、何が何だかわからない表情を張り付けた男の生首。
焦りと恐怖を焼き付けた瞳が、しのぶを見つめていた。しのぶは、視線をそらすことができなかった。
足が震え、呼吸が乱れる。足に力を込め、その場に崩れ落ちないよう、なんとかふんばる。
だがそんな彼女をつき落とすように……―――それは唐突に襲いかかってきた。立ちくらみのような、めまいのような。脈絡もない突然のフラッシュバック。
駅の死体、濁った臭い。そうでないはずなのに夫の、そして息子の死にざまがそれに重なる。
足元に転がる首。誰のものだろうか。スティーリー・ダンのものだったはずなのに。いつの間にか、息子の面影がそれを覆い隠す。
首なしの死体が、夫の一張羅をはおる。息子が首をサッカボールのようにドリブルする。
あらぬ妄想が、現実と重なり合い、氾濫し、混乱を生む。
しのぶは、その場で倒れないように、しゃがみ込むことで精いっぱいだった。
様々な感情がこみ上げる。同時に吐き気と、そしてなぜだか涙がせり上がった。
しのぶはその場にしゃがみ込む。長い間、彼女は動かなかった。
空条承太郎がスティーリー・ダンのデイパックをあさっている間も。点検を済ませ、首輪を拾い上げる音が聞こえても。
気遣っているのか、ただ単に待っているのか……彼女の様子を確かめる様に傍に男が立ちつくしていても。
川尻しのぶは、動かなかった。
◆
-
いつかはその時が来るとはわかっていた。
それに近しいことは先のナルシソ・アナスイの時にも行ったことだったし、なにより自分は彼の凄みを理解していたつもりだった。
けれども、それでもしのぶはそうなって欲しくないとどこかで願っていた。彼の決心がどれだけ固かろうと、まだここでとどまっているうちは、彼は帰ってこれると信じていた。
踏切台から飛び降りる様に、もうその一線を越えてしまっては二度と戻れない。
空条承太郎は、たった今、殺人者になった。
スティーリー・ダンを殺したのは、空条承太郎。
誰かを守るためでもなく、誰かを救うためでもない。しのぶを傷つけないと確信していたから彼は拳を振るったわけではない。
彼は迷わなかった。きっとしのぶがもっと直接的に人質に取られていたとしても、彼は同じように殺しただろう。
もしかしたらその拳で、しのぶごと貫いていたかもしれない。足元に転がる生首、その男の何も写さない瞳を見ると、しのぶの胃がざわついた。
覚悟が、足りなかったのだ。
立てるか。そう承太郎に尋ねられ、しのぶはそっと頷いた。泣いてはいなかった。
差し出された腕を掴み、男の隣に並び立つ。彼女は承太郎の顔を見るのが怖くて、前を向けなかった。
覆いかぶさっていた影が動き、男が去っていくのがわかる。見れば車へ向かう男の後ろ姿があった。
彼の鉄仮面に負けず劣らず、その背中は何も教えてはくれない。大きくて、けれども淋しい背中だ。
このまま私はついていっていいのだろうか。彼と共に歩むのは間違った行為ではなかろうか。
ふとそんな疑問がわき上がり、しのぶの足が自然に止まる。男は変わらず車へ向かっていく。
でも……今さらどこに行くの? この人を、一人、放っておくつもりなの? こんなに優しくて……さびしい人なのに。
何秒かの後、しのぶの足が動き出す。しっかりと大地を踏みしめ、力強く前進していく。もう迷ってはいなかった。
彼女の顔色を伺うように視線を向けていた空条承太郎。しのぶは車を出すように彼を促し、助手席へと滑りこむ。
男は無表情のまま、しばらく彼女を見つめていた。そして……ゆっくりと頷き、車のキーをポケットから取り出す。
車のエンジン音が轟き、やがて消えていく一台の車。排気ガスが立ち込める街。後には誰も残っていない。
捨て残されたスティーリー・ダンの死体は、何も言わず、俯いたままだった。
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以上です。指摘などありましたら連絡ください。どなたか代理投下してくださったら助かります。
状態表についてなのですが、したらばのNGワードに引っ掛かってしまい投下できませんでした。
実は文中の>>361->>319の間にもあったようで、細切れになったのはそのためです。
何がNGワードなのかはわかりませんが、規制がとけたら本スレに、駄目だったらwiki収録の際に状態表と一文を加えたいと思います。
管理人さん、できるようでしたらNGワードの確認をお願いします。
>>◆yxYaCUyrzcさん
改めてですが、投下&スレ立てお疲れ様です。
ビーティーがクールでかっこよくて素敵でした。あとアブドゥルもクールですごいな、って思いました。
不安定なグループの今後が楽しみです。
一つだけ気になったのがジャイロの存在です。前作で『下の様子を見てくる』と言ったのに、何のリアクションなしは少し奇妙な感じがしました。
誤差範囲内なんで、そこまでと言ったらそこまでなんですけど。
言いがかりみたいですみません。あと僕の投げっぱなしリレーが面倒で済みません。
ぶっちぎってもらっても全然OKです。
>>◆SBR/4PqNrMさん
支援絵、感動しました。画像、保存しました。
ホル・ホースが渋くてクールでダンディで、そしてイケメンで……。
SSも書けて且つ、こんな絵が描けるなんてマジですごいです。
あとリサリサの件ですが、なんかどこに入れても結局違和感あって、なんだかんだいって何もフォローしませんでした。
ごめんなさい。
予約の分も期待わくわくです! キャラ大量で大変でしょうが、頑張ってください!
投下まで毎日楽しみにしてます!
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投下乙
状態表と同じレスの予定だったんでしょうか?
ダンの死亡表記がありません
しかし黒承太郎が怖い怖い
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『ぼっ、ぼっ、ぼくらは 〈劇団見張り塔〉〜〜!』
『今から、
ジョナサン・ジョースター、エリナ・ジョースター、
ジョセフ・ジョースター、ルドル・フォン・シュトロハイム、
DIO、東方仗助、広瀬康一、噴上裕也、山岸由花子、セッコ、ナランチャ・ギルガ、パンナコッタ・フーゴ、
エルメェス・コステロ、マウンテン・ティム、ディ・ス・コ、シ―ラE、カンノーロ・ムーロロ
…の、SSを、投下するよォ〜〜〜!!』
『誰か代理投下を、よっろしっく、ねぇ〜〜〜〜!!』
『それにしても何だいこの人数! ちゃんとさばききれているのかなぁ〜〜?』
『そうだね、ちょっとリストラした方が良いンじゃないかな〜〜〜?』
『おい、ちょっとまて、お前、今俺の方みたな!? リストラするならやくたたずのお前の方だろ!?』
『はは、役たたずの下っ端同士で揉めてるぞ!』
『まちなよみんな、ぼくらはみんな揃っての 〈劇団 見張り塔〉 だろ〜〜?』
『うるせぇ〜、いい子ぶりっこ!』
『いた、やめろって、おいっ…!』
『ばか、それは俺の数字だっ』
『いてて、いてっ!』
『そ、それでは……』
『タイトル、【死亡遊戯(Game of Death)】……』
『……はじまり、はじま……りぃ〜〜〜……』
パタン……。
-
トクン …―――… トクン …―――… トクン …―――… トクン …―――…
微かな。
聞こえるか聞こえないか。感じるか感じないか分からぬ程に微かな。
儚く、もろく、今にも消えいりそうな鼓動。
それを無理矢理に動かしているのは、男の両手から発せられている生命のエネルギー。
古代より伝えられる、呼吸法により生み出される技。波紋、である。
背に負うた女性は、若く美しく、常ならば誰しもの心を癒しうるだろう気品すら感じられるが、その顔面は土気色をし、胸元は赤黒い血で染まっている。
出血そのものは止まっている。
しかし問題はそこではない。
黒騎士ブラフォードによって与えられた、鉄槌のダメージ。
それは間違いなく、彼女の骨を砕き、内蔵を破り、血反吐を吐かせている。
瀕死。
本来ならばすでに死んでいる。死んでいるはずの損傷。
それを、ただ波紋の力で、無理に生かしている。
もし、少しでも波紋呼吸のリズムが狂えば。
もし、その効き目が通じなくなるほどにの時間が経てば。
彼女は、死ぬ。
それを知り、だからこそ。
彼は、走るのを、止めない。
止められるはずもないのだ。
☆ ☆ ☆
「ジョースターの血統……?」
名簿を見る。確かにそこには、ジョナサン・ジョースターはもとより、二人のジョージ・ジョースターに、エリナ・ジョースター、ジョセフ・ジョースター、さらにはジョニィ・ジョースター等、多くの『ジョースター姓』の名前がある。
ジョナサン・ジョースター。
ゲーム開始直後にコロッセオでナランチャと出会い、行動を共にしていた屈強な青年。
正直で、誠実。
自分たち『ギャング』とは真反対な、気高く誇らしい世界の住人。
元々は資産家、上流階級の中で育ったフーゴではあるが、これまでの人生で、『本物の紳士』に出会ったことはほとんどない。
いや、むしろ、『上品で気取った連中』の、その裏にある醜さであるならば、ギャングになる前にもそれ以降にも、嫌というほどに見てきている。
その上で、フーゴは感じ取ったのだ。
「彼は、本物の紳士だ」と。
今、ジョナサンはナランチャと共に、簡単な食事と水分補給をしつつ、リストの確認をしている。
放送は、彼らがまだ意識を取り戻す前に行われていた。従って今ここにいる3人の中で、メモを取れたのはフーゴのみ。
放送後に意識を取り戻した彼らとフーゴは、近くの建物に一旦身を隠し、『放送』の内容を伝え整理しなければならなかった。
奇妙な境界からは、『ローマ』側の建築物。石造りの外観だが、中は広めのアクセサリーショップの様だ。
居住性を考えれば、住宅のどこかに隠れたほうが良かったのかもしれないが、異国の狭い住宅はいまいち勝手がつかめないし、外の様子を確認しづらく思えた。
それと近くに戦闘の痕跡があるというのも問題に思えたし、思案の末、西へ数ブロックほど移動することにしたのだ。
ここは、外の様子がよく見える大きめのガラス張りだが、内側にはショーケースやカウンターがあり遮蔽物に事欠かない。
裏口と二階への階段もあり、とっさの逃亡ルートも確認してある。
また、目が覚めた後のナランチャは、フーゴに言われて〈エアロスミス〉での索敵を始めていた。
その上で、無人の街のショップの奥、レジカウンター近くに、3人は陣取っている。
参加者とされる人間の名前。そして死者の数。
メモを確認しつつ、ジョナサンとナランチャは、驚きを隠せない。
そう、『77人』もの死者の数、その意味を、それぞれに異なった衝撃で受け取っている。
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「なんだよ、これ、おかしーじゃねーかよ…」
震える声でそう吐き出すのは、ナランチャ。
「だっておかしーじゃねーか!? 俺ははっきりと見たんだぜッ!?」
叫びだすナランチャに、フーゴはそっと人差し指を立てて口元に寄せ、静かにするよう促す。
「たしかに、ナランチャ。ぼくらは最初の場所で、ジョジョ……ジョルノが殺されるのを観ている」
ジョジョ、という言葉にジョナサンが僅かに反応する。フーゴはなんとなしに、そういえば彼の名前、ジョナサン・ジョースターも、愛称として『JOJO』と呼ばれるのには相応しい、と思った。
「だったら…、だったらなんで、『名簿』にジョルノの名前があるんだよ!?
ブチャラティやミスタ、トリッシュが居るのは分かるぜ…。きっと『ボス』の奴が何かやってるんだッ……。
けど、まさか、『殺し合い』させるために、ジョルノを殺してから、また生き返らせたとでも言うのかよッ!?」
生き返らせた、という言葉に、またジョナサンが微かに反応した。
アバッキオの体の持ち主が『吸血鬼』であると即座に見抜いたりと、どうも彼はそのあたりに何か因縁があるらしいが、フーゴはまだ詳細を知らない。
「ナランチャ。この名簿が正しいのかどうか。それは今の僕らに確かめようは無い。
けど、それでも、君と僕はここで出会った。この名簿に名前のある、ジョナサンとも出会っている。
だったら、僕らがまずすべきことは、分かるだろう?」
何度も『このド低脳がーッ!』 などと『ブチ切れられた』ことのあるナランチャが、平時であれば気味悪く思うくらい優しく丁寧な調子で、フーゴが続ける。
唾を飲み込みながら、ナランチャはそれに応える。
「……ああ、わかってるよ。まずは、ブチャラティ達と合流する……」
「『チーム』が集まること。『任務』を達成すること。
それが一番だ。そしてその任務には間違いなく、『このゲームを仕組んだ奴らを倒す』ことが含まれる……!!」
「けど、けどよォ……!」
飲み込むべき言葉。けれどもナランチャは堪えきれずに吐き出してしまう。
「あの、アバッキオを『殺して、逃げた』でかいやつをッ……!」
「あいつは後回しだ、ナランチャ!」
その叫びを、フーゴはきっぱりと、そう切り捨てた。
日の光が出始めて、あの化物は逃げていった、と、二人には説明してある。
もちろん、「あの大男の中身はアバッキオで、化物となった宿命を背負い、その力で会場にいるであろう殺人者たちを始末して回るつもりでいる」などということは、言っていない。
そして、二人が聞いていないことから、『死者として告げられた名』の中に、アバッキオの名を付け加えておいた。
ごまかしに過ぎないと分かっている。しかしナランチャに問われて、誤魔化しきれる自信がなかった。
アバッキオの意志もある。あるが何より、そもそもフーゴ自身、そのことをどう捉えれば良いかの整理がついていない。
何よりフーゴは今、それら以上にどう捉えれば良いかわからぬ情報に混乱させられているのだから。
強く言われたナランチャは、やや意気消沈した様子で押し黙る。
立ち上がっていた足も萎え、半歩ほど後ずさり、傍のカウンターにもたれ掛かり項垂れる。
ナランチャとて、分かっているのだ。
まずは仲間と、チームと合流すること。『アバッキオの仇』を追うにしても、まずはそれからなのだと。
そして何よりも、ジョルノのことを確認したいという気持ちもある。
彼が本当に生きているのか? あの最初のステージで殺されたのは誰だったのか…?
ナランチャが不承不承ながらも納得したのを確認して、フーゴは改めてジョナサンに向き直る。
「ジョナサン…そう呼んでも構いませんね?」
「……あ、ああ。ジョナサン・ジョースターだ」
不意に声をかけられて、苦痛と困惑に顔をしかめていた青年は、悩ましげな様子を慌てて引っ込めてそう返した。
「辛いことを聞くことになりますが、教えてもらいたい。
この名簿の中に、ジョースター姓の人物が多くいます。彼らは君と関係が?」
小細工や、もって回った物言いは返って逆効果と考え、フーゴは率直に核心に触れる。
ジョナサンはその岩のような拳をぎりりと握り締め、それを震えさせながら口元にやりつつ、それでもはっきりと、「何人かは」と答えた。
ナランチャとも、フーゴとも、比べようもないほどに体格が良い。丸太のような脚は、チームの中でも一番痩せているナランチャの胴回りくらいはありそうだし、胸板は並みの格闘家にも引けを取らない。
それでいて粗野粗暴の風はまるでない紳士。その紳士の彼が、今はひとまわりもふたまわりも小さく見える。
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「ジョージ・ジョースターⅠ世、というは、僕の父の名だ……。Ⅱ世とあるのが誰かは解らない。
ほかの名前も、もしかしたら遠縁の人かもしれないが、少なくとも僕は知らない…」
ジョージ・ジョースターは、Ⅰ世、Ⅱ世ともに、放送で告げられた『死者』に含まれている。
「何人かは、というと、後は…?」
再び、ジョナサンは苦痛と苦悩に顔を歪める。
「エリナ……」
エリナ・ジョースター。これも、名前がある。まだ『死者』としては呼ばれていないが、名簿には書かれている。
「僕の知っているエリナは、エリナ・ペンドルトン…。優しく、気丈で、誇り高い……僕の幼馴染で……最愛の人だ」
再びここで、口ごもる。
「結婚したいと、そう考えていた……」
ジョナサンはつまり、それを加味して危惧しているのだろう。
意地悪くも、或いは残酷なこの『主催者』は、彼が結婚しようとしている女性の名前を、敢えて『ジョースター姓』で名簿に載せたのではないか、と。
「君は、ディオという敵を追っている最中だと聞きましたが……」
フーゴが話の流れを変える。
「ああ。ディオは石仮面の力で吸血鬼となった、かつての僕の友人だ。彼は非常に危険な力を持っている。
それに……」
困惑と悔恨。複雑な感情のうずで藻掻いている。
「吸血鬼のディオは、死者を屍生人として蘇らせ、自分の手下にする能力を持っているッ……!
蘇ったものは、人間の生き血を啜る邪悪な亡者となってしまうんだ……!
僕の………僕の父も、まさかッ………!」
ぶるぶると震えているのは、恐怖ではない。怒りと悲しみ。それらの感情の波が、彼の体の全てに波紋のように広がっているのだろう。
「ジョナサン。確認させてもらいたい。
つまりそれは、君の父は、『すでに死んでいた』ということですか?
それなのになぜかこの『名簿』に名前があり、さらに先ほどの放送で『ここに来て死んだ』とされている。
だから、『ディオにより蘇らせられた後に、ここで再び死んだのではないか?』 と………。
そう考えているのですね?」
慎重に、言葉を選びながらも、はっきりと問い直すフーゴに、丸太のような両腕が伸ばされ、その襟首を締め上げる。
「ジョ、ジョナサン……!?」
慌てたナランチャが間に割って入ろうとするが、するまでもなく締め上げる力は勢いをなくし、怒りに燃えた瞳から、瞬時に強い後悔の色が浮かび上がる。
「わかってる、ナランチャ…。済まない、フーゴ……。
君たちも今しがた仲間を失ったばかりだというのに、僕は、自分の事ばかり……」
「気にしないでください、ジョナサン……」
襟元を直しつつそう言うフーゴ。
しかし。
フーゴがそう言うのは、何もジョナサンを気遣ってのことではない。
もちろんまるで気遣っていないというわけでもないが、フーゴにはそれよりも考えねばならないことがあったからだ。
いくつかはすでにナランチャにも話していた事を含め、改めて『名簿』としてもたらされた人名について、照らし合わせていく。
ロバート・E・Oスピードワゴンは彼の友人で、ウィル・A・ツェッペリは波紋法の師。そしてその同門の波紋戦士、ダイアーとストレイツォ。
黒騎士ブラフォードとタルカス、ジャック・ザ・リパーやワンチェン等ディオの配下の屍生人。
そして……。
「『DIO』もしくは、『ディエゴ・ブランドー』。このどちらかが、君の宿敵である『ディオ』かもしれない」
「ディオ・ブランドー、が彼の名前だ。
僕は最初、ウィンドナイツロットに来たときのように、催眠術のようにディオの罠にかけられてここに居るのではと考えていた。
けれどもし、この『名簿』のどちらかが『ディオ』で、『殺し合いの参加者』というのなら、全く別の何者かの仕業なのかもしれない……」
ジョースターの血統。『ディオ』との因縁。だが、しかし……。
「クウジョウ、とか、ヒガシカタ、というのは、まるで聞いたことがない」
再び、フーゴはしばし押し黙った。
そうだろう。きっとそうなのだ。
そしてだからこそ、それをいつ、どう説明するべきかを考えねばならない。
-
★ ★ ★
四方を壁に囲まれた、石造りの海の底。
あえて形容するならば、此処はそういう場所だ。
広大な敷地と、堅牢な外壁を持つこの施設の奥の奥、一切の日の当たらぬその場所で、彼は名簿に目を通している。
重厚な机に、クッションの良い椅子。棚や調度品もそれなりに値の貼るものだし、机の斜め向かいにある応接セットも同様だ。
元々それらは、刑務所内の他の場所にあったものだ。
GDS刑務所の女子監房内の一室を仮の拠点とし、いろいろと物を運び込んでいる。
女子監房はGDS刑務所のほぼ中央に位置し、管理ジェイルや医療監房等の施設に近い。
建物自体の、外に通じている窓などは全て塞いでおいた。
強いパワーのスタンドや、吸血鬼並みの膂力を持つものであればたやすくどかせる程度のものだが、ここで直接日の光にさらされる事はまずない。
地下へと通じる経路も確保している。よほどの油断をしなければ、たいていのことに対応できるだろう。
簡素な蛍光灯の明かりの下で、DIOは、広げた名簿とメモを見る。
150人の『参加者』。76人の『死者』。
その中には、馴染んだ名もあれば、知らぬ名もあり、配下や友人の名もあれば、宿敵や殺した者の名もある。
屍生人、波紋使い、スタンド使い…そして、「過去の、すでに死んでいるはずの人物」……。
過去の、というのは、いささかに主観的すぎる言い分だ。
彼ら(例えば先ほどそれを確認した少年、ポコなど)からすれば自分の方……、つまりはDIOこそが『未来の』人物だろうし、或いはDIOの時代より『未来から』来ている者もいるのだろう。
「セッコ」
座ったまま、DIOはそばにいた別の男へと話しかける。
「今は何年だ?」
呼びかけられ、セッコと呼ばれた、『奇妙な全身スーツ姿の男』は、作業の手を止めてしばし思案する。
しかし思案の後に帰ってきた答えは、
「……わッかんね〜〜。気にしたこともねーや」
というもの。
常にチョコラータの庇護下にいて、彼の言うままに殺しを働くだけの生活において「今が何年か」という知識は、確かに不要なものだったのだろう。
年、年月というのは、主観的な世界においては無用だ。それは社会性というものの中に存在する。
「そうか、なら良い」
そう言ってDIOは会話を打ち切り、セッコも元の作業に戻る。
ポコの証言。最初のホール、ステージで見た『空条承太郎と、よく似た男たち』。
そして、名簿に、放送された死者の名前。
これらを、『事実』と仮定するのであれば、この『殺し合い』を目論んだものは、『時空間を超越した能力』を持っていることになる。
だとしたら、それを、『どう扱うべきか』……。
そう、『どう対処するか』ではない。『どう扱うべきか』だ。
つまり、『天国への扉を開くために、使えるか否か』。
DIOにとって重要なのは、その点なのだ。
-
「な、な、DIO!
どう? どう?」
楽しげに、或いは些か誇らしげに、セッコがDIOへと聞いてくる。
思索から引き離され煩わしげ、ということはまるでない素振りで、DIOは僅かに視線を向ける。
「そうだな……、悪くは、ない」
しかしその言葉は、セッコにとっては望む評価には程遠いいものである。
「だ、だめか、これェ……?」
奇妙に小首をかしげるように、少しさみしげに返すセッコ。
「駄目、ということはない。
少ない材料で仕上げたにしては、なかなかセンスが良い。
特に、上下のバランス、かな。
真ん中を中心に、左右をあえて非対称にずらして配置し、それらを囲む並べ方も象徴的だ」
「そうか!? センス良い!?」
一転して、DIOの寸評にご機嫌になる。
「まあ、悪くはない、と言ったのは、やはり材料自体が足りないということにあるかな。
もともと小さかったし、数も少ないが、何より、バリエーションに欠ける」
「けどよォ〜〜〜、そいつはしょ〜〜〜がねェ〜〜〜しよォ〜〜〜〜……」
再び残念そうな表情のセッコに、DIOは指を1本挙げて続けた。
「ひとつ……。
ついさっき、『ここから逃げた何者か』がいる。
なぜわかるか……? は、問わないでくれ。私にも説明はできない。
ただ、『私を見ていた者』がいて、そいつは、『恐れて、逃げた』……。
そういう事だ……」
首筋に意識をやる。
首から下、今の『DIOの肉体』の下の持ち主である、ジョナサン・ジョースターの肉体。
その肉体を得たことで、DIOは『ジョースターの血統』との、奇妙な結びつきをもっているらしい。
だから、『分かる』 …いや、『感じる』というほうが正確だろう。
誰かは分からぬが、誰か。名簿にある『ジョースターの血統』の中の誰かが、『見ていた』のを、DIOは感じ取っていた。
そして、『逃げた』。
だとすれば、それは承太郎ではないし、また脅威となる相手でもない。
「少しの間、遊んで来てみてはどうだ?」
直接的な驚異ではないが、周りを飛び交うハエは、潰しておいたほうが良い。
アスワンツェツェバエの例では無いが、たかがハエに邪魔されることになるのは、面倒ではある。
「ウホッ!? い、良いのか? 遊んじゃって、良いのか、俺ェ…!?」
セッコは…『面白い』。DIOはそう考えている。
無邪気な子供のように、今彼は『新しい遊び』に、夢中になっている。
かつてのセッコは、チョコラータという男の『ご褒美』欲しさに殺しをしていた。
今、彼は、自分自身の中に、『殺すことの意味』を生み出そうとしている。
悪意でも憎しみでもない。狂気でも利害でもない。
無意味の時平線から、意味を創造し起立させようとしている。
そのこと自体は、DIOにとってさして意味のあることではない。
ただ面白く、興味深いのだ。
そういう意味で言えば、セッコ自身がDIOにとっての、『新たに手に入れた面白げな玩具』そのものでもある。
「できれば一時間程度で戻って来て欲しいが、まあ、君のその『能力』なら、どこに逃げようと隠れようと、見つけ出して捉えられるだろ?
障害はほとんど無い。
僕の友人や部下たちに気をつけてくれれば、好きなだけ『材料』を持ってこれる」
新たなる創造物。セッコの初めての『作品』に目をやる。
「おう、おう! すげェ! DIOの言うとーりだ!
俺、次はぜってー、もっと『スゲェもの』作れるぜ!」
そう言うとセッコは、軽く飛び上がってからくるりと身を翻して、地面の中へと『飛び込んで』行った。
-
残るは、DIOと、『作品』。
赤錆た匂いと、糞尿の混ざった臭気は、近づくもの全てに吐き気を起こさせるだろう。
乾きかけた血と体液に肉塊は、うずたかく積み重ねられ、組み合わされ、形作っている。
先ほど、ここでその命を奪われた3人の少年、その残骸を材料として作られた、血塗られたオブジェ。
放送前にポコに対して試してみた、『食べてみる』という選択肢は、セッコにとって目新しい刺激ではあったが、そのことをまだ自分の中でうまく捉えきれていない。
それもそうだろう。
『食人行為』というのは、飢餓によるそれや性倒錯を除けば、一種の呪術的行為で、死者の肉体を自らに取り入れることで、相手の持っていた霊力を得る、というような意味合いを持つ。
言い換えれば、他者の持つ人格や精神を認めた上で、それらを『自分のものにしたい』という欲求、同化願望や支配欲こそが、食人という行為に意味を持たせる。
そういった呪術的な思考というのは、セッコの持つ感覚からは程遠い。
それでも敢えてその観点で考えるとすれば、セッコにとって『意味のある食人行為』と言えるのは、チョコラータやDIOを『食べる』ときになるとも言える。
セッコはその発想には未だ至れない。セッコにとって意味も価値もない人間の死体をどれほど『食べた』ところで、そこから意味を見出すことは叶わないだろう。
それで、次に彼が試したのが、この『アート』だ。
誰かを殺し、その死体を使って、何かを『創る』。
チョコラータは、『死の間際の恐怖』にそそられていたし価値を見出していたが、死んだあとの死体にはさほど関心を示していなかった。
元々医者でもある。彼にとって死体はただの物体でしかない。タンパク質とカルシウム。そこに、それ以上の意味などは感じないし見いだせない。
ならば、そのあとに自分なりの創意工夫を凝らしてみようというのが、セッコの新たな着想であった。
セッコにとってこれもまは、未知なる喜びだ。
死体、死者を弄ぶ、冒涜する、というような感覚はセッコにはない。
ただ純粋に、生まれて初めて、『自分で何かを作り出す喜び』を感じているのだ。
はなから、彼にとって、殺人はそれ自体が快楽でもなければ、忌避されるべき悪でもない。
神も人間性も信じていない、その存在すら知らない彼には、冒涜という概念すら無い。
彼にとっての殺人とは、『できるから、する』ものだし、死体とは『その結果できるもの』でしかないのだ。
「―――さて、どうする?」
そのセッコによる『初めての作品』、奇怪なオブジェを挟んで向こう側。
暗闇の中のさらにその奥に、DIOが言葉を投げかける。
「今ここで、君と私は、『ふたりきり』だ。
戦うか? 君が是非にというのなら、それもよかろう。
それとも ――― お話でもしてみるか?
私は、どちらでも構わないよ ―――」
奇怪なオブジェの向こう側。
暗闇の中のさらにその奥からは、すぐさまの返答は返ってこなかった。
-
☆ ★ ☆
紙が、あたり一面に散乱している。
それらのいくつかは、テーブルの上に並べられ、またいくつか床やソファの上に何箇所かに分けてまとめられている。
紙の多くは、会場内各所から〈オール・アロング・ウォッチタワー〉が『拾ってきた』ものだ。
コーヒーメーカーに『サンジェルマンのサンドイッチ』、『鎌倉カスター』等の新鮮な食料も、その紙の中にあった支給品である。
支給品の中には、『地下地図』のような有用なものから、武器類に、飲食品類、そして『図画工作セット』のような、何の目的で支給されたか不明なものもあった。
テーブルの真ん中辺り、本来は、綺麗に磨かれていたはずの面には、マーカーで縦横の線が引かれている。
ちょうど7×9マス。縦にはA〜Gの文字が振られ、横には1〜9の数字が振られていた。
そのマス目の中に所狭しと並べられているのは、駒。
小さく切り抜いた紙を、テープで三角形にし、名前とマークを書いてある。
例えば、ほぼ中央に位置する場所に、ボルサリーノ帽のマークが書かれた駒がある。
これは自分の位置を現す駒だ。
そのやや斜め右下に3つの駒があり、『◎フーゴ』、『○ナランチャ』、『☆ジョナサン』、と書かれていてる。
やや左下には、別の駒がいくつか有り、その中には『●セッコ』、『●ヴォルペ』、『△男』、そして、『★DIO』などとある。
名前が解らない人物には、とりあえず便宜的な属性だけ書いておいた。
やや左下の集まりの中の、南北戦争時の軍服のような服を着た無精髭の、『△男』は、今ところ『●=危険で殺る気満々の奴ら』とも、『○=殺る気の少ない手合い』とも解らない。
だから、『△=立場不明』の、『男=名前不明の男』の駒だ。
そのやや近くにある『●鳥』は、『危険な鳥』だし、『●チョコラータ』、『●サーレー』は、それぞれに殺る気アリな危険人物と分類している。
マークは、会話や行動からの危険度を簡易的に表しているそれと、もう一つ。
先ほど手に入れたものにあった、特筆すべき情報、『家系図』にある、『ジョースターの血統』と、その関係者を現す、『星』の記号。
ジョースターの血統。
ボルサリーノ帽を斜に被り、洒落た仕立てのスーツを着込んだ男、ムーロロは考える。
『亀』の中で、ソファに沈み込むかのように身を落とし、テーブルの上に並べられた駒と、いくつかの情報を書止めた紙を見ている。
煎れたばかりの熱いカプチーノには殆ど手をつけておらず、サンドイッチも鎌倉カイターとかいう甘いケーキ菓子も、何口か食べただけで置かれたままだ。
名簿の中にいる、驚くほど多い『ジョースター姓』の名前。そして、花京院という男から手に入れた、『家系図』の中に秘められた、『因縁』。
それらは、まず間違いなく、『鍵』だ。
この、『殺し合いのゲーム』を引き起こした何者かにとっても、おそらくは重要な『鍵』なのだ。
下弦の月が、呼ばれてこの会場では満月となっていた。
「一瞬で呼び出された」というのが実は間違いで、「さらわれたあと数日か数週間、どこかで昏睡させられていて、改めて全員揃えてからゲーム開始になった」
その可能性も考慮していた。
だが、違うのだ。
ムーロロはすでに『確信』している。
このゲームが始まってからの約6時間ほどの間。ムーロロはひたすら『亀』の中に潜み隠れたまま、会場中に飛ばしたカード、自らのスタンド〈オール・アロング・ウォッチタワー〉により、情報収集をしていた。
最初のステージで殺された男によく似た男たち。
すでに死んでいるはずの、ナランチャやアバッキオ、ブチャラティチームの面々に、暗殺チームの面々。
体が半分機械化されたナチスの軍人に、西部劇さながらの格好をしたカウボーイやメキシカン。
日本の学生やサラリーマンらしき者たちに、産業革命時代の英国紳士。
吸血鬼、屍生人、柱の男、波紋戦士。
とうの昔に死んだはずの、スピードワゴン財団設立者、ロバート・E・O・スピードワゴン。
彼らの振る舞い、言葉、話している内容…。
-
皆が皆、『演技をしている偽物』であったり、『催眠術や暗示か何かでそう思い込まされている何者か』というのでもない限り、結論は限られてくる。
そう。
ムーロロはほぼ、『確信』している。
この『殺し合い』の参加者は、『様々な時代から呼び出されて』おり、そしてその多くは、『ジョースターの血統と因縁のある者か、その関係者』である、という事を。
もちろん、まだ確定的とは言えない。すでに、その例外、『イレギュラー』と思える参加者たちもある程度は把握している。
それでも、この『ジョースターの血統』が大きな『鍵』である、という見立てには、『確信』を抱いている。
ジョセフ・ジョースター。
はじめのステージで殺された男に、酷似した男。
先ほど『コンタクト』を取ったこの男は、探っている間ずっと自分の名を言わなかったし、同行しているエリナという女も、襲いかかってきた長髪の剣士も、『ジョナサン・ジョースター』と呼んでいた。
しかし、ムーロロは既に、最初の頃に発見したナランチャが、ジョナサン・ジョースターと名乗るよく似た男と同行しているのを確認していた。
だから、カマをかけてみた。
「 ――― ジョセフ・ジョースターだな?」
否定は、ない。ムーロロの推測は当たっていた。
そして、ならばこの、『家系図』のとおりの『事実』が、見出されるかもしれない。
エリナ・ジョースター。家系図によれば、ジョセフの祖母。ジョナサンの妻。
その見捨てることのできるはずのない存在を『救う』ため、どんな決断をするのか ―――。
「―――クソッ、ごちゃごちゃくだらねーコト言ってんじゃぁねぇ〜〜〜ッッ !! 全部だッ! 全部教えろッ!!!」
怒号とともに首を絞め上げられる。
なかなか、直情的なところもあるようだ。
だが、震えるその両腕は、決して加減を間違えてもいない。本当に本気で締め上げて、こちらの情報を得られなりかねない愚を犯すほどではないというところか。
「貸しがさらに二つ、そう判断するぜ」
ムーロロは、表情ひとつ変えずに返す。
ひらりと動かした手の中には既にカードはなく3枚のメモ。
それがはらりと地面に落ちる。
「どこを選ぶかは、お前が決めろ。どこに行けば良いかなんてのは、俺に決められる事じゃぁないしな」
ジョセフの両手から解放され、襟元を直しながらムーロロは言う。
慌ててメモを拾い集めて、その中身を確認するジョセフだが、再び顔を上げた時には、暗闇にムーロロの姿はなかった。
ムーロロはようやくに、カップのカプチーノに口を付け、ふた口目を啜る。
――― どれを、選んだか。
その答えをムーロロは既に知っている。カードがジョセフの後をつけているからだ。
そしてその先で起きている出来事も、起こりつつある出来事も、ムーロロは知っている。
-
それをしかし、知らせる事はしない。
ボス ――― ジョルノが今どこでどうしているかも知っているが、それをフーゴに教えることも、まだしない。
フーゴに伝えたのは、『家系図』にある、『ジョースターの血統』が、『鍵』になるのではないか、という推測と、「ジョナサン・ジョースターから目を離さず同行しろ」という指示。
とは言えフーゴのことだ。
おそらくは、『何世代にも渡るジョースターの血統』に関する話と、こちらの『煮え切らない反応』から、きっと敵が持っているであろう、『時間を超越したスタンド能力』に関してまでは、独自の推理でたどり着いていてもおかしくはない。
情報の全てを、与えてはならない。
情報には、使うべき時と使うべき価値が有り、今ムーロロのもっているそれは、おそらく他の誰もが及ばないだけのものだ。
あとは ――― それらを使い、どうするか ―――。
いつどこで誰と誰を組ませ、誰と誰を争わせるか ―――。
盤面の駒を見る。
ハートのキング。長年に渡る『ジョースターの血統』の宿敵、DIO。
この男を、どう『利用』すべきか。
さらには、家系図には書かれていないが、おそらくは彼らの一族と強い因縁のある対立構造、『柱の男』と、『波紋戦士』。
ジョナサンの体と、DIOの魂の落し子、『ボス』、ジョルノ・ジョバァーナと、敵対するパッショーネの殺し屋ども。
そして、いくつかの『イレギュラー』たち……。
家系図と名簿を見比べる。
『ディエゴ・ブランドー』、『ジョニィ・ジョースター』。
『家系図』に無い二人の『ディオ』と、『ジョジョ』は、果たしてどのような存在なのか?
盤面の駒を見る。
この二つの『イレギュラー』は、今行われている死の遊戯において、果たしてどんな利用価値があるのだろうか?
☆ ☆ ☆
「ジョジョ!? ジョセフ・ジョースターか、貴様ッ!?」
-
シュトロハイムの大声に、一同の注意が引き寄せられる。
シュトロハイムと噴上裕也が戻ってから、さほど時間が経ったわけでもない。
意識のあったものは簡単に食事や休息をとり、また周囲を警戒しつつ、二人の女性の治療にあたっていた。
怪我の具合が幾分ましで、疲労もあるがむしろ緊張が緩和したことから意識を失っていたシーラ・Eがエルメェスより先に目覚め、ごく少ない時間ではあったが、自己紹介とわずかな情報交換をしはじめていた。
それぞれの名前と、簡単な経緯を確認し始めた、ちょうどその最中である。
サンタナ、そしてカーズ。二人の『柱の男』と関わってしまった、2組の即席チーム。
彼ら男女7人、そこに居合わせた者たちの反応は様々だったが、突如としとて古代環状列石の地下から現れた男へと、自然と視線が集まった。
「死んだものと思っておったぞ、このバカモノが!
しかし一体どんなトリックで……」
多くの。ここにいる多くの者が、『首輪の爆発で殺された』ことを確認しているハズの男。
シュトロハイムは、彼自身が『ジョセフ・ジョースター』と呼んだこの男が、生きている事に喜びこそすれさほど訝しみはしていない。
彼の中では、『死んだと思ったら生きていたとしても、おかしくはない』のだと言わんばかりの反応だ。
しかし、残りの者は違う。
(あの男は、確かに最初のステージで殺されていた……。それはここにいる皆が見ているはず……だが)
投げ縄を手にしつつ、救急車の中のエルメェスから離れずにマウンテン・ティムが鋭い視線を向ける。
(ジョセフ・ジョースター? おい待てよ、そいつは確か仗助のオヤジで、ヨボヨボの爺だったんじゃねーのか!?)
ハイウェイスターを傍らに呼び出す噴上裕也が脳裏に浮かべるのは、全く別の人間の姿。
(知ってるわ、その名前……! スピードワゴン財団とも関係のあった、ニューヨークの不動産王の名前と同じ……。
スピードワゴンと良い、いったい何なんだッ!?)
ようやく疲労からも回復し始めたシーラ・Eが、未だおぼつかない意識で困惑の目を向ける。
「シュトロハイム! 俺の事は今はいい!
細かい話をしてる場合じゃねーんだ!
それより……誰が、『ジョースケ』だ!?
エリナを、エリナばーちゃんを助けてくれッ!!」」
「ジョースケ? ジョースケならそこで別の女性の……」
ショトロハイムとしては質問攻めにしたいところだったが、ジョセフの勢いに押され、救急車でエルメェスの治療をしていた仗助の方を見やる……が、そこに仗助の姿は無かった。
何処だ? 慌てるシュトロハイムと、焦るジョセフの背後から、その声が聞こえてくる。
「アンタが何者で、何で生きてんのかとか……何で俺のことを知ってるのかとか……、いろいろと聞きてー事は山ほどある……」
いつの間にか後ろに回っていた仗助が、重く暗い眼差しでジョセフを見据える。
「お前がジョースケか!? 頼む、エリナばーちゃんを、『治して』くれッ……! 頼むッ……!」
懇願。悲痛なまでのその叫びに、周囲のざわめきも困惑も、さざ波が引くかのように消えていった。
だが ―――。
「もう、試した……」
-
ぐらり。
地面が揺らぐ。
――― ため…した…?
――― 何を言っているんだ、とにかく早く『治して』くれ。
――― 俺の『波紋』で持たせられる時間はそんなに無いんだ。
――― もうこんなに冷たくなっている。
――― 青白くなった肌が乾いているし、足がうっ血してむくみだしている。
――― それに見ろ、首なんて、だらりと力なく仰け反り、目は既に何も見ていないじゃないか。
――― だから早く、『治して』くれ。
――― 何やってんだよ、おい。
――― 待て、聞こえ無いぞ。
――― きちんと、しゃべ
「俺のスタンドは、『物を直す』こともできる……、『怪我を治す』ことも出来る……」
絶叫が、響いている。
「けど ――― 『死者を蘇らせる』ことは、出来ない……」
絶叫が、ただ響いている。
行くあてすら無い、絶叫が ――― 。
☆ ★ ☆
ジョセフが仗助を選んだ理由には、見当がつく。
ムーロロの渡したメモにある道のりで、今いる場所から一直線に走って着く場所が、仗助のいる古代環状列石に続いていたからだろう。
不確かで、何ら確証の無い情報であっても、あれこれ吟味している時間など無い…そういう判断だ。
ハナから死ぬことを前提にすれば、複雑な地下迷路をたどってGDS刑務所へと行く手もあっただろうが、流石にそれは選ばなかったし ――― 選べるわけもない。
そして、地下、地上どちらから向かっても見つけにくい位置にいたジョルノは、その点で論外だったというワケだ。
とは言え。
時間的に最速の位置に居た仗助に助けを求めたものの、結局は『間に合わなかった』のだから、『エリナ・ジョースターの死』については、どれを選んだところで不可避だったということになる。
ならばDIOであれば蘇らせることができたのか? それをジョセフは、エリナは(そして、この殺し合いを仕組んだ者は)『よし』としただろうか?
そこに関しては、確認できずじまいだった。
今 ―――、それぞれの場所で、当事者とムーロロしか確認していない出来事が三つ、進行している。
一つ。ジョルノ・ジョバァーナは、『家系図』上のジョセフの母、リサリサを治療し終えたが、彼女の様子は『かなりおかしい』ということ。
もう一つ。DIOの元を訪れた新たな存在。テーブル上の駒、『△男』のこと。
この男のマークが、『●=危険で殺る気満々の奴ら』の仲間になるのか、あるいは、『○=殺る気の少ない手合い』となるのか……或いは、『駒そのものが盤上から消え去るのか』。
そして、さらにもう一つ ―――。
ジョセフの訪れた場所にいた一人と、それをつけまわしていたもう一人。
少し前まで『●カキョーイン』と一緒にいた、『●ユカコ』…『髪の毛を自在に伸ばして操る、スタンド使いの女』が、残り全員がジョセフの出現に気を取られているその隙に、『○コーイチ』…、『背の低いガキ』を絡め取り、密かに連れ去ったということ。
このことに、今はまだ、あの場にいる7人は、気づいていない。
この二つの出来事の顛末。その結果、その波紋が盤上にどのような結果をもたらすのか。
それはまだ、誰にも分からない。
【エリナ・ジョースター:死亡】
-
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【E-6 ローマ市街・ショップ内 / 1日目 朝】
【ジョナサン・ジョースター】
[能力]:『波紋法』
[時間軸]:怪人ドゥービー撃破後、ダイアーVSディオの直前
[状態]:全身ダメージ(中)、貧血気味、疲労
[装備]:なし
[道具]:基本支給品(食料1、水ボトル少し消費)、不明支給品1〜2(確認済、波紋に役立つアイテムなし)
[思考・状況]
基本行動方針:力を持たない人々を守りつつ、主催者を打倒。
1.『参加者』の中に、エリナに…父さんに…ディオ……?
2.仲間の捜索、屍生人、吸血鬼の打倒。
3.ジョルノは……僕に似ている……?
[備考]
※放送を聞いていません。フーゴのメモを写し、『アバッキオの死が放送された』と思ってます。
【ナランチャ・ギルガ】
[スタンド]:『エアロスミス』
[時間軸]:アバッキオ死亡直後
[状態]:気絶中、額に大きなたんこぶ&出血中
[装備]:なし
[道具]:基本支給品(食料1、水ボトル少し消費)、不明支給品1〜2(確認済、波紋に役立つアイテムなし)
[思考・状況]
基本行動方針:主催者をブッ飛ばす!
1.ブチャラティたちと合流し、共に『任務』を全うする。
2.ジョナサン…は、どうする?
3.アバッキオの仇め、許さねえ! ブッ殺してやるッ!
[備考]
※放送を聞いていません。フーゴのメモを写し、『アバッキオの死が放送された』と思ってます。
【パンナコッタ・フーゴ】
[スタンド]:『パープル・ヘイズ・ディストーション』
[時間軸]:『恥知らずのパープルヘイズ』終了時点
[状態]:困惑
[装備]:DIOの投げたナイフ1本
[道具]:基本支給品(食料1、水ボトル少し消費)、DIOの投げたナイフ×5、『オール・アロング・ウォッチタワー』 のハートのAとハートの2
[思考・状況]
基本行動方針:"ジョジョ"の夢と未来を受け継ぐ。
1.『ジョースターの血統』に、『ディオという男』……? とにかくジョナサンとは同行しておかないと…。
2.利用はお互い様、ムーロロと協力して情報を集め、ジョルノやブチャラティチームの仲間を探す。
3.ナランチャや他の護衛チームにはアバッキオの事を秘密にする。しかしどう辻褄を合わせれば……?
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【E-2 GDS刑務所1F・女子官房内の一室 / 一日目 朝】
【DIO】
[時間軸]:三部。細かくは不明だが、少なくとも一度は肉の芽を引き抜かれている。
[スタンド]:『世界(ザ・ワールド)』
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×5、麻薬チームの資料、地下地図、リンプ・ビズキットのDISC、スポーツ・マックスの記憶DISC、携帯電話、スポーツ・マックスの首輪、ミスタの拳銃(5/6)、石仮面、不明支給品×0〜3
[思考・状況]
基本行動方針:帝王たる自分が三日以内に死ぬなど欠片も思っていないので、いつもと変わらず、『天国』に向かう方法について考える。
1.『新しい訪問者』を見定める。
2.マッシモとセッコが戻り次第、地下を移動して行動開始。彼とセッコの気が合えば良いが?
3.プッチ、チョコラータ等とは合流したい。
4.『時空間を超越する能力』を持つと思われる主催者を、『どう利用する』のが良いか考えておく。
5.首輪は煩わしいので外せるものか調べてみよう。
[備考]
※『この会場に時間を超えて人が集められている』、『主催者は、時空間を超越する能力を持っている』であろう、と思っています。
※『ジョースターの血統の誰か(徐倫の肉体を持ったF・F)』が放送中にGDS刑務所から逃げ出したことは、感じ取りました。
【セッコ】
[スタンド]:『オアシス』
[時間軸]:ローマでジョルノたちと戦う前
[状態]:健康、興奮状態、血まみれ
[装備]:カメラ
[道具]:基本支給品、死体写真(シュガー、エンポリオ、重ちー、ポコ)
[思考・状況]基本行動方針:DIOと共に行動する
1.人間をたくさん喰いたい。何かを創ってみたい。とにかく色々試したい。
2.逃げてった? やつ? で、遊んでみて、一時間くらいで戻る!
2.DIO大好き。チョコラータとも合流する。角砂糖は……欲しいかな? よくわかんねえ。
[備考]
※『食人』、『死骸によるオプジェの制作』という行為を覚え、喜びを感じました。
【ディ・ス・コ】
[スタンド]:『チョコレート・ディスコ』
[時間軸]:SBR17巻 ジャイロに再起不能にされた直後
[状態]:健康、空腹
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、シュガー・マウンテンのランダム支給品1〜2(未確認)
[思考・状況] 基本行動方針:大統領の命令に従い、ジャイロを始末する
1.何 な ん だ こ い つ ら は っ … … !?
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【D-4 近辺いずれか。『亀』の中 /1日目 朝】
【カンノーロ・ムーロロ】
[スタンド]:『オール・アロング・ウォッチタワー』
[時間軸]:『恥知らずのパープルヘイズ』開始以前、第5部終了以降。
[状態]:健康
[装備]:トランプセット
[道具]:基本支給品、ココ・ジャンボ、無数の紙、図画工作セット、『ジョースター家とそのルーツ』、川尻家のコーヒーメーカーセット、地下地図、不明支給品(8〜21)
[思考・状況]
基本行動方針:状況を見極め、自分が有利になるよう動く。
1.情報収集を続ける。
2.『ジョースター家の血統』、『イレギュラー』、『DIOという男』、『波紋戦士』、『柱の男』、『パッショーネ』……。さて、どう、『利用する』べきか……?
[備考]
※〈オール・アロング・ウォッチタワー〉の情報収集続行中。
※回収した不明支給品は、
A-2 ジュゼッペ・マッジーニ通りの遊歩道から、アンジェリカ・アッタナシオ(1〜2)、マーチン(1〜2)、大女ローパー(1〜2)
C-3 サンタンジェロ橋の近くから、ペット・ショップ(1〜2)
D-8 杜王駅から、ブルート(0〜1)、犬好きの子供(1〜2)、虫喰いでない(1〜2)、織笠花恵(1〜2)、ドルチ(1〜2)
E-7 杜王町住宅街北西部、コンテナ付近から、エシディシ、ペッシ、ホルマジオ(3〜6)
F-2 エンヤ・ガイル(1〜2)
F-5 南東部路上、サンタナ(1〜2)、ドゥービー(1〜2)
の、合計、13〜26。
そのうち5つは既に開封しており、『川尻家のコーヒーメーカーセット』、『地下地図』、『図画工作セット』、『サンジェルマンのサンドイッチ』、『かじりかけではない鎌倉カスター』が入っていました。
※【川尻家のコーヒーメーカーセット@Part4 ダイヤモンドは砕けない】
川尻家の朝には欠かせない、手軽に本格コーヒーをドリップできるコーヒーメーカーのセット。
※【図画工作セット@現実】
はさみ、のり、セロテープにカラーマーカーやクレヨン、色鉛筆に油粘土等々。
いわゆる小学校低学年の図画工作の授業で使われるようなものの詰め合わせ。
※【サンジェルマンのサンドイッチ@Part4 ダイヤモンドは砕けない】
売り切れ必死大人気のサンドイッチ。重ちーの買ったほうなので吉良の『恋人』は入っていない。
※【かじりかけでない鎌倉カスター@Part4 ダイヤモンドは砕けない】
神奈川県鎌倉市にある鎌倉ニュージャーマンで製造販売している、カスタードクリームをカステラ生地で包んだ洋菓子、と思われる。
東方朋子の好物で、杜王町在住の彼女は、おそらく通販かなどのお取り寄せで購入したか、知人縁者から贈答で貰ったていたのだろうから、そりゃあ一口だけかじっておかれていたら怒る。誰だって怒る。
-
【B-4 古代環状列石(地上)/一日目 朝】
【チーム名:HEROES+(-)】
【ジョセフ・ジョースター】
[能力]:波紋
[時間軸]:ニューヨークでスージーQとの結婚を報告しようとした直前。
[状態]:絶望、体力消耗(中)
[装備]:なし
[道具]:首輪、基本支給品×4、不明支給品4〜8(全未確認/アダムス、ジョセフ、母ゾンビ、エリナ)
[思考・状況]
基本行動方針:???
1.???
【ルドル・フォン・シュトロハイム】
[スタンド]:なし
[時間軸]:JOJOとカーズの戦いの助太刀に向かっている最中
[状態]:健康
[装備]:ゲルマン民族の最高知能の結晶にして誇りである肉体
[道具]:基本支給品(食料1、水ボトル少し消費)、ドルドのライフル(5/5、予備弾薬20発)
[思考・状況]
基本行動方針:バトル・ロワイアルの破壊。
1.ジョセフの様子が心配。
2.『柱の男』殲滅作戦…は、どうする?
【東方仗助】
[スタンド]: 『クレイジー・ダイヤモンド』
[時間軸]:JC47巻、第4部終了後
[状態]:左前腕貫通傷、深い悲しみ、
[装備]:ナイフ一本
[道具]:基本支給品(食料1、水ボトル少し消費)、不明支給品1〜2(確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗る気はない。このゲームをぶっ潰す!
1.ジョセフ・ジョースターに、エリナ……?
2.各施設を回り、協力者を集める?
3.承太郎さんと……身内(?)の二人が死んだのか?
[備考]
クレイジー・ダイヤモンドには制限がかかっています。
接触、即治療完了と言う形でなく、触れれば傷は塞がるけど完全に治すには仗助が触れ続けないといけません。
足や腕はすぐつながるけど、すぐに動かせるわけでもなく最初は痛みとつっかえを感じます。時間をおけば違和感はなくなります。
骨折等も治りますが、痛みますし、違和感を感じます。ですが"凄み"でどうともなります。
また疲労と痛みは回復しません。治療スピードは仗助の気合次第で変わります。
【噴上裕也】
[スタンド]:『ハイウェイ・スター』
[時間軸]:四部終了後
[状態]:全身ダメージ(小)、疲労(小)、空腹
[装備]:トンプソン機関銃(残弾数 90%)
[道具]:基本支給品(食料1、水ボトル少し消費)、ランダム支給品1(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:生きて杜王町に帰るため、打倒主催を目指す。
1.ジョセフ・ジョースター? 仗助の親父の名前じゃなかったか?
2.各施設を回り、協力者を集める?
-
【エルメェス・コステロ】
[スタンド]:『キッス』
[時間軸]:スポーツ・マックス戦直前。
[状態]:フルボッコ、気絶中(?)、治療中、空腹
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況] 基本行動方針:殺し合いには乗らない。
1.徐倫、F・F、姉ちゃん……ごめん。
【マウンテン・ティム】
[スタンド]:『オー! ロンサム・ミ―』
[時間軸]:ブラックモアに『上』に立たれた直後
[状態]:全身ダメージ(中)、体力消耗(大)、
[装備]:ポコロコの投げ縄、琢馬の投げナイフ×2本、ローパーのチェーンソー
[道具]:基本支給品×2(食料1、水ボトル少し消費)、ランダム支給品1(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗る気、一切なし。打倒主催者。
1.ジョセフ・ジョースター? 最初に殺された男に瓜二つだが……。
2.各施設を回り、協力者を集める。
【シーラE】
[スタンド]:『ヴードゥー・チャイルド』
[時間軸]:開始前、ボスとしてのジョルノと対面後
[状態]:全身打撲、左肩に重度の火傷傷、肉体的疲労(大)、精神的疲労(大)
[装備]:ナランチャの飛び出しナイフ
[道具]:基本支給品一式×3(食料1、水ボトル少し消費)、ランダム支給品1〜2(確認済み/武器ではない/シ―ラEのもの)
[思考・状況]
基本行動方針:ジョルノ様の仇を討つ
1.ジョセフ・ジョースター? スピードワゴン財団関係者の不動産王と同じ名前じゃないか……?
[備考]
※参加者の中で直接の面識があるのは、暗殺チーム、ミスタ、ムーロロです。
※元親衛隊所属なので、フーゴ含む護衛チームや他の5部メンバーの知識はあるかもしれません。
※ジョージⅡ世とSPWの基本支給品を回収しました。SPWのランダム支給品はドノヴァンのマントのみでした。
※放送を片手間に聞いたので、把握があいまいです。
【B-4 近辺のどこか /一日目 朝】
【広瀬康一】
[スタンド]:『エコーズ act1』 → 『エコーズ act2』
[時間軸]:コミックス31巻終了時
[状態]:左腕ダメージ(小)、右足に痛み、山岸由香子に捕獲され中
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×2(食料1、水ボトル少し消費)、ランダム支給品1(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
1.???
【山岸由花子】
[スタンド]:『ラブ・デラックス』
[時間軸]:JC32巻 康一を殺そうとしてドッグオンの音に吹き飛ばされる直前
[状態]:健康、虚無の感情(小)、興奮(大)、康一君を捕獲中
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×2、ランダム支給品合計2〜4(自分、アクセル・ROのもの。全て確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:広瀬康一を殺す。
1.康一くんをブッ殺す。他の奴がどうなろうと知ったことじゃあない。
2.花京院をぶっ殺してやりたいが、まずは康一が優先。乙女を汚した罪は軽くない。
※康一くんをひそかに捕獲成功。まだ(ムーロロ以外の)他の者達に気づかれていません。
-
以上本文及び状態表でありますホワチャ〜〜!
むやみに人数が多いので状態表の照らし合わせとかすげーしくじりありそうです。
と、いうか、しくじりと言えばですね。
ワタクシ、『第一回放送までの死者数』 を、どこかで勘違いして、『50人』って覚えてしまっていたのですね。
なので今まで投下した第二回放送後のSSで、何度も『50人もの死者』とか書いてしまっているっ……!
ま一応、表記修正だけで済むことなので、後でwikiの方を直しておきます。ハイ。
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>>340 の、訂正。
【D-4 近辺いずれか。『亀』の中 /1日目 朝】
【カンノーロ・ムーロロ】
[スタンド]:『オール・アロング・ウォッチタワー』
[時間軸]:『恥知らずのパープルヘイズ』開始以前、第5部終了以降。
[状態]:健康
[装備]:トランプセット
[道具]:基本支給品、ココ・ジャンボ、無数の紙、図画工作セット、『ジョースター家とそのルーツ』、川尻家のコーヒーメーカーセット、地下地図、不明支給品(8〜21)
[思考・状況]
基本行動方針:状況を見極め、自分が有利になるよう動く。
1.情報収集を続ける。
2.『ジョースター家の血統』、『イレギュラー』、『DIOという男』、『波紋戦士』、『柱の男』、『パッショーネ』……。さて、どう、『利用する』べきか……?
[備考]
※〈オール・アロング・ウォッチタワー〉の情報収集続行中。
※回収した不明支給品は、
A-2 ジュゼッペ・マッジーニ通りの遊歩道から、アンジェリカ・アッタナシオ(1〜2)、マーチン(1〜2)、大女ローパー(1〜2)
C-3 サンタンジェロ橋の近くから、ペット・ショップ(1〜2)
E-7 杜王町住宅街北西部、コンテナ付近から、エシディシ、ペッシ、ホルマジオ(3〜6)
F-2 エンヤ・ガイル(1〜2)
F-5 南東部路上、サンタナ(1〜2)、ドゥービー(1〜2)
の、合計、10〜20。
そのうち5つは既に開封しており、『川尻家のコーヒーメーカーセット』、『地下地図』、『図画工作セット』、『サンジェルマンのサンドイッチ』、『かじりかけではない鎌倉カスター』が入っていました。
※【川尻家のコーヒーメーカーセット@Part4 ダイヤモンドは砕けない】
川尻家の朝には欠かせない、手軽に本格コーヒーをドリップできるコーヒーメーカーのセット。
※【図画工作セット@現実】
はさみ、のり、セロテープにカラーマーカーやクレヨン、色鉛筆に油粘土等々。
いわゆる小学校低学年の図画工作の授業で使われるようなものの詰め合わせ。
※【サンジェルマンのサンドイッチ@Part4 ダイヤモンドは砕けない】
売り切れ必死大人気のサンドイッチ。重ちーの買ったほうなので吉良の『恋人』は入っていない。
※【かじりかけでない鎌倉カスター@Part4 ダイヤモンドは砕けない】
神奈川県鎌倉市にある鎌倉ニュージャーマンで製造販売している、カスタードクリームをカステラ生地で包んだ洋菓子、と思われる。
東方朋子の好物で、杜王町在住の彼女は、おそらく通販かなどのお取り寄せで購入したか、知人縁者から贈答で貰ったていたのだろうから、そりゃあ一口だけかじっておかれていたら怒る。誰だって怒る。
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今更ながら、 >>340 の再訂正。
【D-4 近辺いずれか。『亀』の中 /1日目 朝】
【カンノーロ・ムーロロ】
[スタンド]:『オール・アロング・ウォッチタワー』
[時間軸]:『恥知らずのパープルヘイズ』開始以前、第5部終了以降。
[状態]:健康
[装備]:トランプセット
[道具]:基本支給品、ココ・ジャンボ、無数の紙、図画工作セット、『ジョースター家とそのルーツ』、川尻家のコーヒーメーカーセット、地下地図、不明支給品(5〜15)
[思考・状況]
基本行動方針:状況を見極め、自分が有利になるよう動く。
1.情報収集を続ける。
2.『ジョースター家の血統』、『イレギュラー』、『DIOという男』、『波紋戦士』、『柱の男』、『パッショーネ』……。さて、どう、『利用する』べきか……?
[備考]
※〈オール・アロング・ウォッチタワー〉の情報収集続行中。
※回収した不明支給品は、
A-2 ジュゼッペ・マッジーニ通りの遊歩道から、アンジェリカ・アッタナシオ(1〜2)、マーチン(1〜2)、大女ローパー(1〜2)
C-3 サンタンジェロ橋の近くから、ペット・ショップ(1〜2)
E-7 杜王町住宅街北西部、コンテナ付近から、エシディシ、ペッシ、ホルマジオ(3〜6)
F-2 エンヤ・ガイル(1〜2)
F-5 南東部路上、サンタナ(1〜2)、ドゥービー(1〜2)
の、合計、10〜20。
そのうち5つは既に開封しており、『川尻家のコーヒーメーカーセット』、『地下地図』、『図画工作セット』、『サンジェルマンのサンドイッチ』、『かじりかけではない鎌倉カスター』が入っていました。
※【川尻家のコーヒーメーカーセット@Part4 ダイヤモンドは砕けない】
川尻家の朝には欠かせない、手軽に本格コーヒーをドリップできるコーヒーメーカーのセット。
※【図画工作セット@現実】
はさみ、のり、セロテープにカラーマーカーやクレヨン、色鉛筆に油粘土等々。
いわゆる小学校低学年の図画工作の授業で使われるようなものの詰め合わせ。
※【サンジェルマンのサンドイッチ@Part4 ダイヤモンドは砕けない】
売り切れ必至の大人気サンドイッチ。重ちーの買ったほうなので吉良の『恋人』は入っていない。
※【かじりかけでない鎌倉カスター@Part4 ダイヤモンドは砕けない】
神奈川県鎌倉市にある鎌倉ニュージャーマンで製造販売している、カスタードクリームをカステラ生地で包んだ洋菓子、と思われる。
東方朋子の好物で、杜王町在住の彼女は、おそらく通販などのお取り寄せで購入したか、知人縁者から贈答で貰ったていたのだろうから、そりゃあ一口だけかじっておかれていたら怒る。誰だって怒る。
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投下します
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学生や社会人が足早に駆けていく朝。誰もが立ち止まり、何事かと思うような轟音が、一件の民家から聞こえてきた。
木製の家具がけたたましい音をたて床に叩きつけられる。椅子は倒れ、机が床を滑り、衝撃に合わせて棚より何枚かの食器が落っこちてきた。
壁に投げつけられた少年は、ぐぇ、と短い呻き声をあげた。視界が一瞬で真っ白になり、心臓を止められたかのように呼吸ができない。
地面に落下し、二度目の衝撃を受けても、呼吸は戻ってこなかった。まるで息をする方法を忘れてしまったようだと、康一は空気を求めて喘ぎながら、思った。
パリン、と陶器が割れる音が聞こえる。砕けた細かい破片を踏みしめる音。
パキ……、パキ……、パキ……。足音に合わせ、倒れた康一に近づく一つの影。
彼を投げ飛ばした少女、山岸由花子が迫りくる。
由花子は興奮を抑える様に深呼吸を繰り返していた。ゆっくりと息を吸い、大きな扉を押し開けるかの様に、肺の奥にためていた空気を吐き出す。
彼女は必死で冷静になるよう、言い聞かせていた。
まだよ、まだ漏らしては駄目。ここからが本番じゃない、と。自身に言い聞かせるように、そう呟いた。
左まぶたの痙攣が止まらない。彼女の高ぶり、残虐性を知らせるように目元の筋肉が収縮を繰り返す。
ピクピク、ピクピクと。震えが大きくなるに従って彼女の中で、大きなさざ波が生まれる。それに呼応するかのように、彼女の美しい黒髪も震えた。
獲物を前にした蛇のように、ざわめき、首をもたげ、凶暴な目で康一を見下ろす。少年はごくりと唾を飲み込んだ。
「……それで」
弱弱しい声が沈黙を破る。康一の声は震えてはいなかったものの、懇願するような声音だった。
隠しきれない恐怖と戸惑いの色が漂い、由花子の心の震えを更に大きくする。憐れむような視線と声が、彼女の中の何かを刺激した。
少年は続きを言おうと口を開くが、途中でそれをひっこめる。代わりに短い、押し殺した唸り声が漏れ出た。
彼が言葉を言いきる前に、由花子の長く、獰猛な髪の毛が少年の体を宙吊りにしていた。
「一体、僕に……なんのようだっていうんだい…………?」
「よくもそんなセリフが吐けるものね……私に、あんな仕打ちをしておきながらッ」
ぎゃ、と短い悲鳴に続き、轟く衝突音。康一の体は弾丸のように弾き飛ばされ、もう一度壁へと叩きつけられる。
耳を覆いたくなるような音が聞こえた。グシャリと音を響かせ、少年の体が折れ曲がる。見ているほうが、聞いているほうが痛々しく思えるほどだ。
康一の体は何度も何度も、床に、壁に、そして天井に叩きつけられた。出来の悪いピンボールのように、少年の体は何度も跳ねかえり、はずみ、由花子はそんな様子を薄笑いを浮かべ眺めていた。
最後に一段と派手に食器棚を吹き飛ばし、そこでようやく由花子は一満足する。埃が収まらぬうちに、瓦礫の中より足だけ突き出た少年を引きずり出した。
由花子は彼を逆さ吊りにしたまま、改めて少年の顔を眺めてみた。愛する恋人と見つめ合うような至近距離で、彼の顔を見つめてみた。
青あざ、切り傷、水ぶくれ。傷だらけの泣きべそ。そんな表情を浮かべた彼は、大層ひどく、醜く見える。
由花子は笑う。情けない男ね、と少年を鼻で笑い、そしてそんな彼に向かって手を伸ばす。
少年への処刑はまだ終わっていない。由花子の高ぶりは、この程度では収まらなかった。
康一の悲鳴が宙を切り裂いていく。手入れのいき届いた尖った指先が、彼の傷口を抉りとっていく。
目に鮮やかな赤い肉、その奥底までずぶりずぶりとその指を射し込んでいく。康一が身をよじらせ苦痛にもがくが、由花子は一向に意に介さない。
爪が丸ごと埋まるぐらいまで、女は指を進め、長く轟く少年の痛みの叫びに身体を震わせた。心地よい興奮が彼女を満たしていた。
自分のことを侮辱したこのガキを、今確かに自分は蹂躙している。踏みつけ、屈服させ、懇願させている。他でもない彼を。この私が。
加虐心が空っぽの体へ流れ込む。素晴らしい感覚だった。満ち足り、充実感が、彼女を包んでいた。
由花子はしばし時間を忘れ、その高揚感に身をよじらせていた。康一のすすり泣きと絶叫が、民家を包むように響いていく。
-
やがて満足したのか、由花子はその指を引き抜いていく。
些か名残惜しい気持ちもあったのだろう。突き刺した時の倍以上の時間をかけ、引き抜く際には関節を曲げ、爪でひっかき、彼の内側を徹底的に痛み付けるのを忘れない。
康一は几帳面に刺激を与えるごとに悲鳴を上げ、身をよじる。それが由花子にはたまらなく心地よかった。
「なんで……」
涙声の少年が哀れっぽく呻いた。依然逆さ吊り、宙づりの彼の頬を、傷口から流れ出た血が濡らしていく。
由花子は血で真っ赤に染まった指先を口で含み、唇を朱に染める。
口の中に広がる鉄苦さ。生温かく、張り付く様な弾力のある液体が口の中に広がっていく。
広瀬康一の血で自分が汚れることに嫌悪感はなかった。それを上回る満足感が、少女の中を満たしていたから。
反対向きの少年の頬を両手で包み、優しく撫でる。涙で潤み、問いかけるような少年の視線を受け止めながら。由花子はゆっくりといとおしむ様に康一の頬を撫でる。
血が筋になって少年の頬をすっと流れていく。赤い線が無数に走り、彼自身の血で肌が染まっていく。
今度はその両手で、十本の爪で、由花子は少年をいたぶり始めた。
万力の力で全ての爪を喰いこませていく。プツリ、プツリと肌を突き破る音。ジワリと赤の液体が滴り、零れてくる。
そしてそれに調和するように、少年の長い、長い呻き声がこだましていた。由花子は夢中でその行為を続けた。時間を忘れるほど、それに熱中した。
どれほどの間、そうしていただろう。どのぐらいの間、由花子は康一をいたぶっていただろう。
気がつけば由花子は肘まで真っ赤に染まっていた。少年の顔には無数の傷跡が蟻塚のように空いている。
二人はともに、制服の元の色がわからないぐらい、血まみれになっていた。
正気に戻った由花子はそっと康一をその場におろしてやる。
トスン、と軽い音が響き少年は久方ぶりに大地に降り立つ。彼にその事を喜ぶ余裕は既になかったが。
辺りが急激に静まり返っていった。しんと冷える民家と、誰もいない街並み。聞こえるのは康一が痛みに喘ぐ声と、彼の荒い呼吸音だけ。
由花子は彼を見下ろす。康一はうなだれ、その体を小刻みに震わせる。沈黙が二人を包み、しばらくの間、時だけが過ぎていった。
「山岸、由花子さん……なんだよね?」
康一が口を開いた。少女は返事を返すことなく、口を開いた少年を突き刺すように見つめる。
少年はそれを肯定と受け取ったようだ。彼は話を続ける。
「なんで、僕に、こんなことを」
「……殺し合いで誰かを殺すのに理由が必要とでも?」
由花子は少し間をおいてから楽しげな声でそう言った。ゾッとするような声だった。
氷のように冷たく、鉄のように頑なな声。であるのにその声は確かに喜びに満ちていた。
楽しくて仕方ない。幸せでどうにかなりそう。そんな感情が手に取って確かめられそうなほど、少女の声は朗らかで透き通っている。
相反する二つの感情をその声に乗せ、由花子の言葉が康一の鼓膜を震わせた。
少年の胃がぐらりと揺れる。確かな恐怖を、彼は感じ取る。
-
湧き上がった感情を誤魔化すかのように、康一は言葉を繋げる。
焦燥感、危機感。二つの感情に突き動かされ、彼はこう付け加えた。
「でも、由花子さんは僕の……―――」
恋人だったんじゃないの、と。
だがその言葉を遮るように黒色の光が彼を襲い、少年はまたも黙らされた。
それを言えばどうなるかは先で嫌というほど味わったはずなのに、それでも康一は思わずそうこぼしてしまったのだ。
ひょい、と気軽な感じでラブ・デラックスが彼の体を締め上げ、そして康一の体が縛りあげられる。
これ以上ないほど痛みつけられているはずなのに、それでも痛覚だけは彼の体を離れていない。
ギリギリと、骨まで軋む髪の圧力。ひきつぶすように胃が、心臓が。内臓全てが圧迫されていく。
康一はもう言葉も出ない。身体中が激痛に溢れ、どこがどう痛いのかすら曖昧なほどに彼の身体は全身痛みで支配されていた。
しばらくの後、由花子が拘束を緩めた。絞りあげられた雑巾のように、惨めで汚い少年の残骸が、床に崩れ落ちる。
康一は低く、唸るように、泣いた。
「アンタのその図々しい話は聞きあきたわ。一度でも充分なのに、二度もそんな話は聞きたくない」
そこにはからかいの響きはなかった。しかし同時に温かみもなかった。
この民家に来てから始めて、由花子の顔に怒りの色が灯った。殺意や愛情、憎しみ以外の初めての感情だ。
由花子が康一を連れ去って真っ先に口にしたその話。それは彼女にとって侮辱以外の何でもなかった。
彼曰くこの舞台は様々な人々たちが集められ、その中には時間軸の違いあるとのこと。
曰く康一は由花子と知り合う前から呼び出され、故に由花子とはこれが初対面であるし、どんな感情を持てばいいかわからない。
将来の恋人と言われてもピンとこないし、由花子の気持ちに対しては戸惑い以外の何も持てない。
要約すれば、康一の言っていたことはこんな感じであった。そしてそれは由花子の中で暴力という感情を膨らませ、結果二人はこうして蹂躙し、蹂躙されている。
由花子にとってもその話はどうでもいいことばかりだった。
時代を超えていようがいまいが知ったことでない。康一が過去から来ていることに対してはそう、としか言いようがない。
他の参加者なんて知ったことでないし、だいたい殺し合いなんて話もべつにどうでもいい。
彼女にとって大切で重要なのは終始一貫して広瀬康一のみだった。彼女にとって広瀬康一以外は何一つ興味をひくものはなかった。
そして、だからこそ! だからこそ、なによりも!
これ以上ないほど! 異論の余地を挟めないほどに彼女が気に入らなかった事は!
それは!
「げフッ」
康一を次に襲った衝撃は締め上げるような痛みでもなく、叩きつけられるような苦しみでもなかった。
山岸由花子と言う少女自身が振るった拳による殴打。由花子の鋭い拳が直接、真正面から、康一の頬と脳を揺らした。
骨と骨がぶつかり合う音、鈍くこもった打撃音。少年の眼から火花が散る。
由花子は手を緩めない。熟年のボクサーのように、彼女は拳を振るい、そして同時に彼の身体に刻みつける様に言葉を吐いた。
-
「なんで、アンタは私のことを知らないのよッ! 時代を超えた? 過去から来た? 未来では恋人?
ふざけるんじゃないわよッ! ならッ! そうなるはずだって言うのならッ! なんでアンタはッ!
私のことを『知らない』だなんていうのよッ!」
一言一言、区切る度に腕が伸び、康一の口から血へどが噴き出る。
一度は収まりかけた左まぶたの痙攣。残忍性が少女の中でずるりずるりと影を伸ばしていく。
濁流のように溢れかえる凶暴な気持ちが、由花子を突き動かした。彼女に拳を振るわせていた。
「未来なんてどうでもいいわ。過去から来たなんて言い訳よ。時間? 時空? 私たちには関係ないじゃないッ!
なんでアンタは私を見てないの? なんでアンタは私を知らないの?
こんなにも私は康一君を見てきたというのに。アンタがそうしてた間にも私はアンタを見ていたというのに。
康一君の魅力に気づいて、康一君の良さに気づいて、康一君のことばかり考えて。
なのに康一君はその時私のことさえ知らなかったっていうのッ!? 私に対して何の感情も抱いていなかった、そう言うのッ!?」
「がハッ…………!」
「私が康一君を想い、康一君を呪い、康一君を愛し、康一君を憎み!
康一君のために動いて、康一君のために走って、康一君のためにかけずり回って、康一君を殺そうとしていた時に!
アンタは私のことを『知覚』すらしていなかったッ! アンタは私の名前も、顔も、存在自体を知らなかったッ!
なんでなのよッ! 可笑しいじゃないッ! 私のことを何だと思っているの!? 舐めるんじゃないわよッ!
このクソガキがッ! アンタにとって私って何なのよッ! アンタにとって私はその程度の存在だとでも言いたいのッ!?
ふざけんじゃないわよ、この屑がッ!」
由花子の感情の高ぶりは、一向にとどまる気配を見せなかった。
無抵抗の康一をいたぶる行為は続いてゆく。康一は気を失うことも、逃れることも、そしてそのまま死ぬことすらも叶わない。
「私の中にいる康一君の分、康一君の中に私がいないなんて可笑しいじゃないッ!
どうして私が愛した分、愛してくれないの? どうして私が呪った分、呪ってくれないの? どうして私が憎んだ分、憎んでくれないの?
私が費やした時間の分だけ費やしなさいよ。私が殺したいと思うだけ私を殺したいと想いなさいよ。私が愛おしいと思ったぐらい私を愛おしいと想いなさいよ。
どうして康一君はそうしてくれないの? なんで、なんで、なんで? ねぇ、なんで、なんで? なんでなのかしら、康一君?」
一向に終わる気配の見えなかった暴力の嵐。ようやく拳の動きが止まった。少女の美しかった手は血でまみれ、手の甲は慣れない殴打に腫れあがる。
少年の顔はもはや判別不可能なほどに損なわれていた。コブと膨らみ、青あざと血に染まった肌。
幾つもの影が彼の顔を覆い、そして濃淡混じった無数の彩りが浮かび上がっていた。
康一は息を吸い込んで、それを耳障りな音として吐きだした。
何かを言おうと彼は口を動かしたが、それすら不可能なほどに彼の顔は由花子によって破壊されてしまっていた。
ただそれでも底のない彼の深い眼は、じっと少女に注がれていた。何かを訴える様に。
また深い沈黙が訪れた。潮時だろう、と由花子は思う。
もう充分だ、もういいだろう。これ以上耐えられない。
殺してしまおう。広瀬康一を殺し、そしてそれでおしまいだ。
彼女は髪を震わせ、康一の腕や足を押さえつける。そして腕を伸ばし、その首に手をかけた。
じわりじわりと馴染ませるように、由花子が康一の首を締めあげていく。ゆっくりと時間をかけて、少年の気道が塞がっていく。
「…………」
-
少年の澄んだ目線はずっと彼女にそそがれていた。
責めるわけでもなく、恨みを込めたでもなく。
康一の視線は、ただひたすら真っすぐに由花子の中へと突き刺さっていた。
由花子が呟く。
「……何よ、戦う気なの?」
緑色のスタンドは控え目に姿を現していた。康一の上に馬乗りなった由花子、その脇三メートルほど離れた場所に、ふわりと浮かんでいる。
由花子は少しだけ力を緩めると、汚らしい昆虫を眺めるかのよう眼でエコーズのほうを向く。
康一が何を考えているのかはわからないが、そのスタンドは由花子に対峙するでもなく、ただそこに浮いているだけだった。
攻撃の姿勢を見せるでもなく、逃走の準備をするわけでもなく。エコーズは時折身体を揺すり、首を傾げるようなしぐさを見せた。
いちいち癪に障るやつだ、と少女は思った。
死ぬならさっさと死ねばいい。戦うならさっさと戦えばいい。
いちいち反発するガキだ。何故こうも無駄に抗うのか。どうして人がこうしようとした時に、それを邪魔するようにたてつくのか。
ああ、いらつく。黙って従えばいいものを。アンタは黙って私の言う通りにすればいい、それだけでいいのに……ッ。
そんなこともできないのか! そんなことすら邪魔しようというのか!
真意の見えない行動は彼女を惑わせる。エコーズの無機質な顔。何も浮かべない康一の顔つき。
その二つの曖昧さは少女を戸惑わせ、苛立たせ、そして怒らせた。
もしかしたらそれこそが康一の策なのでは。そう思ったが感情は押し殺せなかった。
由花子は緩めていた両手を完全に離し、スタンドを展開していく。
逃げ道を塞ぐように、ゆっくりと、だが広範囲に真黒な髪の毛が伸びていく。
四方八方、縦横無尽。部屋を、そしてそれどころか民家を丸ごと包むように、由花子の髪は張り巡らされていった。
エコーズはまるで蜘蛛の巣に迷い込んでしまった蝉のようだった。
逃げ道は塞がれ、自由に動くスペースはほとんどなく、視界はもはや真黒に染まっている。
時刻は早い時間だというのに室内は薄暗く、電気をつけなければとてもじゃないが廊下を進むのも困難だろう。
挑発にのっても構わない。やるっていうのであれば徹底的に、体の芯から刻みつけてやろう。
エコーズを切り裂き、同時に本人の首をへし折ってやる。
肉体的だけではなく精神的象徴としてのスタンドまでをも、彼女は切り刻み、八つ裂きにしようとしていた。
それほどまでに由花子は、猛烈に、そして容赦なく、康一の全てを破壊つくそうとしていた。
「…………」
エコーズが動きをピタリと止める。ラブ・デラックスが伸ばしかけていた末端を宙で留めた。
戦いはしんとした空白の後に起こる。短い間だった。その一瞬の間の後に、静寂が引き裂かれた。
緑色のスタンドが風のように動いた。その尾を丸め、解き放つ。狙いを定め放ったその一撃、弾丸のように一直線に向かっていく。
なだれ込む髪の毛は一部の隙間もなく、空間を押しつぶす。まるで堤防が決壊したかのように、黒い影が部屋中を覆い尽くした。
ズシン、と揺れる音。パリン、と割れる窓。床に倒れていた康一は突如跳ね起き、由花子を突き飛ばす。直後、少年が痛みに呻く声が聞こえた。
二人がいる民家はなんとか崩れ落ちるのを堪えていたが、ラブ・デラックスがトドメとばかりに柱を叩き折り、家は壊滅状態へと追い立てられた。
天井が崩れ、床は割れ、屋根が大きく傾いた。なんとか全壊はしなかったものの、崩れた民家の外観は同情を誘う。
-
少女は訝しげに暗闇を見つめた。半壊の民家で、自らを髪でクッションのように包み込んでいた少女に傷はない。彼女のその浮かない顔は痛みからではなかった。
不可解だったのだ。
康一のエコーズが最後に放った攻撃が、少女を突き飛ばした康一の行動が、彼女の心を乱していた。
エコーズの攻撃は由花子目掛けて放たれていなかった。彼女から大幅に逸れ、背後にあった窓をねらったのだ。
康一は唯一といっていい攻撃の機会を放棄して、彼女の後ろの窓を破壊した。何故? 何のために?
少年には由花子を突き飛ばせるほどの余裕があった。ならば彼は何故あれほどまでに無抵抗だったのだろう。
突き飛ばした時もそうだ。あんなことする必要なんてなかった。その時間で、逃げたり、或いは攻撃に対処できたはずだというのに。
由花子にはわからなかった。
何をしたのかはわかっても、何故そうしたのかがわからなかった。
何が起きたかはわかっていても、どうして彼がそう動いたのかがわからなかった。
少女は、ふぅと息を吐くと、少し離れた場所に位置する康一の傍で片膝をついた。少年の脇腹に鋭く空いた傷口。それは由花子がつけたものではない。
何者かが、つい今しがたナイフで刺しぬいたような傷だ。彼女はラブ・デラックスを展開し、包帯のようにその傷口を覆ってやる。
治療とまではいかないが、これで多少出血は抑えられる。何もしないよりはましという程度の施しだったが、今はそれで我慢するしかない。
由花子はじっと康一を見つめた。自分の拳で、風船のように腫れあがった少年の顔を見つめた。
「……どういうつもりよ」
「…………」
「私はアンタを殺そうとしていたのよ?」
「…………」
「首に手をかけ、絞め殺そうとしていたのよ?」
「…………」
沈黙。康一は何も言わない。
だが間違いないだろう。何も言わなくても由花子にはわかっていたことだ。
だがどうしてもそれを受けいれられなかった。それを認めると自分が惨めで、情けなく思えて。それは彼女にとって許されざることで。
エコーズが文字を投げつけた瞬間、走った閃光。彼女を突き飛ばしたと同時に、抉られた康一の脇腹。
視界の端、窓に映った怪しい影。包帯巻きの怪しいスタンド。舌打ちと同時に聞こえた、うすら寒い男の笑い声。
由花子は叫んだ。康一の肩を掴むと、彼女はその体を揺すり、彼に向って怒鳴った。
「なんで助けたのよッ!? なんで今、私を庇ったのよッ!?」
考えてみればおかしなことだった。
由花子が康一をさらった時も、彼は暴れることなく無抵抗だった。
民家にたどり着き話をしている最中も、由花子が暴力を振るった際も、康一はスタンドを出さなかった。
冷静になればわかることだった。
康一は由花子をなだめようとしていた。由花子を落ち着かせ、辺りに注意を向かせようとしていたのだ。
彼女に向けられていた視線は二つの意味を持っていた。
辺りを警戒するようにという無言のメッセージ。そして康一自身の眼で、彼は彼女が危機に巻き込まれることのないよう、常に警戒していた。
エコーズを出現させたのは口を開けなかったのもあるが、相手のスタンドを視界に捕えたから。
由花子を挑発するようにスタンドを動かしたのは、彼女が攻撃の対象にならぬよう。
-
広瀬康一は最初から“そうしていた”のだ。彼は“既に”由花子に出会った時から彼女を守っていた。
彼は理解していた。由花子がどんな人間かを。どんな激情家で思い込みが激しく、一度思い込んだら他人の意見を聞こうとしないかを。
無駄にもがけば二人もろとも屠られる。下手に刺激したなら殺人鬼に隙を見せることとなる。
康一はそれがわかっていたので、ああしたのだった。全ては自身と、由花子の安全のためだった。
犠牲になろうだなんて、そんな気持ちはなかった。
広瀬康一にとってそれはただ単にすべきことをしただけのこと。
未来の世界で自分が幸せにし、自分を幸せにしてくれるであろう少女をみすみす殺すことなんて、彼にはできるはずがなかった。
だから我慢した。痛くてもこらえた。言いたかったけど言わなかった。襲われる直前、彼女を突き飛ばした。
ただ由花子が気づくのが遅れただけのことだ。全てはそれだけのことだった。
「正直気の強い女の子とは聞いていたけど……まさか問答無用でここまでされるとは思ってなかったよ」
苦笑いを浮かべ、少年はそうこぼす。
腫れがすこしおさまったのか、もごもごとした声であったが、彼の口は言葉を紡いだ。
少女はまるで怒鳴られたようにその言葉に身体を固くする。
怒りは既に去っていた。殺意もいつのまにか、どこかに飛んでいた。
あるのは戸惑いと脅え。こんなことをした後でも、広瀬康一は笑った。自分をリラックスさせるように微笑んだのだ。
どうしてそんなことができる。何故そうまでしてくれる。
由花子はわからなかった。だがそのわからないという気持ちは、決して嫌ではなかった。
冷たく、黒く尖った殺意でなく、温かな濁流が彼女の中を駆け巡った。
罪悪感とそれ以外の“何か”が彼女の心を満たしていく。心を振るわせ、締め上げた。
「いきなりは無理かもしれない。やっぱり僕には初対面の女の子といきなり仲良くなるのは難しいや」
場所も忘れ、時も忘れ、康一は笑った。
そうしている場合でないとはわかっている。包帯巻きの謎のスタンド使い、彼の気配はまだ残っている。だがそんなことよりもやらねばいけないことがあるのだ。
罪悪感と戸惑いで、どんな顔をしたらいいかわからない。
そんな山岸由花子を放っておいていいわけがなかろうが。どうして彼女をこのままにしていられようか。
康一は床に腰を下ろしたまま、由花子の眼を見つめる。
だからさ、そう少年は言葉を繋ぎ彼女へと笑いかけた。朗らかで眩しいくらいの笑顔が彼の中で咲き誇っていた。
「まずはお友達から……始めませんか?」
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それで由花子さんが満足してくれたら、の話だけど。
そう康一が慌てて付け加えた言葉を、彼女はもう一度口の中で繰り返した。
由花子は思わず脱力してしまいそうだった。指や、肩や、首や、足から一つ、また一つ力が消えていく気分だった。
少女はその時、自らの敗北を知った。広瀬康一には敵わない。自分は一生この男に勝つことはできない。
肉体的にという意味ではない。精神的にということでもない。
由花子は恥じた。自らの未熟さ、そして正眼のなさを恥じた。それは同時に広瀬康一への称賛でもあった。
自分の行為を許した、この少年の懐の大きさ。少女はそれを認めた。小さいけれど、なんて大きな男なのだと由花子は思った。
「……お友達も何も、まずはここを切り抜けないことには何も始まらないわ」
どうしたってキツイ口調になってしまう。ついさっきまで殺そうとした相手なのだ。今さら彼の存在を認めたところで、どう対処を変えればいいのかわからない。
いや、認めたからこそ、それを相手に知らせるようなあからさま態度の変化は由花子にとって照れくさかった。
自然とぶっきらぼうな口調になり、視線は周りへ向けられる。警戒すべき敵がいることを、どこかで歓迎していることは否めなかった。
「そうだね。じゃあ、僕と協力してくれる?」
康一は何も言わなかった。その変化に気づいているのか、先より少しだけ笑みを深めると彼はそうとだけ言った。
由花子は黙り、すぐには返事を返さない。そしてふんと鼻を鳴らし、彼に早く立ちあがるよう腕を貸す。少年は痛みに顔を歪ませながらもその手を取った。
山岸由花子、広瀬康一。
ガール、ミーツ、ボーイ。少女は少年に二度恋をする。
今、スタンド使い最凶のカップルが、一人の殺人鬼と対峙する。
はたして愛は障害を乗り越えるのか?
to be continue……
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