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第二次二次キャラ聖杯戦争 part4

1名無しさん:2019/01/06(日) 16:25:18 ID:w3v7G4MM0

ここは様々な作品のキャラクターをマスター及びサーヴァントとして聖杯戦争に参加させるリレー小説企画です。
本編には殺人、流血、暴力、性的表現といった過激な描写や鬱展開が含まれています。閲覧の際は十分にご注意ください。

まとめwiki
ttp://www63.atwiki.jp/2jiseihaisennsou2nd/

したらば
ttp://jbbs.shitaraba.net/otaku/16771/

前スレ
ttps://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/14759/1420916017/


【参加者名簿】

No.01:言峰綺礼@Fate/zero&セイバー:オルステッド@LIVE A LIVE
No.02:真玉橋孝一@健全ロボ ダイミダラー&セイバー:神裂火織@とある魔術の禁書目録
No.03:聖白蓮@東方Project&セイバー:勇者ロト@DRAGON QUESTⅢ〜そして伝説へ〜
No.04:シャア・アズナブル@機動戦士ガンダム 逆襲のシャア&アーチャー:雷@艦これ〜艦隊これくしょん
No.05:東風谷早苗@東方Project&アーチャー:アシタカ@もののけ姫
No.06:シオン・エルトナム・アトラシア@MELTY BLOOD&アーチャー:ジョセフ・ジョースター@ジョジョの奇妙な冒険
No.07:ジョンス・リー@エアマスター&アーチャー:アーカード@HELLSING
No.08:衛宮切嗣@Fate/zero&アーチャー:エミヤシロウ@Fate/stay night
No.09:アレクサンド・アンデルセン@HELLSING&ランサー:ヴラド三世@Fate/apocrypha
No.10:岸波白野@Fate/extra CCC&ランサー:エリザベート・バートリー@Fate/extra CCC
No.11:遠坂凛@Fate/zero&ランサー:クー・フーリン@Fate/stay night
No.12:ミカサ・アッカーマン@進撃の巨人&ランサー:セルベリア・ブレス@戦場のヴァルキュリア
No.13:寒河江春紀@悪魔のリドル&ランサー:佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ
No.14:ホシノ・ルリ@劇場版 機動戦艦ナデシコ-The prince of darkness-&ライダー:キリコ・キュービィー@装甲騎兵ボトムズ
No.15:本多・正純@境界線上のホライゾン&ライダー:少佐@HELLSING
No.16:狭間偉出夫@真・女神転生if...&ライダー:鏡子@戦闘破壊学園ダンゲロス
No.17:暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ&キャスター:暁美ほむら(叛逆の物語)@漫画版魔法少女まどか☆マギカ-叛逆の物語-
No.18:間桐桜@Fate/stay night&キャスター:シアン・シンジョーネ@パワプロクンポケット12
No.19:ケイネス・エルメロイ・アーチボルト@Fate/zero&キャスター:ヴォルデモート@ハリーポッターシリーズ
No.20:足立透@ペルソナ4&キャスター:大魔王バーン@ダイの大冒険
No.21:野原しんのすけ@クレヨンしんちゃん&アサシン:ニンジャスレイヤー@ニンジャスレイヤー
No.22:宮内れんげ@のんのんびより&アサシン:ベルク・カッツェ@ガッチャマンクラウズ
No.23:ジナコ・カリギリ@Fate/extra CCC&アサシン:ゴルゴ13@ゴルゴ13
No.24:電人HAL@魔人探偵脳噛ネウロ&アサシン:甲賀弦之介@バジリスク〜甲賀忍法帖〜
No.25:武智乙哉@悪魔のリドル&アサシン:吉良吉影@ジョジョの奇妙な冒険
No.26:美遊・エーデルフェルト@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ&バーサーカー:黒崎一護@BLEACH
No.27:ウェイバー・ベルベット@Fate/zero&バーサーカー:デッドプール@X-MEN
No.28:テンカワ・アキト@劇場版 機動戦艦ナデシコ-The prince of darkness-&バーサーカー:ガッツ@ベルセルク

52 ◆WRYYYsmO4Y:2019/06/11(火) 00:13:58 ID:KEpQfa860
期限に遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。
投下を開始します。

53if - a king of loneliness ◆WRYYYsmO4Y:2019/06/11(火) 00:15:28 ID:KEpQfa860


【0】





 我々がある人間を憎む場合、我々はただ彼の姿を借りて、我々の内部にある何者かを憎んでいるのである。


 自分自身の中にないものなんか、我々を興奮させはしないものだ。



                              ――――ヘルマン・ヘッセ

54if - a king of loneliness ◆WRYYYsmO4Y:2019/06/11(火) 00:16:29 ID:KEpQfa860
【1】


 「お前は私じゃないんだ」と。
 狭間は叫んだその途端、空間が水を打ったように静まり返る。
 すすり泣く少年の嗚咽すら聞こえない、彼自身が急に泣き止んだからだ。

「僕を、認めないんだね」

 狭間と同じ格好をした少年が、ぽつりと呟いた。
 それはまるで、狭間の言葉を待っていたかのようで。
 あるいは、彼がそう叫ぶのを知っていたかのようで。

「それなら僕も、みんなと同じ様に君を否定しよう」

 ゆらりと、その少年が立ち上がる。
 泣きはらした彼の顔は、服装と同様に狭間と瓜二つであった。
 けれども、そこには魔神皇の威厳などまるで感じられない。

 少年の表情が体現するのは、「陰鬱」の二文字だ。
 己の未来をひたすらに悲観し、周囲全てを恐れ続ける子供の顔。
 世界の悪意のただ泣きじゃくる事しかできなかった、醜い弱者の姿。
 狭間の心臓が早鐘を打つ。全知全能の魔神皇の額に、焦燥を示す脂汗が滲む。

「我は、影……真なる、我……」

 涙で濡れた頬が、ニィと釣り上がって。
 直後、何者か――"影(シャドウ)"の姿が一変した。
 ただのちっぽけな人間の姿から、見上げる程に巨大な胎児へと変異する。
 胎児の額からは、あのひ弱な"影"がチョウチンアンコウの触手の様に生えていた。 

 マヨナカテレビを訪れた者の前に現れるもう一人の自分、それが"影"。
 歪な怪物へと変貌するそれの正体は、ひた隠しにしてきた本性の具現化だ。

「神様気取りの弱虫を聖杯は求めない。さあ、仮面を捨ててお家に帰る時間だ」

 サーヴァントの霊基ではないものの、"影"の魔力量はそれに匹敵していた。
 ただの魔物の類と一蹴するには、目前の怪物はあまりに強力すぎる。
 本能的に驚異を感じ取ったライダーが、手鏡片手に臨戦態勢へ移行する。

 だがその一方で、マスターである狭間は何をする訳でもなかった。
 先の焦りは何処に行ったのか、小さな笑いを口から漏らすばかりである。
 一体どうしたのと、ライダーが彼に問いかけようとすると、

「は、はは……は、ははははははッ!!
 何かと思えば、とんだこけおどしじゃないかッ!!」

 先程までの焦りは何処へやら、狭間は勢いよく破顔した。
 彼は顔に手をやりながら、未だ見せた事のない程の大声で笑ってみせた。
 それはまるで、焦燥していた先程の自分をも嗤っている様にも見える。
 自分そっくりの影に怯え、不覚にも狼狽した自分の醜態を。

「……大丈夫なの?さっきは随分焦ってたみたいだけど」
「焦った?この私がか?何を馬鹿な。所詮ただの悪魔一匹、慄く方が馬鹿げている」

 事実として、狭間から見ればどんな存在だろうと弱者同然だった。
 なにしろ彼は、かつて奪い取った神霊の力をその身に秘めているのだから。
 ゾロアスター教の最高神"ズルワーン"、サーヴァント如きが何千騎挑もうが返り討ちにできる神霊そのもの。
 今の狭間はその力をセーブしている状態ではあるが、それでも戦うには十分すぎる。
 少なくとも、並みのサーヴァント数騎と互角以上に張り合う程度は容易いだろう。

55if - a king of loneliness ◆WRYYYsmO4Y:2019/06/11(火) 00:18:29 ID:KEpQfa860

 神を取り込んで手にした力を以てして、狭間は"影"を抹殺せんとする。
 例え相手がどれだけの力を持っていようと、難無く滅ぼせる絶対的な自信が彼にはあるからだ。
 皮膚が粟立つような不快感を抱えながら、魔神皇は同じ顔の怪物を排除しにかかる。

「丁度いい。この魔神皇の絶対たる力、その目に焼き付けて置くといい」

 そう言って、狭間は右手の掌を前に翳した。
 そういえばライダーは、まだ魔神皇の力のほんの一端にしか触れていなかった。
 せっかくの機会だ、此処でサーヴァントをも超越する神の脅威を見せてやるとしよう。
 一撃で敵を屠る様を見せつければ、彼女も自分への認識を改めざるを得ない筈だ。

「『マハラギダイン』」

 そのたった一言で、霧まみれの世界が炎の色に染まった。
 狭間の掌から放たれた灼熱が、校庭いっぱいに拡散したからだ。
 標的にされた胎児は、為す術なく火炎の濁流に巻き込まれる。
 焔が過ぎ去った後には、消し炭すら残っていなかった。

 火炎を放射するアギ系呪文、その最上位に位置するマハラギダイン。
 魔神皇の膨大な魔力が合わされば、校庭を火の海にするなど造作もない。
 無論その直撃を受けてしまえば、例えサーヴァントだろうが灰燼に帰す運命だろう。

 「凄いわね」と感嘆するライダーを尻目に、狭間は踵を返す。
 所詮は低俗な悪魔の一匹、取るに足らない相手でしかなかった。
 不愉快な虫けらを滅ぼした以上、此処に居座っても意味がない。
 いや、意味があるどころか不愉快だ。こんな忌々しい場所で屯する必要など――。

「どうして過去を拒絶するんだい?そんな炎じゃ、アルバムは燃やせても記憶は燃やせないよ」

 歩き出そうとしていた狭間の脚が、止まった。
 弾かれた様に振り返ってみれば、そこにはあの胎児がいるではないか。
 外傷らしい外傷はどこにも見当たらない。何らかの呪文を使った形跡さえ見られない。

 「馬鹿な」という困惑した声が、狭間の口から漏れ出た。
 "真なる影"を名乗る不愉快な悪魔は、マハラギダインの火炎で跡形もなく消滅した筈だ。
 奴が業火に喰われて蒸発していく様を、この目ではっきり見たというのに。
 にも関わらず、どうして奴が五体満足で視界に映っている!?

「鏡を見れば鏡像が写る。日の下に出れば影ができる。
 同じことさ。僕は君だったんだから、抱える力も同じもの。その程度の呪文で斃れるわけがないだろう?」
「貴様……ッ」

 胎児の言葉に含まれていた感情は、もう一人の自分に対する憐憫であった。
 その一句一句を耳に入れること自体が、狭間にとってあまりにも不愉快かつ屈辱的で。
 憤怒を孕んだ声色で「メギド」と叫んだのは、半ば反射的な行動だった。

 魔力で形成された核熱の炎が、一斉に胎児を襲う。
 それに対して、彼は動じることなく「マカラカーン」と一言口にする。
 胎児の前方に魔力を反射するバリアが発生し、殺到する魔力を残らず撃ち返した。
 魔神皇が産んだメギドの炎が、勢いを緩めることなく主へ牙を剥く。
 狭間は咄嗟にもう一度メギドを放つ事で、見事それを相殺した。

56if - a king of loneliness ◆WRYYYsmO4Y:2019/06/11(火) 00:20:38 ID:KEpQfa860

「他人から奪った力を、上っ面だけの力を振るうのは楽しいかい?
 どれだけ強い呪文を使えたって、心の脆さだけは変えられないのに」
「知った様な口を……私を魔神皇と知っての狼藉か!?」
「知ってるさ。僕は君の何もかもを知っている。
 君が歩んだ物語を、君が歪んだ過去を、君が欲しかったものだって―――」
「黙れェッ!」

 狭間が叫んだ途端、彼の足元から地面に罅が入った。
 周囲の空間が歪み、近くにいたライダーが危うく転びかける。
 暴力的な量の魔力が滲み出て、周囲に影響を与え始めているのだ。
 常人が彼の身体に触れようとすれば、魔力によって指が千切れ飛んでしまいかねない。
 それ故、性技以外は一般人同然のライダーでは、今の狭間に接触すら叶わなかった。

「どうして君は聖杯を獲りに来た?今の君なら、何だって思い通りだろうに」
「私を侮辱した連中への完璧な復讐を遂行する為だ!それ以上に何があるッ!?」
「違うね。君は力ではどうにもならない物が欲しいんだ。例えば――――」

 その言葉を遮るかの様に、狭間は呪文を乱発した。
 火炎が、電撃が、吹雪が、真空波が、核熱が、一斉に胎児を襲う。
 どれだけ強大なサーヴァントであろうと、直撃すれば死に直結する魔力量だ。
 襲い掛かる魔術の群れに嬲られ、再び胎児の肉体は四散した。

「もう一度言うよ。僕は、"狭間偉出雄"はその程度では滅びない。
 人よりずっと頭が良いのに気付けないなんて、よほど動揺しているんだね」

 けれども、その攻撃さえ徒労に過ぎなかった。
 狭間が瞬き一つした頃には、胎児の肉体はすっかり修復されていたからだ。
 傷など最初から受けていなかったと言わんばかりに、彼はその場に居座っている。
 一方の狭間はというと、こめかみに血管が怒張する程に憤怒を露わにしていた。

「く、下らん戯言をほざくなッ!貴様が、貴様が私な訳がないだろうッ!?」

 天才と謳われた少年らしからぬ、貧相な語彙の罵倒だった。
 目に見えて動揺している証拠であり、狭間は今や目の前の"影"で頭がいっぱいな状態にある。
 ライダーが何度も落ち着くように促すが、それを気に留める素振りすら見せない有様だ。
 傍らにいるライダーの匂いはおろか声さえも届かない程、狭間は乱心しているのだった。

「またそうやって自分を騙すんだ。それなら、僕にも考えがある」

 瞬間、目の前の赤子が急激にその姿を変えていく。
 ごぽごぽと肉を増やしていき、その身体を更なる異形に変えていく。
 今にも砕けそうな張りぼての翼を付けた、宙に浮かぶ芋虫であった。
 けれども、顔だけは泣きはらす人間の赤ん坊そのもので、それが余計に悍ましさを演出していた。

「ふざけるな……こんな醜い芋虫が、私だとでも言うのか……ッ!」

 僕は立派な蝶なんだと、成虫なんだと必死に主張する幼虫。
 自分を嘲笑うかの様な"影"の変化は、狭間の憤怒をより燃え上がらせるガソリンも同然だった。
 近づけないライダーが言葉で何度も呼びかけるが、今の彼にはまるで聞こえていない。

「教えてあげるよ。虚飾の剣では、這い寄る影には打ち勝てない事をね」

 刹那、胎児から影が放射状に広がり、驚くほどの速度で世界を黒色に塗り潰す。
 瞬き一つした瞬間には視界が埋め尽くされる程の勢いだ、呪文を唱える余裕すらない。
 マカラカーンを詠唱するより早く、影は狭間とライダーを飲み込んだ。

57if - a king of loneliness ◆WRYYYsmO4Y:2019/06/11(火) 00:22:50 ID:KEpQfa860
【2】


 視界が開けた時、狭間は人気のない廊下で立ち尽くしていた。
 傍らにライダーの姿はなく、どうやらこの空間に居るのは自分独りだけらしい。
 今自分の身に何が起こったか、聡明な狭間はすぐに察知する事ができた。
 如何なる方法を用いたかは知る由もないが、幻影に引きずり込まれたようだ。

 マヨナカテレビに出現した"影"の中には、相手に幻影を見せる個体もあった。
 例えば、とある少年は「仲間との絆を失う」という幻影を見せられ窮地に陥った事がある。
 狭間と対峙する"影"も、そういった能力を有していたのだった。 

「目を逸らす罪には、相応の罰を与えないといけない」

 どこかからか、あの"影"の声が聞こえてきた。
 自身は姿を見せる事無く、幻影だけで自分を苦しめる魂胆らしい。

「な、何かと思えば、低俗な幻覚で私を陥れるつもりか?」

 そう挑発する様に言い放つ狭間であったが、内心は穏やかでない。
 何しろ、今自分が立っている廊下には、良い思い出が全くと言っていいほど無かったからだ。

 知らない筈がない、記憶に焼き付くほどに目にし続けた光景だ。
 この場所は、忌々しいあの高校の――軽子坂高校の廊下そのものなのだから。

 全身の肌という肌が粟立ち、胃液が喉までこみ上げてくる。
 どうしてこの化物は、自分の忌々しい過去を知っているのか。
 まさか本当に、あれこそが"もう一人の自分"だとでも言いたいのか。
 在り得ない――あんな醜い芋虫が、魔界を統べる魔神皇の分身であっていい訳がない。

『……おい、聞いたか……』

 そんな時、背中越しに聞き覚えのある男の声が耳に入り込んできた。
 あのせせら笑う様な声色を、忘れたことなど一度としてあるものか。
 心臓を掴まれたような息苦しさを伴いながら、ゆっくりと振り返ってみれば、

『ハザマの奴、実は……だってよ』
『……ええっ、ホント!?』
『バカッ、聞こえるじゃねえかよ』

 身の覚えのない噂を囁き合うクラスメイト達の姿が、そこにはあった。
 張本人が近くにいるのも関わらず、彼等は侮蔑同然の噂話を止めようとはしない。
 それどころか、狭間にも聞こえるかのように声量を上げている節すらあった。

『……だとは思ってたけど……まさか……だとはね……』
『……いや、俺は……じゃないかと思ってたよ……』

 時折こちらの様子を伺いながら、陰口を叩き続ける少年たち。
 狭間に向けられる瞳の中にあるのは、おおよそ人に向けるべきではない嘲笑ばかりであった。
 彼等は分かっているのだ。例え大っぴらに暴言を吐いた所で、あの根暗は反撃などしない事に。
 だから少年達は、あの高校に通う生徒達は、狭間という弱者を嘲笑い続けて――――。

「――――――ッ!!」

 狭間が衝動的に放ったのは、マハラギダインの業火だった。
 少年達は消し炭さえ残さず消え去ったが、廊下には傷ひとつ付いていない。
 牢獄も同然だった軽井坂高校は、変わらず狭間を軟禁し続けていた。

「こ、こんな、こんなものを見せて、動揺を誘う気か……ッ?」

 狭間の顔色には先ほど以上に蒼白であり、呼吸もより荒くなっっている。
 さも気にしていないような言葉を吐いているが、冷静を装えてはいないのは明らかだった。

58if - a king of loneliness ◆WRYYYsmO4Y:2019/06/11(火) 00:25:45 ID:KEpQfa860

「辛いわけがないよね?過去は捨てたんだろう?」
「衆愚の営みなど、わっ、私には悉く汚物に等しいッ!」

 虚空から聞こえてきた"影"の声に、感情的になって言い返す。
 程度の低い罵倒を受けた彼は何に落胆したのか、深いため息をついた。
 案の定憐憫がたっぷり籠った吐息に、狭間のこめかみに静脈が青く浮き出る。

『――――やったじゃんアキコ!』

 背後から聞こえた女性の声に思わず振り返り、そして深く後悔した。
 狭間の視線の先にいたのは、辛苦ばかりの記憶の中で最も深く突き刺さった痛み。
 かつての彼が憧れていた女生徒が、明確に自分を拒絶した瞬間だった。

『ラブレターなんて、やるぅ』
『冗談じゃないわよ。ネクラなハザマの手紙なんて読むわけないじゃない』

 ちっぽけな勇気を振り絞って、意中の人に震えながら渡したラブレター。
 きっと想いが伝わる筈だと信じていた。嗤われる筈がないと思い込んでいた。
 けれど、手紙の形をした願いの結晶は、にやつきながら破り捨てられて、

『あーっ、ヒッドーイ!何も破り捨てなくったっていいじゃ――――』

 言い終わる前に、少女たちはマハラギダインの炎に呑まれていた。
 手書きのラブレター諸共、過去の痛みが灰燼に帰していく。
 狭間は燃え尽きるのを確認すらせずに踵を返し、そのまま逃げるように走り出した。

「人の世界に未練があった、だから神になれなかった。
 それなのに"皇"を名乗って王様気取り、虚しくならないのかい?」

 延々と続く廊下を走り続ける最中も、"影"は語り掛けるのを止めなかった。
 心の底から忌々しいが、彼の言っている事は間違っていない。
 無限の塔に鎮座するズルワーンを打ち倒し、神にも等しい力を得たまでは良かった。
 しかし、人への未練を理由に神に至る事が出来ず、神より劣る"皇"を名乗ったのである。

「人の世界に取り残しがあった。だけど背伸びしたって手に届かなかった。
 だから世界を滅ぼすなんて短絡的な思想に走るし、必要のない聖杯まで求め始めた」
「違うッ!私の未練は怨念だ、復讐を完遂してようやく人間と決別を――――」
「"独りで有る者に非ず"と言われたじゃないか。天才の癖にその意味がまだ解らないのかい?
 ……いや、違うんだろうね。解っていても認めたくないんだ、その言葉が何を指しているのかを」
「下らん事を……それなら貴様が答えてみればいいッ!」

 ズルワーンの力を取り込んだ時、内なる声は自分に「"独りで有る者に非ず"」と忠告した。
 あの頃は馬鹿げた言葉だと鼻で嗤いたい気分だった――この身が他人を必要としているものか、と。
 頂点は常に一人なのだ、そこに他者が介入する余地などある訳がない。

59if - a king of loneliness ◆WRYYYsmO4Y:2019/06/11(火) 00:27:35 ID:KEpQfa860

「いいよ、君の言葉通りにしてあげよう。ほら、君の目の前に、欲しかったものがあるよ」

 瞬間、空間がぐにゃりと捻じ曲がる。
 出口の見えない廊下から、かつて幾度も通った保健室に。
 これから何が起こるのか、聡明な狭間にはものの数秒で理解できてしまった。

『先生、僕は、僕は……もうだめだ……誰も僕なんか愛してくれないんだ……』

 保健室に居たのは、保険医の女性に情けなく縋り付く狭間その人だった。
 情けなく泣きじゃくる少年を、保険医は母親の様に宥めているではないか。
 狭間が小さく「やめろ」と零すが、彼は女性の寛大さに甘えるのを止めなかった。

『せっ、先生!僕を……抱いてくれよ!慰めてくれよ!お願いだ!』
『やっ、やめなさい!!ハザマ君やめて!!』

 そして少年は、狭間が見ているにも関わらず保険医に抱きかかった。
 唯一の理解者だった香山先生なら、自分を受け入れてくれるのではないかと信じて。
 だから自棄を起こしたように彼女に迫って、しかし拒絶されたのである。

『……聞いて、ハザマ君。あなたは生徒、私は教師よ。こんな事しちゃいけないわ……』

 生徒と教師という関係、たったそれだけの理由で、最初で最後の理解者に拒まれた。
 この人ならきっと自分を■してくれると思いこんで、けれどもそれは思い違いでしかなくて。
 欲しかった■にはもう手が届かない事に、そこでようやく気付いてしまって。

「あ――――あぁ――――!!」

 嗚咽しながら再演された過去へ手を翳し、しかし唇は呪文を紡ぐ事が出来ず。
 先程の様に焼き払う事もしないで、狭間はすぐさま保健室を飛び出した。
 けれども、この世界は"影"の作り出した裁きの世界。逃げた先に安息などありはしない。

『……貴方が恐れたのは、私の力ではない』

 保健室を抜けた廊下で待っていたのは、かつて契約していた「アモン」という悪魔だった。
 絶大な力が手に入るという「無限の塔」を訪れた狭間が、最初に出会った存在。
 ズルワーンを倒し神に等しい力を得た後、用済みとして封印していたのだ。

『私が貴方の心を知ってしまった事に怯えているのだ。私が貴方を哀れんだことに』
「お、思い上がるな!貴様らが、あ、足手まといだから、私は、お前たちを……!!」

 言い切る前に、狭間は衝動的に『ザンマ』の呪文でアモンの五体を引き裂いた。
 バラバラになった肉体が血液と共に廊下中に散らばるが、唇は動くのを止めようとしない。

『心を開かなければ、求める物が手に入る事はない……それさえ知らないとは、なんと哀れな……』

 その言葉を最後に、アモンの肉片は消滅する。
 狭間の顔はこれまで以上に蒼白になり、その色は今や死人めいていた。

60if - a king of loneliness ◆WRYYYsmO4Y:2019/06/11(火) 00:30:02 ID:KEpQfa860

「パトラ!パトラッ!パトラッ!!パトラッ!!!パトラッッ!!!!
 ……何故だッ!!何故消えない、こんな状態異常ひとつ、打ち消せない筈が……ッ!?」

 状態異常を治癒する「パトラ」の呪文を唱えても、世界は何も変わりはしない。
 そもそもこの幻覚は"影"の力であり、狭間は現在も健康体そのものだ。
 普段の彼であれば気付ける簡単な事実であるが、動揺しきった今の状態ではそれも叶わない。

「そんな事したって無駄さ。自分の力なら何でも出来ると驕っているのかい?」
「何が……何がしたいんだ……貴様は……ッ!?」
「まだしらばっくれるのかい?正直に言えばいいじゃないか」

 その時、顔は見えないというのに、"影は"ニヤリと嗤った気がした。


「きみはただ、"愛"が欲しいだけなんだろ?」


 "愛"が欲しいと、影は嘯いて。
 その瞬間、狭間の脳裏に覚えのある情景が映し出される。


――――……僕は、この世に一人……。


 フラッシュバックしたのは、自分自身の過去だった。
 人間だった頃の忌まわしい思い出が、蓋をしていた筈の記憶がまざまざと蘇る。
 惨めだった自分、教室で独りぼっちの自分、ただ泣いてばかりいた自分。
 捨て去った日々の残滓が、否応なしに再生される。


――――僕はいつも一人だ……誰も僕を愛さない……僕は誰も愛さない……。


 違う、こんなものは魔神皇ハザマが持つべきものではない。
 こんな記憶はあり得ない、こんな過去はあってはいけない。
 思い出すな、蘇るな、現れるな消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ――――。

「違う――――違う違う違う違う違うッッ!!
 こんなものを私に見せるなッ!魔神皇に、こんな穢れがあるものかッ!」

 怒り狂った狭間が、我武者羅に呪文を乱打する。 
 最早彼自身ですら、どんな術を使っているのか分かっていない有様だった。
 魔神皇が持つあらゆる呪文が、虚像の世界を破壊せんとする。
 けれど、それでも校舎の窓は割れないし、廊下は罅割れすらしない。
 魔法の様な力を手にしたって、現実(せかい)は変わりはしなかった。

61if - a king of loneliness ◆WRYYYsmO4Y:2019/06/11(火) 00:33:13 ID:KEpQfa860

「僕は孤独だった、誰も僕を理解しないどころか、いつも僕を否定していた。
 どう他人に接すれば分からなかったんだ。どうすれば僕は愛されるんだろうって」
「奴等は私を理解しない馬鹿共だったッ!取るに足らない屑共だッ!」

 マハラギダインは最上級の火炎呪文。
 それにより生み出される業火は、あらゆる生命を灰に帰す。
 けれど、そんな力では過去を焼き切る事は出来なくて。

「香山先生は僕を受け入れてくれると信じていた。でもあの人は僕を拒絶した。
 当然だよね、教え子の僕とセックスしてくれなんて、到底受け入れられるものじゃない。
 見栄を張らずにいい子いい子してもらえれば、それだけで十分だったのに」
「これ以上口を開くなッ!貴様如きが、私を知り尽くした様な口を利くなッ!」

 マハブフダインは最上級の凍結呪文。
 それにより生み出される冷気は、あらゆる生命を停止させる。
 けれど、そんな力では過去を凍らせる事は出来なくて。

「お母さんがいれば、僕を愛してくれる人がいれば、僕はそれだけでよかったんだ。
 神様の力があればそれが叶うと信じたかい?そんな都合のいい話があるとでも?
 悪魔達は"魔神皇"の力にひれ伏しただけで、狭間偉出雄になんて見向きもしていないさ」
「愛など不要だッ!神聖なるこの身に、私という真理に!そんなものが必要あるものかッ!」

 ジオダインは上級の電撃呪文。
 それにより生み出される電流は、あらゆる生命を黒焦げにする。
 けれど、そんな力では過去を消し炭にする事は出来なくて。

「君のやるべき事は復讐なんかじゃない。ましてや聖杯なんて無用の長物だ。
 愛に飢えた君は、母に抱かれて眠るべきだったんだ」
「貴様に……貴様に私の何が分かる!?全能たる魔神皇が、そんな子供の様な……ッ!」
「事実子供じゃないか、君は」

 ハマオンは上級の破魔呪文。
 それにより生み出される極光は、あらゆる生命を天に帰す。
 けれど、そんな力では過去を清算する事は出来なくて。

「愛など必要ないッ!!貴様が私である訳がないッ!!」
「ならどうして、君はあのライダーを召喚したんだい?」
「そんなもの私が知るかッ!アークセルの嫌がらせに決まっている!」
「違うよ。君が望んだから彼女は来たんだ。君が彼女を求めたんだ」

 メギドは核熱呪文。
 それにより生み出される灼熱は、あらゆる生命を消滅させる。
 けれど、そんな力では過去を無かった事にすら出来なくて。

「彼女のセックスは正真正銘愛の象徴だ。自分も相手も快楽に溺れる交わり、それを愛と呼ばずに何と言うんだい?」
「都合よく解釈するなッ!あんな誰彼構わず、せ、セックスする女などッ!」
「それなら香山先生に"抱いてくれ"なんて懇願しなければ良かったのに。
 セックスが愛に由来する行為だって、そう知ってたからあんな事言ったんじゃないのかい?」

 どれだけ呪文を撃ち続けたところで、"影"は姿を見せる事はない。
 勿論、廊下の様子も一切変わることはない。全ては徒労に終わっていた。
 魔神皇ハザマの暴力では、精神を揺さぶる"影"にまるで太刀打ちできなかった。

「もういいじゃないのか。駄々をこねた所で何も変わらないよ」
「黙れ……私は……わたしは…………――――」

 その時だった、狭間の付近の虚空から、少女のものと思しき腕が出現したのは。
 腕は狭間の股間にまっすぐ伸びていき、か細い指がズボン越しに男性器へ触れる。
 すると、彼は素っ頓狂な声を挙げて痙攣し、へなへなと跪いたではないか。
 真っ白なズボンは白濁液で濡れている。端的に言うと、射精したのである。

62if - a king of loneliness ◆WRYYYsmO4Y:2019/06/11(火) 00:34:21 ID:KEpQfa860
【3】


 糸の切れた人形めいた状態の狭間に、ライダーが駆け寄ってくる。
 言うまでもなく、彼が射精したのは彼女の仕業である。
 宝具である「ぴちぴちビッチ」で右手を股間に転移させ、一瞬の隙を突いて指で触れる。
 卓越しすぎた性技を持つライダーであれば、それだけで男を絶頂させる事が出来た。

「…………ライダー…………」
「大丈夫……とは流石に言えないわね」

 狭間の表情は、素人目でも一目で判断できる程に憔悴していた。
 ライダーの手で射精されたというのに、嫌悪がまるで見られない。
 そういった感情すら出せない位、彼の精神は損傷しているのだった。

 通常、ライダーによって絶頂した者には「賢者モードver鏡子」という宝具が発動する。
 この宝具の影響を受ければ、脳の処理能力が上がるなどの恩恵を長時間受けられるのだ。
 しかし、それでもなお狭間の意識は混濁したままである。要はそれほどのダメージなのだろう。

「ごめんなさいマスター、もっと早く見つけるべきだったのに……」

 ライダーはへたり込む狭間に肩を貸し、どうにか彼を立ち上がらせる。
 性技ひとつで英霊に至ったこの英霊は、性欲を調整するのも思いのままだ。
 そのため、今は肌を密着させてはいるものの、狭間が絶頂する事はなかった。

――――ごめんね、イデオ。あなた1人、寂しい思いさせて……。

 放心状態の狭間の脳裏に、ライダーのものとは異なる女性の声が響き渡る。
 確か以前にも、同じような言葉を掛けられた覚えがあった筈なのだが。
 それを思い出そうとする暇もなく、"影"による攻撃は再開される。

『ごめんね、イデオ……』

 狭間とライダーの目の前に、またしても幻影が現れた。
 母親と思しき女性が赤子を抱えながら、まだ十歳にも満たないであろう小さな子供を置いていく光景だ。
 少年は泣き叫びながら母の名を呼ぶが、当の母親は振り返りもせずに歩き去っていく。

『かあさん!行っちゃやだ!!なんで、ぼくをおいてくの!!行っちゃやだ!!』

 まだ小さな子供ではあるが、声色や容姿からして幼少期の狭間である事は明らかだった。
 そして、母を追い求めるその光景が何を意味しているのか、ライダーにだって理解できた。
 狭間が幼い頃に母親と別離し、

「マスター、あなた……」

 何かを悟ったライダーが、こちらに視線を向けている。
 彼女はあの泣きじゃくる子供から、自分のマスターが抱える心の傷を知ったのだ。
 それ故に、彼女の瞳には強い同情の念が浮かんでいて、

63if - a king of loneliness ◆WRYYYsmO4Y:2019/06/11(火) 00:35:41 ID:KEpQfa860
.





――――■■■とは久しぶりよね。そうよ、あなたの妹の■■■よ。






 だから、ライダーの瞳が重なった。






――――ずいぶん久しぶりだから、すっかり見違えたでしょう?
――――……■■■、さあ、兄さんに挨拶なさい。






 母との記憶の中にあった、あの少女の瞳が。







「や、やめろ」

 知っている瞳だった。

「そんな目で、私を見るな!」

 いつか見た瞳、子供の頃に目にしたあの瞳。
 母親の隣にいた少女の瞳が、まじまじと自分を見つめる様で。
 その視線が痛くて、辛くて、嫌で、たまらなく怖くて。

「こんなもの違う!私は、魔神皇たる私が、こんな……!!」

 瞬間、狭間は両の腕でライダーを突き飛ばす。
 腕に込められた力はあんまりに非力で、魔神皇とは思えぬほど貧弱だった。
 ただの女子高生程度の筋力しかないライダーとの距離は、ほんの僅かしか開かない。
 だから、彼女の■■■そっくりの瞳はこちらを見つめたままで。

「ちょ、待ってマスター!落ち着いて――――」
「う、うるさいッ!黙れ黙れ黙れッ!」

 狂乱状態の狭間により、二画目の令呪が発動する。
 「黙れ」という命令を強制され、ライダーは閉口せざるを得なくなる。
 それだけでは終わらず、狭間の所持していた最後の令呪が紅い輝きを見せると、

「私の、私のッ!目の前から、消えろォォォォッ!」

 その命令が意味するのは、明確な拒絶の意志であった。
 想定外の言葉に衝撃を受けたライダーが、狭間に向けて手を伸ばす。
 「そんなつもりじゃなかった」と弁明しようにも、口を開く事は出来ず。
 だから今は、彼の手を掴んで意志を伝える事しか方法が無くて。

「――――――触るなッ!」

 その伸ばした手を、狭間は腕を払って弾き飛ばした。
 怯えと恐怖が入り混じった、今にも泣き出しそうな表情をライダーに見せながら。
 彼女の想いを、彼女の優しさを、彼女の愛を、再度拒絶したのだった。

 狭間が最後の命令は正しく行使され、ライダーの姿がその場から掻き消える。
 令呪の強制力により、彼女はこの空間から無理やり弾き飛ばされたのだった。

64if - a king of loneliness ◆WRYYYsmO4Y:2019/06/11(火) 00:37:48 ID:KEpQfa860

 ライダーが行方を晦まし、再現された軽子坂高校には狭間一人だけが残る。
 それを好機と見たのだろうか、荒い呼吸音を立てる彼の前方の空間が歪み始める。
 その歪みから這い出てきたのは、狭間を陥れたあの芋虫、もとい"影"だった。

「どうして拒むんだい?彼女ならきっと、君を受け入れてくれたのに」
「……セックスに耽る女など、此方から願い下げだ」
「そうか。君にはそうとしか見えなかったんだね」

 やはり憐れむ様な口ぶりだったが、もう狭間は何の反応も示さなかった。
 視線を下に向けて座り込む彼は、黙り込んだままで口を開こうともしない。
 ほんの少し前であれば、ムキになって反論していた筈だというのに。

「でも構わない。僕は君を赦してあげる」

 弱り切った狭間を尻目に、"影"の顔つきが変異する。
 まるで粘土を捏ねたみたいに、顔がぐにゃぐにゃと歪んでいき、

「貴方はただ愛してほしかっただけ。抱きしめてほしかっただけなのよ」

 不細工な赤ん坊だった"影"の顔は、顔立ちの整った美人になっていた。
 声色さえ変わってしまっている。当初は狭間と同じだったのに、今では女性のそれだ。
 顔を上げてそれを目にした狭間の瞳が、大きく見開かれる。
 彼が見紛う事はない、その美人の顔とは、保険医の香山そのものだったのだから。

「だからね、イデオ君。もう全てやめてしまいましょう?
 あの時は駄目だったけど、今ならいいわ。貴方を抱いてあげる」

 唯一の理解者と同じ顔と声で、"影"は狭間に諦観を促す。
 疲弊しきった彼を、快楽の道へと引きずり込まんとする。
 きっとこれこそが、"影"の最終目的だったのだろう。
 精神を徹底的に凌辱した末に、抱擁という形でトドメを刺すつもりでいたのだ。

 狭間はしばらくの間、彼女を見つめて。
 そして、小さく口を開いた。

「もういい」

 狭間の口から出てきたのは、先程とは打って変わって底冷えするような声だった。
 この世の一切に対する興味を失ったような、どこか空虚さすら感じさせる声色。
 その声に色を付けるのだとしたら、きっと今の彼の瞳と同じ、光をも飲み込むような黒色なのだろう。

「お前が、私の影を名乗るなら。"狭間偉出雄"の影を名乗るのなら」

 立ち上がった狭間は、虚ろな瞳で再度"影"を見据える。
 じっくりと目の前の怪物を観察していき、やがて彼は一つの結論を出す。
 やはり、あり得ない。こんな醜い姿が本来の自分などと。
 あんなものは所詮、自分を陥れる為に作られた虚偽の産物でしかないのだ。

 ならば証明してやろう。あの芋虫などではなく、"魔神皇"こそが真の自分だという事実を。

「そんな幻想は、この"魔神皇"が破壊する」

 狭間の肉体が変容する。痩せこけた少年から、刺々しい冠を被った聖者の如き姿へと。
 信心無きならず者でさえ畏怖すら覚えるこの姿こそが、本来の魔神皇である。
 ズルワーンの力を解放した、まさしく神の如き権能を振るう形態であった。
 この形態であれば、この聖杯戦争に存在する全てのサーヴァントを相手取る事さえ出来るだろう。
 無論、脆弱な"影"の攻撃如きでは、皇の玉体が傷つく筈もない。

 そうとも知らず、"影"は幾つもの大魔術を敵に向けて撃ち込み始めた。
 それら最上級クラスの魔術の一切を、魔神皇は躱す素振りすらせず受け止めていく。
 無論、脆弱な"影"の攻撃如きでは、皇の玉体が傷つく筈もなかった。
 いや、例え神が造り上げた兵器だろうと、彼に痛みを与えるのは難しいに違いない。

65if - a king of loneliness ◆WRYYYsmO4Y:2019/06/11(火) 00:40:08 ID:KEpQfa860

 魔神皇はゆっくりと"影"に向けて歩き出す。
 彼にとっては、わざわざ歩まずとも「メギド」と一言唱えれば即死する様な雑魚である。
 しかし、あの敵だけはこの手で直接始末しなければならないと、本能が訴えていたのだ。
 その意志を抱いた理由からは、今もなお目を背け続けながら。

「どうして否定し続けるの?」

 答えない。

「愛されたいと望むのは、悪い事なんかじゃないのよ?」

 答えない。

「聖杯なんかいらないの。独りは嫌だって、そう言ってくれるだけでいいのよ?」

 答えない。

「神様の力なんて捨てて、私とひとつに――――」

 問いかけは、頭部を両手で鷲掴みにされた事で中断される。
 最後まで口を開かないまま、魔神皇は"影"の元に辿り着いたのだった。
 "影"は香山と同じ顔を保ったまま、微笑みながら相手を見つめている。
 魔神皇は眉一つ動かさない。そもそも動かすような部位がない。

「消えろ」

 魔神皇は躊躇う事無く、香山の顔を果実の様に握り潰した。


【3】


 "影"を滅ぼした瞬間、景色は最初の校庭に戻っていた。
 魔神皇の肉体も、本来のものから少年のそれへと戻っている。
 焼け焦げた跡さえ見当たらない校舎を見て、魔神皇は全てを理解した。

「……なるほど、全てが幻影だったという訳か」

 恐らくは、"狭間の影"が最初に変異した時点で幻覚に取り込まれていたのだろう。
 だからこそ、どれだけ攻撃を受けてもすぐさま再生する事が出来たのだ。
 冷静さを失っていたせいでそれに気付けないとは、とんだ失態だと自嘲せざるを得ない。

「悲しいね」

 自分の傍らに"狭間の影"が立っているのに、そこでようやく気付いた。
 ほんの少し前であれば顔を顰めただろうが、今の魔神皇はもう何の反応も示さない。
 顔が同じだけの別人が何を言おうが、単に不愉快なだけでしかなかった。

「貴様がどれだけ何を吐こうと、あんなものは私ではない」

 魔神皇は魔界を統べる皇。下賤な愛を求める理由などあるものか。
 魔界を意のままに支配する神の如き力の前では、愛など所詮塵芥も同然なのだから。
 だから、魔神皇たる今の自分が、そんな感情を欲している訳がなくて。

「お前が、私である訳がない」

 その一言は、まるで自分に言い聞かせるようだった。

「それが君の選択なんだね、"魔神皇"」

 それでもなお、"狭間の影"は相変わらず憐憫を止めなかった。
 魔神皇はやはり答えない。これ以上会話を続ける意味を感じなかった。
 断じて、自分の答えが揺らぐのを恐れている訳ではない。

「だけど、この聖杯戦争は"つがい"を求める闘争だ。
 アークセルは独りで戦う君を決して望まないし、求めもしない」

 魔神皇が"狭間の影"に向けて掌を翳す。
 未だ存在し続ける"影"の息の根を、今度こそ止めるために。
 幻覚の中ではものの数秒で蘇生されてしまったが、現実世界なら話は別だ。
 たった一言呪文を唱えるだけで、狭間そっくりな男はこの世界から消え失せる。

「さようなら孤独の皇。君はもう、永遠に独りだ」

 刹那、"狭間の影"を『マハラギダイン』の火炎が包み込む。
 英霊すら焼き焦がす業火に喰われ、影は痕跡すら残さず消滅した。
 まるで最初からそんなもの存在しなかったかの様に、何一つ残りはしなかった。

 全てが終わり、魔神皇はふと校舎の方へと目を向けた。
 学校に備え付けられた窓に、自分の顔がうっすらと映っている。
 目も鼻も口もあるのに、何故だかのっぺらぼうみたいに見えた。

66if - a fool of loneliness ◆WRYYYsmO4Y:2019/06/11(火) 00:45:16 ID:KEpQfa860
【4】


 どうやら、令呪の影響でマヨナカテレビの外へ飛ばされてしまったらしい。
 禍津冬木市とは対照的な風景に囲まれ、ライダーは溜息をついた。

「困ったわね」

 早く狭間の元に戻りたい所だが、生憎ライダーの身体能力は極めて低い。
 それこそ一般人同然である彼女の脚力では、移動には相当な時間がかかるだろう。
 第一、ライダー単独では電脳世界に転移することすらままならない。
 出来ることがあるとすれば、自宅でマスターの帰りを待つ事くらいだ。

 とはいえ、ライダーは特に焦燥感を抱いている訳でもなかった。
 マスターがサーヴァント並みの能力を所有している事は、これまでで十分解らされている。
 よほどのハプニングが起こらない限り、彼が斃れる事はないだろう。

 しかし、問題は彼が元の世界に帰還した後である。
 怪物と対峙していた時のマスターは、見るからに多大な精神ダメージを受けていた。
 あの様子から察するに、戦闘後もしばらく引き摺るのは間違いないだろう。
 それこそ、今後の立ち回りに影響を及ぼすおそれさえある。

(……悪い事しちゃったわね、拒むのも無理ないわ)

 狭間がどうしてセックスを拒んでいたのか、今のライダーには理解できた。
 あの反応からして、自分の前に現れた子供は過去の彼自身で間違いないのだろう。
 幼少期に母親と別離したという経験から、彼は心のどこかで愛情に飢えていたのだ。

 実を言うと、狭間を探している最中に目撃してしまったのだ。
 彼が"影"の見せる幻影に怯える姿を、「ぴちぴちビッチ」越しに見つけてしまったのだ。
 勿論、彼の過去も知ってしまったし、愛を嫌悪する理由も概ね察しがついた。

 狭間がそれを知ったら、烈火の如く怒り狂うのは容易に想像できる。
 最悪の場合狂乱した彼に殺されかねないし、恐らくそうなるだろう。
 だから、この事実はライダーの胸中に秘蔵されてそれっきりだ。

 けれども、ライダーは解っている。
 狭間偉出雄は、深層心理では愛を求めている。
 愛を求め、愛に裏切られ、愛を憎み、愛を嫌悪し。
 だがそれでも、今もなお心の何処かで愛を欲しているのだ。

 そうと決まれば、今後の立ち振る舞いも考えなければならない。
 狭間は恐ろしく強いのだから、自分が下手を打たない限り敗退はあり得ないだろう。
 時間はたっぷりあるのだ。ゆっくり手間暇かけて彼の心を氷解させればいい。
 セックスは本番だけが重要ではない。しっかり濡らす為の前戯だって同じ位大切なのだから。

67if - a fool of loneliness ◆WRYYYsmO4Y:2019/06/11(火) 00:45:57 ID:KEpQfa860

「それじゃ、早く帰らないと……」

 そういえば、この街並みは「ぴちぴちビッチ」越しに見た事があったか。
 錯刃大学――以前ライダーは、この大学の生徒を何人か絶頂に導いた事がある。
 あの大学の付近が現在位置という事は、マスターの住居とそれほど離れていないだろう。
 この程度の距離なら移動にさして時間はかからないだろうと、ライダーは家の方向に振り返って、












 そこでライダーは、はっきりと視た。
 こちらを見据える、暗殺者の英霊を。











 咄嗟に手鏡を手にして、自分の力を行使する。
 「ぴちぴちビッチ」を介した性技の前では、大抵の英霊は無力だ。
 なにせケルトの大英雄すら屈する程なのだから、こと性に関してライダーは無敵だろう。
 性技それ自体を無力化する力を持つ――そのたった1つのケースを除けば。

 手鏡に触れようとした瞬間、ライダーは自分の性欲がかつてなく昂ぶるのを感じた。
 覚えのある感覚だった。最初に行動を起こした時、大学で感じたものと同一のもの。
 つまりそれは、自分の性技自体が反射されているということであり。

「――――ッ!?」

 全てを悟った瞬間、手鏡を持つ腕が宙を舞った。
 こちらへ肉薄したアサシンに、忍者刀で腕を刎ねられたのである。
 残された片腕でどうにか相手に触れようとするが、彼の刃はそれより速い。
 ライダーの胸に一文字の傷が走り、血飛沫が吹き上がった。

 地面に立つ力を喪い、ライダーは膝から崩れ落ちる。
 白む空に血しぶきが上がり、自分の身体はおろか刺客の服すら赤く濡らしていく。
 致死量の血液が流れ出ているのは、誰の目から見ても明らかだった。

「見事な性技、だからこそ生かす訳にはいかぬ」

 血濡れの刺客が、再度忍者刀を構える。
 次の一太刀を以て、ライダーの首を撥ね飛ばす気でいるのだ。
 目下の脅威を決して仕損じる事なく、確実に息の根を止めるために。

 死が確定したこの瞬間になって、ライダーは思い出す。
 あらゆる技を反射するあの魔眼は、以前自分を撃退したアサシンのものではないか。
 彼のスキルか宝具の影響だろう。この瞬間に至るまで、その能力はおろか外見すら忘却してしまっていた。

 『ピロートークもせずに本番だけで帰っていく謎めいた男』。
 以前アサシンをそう評したが、こうして直接対峙すると言い得て妙だと自画自賛したくなる。
 己を殺し、常に影の中に潜む忍者の様であり、嗚呼、こういう男は本当に――――。

「相変わらず、クサい男ね」

 刃が振り下ろされ、舞台は鮮血に染まる。
 一瞬の果し合いは、こうして幕を閉じた。

68if - a fool of loneliness ◆WRYYYsmO4Y:2019/06/11(火) 00:49:28 ID:KEpQfa860

 ■ □ ■



 まさか、二度目の生でも首を刎ねられるとは思わなかった。
 忍者刀が振り下ろされるその瞬間、鏡子は過去を振り返って自嘲した。
 一度目の死の時は知覚する時間さえなかったのだから、それよりかはまだマシなのだろうが。

 「死の瞬間は周囲の景色がスローモーションになる」という噂を聞いたが、あれはどうやら本当らしい。
 事実として、自分の首元に迫る日本刀の速度が酷くゆっくりに感じられるのだ。
 最期にこれまでを振り返る位は許してやろうという、神様の傍迷惑な思いやりなのかもしれない。

 後悔があると言えば、それはもう山ほどある。
 何しろほとんどセックスをし足りないのだ、欲求不満が全く解消されていない。
 "本番"は最初のランサー戦だけで後は前戯だけとは。"魔人"の名も涙を流すというものだ。

 けれど、中でも一番の後悔は。
 狭間偉出雄という少年を、あの世界に独りにさせてしまう事だった。

 本当の彼は孤独を恐れていて、誰よりも愛を求めていて。
 それなのに、恐怖から愛を遠ざけてしまっていて、そのせいで誰も近寄る事ができなくて。
 追いすがる誰かがいないと、きっと彼は本当に独りになってしまう。
 この聖杯戦争の舞台で、それが出来るのはきっと自分だけだったのに。

(ごめんなさい、マスター――――)

 無意識の内に、残された方の腕を伸ばす。性を貪る為でなく、孤独の皇の手を掴むために。
 一人だけではセックスはできない。"つがい"でなければ不可能な愛の証明だ。
 だから、孤独なあの手を掴んであげたくて、愛してあげたくて、

(――――抱いて、あげたかったのに)

 首元に冷たい感触が刺さり、そこで視界は暗転する。
 宙に伸ばした腕は、空を切るだけに終わる。

69if - a fool of loneliness ◆WRYYYsmO4Y:2019/06/11(火) 00:50:22 ID:KEpQfa860
【5】


 首を刎ねられたライダーの消滅を確認し、アサシンは忍者刀を鞘へと収める。
 周囲に殺気は感じられず、どうやらこの場にいたのは彼女独りだけだったようだ。
 いや、そもそも人の気配を感じていれば、こんな大胆な行動には出ていない。

 マスターであるHALからの情報で、性技を扱うサーヴァントの特徴は把握していた。
 眼鏡を掛けた平凡な女子高生で、一見すれば性に卓越したとは到底思えぬ少女。
 だが実物を目にすると、瞬時に察知する事ができた。あれは紛れもなく毒婦であると。

 性に関する技――つまりは房中術の脅威を、アサシンは十分すぎる程に知っていた。
 彼が率いた甲賀の忍の中には、発情する事で猛毒を分泌する女忍者がいる位だ。
 人間の三大欲求に訴えかける戦術は決して侮れない。事実として、その女忍者が猛毒を以て敵を仕留めた場面もある。

 故に、卓越した性技を持つライダーは確実に始末しなければならなかった。
 しかし、彼女のマスターがサーヴァントを超える超人であるのが問題だった。
 あの魔神の如き力を持つ少年を相手にするのは、アサシンの魔眼を以てしても困難を極めただろう。
 だがどういう事情があってか、ライダーはマスターを伴わずアサシンの視界に姿を現した。
 周囲を注意深く確認したが、罠の気配もない。これを好機と見ずに何と言うのか。
 こうした判断の元、アサシンはライダーを襲撃し、呆気なく打ち取ったのであった。

 しばし周囲に気を配るが、それでもなおマスターが姿を見せようとしない。
 これは一体どういう事かと疑問が浮かぶが、程なくして理由を推測できた。
 恐らく彼女は、マスターに一方的に縁を切られてしまったのだろう。
 あの魔神の如き少年の事だ、複数のサーヴァントを従える魔力量を有していても不思議ではない。
 何らかの事情でライダーを不要と見なしたマスターは、彼女との縁を切って追放したのだ。

(哀れな)

 片手で合掌の形を取り、今しがた葬ったサーヴァントを弔う。
 偽善ではある事は承知の上だが、しかし憐れまずにはいられなかった。

 それにしても。
 あの女が最期に向けた腕は、果たして自分へと向けられたものだったのだろうか。
 何らかの攻撃ではないかと一瞬肝を冷やしたが、どうやらそういう訳でもないようだった。
 もしや、彼女の差し伸べた先には、そこにはいない何かの影があったのではないか。

「……いや、知る必要もあるまい」

 これ以上他者の感情に踏み入る事は、無意味というものだろう。
 第一、女を殺したのは他ならぬ自分なのだから、それを知ろうなどとはおこがましい話だ。

 ただ、ひとつだけ言える事があるとすれば。
 伸ばした手は、もう何も掴めはしないという事だ。


【アサシン(甲賀弦之介)@バジリスク 〜甲賀忍法帖〜】
[状態]:健康
[装備]:忍者刀
[道具]:なし
[思考・状況]
基本:勝利し、聖杯を得る。
 1.HALの戦略に従う。
 2.自分たちの脅威となる組は、ルーラーによる抑止が機能するうちに討ち取っておきたい。
 3.狂想のバーサーカー(デッドプール)への警戒。
 4.戦争を起こす者への嫌悪感と怒り。
 5.魔神皇には引き続き警戒。
[備考]
※紅のランサーたち(岸波白野、エリザベート)と赤黒のアサシンたち(足立透、ニンジャスレイヤー)の戦いの前半戦を確認しました。
※狂想のバーサーカー(デッドプール)と交戦し、その能力を確認しました。またそれにより、狂想のバーサーカーを自身の天敵であると判断しました。
※アーチャー(エミヤ)の外見、戦闘を確認済み。

70if - a fool of loneliness ◆WRYYYsmO4Y:2019/06/11(火) 00:52:43 ID:KEpQfa860
【6】


 比喩でもなんでもなく、全てが終わっていた。
 禍津冬木市の一角で、魔神皇はぼんやりと立ち尽くしていた。

 いつからは解らないが、ライダーとの魔力パスは既に消えていた。
 激情で正気を失っていた手前、その異変に気付けなかったのだ。
 この事実が何を意味していたかなど、最早説明する必要すらないだろう。

 手の甲に目を向けると、使用した令呪の痕跡が跡形もなく消えていくのが分かる。
 どうやら、令呪の所有数によって消滅までの速度が変わっていく仕組みになっているらしい。
 三画しっかり温存していればある程度の猶予があるだろうが、生憎自分は令呪を全て消費してしまっている。
 このままでは、ものの数分程度で自分の肉体は消滅してしまうだろう。

 他のサーヴァントと再契約するという選択肢もあったが、不可能だろうとすぐに切り捨てた。
 ほんの数分ではぐれサーヴァントを見つけるなど非現実的だし、第一令呪を全て失っているマスターに誰が従うというのか。
 別のマスターを殺すという手もあるが、これがより困難な道である事は言うまでもない。

 例え魔神皇であっても、聖杯戦争のルールには逆らえない。
 これまで脱落したマスター達と同じように電脳死するのは、確定事項だった。

(だから、なんだ)

 霧の世界を見つめるのは、どこまでも空虚な瞳。
 表情が削ぎ落された今の魔神皇の顔には、焦りも恐怖も示されなかった。

 自分でも驚く程に、何も感じなかった。
 まるで心臓にぽっかりと穴が開いたようで、そこからびゅうびゅう風が吹いているようだった。
 
(下らん。此処で消えようが消えまいが、最早どうでもいい話だ)

 未練こそあるが、今更悪あがきする気にもならない。
 元より、この世界の全てを消し去りたいと願っていたのだ。
 誰もいないこの電脳空間で消えるのは、望むところではあった。

 けれども、無言を貫いて消え失せるのはあまりに味気ない。
 例え消滅する運命だろうと、この身は神の力を宿した魔神皇である。
 この世界から消え去る間際、せめて何か一言遺しておくのも悪くない。

 そうだ、この聖杯戦争で戦い続けるマスター達にこう言い残そう。
 お前たちがどれだけ足掻こうが、この魔神皇の足元にも及ばないと。
 ここで消えるのを幸運に思うがいい――こんな台詞を、最期に尊大に吐き出そうとして、

71if - a fool of loneliness ◆WRYYYsmO4Y:2019/06/11(火) 00:53:54 ID:KEpQfa860

「………………嫌だ」

 吐き出して、嘲笑おうとした、筈だったのに。
 口から出てきたのは、魔神皇の意思とは正反対のひ弱な言葉。
 消え入りそうな程小さなそれは、まだ弱かった頃の自分の声色で。
 まだこんな感情が残っているのかと戦慄するのを尻目に、唇は勝手に動き始める。

「こんなの、嫌だ。独りぼっちで消えるなんて、嫌だ」

 どれだけ止まれと理性(まじんのう)が望もうとも、本心(はざまいでお)は唇を動かし続ける。
 現状への絶望を、迫る死への恐怖、孤独への嘆きを紡いで止まらない。
 瞳からは涙がとめどなく溢れ、鼻からは鼻水が垂れ流され続けている。

「こんなの望んでない。僕は、愛されたかっただけなのに」

 違う、こんな言葉は大嘘だ。そう叫ぶ"魔神皇"の言葉はもう届かない。
 恐怖する本心が拒絶する理性を圧し潰し、"狭間偉出雄"は独りで泣き叫ぶ。

 聖杯戦争からの脱落という事実は、狭間が纏っていた魔神皇の鎧に風穴を開けた。
 その穴から本来の弱い自分が溢れ出し、精神が決壊を起こしているのである。
 鎧を修復する術を持たない今の狭間は、ただ泣きはらす以外にやれる事など無かった。

 "真なる影"を決して認めるようとせず、力づくで拒絶したとしても意味がない。
 どこまで行っても"影"とはもう一人の自分であり、消え去る事などあり得ない。
 それは神の如き魔神皇とて同じこと。彼の中には、相も変わらず狭間偉出雄が生きていた。

「嫌だ……嫌だよぉ……!誰か、誰かいないの……!」

 辺りを駆けずり回っても、人間どころか生物の気配さえ感じない。
 今の禍津冬木市に生命など、狭間一人を除いて存在するものか。
 マヨナカテレビの世界で、彼は独りぼっちだった。

「誰か、だれか、だれか…………!!」

 走っていた最中に小石に躓き、無様に地面に倒れこむ。
 狭間は立ち上がろうともせず、そのまますすり泣きを始めた。
 そうしている間にも、死へのタイムリミットは迫ってきているというのに。

 神の力という強固な鎧を纏う事で、狭間はどうにか冬木の街を歩く事が出来た。
 それを取り上げられた以上、最早両の足で地面に立つ事さえままならない。
 鎧の中にいたのは、愛を求め、しかし愛に怯えて涙する赤ん坊だった。

72if - a fool of loneliness ◆WRYYYsmO4Y:2019/06/11(火) 00:57:23 ID:KEpQfa860

「みんなどうしていないの……どうしてぼくをおいていくんだよ……」

 肉体が崩壊していく、精神が霧散していく。
 たった独りの世界で、誰にも看取られる事なく消えていく。
 不気味がる者も、嘲笑する者も、罵倒する者も、呆れる者も存在しない。
 かつて拒絶した繋がりの外側で、鳥や虫にさえ気付かれずに生涯を終えようとしている。

「いやだ……いやだよぉ…………」

 誰でもいいから、自分の傍にいてほしい。
 そう願ったその途端、思い浮かべたのは自分が召喚した少女の面影で。
 そこに来てようやく気付いた。あの少女は、一度たりとも自分を否定しなかった事に。

「ぼくを…………あいしてよぉ……いやだ……ぼくを…………」

 消滅の間際、虚空に向けて右手を伸ばす。
 こうすれば、ライダーが自分の手を掴んでくれるんじゃないかと思えて。
 けれど、霧の中に伸ばした手は、なんにも掴めなくて――――。 





「ひとりに、しないで――――――――」




 霧の中で、少年の慟哭が木霊して、消えた。



【狭間偉出夫@真・女神転生if... 消去】
【ライダー(鏡子)@戦闘破壊学園ダンゲロス 消滅】
※サーヴァント消滅からマスター死亡までの時間は令呪の数に影響します。
 3画所有していた場合は1,2時間ほど猶予がありますが、全て使用済みの場合は即座に消滅が開始します。

73if - a fool of loneliness ◆WRYYYsmO4Y:2019/06/11(火) 00:58:15 ID:KEpQfa860

【0】


 自分の名を呼ぶ少女の声で、少年は夢から醒める。

「大丈夫?すごく苦しそうだったけど……」

 彼女の言う通り、少年は寝ている間ずっとうなされていた。
 しかし、少女の柔らかな視線を受けた途端、彼はみるみるうちに落ち着きを取り戻したのである。
 寝汗で濡れた額を手で拭いながら、少年は恐る恐る口を開く。

「怖い夢を見たんだ。僕が何もかも拒んで、独りぼっちで消えていくんだ」

 その夢は、きっと少年がこれまで見た中でも一番の悪夢だった。
 自分の願いを知らないまま戦って、ありもしない尊大な人格を組み立てて。
 身に纏う鎧を護る為に全てを喪って、鎧の中で泣きじゃくりながら死んでいく。
 それはきっと、あり得たかもしれない少年の未来だった。

「ねえ、レイコは此処にいてくれるよね?僕を独りにしないよね?
 怖い、怖いよ。眠っている内に、またいなくなっちゃうかもしれないって……!」

 少年の声色はおろか、痩せた身体さえも小刻みに震えていた。
 彼の体格は高校生のそれだったが、これではまるで小学生の様である。
 しかし、少女は何を言うまでもなく、少年の背中に手を回して、

「……大丈夫、私はずっと此処にいるわ。貴方を独りになんてさせない」

 少女はそう言って、少年を優しく抱きしめた。
 何も知らない者がその光景を見れば、彼女を母親だと見紛うことだろう。
 少年を宥める少女の声と仕草は、それくらい温和で母性的だった。
 彼女の容貌は、それこそ抱きしめている少年とさほど変わらない位若々しいというのに。

「悪い夢だったのよ。そんなの、"もしも"の話でしかないわ」

 少女の愛を受け入れて、少年の震えが止まる。
 それから少しして、彼女の腕の中から小さな寝息が聞こえてきた。
 酷く疲れていたようで、再び眠り込んでしまったらしい。

「……おやすみなさい、イデオ」

 少女は眠りに就いた少年を、ずっと抱きしめていた。
 彼氏を抱きしめる恋人の様に、赤子を抱える母親の様に。

 "if(もしも)"なんてありえない、永久に変わらぬ殻の中。
 少年と少女の"つがい"は、今日も幸せな夢を見続ける。

74 ◆WRYYYsmO4Y:2019/06/11(火) 00:58:36 ID:KEpQfa860
投下終了です。

75名無しさん:2019/06/11(火) 01:46:08 ID:2cbrWQ6E0
投下お疲れ様でした
脳がしびれる……。ああ、とか、うむ、とかしか言えない
孤独なりかな魔神皇。たとえ鎧を纏おうとも、心の弱さは隠せない
かつてないほど、二次二次聖杯だからこその、つがいというものに踏み込んでいて、だからこそ狭間も辛いし、鏡子さえも物悲しい
シリアスなんてしちまったから……。今で言えば人類悪を思わせるけど、紛れもなく愛だったんだな、お前は……
だからこそアモンの前振りからの知ってしまったからこその拒絶が当然であり、きつい
自分を受け入れられなかったからこそ最後に思い知ってしまった自分の本音
突きつけられた後の目覚め。if。おやすみ狭間偉出夫、せめて良い夢を

76 ◆/D9m1nBjFU:2019/06/11(火) 15:28:06 ID:cN.6/MQA0
お二人とも投下乙です!

◆HOMU.DM5Ns氏
一夜明け、再びそれぞれの戦いに身を投じていくマスターたち
火薬庫となった学園の導火線に火がつくのももう間もなく、というところでしょうか
二日目の学園にどれだけの主従が集まり、どれほどの戦禍が齎されるのか、先が気になります
それから感想を書くのが遅れてしまい申し訳ありませんでした

◆WRYYYsmO4Y氏
何というか、◆Ee.E0P6Y2U氏が投下された「うまくはいかない『聖杯戦争』」、「君の思い出に『さよなら』」に通じるようでいて決定的に趣の異なる力作であると感じました
鎧を纏っても心の弱さまでは守れないのは狭間も同じでしたが、アキトとの決定的な違いは天運のなさと最後まで自分の本音を認められなかったことでしょうか
もしかすると狭間と鏡子は方舟において最良のつがいになり得たかもしれない、そんなifをも考えさせられました

77名無しさん:2019/06/11(火) 21:34:47 ID:9WBHGpkM0
投下乙です!
鏡子と狭間の最期は切なくて、互いに相手を思い出しながら消えていく光景がなんとも寂しかったです……

78名無しさん:2019/06/18(火) 15:30:18 ID:Ow5OhIXw0
いつの間にか新作が!投下乙です!
神の如き魔神皇、英霊だろうと寄せ付けない絶対的存在であるという自信に満ち溢れていたのだが
まさかの内に秘めた、過去に捨て去ったはずの感情に否応なく向き合わされて破滅の道に向かうとは
それはまるでインド異聞帯の王のように、完璧な超越者が自身の不完全性を認識して敗れたのだと、今ではそんな風に思う

ちょっとメタい話だが、特殊でピーキーなコンビの脱落で一つ楽しみが減ってしまったものの
逆にロワ企画を進めづらそうな設定が消えた事で今後の聖杯戦争がどうなるのかが楽しみです

79名無しさん:2019/06/19(水) 22:07:39 ID:YR3mmkAM0
何で読み手如きがデカい顔で企画云々をほざいてるんだ

80 ◆/D9m1nBjFU:2019/06/22(土) 06:51:28 ID:qhlV.xww0
ゲリラですが投下します

81発覚 ◆/D9m1nBjFU:2019/06/22(土) 06:53:02 ID:qhlV.xww0


―――全くもって情けないことに。



―――俺という人間はこうなる事態を毛ほども想像していなかったらしい。





  ◆   ◆   ◆




チクタクチクタク、と時計が秒針を刻む音が聞こえてくる。
朝陽が昇りはじめ、誰もが今日の仕事の、学生であれば登校の準備をしはじめてもおかしくない時間帯だ。
もっともテンカワ・アキトにとってはそういった喧騒は指名手配となった今もそれ以前も関係のないことだった。
NPC時代は食堂を休業にしていたし、犯罪者として追われる身となった今は言うまでもない。

そしてこれからは過去の思い出に浸るようなこともない。
そのために方舟におけるアキトの過去の象徴とも言える少女、東風谷早苗を殺す。
そうして初めて己は失うもののない一匹の修羅として聖杯戦争を勝ち抜く資格を得る。言わば通過儀礼だ。

アキトを保護している同盟者、HALの情報網を通じて早苗の居場所は既に掴んでいる。
コンディションには些かの不安もあるが、テロリストであるアキトは常に万全の態勢でのみ臨めるほど戦争というものが甘くないことを知っている。
武装。もとよりヤクザの事務所から盗んできた銃があったがここにきてHALから予想外の武器の供給があった。
サブマシンガン・MAC10にアサルトライフル・AK47がそれぞれ予備弾倉つきで一丁ずつ、それに手榴弾が三つ。配下と思われるNPCを介して届けられていた。
HALにメールで尋ねると、どうやら奴は予選の頃から来るべき時に備えて銃火器の密輸を配下にさせていたらしく、アキトがヤクザから盗んだ銃も元々はHALが仕入れたものだった。
手付金のつもりかは知らないが寄越すというのなら有難く使わせてもらうまでの話だ。



―――と、ここまで来たところで極めて現実的な問題がアキトの前に立ち塞がっていた。



『続いてのニュースです。昨夜未明、B-9で美遊・エーデルフェルトさんと思われる十歳の女の子が銃撃された事件について、警視庁はテンカワ・アキト容疑者を指名手配とする方針を明らかにしました。
テンカワ容疑者は現在も逃走を続けており、警察が今も厳戒態勢を敷いて捜査にあたると同時に、近隣住民へ不用意な外出を控えるよう呼び掛けております』

テレビから流れるニュース番組では新都エリアを厳重に捜査する刑事たちの雄姿が映されている。
これこそがアキトの障害として在る警察NPCという存在だった。
HALの調べでは早苗は現在C-9にあるマンション、つまり彼女の自宅にいるという。住人の中にマンションに戻る早苗を目撃したHALの配下がいたのだ。
マンションというだけでも即座に突入するのは躊躇われる場所だが問題はそれだけに留まらない。
C-9と言えば事件の起きたB-9にほど近いエリアであり、それ故警察NPCたちが多数動員され血眼になってアキトの行方を追っている。
アキトの現在地は新都中心部の喧騒からやや離れたD-8、物理的な距離はさほどでもないがやはり指名手配という身分が大幅に動きを制限してくる。
はっきりと言って警察が大勢いる状況を何とかしない限り早苗に接近するのはおよそ不可能に近い。

82発覚 ◆/D9m1nBjFU:2019/06/22(土) 06:53:48 ID:qhlV.xww0

……が、HALにはこの状況を打破する用意があるのだという。
しかしそのためには今少し時間がかかるらしく、故にアキトはこの家の家主が使っているパソコンを通してHALとメールで会話することになっていた。


『何の用だ?走狗になる気はないと言ったはずだが?』
『そう構える必要はない。君の邪魔をするつもりもね。
今のうちに同盟者として情報交換をしておきたいと思ったまでだ』


情報交換。確かに同盟を結んだはいいがそういったことはまだしていない。
確かに期せずして待ちに徹するしかない時間が生じた以上情報交換に使うのも一つの手ではあるか。
もっともHALをどこまで信用するかという問題は付随するが。


『良いだろう、付き合ってやる。
俺が見たマスターとサーヴァントの特徴を送るから少し待て』


覚えている限りの参加者たちの情報をまとめてHALに送信する。
奴の飼い犬同然の立場である現状、慣れていることとはいえ思うこともある。
とはいえ既に隠れ家に情報、武器を提供されている以上こちらも情報程度は送らなければ同盟の体裁を保てない。
当然アンデルセンや早苗の情報も送ってある。こうなった以上彼らとの同盟など消えたも同然だからだ。


『キレイなるマスターとそのサーヴァント、セイバーは厄介ではあるがサーヴァント間の相性で優位に立てるのならば彼らの相手は君に頼みたい。
私はキレイを君に近付けないよう最大限バックアップさせてもらう』


最初に遭遇した主従、キレイとセイバー。
サーヴァント同士の戦闘であればまず負けはないがマスターの戦闘力が厄介極まる。
銃弾を平然と避ける身体能力はアキトに対処できるものではない。
HALから新たに送られた装備を使ってもアキト単独ではまず勝ち目がないだろう。
そうなるとHALの言う通り奴からの支援を受けてキレイをアキトに接近させないよう立ち回る他ない。


『そして美遊・エーデルフェルトと高い再生能力を持つバーサーカー。
優先的に対策すべきは君を陥れた彼女たちだろう。能力や行動にも不可解な点がある』


やはりと言うべきか、HALも美遊主従を危険視しているようだった。アキトにとってもそれは同じだ。
早苗を決着を着けるべき相手とするなら美遊は対策を講じておくべき相手だ。
一度は奪い、そして奪還されたステッキが関わっていると思しき魔力供給能力とそれに支えられたバーサーカーの再生能力に任せた正攻法。
さらには先ほどアキトを罠にかけた際に見せた銃弾の直撃をものともしないふざけた衣装にバーサーカーだけでなく美遊自身も持っていた飛行能力、そしてアキトの居場所を的確に突き止めた探知術。
美遊の攻撃面での性能は不明だが、何かしらはあると想定しておいた方が良い。
アキトには結局何なのかわからなかった、剣士が描かれたカードにしても持ち主である美遊なら十全に扱えるのだろう。

認めるのは少々苦々しいが、美遊とバーサーカーというコンビはおよそアキトとガッツの上位互換と言えた。
サーヴァント戦では美遊のバーサーカーに対して決め手を欠く上に自分では美遊ほどのバックアップができない。
昨日の戦いではその地力の差を埋め合わせるべく隙を突いてボソンジャンプを使い美遊を取り押さえた。
そこまでは良かったが取り押さえた後の対処を致命的に誤った結果、後に逆襲に転じた美遊に嵌められ追われる身になった。
仮に手元にチューリップクリスタルが残っていたとしても二度と美遊には通用しまい。実際アキトを陥れた時の美遊はボソンジャンプへの対策を打っていた。
おまけに最低でも拳銃弾ならば確実に防げるボディアーマーめいた衣装を纏っているときた。
対策もなくもう一度彼女らと相対すれば確実にアキトとガッツは殺されるだろう。


『美遊の行方は追えていないのか?お前のサーヴァントはアサシンあたりだろう?
そうでなければバーサーカーを従える俺に同盟を打診するはずがない』
『流石にその程度は察しがついていたか。隠し立てしようと思っていたわけではないが確かに私のサーヴァントのクラスはアサシンだ。
そして残念ながら美遊・エーデルフェルトの行方に関してはまだ掴めていない。主従揃って空を自在に飛ばれてはこちらの情報網でも追いきれない』


仕方ないことではある。何が起きても不思議ではない聖杯戦争といえども、まさかマスターとサーヴァントが揃って空を飛ぶなど予め念頭に入れておけるものではない。

83発覚 ◆/D9m1nBjFU:2019/06/22(土) 06:55:16 ID:qhlV.xww0


『所在が分からない以上詰めるべきは他の部分だ。
君は彼女について探知能力を持っていると言ったが、私はこの可能性は低いと見ている』
『何故だ?』
『あくまで君が齎した情報を基にした判断だが、ただ君の位置を探ったにしては行動が的確すぎる。
君の不在の隙を突いて天河食堂に侵入し、恐らくは内部を物色して身分証を探し出し、そこにあることを知っていたかのように君が置いていったステッキとカードを奪い返した。
君の銃撃を敢えて誘ったかのような行動も然り。彼女は君が銃器を補充し残弾が十分にあることを予め知っていたのではないか?』
『つまり美遊と別れてからの俺の行動が全て筒抜けになっていたとでも?』
『可能性の一つとしては考慮しておくべきだろう。
恐らく彼女は魔術側の人間。どのような手管を使うか推し量ることは難しい。
だがそれを差し引いても彼女の行動には不可解な点がある』


不可解な点、とは何か。アキトには咄嗟に思いつかなかった。
考えているうちにHALから矢継ぎ早に新たなメールが届いた。


『最初は堂々と正攻法で戦いを挑み、敗れた後は徹底した搦め手で君を社会的に抹殺しようとした。
私はこの心理的な動きに違和感を覚えた』
『それほど不自然なのか?正面から戦って負けたから戦略を切り替えただけだろう』
『年齢の割に切り替えが上手すぎる。それに君の不在の間にステッキとカードを取り戻していたのならもう一度決戦を挑む手もあったはずだ。
実際に彼女は全力を投じれば最低でも銃で武装した君とも渡り合えるだけの力を持っていたにも関わらず策の完遂にのみ専念した。
思考様式が別人のそれに切り替わったかのような印象を受ける。あるいは何者かの指示を受けたか』
『彼女が他のマスターの指示を受けて行動したということか?』
『いや、その可能性は低い。サーヴァントが離れた状況下で他のマスターと接触していたなら殺されている可能性の方が高い。
私が憂慮するのは美遊・エーデルフェルトが方舟外部との通信手段を持っている可能性だ』


果たしてそんなことが可能なのか、アキトとしては首を傾げざるを得ない。
何しろ今のアキトはラピスとの接続を絶たれている。
魔術師といえど方舟のセキュリティを掻い潜って外部と通信するなど可能なのか?


『後でデータを送るがこちらでは既に外部から演算装置のバックアップを受けているマスターを特定している。
魔術的なアプローチによって同等ないし準じるバックアップを得た可能性は否定できるものではない。
とはいえ全ては可能性だ。今は頭に置いておくだけで構わない。
それに、今しがた準備が終わったところだ。これで警察の目に留まるリスクは下がるはずだ』




  ◆   ◆   ◆




空が白んでくる時間帯になっても警察官の仕事に終わりはない。
銃器を所持したまま逃走を続ける凶悪犯、テンカワ・アキトを追う刑事たちは強い使命感を胸に捜査を続けていた。
署の方針としては本来ならテンカワ・アキトの追跡に人員をフルに割きたかったのだがそうもいかない事情があった。
深夜の住宅街に突然響いた少女の悲鳴と銃声は近隣住民の不安を煽るには十分過ぎた。
それ故現場検証に加えて、住民の不安を抑えつつ聞き込みを行うため少なからぬ数の刑事が事件現場である天河食堂とその周辺に駆り出されていた。

「天河食堂の主人とはそれなりに付き合いがありますが、とてもあんなことをする人だとは思えませんでした。
奥さんを亡くして自分も障害を負って、それでも店を開けるためにリハビリを頑張ってきた真面目な人ですよ」
「なるほど…わかりました。ご協力感謝します」

84発覚 ◆/D9m1nBjFU:2019/06/22(土) 06:56:03 ID:qhlV.xww0

現在キッチン・タムラのオーナーシェフに聞き込みを行っている刑事も聞き込みに動員された者の一人だった。
事件発生の報せを受け、何故痛むのか心当たりのない後頭部をさすりながら現場にやって来ていた。

小学生女児に性的暴行を働いたと見られ、さらに拳銃を持って逃走している凶悪犯は近所では好青年として通っていたようだった。
とはいえ検挙された犯罪者が普段は良い人として通っている事例など刑事はこれまで何件も見てきているのだが。
しかし気になるのがこのタムラのシェフを含めた複数の人間からテンカワ・アキトが五感に障害を負って通院していたという証言があることだ。
まだ病院に裏は取れていないが、事実だとすればそんな人間がどうやって女児誘拐に加え銃器を手に入れさらに今なお警察の捜査から逃げ果せているのだ?

「そういえば…昨日の夕方に警察の服を着た銀髪の綺麗な子が春紀ちゃんたちと一緒にうちに来ましたね。
他にも春紀ちゃんより少し年下っぽい中学生ぐらいの赤毛の女の子や怖そうなお兄さん、小学校低学年くらいの小さい子も一緒だったかなあ……。
それで、料理を作ってたんで直接見たわけじゃありませんが、その子の声でテンカワさんについて春紀ちゃんに尋ねてたのを覚えてますよ。
ああ、春紀ちゃんっていうのは近所に住んでる子のことなんですけどね」
(ホシノ警視か……事件の前からテンカワをマークしてたってことか?流石だな)

店主の証言をNPCらしい大雑把さで解釈しながら刑事は次の聞き込み先へ向かった。
裁定者サイドの意識操作もあってホシノ・ルリは顔に見合わず現場主義、気まぐれに事件を追っては立ち去る、文字通りの妖精警視と専らの評判であった。



数件の聞き込みを終えて刑事は一息ついていた。
もっとも休憩する暇などないので本当に一息ついただけなのだが。
やはりテンカワ・アキトについては近隣住民の中では概ね「真面目な好青年で、妻を亡くして身体に障害を負っている」という評価だったようだ。
また直接関係はない話だが天河食堂にほど近い位置にある喫茶店の店主からホシノ・ルリらしき人物が薄紫色の頭髪の幼女と共に20時半から約三時間滞在していたという証言があった。
その幼女について刑事には一つ思い当たる節があった。
恐らくルリが警察署の方に調査を依頼していたという身元不明の子どもだろう。
署や近場の交番に預けなかったことが気にならないでもなかったが、まあ他の人員の誰よりも年齢の近いルリの方が接しやすかったということだろう。
NPCらしく、さして気に留めず仕事を続けようとしていた刑事のところへテンションの低い別の刑事が現れた。

「悪い堂島さん、遅くなった」
「どうした笹塚?現場に遅れるなんてお前らしくもない」
「……署から出ようとしたところにエーデルフェルトの当主が怒鳴り込んできたもんでその対応に時間を取られた」
「ああ、あのお嬢さんか……。そいつは災難だったな」

堂島と呼ばれた刑事は地元の名士として良くも悪くも有名な、エーデルフェルトの当主の対応を押しつけられた同僚に心底から同情した。
住民の目撃情報からテンカワ・アキトに銃撃された女児は昨日の朝方から行方不明になっていた美遊・エーデルフェルトと見られており、その家の当主も独自に美遊を捜索していたらしい。
美遊は事件当初は生存を絶望視されていたが、現場から彼女の血痕が見つからなかったこと、住民から「銃撃された美遊が立ち上がって逃げた」という目撃情報が寄せられたこともあって今は懸命の捜索態勢が敷かれていた。
恐らくテンカワ・アキトの撃った銃弾が運良く命中しなかったのだろう、というのが警察の見解だった。
とはいえ当主の怒りももっともだろう。警察の威信にかけても犯人を逮捕し行方不明の少女を保護しなければ。

「で、その前に金庫持ってうろついてた藤村組の連中を見つけて職質しようとしたら逃げようとしたんで捕まえた。
取り調べで全部吐いたよ。奴らCZ75Bにデザートイーグルを盗まれたんだと」
「CZ75Bか……現場から出た線条痕と一致するな。
となると銃の出どころは藤村組ってことか」
「ただ気にかかるのが盗まれた銃が入ってたっていう金庫が有り得ない壊され方をしてたことだ。
道具を使ったにしてもあんな壊れ方は有り得ない」
「共犯者がいたのかもしれないな……。
近所の住民の話じゃテンカワは身体を悪くしていて通院もしていたらしい。
カルテの確認はこれからだが複数の証言がある以上ほぼ間違いはないだろう。
障害のある料理店の店主がエーデルフェルトの養子を誘拐してヤクザの事務所から銃を盗み出すなんて単独でできるもんじゃない」

85発覚 ◆/D9m1nBjFU:2019/06/22(土) 06:56:50 ID:qhlV.xww0

堂島は考える。
美遊・エーデルフェルトに発砲し現場から逃走したのは目撃情報やテンカワ・アキトが一人暮らしであることを踏まえればほぼ確実にアキトで間違いない。
しかしそこに至るまでには共犯者の存在があったように思えてならない。
警察学校での訓練を潜り抜けたはずの警察官数名が殺傷されたことも含めると共犯者は意外な大物かもしれない。

「警視はここまで予期して予め店の前に張り込んでたのかもな」
「ん?警視が何だって?」
「?…藤村組の連中を見つけたのも警視の指示なんじゃないのか?」
「いや、この件に関して警視からは何の指示も受けてないが……どうしてそんなことを?」
「………何だって?」



同僚の発言によって、流れが変わった。
ホシノ・ルリ警視は事件が起こる可能性を予期して天河食堂近辺に張り込んでいたのではないのか?
藤村組事務所からの銃の窃盗と事件に使われた事実をルリが今も把握していないとすれば、彼女の輝かしい経歴に似合わぬ失態だ。
……もしや彼女の行動には何か違う意図や理由があったとでもいうのだろうか?

「……笹塚、お前さっきまで署にいたんだよな?
警視か誰かが例の身元不明の少女を預けに来なかったか?もしくは親御さんが見つかったとか」
「いや、そんな話は全く。……そういえば樋口のやつがそのことでぼやいてたな。
調べさせるだけ調べさせておいて一言も進展の報告がないのはいくら階級が高いからってどうなんだーとか」
「何だと!?」

ルリからは件の身元不明の少女について、堂島たち現場の刑事たちに何の報告もない。
そもそも彼女が夜も遅い時間帯に件の少女と共に喫茶店にいたということ自体アキトが起こした事件の聞き込みで偶然わかったことだ。
やむを得ない事情があって一時的に一緒にいたのだとばかり思っていたが、日を跨いでも署や交番に預けず両親が見つかったかどうかの報告さえないとなれば話は変わってくる。
警察機構に属する人間の取る行動としては、NPCといえど流せないほどに不審だった。

「堂島さん、さっきからどうした?」
「ああ、実はな……」

同僚、笹塚の問いに歯切れ悪く先ほどの聞き込みで得た情報を話す堂島。
話を聞くうちに普段あまり表情の変わらない笹塚も些か深刻に考え込む素振りを見せた。

「警視がそんなことを、ね……。
確かに臭うな。少なくともテンカワが事件を起こすことを予期してたって線は薄そうだ」
「ああ、恐らく警視の行動とテンカワの事件は直接は繋がってない。
だとしたら何だって子供連れでこんなところをうろつきながら、テンカワについて住人に聞いてたのかって話だ」

つい今しがたまでは信じきっていたホシノ・ルリ警視。
その評価が二人の刑事の中で少しずつ揺らぎ始めていた。
そこへ別の刑事がおずおずといった様子で堂島と笹塚に近付いてきた。

「あのー……実はさっき孤児院から署の方に目撃情報が寄せられたそうなんですが……。
何でも深夜の少し前にホシノ警視らしき人物が六歳前後の女の子を連れて現れ、『ここを襲撃すると犯行予告がありました。子供たちとこの子を連れて避難してください』と言われたそうです。
それから孤児院に入っていくジナコ・カリギリの姿を見たとも話しているらしく、正直信憑性に欠ける話だとは思ったのですが一応堂島さんの耳に入れておこうかと……」
「……その話、本当か?」

刑事が持ってきた話は堂島と笹塚にとって初耳だった。
恐らくそれ単体ではあまりにも突拍子がないため信憑性に欠けると判断され、今までこちらに入ってこなかったのだろう。
実際先ほどまでの堂島なら信用しなかっただろう。だが今は違う。
何の意図で行動していたのか些か不透明になってきた警視に関わる市民の目撃情報だ。最早聞き逃すべきではない。

「はい、ただその預けられた子供というのがいつの間にか抜け出してしまい行方がわからなくなったそうで……。
大きな物音がした後警視と孤児院の院長であるアンデルセンという神父が未だに戻ってこないらしく、かなり困惑しているそうです」
「何だそりゃ、どういうことだ?」

何もかもが寝耳に水だった。
その話が事実ならルリは何らかの事件性を確信して孤児院に向かったのだろうが、犯行予告とやらが自分たちに一切知らされていないのは何故だ。
事件性があるとわかっていながら署や現場への報告もなく、警官を連れて行くこともせず代わりに件の少女を連れて行く?
常識的に考えて、せめて少女だけでも警察署なり交番なりの安全な場所に預けてから行くべきであるにも関わらず?
その上現場に現れたというジナコのことすらこちらに何も伝えないだと?
有り得ない、警察機構に属する者としてそのような行為は断じて有り得ないことだ。

86発覚 ◆/D9m1nBjFU:2019/06/22(土) 06:57:34 ID:qhlV.xww0



「少なくとも警視に俺たちに何かを隠したいって意図があったのは間違いなさそうだ。
これだけの独断行動があって報告がない以上、故意でないってことはない」
「……おい笹塚、お前自分が何言ってるのかわかってんのか?」

煙草を燻らせながら不穏な言葉を放つ笹塚を堂島が窘める。
確かに気持ちはわかる。多くの捜査情報を隠蔽し、年端もいかない少女を危険が予測される場所に連れ回すなどルリには不審な行動が多すぎる。
だがそれでも彼女はこちら側の、警察組織の一員だ。身内を疑うような発言はさすがに聞き逃せない。
堂島に睨まれた笹塚はと言うと、普段通りの気怠げな顔のままだった。

「堂島さんこそわかってるはずだ。
確かに彼女はいくつもの事件を解決に導いた天才なんだろう。
その実績を疑うわけじゃないが……逆に言えば俺たちは彼女についてその輝かしい経歴しか知らないってことだ。
昔からここで一緒にやってきた仲間ってわけじゃない」

笹塚の反論に堂島は咄嗟に言葉を紡げない。
確かにそうなのだ。自分たちが知るホシノ・ルリ警視とは経歴に載っていることが全てだ。
その人となりについて確信を持って述べられることなど何一つとしてない。

「加えて昨日警視が着任したのとタイミングを同じくして事件に次ぐ事件ときた。
もちろんその全てに彼女が関与しているなんて馬鹿なことは考えちゃいないが、少なくとも昨日の時点で彼女は現場から上がった情報の全てを知り得る立場にいた。
その上で様々な指示を飛ばし、自分は不都合な情報を隠蔽しようとした。まずこれは事実だろ?」

これだけ怪しい情報が上がれば少なからずルリへの見方も変わる。
彼女の下に現場からのあらゆる情報が集まるということは、その気になれば都合の良いように指示を送ることも可能だったとも言える。
無論そんな証拠はどこにもない。だが実際にルリが一部の情報を隠蔽していたことがわかった以上可能性の一つとして疑わないわけにはいかない。
疑うことこそが刑事の仕事であり本分だからだ。

「……引っかかってたことはあったんだ」

バツが悪そうに黙っていた堂島が重苦しく口を開いた。
言ってしまえば取り返しのつかない領域に足を踏み入れてしまうのではないか。そう自問自答しながら絞り出した言葉だった。

「D-6の洋館で起きた火事に警視がいち早く気づいて消防に通報したらしいってことなんだが……。
あそこは地図にも載ってない幽霊屋敷で昔からここに住んでる土地勘のある人間でもない限りまず見つけられないはずだ。
最初に聞いた時はてっきり警視がこの町に赴任するにあたって相当念入りに下調べしてきたんだろうとばかり思ってたが………」
「今となってはその下調べとやらにも別の意味があったのかもな」
「それにさっきはああ言ったが、テンカワの件にも奴単独の犯行とするには腑に落ちない点が多い。
奴は車も持ってないし、身体に障害を抱えてるって証言がある。美遊・エーデルフェルトに悲鳴を出されるまで住民に目撃されないほど緻密な犯行が可能だったとは思えん。
そこの問題を解消したとしても、だ。養子とはいえ名家のエーデルフェルトの令嬢なんて容易く誘拐できる相手じゃない。
身代金目的の誘拐をやるにしたってさすがに相手が悪い。
だがもし……もし警察内部の人間が共犯者であるとすれば、美遊・エーデルフェルトの拉致・監禁も不可能じゃなくなる」



ホシノ・ルリとテンカワ・アキトの二人には接点らしい接点はない。それが堂島の考える一つの前提だったが、もしそうでないとすれば。
二人が堂島たちや地元住人ですら知らないところで何らかの接点を持っていたとすれば、アキトの犯行は不可能事ではなくなるし、ルリの不審な行動のいくつかにも説明がつく。
サイバー犯罪の専門家であるルリなら直接・間接を問わずアキトに対して様々な支援を行えただろう。
実際ルリが出した指示によって捜査員たちは誰一人アキトをマークすることなく、犯行の予兆や痕跡を事件発生まで見出すことができなかったのだから。

87発覚 ◆/D9m1nBjFU:2019/06/22(土) 06:58:20 ID:qhlV.xww0

……堂島としてはあまり考えたくないことだが、ルリは警視の階級にあるエリートとはいえ年齢的にはまだまだ多感な年頃の未成年の少女だ。
この町に赴任する前にアキトに誑かされた可能性さえ事ここに至っては完全には否定しきれない。
洋館炎上の件にしても、第一発見者がルリというのは何とも怪しいものだ。
この町を襲う一連の事件の数々と何の関係もない幽霊屋敷に何の用があったというのか。火事ということは何らかの物的証拠の隠蔽を試みたのではないか?

「身内を疑うなんてやってられんが、こうなると昨日の警視の足取りを徹底的に洗う必要があるな」
「捜査本部に報告しないとな。銃を持ってるテンカワの追跡ももちろん大事だが内側に犯人に通じてる人間がいるかもしれないんじゃ捜査が立ち行かない。
幸いと言っちゃ失礼だが警視はここじゃ外様で明確な支持基盤はない。上の方の政治とやらで疑惑を握り潰すなんて可能性は低いだろ」




  ◆   ◆   ◆




こうして「警視の妖精」と呼ばれたホシノ・ルリは一転、一部警察NPCの間で疑惑の人となった。
裁定者サイドによるNPCへの意識操作があったにも関わらず何故こうも急に事態が変化したのか。
その要因を大雑把に、一言で言ってしまえば「間が悪かった」のだ。


刑事たちが疑念を抱いたようにホシノ・ルリが宮内れんげを連れたまま行動し続けたことは確かに警察の一員として問題があった。
普通の役職(ロール)を割り当てられたマスターであれば問題ない行為であっても、警察の制服を着ている以上その人間の行動には普通以上の規範が求められる。
とはいえ本来ならルリとれんげの行動の足跡は警察NPCに露見しないはずだった。
そんなことがあったとしてもせいぜい断片的な情報が上がる程度で、「信憑性に欠ける」の一言とともに切り捨てられ埋もれていくはずだった。
そうはならなかった原因はルリの行動に起因するものではなく、ある不幸な偶然にあった。

ルリがれんげを伴って孤児院に出向いてから少し経った頃、ルリがマークしていた天河食堂で事件が起こった。
言うまでもなくマジカルサファイアと合流した美遊がアキトを陥れるために起こした事件だ。
ただの通り魔程度ならまだしも銃を使った凶悪犯罪となれば事件現場とその付近に多数の警官が動員されるのは自明の理。
そしてある程度時間が経ち、近隣住民の動揺が落ち着いてくれば警察による聞き込みが行われることもまた自明だった。
これにより天河食堂付近で行動していたルリの足跡が警察NPCに拾われることとなり、さらに本来無関係であるはずのアキトを探すルリの行動とアキトが陥れられた事件が一本の線で結ばれてしまった。

さらに悪いことにルリは予選を経験しておらず、その辻褄合わせとして「本選開始と同日に赴任した警視」の役割(ロール)を割り振られた。
つまり日常を過ごすと同時に培われるNPCたちとの交流や絆が存在しないということ。
故に一度でも強く疑われればそれで終わりという脆さも孕んでいた。



  ◆   ◆   ◆




「戻ったぞ、ますたあ」

錯刃大学にある研究室に男の声が一つ。
アサシンのサーヴァント、甲賀弦之介が性技のライダーを仕留め主の下に戻って来ていた。

「ライダーは仕留めた。だが彼奴のますたあの姿が見えぬ。
恐らくあのライダーに見切りをつけ別の英霊と契約を結んだのであろう」

己がサーヴァントの報告を受け、弦之介のマスター、電人HALは即座に裏の空間―――禍津冬木市へとアクセスし情報を精査する。
あの空間を認識し、この研究室の工房を形成した時点で何時でも禍津冬木市の情報を調べられる仕組みを作り上げていたのだ。
その手腕によってHALは禍津冬木市で起きた破壊の痕跡を数秒と経たずに見つけた。
とある巨大な情報圧、霊基の消滅をも。

「いや……そうではないな。
彼のライダーのマスターである魔神皇はサーヴァントの消滅に従ってアークセルに消去されたようだ。
あの空間からの退去ではなく電脳死だ。ログから閲覧できる情報からしてもそれは間違いない。
どのような経過を経てそうなったかまでは確認できない以上推測する他ないが」
「ライダーがこちら側に戻って来ていたこともそうだが、何とも面妖なことだ」
「………そういえば」

88発覚 ◆/D9m1nBjFU:2019/06/22(土) 06:59:13 ID:qhlV.xww0

またも思い出す。
テンカワ・アキトが口にしていた「もう一人の自分」なる存在。
あの魔神皇ももう一人の彼に出くわし、恐らくは戦闘行為を含めた過程を経て電脳死を遂げたのだろうか。
もう一人の魔神皇などという存在があったのであれば、彼ほどのマスターが斃れるのも無理からぬ話ではあるが。
しかし、もしそうであれば。HALのような例外存在でない限りマスターが禍津冬木市に踏み入れば「もう一人の自分」とやらが出現するということになるのか?
データの不足した仮説に過ぎないが、機会があれば他のマスターを禍津冬木市に誘い込み経過を観察するすべきかもしれない。

「………いや」

と、そこまで考えたところでHALは一度ここまでの思考を凍結することにした。
どうあれ魔神皇と性技のライダーは脱落した。であれば彼らについて長々と考え時間を費やすのは得策ではない。
今は生きている強敵たちへの対処こそを第一とするべき時だ。

「アサシン、ホシノ・ルリの地盤を切り崩す目途が立った。
戻ってきて早々すまないが新たな仕事を頼むことになるだろう」

そう言ってHALはB-9で捜査をしていた刑事たちがルリに疑念を抱いたことを語った。
何故それをHALが知っているのか?問うまでもない。天河食堂周辺の聞き込みに当たっていた刑事たちの中にHALの配下がいたからだ。



「―――つまり、ホシノ・ルリはマスターとしての活動に傾倒しすぎた。
その結果として日常における立ち回りに隙が生じた、ということだ」

警察NPCの動向を一通り弦之介へ説明し強敵ホシノ・ルリをそう評した。
聖杯戦争である以上現実逃避し自らの役割(ロール)にのみ没頭するのは論外だが、さりとて日常を度外視しすぎても綻びが生じ破滅に繋がり得る。
違反行為を犯したB-4のキャスターのマスターがそうであったように。

「彼女はマスターとしては強敵だが、警察に属する者としては少々迂闊だったと言える。
恐らく元の世界でも日本で言うところの飛び級制度のようなシステムで何らかの公職、それも高い地位にいたのだろう。
しかしそういった若き天才は得てして得意分野に特化する分社会的な経験が不足しやすい。年齢からすれば彼女もそういった手合いなのだろう」



結論から先に述べれば、警察NPCのルリへの急速な嫌疑の浸透・拡大にはHALも一枚噛んでいた。
電子ドラッグで洗脳した刑事からある程度の捜査情報は送られていたし、そもそもがルリを孤児院に誘導したのはHAL自身だ。
タイミングを見計らって配下の刑事を孤児院に派遣しルリがそこにれんげと共に来ていたという証言を取っておいたのだ。
聖杯戦争とは情報戦。警察官として不適切な行動の記録・証言を取っておけばいずれ有用に使えると判断してのことだ。

とはいえこうも早く有効活用できたのは幸運が味方した部分が大きい。
ルリがB-9の喫茶店を離れてから少し遅れて美遊・エーデルフェルトが起こした冤罪事件によって天河食堂周辺に警察の手が入った。
さらに電子ドラッグに支配されていない、正常なNPCが現場周辺の聞き込み捜査という正当な手段によってルリへの疑念を抱いた。
HALの見立てではルリの不審な行動に気づいた刑事は警察NPC全体でも比較的に能力が高かったのだろう。NPCといえど個性や性能は全て均一というわけではなく、能力に劣る者もいれば優れた者もいる。
HALといえどこれだけの幸運が重ならなければルーラーにNPCを支配している事実を察知させないという制約下でルリを社会的に追い込むことは無理だった。
確かにルリは警察として不審を抱かれるに足る行動を取ってはいたが、HALが知る他の多くのマスターと比べて極端に迂闊な行動を取っていたわけではないのだから。
HALはルリに疑念を抱き始めた警察NPCの背中をほんの少し押しただけに過ぎない。

89発覚 ◆/D9m1nBjFU:2019/06/22(土) 06:59:56 ID:qhlV.xww0

そしてこの後ルリが取るであろう行動についてHALは予測を立てていた。最初から注目していただけに彼女に関するデータは揃っているからだ。
まず第一に彼女は宮内れんげと行動を共にしていた。警察として不審な行動を取ってでもれんげを手元に置いていたのはそこに利益や有用性を見出したためであろう。
第二に彼女は自身に与えられた権限を利用することに積極的だ。市内の情報の多くを集められる役職にいるのだからこれは当然ではある。
つまり彼女は警視という立場に価値を見出している。突くべきはそこだ。

既に電子ドラッグの支配下にある警察NPCをホシノ・ルリの自宅付近、検問が設置された冬木大橋の両側に固めさせている。
恐らく次にルリが取る行動は宮内れんげの所在を確認することだ。
その上で最も確実性が高くリスクが小さいのはルーラー、監督役が拠点にしているD-5の教会を訪ねることだ。
彼女は可能な限り戦闘を避けようとする傾向にあるため最初に向かう先はそこだと見て間違いない。
故に教会に辿り着く前に彼女の自宅近辺か交通の要所である大橋の検問で彼女を捕らえる。
堂々と警察の制服を着て行動する彼女のことだ。大橋を避けて別の移動手段で川を渡ったり変装をするという線は薄い。

そして警察官に警察署までの同行を求められた場合ルリがどう動くかを予想することは難しくない。
警察NPCへの殺傷行為は直ちに監督役の沙汰が及ぶ可能性がある以上暴力による排除はまず有り得ない。
また彼女にしてみればれんげの件はともかくアキトと共謀したという嫌疑など事実無根の疑いだ。
キッチンタムラでアキトのことを調べていた件にしても大方独自の情報網で早期にアキトがマスターだと知っていただけの話だろう。
であれば彼女は自身の手腕によって、正攻法で捜査員たちの矛盾を突き自らの冤罪を証明しようと考える。実際それが可能なだけの頭脳の持ち主だ。
警察から逃亡することにより社会的地位を失うことと天秤にかければ、自ら疑いを晴らすため敢えて警察署に同行する可能性が高い。
その時こそが最大の好機だ。それにこの手段であれば確実にシオンとも分断できる。

「警察署という公的なスペースではホシノ・ルリは自身のサーヴァントを常時実体化させておくような真似はできない。疑われている状況ならば尚更だ。
加えて、彼女は女性でサーヴァントは男性。一般心理としてどこにでも侍らせておく、とはいかない。霊体化させるとしても、だ。
サーヴァントが霊体化を解き実体化するには僅かながら確実なタイムラグがあることはわかっている。
つまり、屋内という限られたスペースにあって実体化を保ったまま気配を消せる君の独壇場ということだ」
「なるほどな。つまりホシノ・ルリを暗殺せよ、と?」
「そうだ。既に彼女を泳がせる段階は過ぎた。
現時点では彼女たちの持つ情報では我々が持つ優位性を崩すには足りない……が、近い未来に崩される可能性を否定することもまたできない。
ホシノ・ルリとシオン・エルトナムは共に聖杯戦争からの脱出を目論んでいる、ということだったな?」
「然り。確かにこの耳で聞き届けた」

弦之介は超高ランクの気配遮断を持つ熟練のアサシンだ。
周囲に張り巡らされた糸によって強襲を仕掛けることは叶わずとも彼女らの会話に聞き耳を立てられる位置を確保する程度のことは出来ていた。
そうでなければルリとシオンが同盟を組んだと確信を持ってHALに報告することなどできはしない。

「聖杯戦争への反抗を掲げる本多・正純。脱出を目的とするホシノ・ルリとシオン・エルトナム。
加え、つい先ほどテンカワ・アキトから東風谷早苗もまた聖杯戦争を否定するスタンスであるという情報もあった。
どうやら私が想定していた以上に聖杯戦争のルールに従わない参加者は多いらしい。
これ以上見に徹していては彼女らの合流、ひいては聖杯戦争そのものの瓦解を目的とした一大勢力の結成という事態を招く恐れがある。
故にこそ、彼女らが結びつく前に、こちらの情報アドバンテージが機能しているうちに各個撃破しなければならない」

90発覚 ◆/D9m1nBjFU:2019/06/22(土) 07:02:40 ID:qhlV.xww0

本多・正純だけならさしたる脅威ではなかった。
だがそこに聖杯戦争に対して否定的な陣営が三組も加わるなどということになればその影響は甚大だ。
四組以上もの大同盟などを組まれ、聖杯戦争の打破を喧伝でもされようものなら聖杯獲得を狙うマスターたちであっても考えを変えないと断言することは難しい。
明らかに勝ち目のない集団に挑むぐらいならその集団の軍門に下り元の世界への帰還を優先する思考に至るマスターは必ず出てくる。
そうなれば如何に電脳世界で強力無比な力を誇るHALでも手がつけられない。
そんな最悪の状況に陥る前にこれまで手に入れた情報をフルに活用し、積極策を以ってホシノ・ルリらを早期に撃滅しなければならない。
幸いアキトは早苗を排除するつもりのようだ。支援しつつこのまま好きにやらせるのが得策だろう。

「君には先に警察署に向かい、そこで網を張りホシノ・ルリを暗殺してもらいたい」
「それは構わぬが、少々ばかり皮算用が過ぎるのではないか?
如何に我らに地の利があると言えどあちらの英霊次第では失敗に終わるやもしれぬ」

弦之介が懸念するのはルリのサーヴァントの能力だ。
無論、サーヴァント戦に移行する前に一撃でルリを暗殺してみせるという自負はあるが、それとは別に戦争には相手がいるもの。
思わぬスキルないし宝具によって目論見が外れないとも限らない。

「確かに君の言う通り、どれほど事前に策を整えようと不測の事態は常に起こり得る。
しかし今回に関しては失敗したとしても容易にリカバリーできる。
そもそも彼女は現在事件の容疑者になりつつある。これまでならばいざ知らず、警察から不審を抱かれた状況で謎の襲撃事件が起こればまず彼女の方が注目される。
まして君のスキルならば最悪ホシノ・ルリを取り逃がし目撃者が出たとしてもその記憶は一切残らない。
後は社会的に彼女を追い詰めていく方策に切り替えれば良い」

それに、HALと弦之介の力でルリを暗殺するにあたって今以上に良い条件を揃える機会は来ない可能性が高い。
何しろルリとシオンは既に電子ドラッグによりNPCを支配する存在を把握している。
時間が経てばHALの手が警察内部にまで伸びていることにも必ず気づく。
そこまで考え至る前に警察に嫌疑を掛けられた事実を突きつけ彼女の思考を電子ドラッグから逸らし、かつ警察署で暗殺する必要がある。

そしてホシノ・ルリに関する情報は今しがたアキトに送信した。
これからHALが行う暗殺計画を除いた、HALが知り得る限りのルリの能力やサーヴァントの特徴、ルリの住所とシオンとルリの同盟についても知らせている。
弦之介が懸念する通り、万全を期してもルリの暗殺に失敗する可能性はある。そうなればアキトと合力して改めてルリを仕留めなければならない。
故にHAL、アキトの同盟間の駆け引きを抜きにしてこの情報共有は必須と言えた。

「ともあれ準備は整った。人員の再配置とホシノ・ルリの捜査のためにB-9周辺の警察はその数を減じている。
これならば彼も警察の目を掻い潜って動けるだろう。
成功は確実とは言えないまでも、打てる限りの手は打った。後は成功させるのみだ」

気づけば弦之介は既にいなくなっていた。警察署へと向かったのだろう。
ここまで手筈を進めた以上後は弦之介とアキトがそれぞれ首尾よくルリと早苗を仕留めることを期待するのみだ。
となれば思考するべきは他のまだ見ぬマスターについてだ。

アキトから聞いた美遊・エーデルフェルトについては、現状では対策を用意する必要はあるが積極的に敵対する必要もその余裕もない。
確かに高い戦闘力を持つバーサーカーに潤沢な魔力提供が出来るマスターの組み合わせは戦力的に見て厄介だ。
また通常なら致命傷になるダメージからも再生するという異能は、弦之介の瞳術と比較的に相性が悪いと言える。
加えてサーヴァントのみならずマスター自身も飛行能力を有し、行動パターンも不明瞭な点がある。
アキトにも伝えたことだがもし彼女が方舟の外の何者かの指示を受けているとしたら、ホシノ・ルリとはまた違うベクトルの脅威になり得る。
だが現時点で明確にHALと敵対しているわけでもない以上、わざわざこちらから仕掛ける必要性はない。
今はホシノ・ルリや本多・正純など聖杯戦争に対し否定的な勢力を各個撃破することが至上命題でこの上美遊まで敵に回しているほど余裕はない。

91発覚 ◆/D9m1nBjFU:2019/06/22(土) 07:03:23 ID:qhlV.xww0

「…とはいえ出来ることがないというわけでもない、か」

如何なる理由か美遊は小学生という役割(ロール)を放棄して単独行動を取っている。昨日エーデルフェルト家から警察に捜索願いが出されていたことからも明らかだ。
だがアキトとは意味合いが違うがテレビで素顔が晒された女子小学生が目立たず動き続けることは難しいと思われる。空を飛べるといっても限界はあるはずだ。
その上で現在目撃情報が入ってこないということは人目につかない場所に潜伏していると考えられる。
潜伏場所を探るのであればHALにもある程度の検討がつけられる。
比較的警察が少ない深山町、大きな森があるD-1、命蓮寺があるC-1周辺、あとは田園地帯や廃屋が多いA-1からA-4までの北部エリアあたりが有力候補か。
配下のNPCに探らせつつ、独自に美遊を探しているらしいエーデルフェルトの当主にもリークしておくか。
もっとも釣り出して位置を捕捉できれば御の字程度のささやかな策だ。別段期待はしない。

次に同じくアキトから聞いたキレイなるマスターとセイバーのサーヴァント。
戦力として特筆するほどの情報はないが、気になるのは調べたところ月海原学園に「言峰綺礼」という青年が勤務しているという情報だ。
男性で「キレイ」などという名前がそうあるとも思えない。
あの火薬庫と化した学園にいるマスターとなればそれだけで注意が必要だ。

「……ほう」

ちょうどシオン・エルトナムについて思考を巡らせた瞬間、配下からシオンの目撃情報が入ってきた。
ホシノ・ルリと同盟を組んだ、糸を操るサーヴァントを従える才女にして電子ドラッグに気づいた強敵。
その彼女が一人で大橋を渡って深山町へと入っていったという。恐らく普通の学生を装い学園に登校するためだ。
好都合だ。まさかこちらが何をするでもなく勝手にホシノ・ルリと別行動を取ってくれるとは。
とはいえその分学園の状況に気を配る必要性が増したともいえる。どうあれ油断は厳禁だ。



―――けれど、油断はしていないという思考そのものが油断である可能性に、電人HALはまだ気づいていなかったのだ。




  ◆   ◆   ◆






HALは知らなかった。
同盟を組んだテンカワ・アキトと今まさに抹殺せんとしているホシノ・ルリ、両者の関係を知らなかった。
同じ世界から方舟に招かれた家族に等しい間柄であるとは知らなかったのだ。

HALは元の世界における職業がある程度方舟における身分と関連していると考察していた。
例えば大学教授である春川の身分がHALの役割(ロール)としてそのまま割り振られていたこと。
元の世界で名前を春川とHALが名前を認知していた一部の人物がそのままの職業でNPCとして過ごしていたことも判断材料となっていた。
だからこそ異例の若さで警視の職にいるルリと小さな料理店の店長であるアキトに接点を見出さなかった。
ルリが天河食堂周辺を嗅ぎまわっていたことも、彼女がいち早くアキトをマスターと特定したとしか判断できなかった。

あるいはアキトの動向にもっと注意を払っていれば、それこそ弦之介を派遣してアキトを探らせていれば。
HALからルリに関する情報を送られてきた時のアキトの表情を確認できたであろうに。

92発覚 ◆/D9m1nBjFU:2019/06/22(土) 07:04:05 ID:qhlV.xww0




  ◆   ◆   ◆





聖杯戦争とはある意味非常に公平な殺し合いだ。テンカワ・アキトはそう考えてきた。
確かにゴフェルの木片を手にしただけで無作為にマスターとして選出されるその経緯は理不尽であるかもしれない。
しかし逆に言えば全てのマスターが同じ方法で方舟に呼ばれているのは公平、平等と取れなくもない。悪平等とも言うのだろうが。
サーヴァントと令呪にしてもそうだ。性能やクラス等個性に違いはあっても全てのマスターに令呪とサーヴァントが配されるという点では最低限の公平性は確保されている。
だからこそアキトは聖杯戦争という殺し合いにも納得していた。少なくともマスターの誰にとってもスタートラインは同じなのだから。

聖杯戦争には戦いの結果としての死はあっても無人兵器による一方的な虐殺も悪辣なテロ行為もない。
虐殺同然に殺されるマスターがいたとしても、言っては何だがそれは与えられた武器を満足に扱えなかった当人の不備でしかない。
願いがある、あるいは死ねない理由があるのは誰でも同じ。早苗のような戦いを止めるという願いでさえある種のエゴに過ぎない。
誰もがマスターの一人としてサーヴァントと共に最後の一組を目指して戦い抜く。火星の後継者相手に暗闘を繰り返していた頃よりよほど上等な戦いだった。
……ここまでの経緯こそは情けない限りではあったが。

勝ち残り、ユリカを救う。そして火星の後継者を殲滅する。
願いを叶えたいという一点については一度もブレたことはないと自認している。
もう一人の自分。復讐に身を窶しても残り続けていた「自分らしさ」さえも切り捨てて、ただ一つの地点へと走り続けようとしていた。



だからだろうか。敢えて置き去りにした大切なものが、己の願いと反対側の天秤に載せられていたことに気づかなかったのは。



その文字列の羅列と顔写真の画像を見た時の自分は一体どんな顔をしていたかわからない。少なくとも人に見せられるような顔ではなかっただろう。
HALの配下らしいNPCが同じ部屋にいないタイミングで助かった。

ホシノ・ルリ。彼女がアキトと同じくマスターになっていたなど悪辣な偶然にもほどがある。
しかも裏の空間では無敵に近い力を持つHALから随分と警戒されているようだった。やけに詳しくルリの危険性を説くHALのメールからそれは容易に読み取れる。
つまり彼女は今HALに命を狙われている。ハンマーで頭を横殴りにされた気分だ。

大切なものを取り戻したいと願った。相手が火星の後継者どもから自分以外のマスターに代わっただけだと思っていた。
だがそうではなかった、なかったのだ。
最後に生き残るのはただ一組。他のマスターとサーヴァント全てを殺さなければ聖杯に辿り着くことも生還することもない。
アキトとルリが同時に生き残ることは、ない。

聖杯戦争に勝ってユリカを救うということはルリを殺すということで。
ルリを助けるということはユリカの救出と火星の後継者への復讐、己の命を諦めるということ。
吐き気がするような二者択一。これが聖杯戦争を良しとした報いだというのならこんなに効果的な罰もない。



―――嗚呼、全くもって情けないことに。



―――俺という人間はこうなる事態を毛ほども想像していなかったらしい。

93発覚 ◆/D9m1nBjFU:2019/06/22(土) 07:04:54 ID:qhlV.xww0




【C-6/錯刃大学・春川研究室/二日目・早朝】


【電人HAL@魔人探偵脳噛ネウロ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]『コードキャスト:電子ドラッグ』
[道具] 研究室のパソコン、洗脳済みの人間が多数(主に大学の人間)
[所持金] 豊富
[思考・状況]
基本:勝利し、聖杯を得る。
 1.ホシノ・ルリを警察署に向かわせ排除する。
 2.潜伏しつつ情報収集。この禍津冬木市は特に調べ上げる
 3.ルーラーを含む、他の参加者の情報の収集。特にB-4、B-10。
 4.他者との同盟,あるいはサーヴァントの同時契約を視野に入れる。
 5.テンカワ・アキトを利用して 東風谷早苗を排除させる。
 6. 聖杯戦争に対し否定的な主従を各個撃破し一大勢力の形成を阻止する。
[備考]
※洗脳した大学の人間を、不自然で無い程度の数、外部に出して偵察させています。
※大学の人間の他に、一部外部の人間も洗脳しています。(例:C-6の病院に洗脳済みの人間が多数潜伏中)
※ジナコの住所、プロフィール、容姿などを入手済み。別垢や他串を使い、情報を流布しています。
※他人になりすます能力の使い手(ベルク・カッツェ)を警戒しており、現在数人のNPCを通じて監視しています。
 また、彼はルーラーによって行動を制限されているのではないかと推察しています。
※サーヴァントに電子ドラッグを使ったら、どのようになるのかを他人になりすます者(カッツェ)を通じて観察しています。
 →カッツェの性質から、彼は電子ドラックによる変化は起こらないと判断しました。
  一応NPCを同行させていますが、場合によっては切り捨てる事を視野に入れています。
※ヤクザを利用して武器の密輸入を行っています。テンカワ・アキトが強奪したのはそれの一部です。
※コトダマ空間において、HALは“電霊”(援護プログラム)を使えます
※自分の研究室を"工房"に改造しました。この空間内なら限定的にコトダマ空間内での法則を使えます。
※テンカワ・アキトと協力関係を結びました。適当な配下のNPCの家に匿っています。また密輸した銃火器を供与しました。
※テンカワ・アキトとホシノ・ルリが知り合いであることに気づいていません。
※アキトから美遊、早苗、言峰、アンデルセンの情報を聞きました。
※D-1、C-1、A-1からA-4を配下のNPCに探らせていますがあまり力を入れていません。またエーデルフェルト家に目撃情報と称してリークしました。

【アサシン(甲賀弦之介)@バジリスク 〜甲賀忍法帖〜】
[状態]:健康
[装備]:忍者刀
[道具]:なし
[思考・状況]
基本:勝利し、聖杯を得る。
 0.警察署に赴きホシノ・ルリを待ち伏せする。
 1.HALの戦略に従う。
 2.自分たちの脅威となる組は、ルーラーによる抑止が機能するうちに討ち取っておきたい。
 3.狂想のバーサーカー(デッドプール)への警戒。
 4.戦争を起こす者への嫌悪感と怒り。
[備考]
※紅のランサーたち(岸波白野、エリザベート)と赤黒のアサシンたち(足立透、ニンジャスレイヤー)の戦いの前半戦を確認しました。
※狂想のバーサーカー(デッドプール)と交戦し、その能力を確認しました。またそれにより、狂想のバーサーカーを自身の天敵であると判断しました。
※アーチャー(エミヤ)の外見、戦闘を確認済み。

94発覚 ◆/D9m1nBjFU:2019/06/22(土) 07:06:11 ID:qhlV.xww0


[共通備考]
※『ルーラーの能力』『聖杯戦争のルール』に関して情報を集め、ルーラーを排除することを選択肢の一つとして考えています。
 囮や欺瞞の可能性を考慮しつつも、ルーラーは監視役としては能力不足だと分析しています。
※ルーラーの排除は一旦保留していますが、情報収集は継続しています。
 また、ルーラーに関して以下の三つの可能性を挙げています。
 1.ルーラーは各陣営が所持している令呪の数を把握している。
 2.ルーラーの持つ令呪は通常の令呪よりも強固なものである 。
 3.方舟は聖杯戦争の行く末を全て知っており、あえてルーラーに余計な行動をさせないよう縛っている。
※ビルが崩壊するほどの戦闘があり、それにルーラーが介入したことを知っています。ルーラー以外の戦闘の当事者が誰なのかは把握していません。
※性行為を攻撃としてくるサーヴァントが存在することを認識しました。房中術や性技に長けた英霊だと考えています。
※鏡子により洗脳が解かれたNPCが数人外部に出ています。洗脳時の記憶はありませんが、『洗脳時の記憶が無い』ことはわかります。
※ヴォルデモートが大学、病院に放った蛇の使い魔を始末しました。スキル:情報抹消があるので、弦之介の情報を得るのは困難でしょう。
※B-10のジナコ宅の周辺に刑事のNPCを三人ほど設置しており、彼等の報告によりジナコとランサー(ヴラド3世)が交わした内容を把握しました。
※ランサー(ヴラド3世)が『宗教』『風評被害』『アーカード』に関連する英霊であると推測しています。
※ランサー(ヴラド3世)の情報により『アーカード』の存在に確証を持ちました。彼のパラメータとスキル、生前の伝承を把握済みです。
※検索機能を利用する事で『他人になりすます能力のサーヴァント』の真名(ベルク・カッツェ)を入手しました。



【D-8/(HAL配下の家)二日目・早朝】


【テンカワ・アキト@劇場版機動戦艦ナデシコ-Theprinceofdarkness-】
[状態]疲労(中)魔力消費(大)、左腕刺し傷(治療済み)、左腿刺し傷(治療済み)、胸部打撲
[令呪]残り二画
[装備]CZ75B(銃弾残り5発)、CZ75B(銃弾残り16発)、バイザー、マント
[道具]背負い袋(デザートイーグル(銃弾残り8発))、MAC10(マガジン2つ分の残弾)、AK47(マガジン2つ分の残弾)、手榴弾×3
[所持金]貧困
[思考・状況]
基本行動方針:???
0.ルリちゃんを――――――?
1.早苗を―――――― ?
2.五感の異常及び目立つ全身のナノマシンの発光を隠す黒衣も含め、戦うのはできれば夜にしたいが、キレイなどに居場所を察されることも視野に入れる。
3.利用されてると分かっていてもHALに協力する――――――?
[備考]
※セイバー(オルステッド)のパラメーターを確認済み。宝具『魔王、山を往く(ブライオン)』を目視済み。
※演算ユニットの存在を確認済み。この聖杯戦争に限り、ボソンジャンプは非ジャンパーを巻き込むことがなく、ランダムジャンプも起きない。
ただし霊体化した自分のサーヴァントだけ同行させることが可能。実体化している時は置いてけぼりになる。
※ボソンジャンプの制限に関する話から、時間を操る敵の存在を警戒。
※割り当てられた家である小さな食堂はNPC時代から休業中。
※寒河江春紀とはNPC時代から会ったら軽く雑談する程度の仲でした。
※D-9墓地にミスマル・ユリカの墓があります。
※アンデルセン、早苗陣営と同盟を組みました。詳しい内容は後続にお任せします。
※美遊が優れた探知能力の使い手であると認識しました。
→HALとの情報交換でいくらか認識を改めました。
※児童誘拐、銃刀法違反、殺人、公務執行妨害等の容疑で警察に追われています。
 今後指名手配に発展する可能性もあります。
※HALと協力関係を結びました。適当な配下のNPCの家に匿われています。またHALが密輸した銃火器を供与されました。
※HALからホシノ・ルリとライダー(キリコ)に関する情報を得ました。
少なくともルリの住所の情報は含まれています。

95発覚 ◆/D9m1nBjFU:2019/06/22(土) 07:06:44 ID:qhlV.xww0

【バーサーカー(ガッツ)@ベルセルク】
[状態]ダメージ(中)
[装備]『ドラゴンころし』『狂戦士の甲冑』
[道具]義手砲。連射式ボウガン。投げナイフ。炸裂弾。
[所持金]無し。
[思考・状況]
基本行動方針:戦う。
1.戦う。
[備考]
※警官NPCを殺害した際、姿を他のNPCもしくは参加者に目撃されたかもしれません。


[全体備考]
※冬木大橋の両側に検問が設置されています。
警察にマークされている人物は呼び止められます。
※天河食堂周辺の聞き込み捜査とHALの介入により一部の警察NPCがホシノ・ルリに対し疑念を抱きました。
その場にルリが居合わせなかったため疑惑の払拭判定に失敗、ルリの足跡の捜査が行われ自宅付近に警察NPCが派遣されます。
この疑惑は払拭が為されるまで時間の経過とともに拡大し続けます。
※B-9の厳戒態勢は維持されていますが、美遊・エーデルフェルトの捜索とルリの捜査のために人員の再配置が行われたため一時的にこのエリア周辺の捜査員の数が減少しています。

96 ◆/D9m1nBjFU:2019/06/22(土) 07:07:18 ID:qhlV.xww0
投下を終了します

97名無しさん:2019/06/23(日) 20:28:24 ID:U2gHJOos0
投下おつです。HALの情報戦の旨さ、ルリを上手いこと網にかけられたと思ったら最後に一番アウトなボールを投げてしまった!
このアキトにとって最大の爆弾が起動したが今後の動きが激変しそうだ……

98名無しさん:2021/02/14(日) 17:49:38 ID:kNSdgPBg0
オワオワリ

99名無しさん:2021/02/16(火) 23:32:10 ID:qL3KWGOA0
>>98
ついでに君も自分の人生を終わらせてみたらどうだい?

100名無しさん:2021/02/16(火) 23:32:40 ID:qL3KWGOA0
なんちゃって

101名無しさん:2021/09/12(日) 23:06:48 ID:./To9Euk0
まってる


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