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90's バトルロイヤル
1
:
名無しさん
:2015/10/20(火) 00:14:42 ID:S/90BWeU0
こちらは90年代の漫画、アニメ、ゲーム、特撮、ドラマ、洋画を題材としたバトルロワイアルパロディ型リレーSS企画です。
90's バトルロイヤル @ wiki
ttp://www27.atwiki.jp/90sbr/
90's バトルロイヤル 専用掲示板
ttp://jbbs.shitaraba.net/otaku/17336/
地図
ttp://www27.atwiki.jp/90sbr/pages/13.html
5/5【金田一少年の事件簿@漫画】
○金田一一/○高遠遙一/○千家貴司/○和泉さくら/○小田切進(六星竜一)
5/5【GS美神 極楽大作戦!!@漫画】
○美神令子/○横島忠夫/○氷室キヌ/○ルシオラ/○メドーサ
5/5【ジョジョの奇妙な冒険 Part5 黄金の風@漫画】
○ジョルノ・ジョバァーナ/○ブローノ・ブチャラティ/○リゾット・ネエロ/○ディアボロ/○チョコラータ
5/5【ストリートファイターシリーズ@ゲーム】
○リュウ/○春麗/○春日野さくら/○ベガ/○豪鬼
5/5【鳥人戦隊ジェットマン@特撮】
○天堂竜/○結城凱/○ラディゲ/○グレイ/○女帝ジューザ
5/5【DRAGON QUEST -ダイの大冒険-@漫画】
○ダイ/○ポップ/○ハドラー/○バーン/○キルバーン(ピロロ)
5/5【幽☆遊☆白書@漫画】
○浦飯幽助/○南野秀一(蔵馬)/○幻海/○戸愚呂弟/○戸愚呂兄
5/5【らんま1/2@漫画】
○早乙女乱馬/○響良牙/○天道あかね/○シャンプー/○ムース
4/4【カードキャプターさくら@アニメ】
○木之本桜/○李小狼/○大道寺知世/○李苺鈴
4/4【機動武闘伝Gガンダム@アニメ】
○ドモン・カッシュ/○東方不敗マスター・アジア/○レイン・ミカムラ/○アレンビー・ビアズリー
4/4【サクラ大戦シリーズ@ゲーム】
○大神一郎/○真宮寺さくら/○イリス・シャトーブリアン/○李紅蘭
4/4【古畑任三郎@ドラマ】
○古畑任三郎/○今泉慎太郎/○林功夫/○日下光司
3/3【ケイゾク@ドラマ】
○柴田純/○真山徹/○野々村光太郎
3/3【ターミネーター2@映画】
○ジョン・コナー/○T-800/○T-1000
3/3【レオン@映画】
○レオン・モンタナ/○マチルダ・ランドー/○ノーマン・スタンスフィールド
2/2【ダイ・ハード2@映画】
○ジョン・マクレーン/○スチュアート
67/67
2
:
名無しさん
:2015/10/20(火) 00:17:23 ID:S/90BWeU0
執筆時は以下のルールを参照してください。
ルール
ttp://www27.atwiki.jp/90sbr/pages/16.html
制限案一覧
ttp://www27.atwiki.jp/90sbr/pages/17.html
【基本ルール】
全員で殺し合いをし、最後まで生き残った一人が優勝者となる。
優勝者のみ元の世界に帰ることができる。
ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない。
ゲーム開始時、プレイヤーはスタート地点からテレポートさせられMAP上にバラバラに配置される。
プレイヤー全員が死亡した場合、ゲームオーバー(勝者なし)となる。
【スタート時の持ち物】
プレイヤーがあらかじめ所有していた武器、装備品は基本的には全て没収。
ただし、義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない。
また、衣服とポケットに入るくらいの雑貨、アクセサリー、身分証明証・財布などは持ち込みを許される(特殊能力のある道具を除く)。
ゲーム開始直前にプレイヤーは開催側から以下の物を支給され、「デイパック」にまとめられている。
・「デイパック」→他の荷物を運ぶための小さいリュック。主催者の手によってか何らかの細工が施されており、明らかに容量オーバーな物でも入るようになっている。四次元ディパック。何を入れても感じる重さはだいたい1kg以内。
・「地図」 → MAPと、禁止エリアを判別するための境界線と座標が記されている。
・「コンパス」 → 安っぽい普通のコンパス。東西南北がわかる。
・「筆記用具」 → 普通の鉛筆と紙。
・「水と食料」 → 通常の成人男性で二日分。肝心の食料の内容は書き手さんによってのお楽しみ。SS間で多少のブレが出ても構わない。
・「名簿」→全ての参加キャラの名前のみが羅列されている。ちなみにアイウエオ順で掲載。
・「時計」 → 普通の時計。時刻がわかる。開催者側が指定する時刻はこの時計で確認する。
・「ランタン」 → 暗闇を照らすことができる。
・「ランダムアイテム」 → 何かのアイテムが1〜3個入っている。内容はランダム。
【放送について】
0:00、6:00、12:00、18:00
以上の時間に運営者が禁止エリアと死亡者、残り人数の発表を行う。
基本的にはスピーカーからの音声で伝達を行う。
【禁止エリアについて】
放送から1時間後、3時間後、5時間に1エリアずつ禁止エリアとなる。
禁止エリアはゲーム終了まで解除されない。
禁止エリアに入ってから首輪が爆発するまでには数秒の猶予がある為、それまでに該当エリアから脱出すれば爆破は回避できる(その際には警告音を発する)。
【作中での時間表記】(基本的に0時スタート)
深夜:0〜2
黎明:2〜4
早朝:4〜6
朝:6〜8
午前:8〜10
昼:10〜12
日中:12〜14
午後:14〜16
夕方:16〜18
夜:18〜20
夜中:20〜22
真夜中:22〜24
3
:
◆V1QffSgaNc
:2015/10/20(火) 00:20:48 ID:S/90BWeU0
投票によって選ばれたオープニングを投下します。
4
:
オープニング
◆V1QffSgaNc
:2015/10/20(火) 00:21:09 ID:S/90BWeU0
199X年──。
来るべき21世紀を前に、恐怖の大王が堕ちてきた。
◆
「──」
声にならない声をあげながら、彼らはゆっくりと目を開け、次に上体を起こした。
冷たい床に眠っていたようだが、果たして自分はいつの間に眠ってしまっていたのか──。そう、誰もが考えている。
人が大量に詰められていても涼しさを覚えるほどに広い部屋にいる。周囲は薄暗い。
そして、微かにその床が上下に揺れており、これがおそらく「船の上」であるのは、推察する事が出来た。
(ここは一体……)
しかし、こんな場所に眠るような出来事は、おそらくここにいる誰の記憶にもない。その証拠に、見える範囲にいる者は「彼」と同じように周囲をきょろきょろと見回している。
周囲には、自分と同じように、目を覚ましている人間で溢れていた。百人はいないだろうが、おそらくその半分は超えている。性別はばらばら、年齢もばらばら(小さな少年少女の姿も目に付く)、国籍はばらばら、酷い時は「人間か否か」さえばらばらなようにさえ見える。……ただ、こう薄暗くては全員を見る事は出来なかった。
周囲にはアジア人が多いようだが、そうなると、彼──ジョン・マクレーンは、つまりその中では異端であるようだ。
始めは人身売買の船の中にでもいるのかと思ったが、そうとは思えないのは──マクレーン自身が、サンフランシスコの有名な市警であるからである。刑事をその手の犯罪に巻き込む者はあまりいないだろう。
逆に、そんな職業だからこそ恨みを買う事もあるのだが、これだけ多種多様な人間をマクレーンと同じ扱いで捕えているあたり、今回は特別そう言う訳でもなさそうだった。
──おそらくは、「いつもと同じく、偶々、事件に巻き込まれた」という事だと考えて間違いない。
(……ったく……どうしちまったんだ、一体……どうしてまたこんなついてない目に遭うんだ……!)
マクレーンは、まず冷静に事態を順序立てて考える事にした。
自分が何故、今突然、「周囲と全く同じタイミングで目覚める事になったのか」からだ──。今自分がいる状況を知るには、自分の記憶を探らねばならない。
そうだ……先ほど、首元に小さな衝撃を感じたのである。それが彼ら全員の目覚まし時計代わりになっていた。
それを確認する為に首に手を触れて……マクレーンは、一言。
「くそ」
先ほどまで自分が眠っていた床よりも遥かに冷たい──金属の輪が首を一周している事がわかった。こんなに厄介な物が装着されているという事は、拉致されてから随分時間が経っている事になる。
周りの人間を見てみると、誰もが同じ物を身に着けていたようだった。
この人数に同じ物を付けたという事は、組織ぐるみと見て間違いないだろう。
そして、マクレーンが気づいたのと同じように、周囲にいる人間たちそれぞれが首のブツに手をかけ始めていた。それを見て、マクレーンは血相を変える。
「おい、お前ら! 死にたくなければそれに触るな!」
マクレーンは、思わず周囲に警告するようにそう叫んだ。
彼の方を見てざわめいて怯える者もいれば、マクレーン同様に落ち着いて事態を考察する者も多数いたようである。
マクレーンには、嫌な予感がしたのだった。わざわざ取り付けられているこの首輪──おそらくは、ただの飾りじゃない。
むやみに外そうとしてはならないだろう、と、マクレーンはすぐに考察する事が出来た。
「──諸君、お目覚めのようだね」
5
:
オープニング
◆V1QffSgaNc
:2015/10/20(火) 00:21:28 ID:S/90BWeU0
そんな時だった。部屋の四隅に設置されたスピーカーから、突如、加工された不気味な音声が鳴り響いたのは──。
マクレーンは、そこから聞こえる日本語の音声を、どういうわけか、寸分違わず理解する事が出来た。
だが、注目すべきは、その音声がかなり加工され、男女さえ定かではないような物であったという事だろう。相手は身元の手がかりを、「日本語を解する者」である事以外、全く残さないように注意を払いながら、我々に言葉だけを届けようとしているようだった。
この場に来た時から薄々あった嫌な予感が、倍増する。
「なんだ……?」
「私の名は、『ノストラダムス』……とでもしておこう。──こうして諸君を呼びつけたのはほかでもない。これから、ここにいる皆さんには一つゲームをして頂きたいのだ。スティーヴン・キングの小説に出てくるようなデスゲームを……」
マクレーンの予感は的中した。
それでも、まだ誰も騒ぎ立てる事はなかった。世界中で訳されているベストセラー作家とはいえ、キングを知らない者も少なからずいるだろう。
デスゲーム、という言葉の意味をすぐに思い浮かべる事が出来た者と、出来なかった者がおり──前者は、悉く冷静だったし、後者は騒ぐ事ができなかった。
謎の声は続けた。
「ゲーム名は、『バトルロイヤル』」
「バトルロイヤル……?」
「そう。……これから向かう場所に着いたら、ここにいる者たちで──最後の一人になるまで殺し合いをしてもらう」
小さな騒ぎが始まったのは、そんな趣旨が明らかになった瞬間だった。まだそこにいる者が現実感を持つまでには至らないらしい。冗談だと一笑する者や、冷静に思考を巡らす者……反応は様々だが、少なくとも、マクレーンは黙りこんだままだった。
今、周囲にいる人間がこれから殺し合いをする敵だとわかったのだ。そう聞いた時点でも、まず周囲を観察しておかなければならない。
やはり、アジア人やヨーロッパ人の小さな女の子供がいる。
マクレーンは自分の娘を思い出す。
そして、少なくとも──ジョン・マクレーンだけは、その時点で方針を決めた。
──こんな事を言い出す馬鹿をぶちのめす、と。
彼には『ノストラダムス』の言葉の本気度がわかり始めている。マクレーンがここに来る前に携帯していたはずの銃がどういうわけか奪われている事がその理由の一つだ。
相手は、マクレーンが刑事であるのを理解した上で監禁しているらしい。
そして、あらかじめ反抗の為の凶器を奪ったのだ。
「あの〜、すみませんちょっと待ってください」
「その声……古畑さん!?」
そして、そんな時、やたらと襟足の長い黒ずくめのアジア人が片手をあげ、嫌に丁寧な口調でその場の騒ぎを止めた。猫背だが独特のオーラを持つ男である。薄暗いせいで顔や手しか見えないのが恐ろしく見えた(まさか、マクレーンも、彼が日本の同職の男だとは思わなかっただろう)。
彼が現れた瞬間、誰かがその男の名前を呼んで駆け寄ったような音がした。その男がこの暗い中で、黒ずくめの男のもとに辿り着けたかは定かではない。
「──何だね。古畑任三郎くん」
「……えー、我々の言葉に返答できたという事は、あなた今、私たちの様子をカメラか何かで観察しているという事ですよね? だとすれば、どうです? んーーー……んっふっふっふっふっ、そんな面倒なやり方で会話をするよりも、我々の前に姿を見せてくださるつもり、ありませんか?」
フルハタ・ニンザブロー。それが彼の名だ。
まだ冗談だと信じ込んでいるのか、それとも、普段からそんな飄々とした口調なのか、彼は間に笑い声のような声を交えながら、そう訊いた。
しかし、会話が成立している点を見ているのはなかなか目の付け所が良い。
マクレーンにはイマイチこの男の正体や性格が掴めないが、古畑の口調は情報を引きだそうとしているようにも見えなくもない。
それから、相手がこちらの名前を把握しているという事も今の会話でわかった。完全に無作為に選んだわけではなく、相手側には「名簿」が存在している。
「残念だが、それは出来ない」
「どうして? やはり〜……犯罪、だからですか?」
「……我々の事を知る者がこの中にいる。しかし、参加者の条件や情報は平等でなければならない。我々の正体を知る者がゲーム内に存在してはならず、それゆえ、私も『ノストラダムス』という仮名を使用しているのだ」
6
:
オープニング
◆V1QffSgaNc
:2015/10/20(火) 00:22:33 ID:S/90BWeU0
我々──つまり、やはり複数犯、あるいは組織ぐるみだという事だ。
果たして、口を滑らせたのか、それとも、そのくらいの情報は見破られる前提なのか。下手をすると、複数と思わせるブラフかもしれない。
ただ、その言葉を切欠に、古畑という男の口調は変わった。まくしたてるように『ノストラダムス』を責めたてる。
「……平等ですか? あんな小さな女の子まで連れてきているのに? ……いや、自慢じゃないですが、私も体力に自信のある方ではありません。しかし、見てください。ここには何人も体格の良い男性がいて、逆にあんな幼い女の子もいる。平等を求めるならどうして子供や私を巻き込むんですか、あなたがた平等という物を少しはき違えてます」
「──古畑くん。あまり調子に乗らない事だ。我々も早々にルールを説明して話を進めなければならない。黙って聞きたまえ」
『ノストラダムス』は、古畑の追及を無視し、少し強い口調で言った。
この返答であっさり引き下がるあたり、古畑という男の様子は奇妙だった。
あのまま情報を引きだすのが普通のやり方だが、両手をひらひらと挙げて歩きだす古畑の様子は、自然と何名かの参加者の目を引いた。
「……君が場を静めてくれた事はひとまず感謝しよう。それでは、ルールを順に説明する」
そして、それと同時に、スピーカーの中から、説明は始まった。
誰もが、声を殺してそれを聞く事になった。今から行う殺し合いゲームとやらが、本物か本物でないのか、見極める為だろう。
まだ本気だと確定したわけではない。だからこそ、これがテレビゲーム大会かドッキリTVである僅かな可能性を信じて、説明を聴き続けようとしているらしい。
「会場に着いたら、諸君の手元にはデイパックが支給される。中には食料や水、ライトや島の地図、筆記用具、いま諸君の周りにいる参加者の名簿、時計が入っている。これらは全員共通だ。しかし、それとは別に参加者によって別々な武器や道具も支給されている……これは、アタリもあれば、武器ですらないハズレもある」
「それから、こちらで今行っているのと同じように、六時間ごとに主催側から音声による放送を行う。死者の名前や残り人数は、その放送で全て説明する。また、これから行く会場で立ち入ってはならない場所──禁止エリアを二時間ごとに定める事になるが、それもここで順番に発表される」
「既に気にしていた者も多いようだが諸君たちの首に巻かれている首輪……その首輪は、無理に外そうとした場合、──あるいは、我々に反抗した場合、それから、禁止エリアに立ち入った場合に、爆発するから気を付けたまえ」
一通りの説明を終えた時に、小さなどよめきが始まった。
今周囲にいる人間たちが敵であるという恐怖よりも──たとえ、隠れていても常に自らを縛る爆弾が装着されているという事実に。
マクレーン自身の予感は的中した。
この首輪は──触れてはならないものだと。そして、これは正真正銘、生身の肉体を使って行う殺し合いであると。
そんな時、『ノストラダムス』の声が叫んだ。
「そう──たとえば、今、誰かの首輪が音を立てているようになったら注意だ」
──言われて、マクレーンの形相が変わる。焦って、耳を澄ませた。
ピピピピピピピピピピピ……。
小さな電子音が不意に、静まり返ったその場に聞こえ始めた。どこから聞こえるのか──自分の近くではあるが、自分の首元ではなさそうだ。
そんな安堵感を覚える者もいたが、いや、そうではない。誰かの首輪が音を立てているという事は、誰かが死ぬという事だ。マクレーンはそれを許さない。
あの小さなアジア系の子供か、それとも、あの小さなヨーロッパ系の子供か?
電子音は、疎らなどよめきに隠れていく。
「わ、私……!?」
突如、スポットライトが一人のピエロに浴びせられた。それが、どよめきに隠れていた一つの電子音を白日のもとに晒した。
ピエロが首に巻いている金属の輪が、小さな赤色のランプを点滅させていた。そして、音も明らかにそこから発されているのがわかった。
この時、そこにいる参加者たちは、自分のまいている首輪の姿を始めて見る事になったのである。自分ではないと知って、ほっと息をついた者などいない。
誰の目にも、銀色の鉄の塊が凶器に見えた瞬間だった。
あれと同じ物が自分にも巻かれているのだ。
7
:
オープニング
◆V1QffSgaNc
:2015/10/20(火) 00:23:00 ID:S/90BWeU0
「な、何故私が……!?」
「君がこの殺し合いの見せしめだ。首輪の効果を説明するのに命を使わせてもらう」
「い、いやだ! 他の奴に代わらせてくれ!」
「──悪いが、時間だ」
ピエロが弁解を続けている間に、主催人物の冷徹な言葉が宣告される。
すると、ボンッ! ──と激しい音を立てて、首輪の電子音が終わりを告げた。
そして、そのピエロ──美しい魔闘家鈴木の生涯も。
上体そのものが爆破したかのように、首から上が完全に吹き飛び、下半身が力を喪い倒れた。吹き飛んだ部分は、まるで木片のように小さく周囲の参加者に降り注いだが──それが男の身体だというのは、マクレーンにも一瞬理解できなかった。
首から上は形を残す事もなく、粉々だ。首の下も抉れたので、両腕も体から離れてもげている。黒い焦げ跡が爆発の威力を示していた。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」
それにより、場内は悲鳴で溢れかえる。女性のものだけではなく、大の男さえもその姿に大きな悲鳴をあげた。初めて人の死を見た者もいただろう。それがこんな残酷な殺しであったとなれば、悲鳴も出よう。
マクレーンでさえも口を噤みながら、強く恐怖したほどだ。長年刑事をやっていても、こんな残酷な殺し方には滅多に出会えるものではない。
「禁止エリアに立ち入った場合も、こうなる運命となる」
あんなものが──全ての参加者の首に。その事実が戦意を削ぐ。
これで、『ノストラダムス』に反抗する者はもう無いかと思われた。
しかし──。
「貴様らの卑劣な行為……このオレが見逃すわけにはいかん! たとえ貴様らがオレの命を握っているとしても、理不尽に人間を殺され、むざむざ従うオレではない!」
そう、まだ、いたのだ。
こんな卑劣な悪事を許せず、どうしても立ち上がってしまうタイプの男が。──「やめろ!」と叫びたいところだが、マクレーンも思わず押し黙ってしまった。
彼の元にも先ほどの鈴木同様、どこからかスポットライトが向けられた。
「!?」
そこにいたのは、ピンク色の顔の二足歩行のワニであった。体は大きく、これから殺し合いをする相手というより、これから人間を襲う相手としか思えない。
映画に出てくるような化け物がそんな声を発しただけでも何人かは驚かざるを得ない。
被り物にしては精巧で、その口や目の動きはハリウッドでもなかなか再現できなさそうなレベルに達している。
「察するに、ここは船の上だ。……だとすれば、別室にはこの船を動かしている貴様らの仲間がいるはず。──どこだ! どこにいる! あのフルハタという男の言った通りだ、オレのたちの前に姿を現せ! さもなければ──こちらから見つけ出すのみ!」
次の瞬間、ワニの怪物は、スピーカーに向けて、手から光を発する。マクレーンは、そんな姿に昔の子供向けテレビ番組のの電子レーザー銃を思い出した。
スピーカーの一つにそれが命中すると、それは小さく爆発し、轟音を鳴らす。光が機械を爆破する姿は、さながら魔法のようであった。
「なっ──」
しかし──それと同時に、怪物の頭部に向けて、真上から一本の太い槍のような矢が降り注ぐ事になった。
その矢は、彼が気づくよりも早く、彼の頭部に突き刺さり、ぐちゃり、と腐った果実を潰すような音を鳴らす。
それより少し遅れて、その怪物の最期の断末魔がその場に響き渡った。
「ぐわああああーーーーーッ!!」
「クロコダイーーーン!!」
ワニの怪物──その名もクロコダインの身体は、一瞬で串刺しになり、それと同時におそらく彼の生涯は終わった。そんな彼に、知り合いらしき少年たちが二名駆け寄る。
それが一瞬参加者たちの目に映ると同時に、クロコダインを照らしていたスポットライトは消える。しかし、そこに勇猛な怪物の死体があるのは変わらない。
亡骸に寄っていったらしい、少年たちの涙声が痛ましく響く。
……少なくとも、主催側の用意は、この首輪だけではないという事だ。
ここで反逆すれば、知る限りの残酷な殺し方を示す結果になるらしい。
8
:
オープニング
◆V1QffSgaNc
:2015/10/20(火) 00:23:17 ID:S/90BWeU0
あれが本物の化け物であるかはわからないが、そこに駆け寄った少年の仲間を想う声が偽物であるとはマクレーンにも思えなかった。
どういう事だかはわからないが、あんな怪物がいたとして……それさえも拘束できるのがこの主催者なのだ──。
残念ながら……純粋な力では敵わないと見た。それでもマクレーンは主催側への反抗心を緩めはしないだろう。
「これでわかっていただけたかな?」
クロコダインが破壊した物とは別のスピーカーから、再び『ノストラダムス』の声が聞こえた。まだ三つのスピーカーが残っており、それでも充分にこの部屋には音声が通る。
二人も殺しておきながら、スピーカーから聞こえる声色には一切の変化がない。そして、その声は無情にルールを説明し続けた。
「残りは六十七名だ。このゲームの勝者には、商品としてどんな願いでも一つだけ叶えてやろう。不老不死、巨万の富、死者蘇生……あらゆる用意もある。信じない者もいるかもしれないが、その証拠を持つ者とは、生きてさえいればいずれ証人に会えるだろう」
付け足すようにそう言ったスピーカーの音声だが、大部分の参加者は賞品よりも、自分の命を優先する。たとえ、本当に不老不死を得られるとしてもこんな事に巻き込まれるのは御免という者が多いだろう。
「……ちょっと待てよ。一つだけ教えてくれ」
「なんだね、金田一一くん」
「どうして俺たちを選んで、こんな事をするんだ? 人間をこんなに集めて手の込んだ用意までして殺し合いなんてさせたって、意味がないじゃないか!」
正義感の籠った怒りの瞳でそう言う一人の高校生ほどの少年。
誰にとっても気がかりな質問であったが、誰も問う事がなかった質問だ。
だが、彼の場合は恐怖よりも真実の追及が勝っているのかもしれない。金田一なる少年は、臆する事なくその質問を『ノストラダムス』に向けた。
スピーカーの音は少し待った後で、答えた。
「……その質問に答える事は出来ない。しかし、道楽に意味など求めない方が良いだろう」
納得できる答えではなかったが、それ以上の追及は無意味という事だ。
唯一聞こえた、「道楽」という部分に、少年は強い怒りを抱いたようだ。
「……わかったよ、あんたがそう言うなら、最初に宣言しておく……。──『ノストラダムス』、お前の正体は俺が絶対暴いてやる! ジッチャンの名にかけて!」
彼が『ノストラダムス』への反抗の意思を告げた次の瞬間である。
ふと、マクレーンは体がふらつくような感覚に苛まれた。そして、強烈な眠気がマクレーンを襲い始め、見れば、周囲の参加者が次々と膝をついて、眠りかけようとしている。
主催側がここで全てのやり取りを終え、全員の意識を一度途切れさせようとしているのだ。
「……参加者諸君に、最後に一つだけアドバイスだ。勝ち残るには、力や武器だけではない。知恵も必要となる。今この状況になっても、そこの金田一くんや古畑くんのように、自分の置かれている状況を冷静に判断する切れ者がいる……上手に利用する事だ」
──薄れゆく意識の中で、『ノストラダムス』の有難くもないアドバイスだけが聞こえた。
これ以上、反抗する者はいない。……いや、最初から、反抗した者を殺して強さを示す事を目的に、挑発していたのかもしれない。
気づけば、マクレーンは揺れる床に顔をくっつけていた。
最後の意識が、彼に告げる。
「さて……到着だ。君たちが次に目覚める時……殺し合いは既に始まっている……諸君らの健闘を祈る……」
マクレーンたち、その場にいた者たちの意識は、次の瞬間、途切れた。
次に目覚める時──彼らは、バトルロイヤルをする事になる。
【美しい魔闘家鈴木@幽☆遊☆白書 死亡】
【クロコダイン@DRAGON QUEST-ダイの大冒険- 死亡】
【主催人物】:不明(怪人名:『ノストラダムス』)
※主催者の音声は加工されており、口調も実際の主催者とはかけ離れている(作られている)可能性が高いです。
※おそらく複数人。ただし、ブラフである可能性もあり。
9
:
◆V1QffSgaNc
:2015/10/20(火) 00:24:28 ID:S/90BWeU0
投下終了です。
予約はこちらでお願いします。
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/17336/1443792597/l50
10
:
◆TA71t/cXVo
:2015/10/21(水) 12:49:47 ID:.lEWO5Ig0
ダイ、ベガ投下します。
11
:
◆TA71t/cXVo
:2015/10/21(水) 12:50:38 ID:.lEWO5Ig0
「うわぁぁぁぁぁ!!」
鬱蒼と茂る森林の真っ只中。
勇者ダイは、大粒の涙を流し慟哭した。
怒りに任せ何度も地に叩きつけられた、破裂するんじゃないかというくらいに強く握られた拳からは、うっすらと血がにじみ出ている。
「クロコダイン……クロコダイイィン!!」
クロコダインは、ダイにとってかけがえのない仲間であり友であった。
いつも勇猛果敢に、敵がどれだけ強大であろうとも真っ先に立ち向かい、数多くの血路を開いてくれた。
またその強さのみならず、精神面においても人格者と呼ぶに相応しい漢でもあった。
その豪快ながらも義理堅く優しい性格に、自分も仲間達も何度助けられただろうか。
「うぅ……うぅ……!」
しかし……その大切な友は、もうこの世にいない。
ノストラダムスを名乗る悪に自ら立ち向かい、その命を目の前で散らせたのだから。
どれだけ願おうとも、もう二度と会えない。
それが、ダイはどうしようもなく悲しかった……悲しくて堪らなかった。
――――ゴトリ。
「……え?」
その時だった。
ダイの傍らにあったデイパック―――彼に支給されたそれの中から、何かが音を立てて零れ落ちたのだ。
地面を叩いた衝撃で、どうやら口が開いてしまったらしい。
彼はゆっくりと視線を物音の元へと向け、何が起きたのかを確認しようとし……
そして、現れたその武器を前にして言葉を失った。
12
:
勇者の挑戦
◆TA71t/cXVo
:2015/10/21(水) 12:57:29 ID:.lEWO5Ig0
「……これは……クロコダインの……!」
クロコダインが愛用していた、怪力を持つ彼だからこそ扱える巨大戦斧―――真空の斧MARK-II。
それがダイに支給されたのは、まったくの偶然と言える事だった。
しかし……彼には、そうは思えなかった。
「……そう、か……」
かつて死の大地で超魔生物と化したハドラーと戦い、氷山に激突して海中に没した時。
潰されて死亡するかに思われたダイを救ったのは、彼の持つ剣であった。
ハドラーとの激突でその身に大きなキズを負ったにもかかわらず、剣は主を死なせまいとして彼の身を守りぬいたのだ。
確かな確固たる魂が、ダイの剣には宿っていたのである。
そう……これは、あの時と同じだ。
まるで、自身を失い涙するダイを慰め鼓舞するかの様に。
死してなお悲しみに暮れる友を救わんとするかの様に。
―――泣くな、ダイ。
その斧が……そしてクロコダインが、励まし語りかけてくれるかの様に思えてならなかったのだ。
「……うん。
そうだよな……ありがとう、クロコダイン……!」
涙を拭い、静かに顔を上げた。
そうだ……死ぬと分かっていながらもクロコダインが命を捨てたのは、何の為だ?
このふざけたバトルロイヤルを止めるためだ。
だから彼は自ら選んで、ノストラダムスに立ち向かったのだ。
自爆呪文で散っていった師の様に。
同じくその真似をした最高の友の様に。
大魔王へ続く道を死を以って開いた父の様に。
ならばここで悲しみに暮れる事は、彼のためになるのか―――否、断じて違う。
成すべき事はただ一つ。
彼の死の意味を決して無駄にしない為にも、勇者としてこのバトルロイヤルを止める事だ。
「待ってろ、ノストラダムス……!
俺は絶対に、お前を倒してこのバトルロイヤルを止めてやる!」
今も自分達をどこかで見ているかもしれない悪へと、ダイは声を上げて宣戦布告した。
そこにはもう、先程までの悲しみに暮れていた表情はない。
あるのは、毅然とした勇ましい勇者に相応しい顔であった。
13
:
勇者の挑戦
◆TA71t/cXVo
:2015/10/21(水) 12:58:24 ID:.lEWO5Ig0
しかし。
「ムハハ……面白いことを言うではないか」
いかに木々がざわめく森の中といえど、大きな声を出せばそれを聞き取る者が近くにいても不思議ではない。
ダイの宣言は、皮肉にも思いもよらぬ者を呼び寄せてしまっていた。
「では、それだけの大口が叩ける器かどうか……このベガ様が試してやろうではないか……!!」
人の世を救う勇者―――その対極に位置する存在。
即ち、人の世を乱す者を。
■□■
「……お前は……!?」
目の前に現れ不適に笑うその男―――ベガの姿を前にして、ダイは息を呑んだ。
身に纏う真紅の軍服がはち切れんばかりの凄まじい筋肉。
その全身から放たれている、禍々しい圧倒的重圧感。
一切隠す事無く向けられる強大な敵意。
似ているのだ。
この男から視て感じる事のできる全てが。
襲い来るプレッシャーが……他でもない、あの恐るべき大魔王バーンとそっくりだ。
故に、ダイはすぐさま悟ることができた。
このベガという男が、敵であると。
絶対に倒さなければならない……凄まじき巨悪であると。
14
:
勇者の挑戦
◆TA71t/cXVo
:2015/10/21(水) 12:59:09 ID:.lEWO5Ig0
「ヌゥンッ!!」
そうしてダイが覚悟を固めた、まさにその直後だった。
ベガは凄まじい勢いで地を蹴り、彼に肉薄してきた。
その右腕に禍々しい紫光を纏わせ、加速の勢いに乗せてダイの胴体めがけ拳を真っ直ぐに突き出してきたのだ。
「くっ!?」
命中寸前、ダイは咄嗟に両腕を胴の前で交差させ、更に竜闘気を放出した。
ただのガードではだめだ、出来る限りの防御をしなければまずい。
そうベガの様子から判断し、行動に移したのだ。
そして、その判断は間違いではなかった。
「ぐぅぅっ!?」
竜闘気を纏っているにも関わらず、ダイが腕へと受けた打撃は重く強烈なものであった。
それはベガ自身の豪腕よるだけのものではない。
彼が拳に纏う紫光―――闘気に似た何かが、竜闘気の防御すらも上回る程の威力を与えているのだ。
(暗黒闘気……いや、違う!
似てるけど、もっと重たい……すごく、邪悪な感じがする……!!)
それは幾度となく対してきた闇の闘気に近く、しかしどこか違う代物だった。
通常の暗黒闘気とも魔炎気とも、何かが異なる。
簡単に言葉には出来ないが……よりどす黒い、より極悪な印象があったのだ。
初めて戦う未知の強敵だ。
何の考えもなしにただ我武者羅に突っ込んではいけない……体勢を立て直し、仕切りなおさなければ。
そう瞬時に悟ると同時に、ダイはすかさず地を蹴り後ろへと距離をとろうとした。
「甘いわっ!!」
しかし、ベガはそれを許そうとはしなかった。
握り締めていた右拳を開くと同時に、彼はその掌に再び紫光を宿らせる。
それはすぐさまボーリングのボール程度の大きさを持つ球状へと変化し……
「喰らえぃっ!!」
腕を突き出すと共に、ダイ目掛けて射出された。
収束させたオーラを飛び道具として放つ、ベガの必殺の一つ―――サイコショットだ。
15
:
勇者の挑戦
◆TA71t/cXVo
:2015/10/21(水) 12:59:42 ID:.lEWO5Ig0
「闘気弾……!
なら、紋章閃で!」
それをダイは、竜闘気を弾丸として放つ紋章閃で迎え撃った。
両者が放つエネルギーは、激しく空中で激突し……
――――ズガァァン!!
「ぬぅ……!!」
轟音と閃光、そして衝撃を伴い弾けた。
両者共にそれを受け止めると、静かに互いの顔へと視線を向ける。
ダイは、未知の力を秘めたベガへの警戒心を込めて。
対するベガは、未知の力を見せるダイへの好奇心を込めて。
それぞれが、相反する感情を胸にして向き合っていた。
「ほう……随分、面白い闘気を持っているではないか。
殺意の波動とはまた違うが、実に強固な闘気よ……」
「……そういうお前こそ……その力は一体……!」
額に汗の玉を浮かばせつつ、ダイは先程からの疑問をベガへとぶつけた。
ベガが纏い操るオーラは、竜闘気にさえも匹敵している。
そこまでに強大かつ不気味な力を、ダイは知らなかった。
力の強弱は抜きにして、これならばバーンの放った暗黒闘気の方がまだ形ははっきりしている。
故に……まるで底が知れない。
「ムハハハハ!
よかろう……冥土の土産に教えてやろう!
我が力の名は、サイコパワー……この世の頂点に君臨する力よ!!」
余裕か、あるいは更なる畏怖を持たせるためか。
ベガはその疑問に、笑みを浮かべて答えた。
自身の持つ力の名―――サイコパワーの名を。
「サイコパワー……?」
16
:
勇者の挑戦
◆TA71t/cXVo
:2015/10/21(水) 13:00:17 ID:.lEWO5Ig0
「いかにも!
我がサイコパワーは、悪意と憎しみこそを糧とする……あらゆる負の感情こそが、このベガ様の源よ!!」
サイコパワー。
その正体は、負の感情を大元とする極めて強大な超能力の一種。
自己はもちろん、その周囲に漂うありとあらゆる負の感情を力へと転化する恐るべき魔の力。
『人の世を乱す者』と呼ばれる巨悪こそが持ちうる、決して世にあってはならない強大な悪の力なのだ。
「ムハハハハ!!
いいぞ、このバトルロイヤルとやら……中々に面白いものだ。
このベガ様の命を握るという行いだけは気に食わぬが、我が力を高めるには最高の場よ!!」
自身に憎悪を向ける相手の感情をサイコパワーとして取り込み、力の増幅を図る。
より強き力を得るために、ベガは今まで数え切れぬ程にそうした相手を作り上げてきた。
時には、ただそれだけの為に一つの集落を完全に滅ぼし尽くした事すらもあった。
そしてこのバトルロイヤルは、まさに負の感情の溜り場といっても過言ではない。
生きて帰るには他者を殺すしかないという、非情の所業。
そこから生じる怒り・悲しみ・憎しみ―――負を伴う感情は、計り知れないものがあった。
それをベガは、嬉々として受け入れた。
この魔人は、邪悪な笑みを浮かべ……会場全体より漂うその感情を吸収し、己が力へと徐々に変えようと今まさに目論んでいるのだ。
■□■
「……何だよ、それ……!!」
ベガの力の正体と、その目的。
全てを聞き終えた時……ダイの中に湧き上がったのは、怒りだった。
サイコパワーの性質などは、どうでもいいと思えるくらいに強く激しい怒りであった。
あろう事かこの男は、このバトルロイヤルを悦んでいる。
自らの力を高める格好の場として認識し、他者の事など歯牙にもかけていないではないか。
どうしようもないぐらいに許せない……最悪を通り越した邪悪だ。
「どうした、何がおかしい?
この世は力こそが全て、悪こそが人の持つ本質!
言うなれば絶対の真理ではないか!!
それを磨き高める事の何が悪いというのだ!!」
「違う!!
そんな力が全てなんて……絶対に、間違ってる!!」
ダイは、ベガの言葉の全てを否定した。
力こそが全て、悪こそが人の真理など絶対に間違っている。
17
:
勇者の挑戦
◆TA71t/cXVo
:2015/10/21(水) 13:00:47 ID:.lEWO5Ig0
アバン、ブラス、バラン。
彼らは自身に正しき力―――『正義』の意味を、心の意味を教えてくれた。
大切な誰かを守り助ける為に力はあるのだ。
平和を齎す為にこそ、力は振るわれるのだ。
その為に……『勇者』の力はあるのだ。
強大な悪を打ち倒し、人々を守る為に勇者は戦うのだ。
「お前なんかに……絶対に負けるもんか!!」
だから……勇者として、この魔人には絶対に負けるわけにはいかない!
「……気に喰わぬ小僧よ。
虫唾が走るわ……!!」
そんなダイに対し、ベガは露骨に嫌悪感を露にした。
彼の主張が気に入らなかっただけではない。
彼が己に向ける敵意が、あまりにも不快だったからだ。
そこには確かに怒りがある……だが、強い怒りでありながらもまるで憎悪がない。
言うなれば、負を伴わぬ正しき怒り……正義の怒り。
ベガが忌み嫌うものの一つだ。
「その身を、砕き散らしてくれるわ!!」
怒声を上げ、ベガは強く地を蹴り宙へと高く跳躍する。
そのまま両の踵を揃え、急降下―――ヘッドプレスで、ダイの脳天を踏み砕かんとする。
「トベルーラ!!」
それを迎え撃つべく、ダイもまた飛翔呪文で宙へと飛んだ。
距離を急激に詰めつつ、その拳に闘気を収束させてゆく。
そして、迫り来るベガの両足目掛け……全力を込め、一撃を叩き込んだ。
足裏に拳は命中し、確かな手ごたえをダイに与えていた……しかし。
「ぬるいわっ!!」
「ッ!?」
逆にベガは、その一撃を利用した。
ダイの拳を蹴りの威力で受け止めるのではなく、ダメージを最大限に流しながらも衝撃をそのままに受け入れた。
彼の拳を踏み台にして、打撃を反動としてより高く飛び上がったのだ。
もしこれを並の格闘家が実践しようとすれば、両足を砕かれていただろう。
サイコパワーのみならず類稀なる格闘技術を持つベガだからこそ、出来る芸当なのだ……!
「ムハァッ!!」
「ベギラマ!!」
ベガはその両手にサイコパワーを纏い、空中よりの手刀―――サマーソルトスカルダイバーを繰り出した。
ならばと、ダイは閃熱呪文―――ベギラマをその手より放つ。
手刀が届くよりも先に、熱線はベガに襲い掛かった。
サイコパワーと閃熱呪文のぶつかり合い。
それは小規模な爆発を起こし、生じた煙が両者の視界を遮った。
18
:
勇者の挑戦
◆TA71t/cXVo
:2015/10/21(水) 13:01:17 ID:.lEWO5Ig0
「……違うな、闘気ではない。
貴様……その身にまだ、別の力を宿しているというのか」
白煙の向こうにダイを見据え、サイコパワーで空中に浮遊しつつベガは今の一撃を冷静に分析した。
この熱線は、先程の闘気を用いた一撃ともまた違っている。
これが例えば、自身がよく知る『波動』と『殺意の波動』の様な似通った力ならばまだ分かる。
しかし目の前の敵は強力な闘気を既に身に着けておきながら、その上でなお異なる力を喧嘩させる事無く両立させているのだ。
通常では考えにくい事を、この敵は成しえている。
それがベガにとって、強く興味を引いていた。
(……?
こいつ……魔法を知らない?)
一方ダイは、そのベガの様子に僅かな違和感を覚えた。
竜闘気の存在に疑問を思う事はまだ分かる。
他ならぬ自分自身が、父バランと出会うまではその詳細を知らなかったぐらいなのだから。
しかし……魔法を知らないというのは、流石に解せない。
戦闘のみならず医療行為にも、日常生活の補助にすらも使う者がいる程の力だ。
そんな魔法を、何故不思議に思っているのか……ダイには、それが分からなかった。
故に、心の中に奇妙な感覚が生じてしまったのだ。
「ムフフ……ムハハハハッ!!
面白い……実にいいぞ!!
小僧よ、名はなんと言う!!」
「……ダイだ」
しばしの静寂があった後。
ベガは、今まででも一番の笑みを浮かべ声を上げた。
そして名を名乗るよう、ダイへと問いかけた。
ダイもこれを受けて、自らの名を静かに返す。
「ダイ!
分かるぞ……貴様のその肉体、普通ではないな?
この力が何よりもの証拠……生半可な肉体で耐え切れる力ではないはずだ!!」
「ッ!?」
直後、ベガの宣言にダイは驚愕した。
理由は至極簡単……ずばり、言い当てられたからだ。
ダイの肉体は普通の人間のものではない。
彼は、神々の作り上げた究極の生物『竜の騎士』と人間との混血児だ。
実際に、彼が操る竜闘気はもし仮に通常の人間が操ろうと思えば、その力に耐え切れず肉体が崩壊する恐れをも秘めている。
竜の騎士の血統である彼だからこそ、竜闘気は扱えるのだ。
その事実を、そうした事情までは抜きにしてもベガは看破したのである。
そしてそれは……ベガにとって、何よりもの朗報であった。
19
:
勇者の挑戦
◆TA71t/cXVo
:2015/10/21(水) 13:01:58 ID:.lEWO5Ig0
「ムハハハハッ!!
よもやこの様な形で……このベガが望む肉体を見つけられようとは。
何という行幸よ……!!」
歓喜の叫びを上げ、ベガはダイへと瞬時に接近。
勢いに乗せた強烈な蹴りの打ち下ろしを繰り出し、腕の防御ごとダイの体を地へと落とした。
「くっ……!!」
「受けてみよ……!!」
そして攻撃動作の終了と同時に、ベガは全身よりサイコパワーを発生させた。
今までの中でも最も苛烈で禍々しい紫の光が、その肉体を包み込んでゆく。
続けて、左手を添えた右の腕をダイへと力強く向ける。
その姿を見て、ダイは瞬時に悟った。
今から放たれる一撃こそが、ベガの最も信頼する必殺であると。
「サイコクラッシャァァァァッ!!」
猛烈な勢いで、右腕を先端にしたベガの身がダイへと迫った。
莫大なサイコパワーを身に纏い、自らを弾丸と成し敵を穿つ。
これぞ、ベガの代名詞ともいえる必殺の一撃―――サイコクラッシャーだ……!!
「……!!」
一目で分かる。
このサイコクラッシャーは、威力も勢いも今までの攻撃より上をいっている。
まともに受けて危険なのはもちろん、竜闘気による防御でもどこまで軽減できるか怪しい。
ならば取れる選択肢は、回避しかないか。
「……いや……!!」
否。
ダイがとった選択は、迎撃だった。
サイコクラッシャーは確かに恐るべき破壊力を秘めている技だろうが、同時にひとつの欠点もある。
それはこの技が、完全な肉弾での特攻であるという事だ。
強力なパワーとスピードでの突撃……ならばもし、それに合わせたカウンターを打ち込む事が出来たなら……!!
20
:
勇者の挑戦
◆TA71t/cXVo
:2015/10/21(水) 13:02:29 ID:.lEWO5Ig0
「……クロコダイン。
力を貸してくれ……!!」
ダイは傍らのデイパックから飛び出している真空の斧の柄を、力強く握り締めた。
ここまでの戦闘においても、この斧を使うと言う選択肢自体は考えていた。
しかし……扱った事のないジャンルの武器であった事は勿論、重量もあり取り回しが難しいこの巨大戦斧を手にして思うように動けるのかという危惧もまたあった。
その為、ダイは敢えてここまで徒手空拳での闘いに徹してきた―――実際、極めて高い格闘スキルを持つベガ相手にはそれで正解であった。
だが、この一撃へのカウンターだけは別だ。
素手では出せない、武器があってこそ可能な必殺の一撃が必要となる。
威力を生み出す必要があるからだ。
故にダイは、この真空の斧を今こそ使うと決めたのだ。
「うおおぉぉぉぉっ!!」
全力で斧を逆手に持ち上げ、竜闘気の力を開放する。
オリハルコンで作られた武器ではない以上、恐らく反動に耐え切れるのはこの一度のみ。
失敗は許されない。
迫り来るベガの姿を真正面に見据え、右手に構えた斧を力強く後方へと引き絞る。
この構えより打ち出されるは、勇者ダイの必殺剣。
師のアバンより受け継いだ、アバン流刀殺法の奥義……!!
「アバン……ストラァァァッシュッ!!」
■□■
「……ダイ……やってくれおるわ」
激闘を繰り広げた地から、やや離れたところに位置するその森の中で。
ベガは、自らに支給されていた薬草を複数枚纏めてかじりつつ、その身を静かに休めていた。
21
:
勇者の挑戦
◆TA71t/cXVo
:2015/10/21(水) 13:02:53 ID:.lEWO5Ig0
サイコクラッシャーに対するアバンストラッシュでのカウンター。
ダイの狙いは間違ってはいない……この上ない正解ともいえる選択だった。
しかし、彼にも二つほど誤算があった。
一つ目は、サイコクラッシャーへのカウンター攻撃が、ベガにとって初めてではないという事だった。
発動中の隙を狙われる事など百も承知。
自身の決め技が持つ弱点など、ベガは当に分かっていたのだ。
故に彼は、ダイがカウンターを狙うと知った瞬間にその軌道を逸らした。
そうする事でタイミングを崩し、カウンターを封じ込めようとしたのである。
これがダイの二つ目の誤算―――サイコクラッシャーが真正面へとただ突っ込むだけの技だと認識してしまった事だ。
実際は、発動中でも多少のレベルならばサイコパワーでの軌道修正が可能なのだ。
だが、これでもなお完全にダイを封じるには至らなかった。
理由は至極簡単……ダイの放ったアバン・ストラッシュが、ベガの想像を超える一撃であったからだ。
結果、両者の必殺は完全に真正面から激突しあう形になった。
その衝撃は凄まじく、どちらともに弾けたエネルギーをまともに受けて吹き飛ばされるという決着に終わったのだ。
「ムハハ……だが、その方が面白みも増すと言うものよ……!」
恐らく、追いかければまだ追いつく距離には互いにいるだろう。
しかしベガは冷静に状況を分析し、追撃をしなかった。
摂取した薬草の効果でそれなりにダメージは回復したが、完全という訳でもない。
ダイの実力は、宿敵たるリュウやローズにも等しい……自身にも匹敵する領域にある。
あれだけの猛者を相手取るならば、それ相応に肉体を整える必要があった。
「ダイ……リュウと同じく、強き肉体と闘気を持った戦士か……!!」
ベガは、この強敵との出会いを喜んでいた。
何故ならば、ダイは己が求め望んでいた理想の肉体と言える存在だからだ。
ベガのサイコパワーはあまりにも強大。
しかしそれ故に、彼はひとつの問題を抱えていた。
その器たる肝心の肉体が、膨大すぎる力に耐え切れなくなり始めているのだ。
このまま時が経ち力を増せば、ベガの肉体は内より崩壊してしまう。
それだけはベガにとって絶対に避けねばならない事態だった……故に彼は、ある対抗策をとった。
魂の移し変え。
ベガはサイコパワーにより今の肉体からより強固なそれへと魂を移植する事で、問題の克服を図ろうとしていたのだ。
その為に彼が目をつけていたのが、サイコパワーに近しい性質である『殺意の波動』をその身に秘めた格闘家―――リュウだった。
彼の肉体を手にする事が出来たならば、完全無欠の状態として君臨が可能となる。
そう考え、彼が完全な殺意の波動に目覚めるようベガは幾度となく暗躍を続けていた。
22
:
勇者の挑戦
◆TA71t/cXVo
:2015/10/21(水) 13:03:17 ID:.lEWO5Ig0
しかし。
今ここに、そのリュウにも匹敵する……或いはそれ以上のポテンシャルを秘めた肉体の持ち主が現れた。
これまで数多の格闘家をその目にしてきたが、ダイは群を抜いている。
殺意の波動にも比類しうる強大な闘気に、それに耐えうるあの肉体。
しかも彼はまだ子ども……あれでなおも発展途上にあるのだ。
では、もしその肉体を手に出来たならばどうか?
サイコパワーの器として……これ程の存在はあるまい。
「ムハハハハッ!!
ダイよ……貴様は果たして、いつまでその純粋さを保っていられる?
未曾有の憎悪が渦巻くであろうこの地で、貴様は果たしてどこまでその正義を貫ける?
その身に絶望が降りた時……その時こそ、貴様は我が最高の肉体として完成するだろう!!」
このバトルロイヤルは、間もなく負の感情がより濃く漂い始める事になるだろう。
果たしてそれにさらされた時、ダイは希望を捨てずにいられるのか。
人の醜い面を見せ付けられた時に、純粋に正義を貫く事が出来るだろうか。
その身が絶望と失意に屈した時こそ……ダイは、ベガの理想の肉体に成りえるであろう。
【A-3/1日目/深夜】
【ベガ@ストリートファイターシリーズ】
[状態]:疲労(軽度)、肉体へのダメージ(小)
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式、薬草(残り二枚)@DRAGON QUEST -ダイの大冒険-、不明支給品0〜2個
[思考]
基本:バトルロイヤルを勝ち上がり、またその過程で自らのサイコパワーを高める。
0:今は少し体を休め、肉体の回復を待つ。
1:ダイ及びリュウの肉体を新たな魂の器としたい。
2:他の参加者には一切容赦しない。
[備考]
※参戦時期はZERO3からになります。
ファイナルベガ状態ではないですが、今後サイコパワーが高まれば変化する可能性もありえます。
※自身の近辺に漂う負の感情を取り込むことでサイコパワーの増幅を図っています。
その範囲と増幅のレベルについては以降の書き手さんにお任せします。
また、あまりに力が強大になりすぎると肉体が崩壊する恐れもあります。
※ダイをリュウと同等かそれ以上の代替ボディとして認めています。
【薬草@DRAGON QUEST -ダイの大冒険-】
名前の通り、肉体に負ったダメージを回復させるための薬草。
回復呪文に比べればその回復量はそこまで高いとはいえないが、それでも呪文を使えない者にとっては貴重な回復手段といえる。
ちなみに、金属生命体の様に生身の肉体を持たない者には効果がない。
23
:
勇者の挑戦
◆TA71t/cXVo
:2015/10/21(水) 13:03:46 ID:.lEWO5Ig0
■□■
「……なんて奴だ……」
奥義同士のぶつかり合いの末、ダイもまた吹き飛ばされた先で身を隠し体力の回復を図っていた。
あのベガは、決して野放しにしてはいけない存在だ。
このバトルロイヤルに、間違いなく悲劇を巻き起こすだろう。
しかし……今すぐに追撃を仕掛けることは出来ない。
肉体のダメージが少なからずあり、そして完全に扱える武器がない。
「……悔しいけど、今は……」
ベガは強大だ。
こんな不完全な状態で挑んでも勝ち目が薄い事を、ダイも理解していた。
大魔王バーンに剣を砕かれ、敗北した時の様に……
必ず勝利しなければならない相手だからこそ、体勢を整えなおす必要がある。
「けど……絶対に負けるもんか。
絶対に……あいつの様な奴は……!!」
だからこそ。
必ず、次に会った時はベガを倒す。
そう心に決め、ダイはその勇気を奮い立たせた。
ベガの予測とは裏腹に。
人の世を乱すものという圧倒的邪悪を前にしても、彼の魂に宿る純粋な正義は微塵も揺らいではいなかったのだった。
「……ありがとう、クロコダイン。
俺……やるよ。
絶対に、このバトルロイヤルを止めてみせるから」
刃と核が砕け散り無骨な柄のみとなった真空の斧を、ダイは静かに地面に突き刺した。
予想通り、斧はアバン・ストラッシュの反動に耐え切れず粉々になってしまった。
しかし……この斧のおかげで、クロコダインのおかげで自分はこうして生きているのだ。
亡き友の為にも。
墓標代わりとなったその斧の柄に、ダイは強く誓った。
このバトルロイヤルをとめる。
それが……勇者の使命なのだ。
24
:
勇者の挑戦
◆TA71t/cXVo
:2015/10/21(水) 13:04:09 ID:.lEWO5Ig0
【A-2/1日目/深夜】
【ダイ@DRAGON QUEST -ダイの大冒険-】
[状態]:疲労(中度)、肉体へのダメージ(小)
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0〜2個
[思考]
基本:絶対にこのバトルロイヤルを止めてみせる。
0:体力が回復次第、探索を開始する。
1:ベガの様な奴は絶対に許せない。
2:バトルロイヤルを止めるために仲間を探す。
3:自分の力に耐えれる武器を手に入れたい
[備考]
※参戦時期は25巻、クロコダインとヒュンケルの救出後からミナカトール発動前のタイミングになります。
※A-2の森の中に、真空の斧MARK-IIの柄がクロコダインの墓標代わりとして立てられています。
斧の刃と核は完全に砕け散っており、修復不可能です。
※ベガのサイコパワーについて知りました。
また、ベガが魔法を知らないことについて違和感を覚えています。
【真空の斧MARK-II@DRAGON QUEST -ダイの大冒険-】
クロコダインが愛用していた真空の斧を、パプリカの発明家バダックが改良して作り上げた武器。
核となる魔宝玉にはバギ系の魔力が宿っており、「唸れ、真空の斧」の掛け声と共にその呪文効果を発揮することが出来る。
高い攻撃力を持つが同時にサイズと重量も相当なものであり、事実上巨体と怪力を持つクロコダインのみが扱える専用武器といってもいい。
25
:
勇者の挑戦
◆TA71t/cXVo
:2015/10/21(水) 13:04:26 ID:.lEWO5Ig0
以上で、投下終了となります
26
:
◆7ediZa7/Ag
:2015/10/21(水) 19:15:17 ID:TJWR71I20
投下乙です。
開幕から強者同士の激突……!
ダイのクロコダインへの慟哭、ベガの強マーダー感、過不足なくまとまった構成といい開幕にふさわしい投下でした
自分も投下します
27
:
乾いた風を素肌に受けながら
◆7ediZa7/Ag
:2015/10/21(水) 19:16:29 ID:TJWR71I20
「“ここにいる者たちで最後の一人になるまで殺し合いをしてもらう”」
……彼女がその文言を反芻すると、声が灰色の街に静かに響いていった。
くすんだ色をしたビルが乱立し、アスファルトで塗り固められた道と道が交錯する。無許可で電柱に張られたであろうチラシが冷たい風に煽られ、ぱたぱたと揺れていた。
コンクリートジャングル、などと揶揄されるその街は複雑に入り組み、空気はどこか寒々としている。
「“首輪は、無理に外そうとした場合、あるいは、我々に反抗した場合、それから、禁止エリアに立ち入った場合に爆発する”」
錆びついたガードレール沿いに歩きながら、彼女は街を一人歩いていた。
若い女だった。その顔立ちには未だあどけなさが残り、少女からようやく抜け出したばかり、といった風だ。
容姿こそ端正であったものの、彼女はあまり気を配らない性質らしい。髪は妙な方向に跳ねていて、身にまとうコートやマフラーもどこか野暮ったい印象を与える。
「“このゲームの勝者には、商品としてどんな願いでも一つだけ叶えてやろう。不老不死、巨万の富、死者蘇生……”」
彼女の手元には一冊の薄い本があった。
参加者名簿、と銘打たれた本を、彼女はチカチカと明滅する電灯を頼りに読み進めていた。
――宣告されたデスゲーム。“ノストラダムス”。船に揺られ、たどり着いた見知らぬ島……
意識を失う直前に告げられた情報はあまりにも突拍子もなく、ともすれば笑ってしまいそうな内容だった。
加えてあの場にいた、あのワニともヒトともつかぬ異形の存在。
全てが全ておかしな話だ。
仮にこのことを警察に告げることができたとしても、馬鹿馬鹿しくて取り合ってはくれないだろう。
けれど、現に彼女は首輪をはめられ、謎の島にいる。デイパックがあり、その中にはデスゲームの道具が一式揃っていた。
この事実を見れば、認めざるを得ないだろう。
――殺し合いは現実である、と
そう再確認した上で、ふと彼女は立ち止まった。
ぐしゃ、と音がした。道端に広がったガラス片を踏んだらしい。
一見整備されているように見える大都市においても、細部は散らかり、放ったらかしになっている。
「クローズドサークル。孤島での、デスゲーム――」
そんな冷たく、殺伐とした灰色街。世紀末近づく日本の風景。
見知らぬはずの、しかしありふれた街で、たった一人殺し合いに放り込まれた彼女は、
「――えくせれんと」
と、
感極まったように彼女――柴田純は呟いたのだ。
◇
28
:
乾いた風を素肌に受けながら
◆7ediZa7/Ag
:2015/10/21(水) 19:17:00 ID:TJWR71I20
柴田純は東大卒である。
東京大学法学部を首席で卒業。兼ねてより志望していた警察の道を歩むことになる。
その背景には義父、柴田純一郎の存在があった。優秀な参事官であり、難事件を次々に解決していた実績を持っている。
彼の殉職後、柴田はその遺志を継ぐべくも柴田は警察官を志していたのだ。
そしていわゆる“キャリア”として警察官僚となり、今後の昇進も約束された立場にある。
そんな折に、柴田はこのデスゲームに巻き込まれていた。
順風満帆な人生に、突如として舞い降りた災厄。しかし――
「こういうの、本当にあるんですね……」
――彼女は何故か感慨深い声でそう漏らした。
そして微笑む。どういう訳か彼女は少し楽しそうであった。
……言うまでもなく、柴田はこのようなデスゲームに参加するつもりは一切なかった。
人を殺してはいけない。元ネタよろしく用意された賞品にも一切興味はない。当然だ。人として、警察官として、当然のようにそう思っていた。
だからこの事件の犯人であるところの“ノストラダムス”を追い詰めるつもりである。目覚めてすぐその決意を固めた。
けれど――それはそれとして。
「“おれたちは死にたいのさ。だからこうして歩いてる”……」
犯人も口上で示していたデスゲーム小説の一節を諳んじ、彼女は息を吐いた。
船に揺られ行き着いた孤島。姿の見えない謎の男。強制されるデスゲーム。
何ともはや――ホラー・ミステリーの世界にしか存在しないようなパワーワードの目白押しだ。
そうした超常的な事態に遭遇すること、それ自体が“えくせれんと”なのである。
こんな面白い事件。俄然やる気が出てくるというものだ。
柴田は爛漫な微笑みを浮かべつつも街を歩き出した。
名簿より既にこの場に真山と野々村がいることは確認している。
彼らは共に警視庁捜査一課弐係の者たちだ。
警視庁捜査一課弐係。それは捜査一課の中でも特に難事件を担当する部署である。
長期的な捜査が必要とされた事件を扱い、数年規模、場合によっては十年以上に渡って事件と向き合っていく、そんな部署である。
――というのは建前だ
実際、弐係に期待されているのは事件の解決ではない。弐係は捜査一課ではない、などと揶揄されるような閑職というのが実態だ。
そもそも弐係に回されるのは一課が「解決は無理」と根を上げた事件ばかりなのだ。
それらはつまり“お宮”となった事件なのだが、しかし事件関係者に向かって「もう捜査していません」などと言う訳にはいかない。
建前としては「捜査は続いています」という必要がある。
“お宮”と呼ばれた事件を“継続”と言い換える為だけに存在する部署。
捜査一課のエクスキューズ。それが弐係である。
柴田もまたその弐係に所属していた。
キャリア組である彼女にとって、研修期間の三カ月間だけの所属ではあるが、しかし柴田はそこで精力的に事件に挑んでいたのだ。
「とにかく真山さんと係長を……」
ひとしきり感激し終わったのち、柴田は再び歩き出した。
捜査の基本は足だ、と色んな人も言っている。まずやるべきことは島の調査と真山らとの合流だ。
手始めにこの灰色の街に事件解決の糸口を求めよう。
◇
29
:
乾いた風を素肌に受けながら
◆7ediZa7/Ag
:2015/10/21(水) 19:17:33 ID:TJWR71I20
静寂が街を支配している。
かつん、かつん、と音がした。
誰もいない夜の街では異様なほど靴音が響き渡る。
外観は発展しているのに人もおらず、車ひとつ通らない街はひどく不完全な風に見えた。
「静かだ」
――そうして歩いていると、柴田はその男に行き遭った。
柴田は最初、彼が酔っているのかと思った。
公園。街にぽっかりと空いた空白。そのベンチにだらしなく腰掛けるその姿は一見して酔っ払いのそれだった。
白人だった。
黒みがかった茶髪に、無精ひげに覆われた顎もと。
その小奇麗なスーツを身に纏っているが、ネクタイはしておらず襟元ははだけている。
……と、独特のエロスを醸し出す容貌をした彼は、目を細め、恍惚の表情を浮かべながら、
「嵐の前の静けさは最高だな」
と。
やってきた柴田を見据えながら言い、それきり口を閉ざした。
言うことはそれだけだ、とでもいうように。
――そうして再び街に静寂が舞い降りた。
夜の公園。
柴田は男を見て、男は柴田を見ている。
その間は風が通り抜け、かさかさ、と塵が転がっていった。
その静寂は、確かに嵐の前の静けさだった。
殺し合いの参加者が出会い、デスゲームがまさに今この瞬間より始まるのだ。
互いが互いを知らない状況。不理解が軋轢を生むかもしれない。
もしかすると次の瞬間にはこの街に赤い血が舞う。
嵐が、殺人の嵐が巻き起こるかもしれない……そんな緊張を孕んだ静寂だった。
「あの」
――その静寂を破ったのは、柴田だった。
彼女は何と言うべきか思案したのち、男を見据え「私、警察官なんです」と告げた。
ここはとりあえず自らの社会的地位を示すべきところだ。彼は欧米人だろうが、しかし公的権力に属するものというのはそれだけ一定の信頼が得られるものだ。
信じてくれるに違いない。
そう考えたからこそ、柴田はまずそう告げ、同時に警察手帳を出そうとした。
「て、あれ……?」
声が漏れた。
懐にしまっておいた筈の手帳がない。あたふたとコートのポケットに手当たり次第手を入れるが見当たらない。
その事実に柴田は焦りを覚える。平時でさえ「警察官です」と名乗っても信用されないのだ。ここで変に疑われては困る。
どういうことだろう。まさかデイパックに入れた筈もない。しかし確かにこの辺りに――
30
:
乾いた風を素肌に受けながら
◆7ediZa7/Ag
:2015/10/21(水) 19:17:48 ID:TJWR71I20
「…………」
――その様を見て、男は薄い笑みを浮かべた。
妖しげな笑みだった。
不敵で感情を滲ませない、それでいて心から状況を楽しんでいるような、矛盾した印象を与える笑みだった。
故に――妖しい。
そうとしか形容ができない。
嗤いながら、彼はおもむろに立ち上がり、柴田に近づいてきた。
手帳を探す手が止まる。にじり寄ってくる彼から柴田は目を離せなかった。
やってきた彼は、無言で柴田の首筋に顔を寄せ――
――臭いを嗅いだ。
「え」と柴田は思わず声を漏らした。理解が追いついていなかった。
けれど、くんくん、と髪から首にかけて鼻を効かせるその様は、臭いを嗅ぐといか言いようがない。
私今嗅がれちゃっているんだ。そう思うと「あ、あ」と変な声も出た。
「信じてやる」
不意に耳元で囁かれた。
背中を手でさすられ、抱きつかれるような形になりながら、柴田は彼の顔を見上げた。
「嘘は言っていない」
彼はどういう訳か満足げにそう言うと、再び嗤った。
どうやら――彼は柴田が警察官であると確信したらしい。
臭いを嗅げば、警察手帳など見ずとも彼は十分だった――ということなのか。
「しかし」
だが彼はそこで笑みを消し、顔をしかめながら
「臭いな」
……確かに、柴田はここ数日風呂に入っていなかった。
◇
31
:
乾いた風を素肌に受けながら
◆7ediZa7/Ag
:2015/10/21(水) 19:18:13 ID:TJWR71I20
ノーマン・スタンスフィールド、と彼は名乗った。
聞くに彼はニューヨークに住むアメリカ人であり、何と彼もまた柴田と同じく警察官であることが分かった。
「麻薬捜査官、ですか」
そう口にしながら、先ほど臭いをかがれた柴田は首筋に手を当てる。
嘘を吐いているかどうか臭いを嗅ぐだけで分かる――などという特技を彼は持っているらしかった。
“Almost Sixth-Sense”などと彼は言っていたが、流石の柴田もこれを“えくせれんと”と言ってのけるほど豪胆ではなかった。
麻薬捜査……確かに体臭などは重要なファクターになりそうではあるが。
「――――」
と、当のノーマンは柴田を置いて勝手に行ってしまう。
「待ってください」と柴田が声を張り上げると、彼は振り返り、ニィ、と薄く笑い、そしてどこか上機嫌な足取りまた歩き出した。
柴田は焦りつつ彼を追いかけた。
「あの、ノーマンさん。この事件についてちょっと考えをお聞きしたいんですけど――」
と、不意にノーマンは立ち止まった。
そして肩で、ちょい、と隣に立つものを示した。
それは公園にしばしば立っている、誰とも知らない人間の銅像だった。
柴田は一瞬呆気に取られたかが、しかしノーマンが示しているのは像そのものではないことに気付いた。
鎮座する像の下――普通ならば出自なり何なりが書いてある筈の場所に、奇妙な数字が書いてある。
1 1 1
1 3
1 1 3 1
1 3 3 1
1 2 3 2
……という数字が羅列され、そして最下段には空白の“□”が六つ並んでいた。
ノーマンはそれを示しながら、ニッ、と笑った。
「分かるか?」とでもいうように。
それを見た瞬間――柴田は目の色を変えた。
一気に像まで駆けより、ばっ、とその身を乗り出した。
意味ありげに羅列された数字。
用意された空白。
これは明らかに――パズルである。
32
:
乾いた風を素肌に受けながら
◆7ediZa7/Ag
:2015/10/21(水) 19:18:45 ID:TJWR71I20
「1 1 2 2 3 1」
じっとそれを見据え、数秒の思考ののち、柴田は言った。
「ほう」ノーマンが声を漏らした。
「それはまた――何で?」
「これ、数列とかじゃないんです。そういう方向に考えるとドツボに嵌るんじゃないでしょうか」
柴田はノーマンに向き合い、静かな口調で説明した。
「これ、文章なんです。それぞれの数字が一つ上の段の数字を説明している。
ええと、つまり……」
1 1 1
1 3
「この二段に絞ってみるとわかりやすいです。
二段目の“1 3”というのは“1(が)3(つ)”と言っているんです
この法則で全体を考えてみると……
1 1 1
↑(は)1(が)3(つ)
↑(は)1(が)1(つ)3(が)1(つ)
↑(は)1(が)3(つ)3(が)1(つ)
↑(は)1(が)2(つ)3(が)2(つ)
、となるんですね。
だから答えは――
1 2 3 2
↑(は)1(が)1(つ)2(が)2(つ)3(が)1(つ)
となる“1 1 2 2 3 1”になるんです」
そう答えるとノーマンは満足げにうなずき、そして「じゃ、あれはどうだ」と示した。
それは公園の入り口に置かれた石碑だった。
そこに書かれているべきは本来、この公園の名前の筈だ。
33
:
乾いた風を素肌に受けながら
◆7ediZa7/Ag
:2015/10/21(水) 19:19:25 ID:TJWR71I20
1 2
■□ □□
□□ □■
3 4
■□ □■
□■ □□
5 6
□■
□■
7 8
■■ □□
□■ ■□
……しかしそこにあったのは、またしも意味ありげなパズルだった。
柴田は先ほどと同じく猛然とその場へと駆けつけ、身を乗り出し思考を働かせ始めた。
□と■のパターンでそれぞれの数字が説明されている。5に当たる部分だけ抜け落ちているのはつまり――それを求めろということだろう。
柴田の視界が明滅する。駆け抜ける思考の嵐――はほんの数秒のことだった。
34
:
乾いた風を素肌に受けながら
◆7ediZa7/Ag
:2015/10/21(水) 19:23:11 ID:TJWR71I20
すいません、ずれたんで
>>33
もう一度投下します
(これでも直ってなかったら、収録後に修正します。申し訳ない)
1 2
■□ □□
□□ □■
3 4
■□ □■
□■ □□
5 6
□■
□■
7 8
■■ □□
□■ ■□
……しかしそこにあったのは、またしも意味ありげなパズルだった。
柴田は先ほどと同じく猛然とその場へと駆けつけ、身を乗り出し思考を働かせ始めた。
□と■のパターンでそれぞれの数字が説明されている。5に当たる部分だけ抜け落ちているのはつまり――それを求めろということだろう。
柴田の視界が明滅する。駆け抜ける思考の嵐――はほんの数秒のことだった。
35
:
乾いた風を素肌に受けながら
◆7ediZa7/Ag
:2015/10/21(水) 19:24:16 ID:TJWR71I20
「上二つが黒」
柴田はそう一言漏らした。
「これ、要するに数字が隠れているんです」
ノーマンを振り返り、淡々と柴田は解説した。
――要するにこの図は四つの数字で1〜8の数字を示している図である、と。
「1、2、4、8の数字がこの□に隠れているんですね。
□□ 1 4
□□ = 8 2
と見てみてください。
例えば3なら……
3
■□ 1
□■ = 2
となり、1+2で3になります。
全部この法則で□と■は配置されているんです。
だから求められている5は1+4ですよね? つまり――
1 4 ■■
= □□
――となればいい。だから“上二つ黒”が正解だと思います」
きっぱりとそう言い切ると、ノーマンは小さく口笛を吹いた。
ニッと笑い、またどこかを肩で示した。それは車道に立つ電柱で、そこに張られたチラシにはまたしても――
◇
36
:
乾いた風を素肌に受けながら
◆7ediZa7/Ag
:2015/10/21(水) 19:24:59 ID:TJWR71I20
「ええとだからこれはですね――」
ノーマンは次々にパズルを解いていく柴田を後ろから眺めていた。
その速度は驚嘆に値する。ひらめきが必要なものから精緻な論理を必要とするものまで猛烈な勢いで解いている。
その背中を、じっ、と見つめながら、ノーマンは懐に手を入れた。
ポケットの中には、黒光りする自動拳銃があった。
ノーマンは確かに柴田と同じ、警察組織に属するものである。
がしかし――彼は決して信用できる人物ではなかった。
何せ麻薬捜査官であるところの彼自身が麻薬に手を出し、麻薬密売組織を裏で牛耳っているのだから。
柴田が無防備に背中を見せている彼は――己の快楽の為に幾多者人間を手にかけてきた残忍な殺人者なのである。
ふとその気になれば、彼は柴田を殺してみせるだろう。
最初の出会いで即座に殺されていた可能性すらある。
ロジックも何もなく、彼の気分次第で、その引き金は引かれていた。
「今度のこれは、単に言葉の問題なんです。つまり――」
――爛漫な微笑みを浮かべ、揚々とパズルを解いている彼女は、今頃物言わぬ骸と化していただろう。
けれど幸か不幸かそうはならなかった。
穏便に柴田はノーマンと出会い、なりゆきで彼らは同行している。
懐で拳銃を弄りつつ、ノーマンは柴田の後ろをついていった。
――ノーマン・スタンスフィールドは残忍な男であるが、非常に狡猾な男でもある。
端的に言って、頭は回る。
レオンと呼ばれる殺し屋の正体を即座に看破し、追い詰めたのも彼の手によるところだ。
異様な残酷性を持ちながら、巧妙な立ち回りによって社会的地位を確保していたその手口は伊達ではない。
故に彼は柴田というアジア人が非常に頭の回る才媛であること、そしてその頭脳が有用であることを見抜いていた。
――この島はあからさまな“謎”が用意されている
島で目覚めたノーマンは、街に意味ありげに用意されたパズルをいくつか目撃した。
一見すると何の面白味もない、黄色人種の街なのだが、よくよく眺めていると柴田が今解いているような“謎”が用意されている。
それが何の意味を持つのかは分からない。だがこうしてわざわざ用意されている以上、全くの無意味という訳ではあるまい。
このデスゲームはただ単に暴力を競い合うものではない。
頭脳もまた重要視されているのだ。開始数十分にしてノーマンはそう判断を下していた。
そういう意味で柴田は明確な強みを持つ“強者”である。
そんな彼女を誘導し、上手く使うことができれば、このデスゲームでもうまく立ち回ることができるだろう――
――そこまで考えつつも、ノーマン自身はまだ何も“決めて”はいなかった
「なぁ」と彼は柴田に呼びかける。彼女は「はい?」と首をかしげながら振り返った。
街中に隠されたパズルを解くのに夢中で、自分が何をしているのか忘れているらしい。
「音楽は好きか?」
そんな彼女に、ノーマンは“目下第一目標”について尋ねた。
「俺は好きだ。愛している」
ベートーヴェン。ブラームス。モーツァルト……数々の名を熱を込めて彼は歌いあげる。
柴田は困惑に瞳を揺らす。彼が何を言わんとするのか分からなかっただろう。
だがそんなことは無視して、ノーマンはただ己の世界に浸り続ける。
「――音楽を聞けるマシンがあったら、渡してくれ」
そしてそう尋ねた。
“音楽”と“薬”。
それがノーマンがこの島に、まず求めたものである。
具体的にどんな風に立ち回るか、それは情報を集めなくては判断を下せないが、それだけはいかなる時でも必要だ。
故に――彼は“音楽”を求める。
ここがデスゲームであろうと、死と謎が跋扈する街であろうと、彼の世界に“音楽”は不可欠なのだ。
「え、あ、すいません。私、そういうの持ってないです」
だからこそ熱を込めて、心から願望を柴田に伝えたが、残念ながら彼女は首を横に振った。
途端、ノーマンの顔から熱が、すっ、と引いていく。
ない。ないか。ないならばやはりそれを探さなくてはならない。
とにかくまずは“音楽”を手に入れよう――
「あ」
――落胆しつつもそう決意を固めていると、不意に柴田が声を漏らした。
彼女は辺りをきょろきょろ見渡し、そして困ったようにノーマンを見上げ、
「ここ、どこです?」
……調子に乗ってパズルを解きまくっていたせいで、出会った公園から随分と遠いところまで来てしまっていた。
ノーマンは笑って、首を振る。ここがどこなのか、彼にだって分からなかった。
とりあえず、地図と顔を突き合わせて位置を確認するとしよう。
37
:
乾いた風を素肌に受けながら
◆7ediZa7/Ag
:2015/10/21(水) 19:25:29 ID:TJWR71I20
そういう意味で柴田は明確な強みを持つ“強者”である。
そんな彼女を誘導し、上手く使うことができれば、このデスゲームでもうまく立ち回ることができるだろう――
――そこまで考えつつも、ノーマン自身はまだ何も“決めて”はいなかった
「なぁ」と彼は柴田に呼びかける。彼女は「はい?」と首をかしげながら振り返った。
街中に隠されたパズルを解くのに夢中で、自分が何をしているのか忘れているらしい。
「音楽は好きか?」
そんな彼女に、ノーマンは“目下第一目標”について尋ねた。
「俺は好きだ。愛している」
ベートーヴェン。ブラームス。モーツァルト……数々の名を熱を込めて彼は歌いあげる。
柴田は困惑に瞳を揺らす。彼が何を言わんとするのか分からなかっただろう。
だがそんなことは無視して、ノーマンはただ己の世界に浸り続ける。
「――音楽を聞けるマシンがあったら、渡してくれ」
そしてそう尋ねた。
“音楽”と“薬”。
それがノーマンがこの島に、まず求めたものである。
具体的にどんな風に立ち回るか、それは情報を集めなくては判断を下せないが、それだけはいかなる時でも必要だ。
故に――彼は“音楽”を求める。
ここがデスゲームであろうと、死と謎が跋扈する街であろうと、彼の世界に“音楽”は不可欠なのだ。
「え、あ、すいません。私、そういうの持ってないです」
だからこそ熱を込めて、心から願望を柴田に伝えたが、残念ながら彼女は首を横に振った。
途端、ノーマンの顔から熱が、すっ、と引いていく。
ない。ないか。ないならばやはりそれを探さなくてはならない。
とにかくまずは“音楽”を手に入れよう――
「あ」
――落胆しつつもそう決意を固めていると、不意に柴田が声を漏らした。
彼女は辺りをきょろきょろ見渡し、そして困ったようにノーマンを見上げ、
「ここ、どこです?」
……調子に乗ってパズルを解きまくっていたせいで、出会った公園から随分と遠いところまで来てしまっていた。
ノーマンは笑って、首を振る。ここがどこなのか、彼にだって分からなかった。
とりあえず、地図と顔を突き合わせて位置を確認するとしよう。
【E-4・街/一日目・深夜】
※街には意味ありげなパズルがあちらこちらに隠されています
【柴田純@ケイゾク】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、不明支給品1〜3
[思考]
基本行動方針:事件解決
1:ここ、どこですか?
[備考]
時期は不明ですが、少なくとも真山ら捜査一課弐係ことは“知って”いますし“覚えて”います。
【ノーマン・スタンスフィールド@レオン】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、不明支給品1〜3
[思考]
基本行動方針:モーツァルトを聴く。ブラームスもいいぞ
1:情報収集。柴田を使いこの島の“謎”も解いていく
38
:
◆7ediZa7/Ag
:2015/10/21(水) 19:27:24 ID:TJWR71I20
投下終了。
最終レスは重複してますね……なんだか色々おかしくなっててすいません。
あと途中の諸々はttp://w3e.kanazawa-it.ac.jp/math/suken/を参考しました
39
:
名無しさん
:2015/10/21(水) 23:50:24 ID:rRRpickQ0
お二方とも投下乙です!
>勇者の挑戦
初っ端から実力者同士が全開バトル!
竜の騎士と互角に渡り合うベガも、サイコクラッシャーのカウンターを狙うダイも凄い。
強者同士にふさわしい迫力のバトルでした。
>乾いた風を素肌に受けながら
こちらはうって変わって静寂の幕開け。
会場に用意されたパズルは何の意味を持つのか?
曲者同士にふさわしい雰囲気のある話でした。
40
:
◆V1QffSgaNc
:2015/10/22(木) 00:15:52 ID:kTkCcgbk0
投下乙です。
>勇者の挑戦
いきなりオープニングを拾った名バトル。
ダイの感情や動きは、原作っぽさ全開でした。
剣没収された状態でのアバンストラッシュを上手くストーリーに活かしているのもお見事。
これからダイがどうやって再びあの技を使って戦っていくのかも楽しみの一つですね。
そして、クロコダインのおっさん、安らかに眠れ。
>乾いた風を素肌に受けながら
えくせれんと〜!
…こんな警察で大丈夫か?
っていうようなキャラですが、二人とも流石にキレ者ですね。警察としてはちょっとあれですし、スタンはかなり危険人物ですが。
頭脳が大事という本ロワの設定をいきなり掘り下げて、高いゲーム性が演出しているのには驚きました。
最初のパズルはこのまま続けまくるのもなかなか良い暇つぶしになりそうですね。
パズルとか好きだけど全然解けませんでしたわ…。
じゃあ、私も投下します。
41
:
ふたりは平行線
◆V1QffSgaNc
:2015/10/22(木) 00:16:34 ID:kTkCcgbk0
死骨ヶ原ステーションホテル。
禍々しい地名にちなんでそう名づけられたホテルは、かつて──それも、二度に渡って──ある惨劇の舞台となった場所であった。
ある一人の天才マジシャンのトリックノートを巡る、弟子たちの欲望の殺人。
そして、その天才マジシャンの遺志を受け継ぎ、その欲望を断罪した一人の天才犯罪者による忌まわしき連続殺人事件。
……結果的に、これらの事件の真相は、天才的頭脳を持つ一人の高校生名探偵によって暴かれた。
だが、それは、「天才探偵」と「天才犯罪者」の因縁の始まりでしかなかった。
この後、彼らは幾つかの事件で再び合い見え、殺人計画と推理の対立を演じ続けてきたのである。
トップアイドルの誘拐事件を発端とするマネージャー殺し。
ベストセラー小説家の遺産を巡る、不思議な館の暗号殺人事件。
複雑怪奇な事件を巡る二人の因縁に決着が着く日はだんだんと近づいていた──。
そして。
──再び。
彼らは、凄惨な殺し合いに引き寄せられるとともに、全ての始まりのこの場所に引き戻された。
一切の恣意性のない完全なランダムの配置が、偶然にも彼らをここに呼びつけたのだ。
あのオープニングから目を覚ました天才探偵と、天才犯罪者の前にあったのが、此処の天井だった。
決して交わらない平行線の二人は、果たしてどう動くのか──。
そして、この殺し合いは彼らをどう突き動かすのか──。
◆
ホテルの隣にある劇場──ここは死骨ヶ原ステーションホテルに来る客がマジックショーを見る為に作られた劇場だ、劇場の周囲は池になっている──の観客席に立ったまま、舞台上を物憂げに見つめる一人の美青年がいた。
彼の名は、高遠遙一。
殺人の罪状で全国指名手配を受けている犯罪者ゆえ、本来、安易に素顔を見せるべきではないのだが、今はそれを隠すのに適当な仮面や覆面もない。
……いや、この殺し合いの状況下、「高遠遙一」の名が名簿に載っている状態で仮面の男が混じっているというのも少し奇妙だろうか。
まあいい。
ともかく、相手が刑事事件の事情に乏しく、手配書をあまり見ない普通の相手である事を祈り、高遠はこの殺し合いで行動する事にしたのだが──
「……おや」
──いやはや、早速、この劇場で一人、他の参加者に見つかってしまったようである。
高遠にとっては大きな不覚である。
誰とも知らぬ人物にこんな殺し合いに連れ去られた事そのものが不覚と言わざるを得ないのだが、それを除いても──まず、この場ではいきなりの不覚だ。流石に状況をよく理解して警戒したつもりではあったのだが。
これは、高遠自身が、初期位置が基本的に無人であると勝手に錯覚していた事と、まだ状況に慣れ切っていない中で、彼にとっていわくつきの場所に辿り着いてしまって気が抜けていた事が原因だろう。
しかし、言い訳をどう繕っても意味はない。
──どうやら、舞台上の黒い暗幕(カーテン)の裏に、一人隠れていたようだ。
高遠も観客席側にいた故、しっかりとはそれを確認できなかったが、彼にはわかった。
その人間が、今、ちらりと顔を出して観客席の高遠を見てから、またすぐに慌てて同じ場所に隠れたのである。
あのスペースに違和感なく忍び込み、体格を見せない事からも分かる通り、それはとても痩せた小柄な人間だった。皺の間に収まってもおかしくないほどだ。
高遠にはその人間の姿が見えたが……ひとまず、気づかない振りをした。
(まあいいか……)
42
:
ふたりは平行線
◆V1QffSgaNc
:2015/10/22(木) 00:17:00 ID:kTkCcgbk0
ああしてカーテンの裏などに必死に隠れなければならないという事そのものが、戦力を持たない事と戦意のない事の証である。そして、相手はこちらを殺す為に機を伺っている様子ではなかった。ただ怯えて過ぎ去るのを待っているだけだ。
何せ、そこに隠れていたのは──
(……どうせ、相手は“子供”だ)
──幼い、金髪の少女だった。
一目見た所、それは日本人ではなかった。イギリスに住んでいた高遠が見ても、そのブロンドはなかなか見かけないほど綺麗な金色である。彼女は一昔前の洋服を着ていた。
外見上のデータはたったそれだけだが、高遠はこの状況から、彼女のパーソナリティを、ただ一つだけ考察した。
──彼女は、少なからずマジシャンの素質がある、という事だ。
普通、こうして自分が隠れる場所を探す場合、裏にある楽屋など、もっと隠れやすい場所に隠れる。そこが最も目につきにくい場所であるからだ。
──だが、本当に一流のマジシャンは、“わざと見えやすい場所に、最も見られたくない物を隠す”のである。
そう、今の彼女のようにだ。
高遠も、この劇場に来たばかりの時、まさかあんなに目立つ舞台上に子供が隠れていようなどとは思っていなかった。だから、油断して、向こうに姿を見られてしまったというわけである。
とはいえ、やはりそこにいたのは幼い少女ゆえに手際が悪い。
相手はまだ隠れているつもりだろうが、高遠にはもう彼女の形がしっかり見えてしまっている。もし顔を出さずに息を殺していればこちらに感づかれる事もなかっただろうに、その一点だけは残念だ。まあ……所詮真相は、「慌てて手近な所に隠れた」なのだろうが。
(こうして待っているのも少し意地が悪いか……?)
高遠がクスクス笑っている間にも、その少女は今も、心臓をバクバクと高鳴らせている事だろう。今、彼女の側には高遠のスタンスを読む材料がない。
距離があるので、高遠から逃げようと思えば逃げのびる事もできるだろうが……かといって、この状況だ。
信頼できる大人に会う事ができなければ、彼女は残酷な人間の手にかかるかもしれない。
「……」
さて。
高遠はどうしようか考えた。
相手が子供となれば、高遠の顔や名前もそこまで認知されてはいない。ただでさえ、ミステリーマニアでもない限りは滅多に看破されないくらいである。
また、犯罪者となってからは日本を拠点に活躍してきた関係上、高遠の名は海外には知れ渡ってもいないので、相手が日本人でなければ、高遠を知る事はほぼないだろう。
まあ、エトランゼの子供であるとはいえ、おそらく日本語理解のある相手である可能性は高く、更にもっと高い確率で日本住まいだと思われるので、そこは安心できない点でもあるが(何せ、日本語で行われた説明を聞き、日本語で書かれた名簿を支給されているのだから、全くそれらが理解できない人間では殺し合いも成り立たない)。
あの身なりから、おそらくフランス人と推測したが、だとすると、「イリス・シャトーブリアン」、「マチルダ・ランドー」あたりが彼女の名前ではないだろうか。
あのまま放っておくか、いっそ殺してしまうというのも“殺人者”らしい手のように思う。しかし、もとより無関係な人間を無差別に殺すのは高遠の主義ではない。
果たして、どうしようか、とほんの少し考えた。
そして──あっさりと答えは決まった。
「……大丈夫だよ。姿を見せてごらん」
高遠は、屈託のない笑みで、その少女に、ひとまず日本語を投げかけた。フランス語がわからないわけではないが、日本語圏であるかどうかをまず確かめておく為である。
もしこの姿を、高遠という男を知る者が見ていたのなら、その笑みは邪心がないからこそ、不気味に映ったに相違ない。
何と言っても、この男は今日この時までに四人の人間を手にかけてきた生粋の殺人鬼なのだから。
周囲を軽く眺め、他には人がいないのを確認してから、高遠はデイパックを舞台に投げて、両手を挙げ、舞台にそっと近寄っていった。
ばっ、と音を立てて、震えていたカーテンをめくる。
!?
43
:
ふたりは平行線
◆V1QffSgaNc
:2015/10/22(木) 00:17:46 ID:kTkCcgbk0
「きゃあっ!」
「──大丈夫。お兄さんは、きみの敵じゃないよ」
と、高遠は驚き怯える彼女の前で屈んで見せた。
藍色の瞳を広げる彼女は、まるでフランス人形のようだった。
ブロンドの髪の上にはピンクの大きなリボンが結ばれており、どうしても年齢より幼い印象を感じさせる。黄緑色の生地に真っ白なエプロンを縫い付けたような服は、高遠に『不思議の国のアリス』を思い起こさせた。
しかし、何といっても──殺し合いの場に呼び出すには、あまりにも明るく不釣り合いな姿だと思えて仕方が無い。
「お嬢さん、お名前は?」
「……お兄ちゃんは?」
「僕かい? そうか、先に名乗るべきだったね。……僕は、高遠遙一」
「……私はアイリス。本当はイリス・シャトーブリアンだけど、アイリスでいいよ」
「アイリスか。良い名前だね。じゃあ、そんなアイリスにプレゼントをあげよう」
少女が全く怖がっていないのを確認した高遠は、本名を名乗った。
それから、高遠は、彼女の前で両手を広げて見せて、手首を回して表と裏を確認させてから、右手を左手で強く握って少し唸る。
う〜ん、う〜ん……と。
その時、アイリスという少女の瞳は、高遠の右手に注目した。じっくりと無防備に高遠の右手だけを見つめるアイリス。
再び高遠は、左手で右手の拳を撫ぜた。
!?
──すると、次の瞬間、高遠の右手からは、一輪の薔薇が煙のように現れたのである。
「え……!? どうやったの……!? 教えて! ねえ、教えて!」
「ダメダメ! お兄さんは、マジシャンなんだ。だから、タネは教えられないんだよ!」
くすくす、と不敵に笑い、そっとアイリスに棘のない薔薇の花を一輪渡す高遠。
アイリスの目は、プレゼントされた薔薇など忘れて、すっかり高遠のマジックの虜である。
種を明かせば簡単で、懐にあった薔薇を握り込んだだけだ──ローズマジックと呼ばれる基本動作だった。
高遠も、殺傷能力を持つようなマジックアイテムはほぼ奪われていたが、普段仕込んでいる幾つかの簡単なマジックのタネは身体に幾つも残っている。
しかし、武器が没収されている事だけわかれば充分だ。それは、これが本当に危険と隣り合わせの状況なのだと彼に実感させる根拠になった。彼は言う。
「──もう少し、マジックショーを見たいかい?」
◆
「参ったなぁ〜」
金田一一(きんだいちはじめ)もまた、偶然、このステーションホテルの近くに配置されており、長いボサボサの後ろ髪を掻きながら劇場に近づいていた。
先ほど人が死んだのを前にしたというのに、一般的な高校生と比べると嫌に冷静に事を運んでいた。
それもその筈である。
彼は、一見すると頭の悪そうな容姿とは裏腹に、かの名探偵・金田一耕助の血を受け継ぐIQ180の天才少年だった。やはり血は争えないのか、これまで幾つもの難事件に偶然遭遇し、それを鋭い頭脳で解決してきたのである。
しかも、その大半は、不可解な連続殺人事件だった。
彼は、今日まで30件以上の連続殺人事件に偶々遭遇し、あらゆる悲しい死を目撃して修羅場をくぐった少年なのだ。
その度に彼は怒り、悲しみ、命の大切さを知ってきた。
その中でもう一つ知った事がある。死んだ人間に対して出来る事は、『前に進む事』、『彼らの無念をわかってあげる事』、そして、彼にしか出来ない『謎を解いてやる事』なのだ。
勿論、彼もそれだけ正義感の強い人間だったから、二人の人間(片方は人間に見えなかったが……)が殺された事には強い怒りを覚えている。しかし、それによって冷静さを失うのではなく、まずは自分らしく、“考える”のである──。
44
:
ふたりは平行線
◆V1QffSgaNc
:2015/10/22(木) 00:18:28 ID:kTkCcgbk0
「ったく、よりにもよってこんな場所に来るなんてな……それに、あの“10を、1に変えちまうトリック”……」
ブツブツ呟きながら歩くはじめ。
名探偵の金田一少年にとっても、まずこの殺し合いは不可解な事だらけだ。
まずは、東京タワー、蒲生屋敷、死骨ヶ原ホテルという、ばらばらな土地にあるはずの場所が一つのマップに集約された不可解な地図だった。
物理的には不可能ではない事であっても、東京タワーをもう一つ建造するだけでもはじめが想像しえない莫大な資産が必要とされる事になる以上、やはり無理だと考えて良い。
だが、少なくとも、マップにはそれらは、「ある」という事になっている。
実際に確かめなければ、そこに東京タワーがそびえたっているのかはわからない。嘘かもしれない。──だが、もし、このホテルと同じように、そこに本当に“あったら”?
第一、このホテルだって、貸し切りなんて難しいだろう。従業員も多かったし、ホテルの性質上、無人という事はありえない。まして、目的が殺し合いなのだ。
東京タワーなど存在しておらず、このマップそのものが「錯覚」させる為のトリックだという事をまず考えたが──こればかりは、この外に出て見なければわからない話だろう。
それから、高遠遙一はともかく、今は逮捕されて少年院で服役している筈の親友・千家貴司までが参加させられているという事が書かれている参加者名簿だ。
何せ、少年院にいるはずの千家を連れ出すのは難しいし、高遠だって、神出鬼没の指名手配犯だ。決して簡単にこんな風に捕まりはしない。
──強いて言うなら、高遠という男は、むしろこういう事を考える側の人間だ。
しかし、もしこの殺し合いとやらを考えたのが彼ならば、この名簿に彼の名前がある事自体がおかしい事になる。
彼は、他者の復讐計画を作り上げる事をしたとしても、そこに絶対に手を貸さず、堂々と姿を現そうとはしない人間なのだ。このゲームならば迷わず主催側を選ぶに違いないし、参加したとしても、絶対に「高遠遙一」という名前を明かしたりしない。
だとすれば、やはり彼も巻き込まれたと言う結論で間違いない、とはじめは推理する……。
それから、──おそらく、同姓同名だと推測したが──それでも気にかかるのは、亡くなったはずの「和泉さくら」や「小田切進」の名前だ。
どちらも、ごく平凡な名前で、探し出せば何人も見つかってもおかしくない。いや、実際、はじめもきっとそうなのだろうと思っている。苗字・名前ともによくある物で、高遠や千家に比べると、同姓同名が何人も存在していても不思議ではないだろう。
45
:
ふたりは平行線
◆V1QffSgaNc
:2015/10/22(木) 00:21:01 ID:kTkCcgbk0
特に、「さくら」という名前は名簿に四つも存在しているくらいだ。やはり珍しい名ではないのだろう。
しかし……そう割り切ったはずだが、どうも引っかかる。
主催者──『ノストラダムス』という人物の言葉によれば、人間を生き返らせる技術があるとかないとか……。
──あの言葉に、何か関係がある気がしてならない。これは、はじめらしい推理ではなく、どちらかといえば、時折命中する彼の勘であった。
だが、いつもは当ててきた勘も、今度ばかりは簡単に信じる気にはならない。
人の命が生き返る方法など存在しない。──それは、常識である。
(そうだぜ、金田一! これまでだって、死者の呪いなんて嘘だったじゃないか……! さくらたちが生きてるなら、それに越した事はないけど……そんな事はないんだ……絶対に)
考える事を放棄してはならない。死から逃れてはならない。全ての事象は推理で説明がつく。オカルトに逃げてはならないのだ。
──これは、日本では有名な偉大な祖父の教えだ。
金田一は──耕助も、はじめも──、これまでどんな事件に遭遇しても、それを決して不可能なオカルトの事象だと結論づけようとはしなかった。
その信念を持ち続ける彼は、ワニの怪物もこれまでの“怪人たち”同様、人間が被った着ぐるみだという前提で考えているし、周囲にちらほらといた変わった姿の人間たちも本当にそんな姿だとは思っていない。
参加者とされている側にもサクラがいる……と考えると、殺し合いが本当に行われているかも疑わなければならないはずだが、この首輪が巻かれている事などからも、ひとまずは「殺し合いは行われている」という前提で、警戒して歩いた方がいいだろう。仮に、いつかのようなテレビのドッキリ企画だとしても……まずは注意に越した事はない。
しかし……やはり、ここにもまた、『重大な見落とし』をしている気がしてならなかった。
それに、クロコダインと呼ばれたあのワニの怪物に駆け寄った子供たち──彼らの悲痛の叫びが偽物とは到底……思えない。
「ん……?」
そんな事を考えながら歩いていた彼の目の前に、池を跨ぐ橋が見えていた。
考える事に夢中になると、周囲が見えなくなるはじめだ。今も、こうして、ほとんどホテルの外に出ている事に全く気づいていなかったらしい。
しかし、目の前に見えて来た物を見つめると、そんな思考が一瞬遮断される。
そう、元々、今はこの場所を目的に歩いていたのである。
46
:
ふたりは平行線
◆V1QffSgaNc
:2015/10/22(木) 00:21:50 ID:kTkCcgbk0
「やっぱり……ここにあったのか」
この橋を渡ると、ステーションホテルの劇場に繋がっているのだ。
彼の前には、ドームのように丸い屋根の小さな劇場が見えてきていた。
この建物は、確かにはじめも過去に見た事がある。……いや、以前ステーションホテルに来た時、まさにここに足を運んだのだ。
「……」
……だが、はじめも、まさか、こんな時にまたここに来るとは思わなかった。
あの天才犯罪者──『地獄の傀儡師』が生みだされる原因になった、ある不幸な事件が起こった場所が、ここなのだから。
◆
!?
──そして、劇場に入ったはじめの前では、至極奇妙な光景が繰り広げられていた。
どこか暗い面持ちでこの劇場に入ったはずの金田一の顔が、「空いた口が塞がらない」を体現するように、どこかマヌケになった。
劇場には、小さな外国人少女の高い声が響いている。
少女は、全く邪心も見せずにはしゃいでぴょんぴょん跳ねていた。
「すご〜い! これどうやったの〜!? ねえねえ、教えて!」
「だからダメだってば! 自分で考えないと、名探偵になれないぞっ!」
はじめの顔見知りの“ある男”が、何やら奇妙なマジックショーを一人の少女にだけ向けて行っている。
それを眺めて、その男も笑っていた。
……“顔見知りの男”、“ある男”という言い方では、少しじれったいだろうか。
「『地獄の傀儡師』──高遠遙一……!」
それは──ここで犯罪者として誕生した男・高遠遙一である。
彼は、ニコニコと笑いながらアイリスの方を見て、トランプを宙に浮かせてシャッフルしていた。しかし、劇場にはじめが入った事に気づいたようで、一瞬、きりっと真面目な顔付ではじめを遠く睨んだ。
子供相手にも、割と本格的なマジックを見せているようだ。──さすがはプロ、と思い、はじめは少しばかり苦い顔で高遠を睨み返した。
「どうしたの……? お兄ちゃん」
「……いや。どうやら、もう一人、お客さんが来たようだね。──でも、大丈夫。嬉しい事に、あれは僕の友達だから」
はじめと高遠──因縁の二人は、思ったより早く出会えたようである。
再びここで出会った二人の視線が重なっているのを、アイリスが少し不安そうに見つめていた。
彼女も、そこで二人の間に渦巻いた悪意を、どこかで直感していたのかもしれない。
このアイリスという少女の正体は後ほど明かす事になるが、ひとまず、今ははじめと高遠の事だけを見てみよう。
はじめは、ゆっくりと舞台に近づいて行った。
はじめが一度舞台の前で止まったが、それを見て高遠が言った。
「ステージに上がっても構いませんよ、金田一くん。今日ばかりは歓迎します」
「じゃあ、お言葉に甘えて! よっと!」
そう言い合いつつも、どこかピリピリしたムードがはじめと高遠の間に流れ、アイリスは不安げな表情を見せていた。
高遠の顔付きも、どこか先ほどより強張ったようで、アイリスに直感的な恐ろしさを植え付けた。
この二人……ただの仲が良い友達には見えない。
「あ、このお兄ちゃん……」
アイリスは、近くで見てみて、金田一一という男にどこか見覚えがあったのを思い出す。そう、あの凄惨な殺人現場で、主催に最後の質問を行ったのが、彼だったのだ。
47
:
ふたりは平行線
◆V1QffSgaNc
:2015/10/22(木) 00:22:13 ID:kTkCcgbk0
あの時の事を思い出し──戦争を嫌うアイリスは、ぐっとスカートの裾を握った。
やはり、どう楽しい記憶で塗り替えても、先ほど人が死んだのは確かだった……。
「……」
はじめも黙り込んだまま、近づいて来る。
はじめという男は、あの船上での様子を見るに、おそらく──悪い人間ではない。アイリスもそう思っている。しかし、真顔の彼はどこか恐ろしかったのだろう。
アイリスの前で、はじめは、ふぅ、と息を吐いてから、強張った表情を崩して、少し高等部を掻いて、高遠に、馴れ馴れしく言った。
「……ったく、気が抜けるぜ。まあ、正直言うと、あんたに会いたくなかったわけじゃないけどさ。まさか、こんな時にもマジックショーなんて」
はじめの顔は、緊張しながらも、どこか高遠を前に肩の力を抜く事が出来たようだ。
「……おや。これはこれは。意外にも私と同意見のようですね。少なくとも、一度は……金田一くん、君と会っておきたかった」
高遠も、どこか薄く笑っているような表情で、はじめを見つめていた。
それで、アイリスはすぐにほっと息をついた。
はじめと高遠は、どうやら険悪な関係に見えたが、そういうわけでもないらしいと思った。それで、安心しきったまま、アイリスは高遠に訊いた。
「えっと……お兄ちゃんのお友達……なんだよね?」
「そうだよ、アイリス。このお兄ちゃんは、金田一一。有名な名探偵の孫なんだ」
「へへっ……。いや、友達っていうとちょっと違うような気もするけど」
はじめは否定したいように冷や汗をかいていたが、高遠は淡々と「友達」などという言葉を口にする。まあ、厳密な関係を口にすれば、それこそ誰も人が寄らなくなるので致し方ないとも言えるが……。
「……ふふ。アイリス、それじゃあマジックショーは終わりだよ。裏の楽屋でこっちのお兄ちゃんとお話があるから、その間だけ別の部屋に居てもらえないかな?」
「え〜……マジック終わりなの〜? つまんな〜い!!」
丁度、はじめも高遠と二人で話したいと思っていた所だ。
そもそも、高遠の正体を前提とした上で話し合うならば、他の人間はその場に置いておくわけにはいかない。
しかし、アイリスは、高遠のマジックに夢中だったらしく、どこかはじめを疎ましそうにも見ていた。
よりによって、殺人鬼の方が子供に懐かれてしまうとは、はじめとしても癪だった。
「大丈夫、すぐに終わるからね。それまで良い子にしていたら、今度は金田一のお兄さんが面白いマジックを見せてくれるよ」
「アイリス子供じゃないもん!」
「そうかそうか、ごめんごめん!」
そう宥める彼の姿は、彼をよく知るはじめにさえ、四人の人間を殺した犯罪者には見えなかった。
◆
劇場の楽屋であった。楽屋では、舞台上でどんな姿を演じている者も、素の姿を現す事が出来る。──まさに今は、彼らの舞台裏であった。
はじめと高遠は、それぞれ越しかけながら、日常でも殺人を演じてきた者とは思えないほどにくつろいで、友人とでも会話するかのように向かい合っている。
額やに置いてある幾つかのマジック道具を高遠は興味深く見つめていた。近宮のトリックに使われる道具ばかりである。
しかし、すぐに興味を失った。
今は──目の前には、もっと興味を示すべき人物がいる。
「……さて、金田一くん。訊かせてもらおうか。君ともあろう物が、この『地獄の傀儡師』と会いたいとは、一体どんな理由があっての事なのか」
「この状況だぜ? 理由くらいわかるだろう」
「だからといって、君が私の力を借りたいなどと言うはずがないでしょう?」
「……そう思うかい?」
48
:
ふたりは平行線
◆V1QffSgaNc
:2015/10/22(木) 00:22:44 ID:kTkCcgbk0
どこか調子の良いはじめである。
彼は、順序立てて高遠に対して、自分の高遠遙一という人物の認識に関する「推理」を教える事にした。
「まず一つ。俺は一応、あんたの知能や才能だけは認めている。これが大前提だ」
「ほう。しかし、それだけ、という事は、私の人間性を信用しているわけではないのでしょう? それこそが、ここが本当に殺し合いの現場ならば──最も重要な前提となりそうですが」
確かに、連続殺人鬼である高遠を仲間に引き入れるというのは、はじめらしくはない。
しかし、彼はそれを選ぶ事にしたのだ。──決して、高遠の本質を信頼せずに、高遠の主義を信頼する、という形で。
「それが、もう一つの理由だよ。確かにあんたは信用できないけど、これが“あの”高遠なら、『他人に殺人を強要させる』事はあっても、『他人が強要する殺し合いに乗る』事はない」
「なるほど」
「……そして、それからもう一つ。少なくとも、あんたは自分にとって恨みがない人間や、復讐計画を遂行する犯罪者以外には殆ど手を出さない事だ。……そう、例えば、ああいう子供なんかを殺したりはしないと思ってる」
「流石だ、金田一くん。この私の性格を概ね言い当てていると言っていいでしょう。私も、別に無差別殺人犯というわけではないからね」
いや、お前はむしろそっちに近いだろ、よく言うぜ……とはじめは思ったが、刺激しても仕方が無いので黙っておいた。
幻想魔術団のメンバーを殺害したのは私怨や復讐かもしれないが、『道化人形』を利用して始末したのは、無差別的な愉快犯としか言いようがない。
だが、それでも、やはり彼なりのポリシーというのは存在するのである。
地獄の傀儡師──高遠遙一はそういう意味で、不思議な犯罪者だった。
警戒するに越した事はないが、それでも一定の信頼値の置ける相手だというのは、ある事件を通して知って間もない事だった。
「……で、まあ、正直言っちゃえば、俺もお手上げなんだよね。この殺し合いってやつ。今んところ、あんまり実感もないしさ」
「そうですね。……ただ、最初の二件の殺人。あれだけは、まず考えておく必要がありそうです。お互いの結論を言っておきましょう」
まるで明智警視と会話をしているような気分だが、まあ、高遠が刑事だったとしてもあんな感じになるのだろうな、とはじめは思う。
それから、口を揃えて二人は言った。
「「────あれは本物だ!!」」
つまり──オープニングの時点で、二人の人間が死んでいるという事だ。あれは人間を怯えさせる偽物の死などではない。
普段、死体を見慣れている二人だから、それがよくわかったのだろう。
はじめにとっては、それは直感でしかなかったのだが、高遠にはマジックと本物の死の区別はもっとよくつくらしい。
「あの死体は、確かに作り物なんかじゃない。確かに一瞬でスポットライトが消えて見えなくなっちゃったけど、本当に人が死んでいたと思う」
「同感です。ワニ男の方は……おそらく、外装は精巧な作り物でしょう。──いや、これは、あくまで触れる機会もなかったので確かめる事はできませんが、常識として、その可能性が高い。……しかし、気になるのは、そこまでしてあんなサクラを用意する必要があるか、という事です」
「それなんだよ。どうも引っかかる。よほど人相が悪くない限り、あんな所で着ぐるみなんて着る意味はないし。それに、駆け寄った子供だ……。あれは、テレビのスター怪獣の最期を観ちまったってわけでもなさそうだった。知り合いの亡骸に抱きつくみたいで……」
死体という“モノ”を理解する高遠と、死体に駆け寄る人間の“感情”を理解するはじめ。
その点において、過程は対立しているが、結局、二人の結論は同じだった。
「とにかく、あのクロコダイル・マンを知っている少年たちを探す必要もありそうですね。できれば、最初の道化師の知り合いも」
「ああ……。色々と事情も聞いておかないとな」
二人の意見は、そこについても同じだった。
それから、またはじめはまくしたてるように高遠に問うた。
「……でも、それを除いても、もう一つ疑問が残るんだ。この殺人劇の目的だよ」
「……」
「こんな事をしたって、何の意味もないだろ? それに、あの『ノストラダムス』とかいう奴だって、目的は教えてくれなかった」
49
:
ふたりは平行線
◆V1QffSgaNc
:2015/10/22(木) 00:23:06 ID:kTkCcgbk0
「……」
「あの二人に恨みがあったとか、ここにいる人間に何か特別な共通点があるとか……そういう理由があるんじゃないかと思ってさ」
彼が素直に疑問としている部分は、おそらく高遠に訊くような意味だった。
はじめも多くの犯罪者を見てきたが、それでも、これだけの事をする犯罪者はこれまでいない。逆に、高遠ならばそうした犯罪者側の心情もよくわかるだろうと、ひとまずカマをかけてみたのだ。
しかし、高遠は“動機”については深く考えようとはしていなかった。
「確かに、随分手の込んだ事のように思いますね。──しかし、露西亜館の事件を忘れましたか? 金田一くん。大がかりな犯罪を行うのに、大した理由など必要ありません。いえ、大がかりであればあるほど、快楽以上の意味はないのです。復讐ならば終えれば済むだけですからね。山之内恒聖もそうだったでしょう?」
「……忘れてなんかいないさ。でも、俺はあの時言ったはずだぜ? 俺はあんたのような人間は認めないって……! こんな事をするからには、何か必ず理由があるはずなんだよ!」
「私はそうは思いません。いいえ、むしろ、手間と金をかけてまでこんな事を目論む愉快犯の方が、私にはずっと共感できる……まあ、巻き込まれた手前、素直に褒める気にはなりませんが」
淡々と言う高遠である。
実際、はじめも、高遠の言っている事は理解できる。
たとえば、高遠が殺人を犯した理由は、当初こそそれなりに納得できたかもしれないが、今となっては、殺人者を教唆してはじめを嘲笑う愉快犯になっている。あんな真似をしても、高遠にとってメリットなんてないはずだというのに、彼は殺人を行い続けるのだ。
そして、彼らが話している露西亜館の事件では、犯人の目的は金であったし──更にそれを操っていた“もう一人の犯人”山之内恒聖の動機で、はじめと高遠は、真向から意見を対立させたのである。
はじめが認めていないとしても──完全な愉快犯の犯罪者は、“いる”のだ。
「くっ」
「この話はそれこそ平行線です。やめておきましょう。……他に、何か私に訊きたい事は?」
高遠は巧妙に話題を逸らした。
はじめの方も熱くなりすぎたので、一度熱を冷ます。こうして、根本的な考えの食い違いを議論しても仕方が無い。
今すべきは、この犯罪者に協力を仰いででも、殺し合いについてもっと推理を深める事だ。
「そうだな。あんたとこんな話をするのはやめにしよう。……で、今あんたに一番訊きたいのは、このデイパックについてだよ」
「ほう」
腕を組んでいた高遠も、その時、少し興味深そうにはじめを見た。
誰もが持っている小道具の名前が出て来た事に少し驚いているのかもしれない。
「実は、このデイパックにもちょっとしたトリックが仕掛けられてるんだ。これくらいなら、あんたならもしかしたら解けるんじゃないかと思って、あんたを探してみたわけ。ホテルを探すよりも、こっちの劇場を探した方が、あんたがいるんじゃないかな〜と思って来てみたら、案の定いるんだもん、流石に驚いちゃったよ」
「……それで、君が解けなかったトリックというのは何かな?」
はじめは、無理して少し普段通りのおどけた口調で熱を冷まそうとしていた。
しかし、高遠はそれを見抜いており、簡単にその要件だけ聞こうと考えていた。
それを悟って、はじめは、すぐに言った。
「ヒスイだよ」
それでも少し勿体付けた言い方になってしまうのは、はじめの悪癖だ。彼特有の演出癖と言ってもいいかもしれない。
しかし、高遠はしっかりと彼の言葉に訊き返す。
「ヒスイ?」
「ああ、ずっと前にどっかの誰かさんが間抜けにも置き忘れて、この俺にヒントを与えた、あのヒスイと全く同じ物さ」
「……その下手な皮肉はひとまず置いておきましょう。そのヒスイがどうかしましたか?」
死骨ヶ原ステーションホテルに設置されているヒスイの石は、かつて高遠の犯罪が暴かれる証拠となった物である。
はじめも、今思うと高遠のあのミスは間抜けすぎて笑ってしまうのだが、もしかすると、それも含めて、わざと手がかりを残したのではないか──と思ってしまう。まあ、余裕ぶった本人を前にしても、真相は藪の中だが。
とにかく、はじめは答えた。
50
:
ふたりは平行線
◆V1QffSgaNc
:2015/10/22(木) 00:23:31 ID:kTkCcgbk0
「実は俺、さっき、あの部屋にあったヒスイを二つとも貰ってきたんだ。部屋は、あの事件の時のままだったからね。……流石に死体まではなかったけどな」
「……夕海の死体が吊るされていたら、とうに腐っているでしょう」
「それもそうか。……で、話を戻すけど、俺が覚えているところだと、あのヒスイの重さは一つあたりだいたい5kg程度。だから、今俺は10kgのヒスイを持ってきている事になる」
「10kg?」
「ああ。普通に考えれば、俺みたいにそんなに力もない人間じゃあ、片手で軽々とは持てないだろ? ……だけど、ホラ!」
はじめは、デイパックを片手で平然と持っている。いや、それどころか、そんな物が入っているデイパックは、少し形がいびつになる物だろうに、それは綺麗な形を保持していて、到底、二個の翡翠が入っているようには見せなかった。
はじめは、それを高遠に渡した。
「試しにあんたも持ってみなよ」
そう言うと、高遠はあまり警戒せずに片手で受け取った。
あまり重くはない──。
いや、どう見積もっても10kgはない。トランプ一枚の重さがわかる高遠が見積もっても、これは1kg丁度の重さだ。
「私のデイパックの重さと、変わらないな……。いや、これは1kgもない……中を確認しても?」
「ああ、構わないぜ」
高遠が確認すると、二個のヒスイが取りだされる。それは、片手で取りだすには大きく歪で、その重さは確かに5kgあった。──以前、抱えたのと同じ重さだ。
それを見て、高遠は呟いた。
「……信じられない。確かに、不思議な“魔法”だ」
はじめも、高遠がこれほど驚いている顔は初めて見たような気がする。
しかし、高遠ならこれくらいの魔法を可能にしてしまうトリックくらいは持っていてもおかしくない。
はじめですら解けなかった物だが、奇術のプロならばどうだろうか。
「だろ? どう考えたって、10kgのヒスイをデイパックに入れてたら、重くて歩いていられないよ。でも、このデイパックに入れると、急にその重さがなくなったんだ。一体、どんなトリックが仕掛けられてたらこんな風になるのか、って思ったんだよ。マジシャンのお前なら、このくらいわかるかと思ってさ」
それで高遠を頼ったのだ。はじめも、マジックは祖父に多数教わっているので得意としている所だが、それでも本業マジシャンには敵わない。このトリックはどれだけ考えても全くわからなかったのだ。
それで、──彼らしくはないが──答えを探ろうとしたのである。
高遠が、デイパックと翡翠を見つめながら、少し頭を悩ませた。
それから、少し躊躇して口を開いた。
「ええ、本来ならば、そうですね。ですが、これに関しては……トリックは、ありません」
「何だって!?」
今度は、はじめの方が驚いてしまった。
いや、流石に──はじめも、お手上げだったとはいえ、トリックがないという言葉が高遠の口から出てくるなど、信じがたい事である。
彼らほど、トリックというものに精通している人間はいないだろう。
「君も薄々勘付いているでしょうが、重さを感じなくなるトリックは、だいたい別の場所に荷物を隠していたり、重さを感じにくいように持たせたり──というタネがあります。しかし、現に君はホテルからここまで何なく10kgのヒスイを持ち歩いている……。君はここまで歩く間、背中にそれほどの重さを感じなかったんでしょう?」
「ああ……でも、だからってそんな……」
「……それならば、トリックはありません。つまり、このデイパックに物体を入れれば、その質量が一時的に軽減する効果を持っている、という事になります。君が嘘をついているわけじゃなければね」
「質量がなくなるだって……!? そんなバカな!」
はじめが驚きを露骨に表しているのに対して、高遠は至って冷静に言った。
彼も驚いていないわけではないが、少なくとも、あらゆる事態に冷静に──あるいは冷徹に対処する性格であった。
自分の信念さえも、時には冷徹に覆して現実を見る事が出来るのが高遠のある種の長所だ。
51
:
ふたりは平行線
◆V1QffSgaNc
:2015/10/22(木) 00:23:59 ID:kTkCcgbk0
「……残念ながら、我々は認めざるを得ないようだ。主催側が持っている力は決して単純ではない、と」
「そんなものを認めろだって!?」
「私だって……いええ、私の方こそ、こんな事を簡単に認めたくはありませんよ。仮にもマジシャンの一人として、ね。よりによって、こんな物が出来てしまえば、私たちの商売は上がったり無しだ。──いや、それは探偵の君も同じ……か」
「くそっ……! どうなってるんだ! きっと何かトリックがあるはずなんだ!」
はじめは、オカルトや魔法を簡単には認めない性格だ。
現実に、不思議な事は山ほどある。──以前、ある場所で起きた怪事件では、『死体の服が赤いちゃんちゃんこのように塗られていた』という怪現象が起きた事もあるが、その時には図書館で必死に勉強を初めて、美雪たちを呆れさせたほどである。
はじめは、もう一度デイパックを確認し、焦りながら中身を見つめている。
そんなはじめを、「無駄だ」と思いながら見下ろしている高遠。
彼も、とにかく一つだけ、はじめに胸の内を言ってやる事にした。
「……金田一くん。どうやら、ここでは私の求める芸術犯罪を行う価値は本当になくなったようです」
そんな高遠の意外な言葉に、一瞬、はじめの動きが止まった。
はじめは、そんな高遠の方を凝視した。
「私は自然界の法則と人間の心理の穴を駆使してこそ、私の計画は芸術として完成される。そう、推理小説もマジックも、その条件で作られたからこそ、一つの芸術になるのです。……しかし、こんな魔法は、私を侮辱しているとしか思えない。──君も同じでしょう?」
はじめは、そう言われて、デイパックの仕掛けを見抜こうとする動きを止めた。
……認めたくはなかったが、やはり、高遠の言う通りなのだろう。
いや、むしろ──こんな魔法を最も忌避するであろう高遠が認めたのだ。こうしてトリックを探そうとする事こそ、駄々をこねる子供のようだった。
はじめも、すぐに諦めた。
犯罪は芸術なんかじゃない──と言いたかったが、これも無駄だろう。
「ああ……! くそ……まったく、わけわかんねえぜ。でも、一度認めるしかないみたいだな……。これは、トリックなんかじゃないよ!」
「ええ。仮にトリックがあるとしても、それは、今の私たちにはまだわかりません。しかし、私も、ひとまずは、“こんな魔法のデイパックが存在する”という前提で動きましょう。……まあ、我々の主義や性格に目を瞑って認めてしまえば、こんな鞄も便利ですしね」
クスクスと笑う高遠を、はじめは何か言いたげな目で見つめる。
はじめも、別に納得はしていないが、納得せざるを得ないのだった。
と、そのクスクス笑いをやめて、高遠が思い出したように言った。
「そうだ、私からも、君に頼みがあるんでした」
「……あんたが俺に頼みだって?」
それから、高遠は少し躊躇した。
頼み事をするだけで驚くはじめである。高遠がこんな事を口にすれば余計に驚くのではないかと──高遠は、そう思った。
しかし、やはり、彼もすぐにはじめに要件を伝える事にした。
案の定、それははじめを驚かせる事になる。
「あのアイリスという少女についてです。──彼女を、君の手で保護してもらえませんか?」
「何だって!?」
はじめは、魔法の存在を知るよりも、彼がこんな事を言い出した事の方がずっと驚いているようだ。
いや──確かに、露西亜館の事件では、高遠は己の主義を守って、はじめたちの前で犯人の命を守ってみせた。
しかし、だからって、高遠の方が先にこんな事を頼むなどとは思いもしなかったのだ。
「……こう見えて、私もマジック好きの子供は嫌いではありません。しかし、『殺す』のはともかく、『守る』というのは、少しニガテでね。明智警視や剣持警部もいない以上、こんな事を頼むならば、君くらいしかいないと思っていたんですよ。それが、私が君に会いたかった理由の一つです」
「あんたがそんな事言うなんて……流石にそこまで考えてなかったぜ。だけど、それなら俺とあんたが一緒に行動するっていうのも一つの手じゃないか?」
はじめは、まるで誘い込むかのように言ったが、自分でもそんな言葉が出たのが不思議だった。
高遠との協力……? ──自分はそう言ったのだろうか。
52
:
ふたりは平行線
◆V1QffSgaNc
:2015/10/22(木) 00:24:17 ID:kTkCcgbk0
しかし、やはり──高遠の返答は、否定だった。
「……私と君は決して交わる事のない平行線だ。共に行動しても反発するだけに過ぎない。──たとえば、いくら殺し合いに乗らず、芸術犯罪が完成しないとしても、もしこのゲームからの脱出に邪魔な人間が現れれば、その時は──」
「やめろ!!」
高遠が何を言うかを読んだはじめは、思わず遮るようにそう叫んだ。それから、震えるように息をあげた。
そうして高遠の本質を忌避した時に、はじめも、なるほど、と思った。
確かに──はじめと高遠は、時に協力出来たとしても、結局“平行線”なのだ。
しかし、それを確認して、はじめ自身がどこか安心していた。
「……フッ。そう。だから、私と君とは、同じ目的を持っていても、たとえどこか一か所理解し合ったとしても、結局は対立せざるを得なくなるという事です」
「……」
「それでは、二人きりの話はこれくらいにしておきましょうか。改めて、またアイリスも交えて情報交換をしましょう。この場で選ばれたという事を考えると、やはり彼女にも二、三は特殊な部分があるかもしれないし、そろそろ一人が怖いでしょうしね。……まあ、プロフィールを明かすという程度でも構いません。そこから先は別行動です。そうですね、その後で、また会う約束でも取り付けておくべきでしょうか」
意外な事ずくめで、流石のはじめも困惑していたが、彼も状況を飲み込むのは早い。
数秒の沈黙が流れた後で、彼は、納得を示して言った。
「……ったく、仕方ねえな。でも、高遠。一つだけ訊かせてくれ」
いまだ高遠という男を完全には理解できなかったはじめは、ふと疑問を口にした。
「もし……あんたがこの殺し合いの主催者だったら、あれくらいの子供も巻き込むのか?」
そう。そんな疑問である。
アイリスを守れといった彼であるが、それは「マジック好きの子供」という非常に限定的な理由によるものである。それとも、彼自身は本質的に「子供を巻き込まない」のだろうか?
少し迷った後で、高遠は答えた。
「どうでしょうね。私にもわかりません。神のみぞ知る……という所でしょうか」
はじめは、思った。──やはり、こいつが刑事じゃなくて良かった。
あの“明智警視”みたいな上司が二人に増えたら、剣持のオッサンや捜査一課の人たちが心労で倒れちまう、と。
だが、それでも──こんな人間でも、殺人者にはならないでほしかったのははじめの本心だ。高遠にとっても、殺人など知らないただのマジシャンであるのが本当は一番幸せだっただろう。
はじめは、誰よりも犯罪を憎み、許さない人間であると同時に、誰よりも犯罪者を憎まず、許す心を持った少年なのだ──。
◆
その裏で──。
彼らが“魔法”の話をしている横の部屋で、実は──、“魔法”は起きていた。
隣の楽屋に準備されていたマジック道具は、空中に浮いている。
本来なら糸で釣るトリックがあるはずなのだが、今はそんな物が全く使われておらず、本当に、マジック道具たちはふわふわと空を飛んで、少女を囲んでいる。
「アイリスだって出来るも〜ん。ホラ! アイリスすご〜い!」
これは、なんと、アイリスの仕業であった。
別に、あの僅かな時間で高遠のマジックを覚えたというわけでも、ここにある道具を浮かせるトリックを看破したわけでもない。
彼女は、強い“霊力”を持っていて、こうした魔法のような芸当が本当に出来るのである。
しかし、霊力の事は基本的には、「ヒミツ」なのだった。使えるのは緊急時か、あるいは、こうして、隠れてこっそり使う場合だけだろう。
(う〜ん……でも、高遠のお兄ちゃんは霊力がなくてもこういう事が出来るんだよね……本当にあんな凄いマジックが出来るのかなぁ。──一体、どうやってるんだろう?)
53
:
ふたりは平行線
◆V1QffSgaNc
:2015/10/22(木) 00:25:27 ID:kTkCcgbk0
そんなアイリスですら、高遠のマジックのタネは全くわからない。
それだけ高遠の手際が良いと言う事である。まるで本当の魔法のように見せなければ一流のマジシャンにはなれないというのだ。
(まあいっか……! ……それより、早くお兄ちゃんたちと合流する事を考えなきゃ)
マジックのタネを考えるのをやめたアイリスが次に考えたのは、ある特殊部隊の仲間の事である。
実は──ここからが、アイリスの正体の確信である。
彼女が無邪気な一人の少女であるのは確かだが、それでもただの少女ではない。
帝国華撃団。──実は、アイリスは、この幼い年齢にも関わらず、高い霊力を認められて、その特殊部隊の戦士の一人をやっているのだ。
そして、この殺し合いの現場には、同じ帝国華撃団の大神一郎や真宮寺さくら、李紅蘭という頼もしい仲間もいる。三人は特にアイリスと仲の良い団員でもある。
一刻も早く彼らと合流し、この殺し合いを終わらせなければならない。
あの“ピエロさん”や、あの“ワニさん”のように、誰にも悲しい目には遭ってほしくないのだ……。
(まあ、いざとなったら、アイリスが、高遠のお兄ちゃんも、金田一お兄ちゃんも守ってあげなきゃね……!)
大人ぶりたいアイリスは、二人に対してそんな姉のような使命感を持っていた。
高遠のマジックに惹かれている姿は子供そのものだというのに、彼女は自分が子供扱いされる事をとにかく否定する。
そして、何より、自分を大人に見せたいのだ。
何より、彼女は、力ある者として、力なき二人を守ってあげる義務がある。守られたくはないのだ──。
(それにしても、あの金田一のお兄ちゃん、随分変な恰好してたなぁ……)
それから、外見年齢だけ見ていると全くわからない、彼ら自身は全く理解していない、ある“差異”も存在していた。
(最近の流行りなの……? でも、帝都にもあんな変な恰好している人、いなかったけどなぁ……)
そう──実は、このアイリスという少女の生年は、なんと金田一一の祖父・金田一耕助と同じ、1913年なのである。はじめからすれば、少女というより、「ばあちゃん」である。
だから、彼女やその仲間たちに、「金田一耕助」などという戦後の有名な名探偵の名前は全く伝わっていなかった。
大神も、さくらも、紅蘭も、金田一耕助という名前を聞いてもピンと来ないだろう。
……まあ、実年齢や人生経験は、現時点でははじめより下でる。
彼女たちは、1925年(太正14年)やその前後から連れてこられたのである。
これらの事実は、邪魔が入らなければ、これからの情報交換ではじめや高遠たちにも明らかになっていく事だろう……。
◆
次 回 予 告 (嘘)
へっへーん、アイリス、この二人よりもずーーーっと年上だったんだよ!!
これなら、アイリスも、立派に大人の仲間入りだよね?
じゃあじゃあ、こう呼んでもいいでしょ?“はじめちゃん”に“遙一くん”!
次回!
90’s ばとるろいやる!
タイトルは、えっと……まだわかんな〜い!
とにかく、太正櫻に浪漫の嵐!
お兄ちゃんの〜名にかけて〜!!
※この予告は仮のものです。
実際の内容とは異なるかもしれませんし、こういう内容になるかもしれません。
◆
54
:
ふたりは平行線
◆V1QffSgaNc
:2015/10/22(木) 00:26:03 ID:kTkCcgbk0
【G-4 死骨ヶ原ステーションホテル・劇場の楽屋/1日目 深夜】
【金田一一@金田一少年の事件簿】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:支給品一式、ランダム支給品1〜3(確認済)、ヒスイ×2
[思考]
基本行動方針:殺し合いを止め、脱出する。
0:高遠、アイリスとの情報交換。その後、高遠とは別れる。
1:高遠との約束通り、アイリスを守る。高遠の正体はなるべく教えない。
2:クロコダインの死体に駆け寄った少年を探す。
[備考]
※参戦時期は、「露西亜人形殺人事件」終了〜「金田一少年の決死行」開始までのどこか。
※トリックでは説明できない事象をそれなりに認める事にしました。
【高遠遙一@金田一少年の事件簿】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:支給品一式、ランダム支給品1〜3(確認済)、マジック用のアイテム(没収漏れ)
[思考]
基本行動方針:殺し合いから脱出する。
0:金田一、アイリスとの情報交換。その後、金田一とは別れる。
1:殺し合いからの脱出を行う。ただし、邪魔な者は容赦なく殺害する。
[備考]
※参戦時期は、「露西亜人形殺人事件」終了〜「金田一少年の決死行」開始までのどこか。
※マジック用のアイテムは、殺傷能力を持つ物(毒入りの薔薇など)や、懐などに仕込めない大き目の物や生物(ボックス、鳩など)のみ没収されています。簡単なテーブルマジックならば行う事ができますが、基本的に戦闘では活かせません。
※トリックでは説明できない事象をそれなりに認める事にしました。
【イリス・シャトーブリアン@サクラ大戦シリーズ】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:支給品一式、ランダム支給品1〜3、作り物の薔薇一輪
[思考]
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
0:高遠のマジックがもっと見たい。
1:大神一郎、真宮寺さくら、李紅蘭との合流。
2:霊力は人前では使わないが、いざという時はそれを使ってみんなを守る。
[備考]
※参戦時期は「サクラ大戦2」のどこか(太正14年の為)。
55
:
◆V1QffSgaNc
:2015/10/22(木) 00:26:25 ID:kTkCcgbk0
以上、投下終了です。
56
:
名無しさん
:2015/10/22(木) 09:39:37 ID:S/4ufElc0
投下乙です
アイリスと高遠の触れ合いから、金田一と高遠、奇妙な共闘? 関係、金田一勢の今後が気になる登場話でした
金田一耕助とアイリスって同じ歳に生まれていた、という設定面での一致も面白かったです
57
:
名無しさん
:2015/10/22(木) 14:45:08 ID:xmrAjYY.0
細かい点ですが、「真空の斧MARK-II」は「帰ってきた真空の斧MARK-II」かな?
ダイVSベガ、いきなり熱かったです
ポップは今ごろどうしてるんだろう
58
:
◆TA71t/cXVo
:2015/10/22(木) 19:57:40 ID:b1D.xS0A0
>>57
ご指摘ありがとうございます。
作中で正式名称を呼ばれたこともなかったのですっかり忘れてました……
したらばに修正案投下いたします、ありがとうございます
>乾いた風を素肌に受けながら
この状況で音楽を求めるブレのなさはあらゆる意味で流石……
そして頭を使えと言うこのロワならではの要素が早速出ましたね。
この奇妙な組み合わせとなったコンビ二人ですが、果たして上手くこのまま進めるか……
>ふたりは平行線
アイリスの生まれた年はじっちゃんと同じ。
これは言われてみればその通り……まさか一もそんな相手と出会うとは思わなかっただろうに。
そしてデイパックの謎に気づいたことから、金田一と高遠もこの状況を認めざるを得なくなったか。
人外盛りだくさんなこの魔境で、二人がはたしてどこまでやれるか……
59
:
◆V1QffSgaNc
:2015/10/25(日) 01:52:38 ID:zK2P4TTY0
投下します。
60
:
翼よ!あれが帝都の灯だ
◆V1QffSgaNc
:2015/10/25(日) 01:53:01 ID:zK2P4TTY0
──プレミア・マカロニ。
D-4の街角にあるこの小さなレストランのテーブル席で、未だバブルの余韻を匂わせる恰好の男女が向かい合っていた。
男は美男、女は美女と言って良い容貌であるのに加え、男は男に磨きをかけ、女は女に磨きをかけて高級なファッションで仕立てているのだから、全く、恐ろしい程に高い次元で釣りあいが取れているカップルだ。
ことととととと……。
美男は、美女のグラスにワインを注いでいく。
「客に注がせるなんて、サービスの悪い店だぜ」
と、男は、冗談めいた悪態をつく。それもそのはず。店は全くの無人なのであった。まったくの二人きり、貸し切りだ。壁にかけられた大量の白黒写真だけが彼らを見ている。
とはいえ、彼も邪魔者がいないのは悪くないと思っている。
キャンドルの揺れる灯りが、二人の夜の雰囲気を醸し出していた。アロマではないが、やさしい匂いを発しているような気がした。
丁字色のスーツを着た、どこか遊び好きな印象を思わせるこの男の名は結城凱。ちなみに、このバトルロイヤルに招かれてから、目の前の女性を口説くまでに要した時間は一分にも満たなかった。
そうして、凱に一分で口説かれた女というのは、美神令子だ。チューブトップにミニスカートで非常に肌の露出の多い紫のボディコンを纏っている。
艶のあるオレンジ色の髪は、立ち上がればスカートの裾よりも下に来るほどに長くのびていた。
お互いこんな外見だが、二人とも、本気で相手を愛してしまっているわけでも──まして、そこから、愛のない邪な関係になろうというわけでもない。凱も女ならば誰でも良いわけではないし、令子も決して尻が軽い性格ではないのだ。
まず、凱はこんな状況だからこそ、自分にとって最も理解のしやすいやり方で相手が信用に足る人間が見極めようとしたのであった。それが、「口説く」という手段である。
愛を育むのも、信頼に足る相手かを見極めるのも同じだ。
とにかく人を知るには手順というものがある。
凱にとって、その段階の一つが、男女二人きりの世界に誘う事だった。
令子は令子で、この殺し合いでいきなり、無警戒に女を口説く男というのが、果たしてどんな人間なのか、確かめようとしたのだった。悪い企みのある相手だったなら、令子は相手の悪意さえも上手に利用して自分の利益にしようとするだろう。
だが、少なくとも、今のところ、凱には悪い印象はなかった。誘い方は、相応に紳士的であったが、反面で彼からは隠しきれない野性味が漂っている。女好きであるという点においてもある意味純粋で、それこそ、ワルさの中にも可愛げの感じられる男だった。
最初に出会った異性をよく観察し、これからの殺し合いに臨もうとしているふたり。
そんな二人を、店内のライトが、静かに照らし続けていた。
ワインが二人分注がれた後、先に口を開いたのは、令子だった。彼女はテーブル上に置かれたワインボトルを手に取り、ラベルを一目見ながら言った。
「まったく、“ノストラダムス”さんも粋な事をしてくれるわね。こんな物配ってどうするのかしら。……ねえ、ロマネ・コンティの単価ってどれくらいだかわかる?」
「──おっと、俺を舐めるなよ。いくら学歴ってやつがなくても、俺は酒と煙草とギャンブルと女にだけは詳しいんだぜ。こいつは、近頃は一本二百万円だっていう最高級品さ。……まっ、本当なら普通の奴には一生縁のないワインだぜ」
令子は、そっとボトルをテーブル上に戻して訊いた。
「……ノストラダムスに感謝する?」
「ああ……。今夜のこの特別なワインと、この夜一番の美女に会わせてくれた恐怖の大王に……乾杯」
かたん、と。
二人の持つグラス同士がどこか心地良い音を鳴らし合った。
ロマネ・コンティ。高価なワインの代名詞とも言われるそれは、凱の支給品だった。
武器ではないのだが、彼らにとっては外れではない。
酒を愛する凱にとっては、短い人生の中で一度は口にしたいワインであった。特に、90年代初頭といえば、ロマネ・コンティの当たり年であり、百万円や二百万円を優に越す値がつく事もある。
61
:
翼よ!あれが帝都の灯だ
◆V1QffSgaNc
:2015/10/25(日) 01:53:19 ID:zK2P4TTY0
金を愛する令子にとっては、度々、ビール感覚で口にする機会のある酒──多くは今と同じように男に奢らせるのだが──でもあったが、やはり金目の物が手近にあると少し士気が上がる彼女である。
グラスを口元に手繰り寄せ、最高級ワインの匂いを嗅ぐ。
「ん……?」
と、その時。令子の鼻孔から侵入したのは、飲み慣れたロマネ・コンティの芳醇な香りではなく、嗅ぎ慣れない違和感だった。
凱も、令子と同じように、ワインの香りには違和感を抱いたようである。
一瞬、毒物の混入を警戒したようだが……いや、高級酒の香りにしては随分と安っぽいように感じただけで、別に飲むのを警戒するような物というわけではなかった。
それでも、令子は口をつけずに、凱の様子をちらりと見た。
「──なんだか随分安い香りだな。高級ワインってのはこんなもんなのか?」
流石、金がないなりに酒に詳しいと豪語する凱である。
飲んだ事が殆どないとしても、それを嗅いだだけで看破するとは、相当飲める男らしい。
令子が、グラスをそっとテーブルの上に置きながら言った。
「いいえ……。これ、やっぱり偽物よ。ラベルだけすり替えてあるわ」
「なんだって!?」
「中身はただの安物。……まあ、男女ふたりで飲むにはちょっとチープなワインよね。悪いけど、私はもういらないわ」
こうして誘われながらも、酒の値段でそれを断るというのは、なんともこの令子らしいやり方であった。凱の逆鱗に触れるかもしれないが、彼女は男の性格を見て、そうした行動を平気で取れる性格でもある。
だが、凱はやはり肝心な部分では紳士であり、令子に向かって腹を立てるという事はない。……というよりも、自分が安い酒を飲ませようとしたのだから、この反応は当たり前のように思っていた。
仮に令子が気を使って飲もうとしたならば、それこそ、彼は取り上げて捨ててしまうだろう。
彼にとっては、それこそが酒と女に対する愛情であった。
「あんのヤロ〜! 俺をおちょくりやがったな! ちょっと期待させやがって!」
凱はグラスを持つ手を震わせた。乱暴にテーブルの上に叩きつけるように置いて、“ノストラダムス”への怒りを叫んだ。
バトルロイヤル。……それが始まってから、最も主催への怒りが強まったのは、もしかすると今この瞬間でもあったかもしれない。
金属製の首輪をつけられて犬のように扱われた事よりも、こうしてからかわれた事の方が、ずっと彼にとって耐えがたい屈辱だった。デイパックから高級ワインが出て来た時のときめきを返せと言いたかった。それを嘲笑ったのだろうか。
ふぅ、と令子は一息ついた。
「……まあ、島や船まで貸し切って随分贅沢だと思ったけど、いざって時はハリボテだらけみたいね。主催者のお財布の事情がよく伝わるわ。……こうまでしてバトルロイヤルなんかさせたいのかしら」
「ああ、まったくその通りだぜ。……だが、これじゃあ俺の腹の虫が収まらねえ! 待ってな、店の奥に行って、もっと高い酒を探してくる!」
「まあまあ……」
苦笑いでそう言う令子であった。
こうした凱のちょっとした暴走を、令子はまだ微笑ましく見られる。
勿論、過信はしていないが、凱が変な算段を持ち合わせている人間でないのはよくわかった気がする。
……まあ、よくよく考えてみると、令子にとって仲間であったあの横島忠夫よりもずっと信頼できる人間性を持った男かもしれない。
彼女が来た時間軸では──仲間、というには微妙な所だったが。
(……とは言ったものの、早いとこ脱出手段を考えないとね。わざわざ見栄張って支給したワインが安物って事は、他にもどこか抜け道があるはずだわ。それを見つけちゃえば後は楽な仕事になりそうね)
令子は凱が激しく席を立った時の余韻で揺れ続ける安物ワインを見ながらそんな事を考えていた。
勿論、彼女も殺し合いには乗らないと決めた人間の一人である。
自分の命や金は大事だが、他人の命と引き換えにそれを得たいかというとそういうわけでもない。悪い奴ならば知った事ではないが、子供やらこんな男やらを見ていると、やはり、なるべくそれを犠牲にして生き残るのは躊躇う所である。
62
:
翼よ!あれが帝都の灯だ
◆V1QffSgaNc
:2015/10/25(日) 01:53:39 ID:zK2P4TTY0
ましてや、助手(兼うらぎりもの)の横島に、おキヌちゃんまで纏めて参加しているのだ。
彼らが死ぬのは……令子にとっても、もしかしたら……ちょっと、不快……かもしれない。
「──あの、君たち」
と、突然、声がかかって、令子は心臓が飛び出るほど驚いて我に返った。思わず、「おそ松くん」のイヤミのようなポーズになって、血の気が引いた間抜け顔を晒している令子である。
声の主が立っているのは、ほぼ背後だ。
ついつい、おキヌちゃんの事を考えていて(本当は横島の事も考えていたのだが、令子はそれを認めない)、我を忘れていたらしい。
凱以外の人間がこのレストランに来ていた事に令子が気づいたのは、その瞬間だった。
令子を庇うように、凱は速足で令子とその男の前に立ち塞がる。黒い手袋を嵌めた両手を顔の前に出して、どこか威嚇するように、凱は訊いた。
「……おい、なんだお前?」
「いや、さっきからそこにいたんだけど……」
二人きりの貸し切りレストランは、どうやら、いつの間にか、二人きりではなくなっていたらしい……。店の隅に(普段なら老人が眠っている所に──)、一人の男がいたようだ。声をかけるタイミングを逃して、放置していたのだろう。
この男の変わっているのは、その髪型である。短い髪は全て逆立ち、一目でそれが相当の剛毛だと悟らせる。
見る人が見ればハンサム──よく見れば色男だとわかる──といっていい顔立ちだが、凱にはそれがモテる男の顔には見えなかった。
白いシャツの上から、橙色と黄色を配色したベストを羽織った彼の姿は、妙に毅然としているようでもあった。
令子と凱が目を丸くして彼を警戒しながら見ていると、その空気を察したのか、彼は自分の素性を明かし始めた。
「えっと……そうだな、まずは俺の自己紹介からしておこう。俺は、帝国海軍中尉、大神一郎です」
そんな自己紹介を聞いた凱は、少し眉を顰めた。
「……海軍中尉だあ? なんだか知らねえが、それにしちゃ随分頼りなさそうなツラじゃねえか。そんなんで俺たちを保護だなんて笑わせるぜ。……まっ、軍人なんて意外とそんなもんか」
この手の男に随分と絡むのは、凱が「納豆と男が大嫌い」とする性格だからである。
ましてや、軍人などと言われたら、そう簡単に受け入れないのも彼だ。規律などに縛られているご立派な人間を、凱のような遊び人が好くはずもない(ただ……彼にとっては、少しだけ、例外的な“親友”や“仲間”の軍人もいるのだが)。
「むっ」
そんな凱の捻くれた態度に、眉を顰める大神であった。彼も、自分が馬鹿にされているのならまだしも、「軍」という枠組みで仲間ごと馬鹿にされて、腹を立てないはずがない。
そして、凱に対して、不機嫌な眉のまま訊き返した。
「君は、軍人が嫌いなのか?」
「へっ、わざわざドンパチやろうなんていう奴の気持ちは俺にはさっぱりわからねえな。ひでえ時は、俺みたいな一般人も巻き込みやがる……」
「……。それについては、日頃も申し訳なく思っているよ。だが、俺はこれでも、たくさんの人たちを守りたいと思って帝国華──あ、いや、帝国海軍に入ったんだ」
そう言う大神を見て、凱は少し意外そうな顔になった。
大神の瞳は至極真剣なのである。演技でなければ、余程、「くそ真面目」な人間だというのがそれだけで伝わった。
そして、そんな彼の姿は、凱の中でとある一人の男と重なる。
くそ真面目で、実直で、「俺は戦士だ」とか、「人を守りたい」とか、そんな事を言い出すどこかのバカな友人の姿だ。
それで少し押し黙った凱だが、慌てたように表情を変えて、また大神に捻くれた絡み方をした。男に対してそう素直に対応するわけがない凱である。
大神という男が誰かさんに似ているのはともかくとして、凱は得意そうに言う。
「──なるほどなぁ。あんたのお気持ちはよぉくわかったぜ。……しかし、俺はあんたがどこまでやれる奴なのか、まだちゃんとはわかってねえ。口だけって事なら承知しねえぜ!」
「……君の名前は」
「結城凱だ。あんたとは全く正反対の遊び人だ。──だけどな、これでも場数は踏んだつもりだぜ。軍人さん如きに負ける俺じゃ……ないってことさ!」
63
:
翼よ!あれが帝都の灯だ
◆V1QffSgaNc
:2015/10/25(日) 01:54:03 ID:zK2P4TTY0
凱は少し歩きだし、自分の席の前でそっと、先ほど飲みかけていたグラスを掴むと、それを親指と人差し指で挟んで、大した力も入れた様子なしに、粉々に砕いた。
中に入っていた安物のワインがレストランの床に零れ、その上をガラスの破片が散っていく。黒い手袋に、ワインが染みた。
「……」
大神は、そんな彼の様子を、少し黙って見つめる。
あのグラスも、流石に飴の細工ではない。それなりの強度が保障されているもので、そう簡単に砕け散ったりはしないはずだ。凱という男の握力が、ああ見えて人間離れしている証だろう。
凱は、濡れた右の手袋を脱いで、手をひらひらと仰いだ。
「どうだい、こいつが乾くまで、腕相撲でもして力比べでもしてみるか、海軍中尉さん」
「……望むところだ!」
挑発する凱に、それに乗るように腕をまくる大神。
初対面でここまでいがみ合うというのは、令子のような性格でも滅多にない。普通は、もう少し丁寧に接してから、相手の輪郭が見えて初めて対立が起きるものではないか?
令子のように成熟した大人では、全くその辺が理解できなかった。
(男の子ってやっぱりわけわかんないわ……こいつらもミニ四駆とか好きなわけ?)
男同士でヒートアップしていがみ合っている中、全く置いてけぼりで、呆れたように頬杖して半目で二人を見ていた令子が、横から訊いた。
「あの……男と男の熱いバトルはいいんだけど、その前にちょっと一つだけ訊いてもいいかしら、大神さん。あなた帝国海軍だっけ? それって、なんか随分変な言い方ね」
「はい?」
凱を睨んでいたはずの大神は、令子の突然の横槍に、きょとんとした。大神はすっかり令子の事を忘れていたようである。
しかし、何故、今そんな事を言われるのかもわからなかったし、そもそも帝国海軍が何か気に障るような言い方だっただろうか。
「いや、帝国海軍、なんて、まるで戦前や戦中の人みたいな言い方じゃない。……あの、もしかして……右の思想の人とか?」
「……は?」
令子の質問の意図どころか、意味すらもよくわからない大神である。
センゼン、センチュウ……これらの言葉は、そもそも、ある一つの巨大な戦争が終わった前提でなければ殆ど使われないような物である。戦前の人間が、「戦前」などという言葉ができるはずないのだ。それゆえ、大神はその質問が暗号のようにさえ思えた。
強いて言うならば──日露戦争か、対降魔戦争か?
そんな大神の様子を察して、令子は一つの質問をする。
「ああ、わからないなら別にいいんだけど。──それならそれで、ちょっと一つ訊いてもいい? 今は西暦何年?」
「はあ……太正14、いや15年……西暦でいうと、1926年になったばかりですが」
と、その瞬間にぎょっとするのは、凱である。
「なあ、大神。あんた、もしかして、頭おかしい奴なんじゃねえか? まともに相手して損したぜ。だって、今はせんきゅうひゃくきゅうじゅう──」
相手がその手の人間なら、、真面目に張り合うのも大人げない、と凱は思った。
やたら理路整然としているので全く気にならなかったが、もし変な奴ならば、凱ももう少し上手く大神と関わり合わないように配慮するだろう。
大神は、凱の一言に若干不快そうな顔をしたが、何か言う前に、令子が口にした。
「──いいえ。多分、彼にとっては違うのよ。言っておくけど、彼は変人でも幽霊でもなさそうだわ。……じゃあ、タイムスリップしてきたと考えるのが、一番合理的じゃない?」
過去にタイムスリップも経験した令子は、驚くわけでもなく、そんな結論に達した。
頭がおかしい人間と割り切るには、やはり大神には落ち着きがあり、軍人のステレオタイプをなぞるような演技でもない。
たとえば、自分が軍人であると思い込むような性質の人間は、凱に軍人を馬鹿にしただけで、もう少し露骨に暴力を振るったり言い返したりするのではないだろうか。
あくまで、軍属の士官にもう少し近い横暴なイメージになりきろうとすると思う。しかし、大神はそれを演じているわけではなく、あらゆるタイプが存在する軍人の内の、多少変わった一人でしかなく──それが、大神一郎という人間の真実の個性にしか見えなかった。
64
:
翼よ!あれが帝都の灯だ
◆V1QffSgaNc
:2015/10/25(日) 01:54:19 ID:zK2P4TTY0
「おい、本気で言ってるのか?」
その問いに堂々と頷いて返答する令子を、もしかしたら凱は少し変人チックだと思ったかもしれない。
しかし、タイムスリップ、か……。
その理論を聞いて、凱もある程度は納得していた。そこらの人間を捕まえてくるよりは、ずっとありえる話だろう。彼自身が、不思議な体験を幾つか行っていたせいもある。
たとえば、あの最初の説明でワニ人間を見て全く驚かなかったのも、凱がこれまでしてきた不思議な体験の賜物だ。
「ねえ、大神中尉さん。わかりやすく説明すると、あなたの言っている年──1926年はね、私からすれば、70年くらい前なのよ」
「は……!?」
「……まっ、簡単には信じていないかもしれないけど、服装から見ても、おそらくずっと前のものね。まさに、大正時代で士官級の軍人なら、私服がそれくらい立派でもおかしくないんじゃないかしら」
真顔でまくしたてるように言う令子に、大神も凱もかなり驚いている。
しかし、すぐに、大神はその意図を理解した。
令子が嘘を言っているとは思えない。
「うっ……そうか。……俺も何か変だと思っていたが、君たちは、未来の人間なのか!」
「嫌にあっさり認めるじゃねえか。……なあ、こいつが本当に大正時代の人間だってのか? 大正時代の人間はこんなにSFじみた空想がわかるってのか? もう少し土人文化だと思ってたぜ」
「あなた、それ随分失礼よ……」
令子は苦笑いしながら言う。
流石に大正時代が土人という事はないだろう。……確かに、コンピュータや携帯電話といった現代の技術は殆ど存在していないかもしれないが。
しかし、凱も納得した──いや、完全には納得していないかもしれないが、そうして話を合わせておかねばならないのだろうとは理解した──ようであった。
大神が、言った。
「俺だって簡単に認めるわけじゃないさ。ただ、君たちがそんな嘘をつく理由はない」
「私もそう思ったから、あなたの言った年を信じたのよ。嘘言ってるようにも見えないしね」
「そうか……」
と、そう言いながら、大神は令子の方をじっと見た。
「しかし、さっきから気になっていたが……君も、普通の人じゃなさそうだね」
「ええ。私はゴーストスイーパー……美神令子よ」
ゴーストスイーパーなどという肩書は、先ほどから一緒にいる凱も初めて知った。
その胡散臭い言葉は訊いた事がないのだが、凱はそのニュアンスを察する。
昔、そんな名前の映画もあった気がする。……いや、あれは「ゴーストバスターズ」か。
「──って、そんな横文字も、大正時代じゃあまだわからないか。霊を鎮めたり、妖怪を倒したりするのが私の本職よ」
そして、それを聞いた時、凱は──思った。
ジェットマンやバイラムなんて単語を聞く事になった一年前の驚きが、自分の中で繰り返されているのだ、と。
こいつは、もしかすると、本気で、またとんでもない話に巻き込まれたらしい。
凱のように平和に暮らしてきた遊び人に、運命は──これ以上何をせよというのだろう。
「……俺だってわかんねえよ、ゴーストスイーパーなんざ」
◆
「本来なら機密事項だが、まず俺の仕事を話そう。実は俺は、ただの海軍の人間ではないんだ。秘密裏に構成された秘密防衛組織──帝国華撃団・花組の隊長だ」
十分前まで二人きりのムードが繰り広げられていたレストランは、今や会議の場であった。大神一郎は、簡単に経歴を述べる。
この経歴は、彼が大正時代(大神が言っているのは「太正時代」だが口頭では伝わらない)の人間である事などよりも、遥かに驚くべき事実だ。
65
:
翼よ!あれが帝都の灯だ
◆V1QffSgaNc
:2015/10/25(日) 01:54:43 ID:zK2P4TTY0
秘密防衛組織……? こいつは何を言ってるんだ……? と。
しかし、凱も凱でそう言えない立場にあるのはまた同じだ。何せ、彼も似たような物なのだから……。
大神は続ける。
「帝都東京に現れた降魔という魔物を倒すのが俺たちの使命だ。その為に必要な高い霊力を持つ女性の集団が帝国華撃団で……俺は、男だけどその霊力を持っていて、その隊長を任された」
「確かに元々、高い霊力は女性を中心に宿るものだったみたいね。安倍晴明のような例外はいるけど……。ただ、現代では、男性のゴーストスイーパーも珍しくはないわ。この名簿にある、横島クンも一応その一人よ」
「横島忠夫、か……」
名簿上の名前を令子が一人教えて指示する。
なるほど、と大神は首肯した。未来になると、霊力を持つ男性がもっと見つかっているらしい。──大神の霊力の高さが着目されたのも軍属者だからこそテストされる機会があったからである。
知られていないだけで、高い霊力を持つ男性はまだまだいるのかもしれない。
まあ、大なり小なりあるが、全ての人間が持つ力であるのは確かだ。それが特別高いのはやはり女性という話である。
大神は、テーブル上に置いている名簿をふと見て、もう一度指示した。
「そうだ。名簿の名前といえば、俺も知り合いもいるんだ」
「教えていただける?」
「ほら、この名前──イリス・シャトーブリアン、真宮寺さくら、李紅蘭……みんな、花組の仲間たちだ。彼女たちなら、きっと俺や君たちと一緒に殺し合いを打ち砕いてくれる……! 早く三人を探さないと……!」
「……へえ。確かに女性名ばかりね。色んな国籍の女性が集まっているみたい」
随分と多国籍の軍隊らしい。後々の歴史を考えると、その隊も分裂してしまうのかもしれないが──今はそれを口にするのをやめておいた。
「……随分羨ましい奴だな。野郎のいない、女に囲まれた戦隊って事か」
凱が横槍を入れた。まるで軽口を叩くようにそう言う彼は、相変わらず女好きな性質を口に出している。
「で、そいつらを語る時の大神のその慌てよう。その中の誰かとデキてたりって話か?」
「うっ、それは……」
「おっ、その反応は図星だな? いるのか、その中にお前の恋人が──見かけによらず、やるじゃねえか! まあ、俺が入っても同じ事になるけどな」
「そ、そんな話はいいから、君も知り合いがいないか教えてくれ!」
大神が慌てて誤魔化すと、凱は、名簿をちらっと見た。
もう一度、彼はそれを確認した。「あ」行と「か」行の間あたり、「は」行の始まりあたり、名簿の一番後ろあたり……を再確認する。
やはり、巻き込まれた仲間は一人。その他は全員敵だ、と思い、既に確認済だった名前を二人に伝えた。
「天堂竜、ラディゲ、グレイ、それから女帝ジューザ。これでいいのか? それじゃあ、教えて見ろよ。誰がお前の恋人で、誰が一番美人だ?」
まるでノルマを果たすように早口で話すと、そこからはいつもの凱である。
大神は凱に詰め寄られ、両手を胸の前で開きながら押されていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ……! 君の言った名前の中にも、いくつか気になる名前があるぞ!」
「──そうよ。さらっと言ったけど、女帝ジューザとかいう名前が気になるわ。……っていうより、はっきり言って、この名簿の中で、トップクラスに気になって気になって仕方ないんだけど!!」
「女帝ジューザとは、一体何者だい!?」
「何!? 女帝って! この名前見た時、この名簿絶対頭おかしいって思ったわよ! もしかして、あなたが一番変なんじゃない?」
大神と令子の言葉に、凱は煩わしそうに耳を塞いだ。
一番まともそうな凱が一番強烈な名前の知り合いを持っていたインパクトが巨大だったのだろう。
「いっぺんに話しかけるなよ! だいたい、俺が変だって? 俺は、あんたたちと違って元々ただの一般人だぜ?」
「元々、でしょ? 今は何なのよ。フツーに暮らしている一般人が女帝ジューザと知り合いになる機会はどう考えてもないわよ!?」
66
:
翼よ!あれが帝都の灯だ
◆V1QffSgaNc
:2015/10/25(日) 01:55:00 ID:zK2P4TTY0
「──あーあ、まどろっこしい説明は面倒だな。仕方ねえ。一度しかやらねえから、よく見てろよ?」
凱は、面倒な説明を避けるようにして、右手のブレスを左手でプッシュした。令子も、大の大人の男がつけるには随分と変わったブレスレットだと思っていたが──実はそれは、ただのブレスレットではない。
その正体は、凱の叫びとともに露わになった。
「クロスチェンジャー!」
すると、凱の身体は光を発し、透明なエネルギーが彼を覆っていった。
そして、次の瞬間、結城凱は人間ではなく、黒き鳥人へと一瞬で姿を変えたのである。
コンドルの力を持つバードニックスーツの戦士──そう、彼もまた、人々を脅かす悪魔と戦ってきた人間だったのである。
彼の両手のブレスは、その変身の為のアイテムである。
「「──!?」」
大神と令子が口をあんぐりと開けて声にならない衝撃を間抜け面で表現しているのを横目に、彼はその姿の名を叫んだ。
かつては煩わしい称号だったのかもしれないが──それは、今の彼にとっては、友と共に戦った己の誇り。
「俺は、竜たちと一緒に……この力でその女帝ジューザやラディゲを倒す為に戦った戦士──ブラックコンドルだ!」
ブラックコンドル。
偶々、「バードニックウェーブ」という力を浴びてしまった為に、裏次元の怪物──バイラムたちと戦う宿命を背負った鳥人戦隊ジェットマンの熱き勇士である。
所謂、変身ヒーローである。
「やっぱりあなたが一番変よ!!」
令子は、目玉を大きくして凱にそう言った。
◆
────で、それから。
「つまり、確実に敵対するような相手が何人もいるという事か……」
大方の情報の交換を終えると、大神は腕を組んで眉を顰めた。
このバトルロイヤル、というゲームにおいて、ほぼ確実に殺し合いに乗るような連中は少なくない。本当に、その手の人間が呼ばれているという事である。彼の場合、仲間しか呼ばれていなかった為、あまり激しい殺し合いにはならない可能性は少なからずあると認識していたのだ。
しかし、やはり、殺し合いに乗るようなタイプの人間も多数招かれているらしい。
特に危険なのは、ラディゲ、女帝ジューザ、メドーサだ。
次に危険なのが、グレイ、ルシオラ。──こちらは、おおよそ殺し合いに乗らない可能性が高いが、念のために警戒すべし相手という事だ。
バイラムに所属するラディゲという相手については、「ジューザを倒す為に共闘する」という提案を申し出れば直接戦闘を避けられる可能性もあるらしい。しかし、いずれ戦闘になる可能性は少なくない為、最重要危険人物には違いないだろう。
それから、グレイという人物もジェットマンの敵対者であるが、これは凱の直感で、どういうわけかそこまで積極的に人を殺し歩くような性格でもない気がするらしい。彼の言った「黒いロボット」という特徴は嫌でも目立つ事になるだろう。
ルシオラも敵対者だがそこまで悪意に満ちているというわけではなく、むしろ危険なのはメドーサだが──それくらいならば、令子の腕でも何とか対処できるだろうという話だ。ルシオラの方が強く、こちらが「アシュタロス」なる巨大な悪の手下であるらしいものの、横島を可愛がっている様子を見るに、横島の名前を出せば何とか対処できると令子も推察している。
そして──これは今更だが、凱と令子の来た時代、あるいは来た世界が根本的に異なる事もすぐにわかった。
アシュタロスやバイラムといった敵の規模がそれなりに巨大であるのに対し、お互いが全くそれを知らないというのは実に不自然な話だからである。根本的に、来た世界が違うというのも令子はすぐに理解した。
67
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翼よ!あれが帝都の灯だ
◆V1QffSgaNc
:2015/10/25(日) 01:55:18 ID:zK2P4TTY0
そして、異世界の侵略を受けた凱もまた同じだ。
大神も概ね、二人の説得で意味を解したようである。
「……こうしちゃいられない。一刻も早く、人々を守らなければ……!」
「チッ……本当にどっかの誰かみたいな奴だぜ」
変身を解除していた凱は、足を組んだまま、大神を冷やかに見つめる。
情報を提供する度に焦燥感に包まれる大神には、やはり──そう、「天堂竜」という男の姿が重なった。
凱のような一般人を巻き込み、正義の戦士に仕立て上げてしまったあのくそ真面目な軍人野郎──全く、大神にはそれに近い物を感じてしまう。
(まだこんなクソ真面目な奴がいるの……流石に勘弁だわ)
令子としては、別に彼と重ねる人間など周囲にいなかった。
彼女も情報交換の度に、「ヤバイ」とは思い始めていたようだが、それは、決して多くの人が被害を受けるからではなく、自分の身が危険に晒される危険があるからだろう。
そして、不機嫌そうな顔で呟いた。
「あ……そうだ、ギャラ……」
「は?」
「ねえ、これって、主催者倒したら、どっかからギャラ出るかしら……?」
むすっとした顔のままそう言う彼女。
余裕のあった令子を苛立たせたのは、何と言っても、バイラムの連中の話を聞いてからだ。
特に、女帝ジューザとかいう参加者。……いくら再生怪人が弱いと言っても、凱の話を聞く限り、ジェットマンとバイラム幹部が協力して戦わねばならなかったような相手らしい。
それが同じ殺しあいに招かれている──。
アホか。死ぬだろ、それ。戦いたくない。金よこせ。金もないのに戦えるかバカ。
「──ははははっ! こんな時に考える事かよ」
「……報酬は、出ないんじゃないかなぁ」
凱と大神も、どこか令子に呆れた様子である。
凱は思い切り笑い、大神は割と真面目にリターンがなさそうな事を考えている。
「……まっ、もし、金が欲しいなら、優勝するしかないんじゃねえか」
「馬鹿言わないでよ」
凱の冗談めいた提案には、令子は真面目につっぱねた。
それというのも、幾つか理由がある。
まず、人の命まで奪って金を得るのは流石の金の亡者でも不愉快な事。
それから、そもそも優勝するのが脱出より遥かに難しそうな事。
そして、主催者はロマネ・コンティ支給するフリして安物を支給するような人間な事。
──金にもならない殺し合いに乗る理由はない。
「主催者側も貧乏性みたいだし……くっ! あんな奴の言う事はいくら金の為でも絶対に聞くつもりないわよ! それでも、ヤミ金でもなんでも借りさせて、賠償金を三億はふんだくってやるしかないわね!」
「おーおー、凄い凄い」
「っていうか……女帝ジューザとかラディゲとか……あんた、私の力が通用しなさそうな余計な奴らを連れてこないでよ! 脱出が面倒じゃない!」
「別に俺が連れて来たわけじゃねえよ……!」
令子と言う女が、命と金を大事にしている女なのは、大神にも凱にもだんだんとよくわかってきた。
しかし、不思議と嫌いになれなかった。
◆
すぐに簡単な情報交換を終えると、三人は勿論、レストランの外に出た。
そして、二百メートルほど離れた道路脇に置いてあるものが大神の支給品だ。
930型ポルシェ911カブリオレ。
大神も流石に運転が難しいだろうと判断し、この支給品をひとまず放置して、付近の捜索にあたったのである。
「大神さん、あなた最高よ! 随分ステキな物を支給して貰ったじゃない!」
68
:
翼よ!あれが帝都の灯だ
◆V1QffSgaNc
:2015/10/25(日) 01:55:55 ID:zK2P4TTY0
と、令子が喜ぶのにはワケがある。
それというのも、ナンバープレートも含め、100パーセント確実に令子の愛車そのものだったからである。
大神が、それを運転して動かすという判断をしなかったのも彼女にとっては最高だ。
下手に運転されて派手に事故でも起こされていたら、大神を相手に巨額の賠償金──それこそ、安くとも実車の値段の倍の値段──を請求する所だったが、大神も運が良い。
ただし、もし仮に、ここに放置した結果、どこかの馬鹿が「ボーナスステージ」などと称してブッ壊していたらそれこそ、「管理責任」と称して大神からふんだくったかもしれないが。
「……しっかし、よりにもよって、私のこの子を盗んで支給なんて──ノストラダムスだかなんだか知らないけど、ブッ殺してやるわよ、マジで!」
「あーあ、完全に口説く女を間違えたぜ……」
だんだんと本性を露わにしていく令子を前に、凱は肩を竦めて言う。
女を見る目はあったつもりだが、まったく、とんでもない女を口説いてしまったらしい。
凱の好みは、もうちょっと純朴そうな女なのである。金が大好きな女は対象外だ。それこそ、凱がこれまで最も愛した女というのは、金持ちでありながら──それをひけらかしたりはしない女だったくらいである。
尤も、その女は、別の男に惚れてしまっているのだが。
(ま、巻き込まれてたのが竜だけだったのは不幸中の幸いってやつか)
鹿鳴館香。
そう。
それが、凱の愛した女の名前だった。──隊員と恋人関係にあるらしい大神にああして詰め寄ったのも、凱が愛する鹿鳴館香という女が、ジェットマンの一員だったからである。
しかし、彼は、よりによって竜の事が好きときた。
そして、その竜は、今……。
いや、そんな色恋の話は置いておこう。
凱は、本心から、ジェットマンの仲間たちがバトルロイヤルに巻き込まれなくて良かったと思っている。
元気の良い女子高生、早坂アコ。農家をやってる田舎者、大石雷太。優しく厳しく──何より強い長官、小田切綾。
一年前の凱は、自分がこんな連中とつるんで、変な仲間意識まで芽生えて、地球の平和を守っているなどと言っても信じてくれないだろう。
今の凱ですら半信半疑だ。
そうして──少し仲間の事を考えていた時、大神の声が轟いた。
「おい……二人とも!! あそこに誰かいるぞ!」
その時、令子は、運転席でエンジンをかけていた。凱は、考え込んでいた。
それゆえに、それに気づいたのは大神一郎だった。
しかし、大神の声で残りの二人も後方を見るに至る。
──遥か後方、百メートルほど後ろ。
見れば、街灯が照らしているのは、縮れた長い髪を持つ、小柄な男性だ。
黒を基調とした服は、そこに人間がいる事をわからせ難くしていた。
「ありゃ……チッ、女かと思ったが、男だな……」
「ああ、髪は長いが──」
後ろの男は、こちらが自分に気づいた事を察知したらしい。
ぶつくさと何かつぶやきながら、その怪物はゆっくり歩いて来る。
敵か味方かはわからない。
だから、令子は愛車のヘッドライトを灯し、すぐに逃げられる警戒体勢を作る。
三人の顔が顰められた。──それは、敵か味方か、というには、あまりに敵らしい雰囲気を悟ったからであろう。
「くくくく……ようやくほかの連中に出会えた」
近づいて来る彼の声は、まだ聞こえない。
しかし、不気味に笑っている彼の様子は、よくわかった。
令子は、そっと、すぐにでも走りだせるように準備する。
「どうやら、奴らが、オレのここに来て最初の相手らしいな。……久々に蔵馬以外の奴と殺し合いが出来ると思ってウズウズしていたところだ……このゲームがようやく始まってくれた気分だよ……」
69
:
翼よ!あれが帝都の灯だ
◆V1QffSgaNc
:2015/10/25(日) 01:56:54 ID:zK2P4TTY0
断片的に聞こえ始めた、彼──戸愚呂(兄)の声。
それは、ただひたすらに不気味な笑いが混じっており、いかにも、ヤバい奴の香りがした。
大神も、凱も、令子も強い警戒を示したが──相手の出方を伺うように、そこから張り付いて逃げようとはしなかった。
ただの怪しいだけの人間かもしれない──仲間になりうるかもしれない──という僅かな期待ゆえだろうか。何せ、相手はまだ何もしていない。
そして──次の瞬間、戸愚呂の高らかな叫びで、それぞれが行動を決めたのだった。
「──そう……完全再生したオレの身体で、ようやく久々に人間を切り刻める時がきた!」
そう、殺しの宣言。
戸愚呂は己の狂気を露わにすると同時に、その右手を巨大な刃へと変形させた。
木の葉のような形の剣へと変形した右手を見て、三人は思わずぎょっとした。
しかし、そんな人外の敵と何度も出会ってきた三人である。──そんな怪物がいる事そのものを納得するのは早かった。怖くて足がすくむという事はない。
「ひゃはははははははーーー!! カスども……死ねえええええ!!」
そして、それと同時に、戸愚呂は走りだした。
まるで殺人をするのを、ずっと待ちわびていたかのようだった。
とにかく、彼らが最初に出会った「殺し合いに乗っている」側の人間が彼だったのだ。
これが確かに──「超人」どもとの殺し合いであるのは、その瞬間に実感となった。
駆け寄ってくる戸愚呂の姿に、凱と大神は少したじろいだ。
「な……なんだあいつ! 自分の腕を武器にしやがった!!」
「あ、あれが妖怪なのか……!?」
不気味な相手に、思わず正体を探りたくなる。
しかし、令子は二人のように相手の正体に関する疑問を議論するよりも、逃げる方が遥かに賢い手段だと理解するのが誰より早かった。
エンジン音を再度、激しく鳴らして、二人の注意を引いた。
凱と大神はそちらを見直す。令子が答えるように叫んだ。
「そんなの知らないわよ! わかる事は二つだけ……あいつが私たちの敵で、トンデモない化け物って事よ!」
「──そうか……。ならば、俺たちがやる事は一つだ……!」
「ええ、一つ! ──逃げるが勝ち! 早く車に乗りなさい! 一人くらいなら余分に乗れるから! 後ろに張り付いてでも乗りなさい!」
令子は早口に叫んで言った。
その時、大神だけは、既にデイパックから剣を取りだしていた。
それは──大神の支給品である真魔剛竜剣である。剣士である彼のもとに剣が来ていたのは幸いか、あるいは作為か。
そうして、大神は真面目に戦闘準備までしていたのに、令子の判断は「逃走」であった。
少し崩れた表情で、絶叫するように指示する令子を見て、大神は慌てる。
「──いいっ!? さ、三人で倒すんじゃないのかい!?」
「金にならない妖怪退治は、お金と! 気力と! 体力の! 無駄よ!」
「ケッ、俺だって御免だぜ。あんな変態妖怪野郎!」
凱が、クロスチェンジャーを使用しかけていたのをやめて、令子の車に乗りこんでいた。それが何より賢明な判断だと気づいたのだ。
こうしている間にも、戸愚呂との距離は近づいている。
──そう、ごく間近まで。
「くっ……!」
だから、大神も、やむを得なかった。
座席ではなく──頭部をカバーする座席シートに左腕をかけ、文字通り張り付くようにして飛び乗る。
それと同時に、令子はアクセルを踏み込んだ。
一瞬で加速するポルシェ──。
「ヒャッハー! 余裕ぶっこいてグダグダ話す暇もねェぜ! 最高だ!!」
一秒前まで大神がいた場所で、戸愚呂が右腕を振りかぶった。
地面にまで叩きつけられた刃は、アスファルトの地面に軽い亀裂を作る。
もし、大神が瞬時に、この判断をする事が出来なかったら──あるいは、大神が腕を滑らせて落ちてしまっていたら──そこにあったのは、真っ二つになった大神の死体だっただろう。
戸愚呂は、そのまま右腕を小さな刃へと変えて、蔦のように伸ばした。
70
:
翼よ!あれが帝都の灯だ
◆V1QffSgaNc
:2015/10/25(日) 01:57:11 ID:zK2P4TTY0
「ひゃはは……待ちやがれェェェーーーっ!!!!」
何メートルか先まで蔦を伸ばすと、それを今度は地面に突き刺す。
そして、その右腕が戸愚呂の全身を引っ張る事で──半円を描くようにして前に進んでいく。
確かに何メートルかの距離を一瞬で飛ばしながら進んでいる為、スピードは速いものの、令子の運転からすれば、そう難しい話ではない。アクセルをフルに踏み込んでも彼女はぶつけない自信に溢れていた。
「……見てみな、大神! あいつは、相手にするだけ無駄だ! だが、こいつのスピードなら、追いつかれずに何とかなりそうだぜ!」
凱は、煙草でも吸いたい気分になりながら、真後ろの戸愚呂を冷やかに見ていた。
何とか戸愚呂の追跡からは逃れられそうである。
その間にも、凱の座る席のシートに足をかけるような体勢で、大神が後部ボンネットに座り込んだ。大神の足が凱の両脇を挟んでいる。男が嫌いな凱としては結構嫌な気分だ。
しかし、よくこんな器用な真似ができる物だ。怖くないのだろうか。
このスピードだと、ほんの少しでも気を抜けば振り落とされると思うのだが……。
「……」
そんな凱たちを見ている中で、大神は何とも腑に落ちない気分になっていた。
令子の真剣な運転。凱の落ち着いた余裕。
そして、大神の思案。
そっと、大神は答えを見出して──口を開き、後方に身体を向き直した。
「……そうだな。確かに、美神くんと結城さんの言う通りだ。奴と戦う事は、時間や体力の無駄かもしれない……だが」
折角、シートにかけていた足を、大神はまず片足だけ外した。余計にバランスが悪くなり、大神にとって危険な体勢になる。
まるで降りる準備でもしているかのようだ。
それを見た令子は、慌てて大神に言った。
「ちょっと、何する気!?」
「──俺が奴を倒す! 二人で先に逃げてくれ」
大神は、この車から降りようとしていたのだ。
逃げる為には重荷でしかない大神だが、降りればおそらく死ぬ。
それを考えると、令子は大神が自ら降りるような真似をしても知った事ではないのだが、流石に狂気じみているように見えて、文句を言った。
「何言ってるの!? この手の奴らからは上手く逃げながら脱出の方法を探ればいいじゃない! 相手するだけ時間の無駄よ!?」
「一人でも多くの人を守る為に、悪を滅する! それが、俺たち帝国華撃団だ! 帝国華撃団の隊長として──あんな奴を野放しにしておくわけにはいかない……!」
大神は、己の意志を表明する。
そう──仮に、戸愚呂から逃れたとして、他の参加者たちが大神たち同様、徒党を組めているとは考え難い。
こうして逃げる手段がない者たちはどうすればいいのだろう。戦う手段がない者は──。
そうして人々が危うい目に遭うのを未然に防ぐのもまた、帝国華撃団の使命だ。
「そうだ……俺たち帝国華撃団は、悪を前に背を向ける事はない! 俺が正義だ!!」
あのピエロやワニの男のように――犠牲者が出るのを防ぐ。
その為に──。
大神は、走行する車の上から飛び降りた。
「!?」
令子は、慌ててブレーキを踏み込んだ。このままだと大神を見捨てる事になると判断し、反射的にそうしたのだ。
大神は地面で受け身を取ったらしく、転がりながらも、全く無傷に立ち上がった。霊力によって身体を守ったのかもしれない。
「ひゃははははははは!!!」
その間にも、戸愚呂はしつこく、先ほど同様追ってくるのが見えて来た。距離は近づいている。
令子と凱は、大神に大声で問い詰めた。
71
:
翼よ!あれが帝都の灯だ
◆V1QffSgaNc
:2015/10/25(日) 01:57:36 ID:zK2P4TTY0
「あんた本当に馬鹿じゃないの!? 悪いけど私たちはあんたを置いて先に行くわよ!?」
「そうだぜ! さっさと戻れ! 俺たちは死にたくないんでな、先に行くぞ!」
「構わない。──いや、それでいいんだ。戦う事は、力を持つ人間の権利だとしても、義務じゃない。……だが、それならば俺は、俺の力で、俺が信じる正義を選ぶ!!」
大神は、真魔剛竜剣を両腕で握り込んで、向かい来る戸愚呂に立ち向かおうとしている。
そして、高らかに叫んだ大神──。
「──花見の準備をせよ!」
普段は帝国華撃団・花組を出動させる為の台詞であるが、今日ばかりは自分一人の為にこう叫んだのだった。
その場がシン、となった。
戸愚呂はごく近くまで接近してきている──。
「チッ……! あの馬鹿野郎がっ!」
「本当に馬鹿よ……何が花見よ……マジで錯乱してんじゃない!?」
「ああ、でも、だからこそ放っておけねえ! ──クロス……チェンジャー!!」
凱は、激しく車から飛び降りると、次の瞬間──ブラックコンドルへと変身した。
彼がそんな行動を取ったのは、ほとんど反射的であった。
大神一人で戦えるという保証はない。ましてや、相手は化け物だ。それこそ、裏次元の化け物と戦ってきた実感のある凱の方が専門だ。
「ちょ……ちょっと、あんたもそっちなわけ!? あんたたち、本当にどうかしてるわっ! それなら一人で逃げるからね……っ!! 悪く思わないでよっ!!」
「ああ、逃げたきゃ先に行けっ!」
「そう! 本当に行くわよ……っ!」
令子が躊躇しながら、アクセルを踏んだ。
それから、また思い切ってもっと強くアクセルを踏むと、ポルシェは一瞬で遠ざかってしまった。
令子がこれを後悔したのか、それとも、やはり自分こそが賢明だとしたのかは、わからないままだ。
しかし、大神は、自分の隣に一人残った事に少しだけほっとした。
「結城さん……」
「おい大神っ! 俺は男と納豆が大嫌いだ──。あんな奴でも目障りだからな、一緒にあの納豆野郎を片づけるぞ……! それともう一つだ、結城さんなんて言われてもピンと来ねえぜ、俺の事は凱様と呼べ!」
「あ、ああ……。あれはとても納豆には見えないが……ありがとう、凱!」
「ケッ、あの髪型が納豆みたいに粘ついた性格を物語ってるんだよ! それにあの腕を見てみやがれ!」
そんなブラックコンドルと大神の前で、戸愚呂は足を──いや、手を止めた。
彼は、二人の目の前まで着地する。もはや逃げられないほどまで距離を縮めたのだ。
そして、人間のような姿に戻ってから、薄ら笑いを浮かべた。
「納豆野郎とは失礼だなァ……! ま、予想通りこのオレが納豆みたいに粘っこくしつこいって事は認めるがねェ!!」
──戸愚呂は叫び出す。
まるで堪えきれなかったかのように。
久々にナマのエモノを狩れる事を、激しく喜び──祝福せずにはいられなかったのだ。
下衆の匂いがした。
「ひっひっひっ、テメェら二人は逃がさねえぜ!! あの女もよく見りゃ良い女だったからな……あとで犯して殺してやるよ!! ひゃはははははは!!」
そんな言葉に大神と凱は強い不快感を覚える。
二人ともおおよそ同じような事を思っただろう。
そして、戸愚呂は、二人の内──いずれかの声を聞いた。
「おお、感じるぜ……!! お前ら随分怒ってやがる……!! お前はゲスだ、最低野郎だ、女の敵だ、この結城凱様がブチ殺してやる!! ってな具合か──!?」
戸愚呂の言葉に、凱はブラックコンドルのマスクの裏で眉を顰めた。
それは、一字一句違わず、凱の思考そのままであったからだ。
「こいつ、心をまるっきり読んでいやがるのか!?」
「ひひひ……その通り……! オレはお前らの心が読める! それだけじゃない……俺は、不死身の身体で、他人の能力をオレの物に出来る! オレは無敵なのさ!!」
72
:
翼よ!あれが帝都の灯だ
◆V1QffSgaNc
:2015/10/25(日) 01:58:17 ID:zK2P4TTY0
ごくり、と大神たちは息を飲んだ。
次の瞬間、再び、巨大な剣の姿へと変身した戸愚呂の右腕。
その刃は、大神とブラックコンドルに向けられていた。
「貴様らのチンケな能力もいただいてやるぜェーーーーーー!!!」
叫びながら向い来る戸愚呂の前に、腰の銃を抜いた。
照準を戸愚呂の胸部に合わせ──引き金を瞬時に二度引いた。
「させるかよっ! バードブラスター!!」
ぴひゅん、ぴひゅん。
バードブラスターの光線射撃は、戸愚呂の刃へと命中する。彼が身体の前に翳し、盾としたのだ。刃は光線を跳ね返すわけでもなく、直接彼自身の身体に命中しているはずなのだが、それを痛みとして受け取っていなかった。
「効かねェーーー!!」
「チッ、じゃあこいつでどうだ! ブリンガーソード!! ハッ!!」
今度は左腰の剣──ブリンガーソードを抜く。ブリンガーソードの翼が拓く。
至近距離まで接近した戸愚呂の大剣をそれによって防ぎきり、戸愚呂の腹を蹴とばすと、ブリンガーソードでよろけた戸愚呂の身体を一閃する。
火花が散った。
「ひひひひひ……そいつは攻撃か!? 全く効かないねっ!!」
──だが、戸愚呂は左腕を伸ばし、ブラックコンドルの首を思い切り掴む。
そして、思い切り持ち上げた。ブラックコンドルは抵抗するようにブリンガーソードで何度も戸愚呂の身体を斬り裂く。
「効かないってんだよ!」
「ぐああっ……! な、何故だ……!」
「わかってないかもしれないが、オレたちの能力は大なり小なり制限があるらしい。そんだけ武器を持ってるんだ……威力が軒並み弱まってるのかもなァー! さあ、貴様の最期だぜェ……! 首を斬り裂いて殺してやるよ!!」
そう戸愚呂が叫んでいる時、横から大神の声が聞こえた。
ブラックコンドルの耳に入った大神の声。それは──。
「──剣だ! ……その剣を貸してくれ、凱!」
「くっ……何だ!? こいつを使うってのか!?」
ブラックコンドルは、自分の手に握られたブリンガーソードを見下ろした。
すると、大神が頼むように言う。
「俺の武器は二刀流……だから、もう一つ剣があれば──!」
「くそっ……なんだかわからねえが、使え! 大神!!」
大神の戦法を全く知らない凱である。
仕方なしに、ブラックコンドルは、抵抗手段の一つであるはずのブリンガーソードを大神に投げた。
彼に策があるというのなら、そちらに賭けるしかない。
「よし……!」
「させるかァーーー!!」
空中を舞うブリンガーソード。
右腕を伸ばし、戸愚呂もそれをキャッチしようとする。
大神が前に駆け出し、ブリンガーソードを取ろうとする。
善悪、ふたりが同じ物を得ようとして手を伸ばす。
そして──次の一瞬で、空中でブリンガーソードをキャッチしたのは。
「──はぁっ!」
──大神の方だった。
しかし、そんな大神の目の前には、刃へと変身した戸愚呂の腕が待ち構えている。
大神はそれを見下ろし、両腕の剣を構えたまま霊力を込めた。
空中で、まるで時間が止まったかのように思考し──迫ってくる戸愚呂の腕に向けて、二つの剣を重ねた。
「──いまだ! 狼虎滅却ゥ……天地、一矢ッッッ!!」
73
:
翼よ!あれが帝都の灯だ
◆V1QffSgaNc
:2015/10/25(日) 01:58:34 ID:zK2P4TTY0
そこから繰り出される必殺技──。
それは、二天一流を極めた大神の隠し種の一つだった。本来段差では使えないが、落下しながらならば──。
「ぐっ……」
至近距離で、高霊力が込められているのを感じ取った戸愚呂は慌てた様子を見せたが、その次の瞬間には、二つの刀が戸愚呂の身体に向けて叩きつけられていた。
戸愚呂の腕さえもバラバラに砕いて大神の剣が突き進んでいく。
こいつがまさかこんなに強かったとは──。
これは、暗黒武術会に参加しうる実力──。
「……きひっ! ……何、だとォ……!?」
「はああああーーーーッ!!」
次の瞬間──爆裂。
戸愚呂の身体の表面で、大神の霊力が膨れ上がり、戸愚呂の身体は見事に引き裂かれて、その斬り口からばらばらに砕け散っていた。
首をつかまれていたブラックコンドルも地面に落ち、もげた左腕を気味悪がり、慌てて取り払った。はぁ、はぁ、と肩で息をするブラックコンドル。
そして、爆煙の中、戸愚呂に背を向けて歩きだす大神のもとに、ブラックコンドルは駆け寄る。
「……おい、癪だが、助かったぜ、大神。しっかし……初めて見たが凄え技だな、腕相撲しなくて正解だ」
「ああ……俺もだよ。とてもじゃないけど、君には敵いそうにないからね……。これは君のお陰だ。──返すよ、凱」
ブリンガーソードをそっとブラックコンドルに返す大神。
少なくとも、大神が本領を発揮するにはこのブリンガーソードが要るらしい。力を使うのに二つの剣が要されるというのはなかなか限定的だ。
とにかく、それで一人敵を倒したはずだ……。
これで──要は、大神の要望通りというわけである。
しかし、そんな大神の前で、ブラックコンドルは視覚上にある光景を捉えた。
「──あっ、大神……避けろッ!! 奴は生きてる!」
それは、ニヤリと笑う戸愚呂の顔だった──。
彼は、手足がもげるほどバラバラにされても生きているというのだ──。
どういう身体の構造をしているのかわからないが、これが妖怪だというのか。
そして、彼が大神たちを狙わないはずが無かった。
「なっ……!?」
ブラックコンドルが声をかけた瞬間に、戸愚呂は右腕だけを再生し、ナイフに変形させ、それを伸ばしたのだ。
大神が気づくのは少し遅れた。
ゆえに、ブラックコンドルの手が慌てて大神の手を引きよせる。
「ぶはははははははっ!!!」
大神の背中を引き裂いた。
大神の服の背中が破れ、皮膚さえも突き破るナイフの一撃。
辛うじて、ブラックコンドルに引き寄せられて、ぎりぎり一歩前に出たせいか、致命傷とはならなかったが、大きなダメージには違いない。
「ぐあああああッ!!!」
背中に、左肩から右脇にかけての巨大な赤い血の線を作った大神の絶叫が轟いた。
死んだフリをして攻撃してくるなど──本当に、納豆のようにしつこく、粘っこい敵だった。
凱にとって最悪の敵である。
せめてもう少し美学のある敵とやり合いたい物だが、なるほど、バトルロイヤルはそういうわけにもいかないわけか。
「くくくく……ダメージを与えたつもりか? 言っただろう、オレは不死身だってな。いつもより修復に時間がかかるみたいだが……腕一本くらいなら充分時間があってね。この刃渡りじゃ足りなかったかな!! ひゃははははははは!!!」
だが、凱は──ブラックコンドルに変身したままである事を幸いだと思った。
74
:
翼よ!あれが帝都の灯だ
◆V1QffSgaNc
:2015/10/25(日) 01:59:04 ID:zK2P4TTY0
静かな怒りを秘めながら、ブリンガーソードとバードブラスターを合体させる。
まさか、こんな機能があるなどとは戸愚呂も知らないだろう。
「──御託はどうでもいいぜ、納豆ヤロー!! こいつならどうだ……!!」
いくら制限されているとはいえ、──大神がダメージを与えたのと同じに、自分も奥の手を使って戸愚呂にも少しはダメージを与える事くらいは出来るはずだ。
「ジェットハンドカノン!!」
そして、ブラックコンドルの右手に握られたジェットハンドカノンは、戸愚呂の眉間に向けて引き金を引いた。
それは、戸愚呂の顔面で大爆発を起こし、彼の視界をシャットアウトした。
◆
令子のポルシェは、徐々にスピードを落としていた。
調子が悪くなったわけではなく、アクセルを踏む令子の足に惑いが残っている所為であった。戸愚呂も追って来ないし、今のところそれによる不満足はないので別に良いが。
令子は、ぶつくさと呟きながら、のんびりドライブでもするような運転をする。
「何なのかしら、あいつら……二人して……」
結局、追ってくる敵を迎え撃つ選択をした大神と凱の方が不満だった。
一人で逃げるというのは、いつも不快感を人に及ぼしてくる。
まるで背中から責められているようだ。それから「後ろ髪を引かれるような思い」というのも、よく言ったものである。
別に自分が間違っているわけではあにとしても。
「……横島クンなら、絶対一緒に逃げてるわよ。これが一番賢いのよ。私は悪くないわよ。化けて出られたら迷わず成仏させてやるわ……!」
既に大神と凱が死んだような前提で語っているが、それも仕方がないだろう。
彼女はまだ、二人の実力を知らないし、こういう時は大抵、物事を悪い方に考えがちになるものでもある。──たとえ、相応に前向きな彼女でも。
まるで、自分自身の後悔を再確認するかのような言葉しか出てこない。
言い訳をしているみたいだった。
「それに、仕方が無いじゃない。私の武器、これなんだから……」
令子は、片手でハンドルを握りながら、胸の間に隠した武器を手に取り見つめた。
普段の愛用武器が没収されている代わりに、ある物が支給されている。
試しの剣。
霊気を吸い取り、形にする剣らしい。令子が普段使っている神通棍よりも遥かに強く、自在な攻撃が出来るのだろうが、その代わりに令子自身の霊力が消費されてしまう。
令子の持つ高霊力は、商売道具であり、生きる道でもあるのだ。これを代替にして戦わなければならないというのは、令子にとって命を削りながら戦うのと同義だ。
「……」
気づけば、ブレーキを踏んでいた。
そこは信号のない交差点である。信号がないのに何故止まってしまったのだろう。
いや、信号はないが──考えてみると、ここでは、道路の幅が大きくなるので、自動車でのある動作が少々しやすくなるのだ。
令子はそれをするつもりはない。
するつもりはないのだが──
「あーもう! わかったわよ! ちょっとだけなら大丈夫! 本当にちょっとだけ様子を見に戻るのよっ!!」
──令子は、Uターンをしていた。
75
:
翼よ!あれが帝都の灯だ
◆V1QffSgaNc
:2015/10/25(日) 01:59:22 ID:zK2P4TTY0
【D-4 街・東京タワー付近/1日目 深夜】
【美神令子@GS美神 極楽大作戦!!】
[状態]:健康
[装備]:試しの剣@幽☆遊☆白書、930型ポルシェ911カブリオレ@GS美神 極楽大作戦!!
[道具]:支給品一式、ランダム支給品0〜2
[思考]
基本行動方針:殺し合いから脱出する。
0:……ちょっとだけ大神と凱の様子を見る為に戻る。
1:金にならない戦いは避ける。ましてや命が危険な状況なら尚更。
[備考]
※参戦時期は、原作30巻終了あたり(横島がルシオラたちと行動を共にしている)。
※大神、凱とは来た時代や世界が違う事を知りました。
※大神の知り合い、凱の知り合いについて知りました。
【試しの剣@幽☆遊☆白書】
美神令子に支給。
見せしめで死んだ鈴木がヒル杉から作った、柄だけの剣。
持った者の気(霊力)を吸い取り生長して霊力の剣に変える事が出来るが、「吸い取る」ので、使いすぎると霊力が眠ってしまう。
【930型ポルシェ911カブリオレ@GS美神 極楽大作戦!!】
大神一郎に支給。
美神の愛車である高級オープンカー。最高速度280km/h。
◆
「……はぁ……はぁ……危ない所だったぜ……まったく」
ジェットハンドカノンで苦しむ戸愚呂から、無事に逃げ出した凱と大神であった。
暗い路地裏に入りこみ、そこからジェットウイングで大神を連れたまま空を飛んで、上手く戸愚呂に見つからないようにE-4エリア側まで来る事が出来たらしい。
大神の背中からは、まだ血が流れ続けている。結構な出血だが、止血しなくてもまだ何とか平気そうでもある。
傷はあまりに大きく、ハンカチで拭くくらいの事しかできない。
映画でやっているように、何かを巻いて止血するのは少々無理があった。やはり、付近にあるはずの病院でガーゼなどを調達するしかないだろうか。
「ギリギリ致命傷は回避できたみたいだな……ったく、たとえ男でも、俺の前で死なれちゃ寝覚めが悪いからな!」
そう言いながらも、大神に肩を貸してやる凱だった。大神の背中の傷をハンカチで拭いてやったのもなんだかんだで彼である。
別に大神の事を認めたわけではないが、こうしてやるのも「ジェットマン」とやらの義務だろう。
「すまない、ありがとう凱……」
「へっ、さっきから気になってたが、男に感謝されるのは好きじゃねえ。礼を言うのはよしてくれ。……しっかし、あんたのその性格、考えれば考えるほど、誰かさんにそっくりだ」
「もしかして……天堂竜という人の事かい?」
「おっと、そいつは言いっこなしだぜ」
あまりその名前を出されるのは好きじゃない。特に──自分やその仲間以外が、竜の名前を口に出す事など、彼は好まなかった。
それが、まだ大神と凱の間にある壁だった。
そこで、彼は話題を変えた。
「しっかし、令子の奴……一人でさっさと逃げやがって」
「仕方がないさ。無理に戦う必要なんてない。……それに、俺は殺し合う意志のない者全員で生きて帰りたい。その為には、ああいう行動も必要になるさ」
「まあな。まっ、それなら俺も令子と一緒に逃げとくべきだったかもしれねえぜ……」
「はは……」
素直じゃない凱に思わず笑みをこぼす。
しかし、自分ひとりならば死んでいたかもしれない事を大神は感づいていた。
彼は、今から病院に大神を連れて行くつもりだろう。
(竜……お前もこの大神とかいう奴みたいに、自分は平和を守る戦士だって言っていた時があった……なのに、今のお前はどこか違う……絶対見つけ出してやるぜ……)
76
:
翼よ!あれが帝都の灯だ
◆V1QffSgaNc
:2015/10/25(日) 02:01:13 ID:zK2P4TTY0
凱は、この場にいる竜の事を再び思い出した。
竜は──そう、凱が知っているあの竜は、ラディゲによって昔の恋人を殺され、空元気を見せていた。
凱がこの殺し合いに招かれたのは、そんな竜を見た後の事だ。
だからこそ、大神の語った「帝国華撃団」にいる恋人の事も気にしている。彼は、その恋人が死んでしまったら、竜のようになるのだろうか。
それは何となく不愉快だ。
(──まあ、そいつは俺が死なせねえぜ。女だけは、この俺だって喜んで守ってやる)
それに──女が死ぬ、なんていうのは結城凱としても御免の話である。
ヒーローである以前に、生粋の女好きなのがこの凱という男だ。
【E-4 街(D-4付近)/1日目 深夜】
【結城凱@鳥人戦隊ジェットマン】
[状態]:疲労(中)、ダメージ(小)
[装備]:クロスチェンジャー@鳥人戦隊ジェットマン
[道具]:支給品一式、ランダム支給品0〜1
[思考]
基本行動方針:殺し合いから脱出する。
0:大神を大凶病院まで連れて行く。
1:竜、大神の仲間、令子及び令子の仲間との合流。
2:戸愚呂兄(名前は知らない)をいずれブチのめす。
3:グレイとは、出会えば決着をつける事になる予感がする。
[備考]
※参戦時期は、第49話開始直後、竜が脱退を表明する直前です。
※大神とは来た時代が違う事を理解しましたが、「太正」と「大正」、「蒸気」と「電気」のような根本的な世界観の違いには気づいていません。
※大神の知り合い、美神の知り合いについて知りました。
【大神一郎@サクラ大戦シリーズ】
[状態]:背中に裂傷によるダメージ(大)、霊力消費
[装備]:真魔剛竜剣@DRAGON QUEST -ダイの大冒険-
[道具]:支給品一式、ランダム支給品0〜1
[思考]
基本行動方針:人々を守り、殺し合いから脱出する。
1:帝国華撃団のみんなや、天堂竜、令子及び令子の仲間と合流。
[備考]
※参戦時期は、「サクラ大戦2」の第10話終了後(天武に乗り換え済)。ルートは、さくら、アイリス、紅蘭のいずれかである以外不明。
※体が勝手に風呂場に動く体質は、普段に比べて多少抗いやすいように制限されています。ただし、選択肢は出ます。
※信頼した相手には、本来話してはならない機密(帝国華撃団など)についても話す事にしました。
※凱の知り合い、美神の知り合い、彼らとの世界観の違いについて知りました。
【偽ロマネ・コンティ@金田一少年の事件簿】
結城凱に支給。
「仏蘭西銀貨殺人事件」にて登場した、安物のワインにロマネ・コンティのラベルを貼っただけの偽物。
【真魔剛竜剣@DRAGON QUEST -ダイの大冒険-】
大神一郎に支給。
ダイの父・バランが愛用していたオリハルコン製の史上最強の剣。
竜の騎士たちが代々受け継いだ武器であり、これを持つのは竜の騎士である証である。
高い攻撃力と自己修復能力を持ち合わせており、多少の刃こぼれならば自然に治っていく。
それ故か、本ロワでは竜の騎士の血を継ぐダイ以外の参加者が使用した場合、真価を発揮する事はなく、攻撃力は本来の力の半分にも満たない(ただし自己修復能力は健在)。
また、この剣を持つ者の近くにダイがいた場合、彼が呼べば光を放って彼の方に味方するかもしれないが、遠距離から呼び合う事は制限されている。
◆
77
:
翼よ!あれが帝都の灯だ
◆V1QffSgaNc
:2015/10/25(日) 02:01:36 ID:zK2P4TTY0
(回復速度が落ちているのか……? 制限が多いようだな……)
顔面を思い切り吹き飛ばされた戸愚呂だが、目玉のあたりが修復されて脳と結合を始めると、どうやら視界が戻り始めたようであった。
脳を首元に移動させていた彼は、身体をバラバラにされても、頭部を吹き飛ばされても再回復が可能であった。──しかし、見れば、頭部と胴体がくっついている以外、まだ完全には身体に馴染み合っていない。
両腕は特に結合が甘く、普段よりも回復スピードが遅くなっているのを感じさせた。
(……訳も分からずに蔵馬と戦い続けていたオレを救ってくれたのはありがたいが、こいつは厄介だ)
やはり、首輪──だろうか。
これがまた厄介な代物で、戸愚呂が身体を変形させても外れない。
いざとなれば、爆発させてしまうのが早いが、それも再生スピードがこうして遅れている以上、その賭けは危険でもある。
(まあいい。ゲームには乗ってやろう。元の身体に加えて能力までしっかり残されている以上、ノストラダムスには感謝しなきゃな。誰だか知らんがね。──あんたの流儀に則って、この首輪も外さずに取っておく)
そして──。
(それに──これは、出来の悪い弟や蔵馬に復讐するチャンスでもあるしな……! ひゃはははははははは!!)
名簿上にあった名前を、戸愚呂は思い出した。
戸愚呂兄弟が揃って参加しており──弟の方もいたのである。
それに、俺を蔵馬──南野秀一も。
桑原がいないのは残念だが、自分にとって屈辱的な最期を彩った二人には死んでもらわなければならない。
そう──何よりも残酷なオブジェとして。
ついでに幻海や裏飯までいると来た。
(こいつは、もしかすると、このオレの為の殺し合いなのかもな……!)
【D-4 街/1日目 深夜】
【戸愚呂(兄)@幽☆遊☆白書】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(中)、欠損した手足を再び繋いで身体修復中
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、ランダム支給品1〜3
[思考]
基本行動方針:皆殺し。
1:とにかく全員殺す。
2:何より優先的に殺すべしは蔵馬、弟、幻海、裏飯。
3:美神、凱、大神は逃げたので殺す。特に美神は犯して殺してやろうか。
[備考]
※参戦時期は、蔵馬の邪念樹で蔵馬の幻影と戦い続けている頃から。身体は完全修復されており、暗黒武術会編同様の姿で、あの時代と同じ戦法が可能。
※それと同時に、「美食家(グルメ)」と「盗聴(タッピング)」の能力を吸収して保持していますが、二つの能力には次のような制限がかかっています。
※「美食家(グルメ)」は、死体しか食えない。つまり、殺害後、もしくは、遭遇した死体の人物を食う事でしか能力を奪えない。
※「盗聴(タッピング)」は、複数の人間の思考を同時に読む事は不可能。また、その時点で考えている事しか読めない為、相手が持つ情報を得るのも少し難しい。
※再生能力も限度あり。通常より再生スピードは遅め。再生限界を超えると死亡する。首輪は離れず、首輪が爆発すると即死。また、仙水に送ったような信号も遅れない。
◆
【共通備考】
※D-4 プレミアマカロニには偽ロマネコンティ@金田一少年の事件簿が放置されています。
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