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新西尾維新バトルロワイアルpart6

1名無しさん:2013/06/10(月) 21:34:44 ID:r8aCgNWo0
このスレは、西尾維新の作品に登場するキャラクター達でバトルロワイアルパロディを行う企画スレです。
性質上、登場人物の死亡・暴力描写が多々含まれすので、苦手な方は注意してください。


【バトルロワイアルパロディについて】
小説『バトルロワイアル』に登場した生徒同士の殺し合い『プログラム』を、他作品の登場人物で行う企画です。
詳しくは下の『2chパロロワ事典@wiki』を参照。
ttp://www11.atwiki.jp/row/


【ルール】
不知火袴の特別施設で最後の一人になるまで殺し合いを行い、最後まで生き残った一人は願いが叶う。
参加者は全員首輪を填められ、主催者への反抗、禁止エリアへの侵入が認められた場合、首輪が爆発しその参加者は死亡する。
六時間毎に会場に放送が流れ、死亡者、残り人数、禁止エリアの発表が行われる。


【参加作品について】
参加作品は「戯言シリーズ」「零崎一賊シリーズ」「世界シリーズ」「新本格魔法少女りすか」
「物語シリーズ」「刀語」「真庭語」「めだかボックス」の八作品です。


【参加者について】

■戯言シリーズ(7/7)
 戯言遣い / 玖渚友 / 西東天 / 哀川潤 / 想影真心 / 西条玉藻 / 時宮時刻
■人間シリーズ(6/6)
 零崎人識 / 無桐伊織 / 匂宮出夢 / 零崎双識 / 零崎軋識 / 零崎曲識
■世界シリーズ(4/4)
 櫃内様刻 / 病院坂迷路 / 串中弔士 / 病院坂黒猫
■新本格魔法少女りすか(3/3)
 供犠創貴 / 水倉りすか / ツナギ
■刀語(11/11)
 鑢七花 / とがめ / 否定姫 / 左右田右衛門左衛門 / 真庭鳳凰 / 真庭喰鮫 / 鑢七実 / 真庭蝙蝠
真庭狂犬 / 宇練銀閣 / 浮義待秋
■〈物語〉シリーズ(6/6)
 阿良々木暦 / 戦場ヶ原ひたぎ / 羽川翼 / 阿良々木火憐 / 八九寺真宵 / 貝木泥舟
■めだかボックス(8/8)
 人吉善吉 / 黒神めだか / 球磨川禊 / 宗像形 / 阿久根高貴 / 江迎怒江 / 黒神真黒 / 日之影空洞

以上45名で確定です。

【支給品について】
参加者には、主催者から食糧や武器等の入っている、何でも入るディパックが支給されます。
ディパックの中身は、地図、名簿、食糧、水、筆記用具、懐中電灯、コンパス、時計、ランダム支給品1〜3個です。
名簿は開始直後は白紙、第一放送の際に参加者の名前が浮かび上がる仕様となっています。


【時間表記について】
このロワでの時間表記は、以下のようになっています。
 0-2:深夜  .....6-8:朝     .12-14:真昼  .....18-20:夜
 2-4:黎明  .....8-10:午前  ....14-16:午後  .....20-22:夜中
 4-6:早朝  .....10-12:昼   ...16-18:夕方  .....22-24:真夜中


【関連サイト】
 まとめwiki  ttp://www44.atwiki.jp/sinnisioisinrowa/
 避難所    ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/14274/

831Q&A(玖&円) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:32:25 ID:S7QegMTs0

「いっきーさん」

 見つめられる。
儚い光を湛えた双眸は、ぼくの目を射抜く。
冗談のように寒気がする。
見透かされているような。
見抜かれているような。
看取られているような。
おそろしくおぞましい寒気。
浅く息を呑む音が隣から聞こえる。

「やれやれ、蛇に睨まれた蛙の空々しさを味わった気分だ」
「蛇に睨まれたら人間でも怖いでしょう」
「そりゃそうだ。見守られるのならともかくね」
「蛇は古くから神様との結びつきが強いといいます。蛇が見守るというのも案外道理を外してはいないかもしれないわ」

 よく知らないけれど、と。
七実ちゃんは他愛のない話を打ち切る。
可愛げのないことだ。
とはいえぼくに服従しているわけでもなし。
彼女は一帯の警戒を緩めることなく、静かに語る。

「あそこにばらされております日和号――その正式名称をご存知でしたね」
「……微刀『釵』って聞いたかな」
「ええ、完成形変体刀が一振り、微刀『釵』。それが日和号の本来の銘ということになるのでしょう」

 人形が刀だなんて奇妙な話ではあるけれど。
同じように、変人奇人の奇行に意味を見出すのも奇怪な行いとも言えるのだろう。
その刀鍛冶を確か、四季崎記紀といったか。
戦国の世を鍛刀をもってして支配した鬼才――。

「理解に苦しむ刀工、四季崎記紀も人を愛したそうです」

 どんな奇人であれ、人を愛することだってあるだろう。
生殖の本能。
あるいは人間の本質。
恋し、愛す。
つがいになるために。
生きるために。
ぼくも愛していた。
あいつを。
憎いほどに、憎々しいほどに、憎たらしいほどに。
玖渚友を愛していた。
そのはずだった。

「偏屈な刀鍛冶は愛するあまり、その女性を模した刀を鍛造しました。
 贈呈するでもなく、餞に渡すものでもなく、愛したという証を残したといいます」
「つまりそれが、日和号だと?」
「ええ。『釵』とは女性の暗喩。微とはすなわち美の置き換えであり、
 本来の銘を微刀とするならば、根源の銘は美刀――口にするのも恥ずかしいですが」
「刀に名づけるには、些か型破りできざな銘になるね」
「名は体を表す。一方的に懸想される女性にしてみれば甚だ迷惑極まりないですが、それもひとつの愛の形でしょう」

 芸術とは表現であり、体現だ。
作品を紐解けば、表出するのは思想であり、理想であり、懸想である。
鴉の濡れ羽島で会った天才画家――スタイルを持たない画家と称された彼女の作品にも思いは込められていたのか。
 突き詰めれば刀鍛冶も表現者の一員であり、
そうであるならば四季崎なる刀鍛冶が女性を《打った》としてもなんらおかしな話ではない。
思い返せば、日和号の容姿は確かに女性らしさが垣間見えた。
おしろいを塗り、口紅を添えたような、一端の女性として。
――そんな裏話を知っていてなお、ぞんざいな扱いを出来る七実ちゃんの胆力も大したものだ。

「どんな腐った人間であれ、愛を表現することもあるということよ」

 愛。
愛の表現。
ぼくの言葉は、お前に届いていたのかな。
戯言遣い、一世一代の偽らざる気持ちだったのだけれど。
いない。
玖渚友は、おそらくもういない。
おそらくなんてつけるからダメなのか?
仮に放送で名前が呼ばれたとして、ぼくは同じようなことを言うんじゃないか?
放送で名前が呼ばれたからなんだ、と。
戯言だ。
間抜けな戯言だ。
真庭鳳凰に与えた戯言が巡り巡ってぼくにまで帰ってきたような錯覚。
 しかしまあ、なんというか。
七実ちゃんは楽しそうだ。
当然それはぼくとおしゃべりしているから、なんてつまらない理由からではないだろう。

832Q&A(玖&円) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:33:22 ID:S7QegMTs0

「そういう七実ちゃんは、誰かを愛してるんですか?」
「はい、彼を――禊さんを愛することに決めたわ。一目惚れ――というものなのでしょう」

 告げる七実ちゃんの表情に、感情が乗っている気がした。
人間未満の様子といい、ぼくたちが別れてから色々あったらしい。
まあ、学習塾跡で露わにさせた狂態を表さなければ支障はない。
ぼくはどんな表情をしているんだろう。
わからない。どんな表情を浮かべればいいんだ。

 それで、本題なのだけれど、と七実ちゃん。

「そして、彼に惚れようと決めた時。すなわち禊さんの死を前にして――わたしは泣いていたの」

 すべてを見通す目を閉じて。
人間未満の死に泣いたのだと。
泣いている七実ちゃんの姿などおよそ想像もできないけれど、
ひるがえるに、ぼくには想像もつかないほどの思いが、七実ちゃんの中で発生した。
たがが外れるほどの愛を自認したのだ。
泣いたことによる愛の発露。
泣けたことによる愛の自覚。
刀というには、あまりにも人間のような仕草だった。

「そして彼女――今生の好敵手を喪った時、禊さんもまた、泣きそうな顔で動転していたわ」
「あの人がですか?」
「ええ、禊さんが、です」

 格好つけない未満と遭遇した時間はわずかではあった。ただ、理解できる。
装いを解いた人間未満であるならば、動転のひとつぐらいしても可笑しくないだろう。
あの時の彼はどうしようもないほどに傍迷惑(マイナス)ではあったが、腐ってはなかった。
不貞腐れてなどいなかった。
真っすぐに曲がった性根であれば。
内なる気持ちを曝け出すこともあっただろう。
彼の真実。
彼の偏愛。
大嘘つきの、飾らない思い。

「…………まあ、ワンパターンというのも恐縮ですが、それでいうならわたしも泣いてましたね」
「ああ、うん」
「その節はご迷惑をおかけしました」
「――いや、こちらこそ」

 真宵ちゃん。
 振り返ってみると、
巨大なる大英雄の死を目の当たりにし、
代替の効かないお友達の死を知らされて、真宵ちゃんも泣いていた。
その姿は記憶に新しい。
頑張ると決めて。
暦くんが易々と死んでしまったことを後悔するぐらいに楽しく生きてやると。
家に帰ると決めた、覚悟の涙。
さようならの涙。またいつかの雫。
友愛の結実だった。

「とりたてて、いっきーさんの挙動がおかしいという旨を伝えたいのではございません。
 わたしでさえ、自分が人の死で泣くだなんて想像だにしていませんでしたから」
「いや、いいんですよ。七実ちゃんたちの反応の方が健全なんだと思う」
「ああ、慰めたいわけでもありませんので」
「……じゃあどういった要件なんでしょう」
「最初にお伝えした通りですよ。お話をしましょう」

 一呼吸を入れて。
今までお話したのは、彼女にまつわる愛の話。
だとするならば、今から物語るべきなのは。

「わたしが聞きたいのは、あなたのお話です。――あなたの愛の話です。
 いっきーさんの経験ならば、禊さんの糧にもなりましょう」
「空っぽなのはお互い様ですよ、おそらくね」
「それならそれで構いません。――わたしの裁量で迷い子を誘うだけですので」

833Q&A(玖&円) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:34:16 ID:S7QegMTs0
 ふうん、ずいぶんと好かれたものだ。
四季崎記紀の愛にはまるで興味を示さなかったのに、ぼくなんかの愛に興味を示すとは。
厄介(マイナス)も迷惑(マイナス)も変わってないにもかかわらず。
芯がぶれているというのに。――ぶれているのはもしかしてぼくもなのか?
七実ちゃんの要望に一瞬たじろぐぼくの様子を見かねたのか、真宵ちゃんも乗じてきた。

「戯言さん、勘違いをして欲しくはないんですけれど、わたしは別に責めているわけでも、詰っているわけでもないんです。
 ドライな対応をせざるを得ない――あなたの生き様を否定したいのではないのです」

 ただ、と。
あなたが、なにかに迷っているのなら。
それに寄り添うのがわたしの役割ですから、と。

「戯言さん。わたしにもお聞かせください、改めて。
 戯言さん自身の気持ちを整理するためにも、もう一度。玖渚友さんについて、あなたから。
 そういう寄り道ぐらい、いいんじゃないですか?」

 みんな好き勝手言って。
まるで悲しむのが当たり前みたいな空気を作って。
悲しんでるさ、ぼくだって。
これは優先順位の問題であって。
ぼくは生きると決めたから。
大切なものが増えすぎてしまったから。
友の後を追うことが出来ないだけで。
前を向くしかないだけで。
現実を見るしかないだけで。
――笑って生きていくしかないだけで。
それすらも戯言なのか。傑作なのか。大嘘なのか。
同じことをずっと考えている。
ぼくの思考は円を描くように、9の字を描くように、渦を巻く。
ぐるぐる、ぐるぐる。
蝸牛のように。渦は広がる。
考えれば考えるほどに、渦から逃げ出せない。
しようがない。
だったならば。
どうせ様刻くんの決断まで――放送まで時間はまだ残っている。
落ち着くためにも、ぼく自身のためにも。
現実を見るために、ぼくは語ろう。
他愛のない、愛の話を。


「始まりは復讐だった」

834Q&A(玖&円) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:35:04 ID:S7QegMTs0


  ◎


 しかし。
些か不思議なものですね。
彼女――八九寺真宵に対して。
見れば見るほど、ただの少女――むろんのこと、黒神めだかにも感じた怪異性なる異常性はあるにせよ――肉体も精神も、取るに足らない雑草に違いはないはずですが。

 ――ならば、その怪異性にこそ、意味が、意図があるんだろうよ

 なるようにならない最悪。
視れば視るほど、引きずり込まれるような深淵。
直視してはいけない。
人間の生存本能に背く存在。
されどわたしは彼を見る。
禊さんと相似にして背反する存在を。
欠けているものが多すぎる。
そのために、心がくすぐられる。
そわそわと、ぞわぞわと。
なでるように、さかなでるように。
首を絞められるようだ。

 そんな彼。
戯言遣いなるいっきーさんに。
一日以上付きっ切りになってなお、
まるで変わらない。
廃墟で見かけた時から。
記憶を消された時から。
今に至るまで。
根底にあるものは変化していない。
記憶が戻って、なお。
正気、なのでしょうか?
既に正気を喪失されているのかしら。
いえ、いえ。
八九寺真宵の孕む少女性はその実一切揺らいではおりません。
こどものように喜び。
こどものように悲しみ。
こどものように許し。
こどものように恨む。
禊さんを睨むようにするその視線は感心しませんが、
ただ、それだけ。
憎悪に塗れるでもない。
忘我に染まるでもない。
わたしたちと廃墟で出遭ったとき。
癇癪の末に同行者から逃げ出したと聞きますが、癇癪程度こどもの所作の範疇にすぎません。
――まったく、こどもとは変化をする象徴でしょうに。
斬って捨てようかしら。
冗談ですが。
今のところ。

835Q&A(玖&円) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:35:47 ID:S7QegMTs0

「わたしは変わりませんよ。――変われません。いくら受肉をしようとも、わたしはしょせん怪異ですから」

 怪異は名に縛られる、というのは四季崎記紀の言。
変わったが最後、――本分を忘れたが最後、無窮の監獄――《くらやみ》とやらに飲み込まれるそうで。
どうでもいいですけれど、悪いですけれど。
あれから少し、お話をすることとなりました。
ほんの少し、些細な接触。些末な折衝。

「鑢七実さん」
「なんでしょう」
「わたし、あなたを許せません」
「そうでしたか」
「人を殺して楽しいですか」
「さて」
「だったらなぜ」
「あなただって、飛んで回る羽虫は鬱陶しいでしょう」
「わたしにはあなたたちが理解できません」
「ええ、当然のことです。
 ですが、それでいうならいっきーさんのことだって、理解できたりしないでしょう」
「お言葉を返すようですが、それも当然のことなのですよ、七実さん。
 人が人を理解できないように、怪異だって人を理解できているわけではありません」
「その割に口幅ったく進言したようですが」
「ご存じないですか? 怪異って存外にいい加減なんですよ。相手のことを知ったかぶって、憑りつくのです」
「いい迷惑ね」
「知ってます。怪異なんてもの、本来遭遇しない方が良いに決まってます」
「なら離れればいいじゃない」
「おっしゃる通り、本来そうするのが正しいのでしょう。
 わたしが足を引っ張っているのは事実ですから。あなたに襲われたことも含めて」
「あなたがいなければあの大男ももう少しうまく動けたでしょうに」
「……日之影さんには申し訳ないことをしてしまいました。
 ツナギさんにも、戯言さんにも、頭が下がるばかりです」
「そうね」
「――玖渚さんがお亡くなりになったことに実感が持てない理由があるとするならば、
 彼が彼女に対して何もできなかったことも、要因として大きいのだと思います」
「……」
「この六時間、わたしたちはこのランドセルランドに待機をしていました。
 そういう手筈だったから――ですが、もしもわたしたちがいなければ、戯言さんは違う行動もとれたでしょう」
「少なくとも、あなたは、体調が優れないようですが」
「七実さんほどじゃないでしょうけれど――わたしが熱で倒れたりしなければ、と思わずにはいられません」
「思い出しましたが、いっきーさん主人公がどう、とおとぎ話のようなことをおっしゃっておられましたね」
「はい。ですが実際のところ、どれだけ議論を重ねようと、意味はありません」
「まあ、元来主人公というのは目的を指す言葉ではないでしょう」
「その通りです。主人公とは善であれ悪であれ、行動を起こしてなんぼの役職でしょう。
 それで、戯言さんがこの一日やっていたことはどれほどありましょう」
「あなたの子守に他ならないのではないですか?」
「まったく自分でも恥ずかしいですが、言葉もありません。
 おかげで、事の中枢にはまるで関われなかった。
 知らない間に、話は勝手に始まり終わっている。あなた方の馴れ初めを知らないように」
「迷子でもしているみたいに、右往左往していたということね」
「これではまるで傍観者です。無駄足ばかり踏んで、玖渚さん(ヒロイン)を助けられない主人公がどこにいますか」
「いるでしょう、どこかには」
「共感を得られない作品のことなんて知りませんよ」
「あなた、相応数の方を敵に回しましたね」
「こういうのは王道でよいのです。奇を衒う必要なんてないんです」
「はあ、あなたの持論はどうであれ、でしたらなおのこと、あなたはどこかへ行けばいいのではないですか」
「――事が済めばそれもいいでしょう。いつまでも迷惑をかけるわけには参りません。ですが、仕事はやり遂げなければ」
「ああ、先ほどいっきーさんにおっしゃっていた――」
「はい。わたしは迷いへ誘う蝸牛ですけれど、――裏を返せば迷子に寄り添う怪異ですから」
「ふうん――それで。結局。
 いっきーさんを助けたいとでもいうのかしら」
「そうしたいのは山々ですが、戯言さんが自分で答えを見つけられますよ、きっと」
「主人公として――とでも?」
「いいえ、一人の人間として」

 どうか、わたしたちの帰り道を阻まないでくださいね、と。
八九寺さんは言う。
それはこちらの台詞なのだけれど。
迷子の禊さんのともにあるのはわたしなのですから――。
刀として、仕えましょう。
女として、支えましょう。
刃こぼれを起こす前の七花は、とがめさんに四つの誓いを立てたそうだ。
とがめを守る。刀を守る。己を守る。――そして、己を守る。
軍所の出身のわりにとがめさんも甘いことをおっしゃるのだなと感じたものですが、
わたしもずいぶんとぬるま湯に慣れてしまったようですね。
禊さんを助け、守る――ただそれだけを誓って。

 とりたてて意味のない幕間はこれにておしまい。
放送の時間でした。

836Q&A(玖&円) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:36:51 ID:S7QegMTs0


 ◎


 ――生きたいと願った。
阿良々木さんがばかばかしくて笑っちゃうぐらい楽しく生きたいと、わたしは希う。
ですが、本来、それは過ぎた願いなのです。
わたしは死んでいますから。
とうの昔に。
殺し合いなんかとは関係なく。
脈絡もなく、わたしは死んでしまったのです。

 阿良々木さんに『助けていただいた』――なんていうと忍野さんや阿良々木さんは否定されるかもしれませんが、
ともあれ、お声をかけていただいた母の日に、わたしは『迷い牛』としての束縛から解放されました。
地縛霊から浮遊霊に昇格――。白浪公園の辺りを迷い、いったりきたり、そんな生活とはおさらばしました。
阿良々木さんとお話できた三ヶ月間、わたしは楽しくて、嬉しくて、満足しています。
ともすれば、成仏してしまいそうなほどに。
殺し合いが始まる前でしたなら、消えるとなっても受け入れられたでしょう。
怖くても、きっと。わかんないですけど。
でも、もう充分与えられてきましたから。

 都合よく――わたしは生きていた。現世に留まり続けている。
ですがそれは厳正なる結果というわけではないのでしょう。
怪異は存外にいい加減だから、今はまだ見逃されているだけであって、
世の摂理がきっと、こんな反則を認めることはないのです。
怪異は名に縛られる――阿良々木さんの主にして従者、傷を分け合った吸血鬼のなれの果てを忍野忍と改名させたように。
迷い牛は人を迷わせる怪異。
迷わせもしないわたしはつまり、迷い牛ではないのでしょう。
それなのに、わたしはまだここにいる。
わたしを救ってくれた阿良々木さんや戦場ヶ原さんを差し置いて。
幸運に、幸運を重ねて。
のうのうと。
 一度記憶を失ったからか、ちょっとばかり俯瞰的に――蝸牛にあるまじき鳥瞰的な視野で物事が見える。
七実さんとお話させていただいて、改めて実感しました――突きつけられる。
わたしが足を引っ張っている、というのは、歴然たる事実なのです。
残念ながら、残酷ながら。
皆さんから離れた方が、良い方に転がる。
忍野さんは一度限りのウルトラCで違う解法を見出しましたが、本来、わたしという怪異の対処法とはわたしから離れること。
戦場ヶ原さんから教えてもらうまでもなく、感じ取っていた。
「あなたのことが嫌いです」――いうなれば、それがわたしの処世術だったのですから。
世に馴染まない――怪しくて異なる、わたしの処世術。

 だけど、独りよがりなのかもしれないけれど、支えなければとも思うんです。
戯言さんたちに支えてもらったように、わたしも。
他には何もできないかもしれませんが、それぐらいなら。
ここまで恵まれておきながら「嫌い」になれるほど、わたしは薄情にはなれなかったのです。
 戦場ヶ原さんの蟹も、神原さんの猿も、羽川さんの猫も。
こんな風に表現したら彼女たちから非難されるかもしれませんが、怪異は人に寄り添う現象です。
意に沿っていたかは別でしょうけれど、怪異は求められたから与えたのです。
どこにでもいて、どこにもいない。
思いに、呼応する。

 生きるために何をするか。
わたしは何をするべき存在なのか。

837Q&A(玖&円) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:37:56 ID:S7QegMTs0

 怪異には発生する理由がある。
突き詰めれば、わたしがここにいる意味は、きっと。
誰かに寄り添うためなのだ。
迷える誰かの隣のいること。
独りぼっちは寂しいですからね。
しょうがありません。

 人は一人で助かるだけ――戦場ヶ原さんたちにしろ、
本来、怪異なるよるべが必要なかったように、今後の答えは戯言さんなら出してくれるでしょう。
彼は、そういう強かさをもってらっしゃる方ですから。
七実さんにも言い切ったように、おそらく、あの人なら大丈夫です。
 ですけれど、どうか。
わたしは役に立ちたいのです。
『迷い牛』ではない、きっとわたしの――『八九寺真宵』の思い。
自分の我儘さ加減には我ながら腹立たしくもありますが、
おんぶにだっこは、それはそれで嫌なのです。
阿良々木さんのようには誰にでも優しくできるわけではないですけれど、
阿良々木さんのように、困っている人には寄り添いたいとは、思ってしまうのです。
背負えることは、ないでしょうか、わたしにも。
こう見えていつもは、とっても大きいリュックサックを背負ってるんですよ?
戯言さんがハッピーエンドを望まれるのであれば、
鬼にも悪魔にでも、新世界の神にだってなりましょうとも。
というのは、いかにもな大言壮語で恐縮ですが。

 生きたいと願う。
わたしは帰りたいと希う。
今でも変わらない、わたしの指針。
過ぎた願いだとしても、まかり通りましょう。
生きて帰るんです、絶対に。
退屈で静かになった帰り道へ。
わたしはわたしの役割を背負って、これからも。

838Q&A(玖&円) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:38:29 ID:S7QegMTs0
【二日目/早朝/E-6 ランドセルランド】

【戯言遣い@戯言シリーズ】
[状態]健康、右腕に軽傷(処置済み)
[装備]箱庭学園制服(日之影空洞用)@めだかボックス、巻菱指弾×3@刀語、ジェリコ941@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×2(うち一つの地図にはメモがされている、水少し消費)、ウォーターボトル@めだかボックス、お菓子多数、缶詰数個、
   赤墨で何か書かれた札@物語シリーズ、ミスドの箱(中にドーナツ2個入り) 、錠開け道具@戯言シリーズ、
   タオル大量、飲料水やジュース大量、冷却ジェルシート余り、解熱剤、フィアット500@戯言シリーズ、
   タブレット型端末@めだかボックス、日和号のデーターメモリー
[思考]
基本:「■■■」として行動したい。
 1:これからどうするかを考える。
 2:不知火理事長と接触する為に情報を集める。その手始めに日和号のメモリーを確認する。
 3:その後は、友が■した情報も確認する。
 4:友の『手紙』を、『■書』を、読む。読みたい。
 5:危険地域付近には出来るだけ近付かない。
[備考]
 ※ネコソギラジカルで西東天と決着をつけた後からの参戦です
 ※第一回放送を聞いていません。ですが内容は聞きました
 ※地図のメモの内容は、安心院なじみに関しての情報です
 ※携帯電話から掲示板にアクセスできることを知りましたが、まだ見てはいません
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました
 ※八九寺真宵の記憶を消すかどうかの議論以外に何を話したのかは後続の書き手にお任せします
 ※日和号に接続されていたデーターメモリーを手に入れました。内部にどのような情報が入っているかは後続の書き手にお任せします
 ※玖渚友が最期まで集めていたデータはメールで得ました。それを受け取った携帯電話は羽川翼に貸しています。


【八九寺真宵@物語シリーズ】
[状態]体調不良(微熱)、動揺
[装備]人吉瞳の剪定バサミ@めだかボックス
[道具]支給品一式(水少し消費)、 柔球×2@刀語、携帯電話@現実
[思考]
基本:変わらない。絶対に帰るんです。
 1:一先ず頂いたデータを見せてもらいますけど。
 2:あの、球磨川さん……? 私の記憶を消しといてスルー……?
[備考]
 ※傾物語終了後からの参戦です
 ※玖渚友が最期まで集めていたデータを共有されています。

【鑢七実@刀語】
[状態]健康、身体的疲労(小)、交霊術発動中
[装備]四季崎記紀の残留思念×1
[道具]支給品一式×2、勇者の剣@めだかボックス、白い鍵@不明、球磨川の首輪、否定姫の鉄扇@刀語、『庶務』の腕章@めだかボックス、
   箱庭学園女子制服@めだかボックス、王刀・鋸@刀語、A4ルーズリーフ×38枚、箱庭学園パンフレット@オリジナル
[思考]
基本:球磨川禊の刀として生きる
 0:禊さんと一緒に行く
 1:禊さんはわたしが必ず守る
 2:邪魔をしないのならば、今は草むしりはやめておきましょう
 3:いっきーさんは一先ず様子見。余計なことを言う様子はありませんから。
 4:羽川さんは、放っておいても問題ないでしょう。精々、首輪を外せることに期待を。
 5:八九寺さんの記憶は「見た」感じ戻っているようですが、今はまだ気にするほどではありません。が、鬱陶しい態度を取るようであれば……
 6:彼は、害にも毒にもならないでしょうから放置で。
 7:四季崎がうるさい……
[備考]
 ※支配の操想術、解放の操想術を不完全ですが見取りました
 ※真心の使った《一喰い》を不完全ですが見取りました
 ※宇練の「暗器術的なもの」(素早く物を取り出す技術)を不完全ですが見取りました
 ※弱さを見取れます。
 ※大嘘憑きの使用回数制限は後続に任せます。
 ※交霊術が発動しています。なので死体に近付くと何かしら聞けるかも知れません
 ※球磨川禊が気絶している間、零崎人識と何を話していたのかは後続の書き手にお任せします
 ※黒神めだかの戦いの詳細は後続にお任せします

839 ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:39:12 ID:S7QegMTs0
一話目投下終了です。もう一話投下します。

840Q&A(旧案と宴) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:41:02 ID:S7QegMTs0


  § Ⅰ 前段


「ああいうのはやめた方がいいんじゃないかな」
『つまり?』
「櫃内くんを追い詰めるような真似をしたことよ」

 ランドセルランド。
露店の広がる屋外。
机に広げぐちゃぐちゃに潰されたチュロスを味わいながら、二人は喋る。
羽川翼と、球磨川禊だ。

『僕が人を陥れるようなことをするわけがないだろう!?』
「現にしていたじゃない」
『まあね、でもさ、僕たちは愉快に今後を案じてただけなんだぜ?
 横から盗み聞きをするようなやつのことまで心配してらんないな』
「……あなたの話法に乗っかるいーさんもいーさんですけど、
 問題があるとするならあなたよ、球磨川くん」
『人を悪者みたいに言うなよ、悪いやつだな。僕は悪くない』
「ああいう話の持ち出され方をしたら、いーさんとしてもああ答えるしかないでしょうに」

 悪者扱いするなというわりに、球磨川の顔色は明るい。
気にした様子もなく、指先で砕けたチュロスのかけらを拾い上げる。
対する羽川は、頭を押さえるようにして、話をつづけた。

「切磋琢磨と強さが互いに影響を与えるように、弱さも影響し合うものだって、他ならぬ球磨川くんなら分かるでしょう」
『負の連鎖ってやつ?』
「簡単に言えば、そういう類の話」

 シンフォニーであり、シンパシー。
弱さは弱さを呼ぶ。
弱さを見ると、落ち着かなくなる。
自分の弱さを見ているように。
与える不和は些細かもしれないけれど、波紋は次なる波を呼ぶ。
自身に、他人に、多勢に。

『嬉しいな、こんなに僕を思って怒ってくれる人ははじめてだ』
「あんまり適当なことばっかり言っていると、七実さんも愛想を尽かすわよ」
『――きみは正しいね。正しい。強いられているように、強がっているみたいにただただ正しい』
「阿良々木くんも時折持ち上げるような発言をしたけれど、それじゃあ聖人みたいじゃない」
『褒められてると思ったかい? 違うね、つまりきみは人間的じゃない。
 化物――化生――いない方がいい生物だ』

 化物――化け猫。
尾のない猫。アンバランス。
感情表現もままならない、均衡のとれない化生。

『でも安心してよ。僕は弱い者の味方だ』
「弱い者の味方、ね」
『前にも言ったかな、やっぱりきみは僕たち側の人間だ』
「私は普通よ。取るに足らない普通の高校生ですから」
『謙遜するなよ。今度は褒めてるんだから』
「今度褒め言葉の意味を調べましょう?」
『僕の友達に蝶ヶ崎蛾々丸くんってやつがいるんだけどね、きみはああいうタイプに近いよ』
「――まあ、詳しい話は聞かないけど、どうにも褒められたとだけは感じないわね」

 蝶ヶ崎蛾々丸。『不慮の事故(エンカウンター)』。
受けた傷をそのまま他へと受け流す、最悪の過負荷(マイナス)。
その有り様は、『ブラック羽川』のそれと近しい性質がある。
積もった傷(ストレス)を、他者を介して解消する怪異。
大きな違いがあるとするならば、羽川翼には十六年間ストレスと受け入れ続けた実績がある――耐性がある。
阿良々木暦というファクターに起因して、彼女は『猫』に魅入ってしまったけれど、
耐える強さを持っていた。
不幸を当然とし続ける弱さを持っていた。
 いや、正鵠を射るならば、羽川は自分を不幸とすら思っていないだろう。
嘘偽りなく、自分を『普通』と認識している。
遠くない将来、彼女は己の異常性を自覚するはずであった。
しかしこの場における羽川翼はそうした契機を経ることなく、今、生きている。
悲惨な家庭環境も、そういうものと認知して、
虐待を虐待と認めず、目を閉じ続ける弱さがあった。逸らし続ける脆さがあった。
強がりでもなんでもなく。
不幸を不幸とも思えない、残酷なまでの鈍さ。
闇に対する鈍さを抱えて生きていけるほど、生物は上手に創られていない。
野性性のない生物は、朽ちるしかない。

841Q&A(旧案と宴) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:41:49 ID:S7QegMTs0

(――それでも、私はやるべきことをする)

 『今まで悪いことをされたんだから、他人に悪いことをしてもいい』――というのは、
球磨川禊と時を同じくして箱庭学園に転入してきた『マイナス十三組』、志布志飛沫の言だ。
『マイナス十三組』の掲げる三つのモットーと等しく、『マイナス十三組』の骨子となる怨念である。
であるならば、羽川の弱さは、ある種『マイナス十三組』にも劣る。
たとえば志布志飛沫――彼女も両親からの虐待を受けて育ち、それを『不幸』とした。
現実を直視できる人格があった。主格があり、主体があった。
反して羽川翼はどうだ? 親からの暴力暴言、軽視無視――それらを正しく受け止めたか。
誰からも慕われ、正しいと評判の委員長は、現実を正しく強く、受け入れただろうか。
あるいはそれは、球磨川禊にも言えることかもしれないけれど。
強がりではなく、弱さを受け入れた球磨川禊の弱さの底――。

「それで、私と喋りたいことってそれだけ?」
『うん』
「うんって……」
『え、何。おっぱいの話でもしたら揉ませてくれるの?』
「私を雑なおっぱいキャラにしないで」
『おっぱいキャラでしょ』
「そんな安いキャラしてません」
『三つ編み眼鏡委員長は安くないの?』
「これは別にキャラじゃありませんから」

 はあ、疲れたように息をつく。
対する球磨川は相変わらずだった。
舞台もいよいよ大詰めというのに、まったくもって終盤感に乏しい。

「まあいいわ。暇を持て余しているぐらいなら私に付き合って」
『わかった! デートはどこがいい? やっぱ無難に富士の樹海とか?』
「そうじゃなくって……そんな路頭に迷ったカップルの真似事をしたいんじゃなくって」

 やりたいことは、得られた情報の整理だ。
玖渚友と日和号から得られたデータの、その解析を。

842Q&A(旧案と宴) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:42:28 ID:S7QegMTs0


  § Ⅱ 玖渚友のデータ


「まずは『青色サヴァン』――玖渚さんからのメールを振り返りましょう」
『うん、欠陥製品が執着してた天才のことだね』
「あんまり含みのある言い方をしないの。――いろいろ送られてきたけれど、
 大きく分けると三つ、大事なことは書かれているわね」
『①首輪の解除について
 ②主催陣について
 ③水倉りすかについて――だろう?』
「他にもこの土地についてとか、憂慮すべき点が纏まってたのらすごいわよね。
 でも一旦、りすかちゃんについては置いておきましょう。
 球磨川くんもいーさんも対処法ぐらい考えているんでしょう?」
『強大な力を持つということは、それだけの慢心(よわさ)が棲みついているということさ』
「そういうものかしら? どの道私にできることは限られているもの、任せるしかないのは忍びないのだけれど」
『きみが望めば、セクシー猫っ娘は今すぐにでも還ってくると思うけどね』
「……本当、私はどんな醜態を晒していたのかしら」
『らぶりーな下着の描写だったら克明としてやるぜ』
「遠慮しておくわ。そういうのは春休みに経験済みだもの」
『実際のところ、一番の最適解は『ブラック羽川』のエナジードレインだ。
 にも関わらずきみはきみのまま。保身で力を温存するなんて……許されることじゃないよ!』
「嘘も方便というけれど、本当にあなた、すがりつきたくなるような嘘が得意だね……」

 攻略の鍵は流血を伴わない攻撃手段。
水倉りすかを攻略するうえで肝要となる。
不敵であれど、無敵でない――水倉りすかには殊の外弱点も多いのだ。
それは『分解』であり。
それは『熱量』であり。
それは『電気』であり。
それは『吸収』である。
精神に大きく左右されるという点において、
戯言遣いや球磨川禊のような人間に対しても、相性が良いとは言えないだろう。
供犠創貴が横にいたのならばともかくとして。
水倉りすか、ただ一人においては。
――あるいはこの場において、一番相性が良かったのは、鑢七実だったのかもしれない。
もしかすると、鑢七実を十全に『殺せる』最後のキーパーソンだったのかもしれない。
 ただ、どうであれ、そうした議論も詮無きことだ。
二人の思惑とは別のところで、水倉りすかの物語は完結している。終結しようとしていた。

 話を切り替えて。
次の議題へ。

「首輪の解除――ね」
『あのメールで送られてきた――このコードだけで大分容量を食ってたみたいだけど』
「主催者の組み込んだプログラムがそれだけ高度であったということか、
 あくまで既製品のスマートフォンに玖渚さんの才能を落としこむには、それだけの容量が必要だったのかしら」
『さてね、天才なんて軒並み一般社会にそぐわないんだから、付き合わされる機械も可哀想だ』
「でも、このコードだけじゃあ不十分だわ」
『なんだい、弘法も筆の誤りってやつ? やっだねー、天才ならなっさけない失敗談でも格好いい美談、格言にされるんだから』
「だから、あんまり含みのある物言いしないの。
 ――それにこれは、失敗というより、敢えて、なんでしょうね」
『ふうん、やっぱり天才は分かんないな。なんでそんなことするんだよ。
 する意味がない。僕たちの命がかかってるんだぜ? 命をなんだと思ってるんだ!』
「玖渚さんに関していえば、私たちの命なんてどうでもいいんだろうけれど――」

 球磨川にだけは、玖渚も言われたくないんだろう。
ただ、羽川は言葉を詰まらせたのは、そんなツッコミをしたかったからではない。

『どうしたの?』
「いえ……なら、コードを完成させるのは私の仕事ということになるわね」

 玖渚友。『青色サヴァン』、『死線の蒼(デッドブルー)』。
直接交えたのはほんのわずかな時間であったけれど、確実に断言できることがあった。
彼女の行動指針は戯言遣いのためのみに向いている。
間違いなく。紛うことなく。
であるならば、コードの欠けているのは――欠けているというのも直喩的ではあるけれど――戯言遣いのためか。
わからない。
考えなければ。
彼女は言っていた。あとは実践に移すぐらいだと。
ならば、公式は本来完成していたはずだ。
理屈はさておき、理解もさておき、理論はおぼろげに教えてもらい習得しつつある。

843Q&A(旧案と宴) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:43:28 ID:S7QegMTs0

(あとは私が、穴を埋めるだけ――)

 きっと私じゃなくても、ここまでお膳立てされていたら、いーさんは解くだろう。
羽川は感じる。戯言遣いは必ずしもそうと捉えているわけではないだろうけれど、
前提が――あのメッセージは戯言遣いに宛てたものである以上。
本来想定されている、解答者――解凍者は戯言遣いのはずだ。
であれば、羽川の出る幕はないのかもしれない。
脇役は引っ込むのが筋かもしれない――それでも、羽川は首を突っ込む。
いつも通り、正しくあるように。
余計なお世話もお世話の内と叫ぶように。

『で、主催者のことだっけ?』
「ええ――不知火袴さん、不知火一族のことをはじめ、諸々と書いてあったわね」
『驚きだ! まさかあの不知火袴が傀儡の一族だったなんて!』
「安直に考えるのであれば、不知火袴は誰かの影武者となるのかな」
『恐ろしく強大な敵を前にしてさしもの僕も震えが止まらないよ』
「武者震いってことにしておいてあげるけど、――」

 判明しているだけで――判明するだけ恐ろしいけれど――下記の通りだ。
①不知火袴――箱庭学園理事長。不知火一族。
②斜道卿壱郎――堕落三昧(マッドデモン)。研究者。
③都城王土――元箱庭学園生徒『十三組』。創帝(クリエイト)。
④萩原子荻――澄百合学園生徒。策師。檻神ノアの娘。

『なんだ、噛ませ犬ばっかりだな』
「そんな一筋縄ではいかないでしょ」

 ここまでは確定。
放送の発信者だ。曰く付きの策師について、戯言遣いのお墨付きもある。
彼の記憶に太鼓判を押されたところでなんだという話でもあるけれど。
議論の余地があるとすれば、残りの面々。

⑤四季崎記紀――刀鍛冶。
⑥不知火半袖――箱庭学園生徒。不知火一族。
⑦安心院なじみ――悪平等。

 これらは推定。
兎吊木垓輔――『害悪細菌(グリーングリーングリーン)』の補助。
それに、悪平等の端末に『為った』が故に、安心院なじみの手助けを得たのか。
文面で詳細は語られなかった。結果だけが残っている。
そうであったかもしれないし、なかったかもしれない。
異常(アブノーマル)も、過負荷(マイナス)も、悪平等(ノットイコール)も。
理外の範疇にある。
理屈である以上に、感覚の話なのかもしれない。
自分が過負荷と言われても、てんで理解が追いつかない。
――先の両名の名前が出てきた時、戯言遣いと球磨川禊が柄にもなく面白くなさそうな顔をしたのは印象深いけれど。

844Q&A(旧案と宴) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:43:59 ID:S7QegMTs0

 安心院なじみはともかくとして、
兎吊木垓輔なら自ら関わりだしてもおかしくはないだろう、というのは戯言遣いの評価。
いわく、おぞましい変態。
戯言遣いをしてそう言わしめるのだから、相当なものだ。
一方で、兎吊木ならば、玖渚の手を煩わせるようなことはしないと思う、という判断も下していた。
事実、目論見は志半ばに終わったとはいえ、従者は暴君に告げていた。
『――You just watch,"DEAD BLUE"!!』。
黙ってみていろ、『死線の蒼』。
いつかの再来。
かつての再現。
あの玖渚友が覚えていないわけがない。
『歩く逆鱗』は『裁く罪人』を認知した。
あの時浮かんだほのかな期待と笑みは、嘘ではなかっただろう。
にもかかわらず、『死線』は黙ることを止めなかった。手を止めなかった。
――斜道の研究所で巻き起こした過去と反して。
意味があるのか、なかったのか。
この場に疑問を抱けるものはもはやいない。


『ま、どちらであれ今尚連絡がないってことは失敗したんだろ、なっさけなーい!』

 もしくは――今から。
玖渚友が死んだ今なら、兎吊木垓輔はリブートするだろうか?
地獄という地獄を地獄しろ。
虐殺という虐殺を虐殺しろ。
罪悪という罪悪を罪悪しろ。
絶望という絶望を絶望させろ。
混沌という混沌を混沌させろ。
屈従という屈従を屈従させろ。
遠慮はするな誰にはばかることもない。
死線の名の下に、世界を蹂躙したように。
されど、死線の寝室は消灯した。
とこしえの眠りに暴君はついた。
ならば、細菌はどうするのだろう?
 とはいえ、これもまた欄外の戦い。
渦中の二人に関与のしようがない争い。
考えるべきは、他にある。

「勝てるかしら、私たちで」
『勝つんだろ、あいつらに』
「負け戦かもしれないわよ」
『負け戦なんていつものことだ』
「そもそもこの場合の勝ちってなんなのかしら」
『ルールを破綻させることさ』

 まあ、そういうことになる。
羽川も頷く。
――結局のところ、望ましい展開はみな生存に着地する。
なかったことにするかはさておき。
今残っている面々だけは。最低でも。
球磨川禊も鑢七実も、もしかすると水倉りすかもおよそ反人間的な存在ではあるけれど、死んでいいわけでは当然ない。
死んでいい人間なんていない。
どんな最低な人間でも。
示される道はひとつ、『生き残れるのはひとりだけ』とふざけた決まりを撤廃させる。

(問題は、それをどうやって――なんだけど)

 さて。
球磨川の答えは。

『え? お願いすればいいじゃないか。みんなで生き残りたいですって。
 こどものお願いを聞くのが老爺の務めだろ? なんのために年を取ってんだ』
「思いのほか浅い答えが返ってきてびっくりした。
 もっとあるでしょう、せめて首輪を外して主導権を握らせないとか」
『だったら早く欠陥製品や七実ちゃんの首輪を外さないと』
「……それもそうね」

 そう言われれば、返す言葉もない。
語勢が弱くなるのを皮切りに、議題は次へと移りゆく。
せめて次の放送が開けた後、景色が変わると信じて。

845Q&A(旧案と宴) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:44:38 ID:S7QegMTs0

 § Ⅲ 日和号のデータ


「さて、日和号に眠っていたデータですけど」
『いよっ羽川屋』

 露店からひったくってきたオレンジジュースとメロンソーダを無計画な配分でブレンドしながら、球磨川は羽川に応じる。
何とも気のない返事に言葉を詰まらせる羽川を待つことなく、球磨川は言葉を続けた。

『欠陥製品はここに主催者のデータ、とりわけ主催者の居場所が載っていると推理した』
「鑢七実さんいわく、そもそも日和号には現在位置を観測する性能があった。
 ――もともと不要湖の、四季崎記紀の工場を中心に徘徊する機能があった。なら、『日和号』と『位置』の符号は合致する」
『まるでログポースさながらね』

 四センチにも満たないプラスチックケースから、メモリーカードを抜き取る。よくあるタイプのメモリーカード。
携帯機器の規格ともあう、変哲もないカード。
さて、中身はというと――。

『要領を得ないデータしかなかったわけだ』
「主催者の情報という意味では、当たりじゃない。なかなか辛い映像はあったけど。
 ――でも見る限り、まだロックのかかったフォルダは残っているわね」
『今解凍されているフォルダは5つだ』
「放送数と一致すると考えたら、もしかしたら次の放送のあと、何か変化があるかもしれない」
『ま、ないかもしれないけどね』

 そうね、と羽川。
5という数字のきりの良さは、どうとでも取れる。
先の玖渚友の死亡通知があったから、時限式の開封もありうると思考が引っ張られているだけなのかもしれない。
あるいは、玖渚友が死んでしまった今、そうでもないと見れないからという希望的観測か。

「仮に時限式のロックだとして、何の意味があるのかしら」
『ネタバレはつまんないだろうって計らいじゃないの?
 まあ僕はネタバレをされたうえで作品を見る方が好きだけど』

 盛り上げようとしている演出を見ると滑稽で、好き。
さらっと最悪な嗜好を披露している球磨川は置いておくとして、
さすがに理由までは考えたところで答えはない。
今はとにかく、入手した情報の整理が大事だろう。

「5つのフォルダの中身をまとめると――こんな感じになるわね」

①詳細名簿
②死亡者ビデオA
③死亡者ビデオB
④計画について
⑤不知火の里について

「この中で不知火の里については、玖渚さんから教えてもらったことと大きく齟齬はなかった」
『情報の信憑性の担保ってことかよ。くそっ、若者だからと舐めやがって』
「玖渚さんが一段飛ばしに真実に近づいていたってだけだと思う……」

 つくづく、惜しい人を亡くしてしまった。
羽川は哀悼の意を捧げつつ、気になったことを振り返る。
――このメモリーカードに入っているぐらいだ。『不知火』であることは重大なのか?
『白縫』と『黒神』が対になるように。
不知火袴は、あるいは不知火半袖は――誰かの代役でしかないのか?
だとしたら誰か。
明確な答えはない。
もしかしたら、ヒントを見逃しているだけか。
見直そう。見つけよう。

846Q&A(旧案と宴) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:45:14 ID:S7QegMTs0
「もう一つのフォルダには色々な計画がまとまっていたわね。これも要所要所玖渚さんから聞いてはいたけれど」
『まるで黒幕候補を列挙しているかのごとくね』
「斜道卿壱郎博士の研究も載っていたわね。
 兎吊木垓輔を利用した――特異性的人間の創造。なかなか際どい題材をやってたみたい」
『で、『箱舟計画』とやらは水倉神檎の計画だってね。水倉りすかのお父さん』
「私が思っていた以上に、りすかちゃんたちの世界観は私たちに則してなかったようね」
『まったく、僕たちのにこやかシュールギャグの世界を重んじてほしいね』
「他にも完了形変体刀についてとか、いろいろ書いてはあったけれど。注目すべきはやはりこれになるのかしら」

 羽川は、球磨川が新たにブレンドしていた謎ジュースを一口含んでから、文書を開く。
その文書は『バトル・ロワイアル』と銘打たれていた。

「といっても、目新しい情報はないのよね……。ルールなんかが書いてあるだけで」
『結局『完全なる人間の創造』についても書いてなかったんだろ?
 ま、生き残った面々を見る限り主催者たちも絶句してるんじゃない?』

 ――完全な人間。
人類のハイエンド。
進化の最果て。
窮極にして終局。
人類最終――すらも『終わらせる』生体。
羽川は不知火袴の演説を直接聞いたわけではない――聞いたことを覚えているわけではないけれど、
自分が見合う人材であるかと問われれば、間違いなく首を横に振る。
過負荷がどうというのは一度置いておくとしても。
無理がある。
無茶がある。
無駄がある。
――生き残った人間に、完全に至る素養があるか?
少なくとも現在生き残っている六人に、そんな素養があるとは、羽川に到底思えない。

(だから要するに――話は戻るのだ)

 不知火袴の主導で行われた実験か否か。
影武者としての単なる建前でしかないのか。
同じ疑問が、行ったり来たり。
ままならない。
 話に区切りがついたと、球磨川は話を進める。

『それでそう、名簿? があったんだったね。今更ながらに』
「正直、肩透かしではあったわね」

 しかも中身は未完成――しかないときた。
十中八九恣意的な落丁には違いない。
戯言遣いや玖渚友、それに羽川自身や阿良々木暦なんかは
載っていたりするけれど。

『善吉ちゃんはぶられてやんのー、やーいやーい』
「はぶられてるというなら球磨川くんもでしょ?」
『はぶられるのなんていつものことだ』
「もう……そういうのいいから」

 球磨川禊をはじめとする、箱庭学園の生徒の面々が一切合切記載されていないのは、気がかりといえば気がかりではある。
果たしてそんなことをする意味があるのかどうかは推定もできない。
もしかすると、次に出てきた『映像』を踏まえれば、意味があったりするのだろうか?

「『死亡者ビデオ』――ね。たしか図書館にもそういうのがあったのよね」
『ああ、探偵ものを抜本から覆す興醒めな代物さ』
「今の私たちはどちらかというとスプラッタものでしょうけれど」

 もちろん、にこやかシュールギャグでもない。
死者が平気で生き返る様は、案外シュールなギャグかもしれないけれど。
 さておき。
メモリーカードの中にはたしかに死亡者ビデオが管理されている。
それ自体は大きな問題ではなく。
――疑問点があるならば、探偵もの風に表現するならば『被害者』。
二つのビデオを改めて視聴して、ため息。
この一時間で何度目かの、大きなため息だ。

847Q&A(旧案と宴) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:45:53 ID:S7QegMTs0

「神原駿河さん、紫木一姫さん。参加者でさえない彼女たちの死亡シーン、なのよね。やっぱり」
『彼女が神原駿河ちゃんであるっていうのは、他ならぬ翼ちゃんが言ったことじゃないか』
「ええ、まあ……そうなんだけど」

 釈然としない様子で、羽川翼は頷く。
『死亡者ビデオ』の片割れに映っていたのは、首輪をつけた神原駿河だ。
少なくとも、姿かたちに関していえば、確実に。真庭蝙蝠のような変質者が擬態でもしない限りは。
中学時代にも戦場ヶ原ひたぎとともに『ヴァルハラコンビ』で名の知れた、直江津高校のスーパースター。
この二年でバスケットボール部の実績を底上げした立役者にして、花形である。
 その彼女がなんの脈絡もなく――羽川たちも知らないところで、殺されたらしい。
加害者は誰だかは分からない。
ただ、死んでいる姿だけは、克明と写し出されている。
死んでいる。終わっていた。
戯言遣いにいわく、紫木一姫と呼ばれて少女も、また。
同じように、生命が途絶えている。

「でも、どうしてでしょう」
『なにが?』
「なんでこんな映像を――見せる必要があるのかしら」
『見せる必要がないから、日和号のなかにあったんだろう』
「確かに――そういう見方もあるでしょうけど。でも――」

 あんなあからさまに、秘蔵であることを演出しておいて。
物申したい気持ちもあったけれど、手に付着したチュロスを舐めながら球磨川が言葉を遮った。

『おいおいおい、翼ちゃん。まさかとは思うけれど』

 見下すような瞳。
嘲笑うような三日月。
人を不快にさせることに特化しような、マイナス。

『誰が用意したとも知りえないこんな情報を信じるのか?』

 こんなの、お遊び用のおもちゃだろう。
 一瞬。
二人の視線が交わって。
息を飲みこんでから、羽川は答える。

「大嘘からもしれない。法螺吹きかもしれない。
 でも、疑うためにも、一度信じないと始まらないわ」

 信じるために、疑うように。
そもそも、審議のためにこうして二人、振り返っているのだ。

『そう、いや僕も大賛成だ! 翼ちゃんはさすが、おっぱいに夢がつまっているだけあるね!』
「だから、雑なおっぱいキャラにしない」

 ついさっき、信憑性の担保がどうと言っていたのは、球磨川だろうに。
虚飾に塗れた嘘が交じっていたとしても、玖渚友とのデータを合わせれば、きっと道は拓けるはず――。
真実から目を逸らしては――いないはずだ。

 日和号は、おそらく主催者が配置したギミックである。
ならば日和号をランドセルランドに滞留させたのは、誰の采配か。
日和号にメモリーカードを挿入させていたのは、誰の思惑か。
 五人の話し合いの際。
議題に上った案件。
仮に主催者が一枚岩じゃないとするならば、
謀反者は、四季崎記紀や都城王土が可能性として高いのだと。
日和号の製作者が四季崎であり、突き詰めれば電気をエネルギーとする日和号を操る都城。
結果から逆算される関連性――必然性。
次いで、萩原子荻あたりも、性格的な意味合いで忠僕であるかは疑問が残るといった具合だったか。

 そういう球磨川くんは信じてないの、と問えば表情をからっと一変し。

『え、どっちでもいいよ』
「どっちでもいいって、あなたね」
『あんなおめめ真っ白になった耄碌したジジイどもの思惑なんて知ったことではないしね』
「確かにまあ、そうかもしれないけれど」

 言ってしまえば、その耄碌したジジイにお願いをしようと提言したのも球磨川なのだが。
適当にでっち上げた嘘かもしれない。何もかも。
球磨川の言動に振り回されてはいけない。
櫃内に突き落とした過負荷が、彼を壊しかけているように。
今の彼の言葉には芯がない――真がなく、心がない。
惑わされてはいけない。
自制をしなければ――自律をしなければ。
今、『ブラック羽川』にすがるわけにはいかない。

(すべてを『なかったこと』にしようと言っている男の子だものね)

848Q&A(旧案と宴) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:46:37 ID:S7QegMTs0
 とんだ超絶理論(サイコロジカル)。とんでもない大嘘憑き(オールフィクション)。
自罰的で、自傷的で、自戒を重んじる阿良々木暦とは、まるで真逆の生態。
地獄のような春休み――そこで受けた傷を一生をもって引きずると決めた彼とは違う。
理解しろ、弁えろ。

(それにしても、『記憶』がないっていうのは、不便なものだ)

 球磨川禊は八九寺真宵の記憶を一度消去したけれど、
それが救いたり得たのは――救いになったのかは八九寺にしか判断できないが――
八九寺にとって、記憶を失ったという感覚がなかったからだろう。
対して羽川の場合は、迷惑をかけている――ということだけは確定していた。
ゴールデンウィークにしろ、この、計画の最中にしろ。
むろんのこと、この場合悪いのは白猫ではなく、羽川自身に違いない。

(『なかったこと』になるっていうのは甘い響きがある)

 飛びつきたくなるような嘘。
白々しく白をきるような、自分には。
自分でさえ預かり知らない、自分の蛮行を帳消しにできるのであればどれだけ楽だろう。

『それで、総括は終わり?』
「歯痒いけどね」
『そう、また困ったことがあったら言ってね。
 翼ちゃんのためなら僕がみーっんな仲良くダメにしてあげるから』

 そういって、球磨川は携帯機器の電源を落とす。
議題は尽きた。
ならばあとは、放送を待つのみ。
いや、羽川には首輪を解除するための責務がある。

「居場所はわからなかったけど、首輪さえ外れちゃえば、あとはしらみ潰しに会場を回ってでも――」

 終わらせる。
機運に恵まれて、今まで生かされてきた。
それとなく、生き残ってきた。
でも、これからは自分に甘えず、自分で戦わなければ――。

そう、羽川が意気込みを新たにしようとした時。
不意に球磨川が口を開く。
ぼんやりと、ジュースを飲みながら。

『翼ちゃんは優等生だね』

 行儀悪く、ストローを齧りながら。
なんてこともないように。

『真実なんて案外、どうでもいいことだったりするんだぜ?』

849Q&A(旧案と宴) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:47:57 ID:S7QegMTs0


  § Ⅳ 後段


 そうして、羽川は首輪の解除に勤しんでいた。
知識とデータを見比べながら、どうにか穴埋めを試みる。
多分、大丈夫。自分を鼓舞する意味合いでも、羽川は頷く。
実際に現物が目の前にあると、電話口で玖渚友が説明していたことの理解がある程度進む。

 球磨川が置き土産に残したアンタッチャブルなお菓子の複合体を平然とつまみながら、
これからについて、思考を巡らせる。

(どうでもいいことだったとしても――希望を裏切る結果だとしても)

 戯言遣いは真庭鳳凰に、こんな戯言を言っていた。
仮に優勝したとして――待ち構えている結末は裏切りである。
首輪の爆破であれ、願いが叶わないことであれ、意に沿う結果には到底なりえない。
これは時間稼ぎの詭弁に過ぎない。モンキートークの蔑称に違わぬ猿芝居だ。
ただ、可能性の一側面を捉えていることも、確かであった。
たとえばの話。
このメモリーカードはいわゆる黒幕と呼ばれる存在が用意したものであり、
救いにならない――どころか、何の意味もない――どころか、地獄に叩きつけるだけの代物なのかもしれない。
最悪の想定。
あるいはこれは、球磨川と二人で喋っていたから思考が誘導されているだけなのか?
目を逸らし続けてきた羽川をして、現実が重くのしかかる。
それでも羽川は、優等生なのだった。

(いったい何が目的なのか)

 欲するところは極上の戦闘能力――ではないのだろう。
結果論ではあるけれど、生き残った面々で戦闘能力が卓抜しているのは、鑢七実ぐらいなものだ。
羽川には知る術もないが、その七実をしても黒神めだかに敗れている。想影真心を討ち損ねている。
 ならば、あつらえられた真実とやらを紐解く探偵としての資質――か。
どうだろう。用意された材料はある。
玖渚友の成果しかり。日和号の成果しかり。

(私の支給品――にも用途のわからない箱がある)

 黒い箱。
『黒』『箱』『鍵』――以外の情報がまるでない、文字通りのブラックボックス。
不知火袴が牛耳るゲームだ。もしかすると、箱庭学園の前身なる『黒箱塾』と繋がりでもあるのか。

(いや、あまりにも遠因がすぎるか――それよりも中を確かめてみないと)

 タイミングを逸してしまったけれど。
いよいよ情報が手詰まりになった今、この箱を開封する時が来たのかもしれない。
神のいたずらか、恣意的な企みか、『錠開け道具(アンチロックブレード)』だったらこの場にある。
本来であれば球磨川たちと合流した段階――各々の所持品を確認した時点ですべきであったのだろうけれど、
メモリーカードの情報などを整理するのに手いっぱいになってしまっていた。

850Q&A(旧案と宴) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:48:33 ID:S7QegMTs0
(それに、七実さんの白い鍵)

 説明もなく鍵を渡されても――といった不具合もあるが。
鍵穴を見つけるのも、ひとつ探偵の仕事とでも言いたいのだろうか。
いずれにせよ、与えられたヒントや環境を駆使して、真実を解き明かすことにこそ、意義でもあるのか。
もしくは単純に生存能力が肝なのか。
いっそのこと、一種のエンターテイメントでしかないと言ってくれた方が気を揉まずに済むのだけれど。

(答えはない――でない)

 なんでもは知らない。知っていることだけ。
だから、知っていることから片付けないと。

(首輪――首輪ね)

 もう一度。
コードと実物を見比べる。
冷たい温度。容易に人の殺せる凶器。
そんなものが、自分の首にも嵌められている。
一刻も早く、解除しなければ。おそらくゴールはもう直前なのだ。

(神原さんも、こんな思いをしてたのかしら)

 先の死亡者ビデオを思い出す。
首輪をつけた神原の姿――亡くなった神原の姿。

(それもただ亡くなったんじゃなくて、おそらく私たちと同じように)

 こんな悪趣味な首輪をつけているのだ。
彼女も『参加者』であったことは想像がつく。
しかし、いつ、どこで? 神原駿河は昨日まで学校へ登校していたのではなないのか?

(下級生の出欠にまでは明るくないけど――最近頭痛がひどかったし、言い訳かなこれは……)

 いや、そんな疑問でさえも、今のこの場――バトルロワイアルの場においては些末な問題なのか?
たとえば、羽川と八九寺真宵の記憶に齟齬があるように、時間という流れは今に限ればひどく曖昧だ。
『赤き時の魔女』水倉りすかの名前を挙げるまでもなく。

(そうよね、萩原子荻、それに紫木一姫も一度お亡くなりになった人間だというし)

 死んだ人間が、平然と跋扈する。死んだ人間が、平気で生きて死ぬ。
狂っている――まだしも八九寺のように幽霊だと言ってくれた方が現実味がある。
さながら球磨川禊のように、死を『なかったこと』に――。

(『なかったこと』――死を、なかったことに)

 一度思考を止めて。
羽川は、浅く呼吸をする。
息を吸う。朝の冷たい空気が肺に流れ込む。
底冷えする。冷静に考えろ。

(一致しない『名簿』、神原さんたちという『参加者』、不知火という『影武者』。
 死を『なかったこと』にする――『なかったこと』にする)

 この一時間で手に入れた符号を整理する。

(殺し合いを『なかったこと』にする――)

 様々なドラマをすべて等しくまっさらに。
喜劇も悲劇もひっくるめて、なかったことにして、おしまい。
この物語はフィクションである。警句を末尾に、話を〆る。

(それでももし、終わらないことがあるとしたら)

 すでに完結した話の二次創作でもするように。
ああ、そうだ。
繰り返す満月のように、なんどもなんども、同じことを繰り返すようなことが仮にあったとするならば。

「一分――考えさせて」

 そうして。
羽川翼は思索に耽る。
当然『真実』がどうであったところで、計画の進行に影響は、一抹もない

851Q&A(旧案と宴) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:49:07 ID:S7QegMTs0

【二日目/早朝/E-6 ランドセルランド】

【羽川翼@物語シリーズ】
[状態]健康、ノーマル羽川、動揺
[装備]パーカー@めだかボックス、ジーンズ@めだかボックス
[道具]支給品一式×2(食料は一人分)、携帯食料(4本入り×4箱)、毒刀・鍍@刀語、黒い箱@不明、トランシーバー@現実、真庭忍軍の装束@刀語、
   ブラウニングM2マシンガン×2@めだかボックス、マシンガンの弾丸@めだかボックス、戯言遣いの持っていた携帯電話@現実、
[思考]
基本:出来る手を打ち使える手は使えるだけ使う。
 0:殺し合いに乗らない方向で。ただし、手段がなければ……球磨川禊は要警戒。
 1:情報を集めたい。ブラック羽川でいた間に何をしていたのか……メールを確認すれば分かるかも。
 2:メールを確認して、首輪に関する理解も深める。
 3:いーさんの様子に注意する。次の放送の前後は特に。
[備考]
 ※ブラック羽川が解除されました
 ※化物語本編のつばさキャット内のどこかからの参戦です
 ※トランシーバーの相手は玖渚友ですが、使い方がわからない可能性があります。また、相手が玖渚友だということを知りません
 ※ブラック羽川でいた間の記憶は失われています
 ※黒神めだかの扱いについてどう説得したか、他の議論以外に何を話したのかは後続の書き手にお任せします
 ※零崎人識に関する事柄を無桐伊織から根掘り葉掘り聞きました
 ※無桐伊織の電話番号を聞きました。
 ※戯言遣いの持っていた携帯電話を借りています。なのでアドレス帳には零崎人識、ツナギ、玖渚友のものが登録されています。

【球磨川禊@めだかボックス】
[状態]『少し頭がぼーっとするけど、健康だよ。ただ、ちょーっとビックリしてるかな』
[装備]『七実ちゃんはああいったから、虚刀『錆』を持っているよ』
[道具]『支給品一式が2つ分とエプロン@めだかボックス、クロスボウ(5/6)@戯言シリーズと予備の矢18本があるよ。
    後は食料品がいっぱいと洗剤のボトルが何本かもあって、あ、あと七実ちゃんのランダム支給品の携帯電話も貰ったぜ!』
[思考]
『基本は疑似13組を作って理事長を抹殺しよう♪』
『0番はやっぱメンバー集めだよね』
『1番は七実ちゃんは知らないことがいっぱいあるみたいだし、僕がサポートしてあげないとね』
『2番は欠陥製品に気を配ることかな? あんまり辛そうなら、勝手になかったことにしちゃおっと!』
『3番は……何か忘れてるような気がするけど、何だっけ?』
『4番は、そんなことよりお菓子パーティーだ!』
[備考]
 ※『大嘘憑き』に規制があります
  存在、能力をなかった事には出来ない
  自分の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り0回。もう復活は出来ません
  他人の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り0回。もう復活は出来ません
  怪我を消す能力は再使用のために1時間のインターバルが必要。(現在使用可能)
  物質全般を消すための『大嘘憑き』はこれ以降の書き手さんにお任せします
 ※始まりの過負荷を返してもらっています
 ※首輪は外れています
 ※黒神めだかに関する記憶を失っています。どの程度の範囲で記憶を失ったかは後続にお任せします
 ※玖渚友が最期まで集めていたデータを共有されています。

852 ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:50:52 ID:S7QegMTs0
投下終了です。
指摘感想などありましたらよろしくお願いいたします。
また、この話が通るにしろ通らないにしろ、私としては放送にいってもらって大丈夫です。

853 ◆ARe2lZhvho:2021/12/31(金) 20:48:27 ID:SGPIG5m20
仮投下していた話について問題無いというご意見をいただけたので本投下します

854安心院なじみの専断偏頗リクルート ◆ARe2lZhvho:2021/12/31(金) 20:52:38 ID:SGPIG5m20

――――ぱちぱちぱちぱち。

「なんのつもりですか」

もちろん褒めているんだよ。
よくぞそこまで辿り着いたね不知火ちゃん。
……なんてお世辞はいらないか。
解いてもらわなきゃ、僕も暗躍した甲斐がないというものだ。

「はい?」

そんなにおかしいことを言ったかい?
出題者としては解答の存在しない問題を出すのはフェアじゃないだろう。
数学とかだと解答なし、という答えもあるけれど、この場合は当てはまらないし。

「そっちじゃないですよ。暗躍だなんて、バレバレすぎてとてもとても」

んー、まあ、否定はしないよ。

「というかむしろあたしに気づかれることを折り込み済みで色々やってませんでした?」

なんだ、わかってるじゃないか。
本当に気づかせたくなかったらそうしていたとも。
逆説的にそういうことになるわけさ。
それじゃあ、解説タイムと洒落込もうか。
ほら、クイズ番組とかでよくあるこれはこれこれこういうことなんだよって説明するやつ。
正解を出したのならいるんじゃないかい?

「どちらかと言えば、ミステリーの犯人の自白の方がまだ近そうですけれどね」

その例えをするならミステリーに必要不可欠な証拠とかが全然無いじゃないか。

「証拠? そんなもの安心院さん相手に意味あります?」

それもそうか。
悪平等の端末という時点で証拠も何もないというならそうだけれど。
確かに犯人は僕だけれども。
ああ、今のは自白になってしまったかな、なんて御託もいらないか。
一応先に言っておくけど、僕はこの実験、壊す気満々だぜ?

855安心院なじみの専断偏頗リクルート ◆ARe2lZhvho:2021/12/31(金) 20:53:50 ID:SGPIG5m20
   ■   ■



まず目をつけたのは容赦姫――いや、とがめちゃんと呼んであげた方がいいかな?
死ぬ直前のところを精神だけ呼び出した。
おっと、この場合は呼び出すってより取り出すの方が正しかったかな。
球磨川くんや善吉くんやめだかちゃんたちとは違って仕込みとかもないから力業になってしまったけれど。
ほら、喜連川博士の研究のことは知ってるだろう。
精神という名の物質をいじくりまわすってやつ。

「……いきなり何とんでもないことをやらかしてくれてるんですか」

おやおや、笑顔が固まってるぜ。
早速嬉しい反応をありがとう、不知火ちゃん。

「確かに、そういう状態で接触されればこちらはわかりようもないですけれど」

だろう?
ミステリーならよくある入れ替わりとか誤認トリックってやつだ。
しかも彼女が死ぬ瞬間は他ならぬ君たちが記録してくれてるから疑われることすらない。
実際、僕が口にする今の今まで思ってもいなかっただろう?

「ええ、思ってもいませんでしたよ。でもトリックにしても反則がすぎるんじゃありません?」

おいおい、先にミステリーに例えたのは不知火ちゃんの方じゃないか。

「例えはしましたけどさすがにそういう意味じゃないですって。
 でも利用価値なんてあります? 端末とはいえ死んだままなんでしょう?」

そうだね。
彼女を端末にしたところで大局に意味はない。
うん、だからこれは純然たる僕の興味本位さ。

「なるほど、興味本位で手を出されるほどの価値はあったと」

もちろん。
ある意味で僕みたいな考えを持てる父親から生まれた球磨川君みたいな娘、なんて存在だぜ?
それでいて大の人間好きな宗像君が錯覚してしまうにもかかわらず、過負荷たりえない本質。
むしろ、『普通』なら避けていくはずの過負荷すら利用できてしまう人間性。

「言い切るんですか。彼女は過負荷と遭遇してないというのに」

そこは断言するとも。
彼女は過負荷と遭うことはなかったけれど、もしそうなっていればそうしていただろう、とね。
そんな存在、唾を付けない方がおかしいだろ。
実のところ、最初は話をしてみるだけのつもりだったんだけどね。
ただ話すだけじゃつまらないから否定姫や飛騨鷹比等の姿をとって揺さぶってみたりはしたけど。
とがめちゃんからすれば突拍子もない走馬灯を見るような感覚さ。
僕の用が済めばとがめちゃんの精神を持っておく必要もないし、死を迎えた肉体に引きずられて本当に終わり、だったんだけど。

「うっひゃぁ、悪趣味」

856安心院なじみの専断偏頗リクルート ◆ARe2lZhvho:2021/12/31(金) 20:55:00 ID:SGPIG5m20

なんとなく思っちゃったんだよね。
端末にするのもおもしろそうだなって。
実質的な死人を端末にするのって初めてだったし、彼女なら君たちに気付かれることもない。
テストケースとしては悪くないだろう?

「いやいや、それ安心院さんにしかメリットないじゃないですか」

それはとがめちゃんにも言われたね。
だからちょっとだけ彼女に不平等で不公平なことをしてあげたとも。

「まさか用が済んだら生き返らせるとでも?」

いやあ、それはちょっとの域じゃないからそこまでは無理だよ。
できるできないの話じゃなくてやるやらないの話さ。
提案したとき、とがめちゃんも真っ先に聞いてきたけれどね。

「じゃあ何をしたんですか?」

結論から言えば、とがめちゃん本人に対しては何もしてないのと同義かな。
とがめちゃん本人には、ね。
不知火ちゃんならもう察したんじゃないかな?

「……ああ、あのときのはそういうことでしたか」

そう、七花くんと双識くん。
あのときのちょっとしたアドバイスはそういうことさ。
無関係の双識くんのとこまで出向いたのは、七花くんだけじゃ不十分だろうっていうちょっとしたサービスさ。

「それ、本当ですかね? 他の人にもちょっかいかけてそうですけれど」

いや、してないぜ?
この際だからはっきりさせておくけど、彼らも、他の端末もそのとき以外は一切僕から干渉はしていないよ。
僕の不平等、不公平は一人につき一度だけ。
その前後のことは全てなるようになっただけのこと。
どんな結末を迎えようとも、ね。

857安心院なじみの専断偏頗リクルート ◆ARe2lZhvho:2021/12/31(金) 20:56:33 ID:SGPIG5m20
   ■   ■



次に端末にしたのは誰か、よりもその前に彼のことは言及しておいた方がいいか。
×××××を端末にしなかった理由は聞きたいんじゃないかい?

「まあ、そう言われると興味は湧きますよ」

彼もとがめちゃんと同様に球磨川君とどこか似てて、でも決定的に違っていた存在だ。
ちょうど寝ていたし、接触するにはいいタイミングだったしね。
からかってみたり、焚きつけてみたり、色々と話してはみたけれど彼を端末にするのはやめることにした。

「そうですか。てっきり『無為式』を警戒したものだと思ったんですが」

端末に狂わされる本体、なんて実現したらそれはそれでおもしろいことになっていただろうけど、そんなんじゃない。
考えなかったわけじゃないけど、単純に目的の達成にはそぐわないと判断しただけさ。
そもそも、端末という形で膨大な個性を保持する僕相手じゃ彼の戯言も相性が悪かっただろうし。
こんな場合じゃなきゃ彼の『無為式』も状況をひっかき回してくれるだろうという目論見はないでもなかったんだけどね。
後の展開を考えれば端末にしないで正解だったと思うよ。
要するに安全、安定、安心を取ったと考えてもらってもいいよ。
安心院さんだけにね。
なんちゃって。
それで、生きていた人たちの中で誰を最初に端末にしたかは見当がついたかい?
それなりにヒントっぽいことは言ってるけど。

「西条玉藻……は多分違うでしょうね、なんとなくですけど。萩原子荻がこちらにいる以上その人選は避けそうです。
 意識がなかったタイミングで考えるなら……玖渚友、辺りでどうですかね?」

残念。
確かに彼女も端末だけど違うんだなそれが。
さすがにいきなり当てるのは無理があったかな?
正解は櫃内様刻くんだよ。
ふむ、予想外ではないけれど納得がいかないって顔だね。

「タイミングが噛み合わないと思うんですが」

ああ、様刻くんが薬局で熟睡していた時間に端末にしたと考えるならそうだろうね。
でもその前に研究所で泣き疲れて寝ていただろう?

「それなら辻褄は合いますが……そんな早くからだったとは。本当に悪平等の前に自由であったと」

うん、そうだね。
とがめちゃんがテストケースなら様刻くんはモデルケースだ。
まあ、後の2人の参考にはならなかったけどね。
それも含めて、様刻くんだけがスタンダードな端末だ。

「それで実質的な最初の端末に彼を選んだ理由は? たまたま寝てたからだと?」

そう捉えてもらって構わないよ。
合理的な様刻くんなら断らないんじゃないかって打算もあったけどね。
実際、様刻くんは実に合理的だったとも。

「あなたに下るのが合理的、ですか」

858安心院なじみの専断偏頗リクルート ◆ARe2lZhvho:2021/12/31(金) 20:57:30 ID:SGPIG5m20

ちゃんと説明はしたって。
断る自由だってあったし。
その場合も端末にならなかった、だから僕も何もしなかった、で終わるつもりだったよ。

「なんですか、つもりだった、って不穏な言い方」

誰も断らなかっただけだよ。
事実、様刻くんも断らなかった。
むしろ、即決に近い早さだった。
とがめちゃんのときと同様、僕のことはめちゃくちゃ疑ったけれどね。

「そりゃそうでしょ。得体の知れない存在が『僕と契約しない?』なんて言ってくる夢に頷く方がおかしいですよ。
 ……まあ、そこで頷けるのが合理的ってことなんでしょうけど」

疑念と決定は両立するとも。
それを選択できるのが様刻くんの長所でもある。

「で? 端末になる代わりに安心院さんは何をしてあげたんです?」

おもしろいことに、そっちについては即断しなかった。
どころか保留できないか聞いてきた。
操想術を解くとか、様刻くんの視点では知り得ない情報を教えるとか、スキルを1つ貸すとか。
その辺りを想定してたから少し驚いたよ。

「……そんなことされたら色々めちゃくちゃになるんですけど」

だからやってないって。
確かに、様刻くんの実力は下から数えた方が早い。
けれど、あの時点でその見解を導きだせたのは運が良い。
いや、やっぱり悪いか。
それだけ、時宮時刻や殺人鬼二人との遭遇が効いたんだろうね。

「一般人として括られる立場から見れば彼らは劇薬でしょうからねえ」

へえ、毒薬とは言わないんだ。

「零崎一賊にも時宮病院にも客の立場の人間だっているでしょう。であれば劇薬ですよ」

それもそうか。
ともあれ、不知火ちゃんが形跡を見つけられないくらいには様刻くんは様刻くんらしく過ごしていただろう?

「それで、わざわざ保留までした彼の不平等はなんだったんですか?」

うーん、それを明かすのは野暮な気もするけどなあ。
それを保留し続けること、かな。
今のところは、だけど。

859安心院なじみの専断偏頗リクルート ◆ARe2lZhvho:2021/12/31(金) 20:58:14 ID:SGPIG5m20
   ■   ■



その次は羽川ちゃんか。
といっても、彼女についてはついでみたいなものだったし、話せることは少ないんだけどね。
それに、厳密に言うと今の羽川ちゃんは端末じゃないんだけど。
今っていうのは、ランドセルランドで元気にマシンガンを撃っていた羽川ちゃんのことだね。

「はあ、つまり裏人格のブラック羽川だけが端末になったと」

その通り。
見ていたのなら知っていると思うけれど、球磨川くんはブラック羽川ちゃんにとって天敵みたいな存在だ。
らしくもなくパニックに陥っていただろう?
球磨川くんが迷惑をかけたね、くらいの軽い気持ちで覗いてみたらいきなり頼みこまれたから面食らったよ。
ご主人――羽川ちゃんを助けてくれってね。
そう焦らなくたって球磨川くんが死をなかったことにするだろうから、って諭したんだけど、それじゃダメだと。
ブラック羽川のまま、また球磨川くんに遭ってしまえばまた殺してしまうから、って。
僕としてもそれは不本意だし、球磨川くんは死をなかったことにはできても彼女の存在まではなかったことにできない。
ブラック羽川ちゃん本人は否定してたけれど、実質過負荷よりの存在だしね。

「その状態の彼女に端末になる判断が下せるとは思えないんですけどねえ」

そうだね。
端末にする必要性はないと言えばなかったんだけど。
でも、管理しておくなら端末の方が都合が良いと言えば良かった。
些細な差だし、どっちでもよかったんだけどね。
魔が差したとか、出来心でとか、ほんの軽い気持ちで、みたいなものだよ。
そういうわけで、羽川ちゃんからブラック羽川ちゃんを切り離した。
エナジードレインとかの正当な手順を使ったわけじゃないから、スキルを使って無理矢理に、と少々荒療治にはなったけれど。

「つまり、羽川翼本人のストレスが解消されたわけではない、と。それはまた面倒な」

それはもちろん。
きっかけさえあればまた出てくる、かもしれないぜ?

「ところで、球磨川先輩に却本作りを返した理由も聞かせてくれたりします?」

え、球磨川くんの話?
状況を見てれば予想できることをやっただけだけど。
それに、それは悪平等とは関係ないだろう。
だからここでは話さないよ。
どうしても聞きたいならまたの機会に、というやつだ。

860安心院なじみの専断偏頗リクルート ◆ARe2lZhvho:2021/12/31(金) 20:59:32 ID:SGPIG5m20
   ■   ■



そして最後に端末にしたのが玖渚ちゃんだ。

「最後、ですか」

うん、最後だよ。
45人中4人。
他にはいないしここまで状況が進めば新たに作る必要もない。
玖渚ちゃんは中々の曲者だったねえ。
なにせ、彼女だけは僕のことを待ち構えていたんだから。
僕の存在に気付くまでは材料さえあれば誰でもできるだろう。
けれど、そこから僕が接触しに来ると確信できるのはそういない。
なのでちょっぴり癪だったからファーストコンタクトはとがめちゃんにお願いした。

「そんな理由で何やらせてるんですか」

あの辺りの時間は色々ブッキングして少し忙しかった、っていうのもあったんだよ。
人材の有効活用も兼ねていたとでも思ってくれないかな。
弱い者同士、親睦を深めてくれればいいなーくらいの感覚だったんだけれど。
同族嫌悪って言うのかな、中々に凄絶だったねえ。

「そんな言い方されると途端に気になるじゃないですか。
 何を話してたかは把握してるんでしょ、教えてくださいよ」

まあ、その辺の話は本題と外れるからこれも機会があれば、ということにしておこう。

「……………………」

話を戻そうか。
玖渚ちゃんも端末になることは即答……むしろ、自分からなりに来たようなものだったね。
心底嫌そうだったけれど。
それでも端末になる価値はあると理解した上で僕に交渉を持ちかけた。
『私が幸せになれる未来はある?』と。

「そんなことを聞いたんですか。安心院さん相手に」

861安心院なじみの専断偏頗リクルート ◆ARe2lZhvho:2021/12/31(金) 21:00:36 ID:SGPIG5m20

僕相手だからこそ聞いてきた。
確かに、この玖渚ちゃんがどんな末路を迎えるか、だったら僕は教えなかった。
教えられなかった。
僕は自身に未来を見ないというルールを敷いている。
ネタバレを知りたくないというルールを強いている。
である以上、他人の未来であってもそれは同様だ。
でも、彼女が欲しがったのは自分の未来じゃない。
別の世界の玖渚友の未来だ。
ほら、宗像くんが持ってきた詳細名簿があっただろう?
あれで玖渚ちゃんは労せずして全員の詳細を手に入れた。
平行世界で一大スペクタクルを繰り広げてきた阿良々木君のことも、ね。
となれば後はわかるだろう?
芋蔓式にキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードという存在を知った。
世界の壁に穴を開けられる存在を知った。
フィクションの存在にすぎなかった平行世界が実在すると知ってしまった。
であれば、絶望的ではあっても絶望ではない極小確率の奇跡が叶う世界があるとわかってしまった。
ならば、こんなことに巻き込まれていなかったら、なんてことを想像するのは当然だ。
別の運命であれば、僕の中のルールには抵触しない。
別世界、別ルートならば未来も過去も関係ないからね。
だから僕は教えてあげたとも。


『おめでとう、元気な女の子だよ』


ってね。
どういう形であれ、生き延びられる未来は想定していたようだけれど、子どもを授かることまでは考えていなかったらしい。
本当に? って聞き返すくらいだったからね。
他の端末と違って直接的な利益は一切なかったけれど、玖渚ちゃんにはそれだけで十分だった。

「その二言を聞くのが彼女がもらった不公平だと?」

それ以上求めはしなかったからね。
事実、必要なかったし。
巻き込まれた以上、奇跡的に生還できたとしてもその先はない、と誰に言われるまでもなく理解していた。
生きたいとは思っても生きられないのは重々承知していた玖渚ちゃんにはね。
だからって自分が死ぬことだって心の底からどうでもいい、ということすら思ってもいないのはどうかと思うけどさ。
そんな理由で、玖渚ちゃんは全力を出し惜しみする必要はなくなった。
持てる力を総動員してただやりたいことだけをやった。

「道理で、あの辺りからやたらアグレッシブになったわけですか」

条件が揃ったからというのもあるだろうけどね。
端末にしてなくたって結局同じことをしてたと思うよ?
首輪の解析、魔法の知識の入手、ついでに所有物を壊された仕返し。
反撃を見越しての陣営の分散と精一杯の抵抗。
それとささやかな置き土産。
言ってしまえば、ちょっぴりわがままをしつつも好きな人のためにただひたすらに尽くした。
ただの恋する少女のように、ね。

862安心院なじみの専断偏頗リクルート ◆ARe2lZhvho:2021/12/31(金) 21:01:41 ID:SGPIG5m20
   ■   ■



死人、スタンダード、裏人格、天才。
というわけで結果としてみれば三者三様ならぬ四者四様の端末だったわけだけど、どうだったかい?

「ほぼ安心院さんの匙加減じゃないですか。それっぽい共通点を探してたのが馬鹿らしいですよ」

共通点、そういえばそんなものもあったか。
結果的にそう見えただけで、実情としてはタイミングよく寝てたり気絶した人たちに声をかけてたってだけの話だったんだけど。
要するに誰でもよかった、というやつだ。

「そんな通り魔みたいな理由で端末を作られたらたまりませんよ。そもそもなんでこんな真似してるんですか」

目的なら最初の方にちゃんと言ったじゃないか。
この実験を壊すって。

「いやいや、こんな面倒な手段をとらなくとも安心院さんならできるでしょう」

できるよ。
僕がラスボス系スキルの大盤振る舞いでもして直接手を下すなんて朝飯前さ。
でも、それはただの失敗で致命的な失敗にはならない。
だからこんな回りくどい手段を使ったわけだけれど。
あれほどの生徒数をほこる箱庭学園にすら悪平等は赤青黄と啝ノ浦さなぎの2人しかいなかった。
それなのにここには45人中4人。
観測者効果が発揮されるには十分だ。

「だからって、あたしたちが手をこまねいていると思います?
 そもそも安心院さんご自身も回りくどいとおっしゃるやり方で成功するとでも?」

成功する根拠があるわけじゃないよ。
でも、失敗しても次があるのは僕も不知火ちゃんたちも一緒だろう?
僕としては、こんな馬鹿なことはやめろ、だなんてありきたりなセリフ使いたくはないんだけどさ。
それで、実際のところどうなんだい不知火ちゃん。

「いきなりそう言われましてもなんのことだか」

なんだよ、今更しらばっくれるなよ。
君たちだって、解いてもらうためのヒントを散りばめてるじゃないか。
彼らももうじき辿り着く頃合いだぜ?
そろそろ出題者としての義務は果たさなきゃならないんじゃないかな?

863 ◆ARe2lZhvho:2021/12/31(金) 21:08:30 ID:SGPIG5m20
投下終了です
放送の投下直前になってしまい申し訳ありません
避難所でも書きましたがこちらでも機会をくださった◆mtws1YvfHQ氏には改めて感謝を申し上げます
指摘感想など何かありましたらよろしくお願いします

864 ◆mtws1YvfHQ:2021/12/31(金) 23:21:43 ID:8FLP4Wgo0
皆さま投下お疲れ様です。
あまり時間がないのでざっくりと。

>> Q&A
まとめての感想となりますが。
産まれ出ずる様々な疑問、憶測、様々な情念の渦巻く中で自問自答、情報の擦り合わせや溢れてくる疑問疑念。
いよいよ終わりが見えて来たからこそ生じているとも言える余裕。
心情を探る会話。
一体どのような結末を迎えられるのかが愉しみになってきております。

>> 安心院なじみの専断偏頗リクルート
ある種の中心人物と成り得る安心院なじみ。
その観ている視座と言うか観点は外すことのできない事ではあります。
しかし視点を参加者側から異とする二人の対面からその結末は、遂げるか壊れるか。
もう殆んど一本道となって参りました。


それはさておきとしまして。
第五回放送の投下を開始します。

865第五回放送 ◆mtws1YvfHQ:2021/12/31(金) 23:24:49 ID:8FLP4Wgo0
薄暗い場所。
いかにもなマイクだけが置かれたテーブルを前に、老人は座っていた。
前方をモニターに囲まれ、それのみを光源とした光を浴びる老人。
実験名『バトルロワイヤル』。
その元凶とも言えるその老人。
箱庭学園理事長、不知火袴は静かに座っていた。
テーブルに置かれた物は僅か。
名簿と、マイク。
当初はもう少し乱雑だったその机は、終わりを間近に備え、参加者の数に比例するように綺麗な物となっていた。
そんな中、ぽつりと置かれている電源の切り替えが出来るようになっているマイクに時々目を移しながら座っていた。

「――――さて、もう間もなくですか」

不意に袴が呟き、腕の時計を見た。
時刻は五時五十六分。
六時間ごとの放送の準備は既に万全。
そんな事を袴は考えながらマイクを手元に引き寄せかけ、止めた。
そう言えばあの時もこんな風だった。
苦笑を漏らし、何ともなしに背後へと顔を向ける。
丁度良く、袴の後ろの扉が開き、老人が入って来るところ。
あの時のように。
ただ今回は目を血走らせているその老人は、開け放ったまま何の遠慮もなく袴の隣にある椅子の一つに座った。
袴が顔を向けても何も言わず、マイクを己の元へと引き寄せた。

「――死亡者は分かっていますか、博士?」
「黙れ」

軽く苦笑いしながら袴は時計に目を向ける。
五十九分。
こんな所まであの時と同じ。
確認してからモニターを一通り見渡す。
いや。
最早、見る意味のあるモニターなど片手で数えるほどもない。
忍び笑いを漏らしている間にも、タイマーの小さな電子音が鳴る。
六時零分。

866第五回放送 ◆mtws1YvfHQ:2021/12/31(金) 23:26:11 ID:8FLP4Wgo0
「どうぞ」

あの時のように袴が言えば老人は、苛立ちを隠そうともせずマイクの電源を入れた。



放送を始める。
聞き逃すな。
死者の名は。

玖渚友。
零崎人識。
無桐伊織。
水倉りすか。
鑢七花。
真庭蝙蝠。

以上の六人だ。
続いて禁止エリアの発表に移る。

一時間後の七時より、F-6。
三時間後の九時より、G-2。
五時間後の十一時より、C-5。

連絡事項は以上だ。

ふん。
しかし――――玖渚友。
玖渚友。
玖渚友。
玖渚友!
玖渚、友ッ!
玖渚ァ、友ォ!

貴様!
貴様も!
貴様であっても!
こうもアッサリと死ぬか!
今回、死ぬとは思っていたが!
こうも、アッサリと死ぬとはなぁ?
はっ!
ハハハ!
ハハハハハハハハハハハハハハハハハ!

867第五回放送 ◆mtws1YvfHQ:2021/12/31(金) 23:28:18 ID:8FLP4Wgo0
さあ、殺せ!
殺せ殺せ殺せ!
飽くなく殺せ!
容赦なく殺せ!
意味なく殺せ!
甲斐なく殺せ!
勝ちなく殺せ!
誰も彼も殺せ!
殺せ殺せ殺せ!
殺して殺して殺して殺せ!
殺して殺して殺して殺して殺して殺せ!
ただただ無為に消費するがいい!
私は待っているぞ!
貴様を待っているぞ!

アッハハハハアッハハハハハッハハハハハハハハクハハアハハハハ!



小さく息を吐きながら、何時の間にか入り込んでいた少女がマイクの電源を切る。
しかし老人はそれに気付く様子はない。
高笑いをなおも続け。
そして、既に部屋を出て行く所。
最早モニターの映像に目もくれない。
ただ、考える。
結末までの道筋は粗方、形になっている。
それでも女学生はため息を付く。
既に彼女の予想の中でも限りなく低かった出来事が幾つか起きていた。
起きると考えられていなかったことも幾つかあった。
不確定要素が重なっている。
想定している事態を超えて、此処から逆転の可能性も、ゼロではない。
もっとも。
ゼロではないだけで。

「――――――さて」

闇の中。
様々な姿が、動き始めたモニターの光を受けながら蠢く。
緩やかに微笑む白髭の老人、涼しげな表情をしたセーラー服の女学生、憮然としながらも威圧を放つ青年、真っ黒な笠で目元を隠す和装の男、笑みを絶やした眼鏡のスキンヘッド、悩まし気にか苛立たし気にか棒付き飴を噛み砕く少女。
そして光の届かぬ場所に居る何者か。

868第五回放送 ◆mtws1YvfHQ:2021/12/31(金) 23:30:29 ID:8FLP4Wgo0
「事ここに至ってはサーカスの裏方にも、表舞台に出て頂く必要がありそうですが――」

釘を刺すように、そんな中に声を掛け。
反応を見ることもなくモニターに向き直った老人が、口を開く。



「――皆さん」

「良くも悪くも、今回の催し」

「あと僅かと言った所でしょう」

「皆さんに何か指示を出すつもりはありません」

「ただ、用意をお願いします」

「祝辞か迎撃か」

「そのどちらにされるかは皆さんにお任せします」

「あるいは、最後の一人に成り代わると言うのも否定はしません」

「ただ覚悟は済ませておくように」

「巻き込んでおいて等と言う文句は受け付けません」

「今更、改心――改新できると思っている方も居ないでしょう?」

「私に関しては言うまでもありません」

「結末が死であったとしても」

「少なくともこの私は、私の教育理念を貫くまで」

「――実験名『バトルロワイヤル』」

「今回もいよいよもって――――」



――――おしまいおしまい



「さあ最期まで、張り切って生きましょう――ッ!」

869 ◆mtws1YvfHQ:2021/12/31(金) 23:34:41 ID:8FLP4Wgo0



以上となります。
ご指摘のあった部分に関しては修正させて頂きました。
名前の読み上げ順のことはすっかり忘れていました。

今年の後半から追い上げのような形でしたが、皆さまお疲れ様でした。
また来年にか。
今後もよろしくお願い出来ればと思います。
それでは良いお年を。

870 ◆xR8DbSLW.w:2023/06/27(火) 23:51:50 ID:Scku84iU0
大変遅くなりましたが、
放送お疲れさまでした。おめでとうございます。

>安心院なじみの専断偏頗リクルート
うーん、無法! 安心院さん好き勝手やってやがる。
参加者とも、あるいは主催者とも違う視点で舞台裏を語る一幕は
果たして解決編へと結ばれるのでしょうか。それにしても……なんだこいつ!?
こういう本筋からはちょっと離れた舞台裏はなんだか漫画の巻末コーナーみたいでワクワクします。

>『おめでとう、元気な女の子だよ』
誇らしき盾をよろしくお願いします! これ、マジで言ってるんだけど。

>第五回放送
さてさて、いよいよ第5回放送。
多少なりとも企画に参加させていただいた身としても感慨深いものがあります。
第一回放送のオマージュ。それでいてあの時とはすでに決定的に何かが違った様相で。
積み重なった何かの重みを感じます。
壊れていくのかどちらになるのか、違う道が残されているのか。個人的にも楽しみです。

>――――おしまいおしまい
ここ、めちゃ好きです


投下します。

871 ◆xR8DbSLW.w:2023/06/27(火) 23:55:32 ID:Scku84iU0


 ◆  クビトリサイクル


「因果より外れた《狐》は世界のありように二つの仮説を当てはめた」

 不意に現れた人影は、牢をはさんだ向こう側で話し始める。
かげに隠れて目元はうかがえないが、いかにも高慢な人間だった。
世界が自分中心で回っていることに疑いをもたない、図抜けた信条がただの一言で伝わるようだ。
ねじが外れている。
関わりあうべきではない。
本能は切実に訴えかけるものの、現実は非情である。
囚われの身である現状、如何ともしがたい。

「その二つを《時間収斂(バックノズル)》と《代替可能理論(ジェイルオルタナティブ)》――そう呼んでいるわけだが」

 彼奴は言葉を区切り、睨め付ける。
観察するように、鑑賞するように。
《予備》と呼ばれた人間に対して、語りかける。

「あえて訊ねよう。運命というものを信じるか?」


 ◆Ⅰ  一日目(n)
 

「《天才(アブノーマル)》とは、為るように為る才覚」
「《異常(アブノーマル)》とは、為るべきように成る才能」
「極端な進化にして」
「最短の進化である」

 まだ《実験》が始まって間もない頃。
二人の老爺がモニターを前にして語り合う。
《理事長》不知火袴と、《学者》斜道卿壱郎、ともに窮極を創らんとす学問の徒である。

「進化の極端――ごく一分に限りなく特出する才」
「最短の進化――ごく一瞬で限りなく特化していく才」
「短時間で」
「最小の努力で」
「当然のように」
「自然なように」
「相手を超越する」
「常識を超克する」

 たとえば、高千穂仕種の《反射神経》、人体動作の到達点。
たとえば、宗像形の《殺人衝動》、人類愛の深奥。
たとえば、都城王土の《人心掌握》、人間社会の最高位。
いずれも原理、成している事象自体は相似している。

 人間がいずれ辿るべき、到達するであろう神域に足早と闖入すること。
若き身のまま不可能であることを不可能であるまま達成してしまう。
過程の《省略》。進化の《省略》。
ここに《異常》の《異常》たる所以がある。
 時計台を守護する関門、《拒絶の扉》――あれこそまさに、《異常》を象徴する。
無作為な六桁の数字を打ち込むことで突破することができる関門。
試行回数をどれだけ短縮、すなわち《省略》が出来るかが試される。
《普通(ノーマル)》と《異常》のふるいわけにこれほど適した試練はない。

「しかるに、黒神めだかの《完成(ジ・エンド)》こそ」
「《異常》の根底(ベーシック)にして」
「《異常》の最果て(ハイエンド)」
「そのように考えて差支えないでしょう」

 《完成》。
箱庭学園99代生徒会長、黒神めだかが誇る異常性。
数ある《異常》の中でも稀代の才にして罪。
正も負も無関係に、己が血肉にしていく様は驚嘆するに値する。

「あれに不可能などあるのか?」
「さて、黒神めだかさんが無理だと思わない限り、あの方は成し遂げてしまうでしょう」
「俺の何十年にも渡る研究でさえもか」
「――ええ、実行するかはさておき、可否でいうなら出来ましょうとも」
「それもただ究めるだけでなく」
「極めてしまいましょう」

 《完成》の神髄は無限なる可能性にある。
人間であれば到達できると認知さえしてしまえば、黒神めだかは成し遂げてしまう。
自分――というよりも人間そのものの可能性を信じていなければ到底無理な所業。

「――」

 ぎり、と卿壱郎は奥歯を噛みしめる。
《青色サヴァン》といい、どうにも天才というのは胸糞悪い――気味が悪い。
それでも、黒神めだかが自分よりも勝る《天才》と認められるのは、彼の成長のためか、あるいは。
 卿壱郎の不快を感じ取ったか、袴は茶をすすとあおった後に改める。

「ともあれ、今は見守るほかにありますまい」
「はっ、そうだな。じっくり」

 《天才》に固執する二人の学者が取り仕切る祭典。
実験名――バトル・ロワイアル。採点するところが何であるか。
参加者一同には知る由もない話であり――どうでもよい与太話である。

872 ◆xR8DbSLW.w:2023/06/27(火) 23:57:26 ID:Scku84iU0
 ◆Ⅱ  首獲再繰


「不知火理事長が未だ《実験》を続けるということは、大願成就する見込みがあるということです」

 《策師》は涼やかな顔で言う。
死体を前にするに所作としては場違いなほど冷徹であった。

「望みがないと踏めば、即座に次へ乗り換える性質でしょう、あれは」

 《策師》の観察の通り、不知火袴はそういった性分の人間である。
過去にも黒神めだかの勧誘が破綻を迎えた直後、最悪の《過負荷》を巻き込む計画に切り替えてきた。
結果のためならば経路を問わない目的至上主義。
そんな彼が今なお《実験》を続行させるということは、それだけの価値があるということだ。

「骨子である《完全なる人間》――本来の定義もその実、明かされていますよね」
「都城王土の告解か」
「いわく、誰も悩むこともなく、誰も困ることもない平等で平和な世界を作るための架け橋たりうる人間」
「それが不知火袴の願う《完全》だと」
「少なくとも以前の――黒神舵樹の影武者たる不知火理事長はそうお考えだったのでしょう」
「そんな世界、俺はついぞ《視た》ことがないがな」

 《鍛冶師》は冷たく言葉を返す。
あしらうというよりは、そも関心がないといった様相だ。
ぶっきらぼうな物言いに気をかけることもなく、《策師》はフェミニンな雰囲気で相好を崩し、

「ふふっ、おかしなことをおっしゃいます。
 不可能を可能に代えることこそ――《フラスコ計画》の要だったのでしょう。お分かりの通りですよ」
「はんっ、そりゃあ然り。いずれいずこで可能なことであれば、俺が再現できるからな」

 起こると決まっている事象は、必ず起きる。
いつであるか、どこであるか、だれであるか。些細な違いはあれど、逃れる術はない。
《人類最悪》の持論のひとつ、《時間収斂(バックノズル)》。
《鍛冶師》が誇る十二の傑作、完成形変体刀のノウハウとは突き詰めればこの思考実験の延長線上にある。
何よりも固きモノを創造することがいずれ出来る。ゆえに絶刀・《鉋》は鍛えられた。
何よりも鋭きモノを創造することがいずれ出来る。ゆえに斬刀・《鈍》は鍛えられた。
遥か未来を、果ては《世界》を見通す《刀鍛冶の眼》は、あらゆるパラダイムシフトを可能とする。
ひるがえるに、《刀鍛冶》が不可能だと断ずる事象は、未来永劫に実現叶うはずがない――本来であれば。

873 ◆xR8DbSLW.w:2023/06/27(火) 23:58:00 ID:Scku84iU0

「不知火袴の目指す世界にはとんと興味はわかねえが、
 摂理を超克することを《完全》と称するならば、俺はそれに興味がある」

 愉快そうにほくそ笑む。
運命の省略を《完成》と呼び、宿命の修了を《完了》と呼び――天命の超克を《完全》と呼ぶ。
世界という荒波を前にしてあまりにも傲岸不遜だ。
――いや、その傲慢さは《鍛冶師》に限った話ではないか。
小さく吐息をすれば、気持ちを切り替えて。

「ときに」
「なんだよ」
「あなた、今回のこの《実験》の結末も視たのでしょう」
「むろん」

 確認するための問い。
当然のことを当然のことと再認識するだけの答え。
《策師》は一度、自分の首元をなぞる。
つぅーっと、左から右へ。
繋がっている。
生きていた。
ならば。
問う。

「教えていただいても?」
「明白なことを言わせるな。理事長のやつも口酸っぱく言っているだろう」
「まあ念のため、ですよ」

 たった一人が生き残るまで、《実験》は続く。
この舞台に課された運命。
この物語に付された宿命。
何度も繰り返された呪詛である。
それは規則でもあり、脅迫でもあり、なによりも純然たる事実だ。
《予知》などと大層なものを使うまでもない。
何事もなければ、何事があったとしても、いずれ訪れる未来。
 またたきをするほどの間。思考を一巡させてから、

「――うんっ!」

 少女は爽やかに、笑った。
場に似つかわしくないほどの明るい声音は、涼やかな鈴のようだった。
呆れた顔をする《鍛冶師》をはた目に、慣れた手つきで携帯電話を取り出す。

「じゃあ、私も成すべきことをいたしましょうか」
「熱心だな」
「私の使命ですからね」
「好きにしな。俺も好きにする」
「あら、どちらへ」
「野暮用だよ」
「まったく、しようがない方ね。使えないったらない」
「年配を無碍にするもんじゃないな」
「亡霊を敬う教育は受けておりません」
「似たようなものだろうに」

 適当なことを言いながら、《鍛冶師》は退室する。
仰々しい男だ。その背中を見送った後、すぅーと大きく息を吸い、一度目を伏せる。
先を見据え、後を見通し、偽を見抜き、真を見下す。
彼女の頭で描く盤上は、《予知》にも劣らない精度を誇る。
――否、《策師》は時に、未来を築き上げる。

「よしっ」

 《実験》というには奇抜なこの催し。
不知火袴も言っていたように、まもなく幕は閉じるだろう。
それは果たして、誰の手によってか。

「そう、私の名前は――」

874檻と澱 ◆xR8DbSLW.w:2023/06/27(火) 23:58:41 ID:Scku84iU0

 ◆Ⅲ  するがイエロー


 【シミュレート1】
 ◆もしも殺し合いの場にいたらどうする?◆
 
「あのぼいんちゃんの前では啖呵をきったものの、本当のことを言えば自制できると断言できるはずもない。
 敬愛してやまない先輩方のことを思えば、――否、思ってしまう私の我儘は、躊躇もなく薄汚れたこの手を汚すだろう」
「それについては私も同感ね。一切の容赦もなく切り捨てるわ」

 ◇

 【シミュレート2】
 ◆もしも自分が願いを叶えるとしたら?◆

「悪魔の所業ならぬ神の御業だとして、私が何かを願えるような立場にはないからな。
 仮に神に寝返るとするならば、どうでもいい99個の願いでも叶えてもらうとするよ」
「そう、あなた謙虚なのね。私は穏やかに過ごしてみたいわ。どうしても、叶えてみたかった」

 ◇

 【シミュレート3】
 ◆もしも人生をやり直すことになったら?◆

「それでもきっと」
「私は同じ人生を歩んでしまうと思う」
 
 ◇

 【リプレイ1】

 神原駿河は自省する人間であれ、自制する人間ではなかった。
猿に願い、阿良々木暦を襲って以来、己の性分に対して向き合う機会もそれなりにあった。
畢竟、もとをただせば猿に願ってしまう性分がために起こった事件といっても差し支えはないだろう。
 猿の手。雨降りの悪魔。レイニー・デヴィル。
三つの願いを己と引き換えに叶える、忘れ形見。
一度は、幼きプライドを。
二度は、拙きプロミスを。
そして今。
三度目。
神原駿河は神か悪魔か、あるいは己に誓い、願いの果てに血を吐いた。

「…………せん、ぱ、いっ」

 殺し合いの場において。
救いのないこの場所で、彼女自身が救いにならんと、彼女自身が役に徹した。
心を投げ捨て悪になり、身を差し出し悪魔になった。
誰を助けたかったのか、意識がもうろうとする中ではもはや思い出すこともない。
 そうして願いに殉じた彼女はひとり、静かに息を引き取った。

 ◇

 【リプレイ2】

 新たに『師』と仰ぐ人間に巡り合えた。
記憶に封をし、信号は青になる。
紫木一姫はまっさらな人生を歩き始めた。

 ――ひゅん、ひゅん、ひゅん

 それでも。
彼女は紫木一姫であった。
カーニバルが始まれば野性に目覚めるように。
戦場に立てば、『危険信号(シグナルイエロー)』は煌々と回る。

「あなたの意図は、ここで切れます」


 【観測結果】

 神原駿河――予備候補
 紫木一姫――予備候補

875檻と澱 ◆xR8DbSLW.w:2023/06/27(火) 23:59:15 ID:Scku84iU0

 
 ◆Ⅳ  人生はゲームなんです。 >>>>> リセットしてください
 
 
 
「刻限だ」

 放送明け。ランドセルランドの一角。
櫃内様刻の前に現れた男は、前置きもなく言い放った。
自己紹介すらしない不遜な態度である。
とはいえ不服でもない。実際のところ、男の正体には見当がついている。
勇猛な獅子のたてがみがごとき金髪、有象無象を見下ろす眼光。
威風堂々、傍若無人、さながら《王者》のたたずまい、玖渚友から伝え聞いていた通りの威容はまさに。

「おまえが都城王土か」
「ことここに至って普通なる俺を探る必要はあるまいよ」

 櫃内としても同感だ。
変幻自在のオルタナティブ、真庭蝙蝠が死んだ今、彼を偽物だと疑う余地はない。必要もない。
彼が主催一派のポーンであることもすでに明かされている。
たとえ参加者のひとりであったとしても、関係がない。
 話は簡単だ。櫃内は炎刀《銃》の片割れを構え、都城の心臓を狙い、引き金を引く――、

「そう逸るな」

 ちいさく、いさめるように都城は零す。
忠告を聞く道理もないが、気持ちとは裏腹に櫃内の指は痺れたように固まる。
動かしたいのに、動かない。くだんの《言葉の重み》か。
 《銃》を構えたままに制止する櫃内の様子を認めれば、都城は本題とばかりに話を戻す。

「死にたいのならばあとにしろ。慈悲もなく殺してやる。だが――ひとまず貴様にも聞かねばなるまい」
「…………」
「行橋未造なる人間を見なかったか」
「…………」
「そうか、まあいい。期待はしてなかったよ」

 櫃内の揺らぎもしない瞳の奥が、何よりも雄弁に物語る。
供犠創貴も、真庭蝙蝠も、零崎人識も、戦場ヶ原ひたぎも、同じ瞳をしていた。
ほんの一瞬の瞑想。つとめて心を平静に。
実験が始まり約一日。
たかが一日か、されど一日か。

「この俺が傀儡とは、皮肉というべきか、因果応報、自業自得というべきか」
「懺悔なら保健室にでも行ってくれ」
「すべてが終わればそれもいいだろうが――もっとも、それを望んでいるのは貴様の方だろう」

 視線の交錯。
櫃内の瞳には敵意も不信もあるが、熱意がない。
生きているから生きている、ただそれだけのがらんどう。
誰の声も届かない非通知のむくろ。
呪い名《時宮病院》、操想術に狂わされた末路と思えばよくこの程度に堪えたと称するべきか。
洗脳の類のおぞましさは、他ならぬ都城にはよく理解できる。
で、あればこそ――、

「櫃内様刻。平凡なる《平和主義》。流るるままの青春を謳歌していた者よ。
 世界は不気味か。未来は素朴か。現実は囲われているか。
 失望しろ――俺たちは劇的に生きるしかない」

 都城は、櫃内に向けて発信する。

「貴様に仕事を選ばせてやろう」

876檻と澱 ◆xR8DbSLW.w:2023/06/27(火) 23:59:57 ID:Scku84iU0
 ◆Ⅴ


「他人の願いを叶える余裕があるならば――自分の願いを叶えてみてはいかがですか」

 臨時講師として学校法人私立千載女学園に派遣されていた病院坂迷路がそんな話をしたのは、さていつのことであったか。
人並みに利己的で、月並みに社会的で、軒並み普遍的な感性を抱いていた彼女――もとい彼らしい至極まっとうな指摘だ。
不可能であるという点に目を瞑れば、ぐうの音もでない正論だった。
 不知火袴は寂々たる部屋の一角で追想する。
すでに息を引き取った骸の言葉ではあるものの、あるいはだからこそか、一定の重みがある。
いくら暖簾に腕押しといったところで、彼がそういう異議を唱えたという事実に変わりはない。

「……ほほ」

 傍系の病院坂。
役割も違えば、性別も違う。
おおよそ無価値な代替品。
無意味な任に就いていたとして、彼は間違いなくバックアップでしかないはずなのに、《自分の願い》とは大それたことを言う。
同じ影武者の出自として可笑しくもあり、微笑ましくもある。
 それでもしかし、繰り返すようだが至極まっとうな指摘であるとも、不知火袴は感じていた。
自分の願い。
不知火袴の願い。
影武者ではない、自分自身の願い。
――それは間違いなく、胸の内に秘めている。

「――懐かしい」
 
 願いの原点。克己の核心。
まだ幼い時分、箱庭学園の生徒として通っていたあの頃。
亡くなった生徒がいた。
級友だった。
いまだ鮮明に想起できるような、もはや色褪せてしまったまやかしのような、記憶のかけら。
仮に人生をロードマップ化したならば、契機や転換点と呼べるものはそこであろう。
 あの時。
自分は何を願ったか。
フラスコ計画を立ち上げ、《十三組の十三人》を集結させ、《-十三組》を終結させるまで至らせた願い。
ひいてはこの《バトルロワイアル》を開幕させるほどの――。

「あひゃひゃ、おじいちゃん、急にどうしたのさ」

 物思いに耽る老爺の姿を見かねたのか。幼い声が降りかかる。
後方のソファに鎮座するのは孫娘、不知火半袖。
手持ち無沙汰を誤魔化すようにふらふらと足をぶらつかせる様子はさながら無垢な少女のようだ。
祖父の家に帰省した小学生の図――ともすれば、そんな風にも映るだろう。
しかし当然、これは平和な一コマなどではない。
主催者の居城で交わされる密会だ。

「いえ、いよいよ大詰めといった具合だと、そう思っただけですよ」

 すすす、と。
湯呑みをゆっくりと傾けながら、言葉を落とす。
参加者たちに殺し合いを通達した主催者。
好々爺然としたゆるりとした所作に似合わないほど、
モニターをしかと睨め付ける視線はひどく鋭い。

「影なる我々の手引としては、上々な仕上がりと言えましょう」

 不知火の里――影武者の一族。不知火袴。
天才に踏みにじられるための影(ふみだい)。斜道卿壱郎。
無私を貫き誰がための機能と生きる、日陰の策師。萩原子荻。
表舞台に立ちながら舞台装置に徹する日向の鍛冶師。四季崎記紀。
フラスコチャイルド、次善の王。都城王土。
所詮は何かの《代替品》に過ぎなかった我々にしては――上等だ。
 半袖はわらう。いつもの調子で、気軽に。
世間話でもするような朗らかさで、それよりも、と。

「飽きないね、きみも」

 誰でもない声で、誰かがそんな風に言った。

877檻と澱 ◆xR8DbSLW.w:2023/06/28(水) 00:00:41 ID:R64NV3OE0
投下終了です。
指摘感想等あればよろしくお願いいたします。


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