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仮投下スレpart1

762 ◆xR8DbSLW.w:2013/04/07(日) 01:51:41
なるほど、把握いたしました。
ならば、現状では状態表に変更点はないということでよろしくお願いします。
お手数おかけして申し訳ございません。ご協力ありがとうございました

763 ◆wUZst.K6uE:2013/06/08(土) 13:32:43
本スレが容量落ちしたためこちらに続きを投下します

764配信者(廃神者) ◆wUZst.K6uE:2013/06/08(土) 13:33:54
 
 合縁というか奇縁というのか、あるいは因果とでも言やいいのか。
 「徹頭徹尾、傑作だぜ……」
 携帯を返そうとして、ついさっき聞いたばかりのことを思い出す。そういやあいつ、掲示板がどうとか言ってたっけな……。
 「どうかしたの? とりあえず携帯を返してほしいのだけど」
 「あ、わり。サンキュな」
 とりあえず携帯を返し、そしてさりげなく自分の携帯を取り出す。
 まずは俺が先にどんな情報なのかチェックさせてもらうか……なんかあいつの口ぶりからして、厄介な情報である予感が半端なくするからな。
 携帯を操作して、掲示板のページを開く。アホっぽい発言かもしれねーが、最近の携帯ってホント便利だな。パソコンいらねーじゃん。
 「あ? これって――」
 『情報交換スレ』と書かれた項目に、確かに新しい情報が書き込まれているのを見つける。
 ……どうやら予想通り、厄介な情報のようだなこりゃ。



   ◆  ◆  ◆



 「よーっし! 電話番号ゲットできたことだしさっそくいーちゃんに発信! 発信オーライ! きゃっほう!!」
 「……盛り上がってるとこ悪いんだけど、玖渚さん」
 携帯で通話しながらパソコンを操作するという器用な振る舞いを見せていた玖渚さんが通話を終えたところで、僕はようやく呼びかける。
 「禁止エリアに入るまでの時間がそろそろ危なくなってきてる。これ以上の電話は後にして、脱出のほうを優先してくれないかな」

 ある程度余裕を持って脱出しなければいけないことを含めると、さすがにもう限界だ。
 というか、自分でも「時間がない」と言っておいてなぜ立て続けに電話をかけようとするのか……。

 「むー、やっといーちゃんと話せると思ったのに。まあ仕方ないか、下山しながらでも電話はできるし」
 そう言って携帯電話を制服のポケットに収め、また流れるような速さでキーボードを叩き始める。
 「ほいさっと、セキュリティ解除かんりょー。じゃあ荷物まとめるから三分ほど待っててね、形ちゃん。あ、詳細名簿とDVD返すね。さんくー」
 「……もういいのかい?」
 「うん、中身は全部記憶したし。――さてと、このパソコンとももうお別れだし、ちゃちゃっと整理しようかな」
 「…………」

 何なのだろう、この娘は。
 まるでついさっきまでの僕との会話を忘れてしまったかのように、上機嫌に鼻歌を歌いながらキーボードを叩いている。「荷物をまとめる」というのは、パソコンのデータのことを言っているのだろうか……。
 切り札のように言っていたセキュリティもあっさり解除し。
 僕が「仲間」になるかどうかという問いかけも、はじめからなかったかのような振る舞い。

 (ああ――そうか)

 この娘は、僕のことなんて最初から眼中にないのか。
 この娘にとって今の僕は、自分を禁止エリアの外に運んでくれるための装置でしかないのだろう。それ以上でもそれ以下でもなく、敵でもなければ味方でもない。
 さっき僕が言い放った「敵対する」という言葉も、本当に彼女を不快にさせていたかどうかはわからない。逆鱗に触れるどころか、実際には感情を動かすことすらできていなかったのではないだろうか。

 ――ふん、『合格』だな。お前ならちゃんと資格がある。

 山中であったあの不気味な男は、僕のことをレア・ケースと評したが。
 この青い髪の少女から見た僕は、心を動かすまでもない、取るに足らない存在でしかないのか――

765配信者(廃神者) ◆wUZst.K6uE:2013/06/08(土) 13:34:44
 
 『いーちゃん』。

 どこの誰とも知らないその誰かに、僕はほんの少しの嫉妬を覚え、かつてないほどに同情した。
 この少女に愛される存在というのは、いったいどんな人間なんだろうか。そしてそれは、どれほどまでに不幸な人生を歩むということなのだろうか。
 こんな異常な存在にとって、特別であるということは。

 「掲示板の連絡フォームからのメールは、僕様ちゃんの携帯に転送されるようにすればいいか――必要なデータはこれの空き部分に保存して……これでよしと」

 「荷物」をまとめ終えたらしき玖渚さんは、デスクトップ型のパソコンに接続されていた黒い箱型の装置を外してデイパックの中にしまいこむ。
 ……外付けのハードディスク?

 「これの中身については、舞ちゃんたちと合流してから改めてミーティングかな――あ、お待たせ形ちゃん。さっそく行こうか」
 「……ああ、行こうか」
 今は、これ以上考えるのはやめよう。それこそ時間の無駄でしかない。
 「時間も時間だし、ちょっと急ぐ必要があるからおぶって運ぶことになるけど――」

 言ってからはたと気付く。僕も玖渚さんも自分のぶんのデイパックを背負っているから、この状態で玖渚さんをおぶるのはちょっと無理がある。
 玖渚さんを背負ってデイパックは両手に持つという選択肢もあるけど、それだと両手がふさがってしまう上に格好としても不安定すぎるような……。

 「じゃあこうしたらいいんじゃない?」

 僕が考えていると、玖渚さんは椅子の上から僕へと向けてぴょんと跳躍し、首筋にしがみつくようにして僕の身体にぶらさがってきた。

 「あ、ヤバいヤバい落ちる落ちる。支えて支えて」
 「…………」

 僕は黙って、右腕で玖渚さんの小さな身体を抱えあげるようにする。ここに来てすぐ玖渚さんにされたのと同じ、正面から抱き合うような形だ。
 結局この体勢で運ぶのか……まあ、確かにこれならデイパックは邪魔にはならないけど。
 念のため、玖渚さんの支給品のひとつだというゴム紐で互いの身体を(手で簡単に解ける程度に軽く)結んでおく。これなら万が一のとき、とっさに両腕を使うこともできる。
 どこか犯罪的な絵面に見えないこともないが、そこは気にしたら負けだ。

 「ああ……そうだ玖渚さん」
 時間がないのはわかっているけど、僕もひとつ言っておきたいことがある。
 「さっきは敵対する選択もあるなんて言ったけど、あれは撤回するよ。僕は君を敵に回すつもりなんてない――だけど、君が敵視しようとしている人を僕も同じく敵視するかといったら、答えはノーだ。黒神さんを敵と定める気も、僕にはない」
 抱き合うような姿勢のため、玖渚さんの表情を窺うことはできない。もしかしたら聞き流されているのかもしれないけど、構わずに続ける。
 「黒神さんだけじゃない。ここにいる参加者の誰とも、できることなら僕は敵対したくないんだ。僕たちに敵がいるとしたら、それはこんな実験を企てた主催者のはずだ。参加者同士で敵対しあっていたら、それこそ主催の思う壺だろう。
 主催に与するような人がいたら、もちろん闘うさ――だけど排除するためじゃない。救うために闘うんだ。いま生き残っている人たちだけでも構わない。その全員が無事にここから帰れることを、僕は望んでいるんだ」

 火憐さんがそれを望んでいたように。
 悪人がすべて倒され、皆が救われて、最後に正義が勝つ。そんなハッピーエンドを僕も望もう。
 正義の味方でなく、正義そのものだと豪語していた火憐さん。
 彼女が教えてくれたものを、僕は無駄にしたくない。僕は誰も殺さないし、誰も見殺しにしたりしない。

 僕が守りたいものは、
 火憐さんから受け継いだ、「正義そのもの」だから――。

 「正義。正義かあ」
 反応は期待していなかったけど、唐突に玖渚さんがそう呟く。
 くふふ、と含んだような笑い声を漏らしながら。

766配信者(廃神者) ◆wUZst.K6uE:2013/06/08(土) 13:35:21
 
 「正義。正しく義しいと書いて正義。正義はいい言葉だよね、形ちゃん――しかし形ちゃん。正義と神が闘ったらどっちが勝つのかな」
 「…………?」
 「黒神めだか(改)が元の黒神めだかに戻れたのは、人吉善吉くんって人の力があったおかげっていうのはさっき話したよね。
 その善吉くんがどういう人間なのか僕様ちゃんはデータでしか知らないけど、きっと善吉くんは『正義』なんていうご大層な名目を掲げて黒神めだかを助けたわけじゃない。ただ単純に、自分にとって大切な人を助けたいっていう気持ちで助けたんだと思う」
 「それは……僕もそう思う」
 善吉くんが黒神さんを助けるのに『正義』なんて言葉は必要ないだろう。
 正しくなくとも義しくなくとも、善吉くんは黒神さんを助けるためになら命すら張るに違いない。
 「むしろ正義なんてものを標榜してるうちは、きっと黒神めだかを救うことなんてできない。正義ってのは形はどうあれ不特定多数のものを対象にしないと成立しないものだからね。黒神めだかを救うってのは、おそらく黒神めだか一人と徹底して向き合うってことを意味する。あれが求めてるのは、きっと正義なんかじゃなく人間だから」
 僕は答えない。
 玖渚さんはさらに言う。
 「形ちゃんが正義を貫き通すつもりなら、黒神めだかを倒すことはできても救うことはできないと思うよ? 理由はどうあれ一人殺しちゃってるんだし、それを見逃したらやっぱり正義としては失格だよね? 正義を捨てるか、神を棄てるか――形ちゃんはどっちを選ぶのかなぁ」

 まあただの戯言だけどね――と嘯いて、玖渚さんはそれ以上何も喋らなかった。

 「…………」

 ……やっぱり僕には、この少女の内面は理解できない。今の台詞も本気で言っているのか、ただのいい加減な思いつきなのか判断がつかなかった。
 でも、今はこれでいいと思う。
 今の僕ひとりにできることは、目の前の人間を救うくらいのことだ。玖渚さんを無事に伊織さんたちの下へ送り届けること。今はそれだけに専念すればいい。
 黒神さんのことを考えるのも、玖渚さんとちゃんとした協力関係を結ぶのも、その後からでも遅くはないだろう。
 火憐さんの言う「正義そのもの」には程遠いかもしれないけれど。
 『異常』を失った僕には、まずはこの程度が相応しい。
 玖渚さんを抱えたまま、出口へと向けて駆け出す。余計なトラブルさえ起こらなければ、時間までにエリアの外には出られるだろう。
 外の景色が平穏なものでありますようにと、なぜだか僕はそんな意味のないことを願った。



   ◆  ◆  ◆



 宗像形に失敗があったとしたら、それはDVDの扱いに関して玖渚に明言しておかなかったことだろう。
 宗像にとってDVDは「黒神めだかの無実を証明するための証拠品」でしかなかった。だから「黒神めだかが本当に人を殺していた場合」について想定していなかったのがその原因といえる。
 本当ならば、映像を確認した時点で「自分の許可なくDVDを他人に見せないこと」を玖渚に言い含めておくべきだったのだろう。玖渚の性格と都合を考えれば、仮に言っておいたとしても結果は変わらなかったかもしれないが。

 それでも、言質を取っておくくらいのことはしておくべきだった。
 宗像自身、「掲示板に映像をアップロードする」という発想には思い至っていたのだから。

 「黒神めだかは邪魔者」とまで言った玖渚に対し、黒神めだかが殺人を犯した証拠となる映像を自由に扱わせたというのは、宗像にとって失敗以外の何物でもないだろう。
 かくして。
 宗像が図書館より入手した、バトルロワイアルにおける死者の映像を記録したDVD。その中身は玖渚が管理する掲示板の情報交換スレに、動画データとして軒を連ねることになったのだった。

 ただし、玖渚が不都合と判断した映像を除いた上で。

767配信者(廃神者) ◆wUZst.K6uE:2013/06/08(土) 13:37:00
3:情報交換スレ
 2 名前:管理人◆Dead/Blue/ 投稿日:1日目 午後 ID:kJMK0dyj
 第一回放送までに殺された参加者たちの死に際の映像を一部入手しました。
 現在手に入っているぶんの映像だけアップロードします。無修正なので閲覧注意!

 阿良々木暦:[動画データ1]
 真庭喰鮫 :[動画データ2]
 浮義待秋 :[動画データ3]
 零崎曲識 :[動画データ4]
 真庭狂犬 :[動画データ5]
 阿久根高貴:[動画データ6]
 病院坂迷路:[動画データ7]
 とがめ  :[動画データ8]


【一日目/午後/D-7斜道卿壱郎の研究施設】
【玖渚友@戯言シリーズ】
[状態]健康
[装備]携帯電話@現実、ゴム紐@人間シリーズ
[道具]支給品一式、ハードディスク、ランダム支給品(0〜1)
[思考]
基本:いーちゃんに害なす者は許さない。
 1:掲示板を管理して情報を集める。
 2:貝木、伊織、様刻、戦場ヶ原に協力してもらって黒神めだかの悪評を広める。
 3:いーちゃんと早く連絡を取りたい。
 4:形ちゃんはなるべく管理しておきたい
[備考]
 ※『ネコソギラジカル』上巻からの参戦です。
 ※箱庭学園の生徒に関する情報は入手しましたが、バトルロワイアルについての情報はまだ捜索途中です。
 ※めだかボックス、「十三組の十三人」編と「生徒会戦挙」編のことを凡そ理解しました
 ※言った情報、聞いた情報の真偽(少なくとも吸血鬼、重し蟹、囲い火蜂については聞きました)、及びそれをどこまで理解したかは後の書き手さんにお任せします
 ※掲示板のIDはkJMK0dyjが管理用PC、MIZPL6Zmが玖渚の支給品の携帯です
 ※携帯のアドレス帳には櫃内様刻、宗像形、無桐伊織、戦場ヶ原ひたぎ、戯言遣い(戯言遣いのみメールアドレス含む)が登録されています。
 ※ハードディスクを解析して以下の情報を入手しました。
  ・めだかボックス『不知火不知』編についての大まかな知識
  ・不知火袴の正体、および不知火の名字の意味
  ・主催側が時系列を超越する技術を持っている事実
 ※主催側に兎吊木垓輔、そして不知火袴が影武者を勤めている『黒幕』が存在する懸念を強めました。
 ※ハードディスクの空き部分に必要な情報を記録してあります。どんな情報を入手したのかは後の書き手様方にお任せします。
 ※第一回放送までの死亡者DVDを見ました。内容は完全に記憶してあります。
 ※参加者全員の詳細な情報を把握しています。

【宗像形@めだかボックス】
[状態]身体的疲労(中) 、殺人衝動喪失
[装備]千刀・鎩(ツルギ)×564@刀語
[道具]支給品一式×2、コルト・パイソン(6/6)×2@人間シリーズ、スマートフォン@現実、「参加者詳細名簿×1、危険参加者詳細名簿×1、ハートアンダーブレード研究レポート×1」、「よくわかる現代怪異@不明、バトルロワイアル死亡者DVD(1〜10)@不明」
[思考]
基本:阿良々木火憐と共にあるため『正義そのもの』になる。
 0:玖渚さんと一緒に禁止エリアから脱出する。
 1:主催と敵対し、この実験を止める。そのために黒神さんを止める。
 2:機会があれば教わったことを試したい。
 3:とりあえず、殺し合いに関する裏の情報が欲しい。
 4:玖渚友に対する不信感。だけどできれば協力してもらいたい。
 5:『いーちゃん』がどんな人なのか気になる。
[備考]
※生徒会視察以降から
※めだかボックス、「十三組の十三人」編と「生徒会戦挙」編のことを玖渚から聞いた限りで理解しました
※阿良々木暦の情報はあまり見ていないので「吸血鬼」の名を冠する『異常』持ちだと思っています
※無桐伊織を除いた零崎四人の詳細な情報を把握しています
※参加者全員の顔と名前などの簡単な情報は把握しています
※危険参加者詳細名簿には少なくとも宗像形、零崎一賊、匂宮出夢のページが入っています
※上記以外の参加者の内、誰を危険人物と判断したかは後の書き手さんにおまかせします
※携帯電話のアドレス帳には櫃内様刻、玖渚友が登録されています
※第一回放送までの死亡者DVDを見ました。誰が誰にどうやって殺されたのかは把握しています

※死亡者DVDには「殺害時の映像」「死亡者の名前」「死亡した時間」がそれぞれ記録されています

768配信者(廃神者) ◆wUZst.K6uE:2013/06/08(土) 13:37:59
【1日目/午後/C-3 クラッシュクラシック前】
【戦場ヶ原ひたぎ@物語シリーズ】
[状態]健康、強い罪悪感、しかし確かにある高揚感
[装備]
[道具]支給品一式×2、携帯電話@現実、文房具、包丁、炸裂弾「灰かぶり(シンデレラ)」×6@めだかボックス、賊刀・鎧@刀語、斬刀・鈍@刀語、お菓子多数
[思考]
基本:優勝する、願いが叶わないならこんなことを考えた主催を殺して自分も死ぬ。
 1:本格的に動く。協力者も得られたし頭を使ってうまく立ち回る。
 2:阿良々木君の仇を取るまでは優勝狙いと悟られないようにする。
 3:黒神めだかは自分が絶対に殺す。そのために玖渚さんからの情報を待つ。
 4:貝木は状況次第では手を組む。無理そうなら殺す。
 5:掲示板はこまめに覗くつもりだが、電話をかけるのは躊躇う。
 6:ランドセルランドに羽川さん……?
[備考]
 ※つばさキャット終了後からの参戦です。
 ※名簿にある程度の疑問を抱いています。
 ※善吉を殺した罪悪感を元に、優勝への思いをより強くしています。
 ※髪を切りました。偽物語以降の髪型になっています。
 ※携帯電話の電話帳には零崎人識、戯言遣い、ツナギ、玖渚友が登録されています。

【零崎人識@人間シリーズ】
[状態]健康
[装備]小柄な日本刀 、携帯電話@現実
[道具]支給品一式×6(内一つの食糧である乾パンを少し消費、一つの食糧はカップラーメン一箱12個入り、名簿のみ5枚)、医療用の糸@現実、千刀・ツルギ×2@刀語、
   手榴弾×1@人間シリーズ、青酸カリ@現実、S&W M29(6/6)@めだかボックス、大型ハンマー@めだかボックス、デスサイズ@戯言シリーズ、彫刻刀@物語シリーズ
[思考]
基本:戯言遣いと合流する。
 1:戦場ヶ原ひたぎと行動、診療所へ向かう。ひたぎは危なっかしいので色んな意味で注意。
 2:伊織ちゃんと連絡を取る。合流するかどうかは後から決める。
 3:兄貴には携帯置いておいたから何とかなるだろ。
 4:真庭蝙蝠、水倉りすか、供犠創貴、宇練銀閣を捕まえる。
 5:西東天に注意。
 6:事が済めば骨董アパートに向かい七実と合流して球磨川をぼこる。
 7:哀川潤が放送で呼ばれれば殺人をしないつもりはない。
[備考]
 ※曲絃糸の射程距離は2mです。
 ※曲絃糸の殺傷能力(切断・絞殺など)は後の書き手さんにおまかせします。
 ※りすかが曲識を殺したと考えています。
 ※Bー6で発生した山火事を目撃しました。
 ※携帯電話の電話帳には戯言遣い、ツナギ、戦場ヶ原ひたぎ、無桐伊織が登録されています。
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました。


【1日目/午後/F-7】
【無桐伊織@人間シリーズ】
[状態]殺人衝動が溜まっている
[装備]『自殺志願』@人間シリーズ、携帯電話@現実
[道具]支給品一式×2、お守り@物語シリーズ、将棋セット@世界シリーズ
[思考]
基本:零崎を開始する。
 1:曲識、軋識を殺した相手や人識君について情報を集める。
 2:今は様刻さんと一緒に図書館へ向かいましょうか。
 3:黒神めだかという方は危険な方みたいですねえ。
 4:宗像さんと玖渚さんがちょっと心配です。
[備考]
 ※時系列では「ネコソギラジカル」からの参戦です。
 ※黒神めだかについて阿良々木暦を殺したらしい以外のことは知りません。
 ※宗像形と一通りの情報交換を済ませました。
 ※携帯電話のアドレス帳には箱庭学園、ネットカフェ、斜道郷壱郎研究施設、ランドセルランド、図書館の他に櫃内様刻、玖渚友、宗像形が登録されています。

【櫃内様刻@世界シリーズ】
[状態]健康 、『操想術』により視覚異常(詳しくは備考)
[装備] スマートフォン@現実
[道具]支給品一式、影谷蛇之のダーツ×10@新本格魔法少女りすか
[思考]
基本:死んだ二人のためにもこの殺し合いに抗う。
 1:図書館へ向かう。
 2:時宮時刻を殺したのが誰か知りたい。
 3:玖渚さんと宗像さんは大丈夫かな……。
[備考]
 ※「ぼくときみの壊れた世界」からの参戦です。
 ※『操想術』により興奮などすると他人が時宮時刻に見えます。
 ※黒神めだかについて詳しい情報を知りません。
 ※スマートフォンのアドレス帳には玖渚友、宗像形が登録されています。
 ※阿良々木火憐との会話については、次以降の書き手さんに任せます。


支給品紹介
【ゴム紐@人間シリーズ】
玖渚友に支給。
人間の力では伸びも縮みもしない特殊なゴム紐。頑丈な刃物でなければ切断することも容易ではない。
「緊縛女子高生之図」を構成する重要な要素。

769 ◆wUZst.K6uE:2013/06/08(土) 13:45:58
以上投下終了です。
>>767の[動画データ]の部分にはリンクが貼ってあるイメージですが、実際の掲示板に貼ってある感じがどんななのかわからないので、知っている方がいたらご意見お願いします
その他にも矛盾点や誤字脱字などあればご指摘お願いします

770 ◆ARe2lZhvho:2013/06/09(日) 08:06:21
投下乙です!
いやあもうキャラがすっごい生き生きしている
伊織ちゃんとのかけあいで天真爛漫さが表れてるなーかわいいなーと思ったら宗像君への蒼モードでの脅しが冗談抜きで怖い
信じられるか?これ、同じ人なんだぜ…
ぜろりんの情報に食いつくとことかもかわいーなーとか思ってたら最後にとんでもない爆弾落としていきやがったよ!
これでランドセルランドにかなりフラグ集まったけどどうなることやら

掲示板については自分も詳しくはないですがそこまでこだわるところではないのでこのままでいいかと思います

771 ◆ARe2lZhvho:2013/07/25(木) 19:04:35
完成しましたがちょっとぶっぱしてるところがあるので仮投下します

772拍手喝采歌合 ◆ARe2lZhvho:2013/07/25(木) 19:05:33
「七花、この、馬鹿者がっ!」

ふいに怒鳴られておれは我に返る。
ぼんやりとしていた意識を集中させると目の前にいたのはとがめだった。
いつもと変わらない十二単を二重に着たような豪華絢爛な服。
姉ちゃんに切られたことですっかり短くなってしまった白髪。
……ん、いつも?

「なんだ……とがめか。どうしたんだよ急に」
「そなたのその身なりはどういうことなのだ一体!そんなに傷だらけになってしまって……」
「どうしたもこうしたもないだろう」

また細かいところでいちゃもんをつけてくる。
慣れたものだが、やっぱり一々返すのはめんどうだ。

「わたしが最初にあれほど口を酸っぱくして言ったではないか!『そなた自身を守れ』と」
「それのことか……もう守る必要はなくなったじゃないか。だって、とがめが――」

死んじまったんだから――とは言えなかった。
そうだ。
とがめはもう死んでんだ。
右衛門左衛門に撃たれたときと唐突に巻き込まれた殺し合いとで二回。
この殺し合いで死んだのかどうかは本当のことか確かめる術はないけど、右衛門左衛門に撃たれたときは確実に死んだ。
おれが最期を看取ったんだ。
おれがとがめを埋めたんだ。
なら、おれの目の前にいるとがめは、これは『何』なんだ?

「――――全く、気付くのが遅いぜ、鑢七花くん」

にんまりと浮かべた笑いはいつも見ていたとがめの笑顔とは違っていて。

「僕は安心院なじみ。親しみを込めて安心院(あんしんいん)さんと呼んでくれたまえ」

目の前のとがめがとがめじゃないことをようやくおれは理解した。


  ■   ■


零崎双識が弟である零崎人識と別れてからの数時間、収穫はあったのかどうか――

横転し、更に扉を蹴破られた軽トラックだったが、動かすことはできた。
日本車の頑丈さに感心しつつ、未だ眠っている鑢七花を助手席に乗せる。
後ろ手で縛っているとはいえ、目覚めたときに暴れられては厄介とシートベルトで固定。
あまりいい体勢とは言えないが、双識には相手のことを考える義理はない。
右側がやけに涼しい状態でまずは喫茶店に向かい、要約してしまえば『黒神めだかは危険』と書かれた貼り紙を目撃。
店内もざっと見回したが、人がいた形跡こそあれど、気配は感じられなかった。
そのまま地図では最西に位置する施設である病院へ。
開始直後のテンションであったなら箱庭学園でそうしたようにナース服などを嬉々としながら集めまわったかもしれないが、今の双識にはそのような余裕はない。
ハンガーに掛かっていた『形梨』と名札のついた白衣をスルーし、治療器具などをかき集めつつ院内を捜索する。
こちらは人がいた形跡すら希薄だった。
それは病院に立ち寄ったのが元忍者だった左右田右衛門左衛門で、持ち去ったのがメスと瓶に入った血液のみだったからかもしれないが。
そして、悪刀のおかげで感覚が鋭敏になっている双識だからこそ気付けたのだろうが。
生理食塩水や栄養点滴、果てはピンセットなども収集しつつ、病室から事務所など全ての部屋を見て回ったが、潜んでいる者はいなかった。
七花と共に回収しておいた右衛門左衛門のデイパックの中にあった携帯食料を頬張りつつ一戸建てへ行ったがこちらも多くを語る必要はないだろう。
部屋の隅に寄せられた画鋲、洗面所のゴミ箱に入っていた髪の毛、点けっぱなしだった砂嵐の画面のテレビ――
痕跡だらけではあったが、やはり人間はいなかった。
ふと時計を見て気付く。
人識が連絡を入れると言っていた時間を大きくオーバーしていた。
車が動いたことで時間にゆとりがあると油断し探索に時間を割いた結果がこれだ。

773拍手喝采歌合 ◆ARe2lZhvho:2013/07/25(木) 19:06:19
急いでクラッシュクラシックに戻ったが当然、もぬけの殻だった。
彼らが逃げ込むとすれば周囲から見えにくい場所――建物か山の中だろうと考え、施設が集中している西側が可能性が一番高いと双識は判断した。
確かに、彼らは建物に逃げ込んだがそれはクラッシュクラシックの南側に位置していた学習塾跡の廃墟だったことが一つ目の『不運』。
更に、山火事が広がっている現在、元いた場所には戻らないだろうと西東診療所を捜索の対象から外してしまったことが二つ目の『不運』。

――結果、真庭蝙蝠と水倉りすか、宇練銀閣(と名乗った供犠創貴)を捉えることはできず、家族と再会することも叶わず、収穫はなかったに等しい。

「本当に、何をやっているんだろうな、私は……」

ため息と同時に零れ落ちる言葉。
静まりかえった店内でそれを聞く者はいない。
七花は依然眠ったままなので車内に放置してある。
ピアノの鍵盤に挟まるように隠してあった人識からの書き置きを見つけ、それに伴い携帯電話も曲識の服のポケットから手に入れることはできた。
元々持っていたものとは違っていたため、どこかから入手したのだろうと窺えたが深く考えたところで意味はないと考えるのをやめる。
随分と前から理解するのをやめた弟のことだ、どのような経緯であっても持ち前の気まぐれさで対処したのだろう。
車に戻りながら携帯を開くとそこに表示されていたのは待ち受けではなくシンプルに掲示板とだけ書かれたウェブサイト。
普通に携帯を操作していただけでは気付きにくいだろうと考えた人識からの気遣いだった。
下にスクロールしていくと『零崎曲識』と表示された文字列を目にし、驚愕に目が見開かれる。
いつの間にか足は止まっていた。


  ■   ■


……あれ?いつの間に否定姫が目の前にいるぞ。
安心院なじみと名乗った人物から目を離したつもりはないんだけど。
不思議には思ったが、まあいいか。
よくよく考えてみれば彼我木という前例がいたんだし。

「本来このスキルは君の認識に干渉するから口調も本人のものにできるんだけど、君が混乱しそうだからわざと変えていないだけさ。
 それにしてもここにきてようやくうっすらと目的が見えてきたって感じかな。まあ、君に言ってもわからないだろうけどね」

その通りだ。
別にわからなくていいことはわからないままでいいと思っているし。

「まさか『アイツ』がいるとは思わなかったけども……ま、どっちの結末を迎えるにしても確かにこのバトルロワイアルは悪くない手段だ」

おれ、いる意味あるのか……?
もうそろそろ動きたいところなんだけどなあ。

「つれない顔するなよ、七花くん。さっきまでの独り言だって覚えておけば後々いいことあるかもしれないぜ?」

そう言われても返事に困る、としか言いようがない。
第一、刀であるおれに期待しても意味ないと思うんだけどな。

「そんなことはなかったりするんだよなあ。特に七花くんのような稀少な存在はね」

稀少?おれが?

「そりゃそうだろう。人間にして刀、のような存在がそう易々と見つかるとでも思ってるのかい?」

言われてみればそうか。
だからどうしたってのが正直な気持ちだが。

「感情のない大男と言われるだけはあるねえ。刀集めの旅路で獲得した君の人間らしさはどこへ行ってしまったんだい」

こういうときに一々驚いたりと反応を示すのが人間らしさだとでも言いたいのか?

「おっと、そんなつもりはなかったんだよ。干渉できる人間は限られているみたいだからついからかってみたくなってしまってね。
 他人が出張ってるとこにいけしゃあしゃあと出ていくほど野暮じゃないし、昏睡状態では夢なんか見れないし」

774拍手喝采歌合 ◆ARe2lZhvho:2013/07/25(木) 19:07:23

……いい迷惑だ。

「まあまあ。ならお詫び代わりにちょっとサービスしておくからさ」

さーびす?
聞き慣れない単語だ。

「そういえば君達の世界じゃ外来語は通じないんだったっけ。わかりやすく言うなら贈り物ってところかな」

贈り物、ね。

「物質的なものじゃないから些か語弊があるけどね。少なくとも貰っておいて損はないはずだから安心していいぜ(安心院さんだけに)。」

はあ。
しかし、うまい話すぎやしないか?

「警戒するのもわからなくもないけどね。特に君は優勝狙いのマーダーなんだ、物語からすれば必要だけど終盤には邪魔になってしまうこともある存在だし。
 まあややこしい話はこの辺にして本題に移ろうか」

やっと本題なのか。
前置きが長すぎる。

「それは僕の管理不行届きだね、謝っておこう。さて、アドバイス――つまり助言だが、君が目を覚まして最初に会うことになる人間とは手を結んでおいた方がいい。
 君一人では知ることができない情報、特に君が最も欲しがっているであろう情報を彼は知ることができる」

おれが最も欲しがっている情報。
つまり……

「そう、とがめ君のことだ。彼女に何があったのかを彼は知ることができるのさ。そして君は彼が最も欲しがっている情報を持っている」

初耳なんだが、それは。

「君は元々持っていて、彼はここに来てから知ったのさ。それだけ言えば察しはつくだろう?」

……ああ、なるほど、そういうことか。

「ご理解いただけたところで僕はそろそろ失礼させてもらおうか。次がつかえてるし」

あ、いってくれるんだな。

「そりゃいつまでも他人の夢に居続けるってのはできないしね、もちろんサービスするのは忘れないけども。××××とはいえめだかちゃんが迷惑かけたようだし」

あれ?また姿が、声が、またとがめのものに変ってる。
おい、なんでおれに近づいてきてるんだ。

「ちゅっ」

……今、口、吸われた、のか?

「七花、わたしはそなたのことを愛していたぞ。――なんちゃってね」

一瞬だけ見せたそれは紛れもないとがめの姿で、声で、表情で、仕草で、本人と言っても問題ないもので。
――そのときおれはどんな顔をしていたのだろう。


  ■   ■


殺しておくべきだった。

775拍手喝采歌合 ◆ARe2lZhvho:2013/07/25(木) 19:08:52
動画を再生し終わった双識は二度蝙蝠を逃がしてしまったとき以上に後悔した。
だが、殺さずにすんでよかったのかもしれないと安心感に浸っている自分もいる。
なぜ曲識ほどの男が抵抗の跡すらなく満足したように死んでいたのか、音声がない以上想像で補う余地はあったが理解できた。
『あれ』は人類最強にも匹敵するバケモノだ。
一度完膚なきまでに殺されたにもかかわらず、復活した少女。
音使いである曲識の技術が通用せず圧倒的なまでの蹂躙を見せた女性。
双識だって、対峙すればあっさり白旗を上げてしまうだろう。
だから。
だからこそ。

「どうして逃げなかったんだよ、トキ!」

怒鳴らずにはいられない。
激怒せずにはいられない。
敵対者は老若男女容赦なく皆殺し。
あるときはたまたま目標と同じマンションに住んでいたという理由だけでそこに住む人間どころかペットまで一切合切殲滅したことがあるほどだ。

「お前のかたき討ちをする俺達の身にもなってみろよ!
 あの哀川潤以上かもしれない存在にどうやって太刀打ちすればいいかわかってるのか!
 リルはいないしアスは死んじまったし残ってる家族は人識と俺はよく知らない妹だけなんだぞ!
 それなのにそんなに満たされた顔浮かべて……本当に大馬鹿野郎だ、お前はっ!」

周囲の状況を考慮せず思いの丈を吐き出し続ける。
クラッシュクラシックはピアノバーだから防音設備がしっかりしているので問題ない、といった理屈すら頭から抜けているだろう。
きっと周りが開けたどうぞ狙ってくださいと言わんばかりの場所だったとしても同じように声を上げていただろう。
故に、気付けなかった。

「はいはーい、そこまで。いくら君が『資格』持ちだと言ってもこっちに出るのは疲れるんだよね」
「い……一体どこから」
「僕は安心院なじみ。親しみを込めて安心院(あんしんいん)さんと呼びなさい」

突然現れた目の前の存在に。


  ■   ■


「本当は腑罪証明(アリバイブロック)が使えればよかったんだけど、それを使うとさすがに干渉しすぎってことで自重させてもらったよ
「夢の中なら次元を超えるスキルである次元喉果(ハスキーボイスディメンション)と夢のスキルである夢無実(ノットギルティ)
「更に夢を司るスキルである夢人(ビッグチームドリーマー)の重ねがけだけで済んだのにこっちに出たらそうもいかない
「身気楼はただのお遊びさ――なんて君には関係なかったね
「こっちじゃ幻を司るスキルである幻の幻覚(ファンタジーイリュージョン)だけじゃなく
「音を司るスキルである喉響曲不幸和音(グラウンドサウンド)も使わなきゃいけないなんて難儀な話だ
「それもこれも僕の存在を隠すためでもあるんだけどさ
「いや、僕は認知されることはないだろうけど、君の声から突き止められるかもしれないだけで
「戯言遣いくんはもう八九寺ちゃんに話してそうだからあんまり意味はないとは思うけど保険は欲しいからさ
「ついでに話をとっとと進めるために説得のスキルである無知に訴える論証(ジェネラルプロパガンダ)
「抵抗でもされたら面倒だから戦意喪失のスキルである競う本能(ホームシックハウス)も使わせてもらってるんだけど
「ほら、この異常事態をすんなり呑み込めているだろう?
「え?僕が何者かって?
「さっきちゃんと言って……ああ、名乗ったのは名前だけだったっけ
「平等なだけの人外だよ、といつもは言うんだけど今回はちょっと事情が違うから……
「『物語』を整理する存在、とでも言っておこうか
「理解できないならそれでもいいさ、本題に移らせてもらうよ
「正直な話、ここで君と七花くんがいがみ合ってもらうと困るんだよね
「君達を取り巻く人間関係は随分複雑なものになってしまっている
「ここでどちらか、あるいは両方が落ちることは望まれていないということだ
「もちろん、メリットは存分にあるよ
「七花くんは君が喉から手が出るほど欲しがっている情報を持っている、と言えば十分だろう?
「僕がデング熱による倦怠感は取り除いてあげたし七花くんももう目を醒ましているはずだからさ

776拍手喝采歌合 ◆ARe2lZhvho:2013/07/25(木) 19:09:49
「まあ、いつまでも僕のことを覚えられていては後々困るかもしれないから記憶に残らないスキルである忘脚(レフトレッグス)を二人のときと同じく使わせてもらうけど
「すぐには忘れないから情報交換は滞りなく進むはずだろうし心配はいらないよ、尤もこれも忘れちゃうんだけどね
「それじゃあ、期待してるよ――家族愛を重んじる殺人鬼くん


  ■   ■


目が醒める。
心なしか体が軽い。
眠っただけの価値はあったようだな。
それにしてもあれは夢……でよかったのか。
夕日が見えたしかなり時間経っちまったようだな。
伸びをしようとして体が拘束されていることに気付いた。
あの夢が本当だとして、助言をするくらいならこうなってることくらい教えてくれてもよかったんじゃ……
そもそもここってどこなんだ?
首を動かして視界に入った建物を見て判断したところどうやらおれは元の場所に戻っていたらしい。
なんだか視点も高くなってるし、これはあのとき凄い速さで走ってたやつか?
つまり、おれをここに縛って運び込んだ人がいて、それがおそらく『手を結ぶ』方がいい相手ってことか。
そうでなくともこの状態で自由に動けなるわけないし、下手に抵抗しない方が賢明だってことくらいはわかる。
あ、建物から誰か出てきたみたいだ。
一人……なのか?
あのとき見たのは小柄なやつだったけど今はいないみたいだ。
まあ、いてもいなくても困らないけど。
あれ、あいつの胸に刺さってるのって――
……悪刀がなんでここに?


  ■   ■


現れたときと同様に忽然と安心院なじみが消えた後、双識は車へ戻りる。
無論、すんなり戻ったわけではない。
とはいえ、一度中断させられたことで昂った感情は落ち着き、曲識には再び来るときは水倉りすかの首と共に戻ると誓ってクラッシュクラシックを後にした。

「言ってた通り、目覚めていたか……」

ドアを開ける必要はなくなっていたため回り込んだだけで七花が起きていたことを確認できた。

「おれをこうしたのはあんたでいいんだよな?」

一方の七花も窓越しにクラッシュクラシックを出る双識を目撃していたので驚いた様子はない。

「理解が早くて助かるよ」
「見ての通りおれはこんなんだし、あんたをどうこうする気はない」
「一つ聞くが、安心院なじみという女に会ったか?」
「安心院さんと呼べと言ったあの女のことで合ってるなら」
「……なるほど」
「その口ぶりだとあんたも会ったようだな……おれはあんたと手を組んだ方がいいと言われたんだけど」
「こっちも似たようなことを言われたよ――なんでも私が喉から手が出るほど欲しい情報を持ってると聞いたが」
「……鑢七実、宇練銀閣、真庭蝙蝠、真庭鳳凰、左右田右衛門左衛門」
「ッ……!」
「まだ放送で呼ばれていない中でおれが知ってる人間だ。この中にいるんだろう?右衛門左衛門はおれがさっき殺しちまったけど」
「――その通りだ。それで、求める対価は?」
「三つ、かな。まずはとがめについて知っていることを教えて欲しい」

開始直後に箱庭学園で出会った蝙蝠が変態した姿を思い返すが、求めているのはそれではないだろう。
最初の放送で呼ばれていたはずと聞いていたし――と考え、思い至る。
掲示板で見た動画データの曲識の名前の下にそんな名前があったはずだ。

777拍手喝采歌合 ◆ARe2lZhvho:2013/07/25(木) 19:10:30
「それは実はこちらも確認が終わっていない。後回しにさせてもらってもいいか」
「まあ…いいけど。二つ目はその胸に刺さってる悪刀をどこで手に入れたか、だな。最後は――」



「これ、ほどいてくれないか?」



双識の予想にしていなかった範囲からの要求が飛んできたことでしばし呆気にとられる。

「ああ、済まなかったな」

そして数時間ぶりに双識の頬が少しだけ弛んだ。


  ■   ■


夢のお告げ?の通りにしたのは正解、だったのかな。
おかげでおれは知りたかったことを知ることはできたんだし。
どうやらここは未来の技術が使われているようだな。
建物も木でできてないやたらしっかりとした造りのものだったんだよな、そういえば。
四季崎と会っていたことはおれの現状把握には役立ったらしい。
勝手に動き出す絵にはびっくりしたが。
それにしても……めんどうだ。
とがめを殺したのがおれが壊したはずの日和号だったし、変体刀もどういうわけか普通にあるみたいだし。
こうなってくると残り十本の変体刀もあると思っていいかもしれないな。
双識に欲しがってた真庭忍軍と銀閣、それと一瞬出会っただけの水倉りすかについて話したら黙りっきりだし、正直暇だ。
まあ、これといって困るわけじゃないんだけどな。
おれが一番欲しかった情報は手に入れられたんだし。
しっかし、不要湖に日和号がいるとなると、随分移動しなくちゃいけないんだよな。
話を聞いた限りじゃ、これから東に向かうらしいし、やっぱりここは一緒にいた方が得策みたいだ。
途中で人に会える可能性も上がるってんなら悪くはない手段なんだよな。
もちろん、鳳凰と同じで最後は刃を向けることになるんだろうけども。
なあ、とがめ。
こんなおれでもとがめはおれを愛してくれるのか?


  ■   ■


「してやられた、というわけか……」

双識が呟いた独り言は七花には届かない。
あのとき真庭蝙蝠と一緒にいた少年は宇練銀閣ではなかったという情報を得られただけでもかなりの収穫ではあった。
他の動画も全て見せ、阿良々木暦という参加者が殺された映像が判断する限りでは喫茶店の貼り紙と合わないことに疑問は覚えたが。
いずれにしても掲示板の情報と照らし合わせれば、黒神めだかという参加者が危険であることには変わりはない。
七花から聞いたことと、西東診療所に現れたりすかの発言から、あの少年が供犠創貴である可能性が高いと思われるが確証も持てない。
これ以上この場所に留まっても、人識との合流が遅れるだけとなるともたもたしてはいられない。

「ひとまずは私と共に行くということになるがいいか?」

完全に警戒心を取り除いたわけではないが隣に座る七花に問いかける。

「かまわねえよ。おれにとっても移動手段があるというのはありがたい」
「そうか。多少揺れるかもしれないがそれくらいは我慢してくれ……しかしいざ合流したときその格好では少し困るな」
「?――ああ、そういえばおれ血だらけだったんだっけ」
「タオルの持ち合わせはないが、これを使うといい」

778拍手喝采歌合 ◆ARe2lZhvho:2013/07/25(木) 19:11:44
貴重な飲み水を消費するわけにはいかなかったので、代わりに生理食塩水で濡らした体操着を渡す。
それを受け取った七花が顔を拭い始めるのを確認すると車のアクセルを踏み込んだ。

(トキやアスの仇を討つためだ、利用できるものは全て利用させてもらう。昔からそうだったんだ、でなければ氏神と関係を持つこともなかっただろうしな)

これでいいのかと内から湧き上がる声を無理やり抑えつける。
家族のためだと理由をつけて。
隣で息を潜め、刃を研ぎ続ける刀に気づかないまま。

(おそらく携帯などの情報機器を持つ参加者は他にもいるはず。やつらは必ず殺すが、徒党を組まれては厄介だからな)

そして双識は爪痕を残していく。
参加者の半数以上が情報を得ることができる掲示板という場所に。

3:情報交換スレ
 3 名前:名無しさん 投稿日:1日目 夕方 ID:uvaupV5IG
 >>2
 阿良々木暦を殺したのは黒神めだか
 浮義待秋と阿久根高貴を殺したのは宇練銀閣
 零崎曲識を殺したのは水倉りすか
 とがめを殺したのは日和号だ

 不要湖にいる日和号は参加者を襲うロボットなので近付かなければおそらく被害には遭わないだろう

 また、水倉りすかに襲われ、逃げられたが、彼女は真庭蝙蝠と共にいる可能性が高い
 供犠創貴も彼女の仲間のようだ


【一日目/夕方/C-3 クラッシュクラシック前】
【零崎双識@人間シリーズ】
[状態]健康、腹八分目、悪刀・鐚の効果により活性化
[装備]箱庭学園指定のジャージ@めだかボックス、七七七@人間シリーズ、カッターナイフ@りすかシリーズ、軽トラック@現実、携帯電話@現実
[道具]支給品一式×3(食料二人分、更に食糧の弁当6個、携帯食半分)、体操着他衣類多数、血の着いた着物、カッターの刃の一部、手榴弾×2@人間シリーズ、
   奇野既知の病毒@人間シリーズ、「病院で見つけたもの」
[思考]
基本:家族を守る。
 1:七花と共に診療所へ向かう。
 2:真庭蝙蝠、りすか、供犠創貴並びにその仲間を必ず殺す。
 3:他の零崎一賊を見つけて守る。
 4:蝙蝠と球磨川が組んだ可能性に注意する。
 5:黒神めだか、宇練銀閣には注意する。
[備考]
 ※他の零崎一賊の気配を感じ取っていますが、正確な位置や誰なのかまでははっきりとわかっていません。
 ※掲示板から動画を確認しました。
 ※真庭蝙蝠が零崎人識に変身できると思っています。
 ※鐚の制限は後の書き手さんにお任せします。
 ※軽トラックが横転しました。右側の扉はない状態です。
 ※遠目ですが、Bー6で発生した山火事を目撃しました。
 ※不幸になる血(真偽不明)が手や服に付きました。今後どうなるかは不明です。
 ※安心院さんから見聞きしたことは徐々に忘れていきます。

779拍手喝采歌合 ◆ARe2lZhvho:2013/07/25(木) 19:12:11
【鑢七花@刀語】
[状態]疲労(中)、覚悟完了、全身に無数の細かい切り傷、刺し傷(致命傷にはなっていない)
[装備]なし
[道具]なし
[思考]
基本:優勝し、願いを叶える
 1:一先ずはは双識と共に行動する。
 2:名簿の中で知っている相手を探す。それ以外は斬る。
 3:姉と戦うかどうかは、会ってみないと分からない。
 4:変体刀(特に日和号)は壊したい。
[備考]
 ※時系列は本編終了後です。
 ※りすかの血が手、服に付いています。
 ※りすかの血に魔力が残っているかは不明です。
 ※不幸になる血(真偽不明)を浴びました。今後どうなるかは不明です。
 ※倦怠感がなくなりました(次で消して構いません)
 ※掲示板の動画を確認しました。
 ※夢の内容は徐々に忘れていきます。


  ■   ■


「さすがに怪我や体力の回復まではできないけど、これくらいはいいだろう?
「ん、なんだいその顔は
「あはは、恥ずかしがっちゃって
「君がそう思っていたことは間違いないんだろう?
「いくら君、いや、君達が××××だからってその想いは紛れもなく本物さ
「誇りに思っていいんだよ
「なに、そうじゃない?
「なーんだ、僕に先に伝えられちゃったってのがそんなに悔しいのか
「だったらちゃんと伝えなきゃあだめだよ
「後から負け惜しみのように言うのはいくらでもできるんだからさ
「さて、そろそろ僕も介入するのは難しくなってきたし潮時かな
「一応まだ何人か『資格』を持っている人はいるんだけど、しょうがない
「玖渚くんみたいに気付き始めてる人もいるみたいだしね
「目的は何か、だって?
「ふふ、僕みたいな平等なだけの人外に勝手に期待されても困るよ、全く

780 ◆ARe2lZhvho:2013/07/25(木) 19:14:06
仮投下終了です
仮投下にした理由は一目瞭然(安心院さん安心院さんアンド安心院さん)だと思いますが、問題があるようでしたら遠慮なくお願いします

781 ◆wUZst.K6uE:2013/07/27(土) 08:13:04
仮投下乙です。あじむさんの扱い方も上手いわぁ……
特に問題はないと思うので、このまま投下しても宜しいかと

782 ◆ARe2lZhvho:2013/07/27(土) 09:35:00
意見ありがとうございます
問題なさそうだったので本投下してきました

783 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:35:07
いちおう完成しましたが明確過ぎる問題点がひとつあるため、とりあえず仮投下させていただきます

784 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:36:11
 空が見えた。
 青い空が、青々とした竹の葉の隙間からわずかに見えた。青々とした竹に青い空、というと青と青が混じっているように聞こえるけれど、「青々とした」は青色ではないはずなので意味的にも混じってはいない。多分。
 僕は今、竹取山の斜面の上で仰向けに寝転がっている。痛みと出血で視界がぐらぐらと歪んでいる上に、あたり一面が燻った煙で覆われているにもかかわらず、なぜかその空の青さがはっきりと見えていた。
 清々しいくらいの青。
 少し前の自分だったら、空を見ても「清々しい」なんて言葉は出てこなかっただろう。
 空が青い、だから殺す。
 そんなことしか思わなかったはずだ。
 身体を起こそうとするが、力が入らない。代わりに頭がずきずきと痛む。
 実際には頭だけでなく全身のいたるところに鈍重な痛みが蔓延していて、自分がどこを負傷しているのかすら忘れてしまいそうだった。
 なぜこんな傷を負っているのかも。
 なぜ自分がこんなところに寝転がっているのかも、今にも忘れてしまいそうになる。
 それは単に、自分が忘れたいから、というだけのことかもしれない。この負傷も、こんな状況にあるのも、すべて自分の失敗が原因なのだから。
 自分が弱かったことが、すべての原因なのだから。
 玖渚さんが近くにいるはずだけど、姿が見えない。
 玖渚さんに謝りたかった。謝ったからといって何が変わるわけでもないけれど、必ず守る、などと大口を叩いておいて、こんな結果しか残せなかった自分の不甲斐なさを、せめて一言謝りたかった。
 ざっ、と。
 僕の頭のすぐ脇で、小さな足音が鳴る。
 そこには幼い姿をした少女が一人、立っていた。
 橙色の髪と、橙色の瞳。
 その瞳は僕のほうを見ておらず、虚ろな表情で、誰かのことを思い出すように遠くのほうを見つめている。
 ぼんやりと開いた口から、少女は僕にとって初めて意味の理解できる言葉を発した。


 「――――いーちゃん」


 ひゅん。

 その言葉と同時に、少女の腕が無慈悲に僕へと振り下ろされる。
 結局のところ、その僕にとって会ったことすらない一人の青年の名前が、僕が橙色の少女の口から聞くことのできた唯一の、そして最後の言葉となった。



   ◆  ◆  ◆



 燃え盛る炎の中を、女の子を一人抱えて疾走するという映画さながらのシチュエーションを経験したことがあるだろうか。
 ちなみに僕はある。
 まさに今現在、そのシチュエーションの真っ只中だ。
 燃え盛る炎の中、というのは厳密には嘘だが。

 「いや、この場合は映画というよりは駄洒落として受け取られるかもしれないな――竹藪焼けた、とか」

 そんな一人ごとを言うくらいには余裕がある。
 ここは竹藪でなく、竹林だが。
 実際に僕たちを取り囲んでいるのは、炎ではなく煙だった。きな臭さの混じった煙が、あたり一面に漂っている。
 この状況なら実際に炎を見なくとも、この竹取山のどこかで火の手が上がっているだろうことは誰だって予測がつくだろう。
 火を見るより明らか、というやつだ。
 要するに。
 僕たちこと宗像形と玖渚友は、原因不明の山火事に巻き込まれた、ということである。

 「……まさかこんなタイミングでこんな災害に見舞われるなんて……何の因果だ」

 現在時刻は、およそ14時30分から15時までの間。つまりは今僕たちのいるエリアD-7が禁止エリアになるまであと30分を切っている、という状況。
 あの研究施設から外に出たとき、すぐにその異常を察した。周囲に漂う異臭と、離れたところから立ち上る煙。「火災」という単語がすぐ頭に浮かんだのは言うまでもない。
 山で発生する災害の中ではスタンダードと言えるものかもしれないけど、行きは何事もなかった道が、帰りでは火災に迫られているなんて誰が予測できるだろうか。
 上りの時点ですでに火災は発生していたのかもしれないけど、角度のせいか規模のせいか、僕はそれに気付くことなく山を上り始めてしまっていた。気付いてさえいれば、研究施設であんなに時間をとることはなかったのに。
 いや、正直それを差し引いても余裕を持ちすぎていたところはあった。
 上りにかかった時間と禁止エリアになるまでの時間を勘案して、急いで脱出する必要はないと高をくくっていたところはある。DVDの件も含めて、あの研究施設でできることはギリギリまでやっておいたほうがいいと思っていた。
 それが油断であり、失敗だった。結果論でしかないけど、禁止エリアまでの時間が迫っている以上、何をおいてでもそこから移動することを優先するべきだった。

785 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:36:43
 ここがもうすぐ禁止エリアになるという状況でさえなければ、炎が勢いを鎮めるまであの研究施設内に篭城するという選択もあったのだけれど(それはそれで危険な賭けだろうけど)、当然、その選択肢は奪われている。
 火災で死ぬ前に、首輪と一緒に僕たちの首が吹き飛ぶだけだ。
 だから僕たちは、山を下るしかなかった。
 どちらの方向へ下るかで一瞬迷ったが、結局は一番早く麓へ着けるであろう、上ってきた道をそのまま逆に辿るルートを選んだ。
 ふたつの危機が同時に迫っているのだから、下手に別ルートを模索するのはかえって危険だ。万が一それで道に迷ったりしたら目も当てられない。
 僕がそう言うと、玖渚さんもそれに同意した。
 「こんなことになるなんて予想外だったなあ。こんなに派手に燃えてるんだったら、誰か一人くらい掲示板で教えてくれればよかったのに」などとぼやいてもいたが。
 上りと比べて下りは比較的楽だったけど、当然のこと順調な道行きとはいかなかった。
 最初はきな臭いだけだった空気が次第に煙の濃度と熱気を増していき、段階的に視界の利きを悪くさせている。呼吸も自由にできなくなってきているし、煙に巻かれながらの下山は予想以上に困難だった。
 玖渚さんはさっきからずっと、僕の胸元に顔をうずめたままじっとしている。あんなに騒いでいた『いーちゃん』への連絡も後回しにしているところからすると、玖渚さんも余裕のない状況だということは理解しているらしい。
 これで理解していなかったら問題だが。
 むしろ体力のない玖渚さんのほうが、この山火事の中に居続けるのは辛いはずだ。本格的に火の手が迫る前に、早くこの山を脱出しないと。

 「…………それにしても」

 そもそも、何が原因でこんな火災が発生しているのだろう?
 この場合、「何が」原因でというよりは、「誰が」起こしたか、と考えるべきなのかもしれないけど。
 真っ先に思い浮かぶのは、やはりあの狐面の男たちだ。というか、今のところ竹取山の中で見たのがあの三人だけなのだから、他に候補を思い浮かべようがない。
 あの男。
 僕の異常性の喪失を、初見で見通したふうの言葉を吐いてみせたあの狐面の男。
 人間という生き物を見て、殺さないでいるほうが難しいと思い続けていた僕が、殺したいと思い続けていた僕が、その衝動を抑えるときとはまったく別の意味で「殺したくない」と思ってしまった、あの男。
 思い出すだけで悪寒が走る。
 あの男がこの竹取山に火を放ったのだとしたら、その理由は何なのだろう。理由のほうは犯人以上に想像に依るしかないのだけれど、まさか本当に僕と玖渚さんを狙ってやったわけではあるまい。
 ピンポイント過ぎる上に、実際にうまくいきすぎだ。
 大雑把に考えるとしたら、竹取山の中に隠れている可能性のある参加者をいぶりだそうとした、というのがまず思いつく。
 決して広いとはいえないこのフィールドの中で、竹取山が占める面積が多いということは地図を見れば一目瞭然。そのすべてを焼き尽くすほどの火災を意図的に起こすということは必然、竹取山全体に無差別的に攻撃を仕掛けるのと同じ結果をもたらす。
 実際に隠れ潜んでいる参加者が居たとしたらたまったものではないだろう。
 まさに今、僕と玖渚さんがたまったものではない。
 ただしそんな作戦を本当に実行するような奴がいたとしたら、それはもういかれていると言うしかない。思いついても普通はやらないだろう、そんなこと。
 あの男は、そんなことを思いつき、かつ実行するような人間だったのだろうか。
 正直なところ、わからない。常軌を逸した思考の持ち主ではあったかもしれないけど、それだけに底が見えず、危険の度合いすらもうまく測れない。
 やるかもしれないし、やらないかもしれない。その程度のことしか言えない。
 まあ何にせよ仮説でしかないのだけれど。もしかしたら何らかの事故で偶発的に発生しただけの火災かもしれないし。山火事とは本来、自然現象的に起こる災害なのだから。
 ……そういえば、玖渚さんはあの狐面の男たちのことは知らなかったのだろうか。
 訊くのを忘れていたが、あの連中が歩いてきた方向からして玖渚さんのいた研究施設に立ち寄った可能性は高いと思っていた。
 あの建物にはセキュリティが働いていたはずだから、施設には寄ったが中に入れず、遭遇はしなかったということも考えられるが。
 このエリアを抜けた後で、一応訊いておくか……

786 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:37:24
 
 「ねぇねぇ、形ちゃん」

 その時、ずっと黙っていた玖渚さんが急に話しかけてくる。考え事をしている最中だったので、少し驚いて足がもつれそうになった。

 「……玖渚さん、今喋ると煙を吸い込むから、山から下りるまではなるべく口を開かないほうが――」
 「形ちゃんってさ、人を殺したのをきっかけに殺人衝動を失っちゃったんだよね?」

 僕の返事を無視するように、玖渚さんはそう問いかけてくる。

 「阿良々木火憐って人を殺したときに人殺しの空しさとつまらなさに気付いて、それが形ちゃんにとって異常の所以でもある殺人衝動を消失させる原因になった。そうだったよね?」
 「そう――だね」

 そのあたりの事情は玖渚さんには直接話していないはずだったけど、おそらく伊織さんから電話で聞いたのだろう。
 特に隠す意図もないから、玖渚さんが知っていること自体は問題じゃない。
 ただ、なぜ今それを話題に出すのかがわからない。

 「でもさ、それって殺した相手が火憐ちゃんだったからじゃない?」
 「……え?」

 質問の意味が分からず、返答に詰まる。
 相手が火憐さんだったから……?

 「人殺しがつまらないものだったから殺す気が無くなった――っていうんなら、もし人殺しに悦楽とか達成感とかを感じていたとしたら、逆に形ちゃんの殺人衝動はそのままだったか、逆に強まってたかもしれないってことだよね。
 形ちゃんにとって火憐ちゃんがどういう存在だったのかは知らないけど、もし火憐ちゃんのことを大事に思ってたんだとしたら、その人は形ちゃんにとって『殺したくない』、『死んでほしくない』相手だったんじゃないの?」

 その死に空しさすら感じるくらいにはさ――と玖渚さんは言う。

 「しかも『殺した』とはいっても、放っておけば死ぬところを形ちゃんが止めを刺してあげたってだけのことだよね。そんな状況じゃ空しさこそ感じても、悦楽も達成感も感じる余地なくない?」
 「…………」

 それは――そうなのかもしれない。
 確かに僕にとって、火憐さんは「死んでほしくない」人ではあった。彼女の呆れるほどの正義感は少なからず僕の内面に影響を与えていたし、傍で見守っていたいとも思っていた。
 だけど、僕が火憐さんに対してずっと殺意を抱き続けていたことも事実だ。
 口に出すことも行動に出すことも抑えてはいたけど、「殺したい」という気持ちは幾度となく僕の中に湧き上がってきていた。
 火憐さんには死んでほしくない。だから殺す。
 そんなふうに、僕はずっと思い続けていたはずだ。

 「…………いや」

 本当にそうだったか?
 最初に出会ったときも、釘バットの殺人鬼と邂逅したときも、図書館で資料探しをしていたときも、確かにそう思っていた。
 ただ、あの不要湖で火憐さんの胸を貫いたとき。あの時はどうだった?
 あの時も僕は「殺したい」と思っていたか? 切り刻まれて瀕死の火憐さんを前に、僕の中では変わらず殺人衝動が湧き上がっていたか?
 思い出せない。
 「死なせたくない」と思った記憶はあるのに、「殺したい」と思っていたかどうかが思い出せない。

 「もしかして形ちゃんって、殺人衝動を失ったわけじゃなく、ただ無意識に抑え込んでるだけなんじゃないの? 一時的にさ」
 「な…………」

 いきなり何を言い出すんだ、この娘。
 どこからそんな考えが出てくる?

 「『異常』とか『過負荷』については僕様ちゃんは素人目でしか語れないけど、たった一人、たかが一人殺したくらいで失っちゃうほど『異常』ってのは脆弱なものなのかなって。
 たとえば零崎の人間なんかは、殺しがつまらなくなったから『零崎』じゃなくなるなんてことはないだろうし。それよりは、大事な人が死んだショックで一時的に錯乱してるだけっていうほうが、一般的にはわかりやすいんじゃないかな」
 「…………」

 たかが一人。
 その言い方に対して言いたいことはあったが、そこは僕と玖渚さんの価値観の問題だろうから、とりあえずそこは聞き流しておく。
 本筋は僕の殺人衝動の行方に関する話だけど――さすがにその意見は的外れだと思った。
 火憐さんの胸に刀を突き立てたときの、あの失望と喪失感。自分の中から殺人衝動が消滅していくあの感覚を体感している僕にとって、「一時的に抑え込んでいる」などという表現は、全くと言っていいほど得心のいくものではなかった。
 ただし。
 殺人衝動を失った理由が「殺人」そのものに対する失望でなく、火憐さんを失ったことに対する失望感に由来しているという可能性については、否定するだけの自信はなかった。

787 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:38:24
 だとしたら――だとしたらどういうことになる?
 殺したのが火憐さんだったから「そうなった」というのであれば、「そうならなかった」可能性もまた同時にあったと、つまりはそういうことなのだろうか。

 「うん、そういうことだと思うよ」

 ただの思いつきでしかないけどね――と、事なげに玖渚さんは言う。

 「まあ失ったのであれ抑え込んでるのであれ、よほどのことがない限りそれが元に戻るなんて事はないと思うけどね。
 でも今の形ちゃんって、形ちゃんの世界の言葉を借りれば『異常』を失って『普通(ノーマル)』になってる状態だから、普通の人と同じ程度には『殺したい』って思う機会もあるってことだよね? だとしたらさ――」

 だとしたら。
 その先を聞かない選択肢も僕にはあった。そもそもなぜ玖渚さんがこんな話をしているのか、その理由がまったく意味不明だったし、強引にでも話を打ち切ることはできた。
 だけど、僕はそうしなかった。
 玖渚さんが何を言うのか、僕の『異常』について玖渚さんがどんな見解を持っているのか、単純に興味を引かれたからだった。

 「もし形ちゃんがこの先、単なる衝動でなく確固たる理由をもって『殺したい』と思う人を殺したとして、それに達成感や愉悦を感じちゃったりしたら、その時こそ本当に、形ちゃんの中で本物の殺人衝動が目覚めちゃうのかもしれないね」


  ◇     ◇


 玖渚さんのその言葉を聞いて、心が揺れたことは否定できない。
 加えて僕たちはそのとき、ちょうど傾斜の緩い地形の場所にさしかかったところで、そのせいで気が緩んでいたということもある。
 ただ、そのふたつの油断がなくとも。
 僕が警戒を緩めず、周囲をよく注視しながら移動していたとしても、それに気付くのはたぶん、直前まで不可能だったと思う。
 そのくらい唐突に。
 神出鬼没に。
 僕と玖渚さんの目の前に、それは現れた。

 「――――え?」

 疑問符とともに足を止める。意識して止めたわけでなく、突然のことに身体が反射的に硬直しただけだった。


 僕の真正面、手を伸ばせば届くというくらいの、まさに目と鼻の先。
 そこに橙色の髪をした子供が一人、立っていた。


 何が起きたのか、一瞬理解が追いつかなかった。
 気を緩めていたのは事実だけれど、余所見をしていたわけでも、目を閉じて走っていたわけでもない。煙が辺りに漂っているとはいえ、一寸先も見通せないほどに視界が悪くなっていたわけでもない。
 人影の有無くらいなら、割と遠くからでも判断することはできる。
 にもかかわらず、いた。
 まるで100年前からそこに立っていたかのような自然さで、その子供はそこにいた。
 注連縄のような太い三つ編みも、猫のようにつり上がった目元も、意思の強そうな太い眉も、はっきりと視認できるくらいの距離に。
 時間が停止したかのような錯覚に陥る。
 目の前の子供も、僕自身も、玖渚さんも、周囲に漂う白煙ですらも、そのすべてが動きを止め、一枚の静止画のようになっている光景を僕は幻視した。
 それらが動き出したのは同時だった。
 僕が急に足を止めたことに不審を抱いた玖渚さんが「うに?」と顔を上げようとし、その玖渚さんの頭を僕がとっさに両腕でがば、と抱えこみ、その僕に対して橙色の子供が腕を大きく振り上げる。
 ほとんど反射的に、僕は後ろへ跳んだ。
 直後に振り下ろされた子供の腕は空を切り、そのまま地面に叩き下ろされる。
 そのたった一撃で、地面が局地的に崩壊を起こす。爆発物でも使ったんじゃないかというくらいの勢いで、地面が大きくえぐり飛ばされた。

 「…………っ!!」

 風圧で、周囲の煙が一瞬消し飛ぶ。
 まるで重機で削り取ったかのような跡が、子供の足元にできあがっていた。
 人間の所業とは思えない。ましてやあんな小さな子供の、あんな細腕で。
 今の一撃の反動か、子供の身体がぐらりと大きく揺れる。そのまま倒れるかと思ったが、かろうじてバランスを整えて直立の状態に戻り、顔をこちらに向けてくる。
 煌々と燃えるような、橙色の瞳。
 何の感情も宿していないように見えて、その実、凶悪なまでの威圧感を与えてくる。
 デイパックは背負っていない。持ち物といえば、首に巻かれている首輪くらいのものだった。

 「…………君は、」

 何者だ、などと訊く必要はなかった。
 なぜなら僕はその瞳を、その橙色をすでに見て知っていたのだから。

 「面影、真心……!」

788 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:38:52
 
  ◇     ◇


 斜道卿壱郎研究施設でDVDを再生した後、僕と玖渚さんはこんな会話をした。

 「ねえ形ちゃん、形ちゃんが持ってきたこの参加者名簿って、なんで二つに分かれてるの?」
 「ああ、僕が分けたんだ。内容をざっと読んでみて、個人的に危険そうだと判断した人だけ別のファイルに綴じ直したんだよ。殺人鬼とか殺し屋とか、火憐さんが過剰反応しそうな肩書きが目に付いたからね」
 「こっちの形ちゃんが載ってるほうが危険人物ファイル? 自分まで危険人物扱いとか律儀だなあ」
 「元々は僕の異常を火憐さんに知られたくなかったからやったことだしね……ややこしいなら、またひとつにまとめ直そうか」
 「僕様ちゃんはどっちでも――ってあれ、でも『匂宮』が危険人物のほうにいないね。『時宮』も」
 「放送で呼ばれた人は、危険人物からは外してあるんだ。脱落した人まで危険人物扱いするのもどうかと思ってさ」
 「ふうん、でもこの人だけは、いちおう危険人物に入れておいたほうがいいと思うよ」
 「この人って、時宮時刻のことかい? さっきのDVDにも少し映っていたけど」
 「『暴力の世界』については僕様ちゃんはそれほど詳しくないけど、『時宮』が危険な集団だってことはさすがに知ってる。パーソナルについては不明だから、時宮時刻本人の危険性がどうとかは分からないけど」
 「すでに脱落してるのに、それでも危険人物たり得ると?」
 「時宮本人が死んでも、術者の影響は残り続けるからね。さっきのDVDとこの名簿に載ってる時宮時刻の記述を見たんなら、形ちゃんも大体の見当はついてるんじゃない?」
 「操想術――だっけ。催眠術の上位互換みたいなものなのかな。その術の影響が残っている参加者がいたとしたら、それこそが危険人物だっていうことかい?」
 「うん、さっきの映像だと橙なる種――面影真心が操想術にかけられてた感じだったね。放送ではまだ呼ばれてないけど、この子は生きてるのかなあ」
 「面影真心自体も危険だけど、それはあくまで操想術の影響によるものだってことを認識しておく必要がある、ってことかな。だから死亡者とはいえ、時宮時刻を危険人物から外すべきじゃない、と」
 「そういうこと。連中のは『呪い』だからね。死んだ後でもなお残るってのは、ある意味殺人鬼や殺し屋よりも厄介だよ」
 「『呪い名』――か。僕の通ってる学園も色物に関しては大概だけど、その『暴力の世界』に属する人たちも相当だね」
 「そっち側の情報については舞ちゃんのほうがまだ詳しいと思うよ。しーちゃんも、舞ちゃんには色々教えてあるって言ってたし」
 「ああ、伊織さんもその『暴力の世界』の住人なんだってね……そういえば、様刻くんが時宮時刻に会ったようなことを言っていたな。時宮のせいで大切な人を殺されたとか」
 「あ、そうなの? でもそれって運がいいほうだと思うよ。一般人が『呪い名』に関わって無事なままでいられるなんて奇跡みたいなものだし」
 「そう言っても様刻くんは納得しないだろうけど……ともかく、伊織さんたちが新しいDVDを入手できたら、面影真心以外に操想術の影響を受けてそうな人物がいないかチェックしてみるのもいいかもしれないな」
 「そうかもね――あ、この面影真心って、もしかしたらいーちゃんの知り合いかもしれない」
 「うん?」
 「いーちゃんってヒューストンでのことはあんまり話してくれないけど、ERプログラム時代に名前くらいは聞いてるはずだよね……もしかして向こうで死んだっていうお友達がこの子だったりして。橙なる種については、卿壱郎博士も随分と意識してたし――」
 「交友関係が広いんだね、その『いーちゃん』は」
 「因果関係が深いって言うべきかもね、いーちゃんの場合は」

 そう言って玖渚さんは、無邪気に笑っていた。


  ◇     ◇


 「あの名簿と、DVDに助けられた――かな」

 『橙なる種』、『人類最終』、人工的に『製造』された存在。
 それらの記述に、僕は嫌でもフラスコ計画のことを連想せざるを得なかった。面影真心を危険だと思った最初のきっかけがそれだ。
 加えるところ、あのDVD。「病院坂迷路」が記録されてあった死亡者DVDの映像。
 時宮時刻が目を合わせ、何事かを唱えるように口にした直後、人間とは思えないような怪力で両側の少女二人を破壊する橙色の少女。
 あの映像を見れば、誰であろうと面影真心は危険だと判断できる。たとえ時宮時刻による支配を受けていると分かっていても。

789 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:39:19
 前情報として面影真心の危険性を知っていなければ、おそらく今の一撃を避けることは不可能だっただろう。危機感が先に働いたからこそ、身体が反射的に回避行動をとっていた。
 まともに喰らっていたら、玖渚さんごと粉々に砕かれているところだった。
 《十三組の十三人》にさえ、ここまで飛び抜けた怪力の持ち主はいない。
 橙なる種、面影真心。
 あの映像だけでは、真心が本当に操想術の影響を受けているのかはっきりとは分からなかったが、実際に目の当たりにして確信した。そうでなければ、こんな状況でいきなり僕たちを襲うはずがない。
 ましてや、こんな満身創痍の状態で。
 真心の身体は、トラックにでも轢かれたのではというくらいボロボロだった。全身に打撲の痕や裂傷が溢れかえっているし、右腕は無残にも骨折している。他にもあちこち骨が折れていそうだ。
 さらに腰から下は、そういうデザインの服を着ているのかと一瞬思ってしまうくらい血まみれだった。血が流れ落ちた跡がくっきりと筋になって足元まで伸びていた。
 よく見ると、腰のあたりに大振りのナイフが一本、深々と突き刺さっている。素人目に見ても致命傷と分かるくらいの刺さり具合で、そこから絶え間なく血が流れ続けていた。
 突然がくん、と真心が体勢を崩し、前のめりに倒れそうになる。かろうじて踏みとどまったがまるで安定せず、右に左にふらふらと揺れている。
 それはそうだろう。常人ならとうに失血死レベルの出血だ。
 他の参加者との戦闘で致命傷を負わされ、この竹取山へ逃げ込んできたのだろうか?
 だとしたらこんな化け物じみた相手に、いったい誰がどうやって――

 「むー、むー!!」
 「え?」

 胸元から響く声に、僕は我に返る。
 見ると、さっき両腕で抱え込んだ玖渚さんが、頭をホールドされた状態のままじたばたと暴れていた。

 「あ……ごめん」

 両腕の力を緩めると、玖渚さんはバネ仕掛けのように僕の身体から顔を離して「ぷはぁ!」と息を吸う。しかし煙混じりの空気を吸い込んだせいか、げほごほと咳き込んでいた。

 「死んじゃうよ! 窒息死するとこだったよ! なるべく口を開かないようにってこういうことじゃないでしょ!」

 玖渚さんが突っ込みを入れてきた。よほど苦しかったらしい。

 「ごめん玖渚さん――悪いけど、もう少しだけ口を閉じて、じっとしててほしい」

 真心を見る。相変わらずふらふらしているけど、警戒を解く気にはまったくならない。
 このタイミングで他の参加者に襲撃されるというのは、正直予想外だった。
 禁止エリアまで残りわずかで、誰がどう考えても早く脱出すべきというこのエリアに向こうから飛び込んでくる奴がいるなど、誰が予想できるだろうか。
 いや――もしかしてここが禁止エリアになるということを分かっていないのか?
 なんにせよまずは、ここから離れることを優先しないと。

 「……僕は宗像形。念のために言うけど、殺し合いには乗っていない」

 橙色の少女へ向けて、僕は話しかける。

 「君とここで戦う気もない。もしかしたら放送を聞いてなかったのかもしれないけど、ここはもうすぐ禁止エリアになる。なぜ僕を攻撃したのかはひとまずおいておくとして、君も早くここから脱出したほうがいい」

 真心は何の反応も示さない。僕は続けて言う。

 「話があるんだったら、山を下りた後でいくらでも聞く――いや、それ以前にその怪我を治療するべきだ。簡単な応急処置くらいなら僕にもできる。そのままそうしていると死んでしまうよ」

 どう見ても「簡単な応急処置」で済む範囲を逸しているけど、とりあえずそう言っておく。何の処置も施さなければどの道死ぬのは確実だ。
 聞いているのかいないのか、真心はぼうっと虚ろな目をこちらへ向けてくるばかりだったが、ふいに折れていないほうの腕で、周囲に生えている竹のうちの一本をそっと掴む。
 そしてその竹を、片手の力だけでねじり切った。

 「な…………!?」

 ねじり切った?
 確かに竹は地下茎で周りの竹と連結しているから、引っこ抜くよりはああして切断したほうが地面から離すには楽――ってそういう話じゃない。
 僕が絶句している間に、真心はその竹を大きく振りかぶり、槍投げのようなフォームで放り投げる。
 いや、槍投げは普通、斜め上へ向けてスローイングするものだ。こんなふうに、地面と平行して飛ぶように投げたりはしない。
 ましてや、人に向けて投げるようなことはない。

 「くっ!!」

 弾丸のように飛んできた竹を、身を落としてぎりぎり回避する。後方から周囲の竹を薙ぎ払う音と、巨大な杭が地面に打ち込まれるような音が聞こえた。

790 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:39:43
 心臓が早鐘のように打つ。
 まずい。
 この子供、今まで会ったどの参加者よりも危険だ。
 禁止エリアを認識していないどころか、こちらの言語を認識している様子すらない。しかも僕たちのことを二度も、何の躊躇もなく殺しにかかってきている。
 どう考えても正気の沙汰ではない。
 ふいに、火憐さんに致命傷を与えたあの機械人形のことが思い浮かぶ。意思を持たず、近づいた者を自動的に斬殺するだけの、無機質な鉄の塊。
 この子供はあれと同じ――いや、それ以上に凶悪な存在だ。
 操想術。
 『呪い名』。
 玖渚さんも言っていたけれど、遺した影響だけでこんなにも厄介なものだとは。
 逃げなければ、と思う。しかし相手は、山を下りる方向に立ちはだかっている。退路を防がれている状態だ。
 それにこの少女に背を向けて逃げたところで、無事で済むとは思えない。

 「……どうやら君を突破しないと、ここから逃げられそうにはないみたいだね。でも今は時間もないし、なるべく荒事は避けたいところなんだ――」

 そう言って僕は、両腕を左右に広げる。
 そして制服の袖口から、無数の日本刀を出現させてみせた。


 「――だから殺す」


 殺さないけど。
 もはや馴染みの武器と化した日本刀、千刀・ツルギを、両手で立て続けに正面へ向けて投擲する。
 直撃させる意図はなく、相手をひるませることを目的とした攻撃。
 しかし相手は刀剣の弾幕を前にまったく動じることなく、むしろ飛んでくる無数の刀へ向けてまっすぐに突進してきた。
 一瞬捨て身の突貫かと思ったが、違った。
 橙色の影が、刀剣の中をすり抜ける。
 飛んでくる刀と刀の隙間を縫うようにして、最小限の動作だけですべての刀を回避していく真心。その異様なほどに滑らかな動きを、僕はかろうじて目で追う。
 速い。
 『十三組の十三人』のひとり、《棘毛布》、高千穂くん並みの回避技術。
 まったく牽制にすらならない。
 避けられた刀が、向こうの竹に次々と突き刺さっていく。最後の刀を避けると同時に、真心は大きく跳び上がって腕を大きく振りかぶる。

 「…………っ!!」

 振りかぶった腕と反対方向に大きく跳んで避ける。
 さっきと違うフォームで振り下ろされる真心の腕。空気を切り裂くような音が聞こえ、直後に近くにあった竹が鋭利な刃物で薙ぎ払われたかのように切断された。
 まるで真剣のような切れ味の手刀。
 着地の際にバランスを崩したようだったが、すぐさま立て直してこちらへ向き直り、ホーミング弾のように突進してくる。

 「刀程度じゃ殺せないか……じゃあ拳銃(これ)だ」

 そう言って両手に出現させた二丁の拳銃――コルト・パイソンを真心めがけて連射する。こんどは牽制でなく、命中させる目的で。
 しかしそれも、まるで銃弾の軌道を正確に読んでいるかのように回避される。竹を足場に空中を跳ね回りながら、次々に弾丸をかわしていく。
 煙で視界が利きづらいというのに、どんな動体視力をしているのか。
 でも、このくらいのことは予想している。銃で殺せるような相手だとは思っていない。
 殺せるとは思っていないけど、倒すことくらいはできる。

 「ッッ!!」

 うめき声のような声を漏らしたのは真心だった。弾丸を避けたはずの真心が、何かの攻撃を受けたように空中でぐらりと体勢を崩す。
 僕の撃った弾丸が、正確に言うなら周囲の竹に跳ね返って軌道を変えた弾丸が、真心の頭部に命中したのだった。

 「弾丸の軌道を読む技術は見事だけれど……跳弾のほうは見切れなかったようだね」

 通常の銃弾なら竹に当たった程度では跳ね返らないかもしれないが、このコルト・パイソンに装填されているのは実弾ではない。
 ゴム弾。言うなれば『殺意なき弾丸』といったところか。
 実弾と比べて貫通能力は大幅に劣る。当然、跳弾も起こりやすく、この竹が密集した地形ではなおさら軌道の変化が起きやすい。それを僕は狙っていた。ほとんど運任せのような策略だが。
 空中で動きを停止させた真心に、残りの弾丸を立て続けに撃ち込む。
 一発、二発、三発、四発。
 ゴム弾なので致命傷にはならないが、それでも威力は相応にある。いくら相手が規格外でも、ダメージは確実にあるはずだ。
 避けるすべなく弾丸を体で受け止めた真心は、それでも倒れることなく両足で地面に着地する。しかしその両足は目に見えてふらついていた。

791 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:40:07
 よし――効いている。
 その隙に僕は空になったコルト・パイソンを無造作に投げ捨て、動きの止まっている真心の脇をすり抜ける。そのまま真心を尻目に、また麓へと向けて逃げるように駆けだす。
 相手にダメージがある間に、少しでもエリア外に向かっておかないと。
 後ろを振り返ると、真心が追ってきているのが見えた。しかしさっきまでと比べてスピードは格段に落ちている。怪我に加えて銃弾を撃ち込まれた直後なのだから当然だ。
 よし、このままならエリア外まで、相手を誘導しながら抜けることができるかもしれない。
 いきなり襲われたとはいえ、あの少女を見殺しにするのは本意ではなかった。洗脳と催眠。言葉の違いはあれど、あの少女は黒神さんと同じ境遇にいる。他人の手によって不本意に操られているだけだ。
 とりあえず禁止エリアの外まで連れ出してしまえば、爆死から救うことはできる。
 問題はその後どうするかだ。あの人外並みのスペックを持つ相手を殺さずに止める術が、果たして僕にあるのか?
 いや、手段だけならある。
 「殺さない殺人鬼」としての僕は、相手を死に至らしめないための攻撃手段を熟知している。ゆえに、死なない程度に手足を削ぎ落とすことも、骨格や筋肉を二度と再起不能なレベルで破壊することもできる。
 正直、相手を生かすためとはいえそこまでしたくはない。でも、そこまでしないとこの少女は止まりそうにない。ここで止めなければ、本当に死ぬまで暴走しかねない。
 スペックの違いは歴然だが、勝機はある。正気を失っているせいか、相手の攻撃は直線的で精密さに欠ける。怪我のせいで動きも鈍っているようだし、何よりリーチの差がある。
 パワーもスピードも相手のほうが格段に上だが、体格の差だけはこちらに分がある。加えて相手は徒手空拳で、こちらは刀が500本からある。物量差でもこっちが上だ。
 相手は基本的に大振りでくるから、それさえ避けてしまえば生じる隙も大きい。そこを狙えば勝てる。
 狙うのは、やはり両足か。足首から先を削ぎ落としてしまえば、さすがに戦意を喪失するだろう。

 (それが本当に「救う」ことになるのかはわからない。だけど、僕にはそうすることしかできないな――)

 結論から言うと、この考えは甘かったと言わざるを得ない。
 甘々だったと言わざるを得ない。
 相手のスペックを人外級とみなしておきながら「救う」ことを優先事項に据えた時点で、すでに僕は大甘だった。まして「勝機がある」など、油断以外の何物でもない。
 自分がどれほどの脅威と対峙しているのか、理解していなかった。
 それこそ、黒神さんと同等の実力者を前にしていると、そのくらいの覚悟で臨むべきだった。

 真心の動きに注意しながら駆け下りていると、突然、真心が妙なモーションを取る。
 僕がそれにいぶかしんだ瞬間。
 真心が、二振りの日本刀を僕めがけて投擲してきた。

 「…………!!?」

 予想外の攻撃に、僕はただ驚く。
 刀!?
 いったいどこから!?
 確かに今まで、どころか刀を投げる瞬間まで、間違いなく真心は空手だったはず。それなのに、まるで見えない空間から出現させたように刀を取り出して見せた。
 あの手品のように武器を取り出す技術は、まさか――
 いや、まさかも何もない。
 どう見てもあれは、僕の暗器そのものじゃないか――!

 「うぉっ――――とっ!!」

 バランスを崩しながら、倒れこむようにしてそれを避ける。ちょうど頭すれすれのところを、刀が空を切りながら通過していった。
 倒れる際に玖渚さんを地面に叩き付けそうになったが、何とか身体の向きを変えて、肩で斜面を滑り落ちながら着地する。

 (僕の暗器を、模倣された……!?)

 いや、暗器だけじゃない。
 真心が投げつけてきた日本刀、あれは紛れもなく、僕が最初に投げた千刀・ツルギだった。
 ただ刀の間をすり抜けているように見えたが、まさかあの中で刀を二本、すれ違いざまに掠め取っていたとでも言うのか。
 しかも僕が刀を袖口から出現させるのを見て、たったそれだけで僕の暗器をものにした……?
 そんな――馬鹿な。
 操想術のせいで思考能力が欠如したバーサーカーかと思っていたが、まるで違う。
 学習している。
 自分自身が負っている怪我のことも含め、力任せに突進するだけでは避けられるということを、真心は学んでいる。そして僕がその隙を突こうとしていたことも、おそらく読んでいる!
 見切るだけでなく、見盗ることまでできるなんて、いったいどう対処すれば――

792 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:40:29
 
 「……? あれ?」

 視線を戻すと、真心が消えていた。
 さっきまで斜面の上のほうに立っていたはずなのに、忽然と姿を消している。
 しまった、目を離した隙に死角に回りこまれたのか?
 焦りながらも冷静に、周囲に視線を巡らせる。いつの間にかさらに煙が濃くなっていて、離れた場所の様子を窺いにくい。さすがに呼吸も苦しくなってくる。
 逃げたのか、それともこの視界の悪さに乗じて攻撃してくるつもりか。
 落ち着け、視界が利かないなら音を頼りにすればいい。相手は重傷のうえ、さっきの銃弾のダメージがまだ残っているはず。
 直接向かってくるにせよ、飛び道具を使うにせよ、必ず音や気配は生じる。それを察知できれば不意討ちを喰らうことはないはず。
 神経を集中させるが、どうしても焦りが出る。
 ここが禁止エリアになるまであとどのくらいなのか。いまこの瞬間に、首輪が爆発しないとも限らない。
 こちらに近づいてくるような音はない。
 ぱちぱちと竹が燃えて爆ぜる音。さわさわと竹の葉がこすれる音。ぎしぎしと竹が軋む音。玖渚さんと僕の呼吸音、そして心臓の鼓動音。
 まさか本当に逃げたのか?
 だったら僕も、急いでここから脱出したほうが――

 「…………え?」

 竹が軋む音?
 竹林なのだから、竹が音を発するのは不自然なことじゃない。
 だけど、何が原因でこんなにはっきり、耳に届くほどの音で竹が軋む?
 音のするほうへ目を向ける。
 煙の奥に、天を衝くように伸びた竹の影がいくつも見える。その中にひとつだけ、異様なまでに「しなっている」竹の影があった。
 弧を描くように、大きくひん曲がった形の竹。ぎしぎしという音は、その竹から発されている。
 その竹の先端に、小さな人影がいるのが見えた。
 人影。子供のように小さな人影。
 しなった竹は、当然の作用としてしなったぶんだけ元に戻る力が働いて――

 「く…………っ!!」

 その意味を理解した僕は、とっさにその場を離れようと全力で地面を蹴った。
 飛んでくる。
 竹の弾力を利用して、バネのように飛んでくる!


 ――ぶぅん。


 銃弾が耳元を通過するような音がして、人の形をした塊が僕のすぐそばを高速で突き抜ける。
 強烈な風圧。
 目の端に一瞬映る、たなびく橙色の髪。
 完全には回避しきれなかったようで、防御のために構えていた左腕に激しい衝撃を受け、身体ごと吹き飛ばされる。周囲の竹に全身をぶつけながら、派手に地面を転がる。
 数メートルほど転がったところで、ようやく停止する。
 直撃を免れたのは幸運以外の何物でもなかった。気付くのが一瞬遅かったら、玖渚さんもろとも確実に貫かれていた。
 だから、やはり運がよかったと言うべきなのだろう。
 僕の左腕の、肘から先が消し飛んだくらいで済んだことは。

 「ぐ……あ……あああぁ……っ!!」

 ちぎれた腕の先から血が噴き出す。右腕で傷口をおさえて、強引に出血を止める。
 痛みで立ち上がることすらできず、地面に転がったままただうめくことしかできない。
 すべてにおいて予想外だった。
 竹の力を利用するなんて……あまりに原始的すぎる。投石器か。
 竹が元に戻るタイミングに合わせて跳躍したのだろうが、それでもあの速度は常軌を逸している。脚力と瞬発力、そしてタイミングを計る精度があってこその技術。まさに人外の技だ。
 本当に人間なのか? あの橙色は。
 煙で霞んだ視界の奥、斜面の上のほうに真心は平然と着地していた。あれだけの速さで飛んだにもかかわらず、周囲の竹に激突することなく、むしろ竹を利用してうまく速度を殺して停止したようだ。
 そこから僕たちのことを、じっと観察するように見つめてくる。相変わらず、その瞳から感情の類は窺い知れない。
 駄目だ、殺される。
 僕の力じゃあ、まるで歯が立たない。相手が重傷を負っていてすらギリギリ戦えていた状態だというのに、今や僕のほうが片腕を失ってしまっている。もはや勝負にすらならない。
 そもそも正面から受けて立ってしまったのが間違いだったのかもしれない。後ろから仕止められるリスクを負ってでも、一目散に背を向けて逃げるべきだった。
 それ以外の選択肢はないものと思うべきだった。
 手負いの獣ほど危険なものはない。それを分かっていたはずなのに。
 痛い、意識が飛びそうだ。
 死ぬ、殺される。
 僕のせいで。
 僕の無謀な判断のせいで、玖渚さんまで巻き込むことに――

793 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:40:52
 
 「もういいよ、形ちゃん」

 急に声をかけられ、顔を上げる。
 目の前で玖渚さんが、普通に会話しているときとまったく変わらない、おっとりとした表情で僕を見ていた。

 「僕様ちゃんをおいて、形ちゃんだけ逃げなよ。片腕は失っても足は両方とも無事でしょ?」

 僕はつい呆気にとられる。何を言われたのかしっかりと把握できなかった。

 「な……何を、」
 「このまま一緒にいても二人とも殺されるだけだって。僕様ちゃん邪魔でしょ? さっきからめっちゃ動きにくそうにしてるし」
 「え?」

 動きにくそうにしていた? 僕が?
 確かにしがみつかれているぶん勝手は違うけど、小柄な玖渚さんは重さとしてはほとんど計算に入らないし、常に全身に暗器を仕込んでいる僕にとっては邪魔というほどじゃあ――

 「いやそうじゃなくてさ、僕様ちゃんを庇うようにして戦ってたせいでってこと。僕様ちゃんじゃなくても見てたら誰でも気付くよ。腕もってかれたのも、明らかに僕様ちゃんを庇うのを優先したせいだったし」

 だから僕様ちゃんを捨てて――と玖渚さんは言った。
 責任を感じてとか、僕のことを慮って言っているわけでなく、単にこの状況における最も効率の良い方法を説明しているだけのような、そんな言い方で。

 「形ちゃんはさ、やっぱり人を殺すことにしか才能が向いてないんだよ。守るとか助けるとか、そういうことに意識を向けてると他のことがちゃんとできなくなる。逃げるにしても、僕様ちゃんと一緒だと絶対に逃げ切れないと思うよ?」
 「…………」

 そんなことはない。そう否定したいのに、言葉が出てこない。
 玖渚さんの言うとおり、僕らアブノーマルは才能が一方向に集中してしまっている場合が多い。黒神さんのような例外を除いて、向いていない分野に対しての能力はノーマルにすら劣ることもある。

 「それにここで一緒に死んじゃったら、僕様ちゃんが調べたことも全部無駄になっちゃうしさぁ。それが嫌なんだよね。だから形ちゃん、僕様ちゃんのハードディスク持って一人で逃げてよ。あとは舞ちゃんたちと協力してうまくやって」

 できればいーちゃんにも協力してくれるとうれしいなあ――と、玖渚さんは無邪気に笑う。
 自分の生き死にに関わる話だというのに、そんなことには関心がないとでもいうかのように。

 「………………」

 それは――
 それは、正しい選択なのだろうか。
 玖渚さんの言うとおり、僕が玖渚さんを守ることに気を取られすぎているというなら、ここで完全に玖渚さんを見捨ててしまったほうが、僕が生き残れる可能性は高い。
 いまさら守ることに固執したところで、どうにかなるとも思えない。
 僕がここに残って真心を食い止め、玖渚さんだけ逃げるという選択もあるにはある。しかしそれは、山火事の件と禁止エリアの件を差し引いた上での選択肢だ。
 禁止エリアまでのタイムリミットが正確にあとどのくらいなのかはわからないが、もうかなり逼迫していることだけは間違いない。時間までに、この煙に包まれた山道を玖渚さんひとりで抜けられるかといったら、それはかなり厳しい。
 それに今の僕じゃあ、時間稼ぎすらできる状態じゃない。一瞬で殺されて、そのあと玖渚さんも殺されるのが目に見えている。
 だったら、ここで二人とも死ぬよりは。
 玖渚さんをこの橙色の怪物の前に置き去りにし、自分だけ助かる可能性に賭けたほうが。
 見捨てる――見殺しにする。
 玖渚さんを僕が、自分の意思で見殺しにする。それが正しい選択だというのならば――

 「…………ごめん、玖渚さん」

 しゅるり。
 玖渚さんと僕とを連結していたゴム紐を解く。
 しばらくぶりに僕から離れた玖渚さんを、地面にそっと横たえる。背負っていた自分のデイパックを下ろし、それも玖渚さんのそばに置いた。
 玖渚さんは、されるがままに何も言わない。僕の選択にすべて委ねているように見えた。

 「悪いけど、君を見捨てることはできない」

 右手と口で、解いたゴム紐を切断された左腕にきつく巻きつける。出血を抑えるのに、このゴム紐はうってつけだった。
 玖渚さんはきょとんとした表情をする。まるで人間らしい感情があるかのように。
 当たり前だ、人間に感情がないはずがない。
 玖渚さんは、生きている普通の人間だ。
 今もこうして、普通に生きている。

794 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:41:14
 
 「僕もね、少し前までは思っていたんだ。自分が、何を見ても、誰を相手にしても殺すことしか考えられない、生まれついての殺人鬼だって」

 殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい。
 だから殺す、だから殺す、だから殺す、だから殺す、だから殺す、だから殺す。
 すべての事象が、僕にとっては殺人の理由。
 そんな自分を受け入れているところもあった。この異常を隠さず、むしろ主張することによって、向こうから恐怖を抱いて退いてもらうために。
 人を殺さないために、殺人鬼のレッテルを己に貼ることを僕は選んだ。
 でも、そんな生き方は本当はしたくなかった。誰かと普通に語り合い、誰かと普通に触れ合い、誰かと普通に仲良く遊べるような、そんな日常を望んでいた。
 いくら望んでも、それは叶わないことだと思っていた。

 ――あんたと俺は命がけで戦ったんだぜ? つまり俺達はもう友達じゃねーかよ――――

 だけど、違った。

 ――あたしは何があっても、宗像さんの味方、だから――――

 僕のことを殺人鬼としてではなく、ただの宗像形として、どこまでもまっすぐに見てくれた人たちがいた。
 彼らはどちらも「守る人」だった。
 誰かを守る、誰かを救う、誰かを助ける。理由こそ違えど、彼らは常に何かを守るために生きているようだった。殺すために生まれてきたような僕とはまるで正反対に。
 そんな彼らの生き方が、僕にはとても眩しかった。当たり前のように誰かのために生きられることが羨ましかった。
 そんな人達が、僕のことを友達だと、味方だと言ってくれた。それを裏切るような真似だけは絶対にしたくない。
 殺す以外に何もできなくても、殺すために生まれてきたような人間でも。
 彼らの仲間として、その生き様に恥じない存在でありたい。誰かを助け、誰かを救い、誰かを守る。そんな存在に。

 ――『正義の味方』であるあたしが『味方』してるんだから――――
 ――宗像さんは、『正義そのもの』だ――――

 ……そうだね、火憐さん。

 僕は立ち上がり、身体の内側に力を込める。
 迷いはすでに消え去っていた。心からの決意を、ありったけの覚悟を、僕は叫ぶ。

 「僕は、『正義そのもの』になる――――!!!」

 割れんばかりの声で。
 なりたい、でも、なれたらいい、でもなく、なる、と。
 初めて僕は、そう宣言した。
 そんな僕の叫び声にも、真心はまるで反応せずにこちらをただ見ている。無機質に、機械的に、無感動に。
 止めるためには、殺すしかないのかもしれない。
 それでも、僕にできる限りのことはしようと決めた。玖渚さんだけでなくあの橙色の少女も、火憐さんなら救ってみせると言うだろう。

 「もう少しだけそこで待っててくれ、玖渚さん」

 そう言って僕は構えを取る。
 腕を上げて、拳を作り、腰を低く落とし、膝をやや曲げて。
 暗器を使うときとは違う、火憐さんから教えてもらった体術の構え。

 「君は必ず、僕が守るから」
 「…………無茶するなあ」

 そういうところ、ちょっといーちゃんに似てるんだよねえ――と、呆れたように、しかしどこか嬉しそうに、玖渚さんは呟いた。
 すると突然、何かに反応したかのように真心がこちらへ突っ込んでくる。一度は学習したかと思ったが、何に冷静さを欠いたのか、最初の暴走状態に戻っているようだった。
 好都合だ。
 動きが直線的であるほど、こちらは対処しやすい。

 「行くよ」

 今までは逃げの一辺倒だったが、今度は僕からも相手に向かって駆け出す。
 真正面からぶつかれば当然押し負ける。真心が手刀を繰り出すタイミングを見計らい、ぎりぎりのところで方向を変え、真横へと跳躍する。
 真心の手刀が僕の腹部をかすめる。皮膚が制服ごと切り裂かれ、血が吹き出すのがわかったが、致命傷には全然足らない。
 腐ってもアブノーマル、殺されない技術に関しては人一倍以上。人一倍異常だ。
 跳躍した先にあった太い竹を足場に、今度は斜め上へと身体を上下反転させながら大きく飛び跳ねる。ちょうど、真心が僕の真下へと来る位置まで。
 三角跳び。
 火憐さんから教わった基本技のひとつ。
 「人間にとって死角である真上を制するための技」みたいなことを火憐さんは言っていたけれど、はたしてどんな格闘技の流派にこんな技があるのか、それ以前に火憐さんが何の格闘技をやっていたのか、僕は知らない。
 そもそもこれは格ゲーの技ではなかったのか。

795 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:41:44
 もちろん、頭上を取ったからといって雌雄の決するような相手じゃない。むしろこのままだと、相手が待ち構えているところに無防備のまま落下するだけという自爆に近い状態。
 この高さからだと腕も足も真心に届かない。そしてこちらの攻撃が届く位置に来るまで悠長に待ってくれる相手ではないだろう。
 刀を投げる手は使えない。相手は僕の暗器を習得済みだ。また奪い取られて投げ返されたらこっちが死ぬ。
 無論、何も考えずに頭上に跳んだわけではない。

 「ふっ――っっ!!」

 空中で逆さまに浮いたまま、上半身を勢いよく捻ることで螺旋状に回転する。
 そして真下に立っている真心へ向けて、左腕を大きく振りかざした。
 足が届かない距離なのに、腕が届くはずがない。ましてや肘から先のとぎれた左腕、万が一にもかすることすらありえない。
 だけど、腕は届かなくとも。
 その左腕に、止血のために巻きつけておいたゴム紐はその限りじゃない。
 このゴム紐は、ロープ代わりに使えるくらい十分な強度と長さがある。腕に巻きつける際、片端の長さを余すようにしておけば、こうして中距離間の攻撃に応用することもできる。
 鞭のように放たれたゴム紐は、回転の遠心力を伴って真心のほうへ伸びていく。そして僕の狙い通りに、真心の華奢な首に一瞬にして絡みついた。
 捕まえた。

 「!!」

 それに気付いた真心が、紐を解こうと首に手をかけようとする。
 もちろん外す隙は与えない。僕は近くにあった竹に右手を引っ掛けて半ば無理矢理にしがみつき、そのまま渾身の力で真心の身体を引っ張りあげた。
 真心の両足が浮く。
 かはっ、と苦しげに息の漏れる音が聞こえる。それでも僕は力を緩めない。

 「絞殺――どんなに強くとも、呼吸を止められれば人間は、死ぬ――!」

 正確には絞めるのは、気管ではなく頚動脈。絞め方さえ間違わなければ、完全に息の根が止まる前に『絞め落とす』ことができる。
 殺さず落とすのに、絞めは最も適した殺人技。
 火憐さんも「何度殴り倒しても起き上がってくるしぶとい相手には絞め技が一番効果的」などと言っていた。火憐さんの体術で倒れない人間というのは、ちょっと想定し難いけれど。
 普通のロープやワイヤーなら、真心の腕力相手では引きちぎられる恐れがある。だけどこのゴム紐は、どんな素材を使っているのか相当に強度が高い。
 加えて相手は右腕を骨折している。両足の浮いた状態で、片腕の力だけでちぎれるような強度の紐じゃない。
 いける。
 このまま絞め上げ続ければ、真心を殺さずに無力化できる!

 ――と、僕が思ったそのとき。
 真心の左手が、すっとこちらのほうを向く。
 ゴム紐を掴むわけでも、闇雲に振り回すわけでもなく、ただこちらへ向けて片手を突き出してくる。
 突き出されたその手は、まるでライターを着火しようとしているかのような、奇妙な形で握られていて――

 「――――あ」

 その手に握られたものの正体に気付いたときには、真心はすでにそれを『発射』していた。
 さっき僕が真心へ向けて連射した、コルト・パイソンの『殺意なき弾丸』を。

 「が…………っ!!」

 指弾!
 指の力で弾かれたとは思えない勢いで飛んできた弾丸は、僕のこめかみあたりに直撃する。その衝撃に一瞬、手の力を緩めてしまう。
 再び力を込める暇もなく、真心の両足が地面に着く。
 足場を得た真心は、逆にゴム紐を思い切り引くことで竹にしがみついていた僕をそこから引き剥がす。そして勢いそのままに、ゴム紐をハンマー投げのように振りかぶって、僕を地面へと叩き落した。

 「……………………っっっ!!!」

 声も出ないほどの衝撃。
 地面で一度大きくバウンドし、背中からどさりと着地する。
 頭蓋骨が砕けたかと思うくらいの眩暈と痛みを全身で感じながら、僕は今度こそ自分の敗北を悟る。
 ……甘かった、学習していないのは僕のほうだった。
 真心が僕の暗器を習得していて、千刀・ツルギをいつの間にかその身に隠し持っていたという事実。それを知っておきながら、同様にコルト・パイソンの弾丸を隠し持っている可能性に思い至ることができなかった。
 暗器使いの僕が、暗器で完全に裏をかかれた。
 完膚なきまでに、僕の敗北だった。

796 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:42:10
 
 (……できる限りのことはやった――なんて言い訳できるような結果じゃないな、これは)

 逃げることも戦うことも、これ以上は無理のようだ。
 仰向けに倒れたまま、そっと目を開ける。
 空が見えた。
 青い空が、青々とした竹の葉の隙間からわずかに見えた。
 あたり一面が燻った煙で覆われているにも関わらず、なぜか僕にはその空の青さがはっきりと見えていた。
 身体を起こそうとするが、力が入らない。代わりに頭がずきずきと痛む。
 玖渚さんが近くにいるはずだけど、姿が見えない。
 玖渚さんに謝りたかった。謝ったからといって何が変わるわけでもないけれど、必ず守る、などと大口を叩いておいて、こんな結果しか残せなかった自分の不甲斐なさを、せめて一言謝りたかった。
 火憐さんにも、善吉くんにも、黒神さんにも、玖渚さんを僕に託してくれた伊織さんにも、謝罪の言葉を口にする力もない自分がどうしようもなく無力に思えた。
 ざっ、と。
 僕の頭のすぐ脇で、小さな足音が鳴る。
 真心がそこに立っていた。近くで見ると、その怪我の痛々しさがはっきりとわかる。僕の怪我よりずっと酷いだろう。
 その橙色の瞳は僕のほうを見ておらず、虚ろな表情で、誰かのことを思い出すように遠くのほうを見つめている。
 ぼんやりと開いた口から、少女は僕にとって初めて意味の理解できる言葉を発した。


 「――――いーちゃん」


 …………ああ、ここへ来てまたその名前か。
 真心が『いーちゃん』の知り合いかもしれないと玖渚さんは言っていたけれど、どうやら的を射ていたようだ。
 いまさらそれを知ったところで、何の意味もないのだけれど――

 ひゅん。

 真心の腕が、無慈悲に僕へと振り下ろされる。
 ああ、死ぬな。
 誰も、何も守れないままに僕は死ぬのか。
 『正義』の二文字は、どうやら僕には荷が重すぎたらしい。
 火憐さん、ごめん。
 最後まで信じてくれた君には、本当に申し訳ないと思うけど。
 やっぱり僕は、正義にはなれなかった――――







 「いや、お前は間違いなく正義だぜ、少年」







 そのとき何が起きたのか、はっきりと見えていたわけではない。
 ただ、赤が。
 視界の中に、赤色が飛び込んできた。
 空の青さも、漂う白煙も、すべてかき消してしまうくらいにまばゆい赤色が、僕の目の前に存在していた。
 何の前触れもなく、千年前からそこにいたかのような毅然さで。
 その赤色の人影は、橙色の人影をはじき飛ばす。
 あの面影真心を、橙なる種を、ただの体当たりでいとも簡単に遠くへと吹き飛ばす。
 いや、正確に言うなら吹き飛ばしたのは、その赤色がまたがっているふたつの――――車輪?

 「じ…………自転車?」

 真心を撥ね飛ばした自転車の車輪が、ざん、とふたつ同時に着地する。
 山道にそぐわない、籠と荷台のついた、俗に言うところのママチャリ。
 それに乗っていた赤色の人影が、なぜかサドルにまたがったままの姿勢で跳躍し、僕の目の前にふわりと降り立った。

 「確かにお前には、真心ちゃんの相手はちと荷が重かったかもしれねえ――だがな、少年」

 赤色の人影が僕のほうを振り返る。
 煌々と燃えるようなその赤い瞳が、呆然と見上げているだけの僕をまっすぐに見た。

 「お前はそんなボロボロになってまで、あたしがここに到着するギリギリまで、あたしの友達を命懸けで守ってみせたんだぜ。それが正義でなくてなんだっつーんだよ」

 その人は。
 炎のように赤いスーツに身を包んだ、炎のような存在感を纏ったその女性は。
 とても力強く、しかしどこか優しげに、この上なく楽しそうな表情で、僕に笑いかけた。

 「このあたしが誰かのことを、気も衒いもなく、一片の迷いもなく『正義』だと思ったんだ。少なくともそれは、誇ってもいい出来事だぜ」

797 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:42:34
 
  ◇     ◇


 燃え盛るような赤い髪。
 攻撃的な真紅のスーツ。
 射すくめるような、つり上がった三白眼。
 服はほとんどの部分が破れたりほつれたりしていて、惜しげもなく素肌を晒している。
 いや、ボロボロなのは服だけじゃない。むしろ素肌のほうが酷い様相を呈している。
 打撲、裂傷、骨折が全身に溢れかえっていて、痛々しいどころの話ではなかった。腕などは折れた骨が皮膚を突き破って露出してしまってさえいる。
 真心と同じ満身創痍。
 にもかかわらず、その全身から滲み出る活力は怪我どころか、疲労すら感じさせないそれで。

 「――――あ、」

 その人が誰なのか、僕は知っていた。
 詳細名簿に載っていた参加者のうち、顔写真だけでも存在感を放っていたのをよく覚えている。

 「哀川、潤…………?」

 《赤き征裁》、《死色の深紅》、《疾風怒濤》、《一騎当千》、《赤笑虎》、《仙人殺し》、《砂漠の鷲》、《嵐の前の暴風雨》。
 そして、《人類最強の請負人》。
 ものものしい肩書きの数々と、美形ではあるけどどことなく肉食動物を思わせる鋭い目つきから一度は危険人物に分類しかけたけど、結局は普通の名簿のほうに入れておいたように記憶している。
 あれはどういう理由で、危険じゃないと判断したのだったか――

 「潤ちゃん……」

 玖渚さんが声を漏らす。どこに行ったかと思ってたけど、案外近くにいたらしい。
 そういえば玖渚さんは、この哀川潤と知り合いであるようなことを研究施設で言っていたような気がする。
 伊織さんが「哀川のおねーさん」と親しげに呼んでいたのもこの人だろう。
 それぞれがどういう関係なのか、詳しく聞いてはいないが。

 「よう玖渚ちん、久しぶり」

 気さくな感じで、哀川さんは玖渚さんに声をかける。

 「悪いな、遊園地で逃げられてから真心ちゃん追ってたんだけど、途中で見失っちまってよ。竹取山のどこかに逃げ込んだってとこまでは見当ついてたんだが、山火事のせいで思うように捜索できなくてさ。
 逃げてる途中で真心が投げ捨てたデイパック漁ってみたらこの自転車が出てきたから、これで手当たり次第走り回ってたんだが、とりあえず間に合ってよかったぜ」

 そう言って哀川潤は、もう一度僕を見てニッと微笑んだ。

 「お前が大声で叫んでくれたおかげで、ここにいるってわかった。ありがとよ、少年――はは、『正義そのもの』なんて、いかした台詞聞かせてくれんじゃねえかよ」

 立てるか? と僕に手を差し伸べてくる哀川潤。そんなあからさまに複雑骨折している腕を差し伸べられても、こちらとしては対処に困るのだけれど。
 むしろあなたがそうして立っていられるのが不思議だ――と突っ込む余裕もなかったので、まだ痛む身体を無理矢理に稼動して立ち上がる。
 思っていたほど骨や筋肉に損傷はないようで、ふらつきながらも何とか両足で地面を踏むことに成功した。

 「少年、名前は?」
 「宗像、形……です」
 「そうか、じゃあ宗像くんよ」

 哀川さんは、すぐそこの地面に寝そべっていた玖渚さんを折れているはずの腕でひょいとつまみ上げ、乗ってきた自転車の籠に放り込んだ。
 玖渚さんは「うにゅっ」と声を上げながら、尻からすっぽりと籠におさまる。身体を折りたたむようにして、足だけを籠から出している。

 「こいつと一緒に、早いとここのエリアから脱出しろ。徒歩じゃもう間に合わねえ、このチャリで麓まで一気に駆け下れ。あとネットカフェにあたしの荷物が放り込んであるから、余裕があったら回収しておいてくれ」

 そう言って哀川さんは、後ろを振り返る。

 「あたしはここで、あいつの相手をする」

 そこには、怒りのこもった眼で哀川さんをにらみつける真心の姿があった。
 明らかに、僕たちと対峙していたときとは様子が違う。
 殺気や敵意、警戒心などが溢れかえっているように見える――二人の関係を知らない僕には、その理由が分からない。
 うまく状況が整理できず、僕はただ戸惑う。

 「落ち着け、真心。山に火を放ったのはこいつらじゃねえ」

 だよな? といった具合に僕のほうを見る哀川さん。反射的にうなずいてしまったが、どういう意味だ?
 山に火を放った? この山火事の話か?

 「いや、実はあいつ、昔のことで炎にトラウマがあるらしくてよ。火事とか見ると、あんなふうに理性を失って暴走しちまうんだわ。それでたまたま見つけたお前らを、この山火事を起こした張本人だと思って襲いかかったんだろうよ」
 「え」

798 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:42:59
 そんな理由で?
 そんなことで僕たちは、危うく殺されかけたのか? 嘘だろう?
 操想術とかの話はどこへ行ったんだ。

 「あたしは真心とは顔見知りだから、少しは話しが通じるかもしれねえ。だからこの場はあたしに任せろ。お前は早く自転車に乗れ」
 「いや、乗れって――」

 時間がないのは承知だけど、本当にこの山道を自転車で下れというのだろうか。 マウンテンバイクですらない、このママチャリで?
 それだけでも無茶なのに、今の僕は左手を失ってるからハンドルを握るのも十分にできないのだけれど。

 「贅沢言うな。見ろ、あたしなんて両腕ともバッキバキにへし折れてんのに、両足の力だけでここまで上ってこれたんだぞ。片腕使えて、しかもただ下るだけなら余裕でできるっつーの」

 無茶苦茶な理屈だった。
 ていうかこの人、マウンテンバイクでもそれなりに苦労するであろうこの斜面をただの自転車で駆け上がってきたうえに、体当たりまでかましてみせたのか?
 どんな脚力だ。
 古賀さんあたりならできそうな気もするけど、それも全快の状態での話だ。

 「いや、でも哀川さん――」

 自転車がどうこうとかいう、それ以前に。
 両腕すら使えないその満身創痍の体で、あの真心を相手にできるはずがない。よしんば足止めできたとしても、その後に禁止エリアになりかけているここから脱出するだけの余裕が残っているはずがない。
 ここに残るというのは、ここで死ぬと言っているも同義だ。
 僕がそう言おうとすると、哀川さんはそれを遮るように、

 「あたしのことを名字で呼ぶな。あたしのことを名字で呼ぶのは敵だけだ」

 と、言った。

 「あいつは、真心はそもそも、あたしがもっと前にどうにかすべきだったんだ。あたしがドジっちまったせいで、お前と玖渚ちんを危ない目に遭わせちまった。お前のその左腕も、あたしの責任だ」
 「…………」
 「言っておくが、その責任を取ってお前らの代わりにあいつの相手をするってわけじゃねえぞ。あいつを、真心ちゃんを止める責任が、もともとあたしにあるってだけの話だ。あいつを救うのは、あたしの役目だ」

 潤さんはそう言って、不敵に笑ってみせた。
 救う。
 その言葉をあたりまえのように口にする彼女は、とても生き生きとして見えた。
 こんな、今にも崩れてしまいそうな怪我なのに。
 この程度の逆境では、まるで足りないと言わんばかりに。

 「宗像くんよ。お前は『正義そのもの』なんだろ」

 赤い瞳が、ふっと優しげな光を帯びる。

 「だったらあたしは、正義の味方だ」

 「…………!!」

 正義の味方。
 その言葉に僕は、胸をつかまれたようになる。

 「正義を名乗るんだったら、正義の味方の言うことは信用しろ。大丈夫だ、あたしも真心ちゃんも、これしきでくたばるほどヤワな造りはしてねえよ。
 人類最強の請負人であるこのあたしが『味方』するってんだぜ。だからお前は安心して、大船に乗った気であたしにこの場を任せればいい。あたしは岡の黒船どころか、怖いもの知らずのドレッドノート級だからな」
 「潤……さん」
 「だからお前は、玖渚ちんを守ってやってくれ。どういう理由で玖渚ちんと一緒にいんのかは知らんが、それは別にいい。ひとつ言えるのは、真心を救えるのがあたししかいないように、宗像くん、この場で玖渚ちんを救えるのはお前しかいないってことだ」

 少しだけ、笑顔に寂しさを含ませて。
 潤さんは言う。

 「頼む。そいつ、あたしの大事な友達なんだよ――それに、玖渚ちんに出会っておいて守りきれなかったなんて言ったら、いーたんにぶっ殺されちまう」

 あいつ玖渚ちんのことになると見境いねえからなあ――と言って、どこか愛おしそうな表情をする潤さん。
 どうやらこの場で、『いーちゃん』を直接知らないのは僕だけのようだ。
 『いーちゃん』、君の知り合いの女性たちが今、修羅場の真っ只中にいるよ――思わずそんなことを言いたくなってしまう。別にその『いーちゃん』のせいでこの状況があるわけではないだろうけど。

 「…………潤さん」
 「おう」

 腕を振るい、ロープ代わりに使ったゴム紐の端をしゅるりと腕に巻き取る。
 そして自転車のサドルにまたがり、残った右手でハンドルを握る。

 「僕は、あなたを信じます」
 「おう、信じろ」
 「あなたを信じて、この場を任せます」
 「おう、任せろ」
 「だからどうか、あなたも生き残ってください」
 「…………」
 「生き残って、僕と一緒に戦ってください」

799 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:43:35
 この人のことを、僕はほとんど何も知らない。精々が名簿に載っている、事実かどうかもわからない情報だけだ。
 だけどひとつだけ、ここでこの人に会ってみてわかったことがある。
 この人は強い。最強という肩書きが不自然でないくらいに。
 この人が真実味方になってくれるなら、それはこの上なく心強い。

 「…………ああ、約束すんよ」

 僕の言葉に、潤さんは皮肉げに笑って返す。

 「お前も、あたしと再会するまで死ぬんじゃねえぞ、宗像くん」

 その言葉を聞いて、僕はペダルを一気に踏み込み、麓へと向けて一直線に駆け下る。
 自転車はぐんぐん加速し、潤さんたちの姿があっという間に遠ざかっていく。
 周囲の竹に激突しないようハンドルを操作しながら、僕はなぜ潤さんの名簿を見て危険人物と判断しなかったのかを思い出していた。
 あの自信に溢れた眼差しと、理屈では説明できない強さを象ったような雰囲気。
 すべてが似ているというわけではないけれど。
 あの人はどこか、黒神さんに似ているような気がした。



   ◆  ◆  ◆



 「はは、雰囲気に乗せられてつい『正義の味方』なんて言葉使っちまったぜ。そんなもんあたしの柄じゃねえっつうの――――さて、と」

 麓へと向けて走り去った宗像形たちを見送ったあと、哀川潤はようやく面影真心に向き直る。
 真心は相変わらず、その場から動かず敵意のこもった眼で哀川潤を睨みつけていた。

 「待たせたな、真心。さっそく第二ラウンドと洒落込もうぜ――と言いたいところだけど、その前にひとつ確認しておくか」

 山火事はすでに煙だけではなくなってきている。西のほうから徐々に火の手が迫ってきているのが、哀川潤たちのところからも視認することができた。
 それでも二人は、そんなことに興味はないとばかりにお互いの姿だけを視界に納めている。
 哀川潤は面影真心を。
 面影真心は哀川潤を。
 双方ともに、ただ見つめている。

 「真心、お前すでに操想術から解放されてるな?」

 哀川潤の問いかけに、真心は何も言わない。
 しかし、その太い眉が一瞬ぴくりと動いたのを哀川潤は見ていた。

 「やっぱりそうかよ……確信は持ててなかったけど、お前もう、あたしが来るより前に正気に戻ってたんだな」


  ◇     ◇


 「もしかしたら、って思ったのはランドセルランドでお前とやりあってる最中だったな――つっても、あの包帯女から真心にかけられてる操想術の仕組みを聞いてなけりゃ、気付くことさえなかっただろうけどな」

 真心にかけられている操想術の仕組み。
 心臓の鼓動を基調に操想術を施すという、面影真心の完全性を逆手に取った裏技。真心の心臓が動いている限り、その操想術は常時かかりっぱなしの状態を維持する。
 真心が死ぬまで、決して操想術が解けることはない。
 はずだったのだが。

 「あたしの知ってる、橙なる種として完成した面影真心だったら、それこそ心臓を止めでもしない限り術を解くことはできなかっただろうな。そんな死ぬほどの怪我を負った程度で、死ぬほどの血を流した程度で、お前の心臓は狂わないだろうからな――
 だけど、今のお前はそうじゃない。『制限』だか何だか知らんが、あたしもそれと同じものをかけられているからよくわかる。あたしは本来のあたしほど最強じゃないし、真心、お前は本来のお前ほど最終じゃない」

 制限。
 身体能力をはじめとするいくつかのスキルに、一定の弱体化、限定化を負荷する措置。
 ゲームの平等性を最低限維持するための措置のひとつだったが、真心の場合においては、それが少し違う方向に作用した。

 「今の真心ちゃんの身体で、そんな大量の血を流した状態で休みなく動き回ったら、さすがに脈拍も一定じゃなくなってるんじゃねえか? その操想術の拠り所は、あくまで心臓の鼓動一点のみのはずだ。それが狂えば必然、術は解けるか沈静化する」

 面影真心の完全性を前提にして施された操想術。
 制限によってその完全性に揺らぎが出たことで、術の完全性もまた否定された。
 時宮時刻にとっても、それは計算外の出来事だっただろう。

 「いつ、どのタイミングで解けたのかまではあたしにはわからんけどね……真心ちゃんの心臓の音でも聞けりゃ、もっと早く確信持てたんだけどな。『では、心臓の鼓動音は』――とか言ってなあ」
 「…………」

 地面に耳をつける真似をする哀川順に、真心はやはり何の反応も見せない。
 憎々しげに。
 背中の傷口からなおも血を流しながら、何も言わずに立っている。

800 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:44:01
 
 「……なあ真心。お前結局、何がしたかったんだ?」

 哀川潤は問いかける。一方的に。

 「骨董アパート破壊したのもお前だな? アパート壊して、あたしと喧嘩して、途中で逃げて、ようやく見つけたかと思ったら玖渚ちんたち襲ってて、それがお前のやりたかったことだったのかよ?」
 「…………」
 「あたしを襲ったとこまではわかる。時系列的にあたしのことを覚えてるかどうかは微妙だが、橙なる種の前身であるこのあたしに襲い掛かるってのはいわば本能だろうからな。だけどなんで、たまたま見つけたとはいえ、玖渚ちんたちまで殺そうとした?」
 「…………」
 「あたしがいーたんの声帯模写したってのも、とうに気がついてるよな。お前のスペックで、正気に戻ったんならなおのこと気付かないはずがねえ。その上でどうして、あたしを振り切って禁止エリアなんかに直行した?」
 「…………」
 「死にたかったのか? 何でもいいからぶっ壊したかったのか? それともいーたんに会いたかったのか? 何とか言いやがれ、真心!」


 「うるさい」


 初めて。
 赤色に対し、橙色が反応を示す。

 「お前のことは、何となく覚えてるぞ。あの狐野郎に連れてこられた体育館で、いーちゃんを見つける前にぶん殴った記憶がある。それに、さっき俺様と闘りあった赤色もお前だったな――お前があの、俺様の前身だっていう哀川潤か」
 「ああ、真心ちゃんやっぱり『そのへんから』来てんのな……あたしに関する記憶も、せいぜいその程度かよ。こちとらランドセルランドのときも含めて二回も命がけでバトってんのによ」
 「……『何がしたかった』? 俺様にやりたいことなんてない。やりたいことなんて、ただのひとつもなかった――俺様はただ、終わらせようとしてただけだ」

 その眼からすでに、狂気の色は消えていた。
 明確な声で、真心は言葉を紡ぐ。

 「ここにあるもの全部ぶっ壊して、このふざけた実験とかを終わらせようとしてただけだ。この殺し合いも、主催の連中も、俺様自身も、何もかも終わらせようと思った。それだけだ」

 《人類最終》。
 西東天が世界を終わらせる目的で作成した《赤き征裁》。その続きであり完成形でもある、唯一無二の存在。
 本能というならこれこそが本能。世界を、物語を終わらせることこそが、橙なる種にとっての役割であり存在理由。
 その存在理由に則って、真心はこの世界を終わらせようとしていた。
 終わらせようとしていただけで、真心は誰とも敵対していなかった。誰とも戦っていなかったし、誰とも殺し合いを演じてなどいなかった。真庭鳳凰も、鑢七実も、哀川潤でさえも、真心にとっては戦う相手ですらなかった。
 無戦無敗、ゆえに最終。
 だから相手というのであれば、この世界そのものが真心の相手だった。

 このバトルロワイアルという世界を。
 真心はずっと終わらせようとしていた。

 「あの操想術野郎のせいで暴走してる間は、確かに俺様自身も、自分が何をやってるのかよくわからなかった。だけど今、正気に戻ってみてはっきりとわかった。俺様が何を目的として暴れていたのか」
 「…………なるほどね」

 吐き棄てるような表情で哀川潤は言う。

 「時宮時刻が世界を終わらせる目的で真心に操想術をかけたってんなら、ここに限ってはその目論見は成功してたってわけだ――擬似的とはいえ、ひとつの世界っつーか、物語を形作ったような実験だからな。
 この空間が限定的過ぎたってのもまずかったな。元々の世界でだったら解放されたとしても、せいぜい自分の憎む対象を破壊しようとするくらいのことで終わっていただろうが、この世界なら十分、橙なる種の手に負える範囲だったってわけだ」

 40余名の参加者と、64マスで区切られた空間。
 それを世界と呼ぶなら、真心にとってはあまりに狭すぎる。

 「まあ、それに関しちゃ時宮時刻とこの実験企てたクソ主催者が原因みたいなもんだから別に責めやしないさ……いや、元はと言えば真心を拘束してたMS‐2の連中と、さらに遡ればあのクソ親父が元凶か。どっちにしろ真心、お前は悪くねえ。
 だがな、真心。せっかく操想術が解けかけたってのに、わざわざ自分から術が解けないように立ち回ったってのは少々いただけねえんじゃねえのか?」
 「…………」
 「そもそもお前が、なぜここまで長いこと操想術の支配下にあったのかが疑問だったんだ。お前なら、自力で術を解くくらいのことはしていても不思議じゃないからな。だけど真心、お前が自分から術を解かないようにしてたってんなら、話は別だ」

801 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:44:27
 操想術の狂気による殺戮がさらなる狂気を生むという悪循環。
 それこそが、制限により完全性を失った真心がそれでも操想術の影響を長く受け続けた理由。
 その悪循環を、真心自身が望んで作り上げていたとしたら。

 「紅蓮の炎にわざわざ自分から向かっていったり、正気を失った振りをして誰かに無差別に襲い掛かったりすることで、自ら狂気を演出してたんじゃねえのか? 自己暗示っつーか、真心ちゃんなりの操想術ってわけだ」

 まああたしが阻止してやったがね――と哀川潤は皮肉げに言う。
 燃え盛る山の中に迷い込んだのも、たまたま出会っただけの相手を殺戮しようとしたのも、すべてが欺瞞であり演出。
 自らを狂気に押し留めるための。
 自らを解放し続けるための苦肉の策。

 「玖渚ちんや宗像君にとっては単に運が悪かったってことか……ともかく真心、それに関しては操想術のせいじゃねえ、お前が自分で選択してやったことだ。お前が自分で、正気から狂気に逃げただけのことだ」
 「…………」
 「結局のところ、お前はただ逃げてただけなんじゃねえのかよ。正気に戻るのが怖くて、自分のやったことを冷静に見るのが怖くて、狂ったふりして暴れてたんじゃねえのか。操想術にかけられてやったこと、って言い訳してよ」
 「…………」
 「お前が玉藻ちゃんに刺されたのはあたしのせいだ。そのせいで正気に戻りかけたってんなら、お前のその選択の責任はあたしにあるのかもしれねえ――だけどな、あたしが許せねえのは、お前があたしからもいーたんからも逃げてたってことだよ」
 「…………」
 「なんであたしに助けを求めなかった? 正気に戻っておきながら、なんでいーたんを探すのを優先しなかった? お前にとって狂気ってのは、解放された自分ってのは、そこまで気持ちのいい逃げ場所だったのかよ、真心!」
 「…………そんなこと、もうどうでもいい」

 沈黙を続けていた真心が、おもむろに背中に刺さっていたナイフの柄をつかむ。
 かろうじて出血を止める詮代わりになっていたそのナイフを、そのまま無造作に引き抜く。空いた傷口から、真っ赤な血がどろりと流れ出た。
 さほど出血が多くないのは、もはや流れるべき血が身体の中に残っていないせいだろうか。

 「どうせ俺様は、もうすぐ死ぬ」

 血まみれのナイフを放り投げる真心。ナイフは宙を回転し、哀川潤の足元へからんと落下する。

 「……ああ、死ぬな。その怪我じゃ」
 「お前のせいだ」
 「そうだな、あたしのせいだ」
 「お前も死ぬぞ、ここにいたらもうすぐ」
 「そうだな、あたしも死ぬ」
 「…………だったら、なんで、」

 真心の表情に怒りの色が浮かぶ。
 憎しみでなく、怒りの感情を真心は顕わにする。

 「なんでお前は、ここから逃げないんだよ!! 俺様が正気に戻ってるってことに気付いてたんなら、さっきの奴らと一緒に逃げればよかっただろうが!! そうしてたらお前、ここで死ぬこともなかったんじゃないのかよ!!」
 「ああ、死ななかったかもな」
 「じゃあ逃げろよ! なんで俺様の邪魔ばっかりするんだよ! 俺様を置いて、さっさとここから消え失せちまえよ!」
 「いやだ」
 「だから、なんで――」
   . . . .
 「なんで?」

 今度は哀川潤のほうが怒りを顕わにする。
 低い声で、苛立ちを隠そうともせずに。

 「そんなもん、お前のことが大好きで大好きで仕方ねえからに決まってんじゃねえか。それ以外に何があるってんだ馬鹿野郎」
 「…………!!」
 「別に信じなくてもいいけどな、あたしは時系列的にお前より先の時間から来てんだよ。だからお前の悩みも本音も、全部ネタバレっちまってんだよクソガキが」

 生まれつき、完全な人間として創造された面影真心。
 真心にとって、生きるということは簡単すぎた。
 簡単すぎて、生きていることがわからなくなるほどに。
 世界が終わっているようなんだと。
 ずっと、助けてほしかったと。
 かつて真心は、戯言遣いにそう叫んでいた。

 「そんな真心ちゃんが、こともあろうにあたしのせいで死にかけてるってのに、それを見捨てて逃げられるわけがねえだろうが。すでに言ったはずだぜ。お前を救うのは、あたしの役目だ」

 ずっと直立不動のまま話していた哀川潤が、ここでようやく攻撃的な構えを見せる。
 血まみれの、傷だらけの身体で、それでも猛々しく。

802 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:44:52
 
 「来いよ真心――あたしにとっちゃ二度目だが、お前が生きてるってことを証明してやる。狂気に逃げる必要なんかないくらい、生きてるってことを実感させてやるよ」

 お前が死ぬ前にな――と。
 眼を見開き、身を震わせる真心に対し、哀川潤は手招きをする。

 「さっきみたいなただの殴り合いじゃねえ。今度こそ死ぬつもりで、殺すつもりでかかってこい。あたしも死ぬつもりで、殺すつもりで相手してやる。責任を持って全身全霊、お前のすべてを受け止めてやんよ――」


 「――だから安心しろ。あたしは絶対に、お前のことを見捨てたりしないからさ」


 「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!」


 真心の咆哮を合図に。
 赤色と橙色が、互いに向けて同時に飛びかかる。
 空気が震え、地鳴りのような衝撃があたりに伝播する。ふたつの人影が激突し、そこに火花のような血しぶきが舞う。
 そこから先は、肉体と肉体のぶつかりあいだった。
 互いの拳が、脚が、胴体が、縦横無尽に竹林の中を駆け回り、交錯する。そのたびに破裂音と血しぶき、ときには肉片や骨片がはじけ飛び、乱舞する。
 折れた腕を振るい。
 裂けた脚で地面を駆け。
 痣だらけの胴体で攻撃を受け止め。
 瀕死の身体を、満身創痍の肉体を。
 それでも足りないとばかりに削り合う。

 「ぐうっ――!!」

 哀川潤の前蹴りが真心にヒットし、バランスを崩して地面に倒れる。
 それに追撃を加えることなく、哀川潤は大声で叫ぶ。

 「どうしたぁ真心! そんなんじゃこっちは全然ものたんねえぞこら! 死ぬつもりで、殺すつもりで来いっつっただろうが! 本気で、命がけで、全身全霊であたしを殺してみろ!!」
 「ぐっ……がああああああああああああああああああっ!!!!」

 真心が立ち上がり、再び乱打の応酬が始まる。
 周囲に密集する竹は、もはや障害物としての役割を果たしていない。赤い影が、橙色の影が通過するたび、その軌道上にある竹が軒並み踏み倒されていく。
 竜巻のように。
 ふたつの天災が、竹取山の一部を蹂躙していく。
 あたりを囲んでいる山火事すらも、災害と呼ぶにふさわしくないほどの勢いで。

 「らあっ!!」

 真心の足刀が哀川潤の頭部を揺さぶる。
 口から歯と血を吐き出しながら、それでも哀川潤は笑みを絶やさず、すぐさま反撃に打って出る。
 折れた腕をかばう様子もなく、カウンター気味に肩からぶつかって、宙に浮いていた真心を力任せに吹き飛ばす。
 真心は空中でくるりと回転し、こちらも腰の刺し傷を気遣う様子なく、乱雑に着地した。

 「ははっ……いい感じだぜ、真心!」

 お互い、とうに限界という言葉は超越しているように見えた。
 骨も肉も、筋肉も関節も致命傷レベルで損傷しているというのに、真心も哀川潤もまったく動きを衰えさせる様子を見せない。
 肉体に制限がかかっていると、哀川潤自らが言ったにもかかわらず。
 そんなものは、自力で解き放ったとでもいうかのように。
 全力で、渾身の力で。
 全身全霊で、最強と最終はぶつかりあう。

 「――――はは、」

 時間にすれば一分にも満たない間。しかし百を超える打撃が交されたころ。

 「はは、あはは――」

 それまで憎悪と憤怒の表情しか見せなかった真心が、にわかに笑みをこぼす。
 動きを止めず、打撃を繰り出しながら、笑う。

 「あはは、はははははは――」
 「くくっ、ひひひひ――」

 それにつられるように、哀川潤も笑い声を上げる。
 乱打の中で、血しぶきの中で、とても楽しそうに。
 そして――

803 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:45:59
 
 「げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら!!」
 「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」

 二人同時に、笑みを爆発させた。
 ランドセルランドで響かせたのと同じくらいの、怒涛のような声量で。
 ただ違うのは、その哄笑からは殺気も狂気も感じられなかった。ただ純粋に、この状況を心底楽しんでいるだけように見えた。
 本当の意味で解放されたかのように。
 面影真心は、笑いながら拳を打ち合う。
 そして――――

 「お――――――――らあぁっっ!!」

 永遠に続くかのような乱打戦だったが、終わりは唐突に訪れた。
 真心の正拳突きが、哀川潤の腹部に炸裂する。
 拳は皮膚と肉をたやすく突き破り、背中のほうまで突き抜ける。その間の内臓を完全に破壊する形で、真心の左腕は哀川潤の身体を貫通した。
 ごぶ、と。
 哀川潤の口から、大量の血が溢れ出る。
 今まで流した血液の量から考えれば、それほどの血がまだ残っていたのが不思議だというくらいの吐血。
 どう見ても決定打。
 どう見ても致命的な一撃。

 「――――は、」

 しかし、それでも哀川潤は笑みを絶やさない。
 それどころか。

 「捕まえたぜ、真心」
 「…………っ!?」

 それどころか、笑みを凍りつかせたのは真心のほうだった。
 焦ったような、愕然とした表情で、自らの左腕を見る。
 哀川潤の胴体に深々と突き刺さり、その状態で『固定』された自らの左腕を。

 「驚いて声も出ねえかよ、真心……ここはな、『抜けない、筋肉で止めやがった』――とかモノローグで言うべきところなんだよ……」

 勉強が足りねえなあ――と、余裕の笑みを浮かべる哀川潤。
 真心は腕を引き抜こうとするが、その腕はまるで万力で押さえつけられているかのように、ピクリとも動かない。

 「な……なんで」
 「また、なんで、か? ははっ、だから言ったろうがよ、お前のすべてを受け止めてやるってよ……腹ァぶち破られる程度の拳くらい、余裕で受け止めてやるっつーの……」

 笑みは浮かべているが、しかしその声は明らかに掠れ、生気を失い始めていた。

 「……とか言いたいところだけど、実はこうでもしないと、お前を捕まえられそうになかったんでよ…………何せ、お前がどこにいるのか、音でしかよくわからないってんだからな」

 それを聞いて真心は、はっとしたように哀川潤の顔を見上げる。
 その顔を、正確にはその両目を。
 明らかに焦点のあっていない哀川潤の両目を見て、真心はさらに眼を見開く。

 「お前……目が」
 「そういうこった」

 ふっと、力ない吐息が血とともに漏れる。

 「さっきまではかろうじて見えてたんだけどな……ランドセルランドで頭部にもらったダメージが、思いのほか深刻だったらしくてよ……さっきの足刀蹴りが、どうやら止めだったみたいだな――まあ、それはともかくとして」

 ぐいい、と。
 腹部を貫かれたまま、哀川潤が上体を思い切り後ろに反らす。首ごと大きく、弓を引き絞るかのように。
 左腕を捕らえられている真心は、その場から動けない。右腕はすでにばらばらにへし折れており、打撃はおろかガードにも使えない状態。
 そしてこの距離ならば、外しようがない。
 目が見えなくとも、目の前にいるとわかっていれば、もはや関係ない。

 「歯ァ食いしばれ真心――約束どおり、殺す気でいくぜ。あたしはお前の一撃を、ちゃんと受け止めた。だからお前も、あたしの命がけの一撃、きっちりその身体で受け止めてみせやがれ――」

 そう宣言して。
 大きく反った上体を、バネのように解放する。
 上半身の体重すべてを乗せるようにして、自身の頭部を力の限り振り下ろす!


 「この――――馬鹿野郎がッッッッ!!!!!」


 哀川潤渾身の頭突きが。
 面影真心の額に、この上なく見事に炸裂した。

804 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:46:40
 
  ◇     ◇


 「あー、マジにもうこれ以上は動けねえ……」

 燃え盛る竹取山の中、哀川潤は一本の竹を背もたれにして地面に座っていた。
 数分前の時点で十分傷だらけだった身体は、今やさらに傷が増え、無事である部分を探すほうが難しかった。
 その膝の上に、抱きかかえられるようにして面影真心が腰掛けている。
 こちらも負けず劣らず傷だらけで、特に額からはどくどくと血が流れ、顔を真っ赤に染め上げていた。

 「今、かなり真剣に瞬間移動が使えたらいいとか思ってるわ……今だから思うけど、あの能力チート過ぎだろ……別の惑星まで一瞬で飛べるとかどんだけ便利なんだっての。こちとらもう、一ミリだって動けねえっつうのによ……なあ真心」
 「…………知るか、そんなこと」

 真心が拗ねたような顔で口を開く。
 息も絶え絶えの様子だったが、それでもかろうじて意識はあるようだった。

 「どうだ、真心。あたしと本気で殺しあって、少しは生きてるって実感できたかよ?」
 「そんなわけ、ないだろ……ただでさえ死にそうだったってのに、お前のせいで、より一層死にそうになっただけじゃないか……こんなので、いったい何が実感できるってんだよ……」
 「はは、何言ってんだ。死にそうだっていうならならお前、生きてるんじゃねえかよ――って、この台詞もあたしにとっちゃ二回目か……どうにも締まらねえな」
 「それにお前、『殺すつもりで』とか言っといて、最終的に手加減しただろ……あの頭突き、本気で喰らってたら俺様、絶対に死んでたぞ……結局死ぬどころか、気絶もしてないじゃないか……」
 「ばーか、買いかぶりすぎだっつーの……こっちは腹筋と背筋、両方ともぶっ貫かれてんだぞ。こんな状態で、本気の頭突きなんて出せるわけねえだろうが……」
 「……けっ」

 毒づき合ってはいるが、その表情はどちらも穏やかだった。
 仲の良い友達のように。
 満身創痍の二人は、紅蓮の炎に囲まれながら会話を交していた。

 「あーあ、色々中途半端なままで終わっちまったな……結局いーたんには会えずじまいだしよ。零崎くんとか、話したい奴もまだいたんだけどな。あのクソ親父も、もし会えたら一発ぶん殴ってやろうとか思ってたんだが――」

 哀川潤の体内時計は、このエリアが禁止エリアになるまでの時間をも正確に把握できている。
 だから仮に全快の状態だったとしても、時間までにこのエリアから脱出することはほぼ不可能だということも理解できていた。
 つまりは、あと数分足らずで死ぬということを。

 「いーちゃんに――」

 遠くを見つめながら、真心は言う。

 「いーちゃんに、会いたかったな……いーちゃんが無事かどうか、この目で確かめたかった……いーちゃんと一緒に、ここから帰りたかった――」
 「……そうか」
 「でも、同じくらい、いーちゃんに会うのが怖かった……いーちゃんに会ったら、もしかしたら俺様は、いーちゃんを殺すかもしれない。それに、俺様がやったことを知ったら、いーちゃんが俺様のことをどう思うか――」
 「まだそんなこと言ってやがんのか、お前は」

 こつん、と真心の頭頂部を顎で小突く。

 「いーたんがお前のことを嫌いになるはずがねーだろ。あいつ、真心が暴走して骨董アパート破壊したって聞いても、命張ってまでお前のために奔走してたんだぜ――あ、これはあたしの時系列での話な」

 こういうネタバレなら悪くねえ、と哀川潤は笑う。

 「それにお前、ランドセルランドであたしがいーたんの声真似して後ろから呼んだとき、玉藻ちゃんを攻撃せずにそのまま振り返ったよな? もしお前がいーたんのこと殺そうと思ってたんなら、玉藻ちゃんを殺してからあたしの方に向き直ってもよかったはずだろ。
 そうしなかったのは、お前がいーたんの声に反応して破壊衝動を反射的に抑え込んだからじゃねえのか? 声だけとはいえ、いーたんがお前のストッパーになったんだ。それこそお前に、いーたんを殺すつもりなんてなかったっていう何よりの証拠だろうよ」
 「…………」

805 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:47:09
 
 「まあ、それを予見できなかったあたしが言えた口じゃないけどな……とっさだったとはいえ、あそこでいーたんの声を使っちまったのは失敗だった。お前が玉藻ちゃんに刺されたのは、やっぱりあたしの責任だ」

 ごめんな真心――と、小さく呟いて。

 「だけど安心しろ。いーたんは必ず生き残るさ。あいつなら、この殺し合いを止めるくらいのことは余裕でしてみせんだろ――だから後は、いーたんとか玖渚ちんとか、さっきの宗像くんとかに任せて、あたしらはここでリタイアしとこうぜ」
 「必ず生き残るって……根拠でもあるのかよ」
 「ない。ていうか、しょぼい死に方でもしてやがったらあたしがぶっ殺す」
 「……無茶苦茶だな、あんた」
 「素敵だろ」

 そのとき。
 互いの首輪から『ピー』という耳障りな電子音が鳴り、それに重ねて無機質な合成音声が再生される。

 『禁止エリアへの侵入を確認。30秒以内にエリア外へ退避しない場合、この首輪は爆発します。禁止エリアへの侵入を――』

 「…………は、こうやってちゃんと伝えてくれんのかよ。ったく、余計なところで親切な首輪だな。せっかく水入らずの会話だったってのに、無粋もいいとこだっつーの」

 30秒。
 必然、それは二人の余命を意味していた。脱出の術も、首輪を解除する術もない二人には、ただ坐して死を待つ以外になかった。

 「…………なあ、赤色」
 「あ? なんだ橙色」
 「最後にひとつ、お前に頼みたいことがあるんだけど……聞いてくれるか?」

 首輪からは、絶え間なく警告音が鳴り響いている。
 終わりが近いと急き立てるように。

 「頼みごとだあ? おいおい、もう一ミリも動けねえって言っただろうがよ……この期に及んで、まだあたしに何かやれってのか、お前」
 「うるさい。俺様が刺されたのはお前の責任なんだろ……だったら、俺様の最期の頼みくらい、黙って聞けよ」
 「ったく、可愛くねえ野郎だな――いいぜ、何でも聞いてやるよ。あと30……いや20秒で叶えてやれるお願い事だったらな」
 「俺様を殺してほしい」

 至極簡潔な、その願い事に。
 哀川潤は、それを半ば予想していたかのように目を伏せる。
 すでに機能を失っている、その両目を。

 「殺す気でやるって、約束しただろ……だから最後まで、責任もって俺様を殺せよな……せっかく今、少しだけお前のおかげで、『生きてる』って思えてるんだから」
 「…………」
 「誰かもわからん奴に刺されて失血死とか、勝手に決められたルール違反で爆死とか、そんな中途半端で意味不明な死に方、俺様は嫌だ。それよりもお前の手で、ちゃんと俺様に、止めを刺してほしい」
 「…………ああ、わかったよ」

 そう言って哀川潤は、後ろから真心の首に両腕を回す。
 完膚なきまでにへし折れて、使い物にならなくなっているはずの両腕で。
 そっと優しく、慈しむように、真心の頭部を包み込む。

 「……なあ」
 「うん?」
 「ありがとな、潤」
 「…………ああ」

 ぎゅっと、両手に力を込めて。
 最後の言葉を、真心に囁く。

 「愛してるぜ、真心」

 ぱきん、と。
 真心の華奢な首を、哀川潤の両腕が一息にへし折る。
 穏やかな、とても安らかな表情のまま、真心の全身から生命の感覚がふっと消失する。
 そしてその直後。
 小規模な爆発が、首輪とともに哀川潤の頭部を跡形もなく消し飛ばした。
 どさり。
 首を失った哀川潤の身体が、真心と折り重なるようにして崩れ落ちる。
 そのふたつの身体は、まるで抱き合っているように見えた。
 人類最強の赤色と、人類最終の橙色。
 哀川潤と面影真心は、燃え盛る炎と鮮血の海の中で、いつまでも抱きしめあっていた。


【哀川潤@戯言シリーズ 死亡】
【面影真心@戯言シリーズ 死亡】

806 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:47:59
 気がついたときには、時計の針は17時を回っていた。
 あのあと――竹取山で潤さんと別れたあと、僕は奇跡的に一度も転倒することなく、自転車で麓まで駆け下りることができた。火事場の何とかというのは、バランス感覚にも適応されるものなのだろうか。
 竹取山を抜けたあと、玖渚さんを抱えて一心不乱にネットカフェへと向けて走った。自転車は山道での無茶な走行のせいかどこかが不具合を起こしたようで、それにやはり片手での走行は難しいということもあり、途中で乗り捨てることにした、
 ネットカフェに向かったのは、とにかくどこか安全な場所に腰を落ち着けたいという気持ちがあったのと、ネットカフェに荷物を放り込んでおいた、という潤さんの言葉が頭にあったからだった。
 そこにいれば、潤さんがあとから追いついてきてくれるかもしれない。そんな期待もあった。
 いつの間にかネットカフェに着いていた、と言えるくらい途中のことは何も覚えていなかった。どんな道を通ってきたのかも、どのくらい時間がかかったのかも。
 中に入る前に、一度だけ振り返って竹取山を仰ぎ見た。
 空が燃えていた。
 そんな表現が大袈裟でないくらいの勢いで、上る前にはあざやかな緑色だった竹取山が真っ赤に燃え上がり、その向こうの空までも炎の色に染め上げていた。日が落ちた後だったなら、相当遠くからでもはっきり見えたことだろう。
 さっきまであの中にいたというのが嘘のようだ。
 店の中に入ると、たしかにデイパックがふたつ、入り口のすぐ近くに放り込まれていた。ふたつあったことに一瞬いぶかしんだが、真心が捨てたデイパックを拾ったと潤さんが言っていたのを思い出し、納得した。
 通路に死体が転がっていたのにも少しぎょっとしかけたが、死亡者DVDにネットカフェ内の映像があったのをすぐに思い出した。真庭狂犬、という人の映像だったか。
 そのままにしておくのが何となく忍びなかったので、近くの個室に運びこんで安置しておいた。何の救いにもならないだろうけど。
 それからなるべく広い個室を探し、そこに回収したデイパックをまとめて置いておく。さらに玖渚さんを中に入れて、シートの上にそっと横たえた。
 玖渚さんは寝入っていた。
 自転車から降りたときにはすでに、籠の中ですやすやと眠っていた。ただ眠っているようにも見えたが、火事の煙による酸欠や中毒症状を一応懸念して、とりあえず安静にしておくことにした。
 もしかしたらジェットコースターさながらの自転車走行で気絶しただけかもしれなかったが。
 火傷などの外傷がないことを確認したのち、玖渚さんを個室に残していったん外に出る。
 ひどく喉が渇いていた。
 ドリンクコーナーを見つけ、そこでグラスにお茶を注いで一気に飲み干す。このときばかりは、ここにネットカフェを配置した主催者に感謝した。あるいはネットカフェという施設を考案した誰かに。
 玖渚さんも目を覚ましたら何か飲むだろうと思い、ジュースを自分のぶんも含めて二杯注ぎ、トレイに乗せて個室へと運ぶ。まだ起きてはいなかったので、とりあえずデスクの上にトレイごと置いておく。
 奥のほうにシャワールームを見つけたので、それも使わせてもらうことにした。身につけていた武器をすべて扉の外に置き、脱衣所で制服を脱ぐ。片腕を失った状態だったので少々難儀した。
 自転車に乗っているときにも思ったが、単に片手が使えないというだけでなく身体のバランスが取りづらい。慣れるまでは色々と苦労しそうだ。
 シャワー室は一室につき一畳ほどの広さだった。一人用にしては十分な広さだ。
 蛇口をひねり、温水を頭から浴びる。傷口を中心に、身体についた汚れや血を洗い落とした。
 血の混じった水が排水溝に流れていく。
 それを眺めながら、しばらくの間ぼうっとしていた。身体を洗い終わっても水を止めることなく、放心したように立ち尽くして頭に水を浴び続けていた。
 本当にこれでよかったのか、という思いが頭にはびこる。
 この場は任せる、なんて相手を信頼したような言葉を吐いて、結局は逃げただけなんじゃないだろうか。潤さんを、僕の身代わりにしてしまっただけのことなんじゃないだろうか。
 あそこで、潤さんと一緒に戦っていたら。あるいは一緒に逃げていたら。
 あの場で最善の選択とは何だったのか。いくら考えても答えは出なかった。

807 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:48:33
 
 「考えるだけ無駄、なのかな……」

 水を止め、備え付けのタオルで身体を拭く。
 下だけ衣服を身につけ、上半身は裸のままで脱衣所を出る。服を着る前に、怪我の処置を済ませないといけない。
 とはいえ、所有物の中に医療品などがあるわけじゃないから応急処置すら満足にできないのだけれど――

 「…………あ」

 そこではたと気付く。そういえば、自分のデイパックを竹取山に置いたまま忘れてきていた。真心と格闘する際に地面に下ろしてそのままにしておいたのだった。
 あの中に入っていたのは、食料などの基本支給品以外では図書館で見つけた資料の類だけだったはず。武器はすべて身につけていたし、スマートフォンは玖渚さんに電話したときにポケットに移しかえてあった。
 資料はすべて、ざっとではあるが目を通しているし、DVDと詳細名簿に関しては玖渚さんが全部暗記したと言っていた。なくなってもさほど支障はないだろう。
 地図などの支給品は玖渚さんから借りればいい。潤さんと真心のデイパックも手元にあるけど、あの二人の荷物を勝手に使うのは、今のところはばかられる。
 あの二人が生きている可能性を、僕はまだ捨てきれずにいる。
 次の放送が流れるまでは、せめて。
 感傷に浸っている場合じゃないというのは、百も承知なのだけれど。
 個室に戻る途中でスタッフルームの扉を見つけたので、都合よく手当てに使えるようなものがないかどうか探してみたところ、都合よく消毒用のアルコールと包帯が棚にしまってあるのを発見した。
 それらを使ってできる限りの処置をする。素人治療そのものだったが、何もしないよりはましだろう。
 傷口に包帯を巻き終えてから制服を身につけ、千刀を元の通りに収納し直す。ゴム紐をどうしようか迷ったが、これも元通り腕に巻いておくことにした。竹取山でやったように、いざというとき武器に使えないこともない。
 個室に戻ると、玖渚さんはまだ眠っていた。また喉が渇いてきたので自分のぶんのジュースを一口飲み、何となくパソコンの電源を入れる。図書館のときとは違い、普通に立ち上がった。

 「…………ふう」

 すべてを吐き出すように大きく息をつく。
 疲労感が全身に重くのしかかっていた。人心地ついたことで、麻痺していた疲れと痛みの感覚が徐々に戻ってきたらしい。ネットカフェまで移動してくる間にこの疲労を自覚していたら、途中で力尽きていたかもしれない。
 しばらくの間、何をするでもなくパソコンの画面を眺め続ける。
 そして気がついたときには、時計の針は17時を回っていた――というのが今に至るまでの経緯になる。
 竹取山を下っていたときはあれほど時間が長く感じたのに、ここに着いてからはあっという間だった。こういう効果を何というのだったか。
 潤さんは未だ姿を現さない。別にここで待ち合わせているわけではないけれど。
 やはりあの状況から脱出するのは無理だったのだろうか。あえて考えないようにはしていたけど、始めから命と引きかえに僕たちのことを助けるつもりだったのだろうか。
 火憐さんに続いて、またしても僕は――

 「…………いや、そんな場合じゃない」

 嘆いていても何も好転などしない。考えるべきことは他にある。
 さすがにこれ以上、何もせず時間を無駄にするわけにはいかない。ずっとここに留まっているわけにもいかないし、今はとにかく行動を起こさないといけない。
 でないと、それこそ潤さんや火憐さんに申し訳が立たない。
 後悔するのは後回しだ。これからの最善に向けて、僕にできることをやろう。

 「まずは――そうだ、掲示板をチェックしないと」

 考えてみれば、伊織さんに教えてもらってからずっと確認していなかった。玖渚さんがチェックしているだろうから、という思いがあったせいかもしれない。
 パソコンの画面に掲示板のページを表示させる。
 伊織さんに見せてもらったときには、玖渚さんの書き込み以外では黒神さんに関する情報しかなかったはずだけど……

 「これは……玖渚さんが電話で言ってた書き込みか?」

 ランドセルランドで待ちます、とだけある簡潔な文。
 研究施設で、掲示板の管理人あてに送られてきたメールの主との会話でそんな話題が出てきていたような記憶がある。委員長、というのが詳細名簿で見た羽川翼さんで、このメッセージをあてた相手が、電話の相手でもあった戦場ヶ原ひたぎさんという人か。

808 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:49:01
 電話での会話を傍らで聞いた限り、戦場ヶ原さんは玖渚さんとは協力関係を結んだようだけど、僕にとっては厄介な立ち位置の人物だ。黒神さんが殺した阿良々木暦、その知り合いというのが戦場ヶ原さんらしい。
 黒神さんを助けようとしている僕にとっては、障害となるかもしれない相手。
 できれば余計な敵を作りたくはないし、この戦場ヶ原さんにも殺し合いを止める目的で協力関係を結んでほしいのだけれど。
 あのDVDも、中身を知った今となっては誤解を解くどころか、真実を見せ付けることしかできないものだし――

 「ん? これは――」

 『情報交換スレ』という名前のスレッドに、玖渚さんの使用するトリップ「◆Dead/Blue」で書き込みがされているのを見つける。
 その内容を見て、僕は驚きを禁じえなかった。
 阿良々木暦、真庭喰鮫、と名前が縦に連なり、その後ろに動画を再生するためのリンクが貼られてある。
 その上にある文章を見れば内容を確認するまでもなかったけど、念のためリンクのひとつをクリックしてみる。やはりというか、僕にとっては一度観たはずの映像が画面に再生される。
 まぎれもなくそれは、あの死亡者DVDの映像だった。

 「やられた……」

 電話で話していた「新しく載せておいた情報」というのはこれのことか。
 玖渚さんが電話で会話しながらもキーボードを叩き続けていたのは見ていたけれど、まさか僕の目の前でこんなものを作成していたなんて……もはや感心すら覚える。
 どの程度の人がこの掲示板を見ているのかわからないけれど、もはや黒神さんが危険人物だという情報は周知のものになったと言っていい。黒神さんのことを知らなかったら、この映像を見れば僕でも危険だと判断するだろう。
 しかもその下には、別の誰かがご丁寧にも殺した人の名前を書き連ねてくれている。これからは黒神めだかという名前を出すことも迂闊にできそうにない。
 明らかに、僕の不用意さが原因だった。
 僕が不用意にあのDVDを見せてしまったせいで、その上あの映像の使い道について言い含めておかなかったせいで、黒神さんを助けるどころか、より窮地に追い込んでしまった。

 「どこまで失敗を繰り返すつもりなんだ、僕は……」

 10個あった映像のうち8個までしか載っていないのは、たぶん玖渚さんにとって都合の悪い映像だったからだろう。様刻くんの映像を載せていないのはありがたいけれど、そこから玖渚さんの恣意性を感じ取ってしまう。
 玖渚さんは、あくまで黒神さんを排除するつもりでいるのか。
 遅かれ早かれ僕がこの書き込みに気付くことは分かっているだろうに、それを顧みずにこんな書き込みをするあたり、僕のことをまったく警戒していないのがわかる。苦言を呈したとしても、おそらく聞く耳すら持ってはくれないだろう。
 黒神さんは、この掲示板を見ているのだろうか。
 もし見ていたら、何かリアクションがほしい。黒神さん自身が否定してももはや効果はないだろうけど、思えば僕はこれまで黒神さんの足跡すらも捉えることができていない。どこで何をしているのか、少しでも知ることができたなら。
 今の時点では、助けるにしても動きようがない。
 動いたところで何かできるかといったら、具体的な行動案があるわけではないのだけれど……玖渚さんが今の調子では、なおさらのこと動きづらい。
 だけどこれで、今後の目的のひとつが明確になった。
 誰のことかすらもまだ分かってはいないけど、『いーちゃん』が玖渚さんにとって重要な意味を持つ人物であることはこれまでのことでよくわかった。
 そもそも玖渚さんが黒神さんを目の敵にしているのは、『いーちゃん』を守るためのはずだ。なら逆に『いーちゃん』の安全さえ確保できれば、黒神さんを排除する理由はなくなるはず。
 玖渚さんを制御できる人物は、おそらくその『いーちゃん』以外にいない。『いーちゃん』を見つけ出して合流することができれば、玖渚さんの態度も少しは軟化するのではないだろうか。
 『いーちゃん』を探すことについては玖渚さんも反対はしないだろう。むしろそれが一番重要な目的という感じだったし。
 玖渚さんが目を覚ましたら提案してみよう。たぶん、起きたらすぐ電話をかけるつもりなのだろうけど。
 僕としてはもはや『いーちゃん』が常識人であることを祈るばかりだ。連続殺人犯を名乗っていた僕が言えたことじゃないが。

809 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:49:26
 
 「まあ、今のところは伊織さんたちと合流するのが先だろうけど――」

 時間からするともう、次の待ち合わせ場所であるランドセルランドに向かっていてもおかしくない。僕たちも急がないと、伊織さんたちを待たせることになる。
 あわよくば、同じくランドセルランドで待ち合わせているらしい羽川さんと戦場ヶ原さんとも合流できるかもしれない。名簿を見る限り危険人物の要素はなかったし、話せば同行してくれる可能性はある。
 戦場ヶ原さんのことは、伊織さんたちにも先に電話で伝えておいたほうがいいかな……

 「あと他の書き込みは……なんだこれは?」

 黒神さんのことが書かれている目撃情報スレにも、新たな書き込みがなされていた。
 だけど文章が明らかに変だ。誤変換と打ち間違いの連続といった感じの、まるで目をつぶって打ったかのような文章だった。
 解読できないほど意味不明というわけでもなかったので、脳内で補正する。おそらくこう書こうとしていたはずだ。


E-7で真庭鳳凰という男に襲われた。拳銃を持っている。危険。
鳥のような服を着ている。物の記憶を読めるらしい。
黒神めだかと組んでいる可能性あり。
付近にいるものは注意されたし。


 「また黒神さんの名前か……」

 ようは危険人物について示唆しているようだが、どうにもこの黒神さんと組んでいる、という一文については後付けの感が否めない。書き込みをするついでに黒神さんの評判を落とすような文を付け加えた、という印象がある。
 故意なのか偶然なのかはわからないけれど、これでまた黒神さんが追い込まれる要素がひとつ増えたことになる。
 真庭鳳凰というのは、詳細名簿によれば真庭忍軍とかいうしのびの一軍をまとめる頭領の立場にいる男、というふうに記されていたはずだ。通称「神の鳳凰」。DVDに映っていた真庭喰鮫と真庭狂犬と、立場的には同じ参加者。
 物の記憶を読める、というのはどういうことだろう?
 何となく『十三組の十三人』のひとりである行橋くんを連想するけど、あの子は記憶でなく思念を読むアブノーマルだから、厳密には違うはずだ。
 なんにせよ不可解であることには変わりない。
 それよりも、注目すべきは場所のほうだ。
 E-7といったら、少し前まで僕たちがいた場所だ。伊織さんたちが向かった図書館も付近にある。書き込みが行われた時間から見て、真庭鳳凰という男が図書館に向かった可能性は少なくない。
 この書き込みが本当だったとしたら、真庭鳳凰は確実に殺し合いに乗っている。伊織さんはまだしも、様刻くんに戦闘手段はほぼ皆無のはずだ。万が一にも鉢合わせたらまずい。
 スマートフォンをポケットから取り出し、様刻くんの携帯にかける。
 しかしどういうわけか、いくら待っても電話に出る気配がない。呼び出し音が空しくなり続けるだけだった。
 まさか、本当に何かあったのだろうか?
 電話に出られないくらいの出来事が発生したか、それとも様刻くん自身が、電話に出られない状態にあるのか――

 「……行かないと」

 パソコンの電源を落とし、立ち上がる。
 自分でも冷静さを欠いているのは自覚していた。だけどこれ以上、僕と一緒にいてくれるような人を失いたくはない。たった今危機にあるかもしれないとわかっているのに、何もせずじっとしているわけにはいかない。
 しかし立ち上がった瞬間、片腕を失っているのとは無関係に、身体が大きくバランスを崩す。踏みとどまることもできず、そのままシートの上に倒れこんでしまう。

 「あ、あれ――?」

 頭が重い。
 より直接的にいうなら、眠い。
 血を流しすぎたのか。ここに来るまでの間に、体力を使い果たしてしまっていたのだろうか。強烈な眠気が頭にのしかかってくる。
 まだ眠るわけにはいかない。そう思ってはいても、身体が金縛りにあったかのように動かない。そのまま意識が落ちていくのに身を任せるしかなかった。

 「くなぎさ、さん……」

 瞼が閉じるのを感じながら、目の前の玖渚さんに何を言おうとしたのか自分でもわからなかった。
 謝ろうとしたのか、それとも放送の時間になったら起こしてほしい、とでも言おうとしたのか。
 何を言おうとしたにせよ、玖渚さんも眠ってしまっている今の状況では何の意味もないことだった。

 「――休むべきときは、ちゃんと休まないと駄目だよ形ちゃん。これから先も、まだまだ私のことを守ってもらわないといけないんだから」

 意識を失う瞬間、なぜか玖渚さんのそんな声が聞こえたような気がした。

810 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:49:48
【1日目/夕方/D-6 ネットカフェ】
【宗像形@めだかボックス】
[状態]睡眠中、身体的疲労(大) 、精神的疲労(中)、殺人衝動喪失、左腕(肘から先)欠損、腹部に切り傷、各部に打撲と擦過傷(怪我はすべて処置済み)
[装備]千刀・鎩(ツルギ)×536@刀語、スマートフォン@現実、ゴム紐@人間シリーズ
[道具] 支給品一式×3(水一本消費)、ランダム支給品(1〜6)、首輪、薄刀・針@刀語、トランシーバー@現実、「包帯@現実、消毒用アルコール@現実(どちらも半分ほど消費済み)」(「」内は現地調達品です)
[思考]
基本:阿良々木火憐と共にあるため『正義そのもの』になる。
 0:…………。
 1:主催と敵対し、この実験を阻止する。
 2:伊織さんと様刻くんを助けに行かないと……
 3:『いーちゃん』を見つけて合流したい。
 4:黒神さんを止める。
 5:殺し合いに関する裏の情報が欲しい。
[備考]
※生徒会視察以降から
※めだかボックス、「十三組の十三人」編と「生徒会戦挙」編のことを玖渚から聞いた限りで理解しました
※阿良々木暦の情報はあまり見ていないので「吸血鬼」の名を冠する『異常』持ちだと思っています
※無桐伊織を除いた零崎四人の詳細な情報を把握しています
※参加者全員の顔と名前などの簡単な情報は把握しています
※携帯電話のアドレス帳には櫃内様刻、玖渚友が登録されています
※第一回放送までの死亡者DVDを見ました。誰が誰にどうやって殺されたのかは把握しています



   ◆  ◆  ◆



 宗像形が眠りに落ちてしばらく経った後。
 別の個室で、ひとりパソコンに向かう玖渚友の姿があった。

 「形ちゃんがいない間に携帯で掲示板チェックしておいて正解だったね。あの書き込み見たら、後先考えず舞ちゃんたちのところに行こうとするって予想できたし」

 あんな怪我で休まず動けるわけないのにねえ――などと、暢気な調子で一人ごとを呟く。

 「どのくらい効果があるのかわからなかったけど、飲み物に混入する形でも使えるみたいだね、この麻酔スプレー」

 そばに置いてある自分のデイパックから、ハンドサイズのスプレーを取り出してみせる。
 玖渚の支給品のひとつ、麻酔スプレー。
 玖渚は知らないことだが、かつて戯言遣いがお目にかかったこともある凶器のひとつ。顔に吹き付けるだけで効果を発揮する、即効性の麻酔薬。
 宗像形がシャワー室に行っている間に、玖渚はこのスプレーの中身を飲み物の中に混入していたのだった。

 「入れた量はほんの少しだったから、そんなに長い時間眠ったままではいないだろうけど、まあ一時間くらいは起きないかな。その間にやることやっておかないと、ね」

 そう言ってまたキーボードに指を走らせる。
 パソコンには外付けのハードディスクが接続されており、画面には意味の分からない記号の羅列が所狭しと表示されていた。
 それは玖渚が、研究施設から持ち出してきたデータのひとつ。
 だたし、伊織が屋上で見つけたハードディスクに元から入っていたデータとは違う。玖渚がハッキングを試みた際に、標的としていたシステムの中枢とは別の、しかし同一のネットワーク上で手に入れたデータだった。
 ところどこと暗号化され、なおかつ欠けている部分の多いデータだったが、それを解読、復元するのにさほど時間はかからなかった。
 もちろん玖渚でなければ不可能だったろうが。
 むしろ、まるで玖渚のために用意されたかのようなそのデータを前に、玖渚はほくそ笑む。

 「もしかして、またさっちゃんが私のために働いてくれたのかな――ほんと、何も言わなくても手が回るよね、さっちゃんはさ」

 嬉しそうに、かつての仲間の名前を呼んで。
 ちらりと、自分のすぐ隣に「鎮座しているもの」に視線を寄越す。

 「主催が管理してるネットワークの中枢まで侵入するのは無理だったけど、役に立ちそうな情報が手に入っただけよかったかな。研究施設では、実践する時間も材料もなかったけど――」

811 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 22:17:51
 鎮座しているもの。
 別の個室で眠っている宗像形とはもちろん違う。
 その宗像形が、このネットカフェに到着してすぐ発見し、手近な個室に安置しておいた真庭狂犬の死体だった。

 「ようやく『現物』が手に入ったからね。自分のコレを弄るのは、今の段階ではちょっとリスクが高いし」

 ただし玖渚が見ているのは、狂犬の死体そのものではない。
 その死体の首に巻かれている、参加者の証とも言うべき首輪。
 玖渚が手に入れたデータとは、この首輪に関するデータだった。
 内部構造や解体の仕方について記されたようなものではなかったものの、首輪の特性や爆破の条件などについて、いくつかの事実を知ることはできた。
 たとえば首輪から発信されている信号の種類や、爆破の際に使われる信号の周波数。外周部がどんな素材で作られているかなど。

 「とりあえず、現時点で役に立ちそうな情報はこのあたりかな?」

 そう言ってキーボードに指を走らせ、首輪に関する情報を箇条書きにしていく。

・耐熱、耐水、耐衝撃などの防護機能が施されており、外からの刺激で故障、爆発することはまずない
・首輪から発信される信号によって主催はそれぞれの現在位置を知ることができる。禁止エリアに侵入した場合、30秒の警告ののち爆発する
・主催に反抗した場合、首輪は手動で爆破される(どんな行動が反抗と見なされるかは不明)
・一定の手順を踏めば解体することは可能。ただし生存している者が首輪をはずそうとした場合、自動的に爆発する
・装着している者が死亡した場合、爆破の機能は失われる。ただし信号の発信・受信機能は失われない

 「半分以上は予想したとおりだったけど……死んだら爆発しないってのは何なのかなぁ。死体をなるべく傷つけたくないとか? まあなんにせよ都合がいい特性だよね。死体の首輪なら、爆破の心配なく弄り回せるってことだから」

 かつて世界で猛威を振るったと言われる《仲間》(チーム)の統率者にして、そのメンバーに『武器』を与えた電子工学のスペシャリスト、《死線の蒼》(デッドブルー)、玖渚友。
 その玖渚友が、この殺し合いの攻略手段として「首輪の解体」を目論まないはずがない。
 今まではリスクを懸念して手を出さないままでいたが、ここでようやく実践に移せるだけの条件が整った。

 「頑丈な素材で出来ているとはいっても、爆破が可能である以上、解体する方法はあるはず。すでにシステムを入れ替えてあるこのネットカフェ内でなら、監視カメラを気にする必要もない」

 玖渚の瞳が蒼く光る。
 自分のフィールドにいるという自信を表すかのように。

 「構造さえ把握できれば、生きたままで首輪を外す手段もきっと見つかる。道具が手元にないからどこまでやれるかはわからないけど、形ちゃんが目を覚ますまでに、やれるだけやってみようかな――あ、そうだ」

 思い出したように、制服のポケットから携帯電話を取り出す。
 11桁の番号をプッシュしかけて、思い直したというふうにその番号をいったん消す。

812 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 22:33:46
 
 「どうせだからいーちゃんのほうから電話してきてほしいよね。なるべく驚かせたいし」

 電話からメールに切り替え、すばやい手つきでアドレスと本文を入力する。


件名:無題
本文:あなたの知り合いだという顔面刺青の少年からこのアドレスを聞きました。
   携帯電話の番号を追記しておくので、このメールを見たら連絡ください。
   0X0-XXXX-XXXX


 「んで送信――っと。くふふ、いーちゃん驚くかなあ。早く話したいけど、電話してきてくれるまではこっちに集中集中、っと」

 そう言って、目の前の首輪に手を伸ばす。
 新しいゲームに挑戦する、好奇心旺盛な子供のように。

813 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 22:36:27
 その首輪が装着されている、真庭狂犬の死体になどまるで目もくれず。
 《死線の蒼》は、己の目的に向けて邁進する。



【1日目/夕方/D-6 ネットカフェ】
【玖渚友@戯言シリーズ】
[状態]身体的疲労(小)
[装備]携帯電話@現実
[道具]支給品一式、ハードディスク@不明、麻酔スプレー@戯言シリーズ
[思考]
基本:いーちゃんに害なす者は許さない。
 1:首輪の構造を把握したい。
 2:貝木、伊織、様刻、戦場ヶ原に協力してもらって黒神めだかの悪評を広める。
 3:いーちゃんと早く連絡を取りたい。
 4:形ちゃんはなるべく管理しておきたい
[備考]
 ※『ネコソギラジカル』上巻からの参戦です。
 ※箱庭学園の生徒に関する情報は入手しましたが、バトルロワイアルについての情報はまだ捜索途中です。
 ※めだかボックス、「十三組の十三人」編と「生徒会戦挙」編のことを凡そ理解しました
 ※言った情報、聞いた情報の真偽(少なくとも吸血鬼、重し蟹、囲い火蜂については聞きました)、及びそれをどこまで理解したかは後の書き手さんにお任せします
 ※掲示板のIDはkJMK0dyjが管理用PC、MIZPL6Zmが玖渚の支給品の携帯です
 ※携帯のアドレス帳には櫃内様刻、宗像形、無桐伊織、戦場ヶ原ひたぎ、戯言遣い(戯言遣いのみメールアドレス含む)が登録されています。
 ※ハードディスクを解析して以下の情報を入手しました。
  ・めだかボックス『不知火不知』編についての大まかな知識
  ・不知火袴の正体、および不知火の名字の意味
  ・主催側が時系列を超越する技術を持っている事実
 ※主催側に兎吊木垓輔、そして不知火袴が影武者を勤めている『黒幕』が存在する懸念を強めました。
 ※ハードディスクの空き部分に必要な情報を記録してあります。どんな情報を入手したのかは後の書き手様方にお任せします。
 ※第一回放送までの死亡者DVDを見ました。内容は完全に記憶してあります。
 ※参加者全員の詳細な情報を把握しています。
 ※首輪に関する情報を一部ながら入手しました。


※D-6の竹取山付近に故障気味の自転車が乗り捨てられています。
※D-7に宗像形のデイパックが放置されています。内容は以下の通りです。
[道具]支給品一式×2、参加者詳細名簿×1、危険参加者詳細名簿×1、ハートアンダーブレード研究レポート×1、よくわかる現代怪異@不明、バトルロワイアル死亡者DVD(1〜10)@不明

※危険参加者詳細名簿には少なくとも宗像形、零崎一賊、時宮時刻のページが入っています
※死亡者DVDには「殺害時の映像」「死亡者の名前」「死亡した時間」がそれぞれ記録されています



支給品紹介
【自転車@めだかボックス】
面影真心に支給。
ごく一般的ないわゆるママチャリ。原作では国東歓楽の所有物。
武器に使ったり階段を高速で駆け上ったりと、使う人の側が普通じゃない。
結局自転車殺法ってなんなのさ。

【麻酔スプレー@戯言シリーズ】
玖渚友に支給。
顔面に吹き付けるだけで相手を眠らせることができる便利アイテム。
戯言遣い曰く「とびっきり強力な即効性のモノ」。無効化するなら指をへし折るくらいの覚悟が必要。
お目にかかる(物理)。

814 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 22:38:51
以上で仮投下終了になります。

今回、禁止エリアを話に絡ませたいという理由から、すでに時系列が夕方に移行しているにもかかわらずほとんど午後の話となっています。
本編との矛盾が生じない内容にしたつもりで予約しましたが、午後の話で死者が二名出ているため、◆ARe2lZhvho氏の最新作における「図書館にDVDが14本置かれている」という部分と明らかに矛盾していることにほぼ書き終えた段階で気が付きました。
そもそも二時間以上さかのぼって死者出してる時点で明確におかしいので、本来なら予約破棄するのが当然ですが、念のため◆ARe2lZhvho氏および他の書き手様方の意見を窺ってから決めようと思い、仮投下させていただきました。
非常に申し訳ない限りですが、ご意見のある方はどうぞよろしくお願いします。
特に意見がない場合、この話は破棄とさせていただきます。

815 ◆ARe2lZhvho:2013/09/25(水) 09:26:43
仮投下乙です
こちらこそまず謝っておかなければなりませんが、「零崎舞織の暴走」内でDVDの数を14本とさせていただいておりましたがあれで確定ではありません
◆mtws1YvfHQ氏の「みそぎカオス」内で現時点では死んだままの二人の分が(蘇生すると思っていたので)入っていない状態となっています
ですので、蘇生しなかった場合は内容を変更せざるを得ないことは明らかですので、結局何が言いたいかというと「矛盾なんてものはないから大丈夫」ということです
若干言い回しなどが変わってきてしまうかとは思いますがこちらの作品も修正させていただきます

以上の理由から私からは通しには問題ない、と意見させていただきます
感想は本投下のときに

816 ◆wUZst.K6uE:2013/09/27(金) 00:04:48
>>815
ご意見ありがとうございます。

DVD枚数の件、了解致しました。
しかし自分の話に合わせて氏の作品を修正していただくことに変わりはありませんので、その点については謝罪申し上げます。
このまま反対意見が出ない場合、後日本投下に移らせていただきますのでよろしくお願いします。

引き続き、ご意見お待ちしております。

817 ◆wUZst.K6uE:2013/09/29(日) 10:20:25
反対意見が出ないようなので、名前の誤記と危険参加者詳細名簿の内容に修正を加えたうえで本投下します。
なおwiki収録の際には、午後の話を前編、夕方の話を後編として別々に収録する予定です。

818 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:10:25
一応の完成がしましたので仮投下始めます。

819『』 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:11:02

踏み躙られていた球磨川が小さく動いた。
気付いたのか、安心院が跳び、教卓に座った。
それが自然であるように。

「…………」

球磨川がゆっくりと起き上がる。
安心院が悠々と足を組む。
何時の間に持っていたのだろう。
握られていた大螺子が一個飛ぶ。

「…………」

頭の動きだけでそれを避けた。
知っていたようにもう片手に握られていた螺子がその顔面に、螺子込まれる。
刹那、安心院は笑った。
抱き寄せるように。
優しく。
抱き抱えるように。
柔らかく。

『過身様ごっこ』『飽くまで遊び』『模範記憶』『無様な背比べ』『現実がちな少女』『無人造』『冷や水で手を焼く』『明日の敵は今日の奴隷』『豪華地獄をご招待』『失態失敗』
『時感作用』『私のかわりはいくらでも』『蹴愚政治』『名乗るほどの者ではない』『名を名乗れ』『伊達の素足もないから起こる』『脅威の胸囲』『次元喉果』『弓矢に選ばれし経験者達』『巣喰いの雨』
『人間掃除機』『魔界予告』『帰路消失』『卵々と輝く瞳』『いつまでも幸せに暮らしました』『勿体無い資質』『有限実行』『眼の届く場所』『話は聞かせてもらった』『馬鹿めそれは偽物だ』
『存亡』『有数の美意識』『手書きの架空戦記』『忘脚』『生合成無視』『殺人協賛』『舌禍は衆に敵せず』『穴崩離』『選択の夜討ち』『収監は第二の転生なり』
『確率隔離食感』『自由自罪』『頓智開闢』『歴史的かなり違い』『禁断の錬金術』『若輩者の弱点』『溺愛を込めて』『思いやりなおせ』『即視』『時系列崩壊道中膝栗毛』
『全身全霊に転移』『真実八百』『鹵獲膜』『王の座標』『成功者の後継者』『死なない遺伝子』『美調生』『行進する死体』『数値黙殺』『生まれたての宇宙』
『軽い足取り』『目障りだ』『競争排除息』『お気の無垢まま』『死者会』『故人的な意見』『起立気を付け異例』『天罰敵面』『頂点衷死』『逃げ出した人達』
『死んでなお健在』『ぼやけた実体』『掌握する巨悪』『敵衷率』『懐が深海』『不思議の国の蟻の巣』『神の視点』『驚愕私兵』『影の影響力』『防衛爪』
『命令配達人』『全血全能』『晦冥住み』『寝室胎動』『頬規制』『不老所得』『控え目に書いた勿論』『座して勝利を待つ』『吸魂植物』『ためらい傷の宮殿』
『蘇生組織』『別想地』『光ある者は光ある者を敵とする』『質問を繰り返す』『最後の最後の手段』『人間強度』『不自由な体操』『心神操失』『目一杯』『実力勝負』

軽やかに。
蹴散らした。

「     !」
「さて。またきみの負けだ」
「………………」
「それでも立ち上がる。それでも挑む。そんなきみの決意を、教えておくれ?」

座ったまま。
安心院なじみは問い掛ける。
立ったまま。
球磨川禊は口を開く。

820『』 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:11:28
「あいつらに勝ちたい
 格好よくなくても
 強くなくても
 正しくなくても
 美しくなくとも
 可愛げがなくとも
 綺麗じゃなくとも
 格好よくて
 強くて正しくて
 美しくて可愛くて
 綺麗な連中に勝ちたい

 才能に恵まれなくっても
 頭が悪くても
 性格が悪くても
 おちこぼれでも
 はぐれものでも
 出来損ないでも
 才能あふれる
 頭と性格のいい
 上がり調子でつるんでいる
 できた連中に勝ちたい

 友達ができないまま
 友達ができる奴に勝ちたい
 努力できないまま
 努力できる連中に勝ちたい
 勝利できないまま
 勝利できる奴に勝ちたい
 不幸なままで
 幸せな奴に勝ちたい

 嫌われ者でも!
 憎まれっ子でも!
 やられ役でも!
 主役を張れるって証明したい!!」

821『』 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:11:47
そして。
そうして。
沈黙が下りる。
黙って安心院は教卓から降り、球磨川は動かない。
そして一瞬の、

「ちゅ」

事だった。
重なって離れ、それでおしまい。
何事もなかったように安心院は教卓に戻り、唇に指を当てた。

「ふふふふ」
「…………」

無言で口を拭く球磨川を見て笑う。

「と言う訳で、返して上げたよ。よかったね」
「……ありがとう」
「どういたしまして。公平な僕だから、返しただけでそれ以外は何もしてないよ? 大嘘憑きも」

その言葉に動きを止め、一度強く口を拭ってから、背中を向けた。
何事もなかったように。
安心院は変わらない様子で軽く手を振る。
刹那、思い出したようにまた口を開けた。

「ところで、やっぱり彼女を蘇らせる気かい?」

その問い掛けに、一瞬の間を置いてから球磨川は頷く。
予想外の事ではなかったのだろう。
むしろ予想通りの事なのか、安心院は何度か首を縦に振る。
しかし何も言わない。
その、奇妙と言えば奇妙な対応に不審を抱いたらしい球磨川が振り返る。
際に投げ付けたネジは軽く避けられた。

「…………」

小さく舌打ちし、それを見て首を傾げた。
それだけで、今度こそ歩き始めた。
教室の扉を開く。
そのまま慣れた様子で通り抜けながら呟く。

「オールフィクション」

言い終えた時には、その姿は消えていた

822『』 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:12:11



さて、そう言う訳で僕は蘇った訳だ。
晴れて禁断の過負荷を取り戻して。
しかもありがたいことに大嘘憑きはそのままだ。
予想した通り、妙な具合に改善されているらしいけど。
関係ない。
死んでも死にたくない。
だけどそれより、死んでも勝ちたい。
いや勝つ。
そのために言ったんだ。

「初めまして。欠陥製品、七実ちゃん」

少し騒がしい。
呟きながら身を起こす。
だから、死ぬ前に勝つ。
黒神めだかに勝ってみせる。

「僕が、球磨川禊です」

目を開けて、見た。
欠陥製品が吊り上げられていた。
七実ちゃんに。

「えっ」

思わぬ状況に声が漏れていた。
聞こえたのか七実ちゃんと、下ろされた、欠陥製品が僕を見る。
どう言う状況だよ。

「おはようございます、球磨川さん。丁度良い所でした……いえ、悪いのかしら?」
「………………一先ずお早う」

何か言いたそうな顔をしながら、欠陥製品は近付いて、何も言わずに僕の後ろに回った。
え、何なの。

「任せる」
「そうですね。球磨川さんならもちろんご存じでしょう」
「?」

話が見えない。
とりあえずやたら背中を押してくる欠陥製品は何なんだ。
それに七実ちゃんは何を聞きたいんだろう。
可能な限り答えるけど。
僕が聞く前に、口を開けた。

「裸エプロンってなんですか?」
「………………」
「裸は分かるのですけど、そのえぷろんと言う言葉の意味を知らないものですから。聞いた事もない言葉ですので。いーちゃんさんに聞いても話を逸らすばかり。今さっき強引に聞こうと思っていた所で」
「本当に蘇りやがったんだよ。そう言う訳だ人間未満。自分で撒いた種は自分で何とかしろ」
「…………」

823『』 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:12:33



『僕は、知らない。よく分からなかったけどとりあえず欠陥製品の話に合わせてただけだ。だから、僕は知らない』

場が完全に沈黙しました。
あ、どうもわたし、鑢七実です。
しかし球磨川さん。
その顔で知らないはないでしょう。
何と言いますか、わたしの目がなくとも一目で嘘だと分かります。
言いたくないようならどうしましょうか。
二人同時に問い詰めればその内に吐くでしょう。
けどどちらも無駄に口は固いでしょうし。

「さて……」

と、小首を傾げます。
一先ず見ているとしましょう。
それがいいし、悪い。
表情も変えずに呆然とした様子だったいーちゃんさんがまず復活されました。
意外にかかりましたね。

「人間未満」
『僕は悪くない』
「違う! 大嘘憑きで車は直せるか?」
『もちろん。だけどそうしてどうするんだい? むしろ密室で逃れないぜ?』

あ、確定しました。
お二人とも、裸えぷろんなるものをご存じのようです。
まずそこから吐かせる手間が省けました。
しかしどうもお二人、気が動転しているようで。
気付いてもよさそうな失敗を、悪そうな失敗に気付く様子もなく。
珍しい。
そんなに慌てているなんて。
背中だけは向けて、目の前で今後の相談を始めました。
隠すゆとりすらありませんか。

「とりあえずこの場から離れる名目で車を走らせる。無駄話はなしって事を言い含めて」
『乗ってくれるかな?』
「何とかしろ。それからぼくが適当に車を走らせる」
『適当に?』
「そうだ。上手く人間失格に会えれば良し。会えなくても考える時間はある」
『よしきた。それじゃ何かの間違いで診療所に着かなければ幾らでも時間は稼げる訳だ』
「あぁ、そうなると怖いのは自分だけだ」
『……負け続けの人生だけど』
「失敗ばかりの人生だけど」
『今回ばかりは』
「勝つ」

妙に息の合った会話を終えて、お二人が私を見ます。

「裸えぷろんとはなんでしょう?」

824『』 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:12:51

試しに出鼻を挫いてみました。
口を開く前に突っ込みます。
口だけは上手いですから乗せられないようにしないと。
と言う事で。
あからさまに呻いて、狼狽える様は何と言いますか。
そんなに言いたくないのでしょうか、裸えぷろん。
ですがまあこうなれば意地でも聞かせて頂きますけど。

『はっ、羽川さんはどこか知らない? 直った車に乗せてあげないと!』
「あちらに。それと」
「おーいたい……おい、人間未満」
『なんだい欠陥製品』

目を向けず指差した先に急いで駆けたいーちゃんさんの足が止まりました。
横目で見て、ふと異変が目に入ります。
羽川。
まにわに風の装束を纏った、まあ装束の方はボロボロですが、白髪の女。
のはず。
だと言うのに。
何時の間にか、

『……黒髪?』

髪が全て黒に変わっています。
どう言う事でしょうか。
少なくとも殺してしばらくは白だったはず。
ちらりと視線を四季崎にやっても首を振るだけ。
四季崎は関係ないと。
早速役に立ちませんね。

「少し、失礼」

いーちゃんさんに退いて頂き、目をしっかりと開きます。
見る。
視る。
診る。
果たして異常はないかどうか。
見続けて理解しました。
結果は、

「…………何の変化も見当たりません」

変わらない。
単に猫のような部位が消え、髪が黒に変わっているだけで。
何も見当たらない。
むしろ良い方向に変わった位でしょうか。
そのまま目をお二人にまずは。
いーちゃんさんは少し顔をしかめているだけですか。
ですが球磨川さんは、

『………………』

今まで見た事もないような、険しい表情を浮かべています。
さも何かに気付いたような。
何に気付かれたんでしょうか。

825『』 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:13:09

「球磨川さん」
『僕は、羽川さんをただ復活させただけでそれ以上の事はしてない。したとすれば……』

目を閉じて、開いた時には元の表情に戻っていました。
ですが動揺は隠し切れていませんね。
微かですが見て取れます。
しかしこれ以上突っ込むだけ無意味でしょう。
さてならば、

「………………」

未だ寝たフリを続けている彼女はどうか。
動揺に焦りに焦燥。
状況に焦っているだけでそれ以上の何物でもない。
やはり別の原因と言う事、か。

「人間未満」
『なんだい、欠陥製品?』
「お前の大嘘憑きで元には戻せないのか?」
『無いものは無くせない。それになかった事にした事をまたなかった事には出来ない』
「本当にお前のせいじゃないのか?」
『僕は弱い者の味方だ。弱い者を更に貶めるような真似はしない。強い者は幾らでも貶めるけどね』

それだけで、二人は押し黙りました。
沈黙。
ふざけあっているお二人にしては珍しく。
完全に押し黙ってしまいました。
はぁ、とため息を溢して考えてみます。
どうも訳の分からない事態が発生してしまったようですが、考えるだけ無駄と言う物でしょう。

「……見た所、気絶しているだけです。ですから何処かで休ませれば起きるのではないですか?」
「…………そうだね」
『じゃ、車に運ぼうか。七実ちゃんは真宵ちゃんを運んでくれる?』

そう言って、格好付けた球磨川さんが羽川を持ち上げようとして潰されました。
代わりにいーちゃんさんが背負って運んでいきます。
それを何やら羨ましそうに見ているのは何ででしょうか。
どうでもいいけど。
どうでも悪いけど。
お二人が何処にも異常の見当たらない車に乗るのを横目に、見下ろします。
あからさまに固まりました。
気にせず小脇に抱えあげます。

「診療所までゆっくり考えるんですよ」

小声で。
呟くと体を震わせました。
思わず小さく笑いながら車に乗り込みました。
横には球磨川さんが。
羽川は助手席とやらに乗せられています。

「どうぞ」
『急ごう』
「えぇ。着いたらゆっくりお話しましょうか」

826『』 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:13:35

途端、体を固くした三人を尻目に。
動き始める外を眺めます。
あの橙色は見えないものかと。
思っていても残念ながら見えませんでした。



戯言さんだと思いましたか。
残念、八九寺ちゃんでした。
ごめんなさい。
こんな冗談でも言わないと心臓が持ちません。
訳が分からないとはこの事です。
何なんですか一体。
何なんですか一体。
大事な事ですから何度でも言いますが何なんですか一体。
突っ込みどころが多過ぎます。
過多です。

「…………はぁ」

なんてため息を吐いてるこの人。
目を閉じてても分かります。
この人、あの人を殺した人ですよね。
その人の膝枕を受けてる時点で心臓が危機的状況です。
ところがどっこいそれだけじゃありません。

『………………』

何やら視線を感じます。
多分、球磨川と言う人の物でしょう。
でもあなた、頭ふっ飛んでましたよね。
見ましたからね私。
転がってる頭を見て悲鳴を上げそうになったんですから。
なのになんで生きてるんですか。
吸血鬼状態のらららぎさんでも多分死にますよ。
失礼噛みました。
よし、少し余裕が出来てきました。
餅つきましょう。
失礼かみまみた。。
とりあえず時々話題に上がっている例のオールフィクションなる物が絡んでいるんでしょう。
何かをなくせる怪異か何かでしょうか。

「…………」

と言う訳で最後に来ましたよ戯言さん。
私の。
私の記憶を消すとはどう言う事ですか。
確かにどうしようもないです。
ですが、私に黙って勝手な結論を出すのは頂けません。
役立たずかも知れません。
足手まといかも知れません。
それでも。
あなたと一緒にいた時間を、思いを、勝手に消されては敵いません。
だから消させはしません。

827『』 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:13:48

「………………」

なんて、気軽に言えたらなんていいでしょう。
ですけど私が足手まといなのは事実。
それに戯言さんと関係のない部分の記憶が負荷になっているのも事実です。
悔しいですけど。
今、一考して冷静に物を考えられているように感じられるのは奇跡に近い偶然でしょう。
混乱し過ぎて一周した感じに。
その内、また、何も考えられないような状態になるかも知れない。
そうなれば私は負担でしかない。

「……………………私は」

私は。
いえ。
もう少し、考えましょう。
それからでも遅くないはずです。
無意味な先伸ばしでは、ないはずですから。
だから。
だからどうかもう少しだけ、考えさせて。

828『』 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:14:28
【一日目/夕方/F-4】
【戯言遣い@戯言シリーズ】
[状態]健康、車で移動中
[装備]箱庭学園制服(日之影空洞用)@めだかボックス(現地調達)、巻菱指弾×3@刀語、ジェリコ941@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×2(うち一つの地図にはメモがされている、水少し消費)、ウォーターボトル@めだかボックス、お菓子多数、缶詰数個、
   赤墨で何か書かれた札@物語シリーズ、ミスドの箱(中にドーナツ2個入り) 、錠開け道具@戯言シリーズ、
   タオル大量、飲料水やジュース大量、冷却ジェルシート余り、携帯電話@現実
[思考]
基本:「主人公」として行動したい。
 0:診療所で羽川さんを休ませる。
 1:それから真宵ちゃんの記憶を消してもらう
 2:掲示板を確認してツナギちゃんからの情報を書き込む
 3:零崎に連絡をとり、情報を伝える
 4:早く玖渚と合流する
 5:不知火理事長と接触する為に情報を集める。
 6:展望台付近には出来るだけ近付かない。
 7:裸エプロンに関しては戯言で何とか。無理なら球磨川に押し付ける。
[備考]
 ※ネコソギラジカルで西東天と決着をつけた後からの参戦です。
 ※第一回放送を聞いていません。ですが内容は聞きました。
 ※夢は徐々に忘れてゆきます。完全に忘れました
 ※地図のメモの内容は、安心院なじみに関しての情報です。
 ※携帯電話から掲示板にアクセスできることを知りましたが、まだ見てはいません。
 ※携帯電話のアドレス帳には零崎人識のものが登録されています(ツナギの持っていた携帯電話の番号を知りましたがまだ登録されてはいません)。
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました。



【八九寺真宵@物語シリーズ】
[状態]寝たふり、ストレスによる体調不良(発熱、意識混濁、体力低下)、動揺 、鑢七実から膝枕、一周回って一時的正気、車で移動中
[装備]人吉瞳の剪定バサミ@めだかボックス
[道具]支給品一式(水少し消費)、 柔球×2@刀語
[思考]
基本:生きて帰る
 1:戯言さんと行動
 2:なんでこの二人が
 3:記憶を消すとはどう言う事ですか
 4:こっそり聞きたいけど隣に居て聞けません……
 5:頭が上手く回りません……
 6:なに、この……なに?
[備考]
 ※傾物語終了後からの参戦です。
 ※本当に迷い牛の特性が表れてるかはお任せします

829『』 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:14:48



【球磨川禊@めだかボックス】
[状態]『健康だよ。お腹は満腹だ。それに車で移動中さ』
[装備]『大螺子が2個あるね』
[道具]『支給品一式が2つ分とランダム支給品が3個あるよ。後は食料品がいっぱいと洗剤のボトルが何本か』
[思考]
基本:「黒神めだかに勝つ」『あと疑似13組を作って理事長を抹殺しよう♪』
『1番は欠陥製品の返答を待つよ』
『2番はやっぱメンバー集めだよね』
『3番は七実ちゃんについていこう! 彼女は知らないことがいっぱいあるみたいだし僕がサポートしてあげないとね』
『4番は善吉ちゃんの無念をめだかちゃんにぶつけてあげよう』
『5番は宇練さんについてだけど、まあ保留かな』
『6番は裸エプロンに関しては欠陥製品に押し付けよう! それが良いよね!』
[備考]
※『大嘘憑き』に規制があります。
 存在、能力をなかった事には出来ない。
 自分の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り0回。もう復活は出来ません。
 他人の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り1回。
 怪我を消す能力は再使用のために1時間のインターバルが必要。(現在使用不可能)
 物質全般を消すための『大嘘憑き』はこれ以降の書き手さんにお任せします。
※首輪は外れています



【鑢七実@刀語】
[状態]健康、身体的疲労(中)、交霊術発動中、八九寺真宵を膝枕中、車で移動中
[装備]四季崎記紀の残留思念×1
[道具]支給品一式×2、ランダム支給品(2〜6)、球磨川の首輪×1
[思考]
基本:弟である鑢七花を探すついでに、強さと弱さについて考える。
 1:七花以外は、殺しておく。
 2:もう面倒ですから適当に過ごしていましょう。
 3:気が向いたら骨董アパートにでも。
 4:途中で裸えぷろんの事でも聞きましょうか。
 5:宇練さんは、次に会った時にはそれなりの対処をしましょう。
 6:四季崎は本当に役に立つんでしょうか?
[備考]
 ※支配の操想術、解放の操想術を不完全ですが見取りました。
 ※真心の使った《一喰い》を不完全ですが見取りました
 ※宇練の「暗器術的なもの」(素早く物を取り出す技術)を不完全ですが見取りました。
 ※弱さを見取れる可能性が生じています
 ※交霊術が発動しています。なので死体に近付くと何かしら聞けるかも知れません



【1日目/午後/F-4】
【羽川翼@物語シリーズ】
[状態]健康、ノーマル羽川
[装備]真庭忍軍の装束@刀語
[道具]支給品一式×2(食料は一人分)、携帯食料(4本入り×4箱)、タブレット型端末@めだかボックス、黒い箱@不明、トランシーバー@現実、「ブラウニングM2マシンガン×2@めだかボックス、マシンガンの弾丸@めだかボックス」
[思考]
基本:不明
 1:不明
[備考]
 ※ブラック羽川が解除されました。
 ※化物語本編のつばさキャット内のどこかからの参戦です。
 ※全身も道具も全て海水に浸かりましたが、水分はすべて乾きました。
 ※トランシーバーの相手は哀川潤ですが、使い方がわからない可能性があります。また、当然ですが相手が哀川潤だということを知りません。
 ※道具のうち「」で区切られたものは現地調達品です。他に現地調達品はありませんでした。

830『』 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:15:03




教室らしき部屋の中。
その唯一無二の教卓の上。

「ニャオ」

と、鳥籠の中の真っ白な猫が鳴いた。
それを膝に置いた女は笑う。

「不安かい、ご主人様が?」
「ニャ」

何か不愉快に感じたのだろう。
猫は籠の隙間から、一心に女へと爪を伸ばす。
だが届かない。
近いはずの距離があたかも数千里以上あるかのように。
何れだけ腕を伸ばしても、ほんの僅かに届かない。
届きそうで届かない。
それを見て女は笑う。

「まったく――――下らねえ。誰も彼も有象無象も等しく平等なのに。何だってそんな執着するんだい? もし何だったらご主人になりそうな別の誰かくらい五万と紹介するぜ?」
「ニャオン!」

と声を張り上げなお爪で引っ掻こうとする様を見詰め、女はため息を吐いた。

「ま、これで多少動くだろうし、いいけどさ。それにそのご主人様が本当に君を必要とするなら、こんな鳥籠なんて意味ないぜ?」
「ナウ?」
「『無効脛』を適当に弄って作っただけの籠だ。どっちかって言うと過負荷寄りの君ならその内、抜け出せるかも知れないぜ?」
「ニャーン」
「かもだけどさ――しっかし今回の行動からして、わざわざする価値があったかどうか。良い結果になると良いなーと思ってやってるんだぜ、これでも。あ、いや違うか。こう言う時は」

猫を見る目はそのまま変わらず。
道端の石ころでも見ているように。
言った事すらもどうでもよさそうに。
酷くどうでもよさそうに。
それでいて、

「悪い――んだったっけ? そう言えば良いか。いや、悪いか――それこそどっちも何も、変わらねえのになあ……」

悪そうに、笑った

831 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:15:42
以上になります。
ご意見広く募集しますので、あればどなたでもどうぞお願いいたします

832 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:16:26
失礼。
一応文章は多少増量しようかとは考えています。
今度こそ失礼します

833 ◆ARe2lZhvho:2013/10/10(木) 17:43:31
仮投下乙です
個人的には特に問題はないと思いましたので本投下しても大丈夫だと思います
感想は本スレで書かせていただきます

834 ◆ARe2lZhvho:2013/10/10(木) 17:54:52
あ、一個忘れ
Wikiに収録する際はみそぎカオスの続きとして収録するか新たに135話として収録するかよくわからないのでそこだけどうするかお願いします

835 ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:17:41
完成しましたが、問題点を抱えるため、一時仮投下をさせていただきます

836 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:18:16
◆ 9 一日目/F8 市街地(夕方〜)  ◆


真庭鳳凰は焦りの色を浮かべていた。
否。直に浮かばせるほど、彼はしのびとしての素面を崩している訳ではないが
――それでも謂われのない焦燥感に駆られているのは事実である。

黄昏に煌く鋏状の『ソレ』を銜えた少女に銃口を向ける。
しかしそれまでと同様に、少女はその『殺意』を分かり切ったように身体の軸をずらす。
幾回か繰り返すうちに無駄だと悟った鳳凰は弾の節約、及び余計な銃声を鳴らさない意味合いを兼ねて、撃ちはしなかった。
それをいいことに、か。
少女は逃げる鳳凰を追いかける。
舌を打ちつつも、迎撃をしたりはせずに、大人しく鳳凰は退散に臨んだ。

「■■――■■■■■――……!!」

嘆きとも呻きともとれる叫びは、まさに『鬼』のようである。
塊のような殺意。誰がそう称したか。実に的確な殺気。
殺すためだけに存在し、殺すことだけを生業とする――零崎一賊の典型的な例。
無桐伊織、改め、零崎舞織はそれでも『鳥』を逃すまいと後を追う。
抑えつけていた反動。
殺し合いという絶好の舞台でなお、不殺を貫き通していた分の反動。
遺憾なく解放された――始まった『零崎』は止まる術を知らないかのように暴走を始める。

無桐伊織の暴走。
それは思いのほか長く続いた。
様々な要因が絡み合い、今なお暴走を抑えることが出来ないでいる。
――事の発端は西条玉藻の、惜しくも最期の言葉となってしまった『ひとしき』の四字だ。
この言葉により、――唯でさえ血の臭いで昂りつつあった伊織の衝動が、解放されてしまう。
そこまでが先の一連の流れ。
されど、本来であれば伊織の暴走とは一時的なものに過ぎなかった。
少なくとも西条玉藻を『殺した』ことで、正気に戻る可能性は十二分にあった。
――死色の真紅との約束を破ってしまったこと。
――対等でありたかった零崎人識との人間関係を崩してしまったこと。
それらによって、伊織の歯止めはつくはずである。

しかしそこに不幸なことに。
新たな魔の手が攻めの手を加えてきた。
この事によって、西条玉藻が零していた『ひとしき』の身に何かあったのでは? という疑念が引き続いてしまったのだ。
あの銃弾を撃ち放った人間はもしかしたらこの少女の味方なのかもしれない――。
零崎として、それを見過ごすわけにもいかなかった――それが零崎舞織の無意識下での思考回路。
故に今、彼女は鳳凰を追っている。
追うことで、何かがわかるのかもしれない。
分からずにいた人識の行方がつかめるかもしれない――。

鳳凰は、伊織の思いなどまるで知らず。
撒けるまで逃げ続ける。
彼はしのびとして、逃げることにはある程度の自負を抱いていた。
逃げに徹する。
そのことは決して恥ではない。
無茶かもしれないことに意味なく挑む奴の方が、よほど馬鹿だ。

こうして組まれた距離の縮まらない『鬼』ごっこ。
『鳳凰』と『鬼』。
仮想の生物を象った二人の、至極人間的でつまらない、駆けっこである。

837 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:18:45


◆ 11 一日目/F8 市街地(夕方〜)  ◆



真庭鳳凰が迎撃をしない理由は、突き詰めれば保身だ。
先の西条玉藻の時もそうであったが、強大な敵を無理して自分が倒す必要はない。
半ばそのために、実験開始当初、鑢七花と契約を結んだと言っても過言ではない。
七花がどれほど屠ってきたかは定かではないが、七花の確かな実力には、偽りなく一目置いている。
骨董アパートを倒壊させた橙色――想影真心にしろ、
スーパーマーケットで鮮魚コーナー貪りつくしていた口尽くしの少女――ツナギにしろ。
鳳凰では手を出せそうになかった輩だって、周りから勝手に滅んでいけば、それに越したことはない。
漁夫の利、まさしく彼が目指すものは、その通り。
尤も、生かすに値しない、他の者の手を煩わす必要もない――貝木泥舟のような非力な人間には、容赦なく鉄槌を下しにいくが。

実際、鳳凰からして手を出せずに詰まっていた西条玉藻だって呆気なく眼前で殺された。
望ましい結末である。そこまでは、何の批難も湧かなかった。

ただ、彼は一つ失敗を犯した。
西条玉藻が死に、『この隙に』、『こいつもついでに』程度に伊織に手を出したのは、些か軽率が過ぎる。
無論のこと、玉藻の力量、気迫とも言えようものを多いに越す伊織を、嘗めてかかった訳ではない。
警戒に警戒を重ね、ひっそりと影から討つように標準を定めた。

繰り返すが鳳凰は慢心をしていた訳ではない。
彼が彼女の正体を知っていたら、銃口の標準をむざむざと放しただろう。

殺気に目敏く、殺意に目覚めた、目を逸らしたくなるほどの気迫を有する、ニット帽の殺人鬼。
彼が手を加えようとしていたのは、まさにその人である。
ならば――銃口を向けた時の殺意に気付かないわけがない。
殺意ありきの弾丸、炎刀・『銃』なら尚更だ。

加えて言うのであれば、彼自身が仕組んだとはいえ、タイミングも悪かったのだろう。
図書館に着く前の彼女ならばいざしらず――暴走へ繰り出してしまった彼女には、手の施しようがない。
ベテランの殺し名だって、手を焼くに決まっている。
鳳凰は強い。
格段に強い。
『神』の名を欲しいままに頂戴するに値する人間だ。
しかしそうは言っても、相性というものは絶対にある。
僅かな殺意の機微を察知する『零崎』相手には、決め手になる攻撃が、まるで打てない。

「くぅ……!」

撒くに、撒き切れない。
中々に、しつこい。
そうは言っても始まらない――だからこそ、彼は飽くことなく逃げ続ける。
一瞬でも視界から外させることに成功すれば、しのびたるもの隠密に徹し、さながら影のように姿を眩ますことはできるのに!

だが。
唐突にその逃亡劇も終止符が打たれようとしていた。

メラメラ、と。
ゴウゴウ、と。
目の前の景色が真っ赤に染まる。


火事だった。
竹林が、音を立てて燃え盛っている。
火元が明らかでないほど広範囲にわたり燃えているようだ。
市街地から竹取山の境界は火を以て、これ以上なく厳格に引かれている。

838 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:19:09
どうするか、左右に逃げるか――そこまで考えて、改め直す。
迷っている時間は、もはやない。
背後を見ると、僅かに立ち止まったこの隙にも『鬼』は迫りくる。

――止むをえまい……か?

確かにこのまま逃げ続けたところで、堂々巡りには違いない。
彼は握っていた首輪探知機、及び銃の類を仕舞い、日本刀を取り出した。
使いなれた得物である。得物にするに不足はなかった。
構える。

見たところ、相手は口に銜えた鋏を得物としている。
間合いが極端に短い得物。
ならば、無防備に間合いに入れさせないようにすれば、問題はない。
短絡的な発想かもしれないが、正攻法。
卑怯卑劣を売りにしている忍者であろうとも、正攻法を取ってはならないという掟など存在しない。

「■■■■――■■■■■■■■■――――■■■■■■■■■■■■■――――!!!!!!!!」

立ち止まり、相手の動きを観察する。
文字にもならない叫びをあげている様子の通り、動きは直線的だ。
隙を突こう、或いは作ろうと思えば、近接武器であれば、決して不可能ではない。
禍々しいまでの気迫こそが気がかりであるが、見た限り唯一にして最大の気がかりに違いはないが、仕方あるまい、と呟いて。

「――――!」

無言のままに、薙ぐ。
その動作を分かり切ったように、伊織は避け、間合いに這入り込もうとする。
先ほどまでの動きとは比べものにならないほどの流動的な動きに、声を洩らさず驚嘆するが、しかしそれまで。

「はぁ!!」
「―――……■ ■■」

伊織を襲ったのは単純な膝蹴りだった。
鳳凰は予め、日本刀は避けられると想定し、
『一喰い(イーティングワン)』では間に合わないにせよ、蹴り易い体勢ならばを作ることは可能だった
ただ単にそれのこと、それだけに過ぎないが、思いのほか覿面に、攻撃は相手の懐に入る。

鳳凰にしてみれば偶然には違いないが、零崎とはあくまで対殺意に特化した殺し名だ。
『殺意なき弾丸』が『殺意なき弾丸』として零崎に通用する一因に、
『殺意なき弾丸』が直接的に相手を殺害する手段とはなりえないことが挙げられる
あれはあくまで、ゴム弾に過ぎない。何弾も当て続けたら、もしかすると内出血程度の傷を与えられるが、所詮その程度。
今回の鳳凰の蹴りとて、また同じ。この攻撃で相手を殺そうだなんて、端から思っていない。
まさか――虚刀流じゃあるまいし。
尤も、鳳凰からしてみれば、この蹴りだってまともに入るとは思ってもいなかったが。

「まあ、おぬしのように我を見失った輩を相手取るのは、初めてではないのでな」

一言零し。
吹き飛び地面に転がった伊織に追撃を喰らわそうと、駆ける。
斬、と刀を振り下げるも、どこに力を入れたらそうなるのか、腹から飛び跳ね、避けられた。
半ば予定調和とはいえ、しかしどうだ嘆息を禁じ得ない。
改めて、逃亡劇を続けていた頃から感じていたが――こいつはどうすれば『殺せる』のか。

839 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:19:38
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――■■■■■■!!!!!!!!!!

先の蹴りのように『攻撃』を加えるのは正直に言って作業にも等しいことだ。
同じ暴走にしたところで、同じ意味不明な咆哮にしたところで、橙――想影真心と比べると劣るというもの。
慣れるというには、あの時は一方的に弄ばれてしまったが、
それでも暴走している伊織を前に立ちはだかることが出来るのは骨董アパートでの一件が何かしら功を奏している。

しかし、だ。
『死』に至らせるまでの『致命傷』を与えるには、どうしたものか。
『殺意』を持ち合わせた『攻めの手』は全て感知されて、何かしらの対処を取られてしまう。
――現状、鳳凰には一つの考えしか、思い浮かばない。


「かくなるうえは――!!」


拷問。
しのびお得意の痛めつけ。
最終手段は、立てなくなるまで、避けられなくなるまで、その身の力を搾りきる。


鳳凰はこちらに襲いかかる伊織に向きあい、忍法『断罪円』を繰り出した。



◆ 12 一日目/F8 火災現場(夕方〜)  ◆



結論から言うと。
真庭鳳凰の甚振りは、見事成功する。

しかし、彼にも痛めつけを行使したくない理由があった。
鳳凰が、そのじり貧とも言える耐久戦に持ち込みたくなかった理由は明快。
あまりこの場において体力を使いたくなかったからだ。
無論無桐伊織一人に固執して体力を使うという馬鹿らしさ、というのもあるが、今彼らが戦っている場所は、火事場の前だ。
単純に、純粋に、暑い。
暑さというのは、ただそれだけで体力を奪う。
過酷な運動をしようものなら、体内の水分も枯渇し、意識が朦朧とする可能性だってある。
彼はしのび。
火事の最中であろうが、ある程度の時間ならば満足に動けるだろう。
が、それもある程度の話だ。
度が過ぎれば、幾ら『神』を冠しようが彼も人間。悪条件が続けば一層疲労は溜まるに違いない。
彼はそれを危惧した。
なにしろ、『決定打』を打てない相手である。
少しずつ、少しずつ――搾りとるようにしか、相手の体力を奪えない。
幾度か交えて分かった事だが、『断罪円』も『一喰い』も殺意を伴うために易々とまではいかないが避けられてしまう。
――二十番目の地獄が最期に発掘した殺人鬼は伊達ではないということか。

それでも、徐々に優勢は鳳凰に傾き始めた。
例え肉を抉ることはできなくとも、皮を剥ぐことができなくても、息を止めさせることはできなくとも。
キャリアの差、ともいうべきか。
本来あった圧倒的実力差を迫力で誤魔化すには、いよいよ伊織の気迫では物足りなくなってきたということか。
想影真心の殺意、西東天のカリスマとも換言できる佇まい。
奇しくも彼の心を鍛え直すには、あまりにも適役である。

「……ぅぐ――っ!」
「――――」

蹴飛ばす。
蹴飛ばす。
蹴って、蹴って、蹴った。
それ以上のことは何もない。
リーチも長く、より威力の高い蹴りを優先して浴びせ続けた。

840 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:21:03

『殺意』を抜いた鳳凰相手に、伊織の技術は未熟すぎる。
暴走して我をなくし、『鬼』としての才覚に身を任せて、一般人ならざる動きを見せた伊織もそこまでくればただのボロ雑巾だ。
一度型に嵌れば、彼が想像していたよりも容易く使命を全うできそうである。
かといって、気を抜くことはせず、あくまで冷徹に淡々と。

こちらの体力の消耗とて馬鹿には出来ないほどだが、伊織も既に満身創痍だ。
倒れこむ伊織の脇腹を蹴りつけ、なおも動けないのを見て、――如何ようにするか、思考する。
ここで刀を取り出して、彼女はどのように反応するだろうか。
殺意に呼応するように、それこそ文字通りの火事場の馬鹿力と言わんばかりに再駆動し始めたら、それはもはや手に負えない。

さすがにここまで痛めつけたら――とも考えたが、撤回する。
そもそも脚を折れば、反撃なんて不可能なのではないか。
その上で、背後の焔の中へ捨て入れればいい。

臥せこんだ伊織の脛の上から、踵を振りおろした。
所詮は元女子高校生の、若木の枝のように細い脚は、ぽっくりと折れる。
片側だけでなく、もう片側も。
しのびに容赦も情けもない。この程度の所業、わけもない。
悲鳴を上げる伊織の腕を片手でもちあげ、いざ背後の炎と向きあい、投げ込もうとしたその時。


「――――そこにいるおぬし。顔を出せ」


鳳凰は、恐ろしく冷たい声を出す。
前方の物影に向かい、静かで、『鬼』よりも冷酷な『不死鳥』の声を。

鳳凰の声を受け。
ガサゴソと物音を立てて、学生服の少年が現れる。
鳳凰に振り返る隙すらも与えず――少年は言葉を発した。


「……やれやれ、伊織さんは何をやってんだ――――かっ!!」


言葉尻を待たず、少年は何かを投げたのがわかった。
咄嗟に警戒を高め、いざとなったら左手に握った伊織を盾にしようかと思ったが、その心配はいらぬ心配だったようである。
まず、鳳凰の身体まで届いていなかった。
鳳凰の『影』に刺さっただけで、彼の肉体には傷一つ付いていない。蚊にも劣る『攻撃』――。

ふん、手練ではなかったか――。
だとしたら殺すだけだ、と内心ほくそ笑むように、伊織を炎の中に投げ入れた。



そこで物語は進む―――――――――――――或いは、止まる。

841 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:21:21


◆ 13 一日目/F8 火災現場(夕方〜)  ◆



鳳凰が伊織を炎の中へ投げ込むことはなかった。
違う。
投げ入れることが『できなかった』。
動けない。
動かせない。
まるで『縛られたように』、身体の自由が、或いは不自由すらも操作できない。


「お、おぬし――――何をっ!」


ここに来て初めて、苦悶とも言える表情を浮かべた。
『身体を動かせない』、この事実は、身体的よりも精神的に抉られる。
率直に言うなら、真庭鳳凰は焦りの色を浮かべて、焦燥感に駆られているのだ。


「炎っていうのはつまりは光なんだよ。光があれば影が出来る――小学生でも習うことだ。
 ……いや、習うまでもなく、もっと幼いころに理解をしてもいいことか」


対して、先ほどまでの鳳凰がそうだったように冷酷に、少年――『破片拾い』は常識を説いた。
太古より火は光としても用いられてきた。
その事実は、今だって、『バトル・ロワイアル』の最中であれ、変わらない。
影あるところに光があるように、光あるところ影にはある――――!

背面に炎を燃やしていた鳳凰から前、つまり様刻が対峙していた方面には、鳳凰の影が伸びている。
その影には一本。
たった一本の矢が刺さっていた。
影谷蛇之の魔法《属性『光』/種類『物体操作』》の『影縫い』。
どうしようもなく決定的に炸裂し、決着はついた。


「まあ、このタイミングを見計るのに随分と待ち構えてみたもんだが――伊織さんは見るも無残になって」


耽々と語りながら、様刻は鳳凰の背後に迫ってくる。
――どくん。
胸が鳴る。
――どくんどくん。
胸が高鳴る。
殺される、――殺されるのか?
我が今ここで? こんなにも呆気なく、それもこんなわけのわからないトリックで?

そんなの、
そんなのは――

「御免こうむる――――!!」
「……悪いけど、きみの意見をそのまま貫くほど、僕もお人好しじゃない」


様刻は鳳凰の左手に握られていた伊織を抱きかかえるように手にとって、静かに地面に横たえさせると、
鳳凰の腰に据えてあった日本刀を抜く。
妖し、と輝く日本刀の煌きをかざしながら――躊躇いもなく様刻は鳳凰の両腕を断つ。
かつては愛する妹の為にと平気で妹の骨を折った男。
その辺りの容赦は、捨てる時には、それこそしのびのように切り捨てる。

842 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:21:34

次いで、右足を切り落とす。
『魔法』の効果で、身体が傾くことはない――。
その右足、両手を様刻は拾い上げ、炎の中へ投げ込んだ。
余程の無茶をしない限り取りに行くのは不可能に思える。
実際その光景を見つめる鳳凰は歯を軋らせた。
不愉快を隠しきれずに、何度も何度も、幾度も幾度も歯を軋らせる。――そしてそれしかできない自分を忌む。
何か言いたげな鳳凰を意に介すことなく、静かに語る。


「別に今回は推理小説をやりたいわけでも、得意顔で語る探偵役を担いたいわけじゃないからね。
 ネタバレ編とか言って、きみに語る予定なんてないけれど、しかし一つ言えることは」

一言。
間を溜めてから、言い放つ。


「残念だったね。鳳凰さん――」


まあ、僕は殺人犯になってビデオに映りたくはないから殺しはしないけれど。
と、伊織を背負い、鳳凰のディバックを奪ってすたすたと歩き出す。
ただそれだけの邂逅。
酷く決定的で、酷く簡素な――物語の移行。
まるでこの物語に欠けていた破片を、様刻はつなぎ合わせたかのように――。
『辻褄合わせ(ピースメーカー)』――――――――!


こうして、『鬼』と『神』の駆けっこは。
『人間』の登場によって、さながら御伽話のように、泡沫に消える。

843 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:22:19


◆ 8 一日目/図書館(夕方〜)  ◆


櫃内様刻は恐れの色を浮かべていた。
目の前に放置されたそれは、紛れもなく死体である。
見慣れたというには病院坂の二人に対する口惜しさが湧いて出るが、ひとまず置いておく。

目の前にあるのは、頸動脈を的確に裂かれた少女の死体。
少女の外見は、緑がかった短髪にまだまだ未発達な肢体を包むあちこちが切り裂かれた何処かの制服。
無桐伊織に襲われたにしては首以外の外傷が目立たないが、これより前に何かしらあったのだろうと推察する。
一応様式美として、脈を測るも当然ながら脈打つものはなく、刑事ドラマでやっているように瞳孔が開いた瞳を、瞼で閉ざさせた。
こうして見ると可愛らしい顔をしているな――と思ったが、同じ年頃の妹、夜月に比べるとまだまだだ、と様刻は内心で思う。
どちらにしたところで、少女・西条玉藻は既に死んでおり、可愛い可愛くないの話をしている場合ではないのだが。

思いのほか、冷たく身体は動く。
あれほどの殺気にあてられて――その上死体までも眼前に臥せられているのに。
『破片拾い(ピースメーカー)』・櫃内様刻の脳内はするべき作業を淡々とこなそうと命令を下している。
自分でも可笑しくなるほどの――実際可笑しくて、こんな状況の中でも自嘲を含んだ崩れた笑みが浮き上がった。
人の死に悼むことが出来たら、どれほど気持ちが楽になるだろうに。そんなことを思い起こしながらも、それでもやはり、作業は続く。
こうすることで、いつもの自分を保とうとする。
『破片拾い』――『能力を最大限に使い最良の選択肢を選ぶ』――いつもの彼を、演じる。
冷静に、人死にが起こっても動じることなく、落ち着きを以て対応していた。

しかし。
恐れの色を浮かべていたこと自体は嘘ではない――。
分かり易い伊織の変貌に戸惑って、どうにもできない死の予感を感じたのは確かだ。
件のことは幾度と伊織は言っていた。
それでもここまでのものだったか――。
図書館で味わった、鮮明な『殺意』を噛みしめる。

それに、何よりも。
『好きな人』を殺してなお、生への欲求がここまであった自分にも、僅かな苛立ちと恐れが募る。
帰って妹に会いたい様刻がいる。帰って恋人に会いたい様刻がいる。
――だけどどこか、病院坂黒猫が死んだ今、殺してしまった今、
死んでしまってもしょうがないと諦観を帯びた様刻がいるのも間違いなかった。
それが彼が犯した殺人の重さ。――――人の命の重さ。持ちきれないほどの罪悪感。

様刻らをこんな場所に誘った主催は許せない。
決意自体は本物だ。斜道卿一郎研究施設で刻まれた決意は、本当なのだろう。
病院坂の為に生き残るという気持ちもまた然り。
第一彼はかなりシンプルに生きている人間だ。やると決めたからには、必ずやる人間である。
決意に嘘偽りを上乗せできるほど、彼は複雑に作られていない。

けれどその決意は――病院坂が死んだことに混乱したまま、表明されたものである。
あの時。
研究所にて声をあげて泣いたあの時。
胸中が如何ほどのものだったかは、それほど察するに難くない。
術中にはまったとはいえ、『好きな子』を殺し、それで研究所に居た女の子に八つ当たり紛いの行動に出るもいとも簡単に返り討にされ。
弱さを知り、何もできない、何もできなかった、誰も幸福にすることのできなかった
――希望の破片を拾うことなく粉々に砕かれた様刻の、無力感に伴う投げやりなものだったとしたら。

今の彼に、言うほど生きた心地はしない。
さながら推理小説のように、憎さと言う感情一つで人をあっさり殺してしまった彼に、今を生きる余裕など果たしてあるのか。
それこそ我が物顔で得意げに道徳を説きはじめる探偵がいなかっただけ、彼にとっては大いに救いだったのだろうが、人殺しは人殺し。
手に残るこの感触を忘れない。
ナイフで滅多刺しにした、あの瞬間を。
思い返すたびに、彼は自己嫌悪に陥るのだ。

それでもその時までは、それを抑え込むことがまだ可能であった。――第二回放送までは。
時宮時刻を殺せば、それできっと二人も彼自身も満足する。
それが彼の生きる証であり、唯一の動機だった。
――その思い込みは、解消させられもせず、わだかまりを残したまま、彼の暗闇の中へと消える。

844 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:22:41

今では仇討ちさえも許されない。
時宮時刻は死んだ。櫃内様刻の与り知らぬ場所で、ばっさりと殺されたのだ。
――彼は何を目標に生きていけばいい。何を選択して生きればいい。何を選択肢として挙げればいい。
分からない分からない分からない分からない――――。
それこそ病院坂黒猫の言い分に近いが――今の櫃内様刻は、この『分からない』が無性に怖くて仕方がなかった。
自分は何を道標に生きている?
どうして、それすらも『分からない』?
計画通りに。最良に生きることこそが彼の数ある生き様だったはずなのに。


――――――――果たしてこれが、最良か? ――――――――果たしてこれが、最善か?


返事が出来ない。
答えを出せない。
自己同一性が揺らぎ始める。
思えばそれは、第二回放送が終わった直後から今に至るまで続いている。
伊織の「時宮時刻を殺した人を突き止めて、それからどうするつもりなんですか?」
という問いに答えられなかった辺り、彼としてはあるまじき姿の片鱗は見せていた。
さながら、考えることさえも億劫になり、生きることさえも辛くなったかのように。
今の彼が『時宮時刻を殺した者』を探し回っているのは、恐らくは――否、確実に先の伊織の発言からきている。
伊織が単純に「これからどうしますか?」――とだけ訊ねたならば、様刻は何もしなかっただろう。

例えば仮に、病院坂黒猫を自らの手で殺してなかったならば、ここまですり減らすことなかっただろう。
例えば仮に、時宮時刻を自らの手で殺していれば、ここまで疲弊することはなかっただろう。
しかしそれも――現実が「自分が最良と思った選択肢の末路」であることを省みれば、
甚だ意味がない仮定であることは誰よりも様刻が理解しているつもりだ。

最良も何も、今の彼には存在しなかった。
彼自身が愚の骨頂と蔑む『徒労』に費やしていただけだった彼に、これ以上何が出来る? 何を求める?
頑張れば出来ないことはない――彼はそう信じていた。
しかしどうだ。
蓋を開けてみれば、病院坂を守ることも、仇を討つことも、何一つ満足にできない非力な彼に、これ以上何が出来る?
これは数沢六人を痛めつけることとは違う。
或いはそれを契機に起こってしまった殺人事件とも違う。
舞台も、環境も、彼の立ち位置も何もかもが違う――そんな中で、どうすれば、どうすればいいんだろう。

今の彼には、『今まで通りの櫃内様刻』を演じることが手一杯だった。
そうすることで、強制的に自らを雁字搦めにする――僕にはやるべきことがあるんだ、と。死ぬわけにはいかない、と。
一種の呪いのようなものだ。
確かにそれは、心を落ち着かせるにも最適だった。
住み慣れた家に居るように、心が沈静化し、空いた空洞を見て見ぬ振りが可能である。
「今の自分って何なんだ?」そんな空洞を。

改めて。
目の前の少女の遺体を見下ろして。
嗤った。
自らを。
動じない『いつも通りの自分』を。


嗤った。

845 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:23:19


◆ 10 一日目/F7 図書館(夕方〜)  ◆


櫃内様刻が無桐伊織を追いかけようとした理由は、突き詰めれば何もない。
伊織その人が忠告した通り、逃げたっていい。逃げることが、一番状況に適している。
だけど彼には、逃げて何かをしたいという、『選択肢』そのものが見つからなかった。
時宮時刻を殺した人間を突きとめたって、薬にも毒にもならないのは、彼自身頭では理解しているのだ。
見つけて、警察に送りつけることはできない。そもそも彼自身もまた殺人犯である。二人仲好く監獄行きなんて笑えない冗談である。
ならば八つ当たりを込めて殺害するか? ――しかしその殺害に、何の意味はない。
ただその様をビデオに撮られて自分の立場をより一層怪しめるだけだ。
彼があくまで『時宮時刻』に固執するのは――そうすることで、何もできない自分を有耶無耶にさせる。たったそれだけの、意図。
確かにこの『操想術』がかかったままの瞳は不便に違いないが、
だからといって時宮時刻を殺した人間を突きとめたって、事態は好転しない。

そして。
今の彼から『時宮時刻』という要素を抜いたら何が残るだろう。
守るべき存在は死んだ。愛する者はここにはいない。生き残ろうと努力したところで、彼の選択は空回りを続ける。
そもそも、伊織や人識、時刻を例に挙げるまでもなく、ここに居る中で自分が最弱であろうことは、なんとなく察しがついていた。
戦闘能力はなくとも、玖渚友には頭脳がある。
宗像形には暗器があって、阿良々木火憐には並はずれた格闘センスがあったようだ。
様刻にはそんなものはない。
部活動をやっている人間には敵わないだろうと自負している人間だ。
正直なところ、生き残れと言われて生き残れると思えるほど、環境はよろしくなかった。

だから彼は、『選んだ』。
無桐伊織を追うことを。
心の中ではごちゃごちゃとお誂えな御託を並べて。
それがさながら最良の選択肢であるかのように幻視させて――。

もしかしたら伊織――或いは襲撃者に殺されるかもしれない。
一抹の懸念が頭をよぎる。
よぎったが、それでも様刻は意に介すことはなかった。
「死んでもいいや」――さながらツタヤのレンタル延滞でもするかのような気軽さで、命を捨てようとしていたのである。
生きる目的が見えないのなら、死んだって変わらないんじゃないか――?
『破片拾い(ピースメーカー)』――もしくは、『自殺志願(マインドレンデル)』。

846 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:23:59
やると決めたら。
後は早かった。
携帯電話を見る。――掲示板には幾つか更新があるが、彼が見たのは目撃情報スレだ。
別段、何かを期待して開いたわけではない。
あくまで玖渚友との連絡を取ろうとしたついでに開いただけだったが、何やら有用な情報が載っていた。


『 4 名前:名無しさん 投稿日:1日目 夕方 ID:IJTLNUUEO
  E7で真庭法王という男におそわれた拳銃を持ている。危険
  鳥のよな福をきている、ものの乃記憶を読めるやしい
  黒髪めだかと組んん出いる可能性あり
  付近にいるのは注意されたしい               』


何やら誤字脱字が多量に含まれているが、読めなくはない。
要するにE7にて真庭鳳凰(名簿から察することが出来る)という鳥のような服を着た者が、銃を持って徘徊しているそうだ。
生憎様刻は襲撃者の姿を見たわけではないが、銃と言う点と位置関係上、彼が襲撃を仕掛けた可能性が重々にある。
それがわかっただけで、実際彼には対策と言う対策を持ち合わせていないが――強いて言うならこの『矢』ぐらいなもの。

だからこそ、話は元の鞘に収まるように、玖渚友に電話しようということになる。
様刻が持っていない情報を、玖渚友は何処かからか持ち出した、と言う可能性は中々否めない。
眼前で、あれほど自由に電子の中で踊り狂っていた玖渚のことだ。
鳳凰――或いは違う襲撃者のことを何か掴んでいるかもしれない。
掴んでいなかったとしても、様刻が会うより前に伊織と行動を共にしていた玖渚ならば、
伊織が暴走していた時の対処法を、もしかしたら教えてもらっているかもしれない。
どちらとも、聞くだけ無駄と思えるほど、可能性の低い話であったが、万が一のことも考えて様刻は電話する。

そもそも。
元より図書館に着き、DVDを回収した時点で電話をする予定はあった。
DVDが有ったことの報告と、玖渚友、及び宗像形が無事に斜道卿一郎の研究施設を離れることが出来たかの確認。
そこらへんの雑多な目的を兼ねての、電話でもある。

アドレス帳から玖渚友へ電話を発信する。
PiPiPi、と暫しの機械音を聞いた後、直ぐに玖渚は電話に応じた。
彼は今の自分におかれた立場を報告しながら、即刻使える情報を交換しあう。

847 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:24:29


◆ 14 一日目/F8 市街地(夕方〜)  ◆


結論から言うと。
玖渚友は先ほど櫃内様刻が欲していた情報をほぼ有していた。

真庭鳳凰の情報――どころか全参加者の詳らかな情報。
それに伴い、無桐伊織の暴走の止め方こそわからなかったものの、暴走の主因となる要素は把握できた。
尤も、その情報を駆使ことはなかったものの。
しかしそのお陰もあり、櫃内様刻は真庭鳳凰を出し抜く――とはいかずとも無桐伊織を救出させるだけの行動を組み立てることが出来た。
彼は確かに死んでもいいとは考えたものの、わざとらしく死に急ぐわけではない。
便宜的に立てた『時宮時刻を殺した人間』を探すという目的がある。
――鳳凰から難を逃れたからには、その命を続けてすり減らしていこうと思う。
その辺りの考え方はシンプルで、極論「生きれるなら生きるが、死んだら死んだ。とやかく言うつもりはない」。そう言うことだ。

「ひどいですよぅ……なんでもっと早く出てきてくれなかったんだすかぁ……」
「それはきみが邪魔で中々この『矢』を投げれなかったからだろう」

無桐伊織を背負いながら、櫃内様刻は前を見て歩く。
『今は無桐伊織を運ぶ』という目的がある。
目的を見つけたならば、彼は動かないわけにはいかない。
その考えは、その場限りのものでしかないことに目を瞑りながら。

疲弊した様子の伊織を労わるというわけでなく。
耽々と、変わらぬ調子で下山しながら様刻は歩く。

「ていうかきみこそ、いつから正気に戻ってたんだよ」
「あんだけ蹴られたら嫌でも正気に戻りますって……様刻くんは女の子の気持ちがわかってないですねえ……」
「んなもんわかるか」

――そう。
伊織は途中で暴走から意識を戻した。
甚振りからのあまりの苦しさに、戻らざるを得なかった。
だからこそ、鳳凰は一方的な拷問をするに至れたのだが、結果的にどちらであったところで、こうなる結末は変わらなかっただろう。

「しかしどうしましょうねえ、両足。これじゃあお嫁にいけませんよ」
「他に心配することはあるだろう」
「いやまあ、なんかすでに両手が義手ですから。今更と言われればそれまでなんですよね」
「……まあ、なんだ。帰ったらまた義足、作ってもらえよ。なんだっけ、罪口商会――だっけ」
「人識くんに合わせる顔がありませんよ……。双識さんと人識さんしか残ってないない現状でこの様じゃあ」
「手がなくても、足がなくても、顔ならあるだろ。会ってやれよ。――それに僕と零崎……人識は顔馴染だぜ。何とか言ってやる」

力ない笑いで伊織は返すと。
苦痛を顔に表しながらも、様刻に問う。

「そういえば、どうして逃げなかったんですか?」
「ん?」
「わたし言いましたよね、確か。――わたしが暴走したら、気にせず逃げてくださいね、って」
「ああ、言われたな。人だって殺していた。僕だって逃げようかと思った――けど」
「けど?」
「――玖渚さんに電話して、勝てる試合だと確信したから」
「へえ? 玖渚さんはなんて?」
「掲示板と僕達の位置関係上、それはきっと『法王』――真庭鳳凰って奴の可能性が高くてね。
 そして僕の持っている『矢』と鳳凰さんは、決して相性が悪いわけではない。……ってね」
「随分とざっくらばんとした確信もあったもんです」

848 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:25:07

まあ、助かりましたよ……、と。
伊織は一言つぶやくと、まどろみに浸りはじめた。
伊織は知らない。
様刻が『逃げてもやるべき選択肢』がないと、まるで相手を眼中に入れてない考えで挑んだことを。
実際のところ、玖渚友は『勝てない相手ではない』と伝えたわけではない――『負けないかもしれない相手』と伝えている。
似ているようで、意味合いとしてはかなり違ってくる。
玖渚は「挑んだら高確率で返り討に遭うけれど、それでもいいなら挑むのもありだよ」その様な意図で伝えたはずだ。
その意図は、結論から言うと様刻は察している。察していて――鳳凰と対峙した。

知らぬが仏――知らぬが鬼と言うべきか。
今に限りは様刻の胸中を察してやれるほど伊織は万全ではない。
両足を折られ、自分のことをただ考えるしか彼女には出来なかった。


「すいませんが、ちょっと疲れちゃいました。背中借りますね……」


そう言って、やがて様刻の返事を待つことなく、伊織は穏やかな寝息をたてはじめる。
『鬼』には思えぬ可愛らしい『人間』のもの。
それを聞いて、様刻は一人、聞いていないであろうことを分かっていながら答える。


「……じゃあ、僕は治療なんてたいそれたことはできないけど、診療所か薬局に送ってみるよ」



それが今の様刻の『最良の選択肢』だからと――――――――




「伊織さん、これが僕のやるべきことなのか?」




「――なんてね。おやすみなさい」

849 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:25:23
【1日目/夕方/F−8】
【無桐伊織@人間シリーズ】
[状態]両足骨折、睡眠、様刻に背負われている
[装備]『自殺志願』@人間シリーズ、携帯電話@現実
[道具]支給品一式×2、お守り@物語シリーズ、将棋セット@世界シリーズ、バトルロワイアル死亡者DVD(18〜27)@不明
[思考]
基本:零崎を開始する。
 0:……。
 1:曲識、軋識を殺した相手や人識君について情報を集める。
 2:そろそろ玖渚さん達と合流しましょうか。
 3:黒神めだかという方は危険な方みたいですねえ。
 4:宗像さんと玖渚さんがちょっと心配です。
[備考]
 ※時系列では「ネコソギラジカル」からの参戦です。
 ※黒神めだかについて阿良々木暦を殺したらしい以外のことは知りません。
 ※宗像形と一通りの情報交換を済ませました。
 ※携帯電話のアドレス帳には箱庭学園、ネットカフェ、斜道郷壱郎研究施設、ランドセルランド、図書館の他に櫃内様刻、玖渚友、宗像形が登録されています。


【櫃内様刻@世界シリーズ】
[状態]健康 、『操想術』により視覚異常(詳しくは備考) 、伊織を背負っている
[装備] スマートフォン@現実
[道具]支給品一式、影谷蛇之のダーツ×9@新本格魔法少女りすか、バトルロワイアル死亡者DVD(11〜17、29)@不明
   炎刀・銃(回転式3/6、自動式7/11)@刀語、デザートイーグル(6/8)@めだかボックス
[道具]支給品一式×6(うち一つは食料と水なし)、名簿、懐中電灯×2、コンパス、時計、菓子類多数、輪ゴム(箱一つ分)、
   首輪×1、真庭鳳凰の元右腕×1、ノートパソコン@現実、けん玉@人間シリーズ、日本酒@物語シリーズ、トランプ@めだかボックス、鎌@めだかボックス、
   薙刀@人間シリーズ、シュシュ@物語シリーズ、アイアンステッキ@めだかボックス、蛮勇の刀@めだかボックス、拡声器(メガホン型)@現実、首輪探知機@不明、
   誠刀・銓@刀語、日本刀@刀語、狼牙棒@めだかボックス、金槌@世界シリーズ、デザートイーグルの予備弾(40/40)、
   「箱庭学園の鍵、風紀委員専用の手錠とその鍵、ノーマライズ・リキッド、チョウシのメガネ@オリジナル×13、小型なデジタルカメラ@不明、
   マンガ(複数)@不明、三徳包丁@現実、中華なべ@現実、虫よけスプレー@不明、応急処置セット@不明、鍋のふた@現実、出刃包丁@現実、
   食料(菓子パン、おにぎり、ジュース、お茶、etc.)@現実、おみやげ(複数)@オリジナル、『箱庭学園で見つけた貴重品諸々、骨董アパートと展望台で見つけた物』」
   (「」内は現地調達品です。『』の内容は後の書き手様方にお任せします)
[思考]
基本:死んだ二人のためにもこの殺し合いに抗う(瓦解寸前)
 0:伊織さんを診療所か薬局に連れていかせる
 1:玖渚さん達と合流するためランドセルランドへ向かう。
 2:時宮時刻を殺したのが誰か知りたい?
[備考]
 ※「ぼくときみの壊れた世界」からの参戦です。
 ※『操想術』により興奮などすると他人が時宮時刻に見えます。
 ※スマートフォンのアドレス帳には玖渚友、宗像形が登録されています。
 ※阿良々木火憐との会話については、次以降の書き手さんに任せます。
 ※支給品の食料は乾パン×5、バームクーヘン×3、メロンパン×3です。
 ※首輪探知機――円形のディスプレイに参加者の現在位置と名前、エリアの境界線が表示される。範囲は探知機を中心とする一エリア分。

850 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:26:03


◆ 15 一日目/F8 火災現場(夕方〜)  ◆



「――――我が――――我が!」


五分後。
真庭鳳凰を縛りつけた魔法が解け、自然と鳳凰の体は崩れた。
右足がなく、左足だけで立ち続けるには、些か難しい。
というよりも、自然解除されるとは思っていなかったので、心の準備が足りなかったという具合である。


     「こんな場所でくたばるわけには―――――!!」


地面の味を口に噛みしめ。
様刻たちが消えていった方に視線を向ける。
この五分の間に、淡々と離れてしまったようだ。
少なくとも、片足の鳳凰が追い付くには、随分と離れてしまっている。
這うように、左足を蹴ることで、身体を動かす。
屈辱で、ならなかった。


   「―――――ぅぅぅぅぅぅぅぅううううううううううううゔゔゔ」


何をするにしても、足が必要だ。
とはいえ今までの足は、様刻が燃やしてしまった。
まだ肉が残っているかもしれないが、這って炎の中を拾いに行くのは無理だ。
だから彼は、ここに来るまでに殺し、そして身体を残している否定姫のいるレストランへと身体を進めている。
コンパスなど諸共奪われてしまったが、なんとなくの方向や地図の図面は覚えている。
――こんなことなら、貝木泥舟の身体を残しておくべきだったかと後悔するも、後の祭り。


       「――――我は!!」


忍法『命結び』。
匂宮出夢の『一喰い』、真庭川獺の忍法『記憶辿り』を失った今。
彼に残された技はそれしか残らない。
まあ、それにより手足欠損による流血も、痛みも、慣れたものではあったが、苦しいには違いない。


              「死なぬ!!!!」

それでも彼は諦めない。
生を。
願いを。
しのびを。
どれだけ今が恥さらしな格好だとしても、手足をもがれても。
彼は『不死鳥』――幾度だって地獄の底から舞い戻ってみせよう。
羽ばたいてみせよう。
まだまだ時間はかかるかもしれないが、それでも彼は諦めない。
否定されても。
屈辱を浴びても。
なお、屈しない。
もう二度と、屈してやるものか。
――彼は謳う。


          「真庭を滅びさせたりはせん!!」


――彼は呪う。


     「いずれ借りは返すぞ――――――――少年ッッ!!」



立つ鳥。
巣に戻らん、と。



【1日目/夕方/F−8 火事場付近】
【真庭鳳凰@刀語】
[状態]身体的疲労(極大)、精神的疲労(極大)、左腕右腕右足欠損
[装備]矢@新本格魔法少女りすか
[思考]
基本:優勝し、真庭の里を復興する
 1:――――
 2:レストランまで這う。否定姫の身体を頂く
 2:虚刀流を見つけたら名簿を渡す
 3:余計な迷いは捨て、目的だけに専念する
[備考]
 ※時系列は死亡後です。
 ※首輪のおおよその構造は分かりましたが、それ以外(外す方法やどうやって爆発するかなど)はまるで分かっていません。
 ※記録辿りによって貝木の行動の記録を間接的に読み取りました。が、すべてを詳細に読み取れたわけではありません。

851 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:26:29





























The World begins to be distorted

852 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:27:19

[施設]
竹取山は全域炎に包まれた可能性が高いです


[備考]
※影谷蛇之の矢は使い捨てです。
 一度魔法を発動させてものは、再度魔法を組みこまない限り単なるダーツの矢でしかありません。


以上で仮投下終了です。
今回一旦仮投下にさせてもらった理由として。

◆ARe2lZhvho氏が予約中であるにもかかわらず、玖渚の行動を制限させてしまったこと。
◆ARe2lZhvho氏本人にはチャットを通じて、既に承諾を頂いている案件でありますが、
基本ルールに反しそうなことには違いないので、一度改めて、賛否のほどを宜しくお願いします。

その他でも、何か指摘点など有りましたらそちらの方もまた、よろしくお願いします。

853 ◆ARe2lZhvho:2013/10/18(金) 20:32:01
仮投下乙です
鳳凰の伊織への対処法とか、様刻の葛藤とかがすんごくらしい
問題の部分については、書いてるパートに影響しなさそうなのでそのまま投下しても個人的には問題ありません
本投下のときにまた感想つけさせていただきますね

854 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/18(金) 22:16:30
投下お疲れ様です。
既に許可を得ているのなら問題ないと思います。
本投下をお待ちしております。

855 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:46:28
本投下には至れない事情があるので一旦仮投下します

856君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:47:47



真実は残酷だ。





折れず曲がらずよく切れる――それが虚刀流であり、おれであったはずだが今もそう胸を張って言えるかどうかとなると口ごもってしまう。
さっき被っちまった泥、否、ここははっきりと毒と言っちまった方がいいだろう。
それに侵されたおれはひたすら逃げた。
地図なんて見ていない、見る余裕なんて全くなかったが方向はこっちで間違いないはずだ。
あのとき否が応にも見えちまったからな。
周りの建物やら地面やら生えていた植物やらあらゆるものがどろどろになっていくのを。
それがおれに向かって押し寄せるように近づいてきたから背を向けて走った。
どろどろが広がるよりおれが走る方が速かったからなんとかなっているが全身に走る痛みはそうもいかない。
早い段階で水分を含んだ着物の大部分を脱ぎ捨てたことで身軽になれたのはよかったが、剥き出しだった手足は今もずきずきと痛む。
考えるのが苦手なおれでもわかる、こいつは致命的だ。
錆びるなんてものじゃない、腐食されているようなものだ。
草鞋や手甲――おれにとっての鞘があれば少しはましかもしれないがとうに脱ぎ捨てていたからな。
途中から固い地面がいつの間にか柔らかい土になり木々が生い茂っているのに気づいたおれは躊躇なく幹を駆け上った。
元々おれが島猿だってのもあるが、枝を飛び移っていった方が足にかかる負担は少ないだろうと思って。
とにかく『これ』をなんとかできる場所かものが欲しかった。
もちろん、『そこ』に人がいたときや『それ』を持つやつがいたら排除して奪い取るつもりで。
再びこみ上げてくるのを感じたおれは滑りそうになりながらも口の中のものを吐き出した。
全く、めんどうだ。





忍者というものは強い。
つくづく実感させられた。
『魔法使い』にしろ『魔法』使いにしろ基本的には魔法の能力の尊大さにかまけているせいで肉体強度はそうでもないというパターンが多かった。
実際りすかも小学五年生という年齢であることを差し引いても体を鍛えているとは到底言えない。
僕が事件を持って行かなければ普段はコーヒーショップの二階に引き籠って魔導書の写しをしているようなやつだったしな。
探せば武闘派の魔法使いもいるかもしれないが。
そもそもどうして僕がこんなことを考えているかといえば。

「おい、今どの辺だ?」
「もうすぐ広い道に出るはずだから今はE-4とE-5の境目くらいだろう。半分は越えてるはずだ」
「お、その通りだな。見えてきたぞ」

こうやって忍者に担がれて移動しているからだ。
正確に言うなら、僕とりすかの二人を両脇に抱えて、だ。
小柄な小学生二人と言ってもそれぞれ体重は30kgはある。
つまり、少なくとも60kgの荷物を持って移動している状態なのだ。
それも長時間抱えた状態でいて木々の間を走り抜けるのではなく跳び抜けているのだから。
忍者――真庭蝙蝠、全く、恐れ入る。

「僕たちを抱えて疲れたりしてないのか?ランドセルランドに危険人物がいる可能性もゼロじゃないんだしここらで休んでもいいと思うが」
「きゃはきゃは、そんなんで疲れる程やわな作りはしてねえよ。それにこの身体はよくできてるようだしな」
「大したやつだよ。別に時間に余裕がないわけでもないし休んでも構わないんだが蝙蝠がそう言うなら――いや、少し止まる可能性が出てきた」

蝙蝠が小首をかしげるのも無理はない。
何故なら、僕のポケットに入れておいた携帯電話が振動を始めたからだ。
画面を開くが、表示されていたのは当然、僕の知らない番号だった。
左右に見通しの良い大通りで人影が見えないのを確認して僕は電話に出る。

857君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:48:18
「もしもし」
『もしもし』

知らない声だった。





「情報を整理しておきたいのだけれど、零崎さんが目下探してるのは供犠創貴、水倉りすか、それに真庭忍軍の真庭蝙蝠、でいいのよね?」
「ああ、そうだが漢字が同じだからってさりげなく目下(もっか)を目下(めした)にしてんじゃねえ。何の意味があるんだよ」
「最近やっていなかった言葉遊びよ。そういえば私ったらシリアスモードに入っちゃったせいでこういう遊び全然やってなかったなって思い出して」
「今明らかにいらねえ場面だろ」
「でもやれるときにやっておかないと次がいつくるかわからないじゃない」
「少なくとも今はそういうことを求められる場面じゃねーと思うぞ」
「案外読者のニーズってわからないものよ」
「メタ発言が露骨すぎるぞ」

まあ、そんなわけでこの私、戦場ヶ原ひたぎの出番なのだけれど。
といってもできることなんて限られているし、今もっぱらやっているのは詳細な情報交換。
私のターゲットである黒神めだかの情報を仔細に伝えたり逆に零崎さんのターゲットが誰かを聞いたり。
また、放送で呼ばれていない知り合いの話をしたり。
正直な話、羽川さんが私の知ってる羽川さんならあんな書き込みをするとは思えなかったから、伝えるのに若干の抵抗があったのは事実だけれど。

「それにしても真庭忍軍って言いにくいわね、まにわにって呼んでもいいかしら」
「俺に聞くなよ……それにしてもなんだそのゆるキャラみたいな名前は」
「あら、案外こういう名前の方がウケがよかったりするのよ」
「さっきから思ってたんだがあんたはどこの業界人だ」
「しがない女子高生よ」
「俺の知ってる女子高生は……いや、小学生であんなんがいたからだめだな」
「ロリコンが」
「そんな趣味はねー」

阿良々木君ならもっとおもしろい返しをしてくれるんでしょうけれど、零崎さんに期待するのは酷というものね。
……なんて、何を期待しちゃっているんだか。
全く、私としたことが協力者を得たことで気が緩んでいたようね。
危ない危ない。
ああ、そういえば。

「零崎さんの携帯には誰の番号が登録されているんでしたっけ?」
「あんたからもらった電話がちゃんと兄貴のとこにいってるなら、兄貴と欠陥製品と伊織ちゃん、で終わりだな」
「……そう。ならそろそろ動き始めてもいい頃合いかもしれないわね」
「?何がだ?」

私は告げる。
有無を言わせぬようはっきりと。

「私がこれから電話で何を言っても決して声を出さないで。できれば物音も」





「もしもし」
『もしもし』
「あなたは誰ですか?」
『そちらからは名乗らないのね』
「素性がわからない人に名前を明かすなんて愚の骨頂だとは思わないですか?」
『ええ、その通りよ。だからこそ私も名を明かしていないのだし』
「お互い懸命ですね」

858君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:48:57
『つまりは馬鹿ではないということがわかったわね』
「……何が言いたいんですか?」
『少なくとも組んで損をする相手ではなさそうということよ』
「なるほど、納得しましたよ」
『あら、協力してくれるのかしら?』
「馬鹿ではないとわかっただけで協力する価値があるかどうかは別ですよ。あなたがどちら側かすらわからないのに」
『まあ、それもそうね。少なくとも私は殺して回る側じゃあないわ』
「口ではなんとでも言えますからね。一応僕は第三回放送を目安にランドセルランドにいる予定ですが」
『そうやって堂々と居場所を言えるというからには簡単に死なない自信はあるようね。それに場所も好都合のようだし』
「好都合と言うと?」
『掲示板の書き込みを見ていただければわかるとは思うわ』
「掲示板とは?」
『あら、知らなかったの?携帯電話があるのなら誰でも接続できると思ったのだけれど』
「いや、事情があって接続する余裕がなくて……このままだと知らないでいたでしょうから助かりました」
『お礼を言われるほどのものじゃないわよ。そういえば私も2時間程チェックしていなかったし』
「ならばどうせ遅かれ早かれ知ることでしょうから、代わりと言ってはなんですが伝えておきますと僕はこの後黒神めだかという人と合流する手筈になっています」
『…………彼女、既に人を殺していたはずでは?』
「その情報は先程おっしゃっていた掲示板から?」
『ええ。誰かが第一回放送までに死んだ人の死に際の映像の一部をアップロードしてるみたいで』
「そうですか……ですが彼女は今はこの殺し合いを止めるために動いているはずです」
『……その口ぶり、確証はあるのかしら?』
「はい、僕は実際に彼女と会って話をしましたから」
『そういうことなら会っても大丈夫そうね。……ただ、時間はまだまだかかるかもしれないけれど』
「一応、この電話があるから連絡が取れないということはないでしょう。最後になりましたが名前を聞いても?」
『ここで拒否なんてできるわけがないでしょう。私の名前は羽川翼よ』
「僕は供犠創貴です。では後でお会いできるといいですね」
『供犠さんね、会えるのを楽しみにしていますわ』

通話終了。
友好的に見えて隙のない相手だったが……

「おい、今のはなんだったんだ?」
「電話だよ、見ればわかるだろ」
「その電話ってのが俺はよくわからねえんだが」
「離れたところにいる相手と話をする手段、ってなんでこんな常識未満のことすら知らないんだ」
「ああ、忍法音飛ばしと同じ原理か」
「こっちを無視するな」
「それで、さっき言ってた掲示板ってのは?」
「今から確認する。というかそれもお前が無駄な質問をしなければ確認し終わっていたことなんだが」

まさか蝙蝠が電話を知らないとは思わなかったぞ……
戦術面では申し分ないのにどうしてこう知識が偏っているんだ。
ともかく、携帯電話からネットに繋げると件の掲示板のページが表示された。
こんな簡単に繋げられるならとっととやっておくべきだった……なんて暢気なことは言っていられなくなる。
羽川翼の書き込みは探し人・待ち合わせ総合スレのもので間違いないと見ていいが、そんなものは些細な問題に成り下がった。
よりにもよってりすかが零崎曲識を殺した映像が出回っているだなんてさすがに想定外だ。
しかもすぐ下のレス(零崎双識か零崎人識が書き込んだものだろう)でしっかりと僕と蝙蝠の名前まで入っている。
何も知らない者が見れば確実に僕たちが危険人物の集団に見られてしまうのは間違いない。
口ぶりからして映像しか見ていなかった羽川翼にも僕の名前を伝えてしまった以上合流するのは得策じゃないな……
使われているIDだけでも6つあったしそれぞれに同行者がいれば情報を見たものは二桁に及んでもおかしくはない。
更に性質が悪いのが、黒神めだかのことまで記載されていることだろう。
直接彼女から聞いた話から鑑みるに書き込んだのは戦場ヶ原ひたぎか?もうそれも些細な問題だが。
誤字だらけのレスの方は……

「なあ蝙蝠、真庭鳳凰について聞きたいんだが……」
「鳳凰?どうした藪から棒に」
「物の記憶が読めるらしいが本当か?」
「記憶が読める?そいつは川獺の野郎の忍法で鳳凰の忍法は断罪炎と命結び……ああ、ならできなくもないが……だとするとどういう状況で……」

一人で勝手に考え始めてしまった。

859君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:49:38
一応心当たりはあるみたいだが……実際物の記憶が読めるというのが本当ならかなり使える手段にはなるはずだ。
ただ、黒神めだかと組んでいるというのは十中八九ブラフだろう。
彼女には仲間がいないと言っていたし、場所がE-7となると遠すぎてあのあとにできた仲間だとは考えづらい。
それに何より、相手を襲うような人間と組むとも思えないしな。
彼女の手持ちは元々僕の手持ちだったから通信機器はないだろうし……

「キズタカ」
「どうした、りすか」

僕と蝙蝠のやり取りを終始見ていたりすかが突然黙り始めたことに怪訝に思ったのか僕に声をかけてきた。
いや違う。
視線は僕の後ろに向いている。
ぶつぶつと呟いていた蝙蝠もいつの間にか静かになりりすかと同じ方向を見据えている。
ようやく僕も気づく。
木々がざわめいていた。
それも不自然に。





何か考えがあるんだろうからと言われた通り黙ってやった零崎人識クンだがさすがに最後のだけは聞き捨てならなかったぜ。

「おい、今の電話どういうことだ?」
「そう目くじらを立てないで頂戴。私も半分驚いているのよ」

驚いていてあの受け答えは咄嗟にできるもんじゃねーと思ったけどな。
肝の据わりっぷりは一般人の女子高生だっつーなら信じられないくらいだが。

「保険がてら聞いておくが、あいつらと繋がっていたわけじゃねーんだよな?」
「もちろんそんなわけないでしょう。あなたも最初に掛けなおしているところを見ていたじゃない」
「ならどうやってそいつらに繋がったのか聞きたいところなんだが」
「どうせこれからはできない方法だし、教えてあげるわよ」

しかしどうしてこう一々上から目線なんだか。
死んじまったらしい彼氏さんに同情したくもなるぜ。

「できれば電話番号教えてもらえると助かるんだがな」
「それくらい構わないわよ。で、種明かしをしてしまえば私の携帯にはランダムで繋がる番号が二つ登録されていただけの話よ」
「そのうちの一つが繋がったわけか」
「そういうこと。最初にかけた方はコール音すら鳴らなかったから電波が届かなかったか電源が切れていたか……」
「破壊されたって可能性もあるな」
「やはりそう考える?」
「こういうときは最悪の可能性を常に考えておくもんだろ」
「でしょうね」
「それで、話はまだ終わってないんだが」
「聞きたいことは大体想像できてるわよ。何から話せばいいのかしら」
「他は大体理由が想像できるから聞くのは一点だけだな」
「どうして羽川さんの名前を騙ったか、かしら?答えは簡単、彼らが黒神めだかと繋がっているかもしれないから。しかも彼女、今はどうやら正気に戻っているようなのよね」
「ああ、なるほどね……今は正気、ねえ……確かに映像のあれは正気じゃあなかったもんな」
「その彼女と繋がっている彼らに私の名前なんて出したら一気に警戒されてしまったでしょうからね。それに、目的地がちょうどランドセルランドのようだったから」
「そいつは確かに好都合だ。奴らを一網打尽にできるってことだからな」
「でしょう?できればこのままランドセルランドに向かいたいところなのだけれど……」
「そいつはちょっと俺の我儘を優先させてもらいたいね。診療所で待ち合わせてるやつは車持ちだから結果的には早く着けるだろーしよ」
「……なら診療所に向かいましょうか」
「それにしても大したもんだ、電話口でいきなり大胆な勝負に出られるなんてよ。他人の名前出したのだってとっさのことだったんだろ?」
「どちらともとれるようにあらかじめぼかしておいたから。それに、嘘をつくときはそれが嘘だとばれても貫き通せばいいだけの話よ」

ひたぎちゃん、師匠が詐欺師だって聞いても信じられるぞ……
おい、誰だ俺が名前呼びするのおかしいとか言ったやつは。

860君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:50:05
俺は基本的に名前呼びだぞ、原作参照してこい。
それにしても、と俺の考えていることを知ってか知らずか、いや知らねーんだろうけど、ひたぎちゃんは続ける。

――今更正気に戻ったところで許されるとでも思ってるのかしら

やれやれ、まだまだ油断はできそうにねーな。





肩が軽いのは気のせいではないだろう、うん。
落ち着いて考えてみれば言いだしっぺはぼくではなく後部座席に座っている人間未満なのだったのだから。

――そういえば、裸えぷろんという単語を最初に出したのは禊さんでしたっけ

静まりかえった車内で七実ちゃんがぽつりと呟いたこの発言によりぼくには晴れて情状酌量の余地ができた。
推定有罪なことには変わりないけども。
一方で逃げ道を塞がれた人間未満はというと、

『………………………………』

顔面蒼白だった。
あーあ、かわいそうに。
こういうときはさっさと吐いてしまえばいいのに。
相手が哀川さんだったらとっくにボディブローを浴びてしまってるだろうからこんな考えができるのかもしれないが。
まあそういう状況じゃなければしぶといもんなあ、人間って。
しぶといというか往生際が悪いというか。

「禊さん、隠し通せるわけがないんですから今言ってしまった方が楽になれますよ」

うわー、七実ちゃんの言い方が完全に尋問だ。
真宵ちゃんを膝枕しているせいで七実ちゃんと球磨川はかなりつめて座っているけど、そのせいで余計に恐怖が増してるというか。
ぼくはそれをおくびにも出さないけど。
油断してガブリとかよくあるからね。
今は安全運転安全運転。

『……わかったよ』

お、ついに観念したか。

『僕がお手本を示せばいいんだね』
「ちょっと待て」

思わず言葉が漏れた。
お手本を示すってどういう意味だ。
お手本ってことは後々誰かにやらせるということであって……え?

「わかっているではないですか」

いや、七実ちゃんは何もわかっていない。
というかこんな狭い車内でやられても困る。
主にぼくが。
きっと七実ちゃんも。
そして真宵ちゃんが目を覚ましたら色んなショックで再び昏倒してしまう。
あと翼ちゃんに至っては目覚めた途端に見た光景がこれじゃ金切り声をあげてもおかしくない。
本人以外迷惑かかりまくりじゃねえか。
もしもぼくが運転ミスってそこらの木に激突でもしたらどうしてくれるんだ。
気づけ、人間未満。
って何エプロン取り出してるんだ。

861君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:50:31
支給されてたのかよ、それ。
普通なら外れ支給品とかいうやつになるんだろうけど、今のこの状況じゃ大外れもいいとこだぞ。
あ、まずい。
学ランのホックに手をかけてる。
このままじゃ誰得な光景の出来上がりだ。
やめろ。
やめてくれ。
やめてください。

「禊さん、まずはえぷろんがどういうものかをまずは知りたいのですが」

服を脱ごうとしていいた球磨川を制止するかのように七実ちゃんが助け舟を出してくれた。
ぼくの考えなど知らない七実ちゃん本人は助け舟を出した自覚とかはないだろうけど。

『エプロンってのはね、料理をするときにつけるもので……』
「前掛けですね、見ればわかります。ですがその前に裸という文字をつけるだけでどうしてそう後ろめたいものになるのでしょうか」

甚だ尤もな疑問である。
この疑問にどう答えるか次第でぼくたちの命運が決まるわけだが、少しだけ寿命が延びたようだ。

「見えてきたよ、診療所だ」

今度は無事到着できたようだ。
車を近くにつける。

『よし、なら僕がまずは危険人物がいないか見てくるよ!』
「あからさますぎるぞ」
「いっきーさんも行っていいんですよ?もちろん彼女たちには何もしませんから」
『そう、ならよろしくね。さあ、行こうか欠陥製品』
「お、おい、勝手に決めるなよ」

もしもこのタイミングで真宵ちゃんが目を覚ましたら大変なことになるが、人間未満を一人でほっとくのも危ないし……
渋々、診療所に行くことに決めた。
できるだけ早く戻れば問題ないだろうと諦めて。

「どんな言い訳を考えてくるのか楽しみにしていますね」

車を降りるときに聞こえた声にぼくたちの背筋が震えたことは言うまでもない。





みなさんこんばんは。
みんなのヒロイン八九寺真宵です。
なんて言う余裕もなくなりました。
今私は大人のお姉さんに膝枕されています。
状況だけ聞けば羨ましいシチュエーションなのでしょうが、そうではないのです。
聡明な読者のみなさまならおわかりでしょうが、この方は既に二人の人間に手をかけていたのですから。
そんな方の着物(しかも返り血ついてるんですよ!)で膝枕とか心休まるわけがありません。
怖いです。
恐怖しか感じません。
しかも羽川さん(殺されてしまったはずなのに生き返ってます。わけがわかりません)が気絶しているようなので狭い車内で実質二人きりです。
密室で、二人きり。
……犯罪的な響きしかしません!
いえ、羽川さんもいるにはいますけども。
逃げられるものなら逃げたいです、というかとっくに逃げてます。
今こうやって膝枕に甘んじている以上、逃げられないのはお察しの通りなんですが。

「お二人もいなくなったことですし……真宵さん?」


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