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仮投下スレpart1

662トリガーハッピー・ブレードランナー ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 11:16:29
 
 仮に自分が斬刀を手にしたとしても、あの女の足元にも及ぶまい。敵どころか、味方としても力不足だろう。あのあと仲間としてついていったとしても、足手まといの汚名は免れなかったはずだ――そう宇練は考える。
 その考えは、実際には自身に対する過小評価と言わざるを得ない――彼の実力を考えれば、哀川潤に負けた敗因は、彼が斬刀を持っていなかったからといっても過言ではないのだから。
 斬刀を装備し、最高速度の零閃を得た宇練銀閣ならば、大げさでなく哀川潤にすら引けを取らないに違いない。
 人殺しの能力という一点においてのみ、ではあるが。

 「……こんな様じゃあ、ご先祖様にも申し訳が立たねえなあ――――」

 彼を一本の刀と喩えるなら、哀川潤に敗れたことで、彼は折れてしまったのだろう。
 哀川潤の前にいたときにはかろうじて気丈に振舞ってはいたが、彼女と別れ、この小屋にたどり着いた瞬間、彼を支えていた何かがぷつりと切れた。
 己の強さを認めることができないくらいに、彼は弱くなってしまっている。

 「…………」

 いっそ自害してやろうかと、宇練は思う。
 もとより自分は、望んでこんな場所に来たわけではないのだ。虚刀流に敗れ、ぐっすり眠れると思っていたら、いつの間にかこんな所にいた。
 宇練からすれば、安眠を妨げられたのと同義である。
 斬刀もないままに、これ以上足掻いてどうなるというのか。自分など、死んでも生き残ってもどうせ誰かの手のひらの上で踊っているようなものだろう。
 踊らされたまま見ず知らずの誰かに殺されるくらいなら、潔く自らの手で舞台を降りてしまおうか。

 そうすれば今度こそ、ゆっくり眠れるだろう。
 誰にも妨げられぬ場所で、永遠に。

 「……そうと決まれば、善は急げだ」

 呟いて、刀と同じく無造作に置いてあったデイパックを手元に引き寄せる。
 刀のほうは、すでにこびりついた血が固まりきって鈍と化している(言うまでもなくこの場合は「切れ味の悪い刀」という意味での「鈍」である)。自害するには向かないだろう。

 ――刀が使い物にならなくなったってのに、何も感じないんだな、おれは。

 自分の腑抜け具合に苦笑しながら、荷物の中身をあらためる。すでに確認していたことではあったが、地図や食料品以外の持ち物は哀川潤の手に渡っている。自害するのに役立ちそうな道具はひとつも見当たらなかった。
 仕方なく、宇練は重い腰を上げて家捜しを始める。家捜しとはいっても、調度の類ひとつない畳ばかりの部屋だ。首をぐるりと回すだけで、何もないことは明白だった。

 「……とすると、あとはこの部屋か――」

 出入り口とは反対側の壁にある、もうひとつの扉の前に立つ。扉につけられた札には小さく「武器庫」と書かれていた。
 ここを調べて目ぼしいものが見つからなかったら、自害するのは諦めよう。またあてもなく適当に、砂漠の中を散歩でもしていよう――と、
 自分の生き死にに関する問題にもかかわらず、宇練はあくまで軽薄に構える。
 鍵はかかっていない。開けて中に入ると、金属と油がないまぜになったような異臭が鼻をついた。
 中はいかにも物置用の部屋といった感じの、人が住むには手狭すぎる空間だった。箱や筒、また宇練には見慣れない何かしらが雑然と積まれたり並べられたりしている。
 手狭という点では、自分が下酷城にいたときにいつも寝ていた部屋と変わりはないが。
 さすがにここは、自分でさえ寝るのには不自由するだろうな――と、至極どうでもいい感想を宇練は持った。

 「――お、あったあった」

 ほどなくしてひとつの刃物を見つけ、手に取る。宇練にとっては見慣れない、西洋風の造りをした短刀だった(これまた彼の知らない言葉で言うならそれは「サバイバルナイフ」である)。
 自分の手になじむ代物ではないが、自害するのに手になじむもなじまないもあるまい。これで十分と、宇練はその雑然とした空間から立ち去ろうとする。

663トリガーハッピー・ブレードランナー ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 11:17:14
 

 「…………ん?」

 そのとき、宇練は目の端にあるものを捉えた。
 部屋の隅に窮屈そうに立てかけてある「それ」に、宇練は近づいていく。

 「何だ、こりゃあ……?」

 宇練にとって「それ」は、いま手に持っている西洋の短刀と同じく目になじみのない、どころかどういう用途を持っているのかすらわからない物だった。
 だが宇練は、どういう理由でかその見慣れぬ物体に強く目を惹かれた。
 さながら、彼が始めて斬刀を目にしたときのように。
 言いようのない何かを、宇練はその物体から感じていた。

 「…………」

 宇練はそっと、持っていた短刀から手を離し。
 目の前のそれを、無言のままに手に取った。



  ◆   ◆   ◆



 『カレーが食べたいなあ』

 七実が目を覚ましてから数十分後、薬局付近から骨董アパートへと向かう道中。
 球磨川禊は誰にともなくといった調子で、唐突にそんなことを言う。

 「……鰈、ですか?」

 その後ろを歩いていた鑢七実が、その独り言のような言葉に反応して答える。
 七実にとっては無視してもよかったのだが、相手が球磨川である場合、無視するよりも適当に受け答えておいたほうが面倒な会話にならないということをすでに学んでいた。

 「鰈が食べたいのですか? 禊さん」
 『うん、カレー。七実ちゃんはカレーは好き?』
 「……まあ、嫌いではないですけど」
 『だよねえ』
 うんうんと、わが身を得たりという風にうなずく球磨川。
 『カレーが嫌いな人なんて、この世に存在するわけがないよねえ――僕なんて三食毎食、一年通してカレーが続いても平気なくらいだよ』

 嬉々として言う球磨川だったが、おそらく彼はカレーが二食続いた時点で文句を言う人間だろう。

 「それは……よほど好きなんですね」

 適当に答える七実だったが、内心では鰈が嫌いな人なんていくらでもいるだろうと思っていたし、鰈が毎食続いたら食の細い自分でなくとも飽きるだろうと思っていた。

 『七実ちゃんはどういうカレーが好き? 僕はスタンダードに、じっくり煮込んだカレーが好きなんだけど』
 「……まあ、煮て食べるのもいいですけど――悪くはないですけど、わたしはどちらかといえば焼いて食べるほうですかね」
 『焼きカレー?』
 七実としては当たり障りのない返答をしたつもりだったが、球磨川はやたらと意外そうな顔をする。
 『へー、七実ちゃんって古風そうに見えるけど、割と新しいもの好きなところもあるんだなあ……意外っていうか、なんかちょっと新鮮だよ』

 焼き鰈のどこがどう新しいのか全くわからなかったが、七実は「そうですか」と至極どうでもよさげに返す。
 実際、至極どうでもいいのだ。

664トリガーハッピー・ブレードランナー ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 11:17:58
 
 『あー、なんか本当にカレー食べたくなってきちゃったよ。こんなことなら、さっきスーパーマーケットに寄ったときに材料調達しておけばよかったなあ……レトルトでもいいんだけど、やっぱりカレーは手作りのほうがいいよね』
 「はあ……でも確かわたしたちが寄ったときには、魚介の類が置かれている場所はもう全滅していたんじゃなかったかしら」
 『え? シーフードカレーが食べたいの? あ、そっか、七実ちゃん肉は食べないんだっけ。でも僕としてはどっちかというと――』

 食い違った会話がさらに食い違おうとしていた、そのタイミングを見計らったかのように。
 一人の男が、球磨川と七実の前に姿を現した。

 「……………………」

 黒い着流しに、伸ばしっぱなしの黒髪。片手には球磨川たちと同じデイパックを提げている。
 どことなくうらぶれた様子のその男は、半眼でこちらをじっと見つめてくる。

 『…………えっと』
 探り合うような沈黙を切ったのは球磨川だった。
 『僕は球磨川禊、こっちは鑢七実ちゃんっていうんだけど、僕らに何か用?』

 明らかに偶然鉢合わせた相手に「何か用」もないだろうと思ったが、七実はとりあえず無言を貫く。
 相手の動作をひとつでも見逃さぬよう、その両目で相手を捉え、そして『視る』。

 「…………鑢?」

 男が声を発する。その視線は球磨川を通り越して、後ろの七実へと向けられていた。

 「おれは宇練銀閣という――後ろのあんた、虚刀流の身内か何かかい。鑢なんて姓、そうそうあるもんじゃねえしな」
 「……七花をご存知なのですか?」

 問いかけながら七実は、目の前の男の素性をおぼろげに察する。七花のことを知っていて、なおかつ「虚刀流」と呼称する人間はそう多くはない。

 「まあな――ちょっとばかし、刀を取り合って一戦交えた程度の仲だが」

 やはりと七実は思う。この男はおそらく、七花ととがめが蒐集しようとしていた変体刀の持ち主のうちのひとりだろう。
 どんな故あってこの場に連れて来られているのかはわからないが、自分も元は悪刀・鐚という変体刀を所有していた人間だ。共通項がある以上、この場にいることが不自然であるという道理はない。

 『七実ちゃん、この人と知り合いなの?』

 不思議そうに球磨川が訊く。まさか接点のある人間だとは思わなかったのだろう。

 「いえ、わたしは直接は知りませんが、おそらく弟の知り合いでしょうね。おおかた七花との戦いに敗れて、一度死んだところを生き返させられたのではないでしょうか」

 つまりは自分と同じに――だ。
 とがめに聞いていた十二本の変体刀のうちどの刀を所有していた剣士なのかは、目の前の本人に聞くしか知る術はないだろうが――それを知ることにたいした意味はないだろうと七実は思った。
 七花に敗れた相手、それだけわかれば相手の実力もある程度は知れる。
 そのうえ七実の『診る』限り、どうやら身体のどこかに怪我を負っているようだった。
 すでに他の誰かと対戦し、おそらくは敗北した後なのだろう。動きもどことなく緩慢で、こちらを警戒する様子すら見られない。
 余裕と見て取れないこともないだろうが、腑抜けているといったほうがしっくりくる。
 本当に変体刀の所有者だったのか疑いたくなるほどのうらぶれようだった。

665トリガーハッピー・ブレードランナー ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 11:18:41
 
 『ふぅん、七実ちゃんの弟さんに負けた人ってことは、あんまり強い人じゃないね』

 七実が言わずにおいたことをあけすけに、しかもかなり雑に言う球磨川。
 おそらくは「七実と比べてあまり強くない」という意味合いで言ったつもりなのだろうし、先刻出会った橙色の子供せいで比較対象がおかしくなっているのだろうが――それにしたって言いようはあるだろう。

 『えっと、宇練さんだっけ? 僕たち今、その七花って人と黒神めだかって女の子を探してる最中なんだけど、何か知らないかな? あ、黒神めだかってのは宇練さんみたいな長い黒髪で、たぶん黒っぽい服を着てる女の子ね。
 それと宇練さん今、骨董アパートがある方向から歩いてきたよね? 実は僕らも今からそこに向かおうとしていたところなんだけど、宇練さんはそこには寄ってきた? もしそうならどんな様子だったか教えてほしいんだけど』

 今度は立て続けに質問を投げかける。こちらが訊きたいことだけさっさと訊いてしまおうという腹積もりが透けて見えるようだった。
 人にものを尋ねる態度としては「かなり悪い」と言わざるを得ない。
 質問者が球磨川であるがゆえに、おおよそいつも通りとも言えたが。

 「……あいにくだが、探し人に関しては何も知らねえな。虚刀流にはまだ会っていないし、おれが会ったのは男二人と、哀川って言う髪も服も真っ赤な女だけだ」

 失礼な態度にも嫌な顔ひとつせず淡々と答える宇練。
 それは親切というよりも、やはり腑抜けた態度として映ってしまう。

 「――それと、『骨董あぱーと』だったか? その場所には確かに行ったが、ほとんど瓦礫しか残っちゃいなかったぜ。誰がやったのかは知らんが、おれが来る前にぶち壊されていたようだな」
 『……壊されてた?』
 「おれの見解ではないがね。少し前まで一緒にいた哀川って女が言うには、単純な暴力による徹底した破壊だって話だ。人間の所業とは考えにくい破壊模様だったが」
 『へえ……』

 球磨川が軽く七実を見やる。おそらく七実と同じく『単純な暴力による徹底的な破壊』という言葉から、あの橙色の子供を連想したのだろう。
 実際それは正解なのだが、それを確信するための術は今のところ二人にはなかった。

 「…………うん? 黒神……めだか?」

 宇練は急に黙り込むと、何かを思い出すように視線を宙に泳がせる。
 その様子を見ながら七実は、その哀川という女が宇練に手傷を負わせた相手なのではないだろうかと予想していた。
 根拠というには乏しいが、哀川の名を口にした瞬間、宇練の表情に畏怖のようなものがよぎったような気がしたのだ。

 橙色の次は、赤色の女か――。

 七実はなんとなく、その哀川という名を心に留めておくことにした。気にし過ぎかもしれないが(むしろそうであることを切に望むが)、その女は自分にとって危険な相手であるような、そんな直感が働いた。

 「……あんた、球磨川だっけか?」

 思考を終えたのか、視線をこちらに戻した宇練が今度は球磨川に向けて問う。

 「黒神めだかって女を探してるって言ってたが――善吉とか喜界島、とかいう名に聞き覚えはねえかな」
 『…………知ってるよ』

 その名前が出てくるのは予想外だったのか、球磨川は少しだけ驚愕を声ににじませる。

 『どっちも、僕の知り合いの名前だね。それがどうかした?』
 「あー、じゃああんたもあいつの知り合いなのか? 球磨川なんて名は、あいつは口にしちゃあいなかったが……まあ善吉ってやつはもう死んじまったみたいだし、一応あんたにも伝えておくか」

666トリガーハッピー・ブレードランナー ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 11:19:24
 
 そして宇練銀閣は口にする。
 己が殺した、ひとりの男の名を。

 「阿久根高貴ってやつの遺言だ――『僕はここまでだ。だけど今までの生活は楽しかった。生徒会の絆は終わらない。僕たちはいつまでも仲間だよ』――だとさ」



  ◆   ◆   ◆



 『……………………』

 宇練の伝えた言葉に、球磨川は何の反応も示さない。表情ひとつ変えず、聞いた言葉の意味を考えているかのように、ただじっと虚空を見つめている。

 「めだかか善吉か喜界島ってやつに伝えてほしいって言われてたんだが、どうにも見つからなくてな。あいつを知ってるやつに会ったのは、あんたで始めてだ」
 『…………高貴ちゃんは、あなたが殺したの? 宇練さん』

 そう問う声にも、動揺のようなものは混じっていない。明日の天気を尋ねるような、さほど興味のないことをわざわざ尋ねるような口調だった。

 「ああ、いきなり後ろから襲い掛かってきたもんだからな。その上すでに満身創痍って感じの有様だったから、一思いに叩き斬ってやった。知り合いだったなら悪かったな」
 『ふーん……』

 どうでもいいといった風に、間延びした声で答える球磨川。
 聞き流したと思われても仕方ないくらいの反応である。

 『――まあ、高貴ちゃんは確かに知り合いだったけど、別に気にしなくていいよ。知り合いってだけで、友達ってわけでもなかったし、今はどっちかというと敵同士って感じだったしね。
 先に襲い掛かったのが高貴ちゃんだったって言うなら正当防衛だろうし、どうせめだかちゃんのためとか言って、勝手に暴走した挙句勝手に死んだんでしょ。
 その遺言だって、明らかに僕に向けてのものじゃないし。わざわざ伝えてもらって申し訳ないけど、今すぐ忘れてもらっていいよ、そんな遺言』
 「そうかい、まあおれにも一応、殺した奴に対する礼儀みたいなもんがあるんでね。せっかくの遺言だし、その黒神ってやつに会ったら伝えておいてくれや」
 『わかった、そうするよ』

 言いながら球磨川は、おもむろに大螺子を取り出す。
 あまりにも自然に、まるでそうするのが当たり前といったような動作で取り出したため、すぐ後ろにいた七実でさえ、その行動に一瞬反応し損ねてしまった。
 あからさまに武器を手にする球磨川に対し、宇練はやはり身構えることもなく、ただその場にたたずんでいる。

 『ああ、勘違いしないでね。別に高貴ちゃんの敵をとってやろうとか、高貴ちゃんの遺志を受け継いで戦おうとか、そんなことを考えているわけじゃあないから』

 その言葉が七実に向けられたものなのか、宇練に向けられたものなのかはわからなかった。もしかすると独り言で、単に自分に言い聞かせているだけだったのかもしれない。

 『たださあ、正当防衛とはいえ高貴ちゃんを殺しちゃってるのは事実なわけだから、結局のところ宇練さんが人殺しであることには違いないよね。
 人殺しが目の前にいるってわかっちゃうと、僕としてはどうしても警戒せざるを得ないんだよね。マイナス十三組のリーダーとして、七実ちゃんも守らなきゃいけないわけだし?
 だからその結果、「勢いあまって」殺しちゃったとしても――』

 ゆっくりと、大螺子の切っ先が宇練へと向けられる。
 まるでそれが、宣戦布告であるかのように。

 『僕は悪くない――よね』

667トリガーハッピー・ブレードランナー ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 11:19:56
 
 「…………」

 七実は少し驚いていた。今まで七実が誰かを殺しかけるたびにそれを止めてきた球磨川が、こうも明確に他人へ殺意を向けるというのが意外に思えたからだ。
 適当そうに見えるこの男にも、適当ではいられない領域があるということだろうか。
 七実のその考え通り、阿久根高貴の死は球磨川にとって軽く流せる問題ではなかった。
 彼が『仲間思い』であるということは、これまでにも散々述べたとおりである。かろうじて抑えていたとはいえ、彼が放送で高貴の名前を聞いたときに見せた狼狽がそれを物語っている。
 かつて、自分の指揮する生徒会のメンバーだった阿久根高貴。その死はこれまでずっと意識の外に置こうと努めていながらも、心のどこかに引っかかっていた出来事。
 誰かに触れられれば、即座に弾けてしまうほどに。
 三度、宇練の知らない言葉を用いて喩えるとするなら、彼は地雷というものを踏んだのである。
 球磨川禊という、これ以上なく強力無比な、地雷を。

 「……なあ、あんたら、この世で最も強い武器って何だと思う?」

 突然、宇練は何の脈絡もない問いかけをする。
 武器が自分に向けられているというのに、それを無視するように。

 「おれはずっと、刀こそが最強の武器であると信じていたんだよな――正確には斬刀を手にしたときから、そう思っていたんだろうが。斬刀・鈍こそが最強の武器であると、このおれは心からそうずっと信じていた」

 七実たちの返答を待たず、独り言のように語る宇練。
 どうやらこの男は斬刀・鈍の所有者だったらしいことを、七実はその言葉から理解する。

 「おれのご先祖様は刀一本で一万人斬りなんていう離れ業を演じてみせたらしいが、実際に斬刀をこの手で振ってみて納得いったね。こりゃあ一万人だって裕に斬り殺せる武器だってな。
 これこそが最強の兵器と呼ぶべきものだと、今までのおれなら信じて疑わなかったね――まあ自画自賛を承知で言うなら、零閃あっての最強だろうが」

 そこでふと、七実はあることに気付く。
 宇練は先ほど、阿久根という男を「叩き斬った」と言っていたが、今の彼を見る限り刀剣の類を帯びている様子はない。七実の観察眼をもってして、それは断言できる。
 哀川という女と対戦したときに破壊されたか、あるいは奪い取られたのだろうか?
 それならば、今の彼のうらぶれようも納得がいくというものだ。剣士から刀を奪うというのは、魂を抜くことと同義であるのだから。
 もちろんそれは、虚刀流を除いた剣士の話だが。

 「だけどよ――どうやらおれは、とんだ思い違いをしていたようだ」

 語り続ける宇練に対し、球磨川は相手の意図を計りかねているように、螺子を構えた状態のまま動かない。
 相手が隙だらけであることに、逆に警戒心を抱いているようだった。

 「斬刀は確かに、名刀を超えた完成形と言うにふさわしい刀だった。だが『兵器』というには少々おこがましかったな……ついさっきだが、おれはようやく理解したぜ。最強の武器ってのは――」

 ゆらりと、宇練の右手が動く。
 刀を持っていないことに気付いた時点で、少なくとも七実はそれに気付くべきだったのかもしれない。
 宇練の左手に提げられていたデイパックが、あたかも居合い斬りの剣士が持つ刀のように、いつでもその中身が取り出せるような配置についているということに――!


 「『兵器』ってのは、こういうもののことを言うんだってなぁ――――!!」


 一転、それまでの緩慢な動作からは想像もつかない、目にも止まらぬほどの速さで。
 宇練は左手のデイパックから、七実の身長ほどもある大きな物体を引き抜き、両手に構える。

668トリガーハッピー・ブレードランナー ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 11:23:11
 
 「…………!?」
 「…………!!」

 それを見て、七実と球磨川は同時に固まる。
 七実はそれが、今までに見たこともない、どころかどんな用途を持った物なのかすらわからなかったがゆえに。
 球磨川はそれが、どれほどの殺傷能力を持った『兵器』であるのかを、一度自分の目で直接見ているがゆえに。

 硬直した二人に対し、宇練の左右の手からまっすぐに向けられている『それ』。
 それは本来、戦車や装甲車に搭載されているか、地面に据え置きの状態で使用されるのが通常であろうというような武器。
 少なくとも普通の人間が素手で、しかも単独で扱うことができるような武器ではあるまい――ましてや左右両手にひとつずつ、ふたつ同時に使用するなど論外であるというような、書いて字のごとくの重火器。


 50口径重機関銃――ブラウニングM2マシンガン×2!! 掟破りの二丁機関銃!!




 「ヒャッッッッッッッ――――――ハァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッッ!!!!」




 連射。
 乱射。
 斉射。
 宇練の雄叫びとともに、ふたつの銃口が同時に火を噴く。
 右が七実、左が球磨川などといった気の利いた狙い方ができるような火器ではない。
 縦横無尽に、自由自在に、四方八方に、ただ銃口の向くままに、無数の弾丸が辺り一面に、圧倒的なまでの無差別さを持って放射される。
 毎分500発以上を発射するという性能を持つその火器は、あっという間に周りの地面を抉り取る。舞い上がった砂や石の残骸が煙幕となって辺りを埋め尽くし、響き渡る轟音だけが、乱射が続いていることを知らせる。
 轟音が、白煙が、衝撃が、弾丸が。
 石が、岩が、草木が、地面が、空気が。
 そのすべてが飛び散り、跳ね上がり、荒れ狂い、砕け散り、巻き上がり、そして爆ぜる――!


 「はははははははははは!! あははははははははははははははははははははは――!!」


 狂喜乱舞。
 それはまさに、そう呼ぶに相応しい光景だった。それ自身の反動で、暴れまわるように方向を変え続けるその銃身はまさに乱舞、それをまるで制御しようとしない宇練の浮かべる表情はまさに狂喜。
 宇練の高笑いが、銃の発する轟音と入り混じって辺りに木霊する。
 振り回すようにしてふたつの機関銃を扱う宇練のその姿は、まるで本当に舞を踊っているようにすら見えた。
 心底喜んでいるというように、芯から楽しんでいるというように。
 狂ったように笑い。
 狂ったように乱射する。
 狂い、喜び、乱れ舞い。
 すべてを破壊し、すべてを打ち抜く!
 宇練銀閣の二丁機関銃!

669トリガーハッピー・ブレードランナー ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 11:24:21
 

 ――――――――カキンッ!


 装填されていた銃弾を撃ち尽くすまで、時間にしてみればわずか十数秒。
 110発と110発、左右合わせて220発の弾丸を撃ち切り、ようやくその凶悪な重火器は唸り声を止める。
 宇練の周囲は、見事なまでに破壊の跡で埋め尽くされていた。木々も岩も地面も、銃弾の射程に入ったもののうち、無傷で済んだものはおそらくひとつもないだろう。
 硝煙と巻き上げられた砂煙とで辺り一帯が濃霧に包まれたように煙り、一寸先すら満足に見ることができない状態だった。

 「ははははははははは――! 素晴らしいじゃねえか、おい」

 満足そうに笑い、宇練は熱のこもった銃身を高々と掲げてみせる。
 肋骨がへし折れた状態で機関銃を連射するという常識外の無茶をやらかしたにもかかわらず、その表情は無垢なる子供を思わせるほどに生き生きとしていた。
 先ほどまでのうらぶれた様子とは、まるで別人である。

 「こいつさえあれば、もう斬刀なんざ必要ねえ――あの哀川って女も、いや虚刀流でさえ! 誰が相手だろうが十把一絡げに、全員木っ端微塵に吹き飛ばしてやれるぜ!」

 彼が斬刀を守り続けていたのは、その「強さ」を失うことを恐れていたからである。
 彼が斬刀を追い求めていたのは、それが己にとって最強の武器であると信じていたからである。
 しかしその認識と目的は、彼の中では今や過去のものと成り果てていた。
 「最強」の定義を覆された今の宇練にとっては、剣士という肩書きでさえ、もはや執着するに値しないものへと成り下がっていた。

 「まだまだ撃ち足りねえが、本命の標的が現れるまではまあ我慢だ――弾も無限ってわけじゃねえし、使うべきときに備えてできるだけ節約しておかねえとな」

 そう言って宇練は、両手の機関銃を一瞬にしてデイパックに納める。
 それはまるで『暗器』を扱うがごとき極小の動作で、注意深く見ていなければおそらく消えたようにしか見えなかっただろう。
 そんなことをわざわざ言ったところで、彼にとっては褒め言葉にすらならないだろうが。
 光の速さすら超越すると謂われる究極の居合い抜き、零閃の使い手である宇練銀閣にとっては。

 「さあて、善は急げだ。虚刀流と哀川潤、それから適当な『的』を探しに行かねえとな」

 ああ、早く撃ちたいなあ――と。
 少し前の彼ならば、天地が逆さになっても口にしなかったであろう言葉を発しながら、砂塵に紛れるようにして足早にその場を後にする。
 視界が晴れる頃には、すでに宇練の姿はそこから消えていた。凶弾の嵐による、破壊の爪痕だけをその一帯に残して。


 かつて、剣士と名の付く者が持てば例外なくその心を狂わせると言われていた四季崎記紀の完成形変体刀、そのうち一振りを所有し続けていたにも関わらず、刀の毒による影響を受けなかった剣士、宇練銀閣。
 彼は今、刀の毒などよりよっぽど厄介なものに、その心身を余すところなく侵されていた。
 もし今の彼を、たとえば四季崎記紀あたりが目にしたとしたら、おそらくこう評するに違いない。

 生粋のトリガーハッピー、宇練銀閣。
 生まれる時代をある意味で間違え、ある意味で間違えなかった男。

670トリガーハッピー・ブレードランナー ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 11:25:34
 
【1日目/真昼/H‐6 】
【宇練銀閣@刀語シリーズ】
[状態]肋骨数本骨折
[装備]なし
[道具]支給品一式、トランシーバー@現実 、「ブラウニングM2マシンガン×2@めだかボックス、マシンガンの弾丸@めだかボックス、H-6のプレハブ小屋で調達した物」
[思考]
基本:出会った人間を手当たり次第撃ち殺す
 1:虚刀流と哀川潤を探し出して撃ち殺す
 2:斬刀? 下酷城? そんなもん知るかぁ!
 3:哀川潤との約束? そんなの関係ねぇ!
 4:骨折? 知ったこっちゃねえ!
[備考]
 ※刀はH-6のプレハブ小屋に置いてきました
 ※トランシーバーの相手は哀川潤ですが、使い方がわからない可能性があります
 ※道具のうち「」で区切られたものは現地調達品です。プレハブ小屋から他に何を持って行ったかは後の書き手様方にお任せします





  ◆   ◆   ◆



 『…………行ったみたいだね』

 宇練が去った後の、銃弾によりあちこちが無残に抉れて荒地のようになった地面。そこにひとつだけ、不自然にぽっかりと大きな穴が空いていた。
 そこからひょっこりと顔を出した球磨川禊は、辺りに誰もいないことを確かめたうえで穴から這い上がり、制服に付いた土を両手で払い落とす。

 『あーびっくりした。全然ぱっとしない雰囲気の人だったから完全に油断してたなあ……まさかいきなりあんな重火器にものを言わせてくるなんて思いもしなかったよ。反則でしょ、いくらなんでも』

 ぶつくさと呟きながら、自分が出てきた穴に手を差し伸べる。

 『大丈夫だった? 七実ちゃん』
 「ええ、おかげさまで」

 球磨川に引っ張り上げられる形で、その穴から這い出る七実。
 その着物は球磨川の制服と同じくあちこち土で汚れていたが、球磨川が手を離した次の瞬間には、まるでそれが『なかったこと』にされたかのように、汚れひとつない綺麗な着物に戻っていた。

 「恥ずかしながらわたしもちょっと戸惑ってしまっていたので……禊さんの機転のおかげで無事で済みました、ありがとうございます」
 『おいおい、水臭いなぁ七実ちゃん。僕は一応マイナス十三組のリーダーなんだから助けるのは当たり前じゃないか。いちいちお礼なんて、そんな他人行儀なことはやめてよね』

 取り澄ました表情で球磨川は言う。
 しかし実際、七実の言う「機転」がなければおそらく二人とも凶弾の餌食になっていたに違いない。
 球磨川からすれば、自分たちの足元、その地面の一部を『大嘘憑き』によって『なかったこと』にし、即席の塹壕を作り上げたというだけのことだったが、結果的に言えばこれ以上ないくらいの「機転」だっただろう。
 ありとあらゆるものが破壊の限りを尽くされたこの一帯において、地中に逃げるほど安全で確実な方法もなかっただろうから。

671トリガーハッピー・ブレードランナー ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 11:26:14
 
 『まったく、あんな危険な人がまだいたなんてねえ……鰐ちゃん以外にあんな無茶苦茶な火器の使い方する人がいるってだけで十分驚きなのに。ねえ、あの人本当に七実ちゃんの弟さんの知り合いなの?』
 「いえ、正直わたしもあそこまでとは…………せいぜいが腕の立つ剣士、くらいだと思っていたのですけれど」
 『全然剣士じゃなかったじゃない……銃士っていうか、とんだターミネーターだよ。
 ――しかし参ったなあ、あの人、僕たちが生きてるって知ったらまた狙ってくるだろうね。どうしようか』
 「次に会ったときは初見ではありませんし、不意打ちでなければ対処のしようはあるかと思いますが……しかしあそこまで砂煙を巻き上げられると、わたしとしては少々厄介ですね」

 辺り一面を埋め尽くすほどの砂煙。
 目を戦闘の要とする七実にとっては、弾幕と同じくらいに煙幕もまた厄介な要素として数えられるのだろう。宇練が弾丸を撃ち終えた後になっても穴に隠れ続けていた理由がそれだった。

 『……まあ、こっちから近づかなければいいだけの話だろうし、とりあえずあの人はスルーしておこうか。僕の『大嘘憑き』がいまいち使えない状態だから、めだかちゃんと対決するまではなるべく温存しておきたいんだよね』
 「あら、いいのですか放っておいて。禊さんのお仲間を殺した相手ではなかったのですか?」
 『…………』

 意地の悪い七実の問いに、少しだけ沈黙した様子の球磨川だったが――、

 『……いいよ、我慢する』

 意外にも素直に、暗に阿久根高貴が自分の仲間だと認めたうえで、そう答えた。

 『それも一緒に、めだかちゃんにぶつければいいだけの話だし。高貴ちゃんだって、どうせ僕に敵を討ってもらいたいなんて、これっぽっちも思っちゃいないだろうしさ』
 「…………そうですか」

 拗ねたような球磨川の態度を見ながら、七実はなぜ自分がこの男に惹かれているのか、ほんの少しだけわかったような気がした。
 才能だけを言うなら、七実は誰よりも強い。この世に存在するすべての「強さ」を呑み込む天才性こそが、七実の持つ強さなのだから。
 しかし同時に、七実は誰よりも弱い。彼女の身体を蝕む一億の病魔は、七実に戦うことは許しても、戦い続けることは許さない。
 勝つことはできても、勝ち続けることができない。それが鑢七実の弱さ。
 一方球磨川は、ある意味七実以上に弱い。彼の持つ過負荷(マイナス)『大嘘憑き』は、掛け値なしに厄介で強力なスキルと言える。すべてを『なかったこと』にする能力など、これを厄介と呼ばずして何を厄介と呼ぶのだろう。
 しかしそんなスキルを所有しておきながら、彼は勝負には勝てない。
 勝ちに価値を認めているにもかかわらず、まるで負けることを宿命付けられているかのように、球磨川は誰にも勝つことができない。
 失敗を前提にしてしか物事を考えられず。
 負けを前提にしてしか勝負事を考えられない。
 思考がマイナスの方向に振り切れているがゆえに、虚しい勝利すら手にすることができない。
 宇練銀閣との勝負にも、本当は勝ちたかったに違いない。自分の仲間を殺したとわかっている相手を何もできないまま見送ってしまったのだから、彼にしてみれば無念だろう。
 死ななかったというだけで、負けたも同然の結果である。
 ただし球磨川は、その負けから決して逃げない。どれだけ惨めに負けようが、どれだけ無様に失敗しようが、彼はへらへらと笑い、また次の勝負に挑む。
 また勝てなかったと嘯きながら。
 まだ見ぬ勝利を得るために、何度も何度も繰り返し負け続ける。
 一年通して負け続きでも飽きることなく、飽くなき挑戦を続ける。それこそが球磨川禊の強さ。
 勝つために勝ち続けることを放棄した七実にとって、勝つために負け続けることをよしとする球磨川の姿勢は、ある意味で未知のものだった。
 その未知ゆえに、自分はこの球磨川という男に惹かれたのではないか――なんとなくではあるが、七実はそんなことを考えた。

672トリガーハッピー・ブレードランナー ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 11:27:39
 
 『あー、そういえば骨董アパートはもう破壊されてるんだったっけ? 行ってみてもいいけど、なんか無駄足になりそうな気がするなあ……ていうか破壊したのってやっぱりあの橙ちゃんだったりする?
 さっきの人が言ってた哀川って人も、なんとなく普通の人じゃない予感がするし――あーあ』

 ひとりごちる球磨川を、七実はただ見つめる。彼がどんな表情をしているのか、後ろを歩く七実からでは窺い知ることはできない。
 それでも彼は、たぶんまたいつも通りに卑屈な笑みを浮かべているのだろうと、そう七実は思っていた。

 『本当どいつもこいつも、煮ても焼いても食えない人たちばっかりだなあ――鰈と違ってさ』



【1日目/真昼/H‐6 】
【鑢七実@刀語】
[状態]健康、身体的疲労(中)
[装備]無し
[道具]支給品一式×2、錠開け専門鉄具、ランダム支給品(2〜6)
[思考]
基本:弟である鑢七花を探す。
 1:七花以外は、殺しておく。
 2:このまま骨董アパートに向かうかどうか、球磨川さんと相談しましょう。
 3:球磨川さんといるのも悪くないですね。
 4:宇練さんは、次に会った時にはそれなりの対処をしましょう。
[備考]
※支配の操想術、解放の操想術を不完全ですが見取りました。
※日之影空洞を覚えていられるか、次いで何時まで覚えていられるかは後続の書き手様方にお任せします。
※真心の使った《一喰い》を不完全ですが見取りました
※宇練の「暗器術的なもの」(素早く物を取り出す技術)を不完全ですが見取りました。


【球磨川禊@めだかボックス】
[状態]『健康だよ。お腹は満腹で、疲れは結構和らいだね』
[装備]『大螺子が2個あるね』
[道具]『支給品一式が2つ分とランダム支給品が3個あるよ。後は食料品がいっぱいと洗剤のボトルが何本か』
[思考]
『基本は疑似13組を作って理事長を抹殺しよう♪』
『1番はやっぱメンバー集めだよね』
『2番は七実ちゃんについていこう! 彼女は知らないことがいっぱいあるみたいだし僕がサポートしてあげないとね』
『3番は骨董アパートに向かおうかと思ってたけど――どうしようかな』
『4番は――――まぁ彼についてかな』
『5番は善吉ちゃんの無念をめだかちゃんにぶつけてあげよう』
『6番は宇練さんについてだけど、まあ保留かな』
[備考]
※『大嘘憑き』に規制があります。
存在、能力をなかった事には出来ない。
自分の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り1回。
他人の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り2回。
怪我を消す能力は再使用のために1時間のインターバルが必要。(現在使用可能)
物質全般を消すための『大嘘憑き』はこれ以降の書き手さんにお任せします。
※日之影空洞を覚えていられるか、次いで何時まで覚えていられるかは後続の書き手様方にお任せします。
※戯言遣いとの会話の内容は後続の書き手様方にお任せします。

673 ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 11:31:28
仮投下終了。ごめんなさい(直球)
問題があれば破棄する構えですので、ご意見よろしくお願いします

674誰でもない名無し:2013/03/02(土) 11:35:19
仮投下乙です
たまんねぇなぁ!
ついにこのロワにも浸食してきたか…とだけ
とりあえずカレーと鰈のやり取りに和みましたw

675 ◆aOl4/e3TgA:2013/03/02(土) 12:28:10
例によって規制中なのでこちらへ。
黒神めだかを投下します

676成し遂げた完成(間違えた感性) ◆aOl4/e3TgA:2013/03/02(土) 12:28:56
 人吉善吉という少年について語るなら、それは『普通』以外のどんな言葉でも語ることは出来ないだろう。
 どんな異常さえも完成させてしまうどころか、自分の手では異常以前に特別(スペシャル)にさえなれない凡俗なる非才の身。
 完璧すぎる少女に惚れている癖をして、どんな奇策謀術に頼ったところで当の少女には絶対に勝てないだろう、弱すぎる男。
 どんなに頑張っても結局は美味しいところを持って行かれる、異常や過負荷のような存在に見せ場を食われるだけの、凡人。
 とてもじゃないが、完全無欠の生徒会長が背中を任せるに値するほど強い人間ではないし、頭脳も彼女には遠く及ばない。
 正義感でも彼女には勝てない。殆ど見渡す限り全ての面で負けている。凡人であるがゆえに、異常の権化の彼女には勝てない。
 ――だが、それでよかったのだと黒神めだかは心から思う。
 結局のところ自分は、彼のような普通の存在が物珍しかったのかも知れない。
 異常なる者達が、
 過負荷なる者達が、
 悪平等なる者達が、
 平然と蹂躙跋扈する日常で、彼だけが違っていたから。
 しかし今は、違う。
 彼の存在は、自分にとって必要不可欠だったのだとわかる。
 力が無くとも、頭が悪くとも、人吉善吉という存在が居てくれたから、黒神めだかは日々に安らぎを感じることが出来ていた。
 『十三組の十三人』と戦った時。
 心を操られた自分に果敢に向かってきてくれたのは、彼だった。
 『マイナス13組』と戦った時。
 過負荷のトップと引き分けて、彼は死の淵からさえ這い上がってきた。
 『オリエンテーション』では、決裂を経験した。
 あまりにも彼が見苦しい姿を見せるのでつい失望し、彼を厳しく叱咤することでより研磨されてほしいと願ったからだった。
 確信していた。善吉は自分のところに必ず戻ってくる、二歳の頃から一緒だった彼が戻ってこない筈がない、と。
 でも彼はその確信に近い予想を裏切った。
 黒神めだかと敵対することを宣言した普通なる少年は、十数年の付き合いの中で初めて、愛する少女と敵同士として向き合うことになったのだ。
 
 ――もう一度二人で歩み出す日は、とうとう訪れなかったが。
 バトルロワイアルなんて下らない児戯がなければ、彼と然るべき決着を着けた上で和解できた筈なのにと思うと、正義感だとかの一切を抜きにして、自分から大切なものを奪ったあの理事長に個人的な激情が沸々と沸き起こってくるのをありありと感じる。
 だが、どうあっても止まる訳にはいかないのだ。
 自分は黒神めだか。
 箱庭学園第九十九代生徒会長であり、その名の重さと誇りに懸けて、何としてもこの下らぬ実験を打破せねばならない。
 それまでは、善吉の死を悼むのもお預けだ。
 
 「――……それにしても、流石に予想外だったな……」

 驚きとも哀しみとも、その両方の意味に取れるような表情を浮かべて、めだかは前髪を右手で不意にかきあげる。
 そしてそのままのポーズで、めだかは真昼の蒼穹を見上げた。
 どこか遠いところを見るような目で、何を見つめているのかも分からないような視線で、彼女はただ天空を見つめる。
 これまで、多くの人物に危険視されてきた――それほどまでに異常な正義を貫いてきた彼女だが、今だけは違った。
 寂寥の哀愁を漂わせて、ただの失意の少女として、そこにいる。
 今の彼女を見ても、誰も天衣無縫の超人とは思うまい。
 今回の放送によって呼ばれた名前は、彼女にとって関わりのある名前があまりにも多すぎたのである。
 ――それこそ、黒神めだかの余裕に傷を付けるくらいには。

 日之影空洞。
 黒神真黒。
 そして、人吉善吉。
 
 実の兄と、以前力を借して貰った英雄も死んでいた。
 一瞬だけ放送の真偽を疑ってしまったのも無理はないことだろう。
 日之影は本当にひたすら強い男だったし、生半可な異常や過負荷で押し切るなんて単細胞の通じる相手ではない筈だ。
 実兄の真黒は確かに戦闘能力に欠けるが、『理詰めの魔術師』と称される頭脳と観察眼を持っている以上、簡単には死なない筈だった。
 二人とも死なないとばかり思っていたのに、それをすぐに裏切られた。
 親しいとはいかずとも、知り合いと家族・親友が死んだことによる精神的なショックは決して少なくはなく。
 更に、未だ何も守れずにいる自分への情けなさ。
 二つのダメージが、黒神めだかの心を執拗に責め立てていた。

677成し遂げた完成(間違えた感性) ◆aOl4/e3TgA:2013/03/02(土) 12:29:56
 「…………ならば尚更だ。哀しんでいる暇は、ない」

 めだかは苦々しげに表情を歪めて、今の自分に真に必要な行動を狂っているほど合理的に選び取る。
 彼女の正義を更に増幅させる要因として、放送で新たなる死者が告げられるという最悪な現実は、皮肉にも最高のカンフル剤となった。
 元々燃えていた正義は、油を注がれてよりいっそう激しく燃え盛る。
 本来なら『人吉善吉への敗北』というイベントを介して、在る程度正されるその異常性は、誰にも正されぬまま続き続ける。
 
 「見ていて下さい」

 告げる。
 日之影空洞に。
 黒神真黒に。
 見せしめで死んだ二人の生命に。
 自分が殺した少年に。
 この殺し合いで奪われた全ての生命に。
 そして、自分を庇って死んだ人吉善吉に。

 「この黒神めだかが必ず、全てを終わらせます」

 晴れ渡るような笑顔で、約束するのだった。
 めだかは歩き出す。全ての哀しみと罪を背負って。
 めだかは歩いていく。誰にも理解されぬ業を背負って。
 めだかは眩んでいく。正されなかった正義を背負って。
 めだかは――――


【1日目/真昼/B-4】
【黒神めだか@めだかボックス】
[状態]『不死身性(弱体化)』
[装備]『庶務』の腕章@めだかボックス
[道具]支給品一式×3(名簿のみ二枚)、ランダム支給品(1〜7)、心渡@物語シリーズ、絶刀『鉋』@刀語、否定姫の鉄扇@刀語、シャベル@現実、アンモニア一瓶@現実
[思考]
基本:もう、狂わない
 1:戦場ヶ原ひたぎ上級生と再会し、更生させる
 2:話しても通じそうにない相手は動けない状態になってもらい、バトルロワイアルを止めることを優先
 3:哀しむのは後。まずはこの殺し合いを終わらせる
[備考]
※参戦時期は、少なくとも善吉が『敵』である間からです。
※『完成』については制限が付いています。程度については後続の書き手さんにお任せします。
※『不死身性』は結構弱体化しました。(少なくとも、左右田右衛門左衛門から受けた攻撃に耐えられない程度には)
ただあくまで不死身性での回復であり、素で骨折が九十秒前後で回復することはありません、少し強い一般人レベルです
※都城王土の『人心支配』は使えるようです。
※宗像形の暗器は不明です。
※黒神くじらの『凍る火柱』は、『炎や氷』が具現化しない程度には使えるようです。
※戦場ヶ原ひたぎの名前・容姿・声などほとんど記憶しています
※『五本の病爪』は症状と時間が反比例しています(詳細は後続の書き手さんにお任せします)。また、『五本の病爪』の制限についてめだかは気付いていません。
※軽傷ならば『五本の病爪』で治せるようです。
※左右田右衛門左衛門と戦場ヶ原ひたぎに繋がりがあると信じました

678 ◆aOl4/e3TgA:2013/03/02(土) 12:31:01
短いですが投下終了です。
そして◆wUZst.K6uE氏、投下乙でした。
とりあえず一言、たまんねえなあ!!

679 ◆aOl4/e3TgA:2013/03/02(土) 12:39:27
すんません、>>677の13行目「見せしめで死んだ二人の生命に。」を、「見せしめで死んだ一人の生命に。」に変更お願いします

680 ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 13:24:35
すいません、自分もいくつか変更を

>>668、五行目 「一度自分の目で直接見ているがゆえに」を「その見た目だけで把握できたがゆえに」に変更、
>>671、一行目 「鰐ちゃん以外に」を無しにします

681虚構推理  ◆xR8DbSLW.w:2013/03/02(土) 18:06:31
とりあえず規制受けてしまいましたのでこちらで。申し訳ございません

682虚構推理  ◆xR8DbSLW.w:2013/03/02(土) 18:06:52
ここは素直に、正直に白状しよう。

 まさか、子荻ちゃんまで関わってきているとは思わなかった。

 いや、もっと言ってしまえば、重要なのは子荻ちゃんという点ではない。
ぼくがしっかりと、《死んだ》と認識している人間が、ぼくに分かるように再び喋っている事実が、酷く違和感であり、甚く気持ち悪く感じる。
元々欠落に崩落を重ねてきたぼくの常識であったが、容易く死者が口を開いているのは、どうしようもなく頭を揺さぶられた。
探偵稼業もたじたじである。


 ……ただ。
 ここまで動転する話の内容だろうか。
 繰り返すようだが、死者の蘇生に立ち会ったこともあった。
ギャグパートだったとはいえども、いつだったか潤さんは姫ちゃんを永遠の眠りから蘇生させたことがある。
勿論その時は気持ち悪さなど感じなかったし、むしろ安堵の様な気持ちに満たされたのではなかったか。
 オーケーオーケー。少し落ち着け。
焦りを表に出すのは禁物だ。一からもう一度考えよう。

 そもそも。
 ぼくが今イメージしている蘇生方法とは、俗に言う魂を屍に戻すような行為。
 つまりはゾンビのようなイメージに近い。心肺が動かなくとも、自動行動に律する蘇生。
血が爛れ、肉は腐り、髪は屠られ、骨は砕け、眼球は潰え、見るも無残なものになっていると考えていた。
死んでいるのだから、心臓に衝撃を与えたところで、意味はなさないであろう。と中途半端に現実的に考えている。
 中途半端は大好きだ。
 まあ、そういう想像をしたのは暦くんの話を聞いた後だから。
というのもある。文献によってもまちまちだが、吸血鬼は眷属を作る際、その眷属は腐食しどうたらこうたら、と聞いた覚えがあるような。
相も変わらず絶不調の自己記憶管理能力がソースとなるため、確実な知識としては語れないが、そのような術があるとかないとか。
 大前提の想影真心は、イレギュラーのハイエンドであるため参考にできそうになかった。
ぼくがER3にいた時代の真心ならともかく、今の真心なら全焼しても生き残ってるぞ、なんて報告されても素直に信じれそうである。

 さておき。
ぼくの想像通りとするならば、今頃子荻ちゃんは口と呼べるものはなく、ご自慢の策を弄することもできないだろう。
なのに今、ぼくたちに聞こえるように、子荻ちゃんの声が辺りに反響した。

 この時考え得る可能性は二つ。
 まず一つに、ぼくの考えている前提が間違っている。
これは大いにあり得るだろう。
さながら『なにもなかった』かのように、死から生を奪還したのかもしれない。
 そして二つ目。
子荻ちゃんの《時系列》がぼくのそれとは異なる場合だ。
これは先ほどの零崎との会話、および真宵ちゃんとの確認を経て、それなりの推定材料の揃っている仮定である。
零崎との会話以降――といってもそれほど時間が経っているわけでもないが――
ぼくは出夢くんや玉藻ちゃんが死んでいたのにも関わらず、ここに存在していた理由を、《時系列》が違うからと考えた。

 荒唐無稽だと笑われるような話の種だが、如何せん馬鹿に出来ないのが現実である。
 《殺し名》や《呪い名》の全てを知っている訳ではないけれど、中にはそう言う《時》に関する技術を有する者もいるかもしれない。
そうでなくとも、真宵ちゃん曰く《怪異》。ツナギちゃん曰く《魔法》。案外世の中には常識離れなことも多いらしいのだ。
《時系列》をずらす、だなんて偏った能力とて、有ってもおかしくない。

683虚構推理  ◆xR8DbSLW.w:2013/03/02(土) 18:07:25
 少なくともぼくよりは《暴力の世界》に詳しいであろう零崎も、特に違和感を抱いている訳ではなかったのでぼくもそれに倣おうと思う。
欺瞞や疑心はぼくの得意分野だが、必ずしもしなきゃいけないことではない。


 閑話休題。
 いずれにしたところで、《それらの可能性を肯定する》だけの根拠はあれど、《どれか一つを特定する》根拠は不足している。
下手な推測は後々の自分の思考を狭めてしまう恐れがあるので、今回はこの辺で切り上げよう。
例の如く、一度なにかに気がつくことが出来れば、連鎖的に全てを解き明かすことも不可能じゃないだろう。
 一は全。全は一。
 ぼくのサスペンスとは基本的にそのように作られている。


「……」
「……」
 だから一旦。
真宵ちゃんの反応を窺うとしよう。
 ぼくからは特に言うことはないし。また零崎や阿良々木の一人が死んだか。その程度。
ここで劇的な何かがあったのならば、ぼくはこうして冷静に語ってたりはしてないだろう。どうだろうね。

「……七人、ですね」
「そうだね」
「阿良々木さん……阿良々木暦さんを含めて、どれほど亡くなったんでしょうか」
「十七人。第一回放送前には十人死んでいたんだろう?」
「……」

 真宵ちゃんは黙す。
 過酷な現実を受け入れ難いのか、俯き、木目調の床を見る。
むろん見つめている場所に何かがあるというわけではなかった。
 真宵ちゃんは暫しその場所を眺め、思案を巡らせている。
ぼくは読心術やESPなどを会得している訳ではないので彼女が何を考えているかは分からなかった。
一頻り、思考の整理はついたのか、彼女はぼくの方を向いて一言言う。

「……これからも、頑張りましょう。戯言さん」
「……。……そうだね、頑張ろうか」
 頑張れなんて言葉にどれほどの意味があるかは分からないが、ぼくはとりあえず頷くことにした。
前向きなのはいいことだ。過剰な前向きは褒められてことじゃないんだけども。
これでも彼女なりに、決意を果たそうと奮起している。無下にする必要はない。


「じゃあ、放送も聞き終えましたし、次に行きますか?」
「そうだね。これ以上ここに居てもしょうがないしね」
 探索してれば違う発見はあるかもしれないけれど、今のぼくは新たな発見とやらを第一の目標としていない。
あくまでぼくの最優先の目的は人探し。探し人がいなければ長居する理由はないだろう。

「確か次は診療所だね。大丈夫?」
「大丈夫です」
「そりゃ息災だ」
 なんであれ、一先ずなにかイベントが起こるわけでもなく。

684虚構推理  ◆xR8DbSLW.w:2013/03/02(土) 18:07:45
静かに今回の話は締めくくろう。毎回毎回大波乱が起こったら、流石にぼくらの身が持たない。
別にそれならそれでもいい気はするが、こちとらうっかり死んでしまったら哀川さんに何を言われるか分かったもんじゃないし。
まだ玖渚の奴に、会ってないしね。何か手掛かりがあればいいのだけれど。

 いやいやおいおいまさかまさか。
前座でも前振りでもないよ。とてもじゃないが、ぼくたちにそんな流れは皆無。
ここでぼくが「ヒャッハー」とでもいいながら機関銃に火を吹かせる真似する道理がない。
そんな漫才のような展開なんてたまったもんじゃない。そんなものは他所のバトルロワイアルでも眺めてくれ。
こればっかりは戯言でも傑作でもなく、ただの本意だ。

「そういやジャル事さん」
「人を航空会社の名前みたく呼ばないでくれ」
「失礼、噛みました」
「……。そうか、気をつけてね」
「なんてことでしょう!」
 ノリの悪いぼくに対して、八九寺ちゃんは糾弾を始めた。
放送終わったばっかだぞ。もっとなんかあるだろう。
 尤も約十三行前のことを想うと、ぼくにそんなこと思われるのは、真宵ちゃんとしても不本意だろう。

「いやいやそこは《違う、わざとだ》でしょう! 何をサボってるんですか!」
「もう、いいかなって」
「よくないですよ! ヒロインとの会話を投げ出すなんて《主人公》やる気あるんですか!!」
 こんなところで、《主人公》を否定された。
ツッコミの一環としてもそれは酷いんじゃないか。
自分の事をヒロインと言いだした彼女。ぼくはどうすりゃいいんだ。

「まあ、いいです」
 いいんか。助かった。
哀川さんの苦労を理解した気がする。楽しいので止めるつもりはないけれど。

「話を戻しますが、もう携帯を掛けることはしないんですか? 運転中にかけるぐらいなら、今パパッと済ませるのも一つの手だと思います」
 ああ。携帯電話。
「いや、止めとくよ。幸い今回の放送はぼくたちには影響の薄いものだったけど、みんながみんなそういうわけではないからね」
 暫しの逡巡の後、真宵ちゃんは言葉を返す。
「それもそうですね。今電話を掛けるというのは空気が読めてませんね」
 戯言遣いは戯言を手繰るが、下手な慰めはむしろ逆効果であることも多い。
今亡き――じゃないな、まあ、子荻ちゃん曰く、ぼくの存在はトラブルメーカー。
 《なるようにならない最悪(イフナッシングイジバッド)》。《無為式》。
無闇の為にのみ絶無の為に存在する公式(システム)――零式よりも人識よりも、存在するだけで迷惑な絶対方程式。
 生かす道を選んだぼくだけれど、いや、ぼくだからこそ、下手に関わるのは避けたかった。
こればっかりは、ぼくの欠点の多さばかりは、覚悟や感情で代わるものじゃない。
目の前にある、救いたい命を守れたら、ぼくはそれだけでも――僥倖である。
 なんて。
 或いは戯言かもしれないけど

「しかし電話をしないとしても、なにやらこの携帯、もう少し機能があるっぽいですが」
「そうなんだ。しかし残念。ぼくは戯言ならともあれ、機械には疎いんだ」

 そもそもぼくはハイスペックな携帯電話の扱い方と言うものをいまいちよくわかっていない。
ぼくが持っていたのは電話機能オンリーの、誠に使いやすい前時代の携帯電話である。

685虚構推理  ◆xR8DbSLW.w:2013/03/02(土) 18:08:12
 その辺りの機能はなくとも今まで通じたし、いざとなったら玖渚便りで済ませていたからなあ。
電話さえかけれればいいかなって。そんなこれまでの怠慢のツケがこんなところで回ってきた。
ER3で何をやっていたかは、四月以降記憶の底に眠っている。ヒューストンの名の通り、ぼくの記憶はストンと抜け落ちている。至極残念。
まあ、とはいえ仮にも鹿鳴館大学でカリキュラムをとってはいたので、できなくはないのかもしれないけれど。

「ま、こんなところで足踏みするより今は先に進んでおこう。車の中で真宵ちゃんが一通り調べてみればいいさ」
「そうですか。では、異論もないですし行きましょうか」
「うん」

 真宵ちゃんは一歩踏み出した。
 だからぼくも一歩踏み出す。
ただそれだけ。今回の繋話ではそれ以上の描写はしない。
蛇足や脇道は嫌いじゃないが、燻り続けるのを滔々と連ねるのも悪いだろう。

 そういうわけで。
 機械音痴かもしれない真宵ちゃんに、愛の鞭を叩きつけたぼくはそこそこに真宵ちゃんの対応に期待しつつ、帰路を辿る。
 真宵ちゃんも、ああは言ったものの「歩きながらの携帯いじりは厳禁です」と、携帯をスカートのポケットに仕舞いこんだ。
昨今の若者も見習うべきお手本のようなマナー講座を語らいだす。昨今の若者に、きっとぼくも入るのだろう。

 お天道様は空高くに姿を現し、砂漠に容赦なく熱線を浴びさせる。
その様子を観望し、ぼくたちは多少げんなりしながら船内を出た。
 死にそうになった。
 くたばりそうになった。
 この世のすべてに絶望した。
 一度おいしい目を味わうと、どうにも暑さ耐性などと言うものは一瞬にして溶解したようである。
 これが反動(リバウンド)。
 これが衝動(インパクト)。
 ぼくたちのあまりのだらしなさにつまびらかに語ることはあえてしなかったが、この豪華客船。
空調設備は万全であった。
 そのこと自体はポロリと先ほども言ったが、それはもう、筆舌に尽くしがたいほどのありがたさだった。
砂漠のオアシスってあったんだな。と悟りを開いたのも恐らくその時が初めてだろう。
だからこそ、ぼくは室内プールなんぞに感激を得てたのかもしれない。
空調設備などどう足掻いても手に入れることなどできなかった骨董アパートに在住したぼくだが、流石に砂漠の暑さは身体に悪い。
我慢できるかできないか問われたら、耐えることは容易だし、あるいはこの程度の灼熱なら喜ぶぼくもいたかもしれなかった。

 しかし問題はそこだけではなかった。
さらなる、いや、真の問題はその先に待ち構えていた。
鉄の馬が嘶きをあげて足踏みするように待ち構えている。
 車。
 赤。
 フィアット500。
 ぼく達が置き去りにしたぼくたちの足代わり。
 車体に触れた。
 熱かった。
 火傷したかと思った。
 怒り心頭に発している。
後ろからぼくの様子を見ていた真宵ちゃんが、深く息を飲んだ。
言わずとも、ぼくたちは今共通理解を得てる。

686虚構推理  ◆xR8DbSLW.w:2013/03/02(土) 18:08:35
ぼくたちはそれほどまでに仲良く、互いが立たされた現実を思い知った。

 ぼくは思いきって、ドアを開ける。
それだけで参りそうになった。倒れそうになった。
車内から襲いかかる熱と言う毒。
立眩みと言う実に分かり易い症例。極度の蒸れにぼくは蜃気楼さえ夢に見た。
 焼売(シュウマイ)になる。
 小籠包(ショウロンポウ)になる。
 全身中華になった。アルだとかは使わないけれど。

 ……。
 ……んー。
とはいえなあ。このまま立ち止まったところでしょうがないしなあ。

「真宵ちゃん。行こうか」
「……」
返事がない。ただのしかばねのようだ。
屍ならば何をしても文句は言われないだろう。
ぼくは黙したまま、真宵ちゃんの手をとり、強引に助手席に座らせた。
変な呻き声を上げて最後、白目を剥いて昇天を味わっている。
椅子もそこそこの熱を吸収しているだろうに。電気椅子と言う拷問道具は有名だが、こちらの方がよほど生殺し。
場合によっては苦痛は大きいのかもしれない。
なんてことを思いながら、ぼくも運転席に座り、背面焼けるような思いを抱きながら、キーを挿し、アクセルを踏み込んで車を走らせた。


 4


 次回予告というか、今回のオチ。
 人が本当に生き返るならば。
 時空を言う絶対認識を歪曲させること能力を用いることが可能ならば。
 表面的に、偽善的に全ての人間を生き返らせ、この殺し合いを『なかったこと』にすることもでき得るだろう。
 ドラゴンボール理論。
 週一で超(スーパー)サイヤ人にトランスするらしい哀川さんはどう思うのか。
 奇を衒うのが大嫌いで、王道街道をまっしぐらに邁進す哀川さんが、その理論にどう野次を飛ばすのかは興味がわく。
大方、心の底から常識人を体現する人間であれば倫理的に毛嫌いするかもしれないが、上っ面だけならば、褒められた行為だろう。
 なにせ人が生き返る。
 もう一度声を聞けるのだ。

687虚構推理  ◆xR8DbSLW.w:2013/03/02(土) 18:09:06
特に、さながら魔人ブウが全人類をチョコレートだかアメやらお菓子されて食べられたような、
そんな理不尽な死に方をしているここにいるほとんどの諸君を、偽善だろうが生き返らすのは悪くはないはずである。

 龍球頼りな超絶理論にして超越理論。
 ぼくは狐面の男に誓った。
 ぼくは自分に言い聞かせるように、何度も何度も、言葉にした。

――ぼくは《主人公》を目指す。
  これまではたくさん殺してきたけれど、これからは生かす道を往く。

 本を糺せば、そんな宣言をしなければいけないほどに、ぼくは人を《殺》してきた。
 裏を返せば、ぼくはそれほどまでに《死》を知らなかった。
 贖罪も徒労に終わるぐらい。
 断罪も途方に暮れるぐらい。
 きっと恐らく、この場に居る誰よりも浅ましく、罪深い人間はぼくであろう。
 今現在、十二時間ほど経過した今、十七人の人間が死んでいった。
正直さほど多いとは感じない。
常軌を逸しているとは思うけれど、それまでだ。
今までぼくが築いてきた墓標を前にしたら、霞むぐらいほどの瑣末な量。
不幸自慢にすらなれない、ただの恥。過失。欠点。負け様。
そして同時に、事実である。

 《正義の味方》だとか、《主人公》だとか。
散々名乗りをあげたぼくだが、その実、欠けた人間である。
間違いと埒外の欠算を繰り返すぼくにとって、《全員を生き返らせる》ことに対する倫理的罪悪感は、ないのかもしれない。
 そう。
 ぼくはもう、誰も失いたくない。
 大切な人を、大好きだった人を失う辛さをぼくは知っている。
 だからこそ、誰も失いたくない。
ならば一回全員殺してでも、真宵ちゃんも玖渚も哀川さんも孫ことも全て壊して殺して。
 ――『なかったことに』。
 本よりぼくは、《生》かすことよりも《活》かすことよりも、《殺》すことの方が特異だ。
情欲で人を殺す人間なんか興味わかないけれど、生憎とて自分自身には初めから興味なんてない。
 《正義の味方》は《正義そのもの》ではない。味方をしているだけ。
 ――みんなをお家に帰す《主人公》。いいじゃないか。


「なんて戯言。頭が八重咲きだ」
 暑さで頭がやられたのかもしれない。暑さで咲く花なんていうのは、小波と同じでぼくのシンパシーを誘いそうだ。

 考えたところで、主催がどのような能力を有しているのかさえ判別できていない。
よもや主催陣が本当にぼく達の願いをかなえさせてくれるとは断言できない。それは鳳凰さんに、戯言なりにも言ったことだ。
自棄になり人を殺し、躍起になり人を殺し、百鬼になり人を殺し、最終的に優勝の名誉を頂戴したところで首輪がバーン。
今だって事実そうなるかもしれないと思うぼくがいる。
否定しない。否定できない。

 確かに子荻ちゃんは現在を《生》きている。
策を弄すると胸が大きい以外には、お世辞にもそこまで特筆する様な長所のなかった彼女がわけなく《物語》に復活した。

688虚構推理  ◆xR8DbSLW.w:2013/03/02(土) 18:09:28
それは主催陣が願いをかなえようとしていることかと言うと、同義ではないだろう。
命をインスパイアしたところで、それはそれ。他は他に違いない。

 だけど。
 あくまで身分不相応な希望を抱くのなら。
 仮に《殺》すことと《死》なせることが同義でないのならば、ぼくは――。


「変わろうと思う気持ちは自殺――なのかな」


 過去のぼくが断言した台詞を、疑問に直す。
真宵ちゃんは暑さに悶え苦しみ、ぼくの台詞なんぞ聞いちゃいなかった。

「変えようと思う気持ちは他殺――なのかな」
 言葉にして、沈黙した。
答えなんてない。あったところでぼくは知りえない。
 ぼくは一旦全てを忘れ、酷暑よりも哭暑をその身を浴びつつ、前を見る。
砂漠は相変わらず地平線を描いており、しばらくはその様を変えることはないだろう。


「まだまだ先は長いかな」
 でも。
 その内、そう遠くない内に、景色が変わるような気がした。


【一日目/真昼/G-2 豪華客船】
【戯言遣い@戯言シリーズ】
[状態]健康
[装備]箱庭学園制服(日之影空洞用)@めだかボックス(現地調達)、巻菱指弾×3@刀語、ジェリコ941@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×2(うち一つの地図にはメモがされている、水少し消費)、ウォーターボトル@めだかボックス、お菓子多数、缶詰数個、
    赤墨で何か書かれた札@物語シリーズ、ミスドの箱(中にドーナツ2個入り)
[思考]
基本:「主人公」として行動したい。
 1:真宵ちゃんと行動
 2:玖渚、できたらツナギちゃんとも合流
 3:診療所を探索して、ネットカフェを経由し、向かう
 4:不知火理事長と接触する為に情報を集める。
 5:展望台付近には出来るだけ近付かない。
[備考]
 ※ネコソギラジカルで西東天と決着をつけた後からの参戦です。
 ※第一回放送を聞いていません。ですが内容は聞きました。
 ※夢は徐々に忘れてゆきます(ほぼ忘れかかっている)
 ※地図のメモの内容は、安心院なじみに関しての情報です。
 ※携帯電話から掲示板にアクセスできることには、まだ気が付いていません。
 ※携帯電話のアドレス帳には零崎人識のものが登録されています。
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました。


【八九寺真宵@物語シリーズ】
[状態]健康?、精神疲労(小)
[装備]携帯電話@現実、人吉瞳の剪定バサミ@めだかボックス
[道具]支給品一式(水少し消費)、 柔球×2@刀語
[思考]
基本:生きて帰る
 1:戯言さんと行動
[備考]
 ※傾物語終了後からの参戦です。
 ※真庭鳳凰の存在とツナギの全身に口が出来るには夢だったと言う事にしています。
 ※日之影空洞を覚えていられるか、次いで何時まで覚えていられるかは後続の書き手様方にお任せします



[豪華客船]
※操縦室の場所…不明
※船内に、錠のかけられた扉がある。詳細不明
※室内プールのほかにも、娯楽施設が内在しているかもしれない

689虚構推理  ◆xR8DbSLW.w:2013/03/02(土) 18:09:57
ひとまず投下終了です。
指摘感想等ありましたらお願いします

690 ◆aOl4/e3TgA:2013/03/10(日) 21:55:42
相も変わらず規制中なので此方に投下させていただきます。

691神隠し(神欠し) ◆aOl4/e3TgA:2013/03/10(日) 21:56:59
 真庭鳳凰。
 今や廃りつつある、嘗ての栄光に縋っているだけと謡われるしのびの里の名字を冠する、十二人の頭領を実質的に統べる男。
 その実力たるや、大した苦もなく他の頭領を暗殺した旧友になおも別格として評価されるほどに高いとされる。
 付いた通り名は『神の鳳凰』。
 真庭の忍軍の中で唯一、実在しない動物の名前を背負った男だ。
 繰り返すが、彼は精鋭揃いの真庭のしのび中でも最強の座を欲しいままにしている、伝説といって遜色ない存在である。
 毒刀の精神支配を受けて乱心し、虚刀の青年に敗れこそしたものの、この殺し合いでもその力は曇り無く発揮されることだろう。
 中途半端な実力者では、『神』は越えられない。
 異常、過負荷、魔法少女、最強、最終――そんな存在と比べても引けを取ることのない強力なしのびである、それは決して間違いのない事実だ。
 事実の筈、なのだ。
 彼を危険と区別するのは正しくとも。
 彼を弱者と侮蔑するのは正しくない。
 そうだ。それこそが本当に正しい認識だ。
 そうであると、他ならぬ鳳凰自身も思っている。
 にも関わらず、だ。
 鳳凰は今、生涯――おそらくは、『真庭鳳凰』の名前が歴史上これまで受けたこともないような屈辱感に苛まれていた。
 
 (なぜだ)

 答えは返ってこない。
 あの狐面の男にでも聞けば納得できる答えが返ってくるのかもしれないが、僅かな矜持がそれを頑なに拒んだ。
 つまるところこの真庭鳳凰という男は、生まれてこの方こういった感覚というものを味わったことが無かったのだ。
 自分の強さを否定された挙げ句、最大限の侮辱を何の強さも持たないような全身隙だらけの男にぶつけられた。
 しかも情けないことに、奴を殺すことさえ自分には叶わなかった。
 右腕の死霊――それが戯言なのか、本当に真実であるのかは鳳凰にも知ったことではないが――、そんなもので、自分の強さは阻まれた。
 あまりにも、情けなすぎる。
 あれほどの侮辱を浴びせられて満足に論破することも出来ず、取り柄である実力行使さえ無駄に終わるなど、情けないにも程がある。
 
 (なぜだ…………っ!)

 だが鳳凰が真に理解できないのは其処ではない。
 口先で丸め込まれたことも、命結びにこれまで気付きもしなかった欠点があったというのも先ず納得しておいてやろう。
 ただ後一つ、どうしても見過ごせない疑問があった。
 こうして考えている内にも、その足は信じられない行動を続けている。
 誇りがあるなら、絶対に選択できないような行動を行っている。
 
 (なぜ我は、あの男に付いて行っているのだ…………!!)

 鳳凰は、自分を愚弄した男へ同行する道を進んでいた。
 どういう考えがあって、どんな理屈のもとにこんな決断を下したのかはまるで分からない。少なくとも分かっていれば、苦労はしていない。
 言うならば、本能的に。
 感じるならば、強制的に。
 数多くの闇の仕事を嵐のような激しさでこなしてきたこの両足が、そのすべてを否定した男の後ろを追い続ける。
 止めようにも止められない。より正確に言えば、止めようとするだけで自分の中の何かが選択を迷わせる。

 ――本当にそれでいいのか、と。
 本当にこの男を拒むことが正しいのかと。
 右腕の一件以降鳳凰のどこかで疼き続けていた、『畏れ』の感情がそんな問いを進む足に逆らおうとする度投げ掛けてくる。
 そして彼は、その問いに答えられない。
 一度恐怖を経験してしまったからか、自分の正しいと思うことが果たして本当に正しいのかが分からなくなっていた。
 ああ、なんと情けない。
 これが神と謳われた真庭鳳凰か。
 こんな醜態を晒すようでは、我もまたしのびの肩書きを捨てなければなるまい――――そんなことすら考えてしまう。
 逆を言えば、自分にとって何よりの誇りであり存在理由であるしのびの役目を捨ててでも、あの狐を追おうとしている。
 考えれば考えるほど無間の地獄にその身を埋められていくような感触が、鳳凰に気高き決断をさせることを妨げ続けた。

692神隠し(神欠し) ◆aOl4/e3TgA:2013/03/10(日) 21:57:35
 「――おい、鳳凰」

 びく、と。
 突然に名前を呼ばれたことで心臓が締め上げられるような感覚が走る。
 
 「くくく――そうビビるなよ。俺だって、別にお前を虐めて楽しもうなんて悪趣味を持ってる訳じゃあねえ」

 笑う狐だが、その姿が鳳凰の方へと振り向くことはない。
 あくまで片手間に暇潰し程度の軽い感覚で、彼へと話を振ったのだ。
 鳳凰はあの狐面のことを何も知らない。それでも一つ分かることがあった。言動を見ていればすぐに分かるような当たり前のことである。
 それを理解するとなおのこと腹立たしい。
 何故よりにもよってこんな存在に、こんなにも最悪な存在に行き遭ってしまったのかと、悔やみたくさえなってくる。

 「……なんだ」 
 「結局お前は、どうする気なんだって話だよ」

 ――この男は、何も考えていないのだ。

 心の底から、下手をすると誰よりもこの異常事態を楽しんでいる。
 楽しんでいるからこそ、より面白いものを見ようと行動する。
 しかし、根本でこの最悪野郎は何も考えちゃいない。
 いわば気まぐれだ。気まぐれとその場の勢いで、コイツは動く。
 それを遂げてしまう器量があるのが、尚更その最悪さに拍車をかけている。
 
 「……我は」
 「俺はお前を駄目な奴だと思ってるが、お前を拒絶することはしねえぜ。何しろ、その実力は俺の護衛としちゃあ一級も一級、超がついたっていいくらいに優れている。俺の『十三階段』の中でだって、お前に並ぶレベルの奴は殆どいねえ筈だからな」

 殆ど。ならば、自分を越える存在も要るというわけか。
 それは驚くようなことではない。鑢七花のような規格外が通用するような世の中なのだ、世界の広さ程度はそれなりに理解しているつもりである。
 
 「我はおぬしが嫌いだ、狐面」

 鳳凰ははっきりと、最悪の男へ言い放った。
 右腕への恐怖で醜態を晒し続けていた彼であったが、腐っても真庭の頭領を任せられる者。その中でも更に頂点を座する、神の鳳凰。
 このまま化け狐の傀儡で終わることは、良しとしなかったらしい。
 
 「だが、おぬしの言う通り。我はおぬしを殺せないようだ」
 「『我はおぬしを殺せないようだ』――ふん。ようやく理解したか。頭抜けの馬鹿って訳でもねえようだな」
 「ならば」

 この男の従属で終わるなど真っ平御免。そんな生き恥を晒すくらいなら、自らの心臓を穿った方がまだ苦しくないようにさえ思える。
 されど、現状この男を手に掛けることが出来ないのは確固たる事実。
 おまけに蒙らされた恐怖という呪縛を抱えたままで、これまで通りの戦いを繰り広げられるとは思えない。
 肝心な時に発作的に、呪縛を絞められては適わない。
 そんな死に様、まさしく犬死に。
 天を舞う鳳の名を裏切る、避けねばならぬ終わりだ。

 「ならば、一時はおぬしと道を共にするとしよう。再びこの手が、おぬしを殺せるようになるまでは――な」
 「――ほう」

 ざっ。これまで一度とて振り向かなかった狐が、初めて足を止めた。
 その後は何の躊躇いもなく振り向き、鳳凰へと視線を送る。
 数秒の間があって、それから再び狐面――西東天は前へと向き直り、何もなかったように歩みを進め始めた。

693神隠し(神欠し) ◆aOl4/e3TgA:2013/03/10(日) 21:58:37
 (真庭鳳凰――俺の欲する逸材の条件なんざ欠片も満たしちゃあいねえが……ふん、精々有効活用させて貰うとするか。
  此奴は手足としちゃあ落第点だが剣としちゃあ及第点だ。いや、違うな。忍者なんだから、暗器っつーのが正しいな)

 それは、真庭鳳凰にとって本当に本望なことなのだろうか。
 少なくとも、鳳凰は自分も知り得ない内に、西東天という誰よりも最悪な男の毒牙に蝕まれつつあるのは最早確かなことだった。
 鳳凰は先程初めて西東へと自らの意志を示したが、それは本当に鳳凰自身の意志による発言だったのか。
 西東天という男がきっかけをくれたからこそ芽生えたものなのではないのか――そんな疑問を、鳳凰は抱いていない。
 そこに疑いの余地などないとさえ思っている。あるいは、そもそも些末なこととして視野にすら入れていない。

 西東天は真庭鳳凰を完全に見定め。
 真庭鳳凰は自分の意志かも分からない決意で西東天と往く。
 鳳凰が望んだ、再び西東を殺せる機会は巡ってくるのだろうか。

 「それと、そこのおぬしは普通に殺せそうな気がするが」
 「ああ、だろうな。そいつは多分殺せるだろう」
 「やっぱり僕だけ危険じゃないですか」

 ――話に交じり損ねた串中弔士は一人溜息をついた。
 

    ◆    ◇


 ――戯言だな、と少年は思う。
 仲間が死んだ。
 誰よりも熱く正義に燃えた少女が死んだ。
 その在り方は彼の知るとある完全なる少女にも匹敵するほど愚直で、だが決して道を交えないだろうそれであった。
 彼女は死んだ。
 人ならざる、自立駆動の刀によって肉体を切り裂かれた。
 でも止めを刺したのは他ならぬ自分自身だ。
 仕方がなかったと思う。
 言い訳抜きで、あの場ではあれこそ最善だったと信じている。
 優しさとお節介は違うのだ。
 あのままあの子を生かし続けていたら、地獄のように苦しい死を遂げることは目に見えていた――だから、しっかりと殺した。
 人生で初めてだった。人を殺すというのは。
 連続殺人鬼扱いをされたこともあるし、事実その扱いも間違っちゃいないと彼自身思っている。自分の異常性がどれほど危険で間違ったものなのかを、どれほど苦しく忌まわしいものなのかは、当の少年自身が他の誰よりもよく知っているのだから。
 それでも、人を殺したことだけはなかった。
 人は殺したら死んでしまう。
 もう語ることも笑うことも、遊ぶことも出来なくなってしまう。
 優しき少年は当然のようにそれを忌避した。
 だから、内から這い出ようと躍起になる漆黒の衝動を抑制しながらこれまでの十数年間を生きてきたのである。
 異常な人生は、楽しいことばかりじゃなかった。
 暗器術を習い、普通(ノーマル)の少年とも戦った。
 そして敗北した。そして友達になった。
 そんな友情を芽生えさせるような戦いをしても。
 あの正しすぎる少女に触れても。
 遂に気付き得なかったことに――少年は、ずっと避け続けてきた禁忌を犯すことで初めて気付くことが出来た。
 人を殺すことは、最悪であると。
 彼女が殺し合いの開始からずっと連れ添ってきた仲間だったから、というのももしかしたらあるかもしれない。しかし何にせよ確かなことは、もう自分は二度と他人の命を奪うようなことは出来ないだろうということだ。
 殺した瞬間――、
 あれほど喧しく騒ぎ立てていた『衝動』が全て萎えた。

694神隠し(神欠し) ◆aOl4/e3TgA:2013/03/10(日) 21:59:21
 やがて消えた。それっきりだ。それっきり、衝動は姿を見せない。
 おそらくは今後も、永遠に。

 (……枯れた樹海には、殺す木がない)

 殺す木がない。
 殺す気がない。
 なんて皮肉な検体名だろうか。
 こういうのをきっと、戯言というのだろう。
 いや、それとも傑作か。

 (どちらにせよ、僕にはもう人を殺せない。それは確かなことだ)

 少年、宗像形は考える。
 自分の『樹海』には、最初から殺す木など一本しかなかったのだ。
 後の木は全てがとっくに死んでいて、殺せない木ばかり。
 そして最後の木を、あの時遂に切り倒した。
 それで、樹海からは木が無くなってしまった。
 これで自分は、真の『枯れた樹海』として覚醒したといえるのか。
 ひょっとすると、退化かもしれないけれど。

 (……ふむ、やはり僕には哲学者は似合わないね)
 
 くすり、と微笑して宗像は走り続ける。
 目指すは禁止エリアに未だ座しているだろう青い少女の下だ。
 速度は十全。あと数分もしない内に、目的の場所へと辿り着く筈。
 禁止エリアが完成するまで、数時間も余裕がある。
 我ながら、良い活躍だと思う。

 (このまま何事も無く帰れればいいんだが――――)

 玖渚を救出して伊織たちの下へ戻る運動を行ったところで、まさか体力が尽きてゲームオーバーにはならないだろう。
 問題はその道中で面倒な輩に出会わないかどうかだ。
 少女一人を守りながら戦うなど一般人相手なら雑作もないことだが、その相手が自分のような『異常』では話も変わってくる。
 こればかりは祈るしかないが、その時は最悪彼女だけでも逃がすしかない。
 玖渚を見捨てて自分の身を助けようとするほど宗像は落ちぶれていないし、そこまで自分の生に貪欲でもない。
 不安を払拭して、無意識に少し速度を上げて、なおも走る。
 が――その足は途中で止まることとなった。
 前方に見える複数の人影を見て、やれやれと愚痴るように宗像は零す。

 「どうやら、そうはさせてくれないようだね」

 その台詞を聞いて、人影の一人。
 狐面に浴衣姿の奇抜極まる様相の男は、犯しそうに笑った。
 殺人衝動を失ったとはいえ、その肉体に刻み込まれた殺人の技術の数々は未だ健在だ。だから彼には一目で分かった。
 しかし分かったからといって、得られるのは安堵でも愉悦でもない。
 何も得られない。疑問を蒙るだけだ。
 この男は、あまりにも殺し易すぎる。
 全身隙だらけ――丸腰であることを抜きにしても、正直前の自分がその気になれば一秒と掛からずに殺せそうなほどに。
 それに対して後方に立つ鳥のように奇抜な格好をした男は明らかにただ者ではない。間違いなく狐面よりも数倍、数百倍は強い筈だ。
 なのに、『いる』。
 決して隙を見せるなと警告する自分が、いる――――。

 「……何の用ですか? 僕は今非常に急いでいるので、早急にそこを退いて貰えると助かるのですが」

 少しだけ苛立ちを含ませた声で言う。
 怯んでくれでもすれば良かったものの、やはりそう上手くは行かない。
 宗像の気迫を受けても、男はただ笑うだけだった。

695神隠し(神欠し) ◆aOl4/e3TgA:2013/03/10(日) 22:00:51
 「……ちょっと、いい加減に……!」
 
 埒が明かない。
 それに、この男とは関わりたくない。
 こんな感覚を覚えたのはひょっとすると初めてか。
 こんなにも――一人の人間から離れたくなるのは、珍しいことと思う。

 「くく、悪いな。そう時間は取らせねえ、だがこいつも何かの『縁』だろう、宗像形」
 「……何故、僕の名前を知っている」

 名前など、ただの記号だ。
 そんなもの、肝心の時には大した役割を果たしてくれない。
 だから無用なものであり、どうであろうと同じようなものだ。
 けれど、会ったことも遭ったことも無い筈のこの男が、どういうわけか一方的に自分の名前を知っている。
 これは無視できない事実だった。
 場合によっては、強硬突破。
 人を殺すことは出来ないから、無力化して早々に突破する。
 あの鳥の格好をした男を相手取るのは骨が折れそうだし、隙を作って逃走を図り、適当に撒いたところで軌道補正というのが最善か。
 そんなことを考えている宗像だったが、

 「『何故僕の名前を知っている』――ふん、つまらねえ台詞だな。だが俺が言うだろう答えは、既にてめえは大方分かってそうだ、そういうツラをしてやがる。……無駄だぜ、お前は逃げられん。心配するなよ、少なくとも俺にはお前をどうこうしようって気はない」

 考えを見透かしたように、狐が言葉を吐いた。
 確かにこの男は自分に危害を加えようとはしないだろう。
 殺気というものも、敵意というものも限りなくこの男には皆無だ。
 仮に襲ってきても、この程度の相手ならば掠り傷すら負わない。
 逆に言えば、そんな相手から逃げることは容易い筈なのだが。
 なのだが――どうしても、逃げられる気はしなかった。
 ここで関わってしまったことが運の尽きと考えてしまっている自分が何処かに居ることに気付くのに、そう時間は掛からなかった。

 「くくく」

 笑って狐は、宗像の姿を観察する。
 変態的なそれではない。どちらかといえばそれは、科学者が実験体にするような本当の意味での観察行為だった。
 時間にして数秒が経過した頃、狐は惜しそうに呟いた。
 悔しそうに、口惜しそうに。

 「ああ、くそ――惜しい、惜しいな。もう少し前のお前にも接触しておけば良かったと言わざるを得ないぜ」

 どきりと、跳ね上がるような感覚を覚えた。
 今の台詞は、まるで知っているような口振りだった。
 宗像形が、一人の少女を殺して殺人衝動を失ったことを。
 あんな数秒の観察から、そんな結果を導き出したようだった。
 有り得ない。そう思っていながらも、感じてしまう。
 この男への紛れもない、恐怖心を。

 「だがそれでも、お前はなかなかだ。どっかの殺人鬼連中と同じであって同じじゃない。お前の代用品はそうそう見つからないだろう」

 代用品(オルタナティブ)と、狐面は口にした。
 
 「かなりのレア・ケース……ふん、『合格』だな。お前ならちゃんと資格がある」

 合格。
 代用品。
 資格。
 レアケース。
 殺人鬼連中。
 すっかり自分の世界に入っている男の台詞一つ一つが、まるで脳へ直接響くように思考を蝕んでいく。
 怖い。
 未知といってもいい感覚が、宗像の中で少しずつ膨らんでいく。

 「どうだよ、宗像。お前――」

 狐の男は笑った。
 ――実に、犯しそうに。
 
 「――俺達と来ないか?」

696神隠し(神欠し) ◆aOl4/e3TgA:2013/03/10(日) 22:01:36
 答えなど、選ぶまでもない。
 そんなこと、きっと生まれた時から決まっている。
 この男に。
 狐面の奥で微笑む男に。
 正しく『人類最悪』と言うしかないであろう男に。
 化け狐のように人を惑わすこの男に。
 この男と、同行することが出来るなど。

 「断るっ!」

 ――――願い下げだ。


    ◆    ◆


 宗像形は、まるで風のように走り去っていった。
 鳳凰の速度でなら追い付くことも可能だったろうが、狐面・西東天の方からその提案を却下した。
 縁が合えばまた奴とは再会することになる。そう言って、旨い魚を逃した釣り人のような雰囲気を醸しながらまた歩き出した。
 宗像を見て、西東はその本質をすぐに理解した。
 これは殺人鬼の素質があるようで皆無な奴だと、一目で見抜いた。
 殺し名序列第一位・匂宮雑技団。
 殺し名序列第二位・闇口衆。
 殺し名序列第三位・零崎一賊。
 そのどれとも違い、ただし近いのは零崎の鬼どもだ。
 あれはそういう目だった。殺人の衝動を欠いた後でも、数多くの異様な存在と縁を持ってきた西東天に隠し通せはしなかった。
 彼は本当に二度と人を殺さないだろう。
 零崎とは違う。限りなく近いのに対極以上に遠い存在だ。
 だからこそ、面白いと思った。
 自分の仲間にしてみたいと思った。
 結果はにべもなく断られてしまったが、これもまた物語。
 時としてご都合主義に、時として現実的に進む。
 物語の先が見えているほどツマラナイことはない。
 ゆえに西東天は、不測を大いに歓迎する。
 何も拒まず、去る者も追わない。
 それが因果に追放された男の、異常な在り方だった。

 「さて、弔士、それと鳳凰」

 落ち込まずに。
 常にそれも物語と受け入れ。
 そうして人類最悪は、次なるイベントへ近付く。
 これほどまでに物語に大きく関与できるなどそうそう無いことだ。
 この好機は間違いなく、逃せば一生で二度と訪れない。
 だから楽しむ。この面白き物語を、精一杯楽しむとする。
 ――面白きこともなき世を面白く。
 どこかの偉人の座右の銘。
 素晴らしい言葉だと西東は思う。
 まさしくその通りだ。
 だから次に向かうのは、新たなる可能性のもとへ。

 「次の目的地は決まったぜ」

 現地点から見てもっとも近い場所。
 もっとも近いということは、それもまた何かの縁。
 ならば接触してみるのも悪くない。
 むしろ、いい。

 「E-7だ」

 短く言うと、同行者達の意見も聞かずに西東はすたすたと歩く。
 まさに傍若無人だ。その様子に溜息をつく弔士を見て、同じように溜息をつきながら、鳳凰は小さく言った。

697神隠し(神欠し) ◆aOl4/e3TgA:2013/03/10(日) 22:02:32
 「……その、なんだ。おぬしも大変だな」
 「わかってくれるのはあなただけですよ、鳳凰さん」

 ちょっぴり親近感が芽生えたりしていた。


【1日目/昼/D−7】
【西東天@戯言シリーズ】
[状態]健康
[装備]拡声器(メガホン型)@現実、首輪探知機@不明、チョウシのメガネ@オリジナル×12
[道具]支給品一式、ランダム支給品(0〜1)、マンガ(複数)@不明
[思考]
基本:もう少し"物語"に近づいてみる
 1:E-7へ向かう
 2:弔士が<<十三階段>>に加わるなら連れて行く
 3:面白そうなのが見えたら声を掛け
 4:つまらなそうなら掻き回す
 5:気が向いたら<<十三階段>>を集める
 6:時がきたら拡声器で物語を"加速"させる
 7:電話の相手と会ってみたい
[備考]
※零崎人識を探している頃〜戯言遣いと出会う前からの参加です
※想影真心と時宮時刻のことを知りません
※展望台の望遠鏡を使って、骨董アパートの残骸を目撃しました。望遠鏡の性能や、他に何を見たかは不明
※首輪探知機――円形のディスプレイに参加者の現在位置と名前が表示される。細かい性能は未定


【串中弔士@世界シリーズ】
[状態]健康、女装、精神的疲労(小)、露出部を中心に多数の擦り傷(絆創膏などで処置済み)
[装備]チョウシのメガネ@オリジナル、三徳包丁@現実、中華なべ@現実、虫よけスプレー@不明
[道具]支給品一式(水を除く)、小型なデジタルカメラ@不明、応急処置セット@不明、鍋のふた@現実、出刃包丁@現実、
   食料(菓子パン、おにぎり、ジュース、お茶、etc.)@現実、懐中電灯@不明、おみやげ(複数)@オリジナル、「展望台で見つけた物(0〜X)」
[思考]
基本:…………。
 1:今の所は狐さんについていく
 ?:鳳凰さんについて詳しく知っておくべき?
 ?:できる限り人と殺し合いに関与しない?
 ?:<<十三階段>>に加わる?
 ?:駒を集める?
 ?:他の参加者にちょっかいをかける?
 ?:それとも?
[備考]
※「死者を生き返らせれる」ことを嘘だと思い、同時に、名簿にそれを信じさせるためのダミーが混じっているのではないかと疑っています。
※現在の所持品は「支給品一式」以外、すべて現地調達です。
※デジカメには黒神めだか、黒神真黒の顔が保存されました。
※「展望台で見つけた物(0〜X)」にバットなど、武器になりそうなものはありません。
※おみやげはすべてなんらかの形で原作を意識しています。
※チョウシのメガネは『不気味で素朴な囲われたきみとぼくの壊れた世界』で串中弔士がかけていたものと同デザインです。
 Sサイズが串中弔士(中学生)、Lサイズが串中弔士(大人)の顔にジャストフィットするように作られています。
※絆創膏は応急処置セットに補充されました。

698神隠し(神欠し) ◆aOl4/e3TgA:2013/03/10(日) 22:03:02
【真庭鳳凰@刀語】
[状態]精神的疲労(中)、左腕負傷
[装備]炎刀『銃』(弾薬装填済み)、匂宮出夢の右腕(命結びにより)
[道具]支給品一式×2(食料は片方なし)、名簿×2、懐中電灯、コンパス、時計、菓子類多数、輪ゴム(箱一つ分)、ランダム支給品2〜8個、「骨董アパートで見つけた物」、首輪×1、真庭鳳凰の元右腕×1
[思考]
基本:優勝し、真庭の里を復興する
 1:一旦は狐面の男についていく。但し懐柔される気は毛頭ない。
 2:本当に願いが叶えられるのかの迷い
 3:今後どうしていくかの迷い
 4:見付けたら虚刀流に名簿を渡す
[備考]
 ※時系列は死亡後です。
 ※首輪のおおよその構造は分かりましたが、それ以外(外す方法やどうやって爆発するかなど)はまるで分かっていません
 ※「」内の内容は後の書き手さんがたにお任せします。
 ※炎刀『銃』の残りの弾数は回転式:5発、自動式9発
 ※支給品の食料は乾パン×5、バームクーヘン×3、メロンパン×3です。
 ※右腕に対する恐怖心が刷り込まれています。今後、何かのきっかけで異常をきたすかもしれません。


    ◇    ◇


 ――たどり着く、研究所の前。
 しかし達成感はない。
 それよりも速く済ませて伊織たちと合流したいと思っている。
 それほどまでに、宗像にとっては衝撃的だった。
 あの男は何だったのか。いったい、何がしたいというのか。
 分からないが、とにかく一つ。
 二度と関わり合いになりたくないことは確かだった。
 もう自分は人を殺せない。殺したいとすら思えない。
 けれど、もし未だ殺人衝動が健在だったとしても、あんなものは殺したいとすら思えなかったのかもしれない。

699神隠し(神欠し) ◆aOl4/e3TgA:2013/03/10(日) 22:04:19
 「ああいうのを、最悪と呼ぶんだろう」

 一人呟いて、納得する。
 あれは確かに最悪だった。
 百人に聞いたら百人がそう言うだろう。
 仲間になれ? あれと仲間になるなど有り得ない。
 少なくとも自分とは決して相容れない。
 宗像はもはや確信さえしていた。
 
 「伊織さんたちは――大丈夫かな」

 もたもたしている暇はない。
 一刻も早く玖渚を連れて伊織たちと合流せねば。
 宗像は研究所の内部へと足を進めた。
 彼はこの後玖渚友と再会し、研究所を出ることを信じている。
 そこに障害が生まれるなど有り得ぬと思っている。
 仮にそうだとしても。彼は未だ知り得ない。
 待たせている同行者の下へ、彼が忌避した狐面の男が既に向かっているということを――――。


【宗像形@めだかボックス】
[状態]身体的疲労(中) 、殺人衝動喪失
[装備]千刀・鎩(ツルギ)×564
[道具]支給品一式×2、コルト・パイソン(6/6)×2@人間シリーズ、スマートフォン@現実、「参加者詳細名簿×1、危険参加者詳細名簿×1、ハートアンダーブレード研究レポート×1」、「よくわかる現代怪異@不明、バトルロワイアル死亡者DVD(1〜10)@不明」
[思考]
基本:阿良々木火憐と共にあるため『正義そのもの』になる。
 0:斜道郷壱郎研究施設へ向かい、玖渚友を禁止エリアから出す。
 1:黒神めだかが本当に火憐さんのお兄さんを殺したのか確かめたい。
 2:機会があれば教わったことを試したい。
 3:とりあえず、殺し合いに関する裏の情報が欲しい。
 4:DVDを確認したい。
 5:火憐さんのお兄さんを殺した人に謝らせたい。
[備考]
※生徒会視察以降から
※阿良々木暦の情報はあまり見ていないので「吸血鬼」の名を冠する『異常』持ちだと思っています
※無桐伊織を除いた零崎四人の詳細な情報を把握しています
※参加者全員の顔と名前などの簡単な情報は把握しています
※危険参加者詳細名簿には少なくとも宗像形、零崎一賊、匂宮出夢のページが入っています
※上記以外の参加者の内、誰を危険人物と判断したかは後の書き手さんにおまかせします
※携帯電話のアドレス帳には櫃内様刻、玖渚友が登録されています

700 ◆aOl4/e3TgA:2013/03/10(日) 22:04:59
投下終了です。
毎度毎度申し訳ありませんが、問題等なければ代理投下をお願いします。

701 ◆aOl4/e3TgA:2013/03/16(土) 09:39:54
さるったのでこちらに残りを投下します

702撒き散らす最終(吐き散らす最強) ◆aOl4/e3TgA:2013/03/16(土) 09:40:41
 「あたし…………ゆらり、確かに思いましたよねぇ…………」

 いつも通りの霧のように掴めない口調ではあるが、彼女の瞳は獲物を前にして高揚している色とは明らかに異なっていた。
 何かを思案するような、何かを噛みしめているような表情で、いつになく真剣な感情の色を見せながら玉藻は静止している。
 狂っていると誰もが称する少女。
 現在は主催者の手にある策士少女でさえ扱いに手を焼く程のじゃじゃ馬殺人狂がそうしている様は、不自然を通り越して不気味でさえある。
 彼女を知る者なら誰もが違和感を抱いたはずだ。
 もしも何処かの里の冥土のなんとかさんを知っていたなら、それの変装ではないかと疑って掛かるほどに、彼女のイメージに合わない。
 ――玉藻にとっても、気付いてしまったその事実は黙って無視できるものではなかったのか。それとも、只の気紛れなのか。

 「『死ぬ』……って、思いました」

 あの時。自分の襲来を迎え撃たれそうになった瞬間、間違いなく殺されると感じた。死の気配をあまりにも身近に、強大に感じた。
 重ねて言うが、恐怖はしない。恐怖で使い物にならなくなるほど愚鈍では、玉藻は澄百合のホープとは呼ばれかった筈だ。
 彼女自身にもこの不思議な感情の意味は分からない。
 彼女に分からないのなら、世界中の誰にも分かるまい。
 あの『策士』にも、看破することは不可能だろう。
 表現のしようがないものを、表せないものを、理論立てて説明するなど出来るわけがない。
 どうにも釈然としないままで、玉藻は哀川潤に穴を開けられた地図を幼児のように掲げて、小首を傾げながら見つめた。

 「ゆらぁり……」

 哀川潤は、大した会話も無しに真心を追うと宣言して、有無を言わさずにあの橙色を追いかけていってしまった。
 その前に彼女が唯一行った行動は、玉藻の地図のとある場所に指で穴を穿ち、ここで待っているように言うことだった。
 他のやつがいて信用できそうならそいつと一緒に行ってもいいとだけ言って、そのまま彼女は走り去って消えた。
 それともう一つだけ、誓約を課して。
 
 『誰かをあたしの許可無しにぶっ殺したら承知しねえからな』
 
 ――西条玉藻の楽しみを奪って、自分勝手に去っていった。
 
 「……まぁ、行ってみましょうかぁ……?」

 往く宛などどうせない。
 殺し合いなのに殺し合いを封じられるとは生殺しもいいところの話だったが、あの人類最強と対立するのはまだ御免だった。
 先の放送を担当していたのは、萩原子荻。彼女の懐いていた優秀極まる策士の少女だった、というのも理由の一つにある。
 彼女がイかれた老人の道楽に協力しているとは思えないし、既知の人物がいる以上は当分哀川潤へ協力するのが賢明と判断したのだ。
 だからひとまずは、我慢する。
 なにもずっと我慢していろというのではない、とりあえずは哀川と再度合流を果たすまで約束を守っていればいいだろう。

 「……――――ゆらぁり」

 玉藻はゆらゆらと、示された場所へと足を進めた。
 その場所は、図書館である。


【西条玉藻@戯言シリーズ】
[状態]身体的疲労(小)
[装備]メイド服@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×2
[思考]
基本:どうしましょう……かねえ
 1:当分は潤さんとの約束を守りましょー……あくまで当分は、ですけど
 2:図書館に行きましょうか……
 3:でもぉ……戦うときは、ずたずた未満で……頑張りますよぅ
[備考]
 ※「クビツリハイスクール」からの参戦です(正確には、戯言遣いと遭遇する前からの参戦)。
 ※毒刀の毒は消えました。
 ※哀川潤に不殺を命じられました。当分は守るつもりのようです

703撒き散らす最終(吐き散らす最強) ◆aOl4/e3TgA:2013/03/16(土) 09:41:08
【4】


 赤色の女も、走っていた。
 全身に様々な生傷を負い、骨折しているのも一カ所や二カ所ではない。
 常人であれば立っているのもままならないほどの負傷をしているが、あらゆる部門の最強を誇る彼女を止めるにはまだ足りなかった。
 彼女は事もなさげにその両足を追跡の為だけに動かし続ける。
 走り去ったあの馬鹿娘を追いかけて、まずは傷をどうにかしなければ。
 あの刺さり方は明らかに不味かった――如何に人類最終であろうとも、人体に用いるにはあまりにも必殺的すぎる一撃だった。
 早くしなければ手遅れになるやもしれない。
 それどころか、持てる限りの力を尽くしても無謀であるかもしれない。
 それでも最強は走る。
 決して希望を捨てずに走る。
 自分の娘と称した少女を正し、救うために地面を蹴りつける。
 助けなければならない。そうしなければ、自分の気が収まらなかった。 

 (どいつもこいつも…………っ!)

 哀川は完全に激昂していた。
 元々、彼女は気の長い質ではない。
 玉藻の乱入といい真心の狂乱といい、既に怒りは頂点に達していた。
 どうしてあいつらはそうも子供なのか。
 どうしてあいつらはこうも――

 (馬鹿すぎんだろ、お前らっ! 畜生、どこまであたしを振り回して困らせんだ!! あたしはもう怒ったぞ!!)
 
 どいつもこいつも大馬鹿だ。
 救えないほどに子供すぎる。
 それが哀川潤には許せない。
 二人の子供の馬鹿さ加減は、最強の存在の琴線に触れてしまった。

 「――お前ら二人ともあたしがぶっ壊してやる! お前らに教えてやるよ、人間の素晴らしさってヤツを!!」

 少年漫画のヒーローのように哀川は走る。
 人類最強――未だ、衰えること無し。
 

【哀川潤@戯言シリーズ】
[状態]あばら数本骨折、両腕骨折、疲労(大)、全身にダメージ(極大)
[装備]
[道具]支給品一式×2(水一本消費)、ランダム支給品(0〜4)、首輪、薄刀・針@刀語、トランシーバー@現実
[思考]
基本:バトルロワイアルを潰す
 0:真心を捕まえて、玉藻ちゃんと纏めて叩き直す
 1:とりあえずバトルロワイヤルをぶち壊す
 2:いーたん、 玖渚友、想影真心らを探す(今は玖渚を優先)
 3:積極的な参加者は行動不能に、消極的な参加者は説得して仲間に
 4:後で玉藻ちゃん拾いに行かねーとな
 5:阿久根の遺言を伝える
 6:もうちょっと貝木と情報交換したかった
 7:玉藻ちゃんに殺しはさせねー
[備考]
 ※基本3の積極的はマーダー、消極的は対主催みたいな感じです
 ※トランシーバーの相手は宇練銀閣です
 ※想影真心との戦闘後(無桐伊織との関係後)、しばらくしてからの参戦です
 ※主催者に対して仮説を立てました。詳細は以下の通りです。
  ・時系列を無視する力
  ・死人を生き返らせる力
  以上の二つの力を保有していると見ています

704 ◆aOl4/e3TgA:2013/03/16(土) 09:42:03
本スレでの支援ありがとうございました。
これにて投下終了です。すいませんが、代理投下をお願いします

705 ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:04:36
予約分を仮投下します

706rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:05:38
 
  ◇   ◇   ◇



 蝋燭が消えたとき、すべての笑顔は平等に美しく、そして平等に無価値である。



  ◆   ◆   ◆



 放送を聞き終えてから、ツナギは考える。
 ついさっきまで意識から切り離していたはずの青年と少女の二人組――戯言遣いと八九寺真宵のことを。
 なぜ自分は、彼らと一緒に行動しようと思ったのか。あの死んだ魚のような目をした青年の何に対して、自分は興味を持ったのだろうか。
 最初に会ったときは、何となく面白そうだからついていってみよう、程度の適当な理由で同行を決めたに過ぎなかった。いつでも切り離せるし切り捨てられる、仲間と呼ぶにはお互いあまりにも淡白な関係でいるつもりでいた。
 それがいつの間にか、自分はむしろ率先して彼らを守るための行動をとっていたように思える。自分がそれなりに仲間思いな性格をしているという自覚はあるが、見ず知らずと言っていいはずの彼らに必要以上に肩入れする理由はなかったはずだ。
 少なくとも、自分の『魔法』を晒してまで彼らを救う理由はなかった。
 デメリットこそあれ、そこまでして彼らを守ることで得られるメリットなど、自分にとってはひとつもない。
 皆無である。
 八九寺真宵に関しては見るからに「無害な一般人」といった感じの女の子だったから、守らなければいけないという一種の庇護欲はあったかもしれないが。
 ただ、あの青年に関しては違う。あの戯言遣いを自称する青年に自分が抱いていたのは、庇護欲や仲間意識などといったわかりやすい感情とは一切かけ離れている。
 むしろ正直に言うなら、あの青年には危機感すら抱いていた。見ているだけで不安を煽られるような、それでいて好奇心をくすぐられるような、底の見えない深遠に引きずり込まれる錯覚すら感じてしまうほどの、言いようのない危機感を。
 そばにいたくないと思う反面、
 そばにいたいと思うような。
 そんな矛盾した感情を、あの青年に抱いていた。
 もしかすると、その危機感こそが同行を決めた理由だったのだろうか?
 江迎怒江を追跡しようと思った理由が「直感的に危険だと思った」からだったように、あの青年が危険だと直感したからこそ、監視のため一緒にいようと決めたのだろうか?
 だとしたらなおのこと、守る理由などないように思えるのだが。
 ただ、あの二人を守っていたことが失敗だったかと問われれば、そこは否定できる。理由を聞かれたらやはりわからないとしか答えようがないけれど、むしろ途中で行動を別にしてしまったことを後悔する気持ちもあるくらいだ。
 自分があの青年の中に何を見出していたのかは、正直今になってもわからない。あるいはその答えをはっきりと出したくないが為に、自分はわざわざあの青年から離れたのかもしれない――ツナギはそう考える。
 あの青年の目に、あの青年の言葉に。
 自分が何を、誰を重ね合わせていたのか。
 供犠創貴か、水倉りすかか、それとも自分自身なのか。
 そのどれもが正解であるような気もするし、どれもが間違いであるような気もする。しかしどれが正解だったところで、それはきっと愉快な解答ではないだろう。
 だってそれは、自分にとって「欠けている」部分が何なのか教えられるような、きっとそんな解答であるのだろうから。

 「……焼きが回ったかしらね。自分の欠点なんて、とうの昔に知り尽くしてるでしょうに」

 ごほ、と痰が絡んだような湿った咳をする。つぶやくような独り言を発することすら、今のツナギにはもはや困難だった。
 持っていた携帯電話を操作し、あらかじめ登録しておいた番号へと発信する。
 何回目かのコールで相手は出た。久しぶりに聞くその声に、ツナギは不覚にも少し安堵してしまう。放送で彼らが生きていることはすでに知っていたが、電話越しとはいえ直接その声を聞くと、やはり感じ入るものはある。
 これから自分が辿るであろう運命を考えると、余計に。
 「あ、もしもし、いーくん? 私だけど」
 うまく声が出せず、別人のようにしゃがれた声になる。それでも向こうは、こちらが誰なのか察してくれたようだった。
 「私、たぶんこれから死ぬと思うから、それだけ伝えておこうと思って。真宵ちゃんにもよろしくね」

707rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:07:41
 


  ◆   ◆   ◆



 時間を少し遡り、放送前。
 江迎怒江が人吉善吉の死体を発見し、それを腐敗させる様子の一部始終を見ていたツナギが江迎に発見された直後。
 向かってくる江迎の姿を見て、ツナギはもはや交渉の余地はないと思っていた。
 こちらを見る江迎の形相は、すでに正気のものではなかった。目は虚ろで焦点があっておらず、大きく裂けた口の端からは絶え間なく血が流れ続けている。
 その血をぬぐうこともなく、足取りだけは確かにツナギのほうへまっすぐに歩みを進めてくる。
 化け物のようだ、とツナギは思う。
 身体がすでに人間のそれではない自分が、そんな感想を抱くのもどうかとは思うが。
 この女は身体ではなく、精神がすでに人間のそれではない。そんなふうに感じた。

 「あなた、何者?」

 すでに没交渉であることを承知で、ツナギは目の前の女へと向けて話しかける。
 言葉が通じるかどうかも微妙と思ってしまうような見た目の相手だったが、意外にも江迎はツナギの言葉に足をぴたりと止める。
 狂ったような表情はそのままだったが。

 「魔法使い――じゃないわよね。『魔法』使いでもない。魔方陣でも魔法式でも、ここまで大規模に魔法を発動して、魔力を全然感知できないなんてことがあるはずないもの。
 魔法じゃないなら、私にはもう『現象』としか言いようがないのだけれど。魔法以外でそんな『現象』を引き起こすことができる人間なんて初めて見るわ。いったい何なの? あなた」

 江迎は答えない。
 聞いているのかいないのか、まるで腐ったものでも見るような目を、黙ってツナギへと向けてくる。

 「ああ、自己紹介がまだだったわね。私はツナギ。小学五年生の魔法少女よ。あなたの名前は?」
 「…………あなたに名乗る名前なんてないわ」
 ツナギは初めて相手の声を正面から聞く。
 「何なのよあなた――今までこそこそ隠れていたくせに、急に堂々と話しかけてこないでよ……見つかったからって開き直り?」

 意外に人間らしく喋る――ツナギはそう思う。いや、意外にも何も、相手は人間なのだが。
 人間なのだとは思うが。
 あからさまに不快そうにはしているが、感情が見て取れるぶんまともに見える。どうやら完全に話が通じない相手というわけではないらしい。

 「あなたみたいなガキに、気安く話しかけられる筋合いはないわよ。魔法少女? 頭おかしいのあなた……大体なんなのよ、その頭の口。気持ち悪い」
 「……半分口裂け女のあんたに言われたくはないけどね」

 ツナギの言葉に、江迎の様子が再び急変する。ざわ、と周りの空気がうごめくような気配を感じたかと思うと、たちまちのうちに辺りが腐臭に包まれ、喉がひりつくような感覚を覚える。
 属性「風」、種類「反応」、顕現「化学反応」――そんなふうにツナギは江迎の能力を「魔法」として分析したのだったが、やはり今の江迎から魔力を感知することはできない。

 (魔法でないなら、単なる「科学」による文字通りの化学反応――っていう線もありうるのかしらね)

 引き起こされる現象があまりに大規模で不可解なものであったから、ほとんど当たり前のようにそれを魔法として考えていたが、思えば何も魔法に限定して考える必要はない。魔力を感知できないなら魔法ではないと考えるのはむしろ自然だと言える。
 物質の腐敗を促進、強制するというのは、いかにも科学による技術、バイオテクノロジーの一種と言えるのではないか――現代の科学力を考えれば、細菌などを利用することで人為的に腐敗を促進するというのは十分に可能な技術だろう。
 ただ、先程江迎が見せたような、早回し映像さながらの腐敗となると、少なくとも一般に知られているレベルでの技術では説明が付かなくなる。なにより江迎は、触れてもいない、近づいてすらいない周囲の物質さえ腐敗させてみせたのだから。

708rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:08:35
 
 (科学か超科学か――まあ、それを考えること自体に意味はないか)

 どちらにせよ、常識をはるかに超えたレベルの『現象』であることに変わりはない。
 ツナギにとって厄介なのは、これが魔法ではないという一点のみだった。ツナギの魔法は属性が「肉」、種類が「分解」、自身の「口」で喰らった魔力を分解し、己の魔力として吸収してしまうという魔法。
 だから相手の攻撃が魔法である場合、ツナギとしてはただ真正面から喰い尽くしてしまえばいいだけの話なのだが、今の相手はそう簡単にはいきそうもない。
 ツナギの魔法は決して「魔法使い」相手に特化しているというわけではないのだが――相手の引き起こす『現象』の正体が明らかでない以上、自分の魔法がいつもどおりに作用する保障はまったくない。
 水倉りすかにとって、ツナギが天敵であったように。
 ツナギにとっては、目の前の江迎こそが天敵であるのかもしれないのだ。

 「……私を殺す気かしら?」

 腐臭に顔をしかめながらツナギは言う。
 まるで相手の殺気が、怒気が、そのまま腐臭に変換されているかのような有様だった。

 「あなたの態度しだいでは、協力してあげることもやぶさかじゃあなかったんだけどね……私としては、極力無駄な争いは避けたいところだし」

 後半はともかく、前半は完全に嘘だった。こんな危険な相手と協力関係を結ぶなど、たとえメリットがあったところで御免だ。向こうから頼まれてもお断りだっただろう。あくまでこれは、相手の目的を探るための台詞だった。
 「無駄な争いは避けたい」というのは本音ではあったが、それは目の前の女――江迎怒江との戦闘を避けるという意味としては不適切だった。自分が今、この女をここで始末できるというなら、それはまったく「無駄な争い」ではないのだから。
 この女を野放しにしておくよりは、ずっと有意義な闘争である。
 それは現時点においては、江迎の能力や奇行を観察した上での、ほぼ直感によった判断と言っていい程度のものでしかなかったが――この直後にツナギは、その直感がこの上なく正しいものだったと理解することになる。

 「私はね、死にたくないの」
 ツナギの言葉に対して江迎は、やけに明瞭な発音でそう言う。
 「善吉くんみたいに、誰かに殺されたりしたくない――嫌われてもいいから、幸せになれなくてもいいから、せめて最後まで生き残って、皆のところに生きて帰りたい」

 「皆」というのが誰のことを言っているのかツナギには知る由もなかったが、この女にも仲間と呼べるものがいるのだろうか――とツナギ一瞬だけ、江迎に対する危険意識を緩める。
 一瞬だけ。
 江迎が次の言葉を発するまでの、本当に一瞬だけ。

 「だから、あなたは殺さなくちゃいけないのよ」
 今までとまったく変わらぬ口調で、江迎はそう言った。
 「だってあなたを殺さないと、私が死んじゃうじゃない」
 当然のことをあえて確認するように、まるで自然なことを言うように。
 「あなたを殺さなかったら、私があなたに殺されちゃうじゃない――生き残ったあなたが、いつか私のことを殺しちゃうじゃない」
 だから死んで――と、
 最後には微笑すら浮かべて、江迎は言った。

 「…………」

 江迎のこの発言について、ツナギが何かを言える道理はないだろう。まさに今、江迎のことを危険人物として始末しようとしている立場である彼女には。
 ただ、それでもあえて、五十歩百歩であることを承知で何かを言うなら、江迎の考え方は、自分のそれより圧倒的に醜悪だった。
 彼女は今、相手が危険であるかどうかも、相手がどんな人間であるのかも一切関係なく、「ただ目の前にいるから」という理由だけでツナギを殺そうとしている。
 それはある意味、今のこの状況にとても即した考えであるとも言える。
 「相手を殺さなければいつか自分が殺される」という彼女の思考は、「最終的に生き残れるのは一人だけ」というこのバトル・ロワイアルにおける前提をこの上なく理解したものであると言うことができるのだから。
 自分以外を殺し、自分だけが生き残る。
 それはこの舞台において、理想的とはいかなくとも、模範的というには十分すぎるくらいのスタンスだった。

709rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:09:43
 
 ――――ぐじゅり。

 言い終えると江迎は、おもむろに地面に四つん這いの姿勢になる。地面につけた両手からとても厭な音が聞こえたかと思うと、次の瞬間、周囲に尋常ならざる変化が起こる。
 先程の「腐敗」とはまるで逆の現象――周囲の木々が、早回しの映像を見せているかのように、急速に成長、肥大化していく。
 若木は成木に。
 成木は大木に。
 大木はそれ以上の大樹に。
 ツナギを中心に、次々に成長していく木々はあっという間に天を衝くような大きさとなり、まるで巨大な檻のようにツナギを取り囲む。

 「…………無茶苦茶すぎるでしょ」
 さすがにこの『現象』には面食らったのか、ツナギは小さく舌打ちする。
 「魔法で例えるなら、属性は「木」、種類は「成長」――いや「増殖」ってとこかしら? 『腐らせる』の次は『成長させる』とはね……まったく恐れ入ったわ」

 魔法とは「使用者の『精神』を外側に向けて放出する行為」であり、行使する魔法の種類やそれによって引き起こされる現象を知ることは、その魔法を使用する者の内面を知ることと同義であると言ってもいい。
 当然ツナギもそのことを十分に理解している。理解しているがゆえに、目の前で起きている現象は魔法によるものではないということを、さらに強く確信した。
 「成長」と「腐敗」、まったくの正反対と言えるふたつの現象をひとりで使い分けるというのは、魔法使いであるツナギにとってはありえないことであり、まったくと言っていいほど信じがたい事実だった。
 少なくとも、こちらの『現象』は江迎の内面を反映しているとは思えない。
 「腐敗」ならまだしも、こんな凶々しい気配を纏った女が「成長」を司るなど。
 実際にはその考えは正鵠を得てはいないのだが、いくらツナギといえども、現時点で江迎の能力について完全に推測するというのは難しいだろう。「腐敗」から「成長」を生み出すという発想は、江迎本人ですら、つい数時間前まで至らなかった発想なのだから。

 「は――上等じゃない」
 四方八方を大樹の檻で囲われながら、それでもツナギは余裕の表情を見せた。
 「そっちから仕掛けてくるんなら、こっちももう様子見の必要なんてないわね……正面から堂々と、根こそぎ喰らい尽くしてやるわ――!」

 その現象のあまりの大規模さに面食らいこそしたものの、むしろこれは自分にとっては好都合とツナギは思っていた。
 物質を直接「腐敗」させる先程の力よりも、こうして「木」という目に見える物理的な攻撃手段に頼ってくれたほうが、ツナギの使用する魔法にとっては都合がいい。どれだけの物量で攻めてこようが、片端から喰らって「分解」していけばいいだけの話なのだから。

 「ぱらだしらかれわ ぱらだしらかれわ・だしらえ だしたえ・くるえくるえ いすたむ・かい・らい・まい・とすいま らると・たふ・らふ・あふ・いらど・えい むが・むが・たふあ・むとたい――」

 そしてツナギは呪文の詠唱を始める。
 周囲の木々はなおも成長を続け、ツナギとの間隔を狭めていく。覆いかぶさるようにして伸びてくる枝の一本一本が、江迎自身の手足であるかのようだった。
 接近戦に限っては、ツナギの魔法による戦闘能力はほぼ無敵といっていい。江迎がこの樹木の群れを自由自在に操ることができたとしても、ツナギの身体に触れたそばから軒並み無力化されてしまうことだろう。
 向こうが物量で来るなら、こちらは持久力だ。
 相手の能力の正体はわからないが、その原動力が無限ということはあるまい――江迎の体力が底をつくまで、この樹木の兵隊を喰らい尽くしてしまうつもりだった。
 持久力というよりは、食欲か――。

 「らとたい・ほまろのし じうねき まじきおし くいて・ぼりくつ ほり・すくじ・すえーど すえーす・ろじ・やどれ やどり・らうぼ いらむ ねれいさ――」

 呪文の詠唱が終わろうとしたその時、ツナギは自分の認識が甘かったことを知る。

 ――――めきり。

 そんな音が聞こえた次の瞬間、それは起きた。
 今にも襲い掛からんとばかりにその枝を、体幹を伸ばしてきた周囲の木々が。
 一斉に、ツナギへと向けて崩れ落ちてきたのだった。

710rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:10:49
 
 「…………!?」

 思わず、ツナギは絶句する。
 崩れ落ちた――それはツナギの視点からするとそうとしか表現できないような光景だった。まるで計ったかのような正確さで、すべての木々がまったく同時に崩壊したのである。
 ツナギは最初、それを「圧殺」を目的とした攻撃なのだと思った。
 物量でなく、質量に頼った攻撃。成長、肥大化させた木々すべての質量を用いて相手を押しつぶすという、原始的だがある意味効率的とも言える攻撃。
 本当にそうだったとしたら、避けることはできたかもしれない。
 木々のそれぞれが塊として落下してくるだけの攻撃ならば、ツナギの身体能力でなら回避しきれていたかもしれない。少なくとも圧死することは避けていただろう。
 しかし、そうではなかった。
 落ちてきたのは塊でなく、どころか固体ですらなかった。
 さながら水風船を割ったかのように、崩壊した木々のすべてから得体の知れない半液体状の何かがぶちまけられ、ツナギへと降り注いできたのだった。

 「ぐ…………っ!!」

 四方を取り囲んでいた木々がまとめて崩落してきたのだから、逃げ場などあるはずもない。避けることもできずに、ツナギはそのどろどろとした異形の物質を頭上からもろに浴びる。
 そしてそれを浴びたことでツナギは、降り注いできた『中身』の正体を知る。
 それらは、腐敗した木々のなれの果てだった。
 ぐちゃぐちゃの、半液体状になるまで腐敗しきった、まさしく木の『中身』だった。
 崩れ落ちてきたのでなく、
 腐れ落ちてきたのだ。

 (嘘でしょ……こんな短時間で、ここまで徹底的に腐敗させ尽くすなんて……いや、そんなことより――)

 馬鹿な、とツナギは思う。
 これまでに江迎が見せた現象を見る限り、この「物質を腐敗させる能力」は、すべて「外側から」進行していくものだったはずだ。
 江迎自身から、いうなればウイルスのような何かが発生しているかのごとく、外気に触れている部分から順番に腐敗が進行していく、そんな感じだった。
 それなのにこの木々は、皆一様に「内側から」腐敗している。
 いや――それ以前になぜ江迎は、せっかく成長させたこの木々の群れをなぜ壊滅させたのだろうか?
 ツナギへ向けて木々の残骸を「ぶちまける」というのは、確かに意表をつく戦略ではあったが……それによってツナギが大きなダメージを受けたというわけではない。
 いや、腐った物質を全身に浴びせかけられるというのは精神的な意味においては計り知れないダメージではあるとは思うのだが……
 しかし倒れてきた木々の量が膨大だったにもかかわらず、それらがすべてぐちゃぐちゃに崩壊していたことで圧力が分散し、押しつぶされるようなことはなかった。木々が「徹底して」腐敗していたことが、逆にツナギにとっては幸いだったと言える。
 ツナギが意表をつかれて驚いている間に逃げる算段なのかと一瞬思ったが、江迎はまださっきと同じ場所にいた。ただし四つん這いの姿勢ではなく、すでに立ち上がっていたが。
 辺りを埋め尽くす強烈な腐敗臭に、思わず目眩を起こしそうになる。それでもツナギは、江迎から意識をそらさぬよう気を引き締めなおした。
 しかし、それも一瞬のことだった。
 気を引き締めることができたのは一瞬だけだった。
 直後、ツナギは本当に強烈な目眩を覚え、その場に膝をつく。目眩だけではない、急に胃がひっくり返るほどの吐き気を覚え、たまらずその場に激しく嘔吐する。

 「う…………げぇ…………っ!!」

 腐敗臭にあてられたのかと思ったが、ツナギを襲う変化はそれだけに留まらなかった。
 今度は全身に痛みが走り始める。腐敗した木々の中身を浴びた箇所を中心に、皮膚を剥がされるような、鋭く焼け付くような痛みが身体の至る所を支配していた。
 明らかに、腐敗した木に触れた反応としては常軌を逸している。
 まるで硫酸でも浴びたかのような激痛だった。

 (何よこれ……毒!?)

 痛みと吐き気に朦朧としかける視界の向こうで、江迎怒江がぼそりと呟く。
 マイナスからよりマイナスに「退化」した、己の過負荷(マイナス)の名を。

 「『荒廃した腐花』――改め、『荒廃した過腐花』<ラフライフラフレシア>」

711rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:12:08
 


  ◆   ◆   ◆



 江迎が成長させた木々を一斉に、それも一瞬にして崩壊させたという現象。
 江迎が善吉の死体を、手を触れることなく骨の一本に至るまで腐敗させ尽くしたという現象。
 そのふたつの現象は、どちらも同様のメカニズムによって説明することが可能なものである。
 今さら説明は不要かもしれないが、江迎が貝木泥舟とともに開発した「荒廃した腐花・狂い咲きバージョン」は、「土を腐らせる」ことによって腐葉土を作り出し、大量の養分を生成することで強制的に植物を成長、操作するという過負荷(マイナス)である。
 つまりはこの能力により「腐敗」するのは江迎が手を触れている地面の一部のみであり、植物の成長を促すというのはあくまで副次的な効果でしかない。
 「手で触れたものを腐敗させる」――起きる現象は違えど、それが江迎の持つ欠点(マイナス)であり、同時にルールでもある。
 今の彼女にしても、そのルールに変更はない。手で触れたものを腐らせるという一点においては、今でも現在進行形で適用されている。
 ただし、今の江迎はそれだけに留まらない。
 現在の彼女の過負荷(マイナス)には、新たな欠点が付加――負荷されている。
 順を追って説明しよう。
 江迎がツナギに対し「荒廃した腐花・狂い咲きバージョン」を発動した際、彼女の両手はやはり、最初に土を腐らせた。
 土を腐らせ、腐葉土を作り、木々を成長させる。ここまでは今までの江迎と同様である――今までの過負荷(マイナス)と同様である。
 今までと違ったのは、その次からの過程だ。
 次に彼女が――彼女の両手が腐敗させたその土は、その周りの土を腐らせる。
 腐った土が次の土を腐らせ、その土がまた、次の土を腐らせるといったように。
 その次も、またその次もと、伝達するように土が土を腐らせ続ける。
 その腐敗はやがて、周囲の木々の根元に達する。土から土へ続いてきた腐敗は、まるで当然のようにその根から木の内部へと伝達される。
 土から根へ。
 根から幹へ。
 幹から枝へ。
 内側から侵食するように、その腐蝕は次々に進行していき――最終的に表皮にまで達した時点で、それらは一斉に崩壊する。
 水風船のように外側の表皮を破り、どろどろの中身をぶちまけながら。
 江迎が人吉善吉の死体を腐敗させたときも、これと同様のプロセスをたどった結果である。
 善吉の死体を発見したとき、江迎の両手が最初に何を腐敗させたかと言えば、それは「空気」だった。
 江迎の『荒廃した腐花』は強弱の操作はできてもオンオフの切り替えは利かない。何も触れていない状態であっても、彼女の両手は常に、自身の意思に関わらずその周りの空気を腐らせ続けてしまう。
 そうして行われた「空気の腐敗」は、土中を伝達したときと同様、空気中を伝達する。
 空気から空気へ、もはや風向きすら関係なく次々に腐敗を伝達し――そして善吉の死体へと至る。
 腐敗した空気が、まず服を腐らせ。
 服から皮膚へ。
 皮膚から肉へ。
 肉から内臓へ。
 内臓から骨へ。
 次々に、次々に、次々に、次々に。
 ぐずぐずのぼろぼろに朽ち果てるまで、その腐敗は続く。

 『腐敗の連鎖』。

 果実を敷き詰めた箱の中にひとつだけ腐った果実が紛れ込んでいると、周りの果実にまでその腐敗が広がってしまうというのはひとつの常識であるが――今の江迎に負荷されている過負荷(マイナス)は、まさにそれに類するものである。
 腐敗が腐敗を呼び、荒廃が荒廃を呼ぶ。
 土から土へ、空気から空気へ、植物から植物へ、生物から生物へ。
 伝染し、感染し、汚染する。

 「腐敗を伝染させるスキル」――それこそが今の江迎の過負荷(マイナス)、『荒廃した過腐花』<ラフライフラフレシア>。

712rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:13:29
 
 「はっ……はっ……はっ……はっ……っ」

 江迎によって腐敗した木の残骸を全身に浴びたツナギは、喘ぐように息を吐きながら疾走する。
 彼女の周りには、鼻を覆いたくなるほどの異臭がとめどなく漂っている。それは身体に付着した木の残骸だけでなく、ツナギの身体そのものからも発せられていた。
 言うまでもなく、それは腐臭だった。『荒廃した過腐花』により木からツナギへと「伝染」した、腐敗の香りだった。

 (「毒」なのか「病原体」なのかはわからないけど……炎症とか化膿とか、そういうものを全部すっ飛ばしてダイレクトに「腐らせる」って感じね……それなのに、伝染病みたく「うつす」ことはできる――何にせよ、理屈で説明できる現象じゃないわね)

 腐敗に全身を侵されながらも、ツナギは大幅に取り乱すようなことはなかった。逃走しながら、江迎の能力について正確に分析できるくらいには冷静さを保っていた。
 そう、彼女はいま逃走していた――かつて「魔眼」の使い手、『眼球倶楽部』犬飼無縁と対峙したときにすら、捨て身の覚悟で挑もうとしていた彼女の行動とは思えないくらい、一直線に逃走していた。
 ただし正確を期するなら、ツナギは江迎に恐怖を感じ、まったく勝ち目がないと諦めた結果として逃走しているわけではない。
 その逃走はどちらかというと、ツナギが廃病院で初めて水倉りすかと対峙し、「変身」した彼女の魔法を見せつけられ一目散に退散したあの時――つまりは戦略的撤退といえるものに近い。
 勝利を捨てた逃走でなく、勝利を手放さないための逃走。
 なぜなら、今の彼女は。
 江迎から離れなければ、呼吸をすることすら難しい状況にあるのだから。

 「はっ……はっ……はっ……はっ……かは……っ!!」

 喘ぐような呼吸。
 実際、彼女は喘いでいた。無理もないだろう、周囲を正常でない空気に覆われ、おまけに気管と肺にダメージを受けながら喘ぐことなく走り続けられる生物などおそらく存在するまい。

 (物質を腐らせる能力――その能力を駆使して「空気」すらも腐敗させた、ってことかしら? まったく冗談じゃないわ――!)

 呼吸とは裏腹に、乱れのない思考を働かせながら、ツナギは後ろを振り返る。
 だいぶ離れたところに江迎はいた。狂気の表情を浮かべ、一心不乱に逃げるツナギを追いかけてくる。足の速さはさほどでないため、ツナギとの距離が縮まる様子はない。
 『空気を腐らせて毒ガスを作る』――それはかつて人吉善吉の母、人吉瞳に行使したのと同じ、江迎の基本戦術のひとつ。
 相手が風下に立っていることが使用条件ではあるが、離れた相手に目には見えない攻撃を加えるという点では、それなりに強力な武器ではある。
 しかし今の江迎は、その基本戦術ですら強化されている。
 先にも述べたが、成長した江迎の過負荷――『荒廃した過腐花』には風向きすらもはや関係がない。空気から空気へ、連鎖反応的に「空気の腐敗」を拡散させることができる。
 それどころかその「腐敗の連鎖」が肺にまで到達してしまえば、毒ガスに侵されるどころの話ではない。「連鎖」により身体の内側から直接腐敗させられるという致命的なダメージを受けることになる。
 幸いツナギは、腐敗した空気を吸い込んではいるものの、かろうじて「連鎖」が届く範囲からは逃れていた。
 『荒廃した過腐花』による腐敗の連鎖は、当然のこと無限ではない。ある程度距離を置いてしまえば、伝染することは免れる。
 しかし、ツナギにとっては現時点ですでに致命傷を負っているも同然だった。
 毒ガスにより肺腑と気管を焼かれたというダメージは、致命傷と同じくらいに深刻だった。

 (『呪文の詠唱ができない』――確かにこれは、ちょっと致命的過ぎるわよね……)

 ツナギは苦虫を噛み潰したような表情になる。
 魔法を発動するためには、魔法式か魔方陣、あるいは呪文の詠唱を必要とする。
 ツナギの魔法も例外ではない。ひとつかふたつ「口」を出現させる程度なら詠唱なしでも可能だが、512個の「口」をすべて出現させ、完全な戦闘モードに「変身」するためには、どうしても呪文の詠唱が必要になる。
 図らずも江迎は、その手段を真っ先に潰すことに成功した。
 言葉が発せないわけではないにしても、呼吸することすら困難な状態で呪文を一言一句正確に詠唱するというのはかなりの無理難題である――そもそも魔法の発動には、正常な精神状態こそが求められるのだから。

713rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:14:28
 
 ツナギが江迎に話しかけている間、江迎のほうはすでに戦闘を開始していたのだ。
 己を中心に、まるで見境なく「空気の腐敗」を辺り一面に展開するという荒業をもってして。
 当然、江迎自身もその「腐敗」の真っ只中、渦中に身を投じているも同然なのだが――「なぜ彼女自身は腐敗の影響を受けないのか」などという疑問をいまさら呈するのは愚問としか言いようがないだろう。
 昔からずっと、その「腐敗」とともに生きてきた江迎にとっては。
 どれだけ腐敗が蔓延しようが、どれほどの空気が腐敗しようが、それは日常の延長線上。
 球磨川の『大嘘憑き』が、『なかったこと』を『なかったこと』にできないように。
 限界まで腐りきっているものを、そこからさらに「腐敗」させることはできない。
 腐敗に染まりきった彼女が腐敗の影響を受けることなど、ありえるはずもない。
 ツナギが先程、江迎の引き起こした『現象』に対し、本人の内面を反映していない魔法とは異なるメカニズムという見識を持ったが、それはやはり大きな間違いである。
 今の江迎の過負荷(マイナス)は、これ以上ないくらいに彼女の内面を反映している。
 死にたくないという意識を。
 自分が生きるためなら、他の何を滅ぼしても構わないという、限りなくマイナスの方向に寄った、彼女の貪欲かつ醜悪な生存本能を。
 余すところなく、反映しすぎている。

 「ったく……全然面白くないわ…………これじゃ全部が全部、まるっきり後手後手じゃない……!」

 苦しげに、息も絶え絶えにツナギが発したその言葉は、実のところ大いに正鵠を得ていた。
 後手後手。
 まさしくすべてにおいて後手に回ったからこそ、ツナギは今こんな苦境に立たされているのだから。
 ツナギが江迎の姿を発見してから、江迎が「成長」の能力を発動するまでの間、そのうちどのタイミングでもいい、呼び止めて話を聞くなり、「魔法」を使って脅しつけるなり、不意打ちで襲い掛かるなり、何かしら積極的な行動に出ていれば。
 そもそも「尾行」などという、武闘派中の武闘派たる彼女の得意分野とは言えない行為に出てさえいなければ、こんな状況に陥ることなどなかったに違いない。
 結局のところ。
 彼女が今の今に至るまで、まるで彼女らしくもないことに消極的な様子見の姿勢に徹していたことが、結果的に江迎の過負荷(マイナス)を大幅に成長させ、初見殺しともいえる江迎の先制攻撃を許すという最悪の事態を招き寄せてしまったと言える。
 そしてこの失敗は、もはや取り返しのつくものではない。
 成長した江迎の過負荷を浴びたという失敗は、大げさでなく死に直結する。

 「…………痛っ!!」

 右大腿部に走る激痛に、思わずそこに手をやる。
 手で触れたその部分から、皮膚なのか肉なのかすら判然としないものがずるりと剥がれ、地面へぼとりと落下した。
 すでに「連鎖」のリンクからは外れているとはいえ、一度受けた腐敗の影響は着実にツナギの身体を蝕んでいた。外側だけに留まらず、内側にまでその腐敗は侵食してくる。
 生きたまま自分の身体が腐れ落ちるというのは普通の神経をしていれば発狂ものであろうが、それでも冷静でいられるあたり、ツナギの戦士としての器量が窺える。
 しかしいくら冷静でいられようが、肉体の損傷だけはどうしようもない。腐敗が脚に回ったことで、ツナギの走る速度が目に見えて落ちる。
 後ろからは江迎が、まるで変わらぬ速度で走り続けてくる。
 彼女の通った後にあるものは、そのすべてが少なからず「腐敗の伝染」の影響を受けており、道しるべのように江迎の走ってきたルートを表していた。足跡ならぬ腐敗跡といったところか。
 単純な身体能力で言えば、江迎よりもツナギのほうがおそらく高いだろう。しかし今、ツナギは全身に腐敗の影響を受けている上に呼吸が困難な状態にあるのだから、全力で走り続けられるほうがおかしい。
 だからおかしいのはむしろ、江迎のほうだろう。
 彼女はついさっきまで、休息どころか水分の補給もないままに数時間ぶっ通しで走り続けてきたのだ。それを追跡してきたツナギも距離的には同じ条件といえるが、むしろ余裕を持って追跡してきたツナギと江迎を同列に考えるのが正しいとは言い難い。
 それなのに江迎は、まるで疲労を感じさせない速度で走り続けてくる。それも能力をフルに開放し続けたままで。
 今の江迎を支えているのは、人間離れした精神力だった。
 疲労も渇きも空腹も、根こそぎ凌駕する歪んだ精神力。
 何にせよ、このままではツナギが追いつかれるのは時間の問題だった。
 江迎の「腐敗の連鎖」の範囲内に入れば、今度こそ間違いなく命はないだろう。

714rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:15:10
 
 (仕方ない……本当はこんな、小道具なんかに頼りたくはなかったんだけどね――!)

 ツナギは自分のデイパックから、かんしゃく玉のような小さな球体を数個取り出し、向かってくる江迎と、地面に向けてそれぞれ投擲する。

 「!」

 江迎は自分めがけて飛んでくるそれを、反射的に両手を向けて「腐敗」させることで防御する。
 しかしそれらはフェイントに過ぎない。ツナギにとって本命は、地面に投げたほうの球体だった。
 その球体は地面に衝突すると同時に、その小ささからは想像もつかないくらいの勢いで、派手に爆発した。

 「…………っ!!」

 箱庭学園風紀委員長、雲仙冥利が使用していた武器のひとつ――炸裂弾「灰かぶり(シンデレラ)」。
 その強烈な爆風に、江迎の小柄な身体は数メートルほど吹き飛ばされる。とっさに顔をかばったため爆熱や爆片で目などを傷つけることはなかったが、そのかわり受身も取れず、思い切り地面に叩きつけられてしまう。

 「がは…………っ!!」

 気を失うこともなかったのは、やはり彼女の執念というべきだろうか。
 痛みにうめきながらも、江迎は立ち上がる。爆音による耳鳴りが酷く、目もちかちかする。それ以前に爆風により巻き上げられた砂煙が煙幕となり、辺りの視界を閉ざしていた。
 さすがにこの状況で下手に動くことはできない。闇雲に動き回ればこちらの居場所を相手に教えてやるようなものだし、そこにもう一度あの爆弾を投げつけられたらひとたまりもない。怒りに震える江迎の頭でも、そのくらいのことは理解できていた。
 歯噛みしながらも、江迎はその場でじっと煙が晴れるのを待つ。
 数分後、視界が晴れたときにはもう、そこにツナギの姿はなかった。

 「あの…………クソガキがぁ!!」

 江迎の怒号に反応したかのように、周囲の木が数本、見る影もなく腐敗していく。
 しかしその声に返事を返す者は、当然ながら誰もいなかった。



 こうしてツナギは、満身創痍になりながらも一時的に江迎怒江からの逃走に成功する。
 一時的に。
 この時点ですでに、ツナギは自分が完全に逃げ切れないことを確信していたし、そもそも最初から、逃げ切るつもりなど毛頭なかった。
 彼女の逃走は、あくまで勝つための逃走。
 闘争のための逃走。
 江迎の姿が見えないところまで走り、適当な草むらに身を隠したツナギがまずしたこと。
 それは呼吸を整えることと、それから流れてきた放送を聞くこと。
 そして自分のデイパックから、携帯電話と応急処置用の包帯、そして筆記用具を取り出すことだった。



  ◆   ◆   ◆



 「思ったよりも時間がかかったな……」

 豪華客船を後にし、再び砂漠の中をひた走るフィアットの中。
 往路に対して若干東寄りのルートを走行し、次の目的地、診療所に向かう途中で、ぼくは助手席の真宵ちゃんに聞こえない程度の声でつぶやく。
 ぼくたちが学習塾跡の廃墟を後にしてから、すでに二時間以上が経過している。これから診療所とネットカフェに向かうことを考えると、移動手段に車を使っているにしてはのんびりしすぎた感がある。

 「このペースだと、さすがに研究所までは間に合わないか……」

 ついさっき聞いた放送の内容を思い出して、ぼくは言う。

715rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:15:49
 
 今回はしっかりと、禁止エリアも地図にメモしてある。目的地候補だった斜道卿壱郎研究所が存在するエリアD-7が禁止エリアに入るまで、残り三時間を切っている。
 研究所が山の中にあるという条件も合わせて考えると、診療所とネットカフェをスルーして直接向かったとしてもまず間に合わない。奇跡的に間に合ったとしても、出る時間がないだろう。
 放送までには道路のある場所まで戻ってこれると思っていたけど……砂漠の移動に予想していたよりも時間を費やしてしまったのが原因のようだ。
 
 そう考えると、わざわざ砂漠を横断してまで豪華客船に寄ったのが本当に正解だったのか、後悔とまでは行かなくとも疑問のような感情を少し抱いてしまう。「人探し」の点で言うと、研究所のほうがどちらかと言えば本命だったし。
 せめて何か役に立ちそうなものでも見つかれば、言い訳にもなったのだけれど。
 ガソリンくらいはあるんじゃないかと期待してたんだけどなあ――いや、よくよく探せばもしかしたら何かは発見できていたのかもしれないけれど、あのだだっ広い船内を真宵ちゃんと二人で隈なく探すというのはさすがに無理がある。
 二時間どころか、丸一日でも利くまい。
 まあ、もともと「迂回」のためのついでに寄ったみたいな場所だったし、誰もいないことが確認できただけでも収穫だったのかもしれない。
 あの船内に誰かが潜んでいて、出会い頭に殺されるという可能性があったことも考えれば、何もなくてラッキーと言えないこともないし。
 ポジティブ・シンキング。
 何にせよ、過ぎたことをあれこれ考えていても仕方がない。次の目的地である診療所で役に立ちそうな物か情報が拾えることを願うだけだ。
 ――と、ぼくが思考を一区切りし、やっぱり砂漠は暑いなあ、とどうでもいい方向に思考を向け始めた、そのとき。

 「ひゃう!?」

 という真宵ちゃんの悲鳴を聞き、危うくハンドルを引っこ抜きそうになる。幸いぼくの腕力が不足していたおかげで、ハンドルは無事だった。
 何事かと思いぼくが見たものは、いつの間にか取り出していたらしい携帯電話を握り締め、その画面を見つめたまま硬直している真宵ちゃんの姿だった。携帯からは、着信が入っていることを知らせる着信音とバイブレーションが無機質に続いていた。
 ああ……そういえば船内にいたとき、真宵ちゃんに携帯電話の機能を調べる役割を押し付け……任せたのだったっけ。
 まさに今、その役割を果たしている真っ最中だったのだろう。慣れない携帯電話に四苦八苦しているところにいきなり予想外の着信が入ってびっくり仰天、という構図らしい。

 「……誰から?」

 聞きながら、たぶん零崎からだろうな、とぼくは思っていた。
 この携帯の番号を教えてあるのは今のところあいつだけだし、零崎以外で唯一電話の通じた展望台はすでに禁止エリア内に入っている。誰かが偶然この番号にかけたのでない限り、零崎からの連絡と考えるのが妥当だろう。
 何の用かはわからないけど……ツナギちゃんの情報でも手に入れてくれたか?
 そういえばあの子、今頃どうしてるんだろう……。

 「えっと――知らない番号です」
 「え?」

 硬直の解けた真宵ちゃんが、携帯の画面をこちらに向けてくる。表示されている11桁の番号は、確かに登録されているどの番号とも違う――というか、番号だけが表示されている時点で未登録か。
 「…………」
 「…………」
 ぼくたちは互いに、黙って顔を見合わせる。
 すぐに「前を見て運転してください」と注意されたため、見合わせていたのは一瞬だけだったけれど。

 「……とりあえず出てみてよ、真宵ちゃん。ぼくが応対するから、出たらすぐぼくにかわって。例によって、真宵ちゃんは何も喋らないように」
 「例によって、電話はわたしが持ったまま、ですよね?」
 「うん、安全運転優先、だよね」

 わかればいいんです、と急に尊大な感じに言って通話ボタンを押す真宵ちゃん。さっき悲鳴をあげたのを失点と思い、それを取り返そうとしているのかもしれない。
 可愛い。
 すぐに携帯が耳に当てられる。ぼくはとりあえず「もしもし」と、名乗らず声だけを相手に聞かせる。

716rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:16:33
 
 知らない番号からの着信ということは、おそらく相手もぼくたちと同じように携帯電話を支給された参加者なのだろう。移動中にぼくたちがそうしたように、登録された番号に手当たり次第かけている最中、といったところか。
 ぼくたちの知らない相手だとしたら、まずは向こうがどんな立ち位置にいるのか探らなければならない。協力関係を築けるような相手なら歓迎だけど、主催者に与しているような相手なら逆に要注意だ。
 それを会話だけで見極められるかどうかは、正直やってみないとわからないけど……。

 『あ、もしもし、いーくん? 私だけど』

 意外なほど気軽に返ってきたその返事に、思わず「え?」と声が漏れる。真宵ちゃんが怪訝そうな顔でこちらを見るのがわかった。
 ……いーくん? 私?
 偶然通じただけの相手だと思って身構えていただけに、思わぬ肩透かしを食ってしまった形になる。
 明らかにぼくたちのことを知っている様子なのだけれど……聞き覚えのある声ではない。
 ただ、ぼくのことを「いーくん」と呼ぶ相手といったら……。

 「えっと……ツナギちゃん?」
 『そうそう、ツナギちゃん、口より口のほうが先に出る魔法少女ツナギちゃん。久しぶりね、元気だった? いーくん』

 その溌剌とした口調はたしかに数時間前まで一緒にいたツナギちゃんを思わせるものだったが、声のほうはまったく溌剌としていない。というかやっぱり、ぼくの知っている彼女の声とは全然別人のように聞こえた。
 掠れているといかしわがれているというか、妙に聞き取りづらい。そのうえ会話の合間にやたらと咳をするので、喉の風邪をこじらせた相手と話しているような心地だった。

 『いーくん、今どこにいるの? 真宵ちゃんは一緒にいる?』
 「今は……因幡砂漠ってところを車で移動してるよ。豪華客船のすぐ近く。真宵ちゃんも一緒にいるけど――ていうか、ツナギちゃんこそ今どこに?」
 『因幡砂漠か……よかった、なら大丈夫ね』

 こちらの質問には答えず、ひとりで何かを安心した様子のツナギちゃん。
 大丈夫って、なにがどう大丈夫なんだろうか――ぼくはにわかに不安を覚える。

 「ねえ、疑うようで悪いんだけどさ……きみ、本当にツナギちゃん? 何か、声が全然違うように聞こえるんだけど」
 『あー、うん。まさにそのことについてなんだけど、時間がないから単刀直入に言うわね』
 そして彼女は実際に、間を置かず単刀直入に言う。
 『私、たぶんこれから死ぬと思うから、それだけ伝えておこうと思って。真宵ちゃんにもよろしくね』
 「…………は?」

 唐突過ぎる内容に頭の理解が追いつかず、呆けた反応になってしまう。
 死ぬ?
 あのツナギちゃんが死ぬって……何の冗談だ?

 「死ぬって、ツナギちゃん、どういう――ちょっ、待って、ツナギちゃん、一回落ち着いて……冷静になってもう一度、何を言いたいのか、よく整理してから――」
 『……いや、いーくんが落ち着きなさいよ――ごめんごめん、さすがに単刀直入過ぎたわね、私もちょっと焦ってたわ。今からちゃんと説明するから』

 宥めるように言われて、ぼくは我に帰る。確かにぼくがテンパってちゃ仕方ない。
 でもいきなり「これから死ぬ」なんて言葉を聞いて冷静でいろと言われても……。
 そこでぼくは、携帯を持つ真宵ちゃんのはっとした表情に気付く。死ぬ、というぼくの言葉に反応したのだろう。
 思わず出た言葉とはいえ、配慮が足りなかったかな、と反省する。

 『えっと、じゃあ一回目の放送の後、私が真宵ちゃんと別れたところから話すわね――』
 げほ、とむせ返りながら、ツナギちゃんは苦しそうに話し始める。
 『あのあと学習塾跡の近くを歩いてたら、変な女が何かぶつぶつ言いながら走ってるのを見つけてね。直感でこいつは放っておいたら危険だって思ったから、念のため尾行してみることにしたの』

717rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:17:35
 
 尾行……急にいなくなったと思ったら、そんなことしてたのか。
 一回目の放送の後というと、真宵ちゃんが七実ちゃんに襲われそうになっていたあたりのことか……。
 あの時はツナギちゃんが敵だったんじゃないかと疑ったり、そうでなくともツナギちゃんがついていれば真宵ちゃんがあんな目に遭うことはなかったんじゃないかと責めたくなる気持ちもあったりしたのだけれど……
 もともとツナギちゃんは何となくぼくたちに同行していただけに過ぎないし、率直に言えば、ツナギちゃんにぼくたちを助ける道理があるわけではない。
 しかもあのあと聞いた話によると、真宵ちゃんのほうから突き放したような別れ方をしてしまったらしいし、あの件に関しては、ツナギちゃんのほうには一切非はないだろう。

 『だけど結局尾行はばれて戦う羽目になったんだけどね――で、その女、想像以上にブチ切れた「能力」の持ち主でさ……油断してたせいもあって、返り討ちみたいな感じになっちゃったわけなのよね、これが。
 それで今、逆に私のほうが追われる身になってるって状況。このままだと確実に見つかるし、見つかれば確実に殺される。九割方詰まされてる感じ』
 「そんな…………」

 絶句するぼくにツナギちゃんは、その女の人の能力について説明してくれる。
 手に触れたものの腐敗を促進させ、さらにはそれを「伝染」させることができる能力。
 その力と関連があるかどうかはわからないが、植物を急速に成長させ、操作することができる能力。
 どちらにしてもにわかには信じがたいような、それこそ魔法のような力。
 腐敗を伝染させるというのは、何となく奇野さんあたりを連想させるけど……しかしツナギちゃんの話を聞く限り、毒や病原体を操ってというより「腐敗」そのものをコントロールしているような印象を受けた。
 本当にそうだとしたら、異常のケタが違う。
 しかも聞くところによると、鳳凰さんと対峙したときに見せたあの「魔法」もほとんど封じられているらしい。喉を潰されているため、呪文の詠唱ができないのだとか。
 たしかにあの時、ぼくの後ろでツナギちゃんが唱えていた呪文とやらはかなり長くて複雑なものだった。あれを途切れることなく正確に最後まで詠唱しきるというのは、今のツナギちゃんの喋り方を聞く限りほぼ不可能だろう。
 今のこの会話も、どうにか聞き取れる部分だけを拾い上げながら勘とニュアンスで成り立たせているようなものだし。
 外国人同士の会話か、と突っ込めるような状況ではもちろんない。

 『そんなわけで、死ぬ確率がかなり現実的な数字になっちゃったから、生きてるうちに誰かに連絡しておこうと思って。支給品に携帯電話があったから適当にかけてみたら、偶然にもいーくんが出たってわけ。
 いやー、持ってるわね私。この土壇場で知り合いに通じるって、日ごろの行いが良いおかげかしらね』
 「…………」

 偶然って……さすがにそれは嘘だろう。
 おおかた真宵ちゃんの支給品に携帯電話があることを知って、隙を見てこちらの番号だけを調べて控えておいたんだと思う(おそらくぼくが学習塾跡に偵察に行っている間だ)。
 ぼくたちからすれば情報を無断でこっそり盗み見られたようなものだろうけど、特にそれを怒る気にはならなかった。
 むしろあの抜け目のなさそうなツナギちゃんならそのくらいのことはするだろうな、という気持ちのほうが強い。支給品そのものを盗まれたわけでもないし、ただの携帯電話とはいえ自分の支給品を相手に知られたくなかったツナギちゃんの心情も理解できる。
 お互い、完全に心を許せるような間柄でもなかったし。
 そもそも、許せるような心がぼくにあればの話だけれど。

 「…………それにしても、」

 なんか多くないか……? 携帯電話。
 今のところぼくが確認できているのは零崎のも合わせて三つだけだけど、「ひとりで三つも確認できている」と言い換えれば、参加者の人数も考えると結構な数の携帯がこのフィールドにばら撒かれているように思える。
 ぼくにとって携帯は単に電話をかけるだけの道具でしかないのだけれど……武器でもなんでもない、ある意味異質ともとれるこの通信機器を、これほど数多く支給する意味というのは、果たしてあるのだろうか?
 ……もしかすると、この数多くある携帯電話こそが、主催者の意図、ひいてはこの殺し合いの目的、その真意に迫るための重要なファクターなのではないだろうか?
 いや、きっとそうに違いない。
 これほどまでに徹底した殺し合いの場を創り上げて「実験」とやらを行おうとしている主催者が、何の意図も、何の意味もなくただ闇雲に携帯電話だけを重複して支給するなどということはまず考えられない。

718rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:18:24
 
 まだぼくが気付いていないというだけで、この携帯電話には何か、とてつもなく重要な意味がこめられている。少なくとも主催者側が明らかにしていない何らかの意図が存在していると、そう断言できる。
 携帯電話、これこそがこのバトル・ロワイアルにおける最重要項目であるはずだ。

 『もしもし? いーくん聞こえてる? なんか今、不用意にハードル上げなかった?』
 「え? ごめん、ちょっと聞こえなかったけど、何?」
 ハードル? 何の話だろう。
 『いや……何でもない。それより私が今いる場所だけど――』
 やや強引に話を本筋に戻そうとするツナギちゃん。
 ぼくは何か、良くないことでも言ったのだろうか。
 『闇雲に逃げてきたから、正直はっきりした場所はよくわからない。たださっきまでC-3の西端あたりにいたから、その付近のどこかだと思う。勘だけど多分B-2ね。
 道沿いの草むらに今隠れてるから、そこに私のデイパック置いておくわ。要るんだったら取りに来て。ちゃんとした目印とかない所で悪いけど、この携帯も一緒に置いておくから着信音で何とか探してみてよ。
 まあそれほど大した中身でもないけどね。携帯電話以外ではシンデレラとかいう名前の炸裂弾が6個と、賊刀・鎧っていうでかい鎧がひとつ。こんなもの誰が着れるっていうんだか……。
 ――あ、でもしばらくは近づかないほうがいいかも。この辺り一帯、あの女がうろついてる間はガチで危険指定区域だから』

 C-3付近……ここからじゃ車を飛ばしても、すぐには着きそうにないか……。
 もしかして、さっきツナギちゃんの言った「よかった、なら大丈夫」というのは、ぼくたちが近くにいなくてよかった、という意味だったのだろうか。
 自分が死ぬ間際にいるかもしれないのに他人の心配を優先するツナギちゃんに、ぼくは感謝や尊敬よりも先に違和感を覚えてしまう。

 「……何とか逃げられないのか? 隠れられてるっていうんなら、そこから動かずにやり過ごすとか、色々――」
 『無理ね』
 悪あがきのようなぼくの言葉を遮るようにして、ツナギちゃんは言う。
 『今はじっとしてるから隠れられてるけど、逃げようとして動けば確実に見つかる。受けたダメージのせいで足も鈍くなってるしね……
 それと、ここにじっとしててもいずれ見つかる。あの女、地獄の果てまで追ってきそうな形相だったし、そこらじゅうの物を腐敗させまくってでも私のことを見つけ出そうとしてくる。草の根分けてっていうか、草の根腐らせてでもって感じでね』

 聞いている途中でぼくは、真宵ちゃんがこちらへ耳を寄せてきていることに気付く。いつの間にか会話を聞こうとしていたらしい。
 内容が内容なだけに、真宵ちゃんに聞かせていいのかどうか迷うけれど、電話を持っているのが真宵ちゃんなのだから、わざわざ奪い取ってまで聞かせないというのも変な感じになりそうだし……。
 真宵ちゃんが聞きたいと思うのなら、ここはその意思を尊重しておこう。
 念のため「聞きたくないなら聞かないほうがいいよ」という意味をこめて視線だけ送っておく。通じたかどうかはわからないけど。

 『それに万が一逃げおおせたとしても、その後でどれくらい生きてられるのかわからないような状態だし。この声聞いたら、私がどれだけヤバい攻撃喰らったのか少しは想像できるでしょ?
 いーくん、今の私の姿見たらびっくりするわよ。顔とか手足とか、髪とかも、かなり酷いことになっちゃってるから』
 「…………」
 ていうか、全身に口が出現した姿を一度見ているんだけど……多分あれ以上にびっくりすることはないんじゃないかなと思う。
 言わないでおくけど。
 『今の私じゃ、認めたくはないけどあの女には勝てない。「変身」が封じられてる上に、身体も思うように動かないし。
 だからってこれ以上逃げる気はないし、おとなしく殺されるつもりもない。できれば相討ちくらいには持っていきたいけど、今の身体じゃそれも厳しいかな――まあ最低でも、一矢報いるくらいはしてやるつもりだけどね』
 「…………」

 ぼくは想像する。
 生きながらにして自分の身体が「腐敗していく」というのが、どれほどの苦痛と恐怖を伴うものなのかを。
 当然それは想像できる範囲のものではなかったし、仮に想像できたとして、それで何か意味があるようなものだとも思えなかった。

719rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:19:34
 
 ただ少なくとも、それは今のツナギちゃんのように明朗快活に話せるような苦痛や恐怖ではないだろうということくらいは想像できる。
 ツナギちゃんは、今自分が置かれている状況が怖くないのだろうか?
 単に強がって、無理やり押さえ込んでいるだけなのだろうか?
 ……いや、違う。きっとツナギちゃんは、すでに覚悟を決めているのだと思う。
 死に直面しようと、身体が腐敗しようと、己の武器を封じられようと、それでも相手に臨んでいくという覚悟。恐怖を押さえ込むのでなく、消し飛ばすほどの確固たる覚悟。
 ぼくが思っている以上の意味で、ツナギちゃんは強い。

 『まあそんなわけで――短い間だったけれど、残念ながらお別れね、いーくん。勝手についていって、勝手に別れて、勝手に死ぬような形になっちゃったけど、もともとこういう性格だからってことで勘弁して頂戴な。
 上着借りっぱだったけど、これは返せそうにないわね……ていうか腐ってるし。借りパクしてごめんね』
 「いや、服は別にどうでもいいんだけど……」
 『きみは真宵ちゃんと一緒に頑張って。私がいなくなった途端に死んだりしたら情けなさすぎるわよ……って、油断して死にかけてる私が言えたことじゃないか』
 「…………」

 この時点でぼくは、すでにツナギちゃんの死を半ば受け入れてしまっていることを自覚していた。
 そもそもさっきの放送を聞いたとき、ぼくは何を思った?
 七人もの死者が出たという知らせを聞いて、ぼくは何か感じていたか?
 否、ぼくは何も感じていなかった。死の知らせを聞いて、悲しいとも思わなかったし、憤りもしなかった。むしろ子荻ちゃんが生き返っているという事実のほうに重要性を感じている始末だった。
 そんなぼくが、たった数時間行動を共にしただけのツナギちゃんの死は受け入れがたいと喚くのか?
 そんなもの、戯言以外の何物でもないだろう。

 「……どうしても助からないのか?」
 それでも、戯言とわかっていても、ぼくは言う。
 「ぼくに何か、協力できることがあれば――」
 『だから無理だって……意外と往生際が悪いのね。あの女もそろそろ近くまで迫ってきてるだろうし、もう九割九分、詰みよ』
 「でも――」
 『でも、じゃないの』
 ぴしゃりと、ツナギちゃんはぼくの戯言を遮る。
 『私なんかにかかずらってる場合じゃないでしょ、いーくん。きみは真宵ちゃんを守ってあげないといけない立場なんだから、しっかり前を見てなさい。
 いつまでもうだうだ言ってると、逆に真宵ちゃんにフォローされっぱなしになっちゃうわよ。そんなことで生き残れると思ってるの?』
 「…………」
 『鳳凰とかいう、あの鳥みたいな服装の男に遭遇したときのこと覚えてるでしょ?
 あいつを追っ払ったのはたしかに私だったけど、私が「変身」できたのは、きみがあいつと真正面からやり合ってくれたおかげ。きみがいなかったら、あのとき真宵ちゃんまで守れてたかどうかは分からなかった。
 きみはきみが思ってる以上に強い。それは私が保障してあげるわ、いーくん』
 「ツナギちゃん…………」
 やっぱり、この子は強い。
 ぼくが心配するなんておこがましいくらいに、前を向いて生きている。
 それならぼくも、戯言でない言葉で応じなければならない。
 「……わかったよ、ツナギちゃん。真宵ちゃんはぼくが守る。ぼく自身もきっと、最後まで生き残ってみせる。約束する」
 『いい返事よ、いーくん』

 何か、ここに来てから年下の子にぜんぜん頭が上がらないなあ……この短時間のうちに、女の子から二回も「前を見ろ」って言われるし。
 …………いや、ぼくってもともとそんな感じだったっけ?
 そういえば、ツナギちゃんの正確な年齢とか聞いてなかったな――見た目からするとまだ小学生っぽい感じだったけれど。
 外見と年齢が一致しない例を多く知りすぎていて逆に見当がつかない。

 『――ああそうだ、ここからは単に図々しいお願いになるけど、水倉りすかと供犠創貴っていう小学生くらいの子がいたら、それ私の友達だから。もし会ったらよろしく伝えておいて。
 それと名前は聞いてないけど、あの腐敗女について掲示板に書き込んでおいてくれる? 危険人物がB-2あたりで周囲を腐らせながら暴れ回ってるって。 どんな能力使うかとかも、できるだけ詳細に。
 私が書き込めたらいいんだけど、さすがにもう時間なさそうだし。指もちょっと、動かなくなってきちゃってるしね』

720rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:20:08
 
 「掲示板?」何のことだ?
 『あ、やっぱり気付いてなかったか……誰かは知らないけど、ウェブ上に情報交換用の掲示板開設してる奴がいるのよ。書き込みを見る限り、参加者のうちの誰かが作ったものみたい』
 ウェブに掲示板? この状況で?
 それってまさか…………
 『いーくんの携帯からでも見れると思うから、あとでチェックしておいて。なんか、きみのこと探してる人もいるっぽいから――あ、ヤバい』
 電話の向こうの声が、心なし緊張した様子を帯びる。
 何があったのか、言わずとも何となく想像がついた。
 『タイムアップね、あの女が追いついてきたわ――本当に手当たり次第腐らせまくってるし……考えも何もあったもんじゃないわね。ほんと無茶苦茶だわ、あの女……。
 じゃ、今度こそお別れね、私の言ったこと、よく心に留めて――』
 「あ、あの、ツナギさん!」
 突然、真宵ちゃんは携帯をひったくるようにして(ひったくるも何も携帯は真宵ちゃんが持っていたわけだから、これはそのくらいの勢いで、というただの比喩だが)自分の耳へと当てる。
 「あの、私、ツナギさんにどうしても言わなきゃいけないことが……あの、えっと、その――」
 ぼくがツナギちゃんから死ぬと伝えられた時とは比べ物にならないくらい、真宵ちゃんは動転していた。
 しばらく「あの」や「えっと」を繰り返した後、ようやく意味のある言葉を紡ぐ。
 「あの、私たちが鳳凰さんって人に殺されかけたとき、ツナギさんが助けてくれたんですよね? 私あのとき、気絶しちゃってて、その後ずっと、夢だと思ってて、その」
 真宵ちゃんはそこでいったん口をつぐむ。ツナギちゃんが何か言っているのだろう。
 何を言っているのかぼくからは聞こえない。ぼくの時と同じく宥めようとしているのかもしれないし、『勘違いしないで、別にあなたを助けようと思ったわけじゃないから』みたいなことを言っているのかもしれない。
 あの子はこういうとき、あえて冷たく突き放しそうなイメージがある。
 「で、でも」
 でも、と、真宵ちゃんはぼくと同じ言葉で追いすがろうとする。
 「私ずっと、全然お礼とか言えてなくて……助けてもらったのに、それなのに私、その、お礼どころか、ツナギさんに酷いこと言っちゃって……ツナギさんは何も悪くないのに、私、ただの八つ当たりで、あんなこと――」

 酷いこと――それも何のことなのかぼくは知らない。
 ぼくが聞いていない言葉ということは、もしかして真宵ちゃんがツナギちゃんとの別れ際に言った言葉なのだろうか。
 そういえばぼくも、出会い頭に「話しかけないでください」とか言われたけど……あれと同じようなことを、ツナギちゃんにも言ったのかもしれない。
 たぶんツナギちゃんからすれば、子供が駄々を捏ねているのと同じ、それこそただの八つ当たりと受け取って気にも留めていないのだと思う。
 それでも真宵ちゃんは、その言葉を投げつけてしまったことをずっと気に病んでいたのかもしれない。それはきっと、本心からの言葉ではなかっただろうから。

 「――だから私、謝りたいんです。ツナギさんに、電話じゃなくて、もう一度直接会って謝りたいし、お礼が言いたいんです……だから、だからツナギさん――」
 今にも泣き出しそうな真宵ちゃんの声に、ぼくはただ沈黙するしかない。
 真宵ちゃんに言われた通り、前を見て運転していることしかできなかった。
 「だから、死なないでください……必ず迎えにいきますから、それまで生きててください、お願いします、ツナギさん――
 私、まだツナギさんと話したいこと、いっぱいあって……だから、その、また私たち、三人で一緒に……私と、戯言さんと、ツナギさんとで、また一緒に――」

 真宵ちゃんがツナギちゃんに伝えることができたのは、たぶんそこまでだった。
 数秒の沈黙のあと、「あっ……」と短く言って、真宵ちゃんは携帯電話を自分の耳元から離す。横目でちらりと見たその携帯の画面には、通話終了をあらわす文字が無機質に表示されていた。
 真宵ちゃんはしばらくその画面を無言のまま見つめ、やがて諦めたように携帯を持ったままの両手を、すとんと膝の上に落とす。
 ツナギちゃんが最後に何を言ったのか、そこだけは予想すらできなかった。
 「…………」
 「…………」
 ぼくは何も言えなかったし、真宵ちゃんは何も言わなかった。
 やっぱり聞かせるべきじゃなかったかな、と少し後悔する。ツナギちゃんもおそらくぼくだけに聞かせるつもりで話していたんだろうし、せめて隣で真宵ちゃんが聞いていることを最初に言っておくべきだったと思う。
 何にせよ、後の祭りではあるが。

721rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:20:57
 
 しばらくの間、フィアットの駆動音とタイヤが砂を巻き上げる音だけが続く。おそらく今までで一番、重苦しい空気に車内が支配されていた。
 …………しかし、呆気ない。
 あのツナギちゃんが、肉弾戦に限って言えば哀川さんですら敵わないんじゃないかと思うようなあのツナギちゃんが、こうも呆気なく。
 油断していたとは言っていたし、おそらく相性の関係もあったんだろうけど……あのツナギちゃんに死を覚悟させるほどのダメージを与えられる相手というのは、戦慄を覚えざるを得ない。
 できれば真宵ちゃんに、携帯電話から見られるという掲示板を今すぐチェックしてもらいたいところなんだけれど……今の状況ではかなり言い出しづらい。
 冷たいと自分でも思うけれど、ぼくの中ではツナギちゃんのことは残念だけど諦めるしかない、という結論に達してしまっている。
 さっきも思ったことだが、今から向かったところで間に合うとは到底思えない。そもそもツナギちゃんが敵わないような相手を前に、ぼくたちが加勢に入ったところでどうなるというのか。
 だったらせめて、ツナギちゃんの遺志を継ぐくらいのことはしないといけない。
 あのツナギちゃんが、死に直面している状況下にも関わらず連絡してまで伝えてくれた情報だ。それを無駄にするわけにはいかない。
 『しっかり前を見てなさい』――。
 あの言葉にうなずいた以上、それを実践しなければいけない。
 ……しかしひとつ疑問なのは、どうしてツナギちゃんはここまでしてくれるのだろう、という点だ。
 ツナギちゃんにとって、ぼくたちは死ぬ間際まで協力したいと思うような相手だったのだろうか?
 そこまで特別な関係を築くような出来事があったとは思えないんだけど……まあ、気まぐれで同行する相手を決めるような子だったし、案外そこも気まぐれによった結果だったのかもしれない。
 だとしても、嬉しいことに変わりはない。
 ぼくたちのことを、助けようとしてくれる人がいるということが。

 「…………腐敗を操る力――か」

 とにかく、そいつに遭遇するのは避けたほうがいい。掲示板とやらにも、早めに情報を書き込んでおかないといけない。
 B-2付近で暴れているというのなら、今のところぼくたちの行き先に変更はない。このまま診療所に向かう運びで構わないだろう。
 ツナギちゃんが置いていったという荷物は、正直取りにいけるかどうかはわからない。予定通りネットカフェまで行ったあとに向かうとなると、かなり遠回りになってしまうし――

 「――あ、そういえば」

 ぼくは零崎との会話を思い出す。
 七実ちゃんたちが骨董アパートに向かっていることを教えたとき、あいつは確か「反対側」と言っていた。地図上で骨董アパートの反対側といったら、ちょうどツナギちゃんがいるというB-2のあたりなんじゃないか……?
 だったら今から零崎に電話して、助けに向かってもらうという選択も――

 「……いや、やっぱり無理か」

 零崎の位置はもとより、ツナギちゃんがどこにいるかも具体的な場所まではわかっていない。助けに向かわせようにも、どこに行けばいいのか曖昧な指示しか出すことができない。
 それにツナギちゃんいわく、相手はガチの危険人物だ。零崎でも対処できるかどうかわからないのに、わざわざ危険に首を突っ込ませるようなことを頼むのは、ツナギちゃんのためと言えども忍びない。
 大体、「そこらへんにいるぼくの知り合いが危険人物に襲われてるらしいから、危険を承知で探し出して助けてやってくれ」なんて要求に対して首を縦に振る奴が果たしているだろうか。
 いくらあいつがいい奴とはいえ、そんな理不尽なお願いを聞いてくれるとは思えないし、そもそも人としてどうかと思う……。
 ……まあ、助けに向かわせる云々はともかくとして、あいつがツナギちゃんの言う危険指定区域の近くにいる可能性がある以上、連絡は入れておいたほうがいいだろう。
 ツナギちゃんの携帯の番号を教えておけば、あいつがデイパックを発見してくれるかもしれないし、ツナギちゃんの知り合いだという二人――水倉りすかと供犠創貴について知っているかどうかも聞いておきたい。
 危険人物の情報とかもあわせて、後でメールしておくか。
 ……いや、「後で」って、今すぐしたほうがいいんだろうけど。

722rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:22:23
 
 「…………あのさ、真宵ちゃん」

 意を決して、ぼくは真宵ちゃんに話しかける。
 何かフォローの言葉をかけようと思うけれども、うまい言葉が思いつかなくて後が続かない。
 ツナギちゃんの死を受け入れているぼくが慰めの言葉をかけるなんて白々しいにもほどがあるし……かといって「ツナギちゃんなら大丈夫だよ」なんて適当なことを言うのも無責任極まりない。
 ぼくは否応なしに、暦くんが死んだときの真宵ちゃんを思い出してしまう。なんだかあの時よりも、電話の向こうに必死で話しかけていた真宵ちゃんのほうが酷く錯乱しているように思えた。
 あのときはすでに「錯乱し終わった後」だったかもしれないし、今回はツナギちゃんがまだ生きているからこそあそこまで錯乱したのだろうから、比較の対象にするのがそもそも間違っているのだろうけれど。
 あのときは何とか立ち直ってくれたけれど……正直あのときほどうまく元気付けてあげられる自信はない。
 今回のことはぼくにとっても寝耳に水の話だったし、受け入れているというよりは単に諦めているというだけで、自分の中で整理がついているというわけではない。
 そんな状態で、どうやって励ましの言葉など紡げるというのか。
 真宵ちゃんにとって、ツナギちゃんはどんな存在だったのだろうか?
 ツナギちゃんにとって、ぼくたちはどんな存在だったのだろうか?
 ぼくは未だ何も知らない。真宵ちゃんのことも、ツナギちゃんのことも。
 結局言葉に詰まって、ぼくは真宵ちゃんの様子を横目で窺う。

 「…………?」

 そこでぼくはようやく、真宵ちゃんが静かすぎることに気付く。
 静かというか、まったく動いている気配がない。携帯電話を握り締めたまま、シートに深く身を預けて目を閉じている。
 通話を終えたことで気が抜けて、また寝てしまったのだろうか?

 「真宵ちゃん……?」

 もう一度呼びかけてみるが、返事はない。ぼくは何となく、身を乗り出して顔を覗き込んでみる。
 その顔は、ただの寝顔とは明らかに違っていた。
 呼吸は苦しげで、額には脂汗がにじんでいる。それ以前に、顔色があからさまに青白い。
 寝ているように見えたのは、全身が弛緩しているせいだった。
 有り体に言うなら、ぐったりしている。明らかに健康体のそれとは違う様相を表していた。

 「真宵ちゃん!?」

 叫ぶように、ぼくは真宵ちゃんの名前を呼ぶ。
 返事はない。



  ◆   ◆   ◆



 逃げようと思えば逃げられたのかもしれない。
 ツナギは「九割方詰まされている」と言ったが、江迎の錯乱具合を勘定に入れれば必ずしも逃げ切れないということはなかっただろうし、「腐敗の連鎖」を身体に浴びているとはいえ、それも適切な治療さえ施せば抑えることはできた。
 いずれ声は出せなくなるかもしれないが、逃げ切ることさえできればとりあえず生き延びることだけはできただろう。
 ツナギも、それを理解していないわけではなかった。
 「声が出せるうちに、あの二人に情報を提供しておかなくては」などと考えることなく、戦いを放棄し、なりふり構わず遁走していれば、むしろ容易に逃げ切れていたかもしれない。
 当たり前のように、仲間と呼べるかどうかも怪しい青年と少女の安全を優先させたからこそ、ツナギは今、九割九分詰まされた状態にいる。

 「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス――――――――あのガキ、絶対にぶち殺す――」

 呪詛に満ちた言葉をうわごとのようにつぶやきながら、江迎は木々のある場所を蹂躙するように荒々しく進む。

723rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:23:10
 
 正確には木々の「あった」場所であるし、実際に彼女は蹂躙しながら進んでいた。
 江迎が乱暴に手を翳す。その手の向く先に立っていた数本の木が根元からぼろぼろと崩れていき、たちまちのうちに倒壊する。倒れた後も腐敗は止まることなく進行し、原型を留めない状態にまで崩壊していった。
 遮蔽物を取り除き、見通しをよくするのが目的というにはあまりにも破壊的過ぎる江迎の所業。
 まるでそれ自体が目的とでも言うかのように、目に付くものすべてに腐敗を撒き散らしながら、江迎は足早に歩き続ける。
 江迎の『荒廃した過腐花』の弱点――欠点を挙げるとしたら、それは「腐敗」に特化しすぎている、という点だろう。
 ツナギに対して「荒廃した腐花・狂い咲きバージョン」を発動できたように、「植物を成長させる」こと自体は今でも可能である。
 ただし『荒廃した過腐花』による「腐敗の連鎖」は江迎の意思とは無関係に広がっていくため(伝達の速度や方向はある程度操作可能ではあるが)、成長させた植物にもいずれ腐敗が届いてしまう。
 成長させることはできても、それを維持することができない。
 自らの手で育てたものを、自らの手で腐敗させることしかできない。
 今の江迎には、枯れた桜の木に花を咲かせることすらもはや叶わない。

 「殺す、殺す、殺す――!」

 伝染していった腐敗がまた一本、大木を倒壊させる。
 その木の向こうに、ツナギは立っていた。
 江迎の足がぴたりと止まる。ツナギと江迎、二人の視線が静かに交錯した。

 「…………」

 ツナギは何も言わない。隠れていたところを発見されたとは思えないような、恐怖の欠片も感じさせない佇まいで正面から江迎を見据えている。
 それは、とても生きた人間が立っているとは思えないような有様だった。
 ところどころ皮膚が剥がれ、肉どころか骨が露出している部分もある。髪も半分以上が頭皮ごと抜け落ち、残った皮膚も不気味な淡青色に変色していた。
 江迎に対して「半分口裂け女」という言葉を使ったツナギだったが、今や彼女のほうが酷い様相を呈していた。頬の肉がごっそりと剥がれ落ち、奥歯のほうまで外気にさらされている。額の口でさえ、端のほうから崩れかけていた。
 着ている服も元の状態がわからないくらいに朽ち果て、ただの襤褸布を纏っているように見える。唯一、右腕を手首から二の腕まで覆っている包帯だけが原型を留めている衣類と言えた。
 腐乱死体。
 間違っても生きている人間に対して用いるべき言葉ではないが、今のツナギを一言で表現するにはそう言うしかない。

 「…………見ぃつけたぁ」

 にいぃ、と江迎の裂けていないほうの口端が大きく上がる。
 最初に出会ったときとは違い、今度こそ言葉が通じる精神状態ではないだろう。ゆらゆらとした足取りで、ツナギのほうに一歩一歩近づいてくる。

 「もう……いつまでも逃げてないで、そろそろおとなしく私に殺されてよ……いけない子ねえ…………大丈夫、お姉さんが今すぐ、骨の髄までぐちゃぐちゃにしてあげるから――」

 それに対し、ツナギはやはり沈黙を貫く。
 ツナギはもう、自分の身体が限界に近いことを自覚していた。手足は立っているだけでも辛いし、喉は戯言遣いたちと会話したこともあり、より一層声を発しにくくなっている。
 あと何か一言でも口にしたら、今度こそ自分の喉は完全に潰れてしまうかもしれない。
 あと一言。
 その「あと一言」こそが、ツナギにとっては肝要だった。「あと一言」を確実に発するために、今何かを喋るわけにはいかない。
 じりじりと近づいてくる江迎に、ツナギは慎重にタイミングを計る。

 「ねえ……何で私は幸せになれないのかな…………私、泥舟さんのために、いっぱい尽くしてきたのに……泥舟さんの言うとおり、頑張ってきたのに…………それでも幸せになっちゃ駄目なのかなあ…………生きてるだけで、満足しないといけないのかなあ――」

 それはツナギに向けてというより、ただの独白のようだった。
 幸せになれなくてもいいから、せめて生き残りたい――そう公言したにも関わらず、そんな未練に満ちた台詞を吐き出す江迎を、ツナギは冷めた思いで見ていた。

724rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:23:46
 
 ――あんたの幸せなんて、はっきり言って知ったこっちゃないのよ。

 江迎が歩を進めるにつれて、腐敗の範囲も徐々にツナギのほうへ近づいてくる。
 ざわざわと、ぐじゅぐじゅと。
 足音のように地面を這ってくる腐敗が、ツナギに触れるか触れないかというその時。

 二人の少女が、両方同時に動いた。

 ツナギは残された全身の力を総動員し、地面を蹴って江迎へと突貫する。奇も衒いもなく、ただ一直線に駆けていく。
 対して江迎は、ツナギがそうすることを予想していたかのようにすばやく四つん這いの姿勢になり、両手を地面に押し当てる。

 「荒廃した<ラフライフ>――――」

 ただし今度は、木々を成長させることが目的ではない。
 今の江迎には、もはや相手を腐敗させることしか頭にない。

 「過腐花<ラフレシァア>――――!!」

 高らかに叫んだ次の瞬間。
 江迎の両手を中心に、それまでとは比較にならない勢いとスピードで腐敗が始まる。まるで波紋が広がるように、腐敗の波が地面の上を高速で伝わっていく。
 その波が通り抜けた後にあるものは、すべて平等に腐敗だった。石も、木も、草も、地面の上にある空気でさえ、猛スピードで腐敗し、見る影もなく朽ち果てていく。
 計算も何もない、「腐敗の連鎖」の全力解放。
 360度、全方向に拡散する腐敗の波動は当然、江迎に向かって走るツナギの足元も通過する。足先から伝染した腐敗はあっという間に全身へと巡り、身体の崩壊に拍車をかける。
 皮膚はさらに剥離し、肉はさらに爛れ、ツナギから人間の形を奪っていく。
 それを受けても、ツナギは止まらなかった。ただ江迎だけに視線を合わせ、崩壊する身体で全力疾走し続ける。

 「あっははははははははははは! 無駄無駄ぁ! そんな鈍足じゃあ、私の過負荷(マイナス)は超えられない! さっさと腐り果てて死になさい!」

 勝利を確信したように、江迎は哄笑する。
 その確信はおおよそ間違ってはいない。今のツナギがいくら全力で走ろうが、江迎に手が届くころには間違いなく力尽きる。相討ち狙いの一撃を入れることすら叶わないだろう。
 先刻ツナギが逃走する際に使用した、あのかんしゃく玉のような爆弾を利用するだろうことも、江迎は念頭に入れている。
 あのときは初見だったがゆえに不意を突かれたが、同じ手が二度通用する江迎ではない。地面に投げようが、江迎自身に投げようが、ツナギ自身の身体に仕込んで「自爆」による特攻を狙おうが、すべてにおいて対処できる構えでいた。
 万全の体勢。逆転の要素はもはやない。そう江迎は確信している。
 ただひとつ、江迎の確信に「抜け」があるとしたら、それはやはりツナギの「魔法」について何ひとつ知らなかったということだろう。
 水倉神檎によって人外の力を授けられ、それから二千年以上「魔法」とともに生き続けている元人間の魔法使いツナギ。
 その彼女が最後に頼るとしたら、それは魔法以外にあり得ないというのに――。

 「ねれいさ――――」

 がくん、とツナギの両脚が力を失うのとほぼ同時。
 彼女は、用意しておいた「一言」を口にする。
 右腕を前に突き出し、地面に崩れ落ちながら、潰れかけた喉から全力で声を絞り出した。

 「――――しるど!」

 ツナギが温存していた最後の一言、それは呪文の詠唱だった。
 本来のものよりはるかに短縮されているはずのそれは、しかし不完全ながらツナギの魔法を「部分的に」発動させる。
 しかし――今ここで魔法を発動したところで、一体どうなるというのだろうか?
 ツナギの魔法は、接近戦でなければ効果を発揮しない。江迎との距離はまだ数歩分ほども離れているし、ツナギの両足はすでに足としての機能を失っている。これ以上走ることも飛び掛ることもできない。
 相討ち狙いの一撃ですら届かないであろう今の状態で、ツナギの魔法が何の役に立つというのだろうか?

725rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:24:22
 
 その解答は、次の瞬間に明らかになった。
 呪文の詠唱を終えたことで出現した口と牙が、かろうじて腐敗を免れていた右腕の包帯を突き破り、ツナギの右腕をあらわにする。

 その右腕が。
 手首から肩口あたりまでにかけて、そこだけ部分的に「口」が犇くように出現したツナギの右腕が。
 その先の江迎へと向けて、『伸長した』。

 「……………………え?」

 江迎の表情から笑顔が消える。
 ツナギの魔法について――というより魔法そのものについて何の予備知識のない江迎には、何が起こったのか理解することができない。
 いや――この場合、予備知識の有無は問題ではないのかもしれない。
 たとえ江迎が魔法についての知識をすでに得ていて、かつツナギの使用する魔法を直に見ていたとしても。
 たとえツナギの右腕に巻かれていた包帯の裏側に、呪文の詠唱を大幅に短縮するための魔法式がびっしり刻まれていることに気がついていたとしても。
 それらの情報から、「ツナギの右腕が伸びる」などという現象を導き出すのはおよそ不可能だっただろうから。
 当然のこと、ツナギの使用する魔法に「腕を伸ばす」ための魔法など存在しない。魔法式と呪文の詠唱により、右腕だけに集中して「口」を出現させたとして、なぜそれが「腕が伸びる」という現象に繋がるのだろうか?

 (腕が、細く――? いや、ていうか何で、腕に、口が、牙が――――)

 江迎が見たもの。それはまるで細い紐のような状態になったツナギの右腕だった。
 しかもその腕はなぜか蛇腹のようにジグザグに折れ曲がり、あちらこちらから白い骨のような牙が突き出していた。
 江迎がそれを「牙」と認識できたのは、ツナギの額にある口から生えている牙とそれが同じ見た目をしたものだったからだろう。
 せめて。
 せめてツナギの口が『関節の役割を果たす』ことを知ってさえいたら、江迎にもその現象を理解できる可能性があったのかもしれない。
 関節――物質で言うところの「蝶番」としての役割を持つということは、その中央を支点として両側に繋がっている部分をそれぞれ、右と左に「分ける」、あるいは「開く」ことができる、ということ。
 そして単純な考えとして、何かが「開いた」とき、それは右と左に「分かれた」ぶんだけ「長さが倍になる」。
 折りたたみ式の携帯電話を開いたとき、全体の体積は変わらずとも長さだけがおよそ二倍になるように。
 その原理は当然、ツナギの「口」でも応用が可能。
 口がひとつだけなら、大した長さは得られないかもしれない。
 しかし右腕だけに集中して上下、あるいは左右に等間隔で何十という口を蛇腹状になるように配置し、それらを一斉に開いたとしたら、その「断面」の数だけツナギの右腕は飛躍的に長さを伸ばす。
 さながら、縮んだバネが元に戻るときのような瞬発力をもってして。
 江迎との距離、数歩分を容易にクリアする長さまで、腕を伸ばすことができる。
 ツナギが魔法式を用いたのはそのためでもあった。腕を効率良く伸ばすためには、口をそれぞれ意図した場所に配置する必要がある。
 出現する口の配置までを正確に練りこんだ魔法式。戯言遣いと携帯で会話するのと並行して、ツナギはそれを作成していたのだった。
 奇策。
 そう呼ぶにふさわしい戦略に、江迎は伸びてくる腕が自分に届くまでの間、まったく反応すらできなかった。

 「っ――――――があぁああああああああああっっ!!」
 「…………ちぃっ!!」

 右腕が通過してようやく、江迎の絶叫が響く。その絶叫に重ねるようにして、ツナギが舌打ちする。
 ツナギが万全の状態であれば、その攻撃は命中していたに違いない。
 右の手のひらと甲、両方に配置された口のどちらかが、ツナギの狙い通りに江迎の喉笛へと喰らいつき、頚動脈ごと食いちぎっていただろう。
 しかし今のツナギは筋肉や関節、神経にまで腐敗が到達している。どころか眼球ですら、ひょっとしたら脳でさえ侵されているかもしれないという状態にあった。
 そんな状態で、正確に江迎のいる方向へ攻撃を繰り出せただけでも賞賛に値すると言える。

726rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:25:16
 
 ましてや。
 その攻撃が江迎の左眼球をえぐったとなれば、これはもう命中したと言っても過言ではないだろう

 「――――っ! ――――――こ、」

 自分が受けたダメージを理解したことで、江迎が逆上の気配を見せる。
 もし江迎が目をえぐられたことによって動揺し、反射的に『荒廃した過腐花』を解除していたらツナギにもまだ逆転の可能性はあった――ということはもちろんない。
 最後の一撃を繰り出したツナギには、もはや余力と呼べるものは一切残っていなかった。『荒廃した過腐花』による腐敗で満たされた地面へと、成す術なく倒れこむ以外の選択肢はない。
 わざわざ追撃を加える必要も、止めを刺す必要もない。
 しかし。

 「この――ガキがぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 そんな理屈とは関係なく、江迎はさらなる「腐敗」をツナギへと向けて集中的に注ぎ込む。
 狂ったように奇声を上げ。その顔を激怒の色に染め上げ。
 一心不乱に。
 一身腐乱に、ツナギの身体を徹底的に腐敗させる。
 腕が骨ごと腐れて落ちる。
 足が根元からぐしゃぐしゃに溶けてなくなる。
 胴体が柘榴のように割れて、内蔵が露出する。その臓器すら見る間に形を失い、やがてただの腐肉となる。
 瞬く間にツナギの身体はそのほとんどが腐れ落ち、残っているのは首から上だけとなった。
 そんな状態に至ってなお、ツナギはかろうじて意識を保っていた。首だけになってまだ自我があるなど、傍から見ればそれは残酷としか言いようのない仕打ちだっただろう。
 それでも彼女は、その残された意識を後悔や死への恐怖に費やすことはなかった。

 (あーあ、やっぱり相討ちは無理だったか――まあ宣言どおり一矢報いることはできたし、これ以上は諦めるしかないでしょ……いーくんに情報も提供できたし、結果としては上々と思っておこうかしら)

 ツナギは最期に、今までに自分が会ってきた人々の顔を走馬灯のように思い浮かべようとする。しかし血液すらもう巡っていない腐敗しかけの頭では、ただ記憶を思い起こすことすら難しい。
 結局、供犠創貴と水倉りすか、自分にとって仲間と呼べるその二人の顔しか思い浮かべることができなかった。

 (タカくんとりすかちゃん、会えなかったなあ……りすかちゃんなら、まあ大丈夫だとは思うけど…………タカくんも一緒に、最後まで生き残ってくれるといいなあ――)

 頭の中ではそんなことを考えていながらも、口から出てきたのはまったく違う名前だった。

 「――ばいばい、いーくん、真宵ちゃん。あなたたちのこと、それほど嫌いじゃなかったわ」

 無意識のうちに口にしたその末期の言葉は、しかし潰れた喉のためにまったく声にならず、ただの雑音として流れ出る。
 それでも。
 朽ち果てて消え去る最後の瞬間まで、彼女の顔は「仲間」を思うような、儚くも優しげな微笑みを浮かべていたのだった。


 【ツナギ@りすかシリーズ 死亡】

727rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:25:56
 


  ◆   ◆   ◆



 「ううう……痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い――」

 江迎の悲痛な呻き声が辺りに響く。
 ツナギにえぐり取られた左目と、今更のように玉藻に切り裂かれた右頬を押さえ、その場にうずくまってただ呻き続ける。
 そこはまるで毒の沼だった。
 つい今さっきまで木々が立ち並んでいたはずのその場所は、もはや腐敗の坩堝と化していた。地面全体がぐちゃぐちゃの何かに一面覆われており、吐き気を催すほどの腐臭を発している。
 実際にその腐臭の中に足を踏み入れたとしたら、おそらく吐き気などでは到底済むまい。触れた先からあっという間に腐敗が「感染」し、その沼のような地面の一部と化してしまうだろうから。
 その一帯で、原型を留めているものは何ひとつとして存在しない。
 ただひとつ、その中心にいる江迎怒江を除いては。

 「何で、何で皆邪魔するの……? 私、死にたくないだけなのに…………生きていたいだけなのに……泥舟さんと一緒に、生き残りたいだけなのに…………何で邪魔するの……? 何で皆、おとなしく殺されてくれないの……?」

 善吉の死に触れたことでマイナス方向へと成長を遂げた江迎。
 それがまたプラス方向へ戻る可能性も、江迎の選択次第ではないこともなかった。
 自ら人の道を踏み外すことさえなければ。
 自らの過負荷(マイナス)で、誰かの命を摘み取るという業を負うことさえしなければ。
 それさえ回避できていれば、彼女が過負荷(マイナス)と言えど人間のままとして生き、人並みの幸せを手にする可能性もあったかもしれないのに。
 それを彼女は、自らの手で捨て去った。
 人殺しという最悪の手段で、自らの過負荷(マイナス)を歪んだ方向に肯定してしまった。

 「――痛い、痛い、痛いよ…………死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない――――」

 死にたくない、だから殺さなきゃいけない。
 殺さないと生きていけない、殺さないと自分が殺される。
 そんな彼女の間違いを正すものは、この場には誰もいない。
 顔から止めどなく血を流しながら、江迎はそれでも立ち上がり、腐敗にまみれた地面を踏みしめて歩き出す。
 すでに体力は限界を超えているであろうに、まるでそれを感じさせない足取りで、どこへ向かっているのかもわからないまま江迎は進む。
 人から人外へと身を堕とした江迎に、もはや笑って終われる人生はおそらくない。
 その手にあるのは、醜く歪んだ腐敗の花のみ。
 その腐敗を自分以外のすべてに撒き散らし、すべてを拒絶しながら生き残る。今の彼女の右目には、そんな荒廃した道の他に映るものは何もなかった。

728rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:27:25
【一日目/真昼/B-2】
【江迎怒江@めだかボックス】
[状態]身体的疲労(大)、精神的疲労(大)、出血(中)、口元から右頬に大傷(半分口裂け女状態)、左目とその周囲の肉欠損、ヤンデレ化
[装備]無し
[道具]無し
[思考]
基本:泥舟さん以外の人間は問答無用で殺す
 0:死にたくない
 1:顔の傷を治療する
 2:球磨川さんを殺す
 3:地図が欲しい
[備考]
※マイナス成長したことにより『荒廃した腐花』が『荒廃した過腐花』へと退化しました。
※『荒廃する腐花 狂い咲きバージョン』は使用できますが、すぐに腐敗させてしまうため長持ちしません。
※西東診療所か診療所のどちらかを目指しているつもりですが、てんで方向が定まっていません。 ですが、偶然辿りつける可能性は秘めています。

※『荒廃した過腐花』<ラフライフラフレシア>について
 ・江迎の手が腐らせたものに触れると腐敗が「伝染」します。伝染して腐ったものに触れても伝染します。
 ・江迎が距離を置けば伝染の効果は弱まります。どれだけ長く腐敗の力が残るかは後の書き手様方にお任せします。
 ・伝染のスピードや範囲、方向などは江迎の意思である程度操作可能です(完全にオフにすることはできません)。
 ・伝染の強さと最大範囲は江迎の精神がどれだけマイナス方向に寄っているかに依存します。今後さらに強化、あるいは弱体化するかもしれません。


※B-2のどこかに携帯電話とツナギのデイパックが放置されています(中身:支給品一式、炸裂弾「灰かぶり」×6@めだかボックス、賊刀・鎧@刀語、お菓子多数)。



  ◆   ◆   ◆



 場所はF-3、広大というには若干足りるか足りないかというような因幡砂漠のちょうど中間辺り。そこを走る一台の車があった。
 その運転はかなり荒っぽく、かろうじて安全運転と呼べるようなスピードではあるものの、運転手の焦りが見て取れるような走行の仕方だった。

 「くそっ……! 迂闊だった……迂闊としか言いようがない――」

 運転席に座る青年、戯言遣いは何回目かわからない台詞でそう毒づく。無表情に見えるその顔にはやはり若干の焦りが含まれており、助手席に誰かが座っていなければすぐにでもスピードを大幅に加速しそうな雰囲気だった。
 助手席に座る少女、八九寺真宵がいなければ。
 彼女の様子は、誰が見ても平常時のそれではなかった。全身の力が抜けたようにぐったりとシートにもたれ、その顔色は目に見えて青ざめている。
 車酔いなどというオチでは当然ない。
 戯言遣いとしては、むしろそうであることを望んでいたが。

 「馬鹿なのかぼくは――こんなこと、もっと早くに思い至ってもよかったはずなのに……!」

 焦りの表情に後悔するような台詞を彼は重ねる。しかしその発言とは裏腹に、その目から後ろ向きな気配は感じられない。むしろ冷静さを保つために、あえて自分に向けて辛辣な発言をしているように見えた。
 実際、真宵の現状について彼に責任があるかといえばそうとは言えない。
 ツナギとの会話を聞かせてしまったことにしても、それは単なるきっかけの一部でしかないのだから。

729rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:28:06
 
 「真宵ちゃんに対する気遣いが、あまりにも足りてなかった……それをぼくは『信頼』なんて言葉に置き換えて……」

 いくら病院通いの経験が豊富とはいえ、戯言遣いに詳しい病状を診断できるスキルなどない。それでも彼は、真宵の症状についておおよそ正確な判断を下していた。
 その症状を説明するのに、専門的な用語などは必要としない。

 「暦くんの時の反応を見ていたらわかっていたはずだっただろうに……真宵ちゃんが、しっかりしているとはいえ普通の女の子だって――」

 『精神的ストレスによる体調不良』。
 それだけで、真宵の現状についての説明は事足りる。
 理不尽に放り込まれた戦場、度重なる命の危機、身近な人の唐突な死の知らせ。この数時間の間に、どれだけの非日常が彼女を襲ったことだろうか?
 それが発熱と意識の混濁を誘発するくらいのものであることは、確かに予想くらいはできたのかもしれない。
 もしも真宵が、それらの出来事によるストレスを意図的に、無理やり押さえつける形で隠してきたとしたら、酷ではあるが真宵自身にも責任があると言わざるを得ない。
 しかし、それは違う。
 それらのストレスに対して、真宵は無自覚だった。自分の中では割り切れていると思い込んでいたし、身体の変調なども今まで一切感じてはいなかった。
 それでも無意識下では違っていた。本人ですら意識できない部分で、彼女を襲った数々の出来事は着実に負の記憶として積み重なっていたのである。
 今まで「怪異」として肉体のない身で過ごしていた彼女が、急に生身の肉体を手に入れたことも原因として挙げられる。そもそも彼女は小学生の身体から成長というものを経験していないのだ。ストレスによる体調管理など、果たしてうまくできるものだろうか。
 それを考えれば、むしろ今まで精々「気を失う」程度の反応で済んでいたことに感心するべきなのかもしれない。
 もしかするとその「気を失う」という反応そのものが、彼女の精神が今まで均衡を保てていた要因なのかもしれないが。
 ストレスが閾値を越える前に意識を断つことで、精神の崩壊を避けるという一種の防衛機制。それがなければ、もっと早く彼女の精神は限界を迎えていた可能性がある。

 「こうなると、次の目的地が診療所だったことはある意味僥倖だな……いや、どこに向かっていようがすぐに変更しただろうから、大して意味はないけど――
 ……むしろ、豪華客船を出るのが少し早かったと言えるのかもしれない。あの広い船内なら休める場所も、ひょっとしたら医務室なんかもあったかもしれないのに――」

 だから戯言遣いの推察は、おおむね正しい。
 ただ彼がもう少し、ほんの少しだけ冷静な思考を働かせることができたら、ツナギからの電話があったのが「二回目の放送のすぐ後」だったことを考慮に入れることもできたかもしれない。
 一回目の放送後、真宵の身に何が起こったのか知っている彼ならば。
 阿良々木暦の死の通告、その直後の鑢七実の急襲、眼前で繰り広げられる日之影空洞の虐殺。
 そして、ツナギとの一方的な別れ。
 彼女の無意識に堆積しているストレスのうち、半分以上が一回目の放送に関連したものだということに思い至れば、「二回目の放送が引き金となり一回目の放送時の記憶がフラッシュバックした」――と考えるのはさほど難しいことではない。
 実際、二回目の放送を聞いた後の真宵の精神は相当に不安定な状態にあった。
 それでもまだ、それは無意識下という目に見えないところでの話に過ぎなかった。
 その不安定が体調不良という形で表面化するきっかけとなったのが、ツナギからのあの電話だった。そのときの彼女にとって、それは十分すぎるショックとなっただろう。

 「くそ……畜生…………よりにもよって、こんな砂漠のど真ん中で……!」

 戯言遣いが自責の念にかられているのは、真宵の体調不良の原因が自分にあると考えているからではない。
 原因そのものは自分になくとも、それらを回避することは自分の行動次第では可能だった、こうなる原因を排除する責任は、ずっと一緒にいた自分にはあったはずなのに、それを果たすことができなかった――と、そう考えているからだった。
 身近な人を守ることができなかった無力感。彼は今、それに苛まれている。

 「戯言……さん…………」
 「! 真宵ちゃん!?」
 かすかに聞こえたその声に、彼は思わず助手席へと目を向ける。
 真宵は弱々しくではあるが薄く目を開け、虚ろな瞳で戯言遣いのことを見ていた。

730rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:28:46
 
 「大丈夫か、真宵ちゃん!? 今、診療所に向かってるから、そこに行けば、とりあえず休むことはできるから……! だからそれまで、気をしっかり持って――」
 「…………前を、」
 「え?」
 「前を見て、運転してください……戯言さん」

 そう言う彼女の表情は、辛そうではあるが笑顔だった。
 ぼんやりと、かろうじて保っているような意識で、それでもはっきりと微笑みを携え、優しげな視線を戯言遣いに送る。

 「私なら、大丈夫ですから……このくらい、少し休めばすぐ良くなりますから…………ごめんなさい、戯言さん……私のせいで、余計な迷惑を――」
 「何を――言ってるんだよ、真宵ちゃん」
 我に返ったような顔で、戯言遣いは言葉を返す。
 「ぼくがしっかりしてないのが悪かったんだから、真宵ちゃんが謝ることなんて何もないよ――自分のせいとか迷惑とか、そんなことは言わないでくれ」
 「…………失礼、噛みました」
 いつもの台詞からも、まるで活気が感じられない。
 それでもその台詞は、彼を安心させるには十分だったらしい。
 「……とにかく、なるべく早く診療所に着かせるから、安静にしていて。真宵ちゃんの言うとおり、ちゃんと前を見て運転するからさ」
 「安全運転優先、ですよ……戯言さん――――」
 そう言うと、真宵は再び目を閉じる。今度は本当に眠ってしまったようだった。若干苦しそうではあるものの、すうすうと寝息を立てている。
 「…………」
 そんな真宵の様子を一瞥し、戯言遣いは車の運転に意識を戻す。
 スピードは先ほどまでとあまり変わらなかったが、その走行からは焦りや苛立ちといったものはもう感じられなかった。

 「やれやれ……これで三回目の『前を見ろ』か。同じことを何度も言われるあたり、ぼくはやっぱり根本のところで成長していないな――」

 ――きみは真宵ちゃんを守ってあげないといけない立場なんだから、しっかり前を見てなさい。

 戯言遣いの脳裏に、ツナギから言われた言葉がよみがえる。
 自分にとっての「前」とはどこなのだろう――と彼は自問する。とりあえず辺りを見回してみたが、見えるのは地平の果てまで広がる砂漠だけだった。

 「ツナギちゃん――こんなぼくに、真宵ちゃんを守ることなんて、『主人公』として生きることなんて、本当にできるのかな……」

 後ろ向きなその言葉とは裏腹に、彼の目は決意を新たにしたかのごとく、まっすぐに前を見据えていた。
 彼の視界に映る景色は、未だ変わらない。

731rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:29:37
【一日目/真昼/F-3 因幡砂漠】
【戯言遣い@戯言シリーズ】
[状態]健康
[装備]箱庭学園制服(日之影空洞用)@めだかボックス(現地調達)、巻菱指弾×3@刀語、ジェリコ941@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×2(うち一つの地図にはメモがされている、水少し消費)、ウォーターボトル@めだかボックス、お菓子多数、缶詰数個、
    赤墨で何か書かれた札@物語シリーズ、ミスドの箱(中にドーナツ2個入り)
[思考]
基本:「主人公」として行動したい。
 1:真宵ちゃんを診療所につれていく
 2:掲示板を確認し、ツナギちゃんからの情報を書き込む
 3:零崎に連絡をとり、情報を伝える
 4:玖渚と合流する
 5:不知火理事長と接触する為に情報を集める。
 6:展望台付近には出来るだけ近付かない。
[備考]
 ※ネコソギラジカルで西東天と決着をつけた後からの参戦です。
 ※第一回放送を聞いていません。ですが内容は聞きました。
 ※夢は徐々に忘れてゆきます(ほぼ忘れかかっている)
 ※地図のメモの内容は、安心院なじみに関しての情報です。
 ※携帯電話から掲示板にアクセスできることを知りましたが、まだ見てはいません。
 ※携帯電話のアドレス帳には零崎人識のものが登録されています(ツナギの持っていた携帯電話の番号を知りましたがまだ登録されてはいません)。
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました。


【八九寺真宵@物語シリーズ】
[状態]ストレスによる体調不良(発熱、意識混濁、体力低下)
[装備]携帯電話@現実、人吉瞳の剪定バサミ@めだかボックス
[道具]支給品一式(水少し消費)、 柔球×2@刀語
[思考]
基本:生きて帰る
 1:戯言さんと行動
 2:…………。
[備考]
 ※傾物語終了後からの参戦です。
 ※真庭鳳凰の存在とツナギの魔法が現実のものであると認識しました。
 ※日之影空洞を覚えていられるか、次いで何時まで覚えていられるかは後続の書き手様方にお任せします

732 ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:32:39
以上で仮投下終了になります。
期間ギリギリになってしまい申し訳ありません。誤字脱字など指摘があればお願いします
来週までに規制が解けなければ、改めて代理投下をお願いすることになるかと思います

733 ◆ARe2lZhvho:2013/03/18(月) 13:46:02
仮投下乙です!
江迎ちゃんすげえええええええこえええええええええ何このチートマーダー
善吉の死体腐らせるって一発ネタをしたかっただけなのにこうなるなんて思いもしなかったよ…
八九寺がやっと一般人な反応してきたけどこれで当たり前なんだよなぁ見習えよ他の参加者
>枯れた桜の木に花を咲かせることすらもはや叶わないの一文が切なすぎる
(自分で堕としといてなんだが)もう後戻りできないとこまで行っちゃったんだなぁ

>もしかすると、この数多くある携帯電話こそが、主催者の意図、ひいてはこの殺し合いの目的、その真意に迫るための重要なファクターなのではないだろうか?
>いや、きっとそうに違いない。
>これほどまでに徹底した殺し合いの場を創り上げて「実験」とやらを行おうとしている主催者が、何の意図も、何の意味もなくただ闇雲に携帯電話だけを重複して支給するなどということはまず考えられない。
>まだぼくが気付いていないというだけで、この携帯電話には何か、とてつもなく重要な意味がこめられている。少なくとも主催者側が明らかにしていない何らかの意図が存在していると、そう断言できる。
>携帯電話、これこそがこのバトル・ロワイアルにおける最重要項目であるはずだ。
>『もしもし? いーくん聞こえてる? なんか今、不用意にハードル上げなかった?』
ハードル上げないでください死んでしまいます

長々と述べましたが指摘点などは特にないのでこのまま投下しても大丈夫かと
改めて、仮投下乙でした!

734 ◆wUZst.K6uE:2013/03/20(水) 12:31:08
あれ、代理投下きてるけど途中で止まってる・・・?
若干修正したい箇所もあったから週末まで粘ろうかと思ってたんだが・・・

735 ◆mtws1YvfHQ:2013/03/24(日) 22:32:01
規制なり。
残りはこちらに投下します

736 ◆mtws1YvfHQ:2013/03/24(日) 22:32:41
『軋』
「外」

此方から放送に移る名前。
零崎軋識の名前。
逃さず。

『識』
「ッ!」
「ッ!」

頷く姿を確認する暇もなく、爪を立てる。
少女の、りすかの肌に。
血が、滲むのが見えた。
瞬間、世界が、軋んだ。



空気が緩んだ。
どうしようもなく緩んだ。
たった一つの名を聞いて。
空気が、緩んでしまった。
零崎軋識。
どうしようもない家族にして家賊。
《愚神礼賛》を操った零崎。
その手口。
最も荒々しかった。
最も容赦なかった。
最も多くを殺した。
一賊に歴史書が残れば、必ず名が記されたであろう殺人鬼。
前置きらしい前置きもなく。
それが、死んでしまった。
軽く、死んでしまった。
あまりにあっさりと。
双識は呟く。

「――お前もか、アス」

天井を向いたまま閉じられた瞼。
その間から一筋の涙が、零れた。
だが、落ちる事はなく拭われた。
人識は呟く。

「あばよ、にーちゃん」

天井を向いたまま閉じられた瞼。
その間から涙は、零れ落ちない。
だが、ほんの少し悲しそうな声。
そして、二人は目を開け、

「――それでは、零崎を」

壁際に目を向け、止まった。
目も、口も、指も、呼吸も、何もかもが止まった。
誰もいない。
居るはずの二人が居ない。
一瞬の静止。

737 ◆mtws1YvfHQ:2013/03/24(日) 22:34:54
「――はぁ?」

先に動いたのは人識だった。
扉から背を離し、視線を後ろに向ける。
確実に扉を背にしていた事を確認するために。
そして、確認し、再び固まった。
状況の理解が追い付かないのだろう。
居るべき人間がいない。
人識と双識の共通認識として、あの二人は素人だった。
戦闘に関して、ではない。
暴力の世界に関する事柄全般の。
逃げようと動けば容易くその動きを察する事が出来る程度の物のはず。
仮に、両方とも素人ではなかったとしても結果は変わらない。
二人の動きを、プロのプレイヤーである二人が全く察する事が出来ない筈がない。
なのに居ない。
居ない筈がないのに居ない。

「――呪い名か? いや、『時宮』の名は今出た……なら……?」

表向きは冷静を装いながら、双識は咄嗟に考察する。
さながら、消えた。
現在の状況を表すならそれだろう。
二人の人間が、全く何も感じさせる事なく、消えていた。
事実は如何でも良い。
問題は、誰が、どうやって、だ。
誰が。
水倉りすかと宇練銀閣――は、どちらも本当の名前か今となっては怪しいが。
これは二人の内のどちらかとしよう。
問題は、どうやって、だ。
《恐怖》を司る『時宮』。
《武器》を造る『罪口』。
《病毒》を操る『奇野』。
《脳髄》を乱す『拭森』。
《肉体》を使う『死吹』。
《予言》を謂う『咎凪』。
普通ならまず間違いなく『時宮』か『奇野』か『拭森』の何れかを疑うだろう。
しかし、参加者名簿が本物であると仮定すれば、唯一いたはずの『時宮』は死んでいる。
だとすれば残るは有名処ではない、何か。

「………………『過負荷』球磨川……?」

まさかの可能性。
絶対にないとは思える可能性。
なれど、絶対にありえないと言い切れない可能性。
訳の分からないあの男ならありえるかも知れないと言う可能性。
球磨川禊と言う《謎》。
『奪う』と言っていた訳の分からない何か。
何をどうやったか、一時的に視力を失くしたのはまさに『奇野』の手際か。
他には『死吹』か『時宮』もありえる。
一先ず球磨川が、何らかの都合で名を名乗っていない『呪い名』の可能性であれば。
そして何より重要なのは、

「なら、不味い!」

気付いた時にはもう遅い事。
それが、『呪い名』。
分かっていても、咄嗟に身構える。

738 ◆mtws1YvfHQ:2013/03/24(日) 22:36:41
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………?」

が、双識の身にも、人識の身にも、何も起きない。
ただ二人が居なくなった以上の異常がない。
時間のみが過ぎ去っていくのみ。
それでも、疑心暗鬼でも、し過ぎではない。
警戒をしながらも扉を開け、外へと歩を進める。
軽トラックは置かれたままだった。
車体や周辺を確認しても、何の細工の跡もない。
キーを差し込み回すと、エンジンが唸りを上げ始める。
異常が見付からない。

「――人識」
「何だ?」
「疑って悪かった」
「いいよ。あれ見りゃ誰だって疑うぜ」
「これからあの三人を捜す。お前はここで待ってろ」
「いや、俺も捜す。一時間後、クラッシュクラシックに連絡する。なかったら、そう言う事だ」
「――――すまない」

呟くような言葉を残し、双識は軽トラックのアクセルを踏み込んだ。



走り出すそれを見送りながら、人識が笑う。

「傑作だぜ……なあおい、真庭蝙蝠?」

返事はない。
消えて行くトラックを見ながら。
なお言葉を続ける。

「どんな方法であの状態から逃げ出したか知らねえ。だが、これで決定だ。俺はお前達を殺す。どんな手を使ってもな」

何処へ消えて行くのか。
走らなければやってられない思いだろう。
などと考えながら、人識は言葉を紡ぐ。
紡ぎ続ける。

「別に軋識のにーちゃんのためにって訳じゃねえ。ましてや一賊のためって訳じゃねえ。ただ、兄貴のためだな、これは」

だから、
だからこそ、
お前達三人、

「殺して解して並べて揃えて晒して刻んで炒めて千切って潰して引き伸ばして刺して抉って剥がして断じて刳り貫いて壊して歪めて縊って曲げて転がして沈めて縛って犯して喰らって辱めてやんよ――俺に出来る全手段を使ってな」

答えは返って来ない。
ある種の独白。
独り言。
答えなど、ある筈もない。

「――――さて」

739 ◆mtws1YvfHQ:2013/03/24(日) 22:38:46
どれだけ過ぎたか、ポケットに手を入れた。
出したのは携帯電話。
そこから電話帳を開く。
登録しておいた番号。
今後、何かあれば確実に向かうであろう場所。
ツナギ。
豪華客船。
もう豪華客船にいないとしても、今の場所を聞けばいい。

「戯言と行こうか――欠陥製品」

そうして、ボタンを押した。
鏡に会いに行くために。



【一日目/真昼/C-3 クラッシュクラシック前】
【零崎人識@人間シリーズ】
[状態]健康、腹七分目
[装備]小柄な日本刀 、携帯電話@現実
[道具]支給品一式×6(内一つの食糧である乾パンを少し消費、一つの食糧はカップラーメン一箱12個入り)、医療用の糸@現実、千刀・ツルギ×2@刀語、
   手榴弾×1@人間シリーズ、青酸カリ@現実、S&W M29(6/6)@めだかボックス、大型ハンマー@めだかボックス、ランダム支給品1〜3個
[思考]
基本:戯言遣いに連絡し、合流する。
 1:一時間後、クラッシュクラシックに連絡を入れて兄貴とも合流。
 2:真庭蝙蝠、水倉りすか、供犠創貴、宇練銀閣を捕まえる。
 3:西東天に注意。
 4:ツナギに遭遇した際はりすかの関係者か確認する。
 5:事が済めば骨董アパートに向かい七実と合流して球磨川をぼこる。
 6:哀川潤が放送で呼ばれれば殺人をしないつもりはない。
[備考]
 ※曲絃糸の射程距離は2mです。
 ※曲絃糸の殺傷能力(切断・絞殺など)は後の書き手さんにおまかせします。
 ※りすかが曲識を殺したと考えています。
 ※Bー6で発生した山火事を目撃しました。
 ※携帯電話の電話帳には戯言遣いが登録されています。
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました。



走る。
奔る。
出せる限界の速度で。
それしか零崎双識には出来なかった。
疑った末の間違い。
もっと早く決断すれば、あの三人を逃がさなかったのではないか。
もっと人識を信頼していれば、あの三人をそのまま殺せたのではないか。
謝った。
笑われ、許された。
しかし自責は止まらない。
そう簡単に許されるとは思っていない。
だからこそ、あるいは、あの場から逃げたかったが故に、軽トラックで走っているのか。

「……違う」

740 ◆mtws1YvfHQ:2013/03/24(日) 22:39:58
あの三人を見付けるために走っているのだ。
それ以上の意味がある筈もない。
それ以外の目的がある筈もない。
合って、良い訳がない。
見付けて殺す。
そうしなければならない。
そう思っても、

「くそっ!」

ハンドルを殴る。
車体が一瞬揺れる。
込み上げる物を抑え切れない。
奥歯を噛み締めても変わらない。

「…………くそっ」

項垂れる。
それ以外しか出来る事もない。
それでも走り続ける。
目に付いた火事。
山火事。
あるいはそちらに行けば何かあるのではないかと。
もはや、捜す事とは関係のなくなっていると分かっていても。
考えもない。
それらしい物を目指すしかないのだから。

「……おっ、つ!?」

不意に、車体が揺れた。
何かに乗り上げたように。
そのまま、片方の車輪だけで走る。
徐々にその傾きが増しながら。

「っ、くそ!」

咄嗟の判断だった。
咄嗟に、扉を蹴り飛ばし、トラックから飛び出す。
地面に着地してから少し。
離れた所でトラックは横転する。
派手な火花を散らし。
勢いはそれに留まらず、更に何回転してから、止まった。
中にいたままであればどうなっていた事か。
舌打ちをしながら、双識は振り返る。
何に乗り上げたのか。

「なんだ、人間か――それはそれとして」

何者かの死体。
道のど真ん中にあったそれに乗り上げたのが原因らしい。
どう言う結末かは、見れば分かる。
ゆっくりとその死体へと近付いていく。
一対一の末の決着。
真ん中に倒れていたらしい誰かが負け、道端で眠っている誰かが勝った。
その眠っている誰かも全身血に塗れ、決して容易い戦いではなかった事を想像させる。
しかし、それを見て双識が思う。

741 ◆mtws1YvfHQ:2013/03/24(日) 22:41:29
「こいつ、素人か?」

強いだけの素人か。
少なくとも、裏の世界の住人ではありえない。
何故なら裏の住人は、勝ち続ける事こそ第一なのだ。
勝つだけなら、誰でも、とは言わないが出来る。
にも関わらずこの男。
暢気に眠っている。
殺して下さいとでも言うように。
今なら容易く殺せる。
これにてこの男の勝ちを無価値に変える事など容易い。
だが、

「殺すのはそんなに難しくなさそうだ」

あえて殺さない。
持ち物を奪っておく。
次いで、適当な衣類で手足を縛り合わせる。
これでそう簡単に動けない。
一応の収穫。
片腕で持ち上げ、横転した軽トラックに向かって呟く。

「動けば良いんだが……」

自分が何をしているのか。
なぜこんな零崎らしからぬ事をしているのか、考えながら。



果たして、頭の隅に付いた言葉。
俺達だけの手に負えない事態が起きた時に備えて。
敵である、身内の姿をした存在に言われた言葉が片隅に残っていたため。
これがどう言う結末を迎えさせるのか。
人が死ぬ時、そこには何らかの『悪』が必然、『悪』に類する存在が必要だと思う。
零崎双識の考えである。
『悪』と言う概念。
果たしてこの出会い。
運が。
『良』かったのか。
『悪』かったのか。
それは、神のみぞ知る。

742 ◆mtws1YvfHQ:2013/03/24(日) 22:42:50
【一日目/真昼/C-3】
【零崎双識@人間シリーズ】
[状態]健康、腹五分目、悪刀・鐚の効果により活性化、鑢七花運搬中
[装備]箱庭学園指定のジャージ@めだかボックス、七七七@人間シリーズ、カッターナイフ@りすかシリーズ、軽トラック@現実
[道具]支給品二式(食料二人分、更に食糧の弁当6個)、体操着他衣類多数、血の着いた着物、カッターの刃の一部、手榴弾×2@人間シリーズ、奇野既知の病毒@人間シリーズ、
[思考]
基本:家族を守る。
 0:クラッシュクラシックに引き返し、電話に出る。
 1:一先ずは真庭蝙蝠、りすか、銀閣(供犠創貴)並びにその仲間を殺す。
 2:りすかについては曲識を殺したかどうかを確認してから殺す。
 3:他の零崎一賊を見つけて守る。
 4:零崎曲識を殺した相手を見付け、殺す。
 5:この男(鑢七花)を連れて行く。
 6:蝙蝠と球磨川が組んだ可能性に注意する。
 7:そろそろ何か食べて置こうか。
[備考]
 ※他の零崎一賊の気配を感じ取っていますが、正確な位置や誰なのかまでははっきりとわかっていません。
 ※現在は曲識殺しの犯人が分からずカッターナイフを持った相手を探しています。
 ※真庭蝙蝠が零崎人識に変身できると思っています。
 ※鐚の制限は後の書き手さんにお任せします。
 ※軽トラックが横転しました。右側の扉はなく、使えるかどうかも不明です。
 ※遠目ですが、Bー6で発生した山火事を目撃しました。
 ※浴びると不幸になる血(真偽不明)が手や服に付きました。今後どうなるかは不明です。


【鑢七花@刀語】
[状態]疲労(大)、倦怠感、覚悟完了、全身血塗れ、全身に無数の細かい切り傷、刺し傷(致命傷にはなっていない)、睡眠中、衣類で緊縛中
[装備]なし
[道具]なし
[思考]
基本:優勝し、願いを叶える
 1:……………………。
 2:起きたら本格的に動く。
 3:名簿の中で知っている相手を探す。それ以外は斬る。
 4:姉と戦うかどうかは、会ってみないと分からない。
[備考]
 ※時系列は本編終了後です。
 ※りすかの血が手、服に付いています
 ※りすかの血に魔力が残っているかは不明です。
 ※浴びると不幸になる血(真偽不明)を浴びました。今後どうなるかは不明です。



 ※C-3の左右田右衛門左右衛門の死体が轢かれました

743 ◆mtws1YvfHQ:2013/03/24(日) 22:44:59
真庭蝙蝠は駆ける。
両脇に二人の子供を抱え。
正直な所、悩んでいた。
見捨てようか、見捨てまいか。
見捨てる理由は多々あれど、見捨てない理由がなかった。
あるとすれば少なからず知られてしまっている事だろう。
能力について、詳しく。
居て、役に立つか立たないかで言えば役に立つ。
それでも、危険を冒してまで助けるかと言えば微妙な所。
精々隙が付けそうな時が放送の最中。
聞きながらも、どうするか悩んでいた所だった。
助けようか悩んでいた筈だった。
少なくとも、自力で逃げれる状況とは言えなかったから。
その筈だった。
だと言うのに、気付けば居た。
何かよく分からないもの――蝙蝠は知らないが軽トラックと言う――の上に居た。
初めから居たような自然さで、居た。

「逃げるぞ」

そう言われ、何も分からないままそれの上に飛び乗り、二人を抱えた。
そして走っていた。
どうやって助かったかも知れない。
どうやって抜け出たかも知れない。
だが、面白い。

「きゃはきゃは!」

思ったより面白い。
想像以上に面白い。
どんな方法かは後で聞けば良い。
今後の参考になるかも知れない。
何より、この女。
手足を拘束されたままだ。
なのに逃げて来ていた。
それに、武器も何もなしに生き残っていた。
零崎がどの程度の存在かは一人ばかり殺して分かった。
それから今まで生き延びていただけ大したもの。
この女が何時の間にか居た奇術の仕掛けかも分からない訳だし。

「おっと」

分かれ道に着いた。
西か、東か。

744 ◆mtws1YvfHQ:2013/03/24(日) 22:46:32
「次はどっちだ?」
「東なの」
「あ? ――良いのか?」
「――何があるかは後で聞く。一先ず行け」
「あいよ」

とだけ答え、足を進める。
悪刀を刺した双識。
また一つ殺す理由が出来た。
楽しみで仕方ない。
作戦通りに行かなかった事に少し納得行かないが。
情報はなかった。
だがもう一つの策があった。
殺害。
本来ならあの場にいる全員仕留める予定で待機していたのに。
予定を変える場合の対応。
臆病なフリ。
咄嗟の変更でも何とか乗り切れたから良かったが。
少しどころかかなり危ない橋だった。
それもこれも、

「……………」

やはり抱えてる女に関係するんだろう。
損はない、と信じて置こう。
損だったら、殺してしまおう。
放送最中での奇襲。
折角の好機を一つ、逃させられた訳だ。

「詳しい話は、また後で」

745 ◆mtws1YvfHQ:2013/03/24(日) 22:46:57
【1日目/真昼/D-3】
【供犠創貴@りすかシリーズ】
[状態]健康
[装備]グロック@現実
[道具]支給品一式×2、銃弾の予備多少、耳栓、A4ルーズリーフ×38枚、書き掛けの紙×1枚、「診療所で見つけた物(0〜X)」、箱庭学園パンフレット@オリジナル
[思考]
基本:みんなを幸せに。それを邪魔するなら容赦はしない
 1:りすかから情報を得る。そのためにはまず安全そうな場所に
 2:ツナギ、行橋未造を探す
 3:このゲームを壊せるような情報を探す
 4:機会があれば王刀の効果を確かめる
 5:蝙蝠の目的をどう利用して駒として使おうか
[備考]
※九州ツアー中からの参戦です
※蝙蝠と同盟を組んでいます
※診療所でなにか拾ったのかは後続の書き手様方にお任せします
※主催者の中に水倉神檎、もしくはそれに準ずる力の持ち主がいるかもしれないという可能性を考えています


【水倉りすか@りすかシリーズ】
[状態]手足を拘束されている、零崎人識に対する恐怖
[装備]無し
[道具]無し
[思考]
 基本:まずは、知っているだけの情報を供犠創貴に教える。
 1:人識から盗み聞いたツナギと豪華客船について言う。
[備考]
※新本格魔法少女りすか2からの参戦です。
※治癒時間、移動時間の『省略』の魔法は1時間のインターバルが必要なようです。(使用可能まであと五十分)
 なお、移動時間魔法を使用する場合は、その場所の光景を思い浮かべなければいけません。
※大人りすかについての制限はこれ以降の書き手にお任せします。


【真庭蝙蝠@刀語】
[状態]健康、零崎軋識に変身中、創貴とりすかを抱えて移動中
[装備]軋識の服全て
[道具]支給品一式×2(片方名簿なし)、愚神礼賛@人間シリーズ、書き掛けの紙×1枚、ナース服@現実、王刀・鋸@刀語、諫早先輩のジャージ@めだかボックス、少女趣味@人間シリーズ、永劫鞭@刀語
[思考]
基本:生き残る
 1:創貴と女(りすか)と行動。現在は東に向けて移動中
 2:双識を殺して悪刀を奪う
 3:強者がいれば観察しておく
 4:完成形変体刀の他十一作を探す
 5:行橋未造も探す
 6:危なくならない限りは供犠の目的を手伝っておく
 7:女(りすか)がどの程度役に立つか確認して、役立たずなら創貴ともども殺す
[備考]
※創貴と同盟を組んでいます
※現在、変形できるのはとがめ、零崎双識、供犠創貴、阿久根高貴、都城王土、零崎軋識、零崎人識、水倉りすか、元の姿です
※都城王土の『異常』を使えるかは後の書き手の方にお任せします
※放送で流れた死亡者の中に嘘がいるかも知れないと思っています
※鑢七実の危険性について知りましたが、嘘の可能性も考えています



物語の主賓達が集い始める。
終わりに向けてか。
それとも。

746 ◆mtws1YvfHQ:2013/03/24(日) 22:51:30



以上です。
誤字などあればよろしくお願いします。
どなたか代理投下よろしくお願いします。

それはそれとして。
ようやく零崎一賊と蝙蝠一団をほぼ同じラインに立たせられました。
良く考えれば考えるほど蝙蝠は酷い。
変身能力マジチート。
でもこれだけ好き勝手やらせてもまだ蝙蝠の方が有利そうなんだから酷い。
なぜこんなのが噛ませだったのか相手が悪かっただけと言う結論が速攻で出るレベルに。
フラグ立てたし大丈夫だろうと思いたい。
周りの実力も可笑しいし

747誰でもない名無し:2013/03/24(日) 23:58:11
投下乙です!
フラグいっぱいでどう処理するのか全く予想できなかったけどこう来たか
しかしいーちゃん側と零崎側でりすか勢の関係が対極になってしまったわけだがこれも鏡故の皮肉か
しかし蝙蝠ますますチートだなぁなんでこいつ原作じゃ真っ先に退場したんだ
そして死後も尚不憫な左右田w

指摘ですが>>738の人識のセリフの軋識のにーちゃんというのはちょっとおかしい気が…

748 ◆mtws1YvfHQ:2013/03/27(水) 01:33:52
>>747
変でしたか。
でしたら一先ずですが、どなたか投下の際に、

>>738
軋識のにーちゃん から 《愚神礼賛》 に変更をお願いします。

他にも何かありましたらお願いします。
あと、現在地更新お疲れ様でした

749鏡に問う  ◆xR8DbSLW.w:2013/04/03(水) 22:19:52
申し訳ありません。
連続投稿に引っ掛かったのでこちらに

750鏡に問う  ◆xR8DbSLW.w:2013/04/03(水) 22:20:33

「…………」

戯言遣いはアクセルを踏み続け。
診療所に《向かった》。




《辿りつかなかった》。
戯言遣いは、診療所に辿りつかなかった。
辿りついた場所は、スーパーマーケット。
およそ十二時間ほど前になるのか、やってきた場所である。
大きなガラス扉が、先刻訪れた時の様に来訪者を待ちかねていた。

「…………。…………は、はあ?」

ここで戯言遣いは呆けた声をあげる。
手に握るコンパスとポケットに入れておいた地図を確かめた。
疑問はますます増えるばかりである。

戯言遣いは、方向音痴というドジっ子属性を有していない。
行きたい場所には迷わず行けるし、避けたい場所は避けれる力はあった。
しかし、今現在戯言遣いは《迷った》。
確かに砂漠は、なんら道標はないから、まっすぐ走っていたとしても、いつのまにか軌跡はずれていた。
なんてオチはあったかもしれないが、戯言遣いからしてみれば、だからこそコンパスまで取り出して慎重に動いていたつもりである。
迷わないように、できるだけ早く診療所に辿りつけるように、車を運転していた。――されど現実は《迷う》羽目となった。

「……いやまあ、このぐらいのことなら……」

とはいえ。
確かに診療所とスーパーマーケットの位置座標は、豪華客船から見て北北東と北東ぐらいしか変わらない。
多少の誤差は許容の範囲内だろうと疑問を頭の隅へ投げ入れた。
よもや隣に居る少女が――《迷い牛》。こと迷うことに関しては切っても切れない縁を有する少女とは露知らず。
どちらにしたところで、考えたところで迷ったことに愚痴を零していても始まらないのは、戯言遣いにしても百も承知である。

そこで戯言遣いはついでに、と。
八九寺真宵に与える水やタオル。それに冷却ジェルシート(通称冷えピタ)を頂こうと車を降りた。
車内に八九寺真宵を置いてくか、背負ってでも連れていこうか、迷ったが、ここでは八九寺真宵を置いてくことを選ぶ。
僅かの間八九寺真宵を無防備へ放り込む結果になってしまうが、止むを得なかった。
一応車にもロックを掛け、戯言遣いは早足でスーパーマーケットへと這入っていく。


店内を見て。
何ら変わらない、というとそれは嘘になる。
まず入り口からして、異様だった。
戯言遣いが以前来た時にはなかった、《赤い》足跡が二人分。
入口に来るころには大分乾いて、擦れた足跡であったものの、革靴の様な形状をしたそれと、今時珍しい草鞋のような形状。
この時点で、二つの意味で悪い予感しかしなかったが、戯言遣いは足を進める。

途中。
ばら撒かれた洗剤の意味を問うたり。
ツナギが食した鮮魚コーナーの惨状を改めて確認したりしながら、
戯言遣いはようやく最初の目的地――飲食物コーナーへ差しかかった辺りで、《それ》はあった。

「……はあ」

戯言遣いは一つ息を零し。

751鏡に問う  ◆xR8DbSLW.w:2013/04/03(水) 22:21:11
やはり八九寺真宵を連れて良かったと再認する。
それは血だった。
それは肉だった。
それはただの異物でしかなく。
それを人間と呼ぶには、およそ人間を罵倒しているとしか思えないほど徹底的に致命的に破壊され破滅され。
人間としての形状を保っていない以上、それを人間とは形容し難かった。
残虐と暴虐。
二つの《負》が入り乱れた、見事なまでの死んだ身体だった。
この器に命が、魂が、注入されていたと思うと、憐れの一言しかかける言葉は見当たらない。

そして、戯言遣いは検分するようにその遺体の頭部であろうモノを持ち上げ。
検分して、凝視して、見定めて、そして一つの結論に至る。

「……これは時宮時刻……かな」

一つに、そこについていた髪の毛から判断する。
その髪色は前に一度、時刻と対面した時の髪色と同一だった。
二つに、血の乾き具合から判断する。
およそ第二回放送後に死んだとは思えないし、戯言遣いがスーパーマーケットに訪れたのはゲームが始まって三、四時間経過した後だ。
確率的に言うなら第一回放送後から第二回放送までに死んだ者の確率が高い。

どの道時宮時刻が死んだことは放送で分かっている以上。
それ以上の推論は無駄だと、被食者の推察は終えて、捕食者の推察をしようとするも――。

「まあ十中八九」

球磨川禊と鑢七実。
と戯言遣いは即断した。

これに関しては、随分と簡単に説明がつく。
一つは、血の付いた足跡だった。
革靴はともかく、草鞋を履く人間なんか昨今では少ないだろう。
その点、既に履物が草履だと分かっている鑢七実を連想するのは容易いことである。
二つ。これが決定的だが、近くに落ちている双刀・鎚。
戯言遣いにとってはただの石塊にしか見えないが、それが近くに転がっている。
これは鑢七実が学習塾跡の廃墟で手にしていたものだ。
それがここにあるということは、余程のことがない限り鑢七実、ひいては球磨川禊がスーパーマーケットへ足を踏み入れたという証拠。
――時宮時刻を食らったのは鑢七実と球磨川禊に違いない。
結論付けるのに、珍しく迷いや欺瞞がなかった。

「じゃあ」

と。
戯言遣いはそのまま足を進め、水や茶、ジュースをディパックに詰めた。
その色彩豊かな棚は、時刻が操想術を駆使するのに役立った代物の数々なのだが、
戯言遣いは知る由もなく、真宵の好みがわからない以上適当に投げ入れる。

戯言遣いは人並みの神経をしていない。
それこそ殺人鬼の様に人の死に対して冷静だ。
だから、今更そこらの――それこそ知り合いだったとはいえ、人死をみて、感慨に耽ることはどう足掻いても無理な相談である。
それの感性が真宵の疲弊に気付けなかった一因であることも重々承知していた。

752鏡に問う  ◆xR8DbSLW.w:2013/04/03(水) 22:21:39
戯言遣いと八九寺真宵の住む世界は根本からずれている。
それは本来の意味でも、信念の意味でも。
欠陥製品(ばけもの)と迷い牛(ばけもの)。
最初から、何もかもが、戯言遣いと八九寺真宵は異なる。
一緒に居て良い理由なんて、本来何処にもないのだ。

戯言遣いはツナギの死にどこまで抵抗を覚えた?
分からない。
確かに動揺はした。
確かに迷いを覚えた。
確かに否定したい気持ちになった。
しかしそれは、どの程度?
たとえば八九寺真宵ほどに嫌がったか?
元々八九寺真宵はツナギを怖がってた。それなのに戯言遣い以上に彼女の死を忌避した。
戯言遣いにその程度の感性はあるのか。ないだろう。
なにも同じであればいい、ということではないが、死の悲しみを共有できないのは、真宵にとってもストレスであろう。

そういう意味では戯言遣いは八九寺真宵を傷つけた。
阿良々木暦の死に悲しむ八九寺真宵をどれほど慰めた?
日之影空洞の死に悼む八九寺真宵にどれほど同情した?
ツナギの死に嘆いた八九寺真宵とどれほど共感できた?
今にしてみれば分からないし、分かったところで戯言遣いにはどうすればいいか分からない。
人との付き合い方に関して、器用であった覚えは微塵もなかった。
だからこそ――八九寺真宵の体調不良を回避することは、叶わなかった。

「…………」

どちらにしたって。
戯言遣いは一先ず真宵を診療所に連れていき、安静させる役目を担っている。
しばらくは、行動を共にするであろう。

ナイーブに考え込むのもいいが。
戯言遣いは前を向いて歩かなければ。
何回も注意されたことだ――。
《迷わず》しっかりとした、足踏みで。

「…………」

戯言遣いは適当にとったトマトジュースを見て。
一瞬の迷いの後、棚に戻した。



 3



戯言遣いはそれから、本来の目的通り、飲食物やタオル、冷却ジェルシートを頂戴し。
車に戻り、ドアを開ける。
ひとつ溜息を零して、運転席に座った。
隣の助手席に座る八九寺真宵は、若干苦しそうではあるが寝息を立てている。
そのことに安堵を覚えながら戯言遣いはさっそくタオルを手にとって、まずは真宵の腕を拭く。
脂汗をしっかりと拭きとり、できる限り辛くないように看病する。
流石に服を脱がせるのは、色々と危なかったので、止めておく。
だとすると、次は首回りや顔を拭くべきだろう。ハンカチサイズのタオル(タオルも多めに頂戴してきた)を手に取り、
首回りや額に滑らす。
やはり未だ体調は整わず、汗は尋常ではないほど浮かび上がっていた。
先ほどまで酷暑の砂漠の中に居たものだからなおさらであろう。
「ほら」
と、少しばかり強引に一先ず冷えてる水を真宵に少量飲ませる。
真宵の喉が上下した。無事に飲めたということだろう。
戯言遣いも自分の喉を潤わす為に、自分のディパックから飲みかけの水を飲み干した。
「ふう」
大きな一息。
しかしそれで、手を休めるわけにもいかず。
汗を拭いた今のうちに、戯言遣いは冷却ジェルシートを真宵の額に貼る。
無論それですぐに効果が現れるわけはないのだが、真宵の表情が少しだけ和らいだ。
戯言遣いはそんな気がした。

「さて、と」

戯言遣いは真宵に向けていた身体を《前》に向け。
車のキーを鍵穴に指して――アクセルを踏む――。

753鏡に問う  ◆xR8DbSLW.w:2013/04/03(水) 22:21:55


『ねえ? 欠陥製品』


ねっとりと。
背筋を嘗めるような声。
聞いてるだけでも体調不良を起こしそうな、そんな気さえも持たせる声。
戯言遣いは振り向かず、バックミラーさえも見ず。
アクセルを踏まず、事務的に答えた。


「なんだい。人間未満」


人間未満――球磨川禊は。
後部座席でくつろぎながら、へらへら笑っている。
その隣にはちょこんと、鑢七実が座っていた。
それがさながら当然のように、二人は車内に這入っている。

『無視だなんて酷いなあ。一度目が合ったって言うのに。僕たちの仲だろう』
「ぼくたちの仲だからこそ無視をしたんだろう。きみに関わって良い事があるとは思えないな」
『でもこのまま僕たちが車に乗ってちゃその子も気が気でないんじゃないかな』

この時ばかりは禊の言うことも尤もだったが、戯言遣いの言うこともまた尤もである。
戯言遣いは車に入る前からガラス越しに、禊の姿を確認していた。
この時にまた禊も戯言遣いが帰還してきたことを確認する。目が合ったというのはこの時のことだ。

戯言遣いは無視をした理由は先述の通り、絡みたくなかったというのは無論大きい。
真宵の前で、彼らに関わるのは――彼女の精神の傷を深くするだけだ。
先ほどの話じゃないが、日之影空洞、ひいては阿良々木の死をフラッシュバックする展開になりかねない。
関わらないことで、興味を失くし立ち去ってくれれば、それが重畳だったのだが、生憎それは無理な相談だったようだ。

とりあえず真宵を起こさないようにと、二人に車の外へ出るよう命じた。
驚くべきことに――と描写するべきか、戯言遣いの命に二人は素直に応じる。
こればかりは戯言遣いも拍子抜けであった。
禊は車体によりかかるようにして、飄々とした態度で勝手に話を掛ける。

『その子見るたび眠ってるけどナレコレプシーにでも罹ってるの?』
「……どうだろうね、少なくともぼくは聞いてないな」
「なれこれぷしー……とは何でしょう」

七実の問いに禊が簡単に答えた。
七実はそれをきいて「くだらない」との評価を下した。
全国の居眠り病患者からしてみれば異論しか提示されない彼女の言い分ではあるが、
彼女――病弱な彼女にとっては、或いは尤もな評価だったに違いない。

『ま! そんなことよりも』
「そう、それよりも。どうしてきみたちはここに――いや、正確に言えば車内にいたのかな」
『それに関しては僕の「大嘘憑き(オールフィクション)」でなんとかしてもよかったんだけどね〜』
「どうせだから、という理由でこの錠開け道具(アンチロックブレード)を使いました」

七実は袖口より錐のような道具を取り出す。
成程、錠を解く道具を使いさえすれば、車内に這入ることは容易いことだ。
悪趣味だという点以外は、戯言遣いも理解に容易い。

『ここで使わなきゃ死に設定になっちゃうからね、どうせだからきみにあげるよ。別にいいよね七実ちゃん』

754鏡に問う  ◆xR8DbSLW.w:2013/04/03(水) 22:22:19
「別に構いませんが」

言いつつ七実は、錠開け道具を戯言遣いに放り投げた。
流石に焦った様子でそれを受け取り、未だ着ている日之影空洞の制服のポケットに仕舞いこむ。

「で、どうしてここにいるの」
『理由は簡単だよ。君の言う骨董アパートが倒壊したらしいしね、手持ち無沙汰なのさ』
「目的はあるのですけれど――何分情報がないですから」
『別に今となっては向かいたい場所なんかないからね、ゆっくり休めそうなスーパーマーケットにやってきたというわけさ』

どいつもこいつもどうしてそう暇だと言えるのか。
戯言遣いは声に出したかったが、それ以上に大事なことが、聞き捨てならないことが禊の口から流れた。
戯言遣いは反芻するように問う。

「……骨董アパートが倒壊?」
『僕らも口づてで聞いただけだけどね』

なんだそれは。
それが戯言遣いの第一印象だった。
――まるで、いつかの、想影真心の、焼き直し。
骨董アパートが、徹底的に、完膚なきまでに、容赦遠慮無用に。
破壊され、破戒され、破解され、崩壊され、解体され、泡のように消えてったあの時の、デジャヴ。
確かに、参戦時期が違うかもしれない、という推測は立てたが――!
浮かび上がるのは《最悪》のビジョン、全てを終わらせてしまう《最終》の、ビジョン。

『――僕はね、橙ちゃんの所為じゃないかって踏んでるんだ。きみも気をつけないとうっかり殺されちまうぜ』

決定的だった。
想影真心――戯言遣いの親友が、よりにもよって一番厄介な時期から参戦を果てしている。
橙なる種。
代替なる朱。
人類最終。
筆舌尽くしがたいほどの、実力者が、暴れ回っている。
己の欲望を《解放》して、己の欲に忠実に――。

「その顔は……知り合いですね」

図星だった。
戯言遣いとしてはそこまで顔に出したつもりはないのだが。
七実の観察眼――もとい見稽古を前にしては、その程度筒抜けなのかもしれない。

「まあ、心当たりがないと言えば嘘になるね」
『へえ、そいつは重畳。きみの役に立てとと思うと僕も嬉しいよ』

どれほど本心なのか、戯言遣いからは窺い知ることはできない。
次の瞬間(コマ)には螺子を刺しに来たっておかしくないとも思えた。
実際そんなことは起こらなかったが。

『で、どうするの?』
「……え?」
『いやー、知り合いなら助けに行くのかな〜って』
「……そりゃ、友達だからね。何とかしたい気持ちはあるよ」
「ですが、あなたは連れをあのような状態にしてるんですけど大丈夫です?」

七実は問うた。
未だ真宵は助手席で眠っている。
彼女の抱く苦しさが時折顔をのぞく。
その度に彼女は大きく呼吸をしていた。
どう見たって、彼女を振り回して動くことは――ましてや《解放》された真心に会いに行くなんて土台無理に決まっている。

だが――禊は。

『なら、「なかったこと」にしちゃえばいいじゃん』
「……は?」

禊は、それを否定した。
現実を――できないという事実を。
虚構に――なかったことに。

755鏡に問う  ◆xR8DbSLW.w:2013/04/03(水) 22:22:51
球磨川禊は、思わず縋りつきたくなるような話を戯言遣いに持ちかけた。

『名前だけでも覚えていってね。僕の過負荷(マイナス)は「大嘘憑き」』

禊は両手に大螺子を取り出して――

『現実を虚構(なかったこと)にする過負荷さ!』
「…………」

己の能力を宣言した。
嘘か真か分からない。
とんだチートじみた能力。
思わず、普段は必要以上に回る舌が停止してしまった。
構わず禊は話を続ける。

『僕の能力で、その子を治してあげる』
「……無理だよ、肉体的なことだけじゃない。彼女のそれは精神的なものだ。なかったことになんか――」

禊の能力に絶句しかけた戯言遣いであったが、
なんとか言葉を取り戻す。
だがそれは束の間の矜持に過ぎない。

『話はどっちにしたって簡単だよ。「ただ疲れを取るだけでは意味がない」んだったら、「辛い記憶をなかったこと」にすればいい』
「…………」

今度こそ、唖然とする。
何を言っているんだろうか、この男は。
戯言を弄する気にもなれないほど、荒唐無稽で滅茶苦茶で台無しで。
しかしそれでいて、確かにその通りではある提案で。
――悩みの種があるのなら、脳と言う鉢に植えなければいい。根本からの奪取である。

『そしたら彼女は何ら気負う必要はないし、楽観的に楽しく生きられる。
 人の死に立ち会ったところで、またその時には記憶を消せばいい』

戯言遣いは答えない。

『きみは悪くない』

戯言遣いは答えない。

『彼女がダウンしたのは、つまりは彼女が弱くて薄いからだ』

戯言遣いは答えない。

『こんな殺し合い程度の不幸――僕からしてみりゃ……いやきみにしてみたら、どうってことはないだろう?』

戯言遣いは未だ答えない。

『まあともあれ、そうしたらきみは何ら気に病むことなく、橙ちゃんを救いに行けばいい』

禊の勧告に従えば、確かに正当性や合理性を以て真宵から離れることが出来る。
人識に言われた通り、戯言遣いの隣に居て良い事なんか、本来何処にもないのだ。
戯言遣いの隣に居るよりかは、一人になったほうが生存確率は上がる、といっても過言ではない。
八九寺真宵を守りたいという気持ちに、嘘はついていない。
それに真心の救出もおそらくは効率よく出来て、万々歳な結果になるだろう。

でもそれを。
戯言遣いが許せるのか。
それでも八九寺真宵も想影真心も、自分の手で守りたいのか。
自分自身の問題。
自己思想の問題。

「……わたしからして見ても、弟と戦う前に《あれ》と全力で戦うのは些か手間ではありますからね。
 七花自身もとがめさんがいなければまだまだですから。《あれ》に敵うのは難しいでしょう。
 あなたがどうこうできるのであればそれに越したことはありません。……なんでしたら、あの娘、わたしが殺して差し上げますよ」

七実が便乗する形で、性質の悪い提案を持ちかける。
「殺して差し上げる」――と指を指された先には、勿論八九寺真宵の姿が合った。
その素敵滅法な提案は当然の様に却下するが、しかし七実もまた、戯言遣いをここで殺す真似はしないようである。

『きみが勇ましく橙ちゃんを何とかしている間はこの子は僕たちが何とかしてあげるよ。
 記憶を消したんだったら、僕たちが日之影くんを殺した事実も「覚えてない」だろうしね。僕は弱い者の味方だよ』

戯言遣いは答えない。
確かにその通り。仮に記憶を消したとするならば、
本能的に忌避しない限り――いや、七実はともかく禊に対しては難しい相談だが――ともあれ、真宵は彼らを嫌う理由はない。
彼らが球磨川禊と鑢七実であるという点に目を瞑れば、これほど心強い護衛はいないだろう。

756鏡に問う  ◆xR8DbSLW.w:2013/04/03(水) 22:23:24

『そりゃあ結果的にはきみと彼女の思い出も全部なくなっちゃうわけだけど――。
 きみは別に顔を剥いでも好きでいられるほど、彼女に好意を寄せてるわけじゃないんだろ? だったらいいじゃないか。友達を探しておいでよ!』

戯言遣いは答えない。
思えば、始まりはなんだったか。
そう、夢。――たかだが夢を起点にして彼女を守りたいと思った。
それ以上の感情を、彼は彼女に抱いていたか?
分からない。答えれない。

『どうするの? 欠陥製品』

へらへらと笑いながら、未満は欠陥に問う。
負荷(ストレス)を抱えし少女たちの前に、過負荷(マイナス)が、降下する。
戯言遣いが前を向いた先に広がるのは、二人の《過負荷》。

戯言遣いは――



【一日目/午後/G-5 スーパーマーケット前】
【戯言遣い@戯言シリーズ】
[状態]健康
[装備]箱庭学園制服(日之影空洞用)@めだかボックス(現地調達)、巻菱指弾×3@刀語、ジェリコ941@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×2(うち一つの地図にはメモがされている、水少し消費)、ウォーターボトル@めだかボックス、お菓子多数、缶詰数個、
   赤墨で何か書かれた札@物語シリーズ、ミスドの箱(中にドーナツ2個入り) 、錠開け道具@戯言シリーズ、
   タオル大量、飲料水やジュース大量、冷却ジェルシート余り、携帯電話@現実
[思考]
基本:「主人公」として行動したい。
 0:ぼくは……
 1:真宵ちゃんを診療所につれていく
 2:掲示板を確認し、ツナギちゃんからの情報を書き込む
 3:零崎に連絡をとり、情報を伝える
 4:玖渚と合流する
 5:不知火理事長と接触する為に情報を集める。
 6:展望台付近には出来るだけ近付かない。
[備考]
 ※ネコソギラジカルで西東天と決着をつけた後からの参戦です。
 ※第一回放送を聞いていません。ですが内容は聞きました。
 ※夢は徐々に忘れてゆきます(ほぼ忘れかかっている)
 ※地図のメモの内容は、安心院なじみに関しての情報です。
 ※携帯電話から掲示板にアクセスできることを知りましたが、まだ見てはいません。
 ※携帯電話のアドレス帳には零崎人識のものが登録されています(ツナギの持っていた携帯電話の番号を知りましたがまだ登録されてはいません)。
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました。


【八九寺真宵@物語シリーズ】
[状態]睡眠中、ストレスによる体調不良(発熱、意識混濁、体力低下)
[装備]人吉瞳の剪定バサミ@めだかボックス
[道具]支給品一式(水少し消費)、 柔球×2@刀語
[思考]
基本:生きて帰る
 1:戯言さんと行動
 2:…………。
[備考]
 ※傾物語終了後からの参戦です。
 ※本当に迷い牛の特性が表れてるかはお任せします


【鑢七実@刀語】
[状態]健康、身体的疲労(中)
[装備]無し
[道具]支給品一式×2、ランダム支給品(2〜6)
[思考]
基本:弟である鑢七花を探す。
 1:七花以外は、殺しておく。
 2:このまま骨董アパートに向かうかどうか、球磨川さんと相談しましょう。
 3:球磨川さんといるのも悪くないですね。
 4:宇練さんは、次に会った時にはそれなりの対処をしましょう。
[備考]
※支配の操想術、解放の操想術を不完全ですが見取りました。
※真心の使った《一喰い》を不完全ですが見取りました
※宇練の「暗器術的なもの」(素早く物を取り出す技術)を不完全ですが見取りました。

757鏡に問う  ◆xR8DbSLW.w:2013/04/03(水) 22:23:45

【球磨川禊@めだかボックス】
[状態]『健康だよ。お腹は満腹で、疲れは結構和らいだね』
[装備]『大螺子が2個あるね』
[道具]『支給品一式が2つ分とランダム支給品が3個あるよ。後は食料品がいっぱいと洗剤のボトルが何本か』
[思考]
『基本は疑似13組を作って理事長を抹殺しよう♪』
『とりあえず彼の返答を待つよ』
『1番はやっぱメンバー集めだよね』
『2番は七実ちゃんについていこう! 彼女は知らないことがいっぱいあるみたいだし僕がサポートしてあげないとね』
『3番はスーパーマーケットで休む』
『4番は善吉ちゃんの無念をめだかちゃんにぶつけてあげよう』
『5番は宇練さんについてだけど、まあ保留かな』
[備考]
※『大嘘憑き』に規制があります。
存在、能力をなかった事には出来ない。
自分の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り1回。
他人の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り2回。
怪我を消す能力は再使用のために1時間のインターバルが必要。(現在使用可能)
物質全般を消すための『大嘘憑き』はこれ以降の書き手さんにお任せします。



【一日目/午後/C-3 クラッシュクラシック前】
【零崎人識@人間シリーズ】
[状態]健康、腹八分目
[装備]小柄な日本刀 、携帯電話@現実
[道具]支給品一式×6(内一つの食糧である乾パンを少し消費、一つの食糧はカップラーメン一箱12個入り)、医療用の糸@現実、千刀・ツルギ×2@刀語、
   手榴弾×1@人間シリーズ、青酸カリ@現実、S&W M29(6/6)@めだかボックス、大型ハンマー@めだかボックス、ランダム支給品1〜3個
[思考]
基本:戯言遣いと合流する。
 1:一時間後、クラッシュクラシックに連絡を入れて兄貴とも合流。
 2:真庭蝙蝠、水倉りすか、供犠創貴、宇練銀閣を捕まえる。
 3:西東天に注意。
 5:事が済めば骨董アパートに向かい七実と合流して球磨川をぼこる。
 6:哀川潤が放送で呼ばれれば殺人をしないつもりはない。
[備考]
 ※曲絃糸の射程距離は2mです。
 ※曲絃糸の殺傷能力(切断・絞殺など)は後の書き手さんにおまかせします。
 ※りすかが曲識を殺したと考えています。
 ※Bー6で発生した山火事を目撃しました。
 ※携帯電話の電話帳には戯言遣いが登録されています。
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました。

758 ◆xR8DbSLW.w:2013/04/03(水) 22:24:14
以上で投下終了です。
意見感想等ありましたらお願いします。

759誰でもない名無し:2013/04/04(木) 12:08:53
投下乙です!
いーちゃんとぜろりんの会話再び!
ナイショの話では緊迫感があったのかそっけないものだったけど余裕が出てくるとこうもおいしそうなものになるとは
もうどっちもらしくてついニヤニヤしてしまったw
ヒロイン八九寺に暗雲?と思ったらここでまさかのクマー登場とか
車の後部座席に座ってる七実ちゃんとか想像するとすごくシュールw
でも実際はシュールとか言えない最凶の二人組ですけどね
記憶を消すというのは確かにこれ以上ない最適な対処法かも
八九寺は拒否するだろうからいーちゃんがどう答えるかだろうなー
指摘としては人識の状態表の
>2:真庭蝙蝠、水倉りすか、供犠創貴、宇練銀閣を捕まえる。
が会話からして創貴の存在を知らないはずなのでおかしいかと

760 ◆xR8DbSLW.w:2013/04/05(金) 22:05:23
感想ありがとうございます。いい励みになりました。

指摘に関する反応を。
本スレで頂きました指摘はwikiに収録された際修正させてもらいます。

そしてこちらで頂きました状態表ですが、
>2:真庭蝙蝠、水倉りすか、宇練銀閣(供犠創貴)を捕まえる。
という形で修正すれば宜しいでしょうか。
こちらに関してましては前作のコピーのままでしたので、
◆mtws1YvfHQ氏にはお手数おかけしますが御確認、違う訂正の仕方等頂けたら幸いです。

それでは指摘感想等ありましたら、引き続きよろしくお願いします

761 ◆mtws1YvfHQ:2013/04/07(日) 01:32:51
失礼。

疑心暗鬼(偽信案忌) の中でりすかが、

「水倉りすかなのが私の名前なの。男の子のキズタカを見たと答えるのが貴方たち」

と言う発言がありました。
零崎は関係者は皆殺しが基本なので、

りすかがキズタカとやらを探してる→キズタカって供犠創貴って奴か?→よし、探して殺そう

な流れで書きました。
説明不足があり申し訳ありません


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