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仮投下スレpart1

490 ◆mtws1YvfHQ:2012/01/24(火) 22:46:19
 不機嫌そうな声を出す蝙蝠を無視し、しかし相変わらず偉そうに、舌打ちをしながら王土は立ち上がった。
 両手を頭の横に上げているが、見るまでもなく形だけの物だと分かる。
 形だけの降伏。
 それに創貴の目の色が僅かに変わったが、

「行くぞ蝙蝠……いや、一応その辺りを見てから来てくれ」

 王土の反応を見つつ指示を出すだけに留まった。
 一瞬顔を歪めるも、ブツブツと文句を言うだけで机の陰に消えた。
 待つ事数秒。

「何かあったぞ」

 竹刀を入れるような袋を持って立ち上がった。
 中に何か入っているようで、僅かに形が見え隠れしている。
 形状としては刀か何かか。

「他には?」
「なさそうだ」
「じゃあ来い。こいつが何か持ってないか調べるぞ」
「なんでおれが……」

 形ばかりの文句を口にしながらも、壁に突き刺さった十字架を抜いてから、王土の体を調べ始めた。
 不審な物はすぐに見付かった。
 蝙蝠がズボンのポケットから引き出したのは、携帯電話。
 取り出された瞬間、王土の口元に小さな笑みが浮かぶ。
 それを拳銃を向けたままの創貴は見逃さない。

「捨てろ」
「あん?」
「それがここで役立つとは思えない。捨てるのが無難だ」
「へぇ、分かった」

 そう言いながらも少しの間は名残惜しそうに弄んでいたが、窓に向かって放り投げた。
 易々とガラスを突き破り、下へと落ちて行く。
 だが誰もそれを目で追わない。

「…………」
「…………」
「…………外に行く方が都合が良いだろう? 行くぞ」

 偉そうに言う王土の言葉に、二人は従った。



 と言っても、形だけは変わらず進行方向に背を向けた蝙蝠が先頭に、後ろから拳銃を向けられた王土が二番、最後に創貴の順。
 だが形だけに過ぎなかった。

「さて、何から話すか……まず敵意がない事を示す為に俺が奴に協力させられている理由から話すべきか?」
「きゃはきゃは、手短に頼むぜ?」
「不愉快な笑いだ。貴様は黙ってろ――俺の唯一無二の家臣が人質に取られてな。行橋未造と言うのだが」
「どう言う方法で?」
「知らん。何時の間にか、と言う表現がこれほど適している場面がないと思うほど、何時の間にか、だ」

491 ◆mtws1YvfHQ:2012/01/24(火) 22:47:28
 忌々しそうに舌打ちをするのを二人は無視する。
 ただ、事実の確認のみを進めて行く。

「人質、ね? それで一体何をやらされてるんだ?」
「ふむ――方法を言った所で理解できんだろうから簡潔に言うが、俺は人の心を操れる」
「「はぁ?」」

 王土の言葉に、二人が同時に声を上げた。
 思わず目と目を合わせる二人を見て、王土は可笑しそうに笑う。

「何が可笑しい。貴様らは言葉で説明できない事柄を知っているだろう? 運命なり、時間なり、変態なり」

 その言葉に場の雰囲気が変わったのを楽しむようにまた笑いながら、意味有り気に蝙蝠を見た。
 一時として王土から目を離していなかった蝙蝠の目が細まり、口が横に裂ける。
 今にも、不愉快な笑い声を上げそうな具合に。

「さて、貴様らに頼みたい事……だが、言うまでもなく分かるな?」
「…………」
「…………」

 沈黙で答える二人に満足そうに頷き、また笑う。
 己が優位にある思っているように、あくまでも偉そうに。
 そうしながらも何時の間にか校舎を出ていたが、学園を出るにはまだ時間がかかりそうである。

「話が早くて助かる。特別に情報をやろう―― 一つ。今の貴様らには戦力が足りん。二人とも半端に優秀だがな」
「きゃはきゃは、言ってくれるじゃねえの。なぁ?」
「ああ。ぼくまで半端扱いは頂けないな」
「そうそ……てめっ!」
「事実だ。まあそれは蝙蝠、貴様の持っている物である程度解決できるかも知れないぞ?」

 その言葉に、言い合いを始めそうだった二人の視線が自然と一つの物に集まる。
 理事長室で見付けた、竹刀を入れるような袋。
 それに視線が集まる。

「王刀・鋸」
「なにっ!」

 王土の言葉。
 それに蝙蝠は驚きの声を上げ、視線を完全に持っている袋に向けた。
 創貴はすぐさま王土の背に拳銃を突き付ける。
 引き金は何時でも引けるように指を掛けて。
 そこまでしても蝙蝠は気付かない。
 完全に意識が袋の中身に奪われてしまっていた。
 興奮し切った様子で袋の中を覗き込み、

「…………なんだこりゃ?」

 呆然とした様子で呟いた。

「王刀・鋸。見た目こそ木刀だが、その力は、利用の仕方によっては相当な物だ」
「詳細は?」
「持った者の毒気を抜く――分かり易く言えば、持った者の悪意、戦う気を大幅に削ぐ刀だ」
「持たせないと使えないのか? 使い難いな……」

492 ◆mtws1YvfHQ:2012/01/24(火) 22:48:37
 言いながら創貴は、ある程度落ち着いたのか視線を王土に戻した蝙蝠を見て拳銃を離す。
 王刀・鋸。
 ふざけた名前の割にその力は凶悪だ。
 上手く相手に持たせられれば如何なる思考思想であろうとも説得が難しくなくなる。
 この力が本当だとすれば、だが。
 幾つもあるだだっ広く無駄にサッカーゴールまである校庭の一つを横切りながら、王土は言い続ける。

「さて、まだ時間はあるようだからもう一つ情報をやろう。黒髪の露出狂……もだが、特に橙色の髪の娘、着物の女と学生のコンビ。この三人には近付くな」
「具体的に」
「……長い黒髪に学生服を改造した露出服を着た美しい女、橙色の髪の大きな三つ編みをした太い眉の少女、着物を着た妙にか弱そうな雰囲気の女と見た目だけは人畜無害そうな最悪最低の学生服の男」
「なんで?」
「死ぬ」

 疑問の言葉に、単刀直入に返した。
 あまりと言えばあまりの言葉に、二人の足が止まり掛ける。
 だが、何事もなかったように動く。
 しかしそれも、次の言葉までだった。

「今の貴様らでは一分持つまい」

 思わず、一瞬だが止まった。
 また歩き始めたが、口は閉じていた。
 王土の言葉。
 絶対の自信の込められた言葉。
 ましてやそれが何処までも偉そうな男の言葉となると妙な説得力すらある。

「――さて、そろそろ逃げさせて貰うぞ?」
「ああ、良いぜ。出来るだけはしてやるよ」
「当然だ――蝙蝠、胸を借りるぞ」

 言い終えた瞬間、何か言おうと口を開いた蝙蝠の胸を、跳んだ王土の両足が踏み付けていた。
 そのまま踏み台代わりにし、創貴の頭上を跳び越える。
 拳銃でその後を追うような動作をするが、不規則に左右に走る王土に当たりそうではなく、わざとらしい舌打ちをして見せてから蝙蝠の方を向いた。
 蝙蝠もまたわざとらしく胸を痛そうにさすっている所。

「さっさと行くぞ」
「へいへい」

 軽く伸びをし、創貴を掴む。
 走り始めた。
 風景は一気に変わり、あっさりとし過ぎるほどあっさりと開け放たれた校門を抜けた。
 だがまだ走る。
 エリアの境界が何処かハッキリしていない以上、仕方がない。
 ひたすら走り担がれながら行く二人を、大きな時計塔は見下ろしていた。
 間もなく時間が来る事を示しながら。

493 ◆mtws1YvfHQ:2012/01/24(火) 22:49:35
「アイツ、実際どう思う?」
「あくまでお前から見て信用できるかだ」

 喋りながらでも速度は落ちない。
 蝙蝠にとっては当然の事に過ぎず、重要な事は今口にしている事だった。

「演技でも疑ってるのか?」
「……あくまでお前から見てだ」

 あえて返事を濁す蝙蝠を不審げに見た。
 しばらく様子を眺め、口を開く。

「信用できると思うぜ?」
「あっそ」

 無表情。
 予想通りの答えだったのか予想外の答えだったのかは、蝙蝠の表情からは読み取れない。
 会話が途絶えた。
 どちらも何か考えているように顔を顰め、話し掛け辛い雰囲気に包まれる。
 走る音だけが響く。
 創貴が、口を開いた。

「情報は集まった。だがそれもアイツが信用できるかで随分変わってくる」
「…………」
「お前はどう思う?」
「…………」
「蝙蝠?」

 一向に答えない蝙蝠に視線を向け、逸らした。
 珍しく険しい表情を浮かべていたのだ。
 十秒、二十秒と時間が過ぎ、

「……おれは、嘘であって欲しいな」

 どうにも言い辛く、煮え切らない感じで言った。
 創貴は黙って先を促す。

「おれの見た感じアイツの強さ――っつうよりも身体――は、今までおれが見て来た中でもかなり上だ。そいつが俺の忍法を知ってる風な上で、こう言ったよな? 確か」
「今の貴様らでは一分持つまい」

 創貴が先に言う。
 蝙蝠はただ頷く。
 この言葉の意味を二人は考える。
 真庭蝙蝠の戦闘経験、供犠創貴の知恵知略、そして都城王土の身体能力。
 それぞれがそれぞれ並外れていると言って良い。
 にも関わらず、この三つが合わさっても、勝てないと言ったのだ。
 そんな相手がいるとすれば悪夢以外の何物でもない。
 誰だって嘘だと思いたい。
 だが、しかし、

「本当だと思うぜ?」
「……だよなぁ」

494 ◆mtws1YvfHQ:2012/01/24(火) 22:50:31
 二人は確信していた。
 あの傲慢不遜を絵に描いたような男が例え嘘であっても己を卑下する事を言うかどうかを考えれば、絶対にあり得ないと確信するが故に。
 嘘を付いていないと確信出来た。
 あの男だからこそ、出来てしまった。

「アイツが嘘を付いてない前提で考えを纏めるぞ?」
「おう、言え言え」
「分かった分かった。だがまず止まれ。もう十分距離は取っただろうしな」

 止まり創貴を降ろした蝙蝠に、周囲を少し警戒してから創貴は語り始めた。



「まず首輪に盗聴器がある可能性は低い。
 理由はあった場合、あの男があそこまで腹を割って話す可能性が低いからだ。
 ましてや不知火を裏切るような話だったから尚更な。
 あったとしても携帯にあったかも知れないが、僕達で捨てたしな。
 あいつを繋ぎ止める鎖である人質。
 行橋未造って言ってたな。
 あれで随分と入れ込んでる風だったから女なのかも知れないが……関係無いな。
 どっちでも良いとして、あそこまで言ったらそいつに危害が及ぶ可能性が――もし僕が不知火の立場だったら――間違いなくある、と言うか及ぼす。
 だから僕は盗聴器がないって結論に到った訳だが、質問は?

 よし、次に王刀・鋸の話に移ろう。
 毒気を抜くとか言う能力ってのは怪しい話だが、ある程度は本当の話だろう。
 まだ僕は中身を確認してないから木刀なのか知らない。
 …………うん、どう見ても木刀だな。
 まあそれを袋に入れてるよりも出して持ってた方が威嚇としての意味を持てる。
 なのに袋に入れて持ち歩いていたのはなぜか?

 多分、直接掴まないようにするためだろう。
 つまり本当に毒気を抜くかどうかは別として、持てば何かが起こる可能性は高い。
 少なくとも、不利になる可能性のある現象の起きる可能性が。
 質問はあるか?

 ……四季崎、記紀?

 なんだそれ、人の名前か何かか?
 独り言ってお前、変な奴だな――元からだったな。

 さて、最後に、警戒すべき四人について。
 これも本当だと思う。
 蝙蝠とさっき話したが、あの男が己の価値を下げる嘘を付くとは思えない。
 ってのもあるけど、最も足るは表現の具体性だ。
 人間は完全な嘘を付く事が、ほぼ、出来ない。
 ない物を作り出す事はなかなかできない。
 「あー、分かる」って……心当たりでもあるのか?

 ――さっさと続きを言え?

495 ◆mtws1YvfHQ:2012/01/24(火) 22:51:34
 勝手な奴だな……まあ良いけど。
 とりあえずあいつの言ってた人間は特徴がある程度分かり易く具体的だった。
 一目で分かるように配慮して何だろうが、この特徴を捉える、って事自体嘘だと難しい。
 学生服の最悪最低って所は今一分からないが、まあ、あいつは少し考えはしたが言えた。

 だから信用できる。
 少なくとも、今の所はな。
 今後の情報次第では変わるだろうが。

 しかし、厄介な事になったな。
 ……なにがだって?
 あいつの探し人を見付けられないとあいつが敵になるだろう、って事がだよ。
 あんたが言うには相当強い奴なんだろ?
 それが敵になるのは遠慮したい所だ。

 だから、今後の予定はおおよそ決まった」



「異論はないな、蝙蝠?」

 殆ど息を付く事も無く喋り終えた創貴が、蝙蝠に聞く。
 途中途中で相槌を入れていただけの蝙蝠だったが、話は全て聞いていた。
 だから他をどうこう考えず、先に一度願いを叶えて貰って一度叶えたのだから簡潔に、ただ己の安全と利益を考える。

 どうすれば生き残れるかを頭の中でじっくり巡らせる。
 どうせなら他にもあるだろう完成形変体刀を探し出す。
 最終的にまだ未知の何かを持っていそうなあの男と対峙する可能性と、危険を冒してでもこちらが人質を手に出来る可能性。
 更に足す事の味方を増やせる可能性と零崎双識と出会い殺し遂せる可能性。
 引く事の動き回って狙われる可能性とただ見付かり不意を狙われる可能性。
 更に足し、更に引き、足して足して足して、引いて引いて引いて、足して引いて足してつまり結果、

「それで良いんじゃねえか?」

 探す。
 生憎、暗殺専用だから得意分野ではないが自信はある。
 見付からなかったとしてもあの男よりも強いのが最低でも四人いるのだ。
 遠目に見る事さえできれば真似が出来、勝てる可能性が出来る。
 探し人を見付けられた上で見れれば最上、と。

「――きゃはきゃは」

 蝙蝠は楽しそうに笑う。
 創貴はそれを呆れたように見ていた。

496 ◆mtws1YvfHQ:2012/01/24(火) 22:52:17
【1日目/午前/D-5】
【供犠創貴@りすかシリーズ】
[状態]健康
[装備]グロック@現実
[道具]支給品一式×2、ランダム支給品(0〜1)、銃弾の予備多少、耳栓
   A4ルーズリーフ×38枚、書き掛けの紙×1枚、「診療所で見つけた物(0〜X)」、箱庭学園パンフレット@オリジナル
[思考]
基本:みんなを幸せに。それを邪魔するなら容赦はしない
 1:蝙蝠と行動
 2:りすか、ツナギ、行橋未造を探す
 3:このゲームを壊せるような情報を探す
 4:機会があれば王刀の効果を確かめる
 5:蝙蝠の目的をどう利用して駒として使おうか
[備考]
※九州ツアー中からの参戦です
※蝙蝠と同盟を組んでいます
※診療所でなにか拾ったのかは後続の書き手様方にお任せします



【真庭蝙蝠@刀語】
[状態]健康、零崎双識に変身中
[装備]エピソードの十字架@化物語、諫早先輩のジャージ@めだかボックス
[道具]支給品一式、ランダム支給品(0〜2)、書き掛けの紙×1枚、ナース服@現実、王刀・鋸×1
[思考]
基本:生き残る
 1:創貴と行動
 2:双識をできたら殺しておく
 3:強者がいれば観察しておく
 4:完成形変体刀の他十一作を探す
 5:行橋未造を探す
 6:危なくならない限りは供犠の目的を手伝っておく
[備考]
※創貴と同盟を組んでいます
※現在、変形できるのはとがめ、零崎双識、供犠創貴、阿久根高貴、都城王土、元の姿です

497 ◆mtws1YvfHQ:2012/01/24(火) 22:54:29




 都城王土は箱庭学園を歩いていた。
 目的は一つ。
 投げ落とされた携帯電話の回収のため。
 不知火との連絡手段、と言っても一方的に掛けられるに過ぎない、なのだ。
 それがない以上、下手に動けない。
 下手な行動が反乱を企てていると思われればどうなるか。
 想像するまでもない。
 苦々しい事だが理解していた。
 だからあたかも隙を突いて逃げ遂せた上で、携帯電話の回収に向かっている殊勝な姿を見せる。
 逆らう気が毛頭もないかのように見せかけるために。

「忌々しい」

 不機嫌そうに言いながら歩く。
 死んで欲しくない人間。
 そのためならば一時の苦汁も舐めるに値する。
 理事長室前の、割れた窓ガラスが見え始めた。
 周囲を見渡してみれば、それなりに離れた所に転がる携帯電話が目に入る。
 近付き、土を払いながら拾い上げる。
 まだ使えるかどうかは見ただけでは分からない。
 軽く周囲を見渡すと、携帯電話が震え始めた。
 画面に浮かぶのは非通知。
 少し残念そうな笑みを浮かべながらボタンを押し、耳を当て、言った。

「俺だ」

 変わらぬ口調のまま。



【1日目/午前/D-4】
【都城王土@めだかボックス】
[状態] 健康
[装備] 携帯電話@現実
[道具] なし
[思考]
基本:不知火の指示を聞く
 1:行橋未造の安全が確認が出来れば裏切る
[備考]
※首輪は付いていません
※行橋未造が人質に取られているため不知火に協力しています
※行橋未造が何処にいるかは分かりません

498 ◆mtws1YvfHQ:2012/01/24(火) 22:58:31
以上です。
あらゆる面で他が行き過ぎてるせいもあるのか中途半端な気がする創貴蝙蝠グループの強化および、めだか(改)のフラグ回収。
詳しくは、蝙蝠戦闘力強化、創貴作戦数増加。
更に変体刀を手に入れた双識と蝙蝠の戦闘フラグ強化。
目的はこんな所でした。

個人的に悩んでいる事としましては
>>493 〜 >>495
の部分をなくして他の人に任せた方が良いんじゃないかなと思い悩んでいます。
それも含め、物語の矛盾や誤字脱字などがないかなどの意見をお願いします

499誰でもない名無し:2012/01/25(水) 11:03:46
仮投下乙です
まず質問ですが、
 王土は十三組の十三人編より後の状態か?
 蝙蝠は王土に変態したときに異常を使えるのか?
の2つ
それ以外は>>493-495の部分も含めて疑問に思った点は無かったです
感想ですが真庭忍軍&りすか勢vs零崎一賊の構図が着々と出来上がってますね
王土が王刀を持っているというのは皮肉が利いてていいですが武器として扱うには難しいアイテム、どう生かすのか楽しみです
残りの変体刀は斬刀と薄刀と賊刀と誠刀ですか…後の2つが扱い難しそう

500誰でもない名無し:2012/01/25(水) 19:15:28
>>499 氏ではないけれど俺の意見としては。

最初で言うならば、十三組十三人編より後でいいのでは?
そうでなければ、行橋のためにこんなことを協力するとは思えないし。
そもそも、これより前だと行橋が自身の所為で苦しんでも「まあ、いいか」で済ませるし。
いやまあ「俺は行橋のため〜」的な言葉自体が嘘で、実は計画にノリノリとかそんなオチがあればまた別なのだが。

蝙蝠に関しては使えてもいいのでは? 使い方さえ知っていれば。もしくは知っていけば。
才能とは言えども、刀語一巻にて七花の「虚刀流故に刀が使えない」というものまでものの見事に変態したわけだし。
今更どんなことまで変態しようと受け入れれる気はするな。

501 ◆mtws1YvfHQ:2012/01/26(木) 22:46:29
>>499
返答ですが、まず王土は十三人編以後からの参戦のつもりです。
そのため言葉の重みを使わせておりません。
本投下の際にはその辺りの事も状態表の辺りに追加しておきたいと思います。

蝙蝠に関しては流石にそれ無理じゃないか……と思っていたのですが、>>500氏の言う事ももっともであります。
しかし蝙蝠はどうも七花の件から考えると真似は出来ても中身を完全に把握は出来ていないようなので、使えはするがその可能性に気付いていない、と言う感じになるかと思います。
いっその事、後の作者の方に丸投げと言うのもありますが。
確りと決めてしまった方が良いでしょうか?
またもご意見の方をお願いします

とりあえずは以上です

502 ◆8nn53GQqtY:2012/03/24(土) 23:31:51
いーちゃん、八九寺、投下します。
初投下ということもあり、仮投下で様子見たいと思います

503探サガシモノ物ガタリ語 いのじワード ◆8nn53GQqtY:2012/03/24(土) 23:32:45
【0】

『まるで並行世界に生まれた同一人物のように似通っている『きみ』と僕との絶対とも言える最大の共通点――』
『それは『きみ』がどうしようもなく救えないほど『優しい』ことに尽きるだろう』
『『きみ』はその優しさゆえに、自身の『弱さ』を許せなかった――つまりはそういうことだ』
『だから『きみ』は孤独にならざるをえない』
『『きみ』の間違い、『きみ』の間抜けは、その『優しさ』を他人にまで適用したことだ』
『素直に自分だけを愛していればそれでよかったのに』
『無論僕が言うまでもないように『優しさ』なんてのは利点でも長所でもなんでもない』
『むしろ生物としてはどうしようもない『欠陥』だ。それは生命活動を脅かすだけでなく進化をすらも阻害する』
『それはもう生命ではなく単純な機構の無機物みたいなものだね。とてもとても、生き物だなんて大それたことは言えない』
『だから僕は『きみ』のことをこう呼ぶことにするぜ――『欠陥製品』と』



「そう、きみも『優しい』。
だが『きみ』はその優しさゆえに、自身の『弱さ』を許してしまった。
孤独に平気でいられないという自身の『弱さ』を、どうしようもなく許してしまった。
優しいってのはつまり、自分も優しくされたいってことだからね。
どこまで堕ちても、どれだけ他者を害しても『ぼくは悪くない』と言うきみを、どうして人間だなどと言える?
生物ってのはそもそも群体で生きるからこその生物だ。
群体として生きることを望みながら決して群体になじもうとしない、なじめない、生物として『過負荷(マイナス)』だ。
こいつはとんだお笑い種だね。きみと『ぼく』は同一でありながらも――出てくる結果は対局だっていうんだから。
僕は価値ある命を奪うが、『きみ』は命を無価値にする。自身どころか他人をすらも活かさない、なにもかも絶対的に活かさない。
社会生活の『活』の字がここまでそぐわない人外物体にして障害物体。
だから、『きみ』のことは暫定的に、こう呼ぶことにするよ――『人間未満』とでも、ね」

504探サガシモノ物ガタリ語 いのじワード ◆8nn53GQqtY:2012/03/24(土) 23:33:36
【1】

さて、回想シーンはここまで。
ここから先は、現在進行形の物語。
僕の後ろには、真宵ちゃんが付いて来る。
そして、僕の行く先には――

「向こう側が見えませんね……日本にこんな広い砂漠があったでしょうか」
「鳥取砂丘を見たことはあるけど、ここまで広くはなかったね」

地の果てまで、砂漠が広がっていた。
『地の果てまで』という文字どおりに、この『因幡砂漠』の向こうには海しかないのだけれど、その水平線さえ茶色い砂丘に遮られている。

「時に、ざれれ言さん」
「真宵ちゃん、れが一個多いよ」
「失礼、噛みました」
「違う、わざとだ」
「かみまみた」
「わざとじゃない!?」
「食(は)みました」
「その噛みかた何かエロい!?」
「ごほん……砂漠を行くことになったのはいいのですけど、いきなり出て来たこの『支給品』は何なのでしょう。
こんなに大きな車が、何の伏線もなしにどこから出て来たのでしょう」
「ディパックの中から、としか説明しようがないね。
いいんじゃない? 《怪異》があるんだから、四次元リュックがあっても」
「確かに、メタ発言はボケ突っ込みの手法として有効ですけど、ロワのお約束にいちいちめくじらを立ててもいられませんからね」
「その台詞自体がアウトに近い何かだよね」

そう言えば真宵ちゃんは、この劣化四次元ポケットみたいなディパックをよく見ていなかったのだった。
僕ら今まで、支給品の確認とか、ろくに済ませなかったからなぁ。
言いわけさせてもらうと、僕も真宵ちゃんも、当初は『バトルロワイアル』に対する実感がなかったし、
『とりあえず阿良々木くん探しに付き合おう』ぐらいの考えしかなかったから、認識が甘かったということなのだろう。
地図を取り出した時に、支給品らしき道具が見えたけれど、いまいち使えそうにないものだったし、
戯言使いである僕に至っては、真庭鳳凰という忍も、翼ちゃんの時も、七実ちゃんの時も、口を使って切り抜けてきたわけだし。
ただ、僕の荷物は真宵ちゃんが気絶していた間に、だいたいの荷物確認を済ませていたりする。
ちなみに、僕が取り出したばかりの赤いフィアット500は、あの大男から貰ったディパックに入っていた。
何だか車内の感じとか、鍵についているキーホルダーの形とかが、あのみい子さんから貰ったフィアットとそっくりなのだけど、偶然だろうか。
こんな便利な移動手段があったなら使えばよかったのにとも思ったけど、学ランの件といい、あれでまだ高校生だったのかもしれない。

ともかく、僕が何の伏線もなく車を出してきたのにも、理由はある。

505探サガシモノ物ガタリ語 いのじワード ◆8nn53GQqtY:2012/03/24(土) 23:34:24
「ここまで広い砂漠を、徒歩で、しかも女の子を連れて移動するのは厳しいと思ったからね。
さっきまでは目立つといけないと思って出さなかったけど、砂漠なら視界が開けてるから徒歩でも目立つのに変わりないし」
「なるほど。では、なぜ進路をこちらの方向に?
戯言さんのことですから、誰も来ない場所に逃げるのでもないのでしょう?」
「それは過大評価だね。僕はこれでもけっこう怖がりで、卑怯ものだぜ?」
「だとしても、無思慮ではないでしょう」
にこりん、と笑顔を向ける真宵ちゃん。
何だろう。彼女が目覚めてからだけれど、ずいぶんとフレンドリーさが増している気がする。
僕はそんなに、信頼を獲得されるようなことをしただろうか。
出会った当初は、かなり警戒されていたはずだけれど。
『嫌いです』言われたし。
軽妙な言い回しは元からだったけど、こんな弾んだ会話することだってなかったはずだし。

まぁ、真宵ちゃんからすれば、阿良々木君亡き今、この環境で頼れる人間は僕しかいないのか。
そんな僕に対して何かしらの感情が芽生えてもおかしくはないんだろう。
いや、変な意味じゃないぞ。
仮に真宵ちゃんがこの体型で、僕より年上だったりしたら、喜んでフラグと解釈したところだけれど。

「名簿に書かれてた僕の知り合いを探したいって、さっき話したよね。
そいつとの合流を前提に、これからの進路を色々と考えてみたんだ」
「ほほう、その女性とは、戯言さんのヒロインに当たる方ですか?」
「いや、大事な人じゃないと言えば嘘になるけど。なんでそこで《ヒロイン》の話になるのかな」
秋までの僕なら『違うよ』と否定していたところだけれど、今さらそういうわけにもいかないな。
……結婚の約束までしちゃったし。
「なら、戯言さんはどうして《主人公》を目指そうと思ったのですか?」
「それは、安心院さんに言われたから……」
「それは安心院さんの方から頼んできたことで、戯言さんが引き受けた理由にはなりませんよね。
ここから生きて帰りたいだけなら、必ずしも《主人公》を目指す必要はありませんから。
確かに《主人公》という立ち位置は他のキャラより生存率が高いですけれど、《主人公》にならなければ生き残れないわけでもありません」
ずばりと突いて来た。
けっこう、僕の深いところを。
なるほど。
《主人公》になる明確な方法など存在しないけれど、《主人公》を目指す理由は明確に必要だ。
それは言うなれば、物語を作る上で、主人公を作る上で、不確定な事項。
主人公の戦う、動機づけ。
その動機で言えば。
僕は確かに、玖渚に死んでほしくないと、強く思っている。
真宵ちゃんも、死なせたくないと思っている。
真心も、哀川さんも、死ぬなんて許容できないでいる。
まさしく『女の子のためなら何でもしたい、ライトノベル型の主人公』だっけか。
「《主人公》を目指すなんて野望はとても大それたものですけど、
しかし、《主人公》になりたいと思うほど、誰かを想えるのは、とても素晴らしいことだと思います。とてもとても、いい事です」
まるでよくよく知っている人を語るみたいに、真宵ちゃんは言い切った。
真宵ちゃんにとっての《主人公》――阿良々木君も、そういう少年だったのだろうか。
「阿良々木さんにもヒロインがいました。戦場ヶ原ひたぎさんと言う人です」
戦場ヶ原ひたぎ。
名簿にいた。
つまり、ここに来ているということだ。
そうなると、翼ちゃんが嫉妬していた『彼女』が、そのひたぎちゃんになるのか。
「放送を聞いてどうなってしまったのか。仲良くはありませんでしたけど、心配ではありますね」
そりゃあ……他ならぬ真宵ちゃん自身が、あんなことになったのだ。
もっと近しい位置にいた女性なら、ずっと酷いことになったっておかしくない。
戦場ヶ原ひたぎ、ね。
捜索対象、および要注意人物に、戦場ヶ原ひたぎ、一名を追加。
「その人とまた会う為にも、まずは生きのびることを考えないとね」
「そうですね」

506探サガシモノ物ガタリ語 いのじワード ◆8nn53GQqtY:2012/03/24(土) 23:35:16

話を戻そう。

真宵ちゃんが言うところの《ヒロイン》――玖渚友の話をした。
青い目で、青い髪で、小さくて、――そして《サヴァン》なのだということ。
どこか、パソコンのある施設で引きこもっている可能性が高いこと。
僕も真宵ちゃんが目覚める前に、目的地を絞り込んでいたこと。
診療所、豪華客船、ネットカフェ、斜堂卿一郎研究施設、そのいずれかに絞られること。
「だから、地図の東側に行ってみることにしたんだ。ネットカフェと研究施設の二つが割と近い位置にあるから、まとめて寄りたいところだし。
廃墟から向かうと、スーパーマーケット手前で曲がるルートを使えば、途中で診療所も抑えられるからね」
「なるほど、効率的に施設を回れますね。でも、それならどうして砂漠を迂回するんですか?
先に豪華客船に寄ってから、診療所、ネットカフェ、研究施設の順で回るということですか?」
「診療所を通るルートでネットカフェに向かうには、いったん来た道を戻らなきゃいけないからね。
つまり、『骨董アパート』に戻る道を通ることになるね」
「そうなりますね」
「さっきのおっかない2人組を遠ざける方便で、『骨董アパートに行けばいいですよ』って言っちゃったんだよね」
「…………………」
つまり、素直に道路ぞいに南下すれば、またあの2人と出くわしてしまう可能性が高いのだ。
言いわけさせてもらうと、その時点では次の目的地を考える余裕などなかった。
「今の僕たちが球磨川君たちに会うのは危険だし……それ以前に会いたくないしね」
いや、『会いたくない』というのは、半分ぐらい方便。
本当に会いたくないのは、僕ではなく真宵ちゃんの方だろう。
出会いがしらに自分を殺そうとした挙句に、庇って戦ってくれた男性を眼の前で虐殺した一味だ。
「球磨川さん……というのですか。あの男の人は」
真宵ちゃんが、声のトーンを低くして呟いた。
「あの人たちは……殺し合いに乗っていたんです、よね?」
「いや、少なくとも球磨川君の方は乗っていないようだったよ。
『殺さないで』って言ったら、彼女を止めてくれたし」
「殺し合い否定派なのに……あの人の仲間をしていたんですか?」
あの人。
七実ちゃんのことだろう。
声が震えている。思い出したくない対象なのは明らかだ。
それでも追求してくるのは、勇気なのか、彼女らと会話が通じた僕に対する警戒心も少しあるのか。
「僕も……彼と話した時間は長くなかったけど、それでも安全な人物ではなさそうだったよ。
気分の向くまま行動するし、何をするか分からない。
殺し合いが起こらなくても、生来の危険人物に見えた。そこは、女性の方も同じだと思う。
だから一緒に行動しているのかもしれないね。」
球磨川禊。
大嘘つき。
人間、未満。
人間として、足りていない。極端な過不足。過負荷(マイナス)。
こんな殺し合いが起こらなくても、いずれ、誰かを殺す計画を立てていたんじゃないかと思える。

507探サガシモノ物ガタリ語 いのじワード ◆8nn53GQqtY:2012/03/24(土) 23:36:19
「ただ、殺し合い自体は肯定していないようだった。不知火理事長もぶっ殺すとか言っていたし」
「不知火――最初の広い場所で演説してた、主催者さんですよね」
「そうだね。つまり球磨川君は、主催者の手がかりを何かしら持っているのかもしれないけど――それでも、再会したい相手じゃないな」

《縁》があったら、また会えるのだろうけど。
先送りにできることなら、先に見送りたい。
……前々回、ぶっとい因縁フラグを立ててしまった気がしないでもないが。

「そういうわけで、砂漠を迂回することにしたんだ」
ここから先の話しは車の中でと、鍵をさしこんでドアを開けた。
炎天下でこれ以上立ち話を続けても、体力を浪費するだけだろう。
「いったん豪華客船に寄ってから、診療所への道に向かうよ。
車で移動すれば、次の放送までには公道に戻って来られるだろうし」

【2】

「ざれれれ言さん!」
「真宵ちゃん、僕は別にバカボンの家の隣近所に住んでるおじさんじゃないからね」

砂煙をあげて直進するフィアットのハンドルを、ダボダボの制服からはみだした両手で握りながら僕は返事した。
ザシャザシャザシャと、砂煙がフィアットの小さな車体を乱暴に汚していく。
路面は走りにくいけれど、障害物のない開けた場所だから、事故を起こす心配もない。
話しかける真宵ちゃんは、助手席。

シートベルトをしてちょこんと座りこんだ膝の上には、樹木の伐採に使うような、大きな剪定バサミが握られていた。
これも元々、僕の支給品だったものだ。
フィアットに乗り込んだ後、この際だからと互いの支給品はすべて公開して、使いやすい道具は交換した。
ジャキンジャキンと、切れ味を確かめるように、大きな両刃をゆっくり開閉させている。
小学生が持つにはずいぶんと物騒な武器だけれど、不思議とその鋏は、真宵ちゃんの両手にぴったりだと思えた。
まるで、元からそういう幼女の手持ち武器だったみたいに。

では、ここいらで僕らの手持ち武器を公開しておこう。
まず、このフィアットを僕に譲渡してくれた日之影空洞という青年の荷物。
彼は、フィアットの他にも、拳銃一丁を支給されていた。
これはどう考えても当たり武器だと思うのだが、僕なんかに渡したまま飛び出していって良かったのだろうか。あの大男は。
けれど、拳銃というメインウエポンが手に入ったのは良かった。
ジェリコ941。
八月の――匂宮出夢君との戦いで使っていた拳銃だ。使い方はしっかりと覚えている。
他の支給品――僕に支給された元からの道具は、ハズレとは言わないまでも、使いどころが難しそうだったから。

508探サガシモノ物ガタリ語 いのじワード ◆8nn53GQqtY:2012/03/24(土) 23:36:53

まず、真宵ちゃんに交換で譲渡した剪定ハサミ。
『ウォーターボトル』と書かれた魔法の水……と説明書が付いているけれど、
どっからどう見ても濃硫酸にしか見えない液体の入った瓶。
そして『巻菱(まきびし)指弾』と書かれた、小さいネジのような金属片が、三つほど。
この巻菱一つに、大の男をしばらく行動不能にできるだけの毒物が仕込んであるらしい。
しかし当然ながら、僕は巻菱を指で弾き飛ばして、狙った人間の体に命中させる真似はできない。
だからそうなると、人間の肌に直接触れて埋め込ませるぐらいしか使い道はなく、
そこまで接近する危険を冒すぐらいなら、戯言のひとつでも振るう方がよほどリスクが少ない。
(ハサミや濃硫酸をイマイチと見なしていたのも、同様の理由による)
そう見込んで扱いかねていた代物だけど、一応ズボンのポケットにいれておく。

そして、真宵ちゃんに支給された道具は二つ。
ひとつは、『柔球』という、楕円形の鉄球。ちなみに二個一組み。
説明書によると、標的に直撃しない限りは何度でもバウンドし、なおかつバウンドするごとにスピードが増していく、室内戦闘用の武器らしい。
……味方に当たったらどうするんだろう。
真宵ちゃんが今まで危ない目にあっても、使おうとしなかった理由が納得だ。
そしてもう一つが、剪定ハサミと交換で、僕の手に渡ったものだ。
真宵ちゃんは使い方が分からない、と自己申告をしたので。

「失礼、噛みました」
「違う、わざとだ」
「かみまみた」
「わざとじゃない!?」
「かけますか?」
「支給品にかこつけて上手いこといったつもりになってる!」
「ともかく、です。車を運転しながら電話をかけるのは、危なかったと聞いています」

どこにでもある、携帯電話だった。
アンテナが、ちゃんと3本立っている。
一応、助けをよぼうと手当たり次第にかけたけれど、それは繋がらなかった。
会場内限定で電波が繋がっている仕組み、らしい。
電話帳には、幾つか登録された番号があった。
施設の名前で。

『一戸建て』
『喫茶店』
『クラッシュクラシック』
『西東診療所』
『展望台』
『病院』
『マンション』

509探サガシモノ物ガタリ語 いのじワード ◆8nn53GQqtY:2012/03/24(土) 23:40:31

どれも地図の北側、A〜Cに当たるエリアの施設だ。
僕たちが向かおうとしていた施設のどれもが該当しないのは残念。
けれど、そうなると他にも携帯を支給された参加者がいて、他の施設の番号が登録されているのかもしれない。

「危な『かった』っていうのは、どういうこと?」
「私が生きていた時には、携帯電話はそこまで普及していませんでしたから」

ああ、そう言えばこの子、幽霊(自己申告)だったよ。

「すると、真宵ちゃんが亡くなったのは、けっこう昔なのかな……」
「生きていれば21歳になります」
「マジかよ」
やばい。
僕より年上だった。
この姿で、年上だった。
思いっきり、僕のストライクゾーンど真ん中だった。

「まぁ、確かにこの道は悪路だけど、行動はなるべく迅速に起こしたいしね」
「それは――禁止エリアの情報を聞き逃したからですか?」
「それも聞き出したいことだけど、それだけじゃないよ」

申し訳なさそうな顔をした真宵ちゃんに、僕はきっぱりと言った。
真宵ちゃんは放送の死者をかろうじて覚えていたものの、禁止エリアまでは記憶していなかった。
そこを責めるのはあまりにも酷だ。阿良々木君の名前が呼ばれた直後のことだったのだから。
だから、早い内に他者と連絡を取り、放送の情報を補完しておきたい。
それが、さっそくとばかりに電話をかけようとする、一つの理由。

「まず、聞いておきたいんだけど――真宵ちゃんは、《主人公》って何をする人だと思う?」
「また《主人公》を目指そう、というお話ですか?」
「ううん、これは、僕が《主人公》になれるかとは全く別の問題だよ。
つまり、『このバトルロワイアルに主人公がいるとすれば、それは何をする人だと思う?』という意味になるかな」
「なるほど、確かに主人公の定義は曖昧ですが、ジャンルを搾れば、ある程度絞り込むことはできますね。
推理小説の主人公なら殺人事件を解決すべきですし、ライトノベルの主人公ならハーレムを作らねばなりません」
つまり僕は、推理小説の主人公にはなれないってことか。
「そうですね。主人公さんを選べるなら、私は――」



「――殺し合いを止めさせて、皆を家に帰してくれる人がいいです」



そんな風に、言った。
そんな真摯で、とても切実な回答を。

「うん、僕もそう思うよ。それに主人公云々を抜きにしても、脱出する方法は見つけないといけない。
知り合いを探して守るだけじゃ、究極的には殺し合いは止まらないからね」

510探サガシモノ物ガタリ語 いのじワード ◆8nn53GQqtY:2012/03/24(土) 23:41:03

動機付けとして《ヒロイン》が必要なら、目標として《打倒すべき存在》は必要だ。
それすなわち、殺し合い。
あの大嘘つきは、《欠陥製品》が殺し合いを止めると言ったら、嗤うかもしれないけれど、
それでも、僕は彼のように、破滅による物語の終わりを望まない。

「でも、だからと言って、僕に『首輪を解除して脱出する』なんて技術はないんだよね。
それをするなら、僕よりずっと向いた人たちがいるし」
最強の請負人とか、死線の蒼とか。
「僕は一介の戯言遣いに過ぎないし――いつも通り、フィジカル面より、メンタル面から攻めていくしかないんだ」
「メンタル面――話し合いで解決するということですか」
「交渉になるかもしれないし、取引になるかもしれないし、恐喝になるかは分からないけど――主催者、あの『不知火理事長』と接触してみたい」
いつまでも、マーダーに襲われて、見逃してもらっての繰り返しじゃいられない。
いい加減、攻守交代をはかりたい。

この回り道が、家への帰り道に続くように。

「でも、接触すると言ったって、僕はあの人のことを何も知らないし、どこにいるのかも分からない。
だから、もっと情報が必要なんだ。不知火理事長を知っている人とか、そういう参加者に接触した人とか」
「そうですね。現状、私たちと主催者にある繋がりと言えば、お孫さんと私の声がよく似ていることぐらいですし」
「よく知っているね。僕はあの人に孫がいるなんて初めて聞いたんだけど」

閑話休題。

この局面で『電話』というアイテムが転がり込んできたのも、何かの《縁》だと考えよう。
直接的に対峙することなく、声だけが聞こえるというシチュエーション。
ここで何も仕掛けないでは、戯言遣いの名に恥じるというものだ。

「そういうわけで、僕は電話をかけるから。真宵ちゃんはひとまず、黙ったままでいてくれるかな。
人数が特定されていない方が、有利に立ちやすいからね」
「分かりました。では、電話は私が持ちますから。戯言さんはちゃんと両手で運転して、前を見ながら話してください」
「ありがとう。じゃあ、安全運転させてもらうよ」

携帯電話を、再び真宵ちゃんに返す。
どの施設にかけようかと少しだけ考えて、いや、適当でいいのかと思いなおした。
一件ずつ、順番にかけてみればいいだけだ。

僕は、施設名を頭の中で反復して、適当に思いついた施設を選んで、
言うなれば、《縁》を感じた電話番号を。

真宵ちゃんに、押してもらった。

511探サガシモノ物ガタリ語 いのじワード ◆8nn53GQqtY:2012/03/24(土) 23:41:28

【3】

人間未満、大嘘つき、球磨川禊。
さっきはああ言ったけれど、訂正しておくことがある。



僕はたくさん殺してきたけれど、これからは生かす道を行く。
君が一人じゃないように、僕はもう独りじゃない。


【一日目/午前/F-3】

512探サガシモノ物ガタリ語 いのじワード ◆8nn53GQqtY:2012/03/24(土) 23:41:54
【戯言遣い@戯言シリーズ】
[状態]健康、
[装備]箱庭学園制服(日之影空洞用)@めだかボックス(現地調達)、巻菱指弾×3@刀語、ジェリコ941@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×2(うち一つの地図にはメモがされている)、ウォーターボトル@めだかボックス、お菓子多数、缶詰数個、
    赤墨で何か書かれた札@物語シリーズ、ミスドの箱(中にドーナツ2個入り)
[思考]
基本:「主人公」として行動したい。
0:電話をかける
 1:真宵ちゃんと行動
 2:玖渚、できたらツナギちゃんとも合流
 3:豪華客船へと迂回しつつ、診療所を経由し、ネットカフェ、斜道卿一郎研究施設 いずれかに向かう
[備考]
※ネコソギラジカルで西東天と決着をつけた後からの参戦です。
※第一回放送を聞いていません。ですが内容は聞きました。
※夢は徐々に忘れてゆきます(ほぼ忘れかかっている)
※地図のメモの内容は、安心院なじみに関しての情報です。
※携帯電話から掲示板にアクセスできることには、まだ気が付いていません。

【八九寺真宵@物語シリーズ】
[状態]健康、精神疲労(中)
[装備] 携帯電話@現実、人吉瞳の剪定バサミ@めだかボックス
[道具]支給品一式、 柔球×2@刀語
[思考]
基本:生きて帰る
 1:戯言さんと行動
[備考]
※傾物語終了後からの参戦です。
※真庭鳳凰の存在とツナギの全身に口が出来るには夢だったと言う事にしています。
※日之影空洞を覚えていられるか、次いで何時まで覚えていられるかは後続の書き手様方にお任せします

513探サガシモノ物ガタリ語 いのじワード ◆8nn53GQqtY:2012/03/24(土) 23:42:50
仮投下終了です。

投下中に指摘いただきました、日之影さんのディパックは中身だけ移し替えられてた件は、本投下にて修正させていただきます

514 ◆mtws1YvfHQ:2012/05/13(日) 21:42:52
失礼します。
投下規制中なのでこちらの方に投下させていただきます。

零崎軋識、供犠創貴、真庭蝙蝠の投下を開始します

515神に十字架、街に杭 ◆mtws1YvfHQ:2012/05/13(日) 21:44:45
黙々と零崎軋識は歩く。
まず目指すのはクラッシュクラシック。
トキを、零崎曲識を、殺した奴を殺し、その一族郎党余さず皆殺しにする。
それは良い。
それは良いが、情報がなければそれも出来ない。
そのためにはまず死体を見付け、どう殺されたか調べなければならない。
のもあるが、何よりも弔ってやりたい。
他の『家族』の誰かが既にやっている可能性もあるが、それでも見付けて損はない。

「…………」

そう思っても、口惜しい。
何故、『家族』の事を疎かにした。
何故、『他人』の事を優先したか。
何もかも殺しても殺し足りない。
『家族』を守り通すと決めてもまだ足りない。
償い、足りない。
しかし今思い悩んでも意味はない。
見付けなければ意味がない。
そのためのクラッシュクラシック行き。

「きっとあそこに向かってるはずっちゃ……!」

人識は分からないが、レンならきっと、クラッシュクラシックに向かっている筈だ。
『家族』思いのが向かわないはずがない。
だからそこか、その途中で合流出来る。
そうすれば全身全霊を持って守る事が出来る。

「ん?」

何か、何処からか音がした気がした。
耳を澄ませる。
足音。
それが近付いて来ている。
自然、《愚神礼賛》を握り直す。
誰か知らないが殺す。
会場にいるなら殺す。
足音に向けて進む。
走っていたレンがいた。

「――レン!」

思わず声を掛ける。
声を掛けた瞬間、離れるように横に跳び、十字架を構えた。
そして小脇に抱えていた、

「子供かっちゃ?」

子供を降ろす。
何をやっているのか
思わず怒鳴り付けたくなる。
老若男女容赦なく、関わりがあれば殺し尽くす。
特に今回はもう一人死んでいる。
尚更、ここにいると言う関わりを持つ人間を殺さないといけない。
それが基本の筈だ。
それが普通の筈だ。
それが通常の筈だ。
それが当然の筈だ。
なのに、

516神に十字架、街に杭 ◆mtws1YvfHQ:2012/05/13(日) 21:46:31
「レン!」
「近寄るな!」
「ッ!」

何故、『家族』に武器を向ける。
何故、『家族』に殺意を向ける。
何故、何故、何故。
どうして。

「また似たような手で騙せると思ってるのか貴様は!」
「……は?」
「今度はなんだ? 正面から不意討とうって魂胆だろう。違うか!?」
「お、おい、落ち付くっちゃ!」

どうして。
どうにも妙な事になっている。
俺が誰か分からないのか。
『呪い名』に何かされた訳でもあるまいし。
いや、ざっと見ただけで定かではないが、確か、あろう事か、あの名簿には、『時宮』の名前があったはずだ。
もしかしたら、そう言う事なのか。

「――落ち付け、レン。俺は他の誰でもない、『呪い名』の野郎共じゃない、紛れもなく、零崎軋識だっちゃ」
「……悪いがまだ信用ならないな」
「だったら何を言えば良い?
 お前は《自殺志願》を使わない方が圧倒的に強い事を言えば良いのか?
 お前の特技がコサックダンスだって事を知ってるって言えば良いのか?
 それとも……それともお前がかなりの変態だって事を知ってれば良いのか?」
「…………おい」
「事実だろ」

そこまで言ってようやく、顔が引き攣らせてはいるものの、十字架を下ろした。
後ろの子供を守るように。
言い様のない苛立ちが湧き起こるが、堪える。
今この苛立ちに流されれば今度こそ、蝙蝠、とか言う奴と思われるかも分からない。
それに少し前まで人の事を言える立場じゃなかった。
歯を食い縛り、何とか堪えた。

「――――それより、その、子供は、なんだ?」

堪えた、と言ってもまだ残っている。
心の奥底から未だに湧きつつある不満。
それが言葉を途切れ途切れにさせていた。
何とかそれ以上何も出ないように押し留め、睨み付ける。
レンは肩を竦めた。

「何って、協力者に決まってるだろう?」
「協力者だぁ?」

事もなげに協力者と言った。
よりにもよって、『家族』が殺されたにも関わらず、協力者。
こいつは一体、何を言っている。
何故殺してないかと思えば協力者。
この場所にいると言う立派な関係者なのにも関わらず協力者などと温い事を言って、殺していない。
思えば思うほど、考えれば考えるほど、

517神に十字架、街に杭 ◆mtws1YvfHQ:2012/05/13(日) 21:48:35
「レン…………この、馬鹿野郎!」

耐え切れない。
堪え切れない。
よもやそんな甘い男だったと思いたくない。
よもやその程度の男だったと思いたくない。
人一倍『家族』の事を大事にし、大切にし、それ故に特攻隊長などと言われていた男がこんな甘かったと思いたくない。
しかし、目の前にあるのが事実だ。

「この会場にいる関係者ならなんで殺さない!
 この場所にいると言う理由でなぜ殺さない!
 なんで殺さない!
 理由として充分だろ!
 理屈として充分だろ!
 なのになんで殺してねえんだお前は!
 『家族』でもない奴を殺したくないって訳じゃねえだろ?
 それとも何か別の理由で殺せないって言うんだったら、俺が、殺して」

《愚神礼賛》を振り上げ、

「馬鹿野郎!」
「がっ!」

その瞬間、殺気と共に眉間に衝撃が走った。
殺気があったから咄嗟に衝撃を和らげる事が出来たが、それでも十分痛い。
十字架を握った方とは逆を振り終えた姿勢のレンの姿が目に入る。
殴られた。
そう気付く。
死にそうなほどではないにしろ、あろう事か、『家族』に殴られたと思うとなお痛い。
痛みが増す。

「お前、何を……!」
「馬鹿だから馬鹿だと言ったんだこの馬鹿が!」
「レン! 幾らお前でも」
「許さないとでも言う気か? だったらそれで構わない」
「なにっ!」

予想を遥かに超えた剣幕に尻込みした。
僅かに気圧され、下がってしまった。
そうなってもレンの言葉が止む気配はない。

「確かに関係している。間違いはない。この場にいるんだからな……だが考えろ! もし俺達の手に余る事態が起きたらどうする? その時になって殺さなければ良かったじゃ済まないんだぞ!」
「た、確かにそうだが……」

振り絞るように、言葉を続けようとするが、続かない。
現実的に考えればその通り。
事実、思い当たる節が幾つもあった。
例えば、《害悪細菌》のような破壊。
例えば、《猛獣》のような探索。
例えば、俺の現地行動。
それぞれにはそれぞれにあった輩が居るのは、骨身に染みて分かっている。
手を取り合う『家族』ではなく、目の敵のような『他人』のお陰で。

「とりあえず……」

518神に十字架、街に杭 ◆mtws1YvfHQ:2012/05/13(日) 21:50:28
レンが一瞬子供を窺い見て、その首筋に手を当てた。
子供が前のめりに倒れた。
動かない。
当て身。
気絶させたのか。

「今殺すのは不味い。さっき言った通り、殺してから後悔では遅いんだ。殺すなら――全てが終わった後。そう思わないか?」

射抜くような目が向けられた。
そう言えば普段付けている伊達眼鏡がない所為で諸に視線が身体を射抜く。
一時の激情に身を任せて皆殺しにしようとしていた俺と、それを堪えて今後を考えて行動しているレン。
どちらが正しいかなんて考えるまでもないだろう。
それでも、そうと分かっていても、

「――悪いが、そうは思わない」

口から衝いて出たのは同意とは真逆の、否定の言葉だった。
レンが目を閉じ、空を仰ぐ。

「何故」
「嫌だから、だ」

もし協力するとしても、その中にトキを殺した奴が紛れ込んでいたとしたら。
そんな想像、一時足りとも耐えられない。
顔を戻し、睨み付けてくるレンの眼が鋭く光った気がし、同時に殺気が湧き上がり始めた。
そうだろう。
頭ではどれだけレンの話が正しいと分かっているのに、否定の材料もなくただ否定だけされる。
ただの子供の我が儘に近い。
きっと俺自身であっても殺気を抑え切れない。
だから、レンは正しい。
間違っているのは俺だ。
故に、『家族』に殺気を向ける行為を、咎められない。

「猶予はやる……次に会う時までにその子供を殺しておけよ。『家族』以外生き残らせる道理なんて無いんだからな」

それだけ言って、横を通り過ぎる。
刹那、レンの体が激しく震えているのが見えた。
口で言っても、理屈も何もなく否定されたのが口惜しいのか、はたまた別の理由か分からないが。

「クラッシュ・クラシックで待ってるぞ」
「このっ!」

殺気が背を叩く。
大人しく殴られる覚悟は出来ていた。
殴られても、少ししてまた仲直りすれば良い。
漫画のような話だが、それで良い。
唯一無二の、『家族』同士。
出来ない道理はないのだから。

「馬鹿野郎!」

そう思っていた中、頭を、今までにない衝撃が、襲った。

519神に十字架、街に杭 ◆mtws1YvfHQ:2012/05/13(日) 21:52:24
「が、ああ!」

絶叫が上がった。
それでも武器に力を込めようとしている零崎軋識の脇腹に、頭を殴った流れで十字架を打ち込む。
鈍い音が鳴り、くの字に折れ曲がって地面に倒れた。
だが、手を緩めるにはまだ早い。
空かさず軋識の右肩に十字架を振り下ろし、砕く。

「ぁが、ぐがが!」

再び絶叫を上げた所で手を止める。
と見せ掛けて左肩を。
次いでに腰骨も。
そこまでやって、今度こそ手を止める。

「がががあがががが」

最早何を言おうとしているのかも分からない。
何処をどう動かそうとしても痛みが走り、それどころじゃないんだろう。
腰骨じゃなく背骨にするべきだったかと一瞬思うが、大して変わらないと思い直す。
抵抗する隙を与えれば命の危機に直結しかねない相手だから、これでもまだ心細い位。
そんな奴だと話していた、だけでなく見ていて、確信したのだから。

「きゃはきゃは……って、武器持たせたまんまじゃ、まだまだ危ねえか」

口にしながら武器をもぎ取る。
辛うじて指に引っ掛かっていた程度だったが、指を外すのに少し掛かった。
思い入れでもあったのか。
如何でも良いが。
それよりも、武器だ。
振り回すのには中々の力が必要な重量感に全体に付いた鉄の棘。
当たり所次第では死に直結し、当たり所が良くても大きな傷を与えるだろう。
一撃必殺と言う言葉がこれ以上なく似合う武器だ。

「これでよし…………きゃはきゃは」

一先ず笑ってみるが、今になって冷や汗が出て来る。
真後ろから、しかも身内と勘違いしていた様子だったから一発で殺そうとしたのに、初撃の威力を殺され反撃までされる所だった。
始終疑いを持たれずにそれだ。
もし途中で、ちょっとした事ででも疑われていたら、倒れていたのはどちらか分からない。
まあ勝負になっていたとしても勝算はあった。
姿から動揺を誘い、言葉巧みに揺さぶり逃げて、不意打ち。
過程方法問わなければ幾らでも勝ち得ただろう。
そう思っても、冷や汗が止まらない。
疑われなくて良かった。
そう、未だに思う。

「お、前……な……に、者」
「きゃはきゃは。生憎ながらおれはトキだぜ?」
「嘘、を」
「付くなって? おいおい、お前がそう思いたいだけだろう、零崎軋識さん?」

意地悪く言ってみると、軋識が震えた。
姿形はどう見ても双識のそれだが、偽者だと思っているはずだ。
そこで、そう思いたいだけだ、と言われればどうなるか。
笑いながら思い悩む軋識を眺める。
体がもはや殆ど動かず、顔を動かす位しか出来ない様子だ。
そんな苦悩と苦痛に歪む顔を見てて愉しいが、

520神に十字架、街に杭 ◆mtws1YvfHQ:2012/05/13(日) 21:53:59
「――ま、そろそろネタばらししてやるか。確かにおれはお前の思ってる通り、零崎双識じゃねえぜ?」

言いながら創貴を窺う。
まだしばらくは起きそうにない。
その間に、力一杯使って地面に十字架を突き刺す。
軽い力でも押せば軋識に向かって倒れそうだ。
そうして、ゆっくりと、焦らすように軋識の後ろに回り込み、

「……おれの……いや……わたしの…………名前は…………あ。あー。よし……」

身体を弄くり、軋識の前に姿を晒す。
双識の姿ではなく、

「奇策士とがめだ」

紛れもない奇策士とがめの姿に変えて。
その姿で笑って見せる。
するとそこには、驚きのあまり目を剥いた軋識の姿が目に入る。
笑いが込み上げてきた。
心の底から可笑しさが込み上げてきた。
本当ならここでネタバラシと行こうと思っていたが、一つ、悪戯を思い付いた。
このままの調子で上手く行けば面白い事になる悪戯を。

「――いや、そんな、はずがあるか! とがめって、やつは、死んだはずだ!」
「んー、何で死んだって分かるんだ?」
「何で、も、何も、放送で……!」

言っている途中でその言葉は止まった。
軋識も言っている途中で気付いたようだ。
こっちも今まで思い付かなかった事だが。

「お前、まさか、不知火、って奴と……!」
「さあ、どうだろうな? きゃはきゃは」

苦しげに言うのを嘲笑う。
そう、放送の内容がすべて真実かどうかなど、放送で名前を呼ばれた奴が本当に死んでいるのかも、直接死体を見ない限り分からないのだ。
おれもついさっきまでその可能性には気付かなかった。
でもまああの二人は死んでるだろうなきっと。
さて、笑いながら様子をじっくり観察する。
何処まで真実か分からない不安定さ。
何を信じればいいか分からない不可解さ。
仲間だと思った奴が敵で。
その敵が死んだ筈の奴で。
混乱に混乱を重ねて正常な判断力を根こそぎ奪った今現在。
目に見えて、そして何より予想通り、面白い位に狼狽えている。
だけでなく、

「?」

何故か僅かな安心が見て取れた。
それに思わず首を傾げる。

「おい、とがめ」
「何だ、命乞いか? 何でも差し上げますってんなら聞いてやるぜ?」
「違う。一つだけ、聞きたい事がある」
「……聞いてやる理由がねえな」
「頼む――冥土の土産に、一つだけ、教えてくれ」

521神に十字架、街に杭 ◆mtws1YvfHQ:2012/05/13(日) 21:56:27
冥土の土産。
あろう事かこの蝙蝠に冥土の土産とは。
折角最後まで意地悪く死なせようと思ったのに。
そう言われれば、

「きゃはきゃは……そう言われちゃ断れねぇな。何だよ」
「零崎曲識って、奴、は、生きて……るか?」

零崎曲識。
その名前は記憶にある。
放送で呼ばれた中にその名前があった。
つまり死んだはずの人間だ。
だがなるほど、目の前に死んだはずの人間がいる。
そしてそいつが不知火とか言う奴と仲間だとしたら、本当に死んだかどうか知っている。
とでも思った訳か。

「…………」

もちろんそんなの知らない。
今現在言った事だって嘘八百。
冷静に考えれば可笑しな所が幾つも考え付くほど分かり易い嘘だらけだ。
だが冷静に考えられるだけの時間は軋識に残ってない。
残すつもりもない。
ならばせめて真庭蝙蝠。
冥土の蝙蝠らしい答えに、

「……生きてるぜ」

嘘を一つ。
その嘘に軋識が目を閉じ、言った。

「最高の、土産、だ。ありがとう……っちゃ」
「どういたしまして。そしてさよならだ」

答えながら十字架を押す。
十字架はゆっくりと倒れて行き、

「すま、な、いっちゃ、レン。トキ。人識――申、し訳あ、りま、せん、暴く」

何事か呟いていた軋識を――――



目を開けると僕の目の前に、麦わら帽子を被り、血塗れの服を着た、零崎軋識が立っていた。
一瞬で全身総毛立つ。

「……蝙蝠か」

が、気付いた。
もし目の前にいるのが本当に軋識だとしたら、目を覚ませている訳がない。
そう言うと軋識が、いや、蝙蝠があからさまにつまらなそうな顔をし、舌打ちをする。

「ちったぁ焦れよ、つまんねぇな」

そして、

522神に十字架、街に杭 ◆mtws1YvfHQ:2012/05/13(日) 21:58:33
「きゃはきゃは」

相変わらずの不愉快な笑い声を上げた。
そこまでしたのを見届け、気付けば、そして思わず、ため息を付いていた。

「ため息付くなよ。幸せ逃げるぜ?」
「これ以上逃げてたまるか」

別段蝙蝠が役立たずな訳ではない。
能力や性格性能含めたあらゆる要素のぶっ飛び具合は今まで会った大半の――会った事のある6人の魔法使いを含めた――中でも相当だ。
もしかしたら良くも悪くも五本指の中に入るかもしれない。
だけど、それでいても零崎軋識。
そのぶっ飛び具合は異常だった。
家族至上主義と言えばいいのか。
無差別殺人鬼と言えばいいのか。
釘バットを何の躊躇いもなく人間に、それに一応子供相手に振り下ろそうとした動作。
魔法と違って、飛び道具と違って、自己防衛のためと言う訳でもないのに、やらなければならない訳でもないのに、特に理由らしい理由もなく、本当の意味で自分の手で人を殺す動作を何の躊躇いも迷いもなく。
片鱗を見ただけでどれだけ危険か分かる。
だから正直不安だった。
果たして蝙蝠が騙し切れるか。
途中、騙す工程で必要だったんだろうが気絶させられるとは思ってなかっただけに。
目を覚ました時、目の前に血塗れの軋識の姿が目に入った時の恐怖は言い表せれない。
駒にこうも振り回されるのは難だが。
騙し切れて良かった。

「…………」

そう思う反面、惜しいとも思う。
あの異常なまでのぶっ飛び具合。
もちろん魔法使いではないにしても。
家族至上主義と言える考えを利用出来れば、そこそこ優秀な駒として使えたろうに。
後悔先に立たず、ではあっても。
例え蝙蝠と双識のの殺し合いが確定事項でありその時に僕が蝙蝠の手伝いをするのが確定事項でも。
例えその時に軋識が双識側に付くのが確定事項であっても。
過程までは駒として役に立っていた、かも知れない。
かも知れないに過ぎないが。
それに、あんな奴みんなを幸せにする上で障害にしかならなかっただろうが。

「……で、だ」
「あん?」
「気絶までさせといて何の情報もないでーす……なんて事はないよな?」

下を軽く出して、目だけ軽く上に向ける。
ペコちゃんか貴様。
顎を下から殴ってやろうかと考えるが、読まれたようで下を引っ込め少し真剣そうな表情をした。

「クラッシュクラシックは分かるよな?」
「ああ。それで?」
「どうもそこと零崎の奴らが関係してるみたいでな、あいつもまず行こうとしてたみたいだ。ま、おれにあったのが運の尽きだったって訳だが――きゃはきゃは」
「クラッシュクラシックか」
「笑えよ」

苛立った様子で舌打ちする蝙蝠をスルー。
付き合い過ぎると調子が狂う。

523神に十字架、街に杭 ◆mtws1YvfHQ:2012/05/13(日) 22:00:03
「一番考えられるのは零崎の……曲識と関係ある場所何だろうな。だとしたら双識についても何か分かるかも知れないが……」
「今行くのは危険、ってか?」

揶揄するような蝙蝠の言葉を、若干気に入らないが、頷く。
もし他の零崎、と言っても残りは双識と人識だけのはずだ、が二人とも軋識と同じようにクラッシュクラシックに向かっているとすれば鉢合わせになる可能性が高い。
何時かは双識を殺す手伝いをするにしろ。
今、クラッシュクラシックに行くべきだとは言えない。
今は、まだ。

「いやいや」

と。

「いやいやいやいやいやいやいやいやいや」

と。
僕の考えに蝙蝠が首を振る。

「今だから、今だからこそ、行ける。
 今、まだ二人が軋識が死んだって気付く前に、おれが軋識に成り代わってるって気付かれる前に、そう今の内なら仮に鉢合わせたとしてもすぐには気付かれねえ。
 気付かれない内に殺せれば後がぐっと楽になる。
 だからこそ今、クラッシュクラシックに行くべきだ」

釘バットを振り回しながら蝙蝠が言う。
それをただ、なるほど、と思う。
確かに蝙蝠の言葉にも一理ある。
そしてふと思う。
あるいはここが分岐点なのかも知れないと。
委員長としてりすかと出会ったように。
りすかと共にツナギと出会ったように。
あるいはここが大きな分かれ目になるんじゃないか。

「……一応聞くが」
「何だよ?」
「僕がどっちか決めたとしたら、お前は大人しく従うのか?」

自分で言いながら、その自分に思わず呆れる。
元々は裏切る前提で組んでいたはずなのに、どうにも蝙蝠の魔法が魅力的過ぎるらしい。
変身能力。
変態能力。
地球木霙、属性「肉」、種類「増殖」。
ツナギ、属性「肉」、種類「分解」。
単純に属性「肉」の二人と比べても、戦闘でこそ一歩以上引き離されそうだが、使える幅が広い。
なまじ戦闘に特化でないだけに、応用が利き易い。
利き易過ぎて、作戦に使い易い。
使い易過ぎて、まるで万能だ。
それこそ万能過ぎて、手に余らない。

「んー、どうすっかな」
「その場合、同盟を解消したいってんなら僕はそれでも構わないぜ?」
「行く気はないって訳か?」
「早まるな。あくまでそうなった場合は、だ。すぐ決めるにはメリットもデメリットも多い」

言いながらさり気なく蝙蝠の様子を観察する。
首を横に傾げ、目を閉じて、考え込む動作。
表情は相変わらずの笑いが貼り付いてるだけで、何も読み取れない。
関係ないが今の、華奢な男の、ガキ大将のような見た目とマッチしているようなミスマッチのような、微妙な表情。

524神に十字架、街に杭 ◆mtws1YvfHQ:2012/05/13(日) 22:01:04
「ん?」

ガキ大将のような見た目。
零崎軋識の姿そのまま。
服装から武器、何から何まで軋識と全く同じ姿だ。
蝙蝠から目を離して辺りを見渡す。
までもなくすぐに、背中を十字架で貫かれ地面に縫い付けられた、裸でうつ伏せの男の姿が見付かった。
道具やら何やら所の騒ぎじゃなく、服までひん剥きやがったか。
やり過ぎだろ、とは思わない。
むしろどうせひん剥いたなら素性が分からないようとことんまで遣り尽くすべきだ。

「蝙蝠」
「……もうちょい待てって」
「違う。軋識の顔をしっかり潰しとけ」
「もうやってある」

何でもないように言って、こちらに向けていた目をまた閉じた。

「ふん……」

見えてなかっかったが抜かりがない。
優秀な駒だ。
逆に言えばそれだけクラッシュクラシックに行く気満々な訳だろうが。

「……蝙蝠、こんな所で考えてて鉢合わせしたら拙い。場所を移すぞ」
「おうよ」

すぐに答えは返ってきた。
考えていたのはあくまで僕を振り回すためのフリだったのか。
そう疑問を感じるほど、答えは早かった。
だとしたら扱い辛い駒だ。
それとも僕の言葉で危険性に気付いたか。
だとしたらまだ扱い易い駒だが。
死体に背を向ける形で足を進める。
数歩も行かない内に、蝙蝠が横に並んだ。
十字架は置いて釘バットで行くようだが、上手く扱えるのか。
そんな事を思いながら頭の中で地図を開く。
山の方向からして、一番近いのはマンションか。

「マンションで少し過ごすぞ。クラッシュクラシックに行くかどうかはその後に決める。良いな?」
「ま、良いんじゃねえか? きゃはきゃは」

変わらない、不愉快になる笑い声を聞きながら考える。
早い内にクラッシュクラシックに行くべきか、行かないべきか。
一先ずはそれを。



【零崎軋識@人間シリーズ 死亡】

525神に十字架、街に杭 ◆mtws1YvfHQ:2012/05/13(日) 22:02:05
【1日目/午前/D-5】
【供犠創貴@りすかシリーズ】
[状態]健康
[装備]グロック@現実
[道具]支給品一式×2、ランダム支給品(0〜1)、銃弾の予備多少、耳栓
   A4ルーズリーフ×38枚、書き掛けの紙×1枚、「診療所で見つけた物(0〜X)」、箱庭学園パンフレット@オリジナル
[思考]
基本:みんなを幸せに。それを邪魔するなら容赦はしない
 1:蝙蝠とマンションに向かう
 2:出来るだけ早くクラッシュクラシックに行くかどうか決める
 3:りすか、ツナギ、行橋未造を探す
 4:このゲームを壊せるような情報を探す
 5:機会があれば王刀の効果を確かめる
 6:蝙蝠の目的をどう利用して駒として使おうか

[備考]
※九州ツアー中からの参戦です
※蝙蝠と同盟を組んでいます
※診療所でなにか拾ったのかは後続の書き手様方にお任せします



【真庭蝙蝠@刀語】
[状態]健康、零崎軋識に変身中
[装備]愚神礼賛@人間シリーズ、軋識の服全て
[道具]支給品一式×2(片方名簿なし)、ランダム支給品(0〜4)、書き掛けの紙×1枚、ナース服@現実、王刀・鋸×1、諫早先輩のジャージ@めだかボックス
[思考]
基本:生き残る
 1:創貴と行動
 2:双識をできたら殺しておく
 3:強者がいれば観察しておく
 4:完成形変体刀の他十一作を探す
 5:クラッシュクラシックで零崎について調べたい
 6:行橋未造も探す
 7:危なくならない限りは供犠の目的を手伝っておく
[備考]
※創貴と同盟を組んでいます
※現在、変形できるのはとがめ、零崎双識、供犠創貴、阿久根高貴、都城王土、零崎軋識、元の姿です
※都城王土の『異常』を使えるかは後の書き手の方にお任せします
※放送で流れた死亡者の中に嘘がかも知れないと思っています



※零崎軋識の死体はD-5にありますが、服がなく顔も潰されています

526神に十字架、街に杭 ◆mtws1YvfHQ:2012/05/13(日) 22:04:35
死体が一つ。
顔の潰された無惨な死体。
しかしそれこそが、その死体の主のあるべき末路だったのかも知れない。
零崎の一賊でありながら《仲間》の一員である事を捨て切れず、《仲間》の一人でありながら零崎であった男の。
このような場所でどちらかに偏ろうとして、結局根本的な所で偏り切れなかった男の。
ずっと昔から決まっていた未来、なのかも知れない。
さてそこに一本残された十字架。
果たしてこれはどちらの十字架なのか。
《愚神礼賛》の十字架なのか。
『蠢く没落』の十字架なのか。
いや、結局どちらとも言えないだろう。
誰かも分からない骸と十字架。
それだけ。
それだけが、残された。

527 ◆mtws1YvfHQ:2012/05/13(日) 22:10:39

以上です。
可笑しな所や矛盾点などがあればお願いします。



以上ですのでどなたか代わりに投下の方をお願いします。
では失礼

528誰でもない名無し:2012/05/14(月) 01:28:35
投下乙です
大将があぁー!!
でも最期の嘘で零崎らしく笑って死ねたんですかね…

指摘点が2つあるのですが、
>>516の、今この苛立ちに流されれば今度こそ、蝙蝠、とか言う奴と思われるかも分からない
とありますが軋識は蝙蝠のことを知らないはずでは?
それと、>>520で、放送で名前を呼ばれた奴が本当に死んでいるのかも、直接死体を見ない限り分からないのだ
とありますけどとがめに限っては不要湖で死体を見ていると思うのですが…

それ以外はこれといって疑問に思う点はなかったです
改めて軋識に合掌

529 ◆mtws1YvfHQ:2012/05/14(月) 23:21:46
どうも。

>>516 は単純にミスです。
申し訳ございませんが次のレスで修正版を投下します。

>>520 は蝙蝠が内心で焦る描写を突っ込んだりと考えていただけで突っ込み忘れていました。
修正させていただきました物を投下します。

投下してくださる方がおられましたら二つを下のものと入れ替えて置いて下さいますようお願いします

530>>516修正版  ◆mtws1YvfHQ:2012/05/14(月) 23:23:23
「レン!」
「近寄るな!」
「ッ!」

何故、『家族』に武器を向ける。
何故、『家族』に殺意を向ける。
何故、何故、何故。
どうして。

「また似たような手で騙せると思ってるのか貴様は!」
「……は?」
「今度はなんだ? 正面から不意討とうって魂胆だろう。違うか!?」
「お、おい、落ち付くっちゃ!」

どうして。
どうにも妙な事になっている。
俺が誰か分からないのか。
『呪い名』に何かされた訳でもあるまいし。
いや、ざっと見ただけで定かではないが、確か、あろう事か、あの名簿には、『時宮』の名前があったはずだ。
もしかしたら、そう言う事なのか。

「――落ち付け、レン。俺は他の誰でもない、『呪い名』の野郎共じゃない、紛れもなく、零崎軋識だっちゃ」
「……悪いがまだ信用ならないな」
「だったら何を言えば良い?
 お前は《自殺志願》を使わない方が圧倒的に強い事を言えば良いのか?
 お前の特技がコサックダンスだって事を知ってるって言えば良いのか?
 それとも……それともお前がかなりの変態だって事を知ってれば良いのか?」
「…………おい」
「事実だろ」

そこまで言ってようやく、顔が引き攣らせてはいるものの、十字架を下ろした。
後ろの子供を守るように。
言い様のない苛立ちが湧き起こるが、堪える。
今この苛立ちに流されれば今度こそ本当に偽者と思われるかも分からない。
それに少し前まで人の事を言える立場じゃなかった。
歯を食い縛り、何とか堪えた。

「――――それより、その、子供は、なんだ?」

堪えた、と言ってもまだ残っている。
心の奥底から未だに湧きつつある不満。
それが言葉を途切れ途切れにさせていた。
何とかそれ以上何も出ないように押し留め、睨み付ける。
レンは肩を竦めた。

「何って、協力者に決まってるだろう?」
「協力者だぁ?」

事もなげに協力者と言った。
よりにもよって、『家族』が殺されたにも関わらず、協力者。
こいつは一体、何を言っている。
何故殺してないかと思えば協力者。
この場所にいると言う立派な関係者なのにも関わらず協力者などと温い事を言って、殺していない。
思えば思うほど、考えれば考えるほど、

531>>520修正版  ◆mtws1YvfHQ:2012/05/14(月) 23:31:09
「――ま、そろそろネタばらししてやるか。確かにおれはお前の思ってる通り、零崎双識じゃねえぜ?」

言いながら創貴を窺う。
まだしばらくは起きそうにない。
その間に、力一杯使って地面に十字架を突き刺す。
軽い力でも押せば軋識に向かって倒れそうだ。
そうして、ゆっくりと、焦らすように軋識の後ろに回り込み、

「……おれの……いや……わたしの…………名前は…………あ。あー。よし……」

身体を弄くり、軋識の前に姿を晒す。
双識の姿ではなく、

「奇策士とがめだ」

紛れもない奇策士とがめの姿に変えて。
その姿で笑って見せる。
するとそこには、驚きのあまり目を剥いた軋識の姿が目に入る。
笑いが込み上げてきた。
心の底から可笑しさが込み上げてきた。
本当ならここでネタバラシと行こうと思っていたが、一つ、悪戯を思い付いた。
このままの調子で上手く行けば面白い事になる悪戯を。

「――いや、そんな、はずがあるか! とがめって、やつは、死んだはずだ!」
「んー、何で死んだって分かるんだ?」
「何で、も、何も、不要、湖とか、言う、場所、に、死体があっ、た!」

こいつ、もう死体見てやがったか。
しかも丁度よりにもよってとがめの野郎の死体を。
仕方ない、もうバラすか。
いやいやだが待て。
「死体を見た」って事は、実際に殺した訳でもなけりゃあ話した訳でもない訳だ。
ならばここはあえて押してみるべきか。

「へぇー。それは本当に、このわたしだったのかな? んん?」
「当然、だ! それ、に、放送で……!」

言っている途中でその言葉は止まった。
軋識も言っている途中で気付いたようだ。
こっちも今まで思い付かなかった事だが。

「お前、まさか、不知火、って奴と……!」
「さあ、どうだろうな? きゃはきゃは」

苦しげに言うのを嘲笑う。
そう、放送の内容がすべて真実かどうかなど、放送で名前を呼ばれた奴が本当に死んでいるのかも、直接死体を見ない限り分からないのだ。
おれもついさっきまでその可能性には気付かなかった。
でもまああの二人は死んでるだろうなきっと。
さて、笑いながら様子をじっくり観察する。
何処まで真実か分からない不安定さ。
何を信じればいいか分からない不可解さ。
仲間だと思った奴が敵で。
その敵が死んだ筈の奴で。
混乱に混乱を重ねて正常な判断力を根こそぎ奪った今現在。
目に見えて、そして何より予想通り、面白い位に狼狽えている。
だけでなく、

「?」

何故か僅かな安心が見て取れた。
それに思わず首を傾げる。

「おい、とがめ」
「何だ、命乞いか? 何でも差し上げますってんなら聞いてやるぜ?」
「違う。一つだけ、聞きたい事がある」
「……聞いてやる理由がねえな」
「頼む――冥土の土産に、一つだけ、教えてくれ」

532 ◆mtws1YvfHQ:2012/05/14(月) 23:32:57

以上が修正版になります。
ではまたどこか可笑しな所などがあればお願いします。
失礼

533 ◆mtws1YvfHQ:2012/05/30(水) 22:32:37
まずはじめに、前回代わりに投下して下さった方、ありがとうございます。
今回も規制中のようなのでこちらの方に投下させていただきます。

それでは、黒神真黒の投下を始めさせていただきます。

534多問少択 ◆mtws1YvfHQ:2012/05/30(水) 22:33:49
問題が多過ぎる。
喜界島さんの不参加。
阿久根君の早過ぎる死。
唯一の望みは人吉君のみ。
めだかちゃんを、僕の妹を、元に戻すだけで山積みしている問題。
しかしそれらを一度整理して歯を食い縛る。
先手を打たれた。
そう思うしかできなかった。
今更何を言っても意味はない。

「くそっ!」

ゆっくりと行動し過ぎた。
実力があるから大丈夫だろうと、三人を探しているつもりで探していなかった。
その結果が、阿久根君の死だ。
だけど嘆いていても仕方がない。
きっぱり諦めて、見付ければ弔ってあげる位で済ませよう。
しかし、悔やまれるのは一番最初の禁止エリアに箱庭学園が選ばれるのを考えてしかるべきだったのに、ゆっくり歩き過ぎた事だ。
今からでも一時間あれば着けると思う。
だが不知火理事長に会うには十分な時間があるかと言えば、ない。
理事長室にいるかも知れないが、僕のような者が他にいるかも知れない事を考えれば、いない可能性の方がよっぽど高い。
そうなれ探さざるを得ないが、探すには時間が足りない。
過ぎた時間は戻らない。
どれだけ悔もうと意味はない。
どれだけ悔いようと甲斐はない。

「くそっ! くそっ!」

箱庭学園に行っても不知火理事長には会えそうにない。
人吉君が死ねばめだかちゃんを戻せる可能性はほぼない。
ならどうするべきか。
人吉君を探す。
それが最良の選択だ。
めだかちゃんを元に戻すための最良の選択。
だけど困った。
人吉君ならきっと、めだかちゃんがいると知ればめだかちゃんを探すだろう。
暴走していると分かっていても、そう動く。

「……どうする」

あえてめだかちゃんと着かず離れずにいるべきか。
それとも、それでも、人吉君を探してみるか。
殺されるリスクを負ってでも。
殺されてるリスクを負ってでも。
どちらにしろ危うい。
選び難い。

「どうするっ!」

535多問少択 ◆mtws1YvfHQ:2012/05/30(水) 22:36:18

戻せなくなれば、あるいはこの手で、止めなければならなくなるのか。
愛しき妹をこの手で。
あるいは仲間を集めてでも愛しい妹を。

「――――」

いや、焦るな。
焦るべきじゃない。
人吉君が見付からないと決まった訳じゃない。
めだかちゃんより先に見付けさえすればきっと。
そう、まずは人吉君を見付けられれば良い。
それが出来さえすれば希望はある。
僕一人では難しいけどきっと。

「きっと、助けてみせる!」

待っててくれめだかちゃん。
頼むから見付かってくれ人吉君。
きっと戻して見せるから。
僕が。
いや、人吉君と僕とできっと。
『理詰めの魔術師』の名に掛けて。



【一日目/朝/C−4】
【黒神真黒@めだかボックス】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]支給品一式、ランダム支給品(1〜3)
[思考]
基本:めだかちゃんを改心させ、不知火理事長に会う。
 1:めだかちゃんを直すために、人吉君を見付け出す。
 2:万が一に備えて組めそうな相手も探す。
 3:人吉君まで死んだら……?
[備考]
 ※「十三組の十三人」編のめだかちゃん(改)と人吉善吉が戦っている途中からの参戦です。

536 ◆mtws1YvfHQ:2012/05/30(水) 22:39:49



短いですが以上となります。
どこか可笑しな所などがあればお願いします。


申し訳ないですが、以上をどなたか本体の方にお願いします

537誰でもない名無し:2012/05/30(水) 23:01:16
投下乙です
真黒さんの目的は全部結果(禁止エリア、善吉死亡、めだか元通り)が出ちゃってるからなあ…
全てを知ったときどうなるか怖いw

本スレへの代理投下も完了しました

538 ◆8nn53GQqtY:2012/08/27(月) 23:09:01
本スレは規制中ですのでこちらに投下します
どなたか代理投下お願いします

539marshmallow justice  ◆8nn53GQqtY:2012/08/27(月) 23:11:11
【0】


手をつなぎ、どこまでも行こう。
君となら、どこまでも行ける。


【1】


「そうだね、復讐なんかしても病院坂両名は喜ばないね。僕はもう復讐なんて愚かしいことは考えないよ」
「いーや、嘘だっ! 誠意がない。あたしの会話をめんどくさそうに打ち切ろうとするときの兄ちゃんと同じ目をしてる!」
「そう言う火憐さんは、僕の妹に全然似てないね」

がれきの山のうちのひと山を椅子にして、火憐さんと櫃内様刻君は言い争っていた。
より正確に言えば、火憐さんが櫃内君に復讐なんて止めろと滔々と説教を垂れ流し、
櫃内君は、うんざりとした顔で会話を終わらせる機をうかがっている。
ちなみに、櫃内君の頭には巨大なこぶがある。たまに、蹴りを入れられた部位であるお腹を押さえている。
誰がそれらの攻撃をしたのはについては、説明するまでもないだろう。殺したい。

無桐伊織さんは、『まだ終わらないんですかー?』という顔で、投棄された丸太の上に座って足をぶらぶらさせている。
いや、表情だけではなく、実際に言葉に出してそう言おうとしていた。
けれど、櫃内君が火憐さんの腹蹴りで強制的に黙らされて説教を聞く流れになってからは、ぴたりと大人しくしている。
時折、思い出したように凶悪な殺気を見せるというのに。凶暴なのか臆病なのかよく分からない女の子だった。殺したい。

僕――宗像形としては、立場はあくまで火憐さんの味方、心情としては中立寄り、といったところだ。
確かに僕は火憐さんの正義に感銘を受けているけれど、万人がそうではないと分かるぐらいの客観的判断力はあるつもりだから。
よって、櫃内君をそこまで非難するつもりはない。殺したい。

540marshmallow justice  ◆8nn53GQqtY:2012/08/27(月) 23:12:02

僕ら二人と二人が出会ったのは、分岐点で進路を決めてからほどなくのこと。
左右の景色が、がれきの山に変わった頃合いだった。
ゆるやかにカーブを描くがれきの山に視界が遮られて、互いの気配に気づいたのは割合と近づいてからだった。
もちろん二人組だからといって殺し合いに乗っていないグループだとは断言できない。
ましてや二人組の女性の方からは、あの零崎軋式と同じ空気がした。
つまりは、危険人物の匂いだ。
というか、参加者詳細名簿にも危険人物だと書かれていた。

けれど、火憐さんはそういう見た目(?)で人を判断するタイプではないし、その女性――無桐伊織も、全くの無警戒でこちらに声をかけてきた。
その呑気さは演技には見えないから、強者の余裕なのか――あるいは、あまり空気を読めるタイプではないのか。
ともかく、ファースト・コンタクト自体は穏便に運んだ。

自己紹介もそこそこに、僕と火憐さんは、彼らがたどった経緯について聞きたがった。
無桐さんと櫃内君は、まず『零崎人識』と『時宮時刻』に会わなかったかと聞いてきた。
僕たちは、そんな二人は知らないと言った。
いや、正確に言えば『零崎軋式』という男には会ったのだけれど、伊織さんはそちらにはあまり関心がなさそうだった。
その人物とはどういう関係なんですかと、僕は尋ねた。
詳細名簿から、無桐さんと『零崎人識』が家族であることは知っていたけれど、櫃内君と時宮時刻との間に繋がりはなかったはずだから。
櫃内君は、大事な人とその縁者を殺した仇であり、復讐を果たすつもりだと答えた。

そんなことをあっさりと明かしてくれたたことは迂闊だったけれど、櫃内君にそこまで落ち度はない。
一般人である櫃内君の目にも、僕が無桐さんと似た、しかし彼女より分かりやすい殺意を持っていることはすぐばれる。
そんな僕と普通に同行している火憐さんも、『そちら側』に慣れていると思い込んでも、無理はないだろう。
殺人を日常茶飯事におく人物ならば、復讐殺人についてとやかく言われることはあるまい、と。

しかし火憐さんはもちろん、『復讐による殺人』を見過ごすような人ではなく――今に至るということだ。

「お兄さんが死んでも復讐に走らない火憐さんは、とても立派だと思うよ。
けど、自分が立派なことをしているからって、そのやり方を僕にまで押し付けないでほしいな」
「兄ちゃんは関係ないっ……! いや、あたしだって兄ちゃんが死んだ時はすげー悲しかったし、あんたと境遇は似てるって思ったけど……!
でも、兄ちゃんのことがなくたって、あたしはあんたを止めようとしてる!」
「火憐さん」
「どうした、宗像さん」

541marshmallow justice  ◆8nn53GQqtY:2012/08/27(月) 23:12:55
どうやらこの説教はまだしばらく続きそうだぞ、というタイミングを見計らって、僕は声をかける。
正直、お兄さんが死んだ直後の火憐さんを知っている僕としては、彼女の肩を持ちたかったのだけれど。

「この分だと、櫃内君を説得するのにはもう少し時間がかかりそうだよね。
だからその間に、僕は無桐さんと情報交換を済ませておくよ。ちょうど僕らが向かおうとしてる方角から来たんだから、何か分かるかもしれないし」
「おお、それもそうだな。んじゃ、情報交換は任せるぜ! 近くで怒鳴られると迷惑だろうから、あたしらはその辺をぶらついてくるよ」
「うん、何かあったら無茶しないで戻って来てね」
「あたし『ら』って、僕の意思はないんだね……」

本当ならこちらからそれとなく距離を取ろうと思っていたのに、気づかいまでしてくれた。
僕の言動をそのまま信じ込んで櫃内君を引きずって行く火憐さんに対して、罪悪感を覚える。

けれど、探していた人物――無桐伊織――と二人きりになれた高揚感の方が、その時の僕には勝っていた。

「えーと宗像形君でしたっけ。もしかして様刻君たちって、人払いされました?」

どうやら、いささか露骨だったようだ。
ひたすらぼーっとしていた無桐さんも気づいたというのに、気づかなかった火憐さんはよほど素直ということなのだろうか。

「うん。火憐さんには、知られたくないことだから」
「うな? 何やらプライベートなご相談ですか?」

どこにでもいそうな――いや、両手が義手だということ以外は、特異点のない女の子に見える。
感じる殺気は、零崎軋式や僕の持つそれと比べると小さいけれど、それは決して『弱い』という感じではない。
言うなれば、『抑え込んでいる』という感じがする。爪をひっこめている猫のような。
だから、無桐さんのそんな姿が、僕に期待を抱かせた。
もしかしたら。

「君の《家族》について、教えてほしいんだ」

もしかしたら――僕の《殺人衝動》を抑える方法が、分かるかもしれない。

542marshmallow justice  ◆8nn53GQqtY:2012/08/27(月) 23:13:48
【2】


「殺人衝動を抑える方法? そんなものありませんよぅ」



ばっさりと。
いとも簡単に、僕の――宗像形の願望は否定された。

「そんな方法があるんだったら、教えてほしいぐらいです。
私も人識くんも、哀川のおねーさんに怒られなくて済むじゃないですか!」

うん、もしかしたら、という期待ではあったけれど。
それでも、ここまでばっさり切られると……堪えるものはある。
いや、だけど。
確かに僕も、ちょっと楽観的な可能性かもとは思っていたけれど。
それにしたって、“全く”方法がないってことは、無いんじゃないのか?
生きてれば、衝動を抑えなきゃいけない時ぐらいあるだろう?

「そうなったら、ひたすら我慢するんですよ。現に、今の伊織ちゃんが正にその状態なんですから」

義手でぽんぽんと自分の胸を軽くたたいて、無桐さんはあっけらかんと答えた。
……うん、実際僕だって今まで我慢してこれたんだけど。
けど、それにしたって、限度ってものがあるだろう?
僕は、いつ本当に人を殺してしまうか、不安で仕方がないんだぞ?
そんな痩せ我慢みたいな方法で、まともな人生を送れるものなのか?

「はい、支障があるのが普通ですよね。だから零崎一賊って、みんな短命なんですよ――これは人識君からの受け売りなんですけど。
でも、まともに生きるのなんて無理だと思いますよ? だから新しく『家族』を作っちゃうわけですし」

あっけらかんと語る火憐さんに、僕が感じたのは違和感だった。
そりゃあ、軋式のようなとんでもない『異常性』があれば、社会生活から外れようと、短命なりに生きていけるのかもしれない。

だけど、そのあっけらかんとした様子に、違和感があった。
この人たちは、殺しながら生き続けなければならない人生に、何の疑問も抱いてないのか。
人間は、殺したら死んでしまうじゃないか。
死んだら、取り返しがつかないじゃないか。
なんでそんな、曇りの無い顔ができるんだろう。

「もしかしてあなた――まだ、人を殺したことがありません?」

ぎくりとしたけれど、肯定するしかなかった。
確かに僕は、まだ一線を踏み外してはいない。

「あーなるほどなるほど。だったら、『そのせい』かもしれませんね。
伊織ちゃんが目覚めたのも、最初に人を殺した時でしたから。
罪悪感がさっぱり湧かなかったから、自分でも不思議でしたね、あの時は。
人識君は、それを『零崎化する』と言っていましたが」

どうやら殺人経験の有無が、ポイントになるらしい。

ならば、もし僕が、本当に人を殺す時が来れば。
その時の僕は、『殺したら死んでしまう』ことにも、罪悪感を抱かなくなるのか?
それは、楽になれるということなのか?

543marshmallow justice  ◆8nn53GQqtY:2012/08/27(月) 23:14:30
だけど、それは悲しくないのか。絶望しないのか。
人を殺しても何とも思わない人間になるんだぞ?
それが、人でなしじゃなくて何なんだ。

「じゃあ、『私はそうじゃないんだー』って意地を張って、目を逸らしたら幸せになれるんですか?」

火憐さんは、真剣な面持ちに豹変してそう言った。

「自分の本質を否定したら、……それって『逃げた』ってことですよね。伊織ちゃんは、逃げたくありません。
殺人を我慢するってことと、自分を否定するってことはまた別なんです」

そうきっぱり言い切る無桐さんは、空気の読めない異常殺人鬼の顔ではなく、しっかりと自分の考えを持った少女の顔に見えた。
だからこそ、心が痛い部分もあった。
僕はずっと人間を『殺したい』と願い続けて来た。
だから『殺人鬼』だと悪ぶってきた。
けれど、『人殺し』と言われると『僕だって本当は死なせたくないのに』と忸怩たる思いをする時があった。
僕は本当はそうじゃないのだと、主張したいような。
だから、逃げだと指摘されたら、否定できないのだ。

「もしあなたが目覚めて、それが『零崎化』と呼べるものだったら、家族として迎え入れる準備はありますよ?」

無桐さんはそう言った。
それは何の打算もなく、ただ好意からそう言ってくれたように見えた。

零崎に、なる。
それは、人殺しになっても、それなりに幸福な人生を送れるということ。
『家族』という理解者がいて、引け目のない人生を送れるということ。
『逃げ』をしなくても、いいということ。

真摯な無桐さんの目を、僕はもはや『異常者』と見ることはできなかった。
けれど。



そうなったら、火憐さんとは相いれなくなる。



未だに僕は、火憐さんに“殺人衝動”のことを打ち明けていない。
似た者同士である無桐さんや軋式の前では披露したけれど、最も長く共にいる彼女に話すことは恐れている。
それを告げたら、関係が終わりになってしまうかもしれないと恐れている。
“ついて行く”と言いながら、彼女のことを信頼していないのかと見做されてもしかたがない。
けれど、火憐さんだからこそ、打ち明けるのには勇気が要った。
それは火憐さんが『正義の味方』であり、悪を憎んでいるからだ。
人間を殺したいと考えている人間は、果たして悪の側に分類されるのかどうか。
簡単だ。まぎれもなく悪だ。
悪であるからこそ、火憐さんは『人を殺そうとしている』様刻君に対して怒っているのだから。
人を殺したくて殺したくてたまらないなんて、そんな気持ちが『正義の味方』に理解されるかどうか――

544marshmallow justice  ◆8nn53GQqtY:2012/08/27(月) 23:15:30



「あのー。こんなこと言っちゃうと、また『空気読めない』って言われそうですけど」



その時だった。
真摯な表情はなりを潜め、おずおずとした顔で、伊織さんは斬りだした。
火憐さんたちが出歩いていった方角の、曲がり角を指差して。



「さっきから、様刻君たち二名に立ち聞きされてるみたいですよ?」


【3】


阿良々木火憐による、櫃内様刻を更生させようという試みは、そう長くかからなかった。
何故なら、そう遠くに歩かないうちに、死体と出くわしてしまったからだ。

それは、火憐がこの殺し合いで最初に――宗像形と同時に見かけた少女だった。
そこにある所業は、一言で言えば滅多刺し。
ボロボロに裂けた豪華絢爛な着物。
内蔵は、バラバラに散乱し。
両腕はなくなっていた。

しばらく、言葉もなく立ちつくす二人。
櫃内様刻は、見るに堪えない姿に顔をそむけ。
そして阿良々木火憐がしたことは、膝をついての謝罪だった。

「ごめん……助けてあげられなくて、ごめん……」

涙を含ませた声で懺悔をする少女を、様刻は複雑そうな面持ちで見下ろす。

しかし火憐としては、探していた少女が遺体で見つかったとなれば、様刻を相手にするどころではない。
宗像形に報告して、そして二人で彼女の遺体を埋葬しようと決めた。
芯が強くとも人間強度は決して強くない火憐が、そうやって気持ちを切り替えられたのは、
それだけ彼女が宗像形を頼りにするようになっていたことの証左かもしれない。
実のところ、宗像形はとがめの名前を知っていたので、放送の時点で死亡を知っていたのだけれど、阿良々木火憐にそのことを言っていなかった。
なので、火憐としては気が重い報告を抱えて戻り、宗像らのいた一角まであと一つだけ曲がるというところまで近づいて、



「僕は――君と同じ、人を殺したくて殺したくてたまらない人種なんだ」


そんな重たいことこの上ない告白を、漏れ聞いてしまった。
その告白は、信頼を置く宗像形のもので、火憐はそこで立ち止まってしまう。
どうやら二人は、『殺人衝動』なるものについての議論を交わしているようだった。
殺人を何とも思っていない伊織の言動に、火憐はムッとして飛びだそうとしたが、

「でも、今は人を殺さないように我慢してるんだろう?」
「あ、そりゃそうか……」

様刻の言葉で、すぐに鎮火した。
阿良々木火憐の成すことはあくまで正義の味方であって、罪人の糾弾ではない。
伊織が殺人を我慢するというのならば、討伐する理由は何もないのだ。

545marshmallow justice  ◆8nn53GQqtY:2012/08/27(月) 23:16:12

やがて無桐伊織は宗像形の質問に全て答え終わり、宗像形は『家族になってもいいよ』と勧誘された。
宗像が長考する気配が、廃墟の壁越しに伝わる。

「割って入らないのかい?」
「割って入る?」
「君の同行者、殺人鬼の道に誘われてるぜ? 僕にしたように、止めなくていいのかい?」

「んー……」と阿良々木火憐は難しい顔で唸る。
しかし、はっきりとした言葉で答えた。

「まずは、宗像さんの答えを聞いてからにする。
宗像さんは、『正義の味方』のあたしに『ついて行く』って言ってくれたんだ。
宗像さんに『行くな』って怒るのは、その言葉を信用してないってことじゃないか」

そう答えた時だった。

「さっきから、様刻君たち二名に立ち聞きされてるみたいですよ?」

火憐は、ぎくりと凍りつく。
様刻は、そりゃばれるよね、と肩をすくめた。
自分の悩みでいっぱいいっぱいの宗像とは違って、伊織には余裕がある。
そして伊織は駆けだしとはいえ『プロのプレイヤー』であり、一方の火憐と様刻は一般人に過ぎないのだから。

ぎくしゃくとした足取りで、火憐は宗像らの前に姿を現した。
いくら『宗像を信じている』と発言したところで、『立ち聞きがばれた』というシチュエーションならば罪悪感はある。
ましてや、火憐はそういう状況で悪びれることができるほど強かな性格ではない。

そして、硬直という意味では、宗像はそれ以上だった。
最もばれたくないと思っていた自らの悪徳を、最悪のタイミングで知られてしまったのだから。
周囲への警戒も忘れて、火憐の目をただただ凝視する。

不可抗力の連続した結果、その場には重苦しい沈黙が横たわった。


だから、



「人間・認識」

546marshmallow justice  ◆8nn53GQqtY:2012/08/27(月) 23:17:08
火憐のはるか後方で様子をうかがっていたその『人形』を、彼らはその宣告がなされるまで、気付けなかった。



【4】


いくら殺人経験のない殺人鬼と、素人の殺人鬼とはいえ、奇襲の可能性を考慮できないはずがない。
だから、ガラクタの山に囲まれた、見つかりにくい場所で話し合っていた。
しかし、その『刀』が持つ視覚であるセンサーは、人間ならば見逃すほどの隙間から微かに除く、人間特有の生命反応を、見逃さなかった。



「即刻・斬殺」



宣言と共に、人間と人形を遮る、小さな掘っ立て小屋のがれきが吹き飛ばされる。


火憐はとっさに、様刻の襟首をつかんで横っ跳びに回避した。
いくら火憐がけんかっ早いとはいえ、この状況でもっとも弱者である様刻をまず守ろうとする。

「ぐえぇ……」
「なんだありゃ?」

息をつまらせる様刻と、疑問の声を上げる。阿良々木火憐。
舞いあがる埃の中から姿を見せたのは、四本の足に四本の腕、四本の刀を持つ可愛らしい顔立ちの人形だったのだから。

「――呆けてる場合じゃなかったね」

一歩前に出て、人形に対峙する構えを見せたのは――宗像形。

がれきの破壊から、人形が危険なのは明らかであり、なおかつ人間でないならば、躊躇する理由はどこにもない。

「刺殺――いや、この場合は、圧殺かな?」

その両手には、何時のまにやら取り出された暗器である、千刀。
それを宗像は、一直線に投擲した。
四本の刀のうちの日本で、それを難なく弾き落とす、人形――日和号。

ぎょろりとした目が、宗像をとらえる。
それは、標的を一般人二人から宗像に変更したということだった。

「反撃・開始」
「残念、まだこっちの攻撃は続いてる」

547marshmallow justice  ◆8nn53GQqtY:2012/08/27(月) 23:18:06

しかし、宗像の攻撃はそれにとどまらない。

「ストックは、まだ数百本あるからね」

暗器を出現させ、投げる。
宗像形は、これを一瞬で行える。
一瞬で、連続して、取り出しては投げられる。

投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる
投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる
投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる
投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる
投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる
投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる
投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる
投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる
投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる
投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる

零崎軋式に対して行使したのと同じ、『鎩』による物量攻撃。
ただし、直接に切りつけるのではなく、投擲による集中砲火。
からくり人形ならば、肉体強度はそれほどでもあるまいと、質量攻撃を狙ったこともある。
数百本の刀は、もはや『壁』のような剣山となって、人形を蹂躙せんと飛来する。
日和号は、感情の宿らない無機質な目でそれを観察し。


――新たな言葉を、発した。



「人形殺法・旋風」



四本腕の刀を、プロペラのような形に集約させる。
次の刹那、その四枚羽根からまさしく旋風が放たれた。

「なっ……!?」

高速回転による推進力で、人形は千刀を小枝か何かのように巻き上げ、叩き落とし、散らしながら一直線に突進した。
刀の幾本かは、その風圧だけでばらばらに吹き飛ばされた。



障子紙のように容易く、千刀の『壁』が、突き破られる。



圧倒。
人間相手を想定した技術が、通じない規格外。
それが、宗像形を目指して襲来する。

548marshmallow justice  ◆8nn53GQqtY:2012/08/27(月) 23:18:51

宗像は、見る見ると距離を詰める化物に畏怖を覚える。
しかし、そこで退避ができないほど素人ではない。
こいつに、迎撃の構えを取るのは危険だ。勘がそう言っている。
だから、回避するしかない。
この至近距離でも、己のスピードならそれができると判断して――



――しかし。



宗像形の後ろに、判断に迷う無桐伊織がいた。



“人形”という殺意を持たない敵であるがゆえに、日和号との相性が悪い“センスだけの素人”が。
もちろん、宗像形はそこまで知らない。
そもそも、彼女をかばうほどの絆は二人にない。
同族かもしれないとはいえ、ついさっき出会ったばかりの相手なのだ。“零崎”同士でもない限り、身を挺して守りたいとは思わない。
しかし、それは『いつもの癖』だった。
人間を『殺さないように』と、人一倍に配慮してきた癖。
敵に捌かれた武器でさえ、人に当たって二次被害を出さないようにと、心がけてきた癖。
それが、宗像形の足を止めた。
『避けることで、他の人間が死んでしまうかもしれない』というリスクに対して、躊躇した。


――避けられない。


その躊躇いをとらえた日和号の視覚は、それを『かっこうの隙』だと判断する。

四本足の一本を視点として、宗像形の眼前で着地。
旋風の勢いを殺さぬまま、刀を横凪ぎに高速回転させて迫る。

元より宗像形、『暗記の扱い』と『殺し方』には長けていても、『戦闘スキル』自体はそこまで高くない。
飛来する『鍛』を全てしのぎ切る相手と斬り結べるような技能は、ない。

549marshmallow justice  ◆8nn53GQqtY:2012/08/27(月) 23:19:41
四本の刀が振りかぶられ、次の瞬間にそれが肌を切り裂くことを宗像は理解する。
目と鼻の先で、殺人人形は死刑宣告をした。



「人形殺法――」


目を閉じた。

ああ、これで終わるのか。
殺してしまうかもしれない人生だったけど、もう少し生きたかったな。



「宗像さんっ!!」



どん、と。



体に、真横からの衝撃が加えられた。
柔らかい、女の子の手だった。
その手に、突き飛ばされていた。



まさか、と思った。
そんなこと、あるはずがない。
もっと言えば、『彼女』が、自分の正体を『殺人鬼』なのだと知って、その上で庇うはずがない。



宗像は、目を開けた。



刀で突き殺そうとする人形と、殺されようとする宗像形の間に、割り込む少女の姿がそこにあった。



「台風」





まぎれもなく、阿良々木火憐だった。

550marshmallow justice  ◆8nn53GQqtY:2012/08/27(月) 23:20:45


【5】


血しぶきが、視界に焼きつく。



幾重にも斬りあげられて、火憐さんは空中を舞った。

頭が、真っ白になった。
その瞬間、僕は自分がどんな言葉を叫んだのか覚えていない。
ただ、我を忘れた僕は、それでも憎き人形を攻撃するより火憐さんの安全確保を選んだらしい。

舞い落ちる、火憐さんの体を追った。
その体を、ぎゅっと受け止めた。
ずたずたに引き裂かれ、赤く濡れた火憐さんを目にした。
息は、あった。

死なせたくない、と逃げた。
無桐さんは、その数秒の間に、櫃内君を回収して、僕の後に続く。
とはいえ、僕こと宗像形のスピードにはついて来られず、どんどんその姿は小さくなっていった。

不要湖の出口まで到達して、僕は火憐さんを降ろした。
火憐さんのディパックから支給品を探り、治療道具がないかを調べようとする。
その時、火憐さんの胸元から、ごぼりと血が噴き出したのを見てしまった。
傷口が肺にまで到達しているのだと、僕はその裂傷を見て理解する。

「なんで……?」

つまり、手遅れだった。
致命傷だった。
死んでしまう、傷だった。
火憐さんは、そんな作業に焦る僕を、虚ろな目で見上げていた。
苦しげな呼吸音と共に、その唇がたどたどしく動く。

「あー……むな、かた…………さん?」

喋らないでと、そう言おうとした。
けれど、僕の口は、違う言葉を言っていた。

「なんで助けたんだい……僕は『殺人鬼』なのに」

答えを求めていたわけではなかった。
答えられるだけの意識が残っているとは、思えなかったからだ。

551marshmallow justice  ◆8nn53GQqtY:2012/08/27(月) 23:21:32
「ううん……まさか」

そう、思っていたのに。
がしっと。
火憐さんの手が、僕の手をつかんだ。

「宗像、さん…………わるい、ひと、じゃ……なぃ」

その手の温度は、熱かった。
死にかけているとは思えないぐらい、熱かった。
命が、燃えているみたいだと思った。

理由があるんだよ、と。
火憐さんはそう言った。

「あたしは、何があっても……宗像さんの、味方、だから……」

燃える、この温度に。
溶ける、その答えは。

「『正義の味方』である、あたしが。
『味方』してるんだから……。
宗像さんは……『正義そのもの』、だ」

清く、正しく、マシュマロのように甘く。
そして、その笑顔がかっこよかった。



それが、運命の言葉になった。



火憐さんの呼吸は、いっそう苦しげになっていた。
ひぃひぃ、と。
肺の周りの肌が、少しずつ膨らみはじめている。
呼吸が肺から漏れて、体の諸器官を圧迫している証だった。
肺の損傷は、ずっと深かったらしい。

このままでは、呼吸ができるのに窒息死するという、地獄の苦しみを味わうことになる。
見ていられない、そんな死に方をすることになってしまう。

それでも、僕がしようとすることは、『殺人』になってしまうのかと恐れたから。
だから、僕は火憐さんに判断をゆだねた。


「火憐さん。苦しい死に方と、苦しくない死に方。どっちがいい?」

「苦しくない方?」と、火憐さんは囁くように答えた。
だから僕は、『苦しくない方』をすることにした。
たとえそれで『零崎』に目覚めても、耐えきって見せると決意して。

「ごめんね、火憐さん」

千刀の一本を、火憐さんの体の上に掲げる。

「僕は君を、守れなかった」

僕こと『枯れた樹海』宗像形は、人の殺し方を色々と知っている。
だから、苦しまずに殺す方法だって知っていた。

552marshmallow justice  ◆8nn53GQqtY:2012/08/27(月) 23:22:00


【6】


「無桐さん。さっき、初めて殺した時から“零崎”に目覚めたって、そう言ったね?」

様刻君を連れて追いついてきた無桐さんに、僕は話しかけた。
火憐さんの、まぶたをそっと閉じながら。

「なら――僕は違うよ。僕は、“零崎”じゃない」

『殺人鬼』は、目覚めなかった。

むしろ、抱いた気持ちは失望だった。
僕が欲しがっていたのはこんなものだったのか、とがっかりしたような。
失望したような。
こんな感情しか手に入らないなら、要らないと。



殺人衝動が、消えていた。



火憐さんからの、最後の贈り物。
そんなロマンチックな考え方をするほど、僕はご都合主義者ではない。
だから、僕にとって重要なのは事実だけだ。
『阿良々木火憐さんが、宗像形から『殺人衝動』を消した』という事実のみ。
だから、阿良々木火憐さん。
君は確かに、『正義の味方』だった。



だから僕は――君の言う『正義そのもの』になりたい。


【阿良々木火憐@物語シリーズ 死亡】


【1日目/真昼/E−7】

553marshmallow justice  ◆8nn53GQqtY:2012/08/27(月) 23:22:42

【宗像形@めだかボックス】
[状態]身体的疲労(中) 、殺人衝動喪失
[装備]千刀・?(ツルギ)×872
[道具]支給品一式×2、ランダム支給品(0〜5)、「参加者詳細名簿×1、危険参加者詳細名簿×1、ハートアンダーブレード研究レポート×1」、「よくわかる現代怪異@不明、バトルロワイアル死亡者DVD(1〜10)@不明」
[思考]
基本:阿良々木火憐と共にあるため『正義そのもの』になる
 0:斜道郷壱郎研究施設へ向かう
 1:???
 2:機会があれば教わったことを試したい
 3:とりあえず、殺し合いに関する裏の情報が欲しい
 4:DVDを確認したい
5:火憐さんのお兄さんを殺した人に謝らせたい

[備考]
※生徒会視察以降から
※阿良々木暦の情報はあまり見ていないので「吸血鬼」の名を冠する『異常』持ちだと思っています
※無桐伊織を除いた零崎四人の詳細な情報を把握しています
※参加者全員の顔と名前などの簡単な情報は把握しています
※危険参加者詳細名簿には少なくとも宗像形、零崎一賊、匂宮出夢のページが入っています
※上記以外の参加者の内、誰を危険人物と判断したかは後の書き手さんにおまかせします

【無桐伊織@人間シリーズ】
[状態]殺人衝動が溜まっている
[装備]『自殺志願』@人間シリーズ
[道具]支給品一式、ランダム支給品(0〜2)
[思考]
基本:零崎を開始する。
 0:久渚さんに電話をして宗像さんのことを教えるべきですかね……?
 1:曲識を殺した相手や人識君について情報を集める。
 2:今は様刻さんと一緒に時宮を探す。
 3:黒神めだかという方は危険な方なのでしょうか。
[備考]
 ※時系列では「ネコソギラジカル」からの参戦です。
 ※黒神めだかについて詳しい情報を知りません。
※宗像形とは、まだ零崎に関すること以外の情報交換をしていません。

【櫃内様刻@世界シリーズ】
[状態]健康 、『操想術』により視覚異常(詳しくは備考)
[装備] スマートフォン@現実
[道具]支給品一式、ランダム支給品(0〜2)
[思考]
基本:死んだ二人のためにもこの殺し合いに抗う。
0:火憐さん……。 
1:時宮時刻を殺す。
[備考]
 ※「ぼくときみの壊れた世界」からの参戦です。
 ※『操想術』により興奮などすると他人が時宮時刻に見えます。
 ※黒神めだかについて詳しい情報を知りません。
 ※スマートフォンのアドレス帳には玖渚友が登録されています。
 ※阿良々木火憐との会話については、次以降の書き手さんに任せます。

554marshmallow justice  ◆8nn53GQqtY:2012/08/27(月) 23:22:58
投下終了です

555 ◆PKyKffdMew:2012/10/03(水) 17:12:00
さるさんを喰らいましたのでこちらに投下します

556 ◆PKyKffdMew:2012/10/03(水) 17:12:36
【3】


勝者が消えた。
敗者二人は、黙って朽ち果てる。
二人ともまだ辛うじて息はあるが、七実はまず確実に手遅れだった。
重大な臓器を真っ二つにされ、血液だって全身の何割を失ったか分からない。
球磨川は彼女に比べたら軽い傷だ。
しかしそれでも、その程度は即座に処置を施さなければならないような大傷である。
もちろん、この場に医療設備などない。
彼を助けてくれるような人物もいない。
負け犬(きらわれもの)は不要物(きらわれもの)らしく――たった一人で消えていく。
ここに、二人分の屍が生まれた。


【鑢七実@刀語シリーズ 死亡確認】
【球磨川禊@めだかボックス 死亡確認】



『ま、嘘なんだけどね』

死は免れないような大傷を負っていた少年・球磨川禊は何事もなかったかのように直立していた。
負った傷は痕も残らず癒え、完調以外の様子にはどうやったって見えない。
彼は別に、特殊な再生細胞を持った超人ではない。
ただ、人より大きな《欠点(マイナス)》を持っているだけであって。

『大変だったよ、怪我をなかったことに出来なくってさ。わざわざ死ぬのを待たなきゃなんなかった』

球磨川禊は、《大嘘憑き》という過負荷を持っている。
オールフィクションの名の通り、その効力はあまりに絶大。
現在では細かな制約がつけられてしまっていたが、自分と七実の死を《なかったこと》にすることくらいは容易かった。
死んでいた筈の七実も、意識こそないが息を吹き返し、怪我は綺麗さっぱり消えている。
真心に負わされたダメージはすっかりチャラになり、屍から二人は返り咲いた。

『とりあえず七実ちゃんが目を覚ますまで待たなきゃね』

言うなり球磨川禊は地面に胡座をかいて座り込む。
七実が目を覚ますまで、彼は一時の休憩を取ることにしたのだった。
その胸の内で、これまであった色々なことを回想しながら。

557 ◆PKyKffdMew:2012/10/03(水) 17:12:56
【鑢七実@刀語】
[状態]健康、身体的疲労(大)、気絶
[装備]無し
[道具]支給品一式×4、錠開け専門鉄具、ランダム支給品(1〜6)
[思考]
基本:弟である鑢七花を探す。
 1:………
 2:七花以外は、殺しておく。
 3:骨董アパートに行ってみようかしら。
 4:球磨川さんといるのも悪くないですね。
 5:少しいっきーさんに興味が湧いてきた。
[備考]
※支配の繰想術、解放の繰想術を不完全ですが見取りました。
※日之影空洞を覚えていられるか、次いで何時まで覚えていられるかは後続の書き手様方にお任せします。
※真心の使った《一喰い》を不完全ですが見取りました




【球磨川禊@めだかボックス】
[状態]『健康だよ。だけどちょっと疲れたかな、お腹は満腹だけどね』
[装備]『大螺子が2個あるね』
[道具]『支給品一式が2つ分とランダム支給品が3個あるよ。後は食料品がいっぱいと洗剤のボトルが何本か』
[思考]
『基本は疑似13組を作って理事長を抹殺しよう♪』
『1番は七実ちゃんが起きるまで休んでおこう』
『2番はやっぱメンバー集めだよね』
『3番は七実ちゃんについていこう!彼女は知らないことがいっぱいあるみたいだし僕がサポートしてあげないとね』
『4番はこのまま骨董アパートに向かおうか』
『5番は―――――まぁ彼についてかな』
[備考]
※『大嘘憑き』に規制があります。
存在、能力をなかった事には出来ない。
自分の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り1回。
他人の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り2回。
怪我を消す能力は再使用のために1時間のインターバルが必要。 (現在使用不可。残り45分)
物質全般を消すための『大嘘憑き』はこれ以降の書き手さんにお任せします。
※日之影空洞を覚えていられるか、次いで何時まで覚えていられるかは後続の書き手様方にお任せします。
※戯言遣いとの会話の内容は後続の書き手様方にお任せします。

558 ◆PKyKffdMew:2012/10/03(水) 17:13:32
投下を終了します。
大変申し訳ないのですが、どなたか代理投下してくださると助かります

559 ◆PKyKffdMew:2012/10/06(土) 12:03:28
一応こちらに。
さるさん喰らった(しかも投下終了宣言)のですが、本スレのSS
『不忍と不完全の再会』は投下終了です。

560 ◆PKyKffdMew:2012/10/13(土) 21:43:33
戯言遣い、玖渚友、八九寺真宵、真庭鳳凰 投下します

561終わりの始まり《前編》 ◆PKyKffdMew:2012/10/13(土) 21:47:00
《死線の蒼(デッドブルー)》。《仲間(チーム)》。
いわゆる《裏の世界》に精通している者ならば、この言葉に聞き覚えくらいはあるのではないだろうか。
サイバー世界に深く関わる者なら、少なくとも知っていて当然の呼称。
反社会的な団体でありながら、世界の技術を何年分か進めた天才たちのグループ。
一人、《害悪細菌》。
一人、《二重世界》。
一人、《凶獣》。
一人、《街》。
一人、《屍》。
―――エトセトラ。各個の名前はあまり重要なことではない。
大切なのはそれぞれが第一級の天才であること、そして彼らの頂点に君臨するのが誰かということだ。
ここまでの話を聞いた第三者が、それを聞いたなら驚愕を示すだろう。
最初は信じるにも値しない冗談として笑い飛ばすかもしれない。
それは一般的に見れば正しい反応。
非一般的な視点から見ても、その反応を笑いの種にすることが出来る人間は恐らく希少。
《チーム》の、伝説的サイバー集団のリーダーが、小柄な少女であると誰が思う。
小さな頭に、どれだけの異常性が凝縮されているかも分からない。

貧弱な肉体と相反するように、発達しすぎた頭脳。
天才を惹き付けるある種のカリスマ。
蒼い瞳の、暴君。
《死線の蒼》玖渚友を一言で紹介しろと言われれば、誰もが口を揃えてこう言う筈だ。
異口同音に、だが彼らのコメントは一様に玖渚への畏怖を感じさせる。
天才。
化け物。
サヴァン。
『×××××』。

ひとくくりにして纏めると、異常(アブノーマル)。
エリートなんて言葉では片付けられない、サヴァン症候群を患った少女。
崩壊の近付くその体。
分厚いカルテが必要になるほど精密な検査を要求するその体。
その体の中で、ただひとつその頭脳だけが色褪せない。
いつまでも深い深い蒼色で――見る者を限りない深淵へと誘い、時に引き摺り込む。
そこから這い上がるか、それとも深淵を受け入れ蒼に染まるか。
その選択を誤れば、決定的な破滅を招く。

まさに死線。
蒼き死線。
害悪の細菌や、二つの顔を持つ零崎の人間さえも魅了した彼女。
極めつけに、《欠陥製品》と揶揄された少年と奇妙な《縁》を持ち続け、その関係を断ち切ろうとせずに生きてきた事実こそが、彼女の異常性を端的に、しかし最大限に表していた。

無為式を捕らえ続ける――戯言を繋ぎ止める。
戯言のように、あるいは正論のように。
化物のように、あるいは人間のように。
支配のように、あるいは解放のように。
牢獄のように、あるいは世界のように。
魔法のように、あるいは数式のように。
物語のように、あるいは狂言のように。
異常のように、あるいは過負荷のように。
彼女が存在し続ける限り、戯言遣いは玖渚友に巡りめぐって行き着くのだ。

全ての道はローマに通じている、そんな言葉がある。
戯言遣いの少年と死線の少女の関係も――その程度のものだ。
ちょっとばかし縁が強すぎるだけで――
互いが絶縁を突きつけたとして――互いがその都度それを認めないだけで。
戯言遣いは彼女から一度逃げたが、結局彼女のところへ舞い戻った。
円環のように、必然的にそんな滑稽な顛末が待っていた。

562終わりの始まり《前編》 ◆PKyKffdMew:2012/10/13(土) 21:47:40
玖渚友は本来の通りに進む物語では、戯言遣いへの《呪い》を自ら解除する。
が、彼は玖渚と離れる未来を――選び取らなかった。
世界が修正力を働かせているとしか思えないような、ご都合主義の展開があった。
ハッピーエンド――不知火袴なんてイレギュラーが関与しなければ、物語はそこに至ったろう。
歪(ゆが)んで歪(ひず)んで、捩れて曲がった物語も、最後くらいは幸せな終わりがあったろう。
あと少しだった。
あと少しのところで、物語的には本当に惜しいところで――イレギュラーが介入した。
縁は潰えるのか。
それとも、執拗に神は二人の縁を繋ぎ続けるのか。

結末ばかりは《蒼色サヴァン》にも分からない―――。
《無為》に繰り広げられる《式》へと、身を任せるしかない。
バトルロワイアルの前では、玖渚友もまた平等に、一人の参加者であった。

† †

「うにー………」

ディスプレイの前でスライムのようにぐんにゃりとだれている、青髪の少女。
彼女こそが玖渚友、かの《仲間》を統率していた《死線の蒼》だ。

こうしている様だけを見ると、確かにそんな大仰な人物には見えないかもしれない。
しかしまだ二十歳に満たない少女が、殺し合いの恐怖を感じることもなくディスプレイに向かう姿。
いつ殺されても良いですよと言っているようでさえある、無防備――言い換えれば余裕。
少女相応のそれというには、玖渚は十分異質な存在だった。

「分かっちゃいたけど情報が進展しないよ……」

玖渚が管理人となっている掲示板の存在に気付いている参加者は果たしてどれくらいいるのか。
そもそもネット環境が一部使用できることにさえ、多くは気付いていないだろう。
皆が皆、玖渚友のように聡明なわけではない。
画面を更新しては溜め息をついて、また脱力する。
愛玩動物のような姿は、ロリィタ趣味の人間が見たなら発狂しかけること間違いなしだ。

玖渚は、有り余る知性をその脳髄に保管しているが―――彼女自身は普段無気力な人物である。
風呂に入ることも億劫だし、外出だってそうそうしない。
時々遊びに来る戯言遣いには、いつも呆れられる有り様だ。
そう、引きこもり。玖渚は根っからの引きこもり気質だった。

「でも不思議だなぁ。僕様ちゃんにこんなことになってて、直くんがまだ黙ってるなんて」

玖渚機関。
暴力の世界にも大きな影響力を持つ、玖渚友に密接に関係している一大組織。
中でも玖渚の兄・玖渚直は彼女を溺愛している。
そして直は現在《機関》の中でかなり大きな立ち位置にある筈。
記憶違いということは有り得ない。
玖渚友に―――蒼色サヴァンに限っては、縁遠い話だ。
直が本気になれば、言っちゃ悪いが不知火袴の計画はどんなに万全な対策を講じ、どんなに隠密を徹底していたとしても――半刻はもたない。
玖渚機関はそれだけ強大だ。
玖渚友が行方不明となっていて、直がそれに気付いたならさあ大変。
莫大な情報網とカネが、彼女一人を連れ戻すために使われるのは想像に難くない。

「単に気付いてない可能性もあるけど、なーんか腑に落ちないよねえ」

どうしてかそんなことを思う。
理由は、玖渚自身今回ばかりは少々事態に難色を示していたからだった。
正直、解除の困難な首輪を外して脱出・もしくは主催打倒を行うというのはかなりの無理難題だ。
玖渚友の頭脳でなら不可能ではないにしろ、一人でやれることには限りがある。
肉体的な作業については完全に論外だ。
玖渚にやらせるくらいなら、元気盛りな小学生にやらせた方がずっとマシだろう。

563終わりの始まり《前編》 ◆PKyKffdMew:2012/10/13(土) 21:48:16
そもそも、脱出の手段が見つかったとしてそれで全員が同意するかという話だ。
不知火の提案した《賞品》はあまりに魅力的で、人々を揺さぶる。
本当か否か確証も取れていないのに、希望論を奏でるのは――遥か太古からの、人類の性か。
自己満足の絶望論を吐かれるよりは、まだ幾分か可愛いものなのか。
玖渚友には、どちらが的を射ているのかは分からない。
彼女は、そういう人間だからだ。
希望を必要以上に持とうとはしない。
絶望を人並以上に唱えようとはしない。
どちらでもいい。
言い換えれば、どちらも同じことだから。
人類最悪の狐のように、彼女もそれを同じことだと思う。
ただ、価値観を押し通そうとする頭の悪い輩だけは面倒だ。
いつかの閉塞された研究所の《博士》のようなタイプが絡んでくると、たちまち事態は拗れる。

「ま、きっといーちゃんが何とかしてくれるだろうけどねん」

にぱーっと、天使のような笑顔で玖渚は破顔した。
彼女は、玖渚機関よりもっと心強い味方がいることを知っている。
先程から何度も挙がっている《戯言遣い》――その渾名のひとつ、《いーちゃん》。
彼は確かに弱くて情けない、《マイナス》にとても近しいような男だ。
が、だからこそだろうか。
玖渚はこのデスゲームを終わらせる人物が彼であると、信じて疑わない。
まったくもって《いつもの通り》に、全部解き明かして解決してくれると笑顔で断言できる。
あの人はそういう人間だから。
戯言を遣うことしか出来なくたって、彼は玖渚友の愛する人だ。
親愛なんて不確かな感情のまま、玖渚は彼を信じる。
天才だらけの孤島の時のように。
山奥の研究所、《害悪細菌》の引き起こした事件の時のように。
―――最後は、二人で帰れると信じている。

「ふふっ、いーちゃん。愛してるよ♪」

愛してる。
何度口にしたか分からないその言葉。
けれど飽きずに、玖渚は戯言遣いへ求愛の台詞を用いた。
彼が死んだら世界を壊す――いつか、そんなことを言った気がする。
それが出来る力を持っているから、この少女は恐ろしいのだ。

「ふぅ。いつまでもここにいたって仕方ないし、ちょっと休憩でもしよっかな」

睡眠の欲求はない。
食事の欲求も特にない。
休憩といっても、掲示板から目を離してぼーっとするだけだ。
主催側へ介入できないか探るのも急ぎすぎると、最悪首輪がドカン――無駄死にを晒す羽目になる。
無駄に死ぬのは御免だ。
たとえ、その刻限が遅かれ早かれやってくるとしても、そう思う。

―――だが。
玖渚友という少女は既に悟っていたのかもしれない。
気配は感じなかった。
ただ、警報音が鳴り響いた。
《死の気配》とでもいうべき何かが、どこかから迫ってくる。
施設内のどこで警報が作動したのか分からない現状、下手に動くのは余計危険を高めてしまう。
迫る悪鬼。
ドアが無惨に破壊される。
全てを予期したように少女は冷静だ。
冷静なままで、侵入者が何者だろうと有効に活用できそうな情報が書き込まれていないか掲示板を確認して―――玖渚友は、儚げな、散りゆく華のような笑顔で微笑んだ。
――そして、にこやかに玖渚は言うのだった。

「……なんで今なんだよぅ、いーちゃん」

《死》はすぐ背後にいた。

564終わりの始まり《前編》 ◆PKyKffdMew:2012/10/13(土) 21:48:59
† †


「なんだこれは……罠か?」

真庭鳳凰は、五月蝿く鳴り響く警報に眉をひそめて呟く。
この会場に来てからというもの、鳳凰のまるで知らない技術を何度も目にした。
おかげで驚きは少なくなっていたが、甲高い音は実に喧しい。
早く事を済ませてしまおうと、鳳凰は一歩を踏み出す。
が、この警報音は真庭鳳凰にとってある意味好都合でもあった。
警報に慌てふためいた中の人間が、のこのこと己の前に出てくるかもしれない。
鑢の人間のような奴が出てきたら最悪と言う他ないが、一般人なら呆気なく殺してやれる。
苦痛を感じさせずに慈悲深く殺すのも――
あえて苦痛を与えることで情報を聞き出すようなやり方も――
――真庭忍軍十二頭領の実質的な頂点に立つ鳳凰には、雑作もないことだ。

「では行くか」

警報音は無視する。
刀や槍が飛んでくるような罠に比べれば、随分と易しい仕掛けだ。
身を守る必要がないのなら、こちらも気兼ねなく内部を探索できるというもの。
この害悪の跡地・斜道卿一郎研究所に備えられた、セキュリティ機構。
過去に《害悪細菌》を巡っての一連の事件の時には、これが一つの問題にもなった。
しかし、これは推理小説ではない―――ただの侵入劇だ。
立ちはだかる扉は、ついさっき手に入れた《腕》の試し打ちに最適だろう。
轟音を鳴らして、セキュリティは脆く儚く砕け散っていく。

「やはり重宝するな。しのびらしいやり方とは言えないが、威力は十全――いや、それ以上だ」

あの玖渚友をして万全と言わしめたセキュリティも、しのびの前には意味がない。
いや、この場合は彼の《腕》の前には、と訂正を入れるべきだ。
《殺し名》序列第一位の《匂宮雑技団》所属の殺し屋、匂宮出夢の腕。
素手から繰り出される威力とは到底思えない一撃が、扉も壁も、何だろうと破壊する。
忍んで押し入るより危険ではあるものの、速度を重視するなら断然此方だ。

「しかし見事な建築だ」

これでは、並のしのびでは忍び込めまい。
十二頭領の人間でも、正攻法なら結構な時間を食ってしまう筈だ。
不知火袴が一体何者なのか、疑問を深めながらも鳳凰は進む速度を落とさない。
出夢の腕はまだ若干の違和感を放っているが、この分ならすぐに適応することだろう。
より早く使い慣らすべく、鳳凰は腕を振るう。
疲労は訪れない。
この程度で疲れているようでは、しのびは廃業だ。
一流のアスリートを軽々凌駕する速度で駆ける鳳凰だったが、参加者の姿はなかなか見つからない。
無駄骨か――落胆が生まれてくるが、彼はすぐに落胆を撤回する。
それは、彼が一つの部屋のドアを破壊した時だった。

「あれは……」

見えた。
青色の髪の毛が否応なしに目立つ、小柄なシルエット。
からくりのようなものに向き合っているシルエットを、見て―――

「な……んだ……?」

―――真庭鳳凰は、気圧された。
深い深い、例えるなら海の底のような蒼色。
こちらまで吸い込み、同化させてしまいそうなほどに深い、深淵の蒼色――。
瞬間、たまらず鳳凰は駆けていた。
逃げるのではない。この場で、青い髪と蒼い瞳の少女を殺すためだ。

(あれは―――あれは、人間なのか!?)

化け物。
そんな陳腐なワードが脳裏を掠める。
あの目を除き込めば、きっと自分はあの深淵に引き込まれる――
普段の鳳凰ならば有り得ないと断じただろうことを否定する余裕は、今の彼にはなかった。

少女の後頭部を掴む。
掴んでから気付いたが、焦るあまり使ったのは出夢のものではない方の腕だった。
が、構わず鳳凰は少女を――顔面から床に向かって、叩きつける。
鈍い音がしたが、当たりは悪かった。
らしくなく動揺してしまったからだろう。
鼻血が床を紅く染めているものの、意識すら奪えていないようだ。

565終わりの始まり《前編》 ◆PKyKffdMew:2012/10/13(土) 21:49:41
「済まんな。恨みはないが、ここで死んで貰うぞ。《化物》」

首根っこを掴み、壁まで小さな身体を放り投げる。
少女――玖渚の叩きつけられた床には、生々しい鼻血が溜まっていた。
丁度十本、彼女の身体の一部だった歯が無惨に折れ、散らばっている。

「か……ふ、あはは。酷いなあ、女の子は優しく扱うもんだよ」
「生憎我は真庭忍軍、つまりしのびでな。そんな作法は心得ていない」

鳳凰は玖渚の《目》を見ないようにしながら、彼女へ近寄っていく。
迫る。
潰れた鼻と折れた歯が、死の迫る実感を与えてくれる。
――しかしだった。
玖渚友には、この時《未練》が生まれてしまっていた。
別に死が怖いとか、そういう訳ではない。
ただ、掲示板で《彼》の書き込みを見てしまったのがいけなかった。
最期の時への未練を、玖渚に芽生えさせた。
迫る鳳凰から逃れるように、玖渚は鈍痛を放つ己が体に鞭を打って立ち上がる。
鳳凰を掻い潜って、携帯電話だけでも取れればいい――!

だが、相手は不意を突けるほど未熟なしのびではない。
かの真庭忍軍十二頭領、その中で最高の実力を持つ――《神の鳳凰》だ。
顔面に蹴りが飛んで、風に散らされる塵のようにあっさりと玖渚は壁へ激突する。
もう一度立ち上がっても結果は同じ。
鈍くて、しかし鋭い蹴りが飛んで、視界が一瞬で変わり、打ち付けられる衝撃が鈍痛としてやってくる。

「……黙って殺された方が楽だぞ」

鳳凰は冷静に言うが、その内心は混乱の真っ只中にあった。
あの深淵のような瞳を恐れて、自分は心を乱された。
が、いざ殺しにかかってみればどうだ。
弱者以下、まるで童子を相手にしているような感覚さえある。
可愛らしかった顔面も、あれだけの衝撃に晒されれば崩れてしまう。
頬骨が砕けたのか、次第にその顔は腫れあがりはじめている。
どこからどう見たって普通以下、弱者以下のステータスしか、精々あれは持っていないのではないか。
あんなものを――何故、自分は恐れたのだ?

「……ね、え。最期にさ、話したい人がいるんだよ」
「話したい? ――残念だが我はここに来るまでこの施設で人は――」
「そこの、携帯。取ってくれないかな」

携帯。聞き覚えのない呼称だったが、力なく指差した方向を見ると、小さな機械が落ちていた。
鳳凰には勿論使い方が分からない。
何か妙なことをされるのではないかと鳳凰は思う。
例えばあれが何かの罠の作動装置だったとして、鳳凰に一矢を報いるつもりかもしれない。
ならば、無視した方が良いか――そう考えた時、鳳凰は再び《深淵》を見た。

「――――ッ」

蒼色だ。
幾度と死線を掻い潜ってきた鳳凰だから分かる、その蒼色が指し示す意味を。
あの目が送るのは《視線》じゃなくて、《死線》なのだ。
さっきより近くで見れば、尚更よく分かった。
奇しくも真庭鳳凰は、この地で彼女を目撃した同胞と同じ感想を抱いた。
猛毒の刀に狂った少女に斬り殺された、一人の同胞と、まったく同じ感想を。
――あれは、この世に存在してはいけない―――……!

566終わりの始まり《前編》 ◆PKyKffdMew:2012/10/13(土) 21:50:49
気圧された鳳凰は、半ば反射的に玖渚へ携帯を投げ渡す。
ありがと、と呟くと玖渚は携帯を開き、何かを打ち込み始めた。
鳳凰にはその意味が分からない。
が、仕掛けのようなものが作動する様子もどうやらない。
何をする気なのか、分からない。

「えへへ……いーちゃん」

――だから、玖渚友が何故笑うのかも、分からない。
理不尽すぎる死が迫って、もう逃れる術はほぼ皆無だろう。
あの様子では、奇策の類を隠してもいないようだ。
援軍にでも来られれば話は別だが、それはかえって鳳凰にとっちゃ好都合。
一網打尽にすることが出来るのなら、そっちの方がありがたくさえある。

が、この少女とて鳳凰の力量を理解していないなんてことはあるまい。
表情を見れば一発で分かる。
彼女は何の策も有してはいないと。
ここで自分は死ぬ。
少女には厳しすぎる現実をしっかりと受け止めている様子だった。
哀れにも見えるその姿に、疑問こそ抱けど情けをかける鳳凰ではない。
お涙頂戴な展開にいちいち心を動かされていては、しのびなど勤まるものか。


しかし、どうしてこの青い少女は笑うのか―――
最期の時を前にして、何故あんな風に―――


幸福そうに笑うのか。
それだけが、甚だ疑問だった。


† †


―――本当、奇妙なもんだよな。
世界ってものは、時にぼくらが想像も出来ないような展開をプレゼントしてくれる。
お伽噺なんかを読んで、大抵の子供は待っているハッピーエンドに満足して頁を閉じるだろう。
けれど、中にはぼくみたいなひねくれた子供だっている筈だ。
ぼくほど終わっていなくたって、それこそ子供心の疑問だって構わない。
《現実でこんなことってあるの?》と思う子が、きっといる。
ぼくが偉そうに言えたことじゃないけど、その疑問にぼくが回答させてもらうとしよう。

いわゆるご都合主義。
漫画や小説の中では、《メアリー・スー》なんて言葉で表現したりもするらしい。
国民的な作品、たとえば某青狸が未来からやって来る作品なんかじゃあ、どう考えたってありえないような状況で必ず、何かしらの幸運が味方して危機を逃れる場合が多い。
――まあ、お茶の間の善良な子供たちだって、愛らしいキャラクターが見るも無残に粉砕されたり、処刑されたりする光景なんて見たくないだろうから、これは必要な措置だけどね。

そういう展開が見たい人は、古本屋に行けばいいんじゃないかな。
世の中、案外えげつない作品は転がっているよ――この世の中自体も、既にえげつないけど。
ぼくや鏡の向こうのあいつ、それに数時間前の《人間未満》なんかが生まれる世界だ。
どう考えたって平等じゃないし、どう考えたって神様の悪意が感じられる。
人類皆兄弟と言った人がぼくのことを見たら、果たしてどう言うだろう。
言葉に詰まるか、意固地になって自分の意見を押し通すか。
どちらかだろうね。
どちらでも同じことの、ただの下らない戯言だ。

閑話休題。
ぼくが回答するなら――《案外、そういうものだよ。この世界は》――と答えよう。
そういうものなんだよ。
ご都合主義に物事が進んでいく、ぼくはそれを何度も体験している。

天才たちの島でだって。
京都の殺人事件だって。
首吊りの学園でだって。
害悪の研究所でだって。
殺し屋相手の時だって。
そして、あの《根こそぎにラジカルな物語》の時だって――そうだ。

567終わりの始まり《前編》 ◆PKyKffdMew:2012/10/13(土) 21:51:30
ぼくは何度も見えない何か、奇跡に助けられている。
あの《最悪》風に言うなら、《縁》の綱に掴まっている。
底の見えない闇に落ちそうになると、ぼくは決まって助かってきた。

もしもこの世から全てのご都合主義が消えたら、人間の死亡率は案外跳ね上がるかもしれない。
―――というか、あの赤い請負人みたいに、存在がご都合主義みたいな人もいるし。
あの人に限ってだけは、ぼくじゃあ語れない。
ぼくの想像をいつだって壁ごと《ぶち抜いて》しまう。
ただ一つ、《絶対に敵に回さない方がいい》とだけは言えるけども。
零崎の野郎だって相当面倒な目に遭ったらしいし。
少年漫画のように――――フラグをぶっ壊す。
青年漫画のように――――現実も知っている。
麻雀漫画のように――――頭だってぼくの比ではない。
彼女を敵に回して、一週間逃げられたら拍手ものなんじゃない?
だから今回のことだって、あの人に任せていれば万事解決――

「……そうは、いかないよな」

ではない。
少なくとも、そんな体たらくはいくらぼくでも不本意すぎる。
ぼくは誓った――次第に薄れている漠然な記憶だけど、ぼくは誓った。
《主人公》になる。
《主人公》として、この《物語》を終わらせる上での役割を果たして見せよう。
勿論――ハッピーエンドで。
ハッピーエンド以外の結末は、認めてくれない人がいるから。

「しっかし」

思わず溜め息が漏れる。
ほんとうに、嫌な縁だ。
ぼくの敵――《人類最悪》。
《人類最強》の、クソ親父。
つまり父親。
顔つきや性格も似たところはよく見れば結構ある。
漫画好き。ただし娘とはとにかく仲が悪い。

世界の終わりを求道し続ける一匹の狐、西東天。

名簿に名前を見たときから嫌な予感はしていたけど、こんな形で《縁が合う》とはなぁ。
隙だらけの殺しやすいあの人のことだ、案外ぽっくり殺されててもおかしくないのに――生きている。
きっと今頃、《物語》の終わりを妄想したりしながら子供のようにワクワクしているんだろう。
駒にされても、そこは変わらなそうだ。
いや、むしろ正義に燃えているあの男なんて見た日には、全身を数分間鳥肌が支配する。
平常運転。
平常運転が、危険運転。
免許停止を食らっても、何度でも舞い戻る最悪。
ぼくの、敵。

電話をかけた先に居たのが、よりによってあの最悪とはなあ。
全く――因果な人生だ。
あっちの反応に若干の違和感が無いわけでもなかったけれど、やっぱり平常の危険運転らしい。
変なことをやらかさないでくれれば、いいのだけど。
せめて《物語》を見守る程度にしていてくれたら、ぼくはもう何も言いませんから。
主催の座を奪ってゲームを台無しにするくらいまでぼくの脳は想像しているぞ。

過大評価のように見えるかもしれない。
でも、こればかりは実際に《最悪》に触れた者でなければ分からないだろう。
常識の枠を外れた位置じゃないと、測れない。
常識の枠を易々と踏み越えるやつを、捉えられない。
彼と関わる上で、《ありえない》を想定しないのは擁護のしようがない程の愚策だ。

568終わりの始まり《前編》 ◆PKyKffdMew:2012/10/13(土) 21:52:25
致命的すぎる判断ミス。
ぼくも、随分と彼の《最悪》さ加減には振り回された。

そしてさっき、人類最強さえも振り回す、《人類最悪の遊び人》と、言葉を交わした。
何かを得たわけではない。
何かを失ったわけではない。
戯言をぶつけただけの、子供の雪合戦にも等しい一瞬があっただけであって。

――真宵ちゃんもいることだし、控えたってのもあったけどね。
真宵ちゃんが狐さんに出会ったら、多分思いっきり振り回されて倒れちゃいそうだ。
微笑ましいようだけど、生憎ぼくにロリィタ趣味はない。
友のやつといい姫ちゃんや出夢くん、真宵ちゃんを見るに、どうにもぼくの周りにはロリィタもしくは少女が集まりやすい傾向にあるようだが、誤解しないでくれと言っておこう。
そりゃ、姫ちゃんにセクハラを働いたことはあったけどさ。

でも真宵ちゃんは実は歳上なんだよなぁ……っと、駄目だ駄目だ。
この先を考えるとぼくの中の何かが終わってしまうような気がする。
こういう時はメイドさん、ひかりさんのことでも考えよう。
ああ、ひかりさんはほんとに可愛いなあ。

「戯言さん」
「なんだい」
「いえ、何だか顔が人面犬みたいな笑顔になってたので」
「人面犬っ!?」

人面犬とはまた懐かしいものを。
大体人面犬みたいな笑顔ってなんだ。
きみは人面犬なんて激レアな珍獣に出会ったことがあるのかい。
しかし、ひかりさんのことを考えるとにやけてしまうのは仕方のないことだ。
仕方がないったら、仕方がない。
誰が何と言おうと仕方ない。

「ところで真宵ちゃん、早いところ次の電話を掛けようぜ。まだ掛けてない場所が結構あるんだから」

真宵ちゃんは口を尖らせる。
電話をかけられること、それは確かに今のぼくらの持つ中で最大のアドバンテージだ。
どんどん積極的にかけて、情報をゲットしたり、合流の約束を立ててみたり。
使い方は多様だ。
こんなものを渡すなんて主催側は、まるで反抗されることを前提にしているかのようだ。
そう考えると少し不気味だけど、今のところぼくや真宵ちゃんの首が吹き飛ぶ様子はない。
支給品をどう使おうが自由ということなのか―――許容範囲の内なのか―――
―――殺し合いに反抗されることさえも想定の内なのか。
まあ、考えても仕方がない。
今できることをやっていくしか、ないんだから。

「そうですね。次はどこに掛けましょうか―――あれ?」

携帯電話を持っていた、真宵ちゃんが突然疑問符を発した。
何ということはない、ただ電話を掛けるだけの動作で。
逆にどうして今まで気付かなかったんだとも、いえるくらいの。
真宵ちゃんのとびっきり単純な疑問が――芽生えた。

569終わりの始まり《前編》 ◆PKyKffdMew:2012/10/13(土) 21:53:06
「戯言さん。これって、電話しか出来ないんですか?」

――盲点だった。
電話オンリーでも不思議ではないのだけど、他に機能がある可能性を一切考慮していなかった。
インターネットの接続が出来たらそれで一件落着かもしれない。
……そこを見落としている主催じゃないとは思うけどね。
でも、やってみる価値はあるとぼくは思った。

「んー……確かに、電話以外にも機能があったら便利だね」
「ちょっと試してみます。電話をかけるのはそれからでいいですか?」
「うん。そこは真宵ちゃんにお任せするよ」

ぴこぴこと、ボタンを押す音が聞こえる。
真宵ちゃん的にも、あの後電話を掛けた場所が誰も出なかったことで退屈だったのかな。
ところでどこに電話を掛けたんだろう。
でも今声を掛けたら、何をかは分からないけど邪魔しちゃいそうだ。
《戯言さんは運転に集中してくださいっ!》って感じで、怒られちゃうかもしれない。
くわばらくわばら。
――それから、きっと一分も経っていないだろう内に、真宵ちゃんが嬉しそうな声をあげた。

「やりましたよ戯言さん! なんか変な画面に飛びました!」
「え、本当かい?」

ぼくはブレーキを踏んで、車を止める。
いくらなんでも、また横転しかけては敵わない。
携帯電話を渡して貰うと――ディスプレイに表示されているのは、どうもネット掲示板のようだった。
こういうのは玖渚の領分だけど、掲示板くらいならぼくだって使えるだろう。
まさか難解なプログラムを使わないと書き込めない、なんてことはないだろうし。
スクロールしてみると、この掲示板はバトルロワイアルにおける情報交換の場らしい。
要注意人物の名前も載っているようだったが。
ぼくにそれを注視する余裕があったかと言われれば、答えはノーだ。

「――――デッド、ブルー………!」

◆Dead/Blue/。
DeadBlue。
デッドブルー。
《死線の蒼》。
この名前を使いそうな奴など、ぼくの知る限りただ一人だ。
管理人を勤めているらしいけど、そういうところもあいつらしい。
だからぼくは、思わず声に出してしまう。

「玖渚……!」

思いもつかないところで《縁》はぼくらを結んだ。
真宵ちゃんがポカーンとしてぼくを見ていた。
ぼくは―――真宵ちゃんに説明をする前に、ボタンを打っていた。
なんか、ずいぶんと下手糞な書き込みになってしまったけど。

570終わりの始まり《後編》 ◆PKyKffdMew:2012/10/13(土) 21:53:52
† †

当掲示板はバトルロワイアルについて情報を交換するためのものです。
参加者のスレ立ては制限させていただいておりますが要望スレに書き込んでいただければ早急に管理人が対応します。
ただし、情報の真偽等については保証できませんので全て自己責任でお願いします。
                                           管理人◆Dead/Blue/


1:探し人・待ち合わせ総合スレ
 1 名前:管理人◆Dead/Blue/ 投稿日:1日目 午前 ID:kJMK0dyj
 会場の人を探したり待ち合わせをするためのスレです。
 マーダーに利用される可能性もあるので書き込みの際は慎重に!


 2 名前:◆Dead/Blue/ 投稿日:1日目 午前 ID:kJMK0dyj
 テスト


 3 名前:◆Dead/Blue/ 投稿日:1日目 午前 ID:kJMK0dyj
 死んだような人間の目をした男性と顔面刺青の男性を探しています
 博士のところにいると言えばわかるはず
 顔面刺青の男性へ、現在あなたの妹さんと一緒に行動しています


 4 名前:名無しさん 投稿日:1日目 午前 ID:LyseDGhp
 090-XXXX-XXXX
 ぼくだ



2:目撃情報スレ
 1 名前:管理人◆Dead/Blue/ 投稿日:1日目 午前 ID:kJMK0dyj
 会場の中で目撃した人物について語るスレです。
 名前も知らないのが大半でしょうから必ずしも鵜呑みにしないように!


 2 名前:名無しさん 投稿日:1日目 午前 ID:MIZPL6Zm
 黒髪で長髪の女性が返り血を浴びているのを見た
 もしかしたら殺し合いに乗っているかもしれない



3:情報交換スレ
 1 名前:管理人◆Dead/Blue/ 投稿日:1日目 午前 ID:kJMK0dyj
 情報交換をするためのスレです。



4:雑談スレ
 1 名前:管理人◆Dead/Blue/ 投稿日:1日目 午前 ID:kJMK0dyj
 雑談をするためのスレです



5:要望スレ
 1 名前:管理人◆Dead/Blue/ 投稿日:1日目 午前 ID:kJMK0dyj
 管理人への要望等はこちらに




掲示板管理者へ連絡

571終わりの始まり《後編》 ◆PKyKffdMew:2012/10/13(土) 21:54:38
† †


玖渚友といえば、その名前を抜きに《ぼく》の人生は語れないといっていい程、大きな存在だ。
無論、ぼくにとって。
そして、ある意味では世界にとって。
幼い日の砂場で青い髪の《少年》と出会うことがなければ。
ぼくの人生はもっと平穏だったろう――同時に、今以上に無価値だったと思う。
ぼくはあいつから一度逃げた。
だけど結局は情けなく帰ってきた。
あいつは笑ってぼくを受け入れた。
あいつはそういう奴なんだ――昔から、そういうやつだった。

崩れた砂の城を寸分狂わず再生させる、記憶力。
凄腕のハッカー、クラッカーを従えてなお惹き付ける、天才的頭脳。
体は生きているのが不思議と言われる欠陥品。
青色のサヴァン。
玖渚友のことをぼくは大嫌いだし、大好きだ。

あいつは以前に《いーちゃんのいない世界は壊す》と言ったことがある。
いくらなんでもぼくはそこまでではない。
けれども、あいつの為に必死になれるくらいにはあいつが好きだと、この前の一件で自覚した。
どうなのかはぼくにも分からないけどね。

だけどただ一つ言わせてもらうなら。
《縁》の巡り合わせにこの時ばかりは感謝しようと思った。
神様のご都合主義に平伏してやってもいい、それくらいの安堵をぼくはしていたようだ。
それほどに玖渚友の存在はぼくの中で大きくて、ぼくの中で中心を担っている。

「戯言さん、どうかしたんですか?」
「ちょっと知り合いが見つかってね。少し連絡を取ろうと思って、番号を書き込んだんだよ」

何気に掲示板の下の方に《管理者へ連絡》みたいなところがあったけど、時すでに遅し。
でも、番号がバレたくらいじゃ大した痛手はないだろう。
こんな狭い会場の中の情報網には所詮限りがある。
それに、玖渚の奴なら気を利かせて削除してくれるかもしれないし。
あいつはずっと画面の前にべったりだろうから、もうすぐ電話が来る筈だ。
車を停めたまま待つこと数分――携帯電話が着信音を鳴らす。
待っていましたと言わんばかりに携帯を取り、電話に出る。

「もしもし」
『ちゃお、いーちゃん』

――受話器の向こうからは聞き慣れた声が案の定聞こえてきた。
少女期の幼さをまだ残したこの声は、間違いなく玖渚友本人のものだった。
騙りは有り得ない。
騙りがあったとして、ぼくはきっとそれを見抜いてやる自信があった。
それほどまでに――ぼくらの縁は固い。

鏡の向こうの《あいつ》よりも。
人類最悪の《狐》よりも。
恐らくは、何度もお世話になった《請負人》よりも、ずっとずっと固い縁で結ばれているのだ。
《絆》ではない。
ぼくらの関係は、そういう青春ドラマチックなものではない。
もしも互いにあと少しでもまともだったなら、そういう甘酸っぱい関係にもなれたのかもしれないな。

でも――ぼくはあいつに、プロポーズをした。
戯言抜きでだ。
戯言遣いらしくないなんてものじゃない。

572終わりの始まり《後編》 ◆PKyKffdMew:2012/10/13(土) 21:55:42
それからあいつの真実を知った。
錆び付いた自動車をいきなり動かしたように、焼き切れる体。
停止し続けられなくなった体の無茶な成長が、彼女の命を危機へと晒していること。
ぼくはその認めたくない現実に、向き合わなければならない。
あの戦いで――
世界の命運を懸けたあの戦いで――
ぼくは。

『お互い災難だねぇ。いーちゃんのことだから無事だとは思ってたけど』
「全くだ。ぼくの方だってこの《半日未満》でいくつもおかしな目に遭ってきたぜ」

おかしな目に遭っているのは、比較的いつものことだけれど。
付け足して言うなら、それで何回も病院送りにされているけれど。
最近じゃ病院が住処とか、不本意なことを言われてるけれど。
でも――さすがのぼくだって、ここまで突飛な事態を経験するのは、恐らく初めてだ。

『ま、いーちゃんだし。心配はしてなかったよん、僕様ちゃん。うにっ!』

そうかい。
嬉しそうにはしゃぐその声が、どうしてかすごく久しぶりにさえ聞こえた。
《最悪》と決着をつけたんだから――ぼくは、玖渚とも決着をつけなきゃならない。
一方的に《呪い》を解いていきやがったお転婆娘と。
筈だったんだけど―――こんなことになるなんて、まったく出鼻を挫かれた気分だ。
一難去ってまた一難。
泣きっ面に蜂、は少し違うか。

『ところでいーちゃん。僕様ちゃん、いーちゃんに言っておかなきゃならないことがあるんだよね』

ぼくが話を切り出す前に、玖渚は声色を変えないままで切り出した。
何の話だろう。
そんな風に悩むことは、もはや戯言だ。
あいつとぼくの間にある決定的な問題といえば―――玖渚友自身のことしかない。
そう、思っていた。
そうであってくれれば良かったのだ。
向き合っていこうと思っていた問題にあっちから触れてくれるなら、拒むことはない。
けども――世界はとことん、残酷なものだと。


『僕様ちゃん―――たぶん殺されちゃうよ』


ぼくは、思い知る。


「………何、だって?」


視界がぐにゃり、と揺らぐのを感じた。
数瞬遅れて、異常なのはぼくの体だと気付く。
目眩がした。突きつけられた事実を、体が必死に拒否しようと抵抗する。
でも、逃れられるわけがない。
電話の向こうの《彼女》の声が、希望論を嘲笑うように真実を突きつける。
まるで――戯言のように。

『下手しちゃってさー。今も近くに居て、最後のお願いで電話してるんだ』
「た……助かる手段はないのか? 武器は? 仲間は?」

ぼくは必死になって、そんなつまらない質問をする。
アホらしい。武器があったとして、玖渚友の運動神経で使いこなせるものか。
大体、話を聞く限りの状況――《最後のお願い》。
情けを掛けて貰っている以上、もう既に彼女は詰んでいるのだ。
仲間が居たとしても、玖渚はこうして《詰んでいる》。
それを見るだけで、彼女を守る存在が機能しているかどうかなど、火を見るより明らかなのに。

573終わりの始まり《後編》 ◆PKyKffdMew:2012/10/13(土) 21:56:53
『武器はないし、あったとしても使えない―――実はもう結構ボロボロなんだよね。鼻も潰れちゃってるし、歯もそうだなあ、結構折れてると思う。脳震盪は分からないけど、もしかしたら頭蓋骨に損傷があるかもしれないね。
仲間はいる――けど、僕様ちゃん自身で遠くへやっちゃったんだ。セキュリティを過信しすぎてたよ、卿壱郎博士の研究所にいるんだけどね。多分さっちゃんより凄いかも。物理的な破壊に関してなら、だけど』

なんてこった。
これじゃあもう本当に―――手遅れじゃねえかよ。
チェスで例えるなら、白のキング以外空いている盤面に、全て黒の駒が並んでいるような状態。
《圧倒的な詰み(チェックメイト)》。
遅すぎた。せめて後少し早ければ、まだ事態は違ったのかもしれない!
けど、その怒りを真宵ちゃんにぶつけてしまうのは筋違いだ。
これは要するに、またぼくの《性質》が招いたことなのか。

策士曰く――――《無為式》。

とうとう、玖渚友か。
そう、来るのかよ……。

「友……」
『そんな声出さないでよ。どうせ、僕様ちゃんはもう永くなかったんだから』

まるで、長年の嘘を打ち明けるように玖渚は言う。
だけどぼくは驚かない。
知っているから――《停止》を止めたサヴァンの向かう先を。

「知ってるよ。言わなくていい」
『ありゃ。いーちゃんって戯言を極めすぎて、人身掌握術まで身につけたの?』
「戯言だよ」
『うん、戯言だね』

玖渚友が惚けているだけなのか、それとも何かぼくの知らない異常が起きているのかは知らない。
関係ないといえば冷たく聞こえるかもしれないが、その通りなのだ。
今回は、ぼくにはどうすることもできない。
今までみたいに、戯言を遣ったって変えられやしない。
ぼくはここで―――玖渚友を、プロポーズをした相手を、永久に喪う。
どこの誰とも知れぬ殺人者の手で、《今まで通り》理不尽に、また一つ喪う。
ぼくに出来ることは、もう思い付かなかった。

「友。ぼくにしてほしいこと、あるか?」

――だから、そんな気休めを唱える。
電話越しで出来ることなんて限られてるのに。
しかし電話の向こうの彼女は嬉しそうに、答えるのだ。
予想はつく。
自惚れかもしれないが、玖渚友の《愛してる》をぼくは何度も聞いた。
最後の最後くらいは、ぼくの方から言ってほしいと。
そんな答えを、脳内で幻視する。


『そうだねえ――――いーちゃんには、生きていて欲しいな』


違った。完膚なきまでに、徹底的に違った。
おいおい。よりによって最後に、お前はまたぼくに新しい呪いを刻むのかい。
夢見てたのは、ぼくの方だったか。
そうだなあ――玖渚友は、こういう奴だもんなあ。

「言われるまでもねえよ。だが心得た」
『うにっ。それでいいのだ』

受話器の向こうで、にへら、としたあいつの笑顔が脳裏に浮かんでくる。
出来損ないの脳内スライドショーが始まりかけたが、それをどうにか抑えた。
そう、言われるまでもない。
ぼくは死にたくない――生きていたいよ。
されど、ぼく一人ごときのちっぽけな自分可愛さより、格段に重みは増した。
死んではやれない。そういう《呪い》なんだから。

574終わりの始まり《後編》 ◆PKyKffdMew:2012/10/13(土) 21:57:29
「じゃあそろそろ、お別れか」
『そうなるね。思えば長い付き合いだったよ』

そうだな。長い付き合いだった。
時間的にはどうであれ、ぼくらの付き合いは長かった、そう心から思えるくらいには。
飽き飽きして、一度は逃げたこともあるけど。
でも――もうおしまいだ。
玖渚友は死んで、戯言遣いは生きる。

「あ、出来たらでいいんだけど」
『なあに?』
「お前を殺す人に、代わって貰えたりする?」
『ちょっと待ってね』

玖渚の、《ねー、いーちゃんが電話代わって欲しいみたいなんだけど》という呑気な声がする。
まったく、これから死ぬ奴の態度とは到底思えない。
本当に変わらないよな、お前は。
いや、もしかするとぼくの知らないところで、変わったりしていたのか?
まあそこは――ぼくの想像にお任せ、ってことになるか。

『代わったぞ』

――その声に、聞き覚えがあった。

「あなたでしたか、鳳凰さん」
『何となくそんな気はしていたがな。やはりおぬしだったか』

真庭鳳凰。
スーパーマーケットで出会った、マーダー。
あの時は戯言で上手く撒いたのだが――ここで、絡んでくるか。

「願いを叶える保証がない。ぼくの言葉を、覚えていますか」

ぼくはあの時と同じように、戯言を吐く。
希望にすがろうとするでもなく、ただ普段通りに、ぼくの最高にして最低の武器は機能する。
だがしかし、鳳凰さんはぼくの武器を鼻で笑い飛ばして、あっさりと否定した。
子供をあしらうような気軽さで、戯言は意味を成さなくなる。

『ああ、覚えているともさ。だが我は止まれん。望みがあるならそれに懸けるだけだ―――たとえ途方に終わるかもしれなくとも、我らの里はそんな僅かな希望にもすがらねばならぬ。そういう状況にあるのだ』

騙されているかもしれない。
しかし、鳳凰さんはそれを考えた上でもなお、殺すことを選んだようだった。
皮肉にも、ぼくの戯言のせいでより強固になって、その意志は今こそぼくに牙を剥く。

『悪いが、我はもうおぬしの言葉に耳を貸す気はないぞ。ただ――』

底冷えするような声で。
真庭鳳凰は、やはり只者ではなかったと再認識させられるような声で。

『――殺すだけだ』

この時、ぼくは敗北した。
玖渚友を救えるかもしれない、一世一代の戯言遣いをしくじった。
だけどぼくには、彼に言わなきゃならないことがある。
絶対に、これを伝えなくてはならない。
ぼくという人間に残されたささやかな意地に懸けて。

「鳳凰さん。玖渚を殺すんですね」
『何度も言わせるな』
「そうですか。じゃあ―――」

575終わりの始まり《後編》 ◆PKyKffdMew:2012/10/13(土) 21:58:08
負けないくらい冷たい声で。
ぼくだって、言ってやる。

「――あなたは、ぼくの敵です」

沈黙が、しばらく続いた。
数えていないし数える気もならなかった。
数秒だったのか、それとも数分だったのか。もしかすると、一瞬にすら満たないかもしれない。
沈黙を打ち切ったのは、鳳凰さんの方だった。

『そうか』

ただそれだけの言葉を残すと、通話は再び玖渚に戻ったらしかった。
ぼくのあれが効いたかどうかはともかく、あれで怖じ気付くような人じゃないみたいだったし。
結局、ぼくは――玖渚を救えなかった、ってことになるんだろう。
《なるんだろう》じゃなくて、《なる》の方が正しいな。

『いーちゃん、随分な啖呵切ってたね。部分部分しか聞こえなかったけど、格好良かったよん』
「そいつはどうも」

それじゃあ、そろそろだな。
《縁》を切る瞬間が、やってくるわけだ。
この世とあの世で、いよいよぼくらは別たれる。
死後の世界なんて存在自体が戯言だけども。
こんな時ぐらいは――――そんな《幻想(ユメ)》を見たって、いいだろう?

「今度こそお別れだ。そして最後に、お前に言いたいことがある」
『奇遇だね。僕様ちゃんも、最後にいーちゃんに伝えておきたいことがあったんだよ』

ぼくは笑う。
玖渚も――友も笑ってくれていると信じて。
ぼくらは、その言葉を交わし合う。





「 「――――」 」






こうして、ぼくの世界は一つの終わりを迎えた。







† †

576終わりの始まり《後編》 ◆PKyKffdMew:2012/10/13(土) 21:58:39
「ふぅ」

通話を終えたぼくが、息と共に吐き出したのはそんな何てことのない言葉だった。
我ながら締まらない男だと思わないでもない。
だけど、もしシンキングタイムがあったってぼくはきっと、同じことを言ったんじゃないだろうか。
世界の終わり。あの男が追い求めたものは、ひょっとするとこういう感覚なのかもしれない。

「戯言、さん?」

心配そうな顔で、ずっとぼくを見ていた真宵ちゃんが口を開く。
その表情は、まさに何を言っていいのか分からない、というものだった。
声をどうかけたらいいのか分からない、とも言う。
幽霊も気を遣うんだと思うと少しだけ可笑しくなった。
心配しなくてもいいよ、真宵ちゃん。
ぼくは―――折れないから。
あいつに呪われたんだから。

「大丈夫だよ。―――ただ、一つの世界が終わっただけさ」

真宵ちゃんに分かってくれとは言わない。
でも、ぼくは世界が終わる瞬間を感じた。
確かに、ぼくらの住んでいる世界が終わる様子はどこにもない。
それ以前にまず、この殺し合いが終わる様子さえない。
想影真心――もとい《人類最終》を使った計画は、ぼくらが阻止した。
だからこれは、史上最小の、ぼくだけの世界の、ぼくだけの終わり。
誰にも危害を及ぼさずに、たった一つの言葉をもって終わるほど、ちっぽけな世界。
玖渚という存在の消失によって――ぼくの世界は終わった。
皮肉なもんだ。
世界の終わりを阻止した者が、世界の終わりを望んだものより先に《そこ》へと至る。
なんて、戯言――――。

「それじゃあ真宵ちゃん、電話をかけてくれ。ぼくも運転に戻るよ」
「え……でも、いいんですか?」

真宵ちゃんが戸惑う気持ちは当然だ。
目の前で人生の別れ話をしていたのに、すぐに立ち直れる人間なんて余程の冷血漢くらいだろう。
そう思われても構わない。
構わないけれど、ぼくはこの殺し合いを終わらせて、《生き延びる》。
たとえ何人をこの《無為式》で犠牲にしようとも、生き続ける。
そして、なるだけ生かす。
それがあいつの――玖渚友の最後に望んだことならば、ぼくがやることは決まっている。
戯言抜きで。ぼくはあいつの《呪い》に嵌まってやろうと思う。

「いいんだ。ぼくらに出来ることをするしかない――止まっていることほど無益なことはないよ」

言うなり、ぼくは車を再度発進させる。
ああ、時間にして数十分と経っていない筈なのに、このハンドルの感覚がいやに懐かしい。
携帯を真宵ちゃんに渡すと、あとは今まで通りに往くだけだ。
うん、ぼくはまだ使い物になる。
戯言遣いは、《青色サヴァン》を喪ってもまだ、やっていけそうだよ、玖渚。

「……戯言さん。何があったのか私には分からないし、こんなこと言える立場じゃないと思いますけど。戯言さんは、強いひとだと思います」

真宵ちゃんが、ぼくの方をしっかりと見つめてそんなことを言う。
その目には、つい数時間前までにはなかった、はっきりとした強い意志があるようだった。

「それは違うよ、真宵ちゃん。ぼくは誰より弱いんだ」

ぼくは誰より弱い。
これほどぼくを正確に表現できる自己紹介はないと思う。
肉体的に見れば、そりゃあ周りが化物じみてるから霞んでしまうけれど、ごく一般的な――それか、一般より少し上くらいのパラメーターだろう。
しかし、それでもぼくは弱い。
誰が何と言おうと、誰に叱責されようと―――弱いんだ、ぼくは。

577終わりの始まり《後編》 ◆PKyKffdMew:2012/10/13(土) 21:59:14
「じゃあ、戯言さんは弱いとしましょう。だったら、余計に貴方は凄い人だと私は思いますよ」

真宵ちゃんは引き下がらない。

「だって―――貴方は弱いのに、ちゃんと走り続けているじゃないですか」

戯言ってものだよ、それは。
ぼくはそう言おうとしたが、言葉が喉まで出かかったところで止めた。
根こそぎの物語。
玖渚友との死別。
二つを乗り越えたぼくに、何かしらの変化が起きていたのかもしれない。
そうじゃなくて、ただの気紛れだったのかもしれない。
それは誰にも分からない――ぼく自身にだって分からないことを、他の誰が知っているというのか。

「最初は怖いひとだと思いましたけど、戯言さんは――いい人です」

笑うその顔は、もういないぼくの《弟子》に似ているような気がした。
子供なのに、子供らしくない面を持っている。
ていうかファーストコンタクトの時の件についてはぼくなりに反省してる。
いくら何でも子供相手に、しかも初対面の相手にとる態度じゃどう考えてもなかった。
今こうして険悪じゃない関係を築けているのは、結構奇跡的なことだったり。


「だって、そうじゃなかったら―――あんな別れ方、できないと思うから」


―――ああ、そうかな。
ぼくはあいつに―――胸を張れる別れ方が、出来ただろうか。


ばいばい、玖渚。
楽しかったぜ。


【一日目/昼/F-3】
【戯言遣い@戯言シリーズ】
[状態]健康、精神疲労(中)
[装備]箱庭学園制服(日之影空洞用)@めだかボックス(現地調達)、巻菱指弾×3@刀語、ジェリコ941@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×2(うち一つの地図にはメモがされている)、ウォーターボトル@めだかボックス、お菓子多数、缶詰数個、
    赤墨で何か書かれた札@物語シリーズ、ミスドの箱(中にドーナツ2個入り)
[思考]
基本:「主人公」として行動したい。
 1:電話をかける
 2:―――ばいばい、玖渚。
 3:真宵ちゃんと行動
 4:できたらツナギちゃんと合流
 5:豪華客船へと迂回しつつ、診療所を経由し、ネットカフェ、斜道卿一郎研究施設 いずれかに向かう
 6:不知火理事長と接触する為に情報を集める。
 7:展望台付近には出来るだけ近付かない。
[備考]
※ネコソギラジカルで西東天と決着をつけた後からの参戦です。
※第一回放送を聞いていません。ですが内容は聞きました。
※夢は徐々に忘れてゆきます(ほぼ忘れかかっている)
※地図のメモの内容は、安心院なじみに関しての情報です。
※どこに電話をかけたかは、次の書き手さんにまかせます。
※玖渚友が殺害されたことを確信しました

578終わりの始まり《後編》 ◆PKyKffdMew:2012/10/13(土) 21:59:44
【八九寺真宵@物語シリーズ】
[状態]健康、精神疲労(中)
[装備]携帯電話@現実、人吉瞳の剪定バサミ@めだかボックス
[道具]支給品一式、 柔球×2@刀語
[思考]
基本:生きて帰る
 1:戯言さんと行動
[備考]
※傾物語終了後からの参戦です。
※真庭鳳凰の存在とツナギの全身に口が出来るには夢だったと言う事にしています。
※日之影空洞を覚えていられるか、次いで何時まで覚えていられるかは後続の書き手様方にお任せします
※掲示板の携帯IDはLyseDGhpです

† †


「終わったよん」

玖渚友は、通話を切るとやけに明るい声色でそう言った。
まるで親しい友人に話しかけるような口調を聞いて、まさか会話の相手がこれから自分を殺そうとしている相手だと思う者は居ないだろう。
現に彼女は、一切の恐怖を目の前の男――真庭鳳凰に対して抱いていない。
いや、正確に言うならば《死》そのものを、怖いと思っていない。
何故なら彼女の肉体は、生きていることが不思議なくらいの欠陥品なのだから。

「それで、僕様ちゃんを殺すんだっけ。いいよ、一思いにやっちゃって」

当の鳳凰も、彼女の様子を異常だとは感じていた。
一度は手を組んだ奇策士。
鳳凰自身の手で殺めた否定姫。
異常な女性といえば真っ先に浮かんでくる二人だが、それとはまた違う異常性だ。
どこから見ても幼児体型で、おまけに戦闘能力は殆ど皆無といっていい。
なのに―――彼女の物腰には、一切の恐れがないのだ。
暴力を振るわれることにも、もはや目の前にまで迫った死に対しても。
何も恐れず――ただ、笑う。
鼻が潰れ、歯が折れ、砕けて笑顔を見せる度に痛々しく口腔に隙間が覗く。
普通なら失神していてもおかしくはない。

「ま、最後にいーちゃんと話せたから満足だよ。我が生涯に一片の悔いなし」

鳳凰の時代から数百年後、とある漫画が生んだ台詞を使う玖渚。
しかしその台詞が引用だと知らない鳳凰はより混乱を極めるだけだった。
滑稽でさえあっただろう――真庭忍軍の事実上の頭が、これほどの困惑を示す様子は。
だがそれも仕方ない。
相手は《死線の蒼》――とびきりの異常(アブノーマル)なのだから。

「では」
「うにっ」

鳳凰は炎刀を使わずに、素手で終わらせることを決めた。
一撃で、この真庭鳳凰の心を乱す存在を消し去るためだ。
匂宮出夢の片腕――掲げて、降り下ろす。
最期の瞬間、玖渚友は一言を遺した。
その言葉の意味は、難解でも何でもない。
鳳凰どころか、この世に生きるほぼ全ての人間が理解できる、簡単すぎる辞世の句。

「だいすき」

首に凶器の腕が直撃する。
勢いのまま玖渚の下顎を吹き飛ばし、首の骨までも破壊した。
《死線の蒼》に与えられた終わりは呆気なく。
それ故に―――安らかな終わりを、サヴァンの少女に与えた。

579終わりの始まり《後編》 ◆PKyKffdMew:2012/10/13(土) 22:00:21
† †


「――化物め」

玖渚の死体を見下ろして、鳳凰は一言そう漏らした。
あの蒼色は、もう二度と動かない。
首があらぬ方向を向き、首の皮一枚で繋がっているような状態だ。
小柄な体躯に見合わぬ鮮血を吹き散らして、首の骨も間違いなく粉砕に近い状態で折れている筈。
下顎は吹き飛んで、数本の隙間が開いた歯がずらりと並んでいるのが確認できた。
間違いない。絶対に死んでいる。

「本当に、まともな輩の方が少ないのではないか………?」

鳳凰は溜め息混じりに呟いた。
ここまで来ると、もう溜め息しか出ない。
虚刀流の姉、口だらけの化物、橙色の破壊者、そして目の前の蒼色の死線。
何故真庭忍軍の方がまともに見えるのだ。

「やはり、厄介以上に面倒だな――願いを勝ち取るにしろ、それまでの過程が過酷すぎる」

だが止まれん、と鳳凰は付け足した。
真庭の里の復興。
その悲願は、ちょっとやそっとの壁で諦められるほど軽いモノではない。
どんな手段を用いようと、生き残れればそれで構わない。
しのびらしく、上手く立ち回っていかなければなるまい――鳳凰は一人、殺戮の現場を後にした。


脳裏に思い出されるのは、玖渚友が通話を切る前に言った言葉。
あの言葉を言った瞬間だけ、彼女が普通の少女に見えたのだ。


【一日目/昼/D-7斜道卿壱郎の研究施設】
【真庭鳳凰@刀語】
[状態]健康、精神的疲労(中)、疲労(小)
[装備]炎刀『銃』(弾薬装填済み)、匂宮出夢の右腕(命結びにより)
[道具]支給品一式×2(食料は片方なし)、名簿×2、懐中電灯、コンパス、時計、菓子類多数、輪ゴム(箱一つ分)、ランダム支給品2〜8個、「骨董アパートで見つけた物」、首輪×1、真庭鳳凰の元右腕×1
[思考]
基本:優勝し、真庭の里を復興する
 1:西へ向かう
 2:本当に願いが叶えられるのか――しかし、止まる訳にはいくまい。
 3:今後どうしていくかの迷い
 4:見付けたら虚刀流に名簿を渡す
[備考]
 ※時系列は死亡後です。
 ※首輪のおおよその構造は分かりましたが、それ以外(外す方法やどうやって爆発するかなど)はまるで分かっていません
 ※「」内の内容は後の書き手さんがたにお任せします。
 ※炎刀『銃』の残りの弾数は回転式:5発、自動式9発
 ※支給品の食料は乾パン×5、バームクーヘン×3、メロンパン×3です。
 ※右腕だけ《一食い》を習得しましたが、まだ右腕での力の細かい制御はできないようです



 ※D−7・斜道卿壱郎研究施設内部が一部破壊されています

580終わりの始まり《後編》 ◆PKyKffdMew:2012/10/13(土) 22:00:47
† †






「 「愛してるよ」 」






【玖渚友@戯言シリーズ 死亡】

581 ◆PKyKffdMew:2012/10/13(土) 22:01:18
投下を終了します。

582誰でもない名無し:2012/10/15(月) 18:24:53
仮投下乙です
玖渚の異常っぷりが素晴らしい
八九寺も着々とヒロインの道を歩んでますなあ
いーちゃんももっと取り乱すかと思ったけどなんとかなりそうで一安心

ですが、前話で出てたハードディスクの解析について何も言及されてなかったのがちょっと気になったかな…

583管理人 ◆VxAX.uhVsM:2012/10/23(火) 23:36:24
仮投下から一週間以上経ち、◆PKyKffdMew氏の反応がない状態が続いています。
指摘点もある状態で投下をするわけにもいかないので、10月24日の0:00より7日間反応がなかった場合は破棄とさせていただきます。
もし破棄されても他の書き手さんに予約が取られてなかった場合は破棄された日にちから1週間後に再予約可能としたいと思います。

584誰でもない名無し:2012/10/24(水) 15:57:08
age

585 ◆0UUfE9LPAQ:2012/12/03(月) 14:42:50
連投規制くらったのでこちらに

586 ◆0UUfE9LPAQ:2012/12/03(月) 14:43:07
それと同時に、船の影に入る。
こんな時間だと、影ってほぼないんだけどね。
ちょっとだけ更に歩くことになるけどこれは気分の問題だ。

「放送は船の中で待とうか。冷房もきいているだろうし」
「そうですね、さざれ言さん」
「ぼくは別に国歌の歌詞にあるような小石じゃないからね」
「失礼、噛みました」
「違う、わざとだ」
「噛みマスター」
「ぼくはまだ噛まれマスターになった覚えはないよ」

そもそもなんだよ、噛まれマスターって。


【一日目/昼/G-2 豪華客船】
【戯言遣い@戯言シリーズ】
[状態]健康
[装備]箱庭学園制服(日之影空洞用)@めだかボックス(現地調達)、巻菱指弾×3@刀語、ジェリコ941@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×2(うち一つの地図にはメモがされている、水少し消費)、ウォーターボトル@めだかボックス、お菓子多数、缶詰数個、
    赤墨で何か書かれた札@物語シリーズ、ミスドの箱(中にドーナツ2個入り)
[思考]
基本:「主人公」として行動したい。
 0:放送を待つ
 1:真宵ちゃんと行動
 2:玖渚、できたらツナギちゃんとも合流
 3:豪華客船を探索して、診療所を経由し、ネットカフェ、斜道卿一郎研究施設 いずれかに向かう
 4:不知火理事長と接触する為に情報を集める。
 5:展望台付近には出来るだけ近付かない。
[備考]
 ※ネコソギラジカルで西東天と決着をつけた後からの参戦です。
 ※第一回放送を聞いていません。ですが内容は聞きました。
 ※夢は徐々に忘れてゆきます(ほぼ忘れかかっている)
 ※地図のメモの内容は、安心院なじみに関しての情報です。
 ※携帯電話から掲示板にアクセスできることには、まだ気が付いていません。
 ※携帯電話のアドレス帳には零崎人識のものが登録されています。
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました。


【八九寺真宵@物語シリーズ】
[状態]健康、精神疲労(小)
[装備]携帯電話@現実、人吉瞳の剪定バサミ@めだかボックス
[道具]支給品一式(水少し消費)、 柔球×2@刀語
[思考]
基本:生きて帰る
 0:放送を待つ
 1:戯言さんと行動
[備考]
 ※傾物語終了後からの参戦です。
 ※真庭鳳凰の存在とツナギの全身に口が出来るには夢だったと言う事にしています。
 ※日之影空洞を覚えていられるか、次いで何時まで覚えていられるかは後続の書き手様方にお任せします





結論から言えば、りすかは意識を取り戻していた。
電話の着信音で目を覚ましていたが、二人は電話に気を取られ、気づかれることはなかったらしい。
手足を拘束されていて、しかもカッターナイフも手元になかったため、起きているのを悟られないように情報収集に努めるしかなかった。
話を聞く限り、今すぐ殺すつもりはないらしく、しかもこれから移動させられるようなので創貴と会えるチャンスが広がると思いあえて寝たふりを続けていたのだが、感づかれてしまったようだ――

587 ◆0UUfE9LPAQ:2012/12/03(月) 14:43:36

「あんたが十中八九曲識のにーちゃんを殺したのは見当ついてるんだ」

人識は目を閉ざしたままのりすかに告げる。
起きていようが寝ていようが同じことだと言わんばかりに。

「まず最初におかしいと思ったのが兄貴のデイパックが2つあったことだ。
 もちろんそれだけならなんもおかしくねえ、どっかの誰か殺してぶんどったのかもしれねえしな。
 ただし、中に地図やら食糧やらの『全員に共通で支給されたものが入っている袋』がなければ話は別だ。
 地図や名簿はともかく、食糧やら水はあった方がいいに越したことはないからな。
 つまり、兄貴は2つ目のデイパックをどっかから拾ってきたんだ。
 それがどこかなんて確かめるまでもねえ、曲識のにーちゃんのとこに決まってる。
 そしてあんたはどうなんだろうな。
 兄貴の前じゃやりにくいからさっき確認させてもらったが、一つの袋の中に二人分のが入ってる。
 なんでわざわざそんなことをしたのかと思ったが中身見て納得したよ。
 片っぽの食糧がカップ麺だったんだもんな。
 お湯がない状態でそんなもんもらっても食えるわけがねえ、だからあんたは食糧をいただいたんだ。
 食糧が入っている袋ごと水やら地図やらもな。
 しかしだとすると疑問が残る。
 どうして武器まで持っていかなかったのかってな。
 中に入っていたのが自分には使えないものだったから?
 それにしたって糸はともかくハンマーは立派な凶器だ、他の人に渡る可能性を残すより自分で持って行った方がいいだろ。
 そんでもってあんたが持ってた武器らしい武器はあの時に持ってたカッターナイフだけだ。
 つまりあんたは隠し玉らしい隠し玉がなければあのカッターだけで曲識のにーちゃんを殺したということになる」

いつしか容疑者から犯人と断定されていることにりすかは気づかない。
人識の話に呑まれていってしまっている。
もちろん、りすかに反論の余地は残されているのだが、創貴がいない今りすかが人識を相手に会話を成立させらるかというと、難しい話。

「だがそんなもん俺には関係ねえ」

しかし相変わらずりすかの反応を気にせず続ける人識。

「あんたが曲識のにーちゃんを簡単に殺せる力を持っていようが持っていまいがそんなの知ったこっちゃねえんだ。
 そもそも零崎なら『かもしれない』ってだけで十分殺す理由になる。
 俺があんたを殺さないのは人類最強がこの会場にいるから、ただそれだけだ。
 出夢のときは手加減なんてできるわけねーから結果的に殺しちまったけどな。
 基本的にナイフしか俺は使わねーけど殺すだけなら簡単にできるんだぜ?
 例えば、俺が今持ってるこのナイフで刺し殺せる。
 日本刀を使えば斬り殺せる。
 この手を使えば縊り殺せる
 曲絃糸を使えば絞め殺せる。
 拳銃を使えば撃ち殺せる。
 ハンマーを使えば殴り殺せる。
 青酸カリの毒を盛って殺せる。
 シュッレッダー鋏を使えば刻み殺せる。
 兄貴からくすねた手榴弾を使えば爆ぜ殺せる。
 兄貴に協力してもらえばトラックで轢き殺せる。
 同じようにトラックで圧し殺せる。
 ガソリンぶっかけて火をつければ焼き殺せる。
 ざっと手持ちの道具だけでこれだけ方法があるんだ、殺しても死なないやつはいても殺し続けて死なないとは限らねえ――っと」

話を中断した人識は突如鳴りだした携帯電話を触る。
自分の方を見ていないと判断したりすかは薄目を開けて気づかれないように周囲の状況を確認しようとした。
しようとしたことを激しく後悔することになる。

見て、しまったから。

携帯電話の画面を見る瞳に存在していたから。
まるで、この世の混沌を全てない交ぜにしてぶち込み煮詰めたような、奇妙に底のない闇を。

588 ◆0UUfE9LPAQ:2012/12/03(月) 14:45:16
闇を刻み込んだような、深い眼を。
神を使い込んだような、罪深い瞳を。
瞬間に理解してしまう。
さっき言っていたことは本当なのだと。
血が流れない手段で殺されてしまえばあっけなく自分が終わりを迎えてしまうことを。
恐怖で、目を瞑る。
が、更に追い打ちをかける言葉を聞いてしまう。

「『もしツナギという小学校高学年くらいの女の子を見かけたらぼくたちは豪華客船にいると伝えてくれ』、ね……」

仲間の名前を聞かされて思わず体が反応してしまう。
手がぴくり、と動いたのを人識は見逃さなかった。

「ふーん、こいつはそのツナギってのと知り合いなのかね。まあどっちでもいいんだけどよ」

どっちでもいい、というのはまさしく額面通りである。
これ以上真偽を追及するつもりはないらしく、慣れた手つきで戯言遣いからのメールに返信していく。
関係するかもしれないとわかった時点で殲滅の対象に入るのだから。
そして、携帯電話をしまうと同時に液体の入った小瓶を取り出し、りすかに告げる。
逃げ場はないと言い聞かせるように。

「何かできるとは思えねーけど、一応警告しておく。
 少しでも怪しい素振りを見せたらこいつを飲ますか嗅がすかする。
 2年くらい前に俺自身が身を以て体験したからわかるが拷問にはうってつけのもんだよ。
 何せ、自分の意思で体は一切動かせないのに感覚ははっきり伝わってくるんだ。
 反射行動を取ることすら許されない、相手にされるがまま、なんてのはどういう気分なんだろうな。
 ま、俺が説明してやることもできなくはねーけど、それは実際になってからのお楽しみってことで」

目をとじたままのりすかの眼前で小瓶を軽く振り、音で中身があることを示すと再びデイパックにしまう。
りすかは動かない、否、動けない。
かつて渡瀬記念病院でツナギと初めて相対したときと同じかそれ以上に恐怖してしまっている。
本来なら遅れをとることなどまずない魔法を使えない一般人に対して。

(キズタカ……早く会いたいの……)

声にならない思いは届かない。

一方で人識もりすかに聞かれているだろうことをわかって呟く。

「ま、今の状況なら簡単に逃げ出せるんだけどそれが原因で兄貴に死なれるなんてことになったら寝覚め悪いし最後まで付き合ってやるか」

今度こそ独り言を。

「兄貴の足手まといになるのだけは――ごめんなんだ」

気まぐれな彼にしては珍しく、ぶれることのない本音を。
トラックは走り続ける。

589 ◆0UUfE9LPAQ:2012/12/03(月) 14:45:39
【一日目/昼/C-4】
【零崎人識@人間シリーズ】
[状態]健康、腹八分目
[装備]小柄な日本刀 、グリフォン・ハードカスタム@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×5(内一つの食糧である乾パンを少し消費、一つの食糧はカップラーメン一箱12個入り)、医療用の糸@現実、千刀・ツルギ×2@刀語、七七七@人間シリーズ、
   奇野既知の病毒@人間シリーズ、携帯電話@現実、手榴弾×1@めだかボックス、青酸カリ@現実、S&W M29(6/6)@めだかボックス、大型ハンマー@めだかボックス
[思考]
基本:兄貴の違和感の原因をつきとめる
 1:兄貴の信用を得るまで一緒に行動する
 2:時宮時刻と西東天に注意
 3:ツナギに遭遇した際はりすかの関係者か確認する
 4:事が済めば骨董アパートに向かい七実と合流して球磨川をぼこる
 5:哀川潤が放送で呼ばれれば殺人をしないつもりはない
[備考]
 ※曲絃糸の射程距離は2mです。
 ※曲絃糸の殺傷能力(切断・絞殺など)は後の書き手さんにおまかせします。
 ※りすかが曲識を殺したと考えています。
 ※携帯電話の電話帳には戯言遣いが登録されています。
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました。


【零崎双識@人間シリーズ】
[状態]健康、腹八分目、悪刀・鐚の効果により活性化
[装備]箱庭学園指定のジャージ@めだかボックス、カッターナイフ@りすかシリーズ、軽トラック@現実
[道具]支給品一式(食糧の弁当9個の内3個消費)、体操着他衣類多数、血の着いた着物、カッターの刃の一部、手榴弾×2@めだかボックス
[思考]
基本:家族を守る
 0:クラッシュクラシックに向かう。
 1:目の前の零崎人識を完全には信用しない
 2:りすかが目覚めたら曲識を殺したかどうか確認する
 3:他の零崎一賊を見つけて守る
 4:零崎曲識を殺した相手を見付け、殺す
 5:真庭蝙蝠、並びにその仲間を殺す
[備考]
 ※他の零崎一賊の気配を感じ取っていますが、正確な位置や誰なのかまでははっきりとわかっていません
 ※現在は曲識殺しの犯人が分からずカッターナイフを持った相手を探しています
 ※真庭蝙蝠が零崎人識に変身できると思っています
 ※鐚の制限は後の書き手さんにお任せします


【水倉りすか@りすかシリーズ】
[状態]手足を拘束されている、零崎人識に対する恐怖
[装備]無し
[道具]無し
[思考]
 基本:まずは、相棒の供犠創貴を探す。
 1:この戦いの基本方針は供犠創貴が見つかってから決める。
 2:――――――?
[備考]
 ※新本格魔法少女りすか2からの参戦です。
 ※治癒時間、移動時間の『省略』の魔法は1時間のインターバルが必要なようです。(使用可能)
  なお、移動時間魔法を使用する場合は、その場所の光景を思い浮かべなければいけません。
 ※大人りすかについての制限はこれ以降の書き手にお任せします。

590 ◆0UUfE9LPAQ:2012/12/03(月) 14:46:05
支給品紹介

【携帯電話@現実】
病院坂迷路に支給。
普通の携帯電話。
櫃内様刻のものと同じく登録情報(電話番号・アドレス)以外のデータは入っていない。

【奇野既知の病毒@人間シリーズ】
病院坂迷路に支給。
小瓶に液体状で入っており、気体にして拡散させれば原作と同じ症状を引き起こす(制限により持続時間は20分)。
そのまま全量を被験者に投薬すれば永遠の眠りに導くこともおそらく可能。

【S&W M29@めだかボックス】
零崎人識に支給。
通称マグナム44、装弾数6発の回転式拳銃。
発砲したときの反動が凄いため片手で撃つのは多分不可能。
宗像君はどうやって撃つつもりだったんだろうか。

【手榴弾@人間シリーズ】
零崎双識に支給。
ベリルポイントお手製の手榴弾、3個入り。
自爆用だったことから考えるとおそらく爆風で狭い範囲を殺傷するコンカッションタイプ。

【青酸カリ@現実】
零崎双識に支給。
小瓶に粉末状で入っている。
致死量を超えて投与した場合、適切な処理をしなければ15分以内に死亡させる。

【軽トラック@現実】
零崎双識に支給。
一般的な白の軽トラ。

【大型ハンマー@めだかボックス】
零崎曲識に支給。
宗像君は片手で一本ずつ持っていたけど実際同じことをやろうとしたらかなり筋力がいるはず。
宗像君凄い。

591 ◆wUZst.K6uE:2012/12/16(日) 13:04:26
予約分仮投下させて頂きます

592 ◆wUZst.K6uE:2012/12/16(日) 13:06:55

 場所はD-7、竹取山の中腹。
 竹林の中を音もなく歩きながら、真庭鳳凰は己の弱さについて思考していた。
 鳳凰は、自分が弱いことを自覚している。自覚しているからこそ本来敵対すべき虚刀流とも手を組み、強者との戦いにおいては常に迷わず逃げを選択している。
 忍法にしてもそうだ。鳳凰の使う忍法のひとつである忍法命結びは、いわば強者から力を借り受けるための術である。
 他人の肉体を、才能を、強さを、己が命に結び、使用する技術。
 自身の弱さを知るがゆえに。
 弱さを補い、繕うことにためらいを持たない。
 それこそが逆説、自分の強さでもあると思っている。

 しかし――――

 虚刀流をはじめ、その姉、鑢七実。
 黎明のころに出会った、全身に口を纏った異形の少女。
 建物を素手で破壊して見せた、橙色の髪をした怪物。
 仮に鳳凰がこの先、忍法命結びにより多くの参加者からその「強さ」を奪い、自分のものにしていったとして。

 いったいどれほどの「強さ」を身に纏えば、あんな連中に勝てるというのだろうか――?

 「……いかんな」

 こんな思考に答えなどでるはずがない。獲らぬ狸の皮を数えるほうがまだ有意義だ。
 思い返すに、自分はこれまで思考ばかりにふけっているような気がする。
 この闘いについて、真庭の里について、他の頭領について、自分自身について。
 答えが出ないとわかっていても、堂々巡りになると理解していてもなお、鳳凰は思考を巡らせ続ける。
 まるで義務のように。

 「これもまた、我の弱さといえるのかもしれぬな……」

 自嘲するように鳳凰はつぶやく。
 常に思考ありきの行動。常に理由ありきの決断。
 頭領という組織をまとめるための立場としては、その在り方はむしろ正しいのかもしれない。
 真庭の里には人格破綻者が多い。鳳凰が何も考えずに動くような人間であったなら、真庭の里の凋落は冗談でなく早まっていただろう。
 だが、もしも自分が。
 虚刀流のように、ただの刀として。
 あの橙色の少女のように、ただの化け物として。
 何も考えず、『ただ、そうであるように』闘うことができたとしたら。

 「……土台、我には無理なことであろうがな」

 これはもう、自分にとって性のようなものなのだろうと思う。
 何の思考も、何の計算もなく行動する自分など、もはや自分とすら思えぬ。その時こそ鳳凰は、本当の意味で弱くなるだろう。
 だからこそ鳳凰は思い、考える。
 自問自答し、堂々巡りをする。

 真庭鳳凰として生き残るために、思考する。

 「我思う、ゆえに我あり――か」

 偶然か否か。
 鳳凰が知るはずもない哲学者の台詞を吐きつつ、懐から方位磁石を取り出す。
 向かう方向は間違ってはいない。このまま歩けば、まもなく目的の場所――斜道卿壱郎研究所にたどり着くだろう。
 歩きながら、次なる目的地について思考しようとしていた、その時。


 真庭鳳凰は、狐面の男と出会った。

593 ◆wUZst.K6uE:2012/12/16(日) 13:08:07
 


  ◆  ◆  ◆


 「よう――真庭鳳凰」

 その男は、まるで気の置けない親友にでも出会ったかのような、この場にまるでそぐわぬ気軽さで声をかけてきた。

 「ようやく『二人目』か。電話のあいつを加えれば三人目なんだろうが、どちらにせよペースとしては遅いんだろうな……まったく先が思いやられるぜ。
まあ何にせよ『始めまして』だ。お見知りおき願うぜ、鳳凰」

 死装束のような白い着流しに、狐の面。
 酔狂な出で立ちのその男は、自分の名も名乗らぬままに、そこまでを一息にまくし立てる。

 「……なぜ、我の名を知っている」

 冷静に問いつつ鳳凰は、目の前の相手を観察する。
 長身だが、体格が良いとも言い難い細身の身体。まるで構える様子もなく、ただ身体の前で腕を組んで立っている。狐の面に隠され、表情はまるで見えない。
 よく見ると男の陰に隠れるようにしてもうひとり、洋装に身を包んだ少女がたたずんでいた。
不安げなように見えるが、怯えているようにも見えない、曖昧な表情で鳳凰のことを見ている。
 二人とも武器を隠し持っている様子はない。鑢七実のように相手のすべてを見通すことこそできないが、鳳凰とてしのびとしての観察眼はある。
武器を隠し持っていたとしたら、小刀一本でも看破する自信はある。
 武術の心得があるようにも見えぬ。
 そもそも、闘おうという気配そのものがない。

 (ただの素人――――か)

 鳳凰は目の前の二人に対して、そう結論付ける。
 かといって、油断する気など毛頭ない。
 あくまで慎重に、冷静に、冷酷に――――
 観察し、思考する。
 
 「ふん」

 狐面の男は鳳凰の問いには答えず、ただ小馬鹿にしたような笑いを漏らし、「他の『真庭』は、お前の兄弟か何かか」などと逆に問うてくる。

 「名簿を見た限りでは、たしか全部で四人いたのだったか。早々に二人も脱落していやがるから、正直もう全員くたばっちまったんじゃないかと危惧していたんだが――
まあ、とりあえず一人だけでも生きているうちにこうして出会えただけ僥倖といったところか」

 お互い運がよかったな、鳳凰――と。
 受け取りようによっては挑発とも取れる台詞を、男は言う。

 当然、そんな安い台詞に心を乱されるほど鳳凰は未熟ではない。むしろ後ろにいる少女のほうが、男の不躾な言動に焦ったような顔をしている。
 
 「我は――我らは、真庭忍軍という」

 鳳凰はあえて男に応じる。

 「尾張幕府に仕える、暗殺専門のしのび集団――それが我らだ。真庭というのは単なる集団名にすぎぬ。名簿に載っている我以外の三人は、我と同じく頭領という立場にいる者たちだ」

594 ◆wUZst.K6uE:2012/12/16(日) 13:09:11
 
 今はすでに里ごと抜け忍になっていることなど、明確な説明はすべて省く。詳しく話したところで、鳳凰にとって得になることなど何ひとつない。

 「ようするに忍者か。なるほど、『頭領』ね。ふぅん…………」

 じろじろと、仮面の上からでもわかるほどに遠慮のない視線を鳳凰へと向けてくる狐面の男。
 向こうもまた、鳳凰のことを観察しようとしているのだろうか。

 「……………………」

 この二人について鳳凰は、ひとつだけ気にかかっていることがあった。
 鳳凰がいままでに出会った相手は、すべて鳳凰のほうから先に相手を発見し、(一人の例外を除いて)すべて鳳凰のほうから能動的に接触をはかった相手ばかりである。
こちらから接触を回避しようと思えば、ほとんどの相手は鳳凰の姿すら見ることはなかっただろう。
 この二人は違う。
 向こうのほうが先に気づき、向こうのほうからわざわざ接触を図ってきたのだ。
 いや、先に相手の姿を視認したのは鳳凰のほうが先だったかもしれない。
しかしこの二人はまるで、鳳凰がこの場所にいることがあらかじめわかっていたかのように、まっすぐ鳳凰のいるほうへ歩いてきたのである。
 自分の名前を知っていたことといい、こいつらには「何か」がある。
 その「何か」を知らぬかぎり、気を緩めるわけにはゆかぬ――そう鳳凰は思った。

 「ところでその、お前以外の『真庭』についてなんだが――」
 「待て、我からも問おう。お前は我の名を知っているようだが、我はおぬしらの名を知らぬ。そろそろ名前をきかせてもらおうか。それから先程も問うたが、なぜ我の名を知っている」
 
 訊かれてばかりでは割に合わぬ。主導権を握るためにも、鳳凰は毅然と問う。

 「ふん、無意味な質問だな」

 そんな心情を無視するかのごとく、狐面の男はただ嘲笑う。

 「俺の名前など、この場では何の意味も持たん。お前の名にしても同じことだ、鳳凰。
俺としてはたまたまお前の名を知る手段があったから、便宜的にその名で呼んでいるだけに過ぎん。
俺のことを呼びたければ、お前のほうで適当な記号をつけて好きに呼べばいい。名前とは本来、その程度のものでしかないのだからな」
 「あ、僕は串中弔士です」

 男の後ろで少女が控えめに名乗る。見た目より低い、少年のような声だ。
 男の傍若無人な言動にもはや気が気でないといった様子である。
 どうやら少女のほうは、男と違って常識はあるらしい。

 「……わかった、では名は訊かぬ」

 少し考えた末、鳳凰は譲歩することにした。
 おそらくこの男に迂遠な訊き方は通用するまい。より一層迂遠な言い方ではぐらかされるだけだ。
 ふいに、尾張幕府に仕える二人の鬼女のことが頭に浮かぶ。
 傍若無人な物の言い方といい、小馬鹿にしたような笑い方といい。
 この男はもしかすると、あれらと同じ種類の人間であるかもしれない。だとしたら色々な意味で厄介だ。

 「では代わりに、おぬしの目的を問おう。なぜわざわざ、我のところへ会いに来た」
 
 『なぜ自分のいる場所を把握していたのか』という質問も言外に含んでおく。重要なのは目的よりも手段のほうだ。

595 ◆wUZst.K6uE:2012/12/16(日) 13:09:51
 
 もしも自分だけでなく、参加者すべての居場所を把握できるような手段をこの二人が得ていたとしたら、それは是が非でも手に入れておきたい情報である。
 それがこの二人のうちどちらかの持つ『能力』によって得られる情報であったなら、鳳凰にとっては願ったりだ。
その場合、今の自分の『両腕』と同じく、この場で奪い取ってしまえばいいのだから。

 ――この右腕の試し斬りにも丁度良い。

 どちらにせよ、これからこの二人をどうするのか腹の中ではとうに決めている。
 この男が口を割らなかったとしても、今の鳳凰には忍法記録辿りがある。所持品を片端から探っていけば、この二人の持つ情報源も容易に特定できるだろう。
 生かして得になる要素があるとは思えぬ。気まぐれで見逃した結果、後になって足元をすくわれる可能性のほうがむしろ多い。
 今ならば、赤子の手を捻るように殺せる。
 仏心などこの場では無用。
 殺せる相手は、殺せるうちに殺しておかねば――――


 「駄目だな」


 唐突に。
 何の脈絡もなく、狐面の男はそう言った。

 「お前は駄目だ、真庭鳳凰。俺が求めているのは、お前のような奴ではない」
 「…………?」

 言っている意味がわからない。
 言葉が意味不明なのは今までと同じかもしれないが、なんというか、本当に何かを残念がっているように見える。
 男の口調から、鳳凰はそんな印象を持った。

 「駄目――とはどういう意味だ」
 「だから、お前にわざわざ会いに来た理由だよ。実を言うと、俺はお前を仲間に誘うために遠路はるばる――――いや遠路というほどでもないが、とにかくこうして会いに来たわけだ。
そして実際に会ってみた結果、お前はどうやら期待外れだということがわかった。
残念だが、お前を仲間に入れてやることはできん。時間をとらせて悪かったな、鳳凰」
 「な――――」

 仲間――――だと?
 この状況で、鳳凰に対して「仲間に入れてやる」などと――――。
 ここはむしろ、命乞いをする場面ではないのか。

 「お前が忍者だって聞いたときにピンと来たんだが――鳳凰。もしかしてお前の名は、ほかの誰かから受け継いだものなんじゃないのか。
たとえば先代の『真庭鳳凰』ってのがいて、そいつの名前と立場をお前が継承した――とか」
 「……………………」
 図星だった。
 「だとしたら――――何だというのだ」
 「くだらない、と言っている」

 きっぱりと、狐面の男は言い放つ。

 「さっき名前など記号に過ぎないと言ったが、お前はそれ以下だな、鳳凰よ。お前のそれはお前自身の記号ですらないだろうが。
お前は他人の名前を、役割を、ただ受け継いで――否、続けているだけだ。他人の続きを続けているだけだ。
そんなどうでもいい物にこだわっている奴に、己自身の役割など果たせるわけがない。他人のために――他人のためだけに、捨て駒か噛ませ犬として果てることが精々だろうな」

 「…………!」
 男の言葉に、鳳凰は初めて――――揺れる。

596 ◆wUZst.K6uE:2012/12/16(日) 13:10:55
 
 「お前が自分の意思で、自分の意志で誰かの代わりをやっているというなら、まだ救いもあったんだがな。その程度の勘違いは、まあ誰にでもある」

 勘違い――だと?

 「俺の見るかぎり、お前はもはやそういうものとして生きることを宿命付けられている存在のようだな。誰かに続き、誰かを続け、誰かに続けさせることしかできない運命、といったところか。
どこまでも代用品であり、どこまでも代理品でしかない。実に取るに足らない存在だ」
 「ざ…………戯言を」
 「『戯言を』、ふん。まあ否定はしないな。あまねくこの世に存在する言葉はすべて戯言でしかないのだからな……しかしこれだけは言っておくぜ、鳳凰――」




 「――お前の代わりなど、掃いて捨てるほどいる」




 だからお前は駄目だ――と。
 男は鳳凰の役割を、意志を、存在理由を。
 真正面から、否定してみせた。

 「…………狐さん」

 少年のような声の少女が、心底呆れたという様子で男に言う。

 「初対面の人に向かって、駄目とか言っちゃあ駄目ですよ。失礼じゃないですか」
 「ああん? そう思ったんだから仕方ねえだろうが……言っておくが、別にこいつが能力的に劣等だと言っているわけじゃねえぞ。
ただこいつには、物語の主たる部分に関わる力が――役割が与えられていないというだけのことだ。どれだけ力が強かろうが、本筋に影響のない強さなど俺の求めるところではない」
 「意味わかりませんよ。とにかく謝ったほうがいいですって」
 「ふん、誤ってもいないのに謝る筋合いなどない」
 「何言ってんですか。うまいこと言ったつもりですか」

 もはや鳳凰は蚊帳の外である。
 会った当初と比べ、明らかに興味を失っているのが雰囲気として伝わってくる。

 突然、数時間前に自分が殺した女の末期の言葉が脳裏によみがえる。


 ――あなたの夢を否定する。
 ――現実しかないと否定する。
 ――否定して否定して否定する。
 ――何も叶いやしないと否定する。
 ――ただ無意味なだけだと否定する。
 ――ご都合主義なんてないと否定する。
 ――今のあなたの思考すべてを否定する。
 ――否定して――否定して否定して――否定して否定するわ。


 あの女が言うのであれば、まだわかる。
 否定が服を着て歩いているような女なのだ。
 しかし――なぜこの男が。
 出会って暇もないこの男が、なぜこうも堂々と鳳凰のことを否定できる……?

 「他の『真庭』――生き残っているのが確か蝙蝠とかいったか。居場所がわかればそいつにも会いに行こうかと思っていたんだが……
この具合だと、他の連中も似たり寄ったりの可能性が高いな。ふん、会いに行くだけ時間の無駄か」

 男は今度こそ、挑発としか取れぬ台詞を吐いた。

597 ◆wUZst.K6uE:2012/12/16(日) 13:12:31
 
 「そこまでだ」

 静かな、しかし重く響くような声に、あたりの空気がにわかに張り詰める。
 声に混じる怒気が意図的なものか本心からのものなのか、鳳凰自身にもわからなかった。

 「我のみならばまだしも、今の言葉はすべての頭領――ひいては真庭の里そのものを侮辱するものとして受け取らせてもらう。
貴様のような行きずりの者にそんな発言を許すほど、我は心優しい人間ではない」

 そうして鳳凰は、ゆっくりと右手を構えて見せる。
 数刻前に付け替えたばかりの、凶々しいほどの力を持ったその右腕を。
 その『強さ』を、見せ付けるかのように。


 「ふん、そりゃ出夢の腕か」
 「――――――――」


 男の言葉に、鳳凰はしばし絶句する。

 「なるほどね。忍者というからどんな忍法を使うのかと思っていたが、他人のパーツを自分の体に接合する術ってわけだ。
ふん、出夢の奴、早々に死んでいるかと思えば腕まで奪われていやがるとはな。あの『人喰い』がこいつ程度に殺られたとは思えんが、不憫としか言いようがないな」

 ……………………。
 忍法命結びを――見抜いている?
 実際に、この腕を繋ぐところを見られていたのか? 
それはない。あのときに限らず、自分は常に周囲の気配に注意を向けている。近くに誰かがいたとしたら――いや、
仮に遠眼鏡を使ったのだとしても、その視線に気付かぬほど鳳凰の感覚は温くない。
 だとしたらたった今、この腕を見て理解したというのか。
 たとえこの男がこの右腕の持ち主と見知った関係だったのだとしても、その腕が今、鳳凰の右腕として機能しているというこの現象を、こうも当たり前のことのように。

 我の――――俺の忍法を。
 まるで、取るに足らないものであるかのように。

 「しかし鳳凰。お前、そんなふうに他人の腕を体に引っ付けて、まさか新しい強さを手に入れた気になっているんじゃあるまいな。
そりゃあいくらなんでも滑稽だぜ。
いくら自分の体に他人の体を付け加えたところで――いくら自分の身体を放棄したところで、それは匂宮出夢という他人の強さであって、お前の強さではない。
虎の威を借るってんならまだしも、虎の腕を自分に引っ付けて歩く狐なんぞ喩え話にも笑い話にもならん」
 「……………………い、」
 「捨て駒は捨て駒らしく、噛ませ犬は噛ませ犬らしく、おとなしく己の役割に甘んじておけ。運命は受け流すものであって、逆らうものではない。
お前も頭領を名乗るのならば、先に逝った仲間たちを見習ったらどうだ。
 
 そいつらのほうがよっぽど、己の『運命』を享受したと言えるぜ」


 「いい加減にしろ!!」


 鳳凰はついに激昂した。
 まるで自分らしくもなく。
 計算も思惑も、恥も外聞もなく、ただ叫ぶ。


 「黙って聞いていれば『運命』などと! そんな妄言に我が付き合うとでも思うか!
 貴様が我の――我らの何を知ってそんな口を利く! 真庭の名は貴様のような愚か者がやすやすと侮辱してよいほど軽いものではない!
 役割だ記号だ物語だと、繰り言を連ねるのも大概にしておけ!!」

598 ◆wUZst.K6uE:2012/12/16(日) 13:14:00
 
 なぜ自分がこんなにも激怒しているのか、自分自身でもわからない。
 こんな狂人の言うことなど、すべて戯言と聞き流してしまえば良いはずなのに。
 なぜこうも、こんな男のこんな言葉が。
 なぜこんなにも、俺の内側を侵食する――!

 「そう怒鳴り散らすなよ、鳳凰。大の大人がみっともねえ。まったくそんなことだから――」

 言い終わる前に、鳳凰は跳んでいた。
 男との距離を、一歩分の跳躍で一気に詰める。
 そしてその長い右腕を、まさかりのように大きく振りかぶって――――

 「――――そんなことだから、お前は弱いんだ、鳳凰」


 男の脳天へと、力任せに振り下ろした。





  ◆  ◆  ◆





 「…………っ!?」

 振り下ろした――つもりだった。
 狐面の男は、相変わらず平然と鳳凰のことを見ている。立っていた場所から微動だにしていない。
 いや、微動だにしていないのは狐面の男だけではない。
 鳳凰の右腕もまた、振り上げた状態のまま動いていなかった。
 正確に言うなら、動かせなかった。

 「な…………何をした」
 「『何をした』。ふん、何もしてねえよ」

 男はまた、小馬鹿にしたように笑う。
 右腕はすでに、狐面の男の頭上にある。このまま振り下ろせば、男の頭部はこの世から消え去るだろう。
 しかし鳳凰がどれだけ力をこめようと、まるで空中に縫いとめられたかのように、右腕はぴくりとも動かない。
 予想外の事態に、鳳凰は動揺する。

 「どうした、その『腕』を使わないのか? せっかく死人から掠め取った右腕だろうが。試せよ」
 「く――――っ!」

 ならばと、今度は左腕を振り上げる。
 鳳凰の手刀は人間の身体を裕に切り裂く。こんな無防備な相手ならば、左腕だけでも十分こと足りる。
 はずだった。

 「…………!? な…………っ!?」

 びくん、と。
 どれだけ力をこめても動かなかったはずの右腕が、今度は勢いよく動き出す。
 鳳凰の意思と無関係に、痙攣するようにがくがくと。
 とっさに左手で右腕を押さえつけるが、まるで震えが止まる気配はない。
 あまりのことに、鳳凰は反射的に後ろへと飛び退き、狐面の男をにらみつける。

 「貴様――何をした!」
 「だから何もしてねえよ。俺はな」

 欠伸でもしそうなほど余裕綽々に、狐面の男は言う。
 確かに――この男が何かをした気配はなかった。この至近距離で何か仕掛けようものなら、どんな微細な動作でも見逃すはずはない。
 ならば、後ろの少女の仕業か?
 男の言葉に気を取られている隙を付いて、少女――串中弔士が何かしたとでも言うのか。

599 ◆wUZst.K6uE:2012/12/16(日) 13:15:15
 
 それも考えられない。男との会話に気を引かれていたことは否定しないが、それでも少女への注意を怠っていたわけではない。
実際、少女は男の後ろで「何が起こっているのかわからない」というふうに困惑の表情を浮かべている。
 どちらにせよ、こんな現象を引き起こすほどの『何か』を仕掛けたのだとしたら、自分がそれに気付かぬはずがない――!


 「くっくっく――怒ってやがるな、出夢の奴」


 愉快そうに笑う男の後ろで、少年のような少女が訝しげにたずねる。
 「狐さん、これは……?」
 「死霊が荒ぶってやがるんだよ。出夢の奴、誰に殺されたのかは見当もつかんが、やはり無念だったのだろうな。
こんなわけのわからない場所で死んだ上に、どこの馬の骨とも知れん奴に自分の『強さ』の象徴でもある腕を、片方だけとはいえ勝手に奪いとられたんだ。そりゃ怒るさ。
あまつさえその腕を向けたのが、こともあろうにこの俺だからな。右腕一本分の怨念でも馬鹿にはできん。このくらい暴れさせてやらんと鎮まらないだろうな」

 淡々と言う狐面の男とは対照的に、鳳凰の混乱は増すばかりである。


 ――し……死霊? 怨念だと?


 「ば……馬鹿な、そんなものが、」
 「『そんなものが』、ふん。ありえないとでも言いたいのか、鳳凰。そもそもお前のその右腕を引っ付けている忍法は、死霊の力を借りるための術ではないのか。
お前が今までにどれほどの死霊をその身体に宿してきたのかは知らんが、お前自身がそれに無自覚というのは罪深い。憑り殺されても文句は言えんな」
 「…………っ!!」

 男が喋る間にも、右腕の暴れる力はますます激しくなる。肩口から引き千切らんばかりに、縦横無尽に跳ね回り、のたくり回る。
 左手の力だけでは、もはや押さえつけることもままならない。
 右腕一本を制御することも出来ないという事実が、鳳凰にこの上ない屈辱感を与える。
 ならば――――。

 「ならば、切り落とすまで!」

 左手による手刀を、今度は自分の右腕へと狙いをつける。
 どうせ、腕の代えなど自分にとってはいくらでも利くのだ。
 かつて奇策士と虚刀流の前でそうしたように、手刀の型に構えた平手を、右の肩口あたりへと振り下ろす――!


 「無駄だ」


 その言葉が発されるのとほぼ同時、鳳凰にとって信じられないことが起こる。
 狐面の男の言う通り、無駄だった。
 鳳凰の左手は、鳳凰の右手によって受け止められていた。
 切り落とされるはずだった右腕が、まるでそれ自体が意思を持っているかのように、鳳凰の手刀を受け止めたのだった。

 「な――――あぁ!?」

 驚愕を隠す余裕すら、もはやない。
 無理もないだろう。今までありとあらゆる部位を己の身体と交換してきた鳳凰にとっても、自分自身の腕に攻撃を受け止められた経験など皆無である。

 (死霊――そんなものが、本当に、この右腕に、)

 だが鳳凰には、驚愕する暇すら十分に与えられなかった。
 突如、左手に激痛が走る。
 岩をも握りつぶす力を持ったその右腕が、その怪力をもってして、つかんだ左手を握りつぶし始めた。

600 ◆wUZst.K6uE:2012/12/16(日) 13:16:08
 
 「ぐ――あああああああああああああああああああああああああっ!!」

 あまりの激痛に、鳳凰はのたうち回る。
 普段の鳳凰であれば、片手をつぶされる程度の痛みなら平然としていたかもしれない。
しのびとして拷問の鍛錬は当然積んであるし、なにより自分の腕を自分で切り落として平気でいられるようなしのびなのだから。
 しかし今の鳳凰にとって、痛みの大きさは問題ではない。
 奪い取ったはずの右腕が、意思を持って自分を襲っているという事実。
 その信じがたい事実が、鳳凰の冷静さを完全に失わせていた。

 「あ、ぐ、が……! ぐ、ぎいいい、いい!」

 もはやまともな悲鳴をあげることすら叶わない。
 傍から見れば滑稽としか言いようがない光景だろう。自分の右腕で自分の左腕を握りつぶそうとし、その苦痛に悶え苦しんでいるというのだから。

 「見ちゃいられねえな」

 嘆息しながら、狐面の男は一歩前に出る。
 そして静かな、しかしよく通る声で言った。



 「おとなしくしろ、出夢」



 まるで、呪文のようなその声を聞いたかのように。
 鳳凰の右腕が、ぴたりと動きを止め、
 その『中身』が抜け落ちたかのごとく、重力にしたがってだらりと垂れ下がる。

 「はぁ……はぁ…………っ」

 呼吸が乱れ、心臓が早鐘のように打つ。
 鳳凰もまた、中身が抜けたかのように呆然としていた。
 右腕はもとの通り、自分の意思で動かすことができるようになっている。しかしもう、この腕を自分のものとして見ることはできなかった。
 たかが腕一本が、まるで化け物のように見える。
 この男が、この右腕を止めたというのか。こうもあっさりと、ただの一言で。

 「無様だな」

 いつのまにか、狐面の男は鳳凰の目の前に立っていた。仮面の奥の瞳で、鳳凰をじっと見つめてくる。
 上から下へ、見下すように。

 「噛ませ犬が人喰いを飼いならそうなど、滑稽至大も甚だしい。己が弱さを計れぬほど未熟というわけでもあるまい。
弱者が強者をその身の内に取り込むという矛盾について、もう少し考えを巡らせるべきだったな、鳳凰」
 「だ……黙れ、」
 「その腕の持ち主はな、すべての弱さを放棄して強さだけを極端に求めた、いわば強さの権化のような存在なんだよ。化物の腕だ。お前ごときには、とてもじゃないが使いこなせる代物じゃねえよ」

 鳳凰は、自分の中身がどんどん削り取られていくのを感じていた。
 この男に出会ったとき、自分が始めに何を訊くべきだったのか今更のように痛感する。


 おぬしは――いったい何者なのだ。
 どうして――貴様のようなモノが存在しているのだ。


 自分の中身が、心が、軸が、存在が。
 自分のすべてが、この男に呑み込まれていく。
 呪われたように。 取り憑かれたかのように。


 これでは、これではまるで。
 この男こそ、まるで死霊のようではないか――!

601 ◆wUZst.K6uE:2012/12/16(日) 13:18:47
 
「狐さん」少女が遠慮がちに男の袖を引く。「そろそろ行かないと、山火事がこっちに……」

 少女が言うのを聞いて、鳳凰はあたりに漂う微かなきな臭さにはじめて気付く。
少女の示す方向を見ると、竹林の隙間からわずかに見える上空に、うっすらと靄のような煙が立ち上っているのが見えた。

 「おっと、だいぶ近づいてきやがったな。火の手はまだまだ遠いようだが、煙に巻かれては敵わん。行くぞ」

 そう言って男は、鳳凰に背を向ける。
 鳳凰のことなど、すでに眼中にないといった風に。
 もはや、一片の興味すらないといった風に。

 「ま――――待て、」

 這いつくばったまま、まるで懇願するかのように手を伸ばす。
 止まったはずの右腕がまた震えだす。いや、右腕だけではない。もはや全身が、壊れた玩具のようにがたがたと震えている。
 追い縋ろうにも、膝が震えて立ち上がることすらできない。
 自分の中の、この空洞はいったい何だ。
 自分の軸になっていたはずのものが、丸ごと抜け落ちてしまっている。

 俺の何を盗んだ。
 俺の何を奪った。

 行くな、行かないでくれ――――


 「ついて来たいってんならついて来てもいいぜ、鳳凰」


 振り返らぬままに、狐面の男は言う。

 「兵隊くらいには使ってやる。正直、猫の手も借りたい心地なんでな――その右腕も、俺に向けるってんならともかく、俺のために使うというのなら言うことも聞くだろうしな。
お前があくまで生き残ろうと言うんであれば、俺がこれから見る物語、その一遍くらいは垣間見させてやっても良い。
ただ言っておくが、俺を殺そうってんなら無駄だからやめておけ。お前が俺を殺せたとしたら、最初に殺そうとした時点ですでに殺せていたはずだからな――」


 「お前に俺は殺せん。これはもう、運命として決定付けられた事項だ」


 愕然とする。
 男の言葉に、ではない。平素であれば戯言と鼻で笑って聞き流していたはずのそんな言葉を、当たり前のように受け入れている自分に――である。

 そして同時に、鳳凰は安堵していた。

 ついて来てもいいと言われたことに対して。
 使ってやると豪語されたことに対して。
 そんな言葉に、どうしようもなく安堵してしまっている自分がいる。


 我は、俺は、自分は、我らは――――
 いったいこれから、どうすればいいというのか。


 そして鳳凰は、またも思考の渦に陥る。
 全身の震えは、いつのまにか治まっていた。

602 ◆wUZst.K6uE:2012/12/16(日) 13:21:01
 

【1日目/昼/D−7】
【真庭鳳凰@刀語】
[状態]精神的疲労(中)、左腕負傷、思考能力低下
[装備]炎刀『銃』(弾薬装填済み)、匂宮出夢の右腕(命結びにより)
[道具]支給品一式×2(食料は片方なし)、名簿×2、懐中電灯、コンパス、時計、菓子類多数、輪ゴム(箱一つ分)、ランダム支給品2〜8個、「骨董アパートで見つけた物」、首輪×1、真庭鳳凰の元右腕×1
[思考]
基本:優勝し、真庭の里を復興する
 1:狐面の男についていくかどうか考える
 2:本当に願いが叶えられるのかの迷い
 3:今後どうしていくかの迷い
 4:見付けたら虚刀流に名簿を渡す
[備考]
 ※時系列は死亡後です。
 ※首輪のおおよその構造は分かりましたが、それ以外(外す方法やどうやって爆発するかなど)はまるで分かっていません
 ※「」内の内容は後の書き手さんがたにお任せします。
 ※炎刀『銃』の残りの弾数は回転式:5発、自動式9発
 ※支給品の食料は乾パン×5、バームクーヘン×3、メロンパン×3です。
 ※右腕に対する恐怖心が刷り込まれています。今後、何かのきっかけで異常をきたすかもしれません。





  ◆  ◆  ◆





 「ちょっ、めっちゃこっち見てますよあの人――」

 歩きながら振り返ると、今まで話していた妙な服装の男の人(しのびだと言っていたけれど、しのび装束にしても前衛的すぎる)が、ものすごい形相でこちらを見ていた。
 膝をついている状態とはいえ、いちど人間離れした速さで飛び掛ってくるのを間近で見ているだけに、今にも襲い掛かってきそうに思えてしまう。

 「本当に大丈夫なんですか、狐さん。あの人放っておいたらまた襲ってくるかもですよ。危険じゃないんですか」
 「しつけえな、大丈夫だっての。さっきも言ったが、あいつはもう俺を殺すことも傷つけることもできん――まあ、お前はどうかわからんが」
 「危険じゃないですか!」
 鬼かこの人。
 「だから僕は、会いに行くのなんてやめようって言ったんですよ……」

 狐さんの持つ首輪探知機に『真庭鳳凰』の名前が表示されたとき、僕はわざわざ会いに行く必要なんてないと何度も進言したのだけれど、狐さんはどうしても会いに行くと言ってきかなかった。
真正面から会いに行くのはさすがに危険ではないかとも言ったが、まるで聞く耳持たずだった。
 最初に会ったときは、なんとなく話の通じそうな人に見えた。
 服装こそ奇抜だけれど、物腰は落ち着いている感じだったし、こちらの質問にも真摯に答えてくれていたし、正直今でも「実はいいひとなんじゃないか」という期待を捨てきれずにいる。

 暗殺専門のしのびというのは、嘘じゃなさそうだけれど。
 右腕を振り上げて飛び掛ってきたときには、本当に殺されるかと思った。
 自分が狙われたわけじゃないのに、ちょっと走馬灯が見えた。
 それくらい明確な『殺意』だった。

 山火事の煙について狐さんに教えたのも、相手が錯乱しているうちにこの場から離れようという、僕なりの助け舟のつもりだったのだが。
 その直後に「ついて来たければついて来てもいい」などと狐さんが言ったときには、漫画よろしく前のめりにずっこけそうになった。
 お前は何を言っているんだと、危うく本気で突っ込むところだった。ついでに本気でどつくところだった。
 禁止エリアのときといい、危機管理能力ゼロかこの人。

603 ◆wUZst.K6uE:2012/12/16(日) 13:23:59
 
 「…………」

 しかしあれは、どこまでが真実だったのだろうか。
 あのときは場の雰囲気に圧倒されて違和感を持つ余裕すらなかったけれど、冷静になった今では、狐さんの言っていた話の大半が、相当信じがたいものだと思えてくる。
 右腕の怨念だとか、死霊が荒ぶっているだとか、そんな荒唐無稽な話を(そもそも誰かの右腕を自分にくっつけて使っているという話がすでに荒唐無稽だけれど)
すんなり受け入れられるほど、僕はオカルティックな思想の持ち主ではない。

 では、あの現象はなんだったのだろうか。
 あの冷淡そうな男の人を、あそこまで取り乱させた、あの現象は。

 「…………もしかして」

 もし何の根拠もなく、ただの想像だけであの現象に現実的な説明をつけるとするなら、僕にも一応仮説めいたものは立てられる。
 もしかして狐さんは、あのしのびの男の人と話しながら、何か暗示のようなものをかけていたのではないだろうか。
 捨て駒とか噛ませ犬とか、思えば相手を怒らせるためとしか思えない言葉の数々に、僕は終始落ち着かない思いをさせられていたけれど――
あれが単なる挑発や牽制でなく、あのしのびの人に対する何かしらの暗示だったのだとしたら。


 ――ふん、そりゃ出夢の腕か。


 狐さんがなぜ、あの腕の持ち主(?)について知っていたのかは僕には知る由もないけれど、あの現象が狐さんの言葉によるものだったとしたら、契機になったのは間違いなくあの言葉だろう。
表情少なだったしのびの人が、あの言葉を聞いたとたん目に見えて動揺するのが僕にもわかった。

 その腕は自分の物ではないと。
 その腕は自分の力ではないと。
 繰り返し、念を押すように言われて。
 結果あの人は、自分の腕に恐怖したのだ。
 自分のものにしたはずの腕が、他人のものであると理解させられたという、恐怖。
 その恐怖が、思い込みが、本当に右腕を自分のもので失くさせたのだとしたら。
 死霊でも怨念でもなく、あの人の恐怖そのものが無意識のうちに右腕を動かし、暴れさせたのだとしたら――。

 根拠はまるでないけれど、無理矢理に現実的な説明をつけるとしたらこんなところだろう。
 死霊も怨念も、すべてが口からでまかせでした、と。
 自分でも拍子抜けするような、実につまらない解答。
 そう思うと、本当に死霊のしわざなんじゃないかと途中まで信じていた自分がなんか馬鹿みたいだ……
でもそれを言うと、ただの口からでまかせにあそこまで錯乱していたしのびの人がさらなる馬鹿と言っているみたいで、口に出すのは少々はばかられる。

 でも、だとすると。
 本当にあの現象が、すべて狐さんの意図するところだったとしたならば。



 この人は、何の武器も使わず、何の武力も用いず、ただの言葉だけであの男の人を屈服させたということになる――!



 「……それこそ、荒唐無稽か」

 そんなことが本当にできたとしたら、それは死霊なんかよりずっと恐ろしくて非現実的だろう。会って間もない人間を、思いのままに操るなんてこと。


 ――この僕でさえ。
 ――誰かを『支配』するのに、少なからず時間は必要だというのに。

604 ◆wUZst.K6uE:2012/12/16(日) 13:27:40
 
 「…………」

 無言で歩く狐さんのうしろ姿を、僕はただ見つめる。
 訊いたとしても、この人はきっとまともな答えなど返してはくれないだろう。
 そんなことは、どちらでも同じことだと。
 いつもの調子で、曖昧にされるだけだ。

 「結局のところ、真相は藪の中か……」
 竹藪のなかだけに、なんつって。
 ここは藪じゃなくって、竹林だけどね。
 …………。

 しかしあのしのびの人――鳳凰さんはこれからどうするつもりなのだろう。
 狐さんは「ついて来てもいい」と言ったが、あんな仕打ちを受けておとなしくついて来る人がはたしているんだろうか……
いや、まだ狐さんのしわざと決まったわけではないし、見ようによっては狐さんがあの『右腕』から鳳凰さんを助けたようにも思えるし……ある意味こちらに貸しがあるようにも取れる。
 狐さんの数々の暴言を差し引けば、の話だが。

 「もしかして最初から、あの人を仲間にするつもりでいた……とか?」


 ――お前に俺は殺せん。これはもう、運命として決定付けられた事項だ。


 あの言葉もまた、狐さんがあの人にかけた暗示のひとつなのかもしれない。
 その暗示がどれだけ効力を持っているのかはわからないが(暗示だという証拠も何ひとつないが)、それがあの右腕を動かしたのと同じくらいの強さでかけられたものなのだとしたら、
本当にあの人はこの先、狐さんに害をなすことができないのかもしれない。

 だとしたらあの人――鳳凰さんにとっては、狐さんに従うことこそ正しい選択だといえるんじゃないだろうか。

 絶対に勝てないと、絶対に適わないとわかっている相手ならば。
 いっそ、その下に身をおくべきだと。
 その人のために、命を懸けるべきだと。

 「まあ、勝手な言い分だけどね……」

 あの人が味方についてくれるのなら、それは確かに心強い。
狐さんも僕も、戦闘能力について言えば皆無に等しいし、暗殺専門のしのびとだというあの人ならば、十分すぎるくらい戦力になってくれるだろう。

 正直、ついて来られたら怖いけど。
 滅茶苦茶怖いけど。

 だけど同時に、それはそれで面白いと思ってしまっている自分がいる。
「面白きこともなき世を面白く」――それが狐さんの座右の銘だそうだけど、僕にも少し、その思想がうつってしまっているのかもしれない。


 この囲われた世界を、面白く生きることができたとしたら。
 それはきっと幸せなのだろうと、僕は思う。


 歩きながら僕はもう一度だけ、後ろを振り返った。

605 ◆wUZst.K6uE:2012/12/16(日) 13:29:17
 
【1日目/昼/D−7】
【西東天@戯言シリーズ】
[状態]健康
[装備]拡声器(メガホン型)@現実、首輪探知機@不明、チョウシのメガネ@オリジナル×12
[道具]支給品一式、ランダム支給品(0〜1)、マンガ(複数)@不明
[思考]
基本:もう少し"物語"に近づいてみる
 1:弔士が<<十三階段>>に加わるなら連れて行く
 2:面白そうなのが見えたら声を掛け
 3:つまらなそうなら掻き回す
 4:気が向いたら<<十三階段>>を集める
 5:時がきたら拡声器で物語を"加速"させる
 6:電話の相手と会ってみたい
[備考]
※零崎人識を探している頃〜戯言遣いと出会う前からの参加です
※想影真心と時宮時刻のことを知りません
※展望台の望遠鏡を使って、骨董アパートの残骸を目撃しました。望遠鏡の性能や、他に何を見たかは不明
※首輪探知機――円形のディスプレイに参加者の現在位置と名前が表示される。細かい性能は未定




【串中弔士@世界シリーズ】
[状態]健康、女装、精神的疲労(小)、露出部を中心に多数の擦り傷(絆創膏などで処置済み)
[装備]チョウシのメガネ@オリジナル、三徳包丁@現実、中華なべ@現実、虫よけスプレー@不明
[道具]支給品一式(水を除く)、小型なデジタルカメラ@不明、応急処置セット@不明、鍋のふた@現実、出刃包丁@現実、
   食料(菓子パン、おにぎり、ジュース、お茶、etc.)@現実、懐中電灯@不明、おみやげ(複数)@オリジナル、「展望台で見つけた物(0〜X)」
[思考]
基本:…………。
 1:今の所は狐さんについていく
 ?:鳳凰さんについて詳しく知っておくべき?
 ?:できる限り人と殺し合いに関与しない?
 ?:<<十三階段>>に加わる?
 ?:駒を集める?
 ?:他の参加者にちょっかいをかける?
 ?:それとも?
[備考]
※「死者を生き返らせれる」ことを嘘だと思い、同時に、名簿にそれを信じさせるためのダミーが混じっているのではないかと疑っています。
※現在の所持品は「支給品一式」以外、すべて現地調達です。
※デジカメには黒神めだか、黒神真黒の顔が保存されました。
※「展望台で見つけた物(0〜X)」にバットなど、武器になりそうなものはありません。
※おみやげはすべてなんらかの形で原作を意識しています。
※チョウシのメガネは『不気味で素朴な囲われたきみとぼくの壊れた世界』で串中弔士がかけていたものと同デザインです。
 Sサイズが串中弔士(中学生)、Lサイズが串中弔士(大人)の顔にジャストフィットするように作られています。
※絆創膏は応急処置セットに補充されました。

606 ◆wUZst.K6uE:2012/12/16(日) 13:30:51
以上で仮投下終了になります。
問題点などあれば、ご指摘お願いします。

607誰でもない名無し:2012/12/17(月) 20:25:10
仮投下乙です
さすがリスタ前も書いてただけあってキャラが生き生きしてますなあ
死亡フラグを取りに行くかと思ったら先行き不安だし、参加者の中でもかなりの強キャラのはずなのにどうしてこうなった鳳凰…
狐さん、あんたは時宮より立派に恐怖司ってるよw
弔士君も地味に恐ろしいこと言ってるしこの二人の行く末が楽しみです

気になった点もないしこのまま本投下しても大丈夫かと

608誰でもない名無し:2012/12/17(月) 21:06:27
仮投下乙ですー
感想は本投下までとっておくとして
問題はないかと思います!

609 ◆wUZst.K6uE:2012/12/21(金) 09:20:16
すいません、規制が解けないのでどなたか代理投下お願いします。タイトルは「稀少種(鬼性手)」です。
修正版を投下したかったのですが、どうでもいい修正なのでwikiのほうで直させてもらいます。

610 ◆wUZst.K6uE:2013/01/12(土) 13:27:38
まず前回仮投下&wikiの編集をしてくださった方、ありがとうございます。
それと◆0UUfE9LPAQ氏、ロワ語りの告知ありがとうございました。知らずにスルーするところでした。

相変わらず規制が解けないので、こちらに予約分を投下させていただきます

611自己愛(事故遭) ◆wUZst.K6uE:2013/01/12(土) 13:29:34
 
 アスファルトで舗装された道路の上を、黒神真黒は沈痛な面持ちで歩いていた。
 心情的には今すぐ次の目的地へと走り出したいところだったが、あいにく今の真黒には向かうべき明確な目的地が存在していない。
 一回目の放送を聞いて以来、真黒の両足は泥に深くはまったかのような有様だった。その足取りは重く、遅々として動かない。
 方向も定まらず、疲弊しているわけでもないのに立ち止まりそうになる。
 道に迷った幼子のようだと、精一杯の自虐をこめて思う。

 「情けない……」

 深く息を吐き、デイパックから地図を取り出す。
 目的地こそ明確でないが、目的ははっきりしている。最優先すべきは、妹の暴走を止めること。そしてそのために、人吉善吉を見つけ出して合流すること。
 現時点では、たったこの二つ。
 それなのに、まるで手がかりすらつかめない。
 入ってくるのは、絶望的な情報ばかりである。
 最も合流の可能性が高く、有益な情報が得られそうな場所である箱庭学園は、とうに禁止エリア内に入ってしまっている。
 そこで二人を待つという選択肢が奪われた以上、真黒としては闇雲に探し回るか、ほかの参加者の目撃情報などを頼りに、二人の足跡をたどるかしかない。
 今までに、真黒は妹以外では二人の参加者に出会っている。暗い目をした、どういう理由でか女装をしている少年と、鮮血のように赤い衣装をまとった小学生くらいの少女。
 しかしどちらからも、有益な情報を得ることは出来なかった。
 そしてそれ以来、ほかの参加者と接触することすら適っていない。
 足跡どころか、痕跡すら見出すことができない状態である。

 「だけど、善吉くんがまだ生きているなら、向こうも僕を探そうとしているはずなんだ……」

 もし彼のほうも、自分と同じく黒神めだかの現状を知っていたとしたら。
 阿久根高貴が脱落してしまった今、この場において自分たちが信頼できる人間というのは限りなく少ない。
 黒神めだかが実質主催者側の手に堕ちてしまっているというこの状況――それを正しく認識していたなら、協力者として真黒のことを探し出そうとするのは当然の思考のはずだ。
 向こうから何かしらのアプローチがあれば、こちらからも探しやすくなる。彼なら、それくらいのことは思いつくだろう。

 「……………………」

 『まだ生きているなら』。
 自分で言ったその言葉が、胸に重くのしかかる。
 彼が今も生きている保障はどこにもない。一回目の放送から、すでに五時間以上が経過している。次の放送までそう時間はないはずだ。
 最初の六時間で、十人。
 次の六時間で、新たに何人かが死ぬのだろう。
 そこに人吉善吉や黒神めだかの名前が付される可能性は、考えたくはないが否定できない。
 妹はともかく、彼は特別(スペシャル)でも異常(アブノーマル)でもない、ただの普通(ノーマル)なのだから。

 「……………………」

 真黒はひとつ、迷いを抱えていた。
 それは阿久根高貴の死を知らされたときからかもしれないし、数時間前にここへ来て初めて妹の姿を目にしたとき――つまりは最初から抱いていた迷いだったかもしれない。
 自分はずっと、妹という存在を行動原理の中心に据えてきた。生まれたときから今に至るまで(本当にそう信じている)、途切れることなくずっと。
 黒神めだか、そして、黒神くじら。
 今この状況においても、その思想に変わりはない。
 だからここへ来てすぐ、あの破壊衝動の権化と化したような妹の姿を見たとき、一切の迷いなく助けなければと思った。
 自分自身を犠牲にしてでも、妹の暴走を止めなければと。
 嘘偽りなく、心の底からそう思った。

 しかし――それは本当に正しいのだろうか?
 妹の暴走を止めることが、本当に彼女を助けることになるのだろうか?

612自己愛(事故遭) ◆wUZst.K6uE:2013/01/12(土) 13:30:28
 
 この首輪や最初の「見せしめ」を思い返すまでもなく、この殺し合いにおける参加者への強制具合は半端ではない。主催者側としては、真実最後のひとりになるまで殺し合いを続けさせるつもりだろう。
 それを止める術が、本当になかったとしたら。
 妹は――黒神めだか(改)は、あの状態のままにしておくのが最善なのではないだろうか。
 元から戦闘において、妹のスペックの高さは尋常ではない。並みの特別(スペシャル)や異常(アブノーマル)では勝負すら成立しないほどの、驚異的な強さを有している。
 その妹が今、自身の持つ強さを遺憾なく発揮できる状態にいる。
 人を殺しても表情ひとつ変えず、兄である自分にすら躊躇なく襲い掛かる、非情にして非常なる強さ。
 このバトルロワイアルという舞台において、それはうってつけと言っていい状態だ。
 ならば。
 黒神めだかではなく、黒神めだか(改)をサポートし生き残らせることこそが、妹を守るということではないのか。
 自分自身を犠牲にするだけでなく。
 妹以外の全員を犠牲にする。
 最初のうちは、自らの手で殺してでも止めなければと思っていたが。
 妹を手にかけるくらいなら、
 いっそ自分のほうが、妹自らの手で――――


 「…………なんてね」


 陰鬱だった表情が一転、別人のように明朗な表情へと変わる。

 「ふふ――自分自身を『解析』するために、わざわざ自発的にネガティブ思考なんてものに陥ってみたわけだけど――やっぱりこれは、僕のキャラじゃないね。
 めだかちゃんに見られたら、頭がおかしくなったと誤解されて問答無用でぶん殴られそうだな――まあ、それはそれでいいんだけど」
 どんな光景を想像したのか、真黒はとても楽しそうに笑う。
 「しかしおかげで、僕はまだめだかちゃんを――そして善吉くんをそこまで見損なっていないことがよく理解できた。みっともない僕を演じただけの価値は十分あったね」

 自分はずっと、幼いころから妹のことを見ている。
 自らの異常に悩み、苦しみ続けてきた妹の姿を。
 特出した天才として扱われながら同時に化け物のようにも見られ、誰にも理解されることなく、究極の孤独と戦い続けてきた黒神めだかの姿を。
 もし妹をこのまま戦わせ続け、その結果すべての参加者を殺戮し尽くし、最後まで生き残ってしまったとしたら、そのときこそ妹はすべてを失うだろう。
 あの黒神めだか(改)を肯定し、まして殺戮を後押しするなど論外中の論外だ。
 善吉くんも、きっとそう言うだろう。
 どこまでも普通で普通の少年――しかしそれゆえに、妹を苦悩と孤独の暗闇から救い出した唯一にして無二の存在。
 今の妹を救えるのは、おそらく彼以外にはいない。
 それこそ真黒がそう思うように、自分自身を犠牲にしてでも妹を元に戻そうとするだろう。
 しかし、それでは妹が本当の意味で救われることはない。黒神めだかとしての自我を取り戻したところで、そのために善吉くんが犠牲になったのでは、妹は二度と癒えない傷を負うことになる。
 黒神めだかと、人吉善吉。
 両方が救われなくては、意味がない。

 「頼むから、一人でどうにかしようなんて思わないでくれよ、善吉くん――」

 そう呟いたとき。
 黒神真黒は、『何か』を感じ取った。

 「…………何だ?」

 立ち止まり、五感を澄ませる。
 しかしそれはほんの一瞬だけ偶然に漂ってきたものだったようで、今はもう微かな風の音以外に感じられるものは何もなかった。

613自己愛(事故遭) ◆wUZst.K6uE:2013/01/12(土) 13:31:17
 
 『音』のようでもあったし『気配』のようでもあった。一瞬だったが鋭くはっきりと感じることができ、かつ曖昧で抽象的という、矛盾を孕んだ感覚。
 近くからではない。ある程度離れた場所から漂ってきたもののようだ。

 「殺気――いや、『闘気』、か――?」

 これはおそらく――戦闘の気配だ。
 このフィールドにおいて、いつどこで戦闘が起きようと不自然なことではないが――
 一瞬とはいえ、何の音も届かないほど遠くで行われているはずのそれを、自分が「察知できた」ということに、若干の違和感を覚える。

 「まさか――めだかちゃんがまた、誰かと……?」

 その闘気の発生源が妹だというなら、自分が察知できたというのも納得がいく。妹の気配ならば、無意識レベルで常に感じているようなものだ。
 妹がそう遠くない場所にいるのはわかっている。今のが妹の発した闘気ならば、また誰かを見つけ、殺そうとしている可能性がある。
 
 「……………………」

 何度も自分の中で確認してきたことだが、自分ひとりでは今の妹をどうこうできるとは思えない。
 それどころか、不用意に近づけば今度こそ逃げ切れない可能性がある。同じ相手を二度も逃がすほど、妹は――黒神めだか(改)は甘くないだろう。
 このまま近づかず、当初の予定通り善吉くんを探すか。それとも危険を承知で様子を見に行ってみるか。
 数分間、真黒は熟考し――――

 「…………行こう」

 気配を感じた方向へと、慎重に足を進め始めた。





  ◆   ◆   ◆





 黒神真黒が本当に幸運に恵まれていたとしたら、彼が足を進めるその先で、黒神めだか本人との再会を果たすという展開もありえたことだろう。
 現在の位置関係からいっても、彼と黒神めだかが偶然ニアミスするという可能性は決して低いものではない。
 彼が今、妹(と思しき者)の気配に反応して移動を決めたことを考えれば、むしろ出会わない確率のほうが低いといってもいい。
 だから結果だけを言ってしまうなら、彼は幸運には恵まれていなかった。
 むしろ不運の極みといっていい。
 今、彼が妹と再会するということはすなわち、彼が想像しているであろう黒神めだか(改)でなく、元通りの妹、正真正銘の黒神めだかに出会えたということなのだから。
 人吉善吉を失い。
 それと引き換えに自我を取り戻した、黒神めだかと。
 善吉亡き今、この場において黒神めだかが最も必要とするべき人間は、兄、黒神真黒だったと言っても過言ではない。
 妹を愛し、妹のために尽くし、妹のために生きることのできる彼ならば、ひょっとしたら今の彼女を救うことができたかもしれない。
 心に傷を負い、四面楚歌に陥った黒神めだかのことを。
 だからこれは、お互いにとって不運としか言いようのない展開だった。
 兄として、妹として。
 二人が兄妹として真に力を合わせて戦うことができたかもしれない機会を、永遠に逃したということになるのだから。

614自己愛(事故遭) ◆wUZst.K6uE:2013/01/12(土) 13:32:22
 




  ◆   ◆   ◆





 エリアひとつ分を移動し、あたりを探し回ること数十分。真黒はようやく、ひとつの人影を発見する。
 その男は自分のほうへ歩いてきた真黒に気付き、「ん?」と顔だけをこちらへ向けてきた。

 「あれ、あんた――」
 何かを言いかけて、男は何かを確認するように真黒の顔をじっと見つめる。
 「いや、違うな――さっきの女と同じ顔に見えたけど、よく見たら別人だな。髪型とかもすげえ似てる気がしたんだが――ああ、服が違うのか」

 どことなく倦怠感を感じさせる口調で、淡々と男は呟く。
 真黒よりはるかに上背のある大男で、上は十二単を二重に重ねたような派手な着物、下には袴をはいている。ぼさぼさに伸ばした黒髪が、男の無頼な感じをより際立たせていた。
 真黒でなくとも、男がただの一般人だとは思わなかっただろう。

 「はじめまして――と言うべきなのかな」

 男との距離が近づきすぎないように注意しつつ、真黒はにこやかに話しかけた。

 「僕は黒神真黒。見てのとおり、参加者のひとりだ」
 そういって真黒は、自分の首輪を示してみせる。

 「……俺は鑢七花。剣士だよ」
 男もまた、ひどく面倒くさそうに名乗る。
 「……ん? 黒神? たしかさっきの女もそんな名だったような気がしたけど――なんだっけな、思い出せねえや」

 やはりと思う。
 七花が最初に言った独り言から、すでに自分の予想が外れていないことはほぼ確信していた。
 自分に似た顔、似た髪形の女。妹のことと見て間違いないだろう。
 真黒は七花に尋ねる。

 「七花くん。もしかしてその女は、黒神めだかと名乗っていなかったかい?」
 「めだか――ああ、そういやそんな名だったっけな。あんたの知り合いか?」
 「妹だよ。僕の愛すべき、大事な妹さ」

 どうやらこの男が、直前まで妹と会っていたことはほぼ間違いない。先ほど感じた闘気も、おそらくこの男と妹が戦闘に突入した際に発されたものだろう。
 しかしそうすると、ひとつの疑問が湧いてくる。
 この男――鑢七花と妹が戦ったのだとしたら、その結果はどうなったのだろうか。
 自ら剣士と名乗ったこの男。見たところ刀剣の類を帯びている様子はないが、相当な武闘派であることは間違いない。
 一瞬とはいえ、遠くにいた真黒にすら届いた闘気の強さが、鑢七花という男の実力を物語っている。
 七花の袖口に目をやる。手と袖にべっとりとついた、真っ赤な血の痕。
 まさに今、その手で誰かを殺してきたと主張するようについているこの血は、いったい誰のものなのか。
 まさかとは思うが、妹がこの男に――――

 「……その様子だと、君は僕の妹と戦ったのかな? 怪我をしているようだけど、妹のつけた傷かい?」
 「ん? あー……まあな、戦ったよ」
 七花は急に渋い顔になり、目を泳がせた。
 「変な爪で引っかかれて、気絶させられちまったけどな――起きたときには、もうどっか行ってたよ。強いな、あんたの妹」

615自己愛(事故遭) ◆wUZst.K6uE:2013/01/12(土) 13:33:19
 
 姉ちゃんほどじゃねえけど――と小声で付け足すように言う。
 それを聞いて、真黒はひとまず安堵する。男の言うことが真実なら、妹はまだ無事なはずだ。
 爪で引っかかれて気絶した――という表現が文字通り引っかかるが、妹のことだから何か相手の奇をてらう策を弄して、この男をいなしたのだろう。
 やはり妹が、このあたりにいるのは間違いないだろうが――

 「…………ん?」

 急激に違和感を覚える。
 ありえないことを聞いたような、矛盾を自覚したときのような感覚。
 何だ――何が引っかかった?

 「……七花くん、妹は、どんな様子だった?」
 「どんなもこんなも……随分と偉そうな態度だったよ。かつては正義感の強い人間だったとか、私が更生させてやるとか、勝手なことばっか言われたぜ。正直言って腹の立つ――――」
 「…………!!」

 男の言葉の何が引っかかったのか、はっきりと理解する。
 妹が自分と会ったときと同じ状態でいるならば、敵対した相手を「気絶させた」だけで立ち去ったというのは不自然だ。確実に相手の息の根を止めてから立ち去るのが自然だろう。
 黒神めだか(改)ならば。
 しかし実際、真正面から敵対した鑢七花はこうして生きている。それは何を意味するのか。
 極めつけは、いま七花が口にした台詞だ。今のは妹が悪人と対峙するたびに、散々言い放ってきた台詞ではないか。
 上から目線の、性善説――。

 (めだかちゃんが――元に戻っている?)

 ある意味、この殺し合いを最後まで生き残ることよりも達成し難い問題と考えてきた事項が。
 解決した? こんな唐突に?
 希望が胸に広がるのと同時に、疑問と困惑が頭を支配する。
 いったい誰が、どうやって妹を正気に返らせた?
 あの状態が、時間の経過とともに自然と元に戻るような一時的なものだとか、まっとうな療法やプロセスで押さえ込める類のものなどでないことは確かだったはずだ。
 黒神真黒の異常をもってして、それは断言できる。
 あの妹のことだから、何らかの能力を駆使し、自力で自分自身を律したという可能性もゼロではないだろうが――

 正気に返るほどの「何か」が、妹の身に起こった――?

 どちらにせよ、妹はいま危険な状況にある可能性が高い。
 暴走状態にあったとはいえ、妹は真黒が知っているだけで二人の人間をその手で殺している。それでなくとも、妹の持つ異常と戦闘能力はそれだけでほかの参加者にとって警戒の対象になり得る。
 妹が、真黒が知る以外の凶行をすでに働いていて、それを誰かが見ていたとしたら。
 そしてその誰かが、妹に対する悪意を持ってして、その情報を利用しようとしたら。
 妹はこのゲームにおける危険人物として、多くのプレイヤーから敵視されることになる。
 暴走が解けた今、その状況はよりいっそう危険と言えた。
 妹は基本、良くも悪くも目立ちすぎる。こそこそ隠れたり、逃げたりすることをことのほか嫌う。相手の真正面から正々堂々、馬鹿正直に切り込んでいくのが黒神めだかのスタイル。
 それどころか、相手を見逃すことすら妹はしない。すでに敗北した相手ですらも、反省し、更生するまで徹底的に、完膚なきまでに叩き潰そうとする。
 その上で妹は、相手のすべてを肯定する。
 異常も過負荷も不完全も、すべて平等に受け入れる。
 相手の攻撃をわざわざ受けることにすら、一切の躊躇をもたない。
 しかしそれは、悪意ととられかねない考え方だ。自分よりはるか上にいる――すべてが完成しきった人間から無条件ですべてを受け入れられるなど、人によっては屈辱でしかないのだから。

616自己愛(事故遭) ◆wUZst.K6uE:2013/01/12(土) 13:34:03
 
 おそらくは目の前の相手――鑢七花がそう感じたように。
 妹の優しさはあまりに強く、それゆえに両刃の刃となる。
 敵が増えすぎれば、たとえ妹でも生き残ることは至難だ。

 「……それは、妹がずいぶんと失礼を働いたようだね」

 笑顔を絶やさぬままに、真黒は言う。

 「本人に悪気があるわけじゃあないんだ。ただちょっと、正義感が強すぎるきらいがあってね――妹に代わって詫びよう。どうか許してやってほしい」
 「いや、いいよ別に」

 そう言う七花はすでに、元の淡白な表情に戻っている。
 どうやら実際に妹の言動を根に持っているわけでなく、剣士として勝負に勝てなかった自分自身に腹を立てている様子だ。

 「ありがとう七花くん――ところでもうひとつ訊きたいんだけど、君との勝負のあと、妹がどっちへ向かったかわかるかな」

 この質問に対する回答は、正直なところあまり期待してはいなかった。
 七花はさっき気絶させられたと言っていた。その間にこの場を立ち去ったのだとしたら、どちらへ向かったかなど知る由もないだろう。

 「あっちに行ったよ」

 しかし予想に反し、あっさりと七花は答える。
 「気を失う前に、あっちのほうに歩いていくのが見えたっけな。どこに向かうとかは言ってなかったけど」

 七花の指差す方向、北西から北にかけての方角を見やる。地図で言うと、この先にあるのは喫茶店と西東診療所、その向こうに竹取山だったか。
 喫茶店は、自分が串中少年と会った場所だ。もし妹が串中くんともういちど出会えば自分のことを伝えてくれるはずだが――あの少年がまだ喫茶店に留まっているとは思えない。可能性は低いだろう。
 それにしても、怖いくらいに次々と状況が好転している。
 七花が嘘をついていなければ(嘘をつく理由があるとは思えないが)、妹はすでに元に戻っていることになり、その上だいたいの所在地まで明らかになっているということになる。
 少し前までの停滞が、まるで嘘のように。
 とんとん拍子に、問題が解決していく。
 本当ならば今すぐに妹のもとへ駆けつけ、熱い抱擁を交わしたいところだが――――

 「七花くん――――」

 その前にどうしても、訊かねばならないことがある。
 いや――もしかしたら、この質問自体は無意味なものなのかもしれない。もし、自分の予想が『正しければ』、こんな質問をしようがしまいが、この後の展開は同じものになるはずなのだから。
 ただ、自分は期待していた。
 これまでの質問でそうだったように、七花が『予想に反した』答えを返してくれることを、真黒は期待していた。

 「七花くん、僕からの質問はこれで最後にしたいと思う。君は――」

 真黒はここで初めて、表情から笑みを消す。

 「――君は、僕がこれから妹のもとへ向かうのを、何も言わず見送ってくれるかい?」

 「……………………」

 数秒だけ、あるいは一刹那だけ、二人の間に沈黙が下りる。

 「……わざわざそう訊くってことは、あんたも予想できてるんだろ?」
 そう言って七花は、拳法のような構えを取る。
 「あんたに恨みはないし、あんたの妹も別に恨んじゃいない。あんたの妹に受けた仕打ちを、あんたで晴らそうとも思ってない。
 ただ剣士として俺は、このまま何もせず、あんたを黙って行かせるわけにはいかない」
 「……………………」

617自己愛(事故遭) ◆wUZst.K6uE:2013/01/12(土) 13:34:32
 
 数十分前に感じたのとまったく同じ闘気が、七花から発される。あのときはほんの一瞬意識をかすめただけだったが、この距離では神経を尖らせるまでもなく、嫌が応にもこの身に感じる。
 それは、真黒の予想通りで。
 期待はずれの、展開だった。

 「…………君には、大切な家族はいるかい?」

 真黒は、再び質問する。
 先の質問を、最後の質問にできなかったことを残念がるように。
 まるで脈絡のない質問に、七花は出鼻をくじかれたような表情になった。
 返答を待たぬまま、真黒は続ける。

 「僕にとっては妹がそうだ。妹のことを、僕はこの世の何よりも優先する。言うまでもなく、僕自身よりもね。
 僕が何かを守るといえば、それはすなわち妹を守るということだし、僕が何かを愛するといえばすなわち妹を愛するということだ。
 僕の持つ愛情のすべては妹に注がれるために存在しているようなものだし、僕に注がれ得る愛情は、そのすべてが妹から注がれる愛情であるべきだ。
 いっそ『愛』という単語を『妹』と置き換えてもいいくらいだね――僕の辞書で『愛』の項を引いたとしたら、そこにはきっと『妹のこと』と記してあるに違いない」
 「……………………」

 なんとも言い難い顔で、七花は熱弁をふるう真黒をただ見つめる。

 「僕は今、君がくれた情報のおかげで妹と再会する絶好の機会を得ている。
 君はおそらく、剣士としてこういいたいのだろう――『剣士たる自分が、戦場にいながらにして目の前にいる相手を戦わずして見逃せるわけがない』――とね」

 七花と真黒との間合いは、目算でおよそ10メートル。どちらかが動けば、即座にもう一方も始動するであろう緊迫した空気が漂っている。

 「しかし僕はそれに対してこう返す――『妹の兄たる自分が、妹が近くにいるのを知りながらにしてそこに駆けつけないわけにはいかない』――とね。
 僕が今どれだけ妹のもとへ向かいたいと思っているか、君にわかるかい? 僕が今考えている、妹との再会時に言うための台詞候補が原稿用紙何万枚分に達してしまっているか、君に想像がつくかい?」
 「知るか、そんなもん」
 「それは残念だ」

 時代の違いとは別の、大きな文化の隔たりをどちらも感じているようだった。
 しかし語りながら真黒は、すでに自分なりの策を展開している。
 できればここは、七花のほうに矛を収めてもらいたいところだった。向こうが戦闘を諦めてくれれば、それが最善の結果といえる。
 だが次善の結果ためには、七花が真黒へと『向かってくる』姿勢でなく、真黒に対し『受けて立つ』、あるいは『待ち構える』体勢を取らせておく必要がある。
 そのために真黒は、慎重に言葉を選びながら、語る。

 「話が逸れたかな。まあ要するに僕が言いたいのは、少なくとも僕のほうは君と敵対する理由はないっていうことさ。今言ったとおり、僕は妹のことで頭がいっぱいだからね。
 君が僕に――というより妹に害を及ぼさない限り、僕が君に敵対心を抱く理由は微塵もない。むしろ協力することだってやぶさかではないよ、心からね。
 妹だってきっとそうだろう。君を気絶させたのは事実だろうけど、それ以上は何もせずに立ち去ったのも事実だ。君に対する殺意がないことは明白じゃないのかな。
 むしろ僕を殺せば、妹は今度こそ君を仇敵として殺すかもしれない。ここで僕を見逃すという選択肢は、君にとって決して悪いものじゃないと思うけどな」
 「……………………」

 まるで構えようともしない真黒の真意を測りかねているのか、七花は動かない。

 「君は剣士と名乗ったけれど、見てのとおり僕は丸腰だ。そもそも戦う気なんて最初からない。そんな相手に刃を向けるのは、剣士としてはむしろ間違いなんじゃないのかと、僕は思うのだけれど――」

618自己愛(事故遭) ◆wUZst.K6uE:2013/01/12(土) 13:34:58
 

 「関係ねえよ」

 唐突に。
 いままでの調子とは違う、きっぱりとした口調で七花は真黒の能弁を止める。

 「俺は剣士だが、同時に刀でもある。刀は斬る人間を選ばないし、刀は人を斬るのに理由を必要としない。俺は一介の剣士として、そして一本の刀として、あんたを斬るだけだ」

 悪いがそういうことだ――と。
 これ以上は不要とばかりに、七花は説明を打ち切る。

 「……………………」

 何が『そういうこと』なのか、正直なところ真黒には理解しきれなかった。
 ただ、七花の言葉が本心からのものであること。それだけはなぜかはっきりと理解できた。
 この男は嘘偽りなく、剣士でありながら刀として生きている。
 刀を帯びていないのも納得できる。刀が刀を持つ必要性など皆無だ。
 それゆえに、理解が及ばない。
 普通とも特別とも異常とも違う、そんな言葉では括れない、別種の何か。
 別の世界から来たのではと思うような、別次元の価値観。
 自分にこの男を説得するのは――不可能だ。

 「…………どうやら、見逃してくれる気はなさそうだね」
 やれやれと、真黒は天を仰ぐ。
 「人でありながら刀として生きる――か。なるほど、理事長が君をこの戦いに選抜したわけだ。こんな特異な人間は、さすがに会ったことがない――」

 ある意味、妹よりも特殊といえるだろう。人間としてでなく、刀という武具としての完璧さを求めた人間など。

 「最初は少しだけ、君とは仲良くなれそうな気がしていたんだけどね」
 「俺は最初から、あんたと仲良くなれそうなんて思わなかったけどな」

 にべもなく言って、七花は少しだけ構えを変化させる。

 「ただ――あんたが妹を大切にしてるってのは何となくわかったよ。それにあんたの言うとおり、無防備の相手に斬りかかるのは俺の望むところじゃない。
 だから俺は、こう言わせてもらう――」

 ――妹を助けに行きたきゃ、俺を倒してから行くんだな。

 そんな、見た目に似つかわしくない安物の悪党のような台詞を吐いて。
 鑢七花は、黒神真黒を『待ち構える』。

 「妹がそんなに大事だってんなら、その心意気を示して見せろよ。『お兄ちゃん』」
 「……………………ふ、」

 挑発するような台詞に、思わず笑みがこぼれる。
 真黒は初めて、七花の瞳に人間らしい光を垣間見たような気がした。
 彼にもきっと、誰か大切な人がいるのだろう。家族か、恋人か。
 七花がおそらく、その誰かのために戦っているように。
 真黒が妹のために戦っていることを、この男なりに酌んでくれたのだろう。
 刀でありながら、人であろうとしている。

 「……君は優しいね、七花くん」

 少しだけ笑って。
 すぐにその笑みを消し、正面から七花を見据える。

 「僕の気持ちを理解しようとしてくれたことについては感謝しよう――だが、あくまで僕と妹との間に立ち塞がろうというのであれば、君を排除しないわけにはいかないな。
 現時点をもって僕は、君を敵として認識しよう」

619自己愛(事故遭) ◆wUZst.K6uE:2013/01/12(土) 13:35:26
 
 真黒はここへ来て、初めて戦闘の体勢を取る。
 七花の受けの構えに対し、いつでも踏み込めるような前傾姿勢の構え。

 「妹のため、そして自分自身のため、僕は君を倒す」
 「ああ、来いよ。受けて立つぜ――ただしその頃には、あんたは八つ裂きになっているだろうけどな」

 『受けて立つ』。
 その言葉を聞いて、真黒は準備が整ったことを確信する。
 次善の策を実行するための、下準備が。

 「それじゃあ――――」

 真黒はひとつ、深く呼吸をする。
 二人の視線が交錯し、空気が静まり返った、その時。

 「行くよ、七花くん――――!」

 高らかに宣言して。

 足を強く踏み込み、力の限り地面を蹴り上げて。

 武器ひとつ持たず、その身だけを頼りに。

 素手のままで真黒は、正面の七花へと飛び掛った――!



 「――――なんてね」



 飛び掛った――かのように見えた。
 地面を強く蹴った、までは事実である。
 実際に真黒が跳んだのは、真後ろだった。
 一足跳びに七花から大きく距離をとり、そのまま踵を返して、一目散に遁走した。

 「な……………っ!」

 驚愕する七花の声を尻目に、真黒はさらに加速して、駆ける。

 「悪いね七花くん! 僕は武闘派じゃないし、君と戦う理由はやはり無い! ここは戦略的撤退を選ばせてもらうよ!」

 真黒の狙っていた策は、特に奇を衒うものではない。
 『ただ逃げるだけ』。それだけだった。
 とはいえ、本当にただ逃げたのでは絶対に逃げ切れないことはわかっていた。真黒と七花では体格差が歴然としているし、おそらく体力も筋力も、相手のほうがはるかに格上だろう。
 しかし真黒は、ひとつの事実を見抜いていた。
 自身の持つ異常――『解析』の異常(アブノーマル)によって。
 黒神真黒は、人や物の持つ性質や状態を一目見ただけで理解することができる。
 対象の長所や短所を理解したうえで、それらを改善、成長させることを得意とし、相手が個人だろうと大企業だろうと、その限界レベルにまで引き上げることができる能力。
 つまり換言すれば、真黒は相手の『弱い部分』を知ることができる、ということ。
 だからこそ、真黒は理解できていた。
 七花が今、全力を出し切れない状態にあることを。
 おそらくは妹との戦闘による影響だろう。妹がどんな手段をもってして七花を気絶させたのかはわからないが、その攻撃の残滓が七花の身体能力を損なわせているに違いない。
 体力にハンデがひとつつけば、こちらにも勝機はある。
 七花が『待ち』の体勢になるよう誘導したのもこのためだ。こちらを『待ち構える』体勢であれば、追跡に移るまでのタイムラグも大きくなる。
 それでもこの場所が周囲を広く見渡せるような平原であったなら、その程度のハンデは意味を成さなかっただろう。
 幸いにもこの周辺は、街路樹や家並み、塀などが多く立ち並ぶ、見通しの利きにくい地形になっている。その地形効果を利用して、障害物の間を直線的でなく立体的に逃走すれば。

620自己愛(事故遭) ◆wUZst.K6uE:2013/01/12(土) 13:36:07

 単なるスプリントでなく、『鬼ごっこ』や『隠れんぼ』の要領で駆け続ければ。
 そうすれば自分の体力でも、十分に相手を撒くことができる――!

 「戦略の立て方でなら、僕のほうが上だったようだね――七花くん」

 木々の間をすばやく抜ける。七花との距離を測るため、真黒は少しだけ後ろを振り返った。


 その瞬間。




 黒神真黒は、吹き飛ばされていた。




 「――――――――――――えっ?」

 間の抜けた声が口から漏れる。
 全身の感覚が消失し、視界が上下左右に目まぐるしく移り変わる。
 かろうじて、自分が宙を舞っていることだけは認識できた。足が――というか全身が地に着いていないことがわかる。
 くるくると回る身体。
 きりきりと舞う身体。
 無重力にいるがごとく、空中をさまよう身体。
 大きな放物線を描いて、まるで紙くずのように成すすべなく飛ばされていく身体。
 真黒の中では、とてつもなく長く感じられた滞空時間を経て、
 ぐしゃりと、ひどく厭な音を立てて、硬い地面の上へと落下した。

 「……………………………………な、」

 脳内がぐしゃぐしゃになっているかのような錯覚。
 落下の衝撃なのか、吹き飛ばされた衝撃なのか。意識を保てていることが不思議なくらいだった。
 何が起きたのかさっぱりわからない。
 気がついたら吹き飛ばされていた。そうとしか言いようがない状況。
 起き上がるどころか、身じろぎひとつ取ることができない。自分がいま伏しているのが本当に地面かどうかさえわからなかった。
 じわじわと、身体が感覚を取り戻し始める。
 全身が猛烈に痛い。もはや痛み以外の感覚は消失している。
 身体が大きくひしゃげているのが、今になって理解できた。肉も骨も内臓も、軒並み潰れていてもおかしくないくらいの損傷。

 「……………………が……………………は」

 何が――――何が起きた?
 まさか、攻撃を受けたのか? 鑢七花から?
 逃げたと思った直後に、追いつかれた?
 馬鹿な。自分が不意をついて始動したことから考えても、七花と自分の距離は少なく見積もっても20メートルはあったはずだ。
 その距離を、迎撃の体勢にいたはずの七花が、たった一瞬で詰めたというのか。
 いくらなんでも、速すぎる。
 この速さは、この恐るべき速さはまるで――――

 「黒神…………ファントム…………?」

 まるで、妹の使うあの技のような。
 衝撃波すら発生させる、常識外の威力を持つあの技のような。
 あの技と同等のものを、鑢七花が繰り出したとでもいうのだろうか。
 だとしたら自分は、大きな誤算をしていたことになる。
 自分は、相手との力量差を見極めたつもりでいた。見極めたうえで、数々の策を弄してその差を埋めることができれば、際どいながらも逃走を成功させられるだろうと、そう思っていた。

621自己愛(事故遭) ◆wUZst.K6uE:2013/01/12(土) 13:36:45
 

 七花の体力が失われていたこと――これは見抜いた。
 七花が迎撃の体勢をとっていたこと――それを見計らった上で動いた。
 ただ、相手の強さを――見誤った……?

 策を弄し、相手を分析し、それでもなお埋めることも縮めることもかなわない、圧倒的なまでの実力の差。
 それを自分は、見誤ったということなのか。
 その結果が――この現状か。

 「なんて…………ことだ………………」

 ごぶ、と、口から冗談のような量の血液が溢れ出る。
 疑いようもない、否定のしようもない絶対的な致命傷。
 素手の一発で、この威力とは――――。

 こんなとんでもない実力の持ち主に、妹は勝利したのか。

 相手を気絶させたあと、悠然と立ち去る妹の姿が目に浮かぶ。傷ひとつ負わず、子供をあしらうかのように軽々しく相手を撃退したであろう、黒神めだかの姿を思い浮かべる。
 その光景が、真黒を少し安心させる。
 自分がここで死んでも、妹はきっと生き残れる。四方八方を敵に囲まれ、絶望的に不利な状況に追い込まれようと、それを日常のように受け入れ、そして蹴散らしてしまうだろう。
 なぜなら、それが黒神めだかだからだ。
 逆境すら受け入れ、乗り越える力。それこそが黒神めだかの強さ。
 自分が助力する必要など、もはやない。
 妹が元に戻ったことを知らせてくれた七花に、今は感謝したいくらいだ。
 最大の懸念が取り除かれた今、自分は何の心残りもなくリタイアすることができる。
 妹が、黒神めだかとして戦えるのならば。

 「――――――――ああ、」

 そうか。
 きっと自分は、最初からわかっていた。
 妹が大丈夫だということを。
 誰かが妹を元に戻すだろうということを。あるいは妹が自力で元に戻るだろうということを。
 妹の強さを、わかっていた。
 妹が生き残るであろうことを、最初から疑いようなく理解していた。
 自分が妹を救済しようと尽力していたのは、きっとただの自己満足だ。
 妹のために何かを成したと。妹のために力を尽くしたと。
 自分がいなければ妹は生き残れないと、自己を欺瞞し、自己で解釈し。
 自己の欲求を満たして、満足していただけ。
 自分の妹愛とは、蓋を開ければそんなものだったのか?
 妹の名にかこつけた、ただの自己愛だったのか?
 だとしたら自分は、妹にとって本当に不要じゃないか。
 妹にすがりつき、自己愛に浸るだけの兄など。
 死んだほうがずっと、妹のためになるじゃないか。
 ここで死んで正解だった。妹と再会する前に死ねて、本当に良かった。
 ありがとう七花くん。ありがとう神様。
 こんな人間を死なせてくれて、本当にありがとうございます――――――



 「――――――なん…………てね……」



 やれやれ、どうして自分はいつも、こんないい加減なことばかり考えてしまうのか。
 もしかすると、中学時代に一緒にいた彼らの影響なのかもしれない。
 どこまでも卑屈で大嘘吐きな、あの生徒会長に毒されたせいなのか。
 あるいは皮肉屋ですべてを見透かしたようなことばかり言う、あの副会長の影響か。
 それとも単に、生まれついての自分の性格なのか――――

622自己愛(事故遭) ◆wUZst.K6uE:2013/01/12(土) 13:37:45


 ――妹への愛が偽りだなんて。
 ――そんなこと、あるわけないじゃないか。


 耳鳴りが酷い。自分が発した言葉ですらもまともに聞き取れなくなっている。
 視界は真っ赤に染まって、目が開いているのか閉じているのかもわからない。開いたとしても、もはや何も見えはしまいが。
 鑢七花は――――どこにいるのだろうか。
 自分の生死を確認せず、そのまま立ち去ってしまったのか。
 まさに今、止めを刺そうとしているところなのか。それとも今際の際の言葉を聞くために、自分の目の前に立っているのか。
 確認する術はない。しかし真黒は、七花は自分のすぐそばに立っているのだろうと、何の根拠もなく予想していた。
 この状況で、まだ敵に期待するとは――。
 自嘲しながら真黒は、最期の言葉を絞り出そうとする。
 死ぬ前にどうしても、言っておきたいことがあった。
 鉄の味を飲み込み、息も絶え絶えに真黒は言葉を発する。

 「完敗、だよ、七花くん………………」

 声が七花に届いているのか、そもそも声が発せているのかどうかもわからない。それでも真黒は、言葉を紡ぎ続ける。

 「――妹のために、なんて、格好つけておいて、この有様だ…………しかも、逃げようとした矢先に倒されるなんて、恥ずかしい限りだ…………死んでしまいたい程、にね……」

 一言喋るたびに口から血が溢れ出る。それでも真黒は、喋るのをやめない。

 「七花くん…………最期に、ひとつ、君に頼みがある」

 今この場で、自分にできること。
 妹のために、自分がしてやれる唯一のこと。


 「妹に、手を貸してやってほしい」


 黒神真黒は、懇願した。
 たった今、自分に致命傷を負わせた相手に向かって。
 まさに今、自分に止めを刺そうとしているかもしれない相手に対して。
 最期の言葉で、妹のために、懇願した。

 「何を言ってるんだって、思うだろうね…………僕も、そう思うよ。
 君には、妹を助ける理由なんて、ひとつとしてないだろうし、妹にだって、君に助けてもらう謂れなんて、これっぽっちもないだろうしね…………
 本当、何を言ってるんだか、僕は――」

 これはもう、自己満足ですらないのかもしれない。
 これは――ただの我儘だ。
 妹の役に立ちたい自分の。
 妹のために何かを遺したい自分の。
 精一杯の、虚しい抵抗。

 「妹のために、僕ができることなんて、ほんの一握りさ…………身体すら動かせない、今の状態じゃ、尚のことね…………
 それでも僕は、何かひとつでも。
 何かひとつでも、妹のためにしてやれることがあるなら、それをしてやりたいんだ。
 虚しい抵抗でも、無意味な懇願でも構わない。
 だから、どうか――

 僕に、お願いをさせてくれ。

 妹に手を貸してほしい、と、君に懇願させてくれ。
 そんな、まるで無意味な、滑稽極まりないことでも、僕が最期に、妹のためにしてあげた、精一杯の手助けだと、僕に思わせてほしい。
 頼む。本当に、本当に本当に大切な、僕の妹なんだ――――」

623自己愛(事故遭) ◆wUZst.K6uE:2013/01/12(土) 13:38:46
 
 そこまで言って、ようやく真黒は言葉を止める。
 吐きつくしてしまったのか、もはや血も出てこない。
 意識が混濁する。あと一分もなく、自分の命は終わってしまうだろう。
 言いたいことはすべて言った。今度こそ本当に、思い残すことはない。
 あとはもう、妹と善吉くんが再会できることをただ願うだけだ。
 自分にできることは、本当にもう、ただのひとつもない――。

 「……ごめんな、めだか。不甲斐無い兄で、本当にごめん――」

 おまえと一緒に生き残れなかったことを、どうか許してほしい。
 だけど、これだけは信じてくれ。
 僕はおまえを、心から愛している。
 自己満足かもしれないけど、自己愛なんかじゃない。
 この身に誓って、妹を愛する心だけは、紛い物なんかじゃ絶対にない。
 だから僕は、心から願う。
 どうか最後まで、生き残ってくれ。
 そして願わくば、幸せになってほしい。
 我儘をいうようだけど、おまえにはどうしても幸せになってほしいと思う。
 それは僕にとっての、最上級の幸福でもあるから。

 ああ――そうだ。
 きみにもひとつ、お願いをしないといけないな。

 善吉くん。
 きみもどうか、最後まで生き残ってくれ。
 そして、妹をどうか、幸せにしてやってくれ。
 それがきみの役目だと、僕は信じているから。
 それがきみにとっても、最上級の幸福であると信じているから――――


 ――――――――――――――――。


 ふっ、と。
 ほんの少しだけ、笑ったように息を吐いて、黒神真黒は最後の呼吸を終えた。
 自分がどんな表情を浮かべているのか、それすら彼は知ることができなかったが――――
 妹のために、笑って死ねたらいいと。
 最期の一瞬まで、真黒はそんなことを考えていた。



 【黒神真黒@めだかボックス 死亡】





  ◆   ◆   ◆





 「おい! 何やってんだ兄貴!」

 アスファルトで舗装された道路の上に、一台の軽トラックが停まっていた。
 一見新品のようにきれいな車体に見えるが、フロント部分だけが、たった今何かにぶつかったかのように大きく破損している。
 タイヤの後ろからは、急ブレーキをかけたのがはっきりとわかるようなブレーキ痕がふたつ、まっすぐに伸びていた。
 その荷台に乗っていた少年――零崎人識はそこから身を乗り出すようにして、運転席へと向けて怒鳴った。

624自己愛(事故遭) ◆wUZst.K6uE:2013/01/12(土) 13:39:36
 
 「いま完全に人轢いただろ! いや轢いたってか、思い切り撥ね飛ばしたっていうか! ブーメランみたいに回転しながら飛んで行ったぞ! 戻ってこないのが不思議なくらいの勢いで!」
 「落ち着け、人識」

 運転席に座る青年――零崎双識は、落ち着き払った様子でずれた眼鏡を直す。

 「確かに今、この車は人を轢いた――しかし逆に考えるんだ。車が人を轢いたのでなく、人間が猛スピードで車に衝突したのだと考えるんだ!」
 「お前の脳味噌はバームクーヘンか!!」

 お前が落ち着けと、人識は運転席のドアを思いきり蹴飛ばす。

 「どうすんだよ…………ていうか、絶対死んだよな、今の勢いじゃ…………」

 通行人もほかの車も通っていないことをいいことに、見通しの悪い道路にもかかわらず相当なスピードで走っていたようだ。60キロは余裕で出ていただろう。
 そのうえブレーキをかけたのが衝突した後だったようだから、速度と重量のすべてを相手にぶつけたようなものである。
 普通の人間なら完全に即死レベルだ。

 「おいおい人識くん。その言い方だとまるで事故の責任がすべて私の運転にあるように聞こえるじゃないか」
 双識が不平を訴える。
 「私がスピードを出していたのは次の放送までに目的地へ到着するためだし、人通りがまったく無かったとはいえ、一応の安全確認はしていたぞ?
 それなのに今の相手は、そこの木の陰からまるで狙い澄ましたかのようにこのトラックの前に飛び出してきたんだぞ。いくら何でも避けようがないじゃないか」
 「そりゃそうだろうけどよ…………」

 確かにこの人口密度の低いフィールドで、偶然に誰かが車の前に飛び出してくる可能性など無きに等しいと人識自身も思っていたが。
 それを踏まえても、自分で轢いておいてこの言い草はどうなのか。

 「無駄だろうけど……助けに行ってみるか? 救命処置とかすれば、もしかしたら生き返るかも――」
 「救命処置? おまえは何を言っているんだ、人識」

 双識の厳しい口調に、思わず口をつぐむ。
 兄が言わんとしていることはわかる。
 今の場合は単なる偶然の事故の結果として相手を轢き殺してしまっただけだが、今の相手と人識たちが普通に邂逅していたとしたら、相手は偶然でなく、必然により殺されていただろう。
 ここは殺し合いの場で、自分たちは殺人鬼だ。
 過程が違っていただけで、どちらにせよ相手を殺すことには変わりない。
 つい救命処置などと口走ってしまったが、そんなことをしてやる必要は微塵もない。むしろ愚挙の極みと言えよう。
 いま自分は、兄から完全に信用されていない状態なのだ。こんなくだらない失言で、更なる信用を失っている場合ではないというのに。
 人識は確認するように自分へと言い聞かせる。ここは戦場なのだと。
 それを自覚せずに、何が殺人鬼か。
 兄と同じように、殺人鬼として徹しなければ――――

 「救命処置なんか施して、本当に蘇生してしまったらどうするんだ! 轢かれた仕返しでもされたら怖いじゃないか!」
 「普通に最低かお前は!」

 殺し合いも殺人鬼も、まるで関係なかった。
 ただの最低である。

 「……ていうか結局、いま轢いた相手は誰だったんだ? 俺らの知ってるやつだったか?」

 道沿いに立っている塀と茂みの向こう側まで飛ばされていったようで、轢いた相手の姿はここからでは見えない。どのあたりに落下したのかも正確にはわからなかった。

625自己愛(事故遭) ◆wUZst.K6uE:2013/01/12(土) 13:41:27
 
 荷台に乗っていたせいで轢いた瞬間は見ていなかったが、長い黒髪を翻しながら飛んでいく姿は見ていた。
 男なのか女なのかも判然としない。ぱっと見て自分の見知っている相手だという印象はなかったが。

 「うーん、私も知らない相手だとは思うが、なにせ見えたのが一瞬だったからな…………
 しかしなぜだろう……飛び出してきた瞬間、相手に自分の姿を重ねてしまったような感覚があったな。私ととてもよく似た者を轢いてしまったような、そんな感じがするのだが」
 「兄貴とよく似た? おい、まさか『零崎』じゃあないだろうな」

 名簿によればこのフィールドにいる『零崎』は、自分と双識、軋識と伊織、すでにリタイアしてしまった曲識で全員だ。
 しかし自分たちは、すべての零崎を把握しているわけではない。しかも通常、零崎の性質は後天的に覚醒する。
 自分たちの知らない『零崎』がこのフィールドにいるという可能性も、完全にないとは言いきれない。

 「ハッハッハ、冗談はよせ人識くん。いくらなんでも私が、零崎一賊の長兄たるこの私が、事故とはいえ家族である他の『零崎』を轢き殺すなんてことがあるわけないじゃないか」
 「……………………」

 ていうか、相手が誰でも轢き殺すな。
 そんな至極真っ当なことを言いかけたが、無駄なのでやめる。
 人識は悪刀『鐚』の副作用に「頭が悪くなる」がないかどうか、かなり真剣に不安になった。

 「それにさっきの感覚は、家族を見つけたときのそれとは違うな。どちらかというと、善き友になれそうな同志を見つけたような、そんな感覚だった」
 「なんじゃそりゃ…………」

 ようするに変態仲間ということだろうか。変態同士で通じる特殊な電波でも感じ取ったか。
 轢き殺して正解だったかもしれない。

 「とにかくだ、人識。轢いた相手のことは気になるが、依然として私たちには時間がない。やむを得ない状況と割り切って、ここは目的地を目指すことを優先しよう」
 「本当に放置していく気かよ……」
 やっていることだけを見れば、単なる轢き逃げと変わりない気がする。
 「轢き逃げとは人聞きが悪いな。目撃者がいないのをいいことに、堂々とこの場を立ち去ると言え」
 「よりひでーよ」
 「それに見ようによっては、こちらが当て逃げされたように見えないこともないぞ。見ろ、この損傷具合を。せっかくの車が台無しだ。相手が生きていたら修理費を請求する必要があるな」
 「兄貴、その発言はさすがに問題だと思うぞ……」
 「僕は悪くない!」
 「それ別の人!」

 キャラが崩壊するにもほどがあった。
 人身事故でテンパる殺人鬼。ある意味斬新と言えなくもない。

 「わーったよ…………先を急いでんのは事実だしな」

 人識自身も、何かもうどうにでもなれという気分になってきていた。
 馬鹿な会話を繰り広げているうちにも、貴重な時間は過ぎていくのだ。

 「んじゃ荷物だけ回収するから、ちょっと待っててくれ」

 そういって人識は荷台から飛び降り、トラックの前方に落ちているデイパック(どうやら飛ばされていく最中に身体から放り出されたらしい)を拾い上げる。
 そのままトラックのほうへ戻ろうとしたが、直後、思い直したように振り返り、相手が飛ばされていった方向へと向き直る。

626自己愛(事故遭) ◆wUZst.K6uE:2013/01/12(土) 13:42:59
 
 「あー……なんつうかまあ、間が悪かったっつーか、運が『悪』かった――ってことで」

 ワリッ、と、名も知らぬ誰かへと向けて、人識は軽く手を合わせた。
 誰かのデイパックを担いで荷台へと戻る。「出していいぜ」と運転席に言って、自分の横、荷台の上に横たわる少女――水倉りすかに目をやる。
 相変わらず気絶したふりを続けるつもりらしく、まったく微動だにしない。
 さっきの事故の衝撃と急ブレーキの勢いを考えれば、熟睡していても飛び起きそうなものだが。
 いやむしろ、あまりの衝撃に本当に気を失ってしまったのかもしれない。人識も危うく荷台の外に放り出されるところだったのだ。
 デイパックとりすかが外に放り出されないよう庇うだけの余裕はあったが、とっさのことだったため軽く頭をぶつけた。身を挺して庇ったのだから礼くらい言えとりすかに言いたくなる。

 「……ったく、どいつもこいつも…………」

 これじゃまるで、自分が常識人のようではないか。
 そんな役割を、自分に割り当てないでほしい。
 この先の目的地にいるかもしれない、もうひとりの『零崎』、零崎軋識のことを思い浮かべる。
 自分よりも、あの大将のほうがよっぽどそういう役回りにあっているのではないか。どことなく間の抜けた、あの麦藁帽子の大将のほうが。

 「釘バット振り回す変態に期待するようじゃ、おしまいだな…………」

 そういえば、と人識は思う。
 診療所内での話し合いで、人識と双識がどうやら違う時系列から来ていることが判明している。それも相当な、一日二日では済まない振れ幅で。
 それでは軋識も、自分たちとは違う時間軸から来ているのだろうか。そうだとしたら、自分たちにとってどの部分にあたる時間から来ているのか。

 「……まあ、本人に聞きゃわかることか」

 まさか、自分を知る前の大将が来てやしないだろうが……もしそうだったら説明がややこしくなりそうだなあと、軽い感じに人識は思う。

 自分たちの向かう先に誰が待っているのか、深く考えを巡らすこともなく。
 人識たちを載せた軽トラックは、名も知らぬ誰かを置き去りに、目的地へと向けて走り去っていった。




【一日目/昼/C-3】
【零崎人識@人間シリーズ】
[状態]健康、腹八分目
[装備]小柄な日本刀 、グリフォン・ハードカスタム@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×5(内一つの食糧である乾パンを少し消費、一つの食糧はカップラーメン一箱12個入り)、医療用の糸@現実、千刀・ツルギ×2@刀語、七七七@人間シリーズ、
   携帯電話@現実、手榴弾×1@人間シリーズ、青酸カリ@現実、S&W M29(6/6)@めだかボックス、大型ハンマー@めだかボックス
[思考]
基本:兄貴の違和感の原因をつきとめる
 1:兄貴の信用を得るまで一緒に行動する
 2:時宮時刻と西東天に注意
 3:ツナギに遭遇した際はりすかの関係者か確認する
 4:事が済めば骨董アパートに向かい七実と合流して球磨川をぼこる
 5:哀川潤が放送で呼ばれれば殺人をしないつもりはない
 6:轢いた相手については必要と余裕があれば調べるかもしれない
[備考]
 ※曲絃糸の射程距離は2mです。
 ※曲絃糸の殺傷能力(切断・絞殺など)は後の書き手さんにおまかせします。
 ※りすかが曲識を殺したと考えています。
 ※Bー6で発生した山火事を目撃しました。
 ※携帯電話の電話帳には戯言遣いが登録されています。
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました。

627自己愛(事故遭) ◆wUZst.K6uE:2013/01/12(土) 13:43:58
 
【零崎双識@人間シリーズ】
[状態]健康、腹八分目、悪刀・鐚の効果により活性化
[装備]箱庭学園指定のジャージ@めだかボックス、カッターナイフ@りすかシリーズ、軽トラック@現実
[道具]支給品一式(食糧の弁当9個の内3個消費)、体操着他衣類多数、血の着いた着物、カッターの刃の一部、手榴弾×2@人間シリーズ
[思考]
基本:家族を守る
 0:クラッシュクラシックに向かう。
 1:目の前の零崎人識を完全には信用しない
 2:りすかが目覚めたら曲識を殺したかどうか確認する
 3:他の零崎一賊を見つけて守る
 4:零崎曲識を殺した相手を見付け、殺す
 5:真庭蝙蝠、並びにその仲間を殺す
[備考]
 ※他の零崎一賊の気配を感じ取っていますが、正確な位置や誰なのかまでははっきりとわかっていません。
 ※現在は曲識殺しの犯人が分からずカッターナイフを持った相手を探しています。
 ※真庭蝙蝠が零崎人識に変身できると思っています。
 ※鐚の制限は後の書き手さんにお任せします。
 ※Bー6で発生した山火事を目撃したかどうかは不明です。
 ※軽トラックの一部が破損し、微量の血液が付着しています。



【水倉りすか@りすかシリーズ】
[状態]手足を拘束されている、零崎人識に対する恐怖
[装備]無し
[道具]無し
[思考]
 基本:まずは、相棒の供犠創貴を探す。
 1:この戦いの基本方針は供犠創貴が見つかってから決める。
 2:――――――?
[備考]
 ※新本格魔法少女りすか2からの参戦です。
 ※治癒時間、移動時間の『省略』の魔法は1時間のインターバルが必要なようです。(使用可能)
  なお、移動時間魔法を使用する場合は、その場所の光景を思い浮かべなければいけません。
 ※大人りすかについての制限はこれ以降の書き手にお任せします。

628自己愛(事故遭) ◆wUZst.K6uE:2013/01/12(土) 13:46:17





  ◆   ◆   ◆





 人識たちが走り去っていった、その道路沿いに立ち並ぶ木々の向こうから一人の男が現れる。
 アスファルトで舗装された道路の上で、鑢七花は遠ざかっていくトラックをただ呆然と眺めていた。

 「…………何だったんだ、一体……」

 一部始終を見ていた鑢七花だったが、正直なところ、何が起こったのかよく理解できていなかった。
 黒神真黒が、逃走していった先で突然現れた何かに撥ね飛ばされたのはわかったが、その何かは七花にとって見たこともないものだった。
 外見と見た限りの機能からして、陸を走るための乗り物であることは何となく理解できたが。

 その何かに乗っていた人物たちは、どうやら七花が見ていることに気がつかなかったらしい。
 針金のように細い身体をした男と、顔面に遠目でもわかるくらい妙な形の文様をいれた背の低い少年。
 よくは見えなかったが、真っ赤な衣装を纏った少女が寝ていたような気がする。
 距離が離れていたため、話していた内容までは聞き取れなかったが――――

 「………………………………まあ、いいか」

 結局、七花はあきらめることにした。
 逃がした相手のことも、走り去っていった連中について考えることも。
 黒神真黒とかいうあの男が無事かどうかはわからないが、無事ならすでに逃げおおせていることだろう。今から追って間に合うとは思えない。
 また斬り損ねちまったなぁ――と、特に残念そうでもなく言う。

 「あー、これからどうすっかな――姉ちゃんのことも探したいけど、どっか探すあてがあるわけでもねえし……」

 ぶつくさとつぶやきながら、あたりを適当に見回す。

 「…………ん?」

 七花はアスファルトの上に視線を落とす。
 真黒との衝突によって壊れたトラックの部品に混じって、小さな瓶のようなものが転がっていた。
 拾い上げて軽く振ってみる。中に液体状の何かが入っていることが音でわかった。

 「さっきの奴らが落としてったのか……? 何に使うんだろうな」

 そういえばさっき真黒とあの乗り物がぶつかった際、後ろに乗っていた少年が体勢を崩して、持っていた荷物を落としかけていたことを思い出す。あのときに中身が零れ落ちたのだろう。
 開けてみようかとも思ったが、やめておく。中身が危険な物質でないとは限らない。

 「まあ、一応もらっておくか」

 そう言って、拾った小瓶を無造作に着物の懐へと仕舞い込む。
 他に目ぼしいものがないことを確認し、七花はまた適当な方向へと足を進めだす。
 次なる相手と、もしかしたらもう一度戦うことになるかもしれない、自分の姉の姿を求めて。

629自己愛(事故遭) ◆wUZst.K6uE:2013/01/12(土) 13:50:26


【1日目/昼/C-3】
【鑢七花@刀語】
[状態]疲労(中)、倦怠感、七実がいることに困惑
[装備] 奇野既知の病毒@人間シリーズ
[道具]支給品一式(食料のみ二人分)
[思考]
基本:優勝し、願いを叶える
 1:名簿の中で知っている相手を探す。それ以外は斬る。
 2:姉と戦うかどうかは、会ってみないとわからない。
[備考]
 ※時系列は本編終了後です。
 ※りすかの血が手、服に付いています
 ※りすかの血に魔力が残っているかは不明です。










  ◆   ◆   ◆





 アスファルトで舗装された道路から塀をひとつ隔てた、深い茂みに覆われた空き地のような場所。
 そこに男が一人、見るも無残な様相で倒れ伏している。
 地面に顔を伏せるようにして倒れているため、どんな表情をしているのか窺い知ることはできない。身体は大きくひしゃげ、口と胴体から大量の血液を流出させている。

 男はしばらくの間、よく聞き取れない声で何ごとかをぶつぶつと呟いていたが、やがて力尽きたように独白を止める。


 そのまま男は、二度と何かを言うことはなかった。





 『解析』の能力を持つ異常(アブノーマル)、『理詰めの魔術師』にして、黒神めだかの兄、黒神真黒。
 彼の最期の独白は、結局誰の耳にも届くことなく、風の彼方へと消え去っていった。

630 ◆wUZst.K6uE:2013/01/12(土) 13:53:59
以上で投下終了です。なんかすいません。

規制が解けるかどうかわからないので、問題がないようであればまた代理投下の方をお願いしたいと思います。

631 ◆wUZst.K6uE:2013/01/12(土) 17:50:08
すいません、ひとつミスを発見
零崎人識の持ち物に、回収した分のデイパックを入れ忘れていました。追加お願いします

632誰でもない名無し:2013/01/13(日) 08:08:40
仮投下乙です
これはひどい(ほめ言葉)
めだかちゃん元に戻った時点で真黒さんは用済みだったけど(え、なんというか、まあ、ここまでいくと…w
双識と人識の会話がすごく「らしい」けど人殺してこの反応は普通じゃないんだよなあ
> 「救命処置なんか施して、本当に蘇生してしまったらどうするんだ! 轢かれた仕返しでもされたら怖いじゃないか!」
> 「普通に最低かお前は!」
笑うしかなかったw
そして七花の手に渡った病毒も次会う人によっては一波乱ありそうだし

指摘と言いますか、気になった点が3つ
>零崎双識は、落ち着き払った様子でずれた眼鏡を直す。
今双識は眼鏡をかけていないはずなのでこの表現は訂正した方がいいかと
>手と袖にべっとりとついた、真っ赤な血の痕。
状態表では極少でしたし、前話でめだかが触れなかったことから考えてもべっとりという表現は合わないのではないでしょうか
>まさか、自分を知る前の大将が来てやしないだろうが……もしそうだったら説明がややこしくなりそうだなあと、軽い感じに人識は思う。
人識と軋識は一度不要湖で会っていますし少しそぐわないように思います

下二つは個人的なものですが眼鏡については修正が必要かと

633 ◆wUZst.K6uE:2013/01/13(日) 13:46:38
感想&ご指摘ありがとうございます! 読み込みが足りなさすぎでしたね…申し訳ないです。
以下のように修正させていただきます


>>614、下から3行目

 七花の袖口に目をやる。手と袖にべっとりとついた、真っ赤な血の痕。
 まさに今、その手で誰かを殺してきたと主張するようについているこの血は、いったい誰のものなのか。
→七花の来ている着物の袖に、ごく微量だが、血痕のようなものが見て取れた。
 返り血にしては少ない量の血ではあるが――いったい誰のものなのか。

>>624、3行目

 運転席に座る青年――零崎双識は、落ち着き払った様子でずれた眼鏡を直す。
→運転席に座る青年――零崎双識は、落ち着き払った様子で人識に言う。

>>626、18行目

 まさか、自分を知る前の大将が来てやしないだろうが……もしそうだったら説明がややこしくなりそうだなあと、軽い感じに人識は思う。
→不要湖で会ったときにお互い何の違和感も抱かなかったことからすると、さほど大きなズレがあるとは思えないが……
 こんなことなら、もっとちゃんと情報交換しておけばよかったなあと、軽い感じに人識は思う。


修正点は以上です。すみませんでした。以後気を付けます。
他にもおかしな点があればご指摘お願いします。

634誰でもない名無し:2013/01/13(日) 14:53:58
お早い修正乙です
自分としてはもう気になる点はないので他の方の指摘も無いようであれば代理投下引き受けます

635 ◆aOl4/e3TgA:2013/02/16(土) 22:08:32
本スレが規制中なので、こちらに投下します

636無名(夢影) ◆aOl4/e3TgA:2013/02/16(土) 22:10:21
 ――駆ける、不忍。
 その速度は完全に人間のそれを超えており、誰が見たところでまともな肉体をしていないことを窺わせる程のものだ。
 これだけの力を有する人間が、殺し合いに積極的になっているという事実は、敬虔な一般人からすれば由々しき事態だろう。
 そんな彼が、今もなお一人の戦果すら挙げられていないのは、このバトルロワイアルの妙、というべきか。
 『主人公』と呼ばれし少女と二度も交戦し、敗北することなく逃げ延びているのは流石と言えるが、彼にそんな誉め言葉を贈ったところで――いや、そもそも彼にとっては誉め言葉ですらないのかもしれないが――、彼が喜んだりすることは有り得ないだろう。
 不忍の仮面で面を隠匿し。
 心は鉄(くろがね)の仮面で凍らせる。
 静寂と苛烈を両立させる凄腕の暗殺者、それが左右田右衛門左衛門という男だ。
 彼の足が向かう方向は、他の参加者の心臓ある場所ではない。
 確かに参加者を減らすことも彼の目的の一つではあるのだが、それと比較すら出来ないほどに大きな目的が、存在している。
 
 ――否。

 正しくは、存在して《いた》。
 その真実は、主君の命ずるがままに凄腕のしのびですらも抹殺してきた有能な暗殺者でさえも、察することの叶わぬものであった。
 察することが叶わない程度なら、どれほど良かったろうか。
 無感情を徹頭徹尾貫く不忍の暗殺者。
 これまで決して大きな失敗を犯さずに疾駆してきたその足は、《策士》の少女が告げた残酷なる真実の前に、静止する。
 静止して、仮面の男は呆然と空を見上げた。

 「――――……姫さま?」

 落ち着け。
 落ち着かなければ、自分は戦いを続けられなくなる。
 そんなことはあってはならない。
 そんなことは、《あの方》への冒涜だ。
 生きる意味を与えてくれたあの姫さまを、貶めるなど言語道断。
 此の世に存在するどんな罪状よりも、いっとう罪深い十字架だ。
 ――だが。
 だが、それを評価する者はもう。
 此の常世には、亡い。
 
 「……………、」

 言葉を失う。
 言葉を喪う。
 童子であろうと冷徹に殺す右衛門左衛門が、動きを止めていた。
 そんな失態を貶す者は、いない。
 二度と自分の前には顕れない。
 誰かに責任を押し付けるような真似をしようにも――、この失態の責任はすべて、守りきれなかった自分にある。
 自分がもしも、もっと迅速に行動できていたのならば。
 参加者の殲滅など、考えるべきではなかったのだ。
 左右田右衛門左衛門すら底を測り得ない怪物の跋扈する地で、第一にすべきは紛れもなく、姫さまを発見することだった。
 今更悔やんでも、もうなにも戻りはしない。
 右衛門左衛門は一つの大切なものを、されど彼という存在の全てを費やしても比類し得ぬ価値あるものを、取りこぼしてしまった。

 ――――ぐらり、とその肉体が揺れる。
 それでも、彼は忠義を誓いし有能なる否定の姫君の臣。
 みっともない醜態を晒す無様はせずに、静かに頭を垂れる。
 そんな程度で許して貰える道理などないが。
 開き直るなんて真似は、どうしても出来そうになかった。

 「申し訳在りません――姫さま。わたしはあなたを、守れませんでした」

 申す訳など、ある筈もない。
 そんなもので自らの罪を誤魔化そうなど、笑止千万。
 潔く右衛門左衛門は罪を、最も醜悪かつ甚大なる罪を認めた。
 比喩抜きで、銀の十字架に射抜かれたような感覚さえ覚えた。
 だがその動揺も、彼らしい思考回路の元長続きはさせない。
 とはいえ、もしも交戦の最中だったら危なかっただろう。
 万全の状態でありながら、数十秒を無駄にしてしまったのだ。
 戦闘時のような余裕のない状況であったなら――考えたくもない。
 自分はどれだけ失態を重ねるつもりなのかと、自嘲する。
 自嘲してもしきれないほどに、まるで死んだ姫がするように、自分を嘲って嘲って、卑下し続ける。

637無名(夢影) ◆aOl4/e3TgA:2013/02/16(土) 22:10:49
 「さて」

 右衛門左衛門は面に右手を軽く当てつつ、気持ちを切り替えるようにそんな短い台詞を口にした。
 いや、そんなもので振り切れる訳もない。
 ただ、止まっている訳にもいかない。
 だから彼は立つ。自分の為すべきことを遂げるために、存在し続ける。

 「このまま狗で終わる訳にもいくまい」

 左右田右衛門左衛門の目的は、すぐに決定された。
 姫さまの後を追う。
 姫さまの死をきっかけに心機一転対主催になってみる。
 姫さまが死んだ。だから殺す。
 全て答えとしては下の下、地に這う虫よりもなお下劣だ。
 
 「《願い》。そんな不確かなものに縋るなど甚だ不本意だが、仕方ない。事態が事態だ、躍らされてやるとしよう」

 右衛門左衛門の選び取った回答は、全てを殺すことだった。
 不知火袴が口にした言葉を、彼は忘れていない。
 あの老人は確かに、願望の成就を口にした筈だ。
 正直信用に値するかは怪しいものだと思っていたが、こうなっては最早選ぶ余地など他にある筈もないだろう。
 果たせなかった忠義を、取り戻す。
 姫さまを蘇らせて、この殺し合いより帰還する。
 それで十全だ。不知火袴のような不気味な輩に躍らされるという事実にも、別段不快感を感じるようなことはなかった。
 元より矜持など捨てている。
 もしもこれで願いの話が虚偽だったなら、あの老人たちを根絶やしにした後に、この心臓を穿って償うしかない。
 そんな終わりは恥もいいところなので、それ以前に自分の全てを捧げると誓った姫さまをこんな下劣極まる遊戯で喪うなど、あってはならないため――なんとしても、願いの話が真実であることを祈るばかりだった。

 「そうと決まれば、うかうかしている暇などないな」

 殺す。
 冷酷非情の猟犬にでも成り果てよう。
 そう思い立ち、左右田右衛門左衛門がその俊足を用いて走り去らんとした丁度その瞬間であった。
 彼の研ぎ澄まされた五感が、感じ覚えのある気配を感じ取ったのだ。
 それは彼にとって、間違いなく有益でないもの。
 災害にも等しき再会。
 再会にも等しき災害。
 災禍にも等しき開花。
 開花にも等しき災禍。
 出会いたくなかった、出来るなら適当にのたれ死んでくれることを願っていた青年が、そこに悠然と佇んでいた。
 否、佇むというよりは、《存在していた》というのが正しいだろう。
 彼は人間でありながら、人間ならざる存在なのだから。

 「――……不禁得」

 右衛門左衛門の声は、苦笑に近かった。
 自分の不運を呪うような声だった。
 それを聞いた《人ならざる青年》は、

 「左右田右衛門左衛門――久し振りだな」

 馴れ馴れしく、手を挙げてのけた。
 鑢七花。その姿形を、まさか見誤るような道理があろうか。
 伝説の刀鍛冶・四季崎記紀の十二本の変体刀集めという難行を、同行者の手腕があったとはいえ異常な短期間で遂げた、奇策士の刀。
 そして、右衛門左衛門に引導を渡した存在である。
 全力で撃ち合い、打ち合い、その末に不忍が敗れて散った。
 まさしく化け物じみた存在だと、右衛門左衛門は認識していた。
 そんな奴と、よりによって折角覚悟を決めた矢先に再会するなんて。
 どれほど運がないのだろうなと、軽口の一つでも叩きたくなる。
 
 「鑢七花か。黒神めだかに敗北したと聞いているが」
 「――ああ、負けたよ。どんな形にしろあれはおれの負けだ」

 彼のことを貶す気などない。
 確かに、黒神めだかが異常な存在であることは確認できた。
 二度の邂逅を経て、全くその性質を反転させていながら、肝心などこかが狂っていることは変わっていないような、そんな存在だった。
 ――いや、今やそんなことはどうでもいい。

638無名(夢影) ◆aOl4/e3TgA:2013/02/16(土) 22:11:20
 「否定姫が死んだな」
 「ああ」

 それだけで回答としては十分だ。
 かつて目の前の男の大切なものを壊した彼が今度は喪う番とは、因果応報という四字熟語を連想させるものがあった。
 眼前の刀は振るい手を喪い。
 不忍の者は存在意義を喪った。
 喪った者同士がこうして向かい合っている以上、どうなるかは明白だ。
 七花の目は、あの時と同じだ。
 十一人の手練れを歯牙にもかけずに撃破し、炎刀を装備した右衛門左衛門をも滅ぼしてのけた刀の瞳がそこにはあった。
 すぐに分かった。
 この刀は、最早妖刀にも等しい。
 担い手を喪って、刃だけになりながらも戦い続ける、妖刀。
 
 「不良。此方としては、貴様と激突するのは避けたいのだが」
 「無理だな。おれは刀だから、そういう細かいことは考えねえよ」
 
 右衛門左衛門の足でなら、逃げ延びることは難しくない。
 七花は強いが、流石に元しのびを凌駕する超速には達していまい。
 だが――、素直に逃がしてくれる気は無さそうだ。
 当然。刀は斬る相手を選ぶことをしない。
 故に、左右田右衛門左衛門の言葉に耳を貸す理由がない。
 
 「おれはあんたを斬る。あんたもおれを殺せばいい。――――あの時と同じだよ、右衛門左衛門」
 「――――そう、だな」

 同じではない。
 違う。違いすぎている。
 姫を喪い、目的は忠義を果たすことから老人の甘言に頼るような惨めなものに変容してしまっている。
 あの時とは違う。

 「不笑。笑えんよ、鑢七花」
 「そうかよ。じゃあ、おれは精々あんたの分も笑ってやる」

 鑢七花が構える。
 戦う準備は整ったとばかりに、有無を言う余地すらなく、構える。
 右衛門左衛門も応じるように構える。
 戦う準備は整っていないが、有無を挟む真似をせず、構える。

 「――ただしそのころには、あんたは八つ裂きになっているだろうけどな!」

 戦いの火蓋は、それを皮切りとして落とされた。
 七花が掌底を打ち込まんとするのを、右衛門左衛門は持ち前の身のこなしでかわしつつ、メスの一本を彼の額めがけて投擲する。
 当たれば脳髄まで届くは必至の速度だが、相手は鑢七花。
 四季崎の完了形変体刀『虚刀・鑢』と呼ばれるだけあり、この程度の攻撃は虚刀流の前では児戯にも等しい。
 大体、その程度の輩であるなら如何に落ちぶれたとはいえ、真庭忍軍の連中も彼の前に悉く散るようなことはなかった筈だ。
 瞬、と飛んだ銀刃を。
 粛、と虚刀が叩き落とす。
 真ん中で破砕した刃とは裏腹に、彼の手に一切の傷跡はない。

 「虚刀流・薔薇ッ!」

 轟と空気を切り裂いて、空中で逃げ場のない右衛門左衛門へと前蹴りが炸裂せんと進んでいき、それは直撃の軌道かと思われた。
 しかしだ。虚刀が並大抵の輩には討ち果たせぬように、この左右田右衛門左衛門――『不忍』もまた、生易しい手合いではない。
 炎刀が無くとも、七花に負けるとも劣らぬ身体能力がある。
 速度でならば、此方に長があるといっても過言ではない程だ。
 首筋を破壊する筈だった前蹴りは、空中で錐揉み回転をするように身体を捻らせた右衛門左衛門により易々と回避された。
 が、これで終わりではない。
 七花の回し蹴り――虚刀流・梅が無防備な右衛門左衛門を休む暇を与えないまでの速度で、その胴へと放たれている。

 「不悪(あしからず)――だが!」

 右衛門左衛門はそれを華麗なまでのバック転でかい潜ると、避けた後の空中滞空時間に、抜き出したメスを数本、投げつける。
 これだけの数を捌くことは、並の剣士では不可能だ。
 が、この鑢七花という男を前にそんな道理は通じない。
 これで仕留めきれる訳がない。

639無名(夢影) ◆aOl4/e3TgA:2013/02/16(土) 22:12:00
 「よっと」

 横薙ぎの一閃で、七花は放った細くしなやかな刃を全て捌く。
 砕けた刃の破片が宙を舞う。
 七花は今度こそ右衛門左衛門へと攻撃を打ち込もうと勢いよく踏み込もうとし、そこで初めて鋭い痛みに呻いた。
 散る破片に覆い隠されるようにして飛来した真庭忍軍の棒手裏剣が、七花の脇腹を抉っていたのだ。
 こういう手は、やはり暗殺者の得意技である。
 様々な相手と、様々なしのびを相手取ってきた鑢七花であっても気付けぬ一撃を放ってのけるは、流石は否定姫の腹心というべきか。
 内臓はやられていないから、まだ良かった。
 そう七花が僅かに安堵した時には、彼は術中にはまっていた。
 右衛門左衛門の姿が、視界から消失している。
 慌てて振り返ると、そこには案の定仮面の暗殺者の姿。
 突き出されたメスの冷たき刃が、またも彼の肉体を貫く。

 「……ちっ!」
 
 七花の攻撃が届くよりも前に、右衛門左衛門は既に素手のリーチから脱出していた。
 如何に絶大な威力でも、届かなければ意味がない。
 今のところ、戦況は左右田右衛門左衛門へと傾いているようだった。

 「――万全ではないようだな、虚刀流」 
 「ほざけ!」

 悪態をつく七花だが、冷静さを欠いてはいない。
 欠けているとすれば、それは刀の造形だ。
 右衛門左衛門には分かる。
 一度はぶつかり合い、敗北した相手だ、分からない方が無理な話。
 あの城で拳という刀と、銃という刀を交えた時の彼は、大袈裟な比喩の一切を抜きにして命を省みていなかった。
 言葉通り、殺して貰う為に挑んでいた。
 腕利きの御側人達を悉く撃破してのけた彼はこれまでの旅路の成果か怜悧かつ屈強、まさしくそれは無双と呼ぶが相応しい技前だった。
 しかし今の鑢七花は、どこかが鈍い。
 左右田右衛門左衛門はそれが、自らが悪評を広めた少女により負わされた手数であると知らぬままに、唯無情にそこを狙う。 
 腐っても元は闇夜を舞う忍。
 現在だって職業は暗殺者のようなもの。
 今は亡き主君の命令とあらば誰でも殺し、幾らでも壊す冷血漢。
 しかも今や、主の復活という大望を胸にしている彼に、真っ当な誇りを期待することがまず不毛の極みだった。

 ――拳が舞って、銀が飛ぶ。
   虚刀の紅が宙を舞い、不忍は自らの有利に口許を歪める。
   しかしながら、そこは現日本最強の剣士。
   打ち合う中で彼もまた、確実に右衛門左衛門へと疲労を与える。
   目に見える傷と、見えない傷の違いだ。
   互いに致命傷にはなり得ぬギリギリの境界線を突き詰めていく、いわば終局間際の将棋の如き攻防が繰り広げられる。

 完全なる少女により、刀は病魔という錆に冒された。
 それによる倦怠感と、更に疲労が彼をどこか鈍らせる。
 虚刀・鑢は完全なる刀だが、鑢七花はあくまで人間に区分される。
 刀は砕けても繋ぎ合わせることだって可能かもしれない。
 少なくとも、伝説の刀鍛冶が――七花を奇妙な刀集めの旅へと導いた当の本人が知る、未来の技術でなら容易いことだ。
 だが人間はそうはいかない。
 気合いで不治の病は治せない。
 胴体から両断されたら、それでおしまいだ。

640無名(夢影) ◆aOl4/e3TgA:2013/02/16(土) 22:13:03
 「不笑」

 右衛門左衛門は笑わない。
 七花の胴体には所々に赤い線が生まれ、そこから血液が漏れている。
 メスや棒手裏剣が刺さったままの箇所さえあるほどだ。
 なのに、ちっとも勝てるという確信を得らせてくれない。
 これが虚刀流か、と。
 覆面の男は、改めて笑えない、との評価を下した。

 「笑えねえのはこっちの方だよ。……くそっ、あの女。ホントに邪魔なもんを残してくれた」
 
 やはりあの少女。鑢七花をどんな手段か知らないが、打ち破った少女。
 彼女のおかげでこの戦況があるのかもしれないと考えると、少しは感謝の情も湧いてくるというものだった。
 炎刀を持たぬ今、手持ち無沙汰なのは間違いなく自分である。
 これで相手が万全であれば、逃げるに徹するより他無かった。

 右衛門左衛門がまたも刃を投じる。
 何度繰り返されたか分からぬ動作を、七花は億劫とばかりに払った。
 あの刀の間合いに入るのは愚策。
 だが、遠距離からでは確実な決着に繋がる一手を打ち出せない。 
 現にこれまでの攻撃で、まともなダメージになったのはたった数発だ。
 地面はいつからか、金属の破片ばかりになっていた。
 手持ちの武器があと幾つあるか数えていれば、相手に先手を許す。
 少なくとも、悠長にやっている暇はない。
 鑢七花を殺すのに武器を使い切るのはいいが、戦っている最中に武器を使い切るのだけはあってはならないことだ。
 勝負を決める。
 そうと決まれば、真庭の棒手裏剣を使うのが最も堅実だろう。
 メスの切れ味はしなやかで悪くはないものの、一撃の破壊力でならばこちらの方が遙かに勝るのだから。

 「右衛門左衛門、あのさ」

 いざ動かんとした時に、七花が口を開いた。
 彼もまた、決着の訪れを感じたのだろう。
 もしくは、決着を無理矢理にでも訪れさせるということか。
 
 「おれは情けねえよ」

 情けない。それは、彼の現在の本心だった。
 鑢七花を鈍らせているのが、肉体の重みのみである。
 そんなのは、戯言に過ぎない。
 彼を真に鈍らせているのは、紛れもなく敗北の重みだ。
 
 「おれは失うものなんて、もうなんにもないんだ。とがめはあんたが殺しちまった。おれは何もないんだよ」

 七花は決して生涯無敗を貫いている訳ではない。
 双刀を振るう怪力使いの一族の、その唯一の生き残りに。
 錆び付いた刀、生涯を通して一度しか勝てなかった実の姉に。
 剣を扱えない、その欠点を突かれて誠実なる剣士に。
 敗北し――しかしながらも立ち上がり、全てその手で倒してきた。
 彼には目的があったからだ。
 惚れた女の為に、立ちはだかる敵を倒す。
 単純にして明快、されど絶対にして最高な理由があった。

 「それなのに黒神の奴に負けて、薫ってたんだろうな。ああ、認める」

 願いを懸けた殺し合いはまだ半ばであるというのに、だ。
 言うならば、本戦を待たずに中途半端なところで敗北した。
 立ち上がらせてくれる理由も曖昧になって、それが七花を錆びさせた。
 心も錆びて体も錆びた。まさしく、情けない限りだ。

641無名(夢影) ◆aOl4/e3TgA:2013/02/16(土) 22:14:02
 「だから、ありがとよ。右衛門左衛門――あんたと此処で再会出来なきゃ、おれは案外その辺で野垂れ死んでたかもしれねえ」
 「不笑。わたしは再会など、望んでいなかったぞ」
 「そうかい」

 七花は苦笑するように微笑して。
 その一瞬後、先程までとは明らかに異なる冷たさを纏い、構えた。
 それは覚悟完了の徴。迷いを断ち切った証。
 
 先に駆けたのは右衛門左衛門だった。
 メスを右手の指の間に挟み、もう片方で棒手裏剣を持つ。
 速さはまさに超速。忍ぶことを捨てたとしても、腐ってはいない。
 一瞬に近い時間で間合いを詰めた彼は、右手に鉤爪のように装着したメスで、情け容赦なく七花の肉体を切り裂いた。
 浅い。だが、確かに通った攻撃だ。
 続いて棒手裏剣を打ち込まんとするが、その瞬間には七花の蹴り上げが手裏剣を砕き、次なる動作を無意と変えた。
 速い。切り返しでなら、彼もまた超速のそれだった。
 追撃が、鉤爪を模した右手へと及ぶ。
 
 「――――…………っ!」

 飛び退かんとするにも、一瞬驚きで時間を喰われた。
 それは致命的な隙、あるべきでない異分子。
 不覚にも時間にして一秒にも満たぬ空白が、彼を追い詰める。
 されどそこは否定姫が腹心だった男。
 凄腕のしのびを次々と暗殺してのけ、神の通り名を与えられし男とも互角に渡り合える手練れ。
 鑢七花の旅の中でも、一二を争う実力者。
 速やかに彼は速断し、肉を切らせて骨を断つことを選ぶ。
 即ち、右腕を捨ててでも有効打へ繋げる。
 どうせ失うことが避けられないのなら、成功できるかも分からない悪足掻きに賭けるのではなく、現実を受け入れた上で次へ活かす。
 がいぃぃぃいいん――――と、鈍く大きな衝撃。
 右腕は千切れこそしなかったがその形状をあらぬ方向へと曲がらせ、一目で使い物にならないことを覚らせる。
 
 次は七花が顔をしかめる番だった。
 視界が、赤色に包まれたのだ。
 投げ込まれる何かを打ち落とした、それが原因らしかった。
 破片は苦にならないが、大きく視界を書いてしまった。
 目潰し――右衛門左衛門は、自らの支給品である曰く付きの小瓶を、事もなさげに使い捨てたのだった。
 英断だと、七花は思う。右衛門左衛門も信じている。
 どうせ使い物にならない物ならば、せめて最大限の使い方で使い潰すのが最善に決まっているのだから。
 更に、視界を潰された七花の背後へ、彼は瞬身する。
 ――相生拳法・背弄拳……!!
 背後にいるものは攻撃しにくいというメリットを最大限に活かし、常に相手の背後を取る、忍者の動きあってこその拳法。
 それはひどく単純で、それゆえに攻略が難しい。
 視界を封じられている七花では、気付くことさえ遅れる。

 「さらばだ、鑢七花!」

 繰り出すは絶技。
 虚刀を砕くに相応しき一撃。
 
 

 「――――不忍法・不生不殺――――!!!!」



 そして。
 鮮血が激しく咲き乱れ。
 虚刀流と不忍の再戦の決着は着いた。

 ――風が吹いていた。

642無名(夢影) ◆aOl4/e3TgA:2013/02/16(土) 22:14:37
    ◆    ◆


 「――――が、は…………!!」

 左右田右衛門左衛門は、倒れていた。
 あの時と同じく、その胴体に致命傷を穿たれて。
 血液の湖を作りながら、避けられぬ死の訪れを感じさせられていた。
 一方の鑢七花は、全身各所に細かな傷を作りながらも立っている。
 二本の足で地面を踏みしめ、自らの貫いた敵を黙って見下ろしている。

 ――あの時、右衛門左衛門は確かに勝利の一歩手前にいた。
 不忍法・不生不殺を決められていれば、勝利は間違いなかったのだ。
 仕留めきれずとも視界を封じられた七花では、動きは当然鈍る。
 その隙で十分。もう一度必殺を叩き込めば、確実に彼が勝っていた。
 なら何故左右田右衛門左衛門は負けたのか。
 それはひとえに、偶然だった。
 
 視界を奪われると同時に、七花もまた考えた。
 考えるというよりは、ほぼ直感に近かっただろう。
 右衛門左衛門が確実に命を取りに来ると、確信することができた。
 迎え撃たなければ殺される。それも、此方も必殺で応じるしかない。
 ――虚刀流・一の構え。鈴蘭。
 更に、それから繰り出される虚刀流最速の奥義・鏡花水月。
 そうやって、突撃してくる右衛門左衛門を迎え撃とうとした――が。
 彼が背後へと回ったことを、まばらとはいえ微かに見えた視界の様子から察することができた。
 それがあとほんの一秒遅ければ、七花は死んでいた。

 型のなき、無名の一撃。
 振り返ると同時に放たれた、他の奥義のどれにも当てはまらない攻撃。
 虚刀流の奥義に属されるほど、それは上等ではなかった。
 あまりにお粗末で、けれども鑢七花の全力を込めた一撃。
 それは左右田右衛門左衛門の一撃が自らに届くよりも前に、彼の胴体を刺し貫き、この因縁の戦いへと終止符を打った。
 ただ、それだけのことだった。

 「……おれの勝ちだ、左右田右衛門左衛門」
 「や、すり……しちか……!」

 右衛門左衛門は立ち上がろうとするが、叶わない。
 やはり前回と同じく、死は免れない致命傷であるようだった。
 一分どころか、あと十数秒保つかどうかも分からない状態だ。
 当然、如何にしのびの如き速さを持つ右衛門左衛門でも、それほどの短時間で優勝を勝ち取ることなど到底不可能である。
 彼は、敗北したのだ。
 何も為さずに、無意味に無価値に死んでいく。

 「虚刀流」

 はっきりとした語調で、彼は言う。
 無価値の誹りを受けるくらい、何でもないことだ。
 けれども、無意味で終わることなどあってはならない。
 それではあのお方の――姫さまの腹心として、あまりに無様すぎる。
 だから彼は最期に遺すことにした。いや、託すことにした。
 自分の遂げられなかった願望を。
 恨み言のように、皮肉るように、人間らしく笑って、伝えて逝った。

 「姫さまを任せた」

 ――――それっきり。
 ただ一度だけ吐血して、左右田右衛門左衛門は今度こそ完全に死んだ。
 その光景を見つめて、七花はぽつりとつぶやいた。

643無名(夢影) ◆aOl4/e3TgA:2013/02/16(土) 22:15:29
 「そういや、”一人”とは言ってなかったっけな――――」

 ばたりと、彼は地面へ仰向けに倒れ込む。
 致命傷は負っていないが、如何せん、疲れてしまった。
 ようやく一人の戦果を挙げたところだというのに、どうにも眠い。
 一度休んだほうがいいか。
 
 ――そういや、右衛門左衛門を殺した、あの一撃。
 あれなら、虚刀流の新しい奥義に出来たかもしれないな。
 まあ、どうやったのかなんて、もう忘れちまったけど――

 彼はそれ以上睡眠欲求へ逆らうことをせずに、緩やかな眠りへとその意識を落としていった。


 
 【左右田右衛門左衛門@刀語  死亡】



【一日目/真昼/C-3】
【鑢七花@刀語】
[状態]疲労(大)、倦怠感、覚悟完了、全身血塗れ、全身に無数の細かい切り傷、刺し傷(致命傷にはなっていない)、睡眠中
[装備]奇野既知の病毒@人間シリーズ
[道具]支給品一式(食料のみ二人分)
[思考]
基本:優勝し、願いを叶える
 1:……………………。
 2:起きたら本格的に動く。
 3:名簿の中で知っている相手を探す。それ以外は斬る。
 4:姉と戦うかどうかは、会ってみないと分からない。
[備考]
 ※時系列は本編終了後です。
 ※りすかの血が手、服に付いています
 ※りすかの血に魔力が残っているかは不明です。
 ※浴びると不幸になる血(真偽不明)を浴びました。今後どうなるかは不明です。

644 ◆aOl4/e3TgA:2013/02/16(土) 22:16:13
投下終了です。
どなたか代理投下をお願いできれば幸いです

645 ◆aOl4/e3TgA:2013/02/16(土) 22:32:50
失礼、>>641の36行目
”自らの支給品である”

"病院で得た"に変更お願いします

646 ◆aOl4/e3TgA:2013/02/24(日) 21:34:30
完成したのですが、不安点が多いのでまず仮投下とさせていただきます

647繋がれた兎(腐らせた楔) ◆aOl4/e3TgA:2013/02/24(日) 21:36:24
 【0】


 死なねえもんは殺せねえよ。
 

 【1】


 天に召された魂は、死を司る蒼き直線を一切揺るがすこと叶わず。
 それどころか、そんな些末極まる情報では、幼き体躯の少女に巣喰う蒼色の暴君を引きずり出すことすら叶わない。
 彼女にとって真に重要な名前など、ただの一つだけ。
 しかもそれは名前ではなく、単なる一記号としか表されない存在だ。
 つい数時間前まで談笑をしていた彼女の同行者たちが、仮に余すところ無く死滅したとしても――恐らくは、無意味。
 死線を覆すには至らない。
 死線を催すには至らない。
 死線を醒ますには下らない。
 死線を冷ますには丁度いい。
 
 電子の領域における絶対絶無唯一無二の天才児が、鍵盤を叩く。
 ただそれは、鍵盤と称するには、些か押すべき箇所が多すぎた。
 楽器ではなく、キーボードだ。
 彼女がボタンを叩く度に、常人では理解することも烏滸がましいような難解極まる文字列が生まれていく。
 キーを弾く少女の姿は苛烈を通り越して、既に優美の域に達している。
 そんな《演奏者》が、一瞬だけ鍵盤を弾く手を止めた。
 さながらプロのピアニストが、演奏の真っ最中に耳元を小蠅が舞い、あまりの鬱陶しさに手を止めるかのように。
 その後直ぐに――また、暴君の演奏は再会される。
 但し、彼女の思考を一瞬でも止められたことは名誉といっていい。
 少なくとも死線の王女が脳裏に思い描いたその人物は、その事実を光栄として彼女へ恭しく頭を垂れたことだろう。

 ――ぐっちゃん、死んじゃったか…………

 作業の手を一切緩めず、片手間に青い少女は思考する。
 彼女は数十年をかけて当然の研究を、僅か数時間で完成させるほどの頭脳を持っている。
 普通なら脳を目一杯使ってもどうにも出来ないような作業をしつつ、他の事へ気を回すなど、彼女にすれば本当に雑作もないことなのだ。
 
 ぐっちゃん。
 放送で呼ばれたその名前は、彼が少女やその仲間たちに名乗っていた名前とは異なっていたが、彼女はそれを把握していた。
 空前絶後のサイバーテロ集団。少女は《チーム》と称する。
 《チーム》の一員であった式岸軋騎という男は、本音のところを言うならば、少女にとっては仲間の一人としての認識でしかない。
 彼は当時14歳の少女へと想いを寄せていたようだが、その想いが成就するなど天地が裏返っても有り得ない話。
 彼女の恋人になれるのは、この世でただ一人だ。
 その少年の代用品など存在せず、真にその存在は唯一無二。
 そんな《街》式岸軋騎が仲間内でただの一つだけ突き抜けている面を挙げるとすれば、それは現実での戦い。
 電子の海――0と1の世界でならば絶対を誇る彼らも、数式で表せない現実面では圧倒的なまでに無力な存在である。
 ただ一人、式岸軋騎を除いては。
 彼だけは白兵戦が出来る、敵を物理的に駆逐することが出来る。
 何故なら、彼は魑魅魍魎とさして変わらない連中からも忌避される一賊《零崎一賊》が三天王の、その1人であるのだから。
 いや、今はもう過去形で表記するべきか。

 ――ぐっちゃんなら、とは思ってたんだけどね……

 式岸軋騎イコール、零崎軋識。
 シームレスバイアスと呼ばれる、天下に悪名を轟かす一賊の中でも、最多の人数を最も容赦なく殺した武勇を持つ鬼。
 彼がそう簡単に殺されることはないだろう、と踏んでいた。
 彼女もよく知る、鮮烈な赤色の請負人に比べれば確かに劣る。
 それでも、そんじょそこらの有象無象にやられる雑魚ではない。
 式岸もとい軋識が崇拝を寄せていた《暴君》は、彼の死を悼むでも慰めるでもなく、決して少なくない失望を覚えていた。
 見事なまでに期待を裏切ってくれた。
 もしも彼が生きていたら、殺していたところだ。
 普段の無邪気さは陰を潜め、その思考は何時しか壮烈な蒼へと変化。
 青い蒼い少女は、自身の仲間の体たらくに溜息をつく。

648繋がれた兎(腐らせた楔) ◆aOl4/e3TgA:2013/02/24(日) 21:37:05
 「ま、いっか。いーちゃんが生きてるんなら僕様ちゃんはそれだけでお腹いっぱいだよ。ぶいっ」

 無邪気に微笑みつつも、思考は怜悧に張り巡らせる。
 《街》が死んだ。名だたる零崎の鬼神が敗北して死んだ。
 ひょっとすると、これは想像以上かもしれない。
 想像以上に状況は混沌としており、それこそ自分の目の及ばないリアルな領域で、事態は刻一刻と狂いつつあるのか。
 零崎が一人、《呪い名》が一人。
 ――そして放送の声の変化。
 あの声は少女のものだった。
 聞き覚えはないが、きっと女子高生くらいの年齢だろうか。
 不知火袴と、あの覚えのある《声》。第一放送を担当した、哀れなる堕落者。いつかの事件以来どうしているかと思えば、まさかこのような愚行に肩貸しをしていたとは――とうとう、落ちるところまで墜ちたか。
 堕落三昧(マッドデモン)・斜道卿一郎。
 不知火袴はともかくとして、あんな小物は気に留めるまでもない。
 あのような非凡な存在では、愛しい《彼》や自分を破滅させるなどどう考えても無理だ。荷が重すぎる。

 耄碌した老人二人に、死線は抑えきれない。
 死線を抑えても、あの人類最強を抑制するなど不可能だ。
 仮に最強を倒しても、全てを乱す彼を潰すことは絶対に叶わない。
 
 だから、主催陣にはまだ真打ちがいると玖渚は予想していた。
 結果は予想通り。年不相応な堂々とした口調から察するに、もしかするとそれなりに名の知れた人物だったのかも知れない。  
 自身の兄とどうにかして連絡がつけば、事態は急転することだろう。
 殺し合いなんて児戯は最悪、一分と満たず終結する。
 今回は事態が事態だ――そのカードを切るのも、吝かではなかった。

 「掲示板の情報はもう纏めたし、あとはこの子のお洋服を脱がせてあげたらちょっと休憩かなー?」

 掲示板は幸い、正常に機能している。
 創設したのは無駄ではなかったらしい。
 書き込みの内容は一言一句違わず脳髄に記録した。
 そんなものは、青色サヴァンのキャパシティを前にしては、塵芥にも等しい小さな情報。
 それより問題は、このハードディスクである――――。

 暴君。
 死線の蒼(デッドブルー)。
 青色サヴァン。
 ――真なる名前を、玖渚友。
 彼女をして、このハードディスクは手応えのある壁だった。
 《お洋服》というよりは、戦国甲冑のごとき堅牢な鎧だ。
 中途半端なスキルしか持たない輩では、突破できないだろう。
 《チーム》クラスの人材でなくては、この鎧は剥がせない。
 その逆もまた然り。
 生半可な使い手では、この鎧は作れない。

 この《中身》には、それだけの価値があるのか。
 それとも、あてつけの如く何も入っていないブラフなのか。
 どちらにしろ、箱を開けてみるに越したことはない。
 猫箱の中身は、蓋を開けるまで確定しないのだ。
 何にせよ開けてみなければ、真にこれが有用か無用かを判断することが出来ない――それが何より、手痛い。
 無知は最大の悪徳だ。
 最悪の病魔といってもいい。
 そんなものを抱えているくらいなら、それが無駄なことであったとしても、己の知識の一端にしてしまった方がいいに決まっている。
 まあ、世の中には《知らない方がいいこと》も沢山あるのだが――
 しかし、この小さな少女はそんな領域をとうに飛び越えていた。
 
 彼女の指が鍵盤を叩く度に。
 ハードディスクの内部に巣食う堅牢なる守護者(ガーディアン)が、成す術もなく駆逐されていく。
 彼女にしては時間が掛かっているといえる、それでも勝負にさえなっていない、圧倒的すぎるゲーム展開だった。
 この程度では、玖渚友にとってのタイピング練習としてさえ落第だ。
 気怠げに、欠伸をひとつ。
 あどけない瞳を欠伸による涙で潤ませて、両手のみが暴風のように死線を広げていく、そんなアブノーマルな光景が平然と存在している。
 まさしく死線。
 ただしく暴君。
 青色サヴァンは止まらない。

649繋がれた兎(腐らせた楔) ◆aOl4/e3TgA:2013/02/24(日) 21:37:46
 玖渚友にとって、機械を扱うのは呼吸と同じだ。
 それどころか、呼吸よりも容易いことでさえある。
 彼女が奏でれば電子が弾けて、彼女が叩けば電子が狂う。
 彼女が直そうと思えば壊れたモノは元の形を取り戻し、彼女が壊そうと思えば鉄壁の城壁だってがらがらと――崩れ去る。
 ――現にいま、城壁が崩れた。
 丸裸の敵城には、脆弱な兵隊が残っているだけとなった。
 玖渚はこの防衛プログラムを作成した人物を賞賛する。
 悪名高きサヴァンの群青を、二十分近くも足止めすることに成功しているのだ。結果はどうあれ、それは間違いなく、並の腕前では叶わぬ芸当。
 
 「ほいっと、これで《王手》だね」

 休まる間もなく響き続けていたキーボードの音が、唐突に止む。
 それは即ち、玖渚友が当然の如く勝利してのけた、たったそれだけの事実を簡潔に意味していた。
 つい十数秒前まで画面を埋め尽くしていたエラー通知の数々は、今や電子の大海原に塵と消え失せ。
 まるで人類がいなくなった地球のように、汚れが消えてやけに綺麗に見える蒼いデスクトップの画面が表示されている。
 こうなればもう此方のものだ。玖渚はにんまりと笑うと、今度は情報を引き出すためのパスワード解読へと作業を移す。
 錠前など、針金でこじ開けられる内なら無いにも等しい。
 コンピューターでピッキングをやるとなれば当然難易度も段違いに上昇する筈なのだが、彼女にそんなありきたりの理屈は通じない。
 錠前を徹底的に外され、セキュリティを全て潰されたハードディスクはいよいよ、内部に眠る貴重な情報の数々をさらけ出す。

 クリック。
 クリック。 
 ダブルクリック。
 スクロール。
 パスワード。
 解除。
 クリック。

 ――そうしていよいよ、《秘宝(なかみ)》が、死線の手に堕ちる。

 「…………不知火一族?」

 それは、参加者の情報でもなければ首輪の情報でもなく、主催者の一人である、不知火袴の《名字》についての記述だった。
 黒神めだかなどの情報を得た時とは違い、テキストデータで簡潔に纏められており、幾分か読み辛い印象を受ける。
 だがそれは決して無益ではない情報だった。確かな収入だった。
 不知火袴、不知火半纏、不知火半袖、不知火――不知火、不知火不知火不知火不知火不知火不知火――。

 ――最下部には、動画ファイルがあった。
 玖渚はほんの一瞬だけ躊躇ったが、まさかこれでペナルティということもないだろうと思い、やがてエンターキーを静かに押す。
 

 そこには黒神めだかがいた。
 彼女は相も変わらず異常に、いや、異常なのだが、どこか吹っ切れたような様子を見せつつ、戦っていた。
 ダイジェスト風に紹介されていく、彼女たちの戦い。
 言葉使い(スタイリスト)が登場し、婚約者たちを退け。
 大切な友人《不知火半袖》を救うべく、《不知火の里》、いわば敵里の中心へといつもの通りに正々堂々真っ向から攻め入る。
 途中までは順調。だがそれは一人の大男により妨害される。
 異形なる鬼神の暴虐により仲間は散らされ、正義は負ける。
 少し映像がカットされ、どこかの病院。恐らくは廃病院。
 婚約者候補との激突。そして勝利。
 スタイルなるものを開発した男が鬼神により殺される。
 そこからは少し早送りされながらの、まさしく超人同士のぶつかり合いと称するに《相応しくない》、人の単語を冠することが憚られるほどの激闘が繰り広げられ――再びのチーム半壊。
 結局は黒神の幼なじみの少年が立ち上がるところで映像は終わり。
 字幕もテロップも無いその映像は、正直なところかなり意味不明といっていい映像だった。
 だが、玖渚友はその意味を理解する。
 持ち前の聡明な頭脳を、様々なものを犠牲にして成り立つ人智を超えた頭脳を働かせて、的確な仮説を提唱する。
 
 「ふうん。じゃあこれが、《時系列超越》の証拠か」

650繋がれた兎(腐らせた楔) ◆aOl4/e3TgA:2013/02/24(日) 21:38:26
 つまらなそうに、彼女は言った。
 映像の中には幾名か玖渚の知る、この殺し合いに参加させられている人間の姿があった。
 その内の何名かは、玖渚の調査によって得たデータと僅かに異なっていた。
 ならばそれを証明する理屈はひとつ、時系列を超越する技術を主催側が保持している――そんな、荒唐無稽なものしかない。
 玖渚は科学を信仰するような趣味はない。
 それが現実なら順応する、ただそれだけのこと。
 だから彼女にとってこれはなんて事のない事実。
 どうでもいいような話。
 問題は、再生の終了した動画のラストカットとして表示されている、ペイントで描いたようなヘタクソな文字の羅列。 
 それは、こう読めた。
 それは、玖渚友にとって覚えのある文章だった。


 《――You just watch,"DEAD BLUE"!!》


 【2】


 不知火袴に、本当にこれほどの権限があるのか。
 それが、全てのデータに目を通し終えた玖渚の感想だった。
 袴の冷静かつ淡々とした舞台進行は確かに異常なものがある。
 教育に狂った男、とすればまだ分からなくもなかった。
 が、蓋を開けてみれば彼の正体は拍子抜けするようなもの。
 黒神めだかの父親・黒神舵樹の影武者という、それだけの存在だ。
 教育者としての適正は本物よりも高かったようだが、影武者風情がここまで出しゃばることが許されるのか。
 舵樹がこの殺し合いを仕組んだというのなら分かる。
 ただしそれも、あのビデオ映像を見れば違うと確信できるもの。
 黒神めだかと対話をしていた舵樹はひどい親馬鹿に見えたし、とてもじゃないが娘を殺し合いへ投げ込むような男には見えなかった。
 ――なら、あれはなんだ?
 なぜ、自分の役回りを超えたことをしている?
 それは影武者の一族《不知火》に相応しくない、行動ではないのか?

 考えられることはひとつ。
 不知火袴が、既に次の仕事先に成り代わっている可能性だ。
 何らかの理由があって舵樹の影武者を続ける理由が消滅し、新たに影武者を勤めることとなった《誰か》の指示に従っている。
 あくまでもこれはただの仮説。
 単に不知火袴が勝手に暴走し、自分の役を超えた行動に出ただけの話を、深読みしているだけという可能性も十二分にある。
 けれど、このハードディスクの存在する意味。
 明らかに主催者へ不利となるこの情報をわざわざ放置した意味。
 どう考えてもそれは、主催陣営の不和によるもの。
 主催に身を置いていながらもこのゲームへ難色を示す《誰か》が、危険も顧みずに貴重な情報を残したとしか考えられない。
 その事実が、先の仮説の信憑性を格段に上昇させる。
 不知火一族。
 時系列の超越。
 黒神めだかの更なる超人性。
 そして、もうひとつ。
 もうひとつ――分かったことは、ある。

 「うふふ、ほんとうにいい子だね」

 玖渚友は凄絶に笑う。
 幼い顔面を愛らしく彩り、けれどその瞳だけが怜悧に輝いている。
 たったの一文で十分だ。主催者側にいながらも反逆を志す存在の名前は、その一文から優に推測することが出来る。
 何せあの事件は、なかなかのピンチだった。
 忘れるわけがない。汚名挽回を見事に遂げた《彼》は、今回もまた、その《破壊》で何もかもをぐしゃぐしゃにぶち壊す気なのだ。
 玖渚は笑う。死線は嗤う。
 有能な仲間に恵まれた幸運を喜び。
 彼の活躍に心からの期待を寄せる。
 その姿はまさしく暴君。
 死線を司る――無比の蒼色。

651繋がれた兎(腐らせた楔) ◆aOl4/e3TgA:2013/02/24(日) 21:39:30
 「うんうん、さっちゃんはほんとうにいい子だよ」

 さっちゃん――
 細菌――
 グリーングリーングリーン――
 害悪細菌――
 ――――兎吊木垓輔。
 主催者の一人である研究者を徹底的に破壊した男。
 彼はまたも、破壊する。
 死線を救うために、取り戻した汚名を存分に披露するために。

 「さてと。そろそろ迎えにくるころかなー」

 自分で脱出しようとは思わない。
 どうせ誰かが迎えにきてくれるのだから。
 うにー、と背伸びをしたところで、玖渚は思い出したように掲示板へもう一度アクセスし、新たな投稿があったことを確認する。
 ランドセルランドで待ってます、ただそれだけの内容。
 最後の宛名にあった《委員長》という単語は恐らく、分かる者には分かるが、分からない者には分からない、そんな単純なコード。
 情報としてはお世辞にも利益ではないが、参加者の動向が窺えたという点だけを見れば、無益でもない、といったところか。
 そしてその前に書き込まれていた、黒神めだかが殺し合いに乗っているとの書き込み。
 集まった情報は少ない。
 しかし、まだまだ殺し合いゲームは《これから》なのだ。
 死線の少女が植えた種はやがて育ち、大きな華を咲かせて実を生らせ、再び種をまき散らすことだろう。

 うふふと笑って彼女は座する。
 同胞との再会に少しだけ期待を寄せて。
 

【一日目/真昼/D-7斜道卿壱郎の研究施設】
【玖渚友@戯言シリーズ】
[状態]健康
[装備]携帯電話@現実
[道具]支給品一式、ハードディスク、ランダム支給品(0〜2)
[思考]
基本:いーちゃんに害なす者は許さない。
 1:迎えを待つ。掲示板を管理して情報を集める。
 2:貝木、伊織、様刻に協力してもらって黒神めだかの悪評を広める。
 3:いーちゃんとも合流したい。
 4:ぐっちゃんにはちょっと失望。さっちゃんには頑張ってほしい。
[備考]
 ※『ネコソギラジカル』上巻からの参戦です。
 ※箱庭学園の生徒に関する情報は入手しましたが、バトルロワイヤルについての情報はまだ捜索途中です。
 ※めだかボックス、「十三組の十三人」編と「生徒会戦挙」編のことを凡そ理解しました
 ※言った情報、聞いた情報の真偽(少なくとも吸血鬼、重し蟹、囲い火蜂については聞きました)、及びそれをどこまで理解したかは後の書き手さんにお任せします
 ※掲示板のIDはkJMK0dyjが管理用PC、MIZPL6Zmが玖渚の支給品の携帯です
 ※携帯のアドレス帳には櫃内様刻が登録されています。
 ※ハードディスクを解析して以下の情報を入手しました。
  ・めだかボックス『不知火不知』編についての大まかな知識
  ・不知火袴の正体、および不知火の名字の意味
  ・主催側が時系列を超越する技術を持っている事実
 ※主催側に兎吊木垓輔、そして不知火袴が影武者を勤めている『黒幕』が存在する懸念を強めました。

652繋がれた兎(腐らせた楔) ◆aOl4/e3TgA:2013/02/24(日) 21:40:03
 【3】

 
 その男は、鉄格子の中にいた。
 どこにそんな設備があったのか、もしやすると《彼》の為だけに用意された特別な部屋なのかも知れない。
 対策は万全を期すに越したことはない。対策のし過ぎなんてことは、この男を前にしては絶対に有り得ないのだ。
 《破壊》を生業とする、スキンヘッドの男。
 あの研究所での一件で断髪して見た目は大分変わっているが、その瞳に宿す爛々とした輝きは未だ欠片も衰えてはいない。
 彼は危険だ。そう判断されての、この幽閉措置だ。
 内部には彼に任せられた仕事、《情報管理》を行うための道具だけが置いてあり、他の物資は見渡す限り何処にも存在しない。
 流石の彼でも、鋼鉄の檻を素手で破壊は出来まい。
 これほどの万全を期しているのにも関わらず、檻には幾つもの鍵が掛けられている、その異常なまでの徹底っぷりが、檻の中でディスプレイに向かう男の危険性を何より明確に物語っていると、いえるだろう。
 彼の名前は、兎吊木垓輔。
 かつて世界中を席巻したサイバーテロリスト集団《チーム》《一群》の構成員で、破壊を司った危険極まる男である。
 その悪名は《害悪細菌》。
 細菌だから、頭文字を取って渾名はさっちゃん。
 自分より一回りは年下の小娘に本気で心酔し、彼女の為なら喜んで命も投げ出す狂信者。
 彼はまたも、囚われていた。
 しかも今度は、以前より乱暴なやり方で。

 「兎吊木さん」

 にやにやと。
 にやにやと、にやにやと、にやにやと。
 にやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやと。
 ディスプレイを見つめて微笑んでいるいい年をした男は、数度の呼びかけあって漸く、自分を呼ぶ存在に気付いた。
 檻の向こうで立つのは、あまりに場違いなセーラー服の女学生。
 長く艶やかな黒髪に豊満な胸、整った顔立ちと、誰が見たってかなりの美少女に区分されるだろう姿だ。
 尤も、兎吊木の心酔する玖渚友に比べれば、彼の心をそういう意味合いで動かすことは到底叶わないが。
 
 「…………なんだか、すごく失礼なことを思われている気がするのですが」
 「ん? ああ、いやいや。そいつは間違いなく気のせいだろう。風呂場でシャンプーをしている時に、後ろに気配を感じることがあるだろう? それと同じかそれ以上には気のせいだと思うね、俺は」

 溜息をつく少女に、兎吊木はくくくと笑う。
 そんな二人の様子からは想像も出来ないが、兎吊木垓輔の幽閉を提案したのは何を隠そう、この美しい少女だ。
 不知火袴、斜道卿一郎の二人をものの見事な口で説き伏せて、余すところ無く兎吊木の危険性を報告されてしまった。
 あくまでも《仮説》として。
 けれどその内容はほぼ全て《真実》で。
 結果として兎吊木の第一の思惑――主催陣営を内部から瓦解させて、完璧に破壊し尽くすことを、未然に防がれてしまった。
 噂には聞いていたが、この少女。
 やはり伊達ではないことを、身をもって思い知った。

 「――で、俺に何の用だい、策士っ娘」
 「用、という程のものではありませんよ。私は、《何も命じられてはいません》からね」

 あは、と策士は微笑んだ。
 嘘か真実かを見抜くことは兎吊木には出来ない。
 読心術を呼吸のように行うという、最強の存在ならば違うのだろうが、兎吊木垓輔はそこまでブチ切れた人間ではない。
 いや――《害悪細菌》をまともと称するような人間は、彼の仲間の中にすら誰一人として、いないだろうが。
 しかし兎吊木は馬鹿ではない。むしろその真逆だ。
 策士・萩原子荻の有能さを考慮すれば、彼女が無駄な行動を働くなんてことが有り得ないことくらい、すぐに分かる。
 仮に本当に暇潰しがてらの散歩だったとしても、彼女はこうしている間にも何かを考えているのだろう。
 兎吊木垓輔を、縛る策か。
 兎吊木垓輔を、殺す策か。
 兎吊木垓輔を、操る策か。
 兎吊木垓輔を、惑わす策か。
 兎吊木垓輔を、欺く策か。

653繋がれた兎(腐らせた楔) ◆aOl4/e3TgA:2013/02/24(日) 21:40:38
 「あのですね、兎吊木さん」
 「何だい」
 「わたしは、別に落ちぶれた研究者の研究にも、途方もないような大きな意味を持つ計画にも、興味はないんですよ」

 兎吊木垓輔も預かり知らぬ事だが、このバトルロワイアルの根底に何があるのかは、子荻さえも未だ把握していない。
 故に子荻が動く理由は、ただの業務感覚だ。
 だからこうして職務を怠慢しようとも、やるべきノルマさえきちんとこなしてくれれば構わない――と、あの老人は言った。
 
 「わたしはとりあえず、生き残ることを考えます。生きてこのろくでもない物語から抜けられるなら、それが最善だと思いませんか?」
 「さあ――どうだろうね。俺はとりあえず、あの会場にいる《死線の蒼》をどうにかしてやりたいが」

 心配するのも烏滸がましいがね、と付け足し兎吊木は笑む。
 目の奥は笑っていない。子荻を見定めるように、何とも取れない色を灯した瞳が、笑顔の奥に存在していた。
 子荻も怯まずに、慌てることもなく会話を続ける。
 漂う空気は異様なまでの歪。
 錆びてギチギチと音を立てる歯車のように、どこか落ち着かない、不安を醸すようなムードが空間を満たしていた。
 他愛もない雑談が少し続くと、子荻は「そろそろお暇しますね」と行儀良く告げ、時計で時刻を確認する素振りを見せた。
 そこで彼女は思いだしたように、兎吊木の方を向く。
 少女期特有の愛らしい笑顔で、策士は害悪へ言うのだ。

 「《落とし物》の件ですが――わたしの独断で、誤魔化しておきましたので」

 兎吊木は含み笑いではなく、愉快で堪らないという風に笑った。
 子荻も隠すことなくお淑やかながら確かに笑い声を漏らす。
 そんな時間が数秒続いて、あとは言葉を交わすこともなく別れた。
 兎吊木垓輔と萩原子荻。
 彼らに共通していることは、主催者に心からの協力を示しているわけではない、というその一点に集約される。
 兎吊木は愛する死線を生かすために、子荻はどんな形であろうと生きて物語から抜け出るために。
 そのためなら、この二人は手段を選ばない。

 「おっと、そうだ。一応やることだけはやっておかないとねぇ――粛正で死亡だなんて、真っ平御免だよ」

 兎吊木はそう言うと、思い出したようにPCへと向き合う。
 現時点で出来ることはやった。
 あとは見届けるだけだ。《死線の蒼》と、死線に溺愛された欠陥製品の少年が、如何にしてこの事態を乗り越えるのかを。
 無用となった実験材料、兎吊木垓輔。
 彼は閉ざされた白色一色の空間で、有らん限りの害悪を誇示する。
 ――見ていて下さい、《死線の蒼》。
 ――貴女のご期待に添えるように、此方も善処しましょう。
 スキンヘッドの男の笑い声だけが、静かに反響していた。

654 ◆aOl4/e3TgA:2013/02/24(日) 21:42:55
投下終了です。
不安点はとりあえず、
・兎吊木垓輔の登場
・黒幕の存在を匂わせたこと の二点です。
別に玖渚の考えすぎとかで片付けることも可能だとは思うのですが。
ご意見・ご感想いただければ幸いでございます。

655誰でもない名無し:2013/02/24(日) 22:10:38
仮投下乙です

予想以上にとんでもないものを読ませられた心地で上手い感想が思いつかないのですが、とりあえず思ったことを率直に言うなら
「このままでいい、むしろこれ以外にない」です
本投下お待ちしています

656誰でもない名無し:2013/02/24(日) 23:25:04
仮投下乙です

ハードディスクの中身がここまでタイムリーなものになるとは…w
内容については問題ないと思うのでそのまま本投下しても構わないと思います

657誰でもない名無し:2013/02/25(月) 12:22:34
すいませんがひとつだけ質問を

「解放されたものと抑えるもの」の最後で伊織が玖渚に電話をかけていましたが、時系列的にこの話はどこにあたるのでしょうか?
おおよそで良いのでお答え願えれば。

658 ◆aOl4/e3TgA:2013/02/25(月) 17:49:04
自分は放送直後のつもりで書きました、つまり伊織から電話が掛かってくるよりも前ですね

659 ◆aOl4/e3TgA:2013/02/26(火) 19:29:52
ごめんなさい、本投下を行おうと思ったのですが、未だ規制中のようでして。
前回もお願いしてしまった手前本当に申し訳ないのですが、どなたか代理投下をしてくださいませんでしょうか。申し訳ありませんが、お願い致します。

660 ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 11:13:18
本スレのほう代理投下乙です
規制中のため予約分をこちらに仮投下します

661トリガーハッピー・ブレードランナー ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 11:15:08
 
 「ふぁああ……」
 
 小さな建物の中、宇練銀閣はあくびをする。
 六畳ほどの、ほとんど何もないと言っていいような簡素な空間だった。下には畳が敷かれ、低めの天井には電灯すらついていない。
 扉はふたつあり、片方は出入り口、もう片方は壁一枚で区切られた小部屋に入るための扉で、何かが小さく書かれた札が貼られている。扉以外には窓がひとつあり、そこから差し込む光が唯一の照明だった。
 畳の上、あぐらをかいた状態で座っている宇練の顔は、寝ているのか起きているのかどうかも判然としない。ただ、時折ごそごそと姿勢を直したり眠そうにあくびをする様子を見る限り、どうやら起きてはいるようだった。
 傍らには、鞘に納まったままの日本刀が一振り、無造作に置かれている。
 寝ているときでも常に刀を身の傍に携えておくというのは彼が剣士であることを考えれば当然の所作と言えたが、その刀を見て、それが護身のために置かれている武器であると認識することは難しいかもしれない。
 なぜならその刀は、鞘に納められた状態でもわかるくらいに汚れており、長時間手入れをされていないことが容易にうかがえる状態だったからだ。
 個室の中、畳に座して刀を携えているというのは、宇練にとっては休眠の姿勢であると同時に臨戦態勢でもある。その状態からでも彼は、最高速度と謳われる必殺の居合い抜きを放つことができるのだから。
 しかし彼の傍に置かれているその刀は、とても居合い抜きの剣士が所有しているとは思えないくらい雑に、まるで不要物のように打ち捨てられている。
 そもそも彼にとって、刀は腰に差した状態で眠るというのが平常だったはずなのだから、今のように刀をその身から外し、畳の上に置いているというのが大いに不自然と言えた。
 おそらく今、何者かが武器を持って彼を急襲したとしても、刀に手を伸ばすどころか身じろぎひとつすることなく、そのまま討たれ死にしてしまうことだろう。
 いや、仮に素手で近づき、その手で首を締め上げたとしても、大人しく絞め殺されてしまうかもしれない。
 何の反応もせず。何の抵抗もせず。
 眠るようにして、死んでいってしまうかもしれない。
 そう思えてしまうほどに、今の宇練には覇気というものがなかった――より遠慮のない言い方をするなら、生気というものがなかった。
 生きようとする意志そのものが、一切感じられない。
 起きているかどうかわからないというより、生きているかどうかわからない。そんな様子だった。
 そもそも宇練にとっては、刀を腰に差したまま眠るというのが通常なのだ――その彼が刀を身につけず、無造作に傍らへ置いているという状況が、何よりも不自然なものに思えた。

 「……ふぁあ」

 宇練はまた、大きなあくびをする。
 普通ならば「やる気がない」と判じられてしまうようなそんな所作でさえ、今の彼にとっては、身体が呼吸することを諦めていない、つまりは生きている証拠として見えてしまうほどだった。
 哀川潤と別れたのち、宇練は結局因幡砂漠を目指すことにした。斬刀・鈍を探すという目的を別にしても、自分にとって関わりの深い場所である因幡砂漠に戻ることは無意味なことではないと、そう考えた末の結論だった。
 地図の示すとおりまっすぐ南へ向かって歩き、再び因幡砂漠に戻ってきた彼が最初に目にしたものは、一軒の箱のような形をした小屋だった(宇練の知らない言葉を用いるならそれは「プレハブ小屋」である)。
 砂漠とこちら側の境界線上に建っているようなその小屋の中に入り、その真ん中に腰掛けたとたん、宇練は急にすべてがどうでもよくなった。
 斬刀を取り戻すという目的も、因幡を元通りにするという悲願も、この戦いを生き残ろうという気概でさえも。
 すべてが霧散し、どこかへと消えた。
 きっかけはおそらく、哀川潤に敗北したことだろう――宇練はそう自己分析する。
 あの圧倒的な強さは、見るものによってはおそらく憧憬や尊敬の対象になり得るのだろう。理屈が通用しないとすら思わせるような、「強さ」を体現したようなあの存在は。
 しかし、宇練が哀川潤に打倒された結果として感じたものは「あそこまで強い存在がいるなら、自分ごときが何をやっても無駄だ」という、劣等感にも似た無力感だけだった。
 斬刀なしに二人の人間を真っ二つにしてみせた自分が、傷のひとつも負わせられなかったあの女。
 こちらは本気で殺しにかかったにも関わらず、結果として手心まで加えられてしまった。向こうがその気だったなら、自分はもう生きてはいなかっただろう。

662トリガーハッピー・ブレードランナー ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 11:16:29
 
 仮に自分が斬刀を手にしたとしても、あの女の足元にも及ぶまい。敵どころか、味方としても力不足だろう。あのあと仲間としてついていったとしても、足手まといの汚名は免れなかったはずだ――そう宇練は考える。
 その考えは、実際には自身に対する過小評価と言わざるを得ない――彼の実力を考えれば、哀川潤に負けた敗因は、彼が斬刀を持っていなかったからといっても過言ではないのだから。
 斬刀を装備し、最高速度の零閃を得た宇練銀閣ならば、大げさでなく哀川潤にすら引けを取らないに違いない。
 人殺しの能力という一点においてのみ、ではあるが。

 「……こんな様じゃあ、ご先祖様にも申し訳が立たねえなあ――――」

 彼を一本の刀と喩えるなら、哀川潤に敗れたことで、彼は折れてしまったのだろう。
 哀川潤の前にいたときにはかろうじて気丈に振舞ってはいたが、彼女と別れ、この小屋にたどり着いた瞬間、彼を支えていた何かがぷつりと切れた。
 己の強さを認めることができないくらいに、彼は弱くなってしまっている。

 「…………」

 いっそ自害してやろうかと、宇練は思う。
 もとより自分は、望んでこんな場所に来たわけではないのだ。虚刀流に敗れ、ぐっすり眠れると思っていたら、いつの間にかこんな所にいた。
 宇練からすれば、安眠を妨げられたのと同義である。
 斬刀もないままに、これ以上足掻いてどうなるというのか。自分など、死んでも生き残ってもどうせ誰かの手のひらの上で踊っているようなものだろう。
 踊らされたまま見ず知らずの誰かに殺されるくらいなら、潔く自らの手で舞台を降りてしまおうか。

 そうすれば今度こそ、ゆっくり眠れるだろう。
 誰にも妨げられぬ場所で、永遠に。

 「……そうと決まれば、善は急げだ」

 呟いて、刀と同じく無造作に置いてあったデイパックを手元に引き寄せる。
 刀のほうは、すでにこびりついた血が固まりきって鈍と化している(言うまでもなくこの場合は「切れ味の悪い刀」という意味での「鈍」である)。自害するには向かないだろう。

 ――刀が使い物にならなくなったってのに、何も感じないんだな、おれは。

 自分の腑抜け具合に苦笑しながら、荷物の中身をあらためる。すでに確認していたことではあったが、地図や食料品以外の持ち物は哀川潤の手に渡っている。自害するのに役立ちそうな道具はひとつも見当たらなかった。
 仕方なく、宇練は重い腰を上げて家捜しを始める。家捜しとはいっても、調度の類ひとつない畳ばかりの部屋だ。首をぐるりと回すだけで、何もないことは明白だった。

 「……とすると、あとはこの部屋か――」

 出入り口とは反対側の壁にある、もうひとつの扉の前に立つ。扉につけられた札には小さく「武器庫」と書かれていた。
 ここを調べて目ぼしいものが見つからなかったら、自害するのは諦めよう。またあてもなく適当に、砂漠の中を散歩でもしていよう――と、
 自分の生き死にに関する問題にもかかわらず、宇練はあくまで軽薄に構える。
 鍵はかかっていない。開けて中に入ると、金属と油がないまぜになったような異臭が鼻をついた。
 中はいかにも物置用の部屋といった感じの、人が住むには手狭すぎる空間だった。箱や筒、また宇練には見慣れない何かしらが雑然と積まれたり並べられたりしている。
 手狭という点では、自分が下酷城にいたときにいつも寝ていた部屋と変わりはないが。
 さすがにここは、自分でさえ寝るのには不自由するだろうな――と、至極どうでもいい感想を宇練は持った。

 「――お、あったあった」

 ほどなくしてひとつの刃物を見つけ、手に取る。宇練にとっては見慣れない、西洋風の造りをした短刀だった(これまた彼の知らない言葉で言うならそれは「サバイバルナイフ」である)。
 自分の手になじむ代物ではないが、自害するのに手になじむもなじまないもあるまい。これで十分と、宇練はその雑然とした空間から立ち去ろうとする。

663トリガーハッピー・ブレードランナー ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 11:17:14
 

 「…………ん?」

 そのとき、宇練は目の端にあるものを捉えた。
 部屋の隅に窮屈そうに立てかけてある「それ」に、宇練は近づいていく。

 「何だ、こりゃあ……?」

 宇練にとって「それ」は、いま手に持っている西洋の短刀と同じく目になじみのない、どころかどういう用途を持っているのかすらわからない物だった。
 だが宇練は、どういう理由でかその見慣れぬ物体に強く目を惹かれた。
 さながら、彼が始めて斬刀を目にしたときのように。
 言いようのない何かを、宇練はその物体から感じていた。

 「…………」

 宇練はそっと、持っていた短刀から手を離し。
 目の前のそれを、無言のままに手に取った。



  ◆   ◆   ◆



 『カレーが食べたいなあ』

 七実が目を覚ましてから数十分後、薬局付近から骨董アパートへと向かう道中。
 球磨川禊は誰にともなくといった調子で、唐突にそんなことを言う。

 「……鰈、ですか?」

 その後ろを歩いていた鑢七実が、その独り言のような言葉に反応して答える。
 七実にとっては無視してもよかったのだが、相手が球磨川である場合、無視するよりも適当に受け答えておいたほうが面倒な会話にならないということをすでに学んでいた。

 「鰈が食べたいのですか? 禊さん」
 『うん、カレー。七実ちゃんはカレーは好き?』
 「……まあ、嫌いではないですけど」
 『だよねえ』
 うんうんと、わが身を得たりという風にうなずく球磨川。
 『カレーが嫌いな人なんて、この世に存在するわけがないよねえ――僕なんて三食毎食、一年通してカレーが続いても平気なくらいだよ』

 嬉々として言う球磨川だったが、おそらく彼はカレーが二食続いた時点で文句を言う人間だろう。

 「それは……よほど好きなんですね」

 適当に答える七実だったが、内心では鰈が嫌いな人なんていくらでもいるだろうと思っていたし、鰈が毎食続いたら食の細い自分でなくとも飽きるだろうと思っていた。

 『七実ちゃんはどういうカレーが好き? 僕はスタンダードに、じっくり煮込んだカレーが好きなんだけど』
 「……まあ、煮て食べるのもいいですけど――悪くはないですけど、わたしはどちらかといえば焼いて食べるほうですかね」
 『焼きカレー?』
 七実としては当たり障りのない返答をしたつもりだったが、球磨川はやたらと意外そうな顔をする。
 『へー、七実ちゃんって古風そうに見えるけど、割と新しいもの好きなところもあるんだなあ……意外っていうか、なんかちょっと新鮮だよ』

 焼き鰈のどこがどう新しいのか全くわからなかったが、七実は「そうですか」と至極どうでもよさげに返す。
 実際、至極どうでもいいのだ。

664トリガーハッピー・ブレードランナー ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 11:17:58
 
 『あー、なんか本当にカレー食べたくなってきちゃったよ。こんなことなら、さっきスーパーマーケットに寄ったときに材料調達しておけばよかったなあ……レトルトでもいいんだけど、やっぱりカレーは手作りのほうがいいよね』
 「はあ……でも確かわたしたちが寄ったときには、魚介の類が置かれている場所はもう全滅していたんじゃなかったかしら」
 『え? シーフードカレーが食べたいの? あ、そっか、七実ちゃん肉は食べないんだっけ。でも僕としてはどっちかというと――』

 食い違った会話がさらに食い違おうとしていた、そのタイミングを見計らったかのように。
 一人の男が、球磨川と七実の前に姿を現した。

 「……………………」

 黒い着流しに、伸ばしっぱなしの黒髪。片手には球磨川たちと同じデイパックを提げている。
 どことなくうらぶれた様子のその男は、半眼でこちらをじっと見つめてくる。

 『…………えっと』
 探り合うような沈黙を切ったのは球磨川だった。
 『僕は球磨川禊、こっちは鑢七実ちゃんっていうんだけど、僕らに何か用?』

 明らかに偶然鉢合わせた相手に「何か用」もないだろうと思ったが、七実はとりあえず無言を貫く。
 相手の動作をひとつでも見逃さぬよう、その両目で相手を捉え、そして『視る』。

 「…………鑢?」

 男が声を発する。その視線は球磨川を通り越して、後ろの七実へと向けられていた。

 「おれは宇練銀閣という――後ろのあんた、虚刀流の身内か何かかい。鑢なんて姓、そうそうあるもんじゃねえしな」
 「……七花をご存知なのですか?」

 問いかけながら七実は、目の前の男の素性をおぼろげに察する。七花のことを知っていて、なおかつ「虚刀流」と呼称する人間はそう多くはない。

 「まあな――ちょっとばかし、刀を取り合って一戦交えた程度の仲だが」

 やはりと七実は思う。この男はおそらく、七花ととがめが蒐集しようとしていた変体刀の持ち主のうちのひとりだろう。
 どんな故あってこの場に連れて来られているのかはわからないが、自分も元は悪刀・鐚という変体刀を所有していた人間だ。共通項がある以上、この場にいることが不自然であるという道理はない。

 『七実ちゃん、この人と知り合いなの?』

 不思議そうに球磨川が訊く。まさか接点のある人間だとは思わなかったのだろう。

 「いえ、わたしは直接は知りませんが、おそらく弟の知り合いでしょうね。おおかた七花との戦いに敗れて、一度死んだところを生き返させられたのではないでしょうか」

 つまりは自分と同じに――だ。
 とがめに聞いていた十二本の変体刀のうちどの刀を所有していた剣士なのかは、目の前の本人に聞くしか知る術はないだろうが――それを知ることにたいした意味はないだろうと七実は思った。
 七花に敗れた相手、それだけわかれば相手の実力もある程度は知れる。
 そのうえ七実の『診る』限り、どうやら身体のどこかに怪我を負っているようだった。
 すでに他の誰かと対戦し、おそらくは敗北した後なのだろう。動きもどことなく緩慢で、こちらを警戒する様子すら見られない。
 余裕と見て取れないこともないだろうが、腑抜けているといったほうがしっくりくる。
 本当に変体刀の所有者だったのか疑いたくなるほどのうらぶれようだった。

665トリガーハッピー・ブレードランナー ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 11:18:41
 
 『ふぅん、七実ちゃんの弟さんに負けた人ってことは、あんまり強い人じゃないね』

 七実が言わずにおいたことをあけすけに、しかもかなり雑に言う球磨川。
 おそらくは「七実と比べてあまり強くない」という意味合いで言ったつもりなのだろうし、先刻出会った橙色の子供せいで比較対象がおかしくなっているのだろうが――それにしたって言いようはあるだろう。

 『えっと、宇練さんだっけ? 僕たち今、その七花って人と黒神めだかって女の子を探してる最中なんだけど、何か知らないかな? あ、黒神めだかってのは宇練さんみたいな長い黒髪で、たぶん黒っぽい服を着てる女の子ね。
 それと宇練さん今、骨董アパートがある方向から歩いてきたよね? 実は僕らも今からそこに向かおうとしていたところなんだけど、宇練さんはそこには寄ってきた? もしそうならどんな様子だったか教えてほしいんだけど』

 今度は立て続けに質問を投げかける。こちらが訊きたいことだけさっさと訊いてしまおうという腹積もりが透けて見えるようだった。
 人にものを尋ねる態度としては「かなり悪い」と言わざるを得ない。
 質問者が球磨川であるがゆえに、おおよそいつも通りとも言えたが。

 「……あいにくだが、探し人に関しては何も知らねえな。虚刀流にはまだ会っていないし、おれが会ったのは男二人と、哀川って言う髪も服も真っ赤な女だけだ」

 失礼な態度にも嫌な顔ひとつせず淡々と答える宇練。
 それは親切というよりも、やはり腑抜けた態度として映ってしまう。

 「――それと、『骨董あぱーと』だったか? その場所には確かに行ったが、ほとんど瓦礫しか残っちゃいなかったぜ。誰がやったのかは知らんが、おれが来る前にぶち壊されていたようだな」
 『……壊されてた?』
 「おれの見解ではないがね。少し前まで一緒にいた哀川って女が言うには、単純な暴力による徹底した破壊だって話だ。人間の所業とは考えにくい破壊模様だったが」
 『へえ……』

 球磨川が軽く七実を見やる。おそらく七実と同じく『単純な暴力による徹底的な破壊』という言葉から、あの橙色の子供を連想したのだろう。
 実際それは正解なのだが、それを確信するための術は今のところ二人にはなかった。

 「…………うん? 黒神……めだか?」

 宇練は急に黙り込むと、何かを思い出すように視線を宙に泳がせる。
 その様子を見ながら七実は、その哀川という女が宇練に手傷を負わせた相手なのではないだろうかと予想していた。
 根拠というには乏しいが、哀川の名を口にした瞬間、宇練の表情に畏怖のようなものがよぎったような気がしたのだ。

 橙色の次は、赤色の女か――。

 七実はなんとなく、その哀川という名を心に留めておくことにした。気にし過ぎかもしれないが(むしろそうであることを切に望むが)、その女は自分にとって危険な相手であるような、そんな直感が働いた。

 「……あんた、球磨川だっけか?」

 思考を終えたのか、視線をこちらに戻した宇練が今度は球磨川に向けて問う。

 「黒神めだかって女を探してるって言ってたが――善吉とか喜界島、とかいう名に聞き覚えはねえかな」
 『…………知ってるよ』

 その名前が出てくるのは予想外だったのか、球磨川は少しだけ驚愕を声ににじませる。

 『どっちも、僕の知り合いの名前だね。それがどうかした?』
 「あー、じゃああんたもあいつの知り合いなのか? 球磨川なんて名は、あいつは口にしちゃあいなかったが……まあ善吉ってやつはもう死んじまったみたいだし、一応あんたにも伝えておくか」

666トリガーハッピー・ブレードランナー ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 11:19:24
 
 そして宇練銀閣は口にする。
 己が殺した、ひとりの男の名を。

 「阿久根高貴ってやつの遺言だ――『僕はここまでだ。だけど今までの生活は楽しかった。生徒会の絆は終わらない。僕たちはいつまでも仲間だよ』――だとさ」



  ◆   ◆   ◆



 『……………………』

 宇練の伝えた言葉に、球磨川は何の反応も示さない。表情ひとつ変えず、聞いた言葉の意味を考えているかのように、ただじっと虚空を見つめている。

 「めだかか善吉か喜界島ってやつに伝えてほしいって言われてたんだが、どうにも見つからなくてな。あいつを知ってるやつに会ったのは、あんたで始めてだ」
 『…………高貴ちゃんは、あなたが殺したの? 宇練さん』

 そう問う声にも、動揺のようなものは混じっていない。明日の天気を尋ねるような、さほど興味のないことをわざわざ尋ねるような口調だった。

 「ああ、いきなり後ろから襲い掛かってきたもんだからな。その上すでに満身創痍って感じの有様だったから、一思いに叩き斬ってやった。知り合いだったなら悪かったな」
 『ふーん……』

 どうでもいいといった風に、間延びした声で答える球磨川。
 聞き流したと思われても仕方ないくらいの反応である。

 『――まあ、高貴ちゃんは確かに知り合いだったけど、別に気にしなくていいよ。知り合いってだけで、友達ってわけでもなかったし、今はどっちかというと敵同士って感じだったしね。
 先に襲い掛かったのが高貴ちゃんだったって言うなら正当防衛だろうし、どうせめだかちゃんのためとか言って、勝手に暴走した挙句勝手に死んだんでしょ。
 その遺言だって、明らかに僕に向けてのものじゃないし。わざわざ伝えてもらって申し訳ないけど、今すぐ忘れてもらっていいよ、そんな遺言』
 「そうかい、まあおれにも一応、殺した奴に対する礼儀みたいなもんがあるんでね。せっかくの遺言だし、その黒神ってやつに会ったら伝えておいてくれや」
 『わかった、そうするよ』

 言いながら球磨川は、おもむろに大螺子を取り出す。
 あまりにも自然に、まるでそうするのが当たり前といったような動作で取り出したため、すぐ後ろにいた七実でさえ、その行動に一瞬反応し損ねてしまった。
 あからさまに武器を手にする球磨川に対し、宇練はやはり身構えることもなく、ただその場にたたずんでいる。

 『ああ、勘違いしないでね。別に高貴ちゃんの敵をとってやろうとか、高貴ちゃんの遺志を受け継いで戦おうとか、そんなことを考えているわけじゃあないから』

 その言葉が七実に向けられたものなのか、宇練に向けられたものなのかはわからなかった。もしかすると独り言で、単に自分に言い聞かせているだけだったのかもしれない。

 『たださあ、正当防衛とはいえ高貴ちゃんを殺しちゃってるのは事実なわけだから、結局のところ宇練さんが人殺しであることには違いないよね。
 人殺しが目の前にいるってわかっちゃうと、僕としてはどうしても警戒せざるを得ないんだよね。マイナス十三組のリーダーとして、七実ちゃんも守らなきゃいけないわけだし?
 だからその結果、「勢いあまって」殺しちゃったとしても――』

 ゆっくりと、大螺子の切っ先が宇練へと向けられる。
 まるでそれが、宣戦布告であるかのように。

 『僕は悪くない――よね』

667トリガーハッピー・ブレードランナー ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 11:19:56
 
 「…………」

 七実は少し驚いていた。今まで七実が誰かを殺しかけるたびにそれを止めてきた球磨川が、こうも明確に他人へ殺意を向けるというのが意外に思えたからだ。
 適当そうに見えるこの男にも、適当ではいられない領域があるということだろうか。
 七実のその考え通り、阿久根高貴の死は球磨川にとって軽く流せる問題ではなかった。
 彼が『仲間思い』であるということは、これまでにも散々述べたとおりである。かろうじて抑えていたとはいえ、彼が放送で高貴の名前を聞いたときに見せた狼狽がそれを物語っている。
 かつて、自分の指揮する生徒会のメンバーだった阿久根高貴。その死はこれまでずっと意識の外に置こうと努めていながらも、心のどこかに引っかかっていた出来事。
 誰かに触れられれば、即座に弾けてしまうほどに。
 三度、宇練の知らない言葉を用いて喩えるとするなら、彼は地雷というものを踏んだのである。
 球磨川禊という、これ以上なく強力無比な、地雷を。

 「……なあ、あんたら、この世で最も強い武器って何だと思う?」

 突然、宇練は何の脈絡もない問いかけをする。
 武器が自分に向けられているというのに、それを無視するように。

 「おれはずっと、刀こそが最強の武器であると信じていたんだよな――正確には斬刀を手にしたときから、そう思っていたんだろうが。斬刀・鈍こそが最強の武器であると、このおれは心からそうずっと信じていた」

 七実たちの返答を待たず、独り言のように語る宇練。
 どうやらこの男は斬刀・鈍の所有者だったらしいことを、七実はその言葉から理解する。

 「おれのご先祖様は刀一本で一万人斬りなんていう離れ業を演じてみせたらしいが、実際に斬刀をこの手で振ってみて納得いったね。こりゃあ一万人だって裕に斬り殺せる武器だってな。
 これこそが最強の兵器と呼ぶべきものだと、今までのおれなら信じて疑わなかったね――まあ自画自賛を承知で言うなら、零閃あっての最強だろうが」

 そこでふと、七実はあることに気付く。
 宇練は先ほど、阿久根という男を「叩き斬った」と言っていたが、今の彼を見る限り刀剣の類を帯びている様子はない。七実の観察眼をもってして、それは断言できる。
 哀川という女と対戦したときに破壊されたか、あるいは奪い取られたのだろうか?
 それならば、今の彼のうらぶれようも納得がいくというものだ。剣士から刀を奪うというのは、魂を抜くことと同義であるのだから。
 もちろんそれは、虚刀流を除いた剣士の話だが。

 「だけどよ――どうやらおれは、とんだ思い違いをしていたようだ」

 語り続ける宇練に対し、球磨川は相手の意図を計りかねているように、螺子を構えた状態のまま動かない。
 相手が隙だらけであることに、逆に警戒心を抱いているようだった。

 「斬刀は確かに、名刀を超えた完成形と言うにふさわしい刀だった。だが『兵器』というには少々おこがましかったな……ついさっきだが、おれはようやく理解したぜ。最強の武器ってのは――」

 ゆらりと、宇練の右手が動く。
 刀を持っていないことに気付いた時点で、少なくとも七実はそれに気付くべきだったのかもしれない。
 宇練の左手に提げられていたデイパックが、あたかも居合い斬りの剣士が持つ刀のように、いつでもその中身が取り出せるような配置についているということに――!


 「『兵器』ってのは、こういうもののことを言うんだってなぁ――――!!」


 一転、それまでの緩慢な動作からは想像もつかない、目にも止まらぬほどの速さで。
 宇練は左手のデイパックから、七実の身長ほどもある大きな物体を引き抜き、両手に構える。

668トリガーハッピー・ブレードランナー ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 11:23:11
 
 「…………!?」
 「…………!!」

 それを見て、七実と球磨川は同時に固まる。
 七実はそれが、今までに見たこともない、どころかどんな用途を持った物なのかすらわからなかったがゆえに。
 球磨川はそれが、どれほどの殺傷能力を持った『兵器』であるのかを、一度自分の目で直接見ているがゆえに。

 硬直した二人に対し、宇練の左右の手からまっすぐに向けられている『それ』。
 それは本来、戦車や装甲車に搭載されているか、地面に据え置きの状態で使用されるのが通常であろうというような武器。
 少なくとも普通の人間が素手で、しかも単独で扱うことができるような武器ではあるまい――ましてや左右両手にひとつずつ、ふたつ同時に使用するなど論外であるというような、書いて字のごとくの重火器。


 50口径重機関銃――ブラウニングM2マシンガン×2!! 掟破りの二丁機関銃!!




 「ヒャッッッッッッッ――――――ハァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッッ!!!!」




 連射。
 乱射。
 斉射。
 宇練の雄叫びとともに、ふたつの銃口が同時に火を噴く。
 右が七実、左が球磨川などといった気の利いた狙い方ができるような火器ではない。
 縦横無尽に、自由自在に、四方八方に、ただ銃口の向くままに、無数の弾丸が辺り一面に、圧倒的なまでの無差別さを持って放射される。
 毎分500発以上を発射するという性能を持つその火器は、あっという間に周りの地面を抉り取る。舞い上がった砂や石の残骸が煙幕となって辺りを埋め尽くし、響き渡る轟音だけが、乱射が続いていることを知らせる。
 轟音が、白煙が、衝撃が、弾丸が。
 石が、岩が、草木が、地面が、空気が。
 そのすべてが飛び散り、跳ね上がり、荒れ狂い、砕け散り、巻き上がり、そして爆ぜる――!


 「はははははははははは!! あははははははははははははははははははははは――!!」


 狂喜乱舞。
 それはまさに、そう呼ぶに相応しい光景だった。それ自身の反動で、暴れまわるように方向を変え続けるその銃身はまさに乱舞、それをまるで制御しようとしない宇練の浮かべる表情はまさに狂喜。
 宇練の高笑いが、銃の発する轟音と入り混じって辺りに木霊する。
 振り回すようにしてふたつの機関銃を扱う宇練のその姿は、まるで本当に舞を踊っているようにすら見えた。
 心底喜んでいるというように、芯から楽しんでいるというように。
 狂ったように笑い。
 狂ったように乱射する。
 狂い、喜び、乱れ舞い。
 すべてを破壊し、すべてを打ち抜く!
 宇練銀閣の二丁機関銃!

669トリガーハッピー・ブレードランナー ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 11:24:21
 

 ――――――――カキンッ!


 装填されていた銃弾を撃ち尽くすまで、時間にしてみればわずか十数秒。
 110発と110発、左右合わせて220発の弾丸を撃ち切り、ようやくその凶悪な重火器は唸り声を止める。
 宇練の周囲は、見事なまでに破壊の跡で埋め尽くされていた。木々も岩も地面も、銃弾の射程に入ったもののうち、無傷で済んだものはおそらくひとつもないだろう。
 硝煙と巻き上げられた砂煙とで辺り一帯が濃霧に包まれたように煙り、一寸先すら満足に見ることができない状態だった。

 「ははははははははは――! 素晴らしいじゃねえか、おい」

 満足そうに笑い、宇練は熱のこもった銃身を高々と掲げてみせる。
 肋骨がへし折れた状態で機関銃を連射するという常識外の無茶をやらかしたにもかかわらず、その表情は無垢なる子供を思わせるほどに生き生きとしていた。
 先ほどまでのうらぶれた様子とは、まるで別人である。

 「こいつさえあれば、もう斬刀なんざ必要ねえ――あの哀川って女も、いや虚刀流でさえ! 誰が相手だろうが十把一絡げに、全員木っ端微塵に吹き飛ばしてやれるぜ!」

 彼が斬刀を守り続けていたのは、その「強さ」を失うことを恐れていたからである。
 彼が斬刀を追い求めていたのは、それが己にとって最強の武器であると信じていたからである。
 しかしその認識と目的は、彼の中では今や過去のものと成り果てていた。
 「最強」の定義を覆された今の宇練にとっては、剣士という肩書きでさえ、もはや執着するに値しないものへと成り下がっていた。

 「まだまだ撃ち足りねえが、本命の標的が現れるまではまあ我慢だ――弾も無限ってわけじゃねえし、使うべきときに備えてできるだけ節約しておかねえとな」

 そう言って宇練は、両手の機関銃を一瞬にしてデイパックに納める。
 それはまるで『暗器』を扱うがごとき極小の動作で、注意深く見ていなければおそらく消えたようにしか見えなかっただろう。
 そんなことをわざわざ言ったところで、彼にとっては褒め言葉にすらならないだろうが。
 光の速さすら超越すると謂われる究極の居合い抜き、零閃の使い手である宇練銀閣にとっては。

 「さあて、善は急げだ。虚刀流と哀川潤、それから適当な『的』を探しに行かねえとな」

 ああ、早く撃ちたいなあ――と。
 少し前の彼ならば、天地が逆さになっても口にしなかったであろう言葉を発しながら、砂塵に紛れるようにして足早にその場を後にする。
 視界が晴れる頃には、すでに宇練の姿はそこから消えていた。凶弾の嵐による、破壊の爪痕だけをその一帯に残して。


 かつて、剣士と名の付く者が持てば例外なくその心を狂わせると言われていた四季崎記紀の完成形変体刀、そのうち一振りを所有し続けていたにも関わらず、刀の毒による影響を受けなかった剣士、宇練銀閣。
 彼は今、刀の毒などよりよっぽど厄介なものに、その心身を余すところなく侵されていた。
 もし今の彼を、たとえば四季崎記紀あたりが目にしたとしたら、おそらくこう評するに違いない。

 生粋のトリガーハッピー、宇練銀閣。
 生まれる時代をある意味で間違え、ある意味で間違えなかった男。

670トリガーハッピー・ブレードランナー ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 11:25:34
 
【1日目/真昼/H‐6 】
【宇練銀閣@刀語シリーズ】
[状態]肋骨数本骨折
[装備]なし
[道具]支給品一式、トランシーバー@現実 、「ブラウニングM2マシンガン×2@めだかボックス、マシンガンの弾丸@めだかボックス、H-6のプレハブ小屋で調達した物」
[思考]
基本:出会った人間を手当たり次第撃ち殺す
 1:虚刀流と哀川潤を探し出して撃ち殺す
 2:斬刀? 下酷城? そんなもん知るかぁ!
 3:哀川潤との約束? そんなの関係ねぇ!
 4:骨折? 知ったこっちゃねえ!
[備考]
 ※刀はH-6のプレハブ小屋に置いてきました
 ※トランシーバーの相手は哀川潤ですが、使い方がわからない可能性があります
 ※道具のうち「」で区切られたものは現地調達品です。プレハブ小屋から他に何を持って行ったかは後の書き手様方にお任せします





  ◆   ◆   ◆



 『…………行ったみたいだね』

 宇練が去った後の、銃弾によりあちこちが無残に抉れて荒地のようになった地面。そこにひとつだけ、不自然にぽっかりと大きな穴が空いていた。
 そこからひょっこりと顔を出した球磨川禊は、辺りに誰もいないことを確かめたうえで穴から這い上がり、制服に付いた土を両手で払い落とす。

 『あーびっくりした。全然ぱっとしない雰囲気の人だったから完全に油断してたなあ……まさかいきなりあんな重火器にものを言わせてくるなんて思いもしなかったよ。反則でしょ、いくらなんでも』

 ぶつくさと呟きながら、自分が出てきた穴に手を差し伸べる。

 『大丈夫だった? 七実ちゃん』
 「ええ、おかげさまで」

 球磨川に引っ張り上げられる形で、その穴から這い出る七実。
 その着物は球磨川の制服と同じくあちこち土で汚れていたが、球磨川が手を離した次の瞬間には、まるでそれが『なかったこと』にされたかのように、汚れひとつない綺麗な着物に戻っていた。

 「恥ずかしながらわたしもちょっと戸惑ってしまっていたので……禊さんの機転のおかげで無事で済みました、ありがとうございます」
 『おいおい、水臭いなぁ七実ちゃん。僕は一応マイナス十三組のリーダーなんだから助けるのは当たり前じゃないか。いちいちお礼なんて、そんな他人行儀なことはやめてよね』

 取り澄ました表情で球磨川は言う。
 しかし実際、七実の言う「機転」がなければおそらく二人とも凶弾の餌食になっていたに違いない。
 球磨川からすれば、自分たちの足元、その地面の一部を『大嘘憑き』によって『なかったこと』にし、即席の塹壕を作り上げたというだけのことだったが、結果的に言えばこれ以上ないくらいの「機転」だっただろう。
 ありとあらゆるものが破壊の限りを尽くされたこの一帯において、地中に逃げるほど安全で確実な方法もなかっただろうから。

671トリガーハッピー・ブレードランナー ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 11:26:14
 
 『まったく、あんな危険な人がまだいたなんてねえ……鰐ちゃん以外にあんな無茶苦茶な火器の使い方する人がいるってだけで十分驚きなのに。ねえ、あの人本当に七実ちゃんの弟さんの知り合いなの?』
 「いえ、正直わたしもあそこまでとは…………せいぜいが腕の立つ剣士、くらいだと思っていたのですけれど」
 『全然剣士じゃなかったじゃない……銃士っていうか、とんだターミネーターだよ。
 ――しかし参ったなあ、あの人、僕たちが生きてるって知ったらまた狙ってくるだろうね。どうしようか』
 「次に会ったときは初見ではありませんし、不意打ちでなければ対処のしようはあるかと思いますが……しかしあそこまで砂煙を巻き上げられると、わたしとしては少々厄介ですね」

 辺り一面を埋め尽くすほどの砂煙。
 目を戦闘の要とする七実にとっては、弾幕と同じくらいに煙幕もまた厄介な要素として数えられるのだろう。宇練が弾丸を撃ち終えた後になっても穴に隠れ続けていた理由がそれだった。

 『……まあ、こっちから近づかなければいいだけの話だろうし、とりあえずあの人はスルーしておこうか。僕の『大嘘憑き』がいまいち使えない状態だから、めだかちゃんと対決するまではなるべく温存しておきたいんだよね』
 「あら、いいのですか放っておいて。禊さんのお仲間を殺した相手ではなかったのですか?」
 『…………』

 意地の悪い七実の問いに、少しだけ沈黙した様子の球磨川だったが――、

 『……いいよ、我慢する』

 意外にも素直に、暗に阿久根高貴が自分の仲間だと認めたうえで、そう答えた。

 『それも一緒に、めだかちゃんにぶつければいいだけの話だし。高貴ちゃんだって、どうせ僕に敵を討ってもらいたいなんて、これっぽっちも思っちゃいないだろうしさ』
 「…………そうですか」

 拗ねたような球磨川の態度を見ながら、七実はなぜ自分がこの男に惹かれているのか、ほんの少しだけわかったような気がした。
 才能だけを言うなら、七実は誰よりも強い。この世に存在するすべての「強さ」を呑み込む天才性こそが、七実の持つ強さなのだから。
 しかし同時に、七実は誰よりも弱い。彼女の身体を蝕む一億の病魔は、七実に戦うことは許しても、戦い続けることは許さない。
 勝つことはできても、勝ち続けることができない。それが鑢七実の弱さ。
 一方球磨川は、ある意味七実以上に弱い。彼の持つ過負荷(マイナス)『大嘘憑き』は、掛け値なしに厄介で強力なスキルと言える。すべてを『なかったこと』にする能力など、これを厄介と呼ばずして何を厄介と呼ぶのだろう。
 しかしそんなスキルを所有しておきながら、彼は勝負には勝てない。
 勝ちに価値を認めているにもかかわらず、まるで負けることを宿命付けられているかのように、球磨川は誰にも勝つことができない。
 失敗を前提にしてしか物事を考えられず。
 負けを前提にしてしか勝負事を考えられない。
 思考がマイナスの方向に振り切れているがゆえに、虚しい勝利すら手にすることができない。
 宇練銀閣との勝負にも、本当は勝ちたかったに違いない。自分の仲間を殺したとわかっている相手を何もできないまま見送ってしまったのだから、彼にしてみれば無念だろう。
 死ななかったというだけで、負けたも同然の結果である。
 ただし球磨川は、その負けから決して逃げない。どれだけ惨めに負けようが、どれだけ無様に失敗しようが、彼はへらへらと笑い、また次の勝負に挑む。
 また勝てなかったと嘯きながら。
 まだ見ぬ勝利を得るために、何度も何度も繰り返し負け続ける。
 一年通して負け続きでも飽きることなく、飽くなき挑戦を続ける。それこそが球磨川禊の強さ。
 勝つために勝ち続けることを放棄した七実にとって、勝つために負け続けることをよしとする球磨川の姿勢は、ある意味で未知のものだった。
 その未知ゆえに、自分はこの球磨川という男に惹かれたのではないか――なんとなくではあるが、七実はそんなことを考えた。

672トリガーハッピー・ブレードランナー ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 11:27:39
 
 『あー、そういえば骨董アパートはもう破壊されてるんだったっけ? 行ってみてもいいけど、なんか無駄足になりそうな気がするなあ……ていうか破壊したのってやっぱりあの橙ちゃんだったりする?
 さっきの人が言ってた哀川って人も、なんとなく普通の人じゃない予感がするし――あーあ』

 ひとりごちる球磨川を、七実はただ見つめる。彼がどんな表情をしているのか、後ろを歩く七実からでは窺い知ることはできない。
 それでも彼は、たぶんまたいつも通りに卑屈な笑みを浮かべているのだろうと、そう七実は思っていた。

 『本当どいつもこいつも、煮ても焼いても食えない人たちばっかりだなあ――鰈と違ってさ』



【1日目/真昼/H‐6 】
【鑢七実@刀語】
[状態]健康、身体的疲労(中)
[装備]無し
[道具]支給品一式×2、錠開け専門鉄具、ランダム支給品(2〜6)
[思考]
基本:弟である鑢七花を探す。
 1:七花以外は、殺しておく。
 2:このまま骨董アパートに向かうかどうか、球磨川さんと相談しましょう。
 3:球磨川さんといるのも悪くないですね。
 4:宇練さんは、次に会った時にはそれなりの対処をしましょう。
[備考]
※支配の操想術、解放の操想術を不完全ですが見取りました。
※日之影空洞を覚えていられるか、次いで何時まで覚えていられるかは後続の書き手様方にお任せします。
※真心の使った《一喰い》を不完全ですが見取りました
※宇練の「暗器術的なもの」(素早く物を取り出す技術)を不完全ですが見取りました。


【球磨川禊@めだかボックス】
[状態]『健康だよ。お腹は満腹で、疲れは結構和らいだね』
[装備]『大螺子が2個あるね』
[道具]『支給品一式が2つ分とランダム支給品が3個あるよ。後は食料品がいっぱいと洗剤のボトルが何本か』
[思考]
『基本は疑似13組を作って理事長を抹殺しよう♪』
『1番はやっぱメンバー集めだよね』
『2番は七実ちゃんについていこう! 彼女は知らないことがいっぱいあるみたいだし僕がサポートしてあげないとね』
『3番は骨董アパートに向かおうかと思ってたけど――どうしようかな』
『4番は――――まぁ彼についてかな』
『5番は善吉ちゃんの無念をめだかちゃんにぶつけてあげよう』
『6番は宇練さんについてだけど、まあ保留かな』
[備考]
※『大嘘憑き』に規制があります。
存在、能力をなかった事には出来ない。
自分の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り1回。
他人の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り2回。
怪我を消す能力は再使用のために1時間のインターバルが必要。(現在使用可能)
物質全般を消すための『大嘘憑き』はこれ以降の書き手さんにお任せします。
※日之影空洞を覚えていられるか、次いで何時まで覚えていられるかは後続の書き手様方にお任せします。
※戯言遣いとの会話の内容は後続の書き手様方にお任せします。

673 ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 11:31:28
仮投下終了。ごめんなさい(直球)
問題があれば破棄する構えですので、ご意見よろしくお願いします

674誰でもない名無し:2013/03/02(土) 11:35:19
仮投下乙です
たまんねぇなぁ!
ついにこのロワにも浸食してきたか…とだけ
とりあえずカレーと鰈のやり取りに和みましたw

675 ◆aOl4/e3TgA:2013/03/02(土) 12:28:10
例によって規制中なのでこちらへ。
黒神めだかを投下します

676成し遂げた完成(間違えた感性) ◆aOl4/e3TgA:2013/03/02(土) 12:28:56
 人吉善吉という少年について語るなら、それは『普通』以外のどんな言葉でも語ることは出来ないだろう。
 どんな異常さえも完成させてしまうどころか、自分の手では異常以前に特別(スペシャル)にさえなれない凡俗なる非才の身。
 完璧すぎる少女に惚れている癖をして、どんな奇策謀術に頼ったところで当の少女には絶対に勝てないだろう、弱すぎる男。
 どんなに頑張っても結局は美味しいところを持って行かれる、異常や過負荷のような存在に見せ場を食われるだけの、凡人。
 とてもじゃないが、完全無欠の生徒会長が背中を任せるに値するほど強い人間ではないし、頭脳も彼女には遠く及ばない。
 正義感でも彼女には勝てない。殆ど見渡す限り全ての面で負けている。凡人であるがゆえに、異常の権化の彼女には勝てない。
 ――だが、それでよかったのだと黒神めだかは心から思う。
 結局のところ自分は、彼のような普通の存在が物珍しかったのかも知れない。
 異常なる者達が、
 過負荷なる者達が、
 悪平等なる者達が、
 平然と蹂躙跋扈する日常で、彼だけが違っていたから。
 しかし今は、違う。
 彼の存在は、自分にとって必要不可欠だったのだとわかる。
 力が無くとも、頭が悪くとも、人吉善吉という存在が居てくれたから、黒神めだかは日々に安らぎを感じることが出来ていた。
 『十三組の十三人』と戦った時。
 心を操られた自分に果敢に向かってきてくれたのは、彼だった。
 『マイナス13組』と戦った時。
 過負荷のトップと引き分けて、彼は死の淵からさえ這い上がってきた。
 『オリエンテーション』では、決裂を経験した。
 あまりにも彼が見苦しい姿を見せるのでつい失望し、彼を厳しく叱咤することでより研磨されてほしいと願ったからだった。
 確信していた。善吉は自分のところに必ず戻ってくる、二歳の頃から一緒だった彼が戻ってこない筈がない、と。
 でも彼はその確信に近い予想を裏切った。
 黒神めだかと敵対することを宣言した普通なる少年は、十数年の付き合いの中で初めて、愛する少女と敵同士として向き合うことになったのだ。
 
 ――もう一度二人で歩み出す日は、とうとう訪れなかったが。
 バトルロワイアルなんて下らない児戯がなければ、彼と然るべき決着を着けた上で和解できた筈なのにと思うと、正義感だとかの一切を抜きにして、自分から大切なものを奪ったあの理事長に個人的な激情が沸々と沸き起こってくるのをありありと感じる。
 だが、どうあっても止まる訳にはいかないのだ。
 自分は黒神めだか。
 箱庭学園第九十九代生徒会長であり、その名の重さと誇りに懸けて、何としてもこの下らぬ実験を打破せねばならない。
 それまでは、善吉の死を悼むのもお預けだ。
 
 「――……それにしても、流石に予想外だったな……」

 驚きとも哀しみとも、その両方の意味に取れるような表情を浮かべて、めだかは前髪を右手で不意にかきあげる。
 そしてそのままのポーズで、めだかは真昼の蒼穹を見上げた。
 どこか遠いところを見るような目で、何を見つめているのかも分からないような視線で、彼女はただ天空を見つめる。
 これまで、多くの人物に危険視されてきた――それほどまでに異常な正義を貫いてきた彼女だが、今だけは違った。
 寂寥の哀愁を漂わせて、ただの失意の少女として、そこにいる。
 今の彼女を見ても、誰も天衣無縫の超人とは思うまい。
 今回の放送によって呼ばれた名前は、彼女にとって関わりのある名前があまりにも多すぎたのである。
 ――それこそ、黒神めだかの余裕に傷を付けるくらいには。

 日之影空洞。
 黒神真黒。
 そして、人吉善吉。
 
 実の兄と、以前力を借して貰った英雄も死んでいた。
 一瞬だけ放送の真偽を疑ってしまったのも無理はないことだろう。
 日之影は本当にひたすら強い男だったし、生半可な異常や過負荷で押し切るなんて単細胞の通じる相手ではない筈だ。
 実兄の真黒は確かに戦闘能力に欠けるが、『理詰めの魔術師』と称される頭脳と観察眼を持っている以上、簡単には死なない筈だった。
 二人とも死なないとばかり思っていたのに、それをすぐに裏切られた。
 親しいとはいかずとも、知り合いと家族・親友が死んだことによる精神的なショックは決して少なくはなく。
 更に、未だ何も守れずにいる自分への情けなさ。
 二つのダメージが、黒神めだかの心を執拗に責め立てていた。

677成し遂げた完成(間違えた感性) ◆aOl4/e3TgA:2013/03/02(土) 12:29:56
 「…………ならば尚更だ。哀しんでいる暇は、ない」

 めだかは苦々しげに表情を歪めて、今の自分に真に必要な行動を狂っているほど合理的に選び取る。
 彼女の正義を更に増幅させる要因として、放送で新たなる死者が告げられるという最悪な現実は、皮肉にも最高のカンフル剤となった。
 元々燃えていた正義は、油を注がれてよりいっそう激しく燃え盛る。
 本来なら『人吉善吉への敗北』というイベントを介して、在る程度正されるその異常性は、誰にも正されぬまま続き続ける。
 
 「見ていて下さい」

 告げる。
 日之影空洞に。
 黒神真黒に。
 見せしめで死んだ二人の生命に。
 自分が殺した少年に。
 この殺し合いで奪われた全ての生命に。
 そして、自分を庇って死んだ人吉善吉に。

 「この黒神めだかが必ず、全てを終わらせます」

 晴れ渡るような笑顔で、約束するのだった。
 めだかは歩き出す。全ての哀しみと罪を背負って。
 めだかは歩いていく。誰にも理解されぬ業を背負って。
 めだかは眩んでいく。正されなかった正義を背負って。
 めだかは――――


【1日目/真昼/B-4】
【黒神めだか@めだかボックス】
[状態]『不死身性(弱体化)』
[装備]『庶務』の腕章@めだかボックス
[道具]支給品一式×3(名簿のみ二枚)、ランダム支給品(1〜7)、心渡@物語シリーズ、絶刀『鉋』@刀語、否定姫の鉄扇@刀語、シャベル@現実、アンモニア一瓶@現実
[思考]
基本:もう、狂わない
 1:戦場ヶ原ひたぎ上級生と再会し、更生させる
 2:話しても通じそうにない相手は動けない状態になってもらい、バトルロワイアルを止めることを優先
 3:哀しむのは後。まずはこの殺し合いを終わらせる
[備考]
※参戦時期は、少なくとも善吉が『敵』である間からです。
※『完成』については制限が付いています。程度については後続の書き手さんにお任せします。
※『不死身性』は結構弱体化しました。(少なくとも、左右田右衛門左衛門から受けた攻撃に耐えられない程度には)
ただあくまで不死身性での回復であり、素で骨折が九十秒前後で回復することはありません、少し強い一般人レベルです
※都城王土の『人心支配』は使えるようです。
※宗像形の暗器は不明です。
※黒神くじらの『凍る火柱』は、『炎や氷』が具現化しない程度には使えるようです。
※戦場ヶ原ひたぎの名前・容姿・声などほとんど記憶しています
※『五本の病爪』は症状と時間が反比例しています(詳細は後続の書き手さんにお任せします)。また、『五本の病爪』の制限についてめだかは気付いていません。
※軽傷ならば『五本の病爪』で治せるようです。
※左右田右衛門左衛門と戦場ヶ原ひたぎに繋がりがあると信じました

678 ◆aOl4/e3TgA:2013/03/02(土) 12:31:01
短いですが投下終了です。
そして◆wUZst.K6uE氏、投下乙でした。
とりあえず一言、たまんねえなあ!!

679 ◆aOl4/e3TgA:2013/03/02(土) 12:39:27
すんません、>>677の13行目「見せしめで死んだ二人の生命に。」を、「見せしめで死んだ一人の生命に。」に変更お願いします

680 ◆wUZst.K6uE:2013/03/02(土) 13:24:35
すいません、自分もいくつか変更を

>>668、五行目 「一度自分の目で直接見ているがゆえに」を「その見た目だけで把握できたがゆえに」に変更、
>>671、一行目 「鰐ちゃん以外に」を無しにします

681虚構推理  ◆xR8DbSLW.w:2013/03/02(土) 18:06:31
とりあえず規制受けてしまいましたのでこちらで。申し訳ございません

682虚構推理  ◆xR8DbSLW.w:2013/03/02(土) 18:06:52
ここは素直に、正直に白状しよう。

 まさか、子荻ちゃんまで関わってきているとは思わなかった。

 いや、もっと言ってしまえば、重要なのは子荻ちゃんという点ではない。
ぼくがしっかりと、《死んだ》と認識している人間が、ぼくに分かるように再び喋っている事実が、酷く違和感であり、甚く気持ち悪く感じる。
元々欠落に崩落を重ねてきたぼくの常識であったが、容易く死者が口を開いているのは、どうしようもなく頭を揺さぶられた。
探偵稼業もたじたじである。


 ……ただ。
 ここまで動転する話の内容だろうか。
 繰り返すようだが、死者の蘇生に立ち会ったこともあった。
ギャグパートだったとはいえども、いつだったか潤さんは姫ちゃんを永遠の眠りから蘇生させたことがある。
勿論その時は気持ち悪さなど感じなかったし、むしろ安堵の様な気持ちに満たされたのではなかったか。
 オーケーオーケー。少し落ち着け。
焦りを表に出すのは禁物だ。一からもう一度考えよう。

 そもそも。
 ぼくが今イメージしている蘇生方法とは、俗に言う魂を屍に戻すような行為。
 つまりはゾンビのようなイメージに近い。心肺が動かなくとも、自動行動に律する蘇生。
血が爛れ、肉は腐り、髪は屠られ、骨は砕け、眼球は潰え、見るも無残なものになっていると考えていた。
死んでいるのだから、心臓に衝撃を与えたところで、意味はなさないであろう。と中途半端に現実的に考えている。
 中途半端は大好きだ。
 まあ、そういう想像をしたのは暦くんの話を聞いた後だから。
というのもある。文献によってもまちまちだが、吸血鬼は眷属を作る際、その眷属は腐食しどうたらこうたら、と聞いた覚えがあるような。
相も変わらず絶不調の自己記憶管理能力がソースとなるため、確実な知識としては語れないが、そのような術があるとかないとか。
 大前提の想影真心は、イレギュラーのハイエンドであるため参考にできそうになかった。
ぼくがER3にいた時代の真心ならともかく、今の真心なら全焼しても生き残ってるぞ、なんて報告されても素直に信じれそうである。

 さておき。
ぼくの想像通りとするならば、今頃子荻ちゃんは口と呼べるものはなく、ご自慢の策を弄することもできないだろう。
なのに今、ぼくたちに聞こえるように、子荻ちゃんの声が辺りに反響した。

 この時考え得る可能性は二つ。
 まず一つに、ぼくの考えている前提が間違っている。
これは大いにあり得るだろう。
さながら『なにもなかった』かのように、死から生を奪還したのかもしれない。
 そして二つ目。
子荻ちゃんの《時系列》がぼくのそれとは異なる場合だ。
これは先ほどの零崎との会話、および真宵ちゃんとの確認を経て、それなりの推定材料の揃っている仮定である。
零崎との会話以降――といってもそれほど時間が経っているわけでもないが――
ぼくは出夢くんや玉藻ちゃんが死んでいたのにも関わらず、ここに存在していた理由を、《時系列》が違うからと考えた。

 荒唐無稽だと笑われるような話の種だが、如何せん馬鹿に出来ないのが現実である。
 《殺し名》や《呪い名》の全てを知っている訳ではないけれど、中にはそう言う《時》に関する技術を有する者もいるかもしれない。
そうでなくとも、真宵ちゃん曰く《怪異》。ツナギちゃん曰く《魔法》。案外世の中には常識離れなことも多いらしいのだ。
《時系列》をずらす、だなんて偏った能力とて、有ってもおかしくない。

683虚構推理  ◆xR8DbSLW.w:2013/03/02(土) 18:07:25
 少なくともぼくよりは《暴力の世界》に詳しいであろう零崎も、特に違和感を抱いている訳ではなかったのでぼくもそれに倣おうと思う。
欺瞞や疑心はぼくの得意分野だが、必ずしもしなきゃいけないことではない。


 閑話休題。
 いずれにしたところで、《それらの可能性を肯定する》だけの根拠はあれど、《どれか一つを特定する》根拠は不足している。
下手な推測は後々の自分の思考を狭めてしまう恐れがあるので、今回はこの辺で切り上げよう。
例の如く、一度なにかに気がつくことが出来れば、連鎖的に全てを解き明かすことも不可能じゃないだろう。
 一は全。全は一。
 ぼくのサスペンスとは基本的にそのように作られている。


「……」
「……」
 だから一旦。
真宵ちゃんの反応を窺うとしよう。
 ぼくからは特に言うことはないし。また零崎や阿良々木の一人が死んだか。その程度。
ここで劇的な何かがあったのならば、ぼくはこうして冷静に語ってたりはしてないだろう。どうだろうね。

「……七人、ですね」
「そうだね」
「阿良々木さん……阿良々木暦さんを含めて、どれほど亡くなったんでしょうか」
「十七人。第一回放送前には十人死んでいたんだろう?」
「……」

 真宵ちゃんは黙す。
 過酷な現実を受け入れ難いのか、俯き、木目調の床を見る。
むろん見つめている場所に何かがあるというわけではなかった。
 真宵ちゃんは暫しその場所を眺め、思案を巡らせている。
ぼくは読心術やESPなどを会得している訳ではないので彼女が何を考えているかは分からなかった。
一頻り、思考の整理はついたのか、彼女はぼくの方を向いて一言言う。

「……これからも、頑張りましょう。戯言さん」
「……。……そうだね、頑張ろうか」
 頑張れなんて言葉にどれほどの意味があるかは分からないが、ぼくはとりあえず頷くことにした。
前向きなのはいいことだ。過剰な前向きは褒められてことじゃないんだけども。
これでも彼女なりに、決意を果たそうと奮起している。無下にする必要はない。


「じゃあ、放送も聞き終えましたし、次に行きますか?」
「そうだね。これ以上ここに居てもしょうがないしね」
 探索してれば違う発見はあるかもしれないけれど、今のぼくは新たな発見とやらを第一の目標としていない。
あくまでぼくの最優先の目的は人探し。探し人がいなければ長居する理由はないだろう。

「確か次は診療所だね。大丈夫?」
「大丈夫です」
「そりゃ息災だ」
 なんであれ、一先ずなにかイベントが起こるわけでもなく。

684虚構推理  ◆xR8DbSLW.w:2013/03/02(土) 18:07:45
静かに今回の話は締めくくろう。毎回毎回大波乱が起こったら、流石にぼくらの身が持たない。
別にそれならそれでもいい気はするが、こちとらうっかり死んでしまったら哀川さんに何を言われるか分かったもんじゃないし。
まだ玖渚の奴に、会ってないしね。何か手掛かりがあればいいのだけれど。

 いやいやおいおいまさかまさか。
前座でも前振りでもないよ。とてもじゃないが、ぼくたちにそんな流れは皆無。
ここでぼくが「ヒャッハー」とでもいいながら機関銃に火を吹かせる真似する道理がない。
そんな漫才のような展開なんてたまったもんじゃない。そんなものは他所のバトルロワイアルでも眺めてくれ。
こればっかりは戯言でも傑作でもなく、ただの本意だ。

「そういやジャル事さん」
「人を航空会社の名前みたく呼ばないでくれ」
「失礼、噛みました」
「……。そうか、気をつけてね」
「なんてことでしょう!」
 ノリの悪いぼくに対して、八九寺ちゃんは糾弾を始めた。
放送終わったばっかだぞ。もっとなんかあるだろう。
 尤も約十三行前のことを想うと、ぼくにそんなこと思われるのは、真宵ちゃんとしても不本意だろう。

「いやいやそこは《違う、わざとだ》でしょう! 何をサボってるんですか!」
「もう、いいかなって」
「よくないですよ! ヒロインとの会話を投げ出すなんて《主人公》やる気あるんですか!!」
 こんなところで、《主人公》を否定された。
ツッコミの一環としてもそれは酷いんじゃないか。
自分の事をヒロインと言いだした彼女。ぼくはどうすりゃいいんだ。

「まあ、いいです」
 いいんか。助かった。
哀川さんの苦労を理解した気がする。楽しいので止めるつもりはないけれど。

「話を戻しますが、もう携帯を掛けることはしないんですか? 運転中にかけるぐらいなら、今パパッと済ませるのも一つの手だと思います」
 ああ。携帯電話。
「いや、止めとくよ。幸い今回の放送はぼくたちには影響の薄いものだったけど、みんながみんなそういうわけではないからね」
 暫しの逡巡の後、真宵ちゃんは言葉を返す。
「それもそうですね。今電話を掛けるというのは空気が読めてませんね」
 戯言遣いは戯言を手繰るが、下手な慰めはむしろ逆効果であることも多い。
今亡き――じゃないな、まあ、子荻ちゃん曰く、ぼくの存在はトラブルメーカー。
 《なるようにならない最悪(イフナッシングイジバッド)》。《無為式》。
無闇の為にのみ絶無の為に存在する公式(システム)――零式よりも人識よりも、存在するだけで迷惑な絶対方程式。
 生かす道を選んだぼくだけれど、いや、ぼくだからこそ、下手に関わるのは避けたかった。
こればっかりは、ぼくの欠点の多さばかりは、覚悟や感情で代わるものじゃない。
目の前にある、救いたい命を守れたら、ぼくはそれだけでも――僥倖である。
 なんて。
 或いは戯言かもしれないけど

「しかし電話をしないとしても、なにやらこの携帯、もう少し機能があるっぽいですが」
「そうなんだ。しかし残念。ぼくは戯言ならともあれ、機械には疎いんだ」

 そもそもぼくはハイスペックな携帯電話の扱い方と言うものをいまいちよくわかっていない。
ぼくが持っていたのは電話機能オンリーの、誠に使いやすい前時代の携帯電話である。

685虚構推理  ◆xR8DbSLW.w:2013/03/02(土) 18:08:12
 その辺りの機能はなくとも今まで通じたし、いざとなったら玖渚便りで済ませていたからなあ。
電話さえかけれればいいかなって。そんなこれまでの怠慢のツケがこんなところで回ってきた。
ER3で何をやっていたかは、四月以降記憶の底に眠っている。ヒューストンの名の通り、ぼくの記憶はストンと抜け落ちている。至極残念。
まあ、とはいえ仮にも鹿鳴館大学でカリキュラムをとってはいたので、できなくはないのかもしれないけれど。

「ま、こんなところで足踏みするより今は先に進んでおこう。車の中で真宵ちゃんが一通り調べてみればいいさ」
「そうですか。では、異論もないですし行きましょうか」
「うん」

 真宵ちゃんは一歩踏み出した。
 だからぼくも一歩踏み出す。
ただそれだけ。今回の繋話ではそれ以上の描写はしない。
蛇足や脇道は嫌いじゃないが、燻り続けるのを滔々と連ねるのも悪いだろう。

 そういうわけで。
 機械音痴かもしれない真宵ちゃんに、愛の鞭を叩きつけたぼくはそこそこに真宵ちゃんの対応に期待しつつ、帰路を辿る。
 真宵ちゃんも、ああは言ったものの「歩きながらの携帯いじりは厳禁です」と、携帯をスカートのポケットに仕舞いこんだ。
昨今の若者も見習うべきお手本のようなマナー講座を語らいだす。昨今の若者に、きっとぼくも入るのだろう。

 お天道様は空高くに姿を現し、砂漠に容赦なく熱線を浴びさせる。
その様子を観望し、ぼくたちは多少げんなりしながら船内を出た。
 死にそうになった。
 くたばりそうになった。
 この世のすべてに絶望した。
 一度おいしい目を味わうと、どうにも暑さ耐性などと言うものは一瞬にして溶解したようである。
 これが反動(リバウンド)。
 これが衝動(インパクト)。
 ぼくたちのあまりのだらしなさにつまびらかに語ることはあえてしなかったが、この豪華客船。
空調設備は万全であった。
 そのこと自体はポロリと先ほども言ったが、それはもう、筆舌に尽くしがたいほどのありがたさだった。
砂漠のオアシスってあったんだな。と悟りを開いたのも恐らくその時が初めてだろう。
だからこそ、ぼくは室内プールなんぞに感激を得てたのかもしれない。
空調設備などどう足掻いても手に入れることなどできなかった骨董アパートに在住したぼくだが、流石に砂漠の暑さは身体に悪い。
我慢できるかできないか問われたら、耐えることは容易だし、あるいはこの程度の灼熱なら喜ぶぼくもいたかもしれなかった。

 しかし問題はそこだけではなかった。
さらなる、いや、真の問題はその先に待ち構えていた。
鉄の馬が嘶きをあげて足踏みするように待ち構えている。
 車。
 赤。
 フィアット500。
 ぼく達が置き去りにしたぼくたちの足代わり。
 車体に触れた。
 熱かった。
 火傷したかと思った。
 怒り心頭に発している。
後ろからぼくの様子を見ていた真宵ちゃんが、深く息を飲んだ。
言わずとも、ぼくたちは今共通理解を得てる。

686虚構推理  ◆xR8DbSLW.w:2013/03/02(土) 18:08:35
ぼくたちはそれほどまでに仲良く、互いが立たされた現実を思い知った。

 ぼくは思いきって、ドアを開ける。
それだけで参りそうになった。倒れそうになった。
車内から襲いかかる熱と言う毒。
立眩みと言う実に分かり易い症例。極度の蒸れにぼくは蜃気楼さえ夢に見た。
 焼売(シュウマイ)になる。
 小籠包(ショウロンポウ)になる。
 全身中華になった。アルだとかは使わないけれど。

 ……。
 ……んー。
とはいえなあ。このまま立ち止まったところでしょうがないしなあ。

「真宵ちゃん。行こうか」
「……」
返事がない。ただのしかばねのようだ。
屍ならば何をしても文句は言われないだろう。
ぼくは黙したまま、真宵ちゃんの手をとり、強引に助手席に座らせた。
変な呻き声を上げて最後、白目を剥いて昇天を味わっている。
椅子もそこそこの熱を吸収しているだろうに。電気椅子と言う拷問道具は有名だが、こちらの方がよほど生殺し。
場合によっては苦痛は大きいのかもしれない。
なんてことを思いながら、ぼくも運転席に座り、背面焼けるような思いを抱きながら、キーを挿し、アクセルを踏み込んで車を走らせた。


 4


 次回予告というか、今回のオチ。
 人が本当に生き返るならば。
 時空を言う絶対認識を歪曲させること能力を用いることが可能ならば。
 表面的に、偽善的に全ての人間を生き返らせ、この殺し合いを『なかったこと』にすることもでき得るだろう。
 ドラゴンボール理論。
 週一で超(スーパー)サイヤ人にトランスするらしい哀川さんはどう思うのか。
 奇を衒うのが大嫌いで、王道街道をまっしぐらに邁進す哀川さんが、その理論にどう野次を飛ばすのかは興味がわく。
大方、心の底から常識人を体現する人間であれば倫理的に毛嫌いするかもしれないが、上っ面だけならば、褒められた行為だろう。
 なにせ人が生き返る。
 もう一度声を聞けるのだ。

687虚構推理  ◆xR8DbSLW.w:2013/03/02(土) 18:09:06
特に、さながら魔人ブウが全人類をチョコレートだかアメやらお菓子されて食べられたような、
そんな理不尽な死に方をしているここにいるほとんどの諸君を、偽善だろうが生き返らすのは悪くはないはずである。

 龍球頼りな超絶理論にして超越理論。
 ぼくは狐面の男に誓った。
 ぼくは自分に言い聞かせるように、何度も何度も、言葉にした。

――ぼくは《主人公》を目指す。
  これまではたくさん殺してきたけれど、これからは生かす道を往く。

 本を糺せば、そんな宣言をしなければいけないほどに、ぼくは人を《殺》してきた。
 裏を返せば、ぼくはそれほどまでに《死》を知らなかった。
 贖罪も徒労に終わるぐらい。
 断罪も途方に暮れるぐらい。
 きっと恐らく、この場に居る誰よりも浅ましく、罪深い人間はぼくであろう。
 今現在、十二時間ほど経過した今、十七人の人間が死んでいった。
正直さほど多いとは感じない。
常軌を逸しているとは思うけれど、それまでだ。
今までぼくが築いてきた墓標を前にしたら、霞むぐらいほどの瑣末な量。
不幸自慢にすらなれない、ただの恥。過失。欠点。負け様。
そして同時に、事実である。

 《正義の味方》だとか、《主人公》だとか。
散々名乗りをあげたぼくだが、その実、欠けた人間である。
間違いと埒外の欠算を繰り返すぼくにとって、《全員を生き返らせる》ことに対する倫理的罪悪感は、ないのかもしれない。
 そう。
 ぼくはもう、誰も失いたくない。
 大切な人を、大好きだった人を失う辛さをぼくは知っている。
 だからこそ、誰も失いたくない。
ならば一回全員殺してでも、真宵ちゃんも玖渚も哀川さんも孫ことも全て壊して殺して。
 ――『なかったことに』。
 本よりぼくは、《生》かすことよりも《活》かすことよりも、《殺》すことの方が特異だ。
情欲で人を殺す人間なんか興味わかないけれど、生憎とて自分自身には初めから興味なんてない。
 《正義の味方》は《正義そのもの》ではない。味方をしているだけ。
 ――みんなをお家に帰す《主人公》。いいじゃないか。


「なんて戯言。頭が八重咲きだ」
 暑さで頭がやられたのかもしれない。暑さで咲く花なんていうのは、小波と同じでぼくのシンパシーを誘いそうだ。

 考えたところで、主催がどのような能力を有しているのかさえ判別できていない。
よもや主催陣が本当にぼく達の願いをかなえさせてくれるとは断言できない。それは鳳凰さんに、戯言なりにも言ったことだ。
自棄になり人を殺し、躍起になり人を殺し、百鬼になり人を殺し、最終的に優勝の名誉を頂戴したところで首輪がバーン。
今だって事実そうなるかもしれないと思うぼくがいる。
否定しない。否定できない。

 確かに子荻ちゃんは現在を《生》きている。
策を弄すると胸が大きい以外には、お世辞にもそこまで特筆する様な長所のなかった彼女がわけなく《物語》に復活した。

688虚構推理  ◆xR8DbSLW.w:2013/03/02(土) 18:09:28
それは主催陣が願いをかなえようとしていることかと言うと、同義ではないだろう。
命をインスパイアしたところで、それはそれ。他は他に違いない。

 だけど。
 あくまで身分不相応な希望を抱くのなら。
 仮に《殺》すことと《死》なせることが同義でないのならば、ぼくは――。


「変わろうと思う気持ちは自殺――なのかな」


 過去のぼくが断言した台詞を、疑問に直す。
真宵ちゃんは暑さに悶え苦しみ、ぼくの台詞なんぞ聞いちゃいなかった。

「変えようと思う気持ちは他殺――なのかな」
 言葉にして、沈黙した。
答えなんてない。あったところでぼくは知りえない。
 ぼくは一旦全てを忘れ、酷暑よりも哭暑をその身を浴びつつ、前を見る。
砂漠は相変わらず地平線を描いており、しばらくはその様を変えることはないだろう。


「まだまだ先は長いかな」
 でも。
 その内、そう遠くない内に、景色が変わるような気がした。


【一日目/真昼/G-2 豪華客船】
【戯言遣い@戯言シリーズ】
[状態]健康
[装備]箱庭学園制服(日之影空洞用)@めだかボックス(現地調達)、巻菱指弾×3@刀語、ジェリコ941@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×2(うち一つの地図にはメモがされている、水少し消費)、ウォーターボトル@めだかボックス、お菓子多数、缶詰数個、
    赤墨で何か書かれた札@物語シリーズ、ミスドの箱(中にドーナツ2個入り)
[思考]
基本:「主人公」として行動したい。
 1:真宵ちゃんと行動
 2:玖渚、できたらツナギちゃんとも合流
 3:診療所を探索して、ネットカフェを経由し、向かう
 4:不知火理事長と接触する為に情報を集める。
 5:展望台付近には出来るだけ近付かない。
[備考]
 ※ネコソギラジカルで西東天と決着をつけた後からの参戦です。
 ※第一回放送を聞いていません。ですが内容は聞きました。
 ※夢は徐々に忘れてゆきます(ほぼ忘れかかっている)
 ※地図のメモの内容は、安心院なじみに関しての情報です。
 ※携帯電話から掲示板にアクセスできることには、まだ気が付いていません。
 ※携帯電話のアドレス帳には零崎人識のものが登録されています。
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました。


【八九寺真宵@物語シリーズ】
[状態]健康?、精神疲労(小)
[装備]携帯電話@現実、人吉瞳の剪定バサミ@めだかボックス
[道具]支給品一式(水少し消費)、 柔球×2@刀語
[思考]
基本:生きて帰る
 1:戯言さんと行動
[備考]
 ※傾物語終了後からの参戦です。
 ※真庭鳳凰の存在とツナギの全身に口が出来るには夢だったと言う事にしています。
 ※日之影空洞を覚えていられるか、次いで何時まで覚えていられるかは後続の書き手様方にお任せします



[豪華客船]
※操縦室の場所…不明
※船内に、錠のかけられた扉がある。詳細不明
※室内プールのほかにも、娯楽施設が内在しているかもしれない

689虚構推理  ◆xR8DbSLW.w:2013/03/02(土) 18:09:57
ひとまず投下終了です。
指摘感想等ありましたらお願いします

690 ◆aOl4/e3TgA:2013/03/10(日) 21:55:42
相も変わらず規制中なので此方に投下させていただきます。

691神隠し(神欠し) ◆aOl4/e3TgA:2013/03/10(日) 21:56:59
 真庭鳳凰。
 今や廃りつつある、嘗ての栄光に縋っているだけと謡われるしのびの里の名字を冠する、十二人の頭領を実質的に統べる男。
 その実力たるや、大した苦もなく他の頭領を暗殺した旧友になおも別格として評価されるほどに高いとされる。
 付いた通り名は『神の鳳凰』。
 真庭の忍軍の中で唯一、実在しない動物の名前を背負った男だ。
 繰り返すが、彼は精鋭揃いの真庭のしのび中でも最強の座を欲しいままにしている、伝説といって遜色ない存在である。
 毒刀の精神支配を受けて乱心し、虚刀の青年に敗れこそしたものの、この殺し合いでもその力は曇り無く発揮されることだろう。
 中途半端な実力者では、『神』は越えられない。
 異常、過負荷、魔法少女、最強、最終――そんな存在と比べても引けを取ることのない強力なしのびである、それは決して間違いのない事実だ。
 事実の筈、なのだ。
 彼を危険と区別するのは正しくとも。
 彼を弱者と侮蔑するのは正しくない。
 そうだ。それこそが本当に正しい認識だ。
 そうであると、他ならぬ鳳凰自身も思っている。
 にも関わらず、だ。
 鳳凰は今、生涯――おそらくは、『真庭鳳凰』の名前が歴史上これまで受けたこともないような屈辱感に苛まれていた。
 
 (なぜだ)

 答えは返ってこない。
 あの狐面の男にでも聞けば納得できる答えが返ってくるのかもしれないが、僅かな矜持がそれを頑なに拒んだ。
 つまるところこの真庭鳳凰という男は、生まれてこの方こういった感覚というものを味わったことが無かったのだ。
 自分の強さを否定された挙げ句、最大限の侮辱を何の強さも持たないような全身隙だらけの男にぶつけられた。
 しかも情けないことに、奴を殺すことさえ自分には叶わなかった。
 右腕の死霊――それが戯言なのか、本当に真実であるのかは鳳凰にも知ったことではないが――、そんなもので、自分の強さは阻まれた。
 あまりにも、情けなすぎる。
 あれほどの侮辱を浴びせられて満足に論破することも出来ず、取り柄である実力行使さえ無駄に終わるなど、情けないにも程がある。
 
 (なぜだ…………っ!)

 だが鳳凰が真に理解できないのは其処ではない。
 口先で丸め込まれたことも、命結びにこれまで気付きもしなかった欠点があったというのも先ず納得しておいてやろう。
 ただ後一つ、どうしても見過ごせない疑問があった。
 こうして考えている内にも、その足は信じられない行動を続けている。
 誇りがあるなら、絶対に選択できないような行動を行っている。
 
 (なぜ我は、あの男に付いて行っているのだ…………!!)

 鳳凰は、自分を愚弄した男へ同行する道を進んでいた。
 どういう考えがあって、どんな理屈のもとにこんな決断を下したのかはまるで分からない。少なくとも分かっていれば、苦労はしていない。
 言うならば、本能的に。
 感じるならば、強制的に。
 数多くの闇の仕事を嵐のような激しさでこなしてきたこの両足が、そのすべてを否定した男の後ろを追い続ける。
 止めようにも止められない。より正確に言えば、止めようとするだけで自分の中の何かが選択を迷わせる。

 ――本当にそれでいいのか、と。
 本当にこの男を拒むことが正しいのかと。
 右腕の一件以降鳳凰のどこかで疼き続けていた、『畏れ』の感情がそんな問いを進む足に逆らおうとする度投げ掛けてくる。
 そして彼は、その問いに答えられない。
 一度恐怖を経験してしまったからか、自分の正しいと思うことが果たして本当に正しいのかが分からなくなっていた。
 ああ、なんと情けない。
 これが神と謳われた真庭鳳凰か。
 こんな醜態を晒すようでは、我もまたしのびの肩書きを捨てなければなるまい――――そんなことすら考えてしまう。
 逆を言えば、自分にとって何よりの誇りであり存在理由であるしのびの役目を捨ててでも、あの狐を追おうとしている。
 考えれば考えるほど無間の地獄にその身を埋められていくような感触が、鳳凰に気高き決断をさせることを妨げ続けた。

692神隠し(神欠し) ◆aOl4/e3TgA:2013/03/10(日) 21:57:35
 「――おい、鳳凰」

 びく、と。
 突然に名前を呼ばれたことで心臓が締め上げられるような感覚が走る。
 
 「くくく――そうビビるなよ。俺だって、別にお前を虐めて楽しもうなんて悪趣味を持ってる訳じゃあねえ」

 笑う狐だが、その姿が鳳凰の方へと振り向くことはない。
 あくまで片手間に暇潰し程度の軽い感覚で、彼へと話を振ったのだ。
 鳳凰はあの狐面のことを何も知らない。それでも一つ分かることがあった。言動を見ていればすぐに分かるような当たり前のことである。
 それを理解するとなおのこと腹立たしい。
 何故よりにもよってこんな存在に、こんなにも最悪な存在に行き遭ってしまったのかと、悔やみたくさえなってくる。

 「……なんだ」 
 「結局お前は、どうする気なんだって話だよ」

 ――この男は、何も考えていないのだ。

 心の底から、下手をすると誰よりもこの異常事態を楽しんでいる。
 楽しんでいるからこそ、より面白いものを見ようと行動する。
 しかし、根本でこの最悪野郎は何も考えちゃいない。
 いわば気まぐれだ。気まぐれとその場の勢いで、コイツは動く。
 それを遂げてしまう器量があるのが、尚更その最悪さに拍車をかけている。
 
 「……我は」
 「俺はお前を駄目な奴だと思ってるが、お前を拒絶することはしねえぜ。何しろ、その実力は俺の護衛としちゃあ一級も一級、超がついたっていいくらいに優れている。俺の『十三階段』の中でだって、お前に並ぶレベルの奴は殆どいねえ筈だからな」

 殆ど。ならば、自分を越える存在も要るというわけか。
 それは驚くようなことではない。鑢七花のような規格外が通用するような世の中なのだ、世界の広さ程度はそれなりに理解しているつもりである。
 
 「我はおぬしが嫌いだ、狐面」

 鳳凰ははっきりと、最悪の男へ言い放った。
 右腕への恐怖で醜態を晒し続けていた彼であったが、腐っても真庭の頭領を任せられる者。その中でも更に頂点を座する、神の鳳凰。
 このまま化け狐の傀儡で終わることは、良しとしなかったらしい。
 
 「だが、おぬしの言う通り。我はおぬしを殺せないようだ」
 「『我はおぬしを殺せないようだ』――ふん。ようやく理解したか。頭抜けの馬鹿って訳でもねえようだな」
 「ならば」

 この男の従属で終わるなど真っ平御免。そんな生き恥を晒すくらいなら、自らの心臓を穿った方がまだ苦しくないようにさえ思える。
 されど、現状この男を手に掛けることが出来ないのは確固たる事実。
 おまけに蒙らされた恐怖という呪縛を抱えたままで、これまで通りの戦いを繰り広げられるとは思えない。
 肝心な時に発作的に、呪縛を絞められては適わない。
 そんな死に様、まさしく犬死に。
 天を舞う鳳の名を裏切る、避けねばならぬ終わりだ。

 「ならば、一時はおぬしと道を共にするとしよう。再びこの手が、おぬしを殺せるようになるまでは――な」
 「――ほう」

 ざっ。これまで一度とて振り向かなかった狐が、初めて足を止めた。
 その後は何の躊躇いもなく振り向き、鳳凰へと視線を送る。
 数秒の間があって、それから再び狐面――西東天は前へと向き直り、何もなかったように歩みを進め始めた。

693神隠し(神欠し) ◆aOl4/e3TgA:2013/03/10(日) 21:58:37
 (真庭鳳凰――俺の欲する逸材の条件なんざ欠片も満たしちゃあいねえが……ふん、精々有効活用させて貰うとするか。
  此奴は手足としちゃあ落第点だが剣としちゃあ及第点だ。いや、違うな。忍者なんだから、暗器っつーのが正しいな)

 それは、真庭鳳凰にとって本当に本望なことなのだろうか。
 少なくとも、鳳凰は自分も知り得ない内に、西東天という誰よりも最悪な男の毒牙に蝕まれつつあるのは最早確かなことだった。
 鳳凰は先程初めて西東へと自らの意志を示したが、それは本当に鳳凰自身の意志による発言だったのか。
 西東天という男がきっかけをくれたからこそ芽生えたものなのではないのか――そんな疑問を、鳳凰は抱いていない。
 そこに疑いの余地などないとさえ思っている。あるいは、そもそも些末なこととして視野にすら入れていない。

 西東天は真庭鳳凰を完全に見定め。
 真庭鳳凰は自分の意志かも分からない決意で西東天と往く。
 鳳凰が望んだ、再び西東を殺せる機会は巡ってくるのだろうか。

 「それと、そこのおぬしは普通に殺せそうな気がするが」
 「ああ、だろうな。そいつは多分殺せるだろう」
 「やっぱり僕だけ危険じゃないですか」

 ――話に交じり損ねた串中弔士は一人溜息をついた。
 

    ◆    ◇


 ――戯言だな、と少年は思う。
 仲間が死んだ。
 誰よりも熱く正義に燃えた少女が死んだ。
 その在り方は彼の知るとある完全なる少女にも匹敵するほど愚直で、だが決して道を交えないだろうそれであった。
 彼女は死んだ。
 人ならざる、自立駆動の刀によって肉体を切り裂かれた。
 でも止めを刺したのは他ならぬ自分自身だ。
 仕方がなかったと思う。
 言い訳抜きで、あの場ではあれこそ最善だったと信じている。
 優しさとお節介は違うのだ。
 あのままあの子を生かし続けていたら、地獄のように苦しい死を遂げることは目に見えていた――だから、しっかりと殺した。
 人生で初めてだった。人を殺すというのは。
 連続殺人鬼扱いをされたこともあるし、事実その扱いも間違っちゃいないと彼自身思っている。自分の異常性がどれほど危険で間違ったものなのかを、どれほど苦しく忌まわしいものなのかは、当の少年自身が他の誰よりもよく知っているのだから。
 それでも、人を殺したことだけはなかった。
 人は殺したら死んでしまう。
 もう語ることも笑うことも、遊ぶことも出来なくなってしまう。
 優しき少年は当然のようにそれを忌避した。
 だから、内から這い出ようと躍起になる漆黒の衝動を抑制しながらこれまでの十数年間を生きてきたのである。
 異常な人生は、楽しいことばかりじゃなかった。
 暗器術を習い、普通(ノーマル)の少年とも戦った。
 そして敗北した。そして友達になった。
 そんな友情を芽生えさせるような戦いをしても。
 あの正しすぎる少女に触れても。
 遂に気付き得なかったことに――少年は、ずっと避け続けてきた禁忌を犯すことで初めて気付くことが出来た。
 人を殺すことは、最悪であると。
 彼女が殺し合いの開始からずっと連れ添ってきた仲間だったから、というのももしかしたらあるかもしれない。しかし何にせよ確かなことは、もう自分は二度と他人の命を奪うようなことは出来ないだろうということだ。
 殺した瞬間――、
 あれほど喧しく騒ぎ立てていた『衝動』が全て萎えた。

694神隠し(神欠し) ◆aOl4/e3TgA:2013/03/10(日) 21:59:21
 やがて消えた。それっきりだ。それっきり、衝動は姿を見せない。
 おそらくは今後も、永遠に。

 (……枯れた樹海には、殺す木がない)

 殺す木がない。
 殺す気がない。
 なんて皮肉な検体名だろうか。
 こういうのをきっと、戯言というのだろう。
 いや、それとも傑作か。

 (どちらにせよ、僕にはもう人を殺せない。それは確かなことだ)

 少年、宗像形は考える。
 自分の『樹海』には、最初から殺す木など一本しかなかったのだ。
 後の木は全てがとっくに死んでいて、殺せない木ばかり。
 そして最後の木を、あの時遂に切り倒した。
 それで、樹海からは木が無くなってしまった。
 これで自分は、真の『枯れた樹海』として覚醒したといえるのか。
 ひょっとすると、退化かもしれないけれど。

 (……ふむ、やはり僕には哲学者は似合わないね)
 
 くすり、と微笑して宗像は走り続ける。
 目指すは禁止エリアに未だ座しているだろう青い少女の下だ。
 速度は十全。あと数分もしない内に、目的の場所へと辿り着く筈。
 禁止エリアが完成するまで、数時間も余裕がある。
 我ながら、良い活躍だと思う。

 (このまま何事も無く帰れればいいんだが――――)

 玖渚を救出して伊織たちの下へ戻る運動を行ったところで、まさか体力が尽きてゲームオーバーにはならないだろう。
 問題はその道中で面倒な輩に出会わないかどうかだ。
 少女一人を守りながら戦うなど一般人相手なら雑作もないことだが、その相手が自分のような『異常』では話も変わってくる。
 こればかりは祈るしかないが、その時は最悪彼女だけでも逃がすしかない。
 玖渚を見捨てて自分の身を助けようとするほど宗像は落ちぶれていないし、そこまで自分の生に貪欲でもない。
 不安を払拭して、無意識に少し速度を上げて、なおも走る。
 が――その足は途中で止まることとなった。
 前方に見える複数の人影を見て、やれやれと愚痴るように宗像は零す。

 「どうやら、そうはさせてくれないようだね」

 その台詞を聞いて、人影の一人。
 狐面に浴衣姿の奇抜極まる様相の男は、犯しそうに笑った。
 殺人衝動を失ったとはいえ、その肉体に刻み込まれた殺人の技術の数々は未だ健在だ。だから彼には一目で分かった。
 しかし分かったからといって、得られるのは安堵でも愉悦でもない。
 何も得られない。疑問を蒙るだけだ。
 この男は、あまりにも殺し易すぎる。
 全身隙だらけ――丸腰であることを抜きにしても、正直前の自分がその気になれば一秒と掛からずに殺せそうなほどに。
 それに対して後方に立つ鳥のように奇抜な格好をした男は明らかにただ者ではない。間違いなく狐面よりも数倍、数百倍は強い筈だ。
 なのに、『いる』。
 決して隙を見せるなと警告する自分が、いる――――。

 「……何の用ですか? 僕は今非常に急いでいるので、早急にそこを退いて貰えると助かるのですが」

 少しだけ苛立ちを含ませた声で言う。
 怯んでくれでもすれば良かったものの、やはりそう上手くは行かない。
 宗像の気迫を受けても、男はただ笑うだけだった。

695神隠し(神欠し) ◆aOl4/e3TgA:2013/03/10(日) 22:00:51
 「……ちょっと、いい加減に……!」
 
 埒が明かない。
 それに、この男とは関わりたくない。
 こんな感覚を覚えたのはひょっとすると初めてか。
 こんなにも――一人の人間から離れたくなるのは、珍しいことと思う。

 「くく、悪いな。そう時間は取らせねえ、だがこいつも何かの『縁』だろう、宗像形」
 「……何故、僕の名前を知っている」

 名前など、ただの記号だ。
 そんなもの、肝心の時には大した役割を果たしてくれない。
 だから無用なものであり、どうであろうと同じようなものだ。
 けれど、会ったことも遭ったことも無い筈のこの男が、どういうわけか一方的に自分の名前を知っている。
 これは無視できない事実だった。
 場合によっては、強硬突破。
 人を殺すことは出来ないから、無力化して早々に突破する。
 あの鳥の格好をした男を相手取るのは骨が折れそうだし、隙を作って逃走を図り、適当に撒いたところで軌道補正というのが最善か。
 そんなことを考えている宗像だったが、

 「『何故僕の名前を知っている』――ふん、つまらねえ台詞だな。だが俺が言うだろう答えは、既にてめえは大方分かってそうだ、そういうツラをしてやがる。……無駄だぜ、お前は逃げられん。心配するなよ、少なくとも俺にはお前をどうこうしようって気はない」

 考えを見透かしたように、狐が言葉を吐いた。
 確かにこの男は自分に危害を加えようとはしないだろう。
 殺気というものも、敵意というものも限りなくこの男には皆無だ。
 仮に襲ってきても、この程度の相手ならば掠り傷すら負わない。
 逆に言えば、そんな相手から逃げることは容易い筈なのだが。
 なのだが――どうしても、逃げられる気はしなかった。
 ここで関わってしまったことが運の尽きと考えてしまっている自分が何処かに居ることに気付くのに、そう時間は掛からなかった。

 「くくく」

 笑って狐は、宗像の姿を観察する。
 変態的なそれではない。どちらかといえばそれは、科学者が実験体にするような本当の意味での観察行為だった。
 時間にして数秒が経過した頃、狐は惜しそうに呟いた。
 悔しそうに、口惜しそうに。

 「ああ、くそ――惜しい、惜しいな。もう少し前のお前にも接触しておけば良かったと言わざるを得ないぜ」

 どきりと、跳ね上がるような感覚を覚えた。
 今の台詞は、まるで知っているような口振りだった。
 宗像形が、一人の少女を殺して殺人衝動を失ったことを。
 あんな数秒の観察から、そんな結果を導き出したようだった。
 有り得ない。そう思っていながらも、感じてしまう。
 この男への紛れもない、恐怖心を。

 「だがそれでも、お前はなかなかだ。どっかの殺人鬼連中と同じであって同じじゃない。お前の代用品はそうそう見つからないだろう」

 代用品(オルタナティブ)と、狐面は口にした。
 
 「かなりのレア・ケース……ふん、『合格』だな。お前ならちゃんと資格がある」

 合格。
 代用品。
 資格。
 レアケース。
 殺人鬼連中。
 すっかり自分の世界に入っている男の台詞一つ一つが、まるで脳へ直接響くように思考を蝕んでいく。
 怖い。
 未知といってもいい感覚が、宗像の中で少しずつ膨らんでいく。

 「どうだよ、宗像。お前――」

 狐の男は笑った。
 ――実に、犯しそうに。
 
 「――俺達と来ないか?」

696神隠し(神欠し) ◆aOl4/e3TgA:2013/03/10(日) 22:01:36
 答えなど、選ぶまでもない。
 そんなこと、きっと生まれた時から決まっている。
 この男に。
 狐面の奥で微笑む男に。
 正しく『人類最悪』と言うしかないであろう男に。
 化け狐のように人を惑わすこの男に。
 この男と、同行することが出来るなど。

 「断るっ!」

 ――――願い下げだ。


    ◆    ◆


 宗像形は、まるで風のように走り去っていった。
 鳳凰の速度でなら追い付くことも可能だったろうが、狐面・西東天の方からその提案を却下した。
 縁が合えばまた奴とは再会することになる。そう言って、旨い魚を逃した釣り人のような雰囲気を醸しながらまた歩き出した。
 宗像を見て、西東はその本質をすぐに理解した。
 これは殺人鬼の素質があるようで皆無な奴だと、一目で見抜いた。
 殺し名序列第一位・匂宮雑技団。
 殺し名序列第二位・闇口衆。
 殺し名序列第三位・零崎一賊。
 そのどれとも違い、ただし近いのは零崎の鬼どもだ。
 あれはそういう目だった。殺人の衝動を欠いた後でも、数多くの異様な存在と縁を持ってきた西東天に隠し通せはしなかった。
 彼は本当に二度と人を殺さないだろう。
 零崎とは違う。限りなく近いのに対極以上に遠い存在だ。
 だからこそ、面白いと思った。
 自分の仲間にしてみたいと思った。
 結果はにべもなく断られてしまったが、これもまた物語。
 時としてご都合主義に、時として現実的に進む。
 物語の先が見えているほどツマラナイことはない。
 ゆえに西東天は、不測を大いに歓迎する。
 何も拒まず、去る者も追わない。
 それが因果に追放された男の、異常な在り方だった。

 「さて、弔士、それと鳳凰」

 落ち込まずに。
 常にそれも物語と受け入れ。
 そうして人類最悪は、次なるイベントへ近付く。
 これほどまでに物語に大きく関与できるなどそうそう無いことだ。
 この好機は間違いなく、逃せば一生で二度と訪れない。
 だから楽しむ。この面白き物語を、精一杯楽しむとする。
 ――面白きこともなき世を面白く。
 どこかの偉人の座右の銘。
 素晴らしい言葉だと西東は思う。
 まさしくその通りだ。
 だから次に向かうのは、新たなる可能性のもとへ。

 「次の目的地は決まったぜ」

 現地点から見てもっとも近い場所。
 もっとも近いということは、それもまた何かの縁。
 ならば接触してみるのも悪くない。
 むしろ、いい。

 「E-7だ」

 短く言うと、同行者達の意見も聞かずに西東はすたすたと歩く。
 まさに傍若無人だ。その様子に溜息をつく弔士を見て、同じように溜息をつきながら、鳳凰は小さく言った。

697神隠し(神欠し) ◆aOl4/e3TgA:2013/03/10(日) 22:02:32
 「……その、なんだ。おぬしも大変だな」
 「わかってくれるのはあなただけですよ、鳳凰さん」

 ちょっぴり親近感が芽生えたりしていた。


【1日目/昼/D−7】
【西東天@戯言シリーズ】
[状態]健康
[装備]拡声器(メガホン型)@現実、首輪探知機@不明、チョウシのメガネ@オリジナル×12
[道具]支給品一式、ランダム支給品(0〜1)、マンガ(複数)@不明
[思考]
基本:もう少し"物語"に近づいてみる
 1:E-7へ向かう
 2:弔士が<<十三階段>>に加わるなら連れて行く
 3:面白そうなのが見えたら声を掛け
 4:つまらなそうなら掻き回す
 5:気が向いたら<<十三階段>>を集める
 6:時がきたら拡声器で物語を"加速"させる
 7:電話の相手と会ってみたい
[備考]
※零崎人識を探している頃〜戯言遣いと出会う前からの参加です
※想影真心と時宮時刻のことを知りません
※展望台の望遠鏡を使って、骨董アパートの残骸を目撃しました。望遠鏡の性能や、他に何を見たかは不明
※首輪探知機――円形のディスプレイに参加者の現在位置と名前が表示される。細かい性能は未定


【串中弔士@世界シリーズ】
[状態]健康、女装、精神的疲労(小)、露出部を中心に多数の擦り傷(絆創膏などで処置済み)
[装備]チョウシのメガネ@オリジナル、三徳包丁@現実、中華なべ@現実、虫よけスプレー@不明
[道具]支給品一式(水を除く)、小型なデジタルカメラ@不明、応急処置セット@不明、鍋のふた@現実、出刃包丁@現実、
   食料(菓子パン、おにぎり、ジュース、お茶、etc.)@現実、懐中電灯@不明、おみやげ(複数)@オリジナル、「展望台で見つけた物(0〜X)」
[思考]
基本:…………。
 1:今の所は狐さんについていく
 ?:鳳凰さんについて詳しく知っておくべき?
 ?:できる限り人と殺し合いに関与しない?
 ?:<<十三階段>>に加わる?
 ?:駒を集める?
 ?:他の参加者にちょっかいをかける?
 ?:それとも?
[備考]
※「死者を生き返らせれる」ことを嘘だと思い、同時に、名簿にそれを信じさせるためのダミーが混じっているのではないかと疑っています。
※現在の所持品は「支給品一式」以外、すべて現地調達です。
※デジカメには黒神めだか、黒神真黒の顔が保存されました。
※「展望台で見つけた物(0〜X)」にバットなど、武器になりそうなものはありません。
※おみやげはすべてなんらかの形で原作を意識しています。
※チョウシのメガネは『不気味で素朴な囲われたきみとぼくの壊れた世界』で串中弔士がかけていたものと同デザインです。
 Sサイズが串中弔士(中学生)、Lサイズが串中弔士(大人)の顔にジャストフィットするように作られています。
※絆創膏は応急処置セットに補充されました。

698神隠し(神欠し) ◆aOl4/e3TgA:2013/03/10(日) 22:03:02
【真庭鳳凰@刀語】
[状態]精神的疲労(中)、左腕負傷
[装備]炎刀『銃』(弾薬装填済み)、匂宮出夢の右腕(命結びにより)
[道具]支給品一式×2(食料は片方なし)、名簿×2、懐中電灯、コンパス、時計、菓子類多数、輪ゴム(箱一つ分)、ランダム支給品2〜8個、「骨董アパートで見つけた物」、首輪×1、真庭鳳凰の元右腕×1
[思考]
基本:優勝し、真庭の里を復興する
 1:一旦は狐面の男についていく。但し懐柔される気は毛頭ない。
 2:本当に願いが叶えられるのかの迷い
 3:今後どうしていくかの迷い
 4:見付けたら虚刀流に名簿を渡す
[備考]
 ※時系列は死亡後です。
 ※首輪のおおよその構造は分かりましたが、それ以外(外す方法やどうやって爆発するかなど)はまるで分かっていません
 ※「」内の内容は後の書き手さんがたにお任せします。
 ※炎刀『銃』の残りの弾数は回転式:5発、自動式9発
 ※支給品の食料は乾パン×5、バームクーヘン×3、メロンパン×3です。
 ※右腕に対する恐怖心が刷り込まれています。今後、何かのきっかけで異常をきたすかもしれません。


    ◇    ◇


 ――たどり着く、研究所の前。
 しかし達成感はない。
 それよりも速く済ませて伊織たちと合流したいと思っている。
 それほどまでに、宗像にとっては衝撃的だった。
 あの男は何だったのか。いったい、何がしたいというのか。
 分からないが、とにかく一つ。
 二度と関わり合いになりたくないことは確かだった。
 もう自分は人を殺せない。殺したいとすら思えない。
 けれど、もし未だ殺人衝動が健在だったとしても、あんなものは殺したいとすら思えなかったのかもしれない。

699神隠し(神欠し) ◆aOl4/e3TgA:2013/03/10(日) 22:04:19
 「ああいうのを、最悪と呼ぶんだろう」

 一人呟いて、納得する。
 あれは確かに最悪だった。
 百人に聞いたら百人がそう言うだろう。
 仲間になれ? あれと仲間になるなど有り得ない。
 少なくとも自分とは決して相容れない。
 宗像はもはや確信さえしていた。
 
 「伊織さんたちは――大丈夫かな」

 もたもたしている暇はない。
 一刻も早く玖渚を連れて伊織たちと合流せねば。
 宗像は研究所の内部へと足を進めた。
 彼はこの後玖渚友と再会し、研究所を出ることを信じている。
 そこに障害が生まれるなど有り得ぬと思っている。
 仮にそうだとしても。彼は未だ知り得ない。
 待たせている同行者の下へ、彼が忌避した狐面の男が既に向かっているということを――――。


【宗像形@めだかボックス】
[状態]身体的疲労(中) 、殺人衝動喪失
[装備]千刀・鎩(ツルギ)×564
[道具]支給品一式×2、コルト・パイソン(6/6)×2@人間シリーズ、スマートフォン@現実、「参加者詳細名簿×1、危険参加者詳細名簿×1、ハートアンダーブレード研究レポート×1」、「よくわかる現代怪異@不明、バトルロワイアル死亡者DVD(1〜10)@不明」
[思考]
基本:阿良々木火憐と共にあるため『正義そのもの』になる。
 0:斜道郷壱郎研究施設へ向かい、玖渚友を禁止エリアから出す。
 1:黒神めだかが本当に火憐さんのお兄さんを殺したのか確かめたい。
 2:機会があれば教わったことを試したい。
 3:とりあえず、殺し合いに関する裏の情報が欲しい。
 4:DVDを確認したい。
 5:火憐さんのお兄さんを殺した人に謝らせたい。
[備考]
※生徒会視察以降から
※阿良々木暦の情報はあまり見ていないので「吸血鬼」の名を冠する『異常』持ちだと思っています
※無桐伊織を除いた零崎四人の詳細な情報を把握しています
※参加者全員の顔と名前などの簡単な情報は把握しています
※危険参加者詳細名簿には少なくとも宗像形、零崎一賊、匂宮出夢のページが入っています
※上記以外の参加者の内、誰を危険人物と判断したかは後の書き手さんにおまかせします
※携帯電話のアドレス帳には櫃内様刻、玖渚友が登録されています

700 ◆aOl4/e3TgA:2013/03/10(日) 22:04:59
投下終了です。
毎度毎度申し訳ありませんが、問題等なければ代理投下をお願いします。

701 ◆aOl4/e3TgA:2013/03/16(土) 09:39:54
さるったのでこちらに残りを投下します

702撒き散らす最終(吐き散らす最強) ◆aOl4/e3TgA:2013/03/16(土) 09:40:41
 「あたし…………ゆらり、確かに思いましたよねぇ…………」

 いつも通りの霧のように掴めない口調ではあるが、彼女の瞳は獲物を前にして高揚している色とは明らかに異なっていた。
 何かを思案するような、何かを噛みしめているような表情で、いつになく真剣な感情の色を見せながら玉藻は静止している。
 狂っていると誰もが称する少女。
 現在は主催者の手にある策士少女でさえ扱いに手を焼く程のじゃじゃ馬殺人狂がそうしている様は、不自然を通り越して不気味でさえある。
 彼女を知る者なら誰もが違和感を抱いたはずだ。
 もしも何処かの里の冥土のなんとかさんを知っていたなら、それの変装ではないかと疑って掛かるほどに、彼女のイメージに合わない。
 ――玉藻にとっても、気付いてしまったその事実は黙って無視できるものではなかったのか。それとも、只の気紛れなのか。

 「『死ぬ』……って、思いました」

 あの時。自分の襲来を迎え撃たれそうになった瞬間、間違いなく殺されると感じた。死の気配をあまりにも身近に、強大に感じた。
 重ねて言うが、恐怖はしない。恐怖で使い物にならなくなるほど愚鈍では、玉藻は澄百合のホープとは呼ばれかった筈だ。
 彼女自身にもこの不思議な感情の意味は分からない。
 彼女に分からないのなら、世界中の誰にも分かるまい。
 あの『策士』にも、看破することは不可能だろう。
 表現のしようがないものを、表せないものを、理論立てて説明するなど出来るわけがない。
 どうにも釈然としないままで、玉藻は哀川潤に穴を開けられた地図を幼児のように掲げて、小首を傾げながら見つめた。

 「ゆらぁり……」

 哀川潤は、大した会話も無しに真心を追うと宣言して、有無を言わさずにあの橙色を追いかけていってしまった。
 その前に彼女が唯一行った行動は、玉藻の地図のとある場所に指で穴を穿ち、ここで待っているように言うことだった。
 他のやつがいて信用できそうならそいつと一緒に行ってもいいとだけ言って、そのまま彼女は走り去って消えた。
 それともう一つだけ、誓約を課して。
 
 『誰かをあたしの許可無しにぶっ殺したら承知しねえからな』
 
 ――西条玉藻の楽しみを奪って、自分勝手に去っていった。
 
 「……まぁ、行ってみましょうかぁ……?」

 往く宛などどうせない。
 殺し合いなのに殺し合いを封じられるとは生殺しもいいところの話だったが、あの人類最強と対立するのはまだ御免だった。
 先の放送を担当していたのは、萩原子荻。彼女の懐いていた優秀極まる策士の少女だった、というのも理由の一つにある。
 彼女がイかれた老人の道楽に協力しているとは思えないし、既知の人物がいる以上は当分哀川潤へ協力するのが賢明と判断したのだ。
 だからひとまずは、我慢する。
 なにもずっと我慢していろというのではない、とりあえずは哀川と再度合流を果たすまで約束を守っていればいいだろう。

 「……――――ゆらぁり」

 玉藻はゆらゆらと、示された場所へと足を進めた。
 その場所は、図書館である。


【西条玉藻@戯言シリーズ】
[状態]身体的疲労(小)
[装備]メイド服@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×2
[思考]
基本:どうしましょう……かねえ
 1:当分は潤さんとの約束を守りましょー……あくまで当分は、ですけど
 2:図書館に行きましょうか……
 3:でもぉ……戦うときは、ずたずた未満で……頑張りますよぅ
[備考]
 ※「クビツリハイスクール」からの参戦です(正確には、戯言遣いと遭遇する前からの参戦)。
 ※毒刀の毒は消えました。
 ※哀川潤に不殺を命じられました。当分は守るつもりのようです

703撒き散らす最終(吐き散らす最強) ◆aOl4/e3TgA:2013/03/16(土) 09:41:08
【4】


 赤色の女も、走っていた。
 全身に様々な生傷を負い、骨折しているのも一カ所や二カ所ではない。
 常人であれば立っているのもままならないほどの負傷をしているが、あらゆる部門の最強を誇る彼女を止めるにはまだ足りなかった。
 彼女は事もなさげにその両足を追跡の為だけに動かし続ける。
 走り去ったあの馬鹿娘を追いかけて、まずは傷をどうにかしなければ。
 あの刺さり方は明らかに不味かった――如何に人類最終であろうとも、人体に用いるにはあまりにも必殺的すぎる一撃だった。
 早くしなければ手遅れになるやもしれない。
 それどころか、持てる限りの力を尽くしても無謀であるかもしれない。
 それでも最強は走る。
 決して希望を捨てずに走る。
 自分の娘と称した少女を正し、救うために地面を蹴りつける。
 助けなければならない。そうしなければ、自分の気が収まらなかった。 

 (どいつもこいつも…………っ!)

 哀川は完全に激昂していた。
 元々、彼女は気の長い質ではない。
 玉藻の乱入といい真心の狂乱といい、既に怒りは頂点に達していた。
 どうしてあいつらはそうも子供なのか。
 どうしてあいつらはこうも――

 (馬鹿すぎんだろ、お前らっ! 畜生、どこまであたしを振り回して困らせんだ!! あたしはもう怒ったぞ!!)
 
 どいつもこいつも大馬鹿だ。
 救えないほどに子供すぎる。
 それが哀川潤には許せない。
 二人の子供の馬鹿さ加減は、最強の存在の琴線に触れてしまった。

 「――お前ら二人ともあたしがぶっ壊してやる! お前らに教えてやるよ、人間の素晴らしさってヤツを!!」

 少年漫画のヒーローのように哀川は走る。
 人類最強――未だ、衰えること無し。
 

【哀川潤@戯言シリーズ】
[状態]あばら数本骨折、両腕骨折、疲労(大)、全身にダメージ(極大)
[装備]
[道具]支給品一式×2(水一本消費)、ランダム支給品(0〜4)、首輪、薄刀・針@刀語、トランシーバー@現実
[思考]
基本:バトルロワイアルを潰す
 0:真心を捕まえて、玉藻ちゃんと纏めて叩き直す
 1:とりあえずバトルロワイヤルをぶち壊す
 2:いーたん、 玖渚友、想影真心らを探す(今は玖渚を優先)
 3:積極的な参加者は行動不能に、消極的な参加者は説得して仲間に
 4:後で玉藻ちゃん拾いに行かねーとな
 5:阿久根の遺言を伝える
 6:もうちょっと貝木と情報交換したかった
 7:玉藻ちゃんに殺しはさせねー
[備考]
 ※基本3の積極的はマーダー、消極的は対主催みたいな感じです
 ※トランシーバーの相手は宇練銀閣です
 ※想影真心との戦闘後(無桐伊織との関係後)、しばらくしてからの参戦です
 ※主催者に対して仮説を立てました。詳細は以下の通りです。
  ・時系列を無視する力
  ・死人を生き返らせる力
  以上の二つの力を保有していると見ています

704 ◆aOl4/e3TgA:2013/03/16(土) 09:42:03
本スレでの支援ありがとうございました。
これにて投下終了です。すいませんが、代理投下をお願いします

705 ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:04:36
予約分を仮投下します

706rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:05:38
 
  ◇   ◇   ◇



 蝋燭が消えたとき、すべての笑顔は平等に美しく、そして平等に無価値である。



  ◆   ◆   ◆



 放送を聞き終えてから、ツナギは考える。
 ついさっきまで意識から切り離していたはずの青年と少女の二人組――戯言遣いと八九寺真宵のことを。
 なぜ自分は、彼らと一緒に行動しようと思ったのか。あの死んだ魚のような目をした青年の何に対して、自分は興味を持ったのだろうか。
 最初に会ったときは、何となく面白そうだからついていってみよう、程度の適当な理由で同行を決めたに過ぎなかった。いつでも切り離せるし切り捨てられる、仲間と呼ぶにはお互いあまりにも淡白な関係でいるつもりでいた。
 それがいつの間にか、自分はむしろ率先して彼らを守るための行動をとっていたように思える。自分がそれなりに仲間思いな性格をしているという自覚はあるが、見ず知らずと言っていいはずの彼らに必要以上に肩入れする理由はなかったはずだ。
 少なくとも、自分の『魔法』を晒してまで彼らを救う理由はなかった。
 デメリットこそあれ、そこまでして彼らを守ることで得られるメリットなど、自分にとってはひとつもない。
 皆無である。
 八九寺真宵に関しては見るからに「無害な一般人」といった感じの女の子だったから、守らなければいけないという一種の庇護欲はあったかもしれないが。
 ただ、あの青年に関しては違う。あの戯言遣いを自称する青年に自分が抱いていたのは、庇護欲や仲間意識などといったわかりやすい感情とは一切かけ離れている。
 むしろ正直に言うなら、あの青年には危機感すら抱いていた。見ているだけで不安を煽られるような、それでいて好奇心をくすぐられるような、底の見えない深遠に引きずり込まれる錯覚すら感じてしまうほどの、言いようのない危機感を。
 そばにいたくないと思う反面、
 そばにいたいと思うような。
 そんな矛盾した感情を、あの青年に抱いていた。
 もしかすると、その危機感こそが同行を決めた理由だったのだろうか?
 江迎怒江を追跡しようと思った理由が「直感的に危険だと思った」からだったように、あの青年が危険だと直感したからこそ、監視のため一緒にいようと決めたのだろうか?
 だとしたらなおのこと、守る理由などないように思えるのだが。
 ただ、あの二人を守っていたことが失敗だったかと問われれば、そこは否定できる。理由を聞かれたらやはりわからないとしか答えようがないけれど、むしろ途中で行動を別にしてしまったことを後悔する気持ちもあるくらいだ。
 自分があの青年の中に何を見出していたのかは、正直今になってもわからない。あるいはその答えをはっきりと出したくないが為に、自分はわざわざあの青年から離れたのかもしれない――ツナギはそう考える。
 あの青年の目に、あの青年の言葉に。
 自分が何を、誰を重ね合わせていたのか。
 供犠創貴か、水倉りすかか、それとも自分自身なのか。
 そのどれもが正解であるような気もするし、どれもが間違いであるような気もする。しかしどれが正解だったところで、それはきっと愉快な解答ではないだろう。
 だってそれは、自分にとって「欠けている」部分が何なのか教えられるような、きっとそんな解答であるのだろうから。

 「……焼きが回ったかしらね。自分の欠点なんて、とうの昔に知り尽くしてるでしょうに」

 ごほ、と痰が絡んだような湿った咳をする。つぶやくような独り言を発することすら、今のツナギにはもはや困難だった。
 持っていた携帯電話を操作し、あらかじめ登録しておいた番号へと発信する。
 何回目かのコールで相手は出た。久しぶりに聞くその声に、ツナギは不覚にも少し安堵してしまう。放送で彼らが生きていることはすでに知っていたが、電話越しとはいえ直接その声を聞くと、やはり感じ入るものはある。
 これから自分が辿るであろう運命を考えると、余計に。
 「あ、もしもし、いーくん? 私だけど」
 うまく声が出せず、別人のようにしゃがれた声になる。それでも向こうは、こちらが誰なのか察してくれたようだった。
 「私、たぶんこれから死ぬと思うから、それだけ伝えておこうと思って。真宵ちゃんにもよろしくね」

707rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:07:41
 


  ◆   ◆   ◆



 時間を少し遡り、放送前。
 江迎怒江が人吉善吉の死体を発見し、それを腐敗させる様子の一部始終を見ていたツナギが江迎に発見された直後。
 向かってくる江迎の姿を見て、ツナギはもはや交渉の余地はないと思っていた。
 こちらを見る江迎の形相は、すでに正気のものではなかった。目は虚ろで焦点があっておらず、大きく裂けた口の端からは絶え間なく血が流れ続けている。
 その血をぬぐうこともなく、足取りだけは確かにツナギのほうへまっすぐに歩みを進めてくる。
 化け物のようだ、とツナギは思う。
 身体がすでに人間のそれではない自分が、そんな感想を抱くのもどうかとは思うが。
 この女は身体ではなく、精神がすでに人間のそれではない。そんなふうに感じた。

 「あなた、何者?」

 すでに没交渉であることを承知で、ツナギは目の前の女へと向けて話しかける。
 言葉が通じるかどうかも微妙と思ってしまうような見た目の相手だったが、意外にも江迎はツナギの言葉に足をぴたりと止める。
 狂ったような表情はそのままだったが。

 「魔法使い――じゃないわよね。『魔法』使いでもない。魔方陣でも魔法式でも、ここまで大規模に魔法を発動して、魔力を全然感知できないなんてことがあるはずないもの。
 魔法じゃないなら、私にはもう『現象』としか言いようがないのだけれど。魔法以外でそんな『現象』を引き起こすことができる人間なんて初めて見るわ。いったい何なの? あなた」

 江迎は答えない。
 聞いているのかいないのか、まるで腐ったものでも見るような目を、黙ってツナギへと向けてくる。

 「ああ、自己紹介がまだだったわね。私はツナギ。小学五年生の魔法少女よ。あなたの名前は?」
 「…………あなたに名乗る名前なんてないわ」
 ツナギは初めて相手の声を正面から聞く。
 「何なのよあなた――今までこそこそ隠れていたくせに、急に堂々と話しかけてこないでよ……見つかったからって開き直り?」

 意外に人間らしく喋る――ツナギはそう思う。いや、意外にも何も、相手は人間なのだが。
 人間なのだとは思うが。
 あからさまに不快そうにはしているが、感情が見て取れるぶんまともに見える。どうやら完全に話が通じない相手というわけではないらしい。

 「あなたみたいなガキに、気安く話しかけられる筋合いはないわよ。魔法少女? 頭おかしいのあなた……大体なんなのよ、その頭の口。気持ち悪い」
 「……半分口裂け女のあんたに言われたくはないけどね」

 ツナギの言葉に、江迎の様子が再び急変する。ざわ、と周りの空気がうごめくような気配を感じたかと思うと、たちまちのうちに辺りが腐臭に包まれ、喉がひりつくような感覚を覚える。
 属性「風」、種類「反応」、顕現「化学反応」――そんなふうにツナギは江迎の能力を「魔法」として分析したのだったが、やはり今の江迎から魔力を感知することはできない。

 (魔法でないなら、単なる「科学」による文字通りの化学反応――っていう線もありうるのかしらね)

 引き起こされる現象があまりに大規模で不可解なものであったから、ほとんど当たり前のようにそれを魔法として考えていたが、思えば何も魔法に限定して考える必要はない。魔力を感知できないなら魔法ではないと考えるのはむしろ自然だと言える。
 物質の腐敗を促進、強制するというのは、いかにも科学による技術、バイオテクノロジーの一種と言えるのではないか――現代の科学力を考えれば、細菌などを利用することで人為的に腐敗を促進するというのは十分に可能な技術だろう。
 ただ、先程江迎が見せたような、早回し映像さながらの腐敗となると、少なくとも一般に知られているレベルでの技術では説明が付かなくなる。なにより江迎は、触れてもいない、近づいてすらいない周囲の物質さえ腐敗させてみせたのだから。

708rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:08:35
 
 (科学か超科学か――まあ、それを考えること自体に意味はないか)

 どちらにせよ、常識をはるかに超えたレベルの『現象』であることに変わりはない。
 ツナギにとって厄介なのは、これが魔法ではないという一点のみだった。ツナギの魔法は属性が「肉」、種類が「分解」、自身の「口」で喰らった魔力を分解し、己の魔力として吸収してしまうという魔法。
 だから相手の攻撃が魔法である場合、ツナギとしてはただ真正面から喰い尽くしてしまえばいいだけの話なのだが、今の相手はそう簡単にはいきそうもない。
 ツナギの魔法は決して「魔法使い」相手に特化しているというわけではないのだが――相手の引き起こす『現象』の正体が明らかでない以上、自分の魔法がいつもどおりに作用する保障はまったくない。
 水倉りすかにとって、ツナギが天敵であったように。
 ツナギにとっては、目の前の江迎こそが天敵であるのかもしれないのだ。

 「……私を殺す気かしら?」

 腐臭に顔をしかめながらツナギは言う。
 まるで相手の殺気が、怒気が、そのまま腐臭に変換されているかのような有様だった。

 「あなたの態度しだいでは、協力してあげることもやぶさかじゃあなかったんだけどね……私としては、極力無駄な争いは避けたいところだし」

 後半はともかく、前半は完全に嘘だった。こんな危険な相手と協力関係を結ぶなど、たとえメリットがあったところで御免だ。向こうから頼まれてもお断りだっただろう。あくまでこれは、相手の目的を探るための台詞だった。
 「無駄な争いは避けたい」というのは本音ではあったが、それは目の前の女――江迎怒江との戦闘を避けるという意味としては不適切だった。自分が今、この女をここで始末できるというなら、それはまったく「無駄な争い」ではないのだから。
 この女を野放しにしておくよりは、ずっと有意義な闘争である。
 それは現時点においては、江迎の能力や奇行を観察した上での、ほぼ直感によった判断と言っていい程度のものでしかなかったが――この直後にツナギは、その直感がこの上なく正しいものだったと理解することになる。

 「私はね、死にたくないの」
 ツナギの言葉に対して江迎は、やけに明瞭な発音でそう言う。
 「善吉くんみたいに、誰かに殺されたりしたくない――嫌われてもいいから、幸せになれなくてもいいから、せめて最後まで生き残って、皆のところに生きて帰りたい」

 「皆」というのが誰のことを言っているのかツナギには知る由もなかったが、この女にも仲間と呼べるものがいるのだろうか――とツナギ一瞬だけ、江迎に対する危険意識を緩める。
 一瞬だけ。
 江迎が次の言葉を発するまでの、本当に一瞬だけ。

 「だから、あなたは殺さなくちゃいけないのよ」
 今までとまったく変わらぬ口調で、江迎はそう言った。
 「だってあなたを殺さないと、私が死んじゃうじゃない」
 当然のことをあえて確認するように、まるで自然なことを言うように。
 「あなたを殺さなかったら、私があなたに殺されちゃうじゃない――生き残ったあなたが、いつか私のことを殺しちゃうじゃない」
 だから死んで――と、
 最後には微笑すら浮かべて、江迎は言った。

 「…………」

 江迎のこの発言について、ツナギが何かを言える道理はないだろう。まさに今、江迎のことを危険人物として始末しようとしている立場である彼女には。
 ただ、それでもあえて、五十歩百歩であることを承知で何かを言うなら、江迎の考え方は、自分のそれより圧倒的に醜悪だった。
 彼女は今、相手が危険であるかどうかも、相手がどんな人間であるのかも一切関係なく、「ただ目の前にいるから」という理由だけでツナギを殺そうとしている。
 それはある意味、今のこの状況にとても即した考えであるとも言える。
 「相手を殺さなければいつか自分が殺される」という彼女の思考は、「最終的に生き残れるのは一人だけ」というこのバトル・ロワイアルにおける前提をこの上なく理解したものであると言うことができるのだから。
 自分以外を殺し、自分だけが生き残る。
 それはこの舞台において、理想的とはいかなくとも、模範的というには十分すぎるくらいのスタンスだった。

709rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:09:43
 
 ――――ぐじゅり。

 言い終えると江迎は、おもむろに地面に四つん這いの姿勢になる。地面につけた両手からとても厭な音が聞こえたかと思うと、次の瞬間、周囲に尋常ならざる変化が起こる。
 先程の「腐敗」とはまるで逆の現象――周囲の木々が、早回しの映像を見せているかのように、急速に成長、肥大化していく。
 若木は成木に。
 成木は大木に。
 大木はそれ以上の大樹に。
 ツナギを中心に、次々に成長していく木々はあっという間に天を衝くような大きさとなり、まるで巨大な檻のようにツナギを取り囲む。

 「…………無茶苦茶すぎるでしょ」
 さすがにこの『現象』には面食らったのか、ツナギは小さく舌打ちする。
 「魔法で例えるなら、属性は「木」、種類は「成長」――いや「増殖」ってとこかしら? 『腐らせる』の次は『成長させる』とはね……まったく恐れ入ったわ」

 魔法とは「使用者の『精神』を外側に向けて放出する行為」であり、行使する魔法の種類やそれによって引き起こされる現象を知ることは、その魔法を使用する者の内面を知ることと同義であると言ってもいい。
 当然ツナギもそのことを十分に理解している。理解しているがゆえに、目の前で起きている現象は魔法によるものではないということを、さらに強く確信した。
 「成長」と「腐敗」、まったくの正反対と言えるふたつの現象をひとりで使い分けるというのは、魔法使いであるツナギにとってはありえないことであり、まったくと言っていいほど信じがたい事実だった。
 少なくとも、こちらの『現象』は江迎の内面を反映しているとは思えない。
 「腐敗」ならまだしも、こんな凶々しい気配を纏った女が「成長」を司るなど。
 実際にはその考えは正鵠を得てはいないのだが、いくらツナギといえども、現時点で江迎の能力について完全に推測するというのは難しいだろう。「腐敗」から「成長」を生み出すという発想は、江迎本人ですら、つい数時間前まで至らなかった発想なのだから。

 「は――上等じゃない」
 四方八方を大樹の檻で囲われながら、それでもツナギは余裕の表情を見せた。
 「そっちから仕掛けてくるんなら、こっちももう様子見の必要なんてないわね……正面から堂々と、根こそぎ喰らい尽くしてやるわ――!」

 その現象のあまりの大規模さに面食らいこそしたものの、むしろこれは自分にとっては好都合とツナギは思っていた。
 物質を直接「腐敗」させる先程の力よりも、こうして「木」という目に見える物理的な攻撃手段に頼ってくれたほうが、ツナギの使用する魔法にとっては都合がいい。どれだけの物量で攻めてこようが、片端から喰らって「分解」していけばいいだけの話なのだから。

 「ぱらだしらかれわ ぱらだしらかれわ・だしらえ だしたえ・くるえくるえ いすたむ・かい・らい・まい・とすいま らると・たふ・らふ・あふ・いらど・えい むが・むが・たふあ・むとたい――」

 そしてツナギは呪文の詠唱を始める。
 周囲の木々はなおも成長を続け、ツナギとの間隔を狭めていく。覆いかぶさるようにして伸びてくる枝の一本一本が、江迎自身の手足であるかのようだった。
 接近戦に限っては、ツナギの魔法による戦闘能力はほぼ無敵といっていい。江迎がこの樹木の群れを自由自在に操ることができたとしても、ツナギの身体に触れたそばから軒並み無力化されてしまうことだろう。
 向こうが物量で来るなら、こちらは持久力だ。
 相手の能力の正体はわからないが、その原動力が無限ということはあるまい――江迎の体力が底をつくまで、この樹木の兵隊を喰らい尽くしてしまうつもりだった。
 持久力というよりは、食欲か――。

 「らとたい・ほまろのし じうねき まじきおし くいて・ぼりくつ ほり・すくじ・すえーど すえーす・ろじ・やどれ やどり・らうぼ いらむ ねれいさ――」

 呪文の詠唱が終わろうとしたその時、ツナギは自分の認識が甘かったことを知る。

 ――――めきり。

 そんな音が聞こえた次の瞬間、それは起きた。
 今にも襲い掛からんとばかりにその枝を、体幹を伸ばしてきた周囲の木々が。
 一斉に、ツナギへと向けて崩れ落ちてきたのだった。

710rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:10:49
 
 「…………!?」

 思わず、ツナギは絶句する。
 崩れ落ちた――それはツナギの視点からするとそうとしか表現できないような光景だった。まるで計ったかのような正確さで、すべての木々がまったく同時に崩壊したのである。
 ツナギは最初、それを「圧殺」を目的とした攻撃なのだと思った。
 物量でなく、質量に頼った攻撃。成長、肥大化させた木々すべての質量を用いて相手を押しつぶすという、原始的だがある意味効率的とも言える攻撃。
 本当にそうだったとしたら、避けることはできたかもしれない。
 木々のそれぞれが塊として落下してくるだけの攻撃ならば、ツナギの身体能力でなら回避しきれていたかもしれない。少なくとも圧死することは避けていただろう。
 しかし、そうではなかった。
 落ちてきたのは塊でなく、どころか固体ですらなかった。
 さながら水風船を割ったかのように、崩壊した木々のすべてから得体の知れない半液体状の何かがぶちまけられ、ツナギへと降り注いできたのだった。

 「ぐ…………っ!!」

 四方を取り囲んでいた木々がまとめて崩落してきたのだから、逃げ場などあるはずもない。避けることもできずに、ツナギはそのどろどろとした異形の物質を頭上からもろに浴びる。
 そしてそれを浴びたことでツナギは、降り注いできた『中身』の正体を知る。
 それらは、腐敗した木々のなれの果てだった。
 ぐちゃぐちゃの、半液体状になるまで腐敗しきった、まさしく木の『中身』だった。
 崩れ落ちてきたのでなく、
 腐れ落ちてきたのだ。

 (嘘でしょ……こんな短時間で、ここまで徹底的に腐敗させ尽くすなんて……いや、そんなことより――)

 馬鹿な、とツナギは思う。
 これまでに江迎が見せた現象を見る限り、この「物質を腐敗させる能力」は、すべて「外側から」進行していくものだったはずだ。
 江迎自身から、いうなればウイルスのような何かが発生しているかのごとく、外気に触れている部分から順番に腐敗が進行していく、そんな感じだった。
 それなのにこの木々は、皆一様に「内側から」腐敗している。
 いや――それ以前になぜ江迎は、せっかく成長させたこの木々の群れをなぜ壊滅させたのだろうか?
 ツナギへ向けて木々の残骸を「ぶちまける」というのは、確かに意表をつく戦略ではあったが……それによってツナギが大きなダメージを受けたというわけではない。
 いや、腐った物質を全身に浴びせかけられるというのは精神的な意味においては計り知れないダメージではあるとは思うのだが……
 しかし倒れてきた木々の量が膨大だったにもかかわらず、それらがすべてぐちゃぐちゃに崩壊していたことで圧力が分散し、押しつぶされるようなことはなかった。木々が「徹底して」腐敗していたことが、逆にツナギにとっては幸いだったと言える。
 ツナギが意表をつかれて驚いている間に逃げる算段なのかと一瞬思ったが、江迎はまださっきと同じ場所にいた。ただし四つん這いの姿勢ではなく、すでに立ち上がっていたが。
 辺りを埋め尽くす強烈な腐敗臭に、思わず目眩を起こしそうになる。それでもツナギは、江迎から意識をそらさぬよう気を引き締めなおした。
 しかし、それも一瞬のことだった。
 気を引き締めることができたのは一瞬だけだった。
 直後、ツナギは本当に強烈な目眩を覚え、その場に膝をつく。目眩だけではない、急に胃がひっくり返るほどの吐き気を覚え、たまらずその場に激しく嘔吐する。

 「う…………げぇ…………っ!!」

 腐敗臭にあてられたのかと思ったが、ツナギを襲う変化はそれだけに留まらなかった。
 今度は全身に痛みが走り始める。腐敗した木々の中身を浴びた箇所を中心に、皮膚を剥がされるような、鋭く焼け付くような痛みが身体の至る所を支配していた。
 明らかに、腐敗した木に触れた反応としては常軌を逸している。
 まるで硫酸でも浴びたかのような激痛だった。

 (何よこれ……毒!?)

 痛みと吐き気に朦朧としかける視界の向こうで、江迎怒江がぼそりと呟く。
 マイナスからよりマイナスに「退化」した、己の過負荷(マイナス)の名を。

 「『荒廃した腐花』――改め、『荒廃した過腐花』<ラフライフラフレシア>」

711rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:12:08
 


  ◆   ◆   ◆



 江迎が成長させた木々を一斉に、それも一瞬にして崩壊させたという現象。
 江迎が善吉の死体を、手を触れることなく骨の一本に至るまで腐敗させ尽くしたという現象。
 そのふたつの現象は、どちらも同様のメカニズムによって説明することが可能なものである。
 今さら説明は不要かもしれないが、江迎が貝木泥舟とともに開発した「荒廃した腐花・狂い咲きバージョン」は、「土を腐らせる」ことによって腐葉土を作り出し、大量の養分を生成することで強制的に植物を成長、操作するという過負荷(マイナス)である。
 つまりはこの能力により「腐敗」するのは江迎が手を触れている地面の一部のみであり、植物の成長を促すというのはあくまで副次的な効果でしかない。
 「手で触れたものを腐敗させる」――起きる現象は違えど、それが江迎の持つ欠点(マイナス)であり、同時にルールでもある。
 今の彼女にしても、そのルールに変更はない。手で触れたものを腐らせるという一点においては、今でも現在進行形で適用されている。
 ただし、今の江迎はそれだけに留まらない。
 現在の彼女の過負荷(マイナス)には、新たな欠点が付加――負荷されている。
 順を追って説明しよう。
 江迎がツナギに対し「荒廃した腐花・狂い咲きバージョン」を発動した際、彼女の両手はやはり、最初に土を腐らせた。
 土を腐らせ、腐葉土を作り、木々を成長させる。ここまでは今までの江迎と同様である――今までの過負荷(マイナス)と同様である。
 今までと違ったのは、その次からの過程だ。
 次に彼女が――彼女の両手が腐敗させたその土は、その周りの土を腐らせる。
 腐った土が次の土を腐らせ、その土がまた、次の土を腐らせるといったように。
 その次も、またその次もと、伝達するように土が土を腐らせ続ける。
 その腐敗はやがて、周囲の木々の根元に達する。土から土へ続いてきた腐敗は、まるで当然のようにその根から木の内部へと伝達される。
 土から根へ。
 根から幹へ。
 幹から枝へ。
 内側から侵食するように、その腐蝕は次々に進行していき――最終的に表皮にまで達した時点で、それらは一斉に崩壊する。
 水風船のように外側の表皮を破り、どろどろの中身をぶちまけながら。
 江迎が人吉善吉の死体を腐敗させたときも、これと同様のプロセスをたどった結果である。
 善吉の死体を発見したとき、江迎の両手が最初に何を腐敗させたかと言えば、それは「空気」だった。
 江迎の『荒廃した腐花』は強弱の操作はできてもオンオフの切り替えは利かない。何も触れていない状態であっても、彼女の両手は常に、自身の意思に関わらずその周りの空気を腐らせ続けてしまう。
 そうして行われた「空気の腐敗」は、土中を伝達したときと同様、空気中を伝達する。
 空気から空気へ、もはや風向きすら関係なく次々に腐敗を伝達し――そして善吉の死体へと至る。
 腐敗した空気が、まず服を腐らせ。
 服から皮膚へ。
 皮膚から肉へ。
 肉から内臓へ。
 内臓から骨へ。
 次々に、次々に、次々に、次々に。
 ぐずぐずのぼろぼろに朽ち果てるまで、その腐敗は続く。

 『腐敗の連鎖』。

 果実を敷き詰めた箱の中にひとつだけ腐った果実が紛れ込んでいると、周りの果実にまでその腐敗が広がってしまうというのはひとつの常識であるが――今の江迎に負荷されている過負荷(マイナス)は、まさにそれに類するものである。
 腐敗が腐敗を呼び、荒廃が荒廃を呼ぶ。
 土から土へ、空気から空気へ、植物から植物へ、生物から生物へ。
 伝染し、感染し、汚染する。

 「腐敗を伝染させるスキル」――それこそが今の江迎の過負荷(マイナス)、『荒廃した過腐花』<ラフライフラフレシア>。

712rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:13:29
 
 「はっ……はっ……はっ……はっ……っ」

 江迎によって腐敗した木の残骸を全身に浴びたツナギは、喘ぐように息を吐きながら疾走する。
 彼女の周りには、鼻を覆いたくなるほどの異臭がとめどなく漂っている。それは身体に付着した木の残骸だけでなく、ツナギの身体そのものからも発せられていた。
 言うまでもなく、それは腐臭だった。『荒廃した過腐花』により木からツナギへと「伝染」した、腐敗の香りだった。

 (「毒」なのか「病原体」なのかはわからないけど……炎症とか化膿とか、そういうものを全部すっ飛ばしてダイレクトに「腐らせる」って感じね……それなのに、伝染病みたく「うつす」ことはできる――何にせよ、理屈で説明できる現象じゃないわね)

 腐敗に全身を侵されながらも、ツナギは大幅に取り乱すようなことはなかった。逃走しながら、江迎の能力について正確に分析できるくらいには冷静さを保っていた。
 そう、彼女はいま逃走していた――かつて「魔眼」の使い手、『眼球倶楽部』犬飼無縁と対峙したときにすら、捨て身の覚悟で挑もうとしていた彼女の行動とは思えないくらい、一直線に逃走していた。
 ただし正確を期するなら、ツナギは江迎に恐怖を感じ、まったく勝ち目がないと諦めた結果として逃走しているわけではない。
 その逃走はどちらかというと、ツナギが廃病院で初めて水倉りすかと対峙し、「変身」した彼女の魔法を見せつけられ一目散に退散したあの時――つまりは戦略的撤退といえるものに近い。
 勝利を捨てた逃走でなく、勝利を手放さないための逃走。
 なぜなら、今の彼女は。
 江迎から離れなければ、呼吸をすることすら難しい状況にあるのだから。

 「はっ……はっ……はっ……はっ……かは……っ!!」

 喘ぐような呼吸。
 実際、彼女は喘いでいた。無理もないだろう、周囲を正常でない空気に覆われ、おまけに気管と肺にダメージを受けながら喘ぐことなく走り続けられる生物などおそらく存在するまい。

 (物質を腐らせる能力――その能力を駆使して「空気」すらも腐敗させた、ってことかしら? まったく冗談じゃないわ――!)

 呼吸とは裏腹に、乱れのない思考を働かせながら、ツナギは後ろを振り返る。
 だいぶ離れたところに江迎はいた。狂気の表情を浮かべ、一心不乱に逃げるツナギを追いかけてくる。足の速さはさほどでないため、ツナギとの距離が縮まる様子はない。
 『空気を腐らせて毒ガスを作る』――それはかつて人吉善吉の母、人吉瞳に行使したのと同じ、江迎の基本戦術のひとつ。
 相手が風下に立っていることが使用条件ではあるが、離れた相手に目には見えない攻撃を加えるという点では、それなりに強力な武器ではある。
 しかし今の江迎は、その基本戦術ですら強化されている。
 先にも述べたが、成長した江迎の過負荷――『荒廃した過腐花』には風向きすらもはや関係がない。空気から空気へ、連鎖反応的に「空気の腐敗」を拡散させることができる。
 それどころかその「腐敗の連鎖」が肺にまで到達してしまえば、毒ガスに侵されるどころの話ではない。「連鎖」により身体の内側から直接腐敗させられるという致命的なダメージを受けることになる。
 幸いツナギは、腐敗した空気を吸い込んではいるものの、かろうじて「連鎖」が届く範囲からは逃れていた。
 『荒廃した過腐花』による腐敗の連鎖は、当然のこと無限ではない。ある程度距離を置いてしまえば、伝染することは免れる。
 しかし、ツナギにとっては現時点ですでに致命傷を負っているも同然だった。
 毒ガスにより肺腑と気管を焼かれたというダメージは、致命傷と同じくらいに深刻だった。

 (『呪文の詠唱ができない』――確かにこれは、ちょっと致命的過ぎるわよね……)

 ツナギは苦虫を噛み潰したような表情になる。
 魔法を発動するためには、魔法式か魔方陣、あるいは呪文の詠唱を必要とする。
 ツナギの魔法も例外ではない。ひとつかふたつ「口」を出現させる程度なら詠唱なしでも可能だが、512個の「口」をすべて出現させ、完全な戦闘モードに「変身」するためには、どうしても呪文の詠唱が必要になる。
 図らずも江迎は、その手段を真っ先に潰すことに成功した。
 言葉が発せないわけではないにしても、呼吸することすら困難な状態で呪文を一言一句正確に詠唱するというのはかなりの無理難題である――そもそも魔法の発動には、正常な精神状態こそが求められるのだから。

713rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:14:28
 
 ツナギが江迎に話しかけている間、江迎のほうはすでに戦闘を開始していたのだ。
 己を中心に、まるで見境なく「空気の腐敗」を辺り一面に展開するという荒業をもってして。
 当然、江迎自身もその「腐敗」の真っ只中、渦中に身を投じているも同然なのだが――「なぜ彼女自身は腐敗の影響を受けないのか」などという疑問をいまさら呈するのは愚問としか言いようがないだろう。
 昔からずっと、その「腐敗」とともに生きてきた江迎にとっては。
 どれだけ腐敗が蔓延しようが、どれほどの空気が腐敗しようが、それは日常の延長線上。
 球磨川の『大嘘憑き』が、『なかったこと』を『なかったこと』にできないように。
 限界まで腐りきっているものを、そこからさらに「腐敗」させることはできない。
 腐敗に染まりきった彼女が腐敗の影響を受けることなど、ありえるはずもない。
 ツナギが先程、江迎の引き起こした『現象』に対し、本人の内面を反映していない魔法とは異なるメカニズムという見識を持ったが、それはやはり大きな間違いである。
 今の江迎の過負荷(マイナス)は、これ以上ないくらいに彼女の内面を反映している。
 死にたくないという意識を。
 自分が生きるためなら、他の何を滅ぼしても構わないという、限りなくマイナスの方向に寄った、彼女の貪欲かつ醜悪な生存本能を。
 余すところなく、反映しすぎている。

 「ったく……全然面白くないわ…………これじゃ全部が全部、まるっきり後手後手じゃない……!」

 苦しげに、息も絶え絶えにツナギが発したその言葉は、実のところ大いに正鵠を得ていた。
 後手後手。
 まさしくすべてにおいて後手に回ったからこそ、ツナギは今こんな苦境に立たされているのだから。
 ツナギが江迎の姿を発見してから、江迎が「成長」の能力を発動するまでの間、そのうちどのタイミングでもいい、呼び止めて話を聞くなり、「魔法」を使って脅しつけるなり、不意打ちで襲い掛かるなり、何かしら積極的な行動に出ていれば。
 そもそも「尾行」などという、武闘派中の武闘派たる彼女の得意分野とは言えない行為に出てさえいなければ、こんな状況に陥ることなどなかったに違いない。
 結局のところ。
 彼女が今の今に至るまで、まるで彼女らしくもないことに消極的な様子見の姿勢に徹していたことが、結果的に江迎の過負荷(マイナス)を大幅に成長させ、初見殺しともいえる江迎の先制攻撃を許すという最悪の事態を招き寄せてしまったと言える。
 そしてこの失敗は、もはや取り返しのつくものではない。
 成長した江迎の過負荷を浴びたという失敗は、大げさでなく死に直結する。

 「…………痛っ!!」

 右大腿部に走る激痛に、思わずそこに手をやる。
 手で触れたその部分から、皮膚なのか肉なのかすら判然としないものがずるりと剥がれ、地面へぼとりと落下した。
 すでに「連鎖」のリンクからは外れているとはいえ、一度受けた腐敗の影響は着実にツナギの身体を蝕んでいた。外側だけに留まらず、内側にまでその腐敗は侵食してくる。
 生きたまま自分の身体が腐れ落ちるというのは普通の神経をしていれば発狂ものであろうが、それでも冷静でいられるあたり、ツナギの戦士としての器量が窺える。
 しかしいくら冷静でいられようが、肉体の損傷だけはどうしようもない。腐敗が脚に回ったことで、ツナギの走る速度が目に見えて落ちる。
 後ろからは江迎が、まるで変わらぬ速度で走り続けてくる。
 彼女の通った後にあるものは、そのすべてが少なからず「腐敗の伝染」の影響を受けており、道しるべのように江迎の走ってきたルートを表していた。足跡ならぬ腐敗跡といったところか。
 単純な身体能力で言えば、江迎よりもツナギのほうがおそらく高いだろう。しかし今、ツナギは全身に腐敗の影響を受けている上に呼吸が困難な状態にあるのだから、全力で走り続けられるほうがおかしい。
 だからおかしいのはむしろ、江迎のほうだろう。
 彼女はついさっきまで、休息どころか水分の補給もないままに数時間ぶっ通しで走り続けてきたのだ。それを追跡してきたツナギも距離的には同じ条件といえるが、むしろ余裕を持って追跡してきたツナギと江迎を同列に考えるのが正しいとは言い難い。
 それなのに江迎は、まるで疲労を感じさせない速度で走り続けてくる。それも能力をフルに開放し続けたままで。
 今の江迎を支えているのは、人間離れした精神力だった。
 疲労も渇きも空腹も、根こそぎ凌駕する歪んだ精神力。
 何にせよ、このままではツナギが追いつかれるのは時間の問題だった。
 江迎の「腐敗の連鎖」の範囲内に入れば、今度こそ間違いなく命はないだろう。

714rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:15:10
 
 (仕方ない……本当はこんな、小道具なんかに頼りたくはなかったんだけどね――!)

 ツナギは自分のデイパックから、かんしゃく玉のような小さな球体を数個取り出し、向かってくる江迎と、地面に向けてそれぞれ投擲する。

 「!」

 江迎は自分めがけて飛んでくるそれを、反射的に両手を向けて「腐敗」させることで防御する。
 しかしそれらはフェイントに過ぎない。ツナギにとって本命は、地面に投げたほうの球体だった。
 その球体は地面に衝突すると同時に、その小ささからは想像もつかないくらいの勢いで、派手に爆発した。

 「…………っ!!」

 箱庭学園風紀委員長、雲仙冥利が使用していた武器のひとつ――炸裂弾「灰かぶり(シンデレラ)」。
 その強烈な爆風に、江迎の小柄な身体は数メートルほど吹き飛ばされる。とっさに顔をかばったため爆熱や爆片で目などを傷つけることはなかったが、そのかわり受身も取れず、思い切り地面に叩きつけられてしまう。

 「がは…………っ!!」

 気を失うこともなかったのは、やはり彼女の執念というべきだろうか。
 痛みにうめきながらも、江迎は立ち上がる。爆音による耳鳴りが酷く、目もちかちかする。それ以前に爆風により巻き上げられた砂煙が煙幕となり、辺りの視界を閉ざしていた。
 さすがにこの状況で下手に動くことはできない。闇雲に動き回ればこちらの居場所を相手に教えてやるようなものだし、そこにもう一度あの爆弾を投げつけられたらひとたまりもない。怒りに震える江迎の頭でも、そのくらいのことは理解できていた。
 歯噛みしながらも、江迎はその場でじっと煙が晴れるのを待つ。
 数分後、視界が晴れたときにはもう、そこにツナギの姿はなかった。

 「あの…………クソガキがぁ!!」

 江迎の怒号に反応したかのように、周囲の木が数本、見る影もなく腐敗していく。
 しかしその声に返事を返す者は、当然ながら誰もいなかった。



 こうしてツナギは、満身創痍になりながらも一時的に江迎怒江からの逃走に成功する。
 一時的に。
 この時点ですでに、ツナギは自分が完全に逃げ切れないことを確信していたし、そもそも最初から、逃げ切るつもりなど毛頭なかった。
 彼女の逃走は、あくまで勝つための逃走。
 闘争のための逃走。
 江迎の姿が見えないところまで走り、適当な草むらに身を隠したツナギがまずしたこと。
 それは呼吸を整えることと、それから流れてきた放送を聞くこと。
 そして自分のデイパックから、携帯電話と応急処置用の包帯、そして筆記用具を取り出すことだった。



  ◆   ◆   ◆



 「思ったよりも時間がかかったな……」

 豪華客船を後にし、再び砂漠の中をひた走るフィアットの中。
 往路に対して若干東寄りのルートを走行し、次の目的地、診療所に向かう途中で、ぼくは助手席の真宵ちゃんに聞こえない程度の声でつぶやく。
 ぼくたちが学習塾跡の廃墟を後にしてから、すでに二時間以上が経過している。これから診療所とネットカフェに向かうことを考えると、移動手段に車を使っているにしてはのんびりしすぎた感がある。

 「このペースだと、さすがに研究所までは間に合わないか……」

 ついさっき聞いた放送の内容を思い出して、ぼくは言う。

715rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:15:49
 
 今回はしっかりと、禁止エリアも地図にメモしてある。目的地候補だった斜道卿壱郎研究所が存在するエリアD-7が禁止エリアに入るまで、残り三時間を切っている。
 研究所が山の中にあるという条件も合わせて考えると、診療所とネットカフェをスルーして直接向かったとしてもまず間に合わない。奇跡的に間に合ったとしても、出る時間がないだろう。
 放送までには道路のある場所まで戻ってこれると思っていたけど……砂漠の移動に予想していたよりも時間を費やしてしまったのが原因のようだ。
 
 そう考えると、わざわざ砂漠を横断してまで豪華客船に寄ったのが本当に正解だったのか、後悔とまでは行かなくとも疑問のような感情を少し抱いてしまう。「人探し」の点で言うと、研究所のほうがどちらかと言えば本命だったし。
 せめて何か役に立ちそうなものでも見つかれば、言い訳にもなったのだけれど。
 ガソリンくらいはあるんじゃないかと期待してたんだけどなあ――いや、よくよく探せばもしかしたら何かは発見できていたのかもしれないけれど、あのだだっ広い船内を真宵ちゃんと二人で隈なく探すというのはさすがに無理がある。
 二時間どころか、丸一日でも利くまい。
 まあ、もともと「迂回」のためのついでに寄ったみたいな場所だったし、誰もいないことが確認できただけでも収穫だったのかもしれない。
 あの船内に誰かが潜んでいて、出会い頭に殺されるという可能性があったことも考えれば、何もなくてラッキーと言えないこともないし。
 ポジティブ・シンキング。
 何にせよ、過ぎたことをあれこれ考えていても仕方がない。次の目的地である診療所で役に立ちそうな物か情報が拾えることを願うだけだ。
 ――と、ぼくが思考を一区切りし、やっぱり砂漠は暑いなあ、とどうでもいい方向に思考を向け始めた、そのとき。

 「ひゃう!?」

 という真宵ちゃんの悲鳴を聞き、危うくハンドルを引っこ抜きそうになる。幸いぼくの腕力が不足していたおかげで、ハンドルは無事だった。
 何事かと思いぼくが見たものは、いつの間にか取り出していたらしい携帯電話を握り締め、その画面を見つめたまま硬直している真宵ちゃんの姿だった。携帯からは、着信が入っていることを知らせる着信音とバイブレーションが無機質に続いていた。
 ああ……そういえば船内にいたとき、真宵ちゃんに携帯電話の機能を調べる役割を押し付け……任せたのだったっけ。
 まさに今、その役割を果たしている真っ最中だったのだろう。慣れない携帯電話に四苦八苦しているところにいきなり予想外の着信が入ってびっくり仰天、という構図らしい。

 「……誰から?」

 聞きながら、たぶん零崎からだろうな、とぼくは思っていた。
 この携帯の番号を教えてあるのは今のところあいつだけだし、零崎以外で唯一電話の通じた展望台はすでに禁止エリア内に入っている。誰かが偶然この番号にかけたのでない限り、零崎からの連絡と考えるのが妥当だろう。
 何の用かはわからないけど……ツナギちゃんの情報でも手に入れてくれたか?
 そういえばあの子、今頃どうしてるんだろう……。

 「えっと――知らない番号です」
 「え?」

 硬直の解けた真宵ちゃんが、携帯の画面をこちらに向けてくる。表示されている11桁の番号は、確かに登録されているどの番号とも違う――というか、番号だけが表示されている時点で未登録か。
 「…………」
 「…………」
 ぼくたちは互いに、黙って顔を見合わせる。
 すぐに「前を見て運転してください」と注意されたため、見合わせていたのは一瞬だけだったけれど。

 「……とりあえず出てみてよ、真宵ちゃん。ぼくが応対するから、出たらすぐぼくにかわって。例によって、真宵ちゃんは何も喋らないように」
 「例によって、電話はわたしが持ったまま、ですよね?」
 「うん、安全運転優先、だよね」

 わかればいいんです、と急に尊大な感じに言って通話ボタンを押す真宵ちゃん。さっき悲鳴をあげたのを失点と思い、それを取り返そうとしているのかもしれない。
 可愛い。
 すぐに携帯が耳に当てられる。ぼくはとりあえず「もしもし」と、名乗らず声だけを相手に聞かせる。

716rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:16:33
 
 知らない番号からの着信ということは、おそらく相手もぼくたちと同じように携帯電話を支給された参加者なのだろう。移動中にぼくたちがそうしたように、登録された番号に手当たり次第かけている最中、といったところか。
 ぼくたちの知らない相手だとしたら、まずは向こうがどんな立ち位置にいるのか探らなければならない。協力関係を築けるような相手なら歓迎だけど、主催者に与しているような相手なら逆に要注意だ。
 それを会話だけで見極められるかどうかは、正直やってみないとわからないけど……。

 『あ、もしもし、いーくん? 私だけど』

 意外なほど気軽に返ってきたその返事に、思わず「え?」と声が漏れる。真宵ちゃんが怪訝そうな顔でこちらを見るのがわかった。
 ……いーくん? 私?
 偶然通じただけの相手だと思って身構えていただけに、思わぬ肩透かしを食ってしまった形になる。
 明らかにぼくたちのことを知っている様子なのだけれど……聞き覚えのある声ではない。
 ただ、ぼくのことを「いーくん」と呼ぶ相手といったら……。

 「えっと……ツナギちゃん?」
 『そうそう、ツナギちゃん、口より口のほうが先に出る魔法少女ツナギちゃん。久しぶりね、元気だった? いーくん』

 その溌剌とした口調はたしかに数時間前まで一緒にいたツナギちゃんを思わせるものだったが、声のほうはまったく溌剌としていない。というかやっぱり、ぼくの知っている彼女の声とは全然別人のように聞こえた。
 掠れているといかしわがれているというか、妙に聞き取りづらい。そのうえ会話の合間にやたらと咳をするので、喉の風邪をこじらせた相手と話しているような心地だった。

 『いーくん、今どこにいるの? 真宵ちゃんは一緒にいる?』
 「今は……因幡砂漠ってところを車で移動してるよ。豪華客船のすぐ近く。真宵ちゃんも一緒にいるけど――ていうか、ツナギちゃんこそ今どこに?」
 『因幡砂漠か……よかった、なら大丈夫ね』

 こちらの質問には答えず、ひとりで何かを安心した様子のツナギちゃん。
 大丈夫って、なにがどう大丈夫なんだろうか――ぼくはにわかに不安を覚える。

 「ねえ、疑うようで悪いんだけどさ……きみ、本当にツナギちゃん? 何か、声が全然違うように聞こえるんだけど」
 『あー、うん。まさにそのことについてなんだけど、時間がないから単刀直入に言うわね』
 そして彼女は実際に、間を置かず単刀直入に言う。
 『私、たぶんこれから死ぬと思うから、それだけ伝えておこうと思って。真宵ちゃんにもよろしくね』
 「…………は?」

 唐突過ぎる内容に頭の理解が追いつかず、呆けた反応になってしまう。
 死ぬ?
 あのツナギちゃんが死ぬって……何の冗談だ?

 「死ぬって、ツナギちゃん、どういう――ちょっ、待って、ツナギちゃん、一回落ち着いて……冷静になってもう一度、何を言いたいのか、よく整理してから――」
 『……いや、いーくんが落ち着きなさいよ――ごめんごめん、さすがに単刀直入過ぎたわね、私もちょっと焦ってたわ。今からちゃんと説明するから』

 宥めるように言われて、ぼくは我に帰る。確かにぼくがテンパってちゃ仕方ない。
 でもいきなり「これから死ぬ」なんて言葉を聞いて冷静でいろと言われても……。
 そこでぼくは、携帯を持つ真宵ちゃんのはっとした表情に気付く。死ぬ、というぼくの言葉に反応したのだろう。
 思わず出た言葉とはいえ、配慮が足りなかったかな、と反省する。

 『えっと、じゃあ一回目の放送の後、私が真宵ちゃんと別れたところから話すわね――』
 げほ、とむせ返りながら、ツナギちゃんは苦しそうに話し始める。
 『あのあと学習塾跡の近くを歩いてたら、変な女が何かぶつぶつ言いながら走ってるのを見つけてね。直感でこいつは放っておいたら危険だって思ったから、念のため尾行してみることにしたの』

717rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:17:35
 
 尾行……急にいなくなったと思ったら、そんなことしてたのか。
 一回目の放送の後というと、真宵ちゃんが七実ちゃんに襲われそうになっていたあたりのことか……。
 あの時はツナギちゃんが敵だったんじゃないかと疑ったり、そうでなくともツナギちゃんがついていれば真宵ちゃんがあんな目に遭うことはなかったんじゃないかと責めたくなる気持ちもあったりしたのだけれど……
 もともとツナギちゃんは何となくぼくたちに同行していただけに過ぎないし、率直に言えば、ツナギちゃんにぼくたちを助ける道理があるわけではない。
 しかもあのあと聞いた話によると、真宵ちゃんのほうから突き放したような別れ方をしてしまったらしいし、あの件に関しては、ツナギちゃんのほうには一切非はないだろう。

 『だけど結局尾行はばれて戦う羽目になったんだけどね――で、その女、想像以上にブチ切れた「能力」の持ち主でさ……油断してたせいもあって、返り討ちみたいな感じになっちゃったわけなのよね、これが。
 それで今、逆に私のほうが追われる身になってるって状況。このままだと確実に見つかるし、見つかれば確実に殺される。九割方詰まされてる感じ』
 「そんな…………」

 絶句するぼくにツナギちゃんは、その女の人の能力について説明してくれる。
 手に触れたものの腐敗を促進させ、さらにはそれを「伝染」させることができる能力。
 その力と関連があるかどうかはわからないが、植物を急速に成長させ、操作することができる能力。
 どちらにしてもにわかには信じがたいような、それこそ魔法のような力。
 腐敗を伝染させるというのは、何となく奇野さんあたりを連想させるけど……しかしツナギちゃんの話を聞く限り、毒や病原体を操ってというより「腐敗」そのものをコントロールしているような印象を受けた。
 本当にそうだとしたら、異常のケタが違う。
 しかも聞くところによると、鳳凰さんと対峙したときに見せたあの「魔法」もほとんど封じられているらしい。喉を潰されているため、呪文の詠唱ができないのだとか。
 たしかにあの時、ぼくの後ろでツナギちゃんが唱えていた呪文とやらはかなり長くて複雑なものだった。あれを途切れることなく正確に最後まで詠唱しきるというのは、今のツナギちゃんの喋り方を聞く限りほぼ不可能だろう。
 今のこの会話も、どうにか聞き取れる部分だけを拾い上げながら勘とニュアンスで成り立たせているようなものだし。
 外国人同士の会話か、と突っ込めるような状況ではもちろんない。

 『そんなわけで、死ぬ確率がかなり現実的な数字になっちゃったから、生きてるうちに誰かに連絡しておこうと思って。支給品に携帯電話があったから適当にかけてみたら、偶然にもいーくんが出たってわけ。
 いやー、持ってるわね私。この土壇場で知り合いに通じるって、日ごろの行いが良いおかげかしらね』
 「…………」

 偶然って……さすがにそれは嘘だろう。
 おおかた真宵ちゃんの支給品に携帯電話があることを知って、隙を見てこちらの番号だけを調べて控えておいたんだと思う(おそらくぼくが学習塾跡に偵察に行っている間だ)。
 ぼくたちからすれば情報を無断でこっそり盗み見られたようなものだろうけど、特にそれを怒る気にはならなかった。
 むしろあの抜け目のなさそうなツナギちゃんならそのくらいのことはするだろうな、という気持ちのほうが強い。支給品そのものを盗まれたわけでもないし、ただの携帯電話とはいえ自分の支給品を相手に知られたくなかったツナギちゃんの心情も理解できる。
 お互い、完全に心を許せるような間柄でもなかったし。
 そもそも、許せるような心がぼくにあればの話だけれど。

 「…………それにしても、」

 なんか多くないか……? 携帯電話。
 今のところぼくが確認できているのは零崎のも合わせて三つだけだけど、「ひとりで三つも確認できている」と言い換えれば、参加者の人数も考えると結構な数の携帯がこのフィールドにばら撒かれているように思える。
 ぼくにとって携帯は単に電話をかけるだけの道具でしかないのだけれど……武器でもなんでもない、ある意味異質ともとれるこの通信機器を、これほど数多く支給する意味というのは、果たしてあるのだろうか?
 ……もしかすると、この数多くある携帯電話こそが、主催者の意図、ひいてはこの殺し合いの目的、その真意に迫るための重要なファクターなのではないだろうか?
 いや、きっとそうに違いない。
 これほどまでに徹底した殺し合いの場を創り上げて「実験」とやらを行おうとしている主催者が、何の意図も、何の意味もなくただ闇雲に携帯電話だけを重複して支給するなどということはまず考えられない。

718rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:18:24
 
 まだぼくが気付いていないというだけで、この携帯電話には何か、とてつもなく重要な意味がこめられている。少なくとも主催者側が明らかにしていない何らかの意図が存在していると、そう断言できる。
 携帯電話、これこそがこのバトル・ロワイアルにおける最重要項目であるはずだ。

 『もしもし? いーくん聞こえてる? なんか今、不用意にハードル上げなかった?』
 「え? ごめん、ちょっと聞こえなかったけど、何?」
 ハードル? 何の話だろう。
 『いや……何でもない。それより私が今いる場所だけど――』
 やや強引に話を本筋に戻そうとするツナギちゃん。
 ぼくは何か、良くないことでも言ったのだろうか。
 『闇雲に逃げてきたから、正直はっきりした場所はよくわからない。たださっきまでC-3の西端あたりにいたから、その付近のどこかだと思う。勘だけど多分B-2ね。
 道沿いの草むらに今隠れてるから、そこに私のデイパック置いておくわ。要るんだったら取りに来て。ちゃんとした目印とかない所で悪いけど、この携帯も一緒に置いておくから着信音で何とか探してみてよ。
 まあそれほど大した中身でもないけどね。携帯電話以外ではシンデレラとかいう名前の炸裂弾が6個と、賊刀・鎧っていうでかい鎧がひとつ。こんなもの誰が着れるっていうんだか……。
 ――あ、でもしばらくは近づかないほうがいいかも。この辺り一帯、あの女がうろついてる間はガチで危険指定区域だから』

 C-3付近……ここからじゃ車を飛ばしても、すぐには着きそうにないか……。
 もしかして、さっきツナギちゃんの言った「よかった、なら大丈夫」というのは、ぼくたちが近くにいなくてよかった、という意味だったのだろうか。
 自分が死ぬ間際にいるかもしれないのに他人の心配を優先するツナギちゃんに、ぼくは感謝や尊敬よりも先に違和感を覚えてしまう。

 「……何とか逃げられないのか? 隠れられてるっていうんなら、そこから動かずにやり過ごすとか、色々――」
 『無理ね』
 悪あがきのようなぼくの言葉を遮るようにして、ツナギちゃんは言う。
 『今はじっとしてるから隠れられてるけど、逃げようとして動けば確実に見つかる。受けたダメージのせいで足も鈍くなってるしね……
 それと、ここにじっとしててもいずれ見つかる。あの女、地獄の果てまで追ってきそうな形相だったし、そこらじゅうの物を腐敗させまくってでも私のことを見つけ出そうとしてくる。草の根分けてっていうか、草の根腐らせてでもって感じでね』

 聞いている途中でぼくは、真宵ちゃんがこちらへ耳を寄せてきていることに気付く。いつの間にか会話を聞こうとしていたらしい。
 内容が内容なだけに、真宵ちゃんに聞かせていいのかどうか迷うけれど、電話を持っているのが真宵ちゃんなのだから、わざわざ奪い取ってまで聞かせないというのも変な感じになりそうだし……。
 真宵ちゃんが聞きたいと思うのなら、ここはその意思を尊重しておこう。
 念のため「聞きたくないなら聞かないほうがいいよ」という意味をこめて視線だけ送っておく。通じたかどうかはわからないけど。

 『それに万が一逃げおおせたとしても、その後でどれくらい生きてられるのかわからないような状態だし。この声聞いたら、私がどれだけヤバい攻撃喰らったのか少しは想像できるでしょ?
 いーくん、今の私の姿見たらびっくりするわよ。顔とか手足とか、髪とかも、かなり酷いことになっちゃってるから』
 「…………」
 ていうか、全身に口が出現した姿を一度見ているんだけど……多分あれ以上にびっくりすることはないんじゃないかなと思う。
 言わないでおくけど。
 『今の私じゃ、認めたくはないけどあの女には勝てない。「変身」が封じられてる上に、身体も思うように動かないし。
 だからってこれ以上逃げる気はないし、おとなしく殺されるつもりもない。できれば相討ちくらいには持っていきたいけど、今の身体じゃそれも厳しいかな――まあ最低でも、一矢報いるくらいはしてやるつもりだけどね』
 「…………」

 ぼくは想像する。
 生きながらにして自分の身体が「腐敗していく」というのが、どれほどの苦痛と恐怖を伴うものなのかを。
 当然それは想像できる範囲のものではなかったし、仮に想像できたとして、それで何か意味があるようなものだとも思えなかった。

719rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:19:34
 
 ただ少なくとも、それは今のツナギちゃんのように明朗快活に話せるような苦痛や恐怖ではないだろうということくらいは想像できる。
 ツナギちゃんは、今自分が置かれている状況が怖くないのだろうか?
 単に強がって、無理やり押さえ込んでいるだけなのだろうか?
 ……いや、違う。きっとツナギちゃんは、すでに覚悟を決めているのだと思う。
 死に直面しようと、身体が腐敗しようと、己の武器を封じられようと、それでも相手に臨んでいくという覚悟。恐怖を押さえ込むのでなく、消し飛ばすほどの確固たる覚悟。
 ぼくが思っている以上の意味で、ツナギちゃんは強い。

 『まあそんなわけで――短い間だったけれど、残念ながらお別れね、いーくん。勝手についていって、勝手に別れて、勝手に死ぬような形になっちゃったけど、もともとこういう性格だからってことで勘弁して頂戴な。
 上着借りっぱだったけど、これは返せそうにないわね……ていうか腐ってるし。借りパクしてごめんね』
 「いや、服は別にどうでもいいんだけど……」
 『きみは真宵ちゃんと一緒に頑張って。私がいなくなった途端に死んだりしたら情けなさすぎるわよ……って、油断して死にかけてる私が言えたことじゃないか』
 「…………」

 この時点でぼくは、すでにツナギちゃんの死を半ば受け入れてしまっていることを自覚していた。
 そもそもさっきの放送を聞いたとき、ぼくは何を思った?
 七人もの死者が出たという知らせを聞いて、ぼくは何か感じていたか?
 否、ぼくは何も感じていなかった。死の知らせを聞いて、悲しいとも思わなかったし、憤りもしなかった。むしろ子荻ちゃんが生き返っているという事実のほうに重要性を感じている始末だった。
 そんなぼくが、たった数時間行動を共にしただけのツナギちゃんの死は受け入れがたいと喚くのか?
 そんなもの、戯言以外の何物でもないだろう。

 「……どうしても助からないのか?」
 それでも、戯言とわかっていても、ぼくは言う。
 「ぼくに何か、協力できることがあれば――」
 『だから無理だって……意外と往生際が悪いのね。あの女もそろそろ近くまで迫ってきてるだろうし、もう九割九分、詰みよ』
 「でも――」
 『でも、じゃないの』
 ぴしゃりと、ツナギちゃんはぼくの戯言を遮る。
 『私なんかにかかずらってる場合じゃないでしょ、いーくん。きみは真宵ちゃんを守ってあげないといけない立場なんだから、しっかり前を見てなさい。
 いつまでもうだうだ言ってると、逆に真宵ちゃんにフォローされっぱなしになっちゃうわよ。そんなことで生き残れると思ってるの?』
 「…………」
 『鳳凰とかいう、あの鳥みたいな服装の男に遭遇したときのこと覚えてるでしょ?
 あいつを追っ払ったのはたしかに私だったけど、私が「変身」できたのは、きみがあいつと真正面からやり合ってくれたおかげ。きみがいなかったら、あのとき真宵ちゃんまで守れてたかどうかは分からなかった。
 きみはきみが思ってる以上に強い。それは私が保障してあげるわ、いーくん』
 「ツナギちゃん…………」
 やっぱり、この子は強い。
 ぼくが心配するなんておこがましいくらいに、前を向いて生きている。
 それならぼくも、戯言でない言葉で応じなければならない。
 「……わかったよ、ツナギちゃん。真宵ちゃんはぼくが守る。ぼく自身もきっと、最後まで生き残ってみせる。約束する」
 『いい返事よ、いーくん』

 何か、ここに来てから年下の子にぜんぜん頭が上がらないなあ……この短時間のうちに、女の子から二回も「前を見ろ」って言われるし。
 …………いや、ぼくってもともとそんな感じだったっけ?
 そういえば、ツナギちゃんの正確な年齢とか聞いてなかったな――見た目からするとまだ小学生っぽい感じだったけれど。
 外見と年齢が一致しない例を多く知りすぎていて逆に見当がつかない。

 『――ああそうだ、ここからは単に図々しいお願いになるけど、水倉りすかと供犠創貴っていう小学生くらいの子がいたら、それ私の友達だから。もし会ったらよろしく伝えておいて。
 それと名前は聞いてないけど、あの腐敗女について掲示板に書き込んでおいてくれる? 危険人物がB-2あたりで周囲を腐らせながら暴れ回ってるって。 どんな能力使うかとかも、できるだけ詳細に。
 私が書き込めたらいいんだけど、さすがにもう時間なさそうだし。指もちょっと、動かなくなってきちゃってるしね』

720rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:20:08
 
 「掲示板?」何のことだ?
 『あ、やっぱり気付いてなかったか……誰かは知らないけど、ウェブ上に情報交換用の掲示板開設してる奴がいるのよ。書き込みを見る限り、参加者のうちの誰かが作ったものみたい』
 ウェブに掲示板? この状況で?
 それってまさか…………
 『いーくんの携帯からでも見れると思うから、あとでチェックしておいて。なんか、きみのこと探してる人もいるっぽいから――あ、ヤバい』
 電話の向こうの声が、心なし緊張した様子を帯びる。
 何があったのか、言わずとも何となく想像がついた。
 『タイムアップね、あの女が追いついてきたわ――本当に手当たり次第腐らせまくってるし……考えも何もあったもんじゃないわね。ほんと無茶苦茶だわ、あの女……。
 じゃ、今度こそお別れね、私の言ったこと、よく心に留めて――』
 「あ、あの、ツナギさん!」
 突然、真宵ちゃんは携帯をひったくるようにして(ひったくるも何も携帯は真宵ちゃんが持っていたわけだから、これはそのくらいの勢いで、というただの比喩だが)自分の耳へと当てる。
 「あの、私、ツナギさんにどうしても言わなきゃいけないことが……あの、えっと、その――」
 ぼくがツナギちゃんから死ぬと伝えられた時とは比べ物にならないくらい、真宵ちゃんは動転していた。
 しばらく「あの」や「えっと」を繰り返した後、ようやく意味のある言葉を紡ぐ。
 「あの、私たちが鳳凰さんって人に殺されかけたとき、ツナギさんが助けてくれたんですよね? 私あのとき、気絶しちゃってて、その後ずっと、夢だと思ってて、その」
 真宵ちゃんはそこでいったん口をつぐむ。ツナギちゃんが何か言っているのだろう。
 何を言っているのかぼくからは聞こえない。ぼくの時と同じく宥めようとしているのかもしれないし、『勘違いしないで、別にあなたを助けようと思ったわけじゃないから』みたいなことを言っているのかもしれない。
 あの子はこういうとき、あえて冷たく突き放しそうなイメージがある。
 「で、でも」
 でも、と、真宵ちゃんはぼくと同じ言葉で追いすがろうとする。
 「私ずっと、全然お礼とか言えてなくて……助けてもらったのに、それなのに私、その、お礼どころか、ツナギさんに酷いこと言っちゃって……ツナギさんは何も悪くないのに、私、ただの八つ当たりで、あんなこと――」

 酷いこと――それも何のことなのかぼくは知らない。
 ぼくが聞いていない言葉ということは、もしかして真宵ちゃんがツナギちゃんとの別れ際に言った言葉なのだろうか。
 そういえばぼくも、出会い頭に「話しかけないでください」とか言われたけど……あれと同じようなことを、ツナギちゃんにも言ったのかもしれない。
 たぶんツナギちゃんからすれば、子供が駄々を捏ねているのと同じ、それこそただの八つ当たりと受け取って気にも留めていないのだと思う。
 それでも真宵ちゃんは、その言葉を投げつけてしまったことをずっと気に病んでいたのかもしれない。それはきっと、本心からの言葉ではなかっただろうから。

 「――だから私、謝りたいんです。ツナギさんに、電話じゃなくて、もう一度直接会って謝りたいし、お礼が言いたいんです……だから、だからツナギさん――」
 今にも泣き出しそうな真宵ちゃんの声に、ぼくはただ沈黙するしかない。
 真宵ちゃんに言われた通り、前を見て運転していることしかできなかった。
 「だから、死なないでください……必ず迎えにいきますから、それまで生きててください、お願いします、ツナギさん――
 私、まだツナギさんと話したいこと、いっぱいあって……だから、その、また私たち、三人で一緒に……私と、戯言さんと、ツナギさんとで、また一緒に――」

 真宵ちゃんがツナギちゃんに伝えることができたのは、たぶんそこまでだった。
 数秒の沈黙のあと、「あっ……」と短く言って、真宵ちゃんは携帯電話を自分の耳元から離す。横目でちらりと見たその携帯の画面には、通話終了をあらわす文字が無機質に表示されていた。
 真宵ちゃんはしばらくその画面を無言のまま見つめ、やがて諦めたように携帯を持ったままの両手を、すとんと膝の上に落とす。
 ツナギちゃんが最後に何を言ったのか、そこだけは予想すらできなかった。
 「…………」
 「…………」
 ぼくは何も言えなかったし、真宵ちゃんは何も言わなかった。
 やっぱり聞かせるべきじゃなかったかな、と少し後悔する。ツナギちゃんもおそらくぼくだけに聞かせるつもりで話していたんだろうし、せめて隣で真宵ちゃんが聞いていることを最初に言っておくべきだったと思う。
 何にせよ、後の祭りではあるが。

721rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:20:57
 
 しばらくの間、フィアットの駆動音とタイヤが砂を巻き上げる音だけが続く。おそらく今までで一番、重苦しい空気に車内が支配されていた。
 …………しかし、呆気ない。
 あのツナギちゃんが、肉弾戦に限って言えば哀川さんですら敵わないんじゃないかと思うようなあのツナギちゃんが、こうも呆気なく。
 油断していたとは言っていたし、おそらく相性の関係もあったんだろうけど……あのツナギちゃんに死を覚悟させるほどのダメージを与えられる相手というのは、戦慄を覚えざるを得ない。
 できれば真宵ちゃんに、携帯電話から見られるという掲示板を今すぐチェックしてもらいたいところなんだけれど……今の状況ではかなり言い出しづらい。
 冷たいと自分でも思うけれど、ぼくの中ではツナギちゃんのことは残念だけど諦めるしかない、という結論に達してしまっている。
 さっきも思ったことだが、今から向かったところで間に合うとは到底思えない。そもそもツナギちゃんが敵わないような相手を前に、ぼくたちが加勢に入ったところでどうなるというのか。
 だったらせめて、ツナギちゃんの遺志を継ぐくらいのことはしないといけない。
 あのツナギちゃんが、死に直面している状況下にも関わらず連絡してまで伝えてくれた情報だ。それを無駄にするわけにはいかない。
 『しっかり前を見てなさい』――。
 あの言葉にうなずいた以上、それを実践しなければいけない。
 ……しかしひとつ疑問なのは、どうしてツナギちゃんはここまでしてくれるのだろう、という点だ。
 ツナギちゃんにとって、ぼくたちは死ぬ間際まで協力したいと思うような相手だったのだろうか?
 そこまで特別な関係を築くような出来事があったとは思えないんだけど……まあ、気まぐれで同行する相手を決めるような子だったし、案外そこも気まぐれによった結果だったのかもしれない。
 だとしても、嬉しいことに変わりはない。
 ぼくたちのことを、助けようとしてくれる人がいるということが。

 「…………腐敗を操る力――か」

 とにかく、そいつに遭遇するのは避けたほうがいい。掲示板とやらにも、早めに情報を書き込んでおかないといけない。
 B-2付近で暴れているというのなら、今のところぼくたちの行き先に変更はない。このまま診療所に向かう運びで構わないだろう。
 ツナギちゃんが置いていったという荷物は、正直取りにいけるかどうかはわからない。予定通りネットカフェまで行ったあとに向かうとなると、かなり遠回りになってしまうし――

 「――あ、そういえば」

 ぼくは零崎との会話を思い出す。
 七実ちゃんたちが骨董アパートに向かっていることを教えたとき、あいつは確か「反対側」と言っていた。地図上で骨董アパートの反対側といったら、ちょうどツナギちゃんがいるというB-2のあたりなんじゃないか……?
 だったら今から零崎に電話して、助けに向かってもらうという選択も――

 「……いや、やっぱり無理か」

 零崎の位置はもとより、ツナギちゃんがどこにいるかも具体的な場所まではわかっていない。助けに向かわせようにも、どこに行けばいいのか曖昧な指示しか出すことができない。
 それにツナギちゃんいわく、相手はガチの危険人物だ。零崎でも対処できるかどうかわからないのに、わざわざ危険に首を突っ込ませるようなことを頼むのは、ツナギちゃんのためと言えども忍びない。
 大体、「そこらへんにいるぼくの知り合いが危険人物に襲われてるらしいから、危険を承知で探し出して助けてやってくれ」なんて要求に対して首を縦に振る奴が果たしているだろうか。
 いくらあいつがいい奴とはいえ、そんな理不尽なお願いを聞いてくれるとは思えないし、そもそも人としてどうかと思う……。
 ……まあ、助けに向かわせる云々はともかくとして、あいつがツナギちゃんの言う危険指定区域の近くにいる可能性がある以上、連絡は入れておいたほうがいいだろう。
 ツナギちゃんの携帯の番号を教えておけば、あいつがデイパックを発見してくれるかもしれないし、ツナギちゃんの知り合いだという二人――水倉りすかと供犠創貴について知っているかどうかも聞いておきたい。
 危険人物の情報とかもあわせて、後でメールしておくか。
 ……いや、「後で」って、今すぐしたほうがいいんだろうけど。

722rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:22:23
 
 「…………あのさ、真宵ちゃん」

 意を決して、ぼくは真宵ちゃんに話しかける。
 何かフォローの言葉をかけようと思うけれども、うまい言葉が思いつかなくて後が続かない。
 ツナギちゃんの死を受け入れているぼくが慰めの言葉をかけるなんて白々しいにもほどがあるし……かといって「ツナギちゃんなら大丈夫だよ」なんて適当なことを言うのも無責任極まりない。
 ぼくは否応なしに、暦くんが死んだときの真宵ちゃんを思い出してしまう。なんだかあの時よりも、電話の向こうに必死で話しかけていた真宵ちゃんのほうが酷く錯乱しているように思えた。
 あのときはすでに「錯乱し終わった後」だったかもしれないし、今回はツナギちゃんがまだ生きているからこそあそこまで錯乱したのだろうから、比較の対象にするのがそもそも間違っているのだろうけれど。
 あのときは何とか立ち直ってくれたけれど……正直あのときほどうまく元気付けてあげられる自信はない。
 今回のことはぼくにとっても寝耳に水の話だったし、受け入れているというよりは単に諦めているというだけで、自分の中で整理がついているというわけではない。
 そんな状態で、どうやって励ましの言葉など紡げるというのか。
 真宵ちゃんにとって、ツナギちゃんはどんな存在だったのだろうか?
 ツナギちゃんにとって、ぼくたちはどんな存在だったのだろうか?
 ぼくは未だ何も知らない。真宵ちゃんのことも、ツナギちゃんのことも。
 結局言葉に詰まって、ぼくは真宵ちゃんの様子を横目で窺う。

 「…………?」

 そこでぼくはようやく、真宵ちゃんが静かすぎることに気付く。
 静かというか、まったく動いている気配がない。携帯電話を握り締めたまま、シートに深く身を預けて目を閉じている。
 通話を終えたことで気が抜けて、また寝てしまったのだろうか?

 「真宵ちゃん……?」

 もう一度呼びかけてみるが、返事はない。ぼくは何となく、身を乗り出して顔を覗き込んでみる。
 その顔は、ただの寝顔とは明らかに違っていた。
 呼吸は苦しげで、額には脂汗がにじんでいる。それ以前に、顔色があからさまに青白い。
 寝ているように見えたのは、全身が弛緩しているせいだった。
 有り体に言うなら、ぐったりしている。明らかに健康体のそれとは違う様相を表していた。

 「真宵ちゃん!?」

 叫ぶように、ぼくは真宵ちゃんの名前を呼ぶ。
 返事はない。



  ◆   ◆   ◆



 逃げようと思えば逃げられたのかもしれない。
 ツナギは「九割方詰まされている」と言ったが、江迎の錯乱具合を勘定に入れれば必ずしも逃げ切れないということはなかっただろうし、「腐敗の連鎖」を身体に浴びているとはいえ、それも適切な治療さえ施せば抑えることはできた。
 いずれ声は出せなくなるかもしれないが、逃げ切ることさえできればとりあえず生き延びることだけはできただろう。
 ツナギも、それを理解していないわけではなかった。
 「声が出せるうちに、あの二人に情報を提供しておかなくては」などと考えることなく、戦いを放棄し、なりふり構わず遁走していれば、むしろ容易に逃げ切れていたかもしれない。
 当たり前のように、仲間と呼べるかどうかも怪しい青年と少女の安全を優先させたからこそ、ツナギは今、九割九分詰まされた状態にいる。

 「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス――――――――あのガキ、絶対にぶち殺す――」

 呪詛に満ちた言葉をうわごとのようにつぶやきながら、江迎は木々のある場所を蹂躙するように荒々しく進む。

723rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:23:10
 
 正確には木々の「あった」場所であるし、実際に彼女は蹂躙しながら進んでいた。
 江迎が乱暴に手を翳す。その手の向く先に立っていた数本の木が根元からぼろぼろと崩れていき、たちまちのうちに倒壊する。倒れた後も腐敗は止まることなく進行し、原型を留めない状態にまで崩壊していった。
 遮蔽物を取り除き、見通しをよくするのが目的というにはあまりにも破壊的過ぎる江迎の所業。
 まるでそれ自体が目的とでも言うかのように、目に付くものすべてに腐敗を撒き散らしながら、江迎は足早に歩き続ける。
 江迎の『荒廃した過腐花』の弱点――欠点を挙げるとしたら、それは「腐敗」に特化しすぎている、という点だろう。
 ツナギに対して「荒廃した腐花・狂い咲きバージョン」を発動できたように、「植物を成長させる」こと自体は今でも可能である。
 ただし『荒廃した過腐花』による「腐敗の連鎖」は江迎の意思とは無関係に広がっていくため(伝達の速度や方向はある程度操作可能ではあるが)、成長させた植物にもいずれ腐敗が届いてしまう。
 成長させることはできても、それを維持することができない。
 自らの手で育てたものを、自らの手で腐敗させることしかできない。
 今の江迎には、枯れた桜の木に花を咲かせることすらもはや叶わない。

 「殺す、殺す、殺す――!」

 伝染していった腐敗がまた一本、大木を倒壊させる。
 その木の向こうに、ツナギは立っていた。
 江迎の足がぴたりと止まる。ツナギと江迎、二人の視線が静かに交錯した。

 「…………」

 ツナギは何も言わない。隠れていたところを発見されたとは思えないような、恐怖の欠片も感じさせない佇まいで正面から江迎を見据えている。
 それは、とても生きた人間が立っているとは思えないような有様だった。
 ところどころ皮膚が剥がれ、肉どころか骨が露出している部分もある。髪も半分以上が頭皮ごと抜け落ち、残った皮膚も不気味な淡青色に変色していた。
 江迎に対して「半分口裂け女」という言葉を使ったツナギだったが、今や彼女のほうが酷い様相を呈していた。頬の肉がごっそりと剥がれ落ち、奥歯のほうまで外気にさらされている。額の口でさえ、端のほうから崩れかけていた。
 着ている服も元の状態がわからないくらいに朽ち果て、ただの襤褸布を纏っているように見える。唯一、右腕を手首から二の腕まで覆っている包帯だけが原型を留めている衣類と言えた。
 腐乱死体。
 間違っても生きている人間に対して用いるべき言葉ではないが、今のツナギを一言で表現するにはそう言うしかない。

 「…………見ぃつけたぁ」

 にいぃ、と江迎の裂けていないほうの口端が大きく上がる。
 最初に出会ったときとは違い、今度こそ言葉が通じる精神状態ではないだろう。ゆらゆらとした足取りで、ツナギのほうに一歩一歩近づいてくる。

 「もう……いつまでも逃げてないで、そろそろおとなしく私に殺されてよ……いけない子ねえ…………大丈夫、お姉さんが今すぐ、骨の髄までぐちゃぐちゃにしてあげるから――」

 それに対し、ツナギはやはり沈黙を貫く。
 ツナギはもう、自分の身体が限界に近いことを自覚していた。手足は立っているだけでも辛いし、喉は戯言遣いたちと会話したこともあり、より一層声を発しにくくなっている。
 あと何か一言でも口にしたら、今度こそ自分の喉は完全に潰れてしまうかもしれない。
 あと一言。
 その「あと一言」こそが、ツナギにとっては肝要だった。「あと一言」を確実に発するために、今何かを喋るわけにはいかない。
 じりじりと近づいてくる江迎に、ツナギは慎重にタイミングを計る。

 「ねえ……何で私は幸せになれないのかな…………私、泥舟さんのために、いっぱい尽くしてきたのに……泥舟さんの言うとおり、頑張ってきたのに…………それでも幸せになっちゃ駄目なのかなあ…………生きてるだけで、満足しないといけないのかなあ――」

 それはツナギに向けてというより、ただの独白のようだった。
 幸せになれなくてもいいから、せめて生き残りたい――そう公言したにも関わらず、そんな未練に満ちた台詞を吐き出す江迎を、ツナギは冷めた思いで見ていた。

724rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:23:46
 
 ――あんたの幸せなんて、はっきり言って知ったこっちゃないのよ。

 江迎が歩を進めるにつれて、腐敗の範囲も徐々にツナギのほうへ近づいてくる。
 ざわざわと、ぐじゅぐじゅと。
 足音のように地面を這ってくる腐敗が、ツナギに触れるか触れないかというその時。

 二人の少女が、両方同時に動いた。

 ツナギは残された全身の力を総動員し、地面を蹴って江迎へと突貫する。奇も衒いもなく、ただ一直線に駆けていく。
 対して江迎は、ツナギがそうすることを予想していたかのようにすばやく四つん這いの姿勢になり、両手を地面に押し当てる。

 「荒廃した<ラフライフ>――――」

 ただし今度は、木々を成長させることが目的ではない。
 今の江迎には、もはや相手を腐敗させることしか頭にない。

 「過腐花<ラフレシァア>――――!!」

 高らかに叫んだ次の瞬間。
 江迎の両手を中心に、それまでとは比較にならない勢いとスピードで腐敗が始まる。まるで波紋が広がるように、腐敗の波が地面の上を高速で伝わっていく。
 その波が通り抜けた後にあるものは、すべて平等に腐敗だった。石も、木も、草も、地面の上にある空気でさえ、猛スピードで腐敗し、見る影もなく朽ち果てていく。
 計算も何もない、「腐敗の連鎖」の全力解放。
 360度、全方向に拡散する腐敗の波動は当然、江迎に向かって走るツナギの足元も通過する。足先から伝染した腐敗はあっという間に全身へと巡り、身体の崩壊に拍車をかける。
 皮膚はさらに剥離し、肉はさらに爛れ、ツナギから人間の形を奪っていく。
 それを受けても、ツナギは止まらなかった。ただ江迎だけに視線を合わせ、崩壊する身体で全力疾走し続ける。

 「あっははははははははははは! 無駄無駄ぁ! そんな鈍足じゃあ、私の過負荷(マイナス)は超えられない! さっさと腐り果てて死になさい!」

 勝利を確信したように、江迎は哄笑する。
 その確信はおおよそ間違ってはいない。今のツナギがいくら全力で走ろうが、江迎に手が届くころには間違いなく力尽きる。相討ち狙いの一撃を入れることすら叶わないだろう。
 先刻ツナギが逃走する際に使用した、あのかんしゃく玉のような爆弾を利用するだろうことも、江迎は念頭に入れている。
 あのときは初見だったがゆえに不意を突かれたが、同じ手が二度通用する江迎ではない。地面に投げようが、江迎自身に投げようが、ツナギ自身の身体に仕込んで「自爆」による特攻を狙おうが、すべてにおいて対処できる構えでいた。
 万全の体勢。逆転の要素はもはやない。そう江迎は確信している。
 ただひとつ、江迎の確信に「抜け」があるとしたら、それはやはりツナギの「魔法」について何ひとつ知らなかったということだろう。
 水倉神檎によって人外の力を授けられ、それから二千年以上「魔法」とともに生き続けている元人間の魔法使いツナギ。
 その彼女が最後に頼るとしたら、それは魔法以外にあり得ないというのに――。

 「ねれいさ――――」

 がくん、とツナギの両脚が力を失うのとほぼ同時。
 彼女は、用意しておいた「一言」を口にする。
 右腕を前に突き出し、地面に崩れ落ちながら、潰れかけた喉から全力で声を絞り出した。

 「――――しるど!」

 ツナギが温存していた最後の一言、それは呪文の詠唱だった。
 本来のものよりはるかに短縮されているはずのそれは、しかし不完全ながらツナギの魔法を「部分的に」発動させる。
 しかし――今ここで魔法を発動したところで、一体どうなるというのだろうか?
 ツナギの魔法は、接近戦でなければ効果を発揮しない。江迎との距離はまだ数歩分ほども離れているし、ツナギの両足はすでに足としての機能を失っている。これ以上走ることも飛び掛ることもできない。
 相討ち狙いの一撃ですら届かないであろう今の状態で、ツナギの魔法が何の役に立つというのだろうか?

725rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:24:22
 
 その解答は、次の瞬間に明らかになった。
 呪文の詠唱を終えたことで出現した口と牙が、かろうじて腐敗を免れていた右腕の包帯を突き破り、ツナギの右腕をあらわにする。

 その右腕が。
 手首から肩口あたりまでにかけて、そこだけ部分的に「口」が犇くように出現したツナギの右腕が。
 その先の江迎へと向けて、『伸長した』。

 「……………………え?」

 江迎の表情から笑顔が消える。
 ツナギの魔法について――というより魔法そのものについて何の予備知識のない江迎には、何が起こったのか理解することができない。
 いや――この場合、予備知識の有無は問題ではないのかもしれない。
 たとえ江迎が魔法についての知識をすでに得ていて、かつツナギの使用する魔法を直に見ていたとしても。
 たとえツナギの右腕に巻かれていた包帯の裏側に、呪文の詠唱を大幅に短縮するための魔法式がびっしり刻まれていることに気がついていたとしても。
 それらの情報から、「ツナギの右腕が伸びる」などという現象を導き出すのはおよそ不可能だっただろうから。
 当然のこと、ツナギの使用する魔法に「腕を伸ばす」ための魔法など存在しない。魔法式と呪文の詠唱により、右腕だけに集中して「口」を出現させたとして、なぜそれが「腕が伸びる」という現象に繋がるのだろうか?

 (腕が、細く――? いや、ていうか何で、腕に、口が、牙が――――)

 江迎が見たもの。それはまるで細い紐のような状態になったツナギの右腕だった。
 しかもその腕はなぜか蛇腹のようにジグザグに折れ曲がり、あちらこちらから白い骨のような牙が突き出していた。
 江迎がそれを「牙」と認識できたのは、ツナギの額にある口から生えている牙とそれが同じ見た目をしたものだったからだろう。
 せめて。
 せめてツナギの口が『関節の役割を果たす』ことを知ってさえいたら、江迎にもその現象を理解できる可能性があったのかもしれない。
 関節――物質で言うところの「蝶番」としての役割を持つということは、その中央を支点として両側に繋がっている部分をそれぞれ、右と左に「分ける」、あるいは「開く」ことができる、ということ。
 そして単純な考えとして、何かが「開いた」とき、それは右と左に「分かれた」ぶんだけ「長さが倍になる」。
 折りたたみ式の携帯電話を開いたとき、全体の体積は変わらずとも長さだけがおよそ二倍になるように。
 その原理は当然、ツナギの「口」でも応用が可能。
 口がひとつだけなら、大した長さは得られないかもしれない。
 しかし右腕だけに集中して上下、あるいは左右に等間隔で何十という口を蛇腹状になるように配置し、それらを一斉に開いたとしたら、その「断面」の数だけツナギの右腕は飛躍的に長さを伸ばす。
 さながら、縮んだバネが元に戻るときのような瞬発力をもってして。
 江迎との距離、数歩分を容易にクリアする長さまで、腕を伸ばすことができる。
 ツナギが魔法式を用いたのはそのためでもあった。腕を効率良く伸ばすためには、口をそれぞれ意図した場所に配置する必要がある。
 出現する口の配置までを正確に練りこんだ魔法式。戯言遣いと携帯で会話するのと並行して、ツナギはそれを作成していたのだった。
 奇策。
 そう呼ぶにふさわしい戦略に、江迎は伸びてくる腕が自分に届くまでの間、まったく反応すらできなかった。

 「っ――――――があぁああああああああああっっ!!」
 「…………ちぃっ!!」

 右腕が通過してようやく、江迎の絶叫が響く。その絶叫に重ねるようにして、ツナギが舌打ちする。
 ツナギが万全の状態であれば、その攻撃は命中していたに違いない。
 右の手のひらと甲、両方に配置された口のどちらかが、ツナギの狙い通りに江迎の喉笛へと喰らいつき、頚動脈ごと食いちぎっていただろう。
 しかし今のツナギは筋肉や関節、神経にまで腐敗が到達している。どころか眼球ですら、ひょっとしたら脳でさえ侵されているかもしれないという状態にあった。
 そんな状態で、正確に江迎のいる方向へ攻撃を繰り出せただけでも賞賛に値すると言える。

726rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:25:16
 
 ましてや。
 その攻撃が江迎の左眼球をえぐったとなれば、これはもう命中したと言っても過言ではないだろう

 「――――っ! ――――――こ、」

 自分が受けたダメージを理解したことで、江迎が逆上の気配を見せる。
 もし江迎が目をえぐられたことによって動揺し、反射的に『荒廃した過腐花』を解除していたらツナギにもまだ逆転の可能性はあった――ということはもちろんない。
 最後の一撃を繰り出したツナギには、もはや余力と呼べるものは一切残っていなかった。『荒廃した過腐花』による腐敗で満たされた地面へと、成す術なく倒れこむ以外の選択肢はない。
 わざわざ追撃を加える必要も、止めを刺す必要もない。
 しかし。

 「この――ガキがぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 そんな理屈とは関係なく、江迎はさらなる「腐敗」をツナギへと向けて集中的に注ぎ込む。
 狂ったように奇声を上げ。その顔を激怒の色に染め上げ。
 一心不乱に。
 一身腐乱に、ツナギの身体を徹底的に腐敗させる。
 腕が骨ごと腐れて落ちる。
 足が根元からぐしゃぐしゃに溶けてなくなる。
 胴体が柘榴のように割れて、内蔵が露出する。その臓器すら見る間に形を失い、やがてただの腐肉となる。
 瞬く間にツナギの身体はそのほとんどが腐れ落ち、残っているのは首から上だけとなった。
 そんな状態に至ってなお、ツナギはかろうじて意識を保っていた。首だけになってまだ自我があるなど、傍から見ればそれは残酷としか言いようのない仕打ちだっただろう。
 それでも彼女は、その残された意識を後悔や死への恐怖に費やすことはなかった。

 (あーあ、やっぱり相討ちは無理だったか――まあ宣言どおり一矢報いることはできたし、これ以上は諦めるしかないでしょ……いーくんに情報も提供できたし、結果としては上々と思っておこうかしら)

 ツナギは最期に、今までに自分が会ってきた人々の顔を走馬灯のように思い浮かべようとする。しかし血液すらもう巡っていない腐敗しかけの頭では、ただ記憶を思い起こすことすら難しい。
 結局、供犠創貴と水倉りすか、自分にとって仲間と呼べるその二人の顔しか思い浮かべることができなかった。

 (タカくんとりすかちゃん、会えなかったなあ……りすかちゃんなら、まあ大丈夫だとは思うけど…………タカくんも一緒に、最後まで生き残ってくれるといいなあ――)

 頭の中ではそんなことを考えていながらも、口から出てきたのはまったく違う名前だった。

 「――ばいばい、いーくん、真宵ちゃん。あなたたちのこと、それほど嫌いじゃなかったわ」

 無意識のうちに口にしたその末期の言葉は、しかし潰れた喉のためにまったく声にならず、ただの雑音として流れ出る。
 それでも。
 朽ち果てて消え去る最後の瞬間まで、彼女の顔は「仲間」を思うような、儚くも優しげな微笑みを浮かべていたのだった。


 【ツナギ@りすかシリーズ 死亡】

727rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:25:56
 


  ◆   ◆   ◆



 「ううう……痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い――」

 江迎の悲痛な呻き声が辺りに響く。
 ツナギにえぐり取られた左目と、今更のように玉藻に切り裂かれた右頬を押さえ、その場にうずくまってただ呻き続ける。
 そこはまるで毒の沼だった。
 つい今さっきまで木々が立ち並んでいたはずのその場所は、もはや腐敗の坩堝と化していた。地面全体がぐちゃぐちゃの何かに一面覆われており、吐き気を催すほどの腐臭を発している。
 実際にその腐臭の中に足を踏み入れたとしたら、おそらく吐き気などでは到底済むまい。触れた先からあっという間に腐敗が「感染」し、その沼のような地面の一部と化してしまうだろうから。
 その一帯で、原型を留めているものは何ひとつとして存在しない。
 ただひとつ、その中心にいる江迎怒江を除いては。

 「何で、何で皆邪魔するの……? 私、死にたくないだけなのに…………生きていたいだけなのに……泥舟さんと一緒に、生き残りたいだけなのに…………何で邪魔するの……? 何で皆、おとなしく殺されてくれないの……?」

 善吉の死に触れたことでマイナス方向へと成長を遂げた江迎。
 それがまたプラス方向へ戻る可能性も、江迎の選択次第ではないこともなかった。
 自ら人の道を踏み外すことさえなければ。
 自らの過負荷(マイナス)で、誰かの命を摘み取るという業を負うことさえしなければ。
 それさえ回避できていれば、彼女が過負荷(マイナス)と言えど人間のままとして生き、人並みの幸せを手にする可能性もあったかもしれないのに。
 それを彼女は、自らの手で捨て去った。
 人殺しという最悪の手段で、自らの過負荷(マイナス)を歪んだ方向に肯定してしまった。

 「――痛い、痛い、痛いよ…………死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない――――」

 死にたくない、だから殺さなきゃいけない。
 殺さないと生きていけない、殺さないと自分が殺される。
 そんな彼女の間違いを正すものは、この場には誰もいない。
 顔から止めどなく血を流しながら、江迎はそれでも立ち上がり、腐敗にまみれた地面を踏みしめて歩き出す。
 すでに体力は限界を超えているであろうに、まるでそれを感じさせない足取りで、どこへ向かっているのかもわからないまま江迎は進む。
 人から人外へと身を堕とした江迎に、もはや笑って終われる人生はおそらくない。
 その手にあるのは、醜く歪んだ腐敗の花のみ。
 その腐敗を自分以外のすべてに撒き散らし、すべてを拒絶しながら生き残る。今の彼女の右目には、そんな荒廃した道の他に映るものは何もなかった。

728rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:27:25
【一日目/真昼/B-2】
【江迎怒江@めだかボックス】
[状態]身体的疲労(大)、精神的疲労(大)、出血(中)、口元から右頬に大傷(半分口裂け女状態)、左目とその周囲の肉欠損、ヤンデレ化
[装備]無し
[道具]無し
[思考]
基本:泥舟さん以外の人間は問答無用で殺す
 0:死にたくない
 1:顔の傷を治療する
 2:球磨川さんを殺す
 3:地図が欲しい
[備考]
※マイナス成長したことにより『荒廃した腐花』が『荒廃した過腐花』へと退化しました。
※『荒廃する腐花 狂い咲きバージョン』は使用できますが、すぐに腐敗させてしまうため長持ちしません。
※西東診療所か診療所のどちらかを目指しているつもりですが、てんで方向が定まっていません。 ですが、偶然辿りつける可能性は秘めています。

※『荒廃した過腐花』<ラフライフラフレシア>について
 ・江迎の手が腐らせたものに触れると腐敗が「伝染」します。伝染して腐ったものに触れても伝染します。
 ・江迎が距離を置けば伝染の効果は弱まります。どれだけ長く腐敗の力が残るかは後の書き手様方にお任せします。
 ・伝染のスピードや範囲、方向などは江迎の意思である程度操作可能です(完全にオフにすることはできません)。
 ・伝染の強さと最大範囲は江迎の精神がどれだけマイナス方向に寄っているかに依存します。今後さらに強化、あるいは弱体化するかもしれません。


※B-2のどこかに携帯電話とツナギのデイパックが放置されています(中身:支給品一式、炸裂弾「灰かぶり」×6@めだかボックス、賊刀・鎧@刀語、お菓子多数)。



  ◆   ◆   ◆



 場所はF-3、広大というには若干足りるか足りないかというような因幡砂漠のちょうど中間辺り。そこを走る一台の車があった。
 その運転はかなり荒っぽく、かろうじて安全運転と呼べるようなスピードではあるものの、運転手の焦りが見て取れるような走行の仕方だった。

 「くそっ……! 迂闊だった……迂闊としか言いようがない――」

 運転席に座る青年、戯言遣いは何回目かわからない台詞でそう毒づく。無表情に見えるその顔にはやはり若干の焦りが含まれており、助手席に誰かが座っていなければすぐにでもスピードを大幅に加速しそうな雰囲気だった。
 助手席に座る少女、八九寺真宵がいなければ。
 彼女の様子は、誰が見ても平常時のそれではなかった。全身の力が抜けたようにぐったりとシートにもたれ、その顔色は目に見えて青ざめている。
 車酔いなどというオチでは当然ない。
 戯言遣いとしては、むしろそうであることを望んでいたが。

 「馬鹿なのかぼくは――こんなこと、もっと早くに思い至ってもよかったはずなのに……!」

 焦りの表情に後悔するような台詞を彼は重ねる。しかしその発言とは裏腹に、その目から後ろ向きな気配は感じられない。むしろ冷静さを保つために、あえて自分に向けて辛辣な発言をしているように見えた。
 実際、真宵の現状について彼に責任があるかといえばそうとは言えない。
 ツナギとの会話を聞かせてしまったことにしても、それは単なるきっかけの一部でしかないのだから。

729rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:28:06
 
 「真宵ちゃんに対する気遣いが、あまりにも足りてなかった……それをぼくは『信頼』なんて言葉に置き換えて……」

 いくら病院通いの経験が豊富とはいえ、戯言遣いに詳しい病状を診断できるスキルなどない。それでも彼は、真宵の症状についておおよそ正確な判断を下していた。
 その症状を説明するのに、専門的な用語などは必要としない。

 「暦くんの時の反応を見ていたらわかっていたはずだっただろうに……真宵ちゃんが、しっかりしているとはいえ普通の女の子だって――」

 『精神的ストレスによる体調不良』。
 それだけで、真宵の現状についての説明は事足りる。
 理不尽に放り込まれた戦場、度重なる命の危機、身近な人の唐突な死の知らせ。この数時間の間に、どれだけの非日常が彼女を襲ったことだろうか?
 それが発熱と意識の混濁を誘発するくらいのものであることは、確かに予想くらいはできたのかもしれない。
 もしも真宵が、それらの出来事によるストレスを意図的に、無理やり押さえつける形で隠してきたとしたら、酷ではあるが真宵自身にも責任があると言わざるを得ない。
 しかし、それは違う。
 それらのストレスに対して、真宵は無自覚だった。自分の中では割り切れていると思い込んでいたし、身体の変調なども今まで一切感じてはいなかった。
 それでも無意識下では違っていた。本人ですら意識できない部分で、彼女を襲った数々の出来事は着実に負の記憶として積み重なっていたのである。
 今まで「怪異」として肉体のない身で過ごしていた彼女が、急に生身の肉体を手に入れたことも原因として挙げられる。そもそも彼女は小学生の身体から成長というものを経験していないのだ。ストレスによる体調管理など、果たしてうまくできるものだろうか。
 それを考えれば、むしろ今まで精々「気を失う」程度の反応で済んでいたことに感心するべきなのかもしれない。
 もしかするとその「気を失う」という反応そのものが、彼女の精神が今まで均衡を保てていた要因なのかもしれないが。
 ストレスが閾値を越える前に意識を断つことで、精神の崩壊を避けるという一種の防衛機制。それがなければ、もっと早く彼女の精神は限界を迎えていた可能性がある。

 「こうなると、次の目的地が診療所だったことはある意味僥倖だな……いや、どこに向かっていようがすぐに変更しただろうから、大して意味はないけど――
 ……むしろ、豪華客船を出るのが少し早かったと言えるのかもしれない。あの広い船内なら休める場所も、ひょっとしたら医務室なんかもあったかもしれないのに――」

 だから戯言遣いの推察は、おおむね正しい。
 ただ彼がもう少し、ほんの少しだけ冷静な思考を働かせることができたら、ツナギからの電話があったのが「二回目の放送のすぐ後」だったことを考慮に入れることもできたかもしれない。
 一回目の放送後、真宵の身に何が起こったのか知っている彼ならば。
 阿良々木暦の死の通告、その直後の鑢七実の急襲、眼前で繰り広げられる日之影空洞の虐殺。
 そして、ツナギとの一方的な別れ。
 彼女の無意識に堆積しているストレスのうち、半分以上が一回目の放送に関連したものだということに思い至れば、「二回目の放送が引き金となり一回目の放送時の記憶がフラッシュバックした」――と考えるのはさほど難しいことではない。
 実際、二回目の放送を聞いた後の真宵の精神は相当に不安定な状態にあった。
 それでもまだ、それは無意識下という目に見えないところでの話に過ぎなかった。
 その不安定が体調不良という形で表面化するきっかけとなったのが、ツナギからのあの電話だった。そのときの彼女にとって、それは十分すぎるショックとなっただろう。

 「くそ……畜生…………よりにもよって、こんな砂漠のど真ん中で……!」

 戯言遣いが自責の念にかられているのは、真宵の体調不良の原因が自分にあると考えているからではない。
 原因そのものは自分になくとも、それらを回避することは自分の行動次第では可能だった、こうなる原因を排除する責任は、ずっと一緒にいた自分にはあったはずなのに、それを果たすことができなかった――と、そう考えているからだった。
 身近な人を守ることができなかった無力感。彼は今、それに苛まれている。

 「戯言……さん…………」
 「! 真宵ちゃん!?」
 かすかに聞こえたその声に、彼は思わず助手席へと目を向ける。
 真宵は弱々しくではあるが薄く目を開け、虚ろな瞳で戯言遣いのことを見ていた。

730rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:28:46
 
 「大丈夫か、真宵ちゃん!? 今、診療所に向かってるから、そこに行けば、とりあえず休むことはできるから……! だからそれまで、気をしっかり持って――」
 「…………前を、」
 「え?」
 「前を見て、運転してください……戯言さん」

 そう言う彼女の表情は、辛そうではあるが笑顔だった。
 ぼんやりと、かろうじて保っているような意識で、それでもはっきりと微笑みを携え、優しげな視線を戯言遣いに送る。

 「私なら、大丈夫ですから……このくらい、少し休めばすぐ良くなりますから…………ごめんなさい、戯言さん……私のせいで、余計な迷惑を――」
 「何を――言ってるんだよ、真宵ちゃん」
 我に返ったような顔で、戯言遣いは言葉を返す。
 「ぼくがしっかりしてないのが悪かったんだから、真宵ちゃんが謝ることなんて何もないよ――自分のせいとか迷惑とか、そんなことは言わないでくれ」
 「…………失礼、噛みました」
 いつもの台詞からも、まるで活気が感じられない。
 それでもその台詞は、彼を安心させるには十分だったらしい。
 「……とにかく、なるべく早く診療所に着かせるから、安静にしていて。真宵ちゃんの言うとおり、ちゃんと前を見て運転するからさ」
 「安全運転優先、ですよ……戯言さん――――」
 そう言うと、真宵は再び目を閉じる。今度は本当に眠ってしまったようだった。若干苦しそうではあるものの、すうすうと寝息を立てている。
 「…………」
 そんな真宵の様子を一瞥し、戯言遣いは車の運転に意識を戻す。
 スピードは先ほどまでとあまり変わらなかったが、その走行からは焦りや苛立ちといったものはもう感じられなかった。

 「やれやれ……これで三回目の『前を見ろ』か。同じことを何度も言われるあたり、ぼくはやっぱり根本のところで成長していないな――」

 ――きみは真宵ちゃんを守ってあげないといけない立場なんだから、しっかり前を見てなさい。

 戯言遣いの脳裏に、ツナギから言われた言葉がよみがえる。
 自分にとっての「前」とはどこなのだろう――と彼は自問する。とりあえず辺りを見回してみたが、見えるのは地平の果てまで広がる砂漠だけだった。

 「ツナギちゃん――こんなぼくに、真宵ちゃんを守ることなんて、『主人公』として生きることなんて、本当にできるのかな……」

 後ろ向きなその言葉とは裏腹に、彼の目は決意を新たにしたかのごとく、まっすぐに前を見据えていた。
 彼の視界に映る景色は、未だ変わらない。

731rough rife(laugh life) ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:29:37
【一日目/真昼/F-3 因幡砂漠】
【戯言遣い@戯言シリーズ】
[状態]健康
[装備]箱庭学園制服(日之影空洞用)@めだかボックス(現地調達)、巻菱指弾×3@刀語、ジェリコ941@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×2(うち一つの地図にはメモがされている、水少し消費)、ウォーターボトル@めだかボックス、お菓子多数、缶詰数個、
    赤墨で何か書かれた札@物語シリーズ、ミスドの箱(中にドーナツ2個入り)
[思考]
基本:「主人公」として行動したい。
 1:真宵ちゃんを診療所につれていく
 2:掲示板を確認し、ツナギちゃんからの情報を書き込む
 3:零崎に連絡をとり、情報を伝える
 4:玖渚と合流する
 5:不知火理事長と接触する為に情報を集める。
 6:展望台付近には出来るだけ近付かない。
[備考]
 ※ネコソギラジカルで西東天と決着をつけた後からの参戦です。
 ※第一回放送を聞いていません。ですが内容は聞きました。
 ※夢は徐々に忘れてゆきます(ほぼ忘れかかっている)
 ※地図のメモの内容は、安心院なじみに関しての情報です。
 ※携帯電話から掲示板にアクセスできることを知りましたが、まだ見てはいません。
 ※携帯電話のアドレス帳には零崎人識のものが登録されています(ツナギの持っていた携帯電話の番号を知りましたがまだ登録されてはいません)。
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました。


【八九寺真宵@物語シリーズ】
[状態]ストレスによる体調不良(発熱、意識混濁、体力低下)
[装備]携帯電話@現実、人吉瞳の剪定バサミ@めだかボックス
[道具]支給品一式(水少し消費)、 柔球×2@刀語
[思考]
基本:生きて帰る
 1:戯言さんと行動
 2:…………。
[備考]
 ※傾物語終了後からの参戦です。
 ※真庭鳳凰の存在とツナギの魔法が現実のものであると認識しました。
 ※日之影空洞を覚えていられるか、次いで何時まで覚えていられるかは後続の書き手様方にお任せします

732 ◆wUZst.K6uE:2013/03/17(日) 12:32:39
以上で仮投下終了になります。
期間ギリギリになってしまい申し訳ありません。誤字脱字など指摘があればお願いします
来週までに規制が解けなければ、改めて代理投下をお願いすることになるかと思います

733 ◆ARe2lZhvho:2013/03/18(月) 13:46:02
仮投下乙です!
江迎ちゃんすげえええええええこえええええええええ何このチートマーダー
善吉の死体腐らせるって一発ネタをしたかっただけなのにこうなるなんて思いもしなかったよ…
八九寺がやっと一般人な反応してきたけどこれで当たり前なんだよなぁ見習えよ他の参加者
>枯れた桜の木に花を咲かせることすらもはや叶わないの一文が切なすぎる
(自分で堕としといてなんだが)もう後戻りできないとこまで行っちゃったんだなぁ

>もしかすると、この数多くある携帯電話こそが、主催者の意図、ひいてはこの殺し合いの目的、その真意に迫るための重要なファクターなのではないだろうか?
>いや、きっとそうに違いない。
>これほどまでに徹底した殺し合いの場を創り上げて「実験」とやらを行おうとしている主催者が、何の意図も、何の意味もなくただ闇雲に携帯電話だけを重複して支給するなどということはまず考えられない。
>まだぼくが気付いていないというだけで、この携帯電話には何か、とてつもなく重要な意味がこめられている。少なくとも主催者側が明らかにしていない何らかの意図が存在していると、そう断言できる。
>携帯電話、これこそがこのバトル・ロワイアルにおける最重要項目であるはずだ。
>『もしもし? いーくん聞こえてる? なんか今、不用意にハードル上げなかった?』
ハードル上げないでください死んでしまいます

長々と述べましたが指摘点などは特にないのでこのまま投下しても大丈夫かと
改めて、仮投下乙でした!

734 ◆wUZst.K6uE:2013/03/20(水) 12:31:08
あれ、代理投下きてるけど途中で止まってる・・・?
若干修正したい箇所もあったから週末まで粘ろうかと思ってたんだが・・・

735 ◆mtws1YvfHQ:2013/03/24(日) 22:32:01
規制なり。
残りはこちらに投下します

736 ◆mtws1YvfHQ:2013/03/24(日) 22:32:41
『軋』
「外」

此方から放送に移る名前。
零崎軋識の名前。
逃さず。

『識』
「ッ!」
「ッ!」

頷く姿を確認する暇もなく、爪を立てる。
少女の、りすかの肌に。
血が、滲むのが見えた。
瞬間、世界が、軋んだ。



空気が緩んだ。
どうしようもなく緩んだ。
たった一つの名を聞いて。
空気が、緩んでしまった。
零崎軋識。
どうしようもない家族にして家賊。
《愚神礼賛》を操った零崎。
その手口。
最も荒々しかった。
最も容赦なかった。
最も多くを殺した。
一賊に歴史書が残れば、必ず名が記されたであろう殺人鬼。
前置きらしい前置きもなく。
それが、死んでしまった。
軽く、死んでしまった。
あまりにあっさりと。
双識は呟く。

「――お前もか、アス」

天井を向いたまま閉じられた瞼。
その間から一筋の涙が、零れた。
だが、落ちる事はなく拭われた。
人識は呟く。

「あばよ、にーちゃん」

天井を向いたまま閉じられた瞼。
その間から涙は、零れ落ちない。
だが、ほんの少し悲しそうな声。
そして、二人は目を開け、

「――それでは、零崎を」

壁際に目を向け、止まった。
目も、口も、指も、呼吸も、何もかもが止まった。
誰もいない。
居るはずの二人が居ない。
一瞬の静止。

737 ◆mtws1YvfHQ:2013/03/24(日) 22:34:54
「――はぁ?」

先に動いたのは人識だった。
扉から背を離し、視線を後ろに向ける。
確実に扉を背にしていた事を確認するために。
そして、確認し、再び固まった。
状況の理解が追い付かないのだろう。
居るべき人間がいない。
人識と双識の共通認識として、あの二人は素人だった。
戦闘に関して、ではない。
暴力の世界に関する事柄全般の。
逃げようと動けば容易くその動きを察する事が出来る程度の物のはず。
仮に、両方とも素人ではなかったとしても結果は変わらない。
二人の動きを、プロのプレイヤーである二人が全く察する事が出来ない筈がない。
なのに居ない。
居ない筈がないのに居ない。

「――呪い名か? いや、『時宮』の名は今出た……なら……?」

表向きは冷静を装いながら、双識は咄嗟に考察する。
さながら、消えた。
現在の状況を表すならそれだろう。
二人の人間が、全く何も感じさせる事なく、消えていた。
事実は如何でも良い。
問題は、誰が、どうやって、だ。
誰が。
水倉りすかと宇練銀閣――は、どちらも本当の名前か今となっては怪しいが。
これは二人の内のどちらかとしよう。
問題は、どうやって、だ。
《恐怖》を司る『時宮』。
《武器》を造る『罪口』。
《病毒》を操る『奇野』。
《脳髄》を乱す『拭森』。
《肉体》を使う『死吹』。
《予言》を謂う『咎凪』。
普通ならまず間違いなく『時宮』か『奇野』か『拭森』の何れかを疑うだろう。
しかし、参加者名簿が本物であると仮定すれば、唯一いたはずの『時宮』は死んでいる。
だとすれば残るは有名処ではない、何か。

「………………『過負荷』球磨川……?」

まさかの可能性。
絶対にないとは思える可能性。
なれど、絶対にありえないと言い切れない可能性。
訳の分からないあの男ならありえるかも知れないと言う可能性。
球磨川禊と言う《謎》。
『奪う』と言っていた訳の分からない何か。
何をどうやったか、一時的に視力を失くしたのはまさに『奇野』の手際か。
他には『死吹』か『時宮』もありえる。
一先ず球磨川が、何らかの都合で名を名乗っていない『呪い名』の可能性であれば。
そして何より重要なのは、

「なら、不味い!」

気付いた時にはもう遅い事。
それが、『呪い名』。
分かっていても、咄嗟に身構える。

738 ◆mtws1YvfHQ:2013/03/24(日) 22:36:41
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………?」

が、双識の身にも、人識の身にも、何も起きない。
ただ二人が居なくなった以上の異常がない。
時間のみが過ぎ去っていくのみ。
それでも、疑心暗鬼でも、し過ぎではない。
警戒をしながらも扉を開け、外へと歩を進める。
軽トラックは置かれたままだった。
車体や周辺を確認しても、何の細工の跡もない。
キーを差し込み回すと、エンジンが唸りを上げ始める。
異常が見付からない。

「――人識」
「何だ?」
「疑って悪かった」
「いいよ。あれ見りゃ誰だって疑うぜ」
「これからあの三人を捜す。お前はここで待ってろ」
「いや、俺も捜す。一時間後、クラッシュクラシックに連絡する。なかったら、そう言う事だ」
「――――すまない」

呟くような言葉を残し、双識は軽トラックのアクセルを踏み込んだ。



走り出すそれを見送りながら、人識が笑う。

「傑作だぜ……なあおい、真庭蝙蝠?」

返事はない。
消えて行くトラックを見ながら。
なお言葉を続ける。

「どんな方法であの状態から逃げ出したか知らねえ。だが、これで決定だ。俺はお前達を殺す。どんな手を使ってもな」

何処へ消えて行くのか。
走らなければやってられない思いだろう。
などと考えながら、人識は言葉を紡ぐ。
紡ぎ続ける。

「別に軋識のにーちゃんのためにって訳じゃねえ。ましてや一賊のためって訳じゃねえ。ただ、兄貴のためだな、これは」

だから、
だからこそ、
お前達三人、

「殺して解して並べて揃えて晒して刻んで炒めて千切って潰して引き伸ばして刺して抉って剥がして断じて刳り貫いて壊して歪めて縊って曲げて転がして沈めて縛って犯して喰らって辱めてやんよ――俺に出来る全手段を使ってな」

答えは返って来ない。
ある種の独白。
独り言。
答えなど、ある筈もない。

「――――さて」

739 ◆mtws1YvfHQ:2013/03/24(日) 22:38:46
どれだけ過ぎたか、ポケットに手を入れた。
出したのは携帯電話。
そこから電話帳を開く。
登録しておいた番号。
今後、何かあれば確実に向かうであろう場所。
ツナギ。
豪華客船。
もう豪華客船にいないとしても、今の場所を聞けばいい。

「戯言と行こうか――欠陥製品」

そうして、ボタンを押した。
鏡に会いに行くために。



【一日目/真昼/C-3 クラッシュクラシック前】
【零崎人識@人間シリーズ】
[状態]健康、腹七分目
[装備]小柄な日本刀 、携帯電話@現実
[道具]支給品一式×6(内一つの食糧である乾パンを少し消費、一つの食糧はカップラーメン一箱12個入り)、医療用の糸@現実、千刀・ツルギ×2@刀語、
   手榴弾×1@人間シリーズ、青酸カリ@現実、S&W M29(6/6)@めだかボックス、大型ハンマー@めだかボックス、ランダム支給品1〜3個
[思考]
基本:戯言遣いに連絡し、合流する。
 1:一時間後、クラッシュクラシックに連絡を入れて兄貴とも合流。
 2:真庭蝙蝠、水倉りすか、供犠創貴、宇練銀閣を捕まえる。
 3:西東天に注意。
 4:ツナギに遭遇した際はりすかの関係者か確認する。
 5:事が済めば骨董アパートに向かい七実と合流して球磨川をぼこる。
 6:哀川潤が放送で呼ばれれば殺人をしないつもりはない。
[備考]
 ※曲絃糸の射程距離は2mです。
 ※曲絃糸の殺傷能力(切断・絞殺など)は後の書き手さんにおまかせします。
 ※りすかが曲識を殺したと考えています。
 ※Bー6で発生した山火事を目撃しました。
 ※携帯電話の電話帳には戯言遣いが登録されています。
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました。



走る。
奔る。
出せる限界の速度で。
それしか零崎双識には出来なかった。
疑った末の間違い。
もっと早く決断すれば、あの三人を逃がさなかったのではないか。
もっと人識を信頼していれば、あの三人をそのまま殺せたのではないか。
謝った。
笑われ、許された。
しかし自責は止まらない。
そう簡単に許されるとは思っていない。
だからこそ、あるいは、あの場から逃げたかったが故に、軽トラックで走っているのか。

「……違う」

740 ◆mtws1YvfHQ:2013/03/24(日) 22:39:58
あの三人を見付けるために走っているのだ。
それ以上の意味がある筈もない。
それ以外の目的がある筈もない。
合って、良い訳がない。
見付けて殺す。
そうしなければならない。
そう思っても、

「くそっ!」

ハンドルを殴る。
車体が一瞬揺れる。
込み上げる物を抑え切れない。
奥歯を噛み締めても変わらない。

「…………くそっ」

項垂れる。
それ以外しか出来る事もない。
それでも走り続ける。
目に付いた火事。
山火事。
あるいはそちらに行けば何かあるのではないかと。
もはや、捜す事とは関係のなくなっていると分かっていても。
考えもない。
それらしい物を目指すしかないのだから。

「……おっ、つ!?」

不意に、車体が揺れた。
何かに乗り上げたように。
そのまま、片方の車輪だけで走る。
徐々にその傾きが増しながら。

「っ、くそ!」

咄嗟の判断だった。
咄嗟に、扉を蹴り飛ばし、トラックから飛び出す。
地面に着地してから少し。
離れた所でトラックは横転する。
派手な火花を散らし。
勢いはそれに留まらず、更に何回転してから、止まった。
中にいたままであればどうなっていた事か。
舌打ちをしながら、双識は振り返る。
何に乗り上げたのか。

「なんだ、人間か――それはそれとして」

何者かの死体。
道のど真ん中にあったそれに乗り上げたのが原因らしい。
どう言う結末かは、見れば分かる。
ゆっくりとその死体へと近付いていく。
一対一の末の決着。
真ん中に倒れていたらしい誰かが負け、道端で眠っている誰かが勝った。
その眠っている誰かも全身血に塗れ、決して容易い戦いではなかった事を想像させる。
しかし、それを見て双識が思う。

741 ◆mtws1YvfHQ:2013/03/24(日) 22:41:29
「こいつ、素人か?」

強いだけの素人か。
少なくとも、裏の世界の住人ではありえない。
何故なら裏の住人は、勝ち続ける事こそ第一なのだ。
勝つだけなら、誰でも、とは言わないが出来る。
にも関わらずこの男。
暢気に眠っている。
殺して下さいとでも言うように。
今なら容易く殺せる。
これにてこの男の勝ちを無価値に変える事など容易い。
だが、

「殺すのはそんなに難しくなさそうだ」

あえて殺さない。
持ち物を奪っておく。
次いで、適当な衣類で手足を縛り合わせる。
これでそう簡単に動けない。
一応の収穫。
片腕で持ち上げ、横転した軽トラックに向かって呟く。

「動けば良いんだが……」

自分が何をしているのか。
なぜこんな零崎らしからぬ事をしているのか、考えながら。



果たして、頭の隅に付いた言葉。
俺達だけの手に負えない事態が起きた時に備えて。
敵である、身内の姿をした存在に言われた言葉が片隅に残っていたため。
これがどう言う結末を迎えさせるのか。
人が死ぬ時、そこには何らかの『悪』が必然、『悪』に類する存在が必要だと思う。
零崎双識の考えである。
『悪』と言う概念。
果たしてこの出会い。
運が。
『良』かったのか。
『悪』かったのか。
それは、神のみぞ知る。

742 ◆mtws1YvfHQ:2013/03/24(日) 22:42:50
【一日目/真昼/C-3】
【零崎双識@人間シリーズ】
[状態]健康、腹五分目、悪刀・鐚の効果により活性化、鑢七花運搬中
[装備]箱庭学園指定のジャージ@めだかボックス、七七七@人間シリーズ、カッターナイフ@りすかシリーズ、軽トラック@現実
[道具]支給品二式(食料二人分、更に食糧の弁当6個)、体操着他衣類多数、血の着いた着物、カッターの刃の一部、手榴弾×2@人間シリーズ、奇野既知の病毒@人間シリーズ、
[思考]
基本:家族を守る。
 0:クラッシュクラシックに引き返し、電話に出る。
 1:一先ずは真庭蝙蝠、りすか、銀閣(供犠創貴)並びにその仲間を殺す。
 2:りすかについては曲識を殺したかどうかを確認してから殺す。
 3:他の零崎一賊を見つけて守る。
 4:零崎曲識を殺した相手を見付け、殺す。
 5:この男(鑢七花)を連れて行く。
 6:蝙蝠と球磨川が組んだ可能性に注意する。
 7:そろそろ何か食べて置こうか。
[備考]
 ※他の零崎一賊の気配を感じ取っていますが、正確な位置や誰なのかまでははっきりとわかっていません。
 ※現在は曲識殺しの犯人が分からずカッターナイフを持った相手を探しています。
 ※真庭蝙蝠が零崎人識に変身できると思っています。
 ※鐚の制限は後の書き手さんにお任せします。
 ※軽トラックが横転しました。右側の扉はなく、使えるかどうかも不明です。
 ※遠目ですが、Bー6で発生した山火事を目撃しました。
 ※浴びると不幸になる血(真偽不明)が手や服に付きました。今後どうなるかは不明です。


【鑢七花@刀語】
[状態]疲労(大)、倦怠感、覚悟完了、全身血塗れ、全身に無数の細かい切り傷、刺し傷(致命傷にはなっていない)、睡眠中、衣類で緊縛中
[装備]なし
[道具]なし
[思考]
基本:優勝し、願いを叶える
 1:……………………。
 2:起きたら本格的に動く。
 3:名簿の中で知っている相手を探す。それ以外は斬る。
 4:姉と戦うかどうかは、会ってみないと分からない。
[備考]
 ※時系列は本編終了後です。
 ※りすかの血が手、服に付いています
 ※りすかの血に魔力が残っているかは不明です。
 ※浴びると不幸になる血(真偽不明)を浴びました。今後どうなるかは不明です。



 ※C-3の左右田右衛門左右衛門の死体が轢かれました

743 ◆mtws1YvfHQ:2013/03/24(日) 22:44:59
真庭蝙蝠は駆ける。
両脇に二人の子供を抱え。
正直な所、悩んでいた。
見捨てようか、見捨てまいか。
見捨てる理由は多々あれど、見捨てない理由がなかった。
あるとすれば少なからず知られてしまっている事だろう。
能力について、詳しく。
居て、役に立つか立たないかで言えば役に立つ。
それでも、危険を冒してまで助けるかと言えば微妙な所。
精々隙が付けそうな時が放送の最中。
聞きながらも、どうするか悩んでいた所だった。
助けようか悩んでいた筈だった。
少なくとも、自力で逃げれる状況とは言えなかったから。
その筈だった。
だと言うのに、気付けば居た。
何かよく分からないもの――蝙蝠は知らないが軽トラックと言う――の上に居た。
初めから居たような自然さで、居た。

「逃げるぞ」

そう言われ、何も分からないままそれの上に飛び乗り、二人を抱えた。
そして走っていた。
どうやって助かったかも知れない。
どうやって抜け出たかも知れない。
だが、面白い。

「きゃはきゃは!」

思ったより面白い。
想像以上に面白い。
どんな方法かは後で聞けば良い。
今後の参考になるかも知れない。
何より、この女。
手足を拘束されたままだ。
なのに逃げて来ていた。
それに、武器も何もなしに生き残っていた。
零崎がどの程度の存在かは一人ばかり殺して分かった。
それから今まで生き延びていただけ大したもの。
この女が何時の間にか居た奇術の仕掛けかも分からない訳だし。

「おっと」

分かれ道に着いた。
西か、東か。

744 ◆mtws1YvfHQ:2013/03/24(日) 22:46:32
「次はどっちだ?」
「東なの」
「あ? ――良いのか?」
「――何があるかは後で聞く。一先ず行け」
「あいよ」

とだけ答え、足を進める。
悪刀を刺した双識。
また一つ殺す理由が出来た。
楽しみで仕方ない。
作戦通りに行かなかった事に少し納得行かないが。
情報はなかった。
だがもう一つの策があった。
殺害。
本来ならあの場にいる全員仕留める予定で待機していたのに。
予定を変える場合の対応。
臆病なフリ。
咄嗟の変更でも何とか乗り切れたから良かったが。
少しどころかかなり危ない橋だった。
それもこれも、

「……………」

やはり抱えてる女に関係するんだろう。
損はない、と信じて置こう。
損だったら、殺してしまおう。
放送最中での奇襲。
折角の好機を一つ、逃させられた訳だ。

「詳しい話は、また後で」

745 ◆mtws1YvfHQ:2013/03/24(日) 22:46:57
【1日目/真昼/D-3】
【供犠創貴@りすかシリーズ】
[状態]健康
[装備]グロック@現実
[道具]支給品一式×2、銃弾の予備多少、耳栓、A4ルーズリーフ×38枚、書き掛けの紙×1枚、「診療所で見つけた物(0〜X)」、箱庭学園パンフレット@オリジナル
[思考]
基本:みんなを幸せに。それを邪魔するなら容赦はしない
 1:りすかから情報を得る。そのためにはまず安全そうな場所に
 2:ツナギ、行橋未造を探す
 3:このゲームを壊せるような情報を探す
 4:機会があれば王刀の効果を確かめる
 5:蝙蝠の目的をどう利用して駒として使おうか
[備考]
※九州ツアー中からの参戦です
※蝙蝠と同盟を組んでいます
※診療所でなにか拾ったのかは後続の書き手様方にお任せします
※主催者の中に水倉神檎、もしくはそれに準ずる力の持ち主がいるかもしれないという可能性を考えています


【水倉りすか@りすかシリーズ】
[状態]手足を拘束されている、零崎人識に対する恐怖
[装備]無し
[道具]無し
[思考]
 基本:まずは、知っているだけの情報を供犠創貴に教える。
 1:人識から盗み聞いたツナギと豪華客船について言う。
[備考]
※新本格魔法少女りすか2からの参戦です。
※治癒時間、移動時間の『省略』の魔法は1時間のインターバルが必要なようです。(使用可能まであと五十分)
 なお、移動時間魔法を使用する場合は、その場所の光景を思い浮かべなければいけません。
※大人りすかについての制限はこれ以降の書き手にお任せします。


【真庭蝙蝠@刀語】
[状態]健康、零崎軋識に変身中、創貴とりすかを抱えて移動中
[装備]軋識の服全て
[道具]支給品一式×2(片方名簿なし)、愚神礼賛@人間シリーズ、書き掛けの紙×1枚、ナース服@現実、王刀・鋸@刀語、諫早先輩のジャージ@めだかボックス、少女趣味@人間シリーズ、永劫鞭@刀語
[思考]
基本:生き残る
 1:創貴と女(りすか)と行動。現在は東に向けて移動中
 2:双識を殺して悪刀を奪う
 3:強者がいれば観察しておく
 4:完成形変体刀の他十一作を探す
 5:行橋未造も探す
 6:危なくならない限りは供犠の目的を手伝っておく
 7:女(りすか)がどの程度役に立つか確認して、役立たずなら創貴ともども殺す
[備考]
※創貴と同盟を組んでいます
※現在、変形できるのはとがめ、零崎双識、供犠創貴、阿久根高貴、都城王土、零崎軋識、零崎人識、水倉りすか、元の姿です
※都城王土の『異常』を使えるかは後の書き手の方にお任せします
※放送で流れた死亡者の中に嘘がいるかも知れないと思っています
※鑢七実の危険性について知りましたが、嘘の可能性も考えています



物語の主賓達が集い始める。
終わりに向けてか。
それとも。

746 ◆mtws1YvfHQ:2013/03/24(日) 22:51:30



以上です。
誤字などあればよろしくお願いします。
どなたか代理投下よろしくお願いします。

それはそれとして。
ようやく零崎一賊と蝙蝠一団をほぼ同じラインに立たせられました。
良く考えれば考えるほど蝙蝠は酷い。
変身能力マジチート。
でもこれだけ好き勝手やらせてもまだ蝙蝠の方が有利そうなんだから酷い。
なぜこんなのが噛ませだったのか相手が悪かっただけと言う結論が速攻で出るレベルに。
フラグ立てたし大丈夫だろうと思いたい。
周りの実力も可笑しいし

747誰でもない名無し:2013/03/24(日) 23:58:11
投下乙です!
フラグいっぱいでどう処理するのか全く予想できなかったけどこう来たか
しかしいーちゃん側と零崎側でりすか勢の関係が対極になってしまったわけだがこれも鏡故の皮肉か
しかし蝙蝠ますますチートだなぁなんでこいつ原作じゃ真っ先に退場したんだ
そして死後も尚不憫な左右田w

指摘ですが>>738の人識のセリフの軋識のにーちゃんというのはちょっとおかしい気が…

748 ◆mtws1YvfHQ:2013/03/27(水) 01:33:52
>>747
変でしたか。
でしたら一先ずですが、どなたか投下の際に、

>>738
軋識のにーちゃん から 《愚神礼賛》 に変更をお願いします。

他にも何かありましたらお願いします。
あと、現在地更新お疲れ様でした

749鏡に問う  ◆xR8DbSLW.w:2013/04/03(水) 22:19:52
申し訳ありません。
連続投稿に引っ掛かったのでこちらに

750鏡に問う  ◆xR8DbSLW.w:2013/04/03(水) 22:20:33

「…………」

戯言遣いはアクセルを踏み続け。
診療所に《向かった》。




《辿りつかなかった》。
戯言遣いは、診療所に辿りつかなかった。
辿りついた場所は、スーパーマーケット。
およそ十二時間ほど前になるのか、やってきた場所である。
大きなガラス扉が、先刻訪れた時の様に来訪者を待ちかねていた。

「…………。…………は、はあ?」

ここで戯言遣いは呆けた声をあげる。
手に握るコンパスとポケットに入れておいた地図を確かめた。
疑問はますます増えるばかりである。

戯言遣いは、方向音痴というドジっ子属性を有していない。
行きたい場所には迷わず行けるし、避けたい場所は避けれる力はあった。
しかし、今現在戯言遣いは《迷った》。
確かに砂漠は、なんら道標はないから、まっすぐ走っていたとしても、いつのまにか軌跡はずれていた。
なんてオチはあったかもしれないが、戯言遣いからしてみれば、だからこそコンパスまで取り出して慎重に動いていたつもりである。
迷わないように、できるだけ早く診療所に辿りつけるように、車を運転していた。――されど現実は《迷う》羽目となった。

「……いやまあ、このぐらいのことなら……」

とはいえ。
確かに診療所とスーパーマーケットの位置座標は、豪華客船から見て北北東と北東ぐらいしか変わらない。
多少の誤差は許容の範囲内だろうと疑問を頭の隅へ投げ入れた。
よもや隣に居る少女が――《迷い牛》。こと迷うことに関しては切っても切れない縁を有する少女とは露知らず。
どちらにしたところで、考えたところで迷ったことに愚痴を零していても始まらないのは、戯言遣いにしても百も承知である。

そこで戯言遣いはついでに、と。
八九寺真宵に与える水やタオル。それに冷却ジェルシート(通称冷えピタ)を頂こうと車を降りた。
車内に八九寺真宵を置いてくか、背負ってでも連れていこうか、迷ったが、ここでは八九寺真宵を置いてくことを選ぶ。
僅かの間八九寺真宵を無防備へ放り込む結果になってしまうが、止むを得なかった。
一応車にもロックを掛け、戯言遣いは早足でスーパーマーケットへと這入っていく。


店内を見て。
何ら変わらない、というとそれは嘘になる。
まず入り口からして、異様だった。
戯言遣いが以前来た時にはなかった、《赤い》足跡が二人分。
入口に来るころには大分乾いて、擦れた足跡であったものの、革靴の様な形状をしたそれと、今時珍しい草鞋のような形状。
この時点で、二つの意味で悪い予感しかしなかったが、戯言遣いは足を進める。

途中。
ばら撒かれた洗剤の意味を問うたり。
ツナギが食した鮮魚コーナーの惨状を改めて確認したりしながら、
戯言遣いはようやく最初の目的地――飲食物コーナーへ差しかかった辺りで、《それ》はあった。

「……はあ」

戯言遣いは一つ息を零し。

751鏡に問う  ◆xR8DbSLW.w:2013/04/03(水) 22:21:11
やはり八九寺真宵を連れて良かったと再認する。
それは血だった。
それは肉だった。
それはただの異物でしかなく。
それを人間と呼ぶには、およそ人間を罵倒しているとしか思えないほど徹底的に致命的に破壊され破滅され。
人間としての形状を保っていない以上、それを人間とは形容し難かった。
残虐と暴虐。
二つの《負》が入り乱れた、見事なまでの死んだ身体だった。
この器に命が、魂が、注入されていたと思うと、憐れの一言しかかける言葉は見当たらない。

そして、戯言遣いは検分するようにその遺体の頭部であろうモノを持ち上げ。
検分して、凝視して、見定めて、そして一つの結論に至る。

「……これは時宮時刻……かな」

一つに、そこについていた髪の毛から判断する。
その髪色は前に一度、時刻と対面した時の髪色と同一だった。
二つに、血の乾き具合から判断する。
およそ第二回放送後に死んだとは思えないし、戯言遣いがスーパーマーケットに訪れたのはゲームが始まって三、四時間経過した後だ。
確率的に言うなら第一回放送後から第二回放送までに死んだ者の確率が高い。

どの道時宮時刻が死んだことは放送で分かっている以上。
それ以上の推論は無駄だと、被食者の推察は終えて、捕食者の推察をしようとするも――。

「まあ十中八九」

球磨川禊と鑢七実。
と戯言遣いは即断した。

これに関しては、随分と簡単に説明がつく。
一つは、血の付いた足跡だった。
革靴はともかく、草鞋を履く人間なんか昨今では少ないだろう。
その点、既に履物が草履だと分かっている鑢七実を連想するのは容易いことである。
二つ。これが決定的だが、近くに落ちている双刀・鎚。
戯言遣いにとってはただの石塊にしか見えないが、それが近くに転がっている。
これは鑢七実が学習塾跡の廃墟で手にしていたものだ。
それがここにあるということは、余程のことがない限り鑢七実、ひいては球磨川禊がスーパーマーケットへ足を踏み入れたという証拠。
――時宮時刻を食らったのは鑢七実と球磨川禊に違いない。
結論付けるのに、珍しく迷いや欺瞞がなかった。

「じゃあ」

と。
戯言遣いはそのまま足を進め、水や茶、ジュースをディパックに詰めた。
その色彩豊かな棚は、時刻が操想術を駆使するのに役立った代物の数々なのだが、
戯言遣いは知る由もなく、真宵の好みがわからない以上適当に投げ入れる。

戯言遣いは人並みの神経をしていない。
それこそ殺人鬼の様に人の死に対して冷静だ。
だから、今更そこらの――それこそ知り合いだったとはいえ、人死をみて、感慨に耽ることはどう足掻いても無理な相談である。
それの感性が真宵の疲弊に気付けなかった一因であることも重々承知していた。

752鏡に問う  ◆xR8DbSLW.w:2013/04/03(水) 22:21:39
戯言遣いと八九寺真宵の住む世界は根本からずれている。
それは本来の意味でも、信念の意味でも。
欠陥製品(ばけもの)と迷い牛(ばけもの)。
最初から、何もかもが、戯言遣いと八九寺真宵は異なる。
一緒に居て良い理由なんて、本来何処にもないのだ。

戯言遣いはツナギの死にどこまで抵抗を覚えた?
分からない。
確かに動揺はした。
確かに迷いを覚えた。
確かに否定したい気持ちになった。
しかしそれは、どの程度?
たとえば八九寺真宵ほどに嫌がったか?
元々八九寺真宵はツナギを怖がってた。それなのに戯言遣い以上に彼女の死を忌避した。
戯言遣いにその程度の感性はあるのか。ないだろう。
なにも同じであればいい、ということではないが、死の悲しみを共有できないのは、真宵にとってもストレスであろう。

そういう意味では戯言遣いは八九寺真宵を傷つけた。
阿良々木暦の死に悲しむ八九寺真宵をどれほど慰めた?
日之影空洞の死に悼む八九寺真宵にどれほど同情した?
ツナギの死に嘆いた八九寺真宵とどれほど共感できた?
今にしてみれば分からないし、分かったところで戯言遣いにはどうすればいいか分からない。
人との付き合い方に関して、器用であった覚えは微塵もなかった。
だからこそ――八九寺真宵の体調不良を回避することは、叶わなかった。

「…………」

どちらにしたって。
戯言遣いは一先ず真宵を診療所に連れていき、安静させる役目を担っている。
しばらくは、行動を共にするであろう。

ナイーブに考え込むのもいいが。
戯言遣いは前を向いて歩かなければ。
何回も注意されたことだ――。
《迷わず》しっかりとした、足踏みで。

「…………」

戯言遣いは適当にとったトマトジュースを見て。
一瞬の迷いの後、棚に戻した。



 3



戯言遣いはそれから、本来の目的通り、飲食物やタオル、冷却ジェルシートを頂戴し。
車に戻り、ドアを開ける。
ひとつ溜息を零して、運転席に座った。
隣の助手席に座る八九寺真宵は、若干苦しそうではあるが寝息を立てている。
そのことに安堵を覚えながら戯言遣いはさっそくタオルを手にとって、まずは真宵の腕を拭く。
脂汗をしっかりと拭きとり、できる限り辛くないように看病する。
流石に服を脱がせるのは、色々と危なかったので、止めておく。
だとすると、次は首回りや顔を拭くべきだろう。ハンカチサイズのタオル(タオルも多めに頂戴してきた)を手に取り、
首回りや額に滑らす。
やはり未だ体調は整わず、汗は尋常ではないほど浮かび上がっていた。
先ほどまで酷暑の砂漠の中に居たものだからなおさらであろう。
「ほら」
と、少しばかり強引に一先ず冷えてる水を真宵に少量飲ませる。
真宵の喉が上下した。無事に飲めたということだろう。
戯言遣いも自分の喉を潤わす為に、自分のディパックから飲みかけの水を飲み干した。
「ふう」
大きな一息。
しかしそれで、手を休めるわけにもいかず。
汗を拭いた今のうちに、戯言遣いは冷却ジェルシートを真宵の額に貼る。
無論それですぐに効果が現れるわけはないのだが、真宵の表情が少しだけ和らいだ。
戯言遣いはそんな気がした。

「さて、と」

戯言遣いは真宵に向けていた身体を《前》に向け。
車のキーを鍵穴に指して――アクセルを踏む――。

753鏡に問う  ◆xR8DbSLW.w:2013/04/03(水) 22:21:55


『ねえ? 欠陥製品』


ねっとりと。
背筋を嘗めるような声。
聞いてるだけでも体調不良を起こしそうな、そんな気さえも持たせる声。
戯言遣いは振り向かず、バックミラーさえも見ず。
アクセルを踏まず、事務的に答えた。


「なんだい。人間未満」


人間未満――球磨川禊は。
後部座席でくつろぎながら、へらへら笑っている。
その隣にはちょこんと、鑢七実が座っていた。
それがさながら当然のように、二人は車内に這入っている。

『無視だなんて酷いなあ。一度目が合ったって言うのに。僕たちの仲だろう』
「ぼくたちの仲だからこそ無視をしたんだろう。きみに関わって良い事があるとは思えないな」
『でもこのまま僕たちが車に乗ってちゃその子も気が気でないんじゃないかな』

この時ばかりは禊の言うことも尤もだったが、戯言遣いの言うこともまた尤もである。
戯言遣いは車に入る前からガラス越しに、禊の姿を確認していた。
この時にまた禊も戯言遣いが帰還してきたことを確認する。目が合ったというのはこの時のことだ。

戯言遣いは無視をした理由は先述の通り、絡みたくなかったというのは無論大きい。
真宵の前で、彼らに関わるのは――彼女の精神の傷を深くするだけだ。
先ほどの話じゃないが、日之影空洞、ひいては阿良々木の死をフラッシュバックする展開になりかねない。
関わらないことで、興味を失くし立ち去ってくれれば、それが重畳だったのだが、生憎それは無理な相談だったようだ。

とりあえず真宵を起こさないようにと、二人に車の外へ出るよう命じた。
驚くべきことに――と描写するべきか、戯言遣いの命に二人は素直に応じる。
こればかりは戯言遣いも拍子抜けであった。
禊は車体によりかかるようにして、飄々とした態度で勝手に話を掛ける。

『その子見るたび眠ってるけどナレコレプシーにでも罹ってるの?』
「……どうだろうね、少なくともぼくは聞いてないな」
「なれこれぷしー……とは何でしょう」

七実の問いに禊が簡単に答えた。
七実はそれをきいて「くだらない」との評価を下した。
全国の居眠り病患者からしてみれば異論しか提示されない彼女の言い分ではあるが、
彼女――病弱な彼女にとっては、或いは尤もな評価だったに違いない。

『ま! そんなことよりも』
「そう、それよりも。どうしてきみたちはここに――いや、正確に言えば車内にいたのかな」
『それに関しては僕の「大嘘憑き(オールフィクション)」でなんとかしてもよかったんだけどね〜』
「どうせだから、という理由でこの錠開け道具(アンチロックブレード)を使いました」

七実は袖口より錐のような道具を取り出す。
成程、錠を解く道具を使いさえすれば、車内に這入ることは容易いことだ。
悪趣味だという点以外は、戯言遣いも理解に容易い。

『ここで使わなきゃ死に設定になっちゃうからね、どうせだからきみにあげるよ。別にいいよね七実ちゃん』

754鏡に問う  ◆xR8DbSLW.w:2013/04/03(水) 22:22:19
「別に構いませんが」

言いつつ七実は、錠開け道具を戯言遣いに放り投げた。
流石に焦った様子でそれを受け取り、未だ着ている日之影空洞の制服のポケットに仕舞いこむ。

「で、どうしてここにいるの」
『理由は簡単だよ。君の言う骨董アパートが倒壊したらしいしね、手持ち無沙汰なのさ』
「目的はあるのですけれど――何分情報がないですから」
『別に今となっては向かいたい場所なんかないからね、ゆっくり休めそうなスーパーマーケットにやってきたというわけさ』

どいつもこいつもどうしてそう暇だと言えるのか。
戯言遣いは声に出したかったが、それ以上に大事なことが、聞き捨てならないことが禊の口から流れた。
戯言遣いは反芻するように問う。

「……骨董アパートが倒壊?」
『僕らも口づてで聞いただけだけどね』

なんだそれは。
それが戯言遣いの第一印象だった。
――まるで、いつかの、想影真心の、焼き直し。
骨董アパートが、徹底的に、完膚なきまでに、容赦遠慮無用に。
破壊され、破戒され、破解され、崩壊され、解体され、泡のように消えてったあの時の、デジャヴ。
確かに、参戦時期が違うかもしれない、という推測は立てたが――!
浮かび上がるのは《最悪》のビジョン、全てを終わらせてしまう《最終》の、ビジョン。

『――僕はね、橙ちゃんの所為じゃないかって踏んでるんだ。きみも気をつけないとうっかり殺されちまうぜ』

決定的だった。
想影真心――戯言遣いの親友が、よりにもよって一番厄介な時期から参戦を果てしている。
橙なる種。
代替なる朱。
人類最終。
筆舌尽くしがたいほどの、実力者が、暴れ回っている。
己の欲望を《解放》して、己の欲に忠実に――。

「その顔は……知り合いですね」

図星だった。
戯言遣いとしてはそこまで顔に出したつもりはないのだが。
七実の観察眼――もとい見稽古を前にしては、その程度筒抜けなのかもしれない。

「まあ、心当たりがないと言えば嘘になるね」
『へえ、そいつは重畳。きみの役に立てとと思うと僕も嬉しいよ』

どれほど本心なのか、戯言遣いからは窺い知ることはできない。
次の瞬間(コマ)には螺子を刺しに来たっておかしくないとも思えた。
実際そんなことは起こらなかったが。

『で、どうするの?』
「……え?」
『いやー、知り合いなら助けに行くのかな〜って』
「……そりゃ、友達だからね。何とかしたい気持ちはあるよ」
「ですが、あなたは連れをあのような状態にしてるんですけど大丈夫です?」

七実は問うた。
未だ真宵は助手席で眠っている。
彼女の抱く苦しさが時折顔をのぞく。
その度に彼女は大きく呼吸をしていた。
どう見たって、彼女を振り回して動くことは――ましてや《解放》された真心に会いに行くなんて土台無理に決まっている。

だが――禊は。

『なら、「なかったこと」にしちゃえばいいじゃん』
「……は?」

禊は、それを否定した。
現実を――できないという事実を。
虚構に――なかったことに。

755鏡に問う  ◆xR8DbSLW.w:2013/04/03(水) 22:22:51
球磨川禊は、思わず縋りつきたくなるような話を戯言遣いに持ちかけた。

『名前だけでも覚えていってね。僕の過負荷(マイナス)は「大嘘憑き」』

禊は両手に大螺子を取り出して――

『現実を虚構(なかったこと)にする過負荷さ!』
「…………」

己の能力を宣言した。
嘘か真か分からない。
とんだチートじみた能力。
思わず、普段は必要以上に回る舌が停止してしまった。
構わず禊は話を続ける。

『僕の能力で、その子を治してあげる』
「……無理だよ、肉体的なことだけじゃない。彼女のそれは精神的なものだ。なかったことになんか――」

禊の能力に絶句しかけた戯言遣いであったが、
なんとか言葉を取り戻す。
だがそれは束の間の矜持に過ぎない。

『話はどっちにしたって簡単だよ。「ただ疲れを取るだけでは意味がない」んだったら、「辛い記憶をなかったこと」にすればいい』
「…………」

今度こそ、唖然とする。
何を言っているんだろうか、この男は。
戯言を弄する気にもなれないほど、荒唐無稽で滅茶苦茶で台無しで。
しかしそれでいて、確かにその通りではある提案で。
――悩みの種があるのなら、脳と言う鉢に植えなければいい。根本からの奪取である。

『そしたら彼女は何ら気負う必要はないし、楽観的に楽しく生きられる。
 人の死に立ち会ったところで、またその時には記憶を消せばいい』

戯言遣いは答えない。

『きみは悪くない』

戯言遣いは答えない。

『彼女がダウンしたのは、つまりは彼女が弱くて薄いからだ』

戯言遣いは答えない。

『こんな殺し合い程度の不幸――僕からしてみりゃ……いやきみにしてみたら、どうってことはないだろう?』

戯言遣いは未だ答えない。

『まあともあれ、そうしたらきみは何ら気に病むことなく、橙ちゃんを救いに行けばいい』

禊の勧告に従えば、確かに正当性や合理性を以て真宵から離れることが出来る。
人識に言われた通り、戯言遣いの隣に居て良い事なんか、本来何処にもないのだ。
戯言遣いの隣に居るよりかは、一人になったほうが生存確率は上がる、といっても過言ではない。
八九寺真宵を守りたいという気持ちに、嘘はついていない。
それに真心の救出もおそらくは効率よく出来て、万々歳な結果になるだろう。

でもそれを。
戯言遣いが許せるのか。
それでも八九寺真宵も想影真心も、自分の手で守りたいのか。
自分自身の問題。
自己思想の問題。

「……わたしからして見ても、弟と戦う前に《あれ》と全力で戦うのは些か手間ではありますからね。
 七花自身もとがめさんがいなければまだまだですから。《あれ》に敵うのは難しいでしょう。
 あなたがどうこうできるのであればそれに越したことはありません。……なんでしたら、あの娘、わたしが殺して差し上げますよ」

七実が便乗する形で、性質の悪い提案を持ちかける。
「殺して差し上げる」――と指を指された先には、勿論八九寺真宵の姿が合った。
その素敵滅法な提案は当然の様に却下するが、しかし七実もまた、戯言遣いをここで殺す真似はしないようである。

『きみが勇ましく橙ちゃんを何とかしている間はこの子は僕たちが何とかしてあげるよ。
 記憶を消したんだったら、僕たちが日之影くんを殺した事実も「覚えてない」だろうしね。僕は弱い者の味方だよ』

戯言遣いは答えない。
確かにその通り。仮に記憶を消したとするならば、
本能的に忌避しない限り――いや、七実はともかく禊に対しては難しい相談だが――ともあれ、真宵は彼らを嫌う理由はない。
彼らが球磨川禊と鑢七実であるという点に目を瞑れば、これほど心強い護衛はいないだろう。

756鏡に問う  ◆xR8DbSLW.w:2013/04/03(水) 22:23:24

『そりゃあ結果的にはきみと彼女の思い出も全部なくなっちゃうわけだけど――。
 きみは別に顔を剥いでも好きでいられるほど、彼女に好意を寄せてるわけじゃないんだろ? だったらいいじゃないか。友達を探しておいでよ!』

戯言遣いは答えない。
思えば、始まりはなんだったか。
そう、夢。――たかだが夢を起点にして彼女を守りたいと思った。
それ以上の感情を、彼は彼女に抱いていたか?
分からない。答えれない。

『どうするの? 欠陥製品』

へらへらと笑いながら、未満は欠陥に問う。
負荷(ストレス)を抱えし少女たちの前に、過負荷(マイナス)が、降下する。
戯言遣いが前を向いた先に広がるのは、二人の《過負荷》。

戯言遣いは――



【一日目/午後/G-5 スーパーマーケット前】
【戯言遣い@戯言シリーズ】
[状態]健康
[装備]箱庭学園制服(日之影空洞用)@めだかボックス(現地調達)、巻菱指弾×3@刀語、ジェリコ941@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×2(うち一つの地図にはメモがされている、水少し消費)、ウォーターボトル@めだかボックス、お菓子多数、缶詰数個、
   赤墨で何か書かれた札@物語シリーズ、ミスドの箱(中にドーナツ2個入り) 、錠開け道具@戯言シリーズ、
   タオル大量、飲料水やジュース大量、冷却ジェルシート余り、携帯電話@現実
[思考]
基本:「主人公」として行動したい。
 0:ぼくは……
 1:真宵ちゃんを診療所につれていく
 2:掲示板を確認し、ツナギちゃんからの情報を書き込む
 3:零崎に連絡をとり、情報を伝える
 4:玖渚と合流する
 5:不知火理事長と接触する為に情報を集める。
 6:展望台付近には出来るだけ近付かない。
[備考]
 ※ネコソギラジカルで西東天と決着をつけた後からの参戦です。
 ※第一回放送を聞いていません。ですが内容は聞きました。
 ※夢は徐々に忘れてゆきます(ほぼ忘れかかっている)
 ※地図のメモの内容は、安心院なじみに関しての情報です。
 ※携帯電話から掲示板にアクセスできることを知りましたが、まだ見てはいません。
 ※携帯電話のアドレス帳には零崎人識のものが登録されています(ツナギの持っていた携帯電話の番号を知りましたがまだ登録されてはいません)。
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました。


【八九寺真宵@物語シリーズ】
[状態]睡眠中、ストレスによる体調不良(発熱、意識混濁、体力低下)
[装備]人吉瞳の剪定バサミ@めだかボックス
[道具]支給品一式(水少し消費)、 柔球×2@刀語
[思考]
基本:生きて帰る
 1:戯言さんと行動
 2:…………。
[備考]
 ※傾物語終了後からの参戦です。
 ※本当に迷い牛の特性が表れてるかはお任せします


【鑢七実@刀語】
[状態]健康、身体的疲労(中)
[装備]無し
[道具]支給品一式×2、ランダム支給品(2〜6)
[思考]
基本:弟である鑢七花を探す。
 1:七花以外は、殺しておく。
 2:このまま骨董アパートに向かうかどうか、球磨川さんと相談しましょう。
 3:球磨川さんといるのも悪くないですね。
 4:宇練さんは、次に会った時にはそれなりの対処をしましょう。
[備考]
※支配の操想術、解放の操想術を不完全ですが見取りました。
※真心の使った《一喰い》を不完全ですが見取りました
※宇練の「暗器術的なもの」(素早く物を取り出す技術)を不完全ですが見取りました。

757鏡に問う  ◆xR8DbSLW.w:2013/04/03(水) 22:23:45

【球磨川禊@めだかボックス】
[状態]『健康だよ。お腹は満腹で、疲れは結構和らいだね』
[装備]『大螺子が2個あるね』
[道具]『支給品一式が2つ分とランダム支給品が3個あるよ。後は食料品がいっぱいと洗剤のボトルが何本か』
[思考]
『基本は疑似13組を作って理事長を抹殺しよう♪』
『とりあえず彼の返答を待つよ』
『1番はやっぱメンバー集めだよね』
『2番は七実ちゃんについていこう! 彼女は知らないことがいっぱいあるみたいだし僕がサポートしてあげないとね』
『3番はスーパーマーケットで休む』
『4番は善吉ちゃんの無念をめだかちゃんにぶつけてあげよう』
『5番は宇練さんについてだけど、まあ保留かな』
[備考]
※『大嘘憑き』に規制があります。
存在、能力をなかった事には出来ない。
自分の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り1回。
他人の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り2回。
怪我を消す能力は再使用のために1時間のインターバルが必要。(現在使用可能)
物質全般を消すための『大嘘憑き』はこれ以降の書き手さんにお任せします。



【一日目/午後/C-3 クラッシュクラシック前】
【零崎人識@人間シリーズ】
[状態]健康、腹八分目
[装備]小柄な日本刀 、携帯電話@現実
[道具]支給品一式×6(内一つの食糧である乾パンを少し消費、一つの食糧はカップラーメン一箱12個入り)、医療用の糸@現実、千刀・ツルギ×2@刀語、
   手榴弾×1@人間シリーズ、青酸カリ@現実、S&W M29(6/6)@めだかボックス、大型ハンマー@めだかボックス、ランダム支給品1〜3個
[思考]
基本:戯言遣いと合流する。
 1:一時間後、クラッシュクラシックに連絡を入れて兄貴とも合流。
 2:真庭蝙蝠、水倉りすか、供犠創貴、宇練銀閣を捕まえる。
 3:西東天に注意。
 5:事が済めば骨董アパートに向かい七実と合流して球磨川をぼこる。
 6:哀川潤が放送で呼ばれれば殺人をしないつもりはない。
[備考]
 ※曲絃糸の射程距離は2mです。
 ※曲絃糸の殺傷能力(切断・絞殺など)は後の書き手さんにおまかせします。
 ※りすかが曲識を殺したと考えています。
 ※Bー6で発生した山火事を目撃しました。
 ※携帯電話の電話帳には戯言遣いが登録されています。
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました。

758 ◆xR8DbSLW.w:2013/04/03(水) 22:24:14
以上で投下終了です。
意見感想等ありましたらお願いします。

759誰でもない名無し:2013/04/04(木) 12:08:53
投下乙です!
いーちゃんとぜろりんの会話再び!
ナイショの話では緊迫感があったのかそっけないものだったけど余裕が出てくるとこうもおいしそうなものになるとは
もうどっちもらしくてついニヤニヤしてしまったw
ヒロイン八九寺に暗雲?と思ったらここでまさかのクマー登場とか
車の後部座席に座ってる七実ちゃんとか想像するとすごくシュールw
でも実際はシュールとか言えない最凶の二人組ですけどね
記憶を消すというのは確かにこれ以上ない最適な対処法かも
八九寺は拒否するだろうからいーちゃんがどう答えるかだろうなー
指摘としては人識の状態表の
>2:真庭蝙蝠、水倉りすか、供犠創貴、宇練銀閣を捕まえる。
が会話からして創貴の存在を知らないはずなのでおかしいかと

760 ◆xR8DbSLW.w:2013/04/05(金) 22:05:23
感想ありがとうございます。いい励みになりました。

指摘に関する反応を。
本スレで頂きました指摘はwikiに収録された際修正させてもらいます。

そしてこちらで頂きました状態表ですが、
>2:真庭蝙蝠、水倉りすか、宇練銀閣(供犠創貴)を捕まえる。
という形で修正すれば宜しいでしょうか。
こちらに関してましては前作のコピーのままでしたので、
◆mtws1YvfHQ氏にはお手数おかけしますが御確認、違う訂正の仕方等頂けたら幸いです。

それでは指摘感想等ありましたら、引き続きよろしくお願いします

761 ◆mtws1YvfHQ:2013/04/07(日) 01:32:51
失礼。

疑心暗鬼(偽信案忌) の中でりすかが、

「水倉りすかなのが私の名前なの。男の子のキズタカを見たと答えるのが貴方たち」

と言う発言がありました。
零崎は関係者は皆殺しが基本なので、

りすかがキズタカとやらを探してる→キズタカって供犠創貴って奴か?→よし、探して殺そう

な流れで書きました。
説明不足があり申し訳ありません

762 ◆xR8DbSLW.w:2013/04/07(日) 01:51:41
なるほど、把握いたしました。
ならば、現状では状態表に変更点はないということでよろしくお願いします。
お手数おかけして申し訳ございません。ご協力ありがとうございました

763 ◆wUZst.K6uE:2013/06/08(土) 13:32:43
本スレが容量落ちしたためこちらに続きを投下します

764配信者(廃神者) ◆wUZst.K6uE:2013/06/08(土) 13:33:54
 
 合縁というか奇縁というのか、あるいは因果とでも言やいいのか。
 「徹頭徹尾、傑作だぜ……」
 携帯を返そうとして、ついさっき聞いたばかりのことを思い出す。そういやあいつ、掲示板がどうとか言ってたっけな……。
 「どうかしたの? とりあえず携帯を返してほしいのだけど」
 「あ、わり。サンキュな」
 とりあえず携帯を返し、そしてさりげなく自分の携帯を取り出す。
 まずは俺が先にどんな情報なのかチェックさせてもらうか……なんかあいつの口ぶりからして、厄介な情報である予感が半端なくするからな。
 携帯を操作して、掲示板のページを開く。アホっぽい発言かもしれねーが、最近の携帯ってホント便利だな。パソコンいらねーじゃん。
 「あ? これって――」
 『情報交換スレ』と書かれた項目に、確かに新しい情報が書き込まれているのを見つける。
 ……どうやら予想通り、厄介な情報のようだなこりゃ。



   ◆  ◆  ◆



 「よーっし! 電話番号ゲットできたことだしさっそくいーちゃんに発信! 発信オーライ! きゃっほう!!」
 「……盛り上がってるとこ悪いんだけど、玖渚さん」
 携帯で通話しながらパソコンを操作するという器用な振る舞いを見せていた玖渚さんが通話を終えたところで、僕はようやく呼びかける。
 「禁止エリアに入るまでの時間がそろそろ危なくなってきてる。これ以上の電話は後にして、脱出のほうを優先してくれないかな」

 ある程度余裕を持って脱出しなければいけないことを含めると、さすがにもう限界だ。
 というか、自分でも「時間がない」と言っておいてなぜ立て続けに電話をかけようとするのか……。

 「むー、やっといーちゃんと話せると思ったのに。まあ仕方ないか、下山しながらでも電話はできるし」
 そう言って携帯電話を制服のポケットに収め、また流れるような速さでキーボードを叩き始める。
 「ほいさっと、セキュリティ解除かんりょー。じゃあ荷物まとめるから三分ほど待っててね、形ちゃん。あ、詳細名簿とDVD返すね。さんくー」
 「……もういいのかい?」
 「うん、中身は全部記憶したし。――さてと、このパソコンとももうお別れだし、ちゃちゃっと整理しようかな」
 「…………」

 何なのだろう、この娘は。
 まるでついさっきまでの僕との会話を忘れてしまったかのように、上機嫌に鼻歌を歌いながらキーボードを叩いている。「荷物をまとめる」というのは、パソコンのデータのことを言っているのだろうか……。
 切り札のように言っていたセキュリティもあっさり解除し。
 僕が「仲間」になるかどうかという問いかけも、はじめからなかったかのような振る舞い。

 (ああ――そうか)

 この娘は、僕のことなんて最初から眼中にないのか。
 この娘にとって今の僕は、自分を禁止エリアの外に運んでくれるための装置でしかないのだろう。それ以上でもそれ以下でもなく、敵でもなければ味方でもない。
 さっき僕が言い放った「敵対する」という言葉も、本当に彼女を不快にさせていたかどうかはわからない。逆鱗に触れるどころか、実際には感情を動かすことすらできていなかったのではないだろうか。

 ――ふん、『合格』だな。お前ならちゃんと資格がある。

 山中であったあの不気味な男は、僕のことをレア・ケースと評したが。
 この青い髪の少女から見た僕は、心を動かすまでもない、取るに足らない存在でしかないのか――

765配信者(廃神者) ◆wUZst.K6uE:2013/06/08(土) 13:34:44
 
 『いーちゃん』。

 どこの誰とも知らないその誰かに、僕はほんの少しの嫉妬を覚え、かつてないほどに同情した。
 この少女に愛される存在というのは、いったいどんな人間なんだろうか。そしてそれは、どれほどまでに不幸な人生を歩むということなのだろうか。
 こんな異常な存在にとって、特別であるということは。

 「掲示板の連絡フォームからのメールは、僕様ちゃんの携帯に転送されるようにすればいいか――必要なデータはこれの空き部分に保存して……これでよしと」

 「荷物」をまとめ終えたらしき玖渚さんは、デスクトップ型のパソコンに接続されていた黒い箱型の装置を外してデイパックの中にしまいこむ。
 ……外付けのハードディスク?

 「これの中身については、舞ちゃんたちと合流してから改めてミーティングかな――あ、お待たせ形ちゃん。さっそく行こうか」
 「……ああ、行こうか」
 今は、これ以上考えるのはやめよう。それこそ時間の無駄でしかない。
 「時間も時間だし、ちょっと急ぐ必要があるからおぶって運ぶことになるけど――」

 言ってからはたと気付く。僕も玖渚さんも自分のぶんのデイパックを背負っているから、この状態で玖渚さんをおぶるのはちょっと無理がある。
 玖渚さんを背負ってデイパックは両手に持つという選択肢もあるけど、それだと両手がふさがってしまう上に格好としても不安定すぎるような……。

 「じゃあこうしたらいいんじゃない?」

 僕が考えていると、玖渚さんは椅子の上から僕へと向けてぴょんと跳躍し、首筋にしがみつくようにして僕の身体にぶらさがってきた。

 「あ、ヤバいヤバい落ちる落ちる。支えて支えて」
 「…………」

 僕は黙って、右腕で玖渚さんの小さな身体を抱えあげるようにする。ここに来てすぐ玖渚さんにされたのと同じ、正面から抱き合うような形だ。
 結局この体勢で運ぶのか……まあ、確かにこれならデイパックは邪魔にはならないけど。
 念のため、玖渚さんの支給品のひとつだというゴム紐で互いの身体を(手で簡単に解ける程度に軽く)結んでおく。これなら万が一のとき、とっさに両腕を使うこともできる。
 どこか犯罪的な絵面に見えないこともないが、そこは気にしたら負けだ。

 「ああ……そうだ玖渚さん」
 時間がないのはわかっているけど、僕もひとつ言っておきたいことがある。
 「さっきは敵対する選択もあるなんて言ったけど、あれは撤回するよ。僕は君を敵に回すつもりなんてない――だけど、君が敵視しようとしている人を僕も同じく敵視するかといったら、答えはノーだ。黒神さんを敵と定める気も、僕にはない」
 抱き合うような姿勢のため、玖渚さんの表情を窺うことはできない。もしかしたら聞き流されているのかもしれないけど、構わずに続ける。
 「黒神さんだけじゃない。ここにいる参加者の誰とも、できることなら僕は敵対したくないんだ。僕たちに敵がいるとしたら、それはこんな実験を企てた主催者のはずだ。参加者同士で敵対しあっていたら、それこそ主催の思う壺だろう。
 主催に与するような人がいたら、もちろん闘うさ――だけど排除するためじゃない。救うために闘うんだ。いま生き残っている人たちだけでも構わない。その全員が無事にここから帰れることを、僕は望んでいるんだ」

 火憐さんがそれを望んでいたように。
 悪人がすべて倒され、皆が救われて、最後に正義が勝つ。そんなハッピーエンドを僕も望もう。
 正義の味方でなく、正義そのものだと豪語していた火憐さん。
 彼女が教えてくれたものを、僕は無駄にしたくない。僕は誰も殺さないし、誰も見殺しにしたりしない。

 僕が守りたいものは、
 火憐さんから受け継いだ、「正義そのもの」だから――。

 「正義。正義かあ」
 反応は期待していなかったけど、唐突に玖渚さんがそう呟く。
 くふふ、と含んだような笑い声を漏らしながら。

766配信者(廃神者) ◆wUZst.K6uE:2013/06/08(土) 13:35:21
 
 「正義。正しく義しいと書いて正義。正義はいい言葉だよね、形ちゃん――しかし形ちゃん。正義と神が闘ったらどっちが勝つのかな」
 「…………?」
 「黒神めだか(改)が元の黒神めだかに戻れたのは、人吉善吉くんって人の力があったおかげっていうのはさっき話したよね。
 その善吉くんがどういう人間なのか僕様ちゃんはデータでしか知らないけど、きっと善吉くんは『正義』なんていうご大層な名目を掲げて黒神めだかを助けたわけじゃない。ただ単純に、自分にとって大切な人を助けたいっていう気持ちで助けたんだと思う」
 「それは……僕もそう思う」
 善吉くんが黒神さんを助けるのに『正義』なんて言葉は必要ないだろう。
 正しくなくとも義しくなくとも、善吉くんは黒神さんを助けるためになら命すら張るに違いない。
 「むしろ正義なんてものを標榜してるうちは、きっと黒神めだかを救うことなんてできない。正義ってのは形はどうあれ不特定多数のものを対象にしないと成立しないものだからね。黒神めだかを救うってのは、おそらく黒神めだか一人と徹底して向き合うってことを意味する。あれが求めてるのは、きっと正義なんかじゃなく人間だから」
 僕は答えない。
 玖渚さんはさらに言う。
 「形ちゃんが正義を貫き通すつもりなら、黒神めだかを倒すことはできても救うことはできないと思うよ? 理由はどうあれ一人殺しちゃってるんだし、それを見逃したらやっぱり正義としては失格だよね? 正義を捨てるか、神を棄てるか――形ちゃんはどっちを選ぶのかなぁ」

 まあただの戯言だけどね――と嘯いて、玖渚さんはそれ以上何も喋らなかった。

 「…………」

 ……やっぱり僕には、この少女の内面は理解できない。今の台詞も本気で言っているのか、ただのいい加減な思いつきなのか判断がつかなかった。
 でも、今はこれでいいと思う。
 今の僕ひとりにできることは、目の前の人間を救うくらいのことだ。玖渚さんを無事に伊織さんたちの下へ送り届けること。今はそれだけに専念すればいい。
 黒神さんのことを考えるのも、玖渚さんとちゃんとした協力関係を結ぶのも、その後からでも遅くはないだろう。
 火憐さんの言う「正義そのもの」には程遠いかもしれないけれど。
 『異常』を失った僕には、まずはこの程度が相応しい。
 玖渚さんを抱えたまま、出口へと向けて駆け出す。余計なトラブルさえ起こらなければ、時間までにエリアの外には出られるだろう。
 外の景色が平穏なものでありますようにと、なぜだか僕はそんな意味のないことを願った。



   ◆  ◆  ◆



 宗像形に失敗があったとしたら、それはDVDの扱いに関して玖渚に明言しておかなかったことだろう。
 宗像にとってDVDは「黒神めだかの無実を証明するための証拠品」でしかなかった。だから「黒神めだかが本当に人を殺していた場合」について想定していなかったのがその原因といえる。
 本当ならば、映像を確認した時点で「自分の許可なくDVDを他人に見せないこと」を玖渚に言い含めておくべきだったのだろう。玖渚の性格と都合を考えれば、仮に言っておいたとしても結果は変わらなかったかもしれないが。

 それでも、言質を取っておくくらいのことはしておくべきだった。
 宗像自身、「掲示板に映像をアップロードする」という発想には思い至っていたのだから。

 「黒神めだかは邪魔者」とまで言った玖渚に対し、黒神めだかが殺人を犯した証拠となる映像を自由に扱わせたというのは、宗像にとって失敗以外の何物でもないだろう。
 かくして。
 宗像が図書館より入手した、バトルロワイアルにおける死者の映像を記録したDVD。その中身は玖渚が管理する掲示板の情報交換スレに、動画データとして軒を連ねることになったのだった。

 ただし、玖渚が不都合と判断した映像を除いた上で。

767配信者(廃神者) ◆wUZst.K6uE:2013/06/08(土) 13:37:00
3:情報交換スレ
 2 名前:管理人◆Dead/Blue/ 投稿日:1日目 午後 ID:kJMK0dyj
 第一回放送までに殺された参加者たちの死に際の映像を一部入手しました。
 現在手に入っているぶんの映像だけアップロードします。無修正なので閲覧注意!

 阿良々木暦:[動画データ1]
 真庭喰鮫 :[動画データ2]
 浮義待秋 :[動画データ3]
 零崎曲識 :[動画データ4]
 真庭狂犬 :[動画データ5]
 阿久根高貴:[動画データ6]
 病院坂迷路:[動画データ7]
 とがめ  :[動画データ8]


【一日目/午後/D-7斜道卿壱郎の研究施設】
【玖渚友@戯言シリーズ】
[状態]健康
[装備]携帯電話@現実、ゴム紐@人間シリーズ
[道具]支給品一式、ハードディスク、ランダム支給品(0〜1)
[思考]
基本:いーちゃんに害なす者は許さない。
 1:掲示板を管理して情報を集める。
 2:貝木、伊織、様刻、戦場ヶ原に協力してもらって黒神めだかの悪評を広める。
 3:いーちゃんと早く連絡を取りたい。
 4:形ちゃんはなるべく管理しておきたい
[備考]
 ※『ネコソギラジカル』上巻からの参戦です。
 ※箱庭学園の生徒に関する情報は入手しましたが、バトルロワイアルについての情報はまだ捜索途中です。
 ※めだかボックス、「十三組の十三人」編と「生徒会戦挙」編のことを凡そ理解しました
 ※言った情報、聞いた情報の真偽(少なくとも吸血鬼、重し蟹、囲い火蜂については聞きました)、及びそれをどこまで理解したかは後の書き手さんにお任せします
 ※掲示板のIDはkJMK0dyjが管理用PC、MIZPL6Zmが玖渚の支給品の携帯です
 ※携帯のアドレス帳には櫃内様刻、宗像形、無桐伊織、戦場ヶ原ひたぎ、戯言遣い(戯言遣いのみメールアドレス含む)が登録されています。
 ※ハードディスクを解析して以下の情報を入手しました。
  ・めだかボックス『不知火不知』編についての大まかな知識
  ・不知火袴の正体、および不知火の名字の意味
  ・主催側が時系列を超越する技術を持っている事実
 ※主催側に兎吊木垓輔、そして不知火袴が影武者を勤めている『黒幕』が存在する懸念を強めました。
 ※ハードディスクの空き部分に必要な情報を記録してあります。どんな情報を入手したのかは後の書き手様方にお任せします。
 ※第一回放送までの死亡者DVDを見ました。内容は完全に記憶してあります。
 ※参加者全員の詳細な情報を把握しています。

【宗像形@めだかボックス】
[状態]身体的疲労(中) 、殺人衝動喪失
[装備]千刀・鎩(ツルギ)×564@刀語
[道具]支給品一式×2、コルト・パイソン(6/6)×2@人間シリーズ、スマートフォン@現実、「参加者詳細名簿×1、危険参加者詳細名簿×1、ハートアンダーブレード研究レポート×1」、「よくわかる現代怪異@不明、バトルロワイアル死亡者DVD(1〜10)@不明」
[思考]
基本:阿良々木火憐と共にあるため『正義そのもの』になる。
 0:玖渚さんと一緒に禁止エリアから脱出する。
 1:主催と敵対し、この実験を止める。そのために黒神さんを止める。
 2:機会があれば教わったことを試したい。
 3:とりあえず、殺し合いに関する裏の情報が欲しい。
 4:玖渚友に対する不信感。だけどできれば協力してもらいたい。
 5:『いーちゃん』がどんな人なのか気になる。
[備考]
※生徒会視察以降から
※めだかボックス、「十三組の十三人」編と「生徒会戦挙」編のことを玖渚から聞いた限りで理解しました
※阿良々木暦の情報はあまり見ていないので「吸血鬼」の名を冠する『異常』持ちだと思っています
※無桐伊織を除いた零崎四人の詳細な情報を把握しています
※参加者全員の顔と名前などの簡単な情報は把握しています
※危険参加者詳細名簿には少なくとも宗像形、零崎一賊、匂宮出夢のページが入っています
※上記以外の参加者の内、誰を危険人物と判断したかは後の書き手さんにおまかせします
※携帯電話のアドレス帳には櫃内様刻、玖渚友が登録されています
※第一回放送までの死亡者DVDを見ました。誰が誰にどうやって殺されたのかは把握しています

※死亡者DVDには「殺害時の映像」「死亡者の名前」「死亡した時間」がそれぞれ記録されています

768配信者(廃神者) ◆wUZst.K6uE:2013/06/08(土) 13:37:59
【1日目/午後/C-3 クラッシュクラシック前】
【戦場ヶ原ひたぎ@物語シリーズ】
[状態]健康、強い罪悪感、しかし確かにある高揚感
[装備]
[道具]支給品一式×2、携帯電話@現実、文房具、包丁、炸裂弾「灰かぶり(シンデレラ)」×6@めだかボックス、賊刀・鎧@刀語、斬刀・鈍@刀語、お菓子多数
[思考]
基本:優勝する、願いが叶わないならこんなことを考えた主催を殺して自分も死ぬ。
 1:本格的に動く。協力者も得られたし頭を使ってうまく立ち回る。
 2:阿良々木君の仇を取るまでは優勝狙いと悟られないようにする。
 3:黒神めだかは自分が絶対に殺す。そのために玖渚さんからの情報を待つ。
 4:貝木は状況次第では手を組む。無理そうなら殺す。
 5:掲示板はこまめに覗くつもりだが、電話をかけるのは躊躇う。
 6:ランドセルランドに羽川さん……?
[備考]
 ※つばさキャット終了後からの参戦です。
 ※名簿にある程度の疑問を抱いています。
 ※善吉を殺した罪悪感を元に、優勝への思いをより強くしています。
 ※髪を切りました。偽物語以降の髪型になっています。
 ※携帯電話の電話帳には零崎人識、戯言遣い、ツナギ、玖渚友が登録されています。

【零崎人識@人間シリーズ】
[状態]健康
[装備]小柄な日本刀 、携帯電話@現実
[道具]支給品一式×6(内一つの食糧である乾パンを少し消費、一つの食糧はカップラーメン一箱12個入り、名簿のみ5枚)、医療用の糸@現実、千刀・ツルギ×2@刀語、
   手榴弾×1@人間シリーズ、青酸カリ@現実、S&W M29(6/6)@めだかボックス、大型ハンマー@めだかボックス、デスサイズ@戯言シリーズ、彫刻刀@物語シリーズ
[思考]
基本:戯言遣いと合流する。
 1:戦場ヶ原ひたぎと行動、診療所へ向かう。ひたぎは危なっかしいので色んな意味で注意。
 2:伊織ちゃんと連絡を取る。合流するかどうかは後から決める。
 3:兄貴には携帯置いておいたから何とかなるだろ。
 4:真庭蝙蝠、水倉りすか、供犠創貴、宇練銀閣を捕まえる。
 5:西東天に注意。
 6:事が済めば骨董アパートに向かい七実と合流して球磨川をぼこる。
 7:哀川潤が放送で呼ばれれば殺人をしないつもりはない。
[備考]
 ※曲絃糸の射程距離は2mです。
 ※曲絃糸の殺傷能力(切断・絞殺など)は後の書き手さんにおまかせします。
 ※りすかが曲識を殺したと考えています。
 ※Bー6で発生した山火事を目撃しました。
 ※携帯電話の電話帳には戯言遣い、ツナギ、戦場ヶ原ひたぎ、無桐伊織が登録されています。
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました。


【1日目/午後/F-7】
【無桐伊織@人間シリーズ】
[状態]殺人衝動が溜まっている
[装備]『自殺志願』@人間シリーズ、携帯電話@現実
[道具]支給品一式×2、お守り@物語シリーズ、将棋セット@世界シリーズ
[思考]
基本:零崎を開始する。
 1:曲識、軋識を殺した相手や人識君について情報を集める。
 2:今は様刻さんと一緒に図書館へ向かいましょうか。
 3:黒神めだかという方は危険な方みたいですねえ。
 4:宗像さんと玖渚さんがちょっと心配です。
[備考]
 ※時系列では「ネコソギラジカル」からの参戦です。
 ※黒神めだかについて阿良々木暦を殺したらしい以外のことは知りません。
 ※宗像形と一通りの情報交換を済ませました。
 ※携帯電話のアドレス帳には箱庭学園、ネットカフェ、斜道郷壱郎研究施設、ランドセルランド、図書館の他に櫃内様刻、玖渚友、宗像形が登録されています。

【櫃内様刻@世界シリーズ】
[状態]健康 、『操想術』により視覚異常(詳しくは備考)
[装備] スマートフォン@現実
[道具]支給品一式、影谷蛇之のダーツ×10@新本格魔法少女りすか
[思考]
基本:死んだ二人のためにもこの殺し合いに抗う。
 1:図書館へ向かう。
 2:時宮時刻を殺したのが誰か知りたい。
 3:玖渚さんと宗像さんは大丈夫かな……。
[備考]
 ※「ぼくときみの壊れた世界」からの参戦です。
 ※『操想術』により興奮などすると他人が時宮時刻に見えます。
 ※黒神めだかについて詳しい情報を知りません。
 ※スマートフォンのアドレス帳には玖渚友、宗像形が登録されています。
 ※阿良々木火憐との会話については、次以降の書き手さんに任せます。


支給品紹介
【ゴム紐@人間シリーズ】
玖渚友に支給。
人間の力では伸びも縮みもしない特殊なゴム紐。頑丈な刃物でなければ切断することも容易ではない。
「緊縛女子高生之図」を構成する重要な要素。

769 ◆wUZst.K6uE:2013/06/08(土) 13:45:58
以上投下終了です。
>>767の[動画データ]の部分にはリンクが貼ってあるイメージですが、実際の掲示板に貼ってある感じがどんななのかわからないので、知っている方がいたらご意見お願いします
その他にも矛盾点や誤字脱字などあればご指摘お願いします

770 ◆ARe2lZhvho:2013/06/09(日) 08:06:21
投下乙です!
いやあもうキャラがすっごい生き生きしている
伊織ちゃんとのかけあいで天真爛漫さが表れてるなーかわいいなーと思ったら宗像君への蒼モードでの脅しが冗談抜きで怖い
信じられるか?これ、同じ人なんだぜ…
ぜろりんの情報に食いつくとことかもかわいーなーとか思ってたら最後にとんでもない爆弾落としていきやがったよ!
これでランドセルランドにかなりフラグ集まったけどどうなることやら

掲示板については自分も詳しくはないですがそこまでこだわるところではないのでこのままでいいかと思います

771 ◆ARe2lZhvho:2013/07/25(木) 19:04:35
完成しましたがちょっとぶっぱしてるところがあるので仮投下します

772拍手喝采歌合 ◆ARe2lZhvho:2013/07/25(木) 19:05:33
「七花、この、馬鹿者がっ!」

ふいに怒鳴られておれは我に返る。
ぼんやりとしていた意識を集中させると目の前にいたのはとがめだった。
いつもと変わらない十二単を二重に着たような豪華絢爛な服。
姉ちゃんに切られたことですっかり短くなってしまった白髪。
……ん、いつも?

「なんだ……とがめか。どうしたんだよ急に」
「そなたのその身なりはどういうことなのだ一体!そんなに傷だらけになってしまって……」
「どうしたもこうしたもないだろう」

また細かいところでいちゃもんをつけてくる。
慣れたものだが、やっぱり一々返すのはめんどうだ。

「わたしが最初にあれほど口を酸っぱくして言ったではないか!『そなた自身を守れ』と」
「それのことか……もう守る必要はなくなったじゃないか。だって、とがめが――」

死んじまったんだから――とは言えなかった。
そうだ。
とがめはもう死んでんだ。
右衛門左衛門に撃たれたときと唐突に巻き込まれた殺し合いとで二回。
この殺し合いで死んだのかどうかは本当のことか確かめる術はないけど、右衛門左衛門に撃たれたときは確実に死んだ。
おれが最期を看取ったんだ。
おれがとがめを埋めたんだ。
なら、おれの目の前にいるとがめは、これは『何』なんだ?

「――――全く、気付くのが遅いぜ、鑢七花くん」

にんまりと浮かべた笑いはいつも見ていたとがめの笑顔とは違っていて。

「僕は安心院なじみ。親しみを込めて安心院(あんしんいん)さんと呼んでくれたまえ」

目の前のとがめがとがめじゃないことをようやくおれは理解した。


  ■   ■


零崎双識が弟である零崎人識と別れてからの数時間、収穫はあったのかどうか――

横転し、更に扉を蹴破られた軽トラックだったが、動かすことはできた。
日本車の頑丈さに感心しつつ、未だ眠っている鑢七花を助手席に乗せる。
後ろ手で縛っているとはいえ、目覚めたときに暴れられては厄介とシートベルトで固定。
あまりいい体勢とは言えないが、双識には相手のことを考える義理はない。
右側がやけに涼しい状態でまずは喫茶店に向かい、要約してしまえば『黒神めだかは危険』と書かれた貼り紙を目撃。
店内もざっと見回したが、人がいた形跡こそあれど、気配は感じられなかった。
そのまま地図では最西に位置する施設である病院へ。
開始直後のテンションであったなら箱庭学園でそうしたようにナース服などを嬉々としながら集めまわったかもしれないが、今の双識にはそのような余裕はない。
ハンガーに掛かっていた『形梨』と名札のついた白衣をスルーし、治療器具などをかき集めつつ院内を捜索する。
こちらは人がいた形跡すら希薄だった。
それは病院に立ち寄ったのが元忍者だった左右田右衛門左衛門で、持ち去ったのがメスと瓶に入った血液のみだったからかもしれないが。
そして、悪刀のおかげで感覚が鋭敏になっている双識だからこそ気付けたのだろうが。
生理食塩水や栄養点滴、果てはピンセットなども収集しつつ、病室から事務所など全ての部屋を見て回ったが、潜んでいる者はいなかった。
七花と共に回収しておいた右衛門左衛門のデイパックの中にあった携帯食料を頬張りつつ一戸建てへ行ったがこちらも多くを語る必要はないだろう。
部屋の隅に寄せられた画鋲、洗面所のゴミ箱に入っていた髪の毛、点けっぱなしだった砂嵐の画面のテレビ――
痕跡だらけではあったが、やはり人間はいなかった。
ふと時計を見て気付く。
人識が連絡を入れると言っていた時間を大きくオーバーしていた。
車が動いたことで時間にゆとりがあると油断し探索に時間を割いた結果がこれだ。

773拍手喝采歌合 ◆ARe2lZhvho:2013/07/25(木) 19:06:19
急いでクラッシュクラシックに戻ったが当然、もぬけの殻だった。
彼らが逃げ込むとすれば周囲から見えにくい場所――建物か山の中だろうと考え、施設が集中している西側が可能性が一番高いと双識は判断した。
確かに、彼らは建物に逃げ込んだがそれはクラッシュクラシックの南側に位置していた学習塾跡の廃墟だったことが一つ目の『不運』。
更に、山火事が広がっている現在、元いた場所には戻らないだろうと西東診療所を捜索の対象から外してしまったことが二つ目の『不運』。

――結果、真庭蝙蝠と水倉りすか、宇練銀閣(と名乗った供犠創貴)を捉えることはできず、家族と再会することも叶わず、収穫はなかったに等しい。

「本当に、何をやっているんだろうな、私は……」

ため息と同時に零れ落ちる言葉。
静まりかえった店内でそれを聞く者はいない。
七花は依然眠ったままなので車内に放置してある。
ピアノの鍵盤に挟まるように隠してあった人識からの書き置きを見つけ、それに伴い携帯電話も曲識の服のポケットから手に入れることはできた。
元々持っていたものとは違っていたため、どこかから入手したのだろうと窺えたが深く考えたところで意味はないと考えるのをやめる。
随分と前から理解するのをやめた弟のことだ、どのような経緯であっても持ち前の気まぐれさで対処したのだろう。
車に戻りながら携帯を開くとそこに表示されていたのは待ち受けではなくシンプルに掲示板とだけ書かれたウェブサイト。
普通に携帯を操作していただけでは気付きにくいだろうと考えた人識からの気遣いだった。
下にスクロールしていくと『零崎曲識』と表示された文字列を目にし、驚愕に目が見開かれる。
いつの間にか足は止まっていた。


  ■   ■


……あれ?いつの間に否定姫が目の前にいるぞ。
安心院なじみと名乗った人物から目を離したつもりはないんだけど。
不思議には思ったが、まあいいか。
よくよく考えてみれば彼我木という前例がいたんだし。

「本来このスキルは君の認識に干渉するから口調も本人のものにできるんだけど、君が混乱しそうだからわざと変えていないだけさ。
 それにしてもここにきてようやくうっすらと目的が見えてきたって感じかな。まあ、君に言ってもわからないだろうけどね」

その通りだ。
別にわからなくていいことはわからないままでいいと思っているし。

「まさか『アイツ』がいるとは思わなかったけども……ま、どっちの結末を迎えるにしても確かにこのバトルロワイアルは悪くない手段だ」

おれ、いる意味あるのか……?
もうそろそろ動きたいところなんだけどなあ。

「つれない顔するなよ、七花くん。さっきまでの独り言だって覚えておけば後々いいことあるかもしれないぜ?」

そう言われても返事に困る、としか言いようがない。
第一、刀であるおれに期待しても意味ないと思うんだけどな。

「そんなことはなかったりするんだよなあ。特に七花くんのような稀少な存在はね」

稀少?おれが?

「そりゃそうだろう。人間にして刀、のような存在がそう易々と見つかるとでも思ってるのかい?」

言われてみればそうか。
だからどうしたってのが正直な気持ちだが。

「感情のない大男と言われるだけはあるねえ。刀集めの旅路で獲得した君の人間らしさはどこへ行ってしまったんだい」

こういうときに一々驚いたりと反応を示すのが人間らしさだとでも言いたいのか?

「おっと、そんなつもりはなかったんだよ。干渉できる人間は限られているみたいだからついからかってみたくなってしまってね。
 他人が出張ってるとこにいけしゃあしゃあと出ていくほど野暮じゃないし、昏睡状態では夢なんか見れないし」

774拍手喝采歌合 ◆ARe2lZhvho:2013/07/25(木) 19:07:23

……いい迷惑だ。

「まあまあ。ならお詫び代わりにちょっとサービスしておくからさ」

さーびす?
聞き慣れない単語だ。

「そういえば君達の世界じゃ外来語は通じないんだったっけ。わかりやすく言うなら贈り物ってところかな」

贈り物、ね。

「物質的なものじゃないから些か語弊があるけどね。少なくとも貰っておいて損はないはずだから安心していいぜ(安心院さんだけに)。」

はあ。
しかし、うまい話すぎやしないか?

「警戒するのもわからなくもないけどね。特に君は優勝狙いのマーダーなんだ、物語からすれば必要だけど終盤には邪魔になってしまうこともある存在だし。
 まあややこしい話はこの辺にして本題に移ろうか」

やっと本題なのか。
前置きが長すぎる。

「それは僕の管理不行届きだね、謝っておこう。さて、アドバイス――つまり助言だが、君が目を覚まして最初に会うことになる人間とは手を結んでおいた方がいい。
 君一人では知ることができない情報、特に君が最も欲しがっているであろう情報を彼は知ることができる」

おれが最も欲しがっている情報。
つまり……

「そう、とがめ君のことだ。彼女に何があったのかを彼は知ることができるのさ。そして君は彼が最も欲しがっている情報を持っている」

初耳なんだが、それは。

「君は元々持っていて、彼はここに来てから知ったのさ。それだけ言えば察しはつくだろう?」

……ああ、なるほど、そういうことか。

「ご理解いただけたところで僕はそろそろ失礼させてもらおうか。次がつかえてるし」

あ、いってくれるんだな。

「そりゃいつまでも他人の夢に居続けるってのはできないしね、もちろんサービスするのは忘れないけども。××××とはいえめだかちゃんが迷惑かけたようだし」

あれ?また姿が、声が、またとがめのものに変ってる。
おい、なんでおれに近づいてきてるんだ。

「ちゅっ」

……今、口、吸われた、のか?

「七花、わたしはそなたのことを愛していたぞ。――なんちゃってね」

一瞬だけ見せたそれは紛れもないとがめの姿で、声で、表情で、仕草で、本人と言っても問題ないもので。
――そのときおれはどんな顔をしていたのだろう。


  ■   ■


殺しておくべきだった。

775拍手喝采歌合 ◆ARe2lZhvho:2013/07/25(木) 19:08:52
動画を再生し終わった双識は二度蝙蝠を逃がしてしまったとき以上に後悔した。
だが、殺さずにすんでよかったのかもしれないと安心感に浸っている自分もいる。
なぜ曲識ほどの男が抵抗の跡すらなく満足したように死んでいたのか、音声がない以上想像で補う余地はあったが理解できた。
『あれ』は人類最強にも匹敵するバケモノだ。
一度完膚なきまでに殺されたにもかかわらず、復活した少女。
音使いである曲識の技術が通用せず圧倒的なまでの蹂躙を見せた女性。
双識だって、対峙すればあっさり白旗を上げてしまうだろう。
だから。
だからこそ。

「どうして逃げなかったんだよ、トキ!」

怒鳴らずにはいられない。
激怒せずにはいられない。
敵対者は老若男女容赦なく皆殺し。
あるときはたまたま目標と同じマンションに住んでいたという理由だけでそこに住む人間どころかペットまで一切合切殲滅したことがあるほどだ。

「お前のかたき討ちをする俺達の身にもなってみろよ!
 あの哀川潤以上かもしれない存在にどうやって太刀打ちすればいいかわかってるのか!
 リルはいないしアスは死んじまったし残ってる家族は人識と俺はよく知らない妹だけなんだぞ!
 それなのにそんなに満たされた顔浮かべて……本当に大馬鹿野郎だ、お前はっ!」

周囲の状況を考慮せず思いの丈を吐き出し続ける。
クラッシュクラシックはピアノバーだから防音設備がしっかりしているので問題ない、といった理屈すら頭から抜けているだろう。
きっと周りが開けたどうぞ狙ってくださいと言わんばかりの場所だったとしても同じように声を上げていただろう。
故に、気付けなかった。

「はいはーい、そこまで。いくら君が『資格』持ちだと言ってもこっちに出るのは疲れるんだよね」
「い……一体どこから」
「僕は安心院なじみ。親しみを込めて安心院(あんしんいん)さんと呼びなさい」

突然現れた目の前の存在に。


  ■   ■


「本当は腑罪証明(アリバイブロック)が使えればよかったんだけど、それを使うとさすがに干渉しすぎってことで自重させてもらったよ
「夢の中なら次元を超えるスキルである次元喉果(ハスキーボイスディメンション)と夢のスキルである夢無実(ノットギルティ)
「更に夢を司るスキルである夢人(ビッグチームドリーマー)の重ねがけだけで済んだのにこっちに出たらそうもいかない
「身気楼はただのお遊びさ――なんて君には関係なかったね
「こっちじゃ幻を司るスキルである幻の幻覚(ファンタジーイリュージョン)だけじゃなく
「音を司るスキルである喉響曲不幸和音(グラウンドサウンド)も使わなきゃいけないなんて難儀な話だ
「それもこれも僕の存在を隠すためでもあるんだけどさ
「いや、僕は認知されることはないだろうけど、君の声から突き止められるかもしれないだけで
「戯言遣いくんはもう八九寺ちゃんに話してそうだからあんまり意味はないとは思うけど保険は欲しいからさ
「ついでに話をとっとと進めるために説得のスキルである無知に訴える論証(ジェネラルプロパガンダ)
「抵抗でもされたら面倒だから戦意喪失のスキルである競う本能(ホームシックハウス)も使わせてもらってるんだけど
「ほら、この異常事態をすんなり呑み込めているだろう?
「え?僕が何者かって?
「さっきちゃんと言って……ああ、名乗ったのは名前だけだったっけ
「平等なだけの人外だよ、といつもは言うんだけど今回はちょっと事情が違うから……
「『物語』を整理する存在、とでも言っておこうか
「理解できないならそれでもいいさ、本題に移らせてもらうよ
「正直な話、ここで君と七花くんがいがみ合ってもらうと困るんだよね
「君達を取り巻く人間関係は随分複雑なものになってしまっている
「ここでどちらか、あるいは両方が落ちることは望まれていないということだ
「もちろん、メリットは存分にあるよ
「七花くんは君が喉から手が出るほど欲しがっている情報を持っている、と言えば十分だろう?
「僕がデング熱による倦怠感は取り除いてあげたし七花くんももう目を醒ましているはずだからさ

776拍手喝采歌合 ◆ARe2lZhvho:2013/07/25(木) 19:09:49
「まあ、いつまでも僕のことを覚えられていては後々困るかもしれないから記憶に残らないスキルである忘脚(レフトレッグス)を二人のときと同じく使わせてもらうけど
「すぐには忘れないから情報交換は滞りなく進むはずだろうし心配はいらないよ、尤もこれも忘れちゃうんだけどね
「それじゃあ、期待してるよ――家族愛を重んじる殺人鬼くん


  ■   ■


目が醒める。
心なしか体が軽い。
眠っただけの価値はあったようだな。
それにしてもあれは夢……でよかったのか。
夕日が見えたしかなり時間経っちまったようだな。
伸びをしようとして体が拘束されていることに気付いた。
あの夢が本当だとして、助言をするくらいならこうなってることくらい教えてくれてもよかったんじゃ……
そもそもここってどこなんだ?
首を動かして視界に入った建物を見て判断したところどうやらおれは元の場所に戻っていたらしい。
なんだか視点も高くなってるし、これはあのとき凄い速さで走ってたやつか?
つまり、おれをここに縛って運び込んだ人がいて、それがおそらく『手を結ぶ』方がいい相手ってことか。
そうでなくともこの状態で自由に動けなるわけないし、下手に抵抗しない方が賢明だってことくらいはわかる。
あ、建物から誰か出てきたみたいだ。
一人……なのか?
あのとき見たのは小柄なやつだったけど今はいないみたいだ。
まあ、いてもいなくても困らないけど。
あれ、あいつの胸に刺さってるのって――
……悪刀がなんでここに?


  ■   ■


現れたときと同様に忽然と安心院なじみが消えた後、双識は車へ戻りる。
無論、すんなり戻ったわけではない。
とはいえ、一度中断させられたことで昂った感情は落ち着き、曲識には再び来るときは水倉りすかの首と共に戻ると誓ってクラッシュクラシックを後にした。

「言ってた通り、目覚めていたか……」

ドアを開ける必要はなくなっていたため回り込んだだけで七花が起きていたことを確認できた。

「おれをこうしたのはあんたでいいんだよな?」

一方の七花も窓越しにクラッシュクラシックを出る双識を目撃していたので驚いた様子はない。

「理解が早くて助かるよ」
「見ての通りおれはこんなんだし、あんたをどうこうする気はない」
「一つ聞くが、安心院なじみという女に会ったか?」
「安心院さんと呼べと言ったあの女のことで合ってるなら」
「……なるほど」
「その口ぶりだとあんたも会ったようだな……おれはあんたと手を組んだ方がいいと言われたんだけど」
「こっちも似たようなことを言われたよ――なんでも私が喉から手が出るほど欲しい情報を持ってると聞いたが」
「……鑢七実、宇練銀閣、真庭蝙蝠、真庭鳳凰、左右田右衛門左衛門」
「ッ……!」
「まだ放送で呼ばれていない中でおれが知ってる人間だ。この中にいるんだろう?右衛門左衛門はおれがさっき殺しちまったけど」
「――その通りだ。それで、求める対価は?」
「三つ、かな。まずはとがめについて知っていることを教えて欲しい」

開始直後に箱庭学園で出会った蝙蝠が変態した姿を思い返すが、求めているのはそれではないだろう。
最初の放送で呼ばれていたはずと聞いていたし――と考え、思い至る。
掲示板で見た動画データの曲識の名前の下にそんな名前があったはずだ。

777拍手喝采歌合 ◆ARe2lZhvho:2013/07/25(木) 19:10:30
「それは実はこちらも確認が終わっていない。後回しにさせてもらってもいいか」
「まあ…いいけど。二つ目はその胸に刺さってる悪刀をどこで手に入れたか、だな。最後は――」



「これ、ほどいてくれないか?」



双識の予想にしていなかった範囲からの要求が飛んできたことでしばし呆気にとられる。

「ああ、済まなかったな」

そして数時間ぶりに双識の頬が少しだけ弛んだ。


  ■   ■


夢のお告げ?の通りにしたのは正解、だったのかな。
おかげでおれは知りたかったことを知ることはできたんだし。
どうやらここは未来の技術が使われているようだな。
建物も木でできてないやたらしっかりとした造りのものだったんだよな、そういえば。
四季崎と会っていたことはおれの現状把握には役立ったらしい。
勝手に動き出す絵にはびっくりしたが。
それにしても……めんどうだ。
とがめを殺したのがおれが壊したはずの日和号だったし、変体刀もどういうわけか普通にあるみたいだし。
こうなってくると残り十本の変体刀もあると思っていいかもしれないな。
双識に欲しがってた真庭忍軍と銀閣、それと一瞬出会っただけの水倉りすかについて話したら黙りっきりだし、正直暇だ。
まあ、これといって困るわけじゃないんだけどな。
おれが一番欲しかった情報は手に入れられたんだし。
しっかし、不要湖に日和号がいるとなると、随分移動しなくちゃいけないんだよな。
話を聞いた限りじゃ、これから東に向かうらしいし、やっぱりここは一緒にいた方が得策みたいだ。
途中で人に会える可能性も上がるってんなら悪くはない手段なんだよな。
もちろん、鳳凰と同じで最後は刃を向けることになるんだろうけども。
なあ、とがめ。
こんなおれでもとがめはおれを愛してくれるのか?


  ■   ■


「してやられた、というわけか……」

双識が呟いた独り言は七花には届かない。
あのとき真庭蝙蝠と一緒にいた少年は宇練銀閣ではなかったという情報を得られただけでもかなりの収穫ではあった。
他の動画も全て見せ、阿良々木暦という参加者が殺された映像が判断する限りでは喫茶店の貼り紙と合わないことに疑問は覚えたが。
いずれにしても掲示板の情報と照らし合わせれば、黒神めだかという参加者が危険であることには変わりはない。
七花から聞いたことと、西東診療所に現れたりすかの発言から、あの少年が供犠創貴である可能性が高いと思われるが確証も持てない。
これ以上この場所に留まっても、人識との合流が遅れるだけとなるともたもたしてはいられない。

「ひとまずは私と共に行くということになるがいいか?」

完全に警戒心を取り除いたわけではないが隣に座る七花に問いかける。

「かまわねえよ。おれにとっても移動手段があるというのはありがたい」
「そうか。多少揺れるかもしれないがそれくらいは我慢してくれ……しかしいざ合流したときその格好では少し困るな」
「?――ああ、そういえばおれ血だらけだったんだっけ」
「タオルの持ち合わせはないが、これを使うといい」

778拍手喝采歌合 ◆ARe2lZhvho:2013/07/25(木) 19:11:44
貴重な飲み水を消費するわけにはいかなかったので、代わりに生理食塩水で濡らした体操着を渡す。
それを受け取った七花が顔を拭い始めるのを確認すると車のアクセルを踏み込んだ。

(トキやアスの仇を討つためだ、利用できるものは全て利用させてもらう。昔からそうだったんだ、でなければ氏神と関係を持つこともなかっただろうしな)

これでいいのかと内から湧き上がる声を無理やり抑えつける。
家族のためだと理由をつけて。
隣で息を潜め、刃を研ぎ続ける刀に気づかないまま。

(おそらく携帯などの情報機器を持つ参加者は他にもいるはず。やつらは必ず殺すが、徒党を組まれては厄介だからな)

そして双識は爪痕を残していく。
参加者の半数以上が情報を得ることができる掲示板という場所に。

3:情報交換スレ
 3 名前:名無しさん 投稿日:1日目 夕方 ID:uvaupV5IG
 >>2
 阿良々木暦を殺したのは黒神めだか
 浮義待秋と阿久根高貴を殺したのは宇練銀閣
 零崎曲識を殺したのは水倉りすか
 とがめを殺したのは日和号だ

 不要湖にいる日和号は参加者を襲うロボットなので近付かなければおそらく被害には遭わないだろう

 また、水倉りすかに襲われ、逃げられたが、彼女は真庭蝙蝠と共にいる可能性が高い
 供犠創貴も彼女の仲間のようだ


【一日目/夕方/C-3 クラッシュクラシック前】
【零崎双識@人間シリーズ】
[状態]健康、腹八分目、悪刀・鐚の効果により活性化
[装備]箱庭学園指定のジャージ@めだかボックス、七七七@人間シリーズ、カッターナイフ@りすかシリーズ、軽トラック@現実、携帯電話@現実
[道具]支給品一式×3(食料二人分、更に食糧の弁当6個、携帯食半分)、体操着他衣類多数、血の着いた着物、カッターの刃の一部、手榴弾×2@人間シリーズ、
   奇野既知の病毒@人間シリーズ、「病院で見つけたもの」
[思考]
基本:家族を守る。
 1:七花と共に診療所へ向かう。
 2:真庭蝙蝠、りすか、供犠創貴並びにその仲間を必ず殺す。
 3:他の零崎一賊を見つけて守る。
 4:蝙蝠と球磨川が組んだ可能性に注意する。
 5:黒神めだか、宇練銀閣には注意する。
[備考]
 ※他の零崎一賊の気配を感じ取っていますが、正確な位置や誰なのかまでははっきりとわかっていません。
 ※掲示板から動画を確認しました。
 ※真庭蝙蝠が零崎人識に変身できると思っています。
 ※鐚の制限は後の書き手さんにお任せします。
 ※軽トラックが横転しました。右側の扉はない状態です。
 ※遠目ですが、Bー6で発生した山火事を目撃しました。
 ※不幸になる血(真偽不明)が手や服に付きました。今後どうなるかは不明です。
 ※安心院さんから見聞きしたことは徐々に忘れていきます。

779拍手喝采歌合 ◆ARe2lZhvho:2013/07/25(木) 19:12:11
【鑢七花@刀語】
[状態]疲労(中)、覚悟完了、全身に無数の細かい切り傷、刺し傷(致命傷にはなっていない)
[装備]なし
[道具]なし
[思考]
基本:優勝し、願いを叶える
 1:一先ずはは双識と共に行動する。
 2:名簿の中で知っている相手を探す。それ以外は斬る。
 3:姉と戦うかどうかは、会ってみないと分からない。
 4:変体刀(特に日和号)は壊したい。
[備考]
 ※時系列は本編終了後です。
 ※りすかの血が手、服に付いています。
 ※りすかの血に魔力が残っているかは不明です。
 ※不幸になる血(真偽不明)を浴びました。今後どうなるかは不明です。
 ※倦怠感がなくなりました(次で消して構いません)
 ※掲示板の動画を確認しました。
 ※夢の内容は徐々に忘れていきます。


  ■   ■


「さすがに怪我や体力の回復まではできないけど、これくらいはいいだろう?
「ん、なんだいその顔は
「あはは、恥ずかしがっちゃって
「君がそう思っていたことは間違いないんだろう?
「いくら君、いや、君達が××××だからってその想いは紛れもなく本物さ
「誇りに思っていいんだよ
「なに、そうじゃない?
「なーんだ、僕に先に伝えられちゃったってのがそんなに悔しいのか
「だったらちゃんと伝えなきゃあだめだよ
「後から負け惜しみのように言うのはいくらでもできるんだからさ
「さて、そろそろ僕も介入するのは難しくなってきたし潮時かな
「一応まだ何人か『資格』を持っている人はいるんだけど、しょうがない
「玖渚くんみたいに気付き始めてる人もいるみたいだしね
「目的は何か、だって?
「ふふ、僕みたいな平等なだけの人外に勝手に期待されても困るよ、全く

780 ◆ARe2lZhvho:2013/07/25(木) 19:14:06
仮投下終了です
仮投下にした理由は一目瞭然(安心院さん安心院さんアンド安心院さん)だと思いますが、問題があるようでしたら遠慮なくお願いします

781 ◆wUZst.K6uE:2013/07/27(土) 08:13:04
仮投下乙です。あじむさんの扱い方も上手いわぁ……
特に問題はないと思うので、このまま投下しても宜しいかと

782 ◆ARe2lZhvho:2013/07/27(土) 09:35:00
意見ありがとうございます
問題なさそうだったので本投下してきました

783 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:35:07
いちおう完成しましたが明確過ぎる問題点がひとつあるため、とりあえず仮投下させていただきます

784 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:36:11
 空が見えた。
 青い空が、青々とした竹の葉の隙間からわずかに見えた。青々とした竹に青い空、というと青と青が混じっているように聞こえるけれど、「青々とした」は青色ではないはずなので意味的にも混じってはいない。多分。
 僕は今、竹取山の斜面の上で仰向けに寝転がっている。痛みと出血で視界がぐらぐらと歪んでいる上に、あたり一面が燻った煙で覆われているにもかかわらず、なぜかその空の青さがはっきりと見えていた。
 清々しいくらいの青。
 少し前の自分だったら、空を見ても「清々しい」なんて言葉は出てこなかっただろう。
 空が青い、だから殺す。
 そんなことしか思わなかったはずだ。
 身体を起こそうとするが、力が入らない。代わりに頭がずきずきと痛む。
 実際には頭だけでなく全身のいたるところに鈍重な痛みが蔓延していて、自分がどこを負傷しているのかすら忘れてしまいそうだった。
 なぜこんな傷を負っているのかも。
 なぜ自分がこんなところに寝転がっているのかも、今にも忘れてしまいそうになる。
 それは単に、自分が忘れたいから、というだけのことかもしれない。この負傷も、こんな状況にあるのも、すべて自分の失敗が原因なのだから。
 自分が弱かったことが、すべての原因なのだから。
 玖渚さんが近くにいるはずだけど、姿が見えない。
 玖渚さんに謝りたかった。謝ったからといって何が変わるわけでもないけれど、必ず守る、などと大口を叩いておいて、こんな結果しか残せなかった自分の不甲斐なさを、せめて一言謝りたかった。
 ざっ、と。
 僕の頭のすぐ脇で、小さな足音が鳴る。
 そこには幼い姿をした少女が一人、立っていた。
 橙色の髪と、橙色の瞳。
 その瞳は僕のほうを見ておらず、虚ろな表情で、誰かのことを思い出すように遠くのほうを見つめている。
 ぼんやりと開いた口から、少女は僕にとって初めて意味の理解できる言葉を発した。


 「――――いーちゃん」


 ひゅん。

 その言葉と同時に、少女の腕が無慈悲に僕へと振り下ろされる。
 結局のところ、その僕にとって会ったことすらない一人の青年の名前が、僕が橙色の少女の口から聞くことのできた唯一の、そして最後の言葉となった。



   ◆  ◆  ◆



 燃え盛る炎の中を、女の子を一人抱えて疾走するという映画さながらのシチュエーションを経験したことがあるだろうか。
 ちなみに僕はある。
 まさに今現在、そのシチュエーションの真っ只中だ。
 燃え盛る炎の中、というのは厳密には嘘だが。

 「いや、この場合は映画というよりは駄洒落として受け取られるかもしれないな――竹藪焼けた、とか」

 そんな一人ごとを言うくらいには余裕がある。
 ここは竹藪でなく、竹林だが。
 実際に僕たちを取り囲んでいるのは、炎ではなく煙だった。きな臭さの混じった煙が、あたり一面に漂っている。
 この状況なら実際に炎を見なくとも、この竹取山のどこかで火の手が上がっているだろうことは誰だって予測がつくだろう。
 火を見るより明らか、というやつだ。
 要するに。
 僕たちこと宗像形と玖渚友は、原因不明の山火事に巻き込まれた、ということである。

 「……まさかこんなタイミングでこんな災害に見舞われるなんて……何の因果だ」

 現在時刻は、およそ14時30分から15時までの間。つまりは今僕たちのいるエリアD-7が禁止エリアになるまであと30分を切っている、という状況。
 あの研究施設から外に出たとき、すぐにその異常を察した。周囲に漂う異臭と、離れたところから立ち上る煙。「火災」という単語がすぐ頭に浮かんだのは言うまでもない。
 山で発生する災害の中ではスタンダードと言えるものかもしれないけど、行きは何事もなかった道が、帰りでは火災に迫られているなんて誰が予測できるだろうか。
 上りの時点ですでに火災は発生していたのかもしれないけど、角度のせいか規模のせいか、僕はそれに気付くことなく山を上り始めてしまっていた。気付いてさえいれば、研究施設であんなに時間をとることはなかったのに。
 いや、正直それを差し引いても余裕を持ちすぎていたところはあった。
 上りにかかった時間と禁止エリアになるまでの時間を勘案して、急いで脱出する必要はないと高をくくっていたところはある。DVDの件も含めて、あの研究施設でできることはギリギリまでやっておいたほうがいいと思っていた。
 それが油断であり、失敗だった。結果論でしかないけど、禁止エリアまでの時間が迫っている以上、何をおいてでもそこから移動することを優先するべきだった。

785 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:36:43
 ここがもうすぐ禁止エリアになるという状況でさえなければ、炎が勢いを鎮めるまであの研究施設内に篭城するという選択もあったのだけれど(それはそれで危険な賭けだろうけど)、当然、その選択肢は奪われている。
 火災で死ぬ前に、首輪と一緒に僕たちの首が吹き飛ぶだけだ。
 だから僕たちは、山を下るしかなかった。
 どちらの方向へ下るかで一瞬迷ったが、結局は一番早く麓へ着けるであろう、上ってきた道をそのまま逆に辿るルートを選んだ。
 ふたつの危機が同時に迫っているのだから、下手に別ルートを模索するのはかえって危険だ。万が一それで道に迷ったりしたら目も当てられない。
 僕がそう言うと、玖渚さんもそれに同意した。
 「こんなことになるなんて予想外だったなあ。こんなに派手に燃えてるんだったら、誰か一人くらい掲示板で教えてくれればよかったのに」などとぼやいてもいたが。
 上りと比べて下りは比較的楽だったけど、当然のこと順調な道行きとはいかなかった。
 最初はきな臭いだけだった空気が次第に煙の濃度と熱気を増していき、段階的に視界の利きを悪くさせている。呼吸も自由にできなくなってきているし、煙に巻かれながらの下山は予想以上に困難だった。
 玖渚さんはさっきからずっと、僕の胸元に顔をうずめたままじっとしている。あんなに騒いでいた『いーちゃん』への連絡も後回しにしているところからすると、玖渚さんも余裕のない状況だということは理解しているらしい。
 これで理解していなかったら問題だが。
 むしろ体力のない玖渚さんのほうが、この山火事の中に居続けるのは辛いはずだ。本格的に火の手が迫る前に、早くこの山を脱出しないと。

 「…………それにしても」

 そもそも、何が原因でこんな火災が発生しているのだろう?
 この場合、「何が」原因でというよりは、「誰が」起こしたか、と考えるべきなのかもしれないけど。
 真っ先に思い浮かぶのは、やはりあの狐面の男たちだ。というか、今のところ竹取山の中で見たのがあの三人だけなのだから、他に候補を思い浮かべようがない。
 あの男。
 僕の異常性の喪失を、初見で見通したふうの言葉を吐いてみせたあの狐面の男。
 人間という生き物を見て、殺さないでいるほうが難しいと思い続けていた僕が、殺したいと思い続けていた僕が、その衝動を抑えるときとはまったく別の意味で「殺したくない」と思ってしまった、あの男。
 思い出すだけで悪寒が走る。
 あの男がこの竹取山に火を放ったのだとしたら、その理由は何なのだろう。理由のほうは犯人以上に想像に依るしかないのだけれど、まさか本当に僕と玖渚さんを狙ってやったわけではあるまい。
 ピンポイント過ぎる上に、実際にうまくいきすぎだ。
 大雑把に考えるとしたら、竹取山の中に隠れている可能性のある参加者をいぶりだそうとした、というのがまず思いつく。
 決して広いとはいえないこのフィールドの中で、竹取山が占める面積が多いということは地図を見れば一目瞭然。そのすべてを焼き尽くすほどの火災を意図的に起こすということは必然、竹取山全体に無差別的に攻撃を仕掛けるのと同じ結果をもたらす。
 実際に隠れ潜んでいる参加者が居たとしたらたまったものではないだろう。
 まさに今、僕と玖渚さんがたまったものではない。
 ただしそんな作戦を本当に実行するような奴がいたとしたら、それはもういかれていると言うしかない。思いついても普通はやらないだろう、そんなこと。
 あの男は、そんなことを思いつき、かつ実行するような人間だったのだろうか。
 正直なところ、わからない。常軌を逸した思考の持ち主ではあったかもしれないけど、それだけに底が見えず、危険の度合いすらもうまく測れない。
 やるかもしれないし、やらないかもしれない。その程度のことしか言えない。
 まあ何にせよ仮説でしかないのだけれど。もしかしたら何らかの事故で偶発的に発生しただけの火災かもしれないし。山火事とは本来、自然現象的に起こる災害なのだから。
 ……そういえば、玖渚さんはあの狐面の男たちのことは知らなかったのだろうか。
 訊くのを忘れていたが、あの連中が歩いてきた方向からして玖渚さんのいた研究施設に立ち寄った可能性は高いと思っていた。
 あの建物にはセキュリティが働いていたはずだから、施設には寄ったが中に入れず、遭遇はしなかったということも考えられるが。
 このエリアを抜けた後で、一応訊いておくか……

786 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:37:24
 
 「ねぇねぇ、形ちゃん」

 その時、ずっと黙っていた玖渚さんが急に話しかけてくる。考え事をしている最中だったので、少し驚いて足がもつれそうになった。

 「……玖渚さん、今喋ると煙を吸い込むから、山から下りるまではなるべく口を開かないほうが――」
 「形ちゃんってさ、人を殺したのをきっかけに殺人衝動を失っちゃったんだよね?」

 僕の返事を無視するように、玖渚さんはそう問いかけてくる。

 「阿良々木火憐って人を殺したときに人殺しの空しさとつまらなさに気付いて、それが形ちゃんにとって異常の所以でもある殺人衝動を消失させる原因になった。そうだったよね?」
 「そう――だね」

 そのあたりの事情は玖渚さんには直接話していないはずだったけど、おそらく伊織さんから電話で聞いたのだろう。
 特に隠す意図もないから、玖渚さんが知っていること自体は問題じゃない。
 ただ、なぜ今それを話題に出すのかがわからない。

 「でもさ、それって殺した相手が火憐ちゃんだったからじゃない?」
 「……え?」

 質問の意味が分からず、返答に詰まる。
 相手が火憐さんだったから……?

 「人殺しがつまらないものだったから殺す気が無くなった――っていうんなら、もし人殺しに悦楽とか達成感とかを感じていたとしたら、逆に形ちゃんの殺人衝動はそのままだったか、逆に強まってたかもしれないってことだよね。
 形ちゃんにとって火憐ちゃんがどういう存在だったのかは知らないけど、もし火憐ちゃんのことを大事に思ってたんだとしたら、その人は形ちゃんにとって『殺したくない』、『死んでほしくない』相手だったんじゃないの?」

 その死に空しさすら感じるくらいにはさ――と玖渚さんは言う。

 「しかも『殺した』とはいっても、放っておけば死ぬところを形ちゃんが止めを刺してあげたってだけのことだよね。そんな状況じゃ空しさこそ感じても、悦楽も達成感も感じる余地なくない?」
 「…………」

 それは――そうなのかもしれない。
 確かに僕にとって、火憐さんは「死んでほしくない」人ではあった。彼女の呆れるほどの正義感は少なからず僕の内面に影響を与えていたし、傍で見守っていたいとも思っていた。
 だけど、僕が火憐さんに対してずっと殺意を抱き続けていたことも事実だ。
 口に出すことも行動に出すことも抑えてはいたけど、「殺したい」という気持ちは幾度となく僕の中に湧き上がってきていた。
 火憐さんには死んでほしくない。だから殺す。
 そんなふうに、僕はずっと思い続けていたはずだ。

 「…………いや」

 本当にそうだったか?
 最初に出会ったときも、釘バットの殺人鬼と邂逅したときも、図書館で資料探しをしていたときも、確かにそう思っていた。
 ただ、あの不要湖で火憐さんの胸を貫いたとき。あの時はどうだった?
 あの時も僕は「殺したい」と思っていたか? 切り刻まれて瀕死の火憐さんを前に、僕の中では変わらず殺人衝動が湧き上がっていたか?
 思い出せない。
 「死なせたくない」と思った記憶はあるのに、「殺したい」と思っていたかどうかが思い出せない。

 「もしかして形ちゃんって、殺人衝動を失ったわけじゃなく、ただ無意識に抑え込んでるだけなんじゃないの? 一時的にさ」
 「な…………」

 いきなり何を言い出すんだ、この娘。
 どこからそんな考えが出てくる?

 「『異常』とか『過負荷』については僕様ちゃんは素人目でしか語れないけど、たった一人、たかが一人殺したくらいで失っちゃうほど『異常』ってのは脆弱なものなのかなって。
 たとえば零崎の人間なんかは、殺しがつまらなくなったから『零崎』じゃなくなるなんてことはないだろうし。それよりは、大事な人が死んだショックで一時的に錯乱してるだけっていうほうが、一般的にはわかりやすいんじゃないかな」
 「…………」

 たかが一人。
 その言い方に対して言いたいことはあったが、そこは僕と玖渚さんの価値観の問題だろうから、とりあえずそこは聞き流しておく。
 本筋は僕の殺人衝動の行方に関する話だけど――さすがにその意見は的外れだと思った。
 火憐さんの胸に刀を突き立てたときの、あの失望と喪失感。自分の中から殺人衝動が消滅していくあの感覚を体感している僕にとって、「一時的に抑え込んでいる」などという表現は、全くと言っていいほど得心のいくものではなかった。
 ただし。
 殺人衝動を失った理由が「殺人」そのものに対する失望でなく、火憐さんを失ったことに対する失望感に由来しているという可能性については、否定するだけの自信はなかった。

787 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:38:24
 だとしたら――だとしたらどういうことになる?
 殺したのが火憐さんだったから「そうなった」というのであれば、「そうならなかった」可能性もまた同時にあったと、つまりはそういうことなのだろうか。

 「うん、そういうことだと思うよ」

 ただの思いつきでしかないけどね――と、事なげに玖渚さんは言う。

 「まあ失ったのであれ抑え込んでるのであれ、よほどのことがない限りそれが元に戻るなんて事はないと思うけどね。
 でも今の形ちゃんって、形ちゃんの世界の言葉を借りれば『異常』を失って『普通(ノーマル)』になってる状態だから、普通の人と同じ程度には『殺したい』って思う機会もあるってことだよね? だとしたらさ――」

 だとしたら。
 その先を聞かない選択肢も僕にはあった。そもそもなぜ玖渚さんがこんな話をしているのか、その理由がまったく意味不明だったし、強引にでも話を打ち切ることはできた。
 だけど、僕はそうしなかった。
 玖渚さんが何を言うのか、僕の『異常』について玖渚さんがどんな見解を持っているのか、単純に興味を引かれたからだった。

 「もし形ちゃんがこの先、単なる衝動でなく確固たる理由をもって『殺したい』と思う人を殺したとして、それに達成感や愉悦を感じちゃったりしたら、その時こそ本当に、形ちゃんの中で本物の殺人衝動が目覚めちゃうのかもしれないね」


  ◇     ◇


 玖渚さんのその言葉を聞いて、心が揺れたことは否定できない。
 加えて僕たちはそのとき、ちょうど傾斜の緩い地形の場所にさしかかったところで、そのせいで気が緩んでいたということもある。
 ただ、そのふたつの油断がなくとも。
 僕が警戒を緩めず、周囲をよく注視しながら移動していたとしても、それに気付くのはたぶん、直前まで不可能だったと思う。
 そのくらい唐突に。
 神出鬼没に。
 僕と玖渚さんの目の前に、それは現れた。

 「――――え?」

 疑問符とともに足を止める。意識して止めたわけでなく、突然のことに身体が反射的に硬直しただけだった。


 僕の真正面、手を伸ばせば届くというくらいの、まさに目と鼻の先。
 そこに橙色の髪をした子供が一人、立っていた。


 何が起きたのか、一瞬理解が追いつかなかった。
 気を緩めていたのは事実だけれど、余所見をしていたわけでも、目を閉じて走っていたわけでもない。煙が辺りに漂っているとはいえ、一寸先も見通せないほどに視界が悪くなっていたわけでもない。
 人影の有無くらいなら、割と遠くからでも判断することはできる。
 にもかかわらず、いた。
 まるで100年前からそこに立っていたかのような自然さで、その子供はそこにいた。
 注連縄のような太い三つ編みも、猫のようにつり上がった目元も、意思の強そうな太い眉も、はっきりと視認できるくらいの距離に。
 時間が停止したかのような錯覚に陥る。
 目の前の子供も、僕自身も、玖渚さんも、周囲に漂う白煙ですらも、そのすべてが動きを止め、一枚の静止画のようになっている光景を僕は幻視した。
 それらが動き出したのは同時だった。
 僕が急に足を止めたことに不審を抱いた玖渚さんが「うに?」と顔を上げようとし、その玖渚さんの頭を僕がとっさに両腕でがば、と抱えこみ、その僕に対して橙色の子供が腕を大きく振り上げる。
 ほとんど反射的に、僕は後ろへ跳んだ。
 直後に振り下ろされた子供の腕は空を切り、そのまま地面に叩き下ろされる。
 そのたった一撃で、地面が局地的に崩壊を起こす。爆発物でも使ったんじゃないかというくらいの勢いで、地面が大きくえぐり飛ばされた。

 「…………っ!!」

 風圧で、周囲の煙が一瞬消し飛ぶ。
 まるで重機で削り取ったかのような跡が、子供の足元にできあがっていた。
 人間の所業とは思えない。ましてやあんな小さな子供の、あんな細腕で。
 今の一撃の反動か、子供の身体がぐらりと大きく揺れる。そのまま倒れるかと思ったが、かろうじてバランスを整えて直立の状態に戻り、顔をこちらに向けてくる。
 煌々と燃えるような、橙色の瞳。
 何の感情も宿していないように見えて、その実、凶悪なまでの威圧感を与えてくる。
 デイパックは背負っていない。持ち物といえば、首に巻かれている首輪くらいのものだった。

 「…………君は、」

 何者だ、などと訊く必要はなかった。
 なぜなら僕はその瞳を、その橙色をすでに見て知っていたのだから。

 「面影、真心……!」

788 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:38:52
 
  ◇     ◇


 斜道卿壱郎研究施設でDVDを再生した後、僕と玖渚さんはこんな会話をした。

 「ねえ形ちゃん、形ちゃんが持ってきたこの参加者名簿って、なんで二つに分かれてるの?」
 「ああ、僕が分けたんだ。内容をざっと読んでみて、個人的に危険そうだと判断した人だけ別のファイルに綴じ直したんだよ。殺人鬼とか殺し屋とか、火憐さんが過剰反応しそうな肩書きが目に付いたからね」
 「こっちの形ちゃんが載ってるほうが危険人物ファイル? 自分まで危険人物扱いとか律儀だなあ」
 「元々は僕の異常を火憐さんに知られたくなかったからやったことだしね……ややこしいなら、またひとつにまとめ直そうか」
 「僕様ちゃんはどっちでも――ってあれ、でも『匂宮』が危険人物のほうにいないね。『時宮』も」
 「放送で呼ばれた人は、危険人物からは外してあるんだ。脱落した人まで危険人物扱いするのもどうかと思ってさ」
 「ふうん、でもこの人だけは、いちおう危険人物に入れておいたほうがいいと思うよ」
 「この人って、時宮時刻のことかい? さっきのDVDにも少し映っていたけど」
 「『暴力の世界』については僕様ちゃんはそれほど詳しくないけど、『時宮』が危険な集団だってことはさすがに知ってる。パーソナルについては不明だから、時宮時刻本人の危険性がどうとかは分からないけど」
 「すでに脱落してるのに、それでも危険人物たり得ると?」
 「時宮本人が死んでも、術者の影響は残り続けるからね。さっきのDVDとこの名簿に載ってる時宮時刻の記述を見たんなら、形ちゃんも大体の見当はついてるんじゃない?」
 「操想術――だっけ。催眠術の上位互換みたいなものなのかな。その術の影響が残っている参加者がいたとしたら、それこそが危険人物だっていうことかい?」
 「うん、さっきの映像だと橙なる種――面影真心が操想術にかけられてた感じだったね。放送ではまだ呼ばれてないけど、この子は生きてるのかなあ」
 「面影真心自体も危険だけど、それはあくまで操想術の影響によるものだってことを認識しておく必要がある、ってことかな。だから死亡者とはいえ、時宮時刻を危険人物から外すべきじゃない、と」
 「そういうこと。連中のは『呪い』だからね。死んだ後でもなお残るってのは、ある意味殺人鬼や殺し屋よりも厄介だよ」
 「『呪い名』――か。僕の通ってる学園も色物に関しては大概だけど、その『暴力の世界』に属する人たちも相当だね」
 「そっち側の情報については舞ちゃんのほうがまだ詳しいと思うよ。しーちゃんも、舞ちゃんには色々教えてあるって言ってたし」
 「ああ、伊織さんもその『暴力の世界』の住人なんだってね……そういえば、様刻くんが時宮時刻に会ったようなことを言っていたな。時宮のせいで大切な人を殺されたとか」
 「あ、そうなの? でもそれって運がいいほうだと思うよ。一般人が『呪い名』に関わって無事なままでいられるなんて奇跡みたいなものだし」
 「そう言っても様刻くんは納得しないだろうけど……ともかく、伊織さんたちが新しいDVDを入手できたら、面影真心以外に操想術の影響を受けてそうな人物がいないかチェックしてみるのもいいかもしれないな」
 「そうかもね――あ、この面影真心って、もしかしたらいーちゃんの知り合いかもしれない」
 「うん?」
 「いーちゃんってヒューストンでのことはあんまり話してくれないけど、ERプログラム時代に名前くらいは聞いてるはずだよね……もしかして向こうで死んだっていうお友達がこの子だったりして。橙なる種については、卿壱郎博士も随分と意識してたし――」
 「交友関係が広いんだね、その『いーちゃん』は」
 「因果関係が深いって言うべきかもね、いーちゃんの場合は」

 そう言って玖渚さんは、無邪気に笑っていた。


  ◇     ◇


 「あの名簿と、DVDに助けられた――かな」

 『橙なる種』、『人類最終』、人工的に『製造』された存在。
 それらの記述に、僕は嫌でもフラスコ計画のことを連想せざるを得なかった。面影真心を危険だと思った最初のきっかけがそれだ。
 加えるところ、あのDVD。「病院坂迷路」が記録されてあった死亡者DVDの映像。
 時宮時刻が目を合わせ、何事かを唱えるように口にした直後、人間とは思えないような怪力で両側の少女二人を破壊する橙色の少女。
 あの映像を見れば、誰であろうと面影真心は危険だと判断できる。たとえ時宮時刻による支配を受けていると分かっていても。

789 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:39:19
 前情報として面影真心の危険性を知っていなければ、おそらく今の一撃を避けることは不可能だっただろう。危機感が先に働いたからこそ、身体が反射的に回避行動をとっていた。
 まともに喰らっていたら、玖渚さんごと粉々に砕かれているところだった。
 《十三組の十三人》にさえ、ここまで飛び抜けた怪力の持ち主はいない。
 橙なる種、面影真心。
 あの映像だけでは、真心が本当に操想術の影響を受けているのかはっきりとは分からなかったが、実際に目の当たりにして確信した。そうでなければ、こんな状況でいきなり僕たちを襲うはずがない。
 ましてや、こんな満身創痍の状態で。
 真心の身体は、トラックにでも轢かれたのではというくらいボロボロだった。全身に打撲の痕や裂傷が溢れかえっているし、右腕は無残にも骨折している。他にもあちこち骨が折れていそうだ。
 さらに腰から下は、そういうデザインの服を着ているのかと一瞬思ってしまうくらい血まみれだった。血が流れ落ちた跡がくっきりと筋になって足元まで伸びていた。
 よく見ると、腰のあたりに大振りのナイフが一本、深々と突き刺さっている。素人目に見ても致命傷と分かるくらいの刺さり具合で、そこから絶え間なく血が流れ続けていた。
 突然がくん、と真心が体勢を崩し、前のめりに倒れそうになる。かろうじて踏みとどまったがまるで安定せず、右に左にふらふらと揺れている。
 それはそうだろう。常人ならとうに失血死レベルの出血だ。
 他の参加者との戦闘で致命傷を負わされ、この竹取山へ逃げ込んできたのだろうか?
 だとしたらこんな化け物じみた相手に、いったい誰がどうやって――

 「むー、むー!!」
 「え?」

 胸元から響く声に、僕は我に返る。
 見ると、さっき両腕で抱え込んだ玖渚さんが、頭をホールドされた状態のままじたばたと暴れていた。

 「あ……ごめん」

 両腕の力を緩めると、玖渚さんはバネ仕掛けのように僕の身体から顔を離して「ぷはぁ!」と息を吸う。しかし煙混じりの空気を吸い込んだせいか、げほごほと咳き込んでいた。

 「死んじゃうよ! 窒息死するとこだったよ! なるべく口を開かないようにってこういうことじゃないでしょ!」

 玖渚さんが突っ込みを入れてきた。よほど苦しかったらしい。

 「ごめん玖渚さん――悪いけど、もう少しだけ口を閉じて、じっとしててほしい」

 真心を見る。相変わらずふらふらしているけど、警戒を解く気にはまったくならない。
 このタイミングで他の参加者に襲撃されるというのは、正直予想外だった。
 禁止エリアまで残りわずかで、誰がどう考えても早く脱出すべきというこのエリアに向こうから飛び込んでくる奴がいるなど、誰が予想できるだろうか。
 いや――もしかしてここが禁止エリアになるということを分かっていないのか?
 なんにせよまずは、ここから離れることを優先しないと。

 「……僕は宗像形。念のために言うけど、殺し合いには乗っていない」

 橙色の少女へ向けて、僕は話しかける。

 「君とここで戦う気もない。もしかしたら放送を聞いてなかったのかもしれないけど、ここはもうすぐ禁止エリアになる。なぜ僕を攻撃したのかはひとまずおいておくとして、君も早くここから脱出したほうがいい」

 真心は何の反応も示さない。僕は続けて言う。

 「話があるんだったら、山を下りた後でいくらでも聞く――いや、それ以前にその怪我を治療するべきだ。簡単な応急処置くらいなら僕にもできる。そのままそうしていると死んでしまうよ」

 どう見ても「簡単な応急処置」で済む範囲を逸しているけど、とりあえずそう言っておく。何の処置も施さなければどの道死ぬのは確実だ。
 聞いているのかいないのか、真心はぼうっと虚ろな目をこちらへ向けてくるばかりだったが、ふいに折れていないほうの腕で、周囲に生えている竹のうちの一本をそっと掴む。
 そしてその竹を、片手の力だけでねじり切った。

 「な…………!?」

 ねじり切った?
 確かに竹は地下茎で周りの竹と連結しているから、引っこ抜くよりはああして切断したほうが地面から離すには楽――ってそういう話じゃない。
 僕が絶句している間に、真心はその竹を大きく振りかぶり、槍投げのようなフォームで放り投げる。
 いや、槍投げは普通、斜め上へ向けてスローイングするものだ。こんなふうに、地面と平行して飛ぶように投げたりはしない。
 ましてや、人に向けて投げるようなことはない。

 「くっ!!」

 弾丸のように飛んできた竹を、身を落としてぎりぎり回避する。後方から周囲の竹を薙ぎ払う音と、巨大な杭が地面に打ち込まれるような音が聞こえた。

790 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:39:43
 心臓が早鐘のように打つ。
 まずい。
 この子供、今まで会ったどの参加者よりも危険だ。
 禁止エリアを認識していないどころか、こちらの言語を認識している様子すらない。しかも僕たちのことを二度も、何の躊躇もなく殺しにかかってきている。
 どう考えても正気の沙汰ではない。
 ふいに、火憐さんに致命傷を与えたあの機械人形のことが思い浮かぶ。意思を持たず、近づいた者を自動的に斬殺するだけの、無機質な鉄の塊。
 この子供はあれと同じ――いや、それ以上に凶悪な存在だ。
 操想術。
 『呪い名』。
 玖渚さんも言っていたけれど、遺した影響だけでこんなにも厄介なものだとは。
 逃げなければ、と思う。しかし相手は、山を下りる方向に立ちはだかっている。退路を防がれている状態だ。
 それにこの少女に背を向けて逃げたところで、無事で済むとは思えない。

 「……どうやら君を突破しないと、ここから逃げられそうにはないみたいだね。でも今は時間もないし、なるべく荒事は避けたいところなんだ――」

 そう言って僕は、両腕を左右に広げる。
 そして制服の袖口から、無数の日本刀を出現させてみせた。


 「――だから殺す」


 殺さないけど。
 もはや馴染みの武器と化した日本刀、千刀・ツルギを、両手で立て続けに正面へ向けて投擲する。
 直撃させる意図はなく、相手をひるませることを目的とした攻撃。
 しかし相手は刀剣の弾幕を前にまったく動じることなく、むしろ飛んでくる無数の刀へ向けてまっすぐに突進してきた。
 一瞬捨て身の突貫かと思ったが、違った。
 橙色の影が、刀剣の中をすり抜ける。
 飛んでくる刀と刀の隙間を縫うようにして、最小限の動作だけですべての刀を回避していく真心。その異様なほどに滑らかな動きを、僕はかろうじて目で追う。
 速い。
 『十三組の十三人』のひとり、《棘毛布》、高千穂くん並みの回避技術。
 まったく牽制にすらならない。
 避けられた刀が、向こうの竹に次々と突き刺さっていく。最後の刀を避けると同時に、真心は大きく跳び上がって腕を大きく振りかぶる。

 「…………っ!!」

 振りかぶった腕と反対方向に大きく跳んで避ける。
 さっきと違うフォームで振り下ろされる真心の腕。空気を切り裂くような音が聞こえ、直後に近くにあった竹が鋭利な刃物で薙ぎ払われたかのように切断された。
 まるで真剣のような切れ味の手刀。
 着地の際にバランスを崩したようだったが、すぐさま立て直してこちらへ向き直り、ホーミング弾のように突進してくる。

 「刀程度じゃ殺せないか……じゃあ拳銃(これ)だ」

 そう言って両手に出現させた二丁の拳銃――コルト・パイソンを真心めがけて連射する。こんどは牽制でなく、命中させる目的で。
 しかしそれも、まるで銃弾の軌道を正確に読んでいるかのように回避される。竹を足場に空中を跳ね回りながら、次々に弾丸をかわしていく。
 煙で視界が利きづらいというのに、どんな動体視力をしているのか。
 でも、このくらいのことは予想している。銃で殺せるような相手だとは思っていない。
 殺せるとは思っていないけど、倒すことくらいはできる。

 「ッッ!!」

 うめき声のような声を漏らしたのは真心だった。弾丸を避けたはずの真心が、何かの攻撃を受けたように空中でぐらりと体勢を崩す。
 僕の撃った弾丸が、正確に言うなら周囲の竹に跳ね返って軌道を変えた弾丸が、真心の頭部に命中したのだった。

 「弾丸の軌道を読む技術は見事だけれど……跳弾のほうは見切れなかったようだね」

 通常の銃弾なら竹に当たった程度では跳ね返らないかもしれないが、このコルト・パイソンに装填されているのは実弾ではない。
 ゴム弾。言うなれば『殺意なき弾丸』といったところか。
 実弾と比べて貫通能力は大幅に劣る。当然、跳弾も起こりやすく、この竹が密集した地形ではなおさら軌道の変化が起きやすい。それを僕は狙っていた。ほとんど運任せのような策略だが。
 空中で動きを停止させた真心に、残りの弾丸を立て続けに撃ち込む。
 一発、二発、三発、四発。
 ゴム弾なので致命傷にはならないが、それでも威力は相応にある。いくら相手が規格外でも、ダメージは確実にあるはずだ。
 避けるすべなく弾丸を体で受け止めた真心は、それでも倒れることなく両足で地面に着地する。しかしその両足は目に見えてふらついていた。

791 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:40:07
 よし――効いている。
 その隙に僕は空になったコルト・パイソンを無造作に投げ捨て、動きの止まっている真心の脇をすり抜ける。そのまま真心を尻目に、また麓へと向けて逃げるように駆けだす。
 相手にダメージがある間に、少しでもエリア外に向かっておかないと。
 後ろを振り返ると、真心が追ってきているのが見えた。しかしさっきまでと比べてスピードは格段に落ちている。怪我に加えて銃弾を撃ち込まれた直後なのだから当然だ。
 よし、このままならエリア外まで、相手を誘導しながら抜けることができるかもしれない。
 いきなり襲われたとはいえ、あの少女を見殺しにするのは本意ではなかった。洗脳と催眠。言葉の違いはあれど、あの少女は黒神さんと同じ境遇にいる。他人の手によって不本意に操られているだけだ。
 とりあえず禁止エリアの外まで連れ出してしまえば、爆死から救うことはできる。
 問題はその後どうするかだ。あの人外並みのスペックを持つ相手を殺さずに止める術が、果たして僕にあるのか?
 いや、手段だけならある。
 「殺さない殺人鬼」としての僕は、相手を死に至らしめないための攻撃手段を熟知している。ゆえに、死なない程度に手足を削ぎ落とすことも、骨格や筋肉を二度と再起不能なレベルで破壊することもできる。
 正直、相手を生かすためとはいえそこまでしたくはない。でも、そこまでしないとこの少女は止まりそうにない。ここで止めなければ、本当に死ぬまで暴走しかねない。
 スペックの違いは歴然だが、勝機はある。正気を失っているせいか、相手の攻撃は直線的で精密さに欠ける。怪我のせいで動きも鈍っているようだし、何よりリーチの差がある。
 パワーもスピードも相手のほうが格段に上だが、体格の差だけはこちらに分がある。加えて相手は徒手空拳で、こちらは刀が500本からある。物量差でもこっちが上だ。
 相手は基本的に大振りでくるから、それさえ避けてしまえば生じる隙も大きい。そこを狙えば勝てる。
 狙うのは、やはり両足か。足首から先を削ぎ落としてしまえば、さすがに戦意を喪失するだろう。

 (それが本当に「救う」ことになるのかはわからない。だけど、僕にはそうすることしかできないな――)

 結論から言うと、この考えは甘かったと言わざるを得ない。
 甘々だったと言わざるを得ない。
 相手のスペックを人外級とみなしておきながら「救う」ことを優先事項に据えた時点で、すでに僕は大甘だった。まして「勝機がある」など、油断以外の何物でもない。
 自分がどれほどの脅威と対峙しているのか、理解していなかった。
 それこそ、黒神さんと同等の実力者を前にしていると、そのくらいの覚悟で臨むべきだった。

 真心の動きに注意しながら駆け下りていると、突然、真心が妙なモーションを取る。
 僕がそれにいぶかしんだ瞬間。
 真心が、二振りの日本刀を僕めがけて投擲してきた。

 「…………!!?」

 予想外の攻撃に、僕はただ驚く。
 刀!?
 いったいどこから!?
 確かに今まで、どころか刀を投げる瞬間まで、間違いなく真心は空手だったはず。それなのに、まるで見えない空間から出現させたように刀を取り出して見せた。
 あの手品のように武器を取り出す技術は、まさか――
 いや、まさかも何もない。
 どう見てもあれは、僕の暗器そのものじゃないか――!

 「うぉっ――――とっ!!」

 バランスを崩しながら、倒れこむようにしてそれを避ける。ちょうど頭すれすれのところを、刀が空を切りながら通過していった。
 倒れる際に玖渚さんを地面に叩き付けそうになったが、何とか身体の向きを変えて、肩で斜面を滑り落ちながら着地する。

 (僕の暗器を、模倣された……!?)

 いや、暗器だけじゃない。
 真心が投げつけてきた日本刀、あれは紛れもなく、僕が最初に投げた千刀・ツルギだった。
 ただ刀の間をすり抜けているように見えたが、まさかあの中で刀を二本、すれ違いざまに掠め取っていたとでも言うのか。
 しかも僕が刀を袖口から出現させるのを見て、たったそれだけで僕の暗器をものにした……?
 そんな――馬鹿な。
 操想術のせいで思考能力が欠如したバーサーカーかと思っていたが、まるで違う。
 学習している。
 自分自身が負っている怪我のことも含め、力任せに突進するだけでは避けられるということを、真心は学んでいる。そして僕がその隙を突こうとしていたことも、おそらく読んでいる!
 見切るだけでなく、見盗ることまでできるなんて、いったいどう対処すれば――

792 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:40:29
 
 「……? あれ?」

 視線を戻すと、真心が消えていた。
 さっきまで斜面の上のほうに立っていたはずなのに、忽然と姿を消している。
 しまった、目を離した隙に死角に回りこまれたのか?
 焦りながらも冷静に、周囲に視線を巡らせる。いつの間にかさらに煙が濃くなっていて、離れた場所の様子を窺いにくい。さすがに呼吸も苦しくなってくる。
 逃げたのか、それともこの視界の悪さに乗じて攻撃してくるつもりか。
 落ち着け、視界が利かないなら音を頼りにすればいい。相手は重傷のうえ、さっきの銃弾のダメージがまだ残っているはず。
 直接向かってくるにせよ、飛び道具を使うにせよ、必ず音や気配は生じる。それを察知できれば不意討ちを喰らうことはないはず。
 神経を集中させるが、どうしても焦りが出る。
 ここが禁止エリアになるまであとどのくらいなのか。いまこの瞬間に、首輪が爆発しないとも限らない。
 こちらに近づいてくるような音はない。
 ぱちぱちと竹が燃えて爆ぜる音。さわさわと竹の葉がこすれる音。ぎしぎしと竹が軋む音。玖渚さんと僕の呼吸音、そして心臓の鼓動音。
 まさか本当に逃げたのか?
 だったら僕も、急いでここから脱出したほうが――

 「…………え?」

 竹が軋む音?
 竹林なのだから、竹が音を発するのは不自然なことじゃない。
 だけど、何が原因でこんなにはっきり、耳に届くほどの音で竹が軋む?
 音のするほうへ目を向ける。
 煙の奥に、天を衝くように伸びた竹の影がいくつも見える。その中にひとつだけ、異様なまでに「しなっている」竹の影があった。
 弧を描くように、大きくひん曲がった形の竹。ぎしぎしという音は、その竹から発されている。
 その竹の先端に、小さな人影がいるのが見えた。
 人影。子供のように小さな人影。
 しなった竹は、当然の作用としてしなったぶんだけ元に戻る力が働いて――

 「く…………っ!!」

 その意味を理解した僕は、とっさにその場を離れようと全力で地面を蹴った。
 飛んでくる。
 竹の弾力を利用して、バネのように飛んでくる!


 ――ぶぅん。


 銃弾が耳元を通過するような音がして、人の形をした塊が僕のすぐそばを高速で突き抜ける。
 強烈な風圧。
 目の端に一瞬映る、たなびく橙色の髪。
 完全には回避しきれなかったようで、防御のために構えていた左腕に激しい衝撃を受け、身体ごと吹き飛ばされる。周囲の竹に全身をぶつけながら、派手に地面を転がる。
 数メートルほど転がったところで、ようやく停止する。
 直撃を免れたのは幸運以外の何物でもなかった。気付くのが一瞬遅かったら、玖渚さんもろとも確実に貫かれていた。
 だから、やはり運がよかったと言うべきなのだろう。
 僕の左腕の、肘から先が消し飛んだくらいで済んだことは。

 「ぐ……あ……あああぁ……っ!!」

 ちぎれた腕の先から血が噴き出す。右腕で傷口をおさえて、強引に出血を止める。
 痛みで立ち上がることすらできず、地面に転がったままただうめくことしかできない。
 すべてにおいて予想外だった。
 竹の力を利用するなんて……あまりに原始的すぎる。投石器か。
 竹が元に戻るタイミングに合わせて跳躍したのだろうが、それでもあの速度は常軌を逸している。脚力と瞬発力、そしてタイミングを計る精度があってこその技術。まさに人外の技だ。
 本当に人間なのか? あの橙色は。
 煙で霞んだ視界の奥、斜面の上のほうに真心は平然と着地していた。あれだけの速さで飛んだにもかかわらず、周囲の竹に激突することなく、むしろ竹を利用してうまく速度を殺して停止したようだ。
 そこから僕たちのことを、じっと観察するように見つめてくる。相変わらず、その瞳から感情の類は窺い知れない。
 駄目だ、殺される。
 僕の力じゃあ、まるで歯が立たない。相手が重傷を負っていてすらギリギリ戦えていた状態だというのに、今や僕のほうが片腕を失ってしまっている。もはや勝負にすらならない。
 そもそも正面から受けて立ってしまったのが間違いだったのかもしれない。後ろから仕止められるリスクを負ってでも、一目散に背を向けて逃げるべきだった。
 それ以外の選択肢はないものと思うべきだった。
 手負いの獣ほど危険なものはない。それを分かっていたはずなのに。
 痛い、意識が飛びそうだ。
 死ぬ、殺される。
 僕のせいで。
 僕の無謀な判断のせいで、玖渚さんまで巻き込むことに――

793 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:40:52
 
 「もういいよ、形ちゃん」

 急に声をかけられ、顔を上げる。
 目の前で玖渚さんが、普通に会話しているときとまったく変わらない、おっとりとした表情で僕を見ていた。

 「僕様ちゃんをおいて、形ちゃんだけ逃げなよ。片腕は失っても足は両方とも無事でしょ?」

 僕はつい呆気にとられる。何を言われたのかしっかりと把握できなかった。

 「な……何を、」
 「このまま一緒にいても二人とも殺されるだけだって。僕様ちゃん邪魔でしょ? さっきからめっちゃ動きにくそうにしてるし」
 「え?」

 動きにくそうにしていた? 僕が?
 確かにしがみつかれているぶん勝手は違うけど、小柄な玖渚さんは重さとしてはほとんど計算に入らないし、常に全身に暗器を仕込んでいる僕にとっては邪魔というほどじゃあ――

 「いやそうじゃなくてさ、僕様ちゃんを庇うようにして戦ってたせいでってこと。僕様ちゃんじゃなくても見てたら誰でも気付くよ。腕もってかれたのも、明らかに僕様ちゃんを庇うのを優先したせいだったし」

 だから僕様ちゃんを捨てて――と玖渚さんは言った。
 責任を感じてとか、僕のことを慮って言っているわけでなく、単にこの状況における最も効率の良い方法を説明しているだけのような、そんな言い方で。

 「形ちゃんはさ、やっぱり人を殺すことにしか才能が向いてないんだよ。守るとか助けるとか、そういうことに意識を向けてると他のことがちゃんとできなくなる。逃げるにしても、僕様ちゃんと一緒だと絶対に逃げ切れないと思うよ?」
 「…………」

 そんなことはない。そう否定したいのに、言葉が出てこない。
 玖渚さんの言うとおり、僕らアブノーマルは才能が一方向に集中してしまっている場合が多い。黒神さんのような例外を除いて、向いていない分野に対しての能力はノーマルにすら劣ることもある。

 「それにここで一緒に死んじゃったら、僕様ちゃんが調べたことも全部無駄になっちゃうしさぁ。それが嫌なんだよね。だから形ちゃん、僕様ちゃんのハードディスク持って一人で逃げてよ。あとは舞ちゃんたちと協力してうまくやって」

 できればいーちゃんにも協力してくれるとうれしいなあ――と、玖渚さんは無邪気に笑う。
 自分の生き死にに関わる話だというのに、そんなことには関心がないとでもいうかのように。

 「………………」

 それは――
 それは、正しい選択なのだろうか。
 玖渚さんの言うとおり、僕が玖渚さんを守ることに気を取られすぎているというなら、ここで完全に玖渚さんを見捨ててしまったほうが、僕が生き残れる可能性は高い。
 いまさら守ることに固執したところで、どうにかなるとも思えない。
 僕がここに残って真心を食い止め、玖渚さんだけ逃げるという選択もあるにはある。しかしそれは、山火事の件と禁止エリアの件を差し引いた上での選択肢だ。
 禁止エリアまでのタイムリミットが正確にあとどのくらいなのかはわからないが、もうかなり逼迫していることだけは間違いない。時間までに、この煙に包まれた山道を玖渚さんひとりで抜けられるかといったら、それはかなり厳しい。
 それに今の僕じゃあ、時間稼ぎすらできる状態じゃない。一瞬で殺されて、そのあと玖渚さんも殺されるのが目に見えている。
 だったら、ここで二人とも死ぬよりは。
 玖渚さんをこの橙色の怪物の前に置き去りにし、自分だけ助かる可能性に賭けたほうが。
 見捨てる――見殺しにする。
 玖渚さんを僕が、自分の意思で見殺しにする。それが正しい選択だというのならば――

 「…………ごめん、玖渚さん」

 しゅるり。
 玖渚さんと僕とを連結していたゴム紐を解く。
 しばらくぶりに僕から離れた玖渚さんを、地面にそっと横たえる。背負っていた自分のデイパックを下ろし、それも玖渚さんのそばに置いた。
 玖渚さんは、されるがままに何も言わない。僕の選択にすべて委ねているように見えた。

 「悪いけど、君を見捨てることはできない」

 右手と口で、解いたゴム紐を切断された左腕にきつく巻きつける。出血を抑えるのに、このゴム紐はうってつけだった。
 玖渚さんはきょとんとした表情をする。まるで人間らしい感情があるかのように。
 当たり前だ、人間に感情がないはずがない。
 玖渚さんは、生きている普通の人間だ。
 今もこうして、普通に生きている。

794 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:41:14
 
 「僕もね、少し前までは思っていたんだ。自分が、何を見ても、誰を相手にしても殺すことしか考えられない、生まれついての殺人鬼だって」

 殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい。
 だから殺す、だから殺す、だから殺す、だから殺す、だから殺す、だから殺す。
 すべての事象が、僕にとっては殺人の理由。
 そんな自分を受け入れているところもあった。この異常を隠さず、むしろ主張することによって、向こうから恐怖を抱いて退いてもらうために。
 人を殺さないために、殺人鬼のレッテルを己に貼ることを僕は選んだ。
 でも、そんな生き方は本当はしたくなかった。誰かと普通に語り合い、誰かと普通に触れ合い、誰かと普通に仲良く遊べるような、そんな日常を望んでいた。
 いくら望んでも、それは叶わないことだと思っていた。

 ――あんたと俺は命がけで戦ったんだぜ? つまり俺達はもう友達じゃねーかよ――――

 だけど、違った。

 ――あたしは何があっても、宗像さんの味方、だから――――

 僕のことを殺人鬼としてではなく、ただの宗像形として、どこまでもまっすぐに見てくれた人たちがいた。
 彼らはどちらも「守る人」だった。
 誰かを守る、誰かを救う、誰かを助ける。理由こそ違えど、彼らは常に何かを守るために生きているようだった。殺すために生まれてきたような僕とはまるで正反対に。
 そんな彼らの生き方が、僕にはとても眩しかった。当たり前のように誰かのために生きられることが羨ましかった。
 そんな人達が、僕のことを友達だと、味方だと言ってくれた。それを裏切るような真似だけは絶対にしたくない。
 殺す以外に何もできなくても、殺すために生まれてきたような人間でも。
 彼らの仲間として、その生き様に恥じない存在でありたい。誰かを助け、誰かを救い、誰かを守る。そんな存在に。

 ――『正義の味方』であるあたしが『味方』してるんだから――――
 ――宗像さんは、『正義そのもの』だ――――

 ……そうだね、火憐さん。

 僕は立ち上がり、身体の内側に力を込める。
 迷いはすでに消え去っていた。心からの決意を、ありったけの覚悟を、僕は叫ぶ。

 「僕は、『正義そのもの』になる――――!!!」

 割れんばかりの声で。
 なりたい、でも、なれたらいい、でもなく、なる、と。
 初めて僕は、そう宣言した。
 そんな僕の叫び声にも、真心はまるで反応せずにこちらをただ見ている。無機質に、機械的に、無感動に。
 止めるためには、殺すしかないのかもしれない。
 それでも、僕にできる限りのことはしようと決めた。玖渚さんだけでなくあの橙色の少女も、火憐さんなら救ってみせると言うだろう。

 「もう少しだけそこで待っててくれ、玖渚さん」

 そう言って僕は構えを取る。
 腕を上げて、拳を作り、腰を低く落とし、膝をやや曲げて。
 暗器を使うときとは違う、火憐さんから教えてもらった体術の構え。

 「君は必ず、僕が守るから」
 「…………無茶するなあ」

 そういうところ、ちょっといーちゃんに似てるんだよねえ――と、呆れたように、しかしどこか嬉しそうに、玖渚さんは呟いた。
 すると突然、何かに反応したかのように真心がこちらへ突っ込んでくる。一度は学習したかと思ったが、何に冷静さを欠いたのか、最初の暴走状態に戻っているようだった。
 好都合だ。
 動きが直線的であるほど、こちらは対処しやすい。

 「行くよ」

 今までは逃げの一辺倒だったが、今度は僕からも相手に向かって駆け出す。
 真正面からぶつかれば当然押し負ける。真心が手刀を繰り出すタイミングを見計らい、ぎりぎりのところで方向を変え、真横へと跳躍する。
 真心の手刀が僕の腹部をかすめる。皮膚が制服ごと切り裂かれ、血が吹き出すのがわかったが、致命傷には全然足らない。
 腐ってもアブノーマル、殺されない技術に関しては人一倍以上。人一倍異常だ。
 跳躍した先にあった太い竹を足場に、今度は斜め上へと身体を上下反転させながら大きく飛び跳ねる。ちょうど、真心が僕の真下へと来る位置まで。
 三角跳び。
 火憐さんから教わった基本技のひとつ。
 「人間にとって死角である真上を制するための技」みたいなことを火憐さんは言っていたけれど、はたしてどんな格闘技の流派にこんな技があるのか、それ以前に火憐さんが何の格闘技をやっていたのか、僕は知らない。
 そもそもこれは格ゲーの技ではなかったのか。

795 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:41:44
 もちろん、頭上を取ったからといって雌雄の決するような相手じゃない。むしろこのままだと、相手が待ち構えているところに無防備のまま落下するだけという自爆に近い状態。
 この高さからだと腕も足も真心に届かない。そしてこちらの攻撃が届く位置に来るまで悠長に待ってくれる相手ではないだろう。
 刀を投げる手は使えない。相手は僕の暗器を習得済みだ。また奪い取られて投げ返されたらこっちが死ぬ。
 無論、何も考えずに頭上に跳んだわけではない。

 「ふっ――っっ!!」

 空中で逆さまに浮いたまま、上半身を勢いよく捻ることで螺旋状に回転する。
 そして真下に立っている真心へ向けて、左腕を大きく振りかざした。
 足が届かない距離なのに、腕が届くはずがない。ましてや肘から先のとぎれた左腕、万が一にもかすることすらありえない。
 だけど、腕は届かなくとも。
 その左腕に、止血のために巻きつけておいたゴム紐はその限りじゃない。
 このゴム紐は、ロープ代わりに使えるくらい十分な強度と長さがある。腕に巻きつける際、片端の長さを余すようにしておけば、こうして中距離間の攻撃に応用することもできる。
 鞭のように放たれたゴム紐は、回転の遠心力を伴って真心のほうへ伸びていく。そして僕の狙い通りに、真心の華奢な首に一瞬にして絡みついた。
 捕まえた。

 「!!」

 それに気付いた真心が、紐を解こうと首に手をかけようとする。
 もちろん外す隙は与えない。僕は近くにあった竹に右手を引っ掛けて半ば無理矢理にしがみつき、そのまま渾身の力で真心の身体を引っ張りあげた。
 真心の両足が浮く。
 かはっ、と苦しげに息の漏れる音が聞こえる。それでも僕は力を緩めない。

 「絞殺――どんなに強くとも、呼吸を止められれば人間は、死ぬ――!」

 正確には絞めるのは、気管ではなく頚動脈。絞め方さえ間違わなければ、完全に息の根が止まる前に『絞め落とす』ことができる。
 殺さず落とすのに、絞めは最も適した殺人技。
 火憐さんも「何度殴り倒しても起き上がってくるしぶとい相手には絞め技が一番効果的」などと言っていた。火憐さんの体術で倒れない人間というのは、ちょっと想定し難いけれど。
 普通のロープやワイヤーなら、真心の腕力相手では引きちぎられる恐れがある。だけどこのゴム紐は、どんな素材を使っているのか相当に強度が高い。
 加えて相手は右腕を骨折している。両足の浮いた状態で、片腕の力だけでちぎれるような強度の紐じゃない。
 いける。
 このまま絞め上げ続ければ、真心を殺さずに無力化できる!

 ――と、僕が思ったそのとき。
 真心の左手が、すっとこちらのほうを向く。
 ゴム紐を掴むわけでも、闇雲に振り回すわけでもなく、ただこちらへ向けて片手を突き出してくる。
 突き出されたその手は、まるでライターを着火しようとしているかのような、奇妙な形で握られていて――

 「――――あ」

 その手に握られたものの正体に気付いたときには、真心はすでにそれを『発射』していた。
 さっき僕が真心へ向けて連射した、コルト・パイソンの『殺意なき弾丸』を。

 「が…………っ!!」

 指弾!
 指の力で弾かれたとは思えない勢いで飛んできた弾丸は、僕のこめかみあたりに直撃する。その衝撃に一瞬、手の力を緩めてしまう。
 再び力を込める暇もなく、真心の両足が地面に着く。
 足場を得た真心は、逆にゴム紐を思い切り引くことで竹にしがみついていた僕をそこから引き剥がす。そして勢いそのままに、ゴム紐をハンマー投げのように振りかぶって、僕を地面へと叩き落した。

 「……………………っっっ!!!」

 声も出ないほどの衝撃。
 地面で一度大きくバウンドし、背中からどさりと着地する。
 頭蓋骨が砕けたかと思うくらいの眩暈と痛みを全身で感じながら、僕は今度こそ自分の敗北を悟る。
 ……甘かった、学習していないのは僕のほうだった。
 真心が僕の暗器を習得していて、千刀・ツルギをいつの間にかその身に隠し持っていたという事実。それを知っておきながら、同様にコルト・パイソンの弾丸を隠し持っている可能性に思い至ることができなかった。
 暗器使いの僕が、暗器で完全に裏をかかれた。
 完膚なきまでに、僕の敗北だった。

796 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:42:10
 
 (……できる限りのことはやった――なんて言い訳できるような結果じゃないな、これは)

 逃げることも戦うことも、これ以上は無理のようだ。
 仰向けに倒れたまま、そっと目を開ける。
 空が見えた。
 青い空が、青々とした竹の葉の隙間からわずかに見えた。
 あたり一面が燻った煙で覆われているにも関わらず、なぜか僕にはその空の青さがはっきりと見えていた。
 身体を起こそうとするが、力が入らない。代わりに頭がずきずきと痛む。
 玖渚さんが近くにいるはずだけど、姿が見えない。
 玖渚さんに謝りたかった。謝ったからといって何が変わるわけでもないけれど、必ず守る、などと大口を叩いておいて、こんな結果しか残せなかった自分の不甲斐なさを、せめて一言謝りたかった。
 火憐さんにも、善吉くんにも、黒神さんにも、玖渚さんを僕に託してくれた伊織さんにも、謝罪の言葉を口にする力もない自分がどうしようもなく無力に思えた。
 ざっ、と。
 僕の頭のすぐ脇で、小さな足音が鳴る。
 真心がそこに立っていた。近くで見ると、その怪我の痛々しさがはっきりとわかる。僕の怪我よりずっと酷いだろう。
 その橙色の瞳は僕のほうを見ておらず、虚ろな表情で、誰かのことを思い出すように遠くのほうを見つめている。
 ぼんやりと開いた口から、少女は僕にとって初めて意味の理解できる言葉を発した。


 「――――いーちゃん」


 …………ああ、ここへ来てまたその名前か。
 真心が『いーちゃん』の知り合いかもしれないと玖渚さんは言っていたけれど、どうやら的を射ていたようだ。
 いまさらそれを知ったところで、何の意味もないのだけれど――

 ひゅん。

 真心の腕が、無慈悲に僕へと振り下ろされる。
 ああ、死ぬな。
 誰も、何も守れないままに僕は死ぬのか。
 『正義』の二文字は、どうやら僕には荷が重すぎたらしい。
 火憐さん、ごめん。
 最後まで信じてくれた君には、本当に申し訳ないと思うけど。
 やっぱり僕は、正義にはなれなかった――――







 「いや、お前は間違いなく正義だぜ、少年」







 そのとき何が起きたのか、はっきりと見えていたわけではない。
 ただ、赤が。
 視界の中に、赤色が飛び込んできた。
 空の青さも、漂う白煙も、すべてかき消してしまうくらいにまばゆい赤色が、僕の目の前に存在していた。
 何の前触れもなく、千年前からそこにいたかのような毅然さで。
 その赤色の人影は、橙色の人影をはじき飛ばす。
 あの面影真心を、橙なる種を、ただの体当たりでいとも簡単に遠くへと吹き飛ばす。
 いや、正確に言うなら吹き飛ばしたのは、その赤色がまたがっているふたつの――――車輪?

 「じ…………自転車?」

 真心を撥ね飛ばした自転車の車輪が、ざん、とふたつ同時に着地する。
 山道にそぐわない、籠と荷台のついた、俗に言うところのママチャリ。
 それに乗っていた赤色の人影が、なぜかサドルにまたがったままの姿勢で跳躍し、僕の目の前にふわりと降り立った。

 「確かにお前には、真心ちゃんの相手はちと荷が重かったかもしれねえ――だがな、少年」

 赤色の人影が僕のほうを振り返る。
 煌々と燃えるようなその赤い瞳が、呆然と見上げているだけの僕をまっすぐに見た。

 「お前はそんなボロボロになってまで、あたしがここに到着するギリギリまで、あたしの友達を命懸けで守ってみせたんだぜ。それが正義でなくてなんだっつーんだよ」

 その人は。
 炎のように赤いスーツに身を包んだ、炎のような存在感を纏ったその女性は。
 とても力強く、しかしどこか優しげに、この上なく楽しそうな表情で、僕に笑いかけた。

 「このあたしが誰かのことを、気も衒いもなく、一片の迷いもなく『正義』だと思ったんだ。少なくともそれは、誇ってもいい出来事だぜ」

797 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:42:34
 
  ◇     ◇


 燃え盛るような赤い髪。
 攻撃的な真紅のスーツ。
 射すくめるような、つり上がった三白眼。
 服はほとんどの部分が破れたりほつれたりしていて、惜しげもなく素肌を晒している。
 いや、ボロボロなのは服だけじゃない。むしろ素肌のほうが酷い様相を呈している。
 打撲、裂傷、骨折が全身に溢れかえっていて、痛々しいどころの話ではなかった。腕などは折れた骨が皮膚を突き破って露出してしまってさえいる。
 真心と同じ満身創痍。
 にもかかわらず、その全身から滲み出る活力は怪我どころか、疲労すら感じさせないそれで。

 「――――あ、」

 その人が誰なのか、僕は知っていた。
 詳細名簿に載っていた参加者のうち、顔写真だけでも存在感を放っていたのをよく覚えている。

 「哀川、潤…………?」

 《赤き征裁》、《死色の深紅》、《疾風怒濤》、《一騎当千》、《赤笑虎》、《仙人殺し》、《砂漠の鷲》、《嵐の前の暴風雨》。
 そして、《人類最強の請負人》。
 ものものしい肩書きの数々と、美形ではあるけどどことなく肉食動物を思わせる鋭い目つきから一度は危険人物に分類しかけたけど、結局は普通の名簿のほうに入れておいたように記憶している。
 あれはどういう理由で、危険じゃないと判断したのだったか――

 「潤ちゃん……」

 玖渚さんが声を漏らす。どこに行ったかと思ってたけど、案外近くにいたらしい。
 そういえば玖渚さんは、この哀川潤と知り合いであるようなことを研究施設で言っていたような気がする。
 伊織さんが「哀川のおねーさん」と親しげに呼んでいたのもこの人だろう。
 それぞれがどういう関係なのか、詳しく聞いてはいないが。

 「よう玖渚ちん、久しぶり」

 気さくな感じで、哀川さんは玖渚さんに声をかける。

 「悪いな、遊園地で逃げられてから真心ちゃん追ってたんだけど、途中で見失っちまってよ。竹取山のどこかに逃げ込んだってとこまでは見当ついてたんだが、山火事のせいで思うように捜索できなくてさ。
 逃げてる途中で真心が投げ捨てたデイパック漁ってみたらこの自転車が出てきたから、これで手当たり次第走り回ってたんだが、とりあえず間に合ってよかったぜ」

 そう言って哀川潤は、もう一度僕を見てニッと微笑んだ。

 「お前が大声で叫んでくれたおかげで、ここにいるってわかった。ありがとよ、少年――はは、『正義そのもの』なんて、いかした台詞聞かせてくれんじゃねえかよ」

 立てるか? と僕に手を差し伸べてくる哀川潤。そんなあからさまに複雑骨折している腕を差し伸べられても、こちらとしては対処に困るのだけれど。
 むしろあなたがそうして立っていられるのが不思議だ――と突っ込む余裕もなかったので、まだ痛む身体を無理矢理に稼動して立ち上がる。
 思っていたほど骨や筋肉に損傷はないようで、ふらつきながらも何とか両足で地面を踏むことに成功した。

 「少年、名前は?」
 「宗像、形……です」
 「そうか、じゃあ宗像くんよ」

 哀川さんは、すぐそこの地面に寝そべっていた玖渚さんを折れているはずの腕でひょいとつまみ上げ、乗ってきた自転車の籠に放り込んだ。
 玖渚さんは「うにゅっ」と声を上げながら、尻からすっぽりと籠におさまる。身体を折りたたむようにして、足だけを籠から出している。

 「こいつと一緒に、早いとここのエリアから脱出しろ。徒歩じゃもう間に合わねえ、このチャリで麓まで一気に駆け下れ。あとネットカフェにあたしの荷物が放り込んであるから、余裕があったら回収しておいてくれ」

 そう言って哀川さんは、後ろを振り返る。

 「あたしはここで、あいつの相手をする」

 そこには、怒りのこもった眼で哀川さんをにらみつける真心の姿があった。
 明らかに、僕たちと対峙していたときとは様子が違う。
 殺気や敵意、警戒心などが溢れかえっているように見える――二人の関係を知らない僕には、その理由が分からない。
 うまく状況が整理できず、僕はただ戸惑う。

 「落ち着け、真心。山に火を放ったのはこいつらじゃねえ」

 だよな? といった具合に僕のほうを見る哀川さん。反射的にうなずいてしまったが、どういう意味だ?
 山に火を放った? この山火事の話か?

 「いや、実はあいつ、昔のことで炎にトラウマがあるらしくてよ。火事とか見ると、あんなふうに理性を失って暴走しちまうんだわ。それでたまたま見つけたお前らを、この山火事を起こした張本人だと思って襲いかかったんだろうよ」
 「え」

798 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:42:59
 そんな理由で?
 そんなことで僕たちは、危うく殺されかけたのか? 嘘だろう?
 操想術とかの話はどこへ行ったんだ。

 「あたしは真心とは顔見知りだから、少しは話しが通じるかもしれねえ。だからこの場はあたしに任せろ。お前は早く自転車に乗れ」
 「いや、乗れって――」

 時間がないのは承知だけど、本当にこの山道を自転車で下れというのだろうか。 マウンテンバイクですらない、このママチャリで?
 それだけでも無茶なのに、今の僕は左手を失ってるからハンドルを握るのも十分にできないのだけれど。

 「贅沢言うな。見ろ、あたしなんて両腕ともバッキバキにへし折れてんのに、両足の力だけでここまで上ってこれたんだぞ。片腕使えて、しかもただ下るだけなら余裕でできるっつーの」

 無茶苦茶な理屈だった。
 ていうかこの人、マウンテンバイクでもそれなりに苦労するであろうこの斜面をただの自転車で駆け上がってきたうえに、体当たりまでかましてみせたのか?
 どんな脚力だ。
 古賀さんあたりならできそうな気もするけど、それも全快の状態での話だ。

 「いや、でも哀川さん――」

 自転車がどうこうとかいう、それ以前に。
 両腕すら使えないその満身創痍の体で、あの真心を相手にできるはずがない。よしんば足止めできたとしても、その後に禁止エリアになりかけているここから脱出するだけの余裕が残っているはずがない。
 ここに残るというのは、ここで死ぬと言っているも同義だ。
 僕がそう言おうとすると、哀川さんはそれを遮るように、

 「あたしのことを名字で呼ぶな。あたしのことを名字で呼ぶのは敵だけだ」

 と、言った。

 「あいつは、真心はそもそも、あたしがもっと前にどうにかすべきだったんだ。あたしがドジっちまったせいで、お前と玖渚ちんを危ない目に遭わせちまった。お前のその左腕も、あたしの責任だ」
 「…………」
 「言っておくが、その責任を取ってお前らの代わりにあいつの相手をするってわけじゃねえぞ。あいつを、真心ちゃんを止める責任が、もともとあたしにあるってだけの話だ。あいつを救うのは、あたしの役目だ」

 潤さんはそう言って、不敵に笑ってみせた。
 救う。
 その言葉をあたりまえのように口にする彼女は、とても生き生きとして見えた。
 こんな、今にも崩れてしまいそうな怪我なのに。
 この程度の逆境では、まるで足りないと言わんばかりに。

 「宗像くんよ。お前は『正義そのもの』なんだろ」

 赤い瞳が、ふっと優しげな光を帯びる。

 「だったらあたしは、正義の味方だ」

 「…………!!」

 正義の味方。
 その言葉に僕は、胸をつかまれたようになる。

 「正義を名乗るんだったら、正義の味方の言うことは信用しろ。大丈夫だ、あたしも真心ちゃんも、これしきでくたばるほどヤワな造りはしてねえよ。
 人類最強の請負人であるこのあたしが『味方』するってんだぜ。だからお前は安心して、大船に乗った気であたしにこの場を任せればいい。あたしは岡の黒船どころか、怖いもの知らずのドレッドノート級だからな」
 「潤……さん」
 「だからお前は、玖渚ちんを守ってやってくれ。どういう理由で玖渚ちんと一緒にいんのかは知らんが、それは別にいい。ひとつ言えるのは、真心を救えるのがあたししかいないように、宗像くん、この場で玖渚ちんを救えるのはお前しかいないってことだ」

 少しだけ、笑顔に寂しさを含ませて。
 潤さんは言う。

 「頼む。そいつ、あたしの大事な友達なんだよ――それに、玖渚ちんに出会っておいて守りきれなかったなんて言ったら、いーたんにぶっ殺されちまう」

 あいつ玖渚ちんのことになると見境いねえからなあ――と言って、どこか愛おしそうな表情をする潤さん。
 どうやらこの場で、『いーちゃん』を直接知らないのは僕だけのようだ。
 『いーちゃん』、君の知り合いの女性たちが今、修羅場の真っ只中にいるよ――思わずそんなことを言いたくなってしまう。別にその『いーちゃん』のせいでこの状況があるわけではないだろうけど。

 「…………潤さん」
 「おう」

 腕を振るい、ロープ代わりに使ったゴム紐の端をしゅるりと腕に巻き取る。
 そして自転車のサドルにまたがり、残った右手でハンドルを握る。

 「僕は、あなたを信じます」
 「おう、信じろ」
 「あなたを信じて、この場を任せます」
 「おう、任せろ」
 「だからどうか、あなたも生き残ってください」
 「…………」
 「生き残って、僕と一緒に戦ってください」

799 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:43:35
 この人のことを、僕はほとんど何も知らない。精々が名簿に載っている、事実かどうかもわからない情報だけだ。
 だけどひとつだけ、ここでこの人に会ってみてわかったことがある。
 この人は強い。最強という肩書きが不自然でないくらいに。
 この人が真実味方になってくれるなら、それはこの上なく心強い。

 「…………ああ、約束すんよ」

 僕の言葉に、潤さんは皮肉げに笑って返す。

 「お前も、あたしと再会するまで死ぬんじゃねえぞ、宗像くん」

 その言葉を聞いて、僕はペダルを一気に踏み込み、麓へと向けて一直線に駆け下る。
 自転車はぐんぐん加速し、潤さんたちの姿があっという間に遠ざかっていく。
 周囲の竹に激突しないようハンドルを操作しながら、僕はなぜ潤さんの名簿を見て危険人物と判断しなかったのかを思い出していた。
 あの自信に溢れた眼差しと、理屈では説明できない強さを象ったような雰囲気。
 すべてが似ているというわけではないけれど。
 あの人はどこか、黒神さんに似ているような気がした。



   ◆  ◆  ◆



 「はは、雰囲気に乗せられてつい『正義の味方』なんて言葉使っちまったぜ。そんなもんあたしの柄じゃねえっつうの――――さて、と」

 麓へと向けて走り去った宗像形たちを見送ったあと、哀川潤はようやく面影真心に向き直る。
 真心は相変わらず、その場から動かず敵意のこもった眼で哀川潤を睨みつけていた。

 「待たせたな、真心。さっそく第二ラウンドと洒落込もうぜ――と言いたいところだけど、その前にひとつ確認しておくか」

 山火事はすでに煙だけではなくなってきている。西のほうから徐々に火の手が迫ってきているのが、哀川潤たちのところからも視認することができた。
 それでも二人は、そんなことに興味はないとばかりにお互いの姿だけを視界に納めている。
 哀川潤は面影真心を。
 面影真心は哀川潤を。
 双方ともに、ただ見つめている。

 「真心、お前すでに操想術から解放されてるな?」

 哀川潤の問いかけに、真心は何も言わない。
 しかし、その太い眉が一瞬ぴくりと動いたのを哀川潤は見ていた。

 「やっぱりそうかよ……確信は持ててなかったけど、お前もう、あたしが来るより前に正気に戻ってたんだな」


  ◇     ◇


 「もしかしたら、って思ったのはランドセルランドでお前とやりあってる最中だったな――つっても、あの包帯女から真心にかけられてる操想術の仕組みを聞いてなけりゃ、気付くことさえなかっただろうけどな」

 真心にかけられている操想術の仕組み。
 心臓の鼓動を基調に操想術を施すという、面影真心の完全性を逆手に取った裏技。真心の心臓が動いている限り、その操想術は常時かかりっぱなしの状態を維持する。
 真心が死ぬまで、決して操想術が解けることはない。
 はずだったのだが。

 「あたしの知ってる、橙なる種として完成した面影真心だったら、それこそ心臓を止めでもしない限り術を解くことはできなかっただろうな。そんな死ぬほどの怪我を負った程度で、死ぬほどの血を流した程度で、お前の心臓は狂わないだろうからな――
 だけど、今のお前はそうじゃない。『制限』だか何だか知らんが、あたしもそれと同じものをかけられているからよくわかる。あたしは本来のあたしほど最強じゃないし、真心、お前は本来のお前ほど最終じゃない」

 制限。
 身体能力をはじめとするいくつかのスキルに、一定の弱体化、限定化を負荷する措置。
 ゲームの平等性を最低限維持するための措置のひとつだったが、真心の場合においては、それが少し違う方向に作用した。

 「今の真心ちゃんの身体で、そんな大量の血を流した状態で休みなく動き回ったら、さすがに脈拍も一定じゃなくなってるんじゃねえか? その操想術の拠り所は、あくまで心臓の鼓動一点のみのはずだ。それが狂えば必然、術は解けるか沈静化する」

 面影真心の完全性を前提にして施された操想術。
 制限によってその完全性に揺らぎが出たことで、術の完全性もまた否定された。
 時宮時刻にとっても、それは計算外の出来事だっただろう。

 「いつ、どのタイミングで解けたのかまではあたしにはわからんけどね……真心ちゃんの心臓の音でも聞けりゃ、もっと早く確信持てたんだけどな。『では、心臓の鼓動音は』――とか言ってなあ」
 「…………」

 地面に耳をつける真似をする哀川順に、真心はやはり何の反応も見せない。
 憎々しげに。
 背中の傷口からなおも血を流しながら、何も言わずに立っている。

800 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:44:01
 
 「……なあ真心。お前結局、何がしたかったんだ?」

 哀川潤は問いかける。一方的に。

 「骨董アパート破壊したのもお前だな? アパート壊して、あたしと喧嘩して、途中で逃げて、ようやく見つけたかと思ったら玖渚ちんたち襲ってて、それがお前のやりたかったことだったのかよ?」
 「…………」
 「あたしを襲ったとこまではわかる。時系列的にあたしのことを覚えてるかどうかは微妙だが、橙なる種の前身であるこのあたしに襲い掛かるってのはいわば本能だろうからな。だけどなんで、たまたま見つけたとはいえ、玖渚ちんたちまで殺そうとした?」
 「…………」
 「あたしがいーたんの声帯模写したってのも、とうに気がついてるよな。お前のスペックで、正気に戻ったんならなおのこと気付かないはずがねえ。その上でどうして、あたしを振り切って禁止エリアなんかに直行した?」
 「…………」
 「死にたかったのか? 何でもいいからぶっ壊したかったのか? それともいーたんに会いたかったのか? 何とか言いやがれ、真心!」


 「うるさい」


 初めて。
 赤色に対し、橙色が反応を示す。

 「お前のことは、何となく覚えてるぞ。あの狐野郎に連れてこられた体育館で、いーちゃんを見つける前にぶん殴った記憶がある。それに、さっき俺様と闘りあった赤色もお前だったな――お前があの、俺様の前身だっていう哀川潤か」
 「ああ、真心ちゃんやっぱり『そのへんから』来てんのな……あたしに関する記憶も、せいぜいその程度かよ。こちとらランドセルランドのときも含めて二回も命がけでバトってんのによ」
 「……『何がしたかった』? 俺様にやりたいことなんてない。やりたいことなんて、ただのひとつもなかった――俺様はただ、終わらせようとしてただけだ」

 その眼からすでに、狂気の色は消えていた。
 明確な声で、真心は言葉を紡ぐ。

 「ここにあるもの全部ぶっ壊して、このふざけた実験とかを終わらせようとしてただけだ。この殺し合いも、主催の連中も、俺様自身も、何もかも終わらせようと思った。それだけだ」

 《人類最終》。
 西東天が世界を終わらせる目的で作成した《赤き征裁》。その続きであり完成形でもある、唯一無二の存在。
 本能というならこれこそが本能。世界を、物語を終わらせることこそが、橙なる種にとっての役割であり存在理由。
 その存在理由に則って、真心はこの世界を終わらせようとしていた。
 終わらせようとしていただけで、真心は誰とも敵対していなかった。誰とも戦っていなかったし、誰とも殺し合いを演じてなどいなかった。真庭鳳凰も、鑢七実も、哀川潤でさえも、真心にとっては戦う相手ですらなかった。
 無戦無敗、ゆえに最終。
 だから相手というのであれば、この世界そのものが真心の相手だった。

 このバトルロワイアルという世界を。
 真心はずっと終わらせようとしていた。

 「あの操想術野郎のせいで暴走してる間は、確かに俺様自身も、自分が何をやってるのかよくわからなかった。だけど今、正気に戻ってみてはっきりとわかった。俺様が何を目的として暴れていたのか」
 「…………なるほどね」

 吐き棄てるような表情で哀川潤は言う。

 「時宮時刻が世界を終わらせる目的で真心に操想術をかけたってんなら、ここに限ってはその目論見は成功してたってわけだ――擬似的とはいえ、ひとつの世界っつーか、物語を形作ったような実験だからな。
 この空間が限定的過ぎたってのもまずかったな。元々の世界でだったら解放されたとしても、せいぜい自分の憎む対象を破壊しようとするくらいのことで終わっていただろうが、この世界なら十分、橙なる種の手に負える範囲だったってわけだ」

 40余名の参加者と、64マスで区切られた空間。
 それを世界と呼ぶなら、真心にとってはあまりに狭すぎる。

 「まあ、それに関しちゃ時宮時刻とこの実験企てたクソ主催者が原因みたいなもんだから別に責めやしないさ……いや、元はと言えば真心を拘束してたMS‐2の連中と、さらに遡ればあのクソ親父が元凶か。どっちにしろ真心、お前は悪くねえ。
 だがな、真心。せっかく操想術が解けかけたってのに、わざわざ自分から術が解けないように立ち回ったってのは少々いただけねえんじゃねえのか?」
 「…………」
 「そもそもお前が、なぜここまで長いこと操想術の支配下にあったのかが疑問だったんだ。お前なら、自力で術を解くくらいのことはしていても不思議じゃないからな。だけど真心、お前が自分から術を解かないようにしてたってんなら、話は別だ」

801 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:44:27
 操想術の狂気による殺戮がさらなる狂気を生むという悪循環。
 それこそが、制限により完全性を失った真心がそれでも操想術の影響を長く受け続けた理由。
 その悪循環を、真心自身が望んで作り上げていたとしたら。

 「紅蓮の炎にわざわざ自分から向かっていったり、正気を失った振りをして誰かに無差別に襲い掛かったりすることで、自ら狂気を演出してたんじゃねえのか? 自己暗示っつーか、真心ちゃんなりの操想術ってわけだ」

 まああたしが阻止してやったがね――と哀川潤は皮肉げに言う。
 燃え盛る山の中に迷い込んだのも、たまたま出会っただけの相手を殺戮しようとしたのも、すべてが欺瞞であり演出。
 自らを狂気に押し留めるための。
 自らを解放し続けるための苦肉の策。

 「玖渚ちんや宗像君にとっては単に運が悪かったってことか……ともかく真心、それに関しては操想術のせいじゃねえ、お前が自分で選択してやったことだ。お前が自分で、正気から狂気に逃げただけのことだ」
 「…………」
 「結局のところ、お前はただ逃げてただけなんじゃねえのかよ。正気に戻るのが怖くて、自分のやったことを冷静に見るのが怖くて、狂ったふりして暴れてたんじゃねえのか。操想術にかけられてやったこと、って言い訳してよ」
 「…………」
 「お前が玉藻ちゃんに刺されたのはあたしのせいだ。そのせいで正気に戻りかけたってんなら、お前のその選択の責任はあたしにあるのかもしれねえ――だけどな、あたしが許せねえのは、お前があたしからもいーたんからも逃げてたってことだよ」
 「…………」
 「なんであたしに助けを求めなかった? 正気に戻っておきながら、なんでいーたんを探すのを優先しなかった? お前にとって狂気ってのは、解放された自分ってのは、そこまで気持ちのいい逃げ場所だったのかよ、真心!」
 「…………そんなこと、もうどうでもいい」

 沈黙を続けていた真心が、おもむろに背中に刺さっていたナイフの柄をつかむ。
 かろうじて出血を止める詮代わりになっていたそのナイフを、そのまま無造作に引き抜く。空いた傷口から、真っ赤な血がどろりと流れ出た。
 さほど出血が多くないのは、もはや流れるべき血が身体の中に残っていないせいだろうか。

 「どうせ俺様は、もうすぐ死ぬ」

 血まみれのナイフを放り投げる真心。ナイフは宙を回転し、哀川潤の足元へからんと落下する。

 「……ああ、死ぬな。その怪我じゃ」
 「お前のせいだ」
 「そうだな、あたしのせいだ」
 「お前も死ぬぞ、ここにいたらもうすぐ」
 「そうだな、あたしも死ぬ」
 「…………だったら、なんで、」

 真心の表情に怒りの色が浮かぶ。
 憎しみでなく、怒りの感情を真心は顕わにする。

 「なんでお前は、ここから逃げないんだよ!! 俺様が正気に戻ってるってことに気付いてたんなら、さっきの奴らと一緒に逃げればよかっただろうが!! そうしてたらお前、ここで死ぬこともなかったんじゃないのかよ!!」
 「ああ、死ななかったかもな」
 「じゃあ逃げろよ! なんで俺様の邪魔ばっかりするんだよ! 俺様を置いて、さっさとここから消え失せちまえよ!」
 「いやだ」
 「だから、なんで――」
   . . . .
 「なんで?」

 今度は哀川潤のほうが怒りを顕わにする。
 低い声で、苛立ちを隠そうともせずに。

 「そんなもん、お前のことが大好きで大好きで仕方ねえからに決まってんじゃねえか。それ以外に何があるってんだ馬鹿野郎」
 「…………!!」
 「別に信じなくてもいいけどな、あたしは時系列的にお前より先の時間から来てんだよ。だからお前の悩みも本音も、全部ネタバレっちまってんだよクソガキが」

 生まれつき、完全な人間として創造された面影真心。
 真心にとって、生きるということは簡単すぎた。
 簡単すぎて、生きていることがわからなくなるほどに。
 世界が終わっているようなんだと。
 ずっと、助けてほしかったと。
 かつて真心は、戯言遣いにそう叫んでいた。

 「そんな真心ちゃんが、こともあろうにあたしのせいで死にかけてるってのに、それを見捨てて逃げられるわけがねえだろうが。すでに言ったはずだぜ。お前を救うのは、あたしの役目だ」

 ずっと直立不動のまま話していた哀川潤が、ここでようやく攻撃的な構えを見せる。
 血まみれの、傷だらけの身体で、それでも猛々しく。

802 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:44:52
 
 「来いよ真心――あたしにとっちゃ二度目だが、お前が生きてるってことを証明してやる。狂気に逃げる必要なんかないくらい、生きてるってことを実感させてやるよ」

 お前が死ぬ前にな――と。
 眼を見開き、身を震わせる真心に対し、哀川潤は手招きをする。

 「さっきみたいなただの殴り合いじゃねえ。今度こそ死ぬつもりで、殺すつもりでかかってこい。あたしも死ぬつもりで、殺すつもりで相手してやる。責任を持って全身全霊、お前のすべてを受け止めてやんよ――」


 「――だから安心しろ。あたしは絶対に、お前のことを見捨てたりしないからさ」


 「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!」


 真心の咆哮を合図に。
 赤色と橙色が、互いに向けて同時に飛びかかる。
 空気が震え、地鳴りのような衝撃があたりに伝播する。ふたつの人影が激突し、そこに火花のような血しぶきが舞う。
 そこから先は、肉体と肉体のぶつかりあいだった。
 互いの拳が、脚が、胴体が、縦横無尽に竹林の中を駆け回り、交錯する。そのたびに破裂音と血しぶき、ときには肉片や骨片がはじけ飛び、乱舞する。
 折れた腕を振るい。
 裂けた脚で地面を駆け。
 痣だらけの胴体で攻撃を受け止め。
 瀕死の身体を、満身創痍の肉体を。
 それでも足りないとばかりに削り合う。

 「ぐうっ――!!」

 哀川潤の前蹴りが真心にヒットし、バランスを崩して地面に倒れる。
 それに追撃を加えることなく、哀川潤は大声で叫ぶ。

 「どうしたぁ真心! そんなんじゃこっちは全然ものたんねえぞこら! 死ぬつもりで、殺すつもりで来いっつっただろうが! 本気で、命がけで、全身全霊であたしを殺してみろ!!」
 「ぐっ……がああああああああああああああああああっ!!!!」

 真心が立ち上がり、再び乱打の応酬が始まる。
 周囲に密集する竹は、もはや障害物としての役割を果たしていない。赤い影が、橙色の影が通過するたび、その軌道上にある竹が軒並み踏み倒されていく。
 竜巻のように。
 ふたつの天災が、竹取山の一部を蹂躙していく。
 あたりを囲んでいる山火事すらも、災害と呼ぶにふさわしくないほどの勢いで。

 「らあっ!!」

 真心の足刀が哀川潤の頭部を揺さぶる。
 口から歯と血を吐き出しながら、それでも哀川潤は笑みを絶やさず、すぐさま反撃に打って出る。
 折れた腕をかばう様子もなく、カウンター気味に肩からぶつかって、宙に浮いていた真心を力任せに吹き飛ばす。
 真心は空中でくるりと回転し、こちらも腰の刺し傷を気遣う様子なく、乱雑に着地した。

 「ははっ……いい感じだぜ、真心!」

 お互い、とうに限界という言葉は超越しているように見えた。
 骨も肉も、筋肉も関節も致命傷レベルで損傷しているというのに、真心も哀川潤もまったく動きを衰えさせる様子を見せない。
 肉体に制限がかかっていると、哀川潤自らが言ったにもかかわらず。
 そんなものは、自力で解き放ったとでもいうかのように。
 全力で、渾身の力で。
 全身全霊で、最強と最終はぶつかりあう。

 「――――はは、」

 時間にすれば一分にも満たない間。しかし百を超える打撃が交されたころ。

 「はは、あはは――」

 それまで憎悪と憤怒の表情しか見せなかった真心が、にわかに笑みをこぼす。
 動きを止めず、打撃を繰り出しながら、笑う。

 「あはは、はははははは――」
 「くくっ、ひひひひ――」

 それにつられるように、哀川潤も笑い声を上げる。
 乱打の中で、血しぶきの中で、とても楽しそうに。
 そして――

803 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:45:59
 
 「げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら!!」
 「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」

 二人同時に、笑みを爆発させた。
 ランドセルランドで響かせたのと同じくらいの、怒涛のような声量で。
 ただ違うのは、その哄笑からは殺気も狂気も感じられなかった。ただ純粋に、この状況を心底楽しんでいるだけように見えた。
 本当の意味で解放されたかのように。
 面影真心は、笑いながら拳を打ち合う。
 そして――――

 「お――――――――らあぁっっ!!」

 永遠に続くかのような乱打戦だったが、終わりは唐突に訪れた。
 真心の正拳突きが、哀川潤の腹部に炸裂する。
 拳は皮膚と肉をたやすく突き破り、背中のほうまで突き抜ける。その間の内臓を完全に破壊する形で、真心の左腕は哀川潤の身体を貫通した。
 ごぶ、と。
 哀川潤の口から、大量の血が溢れ出る。
 今まで流した血液の量から考えれば、それほどの血がまだ残っていたのが不思議だというくらいの吐血。
 どう見ても決定打。
 どう見ても致命的な一撃。

 「――――は、」

 しかし、それでも哀川潤は笑みを絶やさない。
 それどころか。

 「捕まえたぜ、真心」
 「…………っ!?」

 それどころか、笑みを凍りつかせたのは真心のほうだった。
 焦ったような、愕然とした表情で、自らの左腕を見る。
 哀川潤の胴体に深々と突き刺さり、その状態で『固定』された自らの左腕を。

 「驚いて声も出ねえかよ、真心……ここはな、『抜けない、筋肉で止めやがった』――とかモノローグで言うべきところなんだよ……」

 勉強が足りねえなあ――と、余裕の笑みを浮かべる哀川潤。
 真心は腕を引き抜こうとするが、その腕はまるで万力で押さえつけられているかのように、ピクリとも動かない。

 「な……なんで」
 「また、なんで、か? ははっ、だから言ったろうがよ、お前のすべてを受け止めてやるってよ……腹ァぶち破られる程度の拳くらい、余裕で受け止めてやるっつーの……」

 笑みは浮かべているが、しかしその声は明らかに掠れ、生気を失い始めていた。

 「……とか言いたいところだけど、実はこうでもしないと、お前を捕まえられそうになかったんでよ…………何せ、お前がどこにいるのか、音でしかよくわからないってんだからな」

 それを聞いて真心は、はっとしたように哀川潤の顔を見上げる。
 その顔を、正確にはその両目を。
 明らかに焦点のあっていない哀川潤の両目を見て、真心はさらに眼を見開く。

 「お前……目が」
 「そういうこった」

 ふっと、力ない吐息が血とともに漏れる。

 「さっきまではかろうじて見えてたんだけどな……ランドセルランドで頭部にもらったダメージが、思いのほか深刻だったらしくてよ……さっきの足刀蹴りが、どうやら止めだったみたいだな――まあ、それはともかくとして」

 ぐいい、と。
 腹部を貫かれたまま、哀川潤が上体を思い切り後ろに反らす。首ごと大きく、弓を引き絞るかのように。
 左腕を捕らえられている真心は、その場から動けない。右腕はすでにばらばらにへし折れており、打撃はおろかガードにも使えない状態。
 そしてこの距離ならば、外しようがない。
 目が見えなくとも、目の前にいるとわかっていれば、もはや関係ない。

 「歯ァ食いしばれ真心――約束どおり、殺す気でいくぜ。あたしはお前の一撃を、ちゃんと受け止めた。だからお前も、あたしの命がけの一撃、きっちりその身体で受け止めてみせやがれ――」

 そう宣言して。
 大きく反った上体を、バネのように解放する。
 上半身の体重すべてを乗せるようにして、自身の頭部を力の限り振り下ろす!


 「この――――馬鹿野郎がッッッッ!!!!!」


 哀川潤渾身の頭突きが。
 面影真心の額に、この上なく見事に炸裂した。

804 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:46:40
 
  ◇     ◇


 「あー、マジにもうこれ以上は動けねえ……」

 燃え盛る竹取山の中、哀川潤は一本の竹を背もたれにして地面に座っていた。
 数分前の時点で十分傷だらけだった身体は、今やさらに傷が増え、無事である部分を探すほうが難しかった。
 その膝の上に、抱きかかえられるようにして面影真心が腰掛けている。
 こちらも負けず劣らず傷だらけで、特に額からはどくどくと血が流れ、顔を真っ赤に染め上げていた。

 「今、かなり真剣に瞬間移動が使えたらいいとか思ってるわ……今だから思うけど、あの能力チート過ぎだろ……別の惑星まで一瞬で飛べるとかどんだけ便利なんだっての。こちとらもう、一ミリだって動けねえっつうのによ……なあ真心」
 「…………知るか、そんなこと」

 真心が拗ねたような顔で口を開く。
 息も絶え絶えの様子だったが、それでもかろうじて意識はあるようだった。

 「どうだ、真心。あたしと本気で殺しあって、少しは生きてるって実感できたかよ?」
 「そんなわけ、ないだろ……ただでさえ死にそうだったってのに、お前のせいで、より一層死にそうになっただけじゃないか……こんなので、いったい何が実感できるってんだよ……」
 「はは、何言ってんだ。死にそうだっていうならならお前、生きてるんじゃねえかよ――って、この台詞もあたしにとっちゃ二回目か……どうにも締まらねえな」
 「それにお前、『殺すつもりで』とか言っといて、最終的に手加減しただろ……あの頭突き、本気で喰らってたら俺様、絶対に死んでたぞ……結局死ぬどころか、気絶もしてないじゃないか……」
 「ばーか、買いかぶりすぎだっつーの……こっちは腹筋と背筋、両方ともぶっ貫かれてんだぞ。こんな状態で、本気の頭突きなんて出せるわけねえだろうが……」
 「……けっ」

 毒づき合ってはいるが、その表情はどちらも穏やかだった。
 仲の良い友達のように。
 満身創痍の二人は、紅蓮の炎に囲まれながら会話を交していた。

 「あーあ、色々中途半端なままで終わっちまったな……結局いーたんには会えずじまいだしよ。零崎くんとか、話したい奴もまだいたんだけどな。あのクソ親父も、もし会えたら一発ぶん殴ってやろうとか思ってたんだが――」

 哀川潤の体内時計は、このエリアが禁止エリアになるまでの時間をも正確に把握できている。
 だから仮に全快の状態だったとしても、時間までにこのエリアから脱出することはほぼ不可能だということも理解できていた。
 つまりは、あと数分足らずで死ぬということを。

 「いーちゃんに――」

 遠くを見つめながら、真心は言う。

 「いーちゃんに、会いたかったな……いーちゃんが無事かどうか、この目で確かめたかった……いーちゃんと一緒に、ここから帰りたかった――」
 「……そうか」
 「でも、同じくらい、いーちゃんに会うのが怖かった……いーちゃんに会ったら、もしかしたら俺様は、いーちゃんを殺すかもしれない。それに、俺様がやったことを知ったら、いーちゃんが俺様のことをどう思うか――」
 「まだそんなこと言ってやがんのか、お前は」

 こつん、と真心の頭頂部を顎で小突く。

 「いーたんがお前のことを嫌いになるはずがねーだろ。あいつ、真心が暴走して骨董アパート破壊したって聞いても、命張ってまでお前のために奔走してたんだぜ――あ、これはあたしの時系列での話な」

 こういうネタバレなら悪くねえ、と哀川潤は笑う。

 「それにお前、ランドセルランドであたしがいーたんの声真似して後ろから呼んだとき、玉藻ちゃんを攻撃せずにそのまま振り返ったよな? もしお前がいーたんのこと殺そうと思ってたんなら、玉藻ちゃんを殺してからあたしの方に向き直ってもよかったはずだろ。
 そうしなかったのは、お前がいーたんの声に反応して破壊衝動を反射的に抑え込んだからじゃねえのか? 声だけとはいえ、いーたんがお前のストッパーになったんだ。それこそお前に、いーたんを殺すつもりなんてなかったっていう何よりの証拠だろうよ」
 「…………」

805 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:47:09
 
 「まあ、それを予見できなかったあたしが言えた口じゃないけどな……とっさだったとはいえ、あそこでいーたんの声を使っちまったのは失敗だった。お前が玉藻ちゃんに刺されたのは、やっぱりあたしの責任だ」

 ごめんな真心――と、小さく呟いて。

 「だけど安心しろ。いーたんは必ず生き残るさ。あいつなら、この殺し合いを止めるくらいのことは余裕でしてみせんだろ――だから後は、いーたんとか玖渚ちんとか、さっきの宗像くんとかに任せて、あたしらはここでリタイアしとこうぜ」
 「必ず生き残るって……根拠でもあるのかよ」
 「ない。ていうか、しょぼい死に方でもしてやがったらあたしがぶっ殺す」
 「……無茶苦茶だな、あんた」
 「素敵だろ」

 そのとき。
 互いの首輪から『ピー』という耳障りな電子音が鳴り、それに重ねて無機質な合成音声が再生される。

 『禁止エリアへの侵入を確認。30秒以内にエリア外へ退避しない場合、この首輪は爆発します。禁止エリアへの侵入を――』

 「…………は、こうやってちゃんと伝えてくれんのかよ。ったく、余計なところで親切な首輪だな。せっかく水入らずの会話だったってのに、無粋もいいとこだっつーの」

 30秒。
 必然、それは二人の余命を意味していた。脱出の術も、首輪を解除する術もない二人には、ただ坐して死を待つ以外になかった。

 「…………なあ、赤色」
 「あ? なんだ橙色」
 「最後にひとつ、お前に頼みたいことがあるんだけど……聞いてくれるか?」

 首輪からは、絶え間なく警告音が鳴り響いている。
 終わりが近いと急き立てるように。

 「頼みごとだあ? おいおい、もう一ミリも動けねえって言っただろうがよ……この期に及んで、まだあたしに何かやれってのか、お前」
 「うるさい。俺様が刺されたのはお前の責任なんだろ……だったら、俺様の最期の頼みくらい、黙って聞けよ」
 「ったく、可愛くねえ野郎だな――いいぜ、何でも聞いてやるよ。あと30……いや20秒で叶えてやれるお願い事だったらな」
 「俺様を殺してほしい」

 至極簡潔な、その願い事に。
 哀川潤は、それを半ば予想していたかのように目を伏せる。
 すでに機能を失っている、その両目を。

 「殺す気でやるって、約束しただろ……だから最後まで、責任もって俺様を殺せよな……せっかく今、少しだけお前のおかげで、『生きてる』って思えてるんだから」
 「…………」
 「誰かもわからん奴に刺されて失血死とか、勝手に決められたルール違反で爆死とか、そんな中途半端で意味不明な死に方、俺様は嫌だ。それよりもお前の手で、ちゃんと俺様に、止めを刺してほしい」
 「…………ああ、わかったよ」

 そう言って哀川潤は、後ろから真心の首に両腕を回す。
 完膚なきまでにへし折れて、使い物にならなくなっているはずの両腕で。
 そっと優しく、慈しむように、真心の頭部を包み込む。

 「……なあ」
 「うん?」
 「ありがとな、潤」
 「…………ああ」

 ぎゅっと、両手に力を込めて。
 最後の言葉を、真心に囁く。

 「愛してるぜ、真心」

 ぱきん、と。
 真心の華奢な首を、哀川潤の両腕が一息にへし折る。
 穏やかな、とても安らかな表情のまま、真心の全身から生命の感覚がふっと消失する。
 そしてその直後。
 小規模な爆発が、首輪とともに哀川潤の頭部を跡形もなく消し飛ばした。
 どさり。
 首を失った哀川潤の身体が、真心と折り重なるようにして崩れ落ちる。
 そのふたつの身体は、まるで抱き合っているように見えた。
 人類最強の赤色と、人類最終の橙色。
 哀川潤と面影真心は、燃え盛る炎と鮮血の海の中で、いつまでも抱きしめあっていた。


【哀川潤@戯言シリーズ 死亡】
【面影真心@戯言シリーズ 死亡】

806 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:47:59
 気がついたときには、時計の針は17時を回っていた。
 あのあと――竹取山で潤さんと別れたあと、僕は奇跡的に一度も転倒することなく、自転車で麓まで駆け下りることができた。火事場の何とかというのは、バランス感覚にも適応されるものなのだろうか。
 竹取山を抜けたあと、玖渚さんを抱えて一心不乱にネットカフェへと向けて走った。自転車は山道での無茶な走行のせいかどこかが不具合を起こしたようで、それにやはり片手での走行は難しいということもあり、途中で乗り捨てることにした、
 ネットカフェに向かったのは、とにかくどこか安全な場所に腰を落ち着けたいという気持ちがあったのと、ネットカフェに荷物を放り込んでおいた、という潤さんの言葉が頭にあったからだった。
 そこにいれば、潤さんがあとから追いついてきてくれるかもしれない。そんな期待もあった。
 いつの間にかネットカフェに着いていた、と言えるくらい途中のことは何も覚えていなかった。どんな道を通ってきたのかも、どのくらい時間がかかったのかも。
 中に入る前に、一度だけ振り返って竹取山を仰ぎ見た。
 空が燃えていた。
 そんな表現が大袈裟でないくらいの勢いで、上る前にはあざやかな緑色だった竹取山が真っ赤に燃え上がり、その向こうの空までも炎の色に染め上げていた。日が落ちた後だったなら、相当遠くからでもはっきり見えたことだろう。
 さっきまであの中にいたというのが嘘のようだ。
 店の中に入ると、たしかにデイパックがふたつ、入り口のすぐ近くに放り込まれていた。ふたつあったことに一瞬いぶかしんだが、真心が捨てたデイパックを拾ったと潤さんが言っていたのを思い出し、納得した。
 通路に死体が転がっていたのにも少しぎょっとしかけたが、死亡者DVDにネットカフェ内の映像があったのをすぐに思い出した。真庭狂犬、という人の映像だったか。
 そのままにしておくのが何となく忍びなかったので、近くの個室に運びこんで安置しておいた。何の救いにもならないだろうけど。
 それからなるべく広い個室を探し、そこに回収したデイパックをまとめて置いておく。さらに玖渚さんを中に入れて、シートの上にそっと横たえた。
 玖渚さんは寝入っていた。
 自転車から降りたときにはすでに、籠の中ですやすやと眠っていた。ただ眠っているようにも見えたが、火事の煙による酸欠や中毒症状を一応懸念して、とりあえず安静にしておくことにした。
 もしかしたらジェットコースターさながらの自転車走行で気絶しただけかもしれなかったが。
 火傷などの外傷がないことを確認したのち、玖渚さんを個室に残していったん外に出る。
 ひどく喉が渇いていた。
 ドリンクコーナーを見つけ、そこでグラスにお茶を注いで一気に飲み干す。このときばかりは、ここにネットカフェを配置した主催者に感謝した。あるいはネットカフェという施設を考案した誰かに。
 玖渚さんも目を覚ましたら何か飲むだろうと思い、ジュースを自分のぶんも含めて二杯注ぎ、トレイに乗せて個室へと運ぶ。まだ起きてはいなかったので、とりあえずデスクの上にトレイごと置いておく。
 奥のほうにシャワールームを見つけたので、それも使わせてもらうことにした。身につけていた武器をすべて扉の外に置き、脱衣所で制服を脱ぐ。片腕を失った状態だったので少々難儀した。
 自転車に乗っているときにも思ったが、単に片手が使えないというだけでなく身体のバランスが取りづらい。慣れるまでは色々と苦労しそうだ。
 シャワー室は一室につき一畳ほどの広さだった。一人用にしては十分な広さだ。
 蛇口をひねり、温水を頭から浴びる。傷口を中心に、身体についた汚れや血を洗い落とした。
 血の混じった水が排水溝に流れていく。
 それを眺めながら、しばらくの間ぼうっとしていた。身体を洗い終わっても水を止めることなく、放心したように立ち尽くして頭に水を浴び続けていた。
 本当にこれでよかったのか、という思いが頭にはびこる。
 この場は任せる、なんて相手を信頼したような言葉を吐いて、結局は逃げただけなんじゃないだろうか。潤さんを、僕の身代わりにしてしまっただけのことなんじゃないだろうか。
 あそこで、潤さんと一緒に戦っていたら。あるいは一緒に逃げていたら。
 あの場で最善の選択とは何だったのか。いくら考えても答えは出なかった。

807 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:48:33
 
 「考えるだけ無駄、なのかな……」

 水を止め、備え付けのタオルで身体を拭く。
 下だけ衣服を身につけ、上半身は裸のままで脱衣所を出る。服を着る前に、怪我の処置を済ませないといけない。
 とはいえ、所有物の中に医療品などがあるわけじゃないから応急処置すら満足にできないのだけれど――

 「…………あ」

 そこではたと気付く。そういえば、自分のデイパックを竹取山に置いたまま忘れてきていた。真心と格闘する際に地面に下ろしてそのままにしておいたのだった。
 あの中に入っていたのは、食料などの基本支給品以外では図書館で見つけた資料の類だけだったはず。武器はすべて身につけていたし、スマートフォンは玖渚さんに電話したときにポケットに移しかえてあった。
 資料はすべて、ざっとではあるが目を通しているし、DVDと詳細名簿に関しては玖渚さんが全部暗記したと言っていた。なくなってもさほど支障はないだろう。
 地図などの支給品は玖渚さんから借りればいい。潤さんと真心のデイパックも手元にあるけど、あの二人の荷物を勝手に使うのは、今のところはばかられる。
 あの二人が生きている可能性を、僕はまだ捨てきれずにいる。
 次の放送が流れるまでは、せめて。
 感傷に浸っている場合じゃないというのは、百も承知なのだけれど。
 個室に戻る途中でスタッフルームの扉を見つけたので、都合よく手当てに使えるようなものがないかどうか探してみたところ、都合よく消毒用のアルコールと包帯が棚にしまってあるのを発見した。
 それらを使ってできる限りの処置をする。素人治療そのものだったが、何もしないよりはましだろう。
 傷口に包帯を巻き終えてから制服を身につけ、千刀を元の通りに収納し直す。ゴム紐をどうしようか迷ったが、これも元通り腕に巻いておくことにした。竹取山でやったように、いざというとき武器に使えないこともない。
 個室に戻ると、玖渚さんはまだ眠っていた。また喉が渇いてきたので自分のぶんのジュースを一口飲み、何となくパソコンの電源を入れる。図書館のときとは違い、普通に立ち上がった。

 「…………ふう」

 すべてを吐き出すように大きく息をつく。
 疲労感が全身に重くのしかかっていた。人心地ついたことで、麻痺していた疲れと痛みの感覚が徐々に戻ってきたらしい。ネットカフェまで移動してくる間にこの疲労を自覚していたら、途中で力尽きていたかもしれない。
 しばらくの間、何をするでもなくパソコンの画面を眺め続ける。
 そして気がついたときには、時計の針は17時を回っていた――というのが今に至るまでの経緯になる。
 竹取山を下っていたときはあれほど時間が長く感じたのに、ここに着いてからはあっという間だった。こういう効果を何というのだったか。
 潤さんは未だ姿を現さない。別にここで待ち合わせているわけではないけれど。
 やはりあの状況から脱出するのは無理だったのだろうか。あえて考えないようにはしていたけど、始めから命と引きかえに僕たちのことを助けるつもりだったのだろうか。
 火憐さんに続いて、またしても僕は――

 「…………いや、そんな場合じゃない」

 嘆いていても何も好転などしない。考えるべきことは他にある。
 さすがにこれ以上、何もせず時間を無駄にするわけにはいかない。ずっとここに留まっているわけにもいかないし、今はとにかく行動を起こさないといけない。
 でないと、それこそ潤さんや火憐さんに申し訳が立たない。
 後悔するのは後回しだ。これからの最善に向けて、僕にできることをやろう。

 「まずは――そうだ、掲示板をチェックしないと」

 考えてみれば、伊織さんに教えてもらってからずっと確認していなかった。玖渚さんがチェックしているだろうから、という思いがあったせいかもしれない。
 パソコンの画面に掲示板のページを表示させる。
 伊織さんに見せてもらったときには、玖渚さんの書き込み以外では黒神さんに関する情報しかなかったはずだけど……

 「これは……玖渚さんが電話で言ってた書き込みか?」

 ランドセルランドで待ちます、とだけある簡潔な文。
 研究施設で、掲示板の管理人あてに送られてきたメールの主との会話でそんな話題が出てきていたような記憶がある。委員長、というのが詳細名簿で見た羽川翼さんで、このメッセージをあてた相手が、電話の相手でもあった戦場ヶ原ひたぎさんという人か。

808 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:49:01
 電話での会話を傍らで聞いた限り、戦場ヶ原さんは玖渚さんとは協力関係を結んだようだけど、僕にとっては厄介な立ち位置の人物だ。黒神さんが殺した阿良々木暦、その知り合いというのが戦場ヶ原さんらしい。
 黒神さんを助けようとしている僕にとっては、障害となるかもしれない相手。
 できれば余計な敵を作りたくはないし、この戦場ヶ原さんにも殺し合いを止める目的で協力関係を結んでほしいのだけれど。
 あのDVDも、中身を知った今となっては誤解を解くどころか、真実を見せ付けることしかできないものだし――

 「ん? これは――」

 『情報交換スレ』という名前のスレッドに、玖渚さんの使用するトリップ「◆Dead/Blue」で書き込みがされているのを見つける。
 その内容を見て、僕は驚きを禁じえなかった。
 阿良々木暦、真庭喰鮫、と名前が縦に連なり、その後ろに動画を再生するためのリンクが貼られてある。
 その上にある文章を見れば内容を確認するまでもなかったけど、念のためリンクのひとつをクリックしてみる。やはりというか、僕にとっては一度観たはずの映像が画面に再生される。
 まぎれもなくそれは、あの死亡者DVDの映像だった。

 「やられた……」

 電話で話していた「新しく載せておいた情報」というのはこれのことか。
 玖渚さんが電話で会話しながらもキーボードを叩き続けていたのは見ていたけれど、まさか僕の目の前でこんなものを作成していたなんて……もはや感心すら覚える。
 どの程度の人がこの掲示板を見ているのかわからないけれど、もはや黒神さんが危険人物だという情報は周知のものになったと言っていい。黒神さんのことを知らなかったら、この映像を見れば僕でも危険だと判断するだろう。
 しかもその下には、別の誰かがご丁寧にも殺した人の名前を書き連ねてくれている。これからは黒神めだかという名前を出すことも迂闊にできそうにない。
 明らかに、僕の不用意さが原因だった。
 僕が不用意にあのDVDを見せてしまったせいで、その上あの映像の使い道について言い含めておかなかったせいで、黒神さんを助けるどころか、より窮地に追い込んでしまった。

 「どこまで失敗を繰り返すつもりなんだ、僕は……」

 10個あった映像のうち8個までしか載っていないのは、たぶん玖渚さんにとって都合の悪い映像だったからだろう。様刻くんの映像を載せていないのはありがたいけれど、そこから玖渚さんの恣意性を感じ取ってしまう。
 玖渚さんは、あくまで黒神さんを排除するつもりでいるのか。
 遅かれ早かれ僕がこの書き込みに気付くことは分かっているだろうに、それを顧みずにこんな書き込みをするあたり、僕のことをまったく警戒していないのがわかる。苦言を呈したとしても、おそらく聞く耳すら持ってはくれないだろう。
 黒神さんは、この掲示板を見ているのだろうか。
 もし見ていたら、何かリアクションがほしい。黒神さん自身が否定してももはや効果はないだろうけど、思えば僕はこれまで黒神さんの足跡すらも捉えることができていない。どこで何をしているのか、少しでも知ることができたなら。
 今の時点では、助けるにしても動きようがない。
 動いたところで何かできるかといったら、具体的な行動案があるわけではないのだけれど……玖渚さんが今の調子では、なおさらのこと動きづらい。
 だけどこれで、今後の目的のひとつが明確になった。
 誰のことかすらもまだ分かってはいないけど、『いーちゃん』が玖渚さんにとって重要な意味を持つ人物であることはこれまでのことでよくわかった。
 そもそも玖渚さんが黒神さんを目の敵にしているのは、『いーちゃん』を守るためのはずだ。なら逆に『いーちゃん』の安全さえ確保できれば、黒神さんを排除する理由はなくなるはず。
 玖渚さんを制御できる人物は、おそらくその『いーちゃん』以外にいない。『いーちゃん』を見つけ出して合流することができれば、玖渚さんの態度も少しは軟化するのではないだろうか。
 『いーちゃん』を探すことについては玖渚さんも反対はしないだろう。むしろそれが一番重要な目的という感じだったし。
 玖渚さんが目を覚ましたら提案してみよう。たぶん、起きたらすぐ電話をかけるつもりなのだろうけど。
 僕としてはもはや『いーちゃん』が常識人であることを祈るばかりだ。連続殺人犯を名乗っていた僕が言えたことじゃないが。

809 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:49:26
 
 「まあ、今のところは伊織さんたちと合流するのが先だろうけど――」

 時間からするともう、次の待ち合わせ場所であるランドセルランドに向かっていてもおかしくない。僕たちも急がないと、伊織さんたちを待たせることになる。
 あわよくば、同じくランドセルランドで待ち合わせているらしい羽川さんと戦場ヶ原さんとも合流できるかもしれない。名簿を見る限り危険人物の要素はなかったし、話せば同行してくれる可能性はある。
 戦場ヶ原さんのことは、伊織さんたちにも先に電話で伝えておいたほうがいいかな……

 「あと他の書き込みは……なんだこれは?」

 黒神さんのことが書かれている目撃情報スレにも、新たな書き込みがなされていた。
 だけど文章が明らかに変だ。誤変換と打ち間違いの連続といった感じの、まるで目をつぶって打ったかのような文章だった。
 解読できないほど意味不明というわけでもなかったので、脳内で補正する。おそらくこう書こうとしていたはずだ。


E-7で真庭鳳凰という男に襲われた。拳銃を持っている。危険。
鳥のような服を着ている。物の記憶を読めるらしい。
黒神めだかと組んでいる可能性あり。
付近にいるものは注意されたし。


 「また黒神さんの名前か……」

 ようは危険人物について示唆しているようだが、どうにもこの黒神さんと組んでいる、という一文については後付けの感が否めない。書き込みをするついでに黒神さんの評判を落とすような文を付け加えた、という印象がある。
 故意なのか偶然なのかはわからないけれど、これでまた黒神さんが追い込まれる要素がひとつ増えたことになる。
 真庭鳳凰というのは、詳細名簿によれば真庭忍軍とかいうしのびの一軍をまとめる頭領の立場にいる男、というふうに記されていたはずだ。通称「神の鳳凰」。DVDに映っていた真庭喰鮫と真庭狂犬と、立場的には同じ参加者。
 物の記憶を読める、というのはどういうことだろう?
 何となく『十三組の十三人』のひとりである行橋くんを連想するけど、あの子は記憶でなく思念を読むアブノーマルだから、厳密には違うはずだ。
 なんにせよ不可解であることには変わりない。
 それよりも、注目すべきは場所のほうだ。
 E-7といったら、少し前まで僕たちがいた場所だ。伊織さんたちが向かった図書館も付近にある。書き込みが行われた時間から見て、真庭鳳凰という男が図書館に向かった可能性は少なくない。
 この書き込みが本当だったとしたら、真庭鳳凰は確実に殺し合いに乗っている。伊織さんはまだしも、様刻くんに戦闘手段はほぼ皆無のはずだ。万が一にも鉢合わせたらまずい。
 スマートフォンをポケットから取り出し、様刻くんの携帯にかける。
 しかしどういうわけか、いくら待っても電話に出る気配がない。呼び出し音が空しくなり続けるだけだった。
 まさか、本当に何かあったのだろうか?
 電話に出られないくらいの出来事が発生したか、それとも様刻くん自身が、電話に出られない状態にあるのか――

 「……行かないと」

 パソコンの電源を落とし、立ち上がる。
 自分でも冷静さを欠いているのは自覚していた。だけどこれ以上、僕と一緒にいてくれるような人を失いたくはない。たった今危機にあるかもしれないとわかっているのに、何もせずじっとしているわけにはいかない。
 しかし立ち上がった瞬間、片腕を失っているのとは無関係に、身体が大きくバランスを崩す。踏みとどまることもできず、そのままシートの上に倒れこんでしまう。

 「あ、あれ――?」

 頭が重い。
 より直接的にいうなら、眠い。
 血を流しすぎたのか。ここに来るまでの間に、体力を使い果たしてしまっていたのだろうか。強烈な眠気が頭にのしかかってくる。
 まだ眠るわけにはいかない。そう思ってはいても、身体が金縛りにあったかのように動かない。そのまま意識が落ちていくのに身を任せるしかなかった。

 「くなぎさ、さん……」

 瞼が閉じるのを感じながら、目の前の玖渚さんに何を言おうとしたのか自分でもわからなかった。
 謝ろうとしたのか、それとも放送の時間になったら起こしてほしい、とでも言おうとしたのか。
 何を言おうとしたにせよ、玖渚さんも眠ってしまっている今の状況では何の意味もないことだった。

 「――休むべきときは、ちゃんと休まないと駄目だよ形ちゃん。これから先も、まだまだ私のことを守ってもらわないといけないんだから」

 意識を失う瞬間、なぜか玖渚さんのそんな声が聞こえたような気がした。

810 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 21:49:48
【1日目/夕方/D-6 ネットカフェ】
【宗像形@めだかボックス】
[状態]睡眠中、身体的疲労(大) 、精神的疲労(中)、殺人衝動喪失、左腕(肘から先)欠損、腹部に切り傷、各部に打撲と擦過傷(怪我はすべて処置済み)
[装備]千刀・鎩(ツルギ)×536@刀語、スマートフォン@現実、ゴム紐@人間シリーズ
[道具] 支給品一式×3(水一本消費)、ランダム支給品(1〜6)、首輪、薄刀・針@刀語、トランシーバー@現実、「包帯@現実、消毒用アルコール@現実(どちらも半分ほど消費済み)」(「」内は現地調達品です)
[思考]
基本:阿良々木火憐と共にあるため『正義そのもの』になる。
 0:…………。
 1:主催と敵対し、この実験を阻止する。
 2:伊織さんと様刻くんを助けに行かないと……
 3:『いーちゃん』を見つけて合流したい。
 4:黒神さんを止める。
 5:殺し合いに関する裏の情報が欲しい。
[備考]
※生徒会視察以降から
※めだかボックス、「十三組の十三人」編と「生徒会戦挙」編のことを玖渚から聞いた限りで理解しました
※阿良々木暦の情報はあまり見ていないので「吸血鬼」の名を冠する『異常』持ちだと思っています
※無桐伊織を除いた零崎四人の詳細な情報を把握しています
※参加者全員の顔と名前などの簡単な情報は把握しています
※携帯電話のアドレス帳には櫃内様刻、玖渚友が登録されています
※第一回放送までの死亡者DVDを見ました。誰が誰にどうやって殺されたのかは把握しています



   ◆  ◆  ◆



 宗像形が眠りに落ちてしばらく経った後。
 別の個室で、ひとりパソコンに向かう玖渚友の姿があった。

 「形ちゃんがいない間に携帯で掲示板チェックしておいて正解だったね。あの書き込み見たら、後先考えず舞ちゃんたちのところに行こうとするって予想できたし」

 あんな怪我で休まず動けるわけないのにねえ――などと、暢気な調子で一人ごとを呟く。

 「どのくらい効果があるのかわからなかったけど、飲み物に混入する形でも使えるみたいだね、この麻酔スプレー」

 そばに置いてある自分のデイパックから、ハンドサイズのスプレーを取り出してみせる。
 玖渚の支給品のひとつ、麻酔スプレー。
 玖渚は知らないことだが、かつて戯言遣いがお目にかかったこともある凶器のひとつ。顔に吹き付けるだけで効果を発揮する、即効性の麻酔薬。
 宗像形がシャワー室に行っている間に、玖渚はこのスプレーの中身を飲み物の中に混入していたのだった。

 「入れた量はほんの少しだったから、そんなに長い時間眠ったままではいないだろうけど、まあ一時間くらいは起きないかな。その間にやることやっておかないと、ね」

 そう言ってまたキーボードに指を走らせる。
 パソコンには外付けのハードディスクが接続されており、画面には意味の分からない記号の羅列が所狭しと表示されていた。
 それは玖渚が、研究施設から持ち出してきたデータのひとつ。
 だたし、伊織が屋上で見つけたハードディスクに元から入っていたデータとは違う。玖渚がハッキングを試みた際に、標的としていたシステムの中枢とは別の、しかし同一のネットワーク上で手に入れたデータだった。
 ところどこと暗号化され、なおかつ欠けている部分の多いデータだったが、それを解読、復元するのにさほど時間はかからなかった。
 もちろん玖渚でなければ不可能だったろうが。
 むしろ、まるで玖渚のために用意されたかのようなそのデータを前に、玖渚はほくそ笑む。

 「もしかして、またさっちゃんが私のために働いてくれたのかな――ほんと、何も言わなくても手が回るよね、さっちゃんはさ」

 嬉しそうに、かつての仲間の名前を呼んで。
 ちらりと、自分のすぐ隣に「鎮座しているもの」に視線を寄越す。

 「主催が管理してるネットワークの中枢まで侵入するのは無理だったけど、役に立ちそうな情報が手に入っただけよかったかな。研究施設では、実践する時間も材料もなかったけど――」

811 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 22:17:51
 鎮座しているもの。
 別の個室で眠っている宗像形とはもちろん違う。
 その宗像形が、このネットカフェに到着してすぐ発見し、手近な個室に安置しておいた真庭狂犬の死体だった。

 「ようやく『現物』が手に入ったからね。自分のコレを弄るのは、今の段階ではちょっとリスクが高いし」

 ただし玖渚が見ているのは、狂犬の死体そのものではない。
 その死体の首に巻かれている、参加者の証とも言うべき首輪。
 玖渚が手に入れたデータとは、この首輪に関するデータだった。
 内部構造や解体の仕方について記されたようなものではなかったものの、首輪の特性や爆破の条件などについて、いくつかの事実を知ることはできた。
 たとえば首輪から発信されている信号の種類や、爆破の際に使われる信号の周波数。外周部がどんな素材で作られているかなど。

 「とりあえず、現時点で役に立ちそうな情報はこのあたりかな?」

 そう言ってキーボードに指を走らせ、首輪に関する情報を箇条書きにしていく。

・耐熱、耐水、耐衝撃などの防護機能が施されており、外からの刺激で故障、爆発することはまずない
・首輪から発信される信号によって主催はそれぞれの現在位置を知ることができる。禁止エリアに侵入した場合、30秒の警告ののち爆発する
・主催に反抗した場合、首輪は手動で爆破される(どんな行動が反抗と見なされるかは不明)
・一定の手順を踏めば解体することは可能。ただし生存している者が首輪をはずそうとした場合、自動的に爆発する
・装着している者が死亡した場合、爆破の機能は失われる。ただし信号の発信・受信機能は失われない

 「半分以上は予想したとおりだったけど……死んだら爆発しないってのは何なのかなぁ。死体をなるべく傷つけたくないとか? まあなんにせよ都合がいい特性だよね。死体の首輪なら、爆破の心配なく弄り回せるってことだから」

 かつて世界で猛威を振るったと言われる《仲間》(チーム)の統率者にして、そのメンバーに『武器』を与えた電子工学のスペシャリスト、《死線の蒼》(デッドブルー)、玖渚友。
 その玖渚友が、この殺し合いの攻略手段として「首輪の解体」を目論まないはずがない。
 今まではリスクを懸念して手を出さないままでいたが、ここでようやく実践に移せるだけの条件が整った。

 「頑丈な素材で出来ているとはいっても、爆破が可能である以上、解体する方法はあるはず。すでにシステムを入れ替えてあるこのネットカフェ内でなら、監視カメラを気にする必要もない」

 玖渚の瞳が蒼く光る。
 自分のフィールドにいるという自信を表すかのように。

 「構造さえ把握できれば、生きたままで首輪を外す手段もきっと見つかる。道具が手元にないからどこまでやれるかはわからないけど、形ちゃんが目を覚ますまでに、やれるだけやってみようかな――あ、そうだ」

 思い出したように、制服のポケットから携帯電話を取り出す。
 11桁の番号をプッシュしかけて、思い直したというふうにその番号をいったん消す。

812 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 22:33:46
 
 「どうせだからいーちゃんのほうから電話してきてほしいよね。なるべく驚かせたいし」

 電話からメールに切り替え、すばやい手つきでアドレスと本文を入力する。


件名:無題
本文:あなたの知り合いだという顔面刺青の少年からこのアドレスを聞きました。
   携帯電話の番号を追記しておくので、このメールを見たら連絡ください。
   0X0-XXXX-XXXX


 「んで送信――っと。くふふ、いーちゃん驚くかなあ。早く話したいけど、電話してきてくれるまではこっちに集中集中、っと」

 そう言って、目の前の首輪に手を伸ばす。
 新しいゲームに挑戦する、好奇心旺盛な子供のように。

813 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 22:36:27
 その首輪が装着されている、真庭狂犬の死体になどまるで目もくれず。
 《死線の蒼》は、己の目的に向けて邁進する。



【1日目/夕方/D-6 ネットカフェ】
【玖渚友@戯言シリーズ】
[状態]身体的疲労(小)
[装備]携帯電話@現実
[道具]支給品一式、ハードディスク@不明、麻酔スプレー@戯言シリーズ
[思考]
基本:いーちゃんに害なす者は許さない。
 1:首輪の構造を把握したい。
 2:貝木、伊織、様刻、戦場ヶ原に協力してもらって黒神めだかの悪評を広める。
 3:いーちゃんと早く連絡を取りたい。
 4:形ちゃんはなるべく管理しておきたい
[備考]
 ※『ネコソギラジカル』上巻からの参戦です。
 ※箱庭学園の生徒に関する情報は入手しましたが、バトルロワイアルについての情報はまだ捜索途中です。
 ※めだかボックス、「十三組の十三人」編と「生徒会戦挙」編のことを凡そ理解しました
 ※言った情報、聞いた情報の真偽(少なくとも吸血鬼、重し蟹、囲い火蜂については聞きました)、及びそれをどこまで理解したかは後の書き手さんにお任せします
 ※掲示板のIDはkJMK0dyjが管理用PC、MIZPL6Zmが玖渚の支給品の携帯です
 ※携帯のアドレス帳には櫃内様刻、宗像形、無桐伊織、戦場ヶ原ひたぎ、戯言遣い(戯言遣いのみメールアドレス含む)が登録されています。
 ※ハードディスクを解析して以下の情報を入手しました。
  ・めだかボックス『不知火不知』編についての大まかな知識
  ・不知火袴の正体、および不知火の名字の意味
  ・主催側が時系列を超越する技術を持っている事実
 ※主催側に兎吊木垓輔、そして不知火袴が影武者を勤めている『黒幕』が存在する懸念を強めました。
 ※ハードディスクの空き部分に必要な情報を記録してあります。どんな情報を入手したのかは後の書き手様方にお任せします。
 ※第一回放送までの死亡者DVDを見ました。内容は完全に記憶してあります。
 ※参加者全員の詳細な情報を把握しています。
 ※首輪に関する情報を一部ながら入手しました。


※D-6の竹取山付近に故障気味の自転車が乗り捨てられています。
※D-7に宗像形のデイパックが放置されています。内容は以下の通りです。
[道具]支給品一式×2、参加者詳細名簿×1、危険参加者詳細名簿×1、ハートアンダーブレード研究レポート×1、よくわかる現代怪異@不明、バトルロワイアル死亡者DVD(1〜10)@不明

※危険参加者詳細名簿には少なくとも宗像形、零崎一賊、時宮時刻のページが入っています
※死亡者DVDには「殺害時の映像」「死亡者の名前」「死亡した時間」がそれぞれ記録されています



支給品紹介
【自転車@めだかボックス】
面影真心に支給。
ごく一般的ないわゆるママチャリ。原作では国東歓楽の所有物。
武器に使ったり階段を高速で駆け上ったりと、使う人の側が普通じゃない。
結局自転車殺法ってなんなのさ。

【麻酔スプレー@戯言シリーズ】
玖渚友に支給。
顔面に吹き付けるだけで相手を眠らせることができる便利アイテム。
戯言遣い曰く「とびっきり強力な即効性のモノ」。無効化するなら指をへし折るくらいの覚悟が必要。
お目にかかる(物理)。

814 ◆wUZst.K6uE:2013/09/24(火) 22:38:51
以上で仮投下終了になります。

今回、禁止エリアを話に絡ませたいという理由から、すでに時系列が夕方に移行しているにもかかわらずほとんど午後の話となっています。
本編との矛盾が生じない内容にしたつもりで予約しましたが、午後の話で死者が二名出ているため、◆ARe2lZhvho氏の最新作における「図書館にDVDが14本置かれている」という部分と明らかに矛盾していることにほぼ書き終えた段階で気が付きました。
そもそも二時間以上さかのぼって死者出してる時点で明確におかしいので、本来なら予約破棄するのが当然ですが、念のため◆ARe2lZhvho氏および他の書き手様方の意見を窺ってから決めようと思い、仮投下させていただきました。
非常に申し訳ない限りですが、ご意見のある方はどうぞよろしくお願いします。
特に意見がない場合、この話は破棄とさせていただきます。

815 ◆ARe2lZhvho:2013/09/25(水) 09:26:43
仮投下乙です
こちらこそまず謝っておかなければなりませんが、「零崎舞織の暴走」内でDVDの数を14本とさせていただいておりましたがあれで確定ではありません
◆mtws1YvfHQ氏の「みそぎカオス」内で現時点では死んだままの二人の分が(蘇生すると思っていたので)入っていない状態となっています
ですので、蘇生しなかった場合は内容を変更せざるを得ないことは明らかですので、結局何が言いたいかというと「矛盾なんてものはないから大丈夫」ということです
若干言い回しなどが変わってきてしまうかとは思いますがこちらの作品も修正させていただきます

以上の理由から私からは通しには問題ない、と意見させていただきます
感想は本投下のときに

816 ◆wUZst.K6uE:2013/09/27(金) 00:04:48
>>815
ご意見ありがとうございます。

DVD枚数の件、了解致しました。
しかし自分の話に合わせて氏の作品を修正していただくことに変わりはありませんので、その点については謝罪申し上げます。
このまま反対意見が出ない場合、後日本投下に移らせていただきますのでよろしくお願いします。

引き続き、ご意見お待ちしております。

817 ◆wUZst.K6uE:2013/09/29(日) 10:20:25
反対意見が出ないようなので、名前の誤記と危険参加者詳細名簿の内容に修正を加えたうえで本投下します。
なおwiki収録の際には、午後の話を前編、夕方の話を後編として別々に収録する予定です。

818 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:10:25
一応の完成がしましたので仮投下始めます。

819『』 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:11:02

踏み躙られていた球磨川が小さく動いた。
気付いたのか、安心院が跳び、教卓に座った。
それが自然であるように。

「…………」

球磨川がゆっくりと起き上がる。
安心院が悠々と足を組む。
何時の間に持っていたのだろう。
握られていた大螺子が一個飛ぶ。

「…………」

頭の動きだけでそれを避けた。
知っていたようにもう片手に握られていた螺子がその顔面に、螺子込まれる。
刹那、安心院は笑った。
抱き寄せるように。
優しく。
抱き抱えるように。
柔らかく。

『過身様ごっこ』『飽くまで遊び』『模範記憶』『無様な背比べ』『現実がちな少女』『無人造』『冷や水で手を焼く』『明日の敵は今日の奴隷』『豪華地獄をご招待』『失態失敗』
『時感作用』『私のかわりはいくらでも』『蹴愚政治』『名乗るほどの者ではない』『名を名乗れ』『伊達の素足もないから起こる』『脅威の胸囲』『次元喉果』『弓矢に選ばれし経験者達』『巣喰いの雨』
『人間掃除機』『魔界予告』『帰路消失』『卵々と輝く瞳』『いつまでも幸せに暮らしました』『勿体無い資質』『有限実行』『眼の届く場所』『話は聞かせてもらった』『馬鹿めそれは偽物だ』
『存亡』『有数の美意識』『手書きの架空戦記』『忘脚』『生合成無視』『殺人協賛』『舌禍は衆に敵せず』『穴崩離』『選択の夜討ち』『収監は第二の転生なり』
『確率隔離食感』『自由自罪』『頓智開闢』『歴史的かなり違い』『禁断の錬金術』『若輩者の弱点』『溺愛を込めて』『思いやりなおせ』『即視』『時系列崩壊道中膝栗毛』
『全身全霊に転移』『真実八百』『鹵獲膜』『王の座標』『成功者の後継者』『死なない遺伝子』『美調生』『行進する死体』『数値黙殺』『生まれたての宇宙』
『軽い足取り』『目障りだ』『競争排除息』『お気の無垢まま』『死者会』『故人的な意見』『起立気を付け異例』『天罰敵面』『頂点衷死』『逃げ出した人達』
『死んでなお健在』『ぼやけた実体』『掌握する巨悪』『敵衷率』『懐が深海』『不思議の国の蟻の巣』『神の視点』『驚愕私兵』『影の影響力』『防衛爪』
『命令配達人』『全血全能』『晦冥住み』『寝室胎動』『頬規制』『不老所得』『控え目に書いた勿論』『座して勝利を待つ』『吸魂植物』『ためらい傷の宮殿』
『蘇生組織』『別想地』『光ある者は光ある者を敵とする』『質問を繰り返す』『最後の最後の手段』『人間強度』『不自由な体操』『心神操失』『目一杯』『実力勝負』

軽やかに。
蹴散らした。

「     !」
「さて。またきみの負けだ」
「………………」
「それでも立ち上がる。それでも挑む。そんなきみの決意を、教えておくれ?」

座ったまま。
安心院なじみは問い掛ける。
立ったまま。
球磨川禊は口を開く。

820『』 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:11:28
「あいつらに勝ちたい
 格好よくなくても
 強くなくても
 正しくなくても
 美しくなくとも
 可愛げがなくとも
 綺麗じゃなくとも
 格好よくて
 強くて正しくて
 美しくて可愛くて
 綺麗な連中に勝ちたい

 才能に恵まれなくっても
 頭が悪くても
 性格が悪くても
 おちこぼれでも
 はぐれものでも
 出来損ないでも
 才能あふれる
 頭と性格のいい
 上がり調子でつるんでいる
 できた連中に勝ちたい

 友達ができないまま
 友達ができる奴に勝ちたい
 努力できないまま
 努力できる連中に勝ちたい
 勝利できないまま
 勝利できる奴に勝ちたい
 不幸なままで
 幸せな奴に勝ちたい

 嫌われ者でも!
 憎まれっ子でも!
 やられ役でも!
 主役を張れるって証明したい!!」

821『』 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:11:47
そして。
そうして。
沈黙が下りる。
黙って安心院は教卓から降り、球磨川は動かない。
そして一瞬の、

「ちゅ」

事だった。
重なって離れ、それでおしまい。
何事もなかったように安心院は教卓に戻り、唇に指を当てた。

「ふふふふ」
「…………」

無言で口を拭く球磨川を見て笑う。

「と言う訳で、返して上げたよ。よかったね」
「……ありがとう」
「どういたしまして。公平な僕だから、返しただけでそれ以外は何もしてないよ? 大嘘憑きも」

その言葉に動きを止め、一度強く口を拭ってから、背中を向けた。
何事もなかったように。
安心院は変わらない様子で軽く手を振る。
刹那、思い出したようにまた口を開けた。

「ところで、やっぱり彼女を蘇らせる気かい?」

その問い掛けに、一瞬の間を置いてから球磨川は頷く。
予想外の事ではなかったのだろう。
むしろ予想通りの事なのか、安心院は何度か首を縦に振る。
しかし何も言わない。
その、奇妙と言えば奇妙な対応に不審を抱いたらしい球磨川が振り返る。
際に投げ付けたネジは軽く避けられた。

「…………」

小さく舌打ちし、それを見て首を傾げた。
それだけで、今度こそ歩き始めた。
教室の扉を開く。
そのまま慣れた様子で通り抜けながら呟く。

「オールフィクション」

言い終えた時には、その姿は消えていた

822『』 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:12:11



さて、そう言う訳で僕は蘇った訳だ。
晴れて禁断の過負荷を取り戻して。
しかもありがたいことに大嘘憑きはそのままだ。
予想した通り、妙な具合に改善されているらしいけど。
関係ない。
死んでも死にたくない。
だけどそれより、死んでも勝ちたい。
いや勝つ。
そのために言ったんだ。

「初めまして。欠陥製品、七実ちゃん」

少し騒がしい。
呟きながら身を起こす。
だから、死ぬ前に勝つ。
黒神めだかに勝ってみせる。

「僕が、球磨川禊です」

目を開けて、見た。
欠陥製品が吊り上げられていた。
七実ちゃんに。

「えっ」

思わぬ状況に声が漏れていた。
聞こえたのか七実ちゃんと、下ろされた、欠陥製品が僕を見る。
どう言う状況だよ。

「おはようございます、球磨川さん。丁度良い所でした……いえ、悪いのかしら?」
「………………一先ずお早う」

何か言いたそうな顔をしながら、欠陥製品は近付いて、何も言わずに僕の後ろに回った。
え、何なの。

「任せる」
「そうですね。球磨川さんならもちろんご存じでしょう」
「?」

話が見えない。
とりあえずやたら背中を押してくる欠陥製品は何なんだ。
それに七実ちゃんは何を聞きたいんだろう。
可能な限り答えるけど。
僕が聞く前に、口を開けた。

「裸エプロンってなんですか?」
「………………」
「裸は分かるのですけど、そのえぷろんと言う言葉の意味を知らないものですから。聞いた事もない言葉ですので。いーちゃんさんに聞いても話を逸らすばかり。今さっき強引に聞こうと思っていた所で」
「本当に蘇りやがったんだよ。そう言う訳だ人間未満。自分で撒いた種は自分で何とかしろ」
「…………」

823『』 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:12:33



『僕は、知らない。よく分からなかったけどとりあえず欠陥製品の話に合わせてただけだ。だから、僕は知らない』

場が完全に沈黙しました。
あ、どうもわたし、鑢七実です。
しかし球磨川さん。
その顔で知らないはないでしょう。
何と言いますか、わたしの目がなくとも一目で嘘だと分かります。
言いたくないようならどうしましょうか。
二人同時に問い詰めればその内に吐くでしょう。
けどどちらも無駄に口は固いでしょうし。

「さて……」

と、小首を傾げます。
一先ず見ているとしましょう。
それがいいし、悪い。
表情も変えずに呆然とした様子だったいーちゃんさんがまず復活されました。
意外にかかりましたね。

「人間未満」
『僕は悪くない』
「違う! 大嘘憑きで車は直せるか?」
『もちろん。だけどそうしてどうするんだい? むしろ密室で逃れないぜ?』

あ、確定しました。
お二人とも、裸えぷろんなるものをご存じのようです。
まずそこから吐かせる手間が省けました。
しかしどうもお二人、気が動転しているようで。
気付いてもよさそうな失敗を、悪そうな失敗に気付く様子もなく。
珍しい。
そんなに慌てているなんて。
背中だけは向けて、目の前で今後の相談を始めました。
隠すゆとりすらありませんか。

「とりあえずこの場から離れる名目で車を走らせる。無駄話はなしって事を言い含めて」
『乗ってくれるかな?』
「何とかしろ。それからぼくが適当に車を走らせる」
『適当に?』
「そうだ。上手く人間失格に会えれば良し。会えなくても考える時間はある」
『よしきた。それじゃ何かの間違いで診療所に着かなければ幾らでも時間は稼げる訳だ』
「あぁ、そうなると怖いのは自分だけだ」
『……負け続けの人生だけど』
「失敗ばかりの人生だけど」
『今回ばかりは』
「勝つ」

妙に息の合った会話を終えて、お二人が私を見ます。

「裸えぷろんとはなんでしょう?」

824『』 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:12:51

試しに出鼻を挫いてみました。
口を開く前に突っ込みます。
口だけは上手いですから乗せられないようにしないと。
と言う事で。
あからさまに呻いて、狼狽える様は何と言いますか。
そんなに言いたくないのでしょうか、裸えぷろん。
ですがまあこうなれば意地でも聞かせて頂きますけど。

『はっ、羽川さんはどこか知らない? 直った車に乗せてあげないと!』
「あちらに。それと」
「おーいたい……おい、人間未満」
『なんだい欠陥製品』

目を向けず指差した先に急いで駆けたいーちゃんさんの足が止まりました。
横目で見て、ふと異変が目に入ります。
羽川。
まにわに風の装束を纏った、まあ装束の方はボロボロですが、白髪の女。
のはず。
だと言うのに。
何時の間にか、

『……黒髪?』

髪が全て黒に変わっています。
どう言う事でしょうか。
少なくとも殺してしばらくは白だったはず。
ちらりと視線を四季崎にやっても首を振るだけ。
四季崎は関係ないと。
早速役に立ちませんね。

「少し、失礼」

いーちゃんさんに退いて頂き、目をしっかりと開きます。
見る。
視る。
診る。
果たして異常はないかどうか。
見続けて理解しました。
結果は、

「…………何の変化も見当たりません」

変わらない。
単に猫のような部位が消え、髪が黒に変わっているだけで。
何も見当たらない。
むしろ良い方向に変わった位でしょうか。
そのまま目をお二人にまずは。
いーちゃんさんは少し顔をしかめているだけですか。
ですが球磨川さんは、

『………………』

今まで見た事もないような、険しい表情を浮かべています。
さも何かに気付いたような。
何に気付かれたんでしょうか。

825『』 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:13:09

「球磨川さん」
『僕は、羽川さんをただ復活させただけでそれ以上の事はしてない。したとすれば……』

目を閉じて、開いた時には元の表情に戻っていました。
ですが動揺は隠し切れていませんね。
微かですが見て取れます。
しかしこれ以上突っ込むだけ無意味でしょう。
さてならば、

「………………」

未だ寝たフリを続けている彼女はどうか。
動揺に焦りに焦燥。
状況に焦っているだけでそれ以上の何物でもない。
やはり別の原因と言う事、か。

「人間未満」
『なんだい、欠陥製品?』
「お前の大嘘憑きで元には戻せないのか?」
『無いものは無くせない。それになかった事にした事をまたなかった事には出来ない』
「本当にお前のせいじゃないのか?」
『僕は弱い者の味方だ。弱い者を更に貶めるような真似はしない。強い者は幾らでも貶めるけどね』

それだけで、二人は押し黙りました。
沈黙。
ふざけあっているお二人にしては珍しく。
完全に押し黙ってしまいました。
はぁ、とため息を溢して考えてみます。
どうも訳の分からない事態が発生してしまったようですが、考えるだけ無駄と言う物でしょう。

「……見た所、気絶しているだけです。ですから何処かで休ませれば起きるのではないですか?」
「…………そうだね」
『じゃ、車に運ぼうか。七実ちゃんは真宵ちゃんを運んでくれる?』

そう言って、格好付けた球磨川さんが羽川を持ち上げようとして潰されました。
代わりにいーちゃんさんが背負って運んでいきます。
それを何やら羨ましそうに見ているのは何ででしょうか。
どうでもいいけど。
どうでも悪いけど。
お二人が何処にも異常の見当たらない車に乗るのを横目に、見下ろします。
あからさまに固まりました。
気にせず小脇に抱えあげます。

「診療所までゆっくり考えるんですよ」

小声で。
呟くと体を震わせました。
思わず小さく笑いながら車に乗り込みました。
横には球磨川さんが。
羽川は助手席とやらに乗せられています。

「どうぞ」
『急ごう』
「えぇ。着いたらゆっくりお話しましょうか」

826『』 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:13:35

途端、体を固くした三人を尻目に。
動き始める外を眺めます。
あの橙色は見えないものかと。
思っていても残念ながら見えませんでした。



戯言さんだと思いましたか。
残念、八九寺ちゃんでした。
ごめんなさい。
こんな冗談でも言わないと心臓が持ちません。
訳が分からないとはこの事です。
何なんですか一体。
何なんですか一体。
大事な事ですから何度でも言いますが何なんですか一体。
突っ込みどころが多過ぎます。
過多です。

「…………はぁ」

なんてため息を吐いてるこの人。
目を閉じてても分かります。
この人、あの人を殺した人ですよね。
その人の膝枕を受けてる時点で心臓が危機的状況です。
ところがどっこいそれだけじゃありません。

『………………』

何やら視線を感じます。
多分、球磨川と言う人の物でしょう。
でもあなた、頭ふっ飛んでましたよね。
見ましたからね私。
転がってる頭を見て悲鳴を上げそうになったんですから。
なのになんで生きてるんですか。
吸血鬼状態のらららぎさんでも多分死にますよ。
失礼噛みました。
よし、少し余裕が出来てきました。
餅つきましょう。
失礼かみまみた。。
とりあえず時々話題に上がっている例のオールフィクションなる物が絡んでいるんでしょう。
何かをなくせる怪異か何かでしょうか。

「…………」

と言う訳で最後に来ましたよ戯言さん。
私の。
私の記憶を消すとはどう言う事ですか。
確かにどうしようもないです。
ですが、私に黙って勝手な結論を出すのは頂けません。
役立たずかも知れません。
足手まといかも知れません。
それでも。
あなたと一緒にいた時間を、思いを、勝手に消されては敵いません。
だから消させはしません。

827『』 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:13:48

「………………」

なんて、気軽に言えたらなんていいでしょう。
ですけど私が足手まといなのは事実。
それに戯言さんと関係のない部分の記憶が負荷になっているのも事実です。
悔しいですけど。
今、一考して冷静に物を考えられているように感じられるのは奇跡に近い偶然でしょう。
混乱し過ぎて一周した感じに。
その内、また、何も考えられないような状態になるかも知れない。
そうなれば私は負担でしかない。

「……………………私は」

私は。
いえ。
もう少し、考えましょう。
それからでも遅くないはずです。
無意味な先伸ばしでは、ないはずですから。
だから。
だからどうかもう少しだけ、考えさせて。

828『』 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:14:28
【一日目/夕方/F-4】
【戯言遣い@戯言シリーズ】
[状態]健康、車で移動中
[装備]箱庭学園制服(日之影空洞用)@めだかボックス(現地調達)、巻菱指弾×3@刀語、ジェリコ941@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×2(うち一つの地図にはメモがされている、水少し消費)、ウォーターボトル@めだかボックス、お菓子多数、缶詰数個、
   赤墨で何か書かれた札@物語シリーズ、ミスドの箱(中にドーナツ2個入り) 、錠開け道具@戯言シリーズ、
   タオル大量、飲料水やジュース大量、冷却ジェルシート余り、携帯電話@現実
[思考]
基本:「主人公」として行動したい。
 0:診療所で羽川さんを休ませる。
 1:それから真宵ちゃんの記憶を消してもらう
 2:掲示板を確認してツナギちゃんからの情報を書き込む
 3:零崎に連絡をとり、情報を伝える
 4:早く玖渚と合流する
 5:不知火理事長と接触する為に情報を集める。
 6:展望台付近には出来るだけ近付かない。
 7:裸エプロンに関しては戯言で何とか。無理なら球磨川に押し付ける。
[備考]
 ※ネコソギラジカルで西東天と決着をつけた後からの参戦です。
 ※第一回放送を聞いていません。ですが内容は聞きました。
 ※夢は徐々に忘れてゆきます。完全に忘れました
 ※地図のメモの内容は、安心院なじみに関しての情報です。
 ※携帯電話から掲示板にアクセスできることを知りましたが、まだ見てはいません。
 ※携帯電話のアドレス帳には零崎人識のものが登録されています(ツナギの持っていた携帯電話の番号を知りましたがまだ登録されてはいません)。
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました。



【八九寺真宵@物語シリーズ】
[状態]寝たふり、ストレスによる体調不良(発熱、意識混濁、体力低下)、動揺 、鑢七実から膝枕、一周回って一時的正気、車で移動中
[装備]人吉瞳の剪定バサミ@めだかボックス
[道具]支給品一式(水少し消費)、 柔球×2@刀語
[思考]
基本:生きて帰る
 1:戯言さんと行動
 2:なんでこの二人が
 3:記憶を消すとはどう言う事ですか
 4:こっそり聞きたいけど隣に居て聞けません……
 5:頭が上手く回りません……
 6:なに、この……なに?
[備考]
 ※傾物語終了後からの参戦です。
 ※本当に迷い牛の特性が表れてるかはお任せします

829『』 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:14:48



【球磨川禊@めだかボックス】
[状態]『健康だよ。お腹は満腹だ。それに車で移動中さ』
[装備]『大螺子が2個あるね』
[道具]『支給品一式が2つ分とランダム支給品が3個あるよ。後は食料品がいっぱいと洗剤のボトルが何本か』
[思考]
基本:「黒神めだかに勝つ」『あと疑似13組を作って理事長を抹殺しよう♪』
『1番は欠陥製品の返答を待つよ』
『2番はやっぱメンバー集めだよね』
『3番は七実ちゃんについていこう! 彼女は知らないことがいっぱいあるみたいだし僕がサポートしてあげないとね』
『4番は善吉ちゃんの無念をめだかちゃんにぶつけてあげよう』
『5番は宇練さんについてだけど、まあ保留かな』
『6番は裸エプロンに関しては欠陥製品に押し付けよう! それが良いよね!』
[備考]
※『大嘘憑き』に規制があります。
 存在、能力をなかった事には出来ない。
 自分の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り0回。もう復活は出来ません。
 他人の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り1回。
 怪我を消す能力は再使用のために1時間のインターバルが必要。(現在使用不可能)
 物質全般を消すための『大嘘憑き』はこれ以降の書き手さんにお任せします。
※首輪は外れています



【鑢七実@刀語】
[状態]健康、身体的疲労(中)、交霊術発動中、八九寺真宵を膝枕中、車で移動中
[装備]四季崎記紀の残留思念×1
[道具]支給品一式×2、ランダム支給品(2〜6)、球磨川の首輪×1
[思考]
基本:弟である鑢七花を探すついでに、強さと弱さについて考える。
 1:七花以外は、殺しておく。
 2:もう面倒ですから適当に過ごしていましょう。
 3:気が向いたら骨董アパートにでも。
 4:途中で裸えぷろんの事でも聞きましょうか。
 5:宇練さんは、次に会った時にはそれなりの対処をしましょう。
 6:四季崎は本当に役に立つんでしょうか?
[備考]
 ※支配の操想術、解放の操想術を不完全ですが見取りました。
 ※真心の使った《一喰い》を不完全ですが見取りました
 ※宇練の「暗器術的なもの」(素早く物を取り出す技術)を不完全ですが見取りました。
 ※弱さを見取れる可能性が生じています
 ※交霊術が発動しています。なので死体に近付くと何かしら聞けるかも知れません



【1日目/午後/F-4】
【羽川翼@物語シリーズ】
[状態]健康、ノーマル羽川
[装備]真庭忍軍の装束@刀語
[道具]支給品一式×2(食料は一人分)、携帯食料(4本入り×4箱)、タブレット型端末@めだかボックス、黒い箱@不明、トランシーバー@現実、「ブラウニングM2マシンガン×2@めだかボックス、マシンガンの弾丸@めだかボックス」
[思考]
基本:不明
 1:不明
[備考]
 ※ブラック羽川が解除されました。
 ※化物語本編のつばさキャット内のどこかからの参戦です。
 ※全身も道具も全て海水に浸かりましたが、水分はすべて乾きました。
 ※トランシーバーの相手は哀川潤ですが、使い方がわからない可能性があります。また、当然ですが相手が哀川潤だということを知りません。
 ※道具のうち「」で区切られたものは現地調達品です。他に現地調達品はありませんでした。

830『』 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:15:03




教室らしき部屋の中。
その唯一無二の教卓の上。

「ニャオ」

と、鳥籠の中の真っ白な猫が鳴いた。
それを膝に置いた女は笑う。

「不安かい、ご主人様が?」
「ニャ」

何か不愉快に感じたのだろう。
猫は籠の隙間から、一心に女へと爪を伸ばす。
だが届かない。
近いはずの距離があたかも数千里以上あるかのように。
何れだけ腕を伸ばしても、ほんの僅かに届かない。
届きそうで届かない。
それを見て女は笑う。

「まったく――――下らねえ。誰も彼も有象無象も等しく平等なのに。何だってそんな執着するんだい? もし何だったらご主人になりそうな別の誰かくらい五万と紹介するぜ?」
「ニャオン!」

と声を張り上げなお爪で引っ掻こうとする様を見詰め、女はため息を吐いた。

「ま、これで多少動くだろうし、いいけどさ。それにそのご主人様が本当に君を必要とするなら、こんな鳥籠なんて意味ないぜ?」
「ナウ?」
「『無効脛』を適当に弄って作っただけの籠だ。どっちかって言うと過負荷寄りの君ならその内、抜け出せるかも知れないぜ?」
「ニャーン」
「かもだけどさ――しっかし今回の行動からして、わざわざする価値があったかどうか。良い結果になると良いなーと思ってやってるんだぜ、これでも。あ、いや違うか。こう言う時は」

猫を見る目はそのまま変わらず。
道端の石ころでも見ているように。
言った事すらもどうでもよさそうに。
酷くどうでもよさそうに。
それでいて、

「悪い――んだったっけ? そう言えば良いか。いや、悪いか――それこそどっちも何も、変わらねえのになあ……」

悪そうに、笑った

831 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:15:42
以上になります。
ご意見広く募集しますので、あればどなたでもどうぞお願いいたします

832 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/10(木) 00:16:26
失礼。
一応文章は多少増量しようかとは考えています。
今度こそ失礼します

833 ◆ARe2lZhvho:2013/10/10(木) 17:43:31
仮投下乙です
個人的には特に問題はないと思いましたので本投下しても大丈夫だと思います
感想は本スレで書かせていただきます

834 ◆ARe2lZhvho:2013/10/10(木) 17:54:52
あ、一個忘れ
Wikiに収録する際はみそぎカオスの続きとして収録するか新たに135話として収録するかよくわからないのでそこだけどうするかお願いします

835 ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:17:41
完成しましたが、問題点を抱えるため、一時仮投下をさせていただきます

836 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:18:16
◆ 9 一日目/F8 市街地(夕方〜)  ◆


真庭鳳凰は焦りの色を浮かべていた。
否。直に浮かばせるほど、彼はしのびとしての素面を崩している訳ではないが
――それでも謂われのない焦燥感に駆られているのは事実である。

黄昏に煌く鋏状の『ソレ』を銜えた少女に銃口を向ける。
しかしそれまでと同様に、少女はその『殺意』を分かり切ったように身体の軸をずらす。
幾回か繰り返すうちに無駄だと悟った鳳凰は弾の節約、及び余計な銃声を鳴らさない意味合いを兼ねて、撃ちはしなかった。
それをいいことに、か。
少女は逃げる鳳凰を追いかける。
舌を打ちつつも、迎撃をしたりはせずに、大人しく鳳凰は退散に臨んだ。

「■■――■■■■■――……!!」

嘆きとも呻きともとれる叫びは、まさに『鬼』のようである。
塊のような殺意。誰がそう称したか。実に的確な殺気。
殺すためだけに存在し、殺すことだけを生業とする――零崎一賊の典型的な例。
無桐伊織、改め、零崎舞織はそれでも『鳥』を逃すまいと後を追う。
抑えつけていた反動。
殺し合いという絶好の舞台でなお、不殺を貫き通していた分の反動。
遺憾なく解放された――始まった『零崎』は止まる術を知らないかのように暴走を始める。

無桐伊織の暴走。
それは思いのほか長く続いた。
様々な要因が絡み合い、今なお暴走を抑えることが出来ないでいる。
――事の発端は西条玉藻の、惜しくも最期の言葉となってしまった『ひとしき』の四字だ。
この言葉により、――唯でさえ血の臭いで昂りつつあった伊織の衝動が、解放されてしまう。
そこまでが先の一連の流れ。
されど、本来であれば伊織の暴走とは一時的なものに過ぎなかった。
少なくとも西条玉藻を『殺した』ことで、正気に戻る可能性は十二分にあった。
――死色の真紅との約束を破ってしまったこと。
――対等でありたかった零崎人識との人間関係を崩してしまったこと。
それらによって、伊織の歯止めはつくはずである。

しかしそこに不幸なことに。
新たな魔の手が攻めの手を加えてきた。
この事によって、西条玉藻が零していた『ひとしき』の身に何かあったのでは? という疑念が引き続いてしまったのだ。
あの銃弾を撃ち放った人間はもしかしたらこの少女の味方なのかもしれない――。
零崎として、それを見過ごすわけにもいかなかった――それが零崎舞織の無意識下での思考回路。
故に今、彼女は鳳凰を追っている。
追うことで、何かがわかるのかもしれない。
分からずにいた人識の行方がつかめるかもしれない――。

鳳凰は、伊織の思いなどまるで知らず。
撒けるまで逃げ続ける。
彼はしのびとして、逃げることにはある程度の自負を抱いていた。
逃げに徹する。
そのことは決して恥ではない。
無茶かもしれないことに意味なく挑む奴の方が、よほど馬鹿だ。

こうして組まれた距離の縮まらない『鬼』ごっこ。
『鳳凰』と『鬼』。
仮想の生物を象った二人の、至極人間的でつまらない、駆けっこである。

837 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:18:45


◆ 11 一日目/F8 市街地(夕方〜)  ◆



真庭鳳凰が迎撃をしない理由は、突き詰めれば保身だ。
先の西条玉藻の時もそうであったが、強大な敵を無理して自分が倒す必要はない。
半ばそのために、実験開始当初、鑢七花と契約を結んだと言っても過言ではない。
七花がどれほど屠ってきたかは定かではないが、七花の確かな実力には、偽りなく一目置いている。
骨董アパートを倒壊させた橙色――想影真心にしろ、
スーパーマーケットで鮮魚コーナー貪りつくしていた口尽くしの少女――ツナギにしろ。
鳳凰では手を出せそうになかった輩だって、周りから勝手に滅んでいけば、それに越したことはない。
漁夫の利、まさしく彼が目指すものは、その通り。
尤も、生かすに値しない、他の者の手を煩わす必要もない――貝木泥舟のような非力な人間には、容赦なく鉄槌を下しにいくが。

実際、鳳凰からして手を出せずに詰まっていた西条玉藻だって呆気なく眼前で殺された。
望ましい結末である。そこまでは、何の批難も湧かなかった。

ただ、彼は一つ失敗を犯した。
西条玉藻が死に、『この隙に』、『こいつもついでに』程度に伊織に手を出したのは、些か軽率が過ぎる。
無論のこと、玉藻の力量、気迫とも言えようものを多いに越す伊織を、嘗めてかかった訳ではない。
警戒に警戒を重ね、ひっそりと影から討つように標準を定めた。

繰り返すが鳳凰は慢心をしていた訳ではない。
彼が彼女の正体を知っていたら、銃口の標準をむざむざと放しただろう。

殺気に目敏く、殺意に目覚めた、目を逸らしたくなるほどの気迫を有する、ニット帽の殺人鬼。
彼が手を加えようとしていたのは、まさにその人である。
ならば――銃口を向けた時の殺意に気付かないわけがない。
殺意ありきの弾丸、炎刀・『銃』なら尚更だ。

加えて言うのであれば、彼自身が仕組んだとはいえ、タイミングも悪かったのだろう。
図書館に着く前の彼女ならばいざしらず――暴走へ繰り出してしまった彼女には、手の施しようがない。
ベテランの殺し名だって、手を焼くに決まっている。
鳳凰は強い。
格段に強い。
『神』の名を欲しいままに頂戴するに値する人間だ。
しかしそうは言っても、相性というものは絶対にある。
僅かな殺意の機微を察知する『零崎』相手には、決め手になる攻撃が、まるで打てない。

「くぅ……!」

撒くに、撒き切れない。
中々に、しつこい。
そうは言っても始まらない――だからこそ、彼は飽くことなく逃げ続ける。
一瞬でも視界から外させることに成功すれば、しのびたるもの隠密に徹し、さながら影のように姿を眩ますことはできるのに!

だが。
唐突にその逃亡劇も終止符が打たれようとしていた。

メラメラ、と。
ゴウゴウ、と。
目の前の景色が真っ赤に染まる。


火事だった。
竹林が、音を立てて燃え盛っている。
火元が明らかでないほど広範囲にわたり燃えているようだ。
市街地から竹取山の境界は火を以て、これ以上なく厳格に引かれている。

838 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:19:09
どうするか、左右に逃げるか――そこまで考えて、改め直す。
迷っている時間は、もはやない。
背後を見ると、僅かに立ち止まったこの隙にも『鬼』は迫りくる。

――止むをえまい……か?

確かにこのまま逃げ続けたところで、堂々巡りには違いない。
彼は握っていた首輪探知機、及び銃の類を仕舞い、日本刀を取り出した。
使いなれた得物である。得物にするに不足はなかった。
構える。

見たところ、相手は口に銜えた鋏を得物としている。
間合いが極端に短い得物。
ならば、無防備に間合いに入れさせないようにすれば、問題はない。
短絡的な発想かもしれないが、正攻法。
卑怯卑劣を売りにしている忍者であろうとも、正攻法を取ってはならないという掟など存在しない。

「■■■■――■■■■■■■■■――――■■■■■■■■■■■■■――――!!!!!!!!」

立ち止まり、相手の動きを観察する。
文字にもならない叫びをあげている様子の通り、動きは直線的だ。
隙を突こう、或いは作ろうと思えば、近接武器であれば、決して不可能ではない。
禍々しいまでの気迫こそが気がかりであるが、見た限り唯一にして最大の気がかりに違いはないが、仕方あるまい、と呟いて。

「――――!」

無言のままに、薙ぐ。
その動作を分かり切ったように、伊織は避け、間合いに這入り込もうとする。
先ほどまでの動きとは比べものにならないほどの流動的な動きに、声を洩らさず驚嘆するが、しかしそれまで。

「はぁ!!」
「―――……■ ■■」

伊織を襲ったのは単純な膝蹴りだった。
鳳凰は予め、日本刀は避けられると想定し、
『一喰い(イーティングワン)』では間に合わないにせよ、蹴り易い体勢ならばを作ることは可能だった
ただ単にそれのこと、それだけに過ぎないが、思いのほか覿面に、攻撃は相手の懐に入る。

鳳凰にしてみれば偶然には違いないが、零崎とはあくまで対殺意に特化した殺し名だ。
『殺意なき弾丸』が『殺意なき弾丸』として零崎に通用する一因に、
『殺意なき弾丸』が直接的に相手を殺害する手段とはなりえないことが挙げられる
あれはあくまで、ゴム弾に過ぎない。何弾も当て続けたら、もしかすると内出血程度の傷を与えられるが、所詮その程度。
今回の鳳凰の蹴りとて、また同じ。この攻撃で相手を殺そうだなんて、端から思っていない。
まさか――虚刀流じゃあるまいし。
尤も、鳳凰からしてみれば、この蹴りだってまともに入るとは思ってもいなかったが。

「まあ、おぬしのように我を見失った輩を相手取るのは、初めてではないのでな」

一言零し。
吹き飛び地面に転がった伊織に追撃を喰らわそうと、駆ける。
斬、と刀を振り下げるも、どこに力を入れたらそうなるのか、腹から飛び跳ね、避けられた。
半ば予定調和とはいえ、しかしどうだ嘆息を禁じ得ない。
改めて、逃亡劇を続けていた頃から感じていたが――こいつはどうすれば『殺せる』のか。

839 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:19:38
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――■■■■■■!!!!!!!!!!

先の蹴りのように『攻撃』を加えるのは正直に言って作業にも等しいことだ。
同じ暴走にしたところで、同じ意味不明な咆哮にしたところで、橙――想影真心と比べると劣るというもの。
慣れるというには、あの時は一方的に弄ばれてしまったが、
それでも暴走している伊織を前に立ちはだかることが出来るのは骨董アパートでの一件が何かしら功を奏している。

しかし、だ。
『死』に至らせるまでの『致命傷』を与えるには、どうしたものか。
『殺意』を持ち合わせた『攻めの手』は全て感知されて、何かしらの対処を取られてしまう。
――現状、鳳凰には一つの考えしか、思い浮かばない。


「かくなるうえは――!!」


拷問。
しのびお得意の痛めつけ。
最終手段は、立てなくなるまで、避けられなくなるまで、その身の力を搾りきる。


鳳凰はこちらに襲いかかる伊織に向きあい、忍法『断罪円』を繰り出した。



◆ 12 一日目/F8 火災現場(夕方〜)  ◆



結論から言うと。
真庭鳳凰の甚振りは、見事成功する。

しかし、彼にも痛めつけを行使したくない理由があった。
鳳凰が、そのじり貧とも言える耐久戦に持ち込みたくなかった理由は明快。
あまりこの場において体力を使いたくなかったからだ。
無論無桐伊織一人に固執して体力を使うという馬鹿らしさ、というのもあるが、今彼らが戦っている場所は、火事場の前だ。
単純に、純粋に、暑い。
暑さというのは、ただそれだけで体力を奪う。
過酷な運動をしようものなら、体内の水分も枯渇し、意識が朦朧とする可能性だってある。
彼はしのび。
火事の最中であろうが、ある程度の時間ならば満足に動けるだろう。
が、それもある程度の話だ。
度が過ぎれば、幾ら『神』を冠しようが彼も人間。悪条件が続けば一層疲労は溜まるに違いない。
彼はそれを危惧した。
なにしろ、『決定打』を打てない相手である。
少しずつ、少しずつ――搾りとるようにしか、相手の体力を奪えない。
幾度か交えて分かった事だが、『断罪円』も『一喰い』も殺意を伴うために易々とまではいかないが避けられてしまう。
――二十番目の地獄が最期に発掘した殺人鬼は伊達ではないということか。

それでも、徐々に優勢は鳳凰に傾き始めた。
例え肉を抉ることはできなくとも、皮を剥ぐことができなくても、息を止めさせることはできなくとも。
キャリアの差、ともいうべきか。
本来あった圧倒的実力差を迫力で誤魔化すには、いよいよ伊織の気迫では物足りなくなってきたということか。
想影真心の殺意、西東天のカリスマとも換言できる佇まい。
奇しくも彼の心を鍛え直すには、あまりにも適役である。

「……ぅぐ――っ!」
「――――」

蹴飛ばす。
蹴飛ばす。
蹴って、蹴って、蹴った。
それ以上のことは何もない。
リーチも長く、より威力の高い蹴りを優先して浴びせ続けた。

840 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:21:03

『殺意』を抜いた鳳凰相手に、伊織の技術は未熟すぎる。
暴走して我をなくし、『鬼』としての才覚に身を任せて、一般人ならざる動きを見せた伊織もそこまでくればただのボロ雑巾だ。
一度型に嵌れば、彼が想像していたよりも容易く使命を全うできそうである。
かといって、気を抜くことはせず、あくまで冷徹に淡々と。

こちらの体力の消耗とて馬鹿には出来ないほどだが、伊織も既に満身創痍だ。
倒れこむ伊織の脇腹を蹴りつけ、なおも動けないのを見て、――如何ようにするか、思考する。
ここで刀を取り出して、彼女はどのように反応するだろうか。
殺意に呼応するように、それこそ文字通りの火事場の馬鹿力と言わんばかりに再駆動し始めたら、それはもはや手に負えない。

さすがにここまで痛めつけたら――とも考えたが、撤回する。
そもそも脚を折れば、反撃なんて不可能なのではないか。
その上で、背後の焔の中へ捨て入れればいい。

臥せこんだ伊織の脛の上から、踵を振りおろした。
所詮は元女子高校生の、若木の枝のように細い脚は、ぽっくりと折れる。
片側だけでなく、もう片側も。
しのびに容赦も情けもない。この程度の所業、わけもない。
悲鳴を上げる伊織の腕を片手でもちあげ、いざ背後の炎と向きあい、投げ込もうとしたその時。


「――――そこにいるおぬし。顔を出せ」


鳳凰は、恐ろしく冷たい声を出す。
前方の物影に向かい、静かで、『鬼』よりも冷酷な『不死鳥』の声を。

鳳凰の声を受け。
ガサゴソと物音を立てて、学生服の少年が現れる。
鳳凰に振り返る隙すらも与えず――少年は言葉を発した。


「……やれやれ、伊織さんは何をやってんだ――――かっ!!」


言葉尻を待たず、少年は何かを投げたのがわかった。
咄嗟に警戒を高め、いざとなったら左手に握った伊織を盾にしようかと思ったが、その心配はいらぬ心配だったようである。
まず、鳳凰の身体まで届いていなかった。
鳳凰の『影』に刺さっただけで、彼の肉体には傷一つ付いていない。蚊にも劣る『攻撃』――。

ふん、手練ではなかったか――。
だとしたら殺すだけだ、と内心ほくそ笑むように、伊織を炎の中に投げ入れた。



そこで物語は進む―――――――――――――或いは、止まる。

841 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:21:21


◆ 13 一日目/F8 火災現場(夕方〜)  ◆



鳳凰が伊織を炎の中へ投げ込むことはなかった。
違う。
投げ入れることが『できなかった』。
動けない。
動かせない。
まるで『縛られたように』、身体の自由が、或いは不自由すらも操作できない。


「お、おぬし――――何をっ!」


ここに来て初めて、苦悶とも言える表情を浮かべた。
『身体を動かせない』、この事実は、身体的よりも精神的に抉られる。
率直に言うなら、真庭鳳凰は焦りの色を浮かべて、焦燥感に駆られているのだ。


「炎っていうのはつまりは光なんだよ。光があれば影が出来る――小学生でも習うことだ。
 ……いや、習うまでもなく、もっと幼いころに理解をしてもいいことか」


対して、先ほどまでの鳳凰がそうだったように冷酷に、少年――『破片拾い』は常識を説いた。
太古より火は光としても用いられてきた。
その事実は、今だって、『バトル・ロワイアル』の最中であれ、変わらない。
影あるところに光があるように、光あるところ影にはある――――!

背面に炎を燃やしていた鳳凰から前、つまり様刻が対峙していた方面には、鳳凰の影が伸びている。
その影には一本。
たった一本の矢が刺さっていた。
影谷蛇之の魔法《属性『光』/種類『物体操作』》の『影縫い』。
どうしようもなく決定的に炸裂し、決着はついた。


「まあ、このタイミングを見計るのに随分と待ち構えてみたもんだが――伊織さんは見るも無残になって」


耽々と語りながら、様刻は鳳凰の背後に迫ってくる。
――どくん。
胸が鳴る。
――どくんどくん。
胸が高鳴る。
殺される、――殺されるのか?
我が今ここで? こんなにも呆気なく、それもこんなわけのわからないトリックで?

そんなの、
そんなのは――

「御免こうむる――――!!」
「……悪いけど、きみの意見をそのまま貫くほど、僕もお人好しじゃない」


様刻は鳳凰の左手に握られていた伊織を抱きかかえるように手にとって、静かに地面に横たえさせると、
鳳凰の腰に据えてあった日本刀を抜く。
妖し、と輝く日本刀の煌きをかざしながら――躊躇いもなく様刻は鳳凰の両腕を断つ。
かつては愛する妹の為にと平気で妹の骨を折った男。
その辺りの容赦は、捨てる時には、それこそしのびのように切り捨てる。

842 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:21:34

次いで、右足を切り落とす。
『魔法』の効果で、身体が傾くことはない――。
その右足、両手を様刻は拾い上げ、炎の中へ投げ込んだ。
余程の無茶をしない限り取りに行くのは不可能に思える。
実際その光景を見つめる鳳凰は歯を軋らせた。
不愉快を隠しきれずに、何度も何度も、幾度も幾度も歯を軋らせる。――そしてそれしかできない自分を忌む。
何か言いたげな鳳凰を意に介すことなく、静かに語る。


「別に今回は推理小説をやりたいわけでも、得意顔で語る探偵役を担いたいわけじゃないからね。
 ネタバレ編とか言って、きみに語る予定なんてないけれど、しかし一つ言えることは」

一言。
間を溜めてから、言い放つ。


「残念だったね。鳳凰さん――」


まあ、僕は殺人犯になってビデオに映りたくはないから殺しはしないけれど。
と、伊織を背負い、鳳凰のディバックを奪ってすたすたと歩き出す。
ただそれだけの邂逅。
酷く決定的で、酷く簡素な――物語の移行。
まるでこの物語に欠けていた破片を、様刻はつなぎ合わせたかのように――。
『辻褄合わせ(ピースメーカー)』――――――――!


こうして、『鬼』と『神』の駆けっこは。
『人間』の登場によって、さながら御伽話のように、泡沫に消える。

843 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:22:19


◆ 8 一日目/図書館(夕方〜)  ◆


櫃内様刻は恐れの色を浮かべていた。
目の前に放置されたそれは、紛れもなく死体である。
見慣れたというには病院坂の二人に対する口惜しさが湧いて出るが、ひとまず置いておく。

目の前にあるのは、頸動脈を的確に裂かれた少女の死体。
少女の外見は、緑がかった短髪にまだまだ未発達な肢体を包むあちこちが切り裂かれた何処かの制服。
無桐伊織に襲われたにしては首以外の外傷が目立たないが、これより前に何かしらあったのだろうと推察する。
一応様式美として、脈を測るも当然ながら脈打つものはなく、刑事ドラマでやっているように瞳孔が開いた瞳を、瞼で閉ざさせた。
こうして見ると可愛らしい顔をしているな――と思ったが、同じ年頃の妹、夜月に比べるとまだまだだ、と様刻は内心で思う。
どちらにしたところで、少女・西条玉藻は既に死んでおり、可愛い可愛くないの話をしている場合ではないのだが。

思いのほか、冷たく身体は動く。
あれほどの殺気にあてられて――その上死体までも眼前に臥せられているのに。
『破片拾い(ピースメーカー)』・櫃内様刻の脳内はするべき作業を淡々とこなそうと命令を下している。
自分でも可笑しくなるほどの――実際可笑しくて、こんな状況の中でも自嘲を含んだ崩れた笑みが浮き上がった。
人の死に悼むことが出来たら、どれほど気持ちが楽になるだろうに。そんなことを思い起こしながらも、それでもやはり、作業は続く。
こうすることで、いつもの自分を保とうとする。
『破片拾い』――『能力を最大限に使い最良の選択肢を選ぶ』――いつもの彼を、演じる。
冷静に、人死にが起こっても動じることなく、落ち着きを以て対応していた。

しかし。
恐れの色を浮かべていたこと自体は嘘ではない――。
分かり易い伊織の変貌に戸惑って、どうにもできない死の予感を感じたのは確かだ。
件のことは幾度と伊織は言っていた。
それでもここまでのものだったか――。
図書館で味わった、鮮明な『殺意』を噛みしめる。

それに、何よりも。
『好きな人』を殺してなお、生への欲求がここまであった自分にも、僅かな苛立ちと恐れが募る。
帰って妹に会いたい様刻がいる。帰って恋人に会いたい様刻がいる。
――だけどどこか、病院坂黒猫が死んだ今、殺してしまった今、
死んでしまってもしょうがないと諦観を帯びた様刻がいるのも間違いなかった。
それが彼が犯した殺人の重さ。――――人の命の重さ。持ちきれないほどの罪悪感。

様刻らをこんな場所に誘った主催は許せない。
決意自体は本物だ。斜道卿一郎研究施設で刻まれた決意は、本当なのだろう。
病院坂の為に生き残るという気持ちもまた然り。
第一彼はかなりシンプルに生きている人間だ。やると決めたからには、必ずやる人間である。
決意に嘘偽りを上乗せできるほど、彼は複雑に作られていない。

けれどその決意は――病院坂が死んだことに混乱したまま、表明されたものである。
あの時。
研究所にて声をあげて泣いたあの時。
胸中が如何ほどのものだったかは、それほど察するに難くない。
術中にはまったとはいえ、『好きな子』を殺し、それで研究所に居た女の子に八つ当たり紛いの行動に出るもいとも簡単に返り討にされ。
弱さを知り、何もできない、何もできなかった、誰も幸福にすることのできなかった
――希望の破片を拾うことなく粉々に砕かれた様刻の、無力感に伴う投げやりなものだったとしたら。

今の彼に、言うほど生きた心地はしない。
さながら推理小説のように、憎さと言う感情一つで人をあっさり殺してしまった彼に、今を生きる余裕など果たしてあるのか。
それこそ我が物顔で得意げに道徳を説きはじめる探偵がいなかっただけ、彼にとっては大いに救いだったのだろうが、人殺しは人殺し。
手に残るこの感触を忘れない。
ナイフで滅多刺しにした、あの瞬間を。
思い返すたびに、彼は自己嫌悪に陥るのだ。

それでもその時までは、それを抑え込むことがまだ可能であった。――第二回放送までは。
時宮時刻を殺せば、それできっと二人も彼自身も満足する。
それが彼の生きる証であり、唯一の動機だった。
――その思い込みは、解消させられもせず、わだかまりを残したまま、彼の暗闇の中へと消える。

844 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:22:41

今では仇討ちさえも許されない。
時宮時刻は死んだ。櫃内様刻の与り知らぬ場所で、ばっさりと殺されたのだ。
――彼は何を目標に生きていけばいい。何を選択して生きればいい。何を選択肢として挙げればいい。
分からない分からない分からない分からない――――。
それこそ病院坂黒猫の言い分に近いが――今の櫃内様刻は、この『分からない』が無性に怖くて仕方がなかった。
自分は何を道標に生きている?
どうして、それすらも『分からない』?
計画通りに。最良に生きることこそが彼の数ある生き様だったはずなのに。


――――――――果たしてこれが、最良か? ――――――――果たしてこれが、最善か?


返事が出来ない。
答えを出せない。
自己同一性が揺らぎ始める。
思えばそれは、第二回放送が終わった直後から今に至るまで続いている。
伊織の「時宮時刻を殺した人を突き止めて、それからどうするつもりなんですか?」
という問いに答えられなかった辺り、彼としてはあるまじき姿の片鱗は見せていた。
さながら、考えることさえも億劫になり、生きることさえも辛くなったかのように。
今の彼が『時宮時刻を殺した者』を探し回っているのは、恐らくは――否、確実に先の伊織の発言からきている。
伊織が単純に「これからどうしますか?」――とだけ訊ねたならば、様刻は何もしなかっただろう。

例えば仮に、病院坂黒猫を自らの手で殺してなかったならば、ここまですり減らすことなかっただろう。
例えば仮に、時宮時刻を自らの手で殺していれば、ここまで疲弊することはなかっただろう。
しかしそれも――現実が「自分が最良と思った選択肢の末路」であることを省みれば、
甚だ意味がない仮定であることは誰よりも様刻が理解しているつもりだ。

最良も何も、今の彼には存在しなかった。
彼自身が愚の骨頂と蔑む『徒労』に費やしていただけだった彼に、これ以上何が出来る? 何を求める?
頑張れば出来ないことはない――彼はそう信じていた。
しかしどうだ。
蓋を開けてみれば、病院坂を守ることも、仇を討つことも、何一つ満足にできない非力な彼に、これ以上何が出来る?
これは数沢六人を痛めつけることとは違う。
或いはそれを契機に起こってしまった殺人事件とも違う。
舞台も、環境も、彼の立ち位置も何もかもが違う――そんな中で、どうすれば、どうすればいいんだろう。

今の彼には、『今まで通りの櫃内様刻』を演じることが手一杯だった。
そうすることで、強制的に自らを雁字搦めにする――僕にはやるべきことがあるんだ、と。死ぬわけにはいかない、と。
一種の呪いのようなものだ。
確かにそれは、心を落ち着かせるにも最適だった。
住み慣れた家に居るように、心が沈静化し、空いた空洞を見て見ぬ振りが可能である。
「今の自分って何なんだ?」そんな空洞を。

改めて。
目の前の少女の遺体を見下ろして。
嗤った。
自らを。
動じない『いつも通りの自分』を。


嗤った。

845 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:23:19


◆ 10 一日目/F7 図書館(夕方〜)  ◆


櫃内様刻が無桐伊織を追いかけようとした理由は、突き詰めれば何もない。
伊織その人が忠告した通り、逃げたっていい。逃げることが、一番状況に適している。
だけど彼には、逃げて何かをしたいという、『選択肢』そのものが見つからなかった。
時宮時刻を殺した人間を突きとめたって、薬にも毒にもならないのは、彼自身頭では理解しているのだ。
見つけて、警察に送りつけることはできない。そもそも彼自身もまた殺人犯である。二人仲好く監獄行きなんて笑えない冗談である。
ならば八つ当たりを込めて殺害するか? ――しかしその殺害に、何の意味はない。
ただその様をビデオに撮られて自分の立場をより一層怪しめるだけだ。
彼があくまで『時宮時刻』に固執するのは――そうすることで、何もできない自分を有耶無耶にさせる。たったそれだけの、意図。
確かにこの『操想術』がかかったままの瞳は不便に違いないが、
だからといって時宮時刻を殺した人間を突きとめたって、事態は好転しない。

そして。
今の彼から『時宮時刻』という要素を抜いたら何が残るだろう。
守るべき存在は死んだ。愛する者はここにはいない。生き残ろうと努力したところで、彼の選択は空回りを続ける。
そもそも、伊織や人識、時刻を例に挙げるまでもなく、ここに居る中で自分が最弱であろうことは、なんとなく察しがついていた。
戦闘能力はなくとも、玖渚友には頭脳がある。
宗像形には暗器があって、阿良々木火憐には並はずれた格闘センスがあったようだ。
様刻にはそんなものはない。
部活動をやっている人間には敵わないだろうと自負している人間だ。
正直なところ、生き残れと言われて生き残れると思えるほど、環境はよろしくなかった。

だから彼は、『選んだ』。
無桐伊織を追うことを。
心の中ではごちゃごちゃとお誂えな御託を並べて。
それがさながら最良の選択肢であるかのように幻視させて――。

もしかしたら伊織――或いは襲撃者に殺されるかもしれない。
一抹の懸念が頭をよぎる。
よぎったが、それでも様刻は意に介すことはなかった。
「死んでもいいや」――さながらツタヤのレンタル延滞でもするかのような気軽さで、命を捨てようとしていたのである。
生きる目的が見えないのなら、死んだって変わらないんじゃないか――?
『破片拾い(ピースメーカー)』――もしくは、『自殺志願(マインドレンデル)』。

846 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:23:59
やると決めたら。
後は早かった。
携帯電話を見る。――掲示板には幾つか更新があるが、彼が見たのは目撃情報スレだ。
別段、何かを期待して開いたわけではない。
あくまで玖渚友との連絡を取ろうとしたついでに開いただけだったが、何やら有用な情報が載っていた。


『 4 名前:名無しさん 投稿日:1日目 夕方 ID:IJTLNUUEO
  E7で真庭法王という男におそわれた拳銃を持ている。危険
  鳥のよな福をきている、ものの乃記憶を読めるやしい
  黒髪めだかと組んん出いる可能性あり
  付近にいるのは注意されたしい               』


何やら誤字脱字が多量に含まれているが、読めなくはない。
要するにE7にて真庭鳳凰(名簿から察することが出来る)という鳥のような服を着た者が、銃を持って徘徊しているそうだ。
生憎様刻は襲撃者の姿を見たわけではないが、銃と言う点と位置関係上、彼が襲撃を仕掛けた可能性が重々にある。
それがわかっただけで、実際彼には対策と言う対策を持ち合わせていないが――強いて言うならこの『矢』ぐらいなもの。

だからこそ、話は元の鞘に収まるように、玖渚友に電話しようということになる。
様刻が持っていない情報を、玖渚友は何処かからか持ち出した、と言う可能性は中々否めない。
眼前で、あれほど自由に電子の中で踊り狂っていた玖渚のことだ。
鳳凰――或いは違う襲撃者のことを何か掴んでいるかもしれない。
掴んでいなかったとしても、様刻が会うより前に伊織と行動を共にしていた玖渚ならば、
伊織が暴走していた時の対処法を、もしかしたら教えてもらっているかもしれない。
どちらとも、聞くだけ無駄と思えるほど、可能性の低い話であったが、万が一のことも考えて様刻は電話する。

そもそも。
元より図書館に着き、DVDを回収した時点で電話をする予定はあった。
DVDが有ったことの報告と、玖渚友、及び宗像形が無事に斜道卿一郎の研究施設を離れることが出来たかの確認。
そこらへんの雑多な目的を兼ねての、電話でもある。

アドレス帳から玖渚友へ電話を発信する。
PiPiPi、と暫しの機械音を聞いた後、直ぐに玖渚は電話に応じた。
彼は今の自分におかれた立場を報告しながら、即刻使える情報を交換しあう。

847 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:24:29


◆ 14 一日目/F8 市街地(夕方〜)  ◆


結論から言うと。
玖渚友は先ほど櫃内様刻が欲していた情報をほぼ有していた。

真庭鳳凰の情報――どころか全参加者の詳らかな情報。
それに伴い、無桐伊織の暴走の止め方こそわからなかったものの、暴走の主因となる要素は把握できた。
尤も、その情報を駆使ことはなかったものの。
しかしそのお陰もあり、櫃内様刻は真庭鳳凰を出し抜く――とはいかずとも無桐伊織を救出させるだけの行動を組み立てることが出来た。
彼は確かに死んでもいいとは考えたものの、わざとらしく死に急ぐわけではない。
便宜的に立てた『時宮時刻を殺した人間』を探すという目的がある。
――鳳凰から難を逃れたからには、その命を続けてすり減らしていこうと思う。
その辺りの考え方はシンプルで、極論「生きれるなら生きるが、死んだら死んだ。とやかく言うつもりはない」。そう言うことだ。

「ひどいですよぅ……なんでもっと早く出てきてくれなかったんだすかぁ……」
「それはきみが邪魔で中々この『矢』を投げれなかったからだろう」

無桐伊織を背負いながら、櫃内様刻は前を見て歩く。
『今は無桐伊織を運ぶ』という目的がある。
目的を見つけたならば、彼は動かないわけにはいかない。
その考えは、その場限りのものでしかないことに目を瞑りながら。

疲弊した様子の伊織を労わるというわけでなく。
耽々と、変わらぬ調子で下山しながら様刻は歩く。

「ていうかきみこそ、いつから正気に戻ってたんだよ」
「あんだけ蹴られたら嫌でも正気に戻りますって……様刻くんは女の子の気持ちがわかってないですねえ……」
「んなもんわかるか」

――そう。
伊織は途中で暴走から意識を戻した。
甚振りからのあまりの苦しさに、戻らざるを得なかった。
だからこそ、鳳凰は一方的な拷問をするに至れたのだが、結果的にどちらであったところで、こうなる結末は変わらなかっただろう。

「しかしどうしましょうねえ、両足。これじゃあお嫁にいけませんよ」
「他に心配することはあるだろう」
「いやまあ、なんかすでに両手が義手ですから。今更と言われればそれまでなんですよね」
「……まあ、なんだ。帰ったらまた義足、作ってもらえよ。なんだっけ、罪口商会――だっけ」
「人識くんに合わせる顔がありませんよ……。双識さんと人識さんしか残ってないない現状でこの様じゃあ」
「手がなくても、足がなくても、顔ならあるだろ。会ってやれよ。――それに僕と零崎……人識は顔馴染だぜ。何とか言ってやる」

力ない笑いで伊織は返すと。
苦痛を顔に表しながらも、様刻に問う。

「そういえば、どうして逃げなかったんですか?」
「ん?」
「わたし言いましたよね、確か。――わたしが暴走したら、気にせず逃げてくださいね、って」
「ああ、言われたな。人だって殺していた。僕だって逃げようかと思った――けど」
「けど?」
「――玖渚さんに電話して、勝てる試合だと確信したから」
「へえ? 玖渚さんはなんて?」
「掲示板と僕達の位置関係上、それはきっと『法王』――真庭鳳凰って奴の可能性が高くてね。
 そして僕の持っている『矢』と鳳凰さんは、決して相性が悪いわけではない。……ってね」
「随分とざっくらばんとした確信もあったもんです」

848 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:25:07

まあ、助かりましたよ……、と。
伊織は一言つぶやくと、まどろみに浸りはじめた。
伊織は知らない。
様刻が『逃げてもやるべき選択肢』がないと、まるで相手を眼中に入れてない考えで挑んだことを。
実際のところ、玖渚友は『勝てない相手ではない』と伝えたわけではない――『負けないかもしれない相手』と伝えている。
似ているようで、意味合いとしてはかなり違ってくる。
玖渚は「挑んだら高確率で返り討に遭うけれど、それでもいいなら挑むのもありだよ」その様な意図で伝えたはずだ。
その意図は、結論から言うと様刻は察している。察していて――鳳凰と対峙した。

知らぬが仏――知らぬが鬼と言うべきか。
今に限りは様刻の胸中を察してやれるほど伊織は万全ではない。
両足を折られ、自分のことをただ考えるしか彼女には出来なかった。


「すいませんが、ちょっと疲れちゃいました。背中借りますね……」


そう言って、やがて様刻の返事を待つことなく、伊織は穏やかな寝息をたてはじめる。
『鬼』には思えぬ可愛らしい『人間』のもの。
それを聞いて、様刻は一人、聞いていないであろうことを分かっていながら答える。


「……じゃあ、僕は治療なんてたいそれたことはできないけど、診療所か薬局に送ってみるよ」



それが今の様刻の『最良の選択肢』だからと――――――――




「伊織さん、これが僕のやるべきことなのか?」




「――なんてね。おやすみなさい」

849 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:25:23
【1日目/夕方/F−8】
【無桐伊織@人間シリーズ】
[状態]両足骨折、睡眠、様刻に背負われている
[装備]『自殺志願』@人間シリーズ、携帯電話@現実
[道具]支給品一式×2、お守り@物語シリーズ、将棋セット@世界シリーズ、バトルロワイアル死亡者DVD(18〜27)@不明
[思考]
基本:零崎を開始する。
 0:……。
 1:曲識、軋識を殺した相手や人識君について情報を集める。
 2:そろそろ玖渚さん達と合流しましょうか。
 3:黒神めだかという方は危険な方みたいですねえ。
 4:宗像さんと玖渚さんがちょっと心配です。
[備考]
 ※時系列では「ネコソギラジカル」からの参戦です。
 ※黒神めだかについて阿良々木暦を殺したらしい以外のことは知りません。
 ※宗像形と一通りの情報交換を済ませました。
 ※携帯電話のアドレス帳には箱庭学園、ネットカフェ、斜道郷壱郎研究施設、ランドセルランド、図書館の他に櫃内様刻、玖渚友、宗像形が登録されています。


【櫃内様刻@世界シリーズ】
[状態]健康 、『操想術』により視覚異常(詳しくは備考) 、伊織を背負っている
[装備] スマートフォン@現実
[道具]支給品一式、影谷蛇之のダーツ×9@新本格魔法少女りすか、バトルロワイアル死亡者DVD(11〜17、29)@不明
   炎刀・銃(回転式3/6、自動式7/11)@刀語、デザートイーグル(6/8)@めだかボックス
[道具]支給品一式×6(うち一つは食料と水なし)、名簿、懐中電灯×2、コンパス、時計、菓子類多数、輪ゴム(箱一つ分)、
   首輪×1、真庭鳳凰の元右腕×1、ノートパソコン@現実、けん玉@人間シリーズ、日本酒@物語シリーズ、トランプ@めだかボックス、鎌@めだかボックス、
   薙刀@人間シリーズ、シュシュ@物語シリーズ、アイアンステッキ@めだかボックス、蛮勇の刀@めだかボックス、拡声器(メガホン型)@現実、首輪探知機@不明、
   誠刀・銓@刀語、日本刀@刀語、狼牙棒@めだかボックス、金槌@世界シリーズ、デザートイーグルの予備弾(40/40)、
   「箱庭学園の鍵、風紀委員専用の手錠とその鍵、ノーマライズ・リキッド、チョウシのメガネ@オリジナル×13、小型なデジタルカメラ@不明、
   マンガ(複数)@不明、三徳包丁@現実、中華なべ@現実、虫よけスプレー@不明、応急処置セット@不明、鍋のふた@現実、出刃包丁@現実、
   食料(菓子パン、おにぎり、ジュース、お茶、etc.)@現実、おみやげ(複数)@オリジナル、『箱庭学園で見つけた貴重品諸々、骨董アパートと展望台で見つけた物』」
   (「」内は現地調達品です。『』の内容は後の書き手様方にお任せします)
[思考]
基本:死んだ二人のためにもこの殺し合いに抗う(瓦解寸前)
 0:伊織さんを診療所か薬局に連れていかせる
 1:玖渚さん達と合流するためランドセルランドへ向かう。
 2:時宮時刻を殺したのが誰か知りたい?
[備考]
 ※「ぼくときみの壊れた世界」からの参戦です。
 ※『操想術』により興奮などすると他人が時宮時刻に見えます。
 ※スマートフォンのアドレス帳には玖渚友、宗像形が登録されています。
 ※阿良々木火憐との会話については、次以降の書き手さんに任せます。
 ※支給品の食料は乾パン×5、バームクーヘン×3、メロンパン×3です。
 ※首輪探知機――円形のディスプレイに参加者の現在位置と名前、エリアの境界線が表示される。範囲は探知機を中心とする一エリア分。

850 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:26:03


◆ 15 一日目/F8 火災現場(夕方〜)  ◆



「――――我が――――我が!」


五分後。
真庭鳳凰を縛りつけた魔法が解け、自然と鳳凰の体は崩れた。
右足がなく、左足だけで立ち続けるには、些か難しい。
というよりも、自然解除されるとは思っていなかったので、心の準備が足りなかったという具合である。


     「こんな場所でくたばるわけには―――――!!」


地面の味を口に噛みしめ。
様刻たちが消えていった方に視線を向ける。
この五分の間に、淡々と離れてしまったようだ。
少なくとも、片足の鳳凰が追い付くには、随分と離れてしまっている。
這うように、左足を蹴ることで、身体を動かす。
屈辱で、ならなかった。


   「―――――ぅぅぅぅぅぅぅぅううううううううううううゔゔゔ」


何をするにしても、足が必要だ。
とはいえ今までの足は、様刻が燃やしてしまった。
まだ肉が残っているかもしれないが、這って炎の中を拾いに行くのは無理だ。
だから彼は、ここに来るまでに殺し、そして身体を残している否定姫のいるレストランへと身体を進めている。
コンパスなど諸共奪われてしまったが、なんとなくの方向や地図の図面は覚えている。
――こんなことなら、貝木泥舟の身体を残しておくべきだったかと後悔するも、後の祭り。


       「――――我は!!」


忍法『命結び』。
匂宮出夢の『一喰い』、真庭川獺の忍法『記憶辿り』を失った今。
彼に残された技はそれしか残らない。
まあ、それにより手足欠損による流血も、痛みも、慣れたものではあったが、苦しいには違いない。


              「死なぬ!!!!」

それでも彼は諦めない。
生を。
願いを。
しのびを。
どれだけ今が恥さらしな格好だとしても、手足をもがれても。
彼は『不死鳥』――幾度だって地獄の底から舞い戻ってみせよう。
羽ばたいてみせよう。
まだまだ時間はかかるかもしれないが、それでも彼は諦めない。
否定されても。
屈辱を浴びても。
なお、屈しない。
もう二度と、屈してやるものか。
――彼は謳う。


          「真庭を滅びさせたりはせん!!」


――彼は呪う。


     「いずれ借りは返すぞ――――――――少年ッッ!!」



立つ鳥。
巣に戻らん、と。



【1日目/夕方/F−8 火事場付近】
【真庭鳳凰@刀語】
[状態]身体的疲労(極大)、精神的疲労(極大)、左腕右腕右足欠損
[装備]矢@新本格魔法少女りすか
[思考]
基本:優勝し、真庭の里を復興する
 1:――――
 2:レストランまで這う。否定姫の身体を頂く
 2:虚刀流を見つけたら名簿を渡す
 3:余計な迷いは捨て、目的だけに専念する
[備考]
 ※時系列は死亡後です。
 ※首輪のおおよその構造は分かりましたが、それ以外(外す方法やどうやって爆発するかなど)はまるで分かっていません。
 ※記録辿りによって貝木の行動の記録を間接的に読み取りました。が、すべてを詳細に読み取れたわけではありません。

851 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:26:29





























The World begins to be distorted

852 きみとぼくのずれた世界  ◆xR8DbSLW.w:2013/10/18(金) 20:27:19

[施設]
竹取山は全域炎に包まれた可能性が高いです


[備考]
※影谷蛇之の矢は使い捨てです。
 一度魔法を発動させてものは、再度魔法を組みこまない限り単なるダーツの矢でしかありません。


以上で仮投下終了です。
今回一旦仮投下にさせてもらった理由として。

◆ARe2lZhvho氏が予約中であるにもかかわらず、玖渚の行動を制限させてしまったこと。
◆ARe2lZhvho氏本人にはチャットを通じて、既に承諾を頂いている案件でありますが、
基本ルールに反しそうなことには違いないので、一度改めて、賛否のほどを宜しくお願いします。

その他でも、何か指摘点など有りましたらそちらの方もまた、よろしくお願いします。

853 ◆ARe2lZhvho:2013/10/18(金) 20:32:01
仮投下乙です
鳳凰の伊織への対処法とか、様刻の葛藤とかがすんごくらしい
問題の部分については、書いてるパートに影響しなさそうなのでそのまま投下しても個人的には問題ありません
本投下のときにまた感想つけさせていただきますね

854 ◆mtws1YvfHQ:2013/10/18(金) 22:16:30
投下お疲れ様です。
既に許可を得ているのなら問題ないと思います。
本投下をお待ちしております。

855 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:46:28
本投下には至れない事情があるので一旦仮投下します

856君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:47:47



真実は残酷だ。





折れず曲がらずよく切れる――それが虚刀流であり、おれであったはずだが今もそう胸を張って言えるかどうかとなると口ごもってしまう。
さっき被っちまった泥、否、ここははっきりと毒と言っちまった方がいいだろう。
それに侵されたおれはひたすら逃げた。
地図なんて見ていない、見る余裕なんて全くなかったが方向はこっちで間違いないはずだ。
あのとき否が応にも見えちまったからな。
周りの建物やら地面やら生えていた植物やらあらゆるものがどろどろになっていくのを。
それがおれに向かって押し寄せるように近づいてきたから背を向けて走った。
どろどろが広がるよりおれが走る方が速かったからなんとかなっているが全身に走る痛みはそうもいかない。
早い段階で水分を含んだ着物の大部分を脱ぎ捨てたことで身軽になれたのはよかったが、剥き出しだった手足は今もずきずきと痛む。
考えるのが苦手なおれでもわかる、こいつは致命的だ。
錆びるなんてものじゃない、腐食されているようなものだ。
草鞋や手甲――おれにとっての鞘があれば少しはましかもしれないがとうに脱ぎ捨てていたからな。
途中から固い地面がいつの間にか柔らかい土になり木々が生い茂っているのに気づいたおれは躊躇なく幹を駆け上った。
元々おれが島猿だってのもあるが、枝を飛び移っていった方が足にかかる負担は少ないだろうと思って。
とにかく『これ』をなんとかできる場所かものが欲しかった。
もちろん、『そこ』に人がいたときや『それ』を持つやつがいたら排除して奪い取るつもりで。
再びこみ上げてくるのを感じたおれは滑りそうになりながらも口の中のものを吐き出した。
全く、めんどうだ。





忍者というものは強い。
つくづく実感させられた。
『魔法使い』にしろ『魔法』使いにしろ基本的には魔法の能力の尊大さにかまけているせいで肉体強度はそうでもないというパターンが多かった。
実際りすかも小学五年生という年齢であることを差し引いても体を鍛えているとは到底言えない。
僕が事件を持って行かなければ普段はコーヒーショップの二階に引き籠って魔導書の写しをしているようなやつだったしな。
探せば武闘派の魔法使いもいるかもしれないが。
そもそもどうして僕がこんなことを考えているかといえば。

「おい、今どの辺だ?」
「もうすぐ広い道に出るはずだから今はE-4とE-5の境目くらいだろう。半分は越えてるはずだ」
「お、その通りだな。見えてきたぞ」

こうやって忍者に担がれて移動しているからだ。
正確に言うなら、僕とりすかの二人を両脇に抱えて、だ。
小柄な小学生二人と言ってもそれぞれ体重は30kgはある。
つまり、少なくとも60kgの荷物を持って移動している状態なのだ。
それも長時間抱えた状態でいて木々の間を走り抜けるのではなく跳び抜けているのだから。
忍者――真庭蝙蝠、全く、恐れ入る。

「僕たちを抱えて疲れたりしてないのか?ランドセルランドに危険人物がいる可能性もゼロじゃないんだしここらで休んでもいいと思うが」
「きゃはきゃは、そんなんで疲れる程やわな作りはしてねえよ。それにこの身体はよくできてるようだしな」
「大したやつだよ。別に時間に余裕がないわけでもないし休んでも構わないんだが蝙蝠がそう言うなら――いや、少し止まる可能性が出てきた」

蝙蝠が小首をかしげるのも無理はない。
何故なら、僕のポケットに入れておいた携帯電話が振動を始めたからだ。
画面を開くが、表示されていたのは当然、僕の知らない番号だった。
左右に見通しの良い大通りで人影が見えないのを確認して僕は電話に出る。

857君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:48:18
「もしもし」
『もしもし』

知らない声だった。





「情報を整理しておきたいのだけれど、零崎さんが目下探してるのは供犠創貴、水倉りすか、それに真庭忍軍の真庭蝙蝠、でいいのよね?」
「ああ、そうだが漢字が同じだからってさりげなく目下(もっか)を目下(めした)にしてんじゃねえ。何の意味があるんだよ」
「最近やっていなかった言葉遊びよ。そういえば私ったらシリアスモードに入っちゃったせいでこういう遊び全然やってなかったなって思い出して」
「今明らかにいらねえ場面だろ」
「でもやれるときにやっておかないと次がいつくるかわからないじゃない」
「少なくとも今はそういうことを求められる場面じゃねーと思うぞ」
「案外読者のニーズってわからないものよ」
「メタ発言が露骨すぎるぞ」

まあ、そんなわけでこの私、戦場ヶ原ひたぎの出番なのだけれど。
といってもできることなんて限られているし、今もっぱらやっているのは詳細な情報交換。
私のターゲットである黒神めだかの情報を仔細に伝えたり逆に零崎さんのターゲットが誰かを聞いたり。
また、放送で呼ばれていない知り合いの話をしたり。
正直な話、羽川さんが私の知ってる羽川さんならあんな書き込みをするとは思えなかったから、伝えるのに若干の抵抗があったのは事実だけれど。

「それにしても真庭忍軍って言いにくいわね、まにわにって呼んでもいいかしら」
「俺に聞くなよ……それにしてもなんだそのゆるキャラみたいな名前は」
「あら、案外こういう名前の方がウケがよかったりするのよ」
「さっきから思ってたんだがあんたはどこの業界人だ」
「しがない女子高生よ」
「俺の知ってる女子高生は……いや、小学生であんなんがいたからだめだな」
「ロリコンが」
「そんな趣味はねー」

阿良々木君ならもっとおもしろい返しをしてくれるんでしょうけれど、零崎さんに期待するのは酷というものね。
……なんて、何を期待しちゃっているんだか。
全く、私としたことが協力者を得たことで気が緩んでいたようね。
危ない危ない。
ああ、そういえば。

「零崎さんの携帯には誰の番号が登録されているんでしたっけ?」
「あんたからもらった電話がちゃんと兄貴のとこにいってるなら、兄貴と欠陥製品と伊織ちゃん、で終わりだな」
「……そう。ならそろそろ動き始めてもいい頃合いかもしれないわね」
「?何がだ?」

私は告げる。
有無を言わせぬようはっきりと。

「私がこれから電話で何を言っても決して声を出さないで。できれば物音も」





「もしもし」
『もしもし』
「あなたは誰ですか?」
『そちらからは名乗らないのね』
「素性がわからない人に名前を明かすなんて愚の骨頂だとは思わないですか?」
『ええ、その通りよ。だからこそ私も名を明かしていないのだし』
「お互い懸命ですね」

858君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:48:57
『つまりは馬鹿ではないということがわかったわね』
「……何が言いたいんですか?」
『少なくとも組んで損をする相手ではなさそうということよ』
「なるほど、納得しましたよ」
『あら、協力してくれるのかしら?』
「馬鹿ではないとわかっただけで協力する価値があるかどうかは別ですよ。あなたがどちら側かすらわからないのに」
『まあ、それもそうね。少なくとも私は殺して回る側じゃあないわ』
「口ではなんとでも言えますからね。一応僕は第三回放送を目安にランドセルランドにいる予定ですが」
『そうやって堂々と居場所を言えるというからには簡単に死なない自信はあるようね。それに場所も好都合のようだし』
「好都合と言うと?」
『掲示板の書き込みを見ていただければわかるとは思うわ』
「掲示板とは?」
『あら、知らなかったの?携帯電話があるのなら誰でも接続できると思ったのだけれど』
「いや、事情があって接続する余裕がなくて……このままだと知らないでいたでしょうから助かりました」
『お礼を言われるほどのものじゃないわよ。そういえば私も2時間程チェックしていなかったし』
「ならばどうせ遅かれ早かれ知ることでしょうから、代わりと言ってはなんですが伝えておきますと僕はこの後黒神めだかという人と合流する手筈になっています」
『…………彼女、既に人を殺していたはずでは?』
「その情報は先程おっしゃっていた掲示板から?」
『ええ。誰かが第一回放送までに死んだ人の死に際の映像の一部をアップロードしてるみたいで』
「そうですか……ですが彼女は今はこの殺し合いを止めるために動いているはずです」
『……その口ぶり、確証はあるのかしら?』
「はい、僕は実際に彼女と会って話をしましたから」
『そういうことなら会っても大丈夫そうね。……ただ、時間はまだまだかかるかもしれないけれど』
「一応、この電話があるから連絡が取れないということはないでしょう。最後になりましたが名前を聞いても?」
『ここで拒否なんてできるわけがないでしょう。私の名前は羽川翼よ』
「僕は供犠創貴です。では後でお会いできるといいですね」
『供犠さんね、会えるのを楽しみにしていますわ』

通話終了。
友好的に見えて隙のない相手だったが……

「おい、今のはなんだったんだ?」
「電話だよ、見ればわかるだろ」
「その電話ってのが俺はよくわからねえんだが」
「離れたところにいる相手と話をする手段、ってなんでこんな常識未満のことすら知らないんだ」
「ああ、忍法音飛ばしと同じ原理か」
「こっちを無視するな」
「それで、さっき言ってた掲示板ってのは?」
「今から確認する。というかそれもお前が無駄な質問をしなければ確認し終わっていたことなんだが」

まさか蝙蝠が電話を知らないとは思わなかったぞ……
戦術面では申し分ないのにどうしてこう知識が偏っているんだ。
ともかく、携帯電話からネットに繋げると件の掲示板のページが表示された。
こんな簡単に繋げられるならとっととやっておくべきだった……なんて暢気なことは言っていられなくなる。
羽川翼の書き込みは探し人・待ち合わせ総合スレのもので間違いないと見ていいが、そんなものは些細な問題に成り下がった。
よりにもよってりすかが零崎曲識を殺した映像が出回っているだなんてさすがに想定外だ。
しかもすぐ下のレス(零崎双識か零崎人識が書き込んだものだろう)でしっかりと僕と蝙蝠の名前まで入っている。
何も知らない者が見れば確実に僕たちが危険人物の集団に見られてしまうのは間違いない。
口ぶりからして映像しか見ていなかった羽川翼にも僕の名前を伝えてしまった以上合流するのは得策じゃないな……
使われているIDだけでも6つあったしそれぞれに同行者がいれば情報を見たものは二桁に及んでもおかしくはない。
更に性質が悪いのが、黒神めだかのことまで記載されていることだろう。
直接彼女から聞いた話から鑑みるに書き込んだのは戦場ヶ原ひたぎか?もうそれも些細な問題だが。
誤字だらけのレスの方は……

「なあ蝙蝠、真庭鳳凰について聞きたいんだが……」
「鳳凰?どうした藪から棒に」
「物の記憶が読めるらしいが本当か?」
「記憶が読める?そいつは川獺の野郎の忍法で鳳凰の忍法は断罪炎と命結び……ああ、ならできなくもないが……だとするとどういう状況で……」

一人で勝手に考え始めてしまった。

859君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:49:38
一応心当たりはあるみたいだが……実際物の記憶が読めるというのが本当ならかなり使える手段にはなるはずだ。
ただ、黒神めだかと組んでいるというのは十中八九ブラフだろう。
彼女には仲間がいないと言っていたし、場所がE-7となると遠すぎてあのあとにできた仲間だとは考えづらい。
それに何より、相手を襲うような人間と組むとも思えないしな。
彼女の手持ちは元々僕の手持ちだったから通信機器はないだろうし……

「キズタカ」
「どうした、りすか」

僕と蝙蝠のやり取りを終始見ていたりすかが突然黙り始めたことに怪訝に思ったのか僕に声をかけてきた。
いや違う。
視線は僕の後ろに向いている。
ぶつぶつと呟いていた蝙蝠もいつの間にか静かになりりすかと同じ方向を見据えている。
ようやく僕も気づく。
木々がざわめいていた。
それも不自然に。





何か考えがあるんだろうからと言われた通り黙ってやった零崎人識クンだがさすがに最後のだけは聞き捨てならなかったぜ。

「おい、今の電話どういうことだ?」
「そう目くじらを立てないで頂戴。私も半分驚いているのよ」

驚いていてあの受け答えは咄嗟にできるもんじゃねーと思ったけどな。
肝の据わりっぷりは一般人の女子高生だっつーなら信じられないくらいだが。

「保険がてら聞いておくが、あいつらと繋がっていたわけじゃねーんだよな?」
「もちろんそんなわけないでしょう。あなたも最初に掛けなおしているところを見ていたじゃない」
「ならどうやってそいつらに繋がったのか聞きたいところなんだが」
「どうせこれからはできない方法だし、教えてあげるわよ」

しかしどうしてこう一々上から目線なんだか。
死んじまったらしい彼氏さんに同情したくもなるぜ。

「できれば電話番号教えてもらえると助かるんだがな」
「それくらい構わないわよ。で、種明かしをしてしまえば私の携帯にはランダムで繋がる番号が二つ登録されていただけの話よ」
「そのうちの一つが繋がったわけか」
「そういうこと。最初にかけた方はコール音すら鳴らなかったから電波が届かなかったか電源が切れていたか……」
「破壊されたって可能性もあるな」
「やはりそう考える?」
「こういうときは最悪の可能性を常に考えておくもんだろ」
「でしょうね」
「それで、話はまだ終わってないんだが」
「聞きたいことは大体想像できてるわよ。何から話せばいいのかしら」
「他は大体理由が想像できるから聞くのは一点だけだな」
「どうして羽川さんの名前を騙ったか、かしら?答えは簡単、彼らが黒神めだかと繋がっているかもしれないから。しかも彼女、今はどうやら正気に戻っているようなのよね」
「ああ、なるほどね……今は正気、ねえ……確かに映像のあれは正気じゃあなかったもんな」
「その彼女と繋がっている彼らに私の名前なんて出したら一気に警戒されてしまったでしょうからね。それに、目的地がちょうどランドセルランドのようだったから」
「そいつは確かに好都合だ。奴らを一網打尽にできるってことだからな」
「でしょう?できればこのままランドセルランドに向かいたいところなのだけれど……」
「そいつはちょっと俺の我儘を優先させてもらいたいね。診療所で待ち合わせてるやつは車持ちだから結果的には早く着けるだろーしよ」
「……なら診療所に向かいましょうか」
「それにしても大したもんだ、電話口でいきなり大胆な勝負に出られるなんてよ。他人の名前出したのだってとっさのことだったんだろ?」
「どちらともとれるようにあらかじめぼかしておいたから。それに、嘘をつくときはそれが嘘だとばれても貫き通せばいいだけの話よ」

ひたぎちゃん、師匠が詐欺師だって聞いても信じられるぞ……
おい、誰だ俺が名前呼びするのおかしいとか言ったやつは。

860君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:50:05
俺は基本的に名前呼びだぞ、原作参照してこい。
それにしても、と俺の考えていることを知ってか知らずか、いや知らねーんだろうけど、ひたぎちゃんは続ける。

――今更正気に戻ったところで許されるとでも思ってるのかしら

やれやれ、まだまだ油断はできそうにねーな。





肩が軽いのは気のせいではないだろう、うん。
落ち着いて考えてみれば言いだしっぺはぼくではなく後部座席に座っている人間未満なのだったのだから。

――そういえば、裸えぷろんという単語を最初に出したのは禊さんでしたっけ

静まりかえった車内で七実ちゃんがぽつりと呟いたこの発言によりぼくには晴れて情状酌量の余地ができた。
推定有罪なことには変わりないけども。
一方で逃げ道を塞がれた人間未満はというと、

『………………………………』

顔面蒼白だった。
あーあ、かわいそうに。
こういうときはさっさと吐いてしまえばいいのに。
相手が哀川さんだったらとっくにボディブローを浴びてしまってるだろうからこんな考えができるのかもしれないが。
まあそういう状況じゃなければしぶといもんなあ、人間って。
しぶといというか往生際が悪いというか。

「禊さん、隠し通せるわけがないんですから今言ってしまった方が楽になれますよ」

うわー、七実ちゃんの言い方が完全に尋問だ。
真宵ちゃんを膝枕しているせいで七実ちゃんと球磨川はかなりつめて座っているけど、そのせいで余計に恐怖が増してるというか。
ぼくはそれをおくびにも出さないけど。
油断してガブリとかよくあるからね。
今は安全運転安全運転。

『……わかったよ』

お、ついに観念したか。

『僕がお手本を示せばいいんだね』
「ちょっと待て」

思わず言葉が漏れた。
お手本を示すってどういう意味だ。
お手本ってことは後々誰かにやらせるということであって……え?

「わかっているではないですか」

いや、七実ちゃんは何もわかっていない。
というかこんな狭い車内でやられても困る。
主にぼくが。
きっと七実ちゃんも。
そして真宵ちゃんが目を覚ましたら色んなショックで再び昏倒してしまう。
あと翼ちゃんに至っては目覚めた途端に見た光景がこれじゃ金切り声をあげてもおかしくない。
本人以外迷惑かかりまくりじゃねえか。
もしもぼくが運転ミスってそこらの木に激突でもしたらどうしてくれるんだ。
気づけ、人間未満。
って何エプロン取り出してるんだ。

861君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:50:31
支給されてたのかよ、それ。
普通なら外れ支給品とかいうやつになるんだろうけど、今のこの状況じゃ大外れもいいとこだぞ。
あ、まずい。
学ランのホックに手をかけてる。
このままじゃ誰得な光景の出来上がりだ。
やめろ。
やめてくれ。
やめてください。

「禊さん、まずはえぷろんがどういうものかをまずは知りたいのですが」

服を脱ごうとしていいた球磨川を制止するかのように七実ちゃんが助け舟を出してくれた。
ぼくの考えなど知らない七実ちゃん本人は助け舟を出した自覚とかはないだろうけど。

『エプロンってのはね、料理をするときにつけるもので……』
「前掛けですね、見ればわかります。ですがその前に裸という文字をつけるだけでどうしてそう後ろめたいものになるのでしょうか」

甚だ尤もな疑問である。
この疑問にどう答えるか次第でぼくたちの命運が決まるわけだが、少しだけ寿命が延びたようだ。

「見えてきたよ、診療所だ」

今度は無事到着できたようだ。
車を近くにつける。

『よし、なら僕がまずは危険人物がいないか見てくるよ!』
「あからさますぎるぞ」
「いっきーさんも行っていいんですよ?もちろん彼女たちには何もしませんから」
『そう、ならよろしくね。さあ、行こうか欠陥製品』
「お、おい、勝手に決めるなよ」

もしもこのタイミングで真宵ちゃんが目を覚ましたら大変なことになるが、人間未満を一人でほっとくのも危ないし……
渋々、診療所に行くことに決めた。
できるだけ早く戻れば問題ないだろうと諦めて。

「どんな言い訳を考えてくるのか楽しみにしていますね」

車を降りるときに聞こえた声にぼくたちの背筋が震えたことは言うまでもない。





みなさんこんばんは。
みんなのヒロイン八九寺真宵です。
なんて言う余裕もなくなりました。
今私は大人のお姉さんに膝枕されています。
状況だけ聞けば羨ましいシチュエーションなのでしょうが、そうではないのです。
聡明な読者のみなさまならおわかりでしょうが、この方は既に二人の人間に手をかけていたのですから。
そんな方の着物(しかも返り血ついてるんですよ!)で膝枕とか心休まるわけがありません。
怖いです。
恐怖しか感じません。
しかも羽川さん(殺されてしまったはずなのに生き返ってます。わけがわかりません)が気絶しているようなので狭い車内で実質二人きりです。
密室で、二人きり。
……犯罪的な響きしかしません!
いえ、羽川さんもいるにはいますけども。
逃げられるものなら逃げたいです、というかとっくに逃げてます。
今こうやって膝枕に甘んじている以上、逃げられないのはお察しの通りなんですが。

「お二人もいなくなったことですし……真宵さん?」

862君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:51:14

急に呼びかけられました。
びっくりしましたけど我慢です。
悲鳴を上げそうにもなったし体が震えそうにもなりましたけど我慢です。
この方とお話ししてはいけないような気がしてならないのです。
私の一方的な思い込みかもしれませんが、とにかく怖いのには変わりありませんし。

「寝ているふりをしているのはわかってるんですよ。起きないと殺し……は駄目ですね、何もしないと言ってしまいましたし」

今さらっと殺すって言いましたよ!
怖い怖い怖い怖い怖い!
幸か不幸かご自身の言ったことは守るつもりのようですので何かされるということはなさそうですけど。

「脅し……ても意味はなさそうですし、そうですね、こうしましょうか」

こちょこちょこちょこちょ。
言うが早いか私の太もも、スカートと靴下の間の地肌が露出している部分をくすぐってきました。
これには勝てるはずもなく。

「ひゃうっ!」
「あら、おはようございます」

……しまりました。
もう寝たふりはできません。
覚悟を決めました、腹を括ります。

「何もしないのではなかったのですか……?」
「言葉のあやですよ、現にわたしはあなたを傷つけてもいませんし殺してもいません。それに、話もちゃんと聞いてたようですしね」
「……あ」

括った矢先にほどかれました。
でも、何もしないというのが本当なら私にも立ち向かう余地があります。

「別にわたしはあなたが寝たふりをしていたことについては何も言うつもりはありませんから」
「なら、なんで私と話をしようと思ったんですか?」
「もちろん聞きたいことがあったからですよ。……裸えぷろんとは結局なんなのです?」
「それはさっき球磨川さんが取り出してたエプロン……七実さんは前掛けとおっしゃってましたっけ、それを他の衣服は着ないでエプロンだけをつけることですが」

身構えてたら拍子抜けです。
そんなに気になりますかね、裸エプロン。

「それだけですか?」
「それだけです」

裸体にエプロンをつけるだけでそれ以上の説明はしようがありません。
そもそもさっきからなんで裸エプロンで躍起になってるんでしょう、みなさん。
そして私の答えを聞いた七実さんはというと、

「…………はあ」

それはそれは物憂げでありながらとても彼女に似合いそうなため息をついていました。
それを見て私はどうしてでしょう、一瞬とはいえ美しいと思ってしまいました。

「たかがそれだけのものなのにどうしてお二人は必死に隠そうとしていたのでしょうか」

それはエロいものだからですよ、とはさすがに言えませんでした。
普通ならその答えを聞いた時点で察しがつくとは思うんですけどね。
まあ本人がそう思っているのならいいでしょう。
無理してイメージを植え付けるものではありません。
戯言さんのためにも。

863君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:51:52

「前置きはこれくらいにしておきまして」

そして七実さんは話を続けます。
やはり裸エプロンはワンクッション置くためのものだったんですね。
だって、たかが裸エプロンのために起こすのもおかしいではないですか。
あくまで私視点の考えですけども。

「いっきーさんから聞きましたが真宵さん、あなたは幽霊だそうで」

……やはり本番はこれからのようです。





診療所の扉を開けた瞬間に襲ってきたのは異臭だった。
もっと突き詰めて言ってしまえば死臭だった。
少なくとも真宵ちゃんを連れてこなかったことだけは正解と言えるだろう。
もっともぼくは今更死体の一つや二つ見たところで動揺するようなことはないし、それはどうやら僕の方も同様らしかった。

「で、僕はこれをどう見るんだ?」
『別にどうも思わないね。人が死んだ、それだけの話だろう?僕にとってもぼくにとっても』
「全くもって同感だ。知り合いなら多少は話が違ってくるんだけどね」
『僕の知った顔でもないしねえ。というかこの人そこはかとなくモブの匂いしかしないんだけど』
「言っていいことと言ってはいけないことがあるぞ」

ぼくも考えていたけどそこは伏せておくべきところなんじゃないのか。
そもそもぼくらの目的は別にあるわけであって。

『……で、だ。僕たちはもう一蓮托生なわけだけど』
「割合でいえばきみの方が多いのは確実なんだ、諦めろ」
『そうはいかないよ。こうなったら君も道連れだ』
「させるか。そもそもなんで持ってたんだよ、エプロン」
『支給されていた理由を説明なんてできるわけないだろ』
「やっぱり支給されてたのか……他に何支給されたんだ、この後トラブルあったら困るから今のうちに出しておけ」
『他って言っても僕の趣味三点セットの残り二つを出すだなんて……』
「おいなんだその犯罪的な響きは」
『犯罪的だなんて失礼な。手ブラジーンズと全開パーカーは少年ジャンプの表紙だって狙えると思ってるんだぜ』
「みんなの少年ジャンプになんてものを載せるんだ貴様は。あがいても見開きカラーが限界だろ」
『ダメかな?』
「ダメだろ」

エプロンと違ってジーンズとパーカーそれ単体ならそこまで変じゃないというのが不幸中の幸いといったところか。
主催は何を思って支給したんだよ。
こんな場所で一人の性欲を満たしてどうするんだ。
ともかく、ぼくと僕による七実ちゃんへの対策議論がしばらく続いたがそこは割愛。
取っ組み合いにこそならなかったが不毛であったことだけは伝えておこう。
そして場面転換、死体があった場所とは違う部屋。
医療器具やら薬やらを調達しに来たぼくたちだったが、やっぱり同じことを考える人は当然いたわけで。

「根こそぎ持っていかれてないだけマシか……」

包帯や消毒薬の類は全て持ち去られていた。
危険人物が治療するのを阻止するためかはたまた逆か。
考えても仕方ないことではあるが。

『でも解熱剤はあったんだからよかったんじゃない。これから記憶を消すのに意味があるかはしらないけどさ』
「原因を消したところですぐ効果が出るかどうかは別だろう?持っておいて損はないと思うし」
『熱くらい僕がなかったことにしてあげるのにさ』

864君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:52:26
「やっぱりやってのけるのか、きみは」
『でもなかったことをなかったことにするのはできない、つまり消耗した体力とかは戻らない』
「……ならぼくは薬で済ませとくよ。疲れだけ残っててもかえってストレスを与えかねないし」

下手に熱があった方が風邪でもひいたのだろうと言い訳しやすいだろうという底の浅い考えもあったけれど。
一番はこれ以上こいつに借りを作りたくないから、だった。

『あ、そうだ欠陥製品』
「なんだ人間未満」
『さっきから聞こうと思ってたんだけど、どうして君が僕の携帯を持ってるんだい?』
「え、これきみのなの?」
『僕の持ってるうちの一つなんだけど、それ』
「うち一つって……一応聞くが何台持ってるんだ?」
『全部』
「は?」
『だから全機種』
「キャリアも?」
『もちろん。全部揃えてないと気が済まなくてね』

おいおい。
全種類揃えるって酔狂な金持ちでもやらないぞ。
こいつ、過負荷過負荷言ってるけど背景が絶対恵まれてる側じゃねえか。
おかしいと思ってたんだよ、頭だって決して悪くないし身なりだって整ってないわけじゃないし。
……だからこその精神性の異常さ、否、過負荷さなのか。
ぼくと同じで。

「ああ、そういえば思い出した。ツナギちゃんに教えてもらった掲示板の存在」
『掲示板?』
「なんか参加者同士で情報交換できる掲示板を公開してる人がいるらしい……ぼくには心当たりしかないけど」
『ふーん』

そっけない態度とは裏腹に興味はあったようでネットに接続しようとポケットから取り出した携帯をぼくからひったくる。
自然な動きで。
くそっ、あまりにも自然すぎてしばらく取られたことに気づかなかったぞ。
まあ今となっては緊急性も低いし見たいというのなら先に見ても文句は言わないが。

『…………欠陥製品はまだ目を通してないんだっけ?』
「それがどうした」
『……なんていうか、さあ、本当に……どうしたらいいんだろうね』

ひと通り目を通したのか意味深なセリフと共に携帯をぼくに返してくる。
ぼくはそれを黙って受け取り、画面を見る。
トリップを見て、予想通り玖渚の仕業だったと息をついた。
博士のところというのは斜道郷壱郎研究施設のことだろうけど今あそこは禁止エリアになっているはず……
書き込みは朝だったし今頃は零崎の妹と共に避難しているはずだろう。
あいつのことだ、そうなった場合の対処法だって用意してるだろうし。
だが、人間未満があんな反応を示す理由はまだ見当たらない。
画面を下にスクロール。
……なるほど、おそらくはこれか。
操作していた時間からして動画を見る余裕まではなかったはずだから、読んだのは文字だけだろう。
となると……

「黒神めだか、彼女のことかい?」
「そうだよ。僕がずっと勝ちたいと思っている相手だ」
「思っている、ねえ」
「彼女ならこんなときでもどんなときでも僕とぶつかってくれると思ったのに、なんでこんなことしてるのさ」
「誤報の可能性……はないな。動画貼られてるし、全く玖渚もやってくれたな」
「別に事実なら遅かれ早かれ知られてたんだ、むしろ知れて助かったくらいだよ」
「それでどうするんだ?残念なことにぼくにはきみの気持ちはわからないからね。括弧をつけてもつけなくても。
 尤も、勝ち負けで言うなら既に殺してる彼女の方がきみよりは負けているように思えるけども」

865君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:52:57
「変わらないさ。僕は黒神めだかに勝つ。僕はいつも通りでめだかちゃんが変わってるだなんてがっかりだ。僕は認めないよ。
 こんなのでめだかちゃんに勝っただなんて言えるわけがない。めだかちゃんと直接対峙して初めて勝負になるんだ、今の段階で勝ち負けなんてつくわけない」
「ぼくも少なからず因縁できちゃったしなあ。会いに行くのならついていくぐらいはしてやってもいいけど」

暦君を殺してしまったとなるとぼくにも無関係とは言えなくなる。
どうやら、すっかり真宵ちゃんのことを他人とは思えなくなってしまったらしい、今更だけど。
しかしそうなると心配なのが真宵ちゃんと翼ちゃんなのだが。
……あれ?これぼく行かない方がいいんじゃないか?

『なら戻らないとね。いつまでも七実ちゃん待たせるのも悪いし』
「そうだな……覚悟決めないと」

とはいってもいつまでもここでぐだぐだと考えているわけにはいかない。
今この瞬間に真宵ちゃんが起きてたら大変なことになっているかもしれないし。
さすがに殺されはしないだろうけど、うん。
ただ、少しばかりの本音のやり取りでわかったことがある。
人間未満、球磨川禊。
彼は勝てないのではない。
価値を認めないし、勝ちを認められないのだ。
そこが、人類最弱でありながら勝つことはできるぼくとの最大の違いだろう。





「最初に言っておきますが、話にちゃんと応じてくれる限りわたしはあなたを殺しませんし傷つけもしません。それが例えふざけた回答でもあなたの身の安全を保障します」

本人が真面目に答えたつもりでも傍から聞くとふざけているように聞こえるというのは古来からよくあることですからね。
わたしはそれについて怒るようなことはないですが。
どんな答えだろうとわたしにとっては同じでしょうから。
ですからわたしは真宵さんにあらかじめ説明しておきます。

「わたしにとって死も痛みも身近な友人です、とは前々から言っていることなんですが厳密には違います。
「痛みは常にわたしに付いて回ってますが、常に共にいますが、死は身近でしかありません。
「言ってしまえば、身近以上に近づくことができないのです。
「二度程死んだ身で言うのもなんですがね。
「この死にぞこないの体は、この生きぞこないの体は、常にわたしを死から一定の距離に置き続ける。
「近づこうと思っても死にぞこないの体が邪魔をし、
「遠ざかろうと思っても生きぞこないの体が妨げる。
「ですからわたしは弟に殺してもらうために島を出ました。
「国中を回り、あちこちを踏み躙り、虚刀流でありながら刀を手にしてまで、死のうとしました。
「結果どうなったか、ですか?
「死ねましたよ、ええ。
「一度目の死はそれによるものです。
「それで満足できたらよかったんですけどね。
「最期で噛んじゃったんですよ。
「心残りがよりにもよって最後の最期でできてしまって。
「それだけのことでと思うかもしれませんが、わたしにとっては重大な問題です。
「こうして生き返ったのもまたとない機会ですので再びわたしは弟探しを再開しました。
「もちろん再び殺してもらうためです。
「一度しかないはずの最期をやり直すためです。
「最初はそのつもりでした。
「今もそのつもりのはずです。
「ですがどうやらわたしは錆びされたようで。
「禊さんか、その前の人識さんか、はたまた最初の出夢さんか。
「あるいは三人全員か。
「そんなものは些細な問題ですがわたしはとにかくほだされました。
「ぬるい友情につかるのも悪くないと思ってしまっています。
「あら、話がずれてしまいましたね。
「長話はどうも苦手で。

866君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:53:29
「何を聞きたいのかわからない顔をされていますね。
「手っ取り早く言ってしまうなら、死んだ後とはどういう状況なのでしょうかということです。
「わたしがここに来る前も、ここに来て橙色に殺された後も、死んでいる間の記憶はありませんから。
「参考までに聞きたいのですよ。
「あなたは言ってしまえば死んだ後も死に続けているようなものですから。
「だってそうでしょう?
「死んで別の存在になったというわけではなく生き返ったわけでもないのなら死んでいるとしか言いようがないのですし。
「わからないというのでしたらそれで結構ですが、あなたから見た感想とか感触でいいから聞きたいのです。
「本来聞くのは専門分野ではないのですが、得られるものがあるなら得たいと思うのは当然です。
「今までも結局そうして得てしまいましたしね。
「もう一度言っておきますが、ちゃんと答えてくださるのならば、わたしはあなたに何もしません。
「ねえ、真宵さん。
「幽霊とはどういう心地ですか?」

わたしは真宵さんに問いかけました。
真宵さんはわたしの言葉をゆっくりと咀嚼して、唸り、返します。

「始めに言っておきます。
「私は嘘をついています。
「どういう嘘かはわかってもいいしわからなくても構いません。
「その嘘だって今もつき続けている状態かどうかは怪しいですが。
「あなただから言うのではなく戯言さんには聞かれたくないから今話すのです。
「記憶を消されてしまっては話すことができなくなりますからね。
「もちろんあなたの質問に対しては真摯に答えますが。
「怖いですからね。
「まずは私の背景を説明させてもらいます。
「七実さん、あなたもしたのですから私もしてはいけない理由はないでしょう?
「と言ってもすぐ終わるとは思います。
「わからない単語もあるかもしれませんがあなたはそれを気にする人ではなさそうですし。
「ある年のこと、小学五年生、当時十歳だった八九寺真宵は母の日に離婚してしまった母親に会いに行こうと単身家を出ました。
「途中、ある交差点で青信号だったにも関わらずトラックに轢かれました。
「そして死にました。
「人間、八九寺真宵のお話はこれでおしまいです。
「それから、私は迷い牛という怪異となって彷徨い続けました。
「人を迷わせ、自分を迷わせ、いつまでも目的地に辿り着けませんでした。
「そんな日々も唐突に終わります。
「彷徨い始めてちょうど十一年後の母の日、とてもとてもお人よしな阿良々木暦という高校生のおかげで私はお母さんの家に辿り着くことができました。
「正確には戦場ヶ原ひたぎさんという立役者もいらっしゃいましたが阿良々木さんがいなければ解決することはありませんでした。
「その日を境に私は迷い牛という怪異ではなくなりました。
「幽霊であることには変わりませんが、人を迷わすことはなくなりましたし、また私も迷うことはなくなりました。
「阿良々木さんの家にお邪魔することだってできるようになりました。
「質問ですが、幽霊がどういう心地なのか、でしたっけ?
「はっきり言ってしまえば変わりませんよ。
「気づかれないことがほとんどですが、特定の何人かとお話するときはいつも通りです。
「喜びますし、怒りますし、哀しみますし、楽しみます。
「生きている人間となんら変わりありません。
「求めていた答えとは違うかもしれませんが、私にとってはこういうことです。
「幸せか不幸せか、ですか?
「間違いなく不幸せですよ。
「ただ、幽霊になったことで阿良々木さんに出会えたことは幸せです。
「同じようにこんな殺し合いの場に招かれたのは不幸せですね。
「その中であなたや球磨川さんのような方に出遭ってしまったことも不幸せです。
「ですが、最初に戯言さんに会えたことは幸せですし、その次にツナギさんに会えたことも幸せです。
「三人でいた間はとてもとても楽しかったですし。
「ですから、私の記憶を消させはしません、絶対に。
「以上が、私の結論です」

そう締めくくって真宵さんはまっすぐにわたしを見つめます。
当然ですが、聞いていますよね、記憶についても。

867君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:54:43
「……はあ」

わたしはため息をつきます。
真宵さんの話がつまらなかったからというわけではありません。
むしろ興味深く聞かせていただきましたよ。
役に立つ立たないは別として、ですがね。
原因はあれです、わたしの視界の中でちょこまかと動き回っている四季崎です。
わたしと真宵さんの話を聞いてそれに一喜一憂しているのがものすごく目障りです。
消そうとすると途端にかしこまるのにちょっとおもしろく思ってしまうのが癪ですが。

「なるほどありがとうございました。記憶については当事者同士で話し合ってくださいな。わたしは誰の味方もしませんから」
「もちろんそのつもりです。きっと戯言さんは反対するでしょうが、私が決めたことですから」
「なら決断は早く済ませてしまいなさい。戻ってこられたようですし」

診療所の方を見れば二人とも凛々しいお顔。
そういえば裸えぷろんについて言い訳を期待してると言ってしまいましたね。
真宵さんから答えを聞いてしまったのですっかり忘れてしまっていました。
ここは再び出鼻を挫くとしましょうか。
おや、いっきーさんが慌てたように駆け寄ってきます。
ああ、真宵さんが起きてるからですね。
ですが、わたしは何も疚しいことはしていませんし真宵さんもそう証言してくれるでしょう。
それよりも問題は――

「真宵ちゃん!大丈夫!?」
「ぅうーーん……ここは……?」
「おいおいなんだ、こんな大所帯になってるなんて俺は聞いてなかったんだがよ、欠陥製品」

目を覚ました羽川さんと戻ってこられた人識さん(なぜか同行者がいるようですが)にどう対処するか、ですかね。


10


処理しなければいけない事態が一度に重なる中、ぼくが真っ先に選んだのは真宵ちゃんの容態の確認だった。
目が覚めてそこが七実ちゃんの膝の上でぼくがいないなんて状況じゃパニックを引き起こしてもおかしくない。
だからこそ、急いでドアを開けて呼びかけたのだけど、

「私は大丈夫ですよ、戯言さん」
「本当に……?」

真宵ちゃんは至極冷静だった。
今しがた起きたばかりとは思えないくらい。

「ええ、本当に大丈夫です。七実さんも私に何もしてませんから」

七実ちゃんを見ると目線で伝えてきた。
どうやら事実らしい。

「でも顔色は悪いままじゃないかっ……!」
「体調が優れないだけで思考は正常です」

はっきりと大丈夫だ、と意思表示してぼくを見つめてくる。
視線はしっかりとしているしているようだし、その思いは本物なのだろう。
だが、隠しきれていない焦燥が伝わってくる。
強がっているのがわかってしまう。
そもそも真宵ちゃんの態度だって起き抜けにしては異常すぎるのだ。
なんていうか、ある程度話、いや、状況を把握していたような……まさか――

「真宵ちゃん、いつから起きてたの……?」
「……やっぱりバレてしまいますか」

868君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:55:12
「まさかとは思うけど、最初から聞いていたなんてことは」
「さすがに最初からは無理ですよ。覚えてるのは球磨川さんの頭が吹き飛んだあたりから、ですかね」

そのあたりから、となると記憶云々についても聞いてしまってるわけで……

「あの、お取り込み中のところ悪いんですけれど、あなたがたは真宵ちゃんとはどういう関係で?」

考えを巡らせているうちにぼくが車のドアを開けた衝撃で目覚めたらしい翼ちゃんが話に割って入ってくる。
今の口ぶりからしてぼくのことを知らないみたいだけど……

「真宵ちゃんとは知り合ったばかりで、そこまで説明できるような仲ではないですよ」

事実しか述べていない。
実際出会ってからまだ18時間も経過していないのだ。
それに、この関係を一言二言で説明できる間柄でもないし。

「わたしもつい先程知り合ったばかりですね。いっきーさんには及びませんが」

七実ちゃんも翼ちゃんの質問に答える。
そういえば、「あなたがたは」って聞いていたっけ。
質問の対象に七実ちゃんが含まれるのも当然か。
にしても、七実ちゃんが素直に答えるとは思わなかった。
さっきは文字通りの意味で殺し合いしてたのに。
ん、七実ちゃん、なんか迷惑そうにしてないか……?

「あ、ええと、申し遅れました。私、羽川翼と申します。初対面で不躾かとは思いますが、いくつか質問してもよろしいでしょうか?」

「初対面」
これはぼくの懸念は確定と見ていいだろう。
思わず真宵ちゃんと顔を見合わせるが、同じことを考えていたようだった。

「別に構わないけど」
「ではお言葉に甘えさせていただきますね。まずはあなたがたの名前、次にここがどこか、最後に……私がどうしてこんな格好をしているのか」

尤もな質問だった。
ただ、この様子だとここが殺し合いの会場だということも認識していないらしいし、下着姿から装束に変わった理由だってぼくの与り知ることではない。
殺し合いのことを伝えるということは必然、思い人である暦君が死んでしまったことも伝えなくてはならないわけで……

「わたしは鑢七実といいます。ここがどこか、はわたしも知りません。服装……は元々の服が濡れてしまって中に入ってたそれを着たからだとか」

どうしたものかと考えている隙に七実ちゃんが答えていた。
おそらくは知り得ない情報を知っていることといい、やはりさっきから七実ちゃんの様子がおかしい。
ある種のうっとうしさみたいな感情が滲み出ているし。
例えるなら、周囲にまとわりつく小蝿を煙たがるような――

「鑢さんですね、ありがとうございます。それで、あなたは……?」
「名簿には戯言遣いの名で載っているけど、もちろん本名じゃない。まあ、気軽にいーさんとでも呼んでくれればいいよ」

「彼女」に呼ばせていた名を出すのに抵抗がなかったと言えば嘘になるけど、一番しっくり来るだろうとは思ったから提案させてもらった。
なに、実際にぼくのことをなんて呼ぶかは翼ちゃんの自由だ。
しかし、目のやり場に困る。
ただでさえサイズがでかいというのもあるが(何が、とは言わないでおこう。ぼく自身のために)、七実ちゃんが貫いた跡が生々しく残っているというのが……

「……そうだ。おーい、球磨が……わ?」

あいつの持っているジーンズとパーカーならまともな着替えにはなるだろうと今更のように思い出したぼくは振り返る。
振り返って、止まる。

「何やってんだよ、零崎」
「ただの八つ当たりだよ、かはは」

869君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:55:48

人間未満はのびていた。
位置関係からして、零崎に殴られたとみて間違いないが……
ぼくの知らないところで何かやってたんだろう、きっと。
十中八九人間未満の自業自得であるようなことを。
なら仕方ないな。

「とりあえずそいつの荷物もらっていいか」
「おうよ」

零崎は仰向けの人間未満を乱暴にひっくり返して背中を出すと背負っていたデイパックを剥がし、ぼくに投げてよこした。
それをキャッチしてそのまま翼ちゃんに渡す。

「えーと、今は急ぎでもないし格好が気になるなら着替えてきたらどうかな?中にパーカーとジーンズはあるはずだし少なくともそれよりはマシだと思う」
「あ、はい。話は後で詳しくお伺いしますがよろしいですよね?」
「もちろん」

ぼくから返事とデイパックを受け取ると翼ちゃんは診療所へ一直線に向かって行った。
やはりあの格好は恥ずかしかったのだろう。
寝起きで周囲に気を配る余裕もなかったようだし、零崎たちよりも更に離れた距離から向かってくる視線にも気づいてないみたいだ。
さて。
診療所の扉が閉まる音を確認したぼくは一歩下がり、目線を車内から車の後ろへ飛ばす。

「きみが戦場ヶ原ひたぎさんだよね。違うかな」
「ええ、その通りよ。初めまして」

こっちは正真正銘の初対面だ。
……あ、診療所には死体があったの忘れてたけど翼ちゃん大丈夫かな。


11


とにかくわからないことが多すぎる。
建物の中に入ったはいいが、扉を閉めたあと座り込んでしまいそこから先へ進もうとは思えなかった。
私の記憶は阿良々木くんを公園に呼び出して学習塾跡に向かい、そこで忍野さんと共に教室に入ったところで途切れている。
あのとき頭に猫耳が生えていて……そうだった。
思わず頭に手をやる。
触れた頭の感触はさらさらとした髪の毛のものだけで鏡を見なくてもわかる。
どうやらひっこんでいるらしい。
いーさん(呼び名が妙にしっくりくる。なぜだろう)や鑢さんの反応がどうにもひっかかったので何か話していないかと扉に耳をつけてそばだててみる。
……距離があって音が聞こえてくるのもやっとのようだ。
確か扉の右側に窓があったはずだと思い出してすぐそばのドアを開けると記憶通り窓があった。
塀があったから外から簡単には見えないだろうとは思ったけど、用心してゆっくりと少しだけ窓を開ける。

『 去法    …………知り合いも  ……    ……零崎     ら敵………………    予想は    』

聞こえてきた音は集中すれば聞き取れる文章に昇華されていく。
今のは『消去法だよ。生憎ぼくの知り合いもここには結構いてね、零崎の態度から敵対してるわけじゃないと予想はついたし』といったところか。
ここがどこかわからないのに知り合いがいるとはどういうことだろうか?

『なる…………  ……    私……定でき    …………いはず 』

戦場ヶ原さんの声だ。
いつの間にいたのだろう。
いや、私が気付かなかっただけか。
『なるほどね、でもそれだけでは私を特定できる根拠にはならないはずよ』、そう言ったのかな?
耳が慣れてきたようで何を話しているかがわかるようになってきた。

『実際ヤマを張ったのは事実だよ。でも特徴がそうも被ることはないだろうと思ってね』

870君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:56:24
『そういえば彼女のことを真宵ちゃんと呼んでいたわね。つまりその子が八九寺真宵さんだと』
『おかしな言い方をするね。面識が一方的にしかないみたいだ』
『私にはあのとき見えなかったから……今はどうしてか見えるみたいだけれど』
『……ふうむ。話は変わるけど掲示板の書き込みはきみのものだよね?』
『ええ、そうよ。でもそれがどうかするのかしら?』
『別にどうもしないさ。ただ質問させてもらいたんだけどきみは黒神めだかをどうしたいんだい?』
『殺すのよ』

「殺す」という単語を聞いて思わず体が強張る。
あの声色の戦場ヶ原さんは間違いなく本気だ。
しかし、何があったら戦場ヶ原さんをそこまで駆り立てるのだろう。

『それは暦君のためかい?それとも自分のためかい?』
『強いて言うなら両方かしら。阿良々木くんを殺した黒神めだかを――』

そこから先は聞き取れなかった。
腕が震えて持っていたデイパックを取り落す。
最初は何を話しているかさっぱりわからなかったけど、話を聞くにつれ理解した。
ただ一点、理解できてしまった。
阿良々木くんが死んでしまったことが。
殴られたような衝撃。
頭が真っ白になる。
呼吸が荒くなって再び壁を背に座り込んでしまう。
ふと右手と左手で触れた感覚が違うことに気づき見やると右手がデイパックから飛び出たタブレットに触れていた。
しかも電源スイッチを押してしまったようで、画面が光っている。
タブレットを持ち上げると掲示板という文字が飛び込んできた。
さっき聞こえたのはこれのことだろう。
恐る恐るスクロールしていくとどんどん情報が私の中に入ってくる。
その中で私にとって重要なのは、阿良々木くんが黒神めだかという人に殺されてしまったということ。
更に下のスレッドを見て息をのんでしまう。
脳が警鐘を鳴らしているのとは裏腹に私の指は阿良々木暦という文字列の隣にあるリンクに近づいていく。
指が画面に触れると同時に動画のダウンロードが始まり、10秒足らずで再生が始まった。





「――――はっ、はっ、はっ、はっ」

思わず息を止めていたらしく、今になって体が酸素を欲しがる。
阿良々木くんだけでない、忍ちゃんも殺されていただなんて。
あの姿が春休みに見たものと変わらない、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードであったことも私だからわかってしまう。
それを殺してしまうだなんて……彼女は一体どういう存在なのだ?
いや違う、今考えるべきはそれではない。
頭が混乱しているようで一度に襲い掛かってくる情報の波に対処しきれていない。

「……一度着替えよう」

今更のようにここに入った目的を思い出しタブレットが入っていなかった方、いーさんから渡された方のデイパックに手をつっこむ。
確かジーンズとパーカーはあると言っていたはずだから……
そう思った刹那、布の感触が伝わる。
取り出してみると手にはグレーのパーカーと無地のジーンズがあった。
ちゃんと着てみないことにはなんとも言えないが、サイズはなんとかなりそうだ。
暗い室内の中、部屋の電気も点けるのも忘れてタブレットの仄かな明かりだけを頼りに服を脱ぐ。
この行為は紛れもなく現実逃避であり。
それ以外の何物でもなかった。


12

871君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:56:46

「うん、ぴーちゃんなら大丈夫だと思うから、舞ちゃんのこと頼むね。それから、後でメール送っておくよ」

ぴっ。
さてと。
潤ちゃんのデイパックの中に首輪も工具も入っていただなんてびっくりっていうかがっかりだったよ。
さすがに潤ちゃんに支給されたわけじゃないとは思うけどね。
だってそれじゃあ一発で終わっちゃうもん。
まあ何か道具を使わないと死体とはいえ首輪を外すのなんて僕様ちゃんの腕力じゃ不可能だしねえ。
もっと言っちゃえば首を切ろうとしても刀を持つのだって危ういし。
でも、サンプルが増えたことは助かったんだしポジティブに考えないとね。
いずれにしても外された状態の首輪があるだけでもかなり変わる。
やっぱりとは思ってたけど、この首輪は完全に閉じているわけじゃない。
ほんっとうに細くだけど線が入っている。
いくら素材が衝撃に強くてもその衝撃が首輪の内部だけで完結してしまっては意味がない。
そこで出口を一ヶ所だけ作ってしまえば生まれた衝撃は全てそこに集約される。
最初の場所で首が吹き飛んだのだって集まった衝撃の余波だと考えれば納得できるし。
水が入っても大丈夫なのは構造が二重になってるからかな?
衝撃には弱くても耐水はしっかりしている素材で爆薬や機械の部分を覆ってしまえば例え水中で爆発しても問題ないだろうしね。
むしろ入り込んだ水がカッターになって威力が上がりそう。
でもその場合電波の届かない水中でどうやって爆破するかなんだよなあ。
最初の放送で海があるエリアを禁止エリアに指定してきたし、海中でも爆破はできるってことなんだし。
使えそうな工具がマイナスドライバーしかなかったから線に突っ込んでみたけど歪みもしないあたり僕様ちゃんにはこれ以上手出しはできなさそう。
ただ、わざと工具を支給してたりこうやってネット環境を整備してるあたり主催は僕様ちゃんたちが首輪を解除するのを当然と見ているのかな?
そうやって考えると案外どこかにそのまま首輪解除に繋がるような道具が支給されてるのかもね。
既に壊れてる可能性やマーダーが持ってる可能性は大いにあるから期待はするもんじゃないけど。
ぴーちゃんにしーちゃんの電話番号を書いたメールを送信っと。
あっ、いーちゃんから電話かかってきた!
もう、メールに気づくのが遅いんだよー。
いーちゃん僕様ちゃんの声聞いてどんな反応してくれるかなー。
通話ボタンをポチっとな。

『もしもし、友か?』
「ちぇー、いーちゃん驚いてくれると思ったのに」
『もっと早くメールを送ってくれれば驚いたかもな』
「それにしたっていーちゃん気づくのが遅いんだよ。ぶー」
『とりあえず教えて欲しいことはあるか?』
「んーっとね、まずはいーちゃんのいる場所、それからしーちゃんとひたぎちゃん以外に誰がいるか」
『診療所の前だよ。で、ここにいるのは零崎とひたぎちゃん以外だと八九寺真宵ちゃん、羽川翼ちゃん、鑢七実ちゃんと球磨川禊、以上四名だ』
「うわお。大所帯だねー、さすがはいーちゃん」
『零崎にも言われたよ。そもそもなんで零崎たちがいるってわかったんだ?』
「じゃないと開口一番僕様ちゃんの名前出さないでしょ。目の前に教えた本人がいるなら別だけど」
『……その通りだよ。零崎のにやにやした顔がすっごくむかついてたところだ』
「それで、今度はいーちゃんの番。僕様ちゃんに聞きたいことは?」
『まずはおまえと同じ質問にしておくよ』
「りょーかい。今僕様ちゃんがいるのはネットカフェで形ちゃん――宗像形と一緒にいるよ……って言っても形ちゃん頑張りすぎたみたいで今寝てるんだけどね」
『じゃあしばらく動けなさそうか?』
「そういうことになるねー、一応ランドセルランドでぴーちゃんや舞ちゃんと待ち合わせしてるんだけどさ。あ、しーちゃんに聞けば誰のことか教えてくれると思うよ」
『ランドセルランド……やっぱりぼくも向かった方がいいか』
「もちろんだよ。じゃないと僕様ちゃんいいかげん充電切れちゃうよ」
『車が小さいから詰め込んでも5人が限界なんだよ。そうでなくても翼ちゃんの様子がおかしいし――え、代われって?』
「何?どしたの?」
『ちょっと伝えるべき事柄ができたから代わっててもらったわ』
「あ、ひたぎちゃんか。それでその伝えるべき事柄って?」
『信憑性は低いけれども、黒神めだかについて』
「……なるほどね。掲示板を経由しないで手に入れる手段があったのかな?」
『おそらくは特定の電話にしかない機能だとは思うけれど、無作為に繋がる機能があって』
「それで黒神めだかと繋がった――わけじゃなさそうだね」
『繋がったのは供犠創貴という人よ』
「ああ、『魔法使い』使いか」

872君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:57:27
『……?とにかく、偶然繋がった彼と話したのだけれど、これからランドセルランドで黒神めだかと合流する手筈になっているらしいわ』
「黒神めだかと合流?そんなことができるなんて本当?」
『どういうわけか正気に戻ってるらしいわ。――しかも抜け抜けと殺し合いを止めようとしているんだとか』
「それはどれくらい信用していいのかな?」
『半信半疑未満ね、身構えておくには損はないくらいの』
「まあそれが妥当だろうしねえ。あ、いーちゃんに聞くよりあなたに聞いた方がよさそうだから聞いておきたいんだけど、羽川翼さんについてなんだけど」
『羽川さん……?そういえばまだ着替えから戻って……あ、今出てきた――こっちの話よ。遠目からでしかわからなかったけれど、すごくおかしかったわ』
「もうちょっと具体的に言って欲しいんだけどね」
『警戒して接触を避けていたからね、いつもの彼女らしくなかったとでも言えばいいのかしら。……まああなたのいういーちゃんこと戯言さんに聞いた方が早そうね』
「いーちゃん翼ちゃんって呼んでたもんねえ。悪いけどもっかい代わってもらえる?」
『いいわよ。でもその前に一つ確認、あなたはランドセルランドに向かうつもりは?』
「あるよ、一応待ち合わせしてるしねー。形ちゃんに言えば連れてってくれるだろうし」
『了解したわ。それじゃあ代わるわね』
「ふふっ、ありがとうね」
『こちらこそ。……………………もしもし、代わったよ』
「それじゃさっきの続き、羽川さんはどこがおかしかったのかな?」
『一言で言うなら記憶喪失だ』
「それは全部?それともこの殺し合いが始まってから?」
『……多分後者だな。真宵ちゃんとは面識あったし』
「ふうむ。……ねえ、いーちゃん、白髪で猫耳の生えた羽川さんには会った?」
『なんで情報を持ってるかについてはもう聞かないでおくが……会ったよ、二回』
「それで戻るようなきっかけみたいなことってあった?」
『死んだよ』
「死んだ?」
『ああ、紛れもなく死んだ。胸を貫かれてたんだ、死んでない方がおかしい傷だった』
「で、生き返ったんだ」
『そこまでお見通しか』
「球磨川禊がいるってそういうことでしょ?」
『どこまで知ってるんだよ……』
「形ちゃん経由で詳細名簿見せてもらったからね。診療所の中で死体になってる浮義待秋のことまで全員」
『……恐れ入るよ。ところでわざわざ連絡するように仕向けたのも質問をしあうためじゃないだろう?』
「まあねー。いーちゃんはこれからどうするの?用がないならランドセルランドに来て欲しいんだけどさ」
『おまえに会えるなら向かうことに異論はないところなんだけどね。人間未満――球磨川も反対する理由はないだろうし……ただ』
「八九寺真宵と羽川翼が心配だ、と。阿良々木暦が死んじゃってるからね」
『そういうことだ』
「連れて来ちゃえば?」
『あっさり言うんだな』
「本当なら来ないでって言ってたくらいなんだけどね。正気に戻ってるんだっていうなら尚更」
『なら……』
「事情が変わったんだって。今のいーちゃんには味方かどうかは知らないけど敵に回らない人はいるでしょ?」
『いるにはいるが……敵に回らなくても十分迷惑なやつもいるんだが』
「いーちゃんだってそうじゃん」
『触れてほしくないことを』
「でも僕様ちゃんはそんないーちゃんが大好きなんだからねっ。それじゃランドセルランドで待ってるよん」

ぴっ。
まさかひたぎちゃんから情報を貰えるとは思わなかったけどこれは大収穫かもね。
ぴーちゃんから聞いたDVDの本数が28だってことはその時点での生存者は17人。
うち7人がいーちゃんのとこにいて残り10人のうち5人が僕様ちゃん達と真庭鳳凰、そして供犠創貴、水倉りすか、真庭蝙蝠が行動を共にしていると考えていい。
そして所在が割れていない残り二人に黒神めだかが含まれていないなんて楽観的な考えはできないしねえ。
黒神めだかは生きていると仮定して、となると残り一人は誰でどこにいるのかなっと。
形ちゃんが起きたら連れてってもらわないとね。
黒神めだかに会えるよって焚きつければ大丈夫だろうし。
早くいーちゃんに会いたいなー。
……あ、そういえば形ちゃんから貰わなかったけどあのトランシーバーどこに繋がってたんだろ?

873君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:58:03
【1日目/夕方/D-6 ネットカフェ】
【玖渚友@戯言シリーズ】
[状態]身体的疲労(小)
[装備]携帯電話@現実
[道具]支給品一式、ハードディスク@不明、麻酔スプレー@戯言シリーズ、工具セット@現実、首輪、ランダム支給品(0〜5)
[思考]
基本:いーちゃんに害なす者は許さない。
 1:形ちゃんが起きるのを待ってランドセルランドに連れてってもらう。
 2:もう黒神めだかの悪評を広めなくても大丈夫かな?
 3:黒神めだかと『魔法使い』使いに繋がり?
 4:形ちゃんはなるべく管理しておきたい。
[備考]
 ※『ネコソギラジカル』上巻からの参戦です
 ※箱庭学園の生徒に関する情報は入手しましたが、バトルロワイアルについての情報はまだ捜索途中です
 ※めだかボックス、「十三組の十三人」編と「生徒会戦挙」編のことを凡そ理解しました
 ※言った情報、聞いた情報の真偽(少なくとも吸血鬼、重し蟹、囲い火蜂については聞きました)、及びそれをどこまで理解したかは後の書き手さんにお任せします
 ※掲示板のIDはkJMK0dyjが管理用PC、MIZPL6Zmが玖渚の支給品の携帯です
 ※携帯のアドレス帳には櫃内様刻、宗像形、無桐伊織、戦場ヶ原ひたぎ、戯言遣い(戯言遣いのみメールアドレス含む)が登録されています
 ※ハードディスクを解析して以下の情報を入手しました
  ・めだかボックス『不知火不知』編についての大まかな知識
  ・不知火袴の正体、および不知火の名字の意味
  ・主催側が時系列を超越する技術を持っている事実
 ※主催側に兎吊木垓輔、そして不知火袴が影武者を勤めている『黒幕』が存在する懸念を強めました
 ※ハードディスクの空き部分に必要な情報を記録してあります。どんな情報を入手したのかは後の書き手様方にお任せします
 ※第一回放送までの死亡者DVDを見ました。内容は完全に記憶してあります
 ※参加者全員の詳細な情報を把握しています
 ※首輪に関する情報を一部ながら入手しました
 ※浮義待秋の首輪からおおよその構造を把握しました。真庭狂犬の首輪は外せてはいません

【宗像形@めだかボックス】
[状態]睡眠中、身体的疲労(中) 、精神的疲労(中)、殺人衝動喪失、左腕(肘から先)欠損、腹部に切り傷、各部に打撲と擦過傷(怪我はすべて処置済み)
[装備]千刀・鎩(ツルギ)×536@刀語、スマートフォン@現実、ゴム紐@人間シリーズ
[道具]支給品一式×3(水一本消費)、薄刀・針@刀語、トランシーバー@現実、「包帯@現実、消毒用アルコール@現実(どちらも半分ほど消費済み)」(「」内は現地調達品です)
[思考]
基本:阿良々木火憐と共にあるため『正義そのもの』になる。
 0:…………。
 1:主催と敵対し、この実験を阻止する。
 2:伊織さんと様刻くんを助けに行かないと……
 3:『いーちゃん』を見つけて合流したい。
 4:黒神さんを止める。
 5:殺し合いに関する裏の情報が欲しい。
[備考]
※生徒会視察以降から
※めだかボックス、「十三組の十三人」編と「生徒会戦挙」編のことを玖渚から聞いた限りで理解しました
※阿良々木暦の情報はあまり見ていないので「吸血鬼」の名を冠する『異常』持ちだと思っています
※無桐伊織を除いた零崎四人の詳細な情報を把握しています
※参加者全員の顔と名前などの簡単な情報は把握しています
※携帯電話のアドレス帳には櫃内様刻、玖渚友が登録されています
※第一回放送までの死亡者DVDを見ました。誰が誰にどうやって殺されたのかは把握しています


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木々の間を掻き分けるようにして……ではなく、枝から飛び降りてその男は現れた。
僕には心当たりは一切なかったが、蝙蝠だけでなくりすかも反応したところを見ると相手が誰かは絞られる。
いや、一人に断定してしまってもいい。
鑢七花、で間違いないだろう。
だが、この身なりはなんだ?
男なのに女性ものの着物を着てる……のはまあいいが、泥水を全身に被ったかのように汚れているし漂う異臭が尋常ではない。

874君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:58:54
肩で息をしながらも放つ殺気とは別の理由で近づきがたいものがある。

「きゃはきゃは、やっと出会ったと思ったらそんななりになってるとはよお、虚刀流」
「誰かと思ったらその笑い方……真庭蝙蝠か。忍法骨肉細工でどこかの誰かに変態してるんだろ?」
「あ?なんでお前が俺の忍法を……」
「鳳凰との同盟におまえは入ってなかったし今ここで殺すのに理由はいらないんだよな。そこの女も血を出さないようにすればあんなことにはならないだろうし……」

まずい。
「あんなこと」が空間移動のことならまだいいが大人りすかのことを指してるならばこいつも掲示板の動画を見ている。
そして何気なく言った「殺す」という単語。
間違いなく殺して回っている側だ。
幸い手持ちの武器はそれなりにあるし、今ここで排除することになんら問題はないだろうとグロックに触れたそのときだった。

ぼたり、と鑢七花の背後の木の枝が折れた。

細い枝が折れるのならまだわかるが、それなりに太い枝だったし現れてから落ちるまでのタイムラグがありすぎる。
そもそも枝が落ちてぼたりだなんて音がするのもおかしい、と枝を見れば根本が溶けていた。
待て待て、枝が溶けるだなんてどうやったらそんなことになるんだ。
警戒が確信に変わる。

「逃げるぞ、蝙蝠!」
「キズタカ、逃げるのっ!」

そしてりすかも同じことを考えていたようで、声が重なった。
蝙蝠は少し逡巡したようだが、結局は僕とりすかを担いでくれた。

「理由は移動しながらでいいよな?」
「今でも構わねえぞ」
「その前にまずは確認だ。原因はあいつが被ってた泥、でいいよな?」
「だと、思うの」

逃げることを決めた理由を蝙蝠に説明するのと同時にりすかから確認を取る。
溶ける、ということは溶解か腐敗か。
なんであれ『分解』に類するものと見ていいだろう。
そうなるとりすかにとっては天敵だ。
この見立ては間違っていなかったらしく、付いていた血から魔力がなくなったとりすかが進言してくれた。
それでも蝙蝠はなぜ逃げるのかについては不服だったようだが。

「こっちには絶対に折れない曲がらない錆びないって刀があるんだから勝ち目はあったとは思うぜ?」
「確かにそうかもしれないが、それを使うお前は折れるし曲がるし錆びるだろう」
「……なんだ、俺を心配してくれてたのか?」
「そんなんじゃない」


【1日目/夕方/E-5】
【供犠創貴@新本格魔法少女りすか】
[状態]健康
[装備]グロック@現実
[道具]支給品一式×3(名簿のみ2枚)、銃弾の予備多少、耳栓、書き掛けの紙×1枚、「診療所で見つけた物(0〜X)」、心渡@物語シリーズ、シャベル@現実、
   アンモニア一瓶@現実、携帯電話@現実、スーパーボール@めだかボックス、カスタネット@人間シリーズ、リコーダー@戯言シリーズ
[思考]
基本:みんなを幸せに。それを邪魔するなら容赦はしない
 0:今は鑢七花から逃げる
 1:ランドセルランドで黒神めだか、羽川翼と合流する、べきか……?
 2:ツナギ、行橋未造を探す
 3:このゲームを壊せるような情報を探す
 4:蝙蝠の目的をどう利用して駒として使おうか
 5:掲示板の情報にどう対処すべきか
[備考]
 ※九州ツアー中、地球木霙撃破後、水倉鍵と会う前からの参戦です
 ※蝙蝠と同盟を組んでいます
 ※診療所でなにか拾ったのかは後続の書き手様方にお任せします(少なくとも包帯や傷薬の類は全て持ち出しました)
 ※主催者の中に水倉神檎、もしくはそれに準ずる力の持ち主がいるかもしれないという可能性を考えています
 ※王刀の効果について半信半疑です
 ※黒神めだかと詳しく情報交換しましたが蝙蝠や魔法については全て話していません
 ※掲示板のレスは一通り読みましたが映像についてはりすかのものしか確認していません
 ※心渡がりすかに対し効果があるかどうかは後続の書き手にお任せします
 ※携帯電話に戦場ヶ原ひたぎの番号が入っていますが、相手を羽川翼だと思っています
 ※黒神めだかが掲示板を未だに見ていない可能性に気づいていません


【水倉りすか@新本格魔法少女りすか】
[状態]出血(小)、零崎人識に対する恐怖
[装備]手錠@めだかボックス、無銘@戯言シリーズ
[道具]支給品一式
[思考]
基本:創貴に従う
 1:創貴と共にランドセルランドへ向かう
[備考]
 ※九州ツアー中、蠅村召香撃破直後からの参戦です。
 ※治癒時間、移動時間の『省略』の魔法は1時間のインターバルが必要なようです(現在使用可能)
  なお、移動時間魔法を使用する場合は、その場所の光景を思い浮かべなければいけません
 ※大人りすかについての制限はこれ以降の書き手にお任せします

875君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 19:59:45
【真庭蝙蝠@刀語】
[状態]健康、零崎軋識に変身中
[装備]軋識の服全て、絶刀・鉋@刀語
[道具]支給品一式×2(片方名簿なし)、愚神礼賛@人間シリーズ、書き掛けの紙×1枚、ナース服@現実、諫早先輩のジャージ@めだかボックス、
   少女趣味@人間シリーズ、永劫鞭@刀語
[思考]
基本:生き残る
 0:今は七花から逃げる
 1:創貴とりすかと行動、ランドセルランドへ向かう
 2:双識を殺して悪刀を奪う
 3:強者がいれば観察しておく
 4:完成形変体刀の他十一作を探す
 5:行橋未造も探す
 6:危なくならない限りは供犠の目的を手伝っておくがそろそろ裏切ってもいい頃かもしれない
 7:黒神めだかに興味
 8:鳳凰が記録辿りを……?
[備考]
 ※創貴と同盟を組んでいます
 ※現在、変形できるのはとがめ、零崎双識、供犠創貴、阿久根高貴、都城王土、零崎軋識、零崎人識、水倉りすか、元の姿です
 ※都城王土の『異常』を使えるかは後の書き手の方にお任せします
 ※放送で流れた死亡者の中に嘘がいるかも知れないと思っています
 ※鑢七実の危険性について知りましたが、嘘の可能性も考えています
 ※絶刀は呑み込んでいます
 ※供犠創貴に変態してもりすかの『省略』で移動することはできません。また、水倉りすかに変態しても魔法が使えない可能性が高いです
 ※宇練銀閣の死体を確認しましたが銀閣であることは知りません


14


「ぅ……おぇっ」

顔を上げればそこには誰もいなかった。
遠くで枝が揺れる音だけが聞こえる。
あいつらが逃げようとしたところをすかさず追撃しようとしたおれだったが、運悪くと言うべきか、狙い澄ましたように吐き気が襲ってきた。
隙だらけになってたが襲われずに済んだのは逃げられたのとおあいこだろう。
蝙蝠が口を開けていたし、あれは呑み込んでいた絶刀を出そうとしてたんだろうから無防備なおれは餌食になっていたかもしれない。
まあ、今のおれでも絶刀を折るくらいは余裕だっただろうから逃げられた方が正直痛かったが。
……いや、この程度で痛いって言うもんじゃねえな。
その点では今のおれの体の方がよっぽど痛い。
とにかく、ここで止まるのだけは今やっちゃいけないことだ。
最後に倒れるにしてもこんな無意味な終わりだけはやっちゃいけねえ。
再び枝を跳び移りながらおれは毒づく。

「本当に、めんどうだ」

876君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 20:00:13
【一日目/夕方/E-5】
【鑢七花@刀語】
[状態]『感染』、疲労(中)、覚悟完了、全身に無数の細かい切り傷、
    刺し傷(致命傷にはなっていない)、血塗れ、左手火傷(荒療治済み)、吐き気
[装備]なし
[道具]なし
[思考]
基本:優勝し、願いを叶える
 0:真庭蝙蝠達を追う
 1:放浪する
 2:名簿の中で知っている相手を探す。それ以外は斬る
 3:姉と戦うかどうかは、会ってみないと分からない
 4:変体刀(特に日和号)は壊したい
[備考]
 ※時系列は本編終了後です
 ※りすかの血が服に付いていますが『荒廃した過腐花』により腐敗されたようです
 ※不幸になる血(真偽不明)を浴びました。今後どうなるかは不明です
 ※掲示板の動画を確認しました
 ※江迎怒江の『荒廃した過腐花』の影響を受けました。身体にどの程度感染していくかは後続の書き手にお任せします
 ※着物の何枚かを途中で脱ぎ捨てました。どの地点に落ちているか、腐敗の影響があるかは後続の書き手にお任せします


15


俺の悩みを聞いてくれねえか?
いっそ悩みっつーか愚痴って言っちまった方が清々しいのかもしんねーけどよ。
愚痴っつっても至極単純、どうして俺が、気まぐれの権化でもあるようなこの俺が、こうして語り部をやってるかっつーことなんだが。
今までところどころやってたのは他にやってくれるのが一人しかいなかったからだが、今は俺よりも適任がいるだろうが。
自分のことで精一杯?
かはは、言うようになったじゃねーかよ、欠陥製品が。
ただまあ、自分のことで精一杯と言いたくなるような状況であることだけは間違いねーしそう言いたい気持ちもあるのかもな。
俺には全くわからないが。
尤も、この状況をなんとかしろと言われたら確かに俺でも匙を投げたくなるね。
むしろ俺ならこんな状況に陥る前に匙を放り捨てて逃げ出すか。
そもそもどんな状況なのかって?
……そうだな、口喧嘩が二ヶ所で勃発ってか?
どちらも口喧嘩で済んでるからまだ遠巻きに見ていられるんだけどな。
あー、組み合わせとしては欠陥製品と八九寺真宵、ひたぎちゃんとどうやら記憶喪失だったらしい羽川翼の二組。
なんつーか、言い争いに発展するのも仕方ない組み合わせっちゃ組み合わせだな。
そりゃ欠陥製品も周囲まで気が回らねーわけだ。
で、俺以外のやつらがどうしてるかというと、

「起きませんね、禊さん」
「一発キメただけなんだがな……」

こうやって球磨川クンが気絶してる横で仲良くおしゃべりってわけだ。
兄貴の視力を奪いやがったせいで兄貴から本人かどうか疑われかけるわその後ギスギスしまくってやりにくかったわえらく迷惑被ったからな。
そのお礼ってことでアッパーキメてやったらこの通り未だに目を回してる、というわけなんだが。
まだまだぶん殴るつもりでいたのに一発目でこうじゃ気が失せちまう。
そうなると手持ち無沙汰同士で雑談すんのもやむなしな流れになるわな。

「……はぁ」

息をつく音がする。
本当にこういうときだけは美人なんだよな。

「で、これからどうするんだ?一応俺はあんたの弟探すっつー目的を忘れたわけじゃねーんだが」
「今もそのつもりではいるんですけどね。ちょっと他にやりたいこともできてしまいまして」
「ま、こいつと一緒にいたいってんなら反対はしねーよ。人探しも平行してできないってわけでもねーしな」

877君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 20:00:53
「あら、珍しい」
「あ?何が珍しいってんだ」
「人識さんなら無理矢理にでも引き剥がして行くかもと思っていましたので」
「だったら朝あの学園で別れたりしねーよ。それに、その間結構いい感じにやってたみたいだし今更やってもな」
「出夢さんは人識さんにとっては大事な方のように見えましたから。それこそわたしと七花の関係みたいに」
「姉弟関係ってか?……当たらずといえども遠からず、だな」
「おかしなことを言うものです。深く聞くのは……やめておきましょうか」
「かはは、人の事情につっこむのはやめとくのが懸命ってもんだ。下手すりゃ鬼が出るからな」
『あ、七実ちゃんおはよう』

話の途中で前触れもなく起きやがった。
予備動作くらい見せろってんだ。

「あら、おはようございます。もう夕方ですがね」
「空気読まずに起きるんだなテメーは」
『僕が素直に空気を読んで起きるとでも思ってるのかい?』
「あーそうだな、すまんかった」
『全く誠意が感じられないね。僕を殴っておいてそれで済まそうというのかい君は?』

そんでもって起き抜けでこんなこと言われると抜かれた毒気が戻ってきやがる。
よし、殴るか。

「そうそう、禊さん。裸えぷろんのことなんですが」
『ぎくっ』

おい。
裸エプロンって何があったらそんな話題になるんだ。
「結構いい感じにやってたみたいだ」っつったの撤回した方がいいかもな……

「真宵さんから聞きましたよ」
『えっ』
「なぜその程度のことを隠そうとしていたのですか?」
『えっえっ』
「禊さんができるということは大して恥ずかしいことでもないのでしょう?余計に隠そうとする理由がわからなくて」

うわ……こいつ実演しようとしてたの?
引くわ。
素で引くわ。

『そ……そう、でも七実ちゃんが気にしないのなら問題ないよね!』
「ですが、隠していたことはいただけません。それについてはしっかりと罰を与えないと」
『……え?』
「どのような罰にしましょうかね……」

あ、これなんて言うか俺知ってる。
自業自得っつーんだよな。
こいつ顔面蒼白にさせるってすげーな、汗ダラダラじゃん。

「待たせたな、ぜろりん」
「お、終わったのか、いーたん」
「まあ、そういうことだ」
「その様子だと折れたのはお前みたいだな、かはは」
「うるさい」

欠陥製品も議論は終わったようだし向こうも決着が着いているみてーだ。
折れたのはひたぎちゃんの方か。
しかしあの羽川翼って子も末恐ろしいね。
これだけの短時間で殺し合いがあることやら掲示板の存在やら把握した上であの精神状態だってんだから。
支給品に助けられたってのも大きいんだろうけど最初に集められた空間すっ飛ばしていきなり知らない場所で殺し合い始まっててしかも知り合いが死んでるときたもんだ。
あの様子じゃ友人以上の存在だったかもしれねえが。

878君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 20:01:23
まあ、それについては俺が深入りするもんじゃねーな。

「んで、向かうのか?ランドセルランドに」
「友もいるし行くよ。それに、真宵ちゃんが黒神めだかと話したいってさ」
「羽川翼の方も多分そうだろうな」
「断片的に聞こえたけど多分そうだと思うよ」
「目覚めたばっかでそこが殺し合いの場で知り合い殺されててあんな反応取れるだなんて正直俺は恐ろしいね」
「珍しく気が合うな。その点についてはぼくも同感だ」
「それで、どうやって移動するのかしら?私はあなたが車を持ってるとは聞いていたし実際その通りだったけれど7人も載せるのは不可能じゃなくって?」
「そうなんだよな……零崎に電話した時点じゃ真宵ちゃんしかいなかったしまさか3人増えるとは思わなかったしなあ」
「それでしたらいい方法がありますが」
「え、まさか七実ちゃんが車もう一台持ってるとか?」
「いえ、そうではなくて。わたしたちが座っていた場所より後ろに空間があったではないですか」
「トランクのこと?でもあれは荷物を入れるところであって……」

いつの間にか全員集まって会議の様相を呈しているが、残念なことに俺には先が読めちまった。
……祈っておくか。
事故らないようには気をつけとくからよ。

「禊さん共々裸えぷろんについて黙っていた罰です。二人仲良く入っていただきましょう」
「えっ?」

やっぱりな。

「いっきーさんには言っていませんでしたっけ。真宵さんから聞いているのですよ、裸えぷろんについては」
「えーと、それは……つまり?」
「内容自体は別になんとも思いませんが、わたしに黙っていたことは別です」
「まあ、そういうことだから諦めろ、欠陥製品」
「ちょ、何言ってんだ、人間失格」

引き際がよくない男は嫌われるぞ、ってな。

「せいぜい事故んねーように安全運転心がけてやるからよ。で、誰が助手席座るんだ?」

残った女子四人で議論……になるかと思ったら全会一致で七実ちゃんに決定した。
一番危ないのは間違いねーし、残り3人が元から知り合いだったみてーだしな。
ま、このメンツで会話が弾むとも思えねーし案外トランクに放り込まれる男二人はそれはそれで悪くはないんじゃねーのか。
……運転する俺が一番気が重いってことか、おい。

「異論はないようですし、いっきーさんと禊さんにはそのとらんくの中に入ってもらいましょうか。あら、なんですかその顔は」

つっても納得はできねえよなあ。
一応人間が入れない広さじゃあねーが二人詰め込むとなると。

「自分から行かないのであればわたしが無理矢理にでもあなたがたを詰め込みますが」
「『わかりました』」

折れるのはえー。
『まあいいさ、この後めだかちゃんに会えるのなら少しは我慢するよ』、とトランクのある後部に向かいながら球磨川がごちる。

『ついでとはいえめだかちゃんに善吉ちゃんの無念をぶつけるのも悪くはないしね』

ん?今ひたぎちゃんが『善吉』って言葉に反応しなかったか?
……気のせいか。

879君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 20:05:17
【一日目/夕方/F-4 診療所前】
【戯言遣い@戯言シリーズ】
[状態]健康、車(トランク)の中
[装備]箱庭学園制服(日之影空洞用)@めだかボックス(現地調達)、巻菱指弾×3@刀語、ジェリコ941@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×2(うち一つの地図にはメモがされている、水少し消費)、ウォーターボトル@めだかボックス、お菓子多数、缶詰数個、
   赤墨で何か書かれた札@物語シリーズ、ミスドの箱(中にドーナツ2個入り) 、錠開け道具@戯言シリーズ、
   タオル大量、飲料水やジュース大量、冷却ジェルシート余り、携帯電話@現実、解熱剤
[思考]
基本:「主人公」として行動したい。
 0:トランク……狭い。
 1:ランドセルランドに向かって玖渚と合流。
 2:真宵ちゃんの記憶を消してもらう……のは無理そうだね。
 3:掲示板を確認してツナギちゃんからの情報を書き込みたいけど今できるかな。
 4:不知火理事長と接触する為に情報を集める。
 5:展望台付近には出来るだけ近付かない。
 6:裸エプロンに関しては戯言で何とかしたかったのに……
[備考]
 ※ネコソギラジカルで西東天と決着をつけた後からの参戦です
 ※第一回放送を聞いていません。ですが内容は聞きました
 ※夢は完全に忘れました
 ※地図のメモの内容は、安心院なじみに関しての情報です
 ※携帯電話から掲示板にアクセスできることを知りましたが、まだ見てはいません
 ※携帯電話のアドレス帳には零崎人識、ツナギ、玖渚友のものが登録されています
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました
 ※八九寺真宵の記憶を消すかどうかの議論以外に何を話したのかは後続の書き手にお任せします


【八九寺真宵@物語シリーズ】
[状態]ストレスによる体調不良(発熱、意識混濁、体力低下)、動揺 、一周回って一時的正気?、車で移動中
[装備]人吉瞳の剪定バサミ@めだかボックス
[道具]支給品一式(水少し消費)、 柔球×2@刀語
[思考]
基本:生きて帰る。
 1:戯言さんと行動……今はトランクの中ですけど。
 2:阿良々木さんを殺したらしい黒神めだかさんと話がしたい。
 3:記憶は消させません、絶対に。
 4:そういえば羽川さんの髪が長いのですが。
 5:戦場ヶ原さんが怖いです……
[備考]
 ※傾物語終了後からの参戦です
 ※本当に迷い牛の特性が表れてるかはお任せします
 ※記憶を消すかどうかの議論以外に何を話したのかは後続の書き手にお任せします

880君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 20:05:38
【球磨川禊@めだかボックス】
[状態]『健康だよ。お腹は満腹だ。それにしてもトランクって狭いね』
[装備]『大螺子が2個あるね』
[道具]『支給品一式が2つ分とエプロン@めだかボックスがあるよ。後は食料品がいっぱいと洗剤のボトルが何本か』
[思考]
基本:「黒神めだかに勝つ」『あと疑似13組を作って理事長を抹殺しよう♪』
『0番は……僕は悪くない』
『1番はランドセルランドに向かうよ』
『2番はやっぱメンバー集めだよね』
『3番は七実ちゃんについていこう! 彼女は知らないことがいっぱいあるみたいだし僕がサポートしてあげないとね』
『4番は善吉ちゃんの無念をめだかちゃんにぶつけてあげよう』
『5番は宇練さんについてだけど、まあ保留かな』
『6番は裸エプロンに関しては欠陥製品に押し付けようと思ったのに……どうしてこうなったんだ!』
[備考]
 ※『大嘘憑き』に規制があります
  存在、能力をなかった事には出来ない
  自分の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り0回。もう復活は出来ません
  他人の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り1回
  怪我を消す能力は再使用のために1時間のインターバルが必要。(現在使用可能)
  物質全般を消すための『大嘘憑き』はこれ以降の書き手さんにお任せします
 ※始まりの過負荷を返してもらっています
 ※首輪は外れています


【鑢七実@刀語】
[状態]健康、身体的疲労(小)、交霊術発動中、車で移動中
[装備]四季崎記紀の残留思念×1
[道具]支給品一式×2、ランダム支給品(2〜6)、球磨川の首輪×1
[思考]
基本:弟である鑢七花を探すついでに、強さと弱さについて考える。
 1:七花以外は、殺しておく。
 2:もう面倒ですから適当に過ごしていましょう。
 3:気が向いたら骨董アパートにでも、と思っていましたが面倒になってきました。
 4:裸えぷろんについてどうしてひた隠しにしていたのでしょう?
 5:宇練さんは、次に会った時にはそれなりの対処をしましょう。
 6:四季崎は本当に役に立つんでしょうか?
[備考]
 ※支配の操想術、解放の操想術を不完全ですが見取りました
 ※真心の使った《一喰い》を不完全ですが見取りました
 ※宇練の「暗器術的なもの」(素早く物を取り出す技術)を不完全ですが見取りました
 ※弱さを見取れる可能性が生じています
 ※交霊術が発動しています。なので死体に近付くと何かしら聞けるかも知れません
 ※球磨川禊が気絶している間、零崎人識と何を話していたのかは後続の書き手にお任せします

881君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 20:06:14
【羽川翼@物語シリーズ】
[状態]健康、ノーマル羽川、混乱、車で移動中
[装備]パーカー@めだかボックス、ジーンズ@めだかボックス
[道具]支給品一式×2(食料は一人分)、携帯食料(4本入り×4箱)、タブレット型端末@めだかボックス、黒い箱@不明、トランシーバー@現実、
   「ブラウニングM2マシンガン×2@めだかボックス、マシンガンの弾丸@めだかボックス」
[思考]
基本:黒神めだかと話がしたい。
 0:ランドセルランドへ。
 1:阿良々木くんが死んでいるなんて……
 2:情報を集めたい。
 3:戦場ヶ原さん髪もそうだけど……いつもと違う?
 4:真宵ちゃんの様子もおかしい。
 5:どうして私がこんな物騒なものを。
[備考]
 ※ブラック羽川が解除されました
 ※化物語本編のつばさキャット内のどこかからの参戦です
 ※全身も道具も全て海水に浸かりましたが、水分はすべて乾きました
 ※トランシーバーの相手は玖渚友ですが、使い方がわからない可能性があります。また、当然ですが相手が玖渚友だということを知りません
 ※道具のうち「」で区切られたものは現地調達品です。他に現地調達品はありませんでした
 ※ブラック羽川でいた間の記憶は失われています
 ※黒神めだかの扱いについてどう説得したか、他の議論以外に何を話したのかは後続の書き手にお任せします


【戦場ヶ原ひたぎ@物語シリーズ】
[状態]健康、強い罪悪感、しかし確かにある高揚感、車で移動中
[装備]
[道具]支給品一式×2、携帯電話@現実、文房具、包丁、炸裂弾「灰かぶり(シンデレラ)」×6@めだかボックス、賊刀・鎧@刀語、斬刀・鈍@刀語、お菓子多数
[思考]
基本:優勝する、願いが叶わないならこんなことを考えた主催を殺して自分も死ぬ。
 0:ランドセルランドへ。今は折れるふりをしておきましょう。
 1:本格的に動く。協力者も得られたし頭を使ってうまく立ち回る。
 2:阿良々木君の仇を取るまでは優勝狙いと悟られないようにする。
 3:黒神めだかは自分が絶対に殺す。そのために玖渚さんからの情報を待つつもりだったけれど逆に自分から提供することになるなんてね。
 4:貝木は状況次第では手を組む。無理そうなら殺す。
 5:掲示板はこまめに覗くつもりだが、電話をかけるのは躊躇う。
 6:羽川さんがどうしてここにいるのかしら……?
[備考]
 ※つばさキャット終了後からの参戦です
 ※名簿にある程度の疑問を抱いています
 ※善吉を殺した罪悪感を元に、優勝への思いをより強くしています
 ※髪を切りました。偽物語以降の髪型になっています
 ※携帯電話の電話帳には零崎人識、戯言遣い、ツナギ、玖渚友が登録されています
 ※黒神めだかの扱いについてどう説得されたか、他の議論以外に何を話したのかは後続の書き手にお任せします

882君の知らない物語 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 20:06:44
【零崎人識@人間シリーズ】
[状態]健康、車で移動中
[装備]小柄な日本刀 、携帯電話@現実
[道具]支給品一式×6(内一つの食糧である乾パンを少し消費、一つの食糧はカップラーメン一箱12個入り、名簿のみ5枚)、医療用の糸@現実、千刀・鎩×2@刀語、
   手榴弾×1@人間シリーズ、青酸カリ@現実、S&W M29(6/6)@めだかボックス、大型ハンマー@めだかボックス、デスサイズ@戯言シリーズ、
   彫刻刀@物語シリーズ
[思考]
基本:戯言遣いと合流する。
 0:ランドセルランドへ行きゃ真庭蝙蝠達をボコれるかな。
 1:戦場ヶ原ひたぎ達と行動。ひたぎは危なっかしいので色んな意味で注意。
 2:伊織ちゃんと連絡を取る。合流するかどうかは後から決める。
 3:兄貴には携帯置いておいたから何とかなるだろ。
 4:真庭蝙蝠、水倉りすか、供犠創貴、宇練銀閣を捕まえる。
 5:西東天に注意。
 6:哀川潤が放送で呼ばれれば殺人をしないつもりはない。
 7:欠陥製品と球磨川クンは……自業自得だろ。
[備考]
 ※曲絃糸の射程距離は2mです
 ※曲絃糸の殺傷能力(切断・絞殺など)は後の書き手さんにおまかせします
 ※りすかが曲識を殺したと考えています
 ※Bー6で発生した山火事を目撃しました
 ※携帯電話の電話帳には戯言遣い、ツナギ、戦場ヶ原ひたぎ、無桐伊織が登録されています
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました
 ※球磨川禊が気絶している間、鑢七実と何を話していたのかは後続の書き手にお任せします



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支給品紹介

【工具セット@現実】
浮義待秋に支給。
ドライバーやレンチなど所謂日曜大工で使うような工具が入っている。
一般のホームセンターで買えるようなものしかないため、専門的なものは少ない。

【エプロン@めだかボックス】
球磨川禊に支給。
球磨川禊の趣味その1、裸エプロンで使うためのもの。
ジャンプの表紙は狙えなかったが見開きセンターカラーをもらえた。

【ジーンズ@めだかボックス】
球磨川禊に支給。
球磨川禊の趣味その2、手ブラジーンズで使うためのもの。
同じくジャンプの表紙は狙えなかったが見開きセンターカラーをもらえた。

【パーカー@めだかボックス】
球磨川禊に支給。
球磨川禊の趣味その3、全開パーカーで使うためのもの。
センターカラーすらもらえなかったがコミックスで登場。

883 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 20:15:49
仮投下終了です
仮投下した理由としましては、
・玖渚が前話が通しにならないと行動に不自然な点が出る
・首輪について踏み込んでいる
・荒廃した過腐花に感染した七花の扱いが不自然ではないか
などが理由です
首輪の構造としましては断面図にしたとき、

 ◎← 首 →◎

矢印のところに薄い線が入っている感じになります
他にも指摘があれば遠慮なくお願いします

とりあえず終物語を読みましたがどんでん返しがなくてよかったです
おもしろかったのでこれからもう一周してきます

884『無かった事にするよ』:『無かった事にするよ』
『無かった事にするよ』

885 ◆xR8DbSLW.w:2013/10/22(火) 22:13:33
失礼、鳥ミスです。

仮投下お疲れ様です。
問題となる箇所は拙作の扱い次第という点もありますので、今回の作品に関しましてはひとまず意見を控えさせていただきます。
改めて氏にご迷惑おかけしましたことをこの場を借りてお詫び申し上げます。
つきましては引き続き拙作の賛否他意見などありましたら、お願いします。
まもなく仮投下期間も終了となります、このまま反対意見なく期間が終わりましたら本投下を、と考えています。



現在修正点として、
宗像からの電話に対する描写。
火事場前における様刻の描写。
の、二点です。
この他に何かありましたらよろしくお願いいたします

お騒がせして申し訳ないです。

886 ◆wUZst.K6uE:2013/10/22(火) 22:42:42
仮投下乙です
特に不自然と思うような点も見当たらないので、このまま本投下で構わないかと思います
ただひとつ確認したいのですが、蝙蝠は七花の身体に対しての「観察」は出来ていない、ということで宜しいでしょうか?
変形可能か否かが微妙なラインに思えたので

887 ◆ARe2lZhvho:2013/10/22(火) 23:37:34
指摘ありがとうございます
変形については七花が荒廃した過腐花の泥を被った状態でしたので自分としてはできていない状態で書いています
本投下の際には補足しておきます

888 ◆xR8DbSLW.w:2014/02/16(日) 22:14:53
仮投下します

889牲犠  ◆xR8DbSLW.w:2014/02/16(日) 22:18:23
   ☆    ☆


手をつなぎ、どこまでも行こう。
君となら、どこまでも行ける。

だから、どこにも行かないでほしい。
僕の手を離さないでほしい。
君と僕はどこまでも一緒だから――――。


   ★    ★


元々ネットカフェに向かっていた理由はただ一つだった。

鑢七花による思わぬ妨害を受けて、ぼくたちはランドセルランドに向かうための方法を思索していた。
あるいは向かわないにせよ、これからどうするのかとかも話し合っていたが、その話はいいだろう。

鑢七花を対峙するためにぼくは改めて、箱庭学園で見た腐敗した扉についての考察をしたり、
りすかが彼と箱庭学園で対峙したと言うので、その時の状況を聞いてみたり、
蝙蝠と彼はもともと顔を合わせたことがあると言っていたので、詳細を聞いてみたり。
考え得る限りあらゆる策は練ってみたものの、いまいちぱっとする案もなく過ごしていた。
ぼくとりすかが考えている傍ら、蝙蝠に他の死亡者DVDを見せて手掛かりがないか探させたが特に収穫はなかった。
そんなところに放送が流れた。

大半の面々はまあ、知り合ってもないし、粗雑な言い方だがこの際どうでもいい。
零崎双識だって、確かに拍子抜けこそしたが、死んだ分には問題ないので、特別言うことはない。
ただ、ツナギ。
彼女に関しては流石のぼくでも無視するわけにはいかない。
属性『肉』・種類『分解』の魔法使い。
はっきり言っておくが、ぼくは彼女が死ぬとは全くもって想定していなかった。
彼女に敵うものがいるとすれば、それはずばり魔眼遣いぐらいなものだと、勝手に思い込んでいた。
現にぼくは彼女がこの場で死んだと思われる原因が二つしか思い浮かばない。
一つは廃病院で遭った時、ぼくがそうしたように彼女に許容量以上の魔力を取り込ませること。
そうすれば実質彼女は無力化したも同然である。(とは言ったものの単純な肉弾戦も彼女はこなせるが)
そしてもう一つは、鑢七花と同じ。
あの腐る『泥』を――あるいは同じ原理のものを目一杯に浴びた。
同じ『分解』同士、どっちに強弱が傾くかは生憎ぼくにはわからないが――ぼくにはそれしか考えられなかった。
魔法使いは魔法に頼りすぎてしまう、という一般的な弱点こそあるが、並大抵のものがそんな隙を突けるとは思えないしな。

少し耽る。
そして、二人を見た。

蝙蝠はいつも通り。
りすかは少し悲しそうだった。
ぼくはりすかの頭を撫でる。
りすかから呆けた声を聞けたところで、ぼくは蝙蝠に命令を下す。
――ネットカフェに行くことを、命ずる。

「あ?」
「理由を聞きたいのがわたしなの」

いや、そうは言われても、ぼくとしても不甲斐ない事にこれと言った論拠はない。
ただ携帯端末から掲示板を作れるとは思えないし、
恐らく掲示板を作った人間はそれなりにスペックの整ったコンピュータの置いてある施設に居るんじゃないかって踏んでいる。
ぼくたちが訪れる頃合いに当人がいるかは定かではないが、それだけのコンピュータがあれば何かできるんじゃないかって思う。

890牲犠  ◆xR8DbSLW.w:2014/02/16(日) 22:19:16

「……」

蝙蝠は「意味分かんない」と言わんばかりの顔をして顔を伏せる。
代わりにりすかが「具体的に?」と問う。

具体的に――。
具体的には『ぼくたちの知らない死亡者のビデオ』が見れる、とか。
どういう意図で欠かしているかは知らないが、
今掲示板に貼られている動画だって『第一回放送までの死亡者』と考えても少し欠けている。
少し飛躍している発想かもしれないが、
相手が死亡者ビデオの情報を握っていると考えても決して考えすぎではないんじゃないか、とぼくは思う。
死亡者ビデオを自由に閲覧でき、選んだビデオだけを貼れる、と考えることもできなくはない。
だとすると、ぼくたちの立場云々もあるけれど、危険者を知れるという意味では大いにメリットになる。

結局、箱庭学園で遭った都城王土が告げた人間をぼくたちは把握できていない。
これは大変危険な状態だ。都城王土はああいったが、
むろん該当者が全滅しているって事態も起こり得る。
しかし裏を返せば、『それ以上』の実力者が君臨しているという事実になる。
それを知らないのは危険だ。
ツナギを殺すような人間の脅威を知らないのは、これ以上なく危険だ。
だから行く価値はあるんだと思う。
例え空振りだったとしても、どの道今は鑢七花が邪魔でランドセルランドには向かえないんだ。
時間潰しだと思えば、蝙蝠もいいだろう?

「……」

蝙蝠が黙りこむ。
ぼくは釘を刺す。
――裏切りを始めてぼくを殺すのは勝手だが、りすかはお前を許さないよ。と。
りすかの魔法を具体的には告げてない。
けれど、だからこそ、か。

「きゃはきゃは……まあいいぜ。付き合ってやんよ」

素直に応じた。
こうしてぼくらは無事にネットカフェに到着した。
そして蒼色と遭遇する。

891牲犠  ◆xR8DbSLW.w:2014/02/16(日) 22:20:02


  ☆    ☆


雲仙冥利とは風紀委員長である。
実年齢十歳にして我が箱庭学園に通い、表に住まう『異常』の代表格とも言える存在だ。
尤もそれは一年前の話であり、今年は同じく『十三組』であり生徒会長――黒神めだかの方が日の目を浴びているにしろ、
しかし今でも、彼の『伝説』は学内ではそれなりに広まっている。
『モンスターチャイルド』と呼ばれる由縁である『やりすぎな正義』は、一年そこらで風化するものではなかった。
現に今年も吹奏楽部を壊滅状態に陥らせたというのだから、ぞっとする話だ。
(とはいえ保健室に連絡して、何やら極めて手際のいいらしい保険委員を手配するあたり決して非情と言うわけではないようだが)

今現在正義を標榜に掲げる僕としては、否応なしに存在を想起させる存在である。
『バトル・ロワイアル』に参戦してなく、状況が状況だった故に『正義』と聞いて黒神さんを安直に連想させたが、
改めて考え直すと、いやいや『正義』と聞いて彼女を連想するのは大いに間違いであることは明瞭だった。
曰く黒神さんは『聖者』――だったか。


いい機会なので、昔話をさせてもらおう。
あれはまだ雲仙くんが『フラスコ計画』に携わっていた時のことである。
偶然とでも言うべきか、『拒絶の門』の前にて彼と遭遇する機会があった。
普段は風紀委員長として活動していて顔を出さなかったり、
そうでなくとも例外的に時計塔のエレベーターを使える彼と遭遇する確率は極めて低いのだが、何かの『縁』だろう。
僕は偶然と思うことにして、特別気にかける素振りを見せず『拒絶の門』のパスワードを入力する。
出来るだけ人間と関わらないことにしていた僕にとっては、まあ、いつも通りの対応をしたまでだった。

「あ? テメーは確か『枯れた樹海(ラストカーペット)』の宗像くんとか言ったっけか」

最中、(僕からしたら)意外なことにの雲仙くんの方から絡んできた。
『拒絶の扉』は重たい音を立て開く。
丁度パスワードの入力を終えていたのだ。
無視(言い訳がましいが他人と接点を持つことは、当時の僕には避けるべきことだった)しても良かったのだが、
雲仙くんの『正義(やりすぎ)』を知っていた僕は火憐さんに対してそう思ったように、
いざとなったら彼が止めてくれるだろうと考え、彼の言葉に素直に応じる。

時間が経ち『拒絶の門』は閉まる。
これが僕の答えだと判断した雲仙くんは愉快そうに笑みを浮かべた。
小学生の浮かべる目じゃなかろうに。
さて、門番の目もあることだし場所を移そうか。
僕はそう提案して雲仙くんを地上まで誘う。
雲仙くんは異論を呈すこともなく、僕の誘いに乗った。

道中は静かなものだった。
彼にとって僕の立場は――有体に言ってしまえば処罰の対象である。
そりゃあそうだ、僕はこれでも世間では凶悪殺人鬼として名を広めている立場なのだから、風紀委員としては快いものではない。
緊張しないと言えば嘘になる。

「ケケケ! まあそんなに畏まるなよ」

地上に着いたところで彼はこちらを向き、一言。
……今はまだ処罰する気はないってことなのかな。あるいは、僕が凶悪殺人鬼でないと知っているのか。
どちらでも構わないが、攻撃の意思がないことは素直にありがたく受け取っておこう。

「テメーの『異常性(アブノーマル)』はイヤってぐれー知ってんだし、
 エレベーターも動かせねえテメー程度の『異常』に殺されるほどヤワじゃねーぜ。残念だったな」

その通り。
だからこそ、『いざとなった』時なんとかしてくれると信頼を置いて会話をしている。
『いざ』とならないことを願うばかりだ。ただ、一方的に降伏するほど僕も人が良いわけではないけどね。

892牲犠  ◆xR8DbSLW.w:2014/02/16(日) 22:20:26

「『いざとなった』時は、オレの正義がオメーをぶっ潰してやるから、安心して悪ぃーことしてろよ」

なるほど、心強い限りだ。
僕が本気で挑んでも、確かに彼なら返り討にしてくれる。
確信するのに容易いほど、自信満々の返事であった。
しかし僕はその言葉に、ふとした疑問を感じる。
――『悪』は救うのではなく、裁くものなのか。

「はっ! テメーはあれかー? 最近名を馳せる黒神めだかの信者にでもなったんか?
 いけねーぜぇ。正義と聖者をいっしょくたにしちゃあ。オレとヤローは相容れねえよ」

『正義』、『聖者』――僕にはその違いが理解できなかった。
思えばこの時から玖渚さんの言う『正義を捨てるか』、『神を棄てるか』
その意図を理解できていなかったということになるんだろう。まるで成長していない。
ともあれ、不思議そうな顔をした僕を見かねたのか、雲仙くんはこんな話題を振ってくる。

「テメーはよ、日曜日にやってるような特撮ヒーローをなんとなくでも知ってるか?」

なんとなくならば。
古賀さん辺りは割と頻繁に仮面ライダーのポーズをとっていたりしていた。
連れ添う名瀬さんは何やら平成ライダーの方が好きだとかなんとか反論していたが、およそ関係ないことだろう。

「だったら話ははえー。宗像くんはよー、特撮ヒーローが町を襲う怪人をぶっ殺すのを咎めるか?」

どうだろう。
単純なようで、考え出したらキリがないような気がするけれど。

「難しく考えなくていーぜ」

ならば咎めやしない。
それで町に住む者、ひいては地球そのものを救ったんだから咎める必要はない。
そりゃあ相手を殺す結果になるとは言え――あ。

「そうだ、世間一般において『正義』とされる特撮ヒーローは決して相手を救ったりしない。『裁き』を下すんだ」

それが、彼の正義。
もう悪さが二度と起きないように、と。
母が悪戯をした子供を叱るのと、元を糺せば同一なのだ。
今となっては、彼の言う『正義(うんぜんくん)』と『聖者(くろかみさん)』の違いは明確に分かるけれど、
それを知らない、恐らく間の抜けた顔をしていたであろう当時の僕に対して、雲仙くんは語りかける。

「対して、黒神めだか(ヤロー)は違う。あいつは怪人さえも殺してはならねーっつってんだ。
 まあオレも未だ口づてでしか知らねーが、聞いた限りじゃあとんでもねー聖者だよ。
 ヤローは怪人にこう言うんだ。『これからは人を殺すのではなく人を活かす道を歩け』と」

そこだけを聞くと、黒神さんの人望の高さも頷ける思想なんだろう。
怪人をも更生させる。
実に真っ当な主義だとは感じる。
けれど雲仙くんの態度はまるで違った。
忌々しげに、吐き捨てるように。
紡ぐ。

「バカ言ってんじゃねーぜ! そいつは既に悪事を犯したんだ!
 ルールを破った奴が罰を受けるのは当然なんだ!
 それをなあなあでボカシて、贖罪さえすりゃあ許してもらえるって『悪』が図に乗るだけじゃねーか!」

……。
その通りだろう。
掌を返すつもりもないのだが、雲仙くんの訴えは至極尤もなものだった。
故に大半の国々では法律というルールが敷かれている。
別段黒神さんが間違っていると声を荒げて唱えるほど、黒神さんのやり方に賛同できないわけではないが……。

「っと……ケッ。感情的になっちまったぜ」

我に返った雲仙くんは当初のように愉快に挑戦的な笑みを浮かべた。
まったく。背丈が僕の腰ぐらいしかない相手とは言え敵に回したくない男だ。
しかし、どうして彼はこんな話をしたんだろうか。
最初から疑問には思っていたが、話がひと段落した今、改めて質す。

「あー? いやいやテメー自身も分かってんだろ。てゆーか、もう言いたいことの大半はもう済んでんだ。
 要するにだ、警告だよ、ケーコク。確かに今はテメーをぶっ潰すことはしねーが、テメーがオレのテリトリーで殺人を起こした日にゃあ」

瞬間、雲仙くんの眼が僕の眼を捕らえて、射る。

「覚悟しとけよ。オレは黒神のヤツと違って、テメーの異常(じじょう)なんざ省みねー」

恐ろしい子供だ。
僕が殺人を犯せない理由がまた一つ増えてしまった。
当時の僕はきっとここで、『だから殺す』と考えたのだろう。

「やりすぎなければ、正義じゃないんだよ」

彼が最後に呟いた一言は、やけに鮮烈な印象を残した。
だからこそ、今思い出すに至ったのだろう――。

893牲犠  ◆xR8DbSLW.w:2014/02/16(日) 22:21:17


  ☆    ☆


空調の音が煩わしい。
背中を預けるソファーが固い。
不快感と共に、僕の意識は現実へと戻ってきた。

眩しい。
意識が徐々に、現を掴み始める。
なんだか夢を見ていた気がするな――。
どこか懐かしい、覚えておくべきようなこと――なんだっけ。
夢とは往々にしておぼろげなものではあるが、少し気になるな。
僕には予知夢なんて大それたことはできないにせよ。

瞼を閉じたまま、蛍光灯の光に目を慣らす。
そこまで長く寝ていたつもりもないのだが、体感とは反してそこそこの時間を睡眠に費やしたようだ。
片腕がもがれたことも相まって、身体がどことなく重く感じる。
……まあ、千刀なんてもんを携えながら寝たんだから重く感じるのも止むをえまい。

さて。
そろそろ起きようか。
ゆっくり身体を休めるのもいいかもしれないが、そんな猶予は残されていないんだ。
そもそもどうして僕は眠っていたんだっけ――?

しかし、そんな些細な疑問は次の瞬間には吹き飛んだ。
瞼を開き、身体を起こす。
そこはネットカフェのフロント。
奥には玖渚さんがいるであろう個室や、シャワールームに続く通路が見える。
僕はソファーの上で横たわり眠っておったようで、机を挟んで向かいのソファーには、

「――やあ、宗像先輩。おはようございます」

驚いた。
言葉にすれば、この一言に収斂してしまうが、
僕の身に降り注ぐ衝撃は並々ならぬものだった。

「やだなあ、そんな顔してどうしたんですか?」

今、僕はどんな顔をしているのだろう。
分からない。
状況が整理できない。
どうして僕の目の前に――というよりも、『今』、この場に!

「本気でどうしたんですか? 俺ですよ、俺。阿久根高貴、生徒会の阿久根です」

知っている。
だから僕の頭の中で強烈な混乱が生じているのだ。
彼はもう、死んでいるはずなのに!!

僕は幽霊でも見ているのか。
そんなわけあるか。――幾らなんでも非現実が過ぎる。
それはアブノーマルでもマイナスでもない、ただのオカルトだ。
……まあ、代々僕の家は『魔』を討つ家系故に「オカルトは信じられない!」なんて声を大にして叫ぶ真似こそしないが、
唐突に幽霊が現れて、受け入れられるほど、僕の器は大きくない。

「まあこんな場ですからね。気持ちが荒ぶるのも分かりますが、一回落ち着きましょう。
 ほら、これ。あそこにあったどりんくばーから注いできましたから。飲んでください」

彼の言葉に従うわけではないが、確かに落ち着くべきだ――少し落ち着くんだ。
……うん、大丈夫。大丈夫だ、頭は正常に働く。
僕は差し出された飲み物は飲まず、改めて注視する。

改めて見ると――まず間違いなくそこにいるのは『阿久根高貴』くんに違いない、
彼と会話を交えたことなど数えるほどしかないが、その点に関しては保証できる。

しかし、だからといって彼を阿久根高貴だ、と断言するわけにはいかないだろう。
繰り返すようだが彼はもう、この世に居ない。死んでいるのだ。
定時放送だけでなく、死亡した瞬間をとらえたビデオまで目を通した上で理解しているのだから、揺るがない事実だ。
すべて主催者からの虚偽だというのなら、彼がここにいる理由もギリギリ通じるが、そこまで懐疑的になる必要もないだろう。

スリーブレスの血染めの白シャツに、サイズのでかいだぼだぼのズボン。
首には同じく赤く染まったタオルが巻かれ、手には麦わら帽子が握られていた。
その血に塗れていること以外に関しては、牧歌的な服装でこそあれ、その風体はまるで似つかわしくない。
目まで垂れた男にしては長い金髪に、爽やかな顔。
牧歌的とはまるでかけ離れた今風な男の姿である。
僕は彼の名前を知っている。阿久根高貴くんだ。
箱庭学園現生徒会書記の、特別(スペシャル)――そしてプリンス、か。
彼に付けられるあだ名と言うのは生徒間でも多々あるが、しかしそれも過去の話だ。
今、彼に付けられる呼び名は唯一つ、『死人』、である。

894牲犠  ◆xR8DbSLW.w:2014/02/16(日) 22:21:41

死んだ人間は、元に戻らない。
例外こそいるが――球磨川禊の様な埒外こそいるが、阿久根高貴にそんなスキルはない。

もしかすると後に球磨川禊が、阿久根高貴の蘇生を行ったのかもしれない。
それでも疑問は残る。
何故彼は、零崎軋識の服装をまとっているのか。
この服装は間違いなく、零崎軋識のものだ。今でも僕は、あの時の、本物の殺人鬼と邂逅した時のことは鮮明に覚えている。
圧倒的な実力差をもってして死ぬところだったのだ。忘れるわけがない。

まあ別に阿久根くんがそんな似合わない服装をしていることに疑問を抱いているわけでもなく、
『どうして死人の、それも血塗れである他人の服装をわざわざ着るような真似をしているのか』。
はっきりとは認識できなかったが、確かに阿久根くんの服装は、死ぬ間際斬られたこともあり血塗れだった(僕と同じ箱庭学園の制服だ)。
蘇生したとして、着替えたいという気持ちは分からなくもない。
けれど仮に球磨川禊が蘇生させたというのであれば、服装の傷や汚れを『なかったこと』にするのぐらい、容易いことだろう。
わざわざそんな血塗れの服を奪うことはない。
服装の傷や汚れをなかったことにできない事情があったにせよ、それでも他の施設をあたって工面すればいい話だ。

きっとこれは球磨川くんによる蘇生じゃない。
というよりも、蘇生と言うわけではないだろう。
蘇生であれば、こんな服装に関する違和感なんて生じないはずだ。
阿久根高貴くんは、特別だ――スペシャルだ。
ある意味では生徒会一の切れ者と言ってもいいだろう。
そんなヘマ、と言うよりも愚かな行為は絶対にしない。
必要もなく波風を立てる阿久根高貴くんではない
というのは実際に会った印象もあるにせよ、学校での評判や、先の詳細名簿からくるものだが。

ならばなんだ。
零崎軋識の服装を着ている理由はなんだ。
……僕はそれを知っている、と思う。
それらしい記述を、僕は『見た』覚えがある。
あれ――は。
確か。

「真庭、蝙蝠」

呟き、確かめる。
忍法・骨肉細工。
肉体変化のスキル。
真庭蝙蝠と言う参加者は、そんなスキルをもっていたはずだ。
だとすると――だとすると。
条件には、当てはまる。
彼が阿久根高貴と、零崎軋識に変態できるとするならば、この異様な組み合わせに、説明も付く。

「きゃは――」

阿久根くんの姿をした彼は。
そして。

「きゃはきゃはきゃはきゃは!!」

阿久根くんの声で、不愉快な甲高い哄笑をあげる。
ミスマッチ。
間違っても、阿久根くんならこんな声は出さないだろう。
こいつは、阿久根高貴じゃない。
今なら断定できるだろう。
こいつは――――。

「申し遅れたな。おれは真庭忍軍十二頭領が一人――真庭蝙蝠さまだ。おはようってところだぜ、宗像先輩」

真庭蝙蝠。
――真庭忍軍、か。
今の世になって、まさか忍者と遭遇するとは思っていなかった。
記述にも遭った通り、史実の忍者と言うよりは、週刊少年ジャンプにでも掲載されていそうな忍者なのだけれど。
まあそれでも忍者は忍者である。
油断ならないことこの上ない。

戦うつもりだろうか。
僕はこいつを払いのけることができるか。

895牲犠  ◆xR8DbSLW.w:2014/02/16(日) 22:22:10


ぱんっぱんっ――――


と、興ざめ。
或いは救済の手拍子が鳴った。
蝙蝠の背後から手拍子は鳴る。
ソファーの裏に座っていたらしい。
まるで名探偵コナンのようなポジションにいるな、と考えていると『その子』は姿を現した。
そこには一人の子供がいる。
小学生ぐらいの背丈だが、それに似つかわしくないほどの意志の強さを、瞳の奥から感じ取れた。
そんな毅然とした小学生を、これまた僕は知っている。
供犠創貴。
『魔法使い』使い。
幸せの追求者。
小学生離れをした思考回路の持ち主である。
彼は僕から見て蝙蝠の右隣に座す。

にしても幸せの追求者、か……。
それは、僕――火憐さんの正義に通ずるものがある。
能動的か、受動的か――そんな差があるとはいえども。

「ふん」

ぱち、ぱち、ぱち。
一度鼻を鳴らし、供犠くんは手を打つ。
拍手、と見做していいんだろうか。

「すごいね、あんた。称えるに値するよ――宗像」

褒められて疑るていうのも何だか人が悪いようだ。
しかし僕の立場からしたら、今この場で褒められる、というのは甚く気持ち悪いものだった。
場違いにも程がある。
第一、どうして彼がここに。

「確かに阿久根高貴は死人――偽物だと断ずるには易いけれど、見事蝙蝠だと見破った」
「まあ阿久根高貴に変態してたのは、知り合いである宗像先輩への御心遣いっちゅーわけよ」

いらない気遣いだ。
余計なお世話も甚だしい、胸中で返しながら疑り深く供犠くんを見る。
――見たところ、懐に拳銃が仕舞いこんであるようだ。今、一度触った。
どういうつもりだ。
蝙蝠と同盟でも組んでいるのは別段構いはしないのだが、どうして今この場に現れた。

「暗器に加えその冷静な観察眼は実に有用だ。
 だがどうしてもその力を活かしきれてないんじゃないか――あんたならもっと凄いことが出来る」

回りくどく供犠くんは褒めたたえる。
もどかしい。言いたいことがあるなら、早く告げて欲しい。
僕としては『真庭蝙蝠』のスタンスが分からない以上気を抜けない。
名簿の記述通りの人間だとしたら、彼を倒すべきだ。
彼は『悪』――なのだから。
僕の杓子定規の判定とはいえ、人に命乞いをさせるのを愉しむ人間を善人とは言い難い。
今だって阿久根くんに変態して、まるで彼の死を侮辱しているかのような態度を取っている。
声には出さないが、どうしてそんな非道な真似が出来るんだか。僕にはとうてい理解が出来ない。

ふと窓から外を見る。
太陽は沈み切り、恐らくは月は未だ顔をのぞかせていないのだろう。
夕闇が窓の外で映えていた。
そういえば真庭と言えば様刻くんたちは大丈夫だろうか。
景色を見る限り放送の時刻は過ぎているようだが――難なくやり過ごせただろうか。どうにも心配だ。

いや。
今は様刻くんたちを信じよう。
僕は今、もっと心配すべき人間が他に居る。

「……ん? どうかしたのか」

供犠くんが問う。
そこで僕は改めて部屋一面を見渡す。
味気ない蛍光灯――粗末な備品の数々――虚しく照るドリンクバー――奥へとつながる通路――階段。
いない。
もしかしたら奥で作業をしているのかもしれないが、見当たらない。
青が。蒼が。
玖渚友が、いない。

「玖渚友……ああ、奥に居るよ」

896牲犠  ◆xR8DbSLW.w:2014/02/16(日) 22:23:24

良かった。
ひとまず胸をなでおろす。

「水倉りすか。知ってるだろ? 彼女と一緒に作業をしている」

水倉りすか。
『赤き時の魔女』、『魔法狩り』。
小学五年生。僕にはその意味合いは分からないが、属性『水』、種類『時間』、顕現『操作』の運命干渉系の魔法使い。
曰く時を操る魔法使いとのことだが――。
まあ、いい。とりあえずは彼を信じるとしよう。
断って奥を見に行くのも構わないが、……蝙蝠に隙を見せるわけにもいかないしな。
如何せん、なまじ情報を得ているが故に警戒せざるを得ない。
そんな僕の態度を見破っているのか、先ほどから蝙蝠は愉快そうに笑っている。

息を大きく吐く。
ひとまず、リセットだ。
視点を供犠くんと蝙蝠に戻そう。
今一度姿勢を正す。

「さて、話が逸れたがここでぼくから一つ提案がある」

左人差し指を伸ばし、僕の目を強く見つめる。
吸い込まれるような瞳に僕は一瞬意識を持っていかれた。
……油断ならない子だ。雲仙くんといい、最近の子供は発育が良いようだ。
そして供犠くんは提案を告げる。

「ぼくの奴隷になれよ、宗像形」

……、……。
言葉が詰まる。
なんだかよく分からないが、今日はよく勧誘される日だ。
零崎軋識や無桐伊織さんからは殺人鬼と。
阿良々木火憐さんからは正義そのものと。
狐面の男、西東天からも勧誘を受けたし。
今度は供犠創貴くんから奴隷の勧告か。
降ろした左腕で銃に触れ、供犠くんは言葉を重ねる。

「あんたがぼくたちを知っているように、ぼくたちもあんたのことは知っていた。
 にしても、どうやらぼくは人を過小評価してしまう悪癖でもあるのかな。
 ただ大量の武具を仕舞えるという点以外に魅力を感じなかったが、大したもんだよ」

底知れなさ。
剛毅とした立ち振る舞いは人間離れしているかのよう。
そういう意味では、あの『最悪』とは表裏一体の存在である。
隙があるようで、隙のない。
毅然としているようで、飄々として。
この底知れなさは、相手を試すようなこの奥深さは、おぞましいものがある。
僕は答えなければいけない。
――お断りだと、狐面に対してそうしたように。
僕にはしなくちゃいけないことがあるんだ、と。

「安請け合いするつもりはないが、言ってみろよ。場合によっては手伝うぜ」

……。
うん、そう言ってもらえるのはありがたいけれど。
これは僕が成すべきことであって、僕にしか成しえないものだ。
『正義そのもの』になるだなんて他人に手伝わせることじゃないしね。

「……」

供犠くんの表情は変わらない。
試すような瞳からは何も窺えない。
そんな時だった。

897牲犠  ◆xR8DbSLW.w:2014/02/16(日) 22:23:55


「――きゃは」


蝙蝠が笑った。
だが阿久根高貴の声ではなかった。
僕はこの声もまた知っている。
これは――これは! ――――零崎軋識の!
供犠くんに引っ張られていた意識を蝙蝠に移す。


「面白い事をいう奴だ。――青髪のあいつを守れなかった奴がそうもぬけぬけと、よく言えるぜ。
 ――きゃはきゃは、あー愉快ったらありゃしねー。抱腹絶倒もいいところだ」


そう言って、蝙蝠は口に手を突っ込む。
明らかに顎が外れたようにしか見えないその光景を見ながら、僕は押し黙っていた。
無論のこと蝙蝠の奇怪な身体の仕組みに驚いて絶句している訳ではない。
彼の発した言葉に、僕は黙らざるを得なかった。

玖渚さんが死んだ――。
僕は無意識のうちにその言葉を反芻していた。
口からスラリと直刀を取り出した蝙蝠は、さも当たり前と言わんばかりに、返す。

「いやいや、当ったりめーだろーが。おれさまはしのびだぜ?」

明瞭で明白。
これ以上ないほどの模範回答だった。
しのびが無力な人間をむざむざと野放しするわけがない。
そっか……。玖渚さんは逃げれなかったのか。
僕は守れなかった。
反芻する。
玖渚さんが死んだ。
守れなかった。
正義。
正しく義しい。
僕は。
僕。
宗像形。
正義そのもの。
守れない。
何一つ。
火憐さん。
玖渚さん。
様刻くん。
伊織さん。
何一つ。何一つ。何一つ。
何一つ。何一つ。何一つ。
伊織さん。
様刻くん。
玖渚さん。
火憐さん。
何一つ。
守れない。
正義そのもの。
宗像形。
僕。
僕は。
正しく義しい。
正義。
守れなかった。
玖渚さんが死んだ。
巡る。――思考が巡る。

898牲犠  ◆xR8DbSLW.w:2014/02/16(日) 22:24:09


























――――――――――――――――ああ。

899牲犠  ◆xR8DbSLW.w:2014/02/16(日) 22:25:12
そうか。
そうだったんだ。

供犠くんが溜息を吐く。
そして――拳銃を懐から抜き出し僕をめがけて撃つ。
事前に行動が読めていたので、このぐらいだったら避けるに容易い。

――そっか。
呟き、自覚する。
供犠くんが僕を攻撃するってことは、つまりはそういうことだ。
僕の中で、灯る。
『炎』が音を立てて。

なんで僕は凶悪犯罪者と騙り、閉じこもっていた?
それは人を殺したくないから。
人を殺したくない理由は、それは悪くて悲しいことだから。
僕は知っている。
かつて僕が僕を『悪』とみなし、閉じこもっていたように。
殺人鬼は悪であることを、殺人者は悪であることを、殺人犯は悪であることも。
だとしたら伊織さんも軋識さんも人識くんも様刻くん、勿論僕も黒神さんも、当然きみも、裁かれてしかるべきだ。

簡単だったんだ。
殺して思わず救われてしまったから、勘違いをするところだった。
殺すのは、何がどうであろうとも――『悪』だ。
『悪』は救うのではない、『悪』は裁くべきである。

真庭蝙蝠、供犠創貴。彼らは玖渚友を殺した。
この事実が示すものは極めて単純。
炎がめらりと揺らぎ立つ。
心にともる焔が僕へ命ずる。
正義を執行しろ――正しくなくとも義しくなくとも真っ当しろ――。
僕は神になるつもりはない。
ただただ、悪を裁けばいい。

炎が、僕を焼く。
これまでの戯言に翻弄される僕を抹消するように。
言葉を紡ぐ。


だから殺す――――と。


甘さを捨て、あまつさえ格好良くもないけれど。
僕はどこまでも行こう。
火憐さんが目指した、『悪』のない世界へと。
マシュマロを溶かす様に燃え盛る。
僕の正義が、油を注いだように燃え盛る。

ごめんね火憐さん。
僕はきみのような『正義の味方』でありながらも同時に『神の味方』であるような生き方は出来ない。
僕はきみの言う通り――――――『正義そのもの』になる。
神を棄てることを、僕は選択する。

なるほど、玖渚さんはすべてお見通しだったということか。
――僕がこれほどまでに人を殺さなくちゃいけないと思ったのは、初めてだ。

「おいおい、殺すってことはあんたの言うところの『悪』なんだろ?」
「きゃはきゃは――正義のために悪に染まるってのは本末転倒じゃねーか?」

供犠創貴が呆れたように僕を見下し、
真庭蝙蝠が極めて楽しそうに、僕を見下した。
なんだっていい。
きみらがどう言おうとも関係ない。

これまで忘れていた、雲仙くんの言葉を借用する。
きみたちは畑に住まう害虫を駆除するのを悪いことだと言うのか?
特撮ヒーローが敵を爆死させるのを悪だと言うのか? ――誰もそんな非難を浴びせない――なぜか?
なぜならそれらは正しいことを目的とし、正義を掲げて執行するからだ。断言する。

僕は、清く、正しく、
めだかさんのようにいかなくとも、潤さんのようにいかなくとも、火憐さんのようにいかなくとも、胸を張って正義を執り行う。
正しければどんな行為も『悪』じゃない。
友達のために――正義のために戦う僕が、火憐さんや潤さんが正義だと認めた僕が、『悪』であるはずがない。


人殺しは悪いことだ。
だけど、悪を裁くことに罪はない。

900牲犠  ◆xR8DbSLW.w:2014/02/16(日) 22:25:56


供犠くん知ってるかい?
僕は投げかける。
極めてよく聞く、この世の摂理を。

なにを、と彼が返したので、僕は直ぐ様答えを返す。
正義は必ず勝つんだよ、って。

初めてあった時の凛とした火憐さんの顔が脳裏をよぎる。
そうだね。
決して驕るわけではないけれど、――間違ってるこいつらなんかに、僕は負けない。


「知ってるよ、だからあんたが負けるんだ」


そんな僕をつまらなそうに、
供犠創貴が言葉を返した。だから殺す。
――僕の名前は宗像形。唯一つの十字に基づき、これより『正義』を、死刑執行する。



【1日目/夜/D-6 ネットカフェ】

【宗像形@めだかボックス】
[状態]身体的疲労(小) 、精神的疲労(中)、殺人衝動喪失?、左腕(肘から先)欠損、腹部に切り傷、各部に打撲と擦過傷(怪我はすべて処置済み)
[装備]千刀・ツルギ×536@刀語、スマートフォン@現実、ゴム紐@人間シリーズ
[道具]支給品一式×3(水一本消費)、薄刀・針@刀語、トランシーバー@現実、「包帯@現実、消毒用アルコール@現実(どちらも半分ほど消費済み)」(「」内は現地調達品です)
[思考]
基本:阿良々木火憐と共にあるため『正義そのもの』になる。
 0:『悪』を殺す。
 1:供犠創貴と真庭蝙蝠を殺す。
 2:伊織さんと様刻くんを殺す。
 3:『いーちゃん』を見つけて、判断する。
 4:黒神さんを殺す?
 5:殺し合いに関する裏の情報が欲しい。
[備考]
※生徒会視察以降から
※めだかボックス、「十三組の十三人」編と「生徒会戦挙」編のことを玖渚から聞いた限りで理解しました
※阿良々木暦の情報はあまり見ていないので「吸血鬼」の名を冠する『異常』持ちだと思っています
※無桐伊織を除いた零崎四人の詳細な情報を把握しています
※参加者全員の顔と名前などの簡単な情報は把握しています
※携帯電話のアドレス帳には櫃内様刻、玖渚友が登録されています
※第一回放送までの死亡者DVDを見ました。誰が誰にどうやって殺されたのかは把握しています

901牲犠  ◆xR8DbSLW.w:2014/02/16(日) 22:27:01



   ★    ★


「あんたは大物になるよ」

そんなことをぼくに言った女がいる。
彼女の一言で、昔の愚かしいぼくは“更生”させられた。
この世のすべてを下らないと謗り、だからといって特別なにかを志している訳でもなかった、
それこそ下らない人間だった昔のぼくを更生した。

「あたしとあんたはいい親子になるよ」

彼女はぼくの母親になりたかったらしい。
今までの、そしてそれ以降の名義上の母とは違う、真の意味でぼくの母親になりたかった。
結局その言葉に意味がどれほどあったのかは定かでないが、
確かに――確かに『彼女』はぼくが今までで唯一『母』と呼んだ人間である。

『彼女』のことが頭をよぎる。
宗像形を見ていたら、ふと思い出した。
『彼女』の存在を。
『折口きずな』という母親の存在を。


宗像形は阿良々木火憐という女性の言葉で“更生”されたらしい。
立ち合わせたわけでもないし、聞き伝えであるため詳しいことはぼくも分からないが、
誰かの言葉を契機に“更生”した、という点において、ぼくと彼は極めて類似している。

宗像形は阿良々木火憐から『正義そのもの』と。
供犠創貴は折口きずなから『みんなを幸せにする人間』と。

そういった面では、比較的ぼくは彼に対して複雑な心境である。
加えぼくは目的に向かい邁進する人間は大好きだ。
支えて、援助して、使ってあげたくなる。
宗像形は聞いたところによると、『正義になりたい』とはっきりと目標に向かっているようだ。

好感が持てる。
普段だったら応援してやっても十分良かった。
けれど、今回ばかりは駄目だ。
それは彼女に対する謀叛となる。
曰く「余計なものは処分しておいていい」とのこと。
本来であれば彼女としては宗像形、彼をそのままコキ使うつもりだったらしいが……、
ぼくたちがネットカフェに訪れたことでおじゃんとなった。
まあ、むろんぼくの駒として宗像形を迎え入れるという選択もあったが、彼女は「それは無理だ」と返した。
実際あってみると、彼女の言い分はよくよく理解できる。
ぼくや彼女はともかく――蝙蝠やりすかは彼とは相容れないだろう。

蝙蝠だけならば、そろそろ向こうも裏切りを考えている頃合いだろうし、
ぼくも今後についてどうしようか悩んでいたところだから、別段困りはしない。
しかしりすかは別だ。りすかだけは手放すわけにはいかない。
ただでさえ――ただでさえツナギというぼくの愛すべき駒が死んで苛立っているのだ。
りすかさえも喪うわけにはいかない。

それでも――万が一に蝙蝠やりすかをも上回る逸材だって可能性だってある。
現実には叶わなかったにしろ、できるだけ多く彼女の情報を聞いておきたかった。
故にぼくは彼が起きるまで待っていた。
見計ろうと。
この行為は、ぼくがどこか心の奥底で、彼に対して感じたシンパシー故の温情だったんだろう。
甘いとは思う、思うが――どうしても重ねてしまう。

結果的には蝙蝠の嘘の所為でご破算になったが、ある意味では助かったとも言える。
これで和解の道はなくなった。
吹っ切れれる。

902牲犠  ◆xR8DbSLW.w:2014/02/16(日) 22:27:24

ぼくは見方を変える。
宗像形は『ぼくの越えるべき壁』と。
あまりに在り方が似ているが故に。
同族嫌悪と言う言葉はある――あまりに似ているもの同士は相容れない。
そう思えば、ぼくは彼を容赦なく殺せる。
そうだね――、りすかと彼。どちらをとるかと言われたら天秤にかけるまでもなく、ぼくをりすかを選ぶ。

だからぼくは――表裏一体の存在、宗像形だって殺してみせる。

ぼくは、後悔なんて、しない。
後悔なんて、ありえない。
やり直すには、ぼくはあまりに手を汚しすぎた。
悔むことさえ偽善的に、独善的に成り下がる。
星空の下、りすかはそんなぼくを許してくれた――許してくれた、けれど。
血に染まったぼくの手が雪がれるわけではない。
今更遅い。
犠牲は犠牲。生贄は生贄。
踏み越えた者として、踏み越えた屍を、矜持を持って見下してやる。
だから必要となれば宗像形だって、ぼくは踏み越える。

この観察眼は、この頭脳は、この度胸は、この器用さは、ぼくの全ては――この世を幸せにするためにあるのだ。

――――ぼくは負けない。
こんなところで腐るつもりもない。
ぼくに似た存在を倒せないようでは、水倉神檎だって越えられない。
どころかぼくの目指すはその先だ。
水倉神檎だって過程の一つ。
向こうがどんな信念を持っていようとも、ぼくは負けない。
彼が己の『正義』のために闘うならば――ぼくは世の『幸福』のために。


【1日目/夜/D-6 ネットカフェ】

【供犠創貴@新本格魔法少女りすか】
[状態]健康
[装備]グロック@現実
[道具]支給品一式×3(名簿のみ2枚)、銃弾の予備多少、耳栓、書き掛けの紙×1枚、「診療所で見つけた物(0〜X)」、心渡@物語シリーズ、シャベル@現実、
   アンモニア一瓶@現実、携帯電話@現実、スーパーボール@めだかボックス、カスタネット@人間シリーズ、リコーダー@戯言シリーズ
[思考]
基本:みんなを幸せに。それを邪魔するなら容赦はしない
 0:宗像形を倒す。
 1:ランドセルランドで黒神めだか、羽川翼と合流する、べきか……?
 2:行橋未造を探す
 3:このゲームを壊せるような情報を探す
 4:蝙蝠の目的をどう利用して駒として使おうか
 5:掲示板の情報にどう対処すべきか
[備考]
 ※九州ツアー中、地球木霙撃破後、水倉鍵と会う前からの参戦です
 ※蝙蝠と同盟を組んでいます
 ※診療所でなにか拾ったのかは後続の書き手様方にお任せします(少なくとも包帯や傷薬の類は全て持ち出しました)
 ※主催者の中に水倉神檎、もしくはそれに準ずる力の持ち主がいるかもしれないという可能性を考えています
 ※王刀の効果について半信半疑です
 ※黒神めだかと詳しく情報交換しましたが蝙蝠や魔法については全て話していません
 ※掲示板のレスは一通り読みましたが映像についてはりすかのものしか確認していません
 ※心渡がりすかに対し効果があるかどうかは後続の書き手にお任せします
 ※携帯電話に戦場ヶ原ひたぎの番号が入っていますが、相手を羽川翼だと思っています
 ※黒神めだかが掲示板を未だに見ていない可能性に気づいていません

903牲犠  ◆xR8DbSLW.w:2014/02/16(日) 22:28:24



   ★    ☆


到着。
玄関の死体に関しては何も言えないの。
もう、どうしようもなく死んでいるとしか、言えないの。

玄関からネットカフェ内に入ると、独り寝ていたの。
死んでるんじゃないみたい。
寝ている宗像さん(というのは後から知るの)を蝙蝠さんに見張らせ、
わたしとキズタカが奥の探索を始めたところに現れたのが――彼女・死線の蒼――玖渚友なの。
キズタカは拳銃を構える。
そこでクナギサさんは椅子を回し、こちらを向いたの。
その瞳は青く――蒼く――碧い。深い深い群青色。
まるでわたしと対を成すような青い少女だったの。

「きみは?」

キズタカが尋ねる。
わたしは何も言わない。
いつも通りなの。

「私? 私は玖渚友。きみのことは知ってるよ。『「魔法使い」使い』。後ろのあの子は『赤き時の魔女』、でしょう?」
「…………そうか。だったら話は早いね。ぼくの名前は供犠創貴。彼女の名前は水倉りすかだ」
「うん、知ってる。ランドセルランドで黒神めだかと合流するっていう手筈だったのも、私は知ってる」

キズタカもわたしとおんなじように押し黙る。
黙らざるを得ないっていう状況なのが今なの。
けれど引いているだけじゃ話は進まないのも、分かっているつもり。
キズタカが話し始める。

「そう、羽川翼さんと交流があるんですね」
「羽川翼……? ああ、うん。まあ交流はあるね。
 まあそんな話はいいんだよ。私がしたいのは、これからの話なんだからさ」
「……ご尤もで。じゃあ単刀直入に切り込むけどきみが掲示板の管理人、でいいのかな」
「ふうん、どうして?」
「いや、これといった理由はないよ。ただ情報をかき集める一環として『トリップ』の構造っていうのは知っているんだけど、
 『◆Dead/Blue/』なんて意味のとれる『トリップ』は滅多に作れない。
 偶然の産物と言われればそれまでだけど、きみの外見も合わさってあまりにこれは出来すぎている、と思わないのか?
 そんな都合のよさそうなトリップを瞬時に作成できるだなんて、地味だけど並大抵の人間にはできない。
 プログラムから隙にいじれる管理人だったら、あるいはそれぐらい容易なことじゃないかなって」

偶然と言うのはそれほど嫌いでもなかったが、先日大嫌いになったもんでね。と忌々しげに小声で呟く。
お兄ちゃんの『魔法』のせいかな。確かに、少なくても『今』のわたしとしてもあの魔法はおぞましいものなの。

「それに、管理人でもない人間がこんなところでネットを開いて何をしているのか、ぼくは逆に不思議に思う。
 確認してないけど、おそらく回線はロクに繋がらないだろう。これは試したけど警察だって呼べないし。
 『掲示板を作れるほどの技術』を有する人間でない限り、この場に限りはネットカフェにいる理由なんて取り立ててないだろう」
「うん――その通り。うーん、いーちゃんに分かればそれでいいって思ったけど、どうもあからさま過ぎたみたいだね。
 別に嘘をついてもしょうがないからばらすけど、私が管理人だよ」

思いのほかあっさり白状したことに、共々内心驚いたの。
キズタカの弁は確かにその通りなのかもしれないけれど、どれもこれといった決定的な論拠のない言葉。
返しようによってはどうにも覆せるのがキズタカの弁なの。

「だったら、どうしたいのかな? きみたちは」

そこでクナギサさんは切り込んできた。

「そうだね、知っている情報を吐いてもらう。さもないと撃つよ」
「私もまだ死にたくはないからね。別段それは構わない。
 ――ただ一つ。協定を契らない? きっときみたちにとっても有益になるだろうし」
「協定?」
「きみたちが口にした通り、『私がたくさんの情報を有している』からこそ接近してきたんだと思う。
 実際それは間違いじゃないし、私がきみたちに与えれる情報はきっといっぱいある」
「だから、それを無条件で教えろとぼくは言ったつもりだ」
「嫌だよって言ったらきみは私を殺すんだよね?」
「……そうだ」
「けどさあ、それってきみたちを不利にするってわからない?
 ――私を殺す姿は知っての通りビデオで撮られるんだよ?
 確かに参加者は残り半分以下――怪しまれても『優勝』するだけならあるいは可能かもしれないね」

904牲犠  ◆xR8DbSLW.w:2014/02/16(日) 22:29:31

と。
クナギサさんに指を指されたのがわたしなの。
わたしを指さして、つまんなそうに続ける。

「それはりすかちゃんを殺すことに繋がるんだけどね。きみはそれでいいの?」
「――――」

キズタカは答えない。
わたしは何も思わない。

「あくまで主催者を打倒することを目的とするんならさ――。
 互いに平和的にいきたいと思わない? 思わないの? 『「魔法使い」使い』。
 それともきみには、周囲から孤立してもりすかちゃんと二人だけで主催者を打倒できる作戦でも練れているのかな?」

嫌味な言い方なの。
色合いも含めて仲良くできる気がしないの。

「……生憎ぼくには『誰』が『どうやって』死亡場面を映したDVDを添付しているのか、さっぱり分からない。
 今のところ有力な説はあんたが何処かから探り出して添付しているって説だ。
 つまりぼくはきみを殺せばそんな事態は起こり得ないって信じて疑わない。
 ――死にたくなければ、そのぐらいは教えておいた方がいいんじゃないのかな」
「自分の無知をそんな胸を張って言われても困るよ。ただまあ、その通りだね。――教えてあげる」

クナギサさんはそこで、図書館の役割なんかを話してくれたの。
確かに添付そのものはクナギサさんがやってたけれど、ビデオそのものは第三者が簡単に見れる。
真偽はともあれ、合理には叶っている話なの。
辻褄が合うのが第一回放送までの死者しか添付できない理由。
キズタカも同じように考えたみたい。

「できれば自分の目で確かめたいところだけど、一応信じるとするよ。
 それにそうだね。そのDVDを取りに行った人間がぼくたちの悪評を広めたら立ち回り辛い。
 なるほど――あんたの言い分はよく分かった。ただぼくからも一つ条件がある。とっても簡単なことだ」
「何かな?」
「あんたは情報をたくさんもっていると言った。無論一個の情報を出してネタ切れなんてわけがないだろう。
 だから協定の提案者として誠意を見せてほしいんだ――ぼくたちの知らない情報を一先ず一つでいい、教えてもらおう」
「……うーん」
「結局図書館にあるってことは、図書館で誰かがDVDを見つけなきゃいいって話だろう?
 確率的には決して高いわけではないんだ。『ビデオに撮られる=ぼくたちの悪評が出回る』でない以上、
 決してそれはぼくがあんたを殺してはならない理由には成りえないんだ」
「……この辺りが限界かな。いいよ一つ教えてあげる」

そう言って、クナギサさんはその細い指でパソコン本体のスイッチを入れる。
機械音がして――CDを入れるところが開いた。
その中に入っていたCDを――ハードディスクを――『ディスク』を!

「これはちょっとわけあって入手した――――」
「――――お父さんからの『ディスク』ッ!?」

……あ。
思わず叫んでしまったの。
思わず叫んでしまったのがわたしなの。
露骨に思わず分かり易くどうしようもなく叫んでしまったのがわたしなの。
隣でキズタカがやれやれ、呆れた表情で溜息をついて。
クナギサさんが――にんまりとした表情で。おぞましい表情で。

「――協定に則らない場合、データ消去して、これ真っ二つに折るから」


   ★    ☆


『デバイス』
一口に言ったらたくさんあるのがその言葉なんだけど、
この場合クナギサさんのもっていたハードディスクを指すの。
同時に、一致するのがわたしたちの探していた『ディスク』。
水倉神檎の残した『ディスク』。

分かれているのが、わたしは魔法的見解。
クナギサさんは科学的見解という『解析』の方法なの。
欲を言うなら、黒神真黒なる人が生きていたら楽だって聞いた。
けど、死んじゃった。
わたしが巻きこんだ――巻き込んだ。
影谷蛇之の戦いの時のように、多くの人間を巻き込んだのがわたしなのかもしれない。
ツナギ……さんも。
正直怖かったのが彼女だけど、それでも。それでも。
知り合いが死んだというのは辛いことなの。

905牲犠  ◆xR8DbSLW.w:2014/02/16(日) 22:31:10
約束を守っているのがキズタカなの。
嘘を吐かないって。
わたしの気持ちを考える――って。
ツナギさんが死んだことをわたしが悲しんでいると慮って、わざわざネットカフェまで来てくれた。
キズタカはそれを言葉にしないけど、なんとなくわかる。
わたしの頭を撫でてくれたキズタカの手から、そんな思いが伝わったの。

だから、応えるべきなのが、わたし、水倉りすか。
キズタカの期待に応えたい。
わたしを必要としてくれたキズタカの気持ちに応えたい。
それに、お父さんが絡んでいるって言うのならば――なおさら。

「んー……。本当にこれ、水倉神檎の『ディスク』なの? 僕様ちゃんは未だに信じがたいんだけどなー」

クナギサさんが尋ねる。
ほんとう。と答える。
一人称が変わったのは蝙蝠さんに協定の話やら情報交換が済んでからなの。
詳細名簿やら――不知火やら。

「いやーうん。不知火袴が水倉神檎の影武者って言われれば、確かにそんな可能性はするんだよねー。
 『黒神』と『不知火』――『白縫』の対関係のように、『水倉』と『不知火』――『火を知らず』は関係性はありそう。
 勘ぐりすぎだと思うんだけど、判断するには難しいところだよ」

うんうん、と頷きを繰り返す。
ディスプレイから目を離すのがクナギサさんで、それを見つめるのがわたしなの。

「まあ僕様ちゃんは一度調べきったつもりでいたからね。
 元々新しい情報が見つかることに期待はしてなかったんだけど、その分だとあなたも同じようだね」

頷く。
『ちぃちゃん』が欲しいよ、とぼやいているの。
だれだろう。

「けどね、一つ分かったことは多分この『ディスク』一つで情報は『完結』してないみたい。
 改めて考えると、『不知火』の意味や『箱庭学園』の諸々を知ったところで、事態が好転するってわけでもないし。
 黙って見ていろとは言われたけれど、だからといって今回ばかりは静観してる場合じゃないよね。
 もっと違う――鍵となる『断片』は他にもきっとどこかに『落』とされてるよ」

まったく、『破片拾い(ピースメーカー)』の名は伊達じゃない、とか言ってみたいなあ。
と、どこかに向かって送られる期待の眼差し。……なんだか可哀相なの。

ここで転換するのは話題。

「それで、あなたは創貴ちゃんを助けに行くの?
 僕様ちゃんときみたちの協定はこう。
 1:創貴ちゃんたちが僕様ちゃんを殺さない、代わりに僕様ちゃんの持ってる情報のほとんどをあげる。
 2:ついでに僕様ちゃんをランドセルランドまで送って、『いーちゃん』に合わせてほしいこと。
 大雑把に言っちゃえばこんなもんだよね」

また頷く。
あれから結局立場対等に協定は組まれることになったの。

「だから、別に僕様ちゃんとしてはどっちが死のうが構わないわけ。
 形ちゃんが生き残ったらふつーにそのまま頼りにさせてもらうし、
 創貴ちゃんらが生き残ったら、協定通りにしてもらう。
 だけどさあ、起きたら困っちゃうことが一つあるんだよね。
 つまりは同士討ちってやつなんだけど、そうしたらいろいろと絶望的じゃん?」

また頷く。
加えて言うなら。
宗像形さんが起きる前に退散する案も無論あったの。
あったけれど――蝙蝠さんが断った。それにキズタカも同意した。
蝙蝠さんの理由は聞けなかったけど――キズタカは一度話がしてみたいって言ってたの。
ちなみに初めに宗像形を殺してもいいんじゃないのかって言いだしたのはクナギサさんなの。
『死ななくても支障はないとは言え――ぶっちゃけ形ちゃんを一人野放しにするぐらいなら殺した方がいいよ』って言ってた。
『殺人衝動がいつ爆発するか分からない代物を目の届かない場所に放置するのはよくない』って言ったのもクナギサさんなの

906牲犠  ◆xR8DbSLW.w:2014/02/16(日) 22:32:20
「よーって僕様ちゃんは、どっちかに圧倒的に勝利して欲しいわけ。
 そーゆーわけでさっき創貴ちゃんには宗像くんの情報をたくさん与えたんだけど、
 蝙蝠ちゃんに関しては、僕様ちゃんも読めないんだよね。一応同盟は組んでるって言ってたけどいつまで持つか分からないし。
 場合によっては裏切られるって可能性もあるわけ。それぐらいだったらきみが舞台に立ってとっとと片付けたほうがいいんじゃないって」

その通りなの。
あの人の『暗器』にとって天敵なのが、わたしの『魔法』。
同じく蝙蝠さんの考えが読めないのがわたし。
だけど、キズタカは言ってくれた。
――お前の魔法は制限が課されている。下手に『殺されない』ほうがいい――って。
命じられたら、従わないわけにはいかない。
キズタカを信じるのがわたしの仕事だから。

だからわたしは。

「ん? 僕様ちゃんからもっと情報を引き出しとけって?
 ……うにー。信用されてないなあ僕様ちゃん。帰ってきたら教えてあげるのに。
 まあいいよ。じゃあ、創貴ちゃんと蝙蝠ちゃんと形ちゃんを信じて、水倉神檎の娘――私と一緒に考察しようか」

それがいいの。
それにキズタカがわたしを必要とするならわたしはそれが分かるから。


【1日目/夕方/D-6 ネットカフェ】
【玖渚友@戯言シリーズ】
[状態]身体的疲労(小)
[装備]携帯電話@現実
[道具]支給品一式、ハードディスク@不明、麻酔スプレー@戯言シリーズ、工具セット@現実、首輪、ランダム支給品(0〜5)
[思考]
基本:いーちゃんに害なす者は許さない。
 1:もう黒神めだかの悪評を広めなくても大丈夫かな?
 2:黒神めだかと『魔法使い』使いに繋がり?
[備考]
 ※『ネコソギラジカル』上巻からの参戦です
 ※箱庭学園の生徒に関する情報は入手しましたが、バトルロワイアルについての情報はまだ捜索途中です
 ※めだかボックス、「十三組の十三人」編と「生徒会戦挙」編のことを凡そ理解しました
 ※言った情報、聞いた情報の真偽(少なくとも吸血鬼、重し蟹、囲い火蜂については聞きました)、及びそれをどこまで理解したかは後続の書き手さんにお任せします
 ※掲示板のIDはkJMK0dyjが管理用PC、MIZPL6Zmが玖渚の支給品の携帯です
 ※携帯のアドレス帳には櫃内様刻、宗像形、無桐伊織、戦場ヶ原ひたぎ、戯言遣い(戯言遣いのみメールアドレス含む)が登録されています
 ※ハードディスクを解析して以下の情報を入手しました
  ・めだかボックス『不知火不知』編についての大まかな知識
  ・不知火袴の正体、および不知火の名字の意味
  ・主催側が時系列を超越する技術を持っている事実
 ※主催側に兎吊木垓輔、そして不知火袴が影武者を勤めている『黒幕』が存在する懸念を強めました
 ※ハードディスクの空き部分に必要な情報を記録してあります。どんな情報を入手したのかは後続の書き手様方にお任せします
 ※第一回放送までの死亡者DVDを見ました。内容は完全に記憶してあります
 ※参加者全員の詳細な情報を把握しています
 ※首輪に関する情報を一部ながら入手しました
 ※浮義待秋の首輪からおおよその構造を把握しました。真庭狂犬の首輪は外せてはいません
 ※櫃内様刻に零崎人識の電話番号以外に何を送信したのかは後続の書き手にお任せします


【水倉りすか@新本格魔法少女りすか】
[状態]零崎人識に対する恐怖
[装備]手錠@めだかボックス、無銘@戯言シリーズ
[道具]支給品一式
[思考]
基本:キズタカに従う
 1:クナギサさんと話す
[備考]
 ※九州ツアー中、蠅村召香撃破直後からの参戦です。
 ※治癒時間、移動時間の『省略』の魔法は1時間のインターバルが必要なようです(現在使用可能)
  なお、移動時間魔法を使用する場合は、その場所の光景を思い浮かべなければいけません
 ※大人りすかについての制限はこれ以降の書き手にお任せします

907牲犠  ◆xR8DbSLW.w:2014/02/16(日) 22:32:45



   ■    ■



――――きゃは。
きゃは――――――きゃは―――。
斬りたい、この、刀で、人を、思い切り、ぶった切りたい。
おれさまが嘘をついた理由なんて簡単だ。
いつものような接待であり――――どうせ斬るなら、しょせんは餓鬼の供犠創貴じゃなく、腑抜けたスカスカの正義やろーでもなく、
おれに対して全力で歯向ってくる奴を倒した方が――――面白い。そんなおれの欲。

案の定キレやがったぜ。
それでいい。
それでこそ、『斬り甲斐』があるってもんよ。
今はまだ創貴の同盟には応じておこう。こいつを斬りてえ。

……きゃは。
刀の毒、ねえ。
子猫ちゃん。言い得て妙じゃねえか。
鉛の鈍器でも、まらかすっちゅー代物でもねえ……この刀で斬ってみてえ。


きゃは、きゃは――――きゃは。



【1日目/夜/D-6 ネットカフェ】

【真庭蝙蝠@刀語】
[状態]健康、零崎軋識に変身中
[装備]軋識の服全て、絶刀・鉋@刀語
[道具]支給品一式×2(片方名簿なし)、愚神礼賛@人間シリーズ、書き掛けの紙×1枚、ナース服@現実、諫早先輩のジャージ@めだかボックス、
   少女趣味@人間シリーズ、永劫鞭@刀語
[思考]
基本:生き残る
 0:宗像形を斬る
 1:創貴とりすかと行動、ランドセルランドへ向かう
 3:強者がいれば観察しておく
 4:完成形変体刀の他十一作を探す
 5:行橋未造も探す
 6:危なくならない限りは供犠の目的を手伝っておくがそろそろ裏切ってもいい頃かもしれない
 7:黒神めだかに興味
 8:鳳凰が記録辿りを……?
[備考]
 ※創貴と同盟を組んでいます
 ※現在、変形できるのはとがめ、零崎双識、供犠創貴、阿久根高貴、都城王土、零崎軋識、零崎人識、水倉りすか、元の姿です
 ※都城王土の『異常』を使えるかは後の書き手の方にお任せします
 ※放送で流れた死亡者の中に嘘がいるかも知れないと思っています
 ※鑢七実の危険性について知りましたが、嘘の可能性も考えています
 ※絶刀は呑み込んでいます
 ※供犠創貴に変態してもりすかの『省略』で移動することはできません。また、水倉りすかに変態しても魔法が使えない可能性が高いです
 ※宇練銀閣の死体を確認しましたが銀閣であることは知りません

908 ◆xR8DbSLW.w:2014/02/16(日) 22:34:50
仮投下終了です。
意見などあったらよろしくお願いします

909 ◆ARe2lZhvho:2014/02/16(日) 23:21:13
仮投下乙です
指摘としては、蝙蝠が玖渚と宗像に変態できるかどうか、
ハードディスクとCDドライブの混同?が気になりました
展開については個人的には問題はないのでそのまま投下しても大丈夫かと
感想はそのときに

910 ◆ARe2lZhvho:2014/05/29(木) 11:20:26
というわけで仮投下します

911解決(怪傑) ◆ARe2lZhvho:2014/05/29(木) 11:21:10
とある一室。
モニターもマイクもなく、ソファーとテーブルだけが置かれた簡素な部屋。
応接室と呼ぶには多少威厳が足りないその場所に『彼女』はいた。
ソファーの中央に腰掛け、何をするでもなく目を閉じたまま佇んでいる。
眠っていると呼称するには背筋がきちんとしすぎているし、考え事をしているというには彼女の醸し出す雰囲気に似付かなかった。
笑みを浮かべ、時折口元や眉が僅かに微動だにするが、それだけ。
どれくらいの時間そうしていただろうか。
不意にガチャリ、とドアノブを捻る音が響く。

「あひゃひゃ、こんなところにいたんですか。てっきりこのまま匂わすだけ匂わせといて登場しないものだと思ってたんですけどねえ、安心院さん?」

這入ってきた小柄な女は部屋の主となっていた女――安心院なじみに話しかける。
尊大な言葉を裏切らず、態度にも相手を敬うという姿勢は感じられない。

「正直気付かれずにいられるのもそろそろだと感じていたところだったし。ま、真っ先にここに来るのは君だと思ってたけどね、不知火ちゃん」

一方、それまでしていた行為を中断させられたはずなのに気にもとめず安心院なじみは表情を変えることなく目を開けると、女――不知火半袖に応えていた。
ぽきゅぽきゅと独特の擬音を鳴らして不知火半袖が対面に座るのを待つと続けて口を開く。

「君こそこんなとこにいていいのかい? 萩原ちゃんが用事があるんじゃなかったっけ」
「もちろん問題ありませんよ。というより、そこまで把握してるんなら説明するまでもないでしょう?」
「さあね。実は当てずっぽうの可能性だってないわけじゃないんだぜ?」
「当てずっぽうならもう少しぼかすでしょう。例えば、『西部の腐敗をほっといていいのかい?』とか」
「ああ、それはそうだ。僕としたことが迂闊だったかな」
「萩原さんの名前を出しておいて迂闊もなにもあったものじゃないでしょう」

あひゃひゃ、とこれまた独特の笑い声で返すと一拍置いたのち、向き直る。
御託はいい、本題に入ろうじゃないかと物語るように。
そして安心院なじみも逆らわない。

「お互い聞きたいこともあるだろうし、それじゃ、僕からでいいかい?」
「別にいいですけどせっかくですから公平性を出しましょうよ」
「『質問は交互にしよう』ってやつかい」
「さすが、理解が早くて助かります」
「言うまでもないとは思うけど正直に頼むよ」
「もちろんですよ。正喰に、ね」

お互い笑みを浮かべてはいたが、それは柔和とはほど遠かった。

912解決(怪傑) ◆ARe2lZhvho:2014/05/29(木) 11:22:36
「最初の質問は……そうだな、どこで僕の存在に気付いたんだい?」
「きっかけはハードディスクの中身、ですよ。今になって思えば決定的過ぎましたね。
 それと詳細名簿と死亡者DVDですか。私でも把握してないことはありますから誰かがやったと言われても納得はできなくもないですがやっぱり不自然でした。
 まあ確信したのは零崎双識の様子ですが。あれ、カメラには映ってませんでしたけど双識さんの様子を見れば何かがあったのかくらいは察しがつきます」
「やっぱり出しゃばりすぎちゃったかねえ。まあいいや、次は不知火ちゃんの番だよ」
「どうやって、は聞くまでもないことでしたね。どうしてわざわざこの世界に来たんですか?」
「ちょっとした寄り道の途中さ。僕もあちこちの世界を渡り歩いてきたがこんなに捻くれた世界を見たのは初めてだったものでね」
「捻くれた、ですか。そりゃまあ五つも世界繋がっちゃいましたしねえ。せっかくですしどんな世界を見てきたのか教えてくださいよ」
「別に大したもんじゃないさ。
 隕石が東京のど真ん中に落ちたけど運よく全住人が避難していて怪我人が一人で済んだはいいが、一緒に堕ちてきた宇宙人を巡っててんやわんやする世界とか、
 地球によって全世界の人口の三分の一が減少させられ、魔法少女や人造兵器たちと奮闘する無感情な英雄のいる世界だとか、
 不思議な街に住み、十七番目の妹が死ぬたびに映画を見に行き熊の少女と交流を深めることになる男がいる世界だとか、
 就職活動中のはずだった女性がなぜか探偵と共に殺人事件の解決に付き合わされることになった世界だとか、
 苗字は違えど同じ名前を持つ者達が奇妙な本読みに遭遇しては価値観の違いについて考える世界だとか、
 ああ、そうそう。デスノートとかスタンド使いのいる世界にも行ったねえ」
「最初二つがスケール大きすぎません? というか実在したんですか、デスノートとスタンド使い」
「僕は傍観に徹しただけさ。基本的には次の世界に渡るための踏み台でしかなかったから無用な干渉は避けたかったし。
 でも、結末を知っていたとはいえ実際に見ると滾るよ、ああいうやつは。さすが名シーンと言われるだけはあったね」
「それについては私も興味がないではないですが、今はやめておきますか。それじゃ、安心院さんの番ですので二つどうぞ」
「さっきのまで含めなくてもいいのに、律儀だねえ」
「質問は質問でしたから」
「ならお言葉に甘えるとするよ」

そう言ってしばしの間黙りこむと、ふむ、と一人で勝手にうなずいて再び口を開いた。
悪そうな笑みを浮かべたまま。

「じゃあ、行橋くんがいないのに都城くんにああ偽った理由、それと、不知火ちゃん、君は不知火ちゃん本人でいいのかな?」
「……………………」
「黙り込むなんて雄弁な不知火ちゃんにしては珍しいねえ? まさか理由を知らない、なんてわけがないだろう」
「……あひゃひゃ、本当に人が悪いですね。いや、この場合は人外が悪いというべきですか」
「なんなら洗いざらい話してしまってもいいんだぜ?」
「それはまだ早いのでご勘弁願いたいところですね。…………わかりました、わかりましたよ」
「やっぱり僕の想像通りなのかなあ」
「もったいぶらなくて結構ですって。ええ、その通りですよ。
 行橋未造なんて最初からここにいません。都城王土にはそういう理由をすり込んだだけです、その方が動かしやすいですからね。
 雪山や密室に閉じ込めて放置とかじゃ人質にすらなりませんし。万一何かあっては人質の意味がありません、マーダーと遭遇したら本末転倒もいいとこですよ」
「『ここ』に置いておくという手もなくはないと思ったけどね」
「やむにやまれぬ事情ってやつですよ。正直に言うなら必要性を感じなかった、というところですか。
 二つ目の質問は証明する手立てはありませんがこうやってあなたの目の前にいること、情報の精度からご本人と思ってくださいとしか言いようがないですね」
「『証明する手立てはありませんが』――ねえ。どこぞの人類最悪じゃないがよく言ったものだよ」
「そう言われましてもね――おっと、失礼」

会話を中断させたのは無機質な電子音だった。
不知火半袖は音源――携帯電話をポケットから取り出すと、対面に一応の許可を得て応答ボタンを押す。

「はいはーい、不知火ちゃんですよ。……終わった? それで現在位置は? ……なるほどねー。止められたのは元凶だけってこと?
 まあ仕方ないか。その場所がセーフならあっち側も大丈夫でしょ、一応。ご苦労様、策士さんには報告しとくからそのまま戻って」

簡潔に通話を終えるとポケットに電話をしまい、向き直った。

913解決(怪傑) ◆ARe2lZhvho:2014/05/29(木) 11:22:52
「お待たせしました。んじゃ私の番ですけど今の電話の内容説明しときます?」
「その必要はないんじゃないかな。要するに江迎ちゃんが最期に残した過負荷がこれ以上拡がらないようにしてきたんだろう? 不知火ちゃんが、直接」
「あひゃひゃ、余計なお世話でしたか。首輪やらデイパックやら、それに地面や外壁などを腐らせないようにしたのが仇になった感じみたいでしたね」
「僕に言わせればそもそもそうやって能力に制限をかけるってのがおかしいとは思うんだけど、ね」
「『大嘘憑き』でバンバン生き返らせられては破綻しちゃうじゃないですか。『完成』も然りですよ」
「それなら殺し合わせなければいい話じゃないのかい。これも少し視点を変えれば仮説が浮かび上がるんだけど」


「完全な人間は参加者四十五人の中にはいない――とかね」


「どうかな? 僕の想定は」
「……質問は私の番のはすですよ。…………その質問に対しては沈黙をもって判断してくださいな」
「質問したつもりじゃなかったんだけどねえ。ま、沈黙をもらえただけ僥倖ってことにしておこう」
「言ってくれるじゃないですか、久しぶりに会ってもそのふてぶてしさは相変わらずですねえ。じゃ、質問に戻らせてもらいますか。
 どうして『平等なだけの悪平等』のあなたがここではこんなに介入するんですか? 他の世界を『踏み台』と言ってのけた、あなたが」
「ここがイレギュラー中のイレギュラーってのもあるけど、別世界とはいえ友達が巻き込まれてるのにほっとけないだろう」

返ってきた質問の答えに、きょとんとした表情を浮かべ、不知火半袖はそれまでどのような質問を投げかけられたときよりも長く沈黙し、


「あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! あなたが!? 友達!? 聞き間違いじゃないですよね!? 一体全体実際問題何があったらそんな風になるんですか!
 封印が解けてる時点でおかしいとは思ってましたけど、あなたそんなキャラじゃなかったでしょう! 別世界だからキャラも別だなんてオチが待ってませんよね!?
 黒神めだか? 球磨川禊? それとも人吉善吉? あるいは彼ら全員? 更にそれ以外の生徒会の面々も含めて? 誰があなたをそこまで変えたんですか?
 というか正直誰でも構いませんけど、安心院さん、あなたそんなことする人だったんですか!? いやー、これはびっくりですよほんとにもう!
 無駄足踏んで無駄骨折ったとか今まで思っててごめんなさいね! それを聞いただけで来た甲斐ありましたよ! あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」


目尻に涙を浮かべ、腹を抱えてこれでもかと身を捩った。

「……いやはや、まさかここまでおもしろい反応を示してくれるとはね」
「からかったわけじゃないでしょうに。あー笑いすぎてお腹痛い」
「補足しておくと君も友達の範囲に入ってるんだぜ、不知火ちゃん」
「これ以上笑わせないでくださいよ。もっと話を聞きたいところですが時間が押してるのが残念で仕方がないですね。
 どうせ後々空き時間ができるでしょうしまた来ますよ。安心院さんも子猫の相手しなければいけないんでしょう?」
「なあんだ、知ってたのか」
「これでもリアルタイムで情報を把握できる身分にいるものでして」

ぴょこんとソファーから飛び降り不知火半袖は入ってきたドアへと向かう。
そのまま出ていくと思われたが、ドアが閉まる直前に顔を覗かせた。

「あ、そうそう。最後に一ついいですか?」
「言ってごらん。答えられるものなら答えてあげるさ」
「どうして真っ直ぐ帰らないんです? あなたならできないわけがないでしょうに」
「なあに、ちょっとした気まぐれだよ。土産話になるかもと思ってね」


※腐敗の拡大は止まりました。が、腐敗そのものはそのままなので範囲内に入れば『感染』します。

914 ◆ARe2lZhvho:2014/05/29(木) 11:25:05
仮投下終了です
破棄覚悟でかなり濁した部分、ラインギリギリ、場合によってはアウトな点も大いにあると思いますのでなんなりと言ってください

915 ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:09:27
とりあえず仮投下という形をとらせていただきます。
先んじて、結局二話構成になってしまったことを謝罪させてください。
まずは、先日投下しました玖渚友、零崎人識、無桐伊織、水倉りすか、櫃内様刻のパートから投下します。
修正点のみでなく、全編通して投下します。

916仮投下1  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:10:04



   ★    ★



 かつて、ぼくらはこどもだった



   ★    ★



 水倉りすか。
 彼女のなんたるかを改めて語るのは、些か時間の無駄と言えよう。
 語るにしては時間が経ちすぎた。彼女の性格は言うに及ばず。彼女の性能は語るに落ちる。
 いくら彼女が時をつかさどる『魔法少女』とはいえ、時間と労力を意味もなく浪費をするほどぼくは優しくない。
 それだけの時間があれば、ぼくはどれだけのことを考え得るか――どれだけの人間を幸せに出来るだろう。
 無駄というものはあまり好きではない。ぼくがりすかの『省略』を敬遠する理由でもあるのだが。
 だけど、仮に語るという行為に意味があるとするならば。必要があるとするならば。
 その程度の些事、喜んで請け負うことにしよう。


『のんきり・のんきり・まぐなあど ろいきすろいきすろい・きしがぁるきしがぁず』


 水倉りすか。
 ぼくが初めて会った魔法使い、『魔法使い』。
 外見特徴は、「赤」という一言に尽きるだろう。なだらかな波を打つ髪も、幼さに見合った丸い瞳も、飾る服装に至るまで。
 全身が、赤く、この上なく赤い。露出する肌色と、右手首に備わっている銀色の手錠以外は、本当に赤い。
 さながら血液のように。己の称号や魔法を誇らんとするばかりに。


『のんきり・のんきり・まぐなあど ろいきすろいきすろい・きしがぁるきしがぁず』


 水倉りすか。
 馬鹿みたいに赤色で己を飾るりすかであるが、その実力たるや馬鹿には出来ない。
 この年齢では珍しいらしい乙種魔法技能免許を取得済みという驚嘆に値する経歴の持ち主。
 ついこの間まで、ぼくと一緒に、とある目的の元、『魔法狩り』なる行為に勤しんでいた。
 結局のところ、その行為の多くに大した成果は得られなかったのだが、ここでは置いておこう。
 とある目的というのは――乙種を習得できるほどの魔法技能に関してもだが――彼女の父親が絡んでいる。
 彼女のバックボーンを語るにあたり、父親を語らないわけにはいくまい。
 『ニャルラトホテプ』を始めとする、現在六百六十五の称号を有する魔法使い、水倉神檎。
 高次元という言葉すら足りない、魔法使いのハイエンド。全能という言葉は、彼のために存在するのだろうと思わせるほどの存在、であるらしい。
 語らないわけにもいかない、とは言え、ぼくが彼について知っていることはそのぐらいのこと。一度話を戻す。


『まるさこる・まるさこり・かいきりな る・りおち・りおち・りそな・ろいと・ろいと・まいと・かなぐいる――』


 水倉りすか。
 彼女の魔法は『属性(パターン)』を『水』、『種類(カテゴリ)』を『時間』とする。
 父親から受け継いだ『赤き時の魔女』という称号が、彼女の魔法形式を端的に表していると言えよう。
 平たく言えば、時間操作を行使する『魔法使い』だ。
 これだけ聞くと、使い勝手もよさげで、全能ならぬ万能な魔法に思えるだろうが、その実そうではない。
 『現在』のりすかでは、その魔法の全てを使いこなすことはできない。時間操作の対象が、自分の内にしか原則向かない。
 加え、日常的にやれることと言えば『省略』ぐらい……いや、『過去への跳躍』も可能になったのか。
 それでも、いまいち使い勝手が悪いのには変わりがない。
 有能さ、優秀さにおいては右に出るもののない、ツナギの『変態』を比較対象に挙げずとも、だ。
 使い勝手が悪いならな悪いで、悪いなりに使えばいいので、その点を深く責めることはしないけれども。


『かがかき・きかがか にゃもま・にゃもなぎ どいかいく・どいかいく・まいるず・まいるず にゃもむ・にゃもめ――』


 水倉りすか。
 彼女の魔法は確かに使い勝手が悪い。とはいえ、一元的な見方で判断する訳にはいかない。
 彼女が乙種を取得できるまでの『魔法使い』である要因の一つ――父親によってりすかの血液に織り込まれた『魔法式』、
 軽く血を流せば、それで魔法を唱えることができる。大抵の魔法使いが『呪文』の『詠唱』を必要とする中、りすかは多くの場合それを省略できる。
 そして何より。
 その『魔法式』によって編まれた、常識外れの『魔法陣』。
 致死量と思しき出血をした時発現する、りすかの切り札にして、もはや代名詞的な『魔法』。
 およそ『十七年』の時間を『省略』して、『現在』のりすかから『大人』のりすかへ『変身』する、ジョーカーカード。
 これを挙げなければ、りすかの全てを語ったとは言えないだろう――。
 そう、りすかの『変身』について、正しくぼくらは理解する必要があった。



『――――にゃるら!』

917仮投下1  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:10:38




    ★    ★



「…………キズタカ?」

 仰向け、いや、最早この状態を仰向けと呼べるのかも定かではないほど破壊された遺体を前に、水倉りすかは動けなかった。
 きっとそれは動けなかったでもあり、同時に動きたくなかった、とも言えるだろう。

「……………………」

 鼓膜を破らんと耳をつんざいた爆音からどれだけ経ったのか。
 焼き付いた脂の匂いを感知してからどれだけ経ったのか。
 意味もなく面影のなくなった相方の名前を呟いては、どこか視線を遠くに向ける。
 
「……………………」

 りすかも愚かではない。
 否、訂正しよう。愚かと言えば間違いなくりすかは愚かであったけれど、馬鹿ではなかった。
 何が起こったのか、何が起きてしまったのか、どうしようもない現実をとうに把握できている。

「……………………」

 推測するまでもない。零崎人識がいつの間にか設置していたブービー・トラップにまんまと引っ掛かった。
 言葉にしてみればそれだけの話であり、それまでの話である。

「……………………」

 しかしながら、現実を理解できているからと言って、認識できているからと言って。
 解りたくもなければ、認めなくもない。本当に、本当に本当に、あの不敵で、頼もしい供犠創貴という人間は終わってしまったのか?

「……………………」

 傲慢で強情で手前勝手で自己中心的で、我儘で冷血漢で唯我独尊で徹底的で、
 とにかく直接的で短絡的で、意味がないほど前向きで、容赦なく躊躇なくどこまでも勝利至上主義で、
 傍若無人で自分さえ良ければそれでよくて、卑怯で姑息で狡猾で最悪の性格の、あの供犠創貴が、たかだか、『この程度』のことで?

「……………………」

 おもむろに死体から離れ、扉付近にまで歩み寄る。
 そこには拳銃が落ちていた。つい先ほどまで創貴の所持していたグロックを拾い上げる。
 仄かに人肌の温もりが残る冷徹なグリップを握りしめ、銃口をこめかみの辺りに向けると。

「……………………」


 丁度その時、第四回放送が辺り一帯へと響き渡り――。


『供犠創貴』


 その名も呼ばれた。
 かれこれ一年以上も死線を供にした、己が王であり我が主であったかけがえのない名前が。
 何の感慨もなく、ただ事実は事実だと言わんばかりの義務的な報知として流れる。
 続けて幾つかの名前が呼ばれたが、りすかの耳には届いていなかった。
 こめかみに添えた銃口がプルプルと震える。


「――――――――」


 震える銃口は彼女の意思を代弁するかのように小刻みながらに強い主張を放つ。
 


「――――――――」



 さもありなん。




「ふ――――っっっざっけるなっ!」

918仮投下1  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:11:03




 水倉りすかはどうしようもないほどに、怒りに身を焦がしていたのだから。


「キズタカ!」

 手にしていた懐中電灯を叩き落とす。
 衝撃で電池でも外れたのか、懐中電灯の光さえも消え、周辺が暗澹たる色合いに染まる。
 本来怖くてしょうがないはずの暗闇の中、浮かび上がる赤色はヒステリーを起こしたかのように、喚く。


「キズタカ! キズタカはみんなを幸せにするんじゃなかったのか!
 そんな自己犠牲で自己満足で、わたしが――わたしが幸せになるとでも思ったのか!」


 身を挺して供犠創貴は水倉りすかを庇うように死んだけれど、りすかからしてみれば甚だ不本意だ。
 コンマ単位での判断だったから仕方がない?
 あの爆発ではりすかの血さえも蒸発し、およそ『変身』なんて出来ないだろうから仕方がない?
 ふざけるな。『駒』はそこまで『主』を見くびっちゃいない。『そんなこと』さえもどうにかするのが『主』たる供犠創貴なのだから。


「許さない、許さないよ、キズタカ。わたしを惨めに死ぬ理由なんかに利用して許せるわけがないっ!」


 この場合、誰かが見くびったと言うのなら、創貴がりすかの忠烈さを見くびっていたのだろう。
 何故庇った。庇われなければならないほど、りすかは創貴に甘えたつもりなんて、ない。


「命もかけずに戦っているつもりなんてない。その程度のものもかけずに――戦いに臨むほど、わたしは幼くなんてないの。
 命がけじゃなければ、戦いじゃない。守りながら戦おうだなんて――そんなのは滑稽千万なの」


 創貴が命じてさえいれば、例え『魔法』が使えなかったところで、この身を賭すだけの覚悟はあった。
 命令を下さなかった、そのこと自体を責めているのではない。りすかが自主的に犠牲になればよかっただけなのだから、そうじゃない。
 りすかを庇ってまでその命を無駄にした、まったく考えられない彼の愚行を、彼女は許せない。


「逃げたのか、キズタカ! 臆したのか、キズタカ!? 笑わせないでほしいのが、わたしなの!」


 正直、『このまま』では先が見えないのはりすかからも分かっていた。
 きっとりすかには及びもつかない筋道を幾つも考え巡らせていたことだろう。
 それらすべてを放棄して、創貴は死ぬことを選び取ったのだ。
 これを現実から逃げたと言わずなんという。
 これを臆病者と言わずなんという!


「自分だけが幸せに逝きやがって。そんなキズタカを――わたしは許さない」


 語気を荒らげたこれまでとは一転。
 極めて静かな口調でそう告ぐと、震えていた銃口をしっかりと定めて。



「だから、キズタカはわたしに謝らなきゃいけない。わたしの覚悟を見くびらないでほしいの」



 思い切り、引き金を引いた。
 今のりすかには『自殺』なんていうものは、恐怖の対象とすらならない。

919仮投下1  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:11:26



   ★    ★


 思えば、『死亡者ビデオ』に映っていた『彼女』――そして、つい先ほど零崎人識と対峙した『彼女』は一体全体、誰だったのだろう。
 勿論個体名は『水倉りすか』という『魔法使い』なのだろうが、しかし、どう行った経路を辿ったりすかなのか、判然としない。
 これまでだって、どういった経緯を辿れば今のりすかから、あのような攻撃的かつ刺激的な大人へと至るのか甚だ疑問ではあるけれど。
 今回の場合は、殊更事情を異にしている。

 先に述べられていた通り、玖渚友らが目を通した『名簿』からも分かるように、あくまでりすかの『魔法』は『省略』による『変身』だ。
 真庭蝙蝠のような『変態』とは一線を画する。『十七年』の時間を刳り貫いて、『大人』へと『変身』する。
 『十七年後』、りすかが存命しているという事実さえあれば、りすかはその『過程』を『省略』することが可能なのだ。
 逆に言えば、『十七年後』までにりすかは絶対的に死ぬ、ということが確定しているのであれば、この『魔法』はそもそも使うことさえ叶わない。
 例えば、不治の病を患ったとして、その病気で余命三年と確定したならば、出血しても『変身』できない。
 例えば、『魔法』によりとある一室に閉じ込められてしまえば、りすかは『変身』できない。
 極論、『属性(パターン)』は『獣』、『種類(カテゴリ)』は『知覚』、
 『未来視』をもつ『魔法使い』に近年中には死ぬと宣告されたら、きっとそれだけでりすかは希少なだけの『魔法使い』に陥る。
 
 平時において、その条件はまるで意識しなくてもいい前提だ。
 りすかは病気を患ってもいないし、そのような『占い師』のような人種とも関わりがない。
 どれだけピンチであろうとも、『赤き時の魔女』は思い描くことができる。
 ――立ちふさがる敵々を創貴と打破していく姿は、いとも簡単に、頭に思い浮かべることができた。
 しかし今回の場合は事情が異なる。ここは『バトルロワイアル』、たった一人しか生還できない空間なのだ。
 最初の不知火袴の演説の時より、りすかも把握している。

 ならば。
 ならば――あの『大人』になったりすかは、創貴を切り捨て、優勝した未来と言えるのだろうか。
 ならば――あの『大人』になったりすかは、創貴と助け合い、この島から脱出した未来と言えるのだろうか。

 水倉りすか。
 この島に招かれてからの彼女の基本方針は一律して主体性が窺えなかった。
 さもありなん。彼女自身どうしていいのか分からなかっただろう。
 零崎曲識と遭遇するまでは、己が『変身』出来るのかさえも不明瞭だったからだ。
 創貴がりすかを徹底的に駒として扱い、優勝するために切り捨てることも想像しなかった、と言えばそれは嘘である。
 仮にそうでなくとも、『脱出』する具体的な手筈も見当たらず、かといって創貴を殺して優勝するような結末も想像できないでいた。

 『魔法』とは精神に左右される側面が強い。
 『十七年後』までりすかが存命しているという事実をりすかがはっきりと認識できなければ、魔法が不完全な形と相成るのも頷ける。
 りすかが鳴らした、「一回目に『変身』した時からだったんだけど、より違和感があったのが、さっきの『変身』」という警句も、
 『制限』という意味合いだけではなく、りすかの精神に左右された面も大きいだろう。彼女たちの『魔法』とは、とどのつまり『イメージ』の具象なのだから。

 玖渚友という『異常(アブノーマル)』を見て、それでも首輪を解除できない現状を踏まえ、創貴と脱出する『未来』がより不鮮明になった。
 無自覚的ながらもこれは、りすかにとってかなりの衝撃を与えたことだろう。
 『未来』は物語が進むにつれ想像が困難になっていく。だからこそ、『魔法』も違和感を残してしまう。


 翻して。
 なれば今。
 供犠創貴が死して、もはや『脱出』という形に拘らなくてもよくなった今。
 そして、次なる目的がもっと明瞭に、明確に、あからさまに明示されている今、りすかの想起する未来はもはや揺るがない。
 彼女に示された道は、一つである。
 その時、彼女の『魔法』はどうなるのだろう。

920仮投下1  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:12:21


   ★    ★



 ソファへと座り込んだまだら髪の男は、放送を聞くと意味もなく息をつく。
 やはりそこに転がっている金髪の死骸は『真庭鳳凰』であり、重畳なことに『供犠創貴』も爆殺――おそらくは爆殺だろう――ができた。
 しかし、零崎人識の顔色は優れない。水倉りすかの『魔法』による影響も少なかれあるだろうが、
 それ以上に、これから起こるであろう展開が憂鬱で仕方がないといった調子である。

「しーちゃんはいつまでそんな顔してるのさ。舞ちゃんたちはもう来るんじゃない?」
「……ふう」

 群青の小言にも息を零すばかりだ。
 脱力し、一層とソファに背を預けると、天井を見つめる。
 血の匂いが充満していた。鼻をひくつかせる。
 勿論真庭鳳凰の血潮が満ちている今とは、その臭いの濃度は全く異なっていただろうが、
 無桐伊織はこんな血の満ちた薬局に閉じこもっていたらしい。そう思うと、同行していた櫃内様刻の豪運さも甚だと言ったところか。
 直前に西条玉藻を屠ることである種のストレスを解消していたこと、それが功を奏していたのだろう。
 両足が骨折したいたことも要因の一つではあろうが、いざとなればそのぐらいの些事など彼女は意に介さない。
 逆立ちしたって対象を殺しにかかるに決まっている。そのことは最初の出会い、彼女の手首が切断されていた場面を思い返せば容易に想像ついた。

「やれやれ」

 言葉を零す。
 哀川潤も死に、次いで懸念していた黒神めだかもどこぞの馬の骨に殺されたらしい。
 だから彼を悩ませるのは、『妹』である無桐伊織に他ならない。
 あの叱責のような数々も『戯言』と済ませられたらどれだけよかったか。
 頭を抱える要素は諸々と挙げられるけれど、ひとまず開き直るとして目先の問題を投げかける。

「実際、両足骨折したままでこの先やってけると思うか?
 いっそのこと切断しちまえば俺もやりやすいが、しかしそんな達磨じゃあ生き残れねえだろ」

 似たような経験なら以前にもしている。
 綺麗に両足を切断さえできれば、処置するのも難しくない。
 ただし、そのあとの世話まで見切れるかというと厳しい面は否めなかった。
 真庭蝙蝠、鑢七実、球磨川禊、加え主催陣の数々。ぱっと思い浮かぶ限りでも、障害はそれだけいるというのに。
 玖渚友は携帯電話から目を離し、虚脱したままの人識に目を向ける。

「ふぃーん? 見てみないことには視診することもできないけど、話を聞く限りどの道歩くのは厳しそうだよね。
 生還した後、あの義足作った人に頼めるのなら切り落としちゃってもいいとは思うけど。……でもたかだか骨折なんでしょ?」
「ま、そうなんだけどよ。変に後遺症残されちゃあどうにもな。結構骨折って動かすと痛(いて)ーし」

 骨折できるだけありがてー話なんだけどな。
 と、義足の話から連想してか、武器職人の『拷問』のことを回顧しつつ呟く。
 あの時は社会的な面からあの時は曲識、そして『呪い名』に頼らざるを得なくなったが、今にしたってその状況は大差ない。

「曲識のにーちゃんまで死んじまった以上、俺の人脈は完全に断たれたといってもいい。
 それこそおめー、『玖渚』なんだろ? 手数料ってことでちったぁ面倒見てくれよ」

 『壱外』、『弐栞』、『参榊』、『肆屍』、『伍砦』、『陸枷』、シチの名を飛ばして『捌限』。
 西日本のあちこちを陣取る組織を束ねる、怪物のようなコミュニティの、その頂点、『玖渚機関』。
 大抵のことならば、『玖渚機関』の手にかかればどうとにでもなる。『四神一鏡』に比べれば劣るが財政力も尋常ではない。
 玖渚友も(復縁可能となったとはいえ形式上は)部外者ではあるものの、『機関』の方に少なくない影響を与えることはできる。
 人識にしてみればそこらの裏事情を知るべくもないけれど、『玖渚』と聞いて『玖渚機関』に思い至るのは自然なことだった。

921仮投下1  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:12:54

「んー」

 友は人差し指を唇に付け、何か思案するような様相を見せる。
 『玖渚』にとって――というよりも、『表の世界』、『政治力の世界』、『財政力の世界』の住人にとって、
 『零崎』を含む『暴力の世界』の住人との接触は極力忌避すべき事態だ。かつての友をして「怖い」と言わしめる住人たちである。
 本来であれば、人識、それに伊織とも深い関わりを持つべきではなかった。

「助けてもらってるのも事実だしね。なんとなったらなんとかしてあげる」

 その点「部外者」という位置づけは融通が利くのか、友はあっさりと二人ともを受け入れている。
 『殺人鬼』の申し出も殊の外すんなりと承諾し、協力関係を維持することを選んだ。
 これまで色々と綱渡りをして生きてきた彼女であるが、今度は人識を当面の便りとするらしい。
 暗黙の内に相互の利害関係を一致させると、人識は力なく笑う。

「かはは、しかしよ。手筈は整ってるのか? 一人だけじゃなくて全員脱出できるようなやり方は」

 じゃなきゃ、どんな約束も意味がない。
 暗に告げる人識の物言いも、友は迷うことなく答えた。

「どうだろうね? 首輪に関しては一回理論から実践へと持ち込みたいところだけれど」

 拍子抜けな答えだ。
 思わずソファからずっこける人識を他所に、青色サヴァンは至って変わらぬ調子で言葉を続ける。
 手には、いつの間にか何時間前まで解析していた首輪が握られていた。
 解析が進んでいる様子には見えない。
 されど、不敵な形相を浮かべたまま。

「でもさ、そんなこと関係がないんだよ」
「どういうこった?」
「私が何をしようがしまいが、あの博士(ぼんさい)たちがどれだけ策に策を重ね、奇策を弄そうと、
 そんなの関係なく、向うの陣営は遠からず自壊するよ。間違いなく」
「首輪を外せもしねーのに、何の根拠があるんだよ」

 呆れの入り混じる人識にも意を介さず。
 疑念や不安など一切抱いていない、混じり気のない様子で、問い返す。

「だって、この私を、なによりいーちゃんを巻き込んだんだよ?」
「……なるほど、それは違いねえ」

 無為式。
 なるようにならない最悪。
 イフナッシングイズバッド。
 限りない『弱さ』ゆえに、周囲の人間をことごとく破滅させる体質。
 この場合において、これ以上なく説得力の伴う証左であった。
 人間失格は息を漏らし首を振ると、意識を切り替える。

「じゃあとりわけ、まずは伊織ちゃんをどうにかしねえとなあ」

 首輪が現状どうにもならないのなら、どうにもならないまま、これからをどうにかしなければならない。
 出来ないことに頭を悩ませるぐらいなら、『家族』のこれからのことで頭をひねるほうが幾分かマシだ。
 視線を落とし、リノリウムの床に目を遣る。漫然と床を見つめながら、漠然と思考を走らせていると。

「……………………」
 
 青色から熱烈な視線を注がれていることに気づく。
 なんだ、と言わんばかりに睨みを利かせながらもう一度視線を向けると、ぽつねんとした声色で、零す。

922仮投下1  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:13:14

「しーちゃんは、変わっちゃったの?」
「あ?」

 玖渚友の要領の得ない物言い。
 判然としない言い分に不快を露わにしながら人識は窺う。
 対する友は而して態度を改めることもなく、静かに続けた。
 懐かしむようにして、慈しむようにして、かの戯言遣いに想いを馳せながら、続ける。


「いーちゃんはね、変わらない」


 砂場で出逢ったあの時から。


「いーちゃんは本当に変わらない」


 六年前のあの時から。


「いーちゃんは変われないんだよ、ずっと、永遠にね」


 四月の鴉の濡れ場島の時も、五月の通り魔事件の時も――今に至るまで、未来永劫、『彼』と友は何も変わらない。
 はずだった。
 友は問う。


「しーちゃんはさ、変わっちゃうの」


 そういえば。
 クラッシュクラシックで戯言遣いと会話をしたのはいつのことだったか。
 あの時人識は戯言遣いの言葉を盛大に笑い飛ばしたが、あれは、もしかすると、彼なりの『変化』ではなかったか。
 らしくもない笑い種というのであれば、先の『兄』の叱咤と何が違うというのだろう。
 欠陥製品は変わった。
 鏡映しである人間失格もまた、変わったと言えるのか。
 

「さあな、傍から見てそう見えるんならそうなのかもな」


 自らの頬を撫でる。
 トレードマークの上から刻まれた傷口をなぞった。
 『妹』のために受けた傷。己の象徴を汚してまで守り抜いた絆。
 実に分かりやすい、理解に容易い存在になってしまった。『家族』のために、だなんて。
 顔面刺青の言葉を受けると、友は興味深そうに頷いて。

「ふぅーん。なら、いーちゃんが『ああ』なっちゃうのも、然るべきことなのかもね」

 あの戯言遣いが変わろうとしている。
 兆候はバトルロワイアルに招かれる前から、確認していた。
 「すっげえ嬉しい」って喜んでくれた、喜んでしまった戯言遣いを、玖渚友は見てしまった。
 なればこそ、友は解き放たなければならない。
 戯言遣いを己が束縛から。
 すべてがどうにもならなくなるけれど、『彼』の人生は回りだせるというのなら。
 

「僕様ちゃんも言わなきゃいけないよね。いーちゃんが歩き始めるってんなら。ちゃんと」


 人識からしたら、なんのことだかさっぱり分からない。
 『死線の蒼(デッドブルー)』と戯言遣い――欠陥製品の間にのっぴきならない事情があることだけが推測立つ。
 晴れやかに笑う、やけに既視感を覚える、つい最近見たばかりなような気もする玖渚友の笑顔を認めると。


「傑作だぜ」


 静かに呟いた。
 そして時間が『進む』。




「――――っはっはっはっは! それっぽいフラグは立て終えたか! 駄人間どもッ!!」




 進む――進む。進む。
 めまぐるしい早さで、赤く、『進む』。

923仮投下1  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:13:41



   ★    ★



 そもそも、『制限』とは何か。
 何故、『十七年後』の水倉りすかに未だそんな『制限』が纏わりついているのだろう。
 彼女が『魔法陣』を使ってなお、首輪をつけている影響か。
 否、首輪に原因があるのならばところ変わって球磨川禊の『大嘘憑き』あたりの制限もなくなって然るべきである。

 しかしながら、事実として『十七年後』のりすかは『制限』の縄に囚われたままであった。
 『制限』が解呪されているのであれば、かつて廃病院でツナギを相手取った時にしたような、『魔力回復』もできたはずである。
 『現在』の水倉りすかと、『十七年後』の水倉りすかは同人でありながらも、同時に、別人であるにも関わらず、『変身』した赤色もまた力を抑制されていた。
 前提に基づいて考えるならば、水倉りすかは今後十七年間、制限という呪いに蝕まれ続けることとなる、という見解が妥当なところだ。

 では、どのような場合においてそのような事態に陥ることが想定されるだろうか。 
 一つに、主だった支障もなくこの『会場』から脱出した場合。
 一つに、優勝、それに準ずる『勝利』を収めたとしても、主催陣営が『制限』を解かなかった場合。
 この二つが、およそ誰にでも考えられるケースであろう。
 詳らかに考察するならば、もう少しばかり数を挙げられるだろうが、必要がないので割愛とする。

 前者においては、確かに揺るぎようのない。
 どのように『制限』をかけられたか不明瞭なため、自ら解法を導き出すのは困難だ。
 日に当ててたら氷が解けるように、時間経過とともに解呪されるような『制限』でもない限り、解放されるのは難しい。
 そして、十年以上の月日をかけても解けないようじゃあ、その可能性も望みは薄い。

 だが、後者においてはどうだろう。

 不知火袴の言葉を借りるのであれば――『これ』は『実験』だ。
 闇雲に肉体的及び精神的苦痛を与えたいがための『殺し合い』ではないことは推察できる。
 『実験』が終了し次第、『優勝者』を解放するのが、希望的観測を交えるとはいえ考えられる筋だ。
 むしろ、主催者たちである彼らが、最終的に『完全な人間』を創造するのが目的である以上、最終的に『制限』などというのは邪魔になるのではないだろうか。
 彼らが『完全な人間』を何を以てして指すのか寡聞にしていよいよ分からなかったが、如何せんちぐはぐとした感は否めない。

 彼らの言葉を素直に受け止めるのであれば、『優勝』した場合、『制限』は排除されるのではなかろうか。

 具体的な物証がない以上、憶測の域を出ない。
 あるいは、玖渚友ならば何かしらの情報を得ていたのだろうが、初めから決裂していた以上望むべくもなかろう。
 あくまで憶測による可能性の一つでしかないのだ。



 ――――十分だ。
 『可能性がある』というだけでも、十全だ。
 可能性があるのであれば、その『可能性の未来』を手繰り寄せるのは、他ならぬ水倉りすかの仕事なのだから。


 りすかが『優勝』することを確と目標にしたその時。
 『制限』のない、全力の『十七年後』の水倉りすかに『変身』するのは、不可能なことじゃあ、ない!
 出来ないとは言わせない。
 供犠創貴は、唯一持て余している『駒』を、見くびっちゃあ、いなかった。

924仮投下1  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:14:12


   ★    ★



 宗像形が死んだ。
 なるほど。
 真庭鳳凰が死んだ。
 なるほど。
 そして、近いうちに図書館が禁止エリアになるらしい。
 なるほど。

 櫃内様刻の放送に対する所感は実にあっさりとしたものだった。
 先ほどまで大いに頭を悩ませていた鳳凰に対してでさえ、死んだと分かれば、「ああ、死んだのか」と話が終わってしまう。
 彼の思考回路は、極々シンプルな構造にできている。
 彼が何かに対して迷うことがあるのならば、それは直面している物事から逃げているだけだ。
 背負うニット帽の少女と同様に。悩んでいる振りを、しているだけだった。

「さーまとーきさーん」
「ん?」

 ふと、耳元から声がかかる。
 いつの間にか進む速度が緩まっていたようだ。

「どうしたんですか、さっきからボーっとして」
「別にどうもしないさ。ちょっと煩悩が湧いてきただけ」
「女子高生の胸に欲情しましたか!」
「僕が発情するのは妹に対してだけだぜ。それに肩甲骨フェチなんだ」
「人識くんはおねーさんタイプが好きらしいですけど、まちまちなんですねえ」

 よく分からないところに話の結論を付け、今度は伊織が溜息を落とす。
 何ともなしに様刻は尋ねる。

「そういう伊織さんこそさっきから溜息ばっかじゃないか」
「え? そうですか? そんなことはないと思いますけど。
 じゃあ、『女子高生』と『女子校生』、どっちが煽情的に聞こえるかって話でもします?」
「……本当にそれは楽しいのか?」
「いいじゃないですか。人識くんはあんまりセクシャルな話には付き合ってくれないんですよ」

 そこで話を区切ると、またも溜息。
 様刻も段々と分かってくる。
 乙女心など妹のことしか把握できない彼ではあるが、こうも大胆に大雑把に大盤振る舞いされると、わかるなというのが無理な話だ。
 要するに彼女は気がかりなのだろう。彼のことが。
 今から会う、零崎人識のことが。『兄』のことが。

「人識に会うのが、怖い?」
「…………ええ、まあ多少は。だって、あんな風に人識くんから言われたの、初めてでしたから」

 確かに様刻からしても意外な反応だった。
 あの飄々とした、掴み所のない人間からああもまともな叱咤が飛んでくるとは、思わなかった。
 わずか数時間しか行動を共にしていない様刻でさえそう思えるのだから、当事者であるところの伊織からしたら猶更のことであろう。
 でも、様刻から一つだけ、断言できることがある。
 同じ『兄』として。

「別に、人識の言うことは何も間違っちゃいないさ。ただ、妹を心配する正しいお兄ちゃんの言葉だよ」

 今の伊織の様相も、様刻の妹、櫃内夜月と何ら変わらない。
 普段と違う兄の姿を見て、単純に動転しているだけだ。
 様刻が夜月を初めて拒絶した時、夜月が泣き出してしまったように、
 人識から初めて、『家族』としての寵愛を受けた伊織はきっと今にも泣きだしそうなのだろう。

「そうですかねえ」

 様刻の言葉を受け、伊織は而して曖昧に頷く。
 『家族』とはそんないいものであっただろうか――。
 『流血』ならぬ『血統』で結びついた『元々の家族』を思い起こすもあまりいい記憶はない。
 それこそ、今みたいに、『兄』が嫌味のような小言を投げかけるような光景しか思い浮かばない。
 黙する伊織を認めると、様刻は言葉を継ぐ。


「とりあえず、人識に会ってみなよ」


 伊織の脳裏に、先ほどの人識の激怒がよぎる。
 今の自分はかつての自分をなぞるように、「逃げていた」。
 厳しくも、図星を突かれたような指摘に何も言えずにいる。

925仮投下1  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:16:43
「…………」
「…………」

 様刻はこれ以上、何も言わなかった。
 黙々と、歩を進める。
 薬局の影ももう間近だ。
 目先の目的地が確認できたことでひとまず息をつく。

「とりあえず伊織さん、首輪探知機でどうなってるか見てくれる?」
「うなー」

 歩きながらだとバランスの都合上、常時首輪探知機を見るわけにはいかない。
 様刻の両手は伊織を背負うことで塞がっているし、伊織の両手も、振り落とされないように様刻にしがみついているため実質塞がっている。
 だから首輪探知機を見るためには一回止まらなければならない。
 様刻が足を止めると、伊織はガサゴソと首輪探知機を取り出して、現状を再確認するため覗き込む。
 その内容を確認すると、伊織の顔色が変わった。


「様刻さん、ちょっと」


 深刻なトーンで伊織が告ぐ。
 先と同様に、手にした首輪探知機を、首に腕を回すようにして見せてくる。
 『真庭鳳凰』、『零崎人識』、『玖渚友』の名前に並んで、名前が二つ。
 片や『真庭狂犬』は死んだ。青色サヴァンが首輪の解析用に持ち出したものだろう。
 もう片方は――。


「『水倉りすか』……?」


 脈絡もなく、されどはっきりとそこに明示されている名前を、読み上げる。
 冷静に考えれば、『こいつ』は協力者の可能性が高い。
 『水倉りすか』がもつ、なんらかの能力を使って零崎人識と玖渚友を転移させたのだろうことは想像に難くない。
 伊織にとってはともかく、人識にとって、零崎曲識の復讐とは必須ではないのだろう。どうとでも説明はつく。

 しかし、本当にそうだろうか?
 培ってきた勘や本能が、「何かがまずい」と訴えてならない。

 様刻は伊織を背負ったまま、急ぎ足で薬局まで駆け寄った。
 扉は締まっている。様刻たちが出て行った時から、何かが変わった様子はない。

「…………」
「…………」

 この扉の向こう。
 静かだ。少なくとも、この壁越しでは何も聞こえない。
 話し声の一つでさえも。異質だ。
 あまりに薄弱な壁を挟んだ空間で、いったい何が行われているのだろう。


「伊織さ」
「行きましょう」


 様刻はどうすべきか問い掛けようと、声をかける。
 伊織の反応は早かった。女子高生でも女子校生でもないような、鬼のような声色で。

926仮投下1  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:17:06


「水倉りすかがいると知って、尻尾を巻くわけにはいきません」


 ――それに、と。
 伊織はらしくもなく厳かに、続ける。


「わたしは逃げちゃダメですから。しっかりと、人識くんと向き合うんですから」


 伊織の己を鼓舞するような一言を聞くと、様刻は迷うことなく扉を引いた。
 慎重に、奥へと進むと、つい先刻まで様刻たちがいた場所へと辿りつく。
 人影がある。
 赤い、赤い。
 どうしようもなく赤い、幼げな人影があった。


「どちら様なのが……、あなたたちなの」


 子供は血の涙を流す。
 ふらつく幼女の足元を見ると、あからさまな死体が一つ転がっている。
 状況証拠から判断するに、『あれ』は『真庭鳳凰』だ。
 血の海が広がっている。
 じゃあ。

「じゃあ」

 零崎人識と玖渚友は?
 あの二人はどこへ消えた?
 かくれんぼをしているわけじゃああるまいし。
 神隠しに遭ったわけでもあるまいし。



「まあ……、誰でもいいの」


 蒼白の赤色はしんどそうに呟くと、ぐらりとゆらつく。
 随分と精神が摩耗してるように見受けられる。端的に言えば、とても疲れているような。
 されど、様刻の興味はそんなところにはなかった。

 ソファのあたりに、色々と落ちている。なんだろう、と覗き込む。
 意味深に落ちている、あの三つの首輪と二つのデイパックはなんだ。
 まるで、『先ほど』まで零崎人識と玖渚友は、『そこ』にいたと言ってるようなものではないか。
 零崎人識と玖渚友はもはや、この世には存在しないと言っているようなものではないか。


 ふと、様刻の懸念が蘇る。
 真庭鳳凰を片付けたことで『終わった』とてっきり思った、あの懸念が。


 ――伊織ちゃんのこと、よろしく頼んだ。


 あの言い方はまるで、遺言のようではなかったか。
 突き刺さる漆黒の直刀は、乾き始める血で濡れている。

927仮投下1  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:17:27



   ★    ★



 だからいざという時は、ぼくはりすかを全幅の信頼を寄せて、『優勝』させなければならない。
 そしていざという時は、ぼくはきっと『一度』死んでいることだろう。


 自らの身を挺し、失敗すれば『犬死』、成功すれば、着実に『攻略』へと前進する、一か八かの賭けに臨むか。
 創嗣さんならば、そんな『いざという時』なんて念を押さず、迷わず後者へベットをするだろうが、生憎ぼくは、まだあの人のようには成れない。
 今や半分以上はりすかの血液が流れているぼくではあるけれど、極力死ぬわけにはいかない。
 自らの命を、そんな不確定要素の中に好き好んでには投げ捨てるには、まだまだぼくも悟っちゃあいない。


 先んじて、他の方法を模索するほうが建設的だ。
 それに、仮に『変身』した彼女が『制限』の抑制を受けない未来を得られたとしても、本来のりすかはどこまで行っても、『参加者』のりすかである。
 『変身』が解けたその時、果たしてどうなるか推測するのも困難だ。
 莫大な魔力に耐え切れずに弾け飛ぶか、穴に糸を通すような『変身』に、精神が擦り切れてしまうか。
 そもそも、主催がこのようなある種の『暴挙』を見逃すか――。


 しかし、賭けるとなった時、いざという時がやってきた時、ぼくはこう言い張ってやる。


 ぼくとりすかを甘く見るなよ。
 あとは好きにやっちまえ、りすか。
 ――ってね。





   ★    ★







 さあ、『魔法』を始めよう。







   ★    ★









【玖渚友@戯言シリーズ 死亡】
【零崎人識@人間シリーズ 死亡】

928仮投下1  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:18:10

【2日目/深夜/G-6 薬局】


【水倉りすか@新本格魔法少女りすか】
[状態]魔力回復、十歳、極限的体調不良
[装備]手錠@めだかボックス、無銘@戯言シリーズ
[道具]支給品一式
[思考]
基本:優勝する
[備考]
 ※九州ツアー中、蠅村召香撃破直後からの参戦です。
 ※治癒時間、移動時間の『省略』の魔法は1時間のインターバルが必要なようです(現在使用可能)
  なお、移動時間魔法を使用する場合は、その場所の光景を思い浮かべなければいけません
 ※大人りすかの時に限り、制限がなくなりました
 ※それ以外の制限はこれ以降の書き手にお任せします
 ※大人りすかから戻ると肉体に過剰な負荷が生じる(?)

【無桐伊織@人間シリーズ】
[状態]両足骨折(添え木等の処置済み)
[装備]『自殺志願』@人間シリーズ、携帯電話@現実
[道具]支給品一式×2、お守り@物語シリーズ、将棋セット@世界シリーズ、首輪探知機@不明
[思考]
基本:零崎を開始する。
 0:? ? ?
[備考]
 ※時系列では「ネコソギラジカル」からの参戦です。
 ※携帯電話のアドレス帳には箱庭学園、ネットカフェ、斜道郷壱郎研究施設、ランドセルランド、図書館の他に櫃内様刻、玖渚友、宗像形が登録されています。
 ※DVDの映像を全て、複数回確認しました。掲示板から水倉りすかの名前は把握しましたが真庭蝙蝠については把握できていません。

929仮投下1  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:18:27
【櫃内様刻@世界シリーズ】
[状態]健康、『操想術』により視覚異常(詳しくは備考)
[装備]スマートフォン@現実
[道具]支給品一式×7(うち一つは食料と水なし、名簿のみ8枚)、影谷蛇之のダーツ×9@新本格魔法少女りすか、バトルロワイアル死亡者DVD(11〜28)@不明
   炎刀・銃(回転式3/6、自動式7/11)@刀語、デザートイーグル(6/8)@めだかボックス、懐中電灯×2、コンパス、時計、菓子類多数、
   輪ゴム(箱一つ分)、首輪×1、真庭鳳凰の元右腕×1、ノートパソコン@現実、けん玉@人間シリーズ、日本酒@物語シリーズ、トランプ@めだかボックス、
   鎌@めだかボックス、薙刀@人間シリーズ、シュシュ@物語シリーズ、アイアンステッキ@めだかボックス、蛮勇の刀@めだかボックス、拡声器(メガホン型)@現実、
   誠刀・銓@刀語、日本刀@刀語、狼牙棒@めだかボックス、金槌@世界シリーズ、デザートイーグルの予備弾(40/40)、
   「箱庭学園の鍵、風紀委員専用の手錠とその鍵、ノーマライズ・リキッド、チョウシのメガネ@オリジナル×13、小型なデジタルカメラ@不明、三徳包丁@現実、
   中華なべ@現実、マンガ(複数)@不明、虫よけスプレー@不明、応急処置セット@不明、鍋のふた@現実、出刃包丁@現実、おみやげ(複数)@オリジナル、
   食料(菓子パン、おにぎり、ジュース、お茶、etc.)@現実、『箱庭学園で見つけた貴重品諸々、骨董アパートと展望台で見つけた物』」
   (「」内は現地調達品です。『』の内容は後の書き手様方にお任せします)
[思考]
基本:死んだ二人のためにもこの殺し合いに抗う(瓦解寸前)
 0:? ? ?
[備考]
 ※「ぼくときみの壊れた世界」からの参戦です。
 ※『操想術』により興奮などすると他人が時宮時刻に見えます。
 ※スマートフォンのアドレス帳には玖渚友、宗像形が登録されています。また、登録はしてありませんが玖渚友からのメールに零崎人識の電話番号とアドレスがあります。
 ※阿良々木火憐との会話については、以降の書き手さんにお任せします。
 ※支給品の食料の一つは乾パン×5、バームクーヘン×3、メロンパン×3です。
 ※首輪探知機――円形のディスプレイに参加者の現在位置と名前、エリアの境界線が表示される。範囲は探知機を中心とする一エリア分。
 ※DVDの映像は全て確認しています。
 ※スマートフォンに冒頭の一部を除いた放送が録音してあります(カットされた範囲は以降の書き手さんにお任せします)。


【G-6 薬局】

・玖渚友のデイパックが落ちています。中身は以下の通りです。
>支給品一式、ハードディスク@不明、麻酔スプレー@戯言シリーズ、工具セット@現実、首輪×2(浮義待秋)、糸(ピアノ線)@戯言シリーズ、ランダム支給品(0〜3)
・零崎人識のデイパックが落ちています。中身は以下の通りです。
>支給品一式×11(内一つの食糧である乾パンを少し消費、一つの食糧はカップラーメン一箱12個入り、名簿のみ5枚)
>千刀・ツルギ×6@刀語、青酸カリ@現実、小柄な日本刀、S&W M29(6/6)@めだかボックス、
>大型ハンマー@めだかボックス、グリフォン・ハードカスタム@戯言シリーズ、デスサイズ@戯言シリーズ、彫刻刀@物語シリーズ
>携帯電話その2@現実、文房具、炸裂弾「灰かぶり(シンデレラ)」×5@めだかボックス、賊刀・鎧@刀語、お菓子多数
・玖渚友と零崎人識と真庭狂犬の首輪が落ちています。
・絶刀『鉋』は床に突き刺さっています。
・その他二人が装備していたものは、消滅しているかもしれません。

930 ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:20:33
以上で、修正した話の投下を終了します。
引き続きまして、戯言遣い、八九寺真宵、羽川翼、および補完的に玖渚友の話を投下します。

931仮投下2  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:21:47

   0


 愛は魔法だ。
 十二時でも解けない魔法。



  001



 阿良々木暦、阿良々木くんが死んだことが意外だったかと言えば、しかしそうではないだろうと思う。
 明日には死んでいたかもしれない彼だ。今日死ぬのだって、それはきっと起こるべくして起こったこと。
 ともすれば、彼はずっとずっと前に死んでいる。私の一時的な臨死体験なんて目じゃないほどに、元人間の彼は死を体験していた。
 地獄のような春休み。聞くところによると阿良々木くんはあのナイトウォーカーとしての生活をかように表現しているそうだ。
 事実、あれは地獄のような日々である。他人の目から見ても、それこそ私が殺されたことを抜きにして、公明正大に判断を下したうえでそう思えるぐらいなのだから。
 阿良々木くんからしてみても、忍ちゃん、いや、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードからしてみても地獄に違いなかったろう。
 生き地獄であり、死に地獄。生ききれなく死にきれない、傷を分け合う傷物の話。傷物語。

 とにかく、彼は春休みの間に少なく見積もっても、限りなく絶対的に一度死んでいる。
 四肢を失くしていた彼女のために、彼女を助けるために、自分の命を投げ出した。
 無謀だと言えば、そうだろう。無鉄砲と言えば、そうだろう。無茶苦茶と言えば、そうだろう。
 およそ考えられないほど優しく強かな彼が、今日死んだというのであれば、私は納得するしかない。
 私から見て、阿良々木くんの死というのは、それほどまでに身近なのだろう、と今更ながらに感じ入る。

 阿良々木くんは時折私のことを天使、あるいは神様のように語るときがあるけれど、勿論私、羽川翼は天使や神様ではない。
 今の私の名前には「羽」も「翼」もあるにしたって、生憎私は人間だ。……人間なのかな? まあ、人間なのだ。
 受容の心を、諦念の心を、残念ながら有している。

 怪異は名により己が存在を縛られるというけれど、そういう意味では私は自由奔放だ。
 さながら私の名前になんて、意味がないと言わんばかりである。実際、私の名前になんて意味がないのだ。
 名字は一旦脇に置いておくとして、名前でさえも私にはあまりに不釣り合いである。
 「翼」。広義的には言うまでもなく、鳥などの持つあの翼だ。羽搏(はばた)くための、器官。
 そこから派生して、親鳥が、卵や雛を、その羽で守るようにすることから『たすける』という意味をもつらしい。
 どの面を下げて、私はそんなことをくっちゃべらなくてはいけないのだろう。舌先三寸もいいところだ。
 阿良々木くんは私のことを聖人君子のように崇め、美辞麗句を並べるけれど、そうではない。
 私はただの人間である。
 ずっと助けられてばかりだった。
 私が誰かを助けたことなんて、きっと一度たりともない。
 だって私には阿良々木くんの真似することさえできない。
 あんな家庭でも、こんな私でも、いざ命を捨てろと言われても、無理だ。
 私は何よりも自分が可愛い。
 怪異に魅せられるぐらいに、私はどうしようもない奴なのだから。

 そして、そんな私だからこそ、きっと私は阿良々木くん、阿良々木暦くんのことが気になっていたのだ。
 いつ死ぬかもわからない、人を助けたがるお人よし。
 とても人間らしからぬ、いよいよ純正の人間ではなくなった半人半鬼の阿良々木くん。
 自分よりも他人が恋しい、優しい阿良々木くんに、私の興味は向いている。

 彼を慕う、私の恋心にも似たこの心は、失恋することさえも叶わず、破れに破れ、敗れていた。
 未練もわだかまりも残して、私の身体を残留する。
 爽やかさとは無縁の沈痛する思いは、死せず、なくならず、私の中でずっと。

 そうして私は恋に恋する女の子になるのだ。
 予測するにこれはそういうお話だ。
 しかし私はその物語を語ることができない。
 羽川翼という私の物語を、私は、語ることができない。

932仮投下2  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:22:37
 

   2

 
 物語の起点は玖渚から電話だった。
 ぼくたち三人仲良くお手てをつないで、というのが理想であったけれど、
 現実は微妙な距離感の空いたトライアングルを形成しつつランドセルランドを徘徊していた時のことである。

 放送も間もなく、あと十五分ぐらいだろうか?
 時間が無駄に長く感じるため、体感時間というのもあてにならないだろう。
 ジェリコは見つかった。何の変哲もなく落ちている。
 少しばかりぼくの血が付着しているけれど、支障はない。
 二人に訊いたけれど、拳銃はぼくに預けてもいいということで、いよいよ慣れてきてしまったぶかぶかの制服の内ポケットに仕舞う。
 その時に、玖渚からの一報は何の前触れもなくやってきた。

『いーちゃん生きてるー?』
「…………」

 抜け抜けと。
 案外監視カメラでもハッキングしてるんじゃないか、と疑い周囲を見渡すも、無意味さを悟り項垂れる。
 真宵ちゃんから不審な目で睨まれたけれど、今に始まったことじゃない。嫌われることには慣れている。なんて。

『いーちゃん?』
「……大丈夫だよ、まだ健常さ」

 玖渚の言葉に遅れて頷く。
 監視カメラのハッキングというのは言い過ぎとしても、しかし要領がいいというか、タイミングに優れているというか。
 こうも見透かされていると恐怖を感じるのだな、と内心にしたためながら言葉を続ける。

「しかし、今度はどうした? ぼくたちはこれでも可及的速やかに済ませなければならない火急の用事があるんだ」
『そうなの? 頑張ってね。でもこっちも伝えなきゃいけない用事があったからね』
「用事?」
『そそ。いやさ、僕様ちゃん実は今薬局に居るからネットカフェに行くんだったらやめといた方がいいよっていう用事がとりあえず一件』
「そうか、薬局に、わかっ……ん?」

 あんまりにもすんなりと言うものだから、一瞬スルーしそうになったけれど、おかしくないか?
 薬局に『向かう』じゃなくて、『居る』だなんて、あまりに不自然だ。
 この違和感を解消すべく、電話を繋げたまま地図を取り出して確認するように凝視する。
 やっぱりそうだ。このランドセルランドとネットカフェと薬局とは、ランドセルランドを真ん中に据えるようにしてほぼ一直線上に位置していた。
 寄らなかったと言えばそれまでにしろ、せっかくの合流の機会を逃すだろうか。せめてぼくに一報をくれてもよかったのに。
 よもや日和号の脅威に怯えていたわけじゃあ、あるまいし。あるまいし? どうだろう。
 加えて言うなら、体力面では足手まとい他ならない玖渚を片手に、この短時間で薬局まで行けるだろうか。

「はいはい、いーちゃんの言わんとすることは分かるから順を追って説明するけどね。
 結論から纏めて言うなら、一、『しーちゃん……零崎人識が協力してくれた』。二、『供犠創貴や水倉りすかも協力してくれた、けど絶対的に敵対した』」

 零崎人識。
 ひたぎちゃんを追って袂を分かつ結果となったが、玖渚と一緒にいたのか。
 まあ、そこはいい。あいつの放蕩癖を今更指摘するのも馬鹿らしいし、あいつのために時間を費やすのも阿呆らしい。
 だから、触れるべきは後者だ。
 このバトル・ロワイアルが始まってから幾度も名前を聞いている、その二人。

「……敵対?」
『ん。端的に説明するとね』

 と、本当に端的に説明してくれたが、つまりはこうである。
 供犠創貴らが『仲間(チーム)』の一員である式岸軋騎を。そして『零崎一賊』である零崎軋識を手に掛けたから攻撃をしてしまった。
 しかし紆余曲折あり、敵対したところの水倉りすかの力を借りて、ぼくたちが本来迎えに行くはずだった櫃内様刻らのもとへひとっ飛び。
 そのまま有耶無耶のまま終われば、ぼくからしてみれば御の字であったが、最後の最後で人間失格が供犠創貴らに攻撃を加えたため、和解は無理、と。

「全部あいつが悪いじゃないか」

 ろくでもねえことするな、あいつ。
 確かにクラッシュクラシックでそんな話はしていたけれど。

『まあまあ、おかげで僕様ちゃんが生き残れたんだからいいじゃん』
「……そうかもね」

 何気なく呟かれた玖渚の言葉に一瞬息を詰まらせるも、辛うじて答えることが出来る。
 戯言だ。それで。

933仮投下2  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:23:35
「ちなみに真庭鳳凰は?」
『多分死んだ。っていうかそれっぽいのは薬局に転がってる』
「へえ」

 これに関しては素直に驚嘆する。
 あの人も、なかなか一筋縄ではいかなそうな人ではあったけれど、そんなざっくりと死んでしまったのか。
 思えばあの人と出会ったのも約一日前か。男子三日会わざれば、とはいうけれど、よもや一日でそこまで落ちぶれるとは。
 可哀想に。
 心の中でせめてもの哀悼の意を表していると、お気楽な玖渚の声が飛んでくる。

『いーちゃん、それでさあ。水倉りすかだけどさ、二人とも巻き添えか、あるいは供犠創貴が生きていればまだしも、
 水倉りすかだけ生き残ったら、ちょ――――っっっとだけ、まずいんだよね。僕様ちゃんもさ、彼女から色々話は聞いたんだけどさ、彼女何しでかすか分からないし』
「ふーん?」
『暴走しだしたら、いーちゃんとかも見境なく襲ってくるだろうし、あとから対処法……っていうかしちゃいけないこととかメールで送っておくから、確認しといてねん。
 所詮いーちゃんの敵じゃないだろうけど、多少の搦め手が必要な相手だし……「赤」ってのは少し不味いよねえ』
「赤、か」

 玖渚の言葉を反芻する。
 赤、と聞いて、勿論ぼくが連想するのは哀川さん。
 人類最強の請負人こと、今は亡き哀川潤だ。
 単なるイメージの問題ではあるけれど、確かに「赤」は不味い。

 そして何より。
 ツナギちゃんのことを思うと、安直にりすかちゃんと敵対するのも気が引けるところではあるけれど。
 大きな口を携えた魔法使いを思い出す。いや、ずっと忘れていたりなんかしていない。
 どうした事情からか分からないけれど、ぼくたちを最期の最期まで慮ってくれた彼女を忘れるわけがない。
 なんて。
 真宵ちゃんの記憶を消したぼくが言うのも極めて滑稽だ。

 ぼくの気持ちを知ってから知らずか。
 玖渚は話題を次へ進めようとする。

『でさあ、いーちゃん。ここからがある意味大事な話なんだけどさ』

 いやいやここまでも大事な話だったと思うけれど。
 それを敢えて口に出すほどのテンションでもなかったため、玖渚の言葉を待つ。
 するとやたらと落ち着いたトーンの声が返ってくる。

『いーちゃんは生き残りたい?』

 不思議な問いだった。
 同時に答え難い問題でもある。
 少し前のぼくならば。

「生きたいよ。どうしようもなく、生きたい。もがき苦しんででも、ぼくは生きていたい」

 こんな単純なことを、ぼくはずっと前まではっきりと言えないでいた。
 戯言で濁して、傑作だと誤魔化して、大嘘で塗り固めてきた。
 でも、今ならはっきり言える。ぼくは生きたい。
 押し寄せるように、玖渚が言の葉を繋ぐ。

『優勝してでも?』
「いや」
『じゃあ、僕様ちゃんと生きたい?』
「うん」

 簡単なやり取りだった。
 質素な掛け合いだった。
 ずっと分かっていたことだった。
 ぼくが逃げていただけで、答えはすぐ傍にあったんだ。

「友、おまえが今、どんな時系列で生きているか知らないけれど、何度だって言ってやる」

 始まりは復讐だった。
 いつからだろう。
 こんなに愛おしくなったのは。
 憎たらしいほど彼女を愛してしまったのは――愛せるようになったのは。

 ぼくの掛ける言葉は簡単だった。 


「友、一緒に生きよう」

934仮投下2  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:24:26

 たったそれだけでよかった。
 ぼくが彼女に掛けてあげるべき言葉は、ただそれだけでよくて、それ以外になかった。
 散々悩んで、滔々と紡いで、何をやっていたんだろうとさえ感じる。
 ぼくが遣うべき言葉は、たったこれだけだというのに。

『……………………』

 友は黙す。
 それはとても長い時間のようにだった。
 でも、きっとそれは刹那にも満たないほどの僅かな隙間だったのだろう。

『うにっ』

 友はそんな風に笑うと。
 続けざまに、こんなことを言った。

『実のところさあ、首輪の解析の目途がついたっていうか、一回実践へと踏み込みたいんだよね』
「首輪の解析、問題なかったのか?」
『うん』

 驚きがなかったといえば、紛れもなく嘘になる。
 ただ、同時に納得し、受け入れられる面が大きいのも確かに事実であった。
 彼女が未だ『青色』であるならば、こんなことは何ら不思議なことでもない。
 ただ、その身を酷使をするというのであれば、とても歓迎できたものではないけれど。

『だから、その報告と思って。万事うまくいけばいーちゃんの首輪も外せるしね』

 それでも、ぼくは友を頼りにしなければ、首輪を外すことさえも出来ない。
 情けないことながら、彼女の『才能』に頼ることが、出口への入口なのだ。


「待って、いーさん」


 ふと。
 横から声がする。
 羽川翼ちゃん。
 真摯な瞳でこちらを向いていた。
 その腰のあたりには真宵ちゃんがいる。
 玖渚に断りを入れると、一回電話を耳から遠ざけた。

「申し訳ありません。聞き耳を立てていた、というわけではないですけど、ちょっと今の言葉が気になりまして」
「ああ、首輪の解析の話?」
「そう、それ。その、玖渚さん? からよろしければ解析結果について聞きたいと思いまして。
 こちらでどうにかなるものでしたら、先に首輪を外しておいた方が、皆さんも安心できるとんじゃないかなって僭越ながら」

 賢い発言である。
 聡明な翼ちゃんのことだ。
 きっと並大抵のことならば、その通りにできるのだろう。
 言われた通りにやることで、問題を解決に至らしめることも、あるいはできたのだろう。

 だが。
 身内贔屓と言われたらそれまでなのだろうが、玖渚は並大抵じゃあない。
 極上も極上、特上という言葉を十回使っても足りないぐらいの異常(アブノーマル)である。
 つまるところの結論がどうしようもなくしょうもない手法なのだとしても、彼女のスペックに、翼ちゃんはパンクしないだろうか。

「ダメ、でしょうか」

 ぼくの不安な心象でも察知したのだろうか。
 翼ちゃんはぼくの顔色を窺っている。

「本当に、大丈夫?」
「……ええ、聞くだけならばとりあえずなんとかなると思います」

 静かに、されど力強く頷く翼ちゃんを見て、ぼくもまた頷いた。
 確かに玖渚の力を濫用したくないというのは事実である。
 翼ちゃんが代理して解除を行使できるのであれば、それに越したことはない。
 ぼくはその旨を玖渚に伝えた。

『いーちゃんがそういうならさ』

 答えはあっけらかんとしていたが、いいだろう。
 時計を見れば放送まで残り十分を切っていた。

「じゃあ翼ちゃんによろしく」
『うん』

 そうして、翼ちゃんに電話を手渡そうとする。
 はたと、玖渚友にこんな言葉を投げかけたくなった。
 ぼくは尋ねる。

「友はさ、『主人公』ってなんだと思う?」
「なにそれ」
「なんでもいいからさ」
「んー、いーちゃんが何を言いたいかよくわからないけどさ、
 私にとって、『主人公』はいーちゃん、ずばりきみのことだよ。愛してるぜい、いーちゃん」

935仮投下2  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:25:00



  003



 玖渚さんの戦績、もとい解析を聞き終えた。
 聞き終えた、であり、決して飲み込み終えた、ではないことを最初に断っておきたい。
 私は相槌に終始するばかりで、質問を考える余裕さえもなかったとも告白しよう。
 プログラミングを専攻してたりしてないから、と言い訳を考えていたぐらいである。

「……………………ふう」

 電話を終えて、最初に漏れ出したのは盛大な溜息だった。
 ふと時計を見遣る。十一時五十九分。実に濃密な十分だ。
 あの密度の披露会を、丁度放送一分前に語り終えれるあたりに、彼女の並々ならぬアブノーマルさを感じる。
 放送に合わせたのはこちらを慮ったのか、向う側の事情なのか察するにはいささか情報が足りない。
 というよりも、私なんかが、いわく『死線の蒼(デッドブルー)』の思考を掠めることができるのかさえ今となっては不安だ。
 私、それに櫃内さんとか無桐さんとかとは文字通りステージが違うのだと、貴族と平民のように、住んでいる世界が違うのだと打ちのめされた。
 正直なところ。本当に正直なところ。

「…………さっぱり意味が分からない」

 玖渚さんの言葉を多く見積もっても五割ほどしか理解できなかった。
 単語単位で見れば、分からないもののほうが少ないとは思う。
 ただ、天才ゆえの話術とでもいうのだろうか、相手が理解できないことを一切考慮していない演説に私は辟易している。
 それこそ、ストレスを解消してくれる、みたいな怪異がいるのだとしたら、今にも発現してしまいそうなほどに、私の頭はオーバーヒートしていた。
 当然と言えば当然。私が色々とやっている間にも、彼女は丸一日掛けて調査をしていたのだ。
 紛れもないプロパーが丸一日掛けた研究結果を、即座に理解しようというのがどだいおかしい。笑い種である。
 阿良々木くんにおだてられたから、と天狗になっていたつもりはなかった。
 けれど、こうも圧倒的な純正の天才というものを見ると、多少へこんでしまう。
 本当に私は「知っていること」しか知らないのだと、改めて痛感する。

「でもなあ」

 放送に合わせるために、説明を多少巻いていただろうし、何より、理解できない私に非があるのだ。
 気持ちを引き締めて、彼女の説明をもう幾層か噛み砕けるようにしなければならない。
 それが、私を信用してくれた彼女の、いやそうじゃないだろう。玖渚さんは私のことなんて見ていない。
 私を私と、羽川翼として見做してさえもいないだろう。だから、この場合はこういうべきだ。
 それが、私を信用してくれたいーさんへの、せめてもの贖いなのだ、と。

 見ると、少し離れたところで、いーさんと八九寺ちゃんとは話し込んでいる。
 これまでの旅路がどうであったかは、寡聞にして私は知らないけれど、二人きりで話すのは、『あれ』以来かなり久しいのではないだろうか。
 どの道もう放送だ。
 それに、私も一回頭の整理をしたい。
 玖渚さんの話をもっと体系的に、かつ実践できるまでに持ち込みたい。
 落ち着いて整理さえできれば、もしかすると何ら難しいことは話していなかったかもしれない。

 もう少し時間が欲しい。
 どれだけでも時間が欲しい。
 切実な気持ちを吐露するも、しかし時間は待ってくれない。
 定時放送。
 私にとって二回目でもある、事務的な声が降ってくる。
 「戦場ヶ原ひたぎ」と「黒神めだか」。
 二人の訃報を添えて。

936仮投下2  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:25:34


   4



 ぼくと真宵ちゃんは、翼ちゃんを視界に入る程度に離れたベンチに座っている。
 周囲には、山ほど高いジェットコースターやら、狂気じみたコーヒーカップなどがあった。
 先ほど玖渚から教わったけれど、このランドセルランドは有名な観光スポットらしい。
 記憶を掘り起こしてみると、そんな名前の遊園地もあったかも。
 曰く、「天国に一番近い遊園地」とのことだが果たして褒め言葉なのか疑問である。
 
 遊園地に縁のないぼくとは違い、真宵ちゃんのロリィな外見は実に馴染む。
 カップに入ったドリンクを、ストローを使いちゅーちゅーと吸う姿も様になっていた。
 ちなみにこのドリンクは路上に転がっていた屋台から頂戴している。
 お金は生憎奪われているので、心苦しい限りではあるけれど、無銭飲食だ。
 ぼくは小腹を満たすようにポップコーンをつまむ。
 玖渚に一拉ぎにもみつぶされているであろう翼ちゃんを遠巻きに見ながら。

「……」
「……」

 会話はなかった。
 今に限ったことじゃない。
 あれから。
 約六時間前のあの時から、ずっと。
 『人間未満』の気まぐれから今に至るまで。
 ぼくが彼女に負い目があるからだろうか。
 ぼくが彼女に引け目があるからだろうか。
 何も言えない。
 今、ぼくたちが会話へと発展するには。

「戯言さん」

 真宵ちゃんからのアプローチが必要だった。
 控えめな物腰で、ぼくに話しかける。

「ごめんなさい、戯言さん。わたしはあなたを正直疑っておりました」

 謝られた。
 そんな義理はない。
 むしろ、謝れと叱咤されるべきはぼくであるはずだ。
 構わず真宵ちゃんは紡ぐ。

「あなたは、いざとなったら全員を殺して、優勝を目指すんじゃないかなって思ってました」
「……どうしてまた」

 言葉を濁すけれど、実のところ彼女が言わんとすることは伝わる。
 ずっと前から思いついてはいたことだから。
 優勝することは決して愚策ではないことは認知していた。

「いえ、戯言さん。分からないだなんて言わせません」

 現に彼女にもぼくの胸中は見抜かれている。
 並んで座ったままではあるけれど、瞳は確とこちらを射抜いていた。
 まったく、翼ちゃんといい人の顔をそんなじろじろと見て。
 観念してぼくは真宵ちゃんの言葉を継ぐ。

「つまり、優勝して、元通りにしてもらうってことだろ」

 この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一切関係ありません。
 主催者たちに頭を下げて、この『実験』の、『物語』の末尾にその常套句を挿入させる。
 芥の理を突き破る超絶理論。万の理を捻じ曲る超越理論。
 未満と出遭ってしまったことで、当初よりも幾分か信頼性が増したような、信憑性が足されたような、虚構推理(オールフィクション)。
 現実的であるかと取られれば、迷わず答えよう。答えはノゥだ。
 それでも。

「正直なところ、今でも有用な結末だと思うよ。でも、それをどうしてぼくが」
「戯言さんはハッピーエンドを目指すのでしょう。でしたら」

 でしたら。
 その先に続くはずの科白を遮る。

「生憎だけど、ぼくは誰かを殺すことでハッピーになったりしないさ。ぼくがハッピーじゃなきゃ意味がない。ぼくは臆病者だから」

 これは本当。
 ぼくは、もう誰かを殺したくなんてない。
 今までたくさん殺してきたし、壊してきたけれど、今でも贖いきれないほどの償いが残留しているけれど。

「もう無自覚で無意識で他人を踏みつけていく人間には、善意で正義で他人を踏み砕いていく人間には、なりたくないかな」

 これも本当。
 ぼくの場合は「なる」とか「ならない」という問題じゃない。
 「そういうもの」である以上、ぼくの言葉は言葉以上の意味を持たない。
 けれど。
 それでもぼくは。

「本当ですか?」
「本当」
「じゃあ訊き方を変えましょう。それだけですか?」
「……」

937仮投下2  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:26:13
 あー、うん。
 そっか、あの時真宵ちゃんは翼ちゃんの隣にいたはずである。
 玖渚の発言そのものは聞こえていなかっただろうけれど、ぼくの発言はちゃっかりと聞いていたようだ。
 なんだか気恥ずかしいような思いもあるけれど、ここで逃げるわけにも行かない。
 真宵ちゃんの目を見つめ、ゆっくりとなぞるように、告げる。

「友がいるから。友がいるなら、ぼくは優勝なんてそもそもできない」

 ぼくの告白に満足がいったのか、真宵ちゃんは強張らせていた表情を和らげた。
 真宵ちゃんのそんな顔を、ぼくは久しぶりなように感じる。
 いつ以来だろうか。思えば、第一回放送後に醸していた気丈さよりも、よほど自然な気丈さを、今の真宵ちゃんからは窺えた。

「ええ、ちゃんと戯言さんはおっしゃいました。玖渚さんと生きたいと。そんなあなたを、わたしは疑うわけには参りません」

 生前は、家族と一緒に暮らせなかった。
 そして今、彼女は阿良々木暦くんと過ごせなくなった。
 きっと大切であったろう人たちと生きれなかった彼女、八九寺真宵ちゃんはぼくの言葉をまっすぐに受け止める。
 疑うわけにはいかない、と。戯言遣いであるぼくに、そう、励ましてくれた。

「大丈夫ですよ。あなたは、あなたが思っている以上に強く、お優しいです」

 ぼくは今、どんな顔をしているだろう。
 ただ一つ、笑っていないことだけは確かである。
 微笑む真宵ちゃんを傍目にぼくは、ポップコーンを頬張った。

「あなたは無自覚で無意識で他人を踏みつけていく人間ではありません。
 あなたは無自覚で無意識で、きっと誰かを救い上げようとしていたはずです。わたしは、あなたと最初に出会えてよかったと思います」

 ぼくは彼女の記憶を消した。
 それでもなお、こんなことを言う。
 甘いんだと思う。緩いんだと断ずる。
 しかし反してぼくは、黙って受け入れる。受け止める。

「あなたは強かで脆く、弱いけれど強情で、素知らぬ顔して人を救おうとする人間であると断言しますけれど、
 だからこそ、なんです。わたしはあなたをそういう人間だと理解したからこそ、怖いんです。懸念してしまうんです」

 真宵ちゃんが声を潜める。
 浮かべていた微笑はなりを隠し、深刻なかんばせを覗かせた。
 
「あなたは、誰かのために、あるいは誰でもない誰かのために、身を粉にできる人ですから」

 果たしてそうだろうか。
 ぼくは、そんな立派な人間だったのだろうか。
 喉を潤すように、真宵ちゃんは一度ジュースを口に運ぶ。
 ごくんと喉を鳴らしてから、ふうと彼女は息をつく。

「今まで、ずっと不思議だったんです。
 どうして戯言遣いさん、あなたと阿良々木さんが似ているように思えたのか」

 そんな風に思ってくれていたんだ。
 だとしたら、光栄だ。ひたぎちゃんとか翼ちゃんとか、暦くんをよく知る人たちを観察すればつくづく痛感する。
 あんなに愛されて、頼りにされている彼とぼくを重ねてくれるのなら、これ以上僥倖なことはないだろう。
 一種の感動さえ今のぼくは覚える。

「いえ、初めは変態って側面からだと断定していたんですけどね」
「…………」

 台無しだった。
 断定するな。
 思わず三点リーダーが出てしまう。
 シリアスなんだからギャグ挟むなよ。
 ぼくのしょげるモチベーションを無視して、彼女は話題を戻す。
 切り替えが早すぎて、ぼくは着いていくのに精一杯だが、彼女の芸風なのだと諦めて、素直に聞き入れる――聞き入れようとするも。


「でも、簡単だったんですよ。あなたたちがそういう人間だから。
 無自覚に無意識に、すべての責任を一人で背負い込んでしまう人間だから。――だから」


 真宵ちゃんへ割って入るように、鳴り響く。
 放送だ。死者の宣告。禁止区域の制定。
 もう六時間か。
 流石のぼくも真宵ちゃんも口を噤み、放送をじっくりと聞いていた。
 遠目で確認すると、翼ちゃんも電話を切っている。

938仮投下2  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:26:40
「…………」
「…………」

 供犠創貴。
 真庭鳳凰。
 戦場ヶ原ひたぎ。
 黒神めだか。
 宗像形。

 以上五名。
 これまでと対比したら、控えめな人数だ。
 しかし、決して絶対的に少ないわけではない。
 そのいずれもが、これまで何かしらの形で関わりをもった人間たちである。

 宗像形。
 玖渚を守っていたらしい。お勤めご苦労様。きみの生涯はきっと意味のあるものだ。
 真庭鳳凰。
 本当に死んだのか。スーパーマーケットで口戦を広げたときは溜まったものではなかった。
 供犠創貴。
 ツナギちゃんのお知り合い。この子が死んだとなると、いよいよ件のりすかちゃんとも向き合わなければいけない。
 黒神めだか。
 阿良々木暦くんを手に掛けた人物。元凶。彼女が死んだということは、未満は勝利を収めたのだろうか。分からない。

 そして。
 戦場ヶ原ひたぎ。

「……あの人も、お亡くなりになられたんですね」
「そうみたいだね」
「わたしはあの人からあまり好かれてはいませんでしたが……いえ、事情を考えれば当然なのですが、
 わたしはあの人のこと、決して嫌いではありませんでした。憎んでも妬んでもおりませんでした」

 ひたぎちゃんのことを思って喋っているのか、暦くんのことを思って話しているのか。
 ぼくに彼女の気持ちを推し測ることはできない。ただ、彼女の言葉を受け入れる。

「だから、とても悲しいです」
「そうなんだ」
「戯言さんは、どうですか」
「……どうだろうね」

 肩を竦める。
 実際のところは悲しくなんてなかった。
 よっぽど、なんていう言い方もどうかと思うけれど、よっぽどツナギちゃんの死の方が衝撃的だ。
 敵意をぎらつかせていたひたぎちゃんであるけれど、殺意で過剰な存在感を放っていたひたぎちゃんだけれど、そりゃあ死ぬ。
 誰に殺されたのか。黒神めだかに返り討ちにでもあったのだろうか。今となっては知る由もない。けれど、死ぬ。
 倫理の欠陥。道徳の欠落。感情の欠損。つまるところ、ぼくとはそういう人間で、欠けて欠けて欠けている。

「そうですか」

 ぼくの戯言に満ちた反応を一瞥し。
 それでも真宵ちゃんは精一杯に笑った。

「ですが、あなたは、それでいいのかもしれません」

 対してぼくは笑わない。
 どうやって笑うんだっけ?
 真宵ちゃんはベンチから立ち上がる。
 ディパックを下ろしているため、彼女の小さい背が見えた。

「しかし戯言さん。わたしに言う義理があるかは分かりませんけれど……、いや、わたしだからこそ、戯言さんに忠言する義務があるはずです」

 義理、義務。
 一度は何のことだろうととぼけてみたものの。
 察するにはあまりに容易い。
 真宵ちゃんは振り返る。


「玖渚さんだってこの殺し合いに参加している以上、少なくない確率で死にます」


 そんなことはさせない。
 口で言うにはあまりに安っぽい。
 戯言も甚だしい――真心も狐さんも、あの潤さんでさえ死んでいるんだ。
 常に死と隣り合わせの友が、死なないだなんて保証はどこにもない。

 真宵ちゃんは人差し指でぼくを指す。

「そうなった時でも、戯言さんは同じことが言えますか?」

 ぼくはその指先をじっと見つめながら、ポップコーンの入ったカップを握りしめる。

939仮投下2  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:27:32


  005


 私は一度死んだことがある。
 なんていうのは今更語るまでもないし、誇らしげに語れることでもない。
 私の間抜けが及ぼした腑抜けたさまを、しかしどうやって誇らしげに語ることができようか。

 加え、厳密に言えば死んだわけではない。限りなくアウトに近い瀕死だ。
 春休み。真夜中の学校で、私はエピソードさんという吸血鬼ハンターの一人に、腹をぶち抜かれた。
 ひどく乱暴な表現だということは承知の上で使わせてもらうけれど、あれは「ぶち抜かれた」と言わざるを得ない。
 貫かれたでも足りないし、穿たれたでも補えない。正しくあれこそ「ぶち抜く」なのだと勉強になる。
 い、嫌だ。そんな学習方法……。
 しかし学習効率という意味ではずば抜けているものだから、体罰的指導というのも中々侮れないかもしれなかった。
 身体が記憶してしまっているのか今でも思い出しては、腹が疼く。瞳とかならともかくお腹ではまるで格好がつかない。

 さておき。
 私が言いたいのは、もしかすると明るいかもしれないスパルタ教育の未来ではなく。
 人の命のお話だ。人間の生命のお話である。
 為せば成る、為さねば成らぬ何事も。といったことわざは有名だけれど、そんなものだ。

 阿良々木くんが何か――吸血鬼の血を私に与えてくれたから、私はどうにかなった。
 どれだけ致命傷を負っても。
 どれだけ死に近づこうとも。
 どれだけ、どれだけ、死んだように見えようとも。
 人は息を吹き返す。作為的でも、ご都合主義でも構わない。

 どうにかなるんじゃないか。
 どうにでもなってしまうんじゃないか。
 そんな風に思ってしまう私がいるのは事実であり、真実。
 希望的観測なのは、切望的感想なのは、重々承知であるけれど、それでも、と。


「はあ……」


 深い深い溜息を落とす。
 放送が流れ終わり、かれこれ一分。
 そろそろ向かい合わなければ。私自身が。――曰くブラック羽川ではない、私が。

 黒神めだかさんがお亡くなりになったと聞いて、果たして私が何を思ったかというと、何も思えなかった。
 黒神さんは阿良々木くんの仇であるけれど、だからといって、燃えるような思いは、正直なところなかった。
 そりゃあ、人間として最低限の悲しみはある。人が死ぬのは悲しいことだ。
 ただ、私にとっては紙上の事件、新聞の向こう側とでも言おうか。
 街頭で流される報道番組で『××市在住の黒神めだか(16)が何者かによって殺されました』と伝えられるのと、何も変わらない。
 私は彼女のことを何も知らないし、だからこそ対話を望んでいたけれど、もう終わっている。閉じている。

 だからこの場合。
 戦場ヶ原ひたぎさん。
 阿良々木くんの恋人である彼女も、死んでしまったらしい。
 これに関しては白状しよう。素直に驚いた。

 そんな、彼女ともう会えないなんて。

 あまりにありきたりすぎる一節を呟こうとした時、私は気付く。
 殴られたような衝撃が再来する。
 繰り返すように頭が真っ白になる。

 けれど。
 一つ。
 阿良々木くんが死んだと聞いたときと違うものがあった。


 これは、なんだろう。
 どう表現すべきか――欠けている感じ。
 これはいーさんを見ている時の、感覚と似ている。

 欠けている感じ。
 欠落している感じ。
 ――喪失している、感じ。

940仮投下2  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:27:56
 そう。
 喪失感だ。
 つい先ほどまでいた、旧知の仲であった戦場ヶ原さんが死んだのだと知らされ。
 もう二度と会えないのだと教えられ、私の胸の中でぽっかりと、大きな穴が開けられる。

 小説では往々にして散見する悲観的描写であるけれど、しかし中々小説も侮れない。
 実体験してみて、心理描写の巧みさを理解する。やはり世の中はスパルタ教育に優しい。


 私の中で戦場ヶ原さんの存在は、殊の外大きかったようだ。
 親しくなったばかりであるけれど。
 阿良々木くんの――恋敵ではあるけれど。

 ここまで思い至り。
 はたと気付かされる。


 じゃあ、阿良々木くんは?
 阿良々木くんの分の穴はどこにいった?


 私は知っている。
 残念ながら、私は答えを知っている。

 ああ、そうだ。
 阿良々木くんが死んで、驚きはしない。
 なんでか。
 阿良々木くんは明日死んでもおかしくないような人だから。

 違う。それだけじゃない。

 私は知っている。
 残念ながら、私は答えを知っている。

 私の中ではつまり、『死んだ』ということと『いなくなった』――『会えなくなった』ということが一致していなかったのだろう。
 ノットイコールの関係性を築いている。ゆえに、私の認識では、彼が『死んだ』ことは衝撃的なことであれ、絶望的なことに至らずにいた。
 阿良々木くんはずっと前に死んで、生き返って、あまつさえ私を蘇らせてくれた人だから。
 心のどこかで、また会えるって信じたかった節があったのだ。
 ――私が困っているところに、すかさず阿良々木くんが『たすけ』に、駆けつけてくれると、疑ってないんじゃないか?

 情けない話だ。
 自分の矮小さに泣けてくる。


「……………………ふう」


 この世の中には目玉焼きに醤油をかけるか、ソースをかけるか、あるいはケチャップをかけるか、そんな三つ巴の争いが勃発しているらしい。
 しかし私はこう呈したい。いやいや、目玉焼きは何もかけなくたって美味しいじゃないか、と。
 別に目玉焼きに限らない。ないならないで、すべてのものは普通に美味しく頂戴できる。多分誰しもが同じだと思う。


 じゃあ。
 阿良々木暦がいない世界は、阿良々木暦くんともう会えない物語は――果たして綺麗だろうか。
 いないならいないで、普通に、綺麗に、映るだろうか。


「翼ちゃん」


 いーさんが、それに真宵ちゃんもいつの間にか傍にいた。
 溢れだしそうな、抱えきれないような感情を胸の奥底へと仕舞い込んで、向かい合う。

「何でしょう」
「……。えーと、玖渚から色々と聞き終えた?」

 ああ。
 そうだ、私は、そのことについて解析しなければ。
 悲しんでいる場合じゃない。苦しんでいる事態じゃない。
 玖渚さんからの聞き及んだことを、なるたけ脳内で再生する。
 先ほどよりも、随分と脳内にノイズが走っていた。
 

「聞き終えたことには聞き終えたのですが、正直整理の時間が欲しいところかな」
「そっか。じゃあ、これから先のことを決めなきゃね」
「黒神めだかさんがお亡くなりになったということは、あの方々もランドセルランドに戻ってくるんじゃないでしょうか」

 真宵ちゃんは『あの方』という部分をやたらと強調して告ぐ。
 極力出遭いたくはないのだろう。確かにあの人、球磨川くんがしたことは手放しで褒められたものじゃあない。
 苦手意識を持つのもむべなるかな。いーさんは真宵ちゃんの主張をどう捉えたのか。
 しかし、この場合においていーさんの反応は、判明しなかった。

 バイブ音が鳴る。
 いーさんが発信源だ。

「あ、ごめん、メール」

 咎める理由も諫める事情もない。
 私たちはいーさんがメールを確認するのを静観する。
 初めは然したる反応を見せなかったいーさんであるが、はたと怪訝さを露わにした。

941仮投下2  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:28:34



   6




 from:玖渚
 title:水倉りすかについて


 から始まる一連の文章に、一通り目を通す。
 なるほど、玖渚がこうしてメールを『送らなきゃいけない』のも納得がいく。
 同時に、ツナギちゃんがああも頼りにするのも得心だ。
 安易に傷をつけることさえも出来ないのか。
 とか、色々思うところもあるけれど、ぼくの注意は、末尾に向かう。



  ・
  ・
  ・


 いーちゃん



 メールはそれで終わっている。
 これまでのりすかちゃんの話から脈絡も文脈もない、ただ、添えられた「いーちゃん」の一言。
 名詞だけがぽつねんと置かれ、動詞も形容詞も助詞も助動詞もない一言を、如何様に判断すればいいか。
 珍しく句読点もない、その名称を、ぼくはどのように受け取ればいいのか。



「友……?」

942仮投下2  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:28:52

【二日目/深夜/E-6 ランドセルランド】

【戯言遣い@戯言シリーズ】
[状態]精神的疲労(小)、右腕に軽傷(処置済み)
[装備]箱庭学園制服(日之影空洞用)@めだかボックス、巻菱指弾×3@刀語、ジェリコ941@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×2(うち一つの地図にはメモがされている、水少し消費)、ウォーターボトル@めだかボックス、お菓子多数、缶詰数個、
   赤墨で何か書かれた札@物語シリーズ、ミスドの箱(中にドーナツ2個入り) 、錠開け道具@戯言シリーズ、
   タオル大量、飲料水やジュース大量、冷却ジェルシート余り、携帯電話@現実、解熱剤、フィアット500@戯言シリーズ
[思考]
基本:「主人公」として行動したい。
 1:これからどうするかを考える。
 2:不知火理事長と接触する為に情報を集める。
 3:危険地域付近には出来るだけ近付かない。
[備考]
 ※ネコソギラジカルで西東天と決着をつけた後からの参戦です
 ※第一回放送を聞いていません。ですが内容は聞きました
 ※地図のメモの内容は、安心院なじみに関しての情報です
 ※携帯電話から掲示板にアクセスできることを知りましたが、まだ見てはいません
 ※携帯電話のアドレス帳には零崎人識、ツナギ、玖渚友のものが登録されています
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました
 ※八九寺真宵の記憶を消すかどうかの議論以外に何を話したのかは後続の書き手にお任せします
 ※水倉りすかに関する情報を手に入れました。


【八九寺真宵@物語シリーズ】
[状態]体調不良(微熱と若干の体力低下)
[装備]人吉瞳の剪定バサミ@めだかボックス
[道具]支給品一式(水少し消費)、 柔球×2@刀語
[思考]
基本:変わらない。絶対に帰るんです。
 1:これからどうするかを考える。
[備考]
 ※傾物語終了後からの参戦です


【羽川翼@物語シリーズ】
[状態]健康、ノーマル羽川、大体の現状認識
[装備]パーカー@めだかボックス、ジーンズ@めだかボックス
[道具]支給品一式×2(食料は一人分)、携帯食料(4本入り×4箱)、毒刀・鍍@刀語、タブレット型端末@めだかボックス、黒い箱@不明、トランシーバー@現実、
   真庭忍軍の装束@刀語、「ブラウニングM2マシンガン×2@めだかボックス、マシンガンの弾丸@めだかボックス」
[思考]
基本:出来る手を打ち使える手は使えるだけ使う。
 0:殺し合いに乗らない方向で。ただし、手段がなければ……
 1:情報を集めたい。ブラック羽川でいた間に何をしていたのか……
[備考]
 ※ブラック羽川が解除されました
 ※化物語本編のつばさキャット内のどこかからの参戦です
 ※全身も道具も全て海水に浸かりましたが、水分はすべて乾きました
 ※トランシーバーの相手は玖渚友ですが、使い方がわからない可能性があります。また、相手が玖渚友だということを知りません
 ※ブラック羽川でいた間の記憶は失われています
 ※黒神めだかの扱いについてどう説得したか、他の議論以外に何を話したのかは後続の書き手にお任せします
 ※零崎人識に関する事柄を無桐伊織から根掘り葉掘り聞きました
 ※無桐伊織の電話番号を聞きました。

943 ◆xR8DbSLW.w:2015/11/15(日) 23:30:44
以上で、今回の投下を終了します。
諸々と指摘などは受け付けておりますので、よろしくお願いします。

944 ◆xR8DbSLW.w:2015/11/17(火) 21:32:02
何度も失礼します。
色々と考えてみましたが、やはり「仮投下1」に関しましては破棄したいと思います。
この度はご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。
「仮投下2」に関してましても、この際ですし一緒に破棄にしてもいいかな、
という気持ちもあるのですが、何かご意見などありましたらお願いします。
どちらであれ前向きに考えておきます。
また、wiki収録の際は没話1など適当に題名を付けていただけたら幸いです。
改めてお騒がせしました。




それはそれとして、感想などありましたらくれるととても嬉しいかなって(小声)

945誰でもない名無し:2015/11/18(水) 16:02:57
仮投下1非常に好きなんですがロム専なので…
りすかの魔法の解釈に感心しました

946誰でもない名無し:2015/11/18(水) 20:43:29
問題ないように見えるけど何が駄目なの?面白いのに

947 ◆wUZst.K6uE:2015/11/21(土) 13:37:53
仮投下乙です。反応遅れてすいません。

>仮投下1
破棄ですか…
非常に残念ですが、修正を要求した以上何か言える立場ではないので、氏の判断に委ねたいと思います。

>仮投下2
相変わらずキャラ同士の会話の自然さというか何というか、「こいつら会話したらこんな感じだよね」的なものを感じさせる台詞回しの巧さに感服します。
羽川の心理描写も、彼女の境遇やこれまでの流れを考えるとなるほどなぁと思わせられるもので、とても印象深かったです。
いーちゃんは……玖渚次第でどう転ぶかだけど、正直ここが一番怖い。
内容に関しては、自分からは指摘や要求などはありません。というかかなり好きな話なので、できれば破棄はしてほしくないです。
残りの感想は本投下にて。

948 ◆xR8DbSLW.w:2015/11/22(日) 23:57:23
ご意見ありがとうございます。
◆mtws1YvfHQ氏と◆ARe2lZhvho氏と、お二方からご意見を頂けないままでしたが、
仮投下から一週間経過したということで、現在出ている意見や感想なんかから結論を。

>「仮投下2」に関して
では、せっかく◆wUZst.K6uE氏よりありがたいお言葉を頂きましたので、通しとさせていただきます。
ただし、パートの『6』に該当する部分は丸々削除、それに伴い『005』の最後を微修正させていただきます。
あらかじめご了承願います。明日、本スレにて投下したいと思います。

>「仮投下1」に関して
>>946様の疑問に、正直なところ万人が納得するような理由を提出するのは難しいです。
私の我侭に依るところが大きいのは事実です。ただ、感想を乞食した身分で図々しい言い分ではありますが、拙作にも一定の需要はあるように見受けられました。
なので、今回はこれで破棄ということには変わりがありませんが、一ヶ月二か月と、長期間りすかのパートが投下されないようでしたら、
ネタを潰してしまった(かもしれない)ことへの戒めを踏まえ、「仮投下1」を再投下しようかと考えてはみました。主張が行ったり来たりして申し訳ない。
勿論、他の書き手様方が書いてくださるというのであればそれに越したことはありません。お待ちしております。
鬱陶しい主張、および立案かと思いますが、なにとぞよろしくお願いします

949誰でもない名無し:2015/11/24(火) 19:35:09
ロム専だけどいくら大人りすかの時だけとはいえ制限無しになるのはやり過ぎじゃないかと

950 ◆ARe2lZhvho:2021/12/30(木) 02:00:38
大変遅くなりましたが安心院なじみ、不知火半袖
投下します

951安心院なじみの専断偏頗リクルート ◆ARe2lZhvho:2021/12/30(木) 02:02:40

――――ぱちぱちぱちぱち。

「なんのつもりですか」

もちろん褒めているんだよ。
よくぞそこまで辿り着いたね不知火ちゃん。
……なんてお世辞はいらないか。
解いてもらわなきゃ、僕も暗躍した甲斐がないというものだ。

「はい?」

そんなにおかしいことを言ったかい?
出題者としては解答の存在しない問題を出すのはフェアじゃないだろう。
数学とかだと解答なし、という答えもあるけれど、この場合は当てはまらないし。

「そっちじゃないですよ。暗躍だなんて、バレバレすぎてとてもとても」

んー、まあ、否定はしないよ。

「というかむしろあたしに気づかれることを折り込み済みで色々やってませんでした?」

なんだ、わかってるじゃないか。
本当に気づかせたくなかったらそうしていたとも。
逆説的にそういうことになるわけさ。
それじゃあ、解説タイムと洒落込もうか。
ほら、クイズ番組とかでよくあるこれはこれこれこういうことなんだよって説明するやつ。
正解を出したのならいるんじゃないかい?

「どちらかと言えば、ミステリーの犯人の自白の方がまだ近そうですけれどね」

その例えをするならミステリーに必要不可欠な証拠とかが全然無いじゃないか。

「証拠? そんなもの安心院さん相手に意味あります?」

それもそうか。
悪平等の端末という時点で証拠も何もないというならそうだけれど。
確かに犯人は僕だけれども。
ああ、今のは自白になってしまったかな、なんて御託もいらないか。
一応先に言っておくけど、僕はこの実験、壊す気満々だぜ?

952安心院なじみの専断偏頗リクルート ◆ARe2lZhvho:2021/12/30(木) 02:05:48
   ■   ■



まず目をつけたのは容赦姫――いや、とがめちゃんと呼んであげた方がいいかな?
死ぬ直前のところを精神だけ呼び出した。
おっと、この場合は呼び出すってより取り出すの方が正しかったかな。
球磨川くんや善吉くんやめだかちゃんたちとは違って仕込みとかもないから力業になってしまったけれど。
ほら、喜連川博士の研究のことは知ってるだろう。
精神という名の物質をいじくりまわすってやつ。

「……いきなり何とんでもないことをやらかしてくれてるんですか」

おやおや、笑顔が固まってるぜ。
早速嬉しい反応をありがとう、不知火ちゃん。

「確かに、そういう状態で接触されればこちらはわかりようもないですけれど」

だろう?
ミステリーならよくある入れ替わりとか誤認トリックってやつだ。
しかも彼女が死ぬ瞬間は他ならぬ君たちが記録してくれてるから疑われることすらない。
実際、僕が口にする今の今まで思ってもいなかっただろう?

「ええ、思ってもいませんでしたよ。でもトリックにしても反則がすぎるんじゃありません?」

おいおい、先にミステリーに例えたのは不知火ちゃんの方じゃないか。

「例えはしましたけどさすがにそういう意味じゃないですって。
 でも利用価値なんてあります? 端末とはいえ死んだままなんでしょう?」

そうだね。
彼女を端末にしたところで大局に意味はない。
うん、だからこれは純然たる僕の興味本位さ。

「なるほど、興味本位で手を出されるほどの価値はあったと」

もちろん。
ある意味で僕みたいな考えを持てる父親から生まれた球磨川君みたいな娘、なんて存在だぜ?
それでいて大の人間好きな宗像君が錯覚してしまうにもかかわらず、過負荷たりえない本質。
むしろ、『普通』なら避けていくはずの過負荷すら利用できてしまう人間性。

「言い切るんですか。彼女は過負荷と遭遇してないというのに」

そこは断言するとも。
彼女は過負荷と遭うことはなかったけれど、もしそうなっていればそうしていただろう、とね。
そんな存在、唾を付けない方がおかしいだろ。
実のところ、最初は話をしてみるだけのつもりだったんだけどね。
ただ話すだけじゃつまらないから否定姫や飛騨鷹比等の姿をとって揺さぶってみたりはしたけど。
とがめちゃんからすれば突拍子もない走馬灯を見るような感覚さ。
僕の用が済めばとがめちゃんの精神を持っておく必要もないし、死を迎えた肉体に引きずられて本当に終わり、だったんだけど。

「うっひゃぁ、悪趣味」

953安心院なじみの専断偏頗リクルート ◆ARe2lZhvho:2021/12/30(木) 02:06:26

なんとなく思っちゃったんだよね。
端末にするのもおもしろそうだなって。
実質的な死人を端末にするのって初めてだったし、彼女なら君たちに気付かれることもない。
テストケースとしては悪くないだろう?

「いやいや、それ安心院さんにしかメリットないじゃないですか」

それはとがめちゃんにも言われたね。
だからちょっとだけ彼女に不平等で不公平なことをしてあげたとも。

「まさか用が済んだら生き返らせるとでも?」

いやあ、それはちょっとの域じゃないからそこまでは無理だよ。
できるできないの話じゃなくてやるやらないの話さ。
提案したとき、とがめちゃんも真っ先に聞いてきたけれどね。

「じゃあ何をしたんですか?」

結論から言えば、とがめちゃん本人に対しては何もしてないのと同義かな。
とがめちゃん本人には、ね。
不知火ちゃんならもう察したんじゃないかな?

「……ああ、あのときのはそういうことでしたか」

そう、七花くんと双識くん。
あのときのちょっとしたアドバイスはそういうことさ。
無関係の双識くんのとこまで出向いたのは、七花くんだけじゃ不十分だろうっていうちょっとしたサービスさ。

「それ、本当ですかね? 他の人にもちょっかいかけてそうですけれど」

いや、してないぜ?
この際だからはっきりさせておくけど、彼らも、他の端末もそのとき以外は一切僕から干渉はしていないよ。
僕の不平等、不公平は一人につき一度だけ。
その前後のことは全てなるようになっただけのこと。
どんな結末を迎えようとも、ね。

954安心院なじみの専断偏頗リクルート ◆ARe2lZhvho:2021/12/30(木) 02:07:41
   ■   ■



次に端末にしたのは誰か、よりもその前に彼のことは言及しておいた方がいいか。
×××××を端末にしなかった理由は聞きたいんじゃないかい?

「まあ、そう言われると興味は湧きますよ」

彼もとがめちゃんと同様に球磨川君とどこか似てて、でも決定的に違っていた存在だ。
ちょうど寝ていたし、接触するにはいいタイミングだったしね。
からかってみたり、焚きつけてみたり、色々と話してはみたけれど彼を端末にするのはやめることにした。

「そうですか。てっきり『無為式』を警戒したものだと思ったんですが」

端末に狂わされる本体、なんて実現したらそれはそれでおもしろいことになっていただろうけど、そんなんじゃない。
考えなかったわけじゃないけど、単純に目的の達成にはそぐわないと判断しただけさ。
そもそも、端末という形で膨大な個性を保持する僕相手じゃ彼の戯言も相性が悪かっただろうし。
こんな場合じゃなきゃ彼の『無為式』も状況をひっかき回してくれるだろうという目論見はないでもなかったんだけどね。
後の展開を考えれば端末にしないで正解だったと思うよ。
要するに安全、安定、安心を取ったと考えてもらってもいいよ。
安心院さんだけにね。
なんちゃって。
それで、生きていた人たちの中で誰を最初に端末にしたかは見当がついたかい?
それなりにヒントっぽいことは言ってるけど。

「西条玉藻……は多分違うでしょうね、なんとなくですけど。萩原子荻がこちらにいる以上その人選は避けそうです。
 意識がなかったタイミングで考えるなら……玖渚友、辺りでどうですかね?」

残念。
確かに彼女も端末だけど違うんだなそれが。
さすがにいきなり当てるのは無理があったかな?
正解は櫃内様刻くんだよ。
ふむ、予想外ではないけれど納得がいかないって顔だね。

「タイミングが噛み合わないと思うんですが」

ああ、様刻くんが薬局で熟睡していた時間に端末にしたと考えるならそうだろうね。
でもその前に研究所で泣き疲れて寝ていただろう?

「それなら辻褄は合いますが……そんな早くからだったとは。本当に悪平等の前に自由であったと」

うん、そうだね。
とがめちゃんがテストケースなら様刻くんはモデルケースだ。
まあ、後の2人の参考にはならなかったけどね。
それも含めて、様刻くんだけがスタンダードな端末だ。

「それで実質的な最初の端末に彼を選んだ理由は? たまたま寝てたからだと?」

そう捉えてもらって構わないよ。
合理的な様刻くんなら断らないんじゃないかって打算もあったけどね。
実際、様刻くんは実に合理的だったとも。

「あなたに下るのが合理的、ですか」

955安心院なじみの専断偏頗リクルート ◆ARe2lZhvho:2021/12/30(木) 02:08:13

ちゃんと説明はしたって。
断る自由だってあったし。
その場合も端末にならなかった、だから僕も何もしなかった、で終わるつもりだったよ。

「なんですか、つもりだった、って不穏な言い方」

誰も断らなかっただけだよ。
事実、様刻くんも断らなかった。
むしろ、即決に近い早さだった。
とがめちゃんのときと同様、僕のことはめちゃくちゃ疑ったけれどね。

「そりゃそうでしょ。得体の知れない存在が『僕と契約しない?』なんて言ってくる夢に頷く方がおかしいですよ。
 ……まあ、そこで頷けるのが合理的ってことなんでしょうけど」

疑念と決定は両立するとも。
それを選択できるのが様刻くんの長所でもある。

「で? 端末になる代わりに安心院さんは何をしてあげたんです?」

おもしろいことに、そっちについては即断しなかった。
どころか保留できないか聞いてきた。
操想術を解くとか、様刻くんの視点では知り得ない情報を教えるとか、スキルを1つ貸すとか。
その辺りを想定してたから少し驚いたよ。

「……そんなことされたら色々めちゃくちゃになるんですけど」

だからやってないって。
確かに、様刻くんの実力は下から数えた方が早い。
けれど、あの時点でその見解を導きだせたのは運が良い。
いや、やっぱり悪いか。
それだけ、時宮時刻や殺人鬼二人との遭遇が効いたんだろうね。

「一般人として括られる立場から見れば彼らは劇薬でしょうからねえ」

へえ、毒薬とは言わないんだ。

「零崎一賊にも時宮病院にも客の立場の人間だっているでしょう。であれば劇薬ですよ」

それもそうか。
ともあれ、不知火ちゃんが形跡を見つけられないくらいには様刻くんは様刻くんらしく過ごしていただろう?

「それで、わざわざ保留までした彼の不平等はなんだったんですか?」

うーん、それを明かすのは野暮な気もするけどなあ。
それを保留し続けること、かな。
今のところは、だけど。

956安心院なじみの専断偏頗リクルート ◆ARe2lZhvho:2021/12/30(木) 02:09:05
   ■   ■



その次は羽川ちゃんか。
といっても、彼女についてはついでみたいなものだったし、話せることは少ないんだけどね。
それに、厳密に言うと今の羽川ちゃんは端末じゃないんだけど。
今っていうのは、ランドセルランドで元気にマシンガンを撃っていた羽川ちゃんのことだね。

「はあ、つまり裏人格のブラック羽川だけが端末になったと」

その通り。
見ていたのなら知っていると思うけれど、球磨川くんはブラック羽川ちゃんにとって天敵みたいな存在だ。
らしくもなくパニックに陥っていただろう?
球磨川くんが迷惑をかけたね、くらいの軽い気持ちで覗いてみたらいきなり頼みこまれたから面食らったよ。
ご主人――羽川ちゃんを助けてくれってね。
そう焦らなくたって球磨川くんが死をなかったことにするだろうから、って諭したんだけど、それじゃダメだと。
ブラック羽川のまま、また球磨川くんに遭ってしまえばまた殺してしまうから、って。
僕としてもそれは不本意だし、球磨川くんは死をなかったことにはできても彼女の存在まではなかったことにできない。
ブラック羽川ちゃん本人は否定してたけれど、実質過負荷よりの存在だしね。

「その状態の彼女に端末になる判断が下せるとは思えないんですけどねえ」

そうだね。
端末にする必要性はないと言えばなかったんだけど。
でも、管理しておくなら端末の方が都合が良いと言えば良かった。
些細な差だし、どっちでもよかったんだけどね。
魔が差したとか、出来心でとか、ほんの軽い気持ちで、みたいなものだよ。
そういうわけで、羽川ちゃんからブラック羽川ちゃんを切り離した。
エナジードレインとかの正当な手順を使ったわけじゃないから、スキルを使って無理矢理に、と少々荒療治にはなったけれど。

「つまり、羽川翼本人のストレスが解消されたわけではない、と。それはまた面倒な」

それはもちろん。
きっかけさえあればまた出てくる、かもしれないぜ?

「ところで、球磨川先輩に却本作りを返した理由も聞かせてくれたりします?」

え、球磨川くんの話?
状況を見てれば予想できることをやっただけだけど。
それに、それは悪平等とは関係ないだろう。
だからここでは話さないよ。
どうしても聞きたいならまたの機会に、というやつだ。

957安心院なじみの専断偏頗リクルート ◆ARe2lZhvho:2021/12/30(木) 02:11:09
   ■   ■



そして最後に端末にしたのが玖渚ちゃんだ。

「最後、ですか」

うん、最後だよ。
45人中4人。
他にはいないしここまで状況が進めば新たに作る必要もない。
玖渚ちゃんは中々の曲者だったねえ。
なにせ、彼女だけは僕のことを待ち構えていたんだから。
僕の存在に気付くまでは材料さえあれば誰でもできるだろう。
けれど、そこから僕が接触しに来ると確信できるのはそういない。
なのでちょっぴり癪だったからファーストコンタクトはとがめちゃんにお願いした。

「そんな理由で何やらせてるんですか」

あの辺りの時間は色々ブッキングして少し忙しかった、っていうのもあったんだよ。
人材の有効活用も兼ねていたとでも思ってくれないかな。
弱い者同士、親睦を深めてくれればいいなーくらいの感覚だったんだけれど。
同族嫌悪って言うのかな、中々に凄絶だったねえ。

「そんな言い方されると途端に気になるじゃないですか。
 何を話してたかは把握してるんでしょ、教えてくださいよ」

まあ、その辺の話は本題と外れるからこれも機会があれば、ということにしておこう。

「……………………」

話を戻そうか。
玖渚ちゃんも端末になることは即答……むしろ、自分からなりに来たようなものだったね。
心底嫌そうだったけれど。
それでも端末になる価値はあると理解した上で僕に交渉を持ちかけた。
『私が幸せになれる未来はある?』と。

「そんなことを聞いたんですか。安心院さん相手に」

958安心院なじみの専断偏頗リクルート ◆ARe2lZhvho:2021/12/30(木) 02:18:33

僕相手だからこそ聞いてきた。
確かに、この玖渚ちゃんがどんな末路を迎えるか、だったら僕は教えなかった。
教えられなかった。
僕は自身に未来を見ないというルールを敷いている。
ネタバレを知りたくないというルールを強いている。
である以上、他人の未来であってもそれは同様だ。
でも、彼女が欲しがったのは自分の未来じゃない。
別の世界の玖渚友の未来だ。
ほら、宗像くんが持ってきた詳細名簿があっただろう?
あれで玖渚ちゃんは労せずして全員の詳細を手に入れた。
平行世界で一大スペクタクルを繰り広げてきた阿良々木君のことも、ね。
となれば後はわかるだろう?
芋蔓式にキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードという存在を知った。
世界の壁に穴を開けられる存在を知った。
フィクションの存在にすぎなかった平行世界が実在すると知ってしまった。
であれば、絶望的ではあっても絶望ではない極小確率の奇跡が叶う世界があるとわかってしまった。
ならば、こんなことに巻き込まれていなかったら、なんてことを想像するのは当然だ。
別の運命であれば、僕の中のルールには抵触しない。
別世界、別ルートならば未来も過去も関係ないからね。
だから僕は教えてあげたとも。


『おめでとう、元気な女の子だよ』


ってね。
どういう形であれ、生き延びられる未来は想定していたようだけれど、子どもを授かることまでは考えていなかったらしい。
本当に? って聞き返すくらいだったからね。
他の端末と違って直接的な利益は一切なかったけれど、玖渚ちゃんにはそれだけで十分だった。

「その二言を聞くのが彼女がもらった不公平だと?」

それ以上求めはしなかったからね。
事実、必要なかったし。
巻き込まれた以上、奇跡的に生還できたとしてもその先はない、と誰に言われるまでもなく理解していた。
生きたいとは思っても生きられないのは重々承知していた玖渚ちゃんにはね。
だからって自分が死ぬことだって心の底からどうでもいい、ということすら思ってもいないのはどうかと思うけどさ。
そんな理由で、玖渚ちゃんは全力を出し惜しみする必要はなくなった。
持てる力を総動員してただやりたいことだけをやった。

「道理で、あの辺りからやたらアグレッシブになったわけですか」

条件が揃ったからというのもあるだろうけどね。
端末にしてなくたって結局同じことをしてたと思うよ?
首輪の解析、魔法の知識の入手、ついでに所有物を壊された仕返し。
反撃を見越しての陣営の分散と精一杯の抵抗。
それとささやかな置き土産。
言ってしまえば、ちょっぴりわがままをしつつも好きな人のためにただひたすらに尽くした。
ただの恋する少女のように、ね。

959安心院なじみの専断偏頗リクルート ◆ARe2lZhvho:2021/12/30(木) 02:20:08
   ■   ■



死人、スタンダード、裏人格、天才。
というわけで結果としてみれば三者三様ならぬ四者四様の端末だったわけだけど、どうだったかい?

「ほぼ安心院さんの匙加減じゃないですか。それっぽい共通点を探してたのが馬鹿らしいですよ」

共通点、そういえばそんなものもあったか。
結果的にそう見えただけで、実情としてはタイミングよく寝てたり気絶した人たちに声をかけてたってだけの話だったんだけど。
要するに誰でもよかった、というやつだ。

「そんな通り魔みたいな理由で端末を作られたらたまりませんよ。そもそもなんでこんな真似してるんですか」

目的なら最初の方にちゃんと言ったじゃないか。
この実験を壊すって。

「いやいや、こんな面倒な手段をとらなくとも安心院さんならできるでしょう」

できるよ。
僕がラスボス系スキルの大盤振る舞いでもして直接手を下すなんて朝飯前さ。
でも、それはただの失敗で致命的な失敗にはならない。
だからこんな回りくどい手段を使ったわけだけれど。
あれほどの生徒数をほこる箱庭学園にすら悪平等は赤青黄と啝ノ浦さなぎの2人しかいなかった。
それなのにここには45人中4人。
観測者効果が発揮されるには十分だ。

「だからって、あたしたちが手をこまねいていると思います?
 そもそも安心院さんご自身も回りくどいとおっしゃるやり方で成功するとでも?」

成功する根拠があるわけじゃないよ。
でも、失敗しても次があるのは僕も不知火ちゃんたちも一緒だろう?
僕としては、こんな馬鹿なことはやめろ、だなんてありきたりなセリフ使いたくはないんだけどさ。
それで、実際のところどうなんだい不知火ちゃん。

「いきなりそう言われましてもなんのことだか」

なんだよ、今更しらばっくれるなよ。
君たちだって、解いてもらうためのヒントを散りばめてるじゃないか。
彼らももうじき辿り着く頃合いだぜ?
そろそろ出題者としての義務は果たさなきゃならないんじゃないかな?

960 ◆ARe2lZhvho:2021/12/30(木) 02:26:13
仮投下終了です

まず締切及び放送案投下を過ぎての予約になってしまったことをお詫びするとともに機会をくださった◆mtws1YvfHQ氏には感謝を申し上げます
放送の本投下まで時間もないので問題があれば破棄するので遠慮なく言ってください

961 ◆mtws1YvfHQ:2021/12/31(金) 16:02:09
お疲れ様です。
返答が遅くなってしまいましたが、私個人としては問題はないかと思います。
そのため後は◆xR8DbSLW.w氏次第かと思います。

なお。私の方は本日の20時以降の投下を予定しております。
失礼致します。

962 ◆xR8DbSLW.w:2021/12/31(金) 18:39:29
お疲れ様です。

出先ですので手短になりますが、
そのまま進めていただけたらかと存じます。

また放送後の予約解禁は放送投下したら
即解禁でもいいと思います。
よろしくお願いいたします。


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