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作品投下専用スレッド2
1
:
管理人★
:2011/02/19(土) 12:48:34 ID:???0
新スレです。
作品を投下するためのスレッドです。トリップを忘れずに。
2
:
音無き世界の果て
◆5ddd1Yaifw
:2011/02/19(土) 23:42:23 ID:IXXeC6eU0
「ふう……やっと落ち着けるのれす」
「いや〜、わたしもさっきの攻防で疲れてしまったのですヨ」
「まあ此処なら落ち着けるだろ、とりあえずは休憩としよう」
薄汚れてはいるが白の色を全面に押し出した診療所のとある一室で俺と三枝、シルファは椅子にだらりと座っていた。
数時間前に立華奏の分身体に襲われて、何とか撃退した後どこか休憩できる場所に行こうということになって近くにある診療所を目的地にした。
理由としては治療道具やらがありそれらを確保するため、加えてきちんとした休める場所として最適なためだ。
これでも医者を目指していた身だ、二人と比べてもそのへんの知識は人一倍有るつもりだ。
そうして少し歩き、この場に着いた。
「しかし、いきなり襲われて大変だったろ」
「まったくですヨ! こちとらかよわい女の子二人組だっていうのにっ」
「はるはるは全然かよわい女の子だとは思えないのれすが……」
「何か言ったかなあ、シルシルゥ!」
「う、うきゃあああああああああああっっっ!? ど、どこ触ってるんれすかぁああぁあーーー!」
手をわきわきと動かしシルファににじり寄る三枝に後ろによろよろと後退するシルファ。
こいつらこの島で会ったばっかりらしいなのに仲いいんだな、御世辞にも人と付き合うことが巧いというわけではない俺には眩しく見える。
「う、あっ、そ、そこはらめれすっ! はるはっる!」
「ええのんか? ここがええのんか!」
狙いはシルファの腰……とフェイクして胸。腰からゆっくりと、しかし確実に胸へと迫っていく。
最初はあまり強く揉まずに優しく丁寧に。割れ物を扱うかのごとく慎重に揉みしだく。
緩急をつけ、ある時は強く荒々しく揉み、ある時は弱く撫でるように。
シルファが敏感に感じる部分を一直線に薙ぐ。薙いで終わりではない、まだここからが本番。
瞬時に逆方向から戻すように同じ部分を指が駆け抜ける……ってどうして乳揉んでんだ、あいつは!
俺も冷静に何見てんだか。
「何やってるんだ、お前らは」
名簿を軽く丸めたもので二人の頭を軽く叩く。あまりそういう免疫がない俺にとっては恥ずかしいことだった。
こんな時にボケが出来るほどバカではない、というか生前の人生でも死んだ後の生活でもこういう色ボケ沙汰はあまりないことがそれに拍車を掛ける。
あんまり接してなかったからなぁ、女性と。それを抜きにしても俺がこういうノリが苦手で奥手だろうという理由もあるんだけど。
3
:
音無き世界の果て
◆5ddd1Yaifw
:2011/02/19(土) 23:44:29 ID:IXXeC6eU0
「一応、此処に男がいるんだからそういう事はするもんじゃないぞ」
「えー。別に気にしない、気にしない! これぐらいは常識の範囲内っ!」
「どこがだ、範囲内どころか遥か彼方までぶっとんでるってのっ!」
「いやいや〜最近の女の子は進んでるんですヨ〜、これぐらいは当然のスキンシップとして存在するんです。あーゆーおーけー?」
「ノーだ! 第一俺は男だ! 女の子の常識なんて知るかっっ!」
「そんなんじゃモテナイよ、音無くん……ダメダメ……思考が駄目っ……」
「お前のほうがダメダメだよ……鏡で自分自身見てみろよ……」
「はるはるもいい加減離してくらさい! いつまれさわってるれすかぁ……」
「そんなのわたしの気が済むまでー!」
「うひゃああああああっ!」
「誰か助けてくれ……まともな奴はいないのかよっ」
そんなこんなでまともな会話になるまで暫くの時間を俺等は要した。
こいつらと出会ってから気苦労が絶えない。胃薬が欲しいくらいに。
二人ともベクトルは違えど色々とぶっとんでるから、相手をしていて飲み込まれっぱなしだ。
「まず最初にかくかくじかじかでまるまるさんかくな目にあってしかくしかくな危機をくぐり抜けてこうなったというわけです」
「そんな説明でわかるかーーーーっ!」
「やっぱりだめかー、漫画や小説みたいにうまくいかないなー」
「フィクションと現実を一緒にするなんてはるはるは本当に……ごめんなさい、何も言ってないれす」
そしてこんなやり取りが頻繁に続く。三枝がボケて、俺がつっこみ、シルファが話題を切り替える。
この循環が延々とループしていた。正直ここまでリラックスしている参加者は俺等以外はいないだろう。
いたらそいつらに突っ込んでやりたい、真面目にやってくれって。
「まあ、まじめに話してもそんなないですヨ、ただ最初にシルシルと会って一緒に知り合い捜そーってなってですね。
その後にあの銀髪クーデレ美少女に襲われてあわや黄泉比良坂に首突っ込むぞーってところで音無くんに助けてもらったっ!
総括としてはこんな感じですネ。助けてくれてありがとう、音無くんっ! 命の恩人だよ!」
「所々なんかおかしい部分はあったけどそれで全部か?」
「そーうでーす」
「最初からそう言ってくれよ……」
俺はもう限界ですと言わんばかりにだらしなく診療所に備え付けの長い椅子に身体を預けた。長距離の深い森の移動、奏の分身体との戦闘、そして二人とのやり取り。
身体と心は疲労を訴えていた。SSSでのやり取りで少しはこんなバカなやりとりも慣れていったが自分で言うのも何だけど本来は真面目一直線な性格だ。
三枝やシルファのような徹頭徹尾おちゃらけた人と深く接していない身としては疲れがでてしまった。
「音無くんってば溜息ばっか吐かないの! そんな疲れた顔してると幸せが逃げていっちゃうよ?」
4
:
音無き世界の果て
◆5ddd1Yaifw
:2011/02/19(土) 23:46:32 ID:IXXeC6eU0
まあ、悪いヤツじゃないんだけどな。
初めの印象はそれなりにいいものだった。三枝の騒がしさによりすぐに下方修正することになったが。
だけど、もう一人の同行者であるシルファはなぜか目を合わせようとしない。
疑問には思ったが深く考えても仕方ないと早急に割り切りの精神で対応した。
それにこれからある程度改善されればいいと考えた方が気分も滅入らない。
「ともかく、あんたらこれからどうするつもりなんだ?」
「これからって?」
「いや、何か目的ぐらいはあるんだろ?」
「はい! 私はご主人様とイルイルとミルミルを捜すのれす!」
「う〜ん、あたしは……同じ学校の仲間をね」
三枝の方はありふれた願い。同じ学校でよく遊んでいる仲間と会いたい。
聴いたところによると仲間全員がこの殺し合いに巻き込まれているという稀有な事態だ。
それは俺にも言えること、SSSの主要メンバーがだいたい揃っているからこの場では稀有ではないと思う。
「三枝の方はわかったけど、シルファはそのなんだ……ご主人様ってどういうことだ?」
シルファの目的、ご主人様、イルイル、ミルミルを捜すこと。はぁ? と思わず聞き返したくなるぐらいに奇想天外な言葉が出てきた。
重い重い息を吐いて俺は頭を抱える。いったい何を言ってるんだ、イルイル、ミルミルって誰だよ。というか、ご主人様とか何処のメイドさんだ。
それともそういう趣味……の人と付き合っているんだろうか。
だが、口に出してしまうとますます距離を置かれてしまう、故にやんわりと否定の意を示す。
「メイドとか常識的にないだろ、うん」
「私はメイドロボット、HMX-17c シルファれす!」
「もっとねえよ。現代科学はどこまで進歩してるんだよ、おい!」
「そんなことないれす、常識的に考えてもあるのれす。私が良い証拠なのれす」
「あー、まあいいや。そういうことでいいや……」
結局、メイドロボットが実在するかどうかは先延ばしとした、これ以上聞いてても頭が痛くなるだけだ。
そして、肝心のご主人様とイルイル、ミルミルについての情報は聞くのにそれなりの時間がかかることとなった。
何故ただの情報交換にここまで疲労感を覚えたのだろうか。
理由はわかる、この二人のマイペースさに当てられたということがまず第一に挙げられる。
殺し合いの場だというのに普段どおりを貫き通している。
それともこれは安心させる優しい気遣いならたいしたものだと、感心するんだけどな。
実際に俺は幾分か救われているのかもしれないとりとめもなくそう思った。
ずっと息を張り詰めても後が持たないし。
「堅すぎるんだよー、音無くんはー。ほれ、なんならこれでも揉んで元気出してみる?」
「ふぇ!? はるはる、私に触れていいのは御主人様だけれす! 提供するならはるはる自身でやってくらさい!」
「しょうがないなあー、この美少女はるちんの美乳を特別に触らせてあげようじゃないか! さあ! ハーリー! ハーリー!」
5
:
音無き世界の果て
◆5ddd1Yaifw
:2011/02/19(土) 23:47:16 ID:IXXeC6eU0
前言撤回、こいつ馬鹿だ、同じSSSに所属する野田やユイレベルの馬鹿だ!
心の中でそう叫んだ。
何故叫ばないのか? 大声出して危険人物に見つかったらどうする、まだそこまで危機感を失った訳ではない。
「ああ、俺、疲れたよ……」
俺はげんなりとして数分後にはすっかり憔悴していたのであった。
6
:
音無き世界の果て
◆5ddd1Yaifw
:2011/02/19(土) 23:47:54 ID:IXXeC6eU0
◆ ◆ ◆
果たしてそれは生きていると言うことが出来るの?
◆ ◆ ◆
……疲れた。ともかく俺は診療所に何か包帯や消毒薬がないかいろいろと探し回っている。他の二人には休んでもらっている。
それなりにSSSとして銃を持って戦っていた日常を過ごす俺とは違って二人はただの学生、できれば体力は温存してもらったほうがいい。
さてと、やっと一人になれた。これで静かな空間で俺がゆっくりと思考できる。
ついさっき出した考察――俺達は生きているか?
それとなく三枝とシルファに聴いてみた。俺個人だけの考えだけで考察を進めるよりも二人のここに連れてこられる前の状況について聴いた方がいい。
固定概念に囚われるな。そう、何時だってこの世界は不確かだから。
本題に入る、三枝は修学旅行の最中、シルファはご主人様(河野貴明というらしい)の家でいつも通りに過ごしている時、この殺し合いに呼ばれたらしい。
さすがにアンタ死んだことあるか? とは聞けなかった。何言ってるんだとばかにされるのがオチだ。
結論として俺達は生き返ったのか?
二人に自分が死んだという自覚はなかった。ということは俺は生き返った?
ただそれは最初の俺と同じように一時的な記憶喪失――俺と同じように死んだ記憶がなかった。
そう捉えられる可能性だってある。結局の所いくら考えても、正しい情報と信頼できる仲間を集めても、真実には雲がかかったままだ。
わからないままの真実を知る方法はただひとつ。優勝すること。優勝して俺は生きているのかを聞くこと。
だがそれはできない。“初音”がそれを望まないから。“初音”がそれを許さないから。
だから俺は殺し合いに乗れない。乗ってはいけないんだ。
そう。
全ては“初音”が願ったから。
だから俺は抗う。
――い。
だから俺は生きていく。
――おい。
俺は今何を思ったんだ? 頭の中で組み立てた思考に対して疑問を浮かべてしまった。
俺の抗う理由。俺の生きる理由。
7
:
音無き世界の果て
◆5ddd1Yaifw
:2011/02/19(土) 23:48:16 ID:IXXeC6eU0
“音無初音”
空虚な日々に終止符を打った俺の妹だった人。
初音がいたから生きてきた。初音がいたから医学を志した。初音がいたから死後の世界でも何かを救うために奔走した。
気づいてしまったんだ、そこに、俺の意志はあったのだろうか? 俺の本来の意志――音無結弦は存在していたのだろうか?
俺は本当に生きていたって言えたのだろうか? 俺自身が今ここで何かを救えているのだろうか?
否――断定。俺は生まれた時から空っぽだった、何も、なかった。そこに初音の死の間際に意志が注がれただけ。
生きているのは“音無結弦”ではなく“音無初音の残骸”。
俺が人を助ける理由――ハッピーエンドを目指す理由。過去に誓った決意。俺の人生。
全ては終幕、喪失、絶望、虚無、崩壊、人形、機械。
ああ、なんてざまだよ、直井にお前の人生は本物だったはずだろって言える資格、なかったじゃねえか。
だって俺自身の人生こそ――偽りだったのだから。
全ては借り物で、それをあたかも俺が自分で手に入れたかのように。
だって誰かのためにこの命を費やせるならって願いも。全部初音の意志だったんだ。
なかなかに最低じゃないか、善でもなく悪でもなく無。俺の名前に連なっているように俺自身の生きている音が無い。
だって俺はからっぽだから。音無結弦は。
「最初から消えてたんだ」
張りぼての意志が崩れていく。何もかもがグチャグチャに。
結局さ、生きていた原初の理由も初音。医学を目指した原初の理由も初音。人を助ける原初の理由も初音。
そう。何もかも。
存在、肉体、精神、心臓、理由、人生――――全部が。
初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音。
初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音。
初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音。
初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音。
8
:
音無き世界の果て
◆5ddd1Yaifw
:2011/02/19(土) 23:48:47 ID:IXXeC6eU0
この身体全てのどこをくまなく見ようとも。音無結弦はいない。
そして、俺の全てになっている“初音”を殺したのは誰だ?
お ま え だ ろ 。
あの雪が降りしきるクリスマスでの出来事。俺が無理やり連れだしたせいで初音は死んだ。
立派な殺人だ、そんな手で俺は人を救う医者を目指していたのか? 滑稽だ。三流にも劣る五流喜劇だ。
この心の臓に音は無い。音無き心臓が脈を打つのは“初音”がいるから。
ああ、気づかなければ俺は。“音無結弦”として偽装できたのに。
これから、どうすればいいんだ? 今も休んでいるだろう三枝達とどう接したらいいんだ?
きっと一緒にいることに耐えられないだろう、あいつらが笑顔で。
助けてくれてありがとうって言ってくれたんだ。
違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違うっっっっ!
俺にそんな言葉を受け取る資格はないんだ、ただ初音の意志に従って助けただけなんだ、俺の本心から助けた訳じゃないんだっっ!
……こんな時でも伸び伸びと生きている彼女達が羨ましい、借り物の意志で動くロボットみたいな俺と違って自分の確固たる意志がある彼女達が眩しかった。
ふと気づいた、泣いているのか、俺。涙が両の瞳からポタポタとこぼれ落ち、スラックスを濡らす。
救急用具を探すのも忘れ、俺はただ、俯いていた。静寂の空間、時計の針が動く音だけが部屋に響く。
そしてふと顔を上げると壁にかかっていた時計が視界に入る。五時五十九分。
俺のグシャグシャになった内面など気遣うこと無く。
放送が、始まる。
【時間:1日目午後5時59分ごろ】
【場所:F-6 診療所】
音無結弦
【持ち物:コルトパイソン(5/6)、予備弾90、水・食料一日分】
【状況:疲労小】
【目的:???】
三枝葉留佳
【持ち物:89式5.56mm小銃(20/20)、予備弾倉×6、水・食料一日分】
【状況:健康】
【目的:佳奈多を探す】
シルファ
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:額に軽度のケガ(?)】
【目的:貴明、イルファ、はるみを探す】
9
:
◆5ddd1Yaifw
:2011/02/19(土) 23:49:17 ID:IXXeC6eU0
投下終了です。
10
:
名無しさんだよもん
:2011/02/20(日) 09:18:58 ID:fKXGXKsQ0
何度もすいませんが誤字の指摘です。
Come with Me!!の「強大なギリアギナ族に虐げられて、諦めていたあの頃と。」の箇所について
ギリアギナ族ではなくギリヤギナ族が正しいのですが…ページの修正お願いします。
11
:
七回目のベルで
◆Sick/MS5Jw
:2011/02/20(日) 13:39:47 ID:UxP9Gd1s0
それは声。王の声だ。
「―――さあ、真帆」
隷属者は、だから、逆らえない。
逆らうことを、許されない。
「レッスン2だ」
それは道理だ。支配者と、被支配者。
その二つを並べたときに現れる、当たり前のかたちだ。
「動く獲物を、仕留めてみせろ」
意思とか、感情とか。
そういうものを超えたところにある、『そうでなければならないもの』。
「ナイフでも銃でも、好きな方を使っていいぞ」
朝になれば、日が昇るように。
夏が暑くて、冬が寒いように。
「あのジジイを、殺せ」
それは、崩してはいけない、世界のルールだった。
だから葉月真帆の震える指は、それでも躊躇わずに、拳銃を選んだ。
***
12
:
七回目のベルで
◆Sick/MS5Jw
:2011/02/20(日) 13:40:03 ID:UxP9Gd1s0
一発目は、外した。
岸田洋一に背中を押されるように斜面を駆け下りた葉月真帆が言葉もなく発砲した弾は、
着弾の音すら聞こえなかった。まるで見当違いの方へと飛んでいったようだった。
細い目を見開いた白髪の老爺が何かを言おうとする前に、二発目の銃声が響く。
やはり、当たりはしなかった。
どう外れたのかも、分からなかった。
は、は、と息を吸うたびにひきつけのように全身が震えて、まるで照準が定まらない。
刺された左腕がびくりびくりと痙攣する。
地獄の責め苦のように思えた傷は考えていたよりも遥かに浅く、きつく縛られた腕からは
ひどい出血もない。骨まで届いたように感じられたのに、実際には肉を浅く削いだだけだった。
本当に骨まで届くような刺し傷は、ならばどれほどの苦痛だろうと、真帆はどこか他人事のように考える。
他人事のようにしか、考えられなかった。
実感してしまえば、本当に想像してしまえば、耐えられない。
だから、他人事にするしか、なかった。
それでも熱く鈍い痛みは鼓動と共鳴して腕を揺らす。
腕が揺れて心が揺れて、焦って引いた引き金が、三発目の銃弾を無駄にする。
「―――ッ」
息が、苦しい。
肺が壊れて、吐く息の半分ほども吸い込めないように感じられた。
全身が酸素を要求して暴れだす。
膝が笑う。腿が震える。視界が狭まって暗くなる。耳の奥では甲高い音がずっと鳴り響いている。
四度目に引き金を引こうとした瞬間、
「つまらんな」
と、声が聞こえた。
岸田洋一の、声だった。
息が、止まった。
じくりと、縛った布地の下の傷口から赤い血が溢れたように感じられた。
膝の、腿の、肘の、手首の、胸の、首の、目の、震えが収まる。
葉月真帆という怠惰で無能な管理者を無視して放埒に騒いでいた身体機能が、
王の一声を以て統率を取り戻したようだった。
正面に、目標が見えた。仕留めるべき、獲物。
13
:
七回目のベルで
◆Sick/MS5Jw
:2011/02/20(日) 13:40:21 ID:UxP9Gd1s0
「―――」
教えられたとおりの姿勢を、全身がトレースする。
流れるように、引き金を引いた。
乾いた発砲音と同時に、目標が揺れた。
深い色のカーディガンを纏った細い腕が、弾かれるように跳ね上がっていた。
外した、と思う前にもう一発、二発。
一度の射撃で三発。これが基本だ。王の声が再生される。
しかし二発目と三発目は目標に命中することはなかった。
王の声は外すな、仕留めろとだけ繰り返されていて、外したときにどうすればいいのかは
命じてもらえなくて、だから真帆は、射撃姿勢のまま、固まる。
ち、と苛立たしげな舌打ちが上から聞こえてきたような気がして、
不興を買ったのだということは理解した。
何とかしなければと焦っても、どうすればいいのかが分からない。
じくりじくりと、腕の傷が何かに咀嚼されているように痛んでいた。
そうして固まっている真帆の前で、目標が動いた。
走るでもなく、逃げるでもない。
ただ、どくどくと血の滲む腕を押さえながら、老爺は真帆に向けて歩いてくる。
足をひきずるようにして一歩づつ近づいてくる老爺を前に、真帆は動けない。
命令のスクリプトはエラーを吐き出し続けていて、肉体の支配権は葉月真帆という
隷属者には存在しなかった。
目の前に、老爺が立っていた。
既に外しようのない距離。
銃口は、老爺の胸の辺りを照準に納めている。
それでも真帆は動けない。
14
:
七回目のベルで
◆Sick/MS5Jw
:2011/02/20(日) 13:40:55 ID:UxP9Gd1s0
老爺の目が、至近から真帆を見据えている。
見事な白い髭を蓄えた口が、ゆっくりと開く。
「……お前さんは、どこにおる」
それは、乾いた風のような声。
動けない真帆に吹きつける、荒野の風だった。
「……あ、」
「お前さんは、どこに立つ」
答えられない。
声は身体の領分で、身体は真帆に従わない。
「お前さんは……誰じゃ」
暮れなずむ山道に、静かな声が響く。
耳に入る音と、目に映る光景と、老爺の言葉の意味が、繋がらない。
繋がらないから、葉月真帆はその意味だけを、考える。
誰。葉月真帆。
本当に? 当たり前。
本当に? しつこいな。
本当に? だって、他の何だっていうんだ。
だったらどうして、身体を自由に動かせないの?
……それは、だって、仕方ないから。
どうして仕方ないの?
……そう決まっているから。
誰がそれを決めたの?
……知らないよ。ルールだもの。仕方ないじゃない。
誰が、ルールを、決めたの?
……。
「お前さんが」
15
:
七回目のベルで
◆Sick/MS5Jw
:2011/02/20(日) 13:41:20 ID:UxP9Gd1s0
まるで答えのような声が聞こえて、飛び上がるほど驚いた。
実際に飛び上がったりはしない。表情も変わらない。
身体はぴくりとも動かずに、ただ、葉月真帆は、驚いていた。
老爺の言葉が、続く。
「お前さんが歩いとるのはの……誰の道でもない」
道。道ってなに。
何を言っているのか、よく分からない。
「お前さん自身が選んだ道じゃ」
わからない。
わからないけど、違うと感じた。
違う。私が選んだんじゃない。
私は何も選んでない。
私はただ選ばされただけで、何を、何を?
道を。今を。ルールを。
違う、そんなものは、だけど、―――だけど、手にとったのは、誰?
「じゃからの。お前さんが間違ったと思うなら……止まっても、引き返しても、ええんじゃよ」
間違った。
間違えた。
誤った。
何を。道を。手にとるものを。
間違った? 間違った。
今を間違えた。ルールを間違えた。何もかもを間違えた。
止まってもいい? 引き返してもいいの?
……止まりたいよ。こんな今の先は、見たくない。
引き返したいよ。選ばされた時まで。
選び直して、違う道を行きたいよ。
間違った。私は間違えた。私は間違えたんだから。
こんな道は、もう―――
「何をしている、真帆」
声は、すぐ後ろから、聞こえた。
「―――」
「さあ、やれ……真帆」
耳から伝う囁くような声は、甘い。
甘い蜜は、油だ。軋んだ歯車を回す、潤滑油だ。
きぃきぃと音を立てて回りだした歯車が、身体を動かしていく。
止める間も、なかった。
指先が引き絞られるように動いて、それで、終わりだった。
老爺の、枯れ木のような身体が、弾けて、飛んだ。
***
16
:
七回目のベルで
◆Sick/MS5Jw
:2011/02/20(日) 13:41:46 ID:UxP9Gd1s0
「ハッハッハ! 爺さん、なかなかのお宝を抱えてたもんだな!」
上機嫌な声が響いている。
射殺した老爺の所持品を調べていた岸田洋一の声だ。
それをちらりと見て、銃の弾らしい、と真帆は確認する。
「これだけあれば後先考えずに戦える! 面白くなってきたじゃないか、なあ!」
本当に上機嫌だ。
だが、その楽しそうな声も、手際よく銃弾の山を選別して仕舞い込んでいく背中も、
真帆の奥には、届かない。
そこには、残響があった。
真帆の心の奥底の、まだかろうじて澄んだ水を湛えている小さな水面に響く、それは波紋だ。
―――私自身の、道。
波紋は、消えない。
老爺の言葉が投げ込まれた泉の水は波打って、次第に波は大きくなって、
―――間違ったと思うなら……止まっても、引き返しても。
やがて音を立てて、溢れ出す。
すう、と右手が上がった。
そこには一丁の拳銃が握られている。
残弾は充分。距離は至近。震えはない。
グロックに撃鉄はない。ただ、引き金を引けば、それで何もかもが、
「―――ジジイにほだされたか」
ざわりと、空気が変わった。
岸田洋一は、背中を向けたままでいる。
それでも葉月真帆は、動けなくなった。
指一本の自由すら、きかない。
じくりと、腕の傷が、鳴いた。
17
:
七回目のベルで
◆Sick/MS5Jw
:2011/02/20(日) 13:42:18 ID:UxP9Gd1s0
それは、圧力だった。
静かな声と、揺らがない背中と、それらが真帆に向ける意思の縒り合わさって生じる、
音と、熱と、粘り気を持つ、無色透明の網だった。
網には棘がついていて、見えない棘は肌を刺す。
血を流さずに刺さった棘が皮膚の下の神経をざくざくと切り刻んで、痛くて、怖くて、動けない。
「まあ、いい」
息ができない。
喉の奥からせり上がるのは吐息ではなく悲鳴と胃液で、渇いた舌は機能せず、
言葉もなく立ち尽くした真帆の眼前で、岸田洋一が、殊更にゆっくりと振り返る。
「撃ちたいんだろう」
そう言った声は、どこまでも甘い。
真帆を見る瞳は、どこまでも慈悲深い。
「殺したいんだろう、俺を」
毒のように甘く、
断頭台の刃のように、慈悲深い。
「さあ、やれよ。今ならやれるかもしれないぜ」
岸田洋一が、立ち上がる。
立ち上がって、一歩を踏み出して、囁く。
「だが……本当にいいのか?」
毒塗りの刃を言葉にするように、笑んで、言う。
向けられた銃口を、一顧だにすることもなく。
「俺を殺したって、お前はもう戻れない。戻る場所のあるはずもない」
両手を広げて、更に一歩。
抱き締めるように。赦すように。
18
:
七回目のベルで
◆Sick/MS5Jw
:2011/02/20(日) 13:42:59 ID:UxP9Gd1s0
「何たってお前、もう二人も殺っちまってるんだからなあ。……んん?」
と、そこで何かに気づいたように、岸田洋一が言葉を切る。
大仰な仕草で天を仰ぐと、とびきりの笑顔を作って、真帆に言う。
「おいおい、お前……すごいぞ! 二人か! もう二人なんだな!」
心からの賞賛を述べるように。
満点の答案を見せた子供を、誇らしげに抱き締める親のように。
「この島に来てから、お前はもう俺に追い付いちまった! たったの六時間でだ!」
近づいて。
真帆を、抱く。
「ははは! お前は俺と同じ生き物だよ! 俺なんかと肩を並べてるんだよ!
どうしようもないな、お前は! 救いようがないな、お前は!
俺と同じところに立ってるんだ! お前は! 俺と! この岸田洋一と!」
本当に嬉しそうに、真帆を抱き締めながら、その瞳をほんの数センチの距離で見つめながら、
岸田陽一の声が、葉月真帆を切り刻む。
銃口は、その逞しい胸板に押し付けられていた。
それは、真帆にも分かっていた。
撃てば弾丸はその心臓を貫くだろう。
それなのに、引き金は、引けない。
溢れたはずの波は、どこかに消えていた。
痙攣するように吐き出した吐息が、岸田の顔に跳ね返って、生温い。
息を吸おうとした瞬間、べろりと、分厚い舌が頬を舐めた。
たっぷりとまぶされた唾液は、ぬめりながら頬を流れて口元に垂れ、開いたままの口腔に流れ込む。
奇妙な臭いと味がして、それがとても汚らしくて、だけど、仕方ないと、真帆はぼんやりと思う。
「誰も、お前と同じところまで落ちてはくれない」
汚いものが、身体の中に入っても。
それを嫌だと、思っても。
だけど、この身は、もう、その汚いものと、同じものでできている。
「俺だけだ。俺だけが、お前と一緒にいる―――」
だから、耳元で囁かれる甘い声に導かれるように。
舌に絡んだ唾液を、呑み下す。
じくじくと、腕の傷が鳴いている。
じくじくと、滲んだ血が拡がっていく。
じくじくと、傷は膿んで、熱を孕んで、腐っていく。
道は、もう、見えない。
19
:
七回目のベルで
◆Sick/MS5Jw
:2011/02/20(日) 13:43:16 ID:UxP9Gd1s0
【時間:1日目午後5時半ごろ】
【場所:F-4】
岸田洋一
【持ち物:サバイバルナイフ、グロック19(6/15)、予備マガジン×6、各銃弾セット×300、
真帆の携帯(録画した殺人動画入り)、不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】
葉月真帆
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:左腕刺傷】
幸村俊夫
【状況:死亡】
20
:
Memento mori/Carpe diem
◆ApriVFJs6M
:2011/02/21(月) 22:42:40 ID:Kg0jBYBE0
「珠美……俺達は大変なことになってしまったぞ」
「ほえ? どうかしたのかきょーすけ」
俺と珠美は昼下がりの森の中を歩いていた。
決して気温は熱くはないが首元には汗が滲み始めていた。
それもそうだろう、舗装された道路と違ってうっそうと繁る森。
そして見通しが悪い上に地面は斜面があり、さらに石や木の根っこででこぼことしてると来たもんだ。
運動神経も体力もあると自負している俺だったが、想像以上に歩きにくいことで体力が消費されてることを感じ始めていた。
一方、珠美はというと全く疲れを感じさせる仕草を見せることなくひょいひょいと身軽な動きで山を下っていた。
本当にサルみたいだった。
「とても大切なことなんだ……心して聞いていくれ……」
「むー、もったいぶらずにはやく話せよー」
せかす珠美に俺は大きく息を吸い込んで言った。
そう俺達が置かれている危機的な状況を――
「実は俺達……道に迷ってしまったんだよ! どっちに向って歩いているかさっぱりわからねえ!」
「な、なんだってー!! ってアホかああああああっ」
どげし、と鈍い音がして珠美の脚が俺の鳩尾に食い込んだ。
「げほっ、おま、何を、ぉぉぉ……」
「じゃあなんで『こっちだ珠美! 俺について来い』なんて言っていかにも道を知ってそうなそぶりで前を歩いてるのさ!」
「俺は肉食系だからな、女を引っ張ってこそ男という物だろう?」
俺は歯をキラリと輝かせ爽やかに笑った。
好青年ここに極まれりとやつだ。
「ねえ、きょーすけぇー」
珠美はニコニコとした笑顔で俺を見つめている。さすが俺の眼力(めぢから)だ……珠美は男らしい俺に心を奪われているに違いない。
「いっぺん、死んでこいやあああああああ!」
「ひでぶっ」
再び俺の鳩尾に強烈な衝撃が襲い掛かり俺は落ち葉が積もる土の上に崩れ落ちた。
21
:
Memento mori/Carpe diem
◆ApriVFJs6M
:2011/02/21(月) 22:44:02 ID:Kg0jBYBE0
「まったく……なんであたしがツッコミ役をやらないといけないんだか……おーい〜きょーすけー」
「………」
「きょーすけー?」
「………」
「きょーすけー! きょーすけー! 変な冗談やーめーろよー!」
「………」
「うそっ! 今の一撃の当たり所が悪くてまさか……」
「………」
「あわわわ……どうしよう……あたし……あたし……きょーすけーを」
「………」
「やだ……やだよぉ……ねえ……起きて……起きてよきょーすけぇ……」
ぴくりとも動かない俺に慌てふためく珠美。くくく……俺の死んだふり作戦は完璧だな。
ちょいとばかり脅かしておしおきだ。くっ……こんなロリっ娘におしおきとはなんて卑猥な響きなんだ……っ!
あー……でも声が涙ぐんできたぞ。しょうがねえこの辺で目を覚ましてやるか。
「そうか……そんなに俺が目が覚まさないことが心配なのか……」
「だって……だって……あたしのせいできょーすけが死んで――あれ?」
今にも吹きだしそうになりながらも俺は珠美に優しく話しかける。
そして俺が死んだふりしていたことに気がついてきょとんとする珠美。おもしれえ……!
「やーいやーい! ひっかかったなアホが〜! そんな簡単に俺が死んでたまるかってんだ!」
「あ、あれ……きょーすけ生きて……」
「あたりまえだろ。勝手に殺すな」
「きょーすけぇ……」
肩を震わせる珠美。ちょっと悪ふざけが過ぎたかな……こりゃ相当怒ってるぜ。
しょうがねえ蹴りの一発二発は覚悟しておくか。
そう思った俺だったが――
「ひぐっ……きょーすけ……」
「あれっ?」
おい、雲行きがおかしいぞ。この展開は予想してねえ
これが鈴だったら『何アホなことやってんじゃコラぁぁぁ!』ってハイキックが飛んでくるはずだぞ。
22
:
Memento mori/Carpe diem
◆ApriVFJs6M
:2011/02/21(月) 22:46:43 ID:Kg0jBYBE0
「うぐっ……よかったきょーすけ……あたし……きょーすけが目を覚まさなかったらどうしようかと……えぅっ」
「珠美……」
目に涙を浮かべすすり泣く珠美。やべえ……女の子を泣かせちまった……
完璧に鈴の場合と対応誤ってしまったぞ……
うう……素直に謝ろう……
「ごめん……珠美。俺の悪ふざけがすぎた。この通りだ泣くのはやめてくれよ、な?」
ぽん、と俺は珠美の頭に手を置くと優しく撫でた。
「ぷ……ぷぷぷ……!」
「あ?」
「うぷぷぷぷ……もーだめー! 笑いをこらえるの無理無理ー! きゃはははは! きょーすけのその顔さいこー!」
「ちょっ、おま、珠美!」
「やーいやーい! ひっかかってやんのー! さっきのお返しじゃーい」
「うぐ……くくく……」
何も言い返せず俺は敗北の味を噛み締めるだけだった。
つーか女の涙って反則すぎるよなあ……?
「ほんとーにきょーすけはアホだなあ」
「うるさいほっとけ」
「顔だけ見たらイケメンなのにのぉ……口を開いたら残念すぎるじゃろ」
「しょーがねーだろ、今さら性格直せるか」
「きょーすけって実はモテそうでモテないタイプじゃないのかに?」
「失礼なこというな! 俺だって……俺だって……あれ?」
待て、よくよく考えたら俺って女の子と付き合ったことってあったか……?
いつも理樹や鈴たちと馬鹿やっていたからそんなこと考えたこともなかったぞ……
「ごめんきょーすけ。図星を突いちゃったようだの。大丈夫大丈夫、きょーすけぐらいイケメンならまだまだ春は訪れるって」
「なんだその哀れむような目は!」
23
:
Memento mori/Carpe diem
◆ApriVFJs6M
:2011/02/21(月) 22:47:50 ID:Kg0jBYBE0
■
「ふぅ……やっと森を抜けられたぜ……」
「おおーっ! やっと姉ちゃんさがせるぜ!」
深い森の中で珠美と馬鹿なやりとりをしながらも俺達はやっとのことで街に出ることができた。
かれこれ二時間近く彷徨っていただろうか。頭の上にあった太陽は西に傾き始めていた。
「さすがに歩きっぱなしで疲れたのー」
「だな、どっか休める所探そうぜ」
しんと静まり返った街に佇む俺達は休めるところを探し始める。
十分ほど歩いたとことろに白い丸テーブルと椅子が並ぶオープンカフェを見つけそこに腰を落ち着けることにした。
「ふいー疲れたぁ〜」
珠美はまるで潰れた蛙のように上体をテーブルを投げ出してくつろいでいた。
「おい、ちょっと気抜きすぎだぞ。こんな無防備な状態で誰かに襲われたらどうすんだよ」
「そんときゃきょーすけが何とかしてくれ。忍者セットがあるじゃろ? じゃろ?」
何とも無責任に言い放つ珠美。こんなクナイや小刀でどないせえと言うんじゃい。
「こんなもんでマシンガンとか持ってる奴に対抗できるかっ」
「大丈夫大丈夫。きょーすけならなんとかできるってー」
「そう言う珠美こそ何か武器らしいもの持ってるのかよ」
「さあ?」
「さあ? って何だよさあって」
「いやあ〜、実はあたしもいまきょーすけに言われるまで自分の荷物のこと忘れてた。それじゃ何が入ってるか確かめてみるかの」
能天気すぎるだろお前……
珠美は状態を起こすと足元に置いてあった自分の荷物をごそごそと漁り始めた。
「懐中電灯〜〜っ」
「いや、それは俺も持ってるから。それとどこかのネコ型ロボットような声出さなくていいぞ」
「ちぇー、せっかく場を和ませようとおもったのに」
24
:
Memento mori/Carpe diem
◆ApriVFJs6M
:2011/02/21(月) 22:49:37 ID:Kg0jBYBE0
さらに珠美は荷物を漁る。珠美は筆記用具、コンパス、地図……参加者全員に配られたであろう道具を引っ張り出した後に、
拳二つ半ほどの長さの白い棒切れを取り出した。
「なんだこりゃ?」
「ちょっと待って。説明書があるね。えー……なになに……ビームサーベルだって」
「なるほどビームサーベルか」
「うぉぉぉ! すげーこれ超あたりだよきょーすけ!」
「ねーよ! なんでビームサーベルが現代に存在するんだよ! おもちゃに決まってるだろおもちゃに!」
「まあまあきょーすけ。説明書には続きが書いてるようだの。『単三電池三本を使用することにより、従来のバックパック式と比べて小型化を実現。かつ出力を50%アップに成功』だって」
「ウソくせー……」
「試しに使ってみるかに? 別に後で法外な使用料を請求されるわけじゃないんだし」
「ああ……使い方は?」
「グリップのところにスイッチがあるじゃろ?」
「おっ、ここか。ポチっとな」
物は試し。俺は柄のスイッチを押してみる。
するとヴォンといかにもな音を立てて緑色に輝く刀身が現れた。
「うおっ……マジで本物なのか……?」
「ささっきょーすけ。その辺のテーブルで試し切りをしてみるのじゃ!」
「ようし……」
俺は隣の丸テーブルに仁王立ちになるとビームサーベルを上段に構え大きく息を吸った。
「いくぞ――エーテルちゃぶ台返しッ!」
そして唐竹割りに刃を振り下ろした。
感触は思いのほかあっけなく。丸テーブルは真っ二つに切り裂かれていた。
切り口は黒く焦げており、相当な熱量で焼き切られていた。
25
:
Memento mori/Carpe diem
◆ApriVFJs6M
:2011/02/21(月) 22:50:50 ID:Kg0jBYBE0
「うお……っ、マジかよ……」
「すっげー! 超当たりじゃん!」
「アホか! こんなもん人に向って使えるか!」
「た、確かに……あっ、それとスイッチの側にある緑色のランプ、電池が無くなってくると黄色から赤に色が変わるらしいの」
「まあ、とりあえずお前に預けとくよ。あんまりおいそれと使うものじゃないからな」
「へーい」
俺はスイッチを切ると珠美にビームサーベルを預けることにした。
しかし――この武器どう考えても現代の技術で作れる代物じゃないよなあ……
こんな物を俺達に景気よく振舞えるあの翼の男は何者なんだ……?
果たして俺達はあいつに抗うことなんてできるのか……?
頭の中に諦めに似た感情が忍び寄る。だが俺が諦めたら理樹や鈴はどうなる?
あいつらを残して俺は死ぬわけにはいかない。だから俺達はあの世界を作り上げたんだ……!
「ーすけ! きょーすけ!」
「あ……? 珠美……?」
「何ぼーっとしてるの」
「すまん、少し考え事してたみたいだ……」
「しっかりしろよなー」
「ああ……さてと、これからどうする?」
「どうするって……あたしは姉ちゃんや友達を探す。きょーすけもそうじゃろ?」
「まあな、だが闇雲に歩き回ってもなと」
このまま闇雲に歩いて殺し合いに乗った奴らに出くわしたりでも大変だ。
あのビームサーベルを使えば人間の身体だって真っ二つにできるだろう。
だが俺にはそれを使う勇気も覚悟も足りなかった。
そして――
「そこの音無くんに似てるようで全然似てない人、ちょっといいかしら?」
背後から女の声がした。
26
:
Memento mori/Carpe diem
◆ApriVFJs6M
:2011/02/21(月) 22:52:53 ID:Kg0jBYBE0
■
「あなた達! SSS(死んだ世界戦線)に入りなさい!」
開口一番彼女はそうわけの分からないいことをのたまわった。
新たにやってきた来客者は二人組みの学校の制服を着た女だった。
一人は俺に向って意味不明な勧誘を行う女。俺と同じ高校生だろう、肩まで伸ばした髪と切り揃えた前髪、そして頭のリボンが特徴的だ。
もう一人はその後ろでやれやれといった仕草で肩をすくめている小柄な女だった。
まあなんだ、とりあえず俺は彼女の問いに対し答えることにした。
「だが断る」
「はぁっ? あんた何言ってるの馬鹿じゃない!?」
「初対面の人間にいきなりバカって呼ばれる筋合いねーよ!」
まさに傲岸不遜といった態度である。自分の行いに一片も間違いは無いのだという根拠の無い自信があふれ出している。
すげーやり辛え相手だ……
「きょーすけぇ……」
不安そうな視線で珠美が俺を見てくる。
くそっ……変にあしらって逆恨みされたら洒落にならん。
「あー……そこのイケメン氏。いきなりでごめんごめん。ちょっとこの娘、頭のネジが数本ぶっ飛んでちゃってるのよねぇ」
「なによまーりゃん。失礼なコト言わないでよ」
「だーかーらー! ゆりっぺはもう少し考えて発言しろっての! これじゃあ怪しい宗教の勧誘だってば。少しあたしに任せんしゃい」
「わかったわよ……」
見るに見かねたのか小柄な女のほうが助け舟を出す。
どうやらこっちの女のほうはまだ話が分かるらしい。
27
:
Memento mori/Carpe diem
◆ApriVFJs6M
:2011/02/21(月) 22:54:14 ID:Kg0jBYBE0
「おい、そこのイケメン! いまあたしのことを話の分かる人間だと思っただろっ」
「あ? ああ……」
「違うねん……違うんやで……あたしは本来ボケ役やねんで……! このゆりっぺがあまりにアレ過ぎて仕方なくフォロー役に徹してるんやで……」
「アレって言うなアレって!」
「とりあえずこいつの名前はゆりっぺ」
「仲村ゆりよ」
「んで、あたしは――」
「朝霧麻亜子だっけ?」
「ちーがーうー! あたしはまーりゃん! 朝霧麻亜子は世を忍ぶ仮の名……真名(まな)はまーりゃんだ!」
前言撤回。この女もおかしい。
くそっどうして俺がツッコミ役にならなければならないんだ。
これ以上ボケにボケを重ねると話が進まないのでとりあえず俺と珠美も自己紹介することにした。
「仲村と朝霧か……」
「朝霧って呼ぶなぁぁぁ! まーりゃんと呼べぇぇぇ! じゃないとお前のことグリーンリバーライトと呼ぶからなっ!」
「なんだよグリーンリバーライトって……わかったよまーりゃん」
「大変結構だぜぃ。きょーちん」
「…………」
グリーンリバーライトよりはマシだがきょーちんも相当恥ずかしいぞ……
「気にしないで。この娘、人にあだ名付けるのが大好きみたいだから」
「あたしはっ? あたしのあだ名はなんじゃらほい?」
そして珠美はというとなぜか目を輝かせて自らのあだ名をまーりゃんに聞く。
「そうだねえ……タマちゃん」
「うわっすごく普通」
がっくりと項垂れる珠美。お前ら同レベルだからな。
「とまあ悪ふざけはおいといて、あたしたちの目的はこうよ『クソッタレのコスプレ男をブッ倒して元の生活に戻ろうぜベイベー。じゃあそのために一人でも多くの協力者を募ろうぜい』ってやつ」
「『元の生活』ねえ……その表現は少しばかり語弊あると思うけど?」
「それを説明すんのが大変なんだよっ!」
「……一体どういうことだよ」
「まあ驚かないでね。棗くんに珠美ちゃんはとっくに死んでいるのよ、そしてここは死後の世界――正確に言うとここはあの世の一歩手前、煉獄とでも言うのかしら」」
死後の世界――俺の聞き違えでなければ確かに仲村はそう言った。
そんな馬鹿なと俺は彼女の言葉を否定したいが、否定し切れない事情を俺は抱えていた。
28
:
Memento mori/Carpe diem
◆ApriVFJs6M
:2011/02/21(月) 22:56:06 ID:Kg0jBYBE0
「な、なんだってー! じゃああたし達は死体なのか! ゾンビなのか! きょーすけぇー!」
「ふん……それを証明する手筈はあるのか? それが証明できなければただの妄言だぞ」
「ですよねー。あたしもゆりっぺから最初にそう言われてパニクったもんですよ」
俺の問いかけに仲村は不敵に笑うと自信たっぷりの表情で告げた。
「証明も何もあたし自身が生ける死者だからよ」
なんの根拠にもなっていない。だがなぜそこまではっきり言い切れるか俺には理解できなかった。
仲村はさらに続けてここに至る顛末を俺達に説明した。。
「じゃあ……あのコスプレ男は神様だったのかっ! あたし達はそんな物を相手にしないといけないのかっ?」
「神そのものか、神に準ずる存在……かしら」
「まあー、普通に考えたらお前頭おかしいだろバカなの死ぬの?だけどきょーちんは意外と冷静なんだねえ」
「まあな……」
ここが死後の世界だというのは否定する材料にとぼしい。
あの時のバスの事故で俺達は死んでおり、理樹と鈴のために繰り返される学園生活も所詮は今際の際の夢だった。
そう考えれば一応の辻褄は合う。だが俺が真に疑問の思うのはここが死後の世界かそうじゃないことなんてどうでもよく、
仲村曰く、『死後の世界で死んでも時間が経てば生き返る』ことだった。
「だが解せんな」
「何がよ?」
「斬られようが撃たれようが、ここで死んだ人間はみな生き返る。お前はそれを確認したのか?」
「いいえ、まだよ。でもあたしのいた所ではそれが普通だったわ」
「それが普通……か」
「いまいち信用してないって顔ね。いいわよ、それじゃあ確認しに行きましょうか?」
「えっ……マジであそこに戻るの……?」
朝霧の顔色が悪い。一体何があったんだろう。
「確認って……何を確認するんだよ」
「だから、死体が生き返るか生き返らないかの確認よ? 少し先であたしの知り合いが死んでいたから」
「は? お前何を言って……」
死んでいたと仲村は過去形で言う。まるで今は蘇って歩き回っていると言わんばかりだった。
29
:
Memento mori/Carpe diem
◆ApriVFJs6M
:2011/02/21(月) 22:58:33 ID:Kg0jBYBE0
■
「ほ、本物の死体だきょーすけぇ……」
「死体だな……」
俺達はカフェを離れ、仲村が言う場所で一体の死体を発見した。
アスファルトの道路に広がる赤黒い海の真ん中でうつ伏せに倒れる男の死体。
死因は横一文字に切り裂かれた首の傷。ぱっくりと切り裂かれたそれは首にもう一つの口が開いているようだった。
ちらりと仲村と朝霧に視線を移す。朝霧は真っ青な顔で肩を小刻みに震わしている。
一方仲村はというと、自らの理論の間違いがほぼ証明されていたにも関わらず不敵に唇を歪めていた。
「ふうん……大山くん、『本当』に死んだんだ」
まるで他人事のように仲村は言い放つ。
一体こいつは何なんだ……死に対する感覚があまりに俺達とかけ離れすぎている。
仮にも知り合いが死んでいて、そしてもう生き返ることはないというのにどうして平然としていられるんだ……!
「くっ……くくく……あはっ……本当に死んじゃったんだ。あっはははははっ!」
仲村は死者を前にして突然笑いだした。
心底愉快でたまらないといった笑顔で、俺にとっては狂気を孕んだ表情で彼女は嗤う。
「お前――!」
その態度に見かねた俺は仲村に詰め寄ろうとするが――
30
:
Memento mori/Carpe diem
◆ApriVFJs6M
:2011/02/21(月) 23:01:21 ID:Kg0jBYBE0
「どういうことだよゆりっぺ……っ!」
俺よりも先に朝霧が仲村の胸倉を掴みあげていた。
「あんた何がおかしいんだよ……! なんでこいつが死んでいるのがそんなに愉快なんだよ……!」
「いやあ、まーりゃんごめんねぇ〜? あたしの考え間違っていたわ。くっくっく……」
「おい朝霧! 落ち着けって!」
「てやんでぃっ! これが落ち着いていられるかい! だってさ……こいつ殺したのあたしなんだからなっ」
「は……?」
おい朝霧、お前も何言ってるんだ。お前がこいつを殺した?
「ああ、棗くんは知らなくて当然よね? まーりゃんったら出会った時にあたしのこと殺すつもりだったのよ? で、大山くんはとばっちりを受けて死んだ。まあ大山くんが死んだのは半分はあたしのせいだけどね。あははっ」
「だから……! 何がおかしいのさ!」
「今まで普通に生きてきたまーりゃんや棗くんにはわからないでしょうね……不本意ながらもようやくあたし達に終わりが訪れるのよ? それが喜ばしい以外に何かある?」
駄目だ。仲村の言っていることが全く理解できない。
仲村は俺と同じ姿をして同じ言葉を話す人間のはずなのに、まるで話の通じない宇宙人を相手にしてるような気持ち悪さしか生じない。
「死んでは生き返り、また死んでは生き返る。首を斬られようが頭を潰されようが全身をミンチにされようがすぐに五体満足で復活できる。
それを何度も何度も何度も何度も何度もあたし達は繰り返してきたのよ。数えることも馬鹿馬鹿しくなるくらい!」
「仲村……」
「ふふふ……Memento mori――『死を想え』そしてCarpe diem――『今を楽しめ』とはよく言ったものね。何度も死んで生き返りながら神に抗う戦いを続けてるとダメなのよ。
失敗して死んでも次がある。次が失敗してもまた次がある。次があると思ってるうちじゃあ絶対にあいつらに勝てない。
志半ばで果てた大山くんには悪いけど彼が死んだことに感謝してるわ。死ねば何もかも終わり、だからこそ死者のあたしたちでもようやく生を実感できることを教えてくれのよ!」
「あんた……頭おかしいんじゃねーのッ!? だったら今すぐ殺してやろうか、ああ!?」
「やめろ朝霧! 今の言葉でわかったぜ……仲村は間違いなく『死者』だ。俺達とは死に対する価値観があまりにも違いすぎている」
「きょーちん……」
朝霧は胸倉を掴む手を放す。今となっては朝霧が大山を殺したことを責めるつもりなど無かった。
仲村がそうであるように大山もその死の瞬間まで、事実に気付かず後で生き返ると信じこんでいたに違いないのだろう。
仲村は乱れた服装を整えると、相も変わらず不敵な笑みを浮かべて言った。
31
:
Memento mori/Carpe diem
◆ApriVFJs6M
:2011/02/21(月) 23:04:34 ID:Kg0jBYBE0
「でも、勘違いしないで。あたしは別に死にたいわけじゃないわよ? 神の喉笛に喰らいつくまで死んでたまるものですか。本当の死が隣り合わせにいるからこそ、真の生を実感できるというだけよ」
「ま、どちらにせよ生きていることが当たり前な俺にとっては理解できん感情なのは変わらんさ」
「理解しろとは言わないわ。ただ協力してくれればそれだけでいいわ」
「断った所で俺たちが不利な状況は変わらん、か。……わかった協力しよう。珠美もいいよな?」
ずっと静かに状況を見守っていた珠美にも了解を得る。
「それでいいんじゃないかに? 仲間は多いほうが何かと役得だからじゃの」
「朝霧は……どうする?」
「ここにきょーちんやタマちゃんがいなかったら確実にケンカ別れしてたと思うけど……とりあえずはついていくよ」
「だそうだ。仲村」
「大変結構よ! さあ新生SSSの再始動よ!」
どうやら一触触発の事態は何とか回避できたようだ。
だがこの島に他にもいる仲村の仲間達はまだこの事実に知らない者がほとんどだろう。
いずれ生き返ると信じて疑わないからこそ問答無用で手荒なことに打って出てくることは十分にありえる。
まったく……厄介な連中が現れたもんだぜ……
「おう、ところできょーちんや?」
「なんだ?」
「あたしを朝霧と呼ぶなボケェェェェェェェェ!!!」
「あべしっ」
俺の側頭部に炸裂する朝霧のハイキック。
「し……しまパン……ぐふっ」
「あわわわ……きょーすけぇ〜〜」
ああ……そういえば朝霧も珠美ほどじゃないがかなりのロリ……
そんな想いを胸に俺は地面にゆっくりと崩れ落ちた。
【時間:1日目午後5時ごろ】
【場所:F-2】
32
:
Memento mori/Carpe diem
◆ApriVFJs6M
:2011/02/21(月) 23:05:27 ID:Kg0jBYBE0
棗恭介
【持ち物:忍者セット(マント、クナイ、小刀、傷薬)、水・食料一日分】
【状況:健康】
綾之部珠美
【持ち物:ビームサーベル(電池状態:緑)、水・食料一日分】
【状況:健康】
仲村ゆり
【持ち物:岸田さんの長剣、水・食料一日分】
【状況:健康】
朝霧麻亜子
【持ち物:オボロの刀、水・食料一日分】
【状況:健康】
33
:
◆ApriVFJs6M
:2011/02/21(月) 23:05:51 ID:Kg0jBYBE0
投下終了しました
34
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/02/22(火) 20:35:55 ID:XHilZQxA0
芳野祐介が見つけたものは、色々な『残骸』だった。
ピクニックやお花見で使うようなビニールシートの上に、それらは乗っている。
つまみ食いしたかのような、虫食い状態のおせち料理。
――プラス、穴空きの人間。
まるで掘削作業でもされたかのように、横たわる少女の、胸部に握り拳ほどもある穴が空いている。
よくよく見れば、かつて芳野も通っていた学校の女子制服である。
あの頃と全く変わっていないという懐かしさが半分。よりにもよってというすわりの悪さが半分だった。
恐らくは即死だったのだろう。死人の顔にしてはあまりにも安らかである。苦痛の一切も感じさせない。
そういえば、と芳野は思った。
俺は、俺の殺した人間の死に顔を見てもいない。
二人ほど殺したはずだ。この娘と同じくらいの年頃の娘と、まだ子供そのものの少女を。
彼女らの末期の顔を、芳野は覚えていなかった。
「戦の場で」
首筋に、何かが押し当てられていた。
視線を横にずらせば、見えるものは、歪な形をした剣であった。
ギロチンだな、と芳野は感想を抱いた。
「呆けているのは感心しませんわ」
雪が降るような、ただそこに積もってゆくだけの、落ち着き払った声音は女のものだった。
何の感情も含まれてはいない。路傍に転がる石ころに向けるものと同質である。
しかし女は、彼女は、石ころを蹴り飛ばしはしなかった。
ならば、と芳野は語り始める。
「運試しをしてみないか」
返事はない。刃が僅かに傾いた。
処刑の時間に、戯れている暇はないと言いたげに、鈍色の光が芳野の網膜に映る。
「じゃあ、その前に推理をしてみせよう」
35
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/02/22(火) 20:36:09 ID:XHilZQxA0
刃は動かない。
「これは撒き餌だ。あからさまに死体を放置し、通りがかり、ショックを受けた人間を殺すための罠だ」
「分かってらしたの?」
微笑が含まれた声になる。
だが、刃は動かない。
「だが、撒き餌としては不十分だ。こんな安らかな死に顔に、ショックは受けない」
「冷たいですのね」
「やるなら徹底的にやれ。顔を握りつぶすくらいのことはしたらどうだ、怪力女」
「……」
「怖い顔だ」
後ろから刃物を突きつけられているため、表情は皆目見えない。
それでも芳野は、彼女の表情を断言してやった。
確信はあった。死体の状況を見れば、人間業で殺されたものではないと分かる。
しかし一方で恐怖を煽り立てるための術を怠ってもいる。
詰めの甘い人間が、詰めの甘い罠を張った。そこを揺さぶった。
「わたくし、女でしてよ?」
取り繕ったかのような声。だが顔は笑っていないに違いなかった。
「それがどうした。人を握りつぶせますと言えばそれまでだ。あの羽男がいる時点で、あり得ないことは『あり得ない』」
「案外、迷信を信じる御方だったりしますのかしら」
「理由を言ってやろうか。お前が、あの女を殺した奴と同一人物だという理由を」
言って、我ながらかみ合わない会話をしているなと芳野は感想を結んだ。
「甘い。この一言に尽きる。女の殺し方にしても、未だに俺を殺さないことにしてもな。これだけで同一人物だと断言できるさ」
「情報を引き出したい……と考えている可能性もありますわよ」
「そら、口に出した」
「……なら、その首級、今すぐ頂いてもよろしいですのよ」
「慌てるな、よく見ろ」
36
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/02/22(火) 20:36:26 ID:XHilZQxA0
息を飲む気配が伝わった。
それはそうだろう。気付かぬ間に、下腹部に拳銃を押し当てているのだから。
怖い顔、と断言してやった、その一瞬に、芳野はベレッタを取り出し銃口を突きつけていたのだった。
先読み交じりの言葉も、推理したのもこのため。この均衡状態を作り出すためだ。
会話というものは意外と集中力を持っていかれるものである。
「そんな玩具でどうにかなると思って?」
「試してみるか? お勧めはしないぞ」
「わたくし、死など恐れませんわ」
「奇遇だな。俺も同じだ。だからここでもう一つ推理だ。自らの死は恐れない。ならどうして殺し合いをするか?
答えは簡単だ。最終勝者が自分ではないからだ。そうでなければ殺人狂ってことになるが、
もしそうなら俺は今頃殺されてる。それに」
「情報を引き出したい、とわたくしが言ったからでしょう」
嘆息交じりに、女が後を引き継いでいた。
どうやら読みは外してはいなかったらしい。
その通り、と微笑を含ませて芳野も答える。
だがここまでも布石に過ぎない。不利な状況からようやく四分にまで持っていった。
五分五分にするには……ここからが本番だった。
「だから、ゲームをしよう」
「……げーむ?」
「運試しをしてみないかってことだ。実は、仲間が欲しくてな。
あんたほどの腕っ節のある奴がいれば心強い。けど、あんたにとっちゃ俺はどうでもいいだろ?
一応察しの良さは見せたつもりだが、それだけじゃ気に入らないはずだ。
そこでもう一つ。俺の運の良さを示してみようというわけだ。あんたが気に入れば俺と組んでくれ。
気に入らないなら、まあ好きにすればいい」
「なるほど、最初からそれが狙いでしたのね」
「どうかな。ただの命乞いかもな。何せ、人を拳一本で殺せそうな怪傑だ」
「つらつらと並べ立てておいて、よくもまあ」
「普段はこんなにやかましくないさ」
37
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/02/22(火) 20:36:45 ID:XHilZQxA0
肩を竦めてみせ、おどけてやると、そこでようやく刃が動いた。
取り敢えずは了承してくれたようである。
首から遠ざかる死の気配に、一先ずは安堵する。だからといって安心してばかりもいられないのだが。
「それで、どのような賭け事をなさるのかしら?」
どかっ、と座り込む気配。
あまりにも豪気な行動に、思わず振り向いてしまった。
本当はもう少し間をおいてから、と考えていたのに。
「な……」
だが、芳野が本当の驚きを覚えたのはそこからだった。
姿かたちこそ人に似ているが、一部が違う。
まるで――いや、動物そのものの耳。体の後ろから見え隠れする尻尾。
猛獣を想起させるような鋭い眼光や、三日月の形になった口元から覗く鋭い犬歯と合わさって、
芳野に、改めて、人ならざる者と相対させている感覚を抱かせたのだった。
「あら、いいもの見れましたわ」
目を細めてくすくすと笑う。
また、巻き返されたかもしれない。
無言を返事にした芳野に、女は余裕たっぷりに手持ちの酒瓶を口に運んだ。
この状況で、飲酒という行動が芳野を揺らがせる。計算のうちなのか、それとも本当に余裕なのか。
考える間に、酒瓶を地面に置いた女が「カルラ、と申しますわ」と先手を打っていた。
「どうぞよろしく、賭博師さん」
「……芳野祐介だ」
「ヨシノユウスケ……長ったらしい名前ですわね」
「芳野でいい」
「では、ヨシノ様。本日の勝負を」
「……これだ」
完全に取り返されたと思いながら、芳野はひとつの袋を取り出した。
武器として使えるかどうかも怪しいものだったが、まさかギャンブルに使うことになるとは。
38
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/02/22(火) 20:37:02 ID:XHilZQxA0
「あら、お洒落な巾着」
「この中身で勝負する」
言って、芳野は巾着を紐解き、中からワンセットのトランプを取り出した。
「何ですの、それ」
「トランプだ。知らないのか」
「存じ上げませんわ。占い師が使うものかしら?」
「……似たようなもんだな」
深く詮索はしない。トランプの存在を知る知らないは、今回の勝負には関係ないのだから。
ケースを開き、そのうちの二枚を取り出してカルラと名乗った女へと見せる。
「これが裏面だ」
網目模様の入ったカードの裏面を見せる。
ふむ、と頷いたのを確認して、芳野はカードをひっくり返す。
「これが、表面」
「あら、これは……」
「そう、一枚は『両方とも裏面』なんだ」
一枚はジョーカー。奇怪な格好をしたピエロの絵が描かれている。
だがもう一枚は裏面と同じ。寸分の違いもない網目模様だ。
「この二枚を使って勝負をする」
言って、カルラにカードを確認させる。
手渡された二枚を、カルラは注意深く確認しているようだった。
細工はない。正真正銘、ただのトランプだ。
「ふむ、これをどうするんですの?」
確認を終えたカルラがカードを返してくる。
特に不審な部分はないか再度チェックして、芳野は二枚とも巾着袋に放り込む。
39
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/02/22(火) 20:37:23 ID:XHilZQxA0
「少し話は変わるが、お前『光』と『闇』ならどちらを好む」
「もう少し風情のある二択にして欲しいですわね……そうね、今が昼だから……『光』かしら」
「なるほどな。さて勝負の内容だが、まず俺が袋の中身を適当にかき混ぜる」
巾着を上下左右に振る。
カルラはそれをじっと見つめている。
「そしてお前が一枚取り出す。片面だけ見えるようにして、な」
「では試しに引かせていただいてもよろしいかしら?」
「ああ」
カルラが袋の中に手を入れ、一枚を取り出す。
網目模様。一応の『裏』だ。
「だがこれが裏かどうかはひっくり返さないと分からない。それは分かるか」
「ええ」
「網目模様か、ジョーカーか。その確率は半々。同じだ」
「なるほど。表裏を当てる勝負ですのね」
「そうだ。もっとも、先に表……つまりジョーカーが出ては勝負にならないから、その時はやり直しだ。
今お前は『光』と言ったな。だからひっくり返した結果『表』になればお前の一勝だ」
「『裏』なら貴方の一勝」
「先に五勝した方が勝者だ。運試し、だろ?」
「分かりましたわ。ではわたくしが引かせていただきますけれど、よろしいかしら?」
「構わない」
そして、ゲームが始まった。
芳野の運命を賭けているとも言えるこの勝負だったが――芳野に焦りはなかった。
「表。わたくしの一勝ですわね」
「まだ一回目だ」
カードが袋の中に戻される。
それを十分にシャッフルして二回目を引かせる。
「表。ふふふ、悪くないですわね」
「……」
40
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/02/22(火) 20:37:41 ID:XHilZQxA0
その後も、次々と勝負は行われた。
裏。
裏。
裏。
表。
裏。
表。
「四対四……さて、次が最後の勝負ですわ」
「……」
「ふふ、貴方様の天運はどちらに傾きますかしら……さあ、混ぜてくださる?」
芳野は無言でカードを混ぜ、巾着の口をカルラに差し出す。
「それでは、最後の勝負……それ」
余裕たっぷりに、酒を口に運びながら、何の躊躇もなくカードを引く。
網目模様。まだ『表裏』は分からない。
「さて」
カルラの指がカードを摘み、ゆっくりと、焦らすようにして……ひっくり返される。
裏。返す前と同じ網目模様。
芳野の――勝ちだった。
「あらら、負けてしまいましたわ」
「……勝ち、か」
呟いてしまったことに、芳野はしまった、と思った。
負けたはずのカルラの口がニヤと笑う。
41
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/02/22(火) 20:37:57 ID:XHilZQxA0
「勝ったはずなのに、嬉しそうではありませんわね、貴方」
顔にも現れてしまっていたかもしれない。
今更取り繕っても遅かった。
やはり自分は、賭け事には向いていない種類の人間らしい。
苦笑し、もうこうなっては致し方ないという気分で、芳野はカルラに尋ねる。
「いつから気付いていた」
「あら、何のことでしょう?」
「とぼけるな。気付いていたはずだ」
「偶然ですわ」
「言いたくないならそれでもいい。だがな、これだけは言っておく。
この勝負、『本来は俺の圧勝』だったはずなんだ」
「どういうことかしら」
「お前が本当のことを言えば、俺も言う」
そのまま、互いを注視し、沈黙する時間が流れる。
ざあと揺れる梢の音だけが、時間が進んでいることを示していた。
「……参りましたわ」
折れたのは、カルラだった。
「ええ。貴方が仕掛けを打っていたことには気付いていましたわ」
「いつからだ」
「三回連続で貴方が裏を出したところくらいかしら。ふと考えたら、すぐに気付きましたもの」
「では、最後に俺を『勝たせた』のは?」
「途中まで完全に術中に嵌ってましたから。全く、大した殿方ですわ」
「嫌味にしか聞こえんが」
「まさか。わたくし、こう見えてイカサマには強いですのよ」
カルラは屈託なく笑った。今までの薄笑いとは違う、本来のものなのであろう豪放磊落な笑いだった。
彼女にとっては、最初の一回で見抜けなかったこと自体が既に敗北なのだろう。
自信家だと芳野は思ったが、その潔さもまた本物であると認めることができていた。
だから、最後に花を持たせたのだろう。
その上で、相手を追い詰めてみせたという置き土産も忘れない。
やれやれ、参ったのはこちらの方だと芳野は苦笑いを返した。
42
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/02/22(火) 20:38:16 ID:XHilZQxA0
「貴方の仕掛け……それは、この勝負自体半々の勝負ではないことですわ」
「その通りだ」
「単純なことですわよ。この勝負が始まるには、そもそも『裏』が出なければならない。
『表』が出てしまえば仕切り直し。一方、貴方の『裏』は仕切り直しがない。
結果、わたくしの勝つ目は『裏をひっくり返して表になる』しかないんですのよ」
「ご明察だ。俺の表裏はあってないようなもんだから、お前には二倍の確率で勝てる」
「とんでもないインチキ勝負でしたわ」
「だが問題は、どうやって俺の仕掛けをひっくり返したかということだ。実際は四対四。完全に五分だった」
「うふふ、わたくしに札を引かせたからですわ。途中で、傷をつけましたの」
「傷……?」
「札の側面にね。両方『裏』の札に、爪で傷を」
芳野はカードを手に取り、側面に指を走らせる。
すると、引っかかりはすぐに見つかった。カードの角の部分にへこみがあったのだ。
触らなければ気付かない程度の傷。だがカードを判別するには十分すぎるほどの傷だった。
これで勝負を調整した。五分になるように。
仕掛けに完璧に嵌めたと思っていた自分は、焦るしかなかった。
「……なるほど。してやられたわけだ」
「詰めが甘いのは、わたくしだけではないようですわね」
そう。カルラに引かせなければ爪で傷をつけられることはなかった。
芳野の完全な手落ちだった。
カルラにしてみれば、こうすることこそが狙いだったのかもしれない。
「けれど、よくこんなイカサマ思いつきましたわね」
「たまたまさ。以前読んだ本に、このイカサマが載ってあった。
そして都合よく、奪い取った支給品の中にこれがあったというだけだ」
「……なるほど。やはりただ者ではありませんわね」
「買いかぶり過ぎだ。実際、こうして見破られた」
「ですが、このイカサマを即興で実践してみせた。並の度胸で出来ることではない。
それに……殺して奪い取ったのでしょう、それは」
カルラがトランプを指す。
その通りだった。殺した少女の持ち物が、これだった。
43
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/02/22(火) 20:38:31 ID:XHilZQxA0
「誰かを殺してみせる度胸。わたくしをイカサマで嵌めようとした度胸。……とっても、気に入りましたのよ?」
ずい、とカルラがよって来る。
酒臭い吐息の中に含まれた、女の匂い。
今にも零れ落ちそうな胸元と、蕩けたような瞳が、芳野を酔わせようとする。
「……それは光栄だ」
だが、芳野は冷めた視線を送り返しただけだった。
元より、伊吹公子以外の女性に対しては興味がない。
何よりもこの女は食わせ物だ。隙を見せたくない。
あしらわれたと思ったらしいカルラは、つれないですのね、と肩を竦めて芳野から身を離した。
「まあいいですわ。久々にいい男に出会えましたもの。そう簡単には、逃がしませんわよ」
「組んでくれるのか」
「ええ。言ったでしょう、気に入った、と」
芳野の考える以上に、カルラという女は好意を持っているらしかった。
それは獲物としてなのか、或いはもっと別の何かなのか……
酒という香水を漂わせ、酔いという仮面を貼り付けた表情からは、何も窺えなかった。
「貴方の猛々しい姿……もっと、見てみたいものですわ」
妖艶に、しかし挑発的に顔を緩めたカルラに、芳野は冷笑を返しただけだった。
お前にも働いてくれなければ困る。その意味をふんだんに含ませて。
「それでは、参りましょうか」
歪な形の大剣を、片手でひょいと持ち上げる。
やはり怪力。自分の認識は間違いではなかったことを、芳野は改めて実感していた。
「わたくしたちの戦場に」
44
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/02/22(火) 20:38:43 ID:XHilZQxA0
【時間:1日目午後4時00分ごろ】
【場所:F-7】
カルラ
【持ち物:エグゼキューショナーズソード、酒、水・食料二日分】
【状況:健康】
※エグゼキューショナーズソード:D&Tより。斬首刑用のとても残虐な剣。心証的によくない、不安になる、寝付きが悪い。両手用
芳野祐介
【持ち物:ベレッタM92(残弾10/15)、トランプ(巾着袋つき)、 水・食料2日分】
【状況:健康】
45
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/02/22(火) 20:39:53 ID:XHilZQxA0
投下終了です。
タイトルは『Liar Game』です
46
:
そらに響くは彼女の嘲笑
◆5ddd1Yaifw
:2011/02/24(木) 01:27:34 ID:vX66OzSs0
白光に包まれた世界の中、僕の意識は覚醒した。目がチカチカする。頭がガンガンする。
気分は、最悪だ。最初に僕達の襲撃を予測していたのか閃光弾を投げ入れられて皆ばらばらになってしまって。
そして僕はあの仮面男に一撃を浴びさせられて気絶した。
「……っ、ぉ……」
完璧な敗北。それでも僕はまだ、生きている。あの仮面男は止めを刺さなかったのだろうか、甘く見られたものだ。
今度会った時はその甘さを後悔させてやる。
「装備は……奪われましたか……」
戻ってきた視界には古びた廃村が映る。ざっと見た中では僕が持っていた刀は無くなっていた、あの仮面男が持っていたのだろう。
ただ水と食料の入ったデイバックだけはそのままにされていた。情けをかけたつもりなのだろうか、腹立たしい。
「他の二人は、」
よろよろと起き上がりゆっくりと歩き出す。自分が生きているということは二人も生きているだろう。
渚さん……今までは否定され続けてきた僕の名前を初めて認めてくれた人。嬉しかった。
だから、僕は。渚さんと一緒に戦おうと強く、強く思った。この気持ちに偽りはない。
「渚、さん、待ってて下さい」
彼女も同じようにやられて気絶させられているのなら僕みたいにこの廃村の何処かで倒れている可能性もある。
早急に合流しないといけない。ついでに笹森さんも拾っていかないと。
まだ、ゲームオーバーではない。
「渚さーん、いたら返事をしてください!」
「渚ちゃんはもういないよ」
張り上げた声に対して返ってきたのは本命の尋ね人である渚さんの声ではなく笹森さんの声だった。振り返った先に笹森さんはふらふらと立っていた。
顔は別れた時とは比べ物にならない程に青白く、個人的観点から言うと不気味だった。気のせいかどうかはしらないが眼の奥がどす黒くよどんで見える。
加えて一瞬、誰の声かわからなかった。それ程に笹森さんの声を冷たく感じてしまったのだ。
「竹山くん、無事だったんだ」
本当にこの人は笹森花梨なのだろうか? 余りにも全てが違いすぎる。
今、僕が相対している笹森さんは実は別人なのではないかとさえ僕は思ったぐらいだ。
「僕のことはクライストと……笹森さんその怪我は」
「ああ、この怪我? 銃で撃たれちゃってさあ、痛かったなあ、本当に、痛かった……!」
47
:
そらに響くは彼女の嘲笑
◆5ddd1Yaifw
:2011/02/24(木) 01:28:47 ID:vX66OzSs0
今さらに気づいたことだけど笹森さんの左肩辺りが血に染まっていた。元はピンクのかわいらしい色が今では深い深い赤に染まっている。
でも僕は天使との戦いで戦闘で死んでいく人を見慣れているからそこまで驚きはしなかった。
もっと酷い光景を見た経験があることも要因に含まれる。バラバラ死体とかグチャグチャにひき潰された死体とか。
無駄にバラエティに富んでいるくらいに。
「怪我、大丈夫ですか」
「うん、元気元気。こうして動けているのが何よりの証拠だよ」
そう言って、口を半月にして笑う笹森さんに正直言って恐怖を感じた。何か形容しがたいおぞましさが身体全体に纏わりつくようなそんな恐怖。
足を一歩後ろに進める。この人は仲間であるはずなのに、僕はこの人に関わりたくないと思ってしまった。
「そのさっき言った渚さんはいないってどういう事ですか」
「ん、そんなの簡単だよ。あの女――私を置いて逃げたんだ」
それからは彼女の罵詈雑言の嵐だった。簡潔に纏めると見捨てられた、許せない、など壊れた機械のように繰り返すばかり。
僕から見ると異常といってもよかった。口から出るのは憎悪の言葉ばかり。状況すら話してくれない、これじゃあどう反応していいかわからない。
「ですが渚さんにも何か事情が」
「はぁ? 事情があるから見捨てていいの? 裏切っていいの? 違うよねっ!! そういうものじゃないんよ、仲間って」
「落ち着いてください、まずはその当時の状況を僕に教えてください。でなくてはどう対応していいか」
「対応なんて決まってるじゃん、あの女をメチャクチャにするんよ。たっぷりたっぷり後悔させながら何も考えられなくなるくらいに……! 残酷に殺すだけ」
……狂ってる。何が笹森さんをここまで突き動かすのか。
「だからさ、一緒に殺そ?」
「……え?」
次に出てきた言葉は僕の身体の核を突き刺した。今、何を言った? 渚さんを殺す? 冗談なら勘弁して欲しい。
だけど笹森さんの目は本気だった。憎悪に染まった表情はそれを確信に至らせる。
「殺すんだよ! あの女を! 私の受けた痛みを何重倍にして返してやるんよ!」
笹森さんは尚も狂ったようにしゃべり続けているらしいが聞こえない。僕の頭の中には渚さんの事でいっぱいだった。
最初に出会った時のこと。僕を初めてクライストと呼んでくれた時のこと。あの儚い笑顔を見てつい見惚れてしまった時のこと。
彼女を殺すということはそれらを全てぶち壊すというのと同義。僕はそれに耐えられるか? 無理だ、きっと何かが、とても大切な何かが失われてしまう。
死の価値観よりも、僕の名前よりも。
48
:
そらに響くは彼女の嘲笑
◆5ddd1Yaifw
:2011/02/24(木) 01:29:25 ID:vX66OzSs0
「で、竹山くんはどうするの?」
「だから僕の名前はクライスト……いえ今はいいです。笹森さん、返答はいいえです」
毅然と僕の意志の刃を笹森さんにぶつける。
「どうしてか聞いていい」
「単純なことですよ。貴方の論には客観的要素が見られません、感情で物事を言ってる節があります」
「ふうん、竹山くんもあの女の肩を持つんだ」
「そういうわけではありませんよ、笹森さんの仰っていることは正しいかもしれない、ですが渚さんにも何か事情があったという可能性だってあります」
笹森さんには客観的要素とか感情で物事を言ってるとか言ったが、僕のほうがよっぽどだ。
彼女を信じたかった。ただそれだけの理由で僕は擁護している。
「ですからまずは対話をしてみるのが」
「もういいよ」
その言葉と同時に笹森さんの持っていた軽機関銃の銃口が僕に向き、ああ、これは逃げられない、いや逃げる暇すらない。
僕は殺される、ここで終わりだと悟ってしまった。
至近距離での軽機関銃の掃射を前にして無事に逃れるほどの身体能力も策もない。
絶体絶命? 風前の灯火? そんな言葉で表す状況ではない。あのトリガーが引かれたら僕は消えるんだから。
49
:
そらに響くは彼女の嘲笑
◆5ddd1Yaifw
:2011/02/24(木) 01:30:06 ID:vX66OzSs0
「ほんの少しでも信用した私がバカだったわ」
何処で間違えたのだろうか。
笹森さんと組んだこと? 確かに組まなかったら僕はここで消えることもなかった。
さっきの戦闘で負けたこと? 負けなければ三人一緒にまだやれたかもしれない。
渚さんと出会ったこと? 出会わなければこんなこ――いやだ。
他の全てが間違いでもこれだけは間違いにしたくない。だって僕は。
「竹山くん」
渚さんに――――
「バイバイ」
恋をしていたから。
【時間:1日目午後5時ごろ】
【場所:B-2】
笹森花梨
【持ち物:ステアーTMP スコープサプレッサー付き(0/32)、予備弾層(9mm)×7、水・食料一日分】
【状況:左肩軽傷、古河渚への憎しみ】
竹山
【持ち物:水・食料一日分】
【状況:死亡】
50
:
◆5ddd1Yaifw
:2011/02/24(木) 01:30:30 ID:vX66OzSs0
投下終了です
51
:
袋小路の眺望
◆Sick/MS5Jw
:2011/02/24(木) 23:49:07 ID:Y.pV7zxU0
「―――あなた、誰かを殺したの?」
あてもなく林道をさ迷い歩くひさ子の前に現れた、それが少女の第一声だった。
「なに、え、何を……」
次第に薄暗さを増していく林の中である。
突然目の前に現れた少女は、まるで徐々に濃くなる闇から生まれてきたようにすら、感じられた。
そんな少女に問い質され、思わず口ごもるひさ子に、少女は畳みかけるように言葉を浴びせてくる。
「殺したんでしょう」
「だから、何を言ってんだよ、あんたは!」
言い返す口調がつい荒々しくなるのを、抑えきれない。
もとより即答できる問いではなかった。
考え込めば心が千々に乱れそうなことでもあった。
だから考えないように大声を出して、精神に感情で蓋をする。
「……」
「……っ!?」
声の余韻が林からすっかり消えようとする頃である。
静かな瞳に冷たい光を湛えた少女が、小さくため息をついていた。
その小馬鹿にしたような態度にひさ子が噛み付くよりも早く、少女が口を開く。
「その荷物は何?」
52
:
袋小路の眺望
◆Sick/MS5Jw
:2011/02/24(木) 23:49:25 ID:Y.pV7zxU0
細く白い指が真っ直ぐに指すのは、ひさ子の抱えた支給品のデイパックである。
それも、背負ったそれではない。左の肩に抱える、二つめの荷物であった。
言われたひさ子は、それが猪名川由宇の持ち物であることに気付き、同時に
無惨に砕け散ったその顔が脳裏に浮かぶのを振り払おうとして失敗し、
こびりつくようなその赤に囚われた思考は咄嗟に言葉を紡げない。
「これ、は……」
「支給品は一人に一つ。二つを持っているなら、預かったか、拾ったか、盗んだか……」
言い淀むひさ子をよそに、少女は淡々と続ける。
その言葉尻に、突破口が見えた、気がした。
「あ、預かったんだよ、さっき」
「―――それとも、殺して奪ったか」
幻想だった。
安易な逃げ道に縋ろうとする、ひさ子の言葉を無視するように少女は断じていた。
見下ろされているように、感じた。
「まさか本気で言っているわけじゃないでしょう。預かった、なんて」
「な、何で、さ……」
「やめましょう。時間の無駄だわ」
少女が、冷たく言い放つ。
その瞳には今や、侮蔑と嫌悪の色だけが浮かんでいた。
「わからないはず、ないでしょう―――その格好で」
「え……?」
言われて、見下ろす。
見下ろして、一瞬、本当に何を言われているのか理解できず。
そうして、ようやく気付く。
53
:
袋小路の眺望
◆Sick/MS5Jw
:2011/02/24(木) 23:49:41 ID:Y.pV7zxU0
白を基調に、淡い群青色を配した、改造制服。
神に抗い、天に唾して自らを謳い上げる者たち―――『死んだ世界戦線』の一員である証。
見る者に爽やかな印象を与えるはずのその制服は、しかし、今や見る影もない。
群青色の襟が赤黒い。白かった袖は褐色の斑模様で、スカートは奇妙に黒く汚れている。
乾きかけた、それは血痕だった。
ひさ子の全身に、赤黒い染みと斑模様が、一面にべったりとこびりついていた。
猪名川由宇の返り血だった。
「……ッ!」
慌ててそれを覆い隠そうとした、やはり血に汚れた手には、おぞましい凶器が握られている。
血と肉片とをその先端にへばりつかせたままの、鋭い釘を無数に打ち付けたバット。
「まるで殺人鬼ね」
「……」
沈黙は、答えに窮したからではない。
ただ、驚愕の故だった。
気付かなかった。否。気付けなかった。
返り血に汚れていることが、異常であると。
剥き出しの凶器を持ち歩くことが、異様であると。
そんな、本当は考えるまでもなく当たり前のことに気付けない自分がいることに、
ひさ子は愕然としていた。
血と、肉と、凶器と。
そんなものは、あの学園ではあまりにも日常的に、存在していた。
泥に汚れるのと、変わらない。
少し眉を顰めて、新しいものに着替えて。
それだけの、ただそれだけのものでしか、なかった。
だからそれは、あの学園では、戦線では、あるいはNPCの前ではごく普通のことで、
誰も、おかしいなんて、言わなかった。
からりと、血塗れの凶器が、手から離れて地面に落ちる。
54
:
袋小路の眺望
◆Sick/MS5Jw
:2011/02/24(木) 23:50:02 ID:Y.pV7zxU0
そうだ。
昔は、もう思い出せないくらいの昔には、これを、異常だと、思えていた。
武器を持つこと。血を流すこと。傷つくこと。傷つけること。
いつからこれが、こんなものが、日常になってしまったんだろう?
死を受け入れたとき?
生き直すことを肯定したとき?
神に抗うなんて子供じみた遊びに付き合うことを決めたとき?
それとも、初めて人を、生き返る人を、殺したとき?
いつから、こんな風に、なってしまったんだろう。
「……」
「あなた、誰かに聞いてほしいんでしょう? そうやってこれ見よがしにして」
思索に沈みそうになった沈黙を、どう解釈したのか。
ひさ子を射貫くように鋭い口調で、少女が詰問する。
「だから聞いてあげてるのよ。人を殺したの、って。答えなさい」
「殺すつもりなんてなかったんだ。……本当に」
有無を言わせぬ声音に、思考の淵から引きずり上げられたひさ子が、ほとんど反射的に答える。
それは保身や打算や、そういう余計なもののない、本音であるように、口にしてから思った。
だが少女は冷笑と共にひさ子を断罪する。
「殺すつもりはなかった。だけど結果的に死んでしまったから所持品は有効活用してあげましょう。
死んでしまったあの人もきっとそう望んでいるわ。……随分と都合のいい話ね」
「それは、ちが……」
「違わないでしょう。あなたは結局、自分が可愛いのよ」
何が憎いのだろう、と思う。
少女はどこか、自分を通り越した遙か後ろの方に見える何かに向かって憤りをぶつけているように、
ひさ子には感じられた。
考えようとして、まるで殺人鬼ね、という言葉を思い出す。
「だからそうやって罪を認めない。殺したことから逃げようとして、そのくせ何もかもを
なかったことにはできない。仕方なかったと思いたくて、誰かにそう言ってほしくて、
そうやって被害者みたいな顔をする」
そうだ。返り血に塗れた姿で、何が憎いもない。
少女は罪が憎いのだ。殺人という行為が。殺意という感情が。殺人者という存在が。
実際は自分に殺意なんてものはなかったけど、とひさ子は思う。
だけど、それは常識的な人間として当然の反応だとも、思った。
55
:
袋小路の眺望
◆Sick/MS5Jw
:2011/02/24(木) 23:50:39 ID:Y.pV7zxU0
「反吐が出るわ」
吐き棄てるように、少女が言う。
物静かそうに見える少女には不釣合いな、剥き出しの感情が混ざった声音。
本当に唾を吐き捨てそうにすら、思えた。
心の奥に溜まった油に火がついて、それが口から漏れ出しているようでもあった。
「あなたは人を殺したの。その罪からは逃れられない。
死ぬまで、いいえ死んだって、あなたは永遠に人殺しなのよ。
償って、贖って、罰を受けて、だけど罪は消えたりしない。
人は人の心に罪を負うの。それを忘れるなら……それはもう、人ではないわ」
断じた少女が、ひさ子を真正面から見据える。
生まれた一瞬の沈黙を埋めるように、ひさ子が口を開く。
「生き返る、はずだったんだ……いつもなら」
口にすればそれは、ひどく滑稽だった。
生き返る? 誰が? 殺された人間が。
心の奥に響く失笑から耳を塞ぐように、続ける。
「本当に、そうなると思ってたんだよ」
下手な継ぎ接ぎで穴を繕うような、無様な言い訳に、聞こえた。
だからどうしたと言うんだろう。
生き返るなら、人間を殺しても構わないのか?
何の答えにもなりはしない。反省の色も何もない。
それは全き異常者の思考、殺人鬼の論理だ。
あの楽園の、或いは煉獄の外にあっては。
「……ああ。あなたも、あの野田という人と同じところから来たのね」
「野田を、知ってるのか」
「人を殺して平然としていたわ。あなたもそのお仲間?」
「……」
56
:
袋小路の眺望
◆Sick/MS5Jw
:2011/02/24(木) 23:51:03 ID:Y.pV7zxU0
あいつも、殺したのか。
ここで。生き返らない、人間を。
どう思っただろう。何を感じただろう。
驚いたか、慄いたか。それとも、もしかしたら何も感じなかったか。
こんなことにいちいち戸惑っているのは、自分がガルデモとして戦線の中でも
バックアップを受け持っていたからなのかもしれない。
前線の、骨の髄まで人を殺すことに慣れきった人間は、こんな風に揺れないのかもしれない。
それがどれほど異常なのかも、気付けないまま。
異常と正常の境界。こちら側と、あちら側。言葉遊びだ。
私は昔を思い出してしまって、だからもう戻れないという、それだけだった。
「……それで、だから殺したというの、あなたは。生き返るから」
ああ、それはさっき、自分でも思ったよ。
ひさ子の心のどこかに座っている、無責任な誰かが笑いながら拍手喝采を送る。
そら異常者を責め立てろ、殺人鬼を断罪しろ。
情状酌量の余地はない、執行猶予も何もない。
量刑し、宣告し、執行しろ!
「死ぬなんて、なんでもないことだったんだ。生き返るなら」
口にして、それが飾り気のない本心だと、ひさ子は気付く。
それは、死の肯定だった。
続きがあるから、死を恐れない。
明日があるから、今日は死んでもいい。
眠るように、抗わず。
なんでもないことみたいに、死ねた。
だけど、それはきっと、毒だ。
自分を、自分たちを侵してどろどろに溶かす、摩耗という名の毒だったのだと、ひさ子は思う。
生の無念を訴えるための、抵抗。
終わらない、被害妄想。
それが、戦線の存在意義だったはずなのに。
いつの間にか、死はその存在感を薄れさせていた。
それはきっと、生を、死に対置されるものの価値をも、貶めることだったのに。
57
:
袋小路の眺望
◆Sick/MS5Jw
:2011/02/24(木) 23:51:47 ID:Y.pV7zxU0
今日死んでもいいなら、明日だって死んでもいい。
抗わず死んで、抗わず生き返って。
そうして続ける、滑稽な抵抗ごっこ。
切実さなんて、もうどこにもない。
それはただ、いつか駄々をこねていた自分を忘れないための、儀式じみた日常だ。
もう飽きたと言い出せなくなっているだけの、惰性だった。
岩沢の顔を思い出す。
あいつは賢かったから、そういうことに人より早く気付けたんだろう。
あいつは強かったから、つまらない遊びはやめて家に帰ると言えたんだろう。
「生き返るなら人を殺しても構わないの?」
少女のそれは、当然の疑問だ。
生きる者の、死を恐れ、故に生を謳歌するものの、ごく当たり前の反応。
戦線に残った自分たちが、もう忘れてしまっていた、感覚。
「あなたは罪を認めない。それが罪だとさえ、思えない。罰がないから。
罪業を誰も責めないから。誰もが等しく、呵責なく人を殺す世界だから」
ひどく真っ当で、どこまでも正しい、それは弾劾だった。
どうしてここまで、私たちのことを言い当てられるのだろうと、ひさ子は思う。
野田が全部を話したのか。この少女の賢さゆえか。
それとも、他に理由があるのだろうか。
「あなた、……いいえ。あなたたち、やっぱりもう、駄目なのよ。
どうしたって戻れないところまで腐ってしまってる」
少女の言葉は止まらない。
罪を暴き、詰り、責める、正しさを体現するような言葉。
しかし、
「罰のない世界なんて、人の生きる場所ではないわ」
そう口にする少女の顔は、正義に酔う者のそれではなく、断罪の刃を振り上げる者のそれでもなく、
どこか、ひどい苦悩に苛まれているように、見えた。
「楽園は天上にしかないのよ」
少女の言葉は、陶酔でも峻厳でもなく、ただ聖句を口にして救いを求める、
哀れな罪人のそれのように、何故だか、思えた。
「そんなところで生きていたつもりのあなたたちは……どこまでも救われない、死人の群れ」
何が憎いのだろうと、もう一度思う。
思って、
「死人が、生きる者にかかわらないで頂戴」
その言葉で、ひさ子は理解する。
少女はきっと、罪が憎いのでも、罪人が憎いのでもない。
この正しく哀れな少女が憎いのは、罰のない世界なのだ。
そうして、だから、その世界に生きた私たちが、赦せない。
58
:
袋小路の眺望
◆Sick/MS5Jw
:2011/02/24(木) 23:52:07 ID:Y.pV7zxU0
少女が欲しているのは、罰だ。
裁きでも、審判でもなく、そんな過程などではなく、ただ、罰が下されることだけを、望んでいる。
誰に? 誰かに。皆に。すべての罪に。あらゆる罪人に。
それはきっと私ではなく、私たちですらなく、もっと遠い、私の知らないところを見ながら
呟かれる祈りで、だからすぐには気付けなかったのだと、ひさ子は思う。
「……何もわかんないよ、それじゃ」
少女の怒りは八つ当たりで、少女の憎悪は見当違いで、だけどやっぱり、正しいのだ。
人を殺したひさ子は、だから突き返すように、そう言い放つ。
「あなたたちは、皆そういう言い方をするのね」
そう吐き棄てた少女は、おそらく何かを誤解していて、しかしひさ子は、それを改めない。
「そんなに同情が欲しいの? だけど―――」
「ほしいのは、同情じゃない。理解でもない」
代わりにゆっくりと身を屈めて、地面に落ちたバットを拾う。
人を殺した、血染めの凶器。
「あんたらに求めるものなんて、何もない」
つまらないごっこ遊びの、もうとうに飽きて投げ出したかったおままごとの、他愛ない道具。
振れば、人は死んだ。
59
:
袋小路の眺望
◆Sick/MS5Jw
:2011/02/24(木) 23:52:19 ID:Y.pV7zxU0
「あたしたちは……あたしは、生きたかったんだ」
ただ、生きていたかった。
「死にたくなんて、なかった」
だから死を忘れないために、抗った。
「だってそんなのは、不公平じゃないか」
そうしていつからか、そんなことも、忘れてしまっていた。
「なんであんたは生きてるんだ? なんであたしは死んだ?」
それは、いつかの私が持っていたはずの切実で、今はもう喪われてしまった熱で。
「ほしかったのは、きっと、その答えなんだ」
罪を忘れて。苦痛に麻痺して。もう家に帰ると、そんなことも言い出せずに。
「だけどそんなのは、神様にしか答えられない。だから―――」
だから、永遠みたいな死人の楽園に、私はもう、戻らない。
60
:
袋小路の眺望
◆Sick/MS5Jw
:2011/02/24(木) 23:52:34 ID:Y.pV7zxU0
言葉を切って、ひさ子が笑う。
そうしてそれきり、言葉を続けることは、なかった。
血塗れの釘バットをニ度、三度と振り回して、正面に構える。
走り出して、四歩。
「―――」
ひさ子の生を、或いは死を終わらせたのは、一発の、気の抜けるような軽い発砲音だった。
◆◆◆
61
:
袋小路の眺望
◆Sick/MS5Jw
:2011/02/24(木) 23:52:48 ID:Y.pV7zxU0
「神様って、どこにいるのかしらね」
燃えるような茜色の夕暮れの光を浴びながら、片桐恵は小さく呟く。
死体は何も答えない。
何も映さぬ目はただ虚空を見つめている。
半開きになった口から漏れる声はない。
それを見下ろした恵は、誰にも聞こえないような声で続けている。
内心の思いが声に出ていることにも、気付いていなかったかもしれない。
「あなたは私が殺した。私はあなたを殺した。それを忘れない」
手の中のデリンジャーから発する熱が掌を薄く焼いて、鋭い痛みを伝えてくる。
それがまるで咎の刻印のようだと考えて、恵は薄く笑う。
自身を嘲る笑みだった。
「……欺瞞ね」
握り締めれば、焼けた掌は引き攣るように痛い。
痛くて、しかし、それだけだった。
「背負えば赦されるわけじゃない。刻めば罪が軽くなるわけじゃない」
小さな火傷一つに逃げ道を見つけようとする弱さが、厭わしい。
罪と向き合おうとしない、それを責めたのはどの口だったか。
「私はこれまでの倍の罪を犯した。それだけの話」
口に出しても、何も変わらない。
刺すように赤い夕暮れも、踏みしだかれた草の匂いと僅かに混じった鉄錆びのような臭いも、
立ち尽くす片桐恵も、倒れ伏す少女の遺骸も、何一つ変わらない。
独り言は木々のざわめきに紛れて消える。
罰はまだ、下らない。
今はまだ、そのときではない。
しかし何故だか、重力が倍にでもなったように、身体が重かった。
振り払うように、深く、息を吸う。
と、近くの茂みが、がさりと揺れた。
「……おいで」
声をかければ、答えるように小さな鳴き声。
火薬の臭いの染み付いた手を気にした風もなく、猫は恵の肩へと駆け上がった。
62
:
袋小路の眺望
◆Sick/MS5Jw
:2011/02/24(木) 23:53:05 ID:Y.pV7zxU0
【時間:1日目午後5時ごろ】
【場所:G-4】
片桐恵
【持ち物:デリンジャー、予備弾丸×9、レノン(猫)、水・食料二日分】
【状況:健康】
ひさ子
【持ち物:血塗れの釘バット、スリテンユシリ(解毒薬)、水・食料二日分】
【状況:死亡】
63
:
温もり
◆auiI.USnCE
:2011/02/26(土) 04:16:21 ID:0M4QzPpM0
――――私は、僕は、その温もりを、知らない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「死んでるわね……」
「言わなくても解るだろう。これが動き出すと思うのか? 貴様は?」
「そんな訳ないじゃない。そういう貴方こそ随分と含みのある言い方じゃない」
「…………ふん」
真昼の学校の資料室。沢山の本や教材で囲まれた部屋で、少女が二人死んでいた。
一人は血だまりの中で、栗色の髪を赤に染めながら、蹲って死んでいる。
もう一人は両手で胸をナイフを突き立てたまま、天を仰ぐように、仰向けで死んでいた。
その凄惨な光景を、直井文人はつまらなそうに見下ろしている。
彼の隣では充満する血の臭いに耐えられないのか、あるいは死体を見てしまったせいか、それともその両方か。
二木佳奈多が死体から目を逸らし、綺麗に整った顔をしかめていた。
「まだ死体も其処まで堅くは無いか……当然か。始まってそれほど時間も立っていないしな」
直井はそんな佳奈多をつまらなそうに一瞥して、黒髪の少女の死体を触り何時頃死んだかを確認する。
死体は自分がいた世界で見慣れていた。何故ならばそういう世界だったのだから
死体に触れ合う機会も沢山あった。全く嬉しくも無かったが。
ふざけた世界だったなと思いつつ、直井は状況を俯瞰的に見て呟く。
「殺してしまって……自殺……だろうな」
「まあ自殺にしか見えないけど……だとしたら随分と弱い考えね」
「ふん、衝動的に殺したかもしれんぞ。襲われたから殺しましたなど有り得る」
「……それでも、弱い考えよ」
口元をハンカチで押さえながら、佳奈多は死体を見て直井に応える。
なにかしらが起こって、黒髪の少女が栗色の髪の少女を殺した。
そして結果的に黒髪の少女が自殺した。
その推測に多分大方間違っていないだろうと佳奈多は思う。
変な事を言ったら罵倒してやろうと思ったのに。
佳奈多はそう思い、溜息をつく。
そして、ゆっくりと少女の目を閉じさせた。
その行為に憐れみや不憫に思ったなんて感情は無い。
ただ、何となくだ。見開いた目が気持ち悪かった。
それだけ。
直井が自分を興味深く見つめていたのが凄く気に入らなかったが。
64
:
温もり
◆auiI.USnCE
:2011/02/26(土) 04:17:06 ID:0M4QzPpM0
「まあ、いい。武器を回収するぞ」
「ええ、互いにたいした物持っていないし」
「ふん、使えん奴だ」
「貴方だって、くだらない仮面に喜んでいたじゃない」
「何だと……貴様」
そして、互いに醜い罵倒を暫くする。
死んでいる少女を無視するが如く。
目の前の少女達に、二人は特に思う事が無かった。
しいて言うならば、死んだのが探し人ではなくて良かった。
それぐらいだった。
ただ、弱い人が死んだ。
それだけの事で、他に思うこともないはずだ。
「このナイフは……使えるな」
直井は少女の胸に杭の様に刺さったナイフから、少女の指をほどいて引き抜いた。
そのまま、ナイフにべっとりとついた血を部屋にあったタオルでよくふき取る。
そして、置かれてあったデイバッグを開き、中身だけを回収する。
直井と佳奈多は靴の裏に着いた血を近くにあった水道で軽く洗い流し、万全の準備をした。
淀みない行動で、やるべき事をすべて終わらせた直井が佳奈多に話しかけて
「よし、行くぞ。もうこの場には用が無い」
「……弔いとかは……必要ないわね」
「何を馬鹿な事を言ってるんだ。死体でも見て臆病さが増したか?」
「別に。貴方こそやけに急ぐじゃない。死体が怖いのかしら?」
「馬鹿な……気になる事があるだけ……別にお前にいう事ではない……ふんっ」
「……ふん」
お互いに鼻を鳴らして、そっぽを向く。
直井が気になってたのは一点。
ゆっくりしている間に、死体が『動き出したり』しないかだけ。
確かめるのもありだったが、それは少し厄介な事になるかもしれない。
そのリスクを考えると、立ち去るのが一番いい。
直井はそう判断し、血の臭いから部屋を立ち去っていく。
佳奈多は、そのまま直井についていくように、退出しようとして。
一度だけ、振り返り、死体を一瞥して。
静かに扉を閉めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
65
:
温もり
◆auiI.USnCE
:2011/02/26(土) 04:17:38 ID:0M4QzPpM0
「……っ、死んでる……な」
「ええ」
香月恭介と須磨寺雪緒が資料室を訪れたのは、丁度直井達とすれ違うぐらいのタイミングだった。
恭介達が資料室を訪ねたのは偶然ではなく、幾つか要因がある。
一つは廊下にまで漂ってきた血の臭い。
もう一つは接触は出来なかったが恭介が偶然見つけた影。
学帽と長い紫色した髪の少女が部屋から出て行ったのを遠めで確認したからだ。
何かあると慌てて、恭介は部屋に入ったのだが、目の前の凄惨な光景に息を呑むしかない。
「あいつらが……殺した……のか?」
恭介は髪に手を乗せて、唸るように言葉を発する。
目の前の現実が余りにも、酷すぎたから。
殺し合いが始まって三時間足らずのうちに、二人も死んでしまった。
しかもその現場は余りにも凄惨で。
思わず、目を背けたくなってしまう。
けれども、背く訳には行かなかった。
今、目の前にある光景から逃げたら、きっと何もできやしない。
それを恭介は理解して、気を強く持とうとする。
これから起きるであろう困難に負けない為にも。
「でも、冷たいわ」
そう、呟いたのは須磨寺雪緒だった。
黒髪の少女の頬を撫でながら、静かにその顔を見つめている。
雪緒の表情は無く、儚げだった。
「じゃあ、今さっき殺した訳……じゃないのか」
「ええ。多分」
「それでも、殺した可能性は有りえるな……くそっ」
思わず、恭介は舌打ちをしてしまう。
辺りをざっと見回しても、其処に有るべきものが無い。
そう、凶器と殺された人の支給品が入ったバッグがないのだ。
答えは簡単で、あの二人が持ち出した可能性が高いという事。
殺して奪ったと考えるのが妥当だろう。
そう考えると、同じ学校に居て止められなかった事がただ、悔しい。
後悔しても、仕方ないというのに。
「…………でも、この黒髪の女の人。自殺かもしれないわ」
「……はっ?」
悔しそうな恭介の顔を横目で見ながら、雪緒は呟く。
予想外の言葉に、恭介は少しだけ唖然とした表情を浮かべた。
「今は解かれてるけど、何を握ってたみたい。手も丁度胸元の傷の所に」
「それで?」
「血も自分の腕に沢山かかってる。まるで自分で、胸を刺したように」
雪緒は、確認するかのように、呟く。
死んだ彼女を慈しむように。
また、とても羨ましそうに。
とても、その様子は脆く、見えて。
66
:
温もり
◆auiI.USnCE
:2011/02/26(土) 04:18:08 ID:0M4QzPpM0
「あなたは、綺麗な世界が見つかった?」
もう、二度と動かない骸に語りかけて。
もう一度、頬を撫でる。
撫でられた顔は、死んでいるのにとても穏やかに見えた。
恭介は、そんな脆い光景が、嫌でしょうがなくて。
「そんなもの……ありやしないっ! あるのはただ凄惨な光景だけだっ!」
強い言葉を吐いてしまう。
この光景の何処が綺麗で美しいというのだ。
充満した血の臭いと、汚れきった赤黒い血で染まった床。
そんな光景は、ただ悲惨で哀しいだけだ。
「そう。あなたはこの光景を見てまだそういうの?」
「ああ。言ってやるさ。二度とこんな光景つくってたまるか」
雪緒は少しだけ怒りを籠めた言葉で恭介に尋ねる。
そんな雪緒を否定するかのように、恭介は言葉を紡いだ。
二度とこんな光景は作らない。
そう、堅く近いながら。
「そう。あなたはそう言うのね……分かったわ。賭けはまだ終わっていないわ」
目を閉じて、雪緒は頷く。
それはこの光景が、綺麗な世界では無い事。
少なくとも、須磨寺雪緒にとっては、これは綺麗なものではないという事。
それだけ、それだけの事だった。
頷いた雪緒の表情がとても複雑で、恭介にはその感情を読み取る事が出来なかった。
「よし……なら」
恭介は、そのまま窓際まで移動して、真っ白いカーテンを力任せに取った。
途端に、日の光があっというまに部屋に充ちる。
雪緒は少しだけ眩しそうにして、恭介の突然の行動に興味深そうに眺めていた。
「今はこれだけしか出来ないが……」
そして恭介はそのカーテンをそっと二人にかけた。
純白のカーテンは瞬く間に真紅に染まっていく。
恭介がおこなった事。
それは、簡易的な埋葬だった。
「このままにしていくには忍びないからな」
少しで、名も知らぬ少女に黙祷する。
どんな人間かは分からない。
けれど、失った命が少しでもやすらかになるように。
恭介は、そう願わずには居られなかった。
「あなたは……やっぱり『そういう人』なのね」
その行為を雪緒は眺めながら、恭介に聞こえないように呟く。
恭介を眺める彼女の視線は今までと少し違って。
何処か温かみのある、綺麗なものを見るような、目だった。
「じゃあ、行くぞ。殺人者が居るかもしれないし、此処は危ないからな」
恭介は黙祷を止め、雪緒の手をとって駆け出す。
急に手を取られた雪緒は驚きながらも、恭介に従いおなじく駆け出した。
恭介としては、自殺したかもしれない少女の傍に。
余りにも近い『死』に。
須磨寺雪緒を置いておきたくなかった。
それだけの事。
雪緒はそんな恭介の想いをしってか、知らずか。
一度だけ、死んだ少女の方へ振り返ろうとして、そのまま止めたのだった。
そして雪緒の前には、手を引っ張る少年の姿が居て。
ふっと、少しだけ、表情を和らげたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
67
:
温もり
◆auiI.USnCE
:2011/02/26(土) 04:18:58 ID:0M4QzPpM0
「二木」
「何よ?」
「いきなりむすっとするな。お前はそんな顔しか出来ないのか?」
「あら、他の顔がお好み? 貴方も似たような顔をしてるくせに」
「ふん」
「ふん」
昼下がりの廊下を、二人は相変わらずむすっとした表情で進んでいた。
会話と言う会話は殆ど無く、ただ黙々と。
そして、たまに口を開くとこうである。
互いの気性もあるのだろうが、何度も続くとお互いに鬱陶しく感じてくるのもあったのは事実だった。
「お前は人を殺した事があるのか?」
「……無いわよ。そういう貴方はあるというのかしら?」
「……あると言えばいいのか。無いと言えばいいのか」
「何それ? 頭可笑しいんじゃない?」
「……」
「あら、否定しないのね? 珍しい」
「ふん、お前に付き合うのが面倒になっただけだ」
直井が佳奈多に聞いたのは、殺人の有無。
この殺し合いの場にて、大事な確認だった。
けれど、佳奈多は当然のように不快感を示しながら否定した。
逆に同じ事を問われた直井はとても複雑な表情を浮かべ、何処か遠い所を見る。
頭が可笑しいという侮辱さえも否定できなかった。
何故なら、直井が居た世界は「そんなもの」なのかもしれないのだから。
「まあいい。じゃあお前は差し迫った時……殺せるか?」
核心を突くように直井は言葉を紡いだ。
佳奈多に覚悟があるかと。
直井の眼差しをとても真剣で、そしてとても冷たく。
佳奈多は心が貫かれそうになるが
「……すわよ…………殺すわよっ」
搾り出すように、声を出す。
思い浮かぶのは大切な妹の顔。
憎まれてるけど、怨まれているけど。
それでも、大切な人の笑顔。
「…………あの子を護りたいから」
護りたいから。
護るべき人がいるから。
だから、佳奈多はそう強く言った。言えた。
68
:
温もり
◆auiI.USnCE
:2011/02/26(土) 04:19:54 ID:0M4QzPpM0
「そうか、僕もだ」
直井は皮肉そうな笑みを浮かべて、佳奈多の考えに同調した。
其処に嘲りは無く、心からその考えを賞賛するように。
その笑みに、佳奈多も表情を崩し、
「そう、それはよかったわ」
少しだけ、笑った。
少しだけ、少しだけど。
直井との距離が縮まった気がした。
そして、少しだけ解った気がした。
それだけだった。
互いに、少しだけ笑ったその時、
「此処も収穫無かったじゃね……おう、ガキ二人発見」
「ええ、そうですね」
隣の教室からがらっと扉が開いて。
其処に二人の中年の男が立っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「じゃあ、おめーらガキ達も学校探索してたって事か」
「ああ……というかガキと言うな」
その中年二人は同じく学校がスタート地点だったらしい。
教室片っ端から探してた所、直井達に遇ったらしい事だった。
話を進めている中年というかそっちの方がガキみたいな男は古河秋生といい。
冴えないいかにも中年の男性と言った風采が、岡崎直幸と言った。
「とりあえず、殺しの方は」
「ええ、乗ってないわよ」
情報交換を平常に直井達はこなしていく。
ここで反抗してもいい事は無いと判断したためだ。
69
:
温もり
◆auiI.USnCE
:2011/02/26(土) 04:20:16 ID:0M4QzPpM0
元々、大人の顔色を見続けていた二人だ。
大人が喜ぶ事、大人が嫌がる事。
それくらい解るつもりだ。
自分の都合のいい時だけ、喜んで。
反抗したり、機嫌が悪い時だけは直ぐに手を振るった。
そんな、存在。
でも、さからえなくて。
だから、佳奈多達は従った。
佳奈多は葉留佳の為に。
直井は認められたくて。
自分を消してまで、頑張った。
でも、大人は何時でも冷たいそんな存在だった。
それが大人だと思ってた。
「ふーん。じゃあ、さっき廊下で言ってた事、何だ?」
聞かれていた。
直井達は言葉を交わすことも無く目配せして口あわせをする。
こういう罪を咎めようとして自分達を弾劾するのも大人だ。
悪い事をするなと言葉だけ言って自分たちはすぐ手をあげようとする。
そんな連中だ。
「別に。ただの確認ですよ。襲われた時とか殺さないといけない時だってありますしね」
「ええ。そういう時もあると思うので」
実際、今はまだ乗ってないのは事実なのだ。
言葉だけを捉えて殺し合いに乗ってると勘違いされても困る。
だから、直井達は更に弁明をしようとして
「…………でも、その服についてる血痕は?」
ぼんやりとした口調で直幸に尋ねられた。
直井と佳奈多は焦って服を見る。
佳奈多の腕の服と、直井の足の裾にほんの少しだが血がついていたのだ。
あの資料室の時、ついたのだろう。
迂闊だった、迂闊だったとしかいいようがない。
「それは……資料室に遺体があったからですよ」
「ええ。その遺体を見てたときについたかも」
これは釈明ではなく事実だ。
でも、大人はきっと自分の都合のいいように解釈をする。
だから、きっと直井達が殺した。
そう、解釈するに決まっている。
「……じゃあ、とりあえず連れていって貰うぜ。其処に」
「いいですよ」
直井は偽りの笑顔で微笑んで頷く。
隠し持ったナイフを最悪使う事を考えながら。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
70
:
温もり
◆auiI.USnCE
:2011/02/26(土) 04:21:04 ID:0M4QzPpM0
「……?」
「どうした?」
「いえ、今学校に人影居たような気がして」
「……どうする? 戻るか?」
「いや……いいわ。気のせいかもしれないし」
校門から走って出てきた恭介と雪緒。
雪緒は学校の方を見て、人影を見た気がするが、気のせいだったかもしれない。
そう、雪緒は結論付ける。
あの学校は綺麗な場所じゃなかったから。
だから、戻りたくないだけ。
「ねえ、あの二人の事、後悔してる?」
雪緒は資料室で死んだ二人の事を思う。
恭介はあの二人を救えなかった事を後悔していたようだ。
仮定の話だが、雪緒に会ってなかったら恭介は救えたかもしれない。
そんな可能性だってあるのだ。
「……まあ、救えたかもしれないのは確かだ。実際ちょっと悔やんでいる」
確かにあの時、恭介が気付いていれば救えたかもしれない。
だから、後悔は少しだけある。
でも、
「それでも、お前を助けられたからいいさ」
結果的に雪緒にあって雪緒を助けられた。
それもまた、事実なのだから。
だから、今は前を向いて。
救えるかもしれない命だけを考える。
それだけだ。
「そう」
雪緒は、その言葉に短く応えて。
ただ、握られた手を少しだけ、強くした。
【時間:1日目午後3時半ごろ】
【場所:E-6 校門前】
香月恭介
【持ち物:ハリセン+鼻メガネ、火炎瓶×3、硫酸ビン×2、マッチ、水・食料一日分】
【状況:健康】
須磨寺雪緒
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
71
:
温もり
◆auiI.USnCE
:2011/02/26(土) 04:21:48 ID:0M4QzPpM0
「死んでる……ね」
直幸はそう呟いて、手を合わせる。
秋生を黙って、それに追随した。
けど、そんな大人二人を警戒しながら、直井達は少しだけ驚いて遺体を見ていた。
遺体にかけられたシーツ。
それは直井達の後にかけられたもので間違いないだろう。
つまり、直井の後に着た人が居るという事。
推測できるのは、それくらいだった。
ただ、もしかしたら自分達が出て行くことを見られた事も視野に入れながら。
「畜生……まだガキじゃねーか……」
秋生は悔しそうに言っている。
それは本心からだろうか。
それとも、ただの演技?
疑うように直井達は秋生を見つめている。
「おい、お前達が見たときにはもう、死んでいたんだよな?」
「ええ。其処の栗毛の人はうつ伏せに。黒髪の人は自殺してました」
「黒髪の少女が自殺につかったナイフは僕が回収したんだよ。何分自衛に使うものが無かったですから」
見たままの事実を告げるだけ。
嘘をつく必要なんて無い。
でも、と佳奈多と直井は思う。
どうせ
「ふぅーん……」
「疑ってますか? 私達が殺したって」
大人ってそんなものだ。
あざけ笑うように佳奈多は言う。
事実を言ったって、大人はそうやって悪い方に考える。
悪い子供だって、思うんだって。
「そりゃあそうですよね。僕達がやったようにしか見えませんから」
直井も追随して、言葉を紡ぐ。
状況的にもそうしか見えないから。
だから、大人は殺したって思うんだ。
そうして、悪い子供だと。出来損ないの子供だと。
勝手にレッテルをつけるに決まっている。
「そうか」
秋生が二人に近づいて見下ろす。
直井は背後に隠してあったナイフに手をかける。
そして
72
:
温もり
◆auiI.USnCE
:2011/02/26(土) 04:22:57 ID:0M4QzPpM0
「悪い子ぶってんじゃねーぞ、このクソガキ共っ!」
「いてっ!?」
「いたっ!?」
秋生は、二人に思いっきりデコピンをする。
力を籠めたデコピンは思いっきり二人にヒットして、二人とも悶絶する。
何が起きたか、解らない。
「何が、疑ってるだ。私達が殺したようにしか見えないだ。バーカッ!」
「……な、何?」
「いいか、よく聞けよっ」
秋生は困惑する二人に向かって、言葉を紡ぐ。
「てめーらみたいなガキが懇願してるように言ってる事、信じてやるのが大人の役目だ。馬鹿野郎っ」
懇願している?
自分達が?
そんな風に見えたのか。
「そんな簡単に殺しなんて、出来るもんじゃねえんだよ。怯えるようにしやがって。
いいか、てめーらみたいな悪い子ぶったガキはな、もうちょっと大人を信じやがれ」
「信じられる……もんかっ……実際殺してたら、どうするんだよ」
「その時は沢山叱ってやる。そして一杯叱った後許してやるよ」
「殺されるかもしれないのに?」
「しるかっ、そんなもん。第一、てめーらみたいな悪ガキに殺される秋生様じゃねえんだよ!」
食い下がっても、全て否定される。
こんな大人は見た事が無い。
こんな、厳しくも優しい言葉なんて、大人から聞けるなんて有り得ない。
可笑しい、そんな訳が無い。
73
:
温もり
◆auiI.USnCE
:2011/02/26(土) 04:23:21 ID:0M4QzPpM0
「全く……ガキみたいな古河さんが言っても」
「なんだぁ? 岡崎さんまで何を」
「でも、直井君、二木さん」
今度は直幸が自分達を見つめてくる。
その瞳は何故かとても優しく温かく見えた。
「子供はもっと自由にしていいんだよ……そんな大人の顔色ばかりみないで……真っ直ぐに自由にね
……私は今まで出来なかったけれども……そして、そんな子供の自由を守るのも、また大人の役目だよ」
ぽんぽんと頭を撫でてくれる。
その手が大きくて、大きくて。
とても、温かった。
これが、大人?
こんな温かさが大人だというのか。
じゃあ、自分達は一体今まで……?
「解ったか、ガキ共。ころしてねーんだったら、はっきりそう言いやがれ」
秋生の言葉が響く。
大人の優しい視線が注がれる。
解らない。
解らない。
これが、温かいもの?
これが、優しいもの?
こんな、存在が大人?
解らないけど。
74
:
温もり
◆auiI.USnCE
:2011/02/26(土) 04:23:53 ID:0M4QzPpM0
「僕(私)達は、やっていない」
そう言えた。
そしたら、大人たちは。
「じゃあ、信じてやる」
笑ってそう言ってくれた。
それだけの事だった。
でも、確かな変化だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「よし、なら少し休むぞ」
「そうだね、死体を見て疲れてるだろうし……」
大人たちがなにやら話している。
子供達は戸惑いながら追随している。
「ねえ」
「何だ?」
最初にあげた三人から四人になっている。
それなのに、そのまま行動している。
「正直……戸惑っている?」
「ああ、僕もだ……ただ……」
直井は何かくすぐったいように、言葉を紡ぐ。
「解らないんだ……今まで、こんな事無かった」
「ええ……私もよ」
前を進む大人を見て、とても輝いてるように見える。
「……こんな時、どうすればいいか…………解らないんだ」
「………………そうね。私も解らない」
笑えばいいのか。
喜べばいいのか。
解らなかった。
「……本当、こんな所まで似てるなんてね」
「……ふん……そうだな」
佳奈多が諦めたように笑い。
釣られるように、直井も笑った。
すこしだけ、互いに親近感が出て。
前を進む大人たちを見て。
また、少しだけ笑った。
75
:
温もり
◆auiI.USnCE
:2011/02/26(土) 04:24:10 ID:0M4QzPpM0
【時間:1日目午後4時半ごろ】
【場所:E-6 学校】
岡崎直幸
【持ち物:バスケットボール、水・食料一日分】
【状況:疲労】
古河秋生
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】
二木佳奈多
【持ち物:大辞林、水・食料二日分】
【状況:健康】
直井文人
【持ち物:マスク・ザ・斉藤の仮面、不明支給品(有紀寧)、ボウイナイフ、水・食料二日分】
【状況:健康】
76
:
温もり
◆auiI.USnCE
:2011/02/26(土) 04:24:51 ID:0M4QzPpM0
投下終了しました。
このたびは期限を大分オーバーしてしまい申し訳ありませんでした。
気をつけます
77
:
◆92mXel1qC6
:2011/03/08(火) 04:35:17 ID:Tx.HCEtQ0
少々遅れてしまい、申し訳ありません
能美クドリャフカ、投下します
78
:
◆92mXel1qC6
:2011/03/08(火) 04:36:14 ID:Tx.HCEtQ0
ぱたぱた、ぱたぱた、ぱたぱた、ぱたぱた
力なく投げ出された手足の上に一つ、影が落ちた。
昼間だというのに、蝶はこの島には不似合いだとでも言いたいのか。
毒々しい目玉模様の羽根を持つ蛾が一匹、少女の回りを羽ばたいていた。
鱗粉を煌めかせ、先客である蠅をけちらし、ぱたぱたと、ぱたぱたと、飛んでいく。
その動きは休まることなく、機械的に、自動的に、羽をはためかせている。
邪魔をするなと何度蠅にたかられようとも、蛾はその場を去ることなく、ぱたぱたと、ぱたぱたと、飛び続け、手の上に影を落としている。
ぱたぱた、ぱたぱた、ぱtapata、patipata、ぱちぱち
「……」
能美クドリャフカは無造作に両腕を投げ出し、ぺたりと座り込んでいた。
木にもたれるでもなく、地に寝そべるでもなく、浅く腰を下ろし、淡く静かに呼吸を繰り返していた。
ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち
うな垂れるでもなく、見上げるでもなく、不自然な中空で固定された頭で唯一の、固定されていない部位が音を立てる。
呼吸を続けるためだけに、半開きになったまま微動だにしない口が、ではない。
それは目だ。精気の抜け落ちた少女の顔にあって、目だけが乾燥を避けようと、機械的に、自動的に、瞬きを続けていた。
ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち
視線は宙を眺めるようでいて、目の前の地面へと向けられている。
そこには二つの死体があった。
男と女の死体があった。
ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち
これで、全部。
少女と虫と、二つの遺体。
他には誰も、人の子一人いない。
それは当然の状況だった。
クドリャフカが殺したのだから。
ついさっきまでそこにいた二人の人間を、少女は殺し、独りになったのだから。
「…………」
長い間、満足に陽の光の届かない闇の中でじっとしていたせいか、クドリャフカの唇は青ざめていた。
血と、涙で濡れそぼったマントを着続けていたことも相まって、スカートから除く足首は鳥肌が立っていた。
表皮だけではない。
寒さは、骨に伝わり魂までもを凍えさせていた。
79
:
◆92mXel1qC6
:2011/03/08(火) 04:36:50 ID:Tx.HCEtQ0
否。
そもそも最初に凍りついてしまったのは肉体ではない。
魂の方だ。
少女は己が瞳から侵入した悪魔に、その魂を奪われてしまったのだ。
ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち
穿たれる穴/溢れ出す血/崩れる巨体/浸食する赤/リンパ液/覗く臓器/はみ出す白/痙攣する手足/虚ろな瞳/青白い顔/蒼ざめた馬の嘶き
彼の者の名は“死”
少女がもたらし、直視してしまった不朽の呪い。
ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち
ならばこれは禊か。
執拗に繰り返されている瞬きは、少しでもあの悲惨な光景を忘れようとしての少女なりの自己防衛か。
それも否だ。
今の少女には何かをなそうという気力は一欠片も残っていない。
そんなものは、とうの昔に使い果たした。
男の死体をゆすり続けたその時に。
生き返るという言葉をわらにもすがる思いで信じこみ、その瞬間を待った間に。
度重なるショックに微塵に砕かれた砕かれた己というものの破片を。
這い集めて、振り絞って、出がらしすら出しきって。
いくら時計の針が回っても、いくら骸を揺すっても、死んだ人間が生き返ったりはしないという現実を前に。
能美クドリャフカは自らの心を使い潰した。
「…………」
とはいえ、それはあくまでも忘我、あくまでも茫然自失であって、精神崩壊というほどのものではない。
少女は、人殺しである自身への恐怖や罪悪感を存分に味わうよりも速く、二度目の人殺しを認識してしまった時点で、放心してしまったからだ。
これは少女の心が、人を殺したという事実に耐えられなくなる前に、強制的にブレイカーを下ろしたのだとも言い換えれよう。
少なくとも現状、クドリャフカの心は、壊れきってはいない。
ほんの僅かの衝撃で、再び我を取り戻すだろう。
自身が犯した罪に泣き、叫び、恐怖するただの少女のそれを。
「………………」
80
:
◆92mXel1qC6
:2011/03/08(火) 04:38:31 ID:Tx.HCEtQ0
しかしながら、実際には、少女が喪心状態に陥ってから、既に一時間以上が経過していた。
幸か不幸か、何分経とうと、何十分経とうと、何時間経とうと、少女を現実に引き戻す誰かは現れなかったのだ。
少女を殺そうとし、死に追いやる人殺しも来なければ、少女を慰め、生きていてもいいと言ってくれるお人好しも来なかった。
少女はずっと独りのままだった。
生きるでもなく、死ぬでもなく、ただそこにあるだけだった。
故に。
ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち
二つの死体に向けられた瞳もまた、死体を“見て”いるわけではなかった。
死んだ魚のようでいて、宇宙の虚ろささえ覚えさせる瞳は、ただ単に二つの死体を“映し”続けているだけだった。
一切の感情も、一切の主観も入り込まず。涙によるフィルターさえもはや枯れ果て機能せず。
常人なら、目を逸らすはずの、事実を、現実を、死を。
ありのままに瞳に“映す”だけだった。
ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち
クドリャフカの瞳が、女の死体を“映す”。
着ていた服は木の枝にでも引っ掛けたのか所々が破けていた。
それがクドリャフカを追う最中によるものか、それ以前のものかは分からない。
いずれにせよ散々な様子で、あちらこちらが千切れてしまっている。
ただ、その程度の破損は、この死体の負った傷の中では些細なものだ。
ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち
女の死体には三つの銃創があった。
まず目につくのは脇腹の傷である。
腹壁左外側部を走る腹斜筋が服ごと削り抜かれて白い骨が光っている。
標本のそれとは違い、生の骨はっきりと透明な膜に覆われ、これを栄養していたであろう細い血管が薄く茶色くへばりついている。
見た目だけだとこの傷が一番、ひどいようにも思える。
されど、女の命を奪うことに関して、この傷は、せいぜい出血量を増やした程度の働きしかしていない。
女を殺したのは腹部を貫いた一つ目の弾丸と、未だ胸部に残っている三つ目の弾丸だ。
一つ目の弾丸は横隔膜から後ろの腸を貫いていた。
着弾後に発生する弾頭のタンブリングによる体組織破壊に晒されたからか。
破かれた横隔膜からはいくらかの内臓の物と思われる体組織が極一部まろび出て、腹部を肉片の小花で飾っていた。
いずれにも血管やその他の管か繊維が元はひっついていたようだが、今は全て切れてしまっている。
もっともたとえそれらが繋がったままであっても、三つ目の弾丸が主の生存を許しはしなかったのだが。
女の上着の色が血と同じ濃い赤であることから、一見気づきにくいのだが、三つ目の弾丸は見事、肺を撃ちぬいていたのだから。
81
:
◆92mXel1qC6
:2011/03/08(火) 04:39:19 ID:Tx.HCEtQ0
ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち
どうあっても生きることを許されなかった女の顔が瞳に“映る”。
倒れた際の衝撃で、生え際の皮膚が少しだけ破れてしまった髪に覆われたそれは。
目を見開き、口を強ばらせ、首筋を引き絞った表情は、恐怖などという言葉ですら生やさしい絶意に満ちていた。
かの将門公の如く、今にも動き出し、怨嗟と鬼哭の雄叫びを上げそうなほどに生々しい。
それでも、やはり死体の身では時間の経過には勝てないのだろう。
クドリャフカが“見た”時には、朱が混じった涙が伝わっていた頬も、泡を吹いていた口端も。
今や紫色の死斑に覆われ、精気を大気に散らしていくだけだった。
ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち
「……………………」
クドリャフカの瞳が、男の死体を“映す”。
女のそれとは違い、服装の破損は殆どなかった。
男がクドリャフカ達とは違い、落ち着いて行動してきた証拠であろう。
その割には若干、服が乱されていはするが。
これはクドリャフカが男の死後に揺すった時の痕跡であり、男の落ち度ではない。
シャツに妙な乾いた跡があるのも、少女が幾重にも涙の雫を染みこませたものなのだ。
死体は血の他に、涙が含む水分によって濡らされた地面に横たわっていた。
ここには一つとして乾燥した土はなかった。
ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち
しかしながら、女と同様、男の服にも欠けている部分があった。
赤い女の服よりも、白い男の制服の方がよりその傷は目立っていた。
その場所は胸部中央やや左寄り。
言うまでもない、人にとって最も大切な臓器である心臓。
生命の象徴である赤き水を汲み上げ、吐き出してきたはずのその器官の傷からでさえ、血はあらかた出尽くしていた。
今や血の通わないその皮膚はやたらと重たく又粘っこく見え、出来損ないのいちごタルトか何かを連想させる。
ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち
82
:
◆92mXel1qC6
:2011/03/08(火) 04:39:45 ID:Tx.HCEtQ0
こうして羅列すると人体と言う物は全くもって物質である。
全体としてべちゃり、ぐちゃりという擬音の似合うことこの上ない。
それを示すように、男の死に顔は安らかでも無ければ、苦悶の表情に満ちていた訳でもない。
どこか偽物めいた、生者が最後に浮かべるには不似合いな空虚な笑顔。
それが何度瞬いても、女のそれとは違って、変化することなく、そこにあり続けた。
ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちpあtい、ぱtapati、patapata、ぱたぱた
――ふと、モノを“映す”側だった少女の瞳に、少女の瞳が別の瞳に“映されている”自分を捉えた
“人殺し”の自分を“映す”、真っ白な強膜に囲まれた黒い四つの瞳を
「…………………………………………ひ、ぅ」
クドリャフカが再開される。
久方ぶりに口を開いたせいか、両方の唇同士がひっつき、僅かに皮が剥がれた。
小さな痛み。けれど、少女は指でそっと血が滲みだした唇をなぞるような真似はしなかった。
代わりに、凍えるように打ち震え、己を責め立てる瞳から逃げようと縮こまらんとし。
「あ”…………」
それよりも速く、フラッシュバックに襲われた。
少女が瞳に“映し”ていた光景。
それが少女の自意識の回復に伴い、少女に認識されようと怒涛の勢いで脳裏へと“写され”ていく。
濃密に、鮮明に、あるがままに。
時計の長針が一回りするよりも長い時間見続けた光景が一気に、一瞬で、“写され”ていく。
爆発だった。
情報の爆発だった。
だからこそ、少女はまた、この刹那、自己を喪失していた。
考えることを放棄し、ただ感じたままに、例えばそう、暗いくらい闇の底から這いでて、久方ぶりに空を見たその感動を伝えるように。
思ったことを、そのまま自分でも意識せずに口にしていた。
83
:
てぃす・いず・じえんど
◆92mXel1qC6
:2011/03/08(火) 04:40:47 ID:Tx.HCEtQ0
「でぃす・いず・じえんど」
ぱたぱた、ぱたぱた、ぱたぱた、ぱたぱた
【時間:1日目16:30ごろ】
【場所:C-2】
能美クドリャフカ
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康。忘我から回復】
84
:
でぃす・いず・じえんど
◆92mXel1qC6
:2011/03/08(火) 04:42:24 ID:Tx.HCEtQ0
これにて投下終了です
なお、お気づきの方がいるかもですが、地味に最後タイトル間違えました
収録時訂正お願いします
85
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/03/13(日) 00:13:16 ID:IGiUuJ9s0
河野貴明は観察を続けていた。
人間観察だ。小さな挙動にも目を配り、なにかおかしなことがないか、疑う。
普段ならやろうとさえしてこなかったことだった。
観察する意味なんてなかったし、そもそも日常の中ではそんな発想さえ浮かばない。
だが今は違う。ここは日常ではなく、非日常だ。
死んだ。いなくなったのだ。友達が。
死体なんて実際に見れば気持ち悪いものなのだろう、なんて普段のぼんやりとした感想は吹き飛んでいた。
なんでだ。真っ先に浮かんできたのはそれで、それに尽きた。
空気を濃密に汚す血の匂いも、飛び散って撒かれた肉片も、なんでだという感想で埋め尽くされた。
けれども誰も、柚原このみも向坂雄二も答えてはくれなかった。事実だけを残し、沈黙して語らなかった。
そのことが更に腹立たしかった。納得もさせてくれなければ言い訳もしない。
事実だけを押し付ける死が、理不尽で仕方がなかった。
だから貴明は復讐することに決めたのだった。
理不尽なもの全てに。『何故』だけを置き土産にしていった誰かに。
思いは腹の中で煮え滾り、沸騰し、熱となり、倫理でさえも溶かす。
今の自分なら、あっけなく人殺しだってできそうなものだった。
貴明は己を気遣うように一定の距離を置いている芳賀玲子と関根を見やった。
盾にするとは考えた。しかし自らの復讐に役立つかといえば、今にして思うとそんなことはないと思える。
この二人は呆れるほど暢気だ。思い出してみるのも煩わしいほどに、危機感がなかった。
こいつらに出会ってさえいなければとも思う。惑わされなければ、暢気な日常の空気に釣られていなければ、或いは……
詮無いことだと貴明は思ったが、募る憤懣は抑えきることができなかった。
そうだ。役立たずじゃないか。盾にしても、鉄と青銅では強度だって違いすぎるではないか。
彼女らの意味の薄さに気付く。気づいたのが、さっき。
気付いてもなお、だったら離れればいいじゃないかと思えなかった自分を見つけたのが、今だ。
貴明は思う。そこまで感じているのに、今すぐ行動にだって移せそうなのに、この二人から離れられないのは何故なのだろう。
縁もゆかりもない、他人同然の彼女らに同行してしまったのは、何故なのだろう。
憎らしいと思っているのは確かだ。だから使い倒してやろうと、あの時は咄嗟に考えたのかもしれない。
しかしそれだけはないのではないか。復讐に対して躊躇のない今の自分が、
この二人を切り捨てないのは、利用価値以外のなにかを感じているからではないのか。
貴明はとりたてて特徴のない人生を送ってきた。なにをするのも普通普通で、評価されることも少ない。
だからアニメであれなんであれ、褒めてくれた二人に対して悪し様にはできないという思いがどこかに残っていたのではないか。
未だ消し去れない日常の残滓が、復讐の剣を握ろうとする自分を押し留めているのではないか。
(……俺は、まだ人も殺してないからか)
86
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/03/13(日) 00:13:30 ID:IGiUuJ9s0
憎んではいても、殺したいほど憎んでいるわけではない。その理由を、貴明はまだ自分は人殺しではないからだと推測した。
経験してもいないから、多少でも交わりのあったこの二人を殺せない。
死んでいいとは思っていても、自ら手にかけるだけの気持ちを、まだ持てない。そういうことなのか?
疑問に対して、貴明は明確な答えを出そうとはしなかった。
今はまだ手にかけ、殺す必要性がないと思ったからだった。
殺すべき連中なら、他に山ほどいるのだから。
* * *
どうしよう、と関根は思っていた。
二つの死体を見つけたときには動転の余り忘れていた事実が今頃になって呼び覚まされたからだった。
死人はいずれ起き上がり、動き出す。
正確に言えば、自分達は既に死んでいるからこれ以上死ぬことなんてないはずなのだ。
あたしはバカか、と関根は自らの間抜けさ加減に呆れる。
言い出す機会を失ってしまったお陰で、貴明は意気消沈したままであるし、玲子もなりを潜めてしまっている。
さりとてこの場で「実はあの二人すぐに生き返るんですよー!」と宣言したところで、
死んだと信じきっている貴明から非難の視線を浴びるだけであろうし、能天気な玲子だって気休めにもならない嘘はよしなよと言うに違いない。
ガルデモは後方支援部隊及び陽動部隊という立場ゆえ、前線で戦うことなんて殆どなければ血なまぐさい場面に遭遇することも稀だ。
だからこそ死体に驚いてしまったのだが、ひさ子やユイといった面々なら平然としているのだろうと容易に想像できてしまい、
関根は更に暗澹とした気分になるのだった。
けれども、とどこか心の片隅で引っかかる部分を覚える。
自分達は、死なない。確かに死なない。
関根自身、《死んだ世界戦線》に身を置いてから数年という立場になり、そういう環境であることを実感してきた。
自らが死ぬだけではなく、年月を経るだけでも死なないことは体で分かってくる。
食事や排泄等は行うものの、身長は伸びず、それどころか爪でさえ伸びない。
髪を切ったことはないが、恐らくそのまま伸びないか、一夜で元通りにでもなるのだろう。
変化することさえ忘れ、進むことのない時間に留まったままだった自分達。
何もかもがすぐに元通りになってしまう中で……あの死体は、まだ動いていなかった。
『まだ』だった。けれども、それは、いつまでの、『まだ』だったのだろう?
死んですぐ? 数時間が経ったのか? 分からない。人が死ぬことさえ曖昧になりかけていた関根に、死後硬直なんて無縁の話だった。
『まだ』は、いつまで続いていたのだろう。
関根は無意識に死体の方角を振り向こうとしていた。
死体が見えていないことが、急に怖くなり始めたのだった。
87
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/03/13(日) 00:13:46 ID:IGiUuJ9s0
「しおりん。ダメ」
聞いたこともないような静かな声と共に、肩がぐいと引っ張られ、関根は小さく悲鳴を漏らしそうになった。
喉まで出かかったところでそれが玲子のものだと分かり、すんでのところで我に返る。
いつになく真剣な顔になっていた玲子は、果たしてあの玲子なのかと思わせる。
呆然と見返していただけの関根に、ふと苦笑の色を覗かせて、「あたし達、いつも通りでいなきゃダメなんだよ」と玲子が言っていた。
「いつも通りって……」
戸惑い気味に反駁した関根は、しかしどこかでこれがいつも通りだろうと語りかける自分にも気付いていた。
死んで、生き返って、永劫繰り返される日常の営み。
進むことがなくなった代わりに、へらへらと笑っていることが許される、幸せな日常だ。
何を気に病むことがある? きっと今頃は、あの二人だってひょいと起き上がっているかもしれない。
そもそも、貴明の沈痛ぶりこそも嘘で、演技で、今にも草むらの影から驚かそうと隙を窺っているだけなのかもしれない。
玲子はそういうことを言おうとしているのか? 口を開きかけた関根は、しかし先程の苦笑を思い出した。
どこか悲哀の混じった、元に戻れないことを知ってしまった人間の顔。岩沢が『消えた』直前に浮かべていた、なにかを知った顔……
「ねえ、しおりん。あたしはさ……」
玲子は、何かを伝えようとしている。関根が感じ取った刹那、ぱん、と軽い音が弾けた。
は、と口を開く間もなかった。体をくの字に折り曲げた玲子が、関根へとしなだれかかってくる。
意外と言うには重過ぎる人間の体重を受け止めきれず、支えきれずに共々倒れこんでしまう。
同時に、手のひらに生暖かい感触があった。独特の粘りが、関根に数年来の生の実感を思い出させた。
「芳賀さん!?」
崩れ落ちた玲子に駆け寄ろうとした貴明に、関根が咄嗟に「来ちゃダメ!」と叫んでいた。
予想外の声の大きさに一瞬体を硬直させた直後、貴明の足元で弾けるものがあった。
「Shit!」
88
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/03/13(日) 00:14:01 ID:IGiUuJ9s0
「外したな。やはり銃はお前の方が良さそうだな、うー」
聞きなれた声と、酷薄で淡々とした声。方向は、上だった。
銃撃されたと感じたらしい貴明が、冗談じゃないとばかりに眉を吊り上げ、隠し持っていたらしい拳銃で応射した。
とても学生とは思えない動作で構え、数発発砲する。撃った瞬間、貴明本人も驚いたような顔をしていたが、
それも銃撃が回避されたことですぐにかき消される。
銃弾を回避しつつ木の上に陣取っていた二人がするりと地面に降り立つ。
そのうちの一人に、関根は見覚えがあった。
「……TK」
ちらと関根を見やったTKは無言で指を振る。
話は後だ。そう言いたいらしかったが、構わず「待ってよ!」と怒鳴る。
「なんで芳賀さんを撃ったの! なんで……!」
続く抗議は貴明の銃撃音によってかき消された。
拳銃をまた数発撃つが、二人は俊敏に動き回り、銃弾を掠りもさせない。
当然だ。その謎の人間性はともかくとして、TKの戦闘能力は《死んだ世界戦線》でもトップクラスであり、素人がおいそれと当てられるものではない。
TKと行動している少女も負けないくらいの素早い動きだった。軽やかに、ステップでも踏むように、徐々に貴明に接近する。
「るーこ! お前……!」
「うー如きでるーを止められるものか」
るーこ、と呼ばれた少女が唇の端を歪ませる。敵うもんか、と嘲笑っているようだった。
貴明は近づけまいとして更に銃を連射しようとしたが、カチンと空しい音だけが鳴り響く。
弾切れ。ホールド・オープンしてしまった事実に慌てて弾倉の交換を行おうとした貴明だったが、その隙を与えるほど敵は甘くない。
既に貴明の懐にまで飛び込んでいたるーこが腰を深く落として正拳を鳩尾に叩き込む。
体が折れ曲がり、と口を開いて必死に酸素を取り込もうとした貴明だったが、続く足払いで転ばされて行動する暇もない。
バランスが崩れたところを軽く蹴り飛ばされ、仰向けに転がったところにるーこが圧し掛かる。
マウントポジジョンというやつだった。馬乗りになったるーこが勝ち誇った笑みを浮かべる。
89
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/03/13(日) 00:14:21 ID:IGiUuJ9s0
「無様だな、うー」
「ぐ……! くそっ! どいつもこいつも! 人殺しなんてしやがって!」
叫びながら暴れるが、その程度で人間の体重を押し返せるはずがない。
腕をばたつかせる様は、さながら駄々をこねる子供のようだったが、その行動すらるーこは腕を掴んで封じた。
「そうだ。るーは、生き残るために戦っている」
「俺だってそうだ! このみや雄二が死んだんだぞ! こんなところで死ねるかよ!」
「……あのうー達が?」
声質は変わらないながらも、その瞬間だけはるーこの雰囲気が変わったようだった。
貴明がるーこを知っていたのなら、共通の知人でもおかしくはない。
だが動揺の色を見せたのもつかの間、すぐに冷静さを取り戻したるーこは「それは、うーが弱いからだ」と見下す声を出す。
「強くなければ生き残れない。うーは弱い。当然だ」
「なんだと……! お前っ、このみや雄二の……人の命をなんだと思って……!」
「Wait!」
激昂し、語気を荒げる貴明に静止をかけたのはTKだった。
「聞いてないのか?」
珍しい日本語だった。るーこが「バイリンガルか」と場違いの感心を浮かべる一方で貴明が「なんだよっ!」と言い返す。
首をかしげたTKは、ちらと関根を見やった。言っていないのか、と尋ねる視線だった。
それで意図を把握した関根は「待って……」と震える声を出していた。
分かってもいないのに。自分達がどれくらい『まだ』の中にいるのか。
けれども日常の甘さを忘れられず、どこか希望に縋りたい気持ちが声を小さくさせてしまっていた。
このままだと玲子が死んでしまうという事実を、嘘にしてしまいたかった。
「We are already dead...死んでるのさ、俺達は」
「は……?」
「なんだ、聞いてないのかうー。あっちはうーけーの仲間なんだろう」
「No, my name is "TK". アンダスタン?」
「うーけーはよく分からん言葉の使い方をする」
90
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/03/13(日) 00:14:43 ID:IGiUuJ9s0
ふー、と肩を竦めるTKに構わず「ふざけるな! 死んでるとかバカじゃないのか!」と押し倒されたままの貴明が怒鳴る。
「俺はつい昨日まで生きてたんだよ!」
「自覚してないだけだろう。るーもそうらしいからな。うーけーは死んだときの記憶があるらしいが」
「なんだよそれ……!」
「全て事実だ。関根も死んでいる」
「関根……さんが?」
確かめる視線を寄越した貴明に、関根は無言で目を背けるしかなかった。
黙っていたわけではない。悪気もなかった。忘れていただけだったのに。
事実と受け取った貴明は、「じゃあ、これはどういうことなんだ」と呆然とした声で尋ねる。
「死んだのに、殺し合いって……」
「Not understand.だがこれだけは分かる。神の仕組んだGameだ」
TKはそこから、日本語英語カタカナ英語の入り混じった説明をする。
既に死んだ世界。納得のいかない人生に抗い、神を倒すことを決めた《死んだ世界戦線》。
神の手先、天使との戦い。戦いの中で傷つき、死にもするが、いつかは蘇り動き出すこと。
終わりの見えない戦い。その最中に始まったゲーム。
一部始終を聞いていた貴明は理解できないという顔をしつつも、否定することはなかった。
TKの仲間である、自分が何も口出しをしなければ、るーこも無言で頷いている。
即ち、貴明を除く全員が『死んだ』という事態を理解しているのに他ならなかった。
「じゃあ、なんだよ……このみも雄二も、生き返るのか?」
「Yes.今のところまだ誰も生き返ってはいないが……」
「すぐに生き返ってはゲームにならないんだろう。るーもそれでは面白くない」
「……は、じゃあ、俺って……早とちりしてたのか?」
るーこに馬乗りにされたまま、は、はは、という途切れ途切れの笑い声が木霊する。
いずれ元通りになる。その事実に安心し、張り詰めていたものが切れたからなのだろう。
口にこそ出していなかったが、貴明は二人の友人の死を重すぎるくらいに受け止めていたのかもしれない。
91
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/03/13(日) 00:14:57 ID:IGiUuJ9s0
「もしかして、芳賀さんを撃ったのもそういうことなのか……?」
「そうだ。うーけーの仲間は取り合えず除外して、うーとそっちを試した。戦えるか知りたかった」
るーこはあくまでも戦いに勝つことが目的。神様の目的とやらには興味がなく、勝って戦士であることを示したいとのことだった。
TKはそんな彼女と同盟を結び、共同戦線を張っていた。
一応《死んだ世界戦線》の人間の立場として戦力の増強を図らねばならないので、スカウトもしたかったのだが、
るーこの言うところの『戦えない奴』は不要とのことだったので、戦力外の人物に関してはとりあえず退場してもらおうという形になったらしい。
「それで……芳賀さんを、撃ったの……?」
「Sorry.だが一時のGood-bye。またFriendになれる」
ぽんと肩に手を置いたTKには、関根を気遣うものが見られた。
ひょろりとした体の割に、意外と大きなTKの手。謎の言動や行動が多いながらも、
その根底には仲間を思う気持ちがあることを、関根は知っていた。
この暖かさに身を委ねていればいいのではないか、と関根は思ってしまっていた。
玲子とよく話していたから今回のことをショックに感じていただけで、これが今まで通りだと納得してしまえばいいのではないか。
何のことはない。また、『いつも通り』が始まるだけだ。《死んだ世界戦線》の仲間がいて、ガルデモのみんながいて――
「そっか……あたしを撃ったのは、そういうことだったんだ」
か細い声が、関根のすぐ隣から聞こえていた。
TKが、るーこが、貴明が、そして関根自身でさえもぎょっとした目でそちらを向いていた。
薄く目を開け、冷めた笑いを浮かべていたのは玲子だった。
荒く息を吐き出し、自分で自分を支えることも難しいのか、関根の体を掴んで支えにし、ようやく起き上がっていた。
唖然とするTKに一瞥をくれると、玲子は「手、どけてよ」と色のない声で言い放った。
肩にかかっていたTKの手が玲子によって振り払われる。その行動には、強い意志が感じられた。
自分を撃った者達に対する怒りではなく、この緩慢な空気そのものを嫌ったかのような行動だった。
さらに玲子が睨むと、TKが後ずさりする。るーこもただならぬ様子を感じてか、「構えろ!」とTKに指示を出す。
「damn it!」
「抵抗なんてしないよ……そんな力、ないし」
92
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/03/13(日) 00:15:12 ID:IGiUuJ9s0
銃を構えるTKに軽く笑うと、しかし言葉とは裏腹の強すぎるくらいの力で関根を抱き寄せ、決然と言い放った。
「でも、しおりんはあたしの友達だよ。友達を間違わせたくない」
「……芳賀さん?」
二の腕を掴む力が強くなる。手放すもんか。無言のうちにそう伝えられたような気がして、関根は何も言えなくなってしまった。
だって、あたしはみんなに釣られて、なあなあで流されて……
「あんた達、間違ってる。絶対」
バンダナの下で、ぴくりとTKの眉が動いたような気がした。
るーこも不快げに視線を受け止め、貴明でさえも、今更、という空気を漂わせていた。
「それがあんた達のいつも通りなら、そんなの間違ってる。楽な方に逃げてるだけだよ。
いつも通り、ってそんなんじゃないでしょ? ちゃんと自分のままで、らしくいて、でも考えて行動しなきゃ、ダメなんだよ」
ちゃんと自分のままで。その言葉が関根の胸を突き刺し、軋ませた。
自分なんてない。流されるがままで、いつだって低い方に流れて、それを当たり前にしてきた自分に、自分なんてない。
「……あたしもさ、いつも通り、でいようとしたんだ」
自分に向けられたものだと分かり、関根は言葉もなく玲子を見返した。
あの時の続きだ、と思った。
「殺し合いなんて、怖くて、どうしようもなくて、泣き出したかったけど、
でも、ほら、ゲームみたいに都合よく助けてくれるわけないじゃん?
にゃはは、あたしってばオタクだからさ、分かってるんだよ、そんなこと。
じゃあ何が出来るの、って考えたら、簡単だった。いつも通りでいれば良かったんだ。
元気しか取り柄、ないけど、そんでもしおりんと話してすっごく盛り上がって、しおりん、元気になってくれたから、
これがあたしの役目なんだって思えたんだ。そうしたら、ほんの少し希望だって湧いてきた」
93
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/03/13(日) 00:15:26 ID:IGiUuJ9s0
玲子はそこで一旦言葉を切る。
いつも通りは、殺し合いの中にはない。
これでいいんだ、だけ追ってても安心するだけで、それ以上にはならない。
現状を維持できるだけで、自分が本当に欲しいものなんて手に入れられない。
「ね、しおりん。誰かがそうしてるから自分もやらなきゃだったら、面白くないよ。
自分がやりたいことやらなきゃ、人生楽しめないよ。
あたしは、あたしが終わってるなんて思わない。
いつだって……たとえ死んでたって、あたし達はこれからなんだから。オタク道はかくあれかし、ってね」
にゃはは笑いを浮かべると、急激に腕を掴む力が弱くなった。
予感する。これは命がなくなっていっているのだと、関根は感じてしまった。
どうしたいのかもまだはっきりしていないのに、関根は「芳賀さん!」と体を抱き返してしまっていた。
感情に揺さぶられた行為でしかないと分かってはいたが、そうせずにはいられなかった。
きっと、この人の伝えたいことはこれだけじゃないはず。まだ言っていないことだってあるはずだ。
いつだってこれからだというのに、自分は何も受け止めていない。何も分かっていないのに……!
ここで置き去りにされてしまったら、取り返しがつかなくなる。無我夢中な気持ちで、関根は玲子を支える。
想像以上に冷えた体にゾッとしたが、構わず関根は力を込める。
僅かに苦笑した表情を浮かべ、玲子は大丈夫だから、と言った。
何が大丈夫なんだ。空白になった頭はその程度の反論さえできず、頷くことしかできなかった。
「でもね、あたし、いつも通りでいられなかった……
死体を見たとき、また怖くなって……自分を守ることしか考えなかった。
本当なら河野クンに声をかけてあげるべきだったのに」
「それは……だって、当たり前じゃないですか! 怖いものなんて、誰にだって……!」
「でも、しおりんは向き合おうとしたでしょ? あのとき、振り返って」
違う。そう言い返すべきだった言葉は、ショックの余り出てこなかった。
そんなんじゃない。怖くなったのは同じで、日常が失われているかもしれないということが怖くなっただけの話だ。
けれども喉元までしか声は浮かび上がらず、無言で見返すことしかできなかった。
ここで失望させてしまうのも怖かったし、何よりも、失望させた後に、しょうがないと言い訳してしまいそうな自分がいるのが怖かった。
本当はこうだった。だから、仕方ないよね。無責任に言い散らし、厚かましくぬるま湯に浸かろうとする自分が想像できてしまったからだ。
94
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/03/13(日) 00:15:41 ID:IGiUuJ9s0
「そういうことができる子だと思うからさ、しおりんは、自分だけがやりたいこと、やりなよ。
自分で決めて、やり通しなよ。……殺し合い、なんて……」
本当にやりたいの? 尋ねる視線に、関根はすぐに答えることができなかった。
考えてさえこなかったこと。黙っていても、物事は進んでくれていた。目の前にあることだけやっていればよかった。
楽しかったし、今まではそれで満足していた。
でも。
今は違う。
今は、ここは、《死んだ世界戦線》のいた場所じゃないんだ。
「るーは、自分の意志で戦っている」
「Me,too」
決意が固まりかける直前、冷たい声で遮ったのはるーことTKだった。
一歩退いていたはずのTKが、今は再び拳銃を片手に玲子に詰め寄っていた。
「違うよ、それ。誰かに動かされてる、だけなのに」
「貴様が決めることじゃない。『るー』の誇りが、分かるものか」
「……戦わなければ、死に続けるだけ」
後を引き取り、TKが続けた。
戦わないこと――即ち、自らの死を認めてしまえば、理不尽を許したことになってしまう。
許すわけにはいかない。戦わなければならない。それが他の全てを軽んじることになるとしても、認めるわけにはいかない。
拳銃を手に玲子を見下ろすTKの瞳の色は、暗さを通り越して闇と化していた。
自らの死に復讐を果たすまで、自分達はどんな残酷なことだってやってみせる。
意固地なまでに固まりきった目を見て、関根は不意に、空しい、と感じていた。
それは目的のために、心だって捨ててしまうことではないのか。
あれほど仲間を気遣える心を持ったTKが、復讐という言葉ひとつのために心を捨ててしまう。
そうまでする意味はあるというのか?
「God is dead.いつも通りと言ったな。It's...Revenge」
「復讐……」
感応するように呟いた貴明の言葉をスイッチにして、TKが拳銃のトリガーに指をかけた。
95
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/03/13(日) 00:15:56 ID:IGiUuJ9s0
「あたしだってね……ただで殺されるつもりはないわよ!」
玲子が腕を突き出すと、その指に嵌めてあった指輪が光り輝いた。
真鍮製の輪に、翠に輝く珠がついた指輪から風が迸り、引き金を引こうとしたTKの体を軽々と吹き飛ばした。
「What's!?」
正体不明の風。いきなり吹き晒す暴風に呑まれ、TKが木の幹に体を打ちつけて苦悶の吐息を漏らす。
隣でぽかんとしていた関根だったが、ふうと息をついた玲子の手が関根を押し出す。
「さ、逃げて逃げて。ここはこの玲子ちゃんに任せなさいって」
振り払われた関根は所在なさげに指を動かし、「で、でも……」と躊躇った。
どう見ても玲子は重傷の類であり、一人でどうにかできるレベルではない。
しかも相手は《死んだ世界戦線》の前線を張るTKだ。殺される姿しか、見えなかった。
「でもっ、あたし! 芳賀さん置いてけない!」
「どうせ死んでも生き返るから大丈夫……なんて言い訳は聞きません」
「そんなんじゃない! あたしが、あたしみたいなのが……!」
自分はあまりに甘やかされすぎた。
ロクでもない人生を送り、死んでさえ怠惰な生活を続けてきた自分に、人が持つべき責任を果たせるかも分からない。
玲子のような考えを持てる自信なんてなかった。
そんな自らの胸中などおかまいなしといったように、玲子は「まあ聞いて」と話を進めていた。
「あたしはね、しおりんにここをなくして欲しくないだけだよ」
玲子はとん、と関根の胸を指差す。
軽く触れただけなのに、不思議と安心させられるものがある。
「自分にしかないものだから、なくしちゃダメだぞ? オタク心は不滅だ!」
96
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/03/13(日) 00:16:11 ID:IGiUuJ9s0
最初に出会ったときに話した、アニメやゲームの話が思い出され、関根は続ける言葉をなくした。
責任を背負うのも自由。けれども、大切なものを好きでいられる心をなくしてはいけない。
平気で好きなものを裏切るようなことだけは、してはいけない。
いかにも玲子らしい言葉だと実感して、笑おうとした瞬間――もう一度、銃声が爆ぜた。
それは関根の脇を擦過し、玲子の胸を撃ち貫き、黒い団長服を更に赤黒く染め上げた。
か、と言葉にならない声を残して、玲子が崩れ落ちる。
今度は、支えることもできなかった……
呆然と内心に呟いた関根の後ろで、むくりと立ち上がる気配があった。
TKだ。制服についた塵を払い、忌々しげに、今まさに遺体となった玲子の方角を睨んでいた。
「Lucy.手を出すな」
「るーはるーこだ」
「Ha, Your's nickname」
「勝手にしろ」
短いやりとりを終えた後、改めてTKは拳銃を構える。
るーこは傍観者の立場に徹するつもりなのか、貴明を押さえたまま微動だにしない。
貴明も抵抗することはない。視線はTKに注がれている。……何かしらの、期待を含んだ目で。
玲子の味方はいなかった。いや、《死んだ世界戦線》に対して否定の一語を放ったあの時から、彼女は敵にされていたのかもしれない。
だから誰も声を上げなかったし、当然だという空気が漂っている。
どうせ生き返るから、という《死んだ世界戦線》の理由を免罪符にして。
「Seki」
「……なに?」
TKから名前を呼ばれたのは久々だった。
「Friend? or...Enemy?」
どっちなんだ。芳賀さんを置いていけないと叫んだ声が聞こえていたのだろう。
まだ許してやるという意志が感じられる一方、そのつもりなら排除も辞さないと語るTKは、仏であり、鬼でもあった。
彼にとっての仲間とは、復讐の志を共にする人間だけなのかもしれない。
まだ仲間だ、と言うこともできた。復讐を仲間の境界にするTKが寂しい考え方なのだとしても、TKの無言のやさしさを、自分は知っている。
縋るという選択肢は、確かにあったのだ。
でも、それでも……
97
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/03/13(日) 00:16:26 ID:IGiUuJ9s0
「……分からないよ。でも、これだけは分かる。ここは、《死んだ世界戦線》のあった場所じゃない!
あたし達の常識が正しいかどうかなんて、分からない! だから……今のTKには協力できない!」
そう、何もかもが分かっていない。分かったつもりになるのも危険すぎる。
凝り固まった考え方で行動するのは危険すぎたし……何より、それで人と対立してしまうのが嫌だった。
その結果として今、TKと対立しているという矛盾もあったが……それでも、関根はこの選択を望んだ。
やりたいことをやればいい。玲子の、この言葉に従って。
「...Okey」
落胆とも嘆息ともつかぬ溜息を残して、TKは銃口を向ける。邪魔だ、と判断したのだろう。
怖くはなかったが、決別の形があまりに無粋すぎて、関根はやるせない気分になった。
でも後悔はしていない。後悔なんて、あるわけない。
やりたいことを、初めてやってみせたのだから……!
ぐっと拳を握り、TKに立ち向かおうとした直前、死体だったはずの玲子の体がピクリと動いた。
「…………まだだ、まだ! 死んでない!」
それが最後の絶叫だった。
まだ数分は生き長らえた命を、この数秒に凝縮して、
玲子が再び、指輪を青く輝かせた。
* * *
もうもうと土煙の立ち込める小山の一角で、三人の男女が溜息をついていた。
結局関根を取り逃がしてしまったTKと、貴明と、貴明を捕まえたままのるーこだった。
「...Jesus」
「当てるのは得意なようだが、トドメを刺すのは下手なようだな、うーけー?」
肩を竦めてみせ、無言を返事にする。
普段なら死んでいるはずの人間から手痛いしっぺ返しを貰った。
今度は確実に急所を狙撃せねばならないことを実感して、TKは貴明を見やった。
逃げもせず、るーこに捕まえられるがままにされていた貴明は、何か目的があると見るべきだった。
98
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/03/13(日) 00:16:40 ID:IGiUuJ9s0
「Lucy.コイツは使うのか」
「まあ、見込みはある。るーに躊躇なく撃ってきたしな」
「当たり前だ……なりふり構ってられるか」
ドスを利かせた喋りに、TKがひゅうと口笛を鳴らす。
後ろ手にされ、腕をるーこに掴まれているものの、ギラと輝く目の色は獰猛なケモノのそれだった。
なるほど、見る目はあるらしいとTKは感心しながら、二人の友人のことかと質問を重ねた。
「殺されても生き返るんだったな。それには安心したよ……でも、だからって殺されていい道理はない」
「なるほど、敵討ちか。うーにしては殊勝だな」
「復讐だ」
低い唸り声に、るーこが珍しくたじろぐ反応を見せた。
復讐。聞きなれた単語に、TKは親しみの篭った笑みを見せる。
そうだ。許せないものには相応の手段で応じるしかない。
報復をしなければ、自らの汚れきった魂を癒す術はないのだから。
「このみなんて、レイプまがいの殺され方をしてたんだぞ……生き返るんだったら、記憶だって残るんだろ?
だったら、一生消えない傷じゃないか……許せるわけないだろ、そんなの」
どうやら、自分と似た人種らしいと納得して、TKはるーこに解くように指示した。
いいのかと尋ねる視線を一瞬寄越したるーこだったが、反論する意味がないと判断したのか、あっさり貴明を解放する。
ようやく自由になった貴明に、ニヤと笑みを浮かべながら、TKは握手を求めた。
「My name is "TK"」
「……知ってるよ。河野貴明だ」
握手を終えた後、TKは、もうひとつ、と『ある儀式』を付け足した。
「Woo!」
「……は?」
「るー」
「……」
じろ、とるーこに続いてTKも睨んだ。
やれ。やれ。やれ。やれ。
訴えかけると、貴明も観念するしかないらしいと思ったらしく、万歳に似たポーズを取って、言った。
「うー」
99
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/03/13(日) 00:16:54 ID:IGiUuJ9s0
【時間:1日目午後5時00分ごろ】
【場所:D-3】
関根
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】
芳賀玲子
【持ち物:フムカミの指輪、水・食料一日分】
【状況:死亡】
河野貴明
【持ち物:コルト ポケット(0/8)、予備弾倉×8、水・食料一日分】
【状況:健康】
ルーシー・マリア・ミソラ
【持ち物:メリケンサック、伝説のGペン、水・食料一日分】
【状況:健康】
TK
【持ち物:FN ブロウニング・ハイパワー(11/15)、予備マガジン×8、水・食料一日分】
【状況:Damageはまあまあマシに】
100
:
◆Ok1sMSayUQ
:2011/03/13(日) 00:18:44 ID:IGiUuJ9s0
投下終了です。
タイトルは『Revenge』です。
この度は遅れて申し訳ありませんでした。
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