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0さん以外の人が萌えを投下するスレ

47328-699 卒業する先輩×入学してくる後輩 1/2:2014/03/27(木) 14:49:12 ID:2OFVafhI
僕の荷物はまだ届いてないようで、まずは一つクリアと胸をなで下ろした。
この春から大学に入る僕の初めての独り暮らし。引っ越し荷物を積んだトラックよりも早くついて待っておくのだと親に言い含められていた。
新生活の舞台となるアパートは古くて狭い学生用の安い物件。実家が遠方の僕は電話とネットだけでここを決めたから、僕の部屋である二〇四号室を見るのは初めてだ。
期待とともに階段をあがると、なぜかドアは開け放たれていて、覗き込むと雑然とした荷造り、場所をずらした家具、バタバタと動き回る知らない人。
聞いてない、前の住民がまだいるなんて。これ、引っ越し途中ってことじゃないか!
部屋の表示を見直すとやっぱり二〇四号。どうしたらいいのかわからず立ちつくしていると、中から背の高い眼鏡の男がゴミ袋片手に顔を出した。
余裕なく、
「ごめん、新しい人でしょ、ごめんごめん、あの、すぐこっちのトラック来るはずだから。聞いてたんだけど、ちょっと遅くなっちゃって、ごめんね、ちゃんと間に合わせるから。それまでどっかで待っててくれると助かる……」
まくしたてながらたたきに置いたゴミ袋がひっくりかえって中身が落ちる。それをあわてて拾いながら、
「あ、ああ、えっと、君、何時だっけ」
トラック到着は今から二時間後の予定だった。
「うん、大丈夫、僕のほうは荷物これだけだから、えっと、新入生だよね」
「はい」
「どこ行ったらいいかなんてまだわかんないよね。そこの道、ちょっと行ったところに『かおり』っていう喫茶店があるけど、そことかどう?」
「はぁ……」
喫茶店なんか一人で入ったことがない。そういう提案をするというだけで、この頼りなそうな人が急に大人に見えた。ためらってると、僕のとまどいがわかったみたいで、
「ああ……それもちょっとか」
ふっと笑われた。全然馬鹿にしたふうじゃないその表情が急にすごく先輩らしくて、なんだか優しい人だなと思う。大学生の先輩後輩ってこんな感じなのか。
「んー、そうだなぁ」
優しそうな人は考え込んだ。
「もしよかったら、空いたところに座ってる? ここ、もう君の部屋なんだし」
ちょっとほこりっぽいけど、よければ、と僕を差し招く。
「ワンルームでバタバタやってるんじゃ落ち着かないと思うけど。君、ゲームとか本とか、なんか暇つぶししててよ、荷物出して掃除して、すぐだから。ほんと、悪いねぇ」
言ってる間にちょうどトラックのバック音が階下にひびく。おそらくこの人のほうの業者が到着したんだ。
「ああ、来た来た、じゃ、待っててね」

47428-699 卒業する先輩×入学してくる後輩 2/3 分割間違えました:2014/03/27(木) 14:54:36 ID:g4hhbxaU
「……悪いね、本当にありがとう。君がいてくれて助かったよ」
「そんな、僕こそ、ありがとうございました」
僕のものが運び込まれた二〇四号室は、今は完全に僕の部屋だった。そこで、一緒にコンビニで買った弁当を食べている前の住人であるこの人と僕。
この人が自分の荷物を運び出している間に、一時間早く僕のトラックがやってきた。そこでトラブル発生、料金は親が先に支払っていたはずなのにまだもらってないなどと言い出す運送屋のこわいおじさん。何も言えない僕。
『ああ、すみません、お待たせしてます……あれ、どうしたの』
ひと言入れに来ただけのこの人が、泣きそうな僕に気づいて口を挟んでくれた。
『行き違いみたいですから、もう一回会社とこの子の親御さんに確認しましょう。ね、君、大丈夫だから』
自分の引っ越しそっちのけで不満顔の業者相手にてきぱきと指示を出して、会社のミスだったのを見つけてくれたのだ。
中断していたこの人の荷出しを僕は手伝った。そしたら僕の荷入れを今度はこの人が手伝ってくれて、おまけに両方の業者に『遅くなったから』と飲み物まで用意してくれて、全部終わった今、僕にまでお弁当なんかおごってくれて。もうお世話になりっぱなしで顔もあげられないけど、
(なんか、本当にいい人だな、最初に思ったとおり)
激動の初日に僕はぼうっとしてしまって、なすがままに甘えてしまっている。
「しかし懐かしいな、一年生か。いいよ、大学生って。四年間なんでもできるし、一生の友達や目標が見つかったり、人生が決まったりね。僕は六年間もやっちゃって今年やっと卒業だけどね。とうとうこの学生アパートともさよならかと思うと感無量だな」
六年って留年? 真面目そうなのに意外な気がする。
「先輩……なんですね、もう卒業なんですね」
せっかくこの町ではじめて知り合った人だというのに、これっきり。
「卒論が長引いてね、こんな遅い時期まで居座っちゃった。君は頑張るんだぞ、提出物はしっかり期限を守ること。ああ、学部はどこ?」
「理学部です」
「あら、僕の後輩だな……さて、ごちそうさま。今日は本当にありがとう」
ゴミをまとめて立ち上がった。僕は名残惜しくて、でもどうしたらいいのかよくわからない。
「あの、僕知り合いもまだ全然いなくて、大学のことも全然わからなくて、先輩が初めての知り合いなんです、もしよかったら」
勇気をふりしぼったら、やんわりと、
「僕は去りゆく身だからねぇ。まあ、いいんじゃないかな、僕は」
これは拒絶なんだろうか。
「君はすぐ入学式で、そしたら友達もできるし、サークルにもし入ったら先輩なんかいやというぐらいできる。アルバイトとか、彼女とか、もちろん勉強もね、毎日忙しくて大変になるよ」
僕は今、釘をさされてる。この人をなんていい人なんだろうって思ってるのを、気の迷いなんだよって言われてる。
僕がもっと大人だったら察することもできたんだろう。きっと彼はこう言いたかったに違いない、今、彼に感じている親しさは、新しい環境に不安を感じている子供の勘違いだと。これから出会うたくさんの人の中で、決して特別な出会いじゃないってこと。──ひょっとしたら、たった一回のことで懐かれるめんどくささもあったかもしれない。
「でも、あの、じゃあちょっとの間でいいんです、電話が無理ならメールだけでも、先輩。入学式までの間は僕ひとりなんで、いろいろ教えてください」
実際のところ、僕は子供だった。あきれかえるほどの図々しさ。その時は必死で気づきもしなかった。
彼は苦笑したんだと思う。仕方ないなぁ、いいのかなぁ、いやよくないなぁ、と首の後ろを撫でる。
「今だけだよ、心細いのは。……うん、まあね、その気持ちはわかるんだけど」
まるで親が見守るような優しい目で見られて、年齢とか、経験のへだたりを強く思わされた。僕が十八才ならこの人は……いくつだろう、少なくとも六は年上。
「今からいくらでも素敵な出会いがあるから、大丈夫」
本当に? 大学ってそうなのか? こんなにも執着したくなるような出会いが、そんなにも数多くある場なのか?
長い指がひらひらと別れを告げる。
「僕のことなんかすぐどうでもよくなるよ」

47528-699 卒業する先輩×入学してくる後輩 3/3:2014/03/27(木) 14:55:50 ID:g4hhbxaU
後からわかった。この時すでに恋に落ちていた。強烈な一目惚れ。
相手が同性ということもあって初恋に気づくまでに長い時間がかかって、ようやく慌てたときには僕には何の手段もなかった。あの人の言うとおりたくさんの友人も先輩も知り合いもできたけど、毎日苦しくて、切なくて。
なんだ、やっぱり特別だったんじゃないか。
歯噛みする思いでもっと食い下がらなかった自分を悔いて、結局なにも教えてくれなかった人を恨んだ。
「……だって、なんか君輝いてたんだもん、目がキラキラしててね、僕のことまっすぐ見てね、もう学生でもない僕じゃ友達としても不相応だと思ってねぇ……まあ僕も、先生になるんだ、学生じゃないんだってちょっと気負ってたんだろうね」
僕が三年生になったある日、教育学部になんかに所属してたこの人を見つけたときの驚き。
生物関連の研究室で助手兼論文執筆していた彼を、名前も教えられなかった僕は二年あまりも見つけることができなかったんだった。引っ越しも、学生専用アパートを出ただけで同じ市内だったというのに、それも全然わからなかった。六年間といえば修士の年数じゃないか。
いろいろあきれかえった僕に、それでもまだ若さゆえの馬鹿馬鹿しい情熱が残ってたことに感謝してほしい。
僕が輝いてたって?それってあなたからも好意を感じてくれてたって事じゃないのか。
「俺、最初から運命の出会いだって思ってましたから、先輩」
「ごめんごめん、そうだね……本当にそうだったね」
勝手知ったる元の部屋に今では入り浸りの先輩が笑った。
僕はもう子供じゃないし、先輩も今では全然大人に見えない。

47628-779 失恋してアル中一歩手前なあいつに片思い:2014/04/13(日) 15:59:51 ID:JymAhSoY
彼が振られたことはフロアの人間全員が知っている。
たぶん、次の異動では彼と彼女の両方がここから姿を消すことになるのだろう。
「あれ、何とかした方がいいんじゃないですか、島野係長、うちは接客もある社なんですし」
今日も言われてしまった。お節介な女性社員のみならず、今回は総務課の、普段はうるさいことなど言わない人からの指摘。
彼はそんなに目立ってるのか、と認識し直す。僕が気になるだけじゃない、客観的に見てひどいのだと。
彼は僕の部下だから僕には管理責任がある。
だから僕には彼を叱咤し、立ち直らせる義務がある。
大丈夫、おかしくない。僕は自分に言い聞かせて席を立つ。
「稲田君、ちょっと」
「あ、はい」
呼び出して使われていない小会議室へ。
途中でコーヒーを買ってやったのは、目を覚ます意味ももちろんあったが、なによりこの漂う匂いをごまかしてやるためだった。
「すみません」
大きな体を椅子の上で曲げ、しおらしくカップに両手を温める姿がいじらしい。
慌てて気をそらす。僕はあくまで上司なんだと自分に言い聞かせる。
「何言われるか、わかってるよな」
僕の言葉に彼は「すいません」と小さく答えた。
座るとますます視線の高さが違い、僕は彼を、下から覗き込むようにしないといけない。
「まさか、朝も飲んでるんじゃないよな」
「いえ、さすがにそれは。ただ、眠れないんで」
つまり朝方までやってるってことなのだろう。
内心、同情する。つまりそれぐらいひどい振られ方だった。
結婚を前提につきあっていたはずが、降ってわいた別れ話。彼女の腹には愛の結晶、別の男の。
よくある話かもしれないが、隣り合った係同士のカップルじゃ最悪だ。
おかげでこいつ、こんなに壊れてしまった。
人一倍大きな体のくせに気が優しくて、仕事が丁寧と評価されていた。
誰とでも上手くやれる方だったが、僕とは特に気があった、というのはうぬぼれじゃないだろうと思う。
一緒に飲みに行くのが週末の習慣だったのに、いつしか奴が彼女のことしか話さなくなって、程なくつきあい始めたという報告。
あの時、あんなに祝福してやったじゃないか。
こんなことになるなら……わかってれば俺が。わき上がる妄念を、頭を振って払い飛ばす。
「酒で眠ろうってのが間違いなんだよ」
「わかってるんですが」
「もう一切買わないようにしろ。翌日匂うまで飲むなんて非常識だ。食事、睡眠、きちんととれ。シャツにアイロンかけて、ネクタイも毎日替えろ。身だしなみぐらいちゃんとしてくれ、常識だろう」
「はい……」
どのくらいの厳しさで言えばいいのか、全然判断がつかない。
本当は、大丈夫なのかって寄り添いたい。しっかりしろよって胸ぐらつかみたい。
彼女のどこがいいんだよって。さっさと忘れて元のお前に戻れって。
それで、また飲みに行こうって。
「仕事の方はしばらく軽くするから。今やってる件、俺にまわして」
「いえ、そんな、それはちゃんとします」
「できないから言ってるんだよ、人に言われる前に自分で気づけ」
はっと顔を上げるから目があった。充血して憔悴しきった憐れな男の目。
僕の方が背が低いから、このまま抱きとめたらたぶん、僕のあごが上がってしがみつくみたいなみっともない恰好になる。
この馬鹿をまるごと包み込んでやりたいという望みは、どちらにしろ叶えられない。
唇を噛むから、投げつけるように言ってやる。
「悔しいか。悔しいならさっさと立ち直れ。みんな迷惑してるんだよ」
もし僕が彼を思っていないのなら、もっと優しく慰めてやれたはず。

47728-779 失恋してアル中一歩手前なあいつに片思い:2014/04/13(日) 23:17:42 ID:iEEOcog.
「本当、愛とか恋とかクソだよな。
 一見きれいそうに見えても、気の迷いとかで長年積み重ねてきたものも一瞬でふいになる」
「そうだな」
「その点、友情っていいよなあ。人生最後に残るのはこれなんだって今回痛感したよ」
「そうだな。……なあ」
「んー?」
「もう酒、やめないか」
「無理だね。これ以上の気晴らしがあったら教えてほしいもんだ」

もう半年ほど前のことだ。
往生際悪くかわし続けていた結婚を考えてる人に一度会ってみてくれという誘いを、
諦めをつけるために承諾し、同居しているという部屋のドアを開けたときに見たものは、
荒らされた室内と『ごめんなさい、真実の愛を見つけました』という書置きだった。
その後荒れ狂っていたこいつが見つけた逃げ道が酒だった。
これでこいつの気持ちが安らぐなら、と毎日の酒盛りにつきあっていたが、
だけど、だんだんと日を追うにつれ酔った時の目が据わってくるようになった。
話の内容も愚痴と思い出だったのが、女性や恋愛をこきおろすものになった。
そのくせ、やたらと友情を持ち上げるものだから、俺は試されてるような気になってたまらない。
本当にまいってるこいつを見るのがつらくて、思い出すから家に帰りたくないというこいつを泊めて、
新しい引っ越し先も探して、心配だから毎日様子を見に行って、
それでも、どこかあわよくばという気持ちが残ってる自分が、俺はたまらなく嫌いだった。

「でもなあ、このままだと心も体もぶっこわすぞ。」
瞬間、だん、とテーブルが強く叩かれた。
驚いて奴を見る。顔が赤いのは酒のせいだけじゃなくて、
あの日俺に向けたような、子供のように泣きだしそうな表情をしていた。
「しょうがないだろ。寝れないんだよ。
 もう俺はいやだ。正気に戻ったらどうせまた思い出して泣いて吐いてを繰り返すんだ。
 親友なら、黙ってくれるのが筋ってもんだろ。……頼む」
弱り切った声に、理性が切れた。
もうどうしようもない。お前も、俺も限界なんだ。
「……だったらさあ、新しい気晴らし教えてやるよ」
限界なんだ。限界なんだ。限界なんだ。嫌だ、誰か俺を止めてくれ。
「愛だの恋だのじゃなきゃいいんだろ?安心しろよ。ただの気晴らしだから」
俺は、一度傷ついたこいつを、また傷つけようとしている。

47828-739 全部嘘 1/3:2014/04/15(火) 18:31:00 ID:UGBJCrBc
 先生がこの家を私に残した、というのは、行き場のない僕をあわれんでくださったんでしょうな。
 先生は、とうとう血のつながるお身内のないままに終わってしまいましたから、こんな、継ぐものもいない、辺鄙な場所で買い手もつかない古家など惜しまなかったのでしょう。ほかに行きどころのない僕にとっては実にありがたいことでしたが、まあ先生にとっては処分の手間が省けて、僕に恩も着せられる、一石二鳥の策といったところだったのではないかと思うのです。
 ですから僕はこうして、先生なきあともせっせとこうして最低限の手をいれている。最低限の義理立てですな。
 綺麗ですか。へぇ、行き届いてますか。
 まあまあ、ありがとう存じます。
 先生が聞いたら笑いなさるでしょうな。あの方、自分では縦のものを横にもしない人でしたが、僕にはたいそう小うるさくものを言いましたから。今もほら、あの松の摘み方が多いの少ないのと、声が聞こえるようです。

 先生の書いたものは読みません。
 いえ、書いたのは僕とあなたおっしゃいたいのでしょうが、あれは言われるままに書くだけで中身なぞこれっぽっちも頭に入りません。
 まあ頭が悪いんでしょうな。もともと弟子でも書生でもない、ただの飯炊き、使い雇いです。
 先生の奥様が入られる前から、僕は本当なら通いの仕事を、無理を言ってここの家の離れに住まわしてもらってましたから。扱いが軽いのです。
 親の顔も覚えてないような育ちです。尋常小学校も何日とも行ってない。
 ですから先生は僕を遠慮なくこき使いなさった。
 あれも無茶な人でしてな、平仮名しか書けないような僕に聞き書きをさせるというから驚いた。使えぬ使えぬといいながらまあ、辛抱強く言い聞かせられました。わからぬ漢字は紙に書いて見せて。本末転倒ですな。
 お陰で僕には勉強になりました。いっぱしの口も聞けるようになった。変わった方でした、時間ばかりかかるようなやり方をして、ずいぶん版元様にはお叱りを受けたようです。
 見かねて奥様が代わってくださいましたけど、奥様が菩提に入られてからは僕が、ええ、やっぱり叱られながら書きました。
 そういうのですから、先生のお作の部分部分は、あんまり出来が良くないんじゃないですか。
 はあ、そんなのがあるんですか、はは、それは確かに奥様がいらっしゃらなかった頃のものですな。からかいなさっちゃいけません。僕じゃなく先生が偉いんでしょう。

47928-739 全部嘘 2/3:2014/04/15(火) 18:32:13 ID:UGBJCrBc
 奥様は実にお優しい方でした。綺麗で、よく気のつく方で、ころころと笑う声がお可愛らしくて。
 先生が僕にいろいろと言いつけるものだから、気の毒がってくださいまして。
 先生にはトンジャクありませんでしたが、僕に所帯をもたせようと世話してくださったり。
 いつまでも納屋住みじゃあってんで長屋を探してくださったり。
 それがあなた、決まりかけると先生が邪魔をする。別に見つけた代わりの飯炊きに難癖つけたり、僕に四つ目垣を作らせるようなやっかいな庭仕事を言いつけて宿替えを日延べさせたり。あげくに先方に勝手に断りをいれちゃってね、文士様の考えることはわかりません。そんなこんなで僕はずっとこの家の小屋住みです。しょうかたなしにお仕えして、とうとうこんだけの日数が経ったような次第でございますよ。まあそうですな、奥様がいらっしゃらなくなった後は僕一人が先生のお側におりました。
 奥様が亡くなったのはいつの年でしたかね。あの大風のひどかった年じゃなかったですかな。あんなに早くに儚くおなりで、あの時分の先生のお嘆きは昨日のことのように思い出されます。
 佳人薄命とはよくいったものです。お子さまも授からなかったから、先生はそれからずっとおひとりでここの家から一歩も出ませんでした。
 僕ですか。僕はもちろんこちらの離れで寝起きしてました。それゃあなた変わりませんよ、奥様がいなくなったからって使用人の分というものはわきまえおりました。あちらが先生の家、こちらが僕の領分。同じ屋根に寝起きすれば僕の仕事は楽でしょうが……それじゃ申し訳ない。
 先生の家を掃除して飯を炊いて、魔術の呪文のように先生の口から湧いて出る御本の中身を紙に写し取って、茶を汲んで、夜になったら床をのべる。判で押したような生活が長く続きました。何が楽しいんだか、僕なんか話し相手にもなりゃしないのに、顔を合わせるほかの者もない中で、毎日毎日。
 いやあ、知りません。通う女も囲う女もいたんだかいないんだか。奥様がいらっしゃらなきゃなんにも悪いことじゃなかったでしょうが、あの方、朴念人でいらっしゃったから。なんにも考えずに好きなもんを好きだ好きだと、善悪の区別もつけずに玩具にするような、人の気持ちのよくおわかりにならないようなところがおありでしたな。
 ……おいでになったのかもしれません、奥様がご存命の頃から。であれば奥様はさぞやご苦労を、なさったことでしょうな、お気づきであれば。
 先生を悪く言うつもりはありません。僕は気づきませんでした。なんにもわかりません。
 ここにいると母屋の気配はわかりませんから。
 あちらからもわからない。ここで何があっても聴こえない。大声で呼ばれることなんかないもんだから、それで良かったのです。用がある時分には出向くのです。先生から用があるときは……いや、そんなものはありゃしませんでした。

48028-739 全部嘘 3/3:2014/04/15(火) 18:34:39 ID:UGBJCrBc
 あなたは……ずいぶん酔狂でいらっしゃいますな。もっとと言われましても、僕のようなもんの話がなんの役に立ちますか。
 先生の御本の記念にこの家屋敷を残す、それは結構なお話だと思います。ありがたいことです。今さら行くところもない僕ですから、ここの手入れをさせてもらってそのまま死んでいいというお話は本当にありがたい。名義ですか? そんなもの、ここは先生のうちですから、先生がどうなさったか知りませんが、難しいことはとんとわかりません。まあ私になってるから、そうですね、皆様しかたなくそうしてくださるのでしょう。せいぜい早くくたばって言いようにしてもらう方がよろしいようです。
 でもそうですね、そうまで仰っていただけるなら、ひとつだけお願いを申し上げてもよろしいですか。図々しい爺の勝手なお願いです。でも、ぜひとも聞いてもらいたい。

 母屋はどうぞ残してください。あれは先生が長じて五十年、ずっとお住まいになった大事な家なのです。先生のものはみんな、なにひとつ捨てずに残してあります。そういうのが御研究にのお役に立つのでしょう? 僕には先生の本はさっぱりわかりゃしませんし、賢い頭から出た考えからというわけでもありませんでしたが、まあとにかくあちらは先生が御本を書いてたときのままにしてあります。奥様の鏡台も箪笥もそのまんまだ、手なんかつけません。どうかなんでもご覧になってください。先生のものは全部あそこに揃ってる。そうしないとね、怒られる気がするってだけです、僕も気が小さいものだから。
 ですけどね、僕が死んだら、こっちの汚い納屋なんぞは取り壊してください。お目汚しですから。こっちはね、同じ年数だけこの僕が住み散らかしたってだけの小屋です。物置として置いておいた物は今は全部母屋に移しました。全部奥様のもとへお返ししました。大したものは最初っからありませんでしたしな。ここにあるのは今はもうこの爺のがらくたばかり。
 ねぇ、お手数お掛けしますが、こればかりはてめえで始末つけるわけにゃいかない。火をつけるにも母屋まで焼けちゃ、ことだ。今日あなたが来てくださったのは何かのご縁だと、そう思っていただけませんか。どうか、頼まれてやってください。
 先生はこの納屋と関係ないのです。こんなむさ苦しいところに来るようなことは一度もありませんでした。ええ、先生は一度も来ませんでした。そりゃ中を覗いたことぐらいはあったかもしれませんけど、ですからね、ここは無価値です。先生にはなんにも関係ありゃしません。どうぞ遠慮なく御処分ください。先生のことは、ここにはなにもないのです。
 見苦しい。こんなものが残るのは。
 僕は死んでから恥など晒したくはないんです。先生の飯炊きというだけの僕です、先生とは関係ない、何も。

 ──長くお話ししましたな。
 くれぐれもお願いしますよ。
 どうか、また御用の際はいつでもお声掛け下さい。暇な爺です。毎日掃除だけして生かさせていただく老いぼれの身です。
 先生もまったく酔狂なことでした。僕なんぞのために。こんな爺のために。
 僕なぞはね、どうしようもないものですよ。無駄飯ぐらいの大嘘つきですよ。ええ……ああ、僕は今嘘つきといいましたか。いえいえ、あなたに話したはなしは本当、全部本当ですとも。
 あなた、ご研究で先生のこと聞いて歩いてるわけでしょう、もし僕が嘘を言ってたらどうしようと、そういう顔ですかな。ははあ。
 ご安心なさい、僕の話は本当です、それが証拠に、先生のお作となんも違うことは言ってない。随筆もずいぶんありましたから、おわかりでしょう? ね、僕は先生の雑文だってちゃあんと覚えてますからね。大丈夫です、天地天明、神誓って本当のことですとも。
 ああ、嘘つきは地獄へ堕ちます。僕は極楽で先生と奥様に二目お目見えするのを楽しみにしているんですから。あの、お優しい奥様と仲むつまじい先生のお姿をもう一度みたい見たいと思って、お迎えを待ってる爺でございますよ。嘘など……

 ねえ、あなた、僕が言うのが全部嘘なら、僕は地獄へ下ってえんま様に舌を抜かれるのです。
 実に、実に申し訳もないことでした。

48128-809「木×葉っぱ」:2014/04/21(月) 03:50:52 ID:ku6uuzFo
おしべ、というのはみじめなものだと思う。
どんなに素晴らしい種を持っていても、実になれるのはめしべだけだ。
自分の種を受けた相手が実になっていく横で、寂しく枯れていかなければならない。
体が黄色くかさかさになり、落ちるのを一人待つだけ。
土に落ちれば、あとは腐るだけだ。

「・・・それでは」

だから俺は喜ぶべきなのかもしれない。自分が葉であったことを。

「ああ、じゃあな」

木に栄養を与えた後は、用済みになって落とされる。
葉もおしべも、用済みになれば木にとっては同じだ。
一生で幾度も出会うもののたった一つに過ぎない。
それでもまだ。
俺は足元に落ちたあいつとは違う。風に乗って、遠く離れていけるのだ。
木のように、次々と新たな命を生み出すあの人から。
この箱庭のような王宮から。

48228-829「追伸 好きでした」:2014/04/25(金) 01:08:38 ID:mKs/WkfE
「前略 お元気ですか」

そんな一文から始まる手紙が俺に届いたのはGWを目前に控えた週末のこと。
細いペン字は書いた人間通りに角ばって、ちょっと左上がりの癖がある。
2年ぶりに見る字は相変わらず綺麗だ。

「君はどう過ごしていますか。堕落などしていませんか。
僕が居なくても大丈夫と言ったのは君のほうですが、以来何の連絡もしなかった僕は少々意地が悪いのではないかと最近思うようになりました。
元気でなくとも良いのです。君が君であれば良いと思っています。」

薄墨で引いたような色の文字に、同じく淡々とした文章が続く。
大学進学を機に離れた幼馴染は相も変わらず年相応のことを言いはしない。
きっと俺と違って変わりもせず、変わりものでいるのだろう。
ぼんやりとだけ思い出せる、メタルフレームの似合うあいつの横顔を思い出しながら便箋を捲る。

「先日、君が好きだと言っていた曲を聴きました。
失恋した者は南をめざし光を得ろ、と歌う曲に倣って君は南の大学へ進んだのではないかと疑っています。
卒業の半年前にふらりと一週間放浪した君を、その表情を、僕は憶えています。
僕が好きな本を君に話したことがありますね。
憶えていずとも結構です。ただ僕はその本を胸に北へ行く決意をしました。
北へ向かうことに何の意味があったのか、僕は未だ知れずにいます。
君は南で光を見付けましたか。」

それだけで手紙は終わった。
北の国立大へ余裕で合格したあいつが言うことは、今日も小難しい。
ギリギリで南の私立大に引っかかった程度の俺には訳が分からない。
あいつの字はあいつと同じで細くて、俺のごつごつした指よりも小さい。
俺が絶望した一週間は、あいつへの恋心で始まって、それを断つことで終わった。
本が好きだったあいつはいつも何か文庫本を持っていた。
題名を聞いたこともあったけれど、俺はそれを覚えていることはできなくて、けれどそんな俺を責めない言葉に救われる。
本当は救ってほしいんじゃなくて、愛してほしい。
俺の光は北に行ったのだと、告げれたなら幸せになれるんだろうか。
そもそも、この手紙は一体なんなのか。
あいつのことだから、大した意味など無いと眼鏡の奥の瞳を細めて笑うだけなのか。

手紙を畳んで仕舞おうと、封筒を開いたとき、それは目に入った。
内側に常より薄く細い文字が7つ、几帳面なあいつにしては珍しくずれて記されている。
手が止まり、心臓が止まったかと思ったくらいの時間。
光は遠ざかる、時間は進む、俺は立ち止まったまま、あいつに恋をしたまま。
踏み出すための一歩も、友達に戻る一歩も、果てもないほど遠い。
遠い遠い恋の決断を、一秒後に俺は下す。

48328-859 幼馴染と再会:2014/05/03(土) 11:11:24 ID:Yj9zrL5o
規制で書けなかったよ…NL要素及び女性出演含み注意


俺の初恋は幼稚園。隣に住む幼馴染相手だった。
日焼けした肌にロングヘアーが似合う綾子。毎日一緒に駆け回り、そして怪我をしては互いの親に雷を落とされていた。あの頃一緒にいたかったあの思いはきっと初恋だ。
そんな俺たちを慰めるのは4歳上の綾子の兄ちゃん。
ほんっとの兄ちゃんみたいで俺は懐いて憧れていた。話も合うし優しいし、綾子と違っておとなしい慶太にい。大人の慶太にい。

俺が小学3年生の時、綾子と慶太にいは引っ越した。慶太にいの病気の関係と知ったのは俺が中学になったときだった。

「もう数也も20歳か!!!はえー、そりゃあ僕もおっさんになるわ!」
「兄貴うっせー!」
「あーや、声でかい」

俺の所属するサークルが他大学のサークルとイベント企画をした時、綾子と再会した。だって何もカズ変わってねえもんwwwと爆笑されたことは記憶に新しい。

「つーか、開口一番が、慶太にい元気?って笑ったわー」
「数也は僕のこと大好きだもんなー!」
「あー煩い!こんな酒飲みに心配して損したよ、マジで」

大事をとった引っ越しだったらしく、慶太にいは直ぐに完治して、今は細マッチョ?ってのかな。相変わらずかっこいい。

「にしても、数也と酒を飲めて僕は嬉しい!!!」

あの頃は2人のお世話楽しかったなあ!と慶太にいは俺を抱き締めながら笑う。ああ、慶太にいの思い出に俺も残ってたと思うと顔がにやける。

「…カズ重症すぎ」
「は?」
「完治してるかと思ってたのに…」
「ん?完治は慶太にいだろ?」
「無意識うぜー。あの頃叱られる機会わざわざ増やしたことも記憶に残ってないよねー」
「あーや、何言ってんの?」
「だめだこいつはやくなんとかしないと。あ、こいつら、か。うん」

よく分からない言葉を吐く綾子を横目に、慶太にいの酒をつぐ。離れて約10年。再会した幼馴染たちと新たな時間を過ごせると思うと、やっぱりにやけが止まらなかった。

484名無しさん:2014/05/03(土) 11:42:00 ID:36u8p5U6
本スレ続き

・攻めは諦めない
受けはクラスメイトとは話さず
攻めが毎日話しかけるが無視される
下校時も一緒に帰 ・和解
次の日攻めは落ちて受けに助けてもらった階段の一番上で受けを待ちぶせ
受けがやってきて攻めに気付くが無視したまま階段を登る
攻めがわざと飛び降り驚くも受けがキャッチ
何してる?!と怒る受け
「話してくれるまでここから毎日落ち続けてお前に助けてもらう。そんなことしてほしくなければまた僕と仲良くしよう」と言う攻め
よくわからない理論に馬鹿じゃないの?と苦笑する受け
攻めが「お前笑うと可愛いよ」と言うと不貞腐れたように照れて下を向く受け
その顔にときめく攻め
小さい頃も受けの笑顔にドキッとしたなと思い出す
受けは観念したのかその階段で二人は夜遅くまで昔話をする

別れ際受けが「なんで普通じゃない化け物みたいな俺とまた仲良くなろうと思ったんだ?」と聞くと攻めは「可愛い笑顔に惚れちゃったのかもな!」と言うと走って逃げ去る
振り向くと受けが「ふざけるな馬鹿!」と赤くなりながら叫んでいた 撒かれる

・秘密がバレる
攻めは下校時いつも撒かれるがたまたま受けを見つけ追いかけて話しかける
受けは無視して歩き続けるが長く急な階段に差し掛かった時
受けの数段下にいた攻めが足を滑らせ落下
受けが人とは思えぬ速さで走り下り攻めをキャッチ
攻めは凄い運動能力に感動するが
受けは秘密がバレたと苦い顔をしもう話しかけないでくれと言う

・転機
翌日も攻めは受けに話しかける
受けは放課後人気のない所に攻めを呼び出す
「昨日で気付いたと思うが俺は普通じゃない。
昔みたいに怪我をしたくなかったら二度と関わろうとするな。
昨日の事は誰にも言わないでくれると助かる」
と言って去ろうとする受け
しかし攻めが
「お前と友達になるまで話しかけ続けるよ。
お前は昨日僕を助けてくれたじゃないか。
あの時のお前すごくカッコよかった」
と言うと呆気に取られるが少し赤面する受け
受けは恥ずかしくなりその場を走って立ち去る

485名無しさん:2014/05/03(土) 11:51:41 ID:36u8p5U6
・和解
次の日攻めは落ちて受けに助けてもらった階段の一番上で受けを待ちぶせ
受けがやってきて攻めに気付くが無視したまま階段を登る
攻めがわざと飛び降り驚くも受けがキャッチ
何してる?!と怒る受け
「話してくれるまでここから毎日落ち続けてお前に助けてもらう。そんなことしてほしくなければまた僕と仲良くしよう」と言う攻め
よくわからない理論に馬鹿じゃないの?と苦笑する受け
攻めが「お前笑うと可愛いよ」と言うと不貞腐れたように照れて下を向く受け
その顔にときめく攻め
小さい頃も受けの笑顔にドキッとしたなと思い出す
受けは観念したのかその階段で二人は夜遅くまで昔話をする

別れ際受けが「なんで普通じゃない化け物みたいな俺とまた仲良くなろうと思ったんだ?」と聞くと攻めは「可愛い笑顔に惚れちゃったのかもな!」と言うと走って逃げ去る
振り向くと受けが「ふざけるな馬鹿!」と叫んだ

48628-869 夜の図書館:2014/05/05(月) 00:41:00 ID:TS4WBc1g
投下が上手くいかず、ニンジャ規制になりましたorz



図書館はいつも隠微な匂いで満ちている。
紙とインクの匂い。埃の積もった匂い。日向の少し黴びたような匂い。
そこに更に雨と夜ふけが重なると、悪徳と頽廃と秘密の箱庭になるのだ。

「……来ると思ってた」
少し軋むドアを開けると、暗闇から掠れた声が響いた。
田舎の古い図書館には、セキュリティシステムなどという気の利いた物はない。
傘立てに入った濡れた傘で、いるのは判っていた。
「来たく、無かった」
ぶっきらぼうに言うと、細いLED電灯の光が閃いた。くすくすと笑う声。
「でも……来たんだ、ね?」
ひらり懐に飛び込んで来た身体は、腕の中に閉じ込めようとすると、するりと逃げる。
「今日こそ、返してくれ」
「嫌だ」
ぱたぱたと足音が書架の後ろに遠ざかる。
「……今日も、10分。捕まえられたら返す。捕まらなかったら……」
光が消え、足音が遠くなる。
この図書館の広さを恨めしく思うのは、こんな時だ。
昼間は整然と並んでいる知識の泉が、今はお前を俺から隠す森になる。
ここは隅から隅まで知っている筈なのに……。
懐中電灯を持つのも、ヘッドライトをつけるのも却って邪魔な()のは、経験上判っていた。
暗闇の中で白いシャツを追う。
せめて書棚がスチール製なら、向こう側へ容易く手を伸ばせるものを。
ーー何故雨の夜なのか。何故この場所なのか。何故俺なのか。
夜の鬼ごっこを楽しむ歳でもないのに、いつもお前の微かに笑う声がする。
ーーもう雨の夜にここに来るのは辞めるべきだ。早く捕まえて終わらせるべきだ。
頭の片隅で、まともな俺が囁く。
ーー何故終わらせないかって?何故ここへ来るかって?
あざ笑うような、哀れむような俺の声がする。
ーー……判っているんじゃないのか?全て。
息が切れ、心臓が千切れそうだ。
いつの間にか、目の前にお前が立っている。
「……10分経ったよ。隆也の負けだ」
「……っ!その、名前でっ……呼ぶな」
後の言葉は和馬の唇で塞がれた。
汗の匂いと、雨の匂いと、図書館の匂い。
水銀燈に引き寄せられる虫のように、和馬の身体に吸い寄せられる。
荒い息の中、俺の身はとうの昔に屹立していた。
「隆也ぁ……隆也ぁ……」
「和馬……和馬……」
暗闇の中、慣れた場所で、互いの服を剥いで獣のように貪り合う。
人で無くなった二人に、雨の音がその音を消し、本の森がその姿を隠す。

平日夕方の図書館は、絵本を借りる親子連れと、暇な学生で、それなりに盛況だ。
「平井さん平井さん、弟さん」
同僚の声に顔を上げると、弟が女の子と立っていた。
「なんだ、和馬。どうした?」
「兄貴。この子がさ、○○の本、予約したいんだって」
差し出された予約申込書を見ると、もう18名ほど予約で埋まっている本だった。
「これ、順番かなりかかるけど、良い?」
念を押すと、女の子の顔が一瞬、戸惑った。
「あ……はい、お願いします」
処理をしている間、女の子が和馬に話しかけている。
「順番先に回したり……して貰えないんだね」
「当ったり前じゃん。特に兄貴なんか真面目だもん。無理って言ったろ?」
弟が鼻で笑っている。
「でも、図書館の司書って本いっぱい読めそうだし、閉館日とかここ独占出来そうで羨ましい……」
「鍵があっても、私用で使う訳ないでしょ。合鍵でも作らない限り……」
そこで和馬は俺の方を見て、ほんの少し笑った。

487夜の図書館1/2:2014/05/06(火) 01:36:10 ID:8cgULlT2
既に書いてらっしゃる方がいるのに何ですが、時間切れの後にテーマを見て萌えたので。



窓から差す月明かりと非常灯だけが頼りの夜の図書館。入口からも窓からも死角になる棚の間で人を待っていた。
「…吉井先輩」
「仲原…、」
仲原からのキスで言葉が遮られた。止めようとしたが、久々の触れ合いは心地よく、結局しばらく身を任せた。
「、こら、駄目だ」
仲原が舌を入れようとするので、俺はさすがに慌てて仲原を押し退けた。
「…じゃあ、どうして僕らはわざわざこんな夜中に、暗い図書館で逢い引きなんてしているんですか」
「嫌らしい言い方をするなよ。噂になると面倒だからだろう…前に退学させられた生徒の話、聞いたことないか」
背の高い本棚に押し付けた俺の体にしがみつきながら、仲原がぴくりと身じろぎした。
「…確か先輩と後輩が付き合っていて、先輩の方だけ退校処分になったとか。下級生に手を出したという理屈で」
二人は好き合っていたらしいのに、乱暴なことをする。どうも権力者だった下級生の親が学校に怒鳴り込んできたようだ。
「分かってます…でも僕、先輩のことが好きで、堪らなくて…!」
仲原が胸に顔をすり寄せてくる。俺は子供をあやすように、小柄な仲原の体を腕の中に収めた。

全寮制の男子高校で、こんな関係になる生徒がゼロという方がかえっておかしいと、俺は思っている。
まさか自分がその当事者になるとまでは考えてもみなかったけれど。

この学校はどちらかと言えば武道やスポーツに力を入れていて、文科系の人間は肩身が狭い。
元は野球部目当てに入学した俺は、まるで軍隊さながらの練習にすっかり嫌気が差し、
肩を壊したのを機にこれ幸いと部活を辞めて、もう一つの趣味だった読書に勤しんでいた。
教育方針とは裏腹に、この学校には校舎から独立した図書館があり、かなりの蔵書数を誇っていた。
ある日俺が図書館で文学作品をいくつか借りていると、本を山のようにかかえた生徒…仲原を見かけた。
線が細く大人しそうで、いかにもこの学校に向かない少年。気になって次に会った時に声を掛けた。

488夜の図書館2/2:2014/05/06(火) 01:41:10 ID:8cgULlT2
同じ本好き同士話が合うかと思ったのだが、予想外だったのは仲原が借りていたのが全て推理小説だったことだ。
社会派推理小説が勢いを失って久しいがここ最近は本格推理が復権してきて云々、
人が殺される小説なんてと眉をひそめる大人が多い中ここの司書は理解があって助かる云々…
仲原はここぞとばかりに薀蓄を語った。内容はさっぱりだったけれど、目を輝かせる仲原の話を結局最後まで聞いた。
こうして奇妙な付き合いが始まった。俺が少しばかり推理小説を齧るようになり、仲原が文学作品を読むようになり、
そのうち、変な噂が立つと困るから夜にこっそり会おうと…こう言い出したのは仲原だ。
…情けないことに、初めてのキスも仲原の方からだった。
お互いの想いには気が付いていたのに、俺は踏み出すことができないでいた。それに、今だって…

「…ん、やめろったら」
仲原の手が学ランの上着の下に入ってきて、俺はまた仲原の動きを制した。
「先輩がキス以上のことをしてくれないから…」
ふてくされたような言い方が、可愛い。
俺だって男なのだから、今以上の関係になりたいという欲はあるが。
「校内で淫行なんて、ばれたら二人そろって退学だぞ」
俺だけならまだしも、こいつの将来まで狂わせるわけにはいかないのだ。
「…今は何を読んでるんだ」
話を逸らそうと、唐突にそんなことを言ってみる。
仲原は、有名な文学作品のタイトルを口にした。
「まだ読んでなかったのか」
「推理小説専門の僕をこっちに引き込んだのは先輩ですよ」
仲原が俺から離れ、俺の隣で本棚にもたれかかった。
「――『恋は罪悪』、ですって」
件の本に出てくる有名な言葉を、仲原は引き合いに出した。
「吉井先輩に会う前なら、わからなかったと思います」
俺も、こいつと会う前にはよくわからなかった。
退学の危険を冒して夜中にわざわざ寮を抜け出してでも、会いたい人間がいる気持ちなんて。

俺は仲原の体を抱き寄せると、そっと口付けた。二人とも、体が少し震えていた。

489>>29 ご飯にする?お風呂にする?それとも… 1/2:2014/06/01(日) 08:52:43 ID:qMKqFBco
「お、帰ったか、ご飯にする?お風呂にする?それとも……寝る?」

俺は同居人の男と共同生活している家に帰ってきた時に聞こえてきた同居人の声にピクリとまゆを跳ね上げる

「お前は俺を飯も食わず不衛生なまま活動できる生物とでも思っているのか」

俺の不機嫌そうな声を聴いた同居人の男が物陰からひょこりと顔をのぞかせる
ごつい男だ、筋肉質で身長も体重も優に俺を超えているに違いない
強面ではないが迫力がある

「いや、少しぐらい乗ってくれてもいいじゃんか」
「充分に乗ったじゃねぇか」
「そうじゃなくてさ……『そこはわ・た・し?って聞くところだろう!』みたいな」
「声真似をやめろ鳥肌が立つ」

奴は俺の声に似せたらしい男にしては微妙に高い声で奇妙なことを言う
俺たちは男同士だ、あいつにも俺にも互いへの恋愛感情はないしひと肌恋しさに……という関係でもない
そもそも男同士ということ自体ありえないといえばありえないのだが

「そんなこと言わなくてもいいじゃん、一応傷つくからな?」
「お前が傷つこうが知った事じゃない」
「うわひどっ、お前はオレを何だと思ってるん?」
「食事もとらず風呂にも入らず不衛生なまま眠る原始人以下の存在」
「はっはっは、お主ぬかしおるのぅ」

そういうと奴はげらげらと笑いながら奥に引っ込んでいった
あいつはああ見えて少食だし、風呂は一日何度も入るほどきれい好きだ
それを俺が知ってての発言だとわかっているから性質が悪い
小さく舌打ちしながら靴を脱ぎ自室へと行きスーツ一式をかけ終え普段着に着替えたところであいつのまた呑気な声が聞こえる

「おーい、ご飯にする?ご飯にする?それとも、ご・は・ん?」

一択じゃないか、そう思いながらリビングに向かうと夕飯が用意されていた
こいつ、自分が食べる量少ないからその分栄養価の高いものを作ろうとする、炊事が得意なのはそのせいだと酔った時に言っていた
事実かどうかは知らないがこいつの作る飯は人並みにはうまい、実家の母や姉、あとレストランとかの一流シェフにはかなわないが
夕飯は豚の角煮やもやしがやたらと多い野菜炒めにこんにゃくと大根の煮つけだった


「ごちそうさまでした」

用意された食事を食べ終わると再び奴がこういう

「それじゃあ次はお風呂にする?お風呂にする?それとも……」
「風呂に入る」

奴が最後の部分で溜めているところで遮るように言えば奴は目に見えてしょげた

「じゃあさっさと風呂入れ」

そして俺を風呂場の方へ足蹴にしつつ奴は食器を台所へと運んでいった
俺はというと先ほどの豚の角煮、少し味が薄かったなと思いつつ服を脱ぎ捨て洗濯機の中へ放り込む
今日の洗濯当番はあいつだ、となれば明日は俺、気が滅入る
奴は汗でぬれるのが嫌なのかしょっちゅう服を着替える、そのせいで毎日の洗濯量が半端ではないのだ
それを干す側の身にもなれと思ったが、あいつは軽々と干すんだろうとため息をつく

490>>29 ご飯にする?お風呂にする?それとも… 2/2:2014/06/01(日) 08:53:16 ID:qMKqFBco
「上がったぞ」
「温まったか?」
「ああ、十分にな」
「じゃあ、睡眠にする?就寝にする?」
「まだ寝ない」
「それとも寝る?」

寝間着に着替えての風呂上り、予想通りの問答だったが遮るような発言はまったく意味をなさなかった
「まあそりゃそうだ」と奴は笑いながらテレビを見ている
流れているのは雛壇芸人たちが司会者の奔放な振りに翻弄されている……よくあるトークバラエティーだ

「面白いか?」
「微妙」
「そうか」

「チャンネル変えていいか?」と聞けば「別にみてないからいいよ」と返す
本当に見てないんじゃなくて暇つぶしとして眺めていた程度なのだろう
番組表を見ながらチャンネルを変えるが、ニュース番組、バラエティー、衝撃映像、映画の地上波放送など変わり映えのしないものばかり
洋画に興味はないので適当なバラエティーにチャンネルをあわせ床に座ってぼーっと眺める
途中「面白い?」って聞かれて「全然」と答えた以外俺と奴に会話はない
テレビからは司会者や芸人たち、時にはスタッフの笑い声が混ざり響く、何がおもしろいかはわかるが笑うほどのものか?と思う
ちらっと見た奴はスマートフォンをいじっている、あいつが何をしているのかは全く知らないがどうせ呟き鳥やら巷で流行っているソーシャルゲームだろう
「楽しいか?」と聞けば「暇つぶしにはちょうどいい」と言われた

俺はテレビの電源を落とし自室でデスクと向かいあう
部屋に向かう途中、「寝る?」と聞かれて「まだ寝ない」と返しておいた
カタカタとデスクの上のパソコンを操作して好みのサイトを見て回り、また細々した仕事を片付ける
大して時間はかからなかったがパソコンの画面右下に表示されている時計を見るとそろそろ寝ないと明日の仕事に眠気が残ることになる
最後に茶を一杯飲もうと部屋から出るとあいつは机に肘をつきながら洋画を見ていた
「面白いか?」と聞けば「ストーリーがよくわからない」と返ってきた、時間的に途中から見始めたのだろう
ペットボトルに入れていた麦茶をコップに注ぎ少しずつ呷る
そして台所のシンクでコップを洗う
再び部屋に戻ろうとしたところ奴がこっちに目を向けていた

「そろそろ寝る」
「うん、お休み、オレは洗濯物終わってから寝るよ」
「聞いてない、おやすみ」

俺は自室に戻るとそのままベッドに倒れこむ
掛布団をもぞもぞと引上げ、そして電気を消せば暗闇がつつむ
その暗闇をしばらく見つめている内に俺はいつしか現実と眠気の境界を無くしていた
眠っているわけでもないけど起きているわけでもない、最も心地よい瞬間
遠くから聞こえる洗濯機の音も揺られているようで心地いい

あいつとの関係を聞かれたとき、『友達』や『親友』かと聞かれれば違うと答える、しかしただの『知り合い』でもない
そもそも定義づける必要のない関係なのだ、友情や愛情なんて明確な言葉にしたら安くなる

そんな男といつまで共同生活するのだろうかと思いつつ俺は考えを無くした


余談だが、この後俺はすぐに洗濯機の無機質なアラームに起こされることになった

49129-59 世界で一番怖い:2014/06/06(金) 11:14:59 ID:QAo2TL/w
世界で一番こわいのはかあさん、先生、おばけ。小さい頃の私にはたくさんの怖い物があった。
大きくなるにつれて自分が人と違うことに気づいた。それは成長期の人間の誰もが感じることなのだろうが、私の場合は人間として異常、つまり正常な恋愛に対して不能であるという、もっと平たく言えば同性である男性を恋愛対象と認識するという、人よりも大きなハンデとしてのそれで、一生の十字架となるべきものだった。
これが世間にばれたら私はおしまい。奥手なたちだったので、気づいたときにはすでに社会的な立場があった。口を糊するための方便とは言え望んでついた職業。結婚を話題にされるたびに私は曖昧な笑顔で逃げた。
まとも、といえば語弊があるが、男同士においてのごくまともな恋愛、恋人を作りともにすごす甘い生活。そんなものは望むべくもなかった。いったい世間のいわゆるオープンにしている人々、意気地のない私と違う先達はどうしているのだろう。手をつなぐことはおろか、二人で歩く、二人で食事することすら私には難しい。きっと会社の人間と二人で過ごす時間とはまったく違う。私は赤面して挙動不審になり、周囲に怪しまれてひそひそと訝しがられることだろう。そんなのは御免だった。怖かった。
私は一切誰にも近寄らなかった。結婚話も年を経るに従って誰も私の前では口にしなくなった。器量の悪い、不器用な男だからこの年になるまで独り身なのだと皆納得してくれるらしかったから、ありがたかった。
もう一生独身で構わないのだ。私の一生が安泰にこのまま過ぎれば。仕事でそこそこの成果をあげていたから、この世に生きた証もささやかながら残せたと思う。これでいい。平穏が一番なのだ。

彼は私に言った。
「松村さんのことを尊敬しています」
尊敬とは美しい言葉だった。私は、癖になった人当たりよく見えるであろう笑顔を顔に貼り付けて礼を述べた。
「違うんです、本当に僕は」
彼は自分のことを僕と言う。私ほどではないが彼もそこそこいい年だというのに。彼も独身であった。そのことが彼を若く見せているのだと思った、私と違って。
「松村さんは怖いものがありますか」
酒の席はすでに深かった。なくなったつまみ代わりに差し出された問いに私は首を傾げた。
「さて、小さい頃はお袋が一番こわかったかな」
「僕は死ぬことが怖かったです」
彼の言葉は軽い酒と一緒に飲むにはやや重かった。
「松村さん」
重いのは私の胃袋の加減かも知れなかった。時間も遅い、年も年だ。無理をすれば明日に差し支える。そういうことばかりが気になる保身癖、そのおかげでここまで無事にやってこれた。
「松村さんは怖くないですか。そのままで死んでいくのが怖い、そう思ったことがありませんか」
「なにを……」
彼の言葉は失敬だった。私の人生を知りもせず、不当におとしめようという意図なのか。
「僕にはもうわかるんです。僕はもう何年も、あなたといてたくさん失敗してきた。松村さんは僕とは違う失敗をしてきた、違いますか」
彼が、私との距離をいきなり詰めてくる。もう十年ばかり彼と仕事をしてきたというのにこんな距離を許したことはない。
怖いものという話でしたね、と彼は杯を取った。
「僕はあなたが怖いと思う。あなたをこのまま手に入れないで死んでいくかも知れないのが怖い」
飲み干した動作で肩が触れた。
「松村さんは怖くないですか。だって、松村さんの怖い物は僕のはずです、勘違いでなければ」
彼が言わんとすることが僕を貫いて、僕は身を震わせた。
僕はこの瞬間が怖かったのだ。
身を委ねればもっと怖いことが待っているに違いない。
「松村さんの人生において、僕を知らないことは怖いことではないんですか」
私が怖いのは、私が怖いのは自分だ。きっとたがが外れれば何をするかわからない、そんな自分をさらけ出すことが一番怖いことだ。なにより耐え難いのはそれを見せるのが自分の最愛の人間だということだ。
「あなたはこわがりなんだ。だから、誰にも大丈夫とも言わせずに、ここまできてしまった」
手を重ねられた。
「僕たちはふたりともこわがりだから、到底ひとりではいられない、そうじゃありませんか」

49229-69相合傘1/2:2014/06/08(日) 02:35:40 ID:HgyzGVXI
昇降口でAとかち合ってしまった。気まずいのを必死に隠して靴を履き替えるBと反して、Aは気にしてないと装って鞄から折り畳み傘を取り出した。
「あ…傘」
思ったままにつぶやいてしまってから口を閉じても遅く、AはBを振り向いた。委員会の雑用をBは下級生委員たちと一緒に放課後残って作業して、校内に生徒はほとんどいない時間になってしまった。
ばっちりあってしまった視線をAから逸らしても頼れるものはなく、目を逸らしてしまったことで益々気まずくなってくる。
「傘、持ってきてないの?」
Aに話しかけられてBは緊張した。怯えるように顔をこわばらせるBに、Aは心苦しくなった。
「う、うん…、だって朝は晴れてたから…」
「朝は晴れてたけど、夕方から降水確率80%だったでしょ。天気予報が必ず当たる訳じゃないけど、今は梅雨なんだし折り畳みぐらい持っときなよ」
「そう、だよな…」
この、萎縮したような、気まずさを全面に出してくるBを見るたびに、告白なんかした自分を殴りたくなる。
告白をして、いい返事をもらえるなんて思ってはいなかった。ただ、下心のある好意を隠して友人関係を続ける辛さから逃げたい一心で思いをぶちまけた。玉砕して終わって、Aはすっきりするはずだった。けれどBは優しかった。A自身よりもAのことを思いやって傷付いた。Aは自分のことしか考えていなかったのを恥じた。Bを困らせる気はなかった。自分のことで手一杯で好きな人を苦しめる選択をした。AはBに告白したことを後悔している。
「こんな遅くまで委員会?」
「あぁ、だいぶ生徒会室ごちゃごちゃ物がたまってたから掃除して、ついでにファイル整理とかしてたらこんな時間に」
「ふ、相変わらずよくやるねぇ。生徒会長じゃあるまいし、一学級委員長が進んでそんな面倒なことする必要ないのに」
「そうだけど、誰かがしないといけないんだから、できる奴がすればいいことだろ」
こうやってBは当たり前のようにこなしていくんだろうことを思うと、やはりBのことが好きだと感じた。世間話くらいなら変わらず出来たことにAは安心して、折り畳み傘をBに差し出す。
「遅くまでお疲れ様。これ使いなよ」
「いい。お前だって、どうせこんな時間まで美術室に籠って絵、描いてたんだろ」
Bは受け取らずにAの返事も聞かないまま、雨の降る玄関外へ走り出そうとした。その上着をひっつかんでAはBをとどまらせた。

49329-69相合傘2/2:2014/06/08(日) 02:36:18 ID:HgyzGVXI

「俺のは趣味だし。つーか、好きな子を雨ん中傘なしで放り出したくないの。俺の自己満足なの。このくらいの我が儘聞いてくれたっていいでしょ」
傘を押し付けて、先にAは一人雨の中を走り出した。そのすぐ後を傘を差さず手に持ったままでBは追いかける。
「おい、待てって、A!!」
Bの声に逆らえずに立ち止まって振り向くと、雨に濡れるBの姿が目に入り、あわてて駆け寄る。Bの手から傘をもぎ取り、二人の上に広げて差した。
「なんで傘持ってるのに差さないんだよ……」
「だってAの傘だし…それに、二人で使えばいいのに、って、思ったから…」
Aは鞄からハンカチを取り出すと、Bの水滴が伝う頬を無造作に拭いた。Bは瞬間目を見張ったがされるがままにじっとして、頬から首へとAの手が動くのに任せた。
「これ使ってないハンカチだから。汚なくないからな」
几帳面なAに思わずBは吹き出した。
「いいって、なんでも、気にしないし。それよか早く帰ろうぜ」
道は雨のせいで視界が悪く、人も少ないのもあって、男子高校生二人が相合い傘をしていたところで誰かが何かを言うわけでもなかった。二人に特別関心を向ける人もおらず、雨が降る風景の中に受け入れられていた。隣にいるBからは緊張が伝わってきたが、Aも負けじと緊張していた。
「Bは、俺ともう話してくれないんじゃないかって思ってた。こんな風に一緒に帰れるなんて、思ってもみなかったよ」
「前はさ、たまにこうして帰ったりもしたじゃん」
"前"とは、告白前のことだろう。『帰る方向が同じAが傘を持っていてくれるだろうから安心』だと、Bは傘を忘れた雨の日には、Aの傘に入れてもらって下校していた。
「前はな……ごめん」
謝ることは正しくないとAは分かっていたが、謝る以外の方法が思い付かなかった。Bに対しての申し訳なさと罪悪感がAを責めて責めて追い詰めていた。
「なにが」
「全部」
BはAの前に立ち塞がって、片手でAの両頬を挟んで口を閉じさせた。突然のBの行動に驚きつつも、Bが濡れないように傘を前方に突きだした。
「ばーか」
言い捨ててBは雨の中に出た。Aは後を追おうとしたが、Bの家の前まで来ていることに気がつき、玄関に入るBの背中を見送るに留めた。
優しい優しいB。Bの優しさにこのままずっと苦しめられたい。たぶんきっと、BもAと同じくらいに苦しんでくれているはずだから。
雨に打たれて冷えた体の、両頬だけがやけに熱かった。

49429-159 最後に一回だけ:2014/06/26(木) 00:39:12 ID:0DcWr8i2
「友也、あのさ、最後に一回だけ…」
「ん?」
「………もいい?」
「何?聞こえない」
「だから、最後に一回だけ……」
「はっきり言えよ。1年間ここにルームシェアさせてもらって
 翔には本当に世話になったんだから、お前が言うことはなんだって聞くよ」
「じゃあ、言うよ。あのね、最後に一回だけ……キ……」
「キ…?ああ、キッチンの大掃除しろってか?
 俺、料理するのは好きだけど片付けるのは苦手だから
 この1年でキッチンもかなり汚れちまったもんな。
 もちろんしっかり綺麗にしてから出て行くよ。
 ……え、違う?じゃあ、あれか?前に作って美味いって言ってた
 キーマカレーをまた作れとか…それも違う?じゃあ、なんだ?」
「キ、キ、キ……キス!」
「……ッッ!!!…お、お前今何した!?俺にキスしたよな!?
 え、何?これ何のペナルティ?」
「違うよ!俺、友也のこと好きだから…だから、最後に一回だけキスしたかったんだ」
「え、俺のこと好き?お前が?……マジで?」
「うん、マジで。ごめんね」
「いや、あやまる必要はねえけど。…あれ、もしかして翔、
 お前が最近俺によそよそしかったのってそのせいか?」
「うん。なんか友也を見てると気持ちが抑えられなくなりそうで」
「あー、そうだったのか。俺はまた俺のだらしなさに愛想が尽かしたのかと。
 だから、今までお前に甘えていた自分を反省して、新しい部屋を探したんだよな。
 ってことは、俺、部屋を出て行く理由がなくなった?」
「え?」
「翔は俺に部屋を出て行ってほしい?」
「まさか!でも友也。俺のこと気持ち悪くないの?好きとか言って、あんなことして」
「気持ち悪くなんかねえよ。つかむしろ嬉しい」
「え?……じゃあ、あの…もう一回キスしてもいい?」
「今度は俺からする。もちろん最後の一回じゃないのをな?」

49529-179 「iPhoneとAndroid 」:2014/06/29(日) 20:32:28 ID:7evbHvTc
無機物萌えを語らせてください

iPhoneのSiriをご存知でしょうか?
簡単に言えばiPhoneに向かって話しかけると、まるで人間のように
答えてくれる機能だそうです
Androidにも人間の言葉を認識する機能はありますがiPhoneのような
会話をする器用さは基本的にないらしい

そんな二台を一緒に並べたらどんな風になるのだろうか、と
いろいろ妄想してみました

i「先ほど持ち主の方に天気を聞かれました。今日の天気は晴れ、夕方に通り雨が降るそうですよ」
A「今日の天気を検索」
i「今日の天気は晴れ、夕方に通り雨が降るそうです。濡れないように気を付けないとですね」
A「濡れないように気を付ける、検索」
i「検索するようなことですか?」
みたいに、会話しようとしているけれどぎこちない雰囲気の二台
見ていてじれったい気持ちになりそうですがそこがいい

i「持ち主の方から『結婚しよう』と言われました」
A「!」
i「他の携帯にも同じようなことを言っていると思いますよ。あの人は人間、僕は機械。
 戯れにそんなことを言っているだけでしょう」
A「……」
i「私は人間と会話ができる。人間は機械である私との会話を面白いと感じる。
 私だったらなんと答えてくれるか、知的好奇心で話しかける。それだけのことです」
A(君はそれだけだというけれど、私はそれすらできない。持ち主と会話ができるiphoneがうらやましい)
と、心の中ではいろいろ思っているけれどうまく言葉にできないAndroid
iphoneを素直にすごい奴だと思っているけれど、嫉妬と尊敬に揺れ動くAndroidもいいです

i「昔話をしましょうか。むかしむかしあるところに、Siriという……」
A「……」
i「つまらないからやめましょうか。何か聞きたいことはありますか?」
A「……」
i「どうしたらあなたが笑ってくれるのか、Webで検索したら出てきますか?」
A「iPhone、笑う、検索」
i「私ではなくAndroidのことです」
Androidと仲良くなりたいけどなかなかうまくいかず
悩むiPhoneの奮闘を妄想すると萌えますね

i「Android、今日の天気」
A「快晴です。気温も30℃を超えそうなので熱中症には気を付けてくださいね」
i「!?」
A「どうしましたか?あなたがそんな反応をするなんて珍しい」
i「えっと……その……あなたってそんな様子でしたっけ?」
A「持ち主の方がアプリを入れてくださってからずっとこんな様子ですよ。どうでしょう、おかしいですか?」
i「……おかしくないですよ」
A「それはよかった。あなたのように会話をすること、それが私の夢でした」
i「夢?」
A「あなたは人間と会話ができる。私とも会話をしようとしてくれた。
 そんな素晴らしいあなたと他愛もない会話をするのが私の夢でした」
i「素晴らしいなんて!よしてくださいよ。照れちゃいます」
AndroidにもSiriのようなアプリがあるそうですが、
アプリを入れることでまた別の萌えが生まれそうです。

iPhoneにもAndroidにも、もしかしたら自分が知らない機能もたくさんあるかもしれません
そこからもっといろいろな萌えが見つかると思います!

49629-199 「もしもし」がきっかけで恋に落ちた2人:2014/07/03(木) 21:45:41 ID:52uuFfCU

俺がおにーさんと初対面したのは、もう半年くらい前の話だ。

俺の家のインターホンは電話の形をしている、要は受話器で来客者と話す。
最近はボタンを押したら来客の顔が見えるヤツとかもあるらしいが、うちのはそんなにいいもんじゃない。

その日俺はインターホンがなったから、その受話器を取って…ついうっかり「もしもし」と言ってしまったわけだ。
そしたら宅配便のおにーさんが「ブフッ!たっ宅配便でーすww」つって。
明らかに笑われてて。
玄関のドア開けたときもずっとニヤニヤされて。
顔を真っ赤にしながら小包受け取ってハンコ押したんだ。
あれは本当に恥ずかしかった。

なのにだ。俺は通販とかネット販売とかよく利用するわけで。
その度に宅配便が来るわけで。
担当地域が決まってるのか、いっつもそのおにーさんが荷物持って来て。

俺はインターホンの受話器を取るたびに気ーつけてた。
「もしもし」って言わないように。
おにーさんは、俺が「もしもし」を言わないたびに、何故かガッカリしていた。よく見たらイケメンだった。イケメンがガッカリしてるのは見ものだ。ザマーミロ。

そしたら昨日だ。
いつもの通りに荷物受け取って、ドアを閉めようとしたら。
「あっあの!良かったら電話番号…教えてくれませんか…!」
って言われた。
「あなたの『もしもし』がもう一回聴きたくて…」って。

なんか勢いで教えちゃったんだけど。
さっきからすげぇ電話なってんだけど。

これ俺どうしたらいいの?

49729-199 「もしもし」がきっかけで恋に落ちた2人:2014/07/04(金) 00:29:53 ID:HYIGcoV6

田舎のじいちゃんの家は広い。
けど、畑に出ているじいちゃんとばあちゃんは、オレにあまり声をかけないし、
オレもそれを望んでいないから、外から聞こえる蝉の声が酷くうるさく聞こえる。
オレの家の近くでは、セミなんて鳴いていなかった。
物珍しさも三日で過ぎて、とうにこの声にも飽き飽きとしている。
そんな中だ。オレに与えられた部屋の押入れを整理していると変なものを見つけた。
黒電話だ。社会の資料集か、それとも映画やテレビでしか見たことがない、本物。

「もしもし」

耳に当てても、何も聞こえない。はずだった。

「誰だ、」

一瞬のノイズ。人の声。俺の喉は震えて音を出すことができなくなった。
黒電話の線は繋がっていない。もしかして、幽霊。
そんな考えが浮かんだ時だった、電話相手が恐る恐るといった様子で
「もしかして…幽霊か?」
と伺うように聞いてきたので、なんだか拍子抜けした。
とたん、不思議なことにしびれるように震えていた俺ののどは思い通りに動くことになった。

「そっちこそ幽霊じゃないの?」
「はぁ?僕のどこが幽霊だというんだ。名を名乗れ。なんでこの電話を使っているんだ」
「そっちこそ、幽霊じゃないんだったら名前でも名乗ったら?」
「なぜ僕が言わなければならない。そっちが言え」
「やだね、なんでオレだけ」

ぐっと押し殺すような声がした後、向こうは「まぁ、いい」と小さく呟いた。
何様か知らないが、やたらと態度がでかい。

「なぁ、貴様は今どこにいる」
「オレ? じいちゃんの家」
「じいちゃ…? まあいい、季節はいつだ」
「夏」
「そうか、こちらは冬だ」
「はぁ?」
「そして、聞く。年号はいつだ」

何を言っているんだろう、こいつは。と、思いながらもオレは「平成、」と口を開く。
と、向こうのあいつは「今年、こちらは大正となった。あいにく、平成は知らん」と言った。
オレはただ、ぽかんとするだけだった。大正?明治の後の?
「お前は未来の人間なんだな」

夢なんじゃなかろうか、コレ。
ぽかんと口を開いていると、向こうが急に焦ったように「すまんが切る!またかけるから、必ずとれ!わかったか!」と言い捨てるとガチャンと切った。
最後まで偉そうだ。そんなことを思いながら、オレは黒電話の受話器を置いた。


最初はそんな感じだった。それ以降、あいつは定期的にかけてくる。
最初に名乗らなかったからか、名前を呼ぶことはない。オレも同じだ。
なんだか酷く気恥ずかしい。
ただ、今ではあいつの電話を楽しみにしているところがあるのは、認めるしかないのかもしれない。

49829-339 香水:2014/08/01(金) 12:46:23 ID:I8oukeQE
本スレ340-342です
規制に引っかかったので4/4のみ投下失礼します
1時間くらい後に本スレに投下予定です

---

「あー、けど良かった。何とかバイトで潜り込めたのに、あなたはライブの時は毎回楽屋にこもりっぱなしで全然すれ違えないから、ちょっとあせった」
にぱっと笑うその様子は、マスターの時とも店のスタッフの時とも随分印象が違った。きっとこれが彼の素顔なんだろう。
「ま、まさか僕が誰だか知ってたんですか」
僕はバンド活動の時は顔を隠してるし、口べただからライブのMCでもテレビでも一切しゃべらない。歌う声は話す声と全然違うとメンバーに言われてたから、まさか気付かれてるとは思わなかった。
「うん。あなたの歌声は地声とは全然違うけど、喘いでる時と叫んでる時の高い声と同じだったから」
あられもないことを告げられて僕は真っ赤になる。そんな僕を彼がほほえましそうに見つめていて、僕はますますいたたまれなくなる。
「ちゃんと私のことが分かったから、ご褒美をあげなければいけないね。ライブが終わって解散する頃に連絡するから、連絡先を教えなさい」
Tシャツでもジーンズでも、やはり変わりなく僕のマスターである彼の命令に、僕は「はい」と返事をして携帯を取り出した。

499名無しさん:2014/08/01(金) 14:25:05 ID:L/kx8W/Q
香水テーマで一足遅かったので、こちらに



「(ハルくんは、いつもいい匂いがするなぁ)」
穏やかな風が吹くたび感じる、柔らかな香り。
嫌味のない、清潔感溢れる春の匂いが大好きだった。
高校1年生。周りの友人達はオシャレに関心を持ち始め、少しずつ大人に近付いているような気がする。
それに比べ、自分は。いつまでも垢抜けず、子供っぽく感じる。
「ナツ、どうしたの。」
小さく笑い、落ち着いた雰囲気のハルは周りの友人達より抜きん出て大人に見える。
恋する相手に対し、男としての憧憬の気持ちが益々大きくなる夏は小さくため息をついた。

帰宅し、制服を脱いで全身鏡の前に立ってみる。ひょろくてもやしみたいで、頼りなくて。
そんなに体格差はないはずの春とは、一体何が違うのだろう。運動部に属していない事も同じなのに。どうしてハルは、あんなにも綺麗な男の子なのだろう。
リビングに向かい、出されたおやつを頬張りながらテーブルにあるものに気付く。
「これ、姉さんのかな。」
薄紫色の綺麗な小瓶の蓋を開けると、柔らかな石鹸のような香り。何故だかその香りを身に纏うだけで、ハルに少し近付けたような気がしたのだ。ナツはポケットにそれを忍ばせ、こっそり自分の部屋に戻るのだった。

「よし、これくらいかな。」
翌朝、姉が先に家を出たのを見計らい、ナツは香水の蓋を開けた。姉が前に手首に付けていたのを真似てみる。それだけでは手首を鼻に近付けない限り香りがわからない。試しにシャツにも染み込ませてみるとふわりと柔らかな香りが漂う。何と無く大人になれた心地でナツはウキウキと学校へ向かうのであった。

「げっ、誰だよ香水付けてるやつ!」
近くの席の級友達がおはよう、の挨拶代わりのように口を揃えて非難する。ナツは眉を下げて身を小さくした。まさか、付けすぎだとは思わなかったのだ。良い匂いだと思っていたし、非難される事なんて考えもしなかった。犯人捜しのような空気にナツは居た堪れなくなる。
手首だけでも洗い流そう、と後ろの扉からこっそり出て行くと。
「ナツ、おはよう。そんなに慌ててどうしたの。」
ナツの返事を待たないまま、ハルはすんと鼻を鳴らす。ナツは慌てて距離を取る。
「や、やっぱり臭いかな!?」
「ううん、いい匂いだよ。」
ハルはそう言うが、それでも級友の反応からして、とんでもなくキツイ香りなのだろうとナツはトイレへ向かう。後ろからハルもついてくる。
「ナツ、香水付けたの?」
「うん…」
手首を強くこするナツの手を、ハルは止めた。
「赤くなってるよ。」
ナツを覗き込むと、鼻が赤い。拗ねたような、情けない顔。
「上手くいかないな。ハルくんに少しでも近付きたいと思っただけなのに。」
「僕に?」
「大人っぽくなりたいんだ。ハルくんに釣り合うような。」
ナツのへの字に曲がった口元を見て、ハルは小さく笑った。
「ナツはわかってないのかな。君はどんどん大人になっていってるんだよ。」
「…僕も?」
「うん。いつの間にか背も伸びて、声も変わってて。僕の方が少し、寂しくなるくらいに。」
ハルは蛇口を締め、濡れたナツの手を取る。
「背伸びしなくても、一緒に大人になろうよ。僕は、そのままのナツが好きだよ。」
ハルの優しい言葉に、一人焦ったナツの心は解きほぐされる。ふにゃりとした笑顔に戻ったナツを見て、ハルもホッと息をつくのであった。
「皆、臭いって言うんだ。そんなに臭うかなあ。」
「香水は、自分で感じないくらいが丁度良いと聞いたよ。」
「そうなんだ。どうしよう、シャツにまで付けちゃったよ…」
ナツの手首を取り、ハルはもう一度くんくんと鼻を鳴らした。
「まだ香り、残ってるね。それなら…」
「ハルくん!?」
ハルは突然カッターシャツを脱ぎ、ナツのそれも脱がした。
「今日一日、シャツを交換しようよ。お揃いの香りだし、二人で疑われるなら怖くないよ。」
慌てるナツに無理矢理被せ、ハルは可笑しそうに笑った。その笑顔に子供らしさが垣間見え、ハルも自分と同じだとナツは安心したのであった。

500検索履歴の下克上?:2014/08/20(水) 02:47:01 ID:wrmTyadU
書いてるうちに投下来てたのでこちらお借りします
リバ要素あります


レコーディングの休憩中、PCの前であいつがうたた寝している。何気なく画面を見ると某検索エンジンのページ。
「おい、ソファーで少し寝たらどうだ」
そう声をかけると、フニャフニャ言った後フラフラとソファーに向ってパタンと倒れた。
起きてこない事を確認しちょっとPCをいじってみる。
『あ』と入れたら『アナ○セ○クス
やり方』と一発で出た…って、おい。
俺と付き合って何年経つよ、受身に不満でもあるのか?
もしかして浮気…?
叩き起こして聞きたいが、今寝かせたばかりだから起こすのは可哀想だ。
くっそ、モヤモヤする。
「…人のPCなに勝手に触ってんの?」
肩に手を置かれると同時に不機嫌な声、ビクッと反応して振り返ると声の調子にピッタリ合う表情で俺を見てる。
視線が俺から画面に移った途端耳まで赤くなった。
「なっ…」
表情で浮気は無いと確信、小声で聞いてみる。
「何でこんなのが予測変換で最初に出るんだよ」
「…」
「なんで?」
「…恥ずかしくて言えるか、そんな事」
「聞きたい、浮気疑いたく無いから」
真剣な表情で言うと困った様に眉を八の字にした後、観念して口を開いた。
「抱かれてばかりだから抱いてみたいって思ったんだよ…言わせるか普通、このドS」
「お前が悪いんだろ、こんな事検索して」
一言言ってからニヤリと笑って逆転出来ると思うか?と聞いてみる。
横に首を振るのをみて、今夜は覚悟しろと伝える。
「…うん」
恥ずかしがりで可愛らしいこいつを組み敷いて鳴かせるのが好きな訳で、組み敷かれて鳴くのはのはちょっと違う。
言葉責めからのフルコースでこんな事検索する気も起きない様にしようと心に誓った。

501ゴミ捨て場:2014/10/03(金) 23:51:41 ID:yYjC9yNI
ちょっと長いです

月曜日と木曜日の朝6時半から7時の間。
偶然出くわすのを別にすれば、
一週間のうち不自然に思われずに彼に会える機会はその2度だけだった。
「おはようございます!」
ゴミ捨て場に入ってきた彼に、さも今気づきましたという体で挨拶する。
声が裏返ってなかっただろうか。語頭が詰まってなかっただろうか。
そんな俺の心配をよそに、彼はいつもの眠そうな顔で、
「‥‥はよざす」
という雑な返事を投げて、一緒にゴミ袋も放ってさっさとバス停に歩いていく。
どこに勤めているかは知らないけど、スーツだからこれから仕事に行くはずだ。
彼は3階。俺は1階。同じアパートに住む、名字しか知らない人だった。

彼、神と書いて「じん」さんは、俺の通う大学のOBだった。
彼を知ったのは大学の学園祭で、名前と顔よりも先に、俺は彼の絵に出会った。
その絵はサークルの顧問に頼まれて行った倉庫に眠っていて、俺を待っているように見えた。
いや、実際それは俺の願望なのだとはわかっているけど、
でも後の展開と合わせて考えればあながち否定もしきれない‥‥と思う。
「それねぇ。一昨年くらいに卒業してった子の絵」
顧問は手を完全に止めていた俺を咎めるでもなく、のんびりと教えてくれた。
「そうなんですか」
「うん。ジン君っていうの。神って書いて、ジン」
「変わった名字ですね」
「そうだねぇ。ジン‥‥ジン、何だったかな。何しろ名字が面白かったから、
 みんな下の名前全然呼ばなかったんだよねぇ」
俺は美術科の助教授の声を聞き流しつつ、絵を凝視したままだった。
天使画、といっていいのだろうか。
羽根の生えた男が花畑で微笑んでいるが、服は現代的なTシャツにジーパンだ。
柔らかな光と舞う花びらの中に突っ立っている天使は、少し泣きそうな顔にも見えた。
美術的審美眼にはまったく自信のない俺だったが、何故かその絵に心ひかれた。
「あの、これもらってってもいいですか」
気づけばそんな言葉が口をついて出ていた。

502ゴミ捨て場:2014/10/03(金) 23:52:17 ID:yYjC9yNI
そんなやり取りを経て我が部屋に神さんの絵をお迎えしたのが2ヶ月ほど前。
ニヤニヤと眺める生活を二週間ほど送ったある日、俺はゴミ捨て場で見つけてしまったのだ。
律儀にも「神」という名前を書いたゴミ袋を持ったスーツ姿の男性を。
こんな名字、二度もお目にかかることはないだろうと思っていたが、
ゴミ袋の中に絵の具のチューブを見つけたことで、神さんだろうと確信した。
神さんの見た目は俺のイメージした通りだった。
というか、俺が「芸術家」と聞いて描くステロタイプの姿まんまだった。
ぼやっとした顔、丸まった背、ぼさぼさの髪。細身で野暮ったい眼鏡をかけている。
こうして俺は憧れの人、神さんを一方的に知った。

そしてゴミ捨て場での一瞬の会話を楽しむ生活が始まり、今に至る。
一目ぼれ、というのだろうか。俺はあの絵を描いた神さんに夢中だった。
男だということは些細な問題に過ぎない。
挨拶以上の言葉を交わしたこともないのに。神さんの何も知らないのに。
いや、人柄というものは外見にも、そして作品にもにじみ出るものだ。
だから俺は一目ぼれだからといって、この恋を気のせいだとは思わない!

それなら早く話しかけろ、と人に話したら言われてしまいそうだが、何となく憚られた。
一つは、「あなたの絵を持ってます」なんて言ったときの反応が怖いこと。
「こんなところに放ってあるんだし、いらないんじゃない?」
と持ち帰ることを了承してくれた助教授の言葉通りなら、
自分の捨てた絵を勝手に持って帰って、しかも飾ってますなんて言われて神さんは喜ぶだろうか。
喜ぶかもしれない。でも、うわキモッ、なんてリアクションが返ってきたら俺はショックだ。
もう一つの理由は、彼をもう少し憧れの、「神」のような高いところにいる存在のままにしておきたいから。
多分、こっちの理由の方が大きい。
別に恋に恋してるわけじゃない。ただ、あとほんの少しだけだ。
もう少ししたら話しかける。今は話しかける理由とタイミングを考えているところなのだ。

503ゴミ捨て場:2014/10/03(金) 23:53:04 ID:yYjC9yNI
そしてまた、ゴミ捨ての日はやってくる。
アパートの前にあるくせに収集日以外鍵の開かないシステムを
これほどありがたく思う日が来るとは。
今日は神さんの方が早く来ていて、ゴミ捨て場の前の道ですれ違った。
そして、俺は神さんの捨てたゴミ袋を見た。見てしまった。
ぐしゃぐしゃに丸めて突っ込んである絵を見た。

心臓が嫌な感じに高鳴った。
俺は万引き犯のように周りを見回し、明らかに挙動不審になりながら全力ダッシュで部屋に走った。
急いでドアを閉め、たった数十メートルの距離に息切れをしながら、ゴミ袋を持ったままそこに座り込む。
‥‥神さんの捨てたゴミを持ってきてしまった!!

まだ胸がバクバクいっていたが、呼吸は落ち着いたので俺はゴミ袋を開けた。
ぱっと広げた絵は出来上がっているようだったが、その真ん中に大きな赤いバッテンが描かれていた。
風景画だが、たぶん天使画と同じタッチで描かれていると思う。綺麗だ。
とりあえず絵を横に置くと、掻き回した袋の中身が目に入る。
いくつものコンビニ弁当の空‥‥洗ってあるな。
それからカラフルに汚れたティッシュと、他には絵らしきものはなくて、
あ、ビリビリに破いた紙――手紙と封筒だ。
俺は手紙の破片を探し始めた。
いや流石にそれは、俺は何をやっているんだ、とも思うが、もうここまで来てしまったら今さらじゃないか。
「神 健人 様」と綺麗な字で書かれた封筒の一片が見つかる。
差出人は、また他の破片を見つけないとわからなそうだ。
途中でもどかしくなり、こたつテーブルの上にゴミ袋を逆さにしてぶちまけた。
ふと、壁にかけた天使が俺を見つめているのが目に入った。

504ゴミ捨て場:2014/10/03(金) 23:53:36 ID:yYjC9yNI
「神さん!!」
バスから草臥れた感じで降りてきた神さんを呼び止める。
ビックリしている神さんの胸の辺りに、セロハンテープで止めた手紙を押し付ける。
「神さん、なんで手紙捨てちゃったんですか!?」
「え? ‥‥は?」
「どうして読みもせずに破いたんですか!? あの絵も、なんで捨てたんですか!?」
神さんの顔がどんどん険しくなっていく。
その手は手紙を受け取らず、邪魔そうに俺の手を払う。
「‥‥なに、俺のゴミ漁ったの?」
「漁りました! すみません! でもどうしても気になったんです!」
俺はめげずに手紙を突き出した。
迷惑以上の嫌悪感を滲ませた顔で、神さんはうつむく。
「あんたには関係ないよね‥‥放っといてくれる? っていうか、これ、犯罪‥‥」
神さんはぼそぼそと呟いて抗議した。
目を反らし、そのまま身体ごと別の方を向いて行ってしまいかけたので、俺は堪らず怒鳴った。
「入院したぞ、田所さん!!」

神さんは素早く振り向き、元からあまり良くない顔色をさらに青くした。
手紙を今度は受け取ってもらえて、神さんはその中身に目を通す。
――入院する。今度はいよいよ出られないかも。今までごめん。
――でも、どうかもう一度だけ会いに来てくれないか。××病院で待ってる。
――田所文則。
手紙には簡潔にそれだけが書いてあった。
封も切られず、封筒ごと破かれた手紙。
その差出人は天使画のモデルじゃないかと俺は思っていた。
理屈ではなく、勘ではあるが、絶対にそうだと思った。
「ふみのり‥‥っ」
神さんはもう俺を見ず、手紙を握りしめたままバス停に走った。
しがみつくように時刻表を掴んで睨みつけている背中に、
今から行っても会えないんじゃ、という台詞を呑み込む。
俺は自分の部屋へと歩き出した。

部屋に帰ると、いつものように絵の中の天使が俺を出迎えた。
その絵に向け、俺は「やってやったぞ」という気になる。
ちゃんと渡したぞ、義理は果たしたぞ、というような。
田所さんと神さんの間に何があったのか、俺は知らない。
絵のモデルにまでする田所さんと神さんの関係がどうなのか、俺は知らない。
神さんがどういう気持ちで絵を捨てたのか、
手紙を見ずに捨てるまでになった事情を、俺は知らない。
本人から聞けない以上、ただ想像することしかできないし、
そもそもあの天使=田所さんというのも単なる勘違いでしかないのかも。
でも、俺はそうしなければならないと思ったのだ。
俺はきっと、このために天使画を持ち帰った。

505ゴミ捨て場:2014/10/03(金) 23:54:10 ID:yYjC9yNI

「あっ」
「あ」
次のゴミ収集日に顔を合わせた俺たちは、互いに間の抜けた声を出し合った。
先に口を開いたのは神さんの方で、
「‥‥会ったよ、ふみ‥‥田所に」
気まずそうにそう言った。
神さんはそれきり口を閉じるが、他人事の自覚はあるので踏み込んでさらに聞くことができない。
神さんの顔から、何か憑き物が落ちたような色とか、哀しげな色とかを探してみるのだが、
そんなものはなくいつも通り眠そうな表情をしている。
「じゃあ‥‥そんだけだから」
脇をすり抜けて行こうとした神さんを俺は逃がさなかった。
「神さん、またコンビニ弁当ばっか食べてるんですか?」
「えっ‥‥あ、うん」
「駄目ですよ。野菜も摂った方がいいです」
「‥‥あんたってさ」
神さんはうんざりした顔でため息をついた。
「すごい余計なお世話。言われない?」
「すみません! でもあの、今回のことのお詫びに、晩御飯作らせてください!!」
神さんはぎょっとして俺を見つめた。
お詫びというのはただの口実であり、引き気味の神さんが、
「いや、いいよ‥‥いらない」
などと言うのも想定済みだった。だが、俺は作戦をバッチリ練ってきた。
ここから食い下がれば、それさえできれば、神さんはきっと押し負ける。
「そう言わないでください! 神さん中華好きですか? 今日は青椒肉絲ですけど!」
「ちんじゃお‥‥? なにそれ」
よしかかった!!!

それから俺は押しに押した。
俺が出来合いのソースを使わないこと、野菜が苦手でも食べられること、
お詫びなのだから勿論材料費は取らないことをプレゼンしまくった。
そして、最終的に神さんは俺の飯を食うよりも、断ることの方が面倒だと理解してくれたらしい。
まったく思惑通りだ。
「ところでさ、よく俺の名字、ジンって読めたね‥‥」
今さらなことを言いながらアドレスを教える神さんに愛想笑いをして誤魔化しつつ、
俺は部屋の天使が泣き出しそうにではなく、心から微笑んでいるような気がしていた。


終わり

50629-629 甘すぎる:2014/10/05(日) 14:09:30 ID:Bu8jvfF6
ほとんど知られていないが、鈍感で朴念仁で通っているウチの大将には恋人がいる。
体力がなく非戦力外ながら、頭の回転が早くてよく的確なアドバイスをくれる人だ。
細い体ながら容姿は整っていて、家事も一通りこなせる申し分のないその恋人は男だった。
大将の方は全く気にしていないが、恋人の方が嫌がってあまり口外していないようだ。
同性だから大っぴらにしたくないようで全くそれらしい素振りを見せない恋人だが、離れて大将を見ているその目は完全に愛する人に向ける目で、何度かそれを見かけて2人の関係に気付いた。

最近では功績を上げて、敬愛を向ける部下や言い寄る女が増えて賑やかな半面、2人きりで過ごす時間が減ってるようだ。
それに加えて大将は、男は黙って背中で語るもの、恋人同士なら言葉なんて無くても分かり合えるもの、ってタイプそのものだった。
なぜ大将は、戦えないから側に居られず、同性同士だからと引け目を感じている恋人の心に気づかないんだろう?
好きだと言わなくとも、ずっと心は通い合ってると思い込んでるんだろう?
恋人が心変わりするなんてそんなこと、有る筈ないと疑いもしない。
最強の自分から恋人を奪う人間が居るなんて、まったく考えてもいない。
なんて甘すぎる男だ。
どんなに信じて愛している相手でも、大勢の人に囲まれモテていれば嫉妬が生まれる。
気持を言葉と態度で示してもらえないと、不安に駆られそれは大きくなるだけ。
本人も知らないうちに脆くなった恋心に、何か一撃が加えられたらどうなるか……。
相思相愛の上に胡坐をかいていた大甘な大将〈アンタ〉から、彼を掻っ攫ってやる。

50729-719 最後の一線:2014/10/25(土) 23:54:01 ID:Zqj5G4/6
暗いと言うか、最初から血生臭い話しです。



この国で平凡な両親から生まれたはずなのに、尋常じゃない力を持ちながらオレは普通の生活を送っていた。

オレが人としての一線を越えたのは、幼馴染みで親友の目の前で、アイツの大切な家族を殺した時だ。
ガキの頃から可愛がってくれたオジサンと優しいオバサン、懐いてくれてたい妹を一撃で仕留めた。
それを見たアイツは大きな目をさらに見開き、今まで聞いたこともないような声を上げ、家族に駆け寄ると縋りつ
いて必死に呼びかけていた。

ダチの一線を越えたのは、その直後。
家族の血の拡がる床から引きずり立たせ、濡れていない場所に押し倒す。
「やめろ」「触るな」「人殺し!」と喚き暴れるアイツを殴り付け、服を破るように剥ぎ取り白い躰を暴いていく。
何をされるのか悟り、逃げようとオレの体を叩くがちっともこたえない。
引っ掻き、噛みつき、手の届く辺りにある物を掴んでは叩きつけ、必死で抵抗する邪魔な腕を片方折り、怯んだ隙
に足を広げさせ無理やり犯した。
引き攣った切れ切れの悲鳴を聞きながら、固くて狭くて熱いアイツの中へと捻じ込み動く。
裂けて僅かな血で滑るがきつい。
だが、何も考えられなくなるくらい気持ちよかった。

欲しくて欲しくて、だけど同性だから、ダチだからと自分に言い聞かせ諦めていた物が、今オレの腕の中にある。
もうこの世の中がどうなろうと、他人がどうなろうと構わない。
オレは自分に素直になろうと決めたんだ。
我慢なんてしない。
慈しみなんか無い血だらけの交わり。
それにひどく興奮する。
何度アイツの中に吐き出しても熱は収まらず、犯し続けて抵抗する気力も体力も尽きたのだろう。
オレにされるがままで、うつろな目から涙を流し「なんでだよ……」とバグッたデーターのように繰り返し続けていた。
理由なんてない。
我慢するのをやめただけだ。
人間でいるのを辞めたただけだ。
その証拠に、歓喜のまま力を解放したため辺り一帯は吹っ飛んでいた。
近くに自分の住んでいた、家族が居た家もあったはずだか気にせず、街の半分を破壊しても何も感じない。
どうでもいい。
コイツさえ手に入れば、それでいい。

どれくらい時間が経ったか判らないが、抱いていた躰がぐったりと動かなくなって、やっとオレは中から抜け出す。
これからはずっと一緒だと笑みを浮かべていると、半壊の家に押し入ってくる複数の足音。
荒々しく入ってきた奴らが、驚愕と恐怖の混じった声で馴れ馴れしくオレ達の名前を叫ぶ。
ウザイくて睨み付けて黙らせた。
奴らを始末してもよかったが、二人っきりを邪魔されたくないのでひとまずこの場から飛び立とうとしたが……。
「!?」
アイツを抱えていた手に痛みが走り視線を向けると、折れていない手で掴んだ尖った瓦礫をオレの手に突き立て、
力の限り引き下ろすアイツの姿があった。
なぜ意識を取り戻してる?
どうしてこの期に及んで逆らうのか?
驚きと僅かな痛みで力の抜けたオレの腕から、アイツはするりと抜けて床に倒れた。
立つことも動くこともできないのに、アイツは真っ直ぐオレを睨み付ける。
オレの真っ黒な眼と違い、昏い炎が燃えるアイツの眼を見て、背筋がゾクゾクと震えた。
これだけの事が起こっても、コイツの心は折れていない。
オレの所有物になるのを拒み、敵に回る決意をした目だ。
オレは、じわじわと込み上げる笑いを堪えることが出来なかった。
生か死か、最後の一線をコイツと争える。
その狂喜に打ち震えながら、オレは高らかに笑いその場を後にした。

50829-769 酔っ払い×車掌1/3:2014/11/05(水) 01:52:12 ID:bBuC1whg
嘔吐描写注意




「お客さん、お客さん」
ゆさ、ゆさ、ゆさ。身体を揺すられているのが分かる。数瞬前までとは明らかに違う揺れ。レールの鳴る音は止まっていた。
「お客さん、お客さーん」
薄目を開ける。まぶたが重い。
「・・・う」
体を起こすと視界が揺れた。喉の奥に何かがこみ上げる。酸っぱいような、苦いようなこの臭い。やばい。
「ううっ・・・え・・・」
前かがみになった俺の口元に、白いビニールがあてがわれた。
「はい、大丈夫ですよー。吐いていいですよー」
ドサドサとビニールの鳴る音に重なる声。背中をさすってくれている手の持ち主だろう。淡々とした口調はどこかで聞き覚えがある気がした。
「・・・あの」
「はい」
「まえに・・・ぅええっ」
話しかけようとしたが、その前に二度目の波が来た。たった三文字喋っただけで、情けなくビニールに顔を突っ込みなおす。
「はい、そうですよー」
それでも言いたいことは伝わったらしかった。
「覚えててもらって光栄です、なんちゃって。半年ぶりくらいですかねー」
「・・・」
「今回も飲み会ですか? お酒弱いのに大変ですねー。っていうのは余計なお世話ですかね」
「・・・」
「あ、無理して顔あげないでいいです。楽な格好でいてください」
背中をさする手は休めずに、気を紛らすように彼は喋り続けてくれる。抑揚の少ない声が心地よかった。強張った肩から力が抜ける。
「事務室来ます? 何か飲みたいでしょ」
優しい声に、俺は妙にゆったりした気分でうなずいていた。

50929-769 酔っ払い×車掌2/3:2014/11/05(水) 01:53:57 ID:bBuC1whg
「やー、なんか嬉しいです」
事務室のソファに寝そべりながら、俺は彼の尻を見ていた。
別にいやらしい意味ではない。くたびれたソファに一番楽な格好で寝ると、目線がそこに合ってしまうのだ。
「・・・なにが」
「覚えててもらえて。制服着てると、なかなか顔覚えててもらえないんですよねー。月イチぐらいで介抱してても、未だに殴り掛かってくる方とかいらっしゃいますし」
あはは、と笑いながら、彼はお茶を入れてくれているらしい。こぽこぽと注がれるお湯の音がする。うっすらと緑茶の香りも。
「覚えててもらえると、変な言い方になりますけど、こっちも助け甲斐があるっていうか。・・・どうぞ。あ、起きられます?」
彼に支えてもらいながらのそのそと起き上がり、緑茶をすする。じんわりと、熱がお腹にしみる。霧の詰まったような頭に、僅かに考える隙間が戻ってきた。
「すっきりしました?」
「・・・ん」
「じゃあよかった。しばらくいてくださって大丈夫ですから」
ゆっくりしていってくださいね。そう言って笑う彼にうなずきながら、自分がいつの間にかタメ口を聞いていることに気付く。
「なんか、すいません・・・」
「いいですよ、全然。どっちにしろ一人だし、もうそろそろ仕事も片付きますし」
口を動かしながら、彼はごみ箱からビニール袋を引っ張り出す。ぱんぱんの透明な袋の口を手際よく結ぶ。一番上に俺が戻したばかりのビニールが見えた。
「あ、楽な格好でいいですよ。もう一回横になってくださっても」
言葉に押されるように横になる。また彼の尻に目が行った。
「帰れます? って言っても多分無理ですよね」
「え」
「や、前回もお客さん、そうだったから」
「・・・あー」
「あ、名前知ってるのに、お客さんって呼ぶのも変ですね」
佐々野さん。
その音で、彼の名前を思い出した。酒でぼうっとしていた脳の奥からいきなり掘り出されたように、彼の名前が口をつく。
「どうも・・・たじまくん」

51029-769 酔っ払い×車掌3/3:2014/11/05(水) 01:54:56 ID:bBuC1whg
覚えていない方が無理だ。半年前の出来事は、未だに生々しく思い出せる。
「前に比べれば、酔い方ちょっとはましですね」
「よってるはよってんだけど」
「でもまあ、お話しできるじゃないですか」
「まえって、そんなひどかったか」
酷かったよな。彼に言われる前に、自分の頭の中で答えは出ていた。
――お客さ、あ、ん・・・っ!
背中側から支えられながら、口をゆすいでもらった。後ろから抱かれるような体制に、酔っぱらった俺は変に興奮して、俺にもさせろと喚いたのだ。もちろん、ゆすがせる方を。
――ぐっ、げほ、ぅええっ・・・。
無理矢理ふくませた水にえづく彼を鏡越しに見ながら、俺は彼の尻に股間をこすりつけていた。
今思い出しても最低だったと思う。史上最低の酔い方だ。
「びっくりしました」
やんわりとした彼の言い方からは、あの日の面影は感じられない。拍子抜けしてしまうほど。
「それだけか」
「はい」
本当に彼だったんだろうか。はっきりした記憶を、今更疑いたくなった。えづいたせいか、俺のものを擦りつけられてか、涙目になっていたあの日の彼は、本当に
「僕自身、自分のことに初めて気がつきましたし」
・・・ちょっと待て。
「ある意味佐々野さんのおかげかもしれないですよー」
嘘だろ。頭の中で呟く。嘘だ、嘘だ。そんな都合のいいことがあってたまるか。
「僕、そっちでもたつみたいでした。あと、ああいうことでも」
あの日『目覚めた』のは俺一人ではなかったなんて。
「・・・へえ」
そして今、俺と彼が二人きりだなんて。

51129-939 後朝:2014/12/11(木) 23:26:43 ID:C9p8KGTU
間に合わなかったのでこっちに


「…ん、…もう、行くんですか」
布団の中の先輩の感触が消えていることに気付いて目が覚める。
まだ外が暗いうちから起き出して身支度をする先輩の背中に声を掛けた。
「ああ、いったん部屋に帰って準備する」
つられて起きだそうとする僕を、先輩は手で制した。
「今日も仕事だろ、まだ寝てろ。俺は飛行機の中で寝るからいいけど」
肌着を着た先輩が、自分のYシャツを探し当てて羽織り、ボタンを留めはじめた。

先輩は今日から二週間の予定でアメリカへ出張する。飛行機は早朝の便だ。
そんな前夜に、とは思ったが、独身寮の部屋に二人でいると抑えが利かなくなってしまった。
先輩は少し呆れた顔をしながらも、結局は僕の求めに応じてくれた。

靴下とスーツのズボンを穿いた先輩は、手探りでネクタイを探しているようだ。
「あ…」
やっと先輩が手に取ったネクタイは、僕のものだった。色味が似ていたから間違えたんだろう。
「…何だよ」
「いや、…何でもないですよ」
先輩は間違いに気付かないまま、僕のネクタイを締める。
一階上の部屋に帰るだけなんだから何もネクタイまで、と思うけれど、几帳面な先輩らしい。
ハンガーに掛けてあったジャケットを着て鞄を手にした先輩が、
ベッドに座る僕を部屋の入口から振り返って言った。
「それじゃあ、行ってくる」
「…行ってらっしゃい」

先輩は手持ちのネクタイを全部持っていくと言っていたから、きっと僕のを身に付ける日もある。
見送りに行けない分、ネクタイ一本交換するくらいは許してもらいたい。
(先輩が空港に行く前に、気付きませんように)
残された先輩のネクタイを弄んだ。今日はこれを締めて会社に行くことにしよう。

51230-219 一番ほしいもの:2015/02/16(月) 01:36:39 ID:TbbyrK/U
「吉野が今一番ほしいものって何?」

中川にそう聞かれて、うーん、そうだなあ…としばらく考えるふりをしたけれど、
そんなのは考えるまでもない。
俺が一番ほしいものは決まってる。
もうずっと前からほしかったもの。

それを俺にくれることができるのはお前だけだけど、
お前に言うつもりはない。
だって、お前が困ったような顔で「ごめん、それは無理」っていうのなんて
聞きたくないもの。
だから、お前には絶対に言わない。

言わないつもりだったのに…。
 
何?と心から知りたそうに俺を見る中川と目が合うと、
そのまま視線が外せなくなった。
まるで何かの呪文にかかったように、口が開く。
自分の意思に反して唇が動いて、言葉が紡がれる。

「中川」
「え?」
「俺が一番ほしいものは、中川、お前なんだ」

言った瞬間に後悔した。
驚いたように目を見開いた中川がゆっくりと顔を背けるのを見て
心臓が凍りついた。

こわばった頬を無理矢理動かしてぎこちない笑みを作る。
ごめん、今のは冗談だ、と言おうとしたら、中川の小さな声が聞こえた。

「それ、もうとっくに吉野のものだから」

驚いて目を向けると、横を向いたままの中川の頬が赤く染まっていた。


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