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都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……代理投下スレ

499死を従えし少女 寄り道「焦りは禁物」 ◆12zUSOBYLQ:2016/10/09(日) 22:29:44 ID:jzBUuuJg
 観客席にて。
「藍はどう思う?」
「あの溶けるような崩れかた…『コーラは骨を溶かす』を拡大解釈してるのかも」
 澪は頷きつつ、思索を巡らせる。
「溶ける…崩れる…もしかして」
「何か考えがあるの」
「あるじゃない、他にも人体が溶ける都市伝説」
「…あ!」
 緑は話についていけず不満げだ。
「話が見えない。お前ら何が言いたいんだ」
「藍、せーので言うわよ」
「早く言え」

『人肉シチュー』

 観客席の憶測はさておいて、キラは頭上に降りかかる溶け崩れた家屋の対処を急いだ。
(これだけの建物を全部凍らせるヒマはない。それなら…)
 頭上に力を集中し、降りかかる建物を凍らせる。
「行けっ!」
 そのまま左右と足下に張り巡らせた氷をアンナの方まで延ばしてゆく。
 分厚い、氷のトンネルが出来た。
「たあああああっ!!」
 氷の上を滑りながら手元に氷を生み出す。先の尖った細い棒。氷の槍だ。
 ひゅんと投げると、アンナはなんと言うことのないようにひらりとかわす。
「かかった!」
「!?」
 下半身の違和感に気づいたアンナが視点を下げる。
 …下半身が全て、分厚い氷に覆われている。氷の槍は、下半身を凍らせる間、注意を逸らせる罠だったのか。
「これっくらいなら、直ぐには溶かせないでしょー!」
 キラは拳を氷で固め、アンナに向かって振りかぶる。
「アイス・ナックルパーンチ!」


「この勝負、同士浅葱はどうみるの?」
「互いの能力を喰い合っているうちは互角、だとおもう」
「同士桃の攻撃範囲は、どれくらい?」
「一応、視認できる範囲全て。吹雪はもう少し広範囲に出せるけど。それより…」
「それより?」
「戦況が膠着状態になって、決着を急ぐと、キラが危なくなる」
 キラはせっかちだしね、と澪は苦笑いして、拳をアンナに振り下ろそうとするキラに、真剣な眼差しを注いだ。



続く

500続々・溶け融ける  ◆nBXmJajMvU:2016/10/10(月) 22:22:35 ID:S9i7Ko.s
 建物を溶かし崩すような大技を使った
 その時点で、「あぁ、焦れてきたんだな」と遥は判断していた
 なにせ、自分の姉である。ある程度考え方はわかる

(……と、なると。こりゃ「奥の手」使うかもしれないな)

 「奥の手」はいくつか持っているはず
 そのうちの一つは確実に使うだろうな、と

 その遥の予想は、すぐに当たる事となる


 振りかぶられた拳を、アンナは確かに見ていた
 下半身の分厚い氷を溶かすには間に合わないはずだった

 そう、「氷を溶かす」のは、間に合わない

「…………え?」

 ぐちゃっ、と
 キラの目の前で、アンナの体が「溶け崩れた」
 すかり、キラの拳は空を切る

「どこに……!?」

 分厚い氷での中には下半身すら、残っていない
 慌てて覗き込めば、どうやら地面を「溶かして」地面に逃げ込んだらしい……と、言うよりも

(まさか、「自分の肉体も溶かし崩せた」!?)

 先程からの能力の及ぶ範囲を見るに、視界の範囲内を溶かし崩しているのだろう、と言うのはわかっていた
 なるほど、たしかに自分自身にも視線は届くだろうが………

(……待って。自分を溶かす、なんて無茶をやって………そもそも、「溶け崩れた」状態で視界の届く範囲、ってどれくらい?)

 警戒して辺りを見回す
 どこから、飛び出してくるのか、とそこを警戒し……

 ………ぼごぉっ!!

「っわわ!?」

 キラが立つ位置、その周りをぐるっ、と囲むように、地面が一気に崩れ落ちた
 バランスを崩しそうになり、急いで体勢を立て直す
 そして、その直後………溶け落ちた地面の向こう側から、アンナが飛び出してきた


 少しだけ、遡る
 実況席から試合の様子を見ていた神子は、アンナの体が溶け崩れた瞬間、思わず「うわぁ」と声を上げていた

「慣れないなぁ、アンナのあの「奥の手」」

 自らの肉体に向かって「人肉シチュー」の能力を使い、溶かし崩す
 アンナが使う「奥の手」の一つだ
 溶け崩れた状態でもアンナの意思は残っており、痛みを感じる事もなく、その溶け崩れた状態のまま自由に行動出来る
 若干、視界の広がる範囲が狭くなるのが欠点、とは当人が言っていた言葉だが、溶け崩れた体を広範囲に広げれば、広がった分視界が届く範囲は広がるのだから、半分詐欺だ
 しかも、溶け崩れた状態から元の姿に戻るのは、ほぼ一瞬で完了してしまう
 当人が能力を使いこなす為に努力した結果とはいえ、なかなかに反則気味だろう

(ただ、流石に長時間溶け崩れた状態ではいられない、とも言ってたのよね。となると………)
「……こりゃ、アンナさん本気になってきたな」

501続々・溶け融ける  ◆nBXmJajMvU:2016/10/10(月) 22:23:15 ID:S9i7Ko.s

 神子の思考を知ってか知らずか、そう口に出した直斗
 そう、先程までも決して手加減していた、と言う訳ではないのだが、本気でもなかった
 しかし、あの奥の手を使った以上、本気と見ていいだろう

「そうなりますと、そろそろ………」

 次にアンナが使う、今まで使っていた能力
 「人肉シチュー」の応用で発動可能なその能力を使うだろうと、龍哉が口に出しかけたのと
 アンナが、それを使いだしたのは、ほぼ同時だった


 繰り出された蹴りを、キラは分厚い氷を作り出す事で不正だ
 しかし……

(攻撃が、さっきまでよりも重たい!?)

 それだけ、ではない

「早………」
「遅いっ!!」

 っひゅっひゅっひゅ、と連続して繰り出される蹴撃
 早い
 一撃一撃のスピードも、上がっているのだ

「まさか、身体能力が上がって…………熱!?」

 攻撃を避けながら、気づく
 自分の、足や腕の部分だけ、「体温が上がってきている」と

 ……一定ラインよりも体温をあげられたら、溶かされる!!

 ひゅうっ、と自分の足と腕を氷で覆い、体温を下げる
 が、相手は能力を発動し続けているのだ
 遅かれ早かれ、溶かされる可能性はある

「なら、一気に……」
「……決める!!」

 相手も、考える事は一緒だったのか
 アンナのスピードが、さらにあがった

 半ば残像すら残しながら、一気にキラの懐へと潜り込んで

「ーーーーーーっ!!??」

 重たい一撃
 いや、一撃ではない。連撃を浴びたのだと理解したのと
 キラの意識がぶつりっ、と途絶えたのは、ほぼ同時だった


「ーーーーっふぅ」

 きゅう、と気絶したキラを見下ろし、アンナは息を吐き出した
 「人肉シチュー」の能力を自分に使用し、「意図的に体温をあげる」事によって、「熱量エネルギーを身体能力へと変換させる」
 ……父親である日景 翼が、「日焼けマシンで人間ステーキ」の能力を自分自身に使う事によってやっていることと同じ事を、アンナもまた出来た
 ただ、父親とは違いかなり最新の注意を使いながらでなければ間違って自身の肉体を溶かし崩してしまうため、精神力の消耗が激しい
 使いだしたからには、一気に勝負を決めるしかなかったのだ

「…に、しても。自分を「溶かし崩す」のも、「溶かし崩さない程度に体温を上げて身体能力をあげる」のも、使わないつもりだったのに」

 使わなければ勝てなかった
 つまり、自分はまだまだ、と言うことである

 もっと、鍛錬が必要である
 アンナはそう、自覚したのだった




to be … ?

502戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/11(火) 01:07:22 ID:mbRrA322
 キラとアンナの戦いの決着がつき、(主にアンナが)戦闘部隊を派手に壊したので修復と言うか次の試合までの準備というその時間
 慶次はフリー契約者の情報をタブレットPCで確認していた
 郁が望逹に渡した物と同じ情報だ
 普段。CNoが管理している情報をここまで自由に見る機会は慶次にはないため、これを機会に試合の合間合間に読み込んでいた

「……「人間にも発情期が存在する」の契約者は、流石に来てねぇか」
「そのようだね。まぁ、いくらでも悪用できる都市伝説と契約しながらも、それを悪用せずに何年も過ごしている人物だ。どこの組織にも加わっていないようだし、今後もそのつもりであるなら、こういう目立つ場には現れないだろうね」

 何人か、契約都市伝説の関係や当人の人間性から「要注意」となっている者を主に確認し、この会場に来ているかどうか探してみる
 今のところ、その手の人物で目立っていたのは「九十九屋 九十九」くらいだろうか
 他も、ちらちらと姿は見かけたが試合にはまだ参加していなかったり、そもそも参加する気がなさそうな者のようであった

「………っと、どうやら、次の試合のようだよ」
「ん?あぁ、そうか………って」

 ちょっと待て
 モニターに映し出される会場の、その中央に立つ人物の姿に、慶次はそのツッコミの言葉を叫びそうになったのを、すんでのところで、押さえ込む事に成功した


「……それでは、次の試合は特別試合。スペシャルマッチとなります!」

 実況席にてそのように言いつつ、「大丈夫なのかなぁ」ともちょっぴり思う神子
 そう、スペシャルマッチ、である
 それも、1対多数の
 モニター越しに映る会場のど真ん中に、全身「白」と言い表したくなるような男の姿があった

「「組織」X-No,0事ザン・ザヴィアー!本来なら色々仕事でこういう場に参加できないはずなのですが、明日で日本に滞在していられる時間が切れるとの事で……」
「日本で発生中の仕事に手を付けると半端になるから、と言う理由で仕事に手を付ける訳にはいかない、と」

 「マリー・セレスト号」と「さまよえるオランダ人」の多重契約をしてしまい飲み込まれたザン
 能力は強大であるが、欠点として「さまよえるオランダ人」の特性により、一つの場所に長い間とどまる事ができないのだ
 今回も「狐」の件やら「怪奇同盟」の盟主暴走の件やら、本来上位Noも仕事は山積みであるはずなのだが、そちらの仕事をさせてもらえないための、今回の試合への特別参加だ
 ……もっとも、ザンにとっても、これに参加することである程度情報を集めようという意図があるのかもしれないが

「えー、流石に「組織」上位Noとなると、ヘタな人とぶつかっても瞬殺が予想されます。よって、今回は特別ルールとして、ザン・ザヴィアーと他多数の契約者との1対多数の戦いとさせていただきます」
「ザンさんの勝利条件は、参加者全員を気絶、もしくはギブアップさせる事。他の参加者の方々は、誰か一人でもザンさんに一撃を加えられた時点で勝利となります」

 他にも、ザンは一部の能力に関しては使用しない、などの制限がある
 制限があってちょうどいいくらいなのだ、あの「組織)上位Noは
 一時期「組織」を離れていたあの男が「組織」に戻った事は、「組織」にとって大きな利益である事だろう

「…………では、説明終わり!試合開始!!」

 神子が試合開始を宣言すると同時
 ザンの周辺の空間がぐにゃり、歪んで

「あっ」
「おー、さっそくやったな」

 ザンの周辺に出現した大量の海水と巨大な烏賊の姿に、直斗は感心したような声を上げた


 ビルが立ち並ぶオフィス街のような戦闘フィールド。その地面を海水で満たしていく
 もしかしたら溺れた奴がいるかもしれないが、多分大丈夫だろう。死にはしない

 己の周辺にはクラーケンを出現させ、ザンは海水の上に立ちながら辺りを見回す
 自分以外は全員倒せばいい。なんともシンプルな事だ

「さぁて、どこから来る?」

 遠距離からの狙撃か、それとも正面から来るか
 警戒していると……近づいてくる、気配
 水中から迫るそれに気づくと同時、ザンはクラーケンの足へと飛び乗って、高く跳ぶ
 その瞬間、一瞬前までザンの立っていた位置をがぶりっ、と
 巨大な生物の牙が、空振った


「…………でっか!?」

 ザンへと襲いかかった巨大生物を見て、思わずそう口にした神子
 龍哉は、モニターをじっと見つめて首を傾げる

503戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/11(火) 01:08:07 ID:mbRrA322
「ずいぶんと、大きな鮫ですね。どのような都市伝説でしょうか?」
「……「メガロドン」辺りじゃね?UMA系の。確か、それと契約してるフリー契約者の情報あったよな」

 直斗がそう口にすると、えっと、と神子はタブレットPCで「組織」から渡されたフリー契約者の情報を見る
 そうすると、たしかに、いた
 「メガロドン」との契約者が

 メガロドン自体は、約1,800万年前から約150万年前にかけて実在したとされる巨大鮫である
 その歯の化石は、日本においてはしばらく「天狗の爪」とも呼ばれていたと言う
 一時期は最大個体の全長は40メートルはあるだろうとも言われていたが、流石に否定されており、推定値で約13メートルや20メートルと言われている

 ……が、今現在、ザンへと飛びかかり、再び水中へと潜った巨大鮫の姿は、全長40メーTPル程であった
 メガロドンは今現在も生存している、と言う生存説としての都市伝説のメガロドンなのだろう
 契約者本体とは別にメガロドンが出現するタイプなのか、契約者自身がメガロドンに変化するタイプなのかは、わからないが………前者であった場合、契約者は海水に飲み込まれずに無事だと言うことだろうか

「しかし、巨大クラーケンと巨大鮫の対決………」
「前にみんなで見た、鮫映画を思い出します」
「うん、ちょっと思い出すけど、流石にあれはハリケーンと一緒に飛んできたり………は………」

 …モニターに、ちょっぴり信じられないものが、映る

「おー、すげぇな。メガロドンってビルを泳ぐのか」
「泳ぐわけないでしょ!?いや、たった今、泳いでるけど!?」

 そう、そうなのだ
 メガロドンが、ビルの側面を「泳いでいる」。まるで、ビルの側面を「海面」として認識しているかのように

 某国において、何故か鮫系パニック映画は人気があるのかB級C級Z級と低予算っぽい鮫映画は覆い
 その中で、「鮫がこんなとこ泳ぐ訳ねぇだろ!?っつか、こんなところに鮫でるか!?」と言うのがあったりなかったりするが………それの影響でも受けたのだろうか

 とにかく、ビルの側面を泳いだメガロドンは、そのままビルから飛び出してザンへと襲いかかっている
 ぐるりっ、とクラーケンの足に捕らえられ、みしみしと潰されそうになってはいるが……海面を、すぅー、すぅー、と巨大な鮫の背びれが横切る
 どうやら、メガロドンは複数いるようである

「ちなみに、他の参加者は……?」
「あ、溺れている人を回収している方が」

 モニターの済を、時折ふっ、ふっ、と船の影がよぎっていたのを、龍哉は見逃していなかった
 ボロボロの漁船が、契約者以外の人間も救助している最中らしい

 今のところ、ザンへ攻撃を加えているのはメガロドンだけだが………まだまだ、攻撃参加者は増えそうだ


 海水を出してもらえた事は、彼にとっては幸運だった
 「首塚」所属、「良栄丸事件」の契約者である良永 栄(さかえ)は、自らの契約都市伝説で生み出した漁船でもってザンが大量召喚した海面を進んでいた
 大地も走れるこの漁船だが、流石にスピードが落ちてしまうのだ
 だが、こうして海面であれば本来のSピードで移動出来る
 自身は船の制御に集中し、船とともに召喚した乗組員のミイラにおぼれている他の契約者を回収させていく
 ザンへの攻撃も行いたいが、今は他の契約者の回収が優先である
 自分以外の契約者に、ザンへの有効な攻撃を行える者がいるかもしれないのだから

「……っと、うわ!?」

 が、油断はできないようだ
 ミイラが回収しようとした相手が契約者ではなく、ザンの能力で呼び出された狂える船員で襲い掛かってくる事もある
 慌てて、ミイラ逹に命じて再び海へと突き落としたが、他の回収した契約者も同じように狂える船員に応戦している
 そう簡単には、終わらせてはくれない、と言うことだ



 まるで水没した都市のようになった戦闘フィールド
 そこを舞台に、ただ一人を狙った戦いは、まだ始まったばかりである








to be … ?

50401 兆し:2016/10/11(火) 01:47:45 ID:9o7CJllQ
..読み切り_01


 「駄目だ、足取りはさっぱり」

それが、半ば無理矢理三万円を押し付ける形で依頼した調査に対する回答だった
まあ予想はしてたとはいえ手がかりが何も無いというのは、実際きつい

風が回っている
昼過ぎまでは殺人的な日差しだったのに
夕方から広がり出した暗雲が今や空を覆っている
こりゃ本格的な土砂降りになるだろう

 「だが何もないわけじゃないぜ、かなり匂う話も聞いた」
 「どんな?」
 「『モスマン』だ、しかも群れで目撃されてる」
 「『モスマン』? ただの都市伝説では無い、ってことか?」
 「北区だ、たまに深夜に東区でも見られてる
  少なくとも自然発生した『野良』じゃない、最近だ
  最近になって他の連中も連中を急に見かけるようになったんだ
  しかも『モスマン』だぜ? 誰かが外から持ち込んだって考えるのが自然だろ」

誰かが、持ち込んだ
か、あるいは外から入り込んで来た
確かに時期が時期だ、マークしておいた方がいいだろう

目の前の人面犬は前脚を器用に使って缶の日本茶を啜っている
不意に周囲を見回した
南区は学校町の中でも賑やかな地区だがそれも場所によるらしい
現にこの公園の所在も南区だが人の気配が全く無い

50501 兆し:2016/10/11(火) 01:51:17 ID:9o7CJllQ

 「細々した話は色々聞いたが最有力はこれだな」
 「なんか悪いね」
 「へっ、金を受け取ったからにはな、きっちり仕事はするぜぇ」

人面犬は顔を歪めて笑っている

 「『組織』が動いてるかは知らねーがな、知り合いのとこは『モスマン』と小競り合いになったらしい
  ただ、おおっぴらに人間を襲ったって話は聞かなかったし、向こうも考える頭はあるってことじゃねーの?
  だからっつって、『野良』なら襲ってもいいってことにはならないけどな」
 「今はまだ積極的には動いていない、か」
 「まあそんな所だろ」

仮に、「モスマン」が統制の取れた駒なのだとしたら
今はまだ命令待ちの状態なのかもしれない

 「なあ」
 「うん?」

人面犬はいつの間にかこちらに背を向けていた

 「いざって時は『モスマン』の退治、シクヨロな」
 「俺が?……『組織』に任せた方が良くない?」
 「強いんだろ?契約者さんよぉ」
 「何言いだすんだよおい、勘弁してくれよ」

当初この町に越してきた時は能力をあまり使わない、昔みたいにしないと誓いを立てたもんだ
しかしこうして知り合いが出来て頼まれたりもすると、容易く揺らいでしまう
まあこれもぼんやりと予想してたことではある

50601 兆し:2016/10/11(火) 01:52:59 ID:9o7CJllQ

 「なあ、おっさん」

人面犬の背に呼び掛けた

 「やばい時は逃げてくれよ?」

ハッ、そんな答えが返ってくる

 「こちとら逃げ足だけは他の連中より速えーんだよ」

一体、どう脚を器用に動かせばそんな芸当ができるのか
人面犬のおっさんがさっきまで飲んでた缶が小気味いい音と共に蹴り飛ばされた
放物線を描きながら自販機の隣の缶籠の中に放り込まれる

 「一応まだまだ調べてやるぜ、俺も興味湧いてきたしな」
 「あんま無理すんなよおっさん」
 「ばっきゃろ、ほどほどに無理しとかないと生き物は錆びちまうんだよ」

んじゃな
そう言って人面犬は公園を走り去っていった
空模様は一段とよろしくない雰囲気になってきている
頃合いか、俺もベンチから立ち上がった

50702 誰何:2016/10/11(火) 01:55:33 ID:9o7CJllQ


この町はヒトにあらざるモノを魅き憑けると、そう言われてきた
町の外からナニがやって来たのか、という噂はこの町に棲む闇の住人達の間で囁かれるのが常だった

そしてこれは
嘘か真か、「狐」がやって来たという噂が闇の間を流れ始めた時期のことだ




 「こんにちは、ちょっとすいません」

“学校町”西区、林立する工場の影が落ちる路地で、警察官が制服姿の少女に声を掛けた
着ている制服は町の外部にある私立高校の制服だ
少女は静かに振り向いた

 「こんにちは、帰宅途中ですか?」
 「私に何か御用でしょうか」

警察官の質問に少女も質問で返す
にこやかな顔をした警察官の口元が一瞬ひくついた

 「少しうかがいたい事があるのですが。あ、こちらへどうぞ」  「私に、聞きたいことが、あるのですか?」

時分は夕暮れ
丁度路地の影に黄昏の赤が混じる頃合いだ
笑顔を貼り付けた警察官は路地のひときわ暗い奥へと少女を誘おうとする

 「お巡りさん」

少女は素直に警察官の後に付き従った
彼女の声に警察官は一切答えず振り向きもしない

不意に警察官は立ち止まった

 「こんな路地裏で、私に、何を聞きたいのです、か?」
 「何だと思う?」

少女の問いに、彼は嗤いを押し殺したような声で答える
不意に響く鋭い金属音とほぼ同時に、警察官は少女の方へと振り返った

その手には警棒が握られていた
顔面の微笑みからは最早隠すつもりも無い悪意が滲んでいる

 「いやぁ、こんなにあっさり引っ掛かるなんて、ねッ!」

警察官は今や嘲りと共に、少女の頭部へ警棒を叩き付けようと腕を大きく振りかぶり

50802 誰何:2016/10/11(火) 01:56:48 ID:9o7CJllQ


 「  玉兎、十六式 ―― 『"影" 鳥 "闇" 猿』  」


あっさりと阻止された
“何か”が警察官の動きを邪魔したのだ

 「んなッ!? こッ、これは、グぬわッ!?」

警察官が驚く猶予も与えず、“何か”が彼を地面に叩き伏せる
弾かれた警棒が乾いた音を立てて地に転がった

 「ふふ」

暗がりに響くのは少女の笑い
はっと警察官が少女の方を見ようとした
だが彼の首が動く前に、“何か”が頭を掴んで再度顔面を地面に打ち付けた

 「私に、一体、何の御用ですか? 『偽警官』さん?」

苦悶の声を上げる警察官に少女の声が掛かる
警察官は彼女の顔を見るどころでは無いのだが、少女は笑っているようだった

いきなり警察官の体が引き摺られる
“何か”が警察官を引き摺っているのだ
不自然な挙動で警察官の体が起き上がるとそのままコンクリートの壁に叩き付けられた

 「なっ、なっ、何だ、何なんだっ!? 誰だお前はっ、誰なんだっ!! 契約者か!?」

体中を締め上げられる苦痛に喘ぎながら彼は悲鳴のような問いを発する
前方は先程やって来た路地の方だ。西日の赤が闇を深め始めている
少女の顔は逆光となって覗う事ができないが笑っているのは確かだ

 「私の名前を、聞きたいのです、か?」

彼女の声は穏やかだった
警察官の口から断続的に怯えた声が漏れる
彼女の声を聞いて警察官は恐怖に駆られているようだ

 「ならば、名乗りましょうか
  
  私は、ノクターン
  マジカル★ノクターンと、申します」

50902 誰何:2016/10/11(火) 01:58:14 ID:9o7CJllQ

視界の端を、“何か”が動く
警察官は怖さのあまり眼だけを動かして正体を確かめようとした

 「『偽警官』さん」

少女の声
警察官は悲鳴を上げて、再度少女の顔を見た
その顔は闇と影でよく分からない

 「私も
  あなたに、訊きたいことが、あるのだけれど
  いいかしら?」

警察官は少女の声を無視した
“何か”を振り解こうともがくが拘束からは一向に逃れられない

 「『狐』」

その言葉を聞いた瞬間、警察官の動きが止まった
彼の顔には先程より明確な恐怖の色が現れている

 「御存じ、でしょうか? 最近になって、“学校町”に入り込んで来たらしいのです、が」

警察官は少女の顔を凝視した

 「『偽警官』さん、あなた、ご存じ、ないですか?」
 「知らないッ」

応答は殆ど反射的だった
だがその声色には顔面と同様に明らかな恐怖が滲んでいる

 「嘘は」

少女は一歩、警察官に向かって歩み寄った

 「あなたの、身の為になりませんよ? 『偽警官』さん」

「偽警官」、そう呼ばれた彼の背筋にうすら寒いモノが走る
少女の顔がはっきり見える。この状況に不釣り合いなほどの笑顔だ

目の前の恐怖から逃れようと視線を彷徨わせる
少女の周囲には地面から無数の“何か”が生えていた

今はそれが何なのか、はっきりと見えた

それは細く、周囲の影より暗く、天に向かって伸びていた
その先端はまるで、人間の手のような形状をしている
それこそ「偽警官」の動きを封じた“何か”の正体だ


少女は「偽警官」に対して微笑んでいた

51003 馬鹿者共:2016/10/11(火) 02:02:38 ID:9o7CJllQ



 「ワタシ、キレイ?」



夜道、前方に立ちはだかったのは 真っ赤なコートに口元を大きなマスクで覆った女だった

尋ねられたのはこれまた真っ赤なコートに鍔広の麦わら帽子を被った人物だ
人気のない路地、その中央に立ち止まり、突如現れた女を睨んでいるではないか


 「ワタシ、キレイ?」


再び質問
同時に麦わらの人物が動いた

女との距離を一気に詰めると、不意に――そのマスクを引き千切るようにむしり取ったのだ!
何ということだろう! 女の口は耳元まで裂けているではないか!
この女こそ、かつて一世を風靡した「口裂け女」である!

いきなりの事態に女は固まる
が、麦わらは一気に畳み掛ける!


 「貴様はッ!! 醜いッ!!」


言うが速いか麦わらはコートを肌蹴ると同時に腰に差していた得物を抜刀!
女が動く隙も与えず一気に叩き斬ったのである!
これこそ、俗に言う袈裟斬りである!

 「ええい! 噂には聞いていたが、これ程とは!」

麦わらはそう吐き捨てると、ぐっと帽子の鍔を持ち上げ、振り返った
やや離れた街灯のおぼろげな明かりに照らされたその顔面は真っ赤な包帯によって覆われていた

それだけではない
刀を握る手も、肌蹴たコートから覗く身体も、真っ赤な包帯が幾重にも巻かれているのだ

 「今の御時世で真正面から吹っ掛ける口裂けは久々に見たぜェ! しかし兄者、やはりこの 町は地獄ではないのかァ!?」  「何度も言うがヤッコよ、地獄と極楽は何ら矛盾せんのだ」

麦わらの後方に控える、ヤッコと呼ばれた者もまた顔や手が真っ赤な包帯で覆われている

 「『学校町はケダモノの如く襲い掛かる分別無き魑魅魍魎の巣窟』……、それもまたこの町の一面よ」
 「俺は『地獄の一丁目』とも聞いたぜェ兄者ァ!!」
 「然らばヤッコよ、この町のもう一面を忘れたわけではあるまいな?」

兄者、そう呼ばれた麦わらの男はおもむろに刀を鞘へ納める
やはり人の気配がしない路地に、遠くからの遠吠えが幽かに響いた

 「応よ兄者! 『学校町には人も妖も美女が多い』! まさに桃源郷ォ!」
 「然れば嫁探しを疎かにしてはならぬのは道理だろう
  無論、俺達は団長より受けた命を成し遂げねばならん
  しかし本分には出精するが嫁は探せなかった、では許されんのだ!
  命を成し遂げ、浮世の連れ合いも獲る! こうでなければ『師団』の剣客とは言えん!
  いや! これが出来なくして焉んぞ我が生を知らんや!!」  「おお! 惚れ直したぜ兄者ァ!! 恰好いいぜェ兄者ァ!!」
 「そうだろう、そうだろう
  然れば本分を全うし嫁探しも為し得る、というのが正しき道よ」

今やこの怪しい二人組は何やら威勢の良い話で盛り上がっている

 「いざ征かん! 嫁獲りの道を!」
 「応ォ!!」

光の粒となって滅した口 裂け女には最早目もくれず
彼らは夜道の路地にて決意を新たにするのであるが

この二人組は現在、学校町に潜伏中の身
その正体は、都市伝説集団「朱の匪賊」に属する都市伝説、「トンカラトン」である!

511はないちもんめ:2016/10/11(火) 20:28:09 ID:Gyt1zb0A
医務室にて
「……………咲季さんみたいにいなくなってしまうのは…………嫌だよ」
「居なくなりはしない、その為の力だ」
まぁ…確かに
「親父お袋は愚か姉さんまで失踪してる現状信じろと言うのは酷かもしれんが……俺だって置いてかれる気持ちはよく分かってる積りだ、燐や遥よりは長生きする予定だしなぁ」
だから泣くなと、年上の幼馴染の頭を撫でてため息をつく。
しかしさっきの試合、買ったと思ったが負けた。
いや、何となく美亜が最後に撃った能力のタネはわかってるので最初から焼き殺すつもりで行けば勝ててた可能性は高い。
反省点は多い。

『……それでは、次の試合は特別試合。スペシャルマッチとなります!』
「スペシャルマッチ?」
医務室のモニターから聞こえてくる声に思わず首を傾げる。
見れば隣のベッドで先生とやらが作った服に袖を通してる美亜も同じ様子だ。

『「組織」X-No,0事ザン・ザヴィアー!本来なら色々仕事でこういう場に参加できないはずなのですが、明日で日本に滞在していられる時間が切れるとの事で……』
「「……………」」
『えー、流石に「組織」上位Noとなると、ヘタな人とぶつかっても瞬殺が予想されます。よって、今回は特別ルールとして、ザン・ザヴィアーと他多数の契約者との1対多数の戦いとさせていただきます』
「燐スマン」
「先生、この服もらって行きますね」
「「ちょっとX-No.0ボコってくる!」」
「ダメー!?」
「組織の上位ナンバー相手に戦うチャンスなんだよ!?」
「美亜さん、アンタご両親にバレてヤバイってさっき言ってたじゃないか」
「お小言確定してるなら後どんだけ暴れても関係ないよね!?」
「俺はさっきの反省点を見直したいからだな」
「まなはさっきあんだけ無茶したんだから絶対安静!!」
ギャーギャー言い合いしてる間にも試合は進んでいき…場面が少し動いた。

『さぁ、いぜん勢いを増すクラーケンvsメガロドンのB級クリーチャー対決!まるでアルバトロスの映画だ!?』
『鮫映画に鮫が出てくるだけでも評価できるな……お?』
実況席から上がる疑問の声。
モニターに映るは宙に浮かぶ無数の刃物がクラーケンの足をメッタ刺しにする光景。

「……………」
医務室の全ての視線が美亜に突き刺さる。
「い、いや…私じゃないよ?」
「て、なると誰が………」


クラーケンの足の上で戦場を見渡していたザンの目がそれをとらえた。
クラーケンの足をメッタ刺しにした刃物の群れ。
それは正確には刃物では無く…
「刃物を握った腕?」
こんな事をする存在に少しだけ心当たりがある。
刃物が飛んできた方へ目をやる。
やはりいた。

宙に浮かぶ無数のメイド姿のマネキン人形の群れ。
それぞれが手に大型の刃物や鈍器、あるいは盾を装備している。
人材不足を解消する為に投入された都市伝説によって稼働する自律駆動型のマネキン人形。
K-No.の黒服達。
そして、それらを統括し操る存在がいるとすれば………いた。

「加減が効かないかごめかごめと刃物は縁を切るは使用禁止、となると今回は私しか使えないわよ?」
「それで十分…なんて言える相手じゃないが手数は足りてる、暴れるにはちょうどいい」
「実戦からかなり離れてるけど勘鈍ってない?」
「ならここで取り戻すさ」
「OK、行くわよ契約者」
「あぁ、行くぞ希」
組織の幹部、No.0の1人にして唯一の人間。

「K-No.0」
「腕試しです、付き合ってもらいますよ…X-No.0」

影守蔵人が参戦した。

続く?

512単発ネタ:2016/10/12(水) 22:39:10 ID:DXTy7baI
信じられることで都市伝説は実体化し、力を持つ。
信じる者のいなくなった都市伝説は、力を失い、消えていく。
自分を都市伝説などという矮小なものだと思ったことはないが、
残念なことに、信じる者がいなくなれば消えてしまうのは私も同じであった。
しかし、当時の私は、自分が消える日が来るなど露ほども思っていなかった。
私たちを認識できる人間はごく僅かであったが、
それでも地平の果て、あの国の全ての者が、私たちを信じていた。
私の主は冥界を治め、私はその敵を打ち滅ぼす。
永遠に続くと思っていた。
信仰が失われたのはいつの日か?
忌々しい唯一神か?王国の滅亡か?
今となっては分からない。
消えゆく力、薄れゆく意識。
最後の日はいつだったか……

消える日が来るとは思っていなかったが、
再び力を持つ日が来るなどと、誰が思おう。
気が付けば私の故郷より遙か遠くの地。
想像もつかぬ幾夜を超えて、私は目を覚ました。
「こっちむいてー!」
最初こそ戸惑ったものだが、しばらくこの世で過ごしてみて理解した。
「一緒に写真、良いですかー?」
やはり、私は信仰を失っている。
だが、この人気だ。この人気が、私に力を与えている。
「よくできてんなー……」
ならば、私のやるべきことは一つだ。
さらに人気を集める。
いづれはソレを信仰に昇華してもいいが、
ともあれ、今は人気だ。大人気だ。大ブームを引き起すのだ。
「スゲェ!目が光ってる!」
それが私の力となる。
いつの日か私が全盛期へと近づいたなら、主や友に相見える日も来るかもしれない。
「はーい、それではみなさーん、集まってくださーい」
ただ、不思議なことがある。
以前の私は不可視の存在だったはずなのだが、この白い布のような姿は何だ?
「それじゃー、集合写真撮りますねー」

――――――
――――
――

組織某所
「大変です!」
「なんだ、どうした?」
「ゆるキャラグランプリに、メジェドが……!!」



513治療室にて  ◆nBXmJajMvU:2016/10/12(水) 23:10:14 ID:rfZkYn3Y
「…K-No,0まで出ているとなると、やっぱり参加し」
「駄目ーーーっ!?まなっちはまだ絶対安静ーっ!!」

 引き続き、ザン相手のスペシャルマッチに参加しようとする愛人を引き止める憐
 愛人の様子にちょっとは精神的な余裕が出てきたのか、喋り方が3年前からのものに戻りつつある

「…つーか、先生!先生もっとちゃんと止めて!今、この現場で一番医療知識しっかりしてる人!!」
「うむ、まぁ止めてもあまり効果がない予感しかないのであるが。とりあえず、そこな少年」
「何だ?」

 何やら、また新たに布を手にしている「先生」に声をかけられ、とりあえずそちらを見る愛人
 にこり、と「先生」は特に怒っている様子もなく笑ったままで、こう告げる

「先ほどまで、私があちらのお嬢さんの服を優先して作っていたのでうっかり忘れがちであると思うが、今の君は全裸だ。流石に医務室出るのやめよう?」

 そう、そうなのだ
 「先生」が女性優先だと言わんばかりに服がボロボロになった美亜の服の作成を優先していた為見落としがちかもしれないが、愛人は今現在全裸なのだ
 あの戦闘の結果全裸になって、そのままだったとのである

 この姿のまま、バトルフィールドに向かうというのは、大変と問題がある

「…シーツまとえば」
「チラリズム満載になるねぇ。どちらにせよやめようか」

 ちらり、愛人が憐を見れば、「絶対安静じゃないと駄目」とでも言わんばかりの表情
 ちらり、今度は灰人を見れば、「いいからおとなしくしておけ」と言わんばかりの表情

 ………総合して考えた、結果

「構わない、行く」
「駄目ーーーーっ!!」

 がっし!!
 それでも行こうとした愛人を、憐が全力で止めた

「憐、あのな。戦闘中は服が破けようが全裸になろうが、そんな事を気にしているようじゃ勝てる勝負にも勝てなくなるんであって……」
「それは戦闘中や緊急事態の話であって、今のお前は戦闘中じゃないし、あの戦闘はお前がどうしても参加しなきゃいけないような緊急性のあるものじゃない」

 憐に対して喋っていた愛人だったが、そこに灰人が容赦なくツッコミを入れた
 っち、と愛人はこっそり舌打ちする

「とりあえず、憐。離せ」
「離したら、まなっち、即戦いに向かうでしょ?」
「あぁ」

 ごがっ

「〜〜〜〜っ!?」
「清々しいまでに即答しない」
「あ。アンナさん」

 いつの間に、治療室に来ていたのだろうか
 アンナがごんっ、と愛人にげんこつ喰らわせ、強制的におとなしくさせた
 瞬間的に身体能力を強化して、強めにげんこつしたらしい。じんじんと痛むのか、愛人が頭を抑えている

「先生、大丈夫とは思うんだけど、ちょっと診察してくれるかな?遥が「念の為診てもらって来い」ってうるさくて」
「うむ。来なかったら我が助手に呼んでこさせようと思っていたからちょうど良かった。肉体を溶かし崩して戻す、と言うことをやったのだからね」

 憐が撒き散らしてしまった治癒の力がこもった羽毛を半分避けつつ、椅子を引っ張り出してくる先生
 取り出していた布地を、一旦端に置いた
 ……愛人の服の替えをなんとかするのは、またもや後回しになったらしい

「ほら、まなっちー。そもそも、冷静に考えたらもう選手受付終わってると思うから参加無理っすー。ここで大人しく見てるしか無いと思うっす」
「っく……なんという事だ………!」

 がっくりと、愛人がうなだれている間にも、モニターには試合の様子が映し出され続けている


 ………また、少し、戦況が動き出そうとしていた

514続・戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/12(水) 23:13:50 ID:rfZkYn3Y



 無数のマネキン人形の群れを見て、さて、とザンは思案する
 普段と違い、今回は試合であり、自分は一部の能力を使用しない、と言うことになっているのだ
 どう片付けたらいいものか………と、言うより

「影守、希。お前ら仕事はどうした」

 そう、仕事
 希が操るキューピー人形逹はこの試合の撮影を続けているはず……であるし、観客の誘導も、あのメイド姿のマネキン逹が動いているはずである
 医療班……は、問題ないのだろう。そもそも、あの「先生」が本気で仕事をするのなら、一人でも十分なのだし、本気で仕事をするのなら

「私の制御下ではあるけれど、殆ど自立行動させてるから大丈夫よ」
「この試合に参加した程度で、それらの制御が外れる訳でもないからな」
「なるほど」

 ……ただ、これは仕事があるからと今回の戦技披露会に参加できない天地が悔しがりそうではある
 後で教えておいてやろう

「だが、クラーケンを攻撃しているだけじゃあ、俺には届かないぞ?「クラーケンの足を落とせばいい」と思っているわけでもないだろう?」

 確かにクラーケンの足は滅多刺しにされている
 されてはいるが、この程度でどうにかなるクラーケンではない……と、言うよりも、それ以前に
 ザンが召喚できるクラーケンは一体ではない
 ざばぁあああっ、ともう一体。今度はタコ型のクラーケンが出現した
 それに、ザンの能力はクラーケンを呼び出す事だけではなく………

「撃ち方用意っ!!」

 と、その時
 突如として、少女の声が響き渡った
 その直後

「ーーーーー撃てぇっ!!!」

 そのような号令と共に
 大砲の発射音が、連続して響き渡った


「なんかすごい事になったーっ!?ザンに向かって、大砲が連続発射されてる!?って言うか、大砲ってここまで連射できたっけ!?それと何、あの海賊船!!??」

 思わず一気にツッコミする神子
 モニターに映し出されているのは、巨大な海賊船
 それが海賊船であるとわかるのは、その大きな帆は黒く、中央にドクロマークが描かれていたからだ

「……黒髭辺りじゃないか?海賊の。あの船、大砲40門近くあるだろ?「クイーン・アンズ・リベンジ」……アン女王の復讐号だと思うんだが」
「よく見てるわね、直斗。それと、よくそれで黒髭だってわかるわね」

 海賊黒髭
 それは、都市伝説ではない……が、伝説的な海賊と呼んで良い存在である
 大航海時代が終わった直後の海賊時代、その時代に生まれ落ち、大暴れした大海賊………エドワード・ティーチこと黒髭
 一般の船人だけではなく他の海賊逹からも恐れられたと言うその男は、ところどころに導火線が編み込まれた豊かに蓄えられた黒い髭が特徴であり、爛々と光る目は地獄の女神そのものである、とも言われた
 深からすらアクマの化身と恐れられたその男はカリブ海を支配下に置き、避け、女、暴力に溺れ場くださいな財産を手に入れた
 世界でもっとも有名な大海賊であり、海賊としてのイメージを決定づけた大悪党である

 今、ザンに向かって大砲を撃ちまくっているその巨大な船は、その黒髭が使っていたと言う海賊船「クイーン・アンズ・リベンジ」………日本語で言うところのアン女王の復讐号のようだ
 40門もの大砲から、絶え間なく、連続してザンを攻撃し続けているが……

 だが、その猛撃はザンには届いていない
 ザンとその海賊船との間に、巨大な闇が生み出され、それが大砲の攻撃を全て飲みこんでしまっているからだ
 まるでブラックホールのようなその闇は、ザンが「マリー・セレスト号」の神隠し説の応用で生み出したものである
 その闇はザンと影守との間にも生み出され、マネキンの接近を防ぎ始めた

「あぁ、あの能力は使用可能だったのか」
「防御に使うのはオッケー。攻撃に使ったら問答無用で相手死にかねないから駄目だけど」
「なるほど、通りで「メガロドン」相手は使ってない訳だ」

 神子の説明に、直斗は納得したような声を上げた
 あの闇に飲み込まれると、その部分は容赦なく消滅させられてしまう
 生きた人間に使うと、高確率で一撃必殺になりかねないのだ
 死亡者を出す訳にはいかないので、攻撃には使えない

 ………だから、ザンを攻撃し続ける「メガロドン」に対して使えないのだ
 複数出現しているメガロドンであるが、その中のどれかが、契約者が変化した姿である可能性を否定できない
 故に、メガロドン相手には使えない
 ザンは「メガロドン」の攻撃を、ずっとクラーケンによって防ぎ続けている

515続・戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/12(水) 23:15:07 ID:rfZkYn3Y
「ただ、あれだけ闇の範囲が広いとモニター越しだとちょっと状況わかりにくくなっちゃってるわね」
「ですね。それに、闇の範囲が広すぎて、狙撃が難しくなったようです」
「そうねー………って、龍哉待って。狙撃って何」
「試合開始してすぐの頃から、ザンさん、ずっと狙撃され続けていましたよ。さりげなく、クラーケンの足で防いでいましてけれど」
「え、マジ?」

 はい、と神子に対して龍哉は頷いて見せた
 オフィス街のような戦闘舞台、その立ち並ぶビルのどこかに狙撃手が潜んでおり、ザンを攻撃し続けていたらしい
 最も、さり気なく防がれ続けている為、あまり効果はないようだが……

「あぁ、ザンさんも動きましたね」
「え、え?」

 囲まれた闇の中
 いつの間にか、ザンの姿が消えていた


「撃て撃て撃てぇっ!!弾幕を薄めるなぁっ!!」
「はっはぁ!!今の御時世で、ここまで派手にぶっ放せるとは思っていなかったぜ!野郎共、マスターの指示通り撃ちまくれぇ!!!」

 甲板の上で、前髪をカチューシャでしっかりとまとめているせいで少々でこっぱちに見える海軍提督のような服装をした少女と、いかにも海賊と言った出で立ちの豊かな黒髭を持った男が船員に指示を出し続ける
 「海賊 黒髭」の契約者である外海 黒(とかい くろ)と、契約された存在である黒髭は、それはもう生き生きと攻撃を繰り出していた
 「クイーン・アンズ・リベンジ」を召喚し、それに付属する船員逹と共に戦うと言う戦闘方法が主流であるが為、現代社会においては非常に戦いにくくて仕方がなかったのが、ここでは思う存分に戦えるのだ
 楽しいに決まっている
 相手は「組織」のNo,0クラス、これくらいやっても問題あるまい

 自分達の攻撃によって仕留められるか、と問われると………絶対に出来る、と断言出来ないのは少々悔しいが
 だが、こちらが絶え間なく攻撃し続ける事によって、他の者へのザンの注意が引きつけられるならば、一撃を当てるチャンスくらいにはなるだろう

 と、その時
 何かに気づいた黒髭が、黒の腕を引いた

「……!マスター。こっちだ!」
「っむ!?」

 ごぅんっ、と
 ザンが生み出した闇の範囲が狭まったと思うと、ごぅっ!!と、クラーケンの烏賊足が横薙ぎに襲い掛かってきた
 人間の身長を有に超える野太い烏賊足が、「クイーン・アンズ・リベンジ」のマストを掠める
 ぐらり、と風圧で船が多少揺れた
 これくらいならば、問題は…………

「……ったく、再生能力はともかく、身体能力強化なし、となればこういう手段とるしかないんだよな」

 先程、烏賊足の被害を免れたマストのすぐ傍で白いコートが、はためいた

「貴様……っ!?」
「おい、マスター。あの野郎、さっきの烏賊足で自分自身をここまで運ばせたみてぇだぞ」

 いつの間にか船に乗り込んでいたザンの姿に警戒する黒と、どうやってここまで移動してきたのかを見抜いたようにそう口にする黒髭
 …その通りである、黒髭の言うとおりに、ザンはここまで移動してきた
 生み出した闇でもって、烏賊足に己の身を包ませる様子を誰にも見せようとせず、こうして移動してきたのだ
 かなり、無茶苦茶な移動方法である
 ザンのように優れた再生能力持ち……と言うより不死身でなければ、衝撃で死にかねない

「むちゃくちゃな………っだが、わざわざこちらに飛び込んでくれるとは!」

 船に乗り込まれては、大砲による攻撃は使えない
 だが、自分達が使える能力はこの「クイーン・アンズ・リベンジ」の召喚使役だけではない
 海賊が扱う武器………カットラスやフリントロック銃を手元に出現させる事もまた、出来るのだから
 黒は手元にフリントロック銃を出現させ、ザンへとその銃口を向けた

 外海 黒は、その外見通りの年齢な中学二年生である
 いかに黒髭と言うトップクラスの海賊と契約していたとしても、当人の戦闘経験はさほど多い訳ではない
 故に、彼女は気づけなかった
 あたりに漂いだした、アルコールの香りに
 彼女が契約している黒髭の方が先に気づいて

「ばっか、マスター。今すぐ逃げ………っ」

 黒髭の言葉が終わるよりも先に
 ニヤリ、笑ったザンを中心に、爆音と爆風が撒き散らされた

516続・戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/12(水) 23:15:59 ID:rfZkYn3Y
 「マリー・セレスト号」。乗組員が誰一人残っていない状態で漂流していたところを発見されたその船には、様々な都市伝説が語られた
 何故、船員が誰一人残っていなかったのか、そこには様々な説が好き勝手に唱えられた
 それらの中には「船員が皆神隠しにあってしまった」だの「クラーケンに襲われた」だのと言うものがあり、ザンの能力はそれらに由来したものなのだ
 そして、その様々な説の中にはこんなものも存在する
 「船の中には、空になったアルコールの樽が9つあった。すなわち、それらの樽からアルコールが漏れ出し、船内にアルコールのモヤが発生。それを見て船が爆発すると危険を感じた船員が船を脱出した」と言うもの

 その説の応用であろう大爆発は、黒と黒髭を吹き飛ばし………更にいえば、「クイーン・アンズ・リベンジ」そのものをも、吹き飛ばした
 黒髭は黒を抱え込み、海面へと着水する

「ぷはぁっ!!……マスター、気絶していねぇだろうな!?」
「げほ……っ。見くびるな。この程度で意識を飛ばすものか」

 黒髭に抱えられた状態で、海面から顔を出す黒
 気絶してしまえばそこで失格だ。そう簡単に意識は飛ばせない
 しかし………

「ティーチ、すぐに船に戻……」
「戻りてぇのは、山々なんだがな」

 二人の目の前で、「クイーン・アンズ・リベンジ」が沈んでいっている
 ザンが起こした爆発でマストが吹き飛んだ上、船底まで穴を空けられてしまったらしい
 「クイーン・アンズ・リベンジ」はたとえ沈められようとも、また召喚は出来る………ただし、一度沈められた場合、最低24時間後でなければ、改めて召喚はできない

「あの男は……」
「向こうだ」

 黒髭が指した先。再びクラーケンの足に乗ったザンが先程までと同じ位置へと移動しようとしている最中だった
 ……届かせられる攻撃手段が、なくなってしまった
 もはやリタイアも同然の状況に、黒は悔しげにザンをにらみあげた


 繰り出され続ける影守からの攻撃と、何処かから繰り出され続けている狙撃。そして「メガロドン」の攻撃を防ぎながらザンは考える
 どうやら、こちらの様子を伺っている者も複数いるようだ
 先程の海賊船相手だけではなく、もうちょっと、仕掛けてやろうか

 クラーケン逹へと、指示を出す
 まだ海面には姿を出していないクラゲ型クラーケンは引き続き待機させ、烏賊型とタコ型へと司令を飛ばす

 巨大な烏賊の足とタコの足が、暴れ狂い出す
 あちらこちらのオフィスビルを薙ぎ倒し、飛びかかってきた「メガロドン」をぐるり、絡め取って

 ぶぅんっ、と
 全長40メートルもの巨体の「メガロドン」を、影守に向かって、投擲した




to be … ?

517はないちもんめ:2016/10/13(木) 00:02:55 ID:uiOyFFdY

「影守!!」
こちらに向かって落ちてくるメガロドン・・・回避はまぁ間に合わない。
地上ならともかく、今は空中で、それも浮遊してるのではなく、周囲に浮かせたバラバラキューピーを足場に跳躍してるだけだ。
「希、来い!」
希が自分に捕まったのを確認すると同時に刀を鞘に納め居合いの構えを取る。
やる事は今までとかわらない。
「かごめかごめ」
次の瞬間影守の姿はその場から消え、メガロドンより遥か上空で、黒服の首が一つ飛んだ。

『K-№0が消えた?』
『かごめかごめの瞬間移動能力!?』
『あらかじめ上に待機させていた黒服さん達が一人を囲む形を取っていたのですね』

影守の「かごめかごめ」は斬首の歌。
囲った対象の行動を制限し、あらゆる条件を無視しその背後への移動と斬首が一体化した都市伝説である。
「かごめかごめを回避に転用したのか」
「普通にやっちゃ避けれませんでしたし、貴方と同じで攻撃には使えませんが回避ではその限りじゃない」
そう、影守の「かごめかごめ」もまた一撃必殺、模擬戦では本来使用できる能力ではない。

「っと、助かった・・・大丈夫か?」
影守が片手で握っている今しがた切った部下の首に声をかける。
「はい、首のパーツが真っ二つですが部品交換で即座に復帰可能です」
「あんたは一度下がって部品の交換を、残りは4体1組で散開、常に中央に1体置いて残り3体で囲むように動きなさい、影守の回避で首が破損した場合は速やかに離脱、首の部品交換が済み次第復帰、良いわね?」
戦場に召還された全てのマネキンから了解の声が上がる。
「行け!」
指示通りに4人一組となった黒服達が四方八方からザンに迫る。
「黒服程度でどうにかなると・・・」
投げられたメガロドンを避け、クラーケンの攻撃をかわし、闇による足止めすらくぐりぬけた一部の黒服達は、しかしてザンに届かずあるいは返り討ちになる、が
「は思ってませんが」
そのザンに直接返り討ちにされた黒服の首を切り落としながら影守と希がザンの目前に現れる。
「どれか一組でも肉薄できれば後は俺達が届く!」
「有りかよそれ」
「都市伝説の応用なんて言ったもん勝ちでしょう」
「違いない、が・・・ここは俺の領域だぞ?」
そう、影守とザンがにらみ合っているこの場はクラーケンの足の上・・・つまり
「お前等だけ振り落とすのは簡単だよな」
「影守、それ位想定済みよね?」
「・・・・・・どうしよう」
「もっかいやり直せ」
ザンのその一言でクラーケンの足はうねり、影守は海へと落下していった。

続く?

518ゴルディアンの結び目 ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 00:09:58 ID:n0vvDrQU
都市伝説『トンカラトン』は路地裏に隠れてようやく一息ついた。
語られている通りに人を襲おうとしたが、逆に何者かの襲撃を受けたのだ。
細長いものに巻き付かれた自転車は恐ろしい力で引きちぎられてしまった。
このまま走って逃げるのか、意を決して襲撃者に立ち向かい撃退するのか……

そんなことを考える『トンカラトン』を上から見つめる者がいた。
正面に(▼)マークの描かれた覆面で顔を隠し
トレンチコートに中折れ帽を着用したその人物は、
腕に巻きついている細長い布を下に向かって数本伸ばすと
音もなく『トンカラトン』の首へと巻きつけ
彼が反応するよりも早く布を引っぱりその首をへし折った。


[警邏記録 G.K記]

『注射男』1体 
『赤マント』2体 
『トンカラトン』1体
今日だけでこれらの都市伝説を始末した
"学校町"を漂う嫌な匂いに惹かれてやってきたハエ共だ
やはり元を叩かなければキリがなさそうだが
あいにく俺には原因を探るために使えるツテがない
この街でいったい何が起こっているのか
それが分かるまではハエを消すことに注力しよう

519ゴルディアンの結び目 ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 00:10:39 ID:n0vvDrQU
相生真理にとって幼馴染の奇行はよくあること
もうとっくに慣れている……と自分では思っているつもりであった。
風呂上がりに自分以外いないはずの家のリビングで
仮装でもしているかのような格好をして
手帳に何事か書き連ねている幼馴染を見つけるまでは。

「邪魔シてルゾ。窓の施錠ハ忘レルな、都市伝説に襲わレかねない」
「……気をつけるわ。都市伝説以外に不審者が入ることもあるみたいだし」

乾いた物が擦れ合うような声で話す幼馴染の忠告に皮肉で返す。

「それで、なんでその格好してるの?またヒーローごっこ?」
「ソのようなものダな。最近ハ、都市伝説の出現数ガ増えていルようダ」
「だからヒーローごっこするわけ?その格好、えーと……なんだっけ?」
「"ゴルディアン・ノット"ダ」
「そうそう、そんな名前だったわね。それ」

(▼)模様の覆面で顔を隠し、トレンチコートを羽織って中折れ帽を被る。
全身に巻きつく細長い布と縄、胴体にだけ巻きついた二本の鎖。
某アメリカンコミックのヒーローをモデルにした幼馴染の描くヒーロー像。
それが目の前の"ゴルディアン・ノット"だ。正直不審者にしか見えないが。

「おじさんとおばさん、反対しなかったの?いや、黙ってやってるのか」
「ソのことダガ、家出シてきた」
「……ごめん、なんて?」
「家出シた」
「はぁ?いやいや、学校とかあるでしょ?」
「荷物なラ持ってきていル」
「ここか!滞在先もとい家出先は私の家か!!」

一軒家のくせに両親は海外を飛び回っているため
部屋が余っているのは事実だ……しかし私を巻き込むなと言いたい。

「今この街で戦闘向きでハない契約者が一人暮らシなのハ不安ダ」
「それは……まあそうかもしれないけど」
「俺なラ大抵の都市伝説ハ倒セル」
「だから家に置いとけと?」
「悪い話デハないダロう?」

確かに私の契約都市伝説『小玉鼠』では
都市伝説に襲われたとき対処しきれるか疑問がある。
それを言われると強行には反対できない。
……なにより幼馴染の頼みである。あまり無下にもしづらい。

520ゴルディアンの結び目 ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 00:11:09 ID:n0vvDrQU
「分かったわよ。しばらく置いてあげる」
「感謝スル」
「でもちゃんとおじさんたちにも顔見せなさいよ?」
「元よりソのつもリダ」
「あとずっと気になってたんだけど」

覆面の下で顔を隠した幼馴染が
訝しげな表情をしたのが、なんとなく分かった。

「なんでずっとその声なの?」
「この後また警邏に行くかラダガ?」
「えー……もう夜の11時だけど」
「今日ハ土曜日ダ」
「まあいいけど、せめて私だけのときくらい普段通り話さない?」
「"ゴルディアン・ノット"デいル間ハこのままと決めていルかラ断ル」

それだけ言うと幼馴染は階段を上がっていってしまった。
窓から入ってきたと言っていたから、靴も窓のそばにあるのだろう。
おそらくそのまま窓から出て行くに違いない。

「……合鍵渡しとこ」

いつも窓から出入りされるのは流石に困る。
そう思って合鍵を幼馴染に渡すべく、私も階段を駆け上がっていった。

521ゴルディアンの結び目 02 ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 00:11:45 ID:n0vvDrQU
[警邏記録 G.K記]


警邏中に『くねくね』を倒した後、"組織"の活動を目撃した
相手は『ひき子さん』だったようだが
戦闘していた契約者は危なげなく倒しているように見えた
できることなら契約都市伝説も確認したかったが
黒服の方がこちらに気づいたようだったので撤退する
この距離で俺に気づく相手と戦闘の駆け引きができると考えるほど
自分の力を過信しているつもりはない
それと"組織"の追手かと思い撒こうとした相手は知り合いだった
鼻が利くというのは俺の強みでもあるが
対策と、さらにその対策を考える必要がありそうだ


南区 喫茶店「ヒーローズカフェ」

「――というわけでうちにいますので」
「連れ戻したほうがいいか?」
「いえ、それはいいです。あ、でも食費とかがちょっと」
「分かった。後で届けるよ」

相生真理は幼馴染の家である"ヒーローズカフェ"に来ていた。
喫茶店に思い入れのある幼馴染の母、瑞希さんが提案し
夫である幼馴染の父、美弥さんが承諾して始めたというこの店だが
いたるところにヒーローもののフィギュアやポスターが飾られている。
さらに店内のテレビではヒーロー系の映像が営業中に流され
隅に置かれた本棚には海外のヒーローコミックまで置かれている。
断言しよう。幼馴染がああなったのはこの両親のせいだと……!

「今日は光の巨人なんですか?しかも海外の」
「流して欲しいって私物の持ち込みがあったんだ」

そして悲しいかな、私もそれなりに知識を植えつけられている。
うちの両親は昔から家を空けることが多かったので
私は頻繁に両親の知り合いである篠塚夫妻に預けられてきた。
東区の家を第一の家とすると、ここは第二の家のようなもの。
なので今回は一言断って居住スペースに上がり込み
美弥さんが休憩に入るのを待っていたわけである。
……家出した子の動向とか、店の中でする話じゃないし。

522ゴルディアンの結び目 02 ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 00:12:28 ID:n0vvDrQU
「でも止めないんですか?」
「最近街の雰囲気がおかしいのは俺たちも感じているからな
 しかし俺も瑞希も昔みたいに我武者羅には戦えない
 ならやらせてみるのもいいんじゃないか、と思うわけだ
 まあ何も考えてないわけじゃない。一応見張りにザクロをつけてある」

ザクロさんは美弥さんの契約都市伝説で
『ブラックドッグ』という火を吹く能力を持った大きな黒い犬だ。
底なしのスタミナと体格に見合ったパワーに犬の俊敏性も併せ持つ。
おまけに嗅覚を始めとする知覚能力も高く、人間としての姿まで有している。
私の『小玉鼠』なんて足元にも及ばないハイスペックである。
なるほど。居住スペースにいないのは幼馴染についているからかと納得した。

「"怪奇同盟"が活動停止状態でなければ、まだやりようはあったんだがな」
「"怪奇同盟"……ですか」

"怪奇同盟"の名前は、今まで何度も耳にしている。
それが私の両親と幼馴染の両親が所属していた集団の名前だからだ。
両親はこの集団に所属することが縁で出会ったと聞いている。
だが、現在"怪奇同盟"は活動できない状態にあるのだという。

そもそもこの街は都市伝説をよく引き寄せるとかで
いくつか都市伝説に関連した名のある集団が拠点を置いているそうだ。
例えば"組織"と"首塚"……この2つは両親の話でもたまに名前が挙がっていた。
"組織"は都市伝説の存在が表に出ないよう活動している集団らしい。
黒服と呼ばれる者たちと"組織"の庇護下にある契約者によって構成され
危険な都市伝説を狩り、後ろ盾のない契約者を保護しているとか。
しかし昔は巨大な集団であるため派閥争いがあったようだとも
"組織"の構成員と話す機会があった両親や篠塚夫妻からは聞いている。
"首塚"はそんな"組織"に対して反感を抱いた、
かの有名な平将門の怨念なる都市伝説が率いるという集団だ。
自主自立に重きを置く比較的自由な気質の集団であると聞いている。
現在は彼らも"組織"に対して積極的に抗争を起こすことはないという。
では肝心の"怪奇同盟"はどんな集団だったのかと
美弥さんに聞いたことがある。その時美弥さんは

「自警団という表現が一番近いんじゃないか」

と言ってから私に説明をしてくれた。
"怪奇同盟"の行動規範は街とそこに住む人々を都市伝説の脅威から守ること。
確かにこれなら自警団という言葉が相応しいだろう。

523ゴルディアンの結び目 02 ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 00:13:17 ID:n0vvDrQU
では何故彼らが活動できなくなったのか
"怪奇同盟"には"首塚"でいう将門公のように明確なトップがいた。
都市伝説『墓場からの電話』であるという彼女は"盟主"を名乗り
学校町に点在する墓地を起点にこの街を裏から監視しつつ
構成員である盟友(同志と言い換えてもいいかもしれない)と共に
"組織"や"首塚"、あるいはその他の集団と牽制しあいながら
この街を守るために戦い続けていた。
特に20年ほど前は盟友たちの前にその姿を何度も現すほど
精力的に動き大きな事件の解決に尽力していたという。

だが15年ほど前に、彼女は姿を見せなくなった。
どころか彼女の眷属のような立場である幽霊……
"墓守"たちですら彼女の動向がつかめない状況であった。
それでも盟友たちは各自で自警活動を続けていたが
"盟主"を欠いたことで集団として活動することは難しくなっていた。
それから数年経ち学校町の都市伝説による被害が減り
街が比較的安定した状態になったことを受けて
暫定的なリーダーであった東の墓地の"墓守"は
"盟主"の動向が分かるまで"怪奇同盟"としての活動を停止し
都市伝説と関わりのない表の生活に注力するよう盟友たちに通達した
こうして"怪奇同盟"は今のように名ばかりが残る状態になったのである。

「"怪奇同盟"は無くなったわけじゃない
 俺や瑞希は今でも所属しているつもりだし
 真理ちゃんの両親だってそうなんじゃないかな」
「そう、だと思います」

私の両親は学者だ。それも民間伝承や神話、都市伝説を研究している。
たぶん海外を飛び回っているのも2人にとっては戦いなのだと思う。
彼を知り、己を知れば、百戦危うからず。という言葉がある。
いずれ来るかもしれない戦いのために知識を蓄え備えようとしているのだ。
それが最終的には街と人を、私を守ることに繋がると信じている。
私を放っていることには不満の言葉しか出ないが
たまに帰ってくるとこれでもかと構い倒してくるので
愛されていないとは思っていない。

「それはそれとして、もっと頻繁に帰ってきてほしいですけどね」
「俺もそれは思う。学者ってのはそんなに大変なのかね」
「…………まあ、たぶん、そうなんじゃないですか」

喧嘩腰になりやすく行動力のある母と、妻の押しに滅法弱い父。
帰国が延期になる理由の3分の2くらいは母の暴走の結果だと
気がついてしまったのは何年前だったか……
お願いだから他国で人様に迷惑をかけるくらいなら早く帰ってきてください。
思わず手を組んで天に祈った私を美弥さんが不思議そうに見たが、些細なことだ。

524ゴルディアンの結び目 03 ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 00:14:17 ID:n0vvDrQU
空中を滑るように移動し隙を窺う『モスマン』に対して
覆面の人物……ゴルディアン・ノットもまた地上から
『モスマン』を地に落とす機会を待っていた。
やがてしびれを切らしたのか音もなく突撃してくる『モスマン』が
間合いに入ったとみるやいなや、ゴルディアン・ノットは
両腕に巻き付いた布と縄のほとんどを『モスマン』目掛けて撃ち出し、
回避しきれなかった布の一本が『モスマン』に絡まったのを感じとると
すかさずその一本を引っ張り『モスマン』を地面に叩きつける。
追加で布を、縄を絡ませながら何度も地面へと叩きつけるうちに
やがて『モスマン』は光の粒となって消えてしまった。


[警邏記録 G.K記]

『モスマン』を1体倒した
空を飛び回るガを叩くのは面倒だが
光へ近づこうとする限りできないことではない
本当に厄介なのは空を飛びながら水をかけるセミだ
これも何か対策を打つ必要がある
問題は多いがこれくらいは解かなければ
難題を断つことなどできないだろう



相生真理が玄関の扉を開けると、珍しい人物が立っていた。

「文さん?こんにちは、どうしたんですか?」
「こんにちは、真理ちゃん。兄さんに頼まれて結ちゃんの分の生活費をですね」
「あー、そういうことですか。とりあえずあがってください」

篠塚文さん。中学一年生の私と同い年くらいにしか見えない彼女は
美弥さんの妹、つまり我が幼馴染の叔母にあたる。

「結ちゃんはどうしてますか?」
「今は部屋にいる……はずですけど」

そう言って部屋の前まで文さんを案内し、扉をノックする。

「入っていいよー」

返事が戻ってきたのを確認して扉を開けると
手帳に何かを書き込む幼馴染の少女の姿がそこにあった。

525ゴルディアンの結び目 03 ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 00:14:48 ID:n0vvDrQU
「あれ、文さん?なんでここに」
「結ちゃんがここで居候してるっていうから生活費を届けに来たんですよ」
「なるほどなー」
「私も無理に帰ってこいとは言いませんけど
 たまにはちゃんと帰ってお父さんに顔を見せてくださいね」
「はーい」

なんというか、仲のいい姉妹の会話を見ているようである。
外見年齢が近いからそう見えるのか、それとも……

「話は変わりますけど、能力を使ってみてどうですか?」
「んー……別になんともないと思うけど」
「私の時とはまた別のパターンですからね。何かあったらちゃんと伝えるように」
「あいあい」

文さんは都市伝説から人になり、その後都市伝説として契約者を得たという
簡単には説明しづらい、ややこしい経歴がある。
その結果、契約時から肉体の成長が止まってしまったそうだ。
そして誕生したのが見た目は子供、頭脳は大人の稀少存在というわけだ。

結もまた文さんと同じ……ではないが、奇妙な運命を背負って生まれている。
彼女の両親、美弥さんと瑞希さんは"都市伝説化した契約者"だ。
都市伝説と契約した者はたまに、その力を制御しきれず
あるいはその力を使いすぎてしまった結果、人間ではなくなることがある。
例えるなら、吸血鬼の力を使いすぎて自らが吸血鬼に変じるような……
都市伝説に呑まれる、などと表現するその現象を2人はその身に受けた。
それゆえに2人の外見は、10代後半の頃から変わらないままだという。
そんな2人から生まれた娘は、残念なことに普通ではなかった。

『ドラゴンメイド』。ヨーロッパに伝わる半竜半人の乙女。
それが篠塚結……私の幼馴染が生まれ持った都市伝説としての性質。
彼女は人間でありながら都市伝説でもある、異質な存在だった。
都市伝説の力を持ちながら、都市伝説と契約することができる。
ハッキリ言おう。私の幼馴染はバケモノである、と。

526ゴルディアンの結び目 03 ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 00:15:41 ID:n0vvDrQU
「ハッキリ言おう。私の幼馴染はバケモノである」
「そんなことを言うのはこの口かー」

文さんが帰った後の部屋で、言葉の刃を携え斬りかかった私に
結は何が楽しいのか笑顔で近づいてきて、私の両頬をぐにんと引っ張った。
……結は自分がバケモノであることを認めている。
同時にバケモノであるからこそ、自分が何者で、どうあるべきなのか。
その答えを探しているのだと私に言ったことがある。
ゴルディアン・ノット。あるいはゴルディアンの結び目。
その意味するところは"手に負えないような難問"。
彼女のヒーロー像は、彼女なりの答えなのだろう。
古代の王ゴルディアスがどのような答えを期待して
複雑で固い結び目を用意したのかは誰にも分からない。
しかしアレクサンドロス大王は自分なりの答えで結び目を解いてみせた。
それと同じなのだ。彼女は己の答えで、道を切り拓こうとしている。

「んー、そろそろ日が暮れるねー。着替えるからちょっと部屋出てくれる?」
「はいはい」

部屋を出ると中からゴソゴソと音がして、しばらくすると再び中へ呼ばれた。

部屋の中にいたのは篠塚結ではなく"ゴルディアン・ノット"だった。

「夕食の前に俺ハ警邏に行ってくル」
「言うと思ったよ。気をつけてね」
「ああ……済まない。いつも迷惑をかけル」
「いいよ。幼馴染の頼みだからね」

乾いた物が擦れあうような声で詫びる幼馴染に苦笑しつつも言葉を返す。
(▼)模様の覆面の下ではきっと、縦長の瞳孔を持つ瞳を伏せ
ところどころ鱗に覆われた顔で申し訳なさそうにしているのだろう。
その様子を想像して吹き出しそうになったが、なんとかこらえられた。

「実は今日、文さんが肉を買ってきてくれたからね
 帰ってきたらホットプレートで焼肉パーティーだよ」
「ソうか。楽シみにシておく」

一見そっけなく返したようだが、付き合いの長い私は誤魔化せない。
今、声がちょっと上ずったね?

「でハ、いってきまス」
「うん、いってらっしゃい」

今日も私の幼馴染が無事に帰ってきますように。
私は静かに手を組んで、いつものように天へと祈った。

                                         【了】

527スペシャルマッチ side-G.K ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 01:56:15 ID:n0vvDrQU
(治療室はここですね。少し遅くなりましたが、そろそろ治療も終わっているでしょうか)

心の中で呟きながら歩いてきたのは、大きく見積もっても中学生くらいの見た目の女性
かつて都市伝説から人となり、人から都市伝説に返ったレアケース
自在に境界を定め、表裏を分け隔てる結界能力を持つ防衛のエキスパート
篠塚文。篠塚瑞希と契約した都市伝説"座敷童"にして、瑞希の夫である美弥の妹だ

(兄さんは笑って流していましたが、義姉さんには体を大事にしてもらいたいものです)

治療の最中に邪魔するのも迷惑かと思い、時間潰しに兄へと事の次第を電話してみれば
「瑞希が問題ないと思ったんだったら、大丈夫だろ」と笑って切られてしまった
もしやアレは信頼という名の、のろけだったのだろうか。と頬を膨らませつつ文は中に入る

「……なんですかこの有様は」

治療室は大量の羽が撒き散らされていた。状況が分からず中を見渡すと
翼を生やした人……よりも寝かされている見知った人物に目がいく。というか瑞希だった

「文、よく来てくれました。割と真面目に口以外動かないので助けて。料理はそこの人が」
「そこまで満身創痍になる必要あったんですか?……すみませんうちの義姉が」

周囲に頭を下げて近くの男性から料理を受け取り、瑞希の口に突っ込んでいく

「ほういえばふぁ」
「飲み込んでから話してください」
「……んくっ。そういえばさ、アレ」

瞬く間に消化されたとでもいうのか、いやその辺りは突っ込みきれないことの多い瑞希だが
彼女が右手でモニターの方を指差す。今映っているのは……

「スペシャルマッチで"組織"の幹部と対決ってすごいですよね……それで?」
「うん。いや今ちょっと色々乱戦で荒れてるけど、ほらビルの上」
「ビルの上…………あれ?」

水没したオフィス街。水面下からいくつものビルが突き出ている
一瞬、その屋上の一つに人影が見えた……というか、見覚えのある衣装が……

「ゴルディアン・ノット…………え、参加させたんですか?!」
「うん」

あっけらかんと言う瑞希に対して、文は思わず額に手をついて俯いた

528スペシャルマッチ side-G.K ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 01:56:54 ID:n0vvDrQU
戦技披露会。"組織"幹部のX-No.0ことザン・ザヴィアー対複数というスペシャルマッチ
水没したオフィス街へと変わった戦場は序盤から既に混沌とし始めていた
なにせ最初の一部の参加者が水に呑まれてしまったうえに
クラーケンvs巨大な"メガロドン"という大怪獣バトルが勃発
さらに挑戦者としてK-No.0という組織の大物二人目が殴り込みをかけたのだ
見方を変えると、彼ら以外は大量の水に即応できず出鼻をくじかれたか
あるいは一旦、様子見をすることにしたか。このどちらかなのであろう
そんな中、主戦場から離れたビルの屋上に佇む者がいる
トレンチコートに中折れ帽を被り、黒い逆三角模様の覆面を被った怪しい人物
ゴルディアン・ノット。高所に移動し水を逃れた彼は静かに観察を続けていた
彼が様子見を続ける間にも戦場は動く。海賊船が砲撃を開始し砲撃音が響き渡る
しかしザンの周囲に展開された闇が肝心の砲撃を無力化している
そこまで確認してゴルディアン・ノットは視線を主戦場から、眼下の水面に向けた
おもむろに腕や脚に巻かれた細布や縄がしゅるしゅると動き始め――


「…………うわぁ」
「思ったより派手にやるわね」

治療室でモニターを見つつ、文は絶句し瑞希は面白そうに呟いた
注目しているのは怪獣大決戦でもNo.0同士の戦いでもない。見知った者の動向だ
隣の屋上に渡されたロープを巻き取って、人影が別の屋上へ飛び移る
その間にも下から漂流者を装っているらしい狂える船員が
細布に絡めとられ水面から上空に釣り上げられる
さらに他の細布がその体に絡んで……ブチリと力任せに引きちぎられた
恐ろしいことにこれを数体分同時に、素早くこなしながら
無事なビルの屋上へと移動を繰り返し主戦場に近づいているのである

「相変わらずなんというか、凄まじい戦い方ですね……」
「そういうの気にしてないみたいだから」

篠塚結が使う"機尋"の恐ろしいところは、一本一本に無視できないパワーがあることだ
今は移動しながらだが本腰を入れて操作を始めると手元で布が分裂し始めて
数の暴力と化すこともある。まあそれを軽くあしらえるのがそこの篠塚瑞希なのだが

「あ、海賊船爆発した」
「何が起こってるのかサッパリ分からないんですけど……」
「X-No.0が何かしたってのは分かるのにねー」

529スペシャルマッチ side-G.K ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 01:57:27 ID:n0vvDrQU
さて、主戦場に近づきつつあったゴルディアン・ノットだが
残念なことにクラーケンが暴れたことで進む先のビルはほぼ倒壊していた
しかし彼は一旦立ち止まると、ある方向を見つめる
そして長すぎる距離を苦もなくロープを渡して、無事そこに降り立った
そう、沈みかけている海賊船"クイーン・アンズ・リベンジ"に

「…………難題ダ。ダかラこソ、挑戦シガいガあル」

ゴルディアン・ノットの体を中心に細布とロープが爆発的に広がる
伸長自在の繊維の束がボロボロの船体に巻きつき、ついには覆い始めた
同時に沈みかけていた船が少しずつ浮上し始める
水面下で無数の布が柱のように絡まり合ってつっかえ棒のように
船底と地面を押し離そうとしているのだ。だが……

「hmm......」

さしもの彼にも当然限界というものがある。無理やり沈没を防いでも
元のように動かすことはできない。どうにか動かしても亀の歩みだ
このままでは狂える船員が乗り込んだり、クラーケンのいい的となるだろう
ではどうするのかといえば、答えはこうである

「……あレガいいか」

呟くと崩れたビルの残骸に向けてさらなる布やロープを幾重にも渡す
そして布を縮めることでビルの残骸に向けて船体を引っ張り動かす
近づいたところで今度は船底から伸ばした布の柱で船体を持ち上げた
船底がほぼ水面より上に出て、ビルの残骸に船底が引っかかる
傍から見れば座礁したようにしか見えないが
なんにせよこれで船が水没することは一時的とはいえ防ぐことができる
なお彼が船に降り立ってからここまで1分もかかっていない
クラーケンに襲われることを考えてのスピード勝負で
彼は簡易的だが固定砲台を作り上げたのだ。まあ、肝心の砲手がいないのだが

「サて、ここかラドうスルベきか……」

必要のない布やロープを巻き戻しながらゴルディアン・ノットは独白する
戦闘はまだまだ、始まったばかりであった

                             【続】

530死を従えし少女 寄り道「戦いへの興味」 ◆12zUSOBYLQ:2016/10/13(木) 20:12:16 ID:dcHFK89o
 観客席の片隅にて。
 黒髪を顎のあたりで切りそろえ、ベレーを被った、浅倉澪・マリアツェル―にしか見えない少女、しかしその正体は澪の母親、浅倉ノイ・マリアツェルがお手製の弁当を広げていた。
「さー、召し上がれ!」
 いの一番に手を付けたのはキラと轟九。
『いっただきまーす!』
 ノイお手製のおにぎりにかぶりつき…動きが停止する。
「む…」
「ぐ…」
「?どーしたの?ふたりとも」
 その様子を見た柳と緑がおにぎりを口に運ぶ。
「うん!ノイちゃんの作るものなら、何でも美味しいよ!」
 あてにならない柳に代わり、緑が事実を告げる。
「…このおにぎり、甘いぞ」
 ノイはしばしぽかんとして、数秒後。
「うそー!」
 自身もおにぎりを口に運び、がっくりと肩を落とす。
「粗塩とお砂糖、間違えちゃったんだ…」
 慌ててフォローを入れようとしたのはキラ。
「ま、まあおかずは食べられるし!ほら緑、あんたもフォローしなさい、あんたの将来の義理の母なのよ!」
 その言葉にはてなマークが飛び交う大人たち。
「義理の…?」
「母?」
 よせ止めろと制止する緑を押しのけ、キラが堂々と宣言した。
「緑はねー!澪のボーイフレンドなの!」
 しばしきょとんとする大人たち。一瞬おいて。
「…澪に、ボーイフレンドだと!」
「澪ちゃん、ホントなの!?」
「澪ってば遅ーい。あたしが澪くらいの頃には、もう柳と」
「ちっ、違う、違う!」
 緑の必死の否定も、大人たちには届かない。
「いいじゃない、緑」
「藍!ああもう、なんで女ってやつはこうなんだ!」

 周囲の喧噪とは離れたところで、澪は熱心にザンとメガロドン、それに海賊船の戦いを眺めていた。
「澪ちゃん、興味ある?」
 澪の様子を見てとった真降が水を向ける。
「うん。あれと戦えたらおもしろいかなって」



続く

531ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:35:52 ID:f80yHIr.
       「コナミとハドソンとバンナムと」

お久しぶりです、任天小奈美です。今丁度授業が終わったところなの。
今日はクラブもないし、真っ直ぐ御家に帰るんだ。ちなみに私は卓上ゲームクラブよ。
将棋にチェス、リバーシに囲碁。トランプ、双六人生ゲーム、遊戯王にTRPGまで。
ありとあらゆるテーブルゲームで遊ぶ――競い合うクラブよ。

「こーなーみーちゃん!」
「きゃっ!?」
「一緒に帰ろ?」
「もう、驚かさないでよ南夢子ちゃん……。そうね、一緒に――」

っていきなり抱きついてきたこの子は坂内 南夢子(ばんだい なむこ)ちゃん。私と同じ卓ゲクラブのメンバーで、友達よ。

「ふぇぇ……ありえないよぉ……。小奈美ちゃんと一緒に帰るのはわたしなのぉ……」
この変な……もとい個性的な喋り方をする背の低い子は波戸村 明香(はどむら はるか)ちゃん。同じく友達よ。
ちなみに汎用理論の使い手なんだって。

「はっ、先に小奈美ちゃんを誘ったのは私なのよ? 先手必勝よ先手必勝」
「先手必勝? 先走りの間違いでしょぉ? 早い者勝ちだなんて思考が『ようち』だよぉ……」
「あらあら? もしかして負け惜しみ? いやだわ、喋り方だけじゃなく中身までガキなのねぇ」
「やすい『ちょうはつ』だよぉ……。だけど受けて立ってあげる。
 南夢子ちゃんってなんだか水着鯖もふみふみもイリヤちゃん引けずにおこづかい全部消費してそうな顔してるよぉ(笑)」
「戦争よ戦争! 表へ出なさいこの口調の奇抜さだけの一発キャラ! あなたなんてどうせこの回しか登場しないわよ(笑)
 大体汎用理論って役割論理の二番煎じじゃない(笑)」
「タブーに触れやがったよぉ……! その言葉宣戦布告と受け取るよぉ……泣いて謝っても許さないんだからぁ!」
「ね、ねぇ二人とも、喧嘩は……」
「「小奈美ちゃんは黙ってて!!」」
「ご、ごめんなさい……」

えっ、ちょっと待って……なんでこうなるの? 普通に三人で帰ればよくない?
それより今のって決闘するほどのだったかしら……なんて言うとこっちにまで飛び火するから言わないけど……。

「行くよぉ……小奈美ちゃん」
「善は急げだよ、善は急げ!」
「そんなに慌てなくても……」
と言いつつ、荷物の用意はもうできていたので、私は二人に手を引かれながら学校を後にした。

「それでぇ……フィールドはどこにするのぉ? 南夢子ちゃんが選んでいいよぉ……私が勝つからぁ」
「それはこっちの台詞よ! 私も鬼じゃないから『弱い者いじめ』には心が痛むのよ」
「ふぇぇ……口だけは立派みたいだよぉ」
「あなたこそ、実力じゃ勝てないからハッタリかましてるんじゃないの?」
「……このままじゃあ千日手だよぉ」
「そうね。ここは……」
「「小奈美ちゃんに決めてもらいましょう」」
「えー……(なんで私が……)。じゃ、お兄ちゃんを呼んで……」

『ゲーム脳』でフィールドを作ってもらいましょう。

「「は?」」
「今あのシスコンは関係ないよね?」
「『まじめ』にやってよぉ……小奈美ちゃん」
「至って真面目だよ!? こういう時は空間系に頼るのが……」
『オ待チクダサイ』

と、突然明香ちゃんから機械的な声が聞こえてきた。

「今の……明香ちゃん?」
『否定シマス。<!>結論から申し上げますと狙われています――明香サマのご友人』

『機械的な声』の『警告を』聞き、周囲を確認すると、私の背後に赤いマントをした男が立っていて、今まさに私を攻撃しようとしていた!

「ッ! 『エスターク』!」
「小奈美ちゃんっ!」
私は反射的にエスタークを召喚し、赤いマントの男を殴る。それと同時に、明香ちゃんが私に触れていた。

「わっ!?」
と、私はエスタークが殴った反動でか、大きく跳んでいた――まるで発条でも仕込まれていたかのように。
明香ちゃんと南夢子ちゃんも私につかまり、結果として赤いマントの男と大きく距離をとる結果となった。

『ああ、惜しい。惜しいな。もう少しで「攫える」ところだったのだが……』
「! やっぱり『赤マント』……!」
「それも『赤いマントが好きか青いマントが好きか聞く方』じゃなく……」
「『子供を誘拐する方』の赤マントだよぉ……!」
赤いマントを羽織った、誘拐犯――間違いなく人攫いの『赤マント』だわ。
人攫い――正確には少女攫い。

532ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:37:57 ID:f80yHIr.

『本当は紳士として気付かないうちに攫って気付かないうちに玩具にしてあげようと思ったのだがね……まあ、仕方あるまい』
「意味不明よ、意味不明! 紳士の意味を今すぐ辞書で調べてきなさいよ!
っていうか自称紳士赤マントって前回も出て来たじゃない! キャラに幅がないのよ! 出直してきなさいよ!」
『赤マント』の言葉に南夢子ちゃんが答える。
……そういえば、この『赤マント』、どうやら全身が真っ赤なわけではないらしい。
全身を覆うマントこそ赤いが、それ以外の部分――手足や顔(仮面?)、被っている帽子は白だ。
まぁ、だからどうしたというわけではないが……

『はっはっはっ! 元気な子供は可愛らしいなあ!
それと私はあの憂鬱に負けた自称紳士とは別物さ! そも、紳士は絶望などしないのでね。
まぁ、安心したまえ。君たち三人仲良く攫ってあげるとも!』
「させないよぉ……!」
「あれ……?」
改めて『赤マント』を観察すると、何か大きな違和感を感じる――。

「……? どうしたのぉ……?」
「いや……何でもないわ。勘違いかもしれないし」
『遊んでていいのかね?』
『<!>来ます』
「ふぇぇ……『ゴースト』!」

そう言うと、ゴースト――幽霊じゃなく、ポケモンのゴーストが召喚される。
それと同時に明香ちゃんの身体が薄ピンク色になっていた。
……というかこれも見慣れている――おそらく『ピクシー』だ。ポケモンの。

「『ヘドロウェーブ』だよぉ!」
明香ちゃんが命令すると、ゴーストがヘドロを噴射し、『赤マント』に叩きつける。
どうやらハイリンク産らしい。

『おっと!』
しかし『赤マント』がマントを翻すと、『ヘドロウェーブ』はいとも簡単に受け流されてしまう。

「な、なんでぇ……? 『ぼうだん』でもふせげないはずなのに……もしかして『はがね』タイプ!?」
『どうした? そんなものかね?』

「見たところ『アサシン』ね……今『描き上がってる』のはこれだけ……」
と、いつの間にかスチームに囲まれている南夢子ちゃんが言う。
南夢子ちゃんの周りに展開されてるのはそう、『デレステ』のルームアイテム、『アロマディフューザー』だ。

「『ナーサリーライム』ちゃんっ!」
『一緒に遊びましょう?』
南夢子ちゃんが持っていた紙からメルヘンな幼女が飛び出した。絵を具現化する――お兄ちゃん(光輝)と同じタイプの能力かしら?

533ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:39:04 ID:f80yHIr.

「……このカードなら……『一方その頃』からの『アーツブレイブチェイン』!」
『“くるくるくるくる回るドア。行き着く先は、鍋の中――!”』
『うふふふふ! 楽しいわ! 嬉しいわ!』
『あはっ……うふふふっ……どうかしら?』
『なくなっちゃうの……?』
ナーサリーライムの『冬の野の白き時』が『赤マント』に炸裂する。だが――

『はははははは! 涼しい涼しい!』
今度もマントに身を包むだけで防いで見せた。
「そ、そんな……! 反則よ反則!」
『何を言う。ジェントルマンシップに則って君たちの攻撃を真正面から受けているではないか!』
ヘドロウェーブも受け流し、アーツブレイブチェーンも通じない。

「だったら……!『宝具』よナーサリーライム!」
『さぁ、一緒に遊びましょう。うふふふ! 楽しいわ!』
『繰り返すページのさざ波。押し返す草の栞――すべての童話は、お友達よ』
『あはっ、どうかしら?』
今度はナーサリーライムの本から童話のキャラクターが飛び出し、『赤マント』を攻撃する。宝具ブレイブチェインだ。

『ずいぶん可愛らしい攻撃だ!』
でもやっぱりマントだけで防いでしまう! これはやっぱり……。
「なんなのよアレ……! 『赤マント』じゃなくって『ひらりマント』なんじゃないの『ひらりマント』!?」
宝具攻撃まで防がれた南夢子ちゃんが悪態をつく。

「いや……それどころじゃないよ南夢子ちゃん。ヘドロウェーブも効かない。通常攻撃も、宝具攻撃も通じない。
そして何よりさっきの私のエスタークの攻撃のダメージも見られない……! ええ、確信したわ。見間違えじゃなかったのね」
「どういうことぉ……?」
「二人とも私の『異常性』のことは知ってるわよね? 覚悟して聞いてほしいんだけれど……。
さっきから『赤マント』を観察してるのに、全く見えないのよ――私たちの『勝ち筋』が、一本も!」
「なっ……! それって……!」
「ええ、文字通り『勝ち目がない』ってことよ……」
忘れている方もいらっしゃるかもしれないので改めて解説しよう。私の異常性『大詰め勝記(チェックメイト)』。
勝ち筋が見えるスキル。自他問わず、個人戦団体戦問わず、勝負の形式を問わず、ありとあらゆる勝ち筋――
現在から『勝利』までの手順が全て見えるスキルよ。

「いつもならこの時点でほぼ無限に見えているはずの『それ』が一本も見えないのよ!
最初は『発動』できてなかったのかもしれないとか、そんな風に思っていたけれど、相手の勝ち筋は普通に見えたわ」
『おや。おやおやおやおやおや。「異常性」か……それは誤算だったよ。私の計画がご破算だ!』
「け、けいかく……? なんなのぉ……?」
『ははははは! 決まっていよう!』

『君たちの攻撃をすべて受け切り……。逆転の秘策も力を合わせた友情パワーも奇跡的に都合よく契約できた新都市伝説の力も!
全てを真正面から否定してゆっくり心をへし折った後で――じっくりいただこうって計画だよ!
私はこの通り紳士なのでね。真の紳士なのでね。希望に燃える少女を攫うのは実に忍びない!』

「クズよクズ……! あなたろくな死に方しないわよッ」
『なんとでも言いたまえ! 計画は頓挫したが……君たちの運命は変わらないのだからね!』
その通りだ。私の目で勝ち筋がない以上、私たちでは『赤マント』に勝つことができない……!

「どうしたらいいの……? 『赤マント』の勝ち筋を潰していく……?」
「そもそもおかしいじゃないのよ……! 『勝ち筋』が『ない』だなんて……!」
『はっはっはっ! 絶望しているようだね! なんなら神様にでも祈ったらどうかね? あるいは奇跡が起こるやもしれん!』
「……ッ! そうね……こんな状況、神頼みしか……」
「『詰み』ってこと……? 『神の一手』を文字通り神様に任せるしかないの……?」

534ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:40:57 ID:f80yHIr.

「ふぇぇ……それはちがうよぉ」
私たちが折れかける中、明香ちゃんは言う。
『違う? 何が違うというのかね?』
「そうよ……こんな状況神頼みしかないわよ、神頼み。それともダンガンロンパアニメ完結にあやかってるの……?」
「……『かみだのみ』なんて『ろんじゃ』でじゅうぶんだよぉ……。『はんようりろん』にかみさまはいない。
『はんようじょ(わたしたち)』は『かみさま』にはいのらないんだ。
だって『ハケモン』は『どんなじょうきょうでもたたかえるはんようせいのたかいポケモン』なんだから……!
『せいとうは』でも『へんたいがた』でも! 『ぶつりうけ』でも『とくしゅうけ』でも! 『がいあくせんぽう』でも!
『きゅうしょ』や『クソはずし』でじこっても! のこった『ハケモン』でたおしてかつ! それが『はんようりろん』なんだからぁ!」
『なるほど、まだ絶望していなかったのか! いいねぇ元気な子供は大好きさ!
だが希望を抱こうと信念を貫こうと負けが勝ちになったりはせんよ。諦めた方が身のため心のためだ』
「そうだねぇ……『かちすじ』がないいじょう、『やくわりろんり』だろうと『はんようりろん』だろうとどうしようもないよぉ……
でもねぇ……。そう、『なむこちゃん』がさっきいったことはただしいんだよぉ」
「私……? えっと……『神頼みしか』……?」
「そのまえだよぉ」
「その前……『おかしいじゃない、勝ち筋がないなんて』?」
「そう! そうだよぉ……『おかしい』んだよぉ。『ありえない』んだよぉ!」
『ははははは! 何かと思えば現実逃避かね? 現にありえているではないか!』
「そうだねぇ……。どんなにぜつぼうてきなせんりょくさでも、『かちすじ』が0ってことは『ありえない』。
でもその『ありえない』が『ありえてる』……だったらそこには……」
「! そっか! 『勝ち筋を0にするだけの理由がある』ってことね!」
「盲点だったわ……! なまじ勝ち筋が見えるばっかりに、どのルートを辿るかばっかり考えてた……!」
「そういうことだよぉ!」

希望が見えてきた。いえ、実は状況は全く進展していないけれど……。折れかけた私たちの心に再び火が灯った。

『なるほど燃えてきたというわけか! しかし折った上に火をつけたらどうなるか知っているかね? 燃え尽きるんだよ!』
「言ってなさい……!」

「『アイ』、てつだってくれる?」
「『アイ』? 誰よそれ」
『(i)私デス。AI、人工知能の「アイ」です。以後お見知りおきを』
明香ちゃんのタブレットが喋っている。そういえばさっきはゴタゴタしてて気付かなかったけど、これって『Siri』ってやつ?
「じゃあ『アイ』、かいせきおねがいねぇ」
『承諾。都市伝説「赤マント」。誘拐犯の赤マント。子供――それも少女を攫い、暴行して殺すとされる都市伝説です。
少女を攫う――ある種の空間移動系、あるいは支配系……そういった能力を持つ場合が多いとおもわれます。
更なる解析のため、調査用機を向かわせます――』
言うと、タブレットから小さな軍用機のようなものが飛び出した。機銃の代わりにカメラやレーダーのようなものを積んでいる。
一応銃も積んではいるが、とても小さい。あくまで補助、といった感じだ。

535ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:41:56 ID:f80yHIr.

『召喚攻撃かね? 無駄だと分かっているだろう!』
案の定弱弱しい銃撃をマントで防ぎ、そればかりか出現させたナイフで飛行機に反撃する。

『おや!』
が、当たらなかった。正確には飛行機が巧みな飛行テクでかわしたのだ。

『なるほど避けるか……ふむ、AI、軍用機、回避力……差し詰め「できすぎたAI」といったところかね?』
「……こたえるひつようはないよぉ」
『ははは! 正解と受け取ろう! どちらでも同じだがね!』
『できすぎたAI』――『ハドソンが開発した出来過ぎたAI』。
ハドソンのゲームソフト『ボンバーマン』のAIは、爆弾を避けたりアイテムを拾ったりなど『高性能』過ぎたため、
『軍事転用』できてしまう――確か、そんな内容の都市伝説だったはずだ。

『(i)解析結果が出ました。彼は『赤マント』には間違いありませんが、それだけではありません。もう一つの都市伝説を内包しています』
「……! 『飲まれた元契約者』!」
『肯定シマス。おそらくはそうでしょう。「赤マント」のほかにもう一つの都市伝説反応を感知しました。
<!>しかし特定まではできませんでした』
「のまれた、もとたじゅうけいやくしゃ……」
「『それ』が『無敵』のトリックなのよね、トリック!」
『肯定シマス。(?)調査を続行しますか?』
もう一つの契約都市伝説。勝ち筋のなさ――無敵性。私たちのいかなる攻撃も防ぐトリック。
『赤マント』……少女を誘拐する……一説には『異界に攫う』っていうのも……契約してたんなら『拡大解釈』で
『魔物を召喚』したり『異界を通ってテレポート』したりしても……。
この『赤マント』がやったことって『ナイフを飛ばす』以外では私たちの攻撃を防いだだけ。つまりそこがメイン……?

「『たじゅうけいやく』っていっても……あの『あかマント』、ぜんぜんのうりょくつかってないよねぇ?」
「うん。私たちの攻撃を無力化しただけね。あとナイフ。ここまでの情報じゃどう見ても一点特化よ一点特化」
「そうね。『アイ』の解析がなければ『多重契約』だなんて発想には絶対に至らなかったわ」
通常、多重契約とあれば能力を2つ以上持っていて然るべきだ。たとえば私にしたって「倒した相手を仲間にする」『エスタークを5ターン以内に倒すと仲間にできる』と、
「死んでから一定時間内の相手を回数制限つきで蘇生する」『水中呼吸のマテリアでエアリスが復活』と複数の能力を持ってるんだから。
……実は最近『自動販売機の隠しコマンド』とも契約したんだけど……それはまた今度。

「ねえ二人とも。ここは推理を進めるために、みんなの都市伝説を教えあわない?」
もちろんあいつには聞こえないように――と付け加える。

「いいよぉ。かくすほどのものでもないからぁ」
「もちろんよもちろん。こういうのは話し合いが大事よね」

二人とも賛成してくれたので、まずは言い出しっぺの私から説明する。
説明が終わると、それじゃあ次は私が行くわ、と南夢子ちゃんが言った。

536ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:43:25 ID:f80yHIr.

「私の契約都市伝説、まず一つ目が『蒸しちひろ』――を核とした、『ガチャのオカルト』。
単発だとか、午前二時にやるだとか、光が強くなった瞬間に引くとか大成功・極大成功が出た時に引くだとか、そういうの。
今回は『アロマディフューザー』で私自身を蒸して、二つ目の都市伝説を補助したわ。つまりほぼサポート能力ね」
「二つ目は『描けば出る』。能力はオーソドックスに絵の具現化――なんだけど、単体で使っても出てきてくれないことがあるの。
……ガチャや某お船ブラウザゲームなんてこんなものよね、って話だけど割愛よ割愛。
ともかく、これにさっきの『ガチャのオカルト』を組み合わせることで、確実に具現化できるようにしてるの」
ちなみにレア度が高いほど出にくいのよ――底なし沼よ、底なし沼、と南夢子ちゃんは言う。

「三つ目は『1STPAI』。存在しない音を聞かせる能力よ。今も念のため使ってるわ。この会話が盗み聞かれないように」
『1STPAI』。太鼓の達人wii2に入ってる、存在しないはずの71曲目。公式も認知してるらしいけど、都市伝説としての体裁は保ってるわよね。
『ないはずのものがある』――都市伝説の基本だもの。『十三階段』とか。

「四つ目は『Zエンド』――『Zエンドは都市伝説』。能力は『最悪な結末をなかったことにする』……まぁ、バッドエンド回避の能力よ」
最悪しか回避できないから中途半端よ、中途半端、と南夢子ちゃんは自嘲する。
確かに『最悪の結末しかリセットできない』という点ではお兄ちゃんの『ゲーム脳』に大きく劣る。
でも、それは逆に言えば『何が最悪か確実にわかる』ってことで、その点は長所なんじゃないかしら?
お兄ちゃんのじゃ納得いかない限りすべての結果に総当たりしないといけないしね。

「以上、今のところこれだけよ」
と、南夢子ちゃんが説明を終えると、じゃあさいごはわたしだねぇ……と明香ちゃんが言う。

「わたしの契約都市伝説はねぇ……まず『高橋名人逮捕説』。これは『触れたものにバネを仕込む能力』だよぉ」
なんか一気にジョジョっぽくなってきた。

「二つ目は『ゲンガーはピクシーにゴーストが憑りついたもの』。昔契約してたけど今はなくなっちゃった、『XYには新たなタイプとしてようせいタイプが登場する』の影響でぇ……」
『ようせいタイプ』――確かにXY発売前なら都市伝説でも、発売されて――しかも現実になっちゃったら、都市伝説としての形は保てないわよね。
「わたし自身が『ピクシー』になって、『ゴースト』を操れるんだぁ。もちろん『ゲンガー』にもなれるよぉ」
やはり憑依させてゲンガーになるのだろう。

「それで、『ゴースト』はふつうに技が使えるんだけど……私が変身する『ピクシー』は、どうも相性が良くなかったのか……ほとんど技が使えないんだ。
具体的に言うと『はねる』だけ。……特性はちゃんとあるんだけどねぇ」
メロメロボディ、マジックガード、てんねん……どれも有用だが、技が『はねる』だけじゃ直接戦闘には向かないだろう。
でも使役って……ますますジョジョっぽくなってきたわね。

「それを補うために契約したのがぁ、『はねるを使うと低確率でじしんやじわれがおこる』だよぉ」
ナマズなんかが跳ねたりするのが地震の前兆だったことから生まれたポケモンのガセネタ……だったはずだ。詳しくは知らないけど。
「能力は簡単に言うと『ゆびをふる』。わたしが『はねる』とランダムで『技』が出るんだぁ」
なるほど、全ての技からランダムでひとつ出す――相対的に、じしんやじわれも低確率で出る、ってわけね。

「それで最後が『できすぎたAI』。AIの超高性能化、AI制御のミニチュア兵器の召喚、あとゲームの軍事転用なんかが能力だよぉ。
これはとびっきり相性がよかったんだぁ」
こうしてみんなの都市伝説紹介が終わった。なるほど、私のは全部別能力だけど……

「似たような能力で別の能力を強化する――そういうのもあるのね……あっ!」
「どうしたのぉ小奈美ちゃん?」
「何か気付いたの?」

537ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:44:18 ID:f80yHIr.

「……ねぇ『アイ』」
「なんでしょう明香サマのご友人――小奈美サマ」
「もしも、もしもの話なんだけれど……『ほとんど同じ系統の都市伝説と多重契約したら』……。
たとえばそう、『雪女』と契約してる人が『つらら女』と契約したりしたら……どうなるの?」
『(i)場合によります。二つの都市伝説を「違うように解釈」すれば全く別の能力になります。
……同じように解釈した場合、同じような能力を二つ持つことになります』
「……じゃあ、全く同じ解釈をしたら?」
似たような能力で能力を補強する――だったら、全く同じ能力で補強しようとしたら?

『(i)その場合、能力を起点に都市伝説が融合し、何倍にも増幅する――「強化契約」となります
あるいはそう、それらしい言い方をするならば「同一視」でしょうか。別々の伝承がどこかで習合される、というのはよくあることです。
この例とは異なりますが、「客の消えるブティック」と「だるま女」や「臓器売買」だって、組み合わされば「消えた客の末路は」――あるいは「だるま女はどこから来たか」の両方を解決することで、説得力を増しますからね』
「やっぱり……! 分かったよ二人とも!」

少女を攫う都市伝説。無敵性。それにばかり目が行っていた。だが、『赤マント』の姿にヒントが隠されていた。
白い顔、白い手、白い帽子、白い足。どうでもよくなかった。重要だったんだ。

「わかったって……としでんせつがぁ?」
「そう! 二人とも、おかしなことを聞くんだけれど……。あの『赤マント』が、もしも赤マントを羽織ってなかったらどう思う?」
「どうって……。『赤マント』が赤マントを羽織ってなかったら何でもないわよ。ただの白い帽子かぶった全身真っ白の――あっ!」
「あああああ! もしかしてぇ!」
「そう! おそらくもう一つの契約都市伝説は『歩行者専用道路の標識は少女誘拐が元』!」
「『赤マント』と同じ『少女誘拐系都市伝説』……!」
「ええ、そして多分能力――解釈は、『少女を誘拐する都市伝説』であるが故の、『少女に対する絶対性』なんじゃないかしら?
魔法少女だろうと怪力幼女だろうと、最終兵器小学生だろうと、等しく攫う――」

ぱちぱちぱちぱち、と、『赤マント』が拍手していた。

『ブラボー! ブラボー! いやあ実にすばらしい! 元気な少女は大好きだが賢い少女も大好きさ!
ああ、その通り正解だとも。私は元「赤マント」と「歩行者専用道路の標識は少女誘拐が元」の契約者!
少女からの如何なる抵抗も通じない――相手が少女である限り必ず勝つ。それが私の能力だよ。
ははははは! どうだね! せっかく頭をひねって出した結論が「絶対に勝てない能力でした」だった気分は!
君たちの思考は無駄だったのだよ!』

と、私たちの話し合いの間一切攻撃をしてこなかった『赤マント』が言う。
どうもおかしいとは思ったけど、絶対有利ゆえの余裕だったのね。

「笑止千万よ笑止千万。そんなわけないじゃない。ねぇ?」
「その通りよ。トリックが分かったのと分からないのとじゃあ天と地ほどの差があるわ」
「そうだよぉ……『むてきというのうりょく』ってわかった。それだけでしゅうかくなんだよぉ」

『負け惜しみだ!』
「勝てないなら勝てないでやりようはあるのよ!」
言うと、南夢子ちゃんが丸めた紙を上空に投げた。
『……? そんなもの……』

538ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:46:25 ID:f80yHIr.

なんということでしょう。
その時(とき)空から、不思議な光が降りてきたのです――

「あれは……?」
『誰だ? 誰だ? 誰だ? 誰なんだ!?』

『それは……ナナでーっす☆』
『うわぁ』
『ああーっ! ちょっと引かないで下さい! ん゛ん゛!
ウサミンパワーでメルヘンチェーンジ!
夢と希望を両耳に引っ提げ、ナナ、頑張っちゃいまーす! ブイッ♪』
『うわああああああ! キツイ!
これは少女か? 少女なのか!? 17歳なら少女……いやしかし17歳にしてはキツすぎる……
これが少女か!? 少女なのか!? 見た目は17か18かそれくらいの少女だが……いやだがしかし……』
『ナナは17歳ですよ! ピチピチのウサミン星人ですっ』
『ピチピチとかいうやつは最早少女じゃな……あっ
いや待て少女も何も、どう見たってあいつが召喚したんだから私の能力の範囲内ではないか! 関係なかったわ!』
如何に無敵でも、心は動揺する――元人間であるが故の弱点。もちろん都市伝説だって慌てるし焦るが、人間はそれがより顕著だ。

「もう遅い。手遅れよ手遅れ」
『なっ――』

その時はすでに、私たちは大空を飛んでいた。巨大になった『エスターク』の背に乗って。

「『エスターク』を『ぐんじてんよう』したよぉ。ふぇぇ……おなじ『ゲームけい』だからあいしょうがよかったみたいだねぇ」
「もちろん私も手伝ったわ。『描けば出る』――艦娘ならぬ艦エスタークってところかしら?」
などと言っても聞こえないくらい遠くに飛んでいた――跳んでいた。

『逃がすものか! 降りて来い!』
などと言って降りる人間なんているわけないじゃない。
このまま遠くまで逃げてしまおう。あれは子供には無敵でも、大人相手じゃ無力だろうから。
正面切って勝てなくとも、逃げるが勝ち――

『ああ、何ということだ! そんなに遠くまで逃げられたら……』
悔しそうに『赤マントは』叫ぶ。どうやら作戦は功を奏し……

『追いかけるしかないではないか!』
ていなかった。『赤マント』はそのマント姿に似合う『飛行』を行った。
……って、ウソでしょう!? 『如何なる抵抗も通じない』って逃走も!?

「『ゴースト』、『くろいまなざし』!」
明香ちゃんが出現させたゴーストが『赤マント』を睨む。
『むっ……』
『赤マント』はしばらくその場から動けなくなるが、
『甘い!』
と、すぐに拘束を振りほどいてしまう。

「ふぇぇええええええ! どうしよぉ!?」
「落ち着きなさい! 一瞬でも足止めできるなら、何度も使ってその間にできるだけ逃げればいいでしょ!」
「あっ、そっかぁ! ……って、『くろいまなざし』のPP5しかないよぉ!」
「はぁああああ!? ポイントアップくらい使っときなさいよ!」
とはいえ、たとえ最大まで使っていても8回しか使えない。そもそも永遠に逃げているわけにもいかないし……

「決め手に欠ける……やっぱりどうにかして倒さないといけないのね」
「そうだねぇ。ぐんようきやなむこちゃんの『かけばでる』をつかっても、あしどめにはげんどがあるだろうし……」
「私も賛成よ賛成。あいつを倒せばすべて解決。『不可能だ』って点に目をつむればね」
そう、問題はそこなんだ。今現在もあいつの勝ち筋は消えてないし――私たちの勝機も見えない。
少女に対して絶対無敵――私たちにとってはこの上なく恐ろしい能力。というか、そんなのがこんなキャラ紹介話に出てきていいものなの……?

539ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:48:01 ID:f80yHIr.
「……ねぇ小奈美ちゃん。大人に頼るしかないんじゃない? 今から探すんじゃ無理だろうけど……たとえばあなたのお兄さんなら、あいつの能力も通じないでしょ? だから小奈美ちゃんの家に行くっていうのはどう?」
「そっか、そうだね。いい考え――ああ! ダメだわ。お兄ちゃんは今部活……まだ学校よ。お父さんもお母さんも家には居ないわ」「それならちょくせつがっこうに……あっ、うん。だめだねぇ。さわぎになっちゃう」
如何に都市伝説契約者が多い学校とはいえ、こんなに目立つ姿で入れば私たちまで指名手配されかねない。組織?とかに。

「最悪よ最悪……! これでまだ最悪じゃないってのが最悪よ……!」
大人を探す――だけならまだしも、大人でしかも契約者、それでいて協力的な人間を探すなんて到底不可能。
つまり知り合いに限ることになるけど、お兄ちゃんもその知り合いもみんな学校。
そして学校に飛び込むわけにはいかない――つまり手詰まり。いや別に韻を踏んだわけじゃなく。

「どうしよぉ……こなみちゃんのおにいちゃんがぶかつとなると、こうこうせいはみんなぶかつだよねぇ……
だったらおなじしょうがくせいしか……でもそれじゃあ……」
同じ小学生に頼るしかない。……けれど、たとえ竜を召喚できても少女である以上は敵わない。
いったいどうすれば……今度こそ神様に祈るしかないっての? ……神様? ……あっ

「そうだわ! 神様の力を借りればいいのよ!」
「突然何を言い出すの!?」
「そうだよぉ! さっきのたんかはなんだったのってことになるよぉ!?」
「二人ともよく思い出して。ほら、居るでしょう? 私たち卓ゲ部きっての『演技至上主義(リアル・ロールプレイヤー)』。
『狂人の振りとて大路走らばすなわち狂人なり』を地で行く二人。邪神に魅入られた狂信者と神様に愛されてるとしか思えない幸福者」
「「……あっ!」」
二人は声をそろえて言う。どうやら気付いたらしい。

「クトゥルフしんわTRPGがだいすきなじゃしんマニア、『縷々家 蓮香(るるいえ れんか)』ちゃんと……」
「パラノイアをこよなく愛する幸福厨、『原野 伊亜(はらの いあ)』ちゃんね!?」
「そう! あの子たちなら場所もわかるし……何より『赤マント』をどうにかできそうだわ!」
「そうと決まったらさっそく電話するわね!」
と、南夢子ちゃんがスマートフォンを取り出す。今時の子供はほとんど持ってる。……もちろん、蓮子ちゃんと伊亜ちゃんも。
「わたしはあしどめにせんねんするよぉ!」
「それじゃあ私は『エスターク』の操縦ね!」
『私もバックアップいたします』
3人で役割を分担する。うん、希望が見えてきた。

「………………もしもし、伊亜ちゃん?」
【あら南夢子ちゃん。幸福ですか?】
「ええ、幸福よ幸福。ところで今どこにいるの?」
【それは重畳。市民としての義務を果たしていますね。……今ですか?
そうですね……えーっと、近くに『パチンコ噂話』があります。蓮子ちゃんも一緒ですよ。……何かあったんです?】
「ええ……実は今ピンチなのよ。無敵の『赤マント』に襲われてて……」
【『赤マント』と『歩行者専用道路の標識は少女誘拐が元』の元多重契約者――少女に対する絶対性ですか。わかりました。友達の幸福を侵すものは見過ごせません】

【……と、言うことです。聞こえていましたね蓮香ちゃん?】
【うん、もちろんだよ! その赤と白で構成される生物の忌まわしき所業に私の中で黒いタールの如き不快感が這いずり回るわ。
そのものを神々の生贄にせねば気が治まらない――狂気じみた名状しがたき使命感を覚えたの】
【それでは蓮子ちゃん。南夢子ちゃんたちが来られるように、目印をお願いします】
【いあ! 任せておいてよ! 『キタブ・アル・アジフ』――いあ! いあ! ハスター! ハスター・クフアヤク・ブルグトム・ブグトラグルン・ブルグトム! アイ! アイ! ハスター!
……『バイアクヘー』、少し『目印』になってくれるかしら? 見るものを混迷と恐慌に陥れる感じで……】
【いや陥れたら困るんですよ。南夢子ちゃんたちが来るんですから――と、そういうわけです。お待たせしました南夢子ちゃん。
蓮香ちゃんの『バイアクヘー』……『ビヤーキー』が目印です。その近くに私たちはいますよ】
「うん、わかったわ。ありがとう伊亜ちゃん! すぐに向かうわね!」

540ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:48:47 ID:f80yHIr.

「……小奈美ちゃん、『ビヤーキー』が目印よ、『ビヤーキー』!」
と、通話を終えた南夢子ちゃんが言う。
「オーケー。全速前進よ!」
空の高い位置に蝙蝠とも違う名状しがたい生物が見える。あれが『ビヤーキー』ね。

「『エスターク』、GO!」
なので、私達はそちらの方向にまっすぐ飛んでいく。追いつかれないように。

『む! いきなりスピードを上げた……何か見つけたか? しかし無駄というもの!』
「ふぇぇ……くろいまなざしのPPもきれたし、あしどめもそろそろげんかいかもぉ……!」
「もう少しよ……! 踏ん張って!」
「……うん! はんようじょはさいごまでしょうぶをすてないよぉ……! 『はねる』!」
明香ちゃんが小さく跳ねる。(落ちないように)。しかし何も起こらない。
――わけではなく。明香ちゃんの口から巨大な光線が発射される。まるで何もかもを破壊するかのような威力。そう……

明香ちゃんのはかいこうせん!

『おお! ずいぶんと子供に似合わぬ高威力だ! ああ、強い子供も大好きだとも――しかし無駄だ!
どれほど威力が高くとも、私に子供の癇癪など――!?』

たしかに『赤マント』にはかいこうせんは通じない。しかし……私たちの『エスターク』はその反作用で加速していた。ロケットのように。

『くっ……そのような使い方が……! 無駄だというのがわからないのか!?』
「はぁ……はぁ……むだじゃないよぉ……」
「その通り。そしてそろそろよ!」
「オーケー小奈美ちゃん。『黒いもや』!」
南夢子ちゃんがただ黒く塗っただけの紙を掲げると、後ろに文字通りの黒いもやが現れる。

『くっ……前が見えん……! いったん降りよう、いつでも追える!』
どうやら『赤マント』は地面に降りたらしい。だけど下には……

「あなたが『赤マント』ですね? 市民、あなたは幸福ですか?」
「私は不快感を必死で抑えながら空から降りてきたその異形の物体を凝視した。
ただれた皮膚のように、あるいは滴る血液のように狂気じみた赤色が純白の……薄汚れた白を包んでいるわ」

うん、相変わらずね。

『何だ!? ……いや、しかし私は紳士なのでね。意味の分からない子供でも……』
「質問に答えなさい。もう一度問います。市民、あなたは幸福ですか? ……次はありません」
『わけのわからないことを……』
「幸福ではない? ……幸福は市民として当然の義務です。反逆者を発見しました――蓮香ちゃん」
「ああ、済んだ? 今回ばかりはいつものそれ、やらなくてもよかったんじゃないかな……?
私は名状しがたい赤色を眺めながら、唸るように呟いたわ」
「あることないこと叙述するのはどうかと思いますよ……。普通に赤いし唸ってもいないです」
「ともかく、やりましょう。『ニトクリスの鏡』」

蓮香ちゃんの目の前に鏡が出現し、ショゴスをはじめとした悍ましい生物が深淵の暗黒から這い出てくる。
その不定型な身体を引きずりながら、狂気じみた赤色を捕えるべく、名状しがたい這いずるような、舐め回すような不快な音とともに
這い寄るのであった」
「途中から声出てますよ!」

……なんか地の文を乗っ取られた気がするけど、ともかく。
『な……なんだこの……ひっ、ひぃぃいいい……お、落ち着け……こっ、子供が召喚したものじゃあないか……私には到底……』
どうやら正気度ロールに失敗したらしい。目論見通り人間の根源的恐怖――未知への恐怖を煽るという作戦は成功かしら。

「さぁ、もっともっと暴れましょう! 徹底的に冒涜的に! 名状しがたいほど忌まわしく! コズミック・ラグナロクよ……!」
こっちもなんか狂気(あが)ってらっしゃる!?
強力な神話生物を次々召喚し、『赤マント』を攻撃する……というかこれ見つかったらまずいのでは?

541ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:49:28 ID:f80yHIr.
「もやで隠しておいて本当によかったわね……」
南夢子ちゃんが言う。そう、ここでの状況は外からは見えないだろう。ちなみに私たちには見えないこともないのだが、やはり霞がかって見えている。だから発狂しないで済んでるけど、そこは割愛。

『わ……私は紳士……そして無敵だ……こっ、このような子供の悪戯に慄くことなど……!』
しかしやはり、神話生物の猛攻も赤マントには到底通じず、弾かれてしまう。周囲の壁に当たったりなど、『赤マント』にはノーダメージだ。

『はぁっ……はぁっ……動け……! 動け……! 「誘拐」……!』
すると、『赤マント』を這いずっていた『ショゴス』らが消えた。

『く……くくく……はははははははは! やった! やったぞ! 誘拐してやった! これで私は解放される!』
「あらあら、随分楽しそうですね反逆者。しかし幸福とは程遠いといえましょう。反逆者は排除です」
言いながら、伊亜ちゃんが何かを投げる。

『む? ふん! 何をするかと思えば小石を投げただけか! 子供らしくて好ましいが、それで排除とは!』
どうやら石だったようだが、当然『赤マント』には通じず、弾かれる。……ん? その方向は……
しめたわ、『解放』!

ぶぅぅぅぅぅぅぅぅううううううん、と耳障りな音が響き渡る。
弾いた石の行き先が悪くて――良くて。そこには蜂がいた。石をぶつけられて怒り狂った蜂が飛び出す。
狙いは当然、『赤マント』。

『なっ……!? そんなところに都合よく蜂だと!?』
都合よく――ではない。私が待機させておいた、私の仲間(はち)だ。それをこのタイミングで解放(にが)した。
私の支配下だと何のダメージも与えられないが、野生とあらば話は別。これほど恐ろしいものはない。

『おおおおおおお!』
当然、『赤マント』もそれが野生であると理解しているらしく、思わず飛びのいた。

『うお!?』
飛びのいた先にぬかるみかバナナの皮でもあったのか、『赤マント』が体勢を崩す――整えようとするも間に合わず、壁にぶつかる。
『くっ……早く離脱を……! 蜂に刺されては流石の紳士もたまったも』
といったところで、突如崩れ落ちた瓦礫に『赤マント』が埋もれた。下敷きになったのだ。

542ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:50:08 ID:f80yHIr.
……石を投げただけでこの結末。本当、神様に愛されてるとしか思えない。

「……やはり反逆者でしたね。市民として当然の義務も果たせないとは。あなたの敗因をお教えしましょう。……聞こえていないでしょうけど。
慢心したから? いえ、違います。 能力を悪事に利用したから? そんなわけがありません。 契約都市伝説が悪かった? まさか。寝言は寝て言うものです。
答えは単純。私は『幸福だった』――義務を果たした。しかしあなたは義務を果たさなかった。
完璧で幸福であるという義務を果たしている善良な市民が勝利を収めるのは当然の帰結です」

この場合、幸福というより幸運って感じだけど……そう、そこが伊亜ちゃんの恐ろしさ。
この子はただひたすら、寒気がするほど運がいい!

「相変わらず名状しがたいほど冒涜的な幸運だね、伊亜ちゃん!」
「幸運ではなく幸福です。私は市民(ひと)として当然のことをしているまでですよ」

「ありがとう、二人とも!」
安全を確認すると、私はエスタークから降りてお礼を言った。

「たすかったよぉ……いちじはどうなることかとぉ……」
「感謝感謝よ、本当に!」
続いて明香ちゃんと南夢子ちゃんも降りてきた。

「礼には及びませんよ。友達の幸福は私の幸福でもあります」
「そうだよ。友達を脅かす忌まわしい存在は深淵に飲まれればいいのよ」
頼もしい。

「それじゃあ、今度こそ帰ろうか」
「いあ! そうだねっ!」
「小奈美ちゃんと手をつなぐのはわたしだよぉ……」
「は? どう考えても私でしょ? 抜け駆けは禁止よ、禁止!」
「ああもう! 明香ちゃんは右南夢子ちゃんは左!」
「「はいっ!」」
「相変わらずいちゃいちゃと幸福そうで何よりです。……ところで蓮香ちゃん」
「いあ? どうしたの?」
「そう、それです! その『いあ!』って返事とか掛け声、私が呼ばれてるみたいでドキッとします!」
「……ダメ? もしかして嫌だった……?」
「い、嫌ってわけじゃ……その、蓮香ちゃんに呼ばれるのは悪い気もしないっていうか、幸ふ……っていうか……その……」
「伊亜ちゃんは人間には発音できないような声で、唸るように、吠えるように、咳き込むように呟いた。
当然私は聞き取れなかったので、何か言った? とそう尋ねるわ」
「だーかーらー! 私は唸っても吠えても咳き込んでもいません! そして何でもないですっ!」
そっちもいちゃいちゃしてるし……いやそもそもわたしたちはいちゃいちゃなんてしてないし……

「登場早々キャラが崩れ始めたわね、伊亜ちゃん」
「うるさいですよ!」
私の指に指を絡ませながら、南夢子ちゃんが言うと伊亜ちゃんは声を荒げる。

「ふぇぇ……そういう南夢子ちゃんはどういうキャラなのかつかめないよぉ……」
「明香ちゃんが名状しがたいほど冒涜的な言葉を発した。この場の誰もが思っていたが口に出さなかった忌まわしき事実。
それは南夢子ちゃんを混沌とした深淵に――」
「あーもう! だから蓮香ちゃんはいちいちくどいのよ! そういうのは自分の一人称視点の地の文でやりなさいよ!
そしてこの場の誰もが思ってたってどういう意味よ!」

明香ちゃんは私と腕を組んでいる。
うん、確かに蓮香ちゃんの叙述はいちいちくどいけど、それにしても南夢子ちゃんはここにきて畳み掛けるようなメタ発言ね。

「……やっぱり気にしてるの、南夢子ちゃん? 別に私は良いと思うよ? 一部の単語の繰り返しとメタ発言が個性でも。
使いづらくてもさ、それが南夢子ちゃんなんだから」
「小奈美ちゃん……! 小奈美ちゃんならそう言ってくれると……ん? これって喜んでいいのかしら?」

ともかく、これ以上襲われないように今日は集団下校だ。
怪人でなくとも子供を攫う変質者は恐ろしい。都市伝説だってたくさんいる。
いざというとき一人だと何もできないんだから。





                   続く

543続々・戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/14(金) 23:06:15 ID:1lA8qsyE
 さて、治療室は忙しくなっていた
 原因は、只今行われている、X-No,0ことザンとのスペシャルマッチだ
 試合開始と同時にザンがステージの地上を海水で満たしてしまった為、それに対応しきれず溺れて気絶した者がどんどこと治療室に運ばれ続けているのだ
 更に、ザンが戦闘舞台に立ち並んでいたオフィスビルを派手に破壊した結果、初手の海水を逃れて潜んでいた者が烏賊足もしくはタコ足になぎ倒されて気絶したり、落ちて溺れたりで更に気絶者が増えた
 治療室には憐が撒き散らしてしまった治癒の力がこもった羽根が大量にあるとは言え、溺れた者に関してはきちんと処置をする必要がある

「……それを、こうしてパッパッと対応出来てんだから。やっぱり優秀なんだよな、あんた」
「はっはっは、もっと褒めても良いのだよ、我が助手よ」

 が、だ
 そうしてたいへんと忙しいさなか、「先生」は特に慌てた様子もなく、てきぱきと対処していっていた
 治療室のベッドに、どんどんと治療を終えた患者が寝かされていく
 灰人ももちろん手伝っているが、それにしても早い
 一人で数人分もの仕事をこなしていっている

「これ、私はそろそろ回復したし、邪魔になるかしら?」

 次々と患者が運ばれてくる様子に、瑞希がそう「先生」に問うた
 ある程度食べた為、動けるようにはなっている

「あぁ、いや。念の為、検査をしたい。治療はすでにすんでいるが、何かしら身体に問題がおきていては困るしね」
「特に問題はないと思うけれど……」
「自分ではそう思っていても、知らず知らずのうちに何か起きている、ということはあるものさ」

 手慣れた様子で治療していきながら、「先生」は瑞希にそう告げた
 ぼろぼろと問題発言をしている「先生」であるが、一応医者としてはしっかりしているし、優秀であるらしい

「に、しても。全くもってあの御仁は容赦がない事だ。一部「今回はこれは使わない」と言うような制限があるからこれですんでいるのであろうなぁ」
「そうね、ぜひとも戦いたかった………!」
「やめよう、ご婦人。あの御仁容赦ないのと烏賊足タコ足にご婦人のような女性が絡め取られたら青少年の何かが危ない」
「何言っているんですか、この医者」
「殴りたかったら殴って大丈夫だぞ」

 文のツッコミに、灰人がそう助言した
 助言と言って良いのかどうか不明だが、殴っても問題ないらしい
 灰人にとって「先生」は師匠のような存在であるはずであり、この扱いでいいのかと問われそうではあるが、少なくとも灰人はこの扱いを問題であると感じていないようであるし、「先生」も全く気にしていない

「……あれは、昔と変わっておらんね、本当に」
「?…貴方は、ザンの事を以前から知っているのですか?」
「まぁね。私は「薔薇十字団」所属だ。「組織」から逃げ回っていた頃のあの御仁とは何度も会っているよ」
「………貴方、年齢いくつなの」

 思わず、そう口に出す瑞希
 この「先生」とやら、外見年齢は20代半ばから後半程度に見える
 しかし、ザンが「組織」から逃げ回っていた頃、となると20年以上も前の話になる
 都市伝説関係者となると、幼少期からそれらに関わっていた可能性があるとはいえ、「薔薇十字団」所属でザンと接触していた、となればそれなりの年齢になるはずなのだ
 瑞希の言葉に、「先生」は楽しげに笑って

「さてね。見た目よりは爺のつもりであるよ」

 と、そう答えた


 ………ザンとのスペシャルマッチは、まだ、続いている

544続々・戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/14(金) 23:07:00 ID:1lA8qsyE

 ざざざざっ、とボロボロの漁船が「クイーン・アンズ・リベンジ」へと近づいていく
 ゴルディアン・ノットがそちらに視線を向けると、そこから黒と黒髭が飛び出し、「クイーン・アンズ・リベンジ」へと乗り込んできた

「何者かは知らんがよくやった、褒めてつかわす!これで、また大砲による攻撃が可能だ」

 黒は、ない胸をはりながらそうゴルディアン・ノットへと告げた
 彼女は、相手が何者であろうとも常にこの態度を崩さない
 そのせいで中学校の教師からは再三注意されているのだがお構いなしだ
 故に、この場においても初対面(実は初対面ではない可能性があるのはさておく)であるごルディアン・ノットに対してもこのような態度だった

「コの船の持チ主か……砲撃ガ、可能ナんだナ?」
「あぁ、そうだ。「大海賊 黒髭)と契約している外海と言う。無事な砲台があれば、可能だ」

 ザンの起こした爆発によって、大砲も何門か破壊されてしまっている
 流石に、40門もの大砲での一斉発射は流石に不可能だろう
 ……少なくとも、20門程度は無事なようであるが

「どうする、そっちの船に残るのか?」

 と、下の方から、声
 黒と黒髭をここまで運んだ栄が、良栄丸から声をかけたらしい
 「クイーン・アンズ・リベンジ」の周辺には、まだザンが呼び出した狂える船員の姿はないようで、良栄丸に救出された契約者逹もほっと息をついているようである

 今、この段階になってようやく
 少しは、参加者同士で話し合えそうではあるが

「…………」

 クラーケンを操り、飛びかかる「メガロドン」の攻撃をいなしながら
 ザンが、何かを探し始めていた





to be … ?

545ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/15(土) 22:20:29 ID:IaA3KFhI
            「私に近づかないで」
         


私の名前は迎(むかえ)。誰とでも仲良くできるように、来る者拒まずと付けられた名前。
私のお母さんは最高のお母さんだ。料理も上手だし、私をたくさん可愛がってくれる。
私のお母さんはモテモテだ。とっても美人だし、笑顔も素敵。誰にでも優しいので、男も女もみんな夢中。

……あ、そろそろ暗くなってきた? 早く家に帰らなきゃ。
幽霊やお化けと言えば真夜中のイメージがあるけれど、こういう夕暮れ時も怪異が出やすい時間帯なんだよね。
なんて言ったっけかな、こういうの。黄昏時、もそうだけど、もう一つの……

――ああ、そうだ。思い出した。

「逢魔ヶ時――」
逢魔ヶ時。魔に逢う時間。昼と夜の境があやふやになる、人と魔の境界が曖昧になる時間帯。
噂には聞いていたけれど、本当に出るんだね……。

……私は影のようなものに囲まれていた。噂に聞く逢魔時の影だろう。
影は私に近づいてくる。私を襲おうと近づいてくる。
こいつらはこう見えて触れるから、物理攻撃で倒せるらしい。
でも、触るとよくないことが起こるらしい。

うん、正直触りたくない。

「こっ……来ないでください!」
だから私は拒絶する。来る者拒む。えんがちょ。
だけど当然影に言葉が通じるわけもなく、近づいてくる。

けれど、影は私に触れない。
磁石のN極同士が反発しあうように。あるいはそこに壁でもあるかのように。
逢魔時の影は私に触ることができない。

「あ……あなた達みたいなわけのわからないものは好きじゃないんです……!」
私は来る者を拒む。怪しいものは、気味の悪いものは歓迎しない。
そうすれば私は侵されない。私の領域は侵されない。
私は悠々と、間を通り抜けて逃げられる。……向こうから避けてくれる。

「見つけ、ました。人ならざるもの……」
逢魔時の影をまいた私だが、背後に恐ろしい気配と、女性の声を感じ、思わず振り向く。
そこにいたのは半透明の女性。
幽霊――どころではなさそうな、そんな気配。別に、霊感に自信があるわけじゃないけれど。

「排除しなければ。人を守るために人外は排除しなければ。この地を守るために異物は撤去しなければ……」
「な……なんなんですか……! やめてください! 私は関係ない……近づかないで!」
「人ならざるものは排しましょう。全て、すべて、スベテ。余すことなく滅ぼしましょう――」

さっきの影が女性の周りに現れ蠢く。ああ、どうやら話は通じないらしい。
私も話し合う気はないけれど。私はただただ拒むだけ。

「あなた達は嫌い。嫌い嫌い嫌い! 近づかないで……!」
だけど、どれだけ出そうとさっきと同じ。逢魔時の影は私に触れない。

「いけない、イケナイ、いけません。滅ぼさなければ。排斥しなければ。これが駄目なら私が――」
半透明の女性は電撃を飛ばす。やっぱり、私を敵と認識しているらしい。私を倒すべきものと認識しているらしい。
どうして。私は何もしてないのに。

「来ないで……!」
だけど、その電撃は私を避ける。私は電撃も拒む。私が拒めば触れない。

「人ならざるものはあってはなりません。人の平和を侵す怪異は滅ぼさなければなりません」
今度は炎を飛ばしてくる。いわゆる鬼火だ。

「いや……! 火は嫌い! 私に関わらないで……!」
だけどやっぱり炎も私に触れられない。
私は鬼火だって拒絶する。私が拒めば触れない。

「これでも、駄目なのですね……。いけません、イケマセン。排除しなくては、殲滅しなくては――」
特殊攻撃は通じないと見たか。先程の攻撃の影響で崩れた瓦礫を浮かせる。
サイコキネシスまで使えるんだ――いや、当たり前か。幽霊にポルターガイストは付き物だ。

「私は悪くない……! 私は関係ない……! 私は人間! 関わらないで、近寄らないで! 痛いのも重いのも大嫌い!」
私に向かって全方位から、正確なコントロールで瓦礫が襲いくる。いや、正確かどうかはわからないけど。
まさに八方塞。全方位攻撃を、避けることなどできはしない。少なくとも私には。

……だけど、避けるのは私じゃない。全方位からの瓦礫は壁にでも阻まれたかのように弾かれる。
私に触れず止められる。……地面に落ちないのは、サイコキネシスの影響だろう。

私は嫌なものは受け入れない。近寄らないで、関わらないで。
私はまっすぐ進む。だって、そっちが私の帰り道。

546ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/15(土) 22:21:18 ID:IaA3KFhI
「何もかも弾かれます。やはり危険です。いけません、いけません。なりません。残らず排さなければ――」
半透明の女性は私に敵意を向けている。横を素通りしようとする私を、電撃を帯びた手で排除しようとする。
幽霊ならば自分の電気で痺れたりはしないだろう――別に、ゴーストタイプにでんきわざが無効ってわけじゃないけれど。

「都市伝説は、契約者は。人ならざる魔性は。全てすべて全てスベテ滅ぼさなければ。そうしなければ、人に明日は訪れない。この地の平和は守れない」
……ああ、そうか。
この人は私と同じなんだ。私はこの人と同じなんだ。

……そう、『怪異を受け入れない』という点で、この人と私は似通っている。
私の契約都市伝説、『吸血鬼は招かれないと入れない』。
吸血鬼の弱点、そのうちの一つ――とだけ契約した。『悪魔は歓迎されない場所に入れない』という伝承から派生した弱点。

「似ているけれど。親近感を覚えるけれど。出会い方が違えば仲良くなりたくなったかもしれないけれど。
だけどごめんなさい。私はあなたが嫌い。私はあなたを受け入れない。私はあなたを歓迎しない。
少なくとも、このあなたに私の敷居は跨がせない。だって――」

電撃を帯びた腕は。半透明の女性の身体は。壁に拒まれるように、磁石が反発するように。
私の身体を避けて通る。

「だって、自分に敵意を向ける人間を。自分を攻撃する人間を。好きになる人間がどこにいましょう。
少なくとも私は当てはまりません。私はあなたが嫌いです」

……これが、私の能力。『吸血鬼は招かれないと入れない』の拡大解釈。
『すべての怪異は、私が招かないと入れない』。私が迎え入れない怪異は、許可しない都市伝説は、何であっても私に干渉できない。
だから私は受け入れない。
迎なんて名付けられたけど――来る者拒まずと願われたけど。
私は来る者拒んで去る者追わない。私はこんなものに関わりたくない。

「逃がしません、逃がしません。排除します。すべて、スベテ――」
ああ、やっぱり追いかけてくる。だけど私は受け入れない。
怪異そのものも、不思議な力も、不思議な力の影響を受けたものも。

たとえ親近感を覚えても、私は敵対する怪異を受け入れない。
どうせ捕まることはないけれど、私は走って逃げよう。より、拒絶を強く伝えるために。
……やんわり断ろうと、激しく拒もうと、能力の効果に影響はないけれど。
結界能力――というより、フィルター能力。
『受け入れるか』『受け入れないか』の二者択一。
だけど、こんなことからは早くおさらばしたいでしょう?

あれから、どれだけ逃げたか。どれだけ攻撃を拒んだか。
辺りはすっかり暗くなっていた。もう、あの女性は追ってこなかった。
ああ、よかった。だけど、そろそろ夕ご飯かしら。
今日は焼きそばが食べたいな。

……そしてタイミングよく、家に着いた。

547ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/15(土) 22:21:53 ID:IaA3KFhI

「ただいま」
私はドアを開ける。

「お帰りなさいまし、迎ちゃん。ええ、もう大丈夫ですわ――」
と、お母さんが私を迎え入れ、そしてぎゅっと抱きしめる。
あったかい。

「怖かったですわよね……もう大丈夫ですわ。安心して?」
……そう、正直怖かった。私はお化けが大嫌いなんだ。
だからこんな都市伝説と契約した――こんな能力を手に入れた。
だけど、お母さんに抱きしめられるとそんな気持ちも薄れてくる。体の震えも止まってくる。

……止まったからって、お母さんはすぐには離さない。
私はお母さんの温もりを感じる。感じて、感じて、ひとしきり満足すると……。

「さぁ、もうしばらくしたら御飯ですわよ。ご飯の前は手を洗ってね?」
そのタイミングで、私を離す。
やっぱりお母さんは理想のお母さんだ。
私の心も、してほしいことも、手に取るようにわかるみたいに。
私はお母さんが大好きだ。

「……うん。ありがとう。私は上に行く……から。できたら呼んでね?」
「ええ、もちろん。……そうそう、今日は焼きそばですわよ」
……お母さんは本当に理想のお母さんだ。
私が食べたいと思ったものが必ず出てくる。カレーを食べたいと思えばカレーが。スパゲティを食べたいと思えばスパゲティが。
私はお母さんが大好きだ。

……だけど、私はそんなお母さんがちょっぴり怖い。
私の理想のお母さん。だけど、隣の人には理想の隣人に見えるらしい。
クラスメイトには理想のお姉さん――年上の女性に見えるらしい。
先生は理想の保護者と言ってたし、お母さんの友達に、お母さんを悪く言う人は一人もいない。
……妬ましい、が口癖の人も、良く聞くとお母さんの悪口は全然言ってない。
どころか知らない人でさえ、お母さんを嫌うことがない。

……お母さんは誰からも愛されてる。誰からも理想的に思われてる。私はそこが恐ろしい。
だって――だって。誰にとっても理想的な八方美人で。それでいて嫌われないなんて。
まるで――人の理想を演じてるみたいじゃない。
『いいお母さん』を、『きれいなお姉さん』を、『良き隣人』を、『好ましい保護者』を、
『親愛なる友人』を、『好感を持てる他人』を。完璧に演じてるだけで――本当のお母さんがないみたいじゃない。
お母さんはプロの俳優だ。テレビで見るたび、劇場で見るたび、雰囲気が全然違って見える。
普段の生活さえ、その延長なんじゃないか――って、ちょっぴり思ってしまう。怖くなってしまう。

……私の名前は形桐迎。お母さんは形桐飾。
理想的だけど、理想的すぎる。優しくて怖いお母さん。


                       続く

548飢えた子の為に  ◆nBXmJajMvU:2016/10/16(日) 17:37:21 ID:8VsKja/g
 スーパーの中を、買い物籠抱えて歩き回るミハエル
 愛らしい西洋の少年な容姿を利用し、オマケしてもらう為に商店街で買い物する事が多いミハエルだが、どうしても商店街では揃わない物を買うためにスーパーに入ることだってある
 そのミハエルの傍には、いつものようにファザー・タイムが付き添っていた
 ファザー・タイムとしては、自分が買い物籠を持ってやりたいのだが、残念ながらそれを実行した場合、籠がひとりでに浮いていると言う怪奇現象として一般人の目には映ってしまう
 その気になれば人間の目に見える状態となる事もできるが、自分の外見でそれをやっても不審がられるだけだろう、とファザータイムは考えていた
 自分の姿が、今の時代に即していない事はよくわかっている

 ……そして
 今日、こうやって外を歩いているのは、買い物のためだけではない

「話があるそうだな」
「や、悪いね。直接会って話したほうがいいかって思ってさ」

 す、と
 さり気なく近づいてきた黒髪の少年……黄に対して、ミハエルはにっこり、笑いかけた
 周囲からは、たまたま友達同士がスーパーで遭遇した、程度にしか見えないように装う
 何か、非現実的な話をしていたとしても、ゲームや漫画の話だと周囲は勘違いすることだろう
 このあたりは、子供の利点と言えるのかもしれない

「「大きな獲物」についてなんだけどさ………その中で、「餌」にしてもいいのっているかな?」
「餌?」
「そう。お腹空かせちゃってる子がいるから」

 ミハエルのその言葉に、黄はすぐに察した
 「人間を食べる存在」が、あの御方の配下の中にいるのだろう、と
 中には、人間を食べなければ死んでしまう存在とて、都市伝説の中にはいるのだ
 あの御方の配下にそう言った存在がいたとしても、おかしくはない
 以前にミハエルから聞いた話からすると「皓夜」とやらの事なのだろう

「…飢餓が進んでいるのか?」
「うん。ある程度、確保はしているつもりだけど………足りないみたい。この学校町でボクらが合流するまで、うまく食べてこれなかったみたいでさ。その分、足りてないんだと思う」
「……今のままでは、能力を全て発揮できぬし。そう遠くない未来、飢餓で命を落とすことになる」

 こそり、ファザータイムが付け加える
 死神であるファザータイムが言うのだから、餓死の危険性に関しては間違いない

「…なるほど。その腹をすかせている者は。あの御方の配下の中では重要な存在か?」
「うん。そうだよ。あの御方が「死なせないように」って言ってたんだから」

 いつ頃から、皓夜があの御方の配下となったのかは、ミハエルとファザータイムも知らない
 ただ、自分達よりも前からあの御方の配下だった、と言うことだけは把握している
 そして、あの御方は言ったのだ
 「皓夜を死なせてはならない」、と
 だから、皓夜を死なせる訳にはいかない
 その為に「餌」がいる

「そっちの上位メンバーの能力も、新たにわかった事あったら、出来る限り教えてよ。厄介な奴はヴィットに閉じ込めてもらうから」
「閉じ込める?」
「あぁ………仲間の能力で。一人だけ、と言う限定はあるが。閉じ込めて無力化できる。閉じ込められている間は、都市伝説能力も使えない」
「あの御方がいれば、誘惑してもらっておしまいだけど……」
「……まだ見つからないまま、か」

 あの御方さえ見つかれば、「凍り付いた碧」のメンバーを全員、こちら側に引き込む事もできる


 だが、まだだ
 未だに、あの御方は見つからない


(ヴィットリオの能力では、一人を無力化するのが限界。「凍り付いた碧」の上位の者を全て捕らえるのは無理、か……だが、一人でも確保できれば、上々なのやかもしれんな)

 もっとも、まだ慎重に動くべきだ
 皓夜の飢えを凌ぐ事

 それが最重要課題であると、彼らはそう認識していた



 ……近々、鬼の飢餓は、ほんの少し、解消される事となるのだろう




to be … ?

549スペシャルマッチ side-G.K&S ◆MERRY/qJUk:2016/10/17(月) 21:47:26 ID:6gtR5bQg
半壊した海賊船"クイーン・アンズ・リベンジ"の元に集まった参加者達
今回のスペシャルマッチの条件が1対多の戦いであることを考えると
これは貴重な機会である。そう判断したのだろうか、栄に返答する外海を
半ば押しのけるようにしてゴルディアン・ノットが甲板から下へ顔を覗かせる

「おい、少シ聞きたいのダガ」

突然出てきた黒い逆三角(▼)の覆面男(?)に参加者達が思わず沈黙する
彼らの驚き、あるいは困惑をよそにゴルディアン・ノットは言葉を重ねた

「あのザンという男に一撃入レル自信があル奴ハいルか?」
「それは、どういう意味だ?」

困惑する彼らを代表して良永栄が意図を尋ね返すと
ゴルディアン・ノットは乾いた物が擦れるような声で説明を始める

「見たとこロあの男、遠距離かラの攻撃ハほボ無力化シてシまうラシい
 役割を分けルベきダロう。あの男に攻撃スル者と、デカブツを抑えル者とダ」
「そういうことか……」
「今ここに集まっていル者達にも戦闘のやり方デ向き不向きがあルハズダ
 俺ハ近接戦闘もデきルガ、本気デやルなラデカブツの方ガ相手シ易いかラな」
「何か手があるのか?」
「切ル手札くラいハ当然持っていルとも。ソレデ、お前達ハドうなんダ?」



参加者達が集まってザンを倒す手立てを考え始めた頃
メガロドンとザンが操るクラーケンの戦いに変化があった

「……ん?」

モニターを見ている者にはザンが唐突に何もない水面を注視したように見えた
その下にクラゲ型クラーケンが潜んでいることを知っているのは
指令を出したザンのみ。仮に途中で誰かが気がついたとしても水中だ
そう簡単に手が出せるものではない……そのはずだったのだが

550スペシャルマッチ side-G.K&S ◆MERRY/qJUk:2016/10/17(月) 21:48:32 ID:6gtR5bQg
クラゲ型クラーケンから伝わってきた意思は「攻撃を受けた」と「とても疲れた」だ
疲れたと訴えるほど攻撃に抵抗したのだとすれば、流石に気づかないのはおかしい

(つまり……攻撃を受けた結果、疲労させられたか?)

抵抗を指示するが、思ったように動けず攻撃を受け続けているらしい
その結果どんどん疲労が酷く……動きが悪くなっていく悪循環に陥っている
これ以上は隠れていても無意味と判断し、ザンは一度クラゲ型を浮上させることにした
ゆっくりと水面上に顔を出したクラゲ型クラーケン……その頭の上に、誰かいる

「ぷはぁ……ん〜、やっぱり空気があるってステキっ」

水に濡れて体に張りつく金色の髪をかきあげながら
黒いマイクロビキニで豊満な肢体を申し訳程度に隠した美女が立ち上がる
しばらくキョロキョロ周囲を見回したかと思うと

「イエ〜イ!在処ちゃん見てるぅー?お姉さんが帰ってきたゾ☆」

唐突にカメラ目線でダブルピースをしながら謎のアピールを行った
さらにウインクをした瞬間に何故か彼女の周囲でピンク色のハートマークも飛んだ
モニターの向こうで一部の人々が困惑と混乱の渦に飲み込まれたのとは対照的に
ザンは内心のアレコレに蓋をして冷静にタコ型クラーケンに攻撃を指示する
ふざけた格好と態度だがクラゲ型を疲弊させたと思われる相手を放っておく理由もない

「うわっとと?!……もう、女性にはもっと優しくしなきゃダメよ?」

タコ型の触手による薙ぎ払いに対して、彼女は空中に逃げた
コウモリのような黒い羽に赤く輝き始めた瞳。そして攻撃により引き起こされた事象
ザンが脳内で彼女の都市伝説の正体を絞り込む。恐らく――

「まったく!おイタをする子にはお姉さんがお仕置きしちゃうよ!」

ヒラリヒラリと触手を避けながら、ついにタコ型の上に降り立ちしゃがむ女性
例の攻撃が来るとタコ型に振り落とすよう指示を出し

「なに?」

一瞬。本当にわずかな時間、驚きでザンの意識に空白ができる
想定とは違った攻撃方法、そんなこともできるのかという思考の逸れ
本来なら特に問題なかったはずのそれは、エネルギーを充填した直後の
彼女にとって千載一遇のチャンスであり……結果、彼女はやり遂げた

「きたきたきたぁ!これはもう在処ちゃんの評価うなぎのぼり待ったなしでしょ☆」

タコ型クラーケンの体表にいくつものハートマークが浮かぶ
予想外なことにタコ型クラーケンの支配権が彼女に奪われていた
彼女への警戒レベルを引き上げながら、ザンは面白そうに笑みを浮かべた

                                             【続】

551続々々・戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/17(月) 22:56:40 ID:71xyWEJI
 ゴルディアン・ノットの問いかけに……少し悩んだのは、栄
 その様子に、クラーケンがビルを薙ぎ倒した際に落下し、良栄丸に救出されていた蛇城が気づいた

「できそうな者に心当たりが?」
「…あぁ、いや。俺の知らない奴だから断言は出来ない。ただ、「ずっと攻撃機会を狙っている」奴がいる事は、把握している」

 この試合が始まってすぐ、ほんの一瞬だけ良栄丸に乗り込んできた存在
 足場がほしい、とそう言ってきた相手の条件を飲んだ結果、今、「メガロドン」が複数出没していると言ってもいい

「……そういえば。かなりの速度で動き回っている影がちらほら見えましたね」
「確かに、視界の済をちラほラと黒いものガ横切ってハいたな……」
「忍者みたいな格好していたから、ようはそういう都市伝説なんだとは思うが。しっかりとどんな能力かは聞いていない。この感じだと、気配遮断やスピード強化とかそういうったもんだとは思うんだが」

 今のところ、接近しきれていないようではある
 烏賊やタコの触手の合間を掻い潜れていないのだろう

「烏賊やタコを抑えるんなら、「メガロドン」……と言いたいんだが、現状防がれてんだよなぁ。ビルに潜って不意打ち、もやっているはずなんだが。それでも駄目か」
「クラーケンの攻撃を引きつけてくれているだけありがたいと思うべきか。しかし、あの男。どれだけのクラーケンを呼び出せるのだ」

 ちらり、ザンの様子を見ながら黒がそう呟いた
 烏賊型とタコ型のクラーケン。それに加えて、水中にも何やら、いる
 生半可な契約者であれば、一体の召喚使役が精一杯だろうところだが、「マリー・セレスト号事件」に飲まれたザンはザンは、その都市伝説のうちの「クラーケン説」だけで、三体同時召喚使役等やってみせるのだから、規格外だ

「クラーケンにゃ、ドラゴンみてぇな姿やら、シーサーペントみてぇな姿やら説がたくさんあっからな……エビやらザリガニやらの甲殻類の姿で描かれた事もある。そこら辺まで召喚して操れたりしたら、流石にこっちの手が足りなくなるぜ」
「流石に、そこまでの数の同時使役はないだろう………ないよな?」
「途中から気弱になんなよ、マスター………大砲は、やっぱせいぜい使えて20門だな。爆発でだいぶやられた」

 さすが本来は海の男と言うべきか、黒髭はクラーケンに関する知識もある
 ……あったとしても、絶望に傾く情報が増えるだけに終わったが
 一応、警戒すべき事が増えたと思えば良いのだろうか

「そちラの女性ハ?一撃、当てラレルか?」
「…口惜しい事ですが、難しいですね。何度も狙撃を試みましたが、クラーケンによって防がれました」

 昔と違い、サングラスとマスクは外すようになったものの、相変わらず口裂け女と誤解されそうな赤いコート姿の蛇城が答えた
 にょろり、胸元からは「白い蛇」が顔を出し、ちろちろと舌を動かしている
 この「白い蛇」の力で多少は水を操れるものの、残念ながらこの大漁の海水をどうにかできるか、と言うと別問題である


 そして、彼らがそうして話し合っている間に、再び戦況は動き出す
 サキュバスの出現と共に

552続々々・戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/17(月) 22:58:14 ID:71xyWEJI



「神子さん、視界を塞がれますと、試合状況が見えないのですが。お母さんの名前が呼ばれた気がしますし」
「うん、何ていうかね。龍哉には見せちゃいけないものが映ってる気がしてね。ワタシ的にはあぁ言うのも見たほうがいいと思うんだけど、後で蛇城さん辺りがうるさそう」
「蛇城さん参加してるしなー。ザンじゃなくてサキュバス狙撃しなけりゃいいんだけど」
「そうねー。とりあえず直斗、サキュバスの姿写メとるのやめなさい」

 神子の言葉に、直斗はっち、と小さく舌打ちした
 まぁいい。恐らく、晃辺りがちゃんとムービーで撮ってくれていると信じよう

「タコの支配権奪われたのか、あれは………っと?」

 画面越しに、ニヤリと笑うザンの表情を見て
 あぁ、まだ呼んでない奴呼ぶ気だな、と直斗は感づいた


 影がさした
 自分の頭上に、何かが出現したのだ、とサキュバスは気づく
 先程から、烏賊型クラーケンに迎撃されまくっているメガロドンが飛んできたわけではない。何か、別の……

「……!?」

 ぐわっ!!と
 サキュバスの頭上に出現したそれを見て、サキュバスがまず抱いた感情は

「グロッ!?」

 耐えきれずに、思わず口に出してしまった
 そう、グロい
 あえて言うなら、短めの触手がびっしりと生えているような、そんなものが……サキュバスに向かって、落ちてきている
 慌てて避けようとするのだが、そのクラーケン並の大きさのものが落ちてくるとなると、回避は非常に困難であり
 サキュバスに操られているタコ型クラーケンが慌てて撃退しようとしたのだが、触手を絡みつかせて引っ張ろうにも、同程度のパワーのものに落下の勢いが加わっている訳で……

 サキュバスの頭上に召喚された、ヒトデ型クラーケンは、そのまま容赦なくサキュバスへと襲いかかった


 あのヒトデ型まで呼ぶのは久しぶりだ
 疲れているクラゲ型はしばらく休ませるとして、烏賊型だけだと少し防御に不安があるか

「……そうなると、他にも呼ぶべきだな」

 そう呟くザンの後方から、ビルの残骸から飛び出してきた「メガロドン」が襲いかかる
 その巨大な牙はザンへと………届かない

 メガロドンのその巨体が、叩き落される
 ごぅんっ、と腕を振り上げた、それは。これまで召喚されてきたクラーケンと同程度の大きさの…………ザリガニ型クラーケンだった




to be … ?

553 ◆HdHJ3cJJ7Q:2016/10/18(火) 01:04:24 ID:izY9HYqA

戦技披露会。
組織のX-No.0であるザンVSその他大勢というむちゃくちゃなスペシャルマッチ。
開始早々に水没したビル街と化した会場ではそれぞれが自分の能力を活かして動いていた。
その中で主に救助を行っている良栄丸、そのぼろぼろの船の操舵室の屋根の上にY-No.660、黒服Yは立っていた。
見た目はどこにでもいる普通の黒服であるが、目立つ所を上げるとすれば、背中に1.5mほどの巨大なライフルを背負っていることか。
髪も服もびしょ濡れの状態ではあったが、特に戦闘に支障はないようだ。
人差し指と親指を立て銃の形にし、ザンをいる方向へ向けると。

「アーマーショット(徹甲弾)、装填」

手の横の空中に黒色の弾丸が現れる。
まるで、そこに見えないリボルバー式拳銃があるかのように、6発ずつ円形に計12発が浮いている。

「発射」

宙に浮いていた銃弾は左右に別れて弓なりの軌道を描いてザンへと飛んでいく。
しかし隙間を狙ったにも関わらず、クラーケンの触手の滑らかな動作によって全て防がれてしまう。
的に対して弾が小さ過ぎるのか、ほとんどダメージも通ってはいないようだ。
黒服Yは新しく弾丸を作り出してはあらゆる角度、さまざまな軌道を取って発射するものの、その全てはクラーケンに防がれてしまう。
撃ちながら反応を観察し、次はどう撃てばよいのか考えていく。
タコ型のクラーケンはおそらく攻撃用で、接近してきた者を薙ぎ払うべく動いている。
イカ型はおそらく防御用、頻繁には攻撃せずに守りを固めているようだ。
威嚇するかのようにゆらゆらさせている触手が、魔弾を防いだ時と同様にたまに位置を変えていることから、他にも遠くからの攻撃を受けていることが窺える。
1対多数という状況で、クラーケン2体を使役して防御を固めたうえで攻撃までしている。

「……うん。無理だね」

そう言いつつも今度は背負っていたライフルを手に取り構えた。
銃口からは黒い霧のようなものが溢れている。

「よーし、ちょうどチャージ完了したぞ」

守りが固いなら、守りを崩せるほどの一撃を。
脚を前後に開き反動に備える。
ストックを肩に当て、慎重に狙いを定める。
衝撃に負けぬようにしっかりと脚を踏ん張る。
通用するかどうか分からないなら、とりあえず今撃てる最大出力で。

「行け、ブラックジャベリン!」

発射の反動で肩が軋む。
風が唸りをあげて吹き抜ける。
放たれた魔弾は一直線にクラーケンへと突き進む。
そして触手に突き刺さると肉を抉りとるように蹂躙し、大砲で撃たれたかのような大穴を開けた。

続く

554スペシャルマッチ side-G.K&S ◆MERRY/qJUk:2016/10/18(火) 02:06:19 ID:vg/Bw8rc
支配権を奪われたタコ型に代わってザリガニ型が投入されたため
依然としてメガロドンはクラーケン二体を突破することができずにいた
ザンはチラリとタコ型に絡みつかれるヒトデ型を見たものの
すぐメガロドンの契約者を探すべく目線を外した

(あそこまでやれる奴がこの程度で終わらないのは分かりきったことだしな)

気絶でもして支配権を手放してくれればそれに越したことはないが、本命は時間稼ぎだ
ヒトデ型はさっそく例の攻撃……エナジードレインを受け始めている
そこまでは予想の範疇だ。巨大なクラーケンが疲弊し切るまで生命力を奪うのに
どれだけ時間がかかるかはクラゲ型が攻撃された時の状況を元に推測できる
さらにクラーケン一体分を平らげられたところでこちらにそれほど影響はない
だがこの間にメガロドンをなんとかできれば状況は大きくこちらに傾くだろう
そう考えるザンの目の前で烏賊型の触手が一つ、穿たれた


一方、良栄丸とクイーン・アンズ・リベンジに集まった参加者達は
依然としてザンとクラーケンに対抗する有効な手段を見出せずにいた
主戦場となっているザンの周囲でなにやらクラーケンがやられたり
逆に増えたりといった動きはあったが、状況が良くなったとも言い難い

「この海水が無ければやりようはありそうですが……」
「そうは言ってもなぁ」

この状況に適応できる能力者ではいまいち攻めきれていないのが現状だ
蛇城が言うように海水が無ければ取れる手が増えるとは栄も思っている
しかしそれで勝てるかも分からないし、そもそも海水をどうにかする手段がない
さらに言えば海水を一旦どうにかしてもまた水没させられる可能性が高い
どう考えても八方塞がりだろう……そう思っていると

555スペシャルマッチ side-G.K&S ◆MERRY/qJUk:2016/10/18(火) 02:06:53 ID:vg/Bw8rc
「要スルに足場ガ必要なのダロう?」
「確かにそういう話だが、もしやできるのか?」

覆面の男の発言に黒が聞き返す。確かに彼の能力はどうやら布や縄を操作できるらしい
それならば一時的に足場を組むこともできるだろうが……少し心許ないのが正直なところだ

「手札を切レバ、10分ダけ足場を作ルことガデきル」
「10分だけか」
「ああ。暴走サセないためにもソレガ限界ダ」
「ちなみになにをするつもりか聞かせてくれるか?」
「水面上に布と縄を張リ巡ラセ足場を編む。修復も随時可能ダ」
「ふむ……範囲はどうだ」
「街一つやレないことハないガ、負担ガ大きい。会場の端まデハ勘弁シてくレ」
「待て待て待て」

今こいつはなんと言った。街一つを布と縄で覆えるということか
10分だけだとしても、地形を変えるという点ではザンと似たようなことができると

「お前それ、本当か?」
「このゴルディアン・ノット。この場デ出来ないことを言うほド、阿呆デハないつもリダガ」
「船一つ覆い包む奴が切札を使うと言うんだ。それくらいは出来てもおかしくはないだろう」
「ああ、切レと言うなラスグにデもやレルゾ。一度切レバ試合中ハもう使えんガ」

栄は今更ながら知った覆面男の名前も含めてどうしても怪しく思わざるをえなかったが
黒のほうはクイーン・アンズ・リベンジの一件もありこの話に信憑性があると感じていた
有効な手段は未だ見つからず、しかし議論は着実に進展していた――

                                                   【続】

556スペシャルマッチとゴスロリ少女 ◆12zUSOBYLQ:2016/10/18(火) 23:04:53 ID:xBYkdMHg
「あれと戦ったら、面白そうかなと思って」
 澪の言葉に素早く反応したのはキラ。
「澪もそう思う!?あたしも行きたーい!」
「だめよ同士桃。あなたもう負けたでしょ」
「あーあー。あそこで食らうなんて。やっぱり体術もやっとけばよかったかなー」
「まあまあ、勝負なんか時の運なんだから」
 キラを宥める柳に便乗して、ノイも言い切る。
「うん。一生懸命戦ってるキラ、カッコ良かったよ!それで十分じゃない?」
「ノイさん…」
 ちょっぴりうるうるするキラの頭上に、不意に黒い影が現れ…落下する。

 ひゅる…どしーん!!

 わずかな風切り音と共に落下してきた少女は、キラの頭上にものの見事に衝突した。

「…!き、キラ!?」
「キラっ!」
 黒い影の衝突で一発KO、気絶したキラに、隠れシスコンの真降と親友の澪が駆け寄る。
 黒い影の正体は少女。年の頃なら7〜8歳程度の、白いフリルいっぱいのブラウスに、タックと共布フリルがたっぷり施された白いジャンパースカート。
 肩ぐらいまでのピンク色の髪には赤い薔薇が両端にあしらわれた、レースたっぷりのやはり白いヘッドドレス。所謂白ロリといった格好だ。
「…まほろ?」
 ノイの口から、学校町から姿を消した親友の名がぽろりとこぼれる。
「あたしは、ひかりよ」
「ひかり?それがあなたの名前?」
 少女は頷き、一通の手紙を出すと、ノイに向かって差し出した。
「これ読んでね」
 はてなマークが飛び交う一同を余所に、「ひかり」が両手を天に差し上げる。
 その手の中に、少女の身の丈以上の長さの、無骨だがそれ故に美しい、銀の槍が現れた。
「アカシックレコードに接続…データロード完了!よしっ!」
 そしてひかりは、一同に向かってばいばいと手を振った。
「じゃーあたし、あのザンって人と戦ってくるから、そのキラって子、救護室に運んであげなよ。じゃーまたあとでね!」
「ちょっと待って、あなた一人じゃ危ない!」
「澪ちゃん、僕も行くよ、水上戦なら足場がいるだろう?」
 慌てて澪と真降がひかりの後を追う。
 残されたノイたちがひかりに渡された封筒を開けると、ひらりと落ちたのは一枚の便せん。

『ボクのムスメのひかりを、学校町で修行させたいのですよ。よろしくですよ。 幻』
「幻…!」
「ああもう分かってたよ。こういう手紙書く子だっていうのは、つくづくわかってた…でも。帰ってきてくれたんだね」

557スペシャルマッチとゴスロリ少女 ◆12zUSOBYLQ:2016/10/18(火) 23:05:54 ID:xBYkdMHg
 ノイは感激しきり、柳は文句は言いつつも、内心ではノイの親友が戻ってきたこと、ノイが喜んでいることを喜んではいた。
「じゃ、俺たち、こいつを救護室へ運んできます」

 「場所ちょっと貸してね?」
 クイーン・アンズ・リベンジの舳先にちょこんと陣取ったひかりは、お辞儀をした。
 他の選手たちは不審顔。いくら契約者とは言え、こんな年端も行かない子どもが戦えるものなのか?
「わー!ロブスターだー!」
 ザリガニ型クラーケンを見たひかりは歓声を上げ、手鏡を取り出した。
 「アルキメデスの鏡」この都市伝説との契約で、ひかりは鏡さえあれば、光と熱を自在に操ることが出来る。
 手鏡の照準をザリガニ型クラーケンに合わせようとするが…
「あーもう!あっちこっち動いて、ねらいがさだめられない!」
 気がついたら、フィールド内の水がちょっとした温泉くらいの温度になっていた。
「こうなったら、水温をもっともっと上げて、みんなゆでちゃえば…!」
「参加者で溺れている奴もいるんだ。やめてやれ」
 他の参加者が止めに入ったその時。
「ひかりちゃん、大丈夫?」
「全く、いきなり水の温度が上がるから、氷が溶けて溺れるところだったよ」
 凍らせた水を足場にして、澪と真降がクイーン・アンズ・リベンジにたどり着いた。
「さっ、どうする?澪おねえちゃま、真降おにいちゃま?」
「あれ?ひかりちゃん、なんで…」
「あたしたちの名前を知っているの?」
 問われたひかりは手にした自らの銀の槍を、さも大事そうに抱きしめた。

「アカシックレコード、だよ」



続く?

558はないちもんめ:2016/10/18(火) 23:35:55 ID:.o3.YA2g
「K-No.0ともあろう者が情けない…」
「それは自虐でしょうか?K-No.02」

宙に浮くマネキンと希が見下ろすそれは巨大な烏賊型クラーケンの足に絡め取られているK-No.0 影守である。

「返す言葉もない…」
「そんなんだから教え子にも舐められてんのよ、アンタは、私の契約者なんだからもっとしっかりと……」
「これで愛想尽かさないのだからK-No.02も大概底抜けの阿保かお人好しかと」
「最近アンタ等私に対してキツくない?」
「いえ、人形と人形使いと言う立場上別に逆らえない鬱憤を晴らしているとかそういうことはございませんよ?」
「ええ、何がメイド服だよもっとマシな服着せろやボケとか思っていても口にはしませんよ?」
「してる、今めっちゃ口にしてるよ!?」
「「「何のことやら」」」

マネキン一同の言葉に希は宙に浮いたまま膝を抱える。

「覚えてなさい、この模擬戦終わったら辱めてやる」
「格下の煽りで逆ギレとか小物臭が半端ないですよ」
「もう少し心にゆとりを持ちましょう」
「余裕の無い女性はモテませんよ?」
「同年代のK-No.1(望)やK-No.2(在処)が旦那は愚か子供までいるのに1人独り身で焦るのは分かりますが」
「あんた等マジで覚えてろよ!?」
「いっそ誰か紹介して貰えばどうでしょう?」
「どこの馬の骨ともわからん輩に希はやれんぞ」
「………親の過保護も嫁き遅れの原因でしたか」
「いや、別に紹介とかされても…」
「そもそも未だに初恋拗らせて引きずってる時点で負け組ですよね、先に進める筈無いですよね」
「相手が結婚どころか子供までいるのに未だに引きずるのは流石にどうかと」
「いやしかし義娘兼契約都市伝説として手元に置いたK-No.0も悪いかと」
「その辺りどうなんです?」
「答え辛いわ!」

まぁ確かに聞かれても答え辛い。
あの頃のゴタゴタとか美緒との関係とか一言では説明しにくいし。

「てかさっさとこれ解いて戦線に復帰するぞ!」
「私達に捨て身同然の戦いさせておいて失敗とかしばらくやる気になれません」
「「なれません」」
「仕方ないわね……」

先程まで膝を抱えていた希がゆらりと立ち上がる。
顔は笑っているがその目は笑っていない。

「影守…しばらくそこでぶら下がってなさい………ちょっと私は八つ当た……X-No.0ぶっ飛ばしてくるから」
「えーと…希?」
「自立させてたバラバラキューピーの制御権全部私に戻して強制操作、そのまま全機時限自爆装置起動!」
「「「「「「「「ちょっ!?」」」」」」」」
「目標X-No.0、全機まとめて突っ込みなさい?」
「強制特攻とかそれが人のやる事でしょうか!?」
「残念ね、私人じゃ無いもの」
「これが初恋拗らせた恋愛敗者の闇ですか…」
「いいからとっとと行けや」
「「「「この鬼!悪魔!喪女!」」」」

そんな叫びと共にマネキン達はザンへと突撃し、大きくな爆炎が上がった…

続く?

559T ◆mGG62PYCNk:2016/10/19(水) 21:42:54 ID:svqqfaIE

 合同戦技披露会の会場を歩き回っていた舞は、知った顔を見て挨拶をしに行った。
「黒服Dさん。それにはないちもんめの嬢ちゃん。お久しぶり」
 気付いた二人は舞を見て一瞬目を細め、それぞれ納得したように頷いた。
「ええ、久しぶりね」
「お久しぶりです」
「いやぁ、将門サンに酌でもしてやろうと思って行ったら本人居なくてさ、
ごみごみしてるとこ行っても疲れるからVIP席に誰か知り合いいねえかなって歩いてたらいい感じに寛いでるの見つけちまった」
 舞は手に持った酒を置いて二人の傍に立つと、少女が確認するように口を開いた。
「あなた、半分ここに居ないわね?」
 はないちもんめの契約者、望の言葉に舞は頷き、
「まあ、いざという時に俺たちの意思でここから抜け出せるように、な。別の異界が体に干渉してるんだ。自衛自衛。
 それより、さっきのX-No.0の戦闘、凄かったな! リアル怪獣映画だぜ!」
 そう言うと、舞は二人とこれまでの試合について軽く意見を交換した。
 あらかた話した上で、舞は懐かしむように目を細め。
「今回の参加者にもけっこういるっぽいけど、学校町の契約者って今もかなり居るんだろ?」
「私達が外見年齢相応だった時と比べるとあまり変わらないか、少し少ないくらいよ」
「ってことはかなり異常だな」
 苦笑が漏れる。
「それでもなんとかしていくわ」
「おお! 立場がある奴のそういう言葉はかっこいいぜ」
 手を打ち鳴らして応えた舞は、「しっかし……」と二人に視線をやる。
「Dさん、その絵面けっこう犯罪ちっくだな」
「恥ずることのない夫婦のワンシーンよ。ねえ、大樹さん?」
 当の本人は観戦用のモニターを見つめている。試合はまだ始まっていないのにだ。
 舞としてはからかってやろうかと思ったが、それより先に望が言う。
「今更ナンバーで大樹さんを呼ぶのってどうなの?」
「出会い時点でそれだったからなあ、今更ってのもある。それに、俺たちにとってDさんのDは≪組織≫でいう№のDとはまた違う意味あいがあるからなあ」
 望が「そうなの」と頷き、大樹がスクリーンこら目を移した。
「舞さん、そのお酒は?」
 舞は嬉しそうに瓶を振る。
「ここに来る前にフィラちゃんに頼んでVIP席進入許可のお礼に行ったらヘンリエッタ嬢ちゃんが逆にくれたワイン。なんと本物の≪悪魔の蔵≫の代物だそうだぜ」
 美味し過ぎて盗み飲みが多発したためにそれを防ぐ意味を込めて流れた悪魔の蔵の噂があるが、本物ということは、本当に悪魔がいる蔵から持ってきたのだろう。
「≪組織≫の備品でないことを祈りたいわね」
「あの方でしたら大丈夫なはず……です」
 大樹は相変わらず胃がキツそうだ。その不憫な姿に郷愁じみた親愛を舞は感じる。
「しっかし、文字通り尻にしかれちゃってるね、Dさん」
 望は大樹の足に収まっている。犯罪的な画とは言ったが、これはこれで微笑ましい。
 大樹はこほん、と咳払いし、
「一応、仕事もしておりますのでご容赦を」
「いや休めよ」
 思わずツッコミをいれるが彼は聞かないだろう。それは望の顔を見ればよく分かる。
 これは彼の不治の病なのだと思いながら、舞はこの二人にも縁が深い契約者が試合に出ていた話を蒸し返す。
「そういえばさ、チャラい兄ちゃん――いや、翼さん、か。あいつの娘大きくなったよな」
「ええ、時間は過ぎていきますね」
 大樹が感慨深く頷く。

560T ◆mGG62PYCNk:2016/10/19(水) 21:46:24 ID:svqqfaIE
「始めはあの兄ちゃんが産んだんじゃないかと思ったもんだ……」
「ああ、≪801穴≫との契約が一部界隈で疑われてたみたいね」
「そんな騒ぎも、もう十年以上前なんだもんなあ」
 舞も深く時間を噛みしめる。
 普段はあちこちを転々としては≪マヨヒガ≫に迷い込んだ者の相手や問題の解決などを行っているものだが、
後進の本格的な育成なんてものに手を出してみるのも面白いかもしれない。
「舞さんは今日はお一人ですか?」
 大樹の問いにいや、と舞は手を振る。
「元T№1と0。それに昔≪首塚≫に居たモニカって子と、その契約都市伝説の≪テンプル騎士団≫が来てるよ。
フィラちゃんは≪首塚≫の本島に行って昔の仲間と話してるんじゃねえかな」
 言っていると、妙齢の女と初老の男がやって来た。
「ここに居たか、舞」
「やあ、いろいろ買って来たよ」
 元T№の1と0。高坂千勢と高部徹心は、二人揃って大量の袋を持っていた。
 徹心は隻腕に≪夢の国≫のロゴが入ったものをいくつも下げている、千勢も同じ物を持っていたが、それ以外にテキ屋の屋台で買ったかのようなビニール袋があった。
「ああ、ちょっと面白そうな屋台を見つけてな、ちょいと買ってきた」
 指差す先にあるのはどう見ても死人が働いている屋台だ。手を振ってきているが、その動きで肉が剥がれ落ちそうで見ていてハラハラする。
 ……あれ、食品に混ざってないか?
 舞と同じことを思ったのか、望が言う。
「衛生的に大丈夫なの?」
 千勢は「大丈夫大丈夫」とあっけらかんと言って地面に座り、
「≪桃源郷≫の桃を毎日食ってるんだ。今更異物を食った所で死にゃしない」
 ここら辺の無頓着っぷりは舞にはまだ理解できない。
 徹心が苦笑で「まあ、こちらでもお食べください」と言って≪夢の国≫産の食べ物を渡す。
 舞は世界一有名なネズミの顔の形をしたピザを受け取り食すことにした。
「そういえば、Tさんはいらっしゃらないんですか?」
 大樹があたりを見回しながら言うと、望が「あ」と応じる。
「そういえば、急遽Tさんの名前が今日の参加者に追加されてたらしいわよ」
 大樹がおお、と唸り、千勢が笑う。
「あれはせっかくの機会だからと言って過去の負債を精算しに行ったよ。これにて晴れて昔のT№は円満に≪組織≫から離れることができるというわけだ」
「過去の精算?」
 望の疑問に、徹心が応じる。
「昔……たしかR№の物資調達の責任者の女性だったかな? 彼女直々にエリクサー合成の際の副産物として出来たアルコールを返却してくれと言われていてね」
「当時徹心は引きこもってたから、これを知ったのはしばらく後に出された≪組織≫の季刊誌でなんだ。
 たまに痴漢術みたいな面白いネタがあったので愛読していたが、ちと海外に出てる間に購読を忘れていた……。今ではどうなっているのだろうな」
「よく考えたら≪神智学協会≫との決戦の前に≪組織≫での資料を処分していた時、あの時破り捨てたあれの中に請求書があったんだろうなと思うんだけれど……」
「いかんな徹心」
「破り捨てていたのは君だよ」
 そんな幹部達の光景を見つつ、舞はこう思う。
 ……世界よ、これが≪組織≫だ……っ!
「ああ、そういえばそんな呼びかけもありましたね」
 大樹が思い出している呼びかけは、もう何十年も前のものだ。自分が所属している№でもないのにそれを覚えているということは、その時かなり胃を痛めていたのだろう。
「参加することで≪組織≫に対する負債を帳消しにするとなると、普通の参加の仕方ではないんでしょう? 連戦でもするの?」
 望の言葉に、舞は首を振る。
「俺らはただの契約者でしかねえからそんな大それたことはしたかねえな。
 ヘンリエッタの嬢ちゃんとかに掛け合ってここら辺を落としどころにしてもらうかとなったのは……まあ、あれだ」
 モニターに視線をやると、そろそろ次の試合が始まりそうだった。
「参加したのはいいけど、警戒されて相手が居なかった子の相手をするって感じかな」
「あら、ぼっちの子が居たの……ねえ、それってもしかして」
 望が言いかけた言葉の後を引き継ぐように、実況が次の対戦カードを告た。
『次の試合は…………≪夢の国≫と――T?』
『なんなのこのあからさまな偽名』
 舞は頷く。
「相手は夢子ちゃんだ」

561T ◆mGG62PYCNk:2016/10/19(水) 21:48:01 ID:svqqfaIE

   ●

 舞は実況の声を聞いて二人に問うた。
「この声、Dさんと嬢ちゃんの娘さんの声か?」
「ええ、そうよ」
「≪組織≫に提出されている偽の情報そのままで紹介するようにお願いしていますので、面倒なことにはならないと思いますよ」
 会場がどよめく中でそんな会話をしていると、実況がプロフィールを読む声が聞こえた。
『えー、Tは、かつて≪組織≫に存在したT№に所属しており、
№0を含めて構成員全てが≪組織≫を去るきっかけとなった≪神智学協会≫との≪太平天国≫後継を巡る争いの最中、
上位№から年季明けということで≪組織≫脱退を許可された構成員とのことです』
 説明にほう、と頷きが会場のそこかしこで上がる。元≪組織≫所属ということである程度の戦闘はできるだろうと判断したのだろう。
『続きまして、≪夢の国≫ですが、これは説明するまでもありませんね。彼のテーマパークにまつわる都市伝説の集合体です。
過去に諍いもありましたが、今回は≪組織≫≪首塚≫と共に屋台なども出して戦技披露会の盛り上げに一役買っております。
――是非屋台に買い物しに来てね。って、これただの宣伝じゃないの』

『未確認情報ですが、どうやら≪夢の国≫はかつて≪神智学協会≫とT№の決戦の際、戦闘参加者の友人として参戦したことがあるとのことです』
『決戦には≪首塚≫からも幹部クラスが参戦したという話も出ていますね。こうしてみるとこの対戦カードはなかなか因縁深いとも言えます』
 宣伝に続いた男の声での補足説明に、舞はそういうことになってるのかと内心で呟く。
 その横で、千勢が莞爾と言う。
「縁だな」
「こういう運びになった発端がどさくさに紛れて請求書や返還要求を破り捨てたことだというあたり、
親の因果が子に報いていてなんとも味わい深いね」
「私は良い息子を持っただろう徹心」
「不憫でならないよ」
 そんな会話の周りからは「あの胡散臭い名前の奴、かわいそうに」というニュアンスの言葉が聞こえてくる。
 舞としては不思議なシンクロに頷くしかないが、
「知らないって怖いわね」
 望が言い、スクリーンが試合会場を映した。

562T ◆mGG62PYCNk:2016/10/19(水) 21:49:02 ID:svqqfaIE

   ●

 試合会場は無人の繁華街をモチーフにした場所だった。
 左右に商業施設らしい背の高い建物が並ぶ無人の目貫通りに、数メートルの間を空けてTさんと夢子は向かい合っていた。
「今回催しの相手になってくださったこと、≪夢の国≫の王たる私、夢子の名において感謝いたします」
 可憐に、それでいて威圧感のある夢子にTさんは会釈を返した。
「この度は王にまみえる幸運にあずかったこと、感謝いたします」
 Tさんが礼から顔を上げると、夢子が歯に何か挟まったような顔をしていた。
 彼女は少し考えた末に、手を上げて指を一つ鳴らす。
「よし」
 改めて、と言うように夢子は簡素なワンピース型の服の裾をつまんで華麗に堂々とカーテシーを決めた。
「≪夢の国に流れるカラス避けの電波≫を拡大したものを流しました。映像と音は届きますが、声だけは拾えませんよTさん」
「そうか」
 Tさんは、口元を隠して楽しそうに笑う夢子に親しい口調で言う。
「今回の件だがな、俺たち……というか母さんがやらかした件への精算という意味合いもあるので俺の方にもメリットはある。お互いにその辺りの感謝は無しにしよう」
「あら、そうなのですか。あの方も愉快なお人ですね」
「まあ、たまに起こるならそういう判断でもいいのだがな」
 Tさんは肩の力を抜き、次の呼吸で気を引き締めた。
「ともあれ、せっかくだ。十分に力を尽くさせてもらう」
「ええ、私たちも、力を入れてかかります――このような機会、滅多にございませんもの」
 夢子の表情があけすけに楽しげなそれから、奥に何かを隠した意味深なものに変わる。
 戦技披露会ということで、今回Tさんと夢子はそれぞれに戦闘に際して条件を付けていた。
 曰く、 
 ≪夢の国≫は主要なマスコットは全て屋台で出張らせた状態で戦う。
 Tさんは生身一つで戦闘する。
 ≪夢の国≫は王を対戦相手の可視範囲内に存在させる。
 攻防の様こそこの見世物の華であるため、Tさんは戦術的に優位を得るためであっても隠伏や遁走を極力行わない。
 アトラクションを長引かせず、短期決戦にする構えだ。
 それらの条件でもって互いをどう倒すか、Tさんも夢子も考えていた。

   ●

 ……≪夢の国≫があらゆる手を尽くしてくるならば、俺一人では決して敵わない。

 ……Tさんがあらゆる手を尽くしてくるのならば、≪夢の国≫はおそらくその総力を挙げても落とされてしまう。

 しかし、

「この限定条件下ならば」
「勝たせていただきます」

 こうして試合が始まった。

563はないちもんめ スペシャルマッチ 幕間:2016/10/19(水) 23:58:42 ID:anNj5Wks
実況席にて
「神子さん、僕は何時まで視界を塞がれていれば良いのでしょう?」
「うーん、もう暫くかなぁ・・・具体的にはアレがやられるまで」
「しかし、見えなければ実況もままなりません」
「気になるなら後でこの神子姉さんが手取り足取り個人授業やって上げるから今は我慢しといてねー」
「神子、何気にトンデモ無いこと言ってるけどお前大丈夫か?」
「ハハハ、私こそ蛇城さんに狙撃されそう・・・あ、絵里さんに齧られるのが先かな?直斗、そん時はフォローよろしく」
「神子さん、大丈夫ですか?」
「一寸顔色悪いぞ?」
「うーん、ちょっとしたら落ち着くと思う・・・・・・・・・あの何だっけ、飛びこんできたロリっこ?ひかりちゃん?何かあの子が出てきた辺りからこう体の内側がゾワゾワする感じがね?何か妙なテンションになると言うか・・・・・・」

所変わってvip席
「・・・あら?」
「望さん?」
「・・・このスペシャルマッチ、アカシャ年代記・・・アカシックレコード関係の契約者が混ざってるわね」
「何ですって?」
「神子が何かゾワゾワしてるわ・・・多分そこまで極端な影響は無いし大丈夫だと思うけど・・・・・・この件で下手に動く方が危ないわ、何かあるって言ってる様な物だもの・・・あ、希が自爆した」
「影守さんは放置ですか・・・」
「元人間の都市伝説にとって契約者はそれ程重要じゃないから・・・・・・まぁ、影守も見せるべきものは見せたし仕事は済んだと思って良いんじゃないかしら?」
「仕事?」
「攻撃用、それも一撃必殺のかごめかごめを回避に使ったでしょ?都市伝説は使い方次第だって言う実演よ、それにここでザンに一撃与えて見なさいな、そんだけ出来て前線にも出ずに後進育成・・・現場からすればふざけんなって今でも言われてるのに風当たりが余計キツクなっちゃう」
「現場との軋轢が?」
「そりゃあねぇ・・・それなりに戦えるのに前に出ずに後ろに引きこもってる訳だし、しかも首塚とか獄門寺組とか外部の人間で上位No.固めて・・・・・・事の経緯とか立場をちゃんと把握してる昔っからの連中ならそうでもないけど、最近入ってきたような連中の陰口は酷い物よ?」
「成る程」
「組織も一枚岩じゃないとはよく言った物だわ・・・・・・あ、戦場が・・・・・・いえ、ザンが動いたわ」

続く?

564続々々々・戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/20(木) 01:09:49 ID:q6NasD3k
 それに、一番はじめに気づいたのは蛇城が契約している白蛇だった
 すぅ、と首を伸ばし、空を見上げ始める
 その様子に、実況者の約一名を後で狙撃すべきかどうかわりと本気で悩んでいた蛇城が、白蛇に問う

「……?どうしました?」
「巫女よ、どうやら一雨きそうだぞ」
「雨?……あれ、戦闘フィールドって、お天気変わるんだっけ?」

 蛇城と白い蛇のやり取りに澪が首を傾げ、頭上を見上げ

「…………え?」

 いつの間にか、戦闘フィールドの空、と呼べる高さに、黒い雨雲が出現し始めていた
 それも、戦闘フィールド一帯、全てを覆うような……

「……!そちらの白い蛇、水の操作できますか!?」
「可能です」

 何かに気づき、慌てた様子の真降の問いかけに蛇城が答えた、その直後

 ーーーーーざぁあああああああああああああああああああああ!!!


「あっ」
「やっぱやったか。思いっきり画面見えにくくなるが、仕方ねぇか」

 実況席で、呑気にそんな声を上げる直斗
 戦闘フィールド全体に、強烈なスコールが降り注いでいる
 視界も、音も、何もかもかき消してしまう程のそれを発生させたのは、間違いなくザンだろう
 彼の「マリー・セレスト号」には、スコールを発生させる能力もあったはずだ

「神子さん。現場がよく見えない状況でありましたら、そろそろ目隠ししている手を外してくださっても良いかと」
「カメラがサキュバスどアップにしちゃうと言う事故を否定しきれないからまだ駄目」
「駄目でしたら、仕方がありませんね」
「龍哉、もうちょっと粘れ。あと、神子。お前が絵里さんに噛まれそうになっても俺はフォローしないぞ。ポチ辺りに頼め」
「人語理解できる程度に頭いいとは言え子犬に頼れってのもどうよ」

 ここまで酷いスコールが振られるとまともに実況は出来ない
 龍哉が目隠しを外されたとしても、流石に難しいだろう
 ………ただ

「……おや?何か聞こえましたね」
「え?」
「………だな。何か、鳴き声みたいなのが」

 微かに、微かに
 スコールの音に混じって、何か……


 雨の音が、視界も何もかも塗りつぶしていく
 それでもかろうじて、そのスコールは良栄丸とクイーン・アンズ・リベンジの周辺へは降り注いでいなかった

「ギリギリ、間に合ったようですね」
「助かった。こんだけ酷い雨だと良栄丸も少しヤバイ」

 蛇城が契約している白蛇が、水を操る力で持って、この辺りのみ雨が届かぬようにしてくれたのだ
 ただ、本当にごく狭い範囲のみである。雨を防げているのは
 ザンがいる辺りなど、この位置からは全く見えなくなってしまった
 ヒトデに襲われたサキュバスもどうなったかわからない
 なお、余談ながらヒトデは基本肉食なのだが……死人を出してはいけない試合なので、食われては居ないだろう。多分

565続々々々・戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/20(木) 01:10:37 ID:q6NasD3k

「雨か………ソろソろ、動かなけレバ危ないかもシれんな」
「…そうだね。この雨に乗じて、X-No,0が何か仕掛けてくるかもしれない」
「動くべきか。号令をかければ、すぐにでも大砲は発射出来……」

 黒が、大雑把にザンがいた方向を見据えながら、そう口にした………その時

「……ッマスター!5時の方向だ!」

 この大雨の中でもかろうじて見えるのか、それとも経験からくる勘か
 黒髭が、己の契約者たる黒へと警告を飛ばした
 その警告に、黒は黒髭が告げた方向へと向き直り

「撃ち方用意っ!!………撃てぇ!!」

 黒が司令を出したその瞬間、クイーン・アンズ・リベンジに無数の船員が現れた
 それらは大砲を構え、黒が見据える方向へと砲撃を開始する

 ーーーーークルァアアアアアアアアア

 スコールによる轟音の向こう側から、何かの鳴き声が、響き渡る
 一瞬だけ、ゆらり、と、巨大な影が見えた

「…おい。ありゃシルエットから見てシーサーペントだぞ」
「シーサーペント、と言っても形状色々いるからなんともいえないが……それっぽいな」

 黒髭と栄は、見えたそれをシーサーペントである、と判断した
 先程の20門もの大砲の砲撃で、それにどの程度ダメージが入ったかはわからない
 ひかりもまた、微かに見えるシーサーペントと思わしきシルエットに攻撃しようと………

「……栄!」

 と
 栄しかいないはずの良栄丸の操舵室の中から、別の男の声がした
 数人がぎょっとしてそちらを見ると、操舵室の中にあった大きな箱の蓋が開いており、そこから男が顔を出している

「深志?お前、見つかったらヤバいから隠れてろって………」
「もうバレた!「メガロドン」がザンの闇で防がれ始めてる。それと、あのシーサーペントっぽいクラーケンの他に、もっとドラゴンよりの顔のクラーケンがこっちに向かってきてる!まだ少し遠くてはっきり見えないが、他にももう一体!」

 栄から深志と呼ばれたその男が、そう警告した
 その発言内容に、気づいた者が数名

「「メガロドン」の契約者か」
「あぁ、そうだ……召喚使役型とバレたから、ザンが遠慮なく闇で「メガロドン」を攻撃し始めたんだろ。視覚は共有できるが、ダメージ共有はないからな」

 近づいてくる影に関しては、「メガロドン」との視覚共有で確認したらしい
 今も、深志は視界を半分、「メガロドン」と共有し、何匹もの視界を切り替えて状況を確認し続けていて

 その「メガロドン」の一体が、巨大なハサミによって切り裂かれ、消える
 ヒトデ型クラーケンと共にサキュバスに襲いかかっているザリガニ型クラーケンとはまた別に、はさみを持つ個体………エビ型クラーケンが、ゆっくりと良栄丸へと近づいていっている

 別方向、良栄丸の真下からは、翼を持たぬ巨大な竜の姿をしたクラーケンが
 さらにもう一体、先程クイーン・アンズ・リベンジの砲撃を受けたシーサーペント型クラーケンが
 それぞれ、良栄丸へと襲いかかろうとしていて


 ……そして、さらにもうひとつ、クラーケンとは別の攻撃手段をいつでも放てるように構えて
 さてどう動くか、と、ザンは笑った



to be … ?

566T ◆mGG62PYCNk:2016/10/20(木) 23:22:00 ID:DR6zPiOs

『あー、申し訳ございません。どうやらお二人の声を拾うことができない不具合が発生してしまっているようです。
皆さまにおかれましてはそのまま観戦ください』
 実況がそう知らせてくる。
 傍目にも≪夢の国≫が何かしたのは明らかだが、試合続行には問題はなさそうでなによりだと舞は思う。
 体に干渉している≪夢の国≫から漏れる声を聞くに、二人はやる気満々らしい。
 ……あんま大きな怪我をするようなことにならなければいいんだけどな。
 あの二人の様子では、それは難しそうだ。
「あんなに戦意に満ちていてくれると主催者側としては嬉しいかぎりね」
 そう言いつつ、望は舞に目を向ける。
「声を消しても唇が読める奴らには無意味よ。いいの?」
「まあ、何を言ってるのか完全に読み取るのは難しいだろうし、
もしTさんと夢子ちゃんの親密さに気付かれても昔Tさんが≪夢の国≫に招待されたことがあるからとか、そんなふうに言い張ればいいだろ」
「まあ、そうね。音声に完全に残されているわけでもなし、気にする必要もないか」
 画面の中ではTさんの体の各所が光り始めていた。
「そろそろ動く」
 千勢が言うと同時、Tさんが一気に距離を詰めて夢子の肩と足にそれぞれ自分の手と足を引っ掻けた。
 接近の勢いを利用して横回転させるように夢子を転ばせにかかったTさんは、倒れかけの夢子の腹に続けざまに膝を入れた。
 ……うわっ。
 その絵面に思わず自分の腹を押さえてしまう。
 その間にも、Tさんは止まらずに夢子を蹴り上げている。
まるでサンドバッグか何かのようだなどと思っている間に一分近く経ったが、Tさんの攻撃は続くし夢子は反撃をしない。
 ……反撃どころか夢子ちゃん、ろくに防御もしてないんじゃないか?
 一切防御をしているように見えない夢子の様子に、舞は少し違和感を覚えた。
「夢子ちゃん、なんで攻撃を防がないんだ?」
 もう気を失っているというわけでもないだろうと思って言うと、答えてくれる声があった。
「馬鹿息子は今≪ケサランパサラン≫への祈祷による身体強化で格闘戦を仕掛けているな。
 あれは直接やってみると分かるが、くせ者だ」
「ってーと、どういうこった?」
「同じ力の入れ方でも、発揮される力が祈りの具合によって異なるんだ。
これは戦闘慣れしていればいる程に無意識下で行われる力の入れ具合による動きの先読みを裏切ってくるから感覚が狂わされることになる」
 へえ、とリカちゃんが感心した後に首を傾げ、
「でも、夢のお姉ちゃん、近くで戦うこと、あんまりないの」
「そうだぜ。夢子ちゃんはあっちこっちに瞬間移動してヒットアンドアウェイするタイプだから格闘戦ばりばりってわけじゃねえ。
 素人ならあれ、逆に避けやすいんじゃねえの?」

567T ◆mGG62PYCNk:2016/10/20(木) 23:22:53 ID:DR6zPiOs
 その問いに、千勢は指を二本立てた。
 一本の指を曲げ、
「馬鹿息子の動きに対して先読みを行わず、
見たままで対応することになるから素人の方が避けやすいというのは正しいが、素人が反応できる速度で攻撃は行われていない」
 それに、と千勢はもう一本の指を曲げる。
「馬鹿息子の足元を見てみろ」
 言われるがままに見てみると、なんとも面妖なことに、
「地面が光ってたりするな」
「そうだ。いやらしいことに足を踏むごとに地面になんらかの幸せを願っているらしい。
その結果、偶然にも足元が崩れたりといったことが起きているようだな。
 そうした仕組まれた偶然の積み重ねで何発かに一発。夢子が体勢を立て直そうとするタイミングだろう、
体が動いた瞬間に攻撃が決まっている瞬間がある」
「動いた瞬間には一発当たってるってことか?」
 そのような動きには記憶があった。
 ……ルーモアの所のカシマさんができるって言ってた気がするな。あれはたしか……。
「無拍子ってやつか」
「擬似的なものになるが、その通りだ。あれは素人ではどうしようも無い」
 千勢は食料を漁りながら話を締める。
「認識を二重にずらした攻撃に対応できないのなら、あの距離では夢子は不利だ」

   ●

 的確に呼吸のタイミングを潰す攻撃を受けながら、夢子はこのままでは鞠つきの鞠扱いされてしまうと考えていた。
 一撃もらうごとに視界が暗転し、明らかに内蔵がダメになっている。
 Tさんもこちらが不死なものだからか、加減をしてくれるつもりはないようだ。
 ……では、
 そろそろ反撃でしょうか、と夢子は来る一撃に対して急所を晒した。

   ●

 Tさんは夢子が敢えて体の中で骨も無く肉も薄い部分を晒し、反射的なものも含めた防御手段の一切を捨てて一撃を受けたのを感じた。
 深く肉に足先がめり込む。
 人体相手ならばそれがどこだろうと骨を砕いて内蔵を潰せる一撃だ。それが人体の特に柔い部分に入った。
 致命の一撃。だが、その手応えにTさんが感じたのは焦りだった。
 ……しまった。
 蹴りの反動で力を失った夢子の体が遠くに飛ぶ。追いすがるために一歩動かなければならない位置だ。
 思考のタイミングを潰すように叩き込んできた攻撃のテンポがずらされる。
 身をもって空けられたその一瞬で、
 ――≪夢の国≫の王様はね?
「どこにでも居て、どこにも居ないんだよ?」
 Tさんが姿勢を下げると、その直上を風切り音が走っていった。
 大げさなほど反った刃を振り抜いた夢子が笑みで告げる。
「攻守交代。です」

568T ◆mGG62PYCNk:2016/10/20(木) 23:23:32 ID:DR6zPiOs

   ●

 攻撃を抜けた夢子が、今度は転移しながらTさんに次々と攻撃を繰り出していた。
 さっきまでと攻撃する側と受ける側が入れ替わった状態だ。
「これが、≪夢の国≫の中に一人しかいないがどこにでも居る住人という都市伝説。偏在化の力か」
「どう思う徹心?」
「うーん、僕では対応できないね。あれを受け切れるのは勘がいい者だけだろう。僕はその辺りはさっぱりだ」
「あれ、わざと隙作って攻撃を誘ってるわね。ある程度手管をわきまえているのならあっちの方が消耗は少ないのかしら」
 望の言葉に徹心は「そういうものなのか」と感心する。
 ≪夢の国≫が在る所にはどこにでも、住人と一緒に王様が居る。
 どこにでも居るから、攻撃の当たる場所には居ない。
「どこにも居ない夢のお姉ちゃんにどうやったら攻撃を当てることができるの?」
 リカちゃんが肩で首をかしげるので舞は少し考えてみた。
 これまで夢子に攻撃を当てる人は結構居た。攻撃を当てる方法は有る。
 それを事実として理解した上で、舞は結論を出す。
 ……分からん!
 なのでこの場の誰かに問うことにした。
「どうやって当てるんだ?」
「核となる王様は一人必ず存在しているということが肝だな」
 なんかよく分からない生き物の肝を食べながら千勢が言う。

   ●

 夢子が背後に現れるのを読んだTさんは、身を捻りながら肘を打ち込んだ。
 読みは当たり、Tさんの肘に骨を砕く手応えが来る。
 と、同時に足元のアスファルトが突然砕けてバランスが崩れる。体が後方に傾いて、その胸先を刃物が薙いで行く。
 幸運にも攻撃を逃れたTさんの目の前で「あれ?」という顔をしている夢子は骨を砕かれているはずなのに平気そうだ。
 ……もう治っているのか……。
 刃物が振り直される前に夢子を殴りつけようとした拳が空を切る。
 消えた夢子の次の一撃が来る前に、Tさんは道の端に跳んだ。
 跳びながら商業施設のセールを告知する幟を片手に一本ずつ取り、着地の際に幟の竿を地面で削って先端を尖らせる。
 夢子が、今度は眼前で腰だめにテーブルナイフを構えた状態で現れるので、Tさんは足腰の強化を願いもう一歩後ろに跳んだ。
 射程からTさんが離れたのを見て動きを止めた夢子に向けて、Tさんは両手に持った幟に加護を付与して投擲する。
「わっ!?」
 驚いた顔の夢子が消失する。
 次の瞬間、彼女はガードレールの上にしゃがみこんで座っていた。
「あぶないあぶな――」
 その彼女めがけて光の玉が一つ向かっていた。
「っ」
 Tさんが、幟の投擲と同時に夢子を追うよう願った光の玉を放っていたのだ。
 夢子はその場から転移して回避するが、光の玉は尚も彼女を付け狙う。
 夢子は追ってくるそれを見て、首を傾けた。
「困ってしまいましたね」
 そんな言葉を残して夢子は消え、次の瞬間にはTさんの直上に現れた。
 抱きつくように両手を広げた夢子が迫り、Tさんは勘か、それともその行動も読んでいたのか、自然な動作で一歩を下がった。
 すかされた夢子は空の腕を虚しく抱きしめて不満げに言う。
「いけずです」
 その背後には光の玉が迫っている。
 それを気にしているのかいないのか、夢子は両手の指で×を作ってまた消える。
 彼女を追っていた光の玉は、追尾対象の消失に対応しきれず、勢いを残したままTさんに向かって来た。
 Tさんが回避しようとすると、背後から声が割って入る。
「だぁめ」
 背からTさんの両脇に両手が突き出す。
 細く華奢なそれは夢子のものだ。
 Tさんを拘束して逃さないつもりらしい。
 迫る自身の攻撃を視界に入れながら、Tさんは口を開いた。
「点では当てるのが難しいか」
「王を討つならば並の幸運では足りませんよ」
「なるほど」
 Tさんが頷くと、柔らかい物に何かが突き刺さるぐちゃ、という粘着質な音が聞こえ、彼を締め付けようと迫ってきた夢子の腕の動きが止まった。
「では、もう少し工夫をこらす」
 Tさんがその場で身を回した。
 背後に居た夢子は右肩から左脇を抜けた幟によって地面に縫いとめられていた。
 Tさんの背後では、迫っていた光弾がもう一本の幟に貫かれた破裂音がする。
「体内から拘束してくれと願をかけた。幸せの圏内に引きずり込んだぞ」
 夢子がワンピースをみるみる赤く染め、血の泡を零しながら言う。
「っ……お、みごと……っ」
 こいつで勝つことができれば幸せだと願い、Tさんは掌を夢子に向けた。
「破ぁ!」

569T ◆mGG62PYCNk:2016/10/20(木) 23:24:23 ID:DR6zPiOs

   ●

『大金星でしょうか? 今、幟に貫かれた≪夢の国≫が、なんか謎の光に飲まれました……っ』
 そして、Tさんから放たれた光の残滓が消えた後。幟に貫かれた夢子の姿はなかった。
 あるのは、大通りを下水が見えるまで抉り抜いて対面にあったビルに穴を空けた光の軌跡だけだ。
「うわぁ、Tさんえぐい攻撃をしましたね」
「決めるにはよいタイミングだったのです。あそこで変にためらえば幸運を侵食した≪夢の国≫がまた反撃に出ていましたよ」
「あ、ユーグのおっちゃんにモニカ」
「おや、そちらは……たしか」
「Dさん、紹介しとくぜ。こっちが元々≪首塚≫で匿われてたモニカって子で、こっちの騎士のおっちゃんが≪テンプル騎士団≫のユーグだ」
 挨拶をする二人の内、蜂蜜色の髪をした大学生くらいの女性、モニカが舞に言う。
「あの……ここってVIP席になりませんか? 勝手に入ってきちゃってますけど……」
「≪組織≫の知り合いにOKとってあるから大丈夫だって。それに、ほら、ユーグのおっちゃんが自分の正体まったく隠そうとしないせいで人が多いところだと注目されるだろ?」
 望がユーグの甲冑を見て納得する。
「あー、いかにもって感じですものね。教会の連中なんか、心中複雑になりそうだわ」
 ユーグが鼻で笑って言う。
「そのようなこと、いちいち気にしても仕方ありません。やましいことなど無いのですから、堂々としていればいいのです」
「騎士殿はそれくらいの意気でモニカを襲ってやればいいのにな」
 海洋生物っぽい何かの肉の串を食中酒といただく千勢が試合会場を眺めながら言うと、騎士が反論する。
「それとこれとは話が違います千勢。道を共にするという約束を違えず、傍に侍る騎士として私は在るだけです」
「あら、でもそんな騎士様のせいで私も成長が止まってしまいましたし、いろいろな意味でこんな体にされてしまった責任をとってくださってもいいのではありませんか?」
 この二人はここ数年相変わらずの関係だ。
いつまでユーグがモニカを突っぱねられるかを見ているのが楽しいので積極的な手出しはしていないが、これはもう時間の問題だろう。
 ……陥落するとしたらそのおっぱいにだな?! ええ?!
「……舞、何か私に言いたいことでもあるのですか?」
「いや? ただ、その時が来たらどういじめようかとか考えてる」
「そうです。盛大にいじめてあげてくださいな」
「お嬢様、いじめはいけません」
 至極まっとうなことを言いながら、ユーグはこういう話題の時にいつもするように露骨に話の流れを変える。
「ところで、今のでどれだけのダメージを与えられたとお嬢様は考えますか?」
「あの状態からの攻撃です。これで王様本人は相当な痛手を負ったのではありませんか?」
 それにいつも乗っかってあげるモニカの優しさ溢れる解答に対して、その場のほとんどの者が首を横に振った。
「そうだね、たしかに≪夢の国≫の核に一撃を見舞えたけれど、せいぜい一回殺したといったところだから、まあ効果は微々たるものだと思うよ」
「殺したら死んじゃうんじゃないの?」
 そう言ってリカちゃんが首を捻る。
 よく考えると頭のおかしい会話を理解できずにいるらしい。頭に浮かぶ疑問符が見えるようだ。
 徹心のおっちゃんは言葉を探すように宙を眺め、
「あの子と戦うなら対人戦闘だと思ってはいけないってことかな」
 リカちゃんが首を捻りすぎて人体では再現できない珍妙な状態になる。
「伝わらないかー」と徹心が困った笑みを浮かべる。
 と、実況が≪夢の国≫の健在を告げた。

570T ◆mGG62PYCNk:2016/10/20(木) 23:24:56 ID:DR6zPiOs

   ●

「本命をあの追跡弾と思って他をあまり気にかけていませんでした。油断です」
 Tさんの目の前に出てきた夢子には傷一つ付いていなかった。
 隠しているとか、そういうことはありえない。
 なぜなら、
『≪夢の国≫、これ、全裸ですけど大丈夫なんでしょうか?』
 夢子は未完成な少女のものにも、これこそが完成形である美術品のようにも見える自らの体にぺたぺた触れて、興味深げに頷いた。
「寺生まれってすごいですね!」
「いや……服くらい着たらどうだろう」

   ●

「ダメージ受けると服が破れるってどこの漫画よ」
「ああ夢子ちゃん、もう少し恥じらいを持つようにって言ってるのに……」
 望と舞がそれぞれ言う。その横で騎士の目を塞ぎながらモニカがスクリーンを眺め、
「大事な部分に光が映り込んでいて見えないですね」
 撮影班は頑張っているのかちょくちょくアングルを変えてくるが、謎の光は見事に局部を隠していく。
 それを見るにつけ、モニカは幼い頃から折に触れて感じることを呟いた。
「寺生まれってすごいなぁ」

   ●

「ふふ、衣服なんて無くても困りはしませんよ」
 夢子はそんなことを言いながら、長い髪で胸元を隠してみたり、気に入らないのか肌蹴てみたりしている。
 正面からそれを見せられているTさんはこめかみを押さえつつ、
「そうはいかんだろう。マスコットたちが慌てている姿が目に浮かぶ」
「でも、Tさんが隠してくれていますし、私としてはあなたになら裸も内蔵も全部見せても差し支えありません」
「俺はあるのだが」
 Tさんの言葉を受け流して、夢子はくすくすと笑いながら解放感全開で両手を大きく広げた。
「ああ、楽しくなってきちゃいました。
 それでは第二幕です。
 もっと楽しみましょう――私の王子様!」

571T ◆mGG62PYCNk:2016/10/21(金) 22:57:32 ID:1gyCdL6.
 大の字で裸を見せつけていた夢子が敵意の欠片も感じさせないままに髪の中からテーブルナイフを抜いて投げつけた。
 あんな自然体で攻撃されたら、ナイフが刺さっても誰に攻撃を受けたかなんて分からないんじゃないかと思いながら舞が試合を見ていると、
唇を読んだらしい望が口を開いた。
「あら、あの子ったらあんなこと言ってるわよ」
「あれなぁ、夢子ちゃんが≪夢の国の創始者≫から助けられた時にあの場に居た人が王子様認定されてるから、
黒服さんも俺もあの子の王子様なんだよな」
「ほう……」
「嬢ちゃん怖い怖い」
 舞は笑い、
「夢子ちゃんが恋をすることは生涯ないよ。
 あの子は王様であってお姫様であり、少女であって女性でもあるんだけど、それよりもなによりも≪夢の国≫だからな。
国は民や文化を愛することはあっても人に恋をしねえ」
「……なんというか、あなた、賢くなったわね……」
「これでも博士号持ちだぜ!」
 人や、単なる生命とも異なるもの。それが≪夢の国≫という存在だ。
 とはいえ、元人間である彼女は感情をもっている。長い付き合いから推察するに、特に喜楽の感情が強く出るタイプであり、
「あー、ありゃ結構テンション上がってるな」

   ●

 ナイフを弾いたTさんの目は、夢子が消えた代わりに、一瞬前まで存在しなかった建物が屹立している様を映していた。

572T ◆mGG62PYCNk:2016/10/21(金) 22:58:03 ID:1gyCdL6.

   ●

 モニカが「あ」と呟く。
 試合を映すカメラの映像が乱れたのだ。
 映像がガタガタと音をたてて揺れ、見ていると酔いそうになる。
 思わず目を逸らそうとしたモニカは、スクリーンに一瞬表示された世界一有名なネズミのロゴを見た。
 それを期に、映像が安定する。
 しかし、試合を観戦する者達は回復した映像に違和感を覚えることとなった。
 スクリーンに映し出される映像のアングルがそれまでとは明らかに違うのだ。
 ≪夢の国≫がまた何かしたのだろうと判断していると、主催者に近しいらしい≪組織≫所属の夫婦がため息交じりに言うのが聞こえた。
「……会場、乗っ取られたわね」
「後でカメラは返してくださいね」
「まあ、たぶん返してくれるんじゃねえかな」
 舞が答えているが、目線を合わせようとしていないので自信はないのだろう。
 おお、と観戦者が唸る声が聞こえてくる。
 スクリーンの中ではカメラが映し出す光景が、アングルなど問題にならないレベルで異変をきたしていた。
 カメラがゆっくりと周りを映していく動きに合わせて建物群があぶり出しのように、
あるいは元からそこにあったものが騙し絵のごとく別の姿を観察者に認識させたかのように、ファンシーなものへと変わっていく。
 そんな自分の視覚か脳を疑いたくなるような光景を360度分じっくりと見せつけたカメラが最後に映したのは――

   ●

 Tさんは、つい先程までは近代的な大通りだったはずの道の奥に忽然と現れた山を見ていた。
 急峻な岩肌からは勢い良く水が流れており、その源泉である山の頂には夢子が居る。
 そして彼女の足の下には巨大な影があった。
 黒い表皮に、人など楽に丸呑みにしてしまいそうなその巨体は、
「クジラ……モンストロか?」
「山鯨です!」
「俺の知る山鯨は四つ足なのだが」
「気にしては負けです。先程の鮫を見て思いつきました! ビルを泳ぐ鮫がいるなら山に浮かぶクジラが居てもいいのです!」
「なら鮫を出せばよかったのではないか? 人間に捕えられた魚を探す作品で出ていたろう」
「大きさをりすぺくと? しました。それに原作では彼は鮫です!」
 夢子は胸を張って得意満面な顔だ。
 そんな彼女はデフォルメされたおかげで一目で不機嫌なのだと解る表情のクジラの上で仁王立ちになり、Tさんを指差した。
 その指とTさんを結ぶように、急流の流れが続いている。
 Tさんは、足元を流れる下水――から姿を変えた整えられた水路を見て、また山に視線を戻す。
「……それはマスコットでは?」
「あやつり人形の男の子はグレーゾーンと言ってました」
 今頃、その子の鼻が伸びているのかいないのか、不意に賭けをしたくなる。
 そんなTさんをよそに、高みで夢子が告げる。
「幸運では回避できない、面の攻撃をお見舞いしますね」

573T ◆mGG62PYCNk:2016/10/21(金) 22:58:46 ID:1gyCdL6.

   ●

『ピノキオのクジラですかね?』
『≪夢の国≫からTまで一直線の道になっています。これは急いで逃げなければまずいのではないでしょうか』
 実況を聞きながら、千勢が謎肉を齧る。
「クジラか……先程の海産物達といい、今日は漁に出たくなる日だな」
「あれって食えるのか?」
 千勢と舞の感想にユーグが唸る。
「なぜこの国の人間はなんでも食べようとするのだ……」
「国民性かなぁ」
 徹心が苦笑で言葉を重ねる。
「さて、クジラがあの急流を下ってくるしかないというのなら、回避はそう難しくはないのかな?」
 ユーグが首を振る。
「あれはまずい。私も過去に苦労させられた……」
 大樹が同意する。
「あれは……狙われていますね」

   ●

 Tさんはその場から動くに動けない状況に陥っていた。
 水路を挟むようにして並び立っている建物の中から無数の視線を感じたのだ。
 物陰や扉の隙間、窓の格子の奥からそれらの視線は来る。
 こちらの一挙手一投足を綿密に観察しているようなのにどこか子供の尾行ごっこのようにおざなりで、
こちらを見て楽しげに笑う声が聞こえてくるようなのにもかかわらず密やかで張り詰めたような、
そんなどこかにズレを感じさせる歪な気配
――≪夢の国≫の住人の気配だ。

 おそらくTさんが動けばそれがスタートの合図となって建物から攻撃が飛んでくるのだろう。
 そうなれば蜂の巣かハリネズミになった後にクジラの餌食だ。
 クジラに狙われているにもかかわらず回避のための行動を一切取らないTさんの様子に、
自分たちが狙っていることがばれたと遅ればせながら悟ったのか、もはや隠す気もないらしい気配が重圧として押し寄せてくる。
 そんな下々の様子を把握しているのか、夢子はクジラの頭の上にぺたんと座りこんだ。
 裸の王様に座られたせいか、明らかにクジラの顔がデレデレとしたものになる。
 それに反応してか、周りから感じられる住人の気配がガラの悪いものに変化した気がする。騒がしい。
 ともあれ、夢子は慕われているようだ。
 ……重畳重畳。さて、強引に逃げようか。
 そう考えて移動しようとしたTさんは、足首に違和感を得て目を向けた。
 左足に、異様に長い手が絡みついていた。
 その手の先は排水口の中へと続いている。
「――っ」
 気配が多すぎて水路に潜んでいたモノの気配に気付くことができなかった。
 まずい、と思う間に建物のそこかしこから飛び道具が放たれた。

574T ◆mGG62PYCNk:2016/10/21(金) 22:59:18 ID:1gyCdL6.


   ●

 石から光線銃までを含めた雑多な攻撃がTさんが居る場所を穿っていく。
 飛び道具が着弾する衝撃で土埃が舞い上がって視界が塞がれるが、夢子はTさんの位置を電波で把握している。
 それによると、Tさんは射撃の集中箇所にて現状健在。
 物量で穿つ面の攻撃はTさんをその場に釘付けにすることに成功したようだ。
「それでは――」
 夢子は手を振り上げ、叫んだ。
「スプラッシュ!」
 発声と同時に足元のクジラが急流を下り始めた。
 クジラの巨体は山肌を削りながら攻撃の収束地点に向けて駆け下っていく。
 その進路を塞ぐように、投擲用の槍が幾本か突き立てられた。
 槍が地面に刺さると、その周囲が何かを主張するように発光する。
 幸福の加護で補強し、道を塞ぐつもりだろうか。
 彼に物が渡る可能性があるような攻撃は控えるように指示しておくべきだったろうかと思うが、たった数本の槍ではいくら幸福で固めようとも、この巨体を止めることはできまい。
 だから、と夢子は結論する。
「いっちゃえ!」
 言葉に応じるようにクジラが潮を噴く。
 元、目抜き通りを抉っていったクジラは、Tさんが居る位置で土砂ごと唐突に跳ね上がって地面ごと彼が居る位置を丸齧りにした。
 盛大に座礁したクジラが潮を噴いて土埃を鎮める。
 淡水に濡れる体に心地よさを感じながら、夢子は息を吐いた。
「あー、スリル満点でした」
 満足の言葉は、こう続く。
「ね、Tさん?」
 問いに対して、荒い息で返答があった。
「たしかに、丸呑みにされそうになるのは、心臓に悪いな」
 そう言ってTさんはクジラの口の端から出てきた。
 クジラがなんとかTさんに噛み付こうと口をモゴモゴさせるが、額に立ったTさんがバランスを崩すことはない。
 食べることは諦めたのか、泥で汚れた体を水で流す彼を振り落とそうとするかのようにクジラが身を揺する。
 流石に立っていられなくなったのか、額から飛び降りて地面に逃れたTさんは、クジラから距離を取る。
 彼に合わせるようにカメラも下がり、距離を空けたことによってTさんがクジラに齧られなかった理由がはっきりと観戦者にも明かされた。
 クジラの口には槍がつっかえ棒として挟み込まれていたのだ。
 クジラが悔しそうな呻き声をあげて口を閉じようとする。その動きに合わせて槍は今にも壊れそうにきしむが、なんとか耐えていた。
 そのつっかえ棒の結果として、Tさんは泥で汚れてはいるものの、それ以外に目立った外傷は見られない。
 夢子は頬に手を当てる。
「それはもはや幸運ではなく、幸いを鍵にして運命を捻じ曲げていますね」
 そう零した夢子は、ぺちん、と音を立ててクジラの表皮を叩いた。
 同時に、クジラの口から煙が漏れ出す。
 Tさんはそれを見て、体を発光させた。
 彼が何らかの行動に出る前に夢子は告げる。
「私たちの方が早いです」
 クジラが口から何かを吐き出した。
 それは≪夢の国≫の住人だった。
 ≪夢の国≫側の新たな行動に合わせるように、建物群からの攻撃が再開される。
「――っ」
 Tさんの体を中心にして結界が張られ、攻撃の第一陣は防がれる。
「まだ、このまま押し切ります」
 彼の結界が、途切れず続けられる攻撃に耐え忍ぶ音を聞きながら、夢子は次の指示を出した。
「とつげき!」
 声に従ったのはクジラから吐き出された住人達だった。
 彼らは皆、手に黒い球体に縄の導火線という、デフォルメされた爆弾をそれぞれ抱えており、当然の如くそれには火が着いている。
そんな者たちが銃火飛び交う中へと突撃した当然の帰結として、
 大爆発が起こった。

   ●

 爆発の余波は、ファンシーさを追究した結果歪な形になっていた建物群のいくつかを吹き飛ばしていた。
 瓦礫の中からはそれぞれ個性的な腕が伸びては自分たちの無事を知らせている。
 そんな彼らに手を振り応えると、夢子はその手を打ち合わせた。
 ぱん、と射撃音の中でも耳に通る音がして、建物の瓦礫の下から何かがせり上がってきた。
 電飾できらびやかに飾られたそれは、場違いなほどに愉快なメロディーを流して移動を開始する。
 パレードのフロートだった。
 女性型の住人が慌てて持ってきた新しいワンピースを頭から被されながら、夢子は言う。
「第三幕――≪夢の国≫(わたしたち)のパレードをお楽しみください、ね?」

575夢幻泡影Re:eX † 合同戦技披露会“虹vs機龍” ◆7aVqGFchwM:2016/10/22(土) 00:18:16 ID:yUU.1ptc
「えーと、皆さんこんにちは。多分知らない人の方が多いよね…
 黄昏京子(けいこ)、昔それなりに活躍してたらしいパパこと黄昏裂邪の娘です
 こっちは「ネッシー」のグルル」
「ぐぎゅぐばぁ」
「えへへ…あ、今はちょっと小さいけど、大きくなったら強いんだから!」
「「京子姉ちゃん誰と話してるの?」」
「っちょ、天架に天美、ステレオで喋るのやめなさい!」
「姉ちゃん、早く来ないとなくなるぞ。好きだろステーキ」
「英哉(えいや)! 人前でそんなこと言わない! ダイエット中なの!」
「へっ、そんなだからいつまで経ってもぺちゃぱい姉ちゃんなんだったたたたた!?」
「何か言ったかな昂平くぅ〜ん??」
「そんなことよりお姉ちゃん? そろそろ始まるよ、大好きな“おにぃ”の試合♪」
「ひゃ、わ、ちがっ、る、琉羽(るう)! そんなんじゃないってば!」
「…京子姉ぇ、顔真っ赤」
「言那(ことな)まで茶化さないで!///」
「みくるおにーちゃーん、ぱぱなんてやっつけろー!」
「バカ、パパに勝てるわけないでしょ」
「そんなことないわよ亞里早(ありさ)
 心玖郎(しんくろう)、たくさん応援してあげてね
 私達のおにぃなんだから…負けたら許さないんだから…!」
「見て見てお姉ちゃん、あっちに未來兄さんよりカッコイイ人いっぱいいるよーw」
「琉羽! あんた後で[ピーーーー!!!!]からね!!」
「おほほほ…ちょっと過激だったので伏せておきましたの」
「え、あ、ローゼさん、いつも父が、その、えっと…
 お、お恥ずかしいところをお見せしてしまって…」
「元気が一番なのは殿方も、ワタクシ達女の子も同じですわ♪
 もうすぐ裂邪さんと未來さんの試合が開始なさるけど、
 お食事でもしてゆっくりしてらしてね♪」
「ありがとうございます、いつもすみません」
「いえいえ、お気になさらずですの
 裂邪さんのご家族の方はいつでも大歓迎ですわ」
「…そういえば今日もモニターの前が凄いですね」
「あー、ファンの方が少し多いお方ですので…お見苦しいですわね;」
「え、大丈夫、です、パパが皆に好かれてるのはちょっと嬉しいし…」
「ドラマみたいなクズい奴なら未來兄さん頑張れー!なんだけどね」
「しかも母さんやシェイドさんまでいるだろ?」
「裂邪さんや皆さんのことだから、恐らくは---あ、始まりますわ!」


   to be continued...

576T ◆mGG62PYCNk:2016/10/23(日) 00:28:18 ID:WkzAuzrk

『圧倒的な物量で圧してるわね』
『T選手は大丈夫なんでしょうか?』
 実況の声を聞きながら、千勢は≪夢の国≫の甘味に手を出す。
「ここまで囲まれた状況に追い込まれてしまったのなら、一度撤退して立て直すしかないわけだが、
それは馬鹿息子たちが取り決めたルールでは違反か。王自らが前線ではしゃいでいるからまだ勝ちの目はあるが、さて、どうするのかな?」
 スクリーンの中では光の玉がいくつも飛んでいる。
 でたらめな方向へ光が飛んでいくのを見るに、盲撃ちではないだろうか。
 実況がTさんがここから勝ち目があるのかと煽る声が聞こえ、それを受けた形で千勢は一人ごちる。
「≪夢の国≫は不死者をその構成員とする不死の国だが、倒せないということはない。
 私の経験から言うと、不死者は殺し続ければいずれ死ぬ」
「千勢姉ちゃん、なんかすっげえバカっぽい」
「とはいえ事実だね」
 徹心が支持するとそれだけで何故か発言に説得力が出る。
「なるほど……っ」
 舞が真剣に頷く姿にこれも人徳かと思いながら、千勢は言葉を継ぐ。
「そもそもこの世に存在するもの全てがいずれ壊れ死に滅びゆく。
物も生命も現象も概念もいずれは果てる。そんな世界の中で不死を装っている以上、その不死には綻びがあったりする」
「あー、昔に物品系都市伝説で不死になってた奴がいたんだけど、道具が失われて不死を失ったな。つまりそういうことか?」
「それも一つの例だな」と応じて続ける。
「≪夢の国≫には、その不死性によって病に倒れてからも死ねずに苦しみ狂った創始者が居たな。その狂う、というのも人格破壊という一つの殺害方法だ」
「あ、病は効くっていう部分を狙って夢子ちゃんを襲ってきた奴も居たぜ」
 その試みが行き着く先は≪夢の国≫の消滅ではなく、発狂した夢子の統治による≪夢の国≫再びの狂化であった。
「でもそれじゃあ≪夢の国≫を倒すってことには繋がらねえな」
 それが実現していたら、世界は今よりもう少し殺伐とした方向に舵をきっていたのだろうと千勢は思う。
「と、まあそんなわけで死ぬまで殺し続けるというのは、彼女については、この試合のルールや画的にもあまりおすすめの方法ではないな。
 馬鹿息子も美少女を殺しまくるヒール役を務めたくはなかろう」
 千勢の結論に頷きつつ、大樹が手を挙げた。
「それでは、創始者が病に倒れてから冷凍睡眠によって眠っていたという都市伝説にあるように、氷漬けにしてしまうというのはどうでしょうか?
 夢子さんも≪夢の国≫の主である以上、凍結による封印と、指揮者不在による≪夢の国≫の混乱は対≪夢の国≫の手段として有効だと思うのですが」
「アレは≪冬将軍≫と正面から対決して消滅させている。やるならよほどのものでなければ封印しきる前に何らかの脱出手段を使われてしまうだろう」
 ユーグが、こちらも手を挙げて応じる。
 つまり、と受けたのは望で、
「元TNo.0のおじさんがさっき言ってたけれど、≪夢の国≫……彼女を個人として捉えたらいけないのよね。
それこそ国落としをするつもり――国という概念を落とす気でいなければいけないと、そういう方向で考えてみるとどうなの?」
「そうだね……≪夢の国≫の領域から夢子君を隔離する。あるいは、≪夢の国≫を侵食して彼女の領域を奪ってしまうというのはどうだろう? 彼女の不死性を剥ぎ取れないかな?」
「いえ、元TNo.0。夢子さん自体が≪夢の国≫でもあるので不死性の剥奪はできないでしょう」
「黒服さんの言うとおりだな。つってもそれで夢子ちゃんの力を大きく制限できるってのは試合が始まった時の夢子ちゃんと今のテンション爆上げな夢子ちゃんを比べりゃあ分かる」
 スクリーンの中ではいつの間にか存在していた火山が唐突に噴火して、狙いすましたかのように噴石が射撃の集中する辺りに降り注いでいる。
 千勢はチュロスの先端でスクリーンを指し、
「そう。国土を荒らす、というのは有効な方針であるわけだ。少なくとも≪夢の国≫の核である王を引っ張り出せるか、彼の国を撤退に追い込める。
 手段としては数で侵略をかけるのもいいし、天災規模の攻撃を長時間継続させるというのもいいだろうな
――それに対する処置に耐える覚悟が仕掛ける側にも必要だが」
「そうなると、終末論系の都市伝説は応手として使えますね」
 モニカが仮に終末論を操れる者がいた場合、どのような結果になるのかを想像するように目を細める。
「王を捕らえた上で叩き込むことができれば勝てるやもしれません」
 ユーグがモニカの肩に手を置き、大樹と徹心、舞が思考の正しさを肯定するように頷く。

577T ◆mGG62PYCNk:2016/10/23(日) 00:29:09 ID:WkzAuzrk
「でも」
 舞が言い、その後を千勢が引き継ぐ。
「馬鹿息子はそれらの大規模な攻撃手段を持っていない」
 食後の酒に手を出した千勢が「代わりに私が出ておけばよかったか……」とのたまい出すのを見るに、彼女は良い気分のようだ。
 野球観戦をするおじさんとか、そんな気分なのだろう。
「Tさんは、攻撃の規模で国を傷つけることは叶わないのですよね」
「ええ、そうなると、彼は別の手段を考えなければなりません」
 モニカの言葉に答えを理解しているらしいユーグが応じる。
 騎士が答えを知っていると見て取ったモニカは眉間に皺を寄せて考え始め――会場がどよめく声を聞いた。
 見ると、城が浮いていた。

   ●

「以前からこのお城、なかなか攻撃力が高いんじゃないかと思っていたのです」
「その思考の出所如何では試合後に少し説教の必要があるかもしれんな」
「より尖ってるから眠り姫版よりも灰かぶり姫版の方が強いという結論に満場一致で達しまして」
「皆まとめて反省会だ」
 灰被り城が宇宙船と海賊船の艦隊に上下逆さまで吊り上げられている。
 上下逆さなのは先程の発言どおり、尖った方が下の方が攻撃力が強そうだからだ。
 ……そろそろ建て直しを検討していましたし、よい機会ですね。
 そんなことを思いながら、夢子は空に鎮座坐する白亜の城を見上げた。
 視界の端でTさんが放つ光弾が城の先端をかすって空に消えていく。
 フロートと住人からの攻撃は続いていて、時たま爆発音などが聞こえてきているが、
Tさんの声はその中から無事を報せるように聞こえてくる。
 返答一つに応じるようにパレードのフロートが一つ破壊される。
マスコット勢が居ないとはいえなかなかのハイペースだが、フロート破壊の間隔は攻撃開始時よりも開いている。
 彼は常に動き続けて体力を削られているのだ、このまま時間をかければ制圧することも可能だろう。
 そう、国という概念の前では一個人が抗しきれるはずがない。
 そうは思うが、
 彼とは倒し、倒され、助けられ、共闘した仲だ。その強さは理解している。
彼ほどの英雄ならば一国を一人で相手取ることも可能かもしれない。
 ……油断はなりません。
 今後、何かしらの手段による形勢逆転の可能性がある以上。
物量で押さえ込んでいる今、大物で押し潰して早々に決着をつけるのが最善の一手。
 だから、
「城の落下が目に見えているのに降伏をしないのも、きっと生き残るあてがあるからですよね?」
 そんな信頼をもって、
「これにて終幕です!」
 遠慮なく、夢子は城を落とした。

578T ◆mGG62PYCNk:2016/10/23(日) 00:30:24 ID:WkzAuzrk

   ●

 落下したおとぎ話の城は、地面を打撃しながら砕けていった。
 地面が鳴動して、土砂と建材と住人が土煙のように舞い上がる。
 巨大な建造物が自重によって先端から順番に潰れては崩壊していく様子は、
子供の積み木遊び染みたコミカルさと相まって現実感がなく、しかし崩壊に巻き込まれていく建物を見るに見まごうことなき現実だ。
 収まる気配がない土煙を眺めながらユーグが呆れ顔で言う。
「今日はよく建物が投げつけられる日ですね」
「祭りだからな。ほら、トマト投げる国もあるんだから城投げる国もあるさ……っと、ありゃあ……」
 舞が目を凝らす。
 ≪夢の国≫では、収まらない土煙に紛れて人の形をしたもやが発生していた。
 よく見ると、崩れた城の窓やら隙間やらからもやは出てきているようで、それらは普通の
≪夢の国≫の住人とは違う体の欠損のしかたをしている。
 具体的には、体や顔に分かりやすく包帯などを巻いており、
「なんつーか、分かりやすく衣装を整えた幽霊って感じだな」
「あれならば、落下に巻き込まれようとも瓦礫に埋もれようとも動き続けることができるね」
 舞が感想し、徹心が評する。
 1000人目を求めているという都市伝説が囁かれる、≪夢の国≫の999人の幽霊達だ。
「お兄ちゃん、だいじょうぶなの?」
 城の落下が収まって惨憺たる光景の一部が見えるようになったせいか、リカちゃんが流石に心配そうに訊く。
 そんな人形の小さな頭を撫でて舞は頷いた。
「大丈夫大丈夫。リカちゃんも知ってるだろ?
 寺生まれはすげえんだ」

579 ◆HdHJ3cJJ7Q:2016/10/23(日) 17:43:03 ID:wSweiFtw

突如降り始めた豪雨によって視界は遮られた。
海賊船からの砲撃によって、豪雨の奥に一瞬だけ大きな影が見えたが、黒服Yにはそれが何なのかは分からなかった。
他の参加者の会話の内容を聞くに、シーサーペント型のクラーケンらしいことは分かった。
そもそも分からないなら黒服Yも会話に加われば良いのだが、最初にタイミングを逃して以降、どうにも入れないでいる。
どうせ参加しても新しい情報を出せるわけでもないし、自分が考えたことは誰かが似たような事が言ってるからなど思って、結局そのままである。
そんな状態のまま黒服Yはシーサーペントのか影が見えた方向を見ていたが、あまりダメージを与えられてないように感じた。
攻撃をしようとする気配が衰えてないからだ。
そして、足下からも這い上がってくるような悪寒を感じた時、すぐさま操舵室の屋根から飛び降りた。
いきなりの行動に着地地点の近くにいた者が驚いていたが、構わず船の縁に駆け寄り下を覗きこんだ。
何が居るのかは分からないが、何かが下から攻撃しようとしているのは分かった。
波打って奥がほとんど見えない海面にライフルを向けると、

「クラックショット(破砕弾)装填! ごめん、ちょっと足支えてて!」

クラックショット。
貫通力の高いアーマーショットに対して、クラックショットはほとんど貫通力を持たない。
かわりに、着弾時に弾丸の持っているエネルギーを全て解放する。
つまり着弾した箇所で破裂し、その衝撃でダメージを与える技である。
今、ライフルを囲むように、数十発の弾丸が現れている。

「ちょっと揺れるかも。クラッカー!」

技名の合図と共に、すべての弾丸が海中へ発射される。
弾丸は、迫ってくるクラーケンへと向かっていき、その直前で全ての弾丸が一点に集まり、お互いに衝突しあい、一斉に破裂した。
重なりあった衝撃は、指向性を持った衝撃波となって、クラーケンの眼前で炸裂した。

続く

580T ◆mGG62PYCNk:2016/10/23(日) 20:27:16 ID:WkzAuzrk

 夢子は逃げていた。
 転移に転移を重ね、倒れた建物を壁にし、崩れきれずに残った城の一室に隠れるが、その彼女を追って光の玉が群れになって追ってくる。
「撃って!」
 号令に応じて空から大砲や光線が降ってきた。
 光弾を上から叩き潰すつもりだった砲撃は、しかし光を消すことはできずに地面に突き刺さる。
 思い起こせば、おかしかったのだ。
 Tさんの光弾は、願いさえすればその通りに飛ばすことができる。にもかかわらず、
制圧戦に持ち込んでからというもの、彼の光弾はこちらに当たっている様子がなかった。
 願掛けをする余裕すらないのだと判断していたが、こうなってみて理解が及ぶ。
彼が砲撃に押し込められている間に放っていた光弾は全て夢子を囲い込むために放たれていた。
 それに気付いた時には既に手遅れだった。
 ……失敗しました。
 城を落として自分から今回投入したパレードと住人の大半を一時戦闘不能にしてしまった。
 現在行われている空からの砲撃で彼を倒すのは、建物からのそれでも仕留めることができなかった以上、難しいだろう。
「というか、城の下敷きになってどうしてあの方は生きてらっしゃるのでしょうか」
 あの人は、そう、あくまで一生命体のはずなのに。
 砲撃に紛れてゴーストがTさんに襲いかかっているはずだが、彼に対して幽霊を差し向けるのは流石に相性が悪い。
 光弾の囲みから転移しつつ、こうなればTさんの所に自ら飛び出してみようかと考えていると、目の前に当のTさんがいた。
「あ……」
 砲撃が彼を避けて降る中、両手に幽霊を掴んで消滅させたTさんは夢子を迎える。
「導いてくれる幸福を招くことに成功したようだ」
「幽霊を掴まないでくださいよ、不条理ですねえ」
 既に光弾が追いつき周りを囲っている。
 Tさんの体は各所が光っており、夢子が何らかの動きを見せればその瞬間に彼女に攻撃が殺到するだろう。

581T ◆mGG62PYCNk:2016/10/23(日) 20:28:09 ID:WkzAuzrk
 ……逃げることは、たぶんできますね。
 が、この光の群れだ。すぐに囲いは追いつくだろうし、態勢を立て直すことを考えれば彼の可視範囲外まで逃れておきたい。
 しかしそれはルール違反。≪夢の国≫のアトラクションとしては興行失敗だ。
 ……いつの間にか形勢逆転ですね。
 悩む夢子にTさんの言葉が来る。
「意趣返しでもあったんだ。≪ケサランパサラン≫との契約者としての俺が≪夢の国≫に勝てるのか、とな
 だが、俺一人では君にはどうやら届かないようだ」
 Tさんは肩をすくめた。
「なので、ここからはいつかの祭りの続きをしようと思う」
 そう言って、Tさんは口端を吊り上げた。
「以前は革命になってしまった国落としの続きだ。
 あの創始者のように住人達に裏切られてくれると俺としては楽なのだがな。
どうだろうか、≪夢の国≫。今ひとたびの落陽を迎えないか?」
 その言葉に、夢子は自身でも珍しいと思う感情を得ていた。
「……そのようなことを言わないでください」
 一度溢れれば、言葉は止まらない。
「あのような方と、一緒にしないでください」
 淡々と感情を言葉に変換していくごとに。この場を一時やり過ごそうという考えが選択肢から消えていく。
「私達は、あのような在り方を変えようとしてここまで来たのです」
 変化を否定できる者はいないと胸を張って言えると夢子は思う。万人にそう思われるよう努力をしてきた。
 だからこそ、
「私を解き放ったあなたが、それを言わないでください。なにより」
 両の手を広げて大切に思う皆に王は告げる。
「≪夢の国≫の皆は、これまで誰一人として、≪夢の国≫を裏切ったことなどありません」
 彼らが反旗を翻すとすれば、それは為政者に対してのみだ。
「そして、皆の信任を受けた私は王として告げます。私はこの国の旗を巻くことはありません」
 夢子が手を上げると袖の中から抜き身のナイフが飛び出した。
「たとえ相手があなたの全てでも、です!」
 感情の正体を怒りに近しいなにかだと感じながら彼女は転移を行う。
 Tさんの背後に回ってなんの変哲もないナイフを――狙いを定める余裕もなく突き刺そうとする。
 突き立てることができれば内蔵売買の都市伝説で相手の力を奪い吸収して勝ちが決まる。
 が、Tさんの体は夢子が触れる寸前に振り返った。
「今後の課題は夢子ちゃん本人の近接戦能力かな」
 そして、試合開始直後に見せられたあの認識できない動きで光が放たれる。
「破ぁ!」
 反応出来ないそれは、しかし夢子にしてみれば食らって尚自身の攻撃を続けられる一撃のはずだった。
 だが、
 ……え?
 その一撃は、先程夢子を呑んだ光の一撃とは種類が違った。
 バラバラに刻まれても行動を繋げられるはずの体が動きを止める。
 自身を確立させるための大切な何かが失われたような脱力感。
 それは、夢子をして自身を構成する目に見えない要素が直接削られるという、未知の感覚を得る一撃だった。
「――――」

582T ◆mGG62PYCNk:2016/10/23(日) 20:30:50 ID:WkzAuzrk

   ●

 倒れた夢子にTさんが近づいてくる。
 周りには光の玉が油断なく浮いており、その外には住人が集い始めている。
 空にはファンタジーとSFの混成艦隊があって、土台部分が残った城が噴火と決壊した水路の音を背景に哀愁を漂わせて聳えている。
 自分が暴走してしまった際に見る最期の景色はきっとこれだろうとぼんやり思いながら、夢子は口を動かす。
「≪寺生まれで霊感の強いTさん≫……その力、今回の戦闘で今、始めて使いましたね」
 挑発に乗って啖呵まで切ってこれだ。夢子は自身の至らなさに呆れてしまう。
それでも住人達が伝えてくる意思が彼女を心配するものであると知覚して、先程の感情を洗い流すような笑いが込み上げてきた。
「都市伝説殺しの力を使うにあたって逃げられなくなるタイミングをはかっていたんだ。いきなり使ってこれを警戒されてしまうと勝ち目がなくなってしまうのでな」
「私は死が遠いので、いろんな殺され方を体験したつもりなのですが、初めての感覚です……戦ってみてわかりました。なるほど、貴方の在り方は私たちとは少し違うのかもしれませんね」
 都市伝説として己を構成している部分を抉られている。この感覚を言葉に替えるには己の中に体験が足りなかった。
 ……せめてこれを受けた経験が過去にあれば、あんな行動はとらなかったのにな。
 そんな一撃を食らわせたTさんは降ってくる噴石を砕きながら「大した違いはないさ」と言い、頭を下げた。
「それよりも、先程は済まなかった。あのタイミングを逃せば勝てないと思ったんだ」
「いじわるを言う人は嫌いです」
 首を背けると、Tさんはどう言葉をかけようか迷うように唸り、
「あー……今度、舞やリカちゃんと一緒に遊びに行くので許してはくれないか?」
 夢子は深く息を吸い込んだ。
 一瞬吸い込んだ空気が体内に取り込まれずに漏れだしていくような感覚に襲われる。
 負傷の種類としては自分の内蔵売買の都市伝説と同列の攻撃だろうと思うが、これはきつい。
 ……≪冬将軍≫様は、よく耐えたものですね。
 違和感無く動かすことができるようになった上半身を起こして砲撃も噴火もやめさせると、さて、と状況を確認する。
 Tさんは自分を狙っている。
 自分は中途半端に転移で逃げると光弾の陣に囚われるだろう。遠くに逃げるのは試合の形にならない。……やはりルール違反だ。
 住人に光を破壊させようとすれば住人が光を食らう。不死の住人とはいえ、あの攻撃では再生も一瞬では済むまい。
 空の船を落とすことを含め、住人たちが総攻撃をしても、これまでの様子を見るに、Tさんは逃げ延びられる。
いつまでもは続かないだろうが、この距離で互いに喰らい合えば形成不利なのは彼が作った檻の中で王という核を天敵に対して晒し続ける夢子だ。

583T ◆mGG62PYCNk:2016/10/23(日) 20:31:49 ID:WkzAuzrk
 Tさんの困り顔を納得として、夢子は言った。
「よろしい。特に許します。そして……私の負けですね」
「そうか」
 Tさんは体から力を抜くと、大儀そうに伸びをした。
「なんとか、判定で俺の方が優勢か」
「ええ。悔しいですけれど、今後の課題も見えました。それで良しとしましょう」
「そうだな。近接戦闘もだが、挑発にも乗らない落ち着きが必要だな。煽るのならば母さんが天下一品だ、今度語録を作らせようか」
「挑発はですね、あなただから熱くなってしまったのですよ」
 Tさんは夢子の発言の意を取りかねたのか首を傾げた。
 それに対して答えるつもりはない。夢子はTさんの疑問を微笑で流す。
 先の発言を意味を正確に伝えられる必要のない言葉だと判断したのか、Tさんは話題を変えた。
「が、まあ無名の俺が勝つと正直まずい。≪マヨヒガ≫も満員御礼になったら安穏な生活が崩れるし、
≪夢の国≫を与しやすいと考える手合いが荒らしにこないとも限らん」
「そうですね。私も格闘戦を指南して頂きたいですし、そのためにもお互いの安穏とした生活は護らなければなりませんね」
 笑う夢子が「どうぞ」と示すと、地面には棺が現れていた。
「キスすると目が覚めると評判のベッドです」
「寝ないようにしなければな」
 Tさんが苦笑して棺型ベッドに寝転がると、周囲に浮遊していた光が消え失せた。
 同時にもやと土煙が沈静化する。
 アトラクションの終了だ。

『≪夢の国≫の勝利です!』

584T ◆mGG62PYCNk:2016/10/23(日) 20:32:28 ID:WkzAuzrk
 実況が告げるのを聞きながら、目を閉じたTさんが思い出したように言う。
「カメラを返しておくように。それと、この異界も返還しよう」
「はい。では、会場に戻ったら宴とまいりましょう。舞さんがおいしいお酒をお持ちのようですよ」
 Tさんが頬を緩めた。
「それは楽しみだ」
 弓なりに曲がる瞼を見やりながら彼女が手を打つと、≪夢の国≫は異界を返還して消え去った。

   ●

「さて、じゃあ俺そろそろ行くわ。また会おうぜ」
 試合終了を確認した舞が手を振ると、彼女が連れて来ていた者達がそれぞれ礼を言って会場に散り始める。
 気付けば買ってあった食料がなくなっている。相応の時間が経ったのだ。
「夫婦水入らずにしてやらねえとな。俺達は一足先に宴だ」
 そう言いながら舞が足を向ける先にはTさんと夢子が居た。
「お久しぶりです」
 そう大樹たちに挨拶をしたTさんは、舞から瓶を渡される。
 どういう経緯でもらった酒なのかの説明を聞き、Tさんは実に嬉しそうに笑った。
「それはそれは、礼状を出さねばな」
「だな。せっかくもらった酒だし、一足先に俺達は俺達でお疲れ様会して飲んじゃおうぜ」
 舞が言うと、夢子が心底無念そうに言う。
「舞さん、申し訳ないのですが私はこれから少し、マスコットの皆からお説教を受けなくてはいけないようです」
 夢子が≪夢の国≫の屋台の方を見るので舞が目で追いかけてみると、屋台に詰めているマスコットが妙な威圧感で夢子を見ていた。
「あー、そりゃついてねえな」
「いえ、いいのです。後の説教のことを考えなくなるくらいに楽しかったのですから」
 夢子は舞に微笑みかける。
「次回は舞さんもリカちゃんも、一緒にアトラクションを楽しみましょうね」
「あんまり激しいもんじゃなけりゃ遊びにいくぜ」
「そうおっしゃってくれるから大好きです」
 そう言って夢子は舞に抱き着く。
「絶対に、ぜったいにまた来てくださいね?」
 犬か猫のように体を擦り付けると、リカちゃんを舞の肩から攫い上げ、夢子は名残惜しそうに舞から離れた。
「では、苦行に挑んでまいります……。リカちゃんも一緒に、ね?」
「おつきあいするの」

585T ◆mGG62PYCNk:2016/10/23(日) 20:33:05 ID:WkzAuzrk
 仕方ない、というように応じたリカちゃんを撫でると、夢子は大樹と望に向かって頭を下げ、
「それでは、また後で。あなた方もしばらくは夫婦水入らずでお過ごしください」
 夢子はリカちゃんを胸元に抱いたまま忽然と姿を消した。
 そして気付いてみれば、周りには大樹・望夫妻と自分達しか居ない。
「……あ、そうか、だからリカちゃんを連れてったのか」
「の、ようだな」
 Tさんと舞は顔を合わせて笑い合う。
「そんなもの、今更気にしなくてもいいのにな」
 とはいえ、せっかく気を遣ってもらったのだからと、舞はTさんの腕に両手を絡めた。
「で、どっか怪我とかしてねえのか? ん?」
「わざわざ言わなくともその内治る」
「じゃ、それまでどっかで木陰で休もうぜ。ほら、Dさんと望嬢ちゃんみたいな感じでさ。俺が枕になってやるよ」
 そう言ってその場から離れながら、舞は大樹と望に手を振った。
「邪魔したな。また、今度はキナ臭くない時にゆっくり茶でもしようぜ。
なんなら家に来てくれてもいいしさ」
 むしろ大樹については≪マヨヒガ≫の家具を持って帰ってもらうべく無理矢理宴会にでも招こうかと考える舞の背に、二人の声が届く。
「ええ、よろしくお願いするわ。またね」
「お元気で」
 見送りの言葉に「おう」と答え、舞とTさんは会場のいずこかへと姿を消した。

586戦技披露会・観客達  ◆nBXmJajMvU:2016/10/24(月) 00:16:53 ID:A4dblyFY
 「先生」による診察を終えて、アンナはぐぅ、と背伸びしながら観客席へと戻っていっていた
 ついでに、「夢の国」が出している屋台で何か買っていこうかと思って、そちらへと足を向けた時だった

「アンナ」
「え?……あ、お父さん」

 声をかけられ、立ち止まる
 肩まで伸ばされた金の髪は毛先が赤や緑など色とりどりカラフルに染められている……と、言うか、そもそもその金髪自体、確か染めたものだったとアンナは記憶していた
 褐色の肌も、日焼けによるもの。元は色白だと聞いている
 自分の父親だと言うのに、せいぜい20代後半くらいに見えるのは………何故だろう
 飲まれた訳でもないのに妙に若々しい点に関しては、「血筋ではないだろうか」と言うのが祖父の言い分だった。そういえば、祖父も年齢のわりにはだいぶ若く見える

 とまれ、アンナを呼び止めたのは彼女の父親である日景 翼だった
 「首塚」においては古参メンバーの一人であり、「首塚」首領の平将門の側近の一人でもある
 アンナにとっては、誇らしい父親である

「「先生」に診察してもらってきたか?」
「えぇ。遥に言われたから」
「言われる前に行けよお前も。全身溶かしたとなると、何か異常起きる可能性高ぇんだぞ」
「はーい。特に異常感じなかったし、大丈夫だと思ったんだけどな」
「油断はするな、って遥共々、言われてんだろうが」

 わかってる、と苦笑してみせるアンナ
 アンナ当人としては少し心配しすぎでは?とも思うのだが、翼は翼で都市伝説の影響が知らず知らずのうちに強くなっていた事があるそうなので心配なのだろう
 …それに、遥の件もあるのだし、心配しすぎくらいがちょうどよいのかもしれない

「とりあえずさ、「先生」が大丈夫、って言ってくれたんだから大丈夫よ。そういうとこで嘘つく人じゃないもの、「先生」は。性格色々問題あるけど」
「……まぁ、たしかにそこは安心か。性格には問題ある奴だが」

 当人が聞いていたら笑いながら抗議しそうな事で父娘同意する
 事実、あの「先生」は若干性格に問題があるのだから、仕方ない

「私は、これから「夢の国」の屋台で何か適当に買って戻ろうと思ってたけど。お父さんは?」
「俺は、ちょっと話したい奴いるからそいつ探してた………糞悪m,メルセデス見てないか?」
「氷の司祭様?……試合に出てたのを見た以外は、見てないけれど」

 なにせ、あの試合は一瞬で終わった
 メルセデスは傷一つついていなかった為、治療室にも行っていないだろう
 案外、自分の出番はもう終わったから帰っているかもしれない

「そうか………わかった。もうちょい探してみる」
「見つけたら連絡する?」
「あぁ。頼んだ………っと、そうだ。お袋も来てるから、見かけたら適当に挨拶しとけ」
「マドカさんも来てたんだ。わかった」

 年齢の割には気持ちが若く(父に言わせれば「年甲斐もない若作り」らしいが)、祖母と呼ぶには抵抗がある祖母が来ていると知ってアンナは少しうれしい気持ちになる
 きちんと、挨拶しておかなければ

 それじゃあ、と別の道へと歩きだした父を見送り、自分も屋台へと歩きだして

「……そういえば、お父さん。氷の司祭様に何の用事なのかしら」

 と、小さく、アンナは首を傾げた


「そうかい。そっちも大変なんだねぇ」
「えぇ、多少は………でも、マドカさんだって、旦那様が社長ともなれば、大変なのでしょう?」
「あたしゃ、会社の経営関連はさっぱりだからねぇ、その方面は一切ノータッチだから」

 楽させてもらってるよ、とマドカが笑う
 その様子に、彼女もまた小さく笑った
 今でも占い師を続けている彼女だが、夫は「大」がつくレベルの富豪である
 彼女は彼女で、それなりに気苦労があるはずの立場だ
 果たして、どちらの立場の方がより気苦労が多いか………となると、そこは個人差が出るところになるが
 ただ、一つ言えること
 それは、二人共立場ある人間の妻であると同時に、自分も旦那も都市伝説契約者である、と言う共通点があり

「近頃は、「狐」とやらの方でむしろ神経尖らせてる感じだねぇ、あの人は」
「あぁ………それは、あの人も同じですね。「薔薇十字団」も関わっている「アヴァロン」と言う場所に、「狐」に誘惑されかけた人が入り込みそうになったとかで……」
「……そういや、うちの人もそんな事を言ってたねぇ………ヨーロッパの方の色んな組織が混乱しかけたそうだね。「レジスタンス」なんて大変だったとか」

 自然と、このような会話になることもある
 どちらも亭主がヨーロッパを拠点とする組織とつながりがあるから、余計なのだが

587戦技披露会・観客達  ◆nBXmJajMvU:2016/10/24(月) 00:18:13 ID:A4dblyFY
「今は日本の、それも学校町に来てるんだろう?あんた、占いは昔通りテントでやってるって言うけれど、大丈夫なのかい」
「えぇ………「薔薇十字団」の方が、警護についてくださっていますので、なんとか。マドカさんは……」
「こっちも、亭主の部下が警護についてくれてるから、なんとか」

 約20年ぶりの、学校町での大事件だ
 あちらこちらバタバタとしているし、危険も増える

 ………マドカにとっての孫も巻き込まれた二度の事件は、彼らにとっては大事件であっただろうけれど、学校町全てを巻き込む程ではなかった
 これほどまでに大きな事件は、本当に久しぶりなのだ

「……色々、心配ではあるんだけどね」
「あるのですけれどね」

 戦技披露会、その観客席から試合を見ながら、2人はそっと笑う

「…割合、大丈夫そうなんだよねぇ」
「そうなのですよね」

 なにせ、平和な学校町であっても、これだけの若い契約者が存在している
 そして、少し悲しい事ではあるが戦い慣れている
 …きっと、大丈夫なのだろう

(………そう、きっと、大丈夫)

 大丈夫なのだ
 彼女は、そう信じるしか無い

 …………たとえ
 たとえ、学校町の今後を占ってみた、その際に引いたカードが
 いつの間にか混ざっていた、白紙のカードだったのだと、しても


 もっきゅもっきゅもっきゅもっきゅもっきゅ
 ハムスターのごとく、ご飯を食べているちみっこがいる
 赤いはんてんを羽織ったそのチミっ子は、それはそれは美味しそうに、「夢の国」の屋台で買ったパストラミのサンドウィッチを食べていた
 その様子に、彼女を膝の上に座らせている赤いマントの男は少しほっとする
 ようやく、「夢の国」に対するわだかまりが薄らいできた証拠だろう
 そうじゃなければ、「夢の国」が提供する物を口にするのも嫌がっていた可能性が高いのだから

「ん、これ美味しいのです!赤マント、そっちのチョコクロワッサンとスイートポテトパイもよこすのですよ!」
「赤いはんてんよ、買ってきた物を君一人で食べ尽くすつもりかい?あんまり食べすぎると、いくら都市伝説とは言え太………よーし、落ち着こうか、はんてんをひっくり返そうとするのはやめたまえ」

 はんてんをひっくり返して「青いはんてん」状態になろうとした赤いはんてんに、そっと要求された物を差し出す赤マント
 赤いはんてんは、ぱぁああああ、と表情を輝かせてそれらを受け取ると、またもきゅもきゅもきゅ、と食べ始めた
 ……このライスブレッドだけでも、奪われる前に食べておこう、と判断し、赤マントはそれを己の口へと運ぶ

「はむ……に、しても。すげー戦いっぷりなのですよ」
「うむ、そうだな。やはり私は参加せずとも正解であった」
「赤マントだったら、数秒でノックアウトな可能性もあったのです」

 まぁな、とあっさり答える赤マント
 X-No,0ことザンとのスペシャルマッチに参加しようかとも考えたが、結局やめたのだ
 今現在、学校町を騒がせている問題の一つである赤マント事件、それに自分が関わっていない事を示すチャンスではあったが、相手が相手なので「役に立てそうにもないな!」と判断して男らしく参加しない事にしたのだ
 ……なお、余談であるが。赤マントが参加していた場合、転移能力でもって一瞬でザンに接近できる為、一瞬で勝負をつけることができたのだが、赤マントはそれに気づきつつもスルーしていた
 根本的に、当人が戦闘に向いていない……ということにしているのだから、仕方ない

「「狐」とか、久々に騒ぎが色々あるですからね。あんまし外出歩けないし、こう言う時だけでも思いっきり羽目をはずすですよ。だから、後でまたもうちょっと「夢の国」の屋台の食べ物買いに行くですよ!」
「全くもってその通りだな。我々のような契約者なしの都市伝説はおとなしくしているに限る。で、赤いはんてんよ。その屋台に払う代金だが」
「当然、赤マントが払うのです」
「うん、わかっていたがね!」

 ……まぁ良い、彼女が元気であるのなら
 赤マントはそう結論づけて、己の財布が瀕死となる覚悟を決めたのだっ



to be … ?

588世界の敵END4【六本足】:2016/10/24(月) 23:34:30 ID:epUM/I5c
「【忍法】は便利な能力だよね。あれ一つだけで、何でもできる」

 黒服達が去った後、空井は羨ましがるように言った。
 ちなみに、今は移動中。
 空井の案内に従って行動している。

「撤退まで煙でドロンだもん。僕も、あんな能力が欲しかったな」

 確かに、【忍法】は万能だ。
 敵のアジトに潜入したいのなら透明化、翻弄したいのなら影分身、捻り潰したいのなら遁術と様々なことが出来る。
 隠密はもちろん、戦闘でも活躍が期待できる能力だ。
 口寄せの術も使えるとなれば言うことなし、ただ一人で戦場を掻き回せる。
 他の契約者からすれば理想の都市伝説だろう。
 ただ、空井が口にすると皮肉にしかならない。

「お前には、今の能力がベストだろ」

 二年前、俺はこいつの能力を両方見た。
 【催眠術】と【■■■】。
 どちらも、土台をひっくり返すためにあるような都市伝説だった。
 その上、空井はどちらも使いこなしている。
 正直、敵に回したくない人間の一人だ。

「うん、わかっているよ」

 実感を込めた俺の言葉に、空井は薄笑いを返した。

「わかっているんだ。でも、裏方ばかりやっていると申し訳なくてね」
「相方にか」
「うん」

 相方、いくつかの光景が思い浮かぶ。
 爛爛と燃える炎、■■の■■、■■によって強化された身体能力。
 どれも、脳裏に焼き付いてる。 
 彼女に付けられた、「最高」という二つ名もだ。

「系統や能力の関係上、仕方ないとはわかっているんだけどね」
「だったら、気にするな」
「……その返しは酷くない?」
「酷くない」

 俺は、一息に言い切った。

「お前が気にすると相手も気にするだろ」
「……」

 空井が、呆然とした後に苦笑した。

「そっか、そうだね。まさか、君に指摘されるとは思っていなかったよ」

 「最悪」という二つ名をつけられた少年は、ひどく愉快そうに顔を緩ませた。

589世界の敵END4【六本足】:2016/10/24(月) 23:35:46 ID:epUM/I5c
「ところでさ、六本足の契約者」
「なんだ」
「まだ、自分だけで歩けない?」
「ああ」
  
 空井の肩に寄りかかりながら、俺は首肯する。

「戦闘が終わったら、反動がどっと来たからな」
「まー、相手が凄腕だったから無理もないか」

 横を歩く契約都市伝説も頷いた。

「戦闘中は、アドレナリンやエンドルフィンで誤魔化されてたのかな。君の場合、特にすごそうだし」
「そうなのか」
「いや、質問を質問で返さないでよ……。っと、あれだよ」

 路肩に停る黒塗りのベンツを、空井が指さす。

「あれで、君を途中まで送るよ。中には、治療薬もあるから」

 ドライバー席から、初老の男が降りた。
 後部座席のドアを開け、俺達が来るのを待ち構えている。

「一ついいか」
「なんだい」
「お前の依頼主ってヤク――」
「いや、違うから」

 真顔で否定された。

590世界の敵END4【六本足】:2016/10/24(月) 23:39:27 ID:epUM/I5c
「はい、じゃあこれ飲んで」

 ベンツの車中。
 同じく、後部座席に乗っている空井から青い瓶を渡された。
 
「なんだ、これ」
「さっき言ってた治療薬だよ」
「どう見ても、ただの清涼飲料水だ」
「飲むタイプのお薬なんだよ」

 押し問答を繰り広げた後、俺は試しに口をつけてみた。

「どう?」
「ソーダだ」

 紛れもなく、炭酸飲料。
 爽やかな喉越しと、癖のない味がいい感じだ。

「そうじゃなくて、傷の治り具合」
「こんなので、傷が――」

 言いかけた時だった。
 
「治ってるな」

 本当に、傷が塞がり始めたのは。
 痛みがどんどん消えて行き、皮膚が再生していく。
 他の都市伝説性の薬と比べても、恐ろしい程に効いていた。
 左腕の嫌な感触も消えていく。
 どうやら、軽い骨の罅なら治せるらしい。

「一体、何を飲ませたんだ」
「【エリクサー】のソーダ割り」

 返答は、予想以上に酷いものだった。

「冗談なら受け付けてない」 
「いや、本当だって。雇い主が、面白半分に作った品物でね。一時期、試しに売ろうとしたらしいよ。裏の人間に」
「値段は」
「日本円にして、一本百万円」

 俺の感想はシンプル。

「安いな」
「うん、だから周りの人達に止められたみたい。割と本気で」

 【賢者の石】と同一、又はそれから抽出した物の値段としては安すぎる。
 錬金術師に殴られてもしょうがない話だ。

「でも、やっぱり君はこっち側の人間だね」

 唐突に、空井が言った。

「あっさりと、安いと言う辺りが」
「契約者だからな」

 霊薬の価値くらいわかる。

「……そういう事にしておこう」

 空井が、何か言いたげな目をしたが構っている暇はない。
 俺も、そろそろ聞きたいことがある。

591世界の敵END4【六本足】:2016/10/24(月) 23:41:37 ID:epUM/I5c
「でだ」
「何?」

 こちらの声音で感じ取ったのか、空井の態度が変わった。
 緩んだ気配が一瞬で引き締まる。
 切り替えの早い奴だ。

「結局、お前の依頼主は俺に何を求めているんだ?」

 これを、ずっと聞きたかった。
 足元の契約都市伝説も頷いている。

「お前の話だと、依頼主は俺と面識がない奴だ。なぜ、そんな人間が俺を気にする。手助けをしようとする」

 俺の問いに、空井は額に手を当てた。

「まあ、気になるよね。でも、それには依頼主の事を説明しないと駄目なんだけどいいかな?」
「ああ」

 目的地周辺には、まだ距離がある。
 聞いておいて損はない。
 一つ呼吸をして、空井は話し始めた。

「まず、今回の依頼主はひどくお金持ちなんだ」
「それはわかる」

 面白半分で、【エリクサー】をどうこう出来る奴だ。
 富豪でない訳が無い。

「そして、お金持ちにはよくある事なんだけどさ。とてつもない道楽家なんだ。それも、すごい変な方向の」
「変な方向」
「そっ。依頼主はさ」

 趣味で正義の組織を運営してるんだ、嘆息紛れに空井は言った。

「二年半前、この街に来たのも依頼主の仕事。この街に蔓延る悪を退治しろってね」

 金払いはいいんだけどさ。
 呆れた声に、ジェスチャー付きだった。

「随分、おめでたい頭をした奴だな」
「と、思うだろ? ところが、そうじゃない。別に、善人でも偽善者でもないんだよ。依頼者は」
「というと」
「……正義の組織を設立した理由がさ。商売であくどいことをし飽きたから、なんだよ」
「なんだ、それ」

 想像していた以上に、ろくでもない。

「僕に言われても困るよ。ただ、正義感の欠片もない人間だとは明言できるけど。組織を設立したのは、単なる面白半分だろうし」
「面白半分か」

 話が見えてきた。

「つまり、俺を手助けするのも面白そうだからってことか」
「そっ、君の選択の行先を見たくてしょうがないんだ。あの件以来、いやその前から依頼主は君に注目していたから」
「趣味が悪いな」
「同感だよ。ちなみに」

 信号が赤になり、車が停止した。 

「君も、組織も、彼女をどうこう出来なかった場合はさ。僕らが倒す事になっている」

 依頼主曰く、彼女は「世界の敵」らしいよ。
 おどけた口調で、空井は言った。

592世界の敵END4【六本足】:2016/10/24(月) 23:45:10 ID:epUM/I5c
 車は、街外れの峠道で停まった。

「さ、降りて。いい所まで案内してあげる」

 空井の先導に従い、俺と契約都市伝説は数分程歩いた。
 着いたのは、見晴らしがいい開けた場所。
 眼下には、例の森もある。

「いい場所でしょ、ここ」
「ああ。で、俺にどうしろと」
「簡単な話だよ。ここから、あの場所まで飛んでほしいんだ」

 軽い頼み事のように、空井は口にした。

「君に会う前、森の周辺をチェックしたんだけどさ。黒服がガッチガッチに囲っていて、通り抜けるのが難しそうだったんだ」
「だから、空からか」
「そっ。流石に、上空は警戒していないだろうし。地上からよりは相当マシ。このために、助っ人も呼んでおいたから」
「助っ人」
「うん、空を飛べるね。もう少しすれば、来ると思うよ」
「ん」

 どうやら、突入までは完全にサポートする気のようだ。
 当然といえば当然、空井の依頼主は俺の選択を見たいのだから。
 恋人と会う前に死なせる気は無いんだろう。

「一応、言っておくと僕達が手伝うのは突入まで。後は、自分で何とかしてね」
「ああ」

 元から、そのつもりだ。
 空井は、満足したように頷いた。

「よし。助っ人が来るのを待――」
「じゃあ、行ってくる」
「へ? あの、話聞いてた? 助っ人は、まだ来てないよ」
「必要ない」

 俺は、最初から空を飛んで突入する気だったのだから。
 ポケットから、真紅の羽を取り出した。

「それは、火遁を吸い込んだ」
「ああ。【迦楼羅】、【ガルダ】の羽だ」
「やっぱり、そうだったんだ。でも、羽だけでどうするつもり? 流石に、それで空は飛べないでしょ」
「飛べないな。飛べないが」

 膝を曲げ、契約都市伝説と目を合わせた。
 つぶらな瞳が、俺を見つめ返す。
 覚悟は、出来ているとばかりに。
 俺がそっと羽を差し出すと、受け入れるように体に当てる。
 変化は、すぐに起きた。
 
「飛べるようにする事は出来る」

 契約都市伝説の肉体は、水のように波紋を立てながら羽を取り込んだ。
 一瞬の出来事。
 だが、これだけでは終わらない。
 次に、全体が赤く光り始めた。

「これは」
「こいつの特性を利用してるんだ」
「特性。……遺伝子組み換えか」
「正解」

 六本足の鶏は、遺伝子組み換えで生まれたと言われている。
 おかげで、カスタマイズが容易。
 共通点のある都市伝説を取り込みやすい傾向があるらしい。
 師匠からの受け売りだ。

「便利な裏技だね」
「試すのは、今が初めてだけどな」
「……それ、大丈夫なの?」
「大丈夫だ」

 契約都市伝説は、既に鶏としての形を保っていなかった。
 大きな光の塊となりながら、徐々に形を整えていく。

「もう終わる」

 光が消えた。

593世界の敵END4【六本足】:2016/10/24(月) 23:47:00 ID:epUM/I5c
「へえ」

 空井が感嘆の声を上げた。
 視線の先には一人の幼女、擬人化した六本足の鶏だ。
 変化したばかりのせいか、瞳を閉じたまま微動だにしない。
 
「まさか、人型になるなんてね」
「ああ」

 言うほど、俺は驚いてなかった。
 夢の中で、擬人化した姿を見ていたせいかもしれない。
 あの時と違い、肌が純白から褐色になっていた。

「インド風か」
「カレーみたいに言わないでよ……。あっ、目を覚ますよ」

 契約都市伝説が瞼を上げる。
 すると、真紅に染まった瞳が表れた。
 【ガルダ】の羽根と同じ色だ。
 
「ん、んー」

 次に、体を伸ばし始めた。
 両手の指を組み、前に突き出す。
 ストレッチを終わると、俺に視線を向けた。

「この姿だと数時間ぶりじゃな、主様」
「だいぶ、イメチェンしているけどな」

 軽口を交わすと、次に空井を見やった。

「久しぶりじゃな」
「うん、お久しぶり」

 それ以上、二人は口を開かなかった。
 大して、面識もないので話すことがないんだろう。
 契約都市伝説は、すぐに顔を逸らした。

594世界の敵END4【六本足】:2016/10/24(月) 23:52:44 ID:epUM/I5c
「ところで、主様」
「何だ」
「いっぺん、ぶっ飛べ!」

 みぞおち目掛け、鋭い拳が放たれた。

「突然どうした」

 躱しながら、俺は尋ねる。

「何かしたか」
「何もしなかったから問題なのじゃ!!」

 契約都市伝説は、肩を怒らせた。

「どうして、最初からわらわに羽根を組み込まなかったのじゃ!!」
「ん」
「ん、じゃないわ! わらわを強化していれば、もっと楽に戦えたのじゃ!!」
「あー」

 納得したとばかりに、空井が手を叩いた。

「じゃろ! なのに、この馬鹿主は強敵を相手にしても舐めプしおって! そんな余裕、なかったじゃろ! なぜ、今の今まで羽根を組み込まなかったのじゃ!!」

 詰め寄る契約都市伝説。
 俺は、面倒くさくなったので理由を話そうとした。

「それは隠すためだよ」

 しかし、答えたのは空井だった。

595世界の敵END4【六本足】:2016/10/24(月) 23:54:31 ID:epUM/I5c
「隠す?」
「そう、六本足の契約者は隠したかったんだよ。この裏技を、君が取り込んだ能力を」

 首を傾げる契約都市伝説に、笑顔で解説を始めた。

「確かに、最初から君を強化していれば楽に黒服を倒せたかもね。でも、おそらく全員は倒せない。数人は逃げるはずだ。すると、どうなると思う」
「そりゃ、こちらの情報が漏れるの。……あ」
「そういう事。あちらは、君が神鳥【ガルダ】の力を取り込んだ事に気づくかも知れない。すると当然、上空からの侵入を警戒することになる」
「あくまで、過程の話じゃろ!」
「うん。でも、六本足の契約者は『もしも』のケースを想定した。未来の危機を避け、今の危機を選んだ訳だ。そうだよね?」
「ああ」

 俺は頷く。

「鶏を警戒する奴はいないからな」
 
 空を飛んだり、火を吐いたりしない限りは。
 
「……なんじゃ、その言い分は」

 契約都市伝説は俺を睨んだ。
 
「力を隠すじゃと? 確かに、それはいい手なのじゃ。じゃがの」

 一呼吸をおいて、怒声が響いた。

「それで死んだら意味がないのじゃ! もっと、慎重に行動しろ!!」

 見た目に似合わぬ、激しい剣幕だった。
 眉を吊り上げ、拳を固く握り締めている。
 本気で怒っている、判断するのに時間はかからなかった。
 
「確かに、お前さんの直感は精度が高い。安安と死ぬことはないじゃろう。じゃがの、万能ではないのじゃ! 『もしも』というのなら、自分が死ぬケースも――」
「わかった」
「適当なことを言うな!」
「言っていない」
「っ! この!!」

 再び、拳が振るわれる。
 前と違い、俺は避けなかった。
 腹に軽い軽い一撃。
 続けて、連打が繰り出される。

「この! この! このっ!!」

 契約都市伝説を、俺も空井も止めなかった。
 ただただ、俺は殴られる。
 痛くはない。
 むしろ、微かな振動が心地よかった。
 
「どうして、お前は。どうして、お前は! どうして、お前は……」

 最後の打撃は、一際弱い力だった。

596世界の敵END4【六本足】:2016/10/24(月) 23:57:52 ID:epUM/I5c
「……取り乱したの」
「別にいい」

 数分後、契約都市伝説は落ち着きを取り戻していた。
 肩で息をしながら、顔を背けている。

「じゃがの、これだけは言っておく。わらわは、別に死んでもいいのじゃ。もう、この世に未練もないしの。じゃが、お前は」
「後、八十年は向こうに行くな」
「……その通りじゃ」
「俺もそのつもりだ」

 銀の髪に手を乗せる。

「死ぬ気はない。まだまだ、生きる理由がある」

 脳裏に浮かぶのは、自宅の居間。
 三人で過ごした日常。
 何よりも大切な時間。

「お前も知っているだろ」
「じゃが、お前さんの戦い方は危なっかしい」
「ああ」

 手に力を入れ、髪を撫でた。
 銀の髪が、揺れながら光り輝く。
 契約都市伝説が俺を見上げた。

「悪いが性分だ。今更、直せない。だから」
「だから?」
「次からは支えてくれ。俺が死なないように」
「……自分で注意をする気はないのか?」
「できると思うか」
「まあ、無理じゃろうな」

 赤い目が細められた。

「わかったのじゃ。わらわが主様を支える」
「助かる」
「ああ、大船に乗ったつもりになるのじゃ」

 薄い胸を張り、契約都市伝説は言い切った。

「これからは、本当の意味で一心同体じゃ」
「なら、いい加減名前をつけないとな」

 改めて契約都市伝説を観察する。
 褐色の肌、銀色に輝く髪、そして真紅の瞳。
 名前はすぐに決まった。

「真紅、でどうだ」
「真紅……。うむ、悪くないのじゃ」

 契約都市伝説改め真紅は苦笑した。

「少し、安直じゃがな」
「もっと捻った方がいいか」
「いや、必要ないのじゃ」

 主様がつけた名前じゃからな。
 そう呟くと、真紅は俺の手を握った。

「もう一度、言ってくれ。わらわの名前を」

 俺は、そっと握り返した。

「真紅」
「もう一度」
「真紅」
「うむ、馴染んできたのじゃ」

 そのまま、俺と真紅は手を離さなかった。
 理由はない。
 ただ、こうしていたかった。
 それだけだ。

597世界の敵END4【六本足】:2016/10/25(火) 00:00:44 ID:l/IfoibY
「主様、もう一度――」
「あのー、君達」

 割って入った声に、俺達は反応した。

「もしかして、僕の事忘れてない?」

 声の主は空井。
 げんなりといった様子の顔をしている。

「そういえば、いたな」
「すっかり、忘れていたの」
「……あのねー」
    
 ため息を吐くと、空井は俺達を窘めた。 

「仲がいいのは結構だけど人前では遠慮してもらえないかな。というか、傍目から見ているとロリコ――」    
「じゃあ、行くか。森に」
「主様、それなんじゃがな」
「……息ぴったりだね、君達」

 空井の呟きを聞き流し、俺は真紅に向き合った。

「ちょっと問題があるんじゃ」
「問題」
「ああ、羽根を組み込まれて気づいたんじゃがな。まあ、取り合えず見るのじゃ」

 真紅は、手を離し歩き始めた。
 俺から数メートルほどの所で立ち止まる。

598世界の敵END4【六本足】:2016/10/25(火) 00:01:57 ID:l/IfoibY
「よし、この辺で」

 変化は、すぐに起きた。

「へー」

 空井が感嘆の声を上げる。
 視線の先には、もちろん真紅。
 詳しく言うと、その光り輝く背中だった。
 色はオレンジ、目を瞑りたくなるほどに眩しい。
 その光の名から、飛び出るものがあった。
 翼だ。
 真紅の体を、容易に包む込むほど巨大。
 動物の翼というより光の集合体といった感じだ。
 両翼が広がると、周囲に熱気が立ち込めた。

「【ガルダ】の羽根を取り込んだだけはあるね」
「ああ」

 俺と空井が感想を述べていると、真紅は難しげな顔をした。

「立派な翼じゃろ、主様」
「ああ」
「だが、問題があるんじゃ。主様、新しい能力を発動してくれ」

 言われた通りに、俺は能力を発動する。

「ちょっと、近いよ!」

 慌てて、空井が離れていった。
 その間にも、能力は発動している。
 俺の場合、背中ではなく足に変化が起きた。
 両足の回りが光り輝き、強い熱を発している。
 都合のいいことに、履いているジーンズが燃える様子はない。
 中々、便利な能力だ。
 
「よし。では、ちょっと飛んでみるんじゃ」
「ああ」

 俺は、垂直に跳ねてみた。
 すると、身体が自然と浮き上がり宙を自由自在に飛んだ。
 ――ということはなく、普通に落下した。
 一方、真紅は翼をはためかせ辺りを飛び回っている。
 これは。

「そういうことか」
「ああ、そういうことじゃ」
「えっと、どういうこと?」

 空井の疑問に、真紅は簡潔に答えた。

「わらわは飛べて、主様は飛べないということじゃ」


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