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人類観察都市 東京二十三区
731
:
◆6bb6LonGS2
:2022/06/05(日) 22:54:49 ID:D2bcgC9A0
投下終了します
続いて
童磨&ランサー(マンティコア)
久世しずか&ライダー(ジャック・ザ・リッパー)
以上を予約します
732
:
◆8ZQJ7Vjc3I
:2022/06/08(水) 23:35:48 ID:4PJdiWH.0
投下します
733
:
シャミ子が悪いんだよ
◆8ZQJ7Vjc3I
:2022/06/08(水) 23:36:21 ID:4PJdiWH.0
───マスターや、起きなさい。マスターや……
「むにゃむにゃ……おからじゃないお好み焼き……うへへへ……」
───三大欲求に忠実なマスターや…起きないと二度と醒めない眠りになりますよ…
────具体的に言うと手足と角と尻尾を千切られただるまぞくに……
「ぽげぇえッ!?寝込みを襲うとは卑怯な!?しかも例えがエグい!って…あれ?」
謎の声に導かれて。
私、闇の女帝シャドウミストレスこと、吉田優子は目覚めました。
けれど、目を覚ました場所は聖杯に与えられた下宿先のアパートではなく。
「ここ……夢の中…?」
私ではない誰かの夢の中でした。
「これ……誰の夢?」
───おいおいマスター、ボク、ちゃんと説明したよね。
君に協力してくれるかもしれない、君の能力を必要としてる子がいるって。
「この声は…アサシン君!?」
私を起こしたその声は、間違いなくアサシン君の物でした。
ですが、姿は見えません。そのままきょろきょろと辺りを見回してみます。
そこは、病院の廊下でした。前に入った私の夢の中に似ている気がします。
「ここは…その人の夢の中なんですか?」
───そのとーり。先ずは、友達になってくれるかもしれないこの子の事を知らないとね。
───そして、願わくば…この子の助けになってあげて欲しいんだ。
「助ける…?」
734
:
シャミ子が悪いんだよ
◆8ZQJ7Vjc3I
:2022/06/08(水) 23:36:46 ID:4PJdiWH.0
その言葉に、眠る前の記憶が少しづつ蘇ってきます。
眠る前にアサシン君は私に語りました。
連日の深夜徘徊の結果、私に協力してくれるかもしれない子を見つけたこと。
だけど、その子は少し困ったちゃんで、今の時点でちゃんと協力できるか怪しいこと。
だから夢の中にお邪魔して、その子の事を少しでも知った上で、助けてあげて欲しいということ。
語られた内容を思い出し、状況は飲み込めてきました。
でも、それと共に戸惑いや不安ももたげてきます。
先ず私は、この夢の主の事を何も知りません。名前すら知りません。
そして自慢ではないですが私はクソザコまぞくです、ゲロ弱です。
いや、最近は宿敵の桃色魔法少女のお陰でちょっと強くなってきたかも?
それでもやっぱり……私にできる事なのか、疑問です。
───心配しないで、マスターならできるさ。できなきゃこの子は何も始まらない。
───今は『待て、しかして希望せよ』よりも当たって砕けろだよ。
───失敗したって、骨は拾うからね!
「玉砕前提!!私木っ端みじんになるんですか!?」
───うん、具体的には今すぐ逃げないとあと二十秒くらいで。
へ?と。
その言葉にとっさに後ろを振り返ります。猛烈に嫌な予感がしました。
同時に既視感もです。前に夢の中に入った時、似たようなことがありました。
そして、そんな第六感は悲しいほどに当たっていました。
「うぎゃーッ!!ウサギとハムスターの真っ黒い化け物-ッ!!」
ふしゅーふしゅーと唸り声を上げて。
三メートルはある真っ黒な兎とハムスターの合体版みたいな怪物がそこに居ました。
ですが、これは二度目。経験を活かせば既にどうすればいいかは分かっています!!
「シャドウミストレス優子!危機管理フォーッッッム!!!」
最早慣れてしまった恥ずかしい格好に0,02秒で着替えます。
夢の中なら変身バンクも一瞬です。
そして回れ右前進!先手必勝逃げるが勝ちです!!退却撤退さようならッ!!!
桃に鍛えられたお陰でいきなり走っても横っ腹が痛くなりません。
確かな成長を感じます。
そのまま私は鍛えた健脚で華麗にハムうさぎの前から姿を…ってこのハムうさぎ早い!?
「う、うおおおおおお!舐めるなぁッ!!」
735
:
シャミ子が悪いんだよ
◆8ZQJ7Vjc3I
:2022/06/08(水) 23:37:20 ID:4PJdiWH.0
もう私はあの頃の私ではないのです。
宿敵にいぢめ抜かれて磨き上げた体力、見せつけちゃります!
あれだけ鍛えてハムうさぎに負けたら私の人生ミジンコですから!
気合を入れなおして、本気の全力疾走で昏い廊下を駆け抜けます。
そして、一番奥の部屋に飛び込みました。
飛び込んだ先の奥の部屋は、一際広く、一際薄暗くて。
隠れるのにはもってこいの場所でした。
ホールの様になっている部屋の、舞台袖の様な場所に身を潜めます。
すると遅れて入ってきたハムうさぎの怪物は、狙い通り見失った様子でした。
そのままきょろきょろと周囲を見渡して、廊下の方へと戻っていきました。
───お疲れ様マスター、良く逃げ切ってたね。捕まってたら数日昏睡だったよ。
「ぜぇえ…はー…ふー……フ、フフフ…舐めるな我が眷属よ…こ、の程度……」
背後のステージにもたれかかって、回復に努めます。
以前なら三十分はその場で動けなかったでしょうが、今なら五分もあれば復帰可能です。
息を整え、夢なのに何故かかく汗を拭った後。
アサシン君の声が、再び頭の中に響きます。
後ろのステージを見る様に、と。
昏いステージでした。それに何だか、辺りの空気がどんよりとしています。
以前は言った桃の夢の中と同じくらい、もしかしたらそれよりも酷いかも。
でも……何だか視線が吸い寄せられます。
───さぁマスター。丁度開演の時間だ。目をかっぽじって。
───ここから先は見逃しちゃいけない。
「目をかっぽじったら見れませんよ!?」
アサシン君と言葉を交わしながら、ステージ全体が見れるように後ろへ下がります。
すると、映画館の様に座席が並んでいたので、そこに腰掛けました。
直後、私が席に座るのを待っていたかのように。
ステージに、変化が訪れます。
ステージの丁度中央に、ライトの光が燈されて。
「Foooooo!!!!」
一番煌びやかなその場所に、彼女はいました。
スポットライトを全身に浴びて、その光の中で、踊り、歌います。
736
:
シャミ子が悪いんだよ
◆8ZQJ7Vjc3I
:2022/06/08(水) 23:37:35 ID:4PJdiWH.0
「………!!!」
圧倒、されました。
突然始まったその人パフォーマンスに。
息をのむことしか、私にはできませんでした。
きらきらと、宝石の様に輝いて。
弾ける様な汗と共に、彼女は笑っていました。
私なら、あっという間に息が上がって、へばっているほど激しい動きをしているのに。
でも、何故か。
その人の笑顔を見ていると…無性に悲しい気分になりました。
何故、そう思ったのかは分かりません。
でも、私の目にはその人が。
とても必死そうに。とても、哀しそうに。
無理やりに笑顔を浮かべているような、そんな思いを抱きました。
そして、そんな彼女の笑顔に。どうしようもなく。
「───────」
多分、その時だったんだと思います。
理屈じゃなくて。言葉も出てこなくて。
ゾンビ映画をみたら、倒されるゾンビの方に感情移入してしまう。
ミカンさん曰く感性がずれている私だけど。それでもはっきりと。
───私、吉田優子が。偶像(アイドル)七草にちかさんのファンになったのは。
737
:
シャミ子が悪いんだよ
◆8ZQJ7Vjc3I
:2022/06/08(水) 23:37:54 ID:4PJdiWH.0
☆
その夢は、以前入った私や桃の夢の中とはずいぶん違っていました。
パフォーマンスが終わってからも、ステージは眩しいままで。
まるで映画やミュージカルみたいに。
さっきステージで踊っていた──“七草にちか”さんの軌跡が伝えられます。
何時もと何だか勝手が違う、とアサシン君に尋ねてみました。
アサシン君が言うには、サーヴァントとマスターはお互いの夢を見ることがあるらしいのですが……
そんな特殊なケースと、私の闇の一族の能力が合わさった結果だと。
アサシン君は、何故か得意げに私にそう語りました。
その話を聞いている間にも、ステージの上でにちかさんの物語は続きます。
彼女は、必死でした。
アイドルの大会で優勝しなければ、夢を諦める。
そんな、厳しくて、お腹がキリキリする条件の中で。
にちかさんは、戦っていました。
───なみちゃんの靴を履いてなきゃ、誰が見てくれるんですか!私の事なんか!
───ただ立ってるだけじゃ、人ごみなんですよ私……!
ステージの向こうの彼女はとても一生懸命で。
とても……苦しんでいました。
アイドルになってすぐ浮かべていた笑顔は、無くなってしまって。
にちかさんが自分を傷つけるような事を言うたびに胸が締め付けられました。
違う。
そんな悲しい事言わないで。
吉田家(ウチ)の様にお父さんがいなくて。
お母さんも病気で。
それでもバイトをしながらお姉ちゃんと二人で支えあって。
さっきは、とても凄い歌とダンスを見せてくれました。
私はライブなんて見るのは初めてだったけど……
それでも、どうしようもなく心を動かされてしまいました。
貴女は、人ごみなんかじゃない。
何時の間にか、唇をかみしめていて。
強く、強く。そう思いました。
そして。
「―――――……い…………
プロ……………てま…………」
“その光景”を見た瞬間。
私のその思いははっきりと、実像を結びました。
738
:
シャミ子が悪いんだよ
◆8ZQJ7Vjc3I
:2022/06/08(水) 23:38:15 ID:4PJdiWH.0
「にちか、しっかり呼吸するんだ…!吸って、吐く………落ち着いて、しっかり―――」
記憶の中の彼女は、まるで命を燃やし切った様に苦し気で。
受け止める”彼”も、かつてない程焦燥を露にしていて。
「…………………どんな………かお………」
「無理に喋らなくていい、息をするんだ……!」
息をする事すらままならない、昔の私の様な状態で。
それでもにちかさんは尋ねます。
自分は今、どんな表情でいるのか、と。
「………どんな……かお…………わたし………笑えて………」
「……っ。どんな顔って……苦しそうだよ…………!
――――――けど、笑えてる」
今にも消え入りそうな、心と身体で。
優勝して、もう無理やりに作った笑顔を浮かべる必要も無いのに。
それでも、にちかさんは笑っていました。
「大丈夫だ。しっかり吸って、吐いて、落ち着くんだ……
これでもう……思いきり笑えるんだから――――」
その時の彼女が何を思っていたのか、私には分かりません。
けれど、確かなことがたった一つだけ。
その笑顔は。
にちかさんが身と心をすり減らして戦い抜いた後に手に入れた本当の笑顔は。
絶対に。絶対に。
人ごみなんかじゃない。特別な物でした。
だから。
だから、私は、
「アサシン君」
───何?マスター
「私、この人を眷属にしたいです」
739
:
シャミ子が悪いんだよ
◆8ZQJ7Vjc3I
:2022/06/08(水) 23:38:35 ID:4PJdiWH.0
───君もあの自称パティシエの話は聞いただろう?
───この聖杯戦争で生きて帰れるのはたった一人だ。だとしても?
未だ姿の見えないアサシン君は、私にそう尋ねてきます。
でも、もう私の答えは決まっていました。
「だとしても、です。私はまぞくとして欲張りに生きていくことにしたんです。
どうすれば帰れるかはまだ分かりません。でも、あのパティシエさんに土下座してでも帰る方法を見つけて見せます!!」
……この子の分もかい?
「勿論です!私が二人分土下座して聞き出します!!」
───地面にめり込んでそうだね
私だって、それがどんなに厳しい道のりかは分かっています。
でも、厳しいからって降りるつもりは毛頭ありません。
私はいずれ闇の一族の復興を遂げる者。
闇の女帝、シャドウミストレス優子なんですから!
───助けてあげて欲しい、なんて言っておいてなんだけど。
───マスターは、何でこの子を眷属にしようと思ってるの?
同情なら、やめておいた方がいい。
アサシン君のその声は、今迄で一番冷たいものでした。
それは、私を心配してくれているものだというのは分かったけど。
それでも、ぶんぶんと首を振って。
「私は、この人の追っかけまぞくになったんです。今決めました。
この人の歌が聞きたいんです。この人に、生きていて欲しいって、そう思ったんです」
まぞくとして欲張りに。自分に正直に。
この歌声に、消えて欲しくないと。
純粋にそう思ったから。それだけで、戦う理由としては十分でした。
───いい答えだ、マスター。いくら恐怖劇(グランギニョル)とはいっても。
───盛り上げる、音楽(コーラス)が無ければ締まらない。
───ならボクも、君の願いに応えよう。
740
:
シャミ子が悪いんだよ
◆8ZQJ7Vjc3I
:2022/06/08(水) 23:39:09 ID:4PJdiWH.0
アサシン君の、その言葉と共に。
部屋の入口に、気配を感じて振り返りました。
そこには、さっきのハムうさぎの怪物が立っています。
その赤い瞳は、じっと私を見つめていて。
身体はさっきよりも大きく、五メートルはあります、成長期?
逃げようにも、此処は廊下の一番奥の部屋で、逃げ場はなく。
まぁ、と言っても。
「シャドウミストレス優子───何とかの杖ッ!ずるい武器フォーム!!!」
逃げるつもりなんて、少しも無かったけれど。
お父さんから貰った杖を掲げて。
私は叫び、そして彼の姿をイメージします。
今の私にとって、一番頼りになる、ひょろりと細長い武器。
───呼べば来てくれるって、言ってましたもんね。
きらりと、手の中の杖が輝きを放ち。
ぴょんと、私の手から飛び跳ねる様に空中へと舞い上がって。
そのカタチを変えていきます。
───HO!HO!HO!
真に遺憾ながら聞きなれてしまった笑い声一つ。
それが響くとともに、杖はすっかり人の形をとって。
私の目の前に、降り立ちました。
シルクハットに、闇色のマント。そして長い手足。
「───お待たせ、マスター。それじゃあ、開演と行こう」
紅と蒼の瞳を煌めかせて。
飛び跳ねる者(スプリンガルド)。バネ足ジャックこと、アサシン君は。
ゆらりと背の高い木の様に、私の前へと降り立ちました。
それを見た途端、ハムうさぎの怪物の様子が変わります。
警戒と敵意を露わにして。表情は可愛げがあった先ほどまでとは違ったモノでした。
でも、もう怖くはありません。
ハムうさぎが突っ込んできても、怖くはありません。
私を、つい最近体験した浮遊感が包みます。
アサシン君が私を抱えて、目にも移らない速さで跳んだのでした。
そして、その長い腕を振りかざし。
翳されたかぎ爪はきらりと光って───そこに、炎を燈しました。
741
:
シャミ子が悪いんだよ
◆8ZQJ7Vjc3I
:2022/06/08(水) 23:40:54 ID:4PJdiWH.0
───HO!HO!HO!
その場に再び笑い声が響き渡り。
ぱっくりと、ハムウサギの体が裂けたのは、その直後の事でした。
一発でした。五メートルはありそうなハムうさぎの怪物が。
アサシン君にかかればちぎ投げでした。
「……この怪物は、この子の嫌な記憶、恐怖や絶望が集まった物だ。
マスターも、知ってるんじゃない?」
「はっ、はい。一度私の無意識の中に入った時に…でも、こんなに大きくは」
「それだけ、今のこの子が助けを必要としてるって事なんだろうね」
その言葉を受けて。消えていくハムうさぎを眺めていると。
何というか…やってみよう、という気持ちが湧いてきました。
私とにちかさんはあったことも無い他人で。
私の様なゲロ弱まぞくがどこまでやれるかは分からないけれど。
二人で生きて帰るために。できる限りの事はしてみようと。
そう、思ったんです。
「さて!この子の事が理解(ワカ)ッた所で、目覚めの時間だ。
そろそろ、お暇しようか。次に会うのは、現実の世界でだ」
「……え?あ!ちょ、ちょっと角ハンドルはやめッ!」
「油を売ってる暇はないのさマスター。彼女と同盟を結べたら次はとびっきりに危険な橋を渡らなきゃいけない」
「え?きけんなはし…?」
「うん、氷の女王陛下と話をしに行くんだ。
切り裂きジャックと決着をつけるのはどの道夜になるしね」
「な、何ですかそれ!?ちょっとぉッ!!」
アサシン君は私の決意なんてどこ吹く風で。
今後の展望を私に告げつつ、雑に私を抱え上げます。
こん畜生、いつか眷属と主人の立場を分からせてやらねばなりません。
そして、色々話したいことも、心の準備をする間もなく飛び上がって。
夢から醒める独特の感覚が、肌を突き抜けていきます。
凄い速さで景色が下へと下がっていく中。
私は最後に、にちかさんの心の中を一瞥します。
よく見たら桃の夢の中の様にヘドロ塗れで。閑散としていて。
とても寂しい場所でした。
でも、それでも。
そんな彼女の心の中にも、輝くものは確かにありました。
「だから……いつまで、なんて言わないでください
此処まで無事でいたことを、間違いなんて思わないで」
私は、闇の女帝、シャドウミストレス優子は。
それだけは伝えたくて。
そして。
少しだけ、貴女の悲しみに寄り添えたら……
桃。
我が宿敵よ。私は頑張るので。見ていてください。
☆
742
:
シャミ子が悪いんだよ
◆8ZQJ7Vjc3I
:2022/06/08(水) 23:41:11 ID:4PJdiWH.0
この世界に来てから。
気持ちよく目覚められた日なんて、一度も無かった。
いや、ここに来る以前から。
思えば暫く、安らかな眠りも。健やかな目覚めも無かったように思う。
毎日毎日、バイトが終わった後に、足がもつれるまでレッスンして。
倒れる様に家へと戻り、最低限の家事を手伝った後、泥の様に眠る。
それでも追い立てられるような不安から深夜に目覚めるのはほぼ毎日。
WINGに優勝するまで、アイドルになるまで。そんな日々は続いた。
それでも優勝して──やっとアイドルになった矢先に、私は此処にいた。
眠れぬ夜は、此処でも変わらないかった。
きっと、私は遠からず死ぬのだろう。
私の引き当てたランサーは、お世辞にも強いとは言えなかった。
客が逃げ出すくらい下手糞で、才能以前の問題なくせに、それでも歌が好きで。
弱いくせに馬鹿みたいに自分を信じていて、憎たらしくて、羨ましくて、腹立たしい。
私にとって、彼女はそんなサーヴァントだった。
弱い所だけはいかにも私のサーヴァントだと、乾いた笑いすら出てくる。
雑魚は雑魚らしく、隠れていればいいのに。
今日もこれから懲りもせずに歌を歌おうとする彼女に付き合って。
そして、その内他のマスターとサーヴァントにぶち当たって、あっけなく死ぬ。
死刑を待つ囚人の様な、絶望だけが私の胸にあった。
でも…それでいいのではないかと思っている私がいた。
私は、この世界ではアイドルでは無かった。
283プロダクションは変わらずこの東京にあったけれど。
そこは私の知る場所じゃなかった。
少なくとも、脅迫監禁までしてアイドルになった大馬鹿は所属していなかった。
それが分かったのは“あの人”に会ってから。
そう言えば、事務所はどうなっているのだろうと足を運んで。
私の事を全く知らない様子の“あの人”に出会って。
あぁ、そうなんだ、と。
酷く納得してしまったのを覚えている。
ちなみにお姉ちゃんは休暇を取って旅行に行っているらしかった。
お姉ちゃんは時々突拍子もない旅行計画を立てるため、驚きは無かった。
まぁ、つまり。
私はこの世界ではアイドルではなく、人ごみの七草にちかとして死んでいくのだろう。
七草にちかの最期としては、お似合いの最期では無いだろうか。
いや、そもそも。
アイドルになった事さえ、もしかしたら夢だったんじゃないだろうかとすら思える。
夢から醒めて。
この世界で何者でもない七草にちかとして死んでいくのが、本当なのではないか。
そんな気さえしていた。
743
:
シャミ子が悪いんだよ
◆8ZQJ7Vjc3I
:2022/06/08(水) 23:41:46 ID:4PJdiWH.0
けれどやっぱり、死ぬのは恐ろしくて。
毎日毎日、目を閉じるのが怖くて。
ガタガタと震えながら、昨日の晩も残り滓の様な眠りにつく。
それなのに。
「アラ!どうしたのマスター!今日は何だかスッキリした顔じゃない!」
「それ、何時もはスッキリしてないって事ですかー…まぁ何だか、今朝は寝起きがよくて」
「それなら良かったわ!それじゃあ今日も何時から何処でライブをするか───」
「はいは〜い、まずは朝ご飯摂ってからで〜」
いつも騒がしいランサーさんを適当にあしらう。
相談と言っても今日は何処で騒音をまき散らすかという話でしかないし。
買い置きのカロリーゼロのコーンフレッグを安物の皿に盛り、ミルクを注いで。
普段ならけだるい朝なのに、不思議とさわやかな朝だった。
本選に進んだという通達から、死ぬ覚悟が決まったのだろうか。
限りなく後ろ向きな思考で、注ぎ終わったミルクを冷蔵庫に戻す。
今、この家に家族は誰もいない。
私が通っていた高校とも違う、『不動高校』という高校に通うため、姉とボロアパートで二人暮らしの苦学生。
その姉も暫く旅行に行っているため、実質一人暮らしの高校一年生。
それが私に与えられた役割(ロール)だった。
曲がりなりにも偶像(アイドル)に与える役目かと思うモノの、まぁどうせ遠からず死ぬのだ。
他の家族がいないのも、巻き込まれずに済む。
あぁ、何だ。むしろ聖杯は私に気を使ってくれたのかも。
自嘲気味に笑って、用意した食事を運ぼうとしたその時だった。
ぴんぽん、と。
おんぼろなインターホンが、来客を告げたのは。
当然、心当たりのない来客だし。そもそも今はまだ七時前だ。
こんな朝から、人と会う約束をした覚えはない。
ランサーさんと顔を見合わせて、無言のまま玄関へと向かう。
彼女が駆け寄ってきて、背後で身構えるのを感じながら、恐る恐るドアノブを握り。
扉を、開けた。
「あっ!あのあのあの!!七草にちかさんですよね!!」
立っていたのは、私と同じ年ぐらいの女の子だった。
変な形に膨らんだ帽子を無理やり目深に被って、私を見上げてくる。
───不思議な女の子だった。
初めて会ったはずなのに、彼女と接すると心がひどく落ち着いた。
心が澄んでいくような、不思議な感覚だった。
その感覚から私の意識が戻る前に、彼女は私に何かを差し出してくる。
744
:
シャミ子が悪いんだよ
◆8ZQJ7Vjc3I
:2022/06/08(水) 23:42:01 ID:4PJdiWH.0
「あっ、あのっ!私あなたのファンで…!サイン、頂けませんか!?」
それは、何かの学習帳だった。
その白紙の見開きを広げて。
アイドルではない筈の私に、彼女は。
「…………は?」
それが、私、七草にちかと──シャドウミストレス優子こと、吉田優子さんとの出会いだった。
745
:
シャミ子が悪いんだよ
◆8ZQJ7Vjc3I
:2022/06/08(水) 23:42:32 ID:4PJdiWH.0
【世田谷区 アパート/一日目・早朝】
【七草にちか@アイドルマスター シャイニーカラーズ】
[状態]健康、シャミ子の能力の影響(小)
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]貧乏人
[思考・状況]
基本行動方針:自暴自棄気味
1.……は?
2.生きて帰りたいけど…
[備考]
283プロダクションは存在しますが所属していない設定の様です。
同居人である七草はづきは旅行に行っており不在です。
【以津真天@太平記(ヨハネの黙示録)】
[状態]:健康
[装備]:スタンドマイク(天秤)
[道具]:なし
[所持金]: 貧乏人
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯獲得?
1. 今日もファンたちに歌を届ける
2. マスター…流石だわ…!
746
:
シャミ子が悪いんだよ
◆8ZQJ7Vjc3I
:2022/06/08(水) 23:43:02 ID:4PJdiWH.0
【吉田優子@まちカドまぞく】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]何とかの杖
[道具]なし
[所持金]貧乏人
[思考・状況]
基本行動方針:脱出派
1.生きて帰る事の出来る方法を探す。
2.にちかさんと一緒に帰る事の出来る方法を探す。
[備考]
にちかの夢の中へと入ったことで、彼女についての情報を得ました。
(感覚としてはWING編をプレイした情報量と思ってもらえればいいです)
【バネ足ジャック(スプリング・ヒールド・ジャック)@史実】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:脱出派
1.取り合えず、夜になるまでマスターが生き残れるように動く。
2.切り裂きジャックは時が来たらボコる
3.にちか主従と朝コミュ後、氷の女王陛下(スカディ)に会いに行く。
[備考]
にちかの夢の中へと入ったことで、彼女についての情報を得ました。
747
:
◆8ZQJ7Vjc3I
:2022/06/08(水) 23:43:18 ID:4PJdiWH.0
投下終了です
748
:
◆sANA.wKSAw
:2022/06/11(土) 21:29:19 ID:3kJxKWMY0
投下します
749
:
炎のさだめ
◆sANA.wKSAw
:2022/06/11(土) 21:30:44 ID:3kJxKWMY0
男はネットニュースを片っ端から漁り情報を集めていた。
この東京都を現在進行形で騒がせている連続焼殺事件。
積み重なる犠牲者の数と、それと並行して報告される青い炎の目撃談。
まだ。
まだ――そうと決まったわけではない。
だが単なる偶然にしては符号し過ぎている。
轟炎司はその符号を見逃せなかった。
他でもない自分自身が産み落としそして歪ませてしまった胤。
轟燈矢…かつて己が切り捨てた過去を。
見ないふりをしていた息子の存在を。
この事件は否応なしに想起させた。
「ふあぁ。ねぇ、まだ眠らないの?
昨晩からずっとじゃない。わたし、そろそろ眠くなってきたのだけど」
「…サーヴァントである貴様に睡眠など不要だろう。
それに――」
…それに。
万一にでもその可能性がある以上は見過ごせない。
ヒーローとしてそして父親として。
あの荼毘に――燈矢に。
これ以上の罪を重ねさせるわけにはいかない。
その程度の意識と使命感は炎司にもあった。
「まぁいいわ。仮に件の事件の下手人が燈矢くんだとするなら、わたしも父親であるあなたには逃げずに向き合ってほしいし」
「俺の前で気安くその名前を口にするな。貴様のつまらん同情意識のために俺の息子を――アイツを利用するんじゃない」
「同情してあげてるだけまだ救いがあるんじゃないかしら。
彼の父親なら覚えておいて、炎司? 子供が親にされて一番傷つくことは面と向かって罵倒されることでも命を奪われることでもないわ。
なかったことにされること。自分をつくってくれた親に無視されることよ」
「…もういい。貴様は……お前はもう黙っていろ」
「ふふ。はいはい」
轟炎司はこの少女のことが嫌いなわけではない。
嫌いというよりは苦手というのが正しかった。
戦力としては優れている。やや極端な手に走りがちなことを除けば優れたサーヴァントであると評価も下せる。
だが彼女は…ヒノカグツチは。
轟炎司の"父親"としての部分を。
そこにある古傷を。
痛むと分かった上でなぞり、炎司の冒した罪を思い知らせてくる。
その痛みに耐えられるだけの覚悟をまだ炎司は抱けずにいた。
何しろ此処に居る彼は。
東京二十三区を舞台とした聖杯戦争に招かれたフレイムヒーローは…己がずっと目を背けてきた過去について家族と共有することすらしていない。
轟燈矢の真実を知った直後の最も精神的に不安定な時期から招かれているのだから。
「それにしても炎司はつまらない男なのね。
わたしとしては流行りの…なんだったかしら。たぴおか? とか飲んでみたかったのだけど」
「お前の体温では口に含んだ瞬間蒸発するだろう。金の無駄だ」
「…言われてみればそうね。はぁ、まったく不便な体に生まれてしまったものだわ」
カグツチのその全身は神代の炎で構成されている。
彼女が物理攻撃に対し非常に強力な耐性を有するのはこの為だったが、あくまでカグツチにとっては"不便な体質"止まりの認識らしい。
因みに実体化しても炎司の拠点が燃えていないのは彼女が床の表面から微かに浮かんだ状態で自身の体を実体化させているからだ。
750
:
炎のさだめ
◆sANA.wKSAw
:2022/06/11(土) 21:31:42 ID:3kJxKWMY0
神代の炎は触れた全てを焼き焦がすが、カグツチが自ら望みでもしない限りはその熱を伝播まではさせない。
何処ぞの漫画に出てくる猫型ロボットめいた理屈を駆使して日常生活に溶け込む火の神は。
しばらく退屈そうに足をバタバタさせていたが――…ふと。
足を動かすのを止め、その端正な顔を真剣な表情に変えた。
「少し外に出てくるわ」
「…どうした。敵か?」
「誰かが誘ってる。相当の手練ね。魔力の波長からしてわたしと同じ神代の英霊だと思うわ」
口の前に指を一本立てて少女らしい仕草を一つ。
しかしその口から次に出た言葉は、とてもではないが可愛げとは無縁の言葉。
「もしかしたら私より強いかも」
「こんな朝ぼらけから、そんな怪物が血気盛んに息巻いているという訳か…」
炎司の眉間に巌のような皺が寄る。
だがそれも致し方のないことだろう。
彼は自分のサーヴァントと絆を育んでいるとは到底言い難い身であったが、それでもその実力については一定の信用を置いている。
その彼女が自分より強いかもしれないと言うサーヴァントが。
社会がまだ起き始める前のこんな時間から戦う相手を欲して誘いをかけているというのだ。
「あなたは此処で待っていて。勝ち切るにしろ逃げるにしろ、そう長く時間はかけないわ」
「貴様らサーヴァントの戦いの余波が、市民に被害を出さないと断言できるのか?」
「勘違いしてはいけないわ」
カグツチはにたりと笑った。
揶揄うような笑顔だった。
炎司の眉がピクリと動く。
そのリアクションを見てまたくすくすと笑い、火産霊神はかつてヒーローと呼ばれた男に言う。
「今のあなたは轟炎司であってエンデヴァーじゃない。
人命救助と息巻いて出て行ったとしたらあなたを見た社会はこう判断するわ。
火事場に突然現れた謎の火吹き人間。もしかしたら連続焼死事件の真犯人、なんて思われてしまうかも」
「……」
「この世界にヒーローはいないのよ。
またヒーローを名乗って喝采を浴びたかったら元の世界に帰らないと。
それともあなたに憧れてくれる鳥さんがいないと冷静な判断ひとつできないの?」
「――アヴェンジャー!」
ボッ、と炎司の目元に火の粉が散った。
憤怒の形相を浮かべる炎司にしかしカグツチは笑みを崩さない。
はいはい、とあやすように返事するばかりだった。
「なるべくご期待に添うよう頑張るわ。
火力は絞るし可能な範囲で人里への被害も抑えてあげる。
それでもどうしようもなさそうだったら退くし、いち早くあなたに伝えるわ。これでもまだ不安?」
一瞬の沈黙が流れる。
炎司は赫怒の色を消した。
顔に手を当て、小さく息づく。
熱くなったことを恥じているように見えた。
何度同じことを繰り返すのだと自分に言い聞かせている風でもあった。
「…分かった。餅は餅屋だ、怪物退治はお前に任せる」
「ありがとう。信じてくれて嬉しいわ」
「くれぐれも深追いはするな。いざとなれば令呪を使うことも視野に入れる」
「大丈夫よ。強いことは間違いないだろうけど、この匂いは多分…」
後ろ手を組んで腰を曲げる。
まるで娘が父親に対しいたずらを打ち明けるように。
あるいは自分の特技を自慢気に語るように。
ヒノカグツチは――日本最古の"神殺し"は告げた。
「わたしの得意分野。だから安心して待っていて? うまくできたら抱き締めてほしいな」
751
:
炎のさだめ
◆sANA.wKSAw
:2022/06/11(土) 21:32:30 ID:3kJxKWMY0
◆ ◆ ◆
炎が像を結ぶ。
そこに胡座を掻いて座り込んでいた大蛇(オロチ)はハッと八重歯を見せて笑った。
それは一見すると童子のような背格好をしていた。
烏の濡羽か摺りたての墨を思わす黒髪は艶やかながらも深く。
それを一本に結って朝風にそよがせる様は男児とも女児とも取れる。
目付きは悪いが元の顔立ちの良さがそれを帳消しにしていて。
そのフォローをも、明らかな人外の証である蛇尾が台無しにする。
そんな出で立ちの英霊はしかし、対面したなら誰もが背筋を粟立たせるだろう凶悪な気配を四方に惜しみなく放っていた。
「おう、釣れた釣れた。オレは探知だの感知だの細々したことは性に合わなくてなぁ。
そない女の腐ったみてぇな真似するくらいなら、いっそ餌チラつかして誘い出せばええやろがと思ったんけど…大正解だったみたいやな。
あーあ、最初からこうしてれば良かったわ」
これはヒトではない。
間違ってもそんな矮小な生物ではない。
ならば化物か。
否々違う。
そんな月並みで陳腐な言葉ではこれを語れない。
これは蛇だ。
これは竜だ。
これは――竜(カミ)だ。
「話し合いとかそんなクソおもんない事期待すんなよ。
まぁその殺気(ナリ)見てりゃ、そっちもその気で来たってのは分かるけどよ」
その真名、八岐大蛇。
日ノ本に。
日本国に暮らす者ならば知らぬ者のない大化生。
悠久の時を越えて令和時代の都に再臨したそれの前に立つは、奇しくも此方も童子の姿をした炎(カミ)であった。
「品がないわね。折角可愛いのに、そんな言葉遣いじゃお嫁さんに行けないわよ」
背丈は八岐大蛇(オロチ)よりも頭一つ程上になる。
灰の長髪を靡かせ火の粉を散らす少女。
オロチは即座にその正しい像を見破った。
これはヒトの形をしているだけだ。
実体などない。
ヒトの形を模した炎の化身。
炎の神。
そこまで看破してオロチはその戯言を鼻で笑う。
「なら勝手に茶でも淹れてろや。あぁいや、その炎(カラダ)で淹れた茶なんぞ呑めたもんじゃないか」
そして同時に内心ではこう思う。
大物が釣れたと。
心の牙をさらけ出して戦意を高めていた。
八岐大蛇はその名に違わぬ強力、そして凶悪なサーヴァントだ。
その全力に耐えられる存在などそうは居らず。
だからこそオロチは愉快愉快と目前に現れた命知らずを歓迎していた。
最後に勝つのは。
生き残るのは己であるという自負こそ変わらないものの。
此奴が相手ならば、多少のスリルは味わえそうであると。
そう思いながら挑発にどう反応してくれるものか期待していたオロチに。
炎の神…ヒノカグツチはむっと頬を膨らませて言った。
「こら、駄目でしょう。お姉ちゃんに向かってそんなことを言ったら」
「は?」
752
:
炎のさだめ
◆sANA.wKSAw
:2022/06/11(土) 21:33:08 ID:3kJxKWMY0
本気の困惑にオロチは眉を顰める。
「…何言うとんねんお前。頭に虫でも湧いてんのか?」
「? だってあなたも日ノ本生まれの神でしょう?
神って呼び名は厳密には違うのかもしれないけれど。
でもあなたの体からはそういう匂いがするわ」
その指摘は正鵠を射ている。
かと言ってそれを馬鹿正直に認めるサーヴァントなど居る筈もない。
オロチは沈黙しながらも内心でこう思っていた。
“チッ。此奴同郷の輩か…”
日ノ本は八百万に連なる神。
それが目前の娘の正体であると悟りオロチは辟易に近い念を覚えた。
わざわざ聖杯戦争などという舞台に出てきて。
そうしてまで同郷の神と行き当たるとはどういう偶然か。
「…あれ、もしかして違う? そんな筈はないと思うのだけど。ちょっと待ってね、すんすん……」
「近くで嗅ぎに来んなや、気色悪いわ殺すぞ!」
警戒の一つもせず鼻をすんすん言わせながら近寄ってきたカグツチから反射的に飛び退きながらオロチは叫んだ。
とはいえその反応は、真実がカグツチの見立て通りだと自白しているようなものである。
カグツチはふふふと何処か自慢気な笑みを浮かべ。
それが癪に障ったオロチはもはや勿体つけることもなくカグツチの横顔へ回し蹴りを放った。
「わっと」
端正な顔面が弾ける。
ぴょんと跳んで距離にして数歩分後退。
再生した顔には青痣一つない。
しかし痛みはあるのか頬を擦りながら、今度はカグツチが眉を顰めた。
「乱暴ね。いきなり蹴っ飛ばしたら痛いじゃない」
「初対面の相手に姉ヅラしてくる奴のことはな、この時代じゃ不審者って言うんよ」
堂々悪態をつきながらもオロチの内心は至って沈着としていた。
己が本気の殺意を込めて繰り出した蹴りだ。
それに直撃しておいて大した損害もなく再生された事実は無視できない。
総身が炎で編まれていると気付いた時点で自動再生(リジェネ)持ちである可能性には行き当たっていたが。
それでもこの次元の再生が可能となれば、話は大分変わってくる。
753
:
炎のさだめ
◆sANA.wKSAw
:2022/06/11(土) 21:33:54 ID:3kJxKWMY0
“面倒臭ぇな。殺し切る方法を考えなあかんのか”
黒蟻のようにただ踏み潰して終わりというのは確かに詰まらない。
だが、こと"不滅"という性質はそんな驕りが吹き飛ぶ程面倒だ。
何しろ殴っても蹴っても死なないのだから必然頭を使う必要が出てくる。
マスターがマスターだ。
魔力リソースの方面はまず心配ないだろうが…創意工夫を凝らして殺し方を模索するというのはどうにもオロチの性分には合わなかった。
だから面倒臭いという思いを隠そうともせず顔を歪める。
神剣をくるりと弄びカグツチへ向き直るオロチ。
そんなオロチの得物を見たカグツチは「あら」と驚いたような顔をした。
「草薙剣じゃない。するとあなた、あれ?」
「なんや」
「スサノオ君の縁者か何か?」
「おいおい節穴か? 挑発もええ加減にしとき。でないと…」
小首を傾げて放たれたその言葉。
カグツチがそれを言い終えるよりも前に、オロチは動いていた。
神剣、草薙剣…透き通る水晶を思わす刀身は紛うことなき真作の証だ。
そう、真作なのだ。
水底へ消えた幼君の献身と共に完成した完全なる神剣。
それを指してカグツチは今なんと言った。
この木っ端は今なんと侮辱したのか。
オロチが放つ殺意は先刻彼女の戯れに対し見せたそれとは明らかに一線を画していた。
「――殺すぞボケ」
スサノオ。
カグツチが口にしたその名がオロチにとって特大の地雷であることは言わずもがなとして。
だがそれ以上にオロチを激怒させたのは、カグツチが草薙剣(これ)の正しき担い手として彼の者の名前を挙げたことだった。
時に無知はどんな悪意よりも強い怒りを呼ぶ。
まさに今がその局面であった。
「あら、怒らせちゃった? ごめんなさいね。そんなつもりはなかったの」
悪意を以って嬲ったならオロチも笑って殺意を返しただろう。
必ず殺すと決めはしたろうが表情から色を消すことはなかった筈。
にも関わらず今オロチの顔に色はなかった。
それはひとえに、目前の神が己の逆鱗に触れたのは何の悪意も伴わない天然の無知故の行動だったと分かっていたからだ。
草薙剣の大上段からの振り下ろしを受け止めるのは炎の剣であった。
刀身も柄も炎で構成された美醜も糞もない無形の剣。
しかしその刀身(なり)を見たオロチの眉は小さく動いた。
「…お前、誰や?」
不恰好もいい所のその剣を見た時。
オロチが覚えたのは既視感だった。
己を騙し討ちにして滅ぼした憎き素戔嗚命。
彼が振るっていた天羽々斬剣に、何故か似ていると感じてしまう。
その理由はすぐに分かった。
刀の大きさと幅だ。
長さは十束、幅は拳一つ分。
この規格に収まる刀を指して、日本神話ではこう称する。
十拳剣(とつかのつるぎ)と。
伊達や酔狂でこの形は真似られない。
故にこそオロチは漲る殺意の海に身を浸しながらも、こうして問わずにはいられなかった。
スサノオか? 有り得ない。
アヂスキタカヒコネ。
彦火火出見命。
ヤマトタケル。
まさかイザナギだなんて冗談はあるまいし、ならば目前で燃え盛る十拳を担うこれは何処の誰なのだとオロチは訝る。
そんなオロチにカグツチはやはり微笑って言った。
「あなたのお姉ちゃんよ」
「そうかよ。なら疾く死ねや気違い女」
754
:
炎のさだめ
◆sANA.wKSAw
:2022/06/11(土) 21:34:33 ID:3kJxKWMY0
神剣一閃。
炎剣応閃。
両剣――相克。
剣が互いに触れ合う前に激突が開始するという不条理を前にして驚く者は此処には居ない。
剛力で以って競り勝ったオロチがその足でカグツチの腹を蹴り抜きたたらを踏ませた。
「唐竹割りなら死ぬか? 試してみよか」
そのまま頭頂部より一閃。
カグツチの矮躯が真っ二つに割れる。
しかし肉は地面へ落ちることなくその場で渦を巻いた。
炎神、つつがなく再生。
だがオロチの一閃は決して無意味ではない。
「…成程なぁ。神が炎に化けてるんなら兎も角、その逆ってのはなかなかどうして面倒臭いわ」
これは真実、炎こそが本体なのだ。
始まりからそうだったのかは知らないし興味もない。
だが今のカグツチは霊核から髪先に至るまで全てが炎。
英霊というよりも自立活動する炎と呼んだ方が相応しいような在り方で此処に立っているのだと改めてそう理解する。
形なき故の不滅。
しかしそれは皮肉にも。
八岐大蛇というサーヴァントにとって鴨と呼べる性質であった。
「どうや? 痛いやろ、オレの草薙は」
「…ええ、思ったよりずっと痛かったわ。
先刻は失礼なことを言っちゃったわね、改めて謝らせて?
やっぱり何事も実際に経験してみるのが一番ね。おかげでよく分かったもの。あなたのそれはスサノオ君の剣じゃない」
草薙剣こと天叢雲剣。
オロチが担うはその真作であり完成形。
そこに宿る性質は衰退。
平家の恩讐と彼らが逆らえなかったこの世の理を封じ込めた衰滅剣。
不死不滅の存在に対しては言わずもがな効果覿面であり、事実カグツチは真名解放を行わない状態での一太刀からでさえそれを悟った。
スサノオという英傑が持つにしては不吉すぎる性質だ。
よってカグツチは此処で改めて、目前のサーヴァントが彼の者とは全く異なる神剣使いであるのだと理解した。
「お詫びにちょっと本気でいくわ。あまり暴れないって言って来ちゃった身だけど」
ほざいとけやクソ女。
その台詞を吐くよりもオロチの行動は速かった。
と言ってもそれをオロチが起こした"行動"の結果だと認識できる者はきっと限られよう。
突如カグツチの足元から間欠泉のように噴き上がった、非常に高いアルコール度数の液体。
その超常現象を誰か個人の仕業と判断できる者となれば必然、そこには思考の柔軟さとスケールの広さが求められるのだから。
『八塩折之酒』。
サーヴァントにはしばしば己の死因を逸話として昇華させ、転じて自らの得物に変える者が居る。
これもその一例だ。
八岐大蛇を昏倒させた伝説の銘酒…または神代の霊薬。
いわばオロチが憎きスサノオに不覚を取った原因そのもの。
しかしサーヴァントとして現界するに辺り"死の要因"はオロチの新たな手札と化した。
今ややしおりの酒はオロチの手足の一部と化し、故にこうして魔力を手繰るように自在に操り――攻撃の手段としてすら用いることができる。
755
:
炎のさだめ
◆sANA.wKSAw
:2022/06/11(土) 21:35:26 ID:3kJxKWMY0
「手前が死ぬまでぶった斬り続けたるわ。膾切りにされたら流石に死ぬやろ?」
とはいえ酒は液体。
全身が炎で構成されているカグツチに対しては通用する筈もない。
この行動の意味は初見限定の目眩まし。
これで面食らった所を再び斬り、盛者必衰の理で刻一刻と目前の炎神を弱らせる。
それがオロチの狙いであったが…
「それは困るわ。わたし、痛いのは好きじゃないのよ」
逆に吹き飛ばされたのはオロチの側であった。
酒の目眩ましを突き破る形で発生した水蒸気爆発。
魔力を含んだ水という性質が、励起した炎神の肉体に触れたことで科学反応を引き起こしたのだ。
想定外の衝撃に舌打ちしながら粉塵を払い除けたオロチに殺到するのはカグツチ。
燃え盛り猛る十拳剣を振り上げ迫る彼女と刃を交わし、文字通りの火花を散らす。
剣としての格ならば草薙剣が一段上を行く。
得物が熱に充てられ溶解する心配こそないが、しかしオロチの表情は芳しくない。
カグツチはオロチの剛力を上回る出力で剣を振るっていたからだ。
“此奴…剣を振るう動作そのものを、手前の炎で強化(ぶぅすと)してんのか”
魔力放出。
正しくは彼女自身の肉体を構成する炎でのブースト。
種を明かせば単純なものだがしかし厄介さの程度は変わらない。
一撃一撃がジェットエンジンを遥かに凌駕したブーストを背負って繰り出されるのだ、普通なら打ち合うだけでも至難の筈。
にも関わらずオロチがそれを可能としているのは、ひとえにオロチが神話の大化生。
構造からしてヒトとも神とも異なる獣…生ける災害の類であるから。
「洒落臭いわ。神風情が化生(オレ)らの真似事か」
オロチは鼻で笑う。
次の瞬間、攻守の趨勢が逆転した。
オロチの一挙一投足がカグツチを圧す。
速度においてもそこに乗せられた力においてもだ。
宝具の限定解放。
いわば"つまみ食い"の賜物だ。
八岐大蛇の権能を自我の損耗及び霊基の変化に繋がらない程度に引き出し、猛り狂う神を一瞬にして下座へ追いやった。
「うぅん」
何十度目かの激突で吹き飛ばされたカグツチ。
尻餅をついてから唇を尖らせ立ち上がると、刀は片手に握ったままで腕組みをした。
「スサノオ君って、あなたがお酒を呑まなかったらどうやって殺すつもりだったのかしら」
「…ま、流石に気付くわな。せやで? 如何にもそうや。オレはオマエの思ってる通りの竜(モン)よ」
「これだけめちゃくちゃされたら流石に気付くわよ。よく見たら尻尾も蛇だし」
「そこは流石に最初から気付いとけよ」
真名を声高に明かす程オロチは阿呆ではないが。
しかし最初から日ノ本由来の存在、それも神性を宿す何某かであるという所まで割れてしまっているのだ。
得物然り常軌を逸した身体能力然り、真名を絞る材料は幾らでもある。
遅かれ早かれこうなるだろうなとオロチは既に悟っていた。
756
:
炎のさだめ
◆sANA.wKSAw
:2022/06/11(土) 21:36:19 ID:3kJxKWMY0
「あなたは強いわね、オロチ。わたしもお姉ちゃんとして鼻が高いわ」
微笑みながらカグツチは己が剣を消した。
比喩ではなく本当に、消したのだ。
真夏の陽炎のように大気へ溶けて消える炎剣。
撤退の予兆かとオロチは眉を顰めたが。
しかしそうではない。
そしてその事を、オロチは次の瞬間有無を言わさず理解させられる。
「だから。わたしも此処からは形振り構わず行かせて貰うわね」
炎剣の代わりに手へ渦巻かせたのは劫火。
何を象る事もない火が、カグツチの腕を薙ぎ払う動作に追随して放射されオロチへ迫る。
これをオロチは舌打ちしながら神剣の連閃で迎撃。
たかだか三振り分の動きで十重二十重の軌跡を描きながら、寄せ来る炎の波を切り刻んだ。
切り刻んだ、が――
「…あ?」
確かに切り裂いた筈の炎が。
まるで水飴のように粘性を持ってその場に残留。
それどころか主に与えられた指向性を維持したままオロチの矮躯へ降り掛かった。
「ちッ……!」
カグツチの炎が只の火であるなら到底起こり得ない現象だ。
しかしながらオロチは既に自分が見誤ったのだと悟っている。
目前の彼女は火産霊命(ほむすび)、神代の炎で編まれた肉体を持つサーヴァント。
であれば当然。
自らの体の延長線として繰り出す放出炎の性質を改変し、随意に操ることも可能なのだろう。
理解するなりオロチは地を蹴り跳躍して後退。
カグツチは球体状にした炎を自らの肉体から予備動作無しで目算百数十程創生。
それを放ちながらオロチへ猛追する。
追われる側となったオロチの眉間には厳しく皺が刻まれていた。
“浴びた言うても掠った程度の筈。なのにこのオレが腹立てさせられる程痛いってのはどういう訳や”
それもその筈。
オロチの総身は今尋常ならざる激痛に苛まれていた。
細胞の一つ一つが鋭利な棘を生やして筋肉や血管を内側から破壊しているような痛み。
日ノ本に名高き大化生、八岐大蛇が明確に"痛い"と感じているのだ。
たったあの程度掠めただけでこんな様を晒すなど普通ならばまず有り得ない。
“このイカれ女、まさか――”
考えられる可能性は一つだった。
腸を煮えくり返らせる前にやるべきことがある。
この推測が正しいのならば次は絶対に喰らえない。
何しろどうなるか分からないのだ、オロチをしても。
757
:
炎のさだめ
◆sANA.wKSAw
:2022/06/11(土) 21:37:09 ID:3kJxKWMY0
掠めただけでこの次元の消耗を押し付けられるなら、直撃すれば果たしてどうなる?
水の魔力操作による迎撃と誘爆。
性質変化を予期し軌道を目測から計算しての多重斬撃。
オロチはそれを以って見事全弾の迎撃に成功するが…
「そりゃそう来るやろな」
「当たり前でしょう? 下の子にやられっぱなしじゃお姉ちゃんとして立つ瀬がないもの」
爆裂と四散を繰り返す炎に紛れカグツチは上へ跳躍。
その片腕は既にヒトの形から離れ、炎そのものへ回帰している。
化けの皮を剥がしたということは即ち。
そうせねば放てぬだけの火力が来ることの証左。
「来いや気違い女ァ! 血も通っとらんカタワが思い上がんなや!」
受けて立ちその上で殺すとオロチの凶笑は告げていた。
その眼窩に収まる眼球…直視の魔眼はカグツチの体に死の線が存在しないことをオロチへ証言している。
だがオロチには勝算があった。
衰亡の理を宿す神剣にとっては不滅の炎など葱を背負った鴨。
霊核に直接草薙剣を突き刺しでもすれば確実に殺せるとオロチは確信している。
危ない橋を渡る事など百も承知、しかしてそれに臆する八岐大蛇ではない。
カグツチの放つ一撃を捌き切り……否それごと貫き殺してやると。
獰猛な殺意を滾らせ地に立ったまま炎神の放つ熱を迎え撃つ構えを取ったそこで。
「なるほどね。スサノオ君はやっぱりお利口さんだわ。
ちゃんと自分が挑む相手の性格を弁えていたのね」
カグツチが吐いた言葉にオロチの思考が一瞬止まる。
平時ならば安い挑発だと笑ってから殺す所だが。
それは果たしてこの局面で仕掛ける手なのか?
そう考え至った所でオロチは気付いた。
空で右腕を炎に変え、今にも振り下ろさんとしているカグツチ。
彼女の左腕の指が欠けている。
左腕の小指。
全身単位で見れば軽微な欠損だが、それでも確かに欠けていて。
そしてオロチには彼女のそんな部位を刻んだ覚えがない。
この不可解な齟齬がオロチに不吉な予感を抱かせる。
カッと目を見開いたオロチは己の足元へ視線を落とした。
そこにあるのは。
オロチが切り落とした覚えのない、ヒノカグツチの小指だった。
何故これが此処にある。
いや、そもそも――何のために?
思考が仮説を導き出すよりも遥かに早く。
カグツチは地で待つ弟(妹)を見下ろしながら王手を宣言した。
「燔(ぼん)」
…英霊ヒノカグツチの体は炎で構成されている。
神代、まだ地上が神秘で満ちていた時代の劫火。
彼女はそれを手足以上の自在さで操る事ができるのは既にオロチも知る所の事実。
しかし彼女の肉体には、ひいては彼女が操る炎にはもう一つ絡繰りがある。
758
:
炎のさだめ
◆sANA.wKSAw
:2022/06/11(土) 21:37:54 ID:3kJxKWMY0
カグツチは常日頃。
脆い現代の地上で生活するのに合わせて自身が放つ熱量をセーブしているのだ。
多少体を浮かせれば家屋を燃やさぬよう。
周りの人間を焼かぬよう。
本来の何百分の一かの規模にまで熱の規模を抑えている。
だがそれは逆に言えば。
その枷を取っ払いさえすれば、カグツチは肉体そのものを神代水準の超灼熱源へと変えるもとい"戻す"事ができるという事であり。
たとえ肉体の一部…指の一本分程度であろうとも。
現代の神秘薄き脆い大地で解き放てばどうなるか?
その答えをオロチは、己の窮地という形で実感させられる事になった。
「このッ――糞女がアアアアア!」
カグツチが切り落とした自身の小指。
その周囲の地面凡そ十数メートルの地面が融けた。
アスファルトを通り越しその下の地面までもを融解させ地獄の門に変え。
足場が種明かしからコンマ一秒未満の速度でそう変わったオロチは対応し切れず、融け落ちる地の奥へと身を投げ出される。
とはいえオロチ程の怪物ならば地上へ復帰することは容易だろう。
復帰するだけならば、だが。
満悦の笑みを浮かべ拳を振り上げたカグツチ。
その炎拳は今、地に落ちていく弟妹(きょうだい)へと振り下ろされ――
「赫灼熱拳」
超局地的な戦術核の炸裂が起こったのかと見紛うような大爆発を引き起こした。
◆ ◆ ◆
サーヴァントとマスターは時に夢で繋がる。
そこで垣間見た轟炎司…エンデヴァーの勇姿。
そこから拝借した技、それこそが赫灼熱拳。
体内温度の上昇という欠点を考えなくていいカグツチが放つこの技は彼の夢見た完成形そのものだ。
それを神代基準の火力で撃ち込むのだから威力の程は推して知るべし。
だが彼女の炎拳が炸裂し生じた大爆発の内側から飛び出したのは、オロチの草薙剣による天地神明すら斬り裂く鋭撃だった。
カグツチの右腕を半ばで寸断し雲間を抉じ開けた一閃。
それが轟いた後にオロチの声が響く。
「おう、ようやってくれたな糞女」
「…びっくり。てっきり勝ったと思っていたのに」
往生際悪く地面に纏わりつく爆炎を切り裂いて立ち上がるオロチ。
地の底から這い上がったその半身は見るも無残に焦げ炭化していた。
とはいえ見た目程致命的な損壊ではない。
オロチもまたカグツチとは別な意味で丈夫なのだ。
命さえ残っていれば素の回復力で大概の損傷はねじ伏せられる。
それが物理的な手傷の範疇で収まる内は。
「散々灼いてくれたお陰でよう分かったわ。
なんやオマエ、とんだ生まれぞこないやないか」
くつくつと嘲笑うオロチ。
しかしその嘲笑には牙を剥いた獣のように獰猛な殺意が同居していた。
オロチの傷はこうしている今も回復しつつある。
炭に変わった肌は刻一刻と活力を取り戻し、焼け焦げた皮膚や肉は邪魔だとばかりに削げていく。
まるで蛇の脱皮のように回復していくオロチだったが。
さりとてその肉体の内側では今もカグツチに浴びせられた"熱"が色濃く蝕んでいた。
「神殺しの炎…ああいやちゃうな。
神を殺すしか能のない炎って言うべきか?
日ノ本広し八百万広しっつっても、こんだけ救いようのない生まれぞこないは一人しか居らんわな」
759
:
炎のさだめ
◆sANA.wKSAw
:2022/06/11(土) 21:38:43 ID:3kJxKWMY0
危なかった。
オロチをしてそう思わされた。
あと少し反応が遅れていれば。
もしもあの時使われていたのが肉体由来の炎ではなく、燃え盛る十拳剣によるものだったならば。
最悪八岐大蛇(おのれ)はあの場で聖杯へ焚べる最初の薪木として退場していたかもしれない。
それに足る熱があった。
オロチの予感は当たっていた。
この炎は、目前の神が遣う炎は只の火ではない。
これは――神殺しの火だ。
古今東西、古いも新しいも関係なく。
神とそれに連なるものを見境なく焼き焦がし滅ぼす炎。
日ノ本は八百万。
そこに数えられる神がどれ程多くとも、この類稀な特徴に合致する名は一つしか存在すまい。
「いやぁ同情するわヒノカグツチの姉貴。オレは何のかんの言って色々あれこれ愉しんでから死んだからよ。
生まれてこの方実のオヤジにぶった斬られて死ぬとか悲惨すぎてよ、お悔やみ申し上げますってしか言い様ないわ」
ヒノカグツチ。
国産みの母を殺し。
国産みの父に過ちを犯させた忌み子。
神を滅ぼす以外の逸話を何一つ持たない彼女は毒だ。
父恋しと願い祈りながら同族(カミ)を殺す矛盾の猛毒。
「初めてまともに生きれて調子乗っとんのやね。ならオレが水子の姉貴に"身の程"教えたるわ」
まさしくオロチの言う通り。
彼女は不具の蛭子とはまた別の"生まれぞこない"だった。
神を殺す以外の物語を何一つ持たない忌み子。
それに、そんなものに不覚を取らされ身を焼かれた事実がオロチのこめかみに青筋を浮かばせる。
立て板に水を流すように淀みなく紡がれる嘲笑の言葉にカグツチは怒るでも哀しむでもなく。
何処か納得を含ませた表情で笑って。
「そうよ。だから羨ましいの、あなたが」
その手に彼女の、彼女だけの十拳剣を顕現させる。
それは真作に非ず。
しかし真作すら滅ぼす熱を秘める。
日ノ本最古の神殺し。
千死の呪いと千五百生の加護が生まれるに至った要因の熱は。
怒りとも哀しみとも異なるもっと純粋な気持ちで煌々と燃え上がった。
「もっとおはなししましょうオロチ。
あなたはわたしを嫌いかもしれないけれど。わたしはあなたが好きよ、お姉ちゃんだもの」
760
:
炎のさだめ
◆sANA.wKSAw
:2022/06/11(土) 21:39:25 ID:3kJxKWMY0
「ほざいてろや、精々な――!」
神魔激突。
十拳剣と草薙剣が奏でる戦慄の雅楽。
余波で地面は融け落ち雲は割れる。
観戦者が居たならそれごと両断ないし焼殺するだろう乱舞の交錯。
それは誰も介在することの能わない極限の戦闘であり。
同時に時代も起源も遥か離れた両者が行うある種の対話でもあった。
特にカグツチにとっては。
たとえ己に向ける感情が激しい敵意であろうとも、オロチの一挙一投足並びにその口から出る言葉の一つ一つが得難い祝福だった。
心胆からの楽しさに口元は自然弧を描く。
「楽しいわ――もっとあなたのおはなしを聞かせて、オロチ!」
十拳剣が熱を増す。
歴史に刻まれない十拳剣。
神殺しのためだけに瞬く炎が竜神死すべしと猛りをあげ。
対面しているだけで肌が焦げ落ちる熱を醸しながらも、しかしそれでいて対話の意思は決して捨てない。
そんな矛盾を地で行きながらカグツチは一切不変。
爆熱の中でそれを受け止め時に返しの斬り込みを行いながらヒトの形を保つオロチは、しかしカグツチよりも早く千日手の訪れを感じていた。
“あかんな。キリないわ、此奴とやり合ってたら”
殴る蹴る、切った張ったの勝負では日が暮れるまで終わらないだろう。
実力の拮抗以前に相手の真髄が異質すぎる。
霊核を特効の衰滅剣で貫けば終わると語るのは容易い。
だが実際にそれを可能にできるかどうかは別問題だ。
無理を押して実行すれば逆に此方が焼き切れる羽目になる。
その次元の火力を有しているのだ、カグツチは。
であればどうするか。
オロチの答えは最早決まっていた。
「あ〜あ。こんな序盤で使いたくなんてなかったんやけどな…」
即ち己が神剣。
スサノオですら辿り着き得なかった、真作の天叢雲剣。
その全権能解放。
万象衰滅の理を解き放ち、目前の炎神を斬殺するという決定だった。
不死? 不滅? 笑わせる。
あの時代で隆盛を誇った奴らは皆そう思っていた。
だからこそオロチはこれがカグツチを滅ぼす必滅になると確信した上で封を解かんとし。
その予兆を嗅ぎ付けたカグツチは――
「――や〜めた。もう帰るわ」
「は? おい手前、この状況で逃がすと思っとんのか?」
「だってずるいじゃないそれ。わたしは双六で勝負してるのに、いきなり煮えた油を引っ掛けられる気分よ」
呆気なく戦闘を放り捨てた。
逃げることを公言し炎剣を消す。
その身勝手な決定に思わず青筋を立てるオロチだが。
そんなオロチをよそに、ひらひらと手を振りながらカグツチは続けた。
「まだ聖杯戦争は始まったばかりでしょう。
こんな序盤(ところ)で本気を出してたら、わたしもマスターに怒られてしまうもの」
「なぁ」
その言葉にオロチはふうと溜息を一つ吐いて。
761
:
炎のさだめ
◆sANA.wKSAw
:2022/06/11(土) 21:40:12 ID:3kJxKWMY0
それから絶対零度の殺気を放ちつつ、顔はそれとは正反対の美麗な笑みを浮かべてみせる。
「オマエ、オレの事誰だと思っとるん?」
語るまでもない。
これは八岐大蛇。
日ノ本に知らぬ者のない大化生。
高天原すら恐れぬ素戔嗚命が騙し討ちに打って出ざるを得なかった怪物の中の怪物。
一度殺すと決めた竜(カミ)を前に吐くにはその言葉はあまりに傲岸不遜すぎて。
それを己でも理解しているからこそ、カグツチは煽るでも怯えるでもなくただ笑ってみせた。
「わたしのかけがえのない弟であり妹よ。それ以外の言葉が必要かしら」
聖杯戦争に列席した全ての英霊は。
英霊の座を通じ与えられた、人類史に関する一通りの知識を持つ。
なればこそカグツチはオロチの表の逸話は知り尽くしていた。
スサノオに嵌められ神剣を遺し斬首された恐るべき怪物。
だが目前のオロチはどうだ?
その姿は八岐の大蛇には非ず。
己よりも頭一つ程背丈の低い童女の姿を象っている。
「オロチ。わたしね、あなたが好きよ。
あなたのことをもっと知りたいの。
あなたの言う通りわたしは何も知らないから。
だからあなたともおはなしがしたいの、わたし」
「オマエと話す事なんざ何も無いわ」
カグツチはそこに物語を見出した。
それは彼女の持っていないものだった。
だから羨ましいと思う。
知りたいと願う。
オロチは目前の神の、救いようのない生涯を辿った忌み神を一蹴する。
誰が貴様になぞオレの物語を話してやるものかと。
「次は殺すぞ糞女。無知は無知のまま斬り殺してやるよ」
「こっちの台詞よオロチ。あなたのすべてを知ってから…わたしがこの火で、あなたを滅ぼしてあげる」
わたしはそれしか出来ないモノだから。
そう微笑うカグツチにオロチも好戦的な嘲笑いを返した。
カグツチが踵を返す。
超高熱のその体が陽炎のように大気へ溶ける瀬戸際。
ふと忌み神は怪物の方を振り返って。
「それはそうと。お姉ちゃんに対する言葉遣いはもうちょっと改めた方がいいと思うわよオロチ。
普通にちょっと泣きそうになったし、もうちょっと礼節と思いやりというものを…」
「そんなんええから早よ帰れや気違い女!」
◆ ◆ ◆
762
:
炎のさだめ
◆sANA.wKSAw
:2022/06/11(土) 21:40:53 ID:3kJxKWMY0
「危なかったわ。あと少しで死ぬ所よ」
帰ってくるなりそう言った己がサーヴァントに轟炎司は言葉もなかった。
彼女の戦った場所がどの地域であったかは既にネットニュースの速報を経て把握している。
突如溶岩宛らに融解した地盤。
撒き散らされた破壊の痕跡。
サーヴァント同士の交戦でしか有り得ない惨状である上、そこにはカグツチという炎の化身が関与していなければ不可解と断ぜられるだけの証拠が山のように残されていた。
「次は宝具の真名解放が無いと駄目ね。出し惜しんでいたら勝てないわ、あの子には。
かわいそうなオロチ。真面目に戦っていたなら、きっとスサノオ君なんか目じゃないでしょうに」
「…貴様が何と戦い何を見てきたのかは後で聞く」
民間人の死傷者は零。
だが現場に残された痕跡は、カグツチが結局後先考える事なく暴れ散らしてきたことを如実に物語っていた。
恐らく最初の内はそれも頭の中にあったのだろうが。
同郷の後輩(きょうだい)と事を構えている内に色々吹き飛んでしまったのだろう。
現に今も声は熱を帯び興奮の色合いを隠そうともしていない。
炎司は深く…心底深く溜息を吐き出してからカグツチを睥睨して言った。
「だがそれよりも、貴様には改めて市街戦の何たるかを懇々と説いておく必要があるようだな」
「こんこん? あまり馬鹿にしないで、炎司。いくらわたしが世間知らずと言っても、狐の鳴き声くらいは知っているのよ」
「…いい度胸だ……」
聖杯戦争、その初戦。
八岐大蛇というこの戦でも間違いなく上位に食い込むだろうサーヴァントと事を構え帰還した事実。
それは間違いなくカグツチというサーヴァントの有望さを物語っていた。
十拳剣の真の出力を解禁すればオロチが振るう衰退の神剣とすら張り合えよう神殺しの火産霊命。
だがしかし忘れるなかれ。
彼女が如何に熱くとも。
その火が並び立つ神々の全てを焼き尽くそうとも…。
――過去は消えない。
そしてその過去だけは。
カグツチの火を振るえば済むというものではない。
轟炎司という男が…父親が。
それを自覚し覚悟するまで。
彼らの…否。
彼の物語は一歩たりとも前には進まないのだ。
【足立区/轟炎司の自宅/一日目・早朝】
【轟炎司(エンデヴァー)@僕のヒーローアカデミア】
[状態]:健康、胃痛
[令呪]:残り三画
[装備]:無し
[道具]:無し
[所持金]:とりあえず裕福には暮らせる程度の金額
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界へ帰還する。
1:ヒーローとしてのあり方に背く気はない。
2:連続焼死事件の犯人が荼毘…燈矢であったなら――。
[備考]
※カグツチから交戦したサーヴァント(八岐大蛇)の概要について聞きました。
【アヴェンジャー(ヒノカグツチ)@日本神話】
[状態]:疲労(小)、体内にダメージ(中)
[装備]:無し
[道具]:無し
[所持金]:無し
[思考・状況]
基本方針:お父さまとおはなしがしたい
1:炎司といいオロチといい、皆なんでそんなに怒るのかしら?
2:オロチとはまた会いたい。次は本気で。
◆ ◆ ◆
763
:
炎のさだめ
◆sANA.wKSAw
:2022/06/11(土) 21:41:31 ID:3kJxKWMY0
「やられたわ。想像以上に面倒い輩釣り上げてもうた」
己の主たる女神の元へ帰還したオロチ。
その体は表面上は火傷の一つも残らない綺麗なものだ。
だがカグツチに浴びせられた神殺しの炎は今も尚オロチの内側を蝕み続けていた。
これが神よりも怪物に近しい存在であるオロチでなければ。
優れた再生力を秘める竜でなければ、恐らくこの程度では済まなかったろう。
アレは毒だ。
神の因子を持つ者が触れれば放射能のように体内へ滲み込み蝕む死の凶熱を秘めている。
神祖滅殺の火産霊命。
神殺しの十拳剣を担う者。
そして彼女の持つ力はオロチのみならず、その主にとっても他人事ではなかった。
「…炎か。不吉だな」
スカサハ=スカディ。
彼女は零落れた神霊である。
終わり逝く世界から溢れた女神。
もしも彼女がカグツチの炎に触れればその影響はオロチと同等ではまず済むまい。
しかしスカディが口にした言葉は。
神殺しの性質そのものを憂いた故のものではなかった。
「熱いのは、好かぬ」
歯車を違えた神話体系。
大狼を喰らい道化を引き裂き。
神々も同族も等しく焼き尽くした炎。
三千年に渡り愛する世界を蝕み続けた呪い。
女神にとって決して拭い去れぬ傷(トラウマ)がじぐりと疼く。
「オレにしても同じや。
よりによって十拳剣なんて、悪い冗談やと思いたいわ」
からからと笑うオロチだったが。
その眼までは笑っていなかった。
全く不吉にも程がある。
本番の開幕戦でこれとは、まるで未来の暗澹を暗示されたようではないか。
「けどまぁ…だからどうしたって話よ。姫さんもそうやろ?」
「ああ」
だが。
それでも進む道も、辿り着く未来も。
何も変わりはしない。
世界の終わりでは死にきれなかった女神はオロチの問いに確と頷いた。
764
:
炎のさだめ
◆sANA.wKSAw
:2022/06/11(土) 21:42:13 ID:3kJxKWMY0
「わが道に再び炎が立ち塞がるというのなら」
彼女は単に死を待つのみの弱者ではない。
闇雲に生を希求するばかりの獣でもない。
スカサハ=スカディは"歩む者"だ。
あるべき未来に背を向けて。
願いの残骸と無数の屍で橋を架け、あるべきでない未来に歩むのだととうにそう決めている。
「――此度も乗り越えるまでだ。私は既に、炎(ほろび)の敗亡(おわり)を識っている」
神は言葉を違えない。
母であるなら尚のことだ。
何かを失う度に心を痛め。
それでも何かを守ろうと時を重ね。
そして全てを失った孤独の女王は玉座を追われても、這い蹲ってでも明日を探す。
全ては愛する、我が子らのために。
【板橋区・郊外/廃教会/一日目・早朝】
【スカサハ=スカディ@Fate/Grand Order】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:無し
[道具]:無し
[所持金]:無し
[思考・状況]
基本行動方針:勝ち残り聖杯を手にする。
1:…炎か。
[備考]
※オロチから交戦したサーヴァント(ヒノカグツチ)の概要について聞きました。
【バーサーカー(八岐大蛇)@日本神話】
[状態]:体内に神殺しの熱が残留(中程度。時間経過により改善されます)
[装備]:天叢雲剣
[道具]:無し
[所持金]:無し
[思考・状況]
基本方針:聖杯を獲る。
1:当分は遭遇戦で敵を削っていく
2:アヴェンジャー(ヒノカグツチ)は次は必ず殺す
3:殺せないのなら二度と会いたくはない。心がふたつある
765
:
◆sANA.wKSAw
:2022/06/11(土) 21:42:36 ID:3kJxKWMY0
投下終了です
766
:
◆Uo2eFWp9FQ
:2022/06/11(土) 23:06:34 ID:q8EV3UcI0
レガート&カルタフィルス、スカディ&八岐大蛇を予約します
767
:
◆di.vShnCpU
:2022/06/16(木) 20:55:59 ID:dIGrUOcA0
胡蝶しのぶ、ベートーベンを予約します。
768
:
◆Uo2eFWp9FQ
:2022/06/16(木) 20:57:40 ID:mYcvf1Tk0
予約分を投下します。申し訳ないのですが、レガートとスカディは登場しませんでした。すみません
769
:
DEAREST DROP
◆Uo2eFWp9FQ
:2022/06/16(木) 20:58:52 ID:mYcvf1Tk0
超常と不条理が跋扈する聖杯戦争にも、ある程度の定石が存在する。
中でも最たるものは「最初から全力を出し過ぎるな」というものだ。
一人の魔術師に一騎のサーヴァント。勝ち残った一組だけが聖杯というトロフィーを手に入れる。
紛うことなき闘争と殺し合いの祭典だが、その形式は尋常なる一対一の決闘を繰り返すのではなく、参加した全ての陣営が同時に戦うというバトルロイヤルの形を取る。
求められるのは一時の勝利ではなく、生存だ。
どれだけ勇敢に勝ち星を挙げようとも、最後の一戦に負けてしまえば何の意味もなく、逆にそれまで敗走と逃亡を繰り返そうが最後の一組にさえなれば彼らこそが聖杯戦争の勝利者と言えるだろう。
ならばこそ、定石として大抵の主従はまず「様子見」を選択する。何故ならこの形式の戦いにおける理想とは、自分たちだけは一切戦わないまま敵が自滅・共倒れすることであるからだ。
マスターたちは一つの都市に無作為にばら撒かれ、社会的な立場を与えられ、誰が敵かも分からない状態から戦いはスタートする。
そんな状況で勝ち上がるには単純な戦闘能力のみならず、索敵に情報戦に心理戦、軍備の増強など、とにかく多角的な能力を要求される。
また、サーヴァントとはその身が有する逸話による補正が良きにつけ悪しきにつけ大きく影響されるものであり、弱点と特効の相性が如実に表れるメタゲームであること。
そして何より、サーヴァントを運用するためのリソースである魔力には限りがあるということが、序盤の小康状態に寄与していた。
如何にして自陣のサーヴァントの情報を隠したまま、敵陣のサーヴァントの情報だけを取得できるか。
如何にして自陣の損耗を避けたまま、敵陣にだけ損耗を強要できるか。
そうした腹の探り合いこそが序盤の定石であり、必然として戦いが激化していくのは二日、三日と経って以降の話となる。
そういった定石や制約は、バーサーカー・八岐大蛇にとっては存在しないも同然であった。
彼(彼女?)のマスターがスカサハ=スカディ───具象化した神霊、どころか神代から生きながらえる受肉した神そのものである以上、魔力リソースに枯渇の二次は無いに等しい。
更にバーサーカー自身、不死不滅に限りなく近しい無尽蔵の生命力を誇る。
唯一、竜種特効だけはどうにもならない特級の弱点として存在するが……それも冠位キャスター級のスカディによる原初のルーンで徹底的な防護を施している。
"他はええからこれだけぎょうさん頼むわ!"と念押しした結果、竜種特効以外への防備はバーサーカーの素の耐久に頼るしかないが、前述した通り肉体面のアドバンテージはほぼ完璧と言っていいだろう。
魔力も体力も無限、相性対策も十全、そしてバーサーカー自身戦闘に特化された性能。ここまで揃えばやることは一つに絞られる。
ひたすら暴れて、喧嘩を売って、敵に備えなどさせる暇なく叩き潰す。
考えなしの脳筋スタイルは、しかしこの主従に限って言えば限りなく最適解に近かった。
770
:
DEAREST DROP
◆Uo2eFWp9FQ
:2022/06/16(木) 20:59:37 ID:mYcvf1Tk0
「……ここか」
霊体化を解き、中空より夢幻の像が結ぶようにして、魔なる粒子の集積体が未だ幼い子供の姿を取った。
八岐大蛇が降り立ったのは、都内の一角に広がる公園である。
ヒノカグツチとの戦闘を終え、体内に残留した炎の威勢もひと段落した頃、彼は再びこの東京を戦場にせんと身一つで繰り出していた。
元より探知や感知を不得手とする彼である。先刻と同じように魔力の波長を餌にして獲物を釣り出す心算だったが、今度は少しばかり事情が違った。
自分が餌をチラつかせるまでもなく、何者かがこれ見よがしに魔力を垂れ流していたのだ。
お、これは喧嘩売られとるんやな?と意気揚々といざ出陣……したはいいものの、反応があったこの公園には、しかし殺し合いに特有の剣呑な気配は一切なかった。
オレ、もしかしておちょくられとるんか?とやや青筋が浮かびつつあったオロチであったが、程なくして目当てのものを見つけることができた。
見間違えようもないサーヴァントの気配、測るまでもなく理解できる精強なる魔力の高鳴り。
すなわち、己が敵に値する強者の存在。
その男は、公園内に設置されたベンチの前にしゃがみ込んで。
「というわけで良き人イエスは、みんな喧嘩なんかしちゃいけないよ、って言っているわけです」
「……………………は?」
なんか、子供相手に笑顔で説法やっていた。
ベンチに座っている、まだ小学生に上がったかどうかといった年頃の少年。その子に目線を合わせ、柔らかな笑みを浮かべながら。
沈んだ表情の子供に向かって、語り掛けている。
「……それじゃあ、お母さんは神さまを信じてなかったから、地獄に行っちゃうってこと?」
「お母様が仏教を信じていたのなら、きっと極楽に行ったはずですよ」
「じゃあ、もう会えないのかな……」
「似たようなものですし、結構近所なので大丈夫です」
「それじゃ、また一緒に住める?」
「住民票だけ天国に置いておけば問題ありません、心配いりませんよ」
「じゅーみんひょー……」
「無いなら無いで、それなら勝手に住んでいいよってことなのでやっぱり大丈夫です」
子供の表情が沈むたび、男はポンポンとレスポンスを返していく。
荒唐無稽な、まるで戯画化された絵本のような内容。宗教的な死生観と呼ぶにはあまりにも幼稚で適当なそれは、だからこそ子供心に伝えるべきことを伝えていく。
771
:
DEAREST DROP
◆Uo2eFWp9FQ
:2022/06/16(木) 21:00:20 ID:mYcvf1Tk0
「良き人イエスは、凄く優しい人で、凄く良い人でした。皆に元気で優しく、楽しく生きてほしかった。
もしここにイエスがおられたら、きっと君に"いっぱい悲しいことがあったけど、おじさんと一緒に頑張ろうね"と笑顔で励ましてくれたはずです。
けれど、良き人イエスはもうこの世にはおられず、悲しいけれど、皆の前にもいない。だから誰かが、イエスの代わりになってあげなくてはならない」
「だれか……」
「家族のことは、好きですか?」
「うん……でも、お父さんもずっと泣いてて、お仕事も忙しくて……」
「そうですね。きっとお父様もつらく、悲しいのでしょう。けれどそれは、あなたへの愛を失ったということではないのです」
男は安心させるように、笑いかけながら。
「心優しいあなたに、ひとつおまじないを教えてあげましょう」
「……」
「後ろから思い切りタックルして、ビックリさせてあげなさい。そして言ってやるんです。"お父さん大好き"、と」
「えっと、それ、乱暴……」
「そのくらいやっていいんですよ、親子なのですから。大事なのはきっかけ作りです。
親というのはですね、子供のためなら何でもできる生き物なのですよ」
それにね、と男は続ける。
「優しい言葉をかけるのに資格はいりません。皆で、皆と一緒に頑張って、優しい気持ちになればいい。
愛ってそういうものじゃん、とイエスはその声が届く全ての人に言ってくれました。
だから、お父様が悲しんでいるならば、"悲しいね、でも一緒に頑張ろう"と、イエスに代わりあなたが声をかけてあげればいい。
そうしたならば、きっとお父様も、イエスに代わってあなたに優しい言葉をかけてくれるはずです」
「うーん……」
その子は、正直何が何やら、といった表情だった。だが、そこに先ほどまでの暗い影は鳴りを潜めていた。
男は、そこでようやく、傍らに立つオロチに目をやると。
「……さ、もうお帰りなさい。そして今夜にでもお父様にドロップキックを叩き込んでやるとよろしい」
「えっと、それは乱暴だからやんないけど……でも、ありがとう!」
「どういたしまして。あなたに主の導きがあらんことを」
ほんの少しの笑みを浮かべて、手を振りながら向こうへ駆けていく少年。男はそれに小さく手を振り返して見送る。
やがてその姿が小さく見えなくなると、男は手をだらりと下げ、自分の後ろに佇むオロチに語り掛ける。
772
:
DEAREST DROP
◆Uo2eFWp9FQ
:2022/06/16(木) 21:01:14 ID:mYcvf1Tk0
「サーヴァントが姿を現した、その意味を解さぬほど無粋ではありません。貴方が闘争を望むなら、私はそれに応えましょう」
ランサーと名乗るその青年は、煤けた茶の髪を揺らしながら、やはり巌のように静かに受け応える。
「少し場所を移しましょうか。ここは少々、人目につきやすい」
「……お前、なんやねんそれ」
「? ああ、彼は聖杯戦争に関係のない一般人ですよ。少し前に母親を事故で亡くしてしまい、以来ひとりでこの公園に足を運んでいたようです。何でも母親とよく来ていたのだとか」
「んな下らんこと聞いとらんわボケ。お前のそのザマはなんや、つっとるねん」
オロチが先ほどの説法を黙って聞いていたのは、当然だがその内容に聞き入っていたわけではない。
正直どうすれば良いか、判別つかなかったのだ。
バーサーカー・八岐大蛇には、後天的に獲得した魔眼が存在する。
直死の魔眼。それは、存在が内包する死を視覚的に捉える機能を持つ。
彼の視界に映る全てのものは、黒いひび割れがそこら中に走り、所々に黒点がついているように見える。
線をなぞればすっぱり切れて、点をつけばそいつは死ぬ。視覚化された死は絶対であり、万物に与えられた終わりから逃れることはできない。
もちろん例外はある。死の概念が薄い者は当然線も薄くなるし、先ほどのヒノカグツチのように実体を持たず死の線すら持たない存在も、まあ偶にはいる。
だが、しかし。
「お前、どうやって生きとるんや」
この男は、死の線"しか"なかった。全身が、それこそ1ミリの隙間すらなく、真っ黒に染まり切っているのだ。
オロチは当初、この男を人間やサーヴァントとして認識できなかった。人型をした黒い影、としか見えなかったのだ。
概念的に死者と変わらない屍生人(ゾンビ)とて、こうはならない。死と退廃を総身に浴びてなお、生身の部分はそれなりに残る以上、この有様は異常だった。
極論した話、攻撃するまでもなく、オロチが指先でほんの少し触れただけでこの男は死ぬのである。これは最早、戦闘云々以前の話だろう。
「抹香臭ぇ生臭坊主のパチモンが、全身に血とはらわた塗りたくったようなザマで、よくもまあ絆を尊ぶ聖人面できたもんやなぁ。主は良心に宿るんやなかったんか?」
「……なるほど。私の肉体は、それほどまでに罪に溢れていると」
「罪だ何だは知ったこっちゃないが、死に損ないが平気の平左で喋繰っとるんは気色悪いからな」
未だに構えどころか警戒の一つも取る様子のない男に、オロチは潰れた虫でも見るかのような視線を送る。
話がかみ合わないばかりか、戦い甲斐すらない。仮にも己を殺せるであろうヒノカグツチに対するものとは対極の嫌悪を、彼に抱く。
「まあ、とりあえず死げぺっ」
773
:
DEAREST DROP
◆Uo2eFWp9FQ
:2022/06/16(木) 21:01:57 ID:mYcvf1Tk0
何が起こったのか。一瞬、オロチは理解できなかった。
顔面に衝撃が走ったかと思えば、訳も分からず言葉が乱れる。
痛みはなかった。
ただ、熱さだけがあった。
べちゃり、と何かが落ちた音。視線は向けず、しかしそれが、"千切れ飛んだ自分の下顎"であることを認識した瞬間、無惨な抉傷痕と化した顔の下半分から、じわりと夥しい噴血と共に激痛が迸り。
「貴方とはもう少し話をしたかったのですが、望まれないのであれば仕方ありませんね。まあ尤も……」
男は、真っ赤に濡れた右手を掲げ、何でもない風に語る。
「その有様ではまともに喋ることもできませんか」
思考に先んじて反射的に放たれた迎撃を、しかし更に上回る速度で放たれた拳がオロチの顔面に突き刺さった。
───なに、が……ッ
刹那、思考の空白。首が千切れそうなほどの衝撃に脳が揺れ、一瞬の浮遊感を味わった瞬間に男の右手が掻き消え蛇の如くのたうつ拳打三撃───裏拳、裏打ち、鉄槌がそれぞれ鳩尾、顔面、金的に着弾。肉を打つ湿った重低音と共に骨がひしゃげ、柘榴めいて割れた表皮から驟雨の如くに鮮血が舞う。
よろめきながらも一歩後退しようとするオロチの右足甲を、させじと踏み抜かれた震脚が貫いて地に縫い付ける。肉と骨ごとを潰されて逃げることも許されず、続く肘打ちと手刀が側頭部と喉仏に穿たれた。
初手の交錯より僅かコンマ数秒。放たれたる爆撃に等しい拳打はまさしく破壊の嵐そのままにオロチの肉体を攪拌し、されど機械めいて正確無比に人体を解体する合理の極北でもあった。
「ぎ、ィ、ァアグェェああああああ……ッ!」
774
:
DEAREST DROP
◆Uo2eFWp9FQ
:2022/06/16(木) 21:02:39 ID:mYcvf1Tk0
鉤突き、肘打ち、両手突き、手刀、貫手───
振り上げ、手刀、鉄槌、中段膝蹴り、背足蹴り上げ───
左上段順突き、右中段掌底、右上段孤拳、右下段回し蹴り、左中段膝蹴り、直突き、下段回し蹴り、中段回し蹴り、下段足刀、足甲踏み砕き、上段足刀、降ろし打ち、腎臓打ち、左中段猿臂、右下段熊手、上段頭突き、三日月蹴り───
鳩尾顔面金的側頭部顔面脇腹首膝関節下腹脳天目突き鎖骨顎脇腹側頭部胸部金的顔面鳩尾腎臓顎脇腹膝関節顔面顎脳天首足甲金的鎖骨鳩尾腎臓顔面側頭部膝関節下腹脳天顎脇腹側頭部胸部金的顔面脇腹膝関節顔面顎脳天首足甲金的鳩尾顔面───虚空を穿つ絶拳が颶風と化して、驚異的な密度で雪崩のように吹き荒ぶ。
乱れ飛ぶ拳打の嵐に、オロチは迎撃どころかまともに動くことさえできなかった。まるで彼の動きが最初から分かっているかのように、極めて合理的な動作で対処されるのだ。
反撃を仕掛けようとした瞬間に、その初動から潰される。
跳躍を試みれば神速の貫手が進行方向に飛来した。せめて掴もうと動かした手は悉くがすり抜けて、上から叩き潰す肘打ちと掌底によって関節も関係なくへし折られる。
あらゆる行動が完封されて、何もさせてもらえない。
既に分かっている通り、ランサーは全身が死の塊。指先の一突きで即死するのは自明の理であり、しかしたったそれだけの動きすら、オロチには許されない。
直死の魔眼による即死攻撃は、「オロチ自身の意思で」「オロチの側から触れるという明確なアクション」によって成立する。ランサーからの打撃によってオロチがいくら打ち据えられても、それだけでは死の点を突いたことにはならないのだ。
反撃は要らない。どこかしらの部位を掴むか、あるいはランサーの攻撃に合わせてガードするだけでも発動できるはずなのに。しかしそれすら、オロチの指は空を切りランサーの拳はあらゆるガードをすり抜けて突き刺さる。そして受けた衝撃の数が三桁になる頃には、そんな動作さえ実行できる余裕は無くなっていた。
不意打ちの初撃を除き、以降は両者ほぼ同時に挙動を起こしていたはずなのに、全てがランサーの先制攻撃の態を成している。スペック上の敏捷値は全くの互角であるにも関わらず。それは決して不意を打ったからではなく、何かしらの異能を行使したからでもない。
ランサーの攻勢は早い。速いのではなく、早いのだ。動作そのものに先んじる意の速度があまりにも早過ぎる。オロチが一手を思考する間に、既にランサーは四手も五手も実行に移している。その瞬間、ランサーが脳内で算出する動作の組み立ては更に二十は先まで読み切っていた。物理的最短距離を淀みなく進む打撃の嵐はまるでよくできた殺陣のよう。
戦闘開始より45秒。放たれた拳打の数は優に五百の大台に突入し、その一撃一撃は本来ならば巨岩を微塵に粉砕し、舗装された地面を割り砕く威力を秘めていることは言うまでもない。考えなしに直撃させればオロチの50㎏にも満たない矮躯を容易く吹き飛ばす暴威は、しかし浸透勁により余さずオロチの体内に炸裂し、外表面はおろか内臓や神経系に至るまでぐずぐずに破壊し尽くしていた。
オロチにとって何よりも不幸だったのは、ランサーの拳の応酬が神性に対する特効を有していたことだった。
スキル:ヤコブの手足。極まれば大天使にさえ勝利する古代の格闘法は、すなわち神に連なるものさえ殺す一撃である。
結果として、オロチの肉体はランサーの拳撃に耐えられない。技術的な人体破壊に純粋な膂力、そして概念的な特効まで乗せられた威力は、違わずオロチの矮躯を打ち据える。
775
:
DEAREST DROP
◆Uo2eFWp9FQ
:2022/06/16(木) 21:03:49 ID:mYcvf1Tk0
オロチの体が脱力し、前方へ傾ぐ。無防備に突き出た頭部を、顎をかち上げる膝蹴りと脳天に打ち降ろされる肘鉄の挟み撃ちが迎え入れた。まさしく罪人の首を刎ねるギロチンが如く、無い下顎を抜けて口蓋と頭蓋骨とを粉砕する。
硬直により一瞬停滞したオロチの顔面に、勢いよく地を蹴り上げたランサーの背面回転蹴りが突き刺さり、オロチの体は人間大の砲弾が放たれたが如く、水平に向かって凄まじい速度で吹っ飛んでいった。音の壁を突破し金切めいた大音響を掻き鳴らすオロチの肉体は途上の木々を幾本も薙ぎ倒しながら20mほどの距離を突き抜け、地面に着弾。轟音と共に大量の土煙を発生させたのだった。
「……」
残心の構えを取るランサーは、無言。地を踏みしめる体は微動だにせず、ただ敵手がいるであろう地点を真っすぐに見つめている。
手ごたえはあった。確かに致命傷を与えたのだという確信もある。が、それは自らが勝利したということとイコールではない。
何故ならば、殺しても殺しきれない存在など、自分こそがよく知っている故に。
「もうええ、大体分かった」
───ああ、やはり。
直感めいた思考を浮かべたランサーの知覚に先んじて、幾条もの貫通光が土煙を裂いてランサーへと飛来した。
僅かに体を傾けることで回避したその攻撃の正体を刹那に悟る。
水だ。高圧加速された水流そのものを、か細い槍の刺突として射出したのだ。現代ではウォータージェット切断と呼称されるその技術は、圧縮率の度合いにもよるが、およそ音速の3倍に匹敵する超速を得ることが可能である。人体など容易く貫通し切断する不可視の一閃は、まさしく死の線そのものであるかのように、ランサーの後方に聳える木々の悉くを半ばで切り倒し、地に倒壊する轟音を轟かせるのであった。
脱力の姿勢から彼方を見遣るランサーの視界に現れるものがある。それは、吹き飛ばされたオロチがいるはずの場所から。
───嗚呼、その威容はまさしく"龍"であろう。
砂塵の晴れたるその只中から、現れ出でるは流るる水の大いなる化身である。
万色に揺蕩う霊水が、正しく龍の形を取ってとぐろを巻いていた。氾濫する川が如き轟きを上げながら、それはまさしく龍の咆哮であるかのように。
そしてその上に、オロチが不遜にも腰をかけている。彼は何も変わらない。童子の姿も、大上段から見下ろす鋭き目線も、精強なる魔力に至るまで。
そう、彼は何も変わらない。戦闘を開始する前の状態にまで、損傷が巻き戻っていた。
「円環蛇(ウロボロス)……なるほど、正しく人ではなかったというわけですか」
「く、かかか。さもしい息骨で俺を蛇と呼びつけよるか、シナイ山のチンケな霊の従類風情が!」
喝破と同時、オロチの手に現出する大剣。遂に佩かせる大太刀は、すなわち天叢雲剣。神話に名高き紛うことなき神造兵装が、真に完成形たる姿としてその手に振るわれる。
776
:
DEAREST DROP
◆Uo2eFWp9FQ
:2022/06/16(木) 21:04:26 ID:mYcvf1Tk0
「土も木も民草も我が言仁の國なれば、いづくか偽王の罷りなるらん!
岐に迷える外様の乞児が、此処を何処ぞと心得る。八百万の神々のおわす土地、すなわち世の皇たる俺の國よ!
唯一神とよく吼えた、名も忘れられた小山の霊如きが!」
「汎神論者(パンシスト)……いえ、貴方は汎神(アニマ)そのものなのですね。
それが人の姿で呼ばれるとは……ああ、何とも」
ランサーは、その顔に嫋やかな笑みを張り付けて。
「お可愛いことで」
「ほざけや糞坊主が」
次瞬、周囲を襲うは不可視の重圧。突如として大気が鉛の重量を持ったかのような負荷を全身に浴びて、ランサーは耐え切れず姿勢を崩して片膝をつく。
これこそ神剣・天叢雲剣の権能であり、しかしそれが神剣の真価どころか、攻撃の予備動作に際する付属効果に過ぎないという悪魔的な事実が、そこにはあった。
高まる神気、鼓動する魔力。掲げる剣に朝霧が如き気密が集い、清廉たる破滅の波動が極限まで集束し臨界の時を待つ。
「最後に良いこと教えたるわ。この国には三途の川の渡し賃ってのがあってな、これから死ぬ阿呆に餞別で小銭持たせるんよ。
お前らがありがたがっとるおっさんと同じ、30文くれたるわ。やっすぅてお涙ちょちょ切れるなぁ? お前も泣いて土下座してありがたがれや」
悪いが使わせてもらうで姫さん、と心にもない謝罪を小さく口にして。
「惧れ震えよ、禍は今こそお前たちの元へ来たる───神威抜刀・天叢雲剣!」
───そして顕現するは、天孫降臨の再現に等しい大光の具現であった。
光が、世界を満たした。音も景色も全ては消し飛び、万象必滅の剣気が放たれたという結果だけが、そこにはあった。
古来、龍とは水の神であり、大河の流れと同一視されたものである。
荒れ狂う川の流れは全てを呑み込み、そして後には肥沃なる土地を残す。人では抗えぬ絶対の暴威でありながら、同時に恵みを与える強大にして偉大なる自然の化身。
故に、断言しよう。人では決して彼の者に勝てはしない。
そう、『奇跡』でも起こらぬ限りは。
「───聖槍、五重拘束解放」
小さく呟かれた言葉は、ただ極光にかき消されて。
その姿諸共、光の彼方に溶け去る───
777
:
DEAREST DROP
◆Uo2eFWp9FQ
:2022/06/16(木) 21:05:05 ID:mYcvf1Tk0
後には何も残らなかった。
木も土も石も、何もかもが燃え尽きていた。駿河國の野火の難そのままに、黒く変色した地面だけが広がっている。
オロチは神気の具現たる水龍を消し、地に降り立つ。その身に損耗は何もなく、その身に魔力の欠乏は見られない。何も、何者も、その尊き御姿を穢すこと能わず。
そうであるにも関わらず。
オロチは、美しく整った相貌を凄絶に歪ませ、叫ぶように語り掛ける。
「未だ以て死に損なうかよ、生臭坊主」
「……はは」
───変わらぬ男の姿が、そこにはあった。
ランサーは片膝をつき、全身から夥しい量の血を噴き出して、しかし五体は無事なままそこに在った。手に握られていたのは、槍だった。彼はそれを地面に突き立てていた。
見れば、彼の周囲だけ天叢雲剣による破壊の痕は及んでおらず、まるで結界でも張ったかのような情景であった。地に突き立てた槍の恩恵か、ならばそれは彼の宝具によるものか。
「『ゴルゴダの磔刑』。彼の者の最期は何者の手も入らぬ不可侵の聖域であらねばならない。
本来ならば五つほど拘束を解かねばなりませんが……なに、承認が下りぬ分は身体で受ければ良いだけのこと」
ランサーが持つ宝具たる聖槍には、嘆きの一撃と呼ばれる反動がある。聖槍の意にそぐわぬ使い手・使い道に用いた場合、天罰そのものである一撃が下されるのだ。
ランサーの総身からは、都合4つの矢のように先鋭化した鮮血の魔力塊が体内から突き破り、ランサーの体を赤く染めている。『ゴルゴタの丘』の展開に必要な承認は5つ、内1つをランサー自身が担ったため、残り4つの反動をその身に食らったというわけだ。
「ですが、安心しました。貴方もまた、私と同じ理由で戦っている」
「はあ? この期に及んでお前、何言うて」
「その剣、人間の魂が捧げられていますね?」
オロチの気配が、如実に変わった。
神剣・天叢雲剣。言わずと知れた三種の神器、八岐大蛇の尾から出た宝剣、ヤマトタケルが用いた草薙剣。
特に日本国での知名度は高く、されどその真実を知るものはこの世に二人といない。
オロチがこの剣を持つ理由。この剣に執着する理由。
それは何より重く、深く、切実であり。
「貴方のような蛇なる者が人の形を取ること、人の剣を携えること……そしてその霊基がバーサーカーであること。
どうにも腑に落ちなかったのですが、ようやく得心しました」
「おい」
「貴方はその者の救済をこそ願っている。磔刑に伏された聖者の魂を、依り代より解き放つことを望んでいる。
貴方は私と同じだ。人に焦がれ、人となり、この世の全てを秤にかけてまで追い求めた」
「黙れや、塵が」
ランサーは肌に刺さる殺気の念にも構わず、笑みを張り付けたままに告げる。
778
:
DEAREST DROP
◆Uo2eFWp9FQ
:2022/06/16(木) 21:05:50 ID:mYcvf1Tk0
「バーサーカー。貴方は愛に狂っている」
「死ね」
神剣一閃───音の壁を容易く突破した一撃が、違わずランサーへと殺到した。
その剣閃はランサーの真芯を捉え……しかし、まるで摩擦係数が零の物体に当たり、表面をなめらかに滑るかのようにして、剣の軌道方向に滑り回る奇矯な回避体勢を取ったランサーの薄皮一枚すら裂くことは叶わない。
古流武術における各務と呼ばれる刀刃回避、その更に源流とされる古の格闘法である。
「キッショ! 蛞蝓みとぉな避け方すんなや!」
「汝右の頬を、とは今更言うまでもありませんが……やはり貴方は私と話してはくれないと?」
「ほんまに今更過ぎるやろが。脳みその代わりに糞でも詰まっとるんか腐れ外道がよ」
オロチは軽く地を蹴って後退、片手で瞬時に印を組み魔力を練り上げる。
「綺麗事吐いた口で子供殺すのが趣味の変態野郎が、せめて大人しく左ぃ差し出して殴られろや」
そして顕現する都合八頭の水龍───水のうねりそのものを咆哮とする淡青色の顎がランサーを食いちぎらんと奔る。
次々と迫り来る巨龍の牙はまさしく矮小な人間を呑み込む濁流であり、されどランサーは揺らめく花弁の如くに自然体のまま歩を進め、その身に一切の痛痒を負いはしない。密度的には回避不可な絨毯爆撃にも等しい怒涛の攻撃であるにも関わらず、悉くを躱している。
一見、それはヒノカグツチ回避法にも通じるものがあって、しかし明らかに別種のものであった。自己の存在や物理的密度を零化して、障害物や敵の警戒網をすり抜けているわけではない。
それは歩法、純粋なる体術の極みであった。瞬間移動めいた意の早さと、対照的に付随する奇妙な遅さが、敵対者からの目測を狂わせ、守る際は受けるタイミングを計らせない。
「真実なるキリストとは常に一つであり、その顔は全ての顔を持つ。故にその呼び名、その認識に貴賤の別はなく、唯一確かなのは遍在する神の愛である……
言ったはずです、私も貴方と同じであると」
吹き荒ぶ破壊の嵐に比して、あまりにも平穏そのものの態度であるランサーは、やはり穏やかな、それが故に無機的な口調で語り掛ける。
「私はこの世界を愛しています。人々の安寧な営みとは尊いものです、例えそれが一年であり、一日であったとしても。その価値は決して穢されない。
良き人イエスを神の子と祭り上げ、奇跡の残骸として砕くことで救われた世界は、せめて彼の御方と同じく美しくあらねばならない。
この世で最も美しかった者と等しく輝くからこそ、彼の御方と引き換えるに相応しい。私の行いは、そのためのささやかな手助けに過ぎないのですよ」
「長ェわ死ね」
詰まるところ、"先程子供に良い感じのことしてたのは全部そのためですよ"というランサーの言に対して、もう愛想も尽きたとばかりに切って捨てる。
振るわれる神剣の一撃を、ランサーは手にした聖槍で以て受け止める。
この戦いが始まって、それは初めて両者が交錯した瞬間であった。
「ぐちぐちぐちぐち女の腐ったようなことをずらずらと、メンヘラの夜泣きほど聞き苦しいもんはないわ。下らん寝言なんぞ一人寂しく行灯にでも向かって説いてりゃええ」
「随分と嫌われたものですが、それも良しとしましょう。不和から生じるすれ違いもコミュニケーションの醍醐味ですから」
「ここで死ぬお前ができると思っとるんか?」
「できますとも。何故なら、今から私は逃げるからです」
779
:
DEAREST DROP
◆Uo2eFWp9FQ
:2022/06/16(木) 21:06:19 ID:mYcvf1Tk0
火花を散らして鍔競る剣から、不意に圧力が消えた。かと思いきや腹部に衝撃が走り、それがランサーにより蹴り飛ばされたことだと認識するや、オロチは憤激する。
「テメェ、けたたましい真似───ッ!」
「というわけでまたお会いしましょう。できることなら、次までにはもう少しばかり荒ぶりを収めていただけるとありがたいのですが」
「逃がすわけないやろッ、舐めんなやッ!」
今までの激突が嘘のような脱兎を見せるランサーに、オロチは水流撃を射出。逃げる背を撃とうとするも難なく躱され、その姿は宙に溶けるようにして消滅する。
周囲には、もうサーヴァントの気配はない。
オロチは無言で天を仰ぎ、深く息を吐き、そして。
「死ッッッ!!!!!!ねッッッ!!!!!!!」
あまりにも実感がこもり過ぎた叫びだった。
【練馬区/光が丘公園/一日目・早朝】
【バーサーカー(八岐大蛇)@日本神話】
[状態]:体内に神殺しの熱が残留(中程度。時間経過により改善されます)、内部損傷(中)、疲労(中)、イライラ
[装備]:天叢雲剣
[道具]:無し
[所持金]:無し
[思考・状況]
基本方針:聖杯を獲る。
1:当分は遭遇戦で敵を削っていく
2:アヴェンジャー(ヒノカグツチ)は次は必ず殺す
3:殺せないのなら二度と会いたくはない。心がふたつある
4:あの生臭坊主(カルタフィルス)マジで死ねや。
◆ ◆ ◆
780
:
DEAREST DROP
◆Uo2eFWp9FQ
:2022/06/16(木) 21:06:48 ID:mYcvf1Tk0
「いやはや、見るも凄まじい強さでした」
全速力で逃げ帰り、霊体化を解いて路地角に降り立ったランサーはそう述懐する。
童の姿をしたバーサーカーは、明らかに強かった。
勝負の内容を鑑みれば、ランサーが彼から受けた傷は、自傷以外に何一つとして存在しない。一方的な内容だったのは確かだったが、しかし。
「あのまま続けていれば、間違いなく負けていたでしょうね」
それは謙遜でもなんでもなく、客観的に見た厳然たる事実としてランサーは認識していた。
供給される魔力総量、反則的な回復能力、有する宝具の行使可能な範囲における性能差。そのどれもがランサーは劣っていた。ここまで優勢に事を運べたのはあくまで技量という小手先に頼った初見殺しに過ぎず、戦闘が長引くにつれアドバンテージの差は開く一方。そう遠からず均衡は崩れるだろうと踏んでいた。
それに何より、あの目だ。
まるで死を覗くかのようなあの視線が、何よりも底知れず、恐ろしかった。二千年に渡り死を剥奪されたはずの自分が、まさしく死の予感を感じるなどと、常軌を逸しているとしか言いようがない。
だが収穫はあった。何より大きな収穫だ。
蛇なる者、楽園にて人の始祖を惑わせし悪魔。
そのようなものでさえ、愛を抱いていた。
その事実こそ、この世界にもたらされた福音であるだろう。
世界は愛で溢れている。
例え最後には滅びてしまう泡沫の世なれど、それは紛れもなく、最上の救いであるのだ。
【練馬区/市街地/一日目・早朝】
【ランサー(カルタフィルス)@ヨハネ福音書】
[状態]:「嘆きの一撃」によるダメージ(中)
[装備]:光掲げる運命の槍(ロンギヌス・テスタメント)
[道具]:聖骸
[所持金]:無し
[思考・状況]
基本思考:聖杯を取り世界を滅ぼす。
1:来る者拒まずの姿勢で行く。
2:マスターとの連携も追々考えなければなりませんね。
3:バーサーカー(八岐大蛇)に好感。
781
:
DEAREST DROP
◆Uo2eFWp9FQ
:2022/06/16(木) 21:07:07 ID:mYcvf1Tk0
投下を終了します
782
:
◆di.vShnCpU
:2022/06/18(土) 18:39:15 ID:875p26PQ0
投下します。
783
:
交響曲第九番『合唱付き』
◆di.vShnCpU
:2022/06/18(土) 18:40:44 ID:875p26PQ0
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「どうぞ。入って貰って構いませんよ」
北区滝野川、とある豪邸。
夜更け過ぎまで本を読んでいた胡蝶しのぶは、自室の戸を叩くノックに静かに答えた。
「まだ起きているのかい。明日から早いのだろう?」
「寝付けそうになかったもので」
促されるままに乙女の自室に入ってきたのは、表向き彼女の『彼氏』――ということになっている男。
ぼさぼさの髪に、よれた服。
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーベン。
実際には、胡蝶しのぶに割り振られたサーヴァントであった。
「それは……ああ、『あいつら』に関する本か」
「ええ。『クトゥルフ神話』。
今までの私とは縁のない分野でしたので、少ししっかり背景まで把握しようかと」
少女の手元に積み上がっていたのは、翻訳された海外文学の文庫本に、ちょっと判が大きく絵の多い冊子。
『クトゥルフ神話大百科』、『怪奇文学シリーズ』、『知られざる世界』……。
短編小説集から挿絵付きのまとめ本まで、雑多なモノが集められている。
「20世紀のアメリカで生み出された『架空の』神話体系。
奇妙な世界観を用いた『シェアードワールド』の小説群。
この世界には、時に『神』などとも呼ばれた奇妙で強大な存在が多数、太古から存在していて。
人智を超えた力を持ち、人智の及ばない論理で動いていて。
今でも当たり前の日常の薄皮一枚下に潜んでいる。
『踊る泡』、『クグサクサクルス』あるいは『サクサクルース』もそのうちの一柱……」
軽く諳んじて、そしてしのぶは大きくため息をついた。
「……それって要するに、『フィクション』ってことですよね?
作り物、小説家たちが勝手に書いたことですよね?
根も葉もない、『作りごと』、なんですよね?
そんなモノが本当にこの聖杯戦争に『居る』っていうんですか?」
「確かに、表向きは『そういうこと』になっているね。ただ――」
少女の問いかけに、男は少し言葉を探すような間を空けて。
「ただ――古代より、優れた芸術家や詩人は、常人には知りえない『何か』と通じ合ってきたと言われている。
ミューズや神々、悪魔にリャナンシー。
あるいは、そういった名前すらつけられなかったもの。
優れた才能が『何か』を引き寄せるのか。
それとも、『何か』と通じ合ったから傑作を手に出来たのか。
そういった例はたくさん知られている。
だから……小説家が『知られざる何か』と『通じ合って』『真実に触れた』のだとしても。
僕は、驚かないかな」
「へぇ」
胡蝶しのぶは、そこで不意に『嘲笑った』。
男の顔を下から見上げるようにして、両目を大きく見開いて、口元だけで笑みを浮かべる。
深い淵のような、大きな、どこか虚ろな瞳孔がベートーベンを射すくめる。
瞳の中に吸い込まれるような、際限なく虚空へと落ちていくような、そんな錯覚を覚える。
なぜか、気圧される。
「それって、『御自身』の経験からの言葉ですか?」
「……ッ!」
「『トルネンブラ』」
思わず息を呑んだ所に、不意打ちで被せられた、奇妙な響きの知られざる名前。
男は脂汗を浮かべるだけで、身じろぎひとつ出来ない。
代わりに、室内には冷たい風が巻き起こる。
窓を閉じたままの夜の部屋の中に、一陣のつむじ風のような風が吹く。
ありえない現象に髪を揺らしつつ、胡蝶しのぶの笑みは変わらない。
784
:
交響曲第九番『合唱付き』
◆di.vShnCpU
:2022/06/18(土) 18:41:27 ID:875p26PQ0
「実のところ、半分、あてずっぽうだったんですけどね。
さっきこの本で『それっぽいもの』を見つけたもので、カマかけちゃいました」
「……驚いたな。
隠しきれるとは思っていなかったけれど、こんなにも早く、名前まで」
「違和感があったのは、貴方が『私に音楽の才能がないこと』を『喜んで』いたことです。
まだ短い付き合いですけど、本来の貴方は、それを喜ぶような性格ではありません。
自分の能力と作品を正当に評価されることを望む、ごく真っ当な感性の持ち主です。
なのにがあえて『才能がない』ことを『喜ぶ』というのは――
もし『それ』があったら、何か『困ったこと』が起きかねないから」
「まいったな、脱帽だ」
「そして――今も『いる』んですよね? 貴方と一緒に?」
「……ああ」
ベートーベンは深いため息をつく。
観念したような表情で、ちらりと横にいる『何か』に目を向ける。
しのぶの目には、そこには何もない空間しか見えないけれども。
「予め言っておくと、それらの本に書かれたことは、物事の一面に過ぎないだろう。
大雑把に言って『当たらずとも遠からず』。せいぜいがそれくらいの情報のはずだ」
「でしょうね。見当はつきます」
「君の推測の通り、僕は『これ』から『踊る泡』の名前を聞いた。
縁者ではあるけれども、同時に油断のならない、恐るべき存在であるらしい。
彼女はすっかり怯えてしまっている」
「『彼女』……?
女性、いえ、性別があるという記述はなかったはずですが」
「まあ色々あったのさ。僕とコイツの間にも」
男の見つめる先の虚空に、小さな風が渦巻く。
気を付けて観察すれば、それの本質は風ではない……超高周波の小さな音の集合体。
指向性をもって小さなループを描き続ける、外に漏れることのない振動そのもの。
動きに伴う微細な振動が副次的に『風』として『才能のない者』にも感じられているのだ。
生ける異界の音楽、トルネンブラ。
もしもそれと通じ合うほどの『才能』があったら、それはどれほどの存在感があるものなのだろう。
どんな姿として顕現して見えるものなのだろう。
そして、それらの同類が、この東京二十三区には神出鬼没に闊歩しているというのだ。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「私が留守の間に来たという、泡のような存在、『クグサクサクルス』。
この本には『同族食い』、独りで子を産んでは子を食うものとありますけど」
「それは真実の一面だろうな。
僕が聞いた話では、そいつの本質は『宗教を捕食するもの』なのだという」
「宗教を……捕食?」
「神と、それを信仰するもの。信仰者が作り上げた文化や概念。
それらを丸ごと『喰らって』、『初めからなかったかのようにする』存在。
彼女たちのような存在にとっては、まさしく天敵のようなもの……であるらしい」
「なんだか凄いお話ですね」
「伝え聞いている僕も、全貌を把握できている気はしない。
ただ、それでもいくつか言えることがある」
ベートーベンは断言する。
彼とて『彼女』の同類についての知識は多くはない。
こいつも傍迷惑な悪霊みたいなものだが、それぞれ全く違う種類の厄介さを持っているのだろう。
けれど、他ならぬ彼自身が、『英霊』であり『サーヴァント』である。
「『彼ら』の本体がいかに強大な存在だったとしても。
聖杯戦争において、『サーヴァント』やそれに付随して呼ばれたモノとして現界したのなら。
彼らには、『サーヴァントとしての限界』がある」
「サーヴァントとしての……限界」
「仮に『本体』は不滅だったとしても、真に不滅でいられる『サーヴァント』はそうそう居ない。
何をするにも魔力を消費する。大掛かりなことにはそれだけ膨大な魔力を消費する。
大抵の場合、マスターを失えば存在を維持していられない。
つまり――」
「やり方次第で戦って倒すことも可能なはず、ということですね」
しのぶは男の意を理解する。
彼女たちの主従が異例なほどに『弱い』ことは脇に置くとしても。
最初から諦めなければならないような相手ではない。
「その『踊る泡』、まさか本当に遊びに来ただけってことはないと思うんですけど。
それでも、一方的にこちらの居場所を把握されているのは間違いありません」
「また来るって言ってたしね」
「こちらから積極的に敵対する必要はありませんが、対策を練っておくべきです。
仮に敵に回ったとしても返り討ちにできるような、そんな策を」
「できるかね」
「それが『捕食者』だと言うのなら……倒すだけなら、実は簡単なんですよ。
多少の分析と研究の時間は要りますが、『必殺の策』は、あります」
「言いきるね」
しのぶの口元に、どこか酷薄な笑みが浮かぶ。
「毒を、盛るんです」
悪戯っぽくも『毒』を帯びた口調で、彼女は語り続ける。
785
:
交響曲第九番『合唱付き』
◆di.vShnCpU
:2022/06/18(土) 18:42:35 ID:875p26PQ0
「食餌に見せかけて、『食べてはいけないもの』を食べさせる。
偽装した致命の仕掛けを、相手に自発的に飲み込ませる。
相手の内側から、殺す。
私の一番得意な『闘い方』です」
「なるほど。
では何を食べさせる。
何ならば食いつく」
「そうですね……思いつくままに挙げるなら。
一見宗教のようで宗教でないもの。
あるいは、宗教であるかどうかすら曖昧なもの。
神を称えるように見えて神を否定するもの。
信仰のように見えて、信仰を否定するもの」
「あるかな、そんなもの」
「即答はできません。
ただ、有無で言うのなら、どこかに必ずあるはずです。
『宗教捕食者』が、差し出されれば食いついて、そして消化できずに身を滅ぼす『何か』が」
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「ただ、そういうことなら……僕も力になれるかもしれない」
「と言いますと?」
「例えば『宗教的熱狂』の『ようなもの』なら、僕は意のままに『作る』ことができる」
男はそこで言葉を切って、深く息を吸い込む。
やがて静かに穏やかに紡がれ始めたのは……口笛だった。
「…………ッ!」
一音一音、明確に区切るように発せられる音は、シンプルなメロディを作り出す。
一音ずつ丁寧に、段を登って、段を降りる。
一音ずつ丁寧に、段を降りては、段を登る。
あまりにも明瞭で、簡単で、単純で、たった一音の口笛でしかないのに。
それは圧倒的なまでに豊穣で、光に溢れて、否応なしに力強い感情の波を引き起こす。
主旋律に寄りそう数多の音がありありと想像できる。
数多の人々が、声を合わせてこの歌を奏でる姿が脳裏に浮かぶ。
全身が総毛立つ。
生の喜びと、今ここにこうして居られることへの心の底からの感謝。
一切の捻りなく、淀みなく、高らかに歌い上げる。
宗教的熱狂。
その通りだ。
もしも『これ』で足りないのなら、一体何がその言葉に相応しいと言うのだろう――
「――アン・ディー・フロイデ。
交響曲第九番、第四楽章。その中心となる旋律。
この時代の日本では『歓喜の歌』として知られているみたいだね」
「夜中の演奏はやめて下さい、と前にも言いましたが。
口笛も、やめて下さい。ご近所に迷惑です」
「済まないね。ただ、聞いてもらった方が早いと思ってね」
男は頭を掻いてみせるが、その実、まったく悪びれていない。
「これは本来は合唱つきの交響曲だ。
フルのオーケストラに加えて、合唱団がつく。
さっきの主題に至るまでの前準備も長いし、そこからの展開も複雑だ。
今のだってだいぶ『手加減』したんだぜ。
僕が本気で再現したら、『こんなもの』では済まない」
「それは……私にも分かります。
嫌でも、分からされました」
「あの『踊る泡』が出た時、これを聴かせていたなら、どうなっていたのかな。
ひょっとしたらその場で僕も食べられて、そのまま倒せてしまっていたのかもしれない」
ひゅごうっ。
男の軽口に、見えざる風が一瞬だけうなりを上げる。
しのぶもつられて溜息をつく。
「つまらない冗談はやめて下さい。
勝手に脱落されても迷惑ですし……それに『彼女さん』、怒ってるみたいですよ」
「彼女って訳でもないんだけどなぁ」
「ただ……貴方ごと食わせるのは論外だとしても。
『音楽』を餌にする、というのはアリかもしれませんね」
優れた音楽によって引き起こされる感動や情動を、『信仰』と誤認させる。
それを『宗教捕食者』に『誤嚥』させる。
もちろんまだまだ詰めねばならない部分はある。
具体的に何を食わせるのか。そこにどんな『毒』を仕込むのか。本当に倒しきれるのか。
それでもこれはひとつ、有力な可能性であった。
786
:
交響曲第九番『合唱付き』
◆di.vShnCpU
:2022/06/18(土) 18:43:21 ID:875p26PQ0
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「ずいぶんと話し込んでしまったね。明日も早いのだろう」
「そうですね」
夜もだいぶ更けて。
男は椅子から立ち上がる。
明日からは聖杯戦争の本番開始であり、また、学生にとっては連休の始まりだ。
ここまでは学生の役割(ロール)のために、ほとんど動くことができなかった胡蝶しのぶ。
それでも、彼女はただ無為に時を過ごしていた訳ではない。
動けないなりにネットや級友たちから情報を集め続けて、既にある程度の目星をつけている。
しのぶが狙うのは、この聖杯戦争の主催者を吊し上げ、最低でも『一発派手にブン殴る』ことである。
ある意味で非常に厳しい道である。
なまじ優勝と聖杯を目指すよりも遥かに厳しい道。
しのぶとベートーベン、そこにトルネンブラを数に入れたとしても、三人だけで届く目標ではない。
必要となるのは『協力者』だった。
必ずしも全ての思惑が一致する必要はない。
こんな酔狂な目的を掲げる主従が、他に居るとも思えない。
けれど、自分たちだけでは届かないのなら、誰かの助けが要る。
どうやら優勝狙いではなく、けれど聖杯戦争の関係者としか思えず、接触しようと思えばできる相手。
そんなものはどうしたって限られてくる。
しのぶたちの求める条件に合う存在は、現時点ではたったひとりしか居なかった。
「最近になって不自然なまでに急に人気を上げてきたアイドル、『リルル』。
きっと彼女もマスターか、あるいはサーヴァントです」
他の主従を釣って倒すための罠である可能性は検討した。
しかし、それにしては行動が不自然なのだ。
趣味なのか、何らかの宝具の発動条件なのかは知らないが、悪目立ちすることを厭わず活動している。
明らかに、何か超常的な能力を惜しみなく使ってその地位を確立している。
どう考えても、労力として、ただの釣りとしては割に合わない。
「気を付けていってらっしゃい。良い報告を期待して待ってるよ」
「何を言ってるんですか? 貴方も一緒に来るんですよ」
「ええっ!? 僕は戦力にならないよ?」
「そこは最初っから期待してません」
情けない悲鳴を上げた楽聖に、しのぶはニッコリと、あまりにも明るい笑みを浮かべてみせた。
花のような笑顔に、断るという選択肢はない、と言わんばかりの強い圧が備わっている。
「相手は『歌』で勝負している『アイドル』です――
それがどんな交渉になるにせよ。
『英霊の座に名を刻むほどの音楽家』からの『楽曲提供』の可能性は、立派な『交渉材料』になるはずです」
787
:
交響曲第九番『合唱付き』
◆di.vShnCpU
:2022/06/18(土) 18:43:43 ID:875p26PQ0
【北区・滝野川/胡蝶家の屋敷/1日目・未明】
【胡蝶しのぶ@鬼滅の刃】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:専用の日輪刀(竹刀袋入り)
[道具]:応急処置セット、日輪刀で使うための毒物一式
[所持金]:潤沢
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の仕掛け人を突き止めて張り倒す。
1:夜が明けたら人気急上昇中アイドル『リルル』と接触を図り、可能なら手を組む。
2:『宗教捕食者』への対処法を練る。
[備考]
※フィクションとしての『クトゥルフ神話』の基本的な知識と資料を得ました。
※ベートーベンと共にいるトルネンブラの存在を知りました。
【ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーベン@史実+クトゥルフ神話】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:無し
[所持金]:無し
[思考・状況]
基本方針:マスターのために曲を作る。
1:えっ僕も行くの? えっ楽曲提供?? 聞いてないよ!?
2:『宗教捕食者』への対処法を練る。
788
:
◆di.vShnCpU
:2022/06/18(土) 18:44:34 ID:875p26PQ0
投下終了です。
789
:
◆6bb6LonGS2
:2022/06/18(土) 22:09:12 ID:DQDB8Wj20
皆様投下お疲れ様です。
感想が溜まりまくっていたので消化していきます。
シャミ子が悪いんだよ
こういう形でマスターたちの悩みを解消できるのが、シャミ子の長所な一方、活躍の場が限定的ではある…
にちかのメンタルが少し良くなった…ホントに少しだけ!まだまだ、これからな感じではありますが
二人が同盟として活動する事で、より良い方向へ進んでくれそうな予感がします!
ただ、戦力は二組合わせっても強いとは言えないのが不安。
頑張れシャミ子とにちか! 仲良くなって聖杯戦争を生き残るんだ!!
炎のさだめ
駄目だ……エンデヴァー。カグツチちゃんにはタピオカを飲ませてあげるべきだったんだ……
無駄だと分かっても意味はあるんだよ。こういう気使いができないのが、手心が足りない、こういう男なのだと……
そして、姉を名乗る不審者ではなかった本物の姉のエントリーとは、もうこれわけわかんねぇな。
カグツチちゃんがマスターの技を使う展開を見ると、一方的ではありますが彼女はマスターへの好感度はあるんですよね(なお
そして、熱いのが好きじゃないと言っているスカディ様が可愛い。真面目な場面なのですが、
やっぱり彼女は、こういうところが可愛いですよね…
DEAREST DROP
本当に気持ち悪いよ(誉め言葉)あれこれと方便垂れて、戦闘でもいなしたランサーですが、これでも相性的に
ギリギリの相手とタイマンやってた時点で、際どい戦闘でありますし、それでも平静に対処している時点で
こいつの異常さが伝わってきますね……そして前話から続いて連戦でしかもイライラマックスなオロチですが
バーサーカーたらしめるのが、愛に狂っているという指摘は結構な直撃で、腑に落ちた部分でもあります。
これはオロチに限らず、他のバーサーカーも共通する狂気に当てはまります。
果たして、オロチはその狂気に囚われたままなのか、先が気になります
交響曲第九番『合唱付き』
この主従、結構行く先ハードなんだろうなぁと思いましたが、割となんとか行けそうなのは鬼相手に
工夫しながら幾戦を生き抜いてきたしのぶさんらしい発想力あってですね。結構、的確に今後の行く先も
相手の対策も講じていっているのは頼もしい。振り回されるベートーヴェンさんは頑張ってください…
改めて皆様、投下の方、ありがとうございました。
790
:
◆6bb6LonGS2
:2022/06/19(日) 22:23:37 ID:CLc/zK7M0
予約分投下します
791
:
フォニイ
◆6bb6LonGS2
:2022/06/19(日) 22:24:24 ID:CLc/zK7M0
『童磨』の立ち位置は中々面倒だった。
優位な状況ではあった。『万世極楽教』の人脈を使い、ある程度の情報収集に
自身とランサー『マンティコア』の食糧という名の人材確保。それらを隠蔽工作する程度は造作もなかった。
それでも、慎重でなければならない理由。即ち、童磨の弱点――『太陽』。
車で移動するなり、昔と比較すれば行動範囲が広くなったとはいえ結局、弱点は健在なのだ。
そこを突かれれば彼が不利になるのは当然。
本戦開始とはいえ……それでも踏み込んだ行動に出るのは迂闊。
何より、聖杯を獲得するべく全ての主従を相手するのも困難を極める。
見境ない暴力者であれば、ただ一人残さず蹂躙し尽くすだろうが、童磨にはそういう感性を持ち合わせていなかった。
童磨が打った手は『情報収集』である。
既にサーヴァントの主従らしき情報を幾つか取得しているが、所詮はNPCが現実に準じた表面上に公表した情報。
どういう趣旨で行動しているか、童磨のように能力がデメリットとなって制限されているか。
何も分からない。
「ランサーには『切り裂き魔』を探して欲しいんだ。俺の想像通りなら今晩も誰か殺すと思うから」
童磨の目を付けた標的は――深夜、女性を対象に行われる連続殺人事件。
犯行手口から十九世紀にイギリス・ロンドンを恐怖に落とし込んだ未解決殺人事件『切り裂きジャック』の模倣犯と称されているが。
まさか、そのまんま『切り裂きジャック』の英霊が起こした犯行なのか? 否、英霊となれば『切り裂きジャック』が召喚されてもおかしくはない。
ないのだが……あからさまに過ぎでは? 逆張りな疑念を抱く事だろう。
マンティコアは眉をひそめて率直な意見を出す。
「あのさぁ。こう、何度も同じ場所でヤらねぇだろ。人間(メシ)食うのも敵(ジャマ)始末するのも、派手にカマせば目ぇつくんだからよ」
「うんうん。普通はそうだよねぇ」
同じ手口の犯行を、ワザとやって他の主従を炙るか、誘導し罠を張り巡らされているか。
そうじゃなければ馬鹿の一つ覚えで、連続殺人なんて意図して起こさない訳で。
だけど、童磨はある見解を持っていた。
申し訳なさそうに、それでいて躊躇なく彼は言い放つ。
「でも多分、これやってる子――頭が悪い子だと思うんだよね。特徴的過ぎる。真名を隠そうとしてない。
表では報道されてないけど、犯行の手口の……『子宮』が取られたり、傷つけられてるのも、やるにしてもそのまんま過ぎるよ」
ドストレートな批判である。
一方で、こうも言う。
「俺とランサーみたいに苦労はしてないのは『どうにかできる』能力を持っているからだろうね」
792
:
フォニイ
◆6bb6LonGS2
:2022/06/19(日) 22:24:45 ID:CLc/zK7M0
生前、何か失敗を犯して死に至り、英霊となったのならば多少の反省がみられる筈。
反省や改善は愚か、生前の手口まんまを馬鹿の一つ覚えで繰り返すのは、失敗がなかったという事。
『切り裂きジャック』は結局、最後まで正体は明らかにならず。
スコットランドヤードの目を搔い潜ったのだ。
故に、絶対の自信がある。『切り裂きジャック』の能力が優れているが為の慢心。
マンティコアが聞き返した。
「……で。探すって、ぶっ殺すんじゃねえのかよ」
「俺も色々考えたんだよ。序盤から中盤までに必要なのは協力者、つまり同盟相手さ」
「は? オレたちに同盟とか冗談だろ、童磨」
主従どちらも人食い主軸の社会的には終わっている事は、童磨もマンティコアでさえも分かっている。
普通、彼らと同盟を結びたいと試みる相手などいないだろう。
ただ相手が『普通』であればの話。
童磨は言う。
「俺達でも同盟を組んでくれそうな相手を探す。その有力な候補が『切り裂き魔』なんだ。
この子も、この子のマスターも同盟相手に困っているだろうし、
彼らが同盟を考慮してなくても話を持ち掛ければ、少しは聞いてくれるんじゃないかな」
『頭の悪い者を救う』という、案外、彼らしい提案に納得する反面、コイツらしいなとマンティコアは呆れた。
まあ、彼の話は間違いではない。
マンティコアも流石に全員相手にして戦い抜く魂胆はない。
彼女の性能は彼女自身が最も理解している。敵が複数相手なら厳しい部分があった。
マンティコアは渋々了解する。
「血の匂いならすぐ鼻につくからな。近くまでいけりゃ掴めるだろうぜ」
「うん。よろしく頼むよ。ああ、もしこっちにサーヴァントが来たら念話で知らせるからね」
例の宗教関係襲撃者。
彼らが『万世極楽教』へ来る可能性は十分あるが、警察に目がついたからといって必ずしも襲撃される保証もない。
童磨もある程度、サーヴァントを引き留める能力を備えている。
いざとなれば、マンティコアを令呪で呼び寄せる事も。
ただ、想定外の事態は起きてしまうのだ。
☆
793
:
フォニイ
◆6bb6LonGS2
:2022/06/19(日) 22:25:07 ID:CLc/zK7M0
「前から思ってたんだけどよぉ。んな形の入れ物に沢山入る訳ねえだろ」
『ジャック・ザ・リッパー』こと『鎌鼬』が突っ込んだのは、ランドセルについてである。
『久世しずか』が食糧を詰め込もうとしたランドセル。
小学生が持つ鞄の象徴ではあるものの、これを普通の鞄代わりにしようというのは相当不釣り合いであった。
しずかが困っていると、鎌鼬は勝手に家の中を探しまくった。
しずかの住む家は、聖杯戦争の舞台より前に暮らしていた彼女の自宅と同じ、全体的に一般家庭からすると物が放置され。
衣服もクローゼットにしまわれていない。
でも、生活感ある要所要所が片付いているのは、時折帰って来る母親が最低限の家事をするからだ。
母親は滅多に帰って来ない。
だけど、しずかが生活できる為の最低限のこと――食糧の提供などしてくれる。
実は先程まで、母親が帰って来ていた。
ゴールデンウイーク中だから、仕事が休みなのかと思えば、ゴールデンウイークだからこそ自宅には戻らず仕事で帰らない事を伝えにきたのだ。
ある男と旅行を楽しむ為、とはしずかに説明せずに。
学校が休みなので、多めに食糧を用意してくれた。
あとは、面倒くさそうに家事を済ませて、そそくさと家から退出する。
そして、二人が考えたのは(厳密には鎌鼬が考え、しずかは賛同しただけ)『他の主従を探しに行く』だった。
拠点であり一安心できる自宅に固執せず。
というか、じっとしてサーヴァントが向こうからやって来るのを待つより。探した方が早いだろう、という奴。
殺人事件を起こしておいて、注目されているだろと他の誰かがいれば突っ込む場面だが。
残念ながら突っ込む者は誰もいなかった。
第一、鎌鼬本人が何度も事件を起こしても、他サーヴァントが現れなかった事から、自分は注目されてないと勘違いしたのである。
これも様々な要因――派手に暴れる他主従の存在で、鎌鼬の脅威が二の次にされたのが一番だろう。
ある意味、彼らは幸運かもしれない。
鎌鼬が、母親が使っていたらしい手提げバッグを見つけて、そこに母親が用意したおにぎりとかパンを詰め込みまくる。
ボーっと光景を眺めるしずかだったが、突然、外が明るくなる。
何やら騒がしい声が無数と、騒音が聞こえると――彼らの家に火種となる火炎物が投げ込まれたのだ。
サーヴァントの襲撃ではない。
無法の荒くれもの共――『殺島飛露鬼』が率いる集団、所謂『新生・聖華団』の仕業だった。
これは『聖華団』の常套手段。
近隣住宅に火災を引き起こし、そこへ警察の眼を逸らし、主要の暴走行為を行うというもの……
決して、しずか達を狙った犯行ではないのだが。
それを知らぬ者からすれば、自分達を狙ったものと警戒するのだ。
794
:
フォニイ
◆6bb6LonGS2
:2022/06/19(日) 22:25:38 ID:CLc/zK7M0
☆
「オイオイ! こりゃ他の奴らに先越されたのかぁ?」
遅れて現場に到着したマンティコアも当然、これがサーヴァントの犯行かと疑った。
ある意味、間接的にはそうなのだが。
辺り一面の火の海を見れば、ここで暴れていた『切り裂きジャック』を炙り出す手段でこうしたと勘違いされても仕方ない。
愉快そうに駆けまわる単車を幾つか捕捉したマンティコアが、サーヴァントの身体能力で追い抜き。
腰から生えた蠍の尾で車を突き刺して、持ち上げて無理矢理車内を確認する。
運転席、助手席にいる人間は非現実(ありえない)状況に戦々恐々だが、マンティコアは「ふーん?」と首を傾げた。
「普通の人間だけど、なーんか『匂い』が違げぇなぁ」
すると人間側から声が聞こえる。
「て、てめぇっ。『暴走族神』が言ってたサーヴァント!?」
「んん? サーヴァントの事、知ってんのかぁ。じゃあ――」
マンティコアが疑問を解消する為、蠍の尾を振り上げ車体を真っ二つに、車内の男二人の急所たる首を狙って噛みついた。
十八番芸の如く吹き飛ぶ首二つと共に。
喉元を食らったマンティコアは「おお!」と確信を得た。
「やっぱりだ! コイツら『サーヴァント』っぽくなってやがるッ!! こいつはぁいいぜ!」
これはアルターエゴ『アイホート』のスキル、ブギーマンの加護により人間を疑似サーヴァント化したもの。
ある種、驚異的である能力だが。
マンティコアにとっては、普通の牛肉が最高ランクAへ昇格するような裏技である。
つまり彼女の糧になる獲物を量産されまくっているのだ。
最も、アイホート側はそんなの知りもしないのだが。
そうと分かれば、食えるものは食っておこうとマンティコアは獲物を探した。
と言いつつ。
例の『切り裂き魔』を捕捉しなければならない。
炎の海と化した住宅街を駆けていくと血の香りが漂う。
マンティコアがそれを追っていくと、ある一軒家の前で複数の人間がバックリと肉体を『切り裂かれて』いた。
暴徒『新生・聖華団』の最前線にいる者の多くは男。
肉体のあちこちをバックリ裂かれるか、車体を切られ炎上している車内に取り残された者など、死因は様々。
彼女も『切り裂き魔』が童磨のように女ばかり狙う輩なのは知っていたので、これが意外な光景である。
普通に男も殺すのだと。
795
:
フォニイ
◆6bb6LonGS2
:2022/06/19(日) 22:26:04 ID:CLc/zK7M0
勿体無いとマンティコアは炎で焼かれていない死骸から食っていく。
この辺りは好みの問題だが、彼女的に肉は生(ナマ)に限る、らしい。
だが、これでは『切り裂き魔』はここから離れてしまったかも分からなかった。
ムチャムシャと肉を頬張りつつ、マンティコアが周囲の気配を探るがやはり、それらしいものはない。
……代わりに風の音が聞こえる。
多少の風の音であれば自然現象だとスルーするところ、異常なまでに吹き抜けようとする突風特有の高い音色。
流石にマンティコアも素早く後退し『攻撃』を回避した。
やはり、童磨が指摘する通り、相手は馬鹿のようだ。
折角気配を消して不意打ちを狙えたものを、風の音のせいで攻撃が来ると知らせている。
マンティコアもケッと侮蔑を吐こうとしたが――魔力の荒波で構成された暴風はマンティコアが回避したギリギリにやって来た。
ただの風ではなく、マンティコアが食い残した死骸や炎上中の車体をみじん切りにするかの如く、鋭利な刃と化した旋風。
想像以上に攻撃速度は速い!
『切り裂き魔』と称されているのだから、てっきり接近型の相手と予想しただけに。
まさか、風で相手を切り裂く、遠距離型なのはマンティコアも目を見開いた。
(マジかよ! 面倒くせぇ――)
刹那。
暴風の中から、突如、大鎌を持った男が実体化し、風に乗ったままマンティコアへ突撃した。
☆
初見殺し。
皮肉にもマンティコアと鎌鼬の戦法は似ていた。
マンティコアは腰から生えた蠍の尾(スティンガー)から射出される『棘』。
一種の飛び道具であり、上手く使えば相手を射止め、命中すれば毒の効果を与えられる。
鎌鼬は直前までの気配遮断。
魔力放出の風に同化することで実体を隠し、そこから最速の不意打ち。
ただし――やはり、真名による情報戦は重要である。
事前にマンティコアは童磨から一つ、アドバイスを貰っていた。
最初、聞いた時はふざけてんのかと若干キレたマンティコアだったが、驚くほどに的確ではあった。
――もし向こうが攻撃したら、ランサーは『女の子』だから『下腹部』狙ってくるよ。
蠍の尾(スティンガー)は大きさを変化させる事ができ、初撃を盾のように大きくした先端部で防ぐ。
ガキン!と大鎌が見事に嵌まって、鎌鼬は血塗れの口で「あぁ!?」とドス吐く。
「人間じゃねぇ! 折角、食おうと思ったのに。虫食ったことあるけど糞マジィんだよ」
「オレのどこが虫だ! むしろコッチの台詞だ!! 殺人鬼かと思ったら全然違げーし、ってか虫食った事あんのかよ!?」
「これ虫の尻尾だろ! こんなん生えてて虫じゃねえとか馬鹿にしてんのか!?」
「虫はこんな牙生えてねーだろが! 後先考えねえで殺しまくってる癖して、馬鹿はそっちだぜ!!」
「後先考えてねぇのはお前だ、バカスカ食ってると鬼みてぇにデブるぞ」
「はぁあぁぁあっ!? サーヴァントがデブになるかよ!」
「なるに決まってんだろ! 腹周りに脂肪だけついでダブダブになんだよ」
「だったら手前はどーなんだ! そっちだってデブになるだろ!!」
「俺は美味い部分しか食わねぇんだよ! 取り合えず沢山食べれればいい馬鹿と一緒にすんなぁ」
「オレだって美味いモン狙ってるぞ! 美味いサーヴァントな!!」
「サーヴァントになっただけで美味さ変わる訳ねーだろ、何言ってんだ」
「変わんだよ! にわか野郎!!」
796
:
フォニイ
◆6bb6LonGS2
:2022/06/19(日) 22:26:49 ID:CLc/zK7M0
……そんな痴話喧嘩染みた、しょうもない小競り合いを外野は何事かと見物していた。
外野とは、住宅火災により避難した周辺住民や、現場に駆け付けた警察・消防、様子をSNSで撮影しようとしていた野次馬など。
周辺に惨殺死体や、双方が血塗れじゃなきゃ、まだ若いカップルの喧騒で済まされたものの。
一体どう割り込めばいいのか、外野側が困惑している。
ギャアギャアと喚き合って漸く、鎌鼬の方が気づく。
「コイツら、お前が差し向けた刺客じゃねえのか」
そう。
鎌鼬としずかの拠点であった自宅に火を放り込んだ襲撃者たち。
彼らを食っていたマンティコアは、つまり彼らの仲間ではないのだと。
常識的な状況に彼女は呆れた。
「今更気づくの遅せぇよ」
「じゃあ何でしずかの家燃やしに来たんだ、コイツら。俺狙ってるにしても遅すぎるだろ。俺が『殺し』やり始めて数日経ってるだろーが」
素直な感想と指摘をしでかす鎌鼬に、彼が変に馬鹿で変に理屈がある事に突っ込みきれないマンティコア。
鎌鼬を狙ってやったのか。
それとも別の狙いがあったのか。
二人には、どちらか判別できる根拠を持ち合わせていない。
ただ、元より襲撃犯狙いの待ち構えだった鎌鼬にとっては大鎌と『蠍の尾』の先端部を弾いて、構えるのを止めた。
「とっとコイツら片付けてぇ。大人数でワラワラ来られて相手すんの面倒くせぇし、男ばっかだしよぉ」
元より出ていくつもりだったので拠点が燃やされたのは、大して痛手ではなかった。
問題は、襲撃者を指揮する主従がどこにいるか不明な点である。
鎌鼬自体の性能は複数相手に優位で立ち回れるのだが、不釣り合いな事に、本人はその気が皆無だった。
仕方ないと鎌鼬が魔力放出の風を纏って、マンティコアに捨て台詞吐く。
「手前(テメェ)は後回しだ。先にコイツら操ってる奴、ぶっ殺すからよ」
「はっ、オイ! ちょっと待て!!」
「誰が待つかよ、デブ」
鎌鼬の暴言に沸点上昇したマンティコアが毒針を刺しこんでやろうと思ったが、相手は風に同化し、
暴風そのものとなって二十三区の空へ溶け去った。
797
:
フォニイ
◆6bb6LonGS2
:2022/06/19(日) 22:27:41 ID:CLc/zK7M0
☆
しずかは、一旦火災現場から食糧の入ったバッグと一緒に避難させられていた。
鎌鼬が火をぶち込んだ連中と、指示した奴をぶち殺すと宣言していたが。
残念な事に戦果なしの結果であった。
彼の報告に、しずかは素直な疑問をぶつける。
「途中で会ったサーヴァントを倒さなかったのはどうして? ライダー」
「ああいうのより、家に火ぃ投げ込んだ連中操ってる奴を放っておく方が面倒だろ。
どこかに隠れて楽しようとしてんだぞ。先に片付けた方が、後々邪魔にならねぇからよ」
「……そうなのかな」
「しずかには、わからねーだろうが。操られてる人間共が斬りにくかったんだよ。なんか強化されてやがる。俺よりすっとろいがよ」
「……じゃあ倒した方が良さそう」
「だろ? 取り合えず、この辺りにはいねぇみてぇから、さっさと行くぞ」
二人はアイホートの強化を受けている人々が、決して洗脳されておらず自主的に行動している事や。
マンティコアが彼らに同盟を試みようとしていた事など知る由もなく。
二十三区の戦場へ突き進むのだった。
【大田区 住宅街/1日目・未明】
【久世しずか@タコピーの原罪】
[状態]無傷
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]食糧が入ったバッグ
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯獲得
1.人を操ってるサーヴァントを先に倒す
2.紙は食べないよ
[備考]
※紙(『地獄への回数券』)を食べる人間がいるのを把握しています
※ランサー(マンティコア)の存在を把握しました
※アイホートの強化を受けている人間の存在と、彼らが強化を受けているのを理解しましたが
操られているものと思っています。
【ライダー(ジャック・ザ・リッパー)@史実、民間伝承】
[状態]:魔力消費(小)
[装備]:
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:美味いものを食う
0.サーヴァントって美味いのか?
1.人を操ってるサーヴァントを先に倒す
2.紙食ってる人間は食わない
[備考]
※『地獄への回数券』の存在を把握してますが効力は知りません
※ランサー(マンティコア)の存在を把握しました
※アイホートの強化を受けている人間の存在と、彼らが強化を受けているのを理解しましたが
操られているものと思っています。
798
:
フォニイ
◆6bb6LonGS2
:2022/06/19(日) 22:28:35 ID:CLc/zK7M0
☆
「へ〜、散々だったねぇ」
「全くだぜ。話きかねえわ。オレらを目撃してた人間片付けねえわ。厄介だから、オレが喰っておいたけどな!」
万世極楽教本部にて。
ぶつくさ文句を吐いているマンティコアから、切り裂き魔の情報を聞かされ童磨は色々と興味深く感じていた。
切り裂き魔の正体やサーヴァント化している人間の集団。
件の集団については、童磨も存在を把握していた。
元暴走族の組長『暴走族神』と称えられる彼は、ある意味、童磨と似通っている立ち位置だった。
社会の荒波に疲れ果て、暴走(ユメ)へ導く神。それ即ち『人々の救済』。
哀れな人間を認め救済する意味では、成程、多少の関心はあった。
――価値観や意見が合うかは、ともかく。
とは言え、十分な収穫はあった。童磨は前向きに笑顔をつくって言う。
「ランサーの情報通りなら、切り裂き魔は『鎌鼬』だったってことかぁ」
「カマイタチィ?」
「日本にいる妖怪だよ。しかも人を食う妖怪なら、尚更、同盟相手には最適だね」
「……本気でアイツと組むのかよ。だったら人間をサーヴァントにしてくれる奴にしねぇか?」
「どうしてだい? 同じ人喰い同士仲良くなれそうじゃないか」
「アイツ、オレの事。デブ呼ばわりしやがるんだぜ。一緒にいたくねえ」
マンティコアの嫌々しい反応を見て、意外そうに童磨が「そんな事、気にするなんて。ランサーも女の子かぁ」と口にしたら。
彼女が逆上したのは言うまでもなかった。
【品川区 万世極楽教本部/1日目・未明】
【童磨@鬼滅の刃】
[状態]無傷
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]
[所持金]教祖としての資金
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯獲得
0.ランサーも女の子かぁ〜
1.ライダー(鎌鼬)とは同盟相手になれそうと確信
2.『暴走族神』ね…
[備考]
※ライダー(鎌鼬)の存在を把握しました
※アイホートの強化を受けている人間の存在を把握しました
【ランサー(マンティコア)@古代の博物誌・伝説】
[状態]:腹八分目、苛立ち
[装備]:
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:肉を食う、英霊を食う
0.アイツ(鎌鼬)と同盟は嫌
1.サーヴァントを捕食する
2.人間をサーヴァントにしてくれる奴と同盟組まねえか?
[備考]
※ライダー(鎌鼬)の存在を把握しました
※アイホートの強化を受けている人間の存在を把握しました
※大田区の火災現場での目撃者を捕食しました
799
:
◆6bb6LonGS2
:2022/06/19(日) 22:29:59 ID:CLc/zK7M0
投下終了します
続いて
殺島飛露鬼&アルターエゴ(アイホート)
綾辻真理奈&アーチャー(冬将軍)
予約します
800
:
◆6bb6LonGS2
:2022/07/03(日) 12:36:34 ID:e4NXLdtg0
長く予約していましたが、予約取り消し致します。
長期のキャラ拘束申し訳ございませんでした。
801
:
◆6bb6LonGS2
:2022/07/16(土) 22:43:45 ID:FGTUgvf20
書く余裕ができた為、
殺島飛露鬼&アルターエゴ(アイホート)
綾辻真理奈&アーチャー(冬将軍)
再予約いたします
802
:
◆6bb6LonGS2
:2022/07/30(土) 23:24:35 ID:LCn3DqJI0
投下します
803
:
永遠の不在証明
◆6bb6LonGS2
:2022/07/30(土) 23:25:12 ID:LCn3DqJI0
『青天の霹靂』なる故事成語が存在する。
意味は、予想だにしない出来事が突然起きることだ。
『綾辻真理奈』にとって昔の、飛行機墜落事故こそ青天の霹靂に値するだろう。
あるいは完璧な完全犯罪を目指そうとしたが、彼女にとって予想だにしなかったミスにより真相が暴かれた事も、そうかもしれない。
いずれにしても。
綾辻は、優秀な刑事を出し抜ける程、頭は冴えている。
前述のような不幸で不運な青天の霹靂さえなければ、彼女は堅実に生き残れると確信した。
優先すべきは彼女、彼女のサーヴァント『冬将軍』の天敵の排除。
炎。
連続焼殺事件の首謀者が何者かは分かっていないが、聖杯戦争の関係者であるのは容易に想像できる。
真っ向からは挑まない。
相手がサーヴァントならば、冬将軍のように強力な宝具を備えており、圧倒的に不利。
……なら、どうするべきか?
一番に想像するのは『同盟』。
これは綾辻以外の主従も行動を移しそうで無難な選択ではある。
通達で残存主従は二十二組と伝えられた。意外と多い。綾辻は悩んだ。
誰かと同盟を組めば、序盤・中盤にかけて余力を残しつつ、他主従を相手できるし、向こうも同盟を結成していたら、こちらも相応の対処が可能。
ただ……同盟を組むという事は即ち、宝具や能力、手の内を把握されるという事。
ミステリーなら、第三者にトリックを明かすのと同意儀。
無論、手の内を明かされたからといって、冬将軍の強さが低下する訳ではない。むしろ冬将軍は強力なサーヴァントの一騎。
聖杯戦争では当たりの三騎士『アーチャー』クラス。
しかし、二十二組の主従。弱点持ち。そう考えると綾辻は同盟には踏み切れなかった。
綾辻が考えたのは――完全な同盟を組まない。
それでいて、いざという時は冬将軍が圧倒できる相手。
他主従との接触が可能で、姑息に立ち回り、炎使いのサーヴァントを倒せる……そんな都合のいい主従がいるのか?
いたのだ。
派手で馬鹿目立って『暴走』を続け、現実に疲れ果てた人々を導く『神』が
「サーヴァント?」
「そ〜。昨日、拠点の一つが襲撃されたんだって〜サーヴァントってのに。
あたしも幹部の人から聞いただけでよく分かんないけど〜……ヤッバだよねぇ。あたしらのところに来ても困るし」
そんな話を、如何にもギャルを代表できる肌を焼いて、コテコテのメイクに金髪染めした女子学生と
会社に嫌気が差して逃げてきた……設定を作って居座っている綾辻が繰り広げていた。
ここは『新生・聖華団』が拠点にしている廃墟の一つ。
二十三区内に点在する拠点の一角に過ぎないが、日夜、様々な人々が現実から逃げて来る。
会社から、学校から、家庭から、環境から。
綾辻と会話しているギャルも、家庭問題を理由にここへ訪れ、同じ境遇の学生と仲良く会話(ダベ)っているように。
主に、この廃墟は女性子供中心で集結している印象がある。
なので綾辻は自然に彼らへ紛れ込む事ができた。
804
:
永遠の不在証明
◆6bb6LonGS2
:2022/07/30(土) 23:25:30 ID:LCn3DqJI0
とは言え。この中では、綾辻は新入り。
連日の連続焼殺事件から警戒して、ここへ通い詰め始めて間もない。彼らが崇める『神』とは面識がなかった。
さり気なく綾辻はギャルに尋ねた。
「私、まだ会っていないのよ。『暴走族神』さんと……」
「真実(マジ)〜?! 『ヤジ』と会ってないのぉ〜〜?」
「やじ?」
「『殺島』だから『ヤジ』! ヤジ、あっちこっち顔出しに行って忙しいってぇ。でも、ここに来たことあるよ〜」
「そ、そうなのね。会ったら、ちゃんと挨拶したいと思って」
生き生きなギャルに対し、綾辻は若干緊張気味になる。
敵対する相手であり、反社会的な勢力に属していた人間だ。恐らく並の精神で立ち向かえる輩ではない。
いくら綾辻が幾人も手をかけた殺人者であっても、これは話が違う。
などと思ってた矢先。
突如、奥の方から騒がしい歓声が聞こえる。まるでジャニーズがファンの前で凱旋しに登場したかのような熱気だ。
雰囲気から綾辻は察したが、周囲もそれを自然と理解する。
「虚偽(ウッソ)! ねえ、ヤジ来たって!!」
「ちょい待ち!? メイク途中なんだけどぉ〜〜〜!」
「早くしないと行っちゃうよ〜〜!」
綾辻も内心、前兆なく現れたのに焦りがない訳ではないが、むしろ最初から構えていた。
なにせ、聖杯戦争の本戦開始に、謎の男による追加の通達など、事を急かすような出来事が連鎖している。
一般人であるNPCらにサーヴァントの情報を流している様子から『暴走族神』も本格的に動き出すであろうことを……
こうして『暴走族神』と多少の接触をする前提だった綾辻にとって、ここからが本番。
実際に現場へ足を運んだ綾辻だったが……なにこれ。本当にアイドルの凱旋じゃないの?みたいな現場になっていた。
『暴走族神』――殺島は彼女が想像していた以上に『普通の人間』だった。
暴走族の恰好をしている時点で普通も糞もないのだが、所謂、ヤクザとか半グレみたいな『如何にも』な雰囲気はない。
だけど、女性にモテる顔立ちに、歳は相応にありそうなのに若さがある。
普通のスーツ着て、街に歩いてても何ら違和感ない。お人好しな雰囲気だった。
何故だろう。反社会的な所に居座っているのが不思議に思える。何かなければ暴走族に走らなかったんだろうな……そんな男性である。
(いけない。まず彼のサーヴァントを探らないと)
805
:
永遠の不在証明
◆6bb6LonGS2
:2022/07/30(土) 23:25:45 ID:LCn3DqJI0
我に返った綾辻が人混みからさり気なく離れ、ごく自然に周囲を見渡す。
サーヴァントを視認すればステータスとクラスが見える。だけど、それはない……マスターが狙われる事はサーヴァントにとっては致命的。
だから、どこかでサーヴァントが彼を警護しているだろう。
そうでなくとも、人々を洗脳し、熱狂させるスキルがあるとしたら不用意に彼へ接触するのは危険。
……ただ。ここまで綾辻が分析するに、色々と不自然な事が多い。
(やっぱり……サーヴァントがいない? ここにいる人達と話してきたけど、不自然なところはない。洗脳されているようには思えないわ)
これは冬将軍と共に、遠目から彼らを観察して感じた事だが、彼らは彼らなりの理由があり、それに対し『暴走族神』がつけこんだ。
悪く表現すれば、そういうこと。
しかし、逆に言えば超能力だとかスキルで洗脳されていない……これはこれで厄介な部分になる。
『暴走族神』が死しても、その残党が凶行に走ってもおかしくない。
もう一つ。殺島のサーヴァントについて。
これも謎めいていて、これほど暴れ回っておいて、主犯格の一人たるサーヴァントが全く姿を見せないのは、一周回って不気味だ。
逆に、アサシンのサーヴァントで常に気配を消しており。
暴走行為は全てマスターの殺島による手腕……本当にサーヴァントは加担していないのだろうか?
(それに彼はどうやってここに……)
そして、最後に殺島が唐突に現れた事に違和感を感じた綾辻。
暴走族ならバイクだの、暴走車だのに乗って登場するのが常識のようなもの。
だけど彼が現れた際、エンジン音一つすらなかった。まさか徒歩じゃあるまいし。
賢さ故か、綾辻はある仮説を思いつく。非現実な仮説――即ち『瞬間移動』『ワープ』のような類を使ったのではないかと。
だからこそ連日までの『新生・聖華団』の暴走は納得できるものだ。
神出鬼没。
前触れなく出現し、暴走し、消え去る。存在そのものが嵐の如く、被害だけを残していく。
彼らもまた『瞬間移動』『ワープ』を活用しているならば……
(ここにいる人達は暴走行為とは無縁。だから知らないんだわ。もし、そうだとすれば――)
綾辻が廃墟の奥を探ると、予想通りのものを発見する。
不自然に開いた扉!
あそこの奥を出入りする者は、少なくとも綾辻は見かけないうえ、ついさっき開かれたかのように、扉はキィと音を立てて僅かに開放度を上げる。
(あれだわ! あそこから入ってきたなら、もしかして奥には――)
☆
806
:
永遠の不在証明
◆6bb6LonGS2
:2022/07/30(土) 23:26:13 ID:LCn3DqJI0
『我らの初動はただ一つ、同盟相手を探す! ただし――ヒロキも分かっておるだろう。
同盟の条件はサーヴァントとそのマスターが宗教とは無縁である事よ』
アルターエゴ『アイホート』の条件は簡単そうで以外と難しいものだった。
意外と英霊というのは宗教――神と繋がりがある。
たとえサーヴァント自体が神に仕える類でなくとも、神と『縁』があるだけで件の宗教食らいの影響を受けるのだとか。
ただの人間で、『暴走族神』というある種の信仰を得た『殺島飛露鬼』ですら対面でアレだったのだ。
英霊も人間もタダではすまない。
……だが、派手に動いている分。
アイホートらも、他主従の恰好の的になっているのは事実。
二十三区内で点在する拠点の幾つかは襲撃されており、中でも空間破壊をしてきたライダーらしき痩せこけた男は
アイホートが二の次に警戒している存在だった。
(……同盟か)
別に殺島からすれば、同盟を組む事に抵抗はなかったし、むしろ交流関係なら殺島の得意分野でもある。
ただ、どうも他主従の動きが疎らで、統一性がなく、ある意味では複雑怪奇の模様と化していた。
シンプルに殺島の陣営を襲撃している主従。
異なる趣向の殺人事件を起こす主従。
麻薬を配る主従。
マスターの方が指名手配を受けた主従。
路上ライブを行っている主従。
把握している数だけでは、発表された二十二組には含まれない。
若干、引っ掛かる部分が例の聖杯戦争関係者らしき男が追加で伝えた内容。そう、帰還できるのは『聖杯を手にしたマスター』だけ。
裏を返せば、それ以外の奴らは全員……
それが読めれば、殺島の行動に迷いはなかった。
女性中心の拠点へ足を運んだのも、理由あってのこと。
ある少女の画像を見せ、女子学生らに聞き込みしたが、満足な結果は得られなかった。
「え〜〜、知らなーい」
「ウチん所の制服じゃん。でも知らない子ー、同じ学年じゃないかも」
「その子探してんの? 見つけたら連絡するよー!」
少女とは『七草にちか』である。
悪い意味で有名になった路上ライブに同行しているマネージャー的な存在として、ひっそり居る彼女については
謎に情報が乏しい。
平凡で普遍的な少女のマスターとは、一際目立っている。
そういう意味では接触しようとする主従は多いかもしれない。
何より、殺島が彼女を探そうと試みているのは……
「もしかして、その子って何かトラブルに巻き込まれているんですか?」
807
:
永遠の不在証明
◆6bb6LonGS2
:2022/07/30(土) 23:26:31 ID:LCn3DqJI0
話を聞いていた女性の一人の問いに、殺島が「まあな」とさも当然のようにサラリと答えた。
「コイツも、悲鳴を上げてるからな」
何故か殺島には聞こえた。
一見、普通で平凡で至ってありきたりな少女から、どうしても悲痛な叫びが聞こえるのか。
とはいえ。
よくある虐待とかイジメのようなもので受けた苦痛に苛まれては、いなさそうなのだが。
「それで」殺島が女性からの相談の続きをする。
「その『駆け込み寺』。裏で出回っている話じゃ、死体処理専門のカルト宗教団体だぜ。早々に縁切った方がいい」
「う、嘘っ!? ど、どうしましょう。『暴走族神』様! 私の友人とその息子さんがそこで避難しているんです!!」
表向きでは『駆け込み寺』として有名な万世極楽教。
だが、裏に生きる殺島の立場上、どうもカルト宗教としての側面ばかりが耳に入る。
霊感商法とか政治家との繋がりは、良くも悪くもある話だから特段珍しくない。一際、耳に入ったのは死体処理の話だ。
時期的に聖杯戦争の関連が疑われる。
ただ同盟相手としては少々問題あった。『宗教食らい』の特攻対象になりうる。
無論――向こうも警戒している。故に殺島はこう告げた。
「近々、そっちに顔(ツラ)出す必要ができた。そん時、話をつけてやるよ」
「……! ありがとうございます、『暴走族神』様!!」
そこで一本の電話が殺島の元に入る。
『暴走族神! アルターエゴの姐さんはとっくに出発(デッパツ)しちまいましたよ!?』
「あぁ!? ったくよぉ〜〜、早漏(はや)りすぎだろ!」
騒がしい雰囲気を感じ取り、女性らが聞く。
「ヤジ、もう行っちゃうのぉ〜〜〜?」
「どこに行かれるのですか?」
殺島は爽やかに笑みを浮かべ、煙草を吹かしながら答えた。
「軽く制圧するだけだぜ。『本丸』をな」
☆
808
:
永遠の不在証明
◆6bb6LonGS2
:2022/07/30(土) 23:27:08 ID:LCn3DqJI0
☆
(えっ……!? う、嘘でしょ……)
影から話を聞いていた綾辻は戦慄していた。
例の、奥の扉には深入りせず、こちらに戻って正解だと綾辻は確信したのと同時に、暴走族神――殺島の凶行宣言に驚愕する。
「これより『警視庁』をアルターエゴによる支配下に置く! 表向きは異常ないが、実質敵の一角を削ぐ事となる!!」
とんでもない話だった。
今のいままで馬鹿の如く暴走行為を続け、警察などは第三勢力に置いていた筈なのに。
唐突な風の吹き回しが過ぎると一瞬、綾辻も困惑したが、冷静を取り戻せば、むしろ策略なのだと分かる。
(ここの人達には洗脳を使わず、警察相手に洗脳を使った!
手間や時間をかけないで簡単に洗脳できるなら、確かにこのタイミングね……予選中に下手な動きをすれば警戒されるし。
実際、今日の今日まで敵対関係を築いた勢力と手を組んだとは、結びつかない)
それに、彼が宣言した通り、警察は所詮、フレーバー程度の第三勢力。
否、勢力にすらカウントされてないだろう。
聖杯戦争は人と戦うのではない。
突拍子もない宣言の後、殺島は告げた。
「今宵よりこの二十三区は戦場となる! 多くが犠牲となり、勝者以外が消え去る!!
なら――俺が勝利し、オメーラを全員救済(すく)う!」
そして、聖杯戦争を知る綾辻だからこそ、彼の宣言は本気なのだと理解するのである。
☆
――千代田区 霞が関――
警視庁には連日の『新生・聖華団』による暴走行為の対策本部が設置され、その矢先に異常な事態にさらなる混乱を加速させていた。
「警視庁内で蟲の大量発生……!?」
「は、はい! しかも人を襲って、数が多過ぎて対処しきれません!」
「しかも『大田区』での住宅火災で人員が割かれて……!!」
「こんな時間帯ですから、害虫駆除業者とも連絡がつかず!」
「業者に頼っている場合か! な……なんだ……?」
対策本部で使われている会議室が謎の歪みと共に、平衡感覚と狂気を帯びた薄暗さと異臭が揃った大洞窟へと変貌した。
白の長衣を身に纏う女性――アイホートが単語を紡ぐ。
「『母なる神の大迷宮(グレート・マザー・ラビリンス)』。ここを潰したところで大したことはないがの。
しかし、ここは便利が過ぎる。武器も人材も妾にとっては宝庫のようなものよ。
誰も狙っておらなんだ? 不思議よなぁ」
発狂する人間の阿鼻叫喚の中、稀に精神力ある者がアイホートに銃口を向けようとすれば。
洞窟内全体に犇めく、白い蟲の群れを認知し、手を止めてしまうのだった。
809
:
永遠の不在証明
◆6bb6LonGS2
:2022/07/30(土) 23:27:34 ID:LCn3DqJI0
【江戸川区 廃墟ビル/1日目・未明】
【綾辻真理奈@金田一少年の事件簿】
[状態]無傷
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯狙い
1.存在がバレないよう立ち回る
2.
[備考]
※『新生・聖華団』の一員として潜入中です
※ある程度、アルターエゴの性能を考察しています
【アーチャー(冬将軍)@史実、自然現象】
[状態]:霊体化
[装備]:
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:聖杯狙い
1.マスターに従う
2.
[備考]
【殺島飛露鬼@忍者と極道】
[状態]無傷
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯狙い
1.他の主従との同盟。なるべく宗教関連ではないものと。
2.
[備考]
※ある程度、主従の情報を収集済みです
※七草にちかに関しては何らかの事情があると感じ取っています
※万世極楽教の裏情報を耳にしています
【千代田区 警視庁/1日目・未明】
【アルターエゴ(アイホート)@クトゥルフ神話、民間伝承】
[状態]:無傷
[装備]:
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:聖杯狙い
0.警視庁の制圧
1.他の主従との同盟。なるべく宗教関連ではないものと。
2.
[備考]
810
:
◆6bb6LonGS2
:2022/07/30(土) 23:28:59 ID:LCn3DqJI0
投下終了です
811
:
◆6bb6LonGS2
:2022/08/07(日) 23:23:01 ID:pnyLfyuY0
トガヒミコ&モーモス
ユーリ・ペトロフ&ツクヨミ
予約します
812
:
◆6bb6LonGS2
:2022/08/21(日) 21:45:20 ID:nl0Rt47A0
申し訳ございませんが、予約取り消しします
813
:
◆Uo2eFWp9FQ
:2022/10/14(金) 20:00:08 ID:wyz6.E9o0
ヴァッシュ&ランサー(アップルシード)予約します
814
:
◆Uo2eFWp9FQ
:2022/10/20(木) 11:03:13 ID:VjQssm4k0
すみません一旦予約破棄します
815
:
◆Uo2eFWp9FQ
:2023/01/13(金) 20:40:40 ID:QpJoo7cw0
以前予約した分を投下します
816
:
◆Uo2eFWp9FQ
:2023/01/13(金) 20:41:16 ID:QpJoo7cw0
穢れ、というものがある。
死、疫病、災いといった目には見えぬ忌み事に付随する不浄の概念だ。
汚物を触れば手が汚れるのと同じように、忌み事に関われば「穢れ」がついてしまう、という考え方である。
ここは昔合戦場でたくさんの人が死んだから、今でも不吉な噂が絶えないであるとか。
この一族は昔やってはいけないことをしてしまったから、定期的に忌み子が生まれてしまうのだとか。
現代においては事故物件や事故現場が忌避されるように。
よく考えれば特に因果関係などないはずなのに、「悪いことがあった」から何か良くないものがついている、という考えは無意識のうちに人々に共通して信仰されている。
こうした穢れの成立に、実際に死人が大量に出たとか幽霊騒ぎが起きたとか、そういう大仰な実態は必要ない。
人間の負の想念は、人が思う以上に些細なきっかけで溜まるのだ。
例えば夜の学校や病院、放置された廃墟、鬱蒼とした木々に囲まれた無人の溜池、誰も立ち寄らない路地裏、旧道のトンネル、薄暗い山奥。
何となく気味が悪い、何となく怖い。その程度で十分なのだ。少なくとも、この造られた東京二十三区においては。
本来ならば都市伝説にすらならない日常の違和。しかしそれすら、この都市においては魔性と化す。
人外なるサーヴァントが跋扈し、幾多もの魔力闘争が為されてきたこの東京は、文字通りの魔都となり果てていた。
特に災いを為し人々の精神を歪める邪なる神が如き者たちが招致されていたことが大きかったのだろう。僅かな負の想念を基点に、悪性の魔力溜まりが形成されているのだ。
路地裏に入ってみるといい。茂みを覗き込むがいい。日常よりほんの少し目を逸らせば、そこには魔が宿っている。
古来より魔とは目に見えず実体を持たないものとされてきた。鬼とは隠(おぬ)を語源とする、病気や災害の総称であることを鑑みれば、正しく百鬼夜行が練り歩く様が如しであろう。
ならばこそ、脆弱なる人間が生き延びる道理もまた、そこにはないのだ。無知なる蒙昧はただ貪られるがままに消費され、新たな魔が育つ苗床になるが相「こいつはりんごろう」ンゴー
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
817
:
◆Uo2eFWp9FQ
:2023/01/13(金) 20:42:08 ID:QpJoo7cw0
「天にまします我らの父よ。どうかその御名の尊ばれんことを……」
薄暗がりに光が差していた。
雑多な廃材が打ち捨てられ、配管が血管のように張り巡らされた路地裏であった。人の行き交わぬ場所、多くのビルディングに挟まれおよそ陽の光が差し込まぬ場所。
其処に一本の瑞々しい樹木と、それに傅き祈りを捧げる少女が在った。木漏れ日のように差し込む一条の朝日が、彼女たちを照らしている。
絵になる光景ではあった。ともすれば、現代の宗教画とさえ見紛う者さえいるだろう。
グラサントンガリ男はうーんと顎を撫で、少女が膝をつくその木を見遣る。
コンクリをぶち破って雄々しく屹立する、そのド根性リンゴの木を。
「普通に近所迷惑じゃない?」
「いえいえ、近所迷惑と言うなら『彼ら』こそがそうですよ」
立ち上がり、「よっ」と一声。身の丈ほどもある大きなスコップを振り上げて肩に背負い込むと、何を悪びれることもなく少女は言ってのけた。
「魔道の薫陶を受けていないマスターでは感知できないのも無理はありませんが、この都市には超常的な神秘の類がそこかしこに跋扈しています」
「まあ、毎日バカスカやってるもんね」
「ですのでそれら魑魅魍魎に付随して残穢がそこかしこに残留しており、ここにも放っておけば事故者多数の最恐心霊スポットとして語り継がれるであろうほどの穢れがあったわけですが」
「うんうん」
「その結果がりんごろうです」
「困ったな、いきなり話が飛躍してしまった……」
まあまあ、とランサー。
「マスターは耳タコかもしれませんが、改めて説明すると私のリンゴは周囲の魔力を吸収して育ちます。
基本的には私がある程度魔力を分けてあげるのですが、他の魔術師やサーヴァントが悪意で以て発動した魔術……例えば火の玉を飛ばしてきたり、呪いをかけたり、目からビームを撃ってきても、この木に魔力を吸収されて無力化されてしまいます」
「なるほど」
「ちなみに私の目標は、聖杯の魔力を苗床にしたクソデカ果樹園を開園させることです」
「なるほど?」
「ともあれ、私の木は魔力が無ければ育ちません。土地そのものに魔力が充ちている霊地であるならともかく、ただ植樹しただけでは苗木のまま変化することはありません。が、実際はこの通り、木は大きく育ちリンゴもたわわに実っています。つまり?」
「ここには木の栄養になるくらいの魔力が溜まっていたってこと?」
「大正解です。マスターにはアップルちゃんスタンプを進呈いたしましょう」
貰ってしまった。何かに使えるの?と聞いてみれば、頑張ったご褒美に頭を撫でてあげましょう、と返された。そっかぁ。
818
:
◆Uo2eFWp9FQ
:2023/01/13(金) 20:43:28 ID:QpJoo7cw0
「要するに、ランサーの言うところの『穢れ』があって、それをリンゴの木に吸わせた……と」
「予想以上に育ってしまいましたが、悪性情報も私のスキルにかかれば無害な果物に変換できますので。これもまた主の恵みであらせられます」
なるほどなぁ、とヴァッシュ。魔術など門外漢な彼にはてんで分からないが、こうして毅然とお祓い(?)をするランサーを見ると、おかしな言い方だが聖職者なんだなぁという気分になる。
なにせ比較対象は飲酒喫煙当たり前で銃弾とミサイルをぶっ放すテロ牧師だし、ランサーも普段は土いじりをしたりヴァッシュを正座させてお母さんみたいな説教をしてくるかの二択なので、こういう姿は珍しかった。
「よく分からないけど、そういうのっていうと前にウチに来たみたいな……」
と、ランサーは露骨に嫌そうな顔をしてヴァッシュを見てきた。話題に出すだけでそこまで嫌か。
ヴァッシュが言ったのは、彼らが拠点としている廃工場に以前やってきた正体不明の黒い不定形のことだ。敵意を感じられない"それ"にヴァッシュ個人としてはそこまで悪い印象を抱いてはいないのだが、他ならぬランサーが生理的なレベルで嫌悪感を抱いていた。
となれば、あれもランサーが持つ聖性と相反する穢れの類なのではないかと、ヴァッシュは思ったのだ。確かに見た目だけなら物凄く気持ち悪かったし。
「……まあ、当たらずとも遠からず、といったところでしょうか。あれはどちらかと言えば神の威光を貶めるもの、信仰を歪めてしまうものとは思いますが」
「信仰?」
またよく分からないニュアンスのものが出てきた。信仰、その意味するところは当然ヴァッシュとて知っているが、それを歪めるとは?
「私もあくまで直感ですので大きなことは言えないのですが……何と言えば良いのでしょう、あれは私達の持つ祈りの根幹、いえそもそも私達という存在の根底を揺るがしかねないといいますか」
「うーん……?」
「そうですね。この際ですから一から説明しましょうか」
つかつかと歩み寄り、何かを教授する顔つきになる。ヴァッシュも自然と姿勢を正した。
819
:
◆Uo2eFWp9FQ
:2023/01/13(金) 20:44:32 ID:QpJoo7cw0
「まず大前提として、私達サーヴァントにとって信仰とは非常に重要な意味を持ちます。何故ならサーヴァントという幻想は、名も無き大勢の人々が信仰し、想像した共通認識によって発生しているからです。例えばこの私は見ての通り、心優しくも慈悲深い聖女系美少女として現界しているわけですが」
「自分から言ってくんだ……」
「わけですが、生前の私は今ここにいる私ほど『戯画的な善人』ではありませんでした。無論悪党になった覚えはなく、私なりに人々のために尽くし生きてきた自負はありますが……所詮はままならぬ現実に生きたひとりの人間に過ぎません。綺麗ごとでは済まないことは数え切れないほどありましたし、苛烈なことを言ったりやったりなどは日常茶飯事でした」
ランサー、ジョニー・アップルシードの生きた西部開拓時代とは、すなわち銃声の時代であった。
共同体の庇護もなく法律の加護もなく、他民族の住まう未開の土地に身一つで乗り込んで原住民の財産を根こそぎ奪っていく無法の時代である。そんな荒くれ者の楽園を、子供めいた博愛主義だけで乗り切っていけるほど現実は甘くない。
然るに史実において実在したジョン・チャップマンは、その偉業において紛れもなく利他の化身とも言える偉人ではあれど、決してそれだけの人間ではあり得ないのだ。元より様々な側面を併せ持っての人間である。そこには善も悪もなく、まあともあれ。
「しかし『今の私』は少々違います。というのも、人々が信仰し定義したジョニー・アップルシードとは、トールテイルに語られる創作上の英雄だったわけです。なので私は、生前の私よりも幾分か分かりやすい絵本のヒーロー的気質を持つに至っているのですよ。サーヴァントにおける信仰の本質とはそこにあります。人々が願った祈りの形とは、事実さえも容易に捻じ曲げてしまうのです、私の場合、良い方向で現れてくれましたが」
「つまり?」
「信仰とは、私が私として在る根源なのですよ。それも存在理由(レゾンデートル)のような心持の問題ではなく、物理的な意味において、です。
ではそれを歪められ、或いは食べられてしまう恐怖とは? 私がアレを嫌うのはそういう理由があります。悪意の有無は、正直関係ありません」
それは、そうなのだろう。我が身に置き換えて考えてみれば、ヴァッシュ・ザ・スタンピードが歩んだ百数十年が根こそぎ否定されるようなものだ。レムとの思い出や、様々な人との出会いが最初から無くなってしまうような……それは確かに、根源的恐怖と言えるだろう。
では、それほどの現象を起こすあの黒い泡は、何であるのか。それがサーヴァントとして在るこの聖杯戦争において、それらの同類ともいえるであろう超常がどれほど湧き出で、這いずっているのか。
ほんの僅かではあるが、ヴァッシュの背筋が冷えたような感覚があった。得体が知れない、とはこのことを指すのか。
「中々実感し辛いことではあるけど、でも脅威の程は分かった……と思う」
「それは良かった。というわけで、マスターにはこれを渡しておきます」
そう言われてポンと手渡されたのは、銃弾であった。あれ?
「これどしたの?」
「法儀礼済みの強化弾丸が20発です。マスターは今日まで、鉛玉でサーヴァントを殺傷できないのをいいことに思う存分不殺ライフを満喫してたようですが、それもここまで。これより先はマスターにも最低限の自衛手段を持ってもらわねばなりません。なにせ、命に係るので」
「危ない橋はできるだけ渡らないつもりだよ?」
「毎日どっか怪我してくる人が言っても説得力がありませんね」
ぐうの音も出なかった。
820
:
◆Uo2eFWp9FQ
:2023/01/13(金) 20:45:13 ID:QpJoo7cw0
「それで、これから具体的な予定などはあるんですか? まさか毎日、無軌道に突っ走っていたわけではないでしょう?」
「一応、ね。とりあえずは昨日も言ったいきなり元気になった病人の話とか」
「十中八九聖杯戦争の関係者でしょうねあれは……」
なにせ寝たきりの重病人がいきなり人間を物理的に投げ飛ばして堂々と自主退院していったのだ。マスターかあるいは、サーヴァントの力の影響を受けた人間で間違いないだろう。
「あとさっき入ってきた耳より情報だと大田区で大規模火災があったとか、警視庁がきな臭いとか、まあそんなところだけど……」
「だけど?」
「ほら、俺って指名手配されてるじゃない? だから警察の御厄介にはなりたくないなーって」
「拳銃片手にヤクザ者に襲撃(カチコミ)かけといて今更ですね……」
閑話休題。
「怪しいと言えば正直色々ありすぎるんだよね。ヤクザもそうだし、下部組織や半グレも活性化してるとか、あと宗教関係でも結構変な話が聞こえてくるしさ」
「そこらへんの情報の取捨選択は、鉄火場慣れしたマスターが得意とするところでは?」
「そういう頭使うの、苦手なんだよね」
「つまり行き当たりばったりということですか」
今までもこんな感じだったんだろうなー、と悟り、でっかくため息を吐く。
「ではぶらり気ままにお散歩と洒落込むおつもりで?」
「まあ、俺としては手と手を取り合える人とかいないかなー、って思っててさ。そういう人を探そうかとも考えたんだけど」
「そんな人が都合よくいるわけがないと……これも今更ですね」
ヴァッシュの最終目的は聖杯戦争からの円満終結である。
それもできるだけ多くの人間が五体満足なまま、という枕詞がつく。
それはつまり聖杯を破壊ないし機能停止させコールドゲームとするか、優勝者に願いを諦めさせ全参加者の生還を託すということに他ならない。
険しい道、どころの話ではない。それは当人もランサーも承知の上であったが。
「アテがないのでしたら、実は行ってみたいところがあるんですが……」
と、ランサーは手近な壁に貼られていた、手製と思われるビラを指差す。
821
:
◆Uo2eFWp9FQ
:2023/01/13(金) 20:45:52 ID:QpJoo7cw0
「『リルル』……ああ、あのラーメンの」
「ご存じでしたか」
それは世事と当世に疎いヴァッシュでも見知った名前だった。
リルル、正体不明新進気鋭のアイドル。およそ日本人離れした見た目と名前だが出身地はおろか学校に通っているかさえ不明。多くのテレビ出演を果たすも未だに日を跨がずの路上ライブを敢行し、その人気は事前告知をしておらずとも警察が出張って交通整理をしなくてはならなくなるほどだとか。
「会ったことはないけど、方々で話題になってるしやたら目立つもんね。
けどランサー、意外とこういうの好きだったんだ?」
「否定はしません。神の愛や現世利益を絡めずとも、ただ歌唱と舞踊のみで人々を惹きつける様。
先程の信仰の話とも絡みますが、このように人々の心に光を与える行いにはある種の憧憬と共感を抱きます」
「……そっか。うん、そうだね」
「あとマイフェイバリットアイドル辻野あかりをも本当に凌ぐかどうかというのも確かめねばなりません」
「今度こそ本当に誰?」
「さあ行きましょうマスター。この東京の地を開拓し尽くしてリンゴで埋めてやるために」
「それはダメって言ったでしょ」
そういうことになった。
ちなみにゲリラライブはゲリラでやるからゲリラライブなのであって、いつどこでやるのかなんて誰にも分からないことに気づくのはその数分後のことである。
【港区・虎ノ門/路地裏/1日目・早朝】
【ヴァッシュ・ザ・スタンピード@トライガン】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]愛用の拳銃
[道具]通常の弾丸(たくさん)、強化済み弾丸(20発・ランサーが量産可能)
[所持金]素寒貧
[思考・状況]
基本行動方針:できるだけ誰も死なない形での聖杯戦争終結を目指す。
0.アイドルかぁ……
1.協力者を探したい。
2.あの黒いの、悪意はなかったと思うだけどな。
[備考]
※港区・虎ノ門5丁目の廃工場を仮の拠点にしています。
【ランサー(ジョニー・アップルシード)@史実、アメリカ開拓史伝承】
[状態]:健康
[装備]:デカスコップ
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:マスターに従う。
1.リルルに興味。
2.あの真っ黒野郎は次にツラ見せやがったら物理的に潰す。
[備考]
822
:
◆Uo2eFWp9FQ
:2023/01/13(金) 20:47:37 ID:QpJoo7cw0
投下を終了します。タイトルは「路地裏に怪物はいない」でお願いします
823
:
◆6bb6LonGS2
:2023/01/14(土) 13:08:20 ID:Ne0UahxI0
投下ありがとうございます
感想は後日改めてさせて頂きます。
久方ぶりですが、ユーリ・ペトロフ&ツクヨミ、忍者&クトゥグアで予約します
824
:
◆6bb6LonGS2
:2023/01/29(日) 22:59:51 ID:.HLsjZC20
体調を崩した影響等で書き上げられず、一旦予約は破棄しますが感想投下します
>路地裏に怪物はいない
こいつはりんごろう……何故だろう、もう凄く懐かしいネタに感じてしまいます。
それはそれとして、りんごろうが成長できてしまうほど、厄い現状になっている東京二十三区。
果樹園になるか魑魅魍魎になるか極道色になるか氷漬けか火の海か……
他にも、候補をあげればキリがないのですが、この中で一番マシなのがクソデカ果樹園なのでは?
そして、聖杯戦争関係者のアテとして、良くも悪くもアイドルのリルルに焦点絞るのは悪くないのですが
ヴァッシュ自身がお尋ね者の為、そこも狙われるのでは……
投下ありがとうございました。
825
:
◆6bb6LonGS2
:2023/02/10(金) 21:11:35 ID:ov6iEnVU0
このような形でスレ投下する事になり申し訳ございません。
他企画にて◆Uo2eFWp9FQ氏が盗作と剽窃を行った件について
◆Uo2eFWp9FQ氏は当企画にも作品を投下しており、こちらの作品にて盗作・剽窃が行われている可能性が否定できない為
当企画に投下した◆Uo2eFWp9FQ氏の作品(候補作含め)全ての破棄処分を致します。
当然、当選枠となる◆Uo2eFWp9FQ氏が執筆した
『ヴァッシュ・ザ・スタンピード&ジョニー・アップルシード』
『レガート・ブルーサマーズ&カルタフィルス』
この二つの候補作も処分する為、当企画の進行にも影響があり、OPの書き直しを行う予定です。
また当選枠が二つ消える為、別の主従を繰り上げ当選させるか、二十組で進行するかは後日報告致します。
826
:
◆6bb6LonGS2
:2023/02/11(土) 15:07:09 ID:MA6UAUnc0
wikiのOP等の修正、書き直しを行いました。
当選主従枠の繰り上げはなく、このまま二十組での進行をさせて頂きます。
また、今回消えてしまった二組の主従に触れている作品に関する修正は、このスレにて報告お願いします
この度は大規模な変更となり、申し訳ございません。
あまり進展の少ない当企画ですが、細々と続けていくので、応援のほどよろしくお願いいたします。
827
:
◆/dxfYHmcSQ
:2023/02/11(土) 16:26:05 ID:8yERjhIE0
惨劇序章・修正版を投下します
828
:
◆/dxfYHmcSQ
:2023/02/11(土) 16:27:48 ID:8yERjhIE0
悪意の代償を願え 望がままお前に
◆
最初は新宿区百人町で、夕暮れ時に街を彷徨いていた少女が。
次も新宿区靖国通りで、盛り場で堅気を恐喝(ガジ)っていた半グレが。
その次は新宿区高田馬場で、仕事帰りに酒を飲んで帰宅途中のサラリーマンが。
そして最後は新宿中央公園で、夜中にジョギングしていた主婦が。
無惨に変わり果てた─────親子兄弟ですら判別できない程に壊された惨殺死体となって発見された。
立て続けに発見された四つの死体。殺害された四人には何の繋がりも、共通点も存在せず、只々偶然目についたから惨殺したという事実よりも、捜査を担当した警察関係者や事情を知ったマスコミを震え上がらせ理由(わけ)は別にあった。
四つの死体は無惨極まりないほどに損壊していた。被害者の全てが四肢を切断され、頭部を切り落とされていた。
それ以外にも全身に出血や打撲に内臓破裂、要するに凄惨極まりない暴行─────拷問を受けていた事もさる事ながら、四人全員の死因が『失血死』だったという事実。
四肢を切断したのちに長時間拷問して、その間被害者を生かし続ける残忍さ、一分一秒でも長く苦しめるという執念。
これらの犯人の異常極まりない精神を思えば、捜査関係者やマスコミが慄然とするのも当然と言えた。
この連続殺人事件は、その余りにも凄惨な手口から報道管制が布かれ、『同一犯による四件の連続殺人事件』としか報道なかった。
─────────────
829
:
◆/dxfYHmcSQ
:2023/02/11(土) 16:28:27 ID:8yERjhIE0
「気づくかな。姉様」
薄暗い部屋の中、血で汚れた服を着替えながら『ヘンゼル』が囁く。
「大丈夫よ兄様。一つや二つなら兎も角、四つだもの。これだけやれば、嫌でも気づくわ」
クスクスと笑いながら、血に染まった服をゴミ箱に投げ込んだ『グレーテル』が応じる。
「そうだね、姉様。『今この時』なら、誰もがそう思うだろうね」
聖杯戦争に参加する/させられている主従全てを殺すことが二人の目的だが、他の主従が何処にいるのか皆目見当もつきやしない。
虱潰しに探すなど、一つの区が一つの都市にも匹敵する東京では非現実的にも程がある。
二人の採った手段は、捜索するのではなく呼び出す事。他の主従ならばならば犯人が聖杯戦争の関係者だと理解出来る様に死体を作り、ノコノコとやってきた者達をを待ち伏せするのだ。
「そうよ、兄様。聖杯戦争が始まったすぐ後だもの、誰もが思い浮かべるわ」
常ならば、ただの異常者と思われるかもしれないが、聖杯戦争の開幕が告げられた矢先に起こった四件の殺人事件。
余程の愚鈍(マヌケ)でもない限り、この連続殺人が鮮血で記された挑戦状だと気付き、やって来るだろう。
それが義憤に駆られた正義の味方(ヒーロー)だろうが、獲物を見つけたと舌舐めずりする悪漢(ヴィラン)だろうが関係無い。
来れば殺す。それだけだ。
「兄様。お薬はちゃんと持った」
「持っているよ。姉様は」
「持っているわ」
二人は仕事で偶然手に入れた『地獄への回数券(ヘルズ・クーポン)』を見せ合った。
この薬の齎す強大な戦闘能力は、仕事で殺した極道が証明した。
地獄への回数券(ヘルズ・クーポン) を決めたその極道は、BARの弾丸をいくら撃ち込んでも怯まず、ヘンゼルの振るった手斧を素手で止めて掴み潰し、手練れのサーヴァントを相手取れる双子をして梃子摺らせた程だ。
「スゴイわね。この薬」
「ずいぶん減っちゃったけどね」
更に双子は、他の主従へのメッセージ代わりに作った死体で行った実験で、この薬の齎す驚異的な不死性についても知悉している。
四肢を切断して、延々と拷問し続けても、薬の効果が切れるまで死ぬ事なく泣き叫び続けた、あの驚異の耐久力(タフネス)。
用心して最初に四肢を切断しておかなければ、逃げられるか思わぬ反撃を受けたかもしれない。薬物中毒者(ジャンキー)の類を腐るほど見てきたグレーテルですらそう思う。それ程の効果を発揮する地獄への回数券(ヘルズ・クーポン)は、今後の戦いを勝ち抜く上で、大きなアドバンテージを二人に齎すだろう。
尤も、元々入手した数が少なかったのと、四度に渡って行った実験で、数が残り少なくなってしまったが二人は全く気にしていない。
「その時は、また『貰って』くれば良いわ。兄様」
「そうだね、姉様。持ってるヤツらは沢山いるしね」
何も問題は有りはしない。地獄への回数券(ヘルズ・クーポン) は、この二十三区に多量に流注し、地獄への回数券(ヘルズ・クーポン) を持つ極道は数多く居る。
何も問題は有りはしない。
「もし来なかったらどうしようか」
「他にも沢山いるわ。ゾクガミに、極道(きわみ)に、アイドルに、犯罪者を焼き殺す怪人に、殺人鬼に、……来なければ彼等のどれかへ行けば良いわ」
極道達から知り得た、他マスターと思しき者達を、歌う様に挙げていくグレーテル。
二人の思惑が外れて、誰も自分たちの前に現れなければ、マスターと思しき者達の居場所へ出向くだけの事。
見つけ次第殺すというだけの事。
「そうだね。姉様」
「そうよ。兄様」
クスクスクスクス。クスクスクスクス。
830
:
◆/dxfYHmcSQ
:2023/02/11(土) 16:29:23 ID:8yERjhIE0
【新宿区・香砂会事務所/一日目・早朝】
【グレーテル@BLACK LAGOON】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備] ブローニングM1918
[道具]地獄への回数券(ヘルズ・クーポン)×1
[所持金]極道のお仕事こなしてお小遣いを沢山貰いました
[思考・状況]
基本方針:聖杯獲得
基本行動方針:
1. 誘いに乗って動いた主従を新宿区へとと誘き出して殺す
2. 誘いに乗らず誰も来なかったら、適当なマスターと思しき人物を殺しに行く。
3. 地獄への回数券(ヘルズ・クーポン) が無くなったら、手頃な極道から調達する。
[備考]
地獄への回数券(ヘルズ・クーポン) の効力及び持続時間を把握しました。
新宿区で四つ惨殺死体が発見されました。
【アサシン(グロテスク)@史実・文学等】
[状態]:健康
[装備]:手斧×2
[道具]:地獄への回数券(ヘルズ・クーポン)×1
[所持金]:極道のお仕事こなしてお小遣いを沢山貰いました
[思考・状況]
基本方針:聖杯獲得
基本行動方針:
1. 誘いに乗って動いた主従を新宿区へとと誘き出して殺す
2. 誘いに乗らず誰も来なかったら、適当なマスターと思しき人物を殺しに行く。
3. 地獄への回数券(ヘルズ・クーポン) が無くなったら、手頃な極道から調達する。
[備考]
地獄への回数券(ヘルズ・クーポン) の効力及び持続時間を把握しました。
新宿区で四つ惨殺死体が発見されました。
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