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魔界都市新宿 ―聖杯血譚― 第3幕
613
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas
◆zzpohGTsas
:2019/01/13(日) 00:36:13 ID:7Sgx76gs0
浮遊する二枚の黒羽に、月面のクレーターめいた穴が生じ始め、其処から、黒色のレーザーが迸り始める。
音はなく、無反動。連発しすぎによるオーバーヒートも一切なく、この上速度は超音速を凌駕する。相手を殺す為だけに特化した、遊びのない攻撃だ。
この攻撃の殺到をアレックスは、レーザー以上の速度で拳を動かして迎撃、破壊する事で対応する。砕かれ、霧散したレーザーを、吸魔と呼ばれる魔術で体内に吸収。
己の、引いては北上がアレックスを動かす為の活動魔力へと変換させる。レーザーを悉く破壊し終えた、この上に活力をも得たアレックスが、パムを一睨みする。
然したる攻撃もしてこないから、「何だ?」、と一瞬思うパムであったが、すぐに、あのアレックスの睨みが攻撃に直結したものである事に気付き、即サイドステップを刻む。
ただの睨めつけではない。あの視線自体が、攻撃なのだ。邪眼、邪視と呼ばれるものは、人間世界に広く知れ渡っている恐るべき魔術。
それをアレックスは行ったのだ。アレックスは、視界に入れられるだけで視界内の生命体の命を、鑢で削って行くかの如く磨耗させる視線をパムに送っていたのだ。
身体に舞い込む不気味で、チクチクするような不愉快な感覚から、アレックスの攻撃に気付いたパムは、直ぐにアレックスの目線から逃れたのである。
羽の一枚を、縦幅十m、横幅二十m程の、最早一種の塀のような形状にし、アレックスの目線を遮らせるパム。邪眼の対策は単純だ。目線を、遮らせれば良いのである。
アレックスが直ぐに攻撃に移ろうとしたのも、つかの間。パムは何と、この生み出した黒壁を、先程のレーザーに勝るとも劣らぬ速度で、
魔人目掛けて飛来させたのである!! これには面食らうアレックス。しかし、驚いていて何もしなければ、重量にして数百トンを越える黒壁の衝突に見舞われるだけ。
先程ローキックを避けたパム同様、上へと跳躍し、高速でスライドする壁を回避するパム。パムは、これを読んでいた。彼女は既に上空で待機していた。
アレックスも、これを読んでいた。上に跳べば、空中での機動で自分に勝るパムが、待ち構えていない筈がない。そう考えるのも、当たり前の運びであった。
アレックス目掛けて高速で滑空、接近するパム。魔力を練り固めて作った、無骨な形状の剣を右手に握るアレックス。
羽の一枚を、刃渡り七mを越す巨剣に変えさせたパムが、それを袈裟懸けに振り下ろす。魔力の剣でアレックスは防ぐが、質量の面ではパムのそれが圧倒的に勝る。
パムが振り下ろしたその方向へと、稲妻めいた勢いでアレックスが急降下。しかし、この魔人も然るもの。
空中で即座に体勢を整えていた彼は、両手両足で地面に着地。立ち込める、砂と土煙。アレックスが衝突した地点を中心として、すり鉢上のクレーターが直径五十mにも渡り生じていた。
この機をパムは逃さない。
両手両足は、超高速度での急降下、その勢いを殺すのに用いた為、今すぐ攻撃に使う事は出来ない。
攻め時は今。パムは、先程黒い壁に変形させた黒羽を遠隔操作で霧散させる。次の攻撃に、利用する為だ。
変化させる物は、『冷気』。それを、アレックスの回りへと雲霞の如く収束させる。
自然界どころか、人為的に気温を操作出来る空間であろうともあり得ない程の、急激な温度低下。アレックスは即座に感じ取ったが、感じた頃にはもう遅い。
ゼロカンマ数秒で、アレックスの回りの気温はマイナス二五〇度を割り始めた。サーヴァントの魔力の循環にすら、影響が出る程の極低温。
「シャアッ!!」
だが、両手両足が塞がっている程度で、次手が封殺される程悪魔の身体はチープじゃない。
己のクラスを宝具でキャスターに変化させたアレックスが、裂帛の気迫と同時に、キャスタークラスの影響で補正の掛かった魔術を発動させる。
魔術の形は、炎の塊だった。心臓の脈拍めいて搏動する、橙色どころか血液の塊のような紅色の炎が、アレックスの頭上に展開された。
悪魔が持つ強大な呪力と魔力。それを以って、西洋に語られるところのゲヘナ或いはインフェルノ。東洋においては、所の焦熱地獄。
地の底に設けられた、度し難い罪人共を苛む為の場所である地獄の火炎を再現、暴走させると言う魔術である。
悪魔達の間では『地獄の業火(ヘルファイア)』と呼ばれる強力な術だ。
614
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas
◆zzpohGTsas
:2019/01/13(日) 00:36:27 ID:7Sgx76gs0
焔塊が、太陽表面を思わせる程の熱・光エネルギーを迸らせながら、爆発する。
爆発した焔塊は、血色の焔で構成された熱波となってアレックスの周囲を駆けて行き、パムが創造した絶対零度寸前の冷気を完全に蒸発させてしまう。
それどころか、パムの技である死冬によって下げられた、周囲の極寒の気温が、地獄の業火の余熱によって急上昇。
鉄を熱したような速度で、一瞬で外気温はマイナス一〇〇度のそれから二四度のそれへと修正されてしまった。
達者の放つ地獄の業火は、燃やす相手を正確に指定出来る。
望んだ相手には摂氏一万度の焔で灰燼すら残さず焼き尽くす事も可能である一方で、延焼・焼滅させたくないと願った相手には、
身体全体が火に包まれても熱くも痛くもない不思議な炎となって被害をゼロにする事だって可能なのだ。
つまり――これだけの業火を放って置きながら周辺環境には全く飛び火が行ってないのに、それまでボーッとしていたせいで熱波への反応が遅れ、
左脚がほぼ付け根まで消炭にされた黒贄の対比は、そう言う事になるのだ。
「あっ、ちょっと過ごしやすい気温になった」
熱波を避ける為に飛び上がっていた黒贄が、地面に着地する。
衝撃で、膨大な熱エネルギーの影響で炭化した左脚が、砂の城でも突くように崩れ、黒贄の足元で、パウダー状の黒炭の堆積となった。
「良いですね、秋の気温って感じです。食欲の秋、スポーツの秋、読書の秋と言うように、殺人鬼にとっては殺人の秋と申しまして、一年通して一番凶器と身体のノリが良くなる季節なんですよ」
誰も聞いてないような嘘八百の知識を垂れ流す黒贄。事実、誰も黒贄の戯言になど耳を傾けていなかった。
黒贄の虚言など双方共に聞く耳も持っていない。だが、黒贄を意識の外に追いやると言う愚だけは、冒してはなかった。
魔人と化したアレックス、魔王とすら揶揄される程高位の魔法少女であるパム。
英霊全体を見てもトップクラスの強さを持つ、この二名のサーヴァントが繰り広げる、血腥い死の香りが漂う戦いに。混じって行けるだけの強さを黒贄は持っている。
黒贄の強さが真実のものである事は、最早アレックスもパムも、そして、ACT3に潜行しているジョニィも。一切疑っていなかった。そんな存在を相手に、一秒であっても、目線を外すと言う事が、出来る筈もなかった。
きっと黒贄は、まだまだ問題なく戦う事が出来るだろう。その、まだまだ、がどれ位のスパンなのか、アレックスもパムも判じかねている。
まだまだ根比べの時間は続くのだろうと、再び戦いの構えをアレックスとパムが取り始めた、瞬間。
空中十m弱を浮遊しているパムよりも頭上の所から、サーヴァントの気配が近づいてくるのが解る。
パムを見上げると言う姿勢の都合上、アレックスだけがその正体を判別出来る。不自然に何処かから伸びている、やけに色の濃い七色の足場。
赤橙黄緑水青紫、これら七色が揃えば、人は誰もが虹を想起する。事実、それは虹だった。光と言う実体を持たないものでなく、人が触れられる形で実体化した、質量ある虹。
その虹が、マスター同伴でパムと組んでいた、レイン・ポゥと言う名のアサシンである事を、アレックスは忘れていなかった。
パム自身も、此方に向けられるヒステリックな怒気から、頭上からやってくるサーヴァントの正体を、認識したようである。「うまくやれたから戻ってきたんだろうな」、楽観的にそう思っていた。
浮遊するパムの近辺に、虹が伸びる。勿論、パムを狙ったものではない。
どうやら足場として活用したかったらしい。何処からか伸びている虹の足場に、純恋子を抱えた状態のレイン・ポゥが落下、着地した。
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:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas
◆zzpohGTsas
:2019/01/13(日) 00:36:41 ID:7Sgx76gs0
「おう、戻って来たか」
「戻って来たかじゃないわこの牝ゴリラ、放つ技をもう少し弁えろや」
なるべく声を荒げず、しかし、非難する事だけは決して忘れず。
瞼から火の粉でも飛び散りそうな程の怒気を宿したレイン・ポゥが、パムの事を責め立てた。
此処で漸く、パムは、死冬の影響がレイン・ポゥ達の方にまで及んでいて、その事にレイン・ポゥが立腹しているのだと気付いた。
鍛えられた魔王塾の生徒なら、この寒さに耐え切るばかりか、寧ろ『寒さで相手の動きが鈍ってて面白くなかった、どうしてくれる!!』と抗議をしていたものだが……。
レイン・ポゥはそんな手合いじゃないのか、と内心少々パムは残念に思っていた。メンタリティ育成も課題か……、そう思っていた時である。
眼下のアレックスが魔力を瞬間的に収束させ終えていた事に、パムが気付く。気付いた時には彼女の眼前に、先程アレックスが展開させていた、血色の炎塊。
即ち、地獄の業火が出現していたのである。これを見て目を見開かせたパムが、レイン・ポゥの襟を引っ掴む動作と、
それまで自分が纏っていた黒羽のライダースーツを分離、分割させると言う動作を同時に行う。
黒羽を三枚ある状態へと戻したパムは、羽一枚をつむじ風状の風防としてパムとレイン・ポゥ、純恋子に纏わせてから、超高速で炎から退散。
神宮球場のグラウンドの真上まで移動し終えたと同時に、アレックスが出現させた地獄の業火が、熱と光を撒き散らせて、爆散。
直撃していれば、一万と七五八六度の極熱が、忽ち彼女らの霊基を焼き尽くしていた事であろう。
「アレは宝具ではない、ただの技だ」
パムはまるで、テーブルの上にコップがある、とでも言うような、全く情感の篭っていない声でレイン・ポゥに告げた。
この虹の魔法少女も、そんな事は薄々ではあるが理解していた。理解していたが、そんなの、頭では解りたくなかった。
サーヴァントの宝具に比肩し得るあの炎が、なんて事はないただの技術だとでも言うのか?
幾らなんでも、不条理にも程がある。ただの技であれだと言うのなら、実際の宝具は、如何言う風になると言うのか? それを、考えたくもないのである。
「私も今の身の上になってから多くのサーヴァントと戦って来たが、最早宝具とただの技の境目が曖昧になるような奴らばかりだった。もしかしたら、殆どがそんな輩で、この聖杯戦争は構成されているのかも知れんな?」
そんな気も、レイン・ポゥはしていた。黒贄礼太郎の戦いの時から、予兆はあったのである。
「どうせ、そう言う相手と戦う局面の方が多いのなら、いっその事戦いを楽しむ方向で行った方がお前としても気が軽いだろう? 苦しいと思うより、楽しいと思って臨んだ方が、お前としても良いだろうに」
「そうはなれないし、アンタと一緒だとまっっっったく心も休まらんよこっちは」
「修行が足りん」
苛々も限界のレイン・ポゥの言葉を軽やかに無視しながら、今後の展望を考えるパム。
黒贄とアレックスは、レイン・ポゥには荷が重い。彼女の実力が劣っていると言う意味ではなく、あの二名が異常な領域にまで足を踏み入れてる程強いのだ。
レイン・ポゥ自身に非はない。だが、今となってはジョニィの足止めをさせるのも、気が引ける。
ACT4……死神を現世に具現化させる技だと言われても、誰もが信じる程の説得力を伴った、あの攻撃を見た後では。ぶつけさせるのは勇気がいる。
……それを承知でぶつけさせる事も出来るだろうが、やってみるか? 無論、情報の共有を行った後で、だ。
そんな事をパムが考えていると、ふと、頭から降ってわいたような疑問が、彼女の頭の中を支配する。
――何故、アレックス達は攻撃を仕掛けてこない? あの魔人であれば、レイン・ポゥと一緒である為十全の機動力を発揮できない今の状態を、見過ごす筈がないのだが……?
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas
◆zzpohGTsas
:2019/01/13(日) 00:36:52 ID:7Sgx76gs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ACT3の回転時間がリミットを迎えた為、意を決して外界に飛び出したジョニィを迎えたのは、秋口だと言われても信じるであろう、穏やかな気温だった。
東京の茹だる様な夏の暑さとも、先程パムが人為的に変動させた極寒の環境とは、全く違う。半袖のシャツ一枚を理想とする状況に、様変わりしていたのだ。
アレックスが生み出した炎の影響で、気温が上書きされてしまったのだろうか? だとすれば、ファインプレーである。
ジョニィの肉体のスペックはサーヴァントとしては貧弱も良いところ、極端な環境の変動には耐性がない。
パムの死冬の影響下ではジョニィは勿論、彼が切り札を放つ為に必要な愛馬・スローダンサーもまるで役に立たない状況であったろう。
今度こそ、必殺の宝具であるところのACT4を、パムに叩き込もうと意を改めるが、それよりも何よりも、目を引くものが神宮球場の辺りから出てきた。
「おや、凛さん。ご壮健そうで」
相変わらず呑気に。自分の身体に叩き込まれた種々様々な重症よりも、そっちの方が大事だと見える。
サーヴァントの姿勢としては、その方が正しいのだろうが、きっと、黒贄はそんな殊勝な心がけがあるのではなかろう。
ただ、自分のダメージのプライオリティが、絶対的に低いだけ。だからこそ、自分よりも、神宮球場内部から駆け出して現れた、水でも引っ被った様に全身ずぶ濡れの遠坂凛の方に、興味があるのだろう。
黒贄の言葉に何も反応せず、凛は、彼の下まで走って駆け寄る。
駆け寄ってから半秒位が経過した後だった、凛が出てきた所から遅れて、凄い形相のジョナサンが現れたのは。
しまった、と言う様な風の顔を隠せないジョナサン。サーヴァントの所まで、逃げられてしまった。ああなっては、凛を倒す事は難しいだろう。黒贄を掻い潜って、凛を倒すのは、至難の技である。
【マスター、何があった】
ジョニィの念話。
【遠坂凛を葬ろうと追っていたのだが……球場の内部に逃げられてね。内部構造を巧みに使われて、仕留め切れずに今に至ると言う訳だ】
【遠坂の身体が濡れているのは?】
【異様何て物じゃない程、外気温が下がっただろう? アレに堪えた遠坂凛は、ボイラー室に逃げ込んで、温水が通っているパイプを破壊して、身体を暖めていたようだ。中々頭が回る】
成程、噴出した温水で、サーヴァントでも堪えるあの環境を凌ぎきったらしい。頭のキレが、違うらしい。
と言っても、凛としてもこの方法は賭けであった事を彼らは知らない。
魔術の世界とは別に、科学利器に囲まれた表の世界で、不器用ながらも生きていた経験に、凛は完全に救われた。
神宮球場程の施設なら、湯水を沸かす為のボイラー室があるだろうと踏んでいたのである。一般教養を学ぶ為、市井の学校に通っていて正解であった。
魔術一辺倒で、一般的な知識を身に付ける事を疎かにしていたのなら、そのような発想に辿り着けず、寒さに耐え切れず凍死していた事は間違いない。
更に幸運だったのは、湯水で温まっていた途中で、気温が急激に下がった事で、これを好機と見た彼女は、黒贄の元へと全力で疾走。
その最中で、運悪くジョナサンに見つかってしまい、チェイスが始まり……そうして、現在の状況に至ると言う訳だ。
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas
◆zzpohGTsas
:2019/01/13(日) 00:37:11 ID:7Sgx76gs0
黒贄の下に駆け寄るのは、凛としてもリスクの伴う行動だ。
黒贄礼太郎というバーサーカーには、マスターである凛と、その他の存在の区別がとても曖昧だ。
何が切欠で、自分がその他の側……つまり、『これから殺される側』に転落するのか解らないのである。
いや……そもそも切欠や、スイッチの類すら存在しないのかも知れない。その時の気分次第で、遠坂凛は、サーヴァントである黒贄礼太郎に殺され得るのだ。
そう言う危険性があったからこそ、今の今まで黒贄から凛は距離を取っていたし、黒贄が戦っている際も、余波を恐れて彼から距離を取っていたのだ。
サーヴァントとしては、この黒礼服のお惚け男はこれ以上とない厄介者、全く以っての外れクジであるが、もう、割り切った。
この<新宿>には、最早凛の味方はいない。
黒贄の下に近づいたのも、そんな諦観めいた割りきりがあったからだ。この場にいるサーヴァント、マスターの全員が、凛の命を狙っている。
だったらまだ、黒贄の方に向かう方が危険性は少ない。腐っても、自分のサーヴァントであるからだ。早々、黒贄も思い切らない筈だった。
黒贄に殺されるのか、それ以外の外因で殺されるのか。凛に与えられた選択肢とは要するにこの二つであり、ならば、可能性が僅かにも低い黒贄の方に向かうのは、当然の運びと言えた。
「黒贄……」
「はい」
酷い、傷であると凛は思う。黒贄でないサーヴァントなら、同情も心配も寄せていた。
だが、このバーサーカーは違う。黒贄礼太郎、と言う信じられない程近世の香りを伺わせる名が真名のこのサーヴァンとは、此処からが、強いのだ。
隻腕隻足、胴体も半ば近くを削り取られ、頭部を断たれ……。こんな状況でも尚、黒贄は強いのだ。
黒贄が動けないなど欠片も思っていない。凛の魔力が続く限り、この男は、死なない。翳のように黒く、昏い信頼が、凛と黒贄の間には結ばれていた。
「殺したりないかしら」
「いえ、全く」
きっと、何人殺しても、そう答えただろう。凛にはそんな確信があった。
「私が死ねば、貴方も連鎖して此処からいなくなるわよ」
「それは困りますな。殺したりないのもそうですが、折角の大口の依頼なのです。達成して報酬を貰わないと」
黒贄自身はまだ、聖杯戦争に勝利すると言う凛の依頼を忘れておらず、戦うと言う気勢も衰えていない。
その事を確認した、瞬間であった。凛の右手に刻まれた、狂の字を模した紅蓮の痣が、爛と光った。
すったもんだを潜り抜け、余人に表現しようにもし切れぬ程の疲労やダメージを蓄積させているとは思えぬ程の気迫を、その瞳に宿らせ、声音に乗せて、凛は言の葉を紡いだ。
618
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas
◆zzpohGTsas
:2019/01/13(日) 00:37:22 ID:7Sgx76gs0
「令呪を以って命じる――」
その言葉を、アレックスは、聞き逃さなかった。
黒贄と凛の後ろに広がる、まだ無傷を奇跡的に保つ<新宿>の街並みに、少なからぬ被害が及ぶ事を覚悟で、攻撃を行おうと試みる。
左腕を前に突き出し、かつ、その掌を開かせた状態で、瞬間的に体内の魔力循環を加速させる。
白色の粒子がアレックスの掌に集中するや、塊の形をとったその光が、加速、発射される。
魔力或いはそれに準じるエネルギーを実体化、有質量化させ、超高速で射出させるこの技を、悪魔達は『破邪の光弾』と呼称する。
戦艦の砲弾にも例えられる程のその攻撃を以って、黒贄諸共凛を抹殺しようとアレックスは試みる……が。
凛を庇うような立ち位置で、真正面に移動した黒贄が、残った左腕を横薙ぎに振り回す。
ドンッ、と言う爆音が生じると同時に、キラキラした光の破片が、黒贄の周囲に舞い散った。破壊された、破邪の光弾。その破片であった。
「クソ、仕留め損なったか!!」
アレックスの舌打ち。
黒贄自身、光弾を壊すのに用いた左腕、その肘より先がグシャグシャに破壊されている。断じて無傷ではなかった。
柔らかい果実に強い圧力でも加えて見せたように、皮膚は裂け、裂けたそこから赤い筋繊維が血に濡れてほの光っていた。
ただのサーヴァントなら、勿論大ダメージ。それどころか、戦闘の続行が不能になりかねない程のダメージであるが、黒贄相手では、あの程度、何の意味も持たない事にアレックスも気付いていた。
「黒贄礼太郎、『この場にいるサーヴァントと戦う時はこれから、攻撃を全部避けながら殺しなさい』」
「えー、いや、ううん……私の個性の根幹を揺るがす命令ですね……あの人が見たら何て言うか――あ、今あの人じゃないのか」
告げた命令内容に、不服の意を露にするのと、狂の字を模した凛の令呪から『けものへん』が消え失せ、王の字だけが残ったのは、全く同じタイミングなのであった。
619
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas
◆zzpohGTsas
:2019/01/13(日) 00:37:36 ID:7Sgx76gs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……経過の方は、どうなってるんだ?」
長い沈黙を、塞が打ち破った。実に、十分。その間、彼も鈴仙も、付き添いの北上も。一言も言葉を発する事はなかったのである。
「今のところは……全員無事、よ」
【黒贄礼太郎や、乱入して来たって言うサーヴァントも含めてか?】
塞が途中で、念話に会話を切り替えた。
【それも含めて、ね】
意図を読んだ鈴仙も、念話で返す。
【そうか】、とだけ口にし、塞は再び沈黙する。そして、再び鈴仙は集中し、己の能力を用いて、離れた所で戦うアレックスやジョニィ達の模様を探る。
三名は、聖徳記念絵画館の中にいた。
大政奉還、廃藩置県、教育勅語に日英同盟締結等。
日本史を紐解いたのなら誰もが学ぶ、近世日本の歴史の転換点となった場面を描いた、絵画展示室。其処で彼女らは、息を潜めていた。
アレックスらの戦いに、北上が巻き込まれぬよう、そして、万一危害が及んだ時には守れるよう、自分達は離れた所で待機する。
それが、塞達が此処にいる理由だ。但し、その理由は塞らにとっては建前。本音は、厄介者であるところジョナサン・ジョニィの主従に脱落して貰う事なのだ。
あの主従は塞の真の目標である、聖杯の奪還の妨げになる事が目に見えている上、サーヴァントの強さが大した物ではない為、同盟を組むにも値しないのである。
思想面で自分達の足を引っ張りかねず、共闘するにも強さが足りない。直裁に言えば、お荷物であった。穀潰しを養う余裕は、塞達にはない。
早々に、脱落して貰う必要があるのだ。黒贄礼太郎と言うバーサーカーの強さは、紺授の薬を通して見た未来で、鈴仙は痛い程良く解っていると言う。
強さについては、御墨付きと言う訳だ。ジョニィ達を殺せる可能性だって、申し分ない。仮に、ラッキーが重なって黒贄或いは凛を倒せてしまっても、しめたもの。
そうなると今度は、同盟相手と言う理由に託けて、ルーラー達から令呪を手に入れる可能性だって生まれるのだ。
ジョナサン達が死んでも、塞達にとっては旨味があり、番狂わせが起きて黒贄達を殺してしまっても、旨味がある。どちらに転んでも塞達にメリットが転がり込むこの作戦は、立案と言う概念の理想系とすら言えた。
――だが……――
理想通りに事が運んでいたのなら、塞も鈴仙も多方面のコネ作りの為、齷齪動き回る必要はない。
実際この作戦は、初っ端に等しい段階から、計算外の存在の乱入によって暗雲が立ち込め始めていた。
鈴仙は自身の持つ、『波長を操り探る能力』で以って、黒贄やジョニィ、アレックスらの安否を確かめている。
なのだが、その能力が、彼ら三人が戦う場に乱入して来た三人の存在を認めたのである。
その内一人は、この世界にしっかりとした有機体の実体を持つ存在――人間であり、内一人は、構成要素を魔力とする存在、つまりはサーヴァント。
残った最後の一人が、有機体に近い何らかの要素で構成された肉体を持ちつつも、人間にはあり得ない程の莫大な魔力量をその身に宿す、正体不明の存在。
彼らが現れ、アレックス達の戦いに闖入し始めてから、塞も北上も気が気でならなかった。尤も、塞と北上では、心配している理由が違う。
北上の方は単純に、自身のサーヴァントであるアレックスと、同盟相手のジョナサンとジョニィの安否を気遣っての物だ。
しかし塞の場合は、アレックスと言う優秀な手駒候補の喪失が気がかりなのだ。
ステータス面だけで言えば、目下最大の強敵であるセイバー・ダンテをも上回る強さを持つアレックス。そう簡単に、消滅の憂き目には合わないだろう。
そうと踏んでたからこそ、アレックスを黒贄の下へと向かわせたのであるが、正体不明のサーヴァント二名の乱入を許したとなると、話は別。
鈴仙の能力は探知こそ出来るが、『相手の姿を画像・映像化する事が出来ない』。相手の戦闘能力の強い弱いは判別出来ても、如何言った能力を使え、
そもそもどんな姿をしているのかの判別は結局の所目視に頼るしかない。だからこそ、不安が募る。アレックスらが戦っている存在は、如何程の存在なのだろうか。
620
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas
◆zzpohGTsas
:2019/01/13(日) 00:37:52 ID:7Sgx76gs0
「あの……モデルマンは、勝てると思いますか……ね……」
不安そうに、北上が訊ねてくる。
「一度戦った身として言わせて貰うなら、勝率は多分にあるわ。絶対に勝てる、って断じられないのが少し不安かもしれないけれど……それは割り切って」
「……はい」
北上が不安そうに、スマートフォンをいじくりだす。
実際、モデルマン……アレックスと黒贄が良い勝負をしそうだと鈴仙が口にしたのは、北上向けのリップサービスではない。
相手の能力を探る事について並ならぬ力を持つ鈴仙が真実、そう判断しているのだ。これについては嘘はない。
だが、乱入した正体不明の存在については、正直なところ何とも言えないと言うのが実情だった。理由は簡単で、先ず相手が何者で、どんなスキル・宝具を使うのかも不明。
それだけでなく、波長を操る程度の能力で大まかな強さを調べてみた所、これが並のサーヴァントでは比較にならない位強いのである。
強い事は解るが、姿も能力については一切不明。そんな存在をアレックスが戦って、『勝てる』と断言出来る筈がなかった。
……と言うより、そもそも塞も鈴仙も、『アレックス達が繰り広げている戦いに乱入者が現れた事自体を明かしていない』。
そう、北上は今現在も、自分の頼れるサーヴァントは黒贄礼太郎と『だけ』戦っていると信じているのだ。
この事実を北上に対して隠蔽する理由は簡単で、北上がその事実を知れば、北上が計算外の行動に出るかも知れないと言う不安があったからだ。
彼女は、心に不安を抱えたままの、誘導しやすく御しやすい存在で、塞はいて欲しいのである。心の均衡を失い、予想外の行動に出るような駒には、なって欲しくない。
アレックスが不利になっていると言う事を知ろう物なら、どんな行動に出るのか解らない以上、上記の事実は伏せるが吉だ。
今は、幸運に恵まれている状況だ。
ライドウとダンテと言う桁違いの強さを倒せるかもしれない鬼札の一つを抱え込み、後顧の憂いに育ち得るジョナサンとジョニィの主従の脱落を狙えて。
その上、不確定要素と番狂わせの化身の様な強さを誇る黒贄礼太郎をも葬り去れる可能性が高まるかも知れないのだ。
塞達にとっては、一石二鳥所ではない結果が転がり込み得る要素が、この戦いには内在されている。この戦いは、是が非でも落としたくない。これ以上の不確定要素は、塞も鈴仙も避けたかった。
「――?」
波長を探る。
その行為は言葉だけで判ずるのであれば、深い集中を要し、一秒たりとも気を緩められぬ精密な作業の風に聞こえるだろうが、実際はそうではない。
波長の探知は鈴仙にとっては朝飯前、自身の能力の応用の中では基礎の基礎の基礎であり、最も簡単な部類なのだ。
しかも黒贄もアレックスも、ジョニィもジョナサンも、乱入して来た三体の存在も、極めて独特かつ特徴的な波長の持ち主の為、探り損なうなど先ずあり得ない。
現に彼らの動きは正確に把握出来ているのだ――が。その鈴仙が、不安定な『揺らぎ』を感じ取った。……いや、ただ不安定なだけじゃない。
意識しなければ、其処にあるのかないのかすらも解らない。実在と、非実在の間を彷徨っているようなその波長。量子力学のそれに似ていると鈴仙は思った。
この極小さい揺らぎは、北上は勿論塞すらも気付いていないらしい。鈴仙だけが、明白に気付けている。
意識してしまえばその存在は明白で、その揺らめきは『糸』状だった。納豆に引いた糸の何万倍も細い糸の形を取っており、それが無数、二〇〜三〇の数で、鈴仙達の下へと近づいて行き――。
621
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas
◆zzpohGTsas
:2019/01/13(日) 00:38:34 ID:7Sgx76gs0
「ッ!!!」
アレックス達の方に意識を集中させる事を取り止め、急遽、この場所に意識を向ける方向にシフトチェンジ。
蛇蝎の如く群がる糸の揺らぎ。触れれば確実に拙い自体が起こると感じた鈴仙は、自身と、塞、北上に対して、能力の応用を適用させる。
適用させた事象は、波長を操る能力を用いて、空間そのものに撓みを生じさせる――つまり、波を打たせると言う物。
空間の波は目で捉える事は出来ない上、その波に一度触れようものなら、波動の強弱次第では相手を転ばす程度から、大きく吹っ飛ばす事をも可能とする。
また、空間自体を震わせると言う現象の都合上、転ばすのも吹っ飛ばすのも、波自体がその物質や生命そのものの体積を包含するのなら、物理的な特質は一切無視される。
これもまた鈴仙の持つ能力の応用の一つだが、直接戦闘における効果は絶大極まる、認識されぬばかりか、実在と非実在の境目すら曖昧な、この糸の揺らぎをも、有らぬ方向に弾き飛ばせるのだ。
吹き飛ばされた揺らぎの糸が、北上達の両サイドに陳列している、絵画が展示されている巨大なガラスの展示ケースに触れた、その刹那であった。
音もなくガラスケースが中の絵画ごと、何百もの破片に分割され、床に落下して行くではないか!!
「何だ!?」、と塞が叫ぶ。この段階で初めて、塞も北上も異変に気付いた。周囲を見渡す、二名。
塞はすぐ、それまで自分達の周りに飾られていた、和紙に描かれた巨大な絵画、それが辿った無惨な末路を観察する。
一目見ただけで、神業と理解出来る所業だった。客観的な事実を語るのであれば、展示ケースを中に入った絵画ごと、寸断しただけに過ぎない。
だが、その切り口が最早、神の御業としか思えぬほど、美しかった。堆積するガラス片の一つにも、ヒビが生じていない。
破片のモノによっては、高さ三mを越す所から落下したものもあると言うのに、だ。皆見事に、艶やかで、滑らかな切り口を残して、床に散らばっている。
絵画即ち紙にしても、同様。定規や分度器を当てて、カッターナイフで切ったが如く、美しい直線と曲線の切り口を描いて、嘗て日本の重要文化財と持て囃されていた名画の数々が、吹雪のように宙を舞っていた。ただの、紙屑に変貌してしまった。
「警戒して!! 敵がいるわ!!」
鈴仙の言葉を受けた瞬間、塞は周囲を見渡し、警戒の度合いを最大限にまで高めさせる。
超常と不可思議の見本市であるサーヴァントだ。自分達の視界の外から、目に見えない斬撃を行って襲い掛かる事位、訳はなかろう。
それよりも問題なのが、『攻撃を行ったその瞬間まで鈴仙が相手の存在に気付かなかったと言う点』である。
鈴仙が持つサーヴァントの知覚能力は、自身が持つ波長の探知能力、その適正も合わさって、大抵のサーヴァントを凌駕して有り余る。
本気になれば、床に羽毛の落ちる音や、瞬きの際に生じた僅かな空気の振動ですら、百mを超えて離れた場所からでも、鈴仙は探り当てられる。
サーヴァントが持つ特有の魔力の波を探る事は、鈴仙にとっては朝飯前。そんな彼女の探知力を掻い潜る事は並大抵の事ではなく、
優れた暗殺力で以って英霊の座へと召し上げられた、アサシンクラスですら、彼女の不意を打つ事は困難極まる。
結果的に不意打ちを防げたとは言え、これ程までの気配探知スキルを持った鈴仙が、相手が攻撃するその瞬間まで、気配すら掴めなかった、と言うこの事実。マスターである塞としては、深刻に受け止める必要があった。
【サーヴァントの気配は感じるのか?】
【ええ、今となっては明白に】
【何処にいる】
【悔しい事に、施設の中】
当然鈴仙は、アレックス達の戦いのみに集中していた訳ではない。
アレックスらの戦いに向けていた意識は半分で、もう半分は、ここ聖徳記念絵画館に向けていた。
意識の全てを、絵画館内部に向け、虱潰しに波長を探して見た所、下手人は即座に見つかった。
波長を含めた、あらゆる気配の隠し方は見事なものだったが、鈴仙の能力を欺ける程ではなかった。
そのサーヴァントは一つ下のフロアで構えており、攻撃を防がれたせいからか? 若干の怒りめいた感情の波を感じ取る事が出来た。
どちらにしても、彼女の探知を掻い潜ってこの内部へと侵入出来るとは……只者ではない。アサシンクラスの可能性が、高まって行く。
622
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas
◆zzpohGTsas
:2019/01/13(日) 00:39:06 ID:7Sgx76gs0
「……如何した、嬢ちゃん。異様な震え方だぜ」
北上の異常に気付いたのは、塞が先だった。北上が、体中から冷や汗をかかせて、震えているのだ。
汗のかきようは尋常のものではなく、着ている制服の背中の部分が、コップ一杯分の水でも引っ掛けられたように、ぐっしょり濡れているのだ。
震え方も、武者震いや不安から来るそれではなく、恐怖を原因とするものである事を、塞も鈴仙も看破した。
と言うより、震えを見るまでもなく、表情が全てを物語っていた。涙に潤む両の目は泣き出すまで数秒か、と言う有様で、歯と歯がガチガチ言わせているその様子は、思い出すのも憚られるトラウマを疲れたかの如しであった。
「この、この攻撃は――だ、ダメ!! アレと戦っちゃ――!!」
北上がそう叫んだ瞬間、鈴仙と塞、北上の身体から、一切の重力が喪失した。
しかしそれは、ほんの一瞬だけの事。股間の辺りがむず痒くなりそうな浮遊感が彼らの身体を包んだのは、一秒にも満たない短い時間。
次に襲い掛かったのは、下に下にと落下する感覚。状況を、北上に塞、鈴仙が直ぐに理解した。
三人がそれまで直立していた、絵画室のウレタン樹脂製の床全体が、その下の鉄筋ごと細切れにされたのである。
崩落する床と一緒に、一階へと落ちて行く一同。鈴仙は落下運動中に空を浮遊し、着地しても支障のない速度で瓦礫の散らばる床の上に降り立つ。
塞の方は優れた運動神経で以って姿勢を整え、着地。北上の方も、流石に優れた艦娘である。艤装を装備した状態ながらも、床の上に着地して見せた。
「見事な腕前だと、先ずは褒めておこうか」
その声を聞いた瞬間、鈴仙の肌は、粟立った。
声とは、大気を通して伝わる音の漣。それ以上の物ではない。
結果としてであるが、今の言葉を発した人物は、男の物であった。しかし、ただの男の声じゃない。冠絶的に美しいと言う枕詞が、付随する。
その声を聞いた者は、美しいと言う意味を頭の中で反芻するだけのオブジェクトにし得るだけの力があった。
声の主の姿を、見るまでもなく美しいと判じられる。それだけの説得力を、漲らんばかりに内在させていたのだが、それだけじゃない。
声の波長ですらも、美しかった。波長に本来、美しいと言う概念はない。長い、短い、大きい、小さい、緩やか、激しい、整っている、不揃い。
凡そこの八パターンに該当され、それ以外の結果など本来有り得ないのだが――鈴仙は、男の声の波長を読み取った瞬間、無意識の内に思ってしまったのだ。
――波長ですらも、美しいと。
「……化物……」
そう呟いたのは、鈴仙であった。
「その呼び方は、僕を指すのに適切ではないな」
背後から、声が聞こえる。醸す波長ですら美しいのに、その美しさすらをも塗りつぶす、絶殺の気配を徒に放出し続ける、恐るべきサーヴァントの声が。
振り返るのが、怖かった。この世の終わりでも目の当たりにしたような絶望の表情の中に、天上の美を垣間見たような至悦の感情を鏤めたような、北上の表情。
彼女の目線の先にいるであろう、怪物の姿を見ると言うその行為。それは、鈴仙・優曇華院・イナバと言うサーヴァントが、最大限の尊敬と畏怖を寄せる存在。
八意永琳と言う女性に対して、弓を引くと言う行為に並ぶか、それ以上の勇気を必要とした。――意を決し、振り返り……思考が、爆ぜた。
「人は、我が姿と業を見て、魔人と呼ぶ」
声以上の美を、黒い雲母の煌きの如くに発散させながら。
インバネスコートの魔王、浪蘭幻十は、薄く微笑みながら、三人の事を見つめているのだった。
623
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas
◆zzpohGTsas
:2019/01/13(日) 00:39:21 ID:7Sgx76gs0
投下終了です
624
:
名無しさん
:2019/01/13(日) 14:37:46 ID:jXka4NAE0
投下乙です
凜は完全に修羅道に堕ちてしまったか。せめて序盤に友好的なマスターと出会えてたらな…
そして遂に幻十降臨。北上様のトラウマががが
625
:
名無しさん
:2019/03/30(土) 19:10:29 ID:Zk5YEjjE0
投下乙
北上さん逃げてーー!!
626
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2019/04/11(木) 00:42:16 ID:9BYkc5.o0
今回で終わりかな、と思いましたけど、普通に終わらなかった(ガバガバ)
意思表示の為に投下します
627
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2019/04/11(木) 00:42:34 ID:9BYkc5.o0
それは、美しいと言う、美を表す上で最も基本的な語彙が、咄嗟に浮かんで来ない程の美貌だった。
人は相手の姿形、仕草や動作、声音等を、視覚や聴覚と言うフィルターを通して初めて、それが美しいのか否かの判別を行う。
前提として美があるのではない、諸々の要素を加味した上で、美しさがあるのだ。
浪蘭幻十は、違った。判じた上での美ではない。考慮するまでもなく、この魔人は、美しいのだ。
纏うインバネスは、周辺宙域に星一つない宇宙の闇を裁って誂えたが如く、艶やかで深い黒。
きっと、この黒色を汚せる白は、この宇宙の何処にもない。余人に、そんな確信を抱かせる程、深く吸い込まれるみたいな黒だった。
そんなコートに腕を通す幻十の様は、夜の帝王と言う風情を余す事無く発散させていた。
インバネスの両ポケットに手を入れて、此方を眺める幻十を見れば、人は思うだろう。ああ、月なる星は、天にではなく、地に在ったのだ、と。
「模倣された魔界都市だと馬鹿にしていたが……成程な。それなりの者を集めるだけの魅力は、この街にはあるようだ」
笑みに、陰惨なものを浮かばせて、幻十が言った。
「我が友より授けられた、殺戮の術。これを防ぐとは、ただならぬ英霊であるとお見受けする」
「お生憎様ね……。私の身体を害したいのであれば、操るその糸の細さ……、須臾(フェムト)のそれにまで削って来なさい」
「見た目とは裏腹に、恐ろしいサーヴァントだ。その兎の耳、男に媚びる為の物ではない、か。ならば僕がこの後何を言うつもりか、解る筈じゃないかな?」
怖いものが――張り詰めて行く。
「……まさか、生かしては返さないとでも言うつもりじゃないでしょうね? そう言う台詞は、やられ役の小物が口にする言葉よ」
「言うのも恥ずかしい台詞だったが、僕の変わりに代弁してくれてありがたい事だ。礼として、痛みもなく、この<新宿>から座へと還す事を約束しよう」
敵意に溢れた言葉を聴き、鈴仙の身体が、克服したはずの怯懦で強張りそうになるが、すぐに。
緊張と恐怖でゆらついている己の心、その振動を中和する精神の波を、自身の持つ能力で生み出して相殺。平常心を何とか保つ。常にこうしていないと、幻十との対峙は、厳しいものがあった。
【オイ、アーチャー……コイツぁ……】
塞が、鈴仙に対して漸く言葉を投げかけられた。
それにしても、言葉が途切れ途切れだ。鈴仙が塞に、精神を安定させる波動を打ち込ませてもこの様子であった。
その様を見て、果たして誰が笑えようか。人界の規矩を逸脱する美貌を目の当たりにした時、人も畜生も、皆、忘我の域に誘われる。それが、美界から迷い出でた者に対する礼儀であるように。
【覚悟を決めた方が良いわよ、マスター。もう……逃げられないわ】
鈴仙としては三人でこの場から、正に脱兎の如く逃げ去る算段でいた。
だが、それは途方もない絵空事である事を彼女は既に理解している。簡単な話である。此処聖徳記念絵画館全域に、幻十の糸が張り巡らされているのだ。
糸が展開されていないのは、今鈴仙達と幻十が一緒にいる、この部屋だけ。その部屋から一歩、他のフロアや部屋に移動してしまえば最後。
細さにして1/1000マイクロメートルの、チタン製の金属糸。それが床のみならず天井やドアノブ・展示物など、
凡そ人が触れる事の出来る物全てに付着しているばかりか、何の支えも巻きつける所もないのに空中に固定化されているのだ。
ワイヤートラップと言語化するのも、最早おこがましい。相手を確実に、塵となるまで切り刻む為の、確殺・絶殺の布陣であった。
一歩この部屋から出てしまえば、幻十の意思一つで忽ち、無数のチタン妖糸は、必殺の魔線となりて、鈴仙達を切り刻むのだろう。
「随分と細い糸を操るようだけれど……貴方の技は私には効かないわよ」
「君の操るものは、波動だろ?」
強気な態度で、幻十の動揺を誘おうと言う算段でいた鈴仙だったが――逆に、彼女の方が動揺させられてしまった。
彼女の能力は、一目で、その本質を悟らせないと言う所に多大な利点がある。
相手の攻撃を無効化する、精神を不安定にさせる、光や音を意のままに操る、不可視になる、分身する。
そのどれもが、スキル、ないし宝具によって賄われて当たり前の、強力な能力。だが実際には、彼女は上の能力の全てを、波長を操ると言う一つの能力でカバー出来るのだ。
初見で、それを見抜く事など、絶対に出来ない。なのにまさか、能力の真髄を目の当たりにする事もないまま、看破してしまうとは……。
628
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2019/04/11(木) 00:42:52 ID:9BYkc5.o0
「君に僕の技が解るように、僕にも君の技は良く解る。糸を弾いたのは、空間に波を打たせたから。<新宿>で起きた諸々の事件の影響で、本来だったら閉館してた筈のこの建物に侵入出来たのも、君自身の能力を応用して、透明化を施していたから。違うかい?」
沈黙する鈴仙。幻十の指摘が、全部正鵠を射たものであるからだ。
「君は僕の技を見切ったつもりなのだろうが、強がりは止した方が良い。お見通しさ、君が僕の攻撃を防げたのは、かなり危ないところだった位はね」
これも、痛い所を突かれている。
正直、鈴仙が幻十の妖糸を防げたのは、経験から『そう言う攻撃がある事を知っていた』事が大きい。
月の都の超技術で開発された、フェムトファイバー。フェムト(須臾)の名が指し示す通り、小ささだけを言えば、幻十の操るナノマイクロのチタン妖糸を遥かに超える。
触れている事を認知する事は勿論、地上の如何なる妖怪・技術で以っても認識が出来ないその糸は、切断も破壊も不可能で、
時の劣化をも受け付けぬ最強の強度を誇る神糸であった。そう言う糸の存在を知っていて、かつ、この糸を用いた捕縛術を用いる上司がいたと言う事実。この二つのファクターがあったからこそ、幻十の糸を防ぐ事が出来た。
但し――それだけ。
糸の細さ・強度の面では、月の都の産物であるフェムトファイバーの方が遥かに勝る。
だが、その糸を操る技量の面で、嘗ての上司であった綿月豊姫を幻十は大幅に上回る。比較する事自体が、最早間違いと言うレベルであった。
人類が絶滅するまでに到達し得る技術水準を超越するテクノロジーを持つ月の都の神糸に、単純な技術力で追い縋る。その事実は、鈴仙にとっては驚嘆を超えて戦慄に値する事実だった。
「君達の命は最早、僕の糸に包まれて在る」
ポケットからゆらり、と幻十が手を引き抜く。
純白どころか、透明にすら見える程に、白く輝く美しい手であった。この手に操られる糸は、この宇宙を探しても稀に見る、幸福なものである事だろう。
「魂だけで故郷に帰りたまえ」
幻十の中指が、クッ、と動いたその瞬間、チタン妖糸が五十本程、三人目掛けて群がって行く。
サーヴァントである鈴仙には、三十本。北上と塞には、十本づつと言う配分である。
触れれば人体どころか、同質量の鋼塊すら容易く割る程の威力を誇るそれに、鈴仙は対応。
自分と、塞と北上の存在する位相を、能力の応用で一つ隣の別位相にスライド。目で見ただけなら、その場にいる風に見えるだろう。
だが、現実に於いて確認出来る三人の姿は其処にはなく、実体は、言い換えるならば別の次元に移動してしまっている。
剣で斬ろうが弾を放とうが、水に攻撃しているのと同じである。全ての攻撃はすり抜け、鈴仙達に干渉が出来なくなってしまうのだ。
「もう少し、工夫を凝らすのだな」
鈴仙は、脊髄が凍るような恐怖を本当に覚えた。
鈴仙らの存在する位相が一つズレたのと同じように、『幻十の操る糸もまた、存在する位相が一つズレた』。
寸分の狂いなく、鈴仙達が現在いる位相に移動したのである。位相がズレると言う事は、次元の壁を越えると言う事に等しい。
人の身体で行える技術であるだとか、気合や根性と言った精神論だとかでは、次元を超える事は出来はしないのだ。
その芸当を、指先の技術一つで達成してしまう。げに恐るべき幻十の技量であった。
判断をしくじれば、三者共に身体を細切れにされて即死する。糸の速度は、音に数倍する超音速。
しくじるどころか、手落ち一つ許されない。最速で、正解の選択肢を選び取らねばならないのだ。
鈴仙の選択は速かった、と言うよりは、殆ど反射に近いものだった。
糸が、三人の身体に触れる寸前で、『元の位相に修正させた』のである。スルッ、と。腕が水を通り抜けるみたいに、殺意の断線は三名の身体をすり抜けて行く。
位相をズラした事による、全干渉の素通りとは、相手の攻撃やアクションだけではない。『ズラされた当人の攻撃やアクションも修正される』のだ。
どんなに幻十の技量が優れていても、糸のみ相がズレた状態では、結果的にその妖糸は何も斬れないままに終わってしまう。今の素通りのロジックが、これであった。
629
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2019/04/11(木) 00:43:12 ID:9BYkc5.o0
不愉快そうに眉を吊り上げる幻十。
世の女が見れば、不興を買ってしまったと即座に恐れを抱き、何を貢いででもご機嫌を取り直そうとするだけの、罪な魔力が其処にはあった。
それに、胸を焦がしている時間は千分の一秒だって、鈴仙にはなかった。即座に懐から、拡声器に似た形状をした不思議の銃、ルナティックガンを取り出し、
魔力によって構成された弾丸を発射。ライフル弾に似た鋭い流線状の弾丸が、百を越える勢いで幻十に向かって殺到する。
その彼を庇うように、目に見えないナノマイクロのチタン妖糸が、凄いスピードで彼のインバネスの裏地から表れて行き、彼の身体を急速に包んで行く。
当然、先述の通りの小ささであるが為、余人には、幻十が今チタン製の糸に覆い隠れている状態である事を認識出来ない。
但し、波長を操れる鈴仙には、見て取れるよう。今の幻十の様子は、繭。絹糸で己の身体を包む蚕の幼虫宛らであった。
弾丸が、妖糸の繭に直撃する。あられの菓子見たいにそれは砕かれて行き、魔力の粒子が、幻十の人外を美を彩るみたいに舞い散って行く。
幻十に、攻勢のバトンを絶対に手渡してはならない。そう考えている鈴仙は、彼に反撃の機会を与えなかった。
ルナティックガンから弾丸を一発だけ放つ鈴仙。弾丸を一発だけに絞ったのは、この弾が速度と貫通力、そして威力を重点的に底上げさせたものであるからだ。
本来無数の弾を拡散して放つ、無数の弾を構築する魔力を、一つの弾丸に収束させ、上のリソースに当てたと言う事である。
弾が妖糸の繭に直撃する、と言う寸前になって、鈴仙は弾丸の位相だけをズラさせる。弾が、チタン妖糸をすり抜けて行く。
幻十の表情が別のものに転ずるよりも早く、繭の内部で弾丸を実体化、そのまま彼の身体を貫こうとする。
――果たして、目の前に起こった現実を、誰が信じ得ようか?
幻十の目の前に突如として『棺』が現れ、その棺の表面に弾丸が直撃、砂糖菓子宛らに弾の方が砕け飛んでしまったなど!!
「んなっ……!?」
糸で防がれる。それはまだ解る。避けられる、これも理解出来る。
美貌によって弾が逸れる。……苦しいが、幻十の美しさなら、それも已む無しと思ってしまえる説得力がある。
しかし、この防がれ方は、鈴仙としても予測も理解も出来ない。彼の麗貌を損なう事を防いだものの正体、それは真実、生者が死者の為に築く寝台であるところの、棺であったのだ。
「修行不足にも程がある。この程度の攻撃に、糸を用いず対応してしまうとは……」
棺の向こうから、幻十の声が聞こえて来る。
棺自体の大きさが、彼の姿よりも大きい為に、どのようなリアクションを取っているのかは鈴仙には解らない。
確かなのは、声が孕んでいる苛立ちの感情通りの態度であろうと言う事だった。
その棺は、死者に安らかなる眠りを約束する為のものと言うよりは、地獄に君臨する悪逆無道の魔王を封印する為の楔であるように、鈴仙には見えるのだ。
表面にあしらわれている、純金で出来た山羊の頭の紋章(クレスト)。その山羊の角には、顎髭の下で結ばれたマンドラゴラの蔓が纏わっていた。
何処にも、嘗て現世を精一杯生きていた死者に対する敬意も、冥府の国の主君に対する礼賛の心持ちも感じない。
見る者に伝わるのは底なしの不気味さ、言語不能の邪悪さだけだった。そしてその不気味さと邪悪さが、幻十の雰囲気に、初めから統合されているかの如くにマッチしていた。
【すまねぇ、アーチャー……やっと落ち着いた】
煙みたいに、鈴仙の正面から棺が消えて行くのと同じタイミングであった。
精神を安定させる波長が漸く効いてきたか、念話を出来る位にまで塞の精神が復調した。
630
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2019/04/11(木) 00:43:33 ID:9BYkc5.o0
【あのサーヴァントのクラスとかステータス……解る?】
【クラスはアサシンで……】
クラスの予想が外れた。鈴仙としては、糸を飛ばしている風にも見えた事から、アーチャーのクラスを予想していたのだ。
とは言え、アサシンのクラスでもさして驚きはしない。ナノマイクロに相当する小ささの、目に見えぬ糸。成程、暗殺向けの道具ではないか。
それよりも鈴仙が注目したのはそのステータスである。アサシンのクラスと言う事実から予測は出来ていたが、鈴仙が身を以って体験した恐ろしさからは、
想像も出来ない位平凡な値だ。勿論、アサシンと言うクラスの常識に当てはめて考えれば、幻十のステータスは法外一歩手前のレベルで高い。
しかし、黒贄礼太郎やダンテ、紺授の薬で垣間見た未来で観測された、<新宿>の聖杯戦争を管理運営するルーラーなど。
鈴仙がこの聖杯戦争に参加しているサーヴァントの中で、明白に『強い』と断言出来る者達は皆、その強さを裏打ちするだけのステータスの高さをしっかりと持っていた。
確信を持って言える。幻十の強さは、黒贄やダンテ、<新宿>のルーラーなど。名立たるサーヴァント達に、全く引けを取らない。
それだけの強さを持ちながら、幻十のステータスは平凡なそれ。サーヴァントの出力に相当するステータスを、彼は、純粋な妖糸の技量でカバーしている。
いや、し過ぎているというべきか。貴重なデータである。この聖杯戦争において、ステータス上の強さは然したる重みを持たない。
それが鈴仙が知れたと言う点で、この戦いは、重要な転換点のようにも思えるのだ。……問題は、だ。
――生きて帰れるのかしら、これ――
それであった。データを得られた、と言っても、生きてこの場から帰る事が出来ねば、何らの意味も持たないのである。
データを抱いて死亡した、と言う死に方は誰も評価しない。次に繋げられないデータなど、散文以下の意味しか持たないからだ。
鈴仙だけなら、この場から逃げ果せる事も出来たかも知れない。塞に、北上。この二人も無事でとなると、鈴仙の処理能力の限界を超える。
今戦っている部屋から一歩、別の室内に移動しようものなら、千を越え万にも届く本数の殺線が忽ち塞と北上を血色の塵へと還してしまう。
この場で幻十を倒すか、そのマスターを葬るしか手立てはもうない。そのマスターも探したい所であるが、自身の能力を敵マスター捜索に充てる余裕すら鈴仙にはない。
全霊を以って、幻十の対応に当たらねば、死ぬからである。己の能力の全リソースを、この戦いに集中させねば、本当に拙い相手なのだった。
幻十と目を合わせる鈴仙。彼女の瞳が妖しく、紅色に爛と光った。
瞬間、強烈な精神の振幅が、幻十の心に叩き込まれる。波長を操る能力の、応用の一つだ。感情とは精神と言う水面に沸き起こる『波』である。
その長短大小を意のままに操る鈴仙は、相手の精神を狂気に蝕ませる事や、躁鬱状態に叩き落す事をも得意とする。
今幻十に叩き込んだ振幅は、ずば抜けて短いリズムのそれ。波長が長いと暢気になり、短いと短気になる。
鈴仙が放ったこの振幅に直撃して、正気を保てる者はいない。些細な事で相手は怒るようになる。
缶のプルタブを開ける音で激昂し、炭酸が弾ける音に目くじらを立て、床に落ちている髪の毛一本にすら正気を保てなくなる、等。
日常生活を送る事が不可能なレベルで、怒気に心が支配され、まともな判断力を失う――狂気に魅入られた状態となる。今の幻十が、正しくそうなのだ。
光の波長を操作し、自分と全く同じ似姿と服装の分身を数十体、展開させる鈴仙。
ある個体は空に浮かび、ある個体は床の上に膝立ちや立ち姿勢のまま配置され、それら分身が全員、指先から紅色の弾丸を幻十目掛けて集中砲火する。
分身は実際に質量を伴った存在ではなく、光の屈折率や音波などを操って生み出した幻覚であり、これら幻覚が実際に弾丸を放っている訳ではない。
鈴仙が弾丸を、分身が佇んでいる位置と重ね合わせるように配置させ、それを放っているだけに過ぎない。分身による波状攻撃ですらない、が。
今の幻十の精神状況ならこの状況でもう、脳の処理能力の限界を迎える筈である。ほんの些細な音ですら激怒するレベルの精神状況なのだ。今のこの状況では激怒を通り越して、怒るという精神の発露すら忘れる状況である。棒立ちの状態から、弾丸がサンドバッグみたいに叩き込まれる……手筈だったのだ。
631
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2019/04/11(木) 00:43:57 ID:9BYkc5.o0
「悪いが、つまらないよ」
幻十が片腕を指揮者宛らに上げたその時、鈴仙が展開させていた全ての分身が、平均して八九〇〇〜一二〇〇〇程の破片へと分割され、煙を立てて消えて行く。
妖糸である。幻十の操る魔糸が、彼の殺意を乗せて鈴仙の弄したトリックを、放った弾丸ごと全て切り裂き破壊して見せたのだ。
「うそっ――」
鈴仙がそう口にしたのと同じタイミングで、熱いものが彼女の左脇腹を駆け抜けた。
何が、と思い波長を以って熱さの源泉を探った瞬間、その感覚はただの熱から、熱と湿り気を帯びた極限域の激痛へと変化した。
見るまでもない、妖糸で、脇腹を斬られた。鈴仙の纏う制服が、褪紅色に濡れる。激しく動けば、内臓が零れ落ちんばかりの深さであった。
痛みを伝える電気信号を、能力でシャットアウトさせ、行動する上で支障となる激痛を無効化させる鈴仙。
その後で、傷口に微細な振動を流し込み、内臓が、外へと零れ落ちる事を防いだ。傷口はこれで開くまい。
冷たい脂汗を流しながら、幻十の方を睨みつける鈴仙。涼しい顔をして、幻十は微笑みを浮べていた。
女の胸を恋慕に焦がす魅力を秘めたその笑みにはしかし、隠しても隠し切れぬ悪魔の喜悦が混じっている。或いは、足を挫いて動けなくなった草食獣でも、目の当たりにした肉食獣の笑みか。
鈴仙の放った精神攻撃に、幻十は直撃した。受けながらも、通用しなかったのだ。
塵になった状態から復活出来る再生力や、砲弾すら弾き返す防御力を誇ろうが、身体ではなく心に作用する精神攻撃の都合上、それらの肉体的長所は何の意味も持たない。
しかし逆に言えば、精神攻撃は、その攻撃対象の心が達していれば意味がない。しかも肉体を全く害さない攻撃である為、相手の行動力にも影響が出ないので、
状況次第では何の役にも立たない手法に成り下がってしまうのだ。正しく、今の幻十のようにだ。
「魔界都市の魔人に、心を掻き乱す術は通用しない」
幻十の生きた、真なる魔界都市である<新宿>は、この宇宙を貫く、既存の如何なる摂理もが通用しないカオスの坩堝であった。
滅びた筈の生物が、跳梁する。剪定された筈の世界の一部が、息を吹き返す。隠れた筈の神々や獣が、顔を出す。
<新宿>に於いて常識は砂の白のように脆く儚い概念だ。そして、絶対と呼べるものがなに一つとして存在しない街だ。
<新宿>に於いて絶対であるものを唯一上げるとするならば、法も摂理もこの街では絶対足りえないと言う事実と、自由こそがこの街の全てだと言う点であろう。
自由と混沌、そして悪徳と狂気。それらが高い次元で融合したあの街で、人の精神を保ったまま生きて行く事など出来はしない。
あの街に生きる者は皆、人としての心を捨ててなければならない。それこそが、魔界で生きる上で最も肝要な事であったのだ。
魔界都市が孕む狂気と、魔。その具現とも言うべき魔人・浪蘭幻十が。腱や筋の一本に至るまで、魔界の精髄とも言うべきこの男の、
悪逆と言う概念そのものであるその性根の波長を操る事など、例え鈴仙であっても不可能であったのだ。何故ならば、幻十の心は――鈴仙が波長を操るまでもなく、既に狂っていたのであるから。
「さて、今一度、言っておこうかな」
右腕を、鈴仙達の方に伸ばして、幻十は言った。
「君達の命は、僕の糸に絡まれて在る」
「――いやぁ、そう言う事もないんじゃない?」
カッ、と。突如として響き渡ったその声に、誰よりも反応したのは、浪蘭幻十その人であった。
声がした方向を、幻十が振り返ると同時に、今まで鈴仙達の行動の自由を著しく阻害していた、部屋の外に張り巡らされていたチタン妖糸の全てが、
糸としての体裁を保てなくなるレベルにまで分割され、無害化されてしまったのだ!!
これ幸いと言わんばかりに、鈴仙は精神を安定させる強烈な波動を塞と北上に叩き込み、この部屋からの脱出を促す。
幻十と今の状況で戦うのは極めて危険だ、この場から無様にでも良いから逃走する、と言う選択を鈴仙は選んだのだ。
その意を汲んだ塞が、急いで部屋の外へと駆け出す。やや遅れて北上も、鈴仙の先導に従って走り去ろうとする塞の後を追った。
幻十の意識を引いた声の聞こえてきた方向に、鈴仙は意識を向けなかった。向ける事が、怖かったからだ。
何故ならば――その声もまた、幻十と同じように、波長ですらも美しい声であったからだ。
632
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2019/04/11(木) 00:44:43 ID:9BYkc5.o0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
幻十の美を、人々を誘惑する為に億万年の月日を費やして来た悪魔が得た、魔性の精髄たる美とするのなら。
幻十の後ろに佇んでいた、黒いロングコートの男の美は、人々を導き癒す為に神が生み出した、天使の美と言えるだろう。
互いに、人界には存在し得ない、異界の美の持ち主であるが、その美には明白な違いがあるのだ。
幻十の美は女のみならず男すらも蟲惑する危険な色香を纏っているのに対し、ロングコートの男の方は、春風駘蕩。春の日差しのような柔らかい美を感じ取る事が出来た。
「おひさ」
微笑みを浮かべ、手を振る男。人界外の美の持ち主とは思えない、その気さくな態度に、幻十は怒りや不快さに顔を歪ませるでもなく。困ったような笑みを零した。
「月並みな挨拶だが……久しぶりだな。せつら」
「いやぁ、何年振りだ? 僕がお前を殺してから結構経った気がするが」
さも当たり前の風に、男は、とんでもない事を口にした。
幻十を、殺した? この、魔界都市を象徴する魔人の一人を、この男が?
ぽーっ、とした態度を隠しもせず、草原に寝転がれば空を流れる雲の動きを何時間でも眺めていそうな、この暢気そうな美男子が、幻十を殺したと言うのか?
「俺にも正確な時間は解らん。流れた時間の長短も、もしかしたら意味がないのかもな。ただ、久しいと言う感覚だけが、俺の中にあるだけだ」
そして、幻十は目の前の男の言った事を、一切否定しない。暗に事実と認めている。
その通り。知己とでも接するが如き、砕けた様子で話をしているこの男こそが、幻十が終生のライバルと認める男。
自分に妖糸の技を教えた男であり、やがては斬り合い殺しあう関係に至る者。そして、その関係に終止符を打ち、幻十の首を断った、魔界都市その物の魔人。
――秋せつら。
あらゆる失せ物を探し当てる、西新宿のシャーロック・ホームズ。<新宿>に舞い降りた、死を齎す天使。敵対する者全てを切り裂く、破壊神。その麗しの姿を今、幻十は目の当たりにしている。
「地獄はどうだった? 楽しい?」
旅行先から帰ってきた友人に、その場所の感想を求める風な態度で、せつらが言った。
幻十の命を奪った男は、この魔人が天国には断じて向かえず、向かう先は地獄以外に存在しないと思い込んでいる事の証左でもある。
失礼を通り越して無礼極まる発言であったが、幻十は、やはり笑みを浮べるだけだった。
「面白みの欠片もない」
肩を竦めて、幻十が返す。
「VIP待遇か何かは知らないが、向こうも俺の扱いには困るみたいでね。針山だろうが血の池だろうが受けて立とうとは思っていたが……結局やられた事は、退屈責めさ」
「ははぁ、それは困るな。僕も何れは厄介になる所だと思ったが、この様子じゃ<新宿>の方がマシみてーだな」
「正しすぎるな。魔界都市の住民に責め苦を与えるには、設備投資が足りなさ過ぎる」
そこで両者とも、意味深な微笑みを浮べた後、やはり、示し合わせたようなタイミングで、ほう、と一息吐く。
「聖杯戦争は上手くやってるか?」
切り出したのは、幻十だった。
「散々だね」
間をそれ程置かず、せつらが言った。
その言葉を終えたのと、この部屋まで来るのに用いたルートを、辿るように戻り始めたのは同じタイミングの事だった。
せつらの背中を、幻十が追う。せつらの艶やかな歩みと同じような、ゆっくりとした速度で。
633
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2019/04/11(木) 00:44:59 ID:9BYkc5.o0
「見知った藪は相変わらず捻くれてるし、お前はいるし、敵には一人逃げられるし、良くない事だらけだ」
「幼馴染には相変わらず手厳しいなお前は。……それよりも、逃げられた? お前が、か」
「まぁな。勝ち星なしの、惨めな負け犬さ」
絵画がまだ残っている回廊を歩きながら、僅かな驚きに彩られた表情で幻十が言った。
せつらが、敵を逃した。その事実は幻十に驚きを与えるのに十分過ぎる程の威力を持っていた。
冗談でも何でもなく、幻十はせつらであるのならば、本戦が始まってから現在まで数体のサーヴァントを葬っているのだと、本気で思っていたのだ。
サーヴァントとの戦いに直面したら、せつらはきっと、『あの人格』になって戦っているだろう事は想像に難くない。
“私”のせつらを相手に、五体無事でいられる可能性があるサーヴァントなど、この<新宿>に於いては、自分か、魔界医師。そして、あのルーラーのサーヴァントだけ。
幻十はそんな確信を持っていたのだが……まさか現実には、一体も倒せていなかったとは。
――聖杯戦争……か――
魔界都市を嘯く<新宿>に集う、サーヴァント達。
成程、如何な次元時空から寄せ集めたのかは知らないが、粒は揃っているらしい。幻十は事ここに至って考えを改めた。
聖杯戦争の舞台となっているこの<新宿>に於いて、最強の座に在ると幻十が信じているサーヴァントですら、苦戦する相手がいる。
その事実を認識出来た事は、非常に大きな収穫であった。
「んで、お前の方は如何なんだ? 幻十」
「実は俺の方も芳しいとは言えなくてな。逃がした魚の数ならば、お前の四倍以上だ」
「おいおい、僕の教えた糸の技は何だったんだ? これじゃ、あやとりからやり直しだぜ幻十」
「耳が痛いな」
これについては、返す言葉も幻十にはない。
浪蘭棺による教育がまだまだ不十分であるとは言え、敵を幻十は余りにもリリースし過ぎていた。
これはせつらのみならず、マスターであるマーガレットからも指摘されている点だ。……勿論、このまま終わるつもりは、幻十には毛頭ないのだが。
「聖杯戦争に対する意識の低さが、そのまま表れているのかもな。俺も聖杯に対して意欲を見せれば、少しは変われるかな」
「欲しいの? 聖杯」
幻十が、少しだけ黙った。
「お前の命に比べれば、大した価値はない。せつら」
「僕の命を奪った後なら?」
笑みを零した。邪悪な、笑みだった。
「事物にするのも考えてやっても良い、って所さ」
「はぁ」
気の抜ける、せつらの返事だった。
「『封印』の時と言い、今回の聖杯と言い。お前も胡散臭い品を欲しがるな。よくそれで、怪しい投資信託のセミナーには引っ掛かんなかったよ」
「興味がない訳じゃない。何でも願いが叶う、と言う部分が本当ならな。お前は如何なんだ、せつら」
「僕は興味はない」
やはりな、と幻十は思う。
聖杯の所在よりも、せんべいを焼く為の質の良いうるち米を安く仕入れられるルートの方が、興味のある男だ。聖杯なんて目もくれない事は、解っていた。
「但し――マスターの方が興味があるな」
……せつらの、マスター。
考えて見れば、当たり前の話だった。『サーヴァントである以上、それを御す為のマスター』がいる。
今の今までずっと、せつらのみを警戒してきた幻十であったが、そのせつらを操るマスターについては、全く興味を抱いていなかった。
これは失念と言う言葉では足りない、失態とも言うべきミスである。幻十を御すマスターは、あらゆる意味で規格外の怪物である。
その幻十以上の強さを持つせつらを御すマスターが、桁外れの存在である事は、容易に想像出来る。俄然、興味が湧いてきた。
634
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2019/04/11(木) 00:45:19 ID:9BYkc5.o0
「お前のマスターは何者だ、せつら」
「おーっと守秘義務。クライアントのプライバシーは第三者に明かさないものだよ、幻十」
予測出来た返事。
「――人間か? そのマスターは」
「人間さ」
この短いやり取りで幻十は、せつらのマスターが人間を逸脱した何かを持つ存在である事は理解した。
人間か? 幻十がそう問うたのならば、常のせつらであれば『当たり前だろ』とか、『解りきった事を言うなよ』、とか。
何かしらの小言を付け加える。それが、今回はなかった。その微妙な機微が、くさい。間違いなく、せつらのマスターには、守秘義務を貫くだけの秘密があるのだ。
「ま、これはちょっとした愚痴だが、聖杯に縋ると言うのも、溺れる者は何やら掴む、って感じで僕は好きじゃない。弱みに付け込むみたいじゃないか」
「それでも、求める価値はある」
「しょうもない品だったら如何するよ? 犬の鳴き声がワンからツーになったりするだけかも知れんぜ?」
「それでも、俺は構わない」
声音は、いつもの調子だった。
しかし、今回の言葉には、『美しい』と言う響きだけがあったのではない。聞く者が聞けば、解るだろう。
今の幻十の言葉に、僅かながらの殺意が含まれていたと言う事実に。
気付いた時には、せつらと幻十。二人の美魔人は、絵画館内部の、中央大広間に出ていた。
この大広間もまた、この聖徳記念絵画館の目玉となる名所の一つである。
大理石とモザイクタイルを敷き詰めて幾何学的な文様を表した綺麗な床や、壁面に取り付けられた色変わりした見事な大理石。
そして、同じく壁面と、遥か頭上の天井部分にも、西欧風のモティーフを施した石膏彫刻が、この部屋の広さと美観とに、絶妙な和を保って施されていた。
大広間の中央付近にまで歩いて行く魔人二人。採光ガラスから溢れる、夏の<新宿>の日差しが、せつらと幻十の白貌を麗爛に染め上げる。
陽の光ですら、二名の従者であるかのようだ。この聖徳記念絵画館の大広間の見事な内装は勿論、星々の君主たる太陽ですら。
この世ならざる美の持ち主であるところの、せつらと幻十の存在感を美しいと言う形で浮き彫りにするだけの、付随物でしかなかった。
「俺が求めた魔界都市のデッドコピーの如きこの<新宿>で、聖杯戦争が開かれている以上……せつら。お前が招かれているだろう事は考えないでも解った」
「お前が思っているよりもずっと、この街は魔界だよ幻十。根っこのところから、まともな都市じゃあない」
「そんな事は解っている。コピーである、と言う点が気に食わん」
「それ言われちゃどうしようもないな」
振り返るせつら。いつものように、のほほんとした表情であった。
「<亀裂>の刻まれた<新宿>がある以上、せつらよ。お前の姿がこの街にないのは、嘘だ」
「熱いアプローチだな。僕にお熱な厄介者なんて一人でも嫌だってのに、二人になんて増えられたら困るってもんじゃない」
はぁ、と本気の溜息を吐いてから、せつらは幻十を見据えた。惚けた表情とは裏腹に――瞳だけが、異様に冷たい輝きを秘めていた。
「地獄の底で、お前の得た結論を聞かせて貰おうか」
「お前の首が欲しい」
再び、溜息。せつらだった。
「暇が過ぎると人間はロクな事を考えないらしいな。面白い返事を期待した僕が馬鹿だった」
「お前の首以上に価値のあるものがこの街にあるのか? せつら。お前の首……星一つを天秤にかけてもなお、足りないぞ」
インバネスの両ポケットに入れていた繊手を抜きながら、幻十は言葉を続ける。
「先程の、聖杯に価値を見出していないと言う俺の言葉は真実だと誓おう。お前の首だけが、今は欲しいのだ」
「へえ」
せつらは今も、ポケットに手を入れたままだった。
635
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2019/04/11(木) 00:45:33 ID:9BYkc5.o0
「……お前が。他の有象無象共に敗れると言う結果だけは、俺には許容出来ん。せつら、お前は俺の獲物だ」
「その言葉は、僕との腐れ縁としてかい? それとも、糸の師匠としてか?」
「双方共に正しい。そして其処に……嘗てあの街で育った者として、と言う言葉も絡む」
押し黙る二人。陽が翳り、大広間から陽光が消えた。
施設内に設置された照明器具の、人工的な光だけが二人を照らす。その光ですらも、何処か薄暗く、褪せて見える。
せつらと、幻十。美の閾値の究極点たる二名がその場にいるのだ。光ですらも、恥じて闇の彼方へと消え失せようと言う物だった。
「“私”になれ、せつら」
有無を言わさぬ強い語調で、幻十が言った。
鉄のように重い言葉である。幻十の、万斛たる強い思念が一句一句に篭っていた。
「『僕』何て甘っちょろい人格で俺に勝てると思うな。せつら。俺に糸を教えた、あの恐るべき魔人の人格を出せ」
「――もうなっている」
その言葉を聞いた瞬間、凄い速度で幻十は腕を交差して構えた。
対するせつらの方は、両の腕を水平に伸ばす、と言う独特の構えを取っていた。
せつらの姿は、何も変わっていない。
相手の容姿を褒め称える為に、この世に用意された遍く言葉。
それらの言葉全ての容量を集めても尚、せつらと幻十の美の奔騰の前では、コップに大海の水を注ぎ込むようなもの。
せつらの服装も、その美貌も。先刻と全く変わっていない――筈なのに。幻十は勿論、誰もが一つの事実を認識出来る事だろう。
せつらが、変わった。
人格のみならず、魂までもがそっくりそのまま別のものに置換されたのではないかと、思う程に、今のせつらは人が違っていた。
放つ気風が、違う。それまでの、ともすれば聖杯戦争の舞台からは浮いているとしか思えない程暢気な雰囲気が、刃の如く鋭く冷たい殺意で漲っているのだ。
表情もまた、死その物のように冷たい。人間的な感情の起伏を、まるで感じないのだ。ただ、目の前の存在を葬る。
その強い意思だけで、今のせつらの感情は構成されており、その意思が表情に如実に表れている。やろう、なろう。そう思って、至れる境地ではない。
せつらに、死神が宿った。そうと言われても、誰もが納得するところであろう。事実、今のせつらは死神だった。幻十も、強くそう思っている。
そうだ、このせつらを倒してこそ、なのだ。幻十が掛け値なしの最強と認める、魔界都市の魔人の一人。この聖杯戦争において、幻十が最も価値の重きを置く仇敵。その男の中に眠る、死の具現が今目覚めたのである。
「“私”と会ったな、幻十」
「会いたかったのだよ、せつら」
双方共に、互いの武器の事は知り尽くしている。
勝敗を決するのは単純に、妖糸を操るその技量。たったそれだけだ。
「修行の程を見てやろう。来い」
「ああ」
其処で、両名の腕は、黒色の風となって消滅し始めたのだった。
636
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2019/04/11(木) 00:45:47 ID:9BYkc5.o0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それは、達者の手によって見事な舞踊を披露する影絵のようであった。
それは、春の野の花畑を中睦まじく飛び回る黒いアゲハの戯れのようでもあった。
それは――墨を吸わせたローブを纏った、世にも恐るべき悪魔か死神の舞踏会のようでもあった。
せつらと幻十の動きを見て、それが『戦い』にカテゴライズされるものであるなど、果たして誰が思えようか?
影ですらが美しい男達が軽やかなステップを刻み、時に虚空目掛けて腕を素早く動かしたり、ピアノの奏者のイメージトレーニングのように指を空中に滑らせたり。
ともすれば二人は、一つの踊りの演目を協力して披露しているようにしか見えないのだ。
動きは出鱈目なそれではない。これもまた素人が見ても解る事だが、何かしらの法則によって身体を動かしているのだと、一目で理解出来てしまうのだ。この点も、二人が奇妙な舞踏に励んでいる風に見える原因になっていた。
だが、せつらと幻十の動きを、戦闘行為のそれだと結び付ける事は、かなり困難な事であった。
両者が何を用いて、互いの身体を害そうとしているのか? その要となる得物が見えないからだ。
その通り、両名の操る武器は、正しく『見えない』事にこそ、その本懐がある。
大きさにして1/1000マイクロメートル、つまりナノの領域に在るチタン妖糸は、目で見る事は勿論肌に直に触れていても、そうと解らない程些細な物なのだ。
素人が操った所で、この糸は屑糸である。妖糸という大層な名前で呼ばれるにも値しない、過ぎた玩具にしかならない。
せつらと、幻十。異界から現世に零れ落ちたとしか思えない、絢美の象徴たるこの二名によって操られて初めて、見る事も操る事もかなわないこの糸は、『妖糸』と呼ばわれるに相応しい必殺の線条と化すのである。
そして、二人が用いる武器の姿が見えてしまえば、人は思うだろう。彼らの戦いには、断じて首を突っ込んではならないと。
彼らとやがて戦う運命に在る戦士達は、自ら命を果てる道を躊躇いなく選ぶだろう。何を考えても、勝てる展望が浮かばないからだ。
圧縮された鋼の塊ですら、熱した泥の如く切断する致死の魔糸が、せつらと幻十の周囲をめまぐるしく旋回する。
糸は一本だけ動いている訳ではなく、無数。それも百や千ではない。万にも届こうかと言う数の糸が、つむじ風か荒波のように、二名の美しい体を切り刻まんと迫るのだ。
上下左右からは勿論、床下からバネ仕掛けみたいに跳ね上がって襲い掛かる糸もある。しかし、その全てが、せつらと幻十の身体から逸れて行く。
彼らの身体を傷物にすると言う事は、美の神の不興を買う事も同義。それを恐れてか、糸が自らの意思で逸れているのだ。そうと説明されても、万民は納得しよう。
しかし、実際チタンの殺糸が二人の身体を逸れるのは、迫る糸以上の技量で、せつらと幻十が妖糸を動かして対応しているからに他ならない。
無数の糸を、同じく、無数の糸であやし、躱す。行う事は、不可能に等しい程の神技だ。何せ糸は、ナノメートル。見えないのだ。
見えず、しかし、触れれば忽ち死を与える数万の断線に、せつらと幻十は一部の狂いもなく対応し、それを回避するのだ。これ以上の神技が、果たしてこの地に在ろうか。
数万の妖糸で構成された、糸の壁が、大理石の床からグワリと起き上がり、幻十を包み込もうとする。
勿論、常人には糸の一本を視認する事だって出来ないし、そもそもその糸が無数にこより合わさって壁を構成している事すら認識出来ない。
不可視に近い小ささの糸で出来ている以上、それによって編まれた壁だって、目に見えない。当然の話だった。
しかし、幼年からナノの魔糸と付き合ってきた幻十には、壁が見えていた。それは、自分に迫る命の危機を理解している事とイコールであった。
何故なら、その壁に触れようものなら、霊基が粉微塵に斬り刻まれるからだ。靴先に力を込め、キッ、と。床との摩擦音を生じさせる幻十。
それと同時に、幻十の足元に蜘蛛の巣状に展開されていた糸がうねり、竜巻みたいに彼と糸壁の間に立ち昇った。何も、糸を操る為の部位は手指だけじゃない。
幻十とせつら。彼ら程の術者ともなれば、足の指やコートの裾、果ては舌や睫の動きでも、糸を操る事が出来るのだ。靴先でこのような芸当を起こす事は、幻十にとって造作もない。
糸の竜巻に、壁が巻き取られる。如何に壁を編んだと言っても、それを形作っているのは糸だ。
絡め取られもするし、巻き取られもする。当然、それには尋常ならざる技術が必要になるのだが。幻十は、その技術の要諦を満たしていた。
だから出来る。殺戮の妖糸を、己の妖糸で絡め、無効化するこの技が。
637
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2019/04/11(木) 00:46:02 ID:9BYkc5.o0
幻十の目が驚愕に見開かれたのは、次の瞬間だった。
彼自身が生み出した糸の竜巻から、一本の不自然な妖糸が幻十向かって伸びて来たのだ。糸竜巻によって勢いを殺がれた糸の一本が、だらしなく飛来して来た……訳ではない。
それは、音速の数倍と言う、殺意に余りにも満ち満ちた速度で幻十の首へと一直線に、迷いもなく伸びてきているのだ。
小指を動かす幻十。小指の爪に巻きついた一本の糸が、こちらに向かって飛来する妖糸と全く同じ速度で、伸び始めた。
チンッ、と。微かな金属音が響いたと同時に、確かに、橙色の小さい火花が空中に弾けた。誰が、信じられよう。それは、幻十の糸と、竜巻から伸びて来た殺意の妖糸が、糸の先端どうしで衝突した際に起こった現象だったのだ。
「――ほう」
せつらが、嘆息したような声を漏らす。この防がれ方は、想像してなかったらしい。
「今の一撃で、お前を仕留めるつもりだったが、そうはならなかった。腕を上げたな、幻十」
「お褒めに与り光栄だ。地獄で退屈していた甲斐があった。お前も学んで来ると良い、せつら」
右小指を微かに動かす幻十。幻十の技を知らぬ者が見れば、疲労で指が痙攣しているようにしか見えなかったろう。
しかし、その引き攣りとしか誤解されかねないようなかすかな動きにすら、技術の精髄が詰まっている。
その精髄を証明するものが、せつらの足元でだらしなく弛緩し、散乱していたチタン妖糸の糸くずである。
見るが良い、最早殺意も、幻十の持つ超常の技量を必殺の威力と言う形で対象に伝えるべくもないその糸くずが、意思を持ったバネ人形の如くに跳ね上がり、
せつらの下へと殺到して行くのだ!! 幻十の小指の動きに呼応するように、その指の爪先に巻きつけられた一本のチタン妖糸。それが地面に超高速で叩き付けられた事によって、メンコの要領で糸屑共は巻き上がったのだ。鋼を斬り断つ威力をそのままに、せつらの身体にそれらは迫る。
「その程度の腕では地獄に逝ってやれん」
言ってせつらは、纏う黒いコートをはためかせ、迫る糸片を全て跳ね除けてしまう。
この世に、幻十の操る魔糸を防ぐ衣類はない。況や、せつらの羽織る、メフィストの手によりて作られた特注の黒コートをおいておや。
糸の技に通ずる者が見れば、悟るだろう。せつらのコートの上に葉脈めいて走る、幾本ものチタン妖糸が。これが、防御の役割を果たしているのだ。この状態のせつらのコートは、近接戦闘に通暁したサーヴァントの攻撃ですら無効化する程の堅牢さを得ている。
「ふむ……」
佇むせつらを見て、幻十が思案する。
顎に手を当て、遠くを見るような目で何かを眺めるその姿は、どんな風景に在っても幻十自身の美を浮き彫りにし、浪蘭幻十と言うキャラクターを浮かせてしまう異質さに溢れていた。
「せつら、此処はどうも空気が悪い。換気をして良いか?」
「止めはしない」
「それじゃ――遠慮なく」
刹那、大広間全体に、溝が生じた。
ただの溝ではない。ナノマイクロの細さの溝だ。それが、四方全ての大理石の壁や、天井部全域に至るまで。瞬きよりも遥かに早い速度で、縦横無尽に刻まれ始めたのだ。
そして、その溝から壁や天井がズレて行き――壁は礫に、天井は瓦礫となって、幻十とせつら目掛けて雨の如く、崩れて降り注ぐ。
いや、崩れているのはこの大広間だけじゃない。この建物だ。此処、聖徳記念絵画館と言う建造物全てを、幻十の魔線が細切れに切り刻んだのである。
両名とも、腕を動かすタイミングが、示し合わせたように同じだった。
腕の動きが、滑らかで美しい曲線を描く。そして、その行為に追随するように、幾千本ものチタン妖糸が艶かしく動く。
主の敵を、斬り殺す。糸の持つ動きの意味とは、正しくそれであった。
638
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2019/04/11(木) 00:46:30 ID:9BYkc5.o0
空中に火花が散る。触れれば海すら割る威力の妖糸どうしが、ぶつかり合った時に生じたものだ。
何もない空間で明滅する、橙や青、白い色の火花は、それ自体が幻想的な風情を持ち、見る者に妖精の世界の産物を想起させる力があった。
しかし一方で、破滅的なイメージを想起させる現象が起こっているのも、事実である。何故ならば今、幻十の妖糸によって現在進行形でこの絵画館は崩落しているのだから。
重さにして数百kgにもなろうかと言う、建材の瓦礫や鉄筋が、凄い速度でせつらと幻十目掛けて落下して来ているのだ。
尤も、この程度の瓦礫で命を奪われる魔人ではない。直ぐに彼らは、回避行動に移った。
せつらは右、幻十は左に、ステップを刻む。
それは、脳天目掛けて落下している瓦礫を躱す意味もあったが、同時に、攻撃の意味もあった。
ステップを刻む為に、靴で地面を蹴ると、その動きを契機に、糸が音速を超過する速度で互いに迫って行く。
迫らせた妖糸の数は、両名共に同じ、二〇〇本。直撃すれば体中の急所を貫かれ、即死へと至る。
しかし、現実にはそうはならなかった。チンッ、と言う音が鳴り響くと同時に、せつらと幻十。両者から見て数m前方の空間で、火花が散ったのである。
互いに放った妖糸が、敵対者を貫くと言う所残り数mで、せつらと幻十が攻撃に用いた糸とは別に展開させていた妖糸。それらが、自分を害する攻撃を跳ね除けた時に生じた火花であった。
雨か霰か、と言う勢いで降り注ぐ雨を、まるで幽霊の舞踊の様に、スルリスルリと避けて行くせつら、幻十。
避けながらも、彼らは相手を攻撃する事を忘れない。瓦礫を避けながら、指や腕、足を動かす事で妖糸を操り、必殺の魔糸を殺到させる。
体の動きを契機に、妖糸を動かす。それだけならば、不思議はない。だが、真に驚くべきなのは、『地上に落ちた瓦礫の衝撃をも利用している事』。
重量にして、数百kgは下るまい瓦礫を、幻十は後ろにステップを刻んで回避する。当然、地上に瓦礫がぶつかり、砕け散る。その時の衝撃が、トリガーとなった。
地上に張り巡らせていた糸が、瓦礫の激突と同時に、激流の如き勢いでせつら目掛けて四方八方のあらゆる方向から向かい始めたのである!!
しかし、せつらは、幻十がそうやって糸を動かすであろう事を読んでいた。せつらは、今まさに自分の右肩へと落ちるであろう瓦礫を糸で四分割させ、危難を回避する。
いや……危機を避ける為に、瓦礫を壊したのではない。その瓦礫には、糸が無数に巻き付いていた。
その糸は、瓦礫が割断されたのと同時に、手榴弾の様にありとあらゆる方向へと伸びて行ったのだ。そして、その糸の向かう先には、幻十が放った殺戮の糸があった。
神技の何たるかを、軌道と切れ味を以って証明している互いの妖糸が、衝突する。チンッ、と言う音と同時に、青白い火花が方々で幾度も舞った。
あちらこちらで生じていた、青白い、点状の明滅が終わった頃には、既に記念絵画館は消滅していた。
そしてこれと同時に、激しく繰り広げられていた妖糸どうしの攻防もまた、終わりを告げる。チタン妖糸の衝突によって弾ける火花が、なりを潜めたのだ。
換気と称して行った、幻十が妖糸操り。それによって、一個の巨大な建造物は微塵と刻まれ尽くされ、瓦礫の堆積となった。
広がる夏の青空の下、蒸篭の中の様に蒸し暑い空気の最中で、せつらはうんざりとした様子で口を開いた。
「やる事が雑すぎる」
地面に散らばる瓦礫を一瞥してから、せつらが言う。瓦礫は、外部から強い衝撃を与えた事で生まれたと言うものではなかった。
例えて言うなら、柔らかい果物を、よく研いだナイフで切ったように、鮮やかな切り口。
例えて言うなら、ざらざらとした木目や金属を、目の粗いヤスリから細かいヤスリで削り、滑らかな切断面。
一切の例外なく、せつらと幻十の足元に散らばる、嘗て記念絵画館であった物の成れの果ては、そんな風であったのだ。
幻十が斬ったものは、コンニャクでは断じてないのだ。岩石にも似た堅牢さの、建材なのだ。それを、斯様にして切断せしめる。
これを見て、雑な仕事だと判断出来るのは世にせつらだけであろう。只人が見ても、実に見事な、神技であるとしか認識出来まい。
639
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2019/04/11(木) 00:46:44 ID:9BYkc5.o0
「お前の糸には繊細さが見られない。サーヴァントにでもなって腕が鈍ったかは知らないが、そんな技を教えた覚えは私にはない」
「行儀に気を配りながらでも勝てる相手なら、俺だってそうするさ」
互いの動向に気を配り、牽制しながら、せつらと幻十は睨みあう。
現状の実力は、せつらの方に分配がある。幻十自身が、そう認めていた。
サーヴァントになった事による、せつらの実力の劣化は、幻十の目で見てもそうである、と認識が出来る程だ。
“私”の人格が操る妖糸であっても、その桎梏から逃れられていなかった。しかし、実力の劣化が生じているのは、幻十にしても同じ事。
元々の実力に差がある二人が、同じだけの数値分実力を差っ引かれれば、どちらが最終的に高い実力を持つ事になるかなど、言うまでもなく明らかだろう。
差っ引く前の実力が上だった方に、決まっている。サーヴァントになった事による実力の低下の度合いが、せつらも幻十も同じ位であると言うのなら、せつらの方が強い。当たり前の話だった。
――自分は此処で、死ぬか。
それだけの覚悟を、幻十は胸中に抱いていた。殺されたとて、無念を抱く相手ではない。
殺されたとしても、それを事実として受け入れられるだけの男、それが浪蘭幻十にとっての秋せつらだ。
生前のあの、ジョーカー染みた殺され方をされた瞬間ですら、幻十は『是非もなし』として死を受け入れていた程だ。
サーヴァントとしての今生でも、それは変わりない。変わりはしないが、むざむざ殺される事もしない。
来るか。そう幻十が心中で構えた瞬間。
せつらの意識が、幻十の方から、他方に向いた。神宮球場。幻十が正真正銘の『魔界都市』として認識する<新宿>においては、特筆すべき所はなかった場所だ。
「……成程。お前を呼んだマスターは……そう言う事か」
その言葉を認識した瞬間、幻十は目を見開いた。
幻十はせつらとの戦いに完全に集中する為、マスターであるマーガレットの動向を探り、監視する為の妖糸を伸ばしていなかった。
彼女の監視は、妖糸のたった一本で事足りる。その一本を、他者に割くのも惜しいと感じる程、せつらを認めている事の証だった。
しかし、せつらは違った。幻十との戦いに集中していながらも、他方に糸を伸ばすだけの余裕はしっかりと用意しており――そのゆとりを持っていながらなお、幻十と互角以上に渡り合えていたのだ。
幻十を無視し、せつらは、球場の方に地を蹴って駆け出した。
追い縋ろうと幻十も走り出すが、せつらが小指を動かしたその瞬間、幻十が生み出した絵画館の瓦礫を、また更に細かく割断しながら。
瓦礫の下に埋もれていた――埋もれさせていた――せつらの妖糸が跳ね上がり、幻十を包み込もうと迫る。無論、包み込まれてしまえば、幻十はその時点で挽肉だ。
邪魔だ、と言わんばかりに幻十は妖糸を操り、迫るせつらの糸の全てを逆に切断し返し、無力化させる。
ノーダメージであるがしかし、それを終えた頃には、宿敵の姿は何十mも先にまで遠ざかっていた。
幻十はせつらの事を倒すべき宿敵であると認識しているが、せつら自体には、幻十のプライオリティは低いらしい。此処まであっさり、自分をターゲットから外すとは幻十自身も思ってなかった。
その事自体に怒りは覚えないが――マーガレットを狙われるのは拙い。
如何にサーヴァントに迫る強さを持っていたとしても、せつらに狙われては……。
このような決着は幻十としても望むべく物じゃない。幻十もまた、せつらの背を追った。
世にも美しい魔人の二人が消え去り、絵画館の在った跡地から、急激に光が褪せて、陰って行く。太陽の光を、厚い積乱雲が遮る様に、それは似ていた。
或いは世界は、安堵していたのかもしれない。二人の魔人を留め置くには、余りにも気を揉むからと。彼らの美しい姿が在ったと言う事実を名残惜しみつつも。本当は、安心していたのかもしれなかった。
640
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2019/04/11(木) 00:47:21 ID:9BYkc5.o0
投下を終了します
次回で今回の話を終わらせたいのと同時に、今年度は更新速度を上げたいですね
641
:
名無しさん
:2019/04/11(木) 01:09:07 ID:6WYm8czg0
投下乙です
別格の強さを誇る幻十相手に粘れただけでもうどんげは凄い
そして遂に再会した妖糸使いの二人。もしもせつらと幻十がまた戦ったら?という魔王伝のその後を見れるのはとても嬉しい
あっそうだ(唐突)。DMC5はシリーズの集大成に相応しい面白さなので是非プレイして、どうぞ(ダイマ)
642
:
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:33:51 ID:eP/lXdxU0
なんとオメオメ生きてました。
DMC5面白かったですけどバージルくんクソ女々しくなってましたね……。
投下します
643
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:34:08 ID:eP/lXdxU0
攻撃を、避ける。
一対一、一対他を問わず。相手から与えられる害意であるところの、攻撃と言う危難を回避する為の行動は、基本中の基本である。
それはそうだ。命を賭した殺し合いに於いて、相手からの攻撃とは即ち、肉体の損壊は勿論、生命活動の終わり……死に直結するのだ。
好んで、受けるものではあり得ない。基本は、防ぎ、避けるものである。そしてこれは、戦士や武士であろうがなかろうが、想到出来るであろう、戦闘に於ける基本中の基本であろう。
――その基本に忠実になるだけで、強さの格が何ランクも跳ね上がる、デタラメなサーヴァント。
彼らは、そんな規格外極まる存在と、改めて剣を交えていた。
「うむぅ、攻撃が身体に当たってないと殺人鬼として落ち着かないですね……」
上空から、壁に例えられる密度で降り注いで来る針の雨を、左腕で握った、引っこ抜いた十m長の電信柱を小枝の様に振るい、悉く砕いて行く黒贄。
……戯画的にも程がある光景であろうが、全て、事実のままの姿だった。高度数百m上空から、一秒の絶え間なく降り注ぐものは、パムが黒羽を変化させて作り上げた、
鯨髭の様に細い黒色の針であった。高度にして七〇〇m地点から落下している事による位置エネルギーも脅威だが、落下速度は音の十五倍。
数mの鉄壁ですら、超高速度で落下するこの針の前では豆腐も同然。人の身体で受ければその結果は語るに及ばず。
この恐るべき魔雨を、殺人鬼・黒贄礼太郎は、真実、電信柱を振るう事で防いでいた。
黒贄自身優れた体躯の持ち主だが、電柱とどちらの方が背丈が大きいかと聞かれれば、悩む時間は一秒と掛かるまい。
自身の何倍も大きい上に、数トンにも達そうかと言う重さをしたその得物をブン回し、針の雨を砕いて回っている。
そして、その防御の為の行動がそっくりそのまま、攻撃にもなっていた。
音の速度で降り注ぐ針の雨。それに対応するには必然、防御に必要な反射神経も、それを行う行動の速度も。音速の世界に足を踏み入れてなければならない。
勿論、黒針のスコールを防ぎ切っている以上、黒贄の反射神経も、その神経から伝わる命令を受け取って実際に身体を動かす速度も、音速を超過する速度である。
その通り、黒贄は現在、重さ数トンを容易く越える電信柱を、音の速度で滅茶苦茶に振り回しているのだ。
質量あるものが、超音速で移動する。必然的に衝撃波が発生する。サーヴァントですら、おいそれと近付けぬ程の威力を内包した衝撃波が。
地面が抉れる、どころの話ではない。遠坂凛が令呪を用いて命令を下してから、まだ十秒しか経過していない。
その余りにも短い時間で、神宮球場の九割九分が壊滅。瓦礫と建材の堆積しか残っていないのだ。
ソニックブームの威力と、勢い余った電柱の命中。それによる副産物が、あの球場の残骸、成れの果てなのだ。
衝撃波と、これを生む電信柱が、アレックスの接近を阻んでいる。アレックスは幾度も黒贄への接近を試みていたが、攻めあぐねているのは目で見ても明らかだ。
接近すれば衝撃波によって甚大なダメージを負う。衝撃波を生む電信柱に直撃すれば、末路は最早言うまでもない事だった。
近付けない。アレックスの抱いた感想だ。
パムが行っている針の雨による攻撃は、黒贄のみを狙った攻撃ではない。アレックスと、ジョニィ。彼らもその攻撃の範囲内だ。
黒針の攻撃はご丁寧にも、パムの同盟相手であるレイン・ポゥと英純恋子は言うまでもなく、ジョニィのマスターであるジョナサンも正確に外している。
マスターを狙わないのは、強者の余裕か、それとも矜持か――或いは、制限を自らに課す事で戦いの楽しさを上げさせているのか。全てだろう、アレックスはそう考えた。
針自体は、容易く対処出来る。防御力を上昇させる魔術、悪魔の間ではラクカジャと呼ばれる魔術を重ね掛けし、身体に力を入れる事で、
アレックスは防御の構えを取らずともノーダメージで攻撃を防ぎきっていた。ジョニィの方はと言えば、ACT3による潜行を用い、針の驟雨から逃れている。
普段であれば、ACT3の爪弾によって発生する渦から腕を伸ばし、爪を放つところであるが、それすら出来ない程、針は絶え間なく降り注いでいる。逃げの一手しか、取れなかった。
「そりゃ」
一際強い勢いで電信柱を振るう黒贄。生じたソニックブームが、針の雨を悉く砕いて行く――と、同時の事だった。
電柱が、粉微塵に、砕け散ったのである。成り行きとしては、自然なものだった。超音速を遥かに超える速度で飛来する物体を、受け続けていたのだ。
当然の話、防いだものにもダメージは蓄積する。要は、電柱は、柱としての形状を保てる限界の閾値を越えてしまったのだ。
644
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:34:29 ID:eP/lXdxU0
「ありゃりゃ」
気の抜けた声だった。現状を認識しているのか、していないのか、解らない声音。
振るっていた得物がなくなったのと同時に、パムとアレックスが、全く同じタイミングで地を蹴り、黒贄目掛けて特攻する。
アレックスは空手で向かって行き、パムの方は、今まで黒贄の頭上に展開させていた黒針を降り注がせる暗雲を解除・変形、元の羽に千分の一秒で戻してから特攻した。
このバーサーカーの危険性の高さは、両名共に共有するところであるらしい。排除のプライオリティを、今此処にいるサーヴァントの誰よりも高く設定していた。
黒贄の方へと真っ先に接近したのは、アレックスだった。
悪魔の膂力に、攻撃能力を上昇させる魔術であるタルカジャを乗せ、ミドルキックを黒贄目掛けて放つ。
ガシッ、と脛の辺りに圧迫感を感じるアレックス。防がれた――そうと認識したのと、切断されてない左手でアレックスの脛を掴んでいた光景を見たのは同時の事。
グンッ、と。アレックスの視界が回転し、浮遊感をではなく、圧迫感、とも言うべき感覚が身体に叩き込まれた。
振り回されている。掴まれている右の脛を支点として、アレックスは、黒贄の手によって生きた武器と化させられていた。
先程の電柱の役割を、アレックスと言うサーヴァントで黒贄は果たしているのだ。滅茶苦茶な速度でアレックスを振り回し、接近するパムを彼でブン殴ろうとする。
「チッ!!」
ブレーキを掛けて急停止を掛けるパム。寸でのところで、アレックスと激突する事だけは防いだ。
体感した事のない速度と、それによって肉体に掛かるGが、アレックスの身体を苛ませる。
ロケット花火の先端に括りつけられた、哀れな虫の気分を、彼はその身で味わっていた。
いい加減にしろ、と言わんばかりにアレックスは魔力を集中させ、金属すら消滅させる程の威力を内包した放電を行おうとする、が。
凄い勢いで、自分の身体が重力に逆らって上へ、上へと向かって行く感覚を今度は味わう事になった。黒贄に、放擲されたのだ。
黒贄は不穏な気配を察知したのか、アレックスを放り投げ、これから自分の身体に叩き込まれる筈だった放電を回避したのである。
――んの野郎……!!――
と、アレックスが目を血走らせ、攻撃を放とうとする、が。
信じられない速度で地上にいる黒贄と自分の距離が、遠ざかっているのだ。
一秒立つ頃には、黒贄達の姿はもう見えなくなり、逆に崩壊した神宮球場と、サーヴァントの交戦によって跡形もなく消滅したと言う新国立競技場が、
よく見える――と言うより、鳥瞰出来るように、が正しい言い方か――ようになり……。
もう一秒経過する頃には、境界線をなぞるように<亀裂>が走っていると言う<新宿>の全貌が、一望出来る程の高さにまで放り出されていた。
怒りの感情が、驚愕に変わった瞬間だ。「あの野郎、どんな力で――!!」そう悪態を吐きながら、対策を急いで講ずるアレックス。
このまま行けば、大気圏外にまで放り出されかねない程の勢いとスピードであったからだ。
一方、遥か数千m下の地上においては、パムと黒贄が激戦を繰り広げていた。
羽の一本を、底面の直径が二〇m程もある巨大ドリルに変形させ、それを黒贄目掛けて突き出すパム。
これを彼は、一分間で十万にも達するレベルの速度で回転するドリル目掛けて左手を伸ばし、回転するそれに力尽くで触れ――
指と手、手首の力だけで、回転を無理やり止める事で難なきを得た。回転が、完全に止まっている。
円錐状の形が、誰の目にも明らか――な話ではない。ドリルをドリル足らしめる、掘削の為の『ねじれ』の形すらつぶさに観察が出来るレベルであった。
猛速で回転するドリルに片腕で触れている上に、その回転に晒されていながら、黒贄の腕の筋繊維や、手首や肘・肩関節には、まるでダメージがない。
筋肉は断裂一つ起こしておらず、関節や骨格にはまるで破壊されている様子がない。リアリズムを徹底して無視した、埒外の腕力だった。
グッとドリルを握る黒贄。
ムシャリ、と言う音を立てて、円錐状のドリルの先端部が、まるで食パンみたいにちぎり取られる。
むう、と唸るのはパムだ。当然の話、相手を確実に殺す為に、黒羽を変形させてパムが用意したものだ。生半な強度で設定している筈がない。
現に、この地球の中心角を包み込む、分厚い岩石で以って構成された多数の層(レイヤー)、その全てを紙みたいに貫けるだけの掘削力があった筈なのだ。
それが、これである。驚愕とか戦慄とか、そう言った感情を飛び越えて、苦笑いしか浮かばないパムだった。
645
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:34:44 ID:eP/lXdxU0
パムの視界から、黒贄の姿が消えた。否、消えたのではない。
先端をちぎり取られるも、未だ円錐状のドリルとしての形を保っているそれの真下を、掻い潜れる程の低姿勢を維持し、突進してきているのだ。
自ら黒羽を変形させて作り上げた産物によって視界を遮られてしまっている事もそうだが、純粋に、黒贄の移動速度が速すぎる。
ただ左脚で地を蹴るだけで、易々音の速度を突破してくるのだ。二つの要因が重なった結果パムは、黒贄の姿を捉える事が遅れてしまった。
黒贄がタックルを仕掛けてきた、と気付いた時には、彼はもう間合いに入っていた。タックルは通常、突進時の姿勢が低ければ低い程上等なものになる。
相手の足に腕や身体を絡めさせ、バランスを崩し、寝技(グラウンド)に持って行く事が目的であるからだ。
だが黒贄の場合は、寝技に持ち込まれる前に、音の速度で足に突進を仕掛けられるだけでも、もう既に脅威である。
それどころか、足を取られた瞬間、今度は足の方が先程のドリル同様ちぎり取られてもおかしくないだろう。無論、彼を相手にマウントを取られる事など論外。
パムですら、黒贄に馬乗りの状態にされたら生きているかどうか、と弱気になる位には、彼我の近接戦闘の脅威の度合いで水を空けられていた。
そう考えれば、普通は避けるなり、逃げるなりの手段を選ぶ筈だ。彼女は、選ばなかった。しかしそれは、無謀な勇気、つまり、蛮勇から来た選択ではなかった。
漂わせていた黒羽を一枚、パムの胸部までを覆える程度の大きさの壁に変形させる。
但し、ただの壁じゃない。外側、つまり、黒贄と面する側に、乳児の腕ほどもあろう大きさの鋭い棘を携えた、いかにも、な壁である。
それを黒贄が認識した瞬間、逆に彼の方が、目にも留まらぬ速さで、飛びのいたのである。
「やはり、か」
タッ、と。地に足つけた黒贄を見て、得心したようにパムが言う。
思った通りだ。絶対に、針を攻撃しないとパムは推察していたが、真実その通りになった。
パムも、そしてアレックスやジョニィ、レイン・ポゥも。黒贄礼太郎というサーヴァントがある日突然攻撃を、何の気なしに避ける事を選ぶようになった……。
などとは、断じて思っていない。パムよりも寧ろ、レイン・ポゥの方が、その実感を強く抱いている事だろう。
凛が令呪を用いて下した命令。
『この場にいるサーヴァントの攻撃を避けながら戦え』、が生きているせいだ。
令呪を用いた命令は、そのサーヴァントにとって不可能事或いは、命令の内容が余りにも抽象的なものであればあるほど、効力が低下すると言う。
黒贄に下された命令は、実に単純。攻撃を避けると言うとても具体的な命令。その上に、令呪で下された命令は黒贄礼太郎にとって不可能でもなんでもない。
故に容易く、攻撃を回避する事が出来る。と言うより、アレだけの敏捷性と反射神経の持ち主で、攻撃を避け、受けに回らなかったのがパムにとっては不思議なぐらいだった。
恐らくだが、生半な攻撃は全部、黒贄には回避されてしまうだろう。
速度を前面にだした、真っ直ぐで素直な軌道の攻撃は、簡単に避けられよう。十重二十重に工夫を凝らしたフェイントを織り交ぜた攻撃も、同じ結果を辿ろう。
当たり前の話だが、これは脅威である。此方の攻撃が当たらない、換言すれば、ダメージを与えられないのであるから、殺し合いを制する事が出来る筈がない。
646
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:35:03 ID:eP/lXdxU0
確かに勝つのは難しくなった。しかし――『生きて此処から退散出来る可能性は、倍以上に跳ね上がった』。
今までの黒贄は、パムから見ても不気味だった。この世の生き物と、戦っている。そんな実感が湧かない程、気味の悪い生き物だった。
戦いの常識、理の一切から、黒贄が外れた戦いをするからだった。命にダイレクトに関わる部位、急所目掛けての攻撃を、避けない。
結果、戦いの趨勢に直に直結する部位を欠損する。それでも、戦う。五体満足だった時と同等、いやそれどころか、その時以上の動きで、此方を殺しに来る。
およそ、あり得ない戦い方であった。様々な戦い方をする魔法少女を目の当たりにしてきたが、この黒贄以上に、奇異な戦い方をする者を、パムは知らなかった。
だが、今は違う。黒贄は今、攻撃を避け、防ぐ方向に舵を切っている。つまり、戦闘に於ける原則に則った戦い方をするようになったのだ。
こうなると、パムの常識で測れる存在になる。今までの黒贄であったのなら、壁に携えさせた棘で掌など貫かれても、お構いなし。
腕に棘のダメージを受けたまま、壁を攻撃し続け、破壊していた事だろう。現実には、黒贄は飛びのいて、ダメージを受ける事を避けた。
厄介さで言えば、今の黒贄の方が遥かに上だ。
だが、戦っていて安心感を覚えるのも、今の黒贄だ。遥かにやりやすいからである。
何故なら、撤退を余儀なくされた時の逃走ルートが、確保されたも同然だからだ。
今の様に、繰り出された攻撃を悉く避けて、防ぐ姿勢にある黒贄であるのならば、その避けて受けている間の時間で、パムはこの戦闘から離脱する事が出来る。
同盟相手のレイン・ポゥ達を抱えたままでも、きっと余裕であろう。自身の黒羽は、それを可能とする。
黒贄が避け続けるしか選択出来ない程、矢継ぎ早に攻撃を繰り出し続ける事が出来るのだ。
いつでもこの戦いからは離脱出来る、と言う確信は心にゆとりを生む。勿論、この戦いからは絶対に逃げられない、と言う気負いも重要だし、
どちらかと言えばパムはそちらのような背水の心構えの方を好むのだが、時と場合にもよる。離脱する為のルートを確保する事も、また戦いだ。重要な要素だ。
黒贄の姿が、朧に霞んだ。
黒贄の姿が残像として残っていた所を、ライフル弾もかくや、と言う速度で、何らかの飛翔体が行過ぎた。
パムの優れた動体視力は、それが、人間の爪であった事を認めた。ジョニィである。
ACT3に潜行出来る時間の限界を迎えたジョニィが、渦の中の次元から、現実世界へと出現。その姿を露にしていた。
ACT4は、撃たない。いや、撃てないと言うべきか。
こと聖杯戦争における、ACT4の最大の弱点は、自然物を認識していないと撃てない事でもなければ、馬に乗っていなければ撃てない事でもない。
より、もっと。根源的な弱点がある。それは、馬の反射神経を凌駕する相手では、ACT4を撃つよりも前に馬を叩き殺されて発動出来なくなる点だ。
生前は、そんな弱点考えもつかなかった。SBRのレースの際は、馬に乗っている時間の方が長かったし、ACT4の能力に目覚めてからの、
スタンド使いどうしの戦いの大抵は騎乗している時が多かった。そして何よりも、人間の反射神経よりも馬の反射神経の方が優れている為、
彼らの判断に任せても問題ない部分が往々にして存在したのである。聖杯戦争では、それが出来ない。
馬よりも判断が速いどころか、馬よりも速く動ける存在が当たり前の様に跋扈している。この場にいる面子の殆どが、馬より速く移動出来る。
気軽に出せる筈がない。文字通りの必殺の宝具を有していながら、出す事が叶わない。内心でジョニィは、切歯扼腕の思いを燻らせていた。
黒贄に回避されたACT2の爪弾を放ちながら、ジョニィは地面に仰向けに、自らの意思で倒れ込んでいた。
撃つと同時に、その動作は実行されていた。確かな予感がしたからだ。攻撃を放てば、今度は、黒贄は自分の方に攻撃を仕掛けてくるであろうと言う予感が。
それは的中した。気付いた時には黒贄が、ジョニィの目の前に現れ、無造作に、左腕を振るっていたからだ。
凄い、速度だった。仰向けに倒れているジョニィの身体に、猛烈な風が叩きつけられる程の、振り抜きのスピード。残像が、目で捉えられない。
技術の体系が欠片も感じられない、乱雑な攻撃。なのに、達人の妙技の如く、何時振られ、何時腕を振りぬき終えていたのか。それが全く解らない。滅茶苦茶な速度だった。
647
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:37:05 ID:eP/lXdxU0
黒贄の背後から、凄まじい速度でパムが飛び掛ってきた。
一mと半分程の高さまで飛び上がった彼女は、黒羽を変化させて作り上げた脚甲を纏った状態であり、足首から膝下までを覆ったそれを以って、
右のソバットを黒贄のこめかみに叩き込もうとする。こめかみに、彼女の足が触れた、その瞬間だった。
彼女の放ったソバット以上の速度で、黒贄は、蹴り足が回転している方向に、身体全体をグルリとターンさせる。
当然、蹴り以上の速さで身体を捻ったのだ。パムのソバットはスカを食う形となった。
ゾワッ、と。戦慄が、背骨の底から頚椎まで走りぬける感覚をパムは覚えた。
殆ど反射的に、羽の一枚を彼女の身体全体にフィットするような薄い皮膜状に変形させ、それを自らの身体に包み込ませた。
衝撃が、パムの左脛に叩き込まれた。隕石の直撃を思わせる、信じられないインパクトである。
横方向にグルグルグルグル、風車みたいに回転しながら、パムが数百m上空まで吹っ飛んだ。
三半規管がバカになりかねない程の回転を経ながら、パムは、左脚の激痛について分析していた。
折れている、脛の骨が折れ、赤い血で滑った骨が、肉と皮膚を突き破って外部に露出しているのが、よく見える。
殴られたのは解る。黒贄が、ソバットを回避するのに用いた回転、その力を利用し、パムの左脚をブン殴ったのは解る。
超至近距離で放たれる戦艦の主砲ですら、そのダメージの九割九分以上を無効化させる、あの黒い皮膜を以ってしてすら、これである。
纏ってなかったら今頃は、左脚が千切れ飛んでいたばかりか、衝撃波が身体全体を伝って行き、身体を断裂させて即死していた事だろう。
羽の一枚を、十m近い直径と、五m以上の厚みを持った、巨大なエアバッグに変化させたパムは、吹っ飛ばされている軌道上にこれを配置。
ボフッ、と言う音を立てて、パムは背中からそのエアバッグに衝突した。柔らかい感覚だった。ハイクラスのソファに使われているスポンジよりも、ずっと柔らかだ。
これ以上、上空に吹っ飛ばされる事はなくなったパムは、エアバッグを元の黒羽に戻させる。
折れた左脚を見る。派手にやられたな、と思いながら、黒羽を用いた治療に当たろうとしたその時、稲妻のような速度で、自分の真横を、
何かが急降下して行ったのを彼女は感じた。風圧が、彼女を叩く。黒羽を気流に変化させてその風圧を受け流させてから、パムはそれが通り過ぎていった下を見る。
その頃には既に、通り過ぎたものは黒いゴマ粒みたいな点でしかなかったが、アレはきっと、先程まで自分と戦っていた、アレックスであった事だろう。
「急がねばな」
648
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:37:51 ID:eP/lXdxU0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
猫の着地の様な柔らかさで、アレックスは、ひび割れた地面の上に降り立った。
最初に足から着地し、次に膝、そして、手。この身体の部位の順番で接地させ、衝撃を六等分に分散してみせたのだ。
ある程度の高さからなら、ただの人間でも出来るだろう。だがアレックスがこれを行って見せた高さは、高度一万と二五六一mなのである。
魔力を放出し、ブレーキとする事で、黒贄に投げられた勢いを殺させ、今度はその魔力をブースターとして用い、推進力を得た彼は、そのまま地上へと急降下。
音の六倍の加速を得て、地上へと降り立った。それだけのスピードで着地しながら、接地に用いた部位には傷もなにもなく。
いやそれどころか、着地した地面には土煙一つ立っておらず、ヒビの一つも刻まれていない。およそ人間には到底到達し得ない、体重操作の次元をも遥かに超えた、信じられぬ体術の冴えだった。
見た時には黒贄が、余裕そうにジョニィの爪弾を回避していた。
ジョニィはACT3を用い渦の中に潜行、黒贄目掛けてライフル弾めいた勢いの爪弾を放っていた。が、どれもこれも、かすりもしない。
黒贄は最低限度の動きだけで、これを回避しているのだ。身体を軽く半身にしたりなどして、だ。
攻撃こそ当たりもしていないが、ジョニィが出来る事としては、これが正しかった。ジョニィの身体では、黒贄の一撃など、掠っただけでももう死ぬレベル。
安全圏からの攻撃を保障する、ACT3に入ってからの攻撃は、余りにも理に叶ってる。それに――この怪物を迎え撃つのは、同じ怪物であるアレックスの仕事だった。
四つん這いに近い状態からアレックスは、一瞬で、短距離走におけるクラウチングスタートの姿勢をとり始める。
その姿勢から、放たれた銃弾の如き勢いで、黒贄目掛けて突進をし始めた。振り向く黒贄、それと同時に、隻腕の左腕が、霞んでいた。
ドッ、と。肉と肉とがぶつかり合って生じた音とは思えない程、響くような重低音が轟いた。土ぼこりが、音の駆け抜けた方向に、波の様に走り抜ける。
アレックスの右ハイキックと、黒贄の左肘が、ぶつかった音だ。攻め手はアレックス、受け手は黒贄。キックは、物の見事に、ブロックされていた。
黒贄が飛び退くのと全く同じタイミングで、アレックスの身体から、青白い稲光が、蛇みたいに伸び始めた。
その稲光の触れる所、無事では済まない。大気は灼け、コンクリートは赤くドロドロに融解している。その電熱の故である。
アレックスの生身に触れていれば、黒贄の身体はその電流に焼かれていたろうが、見ての通り、予兆を読んでいた黒贄はこれを回避。三十m程離れた所に着地していた。
全くの無詠唱でアレックスは、黒贄の頭頂部目掛けて、稲妻を叩き落とす。
悪魔の間ではジオダイン、と呼ばれる魔法である。それは真実、自然現象であるところの落雷そのもの。威力だけではない、その、速度ですらも。
黒贄はそれを、全く頭上を見ずして、アレックスですら視認出来ないレベルのスピードで、雷の落下点から十m程左にズレた所に移動する事で交わして見せた。
雷すら避けるのか、と愕然とするアレックス。アレックスも、愚鈍じゃない。それまで攻撃を避けたり防いだりする事の意識が、余りも低かった黒贄が、
此処にきて人が変わったように回避を選ぶようになったのが、凛の令呪のせいである事は百も承知である。
令呪で下した命令の効力は、その命令内容が具体的であるかどうか、そしてそれが、そのサーヴァントにとって可能な事柄なのかどうかに比例する。
それを思えば、黒贄に対して凛が令呪を用いて下知した、相手の攻撃を避けろ、とは、具体的で黒贄にとって行う事など造作もない事だろう。
――だが。だが。
幾らなんでも、稲妻の速度を、しかも、全くそれが閃いている頭上を仰ぐ事すらせず回避するなど、令呪の効力の強弱と言う観点を既に超えている。
今、黒贄が稲妻を回避したのは、令呪によるものではないだろう。令呪はあくまでも、黒贄の行動の指針を固定化させただけに過ぎない。
つまり黒贄は――そもそも、光に限りなく近いスピードの攻撃や現象を、回避出来るだけのスペックがあったのだ。
あってなお、今まで実行に移さなかったのである。つまり今まで、わざとらしく攻撃を喰らってやると言うのは、黒贄にとっての制限……縛りのようなもの。
その枷・縛りを、黒贄自身が疎ましく思っているのか、それとも、楽しんでやっていたのかは、アレックスには解るべくもない。
確かなのは、相手を撃滅すると言う観点から見れば、今の黒贄礼太郎は間違いなく厄介であると言うことだった。
649
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:38:09 ID:eP/lXdxU0
黒贄の姿が、大気と同化でもするかの如く消えてなくなった。そして同時に、アレックスの姿も。
黒贄が先程まで佇んでいた場所の地面に、七色の薄い板のようなものが、高速で突き刺さった。レイン・ポゥの放った虹である。
アレックスに対して敵ではないと言うアピールをするのと同時に、彼に恩を売るべく、漸く動き出した。その一環がこれだ。
アレックスと一緒に黒贄を攻撃し、追い詰める、と言う物なのだが、全く以って、攻撃が当たらない。
香砂会で戦った時よりも、格段に黒贄は強くなっている。確信に変わる、黒贄は、時間をおけばおく程、強くなる。
それが、一戦一戦と言う、戦闘一回と言うスパンなのか、それとも、召喚されてから現在までの、リアルタイムと言うスパンなのか。これは解らない。
どちらにしても確かなのは、あの恐るべきバーサーカーは、時を置かせれば置かせる程、厄介になると言う事であった。
レイン・ポゥが、黒贄達の姿を目で追い始めたのと全く同一のタイミングで。
巨大な質量を内包した、岩の塊どうしがぶつかりあうような、凄い音が響き渡って来た。音源の方に、レイン・ポゥと純恋子が目を向ける。
影すらも追いつかぬ、と錯覚する程の速度で、アレックスが右のストレートを放っている。
素人が放つような、予備動作が丸わかりの、テレフォン・パンチではない。
しっかりとした技術の体系に則った、無駄な動作と隙の削除を念頭に置いた動き。今で言う、ボクシングのそれに似た、弾丸どころかミサイルのような速度のパンチ。
これを黒贄は、アレックスとは正反対、予備動作だらけで、かつ無造作に、左腕を動かして迎撃。音は、そのストレートと腕の一振りがぶつかった時のもの。
前までなら、自身の攻撃と黒贄の攻撃がぶつかっても、アレックスは持ち堪える事が出来た。今回は、出来なかった。
腕が振るわれた方角に、アレックスは、矢のような速度で吹っ飛んでいった。叩き込まれた力と言う面で、黒贄はアレックスの上を行っていたのだ。
――クソ……!!――
アレックスがストレートを放つのに用いた右腕が、痺れている。無数の昆虫が這い回っている様な、厭な痺れであった。
吹っ飛んでいったアレックス目掛け、黒贄が突進して来た。数千分の一秒遅れて、アレックスは地面に足を付け、その状態でグッと脚に力を込める。
摩擦が、吹っ飛ばされた勢いを急激に殺して行き、そのまま、一気に急停止。これ以上吹っ飛ばされる事を防いだ。
が、その急停止した頃にはもう、黒贄が近づいていた。黒贄が攻撃を仕掛けよう、と言うタイミングで、アレックスに助け舟が入った。
レイン・ポゥの虹と、ジョニィの爪弾である。異なる方角から離れたそれぞれの攻撃を、黒贄は、いとも容易く、身体を逸らす事で交わしてみせる。
余人には隙とも見えぬ程の短時間、しかも、最小限度の動きで以って行われたこの動作はしかし、魔人・アレックスにとっては隙であった。必殺・致死の一撃を叩き込むには、十分過ぎる程の。
魔力で固めた剣を産み出し、それを右手で握った後、黒贄の脳天目掛けて突き出すアレックス。
肉体で受けに回ろうが、剣を構成する魔力が内包する超高熱が、それによるダメージを与える。
回避に回ろうにも、その瞬間、アレックスはその剣の魔力を爆発させる。爆風によるダメージを、当然相手は負う。どちらに転んでも、アレックスとしては問題ない。
――予想外だったとすれば、だ
「!!」
右手で握る、魔力剣の感覚が、消失する。空気を握っている感覚しか、アレックスにはない。
真実、剣が消えていた。いや、砕かれていた。黒贄が振るった左腕によって、だ。
そう、アレックスでも予想外だった事があるとすれば、最早黒贄の腕力は、アレックスが巻き起こす魔力の爆発すら超越した威力を叩き出すと言う事。
その通り、黒贄は、アレックスが引き起こす筈だった、魔力剣の爆発を、その爆発以上の衝撃エネルギーを内包した、腕力による一撃で叩き潰したのだ。
無論、中途半端に衝撃を加えた程度では、剣は、爆発する。その爆発現象を、一方的に封じ込める程、最早、黒贄の腕力は達していたのだ。
「ヤバいッ」
そう認識した瞬間、両の腕は動いていた。
罰印に腕を交差させ、下腹部へと持って行く。十字受けだ。その瞬間、アレックスの腹部に、戦車砲か、と思わせる程の衝撃が叩き込まれた。
黒贄の、右脚だった。左脚を軸にした前蹴り。やっている事は、それだけだ。
それ自体は宝具でもなければ、況して、魔力放出等の推進力を得た上で行われた一撃でもない。ただ、本当に、自前の筋力のよってのみ行われた蹴りだ。
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:38:38 ID:eP/lXdxU0
にも拘らず、その蹴りの威力は、人修羅と化したアレックスにとってですら、必殺のものだった。
受けに用いた両腕が、折れた。折れた尺骨が肉を突き破って外部に露出、その痛みと事実を認識するよりも早く、
アレックスは蹴り足の伸びた方向に、亜音速で吹っ飛んで行く。ジョニィとレイン・ポゥが気付いた時には、アレックスの姿はこの場から消えていた。何百m、吹っ飛んで行ったと言うのか。
――え、コレマズくね……――
冷や汗をかくのは、レイン・ポゥである。
その戦闘スタイルの特質上、強いサーヴァントや、話の解るサーヴァントとコネクションを持っていた方が、彼女は最大限の実力を発揮出来る。
要はコバンザメなのだが、実際には強い動物の腹にくっ付いているだけの彼らとは違い、レイン・ポゥはサーヴァントと関わりを持つ為に、
常にその為のそろばんを脳内で弾いているのである。そしてその行為は、選択肢一つ誤れば即、死が待ち受けているこの戦いに於いても行われている。
そのそろばんの計算が、狂った。
この時、レイン・ポゥがナシをつけようとしていたのは、アレックスであった。
正直に言えば、胡散臭さのようなものは感じていた。彼女の卓越した人間観察能力と、今まで小狡く生きてきた事で培われて来た第六感が告げていたのだ。
アレックスは、ヤバいと。何を以って危険なのかと言われれば、何処か精神性に危うい所があるからだ、としか言いようがない。
人間以上の強度と、鉄の如き硬度を保有していながら、何処か砂岩のような脆さを窺わせる、そんなメンタル。
それが、レイン・ポゥから見たアレックスの心だ。だが、それが何だと言うのか。誰彼構わず喧嘩を吹っかける血の気の多い魔王だとかお嬢様に比べれば全然マシ。
戦略・戦術について多少の造詣があり、合理を優先出来る程度の理性を保有した、恐ろしく強いサーヴァント。レイン・ポゥがお近づきになりたい。そう思うのも無理からぬ話だった。
そのアレックスが、コンディションのメーターが一気に死亡のそれにまで振り切れるレベルの一撃を貰い、ふっとばされた。
そうなればこの場に残されたものとは、誰か? レイン・ポゥと、アーチャーのサーヴァント、ジョニィ・ジョースター。
弱いサーヴァント達である。勿論、本当に荒事の心得のない、喰われるだけの餌でしかないサーヴァントと言う訳ではない。黒贄と比較すれば、余りにも無力なだけである。
レイン・ポゥは今回を含めれば三度に渡り黒贄の暴れぶりを目の当たりにしている。
その三度のケースから抽出されたデータを纏め、そのデータから導き出した結論としては、自分では黒贄には絶対に勝てないと言う事だった。
元々レイン・ポゥの魔法少女としての能力は、癖がない。真っ直ぐな能力だ。その真っ直ぐな能力を、レイン・ポゥは努力と、人間性を偽る演技で今までカバーして来たのだ。
黒贄にはその全部が通用しない。猫被ってもあの狂人は、知らぬと言わんばかりにこっちを叩き殺そうとしてくるし、それに抵抗しようにも、
黒贄の身体能力はパムをも優に上回るのだ。極め付けに、何をしようとも死なないと来ている。勝てる展望が、何一つとして浮かんでこなかった。
ではその勝率を底上げする為に、この場にいるジョニィと共闘して勝ちの目を拾えるのか、と言えば、レイン・ポゥは出来ないと判断した。
単純な話で、ジョニィが、自分より弱いと思っているからだ。人間観察で推察出来るのは、何もその人物の性格だけじゃない。
身体能力も、普段の立ち居振る舞いから推測可能である。で、推測した結果は、到底黒贄と渡り合える存在ではないと言う事だ。
誰が見ても、普通人よりも少しマシ程度のスペックしかない。これでは共闘するだけ無駄である。どころか、足を引っ張る可能性すら危惧される。恐らくジョニィは、アレックスに対して寄生して勝利を拾おうとした、漁夫の利狙いだったのだろうとレイン・ポゥは考えた。やろうとしていた事は、自分と同じ、か。
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:39:02 ID:eP/lXdxU0
「……この期に及んで、策を弄せる、と言うのなら大した肝の大きさですってよ、アサシン」
純恋子だって馬鹿じゃない、この状況が何を意味するのか、解っている筈である。
解っていてこの発言なのだから、やはり大物と思わざるを得ない。万策尽きた事は、誰の目から見ても明らかである。
ならば普通は尻尾巻いて逃げ出すと言うような考えに至ろうと思おうが、純恋子にはその考えはなかった。考えるだけ無駄であったからだ。
背を見せずに戦え。暗に彼女はそう言っているのだろう。実際この瞬間に限って言えば、レイン・ポゥは、純恋子の考えに同調出来る。
逃げ切れると思えないからだ。背を見せたその瞬間、叩き潰されると言う確信が、今のレイン・ポゥにはあった。それだけ、彼我の間の戦闘力の差は絶対的なのである。
ならば、真正面から戦うか、凛を探して彼女を殺すかをした方が余程生き残れる可能性がある。……尤も、逃げた時の生存確率と、逃げずに立ち向かった時の確率の差など、小数点程度の違いでしかなかろうが……。
「腹括るのは慣れてんだよ、メカゴリラ」
全てを諦め、そして覚悟を決めた声音でそう言ってから、腰を低く落として構えるレイン・ポゥ。
ゆらり、と。陽炎めいたゆっくりとした動きで、しかし、知っている者には途方もない威圧感を与える、不気味な雰囲気を醸しだしながら。
黒贄礼太郎は、レイン・ポゥの方を見つめ始めた。背骨が、凍るような恐怖を、レイン・ポゥは覚える。
「良く生きておいでで」
魔法少女の観点から見ても、生きてはいられない程のダメージを負っていながら、やはり、黒贄は何が面白いのか解らない微笑みを浮べている。
だが、笑みに反して、瞳は全く笑っていない。まるで瞳だけが、有機物で構成された肉体の中にあって、唯一、安っぽいガラス球に置換されているような、
無機的な光を宿した瞳だ。冷気に当てられ曇ったような黒瞳は、数時間前に殺し損ねた虹の魔法少女をジッと見つめていた。今度こそは、今度こそは。そんな意思が、見て取れるかのようだった。
「……」
レイン・ポゥは答えない。答えるだけ無駄だと思っていたからだ。
此方の望むような、まともなやり取りが返ってくるわけでもなし、そもそも、どうせ答えたところで、黒贄の場合は最終的に彼女を殺す事、この一点に帰結する。
なら、今更会話などして、何の意味があるのだろうか。
「貴女程の魅力的な方です、私以外の殺人鬼がもう殺してしまっているんじゃ、と不安でしたが……。いやはや、流石は『馬鹿じゃないのアンタ? 言う訳ないっしょ』さん。生き残っていてくれて、何よりです」
残った左の片腕に、黒贄は力を溜めて行く。
彼の場合は、腕一本どころか、四肢を全部切除してもなお、脅威の度合いが低下しないのではないのか。レイン・ポゥはそう思う他ない。
両腕を失ってなお、黒贄の恐ろしさは、自らのそれを容易く上回るだろう、と。本気で推測していた。
「ああ、嬉し――――」
其処まで黒贄が言いかけた瞬間、彼の姿が、朧と霞んだ。
何処に移動したのか、レイン・ポゥは目で追える。移動したのではない、『吹っ飛ばされた』からである。
レイン・ポゥから見て左方向に、弾丸もかくやと言う勢いで、直立した姿勢を維持したままに、凄い速度で彼女から遠ざかって行く。
「なっ……!?」
先程黒贄がアレックスにして見せた、蹴りを行い相手を高速で吹っ飛ばす、と言うその行為。
まさかそれを、今度は黒贄がやられる羽目になった。しかも、その吹っ飛ばされた方法と言うのが、彼自身がやって見せたのと同じものである事。つまり、『蹴り』であったと言うのだから、奇妙な縁であった。
「……」
黒贄が先程まで佇んでいた地点には、バトンタッチと言わんばかりに、一人の女性が立ち尽くしていた。
蹴り足として使った右脚を戻しながら、黒贄礼太郎をフロントキックでこの場から蹴り飛ばした女性は、静かに。
レイン・ポゥとジョニィ・ジョースター達を一瞥するのだった。
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:39:42 ID:eP/lXdxU0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その女性を見た時レイン・ポゥとジョニィは、彼女が人間である等と欠片も思わなかった。
姿形だけを言うならば、成程、確かに人間である。緩くウェーブの掛かったプラチナブロンドの髪を後ろで縛った、余りにも整いすぎた顔立ちの美女。
パムと同じで、可愛いと言うよりは美人と言うか、麗しいと言うカテゴリに該当する手合いの女性だった。
身に纏う青いスーツのデザインに、遊びがない。肌の露出も抑えられ、フォーマルな場に出て行く事を想定した、TPOを徹底的に遵守する為のデザイン。
カッチリとしたお固い印象を受けるが、その固さがまた、生来のものである女性の美しさを、上手く引き締めさせていた。
絵師に美女を描けと命令すれば、モデルに選ばれるのはこの女だろう。何を着ても似合おうか、そんな、ズルい女性が、其処にいた。
――人間じゃねぇ……――
レイン・ポゥの体からドッと冷や汗が噴き出て来る。
何だ、目の前のあの女は。今しがた純恋子が念話で、【ステータスが目視出来ない】と告げた事から、高確率でサーヴァントでない事が予測される。
無論、ステータスの見える見えないと言う事実は、サーヴァントやマスターの推察材料足り得ない。
ステータスなど、用意に隠蔽も改竄も可能であるからだ。だからステータスの目視は、一種の基準にこそなりはすれど、絶対の信頼を置けるものではない。
レイン・ポゥが目の前の美女を、サーヴァント以外の存在だと思った理由は単純明快。霊核を魔力が覆う事で肉体と成す、つまり、
身体の構成要素が全て魔力で編まれているのがサーヴァントであるのに、目の前の女性は、完全に、生身。真実本当の肉体を持っているのである。
だから彼女は、サーヴァントではあり得ない。何故ならば、この世界に物質的に確かな実在性を持っているのだから。
だからこそ、恐ろしいのだ。
サーヴァントが強いのであるのなら、それは、納得が出来る。サーヴァントとは、強くて当たり前だからだ。
この世に招聘された、過去或いは未来に存在している、するとされる英霊達。それがサーヴァントであるのだから、程度の大小こそあれ、強いのは当然の話。
目の前の女は、何だ? サーヴァントこそが強者としてのヒエラルキーを独占するこの<新宿>の中にあって、サーヴァントに非ずして、『レイン・ポゥの遥か上を行く強さを持った』この女性は。
自身以上の怪物が跋扈する魔法少女の世界で、伊達に綱渡りを続けていない。相対した存在が、自分より強いのか弱いのか。その嗅覚に、レイン・ポゥは優れる。
目の前の存在は、桁違いに強い。単純な身体能力は、どんなに低く見積もってもパムと同等。つまり、真正面からの戦いでは先ず負ける。
それだけでも恐ろしいのに、真に驚愕すべきはその魔力量だ。桁違い、と言うか、底なし、と言う単語が頭を過ぎった位だ。
サーヴァントが元々保有している、活動が最低限保障している程度の魔力量。これは、人間換算で言えば、凄まじい量に該当するのだが、
平然と、あのプラチナブロンドの美女はそれ以上の魔力を保有している。コレに比べれば、レイン・ポゥのマスターである純恋子の魔力量など、コップ一杯分程度。
あの女――マーガレットの魔力量は、まさに、『大海』。どんなトップサーヴァントを何体同時に使役しても、問題がない。最早そのレベルの量であった。
「……素晴らしい」
心の琴線に触れた、名画にでも目の当たりにしたような、感動に打ち震える声音で、純恋子が呟いた。
……この後に続きそうな言葉が、嫌でも思い描ける。そして、それを実行に移させたら、ダメだ。純恋子が、死んでしまう。
「……君、は……」
呆然とした様子でジョナサンが言った。
彼もまた、マーガレットがサーヴァントでなく、マスターである事を見抜いた。
彼の場合は、位置関係上目視する事が出来る、彼女の左手甲に刻まれた令呪によるところが大きいが。
死線を幾つも掻い潜ってきた、歴戦の波紋戦士であるジョナサンもまた、戦慄を隠せない。
屍生人などとは格が違う。吸血鬼などとはワケが違う!! サーヴァントをも、超越する!! ジョナサンは確信し、同時に恐れ戦いている。マーガレットが醸す、計り知れぬ程の、戦闘能力に。
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:40:00 ID:eP/lXdxU0
「……この程度の強さのサーヴァントに、掻き乱されていたのね」
ややあってからマーガレットの口から放たれたのは、見下すような言葉だった。
込められた感情は、ゾッとする程に冷たい。いや、冷たさだけではない。落胆の感もまた、其処には秘められていた。
「如何やら……此処にいるマスター達には、サーヴァントは過ぎたおもちゃのようね」
トッ、と。音を立てて、右の爪先で軽く地面を小突いた瞬間、マーガレットの身体が、バネ仕掛けの様に跳ね上がった。
この、力学的な作用など一切見込んではいないであろう動作一つで、彼女の体は三m程も浮き上がっただけでなく、
重力をも超越し、その高度で浮遊をし始めたのである。レイン・ポゥは気付いた。その浮遊の動作に、魔力が一切絡んでいないと言う事実に。つまりこの能力は、マーガレットにとっては、素で行える芸当に過ぎないのだ。
「そのおもちゃ、取り上げて上げるわ」
「聞き捨てなりませんわね」
そう言ったのは、純恋子であった。「またコイツは……」、と言う様な顔で彼女を睨めつけるレイン・ポゥ。
しかし純恋子は、その目線を一切無視し、ズイ、と。従えている虹の魔法少女の前を往き、決然たる輝きをその双眸に込めて、口を開いた。
「そちらは、サーヴァントの事をおもちゃか、サーヴァントと言う名が指し示している通り、文字通りの奴隷扱いをしているのかも知れない。ですが、私は違いますわ」
「何が、かしら?」
「私は、アサシンの事を相棒であり、従者であり、パートナーであると見ておりますの。物扱いした事などは、一度たりとてありません」
「ですので――」、と純恋子が言った瞬間だった。
純恋子は、右の義腕の上に被せていた、人間の腕と誤認させるスキンを剥ぎ取り始めた。
スキンで隠して装備させていた、ライフル状の銃口。これをマーガレットに合わせてから、彼女は言葉を紡いで行く。
「撤回なさい。おもちゃ、と言う物言いを」
その言を、マーガレットは何事もないような態度で受け止めていたが……。何故かその後で、皮肉気な笑みを浮べ、その表情のままにこう言った。
「羨ましい限りね。そう言う、素敵なサーヴァントと契約出来ていて」
純恋子達の方と、ジョナサンの方。交互に一瞥するマーガレット。
ジョナサンの前に立っているジョニィは、油断なくマーガレットの頭部に人差し指を向けている。爪の弾丸は、いつでも放てる体勢にあった。
「どうやら、双方共に手放す気はないようね」
「淑女の頼みには応えて上げたい所ではあるが……限度と言うものがある」
ジョナサンの答えも、無論、否。
彼としても、ジョニィの事をおもちゃ呼ばわりされた事には、思うところがあったようだ。瞳に、冷たく鋭い光が宿っていた。
「なら仕方がないわね。実力行使、とさせて貰うわ」
その言葉と同時に、マーガレットの姿が、神速、とも形容出来る程の速度で掻き消えた。
目で、誰も追えなかった。気付いた時にはマーガレットは、パンチやキックが届く間合いにまで、純恋子の所まで急接近。
ライフルを取り付けた彼女の右義腕の肘を掴み、単純な握力で、義腕の軌道部分や導線配置の要となる部分を握り潰して破壊した。
人の身では、最早あり得ない握力だった。銃の発射機構を備えていると言う都合上、純恋子の義腕は、通常の倍以上の高耐久力と高硬度を誇っていると言うのに。それを、麩菓子か何かの様に、砕いて見せるなど。
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:40:14 ID:eP/lXdxU0
レイン・ポゥが驚愕と同時に、動いた。いつの間に接近を許してしまった……?
我が身の不覚を叱責しながら、虹の魔法少女は、純恋子の右義腕を上腕部分から、虹のギロチンを落下させる事で切断。
義腕を掴んで純恋子を拘束するマーガレットと切り離させた後で、純恋子を突き飛ばし、目の前にいる恐るべき危険人物から距離を取らせる。
それと同時に、マーガレット目掛けて、一m程の長さに延長させた虹の剃刀を、高速で振り回す。此処までに掛かった時間、凡そ一秒と半ば。
この間、レイン・ポゥは虹の刃を五度、振るっていた。頚椎、胴体――特に心臓や肺等が集中している部位――、肩と脚の付け根。
その部分を狙って振るい、その全てが、マーガレットの身体に吸い込まれるように、見事に命中した。そしてその全てが――すり抜けた。
「!!」
目を見開かせるレイン・ポゥ。
すり抜けた、と言う言葉は比喩でも何でもない。本当に、攻撃が透過するのだ。
人の意思を持った水か何かでも、相手をしているかのようだ。いや、水ですらない。水だとて、斬れば、液体を斬ったと言う感触が伝わるからだ。
マーガレットにはそれがない。本当に、空気や霞を斬ったような手応えしか、伝わってこないのである。
マーガレットの左腕が、霞んだ。
重力が反転し、身体の中身が全て浮つくような恐怖感を覚えるレイン・ポゥ。
それと同時に、彼女の鳩尾に、砲弾を思わせるような重い一撃が叩き込まれた。
ゴゥンッ、重く響くような音が、レイン・ポゥの腹部から生じ、それと同時に凄い勢いで彼女は吹っ飛ばされた。
優に四十、五十m。とても、人間の膂力で殴り飛ばせる距離じゃない。マーガレットが人間でない事の証であった。
「かっは……!!」
よろめきながら立ち上がるレイン・ポゥ。
サーヴァントと言う存在の絶対則として、彼らは、神秘を保有しない攻撃では絶対に身体を害せないという物がある。
この<新宿>に於いて、マスター達が最も接する機会の多い神秘とは、魔力になろう。
その通り、魔力を内在、或いは介さない干渉手段では、サーヴァントの身体に傷を付ける事など不可能である。
極端な話、銃弾は勿論の事、戦闘機の機銃の乱射や、果てはミサイルだとて、其処に魔力(≒神秘)が無ければ、サーヴァントを殺せないのだ。
この特性があるが故に、サーヴァントはマスターに対して有利な位置に立てるのだ。マジックアイテムの類でもなければ、ナイフや弾丸を用意しても、
ダメージなど与えられず、よしんばそう言う類の武器を所持し、魔術に覚えがあったとしても、対魔力を備えたサーヴァントならそれらの利きも目に見えて悪くなる。
マスターがサーヴァント相手に勝てないと言うのはこう言うカラクリがあるからなのだが、それなのに、マーガレットがレイン・ポゥにダメージを与えられたのは、何故か?
無論、答えとしては、マーガレットがサーヴァントに干渉出来る措置を施していたから、殴り飛ばせた。これが大きいのだろう。
実際問題として、魔術に覚えのあるマスターは、如何やらこの聖杯戦争において珍しくもなさそうなのだ。なら、この点については、驚く所はない。
問題なのは――『レイン・ポゥがコスチュームの下に忍ばせていた、アンダーシャツ代わりの虹の板を、マーガレットが殴打で真っ二つにした』、と言う点だ。
レイン・ポゥの持つ固有の魔法であり、サーヴァントの身の上では宝具扱いにもなっている、虹を生み出すこの能力。
特筆する点は切れ味の凄さだけでなく、その耐久力も含まれる。その通り、通常は、破壊されない筈なのだ。
石畳を煎餅の様に真っ二つに出来る魔法少女の脚力で地団駄ふんでもビクともせず、戦車の砲弾は勿論、ミサイルの直撃を受けても、問題ない。
それが、レイン・ポゥの持つ虹の耐久性能なのだ。彼女が全幅の信頼を置く、この耐久力を持った虹を……何故、マーガレットは壊せたのだ?
サーヴァントが砕くのであれば、まだ納得が行く。黒贄などは現に、容易く破壊して見せたのだから。だが、マスターに壊されるとなると、話は別だ。
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:40:33 ID:eP/lXdxU0
「冗談だろ……ッ!!」
胃が裏返るような恐怖を覚える。
マスターサイドの人間でありながら、自らの生み出した虹を破壊する膂力。其処から演繹出来るモノは、一つ。
あの女性……マーガレットは、単純に、黒贄礼太郎に匹敵するレベルの膂力を持った怪物であると言う事。
そしてこの攻撃に、彼女は神秘を纏わせられる。つまり、サーヴァントに直接攻撃を仕掛けられるのだ。これ程、恐ろしい話もない。
現にレイン・ポゥは、防弾チョッキ代わりとして仕込ませていた虹の板がなかったら、殴られた箇所から胴体をちぎり飛ばされ、即死していたのだ。
しかも、マスターでこれなのだ。令呪が刻まれていると言う事はつまり、従えるサーヴァントも健在である事を意味する。
重ねて言う、マスターがこの強さなのだ。一体、どんな怪物を、マーガレットは従えていると言うのか……。レイン・ポゥは、頭が痛くなり、気が遠くなる程の思いで、マーガレットの事を睨みつけていた。
レイン・ポゥの方に冷たい目線を向けるマーガレット。彼女のマスターである純恋子など、眼中にもない。
御前だけを必ず殺す、そんな意思が、青いスーツの美女の瞳から横溢していた。
空に浮き、レイン・ポゥを見下ろすマーガレットの胸部を、何かがスルリと。高速で通り抜けた。爪の、弾丸。
弾道から予測するに、間違いなくそれは、ジョニィの放った爪弾であった。やはり、偶然ではない。マーガレットは、攻撃を素通りさせられる何かを持っている。
サーヴァントレベルの攻撃ですら、一方的に無効化させられる手段。マーガレットは、最強の矛と盾を、同時に持っていると言う事なのか。
「どう言う事だ……」
ジョニィが呟く。釈然としない様子だ。
放った爪弾は、ACT2。如何な物理的な頑強さを伴っていても、それが物理的に接触可能であるのならば、接触部に弾痕を刻み込め、
其処から、銃弾が貫通したのと何ら変わりない程のダメージを負わせる、強力なスタンド能力である。
この能力は、物理的な干渉力をもったもの、つまり、物理的にこの世に存在するものであるのなら、等しく弾丸の損傷と損壊を与える事を意味する。
――幽霊か?――
ナンセンスな話すぎて、笑えない。
そもそも、サーヴァントこそが幽霊の延長線上の存在ではないか。ジョニィは今も、自分がサーヴァントであるという意識が薄い。
それでも、事実は事実だ。サーヴァントが幽霊の存在を疑うなど、馬鹿馬鹿し過ぎるにも程がある。
「手の内は尽きたようね」
少なくともレイン・ポゥについてはそうだ。
ジョニィについては、殺せる、と言う確信を、他ならぬ彼自身が抱いている。そのメソッドを、今此処で実行出来るのか、と言う事は抜きにしてだが。
人の形をした『死』そのものみたいな女が、レイン・ポゥに目線の照準を合わせる。
「死ぬ」、頭にそんな考えが過ぎったのと同時に、マーガレットの重心が移動を始めた。攻める為に、ではない。逃げる為に、だ。
トッ、と軽やかにバックステップを刻んだのと同時に、凄い勢いで上空から、無数の剣が降り注いで来たのだ。
剣の形は画一的で、柄のデザイン剣身の長さまで全て同じ。色に至っては皆、墨に浸して置いておいたような、黒一色。
黒塗りのロングソードは三十本程、地面に墓標めいて突き刺さっていたが、本命のマーガレットが串刺しになってない事に気付いたか。
自分の意思でそうしたかのように、剣その物がパリンと軽い音を立てて砕け散った。
剣そのもののカラーリングを見れば、この攻撃が誰の手によるものなのかは、一目瞭然。
レイン・ポゥは勿論、ジョニィやジョナサンですら、攻撃した者の正体を理解していた。
「……人か? 貴様」
パムにしては、その声には覇気がなく、疑問気な様子がありありと見て取れる。
彼女程の見識を以ってしてすら断定するのが難しい程に、マーガレットと言う女性は、その在り方の根底から混沌(カオス)を極めているのだ。
人でない、と言われても納得出来る。では、だったら何なのかと問われたら、全く解らない。マーガレットはそう言う人物だった。
「それはこっちの台詞よ。貴女、本当にサーヴァントなの?」
656
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:40:50 ID:eP/lXdxU0
一〇m上空を浮遊するパムに対して鋭い目線を送りながらマーガレットが言った。
パムがマーガレットの力量を瞬時に見抜いたように、マーガレットもまた、パムの正体を見抜いていた。
マーガレットから見たサーヴァントと言う存在は、朧げだ。根本的に霊の属性を宿した存在である為、実在性があやふやな為である。
しかしパムは違う。パムは明白に、この世界に正しい意味で形と質量を伴って君臨している存在なのだ。存在が、余りにも確固とし過ぎている。
受肉している事を、マーガレットは即座に理解した。だが、どうやって?
マグネタイトを寄代として物質世界に君臨する悪魔。術者の精神力や心のチカラを糧とし、ヴィジョンとして一時的にこの世に降臨させられるペルソナ。
こう言った、強力な存在であるが故に、物質世界に来臨するには制約が多すぎる存在は、その制約の故に、物質世界に完全な形で留め置かせる事は困難を極める。
サーヴァントであっても、その原則は変わらない筈。なのに、パムは今明白に受肉している。これが、妙だ。この<新宿>に於いて、サーヴァントを受肉させ得る手段など、聖杯の奇跡以外にあり得ないと言うのに……。
「サーヴァント、と言う事になっているらしいぞ」
「答える気はない、と解釈して良い訳ね?」
「問題はない」
「そう。じゃあこの世から消えなさい」
マーガレットが、まるで死刑の宣告か何かを想起させるような、冷たい声音でそう告げたその刹那。
光と見紛う程の速度で、マーガレットが立っている場所のすぐ傍に、青白い光の本流をたばしらせながら、人型のヴィジョンがその姿を現した。
白く光り輝く鎧を着込んだ、顔自体が光り輝いていると見える程の美青年。しかも単なる優男と言う訳ではない。
キリリとしたその顔つきと、鎧の下からでも解る程の筋肉の量、何よりもその手に握った、白銀に輝く長槍が。
戦士の威圧と説得力を見る者に与えるのだ。名を、クーフーリン。凡そ無限に等しい総数のペルソナを操るマーガレットが特に好んで使うペルソナの一体だった。
「スタンド――」
ジョニィが何かを叫びかけたのと同時に、マーガレットが呼び出した若武者が、その手に握った槍を、魔王を気取るが如く此方を見下ろすパム目掛けて、放った。
それが果たして、人の形をした『もの』の手によって放擲されたスピードであると、果たして誰が信じられようか。
得手、クーフーリンの手から離れた瞬間、その槍は弾丸の速度を越え、音のスピードを抜き去り、地球の引力圏の井戸を振り切る速度に至る。その速度に到達するまで、十分の一秒も、掛かってない。
さしものパムの顔からも、余裕が失せた。
槍の速度に驚いたのではない。内包しているであろう威力にも、戦慄の念はない。パムなら実際、再現は容易だ。
但し――これがマスター、サーヴァント以外の存在の手によるものとなれば、話は別だった。
「――!!」
黒羽が棍棒に似た形に瞬時に変形、それが猛然と振るわれ、クーフーリンの投げた槍に衝突。
槍の穂先には無数の小さな槍が収められており、戦場では穂先が炸裂しその無数の小さな槍が相手を刺し貫いた、そんな伝説を知っていれば、
パムのような対処方法は通常取らないだろう。知っていたとて、パムはこんな手段に出たろう。単純な理由だ、その程度の攻撃では、自分の命は取れないと思っているからだ。
657
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:41:08 ID:eP/lXdxU0
槍と棍棒が衝突。
明後日の方角に槍は、中頃から圧し折れながら吹っ飛ばされて行く。それを認識した瞬間、パムはマーガレット目掛けて急降下する。
パムも多人数を相手取る時に行うメソッドだが、黒羽に自律性と簡易的な意思を持たせて、取るに足らない雑兵を相手させると言う手段がある。
マーガレットが呼び出したあのクーフーリン――ペルソナは、とどのつまり、そう言うものだろうと彼女は認識していた。
そう言う自律兵器を創造する時、パムはなるべく凝った形にしない事にしている。すぐに形成出来る位には適当なデザインでありながら、
戦闘に明白に特化しているであろう事が伺えるレベルの機能性を両立させたものを創造する。マーガレットのペルソナにはそれがない。
あの美貌、あの鎧の装飾の細かさ。どれも息遣いすら感じられる程にリアルだ。マーガレットは凝り性なのだろう。
だが、そういった凝った物を動かすには、労力が要る。無論、マーガレットレベルの実力なら、その労力など誤差などと言う言葉すら使う事が憚られる、
そのレベルで僅差なのだろう。だが、その僅差に、付け入る隙がある。その僅差の間隙を押し広げる手段を、パムは、圧倒的な速度と攻撃力が生む暴力によって抉じ開けると言うやり方に見出した。
羽の一枚が泡の様に弾けて消える。掛かった時間は、千分の一秒。
黒羽は形のない、しかし、指向性を伴った『気流』に変化していた。その気流に乗って、パムがマーガレットの下まで急降下。
音の速度を容易く越える程の速度でマーガレットの下に迫るパムは、右脚を伸ばし、伸ばした足でマーガレットの麗貌に蹴りを叩き込もうとしていた。
左脚は使えない、黒贄に折られた傷が癒えてない。直撃すれば、その蹴りは人間の首を胴体から離れさせるだけの威力がある。いや、離れると言うよりは……粉々にする威力、と言うべきか。
マーガレットは眉一つ動かす事無く、パムの蹴り足に右掌を伸ばした。
伸びきったマーガレットの腕と、同じく伸ばしきったパムの右脚が、激突。
空間その物が、波打った。そうとしか認識出来ない程に、大気が揺れた。人体と人体の衝突の際に生じたものとは思えぬ程の大音が、
マーガレットの掌とパムの脚部の接合点から生じだし、その音に追随する形で、衝撃波が二名の周囲を駆け抜けた。
「このバカッ!!」
一喝するレイン・ポゥ。最強の魔法少女の一角であるパムと、レイン・ポゥの虹すら破壊するマーガレット。
両名の膂力による一撃が衝突した事による衝撃波は、サーヴァントを軽く吹っ飛ばして余りある威力を内包する。
そんなもの、マスターが食らってしまえば一溜まりもない。少なくとも、今の純恋子では冗談抜きで死にかねない。
虹のバリケードを純恋子と自分の前に展開し、迫る衝撃波を防御しようと試みる。試みは、コンマ十分の一秒の差で成功した。
台風の前の雨戸か何かみたいに、ガタガタとバリケードは震えだす。判断がもう少し遅れていたら、人の体の骨格を全て粉砕するだけの威力のショックウェーブが、
叩き込まれていたのだと思うと、ゾッとしない話だった。
一方、防ぐ術に恵まれなかったのは、ジョナサンとジョニィの方だった。
ジョニィは、あのSBRを走破した事による天性の勘で、反射的にACT3を発動、爪弾を自らに叩き込み、渦の中に潜行する事で衝撃波をやり過ごした。
ジョナサンの方はと言えば、弾く波紋を身体に纏わせ、防御の姿勢を行う事で衝撃に備える事しか、出来なかった。
「ぐぅっ!?」
結果が、これだ。
身長一九五cm、体重一〇五kg。それが、ジョナサン・ジョースターの身体つきである。異の挟みようがない巨漢である。
肥満体ではない。寧ろ、ウィル・A・ツェペリの下で血の滲むような波紋の鍛錬を積んだせいか、脂肪分など同年代に比べてずっと少ない方なのだ。殆どが筋肉の重さだ。
その、大男のジョナサンの身体が、風に吹かれる木の葉か、或いは、子供が無造作に投げたゴムボールかの如くに、吹っ飛んでいる。
弾く波紋の効果の威力は、絶大であった。ジョナサンの現況を見る限り、波紋が全く意味を成していないと思おうが、実際はこれ以上となく機能している。
大地に踏ん張り衝撃波をやり過ごすなど絶対に不可能と考えたジョナサンは、逆に、弾く波紋を纏わせて、衝撃波と衝突。
逆に、『自分が勢い良く弾かれる事によって、本来舞い込まれる筈だったダメージを大幅に減退させる事』に成功したのだ。
弾く波紋は使い方によっては、弾かれる波紋にもなると言う訳だ。そうしていなければジョナサンの命運は此処で潰えていた。恐ろしく、正しい判断なのだった。
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:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:41:42 ID:eP/lXdxU0
「お前……」
そしてパムの方は、レイン・ポゥの一喝も、ジョナサンとジョニィの行方すらも気にならない程驚いていた。
防がれている。マーガレットは、パムの放った裂帛の蹴撃を、腕の一本で容易く受け止めて見せた。
パムの能力の汎用性と出力を考えれば、彼女が放っていた一撃など、最奥どころか序の口のものである。が、間違ってもそれは、余人に受け止められる物ではない。況して、魔法少女ですらない存在になど……。
蹴りを防ぐのに使っていたマーガレットの右掌が、這いずり回る蛇の如く、滑らかに動き始めた。
マーガレットの右腕は正しく、獲物を狙う大蛇の如くに、そのターゲットを定めたのだ。パムの足首。其処に巻き付く為に。
パムの右足首を、マーガレットの右手が捕えた。圧し折るも良し、単純な握力で握り潰すも良し。マーガレットの手には、それを可能とする力があった。
「っ……」
ヌルッ、と、パムの足首を掴んだその瞬間の事だった。
上手く、掴めない。滑るのだ。指、掌。そのグリップ力が全く上手く働かない。まるで、潤滑油か何かでもパムの身体に塗られているかのような――。
トリックを認識した瞬間、マーガレットの姿が、まるで初めからその場になど存在していなかったかのように消滅する。
その、マーガレットが消滅した地点を、巨大な剣身が超高速で横切った。サーベルの様に湾曲した曲刀で、吸い込まれるような黒一色の剣身。
パムが黒羽で変形させた、刃渡り二mにもなる魔剣である。マーガレットの姿が消えてなければ、彼女の首を胴体から分離させられたのだが、ままならないものだった。
「お前、本当に何者だ?」
パムがそう告げた瞬間、マーガレットが姿を現す。パムの真正面一〇m先で、スッと背筋を伸ばして直立している。
「力を管理する者」
短くそう告げたマーガレットに対して、パムは、失笑を以って返した。
「驕るなよ。何を、管理する者だと? 神か何かにでもなったつもりか?」
「事実を語ったまでなのだけれど……。それに、そう言う反応を取るには、無様な姿をしてるって 自覚はないの? 貴女」
居丈高な態度をするには、パムの今の様子は説得力に欠けていた。
これまでの戦いで負った手傷がある。ジョニィのACT4により黒羽は永久的に一枚欠けた状態になり、更には黒贄によって折られた左脚。
脚の方は黒羽の影響で回復傾向にあるとは言え、それでも、普通であれば戦うと言う選択肢が脳内からオミットされる程度の重症なのだ。
それでも戦おうとするのが、魔王が魔王が足る所以なのだが……。
極め付けに、パムの身体はズブ濡れだった。水を被ったのでもなく、況して汗でもない。そもそもパムは水で濡れているのではない。油で濡れているのだ。
パムがマーガレットの頭を蹴り飛ばそうとした時、彼女は黒羽を、一方向のみに吹きすさぶ高速の気流に変化させていた。それに乗って、彼女は蹴りを放った。
そしてその蹴りが防がれた時、パムは即座に、体に纏わせていた気流を、『高潤滑性の油に変化させ、これで自らを覆っていた』のである。
だから、マーガレットは上手く掴めなかったのだ。機転が良いと言えばその通りではある。だが、逆に言えば、それだけパムは必死だったと言う事でもある。
そうでもしなければパムの運命は途絶えていたのだ。発言の内容と、今の彼女の状態。てんで、バランスが取れていない。マーガレットの目にはパムは、生汚い女、としか映ってなかった。
「此処に来てから、魔王の威厳も渾名も形無しでな。泥臭い姿が性に合ってしまった」
マーガレットの挑発に意外にも、パムは肯定する。
否定したところで、かえって情けないと考えたからだ。<新宿>の街に蔓延るサーヴァントは誰も彼もが紛れもない強敵ばかり。
パムが戦ったチトセも永琳、アレックスやジョニィも。魔法少女であるパムに授けられた、魔王と言う通り名から威厳と説得力を奪うだけの実力を秘めた戦士だった。
余裕を持って立ち回れた相手が、一人たりともいない。気を抜けばこっちの命が刈り取られる、油断もなにもない強敵ばかり。そして彼ら相手に、勝ち星をパムは未だ上げられていない。多少の謙虚は覚えると言うものだ。少なくとも、マーガレットの安い挑発に乗らない程度の分別は、大分前には心得ていた。
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:42:23 ID:eP/lXdxU0
――もう良いだろ、とっとと退くぞ!!――
言外するでもなく、目線だけでレイン・ポゥはパムに主張する。これ以上此処に留まり続けるメリットがない。
当初の目的である黒贄礼太郎の討伐は失敗に終わっただけでなく、レイン・ポゥやパム、純恋子ですら、看過出来ぬダメージを負ってしまった。
加えて、結果的に三組ものサーヴァント達に自分達の存在が露呈してしまったとあっては、痛み分けと言う言葉を使う事すら苦しいであろう。
戦略的に見れば、一方的に彼女らは負けたのだ。ならば、こう言う時どうするのか? 早急に場を切り上げて、傷口が広がるのを抑える事しかあるまい。
パムは考える。自分と、レイン・ポゥが、苦境に陥るのならばまだ良い。サーヴァントとは、魔法少女とは、そう言う生き物だからだ。
だが、純恋子は違う。魔王塾の入門の予約を承っているとは言え、まだ彼女は人間なのだ。サーヴァントでも、況して魔法少女でもない。タフな女性に過ぎないのだ。
それに、純恋子の死は、レイン・ポゥの消滅と連動している。純恋子の身を案じるのも勿論だが、まだまだレイン・ポゥには消えて欲しくない。
教えてやりたい事、やって欲しい事が山ほどあるのだ。レイン・ポゥが不服を主張しても無理やりにでもやらせる事が。
素直に、此処は退散するべきだろうとパムは考える。
傷の手当など、黒羽さえ無事なら如何とでもなる。失った魔力すらも、黒羽ならば補填可能だ。
後は、パムの意思一つ。それ次第で、レイン・ポゥは全速力でこの場から退散するつもりでいた。
そう、本当に意思一つなのだ。パムは気分が高揚すると、何をするか解らない。
パムはこの<新宿>に於いて、全力を出した事はない。パムの全力とは、黒羽に課してある汎用性の枷を解除する事に他ならない。
それを外せばどうなるか? 地図を書き換えねばならぬ程地形は変わる、山が消える、海が煮え立つ、都市からまともな形をした建造物が一つ残らず消え失せる。
それだけの規模と威力の攻撃を、本来ならパムは行使出来るのだ。それをしないのは、パム自身の強靭な自律力の賜物なのだ。
この自律する意思を解除せねば、アレックスにも、目の前のマーガレットにも、勝てない。そしてそれをやるべき時では、今はない。
「業腹だが……」
退くのが、賢明か。これ以上この場に留まるのは、レイン・ポゥや純恋子の命が危険と言う以上に。
パムの自律心と言う意味で危険だ。神宮球場が跡形もなく破壊されている現状を見て、何処が自分を律しているのだ、と言われるだろうが、これでも相当我慢していた。
本気になれば、この球場の数百倍どころか、数千倍の規模の破壊を振りまけた事、そしてそうしなければ勝てない相手と戦っていた事実を鑑みるに。パムは相当手を抜いていたのだ。そして、その手抜きと言う名のリミッターを外してはならない。その理性が勝った時、パムの体は動いていた。マーガレットの方角ではない。彼女から遠ざかる方角へと。
――その刹那。強大な敵意と殺意とを撒き散らす何者かが、信じ難い速度でこの場に乱入して来た。
相手を殲滅、撃滅、抹殺すると言うその意思の強さと流れの太さと大きさは、宛ら氾濫で荒れ狂う大河の如し。
この瀑布のような意思の奔騰を流せる人物は、限られている。こう言った敵意と殺意の強さとは、放つ相手の強さと正比例の関係にある。
当人が強ければ強い程、殺気の鋭さや量も跳ね上がる。これだけの総量、並の強さの戦士では流出出来ない。では、誰が放っているのか? そんな者、一人しかいないではないか。
両手に刻まれた、黒い文様に青緑色の縁取りが成された刺青。其処から、バチバチと火花を散らしながら、男はやってきた。
厳密に言えばそれは火花ではない、スパーク……生物電気の一種だ。人修羅と化した者は、常人を超越する新陳代謝と生理現象を得られるようになる。
この生物電気もまた、その一つ。彼は……アレックスは、その意思一つで、生体電流を外部に放出、落雷に匹敵するレベルの放電現象を以って相手を消し炭にする事だとて可能なのだ。……そしてそれを、実際に、行った。
660
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:42:55 ID:eP/lXdxU0
迸る白色のスパーク。
餓えた大蛇が獲物へと殺到するが如く、アレックスの行った放電現象は、無差別に、この場にいる全ての存在へと向かって行った。
パムは、羽の一枚を、数mと言う長さに対して円周が鉛筆の芯程しかない細長い棒に変形させた。
すると、アレックスの放電現象は、その棒に誘われるように吸い込まれていった。原理としては避雷針のそれと同じ役割を果たすそれをパムは作ったのだが、
それだけでは不足と考え、電気エネルギーを無理やり逸らしてしまう性質をも付与させていた。そしてパムの目論見は見事に成功したのだ。
……避雷針自体が、アレックスの放電に耐え切れず、木っ端微塵に吹き飛んでしまったが。これ以上は危険だと判断したパムは、戦いたいと言う欲求を振り切り、超高速でレイン・ポゥと純恋子を回収。両手に抱えた状態で飛翔し、高速でその場を後にした。
さて一方、マーガレットの方はと言うと、パムの様に、アレックスの放電現象を対処する、と言う行為を放棄していた。
但しそれは、諦観からくる選択では断じてなかった。自殺行為ではない。その理由は、マーガレットの身体に鉄をも蒸発させるその電気が当たった瞬間、
夢か幻かのように消え失せている光景を見れば、簡単に想像が出来よう。避ける必要がないのだ。
今のマーガレットは、害意ある電気の力を全て無効化するペルソナを装備している。神秘の強弱、電圧・電流の強さ。そんな要素、一切斟酌されない。それが電気、と言うエネルギーを用いた攻撃であるのなら、今のマーガレットは、神の雷霆ですら無傷でやり過ごせるのだ。
――無効化!!――
知識ではアレックスも知っている。特定の属性に対する耐性がある一定の水準を超えた時、その属性による害意を無効化する。
しかしまさか、この場で、それをやられるとは思ってもなかったのだ。況してマーガレットは、見た目だけならただの人間だ。
属性の無効化は、その属性に特化した存在のみが持ち得る特権なのだ。満遍なく、様々な属性を修得し得る人間には、無効化と言う相性や特権は得られない。そのバイアスが、仇となってしまった。
放電を無効化させながら、正しく疾風か稲妻か、とでも言うような速度でマーガレットはアレックスの下へと駆けて行く。
そのスピードを乗せた渾身の飛び膝蹴りを、アレックスの顔面へと叩き込もうとする、が。人修羅の天性の反射神経で以って、ダッキング(屈む)する事でこれを回避。
スカを喰う形になったマーガレットに対して追撃を叩き込もうと、アレックスは、頭上を行過ぎた彼女の方を振り返る。――いない。
飛び膝蹴りのような大技を回避されれば、必然、其処には隙が生まれる。跳躍して行う攻撃であるのだから、着地する、と言うプロセスが必要不可欠だからだ。
マーガレットが、着地をし損ない転倒する事は先ずありえないにしても、着地して態勢を整える、と言う手順は絶対に行う筈だ。
それこそ、空でも飛べない限りは絶対に避けられない筈――其処まで考えた瞬間。アレックスは己の背後に、ただならぬ気配を感じた!!
「!!」
サイドステップを刻めたのは、アレックスが人修羅の反射神経を得ていたが故だった。
もしも、彼がこの行動を実行に移せなかったなら、マーガレットの抜き手が、そのまま背面から彼を貫き、心臓を致命的に破壊していただろう。
マーガレットは飛び膝蹴りが回避されたその瞬間に、瞬間移動を行い、大技を行った事による不可避の隙の発生を、無理やりにでも潰していたのである。
「――弱いわね」
それをアレックスは、挑発と受け取った。事実、マーガレットはそう言う意図を込めて、今の発言を零した。
しかし、彼女は決してそれだけの意図で今の言葉を口にしたのではない。客観的事実を鑑みて、そう発言したのである。
人修羅――その名は、力を管理する者としての職務を全うし、イゴールに従っていた頃。
より言えば、妹のエリザベスや弟のイゴール、カロリーヌやジュスティーヌ達が一同に会していた頃から聞き及んでいた。
力を管理する者が自由にその力をプール出来る次元……それよりも更に高位の次元であるところの、『アマラ宇宙』。
本を正せば彼は、その宇宙をたゆたうとある世界で生まれた、ただの一個の人間に過ぎなかったと言う。
その彼が、大いなる闇……即ちルシファーの薫陶を受け、『悪魔の力を得た人間』から『人の力を得た悪魔』に進化した存在こそが、人修羅なのだと言う。
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:43:49 ID:eP/lXdxU0
謎多い存在である。
嘗てイゴールが主と呼んでいた普遍無意識を舞う『蝶』をも創造したもうた、『大いなる意思』を破壊する為に産み出された究極にして完全なる悪魔。そう聞いている。
大いなる闇であるルシファーを越えるとすら噂される実力を秘めた、最新の悪魔。そうとも聞いていた。
悪魔の中でも特に異端とされる者だとも聞いた。神秘の強さは古ければ古いほど強いと言う原則と同じで、悪魔の起源が古ければ古い程その悪魔も強くなるのだ。
しかし人修羅は、その原則の例外らしいのだ。最も新しい悪魔でありながら、並み居る神や魔王を屠り従えていると言うのだから、根拠の裏づけにはなるだろう。
此処まで語った情報が全て推定系なのは、マーガレットですらその全貌が理解出来ない程正体不明の悪魔なのだ。しかし確かな事は一つある。
人修羅は、強い。ベルベットルームでの仕事の傍らに届く人修羅の情報はどれもこれも確度のあやふやなモノばかりであったが、唯一、強いと言う情報だけは一貫していた。
そしてそれは、エリザベスが従える人修羅の男の姿を見た時、確信に至った。背筋が音叉の如く震えてしょうがないあの覇風。最強の悪魔の名に嘘はなかった。
しかも、サーヴァントとして存在が落魄していて、アレなのだ。本体は、まさに天地を哭かしむる強さを誇る怪物に相違あるまい。
アレックスには、あの時<新宿>衛生病院で見た人修羅から感じた、恐ろしさと言うものを感じない。
人修羅と化したアレックスを目の当たりにした瞬間、マーガレットは戦慄を禁じえなかった。
幻十と人修羅が戦っている姿を見て、その強さは実感している。そんな者と自分が、今此処で戦う……。やるしかない、と覚悟を決めていた程だった。
――だが蓋を開けてみれば、『いけそう』、と言うのがマーガレットの所感となった。
種族上は、アレックスも、エリザベスの従えるルーラーも。同じ人修羅の悪魔なのだろう。だが、違うのだ。
目の前の男と、エリザベスの従える彼とでは。決定的に、何かが違う。アレックスの振るう人修羅としての強さは、確かに脅威の筈なのだ。
マーガレットであっても、油断が出来ない程に。しかし、あの人修羅と比べれば、恐ろしさが全然違う。
<新宿>衛生病院で戦った彼は、濾過・精練された、純度の高い死のような気配を感じた。
相対するだけで、身体がビリビリと痺れるような……痛みすら感じる恐ろしい気配は、噂に違わぬ威力を内包していたものだった。
アレックスにはそれがない。身体能力の面で鑑みれば、間違いなく強い筈なのに、マーガレットは彼に殺されるヴィジョンが思い描けない。
彼は、怪物と言うカテゴリーに属してはいるがそれだけの存在だ。怪物と言う境界線を越えた向こう側の存在ではない。
そうと認識した瞬間に出てきた言葉が、『弱い』だった。倒せる。そうと、マーガレットは踏んでいる。
「ッ……!! テメェは……!!」
マーガレットの顔を見ていて、アレックスは何かを思い出したらしい。放射する殺意の切味と量が、跳ね上がる。
血走る紅蓮の瞳を見て、はて? と思うマーガレット。先程まではアレックスの姿を冷静に見れる時間がなかったが、今は違う。
一呼吸出来る時間があれば、マーガレットにとっては十分。その時間がじっくりと観察出来るのに必要な時間なのだが、それを経て感じたのは、違和感だった。
『自分は何処かで、このサーヴァントと出会った事がある』。そう思わずにはいられないのだ。
<新宿>衛生病院で見た人修羅とは明白な別個体である筈なのに、強烈な既視感があるのだ。そんな筈はない。
人修羅は特徴の多いサーヴァントである。それはそうだ、体中に特徴的な刺青を刻んだサーヴァントが、見る者の印象に残らぬ訳がない。
だからこそ、一度見て、戦った存在であるのならマーガレットは忘れない。誓って目の前の人修羅は、マーガレットとしても始めて見る……なのに、何処かで出会った事がある、と思っているのは、何故なのか。
「あのアサシンも近くにいるんだなッ」
アレックスの言葉に今度はマーガレットが驚く番だった。
やはり、何処かで会っている。いやそれだけじゃない、彼女が従えるサーヴァント、浪蘭幻十のクラスを知っていると言う事は、交戦したと言う事でもある。
遠目から見て幻十のクラスを知ったとかではないだろう。あの男は広範囲に、自分の耳目同然に機能する妖糸をばら撒ける。
それを逃れて遠見をする事など限りなく不可能なのだ。その線がない以上、目の前の人修羅は、幻十と交戦しなおかつ生き残ったサーヴァントである事を意味する。
この上、マーガレット自身の事をも知っているとなれば、答えは最早、一つしかない。このサーヴァントとは――
662
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:44:22 ID:eP/lXdxU0
【マスター、今すぐ物理攻撃を無効化するペルソナを装備しろ!!】
突如として、念話を通して伝わってくる幻十の声。
其処に、一切の余裕が無く、それどころか焦燥の念すら感じられたその瞬間、マーガレットの意識が、心の仮面を変じさせていた。幻十に、理由すら聞かなかった。
結果的に、何故ペルソナを変えねばならないのかを問わなくて、正解だった。もしもその場で訊ねていたら、地面や空中から殺到する、無数の妖糸が、
マーガレットの体を万単位の細切れに分割されて即死していただろうから。
「これは!!」
物理攻撃を無効化するペルソナを装備しろ、その命令の意図が解った。
身体をすり抜けて行く、ナノマイクロサイズのチタン妖糸。その威力を、幻十の戦いぶりを見て理解しているマーガレットにとっては、戦慄するしかない光景だった。
妖糸が素通りしてゆくのが、彼女の身体に伝わっていく。対策を施してなければ、妖糸が素通りした通りの軌道で身体を分割されていた。
殺到する妖糸の量から考えるに、ペルソナを装備してなければ今頃のマーガレットの未来は、原形すら留めないひき肉であった。
「ジャアッ!!!」
アレックスは裂帛の気迫を以って叫びながら、先の黒贄の攻撃で圧し折れた両腕、それぞれに魔力を練り固めた剣を握り、折れている事などお構いなしに振るった。
斬れる、斬れる。我が身へと迫り来る、極細極小の殺意の嵐が、ピウンッ、と言う音を立てて無力化されているのが、アレックスの腕に伝わってくる。
あの時マンションで戦った時には、見る事は愚か、形ですら朧げに認識する事も出来なかったモノの正体、軌道。それらが理解出来る。
北上の腕を切断し、自分の身体に手傷を負わせたものの正体は、目で見る事等出来ないほど小さな糸だったのだ。
本当の事を言えば、今でも、糸そのものをアレックスは視認する事は出来ない。出来ないが、腕に伝わってくる感覚は間違いなく糸のそれだし、例え目で見えずとも、アレックスの目には細い線状の殺意が感知・視認出来る。人修羅と化した事による恩恵が、最高の形で現れていた。
マーガレットと、アレックス。二人がチタン妖糸を対処し終えてすぐのタイミングで、彼らは、姿を現した。
空中からまるで、ミサイルの着弾めいた勢いで、その二人は片膝ついて着地した。この場に現れた勢いから推察するに、此処に移動するまで相当の加速を得ていたのだろう。
二人は共に、黒いコートを着ていた。というよりどちらも、黒ずくめの服装なのだ。シャツからズボン、靴に至るまで。
違いと言えば、一方が来ているコートはロングコート、もう一方がインバネスと言う所であろうか。
だがその二人の最大の共通点は、そんなものではないだろう。
――美しい。そう、美しいと言う客観的な事実こそが、彼らの最大の共通項。形容する言葉が、見付からない。美を表現する語彙が、この世にない。
佇むところから伸びる影すら美の極点、風にたなびくコートですらも、オーロラを幻視させる程綺麗なもの。
纏う衣服ですら、美しいもの。いやそれどころか、彼ら自身の美の一部の如くにしてしまう程……彼らの美しさは、達していた。
その麗美さは、人界のものではありえない。それは天界の美……或いは、魔界の麗しさだった。
【その男が……?】
【その通り、我が仇敵さ】
美魔人の片割れ、インバネスを纏う方の魔人である浪蘭幻十が、何処か誇らしいものすら感じられるような声音でそう言った。
幻十から聞いていた特長と、乖離しているとマーガレットは見ていて思った。美しい、それは、間違いない。異論の挟みようがない。
だが、幻十から事前に教えられていた美しさとは、ベクトルが違うように思えるのだ。前情報では、無邪気で純粋な美だと言われていたが、今は違って見える。
冷酷、そして峻烈。人を裁き、人に無慈悲に接する恐るべき神を、幻十と相対する男、秋せつらに見たのである。
663
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:44:40 ID:eP/lXdxU0
【ちなみに言うが、もうペルソナを用いた物理無効はせつらには通じないと思って良い。奴はもうマスターの殺し方を学習した、次は回避に徹せねば死ぬぞ】
馬鹿な、と言いたくなるマーガレットだったが、此処で幻十が嘘を吐くメリットが思い浮かばない。本心で幻十は言っているのだろう。
事実、幻十の言う通り秋せつらは、今しがたマーガレットの身体を妖糸が素通りしたのを見て、対処方法を既に弾き出していた。
いや、弾き出した、と言うような言い方は正しくない。正確には、『物理攻撃をああ言う方法で無効化する敵の斬り方を覚えた』、と言うべきか。
こう言う指の動かし方をすれば、斬れる。その方法論を編み出したに過ぎない。そして真実、そのやり方で、斬り殺してしまえる。せつらが魔人たる所以であった。
「アサシン……ッ!!」
まるで雪崩のような量と勢いの殺意を、アサシン……即ち、浪蘭幻十へと放射させながら、アレックスが言った。
弩級の怨嗟を込めた言葉を受けるも、幻十はまるでアレックスの方を見ていない。それを、アレックスは挑発と受け取った。
「酷く怨みを買っているようだが」
他人事のようなせつらの言葉に、幻十は笑みを零した。
「買った買われたなど、日常茶飯事じゃないか」
それもそうか、と言わんばかりにせつらは黙った。
アレックスは、豪も此方に対して反応を寄越さない幻十に対し、赫怒を燃やしていた。実際には、アレックスに対しても幻十は細心の注意を払っていた。
索糸を用い、幻十は、アレックスが数時間も前に上落合のあるマンションで半殺しにしたサーヴァントだと気付いている。
色々と、謎はある。その中で最たるものが、何故アレックスが、<新宿>衛生病院に居を構えていた、あの恐るべきルーラーと同じ種族に転生しているのかと言う事だ。
以前戦った時のアレックスの実力とは、比べるべくもない。格段に、今のアレックスは強くなっている。何せ、幻十の糸は勿論、せつらの妖糸ですら対応出来ているのだ。
前回幻十に無様な醜態を晒した時を思い起こせば、段違いの進歩であると言えるだろう。
であるにも関わらず、幻十がせつらの方にのみ注視している理由は、単純明快だ。
アレックスがこれだけ強くなっていてもなお、幻十のプライオリティは、せつらの方を高く設定しているからに他ならない。
人修羅・アレックスは間違いなく強い。だが、幻十はその強さに、脅威と恐怖を感じていなかった。
<新宿>衛生病院で戦った、あのルーラー。強かった。思い出しても、背骨が凍る程の恐怖を覚える。
まさかこの街に、せつらやメフィストに匹敵――いや、かれら以上かも知れないと、魔界都市の体現者である幻十に思わせしめる程の存在が、いるとは思わなかった。
あのまま、衛生病院で幻十とルーラーが戦っていれば、幻十は恐らく今この場でせつらと睨みを利かせていられなかったろう。そうと認める程、あの人修羅は強かった。
だが、此処にいるアレックスについては、同じ人修羅の男である筈なのに、まだ対処出来るものと頭のどこかで幻十は考えているのだ。そしてそれは、きっと事実なのだ。
ならば、幻十はそれに従う。アレックスは現状底の見えぬ相手だが、彼以上に底なしの強さを持つ者が、秋せつら……魔界都市で最も恐れられ、そして幻十ですら勝てぬと認めた男なのだ。生前の事を知っていてなお、未だその強さの全貌の知れぬ男。そちらの方に注力するのは、当たり前の話だった。
痺れを切らしたのは、アレックスの方だった。
幻十への怒りが、突如現れた自分の知らないサーヴァント――即ち、秋せつらの様子を静観する、と言う基礎的な行動を取る意思に勝った。
自らのクラスを宝具、『もしもサーヴァントだったら』によってキャスターに変更。これで、彼の放つ魔術には補正が掛かる。威力の面でも、速度の面でも。
クラスの変更と同時に、せつらと幻十、マーガレットを丁度巻き込む位置に、ゼロ秒を錯覚する程の速度で竜巻が荒れ狂った。
螺旋状に巻き上がり、巻き込まれる砂煙、そして瓦礫。この竜巻に巻き込まれようものなら、高くに舞い上がる程度では済まされない。
中で螺旋を描く砂粒に体中は切り刻まれ、一秒も経たない内にその生命体は、竜巻の中で回転を行うデブリと化す。
砂粒だけではない、時速一〇〇〇km以上の速度で回転を行う瓦礫に直撃すればその時点で即死は免れ得ない。
何よりも竜巻内部で発生している真空の刃が、砂粒と瓦礫を対策する者の命を無慈悲に刈り取って行く。
死角はない。安全地帯も勿論ない。巻き込まれてしまえばその人物は、死出の花道を歩くしかないのである。しかしそれで――果たして魔人を葬る事は、出来るのか? その答えは、すぐに知れる事となる。
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:45:11 ID:eP/lXdxU0
ビル数棟を積み重ねたような高さの竜巻が、無数に断ち割れた。まるで、一本の大根かゴボウかでも、包丁で雑にカットしたかのように。
割断された竜巻は、最早竜巻としての形と威力を成さなくなり、取りとめもなく、あらゆる方向に吹き荒ぶ、粗雑な風力エネルギーとして四散してしまう。
秋せつらは、地上で佇んでいた。あれだけの風力の竜巻の中に晒されていながら、姿勢を崩した様子もなく。
まるで足元から根が伸びているかの如く不動の姿勢を維持出来たのには、如何なる摂理が彼に働いていたのか?
幻十は一方、空中を飛翔していた。彼の方は、竜巻に逆らうのではなく、それに巻き込まれつつも、身体を損なう現象については受け流す方向性を選んだのだろう。
繭の様に身体を包んでいたチタン妖糸を、人差し指の一本を軽く動かすだけで幻十は解除する――のみならず、それまで繭になっていた妖糸は、小指一本で成しうる操作量を超える動きで、幻十の背部に凄いスピードで稠密して行き、やがてそれが不可視の翼を形成する。チタンの糸で形成された、人工の翼を。幻十よ、飛ぶのか? その翼で、太陽目掛けて飛んで見せたイカロスの如くに。
最初にアレックスへとコンタクトをとったのは、マーガレットだった。
彼女がアレックスの起こした竜巻を無力化させられたのは単純で、風や衝撃を完全に無効化するペルソナを装備していたからに他ならない。
吹き荒ぶ風力エネルギーなど知らぬと言わんばかりに、アレックスの下へと一直線。常人なら数十mは吹っ飛ばされて余りある混沌とした風のベクトルも、今の彼女にはそよ風同然だった。
迫るマーガレットに対し、アレックスが駆け出した。
来るか、と思い、肉体の内奥に力を込めるマーガレットだったが、その彼女を、アレックスは無視。行き違いの形で、彼女を素通りした。
バッ、と背後を振り返った時には、アレックスは軽く屈んだ膝を勢い良く伸ばす、その力を用いて跳躍。妖糸の魔翼を操って、空中を滑空する幻十の方へと向かって行く。
宙を舞う幻十目掛けて、胴回し回転蹴りを行うアレックス。そしてその一撃を、糸で構成された翼の片方を振るって迎撃する幻十。
蹴り足と翼とが、衝突する。鈍い音、響き渡る重い衝撃波。切り立った断崖ですら崩落させるに足る一撃を受けても、糸翼は中頃まで断裂される程度の損傷に留まる。
翼の中は全くの空洞であるとは思えない程の、凄まじい強度であった。しかし、今の一撃で飛行能力を失った幻十は、殺虫剤を当てられた蝿の様に墜落を始める。
そしてその隙を狙って、せつらが動いた。指を動かすと、怒涛の勢いで、アレックスと幻十の周囲を、無限と言われても信じてしまいそうな数の妖糸が殺到。
彼らの身体を、その糸と同じ大きさであるナノマイクロ、いや、それ以下の小ささにまで切り刻もうとする!!
アレックスに破壊されてない方の糸翼、その全てを解いて、せつらの殺魔線に対抗しようとする幻十。
無論、それではまだ足りない、コートの裏地からボールペンのペン先の球程度しかない大きさの糸玉――チタン妖糸をそう言う形にしたもの――を取り出し、
それを即座に解く幻十。解かれた糸は風に舞って霧散するかと思いきや、幻十の指先が触れた瞬間、彼の意思の雄弁なる代弁者の如くに靭性を帯び始める。
せつらの糸と幻十の糸が、衝突する。チィンッ、と言う高音と同時に火花が明滅する、その様子を見て、せつら達が妖糸を操る事を知っている者が見れば思うだろう。
幻十が事なきを得たと。実際には違う。数万を越す糸を操ってなお、せつらの糸は無数にある。その本数、優に二万は下らない。
「仕方のないサーヴァントだこと!!」
665
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:45:29 ID:eP/lXdxU0
奇しくも、アレックスとマーガレットは、迫る妖糸に対して同じ反応を取った。
マーガレットは、幻十の周囲に小規模の、アクリルで出来ているような透明感を持った、球状の泡めいたもの無数に創造。
アレックスの周囲にも、彼自身が創造した同形状の泡が生み出されていた。互いに、互いが生み出した泡に魔力を込めた瞬間だった。
アメジスト色の爆発が球の内部で発生。爆発は、球の外に出る事はなかった。両者が発生させた泡範囲内にはせつらの操る糸が配置されて『いた』。
この場にもし、ナノマイクロのサイズを視認出来る者がいれば、理解出来た事だろう。泡を素通りした部分の糸が、綺麗さっぱりと、『消滅』している事が。
泡の正体は、小規模のサイズにまでパッケージングされた閉鎖空間であり、彼らはその内部で、俗に『メギドラ』と呼ばれる魔術を発動させていた。
俗に、万能属性とも称されるこの属性の魔術は、悪魔や神が操る魔法の中でも極めて高等の物に分類される。この属性は、相手の有する耐性や概念防御を、貫く。
せつらの操る糸であっても、それは同じ。メギドラの直撃をモロに受けた妖糸は、燃えるでも崩れるでもなく、跡形もなく消滅。せつらの意思と断絶され、無害な糸屑に変貌してしまったのだ。
「出来るな」
マーガレットに対し感嘆の言葉を漏らすせつら。余りにも、其処には感情が無い。
小石が転がっている、セミが足元で死んでいる。その程度の情感しか、言葉に込めていなかった。
「自慢のマスターさ」
「気味悪いわ」
着地と同時にそう言った幻十に対し、鳥肌すら立つ思いでマーガレットがそう言った。
目の前にいる、サーヴァント、秋せつらの実力を脳内で反芻するマーガレット。
網膜に映るステータスは、三騎士のクラスと比べても遜色はないにしても、面白みはそれ程ない。サーチャーと言う特異なクラスである事にも、それ程驚かない。
問題はただ一点、強い、と言うその事実。幻十が再三以上に渡って語っていた、秋せつらは強い、と言うその言葉を肌で彼女は実感していた。
成程、必要以上に幻十が意識していた理由もよく解る。せつらの強さは、異常だ。武器は確かに、幻十と同じ糸なのだろう。
同じ糸の筈なのに、幻十と同じ武器である気がしない。彼よりももっと恐ろしく、そして鋭いモノを振るっているような錯覚にすら陥ってしまうのだ。
冬至の夜に浮かぶ凍てついた満月に似た美貌を持つ魔人、秋せつら。彼の手で操られる魔線は、余人が魔線と見る以上の力を、得てしまうのだろうか?
確かに――これは、今の幻十では荷が重かろう。
しかし、せつらは知らない。自身が『出来る』と判断した、自らの親友だった男のマスターである才媛もまた、魔界都市の住民の手綱を握るに相応しい怪物である事を。
「手間の掛かる男……援護してあげるから何とかしなさい」
そう告げるのと同時に、マーガレットは、ペルソナ辞典から一枚のカードを取り出し、そのカードに刻印されたペルソナをこの世界に招聘させた。
黒い烏帽子兜を被り、真紅の鎧具足を装備した美男子だ。無論、鎧を纏っているという服装上、柔な優男の外見ではない。鍛えられた、武者の外見だ。
幼名を牛若丸。最も知られる所の名を、源九郎義経(ヨシツネ)。平安末期から鎌倉初期にかけて八面六臂の活躍をした、源平合戦の立役者。
鞍馬山で武芸の鍛錬を積み、大胆な知略・奔放な剣術で多くの敵を惑わせ、源氏側を勝利に導いた大武将である。そして、幻十の言っていた、物理攻撃を無効化するペルソナの正体である。
ヨシツネが剣先を、幻十に向けたその瞬間だった。
淡い光のようなものが幻十の身体を包み込み、その光が彼の体に吸収されていったのだ。一秒も、その間経過していない。
――補助魔法……!!――
アレックスが今この瞬間、地上に着地した。そして、マーガレットが幻十に対して行った術の正体を看破した。
それは、アレックスの世界で言う所の『ブレス』。それは、悪魔達の世界で言う所の『カジャ』。即ち、素の身体能力を強化させる魔術である。
魔術の世界に於いて他者の能力の強化は最難関と言われる程難度の高い術ではあるが、マーガレットレベルになるとそれを行う事など、児戯も同然。
『ヒートライザ』。それが、マーガレットが幻十にしてみせた強化の魔術の正体。その効果は、戦闘に関わる全ての能力の向上、であった。
「――こう言うサポートを必要としない程には、強くありたいものだな」
その言葉と同時に、幻十の両腕が、残像も追いつかない速度で霞んだ。
せつらが、アレックスが。その動きに追随した。両名共に、後手に回ってしまった。腕、指、どちらの動きも、先ほどの幻十のそれよりも遥かに迅速だったからだ。
いや、速度が跳ね上がったのは、身体の動きだけじゃない。美の精緻たる幻十の腕指、それによって操られる必殺の糸条の速度もまた、恐るべきスピードに達していた。
666
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:46:05 ID:eP/lXdxU0
せつらの指が、痙攣にも似た動きを見せた。いや、それは肉体の反射的な動きではない。
一見して痙攣や引き付けに見えるような動きでも、それは、せつらにとっては計算と意図で編まれた動き。“私”の人格は、そう言う動きを行わないのだ。
その証拠が、せつらの操る魔糸の動きだ。彼の周囲に展開されていた糸が、せつらの指の指示に従い、蛇の様に動き始めた。
ある糸は薙ぎ払われ、ある糸は地面から一気に弾け飛び、ある糸は上下左右に回転運動を始めた。その動きが無秩序なそれでない事は、迫り来る幻十の糸を切断し返しているところからも、証明済み。尤も、他人にはナノマイクロというミクロの世界での攻防など、認識出来よう筈もないが。
アレックスについて言えば、かなり危なっかしいながらも、無事に糸を防げていた。
黒贄によって齎された腕の骨折は、荒療治ながらも自前の回復魔術で回復されており、振るえばまだ痛みが鈍く起こるその腕に魔力剣を携えて、チタン妖糸を斬り払っている。
人修羅になって得た事による優れた知覚能力で糸を認知出来るとは言え、アレックスには絶対的に、せつら・幻十の操る妖糸に対する経験値が足りていない。
防げはする、致命傷も免れられる。だが、其処から攻めに転ぜられない。防ぐだけが精一杯なのだ。しかも見た様子、幻十はまだ糸を操る本数を増やせるらしい。
本気でアレックスを対処しようとしているのなら、忽ち彼の霊基に大ダメージを与えられていよう。そうしない理由は簡単だ、出来ないから、である。
幻十の目的は、あくまでも秋せつら。その軸は、全くブレていない。もしもこの場に、ナノマイクロサイズのものを視認出来る水準にある、
文字通りの『神の目』を持った存在が居るのであれば、きっと解るだろう。明らかに、せつらに降りかかる糸の数が、アレックスよりも遥かに多い事に。
幻十がせつらを特別視している事は、今更説明するべくもない。だから現に、せつらの方に妖糸の数を多く向かわせている。勿論それは正しい。
しかしあの、“私”を名乗る恐るべき魔人が特別だとか、私的な因縁があるからだとか、必ずしもそれが全てではないのだ。
この<新宿>で行われている聖杯戦争の中でも最強のマスター……いや、それどころか、だ。
二名が知る中で最強の魔女、宇宙の真理や魂の秘密すらその手に掴んだろうガレーン・ヌーレンブルク。
幻十どころかせつらですら、最高の魔女であると言う認識を同じにするあの高田馬場の魔女に匹敵する魔才を誇る、マーガレットが施した最強の補助魔術・ヒートライザ。
これによる絶大なブーストを得ていて尚――せつらに届かない、と言うこの現実。その通り、単純に、『せつらの方がまだ強いから彼を優先して攻撃している』……それだけの話なのだ。
――デタラメね……――
せつらの強さを、知らなかった訳じゃない。
幻十から口頭で、マーガレットはその強さを知らされていた。自分と同じ技を使う、魔界都市最強の魔人の一人。そう言っていたか。
正直、彼女が使役する黒魔人について、彼女自身が抱いているイメージは最悪の閾値を優に上回る。美しいだけの、唾棄すべき魔王だと本気で思っている。
思っているが、この男が有する、魔人としての見識だけは、本物だとも思っていた。間違いない。幻十は嘘を平気で吐く。だが、せつらに関する嘘は、ない。
全て本気で話していると、短い付き合いでマーガレットは理解していた。理解していて――尚。その話には誇張や贔屓、忖度が含まれているのでは、と。この瞬間までは思っていた。
一切、そんなモノはなかった。
幻十の語ったせつらの強さは、全て違わず真実のものだった。幻十が強く意識をする訳だ。
自分と同じ技を使い、自分と同じだけの背丈を持ち、そして、自分と並ぶ比類なき美貌を持つ男。ライバルとして意識するのも、頷ける。
667
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:46:22 ID:eP/lXdxU0
本数にして千など容易く超える程の数量で押し寄せる、必殺の妖糸が、マーガレットに悉く当たらない。
糸を操るせつらは、理解しているだろう。マーガレットに近づいた瞬間、海をも叩き割るせつらの断線が、ドライフラワーを力尽くで揉んだように粉々になっているのを。
理屈は理解している。彼女の周りを目まぐるしく、まるで惑星を周期する衛星宜しく旋回する、球状の焔と冷気を見れば、何が起こっているのか魔人には解るのだ。
要するにマーガレットが行っている手品は、熱相転移だ。熱したグラスを急激に冷やせば、グラスが砕け散る。やらかした者も、数多かろう。
一般的な、それこそ、市井の家庭でもやりがちなミスである。コレを究極の領域にまで高めた現象を、意図的に操作して。マーガレットはせつらの糸を対処していた。
アギ(火炎)の魔術とブフ(氷結)の魔術のどちらも覚えさせたペルソナを装備し、そのペルソナが放つ太陽表面に近しい超高熱と絶対零度の極低温で、
極端な相転移を行っているのだ。無論耐えられない。直撃すれば、物質は必壊、生命体は即死だ。何せ、原子核のレベルで、その熱相転移を受けたものは消滅させられてしまうのだから。
マーガレットが思う以上に、この場には、デタラメな人物しかいなかった。
そもそも彼女は気付いているのだろうか。音の速度を超越するスピードで迫る、1/1000マイクロのチタン妖糸を、丁寧に原子核レベルで破壊して対処している自分こそが。
傍目から見れば怪物そのものとしか映らない、と言う事実に。
【防ぎ方を変えろマスター、次は原子核を破壊された状態を維持したまま来るぞ】
そんな馬鹿な、と突っ込む気すら最早起きない。
やりかねないと思ったからだ。原子核レベルでの破壊とはとどのつまり、消滅に等しい。
石をハンマーで砕くのとは訳が違う。石は叩き割っても、元々石であったものは残る。だが、原子レベルでの消滅は、跡形も無くなる。
形も存在も、消えて、滅びるのだ。そんな状態になった後でも、攻撃が叩き込まれる。ありえない話だ、言うまでもなく。
だが、秋せつらと呼ばれるあのサーチャーなら、やりかねない。目にした者に、これから自分は滅び去るのだと否応なしに想起させる、死神の美を持つせつらなら。やってしまうのだろうと、マーガレットは思っていた。
今度はマーガレットは、迎撃を選ばなかった。
逃げた。と言うよりは、糸の範囲内から退散した、と言うべきか。駆けたり跳ねたり、避けたりしてではない。空間転移、即ちワープを利用して、だ。
せつらから三〇m程離れた地点まで転移したマーガレット。其処はせつらと幻十が、必殺の魔糸を乱舞させている大殺界の圏外だった。
無論計算して其処まで退避したのだ、が。所詮こんなもの、その場凌ぎに過ぎない。あの美麗極まる魔人がその気になれば、糸の殺戮範囲は、倍以上に跳ね上がるであろうから。
一歩引いた所から見て初めて解る、恐るべき攻防である。
青、白、橙、赤、黄。それらの色は、せつら・幻十・アレックスの三名の周囲で高速で点滅する光の色だった。
色の正体は火花であった。せつらの手指から伝わる指示を受け、神業の如き軌道で迫る殺線の嵐。それが防がれる際に生じる、せつらの糸の断末魔だ。
戦況をどうやって、こっちに有利な方に転がそうか。
せつらの意識が此方に向く、ほんの僅かな時間を利用し、目まぐるしく脳を回転させるマーガレットだったが――。
思いも寄らぬ形で、それはやって来た。但しそれは……マーガレットの側よりも、やって来た側のほうに、不利を押し付けてしまいそうだったが。
668
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:46:41 ID:eP/lXdxU0
残りは今日の夜投下します。今回の投下はこれで終了です
669
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名無しさん
:2020/01/03(金) 11:11:36 ID:EdffP4Zg0
あらいらっしゃい!ご無沙汰じゃないっすか〜(投下乙です)
令呪の効果でセオリー通りの戦い方をするようになった黒煮、人体損壊前提の戦いをやめた事でかえってその異常な身体能力ぶりが分かることになったな
そしてマーガレットさんはやっぱりマスターで参加して良い能力じゃ無いねこれ…。頑張って育てた番長を瞬殺されたのを思い出しました(隙自語)
『私』のせつらは相変わらず底が知れない。この乱戦も終わりが近付いてきてるが、どう終結するのだろうか
670
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:49:37 ID:3fIroC7g0
投下します
671
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:50:03 ID:3fIroC7g0
トラウマから来る、過呼吸。
それは、戦争の渦中に身を置いていた兵隊にとっては、極めて身近で、誰もが陥る可能性を秘めた発作である。
戦中での体験と記憶が、平和な日常を過ごしている最中に突如としてフラッシュバックを起こし、パニック障害などを引き起こす。
戦争と言う過酷極まる世界を生き抜いてきた兵士が、過酷とは無縁の平和な日常の中で、その精神を蝕まれるのだ。皮肉な結果以外の何物でもない。
北上は、艦娘としての自負で、PTSD一歩手前のそのトラウマの発作を抑えていた。
抑えられたのが、奇跡だとすら思っていた。プライドは元々人並みだと思っていたが、それでも、あの瞬間だけは、北上は自分のメンタルの存外の強さを褒めてやりたかった。
上落合のマンションで遭遇した、絶世の美貌を誇るアサシンとの不意の再会は、安定傾向にあった北上のメンタルを掻き乱すには十分過ぎる程のパワーがあった。
北上の語彙では、到底表現不可能――と言うより、人界の言葉では表象不可能な程である、あの美貌は、本来の意味とは全く異なる意味で、直視に堪えない。
見ようと決意するだけで、深海棲艦の跋扈する海域に突入する以上の覚悟が必要になる美貌など、凡そ、この世の物ではない。
そして、その美貌から繰り出される、艦娘の象徴である艤装は勿論、アレックスが操るサーヴァントとしての力すら及ばぬ、『不思議』以外の何物でもない殺しの技。
極め付けが、悪辣を極めるあの性格。艦娘の敵である所の、深海棲艦ですらが、個体によっては会話と交渉の余地がある程度には、良識と呼べるものが僅かながらにあった。
あの麗しい魔人には――それがない。あるのは徹底して、己のエゴと悪性だけ。悪逆を成す為だけに、この世に生を授かった、純然たる魔人。それが彼、浪蘭幻十と言うアサシンだった。
そんな、恐るべき男に、北上もアレックスも、殺されかけた。
よくぞ、生きているものだと彼女は思う。判断一つ、しくじっていれば彼女らは本当にあのマンションで命を落としていたのだ。
それほどまでの激戦だった。尤も……、激戦と言うのは彼女らから見た場合であって、幻十から見れば、蟻でも蹴散らすかの如き一方的な蹂躙劇であったのだが。
それ程まで痛い目をあわされた人物に出会ってしまえば、心が掻き乱されるのも、仕方の無い話であった。
況して絵画館で出くわした時は、アレックスと言う頼れる相棒が居なかったのだ。動揺を超えて戦慄・恐慌に近い状態にも、なろうと言う物だ。
「……なぁ、嬢ちゃん」
絵画館の中を疾走しながら、塞は、後ろを追随する北上に対して言葉を投げかけた。
早く逃げねば、拙い。塞は、自身の予感を信頼している。良い方の、では無く、悪い方の予感の方をだ。そちらは嫌な話だが、良く当たるのだ。
尤も、塞でなくても容易に想像出来るかもしれない。この絵画館は、間違いなく、幻十の手によって戦場と化す。
それも、建物としての形が残っていれば良い方。最悪、建物の跡形もない程、壮絶な戦いが繰り広げられるだろうと言う予感すら彼にはあるのだ。
無論のこと、そんなのに巻き込まれれば一たまりも無い。逃げるが勝ち、という物だった。
「アンタ、あのアサシンの事……知ってたな?」
「……」
どうして、そう思ったの? などと、北上は言えなかった。
シラを切って押し通す事が出来ないと、彼女は思ったからだ。故にこその、沈黙。そしてその行為は、自らがアサシン・浪蘭幻十の事を知っていた、と言う事を雄弁に語っていた。
672
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:50:20 ID:3fIroC7g0
塞も、知らなかったと言う言葉を発させる事は許さない。状況証拠があそこまで揃っていれば、塞でなくとも馬鹿でも解る。
あの、思い出すだけで冷や汗が吹き出るような、恐ろしい美貌のアサシンを見た時の、異様な恐怖と震えが、証拠の一つ目。
と言っても、北上のこのリアクションは塞は責められない。彼自身ですら、戦慄と忌憚の念をあの美貌には隠しえなかったからだ。
況して異性である北上が、あの美しさを目の当たりにして無事でいられるだろうか? それを思えば、成程、北上のあの反応は、証拠として数えるのは無理があるのかもしれない。
だが――もう一つの証拠がそれを許さない。あの時北上は、確かにこのような旨の言葉を叫んだのだ。『あのアサシンと戦ってはいけない』……と。
これを聞けば、誰だって思うだろう。北上は過去に、あのアサシンとコンタクトを取っていたばかりか、交戦の経験すらあるのだ、と。
其処を、塞は疑らなかった。彼女の言葉を額面通りに受け取り、そして素直に解釈した。そしてその解釈は正しかった。正しすぎた、とも言う。
北上の言った通りだった。あのサーヴァントとは、戦っては行けなかった。此方側が有していた情報が余りにも少なかった為、
今更挑んでしまった事を悔いるのは非生産的だと言わざるを得ない。そうと解っていても、歯噛みせずにはいられない。
鈴仙の能力を歯牙にもかけない、奇妙な実力の持ち主だと解っていれば……早々に退散していたものを。
「悪いが、その気になった俺は、黙秘権なんて上品な考え方を遵守するつもりはない。質問が非難を飛び越えて、拷問に変わる前に答えて欲しいんだが……」
「知ってたって言うか……戦った事があります」
やはりそうか、と塞と鈴仙。其処までは予想出来た。
「別に黙ってた訳じゃないよ。聞かれなかったからさ」
それを言われると塞も弱い。何故なら塞は、同盟相手の過去の交戦記録の事を、軽んじていた傾向があったからだ。
無論、度外視していた訳じゃない。聞こうとは思っていたが、今回の、ジョナサン・ジョースターの退場と、遠坂凛の討伐を兼ねた作戦のセッティングで、聞く機会を逸していたと言うのも大きい。
だが一番の問題は、塞自体の心に蟠っていた、自身が知っているサーヴァントの情報を秘そうとしていた気持ちである。
北上が従えるサーヴァント、アレックスは戦力的にも申し分ない存在なのだが、同時に、危うい面も多々見られる、おっかない爆弾だった。
強さと同じぐらい、抱える際の不安要素が大きい存在。それがアレックスだ。そんなサーヴァントを同盟相手として取り込むに辺り、
いつでも手を切れるように――この場合サーヴァントを消滅させる事と同義だ――考えていたのだ。
そのやり口の一つが、塞の知っているサーヴァントの知識を秘す、という物だった。手口を知っている敵と戦うのと、全くの初見の敵と戦うのとでは、
兵法のド素人が考えても後者の方が苦戦する率が高い事は自明である。小賢しい手だと言われれば返す言葉もないが、その賢しい一手が決め手にもなる。塞はそれを狙った。
仮に塞に対して誰か他の主従と戦った事があるか、と聞かれても彼はしらばっくれる手段を選んでいただろう。シラを切り通せる自信があるからだ。
何故なら塞はこの<新宿>での聖杯戦争に於いて、『実際に交戦した経験は今回が初めての事』だからだ。
紺珠の薬で予知した、あり得た未来での戦いにしても、それを完璧にフィードバック出来ているのは鈴仙だけなのだ。塞は本当に、交戦経験は幻十とのそれが初めてだ。
だから、語れない。知らないフリだって出来るのだ。何故ならば、サーヴァント同士の本気の戦いを目の当たりにした事は、実際問題本当になかったのだから。
それが完全に裏目に出た。
自分の手札を晒す事を覚悟で、北上とジョナサンと情報共有するべきだったと臍をかむ思いだ。
「戦ってよく無事だったな、嬢ちゃん」
「無事じゃなかったよ……腕斬り落とされたし……。現に私の右腕、義手です」
「オイオイ、マジかよ……」
形だけ驚くフリをするが、実際塞は、北上が過去に右腕が欠損された状態で活動していた事を情報筋から聞いて知っている。この場面でシラを切ったのは、その筋の詮索を避ける為である。
673
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:50:42 ID:3fIroC7g0
絵画館の中を走りながら、塞は考える。今後の身の振り方、それについてだ。
塞自身の偽らざる本音を語るのなら、幻十は始末しておきたい。可能な限りではなく、是が非でもだ。
何故なら彼は現状に於いて唯一、鈴仙が如何なる原理の術を使うのか、理解している存在となるからだ。
幾度も述べた通り、鈴仙の強さの本質は、『何故強いのかと言うタネをその応用性の高さの故に理解させない』事にある。ために、タネが割れればその威力が損なわれる。
生かしておける、筈がない。では殺せるのか、と言われればそれもNO。あのアサシン、浪蘭幻十の強さは、余りにも底知れない。
認めるのも腹立たしいが、幻十の底はきっと、鈴仙のそれよりも深い。少なくとも、鈴仙の及ぶ相手ではないだろう。
だからこそ、アレックスを回収しておく必要がある。
現状、北上を見捨てて塞と鈴仙だけで逃走すれば、確実に、幻十らから逃げ出す事は可能であろう。
だが、有用なコマは揃えて置きたい。アレックスはただ強いだけのサーヴァントではない。絵画館で自分達のピンチを――意図はしていないだろうが――救った、
旧知の間柄のサーヴァントを除けば唯一であろう、浪蘭幻十と交戦して生き残ったサーヴァントなのだ。
その交戦の結果が、どれ程無様で、手痛い敗北を喫したかなどは重要ではない。戦って、生き延びた。この事実が重要なのだ。
つまり、幻十と交戦した経験値があり、しかも強いサーヴァントなのだ。対幻十を見据えるのならば、これ程重要な手札はあるまい。
見捨てるには、惜しい。だから、アレックスと合流する腹積もりなのだ。これを達成すれば、すぐに、逃げる。手筈としてはそのつもりだった。
――だが、そう簡単に行かない事も、解っている。
【まだ戦ってるわよ、マスター】
念話を飛ばしてくる鈴仙。
絵画館から脱出し、其処から百m程離れた地点に行ってからの事だった。
「すご、何アレ……」
北上が目を瞠らせながら、彼方の模様を眺めている。
此処からでは距離的に、ゴマ粒程度の大きさにしか見えない何かが、文字通り目にも留まらぬ速さで縦横無尽に動き回っているのだ。
しかもその粒と粒が衝突する度に、拳銃の射程を優に越える程距離を離した此方側にまで、爆音と聞き間違える程の大音が響き渡るのだ。
あの粒がサーヴァントである事は、疑い様もない。遠くの物を見るスキルが艦娘には必須である都合上、この程度の距離ならば北上は、
人の顔の識別は勿論無造作に転がった針の一本ですら認識する事が出来るのだが……今回に限ってはそれが出来ない。
単純に、サーヴァント同士のスピードが速すぎるからだ。攻め手も対手も解らないレベルで、彼らは速く動いている。況や、行っている動作など言うに及ばず。
「と、言うか……。神宮球場、だっけか……? あの球場の名前。……影も形もないんだがな……」
気付きたくない過失にでも気付いてしまったかのような、塞の言葉。
彼の言葉を認識した鈴仙と北上が、あっ、と声を上げる。ない。本当にない。絵画館付近にある建物の中で最も有名……いや。
人によっては絵画館の方がおまけと言う認識であろうレベルで有名な、あの球場が見当らないのだ。
……見当らない。その言い方は正しくない。それらしい物は、見付かるのだ。
『瓦礫と砂煙と鉄骨』、と言う形でだが。残骸、と言った方が語弊がないかもしれない。
戦いの余波で破壊されたと見て、間違いはないだろう。サーヴァントであってもあの規模の建築物、自らの意思で壊そうと思い立ち、
構造物の破壊を主眼に置いて力を振るわねば出来ないだろう。それを、サーヴァント個人を殺そうと言う事を目的とした活動……その余波で破壊せしめるなど、尋常の技ではない。ともすれば、彼らからしたら戦ってたら何か壊れてしまった……レベルの考えなのかも知れない。
674
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:51:05 ID:3fIroC7g0
とてもではないが、割って入るどころの話ではない。
それどころか、近づくだけで命の危険がある壮絶な戦いぶりだ。<新宿>の市街地であの規模の戦いを繰り広げて、よく『建物の損壊だけ』で済んでいるものだ。
場所が場所なら、NPCの命など紙屑同然、酸鼻極まる血風山河が築きあがっている事だろう。そうなってないのは、戦っているサーヴァントの理性の強さの賜物であろうか。
何れにしても、アレックスとの合流は困難である事は間違いない。波長を用いた鈴仙の障壁にしても、限度がある。収まるのを待つか、と塞が考えていた時だった。
傍観など許さぬとでも言うように、彼は即断即決を余儀なくされた。命辛々幻十から逃げ出してきた、聖徳記念絵画館が崩落し始めた、その瞬間を目の当たりにして、だ。
「オイオイオイ!!」
さしもの塞も焦る。無茶苦茶だ。
此処からでも、崩落の瞬間がよく見える。強い衝撃を受けて粉々になった、と言うよりは、建物そのものを果物だとか野菜だとかに見立てるように、綺麗に寸断。
斬られた破片が落ちて行く、と言う風な見え方がこの場合正解なのだろう。健在の切り口が、ヤスリやかんな掛けをしたように滑らかなのがその証拠だ。
およそ、人の技ではない。当たり前の話だが、建造物はスイカやメロンみたいに、簡単に斬れない。これを容易にやってのける技を如何して、人の技と言えるのか。
「ヤバ……!! 早く離れよう!! 離れた内にも入らないって、此処だと!!」
塞や鈴仙としても北上と同意見だが、この艦娘の少女の場合、なまじ交戦した経験がある上手痛いダメージがあると言う事実がある為、意見が生々しい。
百や二百、どころか、km単位で距離を離したとて、幻十相手では安全ではないのだろう。そしてそれは事実その通り。
指先に乗る程度の極小さな糸球一個で、地球を一周してお釣りが来るレベルの長さが賄えるチタン妖糸を操るせつらや幻十にしてみれば、百mと言う肉眼で見える範囲など、机の上の鉛筆でも手に取るような容易さでカバーできてしまうのだから。
【能力を使って効率よく呼び寄せられないか?】
鈴仙を頼ってみる塞。彼女が誇る、波長を操る力は応用性も然る事ながら、適用出来る範囲についても広大無辺。
念話可能範囲や、サーヴァントを知覚出来る範囲が向上している事からも、能力のカバー範囲はかなり広い。
前述の応用性と、カバー出来る範囲の広さを駆使すれば、此処にいながらにしてアレックスを呼び寄せられるのでは、と塞が思うのも無理はなかろう。
【出来るけど、問題ありね】
【何?】
【戦いで心が昂ぶってる相手には、効き目が薄いと言う事】
此方から任意の振幅の波動を飛ばす事で、それが何かの意図を以って放たれた合図やサインだと認知させるテクニックは、ある。
現に月の世界から逃げ落ちる前の鈴仙はそれを行う司令塔の役割を担っていたし、幻想郷に落ち延びた時代でも、師である永琳とこのテクニックを駆使した訓練も行っている。
だがこの技を今回行うにあたり、問題が三つある。一つは、アレックスが鈴仙の波長に気付けるだけの知覚能力が備わっているかどうかだ。
しかしアレックスはどうも、鈴仙の波長については感じ取っているフシがある事に、彼女は気付いている。この点は、問題はないだろう。
あとの二つが問題だ。その内の一つが、今のアレックスが鈴仙の合図に気付くか如何かである。これは一つ目の問題点とは全く意味合いが異なる。
要するに、『戦闘でヒートアップしているアレックスが、その合図に気付けるのか?』、なのだ。
波長による合図は視覚や聴覚、嗅覚の訴求力を用いない。それはある意味で大きなメリットなのだが、今回はその、五感に訴えない部分が強いデメリットとなっていた。
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:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:51:19 ID:3fIroC7g0
そして最大の問題は――鈴仙は、波長による合図やサインと言うのを、『アレックスと事前に打ち合わせしていない』のである。
前提として、合図やサインは、作戦実行前にこう言う意味である、と示し合わせるから意味があるのである。
世の中にはその事前の話し合いなしに、ぶっつけ本番でやってのける者もいるのだが、それはしかし、半身と形容されるレベルで通じ合った仲にのみ限る。
当然の事、鈴仙とアレックスは其処までの仲じゃない。鈴仙のサインに気付くのか如何か、余りにも微妙なラインだった。
【この位置から不精して波長を放っても、多分モデルマンも気付かないと思うわ。ある程度間近の位置にまで接近する必要がある】
【鉄火場にこっちから、か……。一応聞くが理由は?】
【波長の意味が解らなくても、流石に私達が明白に映る位置にまで行けば、向こうだってこっちの意図に気付くでしょうからね】
成程それはその通りだ。
合図やサインの意味を事前に教えていなくとも、流石に鈴仙らが近場にまで接近すれば、アレックスも此方の狙いに気付く筈である。
……あのアレックスが苦戦を強いられるレベルの火事場に向かって行く、と言うリスクは凄まじいが、確度が高い作戦は現状、これしかなかろう。
「敗北を、認めねばならんか……」
此方の手を汚す事無く、ジョニィとジョナサンの主従を脱落させ、そして、黒贄の主従を消耗させる。
それが理想であったが、現実の方はと言えば、看過出来ぬダメージを鈴仙が負ったばかりか、予期せぬ闖入者のせいでプランは滅茶苦茶に引っ掻き回される始末。
当初のプラン通りに事が運ぶ、などと言うのは、神秘や超常の世界の住民であるサーヴァントが跋扈する<新宿>では、それこそあり得ない話。
それを、痛い火傷で以って、塞は思い知らされる羽目になった。となれば、彼に出来る事は一つだ。傷口をこれ以上広げないよう、退散する事。それだけだ。
――メフィスト病院とやらで治療出来るのか、我が身で試す必要があるかも知れんな……――
噂で聞いていた、その勇名。
どんな患者でも、タダ同然の値段で診療、治療する、聖者のアジールの如きあの病院の治療。
噂の程を、これから負うかも知れぬ手傷の診察を以って、体験する事になるかもしれないと。塞は、アレックスの下へと駆け出しながら、思うのであった。
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:51:37 ID:3fIroC7g0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
鈴仙の気配に気付いたのは、人修羅としての桁外れた知覚能力を持つアレックスだけじゃなかった。
と言うより、この場にいる全員が気付いていた。せつらと幻十の二名は、索敵の為に張り巡らせていた、戦闘以外の用途に用いる妖糸で。
マーガレットの方は、完全なる野生の勘と、ペルソナ能力によって向上している知覚能力の合わせ技で。波長を操り気配遮断の真似事をしている鈴仙の存在を看破した。
鈴仙が波長を飛ばすまでもなかった。
サーヴァントが、自分以外のサーヴァントを感知出来る圏内に入るまで、まだ余裕があるだろう。鈴仙自身がそう踏んでいた所で、アレックスらは気付いたのだ。
嬉しくない誤算だった。下手すれば命に関わる、致命的なアクシデントである。それはそうだろう。何せ其処にいるのはアレックスだけではない。
と言うより、塞と鈴仙が当初いると認識していた人物が、ほぼ総代わりしていたのだ。ジョナサンがいない、ジョニィもいない。黒贄も、遠坂凛も見当らない。
其処にいるのは先ず、アレックス。次に、聖徳記念絵画館で鈴仙を襲撃した、秀麗美貌の容姿を誇る黒いアサシン・浪蘭幻十。
加えて、そのアサシンに匹敵する、雪降る夜の研ぎ澄まされた明けき月光に似た、怜悧な美貌を持った黒いコートのサーチャー・秋せつら。
そして、幻十とせつら、どちらかのマスターと思しき、匂うような美女である、マーガレット。
――最悪……!!――
鈴仙が思わず胸中で零した。
絵画館で幻十から自分達を逃したサーヴァントが、インバネスではない方のコートを着た、あのサーチャーである事に鈴仙は気付いている。
あの時彼女は、自分達に助け舟を出してくれたサーヴァントは、此方側に友好的な性格の人物であるのではと思い込んでいた。
だが、違う。断言しても良い。あのサーヴァントは此方に対して一切の友誼を築く気もないし、況して敵意など抱こうものなら一片の慈悲もなくこちらを葬る気概でいる。
絵画館で戦っていた筈の両名が如何して、此処で戦っているのか? そんな疑問は、目の前に広がる確かな現実の前に、吹き飛んでしまっていた。
『雲に妖糸を巻き付けさせ、それを用いた超高速の振り子運動で鈴仙達に先んじてアレックスのところに向かっていた』、と言われても、彼女は最早驚かなかったろう。
目の前の現実に対してどう動けば、自分達は命を零さずに済むのか? その思案に、彼女は脳の全ての機能を費やしていると言っても過言じゃないのだから。
「前を見ないで!! 下を向いてて!!」
一喝する鈴仙。その意味を推量するよりも早く、塞の方は目を素早く瞑って俯く事が出来た。北上の方も、同じ反応を取っていた。
敵を見ない、敵から目線を外す。それは命の取り合いにおいては自殺行為以外の何物でもなかろうが、今回のケースでは鈴仙は、全く間違った指示を下していない。
視界の先四十m先にいる敵が、幻十だけならば、鈴仙はこんな言葉を発さない。精神を安定させる波長を飛ばせば、幻十の美を直視した事で生じる、
塞と北上の精神的動揺は中和し打ち消す事が可能である。二人――せつらと共にいるのであれば、それはもう不可能となる。
この世の美ではなかった。
目に焼きつく、と言うのは正にこの事を言うのであろう。子供でも知る慣用表現を、そのまま使わざるを得ない程に、幻十は、美しい。
網膜に焼き付いて消えないのだ。瞳を閉じても、瞼の裏側、光を拒絶した視界の只中に、あの男の輝かしい美貌が勝手に結ばれ始めるのだ。
幻十自身の人間性を加味すれば、アレは魔界の美、悪魔が人を蟲惑する為の美と表現するのが適切だろう。どちらにしても、人間の世界に在って良い美しさじゃない。
――それに匹敵する美貌の持ち主が、隣にいるのだ。無論誰かは言うまでもない。秋せつらである。
相手の容姿を、目の当たりにする。その行為は、精神に何らかの影響を大なり小なりの波を立たせるのだ。
際立って美しかったり醜いものを見れば、必然、それを見てしまった者の精神的なコンディションは、平時のそれとは逸脱したものになる。
妖糸を操る魔人の美は、鈴仙にですら正気を保たせるのに波長を操る力を駆使させねばならない程なのだ。それと同レベルの美しさの者が二人も、同じ空間に居並んでいる。常人が許容出来る、脳のキャパシティの限度を超えている。目で見れば、確実に精神に異常を来たす。それを考慮したが故の、『見るな』、と言う判断であった。
――チッ、そう言う事かよ……――
677
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:51:49 ID:3fIroC7g0
北上が塞達の側にいるという都合上、勿論の事アレックスは、塞が北上を保護する為に此処から遠く離れた所で待機していた、と言う事実を知っている。
その本来の目的を忘れて、北上同伴で此処までやって来たと言う事は、要するに、そう言う事である。作戦は失敗、早く逃げろ。とでも言いたいのだろう。
そんな要求呑めるか、と威勢よく突っぱねたい所であったが、アレックスはその欲求を押し殺した。
人修羅になる、と言う事は、バーサーカーの狂化のように、理性を捨ててしまう事ではないのだ。アレックスには、状況を的確に判断し、空気を読めるだけの理性があった。
この状況は、アレックスの方が圧倒的に不利だ。幻十一人だけならばまだアレックスでも喰らい付ける余地はあったが、此処にせつらがいるとなると、途端に旗色が悪くなる。
況してこちらは黒贄やパム達との連戦で、疲弊している状態。肉体的なコンディションの面でも、有利とは言えないのだ。
今現在の状況下で、幻十を下せるのか、と問われれば、アレックスは――心底不服だが――否と答える他ないのである。
――逃げるって言ってもよ……――
此処から逃げ果せる、それは良い。だが一番の問題は、逃げられるのか、と言う点なのだ。
今アレックスらの動向を注視しているのは、物言わぬ案山子などではない。
冥府(タルタロス)からの脱走者を逃がさなかったとされる、番犬ケルベロスよりも、抜け目も隙もあったものじゃない魔人達なのである。
隙を突いて逃げようにも、ナノマイクロのチタン糸は地面は勿論空中にすら張り巡らされており、基本的に気付かれずに逃走は不可能。
強行突破をしようにも、張り巡らされた妖糸はせつらと幻十の意思一つで、核爆発ですら防ぎきるシェルターですらベニヤの様に破断させる断線に変じるのだ。
ならば、チタン糸の繰り手を葬れば良いのかといえば、これを達成するのはチタン妖糸の大殺界から逃れる事よりも遥かに困難である。
せつらも幻十も、身体に纏わせたチタン妖糸で飛び道具の類は基本的に無効化。触れた瞬間、弾丸や、ガンドを初めとした魔術的な飛び道具は破壊されるからだ。
接近して殴ろうなどもっての外。拳が触れた瞬間、手首や肘、肩の付け根から、攻撃した側の腕が斬り飛ばされるからである。
無論そうする前段階で、妖糸が殺到すると言うおまけ付きである。それならばとマスターを狙おうにも、幻十のマスターに至っては贔屓目に見て幻十とほぼ互角の強さだ。
せつらのマスターについてはアレックスは知らないが、少なくとも、マーガレットを狙おう物なら、マーガレットの迎撃で苦戦している間に、幻十ないしせつらの追撃を受け、そのまま脱落するだろう。
状況としてはかなり、詰みに近い。
聖杯戦争に於いて当然遵守するべきあらゆるセオリーが、この場面では封殺されているのだ。
サーヴァントを狙って葬る事は勿論、定石中の定石である、マスター狙いも困難。その状態から、比喩抜きで蟻の這い出る隙間もない程、
必殺のトラップが張り巡らされている場所からほぼ無傷に近い状態で逃げ果せるなど、一見すれば無理な話である事だろう。
――しかしそれは、『人修羅としての力を限定して使用した時の話』。
この力を、誰に憚るでも遠慮するでもなく、相手を葬る事のみに活用した時なら、今の場面、詰みの限りではないのだ。
腰を低く落とし上体をやや捻るような体勢に移行するアレックス。
一瞬、ほんの一瞬の事だった。アレックスは、鈴仙の方向からでは口元が見えなくなるよう上半身を捻る、その前に。
唇だけの動きで、鈴仙にメッセージを伝えた。『死ぬなよ』。その短い言葉を鈴仙は――受け取った。冷や汗が、背筋を逆らって伝い上がる程の緊張感を、同時に、彼女は受け取ってもいたのだが。
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:52:04 ID:3fIroC7g0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
向き不向きの問題であるだとか、得手不得手の問題であるだとか、そう言う次元の問題を超えて、そもそもが人間と言う種族は戦闘に向いていない。
子供に聞いたとて解るだろう。人とチーターとではどちらが速いか? 人と熊とではどちらの膂力が上なのか? 人と猿とではどちらの握力が上なのか?
論ずるまでもなく、人は負ける。人はチーターより速く野を駆けられないし、人と熊が相撲を取ったとて容易く嬲り殺しにあうし、猿の握力は人の筋肉を容易く毟り取る。
人と言う種族はその生態からして、野生の世界でのレベルの闘争に全く向いていないのだ。無論、鍛錬と努力を重ねてゆけば、人は強くなれる。
だが、人がどれ程武術の鍛錬を積み重ねて行こうが、羆には人間は勝てない。武の何たるかも、武の字の書き方すら解らぬ羆に、人は絶対に、文明の利器の助けを借りねば勝てぬのだ。
人修羅という種族は、人が人の形を維持したまま、その常態と生態を戦闘に特化したものに変質させる事にあると、アレックスは直感的に認識していた。
アレックスがまだ人間であった頃の、身体能力、そして魔術を発動する上でその威力の決め手となる、魔力の出力。その、桁が違う。
彼が知る上で、特に戦闘面で秀でている種族の代表と言えば、ドラゴンの類や魔王・魔神などに代表される悪魔の面々であるが……今の彼は、
その彼らをも軽快に上回る戦闘スペックを有するに至っていた。全く恐ろしい変化だと、今だってアレックスは思っている。
アレックスに施された人修羅への変化とは言ってしまえば、車のガワをそのままに、エンジンや下回り、シャシーにマフラーなど。
スペックの決め手となる全ての内部構造を入れ替えたようなものなのだ。こんなもの、通常罷り通る訳がない。
車のボディが、エンジンを筆頭とした内部構造のスペックに適するように計算された力学の賜物であるように、
人間の身体もまたそのスペックを大きく逸脱しないように精緻の妙なるを以って計算された賜物なのである。
極論を言えば、軽自動車のエンジンをF1カーに組み込まれるようなそれに変更したとて、最高のスペックが発揮出来る筈がないのだ。間違いなく、自壊する。
人の身体でもそれは同じで、例え人間にチーターよりも速い速度や熊以上の腕力、猿以上の握力を与えたとしても、その力に肉体の方が耐えられない筈なのだ。
人修羅化には、そのあって然るべき自壊がない。デメリットが皆無なのだ。
人間としての身体と、保有していた意思をそのままに、圧倒的な出力を得る。そんな措置、誰が信じられようか。常識で考えれば、そんな上手い話、あり得ない。
そのあり得ないが、此処に体現されている。アレックスと言う体現者は、人修羅化の奇跡を、幻十やせつら、魔王パムに黒贄礼太郎と渡り合っていた。そんな事実を以って、その素晴らしさと恐ろしさを如実に表していたのであった。
――デメリットらしいデメリットがあるとすれば……――
それは、人修羅のスペックが『高すぎる』と言う点にあろうか。
人修羅の身体は、戦闘に特化し過ぎているのだ。寧ろ、それ以外に何か秀でているところがあるのか? と疑問に思うレベルで、戦闘しか想定していない。
殴る、蹴る、斬る、貫く、叩く、壊す、砕く、潰す、穿つ、皆殺しにする、殺戮する、蹂躙する、支配する。その為の力であるように、アレックスには思えてならない。
アレックスは、人修羅の力を、フルに発揮していない。発揮するには、<新宿>の舞台が余りにも小さすぎるからだ。東京の一区画など、容易く破壊してお釣りが来る。
フルスペックを発揮する事で、聖杯戦争の全てに決着が着くのなら、無論迷わずアレックスはそうしていた。が、彼に残っていた勇者としての矜持が。
そして、北上を慮る気持ちが。それを許さなかった。北上を思う理由は単純明快、彼女を初めとした、<新宿>は勿論その近隣の区に住まう住民も、巻き添えで死ぬからだった。
その慮りを、アレックスは今は捨てた。
<新宿>を破壊しないレベルで……しかし、人修羅の力の何たるか目に焼き付けさせるレベルで広範に破壊を齎らすレベルで。
彼は今、己が身体に溜められた凄絶な力の一端を、解き放とうとしていた。
「む……」
今までとは違う攻撃に、アレックスが移行していると最初に気付いたのはせつらだった。
アレックスの周りを取り巻く、力の本流。その変化を如実に、せつらの糸が感じ取ったのだ。
幻十もまた、気付く。気付いた速度はせつらに負けたが、幻十の場合、正真正銘本物の人修羅――それに真贋がある事は尤も、幻十もアレックスも知らない――と、
交戦した経験がある事から、せつらよりも早く事態の深刻さを理解した。無論それは、マーガレットにも、言えた事なのだが。
679
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:52:22 ID:3fIroC7g0
――アレックスが、動いた。
紫色の魔力剣を生み出し、その剣を、居合い抜きの要領で横一文字に振りぬく。それら一連の動作を、稲妻が閃くようなスピードで達成するアレックス。
この場にいる全てのサーヴァントは、迎撃する、と言う選択肢を頭から捨てていた。受け、防ぎ、躱す。無傷でやり過ごせるような手段を、この場で選んだ。
同じ武器を扱うと言う都合上、せつらと幻十が選んだ防御方法は全く同じ。妖糸を身体の周囲に展開させ、無類無敵の防御結界を構築すると言うもの。
但し幻十の場合、この場に守るべきマスターが存在する為に、その結界をマーガレットのほうにも張り巡らさねばならなかった。
そして鈴仙の方は、空間の波長を操り、任意の空間……つまり、鈴仙と塞、北上の周囲の空間に目には見えない波打ちを生じさせ、物理的に歪ませた。
其処に何らかの攻撃が叩き込まれれば、その波打ちの形に沿うように、攻撃が逸れて行くのだ。弾丸を放てば、意味不明の方向に跳ね返される。近づいて剣の一撃を叩き込もうにも、あらぬ方向に攻撃が滑り体勢が崩される。無敵に近い、防御法である。
各人が、これは、と思ったその防御法が、紙みたいに切り裂かれた。
焦点温度数十万度に達するレーザー光線ですら焼き切れず、戦車の砲弾だって容易く絡め取った後に細切れにするチタン妖糸が、要点を切裂かれて糸屑に変貌する。
暴力的な加速による突破を逸らし、あらゆるものをも粉砕する瞬間的な圧力と衝撃も分散し無効化する空間の揺らぎが、木っ端めいて斬り刻まれる。
各々が防げる、と思った防御方法を、知らぬとばかりに乗り越えてきたものの正体は、空間中に生じた、紫色の光の筋であった。
引っ掛けるもの、固定するものの存在しない空間に、その光る紫色の筋は刻まれており、まるで、その空間に亀裂が生じ始めた風にも見える。
この場の面々は知らなかろうが、もしも、閻魔刀と言う刀を振るうアーチャーと面識があったのなら、次元斬と呼ばれる技を思い出すだろう。今アレックスが放った、『死亡遊戯』なる技には、その次元斬と良く似ていた。
光の筋が、幻十とせつら、鈴仙の方に生じ始めている。その、光筋の本数はそれぞれの面子に対して一本づつ。合計、三本。
爆発的に、その紫の光の筋が増え始めた。増殖、と言う言葉すら最早生温いレベルで三名の周囲にその光筋は展開されて行く。
直撃してしまえば、空間にすら作用する術だって、紙程度の防御力も発揮しない強烈な斬撃エネルギーを秘めた光の筋が、敵や同盟相手の区別なく、無差別に生じているのだ!!
この場から退避する、と言う結論を下す速度が速かったのは、幻十の方だった。
<新宿>における聖杯戦争の主催者、エリザベスなる女が従える方の人修羅との戦いで、その恐るべき強さを肌身で実感していたが故の、判断速度だった。
現状の自分では、人修羅と言う存在に対し有効的な一撃を加える事は難しい。彼はそう判断したのだ。故に、逃げる。
自分の身の回りで奥義・死亡遊戯によって発生した断裂の数が三本目に差し掛かった時の事だった。
幻十とせつら、この二名の糸使いは、体内にすらチタン妖糸を隠し持っている。口内は勿論、胃や大・小腸の中、果ては血管内にまで。
ナノマイクロサイズと言う極小のサイズをフルに用いて、体内の至る所に秘匿しているのだ。その体内の妖糸を操り、幻十は、神経系にその糸を巻き付かせた。
これも、幻十やせつらが、主に二通りの目的を以って使う方法である。一つは、拷問。神経や痛覚に直接糸を付着させ、常人ならばショック死、
縦しんば耐えられるだけの訓練を受けてきた者であっても泣いて命乞いをする程の激痛を与え、自白を強要させるという物。
そしてもう一つの使い方が、自己強化。自身の指の動きを光の速度で伝達するチタン妖糸を神経に巻きつかせる事で、自らの反射神経、運動神経を爆発的に向上させるのだ。
この神業にも例えられる技術を以って、幻十は自らを強化。
その後に、大きくバックステップを刻み、アレックスから遠ざかり始めた。その速さたるや、宛ら突風だ。
マーガレットの施したヒートライザの魔術も相まった凄まじい移動速度。それは瞬きよりも速いスピードであり、死亡遊戯の殺界から彼はもう遠のいていた。
彼がアレックスから逃げ出していた時には、マーガレットの姿は、既に此処にない。空間転移を使えるのだ、馬鹿正直に走って逃げる必要性はない。技の範囲内までワープすれば、それで良いだけなのだ。
680
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:52:40 ID:3fIroC7g0
幻十らは、アレックスから退散する道を選んだ。
だが、せつらの方は残る道を選んだ。厳密に言えば、残るのではなく、可能な限り抵抗し無理なら諦める、と言う程度のものであるが。
せつらの魔技の精髄を込めた必殺の断線が、絶妙な撓りを以ってアレックスの方へと迫る。
物質的な特性――硬い、柔らかい、熱い、冷たい、吸収しやすい、跳ね返す……。そう言った特質の全部を無視して万物を切断する、アレックスの放った死亡遊戯による空間切断。
その空間の切断現象自体を切裂きながら、せつらの魔糸が音を立てずしてアレックスへと近づいて行く、が。その空間切断を十回程斬り返した後、糸そのものが、
アレックスの技の威力に耐え切れなくなり、細切れに散らばってしまい、せつらの与えた魔法の全てが解けてしまった。
これ以上の相手はしてられない、と思ったか。
せつらは黒いコートの表面に妖糸を電瞬の速度で葉脈状に這わせ、その後糸を張り巡らせたコートを翻す。
アレックスの放つ死亡遊戯の空間断裂が、軌道を変えられたレーザー光の如くに、コートにぶつかったその瞬間に跳ね返されてしまった。
その、翻す、と言う動作を幾度も繰り返しながら、せつらは、空中に飛び上がり、そのまま飛翔する。
雲に巻きつけた妖糸を伸縮させ空に飛び上がり、その最中に迫る空間の切断現象を、コートの翻しで捌きながら。
この美しい魔人は、漆黒の翼を羽ばたかせて空を我が物顔で飛行する大鴉のように、その場から簡単に逃げ去ってしまったのだった。
こうしてこの場から、アレックスが殺すべき敵の姿は消えてなくなった。
ものの見事に、逃げられてしまった。歯噛みするアレックス。味方を巻き込む覚悟で放った攻撃ですらも、せつらと幻十の両名を殺しきるには、一手届かないのか。
あれが、今回の聖杯戦争に於いて最強レベルの鬼札に該当するサーヴァントであるのは間違いないだろう。
脱落する可能性も低いだろうし、アレックスが生き残っていればいるほど、再度ぶつかる未来だって当然起こりうる。
その間に、あの二人が消耗している事。そして、それまでの間に<新宿>の環境が煮詰まって行き、アレックスが本気を出しても問題がないレベルになっている事を、彼は祈った。
――事此処にいたって漸くアレックスは、自身が攻撃を放った存在が、せつらと幻十以外に居た事に気付いた。
厳密に言えば、敵と言うカテゴリーに分類される存在は上の二名だけだが、それ以外にも、結果的に攻撃範囲に巻き込んでしまった存在が居たではないか。
鈴仙・優曇華院・イナバ。彼女の存在を失念する程に、人修羅の持つ攻撃的な性情は、激しいのであろうか?
恐る恐る、鈴仙の方に目線を向けるアレックス。
魔力反応から、生きている事は解る。が、実際にどの程度の状態で生きているのかがまだ未知なのだ。
同じ生きているは生きているでも、胴体が別れていたりだとか、両手両足がなくなっているでは、意味がない。それは死に掛けとか、風前の灯とか言う状態なのだから。
「ぜぇ……ぜぇ……!!」
結論を述べるのなら、鈴仙は五体満足の状態で生きていた。
但し、目に見えて心労が伝わってくるレベルで、消耗しているらしい。自身の疲弊を、彼女は取り繕う事すらしなかった。
肩は大きく上下し、その口からは荒い息を喘がせて。眦にはたっぷりの涙を湛えている。余程、アレックスの死亡遊戯を逸らす事にプレッシャーがあったらしい。
それは、無理からぬ話であろう。何せ判断一つしくじれば、防御不能の必殺の断線が、鈴仙の知覚能力を遥かに超えた速度で叩き込まれるのだ。
此方に来るであろう空間切断現象、これがどのタイミングで、どんな軌道で放たれるのかを先読みし、それに応じた空間操作を行わねばならないのだ。
例え鈴仙と同じレベルで、これが出来る能力者であっても、全うな精神の持ち主なら間違いなく心労と緊張の極限に達し、精神その物が壊れ、気絶と言う形で現れる。
これを成し遂げられるのは最早奇跡でも起きない限り有り得ず――そして鈴仙は、その奇跡をモノにしたのだった。
「……無事だったか」
681
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:53:43 ID:3fIroC7g0
そう呟く自分の言葉に、アレックスは、鈴仙の安否を気遣う様子が欠片もない事に気付いた
この言葉が誰の為に向けられた言葉なのか、といえば、それは彼女の背後に居る北上の方であった。
切断された空間は、程なくして戻る。永久に斬られたままではないのだ。こちらの側から見たら、風景が左右、上下にズレていても、
何秒かすればズレているラインから戻って行く。何故なら斬られているのは風景、空間を切断した斬線を通して見た遠方の光景に過ぎず、実際のものは斬られてないからだ。
が、その空間切断現象で、実際に実体を斬られたものならば話は別。実物が斬られている以上、当然、その斬られたものに自己修復機能がなければ斬られたままなのだ。
そしてその斬られたままの状態のものこそが、地面。巨人が、そのサイズ相応の定規を引いて滅茶苦茶に線を引いたみたいに、地面に刻まれた直線の深い溝。それこそが、アレックスの放った死亡遊戯の名残だった。
刻まれた溝は、見事に鈴仙の佇む範囲までに滅茶苦茶に走っている。
明らかに鈴仙を巻き込んでいたであろうラインは、ザッと数えるだけでも数十本はある。アレックスは褒めた。鈴仙よりも、自分をだ。
よく、『この程度の本数で済んだものだ』、と。もしも自分の理性が少し、殺意の方向に強く振り切れていたのなら。鈴仙に降りかかっていた空間切断の数は倍加していた。
そして何よりも、アレックスの理性の強固さを物語るのが、空間切断が実際に起こった範囲である。地面の溝を見れば、それは明白だ。
鈴仙よりも後ろ。つまり、塞と北上が居る範囲には、全く刻まれていないのだ。これはアレックスが特に己に律していた、北上を巻き込まない。
その意思が反映されていたが故だった。……尤も、それにしたって、後二m程度切断現象がズレていたら、塞の方が五体をズタズタにされていたのだが。かなり、危ういラインであったようだ。
「二度と渡りたくない綱だったけどね……!!」
当然過ぎる実感を込めて、鈴仙が言った。アレックスに対する恨み節すら、受け取る事が出来る。
「悪いな。結局誰も倒せないまま、傷だけを負っちまった」
「いや、気にするなよモデルマン。正直予想外の事態が重なり過ぎだ。これをアンタの責めに帰す訳には行かんよ」
そもそもの目的が、黒贄礼太郎と遠坂凛の排除と、ジョナサンとジョニィの主従の排除――無論これは秘密である――であった。
誰に憚られる事なく水面下に黒贄達を倒せるかと思いきや、あれよあれよと言う間に横槍が増えて行き、挙句の果てには、遠くで待機していた塞達にも累が及ぶ。
こんなもの、予測が出来なくて当然だ。無論、乱入を想定していなかった塞ではない。ないが、多少なりの相手なら鈴仙は兎も角、アレックスなら捻じ伏せられると思っていた。
その、捻じ伏せられない相手が立て続けに来たのなら、それは、この場にいる誰の責任でもない。本当に、天運に恵まれなかった。それだけの話なのだろう。
「運が悪かった。そう思っとけよ、モデルマン」
「って言っても……何時までも運が悪かった、じゃ済ませられないんだよね」
北上のこのネガティヴな言葉は当たり前の発言だった。一時の運の落ち込みが、この聖杯戦争に於いては致命傷になり得る。
それは、紺珠の薬を服用していなければ、この一日で二度も死亡の憂き目に合っていた未来を観測した鈴仙達以上に。
実際に運気の落ち込みで腕を切り落とされた北上だからこそ、重い発言だった。腕の一本で、済んだだけ北上は幸運だったとすら言える。
妖糸の繰り手に遭遇すれば、如何なる者も生きては帰れない。それが、魔界都市の住民の常識だった事を鑑みれば、今の北上の現況は、奇跡以外の何物でもないのだから。
次に運が悪かった時は、死ぬ時かも知れない可能性が高いのだ。
況して聖杯戦争は消耗戦。リソースが目減りする事はあれど、回復する可能性など絶無に近い。
疲労、心理的ストレス、魔力の消耗に精神の磨耗など。体力的にも精神的にも落ち込んだ状態で襲撃にあえば、死ぬ確率の方が高いのは当たり前の話である。
それを、運が悪いでは切り捨てられない。本当に、命が懸かっている話なのだ。天運に見放されたから諦めろは、通用しない。
「あのアーチャー……ジョナサンさん達は如何するんですか?」
北上が尤もな疑問を口にする。
今回の戦いの第二目標を知らせていない以上、北上達のジョナサン達に対する認識は、同盟相手・仲間である。その無事を気にするのは、自然な成り行きだった。
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:54:46 ID:3fIroC7g0
「同じアーチャー……遠方のものを見る事、感じ取る手段が豊富な者どうしの連絡手段は、秘密裏に伝えている。そこに連絡が入るまで、今はこの二組で行動だ」
大嘘だ。そんな物はない。
鈴仙の能力を使えばそう言うコンタクトを取る手段はない事もないが、範囲は有限なものの上、送り手は兎も角受け手がそのコンタクトの意図を掴めない可能性が高いメソッドである。やる意味もないし、やる気もない。そもそもあの主従には、早期脱落を願っているのだ。助け舟を出す筈もなかった。
「……無事で居ると良いな」
それは暗に、塞の方針を北上が認めたに等しい発言でもあった。
「此処から離れよう。多分、人が集まってくる」
これだけ派手にサーヴァントが暴れ、況して、<新宿>内でも取り分けて有名な施設が二つも消滅したのである。
人が集まらぬ筈がない。急いでこの場から退散する必要がある。その塞の提案に、北上とアレックスは頷いた。
鈴仙は、脂汗と冷や汗のハイブリッドとなった体液で、体中をグッショリとさせながら、光の波長を操って、ステルス処理を全員に施した。
――いなくなってみれば、この場に残るのは凄惨な破壊の爪痕。
形あるものがなにもなく、秩序だった地面が何処にもない。ただただ、耕された地面と、立ち込める石煙。元が何処を構築していたのか解らない程粉々になった、建材の瓦礫だけが。広がり散らばるカオスの坩堝が広がるだけの、都会の真ん中の都市<新宿>には似つかわしくない風景だった。
【四ツ谷、信濃町方面(聖徳美術絵画館・神宮球場跡地)/1日目 午後4:20分】
【ジョナサン・ジョースター@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]肉体的損傷(大)、魔力消費
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]不明
[道具]不明
[所持金]かなり少ない。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を止める。
1.殺戮者(ロベルタ)を殺害する。
2.聖杯戦争を止めるため、願いを聖杯に託す者たちを説得する。
3.外道に対しては2.の限りではない。
4.黒贄礼太郎を殺す。
[備考]
・佐藤十兵衛がマスターであると知りました
・拠点は四ツ谷・信濃町方面(新宿御苑周辺)です。
・ロベルタが聖杯戦争の参加者であり、当面の敵であると認識しました
・一ノ瀬志希とそのサーヴァントあるアーチャー(八意永琳)がサーヴァントであると認識しました
・塞&アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)の主従の存在を認識。塞と一応の同盟を組もうとは思っていますが、警戒は怠りません
・塞がライドウと十兵衛の主従と繋がりを持っている事を知りません
・北上&モデルマン(アレックス)と手を組んでいますが、モデルマンに起こった変化から、警戒をしています
・遠坂凜を追跡することに決めました。
・遠坂凛が魔術に通暁した者である事を理解しました
・現在魔王パムとマーガレットの戦いの余波で、かなり遠くまで吹っ飛ばされている状態です。何処まで飛ばされたのかは、後続の書き手様にお任せします
【アーチャー(ジョニィ・ジョースター)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]肉体的損傷(中)、魔力消費(中)、漆黒の意思(ロベルタ)
[装備]
[道具]ジョナサンが仕入れたカモミールを筆頭としたハーブ類
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を止める。
1.殺戮者(ロベルタ)を殺害する
2.マスターと自分の意思に従う
3.次にロベルタ或いは高槻涼と出会う時には、ACT4も辞さないかも知れません
4.黒贄礼太郎を殺す
[備考]
・佐藤十兵衛がマスターであると知りました。
・拠点は四ツ谷・信濃町方面(新宿御苑周辺)です。
・ロベルタがマスターであると知り、彼の真名は高槻涼、或いはジャバウォックだと認識しました
・一ノ瀬志希とそのサーヴァントあるアーチャー(八意永琳)がサーヴァントであると認識しました
・アレックスがランサー以外の何かに変質した事を理解しました
・メフィスト病院については懐疑的です
・塞の主従についても懐疑的です
・現在ジョナサンと合流する為、彼を追跡中です
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:55:38 ID:3fIroC7g0
【塞@エヌアイン完全世界】
[状態]疲労(中)、魔力消費(中)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]黒いスーツとサングラス
[道具]集めた情報の入ったノートPC、<新宿>の地図
[所持金]あらかじめ持ち込んでいた大金の残り(まだ賄賂をできる程度には残っている)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲り、イギリス情報局へ持ち帰る
1.無益な戦闘はせず、情報収集に徹する
2.集めた情報や噂を調査し、マスターをあぶり出す
3.『紺珠の薬』を利用して敵サーヴァントの情報を一方的に収集する
4.鈴仙とのコンタクトはできる限り念話で行う
5.正午までに、討伐令が出ている組の誰を狙うか決める
6.ジョナサンにはさっさと死んで頂く。……って言うか、くたばったのか?
[備考]
・拠点は西新宿方面の京王プラザホテルの一室です。
・<新宿>に関するありとあらゆる分野の情報を手に入れています(地理歴史、下水道の所在、裏社会の事情に天気情報など)
・<新宿>のあらゆる噂を把握しています
・<新宿>のメディア関係に介入しようとして失敗した何者かについて、心当たりがあるようです
・警察と新宿区役所に協力者がおり、そこから市民の知り得ない事件の詳細や、マスターと思しき人物の個人情報を得ています
・その他、聞き込みなどの調査によってマスターと思しき人物にある程度目星をつけています。ジョナサンと佐藤以外の人物を把握しているかは後続の書き手にお任せします
・バーサーカー(黒贄礼太郎)を確認、真名を把握しました。また、彼が凄まじいまでの戦闘続行能力と、不死に近しい生命力の持ち主である事も知りました
・遠坂凛が魔術師である事を知りました
・ ザ・ヒーローとバーサーカー(ヴァルゼライド)の存在を認識しました
・セリュー・ユビキタスの主従の拠点の情報を警察内部から得ています
・<新宿>の全ての中高生について、欠席者および体のどこかに痣があるのを確認された生徒の情報を十兵衛から得ています
・<新宿>二丁目の辺りで、サーヴァント達が交戦していた事を把握しました
・佐藤十兵衛の主従と遭遇。セイバー(比那名居天子)の真名を把握しました。そして、そのスキルや強さも把握しました
・葛葉ライドウの主従と遭遇。佐藤十兵衛の主従と共に、共闘体制をとりました
・セイバー(ダンテ)と、バーサーカー(ヴァルゼライド)の真名を把握しました
・ルーラー(人修羅)の存在を認識しました。また、ルーラーはこちらから害を加えない限り、聖杯奪還に支障のない相手だと、朧げに認識しています
・ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)、北上&モデルマン(アレックス)の主従の存在を認識しました
・上記二組の主従と同盟を結ぼうとしていますが、ジョナサンの主従は早期に手を切り脱落して貰おうと考えています。また、彼らにはライドウと十兵衛とコネを持っている事は伝えていません
・ジョナサンとアーチャー(ジョニィ)lを黒贄礼太郎に殺害させる計画を立てました。
・北上とモデルマンには自分たちと一緒に最後に残る組になって欲しいと思っています
・現在ジョナサンの主従と別れている状態です
【アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)@東方project】
[状態]疲労(極大)、精神的疲労(極大)、肉体的損傷(大)、魔力消費(中)、かなりの恐怖
[装備]黒のパンツスーツとサングラス
[道具]ルナティックガン及び自身の能力で生成する弾幕、『紺珠の薬』
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:サーヴァントとしての仕事を果たす
1.塞の指示に従って情報を集める
2.『紺珠の薬』はあまり使いたくないんだけど!!!!!!!!!!!!
3.黒贄礼太郎は恐ろしいサーヴァント
4.糸使い怖い怖い怖い怖い怖い
5.モデルマン絶対制御出来るサーヴァントじゃないと思う……
6.つらい。それはとても
[備考]
・念話の有効範囲は約2kmです(だいたい1エリアをまたぐ程度)
・未来視によりバーサーカー(黒贄礼太郎)を交戦、真名を把握しました。また、彼が凄まじいまでの戦闘続行能力と、不死に近しい生命力の持ち主である事も知りました
・遠坂凛が魔術師である事を知りました
・ザ・ヒーローとバーサーカー(ヴァルゼライド)の存在を認識しました
・この聖杯戦争に同郷の出身がいる事に、動揺を隠せません
・セイバー(ダンテ)と、バーサーカー(ヴァルゼライド)の真名を把握しました
・ルーラー(人修羅)の存在を認識しました。また、ルーラーはこちらから害を加えない限り、聖杯奪還に支障のない相手だと、朧げに認識しています
・ダンテの宝具、魔剣・スパーダを一瞬だけ確認しました
・アーチャー(ジョニィ・ジョースター)に強い警戒心を抱いています
・アサシン(浪蘭幻十)とサーチャー(秋せつら)、マーガレットに対し非常に強い警戒心を抱いています
684
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:56:19 ID:3fIroC7g0
【北上@艦隊これくしょん(アニメ版)】
[状態]疲労(中)、精神的ダメージ(大)
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]鎮守府時代の緑色の制服
[道具]艤装、61cm四連装(酸素)魚雷(どちらも現在アレックスの力で透明化させている)
[所持金]三千円程
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に帰還する
1.なるべくなら殺す事はしたくない
2.戦闘自体をしたくなくなった
[備考]
・14cm単装砲、右腕、令呪一画を失いました
・幻十の一件がトラウマになりました
・住んでいたマンションの拠点を失いました
・一ノ瀬志希&アーチャー(八意永琳)、ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)、塞&アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)の存在を認識しました
・右腕に、本物の様に動く義腕をはめられました。また魔人(アレックス)の手により、艤装がNPCからは見えなくなりました
【“魔人”(アレックス)@VIPRPG】
[状態]肉体的損傷(小)、魔力消費(小)、人修羅化、思考が若干悪魔よりに傾いてきている
[装備]軽い服装、鉢巻
[道具]ドラゴンソード
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:北上を帰還させる
1.幻十に対する憎悪
2.聖杯戦争を絶対に北上と勝ち残る
3.力を……!!
[備考]
・交戦したアサシン(浪蘭幻十)に対して復讐を誓っています。その為ならば如何なる手段にも手を染めるようです
・右腕を一時欠損しましたが、現在は動かせる程度には回復しています。
・幻十の武器の正体に気付きました
・バーサーカー(高槻涼)と交戦、また彼のマスターであるロベルタの存在を認識しました
・一ノ瀬志希&アーチャー(八意永琳)、メフィストのマスターであるルイ・サイファーの存在を認知しました
・マガタマ、『シャヘル』の影響で人修羅の男になりました
魔人・アレックスのステータスは以下の通りです
(筋力:A 耐久:A 敏捷:A 魔力:A 幸運:A。魔術:B→A、魔力放出:Bと直感:B、勇猛:Bを獲得しました)
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:56:31 ID:3fIroC7g0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
遠坂凛が、自分の使役するサーヴァントである黒贄礼太郎が戦っているだろうフィールドに赴いたのは、全部が終わった後の事だった。
つまり、鈴仙達が去り、ジョナサン達が吹っ飛ばされ、魔王パムがレイン・ポゥを連れて退散し、せつらと幻十とマーガレットが後を濁さずして消えた後の、
瓦礫だけが広がる神宮球場跡に、タイミングを見計らってやって来たのだ。
当然の事、目的は黒贄礼太郎の回収である。
アレを野放しにするのは拙い、と言う当たり前の理屈だ。最早全てが敵に回っている凛にとって、あのサーヴァントは最後のセーフティだから、早く回収したいのだ。
そしてそれと同じ位、あの災厄を放置するのは危険なのだ。何せアレは放っておけば人を殺す。再現とか限度とか、そんなものはあの男には設定されていない。
上限を与えていなければ、億の人数だって殺し尽くすだろうあの男の手綱は、この手で握らねばならない。それは、堕ちきった凛の心に残った、僅かな理性と良心の発露でもあった。
――そして結論を述べるのなら、その理性と良心を完全に捨ててしまいそうな局面に、凛は直面する。
「あ、おーい凛さーん。こっちですよー」
朗らかな笑みを浮べながら黒贄礼太郎は、凛の方に対して、『血で濡れたジュラルミン製のライオットシールドを持った側の手を振るっていた』。
……早い話が、手遅れだったと言う訳だ。
考えてみれば、当たり前の話だ。サーヴァント達がこれだけ野放図に暴れまわったのだ。NPCが集まるに決まっている。
これは凛や黒贄達が知らないのも無理からぬ話だが、鈴仙は自らの能力を用い、外部に戦闘によって生じた大音をシャットアウトする結界を展開させていたのだ。
それがなくなってから、なおも大暴れを続けていれば、遠くない内に野次馬が集まるに決まっているのである。
鈴仙やアレックス、幻十にせつらに魔王パム、そしてジョニィらは、その野次馬が集まる前にこの場から遠ざかっていた。
――黒贄だけは、NPCが集まり終えたその『後』に、のこのことこの場に戻ってきた。そして、うっかり衝動を爆発させた。
他区から応援にやって来ていた機動隊員の首を、拾った木の小枝を振るって撥ね飛ばした後で、その隊員が持っていたライオットシールドを奪い、大暴れ。
「たまには盾を武器にするのも悪くありませんな」などと言いながら、振るった盾の縁でNPCの首を圧し折り、大脳が飛び散る程の勢いで頭部を破壊し、胴体をグシャグシャに潰して回って、殺戮の時間を謳歌していた。
時間にして、五分とちょっと。
それだけの時間で、この場に集まっていた総計七二九人のNPCを殺しつくして見せたのだ。
……結果的にの話になるが、今この場に於いて、凛と黒贄の姿を目撃しているNPCはいない。何故ならば黒贄礼太郎が、全てのNPCを殺してしまったからだ。
「……気絶したいわよ、もう」
築かれた血の川、死体の大地を踏みつけながら、黒贄礼太郎は凛の所へ駆け寄って言った。
死体の放つ強烈な死臭に慣れてしまっている自分が居る。その事実を悲嘆する事すらしなくなった自分がいる事に、凛は、確かに気付いていたのだった。
686
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:56:50 ID:3fIroC7g0
【四ツ谷、信濃町方面(聖徳美術絵画館・神宮球場跡地)/1日目 午後4:40分】
【英純恋子@悪魔のリドル】
[状態]意気軒昂、肉体的ダメージ(大)、魔力消費(中)、廃都物語(影響度:小)
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]サイボーグ化した四肢
[道具]四肢に換装した各種の武器(現在マーガレットとの戦いで破壊され使用不能)
[所持金]天然の黄金律
[思考・状況]
基本行動方針:私は女王(魔王でも可)
1.願いはないが聖杯を勝ち取る
2.戦うに相応しい主従をもっと選ぶ
3.新生した自分の力を遠坂凛に示して勝つ
4.あの銀髪の美女……私の生涯最大の強敵……勝たなきゃ
[備考]
・アーチャー(パム)と事実上の同盟を結びました
・パムから、メフィスト病院でキャスター(メフィスト)がドリー・カドモンで何を行ったか、そして自分の出自を語られました
・遠坂凛&バーサーカー(黒贄礼太郎)、セリュー・ユビキタス&バーサーカー(バッター)の所在地を掴みました
・メイド服のヤクザ殺し(ロベルタ)、UVM社の社長であるダガーの噂を知りました
・自分達と同じ様な手段で情報を集めている、塞と言う男の存在を認知しました
・現在<新宿>中に英財閥の情報部を散らばせています。時間が進めば、より精度の高い情報が集まるかもしれません
・遠坂凛が実は魔術師である事を知りました
・新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、ランサー(高城絶斗)の存在を認知しました
・キャスター(タイタス1世)の産み出した魔将ク・ルームとの交戦及び、黒贄礼太郎に扮したタイタス10世をテレビ越しに目視した影響で、廃都物語の影響を受けました
・次はもっとうまくやろうと思っています
・口上と必殺技名を幾つか考えつきました
・アーチャー(ジョニィ・ジョースター)とモデルマン(アレックス)の存在を認識しました。またジョナサン・ジョースターも認識しました
・マーガレットに強い対抗意識を燃やしています
・現在拠点へと出戻り中です
【アサシン(レイン・ポゥ)@魔法少女育成計画Limited】
[状態]霊体化、肉体的ダメージ(中)、魔力消費(中)、エネルギーに変換すればパージされた極大の万里の長城に対して特攻しこれを破壊しうる程のストレス
[装備]魔法少女の服装
[道具]
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯獲得
1.マスターを狙って殺す。その為には情報が不可欠
2.天昇じゃなくて昇天しろ馬鹿共
3.ああああああああああもう休ませろよおおおおおおおおおおおおおおお
[備考]
・遠坂凛が実は魔術師である事を知りました
・アーチャー(パム)と事実上の同盟を結びました。凄まじく不服のようです
・パムから、メフィスト病院でキャスター(メフィスト)がドリー・カドモンで何を行ったか、そして自分の出自を語られました
・ライドウに己の本性を見抜かれました(レイン・ポゥ自身は気付いておりません)
・魔王パムを召喚した者に極大の殺意
・現在拠点へと出戻り中です
【アーチャー(魔王パム)@魔法少女育成計画Limited】
[状態]肉体的ダメージ(中)、実体化、黒羽一枚Lost
[装備]魔法少女の服装
[道具]
[所持金]一応メフィストから不足がない程度の金額(1000万程度)を貰った
[思考・状況]
基本行動方針:戦闘をしたい
1.私を楽しませる存在めっちゃいる
2.聖杯も捨てがたい
3.神崎蘭子とかいうアイドルに逢ってみたい
4.あの女(マーガレット)……できる
5.あの男(アレックス)……次は遠慮なく戦いたい
[備考]
・英純恋子&アサシン(レイン・ポゥ)と事実上の同盟を結びました
・新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、ランサー(高城絶斗)の存在を認知しました
・すごくテンションが上がっています
・口上と必殺技名を幾つか考えつきました
・アーチャー(ジョニィ)のスタンド、タスクACT4により、宝具である黒羽を一枚破壊されました。聖杯戦争中、如何なる手段を用いても復活することはありません
・現在拠点へと出戻り中です
687
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:57:18 ID:3fIroC7g0
【マーガレット@PERSONA4】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]青色のスーツ
[道具]ペルソナ全書
[所持金]凄まじい大金持ち
[思考・状況]
基本行動方針:エリザベスを止める
1.エリザベスとの決着
2.浪蘭幻十との縁切り
3.令呪の獲得
[備考]
・浪蘭幻十と早く関係を切りたいと思っています
・<新宿>の聖杯戦争主催者を理解しています。が、エリザベスの引き当てたサーヴァントが何者なのか理解しました
・バーサーカー(ヴァルゼライド)とザ・ヒーローの主従を認識しました
・〈新宿〉の現状と地理と〈魔震〉以降の歴史について、ごく一般的な知識を得ました
・遠坂凛と接触し、悪人や狂人の類でなければ保護しようと思っています
・バーサーカー(バッター)とセリュー・ユピキタスの動向を探る為に浪蘭幻十の一晩の実体化を許可しました
・メフィスト病院について知りました。メフィストがサーヴァントかマスターかはまだ知りません
・ザ・ヒーロー及び、クリスチファー・ヴァルゼライドを速やかに撃破したい思っています
・他の主従との同盟を考えています
・幻十がメフィスト病院に、緒方智絵里と三村かな子を誘導した事を知りました。両者の名前は知りません。
・幻十との付き合い方を修得しつつあります。
・アレックスの変貌に気付いています
・現在神宮球場から離れた所に居ます。場所はどこかは、お任せします
【アサシン(浪蘭幻十)@魔界都市ブルース魔王伝】
[状態]魔力消費(極小)、疲労(小)
[装備]黒いインバネスコート
[道具]チタン妖糸を体内を含めた身体の様々な部位に
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:<新宿>聖杯戦争の主催者の殺害
1.せつらとの決着
2.那珂に対する報復
3.せつらめ……やはり一筋縄じゃいかないか
[備考]
・北上&モデルマン(アレックス)の主従と交戦しました
・交戦場所には、戦った形跡がしっかりと残されています(車体の溶けた自動車、北上の部屋の騒動)
・バーサーカー(ヴァルゼライド)とザ・ヒーローの主従を認識しました
・〈新宿〉の現状と地理と〈魔震〉以降の歴史について、ごく一般的な知識を得ました
・バーサーカー(バッター)とセリュー・ユピキタスの動向を探る為に一晩の実体化の許可を得ました。どこに糸を巡らせるかは後続の方にお任せします
・夜の間にマーガレットに無断で新宿駅の地下を糸で探ろうと思っています
・メフィスト病院について知りました。メフィストがサーヴァントかマスターかはまだ知りません
・メフィスト病院に、緒方智絵里と三村かな子を誘導しました。両者の名前は知りません。
・新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(バージル)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、アーチャー(パム)、ランサー(高城絶斗)、ライダー(大杉栄光)、アサシン(レイン・ポゥ)の存在を認知しました
・アーチャー(那珂)以外は、大雑把な戦い方と声を把握しただけで、個人の識別には使えません。
・ランサー(高城絶斗)は声しか知りませんが、魔糸を消したのはランサーだと推測しています。
・アーチャー(那珂)の姿と戦い方を知りました。
・アーチャー(那珂)に対して極大の殺意
・346所属のアイドルの中にマスターがいるかも知れないと推測しました。
・北上とアーチャー(那珂)の関係性に気付きました。
・一ノ瀬志希、雪村あかり、伊藤順平、英純恋子の四人のマスターの姿形と個人情報を把握しました。
・アーチャー(鈴仙)と塞の存在を認識しました
・アレックスの変貌に気付いています
・現在神宮球場から離れた所に居ます。場所はどこかは、お任せします
688
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:57:35 ID:3fIroC7g0
【サーチャー(秋せつら)@魔界都市ブルースシリーズ】
[状態]疲労(小)
[装備]黒いロングコート
[道具]チタン製の妖糸
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の探索
1.サーヴァントのみを狙う
2.ダメージを負ったらメフィストを利用してやるか
3.ロクでもない街だな
4.今の状態の幻十なら楽だが……どうせ宝具はアレだろうしな。面倒だから早く倒したい
[備考]
・メフィスト病院に赴き、メフィストと話しました
・彼がこの世界でも、中立の医者の立場を貫く事を知りました
・ルイ・サイファーの正体に薄々ながら気付き始めています
・ウェザー&セイバー(シャドームーン)の主従の存在を知りました
・不律、ランサー(ファウスト)の主従の存在に気づいているかどうかはお任せ致します
・現在、メフィストの依頼を受けて、眠り病の呪いをかけるキャスター(タイタス1世(影))の存在を認識、そして何を行おうとしているのか凡そ理解しました。が、呪いの条件は未だに解りません
・眠り病の呪いをかけるキャスター(タイタス1世(影))の捜索をメフィストに依頼されれ、受けました。
・浪蘭幻十がサーヴァントとして召喚されていることをメフィストから知らされました。
・浪蘭幻十のクラスについて確信に近い推察をしました。
・討伐令に乗る気は有りません。機会があれば落ち首広いはするつもりです。
・アーチャー(鈴仙)と塞、モデルマン(アレックス)と北上の存在を認識しました
【遠坂凛@Fate/stay night】
[状態]精神的疲労(極大)、肉体的ダメージ(中)、魔力消費(中)、疲労(大)、額に傷、絶望(中)
[令呪]残り一画
[契約者の鍵]有
[装備]いつもの服装(血濡れ)→現在は島村卯月@アイドルマスター シンデレラガールズの学校指定制服を着用しております
[道具]魔力の籠った宝石複数(現在3つ)
[所持金]遠坂邸に置いてきたのでほとんどない
[思考・状況]
基本行動方針:生き延びる
1.バーサーカー(黒贄)になんとか動いてもらう
2.バーサーカー(黒贄)しか頼ることができない
3.聖杯戦争には勝ちたいけど…
4.それと並行して、新たな拠点にも当たりをつけておきたい
[備考]
・遠坂凛とセリュー・ユビキタスの討伐クエストを認識しました
・豪邸には床が埋め尽くされるほどの数の死体があります
・魔力の籠った宝石の多くは豪邸のどこかにしまってあります。
・精神が崩壊しかけています(現在聖杯戦争に生き残ると言う気力のみで食いつないでる状態)
・英純恋子&アサシン(レイン・ポゥ)の主従を認識しました。
・バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)が<新宿>衛生病院で宝具を放った時の轟音を聞きました
・今回の聖杯戦争が聖杯ではなく、アカシックレコードに纏わる操作権を求めて争うそれであると理解しました
・新国立競技場で新たに、ライダー(大杉栄光)の存在を認知しました。後でバーサーカー(黒贄礼太郎)から詳細に誰がいたか教えられるかもしれません
・あかりが触手を操る人物である事を知りました
・ジョナサンとアーチャー(ジョニィ・ジョースター)、モデルマン(アレックス)、アーチャー(魔王パム)の存在を認識しました
・黒贄礼太郎に対し、ジョニィ・ジョースター、アレックス、魔王パム。以上三騎のサーヴァントの攻撃は『絶対回避する』よう令呪を使いました
【バーサーカー(黒贄礼太郎)@殺人鬼探偵】
[状態]健康
[装備]『狂気な凶器の箱』
[道具]『狂気な凶器の箱』で出た凶器
[所持金]貧困律でマスターに影響を与える可能性あり
[思考・状況]
基本行動方針:殺人する
1.殺人する
2.聖杯を調査する
3.凛さんを護衛する
4.護衛は苦手なんですが…
5.そそられる方が多いですなぁ
6.幽霊は 本当に 無理なんです
[備考]
・不定期に周辺のNPCを殺害してその死体を持って帰ってきてました
・アサシン(レイン・ポゥ)をそそる相手と認識しました
・百合子(リリス)とルイ・サイファーが人間以外の種族である事を理解しました
・現在の死亡回数は『2』です
・自身が吹っ飛ばした、美城に変身したアサシン(ベルク・カッツェ)がサーヴァントである事に気付いていません
・ライダー(大杉栄光)が未だに幽霊ではないかと思っています
・現在、ジョニィ、アレックス、パムの攻撃は全部回避する状態です
689
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:58:39 ID:3fIroC7g0
投下終了します。
アイギス登場してなくて草。嘘つきの達人か自分は。
葛葉ライドウ&セイバー(ダンテ)
白のセイバー(チトセ・朧・アマツ)
予約します
690
:
名無しさん
:2020/01/04(土) 16:15:30 ID:y4DtK9rs0
乙です
どいつもこいつも自重しない暴れっぷりですねクォレハ…、新宿壊れちゃ〜う(絶望)
原作読んでても思ったけど妖糸は攻撃と防御も当然として、探索能力がチートだなぁ
691
:
名無しさん
:2020/01/05(日) 00:28:37 ID:bF7jQkDM0
乙です 見返してみるとこの大破壊が1日中の出来事であるの恐ろしすぎですね
新宿が文字通り魔都の惨状を呈してきてオラわくわくすっぞ
692
:
名無しさん
:2020/02/27(木) 17:57:00 ID:UMf5GpMA0
亀ながら乙です
バージルニキは脱厨二病したんやで
しかし、菊池世界と狂太郎世界はホント魔界や・・・・
693
:
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:19:50 ID:TJVZO0ns0
投下します
694
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:20:24 ID:TJVZO0ns0
スタリ、と男達が着地した頃には、新国立競技場はもう彼方の光景だった。
血を吸った見たいに真っ赤なコートは、気障という言葉を具現そのもの。これを嫌味なく着こなす、上半身を裸にした銀髪の男性。
夜の闇を鋏で裁断したような、黒いマントと学生服を着用した、鋭いもみ上げの美青年。
そして、その学生服の青年の周りを、懐いた文鳥かインコみたいに飛び回る、年齢にして十歳かそこらの少女。但し、ただの少女ではない。飛び回ると言うのは文字通り、青年の周りを飛行していると言う意味であり、その浮力は、長く伸ばした後ろ髪を翼の形にして羽ばたかせて得ているのだ。間違っても、人間の少女ではありえなかった。
「なぁ少年……。アレが世に言う、液状化現象、って奴か?」
振り返りながら、コートを纏う男性の方が、傍らに立つ学生服の青年に問いかけた。コートの男の名はダンテ、学生服の青年はライドウ、と言う。
「違う」
ライドウの返事には、ユーモアの欠片もなかった。ただ事実だけを、短く率直に述べる。明快ではあるが、とっつき難い語り口だった。
場所は、<新宿>は市ヶ谷に居を構える大企業、大日本印刷の本社ビル。
魔震の影響によって跡形もなく倒壊した旧社屋の残骸が撤去された後当企業は、当時に於いては最先端を往く耐震・耐火・耐風構造を兼ね備えた、超高層ビルと変貌。
今では<新宿>の『顔』の企業としての地位を欲しいがまま、高層ビルが立ち並ぶ市ヶ谷のビル街にあって一際の高階層を誇るその建物は、宛ら貴族か王侯のようだった。
ダンテとライドウは、先程まで自分達が血で血を洗う死闘を演じていた場所。即ち、新国立競技場の方面に目線を向けていた。
端的に言えば、競技場全体が、『沈んでいる』。ダンテが液状化、と言う言葉を用いたのも、頷ける。
黒いタール状の何かに、競技場と言う一個の建物が、底なし沼に沈没するように引きずり込まれているのだ。
建物だけが、ズブズブと沈んで行く。その光景を齎しているであろう、あの黒いタールのようなものが、あの場に最後に乱入して来たサーヴァント。
ランサー・高城絶斗――或いは、ベルゼブブか――の宝具によるものだとは、ライドウもダンテも理解している。
「モー・ショボー。お前はベルゼブブがあぁいう化身を用いる事があるのは、知ってるか?」
ライドウは自らが使役する悪魔の一人。
モンゴルの民間伝承に伝わる、人の命と精気を吸い取る凶鳥であるモー・ショボーに問いを投げかけた。
ベルゼブブは魔界に於いてルシファーに次ぐと称される程強壮な力を誇る魔王であり、その力たるや一つの神話体系の主神に迫るか超える程なのだ。
強大な力を持つ悪魔と言うのは概して、人間の世界で活動する場合や隠密活動を行う際、その世界で行動するに相応しい化身と言うものを幾つも持つ。
ライドウはベルゼブブがそう言った化身を持っていて当たり前だと判断しているが、あんな年端も行かない少年の姿の化身で活動するベルゼブブと言うのは、彼としても聞いた事がない。だから、同じ悪魔であるモー・ショボーに彼は問うたのだ。
「うーん……わかんない。昔聞いた話だとね、女性の姿で行動してた世界もあったらしいんだけど……」
それは、別に珍しくない。
悪魔は誘惑する事も仕事の内であるのだから、当然、美しい女性としての姿で行動する者もいる。勿論その逆、美男子として行動する者だって。これはライドウがデビルサマナーとしての教育と訓練を経た、『里』の知識だ。
「少年、俺の目にはあのハエ小僧……自らの意思で魔界からやって来た、ってタマには見えなかったぜ」
これはライドウも、ダンテと同じ意見だった。
単純だ、ライドウはタカジョーを見た時、ステータスが視認出来たのだ。言うまでもなく、サーヴァントとしてのステータス、である。
これが意味する所は非常に大きい。サーヴァントとしてこの世界に顕界していると言う事は、必然、『サーヴァントとしての霊基に縛られている』事を意味する。
サーヴァントと言う存在は、ライドウからすれば『弱い』存在だった。無論、サーヴァントが持つ宝具や身体能力、異能の数々は、ライドウであっても油断出来ない。
それとは異なる意味。つまり、在り方が弱いのだ。マスターから供給される魔力が太い生命線、命綱……その癖、選ばれるマスターはランダム性が強く、
魔力が全くないのは勿論魔道の知識を欠片も有していない者がマスターに選ばれる。要するに、存在を維持出来るソースの供給元が事実上一つしかないから、弱いのだ。
695
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:20:50 ID:TJVZO0ns0
サーヴァントをこの世からパージしたいのなら話は簡単で、マスターを殺せば問題は解決である。
無論これは、少し頭が働く者であるのなら参加者全員が想到する結論であろう。しかしこれは真理であり、完全な対処・防御は不可能を極める。
マスターはサーヴァントより弱いと言うのは当たり前の帰結であり、後者の方から積極的に攻撃されれば、マスターとしては成す術もない。
そもそも、下手なサーヴァントならダンテの力を借りずして葬り去れるライドウの方が、聖杯戦争の参加者として異常なのだ。大半のマスター側の存在は、抵抗を許さぬまま殺されてしまうのがオチであろう。
「ベルゼブブ程の悪魔がサーヴァントとして縛られているのなら、これ程あり難い事もない」
「殺せるからだろ?」
「ああ」
相変わらずおっかないガキだ、と零すダンテ。剣呑な笑みが、その表情に張り付いていた。
化身や分霊にまで落魄しようとも、ベルゼブブと言う悪魔は凄まじく厄介である。
魔術や異能を発動させるのに適した、霊長とは根本的に異なる構造の身体。人間などには及びもつかない深淵たる魔道の知識。
そして其処から繰り出される恐るべき魔術の数々。単純な身体能力の面でも人類など遥かに超越しており、戯れに腕や羽を振るうだけで、死体の山を築く事だって造作もない。
これに加え、複雑怪奇な魔界の政界で磨いた権謀術数と話術の腕前は、人のみならず同じく『舌』で高い地位を築いた悪魔ですら惑わされてしまう。
魔界のNo2、ルシファーに次ぐ魔界の副王たる地位は、決して飾りではない。一神話体系の主神に匹敵、或いはそれをも上回る強壮たる悪魔は、ライドウであっても苦戦を免れない。どころか、本気で倒そうとするのなら虎の子である仲魔の一匹二匹、犠牲に入れる事すら彼は視野に入れるだろう。
そんな悪魔が、マスター……即ち人間の儚い命にその存在の有無が左右されているのだ。
そう、見方を変えればあのランサー……高城絶斗は、マスターを殺されるか否かによって、生殺与奪を握られているに等しい。
これは、ライドウにしてみればあり難い事この上ない。何せ、『マスターを殺せば自動的にベルゼブブ程の悪魔がこの世界から退場する』のだ。
マスターとサーヴァントの関係は、一蓮托生。これは、ライドウと言うトップマスター、ダンテと言うトップサーヴァントの関係にですら、同じ事が言えるのだ。
ベルゼブブよりも遥かに弱いマスターを殺せば、かの蝿王を魔界に叩き返せる。そんな考え方を、人は非情だと思おう。しかし、その考えは厳とした事実であるのだ
無論、ライドウとて血の通った人間だ。マスターを殺してベルゼブブを退場させる方策は、最終手段だと認識している。
だが同時に、その最後の手段に踏み切らねばならないと判断した時、この男は一切の迷いを抱かない。
あの悪魔のマスターが例え年端もいかない、それこそ、ライドウの齢の半分も生きていない少年少女であろうとも、愛剣たる赤口葛葉の鋭い剣身を閃かせるだろう。
「だがそう上手くいくかね、少年。下の毛すら生えてないガキの姿だったとは言えよ、ベルゼブブはベルゼブブだぜ? お前と同じ程度の強さのマスターだったら如何するんだ?」
それは、ライドウも当然視野に入れている。
ライドウはこれだけ極まった強さを持った男でありながら、まだ、自分より格上のマスターがいるのではないかと言う疑いを捨てきれない。
彼は警戒心が強い。だから聖杯戦争の舞台である<新宿>に呼ばれた時から、その思いを抱き続けていた。
その疑いが補強されたのが、先の新国立競技場で戦った、ザ・ヒーローと言う男との戦いである。
強かった。恐ろしく、強かった。
きっとあの青年は、自分のように、『戦う事を生まれた時から宿命付けられていた存在ではなかった』のだろう。ライドウはそう思っていた。
ライドウは生まれた時から、平安の時代より伝わる葛葉の本流四家の一つ、葛葉『ライドウ』を襲名する事を宿命付けられていた。
その宿命の故に課せられた、彼の幼年期の生活ぶりは、人権の意識と言うものがまだまだ未熟であった大正時代の世に於いても、常識外れのそれであった。
母元から離されたのは齢三歳の頃、紙を丸めてチャンバラ遊びに興じるのが普通であろう四歳の頃には、重さ一kgを超える真剣を握らされていた。
その翌年には剣術の鍛錬の他、古くは安倍晴明の時代より連綿と伝わる陰陽道の秘儀、神道の極意を叩き込まれていた。
正邪を問わぬ、人がその人生の全てを賭しても学び切る事など不可能な程の量の魔道の知識を、ライドウはものの二年で会得。
人の命など何とも思わぬ悪魔が跋扈する異界の世に、一月もの間放り込まされ、見事生還を果たしたのは十歳の頃。歴代で最も若い頃だった。
696
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:21:10 ID:TJVZO0ns0
『葛葉ライドウ』と言う名に課せられた宿命の故に、ライドウは強く在らねばならなかった。
名の故に、強くなければならない。常人ならば当の昔に発狂していてもおかしくない、過酷な鍛錬、膨大な量の座学を、彼は難なく克服、乗り越え今に至る。
最強、最優の座を目指す為には、決して逃してはならない『時期』がある。その座を勝ち得るには、どれだけ若い年齢で、その座を意識出来るかがつとに大切なのだ。
その時期を逃してしまえば、もうその人物は最強足り得ない。同じ才能を持った者が同じだけの質の努力を経た場合、その努力を相手より前の時期に行っていた者が勝るのは、当然の話なのだ。
剣を交えれば、ライドウは手に取るように解ってしまうのだ。相手がどの時期に、鍛錬を積んだのか如何かが。
ザ・ヒーローは、『遅い』。最強、或いは最優……。その何れをも目指すにも、遅すぎた位だろう。にも関わらず彼が見せた、ライドウを瞠若させた強さの源とは何か?
最強を目指すのに必要なファクターに、時期という物は確かに重要である。だが、世の理は葛葉の里で課される鍛錬よりもずっと残酷だ。
ある者が十年の歳月を経て獲得した力に、たった一年同じだけの努力を積むだけで容易に到達するどころか、軽々と上回ってしまう『才能』と言う物が、確かにある。
そしてその才能こそが、実を言えば葛葉の名に於いて最も重視される。ライドウが強いのは、才能も桁外れな上に、その才能を伸ばすのに費やした時間の量が膨大だからなのだ。
きっと、ザ・ヒーローと言う青年は、己の秘められた才能に気付いてなかったのだろう。気付かない方が良かったのかも知れない。
サマナーの才能とは殺しの才能と紙一重。市井に生きる一般人ならば、そんなもの、気付くどころか厳重に蓋をして封印するべきなのだ。
だが何処かで、ザ・ヒーローは、その才能を開花させざるを得なかったのだろう。そして、開花するだけじゃなかった。
アレだけの強さを育ませるだけの環境にも、恵まれた事は容易に想像出来る。ライドウであっても、予想も想像も出来ない死線の数々を、あの男は潜り抜け生き残ったのだ。
弱いなどと、ライドウは欠片も思わない。ザ・ヒーローが手にしていた大業物・ヒノカグツチの剣を見れば、元々は彼は悪魔を使役して戦う事ぐらいお見通しだ。
悪魔を使役して戦っていれば、殺されていたのは自分だったかも知れない。そう言うifを、ライドウは冷静に分析する。
あんな強さのマスターが居ると解れば、余裕などかましていられない。自分が最強のマスターなどと、自惚れられる訳がない。
当たり前の様に、自分より強いマスターの存在を意識する。その隙のない姿勢こそが、ライドウを強者足らしめる所以なのだ。
「俺でも勝てぬ程強いのなら……」
「強いのなら?」
「心胆で補う他あるまい」
結局は、其処に行き着く。
才能、努力、そして培ってきた経験。戦闘に於いてはそう言ったファクターが蓋し重要な、決め手になる事は間違いない。
だが、戦う者が人間である以上。戦闘と言う行為そのものが、不確定要素に左右される水物としての要素が強いものである以上。
最後の最後で決め手になるのは、当の本人のメンタリティ。即ち、『気合と根性』なのだ。泥臭い精神論は、精も根も尽き果て、絞る油すらなくなったその時に、覿面の効果を発揮するのだ。それこそ、パワーバランスの大小を、引っ繰り返しかねない程に。
「……。まぁ……それが決め手になるのは否定しないがね」
「? 何だ、歯切れが悪い」
「気合と根性に重きを置いた究極形と、直近で戦ったばかりでね」
「クリストファー・ヴァルゼライドか」
「気合と根性って、タチの悪いカンフル剤なんだなぁって思ったね。キメすぎると馬鹿になる。お前はそうならんように気をつけるんだな? 少年」
「肝に銘じておこう」
言うやライドウは、大日本印刷の超高層ビルから見下ろす事の出来る、<新宿>の姿を眺めながら。
胡坐をかき始めたのである。いや、胡坐ではない。仏教やヨーガの僧侶が、修行や鍛錬の際に用いる座法……結跏趺坐だ。
葛葉一族は、平安の時代に晴明が編み出した悪魔召喚の術を子々孫々に受け継がせる事と同時に、その技術をより高みへと昇華させる事を重要な使命の一つとした。
故に、外来の技術は積極的に取り入れもした。古くは仏教、密教、修験道の一門と交流親睦を深め、彼らの業と修行法、思想を、一族のルーチンに取り入れた。
其処から時代は下り、戦国時代や安土桃山時代にキリシタンと、密航していた海の向こうのデビルサマナーからも、技術を会得した事もある。
……尤もそちらの方は、穏当に、とは行かなかったが。幾許の血を、葛葉もキリシタン・デビルサマナーも、流す事になったのだが。
697
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:21:30 ID:TJVZO0ns0
今、ライドウが行っている結跏趺坐も、斯様な歴史の中で一族が取り入れたモノの一つ。インドの地において、ヨーガと呼ばれる修行法の応用だ。
独自の呼吸を以って体内のチャクラを開門、それを続ける事によって得られる効果は、魔力の回復と言う極めてシンプルなもの。
しかし、その効果はシンプルにして極めて有効的。特に、魔力の多寡が勝敗を分ける聖杯戦争に於いて、この技術の有無は凄まじく大きい。
なにせ、原則聖杯戦争が開催してしまえば事実上回復の手段は存在せず、目減りが続くだけの魔力(≒生体マグネタイト)と言うソースを、回復させる事が出来るのだ。
とはいえ、この技術にしたって、生半な者が行ったところで、サーヴァントを維持し続けるだけに必要な魔力以上の回復は出来ない。
強いて言えば、サーヴァントの自然消滅を遅れさせる程度に過ぎないだろうが、達者であるライドウにはそれはない。
トップサーヴァントに値する強さのダンテの維持以上に必要な魔力を、ライドウはこの結跏趺坐でカバー出来るのだ。デビルサマナーとして培った技術が、活きる瞬間だった。
腕を組み、彼方を眺めるダンテ。
彼は滅多な事で、胸中を他人に図らせる事はさせない。生涯の殆どを悪魔の殲滅に費やした男は今。
英霊として召し上げられたその身で世界に呼び起こされ、何を考えているのか。時に、ライドウですら推量しかねる所がある。
だが今なら、何となく彼が考えている事が解るのだ。彼自身が兄と呼んでいた、アーチャーの英霊。
弓兵の名を関するクラスを宛がわれながら、太刀の扱いを飛び道具以上に得意とする異端のサーヴァント、バージルの事を、考えているに相違ない。
考えているのは、これからの事か。それとも、殺し方の事か。
どちらにしても、出会った瞬間殺し合うような間柄である。血の臭いが香るような未来を幻視出来ようヴィジョンを、思い描いているのかも知れない。
「……やれやれ、落ち着く暇もありゃしないな、少年」
「そうだな……」
半目の状態から開眼に移るライドウ。そして、不敵な笑みを浮べて、上空を見上げるダンテ。
良い空だった。<新宿>が例えこんな陰惨な地獄に変貌したとて。地上がどれ程血で汚れ、死肉の塵に塗れようと。
空の蒼だけは、汚し得ぬ普遍の美を保っているかのようだった。それは王者の蒼だった。古の昔より、天空を統べる神こそが最高の神であると定義した神話は数限りない。
それも、どれ程手を伸ばそうとも届く事は有り得ない高みと、腕をどれだけ広げようと抱えきる事等不可能な広大無辺さを天空が誇る以上、詮無き事であった。
地上数百mの高層ビルの頂点に立とうとも、未だ空の高さの果てには及ばない。
人は、築き上げたテクノロジーなしで、空を飛ぶことは勿論、数秒間の浮遊すら行う事は出来ない。
然るに――今、地上から何百mも高い場所に居るダンテ達から見て、また更に数百mを上回る高さを飛んでいるあの黒点は、この世の王か何かなのか?
千里眼とも形容されるダンテの視力が、その黒点を人間だと認める。いや、厳密に言えば、人間の姿をした何か、か。
そしてその人間が、ついさっきまで同じ場所にいた人物そのものだとも、彼は認めた。成程、ベルゼブブの魔の手から、逃げ果せたらしい。大した嬢ちゃんだ、ダンテは笑みを強めながら、此方目掛けて流星宜しくの勢いで急降下する女性を歓迎した。
698
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:21:44 ID:TJVZO0ns0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
大日本印刷に着地しようとしたチトセ・朧・アマツを熱く迎え入れたのは、ダンテが懐から引き抜いた白い大型拳銃、アイボリーから放たれた弾丸だった。
軍属として飽きる程目の当たりにしてきた、馴染み深い代物。チトセにとっての拳銃とは正しくそれだったが、眼下三〇〇m先の銀髪の男が構える拳銃は、
一言で言えば奇形そのものだった。何を如何考えれば、拳銃をあそこまでデカく出来るのだ? 拳銃の利点である携帯性と軽量性、その全てをアレはかなぐり捨てている。
何と、戦う気なのだ? 戦車と戦う為の拳銃だと言われても、チトセには理解出来るし納得も出来る。それ程までの、気違い染みたサイズだった。
その銃口の照準が確実にチトセの方に向けられるや否や、白鍵の名を関する大型拳銃は、花火のような火柱を銃口から吹き上がらせながら、必殺の弾丸を放っていた。
放たれた弾丸は一発限り。しかし、その一発に秘められた威力は、星辰奏者が発動する星辰光の攻撃的な力に、勝るとも劣らない。
つむじ風が、チトセの身体に鎧われた。無論、目には見えない。不可視の鎧だ。荒れ狂う風の鎧に、アイボリーの弾丸が触れた瞬間、弾自体が意思でも持ったかの如く、急なカーブを描いて弾丸がチトセから逸れて行く。飛び道具の防御方法としては実に単純だが、これが実に、有効的。チトセはこの防御法があるからこそ、生前は、銃など全く恐れていなかった程であるが……流石に今回ばかりは肝が冷えた。風に、弾丸が触れた時、本気で、撃ち殺されると思ったからだ。それ程までの、ダンテの弾丸の威力よ。
急降下のスピードを一切減速させる事無く、チトセは、大日本印刷のヘリポートに着地する。
衝撃は、膝にも足にもない。高所からの落下に備え、軍靴の靴底に圧縮した空気を用いて生み出したエアクッションを配置させていたからである。
この措置の故に、直ぐ攻撃態勢に移行出来る。チトセはダンテの方を振り返った。位置関係は、ダンテ達から見て十m程後ろ。
彼の背後を取れるよう着地位置は狙ったが、そんな浅知恵はお見通しであったらしい。チトセが振り返り、彼女の傍にサヤが実体化を始めた時には、既にダンテとライドウは此方に銃口を向けていたのだ。
「随分あわてんぼうな登場のしかただな、ネオナチ・ガール。トイレが近いんだったらあっちから下に降りなよ」
階下へと繋がる出入り口の方角にしゃくりながら、ダンテが言った。
品のないジョークに眉をしかめるどころか、怒気を飛ばすのはサヤ・キリガクレその人だった。両足に力を込め、チトセの命令一つで何時でも飛びかかれる様な状態に移行する。
「生憎と……ガール呼ばわりされる程の歳でもなくてね。挑発のつもりで言ったのだろうが、素直に褒め言葉として受け取ってやるよ」
と言うより、チトセからすれば、ダンテの方がずっと若く見える。
新国立競技場が、ダンテと言う男との初邂逅の場であったとは言え、あの時は状況が状況であった為、その場に居た全員の容姿を具に観察する事は出来なかった。
一対一の今の状況下なら、冷静に頭を働かせてその容貌を眺める事が出来る。チトセからすれば、隣に居るライドウとさして歳も変わらぬ子供だ。
贔屓目に見ても、ダンテの年齢など二十代前半程度だろう。ボーイどころか、ガキとすら言えるような顔立ちと肌のハリを持ったその青年がしかし、年齢に対して余りに不相応な、殺しの技術と戦いの天稟を誇る事は、新国立競技場でチトセも理解している。なまじその強さの源が不透明な以上、星辰奏者や魔星よりも、遥かに厄介な相手であった。
「そうかい、じゃあ言い方を変えるぜ、ネオナチ・レディ。しかしその服装、かなり危ねぇな? ユダ公のナチハンターに叱られちまう前に服装を変えた方が良い。この国じゃマイクロビキニが婦女子の指定制服らしいぜ?」
「そんな国滅んでしまえ」
チトセの言葉のその部分については、ライドウも賛同していた。サヤは……言及を避けておこう。少なくとも、かなり欲望駄々漏れの笑みを浮べていた。
「何しに此処に来た」
ダンテの傍に佇むライドウがそう言った。
物怖じ一つせず、チトセの方をジッと見据える黒衣の学生に、この類稀な星辰奏者は、死神の姿を見た。
雰囲気も佇まいも、書生のそれではあり得なかった。実直そうな雰囲気の中に、危険な程に鋭く研ぎ澄まされた、恐るべき死の輝きを宿すこの男に、
チトセは、ダンテと同じ程の脅威を確信する。どんな修羅場を潜り抜ければ、こんな雰囲気を、しかも、この年代で醸し出せるというのか?
戦士を育て上げるのは古の昔から、弾丸が飛び交い、剣槍が林の如く立ち並ぶ戦場であると相場が決まっている。ライドウから静かに放射される殺気の質は間違いなく、命の重みが紙より軽い戦場で磨かれたそれであった。
699
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:21:56 ID:TJVZO0ns0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
大日本印刷に着地しようとしたチトセ・朧・アマツを熱く迎え入れたのは、ダンテが懐から引き抜いた白い大型拳銃、アイボリーから放たれた弾丸だった。
軍属として飽きる程目の当たりにしてきた、馴染み深い代物。チトセにとっての拳銃とは正しくそれだったが、眼下三〇〇m先の銀髪の男が構える拳銃は、
一言で言えば奇形そのものだった。何を如何考えれば、拳銃をあそこまでデカく出来るのだ? 拳銃の利点である携帯性と軽量性、その全てをアレはかなぐり捨てている。
何と、戦う気なのだ? 戦車と戦う為の拳銃だと言われても、チトセには理解出来るし納得も出来る。それ程までの、気違い染みたサイズだった。
その銃口の照準が確実にチトセの方に向けられるや否や、白鍵の名を関する大型拳銃は、花火のような火柱を銃口から吹き上がらせながら、必殺の弾丸を放っていた。
放たれた弾丸は一発限り。しかし、その一発に秘められた威力は、星辰奏者が発動する星辰光の攻撃的な力に、勝るとも劣らない。
つむじ風が、チトセの身体に鎧われた。無論、目には見えない。不可視の鎧だ。荒れ狂う風の鎧に、アイボリーの弾丸が触れた瞬間、弾自体が意思でも持ったかの如く、急なカーブを描いて弾丸がチトセから逸れて行く。飛び道具の防御方法としては実に単純だが、これが実に、有効的。チトセはこの防御法があるからこそ、生前は、銃など全く恐れていなかった程であるが……流石に今回ばかりは肝が冷えた。風に、弾丸が触れた時、本気で、撃ち殺されると思ったからだ。それ程までの、ダンテの弾丸の威力よ。
急降下のスピードを一切減速させる事無く、チトセは、大日本印刷のヘリポートに着地する。
衝撃は、膝にも足にもない。高所からの落下に備え、軍靴の靴底に圧縮した空気を用いて生み出したエアクッションを配置させていたからである。
この措置の故に、直ぐ攻撃態勢に移行出来る。チトセはダンテの方を振り返った。位置関係は、ダンテ達から見て十m程後ろ。
彼の背後を取れるよう着地位置は狙ったが、そんな浅知恵はお見通しであったらしい。チトセが振り返り、彼女の傍にサヤが実体化を始めた時には、既にダンテとライドウは此方に銃口を向けていたのだ。
「随分あわてんぼうな登場のしかただな、ネオナチ・ガール。トイレが近いんだったらあっちから下に降りなよ」
階下へと繋がる出入り口の方角にしゃくりながら、ダンテが言った。
品のないジョークに眉をしかめるどころか、怒気を飛ばすのはサヤ・キリガクレその人だった。両足に力を込め、チトセの命令一つで何時でも飛びかかれる様な状態に移行する。
「生憎と……ガール呼ばわりされる程の歳でもなくてね。挑発のつもりで言ったのだろうが、素直に褒め言葉として受け取ってやるよ」
と言うより、チトセからすれば、ダンテの方がずっと若く見える。
新国立競技場が、ダンテと言う男との初邂逅の場であったとは言え、あの時は状況が状況であった為、その場に居た全員の容姿を具に観察する事は出来なかった。
一対一の今の状況下なら、冷静に頭を働かせてその容貌を眺める事が出来る。チトセからすれば、隣に居るライドウとさして歳も変わらぬ子供だ。
贔屓目に見ても、ダンテの年齢など二十代前半程度だろう。ボーイどころか、ガキとすら言えるような顔立ちと肌のハリを持ったその青年がしかし、年齢に対して余りに不相応な、殺しの技術と戦いの天稟を誇る事は、新国立競技場でチトセも理解している。なまじその強さの源が不透明な以上、星辰奏者や魔星よりも、遥かに厄介な相手であった。
「そうかい、じゃあ言い方を変えるぜ、ネオナチ・レディ。しかしその服装、かなり危ねぇな? ユダ公のナチハンターに叱られちまう前に服装を変えた方が良い。この国じゃマイクロビキニが婦女子の指定制服らしいぜ?」
「そんな国滅んでしまえ」
チトセの言葉のその部分については、ライドウも賛同していた。サヤは……言及を避けておこう。少なくとも、かなり欲望駄々漏れの笑みを浮べていた。
「何しに此処に来た」
ダンテの傍に佇むライドウがそう言った。
物怖じ一つせず、チトセの方をジッと見据える黒衣の学生に、この類稀な星辰奏者は、死神の姿を見た。
雰囲気も佇まいも、書生のそれではあり得なかった。実直そうな雰囲気の中に、危険な程に鋭く研ぎ澄まされた、恐るべき死の輝きを宿すこの男に、
チトセは、ダンテと同じ程の脅威を確信する。どんな修羅場を潜り抜ければ、こんな雰囲気を、しかも、この年代で醸し出せるというのか?
戦士を育て上げるのは古の昔から、弾丸が飛び交い、剣槍が林の如く立ち並ぶ戦場であると相場が決まっている。ライドウから静かに放射される殺気の質は間違いなく、命の重みが紙より軽い戦場で磨かれたそれであった。
700
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修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:22:14 ID:TJVZO0ns0
「偶然……と言って信じてくれるのなら、話は早いのだが」
「この地において、最早必然と偶然の境は曖昧だ」
「まぁ、当然の物言いだな」
サーヴァントなる、奇跡と神秘を操る超常の存在が跋扈する魔都<新宿>において、そのサーヴァント自身が、お前の下にやってきたのはたまたまだ。
そんな事を言って、誰が信じると言うのだろうか? 必然性があって、足を運んだ。誰もがそう考えるであろう。
例えチトセとライドウの立場が逆であっても、彼女は、必然性の方を信じたであろう。しかし、タチの悪い事には、今回は偶然の方が正しいのだ。
新国立競技場を虚無に叩き落した、タカジョーのディープホールから逃れるのに、チトセは必死だった。
大気の操作と言う極めて広範な事象を操ると言うチトセの星辰光の都合上、彼女の能力は凄まじく万能である。
気流操作によるルート調節と、圧縮した空気の噴出を利用すれば、空への飛翔は訳はない。但しこれは相当に無茶苦茶な応用の仕方なので、チトセとしても消耗する。
可能な限り緊急の回避手段としてしか使いたくなかったが……あの時は、こんな緊急時にしか使えないような無理なやり方を連続して使わなければ、到底逃げ果せなかったのだ。
げに恐るべきは高城絶斗。少年の皮を被った、残虐なる死蝿の王。
そう言った存在から逃走する以上、チトセであっても本気にならざるを得ない。
彼女がどれだけ必死だったかなど、ゼファーに抉られた右目の代わりに嵌められた、星辰光の増幅装置をむき出しにしている現状を見れば窺い知れよう。
そう、普段以上に魔力と体力を消費する方法で必死に飛び回っていたものだから、チトセとしても、着地場所を確かめる余裕がなかった。
大日本印刷を選んだのも、本当に偶然。たまたま新国立競技場から離れてなく、かつ、自分が着地するのに適した高さのビルだったから選んだ。それだけなのだ。
――その屋上に、ダンテとライドウがいる事に気付いたのは、もう着陸の姿勢を移行し終えた、高度五〇〇程上空地点であった。
今更軌道の修正も出来ない事、そしてダンテの方が急降下しつつあるチトセの姿に気付いたのを認識した時、彼女は腹を括った。
此処で進路変更する方が、悪手と考えたのだ。斯様な理由で、こうしてチトセは、この大日本印刷屋上に足を運んだと言うわけなのだった。
「ねぇ、どうするニンゲン? サツリクするの?」
ライドウの傍を飛び回る少女が無邪気にそう口にする。
飛び回る、と言っても、ジャンプしながらとかそう言う意味ではない。文字通り、空を飛んでいる。
長く伸ばした後ろ髪を鳥の翼の様に固めさせ、それを羽ばたかせて空中を浮遊しているのだ。無論、そんな航空力学やら何やらを無視した飛行法を実践出来ている時点で、その少女、モー・ショボーが人間ではない事は明白であるし、それを使役するライドウもまた、通常の人間ではあり得なかった。
「まぁ待て、早まるなよ鳥頭。少年もな? ……っても、少年の場合は理解してるか」
「無論」
鳥頭呼ばわりされてカンカンになってるモー・ショボーの抗議を無視しながら、ダンテは、チトセの方に目線を投げかけた。
やはり、改めて見ても、恐るべき戦士だった。ライドウの使役する、あの正体不明の少女もまた油断出来ない敵だったが、ダンテの場合は、桁が違う。
銃口を、此方に向けて警戒している。姿勢としてはそう言う所だが、その姿勢から、チトセを殺しに行けるルートが銃弾を放つと言う行為だけではないのだ。
ダンテは其処から、ありとあらゆるルートでチトセを殺す方法に持って行く事を可能としている。銃をしまって、背負う大剣で斬り殺すも、拳で殴り殺すも、
彼程の男であるのならば自由自在。今この状況で、ダンテが如何動くのかが解らない。チトセが選べるカードに比して、ダンテの選べるカードは、膨大であった。
意気軒昂を維持していたサヤの身体に、緊張が走るのをチトセは感じた。責められない。チトセ自身も、言いようのない緊張感を感じているからだった。
「アンタが敵じゃない、と信用する手段が、ない事もないぜ。ネオナチ・レディ」
「それはありがたいな。操に関わる事以外なら、その手段に従うのも吝かじゃない」
「ハッ、アンタが良い女なのは認めるが……ベッドでリードする気風が強そうに見えるのは、ちょっとな。俺の好みじゃねぇからパスだぜ」
不敵な笑みを浮べたまましかし、瞳だけは冷たい殺意を帯びさせながら、ダンテは言った。
701
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:22:37 ID:TJVZO0ns0
「こっちから要求するのは二つだ」
「欲張りだな、坊や。二兎を追うものは一兎も得ず、と言う故事を知らんか?」
「昔からケーキの切り分けの時にチョコのプレートが乗ってないのを渡されると暴れちまう性格なんだ、すまんなネオナチ・レディ」
「一つ目」
「お前のマスターは何処だ?」
「此処にいる女がそうだと言ったら、如何する?」
言ってチトセはサヤの方を指差す。緘黙しながら、サヤはダンテの方を睨めつけていた。
「嘘だな」
即座に反論したのはライドウの方だった。
「そう思った根拠は、何故かな? 黒衣の美男子殿」
「其処の女は余りにも実体的な存在感が希薄だ。肉を伴った存在ではない。魔力だけで編まれた者だろう」
「正解だ。大した目を持っている」
率直にそう言ったチトセの嘆息は本当だった。
ライドウの指摘の通り、サヤはそもそもがチトセのマスターでもなければ、本当の意味での人間ではない。
彼女なるはチトセというセイバーが保有する宝具だ。生前のサヤ・キリガクレ同様の性格と姿形、行動原理と本質を兼ね備えた、動く自律兵器である。
しかもサヤは、彼女自身が消滅しても、チトセと言う存在には何らの影響を与えない。要は通常の聖杯戦争みたいに、マスターが死ねばサーヴァントも死ぬ、と言う事がないのだ。無論、チトセが死ねば彼女の宝具であるところのサヤも、消滅は免れないが……。
「彼女は私の従者……ああいや、宝具とも言うべき存在でね。厳密に言えば、人間ではないよ」
「比翼連理の片割れが宝具になったようなものか」
ライドウの言葉に、一瞬であるがチトセは苦い顔を浮べてしまう。生前のしがらみや縁を、思い出してしまったからだ。
「で、本題に答えて貰おうかね、レディ。お宅のマスターは何処でアンタをオペレートしてんだ?」
「その質問にはこう答えるしかない。私は天涯孤独の一匹狼、マスター不在の身の上だ。とね」
チトセの言葉を聞いた瞬間、ダンテは不敵な笑みを一瞬、真顔のそれに転じさせる。
真意を、測りかねているのが見て取れる。普通なら……つまり、聖杯戦争の常識に照らし合わせるのなら、チトセの発言は妄言虚言の類でしかない。
マスターに活動リソースのほぼ全てを依拠して貰っているサーヴァントにとって、マスターのバックアップがないと言う事は消滅を意味するのだ。
そう言う現状を理解しているのなら、通常、彼女の台詞等信じて貰える筈がないのだが……?
「どう見るね、少年」
「嘘ではない、と思う」
意外な事に、ライドウは、チトセの言葉を信じていた。無論、全てを全て、と言う訳ではなかろうが。
「お前がマスターなしで行動出来るのは、セイバー。貴様が受肉しているからだと言う事実に関係しているのだろう?」
「詳しい原理の諸々を、説明出来る訳ではないが……。私が普通のサーヴァントとはちょっと勝手が異なる身体であるらしい事は、理解している。恐らくお前の言った事が概ね正しいのではないか? 黒衣の」
自身の成り立ちについて、無責任極まる発言であるが、これが事実であるのだから仕方がない。
チトセは自分自身が、魔力によって形作られている所の、通常のサーヴァントとは全く異なる、確かな実体を持った受肉したサーヴァントであると言う自覚はある。
そしてそれが、自身がマスターという楔なしで活動出来る最も大きなファクターである事も、何となくではあるが理解している。
だが、それだけ。理論理屈だけは頭では理解しているものの、それが果たして正しいモノなのかがチトセには曖昧なのだ。何せ彼女には、正真正銘正式なサーヴァントとして使役された記憶なぞない訳だ。今回の受肉したサーヴァントの感覚こそが、彼女の初めてのそれなのだ。魔力のみによって形成されたサーヴァントだった時の感覚と、比較する事等出来ないし、そもそも彼らの悩みや思いなども、共有出来る筈もないのだ。
702
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:23:16 ID:TJVZO0ns0
「成程ね、レディ自身も良く解ってないわけか。ま、それはそれで構わない。それは良いんだが、もっと踏み込んだ質問をさせて貰うぜ」
ダンテの方を見据えるチトセとサヤ。意に介した様子もなく、ダンテは言った。
「アンタ、如何言う経緯で<新宿>に居るんだ?」
やはり聞かれる事だろうな、とチトセは思った。当然の事、彼女にして見れば予測された質問の一つである。
彼女自身、全くイレギュラーな方法論で此処<新宿>に召喚され、イレギュラーな法則によって成立している人物である事は、この身を以ってよく理解している所だ。
ならば必然、こんな疑問が湧いて出るだろう。この招かれざる客は、如何なる理由によって、この地に呼び寄せられたのか? と言う疑問だ。
欺く必要性もない、だからチトセは隠す事もなく、自らの身の上を詳らかにした。
メフィスト病院によって、ドリー・カドモンなる神秘のアイテムを依代にする事で顕現した特殊なサーヴァントである事。
そして、この身を<新宿>に召喚せしめた人物が、メフィストと言う名の白衣白皙の美魔人と、ブラックスーツを纏った金髪の美青年であった事。
その事情を説明し終えた時には、ライドウもダンテも、押し黙ったままだった。嘘だ、と一蹴するには、妙なリアリティがある。
それに二人の目は節穴じゃない。悪魔との交渉で鍛えた眼力と、生涯通して悪魔との死闘に身を捧げた事によって得られた直感が。チトセの発言を嘘じゃないと認識しているのだ。
「ドリー・カドモン、ね……」
チトセが説明した事項の中で、特に気になった単語の名を、ダンテは口にした。
「一神教の逸話に曰く、神が物質世界に顕現するのに相応しい、土で出来た至高の人形(ヒトガタ)の事を、アダム・カドモンと呼ぶ。それに関係するのか?」
ライドウの言葉に、肩を竦めるチトセ。
「関係するのか? と聞かれても困るのが私としての正直な感想だな。神とも悪魔とも無縁の世界からやって来たのでね。神秘学には疎いのだよ」
「羨ましい世界だね、宗教対立とは無縁のさぞや平和なんだろうさ」
「そうでもないさ」
神や悪魔が観測されてない世界ではあったが、宗教そのものはしっかりと、チトセのいた世界では極東黄金教と言う形で息づいてた。
尤も、アレはアレでロクな物でもなかったが……それは今、チトセの語るべき所ではないのであった。
「セイバー。お前以外に、ドリー・カドモンに固着されたサーヴァントはいるのか?」
ライドウの質問。
「間違いなくいる。それが何体居るのかは私としては知る由もないがな。だが間違いなく、私だけじゃないのは確かだ」
「いやに断言するな、レディ。根拠でもあるのかい」
「そうと思しき者と直近で争ったばかりでね。その者が私と同じ証拠を示せと言われれば出来ないが……戦っていて、『これは間違いない』、そう思ったんだ」
チトセが言っているのは、新国立競技場で戦った黒のアーチャー、魔王パムの事だった。
あの場所で目の当たりにした様々なサーヴァント達。彼らから感じた情報を統合するに、パムだけが、やけに異質だった。
存在感が非常に明瞭でクッキリしていたと言うのだろうか。他のサーヴァント達は皆不明瞭と言うか、ぼんやりとしたものが何処か感じられるのに対し、パムについてはそれがない。確かにこの時代に生きる、一個の人間の風に思えたのだ。
「<新宿>での今後を考えるに、考慮すべき材料だろうな。受肉したサーヴァント連中も……メフィスト病院も」
703
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:23:29 ID:TJVZO0ns0
元より、メフィスト病院はライドウ達にとって、最も警戒するべき施設の一つであった。
あからさまに怪しいからである。その名の胡散臭さもそうだが、真に恐るべきは施設そのもの。
聖杯戦争本開催前のインターバル期間、ライドウ達は当然の如く、メフィスト病院を視察に赴いた事がある。
加えて、ロビーと其処に隣接する患者以外でも立ち入り出来る区域だけとは言え、内部に足を踏み入れた事も。
あの白亜の大宮殿を見た感想としては、魔界そのもの、であった。見掛けは二十一世紀、当世の現代的な機能の数々を兼ね備えた病院そのもの。
であるのにも関わらず、内部のテクノロジーのほぼすべてが、当世の技術水準のそれを二〜三世紀先を軽々に上回るそれ。
それだけならまだしも、一階のロビー部分だけで、ライドウですらが舌を巻くレベルで大掛かりな魔術の仕掛けが、
ライドウが注意深く観察しなければ認識も出来ない程巧妙に隠されていたのだ。
葛葉の里ですら、メフィスト病院の内部に比べれば、行楽地にあるような忍者屋敷見たいな子供騙しの代物にしか見えない程だった。
あんな場所に無策で足を踏み込もうものなら、それこそ、ライドウ達の主従ですら、生きては帰れないだろう。
何れは攻略する施設。そうとライドウらが認識していながら、攻略を後回しにせざるを得ないなど、恐るべしメフィスト病院。これを魔界と呼ばずして何と呼ぶ。
――そして今ライドウ達は、このメフィスト病院と言う名の施設と、其処の主たるサーヴァントとそれを操るマスターに対する警戒値を、極限の閾にまで引き上げさせていた。
――ブラックスーツに金髪の男、か……――
勿論メフィストなる存在や、彼が生み出したとされる不特定多数の受肉したサーヴァントも、警戒するべき存在達である。
だが、真に警戒するべき存在は、他に居る。それこそが、今ライドウが思案している人物。チトセが語っていた、メフィストのマスターであると思しき男。
アバドン王事件に際して、水面下で暗躍していた男の特徴と、事件以降方々の悪魔から得られた証言の数々から得た情報と、符合する。
その男こそ、今ライドウとダンテが、今回の聖杯戦争に際して聖杯以上に追い求めている存在である可能性が高い。
だが、追い求める、と言う事の方向性が違った。男達は、メフィストのマスターを、抹殺・排除対象として見ていた。
『大魔王・ルシファー』……。もしも、メフィスト病院と彼の大魔王が繋がっていたのであれば、これ程厄介な物はない。
ルシファーの計画は大胆かつ綿密、大掛かりな上に要点をしくじった際の保険の数も多い。
そしてそれで居て、計画の立案者であるルシファーは、プランの要点に全く絡まない。故に、計画の全貌が掴み難い。
しかし、そう言う計画の常として、掛かる時間とコストは恐ろしく膨大だ。幾らルシファーとは言え、空手の状態で<新宿>にやって来て、
全くの無の状態から大掛かりな悪巧みを誰にも悟られず練り上げられるのか、と言われれば疑問符が浮かび上がる。恐らくは困難を極めよう。
だが、その困難も、メフィストと彼が操るテクノロジーにかかれば、一切合財帳消しとなる。現に、後付で聖杯戦争に新たなサーヴァントを召喚すると言う反則的な手法を、いとも容易く実行出来てしまっているではないか。ルシファーが有する悪魔の頭脳と、メフィストが有する脅威のテクノロジー。ライドウにとって、合わさってこれ程悪夢的な組み合わせもなかった。
「オーケー。一つ目の質問については、概ね納得の行く答えが得られた。これについてはもういい。……んで、だ。俺としてはこっちの方が聞きたいんだよな」
「む……?」
怪訝そうに眉を上げるチトセに対し、ダンテは、声を低くにこう言った
「クリストファー・ヴァルゼライドについて教えて欲しい」
704
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:24:00 ID:TJVZO0ns0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ヴァルゼライド総統閣下について……?」
サヤが思わず、そう零した。
ヴァルゼライド。その名は、星辰体が地上の法則を侵食、支配した後の新西暦のアドラー帝国民にとっては、畏怖を以って語られる名であった。
チトセとサヤが没する頃には、ヴァルゼライドと言うキャラクターは、神話の世界の住民と同じだけの神韻と光輝を放つ固有名詞だった。
彼が生前行ってきた武勇伝に尾鰭や脚色が付いたエピソードが無数に生み出され、最終的には英雄のようだと言う同じ意味の、
『ヴァルゼライドのようだ』と言う形容詞が新しい言葉として文壇の世界でも使われ始めた程には、彼の名前はあの世界にとって凄まじい意味を持っていた。
神話の世界に名実共に足を踏み入れてしまったあの男はそれこそ、彼の反目に回り、敵対する道を選んだチトセ・朧・アマツを上司とするサヤレベルであっても。
今彼と敵対していると言う事実を忘れさせてしまう。無意識の内に『総統閣下』と呼んでしまう位には、その症状は深刻だった。
「かのバーサーカーは現状俺達が最優先で抹殺するべき対象だ」
ライドウの言葉に、チトセとサヤは反応する。サヤは驚いたような顔をしていたが、チトセの表情は、疑いの色が強かった。
「勝てるのか?」
チトセの言葉は、嘲りの意味合いは一切なかった。
純粋な興味だった。ヴァルゼライドの強さは、チトセと言う女性は良く知っていた。
英雄、閃剣、光刃、煌刀、雷神、獅子の如き者、勝利を齎す者。アドラー帝国の住民及び同盟国から呼ばれた肯定的な字の数は、優に数百は超える。
魔王、凶剣、羅刹、狂人、破壊者、戦場の餓狼、魂の賊、混沌を齎す者。一方で、敵対者から呼ばれて来た悪罵や忌み名の数も、容易く千に届く。
呼ばれた異名の数は、そのままヴァルゼライドの強さだった。取るに足らぬ者は、此処までの羨望と憎悪を掻き集められない。
英雄として齎した功績が大きすぎるから。時の寵児或いは風雲児として集めた憎悪が凄まじすぎるから。そして何よりも、強過ぎるから。
打ち立てた諸々の事実は歴史となり、時を経た歴史が、伝説へと昇華されるのだ。そのヴァルゼライドを、殺す。ライドウはそうのたまった。
彼と同じ時代を駆け抜けた者の一人として、チトセは、本当に気になったのだ。それが出来るのか如何かがだ。
「惜しいところまで追い詰めたんだが、引っ繰り返されてね。たいした腕白坊主だったよ」
軽い調子でそう言うダンテだったが、歯噛みするような思いが言葉からは感じ取れる。大物を仕留め損なった狩人さながらの態度だ。
そして、その言葉の内容は嘘ではなかろう。現にチトセが、新国立競技場でヴァルゼライドを目の当たりにした時には、既に彼の身体は死に体であった。
全身血塗れであるのは言うに及ばない。勿論その血はヴァルゼライド当人の物であるのは間違いなかった。
生きているのが不思議な程に傷だらけで、遠めで見ても有り得ない程傷ついていたのが良く解る程。そして極め付けに、その傷から露出した内臓が見えた位である。
身体のどこかを小突けば死ぬであろう程消耗していた、クリストファー・ヴァルゼライド。その仕掛け人がダンテであったとしても、チトセは驚かない。この男なら、倒しても不思議ではなかったからだ。
「交戦したセイバーが一番、奴の強さを理解しているのは間違いないだろうし、俺自身、彼のバーサーカーが如何言う戦い方をするのかを見たから解るつもりだ」
ライドウは言葉を其処で切った後、射抜かんばかりの真っ直ぐな目線を、チトセに投げかけてから、口を開いた。
「だが、所詮は見ただけに過ぎん。本物の知識とは呼べない。だからこそ、お前に聞きたい。セイバー。奴について詳しく教えろ」
705
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:24:20 ID:TJVZO0ns0
チトセとしては、しらばっくれると言う態度を取る事も出来たのだが、得策ではないのでやめた。
簡単な話だ。ライドウ達は新国立競技場のフィールド部分で、チトセとヴァルゼライドが旧知の間柄を匂わすような会話を交わしている場面を、目にしている。
こんなものを見れば、誰だとて思うであろう。チトセとヴァルゼライドは、生前は同じ世界同じ時代を生きた人間であったのだと。そしてそれは、疑いようもない事実なのだった。
「教えるのは構わないが……何を知りたい?」
「馬鹿みてぇな威力のビームを発射する事と、ファイティングスピリッツとガッツに溢れた馬鹿だってのは理解してる。だが、それだけじゃないだろう」
「と、言うと?」
「どんなマジックにもカラクリがあるって事だ」
マジック……と言うと、星辰光(アステリズム)の事だろうかとチトセは判断する。
事情を知らない人間が、星辰奏者が能力を発動する様を見れば、成程確かに、マジックかトリックの類だと疑ってしまうであろう。
だが何かを説明しようにも、ヴァルゼライドの能力は、誰ならんダンテが言った通り。超高威力のビームを超高出力、超高速度で放つだけなのだ。
当たれば必殺、掠れば致命傷。ビームそのものも特徴も、これ以上説明のしようがない程シンプル。正直、此処から先更に踏み込んで説明しようにも、チトセには、説明出来る自信がなかった。
「何度斬っても、何度撃っても。あのバーサーカーは死ぬ事は勿論、倒れる事すらなかった。寧ろ、こっちが追い立てれば追い立てる程、その強さと脅威が増してる風に見えた」
ダンテは、語り続ける。
「手負いの獣は凶暴だ、って言うのは解るが、アレはそう言う次元を超えてる。内臓をこの手でぶっ壊しても、動いてたぐらいだからな」
ジッと、チトセの目を見据えながら、ダンテはこう言った。
「あんな戦闘続行能力、ファイティングスピリッツだとか気合と根性だとかじゃ、とてもじゃないが説明出来ねぇ。気持ちだけじゃ超えられない位のダメージを負わせてたんだからな。だから俺は、あのヴァルゼライドって言うバーサーカーは、驚異的なタフネスを保障する何かしらの肉体的特質か、宝具を持ってるんじゃないかと推察してる。それを、教えてくれや」
ヴァルゼライドと言うサーヴァントの素性も過去も知らぬダンテからすれば、そう思うのは当たり前の話だった。
超常と異常の見本市のようなサーヴァント達ではあるが、その強さと異常性には、明白に理由と言うものがある。
龍の血を浴びただとか飲んだだとか、半神だったり半魔だったりだとか、神から授かった武器や防具を持っているだとか、何でも良い。
人間を逸脱した強さには、何らかの理由が伴ってなければ説明がつかないのだ。これについては、ライドウもダンテも同じ意見である。
ライドウが今の強さを得れたのは、筆舌に尽くし難い鍛錬と実戦経験を積んだと言う過去があるからだ。
ダンテが悪魔狩人として名を馳せたのは、魔剣士スパーダと言う最上位の格(グレード)の悪魔を父に持ち、その上で実戦経験を重ねて行ったと言う過去があるからだ。
強さだけならば、成程ただの訓練の積み重ねで得られるものではあるだろう。だが、身体的な特質は鍛えるだけでは得られない。
ダンテは、ヴァルゼライドが見せたおぞましいまでの戦闘続行を、後天的に得たか付与されたかの特異性。
或いは、親に相当する何かから遺伝された形質だと判断していた。そうでなければ、説明が付かない。まさかあんなタフネスが、何の理由もなく付いてくる筈がないと、考えていたのだ。それは、確かに正しい推理だろう。……ヴァルゼライド以外であったなら。
――……そんな宝具ありましたっけ? お姉様……?――
――……知らんぞそんなの――
チトセとサヤは、果てしなく困っていた。如何説明すれば良いのか。そして、説明したとて納得してくれるのか? その筋道が、全く立てられない。
ダンテの見立て通り、チトセとサヤは、ヴァルゼライドの事を一から十まで全部説明出来る。
生い立ちから使用する星辰光、行動理念から何まで。全て具に教える事が可能だ。だからこそ、本当にダンテは受けいれてくれるのかが不安だった。
『ヴァルゼライドの戦闘続行能力は別に体に再生能力が備わっているとかそんなのではなく、自前の気合と根性の賜物だ』、など。頭で理解してくれるのだろうか?
ヴァルゼライドの死後、彼が辿った足跡と、携わっていた諸々の研究計画を、チトセは徹底的に洗った。
彼が聖戦と呼んでいたと言う、実践しようとした計画の内容は到底許容出来る物ではない。
しかし、聖戦を成そうとしていた過程で考案された諸々の技術そのものについては、罪はない。
ヴァルゼライド主導下で生まれたテクノロジーや成果物をサルベージし、今度はアドラー帝国の平和の為に利用しようとチトセは考えたのだ。
706
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:24:34 ID:TJVZO0ns0
が、ヴァルゼライドと言う男は、後々に自分の計画について尻尾を掴ませない為に、日記やメモ書きの類を一切残さなかった。
それこそ、彼が傍に置き、絶大な信頼を置いていた副官の彼女にすら、その仔細を一切教えていなかった程である。
計画の為に成すべき事、計画達成の為に必要な研究の過程や成果の、あれやこれ。ペーパーに換算すれば何万枚など優に下らぬ密度の内容を、
ヴァルゼライドは全て頭の中に記憶していたのだ。全ては、彼が本当に成したかった事を隠し通す為に。
結果、チトセ達はヴァルゼライド当人の方面から、その足跡をあらう事は不可能だった。余りにも彼自身が残した物的な遺産が少なすぎたからである。
尤も、追跡不可能だったのはヴァルゼライドの方面からだけだ。
帝国の頭脳部であり、ヴァルゼライドの計画の要であった、星辰奏者及び星辰光、そして様々な新兵器の研究と開発機関。
つまり、アドラー帝国の軍人や官僚が言う所の、叡智宝瓶(アクエリアス)の方面を徹底的にチトセは絞り上げた。
ヴァルゼライドに対しどの様な強化措置を施したのか、だとか、あの男が指示した内容は何だだとか。
兎に角、チトセが疑問に思った事、ヴァルゼライドが携わった事。全て、根掘り葉掘りに詰問した。
だから、解る。クリストファー・ヴァルゼライドの能力は、一般的な星辰奏者の枠内に納まる程度の力である、と。
確かに彼は、死のリスクが極端に高い、星辰奏者への改造手術を複数回にも渡って行い、自己の能力を極限まで高めていた。
だがそれにしたって、強化されるのはあくまで行使する星辰光(アステリズム)だけであって、新しい身体的な特徴が付与される訳ではないのだ。
ヴァルゼライドを英雄たらしめていたのは、星辰光ではない。況して、埒外の再生能力だとかそう言う類のものでもない。
程度の大小こそあれ、ヒトならば誰もが有しているであろう、気合と根性。それこそが、星辰光以上の彼の武器なのである。
「……気合と根性の可能性とやらを、お前達は何処まで信じる?」
「決め手の一つにはなるだろう」
ライドウは即答した。戦いはメンタル面が兎角重要となる。だから、泥臭い精神論は、全く馬鹿に出来ない。それどころか、ライドウの言うようにチェックメイトを決める最後の一手にすらなり得る。
「だが、物理法則を無視する程の物ではない。それこそ、臓腑の全てを破壊されれば、どんな気合も――」
「その気合と根性で、総統閣下は動いているのだぞ?」
不機嫌そうに、ライドウの顔が歪んだ。言葉尻を奪われたからと言うよりも、チトセが嘘を吐いた……と思っているが故の表情だろう。
「お前達は到底認めないし信じもしないだろう。だが安心しろ。奴と同じ国家に生を受け、同じ国家とその国民に共に忠義を誓った私でも、馬鹿らしくて信じられん」
「――だが」
「それでもやはり、事実なのだ。お前達が望んでいるような答えはない。ヴァルゼライドのタフネスは、正真正銘自前の気合と根性のみに拠るもの。それだけだ」
ダンテもまた、鋭い目つきでチトセとサヤを交互に睨めつけていた。
優れた戦士の眼力には、独特の、磁力とも魔力とも言える圧力が内在される事をチトセは知っている。
目の前の気障な紅コートの青年もまた、その圧力を、極限に近いレベルで保有する男だった。この目で睨まれれば、悪魔ですら震え上がるであろう。
「……困ったな。如何するよ少年。このレディ、嘘吐いてる風に見えないんだが」
ややあって、溜息を吐いてからダンテはそう言った。眉間を指で押さえながらの、呆れたような態度であった。
「奇遇だな。俺も、真実を語っている風に見える」
ライドウの場合は仲魔を用いた読心術がある為、その者が嘘を吐いているのか否かがすぐ解る。
だが、ライドウのような稼業に従事している者は往々にして、仲魔の読心術が使えないケースに遭遇する事がある。
それは、読心術そのものを封印されている事もあるし、心を閉ざしたり無意識を維持したりと言う風な方法で無効化する事もある。
そう言った時には、ライドウは自分の目と経験で、人間を判断せねばならないのだ。そしてライドウは、多くの悪魔と接したり騙されて行く内、目も経験も洗練されていった。故に解る、チトセは、嘘を吐いていない。いや、吐いている風には見えないと言うべきか。
707
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:25:27 ID:TJVZO0ns0
「お姉様が虚言を吐くような御方に、一瞬でも見えたとでも?」
「可能な限り嘘であって欲しかった……と言いたいが、まぁ、もしかしたら本当はそうなんじゃないかとは思ってたよ。あの馬鹿のタフネスについてはな」
「ヤケに総統……ヴァルゼライドに御執心じゃないか」
湧いて出た疑問を、率直にチトセは口にする。
「アレは私達も追っている獲物でね。理由は……まぁ、お前達からすれば下らない私怨だよ」
「けど、レディ達にすりゃ殺すに足る意味があるんだろ?」
苦笑いをチトセは浮べる。
「私怨の怖さは稼業柄よく知ってるよ。痴情のもつれ、金やビジネスチャンスの横取り、縄張り争い。そんなこんなの恨みつらみで、殺しを依頼される事もあってね」
「引き受けたのか?」
「当店はコンプライアンスを遵守し誠実な運営をモットーとしてるんだ。週休六日の、何処に出しても恥かしくないホワイトとクリーンさがウリだ、断ってるよ」
ライドウの言葉にダンテは流暢にそう返したが、逆の意味でライドウの呆れと軽蔑を買っていた。目線が冷たい。
週休どころか年休十日もないレベルで働き詰めだった事があるチトセとしては、想像も出来ない程怠惰な世界であった。
「前世からの縁。綺麗な言葉で着飾るのなら、私がヴァルゼライドを追うのはそう言う事だ。お前達は何だ。令呪か? それとも、やはり恨みか?」
ヴァルゼライドがこの<新宿>で、ルーラーから睨まれた結果、令呪。
つまりサーヴァントの活動リソースであるところの魔力の塊を報酬に設定されたお尋ね者になった事は知っている。
嘗て、登り詰めるところまで登り詰め、誰しもが認める絶頂期のまま壮絶な最期を遂げた男。生前英雄と呼ばれ、死後神とすら扱われた男。それがヴァルゼライドだ。
そんな男がこの世界では、指名手配されたお尋ね者、しかも生死問わず(デッドオアアライブ)と言うレベルなのに、払われる報酬がケチなリソース一つと来ている。
笑ってしまうような転落劇だが、同時に、欲に目が眩み思考が利得に蝕まれた程度の主従に、アレが遅れを取るとは思えない。悉くを返り討ちにするだろう。
だが、目の前の男達ならば或いは? ともチトセは思うのだ。思うのだが……この主従は令呪だとか私怨だとかと言う確執とは、一線を画した所に立っていて、その観点からヴァルゼライドを殺そうとしている風に見えるのだ。
「義務だ」
チトセの疑問にライドウは即答した。ライドウの語り口は解りやすい。簡潔明瞭で、長々とした会話を好まない。そう言うクチだった。
「指名手配されたから狙うのではない。こんなもの、ルーラー側の匙一つで、それこそ俺だってされかねない。討伐令を敷かれたからと言って、全てが悪とは限らん。が――このバーサーカー達だけは明確に邪魔だ」
目線を一瞬、<新宿>の街に向けるライドウ。
高度な建築技術が齎す高層ビルディングの数々。東アジア随一の名に偽りなしの人々の活気。
都会である。建築物の数でも、店の数でも、行き交いする人間の数でも、交通の便でも、流通する金の量でも。この街は、都会の要件を最高に近いレベルで満たしている。
ライドウやチトセの時代からは、信じられない程大都会であった。この光景を見ても何の感慨も湧かないのは、生まれた時代が近しかったダンテだけである。
ライドウにとってこの世界は、彼が生きていた大正十五年から順調に文明のレベルを上げて行き、その末に到達した未来だった。
そしてチトセにとってこの世界は、写真や文献の中でしか存在を確認する事が出来なかった、亡国アマツの在りし日の光景だった。本の中で綴られていた世界は嘘ではなかったと。<新宿>の街を歩く度に、彼女は何度も思ったのだ。
「帝都を守護する事は俺の任務だ。故にこそ、己の勝利と目的の為に、無秩序で、非生産的な破壊を、邁進の過程で生み出す奴らを生かしてはおけない」
「それが、ヴァルゼライドを殺す理由か?」
「不足に思うか?」
「まさか。十分過ぎる程だ。寧ろ、お前の気持ちは良く解っている側だと言う自信すらある」
ライドウらが今居る場所から眺める<新宿>の風景は、見事なまでの都会の絵図だった。
このありきたりな、メトロポリスの姿はしかして、誰が見ても異常としか言いようのない姿を見せつけていた。荒廃である。これは、数百m規模の高層建築の屋上から見たら特に顕著だった。
708
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:25:46 ID:TJVZO0ns0
まるで其処だけ、原子爆弾でも炸裂させられ産み出された爆心地のようなところになっている場所がある。
それが元は家だったと判別など出来ようもない、見るも無惨な瓦礫の堆積が広がるその様子は、家主からすれば地獄か悪夢としか映らないであろう。
アスファルトで補強された道路が、滅茶苦茶になっている所がある。どんな力をどんな方向から、そしてどのような形で以って訴えかけたのか?
トラックの運転にすら耐え得るアスファルトは粉々で、ライドウ達であっても、如何なる手段で破壊したのかの想像を不可能にさせている。
他にも、目に付く目に付く。破壊の痕跡、崩れた建物。
その全てが全て、ヴァルゼライドの手によるものだとはチトセも思っていない。しかし、これらの破壊の内何割かは、彼が関与してると言う事は理解している。
と言うより、彼の宝具が多くの建造物を破壊し、人の命を奪って行ったのを、此処<新宿>でチトセは真実目の当たりにしている。
彼が精練潔癖であるとは欠片も思ってない。こんな破壊のザマを見せ付けられてしまえば、チトセはライドウに同意せざるを得ない。
仮にこんな大層な暴れ方を、母国アドラーでされようものなら、彼女とてライドウ同様、下手人を生かしてはおかなかっただろう。それは、力ある統治者の義務としての行動であたt。
――だが
「この世界は、お前の生きた場所ではなかろう。何故義務を押し通そうとする?」
知識としてではあるが、<新宿>における聖杯戦争、その参加者であるところのマスター達は皆、偶発的にこの地に呼び出された事は知っている。
呼び出されたと言うのは手紙やメールや電話などと言った連絡手段を介してから、ではない。
契約者の鍵なるものに触れた瞬間に、時間や空間の制約を越えてこの地に呼び出されると言う、強制的なやり方だったそうじゃないか。
その者にとってこの<新宿>が未来、過去の姿である者もいるだろう。現にチトセにとってこの<新宿>は、遥か古、それこそ御伽噺のレベルで昔の時間軸の姿なのだ。
ライドウにとって<新宿>……つまり東京が、未来のそれなのか過去のそれなのかはチトセも解らない。だが、強制的にこの地に招かれたのだろう事は想像に難くない。
ならば、義理を通す必要など、ないのではないか。義務やモラルは時として枷となる事はチトセも知っている。
ライドウならば、その桎梏から解き放たれれば、今以上に強くなれるのでは? ならばそうするべきだろうと、暗にチトセはそう言っていた。強制的に招かれて、殺し合いを強要されているのなら。思う所の一つや二つは、ある筈だろうに。
「例え此処が俺が守護すると決めた帝都でなかろうと、其処が、帝都の未来の形の一つである以上。あり得た姿の一つであるのなら、俺はその責務を全うする義務がある」
迷う素振りすら、ライドウは見せない。彼の言葉は鋼のような確かさを持っていた。
紋切り型の定型句にしか聞こえないような言葉はしかし、決して嘘偽りも、建前もない。本当の言葉である事が伝わってくる。
「違う世界なのだから、守護の責務も違うものだと解釈する。そんな選択肢は俺にはない。奴らがやりたいように破壊と死を振り撒くのなら、俺もやりたいように奴らに報いを与えるだけだ」
「真面目な男だなぁ、お前は」
降参、とでも言わんばかりに諸手を挙げるチトセ。
カマかけのつもりだったが、どだい、そんな物が通用しない手合いだと今ので良く解った。
これ以上は鉄の塊に木の釘を打ち込むようなものだろうと判断し、即刻これ以上の問答を諦めてしまった。
「マスターの方にも、ヴァルゼライドと戦う覚悟があるのかを問うては見たつもりだったが……無駄な質問だったな。これでは私が恥をかいただけだ」
「どのような意図があっての事かは知らないが、下らない事をしたな。俺達は機会があればあのバーサーカーを殺すぞ」
「獲物を先取りされたからと言って、逆恨みするような真似はせんよ」
その点については、チトセは本心を語っている。聖杯戦争は想像以上に、参戦しているサーヴァントのレベルが高い。
これならば誰かしらが、ヴァルゼライドの首を獲ってもおかしくない程の魔境だ。横取りされたからと言って、憤る事もない。……とは言え、新国立競技場でヴァルゼライドを魚雷で爆殺しようとした、あのアーチャーについては如何にも、許そうと言う気にはなれないのだが。
「おっと……オイ、少年。銃声を聞かれちまったからかね。人の気配がこっちまで上がってくるぜ」
709
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:26:17 ID:TJVZO0ns0
何かに気付いたような顔でダンテが言った。
考えてみれば、当たり前の話……と言うより、今までが遅過ぎた位である。ダンテの持つ拳銃は、サプレッサー(消音器)の類も全く装備されていない。
いやそれどころか、つけた所で意味など欠片もない程、馬鹿でかい銃声が響き渡る、文字通りのモンスターガンである。
そんなものを、特に何も防音措置を施してない、野外の真っ只中で発砲すれば必然、人が集まってくるのは当然の話だ。
銃声を聞いて上へと向かっているのは、恐らくはこのビルの持主である会社に雇われた、警備の者であろうか。
「構わん。どうせそのセイバーが来た時点で、河岸は変えるつもりだった。良い頃合だろう」
ほう、とチトセは考える。 ダンテもチトセも、空を飛ぶと言う手段を有してはいない。
やろうと思えば出来ると言うだけで、鳥類のように生物学的に飛べて当然の特徴を持っている訳でもなく、簡単に飛べるメソッドを確立させている訳でもない。
魔力と言うリソースを潤沢に使って、空を飛ぶ真似事をしているだけなのだ。実際にこれは普通に目的地に歩いたり走って移動するよりも、
余程非効率的で、魔力の燃費も悪く、最悪次の敵と戦う頃にはガス欠だって引き起こしかねない、無駄なやり方なのである。
チトセとサヤから見て、高城が生み出した黒泥から逃れる為に用いたダンテ達のやり方は、その無駄な物に該当すると見ていた。
あんなもの、何度も連発して行う物ではなかろう。ライドウも、そう思ってるに相違ない。ならばどうやって、此処から脱出するのか。これが見物だった。まさか飛び降りる事はあるまい。この周辺は<新宿>の中でも人通りは多い。そんな事をすれば、悪目立ちするだけだ。
「……あそこだな」
「了解」
と言ってライドウは、此処から概算百と三〇m程の距離を離した所にある、高層ビルに目を留める。
高層と言っても、今ライドウ達が佇んでいるビルよりは高さは低い。世間一般的に見て、高層のカテゴリに分類される程度の高さ、と言うだけだ。
……今、自分達がいる所よりも、『低い』ビル。それを事実とした認識した瞬間、チトセはハッとした。
「……正気か?」
「ヘイ、ネオナチ・レディ。お前さん、あのイカレバーサーカーを自分達だって殺すんだ。そう言ったけど、秘策はあるのか?」
チトセが思い描いている事を実行に移す前に、ダンテがそんな事を聞いてきた。これはダンテのみならず、ライドウとて気になっている所だった。
これまでの話を統合すると、ヴァルゼライドと言う戦士の最大の骨子は、『シンプルに強い』と言う点に集約されると二名は判断した。
超々高威力のレーザーを放ち、そのレーザーの持つ熱量をそのまま刀に纏わせる白兵戦。そして、多少の傷など物ともしない気合と根性。
それだけで、喰らい付いてくるサーヴァントだ。泥臭いが、それが同時に危険でもある。凝った能力は脆い所がある。
凝っている、複雑な能力。そう言うものはそれだけ、能力を発動するのに必要な工程が多いと言う事を意味し、そのプロセスの何処かを挫けば失敗に終わる事が多い。
ヴァルゼライドにはそれがない。余りにも戦闘スタイルがシンプルで、無駄がないからだ。シンプルとは単調であると同時に、完成もされているのだ。
その通り、ヴァルゼライドの戦い方は完成されていた。その単調単純な能力すらも、彼の戦いにとっては弱点足り得ないどころか、重要なパーツとして構築されている。
防御など意味を持たないレベルで極限威力の攻撃を持った男が、不死身のタフネスで戦闘を続け、隙を見せたら必殺の一撃が叩き込まれる。
その単純で、それ故に攻略が困難を極める戦い方を相手にするのが至難の業である事は、ダンテをして殺しきれなかったと言う事実を鑑みても明らかだ。
その、これ以上となくシンプルで、であるが故に究極の強さを持つヴァルゼライドを、チトセは狙っていると言う。
生前からの縁とか、因縁があるだとか。そんなものは如何でも良い。殺すのならば、どうやって? が重要になる。
当然全盛期のヴァルゼライドを知っているのなら、その強さだって無論周知している筈だ。
となれば、自分達に語っていないだけで、必勝の秘策があるのだろう。ライドウもダンテもそう考えたのだ。無策で挑む程、目の前の女傑は馬鹿じゃない。口にこそしていないが、これはライドウもダンテもチトセに対して抱いている共通の見解だった。
「……気合と、根性かな」
不敵な笑みを浮べてそう言ったチトセに対し、ダンテは肩を竦めた。ライドウの方は、もうチトセの方を見向きもしていなかった。
ライドウは屋上の縁の部分に立て付けられた、転落防止のネットフェンスに向かって、抜刀。
チトセですら視認が難しい程の速度で抜き放れた佩刀は、フェンスの一部を切断。切り離されたフェンスの網目部分を掴み、それを内側に引き倒させた。
710
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:27:04 ID:TJVZO0ns0
「そのセリフがブラフな事を祈るぜ。誰だって気合と根性で動き続けられるんだったら、この世界は終わりだからよ」
この言葉を最後に、ダンテもチトセから目線を外した。言い切る頃にはライドウは、先程切り離したフェンスから十m程離れた所にまで移動をしていた。
それまで、ライドウの周りを飛行していたモー・ショボーは、彼の背中におんぶの要領で抱きつき始め、それを契機に、ライドウが走った。時速、五十km。
十mの助走距離のうち、五mを切った段階で、彼は自らに可視化された緑色の魔力光……もとい、マグネタイトを纏わせ、その状態で、先程開けたフェンスとフェンスの間を抜けた。
空の世界に身を投げるかと思いきや、ライドウもダンテも屋上の縁の部分で膝を屈ませ――脚部のバネを一気に解放。
すると、まるでカタパルトから放たれた岩石めいた勢いで、跳躍が始まった。瞬きをする頃には、既に二名は豆粒の大きさだった。
本当にこんなやり方で、遥か先のビルの屋上まで向かって行くとは思わなかった。しかも魔力を無意味に燃やしている様子もない。彼らからすれば効率的なやり方だ。
「……つくづくデタラメな主従でしたね」
もう呆れて物も言えない様子らしく、サヤは、ライドウが切り離したフェンスと、彼らが去って行った方角を交互に見つめながらそう言った。
「お姉様。やはり総統を相手に策など……」
「凝ったものは用意出来ない。だから、先程あのセイバーに言った事は嘘ではない。最終的には根比べの様相を示すだろう」
この世界に於いて、生前のチトセの最も大きいアイデンティティの一つだった、アマツの血筋から来る強い権力、と言う長所は何の意味もない。
従って、金と権威に物を言わせた仕掛けは何も用意出来ない事を意味する。あり合せの物と、彼女の有する機転と要領の良さで、足りぬ物を補うしかない。
その補うと言う行為にしたって、ヴァルゼライドとの戦いでは、何らの意味も成さないだろう。
例え、もしこの世界でもチトセの権力が有効に働いていたとしても、その権力で用意した様々な罠や策謀を踏み越えて来るだろう。
そう言う小賢しい策略を全て乗り越えて来たから、生前のヴァルゼライドは英雄なのである。今更そんな物が通用するとは思えない。
能力にしたってそうだ。ヴァルゼライドの能力は帝国は勿論他国にも知れ渡っていたので、当然の事としてチトセもそれを知らない筈がない。
だが、チトセにしたって元は帝国内では上から数えた方が遥かに速い程に高い位置(グレード)にいた女だ。無論ヴァルゼライドもチトセの力は知っている。
自分の能力の本質も、それを基にした応用の数々も、全部理解していると見て間違いない。そしてその全てを、気合と根性で踏み越えて来るのだ。
「全く、弩級の阿呆を敵に回したものだよ」
苦笑いを浮かべ、くつくつと笑い始めるチトセ。
「……たとえお姉様が、総統との戦いを避ける。そう仰っても、私は従う所存に御座います」
「綺麗な言葉を使うのだな。逃げる、ではなく『避ける』とは」
押し黙るサヤ。
「そう言う、賢いやり方が出来る程頭が良くないのだよ。残念な事にな」
711
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:27:20 ID:TJVZO0ns0
普通――。
二度目の生を偶然とは言え授かって。しかも、生前に振るっていた能力も、やや格落ちしているとは言え問題なく行使出来る。
そうと決まれば、普通人はどう生きる? 慎ましやかに生きるのもアリだろう。道徳に反しているが、その能力を振るって魔王の如く君臨するのも、理解は出来る。
チトセはそれをしなかった。ヴァルゼライドが、此処にいたからだ。いたとて、無視すると言う選択肢もあっただろう。
知らぬ存ぜぬを貫いて、市井に生きる、チトセ・朧・アマツとして振舞う事だって、容易だった筈。それを、彼女は蹴った。
惰弱ながらもしかし、確かにまともでささやかに生きる術を自らかなぐり捨ててまで。この女は、血に塗れた茨で舗装された、地獄への道を駆け抜けようとしているのだ。
「ク、クク、ククククク……」
眼帯を押さえ、不気味に笑う、憧れの人を、サヤは困惑気味に見つめていた。
「なぁ、サヤ……。今更ながらに気付いたのだが……」
ほぅ、と一息吐いてから、チトセは、広がる青空を見上げ、こう言った。
「馬鹿も、厄介な風邪と同じで、うつりやすいものであるらしい」
全く、つくづく総統閣下は罪な奴だと思いながら。
チトセは己の能力を部分的に解放、大気を操り、光の屈折を操り、ステルス迷彩を自らとサヤに発動させ、透明化。
その一秒後で、屋上へと繋がるペントハウスが勢い良く開け放たれ、さすまたや警棒を持った警備員達が現れた。
誰もいない事を訝しむ彼らを眺めながら、チトセ達は、透明化を維持したまま、ライドウ達が此処を去る為に斬り離したフェンス、その先から飛び降りた。
去り際に聞いたのは、フェンスが切り取られている事に気づいた警備員達の、慌てた声と、駆け寄る音であった。
【市ヶ谷、河田町方面(大日本印刷本社ビル)/1日目 午後3:30】
【葛葉ライドウ@デビルサマナー葛葉ライドウシリーズ】
[状態]健康、魔力消費(小)、廃都物語(影響度:小)、アズミとツチグモに肉体的ダメージ(大→中)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]黒いマント、学生服、学帽
[道具]赤口葛葉、コルト・ライトニング
[所持金]学生相応のそれ
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の主催者の思惑を叩き潰す
1.帝都の平和を守る
2.危険なサーヴァントは葬り去り、話しの解る相手と同盟を組む
3.正午までに、討伐令が出ている組の誰を狙うか決める(現在困難な状態)
4.バーサーカーの主従(ロベルタ&高槻涼)を排除する
5.バーサーカー(ヴァルゼライド)の主従も最優先で排除
[備考]
・遠坂凛が、聖杯戦争は愚か魔術の知識にも全く疎い上、バーサーカーを制御出来ないマスターであり、性格面はそれ程邪悪ではないのではと認識しています
・セリュー・ユビキタスは、裏社会でヤクザを殺して回っている下手人ではないかと疑っています
・上記の二組の主従は、優先的に処理したいと思っています
・ある聖杯戦争の参加者の女(ジェナ・エンジェル)の手によるチューナー(ラクシャーサ)と交戦、<新宿>にそう言った存在がいると認識しました
・チューナーから聞いた、組を壊滅させ武器を奪った女(ロベルタ&高槻涼)が、セリュー・ユビキタスではないかと考えています
・ジェナ・エンジェルがキャスターのクラスである可能性は、相当に高いと考えています
・バーサーカー(黒贄礼太郎)の真名を把握しました
・セリュー・ユビキタスの主従の拠点の情報を塞から得ています
・セイバー(シャドームーン)の存在を認識しました。但し、マスターについては認識していません
・<新宿>の全ての中高生について、欠席者および体のどこかに痣があるのを確認された生徒の情報を十兵衛から得ています
・<新宿>二丁目の辺りで、サーヴァント達が交戦していた事を把握しました
・バーサーカーの主従(ロベルタ&高槻涼)が逃げ込んだ拠点の位置を把握しています
・佐藤十兵衛の主従、葛葉ライドウの主従と遭遇。共闘体制をとりました
・ルシファーの存在を認識。また、彼が配下に高位の悪魔を人間に扮させ活動させている事を理解しました
・新国立競技場で新たに、バージル、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、アーチャー(パム)、ランサー(高城絶斗)、ライダー(大杉栄光)、アサシン(レイン・ポゥ)の存在を認知しました。真名を把握しているのはバージルだけです
・アサシン(レイン・ポゥ)の本性を、モコイの読心術で知りました
・ランサー(高城絶斗)の正体に勘付きました
・現在<新宿>上空を、使役する悪魔モー・ショボーの神風で飛行中です。着地地点は次の書き手様にお任せします
・キャスター(タイタス1世)の産み出した魔将ク・ルームとの交戦及び、黒贄礼太郎に扮したタイタス10世をテレビ越しに目視した影響で、廃都物語の影響を受けました
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:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:27:32 ID:TJVZO0ns0
【セイバー(ダンテ)@デビルメイクライシリーズ】
[状態]肉体的ダメージ(中)、魔力消費(中)、放射能残留による肉体の内部破壊(回復進度:小)、全身に放射能による激痛
[装備]赤コート
[道具]リベリオン、エボニー&アイボリー
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の破壊
1.基本はライドウに合わせている
2.人を悪魔に変身させる参加者を斃す
3.バージルとタカジョーを強く意識
[備考]
・人を悪魔に変身させるキャスター(ジェナ・エンジェル)に対して強い怒りを抱いています
・バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)の異常な耐久力を認識しました
・宝具『天霆の轟く地平に、闇はなく』が掠めた事で、体内で放射能による細胞破壊が進行しています。悪魔としての再生能力で治癒可能ですが、通常の傷よりも大幅に時間がかかります
※現在主従共に移動中です。移動場所は後続の書き手様にお任せします
【セイバー(チトセ・朧・アマツ)@シルヴァリオ ヴェンデッタ】
[状態]肉体的ダメージ(中)、魔力消費(中の大)、実体化
[装備]黒い軍服
[道具]蛇腹剣
[所持金]一応メフィストから不足がない程度の金額(1000万程度)を貰った
[思考・状況]
基本行動方針:バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライドとの戦闘と勝利)
1.余り<新宿>には迷惑を掛けたくない
2.聖杯を手に入れるかどうかは、思考中
[備考]
・現在<新宿>の何処かに移動中。場所は後続の書き手様にお任せします
・新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、アーチャー(パム)、ランサー(高城絶斗)、ライダー(大杉栄光)、アサシン(レイン・ポゥ)の存在を認知しました
・アーチャー(八意永琳)とそのマスターには、比較的好意的な考えを持っております
・サヤ「あのアーチャー様は、お姉様には本当に僅差には劣りますが、美しい方でしたね……性格も宜しいですし」
・サヤ「泥投げて来たあのクソガキ殺す!! 絶対殺してやる!!」
・サヤ「お姉様の服装にナチス要素はありません」
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