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魔界都市新宿 ―聖杯血譚― 第3幕

1 ◆zzpohGTsas:2016/09/20(火) 21:48:52 ID:DjcyjtZg0






     「ああ、分ってるよ。初めはものすごくうまくいってたんだね。『珊瑚島』みたいにね」

     ラーフは黙って士官の顔を見た。一瞬間、かつてこの浜辺をおおっていた、あの不思議な魅惑の面影を思い浮かべた

     しかし、島は朽ち木のようにかさかさに干からびてしまったのだ

     ――サイモンも死んだ――そして、ジャックのやつが……涙がとめどなく流れ、彼はからだを震わせて嗚咽した

     彼はこの島にきてから初めて、心ゆくばかり泣いた。全身をねじ切るような悲しみの激しい発作に、彼は身を委せて泣いた

     今、島は焼けただれ、荒廃に帰そうとしていた。その光景を前にして、濛々たる黒煙の下で彼は声を上げて泣いた

     この激情につりこまれて、他の少年たちも、からだを震わせて嗚咽し始めた

     それらの少年たちの間に立って、からだは汚れ、髪はべったりとくっつき、洟は垂れ放題のまま、ラーフは、無垢(イノセンス)の失われたのを、

     人間の心の暗黒を、ピギーという名前をもっていた真実で賢明だった友人が断崖から転落していった事実を、悲しみ、泣いた

                                             ――ウィリアム・ゴールディング、蠅の王





.

2 ◆zzpohGTsas:2016/09/20(火) 21:49:33 ID:DjcyjtZg0
【ルール】

①:舞台はエリザベスによって、何らかの手段で再現された偽りの<新宿>です。が、電脳世界と言う訳ではなく、れっきとした本物の世界です。
我々が認識している東京都内の23区の1つである新宿区ではなく、当企画では『菊地秀行氏の魔界都市シリーズ』の設定を採用。
魔震(デビル・クエイク)と呼ばれる大地震のせいで壊滅、この地震の影響で区の周囲に生じた深い亀裂により外界と地理的に断絶されてしまった<新宿>を舞台とします。
既に幾度も述べております通り、当企画における<新宿>は原作のような、妖物や蔓延り銃火器が流通する<新宿>ではなく、<魔震>から完全に復興し、
2015年現在の<新宿>と何ら変わらない程に反映した街と致します。

②:世界観的には、<亀裂>の向こう側の、<新宿>以外の特別区は設定上存在するものとしますが、聖杯戦争の参加者は亀裂の向こう側へと足を運ぶ事は『出来ません』。
東京都特別区から<新宿>へと渡るには、或いは<新宿>から特別区へと移動するには、『早稲田』『西新宿』、『四ツ谷』にある、
『ゲート』と呼ばれる場所に建てられた長いトラス橋を渡る必要がありますが、その橋の上は『移動出来る物とします』。橋を渡った向こう側の土地へは、透明な壁に阻まれ移動は出来ません。

③:<新宿>にはもしかしたら、参加者が元居た世界とゆかりのある建物や施設が存在するかもしれません。が、あくまでも時代背景と日本の国家事情に適した物であるようお願いいたします。

④:令呪の喪失或いは全消費、後述する契約者の鍵の喪失で、マスターはマスターたる資格を失いません。マスターがその権利を失うのは、『サーヴァントを失った時のみ』とします

⑤:<新宿>のNPCには、マスター・サーヴァントを含んだ作品のキャラクターがいるかもしれませんが、彼らは皆その世界で振るえた筈の力を封印されています。
またそう言ったネームドNPCだけでなく、所謂モブと言われるNPCであろうとも、殺生をし過ぎればルーラーによる討伐令或いは粛清を免れません。

⑥:契約者の鍵はその中の魔力を使用する事で『令呪としての機能の代用になる』だけでなく、『ルーラーからの伝達を受けとったり、
サーヴァントの情報を知る為のアイテム』です。但し令呪としての機能を扱えるのは、『当該契約者の鍵が最初に呼び寄せたサーヴァントだけ』であり、
その他のサーヴァントには転用不可です。なお、この令呪機能を用いた場合、当該参加者は『今後一切ルーラーからの伝達を受けとれません』。
また鍵を壊されれば伝達は受け取れなくなりますし、鍵を奪われれば相手にサーヴァントの真名のみならず、スキル構成や宝具すらも相手に知られてしまいます。


【此処からは本編に向けてのルール】

①:念話は原則『全ての主従が行える』物とします。但し、『主従共に魔術に疎い場合は、自分から10m程離れた範囲でしか念話は出来ません』。
主従のどちらかが魔術やそう言った知識に長けている、或いはこれらを補助するスキルを持っていた場合、念話範囲が上がります。
念話可能範囲を超えての念話は、ノイズや声の掠れが発生するものとします。

②:サーヴァントが自分以外のサーヴァントを知覚出来る範囲は、原作の設定から縮小させて、『自身を中心とした直径50mの円内』とさせていただきます。
但し、サーヴァントが知覚に関わるスキルや宝具を持っている、或いはそう言った魔術に長けている場合、知覚可能範囲は上がります。

③:本選の開始日時は、『7月15日金曜日深夜0:00』からスタートです。参加者はこの情報を、契約者の鍵が投影したホログラム経由で知る事が可能です。

④:通達はその日の深夜0:00に行う物とします。但し、ルーラー及びエリザベスに特殊な事情があった場合には、その時間以外に緊急通達があるかもしれません。

3 ◆zzpohGTsas:2016/09/20(火) 21:49:53 ID:DjcyjtZg0
【時刻の区分】

深夜(0〜5)
早朝(5〜8)
午前(8〜12)
午後(12〜17)
夕方(17〜19)
夜(19〜24)


【状態票のテンプレート】

【地区名/○日目 凡その時間帯】

例:【高田馬場・百人町方面(BIG BOX高田馬場内)/1日目 午前11時】
※地区名に於いて、現実の世界でも有名な建造物や施設の中であったり、現実の新宿区にはない、参加者と縁のある所にいる場合は、()内にその名前を入れて頂けると嬉しい限りです

【名前@出典】
[状態]
[令呪]残り◯画
[契約者の鍵]有か無と記入。破壊されたり喪失した場合は無を選び、奪った側は誰から奪ったのかを明記してください。
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:
1.
2.
[備考]


【予約期間】

1週間+延長3日間。最大で10日まで猶予があるものとします


【WIKI】

『ttp://www8.atwiki.jp/city_blues/』

4 ◆zzpohGTsas:2016/09/20(火) 21:50:27 ID:DjcyjtZg0
少々気が早いかも知れませんが、新スレを立てました。今後も当企画をよろしくお願いいたします

5名無しさん:2016/09/20(火) 22:05:07 ID:cRi4HSbk0
スレ立て乙

6名無しさん:2016/09/20(火) 22:20:15 ID:siMDtO1w0
スレ立て乙です。
それと非常に亀ながら前スレ投稿乙です。

「覚悟した者は幸福である」とは言ったもの。
屍山血河になりそうなライブも受け入れれる。

今回の序文は誰を指すのかはてさて。

7 ◆zzpohGTsas:2016/10/01(土) 22:44:45 ID:giNKql1g0
当初の予想以上にクッソ長くなることが早くも確定しましたので、下手したら400kbを5〜6分割位するかもしれません
流石にそんな塊を一気にアップする度胸はありませんので、分割して投下する体裁を取らざるを得なくなりました。お許しとご容赦の程をお願いします

投下します

8Cinderella Cemetery ◆zzpohGTsas:2016/10/01(土) 22:45:26 ID:giNKql1g0
 個室の中のあるもの電源をオフにさせながら、結城は、新国立競技場のVIP個室で一人煙草を吸っていた。
切っているものの電源は、個室の中のスピーカーのものだけである。言うまでもなくこの個室に備え付けられたスピーカーは、
この特等席からイベントを眺める者達の為に特別に拵えられたものであり、フィールドでの音声を確実に拾って来る優れたそれである。
此処から聞こえてくるアイドル達のキャピキャピした声が、聞くに堪えなかったので、結城は思わず消してしまった。
しかしそれでも、音は聞こえてくる。単純な話で、閉められた窓からでも伝わってくるのだ。アイドル達の熱唱と、それを応援するファンの声援が、だ。
これが結城には堪らなく不愉快でしょうがない。諸々の事情でこのVIP席は防音対策を意図的に行っていないらしく、窓から大歓声が伝わる伝わる。
良く目を凝らせば、窓ガラスがピリピリと小刻みに動いているのが解るのだ。美城としては、嬉しい程の隆盛ぶりであろう。

 元々、結城はうるさい所が好きではない。
自分を含めた全人類には死んで欲しいと心の底から願っている彼にとって、人の多い所など苦痛でしかない。本質的に、一人の方が好きなのである。
よって、人がこんなに多いイベントには出たくもない。だが、社会的な義理と付き合いと言うものがこれを許さなかった為に、嫌でも出席している状態だ。
唯一の救いは、完全個室のVIP席の為、タバコを吸っていようがスマートフォンを弄っていようが、御咎めがないと言う所だろう。これがなかったら本当に狂死していた所だ。

 ――……そう言えばフレデリカとか言う小娘は今回のイベントの主役格だったな――

 コンサート会場である新国立競技場に移動する前に、フレデリカと言う少女と結城は顔を合せ、軽い挨拶を行った。
綺麗な金髪が特徴的な、如何にもハーフ、と言う風な顔立ちの少女だったが、一言二言話すだけで、結構適当な性格をしているなと言う事が解った。
歳の割には落ち着きがないと言う評価を結城は下したが、これがいざ本番になると、同僚のアイドルは勿論の事、美城も認める程のパワーを発揮する、
と言うのだから世の中解らない。そしてその実力は、彼女の人気とも紐付けられているらしい。その証拠に、プログラムの掛かれた資料を見ると、
明らかに彼女の出番が多いのである。今回のライブの目玉ユニットの一つであるクローネにはフレデリカも名前を連ねている為、当然それに牽引して出番もある。
また346プロは、あるアイドルが、別メンバーで構成された別のユニットに名を連ねさせている、と言う形態が驚く程多く、フレデリカもその例に漏れない。
クローネを構成しているユニットは、美城曰くキャラクターとしての人気も高い為、ライブの時間全体を通じても出番が多いと言う。
事実、そのクローネと言うアイドルユニットのメンバーの名前は、プログラムにも良く見られる。成程確かに、彼女らも主役格の一人なのであろう。
それでも、フレデリカの出演数はクローネの他のメンバーに比べて出番が二つ程も多く、そもそも最後の大トリを飾るのは誰ならんフレデリカだ。
この事実からも、宮本フレデリカ、と言うアイドルは今回のコンサートに於いて、兎角346プロダクションから推されているアイドルである、と言う事が解るだろう。

 ――だが、結城の興味は、フレデリカのそんな人気にはない。
そう、結城と、彼の引き当てたキャスターである、ジェナ・エンジェルだけが知っている。
あのアイドルが、ジェナの手によって変性された強壮なチューナーである事を。その彼女の様子を見たいが為に、こうして彼は耐えているのだ。
とてもではないが、結城にはあの少女が恐ろしく強いチューナーであるとは信じられない。包帯を巻いた腕にアートマを隠している事は、ジェナから聞かされている為解る。
解っていてもなお、と言う奴だが、チューナーの変身前の見た目と変身する悪魔の関連性はゼロ、と言うのがジェナの持論である。そう言う事になるのだろう。

9Cinderella Cemetery ◆zzpohGTsas:2016/10/01(土) 22:45:40 ID:giNKql1g0
 チューナーは、ヒトゲノムを摂取し続けなければ、意識しても堪えられない程の飢餓を発症し、これを無視し続けた場合、本人の意思に関わらず、暴走。
最終的には、変身する悪魔の自我に精神が侵食されると言う。この絶対則はサーヴァントになっても変わらず、あのジェナですら、
魔力の他にこのヒトゲノムによる摂取を行わねばならない程である。ジェナは言う、宮本フレデリカと言う少女をチューナーにしたのは今から数えて四日前。
より言えば、結城があのキャスターを召喚してから一日後と言う計算になる。これがどう言う事か、と言うと、もしもこの四日間、
検体であるフレデリカが人の肉を摂取していなければ、確実に今日、早くても明日の深夜には暴走を発症させると言うのだ。
実際、一昨日の時点でも相当苦しい筈であろうし、昨日今日ともなれば、死を選んだ方がマシな程苦しい筈なのだと言う。とても、耐えられるレベルのものじゃない。

 ――……その割には、平気そうだったな――

 そう、結城がフレデリカの顔を見る頃には、飢餓に苛まれているようには全然見えなかった。
美城や、同じメンバーのクローネの面々を見ても、全く不自然な所は見られない。如何やらあのフレデリカが、自然体のようである。
結城はチューナーではない為、彼らの餓えと言うものがどれ程の物なのか、及びもつかない。
MWの発作に置き換えて考えてみる事にする結城。あれの苦痛も想像を絶する。眼球をスプーンで抉られるような、筋肉を蛆が食い破るような、あの苦痛。
結城ですら、次の発作に耐えられるか如何か、予測も出来ない。あれに平然とした状態を保ったまま、普段の生活を送るのは、如何な結城とて無理な話。
そんな程の苦痛を、フレデリカは耐えていると言うのであれば、成程。中々健気ではないか。だからこそ、見てみたい。彼女が暴走する様を、この特等席で。

「だから早く終わってくれないものかね」

 ウンザリした様な口ぶりでそう言ってから、結城は、ガラスの灰皿に紙タバコを一本、墓標のように突き立てた。
窓から競技場内の光景を眺めると、佐藤心と言う女性と、安部菜々と言う少女(大嘘)が、見事な歌唱力をダンスを披露していた。
「うわぁキッツいなぁアレ……」、と結城が呟いた。後四年ぐらいで『トウ』が立つんじゃないか、と、結城は推測していた。

 フレデリカの登場まで、後三曲

10Cinderella Cemetery ◆zzpohGTsas:2016/10/01(土) 22:46:06 ID:giNKql1g0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 この病院だけは、死んでも敵に回したくないな、と全ての事が終わって永琳は考えた。
謎の存在がメフィスト病院に襲撃を掛けてから、三十分が経過した。熱狂もまだ冷めやらぬ、本当に短い時間。
その短い時間の間に、メフィスト病院――いや、ドクター・メフィストは、諸々の問題に全て決着を着けてしまった。

 たった三十分で、謎の襲撃者、つまり、バーサーカーのサーヴァントであるジャバウォックによって破壊されたメフィスト病院ロビーが、元通りになった。
破壊された待合席や受付、壁に天井、照明類など、シャッターが上がった瞬間、初めて永琳らが踏み入れた時と全く変わらない状態にまで戻っていたのだ。
間違いさがしの要領で永琳らは、本気になって差異を探しては見たが、全くそれが見つからない程であった。

 たった三十分で、ジャバウォックが危害を加えた無関係のNPCを、全回復させてしまった。
曰く、臍の当たりから身体を横に真っ二つにされた老人や、下半身を挽肉より酷い状態にされた者がいたと言う。
何と、メフィスト病院は彼らを完全に回復させてしまったのである。前者の方は完全かつ完璧な手術で、後者の方はメフィスト病院が有する再生治療で。
二人は精々後一時間程度で退院が出来るだけでなく、退院後は慰謝料代わりの金一封が包まれる予定であると言うのだから、幸運なのか不幸なのか良く解らない。

 ――サーヴァントの襲撃、と言う未曽有の一大事件であったのに。
メフィストは、この大事件を『メフィスト病院の中で起った小規模なトラブル』として完結させてしまった。
あの白い魔人と、恐るべき鋼鉄の魔獣との戦いは、そのままであったら<新宿>所か、東京が滅んでおつりがくるレベルの烈しいものであったらしい。
それにもかかわらず、メフィスト病院の被害は軽微であった、いやそれどころか、その被害範囲は結局の所『メフィスト病院のロビーだけ』であったのだ。
これは単純に、メフィスト病院のテクノロジーが凄いと言う事をも意味するが、この病院の古参のスタッフ曰く、
『院長を態々引っ張りだせた上に、あの恐るべき院長から逃げ果せると言うだけで相手も凄い』、との事。此処から導き出される結論は一つだ。
それは、メフィスト病院を与る院長・メフィストは、戦闘能力と言う最も単純かつ明白に凄さが解るパラメーターの他に、問題の解決能力も恐ろしく高いと言う事である。

 嘘のような話であるが、パワードスーツを着込んだ病院のスタッフ達があれ程行き交いしていたと言うのに、メフィスト病院内に収容されている患者のほぼ全員が、
あの病院の中で何が起っていたのか、と言う事を理解していなかった。それと言うのも、あのけたたましい警報は病室の中で鳴り響いていなかったのである。
つまり、廊下の方は火事場の如き慌ただしさであったと言うのに、患者が収容されている個室では、いつも通りの日常が送られていたと言う事を意味する。
恐るべき情報遮断能力である。収容されていない、つまり見舞客達についても、メフィスト病院の各要所に展開されていた特殊な力場(フォース・フィールド)で、
事件が起こっていたロビーまで赴く事など出来なかった筈で、結局何が起っていたのかも理解していなかったに相違あるまい。
唯一事件を目の当たりにしていた者達と言えば、ジャバウォックが襲撃した際にロビーに待機していたNPC達だろうが、彼らにしたって、何が起こったのかも、
解っていないに相違あるまい。何れにしても、言える事は一つ。あの大事件をメフィストは、病院のロビーと言う極小規模な範囲で起った事件として解決させ、それ以外の場所にはジャバウォックを一歩も動かさなかった、と言う事である。

 事件が収束し、永琳が解った事は一つだ。
メフィストが厄介、と言う事は出会った当初から解っていた。今回の事件を通じて永琳が理解した所は、メフィストの主従には敵対する理由がないと言う事だ。
メフィスト病院内で出会った、あの謎のライダーが言っていた。メフィストは、敵対するより利用する方が都合が良い、と。
あの癪に障る女ライダーの言に同意するのは、永琳としても抵抗感があるのだが、それは真実に近い見解なのだろうと感じた。
戦闘能力と言う観点から見てもメフィストを相手に戦うのはしんどい事この上ない。あの魔人を本気で叩き潰したいと言うのなら、
少なくとも後二体程サーヴァントの手が必要だ。そして、これだけの用意をして、メフィストを滅ぼすメリットが永琳には現状存在しない。これが全てだった。

11Cinderella Cemetery ◆zzpohGTsas:2016/10/01(土) 22:46:29 ID:giNKql1g0
 永琳は三騎士であるアーチャーであるにも拘らず、下手なキャスターを凌ぐ道具作成スキルと、キャスター以上の魔術スキルを有する、
聖杯戦争のサーヴァントシステムに一石を投じる所か、鉄球を全力で投げつけて挑発するレベルのサーヴァントである。つまりは、小回りが凄く利くのだ。
だが上手く出来たもので、一之瀬志希と言うマスターの社会的な立ち位置から、永琳は、己の神髄であるその製薬技術を発揮出来る所は、酷く限定されていた。
しかし、ここでメフィストの傘下に入ると言う事で事態が一転する。このキャスターは、霊薬を作る為の材料を当たり前のように所持し、事と次第によっては、
それを相手に与えるのも吝かじゃないと言うスタンスなのだ。これを、魔力量・戦闘力共に不安なマスターを抱える永琳が飛びつかぬ筈がない。
そして、これだけ都合の良い存在と、敵対すると言う愚を選ぶ筈がない。とどのつまり、ライダーのサーヴァント、『姫』が言った事と同じである。メフィストは、敵対するよりも利用する道を選んだ方が、ずっと賢いのである。

 永琳と志希達は、メフィスト病院の外で行っていた治療、その為に必要な器具の片付けを、他のスタッフと一緒に行っていた。
その後片付けを終え、現在は労をねぎらうと言う意味で、メフィストから軽い休憩を言い渡されていた。
休憩から即、メフィストの下へ赴き交渉を行っても良かったのだが、休憩もなしのノンストップでは、流石の志希も疲れるだろうと思い、素直に身体を休めていた。

 志希と一緒に、テレビを眺めながら、永琳はこれからの事について考えていた。メフィストとの交渉材料は、ゼロではない。
向こうが自分に対して、それなりの敵対心を抱いている事は永琳も良く解っている。霊薬の材料を工面して欲しいと言って、素直に渡す男でもあるまい。
だが、あの男には理責めが通用する。工面するに足る十分な理由があれば、メフィストは、例え自分にでも材料を与えるだろうと永琳は踏んでいた。
その交渉材料は他ならぬ、これまで多くの患者を救い、そしてジャバウォックの襲撃に際して多くの命を救ったと言う客観的事実である。
要するに、職務の遂行力だ。永琳の見立てでは、先ず霊薬の材料は確保出来ると踏んでいる。問題はその先、メフィストとジャバウォックの戦闘の模様。
つまりは、メフィストと言う男がどう言った戦い方を見せるか如何か。これれを、他ならぬメフィストの口からどう引き出させるかだ。これは、難事になるであろう。
何せ、敵に手札の内を見せろと言っているに等しいのだから。これについても、永琳にはアテがある。あるが、成功する可能性は低いと踏んでいる。
しかし、収穫は常に大きく貪欲に行きたいもの。永琳は何時だって、及第点以上の結果を求める女なのだった。

【マスター】

【うん?】

【何時頃院長の所に同行してくれるのかしら?】

 と永琳は、薬科のスタッフ達の休憩室で、同じく休憩を取る一之瀬志希に対してそう念話を投げ掛けた。
彼女は、壁掛式の100インチのテレビスクリーンに映されている映像を、じっくり眺めていた。これもまた、メフィスト病院の科学技術で作られた代物である。
毛穴どころか化粧の『ノリ』具合すらも具に見れる程滑らかな解像度だが、同僚のスタッフに曰く、専用のモードに切り替えれば霊体すら視認出来るようになると言う。物騒な品だとしか言いようがない。

【フレちゃんの最初の出番まで見たら、で良いかな〜?】

 と、志希が返事をする。彼女の言うフレちゃん……つまりは、宮本フレデリカと言う名前のアイドルだが、曰く、その少女は、
今回のイベントの事実上の主役とも言うべき人物であるらしく、そんな人物と志希は、元の世界でも、そして此処<新宿>においても、昵懇の間柄であると言う。
実は志希はフレデリカや346プロの仲間から、今回霞ヶ丘町の新国立競技場でやっているライブコンサートに誘われている。
この世界でも志希は、有力株のアイドルであるのだから、誘われるのは当然だ。当初は志希も行こうとは思ったが、メフィスト病院での事件で、それ所ではなくなった。
よって、誘ってくれた皆には悪いとは思ったが、コンサートに足を運ぶのは、見送る事にした。その代わりと言っては何だが、TV中継を通じて、彼らの姿を見る事で間を取る事にしたと言う訳だ。

【まぁ、友人のお披露目ぐらいまでなら良いわよ】

12Cinderella Cemetery ◆zzpohGTsas:2016/10/01(土) 22:46:39 ID:giNKql1g0

 そして、永琳もそれを認めた。元より自由の少ない聖杯戦争、その最中に於いて志希に認められている裁量など下から数えた方が速いレベルだ。
ならば、それ位の自由程度は認めてやろうと思ったのである。激化する一方の、<新宿>の聖杯戦争。
永琳の考えでは、<新宿>が平和なのは今日までで、より言えば、数万人規模であるこのコンサートが、<新宿>最後の活気になるのではと考えていた。
言ってしまえば、このコンサートがある種の区切り、ピリオドとなる。最後の平和の情景を、見届けさせてやるのも、従者の星に生まれた自分の仕事だと永琳は思っていた。

【それで、今出ているのは誰かしら?】

【李衣菜ちゃんとみくちゃんって子で結成されてる、アスタリスクって言うユニットだね。今回みたいな大舞台は、これが初めてじゃないかな。選抜されて良かったと、私は思うな】

 そう口にする志希の言葉には、見下しと言った感情はなく、純粋に、液晶の先で踊っている二人のアイドルに対する称賛の気持ちでいっぱいだった。
湯呑に注がれた玉露を呑みながら、永琳は余り興味がなさそうに映像を眺めている。まだ自分は勝てるな、と彼女は思った。何に、とは言わない。

 フレデリカの登場まで、後二曲。

13Cinderella Cemetery ◆zzpohGTsas:2016/10/01(土) 22:46:55 ID:giNKql1g0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ムスカもまた、結城同様個室から、アイドル達のステージを眺めていた。
プロデューサーの面々からは、最前列の特等席を用意したと言ったが、彼はやんわりと、紳士的に断った。
アイドルの歌唱力に興味がなくなった、と言う訳じゃない。純粋に、危険があまりにも大きすぎるが故だった。

 今回のライブイベントにおいて、襲撃の要となるのは、黒贄礼太郎に扮したタイタス10世である。
偉大なる始祖の系譜に連なる10世は、アルケアの歴史について記された歴史書及び、後代の如何なる歴史家が、帝国を分裂させた暗君或いは狂王として評価している。
と言うより、暗君とか狂王以前の問題として、この皇帝は玉座に座るべき人物ではなかった事が、初めから解り切っていた。
姉妹の近親相姦からくる、脳の障害。そして、長年の幽閉による精神異常。これら二つを同時に患った人物に、王位を継がせると言う事が、
そもそもをしてあってはならない事だったのだ。それ程までに、アルケア帝国の王位継承問題は、当時逼迫していたと言う事を意味する。

 この逸話から見ても解る通り、タイタス10世は、狂化の適性を持つ……いや、バーサーカーとしてしか呼ばれぬ宿命を持つ。
始祖帝の支配下に組み込まれてすら、10世の精神性は健在。同じく乱心を起こしている2世同様、この双王は1世の支配を完全に振り切れており、通常は御す事は出来ない。
だからこそ、ムスカは令呪を使って10世を、何とか制御出来る程度にまでは落ち着かせる事が出来たが、それでも元々がそんな存在。
何時、そのメーターが振り切れるか解らない。そんな存在に、メインステージを襲わせるのだ。アイドルは間違いなく死ぬとして、ムスカとて累が及びかねない。
だからこそ、距離を取った。つまりムスカは、安全圏からこれから起こるだろう惨事を眺めようとしているのである。

 そしてその最高のショーの幕が、間もなく切って落とされる。この時に、人々の想念が光となり、レンズとなり、渺茫たる空にアーガデウムの実像を結ぶのだ。
天空の大帝国――ラピュタ――が、<新宿>の地と人を睥睨し、其処に、始祖帝と己が君臨し、聖杯を獲得するのである。

「間もなく、か」

 この曲が終われば、フレデリカの登場だった。同時に――古の都が、夢から現(うつつ)に変わる、大いなる一歩となる瞬間であった。
口の端を、ムスカは吊り上げた。犬歯を覗かせるその笑みは、酷く邪悪で、紳士の名残など欠片も存在していないのだった。

14Cinderella Cemetery ◆zzpohGTsas:2016/10/01(土) 22:47:09 ID:giNKql1g0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 そして、今回のライブイベントの主役グループである、プロジェクトクローネが登場した。
個々の人気も高いアイドルで構成されているだけでなく、346プロダクション、そしてアイドル部門の事実上のトップである美城常務の肝入りのグループである。
この、鳴り物入りで登場したグループは決して、ゴリ押しだけで得た人気が全ての張りぼて、と言う訳ではない。実際に、<新宿>での聖杯戦争が始まる前から、
様々な実績を積んできたのである。それは、グループ全体で積んだ実績でもあれば、その個々人のメンバーが積んで来た実績でもある。
それが確かな物だからこそ、プロダクションも、346の同じアイドル仲間も、何よりファンも、今回のイベントの主役はクローネだと認めているのである。

 故にこそ、クローネを構成するメンバー十人がステージに姿を現した時、競技場の中が、沸いた。この活況、この歓声。
クローネの人気が本物である事の、何よりの証であった。観客の応援をよく聞いてみると、それぞれに、推しているメンバーがいる事が解る。
あらゆる方向から、クローネのメンバーの名前を呼ぶ声が聞こえて来るし、良く目を凝らすと、アリーナ・スタンド席の双方に、
ここぞとばかりにクローネのメンバーの名前の書かれた幕を用意している観客がいる事が解る。無論そう言った待遇は、一番人気のフレデリカだけではない。
各メンバー全員に見られる配慮だ。このメンバーに関しては、観客も一際強い注目をしていると言う事実を如実に表していた。

「みんな、ライブに来てくれてありがとう!! クローネ――白光の降り注ぐステージに推参したわ!!」

 イベントの大きさと、そもそもどう言う趣旨で行われているイベントなのかよく理解しているのだろう。
位置の都合上、センターを飾る事になっている速水奏が、常よりワンオクターブ高い声で、観客にそう訴えかけた。
声に呼応し、地鳴りの如き大歓声が競技場の中に響き渡る。それを聞いて、クローネの面々の顔に、笑みが花咲いた。
その笑みの裏で蠢動しているのは、緊張か。はたまた、もう後には引けないと言う思いから、既に緊張の全てを置き去りにし、最高の演技をする以外は何も考えていない状態か。

「ふふっ、良いわ。実に良い。全員の心の天秤を、私達に傾けるには絶好の刻ね!!」

 その台詞を契機に、会場中に設置されたスピーカーから、BGMが流れ始めた。会場の活況が、より一層強まったのを、クローネの面々は肌で感じた。

「貴方達の目線も、心も、私達が全員奪ってあげる!!」

 そう叫び終えた瞬間、スピーカーから流れる音楽が一段階大きくなり、それに比例して観客のボルテージも、青天井のように上がって行く。
今まさに歌が始まり、ボルテージが最高潮に達した、その瞬間であった。アリーナ席の最前列と言う、ファンにとっては最高の席。
その一m先の、メインステージとアリーナ最前列席の間に設けられた『あそび』の空間に、数十mも頭上の競技場の屋根部分から舞い降りたものがいた。
その姿に、メインステージの上に立つクローネの面々と、アリーナの最前列近くの観客、そして、運よくその舞い降りた人物の姿が確認出来る位置にいる者達が、固まった。歌う筈だった曲のBGMと、未だ事態に気付けていないが故に観客が上げ続ける歓声が、場違いのように場内を揺るがしていた。

 舞い降りた者は、人間だった。性別は男。そして、その人物の姿を、彼女達は知っていた。
知らぬ筈がなかった。何せこの人物こそは連日、テレビのニュースでその姿を一般市民に映し出されていた、凶悪な殺人犯であるのだから。
自分切ったのだろう、左右がややアンバランスな黒い髪。よれよれの黒い礼服。蝋人形のように白い皮膚だが、屈強その物な骨太でガッシリとした身体。
そして――限りない憎悪と殺意を宿したその黒い瞳。彼の姿は、間違いない。遠坂凛と共に、世界全土で指名手配されている殺人鬼――黒贄礼太郎のそれであった。

15Cinderella Cemetery ◆zzpohGTsas:2016/10/01(土) 22:47:36 ID:giNKql1g0
「コワレロ……クダケロ……ゼンブ、ゼンブ……!!」

 低い男の声で、たどたどしく黒贄がそう言った。目の前の人物達を、殺さずにはいられない、と言う感情がこれでもかと声から溢れていた。
黒贄の両腕に、紫色の稲妻めいた物が蛇のように絡まり合い始める。二重らせん構造を描くDNAの様に、それは似ていた。
その状態で腕を左右に広げたのを見て、クローネのまとめ役である奏が、驚きと絶望の表情を浮かべた。「逃げっ――」、マイクが、彼女の声を拾った。
メンバーの一人である、チームのムードの貢献に寄与している、ムードメーカーの塩見周子が、直近にいた橘ありすを突き飛ばした。

 ――その瞬間、アイドル達がそれまで歌っていたメインステージと、黒贄の背後のアリーナ席の一部に紫の雷が落ち始めた。
稲妻は頑丈なメインステージを叩き割り、範囲内にいた速水奏を筆頭としたアイドルを、一瞬で、抵抗すら許さず焼死させた。
そして、背後のアリーナ席の方などもっと酷かった。なまじ人が密集していた為に、稲妻に直撃した人間の数がステージにいたアイドルよりも多くなってしまった。
優に、二百人超。今の稲妻の直撃で、即死してしまった事であろう。その出来事は、周子が突き飛ばしたありすに、鷺沢文香が激突し、文香がよろけて倒れ込み、二人のアイドルの小さい悲鳴が会場に響いた瞬間の事だった。

「え……しゅ、周子……さん?」

 ライブの物とは違う、完全に、普段の素の声で、ありすが呆然と呟いた。
白煙が、ステージの一部で上がっていた。ステージに設置されたスモークマシンから噴き上がる、演出用の煙ではない。
その煙は、人の形をした、黒く焦げた物体から放出されており、それを認識した瞬間、焼き過ぎた肉の様な臭いが鼻腔をくすぐった。
この瞬間、ありす達は理解した。破壊され、露出した舞台の基礎骨組みに転がる、三つの黒焦げた人形は、一緒に苦楽を共にした、クローネの仲間であると。速水奏、塩見周子、大槻唯の死体であると。

「ひっ、やっ……いやあああぁあぁああぁぁぁぁあぁッ!!」

 ステージの上のアイドルである、と言う事すら忘れて、ありすが叫んだ。
事此処に至って漸く事態を呑み込み始めた観客と、位置の都合上ステージ付近で何が起っているのか理解していない観客が混ざり合い、忽ち競技場内はパニックに陥った。
惨状を目の当たりに出来る席にいた者達は、我先にとその場から逃走を始め、事態が呑み込めぬ席にいる者は、何をしてよいのか解らず立ち往生。
映画の中でしか見られぬような、民衆のパニックが、国立競技場と言うハコの中で、縮図となって繰り広げられていた。

「此処から逃げろ!!」

 と、ステージの近くで待機していた、恐らくはこのイベントの、そしてクローネのプロデューサー格と思しき男が、叫びながらステージの方に走って来る。

「奈緒、奈緒!!」

 泣き叫びながら、メンバーの一人の身を案じているのは、北条加蓮と言う名前をした少女だった。彼女と一緒に、渋谷凛も、奈緒の名前を呼んでいる。
名前を呼ばれた神谷奈緒、と言う少女は、今も生きている事自体が不思議な状態だった。臍より下が、先程の落雷の影響で完全に炭化していたからだ。直撃こそ受けはしなかったが、代わりにその余波を受けてしまった。死んだ周子が突き飛ばして居なければ、ありすもこうなっていた。

「ふた、りとも……ダメ、逃げ……」

 何かを口にするたびに、奈緒は口元まで血をせり上がらせ、そして吐き出してしまう。誰がどう見ても、奈緒は手遅れだった。

「馬鹿っ!! 置いてける訳ないでしょ!!」

 そう、そんな事出来る筈がない。プロジェクトクローネの仲間も大事だが、この三人はトライアドプリムスのメンバーとして、クローネ外でも多くの仕事をこなし、
同じ成功を喜び合い、同じ失敗を悔しがった仲間であり、プライベートの時間を共に楽しみ合った友人なのだ。そんな少女を、命に関わる危機に巻き込まれる、と言う理由で見捨てたくなどなかった。こんな、漫画の中でしかあり得ないような、冗談みたいなシチュエーションで大事な友達を失うなど、堪えられなかった。

「――そうだよ、凛!! メフィスト病院だったよね!! どんな病気でも治して見せちゃう病院って!! 其処に連れてこう!!」

「うん!! ……奈緒、大丈夫。私達は絶対に見捨てないから――」

 遠くで、「お前ら逃げろ!! 頼むから!!」、と悲痛な叫び声を上げる男の声に、彼女らは気付けたろうか。
阿鼻叫喚の叫び声が、あらゆる観客席から聞こえてくる、この競技場の中で。聞こえる筈がなかった。だからこそ、気付けなかった。黒贄礼太郎が、ステージを睨みつけていたのを。

16Cinderella Cemetery ◆zzpohGTsas:2016/10/01(土) 22:48:04 ID:giNKql1g0

「シネ、キエロ……、ホロベ!!」

 と、掠れ気味の声で黒贄がそう告げた瞬間、彼の周りの空間が歪み、其処から、何かが高速で、奈緒達の下へと飛来して行く。
その何かが、無事の状態だった奈緒の胴体と首に突き刺さる。カフッ、と言う乾いた空気を吐き出し、そのまま奈緒は事切れた。刺さったものは、それ自体か薄く光る、先端の尖った矢の様なものだった。

「なっ、ぎ、ああああぁああぁぁぁぁあぁ……!!」

 奈緒の身体に突き刺さる矢に驚いたのも、束の間。彼女の傍に寄り添っていた加蓮の右脇腹にも、それは突き刺さっていた。
黒を基調としたアイドル衣装が鮮やかな血に濡れているのが遠目でも解る。痛みの方は、推し量る事すら出来ぬ程だろう。自分の身の回りで起っている惨状を見る凛の瞳には、絶望と言う感情が何よりも先立っていた。

「この、離れろ!! 殺人鬼!!」

 先程まで叫んでいたプロデューサーが、舞台の袖に隠していた、警備員が振う為の警杖を持ち、殺人鬼の方に突進して行く。
それを今まさに振り下ろそうと言う時に、プロデューサーの男の身体が、如何なる力を受けてか、爆散した。
原形もとどめぬ程粉々になり、赤、ピンク、赤茶色の肉の破片や、白い骨片が舞い飛んだ。プロデューサーの名を、涙声で叫ぶ声が聞こえて来た。アナスタシアの物であった。

「っ、皆さん、此処は早く逃げましょう!!」

 と、アナスタシアが叫ぶ。もうこうなっては仕方がないと、凛は、脇腹を負傷してしまった加蓮の肩を抱えながら、その場から逃走しようとする。
その状態の彼女に、アナスタシアとフレデリカが加担、急いでメインステージから逃走する。「ありすちゃん、此処から逃げよう」と、泣きじゃくるありすを諭し、無理やりに彼女を引っ張って文香がメインステージから降り、逃げ出し行く。

 アイドル達に追撃を仕掛ける事も、今の黒贄――否、黒贄に扮したタイタス10世には、出来た事であろう。
彼は敢えて、それをしなかった。彼の目的はあくまでも、このコンサートで大いに暴れる事であり、アイドルの殲滅ではないからだ。
そして、10世はまだまだ暴れ足りないと見える。その凶悪な暴力の矛先を、ステージから観客の方に向けた。

 腕を振い、目に見えぬ何らかの衝撃エネルギーを、観客席とアリーナ席の双方に振り撒く。
放たれたエネルギーは、競技場の地面に浅いすり鉢状のクレーターを刻み、観客席に用意された多くの座席を吹っ飛ばす。
その箇所に人間がいれば、最早説明するべくもない。首や手足が、泥を捏ねて作った人形のように千切れ飛び、当たり所が悪ければ内臓や骨を散らせて即死する。
千人にも届こうかと言う程の数の人間が、この十世の振り撒く力によって、死出の道を歩まされ、重軽を問わぬ様々な傷を負わされている状態だ。
この世の全てを憎み、恨んでいるような呪詛の言葉を吐き続けながら、十世は呪力を魔術に変えて放ち続ける。

 ――その十世が、突如として何かの煽りを受け、彼が破壊したメインステージ方向に吹っ飛ばされる。
奇跡的に原形を保ったままのバックモニターに彼は衝突。アイドルの踊りや歌に合わせて煌びやかで華やかな映像を、まだ虚しく流し続けていたモニターの液晶は破壊された。そしてそのまま、十世が衝突した所から真っ二つに破断した。

「ギ、ィ……!?」

 黒贄の姿を模した十世が苦鳴を上げ、吹っ飛ばされた方向に鋭い目線を送る。
その方向には、誰もいない。逃げ惑う観客だけ――違う。始祖帝すらも目を瞠る程の天性の魔力の持ち主である10世、黒贄の姿に無理やり姿を変えさせられても、
豊富な魔力が消える訳ではない。10世は空間に対しての違和感を敏感に捉えた。視線の先の空間が、人の形をした陽炎めいて揺らめいているのを、彼は見逃さないのだった。

17Cinderella Cemetery ◆zzpohGTsas:2016/10/01(土) 22:48:22 ID:giNKql1g0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「んだよ、これ……」

 呆然、と言う言葉がこれ以上となく相応しい程の状態で、伊織順平は、繰り広げられている惨状を見つめていた。
友近から貰ったチケットが、対して上等ではない席。即ち、アリーナ席ではない観客席、しかもメインステージから遠い所にある、と言う点が幸いしていた。
つまり、それだけあの黒贄礼太郎から距離が遠く、あの男の狂行が及ばない事を意味するからである。
国立競技場内から逃げようと思えば、速やかに逃げられる場所だ。実際順平の座っていたエリアの席の殆どの観客は、この場から逃げ出そうと、
我先に行動を起こしている状態であった。――そんな中で、この順平と、彼のサーヴァントである実体化した大杉栄光だけが、逃げ出さず、視線の先で起っている恐るべき事態を見つめていた。

「何が……何が起ってんだよッ!!」

「俺が知るかよ!!」

 混乱と焦燥、そして繰り広げられる悲惨かつ無惨な光景を見た事による怒り。この三つが乗せられた順平の言葉に対して、栄光が荒げた声でそう返した。
彼らしくない反応だったらしい。順平は一瞬ハッとした表情を浮かべ、直に栄光も、らしくない態度だと考え直したか。顔を勢いよく左右に振るい、一つ息を吐く。

「俺は頭が悪い。だから正直言って、あそこで繰り広げられてる光景見て混乱してるし、何であのバーサーカーがあんな事してるのか俺にだって良く解らねぇ!!」

 「だがな」

「一つだけ言える事がある。この大人数がいる中で、本当に虐殺を行う馬鹿がいたって事だ……!!」

 栄光の言う通りだ。今の二人には、判断材料がなさ過ぎる。
何故、聖杯戦争においてルーラー達から指名手配されている、遠坂凛の従えるバーサーカー・黒贄礼太郎が此処にいて、そして無意味な虐殺を繰り広げているのか。
単なる愉悦の為にやっているのかも知れないが、その意図が欠片も理解も出来ない。しかし、確かな事は、栄光の言った通りの事。
それは、ありはしない、起きはしないと思っていた、ライブコンサートでの波乱が本当に、しかも最悪の形で起こってしまったと言う事だ。
こんな所で、サーヴァントが暴れればどうなるか、さして頭の良くない順平や栄光ですら、どうなるかは簡単に予測出来ていた。
しかし、実際に事が起ると、それは予想を超えて凄惨な物であると、改めて二人は思い知らされた。
競技場には既に、黒贄が暴れた事によって大量の死体が転がっており、しかもその殆どが原形を留めていない程バラバラ、酷い物となると粉々だ。
死体が転がっているのは、アリーナ席の方だけではない。スタンド、つまり観客席もまた、黒贄の暴威が届くのであれば問答無用でそれが襲い掛かる。
現に、幾つものスタンドには死体が転がっており、地獄めいた様相を示していた。席に座ったような姿勢で死んでいる者、階段に倒れるような姿勢で死んでいる者など、その死に様は枚挙にいとまがない。

 更に性質の悪いのは、NPCを殺すのはサーヴァントだけではないと言う事だ。
NPC達は今、パニックの状態にある。皆が皆、我先にとこの場から逃げ出そうと必死である。自分の命が助かれば良い、と言う生命における最も基本的な本能の一つ。
それが、この建物の中で繰り広げられている。NPCが転ぶ、その転んだNPCを踏みつけて多くのNPCがその場から距離を取るが、転んだNPCは勢いよく、
大勢の人間に頭などの急所を踏みつけられる為に、そのまま死に至る。また、一時に多くの人間が、ビールの泡の如くに溢れかえって移動する為に、高階席からそのままフィールドに転げ落ち、打ち所を悪くして死んでしまう、など。この建物の中では、集団心理の負の側面――群衆のパニックと言う現象が、終わる事無く繰り広げられていた。此処はまさに、この世の地獄そのものだった。

「――マスター」

 初めて聞く声だと、順平は思った。栄光の声音が、順平の聞いた事のないそれに変わっていた。
声自体が、別人のそれに変わった訳じゃない。語調が、変わったのである。それまでの栄光の声音は、順平と同年代の、何処にでもいる普通の青年のそれ。
何の特徴もない、十代後半の若造のものであった。だが今は違う。声自体は何時も聞いていた大杉栄光のそれであるのに、内包されている感情は、順平ですら驚く程真率で、厳粛なそれであったからだ。これが本当に、普段軽口を叩きあい、一緒にゲームをしあい、同じ番組を見て笑っていたパートナーが出す声なのかと、本気で順平は思っていた。

18Cinderella Cemetery ◆zzpohGTsas:2016/10/01(土) 22:48:35 ID:giNKql1g0
「お前は、如何したいんだ?」

「如何、って……」

「言っちゃ何だが、お前の引き当てたサーヴァントは、逃げ足だけには自信があってね。お前一人を抱えて、此処から逃げ出す何て、お茶の子さいさいな訳だ」

「……OK。言いたい事は解った。――ライダー」

 緩そうな顔から、引き締まった男の顔で、順平は言葉を紡いだ。

「あのバーサーカーをぶっ倒せ」

「……お前はそれで良いのか? マスター」

「本当を言うとさ、俺も解らない。此処から急いで逃げるべきなのは解ってる、そして此処にいるNPCを全員無傷で逃げ出させるのが、どれだけ良い事なのかも解ってるんだ」

 「――だけどよ」

「現実問題として、俺とお前の力じゃ、此処にいる数万人のNPCを逃げださせる力なんてないし、傷付いて死んだNPCを元に戻す何て事も、出来やしないんだ」

 卑屈な意見、と言う訳ではなかった。実際、順平の口にしている事は何処までも正しく、そして彼の突いている所は、栄光にとっては虫歯のように痛い所であった。
栄光の能力は、他者を救える癒しの力がある訳でもない、他人の勇気を奮い立たせる共感能力もなく、見る者に希望を与える雄々しい姿を演出する派手な物でもない。
ただ、能力やもの・こと・人を解析する事に長け、相手からの攻撃を自分だけがすり抜けられる、と言う地味で、手前勝手な能力だ。
切り札である、破段・急段にしても、これは同じ。栄光は、戦闘に際する個人プレーと言う観点から見れば、上等とも言うべき実力を持つ戦士だ。
だが、それが補助や、傷付いた仲間のアシストとなると、話は変わる。それは、嘗ての仲間である晶の仕事。つまりこの場に於いて栄光は、多くのNPCの命を救うには、何処までも適していない男だった。

「だけど、何でだろうな……。逃げるべきだって頭じゃ理解してるのに、俺……とってもこれに、従いたくねぇんだ」

「……」

「お互いどうしようもない馬鹿だけどよ、俺もお前も、こう思ってるに違いねぇんだ。俺達に事態を良くする力はねぇ、だけど、事態を食い止める力は、ある。……あのイカレ野郎を倒せば、これ以上事態は悪くならねぇ!!」

「お前の意思か、順平?」

「前さ、お前に話しただろ。世界を救う為に、自分で勝手に遠い所に行っちまった、友達の事。そいつの事よ、俺、今でも尊敬してるよ。アイツは、絶対に出来ないって思われてた事を、奇跡を起こして成し遂げちまった」

 息を吸い、言葉を選ぶ事もせず、ただ、栄光は、己の中の思いを吐き出した。

「アイツがやった事は、絶対に出来ない事を成し遂げたっていうすげぇ事で、今俺の前に用意された試練は、頑張れば出来る事だしそれを何時でも実行に移せる事だ。こんな事もしないで逃げ出す何て、アイツに顔向け出来ねぇよ……!! ライダー、アイツを倒してくれ!!」

「……了解、解った」

 其処で栄光は、自分の後ろにあった座席の上に土足で立ち、其処で己の足元に、宝具・風火輪を展開。
そして、解放の力を用い、己に透明化の処理を行わせる。これで余人は、栄光の姿を見る事は出来ない。NPCは視認など出来ないし、サーヴァントでも見るのは難しいだろう。
こう言う処理を施したのは、単純明快。己の両足に展開させた、勾玉をローラー代わりにしたローラースケート、それによって起こる現象を認識させなくする為だ。

「聖杯戦争を生き残るって意味じゃ、俺達のやる事は間違いなんだと思う。だけど俺は、お前がそう決断を下してくれて、内心とても嬉しいよ」

 席の上で屈伸しながら、栄光が口にする。

「如何してだ?」

「奴を倒せ、って言ったな?」

「ああ」

「その言葉を、聞きたかった」

 グッと、膝を屈ませた後で、栄光はこう言葉を続けた。

「俺も、アレをぶっ倒したかったんだ」

 その瞬間、栄光は席を蹴った。プラスチック製のスタンド席は一瞬で粉々に破壊され、それだけの力を生み出す脚力と風火輪の推進力は、
大杉栄光に時速六百キロと言う殺人的な加速を与え、彼を黒贄礼太郎の下まで一っ飛びさせた。

19Cinderella Cemetery ◆zzpohGTsas:2016/10/01(土) 22:48:52 ID:giNKql1g0
 順平の言った通り、栄光の能力は、人を救うには適した能力ではない。どちらかと言えば、戦闘に向いた力である。
だが、戦闘に向いた力を有していると言う事は、その力で恐るべき敵を打ち倒せる、と言う事を意味する。
今、その力を振わねば、自分の存在は嘘だと思った。戦真館の特科生としてではなく、人間・大杉栄光として。
この場から逃げ出さず、あの凶漢、黒贄礼太郎を倒してやりたかったのだ。サーヴァントの暴威を、無辜のNPCを甚振る為に振うと言う事に対する義憤を、奴にぶつけたかったのだ。大杉栄光と言う青年が、雑魚で、臆病だが、卑怯者ではないと言う事を、証明する為に。

 ――向イテナイカラ止メロ――

 黒贄の下へと向かう最中、ボロ布を纏い、能面を被った怪物との逢瀬の映像が栄光の脳裏を過った。燃え盛る、戦真館の学園の教室の中での出来事だった。
これも、覚えのない記憶だった。これも、メフィストの治療によって捏造された記憶だとでも言うのか。やかましい、と一喝し、そのイメージ映像を振り払う。
俺は、自分だけが助かれば良いと思う様な、肝っ玉もケツの穴も小さい男じゃないんだ、と心中で叫んだ。

 迫りくる栄光に気付かず、暴威を振い続ける黒贄。そんな彼目掛けて栄光は、時速六百㎞の加速を乗せた右足による前蹴りを、
空を滑るように移動しながら彼の背中に見舞った。一切の抵抗すら許させず、黒贄は、蹴り足の伸びた方向に吹っ飛ばされ、アイドルの踊っていたメインステージに備えられた巨大なバックモニターに激突した。

 ――なんだ、コイツ!?――

 蹴りを見舞った瞬間、栄光は己の解法を以って、真っ先に目の前の黒贄礼太郎を解析した。
そして解った事が一つある。『この黒贄礼太郎は、黒贄礼太郎ではない』と言う事だ。おかしな事を言っている訳ではない。事実だ。
目の前にいる黒贄礼太郎は、その見た目を本物の黒贄礼太郎に魔術的な手法で近付けさせた傀儡だと、栄光は一瞬で見抜いた。
恐ろしく高度な術法で、その在り方が改竄されている。令呪の補助も借りたのだろうか。それを抜きにしてもこの見事な手腕は、キャスターでもなければありえない。

「ギ、ギ、……」

 破断されたモニターの中で悶絶している黒贄礼太郎――もとい、タイタス10世は、明らかに此方の方に目線を向けている。
如何やら、解法で透明化処理と認識誤認処理を施した栄光に気付いていると見える。今の栄光の気配に気づくとは、向こうは魔術的な技術の芸達者なのかも知れない。
栄光は解放の力を使い、無理やりに10世に施された処理を引っぺがした。他者の力の『解』体は、解放の十八番である。
解法の力に直撃し、黒贄礼太郎のものである顔つきが変化して行く。ゴキゴキと、偽黒贄の全身の骨格が嫌な音を立てて変形して行く。
皮膚や筋肉が波を打ち、粘土を捏ねるようにして身体つきも顔付きも変わりだす。二秒後、そうして露になった黒贄――10世の姿は、大層醜い異形であった。
鋭い刃で端を斬ってみせたように口は大きく裂け、瞳は既に見えていないのか黒めの部分がない完全な白目。髪の毛の一本一本は針金の如く太く、それが方々に伸びている。
とても、神楽坂で大量殺人をして見せた黒贄とは似ても似つかぬ姿。成程、魔術の力を用いて無理やり姿を変えさせる必要があった訳である。

「ガァッ!!」

 10世は叫び、栄光の方に雷光――所謂天雷陣の呪文を成立させ、それを落として見せるが、解法の達者である栄光に、魔術で攻撃するのは愚の骨頂。
稲妻が轟いた瞬間、それは、栄光の脳天を穿つよりも前に砂糖菓子めいて砕け散り、そのまま虚空へと無害な魔力になって溶けて行く。解法による魔術の解体である。
一瞬驚いた様に目を丸くする10世だったが、直に第二陣である、念動力を用いた不可視のエネルギーを栄光目掛けて放射する。
が、栄光はこれを勢いよく右脚による回し蹴りで粉砕した後、地を蹴って10世の下へと移動。時速数百㎞の加速を乗せたドロップキックは、10世の胴体に直撃。
両足の衝突部分から十世の身体は千切れ飛び、分離した上体が宙を舞った。いきなり勝手に、十世の身体が千切れ飛んだとしか常人には見えないだろう。透明化処理を施している為、栄光の姿は余人には見えないのだから。

「ガ……ア……タイタス……シソ……シネ……ェ!!」

 今わの際、10世は、恨みを込めた声でそう言葉を絞り出し、そのまま、上半身と下半身が蒼白く炎上、灰も残らず其処から消え失せた。
偽黒贄と認識している10世、最後に口にした言葉の意味を、栄光は理解していない。始祖とは? タイタスとは? 
解らないが、そのサーヴァントが、事件を引き起こした他ならぬ張本人なのだろう。

20Cinderella Cemetery ◆zzpohGTsas:2016/10/01(土) 22:49:05 ID:giNKql1g0
 仮に、そのタイタスが事の主犯だとして、何故黒贄の姿を真似た尖兵を、此処に派遣する必要があったのか。
決まっている、本物の黒贄をスケープゴートにする為だ。黒贄は聖杯戦争の参加者であるなら全員、NPCの間でもその姿は有名になっている程の殺人鬼。
それの姿を真似させた存在が、此処に来て大量殺戮を起こせばどうなるか? 決まっている、誰の目から見ても、黒贄が犯行を引き起こしたとしか思えないだろう。
勘の良いサーヴァントならば異常に気付くであろうが、TV越しで映像をみたり、ラジオ経由で情報を見聞した程度では、間違いなく今の黒贄が偽物である等、
解る筈がない。栄光は解法と言う解析技術の達人である為、今の10世のカラクリは全て見抜けた。だが、自分とそのマスターがタネに気付けた程度で、趨勢は変わらない。
多くのNPC及び聖杯戦争の参加者は、今の犯行を黒贄の物と誤認するであろう。これは最早避けられない事柄だ。否応なく今後の事態は、犯人=黒贄と言う方程式で進んで行く事になるだろう。

 黒贄を外見に模倣させた尖兵を送る事で、その送った存在は、自らの正体を隠匿させると同時に、自分の行った行為の罪を全て黒贄に擦り付ける事が出来るだろう。
だが此処で一つ、極めて大きく、そして当然の疑問が浮かび上がる。――そもそも、その黒幕は『何の為に偽黒贄を此処に派遣したのか』?
如何に黒贄に濡れ衣をおっ被せるとは言っても、これだけの大事件と大虐殺、起こす意味がなさ過ぎる。リスクが大きいからだ。
しくじれば良くて指名手配、最悪はルーラーからの粛清も考えられるかも知れない上に、見た所魂喰いを行っていると言う訳ですらない。
完全に、ただ虐殺を行っただけ。本当に、そんな事があるのか? ただ面白おかしいと言う理由だけで、此処まで人の命を無碍にさせられるものなのか?

 ――いや、出来るだろうと栄光は直に考え直した。
人の命何て知った事ではない、手前の阿呆で馬鹿な理屈の為に多くの命を危険に晒した、馬鹿と言う言葉を使う事すら馬鹿に対する冒涜となる男を、栄光は知っている。
その男は人類に対する限りない『愛』を行動原理にしていた、理解も出来ない愚か者であった。そんな男が、世の中にはいるのだ。
利得を度外視して虐殺を行う存在も、いないとは言えない。そんな愚物……盧生・甘粕正彦の事を考えて、先程順平と念話していた内容を、栄光は電撃が閃いた様に思い出した。

 そう――『人の想念を一挙に集めてパワーアップを図る存在の事』を。

「まさか、マジでいるのか……!?」

 無論、順平に偉そうに説教した手前、予測していなかった訳がない。そう言った存在はマークしていた。だが、実際本当にいるとなると、驚きを禁じ得ない。
栄光の知る『盧生』の特性にドンピシャ当て嵌まる存在と言う訳ではないだろうが、盧生に類似した能力と言う点で既に厄介である。
況して、このようななりふり構わぬ大虐殺を行う程のサーヴァントだ。最早話し合いなど通じる訳がないし、栄光としては、話したくもないし寧ろ叩き潰したい程だ。
そしてもしも、栄光の予想した通りの存在ではなかったとしても、だ。黒贄礼太郎を模した今の尖兵を制御している存在が、この競技場内の何処かにいる筈である。
見た所あの偽黒贄は、正気を保てているような存在ではなく、常時狂気に囚われている者であったし、誰かの付き添いがなければ到底この競技場まで誘導出来なかった筈。
つまり――アレを倒したからと言って、まだ事件は終わっていない、と言う事を意味する。そして、栄光のこの勘は、何処までも正しかった。

 また真新しい悲鳴が、遥か前方で蟠っていた人ごみから上がった。
既に、天然芝を植え込んでいるインフィールド内のアリーナ席には人が殆どいない状態で、あるのは死体と、
運よく生き残れてはいるがじきに死ぬであろうと言う重体のNPCばかり。多くのNPCは、アリーナ席へと向かう為に解放された通用口の方に、雲霞の如くに集まっていた。

 ――その人海が、真っ二つに割れた。
栄光は、良く目を凝らす。競技場のインフィールドを隔てた、百m近く距離を離した向こう側。
其処に、二振りの大剣を両手に持つ、黒灰色のローブを纏う偉丈夫が佇んでいた。
男の持つ、栄光の身長程もあろうかと言う巨大な大剣の腹は、真っ赤な血で濡れているのであった……。

21Cinderella Cemetery ◆zzpohGTsas:2016/10/01(土) 22:49:29 ID:giNKql1g0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 始祖帝・タイタスが、配下の魔将ク・ルームに命じた内容は、大きく分けて三つである。
一つ、自身の最大の目的を成就させる為の第一歩となる計画、これに必要な最大のピースである、黒贄礼太郎を模したタイタス10世を安全に目的地に運ぶ事。
二つ、タイタスの現状のマスターであるムスカの護衛。狂気に囚われた10世から保護する事と、他サーヴァントからの思わぬ危難からムスカを遠ざける事も仕事だった。
三つ、襲撃計画の推移が芳しくない時のフォローである。戦略・軍略についても目覚ましい才能を持つタイタスは、この計画が絶対に完遂出来る、
とは思ってはいなかった。大なり小なりの妨害行動にあい、及第点の結果を残せない可能性も、彼は読んでいた。
そうなった際のフォローを、始祖帝は、配下にして最大の友である、討竜の勇者である魔将ク・ルームに命じていた。これは魔将の中で最強の実力を誇り、かつタイタスが全幅の信頼を寄せるク・ルームにしか出来ぬ事柄だった。

 そして、今がまさに、そのフォローを入れる時だろうとク・ルームは踏んでいた。彼、そして始祖帝の思う以上に、計画の進行具合が芳しくなさ過ぎる。
本当を言えば、10世にはもっと暴れ回って貰う予定であった。仮にサーヴァントとの交戦になっても、数分は持ち堪えてくれるだろうと思っていた。
余りにも、10世の退場する時間が早過ぎた。十分。そう、十分持ち堪えてくれれば言う事がないと思っていたが、その半分の五分しか十世は持たなかった。
それ程までに、10世を退場させたライダー・大杉栄光が厄介な事の証左であった。10世が消えたのなら、計画は失敗か? 違う。
とどのつまり、この襲撃計画の要旨は何なのか。それは、黒贄礼太郎に扮したタイタス10世をその場で、或いはメディアを通じて目にする事で、
アルケアの印象を強めさせ、アーガデウムの顕現を早めさせる事であった。極端な話だが、つまり、この計画による襲撃の実行犯は10世でなくとも良かったのだ。

 ――ク・ルームは、新国立競技場の襲撃、そして其処で行われた虐殺の首謀にして実行犯の汚名を、敢えて被る事にした。
襲撃の実行犯は、帝国の流れを色濃く組む人物ならば、誰でも良い。つまり、始祖帝の無二の友人にして、始祖帝が最初に魔将にした人物である、ク・ルームなら。
今回の襲撃のフォロー役――二の矢――に、相応しい人物であるのだった。

 新国立競技場の開閉式屋根の上から、ク・ルームは飛び降りた。
優に五十mは超えているであろう高さから迷いもなく飛び降りたこの勇士は、着地予定点に密集している人間の頭の上に着地する。
当然彼のグラディエーターサンダルに踏みつけられた人間は無事では済まない。
飛び降りた高さによる位置エネルギーと落下の勢いをもろに受けたその不幸な二名は、頭蓋骨を破壊され、首はあり得ない方向に捻じ曲げられ、
顔中の穴から血を噴いて即死した。ク・ルームの足場となった二名はもんどりうって倒れだす。そして、突如として二名を殺して現れた謎の男に、一同は困惑する。
ク・ルームは競技場から逃げ出そうとするNPCに取り囲まれるような形になっているが、その事について全く臆した様子も見せない。
逆に彼を取り囲むNPCの方が、彼の放つ恐るべき鬼風に当てられ、怯んでいる程であった。

 飛び降りている最中に取り出した、刃渡り一五〇cmを優に超す二振りの大剣を無造作に横に振るい、一瞬の内に十人以上の人間をク・ルームは斬殺する。
忽ち、悲鳴が立ち昇った。恐怖は印象を艶やかに人間の脳に刻み込む。NPCの多寡が重要となるタイタスの宝具に於いて、NPCを無暗に殺す事は愚の骨頂だが、
敢えて殺す事で印象を強めさせる事は、寧ろ『アリ』なのである。突如現れた謎の男の行動にNPCは恐慌状態に陥り、彼から距離を取る。
その様子はまるで、数千年前紅海と言う海を渡る際にその海を割って迫りくるエジプト軍から逃げて見せたモーセ宛らだった。

22Cinderella Cemetery ◆zzpohGTsas:2016/10/01(土) 22:49:40 ID:giNKql1g0
 ク・ルームは握っている二振りの大剣が雄弁に物語っている通り、剣術に於いては天稟とも言える才能を示す。
尾の一振りは大地を叩き割り、咆哮は雲を吹き飛ばさせ、溶岩流にも例えられる程の焔を吐く竜種の王を相手に、何日も持ち堪えたと言う逸話からもそれは窺えよう。
そしてク・ルームは優れた剣士であると同時に、魔術王タイタスから直々に魔術の手解きを受けた人物である為、魔導の才覚にも優れている。
その才能を以ってク・ルームは、目線の先百余m程先に、優れた隠形を行っている勇士がいる事を認識した。
ク・ルームにすら完全に姿を視認させられないとは、恐るべき手練だ。相手は、此方を誘っている。
恐らくは彼の周りに、大量のNPCがいる為、迂闊に攻撃を仕掛けられないのだろう。目で見えぬその相手は、勇者の心を持つらしいとク・ルームは悟った。
卑怯と罵られようが、相手がそう言った良心の持ち主ならば、今NPCが周りに多くいると言う状況を利用し、事を有利に運ぶのが兵法と言う物だろう。
この魔将もそれは理解している。だが、ク・ルームは相手の誘いに乗った。状況は此方の方が有利なのに、その有利を敢えて捨てる道を選んだ。
音を立てずに彼は、蟠っていたNPC全員よりも前に出た。まだ、相手――大杉栄光は動かない。

 其処から更に一歩、歩を進める。栄光はやはり微動だにしない。

 更に一歩。まだ動かない。

 また一歩。栄光は石像のように動く気配を見せない。

 一歩。空の天気でも眺めて呆けているのかと思わずにはいられない。やはり栄光は動かない。

 この地点で、ク・ルームは歩を止めた。
その場で立ち止まり、逆に、ク・ルームの方が微動だにしなくなったのである。彼は、栄光のいるであろう地点を、目深に被ったフードの奥で光る、
鷹の目の如き鋭い目つきで睨んでいた。栄光は唸った。魔将の睨む地点に栄光がいるからではない、自分が戦わねばならぬ魔将の武練の冴えに、だ。
栄光はあと一歩、ク・ルームが近づけば、亜音速で接近、蹴りを見舞う筈だった。それを見抜かれてしまったのだ。

 ――野郎……――

 其処で、十秒程の睨み合いが続いた。
たった、十秒。煙草に火を付け、紫煙を吐き出す時間と殆ど同じ。そのたった十秒で、栄光は、相手の技量を悟った。解法を使って調べるまでもない、恐るべき男。
サーヴァントではない。これも、解法で得た情報だ。サーヴァントではないのに、強い。
栄光がどう動くかを読み、自分の攻めを見立て、更にこちらが如何反撃するかを見越している。
栄光がそうであるように、ク・ルームも、先の先の先を読む手合いの猛者だった。いや、こと武術の冴えと言う点では、ク・ルームの方が一枚上手か。
夢を操る戦士・栄光は、邯鄲の夢と言う技術と、サーヴァントならではの宝具がある分、有利に立てているに過ぎなかった。
水を打ったような静かさだ、五分前まで此処が、アイドル達が煌びやかに歌い、踊っていた場所と説明されて、誰が信じようか。

 ――その、静かすぎて鼓膜が破れそうな程の静寂の中で、ク・ルームが左足を上げたのを、栄光は見逃さなかった。
それを見た瞬間、反射的に栄光は地を蹴り、時速一一七八キロで魔将の下へとカッ飛んでいた。だが、それがすぐにミステイクだと、移動しながら栄光は気付く。
ク・ルームはただ、左足を上げただけ、移動する気など初めからなかったのである。栄光は、完全にフェイントに引っかかる形になってしまった。

 栄光が滑り出したと殆ど同時に、小枝を振う様な容易さでク・ルームは左手の大剣を勢いよく薙ぎ払った。
栄光の身長程もある大きさの大剣を、竹刀でも振うような感覚で、この魔将は振う事が出来るのだ。何と恐るべき膂力よ。
このまま推移すれば、栄光の胴体は大剣の腹で真横から真っ二つにされる、それを防ぐ為に、風火輪を展開させた右足で大剣を蹴り抜き、迎撃を行う。
凄まじい音響が響いたと同時に、ク・ルームの身体は仰け反り、空中を浮遊しながら移動していた栄光は、斜め上へと吹っ飛ばされた。
亜音速の勢いを乗せた蹴りに対して、体勢を崩しもしないク・ルームの恐るべき体捌き。次の行動に移れる体勢に、彼の方が早く転じられたのは当然の理屈だった。
地を蹴ってク・ルームは、解法により一種のステルス迷彩を自身に施した栄光の下へと、正確に跳躍。そしてその位置は、ビンゴ、であった。
漸く体勢を整え終えた、と言う栄光に対し、ク・ルームは大剣を勢いよく振り下ろす。避けられない、栄光はそう思ったし、ク・ルームも仕留めたと思った。

23Cinderella Cemetery ◆zzpohGTsas:2016/10/01(土) 22:49:59 ID:giNKql1g0
 ――ク・ルームの顔が驚き彩られる。肉を斬り、骨を断つ感触も伝わらない。血の一滴も空中にたばしらない。
素振りでもした様に、なにも存在しない空間をただ切り裂いた感触だけが、この魔将の太い腕に伝わるだけであった。
解法には物・事の構成要素を解体して攻撃を行う『崩』と、逆に己自身を解体する『透』と言うものがある。
栄光はその、解法の透を用いた。己自身の身体を解体する、と言うと物騒だが、噛み砕いて言えば己の身体に迫る物理的・魔術的アプローチを素通りさせるのと同じ。
つまりは、干渉を幽霊のようにすり抜けさせる、と言った方が解りやすい。栄光はこれを使って、ク・ルームの、鉄すら両断する程の一撃を回避したのだ。
内心ひやひやしていた栄光、透は失敗すれば大惨事に繋がる高度かつ危険の多い技術、ク・ルーム程の男の一撃を透で防ぐのをしくじれば、即栄光は戦闘不能だ。成功して良かったと、彼は思った。

 ク・ルームの一撃が空ぶったのと同時に、栄光はいつでも攻撃に移れる体勢に整え終えていた。
無論、攻撃を直に行った。フードに覆われた魔将の顔面に、栄光は勢いよく風火輪を装備した左足による前蹴りを放つ。
しかし相手も凄い、攻撃に使っていなかった左の大剣の腹で、栄光の一撃を防御。だが、不安定な姿勢に空中での防御だった為か。
蹴り足の伸びた方向にク・ルームは吹っ飛ばされる。それを栄光が追う。重力と慣性を解法で制御、尋常の物理法則下では有りえない程の初速で、彼はク・ルームに追い縋った。

 インフィールドの天然芝の上に、ク・ルームが着地する。それと同時に栄光が、魔将の顔面に膝蹴りを叩き込もうとするが、彼はそれを芝の上を横転する事で躱す。
蹴りが回避されたと栄光が思うと同時に、彼は直角に折れ曲がるような軌道を描いて移動すると言う、慣性の法則を馬鹿にしているような変態的軌道修正を行った。
修正先は当然、ク・ルームの方である。剣による迎撃が間に合わないと悟った、この恐るべき魔将は、タイタスより学んだ魔術の奥義を一瞬で発動させる。
ク・ルームの到達まで後十m程、と言う所で、突如として空間に迸り始める黄金色の超高圧の放電現象が迸る。
蜘蛛の巣の如く張り巡らされた、稲妻の巣を、栄光は解法の『崩』と言う技術を用い、解体。ク・ルームの放った雷の魔術は、千々に砕け散り無害化された。
これで仕留められるとは、ク・ルームも思っていない。崩で魔術を解体する際、栄光は一瞬ではあるが移動速度を落とし、その際にこの魔将は一呼吸つく事が出来た。
その、一呼吸吐くと言う動作が重要なのだ。武人にとって、一回呼吸を入れられるだけの時間は、己の身体のリズムを整える為に必要な最小単位。
ク・ルーム程の勇士が行う一呼吸の間は、彼を防勢から攻勢の姿勢に変じさせるには、十分過ぎる程のものがあった。

 迫る栄光にク・ルームが大剣を振う。右だ。右の大剣を、垂直に一閃させた。
栄光は慣性を制御し、物理法則を無視した急ブレーキをかけ、大剣の範囲外で急停止。ク・ルームが大剣を振り終えた、その隙を狙い、再び栄光は彼の下へと突進する。
そして、蹴りの間合いに入った栄光が、その胴体に右足による蹴りを行い、それが――クリーンヒットした。

「ごぉ……ッ!?」

 距離を思いの外とる事が出来なかった為に、突進の際の速度は時速二百キロ程と、風火輪の最高速の十分の一を遥かに下回る勢いしか出せなかった。
勢いが出せなかった代わりにしかし、栄光はその一撃に解法の崩を纏わせていた。物質や事象を解体――崩壊――させる一撃を、生きた人間に放てばどうなるか? 
当然、生きたまま身体を解体される為大ダメージ、或いは致命傷を負わせる事が出来る。屈強な肉体を持っているとか、物質的に頑丈な程度では、解法は防げない。
ク・ルームとてそれは同じ。栄光の解法の事を知らない彼は、余りにも不自然な程の大ダメージに目を見開き、その口腔から大量の血を吐き出していた。

24Cinderella Cemetery ◆zzpohGTsas:2016/10/01(土) 22:50:10 ID:giNKql1g0
 ――こいつ、嘘だろ!!――

 解法により、ク・ルームがサーヴァントでない事は解っていた。
そして今初めて生身に触れた事で、この男が一種のアンデッド、より言えば幽鬼に近い存在だと言う事も知った。
だが、本当の驚きは、そんな事じゃない。この男――解法の崩を、これ以上となく完璧に打ち込んだのにまだ――――

 首根っこを何かに掴まれる感触。栄光の首は、大蛇の身体で締め付けられているかの様な、信じられない力で抑えられた。
ク・ルームだった。地下水が湧き出るように、口から大量の血を流しているこの魔将が、大剣を持っていない左の手で栄光の首を抑えているのだ。
気付いた時にはもう遅い。ク・ルームは、わざと栄光の攻撃を受けてから、カウンターの要領で彼を迎え撃つつもりだったのだ。
唯一にして最大の誤算は、この青年の勇者が纏わせていた解法の崩が、ク・ルームの予想を超えて凄絶な威力を誇っていた、と言う事だが。

 ク・ルームの握力は凄まじいものだった。気道が完全に塞がれる形となる栄光。呼吸が出来なくなって解法による迷彩の安定が難しいのか、その姿を露にさせてしまう。
想像以上に幼いではないか、とク・ルームは評する。理想の成就に燃えていた時の、神の子の如く聡明で、そして若かりし時代のタイタスをク・ルームは思った。
本気で握れば、この青年の勇者の喉を抉り取る事が可能であろう。そして実際、ク・ルームはそれを行うつもりでいた。
栄光の行った解法が効いている。恐らく後十秒程で、自分の命が一つ尽きると彼は考えていた。しかし、ただでは命を一つ失わない。このまま栄光を殺し、道連れにする心算なのだった。

 いざ、と左腕に力を込めようとするが、左腕に力が入らない。
代わりに、どさっ、と言う、天然芝に栄光の転がる音が聞こえて来た。彼の喉元には、ク・ルームの左手が掴まれたままであった。
そして、ク・ルームの左腕の、肘から先が存在しない。何と、見事な切り口だと、ク・ルームは内心で唸りを上げた。
痛みと流血すらも遅れさせる程の、恐るべき剣捌き。そう思った瞬間には、ク・ルームの身体は、数百のパーツに斬り崩されていた。
右手に持っていた大剣をもお構いなしに、豆腐の如く切断するその剣技。痛みを感じる間もなく、こうして魔将の一人は第一の命を終えた。
斬り崩されたク・ルームの身体。彼の身体から流れていた血液は、彼の命が潰えたと理解した瞬間、液体から灰になり、彼の身体もまた、骸を晒す事を由としなかったか。うず高い灰の堆積となり、風もないのに何処かへと舞い散って行った。

 漸く塞がれていた気道が確保され、呼吸が漸く可能となる栄光。
しかし、安心など出来る筈がなかった。解法を用いて実力を解析するまでもない程の圧倒的な脅威が、目の前に佇んでいるからだ。
栄光の目の前には、気障そのものとしか言いようのない蒼コートを己の身体の一部の如くに着こなす、銀髪の美男子が、鞘に刀を優雅に納刀していた。
槍の穂先よりも遥かに鋭いその目線で睨みつけられれば、狂犬ですらが己の腹を見せる服従のポーズを辞さないだろう。それを栄光に向けているのであるから、堪らない。少年漫画のインフレみてーだ、と、頭の何処かで栄光が思った。目の前に佇む、蒼コートのアーチャー――バージルは、あのク・ルームを超える程の武錬の持ち主であるからだった。こんな奴らが当たり前のように招かれる聖杯戦争に、己が召喚された事実を栄光は心の底から呪うのであった。

25Cinderella Cemetery ◆zzpohGTsas:2016/10/01(土) 22:50:23 ID:giNKql1g0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 率直に言うと、あかりやバージルですら、今競技場内で起っている事態については予測出来なかった。
聖杯戦争の関係者同士の接触は、予測はしていた。だが、リスクを考えれば、戦闘になど絶対に発展し得ない。それが、二人の見解だった。
当たり前だ。こんな所でサーヴァント同士がぶつかればその余波だけで、討伐令が下る程の数の死者がすぐに出てしまう事は、想像に難くないのだから。

 そのあり得ない事態が、現実に起こっている。
突如として現れた黒贄礼太郎――を模した偽物の何かとはまだ気付いていない――は、千人にも届こうかと言う程のNPCを、十分足らずで殺害して見せた。
アイドル達の姿が良く見えるボックス席、それもメインステージに近い側の席に案内されていたあかり達は、その時の惨劇を余す事無く目撃出来た。
心底、胸糞の悪くなる光景だった。聖杯を狙う以上、あかりもバージルも、人を殺す事に何の躊躇いもない。だが、無差別の殺人となると、眉を顰める。
道理を無視した、無軌道な殺人に対しては、二人は良いイメージを抱かない。遠坂凛やセリュー・ユビキタスの時だってそうだった。
要するに、現状に於いて黒贄礼太郎とそのマスター遠坂凛は、あかり達にとっては殺しておきたい敵なのだ。令呪が手に入るのだから猶更だ。

 では、今すぐ襲いに掛かるか、と言われれば、それは愚かしい選択だと言わざるを得ない。
そもそも此処はつい数分まで、アイドルのライブコンサートを実況生中継していた会場である。つまり、テレビやネット配信がリアルタイムで行われている状況だ。
恐らくだが、カメラは今も回り、各種メディア媒体に、黒贄の暴れ回る姿が放映されているに相違ない。そして黒贄も、その姿を見られる事を目的としている。
何故、見られる事を目的としているのか? あかり達の今いる場所、即ち、他の観客席より高い場所に位置するボックス席から見れば一目瞭然。
あの黒贄は、明らかに『カメラマンに対する攻撃を避けている』。意識して自分の行動を衆目に晒しているのはこの点から見ても明白だ。
このように、カメラが回っている現状でバージルが出向き、大立ち回りをすると言う事は、己の戦いぶりの一部を全国に晒すに等しい。これは避けたかった。
そのカメラを破壊してから戦うと言う選択肢もあるが、それを行う必要性もないし、今黒贄と事を争う必要性も、あるかどうかと言えば、是が非でもと言う程ではない。

 つまりあかり達は、NPC達を見捨て、此処から退散するするつもりなのだ。
NPC達は、突如として大震災や台風などと言った、自然災害に見舞われたと思ってこの状況を諦めて欲しいと、あかりは思った。
今から入口に戻っても、大量のNPCでごった返してる最中だ。自分の周りにいたNPC達は既に元来た場所へと逃げ出している。あかりだけがボックス席に残っていた。
バージルの力を使えば無理やり脱出出来なくもないが、それだと目立つ。数分程経過してから、遅れた体を装って脱出しよう。そう考えていた。

【随分余裕な態度だな】

【アーチャーがいるんだったら、そりゃ強気の態度にもなるわよ。いなかったら遁走するけど】

 サーヴァント、それも誰の目から見ても強い事は明らかな、バージルを従えているのである。
彼が語ったような、余裕にも程がある脱出作戦を実行に移すのも、当然の事と言えよう。
後どれ程で、NPCの混雑が減るであろうか。そんな事を考えながら、競技場内での光景を見て、あかりは目を見開いた。バージルも、同じようなリアクションだったに相違ない。

 黒贄礼太郎が、目に見えぬ何かに吹っ飛ばされ、その後、何か抵抗をしていたらしいが、抵抗も虚しくそのまま消滅した。
あかりの目には、そう見えた。客観的にはそう見えるだろうが、明らかにおかしい点があり過ぎる。そもそも何故あの黒贄は、何も無い空間に対して暴れ出したのだろうか?

【何も無いと言うのは違う。あの黒礼服のバーサーカーは、明らかに何者かの手によって処理された】

 念話で、バージルが捕捉を入れる。やはり、サーヴァントの目からは、今の光景の異常さが明白であるらしい。

【今の一件で解った事だが、今のバーサーカー、討伐令の対象であるあのバーサーカーではないらしい】

【? どう言う意味?】

【遠くから見ただけで確証はないが、討伐令のバーサーカーを何らかの手段で模倣した怪物、と言う言い方が正確か。俺にはそう言う印象を受けた】

26Cinderella Cemetery ◆zzpohGTsas:2016/10/01(土) 22:50:55 ID:giNKql1g0
 模倣した怪物、と言う言葉に引っ掛かり、あかりは先程の光景を思い出してみる。確かに、バージルの念話内容と合致する点があった。
一瞬だけ、黒贄礼太郎としての顔が崩れ、醜い顔面を晒していた時間が、あの時存在した。あれが本来の姿で、黒贄としての姿は、一種の上っ面。
テクスチャの様なものであったと言うのか。だが此処で問題となるのは、如何して黒贄の姿を真似る必要があったのか? そして、今回の事態を引き起こした主犯格は?
この二つだ。前者の方は容易に理由が推察出来る。黒贄は聖杯戦争の参加者どころか、NPCにも名と顔が売れている凶悪殺人鬼だ。
ならば、あの殺人鬼が今回の事態を引き起こしても何らの異常性もないし、寧ろ皆やりかねないと思うであろう。つまりは、濡れ衣を着せる事が出来るのだ。
黒贄と言うサーヴァントを隠れ蓑に、本来意図していた事柄を達成させる腹づもり、此処まではあかりも理解出来たし、それを説明してもバージルは異論を挟まなかった。

 だが最大の問題は、誰がどんな目的で、今回の事件を引き起こしたのか?
悦楽目的で終らせるのならば話は簡単だ。だが、そうではないだろう。討伐令を発布されると言う事は、もう同盟と言う有効的手段が使えないのと同義。
リスクが高すぎる。そのリスクを何の考えなしに犯すと言う事が考えられない。つまりは、何かしらの目的がある筈なのだが、それが理解出来ない。

 ――そんな事を考えていると、またしても、予期せぬ展開が続いた。
新国立競技場の、観客席部分を覆う屋根、その上から黒灰色のローブを纏った、蛮族風の出で立ちと背格好の大男が飛び降り、NPCの上に着地。
その後、手に持っていた大剣を振ってNPCを何人か斬殺した後、黒贄礼太郎――に扮したタイタス10世を消滅させた、サーヴァントと思しき存在と、男が激突。
触手細胞を埋め込まれた事と、エンドのE組での訓練によって、常人を遥かに上回る身体能力を得た筈のあかりでも、目で追うのがやっとと言うレベルの戦闘が始まった。
目で追うのがやっとと言うが、実際には何が起っているのかてんで理解出来ない。何せ、黒灰色のローブの男、ク・ルームの相手。
即ち大杉栄光は、魔術の適性のない人物から見たら透明な状態であるのだ。傍目から見れば、ク・ルームが一人で凄まじい演武を行っているようにしか見えないのである。

【見える? アーチャー】

【余程の手練だな、直感的に位置を割り出せはするが、姿がまるで見えん】

 アーチャーですらこれなのだ、如何なる技術を用いていると言うのだ、相手のサーヴァントは。

【どちらにしても、言える事は一つだ。今あの男と戦っているサーヴァントは、競技場での殺戮に義憤を抱き、こうして戦っている可能性が高いと言う事】

【つまり?】

【……『正義感』がある、と言う事だ】

【――あ、同盟が組めるって事?】

【そうだ】

 考えてみれば、誰でも連想出来る。
ドライな性格の持ち主であれば、例えこの場でNPCの殺戮が起ろうとも、知らぬ存ぜぬ風を装って、何とか此処から脱出するのが当たり前だ。
何せ、衆目の前で戦うと言うのは、先に述べた通りリスクの方が大きいからだ。それを承知で戦うと言う事はつまり、正義感に溢れる者か、或いは、馬鹿か。
どちらでも良い。そう言う存在ならば、同盟を組む相手としてはうってつけと言う事を意味する。
あかりとバージルの主従の言う同盟とは、文字通りの意味ではない。自分達が聖杯を手にする間までの露払い、用が終わればお役御免の盾に過ぎない。
正義感の強い者ならば、あかりの演技で相手の望む風に振る舞って操れるだろうし、馬鹿でも結果は同じ。同盟と言う名の盾役としては、うってつけなのだった。

【このまま、あの男と戦っているであろうサーヴァントに恩を売る事が同盟への近道だろう。だが、それだと俺が衆目に姿を晒すと言うリスクを負う。いざとなればそれも已む無いだろう。後は……お前の返事だ。どうする】

 あかりは考える。
自分の引き当てたアーチャー・バージルを、彼女はかなり信頼している。油断出来ないサーヴァントであるし、今でもこの男の真意は量りかねる所がある。
だが、強い。そして今のように、自分の意見もそれなりに聞いてくれるし、尊重もする。無論、あかりと言う人間が彼のマスターだからと言うのも大きいだろう。
その程度でも良い。一応は、自分の事をマスターだと認めてくれている事の証なのだから。バージルは間違いなく、優秀なサーヴァントだった。

27Cinderella Cemetery ◆zzpohGTsas:2016/10/01(土) 22:51:20 ID:giNKql1g0
 そんなサーヴァントが、苦戦する程強い存在が、此処<新宿>の聖杯戦争には何体も招かれている事をあかりは知っている。
バージル曰く、強壮な悪魔が人間に化けていると言うランサーと、先程新しく討伐令を公布された、バーサーカー、クリストファー・ヴァルゼライド。
彼らは強い。バージルは口でこそ彼らの強さを認めてはいないが、内心では唸る程の強敵だと認識している事が、あかりにも伝わってくるのだ。
この聖杯戦争、ただ己の力を誇示するだけでは間違いなく詰む。ある程度の搦め手を行う必要があると、あかりは踏んでいたし、バージルもその必要性を認めていた。ならば――

【アーチャー。貴方に任せるわ】

【ALL right。危機に陥ったら、俺を呼ぶか、安全な所まで非難しろ】

 其処でバージルは、一瞬で実体化した後、ボックス席から跳躍。
フィールドまで高さ何十mもあろうかと言う所から、何の迷いもなく空中に身を投げ、それと同時に、己の周りに浅葱色の魔力剣、即ち幻影剣を展開させる。
それをバージルは、殺戮が起っているにも拘らず、逃げ出さずに豪胆過ぎるTV局の関係者が回している放送カメラ目掛けて射出。
速度を抑えに抑えて、時速三百キロ。幻影剣が、この場の全ての放送用カメラに突き刺さる。「うわっ!?」と言う声が聞こえてくる。慌ててカメラを落とす音も。
これで、此方の姿が放送される心配はなくなった。無論、スマートフォン等のカメラ機能などで撮影される可能性もあるが、それが問題にならない程激しく、素早く戦えば良いだけの話だ。

 高度三十m程の所から、バージルが落下運動を始め出した時には、ク・ルームは大杉栄光の喉をその手で掴んでいる最中だった。
ク・ルームが、わざと力を加減して嬲り殺しをするような、意地の悪い性格をした男だとはバージルは思っていない。だからこそ急いだ。
瞬間移動を繰り返し行い、一瞬でク・ルームの背後に回ったバージルは、閻魔刀による神速の居合を何度も彼の身体に走らせ、彼を握っていた大剣ごと割断、百数十以上の肉片に変えて即死させる。閻魔刀が魔力を喰らい、己の魔力が満ちて行くのを感じる。あかりがバージルを動かすのに、多少の足しにはなるだろう。

 チンッ、と、閻魔刀の刀身を鞘に納刀する、小気味の良い音が響き渡る。
バージルがカメラを破壊してから、ク・ルームを斬り殺すまでの時間は、ゼロカンマ三秒掛かったか否かと言う程の、恐るべき短さであった。

「……アンタ、何者だ?」

 せき込む事も忘れて、栄光が口にする。距離の問題か、掠れた念話がバージルの脳内に木霊する。クラスは、ライダー。

「物の道理が解りそうなサーヴァントだったのでな、助け船を出したまでだ」

 その事については嘘はない。道理が解らないサーヴァントであれば、閻魔刀の錆にし、サーヴァントの身体を構成する魔力を喰らい尽くしていた。

「っ、イヤそれより気を付けろアンタ!! アイツはまだ死んでない!!」

 何、と怪訝そうな顔を浮かべるバージル。だがすぐに、栄光の口にした事が事実だと理解したらしい。鞘に納刀していた閻魔刀の柄に、手を掛ける。
栄光はク・ルームを解析する際に、彼の正体の他にもう一つ、彼が有している不思議な代物の正体も解析していた。
それは、宝具ではないのに、下手な宝具よりも遥かに強いと言う理不尽が形を成したような代物である。それは即ち、ク・ルームの纏う外衣。
彼らは知らないが、始祖帝・タイタスが口にする所の、魔将の外衣である。ク・ルームの持つそれの効果は――『死んでも蘇る』、と言うもの。

 風を孕んで、バージルが切り刻んだ魔将の外衣が空中に散っていた。炭になった葉が、風に煽られ散っているように見える。
だがある瞬間、散っていた魔将の外衣の布きれが一点に集中して行き、それが元の外衣の形状に完全に戻ってしまう。縫い目などと言う不細工な物は、当然見られない。
そして、外衣の内側に再生されて行く。内臓、骨格、中枢・末梢神経、血管、リンパ管、筋繊維、皮膚。順繰りに超高速で再生して行く。
一秒かからずに、元のク・ルームが、十全の状態で復活していた。バージルが破壊した、両の大剣も、健在であった。

28Cinderella Cemetery ◆zzpohGTsas:2016/10/01(土) 22:51:31 ID:giNKql1g0
 両手に大剣を握った魔将ク・ルームが、四m程の高さから芝生の上に着地する。バージル達との距離は、六m程の所。
バージルが黒灰色の戦士の姿を一瞥した、刹那。ク・ルームが勢いよく左方向にステップを刻み、今いる所から更に七m、距離を取った。
彼らしくない焦燥の色がその動作には見えた――と見るや、先程までこの魔将がいた空間に、青色に光る空間の断裂があらゆる方向に走り始めたのだ。
スパーダが遺した三振りの魔剣の一つ、閻魔刀。これにスパーダの息子であり、超絶の技量を持つバージルが振う事で初めて成立する奥義・次元斬。
閻魔刀によって行われる空間切断は、物理的特性・魔術的特徴に関わらずあらゆるものを切断する威力を持ち、何よりも発動する際に音も光もない。
放たれた瞬間に命中が殆ど確定する魔剣だが、これを野性の勘で避けるとは、ただ者ではないと、バージルはク・ルームを評価した。

 約十m近い距離を、一足飛びでゼロにする程の速度で、ク・ルームがバージルの方へと迫る。大剣の間合いだった。
彼の首目掛けて刺突を放つク・ルームだったが、何とバージルは、閻魔刀の切っ先を寸分の狂いもなく、この魔将が突き立てた大剣の剣先と衝突させ、拮抗させる。
何たる、神技か。ク・ルームは元より、栄光ですら目を剥く。このサーヴァントは明らかに、栄光の知る中で最強の剣士である、幽雫宗冬よりも格上だった。

「こいつは俺が仕留めておく。貴様はこの事態を眺めている首謀者を殺して来い。その後、話をする」

 閻魔刀の剣先で、大剣の剣先を押し返しながら、バージルが言った。二人で戦った方が、早いだろうと栄光は思う。
しかし先程、サーヴァントでもないク・ルームに殺されかけると言う失態を見せてしまった上に、バージルと言う存在が余り信用できない為、一緒に戦うのも憚られる。
そして何よりも、バージルの提案はかなり理に適っている。バージルは知るべくもないが、栄光の神髄は解法を用いた戦闘の他に、卓越した解析技術がある。
これがあれば、新国立競技場にいるかも知れない、ク・ルームを操る本体を割り出す事など造作もない。仮にいなかったとしても、相手がかなり遠い位置から、
このような遠大な計画を実行に移せる程の技者である事が解るだけ。どちらにしても事態は進展する。そしてその事態を進められる役は、現状栄光が一番適している。

「オーケー、急いで探してぶっ倒してくる。それまで生きててくれ!!」

 言って栄光は、脚部に装着した風火輪からバーナーファイアーを迸らせ、別所に待機させていた、マスターの伊織順平の下まで向かって行く。
移動の最中、解法の力を用いて再び認識阻害と透明化を己に施させた後、順平の下で何かを話し、その後、順平は栄光を引き連れて別所に移動を始めた。
順平が移動を始めた頃には、彼の周りの席にいたNPC達は粗方移動を終えており、随分と通りやすい状態になっているのだった。

 ――栄光の姿が消えたその瞬間、大剣の切っ先と閻魔刀の切っ先が密着している箇所が、両者の力で爆発した。
一時に多量の力を込め過ぎたせいで、お互いが思いっきり後方に吹っ飛ばされる形になった。
互いに天然芝の上に着地し、お互いの得物を構える。ク・ルームは両手に持った大剣を、身体の前で交差させるように構えた。
バージルは納刀された状態の、半身にも等しい愛刀・閻魔刀の鞘に手をかけていた。
互いが互いを睨みつけていた。彼我の間には、恐るべき殺意が嵐の如くに荒れ狂っており、地面の芝ですら枯死する道を選びかねない程の、圧倒的な緊張感である。

「You dared to challenge me?(勝てるとでも思っているのか)」

「……」

 挑発に動じる程、ク・ルームは愚かではない。だが、彼も認識していた。
バージルは、抱いている自信に相応しい程の実力を誇る、恐るべき魔人である事を。
自分がこれから矛を交えようとしている存在は、始祖のタイタスですら膝を折りかねない程の、屈指の強敵である事を。

29Cinderella Cemetery ◆zzpohGTsas:2016/10/01(土) 22:51:59 ID:giNKql1g0
 バージルの右腕が霞んだのを、辛うじてク・ルームは捉える事が出来た。彼程の烈士ですら、バージルの居合の瞬間を捉える事が出来ない。
右方向にステップを刻むと同時に、次元斬がク・ルームの佇んでいた空間に縦横無尽に走りまくり、それに左腕と其処に握られていた大剣が呑まれた。
この魔将の技量も合わされば、鋼の塊ですら切断する程の大剣であるが、関係ない。次元斬に巻き込まれた瞬間、左腕は二頭筋の中頃から、大剣は剣先から柄まで全て、バラバラに斬り刻まれた。

 切断された左腕から血を迸らせながら、ク・ルームは魔術を発動させる。
すると、彼とバージルの間の空間に、ポッカリとした黒洞が空き始めたではないか――と見るや。
空間に穿たれたその黒い穴が、凄まじいまでの吸引力を発揮し始めた。その様子はダム穴、いや、ブラックホールと言うべきか。
天然芝の上に堆積されていたバラバラの死体は愚か、芝生の生えている土ごと、ボコボコと引き抜かれる様に徐々に吸引されて行き、その空間に空いた穴に呑まれ、
何処ぞへと消え失せて行く。これぞ、タイタスから伝授された魔術の中でも最高位に属するもの、奥義・魔界門。
空間にある種のワームホールを生みだし、其処に吸い込まれた者を異次元に放逐させる、恐るべき魔術だ。
魔界門が発する吸引力に耐えていたバージルだったが、彼の鉄面皮には、一切の揺らぎがない。汗の一つもかいていない。
つまらぬ技でも見るような目で、ク・ルームの成立させたその魔術を見てから、バージルは魔界門の黒穴へと駆けて行く。
そして、正に魔界門に吸い込まれる直前で、閻魔刀を高速で一閃。――誰が、信じられようか。バージルは、空間的な事象であるワームホールを、閻魔刀の魔力と己の技術を以って、十二の破片に分割してしまったのだ。これによってワームホールは事象として成立出来なくなり、千々と砕け散り、この世から消滅する。

 ク・ルームは、驚くに値しない光景だと思った。バージルならやりかねないと思ったからだ。 
故にこそ、魔界門が破壊されたその瞬間、地を蹴ってバージルの下へと向かって行った。魔術による攻めは通じ難い事を理解したからと言う点に加え、もう一つ。
明らかに閻魔刀で魔術を破壊した瞬間、彼の魔力が回復しているのをこの魔将は感じ取っていた。それは気の迷いでも何でもなく、真実だった。
閻魔刀は魔力を喰らう刀、それによって破壊された魔術は、閻魔刀の剣身を通じて、バージルの行動の糧になる。それを防ぐ為に、ク・ルームは肉弾戦を行う事にしたのである。

 ――だが、バージルと言う魔剣士を相手に、接近戦で有利を取れるかと言えば、話はまた変わってくる。
次元斬により左腕を失っただけでなく、タイタスによって呼び出され、生前よりも遥かに実力が劣る状態でいる今のク・ルームが、バージルを圧倒出来るのか?
その答えが今、明らかになっていた。

 流星の如き勢いで袈裟懸けから振り下ろされたク・ルームの大剣をバージルは、閻魔刀が納刀された状態の鞘で防御。
鞘自体も超常の物品らしい。ク・ルームの腕に伝わる、鞘を迎え撃った時の感覚は、圧縮された鋼を殴った時のそれであった。
大剣による恐るべき一撃を防御されたとク・ルームが思うや否や、バージルが魔速の境地に達した居合を行って来た。それを受けてク・ルームが飛び退く。
腹部を二cm程も裂かれた、其処から腸がそぞろと垂れだした。常識で考えれば戦闘の続行など不可能な程のダメージである。
しかし、この程度の損傷で済んだ事が既に奇跡だった。反応が百分の一秒遅れていれば彼の身体は両断され、間違いなくク・ルームの二つ目の命は失われていたのだから。
そして、腸を裂かれた程度では、ク・ルームの戦闘に対する意欲は消えない。激痛を気合で堪え、この魔将は大剣を猛速で横薙ぎに振るった。
それに対応し、バージルは己の目の前で閻魔刀を超高速で回転させ始める。パァンッ、と言う音がバージルの前で聞こえて来た。ク・ルームの放った真空波を破壊する音だった。

30Cinderella Cemetery ◆zzpohGTsas:2016/10/01(土) 22:52:25 ID:giNKql1g0
 ク・ルームの放った真空の刃を破壊したと殆ど同じタイミングで、バージルは己の背後に、無数の幻影剣を展開させる。
浅葱色をした魔力剣の剣先は、当然のように敵対しているク・ルームの身体に向けられており、お前を殺すと言う意思が物を語らずとも伝わってくるようであった。
音に数倍する速度で、幻影剣が放たれる。不死身の魔将の急所目掛けて寸分の狂いもなく放たれた幻影剣に対し、彼は雄叫びを上げて特攻。
大剣を一振りさせ、迫る浅葱剣十二本の内七本を粉々に破壊する。残りの五本が、肝臓と左肺、鳩尾と喉と左大腿に突き刺さった。それでも、ク・ルームは止まらない。
暴走した戦車の如き勢いでバージルの下へと走り続ける。其処は既に、この魔将が振う大剣の間合いだった。
音の二倍近い速度で振るわれた大剣を、バージルは抜き放たれた閻魔刀の剣身で防ぐ。
鼓膜が裂けるような金属音と、ファイヤスターター打ち付けたような大きい火花が虚空に散った。明らかに大きさも質量も違う筈の大剣と刀が、打ち合えている。
であるのに、シャープな剣身が特徴的な閻魔刀は折れるどころか刃こぼれすら起こさない。バージルの振るうこの刀が、嘗て伝説の大魔剣士と称されていた大悪魔が奮っていた魔刀である事の何よりの証左であるのだった。

 片腕だけ、しかも左腕がバージルの絶技で斬り落とされ、急所に幻影剣の突き刺さった状態であると言うのに、ク・ルームの膂力は尚も健在だった。
閻魔刀による防御を、単純な片腕の腕力で大剣と閻魔刀による競り合いに打ち勝ち、体勢を崩すと言う力技で破った。
バージルの体勢の不安定は、常人が見た程度は、いや、達人ですらも一目でそれと解らない程巧妙に隠されている。しかし、ク・ルームの目は誤魔化せない。
重心の位置が曖昧になったと見抜いた彼はその瞬間、右手の大剣をあらゆる方向に超高速で振るった。その全てが、音が遅れて聞こえる程の速度であった。
右腕だけで、何本も増えたとしか思えぬ程の速度で、一秒間の間に何度も大剣を振いまくるが、その攻撃を上回る速度で閻魔刀を振いまくり、バージルは防御を続ける。
ある方向で、戛然とした金属音が響いたと思ったら、間髪入れずにまた別の個所で戛然たる音が響き、また別の場所でその音が響く。
普通の耳では、金属音がゼロカンマ一秒の間もなく連続的に響いてる様にしか聞こえないだろう。それ程までの、両者の攻防の速度であった。

 瀑布の如き勢いを以って行われる大剣の振り下ろしを、バージルは閻魔刀の柄尻で弾き飛ばす。
弾き飛ばしてから、流れるような動作で次の動作に以降、蒼いコートの魔剣士はそのままの勢いで閻魔刀を中段左から、見事なまでの水平角度で斬り払う。
バージルの放ったこの攻撃を、不死の魔将が大剣の腹で受け止める。耳朶を震わせるほど大きい金属音が、火花と共に散って行き、その余韻も覚めやらぬままに、
ク・ルームは下段から大剣を振り上げる。これを正に、刹那の見切りとでも言う程ギリギリの位置でバージルが回避する。後一mm、位置がズれていたらどうなっていた事か。
大剣の切っ先が最高高度に達した瞬間、バージルは背後に幻影剣を展開させ、それを射出。本数は六本。しかし、ク・ルームの方も目が慣れたと見える。
バージルの身長に限りなく近い大きさの大剣を、ナイフを振うが如き器用さと精密さで振るって行き、幻影剣を叩き落として行く。そして、ただ叩き落とすだけじゃない。
幻影剣を破壊すると同時に、それを放った主であるバージルにも攻撃を行っているのだ。そしてその攻撃をバージルは、鞘と本身を利用し捌いて行き、
此方の方も捌きながらク・ルームへと反撃を行っていた。

 常人には何が起っているのかも理解不可能な程の速度と密度で行われている、ク・ルームとバージルの攻防の応酬。
どちらが有利でどちらが不利なのかなど、解るべくもない。それを判定する事が不可能な程、彼らのやり取りは異次元の域にあるのだから。
地面に転がっていた、タイタス10世の手による死体は、二人の烈し過ぎる剣戟の応酬で、更に粉々、バラバラの状態にまで砕け散って行き、遂には、
彼らの周囲数mの空間に転がっていた屍は一つとして原形を留めている者がなくなり、その全てが、血肉の細かい霧となるだけであった。

31Cinderella Cemetery ◆zzpohGTsas:2016/10/01(土) 22:52:43 ID:giNKql1g0
 こんな地獄の只中の様な空間、誰だって目を背けるに違いない。
凄まじい速度で行われる攻防もそうであるし、余りにも凄惨無比な光景は、見る者に吐き気を催させ、胃の中身を逆流させてしまいかねない程のパワーを秘めていた。
……だが、見る者が見れば、どちらが劣勢に立たされているのかは、疑うべくもない。明らかだった。劣勢に立たされているのは、ク・ルームの方。
どれ程強かろうが、タイタスの呼び出した使い魔と言う本質から逃れられない彼と、サーヴァントと言う高次の霊基から成る兵器であるバージルでは、
地力が違い過ぎる事が一つ。そしてもう一つは何と言っても、片腕と言うハンデ。両腕で大剣を握っている状態で漸く、まともに対抗出来るレベルなのだ。
片腕しかない状態で、技術と身体能力を高いレベルで組み合わさったこの魔剣士と渡り合うと言うのが、どだい無理な話。
それでも今まで拮抗を維持出来たのは、ひとえにク・ルームと言う魔将の戦闘経験と技術、そして魔将としての身体能力が、卓越したものであるからだった。

 そして、二度目の審判の時が訪れる。
音の六倍の速度で振るわれた閻魔刀が、ク・ルームの身体をその大剣ごと胸部から横に真っ二つにした。
彼の上体が宙を舞う。未だ彼の身体には、バージルの放った幻影剣が突き刺さっていた。だが、まだ終わっていない。
ク・ルームの命が潰えたその瞬間、彼の身体は塵になり、風もないのに何処かへと舞い飛んで行く。
魔将の外衣はそれ自体が意思を持っている燕の如くバージルから距離を取り、彼から十m程離れたインフィールドの芝生の地点で、ク・ルームの肉体を再生させる。かくて、ク・ルームは三度目の生を得た。

 ついでと言わんばかりに再生した双大剣を再び構えるク・ルーム。
心底煩わしそうにバージルは髪を掻き揚げ、見下ろす様に、見下すように、上半身をやや反らしながら、口を開く。

「実力の無さを数ある命で誤魔化すのか? 後幾つ命があるか教えるのなら、残りの命の分だけ苦しまずに一太刀で斬り殺してやる」

 ク・ルームは答えない。フードの奥の鋭い眼光を、バージルに投げかけるだけ。
再び次元斬を用い、彼の身体をバラバラにしてやろうかと思った――その瞬間だった。
バージルもク・ルームも、示し合わせたように、顔を右方向に向けた。その方向にただならぬ数と大きさの敵意を、敏感に感じ取ったからだ。

 観客席の方に、奇妙、としか言いようのない生命体――と、表現する事も憚られる存在がいた。
それは、リンを身体に塗ったように蒼白く光る身体を持っていた怪物である。その最大の特徴とも言えるのが、直径にして三〜四m程もある、巨大な頭部だろう。
頭部とは言ったが、其処に目も鼻も口も耳もない。その存在が、辛うじて人の形をしていると言う事が直感で解るから、そう表現しているに過ぎない。
人間の頭部に本来あって然るべき全ての器官や部位がない事も奇妙だが、その頭に、TV映像のモザイク処理じみた紋様が秒単位で蠢いている、
と言うのも奇妙さに拍車をかけていた。頭の大きさに比して、その胴体は貧弱そのものだった。
通常の人間よりも大きさ自体はあるが、巨大な頭を支えるには余りにも小さい。その証拠に頭の重さを胴体が支えきれないのか、四つん這いの状態になり、前掲姿勢を取らねばならないようだ。

32Cinderella Cemetery ◆zzpohGTsas:2016/10/01(土) 22:52:53 ID:giNKql1g0
 その怪物を見た瞬間バージルは、あらぬ方向に幻影剣を射出させた。
当然、青白く光る怪物を狙ったのではない。マスターである、雪村あかりが隠れている場所をやや外した所を狙ったのだ。
この場所から距離を取れ、と言う合図である。怪物の現れた場所とあかりの隠れている観客席の方向が同じだった為の処置だ。
あかりも、バージルが送った幻影剣の意図に気付き、急いでその場から退散し始めた。ク・ルームは、誰がマスターなのか気付いた事だろう。尚の事、殺し切らねばならない。

 ――あかりが退散し始めたのを契機、現れた怪物と同じ者達が、二体、四体、六体、十体、十二体と、次々と現れて行く。
観客席の上空に空いた、先程ク・ルームが発動させた魔界門の呪文に似たワームホールから、バチバチと言う放電現象を伴わせて、続々と落下。
遂にはバージル達の視ている観客席の全てが、その謎の怪物に埋め尽くされる形となった。

 これが、ク・ルーム及び彼を操る首謀者の差金でない事は、バージルにも解る。
表情こそ窺う事が出来ないが、彼の身体から発散される雰囲気が、明らかに想定外の事態に出くわした時のそれであるからだ。
雲一つない天気だから傘も持たずに外に出て、数時間後程に台風にでも直撃したようなものであろう。今の事態がク・ルームにも想定出来てない事態、これは良い。
問題は、誰の目から見ても明らかなこの異常事態を、NPCの誰もが認識出来ていないと言う事であった。
今も逃げ続けているNPC達は、この場から急いで退散しようとしている者と、退散しながらもバージルとク・ルームの戦闘に目を奪われ、
思うように動けない者に二極化されている。その全員が、現れた謎の怪物に目も向けない。そう、『初めから見えていないか、そもそも気付いていない』かのように。

 現れた怪物の一体が、身体を屈ませ、バージルの方に飛び掛かって来た。怪物の頭に、「皆の仇ッ!!」、と言う文字が流れているのを、二人は見逃さなかった。
その怪物はク・ルームの方に向かって来ており、ただの一回のジャンプで、二十m程も離れていた彼の下まで一瞬で到達。
すると、頭に比して短いと思われていた怪物の腕が、突如長さを増させ、それを以てク・ルームの方に殴打を行い始めたのだ。
それを彼は身体を最低限半身にすると言う動作で回避する。怪物の一撃で、地面に半径五m程の浅いクレーターが生じる。
威力は十分だが、如何せん前動作が大ぶり過ぎる。バージルの攻撃に比べれば見切りやすいし、何よりも遅い、欠伸が出る程だ。簡単に回避出来る。
避けた瞬間、ク・ルームはこれらが敵であると判断したらしい。手に持った大剣を超高速で振るい、攻撃して来た怪物の身体を十字に割断する。
現れた怪物達の頭に、「未央!!」、とか、「未央ちゃん!!」、と言う文字が流れた。意味する所は、解らない。

 そして、これを契機に一斉に怪物達が飛び掛かって来た。
先の一体を倒したク・ルームの方だけでなく、バージルの方にも飛び掛かって来る。
無論、それを黙って傍観するバージルではない。空間をも切断する神速の居合・次元斬を以って、迫りくる五体の怪物を一瞬で百数十に分割して即死させた。
怪物は戦闘が続行不可能の状態になると、死体も煙も残さずこの世から消滅してしまうらしい。好都合である、これだけ大きな図体の死体が残りっぱなしでは、後で戦う際の邪魔になるのだから。

 先に戦ったクリストファー・ヴァルゼライドや、大悪魔のランサーに比べて、信じられない程手応えの無い相手。
そう思いながらバージルは、次々と現れる、見かけ倒しの怪物達を、斬り殺して行くのであった。彼らの正体は、全く理解していない。

33Cinderella Cemetery ◆zzpohGTsas:2016/10/01(土) 22:53:04 ID:giNKql1g0
中編1の投下を終了します

34名無しさん:2016/10/01(土) 23:32:57 ID:GUJLkKVE0
バージル…何やってんだ……

35名無しさん:2016/10/03(月) 02:42:47 ID:tYbORBNA0
投下乙です

アイドル達に救いの手を差し伸べないブッダはホモ

36名無しさん:2016/10/03(月) 06:31:40 ID:tCKlOVcw0
投下乙です

>35 ブッタはゲイでサディストだからだ!

しかし予想していたとはものの見事に死屍累々
愉悦に目覚めそうw

37名無しさん:2016/10/03(月) 18:16:56 ID:Q39TvdDk0
わざわざ火中の栗を拾いに行くか、順平……
ただ、こうして凶行を止めようとするってのは聖杯戦争なら自殺行為かもしれないけど
有里や荒垣は「それでこそ俺たちの仲間!」って褒めてくれるよねきっと

38名無しさん:2016/10/04(火) 13:40:20 ID:2bqfbv7s0
ウサミン星人は永遠の17歳なんやで

39 ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:18:06 ID:BeeZboF20
投下します

40Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:18:51 ID:BeeZboF20
 この場にいる誰もが、思う事が一つある。
どうして、こんな事になったのだろう。それぞれの思いや感情を抱いている彼女らであるが、全員が心の何処かに、この疑問を抱き続けている。

 新国立競技場の地下に設置されたリハーサル室だった。
此処は名前通りリハーサルや打ち合わせだけでなく、本日の興行において出番がまだ先であるアイドル達の控室としても機能する、言ってしまえば広めの憩いの場である。
当然此処には数多くのアイドル達が集っている事になるのだが……その表情は一様に暗い。いや、暗いだけでなく、全員泣いている
そこ彼処を見渡しても、泣いている少女が殆どだ。小中学生程度の年齢のアイドルなど、皆このような感じであった。

「大丈夫、大丈夫ですから……だから泣きやみましょう……?」

 泣きやむのが止まらないアイドル達を泣きやませようと、年長のアイドル達が心を砕いていた。
安部菜々と呼ばれるアイドルは、流石にこの状況下ではキャラクターを保つ事が出来ないのか、大人としての態度で、泣いている子供達を泣き止ませようと必死だった。
が、努力は全く実らない。それはそうだ、起っている状況も状況だが、大人達の方も泣きたくてたまらない気持ちであるのだ。
子供は心を敏感に感じ取る。大人がこの調子では、泣き止む筈もない。そして大人達の方も、今この場で、明るく笑顔を振りまく、と言う気にはなれずにいた。

 アイドルの仲間が一時に何人も死んだ、その様子を、このリハーサル室のモニターで彼女達は眺めてしまっていた。
クローネのアイドル達は一瞬で四人も、あたら若い命を花のように散らしてしまった。その死にざまは余りにも無惨、そして、死んだ時間も一瞬。
だからこそ彼女達は、初めてその映像を見た時、何が何だか解らなかった。余りにも常識離れした展開に、脳の処理が追いつかなかった。
そして、脳が事態の理解をしてしまった瞬間、半ば狂乱に近い叫び声が上がった。親しい仲間を殺された少女はその名を叫び、またある者は意識を失ってしまった者もいる。

 そうして、現在に至る。
アイドル達の混乱は全く収まらない。それどころか時間を置き、冷静になればなるほど事態を認識する時間も増える為に、より酷くなる一方だ。
誰もが思う。どうして、こうなっているのだろうと。失敗したらどうしようと緊張しながらも、でもなんだかんだでステージ上ではいつも通りどころか、
いつも以上の力を発揮して、ステージを大成功させて、皆でその事を喜び合う。そんな結末が、本当はあった筈なのだ。
だが、今はどうだ。ステージは大成功どころか、あの神楽坂で大量虐殺を行った黒礼服の殺人鬼が乱入したせいで、ライブは失敗。
いやそれどころか、仲間を喪ってしまい、今や自分達ですら命の危険がないとは言えない危険過ぎる状態。
この場において誰もが、こんな事態なのに逃げ出そうと口にしない。逃げる方がベストであるし、仲間を置いて逃げ出しても誰も卑怯者とは罵るまい。
それが出来なくなる程、彼女達の頭は混乱していた。彼女達もまた、新国立競技場から現在進行形で逃げ出そうとしている、パニック症状に陥っている民衆同様の存在なのであった。

「――皆っ、大丈夫だったか!?」

 そんな一同の状況を打ち破るように、一人の大人の声が聞こえて来た。
皆がその方向に顔を向ける。スーツを身に纏った、妙齢の女性。此処にいるアイドル達は、皆彼女の名前を知っている。

「み、美城常務!? 如何して此処に――」

 それまで子供の面倒を見ていた菜々が、驚いた様に口を開く。
顔中に汗を張り付けて、346プロのアイドル部門、その事実上の最高責任者にして、今回のライブイベントのメインプロデューサー。美城と呼ばれる女性が、その姿を現した。

「来るに決まっているだろう、今は非常事態何だ!!」

 そう、考えてみれば当然の話。そして、その当然の帰結が思い浮かばない程、彼女達は混乱の状態に立たされていた。
メインプロデューサーと言う事は事実上の最高責任者。イベント全体の指揮や、各種人員の配置場所を決めると言う強力な権限を持っている他、
今の様な非常事態が起こった場合の指揮も担当せねばならない。そして、今がその時なのだ。来るに決まっている。

「……映像は見えないのか」

 と言って美城は、リハーサル室に設置されていた巨大なモニターの方を見る。波一つ立つ事のない、墨の満たされた硯のように真っ黒い画面があるだけだった。

41Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:19:20 ID:BeeZboF20
「変な青緑色の何かが迫った、と思った瞬間に、こんな風に……」

「そうか……では此処からだと何が起っているのか、解らないと言う事か」

「……はい」

 其処で、再び沈黙が流れた。

「大槻唯、塩見周子、速水奏、神谷奈緒……そして、彼らのプロデューサー。尊い命を、失ってしまった」

 啜り泣く声はなおもやまない。

「……胸が痛い、と言う他ない。彼らは皆、死ぬには余りにも若く、余りにも可能性に満ちていた。……私は、それが許せない。だから、今こそ彼らに誅罰を与えねばならぬと、固く誓った」

 美城の口から出た言葉に、皆がキョトンとした表情を浮かべる。
言っている事の意味が理解出来ない、と言うのは子供達の方に多い。そして、意味を理解している者も、余りにも突飛な言葉の為に、絶句の表情を隠せずにいる。

「ち、誅罰って……私達に、どうやって!? そもそも、そんな事が出来る訳――」

「出来る!!」

 本田未央の言葉に対して、美城が一喝した。

「見た筈だ、あの殺人鬼が超常の力を振う瞬間を。思い出せる筈だぞ」

 美城の言う通り、皆は見ていた。あの殺人鬼が謎の力を以て雷を落とし、目に見えぬ力で相手を粉々にしたり。
思い出したくもない光景であったが、彼女達は思い出そうと必死だった。確かにあれは、普通の光景では断じてない。

「私は君達に、彼の殺人鬼が奮う力と同じ様な力を奮える道具を持っている。それを以て、対抗するんだ。そして、仲間の仇を取るんだ」

「そ、そんな、突拍子もない事を……」

「今一度言う、出来る」

 手近にいた、泣き腫らした顔の輿水幸子のスマートフォンを借り、それを手慣れた動きで操作。
――刹那、美城の真横に、蒼白く光り輝く、巨大な頭とそれとは不釣り合いの小さめの胴体を持った怪物が、何の前触れもなく現れた。
随所から上がる悲鳴と、渦巻く恐怖の感情。それを美城は、強く一喝し鎮める。

「この力は私達を救うに値する力。そして本質的には、あの殺人鬼が奮うそれと同じ。だが、私達はそれを正しい方向に使う事が出来る!! 恐れる事はない……今こそ、戦うんだ!!」

 と、檄を飛ばす美城であったが、何せ起っている事態が事態である。
我こそは、と思う人物など中々いない。皆が沈黙し、互いの表情を見あったり、美城の立ち居振る舞いを眺めたり、と。己の主張を示そうとしない。

「あ、あの……常務」

 と、やや控えめに手を上げる人物に、美城は目線を送り、この場にいたアイドル達も、その声の上がった方向に身体を向けた。
本田未央、と呼ばれる、如何にも快活そうな容姿をした少女だった。その見た目に違わず、普段は明るく、誰とでも仲良くなれる性格なのだが、流石にあの虐殺を前にして平時のテンションを保てはしなかった。

「その……お化け? みたいなの、私にも操らせて下さい……」

「み、未央ちゃん!?」

 隣にいた島村卯月がこれに反応する。
まさか自分の知り合い、それもかなり仲の良い部類に属する人物が、こんな得体の知れない提案に乗るとは、思っても見なかった。とでも言うような顔である。
他の人物についても同じで、先陣を切るのがまさか未央だとは、と言う様な顔を隠せないアイドルも大勢いる。

「ほ、本当にやるの!? だって、こんなお化けみたいなの操るなんて……」

「……正直、私も気乗りはしないよ。得体が知れないのを操るの何て、私だっていやだもん。……だけど、友達が死んでるのに、なんにも出来ないなんて許せない!! 皆の晴れ舞台が台無しになってるのに、ただ翻弄されるだけ何て、悔しくて、我慢出来ない!!」

 思いのたけを、血でも吐くが如くにぶちまけた。発した言葉が、火の玉になりかねない程の強い言葉であった。
未央の思う所を、理解出来ない、と言うアイドルはこの場に一人たりとも存在しなかった。恐怖と言うカーテンに本質を隠されてはいたが、抱く思いは皆同じ。
何故、こんな事になったのかと言う思いと、今自分達に降りかかっている事に対する恐怖。そして、それらについての、怒り。
この三つを抱いていないアイドルなど、この場に一人たりともいなかった。彼女達は、自分達には想像も出来ない程の魔宴、聖杯戦争の被害者だった。
彼女達NPCは、聖杯戦争の参加者が駆るサーヴァントの暴力に翻弄される、無力の象徴だった。川の流れ、吹き荒ぶ風に蹂躙される蟻と変わらなかった。

42Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:19:33 ID:BeeZboF20
「常務、そのお化け、操れるようにしてよ!!」

「ま、待って!! 美城常務、そのお化けみたいなの、本当に操って大丈夫なんですか!?」

 疑問としては当然の物だろう。超常の力である事は理解したが、これが何のリスクもなしに操れるとは思えない。卯月の疑問に、美城が答える。

「結論を言えば、リスクはない訳ではない。私の横にいるこれが破壊されれば、その人物は意識を失う。昏倒だな」

「それは――」

「だが、死にはしない」

 卯月が反論するより早く、美城が付け加えた。

「リスクはある、それは否定しない。だが、死ぬ訳ではない。それは本当だし、それを怖いと思ったのなら、私は戦う事を強要しない。だが、それを理解しても戦いたいのなら、私の近くに寄るんだ。この怪物――『CROWDS』を操る力を、お前達の携帯やパソコンに落とし込む」

 再び、水を打ったような沈黙がリハーサル室を支配する。美城が提示した、怪物、即ちCROWDSと呼ばれる存在を操るリスク。
それを聞いて尻すぼみしてしまった者も多い。昏倒、つまり意識を失うと言う事だろう。それについて恐れがないと言えば嘘になる。寧ろ、かなり怖い者が殆どだ。
……それを理解して尚、未央や、他の、行動的で知られるアイドル達が、美城の下へと集まって行く。覚悟を決めたらしいのと、恐怖よりも、一矢報いたいと言う気持ちが勝ったのである。

 美城は、自分の所に寄って来た、提案に乗るアイドルの携帯端末に、Bluetooth経由で件のアプリを転送。
それを確認したアイドル達は、恐る恐ると言った様子で、そのアプリを実行。「CROWDSの操作に画面を触る必要はない、勝手に動けと命令すれば、その通りに動く」。
アプリを開いたのを見計らって、美城がそう補注を加える。「凄い……」、とか、「本当だ……」、と、CROWDSを操作しているアイドル達が感嘆の念を口にした。
他のアイドル達には解らないが、如何やらCROWDSは此処ではない何処かで展開されているらしい。場所は容易に想像出来る。あの競技フィールド以外の何処にあるのか。

「皆の仇ッ!!」

 そう口にした未央であったが、その、一秒後であった。
手にしていたスマートフォンを床に落としたのは。落した衝撃で、保護フィルムを張っていなかった液晶が割れる。
彼女が、それを認識していたかどうかは解らない。落したと同時に、彼女の意識は闇の中に落ち、糸の切られたマリオネットのようにガクッ、と地面に膝を付、倒れたのであるから。

 方々から、「未央!?」とか、「未央ちゃん!!」と言う声が上がる。
これが、CROWDSを破壊されると言う事だった。卯月が慌てて駆け寄り、未央の体調を調べる。息はある、脈もある。本当に、昏倒の状態であった。

「怯まないでくれ、既にメフィスト病院は手配してある!! いくら倒れても、CROWDSを操作出来るこのアプリがある限り、お前達は何時どんな所でも戦え、死ぬ事もない!! 自分は怖くない、戦って仇を討ちたい、と言う者がいるのなら、今一度言う。私の所にくるんだ!!」

 その言葉を契機に、二の足を踏んでいたアイドルが次々と、美城の下へと駆け寄って行き、最初にCROWDSのアプリを渡されたアイドル達も、その言葉に勇気を貰ったか。
次から次へと、競技場内のCROWDSを操作し、其処にいるだろう宿敵の排除に向かい始めた。自体の趨勢に呆気にとられ、卯月はおろおろとした様子を隠せない。
困った様に、美城の顔を見つめる卯月。キビキビとしていて、怖いけど、しかしそれでいて誰よりも346プロと言う会社と其処に所属するアイドル達の事を考えている大人。
それが、美城常務と言う人物だと卯月は思っていた。……だが、何故だろう。今の彼女のその顔が、酷く悪辣な物に見えるのは――何かの、見間違いなのであろうか?

43Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:20:05 ID:BeeZboF20
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 何が起っているのだ、と言う思いだけが、美城の心の中を支配していた。
今日のこの日の為に、ありとあらゆる方面に宣伝を打っていた。打つ宣伝も様々だ。
古典的なチラシやパンフレットの配布も行えば、テレビCM、果てはネットワークが発達した現代だからこそ可能なSNSや動画サイトを用いた宣伝など。
凡そ考え得る全ての手段で、美城及び346プロダクションは、今日のイベントを成功させる為様々な営業をして来た筈なのだ。
後は、アイドルの興行が成功するだけだが、これに関しては心配などしていなかった。自分達が手塩にかけて育てたアイドルなのだ、失敗する可能性など、ある筈がないのだから。

 ――だが、他者からの暴力的な介入があったとなれば、話は別だ。
美城は特等席からこの様子を眺めていたが、それ故に良く見えた。アイドルのライブステージを襲撃し、大槻、速水、塩見、そして神谷の四人を殺したのは。
あの、<新宿>の神楽坂で大量虐殺を行った、黒礼服の殺人鬼であると。それを見た瞬間、美城は、己の用意して来た物が。己の業界人としての全てを掛ける覚悟で、昼も夜もなく働いて整えて来たこの舞台が、崩れて行くのを肌で感じた。全ては、水泡に帰してしまった。

 しかし、それについて絶望する時間はなかった。アイドルが――年端もいかない若い女子達が亡くなった。
確かに悲しい。何故、彼女達が死ぬ必要があったのかと叫びたくなる。が、それについて悲しむ時間は美城には無かった。彼女はこれから責務を果たさねばならないのだ。
346プロの責任者の一人として、其処に所属するアイドル達の身の安全を保障せねばならない身として。他のアイドル達を退避させ、安全を絶対の物にしなければならないのだ。
だからこそ美城は、黒礼服の殺人鬼が現れた瞬間、急いで特等席であるVIP用のボックス室から飛び出し、目的の場所へと走り始めたのだった。

 ヒールだから走り難い、転びそうになる。しかし今は一秒とて惜しい。自分の判断ミスが、アイドル達の死を招く。責任は重大であった。
走り始めて三十秒と経っていないのに、体中が汗だらけである。夏の暑さから来る物ではない。嫌な予感から来る冷や汗である。
最後に激しい運動をしてから何年も経過していて、運動不足も甚だしい状態なのに、全然疲れが訪れない。
それよりも何よりも、身体全体が張り裂けそうになる程の責任感で、如何にかなりそうだった。

 自分が、悪いと言うのだろうか。美城は考える。
今日だけで起った<新宿>の諸々の事件、彼女が知らない訳がない。実際、中止した方が良いのでは、と言う意見も少ないながらに社内でも上がった。
しかし、それをやるには最早遅すぎた。その事件が、コンサート開始の前日、一週間前に起っていれば、それも可能だったであろう。
今日の朝や昼では、無理である。もうその頃には客も並んでいたし、各種キー局もスタンバイしていた。今更中止、何て言える筈がない。
況してやUVMの牙城を崩す為の大事な一大イベント。それに掛ける思いは、美城も、346プロダクションも並々ならぬものがある。
だから、危険だと解って実行した。事件は起こったのだろうが、自分達の所にはそんな事件は起こらない。そんな思いで、コンサート開催に踏み切ったのだ。
――その結果が、これである。346プロで夢を叶えようと邁進していた尊い命が幾つも失われ、その晴れ舞台を見ようと駆けつけた観客も、何百人と犠牲になった。
自分が、間違っていたのかと自問する。答えは返って来ない。走りながら美城は、ただ、自分は正しかったのだと思い込むしかなかった。
そう思いながら、アイドル達のいる所に駆ける時、彼女の瞳に涙が浮かんだ。こんな、筈じゃなかったのだ、と。小さく彼女は口にした。

「じゃどう言う筈だったんですかぁ?」

 と、言う声が響いたと同時に、美城の移動ルート上にそれが現れた。
二mを優に超す背丈をした、長身の男だった。346に所属している、諸星きらりと言うアイドルよりもずっと大きいだろうと、頭の何処かで美城が考えた。
ピンクがかった赤色の髪を後ろに長く伸ばしており、ドライヤーを掛けていないのかモジャモジャである。その髪が目を隠していて、表情を読み取らせない。
そんな存在が突如進行ルート上に現れるものだから、突然バッと、美城は立ち止まった。

「ンチャwwwwwwwwwwwwwwwwww」

 と言って、その長躯の男が会釈をして来た。軽薄さを隠し切れぬ声である。

44Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:20:31 ID:BeeZboF20
「な、何だ君は……? 私は急いでいるんだ!!」

「私との会話イベントでフラグ立ててないからどけないでーすw。それに、こーんな騒動が起きてるんだったら興味わかない訳がないじゃな〜い。それで、何があったんですかぁ?」

 チッチッチッチッチッチッチッ、美城が何が何だか解らない、と言う風な顔をしている間に、目の前の怪人は舌打ちを高速で繰り返していたが、二秒後程に

「おっそーい!!(SMKZ) もういい!! 私紳士的に聞くの止める!!」

 と、癇癪を起した様にそう叫ぶと、その男は突如として美城に近付いて行き、彼女の頬に両手を触れさせるや、無理やりその唇を奪った。
「ムグッ!?」と、突飛としか思えぬ目の前の男の行動に、美城は目を丸くし、自分が何をされているのか悟った瞬間、その胸中を驚愕と怒りが支配した。
二秒程のキスの後、男が美城の唇から己の唇を離す。それを見て美城が、烈火の如く激昂した。

「貴様!! 一体何を……――!?」

 激昂が、引潮のように引いて行く感覚を覚える美城。
驚愕ではない。恐怖である。先程まで目にしていた、怒りを覚える程無礼な長身の男が消え失せ、逆に、その男がいたその位置に――『自分がいた』。
346プロの常務である美城が目の前にいるのだ。背格好も顔つきも、見に纏うスーツからヒールまで。全部が全部、自分のもの。目の前の男は、いつの間にか、自分に変身しているのだ!!

「あーなるほどそう言う事ね、理解したわ(理解してる)」

 腕を組みながらコクコクと、美城に変身した男は頷いた。声音まで、同じだった。

「なんだ……何だ、お前は!?」

 怯えながら、美城は叫んだ。自分と同じ姿をした人物が、勝手に動くその様子に、彼女は堪らない程の恐怖を覚えてしまった。

「失礼しましたwwwwwwwwwww私、水島ヒロですwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」

「馬鹿にするな!! 私の顔でふざけた事を言うのは――」

 其処で、偽物の美城は、本物の襟をガッと掴み。

「ままま、焦らないで下さいよ常務。急いでアイドルの所に向かいたいんざんしょ?wwwwwwwww」

 其処で、自分の使命を思い出した。そう、今は目の前の怪人にかまけている時間はないのだ。
今の美城は、一分一秒とて無駄にする時間は存在しない。早くアイドルの所に駆けつけねば、彼らの命が――

「ミィが代理人として出向いてあげますから――」

 其処で、偽物の美城の、狂喜としか表現出来ぬ狂った笑みが、虚無その物の如き真顔になった。自分に、こんな顔が出来るのか、と美城は場違いにも思ってしまった。

「用済みじゃ、とっとと失せろや」

 其処で偽物は、本物の美城から手を離し、突き飛ばした。
紙のように彼女は吹っ飛んで行く。其処は、階段だった。頭から段差に落下し、ゴロゴロと転がって行くのを感じる。
その時に、頭が割れ、身体の骨が折れんばかりの衝撃が、身体に舞い込んで行く。意識が、痛みと、脳に来る衝撃で遠くなる。
暗くなりつつある己の視界に最後に映ったのは、下卑た笑いを、自分の声と自分の姿で上げながら、霞のようにその場から消える怪人――ベルク・カッツェの姿であった。

45Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:20:56 ID:BeeZboF20
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「みん……な……っ、プロ、デューサー……!!」

 先程までメインステージに、プロジェクトクローネの面々であるアナスタシアは、メインステージから離れ、自分達の楽屋まで避難した瞬間に、堰を切った様に泣いた。
ステージにいる間は涙を堪えていたが、楽屋につき、先程までメンバー全員が此処で、打ち合わせを行ったり他愛もない会話をしていたと言う事実が残っていたのを見て、
皆は泣いた。死んだ塩見周子、速水奏、大槻唯、神谷奈緒の荷物やスマートフォンが、そのまま楽屋の真ん中のロングテーブルに置かれていた。
彼女らが飲みかけていたドリンクも、そのまま置かれていた。ほんの十分前まで、彼女らが此処にいて、彼女らと会話をしていたと言う事実を認識した瞬間、アナスタシアは泣いた。二度と戻ってはこない、無惨に殺された友達の事を思って、皆は泣いた。

「どうして、こんな事に……」

 涙を隠せぬ鷺沢が、呟いた。
その疑問は、誰しもが思う所だった。346プロダクションのアイドルに限らず、観客達も、そう思っているに相違ない。
自分達が、何をしたと言うのだろうか。何の権利があって、大切な友人達の命を、自分達の晴れ舞台を見に来た罪のない人々を殺すのだろうか。
友を失った事による哀しみと、何故失わねばならないのかと言う理不尽に、彼女らは、身が捩じ切れんばかりに泣いていた。
黒贄礼太郎に扮した10世に、脇腹を貫かれた加蓮も、今は痛みよりも悲しみの方が勝っているらしい。彼女から流れ出る涙は、痛みからではなく哀しみからだった。

「……ねぇ」

 今まで不気味な程沈黙を保っていた、宮本フレデリカ、と言う名前をした金髪の少女――今回のライブコンサートの事実上の目玉と言っても過言ではなかったアイドルが。
今この瞬間になって口を開いた。啜り泣く声が部屋に響く中にあって、奇妙な程平静を保ったフレデリカの声は、よく目立つ。皆が、彼女の方に顔を向け始めた。

「もしも、だけどさ〜……皆を酷い目に遭わせた、あの殺人鬼を、如何にか出来るって方法があったら……どう、する?」

 何㎞も走り込んだ後のような、荒い息遣いを抑えながら、フレデリカが口にした。
そしてそれは、驚愕に値する内容だった。あの殺人鬼を、倒す、と来た。誰だって不可能に思うだろう。
相手は息を吸うように雷を落とし、謎の力で人間を粉々に爆散させる超能力の持ち主。とてもではないが、人間の身体能力では倒せる便もないであろう。
それを、打倒する術を知っていると言うのだ。そう、普段ならばクローネのムードメーカーとして、時は空気を弛緩させ皆をリラックスさせたりする、と言う緩いキャラクターがウリの、フレデリカが、である。

「じょ、冗談では……い、言ってない、よ……?」

 皆も、流石にこんな局面で、フレデリカが冗談を言う様なキャラクターだとは認識していない。
本当に、倒せる術が、或いはそうでなくとも、付け入る隙の様なものを、理解しているのかもしれない。

「でも……どうやって?」

 文香が、恐る恐ると言った様子で訊ねて来る。そう、やはり方法が問題になって来るのだ。

「……余り、皆に言いたくなかったんだけど……アタシね、あ、あの怪物と、同じ力が奮えるんだ」

 言ってフレデリカは、右腕にそれまで巻かれていた包帯を解いた。
皆は、擦り傷か何かでも負っていたから、フレデリカはそこに包帯を巻いていたのではと考えていた。
――実態は違った。彼女が包帯で隠していた位置には、黒い、痣の様なものが刻まれていたのだ。
否、それはただの痣ではない。よくよく目を凝らして見ればそれは、独特の紋様をしたタトゥーではないか。
とてもではないが、フレデリカにそんな物を刻む趣味があるとは思えない。それ程までに悪趣味なタトゥーなのだった。

46Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:21:20 ID:BeeZboF20
「ふ、フレデリカさん? それ……」

 ありすが、不思議に思い訊ねて来た。

「こ、怖い女の人に脅されて……刻まれちゃってね……、その日以降、アタシ、変な力が発揮出来るようになっちゃったの……。それが怖いから……ずっと、包帯で……」

 皆は愕然とした。あの殺人鬼と同じ様な力を与えられ、誰にも相談出来ず、心細い思いをして。
しかしそれでも必死にその恐怖に耐え続け、フレデリカは今日まで生き続けていたのだと言う。想像だに出来ぬ過酷なそれまでの生活に、皆は言葉に詰まった。
今この瞬間、フレデリカはその力を使って、仲間達を助けようとしている。誰もがそう思った。何と、健気なのだろう。
此処で、フレデリカを迎えられねば、嘘だと皆は思った。今はフレデリカを排斥している場合ではない。皆で一丸となってこの状況を打開しない事には、どうにもならないのであるから。

「……フレデリカは、危険な目に遭わないんですか?」

 アナスタシアが、神妙な顔つきで訊ねた。

「た、ぶん……」

 フレデリカの答えは、酷く曖昧だ。

「フレデリカにまで死なれたら……わ、私達、立ち直れないよ……だ、から、絶対死なないって約束して……」

 加蓮が、息も絶え絶えと言う様子で言葉を紡ぐ。10世に貫かれた脇腹は、軽い応急処置が施されているが、本当に軽い応急処置だ。
話すのだって恐ろしく苦痛な筈であるが、それを耐えてでも、今の言葉を伝えたかったらしい。

「ほ、本当に……協力、してくれる、の……?」

 フレデリカが、眦に涙を浮かべて訊ねて来た。これが、最後の確認、今生の別れとでも言わんばかりの態度であった。

「……私は乗るよ、フレデリカ」

 ややあって、凛が言った。

「だけど、私もフレデリカが死ぬのは絶対嫌。……教えて、何をすれば良いの?」

 皆の目線が、フレデリカに集まる。

「アタシ、のね……力になって、一緒に戦うの」

 なおも要領を得ない、フレデリカの答え。

「一緒にって……私達、戦う力は……」

 凛が、フレデリカの答えに戸惑いながら答える。
彼女の言う通り、フレデリカ以外の面々は、あの黒礼服の殺人鬼を相手に抵抗出来る力を持たない。周知の事実であった。

「大丈夫……戦う、必要は、ない……から」

 其処まで言ってフレデリカは、右腕の半ばに刻まれた刺青とも痣とも取れるシンボルを抑えた。「フレデリカさん!!」、と、ありすが心配そうな声を上げる。

「『一緒』に……戦おうね、皆……」

「フレデ――」

 其処で、フレデリカの右腕が消えた。
誰もが、肩から先の動きを見る事が出来なかった。至近距離で、ツバメやハヤブサがトップスピードで移動しているのを見ているような気分だ。
フレデリカの腕が、戻る。コスチュームである黒長手袋が、消えていた。右腕全体が露出されており、その露出された部分に、白と黒のボディタトゥが刻まれていた。
肌色の部分が一つとして存在しない。白地に黒いラインが走っていると言う、独特のタトゥだ。

 ――その右腕の下腕全体が、目に痛い程鮮やかな深紅色の液体に覆われていた。
その右手には血濡れた肉の塊のような物が握られており、フレデリカは、スナック菓子でも食べるような感覚で、それを口へと運び、咀嚼した。

「――え、ふ、フレデリ……カ?」

 脳の処理が追いつかない、とでも言う様な風に、加蓮が呟く。
呟いている最中に、彼女の顔が苦痛に歪む。何だと思い、痛みの生じた方向に顔を向ける。ポカン、とした表情を浮かべてしまった。
胴体の右半分が、完全に消滅し、其処から大量の血液が流出し、内臓が零れ落ちて行っているのだ。

「う、そ……」

 そう呟いて、加蓮は仰向けに倒れ、事切れた。最期の表情は苦痛に歪むようなそれではなく、自分の身に起った自体が理解出来ず、呆然としたようなそれであった。

「フレデリカ――!?」

 凛が、フレデリカの名前を叫ぶ。再び、フレデリカの右腕が消えた。
凛の胸部に、バスケットボール大の風穴が一瞬で空く。肋骨も両肺も心臓も、全て、フレデリカの右腕に抉られてしまった。
黒い髪をしたアイドルの口から、バケツをひっくり返したような大量の血液がたばしり出た。彼女もまた、自分の身に起った事態を理解出来ていなかった。

47Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:21:34 ID:BeeZboF20
「……え?」

 そう呟いて、凛は床に両膝を付き、糸の切られたマリオネットのように、くたっと倒れ、息を引き取った。
フレデリカの右腕には、また新しい、血濡れた肉の塊が握られていた。慣れた手つきでそれを口元へ運び、一口齧る。
――その瞬間だった。フレデリカの瞳に、正気の色が戻ったのは。

「え、嘘……? り、凛、ちゃん? 加、蓮……ちゃん?」

 幽霊でも見たような表情と声音だった。
フレデリカの瞳には限りない恐怖の色が浮かび上がっており、その目で、血を流し続ける死体となった、加蓮と凛の双方に目線を送る。返事は、来ない。
「ッ……!?」と、此処で漸く、己の右腕に握られた『もの』に気付き、不浄な物のようにそれを地面に投げ捨てた。

「ち、違うの!!」

 弁疏の為、フレデリカがアナスタシア達の方に目線を送った。

「ひっ……!!」

 畳床の上に腰を抜かしていたありすが、怪物を見るが如き目でフレデリカの事を見ていた。
瞳に浮かび上がっている恐怖の色は、フレデリカの今のそれの比ではない。恐れから来る涙をその双眸から流し続けるだけでなく、自分に迫る未来を予測しているのか。
ガチガチと上下の歯を鳴らしている。恐怖が限界に達していたか、股の間から、小水も零れさせていた。

「文香ちゃん」

 言ってフレデリカが文香の方向に顔を向ける。頭の処理の限界を迎えたか。彼女は、フレデリカが二名を殺している間に、気を失い、倒れていた。

「アナスタシアちゃん」

 彼女の方は事態を細やかに認識したらしい。
口を両手で抑えていたか、やがて、凛と加蓮の身に訪れた、悲惨で、無惨にも程がある結末に耐え切れず、胃の中の物を全て吐き出してしまった。
未消化だった昼食のものが全て戻されるが、それでも尚吐き足りないのか。ついには、胃液すら吐き出していた。

「あ、ありすちゃん――」

 目線を、アナスタシアから、小動物のように縮こまっているありすの方に向ける。
それに気付いた、年端の行かない少女が、膝を曲げ、頭を抑え始めた。身体を襲う震えが、より一層強くなる。

「こ、こないで……」

 冬山に裸で放り出されたように、彼女の歯はガチガチと音を立てており、言葉を紡ぐのも難しい状態だ。
それでも、この言葉を紡ぐ事が出来たのは、奇跡のような物だったであろう。

「ありす、ちゃん……」

 一歩、ありすの所に近寄るフレデリカ。

「――来ないでぇ!!」

 肺の中に辛うじて残った空気を、全て吐き出す様にしてありすが叫んだ。怒気ではなく、恐怖でもって構成された、懇願するような泣き叫びだった。
その叫びに思う所があったか、アナスタシアは、畳の上を這いながら、何とかありすの下へと近付き、彼女を抱き寄せる。
ありすはアナスタシアの胸の中で、普段のキャラクターを金繰り捨てた、年相応の泣き声を上げて、啜り泣き始める。
その状態でアナスタシアは、フレデリカの方を睨みつけ、恐怖と焦燥で声を上擦らせながら、一喝した。

「こ、これ以上近付いたら、私達も貴女を――!!」

 声の続きを聞くのが怖い、とでも言うように、フレデリカがその場から逃げ出した。
楽屋と廊下を仕切るドアは、フレデリカの突進で蝶番ごと吹っ飛ばされ、向かいの楽屋のドアに勢いよく衝突。
そのまま彼女は廊下へと躍り出て、消え去ってしまった。後には、渋谷凛と北条加蓮の死体と、三人のアイドルが残される形となった。
泣き止まないありすを、どう慰めれば良いのか解らない。アナスタシアは、呆然とした表情で、天井の照明を見上げるのであった。

48Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:21:53 ID:BeeZboF20
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 限界だった。
ステージにいる間は、不思議と飢餓が抑えられていた。パフォーマンスをしている間は、大丈夫に違いない。そう思っていた。
あの殺人鬼が現れ、周子達を焼き殺した瞬間、彼女の理性は一気に吹っ切れた。常人ならば、吐き気を催すような人間の身体の焼ける臭い。
それをフレデリカは、牛や豚にスパイスを塗して焼いた様ないい匂いだと思った。それを嗅いだ瞬間、彼女の理性は決壊した。
抑えつけていた飢餓が一気にあふれ出たが、それをメインステージが設置されていたフィールド内で発揮しなかったのは、殆ど奇跡にも等しい所業であった。

 飢餓を満たしたいと言う本能が理性を追い越し、暴走し、凛と加蓮の命を、この手で奪った。
その事実を認識した瞬間、体中の毛穴から冷たいものが噴き出てくる、堪えられない程の恐怖が身体を包み込んだ。
そしてその恐怖が身体から心根を支配していてなお、二人の身体は、とても美味しかったと舌が覚えており、そして、全部食べずに残して逃げたのを勿体ないと思っている自分を、フレデリカはこれ以上となく嫌悪していた。

 凛の内臓は、良く煮込んだ鳥のもものように柔らかく、ほのかな塩気が実に良かった。
加蓮の肉は、結構な時期を病院で過ごしていたと言う事実を感じさせぬ程香気だっていて、ハーブか何かと一緒に煮込まれた牛の肉のように美味だった。
フレデリカが正気に戻ったのは、二人の肉を食べ、飢えが若干満たされた事で、理性が本能に若干勝ったその瞬間であった。
何て、取り返しのつかない事をしてしまったのだ、と。フレデリカは堪らなく後悔し、そして、クローネから向けられる怪物やお化けでも見るような目線に、ゾッとした。
そんな目線を向けられるだけの事を、フレデリカはやってしまった。非難がましい目線、自分に対する恐怖の籠る目線、自分に対する憐憫が隠し切れない目線。
それら全てを向けられる事が怖くて、フレデリカは逃げてしまった。そして、もう一つ。そんな目線を向けられているのに、アナスタシア達を『美味しそう』だと思った自分が恐ろしくなり、あの場から逃げ出してしまった。

 何処に向かって走っているのか、解らない。
口についた血を拭う事も忘れ、怪物みたいになった右腕を元に戻す事も忘れ、宮本フレデリカは何処かに向かって走っていた。
クローネの生き残りの目から逃れる為――彼女達を、この手で殺さない為に。

 国立競技場内部は、不気味な程人がいなかった。
今フレデリカが走っている所が、一般客とは違う、TV局や346プロの関係者のみが入る事が出来る、競技場北側の入口であると言うせいもあるだろう。
今頃南側は、大量の人間でごった返しているに相違あるまい。つまり、大量の人間――食糧――がいると言う事で……、其処まで考えて、かぶりを思いっきり振った。
何て事を、考えるのだろうと。今この状況、人っ子一人いない状況の方が、良いに決まっている。自分はこのまま行けば、死を振り撒き続ける。
それを避ける為、フレデリカは逃げ続ける。この一心で逃げ続けた末、遂にフレデリカは、北側の大入口まで到達、外に出る。
国立競技場では、あんなに悲しい出来事があったと言うのに、外はこんなにも晴れているものなのかと、心の何処かでフレデリカは考えた。
何れ此処にも、警察や、自分達のライブを中継しにやって来たのとは違う刑事事件等を主として担当するTVレポーターが、やって来るのだろう。そうなる前に、何処か遠くに――

「ふ、フレ……ちゃん?」

 逃げる筈だったのに。
運命の神が振るった賽子は、宮本フレデリカと呼ばれる少女に、安息の時を許さなかった。彼女の目の前には、白衣を纏った、己の友人であるアイドル、一ノ瀬志希が、呆然として佇んでいるのであった。

49Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:22:11 ID:BeeZboF20
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 生中継されていた、余りにも無惨で、凄惨な光景を見た時、一ノ瀬志希は全身の血が引いていくような感覚を覚えた。
突如として現れた、黒礼服のバーサーカー、黒贄礼太郎と、それによって殺される、自分の見知ったアイドル達。
予想だにしていなかった展開に、休憩室にいた他のスタッフ達も、志希同様驚愕を隠せぬ風であった。永琳ですらも、それは同じ。
まさか数万人規模で人が集まるこの一大イベントで、こんな野放図極まりない大虐殺を行う愚か者がいる何て、永琳は予測出来なかったのである。

 テレビ越しからでも、現場の生の戦々恐々ぶりが伝わってくる迫真さ。それが、この映像が3Dによる物ではない、真実の映像である事の証左だ。
その映像を見て、黒贄が行う恐るべき凶行を何分か見た時。志希はいても立ってもいられなくなり、メフィスト病院から支給された白衣を脱ぐ事すらしないで、
休憩室を飛び出し、遂には院外へと駆け出した。白衣を着た少女が勢いよく病院の中を走る者であるから、スタッフや患者を含めた多くの人間が、
何があったと言わんばかりに彼女に目線を投げ掛けて来るが、それが気にならない程、志希は必死であった。

【助けに、行くつもりかしら?】

 駐車場から歩道に出たその時になって、永琳が念話で訊ねて来る。無言を以って、志希が返した。

【元居た世界では確かに友人だったのかも知れないけれど、此処ではNPCでしょう? 助けに行く意味は、ないと思うわよ】

 永琳の言葉はとても冷酷で、無慈悲であり、そして、主である志希の事をどれだけ慮っているのか、志希にはよく解る。
永琳の言う通り、この世界で活動している、聖杯戦争の参加者以外のあらゆる存在はNPCに過ぎない。
346プロのアイドル達は皆一ノ瀬志希と言う人物の事を知っているし、友達だとも認識している。志希だって、そう思っている。
だが、どんなに互いが仲間だ友達だと思っても、この世界の住民は全てNPCであり、志希が本来いた世界とは何の関わりも接点もない存在だ。
パラレルワールドに生きる人間達、と言う解釈の方が解りやすいかも知れない。この世界の住民達が、志希の元々の世界の住民ではなく、
しかも元の世界に無傷で帰らなくてはならないと言う志希の目的上、要らぬ火中の栗を拾いに行くのは、そもそもの方向性として間違っている。
つまりは永琳の言う通り、今志希が行おうとしている、346プロの仲間を助けに行く、或いはそうでなくとも、新国立競技場に向かうと言う行為は百害あって一利なしの選択でしかない。

【……確かに、そうかもしれない】

 志希は、永琳の意見を肯定した。彼女の意見にも正しさがある――いやそれどころか、ある観点から見たら、正しさしかない意見であったからだ。

【でも、所詮NPCだからって理由で見ないフリしたらあたし……とっても後悔しそうな気がする……】

【理屈も何もないわね】

 呆れた様子で永琳が言う。

【NPCだって解っても……この世界の346プロの皆は、あたしの知ってる人達と本当にそっくりで……だから】

【見捨てられない、と】

【悪い事なの?】

【聖杯戦争に勝ちたいなら悪手。だけど、感情の動きとしては、正常じゃないかしら】

 永琳が続ける。

【主君に振り回されるのは、こっちに行っても変わらない、か……。因果からは、天才でも逃れられないみたいね】

【え?】

【独り言よ。それより、貴女が競技場に向かいたいと言うのなら、私もそれに従うわ。フォローは既に考えてる。だけど、我儘を聞いてあげる代わり、これだけは約束なさい】

【……何?】

 真面目なトーンで永琳が口にした為、つられて志希の方も、真面目なそれになってしまう。

【恐らくは新国立競技場には、間違いなくサーヴァントが一人以上はいると見て間違いないし、サーヴァントと鉢合わせになる可能性がとても高い。そうなった場合、全ての行動の選択権を全て私に委任なさい】

【……解った】

【宜しい】

50Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:22:42 ID:BeeZboF20
 否定する理由がない。どの道、志希は何時だって重要な局面は永琳に任せて来た。
それが正しいからである。永琳は志希以上に頭も良く、多方面の才能に長じている。志希が頼るに値する、優れたサーヴァントであった。
その証拠に永琳は、全力疾走で国立競技場へと向かう志希を疲れさせない為に、身体に作用する魔術を彼女に掛け、疲労が蓄積しない状態にさせている。
こうする事で、常に全力で志希を走らせる事が出来、スムーズに目的地へと向かわせる事が出来る。こう言った所においても気配りが出来る辺りが、八意永琳と言うサーヴァントが優秀である事の何よりの証左であった。

 メフィスト病院――もとい、元々存在していたK大の大学病院と、新国立競技場までは目と鼻の先である。
歩いて十分、自転車があればもっと速く到着できる程近い。全速力で走れば、五分と掛かるまい。実際、それだけの時間で、志希は新国立競技場に到着した。
遠目から見ても、大量の人間が慌ただしく逃げ出しているのが解るレベルで、その潰乱ぶりが見て取れるようであった。
まだ警察がやって来ていないのは、永琳達が此処に潜り込むと言う意味では、不幸中の幸いと言うべきだろう。NPC達にしてみれば、事態の鎮静が遅れる為に堪ったものではないだろうが、どの道警察程度ではサーヴァントは対処出来ない。彼らはどの道、詰んでいた。

 観客が入る為のルートと、346プロや業界の関係者だけが入れるルートが別々に解れている事を知っていた志希は、
北側入り口、即ち関係者口から競技場内に入ろうと決めていた。永琳もそれについては異存はないと言う。NPCが少ない場所であるのなら、それに越した事はないからだ。
騒ぎが騒ぎの為、本来ならば人の数が少なくて然るべき筈の北口周りにも、NPCがちらほらと見られる。
既に事態の詳細が行き届いているのか、NPC達は皆困惑した表情を浮かべて、競技場を見上げていたり、競技場の方が気になりつつも、
その場から距離を取ろうとしている者に別れている。また中には、屋台を捨てて逃げ出している的屋もいる程で、今回の事態がどれ程NPCに混迷を齎しているのかよく解る。

 どちらにしても、この程度の人数なら、簡単に忍び込めるだろう。――そう思っていた、その時だった。
競技場の入り口から、見知った少女が慌てた様子で飛び出して来たのだ。明るい金髪、整った欧州風の顔立ち、柔かなボディラインが特徴的な魅惑的な身体つき。
その少女を、一ノ瀬志希は知っている。宮本フレデリカと言う名前のその女性は、志希の友人であった。この世界でも、その立ち位置は変わっていない。
お互い緩い性格が特徴的で、波長も合っていた事から、元居た世界でも346プロに入った瞬間から真っ先に友達になれた程だが……何故だろう。今のフレデリカは、頗る余裕がなさそうに見える。

「ふ、フレ……ちゃん?」

 だがそれよりも志希の目を引いたのは、フレデリカの右腕だ。
見間違いじゃない。彼女の肘から先は、紅い液体が今も滴っていて――。

「――下がりなさい!!」

 その一喝が、志希の意識を一瞬空白にした。
永琳が霊体化を解除。乙女を守る騎士の様に、志希を背後にするような立ち位置になるや否や、いつの間にか手にしていた弓矢をフレデリカに番えていた。
実体化と同時に、周囲に極めて強い認識阻害の結界を展開させるのも忘れない。これから起こる、無惨な戦闘を誰にも気取られないように。

「あ、アーチャー!?」

 何をしているのだ、と言う様な非難がましい声音で、志希が叫ぶ。友人であるフレデリカに矢を向けるなど、志希からすれば正気ではないだろう。
だが永琳の方は至って冷静沈着だった。フレデリカは、右腕に傷を負って血を流しているのではなく、誰かを傷付けた際の返り血がその手から滴っている、
と言う事など永琳には御見通しである。だがそれだけで、フレデリカをギルティだと決めつけた訳ではない。
永琳が本当に彼女が危険な存在だと思ったのは、別の要因。彼女の存在の余りの不安定なのである。宮本フレデリカの存在は、酷く曖昧で、ブレている。
今の彼女は、人と、それ以外の存在の『情報』が揺らぎ、鬩ぎ合っている状態。言ってしまえば今のフレデリカは、人と、『何か』の中間を彷徨っている存在である。NPCですらない。それだけなら、問題ではない。問題は、その人以外の情報が極めて危険な存在のものであり、今この瞬間に暴走する事が目に見えていると言う事なのである。

51Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:23:07 ID:BeeZboF20
 断言出来る。戦闘は、最早避けられない。
これより永琳は、宮本フレデリカ――もとい、フレデリカを侵食している怪物との戦闘に突入する事になる。
殺すか、殺されるか。それでしか終わらない。つくづく、主君の為に厄介事に巻き込まれるのが、自分の宿命らしいと永琳は苦笑いを浮かべてしまった。

「し、き……ちゃん……志希、ちゃん……!!」

 身体の中に救う病巣や悪性腫瘍の齎す痛みに耐えるように、フレデリカが身体を極度に震わせ、地面に膝を付いた。
「フレちゃん!!」、と叫び、前に出ようとする志希だったが、当然永琳は許さない。バッと、志希の靴を踏んで抑えた。

「逃げ、て……もう、耐えられない……!! 何処か、遠くに……ィ!!」

 頭を掻き毟りながら、四つん這いの状態でフレデリカが叫ぶ。
哀願に近い、痛切な叫び声だった。宮本フレデリカ、と言う人格が、怪物の人格にとって変わるまで、もう一分の猶予もない。
間違いなく暴走する。フレデリカ、と言う少女もそれを予期しているのだろう、でなければ、こんな言葉は出ない。

「アーチャー、お願い!! フレちゃんを助けて!!」

 ――否。殺す。
本心を言えば、助けたい。救える者は救いたい。永琳だってメフィストと同じ、プライドの高い医者である。患者が救えませんでした、など我慢が出来ない。
だが、永琳は既に知っている。既にフレデリカが救えないと言う事を。彼女を苛んでいる要因は腫瘍でもなく感染症などの病気でもない。
もっと根元的――万物を構成する最小の要素、原子より小さく素粒子よりも細やかなもの、情報が改竄されているせいだと永琳は見抜いていた。
これは、治せない。病気を治すのと、万物を構成する情報を治すのとでは次元が違い過ぎる。生前ですら、治せたか如何か解らない程だ。
メフィスト病院に連れて行けば治せるのかも知れないが、それをする気は永琳には無い。
病院に連れて行く間に、フレデリカが完全に暴走し、志希を殺す事を危惧しているのだ。そうなってしまえば元も子もない。
つまり永琳は、主である一ノ瀬志希を守る為に、彼女の友人である宮本フレデリカを殺すのだ。
……絶対に治る事のない、情報の改竄と言う現象に苦しむフレデリカを唯一救う方法、外部から死を齎すと言う救いを以って、彼女に引導を渡そうと言うのだ。

「……天才が、聞いて呆れるわね」

 これしか方法が思い浮かばない自分の知性と、救ってやりたい存在を殺す事で救うと言う陳腐なやりかたしか出来ない自分の実力を、永琳は呪った。
呪いながら、彼女はフレデリカの胸部に鏃の照準を合わせ――この瞬間、彼女の暴走が本格的な物となった。

 腕に刻まれた痣のような物から、白色の光の筋が彼女の前身にくまなく走り初め、それが頭頂部から爪先にまで走るや、彼女は光の柱に包まれた。
光の柱の内部では、永琳ですら瞠若する程の大量の魔力が嵐のように荒れ狂っていたが、直にそれは安定して行き、光の柱の内部に存在する何かに収斂する。
変身を終えた、いや、フレデリカの三次元空間上での姿が、彼女を苛んでいた何かに乗っ取られた、と言う言い方の方が正しい事であろう。
光の柱が止まると、永琳の見立て通り、其処にはフレデリカではない、真実フレデリカ以外の怪物が存在した。後ろで志希が、息を呑む声が聞こえた。

 光の柱から現れた存在は、フレデリカとは似ても似つかぬ、人間の女性を基(もとい)にした何かであった。
身長は永琳と同じ程で、プロポーションはフレデリカ以上にグラマラスで、女性的である。髪の色は変身前同様の金髪であるが、後ろに前に、
その髪が長く伸びているだけでなく、その輝きたるや煮溶かして不純物を全て取り除いた黄金の如くに美しく光り輝いていた。
だが何よりも目を瞠るのは、その身体の色だろう。石灰か何かのように彼女の身体の色は真っ白で、その白い皮膚の上に墨に似た黒い刺青を全身に幾何学的に走らせているのだ。
その双眸は驚く程機械的で冷たく、右手に握られた磨製石器を思わせる武骨な黒曜石製のナイフは、人間に備わるプリミティブな恐怖を喚起させる、武骨だが恐るべき凶器である。

52Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:23:18 ID:BeeZboF20
 永琳が予測した以上に、これは危険な存在だった。
救うだの何だのとは言っていられない、どの道、葬るしか道はないだろう。それ程までに危険な存在だと永琳は判断し、そしてそれは残酷なまでに正しかった。
宮本フレデリカの変身した怪物――悪魔――こそは、古の昔メソポタミアや西セムの民族が崇拝した大地母神であるからだ。
数多の名と数多の姿を持ち、数多の土地で形を変えて尊崇されて来た、肥沃な大地の化身にして、自然の恵みと厳しさをか弱い人間に教える偉大なる母神。
そのあまりの信仰の強さの故に、彼の基督教は彼女を悪魔に貶め、しかしそれでも、その信仰を完全に消し去らせる事は出来なかった、強壮な女神――を模した怪物。

「人類……裁かれねばならない……美しい霊と、美しい地……そして、ママ・メムアレフの為……違う、私は……!!」

 アシェラト本来の物であろう低いハスキーボイスと、フレデリカの声である若い女性の声が、二重音声になっている。
まだ、怪物本来の意思と、フレデリカの意思が鬩ぎ合っている状態だ。フレデリカの意思は消えていない。
尚の事、倒されねばならないと永琳は思った。ただでさえ強大な力を持っている上に、この悪魔は人類に対する明白な敵意すら抱いている。
放っておいて良い筈がないし、放っておいてもこの場にいる志希達が真っ先に狙われる。悪魔の意思がフレデリカの意思に打ち勝って顕在化する前に、この場で斃さねばならないのは明白だ。

「この地に、母はいない……なれば私が、地上を破壊し、ニンゲンを殲滅し尽くすまで……美しい霊と、嘗てこの地に生きていた気高きニンゲンの為に……!!」

「嘗ての栄華に縋る貴女の様は、私の目から見ても美しくなくてよ。旧き地母神……『アシェラト女神』」

 永琳のその言葉は、確実に、眼前の悪魔――地母神・アシェラトの怒りの要訣を抉った。怒気が、瞳と身体から迸る。空間が、ぐにゃりと水あめの如く歪み出した。

「貴様……私達と同じ旧き神であると……言うのに、私達の悲……願を嘲弄すると、言うか」

 完全にアシェラトの物となった声を受け、失笑とも言う様なリアクションを永琳は取ってしまった。張りつめた永琳を笑わせるに足る一言だったのである。

「時に忘れ去られた存在ならば、静かに滅びを受け入れなさい。この世において全ては、仮初の客。私も神も、それは同じ」

「――神は、滅ばぬ……からこそ神なのだ。私は滅ばない!!」

 かぶりを振るう永琳。出来の悪い弟子か生徒に呆れる教師宛らの態度であった。

「言っても無駄だったようね。これだから、感情的な地母神様はイヤなのよ」

 フッと、永琳の顔から失笑の表情すら消え失せた。感情が死んでいるとしか思えぬ、能面の如き無表情だった。
その表情のまま、番えた矢をアシェラトの方に放った。時間流を局所的に加速させ、初速の段階で音を超える程の速度で矢を放つ、永琳が使う弓術の絶技である。
それをアシェラトは、手に握った黒曜石のナイフを振い、粉々に破壊。それと同時に、体内に循環されていた魔力を調整。

「アギダイン――!!」

 その一言と同時にアシェラトは、頭上に巨大な火球を展開させる。局所的に小規模な太陽が降りてきたように、周りが明るくなる。
この恐るべき大火球を、旧き女神は永琳と志希目掛けて高速で飛来させる。摂氏にして八千度以上は下るまい。
直撃すれば志希など骨どころか灰すらも残らず焼き尽くされる。これを永琳は、弓を持っていない左手で軽く払った。
誰が信じられよう、永琳のか弱い繊手が火球を打ち叩いた瞬間、それは幾千幾万もの火の欠片になって砕け散ったのである!!
アシェラトが目を見開かせる、が、原理を明かせば何て事はない。永琳が有する埒外の対魔力が齎した結果に過ぎない。彼女の対魔力は、女神の扱う超絶の魔術ですらも一方的に無効化させる。

53Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:23:39 ID:BeeZboF20
 火球を砕いたばかりの永琳の左手に、一瞬で五本もの矢が握られていた。
それを彼女は、マシンガン染みた速度で次々と右手に握った和弓に番えて行き、連射させて行く。
放たれた矢は軌道上で細い光の筋――レーザー――のようになり、十m先のアシェラトの急所に放たれて行く。
これをナイフ状の石器で次々砕いて行く、しかし永琳は止まらない。放った五本の矢が破壊されると殆ど同時に、また矢を番えて高速連射させていたからだ。
しかも、先程の倍の十本。これは堪らないとアシェラトも考えたか、最初の四本を砕いた後、左方向にステップを刻み、矢の軌道上から逃れた。
残りの六本の矢は新国立競技場の内部、北側入り口の先に広がっていたロビーに消えて行く――かに思われたが、物理法則の下では有り得ない程のUターン軌道を描き、
勝手にアシェラトの方に向かって行くではないか!! アシェラトも異様な気配を感じたのか、背後を振り返り驚きの表情を浮かべていた。
永琳は放った弓矢に、自動追尾の術式を当て嵌めていたのである。命中するか破壊されるまでは、地の果てでも永琳の放った矢は相手を追跡するのである。

 アシェラトは火球を矢に放ち、直撃させる。着弾と同時に火球は、レーザーと化した矢諸共、噴火を思わせる火柱になり破壊される。
石畳が一瞬で融解し、溶岩状になる程の威力。流石、高位の悪魔が放つ魔術であった。アギダインと呼んでいた魔術が砕かれると同時に、永琳がアシェラトに接近。
いつの間にか弓矢は三次元と四次元の間の隙間にしまわれており、永琳は空手だった。アーチャークラス、それも筋力のステータスに優れぬ永琳が、素手で戦闘を行おうと言うのである。

 右手の指を全てピンと立てた状態で永琳は、アシェラトに対して手刀を行った。
水平に振り抜かれようとするこの攻撃を、この地母神はナイフの刃部分で防御、永琳の手首を斬り飛ばそうとする。
が、ナイフ越しにアシェラトの身体に舞い込んだのは、高速で放たれた砲丸に直撃したような凄まじい衝撃。
その衝撃に対して何の対策もしていなかった為に、彼女の身体は紙のように吹っ飛んだ。これが、本当に、生身の女の身体と石器が衝突した際に生じたエネルギーなのか。
アシェラトを吹っ飛ばしたのは確かに、永琳の手刀に内包されていたエネルギーであった。アシェラトが地面に着地したのと殆ど同じタイミングで、永琳は再び接近。
既に手刀の間合いに入っていた永琳は、右手刀を振り下ろすも、これをナイフの刃部分で防御。鉄槌でも落とされたような凄まじい衝撃がアシェラトの腕に走るばかりか、余りの攻撃の威力に、防御した彼女を中心に地面が浅いすり鉢状に陥没した。

 無論、今の永琳の常識では考えられない腕力と、黒曜石製とは言えナイフの刃に手を当てても切れない異常な耐久力には訳がある。
何て事はない、強化の魔術を己に施しているだけだ。但し、永琳程の魔術の達者が行う強化の魔術は、人間の魔術師が行うそれとは一線を画する。
ただの包丁の切れ味を宝具レベルにまで引き上げる事も、ただの小石の硬さを鋼の数倍にまで引き上げる事は愚か、強化の魔術の最高峰である他者の強化、
遂には曖昧な概念を更に曖昧にさせる事など、永琳にとっては赤子の手を捻るようなもの。そんな彼女が、己の身体能力と言う狂化の魔術の基本を行えばどうなるか?
各種ステータスを、実質上Aランク以上に相当する修正を行う事が出来るのだ。これを永琳は行っていた。彼女程のサーヴァントにとって、ステータス程意味のない指標はない。己の意のままに、その値を乱高下させる事が出来るからだ。

 力を込め、アシェラトは永琳を弾き飛ばそうとする。永琳は抵抗を行わず、地母神が力を込めた方向に吹っ飛ぶ。
吹っ飛ぶと言うよりは、殆ど打ち上げられたと言う風が適切であり、永琳はアシェラトの単純な腕力で、十五m程も頭上へと飛ばされていた。
其処に悪魔が、アギダインを何発も永琳目掛けて飛来させるが、その全てを永琳は、左手指から発射した蒼白い色をした魔力の弾丸で粉砕させて行く。
魔力の弾丸を放つ技術、即ちガンドと言う初歩的な技術ですら、永琳が行えば対魔力ですら信頼に足るのかと疑問を抱かせる程の必殺の一撃と化す。
矮化されているとは言え、神霊の名を冠する強大な悪魔が放つ魔術ですら、相殺に持ち込める程にだ。

54Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:23:52 ID:BeeZboF20
 重力を制御する術法を用い、アシェラトの腕力で吹っ飛ばされた高度十五m地点を浮遊しながら、永琳はガンドの弾幕を放ちまくる。
それは最早弾幕と言うよりも、弾『壁』とも言うべき代物で。真正面から見れば回避する隙間が一切存在しない。
そんなものが、アシェラトを押し潰す様に、四方八方から向かって来るのである。これを地母神の姿をした悪魔は、身体を独楽の如く回転させ、
手に持っていたナイフの風圧と衝撃波で破壊し、無効化させる。これ位は出来るのか、と永琳も実力の予測を更新させた。
スペルカードルールに則った弾幕では、多少は相手が回避出来る程度の間隙を用意するのが暗黙の了解であるのだが、そんなルールが存在しない聖杯戦争においては、永琳も容赦しない。回避不能、反応困難の、反則そのものの弾幕を永琳は平然と行い続ける。

 其方がその気なら、と、アシェラトは宙に浮いている永琳目掛けて黒曜石のナイフを高速で幾度も振り抜いた。
すると、この地母神が振り抜いのと同じ向きと角度をした、黒紫色の光の筋が空間に刻まれ始め、それが高速で永琳の方へと飛来して行くではないか。
斬撃エネルギーの可視化と実体化、アシェラト女神程の神格であれば成程、そんな芸当造作もない事だろう。だが、永琳からすれば面白みのない技術だ。
迫りくる斬撃エネルギーを、拳大程のガンドを放って尽く破壊、エネルギーを破壊したままの勢いを保ちながら、蒼白いガンドがアシェラトの方に向かって行く。
これを黒曜石の凶器で以って殴打、永琳の方へとホームランの要領で打ち返す。ガンドが身体に到達するよりも速く、永琳は瞬間移動の魔術を構築させ、直に地上にワープ。事なき事をえる。

 此処まで戦って、永琳には解った事が一つある。このアシェラトは、間違いなく本物の神霊ではないと言う事。
身体能力こそは確かに、本物に近いのかも知れない。だが、神が神である為に必要な、最大の要素を目の前の存在は欠いていた。
つまりは、『権能』である。アシェラト程の神格が奮う権能は凄まじい物で、仮にだが、この場にいるアシェラトが真実本物であるとしたら、
サーヴァントの身に矮小化された永琳では万に一つも勝ち目は存在しない。サーヴァントの永琳がアシェラトと渡り合えている理由は、一つ。
目の前のそれが、権能を行使出来ない紛い物の神格に過ぎないからである。身体能力は十分過ぎる程脅威だが、権能の扱えない神など、その強さの半分以上も損なっていると同義。つまりは――弱い、と言う事だ。

「……フレ、ちゃん……」

 志希が、変わり果てたと言う言葉ですらが控えめに見える程の変貌を遂げた、宮本フレデリカ=アシェラトを見て、呆然と呟く。
無二の友である少女が、自分の引き当てたサーヴァントと、殺すつもりの熾烈な戦いを繰り広げていると言うこの現実を、まだまだ認識出来ていない様子だった。
何故フレデリカが、よりにもよって自分の引き当てたサーヴァントと戦う最初の存在になってしまったのかと、志希は己に降りかかる運命の残酷さを、呪っているのかもしれない。

 機先を制したのはアシェラトの方だった。
持っていた黒曜石のナイフを思いっきり永琳の方に突き出した。距離にして十数mも離れている為、普通は当たる筈がない。
しかし、持っている得物の見かけ上のリーチの差など、何の意味も持たないのが聖杯戦争での戦いである。
突き出させたナイフの先端から、具現化した貫通エネルギーの凝集体となった光芒が射出、永琳の身体を貫こうとする。
攻撃が放たれた事を、常識を逸脱した思考速度で永琳は認識、攻撃が放たれたのを見てから回避行動に移る。
身体を半身にする事で、アシェラトの放った攻撃を回避した永琳は、彼女の周りの空間の時間流を意図的に遅く設定。
悪魔は次の行動に移ろうと身体を動かし、体内の魔力を循環させようとするが――行動速度が素人、それこそ志希にすら視認出来る程に遅い。
アシェラトは驚きの表情を浮かべようとしているが、それを作るのだってスローモーションカメラで撮影した様に遅すぎる。
時間の流れが遅い空間にいれば、耐性のないものは如何なる動作、如何なる生理反応もスローになる。脈拍や血液の流れでさえも、だ。況や、魔力の循環など。

55Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:24:04 ID:BeeZboF20
 時間流の遅い空間にいる存在は、時間の流れが正常の空間にいる者から見れば、極端にスローの状態になる。
と言う事はつまり、攻撃を叩き込むカモであると言う事だ。永琳がそれを狙わぬ筈がない。案山子同然となったアシェラトに対して、
手元の空間に産み出させたクレバスの様な裂け目に手を突き入れ、其処から弓矢を取りだし、高速で番えて発射。
弓道の的の様に其処から動けずにいたアシェラトは、永琳の一撃に命中。音の五倍の速度で射出された矢は、アシェラトの胸部に命中したばかりか、鏃は背中まで貫通。
直撃の勢いを受けて、地母神の女体が後方に数mも吹っ飛び、仰向けに倒れた。血が、女神の口から溢れ出て、白と黒の身体を紅く染め上げた。

 アシェラトの頭上に、青く激発する榴弾を大量に生み出させ、それを凄まじい勢いで永琳は落下させる。
しかし、直に意識を取り戻したアシェラトが放った、アギダインと呼ばれる火球の連発により、永琳の放った榴弾は全て到達前に焼き尽くされてしまった。
意外としぶといと思いながら、永琳は地を蹴り、二十m程も離れた距離を一瞬でゼロにし、倒れているアシェラトの方に接近。
彼女の腹部目掛けて、右足で思い切りストンピングを行う永琳。これに気付いたアシェラトが、急いで立ち上がって回避。
永琳の右足が石畳に衝突する。踏みつけられた地点を中心とした直径数mがクレーターになったのと同時に、アシェラトも攻勢に転じる。
黒曜石のナイフを縦に振り下ろすのを見た永琳は、空間転移の術を用い、ナイフの軌道上から幻のように消え去る事で回避。
ナイフが振り下ろされたゼロカンマ一秒後程に、先程まで永琳がいた地点に、深い三本の痕が刻まれた。
獣の爪痕の如きそれは、硬い石畳を果肉をスプーンで抉るような容易さを以って削り取られており、それが一方向に十数m程も伸びている。
直撃していれば、どうなっていたか。対魔力は物理的な衝撃を緩和させられない、こればかりは素の耐久力で耐えるしかないが、永琳としては直撃は避けたい所だった。

 成立させた空間転移の術で移動した先は、アシェラトの五m背後だった。
その地点で番えだすが、この瞬間、アシェラトが何らかの呪言を小声で口にするのを永琳は聞いた。「テトラカーン」、確かにそう呟いた。
急激に嫌な予感を感じ取った永琳は、鏃の照準をアシェラトではなく、アシェラトから数m狙いを前にした地点に定め、其処に矢を放つ。
矢は石畳に当たった瞬間砕け散るばかりか、石畳も破砕させ、その礫を凶悪な女悪魔の方に飛来させる。速度にして亜音速、掠ればその部位は一瞬でミンチになる威力だ。
それがもうすぐ衝突する、と言うその時だった。永琳の目ですら見えなかった、ルビーの板のような透明な赤色の障壁が突如としてアシェラトの前に出現。
矢が弾き飛ばした石礫がこれに命中した瞬間、衝突時のスピードを完全に保ったまま、永琳の方へと反射されて行くではないか!!
拙い、と思い、永琳が身体を半身にさせるが、回避が間に合わなかった。礫の一つが左肩に命中。肩の一部を、肩甲骨ごと抉り飛ばされ、其処から血が噴出した。

「あ、アーチャー――!?」

 事態を認識した志希が、悲鳴に近い声を上げる。
現状自分が最大限頼れる相手である永琳が、血を流す、と言う誰の目から見ても明らかな手傷を負ったのだからそんな声も上げるだろう。

「……時間が経過する毎に力を取り戻してる……? だとしたら厄介ね」

 一方永琳の方は、骨すら砕かれる程の一撃を貰ったと言うのに、恐ろしく涼しい顔をしていた。
まるでこの程度の痛みは、慣れっこであるとでも言うように。痛覚が完全に機能していないか麻痺しているとしか思えない程の、恬淡さであった。

 永琳が命中させ、今まで胸部に突き刺さったままだった矢をアシェラトは引き抜く。傷が驚く程軽微だ、回復の術にも長けているらしい。
負わせた傷を安定状態にさせるや、アシェラトの体内に、魔力が循環して行くのを永琳は感じ取った。

 悪魔の意識が表面化して行くと言う事は即ち、肉体もまた悪魔のそれに近づくと言う事と意味合いは一緒である。
つまり、時間が経てば経つ程、宮本フレデリカ=アシェラトは危険な性質を帯びて行くと言う事になる。
完全に悪魔に意識が乗っ取られれば、それは最早一個のサーヴァントと殆ど変りがない。そうなる前に、仕留めねばならないだろう。

56Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:24:40 ID:BeeZboF20
「テラダイン」

 独特の韻律でアシェラトがそう呟いた瞬間、自分の立っている地面に、魔力が収束して行くのを永琳は感じた。
跳躍、空を飛んで回避する永琳。すると、先程まで永琳が立っていた地面が、まるで地中に埋め込まれていた不発弾が発破される様に砕かれ、爆散。
どうやら、ある種の対人地雷を踏んだような、凶悪な威力の爆発を地面から発生させる魔術らしい。あの場に後ゼロカンマ数秒程佇んでいたら、永琳の下半身は粉々になっていた事だろう。

 空に飛び上がった永琳に目線を送るアシェラト。二の矢は既に、整え終えているらしい。
先程放ったテラダイン、と言う魔術は言わば当てるつもりのない魔術。此方が、本命であるらしい。桁違いの魔力が、アシェラトの体内で収束して行くのが永琳には解る。

「――メギドラ!!」

 その言葉と同時に、永琳とアシェラトの間に、アメジストに近い色味をした紫色の球体が現れた。
ただの球ではない、凄まじいまでの魔力と熱エネルギーを内包した球体である。そのエネルギー量の総量は凄まじく、炸裂させればこの地点からでも、
新国立競技場の半分近くは消し飛び、近場に存在する<新宿>の首都高速にも甚大な被害が出る。確実に言えるのは、永琳は無事で済むが、マスターの志希がそうはならないと言うう事だ。

 急いで永琳は暴走寸前のエネルギー球の下へと近付いて行き、そこに左手を突き入れる。
このメギドラと言う魔術は特別らしい、永琳レベルの対魔力ですら、一方的に無効化する性質を持っているらしい。
左手が一瞬で黒焦げになり、炭化寸前になる。味わった事のない痛みに眉を顰める永琳だが、彼女の行動は迅速だ。
即座にこのメギドラと言う魔術を解析、性質を理解するや、急いで対になる要素の魔力を注入させ始めたのだ。いわば中和だ。
見事に永琳の行った事は功を奏し、魔力球はゆで卵の殻のように剥離されてゆき、無害化される。

 だがこれもまた、アシェラトにとっては予測出来た事柄らしい。
この女神の真なる狙いは、アーチャーのマスターである一ノ瀬志希だったらしい。この地母神は永琳がメギドラを対策している間、地を蹴り、志希の下へと近付いていた。

 ――拙いッ!!――

 メギドラを無害化させた永琳は、炭化してしまった左手を治す事すらせず、空間転移の術を成立させる。
時間が経過して行くうちに、アシェラトの方も永琳と志希の関係性に気付いたらしい。極めて高い単独行動スキルを誇るとはいえ、主であるマスターがいなくなれば、
さしもの永琳も活動限界が早まってしまう。それだけでなく、この世界に於いては永琳の主は蓬莱山輝夜ではなく一ノ瀬志希。
主を死なせると言う事については、自分の死よりも強い忌避感を永琳は抱いている。仮初の主とは言え、自分が付いていながら主を殺すと言う醜態は、永琳には我慢出来ない。己の矜持の為に、永琳はアシェラト達の方へと転移した。

 危機が迫っていると言う事自体に、志希は気付いていなかった。
元よりアシェラトと永琳の攻防は、人間の反射神経の限界を容易く超える程の速度で行われている。ただの人間である一ノ瀬志希が、反応出来る筈がなかった。
故に、気付かない。アシェラトが目の前に現れ、志希の方目掛けてナイフを振り下ろそうとしている事に。自分の目の前が、アシェラトが立ちはだかったせいで暗く陰った事すらも、気付いていないだろう。

57Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:25:31 ID:BeeZboF20
「――志希、ちゃん」

 一瞬だが、性質がフレデリカの物に変わっていた。アシェラトの恐ろしげな瞳に、人間的な色が過る。表情も、酷い懊悩で彩られていた。

「え、フレ、ちゃ――」

 志希が何かを言うより速く、アシェラトの鳩尾に、血濡れた手が生えた。
アシェラトの背後に回った永琳、彼女の右貫手が、プリンに針でも刺すような容易さで、頑丈な女神の身体を貫いたのだ。
血の雫が飛び散り、志希の白衣と顔に、降り掛けの雨粒のように降りかかる。酷く生暖かく、ぬめっている。
何処か塩くさい鉄の香りが、志希の嗅覚が捉える。其処で漸く、我が前で起っている事態を彼女は認識した。
永琳はアシェラトの身体に蓋をしている右腕を引き抜いた。ドボッ、と言う効果音が付きそうな程の勢いで、血液が鳩尾に空いた風穴から溢れ出た。

 ――この瞬間だった
今まで永琳が戦っていたアシェラトと言う存在に、ビデオ映像を巻き戻したような急速な変化が齎されて言ったのは。
白かった肌は一瞬で白人相応の肌色になり、伸びていた金髪が短くなって行き、手にしていたナイフも粒子になって消えて行く。
そして、志希と永琳の前に現れたのは、クローネのコスチュームに身を包んだ、宮本フレデリカの姿だった。
怒れる地母神としての面影は顔にも身体にもなく、大地の恵みと怒りを象徴する大量の魔力も、既にフレデリカにはない。十九歳相応の小娘としての風格を纏った、一人の人間の姿があるだけだった。

「――ああ、美味しそう」

 志希の背後十m程先に停車されていた、ケバブの移動販売車を見ながら、フレデリカがそう言った。
ドッ、と言う音を立ててフレデリカが仰向けに倒れ込む。「フレちゃん!!」、と志希が叫び、彼女の所へ駆け寄った。

「す、凄い……お友達だね〜シキちゃん……あ、アタシにもそう言う友達……いたんだよ〜……う、嘘、だけど……」

「喋らないで!! 血が、血が……!!」

 こうしてる間にも、フレデリカの身体からは血が流れ続けている。
永琳の貫手によって生み出された鳩尾の風穴は元より、如何やらアシェラトの時に負った傷も据え置きらしい。
無理やり矢を引き抜いた傷も完全には回復し切っておらず、其処からもだくだくと、生の証である紅い液体が流れ続けていた。放っておいても、これではもう長くないだろう。

「ねぇ、アーチャー!! 傷……治してよ!! フレちゃんの傷も、治せるんだよね!?」

「……」

 首を横に振る永琳。途端に、絶望の紗幕が志希の顔を覆った。
無論の事、永琳は嘘を吐いている。フレデリカを苛む傷を治す事は、永琳にしてみれば赤子の手を捻るよりも容易い事。
だが、フレデリカを苛んでいる最も重要な、情報改竄による悪魔への変身能力、こればかりは現状治す事は出来ない。
これがある以上フレデリカは暴走を引き起こし、志希の命に危険を齎す可能性が極めて高い。つまり永琳は、治せないのと同時に、治したくないのである。
これは即ち、八意永琳と言うサーヴァントが持つ医術の敗北であった。殺した方が楽になると言う道への、逃避であった。

「そ、そうだ、ねぇフレちゃん!! メフィスト病院って知ってるよね?どんな病気でも治してくれるって病院何だけど、あたし達今其処でちょっと働いてるの!! す、凄いでしょ? だから、其処に行って、治そうよ。ね、ね!!」

「……あはは、初めて、見た……。シキちゃん、意外と泣き虫さんだね……」

 言ってフレデリカはよろよろと、血に濡れていない左手を上げて、志希の頬にそっと触れた。
フレデリカの思わぬ動作に一瞬たじろぐ志希だったが、直に、その意図を知る。眦がやけに熱いと思った彼女は、目元を指で触れてみる。
透明な雫が、志希の細い指から滴り落ちた。他ならぬ自分の眼から、今も泉のように湧き出てくるそれを、志希は止めようとどんなに思っても、止める術を持たなかった。

「え? あ、あれ? おかしいな……あたしが泣いてたら、フレちゃんを励ましたって……」

 白衣の袖で何度も何度も顔を拭うが、全く涙が止まらない。ただ袖に、温い濡れ痕を作るだけだった。

「……アタシね、二人、殺しちゃった。加蓮ちゃんと凛ちゃん……」

「……えっ?」

 予想だにしない言葉に、志希が呆然とした表情を浮かべる。

58Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:25:58 ID:BeeZboF20
「悪い奴を……やっつける為に、って……嘘、吐いてね……。本当は、お腹が空いてるのを我慢……出来なくて、酷い事して……それで……それで……」

 血液の塊が、フレデリカの口から溢れ出た。「フレちゃん!!」、悲痛そうな叫び声が響き渡る。

「だから……ね、二人の所に行って……あ、謝りたいなぁ……って。で、でも……許して、くれるかなぁ……と言うか、アタシ、あんな酷い事して、二人と同じところ、い、行ける……のかな……?」

 話の内容が、全く頭に入って来ない。脳の処理が追いつかないのと、脳がフレデリカの言っている言葉の理解を拒んでいるせいで、全く言っている意味が咀嚼出来ない。
頭蓋の内部が燃えているように熱く、その熱に充てられたせいか、今も双眸から溢れ出る涙は、灼熱の溶岩のように熱かった。

「し、シキちゃ〜ん……な、泣いて……ばかりじゃ変な顔になっちゃうぞ〜……♪ す、スマイルスマイル……」

 口の回り愚か、首すらも血でぬらつかせているフレデリカが、ヒクヒクと痙攣した口の端をつり上げて、無理やり笑みを作ろうとした。
それにつられて、志希の方もいつもの笑みを浮かべようとするのだが、口の端が、糸で縫いつけられたように上がらない。
上げようとしても、ふるふると唇が震えるだけで、笑みと言うよりは寧ろ、哀しみを必死に抑えている風にしか、傍からは見えなかった。

「……し、シキちゃん……」

「な……に……?」

「……お腹……空いちゃったな……アタシ。あそこの美味しそうなケバブ、お、……奢って、欲しいなぁ……って」

「け、ケバブ……って」

 後ろを振り返る志希。確かに其処には、ワゴン車を改造した、移動式のケバブの屋台が存在した。
店員は気の弱い者だったか、焼いている途中だったケバブの肉塊をそのままに、何処かに逃げ出し、無人の状態であった。

「わ、解った。待っててね!!」

 間違いなく、これが今生の別れとなると、志希も悟ったらしい。最後の頼み位、聞いてやらねば嘘である。
急いでケバブの販売車の方へと駆け出し、店員が作り置いている筈の物を探し、見つけた。パンに分厚い肉を挟んだそれを手に取ってから、志希は急いで店内に千円札を置き、フレデリカの方へ駆け寄る。

「ちょっと冷たいけど、たぶん美味しいと思うよ!!」

 そう言って志希は、フレデリカの口元にケバブを持って行く。
……全く、フレデリカがケバブを咀嚼する感覚が、志希の腕に伝わって来ない。パンに挟まれた千切りにされたキャベツやレタスなどの野菜が、
ただパラパラと落ちて行くだけ。嘗て悪魔に変身出来、そして自らの在り方と悪魔に変身出来る事による副作用に苦しんでいた少女、フレデリカの瞳は、閉じられていた。
瞳から頬に掛けて、何か透明な雫が通った跡が、志希には痛い程解る。鉄のように重い瞼が閉じられたその表情は、笑いながら泣いているように志希には見えた。
そっと、頬を触ってみる。何が起っているのかは、実を言うと触れずとも解る。誰だって解るだろう。だが、解っていても、彼女は解りたくなかった。
だから、最後の確認と言う意味で、触れてみた。フレデリカの身体から急速に熱が引いて行くのを、志希は再認してしまった。触れねば良かったと、彼女は思った。

「……貴女が向こうに行っている間に、亡くなったわ」

 其処で、志希の身体に火が灯った。
持っていたケバブを放り捨てて立ち上がり、無慈悲にフレデリカの状態を告げた永琳の頬を、右掌で打擲した。
パンッ、と言う小気味の良い音が鳴り響く。音速にすら反応出来る程の反射神経を持つ永琳が、避けなかった。永琳の身体は、叩いた志希の方が申し訳ないと思う程に、柔らかかった。

59Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:26:21 ID:BeeZboF20
「……」

 黙って永琳が、志希の方を見つめる。まだ、その目には涙が溜まっていた。

「……生き物ってさ、本当に謎が多いよね……。虫や犬、鳥の謎だって解明出来てないのに、自分達ヒトの謎だって人間は全部解き明かせてない……。だけどね、一つだけ。生き物に対して、確かに解る事が、あると思うの」

「それは?」

「どんな生き物だって、死ぬ事からは避けられない」

 至極、当然の事だった。
ませた子供ですら、今時は知っている理屈だろう。しかし永琳はそれに対して茶々を入れずに、聞き続ける。

「『死』なんて、究極的には全ての生き物が最後に経験する不可避の生理現象でしょ? 地球だって太陽だって、宇宙だって永遠じゃないんだから、人間なんかが永遠に生き続けられる筈ない。消えてはまた生まれて、の繰り返し。だからね、死ぬ何て事、そんな悲しく思わない方が、幸せに生きられるんじゃないかな〜……って、……あたし、思ってた。だ、だって……誰だって、経験するんだもん……」

 言葉が後の方になるに連れて、プレゼンテーションを行う様な饒舌さが志希の口から失われ、計画性も纏まりもないアドリブをしているかのように、口調の統一も無くなり、言葉を選ぶと言う事にも時間が掛かるようになって行く。

「でも、口でそう言っても、心ではそう思ってても……全然……ダメだね……。NPCだから、泣く事はないって……アーチャーは言うのかも知れないけど……あたし、凄い悲しくて……悔しくて……」

 其処で、堪えていた感情が決壊し、涙が志希の瞳から溢れ出た、石畳に落ちて、涙が砕ける音すら聞こえそうな程の静寂を、志希が思いを乗せた言葉で切り裂いた。

「NPCだって解ってても、元居た世界のフレちゃんじゃないって解っても!! あたし、全然駄目で、フレちゃんの死を本当のフレちゃんの死と重ねてて!! フレちゃんと一緒に笑おうとしても笑えなくって!! 涙だけが出て悲しい気持ちになってて!! フレちゃんの苦しみを慰めたくても慰められなくて!!」

 話す内容もまとまりがなく、ただ心の中に浮かんでは消える言葉を一つ残さず、後悔しないように、ヒステリー気味に志希は叫び続ける。
それを永琳はただ聞き続ける。心に浮かび続ける闇を、志希が吐き出し終えるまで。やがて、志希の方も、身体の内部を燃やし続けていた感情の焔が消えたのか、思いの丈を叫ぶうちに頭も冷え、叫ぶトーンも落ち込んで行く。萎んだ風船のような態度で、彼女は口を開いた。

「あたし……結局、何も出来なかった……。フレちゃんを慰める事も、一緒に笑う事も――」

「泣いて、あげれてるじゃない」

 志希が何かを言うよりも速く、永琳が言葉を挟み込んだ。

「な、泣いて……って……」

「彼女の死を、医者の分際で私は避けさせる事が出来なかった。その上、死んだ彼女の為に、流す涙もない。けど貴女は、彼女……フレデリカの為に、泣いてあげれてるでしょ?」

 今も流れ続ける涙を、志希は指で掬った。人差し指の半ばまで、熱く濡れそぼった。

「……私は、殺したフレデリカの為に、泣いてあげる事は出来ないけど、貴女はそうじゃない。キチンと、彼女の死を悲しんであげられてる。その時点で貴女は、私よりもフレデリカと言う少女の事を救えているのよ」

 志希は、黙って聞き続ける。

「離別の哀しみを癒のに、医術は不要術。ただ、感情に任せるまま、泣き続ければ良い。貴女に泣かれても、私は困らないし笑わないわ。思い切り、子供みたいに泣きなさい」

 沈黙を保ち続ける志希を見て、永琳は言った。

「……良いのよ、子供で。人の為に涙を流せる自分を、誇りに思いなさい。一ノ瀬志希」

 其処で、志希から遠慮が消えた。 
よろよろとふらつく足で永琳の方に近付き、倒れ掛かるように永琳の方に抱き着いた。

「ひっ……うっ……ああああああああああぁああぁぁあああぁあああぁあああぁぁああぁ!!」

 志希の方も、溢れ出る感情を堪えきれなかったらしい。
感情の荒波を堰き止めていた理性と維持と言うダムは、永琳に触れた瞬間決壊。愛児を失った母親の如き号哭を上げ、志希は涙を流し続けながら叫んだ。

「フレ、ちゃんが……フレちゃんがああぁああぁああぁぁああぁああぁぁあああぁ……!!」

60Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:26:35 ID:BeeZboF20
 自分の服が涙で汚れる事も厭わず、永琳は志希を泣かせ続けた。それで、彼女の気が済むならば安いものだった。
志希に胸を貸してやりながら、永琳は、あの白亜の大医宮に君臨する、一人の魔人の事を考えていた。
白いケープを身に纏う、この世の美の体現者。女神ですら蝙蝠の如く逃げ散らしてしまうだろう、運命と偶然を味方につけたような美貌の持ち主、ドクターメフィストの事を。

 プロフェッショナリズムと言う言葉を用いる事すら躊躇われる程の、常識を逸脱したプライドを持った男。
それが、メフィストと言うサーヴァントだと永琳は思っていた。実際、医術の道を志す者であれば、それだけのプライドは必要になるだろう。永琳だってそう思う。
だが、あの男のプライドの高さは異常である。度を超えたメフィストのプロフェッショナリズムを、永琳は内心で嘲笑していた。
其処が、付け入る隙になると。不必要な程の倨傲さは命取りになる、と言う世の法則を大先輩として教えてやろうかとも、思っていた。

 だが実際は、自分もまたメフィストと同じだったようだと、永琳は自身について再認した。
志希の友人であると言う贔屓を抜きに、フレデリカと言う人物を救えなかった自分の無力が堪らなく腹が立つ。殺すと言う事でしか救えなかった自分が呪わしい。
――そして、人間の情報を改竄させて悪魔にさせると言う手法を取る何者かの存在が、殺してやりたい程憎々しい
事の張本人の顔も姿も名前も永琳は解らない。だが一つ言える事がある。このような事を行う存在をこそ、きっと、吐き気を催す程の邪悪と、言うのだろうと。

 ――……あの魔界医師と、同じ穴のムジナのようね、私――

 志希に胸を貸し続けながら、永琳は思う。受けた恨みは十倍どころか百倍に返してやらねば気が済まない。
人を悪魔化させる技術を持ったこのサーヴァントは、八意永琳の全霊を以って滅ぼさないと溜飲が下がらない。永琳は、元凶となるサーヴァントを絶対に葬るのだと心に誓った。

 ――結局自分と言う女もまた、ドクターメフィスト同様、プライドの高過ぎる一人の医者である事を、八意永琳は改めて認識したのであった。

61Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:26:56 ID:BeeZboF20
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 完全に観客全員が逃げ切り終え、無人の廃墟に近しい様相に成り果てた新国立競技場のフィールド内。
そんな状況にも関わらず、この場に残っている者が二名、存在した。観客ではないし、況してや残された者でもない。二人は自分の意思で残っている者だった。
一人は、見事な業物の刀を神技の如き軌道で振るい続ける、蒼いコートをたなびかせる銀髪の美青年だった。
刀を振るう、その一つ一つの動作が洗練された武の極致。足運び、重心の移動、そしてその剣筋の鋭さ。
どれもがこの時代の武術者では足元にも及ばぬ水準であり、その技練から放たれる居合は、空間すらも斬り取れそうな程の速度と威力を内包しているのだ。
もう一人は、黒いローブを纏った立派な偉丈夫だ。彼は両手に握った、先の蒼コートの男の身長程もある大剣を、己の手足の如く振っていた。
大きい得物程、振い難く扱いにくいが常識であるが、それは常人が認識している武の法則。この大男にとっては、そんな法則は当てはまらないらしい。
まるで小刀でも振っているような器用さで両大剣を振い、迫り来る蒼コートの剣閃を弾き続けるその姿は、正にギリシャ神話に語られるスパルトイ宛らだった。

 蒼コートの男バージルと、黒灰色のローブを羽織る魔将ク・ルームの死闘は、尚も続いていた。
次々と現れた、蒼白く光る不気味な怪物を五分と掛からず殲滅。時間を掛ける必要もない程、あの怪物は、二人の烈士の前では無力だった。
そして、邪魔者がいないと解ると、双方は再び激突。観客の誰もがいなくなったこの闘技場の内部で、死闘を繰り広げていた。

 趨勢は終始、バージルが有利であった。
振う大剣が二本に増えた所で、バージルとク・ルームではそもそもの霊基の出来が余りにも違い過ぎる。
使い魔と言う枠を飛び越え、極めて高位の精霊の類である英霊たる彼らサーヴァントに、使い魔としての枠を出ないク・ルームでは、出力に限度がある。
単純なステータスでは、互角だろう。だが、宝具と言う英霊=サーヴァントの最大の武器を活用するバージルを相手に、ク・ルームが勝利を拾える可能性は、
偶然の女神が微笑みでもしない限り、あり得ない。そしてその女神は、魔将を見放している。邪悪なる者の使い魔に堕ちた男には眼中にない、とでも言うように。

 連続して響き渡る、バージルの閻魔刀とク・ルームの大剣の衝突音。
戛然とした金属音が一続きに鳴り響きまくる。ク・ルームはその技巧を以って、致命傷に至る攻撃を大剣で防いではいたが、それ以外の攻撃は喰らう事が多い。
その証拠に生傷の数はク・ルームの方はかなり多いのに対し、バージルの身体にはそんなものは愚か土埃すら付着していない。双方の技量差を示す、何よりの証左ではないか。

 一秒間の間に無数に放たれる、バージルの魔速の居合に、ク・ルームは対応。
剣を二本も持っている、と言うアドバンテージを利用し、急所や末端に対して寸分の狂いなく放たれる、閻魔刀の一撃を次々に防いでいる。
……ように、素人には見えるだろう。しかし実際には、細かい、直撃しても戦闘不能には至らないレベルの攻撃についてはク・ルームは防御を諦めており、
直撃を甘んじている。彼程の戦士ですら、直撃は最早避けられない、と覚悟を決める程の、恐るべきバージルの技量よ。

62Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:27:16 ID:BeeZboF20
 ――とは言え、ク・ルームはこれを己の敗北だと露程も思っていない。
元々ク・ルームは、十世が思いの外芳しい結果を残せなかった、その尻拭いとして今戦闘を行っている。
この時点で戦略的にも敗北を喫しているとは思うだろうが、結果的には多くのNPCにク・ルーム=タイタス=アルケアの因子を刻み込める事が出来たであろうし、
結果的にはバージルと大杉栄光と言う、一筋縄では行かないサーヴァントの情報を二名も知る事が出来た。NPCにアルケアの情報を刻み込む、と言う当初の目標は、
確かに始祖・タイタスが意図してものを下回るだろう。だが、驚異的なサーヴァント二体の情報を手土産にすれば、結果的にはイーブンにまで持ち込める。
つまり、元は十分過ぎる程取れているのだ。後は頃合いを見て、退散するだけである。尤も、バージルが相手では先ず逃れられまい。
極めて不服であるが、命の数を一つ減らして逃亡する必要があるようだ。まさか今日だけで命を三つも失う羽目になるとは思っても見なかった。
聖杯戦争、かくも恐るべき戦場かと、ク・ルームの背骨が震える。タイタスから聞かされていたが、かくも恐るべき魔戦であったとは。

 バックステップで距離を離し、覚悟を決めるク・ルーム。
玉砕覚悟で大剣を構え、突進を始めようとした、その時だった。自分の頭上から、第三者の気配を感じ取ったのは。
上空の敵意は一言で言えば、烈火だ。迂闊に触れれば肉どころか骨すらも灰にする程激しい敵意。
それにも関わらず、その敵意は極めて指向性が高く、目標目掛けて一点に向けられており、何の迷いもない。そう――これは、強者だけが放てる敵意であった。

 頭上を見上げるク・ルーム。其処には、紅い外套をはためかせ、天蓋から降り注ぐ隕石の如き勢いで此方に堕ちて来る誰かがいた。
其処から先の事を、この魔将が知る事はなかった。誰かが堕ちて来た、と認識したその瞬間。この魔将の身体は、頭頂部から股間に掛けて、見事なまでに真っ二つにされ消滅していたからである。

63Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:27:31 ID:BeeZboF20
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「……いるのではないかと、思っていた」

 そう口にするバージルの声音には、ク・ルームに対して言っていたそれは、次元の違う程の敵意と殺意が溢れていた。
ク・ルームと話す際、バージルは、彼を一太刀で斬り捨て、処理をする程度の認識で話していた。言ってしまえば、路傍の小石と同じ感覚でしかなかったと言う事だ。
――今は、違う。バージルは目の前で佇む、紅コートのセイバーを完全に、対等な敵として相手する気概でいた。
それはつまり、手を抜いて戦って勝てる相手では絶対にないと言う事。バージル自身が、死を覚悟する程の強敵。居丈高な態度を崩しもしないバージルが、そう認めているのと同義だった。

 そう認めるのも、当たり前の存在だった。
バージルは、目の前の紅の魔剣士の存在を、生前から知っていた。そして、目の前の男は、バージル程の男を二度に渡って打ち倒している。
他ならぬ、今の姿だった時。殺してもなお足りない程憎んでいる悪魔共の頂点・ムンドゥスの操られていた時。
目の前の存在こそは、自分と唯一対等であった男であり、そして真実、自分を超えた男。

「来たか、『ダンテ』」

 その名を、この地で口にする機会は二度とない、と思っていたかと言うと嘘になる。血の繋がりと言うものは、英霊の身になっても消えぬものらしい。
根拠こそなかったが、バージルは、己の悪魔の血で、この<新宿>に己の血縁がいるのではないのか、と言う予測を遥か前から立てていたのである。
そしてそれは、紅コートの魔剣士・ダンテにしても同様。彼もまた、己に流れる大悪魔・スパーダの血を以って、自分の血縁がいるのではないかと考えていたのだ。

「アンタが出張るイベントはロクな事にならねぇな」

 厳かさを隠さぬバージルに対し、ダンテの語り口は軽く、おちゃらけたそれに聞こえるだろう。事実、ダンテの表情は、常通りの不敵な笑みのそれである。
……だが、声の端々から裂いて現れるような、圧倒的な覇気はどうだ。その道に通暁する戦士は元より、枝すら振るった事のない腕白の対極にいるような子供ですらが、ダンテの並々ならぬ敵意を感じ取れるだろう。

「ノーフード。ノーアルコール。それに、……ハハハ、ひでぇな。目玉の可愛い子猫ちゃんも、あんなザマだ」

 ダンテが、先程10世が破壊したメインステージの方に目線を向けた。
破断されたステージの中央あたりに、黒焦げになった三人のアイドルの死体と、下半身だけが黒焦げになり、上半身に何かに貫かれたような血色の風穴が穿たれ、倒れ伏している少女の姿があった。

「お前は何時だって時間にルーズだろうが。何かと時間に遅れ、中途半端に得物を取り逃す」

「だが何時だって、メインディッシュには間に合うぜ」

 ダンテの返答は、即答とも言うべき速さだった。

「アンタの事は大体解ってるつもりだ。欲しいんだろ? 聖杯がよ。親父が泣くぜ、バージル」

「貴様には関係ないだろう、ダンテ。俺は、より力を手に入れ、貴様が狩り残した悪魔共を斬り尽くすまで」

「Wow、素晴らしい心構えだ。拍手を送ってどうぞどうぞと言いたい所だが、生憎俺は聖杯を破壊する立場でね。アンタの心を此処で挫く必要があるんだ」

「その返事も、薄々だが予測出来ていた。そして、俺達が出会えば、戦うしか道がないと言う事も」

 其処で、ダンテがガンホルスターから、黒色の銃身を持った巨大な拳銃、エボニーを取りだし、バージルの額に照準を合わせた。
陽の光を受けて、名の通りのエボニー(黒檀)の名を冠したその銃身が、ギラリと、死神の振う鎌めいて輝いた。

「奇遇だな、俺もなんだ。双子なのに、何時も再会のキスで円満に終われないな、俺達は」

 沈黙が、場を支配した。身体に変調を来たしかねない程の、濃密な殺意が場を満たし、そして荒れ狂った。
足元にはグチャグチャに耕された芝生の地面、どれが男でどれが女なのかも解らぬ程粉々になったNPCの死体。
酸鼻を極る悲惨で無惨なこの光景の中にあって、二人の魔剣士は、己の殺意と敵意を曇らせる事無く。これから死闘を演ずる相手の事を、睨みつけていた。

「感動の再開なんだ。笑って戦って、笑って死ねよ。バージル」

 そう口にするダンテの顔も、笑っていなかった。

「……前者は、お前を斬り殺す事よりも難しいな。後者に至っては、俺には出来ない」

 鯉口を切ってから、バージルが告げた。

「死ぬのはお前だからだ。ダンテ」

 両者の姿が、霞のように消えたのは、この瞬間だった。

64Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:27:49 ID:BeeZboF20
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「逝きすぎイイイイイイイィィィィィィィ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜wwwwwwwwwwwwwww(宝塚ボイス)」

 リハーサル室の床に、敷かれた絨毯めいて転がっている、様々なアイドルの姿を見て、美城――否、ベルク・カッツェはのびのびとした声で叫んだ。
集団ヒステリーでも起こした後のように、様々なコスチューム、様々な年齢、様々な体格が地面に横たわっている。
此処に血が流れていれば、機関銃の一声掃射を受けて倒れた群衆の姿だ、と説明しても皆は信じるだろう。それ程までの、壮絶な光景だからだ。

 カッツェの扇動により、この場にいるアイドル達の九割九分が、己の持っているスマートフォンやPC類に、CROWDSを操作出来るアプリを落とし込み、
CROWDSを競技場内で戦っているであろう存在の下に差し向けた。その結果が、この通りだ。CROWDSがNPCならば兎も角、サーヴァント相手には糞の役にも立たない。
この事をカッツェは知っていた。自分が対処出来る存在なのだ。強さに秀でたサーヴァントが、あんな図体だけデカい、的そのものの怪物に後れを取る筈がない。
要するにアイドル達は、――実際には死んでいないが――無駄死にに近いのである。無論、そうなる事もカッツェは知っていたし、万に一つも勝つ事は愚か、
サーヴァントに手傷を負わせる事すら出来ないだろうと踏んでいた。そうと解っていて何故、カッツェがアイドルを差向かわせたのか。

 ――簡単な話だ。全ては、己の悦楽の為だ。
破滅的な光景、人間同士が醜く争う情景、ドロドロとした憎劇。それこそが、カッツェが人間に対して求めるもの。
愛、友情、努力、結束、成功、決意。そんな物、人間に対して求めていない。生き物の本質は並べて、戦争と階級闘争である。
そしてその末の破滅を、カッツェは何よりも好む所とする。それを特等席から眺めるのは、カッツェにとってはこれ以上と無い愉悦なのだ。
それは聖杯戦争の参加者だろうがNPCだろうがどうでもいい。人が争い破滅する、その姿が良いのだ。
本当の敵は誰で、今やるべき事は何なのか。それを見失い、勝手に暴走して勝手に倒れて行くアイドル達の姿は、実に楽しかった。
仲間が意識不明に陥っても、何の疑問も抱かずカッツェにアプリを落とし込んでくれと頼んで来たアイドルがいた時など、
美城の姿を崩してしまう程の爆笑を堪えるのに必死だった。その目で、CROWDSを破壊された存在がどうなるかを見ているにも拘らず、このザマ。
この、暗黒面のカオスの具現化たるアサシン・カッツェが、こう叫ばぬ筈がない。

「ンンンンンンンwwwwwwwwwwwwwメシウマアアアァアァアァァァアアァァァァア!!!!!!!!!wwwwwwwwwwwwwwwwww」

 テンションが上がり過ぎて、地面に転がっていた適当なアイドルを蹴り飛ばした。
蹴りが当たった瞬間、そのアイドルの胴体から骨が飛び出、風のような速度で壁に激突。うめき声を上げる事無く、その少女は地面に倒れた。
頭からコンクリートの壁に激突したせいか、あり得ない方向に首が曲がっている事に、カッツェは気付いたか如何か。

 さて、と、これからの予測を立てるカッツェ。
九割九分のアイドルは、見ての通りの様子なのだが、残りの一分のアイドルは、アプリを落とし込む為の端末を持っていなかったり、
怖くなって逃げ出したと言う理由で取り逃してしまった。これを、追ってみるかとカッツェは思い移動を始めようとした、その時だった。

 ガチャッ、と、ドアが開く音が聞こえて来た。その方向に顔を向ける。
するとその方向には、パーカーを身に纏う、オレンジがかった茶髪の青年と、野球帽を被った無精ひげの青年がいるではないか。
二人は、リハーサル室の驚くべき光景に、驚愕の表情を隠せぬ様子であった。パーカーの青年――大杉栄光が口を開く。

「なん……だよ……これ!!」

 そう、言いたくもなるだろう。床のタイルが見えないと言っても過言じゃない程に、大量に倒れ込んだ346プロのアイドル達。
一部屋に大量人間を集め、其処に毒ガスを散布した風な破滅的な光景にしか、余人には見えないだろうし、そう言っても信じてしまう程の説得力があった。

65Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:28:13 ID:BeeZboF20
「き、君達は……!?」

 此処でカッツェは、カッツェとしての仮面(ペルソナ)ではなく、美城としての仮面(ペルソナ)を被ってそう言った。
演技である。二人を騙す為の。そして、彼らを破滅させる為の。

「いや、今は如何だって良い!! 君達、緊急事態なんだ。手を貸し――」

「その必要はねぇよクソ野郎ッ!!」

 栄光は、主である順平が初めて聞く様な、怒気を露にした様な声でそう叫び、美城に扮したカッツェの下に飛び掛かる。
その両脚には既に風火輪が装着されており、其処から炎状のエネルギーを推進力代わりに噴出させ、カッツェの反応を許さぬ程の速度で急接近。
そして、彼の顔面に右脚による回し蹴りを叩き込むが、サーヴァントとしての反応速度でカッツェは、慌てて両腕でこれを防御。
しかし、防御の際に力を込めていなかったか、カッツェは弾丸みたいな速度で蹴られた方向へと吹っ飛んで行き、先程蹴り飛ばしたアイドルが衝突したコンクリの壁に激突。栄光の蹴りの威力は、吹っ飛ばされたカッツェがその激突の勢いで、コンクリの壁を薄焼きの煎餅みたいに砕いて尚余りあるほどの威力があった。

「ら、ライダー!?」

 順平が困惑したような声を上げる。
命令を無視しての突飛な行動よりも寧ろ、栄光がこんな声を上げられるのか、と言う事実に寧ろ驚いていた。

「マスター!! そいつはNPCじゃねぇ、NPCに化けてるサーヴァントだ!!」

 地面に着地してから栄光が叫ぶ。
そう、栄光は気付いていた。元々栄光達は、競技場内を移動しながら、栄光の持っている解法の技術で、何処に誰が隠れ潜んでいるのかを虱潰しに探していた。
此処に現れたのも、その一環。此処リハサール室の壮絶な光景を前に順平は怯んだが、栄光だけは、唯一この場所に置いて無事な状態だった美城=カッツェを、
解法の技術で解析していた。結果は、黒。いやそればかりか、目の前に倒れ伏している大量のアイドル達が、なぜこうなったのかと言う原因だと言う事も解った。

 これが解っていたから、先んじて栄光はカッツェに攻撃を仕掛けた。事実だ。
だがもう一つ、理由がある。それこそが、重要な事柄であった。それは、大杉栄光から見たベルク・カッツェが、心底のクソ野郎に映ったと言う事である。
カッツェは明らかに、此方を演技でハメようとしていたが、栄光はそれを先述の解法で見抜いていた。その腐った性根が、許せない。
同じ手法でこの場にいるNPCも陥れたのだろう。目の前のサーヴァントは自身の悦楽の為に、地上に混沌を齎し、人類が破滅するまで争い戦わせる、
絶対悪その物だと栄光は認識した。そんな存在、栄光は知っている。生前見た事があるからだ。蝿声厭魅と言う名前の、無窮の悪意が形を成した存在であった。

「え、NPCって……俺には全然」

「俺じゃねぇとわかんねぇよ!! そしてこいつは、この光景を作り出した、張本人のクソ野郎だ!!」

「誰がクソだこのチビガキがああぁあぁあぁぁ!!!」

 怒気を露にそう叫び、カッツェは、先程蹴り飛ばしたアイドルを再び、栄光の方へと蹴り飛ばした。
サッカーボールの如き勢いで吹っ飛ばされたそのアイドルを、慌てて栄光はキャッチするが、身体が異様に冷たい。そして、首がほぼ直角に折れている事にも気付いた。
誰がやったのか。答えは一つだった。怒りが、身体を支配して行くのが、栄光には解る。

「テメェッ!!」

 栄光が口角泡を飛ばして叫ぶと同時に、カッツェが変身を解除する。
美城の姿から元の、ボサボサの赤髪を長く伸ばした長躯の男の姿に。口元は怒りに歪み、体中からは異常とも言うべき殺気が、瀑布の如くに迸っていた。

「ドアをノックしてから部屋に入る者だって、教わらなかったんですかぁ〜????wwwwwwまぁ、人に勝手に蹴りかかる育ちの悪い猿には解らないんでしょうがねwwwwwwwwww」

 おどけた口調でそうは言うカッツェだったが、伸ばした前髪から見え隠れする、血のように紅い瞳は、全く笑っていなかった。

「マスター、コイツに普通の理屈は通じねぇ、このまま放っておけば災厄になるゴミだ!! この場で仕留める必要があるぞ!!」

「……テメェ、猿の分際でゴミだクソだのと……」

 其処でカッツェは、右手にノート状のアイテムをアポートさせ、それを水平に伸ばした。
これこそが、ベルク・カッツェがガッチャマン形態になる為に必要な宝具、幸災楽禍のNOTE。これを出す以上、目の前のサーヴァント、大杉栄光に齎す結果は一つ。『死』以外にはなかった。

66Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:28:35 ID:BeeZboF20
「ミィを仕留めるって言ったな……? 燕が鷹に勝った試しは何処にもないですよぉ?wwwwwwww」

「自分で自分の事を鷹って言う奴は、総じて雀みたいな強さしかねぇんだよ。クソ野郎」

 ――其処で、ベルク・カッツェの切れた堪忍袋の緒が、ズタズタに引き裂かれた。

「……五体満足で死ねると思うなよ野蛮な猿がァ……!!」

 その一言を契機に、NOTEに魔力が収束して行く。それを見て、順平も構えた。

「BIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIRD GO!!」

「ライダー、お前に全てを任せるぜ。そいつを処理しろ!!」

「応ッ!!」

 カッツェに蹴り飛ばされて死んだアイドルを床に置いてから、大杉栄光は変身したベルク・カッツェの下へと向かって行く。
人を幾人も喰らって来たかのような悍ましい姿の凶鳥に、翼を燃やしながら燕が特攻して行く様子に、今の構図は似ている。
悪なる鳥と善なる鳥が、今、<新宿>の地下を舞おうとしているのであった。

67Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:28:48 ID:BeeZboF20
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 如何して、こうなっているのか安部菜々には理解が出来なかった。
何故皆、あんな怖いのを平気で操ろうとしているのか。何故皆、あんな怖い存在と戦う気概があるのだろうか。
絶対に、逃げた方が楽なのに。警察やらに任せた方が、丸く収まる筈なのに、どうして自分達だけで解決しようとするのだろうか。
それが、彼女には解らなかった。だから、逃げ出した。あの、狂気と狂奔が渦巻くリハーサル室から、幾人かの年少の子供達を引き連れて。

 アプリを落とし込む為のスマートフォンを、まだ買っていなかった事が菜々には幸いした。
ガラケーではどう足掻いてもアプリを操作できないからだ。だから、美城の提案には乗るに乗れなかった。もっと言えば、洗脳されなかったと言うべきなのかも知れない。
この機に乗じて菜々は、リハーサル室にいた小さいアイドル達、即ち、赤城みりあと佐々木千枝、城ヶ崎莉嘉の三人を引き連れて、新国立競技場の外へと出ていた。
菜々の力では、この三人を外に出すだけで手一杯だった。次戻った頃には、もう多くのアイドルが、駄目になっているかも解らない。
だがそれでも、現状を救ってやりたかった。年長者として、その義務があると思ったのだ。

「良いですか、皆!! すぐ近くにTV局の中継車とかがある筈ですから、其処に助けを求めに行くんですよ!! 絶対に保護して貰えますから、ね!!」

 此処までくれば、後は関係者に保護を言い渡せば全て丸く収まる筈。
誰もいなくなった警備員の詰所から外に出た安部奈々は、一緒に同行していた三人の小さいアイドル達にそう告げた。

「で、でも菜々ちゃんは、どうするの……?」

 莉嘉が心配そうに顔を見上げて来た。まだ泣き足りないのか、眦に涙が溜まっている。

「私は、また中に戻って、皆を戻します」

「だ、ダメだよ!! い、いっしょに行こうよ!!」

 みりあの方が、今度は懇願する。つられて莉嘉や千枝も、一緒になって頼み込んだ。
その健気さに菜々は涙が出そうになるが、今は彼女達の安全の方が重要だった。

「ナナは、ほら、大丈夫ですから!! 皆は早く家族の所に戻ろうね……? お願いだから」

「菜々ちゃん……」

 不安そうに、菜々の顔を見上げる三人。言いたい事が解ったのか、皆はこれ以上、何も言わなかった。

「うん、いい子だね。それじゃぁ、私、行って――」

「あの、すいません。此処に私と同じ礼服の殺人鬼がいるって本当ですか?」

 三人を抱きしめようとしていた菜々達の方に、そんな、気の抜ける男の声が聞こえて来た。声は明らかに、菜々達に向けられていた。

「……へ? それは解りませんけど、それらしい人はいましたけど……」

「そうですか、ありがとうございます」

 菜々が、その男の方に顔を向けると、菜々の首に、凄まじいまでの衝撃が舞い込んで行き、その衝撃で首がねじれ、捩じ切られて飛んで行く。
ぶちぶちと嫌な音を立てて筋繊維が引き裂かれ、その勢いのまま菜々の首が宙を舞った。三人を抱きしめようと言う姿勢のまま、彼女は、三人の少女のアイドルの方に、ドッと倒れ込んだ。

「ありゃ」

 先程まで自分達と話していたアイドルの無惨な死に方を、三人は理解出来ていないようだった。
三人の子供達を見下ろすのは、凶器くじ番号五十九番、ステンレス製の火かき棒を右手に持った、黒礼服の殺人鬼、黒贄礼太郎であった。

「……ま良いか。子供は社会の為に必要ですし、環境保全環境保全」

 そう言って黒贄は、菜々達が先程出て来た警備員の詰所のドアから、競技場の内部へと入って行く。
黒贄が閉めたドアから、三人の子供達の悲痛な叫び声が聞こえて来たが、黒贄がそれを認識していたのかどうかは、解らない。

68Wiping All Out ◆zzpohGTsas:2016/10/09(日) 21:29:06 ID:BeeZboF20
中編1の投下を終了します。本来はここまでが前半の予定でした

69名無しさん:2016/10/09(日) 22:53:53 ID:M1MPAiXs0
投下乙です
半魔兄弟の激突や順平えいこーvsカッツェニキと盛り上がってる分、アイドルたちが…

70名無しさん:2016/10/09(日) 23:27:29 ID:q5MqaJiQ0
投下乙

346倒産のお知らせ

71名無しさん:2016/10/10(月) 20:43:36 ID:GWuGfYl.0
投下乙です
あの二人はいかなる理由があろうと出会ってしまった以上は戦わざるをえない宿命ですな
エイコーの方は外道パパンを思い出したのかな?

>>69
そこら辺の民草より可憐な花のほうが見応えあるから仕方ないね(愉悦
こういう演出もNPC設定で後腐れなくできるし、大規模な聖杯戦争って
舞台設定なんかも含めてExtraは結構エポックメイキング。

72名無しさん:2016/10/11(火) 02:12:46 ID:djs61kfc0
投下お疲れ様です。

多数のアイドルが殺され、敏腕プロデューサーも殺され、(恐らく)常務も殺されて……
70様も言ってるけど346プロ倒産あるいは大打撃?

73名無しさん:2016/10/15(土) 20:12:33 ID:O29WOnmk0
御城が潰れりゃ客引きが始まるさ

74 ◆zzpohGTsas:2016/11/02(水) 19:37:16 ID:S9VYun0w0
生きております。諸事情により筆の進みが遅くなって申し訳ございません。
9月の半ばとかその辺りから長期の予約をしてしまって申し訳ございません。
企画主、と言う事で許していただければ幸いです。

生存報告がてら、続きを投下いたします

75Mass Destruction ◆zzpohGTsas:2016/11/02(水) 19:37:34 ID:S9VYun0w0
「……妙だな」

 と、神妙そうに、液晶テレビの映像を眺めるのは、西新宿はホテルセンチュリーハイアットに居を構えるアサシンのサーヴァント、レイン・ポゥだ。
どうにも怪訝そうな表情を浮かべながら、彼女はテレビに映し出された映像に目線を送り続ける。
これまでの情報を振り返ると言う意味で、昼のニュースを見ていたレイン・ポゥだったが、突如、緊急ニュースと言う名目で、ニュースキャスター達が慌ただしい様子で、
それまで伝えていた内容とは異なるニュースを伝え始めた。その内容を要約すれば、新国立競技場での大虐殺事件だ。
レイン・ポゥ及びそのマスターの英純恋子は、その新国立競技場でアイドルのライブコンサートがある事を知っていた。
知っていて無視していたのは、純恋子がそう言うのがあまり好きじゃない、と言う個人的な好みに起因している。レイン・ポゥもそれは同じ。
一大イベントではあるが、数万人規模で人が集まる所でサーヴァント同士が戦う筈がないだろうと思っていたのだ。――だが、それが現実になっていた。
アイドルのライブの様子を映していたカメラの映像には、上空から飛び降りて着地、アイドル達を物の数秒で雷で消し炭にしている、黒礼服のバーサーカー。
黒贄礼太郎の姿が映し出されているではないか!! 逃げ惑う観客、それまでステージ上で歌い踊っていたアイドル達。
此方側に伝えられている映像は、黒贄がアイドル達に稲妻を今まさに落としているその瞬間で終わっているが、これは編集だろう。
つまりこの後――TVの放送コードに完全に触れる程凄惨無比な光景が繰り広げられていた、と見て間違いない。

 きっと誰もが、こう思う事であろう。黒贄礼太郎なら、やりかねないと。あの狂ったようなバーサーカーなら、やってもおかしくないと。
実際一度戦ったレイン・ポゥも、そう思っている。あの男は人命と言う物に全く重きを置いていないサーヴァントだ。
人の命など、紙風船よりもなお軽い。それが黒贄の人命観だとすら彼女は思っている。――だが、レイン・ポゥの優れた人間観察能力が、違和感を鋭敏に感じ取っていた。
『あの黒贄礼太郎は、黒贄礼太郎ではないのではないか』、この虹の魔法少女はこう考えていたのだ。何故か。
答えは単純明快、メインステージに落とした『雷』だ。誰がどう見ても、あの稲妻は黒贄が落としたと見て間違いない。其処がおかしい。
先にも述べた通りレイン・ポゥは既に、令呪すら一画失う程激しい死闘をあの殺人鬼と繰り広げていた。だからこそ、解る。
黒贄はレイン・ポゥとの戦いで、あんな魔法めいた技術を使った事がなかったと。何故、レイン・ポゥとの戦いの時に、黒贄は使わなかったのか? 焦点はそこになる。
使えなかった事情がある? まさかそんな事はあるまい、事情と言う物を勘案出来るサーヴァントなら、大通りで大虐殺などする筈がない。
マスターの事を揣摩して? それもない。黒贄のマスターである遠坂凛は、マスターとしては極めて優れた資質の持ち主、魔術の一つや二つ、使えるサーヴァントなら使わせているだろう。……となれば、答えは一つ。

 ――今の映像が映した黒贄礼太郎は、『本物の黒贄礼太郎ではなく、あれを模した何らかの存在』と言う事だ。
残念な事に映像は、仮の黒贄がメインステージを破壊したその瞬間で途切れている。だが、それで諦めるレイン・ポゥではない。
彼女は直に、純恋子から手渡されたタブレットを操作し、Twitter等のSNS、まとめブログの類を見てみる。やはり何処に行っても、目立ちたがり、伝えたがりはいるもの。
TVではこれ以上放映出来ない様子の映像や画像をアップしているアカウントやページが、出てくる出てくる。さぁ、これを吟味する時間だ、そう思っていた時だった。

「……行きたいな」

 レイン・ポゥの後ろで、隙があれば殺してやりたい程ムカついている、最強の魔法少女・魔王パムが火照った声でそう呟いた。最近は無視するようにしている。

「行きましょう」

「は?」

 純恋子が合いの手を入れ始める。これも無視して――いや、出来なかった。思わずこの虹のアサシンは、頓狂な声を上げて、純恋子の方に顔を向けてしまった。

「……行くか!!」

「行きましょう!!」

「は?」

 レイン・ポゥがそう口にした瞬間、魔王パムは純恋子を抱き抱え、そしてレイン・ポゥの魔法少女コスチュームの襟を引っ掴み、
風の様な速度で移動、部屋を後にし始めた。カタン、先程までレイン・ポゥが情報収集をしようとしていたタブレットが、操作していたままの状態で虚しく床に落ちたのであった。

76Mass Destruction ◆zzpohGTsas:2016/11/02(水) 19:38:00 ID:S9VYun0w0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ロベルタを処理し、再び遠坂凛と黒贄礼太郎と言う真名のバーサーカー、及びセリュー・ユビキタスと彼女の従えるバーサーカーの捜索を行っていた時であった。
場所は、信濃町からやや距離を離し、<新宿>駅の近く。此処にはいないかと思い、次なる場所に移動をし始めた時だった。大通りの様子がやけにおかしい。
多くのNPCが移動せずに立ち止まり、上空を見上げていたのだ。いや、上空ではない。彼らは、<新宿>アルタの巨大な街頭テレビに映し出された映像を見ているのだ。
ライドウ達がこの場所についた時には、年端もいかない若い少女や娘達が、華やかで可愛らしい衣装を着て、歌って踊っている映像が流れていた為、彼らは無視を決め込んでいた。

 それが今になって、全く異なる映像を映し出していた。黒礼服のバーサーカー――そう、黒贄礼太郎が競技場内で暴れ狂っているではないか!!
死体が競技場の芝生内から観客席に至るまで、あらゆる所に転がっているその様子は、とても地上波で映せるものではない。
余りにも唐突に表れて、編集が追いつかなかった事は明白だ。と言う事はつまり、この様子は生中継である事の何よりの証左であった。
実を言うとライドウ達は、アルタの街頭TVが今まで何を映し出していたのか知っていた。今日、新国立競技場で行われている、
346プロダクションと言う芸能事務所のアイドル達のライブコンサートである。人がたくさん集まる事も想像に難くない。知っていた事である。
知っていて無視していた理由は、こんなにNPCが密集している所でサーヴァント同士が戦う訳がないと言う事、そしてもう一つは、そうなる前に自分達が脅威となる存在を、
叩き潰して見せると思っていたからだ。だが、現実はどうだ。ライドウ達が、起る筈がないと思っていた事が現実の物となっている。
それも、最優先で倒すべきバーサーカーだと認知していた、黒贄礼太郎の手によって、多くのNPCに被害が出ている。

 帝都の騒乱を処理するのがライドウの仕事であるのなら、今起っているこの事態を解決しないのは、嘘だ。
そう思いながら、マントを翻して移動を行おうとしていた、その時だった。映像の中の黒贄が、突如として何者かの手によって吹っ飛ばされ、
アルタのそれと同じ位大きいステージ上のバックスクリーンに衝突をしてしまったではないか。移動をし始めようと思っていたライドウだが、立ち止まる。

【……どう見る】

 霊体化しているダンテに、所見を求める。

【TV越しじゃ、何が何だかわからねぇな。少なくともわかるのは、とても高度な術で自分の姿を見えなくさせている誰か、と言うのは確かだ】

【俺も、同じ意見だ】

 ダンテの目でも見えぬ何かは、非常に強かった。
塞の話は『フカシ』か、と思える程に黒贄は弱く、目に見えぬ何らかの存在に雷を落としたりして抵抗をするが、最早蹂躙とすら言える程の速度で殺され、消滅。
余りにも呆気なさ過ぎて逆に何かあると疑わざるを得ない程、アッサリとした最期だった。――が、やはりあれで終わりではなかったらしい。
新たに突然表れた、黒灰色のローブを纏った偉丈夫が、今度は目で見えぬ何かと、死闘を演じ始めたではないか。
ダンテよりも優れた体格をした男が、余人には黒色の残像としか映らぬ程の速度で、大剣を振い始めた。軌道上には誰もいない、彼は虚空に向かって剣を振っていた。

 偉丈夫の男による二本の大剣を使った演武だと、多くのNPCは思うだろう。しかし、ダンテとライドウには違う。
黒灰色の男が振う大剣の軌道、体捌き、そして目線の動きから、二人はスクリーン越しで戦っている偉丈夫が明白に透明な誰かと戦い、そして、
透明な男がどんな戦い方をして、どんな動きを描いて戦っているのか、その様子を朧げながらに掴んでいた。ライドウとダンテの二名をして、その戦いの全貌を悟らせないとは、双方ともにただ者ではない。

 ――そして、決着の時が訪れる。
ローブの男は重い一撃を身体に貰うが、如何やら、攻撃を受ける事が前提だったらしい。
肉を切らせて、骨を断つ。偉丈夫はカウンターの要領で目に見えぬ誰かの身体を引っ掴む。喉であったらしい。
そうと解るのは、男に掴まれたせいで、それまで透明化の処理を施していた件の人物の姿が露になっていたからだ。オレンジがかった茶髪が特徴的な青年。
「ライダー」、ライドウが呟いた。一瞬であるが、クラス名がテレビ越しでも理解出来たからだ。如何やら透明化の他に、情報誤認の処理も行っていたらしい。窮状に陥ったせいで、透明化と一緒にその誤認処理もあやふやになったようだ。

77Mass Destruction ◆zzpohGTsas:2016/11/02(水) 19:38:18 ID:S9VYun0w0
 いざ、偉丈夫の男が相手を殺そう、としたその時。
スクリーンに浅葱色の何かが高速で飛来して行き、ブツン、と言う音を立てて真っ暗になる。
何だ何だ、と、食い入るように街頭TVを見ていたNPC達が困惑する。NPCの中でもフットワークの軽い者は、スマートフォンを取りだし始めていた。

【向うぜ、少年】

 そう提案を始めたのは、ライドウではない。ダンテの方だった。

【無論そのつもりだ。あの騒動、このまま終わる筈がないからな。だが……セイバー。如何した、声にやけに覇気が漲っているが】

 流石に当代最強のデビルサマナー。使役しているサーヴァントの心の機微を明確に感じ取っていた。
普段は余裕綽々、大人然とした態度で振る舞うダンテから、その大人然とした要素が失われ、対象の命を無慈悲に刈り取る『悪魔狩人』としての声音で、ライドウに語りかけていたのだ。

【見えたか? 一瞬だがテレビに、蒼い色の何かが映ったのを】

【……いや。情けない話だが、あのライダー達の立ち回りに集中していて、見逃した】

【そいつは、サーヴァントだ】

【……根拠は?】

【今は回路を組み替えて目が良い状態にしてるんでね、瞬間の事なら捉えられる。蒼い何かは、人の形をしていた】

【それだけか?】

【もう一つある】

 其処で、ダンテが告げる。新国立競技場に向かわなくてはならない理由を。
ライドウの持つ信念など全く関係ない、完全なる個人的事情。帝都の守護よりも、ダンテにとっては重視せねばならない、余りにも身勝手な因縁を。

【俺の見間違いでなければ――】

 言った。

【アレは、俺の兄貴に相当する人物だ】

78Mass Destruction ◆zzpohGTsas:2016/11/02(水) 19:38:32 ID:S9VYun0w0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 其処が、ほんの十分前まで、光り輝く未来が約束されていると誰もが疑わない少女達が歌い、踊っていた場所であると、果たして誰が思おうか。
彼女達の誰もが、愛くるしい衣装を身に纏い、衣装を際立たせる愛らしい容姿を惜し気もなく披露し、此処に集まった数万もの観客を楽しませる為、
この日の為に鍛えたと言っても過言ではない程見事な歌唱力で、多くの人物を楽しませていたのだ。此処は、つい先ほどまでは、斯様な夢の世界の空間だったのだ。

 今は、どうだ。
彼方此方には赤黒く変色した肉の塊が転がっている。その全ては、人の死体だった。
いや、最早死体と言う言葉を使う事すら烏滸がましいかも知れない。人の姿を留めている死体の数など、もう稀なものだった。
多くの死骸は、近くで爆発に直撃したとしか思えぬ程粉々に粉砕されたようにバラバラで、酷い物となると、火で長時間炙られたように黒く焦げたものまで存在する。
競技場内のインフィールド、観客席、そして、アイドル達が踊っていたメインステージ。全てに等しく、死が存在した。何処にも等しく、正義がなかった。

 此処は地獄だった。黒贄礼太郎に扮したタイタス10世によって齎された、死の世界だった。
目視で数える事など不可能に等しい程の数がいた大量のNPC達は、既に競技場内から逃げ切り終えたらしい。観客席やフィールド内に、一人として存在しない。
此処は既に、末法その物の空間であった。人がおらず、死体だけが存在する。そんな世界は、末法の世界以外に何と形容するべきか。

 ――その末世の如き空間に於いて、人っ子一人存在しない空間に於いて。二人は戦っていた。
その戦いを観る者もいなければ、見事だとか凄いとか言う称賛を投げてくれる者も、此処にはいない。
戦いの果てにあるのは、どちらか、或いは双方の死と言う共倒れの結末だけ。戦いの果てに彼らは、戦士の誉れたる勇名も栄誉も、得られないのだ。
ただ徒労だけが身体を包み込み、哀しみだけが胸中に去来する。そんな結果に終わる事は、出会った時から二人は理解していた。
理解していてなお二人は、互いを殺す為に剣を振い続ける。――ダンテとバージルは、同じ父と母の血が流れている双子の兄弟であるのに、互いを殺そうとする。その様子は宛ら、絡み合って殺し合う二匹の蛇の様子に似ていた。

 一つの巨大な鋼の塊をそのまま剣の形に加工して見せたような、武骨な大剣の形を取る魔剣・リベリオンを振う紅コートの男は、ダンテだった。
数百、数千年もの間金属を打ち続けて来た鍛冶が、何十、何百年もの間鍛え続けて来た風な技術の粋を香らせる魔剣・閻魔刀を振う蒼コートの男は、バージルだった。
振う武器、纏うコートの色。それを除けば、二人の背格好と顔付きは、鏡写しとしか思えない程そっくりだった。双子である以上、それは当然の事だろう。
だが、名を聞くだけで千年生きた大悪魔が恐怖で震え上がる程の魔剣を手足のように扱う、神域に至っているとしか思えぬその技倆すら、二人は近しかった。

 剣身の色の残像すら見る事が叶わない程の速度で、二人はリベリオンと閻魔刀を振っていた。
互いに、疾風としか思えぬ程の速度で得物を振り回し、急所目掛けて攻撃を続けている。恐らくサーヴァントであろうとも、二人の攻防の様子を見る事は叶うまい。
ただ、剣と剣が衝突する際に生じる、戛然とした金属音と、家に火すら点けられそうな巨大な火花が散った瞬間に辛うじて、攻撃が防がれたと知るのである。

 防御をすると言う発想が、今の二人には無い。
では、それで互いにダメージがあるのかと言えば、何とないのだ。防御もしていないのに、何故か?
何て事はない、互いが攻撃の為に魔剣を振うと、その攻撃の軌道上に相手の魔剣が存在するのだ。必然、剣身と剣身が衝突する。
余りにも攻撃のレベルが高すぎる上に、余りにも双方の攻撃の狙いが一致し過ぎて、意図せず攻撃が防御になっているのだ。故に、攻撃が身体に届かない。
そんな奇跡の様な攻防が、既に四百合目にまで達していた。換言すれば、四百回にも渡る攻防が繰り広げられていると言うのに、二人には未だ傷が負わされていないと言う事である。

79Mass Destruction ◆zzpohGTsas:2016/11/02(水) 19:38:49 ID:S9VYun0w0
 リベリオンを上段から振り下ろす、一方のバージルは、下段から掬い上げるように閻魔刀を振り上げる。剣身と剣身が、衝突する。 
大脳が頭蓋骨ごと震えるような馬鹿でかい金属音と、付着した所から肌が黒く焼けるのではないかと思う程の火花が飛び散った。
防がれたと判断した瞬間、また二人は腕を引き、次なる攻撃に備える。今度は袈裟懸けだった。ダンテが上段左から、バージルが上段右から各々の魔剣を振うも、
やはり攻撃が防がれる。こんなやり取りを、一秒の間に平均して二十回程も行っているのだ。
この超速の攻防の前では、大剣と刀と言う質量の違い過ぎる武器が何故打ち合えるのかだとか、何故ダンテはリベリオンを小刀を振うが如き器用さと速度で振るえるのか、などと言う根本的な疑問すらが、最早瑣末で、指摘するのは野暮だった。二人が悪魔の仔であるからこそ成立する光景、それで、全ての疑問は解決するのであった。

 そのような一進一退の攻防を繰り広げている内に、二名は悟るのだ。埒が明かない、と。
技量はほぼ互角。双方共に攻めあぐねている状態だ。こんな時如何するか、と言えば答えは一つ。アプローチを変えるのである。
バージルの方が、その行動にシフトするのが速かった。瞬間移動を駆使し、一瞬でダンテの目の前から姿を消し、紅コートの魔剣士の二十m程背後にバージルが回った。
その地点でバージルが、超絶の居合の技量と閻魔刀の力が合わさる事で成立する、空間を切断する絶技・次元斬を放つ。狙いは当然、宿敵たる紅の魔剣士。
空間に走りまくる、青とも紫色とも取れる線、それは空間に走った斬撃だ。空間そのものを切断するこの技は、直撃すれば対象の物理的特性を完全に無視して斬り崩す事が出来る。対魔力の高低ですら、問題にならない。

 ――次元斬が走った瞬間ダンテは、リベリオンを握ったまま腕を罰点状に交差させた。
誰が、信じられようか。直撃さえすれば強度や物理的性質は勿論の事、対魔力ですら一方的に無効化する空間の切断が、ダンテの身体に直撃した、にも拘らず。
彼の身体のどの部位も斬り飛ばされていないばかりか、その皮膚、そしてコートすら傷がついていないではないか!! その輝くばかりの銀髪すらも、切れていない!!
バージルは眉を顰める。驚愕はしないが、防がれた事が不快な様子だった。彼は何故、ダンテが次元斬を防げたのか、そのカラクリを看破していた。
ダンテが駆使する、父スパーダの闘法の一つ、ロイヤルガード。彼とその子供に流れる悪魔としての力と、超常の技術が高いレベルで組み合わさる事で初めて成立する、
防御の技の究極系の一つ。これを極める事で、ありとあらゆる攻撃を無傷で防ぎ切る事が出来るのだ。究極の攻撃の一つである次元斬ですらも、例外ではない。
ダンテは、バージルが消えた瞬間から、彼が何を行うのか理解し、体中の回路を組み替え、次元斬に備えていたのである。

 次元斬を防御したその直後に、ダンテは攻勢に移った。
身体中の魔力回路を、攻撃に最も適したそれ――ソードマスターと呼ばれるスタイルに配置換えさせ、旋風の如き勢いでバージルの方に振り向いた。
其処から、重さ数十kgは下らない大剣であるリベリオンを、野球選手が硬球でも投げるような容易さで、蒼いコートの魔剣士目掛けて放擲。
投げ始めたその時点で音の速度に達したそれは、バージルまであと五mで到達と言う所になった頃には、音の四倍強の速さにまで達していた。
即座に対応し、閻魔刀の柄でリベリオンを頭上にまで弾き飛ばすバージル。しかし、投げられた魔剣の余りの速度と勢いの故に、バージルの体勢が、
常人ではそれとは解らない程微かであるが、よろめいた。この隙を縫って、ダンテがまたしても体中の回路を組み替え、バージルの方へと瞬間移動。
移動と回避、そして攪乱に最も適したスタイルである、トリックスターによる空間転移だった。転移場所は、バージルから五m程離れた地点。
その時には既に、バージルによって弾き飛ばされたリベリオンは、元の担い手の左手にアポートされていた。そんな状態なのに、何故ダンテはもっと距離を詰めなかったのか。
彼程のサーヴァントであるのならば距離など問題にならない程の絶技を持っているとは言え、近付いた方が効果の上げられる攻撃の方がダンテには多い。
それなのに距離を詰めなかった理由は、単純明快。バージルの四肢に纏われた、厳めしい具足と籠手のせいである。黒光る籠手の表面には、規則正しい時間間隔で光の筋が煌めいている。これこそは、バージルが持つ第四宝具、ベオウルフ。生前葬った上級悪魔の魂が武器の形に昇華された、魔具と呼ばれる兵装である。

「ハッ、サーヴァントになっても義理立てしてんのか? あのウスノロは。大した忠犬ぶりだな」

80Mass Destruction ◆zzpohGTsas:2016/11/02(水) 19:39:12 ID:S9VYun0w0
 ダンテは、バージルが装着した宝具・ベオウルフの事を知っていた。知っていて当たり前だった、何せこの魔具は嘗てダンテの武器だった事があるからだ。
最終的には二十代半ばぐらいの頃に、金策に困ってどっかの質屋に売り飛ばしたきりだったが、それでも所有していた時期はバージルよりもダンテの方が長い。
ならば此方の宝具になるのが筋であると言う物だが、何故か現実はバージルの宝具になっていると言う始末。世の中、どう転ぶか解らないものである。
この魔具の元となった上級悪魔の姿や性格、魔具にならざるを得なかった経緯も、ダンテは全て知っていた。当然、使っていた時期もある為、性能も知っている。
魔術的な性質や付随効果を除いた単純な一撃当たりの威力は、閻魔刀やリベリオンを超える。ベオウルフとはそう言う魔具である。
効果範囲こそ拳の届く範囲と短いが、直撃すればダンテとて膝を折る程の一撃をベオウルフは連発が可能なのだ。迂闊に近付くのは愚の骨頂。
バージルの四肢にその様な驚異的な武器が装着された事に気付いたからこそ、ダンテは彼から距離を取ったのであった。

「動けんか?」

 バージルが、挑発めいた口ぶりで言った。

「動いて欲しいのか?」

 自分は挑発しまくるのに、相手が挑発しても一番乗って欲しいタイミングで乗らない。ダンテと言う男は、そう言う人物だった。

「好きにしろ」

「そうさせて貰うぜ」

 其処で、両者が共に動いた。
五mも離れた地点で、ベオウルフを装着した両腕を思いっきり動かす。フック、ジャブ、ストレート。ボクサーのシャドートレーニング宛らだ。
当たる筈がない――と考えるのは素人考えだ。実際には、シッカリと攻撃の体を成している。ダンテの下へ、指向性を伴った衝撃波が向かって行っているのだ。
直撃すれば、人間は勿論の事、サーヴァントですら良くて骨が砕け、最悪喰らった部位が砕け散る程の威力だ。
それをダンテは、リベリオンを片手で動かしながら、衝撃波の尽くを砕いて行く。砕きながら、いつの間にかガンホルスターから引き抜かれていたアイボリーで、
バージルの方に弾丸を発砲しまくる。魔力が纏われた必殺の弾丸は、バージルの下へと餓えた蛇の如く向かって行くが、バージルはこれを、
ベオウルフを纏わせた両腕で弾き、砕く。防ごうと思って防いでいるのではない、ダンテに対して攻撃を行うのと、迫る弾丸を砕く、と言う動作を両立させているのだ。

 バージルが、ベオウルフを装着させた右腕をストレートの要領で放つ。
衝撃波がダンテへと向かって行くが、これを彼は、一個の金属の塊を思わせるような巨大な魔剣・リベリオンを振い破壊。
破壊するのと全く同じタイミングで、アイボリーから弾丸を連射し続ける。否、正確には、破壊してから弾丸を発砲しているのではない。
バージルの攻撃を破壊するのと『並行して』、弾丸を雨霰と連発させ続けている。三秒しか今の攻防が続いていないと言うのに、
ダンテの放った銃弾の数はとうに二五〇発を容易く超えていた。これだけの数を、フルオートの銃であるのに一々トリガーを引いて弾丸を乱射するダンテもダンテなら、
眉一つ動かさずベオウルフを纏わせた両腕を動かしてその全てを砕き、弾を破壊するのと同時に攻撃も行うバージルもバージルだった。

81Mass Destruction ◆zzpohGTsas:2016/11/02(水) 19:39:24 ID:S9VYun0w0
 放たれた弾丸の数が千発を超えたその時、ベオウルフを装着した右足で、蒼の剣士が地を蹴った。
宛ら燕の如き勢いで高く跳躍したバージル。その高度、優に十五m。助走もなく、膝の力だけでこれだけの跳躍力が生めるのは、悪魔の力か、ベオウルフの力か。
それ程までの高度にまで飛び上がったバージルは、ベオウルフに内包された光の魔力を増大させ、急降下。上方向に魔力を噴射させ、隕石めいた勢いで地面に落下。
拳を芝生に叩き付けた、その瞬間。拳がぶち当たった箇所を中心に、直径二十m超にも渡って地面に亀裂が走り始め、其処から溢れんばかりの光が溢れ出た!!
ただ眩いだけの光ではない。その正体はベオウルフが有する神聖な光の魔力。死徒等の類やゾンビ等の不死者に対して非常に高い威力を発揮する魔光なのだ。
例え相手が不死者でない普通の人間であろうとも、内包された超高熱のエネルギーは、人体を炭化させてなお余りある程の力を発揮する
これをダンテは、体中の回路をロイヤルガードのそれに組み替え、防御。ベオウルフの極光をノーダメージにまで低減させた。
光を無力化させたと同時に、着地したバージルがその体勢のまま地面を蹴り、大陸間弾道ミサイルめいた速度と勢いでダンテの方へ突進。
その勢いを乗せて、ベオウルフを装着させた右拳で彼にストレートを放つ。それに反応したダンテが、先程ガードした次元斬の威力と、今しがた防御したベオウルフの魔光。
この二つの攻撃の威力を乗せた右拳を突き出した。ロイヤルガードは、特殊な防御法で防御して来た攻撃の威力をそのまま相手に叩き帰す、最も攻撃的なスタイル。閻魔刀による次元斬とベオウルフの攻撃を防ぎ、その二つの攻撃の威力の『リリース』なら、成程、ベオウルフの攻撃を迎撃するのに適している。

 双方の右拳が衝突する。
拳と拳の衝突箇所から、凄まじいまでの衝撃波が生まれ、会場全体を狂った獣の如くに駆け抜けた。
国立競技場と言う建造物全体が大きく揺れるばかりか、地すらも振わせる程の、圧倒的衝撃。それが、ダンテとバージルの膂力と技のみによって生み出されたと、信じる者は果たしてどれだけいるであろうか。

 互いの攻撃が迎撃されたと悟った瞬間、バージルが空間転移の技術を用い、瞬間移動を行う。
消えた、と殆ど同時としか思えぬ程のタイミングで、ダンテの回りに円陣を組むようにして、魔力を練り固めて作った浅葱色の魔剣、幻影剣が取り囲んだ。
そして、囲んだ、と見た瞬間に、一斉に幻影剣がダンテ目掛けて射出される。バージルが消えてから、幻影剣が射出されるまでに掛かった時間は、半秒を遥かに下回る。
これが並のサーヴァントならば、バージルが消えたと認識する事も出来ずに、幻影剣に串刺しにされ果てていた事だろうが、相手はバージルの攻撃にも対応出来るダンテ。
リベリオンを思いっきり振り回し、迫りくる幻影剣を破壊。無論、バージルの攻撃はこれだけに終わらない。
恐るべき大剣を振り切り終えたダンテ、その瞬間を狙って、彼がいる空間に幾本もの空間の断裂が走りまくる。奥義・次元斬、何処からか放っている様子だった。
これを、魔力回路をトリックスターの配置に電瞬の速度で組み換え、瞬間移動で回避。次元斬は、何も無い空間を引き裂くだけに終わる。

 バージルが転移した所に、一瞬で睨みを付けるダンテ。閻魔刀の担い手は、ダンテが睨めつけている観客席頭上の『屋根の上』にいるのだ。
その方向目掛けて、ダンテがリベリオンを振う。振い始めのその瞬間には、巨大な剣身には赤黒い魔力が大量に纏われていた。
そんな状態で剣を振うや、可視化された赤黒の衝撃波が剣身から射出されたではないか!! 極超音速で飛来するその衝撃波が、屋根へとぶち当たる。
構造力学的に頑丈な設計の筈のそれは、衝撃波に当たった途端砂糖を練り固めた菓子のように砕け散り、衝撃波は全く勢いを止める事無く、遥か青空に吸い込まれて行く。

82Mass Destruction ◆zzpohGTsas:2016/11/02(水) 19:39:57 ID:S9VYun0w0
 破壊された屋根の瓦礫が舞い散る蒼い空を背に、一際蒼いコートを纏った剣士が、瓦礫が舞っているのと同じ高度地点に存在した。
バージルである。如何やら、ダンテの放った衝撃波、ドライブを回避する為、空中に身を投げていたらしい。
その姿を捉えたダンテが、再びドライブをバージルの方に放つ。迫る赤黒い衝撃波をバージルは、手身近に存在した瓦礫を蹴り抜き、頭上に跳躍すると言う、
物理法則を完全に無視した避け方で回避。ドライブが行き過ぎたのを直感的に理解するや、閻魔刀をダンテの方に超高速で振るった。
バージルの技量と閻魔刀の力が合わさる事で成立する、不可視の斬撃エネルギー、これを射出した。
何かを斬り裂き続けてエネルギーの全てを使い果たすか、外部から力を加えられて破壊されるか。
そして、放ったバージルが消えろと命じない限り、∞の距離を等速直線運動し続ける、と言う恐るべき技である。
この目に見えぬエネルギー体をダンテは、未だ赤黒い魔力が張り付いているリベリオンを振り上げて破壊。
すかさずバージルが、閻魔刀を超高速で振るいまくり、その度に不可視の斬撃エネルギーを放ち続ける。
攻撃はこれだけに終わらない、そのエネルギーに合わせて、幻影剣も雨あられと射出させているのだ。
これがバージルの本気の立ち回りだった。スパーダ直伝の剣術で閻魔刀を操るのと並行して、幻影剣を対象目掛けて撃ち放ち続ける、と言う二段構え。
単純な数の暴力だが、バージル程の男がこれをやるから驚異的なのだ。大抵の相手は、この暴力的なまでの波状攻撃に抵抗すら出来ずに葬られる。大抵の、相手なら。

「Break Down!!」

 裂帛の叫び声を上げながら、ダンテはリベリオンに更に魔力を纏わせる。
どれだけ膨大な魔力を、其処に込めているのか。剣身の色が一瞬で、静脈血のように赤黒くなったばかりか、魔力が飽和し剣身の周りをスパークが迸り始めた。
普通の剣であれば、ダンテが込める暴力的なまでの魔力量に耐え切れず自壊する所だが、そうなるどころかより一層力が高まるのが、リベリオンの性質である。
リベリオンの柄に凝らされた、髑髏の衣装から、歓喜の雄叫びの様な物が張り上がる。この魔剣もまた、主にこう使われる事を望んでいるらしい。
この状態のリベリオンを、横薙ぎに一閃。放たれたのは、赤黒い衝撃波。だが、質量と密度、そして飛来する速度が、先程とは段違いだった。
ダンテの放った衝撃波は、バージルが連発した斬撃エネルギー、及び飛来して行く幻影剣の全てを尽く砕いて行き、一切減速せぬまま、
バージルの所へと猛速で向かって行く。迫りくるそれに対し、バージルは瞬間移動で軌道上から逃れる事でやり過ごす。
閻魔刀で迎撃し、ダンテの放ったドライブを破壊して己に魔力供給をしても良かったが、ダンテは自分がそう動くのを読んでいるとバージルは踏んでいた。
この魔剣士達の戦いは、百分、いや、千分の一秒と言う短い時間の奪い合いと言っても良い。そんな短い時間で容易く、守勢と攻勢が入れ替わる。
自分の優位を保ちたいバージルは、安易に魔力回復を行う、と言う選択を排していた。そして、ダンテとしても当てが外れたらしく、バージルが転移するであろう方向に、二丁拳銃の弾丸を見舞う心算だったのだろう。その両手にはいつの間にか、エボニーとアイボリーが握られていた。

83Mass Destruction ◆zzpohGTsas:2016/11/02(水) 19:40:32 ID:S9VYun0w0
 予定を修正し、ダンテが雨あられのように二丁の拳銃から弾丸を連射しまくる。放たれる弾丸の一つ一つに、ダンテの魔力がはち切れんばかりに内包され、纏われている。
迫りくる魔弾の弾幕を、身体の周囲に幻影剣を縦向きに展開させ、それを超高速で回転させる事で全て弾き飛ばす。
こう言った防御を行いながら、バージルは目にも留まらぬ速さで居合を行いまくる。その度に、ダンテのいる空間に断裂が生じて行く。
これを時に走って避け、時に空間転移で避け、時にロイヤルガードで防御し、時にその断裂をリベリオンで逆に破壊して、ダンテは事なきを得ている。
そして、一撃でも貰えばスパーダの寵児とて致命傷は免れぬ次元斬を回避しながら、エボニーとアイボリーの弾丸を連発し続ける事を忘れない。
Eランク相当の神秘しか有していないながら、Aランクの宝具とも打ち合える程の強度を持つ幻影剣であるが、ダンテの魔弾を防御し続けて無事で済む筈がない。
最初の百発までは無傷であったが、其処から先となると、亀裂が生じ出し、不穏な気配を漂わせ始める。
これ以上はもたないとバージルは判断し、幻影剣を防御から攻撃の配置に変更させる。幻影剣の剣先が、ダンテの方に照準を合せ、その瞬間音の数倍の速度で射出される。
迫る浅葱色の殺意に対し、エボニーとアイボリーの弾丸を発砲して迎撃、総計十本の幻影剣を逆に破壊し返す。
そして、神憑り的な速度で二丁の拳銃をホルスターにしまった後、リベリオンを手元にアポートさせ、これを大上段から振り下ろした。

 ――そして響き渡る、かん高い金属音!!
ダンテがリベリオンを振り落とした方向にはバージルがおり、彼は閻魔刀を弟の首目掛けて振り上げていた。先程の音は、リベリオンと閻魔刀がかち合う音だった。
そして、攻撃が防がれたと知るや、バージルは空間転移を連発させて距離を離す。約三十m程。この二名であれば、十分互いの必殺の技が届く圏内であった。

 此処で、奇妙な沈黙と睨み合いの時間が生まれた。同じ容姿、同じ程の程の技量を持ち、そして同じ師を持つ剣士達だ。考えも、似通っていると言う事か。
生前の技量は、全く衰えてすらいない。ダンテもバージルも、同じタイミングでそんな事を考えた。差があるとすれば、自分達を駆るマスターの腕前であろう。
やはり、互角になってしまうかと、双方は考える。ダンテとバージル、この二名は父である偉大な魔剣士・スパーダを同じ師とするサーヴァントだ。
同じ人物に師事した人物が互いに争えば、どうなるか? 今の様な、傍目から見れば激しい戦いに見えるが、その実両者共倒れになりかねない泥仕合に陥るのだ。

 結論から言えばダンテもバージルも、互いがどんな戦い方をし、どんな技を使うのか。その全てを熟知していた。
技を知っているだけではない、ダンテもバージルも、互いの技を使う事すら出来る。
無論、ダンテが閻魔刀を握ってもバージル程の腕前には達さないし、その逆、バージルがリベリオンを振ってもダンテ程卓越した剣捌きは出来ない。
それぞれを象徴する魔剣に関して言えば、本来の所有者の方が段違いに扱いに長けている。だが兎に角、ダンテもバージルも、お互いの使う技を全て知り尽くしているし、使う事だって出来ると言うのは事実だ。

 これでは、千日手になるに決まっている。 
同じレベルの技量の持ち主が、互いが知っている技術で事を争うと言うのだから、戦いが長引くのは道理と言うもの。
では、こんな時にはどうすれば良いのか。決まっている、技量が全く同じなら、その技を操る素の力、即ち地力とも言うべき身体能力で差を付ければよい。
ダンテにもバージルにも、切り札となる宝具があった。魔帝をも上回る力を秘めた大悪魔、スパーダの血を引き金(トリガー)に、悪魔として覚醒する宝具。これを使う。
当然二人は、今雌雄を決さんとしている宿敵が、その宝具を使える事を知っている。知っていても対応が出来るか如何かと言う程、その宝具は強力なのだ。
バージルは、ダンテさえ倒してしまえば最早自分が聖杯に王手をかけたも同然とすら思っている。逆説的に、此処で倒しておかねばならぬ程の強敵だと認めているに等しい。
ダンテにしてもそれは同じ。つい先程激戦を繰り広げた銀鎧のセイバー、シャドームーンも掛け値なしの強敵だったが、バージルはあれとは別ベクトルで倒しておきたい。
此処で倒しておけば、幾許か肩の荷が下りるだろう。そんな事を、ダンテは考えていた。

84Mass Destruction ◆zzpohGTsas:2016/11/02(水) 19:40:58 ID:S9VYun0w0
 ――使うか? 此処で……――

 使っても、ライドウは自分を咎めまい。今から戦う相手は、自分ですら苦戦を強いられる強敵だと予めあの書生には説明している。
当のバージルは知らないだろう。ダンテが有している宝具の中に、自身が生前求めて已まなかった『力』。
偉大なる大魔剣士にして、バージルもダンテも誇りに思っている父が振っていた最強の魔剣・“スパーダ”を、ダンテが宝具として所持しているなど、知る由もないだろう。
自身が有する、父の名を冠するこの宝具は、此度の聖杯戦争に於いて最強の一つに数えられる宝具だろうと、ダンテは考えている。
強力ではあるが、その分の魔力消費も大きい。ライドウと言う最良のマスターの下でなら長時間振う事も可能だろうが、出来ればそれは避けたい。
可能なら使わずに倒したい所だったが、バージル相手ではそれも厳しかろう。

 ――迷いは、一瞬だった。
バージルとは生前袂を分かったが、その理念や実力について、ダンテは深い敬意を表している。
表しているからこそ、全力を以って葬る。元々手を抜いて倒せるような相手ではない事は、他ならぬダンテ自身がよく理解している。
序盤にバージルを倒せれば、これ以上となく事は有利に進むであろう。精神を統一させ、嘗て父が振っていた最強の魔剣を招聘させようとした――その瞬間だった。

「――!!」

「――!!」

 それは、予め打ち合わせをしておいたとしか思えぬ程の同一性だった。
頭上を仰ぎ見るタイミングも、空間転移を行うタイミングも、ダンテとバージルは全く同じであった。
観客席を覆う屋根から、男が飛び降りて来たのである、そして、黄金色に光る刀を、此方目掛けて振り払った。
これと同時に両名は、それまで睨み合っていた所から空間転移を行い、それから万分の一秒程遅れて、頭上から、神が下した裁きの極光めいた、
黄金色の光帯が光に等しい速度で降り注いだのだ。天然芝の生えたインフィールド内にそれが着弾した瞬間、核爆弾でも炸裂させたような大爆発が発生。
大音響と衝撃波が国立競技場全体を激震させる。まるで巨人が、国立競技場と言う『ハコ』を揺すっているかのように、デタラメなまでに揺れまくっていた。

 競技場の両端に、それぞれダンテとバージルが転移。爆風の範囲外まで逃げ切った。
爆発自体は既に終わったが、朦々と立ち込める土煙は未だ止む事がない。天まで昇らんばかりに立ち昇るその茶けた煙は、爆発の規模と威力を雄弁に語る何よりの証左だ。
直撃していれば、どうなっていた事か、と両者に思わせる程の威力を、あの黄金光は内包していた。「何が起りやがった」、とダンテは呟く。
ダンテはこんな調子だが、バージルだけは、何が起こったのかを理解していた。理解していたからこそ、静かな怒りが体中から発散されていた。
爆熱を内包したあの光を放つサーヴァントと、バージルはつい数時間前戦ったばかりだからだ。

 その男はカリスマ性やオーラと言うものが黄金色の光になって発散されているような、英雄的魅力に溢れた男だった。
その男は人間の可能性と言う物の先の先、その更に先に君臨する、市井の中から生まれた怪物だった。

 その男は――狂人だった。

「避けたか。流石はその身の怪物を御せる勇者達」

85Mass Destruction ◆zzpohGTsas:2016/11/02(水) 19:41:19 ID:S9VYun0w0
 今も朦々と立ち込める砂煙が、一瞬で吹き飛んだ。
先程まで煙が上がっていた場所には、輝く様な金髪を持った男がいた。
黒い厚手の軍服の上からでも鍛えられた身体つきが解る、極めて強い意思と烈しい気性が示されたその整った顔立ちは、
ありとあらゆる困難を己の力のみで乗り越えて来た事を如実に表す、力の具現とも言うべきものだった。
金髪の男――クリストファー・ヴァルゼライドは、ガンマレイを纏わせた黄金刀を右腕で握り、それを横薙ぎに振るって土煙を払い除けたらしい。
ダンテの方も、眼前に佇むバーサーカーのサーヴァントの正体に気付いたらしい。この男は、ライドウから直々に説明された、最優先討伐対象者の一人だった。

「だが、その怪物と向き合う苦しみも、今日で終わる。この俺が、お前達を苦しみと慟哭の彼方に導いてやる」

 そして、今この瞬間、ライドウが何故このバーサーカーを見つけ次第即殺す、と言ったのか、その訳をダンテは理解した。
成程、こいつは確かに今此処で殺された方が良い。余りにも、人の話を聞かない上に、余りにも自分の見ている風景のみを優先する。
この男は自分のやる事が、結局は全て正しいと心から思っている『気違い』だった。正味の話、悪魔の方がずっと物わかりが良いと思う程、目の前の男はタチが悪い。
元々は、放置しておくには余りにも危険が過ぎる、と言う理由からライドウはこのサーヴァントをマークしていた。
今初めて、ヴァルゼライドを目の当たりにしたダンテは、それとは別の理由で彼を殺そうとしていた。放っておけばこのサーヴァントは、その性根の故に<新宿>中に禍を招く。それは、ライドウのサーヴァントとして、嘗て悪魔から人間を護った大魔剣士の息子として、防がねばならなかった。

「OK、良く解ったぜ、バーサーカーの坊や」

 其処で、ダンテとバージルは、スパーダから受け継いだ魂よりも重視する魔剣を引き抜き、その切っ先をヴァルゼライドの頭に向けた。

「「You shall die(此処で死ね)」」

 かくて、英雄は二人の魔剣士を敵に回し、立ち回る羽目に陥るのであった。

86Mass Destruction ◆zzpohGTsas:2016/11/02(水) 19:41:33 ID:S9VYun0w0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 三人の少女が、地面にへたりこんで泣き続けていた。止まれ止まれと思っても、この涙は何処から溢れて来るのか。
もう出ないだろうと傍目から見えても、涙と言うものは、身体中の中の水を全て使い果たすような勢いで、三人の瞳から溢れ続けるのだ。

 赤城みりあと佐々木千枝、城ヶ崎莉嘉は、殺人鬼・黒贄礼太郎によって殺された安部菜々の死体を見て、大声を上げて泣いている。
同じアイドル仲間だった年上の女性は、黒贄の火かき棒の一閃で、首を捩じ切られて即死。今もその頭は、三人からそう遠く離れていない場所に転がっていた。
俯せに倒れた、嘗て安部菜々であったものは、千切れた首から大量の血液を流すだけでなく、体中から堪え難い程の死臭を放つ穢れに変わっていた。

 それが、三人には受け入れられなかった。
つい先程まで、菜々は普通にライブコンサートで実力を発揮して、恙なく自分の出番を終えられた事を仲間と喜び合い、そして次の出番が来るであろうアイドル達に、
まだまだ長いから頑張ろうとエールを送っていたのだ。先程まで、彼女は生きていたのだ。それが、唐突に死んだ。
神が、お前の命はこれまでだと急に横から口を挟んだかのように。読んでいた小説が途中で酷い落丁をしていて、其処で物語が終わっているかのように。菜々は、息絶えた。
その事を、年端の行かない少女は理解したくなかった。さりとて、死を覆させる力など、彼女達にある筈もない。だから、身体を震わせて泣くしか出来なかった。

 競技場の方で、凄まじいまでの轟音が起った。
その音に驚き、反射的に三人は競技場の方に顔を向ける。何が起こったのか、解らない。
もっと上の方で何かが起っているのだろう、と思ってみりあが頭上を仰ぎ見る――「あっ」、と思わず口にした。
三人を一時に押し潰して余りある、競技場の屋根の瓦礫が此方目掛けて落下して来ているのだ。
動こうにも、もう身体が動かなかった。何かを考えようにも、余りにも事態が早く動き過ぎる為に、脳が働くのが遅くなってしまった。

 自らに迫る死すらも認識出来ずに、此処で、死ぬ。
――瓦礫が彼女らを押し潰すまで後三十cm、と言う所で、その瓦礫が粉々に砕け散った。
ボグンッ、と言う音が響いたと同時に、巨大な建材の塊は、小石程度の大きさの破片に代わり、三人と、菜々の死体に降り注いだ。この程度なら、浴びても何の支障もない。
破片が降り注いだ事で漸く、莉嘉と千枝の方が、自分達の身に何かが起っていた事に気付いたらしい。命の危機が迫っていた事を知るみりあは、あの瓦礫がどうして、小さい破片になってしまったのか、その訳を理解していた。

「大丈夫かしら? お嬢ちゃん達?」

 と、如何にも大人びた、しかしそれでいて、優しさを感じさせる声で、その女性は言った。
肌の露出が職業上避けられないアイドル達でも、着る事すら躊躇われるコスチュームを纏っていた。殆ど半裸と言っても過言ではない露出度の高さで、
紐や暖簾で、女性が見られて『恥』と感じる局部を辛うじて隠している様な衣装を、恥ずかしげもなくその女性は纏っているのだ。
だが何よりもみりあ達の目を引くのが、頭に生えている二本の黒い角、尖端が槍の穂先のように鋭く尖った尻尾、そして――『二』枚の黒くて大きい、菱形の羽。
この人は人間ではない、悪魔だ、と。三人の誰もが思った。諸人が抱く女の悪魔のイメージの一つに、余りにも彼女は合致し過ぎていた。
が、その女性の浮かべる、柔和な微笑みはどうだ。素の表情は、キリリと引き締まった凛々しいそれなのだろう事が、三人には解る。
そんな女性が、今の様な慈母めいた笑みを浮かべている為か、その笑みの中に頼り甲斐と言う物を、見出してしまった。この女性が誰なのか、と言う事も知らないのに。

87Mass Destruction ◆zzpohGTsas:2016/11/02(水) 19:41:44 ID:S9VYun0w0
「此処はもう危ないから、早くお逃げなさい。アイドル、の子達よね? 向こうにテレビの中継車があったから、そこに保護をして貰えれば、もう安心よ」

「で、でも……」

 と、莉嘉が涙ぐみながら、死体となった菜々の方に目線を向ける。女性の方も、中々三人の踏ん切りがつかない訳を理解したようだ。

「祈っておきましょう」

「祈る……?」

 みりあが、呆然とした様子でオウム返しする。

「私じゃ、不幸にも亡くなった目の前の人をどうする事も出来ないけど、今は祈って、此処を後にする事が、彼女に対する手向けだと思うの。多分、目の前の彼女も、貴女達が死ぬ事は本意ではなかった筈よ」

 女性の言葉を聞いて、三人は黙りこくる。そして、考える。菜々は今わの際に、自分達だけは逃げて欲しいと言っていた。
今となってはそれが、安部菜々と言う女性の遺言になってしまった。なら、彼女のその意思を果たさねばならないだろう。
みりあは目を瞑り、莉嘉は合掌の要領で拝み、千枝の方も莉嘉に倣った。数秒程経過した後、三人は、自分達を此処まで案内してくれた菜々に対する黙祷を終えさせ、今度は、自分達の傍に佇む悪魔の様な風貌の女性に顔を向けた。

「その、お姉さんはこれからどうするんですか……?」

 千枝が、至極当然の疑問を投げかけた。
自分達は女性の言う事を従い大人しく中継車の方に向かうが、目の前にいるこの痴女めいた服装の女性は、明らかに此処に用があると言う風なのが解るのだ。
今更、此処に何の用があるのかと思うのは至極当然の理屈だろう。何せ今此処は、地獄と言う言葉ですら軽く見える程の戦場になっているのだから。

「一応、雇われの警備員なの、私。職務を放棄して逃げ出すのはアレでしょ? だからもう少し、残るわ」

 警備員、と来た。幾ら目の前の三人が年端もいかない少女達とは言え、流石にこんな恰好をした警備員などいる筈がないと言う事位は解る。
訝しそうな目線を女性に送るが、それが少々やりずらかったか。女性の方も、次の言葉に言い淀んでいた。

「大丈夫、身の危険を感じたらすぐ私も逃げるから。ほら、速く行きなさい」

 と、女性は三人を急かす。はい、と精彩の余り感じられない声でそう返事をしたみりあ達は、急いでその場から離れた。
軽く女性は、背を向けて走る彼女らに手を振っていたが、もう彼女らが振り返らない事が悟ると、ふぅ、と一息吐き、それまで浮かべていた笑みを消した。

 戦士の顔つきだった。
柔和さの欠片も、女性――魔王パムには存在しない。ナイフの切っ先より鋭い光をその双眸は湛えており、体中から発散されるそれは臨戦態勢を取る獅子の物と同じ。
百戦、千戦の死闘を掻い潜った兵士の様な立ち居振る舞いだった。これが、パムの平時の姿である。こんな姿を見せては、NPC、況してや幼い少女達はきっと泣く。だからこそ、子供には優しい魔王パムとしての仮面を、先程まで被っていたのである。

「何か言いたそうな顔をしてるな」

 パムは振り向きながら、そんな事を口にした。
目線の先には、同盟を結んだアサシンであるレイン・ポゥと、彼女の手綱を握るマスターである英純恋子が佇んでいた。

「……別に」

 拗ねた様子でレイン・ポゥは口にする。反抗期の子供宛らの態度だった。

88Mass Destruction ◆zzpohGTsas:2016/11/02(水) 19:42:20 ID:S9VYun0w0
「まぁ良い。不問にしてやる。それより、お前はどう感じる。『虹の道化師』」

「そのだっさいコードネームやめてくれない? アサシンって呼んでよ」

「貴様、私の名前が気に喰わないのか? 第一、『虹の道化師』か『虹殺者』かのどちらかを選べと言われて、お前が前者を選んだのだろうが」

「何でその二択なんだよ!! 普通にアサシンって呼べや!!」

 パムが総長を務める魔王塾の塾生は、パムから直々に名前と言うか、一種の通り名のような物を与えられる、とは聞いた事がある。
まさか自分が、よりにもよって反吐が出る程嫌いなその女からコードネームを与えられるとは思わなかった。しかも普通に陳腐でダサい。
ネーミングセンスがないと指摘したら、本気で怒った顔をして張り手を喰らわせようとしてきた。これが逆鱗であったらしい。
あの時パムの初動に気付いて、身体を屈めていなければ、張り手で頭が飛んでいたかも知れなかった。
仕方なしに虹の道化師で良いよとは言ったが、やはり外でそう呼ばれるのは普通に恥ずかしい。正直やめてほしいが、やめろと言ってやめるタマではパムはない事は、レイン・ポゥ自身がよく知っているのだった。

「まぁ良い。お前のヤンチャぶりにも困ったものだな、虹の道化師。今一度訊ねるぞ、お前は、この競技場について、どう感じる」

 あぁ、何言ってもそのコードネームで通すつもりなのかと、レイン・ポゥも諦めた。
胃を直接針でチクチク刺されるような凄まじいストレスを気合で抑えつつ、虹の魔法少女は所感を口にする。

「どうもこうもないでしょ。私にだって、この内部がヤバい事位解る」

 レイン・ポゥには、卓越した超感覚を保証するスキルはない。魔法少女と言う生物が有する、一般の人間の何倍も優れた知覚能力と、
暗殺者として過ごして来た時に培った勘が備わる程度に過ぎない。そんな彼女にすら解る。此処新国立競技場の内部は、明らかに危険であると。
歴戦の魔法少女であるレイン・ポゥですら、内部に立ち入る事を戸惑う程の殺意と敵意が、狼の群れが駆け巡るかの如くに荒れ狂っているのだ。
殺意と敵意に質量はない。そんな重さもなく、触れる事も出来ないその意思で、競技場と言うハコが、吹っ飛んでしまうのではないか? そう、思わずにはいられなかった。

「そうだ、この内部は既にサーヴァント同士の戦場と化している。私も一人の魔法少女として、生前は様々な戦場に赴いたが……その全ての戦場を上回る覇風が、此処には吹き荒んでいる。私ですら、此処までのものは経験せなんだ」

「滾りますわね」

「全くだ」

「帰りたい」

 パムが乗り気なのは、風聞と生前の付き合いで解っていたから最早諦めるしかないとして、何で生身の人間である純恋子が強い意欲を示しているのか。
レイン・ポゥには全く理解が出来ない。アサシンのサーヴァントである彼女は、直接戦闘は避けた方が良いサーヴァントである事は幾度も説明した通り。
遠くから眺めて漁夫の利を得る、と言うやり方が一番利に適っている筈なのに、何故純恋子達は自分を直接戦わせようとするのか。本気で理解が出来なかった。

「んで、さ。魔王様。ノリノリで此処に来たのは良いけど、私達まで拉致する必要性なくない?」

「今更何かと思えば。新生魔王塾最初の塾生であるお前を試す為に決まっているだろう」

「ちょっと待てや、あの話マジだったの!?」

 レイン・ポゥが口角泡を飛ばして喰い付いた。拠点であるセンチュリーハイアットで、純恋子と話していた内容は、全てパムは本気だったらしい。

「本来ならば入塾テストのような物を行う所なのだが、お前の強さはこの私は良く解っている。試験なしでの入塾を特例で許すが、それでもやはり、お前としては箔が欲しいだろう」

「全然」

「其処で、今回の戦闘だ。虹の道化師。この魔王パムが認める程の熾烈なこの戦場で戦い、生き残れた。お前にはぜひその事実を打ち立てて欲しい。そうなれば、塾生が増えるだろう新生魔王塾の中にあっても、お前の立ち位置は強くなるだろうよ」

「良いのではありませんこと? アサシン」

「良い訳あるかこのメスゴリラ共!!」

 もう何から何まで無茶苦茶な上に、突っ込み所も余りにも多すぎる為にレイン・ポゥも何処から突っ込んで良いのか解らない。究極ノーガード理論だった。
何時の間にやら新生魔王塾などと言う意味不明なグループの第一塾生に迎えられているわ、いつの間にかレイン・ポゥですら踏み入れる事が憚られる地獄と化した新国立競技場の中に入って生き残らねばならない流れになっていたりと、余りにもレイン・ポゥの知らない所で話が勝手に進み過ぎている。しかもこの上、純恋子がその流れに同調していると来ている。誰だって、激怒の一つ、したくもなるであろう。

89Mass Destruction ◆zzpohGTsas:2016/11/02(水) 19:42:45 ID:S9VYun0w0
「どうせお前も、この女王厨と同じで、真正面から戦えって言うんだろ!!」

「言わんぞ」

 と、パムが余りにもあっさりと否定した為、唐突に柄杓の水を浴びせ掛けられたような表情をレイン・ポゥは浮かべてしまった。

「言っただろう、お前はただ、この戦場で生き残れば良い。機会があれば、お前はサーヴァントを殺しても良いのだぞ? その方がより箔が付くだろうからな」

「……どんな下心があるのさ、アンタ」

「私は魔法少女の強みを潰すような女じゃないと言う事だ」

 腕を組み、尊大そうな風を醸し出すパム。レイン・ポゥが一番嫌いとする態度だった。

「無論、真正面から堂々と戦うのなら、それは喜ばしい事だが、お前の事だ。そんな事をやる性格でもないし、仮に私がそう命令しても、素直に頷く性格じゃないだろう。故に、勇ましく戦えとは言わない。お前はお前なりのやり方で、この内部をやり過ごせば良いのさ」

「だから、それ自体が頭の悪い選択なの。解る?」

「それは、お前に強い後ろ盾がなかったからだ」

 パムの即答に、ピクリとレイン・ポゥが反応した。

「お前がこの<新宿>で辿った軌跡から考えるに、お前に一番足りなかったものは強いサーヴァントの後ろ盾だ。お前の自身の勝ち筋は不安定な事も然る事ながら、失敗した時のリスクが大きい事が弱点だ」

 それは、パムに言われるまでもなくレイン・ポゥ自身が良く解っている事だ。
アサシンクラスはマスターを暗殺する事が出来ればベストなのだが、事はそう簡単ではない。
実際にはマスターの傍には大抵の場合サーヴァントが寄り添っており、マスター一人だけの状況と言うのは滅多な事では訪れない。
そして、アサシンクラスと言えど、彼らもまた他のサーヴァント同様マスターの魔力に依拠する身。
いつまでも自身のマスターを放っておけないし、アサシンクラスもまた他のサーヴァントと同じくマスターを護衛しなければならない。
そう、マスターを狙った方が速いと言うのは、何もアサシンに限った話ではない。三騎士のサーヴァントについても同じ事が言えるのだ。
仮に、三騎士がマスターである純恋子を狙っていたとして、レイン・ポゥが彼女を守れるのかと言えば、疑問が残る。
レイン・ポゥの魔法――宝具――は、他人に胸を張って強力と言えるような能力ではないのだ。守れるか如何かで言えば、恐らくは六割、最悪七割程の確率で、純恋子を守り損ねる。

 レイン・ポゥの勝ち筋は、他の多くのアサシン同様マスターを暗殺出来る機会が転がり込んだらそれを最大限利用するか、自身の演技力を駆使して有効的な風を装い、
油断した所を一撃で、と言うものである。レイン・ポゥも解っている事だが、かなり安定しないやり方だ。しかも失敗した時のリスクもかなり大きい。
仮に純恋子の性格がレイン・ポゥにとって都合の良いものであったと仮定するとして、それでも、順当に事を運べる作戦であるとは端からレイン・ポゥも思っていない。
この勝ち筋を安定させる方法があるとすれば、そう。パムの言った通りである。強いサーヴァントと同盟を組み、立脚している基盤部分を強固にする他ないのである。

 ……レイン・ポゥとしては、その組む相手がよりにもよってパムと言う所が、一番勘弁して欲しい所であるのだが。

90Mass Destruction ◆zzpohGTsas:2016/11/02(水) 19:43:22 ID:S9VYun0w0
「実を言うとお前に望むのはそれでな。内部に入って、サーヴァントの様子を探って来い。どう言うサーヴァントがいるのか如何か、だけで十分だ。それを私に報告しろ、私がそれらと戦って楽しむ。お前は傷付く事なくサーヴァントを減らせ、私は戦いたいと言う欲求を満たせる。Win-Win、と言うのだろう? こんな関係を」

 考えるレイン・ポゥ。
魔王パムは確かに、この虹の魔法少女がとことん嫌う魔法少女ではあるのだが、その強さに関しては一点も疑う所がない。
戦闘狂であると言う点についても、それは同じ。レイン・ポゥでは到底処理出来ない程強いサーヴァントを、パムに肩代わりさせると言うのは、
成程レイン・ポゥにしても美味しい話だ。――一つ、腑に落ちない所がある事を除いて。

「『報告しろ』、って言うのはどう言う事よ。戦闘狂のアンタの事だ、一緒に行くんじゃないのかよ?」

 そう、今のパムの言い方だと、まるで自分は競技場の中に入らずに、此処で待っているかのような言い方だ。
それは通らないだろう。そして、疑問が残る。パム程戦闘に対して強い意欲を見せるサーヴァントが、自分から此処に入って行かないのか。

「最初はそのつもりだった。が、そう言う訳にも行かなくなった」

 其処までパムが言った瞬間、彼女を中心としたかなり広範囲の部分まで、緑色に光る線が、3Dのワイヤーフレームの要領で走って行く。
地面を伝っているそれは、フレームの進行上に建造物や樹木があればそれに沿って伝い上って行く性質があるらしい。屋台や植え込み、競技場の壁面にもそのような風であった。
――それが走り始めて、レイン・ポゥも純恋子も気付いた。パムから三十m程も離れた一地点。誰もいない、何もない筈のその地点から、緑色の線が『伝い上がって』いた。
「其処か」、そうパムが呟いた瞬間、緑色のワイヤーフレームが輝きを増させた――刹那。誰もいなかったその地点に、人間が現れた。
右眼を眼帯で覆い隠した、黒い長髪と黒い軍服を身に纏う、凛とした美貌の女性。そして、そんな女性に付き従う、小柄な緑髪の女性。

 「サーヴァント!!」、と純恋子が叫ぶ。
レイン・ポゥも臨戦態勢を取った。あのサーヴァントは如何やら、何らかの術を使って自分の身体を透明化させてから、この競技場に近付いているようだったらしい。
つまり、パム達には気付いていなかったと言う事だ。突如として透明化の技が解除された事に驚いたらしく、バッと辺りを見渡す両名。
如何やら魔王は、サーヴァントに備わる知覚範囲外から此方に迫ってくるこの二人に、既に気付いていたようであるらしかった。

「私は暫し、あの戦士と戯れている。虹の道化師、お前は中に入って行け」

 そうパムが宣言すると、この新国立競技場に着いたと同時に、自身の黒い羽の内一枚を今まで『此方に近付いてくるサーヴァントの探知機能』として使わせていたものを、
元の黒羽に戻させ、今度は再びそれを変形させる。すると、レイン・ポゥの傍に、彼女と同じ程の身長をした、黒い影法師の様なものが姿を現す。
全体的に人の形を模しているが、間接等の角ばった部分は何処にもなく、全てが全て丸みを帯びたフォルムを、その影法師はしていた。

「私とお前の命令に従順に従う一種の自律兵器だ。お前の意思次第で小さくなり、懐にも隠せる。危機に陥ったらその影法師と二対一で戦え。ステータス、だったな。全てのステータスがAランクまでのサーヴァントなら互角に渡り合える。ある程度は信頼出来るぞ」

 と、当たり前のようにパムが言った。宝具で創り上げた単純な人型自律兵器が、サーヴァントであるレイン・ポゥよりもステータス上で勝っているのだ。全く、デタラメとしか言いようがなかった。

「さぁ行け!! 案ずるな、認識阻害の結界に変形させた私の羽の影響で、我々の声も姿もあのサーヴァントには知覚出来ていない。憂いはない筈だ!!」

「行きましょう、アサシン。女王らしく勝ちに行きますわよ!!」

 レイン・ポゥの言葉も聞かず、純恋子が警備員の詰所へと通じる扉から勝手に内部に入って行く。もう、腹を括るしかないようだ。
パムの言う事が本当であれば、レイン・ポゥの姿が見えていない事になるし、今まで話していた事柄も向こうには届いていない為、
自分達の手札をあちらは知らないと言う事になる。一応の準備は、不承不服であるが、整ってしまった。

91Mass Destruction ◆zzpohGTsas:2016/11/02(水) 19:43:41 ID:S9VYun0w0
「派手に戦ってとっとと死ね!!」

 言ってレイン・ポゥはパムに悪態を吐いてから、純恋子の後を追い、競技場の内部へと消えて行った。
それに続く様に、黒い羽から変形させた人型自律兵器も中に消えて行く。それを見届けた後、今まで展開させていた、自分達の姿をNPCやサーヴァントから見えなくさせ、自分達が発させる音も聞こえなくさせる結界に変化させていた黒い羽の状態を解除。その瞬間、パムの姿が真実誰の目にも見えるよう露になる。当然、その姿を敵サーヴァント――チトセ・朧・アマツは視認した。

「良い面をしているな。私好みの、鼻っぷしの強そうな顔だ」

 長年の経験から、解るもの。魔王パムは、目にした魔法少女の強さと言う物を、黒い羽を使わずとも解るようになってしまった。
発せられる空気や自信、立ち居ぶるまい、そして、醸し出される独特のオーラ。こう言ったある種の雰囲気は、口ほどに物を言う。
レイン・ポゥは生前これを巧妙に隠していたからこそ不覚を取ったが、目の前に佇むサーヴァントは、解りやすい程強者特有のオーラを発散させている。
魔王塾にですら彼女、チトセの様な傑物は滅多にいなかったし、入塾もしなかった。言葉を発さずとも解る。チトセ・朧・アマツは、パムにとって好みのタイプである、と。

「お前の方も、良い顔をしているよ。今は遭いたくなかった顔だ」

 言ってチトセは、懐に差していた鞘から剣を引き抜き、その剣先をパムの眉間の方へと向けた。
新国立競技場の異変にチトセらが気付いたのは、先程の事だった。此処から逃げるNPC達のただならぬ様子を見て、確実に何か大事件が起こった事をチトセらは推理した。
間違いなく、聖杯戦争の参加者が何かを起こした。その真実を確かめ、そして、来るであろうクリストファー・ヴァルゼライドを待ち受ける為に、
チトセは己の星辰光を用いて光の屈折率を調整、ある種のステルス迷彩を施させ、内部に侵入する予定だったのだ。結果としてそれは、パムの黒羽の走査能力で水泡に帰してしまったが。

「生憎、無意味な消耗はしたくない性格でね。本命との戦いまで傷を負いたくないんだ。退いてくれ、と言われて素直に退いてくれれば嬉しいのだが」 

 偽らざるチトセの本音である。
火の粉の方から振りかかって来るのならば、武人であるチトセはそれを払い除ける。
だが、要らぬ火の粉を蒙りたくないと言うのも本音の所であるし、何よりも目の前の存在、アーチャー・魔王パムは桁違いに強い。
チトセの目測では、先ず間違いなくヴァルゼライドと同格である。それ以下は断じてあり得ない。可能なら、戦わずにその場をやり過ごしたい相手だった。
ただ、それも難しいだろう事は、チトセも薄々であるが予測出来ている。パムから発散される、戦いたくて戦いたくてしょうがないと言う疼きに気付けぬ程、チトセの勘は鈍ってはいないからだ。

「断る、と言えば如何する」

「目の前に広がる炎の壁に、大人しく焼き尽くされるような愚物に見えるか?」

「成程。無意味な質問、失礼した」

 案の定、パムの答えは決まっていたらしい。心底気が乗らないが、降りかかる火の粉――いや、火の雨を払わねばならないらしい。
健在の左目を鋭く引き絞らせて、パムの方を睨みつけるチトセ。その態度を見て、フフッ、と魔王が笑みを零した。やはり、こうでなくては。
実を言えばパムとて、意地悪をせずに退いてやっても良かった。チトセが取るに足らない存在であったのならば、そうしたかも知れない。
だが、チトセがパムの想像以上に強く、そして好みであったから、そんな精神が吹っ飛んだ。パムの嗅覚は、チトセと言うサーヴァントが明白な強者であると嗅ぎ取っていた。

92Mass Destruction ◆zzpohGTsas:2016/11/02(水) 19:44:40 ID:S9VYun0w0
 生前のパムは、何かと不自由な存在だった。
曰く、外交部門の最終兵器。曰く、魔王塾の総長。曰く、大量破壊が可能な魔法少女。
パムと言う魔法少女は、魔法少女の中にあって特に強壮な存在であり、常に本気を出すか、出さないかと言う事で注目されていた女であった。
その余りにも他の魔法少女とは隔絶された強さの故に、パムは本気が出せない機会が多かった。彼女が本気を出せば、地上の文明圏など容易く崩壊させられる。
当然、本気で戦う機会は限られる。パムもまた、魔法の国と言う塊に組みする女であり、そうであると言う事は、ある程度は組織の意向に従って行動せねばならない。
それが、パムにとって窮屈でなかったか、と言えば嘘になる。本当を言えば窮屈だった。パムは馬鹿ではない、自分の上に君臨する魔法の国の上層部や、
己が所属している外交部の思惑や、政治的な力学の数々が見えていなかった訳ではない。見えてはいたが、敢えて無視していたのだ。
パムであろうとも絶対ではない。ひょっとしたら判断を間違えてしまい、その力の故に甚大な被害を各所に齎してしまうかも知れない。
無関係の者に危害を加える事をパムは由としないが、己の能力はそれを平然と可能とする。大量破壊が可能な魔法少女、と言うあだ名は世辞でも何でもないのだ。
これを恐れていたからこそ、唯々諾々と上の者の命令に従っていたのだ。そしてそれは、嘗ての塾生であった『森の音楽家』の起こした事件以降、顕著になった。
彼女、クラムベリーは、他人の事を考慮せず、人情や倫理など知らぬ、と言うフシがあった。パムは、自分はそうではないとは思っていた。
しかし、それも絶対ではない。何かの間違いで自分にも、クラムベリーと同じ様な魔が差さないとは限らない。だからこそ自分は、魔法の国の装置の一つになりきり、強い者と戦いたいと言う思いを必死に殺していたのである。

 ――此処には、その魔法の国が存在しない。魔王パムと言う、魔法少女が誇る究極の暴力機構を、何処かに組み込む者もいない。彼女は完璧な自由だった。
だからこそ、羽目が外れた。自分を御す者もおらず、そして何よりも、自分と同じ程に強い存在が、この<新宿>の街には闊歩していると言う。
その事実が、魔王パムの抑圧されていた部分を解放的な物にした。此処でなら、思う存分自分の力を奮う事が出来るのだ。
無論、この街に住むNPC達や、街の景観をなるべく破壊しないように努力はする。するが、ひょっとしたらそれも無意味になってしまうかも知れない。
そんな努力をしては勝てぬ程の強敵が、いるかも知れない。恐ろしいと思う反面、ドキドキとワクワクが止まらなかった。
何のしがらみもない、完全なゼロからの地位のスタートが、これ程までに気持ちが良いものだとは思わなかった。この解放感を是非にパムは、チトセ・朧・アマツと言うサーヴァントにぶつけたかったのである。チトセからすれば、いい迷惑以外の何物でもないのだが。

「お待ち下さいませ、お姉様」

 パムを迎え打つタイミングを計っていたチトセを制止する様に、チトセの従者であり宝具でもある女性、サヤ・キリガクレがズイ、と前に出た。

「先程も申し上げました筈です、露払いは私めにお任せあれ、と。お姉様は本命である、あの英雄との戦いまでお力を蓄えておいて下さいませ」

「ほう。この私を前座だと言うか、小娘」

 と言うパムであったが、その口ぶりは言っている内容程、怒りを感じさせない。寧ろその口の端は、笑みでつりあがっていた。
生前は誰もが、魔王パムの名を恐れたものだった。自分の実力に自信のある跳ねっ返りの魔法少女で、パムの名を知らぬ者などいなかったろう。
皆、パムの勇名や活躍を知っていたからこそ、誰も彼もが彼女を恐れ、そして強さの目標としたものだが、この世界では元居た世界で培った活躍や勲功など意味がない。
魔王パムの名前など、生前付き合いがあった存在を除けば誰も知らないからである。それが、パムには新鮮だった。
己の強さに自信を持っていた魔法少女でも、パムの強さを知っていたからこそ、降参する魔法少女の数も、ゼロではなかった。
その度に消化不良をよく起こした物だが、この世界ではそれが絶対に起り得ない。自分の名前が知られていないからだ。
故に、パム程の魔法少女を前座扱いするなどと言う、あってはならない事が平気で起る。これをパムは、侮辱だと思っていなかった。名が知られていないのだ、当然と言えば当然だ。寧ろ、何て新鮮で、楽しい感覚なのだろうと、喜びが抑えられなかった。

93Mass Destruction ◆zzpohGTsas:2016/11/02(水) 19:45:03 ID:S9VYun0w0
「お姉様はこれから、生前から打ち倒す事を悲願としている存在を倒さねばならないのです。お姉様の手を煩わせるまでもありません。貴女如き、この私が退けさせて見せましょう」

「勇ましいな。嫌いじゃないぞ、そう言う言葉は」

 腕を組み、サヤの方に目線を向け続けるパム。

「己の名を名乗っておいた方が良いぞ。名も知られず葬られるのは、戦士にとって屈辱的だからな」

「これから敗れる相手にそれを語っても、詮無き事でしょう?」

 そうサヤが告げると、三つの球が、彼女の頭上に展開される。
ただの球ではない。紫からオレンジ、オレンジから紫と、色が絶えずこの二色にグラデーションし続ける、直径にして三m程の球体だった。
それが、凄まじいまでの熱エネルギーを内包したプラズマ球だとパムが認めたのは、生前の経験の賜物だった。あれは一種のプラズマの爆弾である、
着弾すれば、容易く人体など粉々に出来る程の爆発を発生させる事が出来る上に、恐らく高い確率で、相手はこれを精妙に操作も出来るだろうとパムは推理する。

「御覚悟を」

 そう言ってサヤは、目にも留まらぬ速さで、発生させた爆熱の球体をパムの方へと飛来させる。
一つは真正面から、そしてもう二つはパムの背後を挟み込むように。パムの予想通り、極めて精緻な操作であった。
それらを避ける事すらパムはせず、直撃。地面の石畳を容易く粉砕し、埋め込まれた街路樹の葉々は愚か、幹すらも激震させる程の爆発が、パムを中心に発生。
凄まじい威力だ、手榴弾を十個纏めて炸裂させたとて、こうも上手く行くだろうか。

「やりましたか!?」

 朦々と立ち込める砂煙と、収まりつつある爆風の残滓を眺めてサヤが叫ぶ。
その中を平然と歩きながら、此方へと迫る人影を、チトセとサヤが認める。カッと、目を見開かせるのはサヤの方だった。
無傷のパムが、土煙と砂煙の中から現れたのである!! その白絹のように美しい柔肌にも、身に纏う布きれ同然のコスチュームにも、傷一つ、焼け焦げた跡一つ残していないではないか!!

「下らん技だな、埃を巻き上げるだけか?」

 身体についた土の汚れを払いながら、パムは口にする。
無論、直撃して無傷であった訳ではない。黒い羽の一枚を、自らの身体をドーム状に覆うバリケードとして展開させ、防ぎ切ったのである。
直撃する前に、迎撃して粉砕しても良かったが、どんな技か興味があったので防いでみれば、結局パムの予想を1%も裏切れていなかった。
典型的な爆発による殺傷手段。余りに面白みもなく、そして予想通り過ぎる攻撃。挑発しておいてつまらない攻撃しか出来ないのは、パムの怒りのツボを突く行為だが、流石にこれは、怒る気もない程であった。哀れにすら感じられる。

「足運びと気配の消し方から、お前は暗殺者なのだろうが、お前の能力は余りにも暗殺者向きの能力ではない。能力が派手過ぎる。これでは暗殺に向くまい。その上、プラズマの球を生みだし、操作出来る数が少なすぎる。せめて一時に五十個は操作出来るようになってから、私に戦いを挑むのだな」

 その上、この駄目出しである。魔王塾の総長として、塾生の改善点を強い言葉で批判すると言う癖をつい行ってしまった。
「暗殺者向けじゃない、何て人の気にしている事を……!!」とサヤが怒りに身体を震わせるが――

「サヤ。退いていろ」

 チトセが、簡潔にそう告げた。

「お姉様――!?」

「邪魔だと言っている。退け」

 強い語調でチトセが言ったので、サヤが固まった。親に軽い張り手を貰って呆然とする子供のような態度で彼女は主を見上げる。

「勝てない事は端から解っていたよ。お前と、目の前の悪魔(ディアブロス)が相手では、明らかに実力が違い過ぎるからな」

「中々性格が悪いじゃないか。なら何故、戦わせた?」

「部下の活躍する場を用意したり、顔を立ててやるのも、出来る人間の仕事でね。まぁその結果が、ご覧の通りの訳だが」

 上司であり、敬愛と敬服と親愛の念が已まない理想の女性からも、こんなダメ出しをされる物であるから、サヤは完璧に涙目だった。
が、直に、自分を殺させない為にチトセは自分のフォローに回ったんだ、とサヤは推理、自己完結した。次はより一層頑張ろうと思った。

94Mass Destruction ◆zzpohGTsas:2016/11/02(水) 19:45:28 ID:S9VYun0w0
 サヤを己の後ろに下がらせた後で、チトセは、隻眼となった左目に鋭い眼光を宿らせる。
この瞬間、彼女の身体から、洗練された魔力が発散される。パムは唸る。
中身の解らないオモチャの箱を今まさに開ける子供の様な心境で、何が起こるのか心待ちにしていた。根っこの所から、彼女はつくづく戦闘狂であった。

「加減は出来ない。殺されそうな段になって、みっともない真似だけは晒してくれるなよ」

「ああ、それだけは気を付ける」

 ニッ、とパムが笑みを強めた瞬間――チトセから発散される魔力が、剃刀に似た鋭さを増させた。
そして、チトセは紡いだ。己を一つの『星』と定義し、地上を己の星の法則で塗り替える為の、必勝の詠唱(ランゲージ)を。

「創世せよ、天に描いた星辰を――我らは煌めく流れ星」

 その、経を読み上げるような独特な韻律の呪文を聞いたその瞬間、パムはピクッと反応した。

「ああ懐かしき黄金の時代よ。天地を満たした繁栄よ。幸福だったあの日々は二度と戻らぬ残照なのか」

 言葉を一つ一つ紡ぐ度に、チトセの中を循環する魔力――星辰体(アストラル)――が、密度を増させ、質量を帯びて行く。
単なるエネルギー体に過ぎぬそれらが、チトセの意思次第で、容易く五体を粉微塵にする兵器へと急速に変わって行く。パムも、只ならぬチトセの様子に既に気付いていた。

「時は流れて銀、銅、鉄――荒廃していく人の姿、悪へ傾く天秤に私の胸は切なく激しく痛むのだ。人の子よ、なぜ同胞で憎み合う。なぜ同胞で殺し合う」

 気付いてはいたが、パムの驚きは、其処には無かった。

「正義の女神は涙を流して剣を獲る。ならばその咎、この手で裁こう。愛しているゆえ逃さない。吹き荒べ、天罰の息吹。疾風雷鳴轟かせ鋼の誅を汝へ下さん」

 ――何だ、この詠唱は……!!――

「――悪を討て……!!」

 ――か……――

  Metalnova       Libra of the Astrea
「――超新星―――無窮たる星女神、掲げよ正義の天秤を」

 ――かっこいい……!!――

 魔王パム。
魔王塾総長として、常に語彙力を磨き、各地の神話や伝承学び、そして華麗なレトリックの習得等に余念のないこの魔法少女の感動の琴線に触れるには、チトセ・朧・アマツの詠唱は、十分過ぎる程の威力があるのだった。「そうか、こんな表現の仕方もあるのか……」、とパムは感心しっぱなしだ。

 突風が一個の巨大な塊になって、パムの方に突っ込んで来た。チトセの宝具による攻撃だ、直撃すれば体中の骨格が粉々にされ、クラゲの様な惨状になる威力を内包している。
黒羽の一枚を硬化、縁の部分を刃のように薄く鋭くさせると言う二つの変化を一瞬で行わせ、目に見えぬ風の塊目掛けてそれを振うパム。
ボンッ!! と言う破裂音を立てて、大量の空気が四方八方に噴出する。星辰光による攻撃が防がれたと思った瞬間、チトセがパムの方へと向って来た。
走っているのではない、足は動かしておらず、寧ろ地面から数cm程チトセは『浮いて』いた。
能力で身体を浮かせ、局所的な気流を生み出させそれに乗って移動しているのだろう。これなら普通に走るよりも速い。事実、三十m程の距離が一瞬で、十m以下にまで縮まった。

 そしてその十mが、チトセの武器のリーチでゼロになった。
チトセの握っている武器がただの武器ではない、特殊な『仕込み』がある事にパムは気付いている。そしてその仕込みが今初めて、開帳された。
剣の長さが、物理的に延長したのである。いや、剣身を構成するパーツそのものの長さは変わっていない。正確には、剣身が幾つにも分割し、その一部が此方に飛来して来た、と言うべきか。

 チトセが握るその長剣には、等間隔で幾つもの『節目』が刻み込まれており、チトセの操作次第でその節目から剣身が分割する。
分裂した剣身と剣身は伸縮性と靱性に富んだワイヤーのような物で連結されており、これを利用する事で、アウトレンジから鞭のように剣を伸ばして攻撃する事も、
変幻自在の軌道をワイヤーに描かせてそれを以て相手を攪乱させるような一撃を見舞う事も、チトセの技量なら容易いだろう。
蛇腹剣……それを操る技量をパムは認めながら、此方の喉を抉らんと迫るチトセの得物の剣先をサイドステップを刻んで回避。
魔法少女の中でも特に優れた身体能力の持ち主であるパムなら、ギリギリを演出して回避する事も容易かったが、剣身自体に真空刃が纏わされていると言うのならば話は別だ。寸でで回避していれば、その付近の筋肉が血を撒き散らしながら吹っ飛ぶからである。

95Mass Destruction ◆zzpohGTsas:2016/11/02(水) 19:45:54 ID:S9VYun0w0
 パムが回避した先目掛けて、蛇腹剣と言う名称が全てを表しているように、正しく意思を持った一匹の蛇の如く剣身が伸びて行く。
物理的にかなり無茶な軌道を描いているのは、チトセの剣術の技量が卓越している事もそうだが、気流を操って強制的にそんな軌道を描かせている事も大きいであろう。
気流操作――いや、能力の範囲が狭義的過ぎる。本質はもっと広義の概念を操る能力なのかも知れないと、高速でパムは思考、推理する。
そうしながら、硬質化させている羽を蛇腹剣の軌道上に配置させ、防御。羽の硬さは、鋼を思いっきり叩いた時のそれよりもずっと堅牢であると、腕に伝わる羽の感覚からチトセは推理した。
蛇腹剣を元の長剣の状態に戻した、その瞬間を狙って、パムが攻勢に出た。

「水刃(アロンダイト)」

 そう呟くと、硬化させていた黒羽から、色素が消滅して行くかのように黒味が失われて行き、羽を通した向こう側が完全に透けて見えるような透明な状態に変貌。
透明な羽を通した向こう側の風景が、揺らめいた。水を満たした水槽から眺める風景に似ている。否、真実、パムの羽は透明な『水』になっていた。
その羽から、細い水の糸が勢いよく噴出されたのを、星辰光で強化されたチトセの反射神経が認識し、突風を巻き起こして水の進行ルートを大きく逸らさせる。
細い水糸は街路樹の幹の中頃を掠った――其処から、街路樹がズレて行き、地面の上に大仰な音を立てて倒れ込んだ。ある種のウォーターカッターであったらしい。

「一本は回避出来るか。だが、複数になるとどうかな」

 案の定、一本だけが攻撃の限界と言う訳ではないらしい。
パムがそう告げるや、水の羽から幾つものウォーターカッターが射出されて行く。掠っただけで街路樹が真っ二つになるのだ、人体に直撃すれば言わずもがな。
強化された身体能力を駆使して回避したり、突風を巻き起こして軌道を逸らさせたりする事で攻撃を回避して行く。
避けながら、目に見えぬ真空の刃をパムの方へ飛来させるが、本来不可視の筈のそれを、色が塗られていてそれで判別しているかの如き余裕さと容易さで、
当たり前のようにパムは目に見えぬ攻撃を回避していた。チトセからは、攻撃が予め見えているどころか、何処からどう攻撃を仕掛けるのか予め解っている、としか思えぬ程完璧に、パムは回避行動を行っているのだ。

 埒が明かない。そう考えたチトセは、アプローチを変えようと思い立ち、ブーツの靴裏に、空気の噴出点を生みださせる。
迫りくるウォーターカッターを回避した次の瞬間、チトセは跳躍。上昇させた身体能力プラス、噴出点から噴射される空気の力を借り、チトセは十数m上空まで飛翔。
パムがチトセの方を見上げると同時に、チトセは突風を放つ。攻撃に気付いたパムが、水に変化させていた黒い羽を、元の形に戻させた後で、
今度はそれを己の手足に纏わせて、籠手と具足の形状に変化させる。その状態の右腕で突風を殴るや、風が千々と砕けて無害化された。
チトセの姿を認識すると、パムは己の羽の一つに、幾つもの穴を刻んだ。穴、とは言うが、それを通じて羽の向こう側はみる事は出来ず、寧ろ、
羽の表面に月面の様なクレーターが幾つも刻み込まれた、と言った方が適切か。そのクレーターから、夜闇色の光線が、チトセ目掛けて放射される。
何かが放たれると言う予兆を読んでから、チトセは気流操作を用い、地面の上でも走るかのような軌道と動きで、空中を移動。パムの光条を回避して行く。
空を舞う燕のように、黒軍服の戦士はレーザーを回避して行き、そうしながらも、パムの方へと気圧差を利用した空気の刃を放ち続ける。
最も、魔法少女の優れた身体能力と、幾多の戦場を潜り抜けた事で培われた戦闘に対する直感で、パムはその攻撃を尽く捌き続けているのだが。

96Mass Destruction ◆zzpohGTsas:2016/11/02(水) 19:46:13 ID:S9VYun0w0
 空中から地面に向かい急降下、着地するチトセ。パムとの距離は七m程離れていたが、この二人のサーヴァントでは、全く安全出来ないだろう。両者共に、攻撃を問題なく命中させられる間合いであった。

 強い相手だと、此処でパムとチトセが評価する。一目見て抱いた、ただ者ではないと言う評価は、正しいものであった。だが、余裕があるのはパムの方である。
元々のステータス差もそうだが、実戦を積んだ経験数がチトセよりも遥かに長く、そして多いと言う事実が、心のゆとりをパムに約束させていた。
それでも、油断はしていないし、遊んでいる気も毛頭ない。チトセはまだまだ本気ではない事など、パムには御見通しだ。
今はまだ、<新宿>と言う環境に配慮してチトセも本気を出してはいないのだろうが、その『配慮』と言う枷が外れれば、とんでもない威力の攻撃が飛んでくるのは、想像に難くない。その本気が何時見れるのか、パムは心底楽しみにしていた。

 ――楽しみにしながら、背後に勢いよく振り返り、自分に飛来するプラズマの爆弾を、黒羽を変化させた籠手を纏わせた左のストレートを放ち、粉砕。
籠手には不思議な力が纏わされているのか、爆発現象が起らず、凍り付いた果実を槌で叩いて見せた様に砕け散った。
何処からか狼狽する気配をパムは感じる。チトセが飛び上がった瞬間からだったろうか、腰巾着――とパムは考えている――であるサヤの姿が消えたのは。
取るに足らない相手とサヤの事を認識しているパムであったが、警戒をしていなかった訳ではない。何処かに消えた瞬間から、何かを仕掛けてくるだろう事は予測していた。
二対一で挑みかかる事については卑怯だとは思わない。チトセが平然とそう言った事をやってくる手合いだろう事は、劈頭の段階で見抜いていたし、勝ちたいが為に徒党を組んで戦うと言うのは、余りにも戦術として理に適っている。

 ――サヤめ、しくじったか――

 心中そう毒づくが、如何せん相手が悪い。責めるのは酷か、とチトセは思い直す。
敵に襲われた際の作戦をチトセは此処に来る前から考えており、それを実行に移したが、結果は失敗である。
自らの星辰光の本質である気流・大気操作を応用し、光の屈折率を操りある種のステルス迷彩をサヤに施させ、この上で卓越した気配遮断能力での不意打ちを行う、と言うのが実行した作戦であった。今回の失敗、サヤを責められまい。相手の実力が余りにも高すぎるのだ、こう言う事もある。

「……ままならぬものだな」

 ボソリ、とチトセが呟く。

「……良いだろう。望みとあらば、本気を見せてやろう」

「まるで、今までが本気ではなかったような口ぶりじゃないか」

「全力だったさ。私が要らぬ傷を負わない範囲での話だがな」

 精神を統一、研ぎ澄まさせるチトセ。対するパムの方は、千年の時を経た大樹の様な自然体。落ち着き払った余裕のある態度で、このような緊迫した場においては理想形とすら言える立ち居振る舞いだった。

「先程も言ったが、どうしても倒したいサーヴァントが存在するんだ。笑ってしまう程強い男でね、ベストの状態で戦いを挑みたい。だから、私も手傷を負うまいとやや消極的に戦っていた」

 「――だが」

「お前は嫌になる位強い上に、私をみすみす逃すつもりもないらしいのでな」

 抜き払われていた蛇腹剣に、自らの星辰体(アストラル)を纏わせ、チトセが更に言葉を紡ぐ。

「ヴァルゼライドの事は、今は忘れる。当初の目的が水泡に帰すかも知れん」

「……」

 無言を貫くパム。

「最後通牒だ。退く気はないか?」

「お前の強さを見てみたい」

「そうか」

 其処で、チトセの身体から、烈風の如き勢いの殺意が放出される。これを受けて、ニッ、とパムが嗤った。猛獣の笑み。

「最後の一線を越えたな。火遊びが過ぎた事を悔いながら、私の星辰光で五体を砕かれてしまえ」

 厳かなその声音はパムに、鋼で出来た巨大な崖を幻視させた。相手の悪行や涜神の数々を裁き、法と掟を遵守する女神(テミス)の姿をチトセに見た。

 地を蹴り、思いっきりチトセからパムが距離を離した。
只ならぬ予感を感じたからであり、その予感に従ったのである。そして、その勘は正しかった。
パムが先程まで佇んでいた地点に、石畳を一瞬で砂粒に変える程の凶悪な威力を誇る竜巻が巻き上がったからだ!!
直径にして凡そ二十数m、威力の程は、地面が粉砕されていると言う光景の通り。竜巻の範囲内に直撃、或いは付近に存在していた街路樹が深くに根ざした根っこごと、
大地から引っぺがされ、竜巻に巻き上げられ、粉々のチップ上にされて砕かれて行く。凄絶な威力だ、羽で何らかの防御措置を取っていなければ、間違いなくパムですら大ダメージを負っていた事は想像に難くない。

97Mass Destruction ◆zzpohGTsas:2016/11/02(水) 19:46:34 ID:S9VYun0w0
 攻撃はこれだけではない。
竜巻の範囲外まで逃れたパム目掛けて、何処かからかサヤが、プラズマの爆弾を飛来させている。
これ自体は物の数ではない、現にパムは、籠手を纏わせた腕を動かし、尽くを破壊、無害化させており、傷どころか埃一つ付けられていない。
破壊され続けてもなお、サヤは高速でプラズマの球体を飛来させ、その度にパムは球を破壊している。
この攻撃を放っている人物も、これで仕留められるとはまさか思っていないだろうと、パムは判断している。
事実、仕留められれば儲け物とは思ってはいるが、サヤ自身もそう思っていない。この火球は、パムの移動ルートを制限させたり、一ヶ所に彼女を縫いつける為の援護射撃。本命の攻撃を仕掛けるのは、勿論、サヤの主である、チトセ・朧・アマツだった。

 黒羽に自動防御機能を付与し終えたと同時に、黒羽が早速凄まじい速度で、パムの頭上を覆う傘状のバリケードとなった。
バリケードになり終えたのと、頭蓋が揺れんばかりの轟音が鳴り響いたのに、時間的な差は殆どと言っていい程存在しなかった。
破裂音とも形容してもよいこの大音が、雷鳴である事にパムは気付く。気象に付随する現象を操る能力か、と、パムは事此処に至って結論付けた。
雷鳴を超至近距離で耳にした事で、視界が揺れ、聴覚が著しく狂わされる。二つの感覚にパムが苦しむその様子を見逃す、チトセとサヤではなかった。

 雷鳴を防いだ黒羽が勝手に動き出し、パムから見て右方向から迫る不可視の刃を防御する。チトセの放つ、真空の刃であった。
羽の一つに防御を行わせながらパムは、残った一枚の羽根に、ギョロリ、と動く眼球を水泡のように幾つも浮かび上がらせる。
一つ一つが天体望遠鏡並の視力を持ち、かつ、スキャニング(走査)の性質を持たせた眼である。魔術的な隠蔽等、この眼に掛かれば裸も同然である。
眼と、パムの視界は同期しており、眼に映った物がパムの目にも映ると言う寸法だ。これを以って、辺り一帯をスキャン。
ゼロカンマ一秒後に、光の屈折率を操って不可視の状態になっていたチトセとサヤの姿が、パムの目に飛び込んできた。
チトセの方はパムの右十二m程先、サヤの方に至っては、パムから五十m程も離れた遠隔地から、攻撃を行っていたようである。
位置を特定したパムが、それまで四肢に纏わせていた籠手と具足を解除、今度は羽をバルカン砲に酷似した重火器に変化させ、これを地面に設置。
それと同時に、羽で作り上げられたバルカン砲が火を噴き、音の数倍の速度で弾丸を幾つも発射。
弾丸はそれ自体が意思を持っているらしく、銃身は一方向を向いていながら、放たれた弾丸はそれぞれ別の方向にいる筈のチトセとサヤの方に正確に向かって行く。
チトセは急ぎ、目の前に風防の様な物を創り上げ、弾道を大きく逸らさせ事なき事を得、一方サヤの方は危なっかしい動きで弾丸を回避している。パムがチトセの方が厄介だと認識し、彼女の方に九割近い弾丸を放っていると言う事実がなければ、今頃蜂の巣になっている事だろう。

 弾丸をあさっての方向に吹き飛ばし続けながら、パムの頭上から再び雷を落して見せるチトセ。が、やはり自動防御の機構を備えさせた黒羽がこれを防御する。
一発一発づつの攻撃では、永久にあの魔王の身体を害せない事を理解したチトセは、矢継ぎ早の攻撃を叩き込む方向性に変更。
真空の刃を飛来させながら、先程現出させ今もその場に蟠っている竜巻を、パムの方へと接近させる。真空の刃や雷は、黒い羽で防げるが、竜巻の方は防ぐ事は難しいらしい。
チトセの狙いに気付いたパムが、固定砲台と化したバルカン砲をそのまま地面に置きながら、竜巻の範囲外まで飛び退いて逃れる。
地面を新幹線じみた速度で走ったり、時には黒い四枚の羽とは別に備わる、魔法少女としての姿が持つ二枚の小さな羽を使って空を鳥のように飛んでみせたりして、
チトセの放つ雷撃や真空刃、サヤの放つプラズマの爆弾を、パムは実に器用に回避し続けていた。発生させた竜巻が最早追い縋れない程だった。実際チトセは、竜巻をもっと早く動かす事も出来ない事は無いが、この規模の竜巻を動かせば甚大な被害を辺りに蒙らせてしまう。環境に対する被害を思えば、この移動速度が最大限の譲歩であった。

98Mass Destruction ◆zzpohGTsas:2016/11/02(水) 19:46:56 ID:S9VYun0w0
 チトセには切り札と呼べる宝具がもう一つある。
この宝具こそが奥の手、チトセの有する最強の武器だ。凄まじい威力を誇るだけでなく、燃費も良く、連発も利くと言う、ワイルドカードの名に恥じぬ宝具。
だが、読まれやすい。一度発動の前兆を見てしまえば、余程の物好きでなければ受けてはくれない。そんな宝具だ。間違ってもパムは、それを受けてくれる性格ではない。
嘗てアマツで信仰されていたとされる、シナドの神の名を冠するその宝具を命中させられるその隙を、チトセは窺っていた。パムを討ち滅ぼすには、それしか手立てがないからだ。

 敢えて、一度その切り札を見せて、警戒させておいて動きを鈍らせる、と言う方法を取るか、とチトセは考えた。
威力については、比類がないとチトセは確信している。パム程の魔法少女にもそう思わせられる事は間違いないと思っているのだ。
ならば、それだけの宝具。一度目にしてしまえば、相手は警戒するし、それを意識した立ち回りを行う事は必定である。
地力では、相手の方に遥かに分があるのだ。技術を生かさねば勝利は拾えないだろう。

 ならば、と思い、眼帯に手をかけるチトセ。
これに触れる度に、遠い所に行ってしまった銀狼の事を思わずにはいられない。もう戻らないとは解っていても、そう思う時がチトセにはある。
<新宿>での戦いは、生前果たせなかった大いなる目的を果たす為だけの戦いになるだろう。そしてそれに、意味などない。
目的を果たした所で、その意味を理解している者など殆どおらず、そもそも異世界であり過去でもあるこの世界で、ヴァルゼライドを斃したとて何も変わるものはない。
己の溜飲をただ下げるだけの戦い。それでも良い。最早ない筈だと思っていたのに、降って湧いた未練。これを果たす為だけに、チトセは目の前の魔王を殺す。
それは、遥かに遠い特異点に消えてしまった、ゼファー・コールレインに自慢出来るような事を一つでもしておきたい、と言うチトセ・朧・アマツの子供心であった。

 眼帯を外し掛けた――その時であった。遥か彼方から、一条の蒼白いレーザーのような物が放たれたのは。
それは、パムの方目掛けて発射されたらしい。自動防御の機能を付与させていた羽が、凄まじい速度で光線の軌道上に配置され、これを受け流す。
受け流された先はチトセが生み出した竜巻の方角で、そのレーザーが竜巻の中に吸い込まれた瞬間、砂で作った城が砕かれるが如く、竜巻が雲散霧消されてしまう。

「何ッ」

 驚きの声を上げるのはチトセである。これは間違いなく、パムの手による攻撃ではない。
第三者、もっと言えば、この場にいる二名とは別のサーヴァントの攻撃。自身の攻撃を一方的に破壊する手腕、ただ者ではない。
警戒しろ、とサヤに目配せするチトセ。一方でパムの方は、攻撃を放った者が佇むその場所に、正確に鋭い目線を送り続けていた。

「何者だ、姿を見せろ!!」

 そう言ってパムは、先程までバルカン砲に形状を変化させていた黒羽を、透明な霧状にして散布させる。
すると、黒羽で出来た霧は、パムを中心とした直径数十mにまで展開される。すると、その霧の満ちた空間で、明らかに人型に歪んでいる所をチトセとパムは捉えた。
その瞬間正体不明の人の形をした朧げな何かが、姿を現した。弓を構えた、銀髪の美しい女性だった。
チトセやパム、サヤも美貌に関してはかなりのものであるが、その銀髪の女性は、その三者すら超えかねない程の、玲瓏たる美貌の持ち主である。
これでは、女性――八意永琳の後ろで不安そうな態度を見せ続けている、彼女のマスター・一ノ瀬志希は、さぞ肩身が狭いだろう。何せ、嫉妬深い女性であっても高嶺の花と認識する程に美しい女性が、自分のサーヴァントであるのだから。

99Mass Destruction ◆zzpohGTsas:2016/11/02(水) 19:47:07 ID:S9VYun0w0
「派手に戦うわね、お嬢さん方。ついつい、不意打ちをしてしまったわよ」

 そう言葉を告げながら、永琳の手には、新しい矢が握られている。あのレーザーは、彼女の放つ矢であったのか、とこの時皆が察知した。

「卑怯、とは謗らんぞ。寧ろ、その弓術の腕前。見事な物だと誉めてやろう」

「痛み入るわ。私も、倒されそうになって卑怯だ何だと口汚く罵るようなサーヴァントが相手じゃないから、思う存分戦えるわね」

「ふ、ハハハ!! まるで自分が絶対に勝つ、とでも言いたそうじゃないか。久しく、そんな態度の言葉は言われた事がなかったぞ」

「貴女の弱さに配慮してたのかしらね、その人達」

 その一言で、パムを取り巻く周りの空間の温度が、恐ろしいまでに下がった。
喜びを湛えていたパムのその瞳に、冬の昏黒の夜のように冷たい暗黒が漲り出したのは、錯覚ではないのだろう。

「……今の冗談は、面白くなかったぞ。アーチャー」

 タッ、と地面にパムが降り立ち、その背に三枚の黒い羽を従えさせる。
表情は、顔を構成する筋肉が全て凍結した様に動きがなく、石か鉄を思わせるような無表情であった。
なまじ感情の起伏が見られないだけに、怒りの相を浮かべられるよりも、ずっとそれは恐ろしかった。

「生意気で、はねっかえりたがりの者は好ましい所だが、放っておくとつけあがるからな。どちらが上なのか、思い知らせてやろう」

「貴女に教えられる事なんて何もないわ。寧ろ、此方から教える事がある位」

「ほう、何だ。言ってみろ」

 クスリ、と永琳が微笑んで、口を開いた。

「格の違い」

 それを聞いた瞬間、パムの羽の内一枚が、パムから分離され、上空数十mにまで浮遊。
するとそのサイズが突如として、他の羽の二十倍程の大きさにまで拡大され、巨大になったその羽から、幾つもの銃口や砲口が、雨後の筍の如くに伸びて行く。
それらは全て、下界。もっと言えば、チトセや永琳、サヤの方に向けられている。マスターである志希の方を一つも銃口が向いていないのは、パムに残った理性が働いているからだった。

「全く、聖杯戦争――面白い所じゃあないか!!」

 無表情から、怒気と狂喜の入り混じった表情と声音で、そう叫びながら、パムが黒羽から幾千もの砲弾や銃弾を雨あられと発射し続ける。
魔王パム。<新宿>にはなるべく被害を出さないと言う当初の心構えが、ゆっくりと破綻しかけているのを、パム自身が気付いていないのであった。

100Mass Destruction ◆zzpohGTsas:2016/11/02(水) 19:47:35 ID:S9VYun0w0
中編2の投下を終了します。次で中編を終らせたいと思います

101名無しさん:2016/11/03(木) 19:27:16 ID:I6NO30bE0
投下乙
この状況下でもくたばってくれそうに無い総統閣下の理不尽感

102名無しさん:2016/11/03(木) 22:54:39 ID:InmQNVkQ0
投下乙です

兄弟対決に平然と横槍入れる総統の相変わらずのKYぶりに草
脳筋2人に振り回される虹の道化師ちゃんかわいそう…

103名無しさん:2016/11/04(金) 19:22:58 ID:YMSPsupg0
フレはご立派様になると思ってたんだよねえ

104名無しさん:2016/11/04(金) 22:57:01 ID:HbtNMF/20
そう…(無関心)

105 ◆zzpohGTsas:2016/12/04(日) 03:11:25 ID:91XKfqYc0
前回投下から余裕で一ヵ月、最初の投下からもうすぐ3か月位経ちそうで草不可避。
年内には絶対に今書いてる話を終らせますので、もう少しだけこのアホみたいな分割投下につきあって頂ければ幸いです……。出来なければ桜の木の下に埋めて貰っても構いません。

投下します

106Flame Up Fragment ◆zzpohGTsas:2016/12/04(日) 03:12:20 ID:91XKfqYc0
 人が通る分には十分過ぎる程広く。しかし、サーヴァント同士が魔戦を繰り広げるには余りにも狭い。
そんな、<新宿>は新国立競技場の地下通路を、二匹の魔鳥が舞い、戦っていた。
混沌と邪悪とを世界に振り撒くベルク・カッツェと言う名の凶鳥と、勇気と義理とを重んじる大杉栄光と言う名の正義の燕が。

 余人の目には、紫色の残像と橙色の残光が、まるで浜辺のウミホタルのように廊下のあちらこちらを駆け巡っている様にしか見えないだろう。
そして、その残像の合間を縫うように、黄金色の光が瞬くのだが、これを橙色の光はヒュンヒュンと回避しながら、紫色の残像へと向かって行く。
何が何だか、解らない。そうとしか、見えなくて、当たり前だ。余人に語っても嘘か冗談の類としか受け止めて貰えないような死線を潜り抜けて来た、
伊織順平にですら、二人の戦いを切り取った一瞬の一コマすら見る事が叶わない。二人はそれ程の速度で、血で血を洗う死闘を行っていた。
残像と残光の正体は、傍目から見れば瞬間移動をしているとしか思えぬ程の速度で縦横無尽にその場を駆け巡る、ベルク・カッツェと大杉栄光と言う二人のサーヴァントであった。

 大の大人が数人も輪にならないと囲めない程の太さの幹を持つ大樹を、枝のように圧し折る威力を誇る、菱形の金属を張り合わせたような形状をしたカッツェの尻尾が、
音の二倍程の速度で廊下を駆け抜ける栄光の下へと迫るが、これを三次元的な軌道の限界を超えた、不可避の物理法則である慣性を無視した動きで回避する。
回避したと同時に、栄光がカッツェの方へと向かって行く。音速の加速度と、宝具・風火輪の強度を乗せた蹴撃は、Aランク相当の筋力を誇るサーヴァントの一撃に匹敵する。
耐久力にさして優れている訳でもないカッツェは、この一撃を直撃する事は避けたい。NOTEの力を応用させた空間転移で、別室の中にワープする事で栄光の一撃を回避。
その後、尻尾を鉄筋コンクリートの壁を突き破らせる程の勢いで貫通させ、栄光の方へと叩き付けようとするが、これを簡単に栄光は回避する。
戦って解った事だが、ベルク・カッツェと言うサーヴァントはこう言った技術が物を言う戦闘は不得手らしい。攻撃手段である尻尾による一撃にしても、
栄光は技術の粋と言う物を感じていなかった。ただ、凄まじい速度に物を言わせた攻撃。ならば、避ける事は容易いし、それどころか組みしやすい相手とも言えた。

 戦っている廊下から繋がっている、数多くの部屋、つまりはアイドル達の楽屋や控室として使われていた部屋を、転々と瞬間移動で移動するカッツェ。
攪乱のつもりなのだろう。恐るべき速さだ。単純なスピードであれば、先程競技場で話した蒼いコートのアーチャーに比べれば遅い方であるし、
強いサーヴァントなら見切れよう。だが、部屋から部屋を転々と転移し続けていると言う事実が其処に加われば、途端に見切る事が困難な攪乱として機能する。
これでは、カッツェに攻撃を当てるどころか、カッツェがいる部屋を推量する事すら困難である。――だが、相手が栄光と言う事が、カッツェの不幸であった。
栄光は一方向に狙いを定め、風火輪の出力を上げさせ特攻。後数mmで壁にぶつかる、と言う所で己の身体に解法の崩を掛け、壁を幽霊のようにすり抜ける。
すり抜けた先の室内に、尻尾で今まさに攻撃を行おうとしているベルク・カッツェがいた。表情はマスクに似た被り物でうまく伺えないが、
驚愕の気配は十分過ぎる程栄光に伝わる。即座に地面を不様に転がり、カッツェは、空中を滑りながら移動する栄光の、顔面目掛けたドロップキックを回避。
栄光の両足が壁にぶち当たるや、鉄筋コンクリートで仕上げられている筈のそれがスポンジ生地の菓子みたいに崩れて行き、壁の裏側に隠された各種配線が露になる。

107Flame Up Fragment ◆zzpohGTsas:2016/12/04(日) 03:12:34 ID:91XKfqYc0
 栄光がドロップキックをスカしたのを見た瞬間、カッツェは尻尾を複雑な軌道を描かせて、栄光の方へと向かわせる。
部屋中を、カッツェの尻尾が蜘蛛の巣のように満たしてしまう。置いてあったちゃぶ台を破断させたり、備え付けの小さい冷蔵庫を粉々にしたり、
メイク用の鏡を破砕させたり、蛍光灯をバラバラにしたりと、物のゼロカンマ秒で、部屋に存在する全ての物を破壊し尽くしてしまった。
伸縮自在の尻尾は、その限界まで伸ばしてしまえば、こんな数畳程度の広さの部屋の全てを、尻尾で満たす事など可能ではない。つまりは回避不可能な一撃である。
――それなのに、カッツェの尻尾は、栄光の身体に一撃を与えた感触を掴んでいない。栄光が別所に逃れたのか? 違う栄光はこの部屋に確かに存在する。
そう、栄光はカッツェの攻撃を避けてすらいなかった。栄光の身体を、カッツェの尻尾が素通りしているのである!! 胴体や頭部も貫いている風に、傍目には見える。
それなのに、栄光の身体は水で出来ているかのように、尻尾で体中を貫かれているにも拘らず平然としているのである。これぞ、解法の崩の真骨頂、攻撃の素通りである。

 苛立ちを発散させながら、カッツェは尻尾を元の長さに戻し、己の身体をNOTEの力で透明化させ、その場から高速で移動、逃れようとする。
が、何かの力が働いたか、即座にカッツェの姿は元の、Gスーツを纏った状態。即ち、左半身がスケルトン状に透けて見え、右半身が紫色の横縞が幾つも走っている、
と言う不思議なコスチュームを纏った、ガッチャマンとしてのベルク・カッツェの姿が露になる。

 ――んだよこのクソ猿、畜生!!――

 Gスーツを纏ったベルク・カッツェは、真実誰の目にも映らない透明な状態になる。カッツェに言わせれば、世界すらも認識出来ない状態になる。
人の目には勿論の事、ありとあらゆる科学的・魔術的な感知手段ですら、カッツェの姿を捉える事は出来ない。真実不可視の状態になるのである。
そして其処から、一方的な攻撃を加えたり、世界を災禍の坩堝に叩き落とす、これこそが、カッツェの愉しみなのである。
それが、今や通用しない。如何なる技を使っているのか、カッツェの透明化は完全に引っぺがされ、その姿を露にされている。
ベルク・カッツェと言う邪悪なガッチャマンにとって、これはストレスだった。透明化を破られている、と言う事も無論そうである。
だが一番の理由は、下等な人猿と蔑み嘲笑している人間に、己の優美で強壮なガッチャマンとしての姿を見られている、と言う事それ自体が、怒りのツボを剔抉するに足る事柄なのだ。

 廊下へと躍り出たカッツェ目掛けて、栄光が中空を滑りながら追跡。
壁をすり抜けて移動し、栄光も廊下に出る。カッツェの位置を解法で探る。右方向、順平のいる方向である。
順平から見て左の楽屋と廊下を仕切る鉄筋コンクリートの壁が崩落する、其処から飛び出るのは、カッツェの尻尾であった。
ベルク・カッツェは、尻尾を以ってマスターを狙って攻撃しようとしている。これに気付いた栄光は、風火輪が橙色の火を噴かせ、この火力を推進力に順平の下へと移動。
其処で思いっきり右足を蹴り上げる。ガッキと、菱形の金属を張り合わせたようなカッツェの尻尾と、風火輪を装着した栄光の足が衝突するだった。
脚部に触れている尻尾を通じて、解法の崩を叩き込む栄光。「ぎぃっ……!!」と言う苦悶の声が上がる、カッツェの声だった。
急いで尻尾を栄光の脚から離すが、金属疲労を起こしてポッキリ折れてしまったかの如く、カッツェの尻尾の先端から一mに渡っての部分が、床にカランッと言う音を立てて落ちた。

108Flame Up Fragment ◆zzpohGTsas:2016/12/04(日) 03:12:47 ID:91XKfqYc0
 ――チッ、やり難いったらねぇ……!!――

 遠方へと消えて行くカッツェを、栄光は追跡する。 
言うまでもないが、カッツェがGスーツによる透明化を完全に無効化されているのは、栄光の解法の力によるものである。
生前の世界で邯鄲法を操って居た者の中でも、解法においては栄光の右に出る者など盧生と言う例外を除けば極僅かであった。
十万の剣林、百万の矢霰、千万の弾雨の中をすら悠々と歩いても体一つ害せる事が出来ない程解法の達者である栄光が解法を叩き込めば、
如何なカッツェの隠形と言えど、意味がない。位置も特定されるだけでなく、姿まで露にされる。カッツェの強みは今や、栄光によって完全に無効化されている事になるのだ。

 ではそれで、栄光の方が完全に有利であり、余裕に事を進められるのか、と言えば、全くそんな事は無い。栄光は寧ろ、やり辛さすら覚えていた。
確かに、栄光の解法でカッツェの透明化は無力化出来る。だがこの言い方は必ずしも正しい物とは言えない。
正確には――『栄光が全力の解法を叩き込んで初めて、カッツェの透明化が無力化出来る』、と言う方が寧ろ正しい。
ガッチャマンとしての特質を利用したカッツェの透明化、その練度たるや、栄光ですらが舌を巻く程であり、生半な解法の崩では崩せすらしないのだ。
カッツェの透明化を無効化させているのは、解法の崩と言う技術だが、これを全力で行うと、どうなるのか。
自身の身体に幽霊に似た透過の性質を付与させて、あらゆる攻撃を回避する『透』の技術が使えなくなるのだ。つまり、あちらを立てればこちらが立たずの状況に陥る。
解法は邯鄲の夢の中でも取り分けて高級技術であり、『崩』と『透』の両立は栄光であっても困難な程である。
攻撃一辺倒の状態にならざるを得なくなり、一撃でも被弾すれば、無事では済まなくなるのだ。この状況は栄光にとっても心理的な負担が大きい。

 他者が思う以上に、栄光に余裕はない。余裕綽々で屠り去らせる、と言う芸当は確かに出来ないかも知れない。
しかしそれでも、この戦い。栄光の方が有利である、と言う事実は覆らない。決定的なのは、互いの戦闘についての経験値の差だ。
恐らく相手、ベルク・カッツェは、今まで戦闘と言う戦闘と言う物を経験した事がなかったのだろう。この場合の戦闘とは、圧倒的な技量で相手を葬り去る、
と言うようなワンサイドゲームではない。拮抗した実力を誇る者どうしが演じる、どちらかが生きどちらかが死ぬ、と言う様な互角の戦いの事を指す。
実力の近しい者達が戦う際に起る、駆け引き、カッツェはこの練度がかなり低い。付け入る隙があるとすれば、この差であろう

 カッツェを追い栄光は一階のロビーへと向かって行く――が。
途中でカッツェを追うのを止め、急いで元来た場所へとUターンする。……いや、正鵠を射た言い方は、まだ地下部分にいる順平の下へと急速に向かって行く、であろう。
真正面からの勝負には勝てないから、勝利の条件を自分を打ち倒す事から、自分を現界させる為のリソースを供給するマスター。
つまり、伊織順平の方に矛先を変える事があるだろう事など、栄光には御見通しだった。栄光は気付いていた。
自分の追跡していたベルク・カッツェが、宝具かスキルを利用する事で生み出した、『限りなく実体に近い分身』の類である事を。
逃走の最中にこれを作成し、栄光がこれを追っている内に、マスターを殺す算段だったのだろうが、そうは問屋が卸さない。
やはり予想通り、順平の近くにカッツェに近い気配がある。直にマスターの下へと近付いた栄光は、順平の前に立ち、精神統一。
カッツェが来るであろう位置を解法で割り出させ、その方向にシャドーの要領でハイキックを行う、と同時に、カッツェの頭部に栄光の右足甲が衝突。
これを受けて、カッツェの身体が霧のように消滅――「何ッ!!」と栄光が叫ぶ。何と、これすらも『分身』だった。カッツェの狙いは、初めから栄光でも順平でもなかったらしい。

「話は後だ。追うぞ、マスター!!」

「へっ……!? お、おう!!」

 今は順平に説明する間も惜しい。彼を守りながら、ベルク・カッツェを追跡せねばならない。
燕は今、悪しき魔鳥の翼をもいで地に落とすべく、己の主と共にその後を追い始めたのだった。

109Flame Up Fragment ◆zzpohGTsas:2016/12/04(日) 03:13:02 ID:91XKfqYc0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ベルク・カッツェの胸中を占める今の感情を一言で表すなら、『怒』だ。
猿と蔑む人間に後れを取るばかりか圧倒されている事実も、自分の得意とする技を無効化されたと言う事実も、全てが全て、腹ただしい。

 ――しかし、癪に障る事ではあるが、カッツェは認めねばならなかった。自分では、大杉栄光には勝てぬと言う事を。
戦闘経験の差と、技量の違いは最早埋め難いレベルとまでカッツェは認識、まともにやりあっては勝てないとすぐに判断。
そう、馬鹿正直に真正面から挑みかかっては行けない。其処から既に間違えていた事を、今更ながらにカッツェは気付いた。

 カッツェの持つ宝具であり、ガッチャマンに変身する為のキーアイテムである、幸楽災禍のNOTE。
これは、世界に騒乱と不和等のトラブルを引き起こさせる為なら、ありとあらゆる力を付与させると言う、その特別高いランクに恥じぬ力を持つ宝具である。
だが、この宝具にも一つの縛りがある。それは、トラブルを引き起こさせる範囲内で『のみ』しか、力を引き出せぬと言う事。
つまり、直接的な戦闘に関係する能力を、このNOTEは一切付与しない。岩盤を割ったり山を砕く力も与えねば、亜光速に迫る速度を与える訳でもない。
島を蒸発させる様なレーザーを発射させられる力も、数万度の炎を噴出させられたりと言った力も、このNOTEはカッツェに与えてくれない。
何故ならばそれらの力とは、戦闘と言う『己の方からアクションを起こして相手を傷付けさせる行為』に用いられるものだからであり、
即ちNOTEの本来の縛りから逸脱したものに他ならないからである。結局ベルク・カッツェの宝具を戦闘に無理くり使うとなると、、騒乱を引き起こさせる為の能力を戦闘に適宜応用するしかないのである。

 真正面から戦闘能力のぶつかり合いをして勝てないのであれば、如何すれば良いのか。
勝利の条件を、変えてしまえば良いのだ。相手を倒して勝利、ではない。此方が無傷でかつ、自分が楽しむだけ楽しんで、そして相手に窮状を押し付ける。
これを以って勝利とすれば良い。一見すれば難しい条件に聞こえるかもしれないが、カッツェの宝具はそれを可能とする。と言うより、それを達成させられる事に特化した宝具こそが、幸楽災禍のNOTEなのである。

 カッツェは現在、人の通りの多い新国立競技場のロビー近くにまで足を運んでいた。
競技場内で起っている諸々の死闘の規模と激しさに反し、入り口近くは嘘のように綺麗な状態を保っていた。破壊の累が、全く及んでいない。
この時カッツェは、己のNOTEの力で、先程346プロの多くのアイドルを先導するのに用いた、美城常務の姿に変身。目線の先にいる黒い服装の男に対して、叫んだ。

「だ、誰か助けてくれ!! 地下だ、地下で凶悪な集団ストーカーに襲われている!!」

 無秩序と混沌の落とし子たるベルク・カッツェは、風評被害を拡大させ、大杉栄光と言うサーヴァントとそのマスター・伊織順平が、
討たれるのも已む無しな悪漢と言うイメージを植え付けさせる事を以って、己の勝利条件とした。
だからこそ、人の多い所に逃げた。NPC、場合によってはサーヴァントやそのマスターがいるであろう方向に。

「――ほう、ストーカーで御座いますか。いやはや、こんな危険な場所にまでやって来るとは、貴女の熱心なファンなのでしょうなぁ」

 黒い服――正確には、『黒い略礼服』の男は、一言言葉を交わしたカッツェですら、イラつきを隠せくなりそうな程、現況を理解出来てい無さそうな、気だるげでとろそうなイメージを見る者に与える、間延びした男であった。

110Flame Up Fragment ◆zzpohGTsas:2016/12/04(日) 03:13:13 ID:91XKfqYc0
「それで、そのストーカーさんは、どう言う特徴をしているのでしょう?」

 よし、乗った、とカッツェはほくそ笑む。目の前の存在が、サーヴァントである事に既にカッツェは気付いている。
趨勢は完全に此方に傾いている、後はある事ない事吹聴すれば、カッツェが言う所の、メシウマ、の状態になる事は確実だった。

「年端も行かない少年の二人組だ。一人は帽子を被って髭を生やした男で、一人はパーカーを来た茶髪の青年。年端も行かない子供達だが、無辜のアイドルを何人も殺して回っている凶悪な殺人鬼なんだ!!」

「二人一組の殺人鬼、ですか。殺した時の爽快感も半分になりそうで、おすすめは出来ませんね」

 言っている事が、やけにおかしいと気付いたのは、この時であった。改めて、美城に扮したカッツェは、目の前のサーヴァントを注視する。
自分で切ったのだろう左右非対称の黒髪、よれよれの黒礼服、気だるそうな笑みを浮かべる表情、死人のように白い肌に反するような、ガッシリとした骨太で大柄な体格。
誰の目から見ても強そうにも見えないし、神話の時代の生きていた者が発する様な神韻もないこの男、当然の事ながら、ベルク・カッツェは知らない。初対面だ。
カッツェは確かに、目の前のサーヴァントを知らない。だが何故かこの男の事を、カッツェは既知の知識であるかのように、その顔その姿を覚えている。
この感覚は何だ、と考えるも、直にその訳を知る。この知識は、変身元である美城が予め知っていた知識だ。そうと解れば話は早いと、美城の記憶を徹底的に洗い出して――理解した。

 目の前にいる存在は、今日本所か世界中を騒がしている、<新宿>は神楽坂での大量虐殺の張本人。バーサーカーのサーヴァント・黒贄礼太郎その人であった。

「それは兎も角、情報のご提供、ありがとう御座いました」

 そう黒贄が告げた瞬間だった、右手に持っていた火かき棒を、美城に変身したカッツェの胴体に横薙ぎに一閃。
黒贄が火かき棒を振い始めたと殆ど同時に、カッツェは殆ど反射的に、ガッチャマン形態へと瞬間的に変身。
その後、尻尾を体中に簀子のように撒かせ、完全防御の体勢を取った。長い尻尾を使って作った障壁と、黒贄の攻撃が衝突。
結論を言えば、尻尾のバリヤーは、全くと言っていい程防御の体を成せなかった。尻尾の一部が砕け散り、その破片が中空を舞い始めると同時に、
凄まじい衝撃が身体に舞い込み、ベルク・カッツェは時速六百㎞程の速度で、黒贄から見て右斜め前方に吹っ飛ばされていく。
吹っ飛ばされる速度が余りにも速すぎる故か、衝突した鉄筋コンクリートの壁は、発泡スチロールめいて粉砕され、衝突してもなお勢いは減じる事無く、カッツェは遥か彼方へと吹っ飛び続けて行く。「ありゃ」、と。黒贄が、遂には見えなくなってしまったカッツェの方を見て、そんな声を上げた。

「っ、アイツは……!!」

 茫洋とした様子で吹っ飛ばされるカッツェを眺めていた中、こんな声が聞こえて来たので、黒贄はその方向に身体を向けた。
声のせいだけではない。サーヴァントの気配をも、その方角から感じた為である。

「おや」

 と、気の抜ける声を黒贄が上げる。帽子をかぶり、髭を生やした青年と、パーカーを着用した青年。
先程吹っ飛ばした美城――カッツェ――が話していた二名の特徴と合致したからだ。伊織順平と、ライダーのサーヴァント・大杉栄光。彼らが此処に到着した瞬間であった。

111Flame Up Fragment ◆zzpohGTsas:2016/12/04(日) 03:13:49 ID:91XKfqYc0
【ライダー……!!】

【解ってる。遠坂凛の従えてるサーヴァントだ】

 当たり前の事だが、<新宿>での聖杯戦争の参加者である以上、順平も栄光も、目の前の存在を知らぬ訳がない。
黒贄礼太郎。神楽坂での大量虐殺を引き起こした張本人、ルーラーから直々に討伐令が発布されたバーサーカーのサーヴァントである。

 タイタス10世が化けていた、偽物の黒贄礼太郎と戦っていた栄光であるから解る。目の前にいる黒贄は、正真正銘本物のサーヴァントだ。霊基の質が違い過ぎる。
それは、実力の違いをも表す。先程戦った偽物が、出来の悪いデッドコピーか粗悪品にしか思えぬ程、目の前にいる本物の黒贄は、桁違いに強い。
そして何よりも、放置していては間違いなく禍を招く、と言う事が、解法を用いずとも栄光には解るのだ。
解法を以って、栄光は黒贄を解析する。サーヴァントこそあるが、黒贄の本質は正真正銘、単なる人間でしかない。
だからこそ、栄光の背筋が凍った。栄光は、黒贄の事を人間と見ていない。彼を見ていると、栄光にはあるイメージが被るのである。
そう、甘粕と言う名の男に使役されていた、第八等廃神(タタリ)に位置される最悪の悪魔・神野明影と。
人間である筈の黒贄が、最悪の化生であるあの蝿声厭魅とイメージがダブるなど、あってはならない事柄なのだ。
幾千幾万、幾億人もの人間が数千年の月日を掛けて、抱き続け、蓄積させ続けた負のイメージが普遍的無意識で凝り固まり、洗練された末に、災禍の形を取って現れるあの怪物共と。同列の『人間』など、存在してはならないのだ。

 ――黒贄礼太郎は、人間の姿と本質を以ってこの世に現れた、『災厄』そのものだった。
存在自体が人の生存、世界の存続の危機を招く第八等廃神と同等の厄を持つサーヴァント。それが意味する所は二つ。
呼ばれてはならず、従えてはならぬと言う事。目の前の男は、人間であり天災そのもの。大地震や大波濤を御して従えられるものは神と地球を於いて他にいないが、目の前の黒贄礼太郎を御せるものなど、恐らくは神だろうが地球だろうが、不可能であろう。この男は真実規格外のサーヴァントであり、呼ばれる事自体が間違いな怪物であった。

 ――倒せるか……?――

 栄光が真っ先に考える事柄はそれだ。勝利への算段を考える栄光。退く、と言う選択肢は考えていない。
何故なら自分は、ヘタレでこそあるが、こんな土壇場で逃げ出すような卑怯者ではない、と言う矜持があるから。
そして何よりも――自分は嘗て、サーヴァントがずっとちっぽけに見える程の、凶悪な邪龍を鎮めて退けたと言う過去がある事。
思い出せ、大杉栄光と自分に喝を入れる。あの時は、■■との大切な■■を■■■■■てまで百鬼空亡(なぎりくうぼう)を退けたではないか。その時の恐怖と無念に比べれば、今の状況など――。

 ――また、変な記憶かよ……――

 メフィストの治療を受けてからずっとこれだ。
いよいよとなれば、直接あの藪に文句を言いに行くかと栄光は決めていた。何故、あの治療を受けてから、要所要所で、伊藤野枝の顔がフラッシュバックするのだろうか?

「……バーサーカー」

 言葉を紡いだのは、栄光の方だった。

「はい、何でしょう。それと、次の機会で宜しいですが、私の名前は黒贄礼太郎ですので、お間違えようの無く」

 一瞬、黒贄の言っている事が理解出来ない二人であったが、直に、今このバーサーカーは真名を自ら明かした事を理解する。 
【おい、どう言う事だコイツ!?】と、順平が念話を飛ばしてくるが、正直栄光ですら黒贄がどう言うつもりで真名を明かしたのか解らない。
名を明かす事で解禁になるスキルなり宝具なりがあるのかとも栄光は考えたが、もしもそれが事実なら、完全に機先を制された形になる。こうなっては仕方がない。起り得る何かを最大限警戒するしかない。

「アンタ……何で神楽坂で人を殺したんだ?」

 それは、順平達のみならず、他の主従にとっても疑問であった事だろう。
見る者が見れば、あの白昼堂々の殺戮が、魔力の無いマスターにとっての魔力供給手段である魂喰いを行っている訳でもない、本当にただの無為な虐殺である事が解るだろう。
何故、そんな事を行ったのか。それが、順平や栄光には解らなかった。黒贄を討伐する、と言う目的を達成する事において、こんな質問は無意味も甚だしいだろう。だがそれでも、二人はそれを聞いて置きたかったのだ。栄光の口にした疑問に答えるべく、黒贄が口を開いた。

112Flame Up Fragment ◆zzpohGTsas:2016/12/04(日) 03:14:02 ID:91XKfqYc0
「殺人鬼、ですからね。それはもうジャンジャン殺しますよ」

「……何?」

 眉を顰めながら、栄光が言った。間抜けその物の様な、豆鉄砲でも喰らったような、そんな表情であった。

「もう一度……聞くぞ。何で、殺したんだ?」

「理由は特にはないですよ。一切の理由も、善悪もなく、平等に殺す。それが、殺人鬼。そう言うものですよ」

「……そんな、つまらない理由でお前は人を殺すのか? ただ楽しいから、お前は人を殺すのか!! バーサーカー!!」

 聞いている内に立腹してしまった為に、栄光は声を荒げて詰問する。何処吹く風、と言う様な、薄い微笑みを浮かべたまま、相対する殺人鬼が言った。

「えぇ、そうですよ」

 迷いも何もない。予め用意していて、かつ、何遍も使い回しているような定型句でも口にするかのような即答であった。

「誰も、好きでない行為に全力を出す筈がないですからな。好きな行為だからこそ、全力で、そして時に逸って動いてしまうものです。私は殺人がとても楽しい。愛していると言っても良いでしょう」

「ふざけんな!! テメェ、殺される側の立場で考えた事があるのか!! 死ねば、皆それまで何だぞ!!」

 順平の、怒気も露な大声に対して、気だるげな視線を黒贄は向けた。

「うぅむ、それではそこの貴方は、蚊を潰し、家畜を屠殺する事に対して、忌避感を覚えるのでしょうかな? 殺される立場の事を仰るのなら、これらの行為も同列に考えねばならない筈ですが」

「屁理屈だろんなもん!! 尤もらしい事言ったって、人と家畜や蚊はどう考えても違う!!」

「……ハッ、行けない行けない。殺人鬼は倫理を語ってはいけないのでした。最近設定がブレていたからうっかりしていました。いやはや、私に倫理を語らせようとするなんて、相当なやり手ですなぁお二方」

 事此処に至って、二人も理解したらしい、話が通じないと。
バーサーカーなのに言葉が通じる、と言う疑問も、覚えなかった訳ではない。
何故此処まで、健常人と変わらない見た目と知性、言語能力の男が、バーサーカーとして呼ばれているのか。
その理由を理解した。余りにも、常人とは価値観がズレすぎているのだ。この男は思考の基準が、普通の人間や英霊とは、全くかけ離れた座標に存在している。
いや、それ以前の問題かもしれない。例えば普通の人間が物事を四則演算で考えている中、目の前の殺人鬼だけは幾何学で考えているような。それ程までに違っている。
要するに、価値観、そして思考に至るまでのプロセスが、余りにも異次元過ぎるのだ。だからこそ、目の前の存在はバーサーカー……『狂』ったサーヴァントなのだった。

「それにしても、先程スーツを着た女性の方が、貴方達が地下でアイドル達を虐殺して、千切っては投げての掃いては捨ててをしていたらしいですが……いやはや、同じ殺人鬼でもここまで価値観が違うのは、不思議ですなぁ」

 違う、と食って掛かろうとする順平を、栄光が念話で制止する。
栄光も順平と同じく反論しようとしたが、言葉が舌の上にまでやって来た瞬間に、違和感を感じたのだ。スーツを着た女性、と言う言葉のせいだ。
記憶の中にいるそれらしい人物を洗ってみて、直に思い当った。先程まで栄光はその存在と死闘を繰り広げていたのだ、思い当たらぬ訳がない。
ベルク・カッツェ、様々な星々を阿鼻叫喚の混沌に叩き落として来た、星渡りの魔人である。あの魔人は先程、346プロの役員の一人であるところの美城に変身していたではないか。
ある事ない事を、黒贄に吹き込んで、彼を此方に嗾けるつもりだったのだろう。その目論見は、事実上成功したも同然なのかも知れない。
何せ黒贄は、人を殺さずにはいられない殺人鬼。栄光や順平達も、既にターゲットの一つとして認識しているのだから。最早戦闘は免れないであろう。

 ――野郎、絶対に倒す……!!――

113Flame Up Fragment ◆zzpohGTsas:2016/12/04(日) 03:14:29 ID:91XKfqYc0
 と、栄光は次こそは、ベルク・カッツェを葬ると誓った。
……尤も栄光は、そのベルク・カッツェが先程、黒贄の一撃によって大ダメージを負いながら吹っ飛ばされた、と言う事実を知らないのであるが。

「……あっ、そうだ。すっかり忘れていました。後で凛さんにドヤされる所でした、いやぁ危ない危ない」

 外行きの用事の為靴を履いたその時になって、財布や携帯電話を忘れた事に気付いた、と言う様な素振りと口ぶりでそう言ってから、黒贄が栄光達に目線を向け直した。冷たく淀んだ、冬の川底の泥の様な黒い瞳。

「確か此処には、私の姿を真似たそっくりさんがいると聞いたのですが、何処にいらっしゃるのでしょう?」

 その存在に至っては、本当に即座に思い当たった。そうなって、当たり前だ。
黒贄が言う所の、そっくりな黒贄礼太郎――タイタス10世が変身した偽黒贄を討ち滅ぼしたのは、他ならぬ大杉栄光なのであるから。
言葉の内容を推理するに、如何やら黒贄、或いは遠坂凛は、偽黒贄の真実を確かめるべく、此処に足を運んだようである。此処に足を運んだ理由としては、道理、であろう。

「……向こうだ」

 と言って、栄光は、彼から見て真正面、つまりは、黒贄の背後の方を指差していた。
指差す場所は、今順平達と黒贄が佇んでいる、新国立競技場ロビーの右側の通路である。

「ははぁ、向こうですな」

 と言って、黒贄が後ろの方を振り返った、その時だった。
風火輪を纏わせた両足で思いっきり床を蹴った栄光が、黒贄の方へと亜音速の加速度を得て跳躍。
身体の正面を後ろに向けたままの状態の黒贄の頸椎目掛けて、風火輪を装着した右脚による回し蹴りを叩き込んだ!!
蹴られた方向へと、矢のように吹っ飛ばされる黒贄。そのまま、吹っ飛んだ先に立ちはだかるコンクリートの壁に衝突。其処に亀裂が入る程の勢いで、彼は背中から打ち付けられ、床の上にぐったりと倒れ込んだ。

「倒したか!?」

 順平が叫ぶ。栄光は、期待に満ちた己のマスターの問いかけに対し、無言を貫く。
今のが卑怯だと、栄光は思ってはいない。元々解法とは不意打ちに長けている所もある技術。相手が油断している所を容赦なく狙いに行く事に、栄光は何の躊躇いもない。

 倒した、筈である。己の右脚が捉えた感触は、文句なしのクリティカルヒットのそれ。頸椎を圧し折ったと言う実感も、確かに得た。
何よりも、解法を直に、思いっきり叩き込んだ一撃だ。生きている筈がない。即死の、筈なのだ。

 ――筈なのに、何故。黒贄礼太郎はまだ、『生きている』?
生命力が弱まるどころか、平時と全く変わらないのは、何が起っているからなのか?

 タッ、と地面に着地し、黒贄の方を油断なく睨めつけ続ける栄光。
グッタリと動かない状態でいた、黒礼服の殺人鬼が、寝起きのようにムクッ、と立ち上がった。
覚悟していた事だが、実際にやられると栄光としても驚く。順平に至っては、愕然、と言う言葉がこれ以上となく当て嵌まる程の、狼狽ぶりであった

「いやはや、こうまでよく不意打ちを貰うと、“誰かさん”の下にいた時を思い出しま……ハッ、いけないいけない。今の私は“彼”とは関係ない人の下にいるんでした、うっかりしていました」

 言っている言葉の意味は良く解らないが、平時と全く変わらぬ口ぶりで、頸椎を中頃から左直角に折れ曲がらせた状態で、黒贄がそう言葉を紡いだ。
皮膚と筋肉を突き破って、折れた頸椎が外に飛び出し、口からは蟹が泡でも吹くように血色の泡がブクブクとあぶいている。
時計の針が水平になるかの如くに、黒贄の頭は物の見事に左に回転させられており、そんな状態でも、平時と変わらぬ口調、平時と変わらぬ笑顔で、その場に佇んでいる。
魔力を供給するパス越しに、順平の恐れに似た感情が自身に伝わって来るのを栄光は感じていた。自身のマスターと、思いは同じだった。
解法すら乗せたクリティカルの一撃を受けて、強がりでも何でもなく平然とした様子のままの黒贄を見て、恐れを抱かぬ筈がない。あの一撃は、栄光にしてもこれ以上と無い一撃必殺の実感があった攻撃であったればこそ、である。

 無理やり、火かき棒を握ってない左手で、折れた頚骨の方に手を伸ばし、其処に力を込める。
ボキ、ゴキ、と言う厭な音が響き渡る。無理やり折れた首の骨をまた圧し折り、元の状態に戻したのである。が、少し位置修正に失敗したのか、やや首が斜めっている。

114Flame Up Fragment ◆zzpohGTsas:2016/12/04(日) 03:14:42 ID:91XKfqYc0
「何で、死んでねぇんだよ……」

 栄光の呟きを聞いて、黒贄が笑みを強めた。

「殺人鬼ですから。殺人鬼は、不死身の肉体を保つ努力を常に怠らないものです」

 眠たげな笑みを浮かべながらそう言った瞬間、黒贄の上半身が霞んだのを栄光は見逃さなかった。
順平の方に飛び退き、彼の来ている上着の襟を引っ掴み、そのままもう一回地を蹴り、順平ごと栄光は十m程先の地点まで跳躍、着地。
二回目の着地と同時に響き渡る、轟音。黒贄の火かき棒が床に衝突、衝突したポイントを中心にした直径十mの範囲が、すり鉢状に凹んだ音であった。

「ごほっ、ごほっ……!!」

 襟を唐突に引っ張られて気管支が締まったか、咳を続ける順平。
「其処から動くな、何かあったら念話を送れ!!」と、栄光は一喝。謝罪の言葉もなく、黒贄の下へと飛び掛かった。
埒外の耐久力と、戦闘続行性。それが、黒贄の異常なタフネスの正体なのだろう。確かにそれ自体は、脅威になる。
だが、そう言った手合いとの戦い方は決まっている。相手が人間の形をしているのなら、尚の事その戦い方は有効打となる。
攻撃が可能となる部位、つまり四肢を重点的に攻撃し、肉体から分離させてやるなどして破壊するよう動けばいいのだ。
不死身に近い耐久力を誇っていようが、攻撃出来る部位を無効化させてしまえば、恐れる要素は何もなくなる。攻撃が出来なくなれば絶対に此方側を害せないし殺せないのだから。
強烈無比なパンチや剣閃を放てる者なら腕を斬り飛ばし、岩を抉り破壊するキックを行える者なら脚の骨を砕いてやり、星をも落とす魔術を唱えられる者なら脳や口を破壊する。それらは、戦の常道なのである。

 此方に栄光が近づいて来たのに気付いた黒贄が、彼の動きに合わせるように火かき棒を上段から振り下ろす。
そしてこれを栄光が、解法の透で己の身体にすり抜けの性質を付与させ、黒贄の攻撃を透過。火かき棒は、水を殴った様にスルリと栄光の衣服や身体をすり抜けた。
黒贄の持っている火かき棒を当初栄光は宝具かと警戒していたが、解析してしまえば何て事はない。
材質はただのステンレス。付与されている神秘や特異性などゼロに近い。つまるところ、ホームセンターで売っているそれと何ら変わらぬ火かき棒だと知っていた。そんなもの、恐れるに足らず。解法の技術で、楽に回避出来てしまえる。

「ありゃ、もしかして貴方……」

 と、黒贄が、困惑と恐怖を露にした表情を見せた。虫が苦手な人間が、自分の寝室でゴキブリかムカデでも見た様な顔であった。
隙だらけだと、栄光は心中で叫ぶ。何か黒贄が言い切るよりも疾く、黒贄の鳩尾に風火輪を装着させた右足による前蹴りを叩き込んだ。
当然、解法の崩を蹴りのインパクトの瞬間に見舞ってある。蹴り足の伸びた方向に黒贄が吹っ飛んで行き、太い円柱状の柱の一本に衝突。
背中から其処に当たった黒贄は、一m程バウンド。床の上に俯せに倒れ込むが、むっくりとすぐに立ち上がった。
崩を叩き込んだ鳩尾の周辺、略礼服やその下のシャツが、腐敗しているかのようにボロボロと千切れて落ちているのが解る。
そして、千切れて落ちているのは服だけじゃない。衣服の下の筋肉が血管や神経ごと、ボトボトと床に雨垂れの如く落ちて行く。
余りにも大量に肉が落ちるので、内臓は愚か、骨格すらも栄光達に視認が出来る程であった。その内臓や骨にしても、解法の影響で床に落ちて行く。
相手の能力を解析したり、超常の魔術や不可思議な奇術の類を解体して無効化・崩壊させる解法の術。
これを生身の人間に行えば、その解体の術が直接生身にぶち込まれる事になり、結果、肉体が崩壊するのである。
栄光の様な達者の行う解法に直撃すれば、通常ならば五体満足などあり得ぬ話。大抵の場合バラバラが最もふさわしいレベルで相手の身体は散り散りになる。
ただ、サーヴァントであるならば対魔力が懸念になり本来通りの威力は発揮出来ないかも、と言う懸念が栄光にはあったが、対魔力が通常備わっていない三騎士以外のクラスなら、百%の威力で解法をぶち込める為、有利に事を運べる。

115Flame Up Fragment ◆zzpohGTsas:2016/12/04(日) 03:14:59 ID:91XKfqYc0
 ……そう思っていた筈なのだが、現実はこの通り。
黒贄は当たり前のように生きているし、露出している内臓や骨格、即ち肝臓や胃、肋骨がボロボロと崩れてその破片が地面に落ちて行っているにもかかわらず。
平時と変わらない様子で立ち尽くしながら、しかし、栄光と順平の方に恐怖も露の目線を向けているではないか。

「わ、私の攻撃が通じない……も、もしや貴方……ゆ、幽霊では……」

 己が現在進行形で負っている傷よりも何よりも、黒贄にはそっちの方が気がかりらしい。
「は?」と言う様な顔を浮かべる栄光。当然の事ながら、聖杯戦争に招聘されたサーヴァントである栄光は、聖杯戦争の基本的なシステムを頭に刻み込まれている。
況やその中には、サーヴァントそのものの知識も同様。サーヴァントとは即ち極めて霊格の高い人間霊である英霊であり、本質的には『幽霊』と何ら変わらぬ存在なのだ。
ただ、同じ幽霊の類とは言え、そこらの地縛霊と英霊とではその格、高級さが違い過ぎるのだが。
こんな知識は、サーヴァントとして呼び出されれば今更学ぶまでもない基本的な知識。黒贄はつまり、こんな超が付く程基本の知識を知らないのか、と栄光は訝しる。
言ってしまえば、今黒贄は、最も恐れる幽霊の類に自分がなっている事に、気付いていないと言う事になる。いよいよを以って、目の前のサーヴァントが解らなくなってくる栄光だった。

「い、いえいえそんな筈は……足もちゃんとありますし」

 そんな事を言いながら黒贄は、全くのノーモーション。身体を一切動かさず、腕の力だけで、手に持っていた火かき棒を栄光の方へと投擲した。
実に見事なまでの不意打ちだった。尤も黒贄は自分が不意打ちをしている、と言う意識は全くなく、ただ殺す為に腕を動かしただけなのであるが。
飛来する火かき棒に反応した栄光が、解法を飛来してくる火かき棒に叩き込み、後十数cmで此方の喉元を貫くか、と言う所でそれがバラバラに分解。
鉄片となって床の上に音を立てて落下して行く。これと同時に、栄光は風火輪の出力を一瞬で最大に設定、地を蹴り跳躍、そして、ツバメの如くに飛翔。
黒贄と栄光間の距離は九m弱。その内三m進む頃には、栄光は解法の力を用いて物理法則を無視した加速度を得た影響で、一瞬で音の速度に達していた。
ゼロカンマ一秒を遥かに下回る速度で、夢を操る戦士である栄光は蹴りの間合いにまで到達。黒贄の首目掛けて左足による回し蹴りを叩き込もうとする。
直撃すれば今度こそ、首が捩じ切れ吹っ飛ぶ程の威力を容赦なく栄光はその一撃に乗せている。これを黒贄は、身体を屈ませる事で回避した。
攻撃を躱された、と言う事実に栄光が少し驚いた。緩慢な動きの男だと当初は思ったが、順平から伝えられていた、敏捷のステータスの凄まじい高さは、
成程飾りではなかったようである。蹴りがスカを喰ったのを狙い、黒贄が動く。栄光の移動速以上のスピードで、この殺人鬼は腕を振ったのである。
当たれば喰らった箇所からその部位がちぎり取られる程の一撃。空中に浮いた状態の栄光はこの攻撃を、空中を滑るように移動、攻撃の範囲外まで逃れる事でやり過ごす。
しかし、黒贄はそれを許さなかった。栄光が距離を取ったと言う事実を一瞬で認識するや、床を蹴って彼の下へと一瞬で移動。
ロビーどころか、新国立競技場全体が揺れる程の強さで床を蹴った事で得た加速は、時速七〇〇㎞。余りの速度に、栄光が今度こそ驚愕する。反射神経どころか、単純な移動速度ですら魔人の域にあるらしい。

 栄光の方へと接近するなり、猛禽の爪のように指を折り曲げさせた右手を振う黒贄。容易く、振われた右腕の速度は音のそれを突破。
急いで透を己の身体に適用させ、黒贄の攻撃を透過、すり抜けさせてやり過ごす。
透は攻撃をすり抜けさせる事でダメージを高い確率でゼロレベルで低減させられる事もそうだが、攻撃を回避したと同時に即座に攻勢に転ぜられるのもメリットの一つ。
攻撃を回避後即、栄光は透を解除、黒贄の顔面に前蹴りを叩き込む。直撃……否、空気を蹴った感覚しか、栄光の脚には伝わって来ない。
スウェーバックの要領で状態を反らしながら跳躍する事で、黒贄が蹴りを避けたのである。迎撃が来る、栄光はそう考えた。

116Flame Up Fragment ◆zzpohGTsas:2016/12/04(日) 03:15:11 ID:91XKfqYc0
 ――だが、実際には違った。
黒贄はボクシングにおけるスウェーバックの要領で攻撃を回避したのではなく、それによく似た姿勢のまま、思いっきり後退しただけだった。
格闘技に於けるスウェーは回避後にすぐ反撃に転ぜられるように避ける動きを最小限に抑えるものだが、黒贄のそれは大きく動き過ぎだ。
これでは相手の攻撃後の隙を狙って攻撃しようにも、直に相手が元の姿勢に戻ってしまうだけの時間を与えてしまうので、逆効果と言うものだった。

「や、やっぱり幽霊だあああぁぁぁ、こ、殺せない手合いは皆幽霊なんだああああぁぁ」

 と、訳の分からない事を叫びながら、黒贄は、折れた首、そして、解法によって鳩尾辺りを崩されたまま、疾風の様な速度でその場から逃げ出し始めた。
訳の分からない言動と、突飛な行動に呆気にとられる栄光と順平。二人が、黒贄の奇行を見てから正気に戻るまでに、二秒程の時間が掛かった。

「お、追うのか!?」

 順平。

「決まってんだろ、あんなの放置したらヤバい事位俺にだって解る!!」

 栄光の答えは、やはり、順平の予想通りの物で、そして、順平が答えて欲しかったものでもある。
あんな危険人物を野に放つと言うのは、残り時間一秒で爆発を起こす上に勝手に動き回る時限爆弾を放置するのと同義である。
そんなもの、到底放っておけるわけがない。黒贄の後を追うべく、栄光と順平が走り始める。いつの間にか消えていたベルク・カッツェの動向も気になるが、今の優先順位は、彼より、あの黒礼服の殺人鬼なのであった。

117Flame Up Fragment ◆zzpohGTsas:2016/12/04(日) 03:15:25 ID:91XKfqYc0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 遠坂凛が、火中の栗を拾いに行くような真似だと承知の上で、新国立競技場の修羅場に足を踏み入れたのには、二つ、理由がある。
一つ。そもそも凛が此処にいる向おうと思い立った理由は、全くの偶然からのもの。此処に向かうまでの経緯は、次のような物だ。
人目につかないように人通りの少ない裏路地を歩いていた際に、運悪くNPCに見つかった為に魔術で数分程意識を奪い、
その時NPCが持っていたスマートフォンが映し出していた画面に目が行った。恐らくは、気絶直前まで見ていたのだろう。
それを偶然凛が見て、大層驚いた。NPCが見ていたスマートフォンの画面には、黒礼服の殺人鬼が、アイドルのステージで今まさに凶行を働こうとしていた場面を映していたのだ。
無論、その黒礼服の殺人鬼の真実のマスターである凛には、その映像に映るそっくりさん――黒贄礼太郎が偽物である事が解る。
当たり前だ、当の本人は今も凛の傍に霊体化して存在するのだから。真実本物の黒贄のマスターの凛からすれば、画面の向こうで大立ち回りをしている黒贄が偽物である事など、
一目見れば即座に解る事なのだ。偽物だとは解るが、何故黒贄の姿を模倣し、こんな凶行に及んでいるのか、と言う真意までは測りかねない。事の真相を確かめるべく、凛達はリスクを承知で新国立競技場と言う人目の付く場所に態々赴いたのである。

 二つ。自分の窮状を、偽黒贄及び偽物に大暴れさせた人物に全て擦り付けられるかも知れないと言う打算があった事。
遠坂凛は馬鹿ではない、むしろ魔術師としては知識・技術双方共に優秀な女性である。偽黒贄が何者で、そしてどう言う目的で今回の行動に移ったのか。
その訳を大方予想出来ている。恐らく偽黒贄の正体は、極めて高度な魔術で模倣された使い魔かそれに準ずる存在であろう。変身能力を持ったサーヴァントと言う線もあり得る。
では、どう言う目的で偽黒贄は新国立競技場に向かい、そして態々解りやすく、一見すれば無軌道そのものの様な悪目立ちをしようと思ったのか。
簡単な話だ、自分達が行った凶行の罪を、全て遠坂凛の主従に擦り付ける以外にない。遠坂凛の主従は今や聖杯戦争の参加者どころか、NPC達にも顔が売れすぎている。
そんな存在であるから、どんな悪い事をやっていてもおかしくないと、多くの者が思っても仕方がない事であろう。必然、濡れ衣や冤罪を背負わせやすい。
つまり、本来今回の事件の黒幕が負うべき責任や罪を、全て此方におっ被せようと言うのだ。
これ以上罪を背負わせられれば、本気でルーラーから何を言い渡されるか解らない。これ以上のマイナスを防ぎたいと言う意味で足を運ぶ事もそうだが、それ以上に。
自分に対してこれ以上の失点を課させ、そして、ただでさえ滅び行く可能性が高い自分達に冤罪を着せようとする存在達に、遠坂凛は忘れかけていた叛骨心と悔しさを覚えた。
自らの心に湧き上がってくるこの怒りの念、これを払拭させる方法を凛は思いついた。事件の首謀者が自分達に行おうとした事と同じ事をしてやるのだ。
そう、遠坂凛は自分達が行動する上で最大のネックである、討伐令の原因ともなった神楽坂での大量虐殺の罪を、今回の事件の首謀者に擦り付けようと画策しているのだ。
あの時の事件は、自分達に扮した誰かが実は行ったものである、と他の主従に誤解させ、自分達の罪状・責任を転嫁させる。こう言う事だ。
結局の所自分達が優先的に襲われる理由は、ルーラー直々に、討伐すれば令呪が一画貰える、と言うある種の賞金首扱いされている事が大きい。
先の香砂会の邸宅での一件などが正しくそうだった。彼女達は令呪が欲しかったからこそ自分達にアタックを仕掛けた。なら、この賞金首扱いが解かれれば?
俄然、襲われる可能性が低くなる。無論、NPC達からは永劫殺人鬼とその仲間扱いされない事はないだろうが、聖杯戦争参加者から襲われなくなるのならば御の字である。
では、この誤解を晴らさせるにはどうすれば良いのか? 自分達が、偽物の黒贄を葬ってやれば良いのだ。幸い、黒贄は強さだけは一級品であるし、こと『殺す』事に関しては黒贄の右に出るサーヴァントなど、先ずいるまい。十分、目的達成可能性があると踏んで、凛は新国立競技場まで向ったのだ。

 ――そして、『三つ目』。これは此処に足を踏み入れ、その惨状を目の当たりにした後で、やっておかねばならないと思いついた事であった。

118Flame Up Fragment ◆zzpohGTsas:2016/12/04(日) 03:15:47 ID:91XKfqYc0
「サイズ……合わないわね」

 そう言って凛は手に持っていた、明らかに女性用の学校制服と思しきものを、ロッカーの中に戻した。
新国立競技場は地下に存在する、着替え用のロッカールーム。其処に彼女はいた。部屋の中に設置された数十の、スチール製のロッカー。
その七割方は、もう開け、その中の制服を拝見した事になるだろうか。傍から見れば、とんでもない変態にしか見えないのだろうな、と凛は恐ろしくやるせなく、みじめな気持になった。

 遠坂凛が外部で行動する上で最大のネックになるのは、NPC間に於いてすらお尋ね物扱いされている、と言う事実が一番大きい。
しかし実際には、遠坂凛は魔術の達者であり、認識を誤認させる多少の魔術程度なら、問題なく行使出来る。これを使えば、外で行動出来なくもないのだ。
但しこの魔術は、『魔術をかけた側の存在の常識に大きく依拠』するものであり、誤認させる内容を大幅に上回るエラーを見ると、直に誤認が解除されてしまう欠点を持つ。

 ――つまりは、遠坂凛の『服装』である。
今の凛の服装は、血が張られたバケツの中身をひっ被せられたように赤黒く変色した血液が染みており、殺人でも犯して来たかのような風情を香らせている。
こんな状態で外に出てしまえば、施した認識誤認にも揺らぎが出る。そして何よりも、凛としてもこんな服装におさらばしたかった。着心地の最悪さは、最早語るまでもない。
以上の二つの理由から、新国立競技場でライブをしていたアイドル達の服を、そのまま頂戴しようと言うのである。傍から見れば、何と情けない真似であろうと思うだろう。
そしてそもそも、NPCとは言え元の持ち主の服を勝手に奪うと言うのは、凛の公序良俗に反するのではないかとも思うだろう。恥ずべき真似である、その事自体は凛も認識している。しかし、勝手に服を奪うと言う行為については、余り引け目を覚えていない。何故か?

 見て来た、からである。
『リハーサル室と銘打たれた大部屋で、大量に意識を失ったアイドル達の姿』を、だ。

 ――……あれは、何だったの……?――

 事の首謀者を探そうと、黒贄と別々になって行動、新国立競技場の地下に降り、其処を捜索している時である。
異様に破壊の様相が酷い所を、凛は発見してしまったのだ。それこそが、リハーサル室へと繋がる通路の方であった。
壁――鉄筋コンクリート製――と言う壁が粉々に破壊され、壁の先の楽屋や個室が見えてしまっているだけでなく、その個室にしても、
荒波に叩き付けられたように荒廃の体を成していたのである。嫌な予感を感じ、不用心だと知りつつも、リハーサル室へと繋がるドアを開け――愕然とした。
床に倒れ込み、転がる、煌びやかで華やかで、可愛らしい服装を来たアイドル達。そんな様相が、部屋中に広がっていたのである。
サーヴァントが関わっていると、真っ先に考えた凛。手近な場所で倒れ込んでいたアイドルの様子を確認すると、脈はあるし呼吸もあるが、意識だけが完全にない状態だった。
十中八九、サーヴァント或いは魔術に造詣の深いマスターの所業である事は、間違いない。間違いないが、どう言う手段で、これ程までの数のNPCを昏睡せしめたのか。その方法が凛には解らない。

 救う、と言う選択肢は凛にはなかった。
人の傷を癒し、そして回復させる魔術に不得手であると言う事もそうだが、それ以上に、治療を行うのに必要な魔力のリソースが割けない事が一番大きい。
リハーサル室で昏睡しているアイドル全員を救うには、遠坂凛が二十人以上いて漸く、と言ったところだ。一人二人なら救えたかも知れないが、それもしない。
そんな事をすれば、今度は自分が戦えるだけの力がなくなってしまうからだ。故に、アイドル達は見捨てた。言ってしまえば、我が身可愛さからである。
非情な選択であるとは、凛も重々承知している。だが、自分の『これから』の選択肢を幾つか捨ててまで、NPC達を救う気には到底凛はなれなかった。
聖杯戦争の残酷な現実に、運悪く直面してしまったから、諦めて欲しい。そう思いながら凛はリハーサル室を去る時に、思いついたのだ。
本来用意していた服の一つを、拝借しても良いのではないか、と。断言するが、あのNPC達はもう助からないと凛は思っている。脈と呼吸はあるが、それだけ。
事実上の植物人間と大して変わらないし、そしてそれ以上に、サーヴァント同士の戦闘の余波を蒙って一人たりとも生き残れない蓋然性の方が最早高いであろう。
救えない、そして、無理して救う意味もない。ならばせめて、多少なりともいらない物を自分に恵んで、役に立って欲しいものであると凛は思っていた。それが、服を勝手に頂戴と言う思考に繋がっていた。

119Flame Up Fragment ◆zzpohGTsas:2016/12/04(日) 03:16:03 ID:91XKfqYc0
 無茶苦茶な論理の帰結である事は、凛は百も承知だ。
凡そ横暴にも程がある考えではあるが、平時ならば考えもしない思考に逃げねばならぬ程に、凛の精神は疲れ切っていた。
凛を取り巻く現状は最低を極る物ではあるが、これが少しでも自分のアクションで改善されると言うのであれば、躊躇いなく凛はそれを行う。
……たった一週間で、此処まで人間は変われるものなのかと、凛は非常に悲しくなった。それについて涙も出ないのは、自分の心が強くなったのか、それとも、心自体もくたびれ果てて何も感じなくなったのか。凛には、もうそれが解らないのであった。

「……これなら、合うかしら?」

 と言って凛は、ロッカーの一つから、何処ぞの高校の制服を取り出した。
ブレザーは落ち着いたブラウン、スカートは赤のチェック柄。凛は与り知らぬ事であるが、島村卯月と言うアイドルの制服である。
これなら、と思い急いで凛は着用。胸部分がやや緩いが、それ以外は概ね着心地は良い。と言うより、数日前に浴びたままの血液が凝固したまま放置されている服装に比べれば、どんな服だって着心地が良いのは当たり前の話だった。

 これで、多少は行動がしやすくなった。
見る者が見れば遠坂凛であるとは一発で解るとはいえ、それでも、訝しがられる可能性はグッと減った。血塗れの服装では、怪しまれるとかそれ以前の問題であろう。
後は、今回の事件の首謀者を見つけ出すだけ。凛は、気を引き締めた。本当の戦いはこれからだ。
身体強化の魔術を己にかけ、不測の事態に備えてから、凛はロッカールームから廊下の方へと出た……その時だった。
時分から見て左方向に、人の気配を感じた。誰だ、そう思い、人のいる方角にバッと身体を向ける。

「っ……貴女、は……!!」

 其処にいたのは、三人の女性だった。
一人は日本人ではなく、サラサラの銀髪をしたスラヴ系の女性。凛について言葉を漏らしたのはこの女性だ。
もう一人は黒髪を後ろに長く伸ばした女性だが……顔は見えない。気絶しているのか、グッタリとした様子である。
そして最後の一人は、二人に比べてずっと幼い、同じく黒髪の少女だ。彼女は瞳に涙を溜めながら、気絶している女性――鷺沢文香の肩を支える
銀髪の女性をフォローする様に、文香の腰に手を伸ばして支えている。彼女達の来ている服装は一般客やコンサートスタッフのそれとは到底言い難く、
彼らが着る物よりもずっと煌びやかで、華々しいデザイン性をしていた。

 ――しまった、アイドルがまだ……!!――

 凛の予想通りである。此処にいる三人、アナスタシア、鷺沢文香、橘ありすは、今回行われていたライブイベントの主役アイドルグループ・クローネの一員だった。
まさか、まだ此処にアイドルがいたとは、凛は予想していなかった。先程リハーサル室で気絶しているか、既に逃げ出しているものかと思っていたのだ。
凛が気付かぬのも無理はない。クローネの生き残りの三人は、リハーサル室からはややかけ離れ、栄光とカッツェの戦闘の余波を蒙っていない楽屋に今までいたのだ。
フレデリカの恐るべき凶行の後、生き残った三人は、一緒に此処を出る決意をし、気絶した文香を抱えて外に出る予定だったのだ。その最中に、島村卯月の制服に身を纏った遠坂凛を目撃した事になる。

「な、何で此処に……卯月の制服を……」

 アナスタシアが呟いた前者の問いは今更ではあるが、後者の方は当然の疑問であろう。
世間的な遠坂凛の扱いは、黒礼服のバーサーカー・黒贄礼太郎の共犯者である。ならば、一緒に行動していると言うのが当然の筋であるし、
この場で鉢合わせない可能性はゼロじゃない。問題は後者の方だろう。何故、世にも恐ろしいと言う風評すら立っている女性が、
仲間であり友達でもあるアイドルの普段着を、身に着けているのか。それが、彼女達には理解出来ていなかった。

120Flame Up Fragment ◆zzpohGTsas:2016/12/04(日) 03:16:17 ID:91XKfqYc0
「……私がその気になれば、あの黒礼服も来るわよ。殺されたくなかったら速く此処から出なさい」

 低い声音で、凛がそう口にする。事実上の、恫喝であった。それを受けてアナスタシアは、冷やしたナイフで身体を刺されるが如き恐怖に駆られて、震えだした。
呼べば、黒贄が来る。それは事実だ。凛にはまだ令呪と、契約者の鍵が残っているのだから。……だが、本音を言えば、凛は彼女達を殺したくなかった。
一目見れば、彼女らがNPCである事などすぐに解る。彼女らの纏うものは、聖杯戦争の参加者のそれではなく、
命の危機に身を晒されて怯え惑う野兎や子リスのそれと全く違いなかった。そんな人物達を相手に、サーヴァントや魔術の暴力を凛は断じて振いたくなどなかった。
それはある意味、己が引き当てた最悪のサーヴァントに出来る、唯一の反抗だった。あれは、兎に角人を殺す。人を殺す事が何より楽しい男、それが黒贄礼太郎だ。
殺すべき相手は元より、殺すべきじゃない相手すらも、後で不利になると解っていても殺す。だって、人を殺す事が、食事や睡眠、セックスよりも楽しいのだから。
自分は、そんなバーサーカーとは違う。確かに魔術師の矜持として殺すべき場面もあるかも知れないが、少なくとも。あの男のように、殺しを楽しむ非道漢では決してないと。
凛は、心の底から思っていた。今此処で、アナスタシア達を見逃すのは、自分が黒贄とは違うと言う反抗であるのと同時に、遠坂凛と言う少女の持つ本来の人間性の発露、そして、彼女自身のある種の自己満足であった。

「は、早く逃げ……」

 アナスタシアが怯えた様子で、ありすに告げたその時だった。
ガクン、と、彼女の身体が、肩を貸させていた鷺沢ごと体勢を崩してしまった。「あっ……!?」と声を上げてアナスタシアがよろめくも、寸での所で踏みとどまる。
みると、今まで鷺沢の腰の辺りを支えていたありすが、いない。急に支え役の彼女がいなくなった事で、一気に体重がアナスタシアに掛かる形になった為に、体勢を崩してしまったのである。

 ドンッ、と、人と人とがぶつかる音が聞こえた。
その方向に、目線を向けるアナスタシア。ハッと息を呑みながら、彼女が目を見開いた。
ありすは、凛の方向に走りだし、彼女目掛けて体当たりを仕掛けたらしいのだ。先のぶつかる音は、ありすと凛がぶつかる音であった。
自分よりも何歳も年下、それこそ小学校高学年程度の年齢しかない少女の、唐突な行動に、凛もまた驚いていた。身体能力を強化させていた為に、衝撃自体は然程でもなく押し倒されもしなかったが、それでも、遠坂凛と言う少女を面喰わすのには、十分な威力がありすの行動にはあった。

「人殺し!!」

 そう叫びながらありすは、握り締めた左拳で凛の胸を叩いた。
平時なら兎も角、身体強化を施している今の凛には、この程度の衝撃は痒い程度しかないが――ありすの叫んだ言葉だけは、包丁でも突き刺されたかのように、凛の胸に例えようもない程に鋭い痛みを与えていた。

「あなたのせいで、皆死んだ!! あなたさえ来なければ、皆で楽しく、素晴らしくライブが終われた筈なのに!! 辛かったトレーニングが実を結んだんだって笑いあえたのに!!」

 平時のありすの声音をそのままに、彼女は憎悪と呪詛を込めた言葉を叫びながら、凛の胸を叩き続ける。
子供が自棄を起こしたようなその叩き方に、凛は全く痛みは感じない。だが、ありすが意味のある言葉を一つ紡いで行く度に、ガラス片でも突き刺さるような痛みが、彼女の胸に湧いてくるのだ。

「何で、何で此処に来たんですか!! 私達を不幸せにして、そんなに楽しいんですか!? 返して!! 周子さんを、奏さんを、唯さんも奈緒さんも、加蓮さんも凛さんも、皆返してよお!!」

 普段の敬語の口調も忘れ、年相応の子供の口調になりながら、ありすは思いの丈を全てぶちまけた。
黒贄礼太郎の乱入――つまり、遠坂凛が此処に来なければ、死ぬ事もなかった犠牲者達の名であった。
凛が此処に来なければ、彼女達は死ぬ事もなかった。プロデューサーも死ぬ事はなかった。ファンの皆も死ぬ事がなかったのだ。
ライブも成功し、皆でその事を喜び合い、時には泣き、後になれば、皆で喧しくもうるさい、打ち上げと言う名のどんちゃん騒ぎを楽しんで。
青春の一ページを過ごせた筈なのに、ありす達に降りかかったのは、悲劇と言う言葉ですらもなお足りない惨劇。余りにも悲し過ぎ、涙を流す事しか行動の取りようがない残酷な離別。それらは皆、遠坂凛と彼女の従えるバーサーカー・黒贄礼太郎が此処に来たが故に、齎された事柄であった。

 ……勿論、事の真実に遠坂凛は全く関わっておらず、例え彼女達がこの国立競技場に足を運ばずとも、悲劇は必ず起きていた事を、ありす達は知る訳もないのだが。

121Flame Up Fragment ◆zzpohGTsas:2016/12/04(日) 03:16:31 ID:91XKfqYc0
「返して……」

 ありすの叩く力が、その言葉を契機に弱くなって行く。
体格と年齢相応の力で叩いていた力が、赤子のそれのように弱弱しくなり、遂にありすは、地面に膝を付き、啜り泣き始めた。
その様子を、酷く哀しそうな……ともすれば、自分も泣いてしまいそうな程情けない表情で、凛は見下ろしている。
如何なるカルマがあって、自分はこんな目に遭っているのだろうか。最悪のバーサーカーであるところの、黒贄礼太郎を御し切れていなかったが故に起った、
あの神楽坂での大虐殺のせいなのだろうか? 解らない。解らないが、何て理不尽な憂き目なのだろう。凛自体は、何も悪い事をしていないと言うのに。
何故自分だけが、こんな意味不明なまでに重い運命を、背負わねばならないのかと。改めて、凛は思い知らされてしまった。

「や、やめて……アリスを殺さないで……!!」

 泣きそうな表情で、アナスタシアが凛に懇願した。
今までは年長者としてありすを怖がらせないよう努力はしていたが、ここでありすに何かがあったら、本当に、アナスタシアは狂ってしまいかねない。
今の彼女には凛が、今にもありすを無慈悲に殺してしまう風に見えてならなかった。

「ち、違う……」

 唇を音叉のように震えさせ、怯えた声音で凛が後ずさる。

「私は、殺してなんか……殺してなんか、ない……!!」

 他人に言っている、と言うより、自分に対して言い聞かせている様な素振りで、凛は呟き続ける。 
言った所で聞く訳がないと言う思いと、それでも言わねばならないと言う思いが鬩ぎ合った結果がこの、蚊の鳴く様な小さな声による、釈明にもならぬ釈明であった。

「私は、誰も殺してなんか――」

「その人殺しから離れて!!」

 弁解を凛が続けようとした、その時だった。気配を全く感じなかった――気付けてなかった――為に、驚きも大きい。
自身の声をかき消し、塗りつぶすような少女の叫びが背後から聞こえて来た為に、凛は慌てて振り向いた。
彼女の視界に映ったのは、緑色の髪をし、何処かの学校指定制服を身に纏った、整った顔立ちの少女だった。凛よりも小柄な身長のせいで、年齢差を窺わせない。
必死そうな表情をしながら、少女――雪村あかりは、凛の方と言うより、クローネの生き残った三人の方を見ながら、更に言葉を続けた。

「あ、貴女は……」

 アナスタシアが呆然と言う体で呟く。
凛は知らなかったろうが、アナスタシアと、涙でぐしゃぐしゃになった顔を件の緑髪の少女の方に向けているありすは、彼女の事を知っているのだ。
雪村あかり、芸名を磨瀬榛名と言う少女の名前と顔は、芸能界の中に生きるアイドル達にも名前が知れ渡っている。
幾つものドラマや映画のレギュラーを演じて来た、有名な子役であるのだから、アイドルたる彼女らが知っていても何もおかしくはなかった。

122Flame Up Fragment ◆zzpohGTsas:2016/12/04(日) 03:16:57 ID:91XKfqYc0
「速く此処から逃げて!! 危険だって解る筈でしょ!!」

 そう、あかりの言う通り、殺人鬼の共犯者と目されている遠坂凛の存在を抜きにして、この新国立競技場は危険な状態であるのだ。
そこかしこで、超常の力を秘めた怪人怪物達が鎬を削り合っている状態。その余波を何時蒙るか解った物ではないのだ。
速めに此処を立ち退かねば、競技場で命を散らした多くの人間達と同じ末路を辿るのは自明の理。
当初はポカン、とした様子であかりの言葉を聞いていたアナスタシア達であったが、彼女の言いたい事を理解したのか。
「アリス、立てますか……」と、精彩を欠いた声でアナスタシアが呼びかけると、マラソンを終えた後のようによろよろとありすが立ち上がり、彼女の方に向かって行く。
ありすはアナスタシアの下に戻るや、再び気絶している文香の腰を支える。そして、その状態で彼女らは遠坂凛から遠ざかる――つまり、あかりの方向へと近付いて行き、
そのまま彼女とすれ違い、遠ざかって行く。ありすらがチラチラと、あかりの佇んでいる方向に目を向ける。あかりも逃げないのか、と言う様な目線である。
それに気付いたか、ニコッ、とあかりは満面の笑みをありす達に向ける。名残惜しそうな表情を浮かべながら三人は、凛とあかりの両名から距離を取り、
近くの階段から上に上がって行き、同一フロアにいない事を確認すると、それまでアナスタシアやありすに向けていた笑顔から、一転。
途端に、同年代の少女が浮かべるそれとは思えぬ程、据わった表情と瞳で、凛の方をあかりは見据えた。

「貴女も、私の事を人殺しだと罵るのかしら……!?」

 先程のありすの言葉に、精神をやや乱されたらしい。その声音は、極度の緊張と心労で上擦っていた。

「何言ってるの? 実際の所人殺しでしょ?」

 火を点ければ紙は燃えるとでも言うように、当たり前の如くあかりはそう反論した。
そう、凛がどんなに殺してないと主張しようが、事情も知らない第三者からすれば、見苦しい言い訳としか捉えようがないのである。あかりの反応は、至極当然のものと言えた。

「私は――」

「そんな事、どうでも良いの。漸くお邪魔なアイドルが消えて、やり易くなったんだから」

 其処で、凛は気付いた。あかりの声音が、同じ年代の少女が発するものとは思えぬ程に、低く、冷たいものになっている事に。

「肝心な事は、貴女を殺せば令呪が一画手に入れられるって事」

 ――その意味を咀嚼、理解させられるだけの時間と余裕が、凛に与えられていた事は奇跡にも等しい事柄だった。
目の前の存在は、聖杯戦争の参加者。そう気付いた瞬間だった、あかりのうなじから、黒い鞭にも似た何かが伸びて、撓り、ビュンッと風を切って凛の下へと振るわれた。
凄まじい、速さだった。拳銃の銃弾、そのトップスピードにも匹敵する速度で振るわれたそれに、凛が反応出来たのは、ひとえに身体に施した強化の魔術。
そして、弟弟子が教えてくれた八極拳の訓練で培われた、危機察知能力があったからこそだった。

 慌てて腕を交差させて、自らの胸部目掛けて振るわれたそれを防御。
――角材で、思いっきり殴られたような痛みと衝撃が、交差させた両腕に舞い込んだ。痛みだけなら、まだ良かった。
黒い鞭の様なものが与えた衝撃は、そのまま凛を吹っ飛ばし、廊下の壁面に彼女を背中から激突させた。

「かはっ……!?」

 肺の中の空気を全て、乾いた吐息として凛は吐き出してしまった。
背中の皮膚が全て剥がれ、背骨が折れたのではないかと言う程の痛みが、彼女の背面を襲っている。
後頭部を強かに打ち、脳震盪を起こさなかったのは、打撃を与えられた瞬間に顎を咄嗟に引いていたからである。呆れる程商才のない弟弟子から、受け身の取り方を教わっていたのが功を奏した。

 目線を、あかりの方に向ける。凛の瞳が驚きに瞠られた。
彼女のうなじの辺りから、本当に黒い鞭の様なものが伸びているのだ。隠し武器の類ではない、伸びている位置的に見て、うなじから『生えている』と見るのが適当だった。
よく目を凝らして見てみると、それは鞭と言うよりは触手、に近い何かだと凛は気付いた。ひとりでにプルプルと黒い鞭状の何かが震えているのだ。
仮に触手だとして、当然人間の首にはあんな物は生えていない。後天的に埋め込まれたか、先天的に何らかの処置をされたと見るのが適切か。成程、あれを見られたくなかったから、あのアイドル達を速く下がらせたのか、と凛は合点がいった。

「よく防いだね」

123Flame Up Fragment ◆zzpohGTsas:2016/12/04(日) 03:17:22 ID:91XKfqYc0
 と、浮かべている酷薄そうな笑みとは裏腹に、内心あかりは驚いていた。
触手細胞を埋め込まれた事により萌芽したこの触手兵器、本気で振るえばその先端の速度は音の速度を容易く超える、恐るべき武器と化す。
人間に放てば骨は勿論内臓ですら破壊され、当たり加減次第では頭が砕け飛び、四肢だって断裂する。
本気で振るっていなかったとは言え、今の一撃、時速にして五〇〇㎞程は出ていたし、人体に直撃すれば骨の何本かは圧し折って然るべき威力だった筈である。
それなのに、凛の骨は一本たりとも折れていないし、内臓も同様。それだけならば当たり所をしくじってしまったで説明出来るが、この少女はあかりの攻撃に明らかに『反応した』。

 今の今まで、遠坂凛は普通の少女だと思っていた。
バーサーカーの制御に失敗した、哀れな程運がなく、愚かで、カモなマスター。それが、雪村あかりから見た遠坂凛と言う少女である。
その認識が今、微かに揺らぎ始めていた。目の前の少女は、何かを持っている。あかりはそう考え直し始めていた。

 ――そして、その認識の転向が、明確にあかりの命を救った。 

「――ッ!?」

 慌てて、あかりは左方向に飛び退こうとした。何故か。
遠坂凛の回りに、赤黒い弾丸の様なものが展開され、それが一斉に、黒い触手を武器とする少女の下へと掃射されたからだ。
十m程先の天井の蛍光灯に触手を伸ばし、巻き付け、そして収縮。この勢いを利用してあかりは凛の放った赤黒いガンドを回避するが、その内の一発が、あかりの脹脛を抉った。
苦悶に顔が歪む。歯を食いしばって、耐える。この程度の痛みは、触手細胞を埋め込まれてから日常茶飯事だっただろうとあかりは自身に激を飛ばした。
あかりをハチの巣にする筈だった数十発ものガンドは、向かいの鉄筋コンクリートの壁を虚しく穿つだけに終わった。あかりは総毛だった、あんなのをまともに喰らっていれば、どう考えても即死であるからだ。

 完全に、油断していた。あかりは自分の認識の余りの甘さに、自分で自分に唾を吐きかけたい位であった。
一番怖い暗殺者とは、自身を暗殺者であると全く悟らせない……即ち、誰が見ても殺しの才能などなさそうな人畜無害そうな外見をしていながらその『時』が来れば、
躊躇いも何もなくナイフを急所に突き刺すような人物である事を、あかりは他の誰よりも理解していた筈なのだ。何故ならば、彼女自身がそんな暗殺者だったからだ。
一番警戒していなければならない事柄について、不覚を取った。命までは取られなかっただろう、等言い訳にもならない。
遠坂凛の事を何も出来ない少女と思っていたがその実、恐るべき術を行使し、それを躊躇いもなく相手を殺すのに用いる恐るべき人物であったのだ。
そんな人物を、最初の一撃で葬れる千載一遇の機会を、あかりはみすみす逃してしまった。これ程馬鹿な話があるか。その事実に、彼女は例えようもない怒りを覚えていた。

 そして、遠坂凛もまた、あかりと同じ事を考えていた。
今のガンドで、あかりを殺し切れなかったのは大いなる失点以外の何物でもない。あかりを楽に殺せる筈だった最初で最後の機会は、あの瞬間を於いて他になかったろう。
純恋子との戦いで凛は気付いていたが、如何も聖杯戦争の参加者の多くは、自分の事を『無力な少女』と認識しているらしく、魔術師だとは露も思っていないらしい。
これを利用しない手など、ないだろう。何せ戦う術を知らない少女と思ってくれているのだ。その隙を狙って、ガンドを初めとした必殺の魔術を叩き込み、一撃で終わらせる。
そうすれば、最小限の魔力消費と労力で、マスターを殺せるのである。これ以上楽で有効的な作戦など、早々ない。
その作戦が今、失敗に終わってしまった。もう向こうも、凛と言う少女の素性をある程度知ってしまっている。油断などする筈がない、警戒して当たる事だろう。聖杯戦争の主従を脱落させられるまたとない機会をフイにしてしまったと言う事実に、遠坂凛もまた雪村あかり同様歯噛みしているのであった。

「騙してたのね」

 蛍光灯に巻き付けさせていた触手を其処から離し、床に降り立ってからあかりが言った。

124Flame Up Fragment ◆zzpohGTsas:2016/12/04(日) 03:17:37 ID:91XKfqYc0

「そんな計算初めからないわよ。ただ、皆が勝手に勘違いしてくれるから、それを利用しただけ。それに、騙してるのは、お互い様で、しょッ!!」

 言うに事欠いて何を言う、と言うのが凛の胸中である。そっちも触手と言う武器を隠しているじゃないか、そんな所だ。
そう叫びながら、凛は思いっきり地面を蹴りあかりから距離を取る。取りながら、機関銃の如き勢いでガンドを連発。
弾丸が点で襲い掛かってくると言うより、ある種の壁が飛来して来たとしか見えぬ程の密度で放たれた、赤黒の弾丸の数々を、あかりは訓練によって培った反射神経と、
埋め込まれた必殺の触手を至る所に巻き付けさせ、それが縮む勢いを利用しての高速移動で回避して行く。

 結局の所、この<新宿>にいる限り、遠坂凛は、<新宿>での聖杯戦争と言う宿命から逃れられない事。
そして、<新宿>にいる限り、自分が殺人鬼・黒贄礼太郎とつるんでいる悪党だと言う事実は変わらないのだと言う事を、この場で痛い程理解した。
自分には味方も、頼れる者もいないのだと、凛は再認してしまった。戦うしか道がなく、戦わなければ生き残れないと言うのであれば。
凛は、この場で敵対している、触手を振う少女を屠って、前に進むと強く誓った。

 ――アンタを殺して、根源に辿り着く……!!――

 そして目の前の少女を、神楽坂でであったハンチング帽の男が語っていた、あるかどうかすらも解らぬアカシックレコードへの階(きざはし)の為の犠牲にする事も、凛は誓った。今この瞬間だけ、凛は安堵出来ていた。戦っている最中だけは、ありすに罵られた人殺しと言うレッテルを、忘れる事が出来るから。

125Flame Up Fragment ◆zzpohGTsas:2016/12/04(日) 03:18:09 ID:91XKfqYc0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ザ・ヒーローと、そのバーサーカーであるクリストファー・ヴァルゼライドの聖杯戦争へのスタンスは、一つである。
敵を見つければ、殺す。見敵必殺、とも換言出来る。この主従には敵も味方もない。聖杯戦争の参加者を見つければ、相手の理屈の是非もなく、相手を葬り去る。
全ては聖杯、己が抱いた理想の成就の為に。己のやっている事が、塵(ゴミ)にも屑(クズ)にも劣る所業であると解っていても、それを受け入れ相手を倒すのである。

 見敵必殺とある以上、先ずは敵を見つけると言うプロセスが重要になるのだが、この主従はその劈頭の段階でいつも苦戦している。
マスターであるザ・ヒーローも、彼の従えるヴァルゼライドも、敵を見つける、その位置を特定すると言うスキルや宝具を持っていないからである。
必然的に、自分の足で<新宿>中を駆け巡り、敵を見つけ次第殺す、と言う方法しか取れなくなる。これは非効率極まりない。
非効率であるだけならばまだ良い、<新宿>と言う狭い場所で行われている聖杯戦争にも関わらず、サーヴァントとの邂逅が今の所この主従は少ない。
行動方針から言えばもっと戦闘の回数が多くて然るべき筈なのに、想像を下回る回数の少なさであった。

 だが、この問題もクリアーしてしまうだろう、と二人は思うようになっていた。
単純明快、自分達に下された討伐令の事である。やはり、と言うべきか、ルーラー相手に喧嘩を吹っ掛けてしまえば、無事に終わる筈がなかったらしい。
契約者の鍵を通じて、自分達をターゲットとした討伐令が敷かれた事は、とうの昔に彼らは気付いている。主催者に叛逆したのだ、当たり前の処遇であった。
通常の主従ならば一気に窮地に陥ると思う所であろうが、彼らはそうとは考えなかった。報酬に令呪が貰える討伐対象になったと言う事は、
それだけサーヴァント達に狙われる可能性も高くなると言う事。無暗矢鱈に歩き回らなくても向こうの方からサーヴァントがやってくる。つまり、勝つのは自分達だと言う事だ。
どんなサーヴァントが来ようとも返り討ちに出来る自信はあったし、仮に<新宿>の聖杯戦争に参戦している全サーヴァントに一斉に襲い掛かられても、
勝つのは自分だとすら彼らは思っていた。要するに彼らは、討伐令を下されても絶望は愚か堪えてすらおらず、寧ろ勝利を得られる確実なチャンスとすら思っているのである。

 現在ザ・ヒーローとヴァルゼライドは、新国立競技場の内部にいた。
彼らがこの場所に起きた異変に気付いたのは、偶然ザ・ヒーローがスマートフォンを操作し、情報の整理をしていた時の事だった。
ニュースサイトを開いた際に、トップニュースとして扱われていたのが、この建物で起きていた事件であった。ヴァルゼライドに相談するまでもない。
それが、サーヴァントによる物だと気付いたのはすぐであった。そして、其処に向かうと決めたのもまた、両者共にすぐであった。
当然、騒ぎを聞きつけて多くの聖杯戦争の主従がこの場所に足を踏み入れる事であろう。それを期待して、二人の英雄はその場所へと駆けて行ったのだった。

 そして現在、ザ・ヒーローは新国立競技場の内部を警戒しながら歩いていた。
外界に面した競技場部分には、ヴァルゼライドを向かわせている。其処にサーヴァントがいる蓋然性が高いからである。
其方にバーサーカーを向かわせつつ、自分は内部にいるであろうマスター達を殺す。それが、彼らの取った作戦である。
今の所はマスターは愚かサーヴァントすら見つけられていないが、きっとこの内部にいる筈なのだ。虱潰しに探せば、結果は出る。

126Flame Up Fragment ◆zzpohGTsas:2016/12/04(日) 03:18:28 ID:91XKfqYc0
 ――内部を走っていたザ・ヒーローであったが、突如足を止め、その場に立ち止った。
二十m程先から此方に向かって歩み寄って来る、黒い影法師の様なものを認めたからである。
黒い厚紙を人の形の切り絵にしたようなシルエットだった。墨を被った人間が、近付いて来ていると当初は彼も錯覚した。
だが違う。よく目を凝らすと、近付いてくる者は黒い角帽と黒いマント、黒い学制服を着用した青年だった。だが、奇妙な点が見られる。
その制服は現代の時代性に即したものでなく、昔風、噛み砕いて言えば大正時代の人間が着るような、バンカラ風の恰好なのである。そもそも、マントを羽織っていると言う時点で、おかしいものがある。

 角帽から覗く、黒マントの青年の瞳と目が合った。
……ゾッとするような寒気を、英雄の名を冠するこの男が覚えた。
海を煮え立たせる魔術を苦も無く操り、大地を揺るがす力を誇る魔王の覇気を浴びた事もある。
山をも砕く稲妻を息を吸うように落とし、空をも二つに割って見せる神威を背負った大天使にも睨まれた事もある。
それと同じ感覚を、十数m先の、背格好も体格も自分と何ら変わらない、ただの人間に。事もあろうにザ・ヒーローが覚えているのだ。
この感覚は言ってしまえば、強い者が放射する、冷たく尖った殺意に充てられたそれであった。
己の瞳にステータスが視覚化されないと言う事実と、培って来た感覚から来る経験が、目の前の影法師がサーヴァントではなくマスターであると言う事を告げている。
それが、恐ろしかった。自分以外に、此処まで『達していた』存在が、この<新宿>に今まで息を潜めていた、と言う事実に。ザ・ヒーローは疑いようもない戦慄を覚えているのだった。

 そしてそれは、相対する黒い書生の青年、葛葉ライドウにしても同じ。
彼もまた、ザ・ヒーローと同じ事を思っていた。目の前の存在は、別格に強い。
目の前の男は確かに、人間である。それは事実だ。が、その強さの閾値が異常の値を示していた。
単純な技量だけを言えば、彼より弱い英霊や悪魔など、掃いて捨てる程存在するだろう。それが、先ずあり得ない。
人は、単体で神も悪魔も産めない身体になっている。サーヴァントより強い生の人間は、外的要因なくして現代では生まれないし、生まれてもならないのだ。
とどのつまり目の前の男――契約者の鍵のアナウンスが称する所のザ・ヒーローと言う男は、ライドウから言わせれば受肉した英霊と何ら変わらなかった。
そう称さねばならない程、目の前の男は別格に強い。帝都に禍を齎すと言う理由から、見つけ次第即座に誅罰を加えんとライドウは心に決めていたが、事は、そう簡単には行かないようである。

 立ち止まっていたザ・ヒーローが、無言を貫きながら歩き出す。
ライドウの方は初めから立ち止まりすらしていなかったので、そのままであった。
彼我の距離が縮まって行く。十mを割り、八、六、四、二。完全に、得物であるヒノカグツチと赤口葛葉の間合いであった。
しかし彼らは、得物を抜かなかった。あろう事かそのまますれ違い、互いに交錯して行き過ぎていったのだ。

127Flame Up Fragment ◆zzpohGTsas:2016/12/04(日) 03:18:39 ID:91XKfqYc0
 ――行き違ってから、二m程経過したその瞬間だった。
音もなく両者は、懐から拳銃を引き抜き、相手の後頭部に照準を合わせた。百分の一秒以下の早業だった。
しかし実際には既に両者は身体の向きを相手の方に向けさせていた為に、後頭部に銃口を、と言う言い方は正鵠を射ていなかった。両者の額に向けていた、の方が正確であろう。

 躊躇いなく、二mと言う余りにもな短距離で、ライドウとザ・ヒーローはトリガーを引き、発砲。
けたたましい火薬の炸裂音が鳴り響き、銃口から弾丸が放たれる。両者は共に、サイドステップを刻む事で弾道から逃れた。常軌を逸した反射神経とは、この事を指すのだろう。
弾丸を回避後に、二人は示し合わせたように互いの得物、燃え盛る剣であるヒノカグツチと、鋼をも斬り断つ霊刀・赤口葛葉を引き抜き、駆け出した。

 緑色のオーラ状に可視化された霊的物質・マグネタイトを纏わせた赤口葛葉を、緑色の光の筋としか見えぬ程の速度でライドウが振う。
上段から振り下ろし、中段から薙ぎ払い、下段から斬り上げ、袈裟懸けに、逆袈裟に、と。
達人が全霊で振るう一太刀と同じ速度と同じ威力の一撃を、ライドウは当たり前のように一秒の間に幾度も幾度も超高速で行っているのだ。
常人は勿論の事、サーヴァントですら反応すら許さず、刀の振るわれた数だけ身体を武器ごと分割される程のこの連続攻撃を、ザ・ヒーローは防いでいた。
剣身が松明の如くに燃え上がる神剣・ヒノカグツチを最小限度に動かし、時には傾けさせ、ライドウの連撃をいなし続けている。
防戦一方と、傍目からは見えるだろう。しかし、炎の剣を振う英雄の、この涼しい顔はどうだ。今の状況を、彼は苦戦しているとすら認識していない。
赤口葛葉を振いながらも、自分の方が優勢に立っているとはライドウも思っていなかった。優勢を崩せるだけの技術を一つも持たぬような相手ならば、最初の発砲で射殺出来ているからだ。

 中段左から薙ぎ払われた霊刀の攻撃に合わせて、ザ・ヒーローが強く力を込めてヒノカグツチの剣身を動かし、ライドウの攻撃を弾いた。
本来は其処で、弾いた際に仰け反って体勢を崩したライドウに合わせて、ヒノカグツチを振り下ろす算段であった。しかし、その意図を見抜いたらしい。
仰け反り掛けたその瞬間に、床を蹴ってライドウは跳躍。右方向に大きく飛び跳ね、一気にヒノカグツチの剣身の射程から逃れる。
バッとその方向にザ・ヒーローが顔を向けた。ライドウは鉄筋コンクリートの壁に当たるその直前で、グルリと身体を一回転させて体勢を整え、両足をクッションに壁に足を付ける。
そして、誰が信じられようか、そのままライドウは壁を横走りしながら、コルトライトニングの銃弾を敵である英雄目掛けて乱射し始めたのだ!!
迫る鉛弾をヒノカグツチの一閃で蒸発させ、負けじとザ・ヒーローも追跡、追いすがりながら拳銃から弾丸を発砲する。
ライドウはこれを、壁を蹴って向かいの壁に跳躍し、壁に激突するかと言う所で、また壁を蹴って向かいの壁へと再び跳躍、
と言うワイヤーアクション宛らの非人間的な動きで銃弾を回避し続ける。無論その間、敵対してる英雄目掛けて銃弾を発砲し続ける事も忘れていない。しかも放たれた弾は、寸分の狂いもなくザ・ヒーローの心臓や脳部目掛けて飛来していた。

 ライドウが壁を三角蹴りの要領で跳躍する都度、九回程。
十回目に差し掛かったその時、ライドウは身体にマグネタイトを纏わせ、身体能力を強化。壁を蹴り向いの壁にジャンプするや、コンクリの壁を右足で蹴り抜く。
ライドウの靴底の踵が其処にめり込んだ瞬間、鉄筋コンクリートの壁が、数百年も経過していたかの如くに砕け散り、ライドウが壁の先の部屋の中に消えた。
その中に入ろうとするザ・ヒーローであったが、思い止まった。此方からでは破壊を免れた壁が、ライドウの動きを確認するのを遮っていたからだ。
黒い書生が、今の状況を見越してない筈がない。ザ・ヒーローが認識出来ないような状況をわざと作り上げたのだ。その理由は、一つ。不意打ちだ。
恐らくは、のこのこと追跡の為にライドウが蹴り抜いた壁の穴から部屋の中に入れば、其処で待機していた彼から手痛い一撃を貰う事は確実である。
これを防ぐには、如何すれば良いのか。挑発に乗らず、その場で待機していれば良い。根競べには、ザ・ヒーローは自信がある。相手が焦れて、破れかぶれの攻撃してくるとも思えないが、それでも現状一番の最適解は、自分の選択であるとこの英雄は疑っていなかった。

128Flame Up Fragment ◆zzpohGTsas:2016/12/04(日) 03:18:55 ID:91XKfqYc0
 二人の悪魔召喚士(デビルサマナー)が演じていた熾烈な死闘とはまるで真逆の、夜の山間の如き静寂が保たれたのは、数秒程。
その静けさはすぐに、ザ・ヒーローの真横の鉄筋コンクリートの壁が粉砕される、言う現象を以て打ち破られた。
来た、そう思いその方向にヒノカグツチを、反射的に振り下ろし、驚愕した。奇襲を仕掛けに来たのは、ライドウではなかった。
針金のように太く、見るだけで金属質を有している事が解る鋼色の獣毛生やした、巨大な獅子(ライオン)が、大口を空けて飛び掛かって来たのだ。

 ――ケルベロス!!――

 その姿、ザ・ヒーローが見間違える筈がない。一目で彼は、自分を食い殺さんと迫るその存在を、魔獣・ケルベロスだと看破した。
味方として共に戦えば誰よりも信頼出来る仲間である事はこの男はよく知っている。そして、敵対すればこれ以上となく恐ろしい悪魔である事も、よく解っていた。

 床を蹴り、ケルベロスの移動ルート上からザ・ヒーローは逃れた。
先程佇んでいた地点から五m程離れた地点に着地した瞬間、ガチンッ、と。総毛立つような恐ろしい、ケルベロスの牙と牙とが噛み合わさった音が聞こえて来た。
あの牙に噛まれれば、銃弾すらも容易く跳ね返す鱗を誇る竜種ですらがその鱗ごと割砕かれ筋肉を食いちぎられるのだ。人間が喰らえば、その末路は最早語るに及ばない。

 ザ・ヒーローは高速で思考する。
あの黒い書生、ただでさえ恐るべき強さを誇るだけでなく、この上悪魔をも使役出来るのかと心中でザ・ヒーローが唸った。
ケルベロスを使役出来る以上、元居た世界でも相当名を馳せていたサマナーである事は確実である。
ライドウ自身の強さは元より、使役する悪魔の強さも並外れていると来ている。勝算が、圧倒的に低い。
ザ・ヒーローとライドウの二名が対等の条件で戦うと言うのなら、勝率は半々だ。だが此処に、悪魔の助力を向こうが加える物とするならば、一気に不利になる。
この不利を覆すには、ザ・ヒーローも悪魔を使役するしかなく、実際彼もまた元居た世界では最強のデビルサマナーではあったのだが……その悪魔が、今はCOMPにいない。
とどのつまり今のザ・ヒーローは、ライドウには勝てない可能性が極めて高い。悪魔との絆や信頼関係、そしてこれを指揮する力が低いのなら付け入る隙はあった。
しかし、同じデビルサマナーであるからこそ、解る。ライドウの使役するケルベロスはその主と強い絆と信頼で結ばれているだけでなく、ライドウの指揮力も桁外れだ。
サマナーとしての実力が低ければ、ザ・ヒーロー相手にケルベロスをぶつけない。ケルベロスに炎の攻撃は絶対に通用しないからだ。
つまり、ヒノカグツチの攻撃が効かないのである。これを知っていて、ケルベロスを此方にぶつけに来たのだろうと、百戦錬磨の英雄は判断した。見事な策だと内心で唸る。打つ手が考えられない程、見事で、憎らしい作戦であった。

 グルリ、と頭をケルベロスが此方に向けた。ライドウから殺せ、と命令されたのだろう。その瞳には決然たる殺意が漲っていた。
ヒノカグツチは効かない、ベレッタの銃弾程度、獣毛に阻まれ刺さりすらしない。ケルベロスを相手に出来るのかと言う意味では、完全にザ・ヒーローは詰んでいた。
だが、マスターであるライドウを殺せば問題ない。無論、殺されてくれるかどうかは別問題であるが、現状手はそれしかなかった。
勿論相手のライドウも、自分を葬る以外向こうに勝ち目がない事など知っていると見て間違いない。相手の懐、即ち罠が張ってある危険地帯に、ザ・ヒーローは踏み込んで行かねばならないのだ。絶望的状況とは、まさにこの事を指す。

「上等だ」

 だが、『それがどうした』。今周りを取り巻く絶望と同じ程の絶望を、英雄は幾度も経験し、幾度も踏破している。
絶望など、飽きる程その身に降りかかって来たし、その度にこの英雄は乗り越えて来た。
絶望に屈さなかったからこそ、英雄なのだ。己が力で跳ね除け、乗り越え、高みへと上り詰めたからこそ英雄なのだ。
此度の状況は、過去ザ・ヒーローが味わって来たそれに勝るとも劣らぬ酷いシチュエーションではあったが、だからと言って膝を屈すると言う選択肢は、
初めからこの英雄には存在しない。乗り越える、と言う選択しかもう選べないのだ。酷い手傷を負うだろう。
最悪腕か脚の一本が犠牲になるかも知れない。――それで、目の前の強敵を倒せると言うのであれば、安いもの。それ程までの強敵が、葛葉ライドウと言う男であった。

129Flame Up Fragment ◆zzpohGTsas:2016/12/04(日) 03:19:11 ID:91XKfqYc0
 いよいよ身体の向きを、完全にザ・ヒーローの方に修正させ、獣特有の極端な前傾姿勢を取り始めたケルベロス。
強い殺意を示す姿勢であった。何かの契機で飛び掛かられ、喉笛を食いちぎられるのも時間の問題だ。
この恐るべき魔獣に対する警戒もそうだが、これを使役するライドウと、他にも召喚されているだろう悪魔についても警戒を怠っていない。
通常デビルサマナーは複数の悪魔を使役し、戦闘の際には総力戦或いは袋叩きの形態をとるのが当たり前なのだ。一対一の正々堂々、など悪魔の世界では通用しない。
明日生きられるのか、今日死ぬのかの世界では、卑怯だ何だは言い訳にもならない。数の暴力を使おうが不意打ち騙し討ちを行おうが、勝てば良いのである。
中庸の英雄とすら謳われるザ・ヒーローだからこそ、その理屈を痛い程理解している。ライドウもこの理論を理解している事だろう。となれば、ケルベロス以外の悪魔を何処かに潜ませている、と言う可能性も無きにしも非ず。下手をすればケルベロスは囮で、本命が別にある、と言う可能性すらある。一秒たりとも、油断が許されない綱渡りの状態であった。

 ケルベロスが一歩、右前脚から前に進んだ、その瞬間だった。
ザ・ヒーローから見て後方に存在する、先程ライドウが蹴り抜いて生み出した壁の穴から、高速で何かが飛来。
急なカーブを描いて、飛び出て来たそれがザ・ヒーローの方へと迫って行く!! この気配に気付いた彼は、急いで迫る物の方へと振り返った。
そしてそれ目掛けて、ヒノカグツチを上段から一閃。優れた反射神経が、自分に向かって迫るそれが、アボリジニが使う狩猟道具であるブーメランだと認識させる。
直撃していれば、脊椎が小枝のように圧し折れていただろう事は想像に難くない。ブーメランを破壊したザ・ヒーローは、即座にケルベロスの方に向き直った。
音もなく、ケルベロスは彼の方へと躍り掛かっていた。全長数m、重さにしてtは下らない巨躯にも関わらず、訓練されたシェパード犬の如き俊敏性と軽やかさであった。
地面を舐めるような低姿勢を一瞬で取り、そのままザ・ヒーローは走りだし、飛び掛かったケルベロスの股下を潜り抜ける。
常人ならば頭から転びそうなところ、そうなるどころか極めてスムーズかつ素早く走る事が出来たのは、彼の身体能力と悪運の強さの賜物であった。
股下からケルベロスを潜り抜け、この魔獣の背に回ったザ・ヒーローは、先程ケルベロスが破壊し、空けた穴へと侵入。
その穴は競技場内の屋内フードコートと繋がっていたらしい。ライドウを探そうと目線を配らせ、発見した。
場所は、全国規模で展開しているフランチャイズのハンバーガーのテナント、その厨房であった。先程ブーメランで攻撃した悪魔の姿は見えない。
だが確実に何処かにいる。高速でそう推理しながら、ベレッタを引き抜き、ライドウの方へと弾丸を発砲する。
眉間へと放たれたそれを、軽く頭を横に傾けさせる事でライドウは回避。弾が通り過ぎた事を感覚で認識するや、カウンターを飛び越え、着地。
高速で弾をリロードし終えていたザ・ヒーローは、ライドウの着地の隙を縫って、再び弾丸を数発発砲。
これを、赤口葛葉の鞘で弾き飛ばし、飛来する弾を弾いたと結論を下した後、床を蹴り、緑の英雄の下へと駆け出して行った。
黒い疾風が、近付いてくる。そんな錯覚を覚える程の、ライドウの移動速度。マグネタイトを身体能力の強化の術に転用させている為、その速度は優に時速三〇〇㎞を超える。

 赤口葛葉の間合いに入るなり、極めて鋭い中段突きを、ザ・ヒーローの鳩尾へとライドウが放った。
それをヒノカグツチの剣身で防御、その神剣に纏われる炎の破片と、赤口葛葉に纏わせているマグネタイトの小片が彼らの回りに舞い散った。
ライドウの赤口葛葉と現在進行形でせめぎ合いを演じ続けながら、ザ・ヒーローも彼に合わせ、COMPに内蔵された大量のマグネタイトの一部を、己の身体能力の強化に充てる。
その状態で、ライドウの振う霊刀からヒノカグツチを離し、思いっきり一閃。当然のようにライドウはその攻撃を防御するが、ザ・ヒーローが予想以上に力を込めていたせいか。
防御した姿勢のまま、剣の振るわれた方向に吹っ飛ばされた。それに合わせて、ザ・ヒーローが走る。吹っ飛ばされたライドウに追いつき、着地するよりも速くヒノカグツチを振り下ろし、それで決着を着けようと思ったのだ。

130Flame Up Fragment ◆zzpohGTsas:2016/12/04(日) 03:19:33 ID:91XKfqYc0
 ――だがそれは、ライドウがマントの裏地から何かを取り出し、迫るザ・ヒーロー目掛けて放擲すると言う動作で中断されてしまった。
黒いマントの書生に追い縋るまで後数mと言う所で、彼は走るのを止め、ライドウが投げた物目掛けて、ヒノカグツチを振い、迎撃する。
一瞬だが、パリンッ、と、ガラス質の物が砕ける音が聞こえた。直に、纏われている極熱の焔で蒸発。何を投げたのか、その時は解らなかった。
が、燃え盛る剣身の回りでパチパチと音を立てて燃えている、亜麻色の粉を見てその正体を察した。コショウである。
先程まで待機していたハンバーガーの店舗から、備え付けの調味料であるコショウの小瓶を手にし、懐に隠し持っていたのだ。
当然、銃弾にすら反応して迎撃できるザ・ヒーロー程にとって、こんな物を投げられてもさしたる脅威にはならない。
では何故、この男は、しまった!!、と言う様な顔をしているのか。これを迎撃する為に、足を止めてヒノカグツチを振ってしまったと言う事実の為である。
それはつまり、一瞬ではあるが、この何て事の無い調味料の小瓶に意識と瞳を奪われてしまったと言う事。ライドウ程油断が出来ない相手に、その迂闊な一瞬は死を招く。
その迂闊を引き出させる為に、ライドウはコショウ瓶を投げたのだろう。そして、ザ・ヒーローが高速で推察した事柄は、何処までも正しいものであった。





                        「   マ   ハ   ム   ド   オ   ン   」





 その独特な韻律で経を口ずさむような言葉は、ザ・ヒーローの心胆を寒からしめるには、十分過ぎる程の威力があった。
それこそは、念じるだけで、目線だけで人を殺せる悪魔が用いる、最高級の呪殺の魔術であるからだ。
己の回りを、紫色に光っている梵字が取り囲み、暗黒の魔力の帳を形成した瞬間、ザ・ヒーローは吼えた。
今まさに、因果が巡り巡って、自身の下へと還ってくるのを、英雄は、この呪殺の魔術を以って思い知り始めているのであった。

131Flame Up Fragment ◆zzpohGTsas:2016/12/04(日) 03:20:00 ID:91XKfqYc0
投下を終了いたします。次で中編を書き切りたいと思います。

132名無しさん:2016/12/04(日) 21:25:11 ID:/iJdWHeo0
乙乙
スタジアムが倒壊するんじゃないかコレ

133Flame Up Fragment ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:16:17 ID:23GltQOk0
新年あけましたが、リアルの事情が立て込んでいたのと、FGOが楽しかったせいで昨年中に話を終らせられなかった事を此処に謝罪いたします。
魔神柱の伐採がちょっと楽しかったのは致命的だったなぁと思い反省する次第です。
また長くなりましたので、例にもよって区切りのよい所まで投下して、一応企画そのものが死んでいない事はアピールしたいと思います。

投下いたします

134Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:17:12 ID:23GltQOk0
 生物の営みにおいて、闘争と言う行為は生きる上で欠かせぬ行為である事は論を俟たない、と志希は思っている。
闘争とは戦いであり、マクロ・ミクロレベルでの種の保存を語る上で欠かしてはならない要素である。
種を残さんが為の戦いは、地球上の至る所で見られる。植物は種子を効率よく、そして広範囲に渡らせる為、様々な進化を遂げて来た。
生き物が排出する糞に種子を混じらせる為、食べられる為に果実を甘く美味しくさせたもの。遠方目掛けて種を飛ばしたりするもの。
これらは全て、自分と言う種を広範囲に広めさせ、自分が生きて根ざしている土地を広げさせようと言う工夫であり、彼らにとってこれらの進化の道程は戦いの歴史だった。
動物の間では特に、この進化の歴史は苛烈を極める。図体を大きくした者もいれば、樹上での生活に適するようになった者。
素早く動けるようになった者もいれば、長時間に渡り走り続ける事が出来るようになった者もおり、種族としての脆弱さを補うが如くに、多産と成長の早さを選んだ者。
これらは全て、この地球で生きられるようにそれぞれの生物が、辿って来た歴史の中で取捨選択して来た末なのであり、その選んだ結末に、一つとして正解もなく間違いもない。
だからこそ、地球に芽吹く命は多様性に満ち溢れているのであり、自然の彩りをより鮮やかにするのである。一ノ瀬志希は、そう言った闘争に関しては否定しない。生きる上で不可避の闘争は、寧ろ肯定的になるべきだろう。

 しかし、生きる上で不要な闘争。
即ち、喧嘩や戦争の類となれば、志希は難色を示す。元々身体能力自体、大の大人を打ちまかす、などと言うレベルに彼女は到底達していない。
そもそも同年代の少年少女と比較しても、特に並外れた知能の持ち主である彼女は、傷付くだけで、徒労に終わる喧嘩を、無為で無駄な物だと認識していた。
当然、殺し、などと言う行為も否定する。エキセントリックな言動と行動から誤解されやすいが、根っこの所では、流石に年相応かつ、相応の良識の持ち主。
反社会的な行動の一切に関してを認められる程、彼女は道を外していなかった。喧嘩や殺し合いは、一ノ瀬志希は嫌いであった。

 ――だが、現実には、一ノ瀬志希は殺し合いを強要されている立場の人間であった。
万能の願望器をかけての戦いこそが聖杯戦争。らしいレトリックを用いてはいるが、結局の所は、聖杯と言うパイにありつく為に行われる殺し合いと一緒である。
平和的な性格が強い志希には到底受け入れられない戦いだった。受け入れられないが、この狂った世界から抜け出すには、聖杯戦争を勝ち残らねばならないと言うのも事実。
戦いに乗るのが、遅いか早いかの違いでしかない。結局志希は、何れかの時期において、聖杯戦争の狂った世界観に順応しなければならないのだ。
そして、これに順応すると言う行為が如何なる結果に繋がるのか。その惨過ぎる洗礼を、今しがた一ノ瀬志希は受けて来た。

 心が、折れそうであった。いや、折れそうと言う言葉はある種の見栄であり、本当を言えば既にもう折れているに等しい状態だ。
士気を萎えさせ、意気を圧し折り、明朗快活な性分を暗く陰気なものにする程の力が、宮本フレデリカの死にはあった。
そして、彼女を葬り去ったのが、己が従えるサーヴァントである、と言う覆らない事実もまた、志希の心に暗い翳を落としていた。
永琳を責められない事は解っている、あの志希に忠実なアーチャーは、彼女の事を慮って、そしてフレデリカを楽にする為に、悪魔と化したハーフの少女に引導を渡したのだ。
それは、解っている。解っていても、一ノ瀬志希の精神は摩耗している。永琳がフレデリカを殺したと言う事は、即ち志希がフレデリカを殺した事とニアリーイコールである。
殺されるべきであったとか、救えぬ存在であったとか、そもそもあのフレデリカはNPCであったとか、言い訳の言葉など幾らでも立つが、そんな事は問題にならない。
フレデリカと言う少女が聖杯戦争に関わったばかりに惨たらしく殺され、しかも殺した存在が自分の使役するサーヴァントであった、と言う事実が、一ノ瀬志希を完膚なきまでに打ちのめしていた。

 もう、戦い何てしたくなかった。
自分が痛い目に遭うのも勿論の事、サーヴァントである永琳がそんな憂き目にあうのも嫌だった。
永琳は、どんな痛みを負っても、どんな哀しい場面に出くわしても、痛みも悲しみも何処かに置き忘れてしまったかのような無表情で耐えていて、
まだ大丈夫だと志希に思わせてくれる頼もしいサーヴァントだ。だとしても、心や体が少しづつ削れ落ちて行っているのは、確実なのだ。
そんな目に、自分も永琳も遭いたくないし、遭わせたくない。戦わないで、<新宿>で行われている聖杯戦争を、無事に終えたかったのだ。

135Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:17:33 ID:23GltQOk0
 だが、思い通りにも行かなかった。
実際にはまたしても、いや、先のフレデリカとの悲愴な離別から十分の間も置かないで、志希と永琳は戦闘に突入していた。
一ノ瀬志希からは既に、戦意が失せている。戦い何て、もう二度とやりたくない……筈だったのだ。

 志希は、目の前で繰り広げられている、サーヴァント同士の戦いと言う物に、眼を奪われていた。
凄い、と思った。そうとしか、思えない。三人の女性サーヴァントが繰り広げる戦いは、詩人や文筆家が見れば、神話や英雄譚の再現と表現するやも知れない。
今時の子供が見れば、アニメや漫画から飛び出て来たような戦いだと、思うかも知れない。
それ程までに、熾烈な戦いであった。――見る者の心を奪い、そして、先程までもう戦いたくないと落ち込んでいた事実を忘れ去らせる程に、壮観な戦いぶりであった。

 右腕全体がおぼろげな残像としか見えなくなる程の速度で、八意永琳が右腕を動かし、左手に持ち構えた和弓に矢を番え、マシンガンの如き速度で矢を連射する。
矢は、弦から放れると同時に『矢』としての存在を失い、矢の形をした細い『光』になり、それが三十m頭上を浮遊する敵アーチャー、魔王パムへと殺到するのだ。
一秒の間に平均して十数もの光矢が、三枚の羽を持つ魔王へと伸びて行くその様子は、大量のレーザーガンを照射する様に似ていた。
だがそれを、魔王パム――正確には、自動防御機能を付与させた彼女の黒い羽が尽く吸収、無効化してしまう。
想像以上に厄介な能力だと、永琳が考える。射出している矢は全て、局所的に時間流を操作して物理法則を無視した超加速を得させ、音の十三倍の速度で放ち続けている。
更にそれだけでなく、放たれた矢には様々な属性を付与させている。神性、竜種、獣種、魔、聖、等々、数え上げればキリがない程の特攻属性を矢にエンチャントしていたが、
どうもあの黒羽は、単純な反応速度の点でも優れているだけだけでなく、特攻攻撃でも打ち破れないらしい。パム本体には、どれかしらの攻撃が通用するのだろうが、どちらにしてもあの黒羽を攻略しなければ、意味がない。永琳の端正な顔が、面倒臭そうなそれに歪んだ。それを見て、パムが満足そうな笑みを浮かべる。自身の能力に絶対の自信を持っている事が窺える、強気の笑みだった。

 永琳の矢が放たれ終えるのと殆ど同時、攻勢の交代でも予め示し合わせていたように、彼女の右隣十m程の地点にいたチトセ・朧・アマツが攻撃に出た。
決然たる輝きを左眼に湛えさせたチトセが、空を舞うパムを睨む。己の星辰光を用い、魔王の頭上のみに局所的に展開させていた雨雲から、白色の稲妻が迸った。
これをやはり、自動防御機能を付与させた黒羽がオートで落雷の着弾ルートに移動、防御してしまい、肝心要のパムはノーダメージと言う結果に終わってしまった。
しかしチトセは、向こうもそう簡単に落雷に直撃してくれるとも思っていない。魔王パムの強さと厄介さは肌で実感している、この程度じゃ不覚を奪えない。

 パムは悠々と、余裕を持って地上に降り立った。
パムが降りた地面は、耕運機で耕された後の畑のように、白と黒い土でグチャグチャになっていた。
果たして誰が、つい一分ほど前まで其処に石畳が敷き詰められていた、と思うだろうか。
黒羽を銃口や砲口に変化させ、其処から放った弾丸砲弾の驟雨で、地面は粉々に砕かれ、周りの街路樹や露店も全て破壊されてしまっていた。
空爆を思わせるような火力攻撃を行うパムもパムだが、それを防ぎ切り、捌き切る永琳とチトセも怪物だった。三人は未だ、息切れの一つも見せていないのだから、信じられぬタフネスさである。

「刃桜(コノハナサクヤ)」

 羽の一枚の形状が、粘土でも捏ねるように変形して行く。
原形質の物質が高速で蠢くように羽は形と、その性質とを急速に変えさせて行き、一秒経つ頃には――信じられない話ではあるが、羽に『桜』が咲いていた。
羽の至る所からフラクタル図形めいて、桜の花弁によく似た桃色の小片を携えた小枝が飛び出しており、その状態でパムは、桜の苗床となっている黒羽を振って見せた。
正に、桜吹雪の如くに桃色の破片が飛び散り、永琳とチトセの下へとそれらが殺到。即座にチトセは己の星辰光を発動させ、目の前に局所的な猛風の結界を産み、
迫る花弁をあらぬ方角に吹っ飛ばした。永琳も同様に、身の回りに何らかの力場を創造させているのか、桜吹雪は彼女だけをピンポイントで避けるようにして逸れて行く。
花弁が、地面に触れる。ザクッ、と言う音を立てて、土に深い亀裂が走った。パムの生み出した桜の花弁に似た破片は、紙の様な薄さと軽さを持ちながら、
ステンレス鋼の二十倍以上の硬度を持ち、十分な微風に乗せて舞い飛ばさせたそれに掠るだけで人体は勿論鋼の塊すら難なく切り裂く切れ味を誇る、必殺の花弁であった。

136Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:18:06 ID:23GltQOk0
 身体に風を纏わせ、刃桜を触れさせぬようにしながら、チトセも動く。
パムの回りに目に見えぬ真空のナイフを配置させ、これを飛来させる。これを、桜の枝を生やさせた黒羽を高速で振り回し、迫る真空の刃を破壊してしまう。
自動防御機能はその羽には付与させていない、完全にパムは己の実力のみで破壊してしまった。最早見切ったと言うべきか。
そして、桜の枝の伸びている羽を振ってしまえば、どうなるか。当然、人体など容易く輪切りにしてしまう桜色の破片が舞い散ってしまう。
鉄をも切り裂く桜吹雪は、ピンポイントで、永琳のマスターである志希だけを避け、永琳とチトセの方に向かって行く。
が、やはり結果は先程同様、バリアーの役割を果たさせている力場や風防で軌道を逸らされ、攻撃は失敗に終わる。

 ――分別のある性格のようだな、目の前の悪魔は――

 今回と、そしてこれまでのパムの立ち回りを見て、解った事が一つあった。そしてその考えには、永琳も既に至っている。
それは、パムは、力のない相手に対して己の力を行使し、危害を加える事をよしとしない女性であると言う事だ。
永琳とチトセがそんな結論に至った理由は単純明快、『パムは志希に一切攻撃をしようともしない』のである。
パム程の戦士であるならば、マスターを狙った方が速い事は承知の上だろう。それを承知で攻撃に移ろうとしないのは、二つの理由が考えられる。
マスターなど取るに足らない存在と考えているか、無辜の人間には暴威を振いたくない、かのどちらかだが、魔王に立ち向かう女傑二名は、
この二つの理由どちらもが正しいと思っていた。実際パムは、見る者が見たら神経質を疑う程に、志希に攻撃を仕掛けようとしない。
今行った桜吹雪の攻撃にしてもそうだし、永琳と合流してからパムが行って来た砲撃や火炎、真空刃を伴った暴風の攻撃等にしても、志希だけは攻撃の対象からわざと外していた。
其処から導き出せる事柄。それは、パムは志希の事を本当に何の力もない人間だと見抜いている事、そして、無力な一般人を襲わないと言う誇り高い性格の持ち主である事。
この二つが上げられる。その性質上マスターが存在しないチトセには関係ない事だが、マスターの魔力を糧に現界している上に、そのマスターが非常にか弱い永琳にとって、パムの性情は非常に有り難い事であろう。全霊を以って、目の前の敵を叩き伏せられるのだから。

 パムの性格は、聖杯戦争を生き抜くと言う意味では不都合な面があるのは事実である。
だがそれで、二名……特にチトセの戦局が明るい物になるのかと問われれば、それは否であった。
認めるのは業腹と言う物だが、チトセもいよいよ受け入れねばならなかった。目の前のサーヴァント、パムには自分では先ず勝てない。
チトセと言うセイバーの強みとは何か、と言われたらそれは、己の星辰光の圧倒的な汎用性である。つまり、全方位に隙がないのだ。
しかし、この手の『何でも出来る』と言う条件を満たすのは必然的に、『全ての能力値が殆ど同じ値か技量である』事が多い。
この、全ての能力値が同じと言う所が曲者である。そうなると往々にして、全ての能力が平均的である故に器用貧乏に陥ってしまうと言う欠陥が多々見られるからだ。
世の中と言うものはそう簡単に出来ている物ではない。仮に、能力の値を十段階評価のパラメーターで表すなら、今言ったような能力者は精々が、
全ての能力値が十段階評価の内四〜五程度が関の山である。チトセが優秀と言われる所以は、先程の十段階評価の下りを用いるなら、軽く六以上、それ所か七〜八は確実だからに他ならない。つまりは、あらゆる面で高水準、ハイ・スタンダードなのである。

137Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:18:35 ID:23GltQOk0
 チトセが勝てないと感じている理由は、パムの方もチトセ同様、全ての能力値が万遍なく高い、何でも出来るタイプの能力者だからである。
パムの能力は間違いなくあの黒羽が関係しているのだろうが、発動させる能力に一貫性や纏まりが全くない。
極めて自由にその性質を変化させられる事は、とうの昔に気付いている。其処から、パムが何でも出来るタイプだとチトセは考えた。
パムの場合は己の能力で『出来る』と言う選択肢の数がチトセよりも遥かに多く、しかもこの上単純な能力値もチトセを大きく上回る。
パムの能力値を十段階で評価するなら、その能力値は一番低い物で八、それ以外は全て九〜十と言う優秀さであろう。
これこそが、何でも出来ると言う能力者の最大の弱点。己の用意出来る選択肢以上の選択肢を保有し、単純な能力値ですら全て敗北している相手には、先ず勝てないのだ。
自分よりも遥かに優秀な相手を格下が討ち取るには、相手を己の能力で型にハメるしかない。それを行うには、万遍なく同じ値の能力者では駄目。
一つ、或いは二つの能力値がダントツに高く、それ以外の能力が低い――つまりは、『一点特化』の能力。これで突破するしかないのである。
チトセの知る一点特化の極致にいる能力者、それこそが、彼女が宿敵と認めるクリストファー・ヴァルゼライドだ。彼ならば、パムを相手に勝ちを拾える可能性は高いだろう。
だが、チトセでは難しい。彼女も一点特化の鬼札を持ってこそいるが、これを利用しても、パムを相手に勝ちを拾えるか、とネガティヴな思考になる。そう考えてしまう程には、相手は嫌になる位強いのだ。

――但しそれは、チトセ単体で戦った場合の話である。『二人がかり』の場合は、この限りではない。

「このままでは埒が明かなそうだな、銀髪の美人さん」

 チトセは誇り高い武人ではあるが、同時に、計算高く強かな戦略家としての側面も有している。
ヴァルゼライドはこの手で、誰の妨害もない所で一対一で倒してやりたいが、それ以外の存在ならば話は別。
本命の抹殺をこの手で行いたいのはチトセの矜持であるが、それ以外の存在は英雄へ至る道に立ちはだかる障害物以外の何物でもない。
これに時間と、魔力と言うリソースを無為に費やす程チトセにも余裕はない。必然、己に不利が蒙らない範囲内で、あらゆる手段を用いて相手を排除すると言う思考に行き着く。
暗殺だって、チトセは辞さない。今回彼女は、八意永琳と共にパムを排除しようと考えた。永琳の動向を見て解った事だが、彼女は少なくとも、パムよりは話が解る。
チトセはそう踏んでいた。発散される雰囲気はパムのそれよりも洗練されて落ち着いたものであり、そして何よりも、解るのだ。
永琳は打算と計算とで動く上、自身には及びもつかぬ程の賢い手合いである、と。賢さは兎も角として、前者の性質を持つ人間は生前、アドラー帝国にも見受けられた。
誰がそう言う性質を持っているのかと言う事は、魑魅魍魎の伏魔殿たる国家中枢の政争の渦中で生きて来たチトセは一目で解る。この手の人物に取り入るには、自分と一緒にいると甘い水を飲めるのだと暗に証明するに限る。今の発言にしたって、そう言う意図がある。永琳程の賢い人物ならば、自分が何を求めているのか、あの言葉で察する筈だと、チトセは推察していた。

「全くね」

 そう言って永琳は、鏃の照準を、パムの喉元に合わせた。チトセの方も、相対する魔王の方を睨みながら腰を低く落し、鞘に納められた蛇腹剣の柄を静かに握った。
互いの利害がこの瞬間だけ一致した瞬間であった。チトセの知らない所だが、永琳の方も、チトセはこの瞬間だけ手を組むに値する存在だと認識していた。
永琳と志希は、実を言うとチトセとパムが邂逅した瞬間どころか、それ以前、レイン・ポゥとパムが会話していた時からこの場にいた。
当初はパムとレイン・ポゥの性質を見極める為に傍観していたが、チトセが此処に合流し、二人のやり取りや戦闘の模様を見る内に、
永琳は両名の性格をある程度結論付けていた。パムの方は、戦う事が大好きで、他人の事情よりも自分の事情を優先しやすい性格。
チトセの方は、非常に強い目的意識を持ってはいるが、その目的を達成すると言う事以外の執着が薄い性格。
永琳にとってどちらの方が組みしやすいかと言えば、後者、チトセ・朧・アマツの方である。
そも、永琳がパムに対して初めに不意打ちを行ったのも、間違いなくパムとは相いれず、真っ向から交渉を提案しても話にならない可能性が高いと踏んだからである。
永琳は初めから、パムと手を組む気が毛頭ない。チトセの方も油断ならない性格ではあるが、それでも、一時的に手を組むのなら、チトセの方が遥かに信頼出来る、と言う物であった。

138Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:24:41 ID:23GltQOk0
「二人同時か。望む所だ、受けて立つ」

 パムの方も、永琳とチトセが何を狙っているのかを得心したらしい。高揚した笑みを浮かべて叫んだ。
間違いなく、このハイレベルなサーヴァント二人は同時に襲い掛かってくる。不利ではあるが、卑怯だとは思わない。寧ろ、心の何処かで望んでいた展開だとすら、パムは思っていた。

「サヤ」

 静かにそう呟き、チトセは、軽く志希の方に目線をやった。
チトセの考えている事を察したのか、彼女から二十m程離れた所で隠形していたサヤが姿を現し、志希の方目掛けて跳躍。
一っ跳びで、志希の傍に着地、傍に佇んだ。ビクッ、と志希が震える。素性の知れぬ、しかも人を容易く殺せる技術を持った女性に急接近されればそんな反応も已むなしだろう。

「ご安心下さい、危害は加えません。貴女を守る為に参上致しました」

 小声で、サヤは志希に告げる。驚きと、疑う様な感情とが同居した表情を浮かべる志希。
パムは今は本気を出していないだけで、先ず間違いなく、無差別かつ広範囲に渡る破壊を齎す術を有しているだろう。
今は自制しているが、何かの拍子でそれが解禁される可能性もゼロじゃない。サヤは、志希をその被害から遠ざける為の保険だった。
この保険には、永琳に対して自分が信頼出来るサーヴァントであるとアピールし、恩を売る言うチトセの思惑もあった。サヤは、その思惑をも読んでいた。
永琳はチトセにとっては敵対したくない強敵だと言う事を、隻眼の女戦士も、彼女に仕える腕利きの隠密も、それを認めていた。
永琳の方は、チトセが何を思ってサヤを近づけたのかを理解している為、特には何も異を唱えなかった。それに、サヤが何か変な気を起こしても、問題ない。チトセならともかく、サヤ程度の実力なら、いつでも殺せると言う自信があるからだった。一時的な同盟を組んだに過ぎないサーヴァントの息のかかった人物を、志希に近づけさせても何も文句を言わないのには、こうした理由がある。

「心配は無用です。お姉様の懐刀であるこの私が護衛を致します。危難は排されたものとお思い下さいませ」

 サヤは知らなくて当たり前だが、永琳達は事実上、パムとレイン・ポゥがこの場にやってきた段階からこの場にいたのだ。
つまり、サヤがパム相手にボロ負けした瞬間も彼女らはバッチリと目の当たりにしていたのだが……志希がその事を指摘する勇気がない為、自分が大口を叩いている事に永遠にこの女性は気付く事はないだろう。

「さぁ――来い!!」

 その一言を受けて、先に動いたのは永琳だった。
番えていた矢を一射、パム目掛けて放つ。やはり、弦から放れた瞬間その矢はレーザービームとなり、パムへと凄まじい速度で向かって行く。
それに対応しようと意識を永琳に向けるが、彼女の放った光条は、パムに命中するまで後十mと言う所に差し掛かった瞬間、破裂。
パムはそれに反応するが、驚いた様子を見せぬ永琳の立ち居振る舞いから推理するに、この現象は想定内どころか、放った永琳自体が意図して起こしたものらしい。
破裂した光矢は、四つの小さな光の礫となり、それが、放たれた時と同じ音に数倍する速度を保ったまま、地面に伸びるパムの影に衝突。
パムの麗影の中で、光の粒がダイヤのように輝いている。それが煌めいている所は、パムの四肢。両膝と両肘で、礫が輝いていた。

 狙いを外して幸運だった、等とは死んでもパムは思わない。
永琳程の達者が、高々百mもない距離から矢を外すなど、今までの傾向から天地が引っくり返ってもありえないと思っていたからだ。
まさか、と思いパムは手足を動かそうとするも、樹脂で固められたように動かす事が出来ない。言うまでもなく、その原因は己の影で今もほの光る礫が原因だった。
手足が動かせぬ、と言う事実に一瞬意識をやってしまったのが、悪手だった。敵は永琳に一人だけではない。もう一人いるのだ。
――そしてそのもう一人が今、封印していた切り札を切った。

「火遊びを悔いる時間だ、軽率さを死して償え」

139Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:25:20 ID:23GltQOk0
 そう口にし終える前に、チトセは、己の右眼を覆っていた眼帯を外していた。
眼帯の裏には、空虚さの象徴である眼窩も無ければ、義眼すらも嵌められてない。
明らかに瞳を模したとは思えない、象形文字か、或いは何かのシンボルめいたマークが赤く爛々と、激発しているのをパムは見た。
そして、その右眼に嵌められた何かしらの装置を中心に、凄まじいまでに洗練された魔力が渦を巻いている事も、認めていた。

「これより放つは女神の裁き、級長(シナツ)の怒り。死しては冥途の土産とし、生きては威力を語り継げ。これが女神の切り札だと!!」

 その口上を述べる頃には、分厚く、そして墨のように黒い雷雲がチトセを中心とした半径三十mに渡り広がった。
今にも、夏特有の集中豪雨が降ってきそうな、不穏な黒雲。しかし、雲の内部に渦巻いているのは、大量の水ではない。
生前、己が力を誇り増長した二人の悪魔に引導を渡した、恐るべき稲妻を孕んだ必殺の魔雲だ。此度その魔雲は、女神の行進を防いだ不届き者を裁かんと、チトセの最後の一声を心待ちにしていた。その声を契機に、裁きは成る。

「神威招来――級長津祀雷命ッッッ!!」

 その一喝と同時に、黒雲から、淡い緑色に激発する極大の稲光が迸った。
自動防御機能を付与させていた黒羽が予め危険を察知し、雷が落とされる前に、軌道上に高速で移動。そして、衝突。
嘗てない程の雷鳴が響き渡り、志希は驚き慌てながら、身体を屈ませ耳を塞いだ。余りの音圧に、競技場が揺れ、土埃を巻き上がる。
大仰な詠唱と、派手さを極めた様な稲光と雷鳴に恥じぬ威力である事を、あらゆる状況証拠が如実に証明していた。

「何ッ!?」

 そして、その威力は真実、パムを驚愕させる程の説得力を有していた。
簡単な話だ。神威招来とまで謳ったチトセの雷霆を防いだ黒羽が、焦げた紙のように焼け落ちているのだ。
これは、パムのみならず、パムの事情を知っている魔法少女であれば、誰もが彼女と同じリアクションを取る。
パムの黒羽を一枚でも破壊する、と言う事はその時点で、魔法少女の中にあって熟達した戦闘能力を誇る者と言う認識で間違いがない。
生前創始した魔王塾の生徒の中ですら、魔王の羽を一枚でも破壊出来る、と言う人物は片手で数えられる程だった。
それだけ、黒羽、特に防御の性質を付与させたパムの羽を破壊する、と言う事は驚愕に値する出来事なのである。
そして、あの雷を防がれたチトセもまた、眼を見開かせて驚いていた。真っ向から防がれるとは思わなかったのだ。チトセの理想としては、あの黒羽を貫き、パム自身を塵一つ残さず消滅させると言う事。それが無理でも行動不能な程の大ダメージを、と思っていたのだ。結果は、黒羽一枚を破壊しただけ。今の技術――もとい宝具こそが、チトセの本当の隠し玉であり切り札である。あれを防がれてしまった、となると、最早チトセには打つ手がない。

 打つ手はないが、負けて死ぬとはチトセは微塵にも思っていなかった。簡単な話だ、今回は幸いにも急造の相方がいるのだ。
しかもその相方は、極めて老練な技術を誇る手練である。自動防御機能を付与された黒羽を破壊された、その瞬間を、彼女――八意永琳が見逃す筈がなかった。

 光矢を何発も何発も連射する永琳。影を地面に縫い付けられた事で身動きが未だ取れずにいるパム目掛けて、十数本もの必殺の光条が殺到する。
超常の身体能力と反射神経を誇る魔法少女の中にあって、最高位の格を誇るパムが、耳から火が噴く程の勢いで思考を高速で回し、この状況の打破をシミュレート。
そして、計算が終わり、それを実行に移した。残った二枚の羽の内、桜の枝を伸ばさせていた羽を一瞬で匙状に変形させ、それを以て影が伸びている方の地面を掬った。
無論ただ土を掬ったのではない、自身の動きを制限させている光の粒ごと、だ。己の影より大きく拡大させた黒羽で、己を縫いつける光の粒を救い、それを放り投げた。
手足の自由が効き始めたと同時に、光の矢が次々と向かって来る。これを、匙状に変形させた黒羽を高速で動かして、叩き落としたり破壊したりして迎撃。
しかし、それは悪手だった。破壊した際に飛び散った破片が、意志を持ったように全て、パムへとホーミングして来たのである。
やろうと思えば、己を縫いつけていたあの破片で攻撃も出来るらしい。普通に考えれば、出来ない事の方があり得ないだろうと、危機的状況であると言うのに、自分の頭の中にいる冷静な魔王パムはそう判断を下していた。

140Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:25:41 ID:23GltQOk0
 自動防御を付与させる間もなく迫る高速の光の破片をパムは、飛び上がり、空を縦横無尽に飛行する事で回避する。
だが、その光礫は対象に命中するまで永続的にホーミングを続けるらしい。避けた傍からUターンし、パムの方へと向かって行くのだ。
そして、群がるのは光の礫のみに非ず。志希の傍に待機していたサヤも、己の星辰光を発動させ、爆発するプラズマ球を殺到させているのだ。
志希の安全を可能な限り確保するのが使命の一方で、機会があらば攻撃にも参加する。それが、チトセの下した命令の一つでもあり、それを忠実に守っていた。
が、永琳とサヤの両名が攻撃を行う頃には既に、パムも呼吸を整え終え、羽の一枚に自動防御の性質を付与させ終えていた。
必然、防がれる。光の破片は攻撃に転用させるのが不可能な程に砕かれて無害な魔力の粒子にされ、プラズマ球についても、ラケットでボールやソケットを弾き飛ばす様に、
あらぬ方向に吹っ飛ばされて、見当違いの方向でその威力を炸裂させていた。これで、パムに余裕が生まれた。
この余裕を、魔王は活かした。パムは素早く、残ったもう一枚の羽根を中頃から真っ二つにし、半分の大きさになったそれぞれの羽を拡大させる。
すると、如何だろう。先程チトセが焼け落した羽が、再生したのである!! パムの黒羽は、本当の意味で自由自在である。
彼女の羽は絶対に消えてなくならない。操れる最大上限は四枚でありそれ以上上限が増える事は無いが、四枚より羽の数が下回ったならば、
残ったその羽を分裂させ、大きさを拡大させる事で、元の羽を再生させられるのだ。そしてそれは、再生させたものとは言え、能力の劣化がない。
真実、分裂前のスペックのままに再現される。だからこそ、魔法少女の中にあってパムは無敵と称されたのだ。極めて汎用性が高く、強力で。しかもその能力を封じ込める事が不可能に近い。最強の魔法少女、外交部門の最終兵器。その二つ名に、嘘偽りは何もないのであった。

 いざ動こう、としたその時だった。
自動防御を担当する黒羽が勝手に動いた。違う、勝手に動いたのではない、『攻撃を防ぐ為に』、パムの頭上へと回ったのだ。
まさか、と意識した瞬間だった。再び天空から、あの雷霆が降り注いだのは。天地が鳴動せんばかりの雷鳴が轟き、網膜が焼き切れんばかりの極光が空で爆ぜる。
チトセの放った稲妻は黒羽に直撃。パムは先程よりも黒羽の防御能力を上げていたが、それでもまだ足りなかったらしい。再び、チトセの雷に自動防御の羽が焼け落された。
己の迂闊さを唾棄するパム。二度に渡りチトセの放った雷が、彼女の真なる切り札だとはパムも思っていたし、その威力の凄まじさも高く評価していた。
直撃していればパムとて如何なっていたか。――パムにとって予想外だったのが、これ程の威力の稲妻を、一分のクールダウンもおかずに連発出来ると言う事実だった。
これだけ途方もない威力を生める攻撃なのだ、反動の様なものがあって然るべきだと思っていたが、実際は予想を裏切る物であった。成程確かに、切り札と称するに足る一撃。恐るべし、黒髪のセイバー。

 ――そして、自動防御の羽が破壊されたと見れば、もう一人の敵対者、八意永琳がどう動くのか。
それを知らぬパムではない。魔王は、見た。美貌に険を宿らせ、鋭い目線を此方に送り続けながら弓矢を構える賢者の姿を。

「在るべき場所へ帰りなさい、サーヴァントですらない者よ」

 酷薄とも言える声音で永琳は言葉を告げ、光の矢を放った。
余分に魔力を搭載させこれを推進力にさせている事と、時間流の局所的な加速場を用意した事によって、先程のそれとは比較にならぬ程の速度でそれが飛来する。
パムが、間に合わないと思った時には、矢は彼女の腹部の柔肌を穿ち、生綿よりも柔らかな彼女の肉を貫いていた。
光条は彼女を貫くと、そのまま魔王の身体を通り過ぎて行き、消えて行く。貫かれた最初の一秒は、パムに痛みはなかった。熱さも寒さも、感じなかった。
それだったら、どれだけよかった事だろうか。パムの身体を今襲っているのは、例え様もない悪寒と頭痛、吐き気に眩暈。
遅れて痛みも感じ始める。ヒビが入っているかのように骨が軋みだし、身体を皮膚から筋肉まで丹念に剥がされる様な激痛が全身を襲い、内臓が圧迫される様な不快感。
常人ならば思考すら定まらない痛みと不安・不快感の中で、自分の身体に何が起っているのかを理解出来ているのは、流石はパムだと言う他ない。

141Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:25:55 ID:23GltQOk0
 現状の正体は、己の身体の魔術回路を完全に破壊された事が原因である。メフィストが生み出したある種のホムンクルス・ドリー・カドモン。
それに、アカシア記録の情報を固着させた存在。これが、あの魔界医師が運営する病院で生み出された急造のサーヴァントの正体である。
彼らは他のサーヴァントと一線を画した存在である。彼らは霊体ではなく受肉した生身の存在であり、また彼らにはメフィスト謹製の、
神代の幻想種と同等の質を誇る魔術回路が予め備えられており、これによって正規の手段で召喚されたサーヴァント以上に長く現界出来ると言うメリットを得ている。
何故パム、引いてはチトセが此処にいて、どう言う目的でメフィストに呼び出され――いや、そもそもメフィストが彼女らを呼び寄せたと言う事実すら、永琳は知らない。
知らないが、目の前の二人の存在がどう言う理屈で動いている存在なのかは理解していた。理解していたからこそ、彼らに対して有効打になる一射を放った。
永琳は長年の経験や卓越した魔術の腕、そしてこれまでの戦闘から理解していた。。パムとチトセが、『マスターに依拠しないで動く事の出来るサーヴァントに似た何か』、
と言う事を。彼女らに備えられた魔術回路はそれ単体で魔力を産み出せる、極めて上等な代物である。サーヴァントにも回路はあるが、あそこまで上等な物ではない。
マスターがいなければ行動の大部分が制限される事がサーヴァントのデメリットであるが、目の前の二名にはそんな不利は関係ない。自由に振る舞う事が出来るのだ。

 だが逆に、そのマスターがいないと言う事で発生するデメリットを永琳は利用した。マスターがいないと言う事は、魔力の供給役がいない事を意味する。
それはつまり、『そのサーヴァントを行動させられる為の魔術回路を破壊された時の予備のバッテリーが存在しない』事と同義。
マスターとは言ってしまえば、サーヴァントの緊急・予備のバッテリー、ここぞと言う時の為の電池としても求められるのだ。
これがない状態で、全身の魔術回路を破壊されてしまえば、どうなるか。当然、良くて戦力の大幅減退、最悪消滅だ。
――そう、永琳の放った一撃と言うのは、正にこのサーヴァントの魔力回路を破壊する攻撃であったのだ。
しかしこの攻撃は、『本質が霊体』、つまりこの世の物理法則が当て嵌まり難い要素で構成されたサーヴァントには余り意味を成さない。
霊体は物質に比べて可塑性が高い上、既存の物理法則に囚われない、自由な要素である。故に、魔力さえ潤沢であれば破壊された回路も回復するのだ。
だが、構成要素が完全に『物質』であるパムやチトセはそうは行かない。受肉したサーヴァントに等しい彼らが、魔力回路を完璧に破壊する一撃を貰えば、回路はメフィストや永琳レベルの術者でなければ先ず修復させられない。受肉したサーヴァントと≒のパムだからこそ、功を奏する一撃だったのだ。

「格の違いを解って下さったようね」

 永琳の勝ち誇った声が遠い。
パムは、殺虫剤でも噴射させられた羽虫のように地面へと墜落して行き、両膝から土の上に落ち、膝立ちで呻いた。
パム達、ドリー・カドモンに情報を固着された存在は、マスター不在でも行動出来るだけでなく、体内で魔力を生成出来る為に、
理論上は激しい戦闘等の魔力を消費する行為をしなければ、活動限界が訪れるまで地上に存続する事が出来る。
だが、魔術回路を破壊されたとなれば、待ち受けるのは確実な破滅である。今のパムにとって、魔術回路を断たれると言う事は、人に例えれば血管を全て破壊される事と同じ。
滅びない筈がなかった。――但し、それは現状を如何にかする手段がない場合に限る。パムにはその手立てがない物と、永琳は考えていた。
あの羽は、殺傷目的の使い道であれば何でも使えると推察していたのだ。その推論は、半ば以上的を射たものであり、其処まで辿り着けたのは流石は永琳であった。
――月の賢者とすら称される程の彼女のこの推理の、唯一にして最大のミステイクを指摘するとするのなら。『黒羽は殺傷以外の用途にも転ぜさせられる』と言う事であろう。

 黒羽が回虫に似た細長い、十m程もある紐状に変化した。
魔術回路を破壊する永琳の一射に命中した事で身体に空いた、血色の孔からそれが侵入して行く。この間、半秒にも満たない。
神経を直に触れられ、そのまま指の力で引きちぎられる様な凄まじい激痛が身体にパムの身体に舞い込む。溜まらず、口から血を吐き、瞳を血走らせる。
その痛みが続く事、更に一秒半。痛みが落ち着き、体中を蝕んでいた生理的不快感が、曇天が一陣の神風で雲散霧消するが如くに消えてなくなった。
ふぅ、と安堵の一息を零してから、平時通りの、落ち着き払った態度の魔王パムが此処に復活した。

142Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:26:11 ID:23GltQOk0
「……貴女みたいなのを、怪物、と言うんでしょうね」

 マスターの志希ですら、初めて見る、永琳の愕然とした表情。
あの本当に短い時間に繰り広げられた、彼女とパムの行動の意味を、自身が従える賢者だけが理解していたようだった。

「褒め言葉として受け取るぞ」

「実際、褒めたわよ。プラスの意味で怪物って言葉を使ったのは、数千年……いや、万年ぶりかしら、ね」

 パムのした事は、言葉にすれば何て事はない。シンプルな行為である。
『己の黒羽を本物の魔術回路に変化させ、それを体内に没入、肉体及び破壊された回路と同調(シンクロ)させ、回路を破壊前の状態に完璧に修復させた』のだ。 
同調させる事によって生じる不可避の激痛もそうである。だがそれ以上に、己の身体に馴染む回路を一から、それも大がかりな術式(オペ)が必要なこの修復作業を、
一分以下と言う短時間で完成させたと言う事実だ。理論上では可能であっても、実践上不可能に等しい行為である事は言うまでもなく、そしてそれを、パムは難なくやってのけたのだ。

 残った一枚の羽根を、パムが三つに分割させたのを見て、永琳が動く。
開いた左手をパムの方に向けるや、パムは大きく左にサイドステップを刻み、距離を離した。――瞬間、地雷が炸裂したかのように、地面が爆ぜた。
アーチャーとして召喚された永琳が得意とするのは、何も弓術や、弾幕勝負で培われた魔力の飛び道具だけではない。
人の間に伝わる魔術、それが伝える魔術も永琳は簡単に行使出来る。今使ったのはガンドと呼ばれる、魔力の塊を高速で飛来させる、北欧に伝わる魔術だ。
人間が放った所で、良くて拳銃、手練の魔術師が放った所でライフル並の威力が関の山だが、永琳程の技者が放つそれは大砲に匹敵、或いは上回る。
しかもこの、城壁すら粉砕する程の威力のガンドを、当たり前の如く永琳は連発出来るのだ。

 バルカンじみた速度でガンドを放ち続ける永琳と、それを、つい数秒前まで魔術回路を破壊され動く事すらままならなかった筈のパムが、元気に飛び跳ね回避する。
放たれるガンドに、解りやすい色など永琳は付与させない、放つものは全て無色透明。目で見えない上に、飛来する速度は音のそれ。
しかも着弾すればサーヴァントであろうとも良くて骨折、最悪爆散するかも知れない威力であり、それが嘘でない事は、巨人がスコップで掬った跡の様に、
次々と抉れて行く地面を見れば解る事であろう。そしてその威力に臆さず、飛来する無色の殺意に対応し、曲芸師のようなアクロバティックな動きで回避する、パムもパム。
二人はどちらもアーチャーのクラスにあり、そして、数多いる弓兵の英霊の中でも最上位に君臨する猛者達と言う風格と説得力を、これでもかとこの場で証明していた。

 後方宙返りで、斜め上空から飛来するガンドを回避するパム。パムの着地の瞬間を狙い、永琳が再びガンドを放つ。この一発は威力の代わりに、威力を引き絞らせた一撃だ。
着地と同時に、パムが勢いよく拳を振り上げた。手榴弾の炸裂めいた爆音が、パムの右腕の辺りから響き渡る。拳とガンドが衝突し、前者が打ち勝ち、ガンドを破壊した音。
人間を遥かに超える身体能力を保有する魔法少女、その中にあってトップクラスの身体能力を誇るパムだからこそ、永琳のガンドを、魔法を使わずとも打ち壊せるのだ。
殴ったパムの右腕が痺れ、よく見ると右手甲が内出血している事をパムは認識していた。下手な魔法少女なら、右手の骨が砕けているなら一番マシ。
良くて腕全体が複雑骨折、最悪右腕を肩の根本辺りから千切り飛ばされ、『持って行かれた』事だろう。
――そして、今この時。先程パムが三つに分割させた黒羽が、元の大きさ元の性質のそれに復元、此処で十全の状態でパムが復活した。

 ――……嗤っているな――

 獰猛な、笑みだった。
世の女性の全てが羨むような、女性美その物と言える完璧なプロポーションと麗しの美貌。世の男に高嶺の花の何たるやを知らしめる、凛然としたオーラ。
その二つを我が物とするパムの浮かべている表情は、倒れ込んだ草食獣を前にしているライオンが浮かべるが如き、餓(かつ)えた笑みそのもの。
この笑みを、チトセは知っている。戦う事が楽しくて、愉しくて、仕方がない者が浮かべる笑み。パムは、この戦いと、自分に立ち向かう勇者の奮闘を、自らの魔王と言う二つ名が指し示す通り、心の底から楽しんでいるのである。

「楽しいのかしら?」

 見下すような永琳の言葉に、パムは、素直な子供の如くこう即答した。

「とても!!」

 そう告げた瞬間、パムの羽の一枚が独りでに彼女の頭上まで浮遊し始め、其処で一枚の、直径十五m程の黒い円盤に姿を変えた。 
フリスビーに似た形をしている。指を触れれば斬り落とされそうな程縁の部分が鋭い刃状になっている事が、一目で解ると言う点で、ただの円盤ではない事がすぐ解る。

「光輪(スダルサナ)」

143Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:26:25 ID:23GltQOk0
 そう口にした瞬間、円盤は高速で回転運動を始め、その状態のまま、永琳の方へと高速でカッとんで行く。
「屈みなさい!!」と永琳が叫ぶと、志希とサヤの身体に局所的な過重力が掛かりだし、それに身体が負け、二人は身体の前面から地面に勢いよく転んでしまう。
強かにサヤの方が額を打ったが、身体を切断されるかもしれない未来に比べればマシな方だろう。本人にその気はなくとも、パムの動かし方次第で、
志希とサヤの両名を切断する程の直径を、あの黒円盤は有しているのだから。脅威になる円盤に、永琳が矢を打ち込み、チトセは真空のナイフを叩き込む。
矢に当たった瞬間まるでクレーのように円盤が破壊され、真空ナイフに触れた瞬間ホールケーキのように円盤はバラバラに割断されるが、そうなった傍から、
円盤の欠片は形状を変え、円盤状になって行く。そしてそのまま、しかも小さくなった分スピードも増した状態で、永琳とチトセの方に迫って行く!!
比率的にはチトセよりも、永琳の方に向かって行く円盤の方が圧倒的に多い。素人目でもその数は圧倒的だ。暗に、永琳の方が実力者だと言っているかのよう。
しかし、それに癪に障る程チトセは子供ではない。その判断は正しい物だった。チトセは既に能力の大部分を開帳したが、永琳の方はまるで底を見せない。
その実力の深さは例えるならば、大海原の真っ只中の海溝その物と言ってよいだろう。得体が知れなさ過ぎるのだ。仮にチトセが、パムの実力を持ちかつ、今の様な状況に立たされた場合、この女戦士でも永琳の方を重点して狙っていただろうと彼女は考えていた。

 真空刃を纏わせた蛇腹剣を凄まじい軌道を描いて振わせ、群がる大小の円盤を完膚なきまでに粉々にするチトセと、
彼女の援護と言わんばかりに己の星辰光によるプラズマ球でで残りの円盤を破壊して援護するサヤ。チトセに関しては、この連携で何とかなった。
問題は永琳の方だ。一般人の志希から見ても、殺到する円盤の量が圧倒的に多いのだ。弓を構えるアーチャーに黒い円が集まるその光景は、
遠巻きに見ればきっと、角砂糖に群がる黒蟻の群れとしか見えないだろう。蟻に例えられて然るべき、回転する刃を携えた殺意を永琳は、
矢を次々と連射する事と並行して行っている、ガンドの連発や青色と赤色の弾幕の展開で砕いて行く。しかしそれでも、パムの攻撃の方が圧倒的に物量に勝る。
九割九分は破壊出来たが、残りの円盤が、永琳の身体に直撃。それは腹部に命中するやスルリと通り抜け、それは彼女の首の左側に当たるやスッとすり抜けた。
すり抜けたとしか思えぬ程、スムーズに人体を斬り裂けるのだ。通り過ぎてから瞬刻たった時、永琳の首から血が噴き出、衣服の胴体に黒い血が大量に滲んだ。
首の方は永琳の左側の皮膚から二cmも深く斬り込まれており、これは真っ当な人間であれば自分の首から流れる血で溺死が可能となる致命傷だ。
「アーチャー!!」と、ブリキの板も裂けんばかりの悲鳴が響き渡る。

 全く、心配性なマスターだと笑みを零す。だがこの感覚は、新鮮だと永琳は思う。
生前、と言う言い方は正しいのか解らないが、少なくとも幻想郷にいた時は、この程度のダメージを負った程度では誰も心配してくれなかった。
何故なら彼女、八意永琳は、『死なない』存在だから。それを前もって志希には説明していたし、それを前提とした作戦も多少は伝えていたのに、この反応である。
全く、出来の悪いマスターだと思う。生前永琳の下に集った弟子や生徒は皆、優秀な者ばかりだった為、不出来な弟子達を教える経験が彼女には絶無だった。
一ノ瀬志希は、永琳の弟子として見ても、主君として見ても、類を観ない程出来が悪い。それは、メフィストからも以前指摘された通りであり、その通りだと永琳も思う。
だが、それが見捨てる理由にはならない。今になってこそ、解る。志希の様に不出来で、しかし、自分を信頼し心配してくれる者が弟子。
或いは主になると――不思議と護ってやりたくなる。そして、見せ付けたくなる。お前の引いたサーヴァントがどれ程優秀な存在なのかを。
その優秀さを目の当たりにさせ、驚かせたくなる。それは、パムにも、チトセにも、言える事柄だった。

 グラリ、と後ろに倒れ込むフリをする永琳。 
カタが付いたとパムも思ったのか、意識を瞬間、永琳からチトセの方に向ける。次は私かと、チトセの顔が引き締まる。
あの黒髪の戦士の方も、永琳は終わったと認識しているらしかった。その、意識の間隙を縫って、永琳は地を蹴った。
その瞬間に、永琳は強化の魔術で筋力・耐久・敏捷のステータスをA+相当にまで修正し、それに恥じぬ速度で、パムの方に駆けて行く。
十数mの距離がまばたきを下回る速度で、息が届かんばかりの間合いにまでなった時、初めてパムとチトセが、永琳が倒れていない事に気付いた。

144Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:26:45 ID:23GltQOk0
 パムは高速で思考する、防御を選ぶか攻撃を採るか。辿り着いた結論が、『両方を同時に行う』、であった。パムにはそれを可能とする力がある。
黒羽が一枚、永琳の前に立ちはだかる。自動防御の性質の他に、攻撃を跳ね返す性質も付与させている。
今まで自動防御の他に、如何して後者の方の便利な性質を付与させなかったかと言えば、チトセも永琳も全方位から攻撃を仕掛けて来る事が多かったので、
自動防御と反射の性質を付与させたそれで攻撃を防いでしまうと、あらぬ方向に跳ね返させてしまい、結果として無軌道な破壊を振り撒く。これが嫌だったのだ。
が、この超至近距離での攻撃であれば、相手の一撃を反射すればほぼ百%放った当人に攻撃が跳ね返る。此処で初めて、パムは攻撃の反射に打って出た。
永琳は事もあろうに、拳による攻撃を行おうとしていたらしく、右の貫手を放った。しめた、とパムは思う。
拳等の生身の接触による攻撃なら、『ほぼ』百%が『百%』、相手に攻撃が反射するに言葉が変わる。確実に、相手の攻撃を防げるしダメージも与えられる。
指が黒羽にぶつかる。永琳の透き通るように白い人差し指、中指、薬指、小指の四本指が、凄まじく嫌な音を立てて圧し折れる、中頃から骨が突き出た。
それだけならまだ良かったが、右腕全体が、衣服の上からでも解る程滅茶苦茶に複雑骨折を起こしてしまう。攻撃の反射によるダメージはそのまま、
相手が行った攻撃の威力に等しい。どれだけの威力で、永琳が攻撃を仕掛けたのか、彼女の右腕を見れば素人でも窺う事が出来るだろう。

 ――だが、永琳の顔は平然としたものだった。
痛みを感じぬ訳ではない、熱い冷たいを感じぬ訳ではない、疲れを知らぬ訳でもない。彼女は、慣れているだけだ。
不老不死であるが故に自己の命について敬意も払わず重きもおかず、常人が忌避して当たり前の痛みについても甘い・塩辛いなどの味覚と同程度の感覚でしかないと考える。
この程度の痛みは過去に経験している。不老不死であるが故に、無茶もして来たからだ。肉体的な痛みも苦しみも、なんら、八意永琳の攻撃を止める要因足りえない。

 折れたままの指四本で、黒い羽に触れ、物理的・魔術的・概念的構成を破壊する魔術を直接叩き込む。
刹那、防御に使った黒羽が、風化したコンクリートの様に崩れ落ちて行き、パムと永琳との間で黒い砂状の何かの堆積になってしまった。
目を見開かせて驚くパム。この地上における物理的干渉手段では最早破壊出来なくなった羽を、真っ向から破壊されてしまったのだ、その反応も無理はない。
とは言え永琳としても、此処まで無鉄砲かつ無茶な手段を使う羽目になるとは思わなかった。永琳程の魔術の腕前を持つ女性が、直接その手で対象に触れ、
其処を経由して魔術を叩き込まねば破壊出来なかった程、黒羽はあらゆる構成面で優れていたのだ。
パムの意表を突くと言う意味で、自ら接近し、徒手空拳の要領で直接触れて魔術を送り込んだが、結果的にはそれが正解だった。と言うより、これでしか破壊出来なかった。
永琳の行った魔術は直接触れる他に飛び道具として放つ事も出来るは出来るが、直接触れるよりも威力は下がる上に、その足りない威力の故羽は壊せなかっただろう。それ程まで、黒羽は完璧に近しい宝具であったのだ。

「防いでみるかしら? この距離で」

「言われるまでもない!!」

 パムは羽を動かし、何らかの性質を付与させようとしたようだが、思考速度では圧倒的に永琳が勝る。
思考の速度が速いと言う事は即ち、魔術の発動スピードがそれに準ずる事を意味する。
残った二枚の羽に攻撃と防御を命令させ、対応しようとする――が、永琳は切った啖呵とは裏腹に、全く攻撃を行う心算がない。
棒立ちのままだった。しかし、魔力だけは動き続けている。何をするつもりだ、と思うパムだったが、ハッと気付いた。
チトセとサヤの方に、先程とは比べ物にならない練度と密度の魔力が渦巻いている事に。
そう、永琳は黒羽を破壊したすぐ後で、チトセとサヤの二名に強化魔術を行い、全てのステータスを上方修正させていたのだ。
今の彼女達の地力で放たれる星辰光の攻撃は、先程とは比べ物にならないだろう。そしてその事を二人は、身体から漲るその力でよく理解していた。

145Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:26:55 ID:23GltQOk0
 永琳の意図する所を察したチトセとサヤは、永琳に命中する事も厭わない程の量の真空のナイフと放電現象、プラズマ球を四方八方から群がらせた。
プラズマ球に至っては永琳の強化の影響か、本来の最大展開数を大幅に上回る量の数が具現化させられており、先程パムに指摘された、
『数をもっと増やせるようになって出直して来い』と言う旨の言葉をそのまま体現していた。
此方に迫りくる圧倒的物量の攻撃を防ごうと対処するが、永琳は残る二枚の羽の内一枚を左手で触れ、黒羽を破壊させた魔術を再び叩き込み、
黒い砂状の堆積にしてしまった。「貴様ッ」、と叫ぶよりも速く、永琳は空間転移の術で真空刃や放電、プラズマの熱球の巻き添えを喰らわない範囲まで逃れる。

 ドーム状に展開してしまえば、視界が塞がれ解除後に何か途轍もない攻撃を叩き込まれかねない。
自動防御では、黒羽が動くよりも速く敵の攻撃が叩き込まれない程の稠密な物量の為、これも却下。

「オオォォッ!!!」

 故にパムは、己の背後に黒羽による直径三m程の円形盾(ラウンドシールド)状に展開させ、後ろから迫りくる攻撃を防御。
そして前方からの攻撃は、何と素手で次々と破壊したり、叩き落としたり、弾き飛ばしたりして最悪の事態を遠ざけて行く。
真空刃に拳が当たる度に、不可視の刃を砕くのと引き換えに鮮血が舞い散り、プラズマ球を弾き飛ばしてあらぬ方向に爆散させる毎に、腕に火傷を負って行く。

 ――それでもなお、魔王パムの表情には笑みが浮かんでいると言うのだから。
全く、呆れ果てた馬鹿である。永琳はそう思いながら、弓矢を構えた。パムを、此処で仕留めると言う決意が、ありありとその構えから発散されているのであった。

146Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:27:11 ID:23GltQOk0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 戦闘に於けるガンドの利点とは、魔力の消費が少なく、使い方が解りやすく、しかも時と状況次第で消費した魔力以上の『おつり』が帰ってくる事である。
つまりは、ローリスク・ハイリターンを生みやすいのだ。確かにガンドは基本の魔術であり、魔術自体の内容も使い方も、基本と言うカテゴリから外れないほど解りやすく、
それ故に相手の方も読みやすい。ボクシングで言えば、左ジャブ、牽制に等しい基本の技。だが、運が良ければ良い所に『刺さる』可能性も高い。
これが、ハイリターンと言う物である。無論、狙ってそんなものは得られない。あくまでも、そうなったらラッキー程度。
威嚇の為、牽制の為、そして、とどめの一撃の為。ガンドと言うものは、一発当たりの魔力の消費量や魔術その物の内容を加味しても、非常にリーズナブルな術なのである。

 だが、如何にリーズナブルとは言え、こんなにガンドを連発しまくるのは、魔力の無駄遣いだろうと、遠坂凛は考える。
ガンドは消費する魔力も最低限で済むし、凛の魔力量なら機関銃のように連発出来るとは言え、実際にそれを行い続けるのは流石に無駄が多すぎる。
塵も積もれば山となる、と言う諺はさても良く言ったもの。実に、頭の悪いガンドのやり方だと凛は思う。
――そうでもしなければ、自分が殺される程のマスターと戦わざるを得ない、己の不幸を凛は呪った。

 狭い廊下の只中で、凛はガンドを放ち続け、此方に迫ろうとするあかりの事の動きを止めていた。
弾幕、と言う言葉がこれ以上となく相応しい勢いと量数ではあったが、あかりはこれを、うなじに植え付けられた黒い触手を高速で振るい、次々と叩き落とし、砕いて行く。
あかり自体には、拳銃の速度に等しいガンドの弾丸に対応出来るような反射神経はない。それは、殺せんせーと呼ばれる、彼女の最大の暗殺対象の特権である。
だが、彼女には反応出来ずとも、埋め込まれた触手は反応する。反応するばかりか、銃弾に倍する程の速度で触手は振われ、神業の如き軌道で身体に迫るガンドを壊す。
それ自体がある種の自我を持つ触手は宿主――=あかり――に迫る危害を排する。宿主が死ねば、無敵の宿主であろうとも死に至るからだ。触手と宿主であるあかりの関係は、寄生虫の共生関係に似ているのだ。

 ――あぁ、もう!!―― 

 あかりは全く、腹が立つ事この上ない状況に置かされていた。
先程ガンドが脹脛を貫いたせいで、歩くと痛い。同年代の女子に比べれば身体能力で圧倒的に勝るとはいえ、こうなると何処にでもいる小娘と大差ない。
それを大きく埋めるのが触手細胞を埋め込んだ事によって発現した、触手なのだが、知ってか知らずか、凛は絶妙にあかりがフルスペックを発揮出来ぬ状況を演出していた。
簡単な話で、触手を巻き付ける所を尽くガンドが破壊して回っているのだ。全身が触手兵器となっている殺せんせーは、その圧倒的な新陳代謝と特有の体質を利用して、
マッハ二十と言う宇宙速度レベルの移動スピードを可能としていた。人間としての部位が殆どのあかりでは、音速は元より自動車並の速度で走る事すら出来ない。
音速での移動は兎も角、時速数百㎞での移動ならば、触手を何処かに巻き付けて、それが収縮する速度を利用して可能である。それを用いた高速戦闘が、あかりの武器だ。
それを、絶妙に封じて来る凛に苛立ちを隠せない。しかもガンド、と言う飛び道具を扱う都合上、凛はあかりから十数mも距離を離している。
触手の間合いの外だ。振うにしてもリーチが足りない。つまりこの状況は圧倒的に、凛の方が攻め手の状態にあり、あかりの方は防戦一方だ。
走って距離を詰めようにも、あかりの方は脚部に怪我を負っている。向こうの方がダメージは小さい為、走ってもすぐに距離を取られる。このままでは、完璧なジリ貧であった。

 両者の思惑を知ってしまえば、この戦いの本質が、ある種の根競べに近い事が解るだろう。
切り札である宝石を温存し、なるべくならガンドだけであかりを倒したい凛。魔力と言うリソースが底を突いた瞬間、彼女の敗北だ。
一方、距離を詰めて触手を振い、今度こそ勝利を得たいあかり。此方の距離を詰めようにも足を怪我し思うようにいかず、かつ、
凛の乱射で移動の為の足がかりを破壊されている始末。本質的には生身の人間と変わらない為、ガンドが身体の何処かに命中すればその時点で勝負は決する。
ガンド程度で魔力が底を尽きるような甘い修練を、今までして来た覚えは凛にはないが、ガンドであろうとも魔力を微量ではあるが消費する。
あかりの方も、触手を振い過ぎれば、どんな不利益を被るか解った物ではない。これは元々人に埋め込む事自体が危険な代物。戦況が進めばそのデメリットが牙を向きかねない。
魔力の枯渇が先か、デメリットで身体の方が悲鳴を上げるのが先か。この二名の戦いは、ある種の持久戦であった。

147Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:27:24 ID:23GltQOk0
 じりじりと距離を詰めようとして来るあかりに対し、凛は急いで距離を取る。あの触手に当たれば、今度は骨折では済まないと警戒している為だ。
実戦経験こそこれが初めてではあるが、あの恐るべき鞭の間合いの外を保つようにしなければ拙い、と言う事位は解る。
最低でも十二、十三m程の距離をキープする事を意識しながら、後ろ歩きをしながら移動を続ける凛。

 後退を続ける内に凛は、周りの廊下に既視感を覚え始めた。
目に余る程、鉄筋コンクリートの壁が破壊された通路……今の学校指定制服になる前に確認した、大量のアイドルが意識を失ってしまっている大部屋の近くであった。
あの部屋に追い込まれては、逃げ場がない。逃げ場がないだけならまだしも、あの部屋には触手を巻き付けられる箇所が多すぎる為、凛では今度こそ対応出来なくなる。
尤も、後者の方は凛としては与り知らぬ所なのだが、どちらにしてもあの部屋に移動してしまうのは得策ではない。
手近な所に、上階へと移動する為の階段があった筈。其処を経由して広い所に移動しなければならない。

 ――と、言う事を考えていた時であった。 
己の背後……つまり、大量のアイドル達が昏睡しているリハーサル室に、ズゥンッ……、と、内臓が揺れんばかりの重低音と、正真正銘物理的な激震が走った。
震源は言うまでもなくそのリハーサル室。何が起こった、と、ガンドを放ちながら頭をその方に向けると、絶望したような表情を凛は浮かべた。

「凛さ……あれ、何時の間にそんな服装にお召し替えを……そ、それより、幽霊ですよ幽霊!! この目で見ました!!」

 其処には、部屋一帯を埋め尽くす程の瓦礫の上に立ち尽くす、己の従えるバーサーカー、黒贄礼太郎がいるではないか。
しかも、普段から何が面白いのか解らない不敵な微笑みを浮かべ、それ以外の表情の浮かべ方を忘れているとしか思えない彼が、珍しい。
凛から見ても、何かに怯えている様な表情を明白に作っているのだ。その事も確かに、凛にとっては驚きではあった。
――だがそれ以上に、今黒贄がしでかした事。瓦礫――天井の物であろう――を崩落させて此処にやって来た事が、問題であった。
恐らくは黒贄はその凄まじい膂力を以って、床を殴打し、そのまま一階部分から此処にやって来たのだろう。その移動方法を其処でやるのは、拙い事この上ない。
単純である。リハーサル室には……『昏睡したアイドル達』が床に倒れ伏していたのだ。そんな所に、部屋中を埋め尽くす瓦礫が落ちてきたら、どうなるのか。
子供でも、そんな事は解る。つまり遠坂凛は、またしても、人殺しのカルマを背負ってしまったと言う事になる。

「ば、馬鹿贄……何て事……」

 絶望からガンドを打ち止めしかけるが、それだけは気合で防いだ。それを行ってしまうと自分の命がないからだ。
凛が如何して、青褪めた様な表情を浮かべているのか黒贄には解らない。彼も知らないだろう。自分の攻撃で崩落させた上階の床、その瓦礫の先に、
意識不明であった多くのアイドルがいた事など。目測で量る事の出来る瓦礫の量と重さから行って、生き残っているアイドルなど五人といるまい。
殆ど即死、生存した者にしても、今後深刻な障害と付き合って行く事を余儀なくされるだろう。当然、アイドルとしての活動など望むべくもない。

 そもそも凛が此処に来た理由は物見遊山ではなく、現状の自分の行動を大きく阻害する討伐令のレッテルを他者に転嫁させられる、と言う打算があったからだ。
その為にはなるべくなら人を殺さずこの競技場で立ち回る必要があったのだが、今の黒贄の行動で、凛の意図していたもの全てが水泡に帰した。
責任を擦り付ける為に此処であれこれと活動する筈だったのに、また新たに、しかも正真正銘黒贄が数十人もアイドルを殺してしまえば、言い逃れが出来ない。
もう目ぼしいNPCは流石に逃げただろうと考え、黒贄を単騎で別方向から回らせた事が拙かった。まさか、内部にまだ、しかも意識不明で動けない者達がいたとは思わなかったのである。

148Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:27:38 ID:23GltQOk0
 ――人殺し!!――

 先程自分の事を悪罵した、煌びやかなアイドル衣装に身を包んだ少女の言葉が頭の中をリフレーンする。
頭蓋にヒビが入ったような鈍い頭痛が凛を苛む。あの時、橘ありすと、彼女と一緒にいたアナスタシアの言葉に、凛は『違う』と言った。
何が、違うと言うのだろうか。今の自分は誰がどう見ても、殺人鬼のサーヴァントを駆って被害をいたずらに拡大させる、人殺しそのもの。
この汚名を返上する為に此処に来たと言うのに……、その展望が、音を立てて崩れて行くのを、凛は肌身で実感する。最早、取り返しはつかない。

 黒贄が人を殺したと言う事実よりも、黒贄自体が此処に現れた、と言う事実にあかりは戦慄している。
初めてステータスを目の当たりにするが、単純な近接戦闘ならば、彼女の自慢のバージルですらも黒贄は容易く上回り得る。
この上、神秘を帯びない攻撃手段では人間はサーヴァントを害せないと言う事実。この状況、万に一つもあかりには勝ち目がない。
念話を行おうにも魔術の素養がない為、この距離からではバージルに念話は届かない。此処に来て、自分ならマスターとの一対一の戦いに勝てると踏み、
バージルとは別行動に出ると言う作戦が裏目に出た。此処は如何やら、あかりの予想を遥かに超えて、サーヴァントが集まる所であったようだ。

 凛は、考える。
黒贄が幽霊が如何のと馬鹿げた事を言っており――そもそもサーヴァント自体が一種の幽霊のようなもの――、それが気にならない凛ではない。
何があったのかを問い質したい所であるが、正味の話、凛としては黒贄が此処に来る事は予想外でもあり、同時に、嬉しい誤算でもある。
幾多のアイドルを犠牲にしての登場は大幅な原点であるが、それを除けば、予想外の強者であるあかりと戦っている所に、自分のサーヴァントが到着したと言う構図になる。
必然、有利不利の天秤が大きく変動する。当然、有利の方向に傾くのは凛の方だ。サーヴァントとマスターとの戦闘力の差は最早論ずるに能わず。
見た所あかりのサーヴァントは近くにいる様子もない。斃すのなら、今であった。

「黒贄!!」

 そう叫び、ガンドをあかりの方に連射するのを止めず、凛は、己のサーヴァントの方に走って行く。
あかりの方はそれを阻止しようにも、近付きたくても近づけない。前方から迫るガンドの弾幕は、此処に来て激しさを増し、あかりに一歩も歩ませてくれないのだ。
瓦礫で埋め尽くされたリハーサル室に入ると言う事は、瓦礫の下のアイドルを踏み拉く事をも意味する。
歩き難い事この上ない建材の礫の下から、死肉の嫌な感覚が伝わってくる。これが、自分のサーヴァントの齎した物かと自己嫌悪しかけるも、グッと堪える。
黒贄の所まで近づいた凛は、あかりの攻撃から身を守る縦になる様にこの殺人鬼の後ろに立ち、一先ずの安心を得る。
これで少なくとも、事態の好転は約束された。――黒贄のコンディションを詳細に確認する、今この時までは。
黒贄の事をよくよく観察出来る距離にまで足を運んで、凛は再び愕然とする。黒贄の首からは折れた頚骨が飛び出、胴体の辺りには血色の孔が空き、其処から血液や肉片がボロボロと零れ落ちている。交戦した後である、と言う事がありありと見て取れる。誰かと戦って敵わなかったから、逃げて来たのである。

「おいライダー、此処……」

 黒贄が空けた穴から、同年代のものと思しき青年の声が聞こえてきた為、バッと凛は上を見上げた。
すると、頭上から先ずは、パーカーを身に纏うオレンジがかった茶髪の青年が事もなげに瓦礫の上に着地。
脚部に纏われた特徴的な装備と、数m頭上から極めて劣悪な足場に難なく飛び降りられるその身体能力、何よりも、凛の視界に飛び込んでくるステータス。
彼がサーヴァントである証拠は、十分過ぎる程揃っていた。クラスはライダー。その外見から、近現代にルーツを持つ英霊であろうと凛は推察した。
だが、今の青年の声を上げたのは、彼ではない。黒贄の空けた大穴から顔を除く、帽子を被った無精ひげの青年の物であった。どうやら彼が、ライダーのマスターであるらしい。

「解ってる。アイドル達がいた部屋だろうな……この分じゃ全員……」

 酷く痛ましい顔と声音で、ライダーのサーヴァント、大杉栄光は、マスターである伊織順平の言葉に返した。
正義感に溢れるサーヴァントであるらしい事が、今のやり取りで伝わってくる。そしてすぐに、先程まで戦っていたサーヴァントである黒贄の方を栄光は睨みつけた。

149Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:28:05 ID:23GltQOk0
「り、凛さん、あちらですあちら!! 私の攻撃が通じないなんて、幽霊ですよ幽霊!!」

 サーヴァントがそんな滅茶苦茶に怖がるなと念話を送りそうになる凛だったが、攻撃が通じない、の部分が引っかかり、グッと堪えた。
黒贄と栄光が交戦をしたのはほぼ確実である。そしてその様子を、当然の事ながら凛は目の当たりにしていない。
ならば自分が見ていないところで、黒贄の攻撃がてんで通用しないようになる技を、目の前のライダーは使って見せたのかも知れない。
それを指して、幽霊と呼んでいるのだろう。元々黒贄は魔術の類は愚か、聖杯戦争についての知識ですらあやふやな男だ。勘違いするのも、無理はない。

【!! ライダー、其処にいるの……】

【解ってる、遠坂凛だ】

 当然、栄光達も凛の姿に気付かぬ程節穴ではない。それに、順平の位置からでは見えず、栄光の位置から見える所。
つまり、黒贄達よりも後ろの位置になるが、其処に、雪村あかり――先程栄光が競技場のフィールドで会話したアーチャーのサーヴァント、バージルのマスターがいる事も、
栄光は認識している。あの時栄光は、バージルのマスターを目にする機会がなかったが、解法の技術で魔力の経絡(パス)を解析すれば、彼女がバージルを従える人間である事は御見通しである。彼女の首部に植え付けられた謎の兵器の存在も勿論、その触手上の兵器が、彼女の命を蝕んでいる事もだ。

 問題なのは、凛の方だ。
彼女の方も解析しているが、明らかに、魔術回路が何本も体の中に備わっているのだ。
それも、備えられているだけで使われた形跡がないと言う事もなく、完全に使い慣れている事が明白な回路である。
と言うより、つい先程まで使っていた事が、回路に残存している魔力の形跡から御見通しである。
此処から解る事は、二つである。一つ、凛は明確に魔力を用いた何らかの術や技を使う事が出来ると言う事。
そしてもう一つ。体中に備わっている魔術回路から考えて、凛は、栄光のマスターである順平と同等、或いはそれ以上に魔力の保有量やその扱い方で勝るかもしれない事。
この二つの事実を合算して考えると、二つ、栄光は思う所がある。凛と順平はなるべく戦わせたくないと言う老婆心と、凛は下手をしたら、黒贄にわざと大量殺戮を命じた可能性も捨てきれないと言う事だ。栄光もまた、嘗てのあかり同様、遠坂凛は無力な一般人だと考えていたのであるが、その前提が覆された。凛の態度を見るに、大量殺戮を態々行った可能性は低いのだが、ないとも言い切れない。

「あ、あなたは、私のサーヴァントと一緒に話してたライダーの人ね!?」

 あかりはこの場に突如として現れたライダーを救い船と認識。
人の良さが見た目からも伝わって来るし、何よりもフィールド場での偽黒贄(タイタス10世)とのやりとりで、此方に友好的な性格なのも把握している。
この場においてライダー、大杉栄光程現状を打破出来る事に打ってつけな存在もいないだろう。触手と言うあかりにとっての隠し玉を完全に露出させ、認識されてしまっているが、もうこの際触手の隠匿については、あかりはスッパリ忘れる事にした。命の有無に比べれば、些細な問題であるからだ。

「この人殺しから私を助けて!! 聖杯戦争の参加者と解るなり、急に襲ってきて……アイドルも、殺して……!!」

 最後の方は、悲壮感溢れる語調であった。清い涙すら流している。が、これは無論の事演技である。凛をカタにハメる為だ。
対して、凛の方は「何言ってるのコイツ!?」と言う顔を隠せもしていない。何から何まであかりの言っている事が嘘八百であるからに他ならない。
天才子役だと持て囃されて来た経歴は伊達ではない。一流の子役に求められる資質である、涙を意図的に流すと言う事など数秒でカタがつく。
そもそも先に襲って来たのはあかりであるし、遠坂凛自体はそもそも此処に来て誰も殺していないのだが、凛がどう釈明した所で信じて貰えないだろう。
現に栄光は、あかりの方を信じていた。先程ガンドで貫かれたあかりの脹脛が決定的な要因で、先に襲って来たのは嘘じゃないのかも知れないと、あかりの肩を持っているのである。

「黒贄、解るでしょ? 護衛の仕事を果たす時よ、あのライダーを倒しなさい!!」

「え、いや、その……幽霊を相手にするのはちょっと」

「マスターを攻撃すれば成仏するわよ!!」

「あっ、そっかぁ。いやはや、流石は凛さんですなぁ」

 その事に気付いた様子で、黒贄があっけらかんと返事をする。
サーヴァントは愚か、真っ当な聖杯戦争の参加者であるのならば誰しもが思い浮かぶ基本の戦術すら、失念していたらしい。本当に探偵なのかと疑いたくなる。
改めて、あかりと、栄光の方に目線を遣り、すぅ、と深呼吸を行った後、決然たる表情を浮かべる凛。

150Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:28:16 ID:23GltQOk0
「黒贄」

「はい」

「――殺人鬼らしく、皆葬りなさい」

 其処で凛は懐から、見事なまでのブリリアント・カットが施されたダイヤモンドを取り出し、それをあかりの方に投擲した。
下手投げで放り投げられたそれを、キョトンと見つめるあかり。銃弾にですら反応する触手であるが、余りに意表を突いた遅さの為、咄嗟の反応が遅れた。
栄光だけが、凛が投げた代物に反応していた。ただの宝石ではない。大量の魔力を溜めこんだ、本人の意思次第で家屋を容易く吹き飛ばす爆発を炸裂させられる、
極めて危険な代物だ。そしてその宝石は――ライブイベントが始まる前にメフィストから貰ったスピネルのそれと、よく似ていた。

 こんな使い方も出来るのかと、栄光は舌を巻く。栄光は急いで地を蹴り、凛の目では捉え切れぬ程の速度で、彼女の放擲したダイヤモンドの所まで接近。
如何なあかりと言えども、凛の宝石魔術に直撃すれば即死は免れない。自分の命を助けたサーヴァントのマスターを見捨てるのは、栄光の信条に反する。
宝石に亀裂が入り、其処から光が噴き出る。その瞬間に栄光は、解法を纏わせた右足で思いっきり宝石を蹴り上げる。
崩を叩き込まれたダイヤはそのまま、軽石の如く粉微塵になった。内部で渦巻いていた魔力もまた、崩の影響を受け無害なものとなって空中に溶けて消えて行く。
自身、いや、遠坂家が最も得意とする宝石魔術の神髄を、当たり前のように無力化された事に、凛は愕然と戦慄を憶えるが、今はそれ所ではない。
信条に悖る行為ではあるが、今は黒贄と栄光の激戦が繰り広げられるだろう戦場から離れる事が先決だ。興が乗った黒贄と共にいれば、自分も被害を蒙りかねない。

【……勝手に死ぬのは許さないわよ】

 この場を去ろうと栄光達から背を向けながら、凛はそう念押しした。

【それは大丈夫です。殺人鬼は、死なないものですので】

 それが、不思議と凛には頼もしい言葉に聞こえて来た。
殺人鬼は、死なない。理屈も根拠も何もないのに、それが事実であるのだから笑えてくる。
不安ではあるが、最低最悪のサーヴァントであるバーサーカーに任せ、凛はこの場を後にした。
走り難い瓦礫の上を走ると言う行為に、これからの前途を予想しながら。背後で今繰り広げられた、サーヴァント同士の戦いの轟音と音響に、自分の歩む<新宿>での未来が平穏な物ではないと、予想しながら。

151Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:28:27 ID:23GltQOk0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

【オラ、私より前行くんじゃねぇってのメカゴリラ!!】

【でも私は前衛で、貴女は後衛ですし】

【何処の世界に他人を強化する術持ってないサーヴァント引き当てたマスターが前に出てくるって言うんだよ!! 私の後ろに下がってろ馬鹿!!】

 魔王塾の塾生になろうが、純恋子は純恋子。
マスターの癖に前に出ようとするその性格だけは、何があっても変わらないらしい。
パムとコネクションを得てしまった今、今後そんな傾向がより強まるのだと思うと、レイン・ポゥはゾッとする。サーヴァントに胃薬は効かないのだ。

 競技場内部は、伏魔殿と言う言葉ですら生温い、殺意と敵意と覇気とが嵐の如くに渦巻く魔界であった。
今の所、サーヴァントに全く遭遇していないのにしかし、此処には数多のサーヴァント、それも、
魔法少女の世界観から考えても凄まじい強さを誇る怪物達が跋扈している事が、魔法少女の優れた第六感で解るのだ。
彼らとの直接戦闘は、避けるべきなのは言うまでもないし、そもそもそんな風に争う計算もレイン・ポゥにはない。
言うまでもない事だが、マスターである純恋子を前に立たせて戦わせるなど愚の骨頂、絶対に許さない。最悪両脚に装着された機械の義肢を切断して動きを止める事も辞さない心構えだった。

 これは認めるのも癪な事であったが、パムの言っている事は、一理ある。自分には強いサーヴァントの後ろ盾が欲しかった。
生前でも、身体能力面では兎も角、固有の魔法を含めれば、自分より優れた魔法少女など大勢いた。
聖杯戦争は数多の世界観から選りすぐりの強者共が集まる。自分より総合的に遥かに優れる者など、それこそ山程いるであろう。
断言しても良いが、自分は兎も角、その選りすぐりの強者の中にあっても、魔王パムは有数の実力者であろう。
魔法少女として彼女の勇名を聞いていたレイン・ポゥにとって、この認識は揺るぎない。パムはそれ程までに、魔法少女の中でも別格の存在なのだ。
性格はこの際置いておくとして、戦闘能力とそれに付随する実力面も超一級の存在である、あの魔王を味方に引き入れられたのは、正直大きいメリットだ。
レイン・ポゥの暗殺はリスクが大きい。通常暗殺は人目に隠れてやるものだが、虹の魔法少女の行う暗殺は、相手とコミュニケーションをとり、
油断してから行うと言う真正面からの暗殺だ。普通の暗殺に比べ、初動の段階で殺される可能性が遥かに大きい。
その、自分が殺されると言うリスクを、あの戦闘狂の魔王様が全部受け持ってくれると言うのだ。これ程頼もしい――コキ使いようがある申し出もない。

 結局レイン・ポゥの至上命題は、聖杯への到達である。
それが成し遂げられるのであれば、手段は別段何でもよい。元より聖杯戦争は普通に駒を進めてもそれなりの苦しみや痛みが付き纏う。重々承知の上だ。
その苦しみや痛みを低減させ、栄光の杯を手に入れる為の階段を速く駆け上がれる手段が自分能力以外に何かあるのなら、ためらう事無くこの魔法少女はそれを用いる。
クレバーで、リアリスト。それが、レイン・ポゥという魔法少女の本質であった。

152Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:28:41 ID:23GltQOk0
 真正面から戦う事はしない。
サーヴァント同士の戦いを気配遮断スキルを発動させ遠方から眺め、どう言う戦い方をするのかと言う事を観察した後、パムに報告させる。
取り敢えず自分が此処でやる事は、これで十分達成出来るだろうとレイン・ポゥは踏んでいた。
それを考えた場合、自分達が真っ先に向かう場所は、競技場のフィールドであろう。現にあそこは、黒贄礼太郎――と、思しき存在――が現れ大暴れを見せた場所。
まさか此処が空白の場所になっているとは考え難い、サーヴァント同士が何らかのアクションを見せていると考えて間違いない。故に二名は、其処を目指して走っているのだった。

【解ってると思うけど、今回は様子見だからな。様子見だからな?】

 改めて、レイン・ポゥは念押しする。懸念は其処だ。自分のマスターであるところのメカニコングの迂闊な行動一つで、全てが台無しになりかねない。

【二度も訊ねなければならない程信用がありませんの?】

【我が身を顧みろ馬鹿マスター、そんなのがある程慎ましく行動して来たかお前】

 どうにも納得が行かないと言う様子で、首を傾げる純恋子。これを素でやっていると言うのだから始末に負えない。
知っていてやっているのなら大物、知らないでやっているのなら途方もない天然の上大馬鹿としか言いようがない。つくづく、二重の意味で凄いマスターであった。

 気配を殺しつつ、目的の場所まで駆けるレイン・ポゥ。
フィールドへと近付く度に、叩き付けられる殺意の密度が倍々ゲームの如くに濃くなって行く。
向かう事すら気が引けるが、向かう事によるメリットが大きいのも事実だ。まさか此方に足を運んでいる間に、パムが不覚を取るような事はあるまい。
最強レベルの実力を誇るパムに戦闘を任させると言う事に勝ち筋を見出しながら、その場所へと向かって行こうとした――その時である。

【――下がれ】

 目的の場所まで後数十m、と言う所で、レイン・ポゥは急停止、後ろから追随して来る純恋子を制止、動きを止めさせる。

【何が?】

 訊ねる純恋子。

【……サーヴァント、に近い気配がある。息を潜めてろ】

 近い、と言うのには訳がある。その気配が自分から見て十m程先にある十字路の曲がり角。
つまり、レイン・ポゥからは見えない位置に存在する事が一つ。本当にサーヴァントなのかが解らないのだ。
発散される気配は、間違いなくNPCのそれではありえない。十中八九は聖杯戦争の関係者、それも相当な手練の者。油断など、出来る筈もなかった。

【暗殺、ですか?】

【無論。直接の戦闘何て期待するな】

 この新国立競技場での目的は、魔王パムにどんなサーヴァントがいるのかを報告する程度にとどめるつもりではある。
が、自分でも殺せそうな、或いは、油断し切っているサーヴァントやマスターがいた場合は、この限りではない。
迷う事無く、己の魔法で相手を背後から暗殺し、勝ち星を一つ得させて貰う。勝つべき勝負には勝ちに行く、この大胆さ。レイン・ポゥが一角の魔法少女たる所以である。

153Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:29:03 ID:23GltQOk0
 暗殺の基本は『死角』からだ。物理的な意味でも、心理的な意味でも、この死角が重要な意味を持つ。
今回は物理的な死角を利用しての暗殺である。此方からは対象の姿は確認する事が敵わないが、条件は向こうも同じの筈。
壁越しに相手を視認出来る能力を持っているとかであるならそれまでだが、そんな可能性を考慮して一歩踏み出さないままでは何も勝ち得ず終わってしまう。
此処で、一つの白星を付けられる可能性にレイン・ポゥは賭けている。この競技場に入ってから気配遮断スキルの発動は欠かしていない。
自分達の存在に気付けているサーヴァントは先ずいないと見て間違いないだろう。そして、気配遮断スキルの最大の欠点、発動時に攻撃を行うと、
気配が現れる為に相手に暗殺が発覚してしまう、と言うデメリットをレイン・ポゥはスキルによって克服している。
今回はスキル・『魔王殺し』の効果が十全に発揮出来る状態。後は息を潜め気配を殺し、その瞬間が訪れるのを、待つだけである。

 正体不明の気配が、徐々にではあるが近付いてくる。呼吸に乱れもなく、心臓も早鐘を打たない。
暗殺者として経験を積んで来たレイン・ポゥは、緊張がピークに達するシチュエーションになっても、平常心を失わぬ立ち居振る舞いが出来るようになっている。
所謂『テンパった』状態になって、暗殺が失敗、剰え殺し返されましたなど全く笑えないからだ。こう言った資質は、固有の魔法よりもずっと重要なのである。

 ――そして、件の人物が姿を現した。
レイン・ポゥや純恋子よりも、頭一つ半以上も大きい偉丈夫だった。身長は、二mを優に超えた屈強な男である。
フードが一体になった黒灰色のローブを身に纏い、灰を塗りたくったような暗灰色の肌を持った、見るからに戦士然としたその姿はただ者のそれではない。
だが何よりも目を瞠るのは、その手に持った、下手をすればレイン・ポゥの身長程もあろうかと言う程の大剣。間違いなく、手練。それも、信じられない程の。
レイン・ポゥは現れた男、魔将ク・ルーム目掛けて七色の殺意を延長させた。熱も持たず、音も立たさず、そしてその上、殺意すらも感じさせず。
ただ物理的に非常に鋭利で強固と言う性質にのみ重きを置いた、魔王を殺した美しい刃が、時速数百㎞程の速度でク・ルームの方に伸びて行く。

 バッ、と。レイン・ポゥ達のいる方向に顔を向けた時にはもう遅い。
ク・ルームは虹に真横から直撃。胸部の上半分をその上腕ごと宙を舞わされ、両の下腕が床に落ちた。
下半身は両膝をついて崩れ落ち、それらの様子と抜群の手ごたえを見て感じた瞬間、仕留めた!!、とレイン・ポゥは考えた。
客観的に誰が見ても、敵対者はこれで消滅しただろうと思うだろう。

 男の肉体が一瞬で塵と灰になり、巻き上げられたその塵埃がローブに集まって行き、人の形に凝集されて行くまでは、だが。
そしてその灰が集まるや、外衣の内側に、魔将ク・ルームの肉体が再生されて行く。
灰が、内臓、骨格、中枢・末梢神経、血管、リンパ管、筋繊維、皮膚、と。身体の内側を構成するものから順繰りに超高速で転じて行く。
そして、一秒以下の速度で、ク・ルームは完全たる状態で復活。其処に、レイン・ポゥが与えたダメージを見出す事は、出来なかった。

「嘘だろ!?」

 そう叫んだ時には、ク・ルームはレイン・ポゥの下まで駆けていた。 
――速いッ!! 歴戦の魔法少女が高速でそう思考しなければならない程、竜殺しの魔将の速度は卓越していた。
両方合わせて五十kgにも届きかねない程の大剣を両手に握っているとは思えない程の軽やかなフォームと速度。
十mの距離は一瞬で、大剣の中頃がレイン・ポゥの首を刎ね飛ばす事の出来る間合いにまで詰められてしまった。

 縦から大剣を振り下ろすク・ルーム。
これに即座に反応し、頭上に虹を展開させ、攻撃を防ぐレイン・ポゥ。攻撃の威力と言うか、破壊力や衝撃力については、恐れる所はない。
目の前の戦士の腕力では先ず虹は破壊出来まい。この点については、先に戦った黒贄礼太郎の方が余程恐ろしい。
が、大剣と言う巨大な得物を振っているのにも関わらず、凄まじいまでの剣閃の鋭さと振う速度が驚異的だ。
少し気を抜いただけで、先程ク・ルームに齎した末路を即座に自分も辿る事になる。それだけは、避けたかった。

 一m程虹を左手から伸ばし、それを横薙ぎに振るうレイン・ポゥ。
虹はレイン・ポゥが振う分には重さもない為、常識ではありえない程の速度で振るう事が出来る。
ク・ルームの振るう大剣に勝るとも劣らぬ速度で迫りくる七色の殺意を、この魔将は即座にバックステップで回避。
三m程後ろに飛び退いた後、彼の背後に数本の、蒼白い魔力で練り固められた、矢に似た形の何かが展開され、それが射出される。
魔術にも堪能なのかと思いながら、レイン・ポゥは虹を振い、八本の魔力矢を砕いて迎撃する。

154Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:29:24 ID:23GltQOk0
【ステータスを教えな、マスター!!】

【……見えませんわ】

【何!?】

【嘘じゃありません、本当にステータスが視認出来ませんの……】

 声のトーンから、純恋子が嘘を吐いていない事がレイン・ポゥには解る。この場で嘘を吐いてもメリットなど何もない。
そして実際、本当に純恋子にはステータスが見えていない。と言う事は目の前の存在は、サーヴァントではなく、何らかのサーヴァントの手によって生み出された、ある種の使い魔かパートナーと言う事になるのだろうか。どちらにしても、レイン・ポゥと戦っても何の問題もないその強さは、これを生み出した術者の技量をありありと窺わせるに足るものだ。

 ――なおさら殺しておかないと拙いな……――

 そう決断するレイン・ポゥ。
このままク・ルームを主の下に帰還させてしまえば、自分の能力と本性が露見する。
是が非でも、目の前の存在はこの場で葬っておきたい。暗殺者は、自分が暗殺者だと露見していない時にこそ初めて真価を発揮するものだからだ。

「死んどけや」

 そう凶悪な表情で告げると、レイン・ポゥの懐から、パチンコ玉に似た大きさの黒い球体が飛び出、それが球状のまま一気に拡大。
直径一m半の真球になるや、これまた一瞬で黒球はレイン・ポゥと同じ身長と同じ背丈程をした、角ばった所もなく全体的にツルリと滑らかなフォルムをした、
人型の何かに変身した。まるでそれは、レイン・ポゥの影法師めいたもののようだ。魔王パムがその羽の形状を変化させて、レイン・ポゥに仕込ませた自律兵器だ。
入ってすぐに邪魔だった為に懐に忍ばせるよう大きさと形を変えさせていたが、今はまさに、この自律兵器を活用させる時だ。

 パム謹製の黒い影法師が、弾丸めいた速度でク・ルームの方へと迫って行く。
自律兵器の接近に合わせて左の大剣を振い上げるク・ルーム。まともに直撃していればそれは、人型の股から肩までを真っ直ぐ切り裂いた事であろう。
しかし人型は、左膝より下をロングソード状の剣身に変化させ、これを以って大剣を蹴って弾いて防いで見せる。
此処で体勢を崩さないのが、流石に討竜の英雄と言うべき所だが、敵はこの自律兵器一体だけではない。レイン・ポゥもまた彼の敵だった。

 音もなくク・ルームの方へと虹の刃を伸ばすレイン・ポゥ。
しかし、一度虹の攻撃方法、その恐ろしさを味わってしまえば途端に、彼女の魔法は効力が落ちる。
恐るべき暗殺道具が、とても鋭利で頑丈な厄介な武器程度にしかならなくなるのだ。この点において彼女の宝具は、『初見』である事を重視せねばならぬ宝具だった。
その初見をしくじれば、どうなるか。対応されてしまうのが当たり前だ。現にク・ルームは即座に地面を蹴り跳躍。
自らの胴体を真っ二つにせんと迫るそれをジャンプで回避してしまった。そしてそのままこの魔将は空中で体勢を整える。
より詳しく説明すると、両足を上、頭頂部をしたと言う風に体勢を変えさせたのだ。そして、そのまま足で天井を蹴り、矢宛らの速度でレイン・ポゥ目掛けて急降下。
そのまま彼女の顔面に蹴りを放とうとするが、寸前で虹のバリケードを展開させ、防御。やはり虹は、破壊されない。黒贄の方が異常な腕力だったのだと改めてレイン・ポゥは認識する。

 攻撃を防御され、後は地面にク・ルームが落ちるだけ。
引力に負け地面に落ち始める、その一瞬の間にク・ルームは虹を蹴り、レイン・ポゥから距離を取るように着地。
虹の魔法少女との距離、四m。ク・ルームの背後から、影法師が迫り来て、彼の胸部を、ドリル状に変化させた左腕で貫こうとするが、
まるで後ろに目があるような気配察知能力で、彼は左に飛び退き攻撃を回避。避け様に大剣を振うク・ルーム。
回避と反応が遅れ、自律兵器はその脇腹を五cmも深く裂かれてしまう。生身の魔法少女ならこの手傷で勝負ありだが、魔将が斬り裂いたのはそうじゃない。
痛覚も感情もないただのマシーンである自律兵器。故に、即座に反撃に打って出れる。自律兵器を無効化させたいのなら、完膚なきまでに破壊して機能停止させるしかない。

155Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:29:37 ID:23GltQOk0
 自律兵器の両腕を馬上鞭に似た武器の形に変形させ、それを交差させる様に振るうパムの自律兵器。
大剣を回転させ、両腕を肘からク・ルームは斬り飛ばすが、今度はレイン・ポゥが彼の頭上から虹をギロチンの要領で落下させてきた。
これを、地面を蹴り、虹の魔法少女の下へと急接近する事で回避。レイン・ポゥに近付くや、右膝蹴りを彼女に叩き込もうとするも、虹で防がれる。
虹を破壊する程の突破力がなく、しかも攻撃方法が近接攻撃に限られる存在が相手の場合、虹によるバリケードの耐久力はまさに無敵に近しいそれを誇る。
竜殺しの英雄が元となった魔将と言えど、彼女の虹を突破するのは並大抵の事では出来はしないのである。
但しそれは、攻撃手段を物理攻撃に限らせた場合、であるが。そして、ク・ルームも、今や狙いを完全に変えた。
サーヴァント同士の戦いの際、狙うべきはサーヴァント当人よりも、彼らを従える『マスター』を狙うべきだ。それは、主であり、友誼を交わした男の影武者たる始祖帝からも教えられている。

 体内の魔力を燃焼させ、魔術を構築。それを発動させる。
ク・ルームの身体に紫色の稲妻が纏われた時、拙いと思ったか、レイン・ポゥは虹のバリケードを自分と純恋子の前後左右頭上に展開させた。
瞬間、彼を中心として廊下中に、紫色の稲妻が轟いた。それは焼き菓子のように容易く、天井を破壊し、床を砕き、周りの頑丈な鉄筋コンクリートの壁を粉々にしてしまう。
魔将の発動させた、天雷陣の呪文は虹の薄壁に直撃するが、その表面を微かにとろとろに溶かした程度に終わる。直撃していれば、レイン・ポゥも無事ではなかったろう。
勿論、魔法少女である彼女ですらが直撃してもただでは済まない魔術だ。純恋子であったのなら、その結果は言わずとも、と言う物であった。

 一方、天雷陣の直撃を防げなかったのはこの場で唯一、パムの黒羽の自律兵器だった。
左肩から脳天に稲妻の直撃を受け、頭の半分近くが消し飛ばされているが、身体全体を完璧に破壊せねば動きは止まらない為、まだまだ活動出来る。
自律兵器にはある種の学習システムが搭載されており、その学習力は極めて高度。この影法師が破壊されて機能停止に陥らない限りはいつまでも学習し続ける。
そう、戦いが長引けば長引く程強くなってしまう事と同義だ。今この瞬間も自律兵器は、ク・ルームの挙措を見て、行動パターンを急速に最適化させている。
が、如何に自律兵器の戦闘練度が上がろうが、その大本であるパムには遠く及ばない。強さの限界値にも限度があり、この自律兵器はパム以上には強くなる事は無い。
学習され切る前に破壊されてしまえばもうおしまいだ。そうなってしまえば、レイン・ポゥはこの心強い、パムの影とも言うべき自律兵器抜きで戦わねばならなくなる。こうなってしまえば要らぬリスクを背負ってしまうので、レイン・ポゥとしても望むべく所ではないのだ。

 両腕を、今度は片刃の剣に自律兵器は変えさせていた。しかもその両肩からは、長さ一m程の触手を伸ばさせている。この自由な肉体変化もまた、この影法師の強みだ。
両腕の刃、撓る触手。計四本の武器をそれぞれ異なる速度、異なる軌道で振るい続ける。真っ当な戦士なら、速度差と変幻自在な軌道に惑わされ、忽ち腑分けされる事だろう。
況してこの自律兵器は動物である以上逃れられぬ、体内の関節の駆動関係と言う問題が全く意味を成さない。
従って、人間ならば絶対に曲げられない方向に、何体生物の如く身体を曲げたりする事が出来るのだ。誰もが対応出来ぬ程の奇怪な動きを、卓越した精度で行われれば、
誰もが無抵抗のままに屠られる事であろう。しかし、相手は始祖帝タイタスがその実力面に置いて万斛の自身を置く魔将ク・ルーム。
関節と言う制約があるにもかかわらず、眩惑的な攻撃を行い続ける自律兵器の連続攻撃を、単純な技術とステータスで防ぎ続けていた。
迫る刃を両手の大剣で弾き飛ばす。左上段から袈裟懸けにされた自律兵器の刃を大剣の刀身の中頃で弾き、横薙ぎに振るわれた刃を大剣の腹で受け流す。
水銀の鞭めいた撓りを上げて迫り来る触手の方は、小ぶりなナイフでも取り扱うような器用さで軽々と大剣を、触手の軌道に合わせて振るって斬り飛ばす。
尤も、斬り飛ばした先から触手が再生するので意味はない。そしてこの性質は、触手だけでなく両腕にしても同じ事であろう。
何れにしてもク・ルームは四つの武器の猛攻を、二つの腕のみで防ぎ続け、拮抗している形となる。当に何十合も、彼らはその攻防を続けていた。

156Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:29:50 ID:23GltQOk0
 それに水を差す様に、レイン・ポゥは虹を何本も高速で伸ばしてくる。真上から二本、ク・ルームの左右からそれぞれ三本づつ。
だが、虹の魔法の弱みが此処で響いてくる。ク・ルームや自律兵器の変幻自在な攻撃と比べて、レイン・ポゥの魔法は不意を打たない限りその軌道は素直そのものだ。
速い話、戦闘経験が豊富な存在には先ず当たらない。以前パムに虹を放ち、簡単に避けられてしまった事例が好例である。
結論を言うと、ク・ルームは既にレイン・ポゥの戦闘力の底を垣間見ていた。そしてそれは、彼女の魔法にも対応してしまったに殆ど等しい。
一瞬でその場で屈み、横転する事で自律兵器の攻撃と虹の攻撃を回避した彼は、瞬時に立ち上がり、レイン・ポゥの方へと向かって行く。
前面に、三枚重ねにした虹の壁を作り、攻撃の防御を試みようとするレイン・ポゥ。虹は重ねれば、余程の腕力でなければ破壊は不可能な強度になる。
彼が、彼女に近付いて行ったのと同時に、自律兵器も、魔将を葬らんと追跡を開始する。位置関係から言って、このまま影法師が攻撃を行えば、
背後からク・ルームを攻撃出来る事になる。この絶体絶命のピンチを、ク・ルームは――己の純粋な剣技で切り抜けようとした。

 腕が消えた、と同時に、虹の壁に衝撃が叩き込まれ、壁と剣身の衝突音が響き渡る。衝撃と音とに終わりはなく、継ぎ目なく連続的にそれらは発生していた。
そのままレイン・ポゥは、大剣の間合いの外まで飛び退き、壁を解除させたその瞬間――驚きに目を瞠らせた。
パムの自律兵器に、紙をデタラメに鋏で切りまくった様に切れ目が大量に入れられているのだ。両腕は斬り落され、頭には幾つも、人間であれば致命傷になる傷を負わされていた。
レイン・ポゥは展開させた壁のせいで視界を防がれ、壁の先で何が起っているのか理解していなかった。まさか、あの一瞬で此処まで損傷を負わされていたとは。
レイン・ポゥが知らなくて無理からぬ事だが、今ク・ルームが行った剣の技こそが、彼のいた世界で『八連剣陣』と呼ばれる奥義である。
優れた身体能力と研ぎ澄まされた技術が両立されて初めて成立する奥義。振う剣次第であるが、この技を習得してしまえば、
鋼より硬いとされる竜種の鱗すら薄い木の板のように割断しその下の筋肉を斬り裂き、地面を舐めるが如き低さで飛ぶ何十羽の燕すら全て斬り落とすと言う。
そして、上に語ったこの技の凄まじさは、ただの人間が放った場合に過ぎない。これを、超常の膂力と比類なき技術を持つク・ルームが行えば、どうなるか。
至近距離からのショットガンの発砲にすら対応可能な自律兵器に反応すら許させず攻撃を叩き込み、剰え行動困難にさせる程のダメージを負わせる事は造作もない。
そして、レイン・ポゥは気付いていなかったが、三枚重ねにした虹の一枚を、ク・ルームの奥義は、確かに割断していたのだ。枚数を重ねていなかったら、レイン・ポゥはこの場で命を終えていた事を知らない。

 ――チッ、ヤバいなアレ!!――

 レイン・ポゥが案じている事は、自分とそのマスターの安全もそうだが、自律兵器がじきに行動不能に陥るかも知れない事も大きい。
ク・ルームは強い。平時のレイン・ポゥであるのならば互角以上の勝負を演じられるかも知れなかったが、今回は純恋子が近くにいる。
つまり、彼女を守りながらの戦いは余り自信がない。対して目の前の魔将は、マスター自身が存在しない。厳密にはそれに類する存在はいるのだが、
あらゆる点で聖杯戦争におけるマスターとサーヴァントの関係が当て嵌まらない故に、常に本気で戦う事が出来る。
マスターを守りながらのレイン・ポゥでは、実力の全てを対象の撃滅に充てて行動すると言う事が困難である。これでは、勝機は拾えない。
これをカバーするのが、パムの用意した自律兵器であった訳だが、これを破壊されてしまえば此方の戦況はかなり不利に傾く。
現状を打破させようと、レイン・ポゥは必死に事を考え――一番窮状を打破出来るだろう作戦が、捨て身のものしかない事を知る。
溜息を吐きたくなるが、純恋子――馬鹿――共々両倒れになるよりはずっとマシだ。

「マスターを護ってろ!!」

 自律兵器目掛けて叫ぶ虹の魔法少女。 
採るべき作戦は、影法師の行動をマスターの保護に完全に傾倒させ、レイン・ポゥ自身が全力でク・ルームの抹殺に取りかかると言う事。
確実に言える事は、ク・ルームは、レイン・ポゥが生み出す魔法の虹を破壊出来る手段が極めて少ないと言う事。ならば、勝てる可能性はある。
此方の虹はク・ルームには通用し、相手の攻撃は滅多にレイン・ポゥを害せない。ならば、自分が打って出るのが一番勝てる可能性が高いと言う物だった。

157Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:30:04 ID:23GltQOk0
「解りましたわ、アサシン。私も戦えと言うのですね!!」

 と、此方に向かって迫る影法師を見ながら、合点したような表情で純恋子が言った。
当然レイン・ポゥは、合点してない表情どころか、額に青筋を走らせ舌打ちをしていた。対照的に純恋子の表情は、晴れやかな物だった。

「良いでしょう、そのオーダーに応えましょう!!」

「応えなくて良いから(良心)」

 当然、レイン・ポゥの言う事を素直に聞く様な性格なら、虹の魔法少女にストレスが溜まる訳がない。 
影法師の接近に合わせて、両腕をバッと広げる純恋子の様子は、遠方から久々にやって来た恋人を抱きしめようとする動きに似ていた。

「――蒸着!!」

 そう純恋子が叫ぶと、影法師が、爆ぜた。その様子を見て「は?」と言葉を浮かべるレイン・ポゥ。
爆ぜて破片になったパムの自律兵器は、純恋子の身体に纏わりつき始め、首より下の身体の全てを余す事無く墨を塗った様に真っ黒にする。
まるで、墨の溜まったプールに浸かった後のようだが、直に、今の様子を何処かで見た事があるのをレイン・ポゥは思い出した。
この地で初めてパムに出会った時に、あの魔王が見せた、ライダースーツ状の防護服である。影法師はそれになって、純恋子に装備されているのだ!!

「如何です、アサシン。これで私は、貴女に守られるだけの女王蜂でなくてよ。これで私はファイヤー純恋子……いえ、ダークネス純恋子と言うべきでしょう!!」

 この女王も女王で、ネーミングセンスが魔王並に馬鹿のようだ。
ダークネス純恋子……女子プロレスラーのリングネームか何かかと本気でレイン・ポゥは思っていた。
純恋子は、この場におけるレイン・ポゥの健闘と、苦戦ぶりを見かねて、何か自分にも出来る事は無いかと考えていた。
女王の思考が行き着いた結論は、『自分も一緒になって戦う』と言う物だった。一対一より、二対一の方が有利である、と言うのは当たり前の話である。
だが、ただ戦うだけでは迷惑になる。其処で目についたのが、パムの自律兵器だ。元を正せばこの自律兵器は、パムの黒羽である。
そしてこの黒羽は、性質を自由自在に変化させられると言う大きな特徴を持つ。そしてその性質は、自律兵器と言うキャラクターを与えられた今でも変わる事がない。
それを、純恋子は利用しようとしたのだ。元々パムが生み出した自律兵器だけあって、その行動パターンもパムのそれによく似た影法師は、
純恋子の思う所を察知し、自分から目の前の選択を選び取り、純恋子の装備となったのである。純恋子の身体能力にそのまま、自律兵器の身体能力をプラスした形になり、これなら理論の上では、サーヴァントともある程度は戦える事になるだろう。

「これで私も、貴女と肩を並べて戦えますわよ!!」

 当然、レイン・ポゥが望む純恋子にして貰って一番嬉しい事は、眼につかない所に慎ましく隠れて、事が終わるのを待つと言う物なのだが。
言った所で聞き入れる筈がない。結局またしても英純恋子と言う女性は、レイン・ポゥの怒りのツボを千枚通しで貫く様な真似を行ったのであった。
青筋がビキビキと、虹の魔法少女の可愛らしい額に走って行く。対して純恋子の表情は、およそストレスとは無縁そうな楽しそうな表情なのがまた対照的だった。
ク・ルームの表情は、目深に被ったフードのせいで全貌を窺わせる事は出来ないが、それでも、マスターの余りにカッ飛んだ行動に、呆れた様子を隠せていないようだった。

158Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:30:26 ID:23GltQOk0
「ダアァアアァァッ、クソがァッ!!」

 フラストレーションを叫び声へと変換させ、レイン・ポゥは敵対者である魔将ク・ルームへと特攻。
八つ当たりと言わんばかりに、虹の刃を全方位から射出させ、彼を切り刻もうとする。が、やはり軌道を読んでいるらしい。実に見事な体捌きで回避して行く。
後ろから迫る虹を身体を半身にして回避する、頭上から迫る物を飛び退いて躱す、左右から迫る物を低い姿勢のタックルでやり過ごす。
タックルでレイン・ポゥの体勢を崩そうとするが、急速に虹の壁を産み出させて彼女はそれを阻止。
ク・ルームがそれを見て立ち止まった瞬間、再び虹が全方位から伸びて行く。そしてそれを、神が降ろされているような動きで回避して行き、避け様に、魔術を発動。
先程廊下中を蹂躙した天雷陣の呪文が再び成立、アメジスト色の稲妻が廊下を蹂躙して行く。魔力が収束して行くのを感知したレイン・ポゥは、
寸での所で頭上に虹の天井を作っていた為雷撃の命中を免れたが、その瞬間を狙って、ク・ルームが接近して行く。虹の壁が間に合うか否か、と言うギリギリの隙を狙った、
見事なタイミング。間に合え、間に合え、と心の中で祈り続けるレイン・ポゥ。ク・ルームが大剣を構え、振り下ろそうとした、その時だった。
レイン・ポゥとク・ルームの間に、防護服となった自律兵器を身に纏う、虹の魔法少女のマスター、英純恋子が立ち塞がった。

「援護を!!」

 そう言って純恋子は、ク・ルームの大剣の一撃の軌道上に、両腕を交差させる様に配置。
衝撃が、機械の両腕を通じて彼女の胴体に伝播する。生身の両腕なら、余りの衝撃に腕が痺れ、小さな調味料の瓶すら持てない所だったろうが、
純恋子の腕は生理的な不利益を全く蒙らない、機械の義肢。攻撃の直撃を受けても、破壊されない限りは即座に行動に移れる。
そして、纏われるライダースーツ上の防護服が、衝撃の吸収剤となったおかげで、機械の腕には傷一つついていない。即ち、直に反撃に移れるのだ。

 純恋子の喝破を受け、言われるまでもないと言うように、レイン・ポゥは虹の刃をク・ルームの左右から延長させる。
バックステップでそれを回避する魔将に合わせて、先程の意趣返しとでも言うように純恋子は彼目掛けてタックル。
速い。自律兵器によって身体能力及び機械の性能を極限まで高められていると言う事もあるだろう。時速百㎞以上は優に出ている、正に弾丸と形容すべき速度のタックルだ。
彼の両足を引っ掴み、そのまま彼を仰向けに倒れさせる純恋子。彼が体勢を整え終えるよりも速く、純恋子はマウントポジションを取り、動きを拘束。
そのままク・ルームの顔面に右拳を叩き込もうとするが、彼女の拳を、大剣を手放した右掌で彼は受け止めた。
攻撃を防御こそしたク・ルームだが、拳を受けとめた衝撃が背中から伝わり、床に亀裂が生じる。まともに直撃していれば、どうなっていたか。その威力が窺い知れよう。
このまま右手で純恋子の手首を掴み、ク・ルームは彼女を持ち上げて、マウントを無理やり抜け出す。
そのまま彼女をレイン・ポゥの下へと投げ飛ばした後、彼は手元に放置させていた大剣を握り、体勢を整え立ち上がる――その瞬間、虹が頭上からギロチンめいて落下!!
これを大剣で防いだのと、レイン・ポゥが生み出した虹の壁をクッション代わりに衝突、己のアサシンとの激突を純恋子が免れたのは殆ど同時だった。

159Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:30:54 ID:23GltQOk0
 再び虹を前後左右から伸ばしまくるレイン・ポゥ。それを大剣で防御したり、大きく移動して回避させたりなどしてやり過ごすク・ルーム。
この瞬間を狙い、純恋子が再び飛び出して行った。遅れて、レイン・ポゥも彼女に追随。ク・ルームの下まで接近したのはレイン・ポゥの方が速かった。
両掌から伸ばした一m程の長さの虹剣をク・ルーム目掛けて乱雑に振うが、やはり剣に関してはあちらの方に分があるらしい。その尽くを弾いて行く。
そんな事は、この魔法少女は織り込み済み。癪だが此処は、彼女に見せ場を作ってやらねばならないらしかった。
床を蹴りその勢いで純恋子は何と、先程ク・ルームが天雷陣の呪文で天井に空けた穴までジャンプ。
紫雷は二階の天井まで破壊しており、その先のまだ無事な階の天井、三階部分の其処にまで跳躍。自分の足型が残る程の力で今度は天井を蹴り抜き、
流れ星の如き勢いで純恋子はク・ルームの背後に急降下。両サイドの壁を用いた三角飛びではなく、天井と床を用いて行う三角飛びである。
この恐るべき軽業を成すのに要した時間は一秒以下、防護服の賜物だった。ク・ルームが背後に気配を感じた時にはもう遅い。
純恋子は右ミドルキックを放っており、それは見事に、ク・ルームの左腰にクリーンヒット。そのままサッカーボールの如き勢いで吹っ飛んで行く!! 
恐るべきは、純恋子の膂力と、それを高めるパムの自律兵器。これらが合わされば、竜を打ち倒した英雄であるク・ルームにですらも、一泡吹かせられるのだから。

「これが……私の力、ですの……?」

 恐ろしく調子に乗った発言だ。アニメや漫画、小説であれば、次の登場シーンで命を失う者が口にする台詞を驚きながら口にしている。縁起が悪すぎる。

「素晴らしい……今すぐ追って決着を付けましょうか!? アサシン!!」

 声のトーンから言って、お前が追跡して戦いたいだけだろと言う事は、レイン・ポゥにも伝わった。
ク・ルームとの遭遇はある種の事故のような物だった上、サーヴァントやマスターですらない単なる端末に過ぎない存在だった為に行っただけで、
本来先程の戦闘は犯さなくても良かったリスク、運が良ければ避けられた危難なのだ。つまり、戦闘を行うと言う事自体、レイン・ポゥ達にとっては想定外の出来事なのだ。

 ……とは言え、あの戦闘が無駄であったのかと言われれば、それは違う。
あの恐るべき魔将との戦いで得た真実は、レイン・ポゥにとっても得難い財産となった。それは、この聖杯戦争には自分の能力が本当に通じない存在がいると言う事である。
即ちそれは、『虹で致命傷を与えても死なないサーヴァント』、と言う事。最初に戦ったサーヴァントである黒贄にしてもそうだし、先程のク・ルームにしてもそうだ。
前者は異常なまでのタフネスで戦闘を続行し続け、後者に至っては殺したと思ったら即座に復活を果たして来た。
どんな魔法少女でも、一部の例外を除けば、虹で急所を抉られれば死ぬ。生物として当たり前の事である。その当たり前を踏まえた攻撃をクリーンヒットさせたのに、
死んでくれないと言うのはレイン・ポゥとしても肝が潰れる。魔法少女にとって己の魔法が通用しないと言う事は、それ程までに恐ろしい事態なのである。
こんな存在が当たり前のように跋扈しているとなると、レイン・ポゥが取るべき最適解は、やはりマスターを優先的に殺害すると言う事だ。
時と場合によってはサーヴァントを狙った方が早い事もあろうが、どちらかを狙える状況になったのならば、やはりマスターを葬った方が遥かに事は早く済む。

160Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:31:21 ID:23GltQOk0
 どちらにしても言える事は、やはり前情報の重要性だ。純恋子も今回の一件で、情報を集める事の重要性を……理解している筈がないんだろうなぁとレイン・ポゥは思った。
ウキウキワクワクと言った風に瞳を輝かせながら、先に進みましょうと言う風なオーラを彼女は発散し続けているのだ。

「……あれを仕留めに掛かるよ、マスター」

「まぁ、アサシン!! 遂に、女王としての哲学を学ばれたのですね……!!」

 感動した風な語調で純恋子が、レイン・ポゥの成長を喜んだが、当の本人は成長した訳でもなければ、女王の哲学とか言う初出かつ要出典の言葉を学んだ訳でもない。
純粋に、ク・ルームを葬っておきたいのだ。あの男は此方の本性を垣間見た。そしてもしも、あれがサーヴァントの使い魔や端末だとしたら、
これを主であるサーヴァントに報告する蓋然性が極めて高い。それは、己の魔法を知られるより避けたい事柄だ。自分の正体を知った者は、確実にその息の根を止める。
生前から己に徹底させてきた、鉄の掟である。何故なら暗殺者とは、暗殺者と知られていない時にこそ、その仕事を遂行出来る人種であるからだ。

「……足手まといにならないでよ」

 とウンザリしたような声音でそう言ってから、レイン・ポゥは、ク・ルームの吹っ飛んだ方向に身体を向ける。
――刹那、一際巨大な轟音と激震が新国立競技場を横に縦にと揺らしたのは、彼女が身体を向けたのと殆ど同時であった。
「何事ですの!?」と純恋子が至極当然の反応。此処から先に進むのは、心底気が進まない。可能な物ならバックレたいなぁ、と、レイン・ポゥは疲れ切った顔をしながら、重い足取りでその方向に走って行くのであった。

161Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 16:31:33 ID:23GltQOk0
書き上げた分の投下は終了します

162 ◆v1W2ZBJUFE:2017/01/03(火) 17:06:28 ID:GpPI53xg0
生きてたんだねク・ルーム
水指す様で悪いですがクラゲ予約します。
フレデリカが死んだ辺りの時間で想定していますが何時くらいになるんでしょうか

163Devil Dance ◆zzpohGTsas:2017/01/03(火) 17:24:54 ID:23GltQOk0
>>◆v1W2ZBJUFE様
早速のご感想、まことにありがとうございます。
ご質問に関しては、午後2:30〜2:40の間を想定して頂ければ幸いです

164 ◆v1W2ZBJUFE:2017/01/03(火) 18:59:51 ID:GpPI53xg0
有難うございます。ではその時間帯で書きますね

165ggr ◆v1W2ZBJUFE:2017/01/05(木) 23:34:48 ID:SSzPK13U0
超短いですが投下します。

166ggr ◆v1W2ZBJUFE:2017/01/05(木) 23:35:53 ID:SSzPK13U0
東京タワーに匹敵する高さを誇るUVM本社の最上階に有る社長室。天気の良い日は富士山だって見えるというその部屋は、異形の舞踏会場と化していた。
矢鱈とハイテンションな高級スーツに身を包んだ、クラゲ頭の怪人が狂喜乱舞しているのだ。
商売敵の346プロダクションが行なった大規模イベント。国内どころか世界からも注目される、成功すれば346プロダクションがUVM社を追い抜く一歩となったろう。
成功することはもはや二度と無いが。
ライブは素晴らしいものだった。社長室のモニターで見ていたダガーも認めざるを得ないほどには。
正午過ぎた辺りに討伐例が出たバーサーカーが乱入して放射能熱線でもぶっ放してくれないものかと思ったりもしたほどに。
だが素晴らしかったライブも今となっては虚しいもの。最早346は終わりだ。
大量殺人事件が発生し、化物が白昼堂々魔戦を繰り広げる。こんな状況の〈新宿〉であれだけの大規模イベントを開催し、この様な事態を招いたのだ。
犠牲者の遺族は怒り狂って346プロダクションを訴えるだろうし、マスコミもこぞって346叩きを始めるだろう。
こうなっては346の所属タレントも全て仕事を切られる事になる。
346は収入源を一切絶たれて多額の賠償金を背負い、社会からのバッシングに晒される事になる。この状態から再建することなど魔神といえども出来はしない。
強力な商売敵が自らマリアナ海溝よりも深い墓穴を掘って、その中にダイブしたのだ。ナイスな決断をしてくれた346には惜しみない拍手喝采をしてやりたい。
興奮のあまり煮えたぎった油に浸けられたクラゲの様な奇怪な動きをするダガー。

「ハッ!?」

最高にハイッ!だったダガーはここで思い付いた。346が勝手に死ぬのは実に喜ばしいが、それを喜んでいるだけでは事業家失格である。
商売敵が死体になれば、死体蹴りどころか解体してキロ250円で肉屋の店先に並べるくらいの事をやれなければ、到底業界の頂点に立つことなど出来はしないのだ。
ダガーは無闇矢鱈と大きいデスクに向かうと、受話器を取り、社内の各所に指示を飛ばし始めた。
この惨劇に対する追悼文と346プロダクションを非難するコメントの作成。高垣楓や城ヶ崎美嘉といった代表的なメンツから、アスタリスク辺りの有望株に至る346プロダクションのタレントの引き抜き。346所属タレントが現在受けている仕事の獲得。
次いでライブ会場にいる社員達に、現場の状況を報告させようとしたが、流石に全員避難して誰も居なかった。
まああんな処に留まれなどと言うのも酷だし、下手すれば訴訟沙汰になりかねない。
という訳で現場の事はとりあえず忘れて、346の死体蹴りに関する事柄を各部署に指示。即座に着手させる。
ダガーは文字通り死体となった346を骨まで貪り尽くすつもりだった。
こうして打った手は。もし仮に那珂がこの聖杯戦争でで死んでしまったとしても、UVMの社長として臨む世界征服に大きな力となるだろう。

「そうだッ!」

すっかり忘れていたがあそこにはオガサワラと那珂が居る。取り敢えずオガサワラは惨めったらしく死んでいて欲しいが、那珂にはどう動いて貰おうか。
襲ってきたのは討伐例の出たバーサーカー。あのバーサーカーを斃させて令呪を獲得すべきか。
否。これだけの騒ぎだ、会場には〈新宿〉中からサーヴァントが集まってきてもおかしくない。そんな場所に那珂を留めておくのは危険すぎる。
取り敢えずオガサワラに連絡して、戻って来る様に言おうとしたが、事もあろうに連絡がつかないという状態。

「上司からの電話に出ることも出来んのかあの無能!!」

令呪を使って呼び戻そうとも思ったが、こちらに戻って来ていたりした日には無駄に使用することになる。
那珂の性格上、鉄火場に飛び込みそうなのだが、オガサワラが共に居る以上危険な真似はそう出来ないだろうと思って何とか気を鎮める。
此れで那珂が傷ついていたりした日にはオガサワラには本社屋上から飛んで貰おう。
ひとまずやれる事をやり尽くし、あとは結果待ちという手持ち無沙汰の状況となったので、何となく346のタレントが現在受けて居る仕事。近い未来のUVMのタレントのものになる仕事を流し見する。

「中々のものだな」

別段駄洒落をいった訳では無い。346の取っている仕事はかなり多岐に渡り、その量も多い。
今日までの346プロダクションの隆盛が窺い知れた。明日からは永遠に取り戻せない過去の栄光でしか無いが。

「お……?」

ふとその内の一つ。今年の冬から始まるアニメ番組のOPとEDの仕事が目に留まった。

「戦車…女子高生……?」

むう。と唸る。
そういえば那珂は自分の事を軍艦と言っていた、外見上は小娘だが。戦車と軍艦、同じ兵器同士だし、戦車の出てくるアニメの主題曲でも任せて機嫌を取るとしよう。那珂の歌唱力なら充分に結果を出せる仕事だし。
そう考えたダガーは、このアニメの仕事を何としても獲ってくるよう担当部署に念を押したのだった。

167ggr ◆v1W2ZBJUFE:2017/01/05(木) 23:36:17 ID:SSzPK13U0
【市ヶ谷、河田町(UVM本社)/1日目 午前2:35分】

【ダガー・モールス@SHOW BY ROCK!!(アニメ版)】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]スーツ
[道具]メロディシアンストーン
[所持金]超大金持ち
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯確保
1.那珂をとことんまで利用し、自らが打って出られる程の力を確保する
2.オガサワラには不様に死んで貰う
3.346プロダクションに対してヘッドハンティングと仕事の横取りを開始しました。
4.那珂の為にあるアニメのOPとEDの仕事を用意する様です。
[備考]
UVM社の最上階から一切出られない状態です
那珂を遠征任務と言う名の<新宿>調査に出しています
原作最終話で見せたダークモンスター化を行うには、まだまだ時間と魔力が足りません
オガサワラを使って、那珂を新国立競技場のコンサートに赴かせました。現在連絡がつきません

168ggr ◆v1W2ZBJUFE:2017/01/05(木) 23:37:16 ID:SSzPK13U0
投下を終了します
こんなに短くても良いんでしょうかね

169 ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:22:35 ID:sKpPFLLE0
>>ggr
流石に狡猾なダガー社長、今回の騒動を見て早速自分のビジネスの版図を拡大させようとする辺りは流石としか言いようがない。
那珂ちゃんの性格の素晴らしい所に全く目もくれず、オガサワラに対する当たりの強さも良く表現できてて、見事です。
そして、今回の騒動が社会的にどんな影響を齎すのか、と言う事も即座に考えを巡らせ、それを加味した上で行動を行う社長の行動力が、非常に素晴らしい。
そう思わせる一作でした。所で、最後に出てた戦車のアニメはビビッドレッド・オペレーションでしょうか?(すっとぼけ)

ご投下、ありがとうございました!!

170 ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:23:19 ID:sKpPFLLE0
投下します

171those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:24:26 ID:sKpPFLLE0
 ムド。それは、人のみならず悪魔にとっても恐るべき呪文である。
相手の魂や、肉体を構成する核や基盤に呪力を以って訴えかけ、そのまま相手を『呪殺』。これに直撃してしまえば、最後。
その肉体は黒い汚穢、或いは黒ずんだ砂のような物になり、嘗て立っていた場所に堆積するしかない。つまりは、即死する。
天地を哭かしむる鬼神であろうが、神の威光を背負った大天使であろうが、地の底の万魔を統べる魔王であろうが、関係ない。
呪力による耐性が皆無であるのなら等しく、この呪文で殺され得る。故に、誰もがこの魔術を恐れた。そしてそれは、英雄であるザ・ヒーローとて、帝都の守護者である葛葉ライドウとて、例外ではない。この呪文は悪魔の使う魔術の中でも特に警戒するべきもの、と言う認識は彼らの間でも共通の物であった。

 その恐るべき呪文が、今まさにザ・ヒーローの命を無慈悲に刈り取ろうとしていた。
マハムドオン、それが英雄を一瞬で亡き者にしようとしてる魔術であるが、これは悪魔の用いる『呪殺』のカテゴリに属するものの中で最高レベルのそれである。
これによる即死を防ぎたければ、呪殺自体が通用しない程高い対魔力を誇るか、そもそも直撃しない、発動させないしかない。
そしてそのどれもが、今のザ・ヒーローには出来ない。万策尽きた、しかしそれでも彼は諦めない。
窮状に在って、折れず、挫けず、諦めない。だからこそ英雄なのだと、己の従える英雄のバーサーカーの勇姿が教えてくれたからである。

 今まさに成立しようとしているマハムドオン、この魔術の構成の核を見抜いたザ・ヒーローは、これを打ち砕こうとヒノカグツチを振り上げようとする。
振り下ろすのが先か、自分が殺されるのが先か。その答えが今まさに明らかになる、と言うタイミングで、それは起こった。
今自分達が戦っている、新国立競技場のフードコート。そこに繋がる壁を突き破って、何かが勢いよく、ライドウ達が熾烈な戦いを繰り広げるこの戦場にやって来たからだ。
バッ、と、英雄に王手を掛けんとしていたライドウがその方向に顔を向ける。マグネタイトで強化された優れた動体視力が、この場に現れた闖入者の正体が、
黒灰色のローブに身を包んだ屈強な大男である事を認めた。そしてその大男は、何か強い衝撃を貰ったのか、凄まじい勢いで水平に、今も吹っ飛んでいる最中だった。
大男は体勢を吹っ飛ばされながらも、何とか体勢を整えようと身体を動かすのだが、それよりも速く、ヒノカグツチを構えているザ・ヒーローの方へと行き――そのまま激突。
「ぐっ!?」、と言う苦悶が、炎の剣を握る男から漏れ、彼をマハムドオンの範囲外までぶっ飛ばしてしまった。
そして、ザ・ヒーローがクッションになった事で初めて、大男、魔将ク・ルームがその勢いを止めるのだが、先程純恋子に蹴り飛ばされた勢いが止まった場所が、
事もあろうにマハムドオンの範囲内であった。そして、この強力な呪殺の呪文は破壊されておらず、今まさに成立を見た。
呪力が、ク・ルームの肉体と魂を砕こうとする。闇色の光が、床に刻まれた法陣からカッと溢れ出、それに呑み込まれるが……ク・ルームの身体には何一つとして、
変化が起きていない。さもありなん、ク・ルームもとい魔将と言う存在は、一度死した身の上が始祖帝タイタスによって魂を縛られ、
輪廻の輪に還る事無く現世を生かされ続けるある種の『幽鬼』なのである。魂の在り方を改竄された彼らは、通常の人間や悪魔に比べて、呪殺の効きが弱い。
故にク・ルームは、マハムドオンの直撃を受けても、呪力によるダメージ程度で済んでいるのだ。真っ当な存在ならば、直撃の時点で黒い砂の堆積である。

「何が……!?」

 ク・ルームとの激突によってぶっ飛ばされた先で、膝を付いていたザ・ヒーローが立ち上がり、現状を認識しようとする。
今消えかけているマハムドオンの法陣の只中で膝を折っているク・ルーム、彼とザ・ヒーローに交互に目配せしているライドウ。状況を、ゼロカンマ五秒で把握した。
自分は如何やら、ローブを纏うあの男との衝突で、マハムドオンの範囲外まで吹っ飛ばされたらしく、しかもあの男は、
今まで戦っていた影法師の青年の使役する悪魔では断じてない、此処にいない誰かが使役する存在である事。これらの情報を一瞬で認識。そしてライドウもまた、同じ程の時間で、ザ・ヒーローと同様の所感を得ている。

 ク・ルーム目掛けて、コルトの銃弾を発砲するライドウ。
目にも留まらぬ速さで大剣を振い、ライドウの放った三発の弾丸を尽く弾き飛ばして行く。しかし、これは本命ではない。
本命は、先程からずっと、此処屋内フードコートに来る前にいた直近の廊下の方に待機させていたケルベロスの放つ、火炎の魔術。
発砲は、この魔術の成功させる為の牽制、ク・ルームをその場に縫い付ける為の行動に過ぎなかった。

172those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:25:03 ID:sKpPFLLE0
 悪魔達やそれを使役するデビルサマナーの間では、『アギダイン』と呼ばれるこの魔法を以って、ライドウは始祖帝の腹心たる封竜の英雄を滅ぼさんとしていた。
ク・ルームの頭上で、直径数m程もある火炎の球体が何の前触れもなく顕現し、それが、炸裂。
効果範囲を絞った分、威力が高められたその火球が炸裂する様は、星が寿命を迎え爆発する様を間近で見るが如くであり、一瞬フードコート中を橙色の光に染め上げた。

「グォォオッ……!!」

 溜まらずク・ルームは苦しみの声を上げる。ケルベロス程の魔力の持ち主が放つアギダインの温度は、軽く数千度を超え、条件次第では一万度をも超える。
如何にサーヴァントや悪魔と言う存在と言えど、それだけの超高温をまともに浴びてしまえば一溜りもない。灰も残らず消え失せるのが、道理の筈だった。
しかし現実にはそうならず、ク・ルームの鍛え上げられた身体、頭から下半身を含めた全身の半分近くを炭化させると言う結果に終わってしまう。
当然ク・ルームの負ったダメージは大きいのだが、この烈士は今の状態からでも、油断が全く出来ない程の戦闘力を発揮する事が可能な、戦闘続行能力を持つ。
始祖帝の編み上げた魔将の外衣が、明暗を別った。ただ魂を縛る秘術を使うだけでは、魔将には至らない。それだけでは条件の半分しか満たせない。
残りの半分は、始まりのタイタスのみが生み出せるこの外衣の力が必要となる。魔将としての存在を強固にする他、この外衣には優れた対魔力の効果が付与されている。正にこの対魔力こそが、ケルベロスの放ったアギダインを防ぐ要となったのである。

 炭化していない方の、大剣を握った左腕を大きく横薙ぎにするク・ルーム。
何かに気付いた様に、ライドウとザ・ヒーローは己の得物を何かに合わせて振う。何かが砕ける音が、明白に響き渡った。
ク・ルームが放った真空の一撃である。優れた剣術の持ち主であれば、得物の刃渡りの外から容易く攻撃を仕掛ける事が出来るのだ。
魔将が葬ると決めたのは、ライドウの方だった。右腕同様、炭化していない方の左足で地面を蹴り、足一本で、十数m先にいる彼の所まで斜め四十五度の角度で一っ跳び。
まだ宙を飛んでいるその状態で、ク・ルームは大剣を上段から振り下ろすが、突如目の前に現れた鋼の壁が、大剣の進行を防いだ。
火花が飛び散り、耳が痛い程の金属音がク・ルームの耳朶を討つ。彼が一瞬鋼色の壁と見たものは、彼とライドウの間に現れたケルベロスの横腹であった。
敵対者の攻撃から主であるライドウを守る盾となるべく、この忠犬は先程までいた場所から急いで向かい、見事冥府の番犬の忠誠とはを示して見せたのだ。
ク・ルームが驚くよりも速く、彼の側面から、オーストラリアの先住民族アボリジニが武器とする、ブーメランが超高速で飛来。
これを大剣でいなし、やり過ごしたと同時に床に着地。何処から、今の武器が飛んで来たのかと神経を研ぎ澄まそうとするク・ルームだったが、
その行為は、猛速で此方に迫りくるザ・ヒーローの気配を感じ取った為に、中断せざるを得なくなる。

 鋼の強度と鞭の靱性を兼ね備えた長大な尻尾を振い、ク・ルームとザ・ヒーローの双方を薙ぎ払わんとするケルベロス。
前者の方は片足でステップを刻み、寸での所で軌道上から逃れ、後者の方は絶妙な体捌きを行い紙一重で回避。そのままライドウの方へと向かって行く。
が、ライドウの方は、ザ・ヒーローと言う強敵とは今は決着を付けないらしい。彼よりもより、仕留めるのが早い位酷いダメージを負ったク・ルームを先に葬ろうとした。
佇むケルベロスの背中の上に一瞬で乗った彼は、其処を足場に跳躍、ク・ルーム目掛けて一直線に飛んで行った。ザ・ヒーローがヒノカグツチを振り被ったのと同じ瞬間だった。
ライドウの接近に気付かぬク・ルームではない。大剣を彼が構えるのと同時に、ライドウの握る霊刀・赤口葛葉の刀身が、太陽をその身に宿したが如く赤熱し始めた。
ケルベロスが己の魔力をライドウの得物に纏わせたが故である。魔力や霊力の『正』の影響を受けやすいからこそ霊刀。その中でも群を抜いた業物たる赤口葛葉だからこそ、可能な芸当であった。

173those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:25:27 ID:sKpPFLLE0
 振われ始めた大剣に合わせてライドウが、赫々と照り輝く赤口葛葉を振い、互いの剣身と剣身が激突。
――目深に被られたフードの奥底で、ク・ルームの瞳に驚きの光が灯った。剣身と剣身が衝突し、戛然たる金属音を鳴り響かせる、と思いきや。
赤口葛葉の細身の剣身が、肉厚なイメージを想起させるク・ルームの大剣に果実に刃を突き入れるように食い込んで行き、そのまま溶断、大剣の剣身を斬り飛ばした!!
動かせる方の腕で握った大剣を破壊されてしまった為に、攻撃の手段が魔術のみに限られてしまったク・ルーム。彼が魔術を発動させるよりも速く、
ライドウは返す刀で極熱を内に秘めた得物を一閃、ク・ルームの胸部に一撃を見舞う。攻撃のおこりをク・ルームは見切り、バックステップを刻む事で、
何とか完全な直撃を防ぐ事は出来たが、赤口葛葉の熱によって身に纏っていた軽鎧は完全にガス蒸発を起こし、そればかりか刀の剣先が彼の魔将の胸部を抉った。
火箸を突っ込んだ、と言う言葉ですらが生温い極熱を伴った、鋭いのか鈍いのか解らない程の痛みがク・ルームの身体中を支配する。
ここで、ク・ルームは這う這うの体であると先走り、突っ込んで行かないのが、ライドウが優れた戦士たる所以である。敵は、彼一人ではないのだ。
背後から迫るザ・ヒーローの気配を察知した黒衣の書生は、紅蓮の刀を後ろ手に振るい、人一人を呑み込む事など訳はない大きさの熱波を放った。
接近を中断したザ・ヒーローが、記紀神話に於ける母神殺しを成した神と同じ名を冠した燃える神剣を振い、熱波を砕いて見せる。
立ち止まった気を狙い、ケルベロスが彼の方へと襲い掛かる。大口を開かせて迫る鋼色の獣毛を持つ獅子、鉄塊すら噛み砕く牙による噛合を、彼はサイドステップを刻んで回避した。

 その間ク・ルームは迅速に魔術を構築し、ライドウ目掛けて紫色の稲妻を落そうとする。
ライドウ程の戦士が相手では、大規模な範囲と威力の魔術を発動するのも手一杯、短い時間で発動出来る魔術等威力もたかが知れているが、それでも、
人間に命中してしまえば容易くその命を刈り取る程の威力は持ち合わせている。魔術の発動の瞬間を読んでいたライドウは、脳天を砕かんと迫るその稲妻を、赤口葛葉を振り上げて真っ二つに切断、破壊する事で難を逃れる。

 ――これが、本当に人間の力なのか……!?――

 人間の力を侮っている訳ではない。
ク・ルームが恐るべき竜王を屠ったのは人間であった時の頃であるし、そもそも彼の主である始祖のタイタスも嘗ては人間であり、
その時からク・ルームを超える強さを誇っていた。そう、一握りではあるが人間の中には、神も魔も瞠若する強さと知恵を持つ者が確かに生まれる事があるのだ。
そうと解っていても、戦慄する他ない。ライドウと、彼と先程まで戦っていたザ・ヒーローの強さは、下手なサーヴァントをも上回る。
少なくとも、タイタスがこの地で生み出した、生前より劣化した強さの魔将程度では話にもならないだろう。そんな存在が、マスターとして活動している。
これは始祖タイタスの陣営……いや、他の主従にとっても脅威となる話だ。虹を操る少女との戦いで疲弊し、更にライドウと彼の操る悪魔の手によって、
致命的なダメージを与えられた今のク・ルームでは到底勝つ事は不可能だろう。信条に悖る行為ではあるが、この場は退散し、タイタスの下へと帰還するのが得策だろう。
タイタスの傀儡となるべき宿命にあるムスカと言う男は、既に新国立競技場から逃れている事は確認済みだ。自分も、いつまでも此処に長居をする理由はない。
地を蹴ってステップを行い、この場から退散しようと、ライドウから十数m距離を離した、その時だった。

 ――瞬間、ク・ルームから見て背後、この場にいる全員が意識もしていなかった事だろうが、競技フィールド場の方角にある壁が、爆発した。
爆発した瞬間鉄筋コンクリートの壁は、瓦礫どころか砂粒一つも残らず消滅。封竜の魔将や、稀代のデビルサマナーの瞳を、黄金色の熱光が満たした。
バッと、背後を振り向いた瞬間、黄金光はク・ルームの半身を通り過ぎ、そのまま更に直進して行く。
戦士達の瞳に映った光の正体は、一直線に進み続ける金色の爆光線だった。それはそのまま向かい側の壁にも激突、壁を爆発させ、
進行ルート上にあるものを鎧袖一触するように爆散・消滅させながら、彼方へと消えて行った。この時、音が遅れて部屋中に響き渡る。
小規模な核爆発を思わせる程の轟音だった。フードコート中の備品、それこそ厨房にある調味料の小瓶や食用油やケチャップなどが入った業務用の一斗缶、業務用冷蔵庫から食品のサンプルが設置されたガラスのショーケース、天井に備えられた照明類に至るまで、全てが面白い様に揺れ始めた。余波となる音響だけで、この始末なのだ。直撃した時の威力など、想像だに出来まいと言う事を認識させる、恐るべき、黄金光の力よ。

174those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:25:59 ID:sKpPFLLE0
 ク・ルームの胴体の実に五割弱が、黄金の光の直撃を受けて、完全に消し飛んでいた。
爆光線が通過した痕をなぞる様に彼の身体は消滅、血液がたばしり出る事すら遅れていた。
ク・ルーム自体、己の身に何が起こったのかを認識出来ずにいた。痛みが遅れ、痛みを超越する程、先程此処フードコートに起った現象が、一瞬の出来事だったからだ。
それが、ザ・ヒーローのサーヴァント、クリストファー・ヴァルゼライドの放った宝具、ガンマレイであると理解したのは、流石にライドウよりザ・ヒーローの方が早かった。
彼よりゼロカンマ一秒程遅れて、ライドウもこの場に起った破壊現象の正体を突き止めた。契約者の鍵から投影された情報から考えるに、それしかないだろう。
唯一攻撃の正体が理解出来ていなかったのがク・ルームだ。彼のいた世界での神々の王・ハァルの雷霆を思わせるが如き黄金の光、それが齎す痛みを漸く身体が認識。
彼が生前経験した事のない、言語化不可能な程の痛みが脳髄を支配し尽くす前に、この場で自分が取るべき行動を思い描けたのは、奇跡の様な偶然だったろう。
彼は消し飛ばされていない方の右腕が握った大剣で、己に首に剣身を当て、そのまま己の首を自らの手で刎ね飛ばした!!
「何!?」とライドウが驚いた時には、ク・ルームの首は宙高く舞っており、それが最高度に達した瞬間魔将の身体は塵と変じ、
纏っていた魔将の外衣は風もないのに独りでにこの場から遠ざかろうと、鳥の如く飛んで逃げて行く。其処目掛けてライドウが、ケルベロスの魔力を纏わせた弾丸を発砲、着弾するも、外衣は燃える事無くその場から逃げ果せた。

 ――逃がしたか――

 あの男には色々尋問するべき事があったが、逃がしてしまってはしょうがない。
ク・ルームの事を留意しながらも、ライドウは当初の目的、目の前の強敵であるところのザ・ヒーローの撃滅に意識を切り替える。
今までケルベロスの烈しい攻撃を避け続けていた彼は、ライドウの使役する冥府の番犬が振り下ろす右前脚をバックステップで回避。
着地するや、彼の方も、意識と目線を黒衣のサマナーの方に投げかける。睨み返しながらライドウが、弾のリロードを終え、銃を構えた。

 この瞬間であった、競技場全体が、この世の終わりを告げるが如き大地震に見舞われたのは。
辺り一面から、様々な物品が落下したり、その衝撃で割れる音が聞こえてくる。この揺れの強さだ、厨房の中の物が全て落ちてしまっているのだろう。
常人なら立つ事すらもままならず、屈むしかない揺れの中にあって、ライドウとザ・ヒーローは足から根でも張っているが如く直立不動の姿勢を崩さない。
【チミ、よくこの揺れの中平気で立てるっスね……】と、今の今まで目につかない所に待機させ、隙を見て攻撃を加えろと言う命令を守っていた、
夜魔……もとい外法属にラベル分けされる悪魔、モコイが念話でライドウの事を遠回しに化物認定して来る。【黙って息を潜めていろ】、とライドウの返答はシビア。【ワオ冷淡】、とモコイはライドウの塩対応にややショックを憶えたようだった。

 ク・ルームに甚大なダメージを与えた光と、今しがた起こった激震。
それらを齎した人物が、ザ・ヒーローの使役するサーヴァントであるバーサーカー、クリストファー・ヴァルゼライドである事は今更であろう。
契約者の鍵で得ていた情報だけでは判然としなかったが、実際にその宝具を見てみると、想像以上の威力に舌を巻く。
上位悪魔が使う呪文の中でも強力な者の代名詞、メギドラオン、それをライドウに想起させる程の威力を今の一撃は有していた。
この狭い街に於いて、今のような宝具を連発されるのは危険過ぎる。恐らくは己の相棒であるダンテが、ヴァルゼライドと戦っているであろう事は想像に難くない。
速い所自分がザ・ヒーローを葬り、決着を付けねばならない。コルト・ライトニングのトリガーを引こうとした、その時。
ク・ルームがこの場所に吹っ飛ばされてやって来た際に開けられた穴が、ボゴンッ!!と言う音を立てて吹っ飛び、其処から新たな気配が二つも現れた。

「? 見当たりませんわ……」

 二人の内の一人、黒いライダースーツの様なものを身に纏った少女が、握り拳を作った状態で伸ばした右腕を降ろしてから、何かを探す様にフードコートに目を配らせる。
そして、余りにも壮絶なこの場の破壊ぶりに対して、驚きの光がその双眸に灯った。此処屋内フードコートに足を運べば、真っ先にライドウ達の戦闘の余波が齎した破壊の有様に目が行く筈なのだが、如何やら闖入者の少女は、それが気にならない程の優先順位の相手を追っていたようだ。

175those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:26:30 ID:sKpPFLLE0
「ッ――!!」

 対して、二人の内もう片方、七色の円環を背負い、天使の降臨めいたリング状の中を頭上に浮遊させている、桜色のコスチュームの少女は、
此処に来た当初から破壊の有様に驚いた様子であった。そして今は、その光景よりも、この場にいる人物。
もっと言えば、ザ・ヒーローの方に驚きのウェートが傾き続けている事を、ライドウは少女の挙措から見抜き、見逃さなかった。
そして、彼女――虹色の環を背負う少女が、アサシンのサーヴァントである事もまた、ライドウも、そしてザ・ヒーローも、認識している。恐らくは、ライダースーツの女性がマスターだろう事は、想像に難くない。

「其処の貴方方!! 何処に――」

「そこにいるのは、クリストファー・ヴァルゼライドのマスター!! 助力を致しましょうか!?」

 と、ライダースーツの少女――英純恋子の声をかき消す様に、アサシン、レイン・ポゥはライドウ目掛けて叫んだ。
協力の申し出である事は深く考えずとも解る。問題は何故、初対面かつ、素性すら解らぬ自分に逡巡もなしに協力しようと考えたのだ、と言う事をライドウは考える。
如何も声のトーンから言って、令呪が欲しいと言うよりも、不都合な事を言いかけたマスターの出鼻を挫く為に、大声を張り上げた、と考えるのが適切なようだ。
その意図は窺い知れないが、何れにしてもザ・ヒーローを葬る為に力を貸してくれると言うのならば、有り難い話はない。一対一で正々堂々と決着を、等とはライドウも端から考えていない。他者と協力し、数の利を活かして倒す事もまた、必要な事柄である。

【――サマナーくん、そいつクロっす】

 協力を受け入れようと口を開きかけたその時である。ある厨房に隠れさせていたモコイが、念話でそう語りかけて来たのは。

【何を読んだ】

 真剣な調子で、ライドウも念話を送り返す。モコイの先入観やバイアスから来る無根拠の批判、等とはライドウは全く考えていない。
この悪魔に限っては、それはない。簡単な話である。何故ならばモコイ――いや、外法属と呼ばれる悪魔達は皆、『読心術』に長けるのだ。
この国に伝わる妖怪の一種である覚(さとり)のような物だ。相手が心を閉ざす手段を持っていたり、高ランクの対魔力等を持っている等の防衛手段を持たない限り、
モコイは確実に相手の心を読む事が出来る。レイン・ポゥは確かにサーヴァントであり、ある程度心を閉ざす手段を持っている。しかし、アサシンクラスで召喚され、歴史も浅い現代も現代の英霊の為に、対魔力を有していなかったと言う事が今回の結果を招いた。今の彼女は、モコイに心を読まれている事など、露程も思っていなかった。

【サマナーくんの敵を殺したいって言うのは本心。ただ、隙見せたら殺そうかとも同時に考えてるッス】

【今回の事件の犯人だと思うか?】

【ではないッスね。心覗いても、そのチャンネー達は今回の事件に翻弄される側ッス】

【要するに、単なる嘘吐きと言う事か】

176those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:26:46 ID:sKpPFLLE0

 成程、確かにアサシンらしい立ち回りである。勝つ為ならば、その方針は正しいと言える。
だが、嘘吐きと知れてしまった嘘吐き程、その寿命は短い。レイン・ポゥは、その立ち回りの要となる『演技』をライドウに見抜かれた時点で、既に勝ちの芽は摘まれていた。
――だが、彼女が嘘吐きだと今理解しても、だ。

「助力を頼む」

 最終的に自分に牙を向く事が解っていても、ライドウはレイン・ポゥの協力体制を受け入れた。
目の前のアサシンが自分を裏切るとしても、あくまでもターゲットはライドウ一人である。これは、良い。全てが終わって此方を殺そうと動いた時、殺し返せば良いだけだ。
だが、ザ・ヒーローと言う男は使役しているサーヴァントの都合上、如何なるタイミングでも大破壊、大殺戮を招き得る危険性がある。
レイン・ポゥの主従も自分達の行動の妨げになると言う意味ではマークするべき存在ではあるが、ザ・ヒーローと比べたらまだ可愛いもの。
前者の方はあくまで聖杯戦争参加者個人の敵なのに対し、後者の方はなりふり構わず死を振り撒く可能性がある、程危険極まりない存在達であるからだ。
それに、殺そうと思っていても、今の時点でレイン・ポゥはライドウを殺そうとは思ってない。ザ・ヒーローを葬るまでは、一応は協力はすると言うのだ。
これは今のライドウには有り難い申し出だ。本気でザ・ヒーローを葬ろうとなると、最悪使役する悪魔の一体が犠牲になる可能性が強い。
その最悪の事態を防げる可能性も高い。つまりライドウは、此処で自分が殺されるリスクよりも、此処でザ・ヒーローと言う強敵を殺す為の利害の一致を選択した。

「了解!! 一緒に叩くよ、マスター!!」

 やけにデカい声を張り上げて、レイン・ポゥはマスターである英純恋子にそう言った。
如何やら厄介なマスターの下に召喚されたサーヴァントらしいと言うのが、彼女の態度からも十分伝わった。
マスターが使役するサーヴァントを選べないように、サーヴァントもまた仕えるマスターを選べない、と言う当たり前の原則を、再認させられる瞬間なのであった。

177those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:26:58 ID:sKpPFLLE0
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 運命と呼ばれるものは、本人が意識していないだけで、きっとある。ヴァルゼライドはそう考えていた。
ロマンチストを気取る訳ではない。運命と言う言葉は何も愛や恋等の甘い逢瀬を指すだけではない。
時として運命と言う流れの渦中にある者に、試練や苦難と言う形で、運命は降りかかってくる事がある。
これは『宿命』とも言い換える事が出来、これは当該人物の生涯の中で一度のみならず幾度も幾度も立ちはだかり、聳え立とうとする門番の如き偶然の事を指す。

 ――死して英霊となった身でもなお。
クリストファー・ヴァルゼライドには運命、或いは宿命が付いて回るのである。
成就すべき野望と祈りを圧し折り挫かんと、高い壁・万夫不当の強敵が立ちはだかる、と言う運命が。
それはあたかも、英雄譚の構成(プロット)に似ていた。一騎当千、国士無双の英雄が、その優れたる力を以て当然のように、大いなる活躍を成し遂げた。
そんな話は、面白味も何もない。其処に、英雄の同等の力を持つ反存在(アンチ)や敵対者、英雄ですら危機に陥らせる巨大な竜や悪しき鬼等の怪物。
そして何より、英雄の力でも如何する事も出来ない世の中の不条理等が襲い掛かる事で、英雄譚は厚みと深みを強めさせる。
英雄の活躍に、強大なる敵の存在は必要不可欠なのだ。つまり――鋼の英雄であるところのクリストファー・ヴァルゼライドの前に、受難が待ち受けている事は、当然の帰結なのである。何故なら彼は、誰もが認める英雄であり、全ての悪を焼き尽くす光なのだから。そしてそんな英雄の前に、彼と同等以上の力を持つ戦士や魔人、悪魔が遣わされるのもまた、物が上から下に落ちるが如くに当たり前の事柄なのだ。

 秒間百発にも届こうかと言う程の銃弾の雨霰をヴァルゼライドは、黄金色の死光(ガンマレイ)を纏わせた刀で弾き飛ばす。
人体の急所から末端に至るまで、凡そ人体に直撃すれば即死、行動困難、戦力の低下、そのどれかを必ず引き起こす部位に、寸分の狂いもなく弾は迫る。
これを、残像が目で負えぬ程の速度でヴァルゼライドが、刀を高速で振るい弾き飛ばすのである。
ヴァルゼライドが弾丸が放たれた方角を睨みつける。目線の三十mで、酷薄な笑みを浮かべ、エボニーとアイボリーの二丁拳銃を構えるダンテがいた。瞳が、笑っていない。
弾を弾いた時に腕に伝わる衝撃の、何と重き事か。ダンテの弾丸の一つ一つには、悪魔の身体に風穴を開け竜の鱗を粉砕する程の魔力が纏わされている。
着弾時の衝撃たるや、対物ライフルのそれにも匹敵或いは上回る。一般的な強さの水準のサーヴァントならば、剣で弾丸の十発までは弾き飛ばせよう。
だがそれ以上になると、腕に襲い掛かる蟻が這い回るような痺れに苦しみ、腕を動かせなくなるだろう。そんな状態を、ヴァルゼライドは露程も見せていない。
迫る弾丸を全て弾き、その身体には傷一つない。腕は当然、刀を振るう事を止めたい程の痺れで蝕まれている。その痺れを無視出来る理由は、ただ一つ。『気合と根性』、であった。

 腕を動かし弾丸を弾き続けているのでは、攻勢に出れないので完全なるジリ貧に陥る。 
人外の速度で銃弾を連発して来るダンテ目掛けて特攻を仕掛けようと、足を踏みだし始めたその時、ヴァルゼライドの頭上から、スコールの如き勢いと総数で、
浅葱色の剣が降り注いで来たのだ。バージルが放つ、己の魔力を剣の形に練り固めた飛び道具、幻影剣。彼は英雄から二十m左に離れた地点に佇んでいる。
右手で握った刀で弾丸を弾き飛ばしながら、左腕に握った刀を仰ぐように振うと、フロントガラスに付着した水滴をワイパーで拭いたような黄金色の被膜めいた物が、
たった一秒、ヴァルゼライドの頭上に展開される。短い時間だが、それで十分だった。音速の三倍の速度で迫る幻影剣は、爆光の膜に直撃した瞬間煙も残らず消滅、結果的に攻撃を防御する事に成功したのだから。

178those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:27:16 ID:sKpPFLLE0
 ヴァルゼライド目掛けて、左手で握る、黄金色の光が纏われたアダマンタイトの刀を振り下ろす、と。
頭上から黄金色の光の柱が、宛ら主神(ゼウス)の雷霆が罪を犯した物を裁かんとするが如くに、バージルの方に降り注いだ。
速度は亜光速、到底見てから反応出来る速度ではない。では何故バージルは――手にした宝具、閻魔刀の振り上げを以って、光速の99%にまで達するその一撃を斬り裂けたのか。
ヴァルゼライドの放ったガンマレイを斬り裂いた瞬間、初めからそんな物が存在しなかった様に、竹を割る様に二つに裂かれたそれが消え失せる。

 閻魔刀は、魔力を喰らう魔剣である。魔力で構成された飛び道具ならば、弾丸の様な形であろうがレーザーとしての体裁を保っていようが、その刀で斬られた瞬間、
担い手であるバージルの活動魔力として変換される。当然それは、至高・最強・究極とすら揶揄されるヴァルゼライドの切り札であるガンマレイとて、例外ではない。
如何に壮絶な破壊力を秘めた放射能光と言えど、本質は魔力(星辰体)である。閻魔刀で防いでしまえばその時点で、バージルの現界の為のリソースとなる。
単刀直入に言えば、ヴァルゼライドがバージルを相手に有利または互角だったのは、早稲田鶴巻町で勃発した最初の一戦だけであったと言っても過言ではない。
ヴァルゼライドの攻撃の速度を見切り、かつ、ガンマレイの落ちる瞬間を理解してしまえば、爆光の速度が光速に達していようが関係ない。
光速を見切る事は流石にバージルでも不可能だが、攻撃のタイミングが解ればそれに合わせて閻魔刀を振う事で、完璧に無力化しなおかつ魔力を喰らう事すら出来る。
今やバージルはヴァルゼライドにとって、最悪の相性の敵だと言っても言い過ぎではない。契約者の鍵を通じて得た光の英雄の宝具の内容を理解した上で、以前戦った時の経験を現在の戦いに適用させる。こうする事でバージルは、ヴァルゼライドの鬼札たるガンマレイを、完璧に見切っていた。

 この場で勃発した戦闘の初めから現在に至るまで、ヴァルゼライドは、ダンテとバージルの行動に思考が追い付けていた場面など絶無に等しかった。
頭で最適な行動をどう行うか、などと言う事を考えていたら、その隙に自分が殺されてしまうと直感的に解っているのだ。
持って生まれた戦いに対する天稟と、身体に漬け込まれ染みつききった戦闘の経験。そして、人類が有する中でも最高峰、その中でも更にトップの身体能力。
この三つの要素だけで彼は、人類など一笑に附す身体能力と超絶と言う言葉ですらも過小評価な絶技、そして、英雄と同等以上の戦闘経験を持つ魔人達と互角に渡り合っていた。思考が追い付かないのなら、己の身体が咄嗟に行う『反射』に全てを任せれば良い。無茶を通り越して、馬鹿げているとしか言いようがない、実現不可能なメソッド。だが、これが罷り通り、そして実際に実を結んでいるのは、この男が英雄・ヴァルゼライドだからに他ならない。彼でなければ、この無謀な方法論は結実しないのである。

 バージルの全身が、煙の様に消える。
それと同時にヴァルゼライドは刀を動かし、己の左脇腹を防護する様に剣身を置く。
――瞬間、刀を通じてヴァルゼライドの総身に伝わる、戦車の衝突を思わせるような凄まじい衝撃。
その衝撃にあおられ、彼の身体は滝壺に翻弄される木の葉の如くに吹っ飛んで行く。視界に映る風景が猛速で流れて行く、その劈頭の段階に、見た。
吹っ飛ばされる前まで彼が直立していた場所の近くで、閻魔刀を抜き払った状態でいるバージルの姿を。二十mの速度を数百分の一秒を下回る速度でゼロにする程の移動速度で間合いを詰め、其処で神速の居合を放ったのである。この絶技を疾走居合と呼ぶ事を、ヴァルゼライドは知らない。

 ヴァルゼライドは地に足つけて、無事に着地する事すら許されない。
トリックスターのスタイルに魔術回路を組み替え、鋼の英雄を基点とした瞬間移動を行うダンテ。移動先は、ヴァルゼライドの頭上だ。
その位置に達した瞬間、リベリオンを上段から凄まじい勢いで振り下ろし、彼の頭を真っ二つに叩き割らんとする。
ヴァルゼライドが、ダンテの攻撃に反応出来たのかどうかは定かではない。確かなのは、この英雄は頭で何かを考えるよりも速く右腕を動かし、
リベリオンをアダマンタイトの刀で紙一重で防御する事が出来た、と言う事だった。そして、魔力を纏わせた銃弾の衝突など問題にならない、ダンテの恐るべき膂力。
蒼コートの魔人の攻撃を防御して吹っ飛ばされている、と言う不安定極まりない状態からダンテの攻撃を防御したヴァルゼライドに、踏みとどまって攻撃の勢いを殺す、
などと言う事は出来ない。リベリオンの振るわれた方向、つまり空中から地面目掛けて勢いよく叩き落されると言う事実に、彼は抗う事は出来ない。

179those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:27:28 ID:sKpPFLLE0
 地面に片膝立ちの要領で着地するヴァルゼライド。
その瞬間、自分の命の危機が迫っているのを、鞘に納刀された閻魔刀の柄にバージルが高速で右腕を伸ばしていると言う瞬間を視認した事で認識。
バッと左方向にサイドステップを刻み、十m程距離を離した瞬間、空間に縦横無尽に走る、青或いは紫にも見える色合いをした、空間の断裂。
早稲田鶴巻町で幾度となくヴァルゼライドを攻め立て、追い詰め、死をも覚悟させたバージルの絶技、次元斬だ。
何とこの男は、敵であるヴァルゼライドを、ダンテ共々この奥義で斬り殺そうとしたのである!! ダンテの方は技から逃げるのが遅れ、直撃は最早免れない。
現に、彼は次元斬が引き起こす空間の断裂に身体を斬り裂かれた――なのに。この男の皮膚は勿論、コートの表面にですら、斬られた跡が、ない!!
錯覚ではないとヴァルゼライドは理解する。次元斬を放った瞬間に合わせて、ダンテは奇妙な構えを取り、その構えを取っている間、次元斬が全く彼を相手に意味を成していない事を見ていたからである。

 両手に握った二本の刀、その切っ先を、蒼いコートの魔剣士と、今も宙に浮いたままの紅コートの魔人に合わせる。
そして、切っ先から放たれる、黄金色に激発する細い光条。ガンマレイの大きさを絞った物であるが、直撃した時の熱量や痛みは平時のそれと何ら変わらない。
切っ先が向けられたその瞬間、何が起こるか理解した魔人達。バージルの方は刀を高速で振り上げ、光条を斬り裂き無力化。
ダンテの方は、ガンマレイの光線を、ロイヤルガードのスタイルで防御、ガンマレイによるダメージは元より、放射線によるダメージすらも、弾き飛ばしていた。

 バージルの背後に幻影剣が十本展開される。切っ先は当然、ヴァルゼライドの方角に全て向けられている。
一方ダンテの方は、地面に着地するや、リベリオンをヴァルゼライドの喉元へと乱暴に投擲。初速の段階で音の速度を超えた魔剣が、凄まじい勢いで迫る。
弾けば、体勢が崩れ、その隙を狙って幻影剣が飛来してくる。英雄は、ダンテの攻撃を絶対に回避する以外の選択肢が自分にはない事を、
頭ではなく身体が理解していた。身体を半身にさせると言う最小限度の動きで、直撃は避けた。
ただ、音速超の速度で通り過ぎた事によって発生した衝撃波で、首の筋肉が数mm抉られ、其処から血液がたばしり出た。
苦悶に顔が歪み士気が萎える――かと思いきや、英雄の瞳には、より強い意気軒昂たる焔が燃え上がり始めた。

 当然の話と言わんばかりに容易く音の壁を超える速度で放たれる幻影剣。
その全てを、両腕に握った黄金刀を以って叩き落とし、砕き割るヴァルゼライド。そして、最後の一つが、英雄目掛けて放たれる――筈だった。
だが最後のそれは、事もあろうに彼の方ではなく『ダンテ』の方へと放たれて行くではないか。ダンテは、ヴァルゼライドから五m程離れた所までいつの間にか移動していた。
そして、向かって来る幻影剣に合わせてダンテは、ロイヤルガードに拠る防御――ではなく。
今まで防御した攻撃の威力をそのまま相手に叩き返す『リリース』の構えを取った。幻影剣はダンテの身体に直撃するが、彼の身体は実は鋼で出来ていた、
とでも言う風に直撃した幻影剣の方が粉々に砕け散った。この直撃を契機に、ダンテの右腕はプラズマでも宿したが如くに白色に激発し始め、
その状態のまま恐るべき速度でヴァルゼライドの方へと向かって行く。此方に向かって来るのに合わせて、ヴァルゼライドはガンマレイを纏わせた刀を振り下ろす。
右腕で此方を殴って攻撃するつもりらしい。ダンテ程の膂力の持ち主であれば、魔剣による一撃でなくても、
単純に相手を殴るだけでサーヴァント相手に大ダメージを与えられる。警戒し、最大限度の力で迎え撃つのはヴァルゼライドとしても当たり前の事であった。
白く光る腕が此方に向かって伸ばされる。その腕ごと、ダンテの身体を両断する、つもりであった。だが結果は違った。
ダンテの拳に当たった瞬間、超高熱の金光を纏うばかりか物質的特性についても比類ない頑強さを誇るアダマンタイトの刀は、乾いた枝の如くに圧し折れ宙を舞う。
その事をヴァルゼライドが認識するよりも速く、ダンテの拳が彼の左胸に直撃。次元斬とガンマレイ、幻影剣の威力をそのまま返されるヴァルゼライド。
威力は衝撃となって彼の身体中に伝わり、ダンテが腕を伸ばした方向に、ヴァルゼライドは弾丸の如き速度で吹っ飛ばされる。
四十m程離れたスタンド席まで一気に吹っ飛ばされ、観客が座る為の席に激突。そのままスタンドに、彼の身体がめり込んだ。

180those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:27:48 ID:sKpPFLLE0
 ヴァルゼライドが吹っ飛ばされ、身体の背面から激突した地点から朦々と立ち込める石煙。
其処目掛けてバージルが、次元斬を発生させる。ヴァルゼライドが倒れている場所を、破壊されたプラスチック製のスタンド席や、
めり込んでいる筈の石材、今も立ち昇る石煙ごと次元斬が斬り裂く。手応えは、ない。直に相手を斬った訳でもないのに、バージルもダンテもそう思った訳は単純な話だ。
次元斬が放たれたのと殆ど同時に、この石煙を突き破って何者かがスタンド席から飛び出して来たからだ。
その正体は、目を凝らして見るまでもなく。クリストファー・ヴァルゼライドその人であった。
スタンド席から跳躍し、フィールド場の陸上トラック部分に着地するその前に、懐に差した刀の一本を目にも留まらぬ速さで引き抜く。

 急速に嫌な予感を感じ取ったのは、バージルもダンテも殆ど同じタイミングである。だが直感スキルを有する分、バージルの方が最適な行動を選ぶ事が出来た。
ガンマレイに対応出来るとは言え、それは確実に防ぐ事が出来ると言う公算があっての話。不利な状況下であの黄金光を放たれれば、バージルは迎撃より回避を選ぶ。
今回バージルは回避を選んだ。ロイヤルガードによるリリースに直撃し、未だ活動出来ると言う事実に意表を突かれてしまった為である。
一方ダンテの方も驚いてはいたが、彼の場合はロイヤルガードによる防御を選んだ。スタイルチェンジを行い、魔術回路を組み替える時間がないと判断した為だ。

 そして、ヴァルゼライドの攻撃が今放たれた。相手を殺さんとする攻撃は、ヴァルゼライドの在り方から、天神の雷霆とも称される星辰光(アステリズム)、ガンマレイ。
元居た世界に於いて最強の星辰奏者でありながら彼は、この一技以外の能力を持たない。彼の持つ星辰光とは、ワン・スキルしか有さない星辰奏者の究極系だった。
――だが今回はその、『放たれる形態』が違った。純金を煮溶かしたような黄金色に輝く光の柱、これがガンマレイの基本の形態である。
しかし、今ダンテに放たれたのは、『彼のいる地点に縦横無尽に走る黄金色の光の筋』である。驚いたのはダンテよりも寧ろバージルである。
よもや両者が見間違える筈がない。今ヴァルゼライドが放った攻撃こそ、バージルの放つ絶技・次元斬――によく似た何かだ。
実際に空間そのものを切断している訳ではないが、傍目に映る実際の技の姿は、余りにも次元斬と同じ点が多すぎる。
本来の形態でガンマレイが放たれると思っていたダンテは、すっかり防御のタイミングをズラされた。
ロイヤルガードは、攻撃が当たる寸前で防御をしなければ、そのダメージや追加効果を弾き飛ばせない。ただの極めて完成された練度の受け技でしかなくなる。
必然、放射線による追加効果が身体に舞い込む事になる。それに、攻撃の威力を大幅に減退させられるとは言え、ヴァルゼライドの放つ黄金の爆熱光は、
それ自体が凄まじい破壊力であるが故に、低減させてもなお恐るべき威力を誇る。悪魔の因子を多分に引き継ぎ、埒外の耐久力を有するダンテに、苦悶に満ちた表情を浮かばせる程度には、その威力は高い。

「技を見せすぎなんじゃねぇか、アーチャー……ッ!!」

 如何なダンテとて、放射線を身体に直接叩き込まれた事はない。
熱を操る悪魔は魔界でも珍しい存在ではなく、彼らを相手に戦った経験はダンテは多いのだが、そんな彼らの操る焔とは、別の次元の焦熱をこの魔人は今味わっている。
身体の表面と内部を均等に超高熱で一瞬で焼かれるような痛みの他に、毒を呷ったような苦しみが、体中を走り抜けている。
威力を低くさせてかつ、悪魔の耐久力を以ってしてもこれなのだ。直撃を貰えば、如何なるかなど想像に難くない。況してやダンテやバージル以外の存在なら、今の一撃でチェックメイトも、あり得ただろう。

「……俺も真似されるとは思わなくてな」

 自身の代名詞たる奥義であり、父親から伝授された遺産とも言える技を、たかが人間、それも狂人とすら認識している男に模倣される。
バージルの身体中から発散される、その怒気の強さ。己の技量に自信と誇りを持っているが故に、ダンテ以上にバージルは憤怒していた。

181those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:28:09 ID:sKpPFLLE0
 既に短距離・長距離走を行う為のレーン上に着地しているヴァルゼライド。
当然の事ながら、負っているダメージは深刻なものである。ダンテが負ったダメージよりも、ずっと酷い。
胸骨は完全に破壊され、両肺は破裂し体内で四散、心臓にも重大な傷を負っていると言う、どんなサーヴァントでも最早行動不可能な損傷である。
動ける事などあり得ないし、仮に無理して動いたとしても、一秒経たずに余りの痛みと苦しさに、直に倒れてしまう程の手傷。
それなのに、ヴァルゼライドはそれが当たり前であるかの如く、激しく動き回る事が出来るばかりか、バージルの放つ次元斬から着想を得、
新たなる技すら編み出してしまった。そんな荒唐無稽、無茶無謀な動きが出来るのは、果たして如何なる奇跡が起こっているからなのか?
――そんな物は、初めから存在しない。十の寡兵に万の軍勢を打ち破れる力を与える戦神の加護もなければ、道理と摂理を捻じ曲げる女神の恩寵がある訳でもない。
気合と、根性。程度の差こそあれ、人間ならば誰しもが有している資質であり、クリストファー・ヴァルゼライドの最も優れている才覚。
その誰もが持っている才能で、市井から生まれた怪物であるところのクリストファー・ヴァルゼライドは、伝説の魔剣士を父に持つ魔人両名を相手に喰い付いている状態なのであった。

「たかが人間に、親父の技を模倣されるとはな……ッ」

 閻魔刀の柄に手を伸ばし、吐き捨てるように口にするバージル。

「貴様は――」

 ヴァルゼライドが口を開く。言葉を紡ぐ度に、上半身に走る、凄絶としか形容のしようがない痛みよ。

「前の戦いの時から、何も学んでいないと見える」

「……何?」

 眉を顰めるバージル。
そして、今の一言で、自分が知らない所でバージルとヴァルゼライドが戦っていたのだろう事をダンテは確信。
尤も、今までの戦いぶりを見て、バージルは余りにもこのバーサーカーとの戦いに慣れていると言う印象自体は、ダンテ自身も見受けていた。過去剣を交えていただろう事は、凡そ当たりを付けていた。

「言った筈だろう。人を軽んじている時点で、俺が貴様に負ける事など、万に一つもあり得ないと言う事を」

 ヴァルゼライドの言った言葉の内容を、バージルはしっかりと覚えている。腸が煮えくり返る、とはまさにあの事を言うのだろう。
人の過去も、苦しみも何も勘案せず、己の思う所を抜け抜けと口にするヴァルゼライドと言う男の人間性に、心底から激怒した瞬間だった。
バージルが如何なる思いで人間である事を捨て、ダンテが如何なる思いで悪魔を斬り伏せる茨の道を歩む事を選んだのか、あの男は知ろうともしないのだ。
正に、手前勝手で、我儘な言葉。……だがそれも、今は昔の話。今その事を話されても、バージルは冷笑以外に浮かべる表情がない。

「強がりか負け惜しみにしか聞こえんな。今の貴様の状態……手負いどころではないだろう。その状態からでも、勝てるとでも?」

 サーヴァントのみならず、素人から見ても、ダンテとバージル、ヴァルゼライドが負ったダメージの差は深刻である。
目で見て解る外傷も去る事ながら、内面自体の傷などもっと酷い。本来ヴァルゼライドは、最早動く事すら不可能な筈のダメージを受けているのだ。
誰が見ても、勝負ありとしか受け取りようがない彼我のダメージ差。バージルもダンテも、だからと言って油断するつもりは毛頭ないが、どちらにしてももうヴァルゼライドは長くない、と言うのが共通の見解であった。

「俺は、自分が折れると言う事を過去に一度も考えた事はない」

 ヴァルゼライドの返答は、電瞬のそれであった。
初めから頭の中に、こう答えると言うフレーズがいつも格納されてない限りは、到底出来ないだろうと思わせる程の、返事の速さであった。

「HA!! 素晴らしいリプライじゃないか、ミスター・ヴァルゼライド。その精神性は認めてやらんでもないが、数で負け、技量で負け、肉体の能力面でも負け。この上アンタは、どう抵抗出来るってんだ?」

 人間としてのヴァルゼライドの性格・精神面は、人間としての部分を肯定する道を選んだ魔人であるダンテは高く評価している。
だがそれと、ヴァルゼライドを殺さねばならないと言う事は別問題だ。人間と言えども、出来る事には限度がある。それが、一人ぼっちであると言うのなら尚の事。
如何に英雄と呼ばれるヴァルゼライドであっても、大魔剣士スパーダの遺児である二人の魔剣士を相手に、彼が勝利を拾うと言う事は、不可能に等しい事柄である、と言うのはダンテもバージルと同じ認識なのである。

182those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:29:00 ID:sKpPFLLE0
 魔剣士達が臨戦状態を再び取ったのを見て、ヴァルゼライドは、生前の事を思い出していた。
統治していた軍事国家・アドラーの政治機構・セントラル。その地下に広がっていた、冷たく、広大で、息苦しい鋼色の研究所。
その最奥に玉座めいて設置された、人間一人が容易く収容される程の大きさの、気泡の浮かぶフラスコの棺。
そこに幽閉されていた、英雄との会話と逢瀬をいつもを心待ちにしていた『彼』との何気ない一幕を。ふと、ヴァルゼライドは思い出してしまったのだ。

 ――お前には悪い事をしたな、と思っている――

 ――……何?――

 ――ああ、勘違いするな。お前をこんな運命に誘った事を言っているのではない。己(おれ)もお前も、既に覚悟しているのだからな――

 ――久方ぶりに、焦りを憶えたぞ。貴様がそんな感傷的な言葉を口にするとは思わなかったからな。……それで、何が悪い事、なのだ――

 ――お前程の男に、この程度の技術しか授けられなかった事さ――

 ――この程度の技術?――

 ――星辰奏者(エスペラント)、星辰奏者専用特殊合金(オリハルコン)、人造惑星(プラネテス)。己は、己の悲願の為に、気の遠くなるような時間を掛けてこれらを運用出来る計画を立てて来た。だが、程遠い。己の生まれた神の国が有する技術には――

 ――何が言いたい――

 ――お前程の男に、この程度の技術しか与えられなかった事が惜しくてしょうがない――

 ――貴様は、今のアドラーが、他国に先んじているそれらの技術が、程度の低いものであると言うのか?――

 ――周知の事だろうが、過去に起った大破壊で己達の住む星のあらゆる法則は根底から覆され、その影響で過去の技術の大部分は役に立たぬものとなった――

 ――……――

 ――己がお前達に伝えた技術は、この世界の今の物理法則に適しなおかつ、お前達の技術平均で達成可能な水準のそれになるよう、己が配慮した結果なのだ。故郷……本来の祖国(アマツ)の技術は、こんな物ではない――

 ――故に、己は口惜しくてしょうがない。お前程の男に、この程度の技術しか授けられなかった事を――

 ――己はお前の精神、身体を最大限尊重し、己の今の状態で出来得る最大限の技を授けたつもりだ。だが、時々思うのだ。もしも、お前と出会えた時期がもっと後で、その時の己が、もっと祖国の技術に近付ける技術を産みだしていれば、と――

 ――俺が、もっと強くなれた筈なのに、と。言いたいのか?――

 ――技術と言うものは、日進月歩よ。己は人間を下に見ている訳ではない。己の齎した各々の技術は、きっと己の与り知らぬ所で驚くべき進化をさせる人間がいても不思議ではない――

 ――当然だ。人は現状に満足する生き物ではないのだ。人は不完全だからこそ、より良く環境と技術を向上させようとする。そして、どんなに向上させても、人自体が不完全であるが故に、完璧な技術や環境を作ろうとする事そのものが夢物語。だからこそ、人間は永遠に現在(いま)を改良し続ける。それは、お前の齎した技術ですら例外ではない――

 ――だが、己の齎した技術を改良したものを完全完璧に享受出来るのは、何時だって未来に生まれる者だけなのだ。己がこの世に齎した旧暦の技術の枝葉、その最先端にして最古の者、クリストファー・ヴァルゼライドよ―― 

 ――……――

 ――お前は、己を除けば最強の男だ。この地上でお前に勝てる人間など誰もいるまいと言う確信すら己にはある。どんな組織も国家も、貴様の心を挫き心臓を潰す事など出来ないだろう――

 ――だがな、技術は日々改まって行く。如何にお前が『当時』の最強であり最新であろうとも、今後何十年にも渡り戦い続けられる筈がないのだ。技術が日々刷新されて行くのであれば、お前以上の性能の星辰奏者など、今後幾らでも現れる可能性があるのだからな――

 ――お前は、己が今まで見てきた中で、最も英雄と呼ぶに相応しい強者だ。今後、お前以上に、己の設定した基準を満たす者など現れないと言う自負すら己にはある――

183those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:29:40 ID:sKpPFLLE0
 ――故にこそ、己は恐ろしい。このまま計画が滞れば、お前も老い、そして死ぬ。だがそれ以上に、お前が葬られると言う可能性そのものが恐ろしい。より強い星辰奏者、より強い人造惑星に殺されたなど、到底己は許容出来ん。だから己は、この棺の中で時に思うのよ。お前にもっと強くなれる技術を与えていれば―― ――

 ――下らぬ事に思い悩む暇があれば、死想恋歌(エウリュディケ)の目覚めぬ理由が何であるのかを模索しろ、馬鹿者め――

 ――……何?――

 ――性能、か。成程、確かに貴様の言う通りだ。技術が進めば今後、俺以上の力を有する星辰奏者など幾らでも現れよう。何れは俺も、時代遅れの骨董品の様な技術で戦い続ける老骨にもなるだろう――

 ――だがな、それでも俺は負けぬ。何故ならば、貴様が齎した技術において、最も称賛するべき所があるからだ――

 ――それは何だ、英雄よ――

 ――人間を、基(もとい)にしていると言う事だ―― 

 ――人を、だと――

 ――星辰奏者も人造惑星も、共に人間に技術を付与させた者達だ。俺達は人に振るわれるだけの剣でもなければ、引き金を引いてそれまでの銃でもない。他者の道具でなく、明白な意思を持ち、自分で考えて動く事の出来ると言う強大な力を持つ人間だ――

 ――そんな人間を改造する星辰奏者や人造惑星であるからこそ、お前の齎した技術で生まれるだろう兵士は、この世界が終わるまでに生まれるどんな兵器よりも最強のものとして君臨するだろうと、俺は思っている――

 ――……――

 ――『人間』の『潜在能力』は、『性能』の差の大小など、容易く覆す。良いか、迦具土神。何れ俺と雌雄を決すると言うのなら、これだけは憶えておけ――

 ――最後の決め手になるのは、性能でもなければ実戦経験でもなく、有する異能でもなければ信ずる神の真贋でもない――

「……貴様の上げた全ての要素を覆す武器を、俺はたった一つだけ持っている」

「ジョークの才能か? 確かに、笑いの代わりになるスキルはないが、今のジョークはちっとも面白くないぜ。ヴァルゼライドさんよ」

 途端に真顔になるダンテ。

「これが冗談にしか受け取れないと言うのなら、底が知れるな。ならば、冥途の土産に憶えておけ。最後の決め手になるのは、数でも技量でも、肉体の性能でもない」

 己の身体に改造手術を施し、超常の力を得、その中に在って最強の星辰奏者となってもなお。
ヴァルゼライドは、この一点を固く、強く信じていた。それは己が信じるもう一つの軸であり、それこそが、この男を英雄足らしめている要素に他ならない。

「――気合と、根性だ」

 ――気合と、根性だ――

 ――これがある限り俺は、誰のどんな能力を相手にしても負けん。数えるのも愚かしい程の数の勝利もこの手で掴んで見せよう。だから、下らぬ事を考えるな――

 そう。 
クリストファー・ヴァルゼライドの最大の武器とはつまるところ、これなのだ。
例え、ヴァルゼライド以外の人物が彼の持つ宝具(星辰光)・『天霆の轟く地平に、闇はなく(ガンマレイ・ケラウノス)』に覚醒したとして、
その力を十全に発揮出来る者は、彼をおいて他に存在しないだろう。何故ならばこの宝具は余りにも威力と出力が高すぎるが故に、
放った当人の身体にすら、放射線が齎す痛みとは別種の激痛が身体に走るのである。その痛みたるや、厳しい訓練を経た兵士ですらが死を選ぶ程のそれ。
この痛みは、サーヴァントと言う高次の霊基で構成された今となっても、ガンマレイを放つ度にヴァルゼライドの身体を蝕むのだ。
では何故、彼は平然とした様子でガンマレイを連発し続けられるのか? ――答えは、単純明快。『気合と根性で耐えているから』に他ならない。

 ヴァルゼライドの星辰光は、極論を言ってしまえば、出力と威力が異常なまでの光をただ放つだけでしかない。
余りにもシンプルで、この一言で全てが片付いてしまう、笑ってしまう程単純明快な宝具。
そこにヴァルゼライドの超絶の技量と、何よりも気合と根性が合わさるからこそ、この宝具は究極のそれになり、ひいては彼自身が最強の英雄になるのだ。
天神(ゼウス)とすら呼ばれた男の本当の武器は、雷霆ではない。人間ならば誰もが有する気合と根性。それが、ヴァルゼライドが有する、最大の財産であり才能なのである。

184those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:29:54 ID:sKpPFLLE0
「俺に、敗北と挫折はない」

 空手の右手が、両方の腰に差した計七つの刀の内一本を引き抜き、其処に、ヴァルゼライドは裁きの光を纏わせた。

「お前達は強く、そして、俺を斃そうとするその行動の正しさに、一点の曇りもない。お前達は誰が見ても正義であろうし、その行いはこの街に生きる者にとっては称賛に価される事であろう」

 「――だが、」

「俺はお前達を殺す。審判の光に灼かれる時だ、闇の因子を宿す者共よ。貴様らに正義があるように、俺にも正義がある。死ぬが良い。貴様らの屍を台(うてな)にし、俺は聖杯へと到達する」

 ヴァルゼライドの主張を、一通り聞き終える、二人の魔人。
バージルの方は、閻魔刀に手を掛けたまま、警戒の体勢を解かない。話していた内容も、話半分にしか聞いていない。
早稲田鶴巻町で似たような趣旨の事を聞いていた事もそうであるが、狂人の戯言など聞くにも値しないと、考えている事が一番大きい。

「気合と、根性ね」

 一方、ダンテの方は、シッカリとヴァルゼライドの話を聞いていた。初めて、この男の考えている事柄を聞くからである。
だが同時に、ヴァルゼライドが自身同様、人間としての側面を重視しているサーヴァントである事を、心と魂で感じ取ったから聞いていたのである。
ダンテはバージルとは違い、悪魔としての力よりも人間としての魂を誇りにする魔人だ。だからこそ、ヴァルゼライドの言葉には、思う所があった。

「最後の決め手がそれだって言うのは、俺も賛同するぜミスター。――だがな」

 其処でダンテは、リベリオンの剣先をヴァルゼライドに突き付け、更に言葉を紡いで行く。

「どんなに綺麗事を縷々に語ろうが、お前がこの街に齎した破壊の事実が消える訳じゃねぇ」

 賛同出来る余地があるからと言って、温情から目の前の敵を見逃す程、ダンテは馬鹿じゃない。
どう比較衡量しても、ヴァルゼライドがこの街でしでかした罪は、償い切れるものじゃない。死んでもなお、足りない程だろう。
死んで贖罪出来るラインを目の前の狂人は当の昔に飛び越えているが、死ぬ以外に罪を贖わせる方法が他にない。
故に、殺す。ダンテは可哀相だからと言う理由で標的を見逃す程甘くはない。狙った悪魔は必ず仕留めて来たが故の評価が、悪魔も泣き出す(Devil May Cry)デビルハンターであるのだ。ヴァルゼライドは今やダンテにとって、ハントの対象である悪魔なのだった。

「其処にいる鉄面皮のアーチャーも俺と同じ思いだろうから、代わりに俺が言ってやるよ」

 この瞬間、ダンテとバージルに再び、人が気死しかねない程の殺意が充溢し、体中から発散され始めた。

「死ぬのはテメェだ、馬鹿野郎」

 この一言を皮切りに、ヴァルゼライドが直立している空間に、次元斬が走り始める。
空間に刻まれた断裂を、バージルが居合を行うその瞬間を見抜いてから、時速二百㎞を容易く超える速度で走る事で回避するヴァルゼライド。
だが、今放った次元斬は、手を抜いてバージルは放っていた。技が発動してしまえば音もなければ臭いもなく、目標の地点の空間を切断する絶技とは言え、
考えもなしに放てば見切られて回避される。それは当然彼も理解している。この技、引いてはバージルの恐るべき所は、この奥義ですら技の一つに過ぎず、
状況次第では次元斬ですらも次の動作の捨て石に出来る必殺技を幾つも持っている事だった。その必殺の技こそ、宝具へと昇華されたバージルの飛び道具、幻影剣。
ヴァルゼライドが移動するだろうルートの上空二十mに展開された幻影剣が、ヴァルゼライド目掛けて正に五月雨の如く降り注いで行く。
その事を地面にポツポツと刻まれた、胡麻粒に似た黒い影からヴァルゼライドは認識。影の正体は頭上の幻影剣だ。
地面を蹴り、バージル達の居る方向目掛けてステップインする事で、幻影剣を回避。レーン上に二十本もの浅葱色の剣が、墓標めいて突き刺さった。
幻影剣の全てを回避したと、ステップを終えた後でヴァルゼライドは認識。即座に二名に向かって走り寄り、走りながら、凄まじい速度による居合を行う。
すると、細いガンマレイの光条を空間上に何本も刻まれ始めた。バージルの次元斬をインスパイアした、ヴァルゼライドの新しい技である。
その範囲はダンテとバージルの両名を容易く巻き込む程であるが、魔人二名に二度目はなかった。バージルは宝具である閻魔刀を悪魔的な軌道で動かして断裂を斬り裂き返しかつ己の魔力に変換、ダンテに至っては既にタイミングを掴んだか、ロイヤルガードで全てのダメージを弾き返した。

185those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:30:05 ID:sKpPFLLE0
 バージルの方へとヴァルゼライドは接近、間合いに入るや即座にアダマンタイトの刀を振り下ろす。
振り下ろす速度も然る事ながら、それに移行する動作も、信じられない程跳ね上がっている事を、ダンテもバージルも認識。
生身の人間が出せる限界の攻撃速度を、ヴァルゼライドは既に超越していた。だがまだ、バージルの目で捉えられぬ速度ではない。
閻魔刀を用いて攻撃を防御。このまま激しい打ち合いが行われる事をバージルは予期していたが、何とヴァルゼライドの選んだ選択は、防御された瞬間飛び退く、
と言う逃げの一手であった。ヴァルゼライドらしからぬ選択だが、この戦いに勝利すると言う観点から見れば、彼の選んだ行動は極めて正しい。
敵がバージルだけならば、攻め続けると言う事が正しいだろう。だが周知の通り、敵は彼だけじゃない。彼の弟であるダンテもまた、ヴァルゼライドの命を刈らんとしているのだ。

 そして現にダンテは、先程までヴァルゼライドが佇んでいた地点の上空から急降下、その勢いを利用して魔剣・リベリオンを振り下ろしながら着地していた。
ヴァルゼライドがあのまま打ち合いを選んでいたら、脳天から真っ二つにされていた事だろう。
両手に握られた黄金刀の剣先を、二名に向けるヴァルゼライド。ダンテとバージルの姿が、霞と消える。ヴァルゼライドがその切っ先からガンマレイを放ったよりも前だ。
ダンテがヴァルゼライドの前面に転移して現れる、それに合わせてヴァルゼライドがガンマレイを纏わせた刀を、彼の首目掛けて振るうが、
ロイヤルガードの独自の防御法でタイミングよく防がれ、ダメージも放射線の毒も全て弾き飛ばされる。
そればかりか、刀が首筋に直撃した瞬間、刀身を通じて凄まじい反発力が体中に走り始め、それ受けてヴァルゼライドの身体は仰け反ってしまう。
その瞬間を狙って、バージルがダンテごと纏めて次元斬を放ち、ヴァルゼライドを細切れにしようとする。
巻き添えを食う形になったダンテは当然と言わんばかりに、ロイヤルガードのスタイルで尽く青或いは紫色の空間の切断現象を防御。
肝心のヴァルゼライドの方はと言うと、曲芸師めいた動きで後方宙返りを披露し次元斬から逃れる。そのタイミングに合わせ、幻影剣が四方から飛来する。
即座に空中で体勢を整え、迫りくる幻影剣の剣身に当たる部分を蹴り抜き、ヴァルゼライドは更に上空に跳躍。
軽業、と言うには余りにも過小評価に程がある技だった。やっている事は、飛来するマッハ三以上の速度のライフル弾を足場にしてジャンプしているに等しい事柄だ。
「こいつマジかよ」、と、眼下でダンテが驚いた様な呆れた様な声を上げる。超A級の悪魔狩人たるダンテですら、今の技は驚きに値するものだったのである。

 空中を飛びながら、眼下のダンテとバージル目掛けて、二本の刀を振るい、其処からガンマレイを放つヴァルゼライド。
技のおこりを見抜いた両名は、空間転移を用いて爆光の範囲から逃れる。裁くべき対象を見失った黄金の光は、地面に着弾した瞬間、
途方もない大爆発を引き起こし、今も空中にいるヴァルゼライドをその爆風の勢いで吹っ飛ばした。
タッ、と着地した場所は何と、スタンドを覆う屋根部分。眼下の光景は、攻撃の着弾によって生じた砂煙で見えない。無論、ダンテもバージルも、である。
一歩其処に踏み込めば、あの恐るべき魔人達が何処かに隠れていると言う恐るべき状況の最中。それに何の物怖じもせず、ヴァルゼライドは身投げするが如く飛び降りた。
競技フィールドの優に六割以上を覆い、屋根まで昇る程の高さになっている砂煙。その中にあっても、ヴァルゼライドが刀に纏わせた光は目立ち過ぎる。
これを目印に、攻撃を仕掛けて来るだろう事は想像に難くない。バージルが放つ次元斬を想定していたヴァルゼライドだったが、実際にあの男が選んだ行動は、全く違う。
彼の選んだ行動は、ヴァルゼライドの下まで跳躍し、四肢に纏わせた黒金の籠手・ベオウルフを以っての直接攻撃である。閻魔刀による攻撃が確かにバージルの真骨頂だ。だが、ベオウルフを用いた攻撃も、バージルの戦闘の要なのである。

186those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:30:27 ID:sKpPFLLE0
 バージルの接近に気付くヴァルゼライド。此処まで近づいていれば、視界を遮る砂煙と言えど、相手の姿をよく見る事の出来る。そんな距離である。
位置関係は、ヴァルゼライドの頭上にバージルがいる、と言う状態だ。その位置関係で、バージルはヴァルゼライドの胴体目掛け、ベオウルフの具足を纏わせた右踵を、
隕石めいた勢いで振り落とした!! その一撃を、刀で防御するヴァルゼライドだったが、空中ではどう足掻いても踏ん張れない。
必然、バージルの攻撃が振り切り終えた方向、即ち真下へと、凄まじい勢いで吹っ飛ばされる事となる。
急いで空中で体勢を整え、地面に何とか着地。解り切っていた事だが、砂煙のせいで、地上だと全く視界不良も甚だしい。伸ばした腕の先が見えない程である。
精神を感覚を研ぎ澄ませて相手の位置を特定する事も出来なくはないが、相手がダンテとバージルでは擦り減らせた感覚の僅かな差が勝敗を分かつ。
故にヴァルゼライドは、刀に纏わせたガンマレイの出力を上げ、その刀を一振り。如何なる奇跡が働いたか、朦々たる砂煙が、神風に払われる魔霧が如く。
一切合財吹き飛んで行くではないか。明瞭になった視界の先に、ダンテがいた。紅の魔剣士が扱うロイヤルガード特有の、カンフーを映画を見て真似た様なポーズ。
それを今解き終えている状態だった。それだけなら、まだ良い。問題は、ダンテの上半身に纏われている、静脈血に似た赤黒さを持つ『鎧』だ。
腰より上の部分を、鋭角的なパーツが随所に鏤められたその鎧は隙間なく覆っており、鎧のあらゆる部分を、和風柄の一つである波模様に似た紋様が、そよ風に煽られる水面めいてゆらゆらと動いているのがヴァルゼライドには解る。

 顔面に刻まれた、視界確保の為の穴と思しき、黄金色の八本線と、ヴァルゼライドの目が合った。
「来る」、英雄がそう思った瞬間、鎧を纏った男、ダンテが一歩前に進む。走って来ない。ゆっくりと、散歩をするような足取りで此方に近付いてくる。
予想だにしない接近の仕方に、面喰うヴァルゼライド。何せ相手は空間転移を息を吸うように行うだけでなく、普通に走るだけでも恐ろしく速いダンテだ。
歩いて此方に向かって来るなど、誰が予想出来よう。だが、驚いたのも本当に一瞬の事。直にヴァルゼライドは、ダンテ目掛けて刀を振るい、ガンマレイを発射する。
だが、本当に面喰った、いやそれどころか愕然としたのは次の瞬間である。ダンテはガンマレイを防御しようともしなかった。
死その物と言っても良いあの黄金の爆熱光に、完全に直撃したのである。だが、どう言う事か。彼が纏う赤黒い鎧には、傷一つついていないではないか!!
勿論、鎧が無傷であると言う事は、その下のダンテもノーダメージに等しい。あの鎧自体が何らかの奥義である事は、誰が見ても解る。
だが、あれ程の威力を誇るガンマレイを真正面から受けても、傷一つ負わず、さしたる衝撃を受けた風もない、あの鎧の正体とは。

 ヴァルゼライドは知る由もないが、これこそがダンテが用いる四つのスタイルの内の一つ、ロイヤルガード、このスタイルの時のみ扱える究極の技である。
ロイヤルガードで防御したエネルギーと、ダンテの体内に流れる生命エネルギー、東洋で言う所の『気』に相当する力と、彼自身の魔力。
これら三つを混ぜ合わせ、鎧として身体に纏わせる時、ありとあらゆる攻撃を正真正銘0にまで低減させる事が出来るのだ。
この恐るべき奥義をダンテは自らドレッドノート(怖いものなし)と命名しており、その名が張子の虎でない事は、ガンマレイを防いだ光景が如実に証明している。
無論、こんな強力な技がノーリスクな筈がない。ロイヤルガードで防御して蓄積させたエネルギーは兎も角、この技は気と魔力を余計に消費する上、
鎧を纏ってしまえば鎧自身の拘束力がダンテの肉体の自由を奪い、ダンテ程の筋力の持ち主ですら走る事が出来なくなる程なのだ。
ヴァルゼライドは此方の意表を突く為に歩いて来たと思っているが、本当は走れないと言うのが真実だ。

 強力無比ではあるが、使い所が難しい技である。だがそのような技を今この場で使っているのには、大きな理由が二つある為だ。
一つは、規格外の魔力量を有しているライドウがマスターだからこそ、こうして気兼ねなく使っていると言う事。彼がマスターでなければ使用すら考えなかったろう。
だがやはり、強敵を相手にして走る事が出来ないと言うリスクは大きすぎる。此処で、理由の二つ目。今はバージルとツーマンセルを組んでいる、と言う事実が活きて来る。簡単な話だ。此方に機動力がなくなったのなら、『機動力に遥かに秀でる相方に任せれば良い』、と言う訳だ。

187those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:30:51 ID:sKpPFLLE0
 空間転移を駆使し、上空数十mから即座に地上に着地するバージル。そしてこの瞬間バージルは、切り札を切った。
偉大なる大魔剣士にして、彼が終生の目標とした父・スパーダ。悪魔としてのスパーダの側面を前面に押し出すその引き金(トリガー)を今、
蒼の魔剣士は金の英雄の抹殺の為に躊躇なく引き始めた。これを契機に、バージルの身体から、魔力が全方位へと放出され始める。
その姿を見た瞬間、ヴァルゼライドは畏怖の様な念を憶えた。身に纏っていた蒼いコートは肉体と同化し、
金属質の輝きを持った青い鱗でビッシリと覆われたコート状の外皮となっていた。生半な刃は先ず通るまい。
だが肉体と同化したのは、コートのみに非ず。恐るべき宝具である閻魔刀を収める鞘が、左腕と同化、左手の手首に装着された青鱗に覆われた何かになっていた。
全体的に人の姿を留めてはいるが、明らかに今のバージルは人間ではない事を、一目で解らせる説得力を持つ姿である。
誰がどう見ても、今のバージルは殺戮の申し子を連想させる様な、大悪魔宛らである。そう、今のバージルには人間的な要素など欠片もない。
鬼火のように青く輝く双眸、両手両足に生え揃うナイフの如き鋭い爪。彼の姿を目の当たりにした者は、忽ち己の死期が今である事を悟るだろう。
これぞ、大悪魔・スパーダの力を得て生まれたデビルハンターのみが引く事が出来るトリガーである。己を構成する悪魔と人間の要素の天秤を大きく、悪魔の方に傾けさせ、スパーダの再来を思わせるが如き強さを発揮する宝具。これを、ダンテとバージルは、『デビルトリガー』と称呼する。

「Vanish!!」

 バージルがそう悪罵した瞬間、彼の姿が幻であったかの如くその場から消え失せた。
……殆どその瞬間と同時だった、としか、ヴァルゼライドにしか思えない程同一のタイミングで、彼の身体の背面に斬撃が走った。
痛みがさくかに走ったのを感知した時、熱い物に触れて腕を引っ込めると言う反射に近しい要領で、身体を捩じって致命傷を負う事だけは回避した――と、
身体が判断したと同時にまた、斬撃が走った。胸部だった。身体を半身に――そのタイミングにまた、脚部に斬撃が走る。これも何とか身体を捩じり――またしても、斬撃が。

 回避しようと身体を動かした瞬間に、新しい斬撃がヴァルゼライドを斬り裂く。
いや。下手をしたら、ヴァルゼライドが回避しようと身体を動かしたその時には、既にその斬撃は複数回、その間に放たれている。
そう言われても冗談だとは思わない程、ヴァルゼライドに放たれる斬撃は、彼の行動の三手どころか四手、五手先を行っていた。
既にヴァルゼライドの身体の回りには、彼のものである血潮が勢いよく噴出しており、彼は両腕で握ったガンマレイを忙しなく高速で動かして、
命に関わる部位に放たれた斬撃を弾いていた。だが逆に言えば、命に関わる部位ではない所に放たれた攻撃は、防御を既に諦めていると言う事だ。
この男が急所だと考えていない部位……つまり心臓と大脳が位置していない『全ての部位』については防御すら考えておらず、
其処に貰った攻撃のせいで、血が噴出しているのである。ヴァルゼライドを以ってして、防御は無理だと諦めさせる程の攻撃速度だった。

188those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:31:05 ID:sKpPFLLE0
 高速の斬撃の正体は言うまでもなく、バージルの手による物である。
デビルトリガーを発動させたバージルで、最も上昇著しい能力値は『速度』だと言っても過言ではない。文字通り、あらゆる速度が飛躍的に向上する。
思考、攻撃、移動、反射神経。戦闘に直結する全ての動作・要素の動きが倍加する。
人間の状態ですら見切る事が不可能に等しい速度であった居合や斬撃、ベオウルフを纏わせての格闘攻撃が、トリガーを引くと文字通り魔速の域に達する。
だが、本当に恐るべきは、『瞬間移動を連発する間隔も短くなる』と言う事だ。人間の時以上に短い間隔でダークスレイヤーの宝具による瞬間移動を連発出来る。
それはつまり、生身の生命体が有する反射神経では最早反応が出来ないと言う事に等しい。現にヴァルゼライドの目には、バージルが何をやっているのか視認出来ない。
それもその筈、バージルはその瞬間移動を駆使してヴァルゼライドの周囲を幾度も幾度もワープし、そうしながら閻魔刀を振って不可視の斬撃を生みだし、
この斬撃で結界を構築させてヴァルゼライドを閉じ込めているのだ。またそれだけでなく、ヴァルゼライドが隙を見せれば直接閻魔刀で斬り込みにも行っている。
今のバージルの移動速度は、斬撃結界を産みだすのに必要な音速の二十倍超の居合『よりも速い』。見る事が叶う筈もなかった。
その上、向上しているのは速度だけではなく攻撃の威力や鋭さも跳ねあがっている。その状態で、倍加した攻撃速度によって増えた手数で攻撃を叩き込まれ続けるのだ。攻撃に転ずる事も出来ず、反撃を行おうとすればより深手を追い、結局どう足掻いても攻めに出れないので防御しか行う事が出来ず、一方的なサンドバッグの状態にする事が出来る。攻撃は、バージルが疲れて手を止めるまで終わる事がない。正に『煉獄』の炎に焼かれるが如き状況。それが、ヴァルゼライドの現況であった。

 だがそれでも、ヴァルゼライドは喰らい付いている。 
今も続く、秒間二百回を容易く超えるバージルの超々高速の攻撃の嵐を受け、まだ人の形を保てているばかりか、攻撃に反応し防御の体勢を取る事が出来る。
この時点で、クリストファー・ヴァルゼライドが人の身を超越した何かである事を十分過ぎる程に証明している。
彼が急所と定めている箇所、即ち頭部と心臓は確かにまだ無事ではあるが、それ以外の箇所の損壊具合となると、滅茶苦茶にも程がある。
軍服やコートは子供が紙を適当に鋏で切りまくった様にズタズタで、その下に潜んでいた銅像の如く引き絞られ鍛え上げられた身体となると、もっと酷い。
骨が見え、内臓も露出している所ですら、珍しくない程だ。無論、流れ出る血液が酷いものであると言う事は、今更説明するまでもない。
『この程度で済んでいる』、と言う事が既に奇跡だ。ごく一般の強さしかないサーヴァントであれば、ものの一秒で塵芥になる程の斬撃量を受けて、
五体満足の状態でいられる。これを、奇跡と呼ばずして何と呼ぼう。一方的に攻撃を仕掛けている筈のバージルですら、気味の悪さを憶える程の、恐ろしいタフネス。
だがそれは、想定の範囲内である。バージルの超高速の連斬で仕留められれば、確かに御の字ではある。だが、そうならない可能性が高い事は、以前戦った経験から予測済み。その残った可能性を潰すが為に、ドレッドノートを纏わせたダンテがいるのである。

 斬撃の結界は、ヴァルゼライドを中心とした直径十mの範囲に展開されている。つまり、この範囲内に入って来てしまえば、生身の人間は即粉々になる。
ダンテですら、無策でこの結界に足を踏み入れれば、無事では済まされない。だが、無事で済むような防御策は、既にとってある。それこそが、ドレッドノートだ。
結界内部に、足を踏み入れる。瞬間、ダンテの全身に凄まじいまでの数の斬撃が走った。鋭さと言い、叩き込まれる数と言い一撃だけでも必殺の威力を有している。
しかし、赤黒の鎧には傷一つつかない。そしてその事に驚くダンテではない。当たり前だと言わんばかりに、彼は歩を進めて行く。
此処で初めてヴァルゼライドは、ダンテとバージルが意図していた事に気付いた。英雄は今、魔人が行う魔速の斬撃の嵐によって、その場に縫い付けられて動けない。
機動力にこそ難があるが、今のように動けない状態のヴァルゼライドになら、攻撃は確実に命中する。
今も彼を苦しめる斬撃の数々の対処に負われる英雄が、その嵐の只中に佇んでいても無傷のダンテが迫り、攻撃を行えばどうなるか。答えはもう言うまでもない。
確実に、ヴァルゼライドの処理限界が訪れる。――そして今、その瞬間が幕を開けた。

189those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:31:18 ID:sKpPFLLE0
 リベリオンを縦に振り下ろすダンテ、左手に握った刀でそれを受け流すヴァルゼライドだったが、その影響で防御が疎かになり、脇腹をバージルに斬られた。
受け流した傍から直にダンテがそれを横薙ぎに振るうも、それも右腕で握る黄金刀で防御。当然のようにバージルの攻撃の防御が出来ず、首筋を斬られた。
今度はバージルの攻撃を防ごうと意識を働かせるが、リベリオンで身体の前面を勢いよく叩き斬られ、其処から血潮が噴出する。苦悶にもならぬ苦悶が、血臭が香る湿った吐息となって、ヴァルゼライドの口から吐き出される。

 ダンテのリベリオンを行う勢いもまた、嵐であった。ドレッドノートを纏っているとは言え、遅くなるのは移動速度だけ。『攻撃』速度に、衰えは一切なし。
人間時の攻撃速度をそのままに、無敵の鎧を纏ったダンテが攻撃を行い続けるのだ。その上辺りには、少し気を緩めるだけで忽ち己の身体を粉微塵にする、
悪魔化したバージルの斬撃の結界が展開されている。勿論、無傷で凌ぎようがある訳がない。事実ヴァルゼライドの身体中は襤褸雑巾の如く無惨な有様で、衣服や身体も、
血で赤くない部位を探す事の方が最早困難な程赤々としていた。こんな状態でも、ヴァルゼライドはまだ戦える。その戦意は、折れてすらいない。
何故ならばこの男には、達成するのが困難な夢があり、目標があるから。そして、目の前の存在はその困難に付き纏うに相応しい、強敵であるから。
故にヴァルゼライドは、挫けない。身体に負った傷とは裏腹に、その双眸には赫々と、戦に対する心意気を可視化させたような焔が燃え上がっていた。

 修羅ですらが泣いて逃げ出すような強さを誇るダンテとバージルの両名がいる場所に、首を突っ込む。
知らぬなら兎も角、彼らの強さを知った上でこの場に参上するなど、傍から見たら自殺行為以外の何物にも映らないだろう。
事実、ヴァルゼライドも、この二人がいる場所に態々現れると言う事は、茨の道を自ら歩みに行くような物と当初は思っていた。
そうと解って、ヴァルゼライドがこの場に現れる決断をした理由は簡単だ。二名を相手にして勝てると踏んだからである。
確かにダンテもバージルも、桁違いに強いサーヴァントだ。だがそれはあくまでも、個として完成された強さである。
こう言った強さの持ち主は通常、手を組んで戦うと言う事が不得手である。己の強さに自身を持つ余り、個人プレーを重視しがちだからだ。
前もって打ち合わせをしていればこの限りではないが、今回はそうもないだろう。見事な連携など望むべくもない。ヴァルゼライドはこう考えたのである。
ルーラーから指名手配を受けている自分が敢えて目の前の現れれば極めて高い確率で、二人は自分を倒す為に一時的に手を組む。
それこそが、この英雄の狙いだった。敢えて二人組ませる事で、両名のツーマンセルの綻びを狙い、其処を破綻させ勝利を収める。ヴァルゼライドの描いた絵図とは、とどのつまりこれであった。

 だが実は、ヴァルゼライドが想定していたこの作戦は劈頭の段階から既に失敗していた。作戦自体は悪いものではなく、寧ろ極めて老練とすら評価出来る。
この作戦の唯一にして最大のミステイクは、ダンテとバージルは血を分けた兄弟であり、いざ共通の敵を相手にする際には、シナジーと言う言葉では生温い程の、
圧倒的なコンビネーションを発揮すると言う事である。当たり前だ、互いに互いの技を知り付くし、何処でどの技を放てば良いのかも、悉皆理解しているのだ。
つまりヴァルゼライドの考えた作戦は、その大前提となる『二人は連携を上手く取れない』と言う事からして既に間違いだったのだ。
個として圧倒的な強さを誇るダンテとバージルが、凄まじいまでの連携プレーで、一体の敵と戦えば、どうなるのか?
答えは最早言うまでもない、勝てる訳がないのだ。ただでさえ強いダンテとバージルが、二人がかりでかつ最高の連携を取って戦って来る。
それは二人の地力を加算どころか、乗算にした強さであると言っても差支えがないだろう。
こんな、戦う相手からしたらやってられない程の暴威の嵐に、耐えられるサーヴァント自体存在するのか如何か、首を傾げかねない。
現にヴァルゼライドは追い詰められているし、その命も風前の灯火である。――傍目から見れば、だが。

「――まだだ」

190those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:31:29 ID:sKpPFLLE0
 そう、この絶望的とすら言える戦力差で叩かれてもなお、ヴァルゼライドの心は折れないのである。
ヴァルゼライドは知っている。生前も、自分よりずっと強い相手に囲まれ、かつ、数の暴力を駆使され追い詰められた事も少なくない。
その経験から、今の様な窮状を如何切り抜けたら良いのか。光の英雄は、その確実な方法を知っているのだ。
そのやり方とは――相手、つまり今の状況ならばダンテとバージルであるが、『その二名より自分一人が強くなれば良いのだ』。

 そして、その荒唐無稽かつ、理屈も理論もないやり方が今、実現した。
刀を振るう速度が目に見えて速くなり、バージルの魔速の居合を防ぐ機会が明白に多くなり、ダンテの攻撃も然りだ。
明らかに、不可視の斬撃と金属音を防ぐ音が多くなっている。兜のせいで表情が見えないがダンテも、瞬間移動の連発で姿を捉える事は出来ないがバージルの表情も、
驚きのそれに彩られる。何故、これだけの手傷を負っていながら、此処に来て、反射神経や肉体の運動能力が向上しているのか。彼らの驚きの全ては、此処に集約される。

 打ち倒すべき敵が強ければ強い程、ヴァルゼライドも強くなる。
其処に理屈はない。サーヴァントであるのならば、スキルの影響で強くなる、宝具の効果で強くなる、と言うのが常識であろう。
そんな道理はこの男にはない。奴には負けられない、奴が出来るのならば俺にも出来る。そんな子供の対抗心に近しい心意気で、この男は息を吸うように覚醒する。
今回もそうだ。目の前の男達は強い。技も冴えているし、正義も抱いている。だがそれは自分も同じ、ならば、俺にも勝てる筈。
そう狂信するだけで、ヴァルゼライドは『己のステータスを全てワンランクアップさせた』のである。
今のヴァルゼライドの全ステータスは『B+++』にまで相当する。+の分を差し引いたとしても、全ステータスがBと言うのは、凄まじいまでの高水準だ。
このような驚異的な覚醒をするに至った要因、そして何よりも、何をリソースに己のステータスを此処まで向上させる事が出来たのか?
今更それを、説明するのも野暮であろう。だが敢えてそれを説明するのであれば――気合と、根性。心の力だけで、不条理を覆したのである。

 やはり相も変わらず、バージルの動きは露程も見えない。しかし、自然に体は動く。
次に自分の身体の何処を狙うのか、目で姿が終えずとも解るのだ。その方向目掛けて左腕の刀を振るい、右手の刀でダンテのリベリオンを防御。
双方の攻撃を共に、防御。その瞬間ヴァルゼライドは目にも留まらぬ速さで、左手で握った光刀、その切っ先を天高く掲げた。
その瞬間、ガンマレイ勢いよく天空まで伸びて行く。その様子は、天上と地上とを繋ぎ止める一本の光の柱であり、
天高くまで伸びるその黄金の光の柱を遠くから見ている者は、其処に神が今まさに来臨しようとしている、と錯覚しても不思議ではないだろう。
天と地とを一本の黄金光が繋いだその瞬間に、ダンテのドレッドノートが砂城に吹いた突風のように舞い散って行く。維持可能なリミットをオーバーしたのである。
不穏な空気を感じたダンテは、ヴァルゼライドから飛び退き飛び退きながらも、両手にエボニーとアイボリーをアポートさせ、彼の身体に連射。
バージルの方も、ダンテ同様不吉な予感を感じたらしい。瞬間移動の連発を止め、ヴァルゼライドからやや距離を置いた所に出現。
しかし、彼の方もダンテと同じく、距離を離しつつも攻撃を放っていた。英雄を囲むように現れた、次元斬による断裂が正しくその証左だ。
だが、次元斬が身体を細切れにするよりも速くヴァルゼライドはその範囲からバックステップで飛び退いており、ダンテの放った弾丸は尽く、右手の刀一本で弾いていた。飛び退いた瞬間には、光の柱は既に天地を繋ぐ役目を放棄、彼らの視界から消え失せていた。

191those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:31:48 ID:sKpPFLLE0
 ――ヴァルゼライドが着地した次の瞬間だった。
競技場の一地点がスポットライトを当てた様にぼんやり光っており、その地点に、直径二m程の大きさの金色の光の柱が、天高くから降り注いだ!!
これを皮切りに、競技フィールドのありとあらゆる地点が淡く光り始め、その地点を照準に、金色の爆熱光が次々と落下し、地面を粉砕して行く。
そう、着弾しているものの正体は、ガンマレイ。ヴァルゼライドが天に放った放射光が、成層圏にまで到達した瞬間枝分かれを起こし、それが次々と、
亜光速と言う破滅的な速度で<新宿>は新国立競技場へと降り注いでくるのである。次々と大地に黄金の光が降ってくる今の光景は差し詰め、雷神の癇癪宛らだ。
尤も、降り注ぐものが雷であったのならば、どれ程良かったものか。地上に継ぎ目なく堕ちて来るその光は、放射線を内在した死の光であるのだから。

 次々に落ちるガンマレイではあるが、狙い自体は完全なるランダムらしい。
地面が光るのも照準と言う訳ではなく、ガンマレイ自体が金色に激しく光っている為に、その光が地面に映っているに過ぎないのだ。
尤も、その地面を照らすかすかな光も、やがては見えなくなる。立て続けにガンマレイが着弾しまくるが為に、砂煙と土煙とが朦々と立ち込め始めたからだ。
地面に衝突したガンマレイが七発になった頃、ダンテとバージルが共に動いた。攻撃地点が完全なランダムな為に、棒立ちの状態でも今まで当たらなかったのである。
両名は共に空間転移を駆使し、その場から忙しなく移動を始める。動かなければ当たらない可能性もあるが、完全なランダムである以上その望みも薄い。
加えて地面に激突する速度は亜光速である。地面が光ったのを見てから回避に移る、と言うやり方では先ず直撃は免れない。結果的に、動きまわっていた方が命中の可能性が低くなるのである。

 トリックスターに魔術回路を組み替え、空間転移を繰り返すダンテ。
宝具に昇華されたスタイル・ダークスレイヤーによって行使可能な瞬間移動を、デビルトリガーを引いた状態で連発するバージル。
天からガンマレイが降り注ぎ始めてから、二秒が経過した。その間、四六発ものガンマレイが降り注いでいるが、今の所は二名に、裁きが下る様子はない。
だが、因果は巡るもの。二人で一人の敵を追い詰めていた事に対する意趣返しと言わんばかりに、その報いが訪れる。
今二人を攻め立てているのは、天から降り注ぐ光の柱だけではないのだ。それを放った当人、クリストファー・ヴァルゼライドは、静かに臨戦態勢を整え終えていた。

「お゛ぉおぉお゛ぉおぉ゛ぉおぉッ!!」

 バージルの斬撃を身体に受け過ぎた影響で、血が喉までせり上がっている為か、声の所々にうがいをするような水音が聞こえてくる。
声帯が擦り減るような雄叫びを上げさせながら、左手の刀を鞘に納刀、右手で握った一本にヴァルゼライドは光を収束させて行く。
最早、刀に光を纏わせていると言うよりは、刀身の形をした光が鍔の先から伸びている、と言う方が納得が行く程、刀身に纏われている光の強さは凄まじい物であった。
その状態で彼は、柄を両手で握り、全身全霊、膂力の全てを掛けてそれを横薙ぎに振るう。と、極大のレーザーとも言うべき黄金の光が、その剣身から解き放たれた。
無作為に放った訳ではない。彼はしっかりと予測を立てていた。次はどの位置にダンテ或いはバージルが現れるのか、その位置を予測した上で、ガンマレイを放った。ヴァルゼライドの狙いは、ダンテ。紅いコートを羽織った魔剣士だ。

192those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:32:20 ID:sKpPFLLE0
 己の放った黄金光が生んだ、その威力を如実に示す砂煙。この副産物を、ヴァルゼライドの放った渾身の爆熱光は、雲散霧消させてしまう。
何かが来る、とダンテが予期し、回避行動に移り、空間転移を行い終えた時には、もう遅い。
タッ、と彼が着地した瞬間、途方もない熱を内在させた、吐き気を催すが如き痛みが、彼の左脇腹から全身に伝播して行く。既に光は、ダンテの身体の一部を捉えていた。
ナメクジが這い回る様な、粘ついて、冷たい汗が毛穴中から噴出する。本当に、経験した事のない痛みだ。
脇腹を、削られた。野球ボールが通り過ぎた程度の削り痕が、ダンテの左脇腹に生まれており、其処から血が大量に流れ出ている。
直撃は、免れた。だがロイヤルガードで防いだ訳ではないので、掠っただけとは言えモロに、ガンマレイの痛みと熱を受けた事になる。
地獄の業火を浴びたとて、飛来する巨岩に激突したとて、ダンテは此処までのリアクションを取らない。それ程までの、ヴァルゼライドのガンマレイの威力よ。
そして、ヴァルゼライドの放った横向きのガンマレイはそのまま、スタンド席を貫き、そして当然の事、新国立競技場からも出て行き、何処ぞへと消えて行く。
あの爆熱の光は、競技場から出た後も、破壊を振り撒きながら直進しているのか、それとも都合よく何処かで消えているのか。それは、謎であった。

 降り注ぐガンマレイが止んだ。攻勢を覆されてはならぬと、ヴァルゼライドは、刀に纏わせたガンマレイの強さと出力を更に跳ね上げさせる。
敵が強いと認め、そして事実強かった時のヴァルゼライドの覚醒に、天井はない。相手が強いだけ自分も強くなり、相手より強くなってもなお強くなり続ける。
その法則は勿論、自らの宝具であるガンマレイにも適用される。黄金の光の余りの熱量が故に、ヴァルゼライドの右手首がブスブスと炭化をし始める。
軍服の袖口も、完全に炎上を始めている。サーヴァントと言う、高次の霊基で構成された霊体ですらも自壊させるこのガンマレイは、完全にやりすぎだ。
だが、そんな要素は何ら、ヴァルゼライドの行動を阻害する理由足り得ない。躊躇いもなく英雄は、肥大化しきった裁きの刀を大上段から振り下ろす。
その瞬間を見切ったバージルとダンテが、即座に空間転移を駆使し、スタンド席の辺りまで飛び退いた。
アダマンタイトの刀の剣先が地面に触れるか触れまいか、と言う所に達した瞬間、天空から、直径六十m程もある巨大なガンマレイが落下、それが地面に激突した。
その瞬間、競技フィールド全体は元より、新国立競技場と言う建物全体――いや、この建物が位置する霞ヶ丘の街どころか、<新宿>全体が、さくかに揺れた。
震源地である新国立競技場とその近辺にいる者達は、余りの揺れの強さに立っている事すらままならないだろう。
それ程までの地震を生むガンマレイは、今までのそれとは違い、砂煙一つ立たせていなかった。立ち昇る筈の砂煙ですら、消滅させてしまう程の熱量と出力だからだ。
爆熱光は地面に激突した瞬間、光の柱の直径をそのままに地面をも消滅させ、そのまま地中へと消えて行き――。
そうして生まれたのが、競技場のほぼ真ん中に刻まれた、深さ八千mの大穴である。小石を投げ入れても、地の底にまでそれが届き、衝突の音を奏でる事は、
永遠にないのではと思わせる程の深さをしたその穴を。ヴァルゼライドのガンマレイは容易く刻んでしまったのである。

193those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:32:45 ID:sKpPFLLE0
「……お前は……」

 地獄にまで通じていると説明されても、何の疑いも抱かずに信じてしまいそうな程深いその穴を見つめながら。バージルは呆然としたように呟いた。悪魔化した際に特有の、歪んだような声音には、訝るようなものが隠顕していた。

「お前は……何者だ?」

 閻魔刀による斬撃の嵐を受けて、ダンテが操るリベリオンの一撃を幾度も喰らい。その末が、骨や内臓が傷口から見え、至る所が目に痛い程血で赤いと言う現状だ。
今のヴァルゼライドの状態は、既に立っている事すらままならない、と言う次元ですらない。サーヴァントとしての存在を保てぬ程のダメージなのだ。
閻魔刀はただの刀ではない、魔力を喰らう刀だ。これでサーヴァントに直接ダメージを与えれば、その構成する魔力を喰らわれるに等しい。
あれだけの量の斬撃を叩き込まれれば普通は、そのサーヴァントの霊基を構築している魔力の大部分が喰らわれ枯渇し、この世から消えてなくなる筈なのに。
何故、クリストファー・ヴァルゼライドと言うこのバーサーカーは、無事でいられる。何故――初めてこの新国立競技場に現れた時以上の強さでいられるのだ!! バージルもダンテも、そんな疑問が頭の中の余白を全て埋め尽くしていた。

「その問いの答えは、既に貴様には語った筈だ」

 軍服の袖が燃え上がっている右手首目掛けて、喉までせり上がって血を吐き捨て、無理やり消火させてから、ヴァルゼライドは口を開いた。

「クリストファー・ヴァルゼライド。ただの人間だ」

 自分がヒトであり、自分の本名が何であるかを疑う大人が何処にいる。とでも言うような程に、ヴァルゼライドの返答は、淀みのない物だった。

「ただの人間は、そんなズタボロの状態でピンピン出来ねーんだよ」

 悪魔としての再生力を働かせ、ガンマレイが掠った所を急速に回復させながら、ダンテが皮肉を飛ばす。
心臓を破壊され、銃弾が脳を貫通しても、ダンテもバージルも次の瞬間には行動出来る。悪魔の力が有する新陳代謝や、肉体の再生速度は、それ程までに凄いのだ。
その再生能力を以ってしても、瞬時に傷が回復出来ない。バージルも早稲田鶴巻町での戦いで、ガンマレイを纏わせた刀の一撃に直撃した。
その傷の大部分を治すのに優に数時間が入用となり、それだけ経過しても、まだ完治には至らない程である。
英雄の用いる、至悪を滅ぼす善なる光が、どれ程の威力とどれだけ凶悪な付随効果を齎すのか、と言う事の証左である。彼ら以外のサーヴァントであれば、掠めただけで最早戦闘不能に陥るだろう。

 ガンマレイを斬り裂き魔力を喰らった甲斐もあり、バージルはまだまだ、悪魔化を維持する事が出来る。
一方ダンテの方は、マスター自身が規格外の魔力タンクである為、悪魔化するのもまだ余裕がある。
負ったダメージは確かに大きいが、動けぬ程の傷ではない。それに、デビルトリガーを引けば再生力が向上し、確実に放射光によって負ったダメージの治りも早くなる。
何よりも、『魔剣スパーダ』を此処で引き抜くと、自分の奥の手がバレる。あれは本当に強い相手にのみ振いたい切り札だ。
ダンテにとってバージルもヴァルゼライドも強敵ではあるが、当面の敵はヴァルゼライド一人である。バージルと手を組んで、数の利を活かした上で葬りたい相手である。

 決まりだ。
デビルトリガーを今引き、今度こそ目の前の英雄(にんげん)に幕を下ろしてやろうと思った、その時である。
ヴァルゼライドが先程、ダンテに向けて放った特大のガンマレイ、それによってスタンド席に空けられた空けられた、新国立競技場の外の風景が見える程の風穴から、
幾つもの気配が雪崩れ込んで来た。一つは――背中に虹色の環を背負った桜色のコスチュームの少女と、黒いライダースーツの女性の襟をそれぞれ両手で掴み、
凄まじい速度で此方に迫る際どいコスチュームをした銀髪の女性。そしてもう一人は、ヴァルゼライドの黒軍服のデザインとの相似点が非常に多いそれを纏った、眼帯の女性であった。

194those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:32:57 ID:sKpPFLLE0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 魔王パムの心は、嘗てないと言う程に昂ぶっていた。
――楽しい。今の彼女の胸中を占める感情は、正しくこれだけ、と言っても過言ではない。
人間関係や社会的立ち位置から発生するしがらみを全て捨て、ゼロの状態から何かを振る舞う、と言う事柄が、これ程までに楽しいものだとは。
ルイ、と己を騙る男に召喚された当時は不服そうな感情を隠しもしていなかったが、聖杯戦争と言うイベントが、此処まで自分を開けっ広げに出来るとはその時は思っても見なかった。今となっては、感謝の感情しか彼には無かった。

 厳めしい、漆黒の籠手と具足を四肢に纏わせた状態で、魔王パムは迫りくる真空のナイフやプラズマ球、榴弾のような形状をした赤や白の弾幕を砕き続けていた。
また己の手足で自ら攻撃を迎撃している、と言う訳でもなく、己の黒羽に自動防御機能も付与させ、これにも防御を担当させている。
態々自らの拳足も使って攻撃に対応しているのは、培った格闘術の経験を錆びつかせない為である。
一見すればパムの方が防戦一方かと思いきや、そうではない。パムの方も、攻撃を行っている。
己の羽の一枚から銃口や砲口を幾つも生み出させ、これらの攻撃を放っている張本人、八意永琳とチトセ・朧・アマツに攻撃を行う事も忘れない。
弾丸は自動誘導機能が付与されており、弾き飛ばされたとて弾体自体が破壊されていなければ永久にターゲットを追跡し続ける。
そんな性質も、当に二人は御見通しらしい。永琳は己の魔術で生み出した、目に見えない障壁を展開させて弾丸を防御し、チトセの方も、
己の周囲に真空の刃を幾つも展開・固定化させ、其処に衝突した弾体を切り刻み破壊し、無力化している様であった。

 永琳もチトセも、生半な魔法少女では勝つ事は勿論の事、身体に傷一つ付ける事も叶わない強敵であった。
自分ですらが苦戦するのだ。魔王塾の生徒で何人、目の前の天才達に傷を負わせられ、膝を折らせる事が出来るのだろうか。
道を間違ってしまったが魔王塾きっての天才であるクラムベリーや、高い実力を誇る袋井魔梨華と言ったパムですら一目置く魔法少女なら或いは、と言うレベルだろう。
それでも、勝ちを拾えるかどうかと言う話になると、パムですら首を傾げる。少なくとも彼女ら以下の水準の魔法少女では、相手にもなるまい。
もしも近くに、魔王塾の面々がたむろしている場所があるのならば、この戦闘の後真っ先に其処に駆けつけて、パムは戦闘で滾ったテンションをそのままに、
彼女らに自慢してしまっているに違いない。「こんな強い奴らと戦ったのだ」、そう自慢するだけで、魔王塾の生徒達は、ズルいだとかなんだとか口にするだろう。特に、先に名前を上げた魔梨華の方は、地団駄を踏んで悔しがる。

 そんな強敵達を、自分は独占している。 
駆け出しのペーペーだった頃はそう言った状況もあったが、魔王塾の塾長であり、外交部門の切り札として君臨してからは、そう言った事も少なくなった。
やはり、自分一人で強敵達と戦うのは、心底楽しい。後続を育てる為の配慮だとかそう言うのを、一切合財かなぐり捨てられて、自分の思うように振る舞える。
自由である、と言う事の何と素晴らしく、楽しい事よ。自由を満喫し、謳歌する事の良い事よ。聖杯を手に入れてしまったらいっそ受肉して、三人一緒にフリーで活動するのも悪くないんじゃないかと、本気でパムは思い始めていた。因みに三人の内一人はパムで、残り二人はレイン・ポゥと純恋子である。

 パムの黒羽から伸びる砲口や銃口から無音で放たれる弾体と、チトセとサヤ、永琳が放つ必殺の攻撃が錯綜。
こんなやり取りが既に、数分以上続いている。三者共に必殺の技を有してはいるが、<新宿>の街に破壊を齎したくないと言う都合上、その大技を放てない。
つまりは、決定力に欠けるのだ。それ故、未だに決着がつかない。こうなると怖いのは、相手の攻撃よりも自分の性分だとパムは考える。
何時焦れて、競技場所か<新宿>全土、下手したら関東一帯に影響を及ぼす大破壊攻撃を行うか解った物ではない。
これを行って、無為にNPC達に死を招くのは、パムとしても望むべくじゃない。何か、現状を打破出来るような攻撃はないかとパムは模索する。
小手先だけの技では二人は倒せない。何かないか、と考えていたその時。弾幕を防ぐのに一役買っていた自動防御の黒羽が、弾幕が展開されていない方向へと勝手に動き出した。

195those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:33:13 ID:sKpPFLLE0
「なっ!?」

 まさか、あの銀髪のアーチャーの奇術で、操作の権限を奪われたか、と。瞬間的にパムは思った。
だが、実際には違った。オートガードを担当させたその羽は、エラーを起こしている訳でもなく、寧ろ正常の動きをしていたのだ。
何故、黒羽が弾幕の密度が濃い方に移動したのではなく、攻撃の密度が薄いどころか弾一つ存在しない、『競技場側』の方に勝手に移動したのか。
黒羽は、確かに迫る攻撃に対して自動で動き、その脅威を跳ね除ける。では例えば、全く同じタイミングで異なる方向から異なる攻撃が来たら、どうなるのか。
その答えは――双方の内、『一番エネルギー量或いは熱量が強い方』を優先的に防ぐようにプログラムされている。
そう、今回この黒羽は、永琳の手によってバグを引き起こされ、見当違いの方向に勝手に移動した訳ではないのだ。『その方向に途方もない熱量とエネルギーの攻撃が来る事を感じ取ったから』、その方向にオートで移動したに過ぎないのだ。

 永琳達が展開する必殺の攻撃の防御よりも優先されるべき、謎の攻撃の正体とは如何に?
――その正体が今、この場にいる五名の女性達の前に雄々しく、烈しく、神韻縹渺たる姿を現した。

 五名の視界にまず最初に映ったのは、網膜が一瞬機能しなくなるのではないかと言う程の光量を宿した、黄金色の光である。
その光は轟音を立たせて、競技場の外壁を吹っ飛ばし、そのままパムの方へと迫って行き、チトセやパム、埒外の思考速度を有する永琳ですらが認識不可能な速度で、
黄金光はパムの操る自動防御の黒羽へと衝突。黒羽は光が当たる直前に、攻撃を余す事無く防ごうと、直径数m程の大きさにまで拡大されていた。
やがて、光の正体が判別する。それは、光は光でも、円柱状の形をした光の柱であった。そうとパムが認識した瞬間、彼女は慌てて柱の範囲外まで逃れた。
黒羽と黄金光が衝突してからこの間、約半秒。パムの黒羽は、ゼロカンマ五秒しかその形を保てなかった。
炎で炙られた黒い紙のように羽は焼け落ち、消滅。遮るものが無くなった黄金の熱光は、そのまま直進。
進行ルート上にある数々の建造物を貫いて猛進、<新宿>と他区を遮る<亀裂>まで一瞬で到達、そのまま渋谷区方面にまで消えて行く。
と、一同が認識した瞬間だった、光の柱によって貫かれた建造物が、盛大に爆発して行き、木端微塵に砕け飛んだ。
飲食店やコンビニエンスストア、霞ヶ丘に建てられた団地や、その先にある渋谷区のビルも、連鎖的に大爆発を引き起こし朦々と石煙が空へと立ち昇って行く。
方々から、悲鳴のような物が聞こえてくる。新国立競技場の内部から逃げ果せたが、その周辺に今も野次馬感覚で集まっているNPC達の声だった。
余りにも現実離れした破壊の光景、そしてすぐに、その悲鳴すらも掻き消す程の大音響が、この場所まで一気に叩きつけられてきた。

 ――そして、そのカタストロフも甚だしい光景が如何でもよくなるような、激しい震動が競技場周辺に走り始めた。
震度五は堅いのではと思う程の激震に、さしもの三人の女戦士達も慌てた。志希の方に至っては何が何だか解らず、両手両膝を地に付け四つん這いの状態になっていた。
激震の震源が、競技場の内部にある事を三人は突き止めたが、それが一体何なのかとなると、見当もつかなかった。どんな怪物が中に潜んでいるのかと、想像もしたくなかった。

 目を覆いたくなるような悲惨さと、見たくてなくても見てしまう程強烈な磁力と魔力を有した破壊の光景。そして、今しがたこの場を襲った地震。
三人は、戦闘を行うと言う事すらも忘れて、黄金光が通り過ぎた跡と競技場とに交互に目線を送り、それらを呆然と眺めていた。何があった、と考えるのはパムである。
黄金の光の柱、という特徴から、ルーラーから新たに指名手配された危険なサーヴァントである、クリストファー・ヴァルゼライドがいるのではと考えたのは永琳だ。
そして――今の攻撃の特徴から、内部に誰がいるのかを、全て理解してしまったのが、チトセとサヤの方だった。永琳の読み通りだった。内部に、いるのだ。チトセ達にとっての仇敵であるところの、クリストファー・ヴァルゼライドが。

 ――拙いな、今の攻撃の出力……流石のレイン・ポゥ達でも手に余るかも知れん――

196those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:34:03 ID:sKpPFLLE0
 此処でパムは、国立競技場の内部に偵察がてら、レイン・ポゥと純恋子を侵入させた事を思い出す。
ひょっとしたらサボって、国立競技場から既に逃げ果せたのかも知れないが、もしもそうだったのならどれ程良かった事か。
このまま行くと、下手をすれば本当に内部で死んでいた、と言う可能性もゼロではない。勿論交戦しておらず生き残っている可能性もなくはないが、
どちらにしてもこのまま内部に留め置いたままでは本当に命を失いかねない。彼女らは同盟相手として非常に優秀である。此処で亡くすにはあまりに惜しい。
目の前にいる永琳とチトセ、と言う強敵との戦いが此処で終わるのは名残惜しいが、此処は我慢だ、とパムは自分に言い聞かせる。その我慢を受け入れるのに二秒程の時間が必要だった事から、彼女がどれ程悩んでいたのか窺い知れよう。

「この建物の内部にて、待っている。私とケリを付けたいと言うのなら、追って来るが良い」

 捨て台詞を吐いてから、パムは、ヴァルゼライドの放ったガンマレイによって開けられた大穴から、競技場内部へと侵入。そのまま戦線から離脱する。
逃げたのではない、今の行動には二通りの意図がある。一つは、先ほども言ったようにレイン・ポゥ達の身の安全の確保の為。
そしてもう一つが、ある程度本気を出せるフィールドの確保の為。簡単だ、競技場の外で戦うよりも、戦う場所が広い競技場のフィールドその物で戦った方が、
パムとしても本気を出しやすいからだ。自分と決着を付けたいのなら、追って来い。その言葉は本心から出た言葉だ。
但し、追ってきた場合は、此方も本気を出す。競技場の内部も、パムが本気を出すには全然至らぬ程狭い空間ではあるが、それでも、先程まで永琳達と熾烈な戦闘を繰り広げていた場所に比べると、パムにとって出せる手札が一と十程も異なってくる。レイン・ポゥを救う事を考えながらも、永琳達との決着を付ける事も望んでいる。パムは、根っからのバトルマニアであった。

「……追うの?」

 今まで構えていた弓を下ろし、先程の戦いで負った傷を癒す為、治癒の魔術を身体に充てながら永琳が言った。
パムはああ言っていたが、永琳としては追跡する気はそれ程なかった。志希をこれ以上この場に留め置いても益はないからである。戦う必要性を見出せないのだ。
速い所メフィスト病院に戻った方が得策だろう、と言うのが永琳の考えだ。……無論、志希がまだ残ると言うのであれば、従者としてそれに従うつもりだが。

「アレを追う事はしないさ。適当にそこらの荒野で野垂れ死にして欲しいが……それで死ねば苦労しないだろうな」

 死んでくれと思って死ぬような人物なら苦労はしない。チトセも永琳も、同じ心持ちであった。

「それより――今の光を放った人物に用がある」

 そう、今の光を放った人物こそ、チトセ自身が決着を付けねばならない敵なのである。
その敵を倒して、彼女に勲が与えられる訳でもない。ただ、己自身の自己満足の為に、あの光を放った絶対善……ヴァルゼライドを斃すのだ。それが出来れば、悔いはない。あの男を葬れれば、聖杯に手が届かなくとも、満足して自分は消滅出来る、と言う物だった。

「其方は如何するのだ、銀髪の美人さん」

「そうね……ま、折を見て形振り決める事にするわ」

「のんびりした事だな」

「よく言われるわ」

 其処でチトセは、手に握っていた蛇腹剣を鞘に納め、ヴァルゼライドの放った裁きの光が空けた穴の方に目線を向ける。

197those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:34:24 ID:sKpPFLLE0
「正直な話、助かったよ。アーチャー……で、良いのかな?」

「えぇ」

「ではそう呼ばせて貰おう。其方がいなければ、私は今頃、あの魔王に葬られていたかも知れない。助力を得られて、此方としては非常に助かった。礼をしたい……と言うのは山々だが、今は持ち合わせも何もない上急ぎの身でね。次に生きて出会えた時に後払い、で良いか?」

「期待してないで待つわ」

「意外と手厳しいな……。私からは、以上だ。さらばだ、名も知らないアーチャー。貴殿の月弓神(アルテミス)の如き弓術……見事だった。次に出会う時も、敵ではいて欲しくないものだ。――では」

 「行くぞ」、そう口にするとチトセは、その穴の方へと走って行った。
彼女の言葉を受け、志希の近辺を警護していたサヤが、「ご武運をお祈りします」と口にし、チトセの後を追うように駆け出して行く。
両者共に、風の様な速度であった。それ程までにケリを付けたい相手が、向こうにいる事の何よりの証拠であった。

「敵でいて欲しくない、か」

 それは、永琳としても同じ事。
戦えば勝つのは自分だと言う自負に揺るぎはないが、それでも、戦う相手は選びたい。あの眼帯の女傑は、永琳としてもなるべく戦いたくない部類の女性だった。
そして何より――まだまだ彼女には教えて貰わねばならない事が山ほどある。その筆頭こそ、本当に正規の手順でこの地に招聘されたサーヴァントなのか、と言う事だ。
その機会を心待ちにしながら、永琳は、今も四つん這いの状態になっている志希の方に近付き、彼女に手を差し伸べながら口を開く。

「折見て形振り、の『折』は貴女よ、マスター。自分の意思で此処まで来たのでしょう? この後どう振る舞うかは、貴女が決めるのよ」

 永琳の声音は、マスターに向けられるものとは思えぬ程冷淡ではあるがしかし、志希に対する温情が隠せぬ程、彼女に対する思いやりが溢れていた。
一ノ瀬志希に、逡巡の時間はない。彼女に猶予された決断の時間は、何時だって短いのであるから。

198those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:34:46 ID:sKpPFLLE0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ヴァルゼライドの空けた大穴は、競技フィールドまで繋がっており、大穴の向かい側。
つまり、穴の空けられた方とは正反対の方角にあるスタンド席に、同じ様な穴がない事から、これをしでかした人物達はその場所で戦っていたと言う事が解る。
其処にレイン・ポゥ達がいるのかと思いきや、競技フィールドに移動する途中に存在する、新国立競技場の屋内フードコートに、彼女と純恋子はいた。
見た所サーヴァントではないが、しかし、サーヴァントに近しい強さを誇る人間二人が同じ空間に存在し、その内の片割れ。
剣身が激しく燃え盛っている剣を振う青年を、黒衣の青年と一緒になってレイン・ポゥ達が追い詰めていたのだ。

 その状況で、レイン・ポゥ達が如何なる打算を働かせ、黒衣黒帽の男と手を組んでいたのか、パムには解らない。
ただ、一つ確かな事があるとすれば――その二名のマスター達は確実に、チトセと同等或いはそれ以上の強さの持ち主であると言う事であった。
とは言え、それだけの強さを誇っているとは言えど、やはり多勢に無勢。三対一では燃える剣を振う男、ザ・ヒーローは防戦一方だ。
このままだと、ザ・ヒーローは調子を崩し敗れるだろう、と言うのがパムの見解。ならば、最早レイン・ポゥが加勢する必要はない。
そう判断したパムは、眼にもとまらぬ速さで駆け出し、レイン・ポゥと純恋子の下まで近寄り、彼らの服の襟を掴み、飛翔。
そのまま一気に、競技フィールドへと移動した。ザ・ヒーローと、黒衣の書生・ライドウは、何があったと言わんばかりに、パムが消え去って行った穴の方に目線を送った。

「無事で何よりだ、虹の道化師」

 目的の所まで飛びながら、パムがレイン・ポゥをねぎらった。

「おまっ、テメッ……!! あと少しであのマスターを殺せたのに……!!」

「殺せてたらどうなるんだ?」

「令呪が、貰えたんだよ!! 中二ゴリラ!!」

 口から火が吹かんばかりの勢いでレイン・ポゥは激怒する。
彼女はパムに予め見せていたのだ。<新宿>に於ける指名手配犯――つまり、遠坂凛と黒贄礼太郎、セリュー・ユビキタスと彼女の操るワニ頭のバーサーカー。
そして、ザ・ヒーローと彼の駆るバーサーカー、クリストファー・ヴァルゼライドの情報。契約者の鍵の情報を見ていたなら、今戦っていたのが件の人物、
ザ・ヒーローである事など直に解るだろう。あと少しで令呪も獲得出来、剰え黒衣の書生の命も刈り取れたのに、何て事をするんだこのアマはと、レイン・ポゥは本気で猛り狂っていた。

「令呪百画よりも頼りになる私がいるだろう、一画程度捨てておけ。それはそれとして、アイアン・メイデン。身に纏っているのは私の黒羽か? 中々サマになってるぞ」

「えぇ、私も前線に出たいと思いまして、応用させて頂きました」

「将来有望だな、お前は良い魔法少女になる」

 ちなみにアイアン・メイデンとは、パムが純恋子に授けた魔王塾塾長のネーミングセンスがきらりと光る二つ名である。
こんな、頭の痛くなるような会話とやり取りをするような奴らと一緒に、聖杯獲得まで付き合わなければならないなんて、と。
レイン・ポゥが改めて思い悩んでいると、目的地、新国立競技場のフィールド――忘れがちだが、ほんの数十分前までアイドル達が歌って踊っての晴れ舞台としていた場所にまで到達した。

199those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:35:02 ID:sKpPFLLE0
 其処には、あとほんの少しの契機で消滅は免れないと言う程に、手酷い傷が身体中に刻まれたバーサーカー・ヴァルゼライドと、
蒼白い魔力を発散させている異形のヒトガタと、左脇腹に傷を追った紅色のコートを羽織る男の三人が佇んでいた。
フィールドの真ん中には、どんな出力の攻撃を放ったのかパム達にすら悟らせない程、非常に大きな穴が開いているのが嫌でも解る。
そして何より、その穴の深き事よ。今レイン・ポゥ達は、パムに襟首を掴まれたまま高度五十m程の所を浮遊しているのだが、穴の底が全く見えないのである。
「深さ、八三一六m」と、羽の一つを精密走査用のそれにいつの間にか変更させていたパムが口にした。馬鹿な、とレイン・ポゥが小さく呟いた。
それはパムとて同じである。こんな深さの穴、自分の攻撃ですらも空けられるか如何か。――なんて、なんて……面白いのだろうか。口の端が吊り上がるのを、パムは隠せない。
一見するとあの、ヴァルゼライドと言う男はボロボロで、もう指一本も動かせない程の重傷を負っているように見えるが、その実、全く戦闘意欲を失っていないと言う事を、
パムは見抜いた。そしてそんな状態に陥って居ながら、あの男は、信じられない強さを誇っている。あの精神性は、パム好みであった。
何よりも、蒼いコート状の外皮に包まれた魔人の剣士と、紅いコートを羽織る男の、超常の強さ!! あれは一目見ただけで解る、桁違いに強い。
あれ程の強さの存在が、この小さな街に跋扈しており、そして今、そんな存在と戦えると思うと昂ぶりが隠せない。「おい、まさか、やめろよマジで」、と、小声でレイン・ポゥが懇願しているような気もするが、知った事ではない。

 動こうか、とした時に、である。
パムから見て真下の空間に、もう一人、この競技フィールドに姿を現す者がいた。それは先程までパムと戦っていた、チトセ・朧・アマツであった。
その姿を見た瞬間、この建物に来て初めて――尤も、この場にいる誰も知る由はないが――ヴァルゼライドが、心底から驚きに彩られた表情を見せた。
目線の先に佇む、鋼鉄でその身が構成されていると言われても誰も疑わない程、固い意思を体中から発散させるあの女性を。帝国内で鉄の女とすら呼ばれていたあの女の姿を。
ヴァルゼライドは忘れない。その在り方と正義を認めていて、そして彼なりに尊敬を払っていた女こそが、彼女であるからだ。

「チトセか……」

 其処に、再会を懐かしむような声音はなかった。敵に対して向けられる無慈悲な声音と、何ら変わりがない。

「私の事を忘れてないか、冷や冷やしたぞ。雷神(ゼウス)の命を裁く為、この女神(アストレア)。裁きの天秤を携えてこの場に参上した」

「――良かろう、来い。三人も四人も関係ない。最後にこの地獄に立ち尽くすのは――この俺だ」

 その言葉を契機に、蒼いコートの魔人・バージルと、それとは正反対の紅色のコートを羽織る魔剣士・バージルが、その姿を掻き消した。
「お姉様、其方は英雄を!! 私は背後の敵を食い止めます!!」と、チトセの後ろに待機していたサヤが叫ぶ。
「頼んだ!!」、そう言ってチトセが地を蹴り、一気にヴァルゼライドの所へと駆け出した。
これと同時にサヤが、プラズマ球を一つ、光の英雄が空けた大穴に飛来させ、発破。轟音が穴から鳴り響き、煙がもくもくと穴から立ち昇って行く。
その、砕かれた建材の煙を突き破り、燃える炎で剣身が覆われた剣を持った青年、ザ・ヒーローが競技場へと現れ、サヤ目掛けてその剣を振り下ろそうとする。
ザ・ヒーローの神速の一振りを、一足飛びに十数mも飛び退いて何とか躱すサヤ。この後だった。新たに煙を突き破り、
黒衣のデビルサマナー・ライドウが競技場に姿を見せたのは。彼は自分が従えている悪魔であるケルベロスをザ・ヒーローへと嗾ける。
ケルベロスから距離を取ろうと走るザ・ヒーローに合わせて、サヤがプラズマの熱球を複数個操って飛来させ、ライドウも拳銃を発砲する。

 一方、向こうでは、チトセの操る嵐や稲妻が怒涛の勢いでヴァルゼライドを攻め立てており、
彼女の邪魔にならぬよう、しかし、確実にヴァルゼライドを追い詰める、バージルの次元斬や幻影剣が夥しい数量で放たれて。
そしてダンテの方はスタイルを銃器の扱いに長けるガンスリンガーに変更させ、操る二丁の拳銃から魔力を込めた弾丸を連射しまくっていた。
だが、これらの猛攻を一身に受けるヴァルゼライドは、両手に握ったアダマンタイトの刀をまさに神憑り的な技を以って操って、
飛来する稲妻や弾丸、幻影剣の数々を粉砕し、空間を切断する次元斬や目に見えない真空のナイフを見切って捌いて、回避して行く。教科書通りの、大混戦。それが、パムの視界で繰り広げられていた。

 ――そんな様子を見て、パムらが滾らぬ筈がない。

200those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:35:26 ID:sKpPFLLE0
「混じるぞ」

「望む所ですわ」

「おい馬鹿やめろ、やめろぉ!!」

 そう叫び、いざパムが移動しようとしたその時である。
踊る者もいなくなり、タイタス10世に破壊されたまま放置された、アイドル達が踊っていたメインステージの方に近い側の入り口から、
新しい気配が勢いよく飛び出して来た。それは、何処かの学校指定制服を身に纏った少女と、如何にも年頃の男と言う風なファッションに身を包んだ青年を、
両腕に抱えたパーカーの青年だった。発する気配で解る、サーヴァントである。

 その光景に反応したのは、閻魔刀を振い激しくヴァルゼライドを攻め続けるバージルだ。
パーカーを着こんだライダーのサーヴァント、大杉栄光の姿を認めたバージルは、直に悪魔化を解除。
殺したくて仕方がないヴァルゼライドを、攻撃する事すらやめ、地上から二十m上空を浮遊している栄光の下へと一気に跳躍。
近付いてくる彼目掛けて、「危険だから今すぐ此処から離れろ!!」、と叫んでバージルに、制服を纏った少女の方を放った。
それを上手くキャッチしたバージルは、今も空中を舞いながら、己の足元に魔力による足場を創造させ、それを蹴って跳躍、軌道を修正。
まだ無事な方のスタンド席へと、少女、雪村あかりを抱えたまま着地。成程、如何やらあの蒼の魔剣士のマスターは、あの年端も行かない少女であり、
栄光とそのマスター・伊織順平と同盟に近い関係にあるらしい。それは、良い。だが、栄光の言っていた、『危険だから』、とは、何を指すのか。
――答え合わせは、バージルがスタンドに着地してから一秒たったかと言う短い時間の後、直に行われた。

 山のように盛られた火薬を一気に発破させたような轟音が、浮遊している栄光達の背後のスタンドから響いた。
その音の正体は、音源付近のスタンド席が、完膚なきまでに木端微塵にされる音であった。
嘗て其処が何であったのか、と言う事を悟らせない程に、スタンド席は完璧に破壊されており、更に、余りに無茶な破壊だった為か。
構造力学的に一気に不安定な形となり、スタンド席を覆う為の屋根が、音を立てて落下して行く。
これが、地面に衝突する度に、地面は軽く揺れ、砂嵐めいて煙が立ち昇って行く。その煙から、一人の男がゆっくりと、物見遊山でも決め込むような歩調で姿を現した。
顔に、恐らくは今回のイベントに出演していたであろうアイドルの来ていた制服を折りたたんで覆面のように巻いた、よれよれの黒礼服にスニーカーを履いた大男だった。
二m程もある緩く湾曲した柄の、直角についた刃渡り五十cm程の大鎌を左手に持ち、長さ四m程もある血で薄汚れて黒ずんだガードレールを右手に掴みながら。
凶器くじ番号八五番・農耕用の大鎌と、凶器くじ番号五十番・交通事故防止用のガードレールを手にした殺人鬼・黒贄礼太郎が姿を現した。

「――サクロアーショララ」

 その意味が何であるのかを全く掴ませない、気の抜けるような奇声を上げながら。覆面の間から覗くその双眸に、絶対零度の冷たさを宿らせながら。
黒贄礼太郎は地を蹴った。それだけのアクションで、音速の三倍に達する、信じられない移動速度であった。

「サクロアーショララ」

 ヴァルゼライドの下まで一気に距離を詰めた黒贄が、彼目掛けてガードレールを横薙ぎに振った。技術もへったくれもない、ただ力の限り振うだけ。
それだけで、音の八倍に達する速度を得たガードレールを、ガンマレイを纏わせた光刀でヴァルゼライドは防御。
地に足つけて踏ん張った、筈なのに。そんな努力は無駄だと言わんばかりに、ガードレールの振るわれた方角に、ヴァルゼライドは吹っ飛んで行き、フェンスに激突。そのままめり込んでしまった。

201those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:35:53 ID:sKpPFLLE0
 新たに姿を見せた敵が、ヴァルゼライドとは別の指名手配サーヴァントだと理解したダンテ。
剣身の残像が目に映らぬ程の速度で、宝具である魔剣リベリオンを袈裟懸けに振るい、黒贄の身体の前面を斬り裂いた。
そして、此処に来てダンテも、パムも、レイン・ポゥも、チトセも、バージルも気付く。ダンテが攻撃してダメージを負わせるまでもなく、黒贄の肉体は、ヴァルゼライドのそれに負けず劣らずの損壊の具合である事を。

「サクロアーショララ」

 反撃と言わんばかりに、黒贄は手に持った大鎌を振い、ダンテの首を刈り取ろうとする。
それをボクシングにおけるダッキングの要領で回避、今度はリベリオンを腹部に突き立てようとするが、これを黒贄は、身体を半身にする事で回避する。
だが、完全に回避するには至らなかった。右脇腹から臍の辺りまでをリベリオンの剣身が捉え、斬り裂かれてしまう。しかし、そんなダメージを負わせるまでもなく、黒贄の腹からは既に、大腸や小腸の類が暖簾のようにそぞろと垂れていた。

「サクロアーショララ」

 奇声を上げ、黒贄はガードレールを大上段から振り下ろし、ダンテの頭部を砕こうとする。
しかし、そんな大ぶりの攻撃は当たらない。直にガードレールの範囲外までステップを刻んで回避。
ガードレールが地面に衝突、着弾した地点を中心に、競技場全体を覆う程のクレーターが生まれ、ヴァルゼライドの特大のガンマレイの衝突に勝るとも劣らぬ激震が走った。
あり得ない程の膂力に、「オイオイ……」とさしものダンテも焦る。直撃していたら本当に、死んでいたかもしれない。

 ダンテのサポートをするように、チトセが雨雲を競技場全体に展開させ、其処にスコールめいて豪雨を降らせた。
沛然と降り頻る雨のせいで、数m先の風景すら上手く認識する事が出来ない。これではダンテやバージルにも支障が来たされるだろう。
この程度で攻撃の鋭さが曇らないと言う信用があってこそ、チトセはこれだけの雨を降らせているのだ。そして事実、ダンテもバージルもこの程度の雨、如何と言う事は無い。過去こんな雨の中、二人は死闘を繰り広げていた事があるのだから。

 雨雲は、ただ雨を降らせるだけではない。不吉な黒雲には、途方もない電力が孕まれている。
そして、裁きの稲妻を今、チトセの展開した雨雲は黒贄目掛けて叩き落とした。――誰が、信じられようか、黒贄は雷を見る事もなく、眼にも止まらぬ速さで移動し、『回避した』。

「馬鹿なッ!!」

 魔術や異能などと言った、超能力に関わる措置で防がれるのは解る。
だがそれすらも関係ない、ただの身体能力で完璧に稲妻を回避する等、人間の技どころか、サーヴァントの技として考えてもあり得ない。
その驚くべき技に驚いている隙を狙うように、黒贄はチトセの下へと接近、ガードレールを振り上げて、彼女を股から頭頂部まで引き潰そうとするが、
これを防ぐべく、ダンテが黒贄とチトセの間に立ち塞がった。大剣で黒贄の振り上げを防御。……したは良いが、ガードレールが完全に振り切られると同時に、
ダンテは見事なまでに垂直の角度で、上空まで吹っ飛ばされる。『三百m頭上』に展開された雨雲を突き破り、ダンテは、文字通りはるか上空にまで吹っ飛ばされてしまった。

「サクロアーショララ」

 奇声を上げた瞬間、彼の身体中に、浅葱色の剣が何十本と突き刺さった。バージルの放つ魔力の剣、幻影剣である。
覆面で覆われた頭部にも、元よりボロボロの胴体にも、あり得ない方向に十重二十重と圧し折れている両腕にも。全部の部位に、である。
だが、それは何ら行動を阻害する要因になり得ないと言わんばかりに、黒贄はバージルの居る方向に目線を送った。

「下がっていろ!!」

 あかりの方にバージルが怒号を上げるや、黒贄が其方目掛けて駆け出して来た。
フェンスまで後十m程と言う所で跳躍、一気にバージルの下へと接近した黒贄が、魔剣士の脳天目掛けて大鎌を振り下ろす。
神速の居合で、大鎌を握る彼の左腕ごと細切れにしたバージル。飛び散る血肉と骨片。黒贄がこれに、堪えている様子はない。
バージルの言葉の意味を漸く咀嚼したあかりが、慌ててその場から退散する。

202those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:36:10 ID:sKpPFLLE0
「サクロアーショララ」

 あかりが距離を取るのと同時に、黒贄が動く。右手に握ったガードレールを、乱暴その物と言う風な装いで、バージル目掛けて振り下ろした。
それを閻魔刀の剣身で防ぐが、二発目を防いだ辺りで、スタンド席全体に亀裂が生じ始め、三発目に到達した瞬間、その亀裂から完全にスタンド席が崩壊を始める。
黒贄とバージルは崩壊したスタンド席に姿勢を崩され、そのままスタンドを支える基礎部分に落下、更に、黒贄の無茶苦茶な腕力で衝撃を与え続けられた為に、
屋根が崩れて落ちて来る。それが彼らの所に衝突するよりも速く、黒贄は基礎部分から脱出。狙いを、あかりの方に定めた。

「させっかよ馬鹿ッ!!」

 と、あかりに攻撃を仕掛けようとする黒贄の方へと、順平を安全な所へと避難させ終えた栄光が特攻。
音の二倍で移動する事によって生まれた加速度を乗せ、黒贄の頭部目掛けて蹴りを行うが、それを必要最小限の動きで回避する黒贄。
カウンターと言わんばかりにガードレールを振って攻撃。慌てて、解法の透で身体に透過処理を行い攻撃を回避する。
最早黒贄の攻撃の速度は、栄光が反応出来るギリギリの速度にまで跳ね上がっている。この男が、時間の経過に従い攻撃の威力と速度が跳ね上がると気付いたのは、
この場に姿を見せるほんの一分前。それに気付いた時にはもう遅い。今や黒贄は、栄光では手の付けられない程の怪物になっていたのである。

 「そこを退け!!」、と言う、一言一句違わない同じ内容の男女の叫びが聞こえてくる。
それを受けて、急いで、風火輪の出力を上げその場から栄光は遠ざかる。黒贄もまた、軽くステップを刻んだ。
だが、黒礼服の殺人鬼の回避はやや遅れた。チトセが放った真空のナイフと、いつの間にか競技フィールドに空間転移していたバージルの次元斬。
それが、黒贄の左膝を捉えた。人参をよく研いだ包丁で切り飛ばすように、彼の脚部が宙を舞うが、これにすら、黒贄は如何と言う様子を見せていなかった。

「オイ、あれはお前達が戦った賞金首のサーヴァントじゃないのか?」

 と、それまで待機していたパムが、襟首を掴んでいたレイン・ポゥにそんな問いかけを投げて来た。

「ああ、そうだよ。それが何?」

 ズゥンッ、と言う腹に響く重低音が、指のように太い雨によって奏でられる雨音に混じって聞こえて来た。黒贄の腕力で崩落した屋根の瓦礫が地面に衝突する音だった。

「何、令呪は貴様にくれてやる、と言うだけの話だ」

「……あ?」

 何が何だか解らない、と言う風な表情のレイン・ポゥ。「鈍い奴だ」、とパムが呆れる。

「私が奴の首を獲って来るから、それを持ってお前はルーラーの下に駆けこむなりして令呪でも手に入れてこいと言うのだ」

 其処まで言うとパムは、無事な方のスタンド席にレイン・ポゥと純恋子を放り投げる。
咄嗟の事に彼女らも一瞬混乱したが、流石に歴戦の魔法少女である。くるりと一回転をして姿勢を制御した後、上手く着地。純恋子の方も器用に、レイン・ポゥの隣に着地した。

「お前達が必要だと思ったのなら、援護をしてくれても構わない。無論、私を狙う事も別に構わないが……私の力無しにこの地獄を切り抜けられると思うなよ」

 この上手い釘の刺し方は、流石に権謀術数の伏魔殿・魔法の国の一ブランチである、外交部門に属していた女性と言うだけはある。
今の状況、確かにレイン・ポゥの力だけでは上手く切り抜けられるとは限らない。パムには敵対の意思はなく、寧ろレイン・ポゥに対しては有効的な存在なのである。
それに、パムむざむざ此方の不手際で殺してしまえば、今後レイン・ポゥの主従は極めて苦しい戦いを強いられる事になるだろう。<新宿>の聖杯戦争は、甘くないのだ。
これをパムは、今の一言で虹の魔法少女に強く再認させたのである。チッ、と、愛くるしい容姿に似合わぬ盛大な舌打ちが、レイン・ポゥの口から響いた。パムは、聞いてやらなかった事にした。

「血が滾る」

 その一言と同時に、パムは、己の黒羽の一枚を百m上空まで浮遊させ、この大きさを拡大、そして、変形させて行く。
一秒経たずに黒い羽は、刃渡り三十m、柄の長さ十mと言うあり得ない程の大きさをして、黒一色の巨剣に変貌する。
そしてこれを、黒贄の方目掛け、彗星の如き速度で落下させたのだ!! 攻撃に気付いたチトセとバージルは、驚いた様な表情を浮かべて剣の範囲外から移動。
黒贄も遅れて攻撃に気付いたらしい。右腕一本でガードレールをぶん回し、剣身とそれを衝突させる。
時速七百㎞の速度で放たれた、重さ二十tの巨剣。それが黒贄の腕力によって、ブンブンと回転しながらあらぬ方向に弾き飛ばされてしまった。
これには流石のパムも驚くが、直に持ち直し、巨剣の下へと飛翔して接近。それを元の羽に戻して回収しようとする。

203those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:36:24 ID:sKpPFLLE0
「サクロアーショララ」

 耳朶を打つような重い雨音の中でも、黒贄の奇声は、不気味な程よく聞こえて来た。
――怪異その物とすら言える黒贄の存在を滅するが如く、チトセの展開した競技場全土を覆う雨雲を完全に蒸発させ、
パムが今まさに回収しようとしていた、黒羽が変じた巨剣を泡沫のように消滅させながら、黄金色の爆熱光が天空から降り注いだ。
その熱の光が、黒贄の頭部に命中する。頭の左半分が、その爆熱光に消し飛ばされ、その痛みに苦しむ間もなく、黄金の光が地面に着弾。大爆発を引き起こした。
爆風に煽られ、凄まじい勢いでバージルやチトセ、宙を浮遊する栄光や、同じく浮遊していたパムですらが吹っ飛ばされる。ほぼゼロ距離から大爆発を受けた黒贄が、
オモチャのゴムボールめいて吹っ飛んで行く。数千mの高さまで、芝生や陸上トラックの合成ゴムが舞い飛ばされるその光景。着弾の勢いで建物全体を激震させるエネルギー量。どれだけの威力を、今の光は有していたと言うのか。

 フェンスにめり込んでいたヴァルゼライド、ゆっくりと姿を現し、チトセやバージル、栄光にパム、そして黒贄を一瞥。
次の瞬間、ガンマレイを纏わせた刀を天高くに掲げ、剣先からガンマレイを発射した。
成層圏までその放射光を到達させ、枝分かれさせた上で様々な点をランダムに狙い打つ、あの攻撃を放とうとしたのである。
だが、それを打つ事は叶わなかった。何故か? ――ヴァルゼライドが上空に放ったガンマレイの軌道上に、黒贄の腕力の影響で高度二千m地点まで吹っ飛ばされたダンテが、
空間転移を駆使して元の競技場まで急いで戻って来たのである。ダンテは、ヴァルゼライドが何をしていたのかを上空から確認した瞬間、
魔術回路をロイヤルガードのそれに組み替え、それを以て彼の攻撃を完璧に防いだのである。

 完全に攻撃の出鼻を挫かれたヴァルゼライド。
攻撃を無効化された理由に気付いた時には、既に悪魔にその姿を変貌させていたダンテが近くに着地していた。
そして、ヴァルゼライドの服を乱暴に掴むや、爆風のあおりを受け、競技フィールドの端まで吹っ飛ばされて地面に蹲る黒贄目掛けてヴァルゼライドを、
丸めた紙クズのように投擲。黒贄に激突する訳には行かず、水平に吹っ飛ばされながらも何とか姿勢を整え、ガンマレイを纏わせた刀を地面に突き刺し、勢いを完全に殺した。
それと同時に、ヴァルゼライドは急いで刀を引き抜き、サイドステップを刻んで距離を取る。そうでなければ、彼がいた地点に走る、次元斬と真空のナイフで、身体を細切れにされていた事だろう。

「サクロアーショララ」

 黒贄が立ち上がる。爆風をもろに受け、太腿の中頃から千切れ飛んだ両脚でだ。これは最早、立ち上がると言う言葉すら使うのが躊躇われる状態だろう。
だが、黒贄の声音に異常はない。相も変わらず気の抜けるような声で、見る者に無限大の恐怖を与える冷たい光を双眸に宿している。ゾッとする程のタフネスだった。
さぁ殺しに行こう、と言う段になって、何かに気付いた様に黒贄が音の速度で移動を始めた。自分の方へと迫る、青白く光る謎の光条の存在に気付いたからだ。
それは黒贄のみならず、パムやヴァルゼライドの方にも迫っており、一目で見切るのが不可能な程複雑な蛇行軌道を描きながら彼らに迫るのだ。
パムは、自動防御機能を付与させた黒羽で防御するも、黒贄は移動速度よりも光条の速度の方が勝っていた為、剥き出しになった状態の右脳を光に貫かれ、
ヴァルゼライドに至っては完全に不意打ちかつ、意識の外の一撃だったらしい。肝臓を、今の一撃で貫かれた。

「ごぉぁっ……!?」

 ヴァルゼライドに訪れた受難はそれだけに非ず。
彼の背後から、音もなく臭いもなく、何よりも気配もなく、七色の刃が伸び、それが、彼の胸部に命中、貫通し、彼の両肺をズタズタに斬り裂いたからだ。
レイン・ポゥだ。いつの間にかヴァルゼライドの背後に回っていた彼女が、完全に油断しきっていた彼目掛けて、唯一最大の凶器である虹刃を放ったのだ。
黒贄は、異常なまでのタフネスを有していると言う事を、事前に知っているのは彼女と純恋子だけであった。故に、この虹の魔法少女は黒贄を初めから無視していた。
どうせなら、殺せる可能性の高いヴァルゼライドを仕留めようとしたのである。その目論見は、今叶った。レイン・ポゥは今、この<新宿>の地で『英雄殺し』を成し遂げようとしていた。

204those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:36:36 ID:sKpPFLLE0
「――まだだァッ!!」

 裂帛の雄叫びを上げ、ヴァルゼライドが覚醒した。
勢いよくアダマンタイトの刀を前後に振るい、己と地面とを縫いつける、レイン・ポゥの虹を溶断。
今も胸部を刺し貫いているそれを左手で引き抜き、陸上レーンの上に投げ捨てた。

「は、はぁッ!?」

 レイン・ポゥが驚きの声を上げた。
こうまで、自分の宝具をクリーンヒットさせているのに、全然平気な顔をしているサーヴァントばかりに当たると、流石の彼女も自信を無くす。
何故この男は、肺を破壊され、心室へと繋がる最重要点となる血管をズタズタにされているのに、当たり前のように平然と活動出来るのか。
……まさかレイン・ポゥも知らないだろう。今自分が仕留めようとした男が、『まだ終われない』と思い込むだけで、本当にどんな傷を負っても終わらない、理不尽の権化のような男であると言う事を。気合と根性をリソースに、何処までも成長する魔人よりも悍ましい超人である事を。

 レイン・ポゥの方に攻撃を仕掛けようとするヴァルゼライドであるが、それも叶わない。
彼は特に、この場にいる多くのサーヴァントに警戒されているのだ。ダンテに、チトセに、バージルに、そして栄光に。
そして、この場で唯一、栄光だけが特定出来る場所に、凄まじく高度な隠匿の魔術を使って、隠れながら狙撃を行っている永琳と志希に。
四面楚歌、とはまさにこの事だろう。ヴァルゼライドは正に、全方位に敵を作り過ぎてしまったのだった。

「サクロアーショララ」

 そしてそれは、黒贄礼太郎もまた同様。
永琳の放った必殺の光矢で脳を直接穿たれても、さも当たり前のように黒贄は立ち上がり、周囲を見渡した。
頭部を半分消し飛ばされ、ガンマレイの爆発をゼロ距離で受けて大損壊を負い、左腕もバージルの剣技で切り刻まれ、両脚が千切れているその状態で。
何故、生きていられるのかと、月の賢者は本気で理解が出来なかった。彼女の近くで、マスターである志希が嘔吐感を堪えている。永琳は今、理解不能と言う感情を抑え込んでいる。

 チトセが再び雨雲を頭上に展開させると同時に、ヴァルゼライドと黒贄目掛けてエボニーとアイボリーの弾丸を発砲するダンテ。
迫る凶弾を二人は高速で移動して回避するが、その移動先に合わせて、ヴァルゼライドの方には幻影剣を、黒贄の方には次元斬を以って対処するのはバージルだ。
ガンマレイを纏わせたアダマンタイトの刀で尽く浅葱色の魔剣を砕き落とすヴァルゼライド。
防御に気を取られているその隙を縫って、降り注ぐ雨に混じらせて、英雄を屠らんと頭目掛けてチトセが稲妻を落とす。
これを、当たり前の芸当だと言わんばかりに、刀を振い上げて真っ二つに裂いてしまうと言う凄まじい光景を見て、チトセは本気で、この男は化物だと再確認した。
一方、次元斬を放たれた黒贄は、凄まじいまでの瞬発力を以ってガードレールで地面を叩き、その勢いを利用して一気に二十m左方に飛び退く事で回避。
着地するその瞬間を待っていたと言わんばかりに、黒贄の周囲に魔力を固めた青と赤に光る弾幕が突如として現れ、それが彼の方に殺到。
ガードレールを無茶苦茶に振り回し、その七割程を破壊するが、残りの三割が、身体に命中。蜂の巣の如く、体中に風穴を開けられてしまう。

205those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:36:53 ID:sKpPFLLE0
「サクロアーショララ」

 声帯も両肺も完璧に破壊されたと言うのに、何処からこの男は、奇声を口に出来るのか。
黒贄の不死性について、半ば確信に近付いていると言っても過言ではないレイン・ポゥと栄光が動いた。
一瞬で黒贄の目の前に移動し現れた栄光が、彼目掛けてミドルキックを行おうとするも、異常な程の瞬発力で飛び退かれ回避されてしまう。
回避した先目掛け、レイン・ポゥが幾つもの虹の刃を、黒贄の頭上前後左右から延長させるが、ボロボロになったガードレールを大車輪のようにぶん回し、尽くを砕いてしまう。物理的頑丈さについては折り紙つきどころか無敵とすら言える虹の刃など、最早問題にもならない程の腕力に黒贄は成長していた。

「白聖(サンクトゥス)!!」

 パムがそう叫ぶと、いつの間にか数を元通りに修復させた、黒羽の一枚が、地上から見た太陽のように白色に輝き始め、そして、肥大。
二十m程の大きさになるや、白く燃え盛る炎が、羽から伸び始め、ダンテとバージル、チトセに栄光、そして黒贄目掛けて伸びて行く!!
まるで餌を見つけた蛇のように向かって行く白い炎は、チトセの降らせた星辰光の豪雨など物ともせず、パムが意識した標的へと向かって行く。
ダンテはこれをロイヤルガードのスタイルで防御し完全に無効化させ、バージルの方は閻魔刀で切り裂いて己の活動魔力にし、栄光は解法の崩で完璧に砕いて迎撃。
チトセの方は、永琳の助け舟で救われた。彼女は白い炎目掛け光矢を放ち、それが炎に命中した瞬間、夢幻の如く焔を消え失せさせたのである。
そして、ヴァルゼライドは白い炎よりもずっと強い火力と熱量を持つ、黄金色に燃える刀を振るって力尽くで粉砕。黒贄の方もガードレールを振い、己の腕力だけで砕いて見せたのだった。

 ――この戦いはきっと、皆が死に絶えるまで終わる事がないのだろうと。心の何処かで、志希、安全な所に隠れているあかりと順平は思うのだった。
サーヴァントは元より、彼らのマスターであるザ・ヒーローやライドウも、サーヴァント同士の戦いには目もくれず、互いに殺し合いを演じている。
この戦いの果てにはきっと、勝者のない空虚な終焉だけが、死と言う名の虚無が大口を空けて皆を待ち構えているだろう事を、三人のマスターは理解した。
それは、怯懦だったのかも知れない。サーヴァント達は皆、自分だけは生き残ると思っているのかもしれない。それでも、そんな予感が三人にはするのだ。
三人は、夢想し、そして、想到出来ない。アイドルの大虐殺から始まったこの戦いが――どのようにして結末を迎えるのか、と言う事が。

206those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:37:08 ID:sKpPFLLE0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「な、何、何が起ってるのコレ……!!」

 と、怯えた声音でスマートフォンを弄る少女の名は、トットポップ。
自他共に認める、飛び入り魔にして、日本の音楽業界に風穴を空けんと日夜励んでいるその少女は、彼女にしては珍しく、怯えた様子を隠せずにいる。

「も、もう逃げようよトット!! こんなの普通じゃない……!!」

 完全な涙目と涙声になりながら、彼女の友人である宮うつつが、彼女の衣服を引っ張っている。
SNSやまとめブログの情報を粗方見て、漸くトットポップは悟った、最早この新国立競技場は、アイドルのコンサートどころではなくなっていると言う事を。

 二人はあの後ずっと、倉庫に隠れて乱入の機を窺っていた。
今はその時じゃないその時じゃない、とずっと隠れていたが、ある程度時間が経ってから、アイドルの熱唱に湧いているのとは別種の悲鳴が聞こえて来たのだ。
何だろう、とその時は思っていたが時間が経過するにつれ、競技場は縦に横にと揺れるわ、鼓膜が馬鹿になる程の轟音が響き渡るわで、何が何だかの状態。
流石にこれはライブイベントで客を盛り上がらせる演出の域を超えていると気付いた二人は、スマートフォンを駆使して色々調べてみたが、其処で漸く、
この場所で何が起っているのか気付いたのだ。偽黒贄礼太郎――即ちタイタス10世があの大殺戮を繰り広げてから、実に十分以上も経過してからの出来事だ。

 逃げようと思っても、怖くて腰が上がらなかった。
まさか自分達のいるこの場所に、神楽坂で大殺戮を繰り広げた殺人鬼がたむろしているのだ。倉庫から抜け出して脱出しようにも、及び腰になってしまうのは当然の話。
音と揺れとは時間が経過するにつれて徐々に強くなって行き、遂には、この競技場全体が崩落するのではないかと言う程のそれへと到達した段になって漸く、
ガクガクの状態だった腰が復活。トットポップとうつつは初めて此処から逃げ出そうと行動に移したのだ。

 ドアを開け、外へと出るトットポップとうつつ。その時誰かが、廊下を横切ったのを明白に二人は目の当たりにした。
「ひっ……!!」と、うつつが声を上げる。もしや、あの殺人鬼……!? そう思うのも無理はない。今の二人の精神状況は、限界に近しかった。
ドアが開いた事に気付いたのか、横切った人物が其処へと近付き――蛇に睨まれた蛙の状態の二人にその姿を現した。

「っ……!! もう、何でこんな所に隠れてるの!! 早くここから逃げなさい!!」

 彼女達の瞳に映ったのは、明るい橙色の制服に身を包んだ、見た所トットポップ達と同い年の年齢の少女だった。
美人と言うよりはかわいい系の、明るく溌剌とした顔立ちで、二人は彼女に、ヒマワリの花をイメージした。きっと、さぞ笑顔が素敵なんだろうなと、うつつは考えた。

「此処はね、もうとっても危険な場所なんだよ? 早く逃げないと、本当にダメなんだから!!」

「じゃ、じゃあアンタは何で、わざわざ危険な方に行くんだよ!!」

 と、トットポップが食って掛かる。
そう、彼女らは知っている。今このオレンジ色の服の少女が向かっている方向は、競技場のフィールド。
あの殺人鬼が大量虐殺を引き起こし、今も轟音と震動の発生源となっている、見ずとも危険だと解る所。
そう、トットポップとうつつが隠れていた倉庫とは、フィールドとさして距離が離れていない場所にあった場所なのだ。
後十数m進むだけで、この少女は地獄の釜底とも言うべき場所にその身を投げ出す事になる。その事は、外へと通じる侵入口から嫌でも解る筈なのだ。

207those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:37:22 ID:sKpPFLLE0
 ――解る、筈なのに。
少女は、うつつが思った通りの、大輪のヒマワリを思わせるような魅力的な笑顔を浮かべた。同い年の男の子や、年上の男性も皆ノックアウト出来るだろう素敵な笑み。
そして、うつつだけが気付いた。その笑みには明るさと一緒に、例え様もない程に深い悲しみが同居している、と言う事に。

「それはね……那珂ちゃんが、アイドルだからだよ」

「そんなの、理由になってない……!!」

 うつつが反論する。

「ううん、なってるよ」

 首を振って、オレンジ色の制服の少女、那珂が否定する。

「アイドルはね――皆を笑顔にして、皆に希望を与える、とっても素晴らしいお仕事なんだから。こんなひどい状況だからこそ――私が頑張るんだよ」

 其処まで言った瞬間だった。
那珂と呼ばれる少女の手足や腰回りに、アニメや映画で見た事のある、戦艦の装備の一部が一瞬で装着された。
「え、え?」と、うつつが困惑する。こんな装備、今まで目の前の少女にはなかった筈なのに。

「初ライブを見て欲しいのはやまやまだけど、今は逃げた方がいいね。さようなら、早くここから脱出して、いつもの日常を送っててね」

 その瞬間、那珂と言う名の少女は、目にも止まらぬ速度で競技フィールドの方へと、滑るように移動して行った。
「あっ、ちょ!!」と、トットポップ達が倉庫から飛び出し、フィールドの方へと顔を向ける。いつの間にか其処には、滂沱と雨が降りしきっているではないか。
ヒマワリを思わせる可憐な少女は、雨に濡れる事すら厭わず、外へと飛び出し、フィールドのど真ん中へと移動した瞬間、何処からかマイクを取り出して、叫んだ。

「――みんなー!! 今日は私、那珂のライブに来てくれてありがとー!!」

 それは、競技場全体に響き渡るような、陽性そのものの声音だった。
マイクの補助を借りずとも、どれだけ雨がその声の伝達を邪魔しようとも。観客席全体に響き渡るだろうと言う確信がある、見る者に元気を与える明るい声音だった。
バケツをひっくり返すが如き雨の中にあっても、そんなものには負けないと言わんばかりに那珂は、周囲を見渡し始めていた。

「トット、あの人の言う通りだよ!! 早く逃げ――……トット?」

 言葉を言いかけた時、うつつは、トットポップの様子がおかしい事に気づき、言葉を呑みこんだ。
遠い目をしながら彼女は、那珂が叫んでいるフィールドの方を見つめているのだ。その方向に、これ以上と無い美しい朝日が昇り始めており、それに目線を奪われるかのようだった。

「……綺麗」

 雨に濡れてもアイドルとして折れず、それどころか、雨に濡れてもなお美しいその向日葵に、トットポップは、一瞬で魅了された。
地獄の只中に在って、平和と愛と希望を説かんとする、那珂と名乗るアイドルの姿に――彼女は、天使を見たのであった。光を、見たのであった。

208those who bear their name ◆zzpohGTsas:2017/01/16(月) 22:38:14 ID:sKpPFLLE0
投下を終了いたします。
今まで嘘吐いて回りましたが、漸く中盤が終わりです。
長いキャラ拘束、申し訳ございません。次が当話のラストです。もう少しつきあって頂ければ、幸いで御座います

209名無しさん:2017/01/17(火) 04:15:52 ID:yyzqxhL.0
投下乙です

総統が一番重傷なのに全然死ぬ気配無くて草
この大乱戦に笑顔で参戦する那珂ちゃんはアイドルの鑑なんだなぁ…

210名無しさん:2017/01/18(水) 13:44:08 ID:MfUJKC.U0
投下お疲れ様です。

今回は戦闘描写が特に濃厚な回で、とても読み応えがありました。
ダンテとバージルの卓越した技量と殺人的な連携が恐ろしいのもそうですが、それに荒唐無稽な理屈になっていない理屈で付いて行くヴァルゼライド総統がとにかく怖い……!
次元斬から着想を得た新技や上空からのランダム攻撃等、原作には居なかった強者との戦いを通じてどこまでも進化していく辺りが本当に「人間」というものを究極まで突き詰めた形なんだなあと実感させられました。
一方で魔王トリオは出てくるだけで読者の心を和ませてくれますね。とはいえ現在進行形で胃痛に悩まされているレイン・ポゥも、この状況と暴走しすぎの相方を持っておきながら限りなく最適に近い行動で立ち回り、確殺出来なかったとはいえ総統のような実力者に致命を叩き込んでいる辺り優秀なサーヴァントなのがよく分かります。
これまでの例に漏れず大暴れをかましている黒贄さんは、その凄まじい敏捷を回避に回せば負傷を避けられるだろうに、そうしないで全方位から負傷させられながら戦っているところが何か愛嬌があって好きですね。
そして最後、これまでやや空気気味だった艦隊のアイドルが遂に動き出す……性能では正直お世辞にも他のサーヴァントに敵いそうにない彼女ですが、どういう活躍をしてくれるか楽しみです。

211名無しさん:2017/01/19(木) 10:37:02 ID:.hk0ztfc0
投下乙

袋叩き状態なのにちっとも死にそうに無いバーサーカーズの理不尽さよ

212 ◆zzpohGTsas:2017/01/29(日) 23:52:06 ID:xG.F4yc60
かなり今更かと思われますが、現在執筆中の話に、追加するキャラを報告します

ランサー(高城絶斗)

以上のキャラを追加いたします。最後の最後で申し訳ない

213名無しさん:2017/01/30(月) 21:30:31 ID:O0WnvX7g0
タカジョーまで参戦とかこれもう(どんな結末になるか)分かんねえな…

214 ◆zzpohGTsas:2017/02/03(金) 18:45:02 ID:X2267p1E0
後編すらも長くなりそうなので、こちらは二分割いたします

投下します

215明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/03(金) 18:45:42 ID:X2267p1E0
 サーヴァントは全盛期の姿で召喚される事が常である、と言う知識は、当然現世に召喚されるサーヴァントに当たり前の如く備わっている。
老いていた時代よりも、脂が乗り活動力もある若い時の姿の方が強いと言うのは当然の話である。だが、この『全盛期』と言う言葉は、額面通りの意味とは限らない。
例えば、その一生涯に善と悪の、正常と狂気の側面を以って行動していた英霊がいるとする。例えば生涯の若き時代と老境の時に、極めた技術が違う英霊がいたとする。
サーヴァントは通常その英霊の一側面の為、必然的にある面だけを切り取ってこの世に招聘されるのだ。全てを兼ね備えて召喚される、と言う英霊は余り存在しない。
つまり同じ全盛期でも、若い時が剣術の全盛期、老いていた時には槍の全盛期と言うサーヴァントがいたとして、この英霊を召喚しようとすると、若年時代或いは老年時代の姿で召喚される事があるのだ。そして同様に、善であった時代、悪であった時代、狂気に身を委ねていた時代と、異なった切り口でも召喚される事も珍しくない。

 では、大本となる英霊の座に存在する本体、その一部分(=サーヴァント)とは、何を基準にしてこの世界に呼ばれるのか。
召喚するのに用いた触媒などその最たる例だ。槍或いは剣を得意としていた英霊がいて、どちらかの側面を呼びたいと言うのなら、
生前その英霊が使っていた槍か剣かの破片でも用意して、それを触媒にすれば良い。それらが用意出来なかった場合は、どうなるのか?
答えは、召喚者の性格や性質で決まる。召喚者、つまりマスターの性格が善なる者ならそれに相応しい者が呼ばれ、その反対も然り。
そして彼らは基本、性格の馬が合う事が多い。属性も同じであり、趣味嗜好も同じであるのだからそれも当然だ。
だがこれに加え、パズルのピースがはまるように、互いが互いを補い合うか如何かと言う事も加味して、マスターの下にサーヴァントがやってくるのだ。マスターの性格や性質、在り方と言うのは、サーヴァントを呼び寄せる最も強い『縁』なのである。

 ダガー・モールスによって召喚されたアーチャー・那珂は、本来召喚される筈だった側面とは違う形で召喚されたサーヴァントである。
通常彼女は川内型軽巡洋艦三番艦にして、第四水雷戦隊の旗艦であった『那珂』をモティーフにした艦娘、つまり、
悖らず、恥じず、憾まずと言う、五省の精神を正しく理解し高い誇りと使命感を抱いた立派なサーヴァントとして召喚される。
だが此処に、音楽を生命維持活動の糧とするダガーの在り方が加わった事により、帝国海軍としての矜持と『艦隊のアイドル』としての在り方の比率がやや狂った。
那珂のアイドルとしてのこだわりは、後付けで付加されたと言うキャラクターではなく、『地』である。つまり、元からこう言う気はあったのだ。
アイドルとしての側面がフィーチャーされた結果、本来有する筈であった宝具が完全に変質を遂げてしまった。那珂こそ正しく、変則的に召喚されたサーヴァントの代表格であった。

 早く此処から退散しましょうと、マネージャーのオガサワラが那珂に対して当たり前の事を言っていたのが、遠い昔の事のように思える。
極めて常識的で当たり前の判断である。何せ那珂がオガサワラと共に見ていた光景は、黒贄礼太郎が謎の稲妻を出して殺戮を繰り広げていたと言う物である。
何時自分に累が及ぶか解らない。オガサワラとしても命が惜しい為逃げ出したかっただろうし、何よりも那珂を此処で死なせたくもなかっただろう。

216明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/03(金) 18:45:58 ID:X2267p1E0
 それでも那珂は、新国立競技場と言う名前をしたこの地獄に残った。
此方の手首を掴んで引っ張ろうとするオガサワラの手を振り切り、怯え、逃げ惑い、そして殺される聴衆やアイドル達を眺めていた。
時間が経過し、NPC達の哀れな骸だけが取り残された競技フィールドで、新しくこの場に参上したサーヴァント達の死闘の光景をつぶさに観察しながら。
那珂は、『その瞬間』を待っていた。<新宿>に集まった人間達を救えぬ無力と言う耐え難きを耐え続け、NPC達が全員逃げてもなお、
那珂をこの場から退散させようと必死に粘っていたオガサワラをこの建物から急いで退散させて。遂に、その時が訪れた。

 那珂は、アイドルである。戦える、アイドルである。
彼女にとってアイドルとは、希望のシンボルであり、人に安らぎを与える偶像の事を指す。
それは正しく、戦時にあって自国に勝利を、国民と自身を操舵する兵士に戦勝の喜びを与える『軍艦』に求められた役割その物だった。
那珂は、平和と希望を愛していた。そして可能なら、戦闘も、それによる死者も、この世からなくなる事を望んでいた。彼女に限らず、艦娘の多くはそれを望んでいた筈だ。

 那珂のいる日本は、軍艦そのものだった那珂が活躍していた日本とは違うけれど。艦娘として活躍していた世界の日本とも違うけれど。
それでも、彼女は自分を抑えられなかった。希望のシンボルである自分が、此処でこの地獄から逃げ出してしまえば、嘘だと思っていたからだ。
――かくして那珂は、自分よりもずっと強いサーヴァントが跋扈する新国立競技場のフィールドへと参上した。地獄に光を差し込む為に、光で魔城を崩さんが為に。
アイドルとして召喚された那珂と、第四水雷戦隊の旗艦である本来の那珂には、大きな共通点が一つあった。そのどちらもが、『正義』の人だと言う事。第四水雷戦隊として呼ばれても、那珂はきっと、この地獄に飛び込んでいただろう。彼女は、そう言う人であるからだ。

217明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/03(金) 18:46:30 ID:X2267p1E0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 きっと、誰もが面喰った事であろう。そして事実、彼らは動きを止め、その少女の方に目線を向けていた。
双方共に並々ならぬ因縁を持っている悪魔の双子、ダンテとバージルも。生前からの付き合いであり、出会えば敵同士の宿命を持つヴァルゼライドとチトセも。
パムも、永琳も、レイン・ポゥも、栄光も。果ては、無窮と無限大の殺意の化身たる魔王・黒贄礼太郎ですら、その動きを止め、滂沱と降り頻る雨に打たれ続ける少女――那珂の方に目線を向けているではないか。

 サーヴァントを相手に、外見の厳めしさから強さを判断する等と言うのはナンセンスだが、それでも、こう思わざるを得ない。
市井の中では目立つ程度の姿しか特徴のない、女性に過ぎないと。永琳やチトセ、パムと言う万人が想起する所の美女のイメージそのもののサーヴァントと比較されれば、
とてもではないが分が悪いにも程がある。まさに、サーヴァントには思えぬ様な外見のサーヴァント。凄味も何もない、底抜けの明るさと善性だけが取り柄の、NPCの延長線上の存在と言っても信じられるだろう女性。それが、この場にいる全員が那珂に対して抱いたイメージだ。

 そんな存在が突如としてこの場所に現れ、そしてあろう事か大声で自分の真名まで明かしてしまった。これには皆も、柄杓で水を浴びせられたような顔をしている。
尤も、自分の真名を明らかにすると言う前例は、黒贄礼太郎と相見えたサーヴァントは既に体験している為、さして驚きもない。
それ以上に一部のサーヴァント――特にライダー・大杉栄光にとって一番驚きであったのが、こんなサーヴァントがまだ隠れていたのか、と言う事である。
そも大杉栄光が競技場の内部を駆けずり回っていたのは、偽物の黒贄礼太郎、つまりタイタス10世と彼を操っていたク・ルームの主を探す為であった。
結局、この二人を操っていただろうサーヴァントを栄光は見つける事が出来なかったのであるが、それでも、解法による魔術的な解析を繰り返しながら、
この建物を広範に駆けずり回っていたのは真実である。栄光の解析の術が高度な物である事は、ベルク・カッツェを防戦一方に追い込んだ事からも周知の事実。
栄光自身も己の解法には絶対の自信があったのだが、その栄光をして、那珂の存在を認知する事が出来なかった。この一点に栄光は、強い衝撃を憶えていた。
彼が本気を出して解法を用い、競技場中を探していれば、サーヴァントとしての那珂の存在を認識する事は出来たろう。
ベルク・カッツェや黒贄との一戦が立て続けに起こってしまったが為に、那珂を探す事が出来なかった事と、那珂自身のある特質が、栄光の解析を欺く隠れ蓑となったのだ。

 那珂に限らず、艦娘と言うものは彼女ら自身を象徴する装備である艤装を外してしまうと、艦娘としての力が発揮でなくなり、生身の人間と全く同じ存在となる。
これは、サーヴァントの身の上になっても同じ事なのだ。艦娘がサーヴァントとしての実力を発揮出来るのは、艤装を装着している時のみであり、
これを外してしまうと彼女達はサーヴァントの時に出来た筈の攻撃行動すら取れなくなる代わりに、サーヴァントとして認識されなくなるのである。
艤装を外した際の彼女ら艦娘の、自分達の隠蔽能力は極めて高い。余程高度な魔術を操れるか、彼女らについて深い知識を有しているか、
そもそも彼女らがサーヴァントである事に既知である事を除けば、先ず彼女らが聖杯戦争に参戦しているサーヴァントだと気付かれないのである。
恐らくは、栄光や永琳、パムと言ったサーヴァントが那珂の存在を認知し、本気で解法や魔術、黒羽による解析を叩き込んでいれば、彼女がサーヴァントであると気付く事が出来たろう。その状況が訪れなかった事が、那珂の存在を事此処に至るまで認識させずに至った原因の一つなのである。

「今日はここでね、とてもすごいアイドルの皆が、元気に、綺麗に歌ってたの。だけど皆、最後まで歌うことは出来なかった。……どんな激しいパフォーマンスの後の疲れも直に吹っ飛んじゃう、貰って嬉しいアンコールの声援も、最後までなかった」

218明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/03(金) 18:46:58 ID:X2267p1E0
 己の名を宣誓してから、那珂は続ける。地面に当たり、弾けて砕ける雨の音の中にあって、彼女の声はよく響く。
彼女の口にしている内容は恐らく、346プロダクション主導で行われていたアイドルのライブイベントの事であろう。
黒贄礼太郎――に化けたタイタス10世、そして、此処に集ったサーヴァント達の毒牙、或いは、毒牙を折らんとまたしても集まった正義のサーヴァントの手によって、
彼女達の晴れ舞台は完膚なきまでに破壊されてしまった。悪なる者が己の目的と欲とを満たす為に混沌を振り撒き、そして悪を倒さんと参上した善なる者。
介入が介入を呼び、そして参戦がより深く広い混沌を生む。嘗て、少女達の夢と希望で溢れていたこのステージは、言ってしまえばこの、己の尾を喰らう蛇(ウロボロス)の如き、終わる事のない悪意と善意の介入による熾烈で陰惨な戦いの末に破壊されたも同然であった。

「そのアイドル達が活躍する筈だったこの舞台で、私が歌うのは、活躍の横取りみたいで、とってもアレだけど――」

 すると那珂は、懐に隠し持っていたマイクを取り出し、口元へと持って行った。
ワイヤレスとは言え、無線を受信するスピーカーは戦いの影響で尽く壊滅している。声を競技場中に広がらせると言う事は出来ない。それは那珂も知っている。
このマイクは言わば、己のアイドルとしての意識を強化させ、これから行うパフォーマンスに全霊を注ぐ為に精神的な切り替えを行う、ある種の儀式的な意味を持つアイテムである。宝具でもなければ、魔力の籠った代物でもない。本当にただのマイク、行ってしまえばこれは、己の意思確認の為だけの代物に過ぎないのだ。

「それでも、私は、歌わせて貰うね。悲劇は誰だって、嫌だから。アイドルは、希望と平和と、愛の象徴だから――!!」

 並々ならぬ気魄を感じ取ったか、三人のサーヴァントが行動に移った。
パムは己の黒羽の形状を変化させようとし、永琳は己と志希の気配を遮断させ透明化させる結界の内部で弓を引き、バージルは閻魔刀の柄に手を伸ばす。
この中で一番攻撃を行うのが早かったのがバージルである。神速の居合と閻魔刀の持つ性質が符合する事で初めて成立する絶技、次元斬が那珂を斬り刻まんとするが、
何と彼女はこれを右に数m滑って移動する事で回避した。これは、偶然でもまぐれでもない。那珂は、艤装を纏っていなければサーヴァントとして認識されないと言う特徴と、時には目視で十数㎞以上先の水平線に潜む深海棲艦を確認しなければならない艦娘が持つ視力の良さで、ダンテとバージル、ヴァルゼライドの戦闘をつぶさに観察していたのだ。故に、解る。彼らがどんな戦い方をして、どんな技を使うのかが。次元斬など、那珂が特に警戒していた技である。最大限警戒している今この状況で、当たる筈もなかった。

 ならば、と次元斬を再び放とうとするバージルであるが――柄に今まさに右手が触れんとする、そのタイミングで、彼は静止した。
いや、静止した、と言う、まるで『自分の意思で行動を止めた』ような言い方は、精確ではない。正しい言い方は、『動けなくなった』、だ。
そして、その奇怪な現象に見舞われたのは、バージルだけに非ず。ダンテも、永琳も、チトセもヴァルゼライドもレイン・ポゥも黒贄も身体の自由を奪われ、
空中を浮遊していたパムと栄光は己の能力で保っていた浮力を全て無効化された挙句、地面へと墜落。そのまま地面に這い蹲らされた状態で、動く事が出来なくなった。
動けないのはサーヴァントだけではない。マスターであるライドウやザ・ヒーロー、純恋子に志希、そしてサヤに至るまで。例外など一つとして存在しない。この場所にいる全員が、動けなくなったのだ。

 ――そしてその原因が、突如として競技場中に響き渡っている、リズミカルな金属音のせいである事は、動けぬ全員が認識していた。
この音が鳴り響いた瞬間の事だった。超常の技巧を身に付けるダンテやバージル、ヴァルゼライド、極めて高ランクの対魔力を有する永琳ですらが、生きたまま剥製にされるが如く動けなくなったのは。

 金属と金属をぶつけたような、それでいて軽快さを感じさせる音が幾度か続いた後であった。
スピーカーは既に破壊されたばかりか、これを機能させる送電線の類も戦闘の余波で断線されて機能していない筈なのに。
何処からともなく奏でられる、電子楽器のメロディーが、一同の聴覚が拾った。拾って、当たり前の話だ。何せ競技場中に響き渡る程の大音響なのだ。
この軽快なポップ調が聞こえないなど、鼓膜が破れているか先天的に耳が聞こえないのどちらかしかあり得ない。

219明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/03(金) 18:47:44 ID:X2267p1E0
「では、聞いて下さい。私、那珂ちゃんが誇る唯一最大のヒットナンバー。『恋の2-4-11』を!!」

 何かが来る。この場にいる誰もがそう思い、身体に力を込めた。
そう思うのも、当然の事であろう。屈指の実力者であるダンテやバージル、ヴァルゼライドにパム、そして、
この場にいるメンバーの中で一番高い対魔力を誇る永琳や、解法と言う術の解体に最も適した技術の達者である栄光ですら、指一本動かせない状態なのだ。
聖杯狙いのサーヴァントなら、動けない事を良い事にサーヴァントに致死の一撃を与える事など平気で行うだろう。そんな事、素人でも想到出来る推論だ。
と言うよりそれが、当然の判断である。どちらにしてもこの状況、唯一自由に動けるのは那珂一人だけである事に皆気付いている。何をされてもおかしくない。
どんな攻撃が来るのか、そしてその攻撃を喰らった後どう立て直す? どちらにしても痛い一撃の一つは貰う事は避けられない。マスターに攻撃が来たらどう対処する?
誰も彼もが、那珂の次の行動を警戒し、その動向を注目していた。彼らをどうするかは、他ならぬ那珂の一存に掛かっていたからだ。






          「――気づいてるわ、みんなが私を」






 ……………………。
皆も予想出来なかったろう。確かに、歌わせて貰うと他ならぬ彼女自身が言っていた。アイドルとは何なのか、と言う思いの丈をぶつけてきたりもした。
だがまさか、本当に『歌い始める』とは、全員が予想していなかった。魔力や呪力を、歌や踊りに込めて成立する魔術や奇跡は、珍しいものではない。
イアソン率いるアルゴー船を難破させかけたセイレーンや、ヒンドゥー教における破壊神シヴァの相(アヴァターラ)の一つである舞踊の王・ナタラージャなど、
歌や踊りを象徴する悪魔や妖精、神などレアと呼べるものでもなく、翻って、こう言った物を応用した魔術や儀式の存在は世界中の何処にでも存在する。
だが聞いた所、那珂の歌と踊りにそんな力はない。つまり、本当にこのサーヴァントは、この場にいる超一級所ばかりのサーヴァント達を行動不能にさせた上で、何の効果もない歌と踊りを披露しているだけなのだ。目が点になるのも、当たり前の事であった。

「ハートの視線で、見つめてるの」

 CV:佐倉綾音で歌い続ける那珂に、一同は驚きと呆れの目線を注ぎ続ける。

 ダンテは、白い拳銃アイボリーの銃口を那珂の方、黒い拳銃エボニーの方をヴァルゼライドの方に向けた状態で、停止していた。
「何でアイドル気取りのサーヴァントの余興を観なきゃいけねぇんだ」、と胸中でダンテが愚痴を零している事を、果たして那珂は知っているだろうか。知らない。

 バージルは、閻魔刀を鞘から十cm程引き抜いた状態で、停止していた。恐らくはスカイフィッシュなどのUMAよりもみる事が出来ない、バージルの貴重な抜刀の瞬間だ。
此方もダンテ同様、那珂のパフォーマンスを観なければならない事に不機嫌を隠せない。ただ、刻まれた眉間の険しさは、ダンテよりも遥かに強い。

 永琳は、那珂目掛けて今まさに矢を弦から放とうと言うその瞬間のまま、停止させられていた。
音楽が流れたその瞬間に、透明化と気配遮断の効果を齎す結界も強制的に解除させられ、彼女と、傍にいる志希の姿は誰の目から見ても露の状態になっている。
此方もバージル同様、普通であればまずお目に掛かれぬ貴重な状態で動きを止められているが、この姿勢を維持するのは、彼女としてもキツいらしい。表情が固い。

 チトセの方は、蛇腹剣を持った右腕を、那珂の方に走って近づこうとするヴァルゼライドに向けている姿勢のまま、停止していた。
メロディが奏でられていなければ、蛇腹剣は必殺の速度と威力を伴って英雄に殺到したのだろうが、今はダランと、チトセの足元まで縄暖簾の如く垂れていた。
那珂の歌の影響か、チトセが頭上に展開させていた雨雲から降り頻る雨の勢いが徐々に弱くなっていく。雨雲を維持するのに必要な、チトセから常時供給される魔力が今は途絶えている状態なのだ。このまま行けば一分後には、雨雲は消えてなくなる。

220明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/03(金) 18:48:03 ID:X2267p1E0
 ヴァルゼライドは、右足を上げた状態のまま、右手に握った刀を振り被っている状態のまま停止させられている。
恐らくはそのまま刀を振るい、ガンマレイを放つつもりであったのだろう。歌の影響で此方も、刀に付与させていたガンマレイが消え失せてしまい、
その裸の剣身が露に――否。ヴァルゼライドの握っていた刀は、鍔の先が完全に消失していた。剣身が根元から存在しないのだ。
アダマンタイト刀の剣身は、先のダンテとバージルとの戦いで纏わせていた極大のガンマレイの熱の影響で当の昔に消滅していたのである。つまりヴァルゼライドはある時期まで、刀身の形をしたガンマレイを振ってダンテ達と戦っていた事になる。

 それまで自らの力を使って空を飛んでいた栄光とパムは、那珂の歌の影響でそのまま地面に墜落。両者共に立ち上がろうとする瞬間のまま止まっていた。
順平と一緒に、何も無ければアイドルのステージを楽しむと言う目的が、こんな形で叶ってしまった栄光は、複雑そうな顔を隠せない。
一方パムの方はと言うと、素直に那珂のパフォーマンスを眺めていた。普段の口ぶりや素行、そして彼女自身の性格から予想出来るように、彼女はこう言ったキャピキャピチャラチャラしたイベントは好みではない。好みではないが、たまにこうして見るのも悪くはないなと思っていた。やらせてみるのも悪くはないと思っていた。やってみる、ではなく『やらせてみる』なのがミソだった。

 レイン・ポゥは、スタンド席の柵に足を掛け、競技場へと飛び出して戦線に混じろうとする純恋子の襟を引っ張って静止させている状態のまま停止していた。
当然純恋子も、那珂の音楽の影響で動けない状態である。動けないのは癪だが、純恋子も動けないし、これはこれで助かる面もある、とレイン・ポゥは考えていた。

 黒贄は、地面を這い回って動こうとする、そのタイミングで動きを止められている。
子供でも、一分と生きられない事が解る程の惨い状態であるのに、まだ、生命力の熾火が身体から消えていない事が、冷たく、それでいて爛々と黒く輝く双眸からも窺い知れる。

 ライドウとザ・ヒーローは、この場に那珂が新しく乱入した事に気づいても、互いの戦いに集中していたらしい。
那珂に気を取られていれば、その隙を狙って首を落とされるからだ。二人は、己の持つ得物で鍔迫り合いを行った状態のまま、動けなくさせられていた。
今まさにザ・ヒーローに飛び掛かろうと身体を屈めさせているケルベロスも、今の事態に驚きを隠せていない様子だった。
そして、二人からやや離れた所で、プラズマ球を放とうと構えを取るが、その状態のまま行動不能を余儀なくされているサヤ・キリガクレの姿があった。

「恋の2-4-11、ハートが高鳴るの!! 入渠しても治まらない、どうしたらいいの? 」

 曲は、一番のサビの入った。どうしたらいいと言うのはこっちの台詞だと、胸中で零したのは誰だったか。
それぞれが思い思いの体勢で、那珂のパフォーマンスを眺めている。真面目に聞いている人物など、果たしてこの場に幾人いるのだろうか。

 指を思わせる太さの雨糸が、絹の糸を思わせるような細さに目に見えて変じて行く。そして、雨脚も目に見えて弱くなって行く。
チトセが頭上に展開させていた雨雲は、徐々に千切れて、その形を保てなくなって行き、黒雲の切れ目から太陽の光が、破邪の聖光めいて競技場に降り注いだ。

「気づかないの? 私がみんなに向けてる視線と違うことに」

 歌いながら那珂は、此方に無慈悲に降り注いでいた雨が徐々に弱まり、競技場の至る所に陽光が差している事を認識。
歌の力ね、と、彼女は熱唱と熱演を続けながら思った。そしてそれは真実、その通りではあるのだが。

221明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/03(金) 18:48:16 ID:X2267p1E0
 ダンテ達を行動不能の状態に陥れている原因が、那珂の歌及び音楽である事は、既にこの場にいる全員が気付いている。
真実である。彼ら程の実力を誇る戦士に一方的なまでに自発的な行動を封印させ続けるこの宝具こそ、『恋の2-4-11』。
そう、那珂の言っていた曲名は正真正銘本当の宝具名だったのだ。この宝具の本質は、『歌が届く範囲を強制的に固有結界の内部と同じ扱いにする』、
と言う変則的なもの。つまり、歌が聞こえる範囲に存在する者は全て、那珂の固有結界に引きずり込まれるのと同じなのだ。
そして固有結界の内部で起る事は、今繰り広げられている光景の通りである。那珂が歌っている間は一切、範囲内の者達は那珂の行動を阻害出来ない。
一度始まってしまえば最後、彼らは那珂の歌やパフォーマンスを聞く以外の選択肢を一切合財奪われるのである。
言ってしまえばこの宝具は、『魅力的なアイドルの歌唱を聴衆は圧倒されねばならない』、と言う価値観を強制するものなのだ。

 但し、その価値観は那珂にも適用される。
アイドルである以上曲目を歌い始めたのなら、『曲の中で行われるパフォーマンスを終えない限り、そのパフォーマンス以外の行動をとる事は許されない』。
そう、この宝具は発動してしまえば最後。宝具を行った当人である那珂ですら、曲が終わるまで歌い続け、踊り続けねばならないのだ。
これは当たり前の事である。アイドルならば、曲が始まってしまえばそれが終わるまでパフォーマンスを途中で終わらせて帰るなど、言語道断であるからだ。
言ってしまえばこの宝具は、『アイドルとしてのプロフェッショナリズムを那珂自身にも強要する』、という側面も持っている。

 この宝具の弱点は単純明快である。『那珂が動けない事』、この一点に尽きる。
行動不能になりたくないのならば、宝具の範囲内に移動すれば良く、其処まで逃れてしまえば、後はどうなるか。那珂はパフォーマンスを行わねばならず、動けない。
つまり、宝具の範囲外から遠距離攻撃を行ってしまえば、彼女は一方的に攻撃を叩き込まれるサンドバッグと成り果てるのだ。
当然の事、那珂は誰よりもこの宝具の弱点を認識している。実は那珂が正義感に燃えていながら、どうして戦闘が起ったと同時にこの場に突入しなかったのか、
と言う理由はこれが原因である。那珂はアイドルである以上に、マスターであるダガー・モールスに勝利と言う希望を見せねばならないサーヴァントだ。
故に、勝手に敗北し、消滅する事は許されない。そしてこの宝具はその危険性が特に高まる。使用には慎重に慎重を期さねばならないのは当然の帰結。
他にもサーヴァントがいるかも知れないと考えると、おいそれと開帳出来る代物ではない。そう、那珂は、もう他にサーヴァントは来ないだろうと言うタイミングを、
見計らっていたからこそ参戦が遅れたのである。そしてその間、次々にNPC達が死んで行き、その度に己の無力を噛みしめるしかなかった。
希望と愛を教えるアイドルと、戦闘の為の装置である艦娘でありサーヴァントとの狭間で苦しみ続け、そして漸く巡って来たその瞬間。その乱入の瞬間こそが、トットポップ達と挨拶を行ってからの出来事だった。

 では、この宝具で愛と平和の尊さを訴えたからと言って、彼らが直ちに戦いを止めるのか?
止めない、と誰もが思うだろう。事実、この宝具の発動者である那珂ですら、そうは思っていない。この宝具は動きを止めるだけ。相手の意識を変える力などないのだ。
ただ動きを四分半止める程度では、彼らの意識は変わりようがない。そんな事、那珂は初めから解っていた。
では、初めから徒労に終わると解った上で、那珂はリスクを冒したのか? 答えは、否。那珂には勝算と、ダガーに対して有利を献上する確かな策があったからこそ、こうして宝具を開帳しているのだ。

 那珂と言う少女は知っている。戦争が何故起こるのか、そのメカニズムをだ。
究極的には人間は、『メリットのない戦いは避ける生き物』だと言う事を、那珂は知っている。勿論例外は存在するが、例外は少数派の中の少数派だからこそ例外なのである。
戦争が起きる理由など、洋の東西の歴史を紐解いても、『戦うと言う事自体にメリットがある』からに他ならない。
国益の為、己の主権と覇権の為、そして、我欲の為。何時だって戦争は、人のエゴとサガから勃発する。人の歴史が今後何千年続こうが、これは変わらないだろう。
嘗て大日本帝国海軍で運用された、戦争の為の道具である軍艦・那珂の転生体にも等しい艦娘、川内型軽巡洋艦三番艦・アーチャー那珂は――いや。
戦時に何時突入してもおかしくない異様な時代に生まれ、そして事実戦争の為の道具として用いられた軍艦の転生体である艦娘達は皆等しく、戦争のメカニズムを肌で理解していたのだ。

222明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/03(金) 18:48:37 ID:X2267p1E0
 今回の新国立競技場での戦いを、那珂は、彼女なりに分析していた。
今回の戦いが何故起ったのか、その切欠となったのは間違いなく黒贄礼太郎に化けたタイタス10世が暴れたからであろう。
では、その切欠が排除されたのに、どうしてこの戦いは泥沼化しているのか? 戦端を開く原因となったタイタス10世を排除するべく、
次から次へとサーヴァント達が乱入し、そして彼らにもまた、何かしらの因縁があったからである。勿論、此処にいるサーヴァントが有しているそれぞれの因縁全てを、
那珂は把握している訳ではない。彼らがそれぞれ有している宿命を理解している訳でもないし、彼らに纏わる因縁を全て解決出来るとは那珂は端から考えていない。
考えていないが、今回の戦いを高い確率で終わらせる策を、那珂は持っていた。そして正にその策は、先の『戦うと言う事自体にメリットがある』、という話に繋がるのだ。
そう、今回の戦いに参戦する『メリット』とは、とどのつまり何なのか? 答えは一つしかない。この場に『手負いの状態の指名手配サーヴァントがいる』事に他ならない。
指名手配のサーヴァント、つまりは黒贄礼太郎とクリストファー・ヴァルゼライドの両名である。
倒せれば令呪が一画手に入る、誰がどう考えても明白な悪事を働いたサーヴァントが、ダメージを負った状態でこの場に現れれば、
彼らを倒そうと次々とサーヴァントが参戦し、戦局が泥沼化する等当たり前の事である。戦闘が一気に収束するとは思えないが、その切欠にはなるだろうと、那珂は確信していた。

 ――そう、黒贄礼太郎とクリストファー・ヴァルゼライドの二人を抹殺すれば。
この場で彼らが争い合うメリットの多くは消滅し、NPC達に悲劇を振り撒いて来たこの戦いも終わりを迎えるのではないかと、那珂は考えていた。

「アナタのココロを制圧しちゃうから」

 今この瞬間、二番のサビが終わり、今この瞬間、恋の2-4-11という宝具(曲)は間奏を迎えた。
パフォーマンスを続ける一方で、曲が間奏に差し掛かる今この時が訪れるまでずっと、黒贄とヴァルゼライドが何処にいるのか、そしてその距離を測っていた。
彼我の距離、三十m程。この距離ならば確実に、『殺せる』。天使の笑顔を浮かべながら、那珂は胸中でずっと、洗練された殺意を更に研いで磨いていたのである。

 間奏を迎えてから八秒後程、那珂の腰回りに装着された艤装から、シュッ、と何かが放たれた。
明らかにその動きに不吉なものを感じ取った全員が、目を瞠った。放たれた物は、放物線の軌道を描いて一m程先の地点の地面に落ち――そのまま、地面に沈んだ。
そう、その様子はまるで、地面が『水』になったかのように。そして、水になった地面を、魚が海を泳ぐが如く、那珂の脚から放たれた物が、
黒贄とヴァルゼライドの下まで猛速で迫って行くのだ。二名は、那珂の脚から何かが落ちた事は知れど、それが此方に迫っている事に気付いていない。地中を泳いでいるが故に、地表から見ただけではその接近に気付けないのである。

 放たれてから三秒が経過。刹那――黒贄とヴァルゼライドが佇んでいた地点に、橙色の爆風が立ち上った!!
今も流れるメロディを掻き消す程の爆発音、燃え盛る太陽が地に堕ちて来たとしか思えぬ程強いオレンジ色の光。それらが競技フィールドを一瞬で支配する。

 ――なっ!?――

 爆風がバタバタと、身に付ける軍服をはためかす。指名手配されたサーヴァント、その内ヴァルゼライドに最も近い位置にいたチトセが、驚きの表情を隠せない。
爆発の仕方、そして何よりも五感に訴えかけるこの香り。火薬による爆発である事は、元々が軍人であるチトセには隠せようがない。
元より那珂が、その装備から近現代或いはそれに近しい技術の世界から招かれたサーヴァントである事は、この場にいる誰もが思っていた。
だが、今放ったものについての正体が、まるで掴めない。栄光ならば解法を使う事でその正体を割り出せるのだろうが、今はそれを封じられている為、彼ですら解っていなかった。

223明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/03(金) 18:48:58 ID:X2267p1E0
「『恋の2-4-11』って、何だか知ってる?」

 此処で歌は間奏から、那珂の台詞のパートに移行。爆発の余韻が響く中にあっても、彼女の声は良く届いていた。
そして、爆発など初めから存在しなかったし、気付いてすらいないとでも言う風に、那珂は滞りなくパフォーマンスを続行していた。

 那珂の放ったものの正体は『61cm四連装魚雷』、嘗ての大日本帝国海軍の軍艦にも装備されていた魚雷管と同じ名を冠する兵器である。
流石に実際に運用されていた本物に比べれば、その大きさは那珂の体格に合わせたサイズに縮小されているが、威力自体は本物のそれに匹敵する。
つまり、人間に耐えられる火力ではない。サーヴァントですら、直撃してしまえば残りの体力次第では即死に持ち込めるとすら那珂は自負している。
黒贄とヴァルゼライドの消耗ぶりは、那珂も良く知っている。あのダメージでは魚雷の直撃を受ければどうなるかなど、最早説明するべくもない。
そして何よりも、今の二名を倒した事で、ダガーに令呪を約束出来る。そう、那珂にはあの二名を倒せば戦いが終わると言う展望と同時に、
『自分が二人を直接倒してルーラーから令呪を獲得する』と言う打算すら存在したのだ。那珂は令呪がキーとなる宝具を他にも持っていると言う都合上、
令呪の画数と言うのは特に注意しておかねばならないポイントである。そうでなくとも、令呪は聖杯戦争を勝ち残る上で重要となる財産だ。稼いでおきたいのは当然の心理。
NPCと<新宿>の平和の為を謳いつつも、自身の強化の為、そして何よりもマスターであるダガー・モールスの為。
この三つの理由から、那珂は命を張って恋の2-4-11を熱唱しているのだ。アイドルであると同時に、戦う為の存在である艦娘。そしてそれ以上に、マスターに勝利を約束するサーヴァント。那珂は、この場にいる皆が思う以上に、計算高く、強かなサーヴァントなのだった。

「『2』は『スキ』、『4』は『ダイスキ』、『11』は『セカイイチ アナタガスキ』」

 アイドルとしての営業スマイルを浮かべ、パフォーマンスを続けながらも、魚雷が炸裂した所へ意識を向ける事を那珂は忘れない。
時には嵐が降りしきる夜の海域で、少しの油断も許されない夜戦を行う事すら彼女には珍しくなかった。敵を轟沈させた、と確認するまで安心出来ないのだ。
高々数十mの距離、しかも動けない的同然の相手に、那珂程の経験値を積んだ艦娘が魚雷を外すなどあり得ない。魚雷は、クリーンヒットした。
が、当の相手は深海棲艦以上に油断が出来ないサーヴァント。如何に手傷を負っていたからと言って、魚雷が命中したので殺し切れた、など楽観視しない。勝利を確信するには、早過ぎる。

「私はアナタのことが…世界で一番…大好きだよ!!」

 セリフのパートが終わる頃には、魚雷の炸裂によって生じた爆風と、舞いあがった土煙が弱まり、煙の先の光景が見える程にまでなる。
黒贄礼太郎の姿は、爆心地には無い。元々、何故動けるのか理解不能な程、彼の肉体的損傷は酷い物だった。魚雷の爆発で、身体が粉々になった事は想像に難くない。
――問題は、もう一方のバーサーカー、クリストファー・ヴァルゼライドの方だった。結論を、言う。『生きている』。
魚雷の威力は、時と次第によっては戦艦の主砲のそれに匹敵する。構造力学的に極めて頑丈な、海に浮かぶ鉄の城たる戦艦ですら、一発で破壊する程なのだ。
その直撃をモロに受けて、ヴァルゼライドは、生きている!! 無論、無傷ではない。軍服の胴体部分は完全に爆風の影響で消し飛び、
上半身の殆どが炭化しているに等しい状態。流れ出る血液は焦げ、内臓の焼ける臭いが此方まで届いて来る。死んでない事が理不尽とすら言える、手負いの状態だ。
爆発をモロに受けて、手足が繋がっている事だけが奇跡だが、そんなものは瑣末な事。何故この男は、那珂の魚雷に命中して、意気軒昂たる瞳で此方を睨みながら、仁王立ちが出来るのだ!? 那珂の胸中には、そんな疑問がリフレーンし続けていた。

「恋の2-4-11、バッチリ編成(じゅんび)して、私はアイドルだから『轟沈(しずむ)』なんてないわ」

224明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/03(金) 18:49:25 ID:X2267p1E0
 そして歌は、佳境となる三番のサビに突入する。次で、勝負を決めると那珂は歌いながら考える。
この宝具、確かに発動してしまえば自発的に那珂から行動する事は不可能である。だが、『曲が間奏の状態』だと、一部例外が発生する。
当然間奏の間もパフォーマンスは続行しなければならない為、恋の2-4-11用の動きはし続けるのだが、それ以外の動き。
つまり今回の様な、魚雷による攻撃だけは別になるのだ。艤装である艦砲による攻撃は、狙いを定めると言う動作が不可欠の為、発動中は不可能だ。
だが魚雷については、それを放つ艤装が『腰』に装着されている為、身体の向きを対象に合わせるだけで問題なく発射が可能なのである。

 間奏は、三番のサビが終わりと、アウトロに当たる那珂の台詞の間に一回差し込まれる。そしてこれが、この曲最後の間奏になる。
この間奏で、ケリを付ける。魅惑的な笑顔の裏では、幾多の死線を掻い潜って来た艦娘としての闘志の焔が、燃え上がっている事に誰が気付けたろうか。

「愛の砲雷撃戦で、アナタのココロを攻略しちゃうから」

 そして、間奏に入った瞬間、再び魚雷が那珂の艤装から放たれ、地面に沈み、マグロが大海原を泳いで行くかの如く、ヴァルゼライドの方へと一直線。
当然、宝具の効果はまだ消えていないので、ヴァルゼライドは動けない。故に、命中する。魚雷はヴァルゼライドの足元で炸裂。
巻き起こった爆発の影響で、ヴァルゼライドの身体は紙クズの如く上空に吹っ飛んで行き、遂には、競技場を取り囲む屋根よりも高い所まで飛ばされてしまった。

「スキ!! ダイスキ!! セカイイチアナタガスキ!!」

 一回目の台詞。この台詞は、今の一回を含め四回続く。

「スキ!! ダイスキ!! セカイイチアナタガスキ!!」

 二回目。この歌がそろそろ終わるのを、那珂は肌で実感している。
J-POPを聞き慣れている者なら、じきにこの歌が終わる事が、初見でも直に解るだろう。事実、志希やレイン・ポゥ、順平に栄光、あかり辺りは、それを認識していた。

「スキ!! ダイスキ!! セカイイチアナタガスキ!!」

 三回目。

「スキ!! ダイスキ!! セカイイチアナタガスキ!!」

 四回目。そして――。

「ダイスキ!!」

 此処で、那珂の歌うパートは全て終了。
そうして、幾許かの余韻の時間が流れて、真実、この宝具は終了。四分三一秒、これだけの時間、この場にいる多くのサーヴァントやマスターは、行動不能を余儀なくされていた。

 曲が終わると同時に、那珂と言うサーヴァントに出来る最高最良の笑みを浮かべながら、この場にいる一同にバッと向き直る。
陽光の光を受けてダイヤモンドの破片の如く、彼女の周囲で身体から飛び散った汗と雨雫とが煌めいた。
那珂と言う少女の青春美と女性の結晶を吸って、より輝いているようだった。チトセの星辰光が降らせた雨の影響で髪は垂れ、服も水を吸って温く、重くなっているが、そんな事は関係ない。兎にも角にも、歌いきった。その実感が、彼女の笑顔をより魅力的なものへと昇華させるのだ。

225明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/03(金) 18:49:44 ID:X2267p1E0
「みんな、ありがとー!! 恋の2-4-11、ボーカル・ギター・ドラム・ベース担当の那珂ちゃんがお送りしましたー!!」

 歌い終えた後の自己紹介も、決して那珂は忘れない。
極論を言ってしまえば、アイドルはステージに立った瞬間に、アイドルとして振る舞い続けねばならないのだ。
他参加者とのしがらみを捨て、自身が内在させているエゴも滅却させ、相応しいパフォーマンスを披露する。
舞台の袖からステージに登場する所から始まり、最後の退場までの挨拶まで、プロフェッショナリズムを維持し続ける。それが、アイドルと言う物だ。

 ――さぁ、と、那珂は此処で心の在り方を切り替える。今より自分は、アイドルとしての那珂ではない。
第四水雷戦隊の一員にして、川内型軽巡洋艦三番艦。アーチャー・那珂と言うサーヴァントとして振る舞わねばならない。
そう、那珂と言うサーヴァントにとって最大の試練、地獄は此処から始まると言っても過言ではない。
元より、こうなるだろう事は彼女も予測していた。出来ていなければ、おかしいのである。自分のした事が何か、彼女にはよく解っている。
要するに彼女の行った事は、事此処に至るまでそれぞれに渦巻いていた因縁を清算させようとしていた、或いは令呪を獲得しようと言う打算で動いていたサーヴァント達、
彼らの戦闘を強制的に中断させた挙句、彼らが行動不能なのを良い事に、葬れば令呪を獲得出来る主従を自分で独り占めにしたに等しいのである。
当然、彼らはその事についてよく思っている訳がない。サーヴァントによっては確実に怒りに身を任せ、此方を攻撃してくるであろう事は想像に難くない。
そして今、彼らの動きを縛っていた那珂の宝具の効力はなくなり、自由に動けるようになった。此処から彼らが、どんな行動を選択するのか?
那珂には、解っている。が、これだけの数のサーヴァントだ。きっと、那珂の思う通りの行動を選ばない者もいるだろう、その方が有り難い。だが決して、全員がそれを選ぶ事はあり得ない。一人以上は、いる筈なのだ。――『自分に攻撃を仕掛けてくるサーヴァント』が。

 そして現実はやはり、甘い物ではなかった。
那珂は勢いよく飛び退くと、彼女が今までいた所に、蒼い断裂が無数に走り始めたのだ。バージルが放つ、宝具・閻魔刀による次元斬だ。
この場において特に那珂に対して良いイメージを抱いていなかった男である。真っ先に攻撃を行おうとするのは、当然の運びであった。
スタッ、と着地し、見事次元斬を回避する事に成功した那珂。時に音の速度を遥かに超える弾丸や砲弾が飛び交う戦場でしのぎを削って来た女傑、それが那珂だ。
バージルの攻撃の速度は、那珂は愚か、艦娘を遥かに超える運動能力を持つ深海棲艦の一部個体ですら見切る事が不可能であろうと思われる程の凄まじさだが、何とか、避けきる事は出来た。

 見よ、今の那珂の顔に刻まれている、その表情を。
果たして誰が今の彼女を見て、先程まで持ち歌を完璧なパフォーマンスと歌唱力で披露していた少女と同一人物であろうと思おうか。
つりあがった眉、鋭い目つき、一文字に引き絞られた口。今まで浮かべていた、ヒマワリの花に例えられる笑みの名残など何処にもない。
そう、この場にいるサーヴァント達ならば、見慣れた顔付きだろう。那珂が浮かべている表情は確かに、戦士の顔つきであった。

 次に、那珂を攻撃して来たのは、チトセであった。攻撃の理由は、ズバリ、那珂がヴァルゼライドに齎した幕切れ、その方法だ。
那珂が乱入する前も、大混戦も甚だしい戦闘は確かに勃発していた。それによる流れ弾の影響で、あの光の英雄が倒されても、腑には落ちないが、
仕方がない事だとは割り切れた。それ程までの混迷ぶりであったからだ。だが、今回那珂が行った事については、納得も行かないし割り切れない。
獲物の強奪のみならず、その奪い方も、チトセには到底許せたものではなかった。クリストファー・ヴァルゼライドは敵ではあったが、
チトセはヴァルゼライドが紛う事なき英雄である事を誰よりも理解していた。その男を、余りにもふざけたやり方で那珂は抹殺した。それが、チトセの逆鱗に触れたのだ。

226明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/03(金) 18:50:01 ID:X2267p1E0
 那珂目掛け、真空のナイフを飛来させる。
チトセの戦闘の様子をも、確認していた事が那珂にとって幸いした。氷上をスケートする様に地面を滑って移動し、
迫り来る不可視の攻撃を回避しようと努めるが、背中と頬の辺りを浅く、真空刃が掠め、其処から血が飛び出た。
「きゃー顔はやめてー!!」と、本気で那珂は叫ぶ。ボディは兎も角、アイドルは顔が命なので其処への攻撃はご法度である。
そして、こんな事を叫びつつも、腕に装着した14cm連装砲を砲口をチトセの方に向け、躊躇なく発射する辺りに、今の那珂の心構えを表しているだろう。
自らに迫り来る砲弾を、チトセは認識。人間並の耐久力しか持たない彼女がこれに直撃すれば身体など粉々、掠めたとて、その部位が千切れ飛ぶ。
慌てて目の前に突風による風防を産み出させ、攻撃の軌道を逸らさせる。そして彼女自身も、砲弾が逸れるだろう方向とは逆方向に飛び退き、何とか那珂の攻撃を回避した。軌道をズラされた砲弾は、スタンド席に命中、鼓膜が破裂せんばかりの爆音を振動を発生させ、着弾地点を崩落させてしまった。

 バージルが那珂の方を睨み、浅葱色をした魔力の剣、幻影剣を射出させるが、これを危なげに那珂は回避。
そして、攻撃を放つ人物は先の二名だけではない。地上に墜落させたパムの方も、面白半分で那珂に攻撃を始めた。
こちらは特に那珂に対して否定的なイメージを持っていないが、強者の気配と、何よりもレイン・ポゥに似た強かな性格の持ち主だと察した為に、興味を抱いたのだ。
黒羽を固定砲台の形状に変化させ、那珂目掛けて砲弾を発射。その身体を爆散させようとするが、同じような攻撃、艦娘である那珂は千にも届く回数対処して来た。
大きく横に移動する事で那珂は、パムの放った攻撃を回避する。如何に威力が高かろうが、見慣れた攻撃に当たる程、落ちてはいないのだ。

 ――『此処から逃げ果せる事』。それが、今の那珂の急務である。
改二でもない状態で、複数のサーヴァントを相手にする事は無謀にも程がある。しかもこの場にいるサーヴァント達は全員、一級所の者ばかり。
お世辞にもステータスが優れているとは言えず、何よりも決定打となる宝具を持たぬ那珂が、この場にいる者達皆を倒して回るなど、元よりあり得ない選択である。
此方に敵意を持っているサーヴァントは、最低でも三名。バージル、チトセ、そしてパム。一人ですら手に余る程の強敵だと言うのに、それが三人もいるのだ。
天地が引っくり返っても那珂に勝機はない。よって彼女の取れる選択は一つ、逃げ続ける事、或いはこの場から逃げ果せると言う事である。
だが現実問題、この三名を相手に無事に逃走出来るかと言うと、それは困難を極る。少なくとも、無傷ではあり得ない。
よって那珂は、何としてでも此処から退場し、ダガー・モールスの所まで帰還しなければならないのである。この時、身体に負うダメージの大小は問わない。
消滅しないで、逃げられれば良いのだ。そして、その為の布石は既に打っている。但しその布石が成就するのは、まだ時間が掛かるだろうと那珂は踏んでいる。
それまでに自分が消滅すれば失敗。張っていた伏線が回収されれば、此方の勝利。そう言う事であった。

 改めて此処にいる面子を見渡す那珂。バージルやチトセ、パムは此方を葬るつもりでいる事は既に述べた通り。
残りは、如何するかと言う身の振り方を決めている様であった。ダンテとそのマスターであるライドウは、那珂の目論見通り、
真っ先に倒すべきだった黒贄とヴァルゼライドを失い、方針を失い気味のようで、彼女に対して攻撃する素振りが見られない。
栄光にしても同じ事のようだ。倒すべき敵を一気に失った事で身の振り方を忘れてしまったのは、ダンテと同じ。
そして彼にはどうにも、那珂が悪人には見えていないようで、此処からどう行動するべきなのか迷っている状態だった。
レイン・ポゥは那珂の宝具である恋の2-4-11による行動不能から復帰した純恋子が、歌を披露する前と何ら変わらず戦線に出ようとするのを必死に抑えており、
永琳の方はもうこの場に留まり戦うと言う選択に必要性を見出さなかったらしい。此処からの脱出を図ろうとアクションを起こそうとしていた。具体的には、志希を抱えて、飛んで逃げようと言うようだ。

227明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/03(金) 18:50:31 ID:X2267p1E0
 自分が対処しなければならない敵は、如何やら最初に攻撃を仕掛けて来た三名。
つまり、バージル、チトセ、パムであると那珂は認識。彼らの攻撃を凌ぎ切れば、此方の勝ちだと意気込む。
だが、それは何処までも間違っていた。敵は、もう一人いたのである。そしてそれこそは、那珂が恋の2-4-11を発動中に絶対に倒すと決めていた敵であり、
この場に於いて黒贄の次に負傷していた、閃剣を振うバーサーカー。<新宿>中の全ての聖杯戦争参加者と決別する道を選び、そして、彼ら全員を相手にしても勝利を得られる、
と万斛の自信を露にする英雄(きょうじん)。彼が今、魚雷の爆発で吹っ飛ばされた状態から姿勢を整え、競技フィールドの上に両脚から着地した。
その姿を見た瞬間、那珂は、死者が目の前で蘇る光景でも見てしまったかのような表情を浮かべてしまった。他の人物にしても、同じ。
この場で一番、件の人物と死闘を演じていたダンテとバージルは、同じ思いでその男の事を見ていた。――『どうやったらこの男は死ぬのだ?』、と言う目でだ。

「お前の平和への思い、とくと見させて貰った」

 何故、魚雷の炸裂を二度も受けて、クリストファー・ヴァルゼライドと言う名前のこの男は、無事でいられるのか。
軍服の上半身部分が吹き飛んだ事で露出された胴体には、炭化していると一目で解る程黒ずんだ火傷が殆ど覆っており、それが、那珂の魚雷の威力を物語っている。
内臓部分など、事実上全て体外に掻きだされているのと何ら変わりないだろう。要するに一つたりとも機能していない状態だ。
如何に人間よりも遥かに頑丈なサーヴァントとは言え、これは幾らなんでも、常軌を逸し過ぎている。同じサーヴァントのくくりから見ても、埒外の肉体再生力を誇るダンテとバージルですら、人間を見る目でヴァルゼライドを見ていなかった。

「歌を以って平和の尊さを啓蒙し、愛と希望の貴きを説く。しかしそれでいながら、お前は夢想家では断じてない。身体の裡に烈しい力を抱き、人とは違う力を持って生まれた者の責務として、己が平和の礎石になろうと戦い抜く決意をお前は秘めている。成程、貴様は確かに『光』なのだろうよ」

 「だが――」

「お前の光は柔らかで、優し過ぎる。それでは、世界を取り巻く理不尽を……世界の裏で善を嘲る、唾棄すべき悪を滅ぼせない。現にお前の光は、屑たる俺すらも葬る事が出来なかった」

 アダマンタイトの刀を鞘から一本引き抜き、ヴァルゼライドは言葉を続ける。

「お前の在り方と尊さを、俺は称賛しよう。そしてその上で言おう。間違っていると。平和で世界を満たしたいのなら、悲劇をこの世から根絶させたいと言うのなら――常に烈しく光り輝き、悪を照らして焼き滅ぼす光になるしかないのだ」

 一連の言葉を受けてから、那珂は重苦しい様子で口を開いた。

「……多分だけど、私、あなたの事を見過ぎて、目が見えなくなっちゃって、幸せな生き方を見失った人、沢山いたと思うな」

 装備させた連装砲の照準をヴァルゼライドに合わせる。そして意識を彼だけじゃなく、全方向に那珂は研ぎ澄ませた。

「言ってる事は一理あるけど……。やってる事に説得力がなさ過ぎ、自分勝手、完璧主義!! あなたは私の事を褒めたのかも知れないけど、私は全ッッッッッ然褒められない!! あなたの意見に賛同出来る人間なんて、同じ位の馬鹿だけ!!」

 ヴァルゼライドの今の言葉だけで、那珂は、目の前のバーサーカーと言うキャラクターを理解したらしい。
きっと、何でも出来た人間なのだろう。勉強は勿論、運動も、そして、命の取り合いたる戦闘も。人が求める遥か上の水準で、難なく成し遂げて来たに相違ない。
そしてそれ故に、挫折を知らない。彼には、折り合い、妥協する力……言ってしまえば、『諦める才能』、と言う、人間であれば誰しもが有する才覚がなかったのだ。
辿って来た人生の故なのか、それとも、持って生まれた性分なのか、それは那珂にも解らない。何れにしてもこの男は、余りにも行き過ぎた完璧主義者だ。
理想に妥協は許さない。その姿勢はきっと、他人から見れば余りにも眩しい姿だろう。だが、断言出来る。この男はその在り方の故に、害を成し、災禍を振り撒く。
現にヴァルゼライドは、幾百、場合によっては千にも届こうと言うNPCをその理想の為に亡き者にしているではないか。そんな存在、到底那珂に許容出来る筈がない。目の前の男は、光である。正義と善が放つ光でその身を糊塗した、恐るべき『光の魔王』だ。

228明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/03(金) 18:50:46 ID:X2267p1E0
「あらゆる悪罵を、受け入れよう」

 其処で、引き抜いていた刀が、閃剣に変わった。黄金色に輝く死の光が、その細い刀身に纏われ始めた。

「だが、殺す。お前が罵倒した、俺の完璧の礎になってくれ」

「いや、お前がなれよ」

 ――突如としてこの場に響いた、明らかにこの場にいる誰の者とも違う声。
己の背後から聞こえた、この年若い少年の声に聞き覚えがあったヴァルゼライドは、バッとその方向に振り向いて――鳩尾の辺りに強い衝撃を受け、
水平に勢いよく吹っ飛ばされた。今まで英雄の体格に隠れて見えなかったが、彼が其処からいなくなった事で、新しい闖入者の姿が露になる。

「やぁ。楽して得取りに来たよ」

 伸ばした右脚を引き戻しながら、笑顔を浮かべ、ランサー・高城絶斗は言い放ったのであった。

229明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/03(金) 18:51:17 ID:X2267p1E0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「そら きれい」

 新国立競技場の場外、そのアスファルトの地べたに大の字に寝転がりながら、星渡りのアサシン、ベルク・カッツェは呟いた。
バーサーカー・黒贄礼太郎に殴られた所が、死ぬ程痛い。脇腹を殴られたが、正直、殴られた所から身体が千切れ飛ばなかったのが、奇跡である。
防御行動がもう少し遅れていれば、カッツェは本当に死んでいた。それ程までに、黒贄の膂力は馬鹿げていた。
常ならば激怒によって腸が煮えくり返っている所だろうが、今はそれを行うエネルギーすら惜しい。湧き出てくる魔力を、傷の回復に充てている。それが、黒贄に殴られてから今に至るまで、カッツェが行っていた行動だった。

 ここの所不幸続きである。
メフィストとの出会いから始まり、バッターとの邂逅、自分の技術が全く通用しない栄光との戦いに、そして黒贄の不意打ち。
とんとん拍子に余りにも行かなすぎる。生前はそれこそ、水が立て板の上から流れるように、自分の絵図は進んで行ったと言うのに、此処ではまるでそうならない。
NPC、つまり何処にでもいる大衆を騙すのはカッツェにとってはベイビー・サブミッションと言う物であるが、この世界には折角、
聖杯戦争の参加者と言う特別な存在がいるのだ。馬鹿な大衆を扇動するよりは、サーヴァントと彼らを駆るマスターを騙して破滅させた方が、よりメシウマなのは明らかだ。
しかし、敵もさる者。相手も恐ろしく手強すぎて、中々隙を見せない。それどころか今の所、カッツェの方が黒星が多い程である。
なるべく怒らないように努めていたが、この事実を思い起こす度に胃の辺りがムカムカして来る。そして身体が、ストレスのぶつけ先を求めるのだ。

「ごめん、ちょっと良いかな」

 明らかに、カッツェ自身に対して言っているとしか思えぬ、十代に差し掛かったかどうかと言う幼い少年の声が聞こえて来た。
しかも、ただのNPCではない。存在するだけである種の認識阻害を引き起こし、視界にその姿を映らなくさせるカッツェが、自身の身体にその技を適用させていると言うのに、
難なくその姿を捕捉出来ている。サーヴァント以外の誰が、この星喰いの災厄そのものたるアサシンに話しかけられるというのか。

「んだよ」

 もう自分の隠形が通用しない事にすら、カッツェは驚かない。
不貞腐れた、反抗期のガキの如き態度で応対する。サーヴァントの方を見ようともしない。危なくなれば、空間転移で逃げ去れば良いのだから。

「今気持ちよく寝転がってんだから、ミィの邪魔するな散れ猿」

「それは悪いね。後君、見た所手負いで殺しやすそうだから退場して貰うね」

「は?」

 余りにも不遜な少年の声に苛立ちを覚え、立ち上がり、その声の方向に身体を向け――絶句した。
声のイメージ通り、カッツェの半分程の身長しかない少年が其処にいた。女みたいに色の白い肌をした、これまた幼さを宿した顔立ち。
しかし、その顔に刻まれる、とても少年が浮かべる笑みではないと思わせるに足る悪辣な笑みはどうだ。
そして、少年の頭上に展開されている、空間に穿たれた無窮の暗黒を思わせる、黒洞はどうだ。その吸い込まれそうな程完璧な黒色をした球体を見た時、カッツェは悟った。あれに触れれば、自分に命などないのだ、と。

「ここで寝られると邪魔だから、座にでも寝転がっててくれ」

 それだけ告げると、ランサーのサーヴァント、タカジョーは、宝具・ディープホールを球体上に収束させた代物を、カッツェ目掛けて高速で叩き落とす。
慌てて、NOTEの力を応用した空間転移を用い、軌道上から立ち退くカッツェ。地面に、タカジョーが創造した球体が直撃する。
球体は如何やら液体としての性質を持っているらしく、着弾と同時に、粘性の液体を板張りの床にでも落としてみたように広がって行く。

「チッ、逃げられたか」

 相手を殺したかどうかの手応えは、放った当人であるタカジョーが一番よく解っている。
カッツェには、逃げられた。道化のようにふざけた容姿をしていながら、自分と同じ空間転移の使い手であるとは思っても見なかった。
「どうも獲物を獲り逃すな……腕が鈍ったかな」、と愚痴り、新国立競技場を見上げる。カッツェを逃したのは惜しいが、今は彼よりも優先するべき存在がいる。

 刹那の持っているスマートフォンと、其処に映し出された情報から、タカジョーもまたここで起った騒動を知った。
そして此処に、複数名のサーヴァントがいる事は明らかだ。黒贄礼太郎と思しき存在の大暴れから、優に二十分以上は経過している筈だと言うのに、
此処にはまだサーヴァントがおり、そして戦いを続けている。うま味がない所で延々と戦い続ける等、馬鹿の所業そのものとしか思えないが、タカジョーにとっても好都合である。それだけ相手が消耗し、そして、多くのサーヴァントを葬れると言うのだから。

【着いたのか? ランサー】

230明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/03(金) 18:51:36 ID:X2267p1E0
 と、新国立競技場から一㎞程も離れた所から、マスターである桜咲刹那が念話を送って来た。
念話を送った、と言う言い方は精確ではないか。陰陽道の秘術である式神の技術の応用である。
遠隔地にいても通話をする事が可能な、簡易的な式神の機能を持たせた懐紙を、タカジョーの懐に忍ばせているのだ。

【うん】

【あの虐殺から……もうすぐ、三十分経過しようとしている。まだ、いるのか?】

【飽きもしないでまだ戦ってるよ。馬鹿じゃないのか、こいつら】

 内部に入って見ないでも解る。競技場内部、恐らくはフィールド部分だろうが、其処から濃密なまでの敵意と殺意が渦巻いているのが解るのだ。
タカジョーとしては、当初は競技場の偵察に終わるだろうと思っていた。もう流石に、サーヴァント達は帰っただろうと考えていた為だ。
だが予想は良い意味で裏切られた。少年の口元に、嗜虐的な笑みが浮かぶ。楽に強豪を葬り去れる、と言う実感を感じているからだった。

【……NPCの、生き残りは】

【いないだろうね。ま、逃げ果せた奴は兎も角、今も此処に残ってる奴で、生きていられる奴なんていないだろうよ】

 そう、其処まで激しい戦いぶりなのだ。
物見遊山気分で観戦していると、その流れ弾に被弾して死に至る。此処から逃げる事が、NPC達の最適解である。

【解った。戻れ……と言っても、お前は素直に従わないだろう】

【ハハ!! 何だいそれ。まるで信用がないな】

【事実だろう。お前の事だ、殺せそうなサーヴァントがいれば、真っ先に手を掛けているだろう】

 ほう、とタカジョーが嘆息する。よく解ってるじゃないか。現にさっき、ベルク・カッツェを葬ろうとしていたのだ。
刹那の言葉は間違いではない。刹那の言葉に対して沈黙で返したのは、その言葉が正解であると、刹那に対して暗に教える為だった。

【サーヴァントならば、葬っても構わない。だが、マスターを殺すのは、やめろ】

【あぁ、最大限善処するよ】

【……早く戻れ】

【了解】

 其処で、念話を打ち切った。

「……馬鹿な奴だな」

 マスターを殺すな、ときた。この期に及んでだ。
クリストファー・ヴァルゼライドと言う狂人のバーサーカーを従えるマスターと戦って、死ぬ寸前まで追い詰められた人間の言う言葉とは思えない。
聖杯戦争に参加してるマスターの多くが、性善の輩であると本気で思っているのだろうか。だとしたら、話にならない甘ったれだった。
サーヴァントを倒したいなら、マスターを殺すのが一番の近道。魔道に傾倒していない常人ですら、聖杯戦争のシステムを噛み砕いて説明すれば、その結論に行き着くだろう。
それを分かっていて、刹那は自分にそんな無理難題を吹っ掛けて来る。他の悪魔と刹那が契約していれば、当の昔に出しぬかれて、惨めに野垂れ死にになっているだろう。

「ま、馬鹿な奴だと解ってて、裏切れない僕も相当な馬鹿、か」

 人ならざる力を持っていながら、傍目から見れば賢くない、馬鹿げた選択を取り続ける人物と縁があるのは、タカジョーと言う男の宿命である。
それが同じ『セツナ』の名を冠していると言うのだから、大いなる意思とやらが設定した運命は、憎たらしいものだ。
どの道この<新宿>のタカジョーなど、今もホシガミの下で待機している本物の深淵魔王からすれば、刹那の泡沫、邯鄲の夢そのもの。
どうせ刹那の夢ならば、馬鹿のマスターの下で自分なりに動き、そして、彼女の判断が彼女自身に降りかかって来るのか、思い知らせてやるだけだ。

「……従う義理もない奴に此処まで肩入れさせるなんて、お前の影響だぜ。セッちゃん」

 生前の一番の友人であった男の名を、懐かしげに、しかし、何処か恨めし気に呟いた後、タカジョーはかぶりを振るった。
意識を、『魔王』のそれへと切り替えたのだ。此処より自分は、サーヴァントを破壊し、マスターを殺戮し尽くす恐るべき蠅の王として振る舞うのだ。
辺りを見渡す。カッツェの気配は何処にもない。もう、去ったのだろう。その事を確認してから、タカジョーは、競技場の外壁に開いていた穴から内部へと侵入した。それが、黒贄礼太郎によって殴られて吹っ飛ばされたベルク・カッツェが、その勢いで空けさせたものだと、遂にこの魔王は知る事もなかった。

 そして、魔王が競技場の中に入っても、カッツェが此処に戻って来る事は無かった。
始祖帝の策謀によりて地獄の釜底と化した新国立競技場から真っ先に退場したのは、嘗て此処でNPC達に希望を見せようと張り切っていたアイドルを、
一人残らず絶望の淵へと沈めた星渡りの災厄であったとは。魔界都市には悪が最後に嗤うのだ、と言う事の証左なのであろうか。答えは、誰にも、解らない。

231明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/03(金) 18:51:46 ID:X2267p1E0
【四ツ谷、信濃町方面/1日目 午後2:50分】

【アサシン(ベルク・カッツェ)@ガッチャマンクラウズ】
[状態]実体化、肉体損傷(大)、霊器損傷(中)、魔力消費(大)
[装備]
[道具]携帯電話
[所持金]貰ってない
[思考・状況]真っ赤な真っ赤な血がみたぁい!
基本行動方針:
1.血を見たい、闘争を見たい、<新宿>を越えて世界を滅茶苦茶にしたい
2.ルイルイ(ルイ・サイファー)に興味
3.バッターに苦手意識
[備考]
・現在<新宿>の街のあちこちでNPCの悪意を煽り、惨事を引き起こしています。
・新国立競技場で悪意を煽り、346プロのその場にいた346プロのアイドルの多くを昏睡させました(リハーサル室にいたアイドルは現在、黒贄礼太郎の手で全員殺されました)
・新国立競技場にて美城常務に変身する事が可能となりました(現在変身可能な存在は、美城常務とバーサーカー・バッターです)
・伊織順平&ライダー(大杉栄光)の存在を認知。彼らに対して強い殺意と敵意を抱いております
・バーサーカー(黒贄礼太郎)の存在を認知しました。彼についても強い殺意と敵意を抱いております
・ランサー(高城絶斗)の存在を認知しました
・現在空間転移を駆使し、何処かへ逃走しています。行く先は、後続の書き手様にお任せします

232明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/03(金) 18:52:31 ID:X2267p1E0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 これ以上戦うメリットを、永琳は見出せなかった。
正面切って相手を、圧倒的な力と技術で叩き伏せる。そんな戦い方も出来なくはないが、それは、魔力が潤沢なマスターの下でのみ限られるやり方だ。
一ノ瀬志希は何度も言うように、魔力の潤沢なマスターとは言い難い。だが、そんなマスターに当たったからと言って、弱音を吐く永琳ではない。
そう言うマスターには、そのマスターに迎合した戦い方があるのだ。最小限度の魔力の消費で、相手を一撃で葬り去る。言ってしまえば、暗殺だ。
それを意識した立ち回りを此処で行った筈なのだが、敵も中々どうして、やるものだ。中々暗殺が上手く行かなかった。
その上永琳自体も、手傷が酷い。この程度の傷を負った程度で、永琳は消滅もしないし、そもそも彼女は魔力ある限り不滅の存在だが、その魔力が有限のリソースだ。
無為に消費するのも惜しいし、何よりも自分の手札を披露し過ぎるのがリスクに繋がると考えた。

 その推理に行き着いた上で永琳が取った行動は、逃走である。逃げる事は恥ではない。脆弱なマスターを抱えた上では猶更だ。
永琳は、マスターである一ノ瀬志希を御姫様抱っこの要領で抱き抱えながら空を飛び、新国立競技場を後にしていた。
誰からの追撃も貰う事なく、この場から立ち去れたのは奇跡と言えよう。最も、永琳は地上戦と同じ程に、空中での戦闘を得意とする人物だ。
地上からの付け焼刃の追撃など、簡単に対処して見せるのだが。何れにしても、突如としてあの場に現れたアーチャーのサーヴァント・那珂が、意識と敵意を全て持って行ってくれたおかげで、滞りなく退散する事が出来た。

 それよりも問題は、これから帰る先、つまりメフィスト病院に帰ってからだ。
間違いなく、あのある種偏執狂的なまでのプロフェッショナリズムを持った男、魔界医師ドクターメフィストは、自分の行動を赦すまい。
休憩時間を大幅に超えて、新国立競技場で油を売っていたのだ。何らかのペナルティを課せられるだろう事は、既に永琳も視野に入れている。
本来課せられる筈だったペナルティを回避しつつ、それまでの地位と権限を維持し、そしてかつ、霊薬の材料を工面して貰い、情報提供もさせて貰える。
これが今後、自分が成すべきノルマであると認識していた。あの魔界医師を相手に、どんな魔法を使えばこんな達成不可能なミッションをクリア出来るのか。
そう思わぬ永琳ではない。恐らくそれは、先程戦った魔王パムを相手に勝利を拾う以上の難事だろう。
あの男は医療技術のみならず、交渉のテーブルにおける舌戦についても、永琳と同等或いはそれ以上の難物である。此方が望んだ完璧な結果は、引き出せないかも知れない。
だがそれでも永琳は、当初のノルマを達成するべく全力を尽くさねばならない。それこそが、この聖杯戦争で一ノ瀬志希が生きて元の世界へと帰還させる為の、条件でもあるからだ。

 ――先行きが不安ね……――

 そもそもは志希が逸って、新国立競技場に足を運んだ事が苦難の切欠である。
だがその事については、永琳は特に何も言わない。人は時に、理よりも感情で動くもの。それを愚かだと、神は嘆き、そして嘲るのかも知れない。
しかし永琳はそれについて、嘲笑を向けるつもりはなかった。自分もまた、憶えがあったからである。自分の過ちによって、宇宙が熱適死を迎えても生き続けねばならぬ宿命を背負った女性、彼女を守る為に月人としての使命を擲った時から、永琳は嘗て非合理的だと認識していた人のサガを理解したのであるから。

「……え?」

 志希がふと、そんな声を上げた。余りにも簡単な問題をケアレスミスで間違えた事を、採点された後の答案用紙を見て初めて気付いた人間が上げる声も、それに近いかも知れない。

「如何したの?」

「あ、あれ……」

 志希が指差した方向に顔を向け、永琳はカッと目を見開いた。
今まで自分達が戦っていた、そして、志希にとっても忘れられぬ悲劇の舞台となった新国立競技場が、『沈んでいる』。
まるでそれは、液状化した土壌の上に建てられた建造物が、ズブズブと沈んでいくような風に似ていた。
何故、そんな奇怪な現象に新国立競技場が見舞われているのか。その理由が目に入らぬ程永琳の目は節穴ではない。それどころか志希ですら、理解していた。

233明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/03(金) 18:52:42 ID:X2267p1E0
 ――見るが良い、新国立競技場全体を取り巻き、そして、フィールド部分をも埋め尽くす、『黒いタール状の粘液』を!!
其処に触れた部分から徐々に、新国立競技場ともあろう巨大な『ハコ』が何も抗えずに沈んで行くのだ!!
そして永琳はその正体を遠目から解析、そして、認識。あれは、正真正銘本物の無限大の闇。あれに完全に呑み込まれた物は、虚数空間にも似た『無』に取り込まれ消滅する。
生前の永琳ならば、呑み込まれたとて自我を保てるが、きっとその状態であそこに呑みこまれれば、何もない無限の闇の中を、意識を保った状態で彷徨う事を余儀なくされる。
こうなると、死んだ方がマシだと思う程の苦痛を永劫味わい続ける事になる。今はサーヴァントと言う限りある命での召喚の為その危険性はないが、もしもそうなったらと思うと、ゾッとしない話だった。

「……あんなものを放てるサーヴァントがいるだなんて……」

 そしてあれは、並大抵のサーヴァントに放てるものでは断じてない。余りにも、危険過ぎる代物だ。
あの闇は何も生み出さない、非生産性の極致の如き産物。一度世に放たれれば、あらゆる物を呑み込み無に還す恐るべき現象。
サーヴァントとしての召喚の為、あの程度の範囲に収まっている。だがもしも、生前の状態であれを放てば、日本全体、いや、惑星全土をあの闇で覆う事も不可能ではない。
あんなものを産み出せるものは、人間ではない。それこそ悪魔――それも、魔王に近しい実力を誇る程の格の持ち主か、人類の中から生まれる、彼らが滅ぼすべき『人類悪(ビースト)』ぐらいのものであろう。

 どちらにしても、あれを産み出せるサーヴァントが乱入する前に、此処から立ち退く事が出来て正解である。
もしもあの場にNPCが残っていれば、今頃は闇に呑まれて虚無となっているだろうが、それに同情する永琳ではなかった。

「皆、消えたのかな。あれで……」

 何の感慨も抱かぬ瞳で、その方向を見つめ続ける永琳。その意識を、志希の何気ない一言が呼び戻した。

「多分、ね。サーヴァントを従えるマスターなら兎も角、その庇護もないNPCは、成す術がないわね」

「346プロの、皆も?」

「……皆、逃げたわよ。きっと。安心なさい」

 そうであると、願いたいものだった。
だが、それが気休めの言葉であると解らぬ程、志希も子供ではない。そして永琳自身も、そんな甘い展望は抱いていない。
確実に、志希の多くの仲間が死んでいるのだろう。あれ程の規模の戦いだ。巻き添えを喰らって死んでいる者も、少なくない。
そしてそれを思うと、志希は、親友であるフレデリカの死を間近に見てしまった記憶がリフレーンする。
人を喰らわねばならぬと言う禁断の飢餓に苦しみ、そして最後に、何処にでも売っているジャンクフードを食べたいと言う清々しい飢餓を抱いて死んだフレデリカ。
永琳の胸元に、志希が顔を埋めて来た。

「……行こ。ごめんね、わがままにつきあわせて」

「良いわよ別に。子供はわがまま言うのも仕事よ」

「アタシ、もう十八なんだけどな〜……」

「私からすれば子供よ」

 そう言うと永琳は、目的地であるメフィスト病院へと今度こそ、上空数百mを飛びながら向かって行く。
今も胸に顔を埋めている志希が、涙と一緒に漏れ出る声を抑え込んでいる事には、気付いていた。そして、それを指摘しないのも優しさである事も、気付いているのであった。

 かくて、地獄の釜底から二番目に、志希と永琳は立ち去る事に成功したのであった。

234明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/03(金) 18:52:53 ID:X2267p1E0
【四ツ谷、信濃町方面(新国立競技場周辺の上空数百m)/1日目 午後2:50】

【一ノ瀬志希@アイドルマスター・シンデレラガールズ】
[状態]健康、精神的ダメージ(極大)、廃都物語(影響度:小)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]
[道具]服用すれば魔力の回復する薬(複数)
[所持金]アイドルとしての活動で得た資金と、元々の資産でそれなり
[思考・状況]
基本行動方針:<新宿>からの脱出。
1.午後二時ごろに、市ヶ谷でフレデリカの野外ライブを聴く?(メフィスト病院で働く永琳の都合が付けば)
[備考]
・午後二時ごろに市ヶ谷方面でフレデリカの野外ライブが行われることを知りました
・ある程度の時間をメフィスト病院で保護される事になりました
・ジョナサン・ジョースターとアーチャー(ジョニィ・ジョースター)、北上とモデルマン(アレックス)の事を認識しました。但し後者に関しては、クラスの推察が出来てません
・不律と、そのサーヴァントであるランサー(ファウスト)の事を認識しました
・メフィストが投影した綾瀬夕映の過去の映像経由で、キャスター(タイタス1世(影))の宝具・廃都物語の影響を受けました
・メフィスト病院での立場は鈴琳(永琳)の助手です
・ライダー(姫)の存在を認識しました
・アーチャー(魔王パム)とセイバー(チトセ・朧・アマツ)と言う、ドリーカドモンに情報を固着させたサーヴァントの存在を認識しました
・新国立競技場にて、セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)、アーチャー(那珂)、ライダー(大杉栄光)、アサシン(レイン・ポゥ)の存在を認識しました
・地母神アシェラトのチューナーとなった宮本フレデリカの死を目の当たりにし、精神的ダメージを負いました
・メフィスト病院が何者かの襲撃を受けている事を知りました。が、誰なのかはまだ解っていません


【八意永琳@東方Project】
[状態]十全
[装備]弓矢
[道具]怪我や病に効く薬を幾つか作り置いている
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:一ノ瀬志希をサポートし、目的を達成させる。
1.周囲の警戒を行う。
2.移動しながらでも、いつでも霊薬を作成できるように準備(材料の採取など)を行っておく。
3.メフィスト病院で有利な薬の作成を行って置く
[備考]
・キャスター(タイタス一世)の呪いで眠っている横山千佳(@アイドルマスター・シンデレラガールズ)に接触し、眠り病の呪いをかけるキャスターが存在することを突き止め、そのキャスターが何を行おうとしているのか凡そ理解しました。が、呪いの条件は未だ明白に理解していません。
・ジョナサン・ジョースターとアーチャー(ジョニィ・ジョースター)、北上とモデルマン(アレックス)の事を認識しました。但し後者に関しては、クラスの推察が出来てません
・不律と、そのサーヴァントであるランサー(ファウスト)の事を認識しました
・メフィストに対しては、強い敵対心を抱いています
・メフィスト病院の臨時専属医となりました。時間経過で、何らかの薬が増えるかも知れません
・ライダー(姫)の存在を認識しました。また彼女に目を付けられました
・アーチャー(魔王パム)とセイバー(チトセ・朧・アマツ)と言う、ドリーカドモンに情報を固着させたサーヴァントの存在を認識しました。また後者のサーヴァントには、良いイメージを持っております
・新国立競技場にて、セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)、アーチャー(那珂)、ライダー(大杉栄光)、アサシン(レイン・ポゥ)の存在を認識しました
・タイタス10世の扮した偽黒贄礼太郎の正体を、本物の黒贄礼太郎だと誤認しております
・メフィスト病院が何者かの襲撃を受けている事を知りました。が、誰なのかはまだ解っていません
・事が丸く収まり次第、メフィストから襲撃者(高槻涼)との戦闘の模様と、霊薬を作成する為の薬を工面して貰うよう交渉する予定です

235明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/03(金) 18:53:22 ID:X2267p1E0
投下を終了します。土日、最悪月曜を目途に投下を達成し、長く続いた今回の話を終了とさせていただきます

236名無しさん:2017/02/03(金) 21:34:55 ID:OpbGeclY0
投下乙乙

長かった大乱闘も漸く終わりか。ディープホールに沈めたら流石の総統閣下も乙るよね?

237名無しさん:2017/02/04(土) 21:19:48 ID:lrJZYk6.0
投下乙
バーサーカーさん何時も
その通り、俺は塵屑だ、見事、お前は素晴らしい、だが殺す
みたいなこと言ってんな…

238名無しさん:2017/02/05(日) 01:16:01 ID:Ax8utnck0
投下おつー
アイドルは、アイドルはなあ、最強なんだよ! 殺されるばっかじゃないんだよ!
ここの那珂ちゃんはほんと、軍艦としての側面とアイドルとしての側面、理想と合理性の2つを併せ持っててすごいよなー
そしてせっちゃん思い出すタカショーに嬉しくなりつつもそこはものほんの魔王にして星神の使徒
半端ない格で登場しやがった!

239明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 01:57:03 ID:oq.mIL1I0
遅れた事を謝罪いたします。こいついつも嘘吐いてんな

投下します

240明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 01:57:21 ID:oq.mIL1I0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「――貴様」

 その姿を見た時、怒りに猛り始めたのはバージルである。誰が見ても明らかな程の怒気を、バージルは体中から発散させ続けている。
そんな思いに彼が駆られ、らしくもなく怒りを放射し続けるのも、むべなるかな。数時間前の事を忘れる程バージルは馬鹿ではない。
早稲田鶴巻町でランサー・高城絶斗が、バージルの誇りでもある父、大魔剣士スパーダの血を徹底的に虚仮にした事を。よもや忘れる事など出来る筈もなく。

「おいおい、誰が戦ってるのかと思えば、君も一枚噛んでたのかよ」

 肩を竦め、出来の悪い教え子を見る教師の様な、憐みとも侮蔑とも取れる目でバージルの事を見やるタカジョー。
今この瞬間になって初めて、この場にいるサーヴァント達が誰なのか、と言う事を知ったのは事実である。
その中に、討伐令の対象であるバーサーカーにして、タカジョーが己の手で殺したくて堪らなかった男、ヴァルゼライドがいた為、この魔王は真っ先に英雄を狙った。
そしてその後改めて、この場にいるメンバーを再確認したが、其処で初めて、早稲田鶴巻町で散々馬鹿にした、蒼いコートの魔剣士がいた事を知ったのである。
ヴァルゼライドと言いバージルと言い、これではまるで、あの時の戦いの再現ではないか。しかも何の運命のいたずらか、ケルベロスすら存在していると来ている。
尤も、この場のケルベロスはサーヴァントとしてのケルベロスではない、ライドウによって従えられた方のそれである為に、状況の完全な再現とは言い難いのだが。

 バージルは元より知っていたが、この場に於いて、解析の技術の達者である栄光と、そしてバージル同様同族の気配について敏感なダンテ、そして、
悪魔について並々ならぬ知識を有しているライドウ達は気付いた。目の前に現れたサーヴァントが、決してサーヴァントとして呼ばれるべくもない存在であると。
並の悪魔であれば、サーヴァントとして相応しい霊基で召喚され、相応の性能にまでデチューンされる事は、珍しくないだろう。
だが、タカジョーは無理だ。元となった悪魔の『格』が、余りにも高すぎる。タカジョーの正体とは、神霊と遜色のない力を奮う大悪魔であった。
魔王とは、神との熾烈な権力闘争に敗れ、神の座を追われた者である。つまり彼ら自身もまた、神としての側面も持ち、彼らに近しい力を発揮する事が出来る。
元となった存在からして、そんな存在なのである。サーヴァントとして呼ばれる事など、不可能に近い。弱体に弱体を重ね、限界まで能力に妥協を施しても、
タカジョーの元となった存在を召喚する事は、困難を極る。何せこの少年の姿をした悪魔こそは、魔界に在りては明けの明星に次ぐ魔界の副王。
伝承によっては明星を玉座から引きずり落とし、新たに魔界の覇王として君臨しているともされる強壮たる魔王にして、渺茫たる砂漠の国で崇め奉られていた嵐の主神の成れの果て――魔王ベルゼブブの化身であるのだから。

 リベリオンを構え、鋭い目つきでタカジョーの事を睨む。
強い悪魔をハントする事に生き甲斐を感じる、悪魔狩人の宿命か。その瞳には、狂喜にも似た感情がメラメラと燃えていた。
今しがたライドウから念話で、タカジョーの正体の推察が送られて来た。これが本当であるのなら、相手にとって不足なし所の話ではない。
生前ですら、ベルゼブブと比肩する大物悪魔と対峙した事は数限られてくる。百にも届く数の上位悪魔を仕留め来たが、確実に目の前の蠅王と同格と呼べる悪魔は二体。
魔帝・ムンドゥス、覇王・アルゴサクス程度である。サーヴァントとして召喚され、これ程までの大物と対峙出来るとは、さしものダンテも思っていなかった。
リベリオンを握る右腕に、特に熱が籠って行くのを実感するダンテ。バージルの奴も、同じ気持ちなのだろうかと、ふと考えてしまった。

241明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 01:57:41 ID:oq.mIL1I0
「お、張り切ってるね〜。それに、流れてる血の質と、顔立ちもそっくりだ。双子かな、君達」

 悪魔の血に敏感なのは、何もダンテとバージルだけじゃない。タカジョー自身も、そう言った物については過敏である。
故に、二名が同じ悪魔の血を引いている事も、即座に看破した。口では決して褒める事はしないが、両名が受け継ぐ悪魔の正体は、名こそ知らないが、名のある、
それも深淵魔王ゼブルたる自分と同等かそれ以上の格のものである。ヘラヘラと余裕ぶった態度を取っているが、その実タカジョーは、この場にいるサーヴァント達の中でこの二名を一番警戒していた。

「其処の蒼い奴には前言ったんだけど、僕は楽して君達に消えて欲しいんだよね。だから、其処の紅いかっこつけ君。君の期待には応えられそうにないね。僕は君とまともに戦うつもりなんて、これっぽっちもないよ」

「勝つ上に逃げられる、と? この、狼の巣その物の空間から」

 そう告げたのはパムである。彼女の言葉も尤もだろう。
この空間、乱入する事自体は容易いが、一度この場にいる全員からマークされてから逃げ果せるとなると、腕の一本で済むぐらいなら安い物とすら言える程の難事となるのだから。

「ハハ、馬鹿だなぁおばさん」

 ケラケラと言う効果音でも浮かび上がりそうな程軽薄な笑みを作って、タカジョーが返答する。
おばさん、と言う言葉を聞いた瞬間、パムの額に青筋の様なものが走った事に、タカジョーは気付いていた。

「――勝算もないのに虎穴に入る馬鹿が、何処にいるんだよ」

 そうタカジョーが告げた瞬間、競技場と言う建物全体が軋み、建材の破壊される音が随所から響き渡った。
何事だと一同が思い思いの方向に顔を向ける。一同が見た物は、石油に似た黒い、粘性を備えた液体が津波の如く押し寄せる、と言う光景であった。
それが、競技場の内部から溢れ出、フィールドに迫って来ているのである!!

「アーチャー!!」

 と、自分のマスターである雪村あかりが叫ぶ声を聞き、その方向にバージルが顔を向ける。
見ると彼女は、黒いタール状の液体の波に追われ、それから逃げる為にこの場に危険を顧みず入り込んだようである。
得体の知れない液体に触れるよりは、リスクを覚悟で、狼の巣と表現される新国立競技場の競技フィールドに入った方がマシ。それは、正しい判断だった。

 そして、同じような判断をしたのはあかりだけではない。
ライダー、大杉栄光のマスターたる伊織順平も同じ事を考えたらしく、彼はライダーの名を叫びながら、このフィールド上に足を踏み入れていた。
そして栄光は、自慢の解法の技術で、このタール状の物質の正体を解析――愕然とした。
見た目からすれば、重油、或いは墨液としか思えない、兎に角、液体に似た性質を持っている事がその流動性からも推し量れるこの物質。
しかし、今自分達に迫り来ているこの物質の正体は、ある種の虚数空間を目で見て触れる事が出来る形状に可視化させたものであるのだ。
言ってしまえばこのタールにも似た物質は、それ自体が虚無への入口なのである。これに全身を取り込まれれば最後、その者は完全なる無そのものの空間に取り込まれ、消滅が確約される。脱出する手段は、ないと見て間違いない。

242明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 01:57:55 ID:oq.mIL1I0
 自身の言う通り、タカジョーは、メリットのない戦いに参戦する性格ではないし、況してその戦いに参戦しようと心変わりを起こしても、
無策で戦場に首を突き込む程愚かな男ではない。この魔王は、虎狼の巣穴たるこの競技フィールドに入る前に、一つの仕込みを予め行っていたのだ。
それこそが、今この場にいる全員を虚無に還さんと迫る、タール状の物質。つまりは、タカジョーの宝具、ディープホールである。
彼はこの宝具を、競技フィールドに足を踏み入れる前に予め、競技場の残った建物全体に仕込んで起き、時間が来次第それを、フィールド目掛けて一斉に殺到させる、
と言う風に仕組んでいたのである。ただ、これを行う際万が一、内部にNPCが存在した場合、タカジョーは散々蔑んで来た討伐令のサーヴァントの対象に自分がなると言う、
あってはならない事態に確実に一歩前進する。そうならないように、内部の偵察もしっかり済ませていた。
ディープホールを巻き添えを喰らいかねない生き残りNPCの捜索。その結果は、階段付近で気絶していたあるNPC以外、『全滅』だ。
逃げ出す事をしなかった、或いは何らかの事情があってこの場に留まり続けたのか。どちらの意図でこの地獄に残っていたのかタカジョーには最早解らないが、
この建物に存在するNPCは一人除いて全員死亡。瓦礫に埋もれていたり、原形を留めぬ程ズタズタに殺されていたり、屋外で胸部に風穴を殺されていたりと。
新国立競技場で起った今回のサーヴァント同士の大戦争が如何程の物であったのか、NPCの死体は雄弁にタカジョーに語っていた。
結局タカジョーは、まだ息のある、階段から落ちて気絶していただけのNPCを遠方の公園に隔離させてから、ディープホールを仕込んだのである。
誰が消滅、退場するのか。後は、タカジョーの立ち回り方次第だ。

 獰猛な笑みを浮かべ、タカジョーが空間転移を用い、上空百m地点に転移。
彼が転移し終えた瞬間に、バージルの次元斬が、先程までこの魔王が佇んでいた地点を斬り刻んでいた。
余程隙だらけの状態でなければ、バージル以上の空間転移の使い手であるタカジョーに、次元斬を当てるのは至難の業であった。
上空に転移するやタカジョーは、背中から己の魔力で構築された光の翼を展開。その翼は、葉脈に似た網目状の構造が表面に走った、昆虫の翅を思わせる姿だった。
そして其処から大量に、ディープホールと言う名前の黒泥が大量に滴り落ち始めるではないか。狙いは競技フィールド、もっと言えば、其処にたむろするサーヴァント達である。

 絨毯爆撃宛らに地面に着弾するディープホール。
事此処に至って初めて此処にいるサーヴァント達は、行動の指針の変更を余儀なくされた。
完全に身体が呑み込まれれば消滅しか道がない、完全なる虚無(null)への入り口が随所に存在し、しかも現在進行形で増え続けているのだ。
戦うどころでは最早ない。早急にこの場から退散しなければならない。それまで散々熾烈な戦いを繰り広げていたライドウもザ・ヒーローも、
急いで各々のマスターの下へと駆け初めており、レイン・ポゥは空目掛けて虹を伸ばし、マスターである純恋子を抱えたまま其処を走り出した。
無論、この場からの逃走の為だ。そしてその判断を、同盟相手である魔王パムが咎めたか、と言うとそれは否だ。
何故ならばパムも、黒羽でディープホールの正体を解析していたからだ。この場に留まって戦うのは得策ではない。
常軌を逸した戦闘狂であるパムですらが、退散を考える程今の状況は危険なのである。レイン・ポゥの判断は正しいとすら言えた。
ただの狡賢いだけの男かと思ったが、確かな実力を持った上で、搦め手や卑怯な手段を用いる、パムが最も厄介だと判断する手合いだとパムは高城を評価する。
この場で戦えぬのが惜しいが、此処でレイン・ポゥを失うのは惜しい。タカジョーとの――いや。
この新国立競技場で戦った全てのサーヴァント達との次の逢瀬を期待しつつ、パムは飛翔。飛燕の如き速度と、蜻蛉の如き自由な軌道を両立させた凄まじい動きで空を飛び、
虹の橋の上を走るレイン・ポゥを彼女に抱えられた純恋子をキャッチし、そのまま飛翔高度を急上昇。一気に新国立競技場を後にした。これで彼女らは、三番目に新国立競技場を後にした事になる。

243明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 01:58:10 ID:oq.mIL1I0
 これで、この新国立競技場に残ったのは、能動的な飛行手段を己の能力の応用以外に持たない存在達だけである。
つまりは、タカジョーが『カモ』と呼んでも差し支えの無い者達である。だが、彼らですらも油断が出来ない。飛行に準ずる移動手段を持っている者が殆どだからだ。
それに彼らの中には、ディープホールですら破壊する攻撃手段を持つ者もいるらしい。バージルと栄光が正しくそうである。
時空すらも切断する魔剣・閻魔刀で、迫り来るディープホールの波を斬り裂き破壊するバージル。
斬られたタール状の虚数空間は、グラスに注がれたきめ細かいビールの泡が、弾けてなくなるが如くに三次元空間から消滅。
栄光の方は、解法の崩、つまり構築されたものの解体に特化した技術を直接ディープホールに叩き込み、対処していた。
崩の直撃を受けたディープホールは、亜空間への入口としての体裁を成さない程粉々に砕け散り、そして閻魔刀に斬られたそれ同様消滅した。
どちらも余裕綽々に対処している、と言う風に傍目から見えるが、その肚裡には焦りが渦巻いており、そしてタカジョーの宝具の対処も、全力で当たっていた。
特にバージル以上に、栄光に余裕がない。バージルはただ、高ランクの宝具である閻魔刀を振えばディープホールを破壊出来るものの、
栄光の場合はベルク・カッツェの透明化を解除させた時の如き、全力の『崩』を叩き込まねば対処出来ないのである。
ディープホールは神秘の強度も恐るべき高さの為に、全力の『透』でなければ攻撃の透過は出来ない。そしてこの状況、タカジョーは自由に動く事が可能なのである。
彼の追撃も視野に入れて動かねば、攻撃をモロに栄光は直撃する事になる。精神的な負担も、筆舌に尽くし難い程掛かっているのだった。

 彼らですら、精神的な焦りが隠せないのだ。
恒常的にディープホールを破壊する手段を持たないダンテとチトセの心労は、如何程の物であろうか。
ただダンテの方は、焦ってこそいるが、バージル程余裕がないわけではない。何せ彼の場合、一蓮托生たるマスターの方も規格外の存在なのだ。
【焦るな、抜け出す手段はある】、とライドウから頼もしい念話を飛ばされれば、馬鹿みたいに焦った素振りを見せる事もない。いつも通り鷹揚と構えていれば良いのだ。
正真正銘余裕がないのはチトセの方だ。ディープホールの正体が解らない上に、対処するべき宝具もない。だが、この場にいるサーヴァントの反応を見れば、
触れれば拙い物である事位はチトセにも解る。そんな物が、競技場の面積の優に八割以上を占めている状態で、交戦する程馬鹿ではない。故に彼女が逃走を選ぶのは、自然な選択と言えよう。

 ――そして、それを見逃すタカジョーではない。
数百m間の空間転移を可能とする彼は、一瞬にして地上へと転移。先ずバージルの方へと接近したこの蠅王は、彼の横腹目掛けて突き刺さるようなソバットを叩き込む。
苦悶すら上げる間もなく蒼コートの魔剣士は蹴り足の伸びた方向へと吹っ飛ばされる。其処は正に、タカジョーの放ったディープホールの溜まり場であった。
しかしタカジョーは、バージルがディープホールに着弾するよりも速く、チトセの方へと転移。今度は彼女の腹部に、左脚による回し蹴りを叩き込んでいた。
渇いた息を上げ此方も、ディープホールの蓄積地点へと吹っ飛ばされた。だが、いかに眼にも止まらぬタカジョーの早業と言えど、二人も蹴り飛ばしていれば、
歴戦のサーヴァントには気付かれる。現にバージルとチトセ以外のサーヴァントは皆、タカジョーが何かしらの事を行ったと言う事実を認識し始めていた。
空間転移を三度行い、今度は栄光の方へと転移、掌から白色の魔力のフレアーを放ち夢を操る戦士を焼き尽くそうとするが、間一髪、それを回避。
移動速度を急上昇させた栄光は、一気に、ディープホールに足を絡められ始めた順平の下まで接近し、彼の足元のディープホールに崩を叩き込み、破壊。
そして、順平を即座に抱き抱え、解法の力を用いて重力と引力の枷を振り払った。そして、跳躍。たったそれだけのアクションで、
一気に彼らは高度八十m地点まで飛翔。そしてその勢いのまま栄光は空中を滑り、競技場から退散した。これで彼らは、四番目に新国立競技場を後にした事になる。

244明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 01:58:23 ID:oq.mIL1I0
「もう無理かなぁ、警戒されてるし」

 あっけらかんと言う風にタカジョーが口にする。もう無理、と言うのは、空間転移を利用した不意打ちの攻撃が、である。
本来は此処から更に、那珂とダンテを攻撃するつもりであったが、流石に五体を一時に不意打ちする、と言うのは無茶があったようだ。
現にダンテも那珂も、既にタカジョーの動きを警戒している。これでは先ず、攻撃は当たるまい。

 チッ、と舌打ちをダンテが響かせたのを、タカジョーは見逃さなかった。
攻撃したくても出来ない事は、知っている。何故ならダンテがこの後しなければならないのは、マスターであるライドウと一緒にこの場から退散する事であるからだ。
自分程のサーヴァントを仕留めたければ、腰を据えて戦うしかない事位は流石に気付いているだろう。タカジョーはこう考えており、実際その通りであった。
此処から無事脱出する事が出来る短い時間の間に、タカジョーを葬る事など先ず不可能。よって、二名に取れる最優先の事柄は、此処から脱出するしかない。

「――モー・ショボー!!」

 と、ライドウが叫び、懐から管状の物を取り出した。
すると、蓋の先端から緑色の光が迸り、その光と同時に、管の中に封印されていたものが姿を現した。
ライドウの呼び出したものは、アジア風の民族衣装を身に纏う幼い少女だった。長く伸ばした後ろ髪の中頃から先が、鳥の翼の様に左右に大きく広がっている。
だが、その後ろ髪は伊達に伸ばしている訳ではない。それ自体が独りでに、意思を以って羽ばたかれており、そうする事で本当に鳥の翼と同じ力を発揮しているらしいのだ。
その少女は、空中をパタパタと浮いている。そしてそんな技が出来るのは、人間にはあり得ない。タカジョーは気付いていた。ライドウが呼び出した存在が、『悪魔』である事に。

「やっほーライドウ!! サツリク――げっ、あそこにいるのって、は、蠅王サマ……!?」

 流石に生粋の悪魔であるモー・ショボーは、一目でタカジョーの正体が解ってしまったようである。
愕然とした顔を浮かべ、畏怖に似た感情で、少年の形を取って現れたこの深淵魔王の事を見つめていた。

「モー・ショボー。単刀直入に言う、此処から俺達を脱出させろ」

「う、うん、解った!! 次はサツリクの為に呼んでね!!」

「セイバー!! 備えろ!!」

「あいよ」

 リベリオンを構え、タカジョーの方に目線を投げ掛け続けるダンテ。
元よりタカジョーに、ダンテを攻撃するつもりは今はない。あれは隙の無い男である。
適当な搦め手では対処され、それどころか下手に手を出すと手痛い一撃を貰いかねない。

「じゃね、次出会えたら遊んでやるよ」

 故に、タカジョーの取った行動は、笑顔を浮かべ、軽く手を振ってダンテ達を見送る、と言う余りにも彼らを馬鹿にした行動であった。

「おう、全力で遊ぼうや。蠅坊主」

 そうダンテが、獰猛な笑みを浮かべ軽口を叩くや、ダンテとライドウ。
そして、那珂の宝具が終わった時からずっと、ライドウの護衛を担当していたケルベロスの足元から、凄まじい勢いの風が噴出。
その風の勢いで、両名とケルベロス、そして、ライドウに抱えられたモー・ショボーが、バネ仕掛けの人形が跳躍する様な勢いで、高高度まで飛行。
モー・ショボー、もとい、疾風族の悪魔が有する、風の通り道を創造し、その経路にそって飛行能力のない存在を飛行させる、『神風』と呼ぶ技である。
これを用いて、ライドウは此処から退散しようとしたのだ。これで彼らは、五番目に新国立競技場を後にした事になる。

245明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 01:58:42 ID:oq.mIL1I0
「お姉様!!」

 叫びながら、チトセの右腕にして、今は宝具となっている少女、サヤ・キリガクレが、太腿までディープホールに浸かった状態のチトセの下まで接近。
そして、彼女の服を掴み、力の限り彼女を引き上げようとする。それを見逃さぬタカジョーではない。空間転移を行い、彼女らを脱落させようとするのだが――。
カッと目を見開かせ、タカジョーは何を思ったか、自分の足元にまで満たされたディープホールの闇の中に、『潜航』。
すると、先程までタカジョーが軽く浮かんでいた地点に、浅葱色の剣と砲弾めいた物が通り過ぎて行った。双方共に、命中する筈だったタカジョーが軌道上にいなかった為、
最終的にはディープホールの入口に直撃。そのまま呑み込まれて消え失せた。那珂と、バージルが放った攻撃は、かくてスカを喰ってしまった。

「チィ、奴は潜っても問題ないのか!!」

 苛立ち気味にバージルが叫んだ。流石に閻魔刀の持ち主である。
ディープホールに身体を激突され、動きを阻害された状態でも、彼は巧みに刀を操ってこれらを破壊。
急いで、腰の辺りまでタール状の虚数空間に呑まれたあかりの下まで近づき、彼女の行動を阻害する泥を消滅させてから、バージルは幻影剣を放っていたのだ。

「当たり前だろ、自分の毒で死ぬ程間抜けじゃないよ」

 そう言ってタカジョーが、ディープホールから姿を現した。
タカジョーの言った通り、この宝具はタカジョーが認めた存在か、そもそもタカジョー自身は、完全に身体を呑み込まれたとて無に還さない仕組みになっている。
つまりタカジョーはその気になれば、展開したディープホールに身体を潜航させる事で、この場にいる全員の攻撃をおよそ全て無傷でやり過ごす事が出来たのである。

 那珂が再び、装備した連装砲から砲弾を放つが、直撃の寸前で、間欠泉めいてディープホールが噴き上がり、砲弾を絡め取り、攻撃を虚無に還してしまう。
バージルも恐らくは連鎖して何か攻撃をする事は目に見えていた為、先手をタカジョーは打っておいた。
今も展開させている光の翅を羽ばたかせ、其処からディープホールの粘塊をバージルの方へと飛来させる。
速度にして音の数倍に達したそれであるが、バージルは容易く対処。閻魔刀を縦に一振り――余人には、上段から垂直に一回だけ振り下ろした風にしか見えないだろう。
しかし実際には、目にも留まらぬ速さで縦に横にと振り抜いていた事が、一辺二cmのサイコロ角に斬り刻まれまくっているディープホールの塊を見れば解る事だろう。
果たして百分の一秒を遥かに下回るあの一瞬の時間に、どれだけの数バージルは刀を振るっていたと言うのか。
塵となって消滅した、タカジョーの放ったディープホールを見届けた後、蒼コートの魔剣士はあかりを抱き抱え、一気に跳躍。
一っ跳びで二十m程跳躍したバージルだが、その高度に達した瞬間魔力で構築された足場を踵の辺りに産みだし、それを蹴り抜き、空中で再び跳躍。
それを何度も何度も繰り返し、競技場から脱出を試みる。だが、それを許すタカジョーではない。右手に白色の魔力を収束、球体上に練り固め、それを投擲しようとする。
が、背後から聞こえた砲音を察知、音の方向にそれを投げつけた。そして轟き渡る、腹部に響く程の重低音。タカジョーの魔力球と、那珂の放った連装砲からの砲弾が、激突した音だった。

246明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 01:59:00 ID:oq.mIL1I0
 これと同時にバージルとあかりが、新国立競技場の、ディープホールが展開されていない範囲外まで脱出した。これで彼らは、六番目に新国立競技場を後にした事になる。
そして、何とかチトセをディープホールから引っ張り出す事に成功したサヤは、チトセに何かを吹き込まれたか。直にそれを実行。
隻眼の女戦士を背負うや、そのまま跳躍。如何にサヤが星辰光で身体能力を強化させられるとは言え、この状態でバージル達のように、一気に此処から脱出する事は、
不可能のように思える。実際、それは不可能である。但しそれは、彼女だけの力を利用しようとしたのなら、だ。
此処でチトセが、サヤの脱出の手助けをする。チトセは自らの右眼の眼帯を外し、右眼窩に埋め込まれた、星辰光(アステリズム)の出力を爆発的に向上させる、一種の装置を解放。
この装置は本来、チトセの切り札となる宝具である神威招来・級長津祀雷命を発動する為に必要なものである。
だがこれは、切り札の宝具を放つ為だけの装置ではない。もっと応用力のあるデバイスなのである。神威招来・級長津祀雷命と言う宝具は雷の形態を取るが、
何も『強化させられる現象は雷だけではない』。星辰光の出力を向上させる、と言う事は、雷以外の気象の強さも跳ね上げさせられると言う事である。
そう、このデバイスを応用すれば雷だけではなく、風の強さも、雨の勢いも、一気に上昇させる事が出来るのである。
チトセはこの装置を応用し、爆発的勢いの上昇気流を産み出させ、一気にサヤと自分を上空まで飛翔させる。
彼女らは能動的に空を飛ぶ事は出来ないが、能力を限定的に行使する事で、離れ業的手段であるが、こうして空を飛ぶ事が出来るのである。
かくて二人の、星の力を操る女戦士はディープホールの魔の手から逃れ出る事が出来た。これで彼女らは、七番目に新国立競技場を後にした事になる。

 チトセ達が脱出するまでの間、タカジョーは彼女らを脱落させようと追撃する事も考えはした。
だが、それが出来ぬ事情があった。那珂が未だ臨戦態勢であった為、追い打ちを仕掛けようにも中々それが困難だった事。
そして、那珂が自分の宝具であるディープホールが、競技フィールド全体を完全に埋め尽くし、建造物部分に至っては完全に闇に呑まれていると言う現状にも拘らず、平然と生き残っている事に興味を覚えたからだ。

「たまげたなぁ、君には通用しないのかい」

 口では軽い調子を見せているが、内心は本当に驚いていた。
那珂には何故、ディープホールが通用しないのか。その理由は実を言うと一目瞭然である。
単純な話だ。足の踏み場もない程に満たされたディープホールの上を、那珂は『浮いている』のだ。
いや、浮いている、と言う言い方は正確ではないかも知れない。正しくは、『ディープホールの表面に足が触れてはいるが、足から上がそれ以上沈まない』、である。
タカジョーには理解出来なくて当然だが、このトリックは、那珂が装備している宝具・艤装が関係している。
那珂達艦娘を艦娘足らしめるこの艤装は、本来は彼女達が『海上』で深海棲艦と戦う為の必須武装である。これを装着している限り、彼女らは水の上を滑るが如く移動し、
沈む事なく、軽やかに行動する事が出来るのである。そして、この宝具の存在が、那珂をディープホールに呑みこまれる事を防いだ。
ディープホールは『タール状』に形状を変化させている為実感が湧きにくいが、本質的には一種の虚数空間であり亜空間である。
タール状、つまりは液体としての性質を少なからず持つ。この、液体としての性質が那珂の命を救った。那珂の艤装は海上、つまり液体の上であれば問題なく行動を可能とし、
彼女をその液体に沈ませる事を防ぐのである。勿論、その液体が溶岩であったり、宝具にすら影響を与える程の強酸性の代物などであった場合にはこの限りではないが、ディープホールの場合はそうではない。故に那珂には、ディープホールを足元に展開されたからと言って何も困る事は無いのである。

「……こんなの、酷過ぎる」

「は?」

 言葉の意味が解っていながら解らないフリをするのはタカジョーの常套手段だが、今回に限って言えば本気で意味が解らない。目的語の類が少なすぎる。

247明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 01:59:30 ID:oq.mIL1I0
「何で、こんな事するの? まだこの建物には、生き残ってる人が――」

 那珂の言葉に徐々に熱が帯び、それが最高潮に達した段階で、タカジョーは顔を抑えて、嗤った。那珂を嘲弄する様な響きが、くつくつ漏れた忍び笑いから十分過ぎる程見て取れる程だった。

「僕がこんな宝具を展開するまでもなく全滅してるよ」

「――え?」

 生き残っている人がいるかも知れないのに、こんな宝具を発動するなんて。大方那珂は、そう言いたかったのだろう。
だが、タカジョーの言う方が正しい。少なくとも彼が空間転移を駆使して競技場の中をどれだけ捜索しても、気絶していた一名を除いたNPC全員は、一人残らず死に絶えている。
競技フィールドの戦いを注視する事に集中し、内部を捜索する事をしていなかった那珂には、知る由もない情報であろう。

「飽きもしないで殺し合いに明け暮れた挙句、散々に死と破壊を振り撒いて来たサーヴァントが口にする言葉が、街を破壊して、NPCを殺して、良心が痛まないのか、と来たもんだ。笑っちゃうだろ? 戦争屋が良心の呵責に訴えるんだぜ? 自分の姿が鏡に映らないのかと邪推したくもなるさ」

 其処でタカジョーの表情から、張り付けた様な笑みすら消えた。喜びも悲しみも、そして、怒りすらもが消え去ったような、虚無その物の表情だった。

「愚かだよ、お前達は。口を開けば聖杯の為、大義の為。都合のいい願望器と言うニンジンには夢中な癖に、そのニンジンをぶら下げるデマゴーグには何の興味も抱かない。そんな愚かな風だから、お前達は真理を掴み損ねる。何時まで経っても、無知蒙昧のまま。魔王に足元を掬われる」

 スッと掌を開いた状態で、右腕を那珂の方に突き出した。生半なサーヴァントなら、塵一つ残さぬ魔力の放出をタカジョーは可能とする。

「馬鹿につける薬は言葉と暴力で十分だが、愚かにつける薬は『死』以外にない。NPCを殺して良心が痛むんだろ? なら、自分の死で罪を贖えよ」

 そう言うと同時に、タカジョーの掌からフラッシュがたばしった。
開かれた掌から噴き上がった物は、穢れの一つもない白い火柱である。それも那珂程度の身長の物なら、容易く呑み込む程のそれだ。
この攻撃を那珂は間一髪、大きく右方向に滑って移動する事で回避。あのオモチャの砲口から攻撃を放つのだろうとタカジョーは警戒するが、那珂は回避したっきり、
攻撃をする気配がない。それ以外に何か攻撃手段があるのか、とタカジョーが緊張の糸を張りつめさせるのも当然と言えよう。

「駄目だね私、人を見かけで判断するなんて」

「何?」

 両手に白い魔力の粒子を収束させながら、タカジョーが言った。

「君は本当は、口も態度も悪いけど、起こる必要もない――いいや。そもそも戦争自体が、好きじゃないんだよね?」

 ――嫌な所を、突いて来るな……――

 思わずタカジョーは、顔に苦みが走りそうになるのを抑えた。那珂の指摘は当たらずとも遠からずであった。
違う、と断言出来ないのが悔しい。何せタカジョーは此処とは異なる世界で、好きになった幼馴染の為に、命を擲ってまで人間界と魔界の平和に尽力していたのであるから。
那珂の言った事を否定してしまうと、デビルチルドレンと世界を救う為に共闘したあの過去すらも否定してしまいそうになるので、タカジョーは『違う』と言う言葉を口から吐き出せず、舌の上で転がすだけに終わってしまった。

「買被り過ぎだよ。君達と、聖杯戦争と言う絵図を描いた黒幕が破滅する様を見て、ゲラゲラ笑いたいだけさ」

「普通、本心からそう思ってたら、ストレートにそんな事言わないよ。悪ぶるの、案外下手だったりする?」

 馬鹿そうなナリをして、意外と頭と口が回るらしいと、タカジョーは嫌になった。その癖素直な性分であると来ている。戦って殺せるか否かは抜きにして、話していて嫌な手合いだった。

「んで? 僕が仮に君の言った通りの存在だったとして、君は見逃してくれるとでも? 僕を、さ」

「うーん。それは厳しい、かな。名残惜しいと思いながら、倒すかも。戦いって、そう言うものでしょ?」

 チャッ、と連装砲の砲口を那珂はタカジョーに合わせた。魔王は、目の前の少女の評価を改めた。下方に、ではなく上方に修正させたのである。
平和と希望を愛する甘そうな外見とは裏腹に、内に秘めた性根は確かに彼女は戦士のそれであったのだ。成程、目の前の存在は確かに、サーヴァント、いや。英霊であった。

「マスターが聖杯を欲してるから、私は戦う。でも、この街の平和も勝ち取るよ。私は」

「水の上に楼閣は建たないよ、お嬢さん」

248明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 01:59:44 ID:oq.mIL1I0
 と、臨戦態勢に両者が入ったその時だった。
余りにも濃密な殺気が一方向から噴出した為に、その方角に顔を向けざるを得なくなった。
一同が顔を向けた方向、其処には、右手に烈しく黄金色に照り輝く光刀を握り締め、全力で此方に向かって走って来る、クリストファー・ヴァルゼライドの姿があった。
ディープホールにヴァルゼライドは沈んでいなかった。タカジョーがヴァルゼライドを蹴り飛ばした時、その方向には確かにあの虚数空間への入り口があり、
其処にこの男は一時身体を絡め取られたが、それを気合と根性で振り払った。それが、つい今しがたの事である。
その後、ディープホールから抜け出た彼は、タカジョーが未だに此処にいる事を即座に認識し、其処に突進。何故艤装に類する特別な宝具を持たないヴァルゼライドが、
虚数空間に沈まないのか、と言えば単純明快。足元に展開されたディープホールに、人を含めた万物が沈むのには、短いながらも時間が掛かる。
ならば、『ディープホールに触れた足が闇に沈み出すよりも速くその足を振り上げ、そしてもう片方の足を闇に触れさせ、また沈むよりも速くそっちの足を振り上げる』。
言ってしまえばやっている事は、目にも留まらぬ速さで行われる足踏みである。これを繰り返す事でヴァルゼライドは、ディープホールの闇に消える事を防いでいた。

 剣身がタカジョーの頸を刎ね飛ばす間合いに近付くや、ヴァルゼライドは、軌跡すら残らぬ程の速度で刀を一閃。
しかし、ディープホールに足をやや絡められ、移動速度に減退が生じていたのが明暗を別った。即座に空間転移を用い、英雄の頭上に魔王が回る。
そしてそのまま、英雄の後頭部に踵を落とした!! 苦悶すら上げる事無くヴァルゼライドは、俯せにディープホールで満たされた地面に倒れ込んだ。

「今更お前如きを相手にしてやるかよ。僕が上で、お前は下だ!! 失意と怒りを抱いて、虚無の闇に還るがいい!!」

 そしてそのまま着地したタカジョーが、ヴァルゼライドの背中を怪力スキルを発揮させた上で幾度も踏みつける。
その度に、英雄が闇に沈む速度が加速度的に上昇して行く。抵抗を試みようとするが、刀を持った方の腕が既に闇に呑まれている為それも出来ない。

「ヴァルゼライド!!」

 遠方から、英雄を従えるマスターであるザ・ヒーローの声が聞こえてくる。
流石にザ・ヒーローの方は、ディープホールに触れて無事と言う訳ではなかったらしい。今や上半身の中頃まで、闇に取り込まれていた。
それ以上の浸食が遅いのは、ヴァルゼライド程では無いとは言え、この男もまた気合と根性を発揮して持ち堪えているからに過ぎない。

 だが、ザ・ヒーローの声援も虚しく、遂にはヴァルゼライドは、完璧にディープホールに沈んでしまう。
「馬鹿な……」、と、英雄の名を冠する青年が絶望するよりも速く、タカジョーは翅を振い、ディープホールの塊を飛来させ、それで彼を取り込んだ。
何も足元から徐々に沈ませて行くと言うプロセスをわざわざ踏む必要はない。自分の堆積以上のディープホールに身体を取り込まれれば、その時点で勝負は決するのだから。

「邪魔者はいなくなった。如何する、僕を殺すかい?」

「逃がしてくれるのなら、殺さないよ」

「先の事は解らないね」

 其処で幾許かの沈黙が流れた。
既に新国立競技場、と言う建物は跡形もなく、ディープホールの闇に呑まれていた。
残っているのは、新国立競技場と言うハコが建てられていた場所に、それと同じ面積で地面に広がる、完全なる黒色のタールだけであった。
回りを見渡しても、スタンド席も無ければ、上を見上げても屋根もない。周りに広がるのは、<新宿>の街並みだけである。
346プロのアイドルが活躍していたと言う事実も、そして彼女らの亡骸も、タカジョーの展開した闇に呑まれ、消滅してしまった。
そして広がるのは、ただの闇のみ。余りにも虚しい風景が、那珂とタカジョーの間に広がっていた。そして、それについて感慨を抱く暇も、今はない。

249明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 02:00:16 ID:oq.mIL1I0
 下げていた腕を今構え、那珂が連装砲の砲口を向けたその時であった!!
――那珂の姿が忽然と、その場から消えてしまったではないか!! これにはタカジョーも目を見開く。
空間転移!! その可能性を先ずは考慮した。だが、そんな便利な物が使えるのであれば、自分から逃走する事など容易であったろう。
そんな便利な術を持っていながら、今まで使っていなかった訳。そうか、と此処で結論に至った。『令呪』である。恐らく誰かが、那珂を令呪の力で呼び戻したのだろう。何れにしても、これで彼女は、八番目に新国立競技場を後にした事になる。

 令呪を使って退散したと言う事は、近くに那珂のマスターがいる筈である。
たかが数百m、事によっては数㎞離れた所で、タカジョー相手には何の意味もない。一回の空間転移で最大、二百m以上を容易く超える距離を彼はワープ出来るのだから。
見つけて血祭りに上げようと思い辺りを見渡すが――そんな事が問題にならなくなる程の大物を、今タカジョーは発見してしまった。
タカジョーが見つめているのは、目線の八十m先の、ワゴン車を改造して誂えた移動式屋台、其処から今出て来た少女の姿である。
見間違える筈がない。服装こそ、ネットやTVなどで出回っている一番有名な写真とは違うが、遠坂凛そのものである。
服装が見た事のない学校の制服のものだった為、一瞬は結論を下すのを迷ったが、見れば見る程やはり遠坂凛だと、疑惑が確信に変わった。
そしてその瞬間、タカジョーは空間転移を使い、凛が此方に気付くよりも速く、彼女の下まで転移。
地上から一mの所を飛んだ状態で其処に移動したタカジョーは、凛の頭部に右脚による浴びせ蹴りを叩き込もうとする。直撃すれば、首から上が千切れ飛ぶ。

 攻撃が、命中した。だが、感触がおかしい。確かにタカジョーの右脚は、肉を蹴った感覚が伝わってくる。
だがそれは、頭にクリーンヒットしたものではない。命中は命中でも、これではまるで、蹴りを『防がれた』ようである。

「すいません、依頼人を殺される際は私にお話を通されると嬉しいのですが」

 聞くだに気だるげな、脱力するようなやる気のない男の声が、凛とタカジョーの間から聞こえて来た。
彼らの間に割って入っているのは、よれよれの黒い略礼服で身を包み、ボロボロのスニーカーを履いた、骨太でガッシリとした体格の偉丈夫である。
整った顔立ちだが、その肌は蝋細工のように不健康な白さを持ち、その髪はセルフカットをしているのか、左右で髪の長さが違う事が解る黒髪であった。
この男の正体も、タカジョーは知っている。一般メディア経由で知らされている写真は、解像度が悪い為顔立ちがやや不鮮明だろうが、それでも目敏い者が見れば一発で解る。
況してタカジョー達聖杯戦争の参加者は、契約者の鍵を通じてその顔を直々に投影されているのだ。見間違う筈もない。遠坂凛が引き当てたバーサーカーにして、神楽坂の大量虐殺の主犯――黒贄礼太郎その人であった。

 その黒贄礼太郎が、タカジョーの回し蹴りを右手で彼の足首を掴む事で、防御。こうする事で、凛が殺される事を防いでいた。
那珂の宝具で動きを止められ、魚雷を打ち込まれ、その爆発に直撃した際、黒贄は確かに死亡した。死亡した後、内緒の場所でこっそりと生き返った。
蘇生後再び、競技フィールドに戻ろうにも、タカジョーのディープホールで跡形もなく競技場の建物も、殺害対象のサーヴァントも脱出していた為、
殺すべき対象を失ってしまい仕方なく遠坂凛の下へ戻ろうとした時に、空間転移を用いる前のタカジョーが、遠くから凛を眺めているのを発見。
「依頼料を貰ってないのに殺されるのは拙い」とか、「凛さんを殺すのは私でありたいですね」とかを思いながら、音速の七倍近い速度で一気に跳躍。
距離を詰め、タカジョーの蹴りを防いだ。事のあらましは、こう言う事になるのであった。

「く、黒贄!?」

 事此処に至って漸く凛は、最低最悪とすら評している自身のバーサーカーが、自分の命を救った事を認識。
明らかに競技場から伝わる雰囲気が一変したな、と思い、今まで隠れていたこのワゴン車を改造した点心の屋台から姿を見せた、その迂闊な隙を凛は狙われた。
もしも黒贄が助けに入っていなければ、遠坂家の血脈は、事実上此処で途絶えていたに等しい。

250明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 02:00:44 ID:oq.mIL1I0
 「ヤバい」、タカジョーの胸中をその思いが支配した。
色々思う所はある。この男は本当に人間なのか、人間にこの膂力はあり得るのか、この男が有する瞳はまるで『魔王』の――。
だが、それよりもプライオリティの高い感情は、この状況をどうにかしなければ、である。当然の話だがこの状況、己の足首を掴んでいる黒贄の方が圧倒的に有利だ。
サーヴァント程高次の霊基に身体を生で掴まれた状態で、空間転移はリスクが余りにも高すぎる。この状況、己の力で打破するしかない。
残った左脚で黒贄を攻撃しようとするが、それよりも速く、黒贄が勢いよくタカジョーの右足首を掴んでいる右腕を振り上げてしまった為、軌道が逸れて失敗。

「ほうりゃ」

 そして背面からタカジョーを、アスファルトの上に叩き付けた。その衝撃で、タカジョーの激突した所を中心とした、直径七十mに渡る地面に亀裂が生じた。
どれ程の腕力で、黒贄はタカジョーを叩き付けたのか。普通のサーヴァントであれば、この一撃で体中が砕け散り即死していた事だろう。
だが、黒贄の相手しているランサーは、見た目を遥かに上回る程の頑健なサーヴァントである。いや、魔王の分霊である。
迂闊にタカジョーの右足首から手を離した事が、不幸に繋がった。アスファルトに完全にめり込んだ状態のタカジョーの姿が、一瞬にして掻き消え、
黒贄から数m離れた所にまで距離を取った。流石に無事ではない。背中も痛いし、後頭部も強く打ったし、兎に角痛いし視界も歪んでいる。再生スキルで耐久が上がっていなければ、どうなっていたか。

 桁違いに、筋力と敏捷が高い。タカジョーの下した黒贄への評価だ。
これは恐らくではあるが、空間転移を最大限駆使して攪乱したとしても、黒贄は自分の姿を捕捉出来るだろう。
それ程までに地力が違う。少なくとも、『今』のタカジョーでは勝利は拾えない。マスターを殺そうにも、先ずあの馬鹿げた反射神経で妨げられる。

 ――ここらが潮時かな?――

 もちろん、黒贄を振り切ろうと思えばタカジョーには余裕である。空間転移を連発して移動すれば良いのだから。
どの道、クリストファー・ヴァルゼライドはもう葬った。これだけで、十分過ぎる程のおつりが返ってくる。何せ令呪が一画付与されるのであるから。
ルーラーから証拠を見せろと言われれば苦しいが、証拠を見せねば誰が葬ったのかも分からないような無能がルーラーをやっているとはタカジョーには思えない。
このまま刹那の下へと帰ろうと決めた――その時だった。新国立競技場が建っていた部分に、湖の如く広がっているディープホール、その随所から、幾筋もの光が溢れ出た。黄金色の、光の筋が。

 一瞬の事だった。ディープホールの表面全体が、餅を熱した様に膨らみ始め、其処から、破裂した。
破裂の原因は、膨らみの頂点を貫くように現れた、黄金色の光の柱が原因で、それは瞬きよりも遥かに速い速度で、天空まで伸びて行く。目視する限り、成層圏を容易く超え、宇宙空間にまでその光は達している事だろう。

 破裂の影響で、ガラスをハンマーで叩いた様な細かい破片となって砕けたディープホール。
それが黒い色紙で作った紙吹雪めいて、チラチラと空中を漂い始め、そしてその全てが、時間差こそあるものの端の方から燃え出し始め、灰すら残る事無く消滅して行く。
このある種幻想的とも取れる光景の真っ只中に、男達はいた。意識を軽く手放している己のマスターを二人三脚の要領で肩抱きにする、上半身が裸の状態の、金髪の男。
無限の闇が砕けた破片が、光に誘われる蛾のように舞って漂い、そして、燃え上がり、火の粉と変じて行くその状況を、恐れる事無く彼は進む。
古傷の走ったその顔には、弛緩の一つも見いだせない。サファイアを思わせるような碧眼には、宇宙の中心で激しく燃え上がる太陽宛らの決意と覇気とが赫々としている。
いや、瞳の方は、意思が燃え上がっているだけではない。誰の目にも明白な程に、彼の右眼から黄金色の光が噴出しているのだ。見る者が見れば、彼の無限大の闘志と不撓不屈の意思とが、全てを燃やしつくし神聖な黄金光となって溢れ出ているとすら表現してしまう事だろう。

 きっと今の状況のように、酷い火傷を体中に負っていても、最早死んでいると思われる様な傷を体中に刻まれても、其処から内臓が見えようとも。
この男の決意を折る事は、光の速度を変えるよりも不可能な事だと思うだろう。例え心臓を抉り出したとて、この男から闘気を奪い去る事など、出来はしまいだろう。

「――まだだ」

 そして――。
男が元居た世界で、どんな詠唱(ランゲージ)よりも短く、どんな恫喝よりも恐ろしいとされた言葉を。
民草にとっての至高の英雄にして、敵対者にとっての不条理の究極体とも言える男、クリストファー・ヴァルゼライドは、地の底から響き渡るが如き低い声音で呟いた。その手に、天使の神威の象徴めいた光剣を握り締めて。

251明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 02:01:04 ID:oq.mIL1I0
「黒贄!!」

 凛が叫び、黒贄の右手を掴み、そのまま走ろうとするが、黒贄がつられて動かない上に、黒贄自身が信じられない力で立ち止まっている為に、勢い余って凛はつんのめった。右肩が、外れるかと思った程の衝撃である。

「え、殺さなくても良いんですか?」

 悪びれもなく黒贄が言った。かなり痛かったらしく、涙目で凛が睨みつけて来る。

「予定変更!! さっさと逃げるわよ!!」

「ですが殺したりない――」

「ああもう、何とか工面してあげるから!! 速く逃げるの!!」

 凛は黒贄から手を離し、一人で走る事にした。黒贄は理解が遅すぎる。
どの道もう、此処で鎬を削る必要性もメリットもないと凛は判断した。ヴァルゼライドの主従は殺せば令呪が手に入るのだろうが、
仮に自分達が倒したとて同じ討伐令対象である自分達が令呪を貰えるとは凛も思っていない。つまり、本当にこの場に居残って戦う事で得られる利益がないのだ。
凛が逃走を選ぶのも、当たり前の話だった。その意図を黒贄が理解出来たかは知らないが、彼もまた、凛の後を追うように、この場から退散し始めた。
彼らのような主従を、タカジョーもヴァルゼライドも放っておくとは思えないが、異な事に、彼らは追撃すらしなかった。
両者共に、互いの事を睨みつけ、凍て付く様な殺意を放射している状態だからだ。これで彼女らは、九番目に新国立競技場を後にした事になる。

「お前は、理不尽の権化かダブスタ野郎ッ!!」

 黒贄達がこの場から逃走して行く事は無論タカジョーも知ってはいるが、それが気にならない程激怒していた。
自分の宝具が破られた事? それも勿論あるが、完全に虚無の闇の中に呑みこまれたと言うのに、それが当たり前であるかのように、ヴァルゼライドは元の世界に帰還した。
その余りにも常識を逸脱した、理不尽にも程があるヴァルゼライドの行為に、タカジョーは憤っていた。虚数空間にまで放逐したと言うのに、これで死ななければ、この男は何を以ってして死ぬと言うのか。

 ヴァルゼライドがどんな手段で、ディープホール内部の無限の闇から抜け出せたのか。
そのトリックをタカジョーは理解していた。簡単な話だ。桁違いの威力のガンマレイで焼き尽くしたのである。
ディープホールと言えど、破壊不可能でない事は、バージルの閻魔刀や栄光の解法の例からも証明されているし、タカジョーもそれを理解していた。
しかしあれらは、空間にすら作用する程の高ランクの神秘、或いは術の解体に特化した術だからこそ、破壊されたに過ぎない。
そう言った効果がなければ、ディープホールは破壊不可能であり、ヴァルゼライドの宝具・ガンマレイにはそんな効果はない。
だが現実にガンマレイは、虚数空間そのものとすら言えるディープホール内部を完全に破壊して見せた。一体、どうやって?
答えは単純明快。『気合と、根性』。心の力だけで、虚数空間を破壊するだけの威力に到達するまでガンマレイの出力を跳ね上げさせ、
これを放ち、ディープホールの無限の闇を完膚なきまでに破壊して見せたのだ。それが、どれ程の難事で、そして、ヴァルゼライド以外に不可能な事柄なのかは、今更説明するべくもないであろう。

「俺が……この世で一番唾棄し、嫌悪するものは……ッ、貴様のように善を嗤い、善なるものが集めた蜜を自らは苦労の一つもせずに掠め取ろうとする塵屑だッ!!」

 ヴァルゼライドは叫んだ。全天が轟きかねない、空の支配者であるところのあの雷霆を司る神々の王宛らの声であった。

252明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 02:01:41 ID:oq.mIL1I0
「俺は、貴様のような屑を裁き、貴様らの様な屑が犯した罪に罰を与え、そして――何処からともなく溢れ出る膿の如き邪悪を滅ぼす死の光として輝き続け、全ての悪の敵となり、全ての『善』と全ての『中庸』から『悪』を遠ざけ、彼方にて悪を断罪し続ける裁断者となると、俺は誓ったのだッ!!」

 口角泡には、血が混じっている。今までの戦いで負ったダメージは確かに、ヴァルゼライドを苛んでいるのだ。

「貴様を葬る、その一心だけで俺は地獄から戻って来た!! 理不尽の権化? 当たり前だ!! 貴様らの様な塵(ゴミ)を裁くと俺は過去も、これからも誓い続けている!! あんな汚泥に沈められた程度で、このクリストファー・ヴァルゼライドを葬れたと思うな!!」

 ヴァルゼライドの怒りを代弁するように、光で煌々と燃え上がるアダマンタイトの刀の剣先を、ヴァルゼライドはタカジョーに突き付けて尚も言った。

「貴様には何の信念もない!! 労苦を味わう事もせず、ただ勝利の美酒を平らげるが為に暗躍する。生前も、貴様の如き肥えた豚は飽きる程見て来た。蠅の王など片腹痛い。貴様など、糞に集る蠅と何の違いもないだろうが!!」

 光の英雄の怒りの要訣は、正しく其処だった。
タカジョーは確かに強い。身体能力だけでなく、それを適切に揮う事の出来る技術、何よりも魔王特有の、人間にはない数多の異能。
そのどれもが英雄にとっては脅威であり、掛け値なしの強敵。それが、高城絶斗と言う魔王であった。
だがヴァルゼライドは、目の前の少年魔王に、何らの信念も感じ取れなかった。皆が戦いに疲弊し、誰もが真っ先に脱落してもおかしくない、
と言うその状況になって漸く現れ、獲物を略奪しようとするその姿勢に。初めからまともに取り合おうとすらしないその態度に、ヴァルゼライドは激怒していた。
腐肉を漁るハイエナ。糞に集る蛆虫。それとタカジョーは、何らの違いもないと考え、そして、激怒していた。何故ならばそんな存在を滅ぼさんが為にヴァルゼライドは、悪の敵になる事を誓っていたのであるから。

「信念、信念だと? あ、はは、アッハハハハハハ!!」

 黙ってヴァルゼライドの口上を聞いていたタカジョーだったが、全てを聞き終えるや、もう堪えられない。
今の今まで、笑いをずっと堪えていたとでもいう風な態度で、爆発するような哄笑を上げ、英雄の事を笑い飛ばした。その構図は宛ら、勇者の若く青い見聞を笑い飛ばす、永く生きた魔王のそれであった。

「――笑わせるなよ屑野郎が」

 其処でタカジョーの声音が、真夏の蒸し暑さを感じさせぬ程の底冷えとしたものになる。
本当に、頭一つ分程も小さいこの少年が、こんな声を発しているのかと思う他ない程に、彼の声は低く、威圧的な物に変わっていた。

「ならお前は、あれすらも信念を免罪符に肯定するのか? 目に痛いだけのピカピカの光でNPCを散々殺した挙句に、平和な街のど真ん中に放射線をばら撒きまくる現状がよ!!」

 バッと、タカジョーはある方向を指差した。
其処こそは、新国立競技場が健在であった時に、ヴァルゼライドがダンテ目掛けて放ったガンマレイが、競技場を貫通しそのまま一直線に通り過ぎて行った方向である。
ヴァルゼライドと戦った経験があるタカジョーは、一目であの惨状を齎したのが誰であるのか、理解出来た程だ。
――その惨さたるや想像を絶する。ガンマレイが通り過ぎたルート上に存在したコンビニ等の店舗、一般家屋、団地などの集合住宅、オフィスビルやファッションビルなど。
それらは全てヴァルゼライドの放った黄金の爆熱光の影響で、爆散させられ、瓦礫の堆積にされてしまった。きっとその瓦礫の下には、多くのNPCの死体が埋まっている事だろう。
しかも更に性質の悪い事には、ガンマレイの性質だ。死光と時に称されるこの宝具には超高濃度の放射線が含まれており、通り過ぎた所には人が住めない程の放射線管理区域となる。そう、ヴァルゼライドは一時に人々の命を奪っただけでなく、今後其処に人間が住むかも知れないと言う未来すら、簡単に奪ってしまったのだ。

 タカジョーが指差す方角には今も、朦々と、それまで砂煙が立ち昇っているだけでなく、嵐のようなサイレンの音と人々の怒号や悲鳴が聞こえてくる。
これらは全て、タカジョーが屑と呼んだ男の後先顧みぬ所業が生んだ姿だった。英雄とすら呼ばれた男が生み出した、破壊の様相であった。

253明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 02:01:57 ID:oq.mIL1I0
「大したもんじゃないかヴァルゼライドくん。いとも簡単に、千、いや、万か? それだけの命を簡単に奪っちゃうんだからさ。中々出来る事じゃないぜ。もっと胸を張れよ」

「俺は俺の――」

「やった事を十分理解している。NPCと呼ばれる人間の犠牲も痛ましく思う」

 ヴァルゼライドの言葉を途中で遮るばかりか、途中でこの男が何を言おうとしたのか、その言葉を予想し、ヴァルゼライドの声音を真似てタカジョーが言った。
其処でヴァルゼライドは緘黙した。言おうとしていた事そのままを、タカジョーに言われてしまったからである。

「反省して全部チャラになるなら、神も天使もいるもんかよ。そしてこの後、お前はこう続ける。『だが殺す』と。自分の行った所業、その罪深さを知っているフリをお前はしてるだけだ」

 小柄な身体からは想像も出来ない程の濃密な殺意を放射し続けながら、なおもタカジョーは続ける。

「お前は自分の信じた道しか歩ける所がないと勘違いしている、強迫症の患者そのものだ。それ以外の道を模索する事が出来ない、そりゃそうだ。だってお前の信じる道以外には悪がいて、そしてそいつらの存在を認めなきゃいけないからな。それが、お前は恐ろしいのさ」
 
 ――

「底が割れたなヴァルゼライド。お前は、世界で一番の臆病者だ。人の世が人の世である以上無視出来ない、滅ぼせない悪の存在が、お前は許せないんじゃない。怖いだけだ。だから虚勢を張ろうとするのさ。全ての悪を滅ぼす光になるだなどと抜かしてな!!」

「貴様――!!」

「理想の邁進の為により多くの死と破壊を振り撒くお前のその姿。まるで、魔王そのものじゃないか。ハハ、生粋の魔王たる僕のお墨付きだぜ? もっと誇れよヒーロー」

 ヴァルゼライドを小馬鹿にするタカジョーは、声音こそ軽い調子のものがあるが、その表情は何処までも笑っていない。瞳に至っては、ガラス球の方がまだ温かみがあると思わせる程、何の感情も込められていなかった。

「英雄……か」

 タカジョーの事を睨みながら、ヴァルゼライドが呟く。魔王の口にしたヒーローと言う単語に、思う所があるらしい。

「生前も言われたよ、底辺からのし上がった英雄、公明正大・滅私奉公の名君、至高にして究極の人だとな。過大評価にも程がある。彼らがそう評価している人間は、エゴイストの極致にいるような屑でしかないと言うのに、な」

「そう自覚してるのならとっとと自殺なりしろよ」 

「するさ。皆が俺を、不要だと言うのなら」

 予想に反し、ヴァルゼライドの反論は、余りにも速かった。

「民は、人はそれでも、俺を求めた。屑の所業でしかない俺の行いを、英雄の行う正当な行為だと礼賛してな。彼らの声が愛おしくもあったからこそ、俺は戦い続けた。その愛と希望と、光とを育む土壌の為に俺は、彼らの幸福を奪い取ろうとする悪の敵になると嘗て誓った。その誓いが、人によっては正しく、俺が嫌悪する悪そのものに映ると、知った上でだ」

 尚も語る。

「誰に何を言われようとも、俺は悪を灼き尽くす光になり続けよう。俺の道を歩み続けよう。そして、地上から悪が消え去った暁には、『この地上に最後に残った悪』である俺も果てよう」

 「それが――」

「他人とは違う力と使命を授かって生まれた、『英雄(クズ)』の仕事、と言うものだろう? 魔王よ。英雄譚を締め括るのはいつだって、英雄自身の死なのだからな」

「大衆は今すぐにでもお前に死んで欲しいと望んでるぜ」

「俺のマスターが望んでいないのでな。悪いがこの命、貴様にはくれてやれん」

 一拍間を置く、ヴァルゼライド。

「俺の考えに異を唱える者も、貴様の如くいるだろう。全否定する者だって、いるだろう。そしてその考えは、何処までも正しい。彼ら自身が正しいと言えば、考えは無限大に正しくなり続ける」

 「だがな」

「俺は俺の意見も正しいと思っている。俺の夢は何処までも正当な物だと考えている。今後誰に俺の理想を間違っていると問われても、俺は、相手の理想の貴びながら、俺の正しさの下に相手を斬る。俺は――俺の理想の方が正しいと、絶対に信じているからだ」

「……オーケー。其処までの覚悟か。クリストファー・ヴァルゼライド」

254明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 02:02:17 ID:oq.mIL1I0
 これまでの会話でタカジョーは、考えを改めた。この男の考えを変える事は困難ではない。『不可能』なのだ。
余りにも、言葉の端々から伝わる決意の総量が、違い過ぎる。まるで数億年も昔から存在する山脈が語りかけてくるような重圧さを、魔王は感じた。
目の前の英雄が言った事に、偽りから出た言葉は一つとしてない。世界に悪がいなくなれば自死すると言う言葉も。
正しい意見に遭遇してもその意見を尊重しながら否定する事も。全てが、ヴァルゼライドの魂の奥底から出された本音である。
こんな相手に、千の厚遇万の世辞を尽くしても、心変わりが望むべくもない。つまりクリストファー・ヴァルゼライドは、タカジョーが最初に思ったイメージ通りの男。初めから、敵対するしか道の無い、正しく英雄の如き男であったと言う事だ。

「端から話し合いに応じる事自体が、間違いだった訳か。望み通りその希望ごと、無限の闇に叩き落としてやるよ」

「……来い」

 ヴァルゼライドが刀を構えたその瞬間だった。
タカジョーが懐に忍ばせていた、マスターの刹那が用意していた式神の機能を持たせた懐紙から、刹那の怒号めいた念話が聞こえて来た。

【ランサーッ!! 何をやっている!? 競技場が黒いタールの様なものに呑みこまれたと、SNSや緊急速報で――】

 ――チッ、間の悪い女だ……――

 もうヴァルゼライドの命など風前の灯火、何時でも葬れる状態だと言うのに。
この後口にする事は解っている。早急な帰還だろう。このままだと刹那は令呪を切りかねない。
ただの帰還命令に従わないだけで、令呪を一画失わせるのは余りにも無益だ。どの道、目の前の主従に残された道は確実な破滅だ。
自分が手を下すまでもない。癪だが此処は、刹那の言葉に従ってやる事にした。

「マスターが帰って来いってうるさいんだ。清算はいつか付けてやる」

「逃げるのか、ランサー」

「素直がモットーなんでね。精々苦しんで死になよ、ヒーロー」

 其処でタカジョーが空間転移で姿を消した。
今の言葉自体がブラフである可能性も高い為、辺りを素早くヴァルゼライドは見渡すが、如何やら本当に消えたらしい。
何処にもタカジョーの気配もなく、殺気も感じられない。宣言通り、あの蠅の魔王は逃走を選んだらしい。これで彼は、十番目に新国立競技場を後にした事になる。

「……起きているか」

 今まで肩抱きにしていたザ・ヒーローに問うた。

「大分前に。駄目だな、一分とは言え、意識を奪われるとは」

 ヴァルゼライドがマスターと認めた男の返事は素早かった。
「立てるか」、と言う問いに是を示すと、ザ・ヒーローは直に自分の足で立ち上がる。如何やら平気のようである。

「悪いな。またしても、葬れなかった」

「僕は気にしない。上手く行く事の方が、珍しいからね」

 そう言ってザ・ヒーローは、ディープホールが展開していた新国立競技場の方面を見やる。
タカジョーの消失と同時に、あの無限の闇も消えてなくなっており、後には、ヴァルゼライドが空けた深度八千mにも達する大穴だけが残された。
それ以外は正に、更地。起伏も何も見られない、平らな地面だけが広がるだけだった。

「人が来る。行こうバーサーカー」

 そうしてザ・ヒーローは襟を直し、違う方向に目線を向けた。
その方向は、人の集まりがやや薄いと、彼が判断した場所だった。その方角に目掛けて移動すれば、この場から脱出出来るだろう。

「僕は君を否定しない。僕も、理想の為に友達を斬った事がある。君の否定は、僕の否定にも繋がる」

「……不甲斐ないサーヴァントで、すまない」

「君が不甲斐なかったら、どんなサーヴァントも不甲斐なくなるさ。行くぞ」

「了解」

 其処でヴァルゼライドは霊体化を行い、走り出したザ・ヒーローの後を追う。これで彼らは、最後に新国立競技場を後にした事になる。
残されたのは、ゼロの地平だけだった。ただの穴と、ただの更地。此処から新たに夢を築くのは、一体どれほど、困難な物になるのだろうか。
中天に浮かぶ夏の太陽は、黙して語らない。新国立競技場で起った悲劇は、かくの如くに終わりを迎えたのであった。

255明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 02:02:44 ID:oq.mIL1I0
【四ツ谷、信濃町方面(新国立競技場跡地)/1日目 午後3:00】

【葛葉ライドウ@デビルサマナー葛葉ライドウシリーズ】
[状態]健康、魔力消費(中の小)、廃都物語(影響度:小)、アズミとツチグモに肉体的ダメージ(大→中)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]黒いマント、学生服、学帽
[道具]赤口葛葉、コルト・ライトニング
[所持金]学生相応のそれ
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の主催者の思惑を叩き潰す
1.帝都の平和を守る
2.危険なサーヴァントは葬り去り、話しの解る相手と同盟を組む
3.正午までに、討伐令が出ている組の誰を狙うか決める(現在困難な状態)
4.バーサーカーの主従(ロベルタ&高槻涼)を排除する
[備考]
・遠坂凛が、聖杯戦争は愚か魔術の知識にも全く疎い上、バーサーカーを制御出来ないマスターであり、性格面はそれ程邪悪ではないのではと認識しています
・セリュー・ユビキタスは、裏社会でヤクザを殺して回っている下手人ではないかと疑っています
・上記の二組の主従は、優先的に処理したいと思っています
・ある聖杯戦争の参加者の女(ジェナ・エンジェル)の手によるチューナー(ラクシャーサ)と交戦、<新宿>にそう言った存在がいると認識しました
・チューナーから聞いた、組を壊滅させ武器を奪った女(ロベルタ&高槻涼)が、セリュー・ユビキタスではないかと考えています
・ジェナ・エンジェルがキャスターのクラスである可能性は、相当に高いと考えています
・バーサーカー(黒贄礼太郎)の真名を把握しました
・セリュー・ユビキタスの主従の拠点の情報を塞から得ています
・セイバー(シャドームーン)の存在を認識しました。但し、マスターについては認識していません
・<新宿>の全ての中高生について、欠席者および体のどこかに痣があるのを確認された生徒の情報を十兵衛から得ています
・<新宿>二丁目の辺りで、サーヴァント達が交戦していた事を把握しました
・バーサーカーの主従(ロベルタ&高槻涼)が逃げ込んだ拠点の位置を把握しています
・佐藤十兵衛の主従、葛葉ライドウの主従と遭遇。共闘体制をとりました
・ルシファーの存在を認識。また、彼が配下に高位の悪魔を人間に扮させ活動させている事を理解しました
・新国立競技場で新たに、バージル、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、アーチャー(パム)、ランサー(高城絶斗)、ライダー(大杉栄光)、アサシン(レイン・ポゥ)の存在を認知しました。真名を把握しているのはバージルだけです
・アサシン(レイン・ポゥ)の本性を、モコイの読心術で知りました
・ランサー(高城絶斗)の正体に勘付きました
・現在<新宿>上空を、使役する悪魔モー・ショボーの神風で飛行中です。着地地点は次の書き手様にお任せします
・キャスター(タイタス1世)の産み出した魔将ク・ルームとの交戦及び、黒贄礼太郎に扮したタイタス10世をテレビ越しに目視した影響で、廃都物語の影響を受けました


【セイバー(ダンテ)@デビルメイクライシリーズ】
[状態]肉体的ダメージ(中の中)、魔力消費(中)、放射能残留による肉体の内部破壊(回復進度:小)、全身に放射能による激痛
[装備]赤コート
[道具]リベリオン、エボニー&アイボリー
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の破壊
1.基本はライドウに合わせている
2.人を悪魔に変身させる参加者を斃す
3.バージルとタカジョーを強く意識
[備考]
・人を悪魔に変身させるキャスター(ジェナ・エンジェル)に対して強い怒りを抱いています
・バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)の異常な耐久力を認識しました
・宝具『天霆の轟く地平に、闇はなく』が掠めた事で、体内で放射能による細胞破壊が進行しています。悪魔としての再生能力で治癒可能ですが、通常の傷よりも大幅に時間がかかります

256明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 02:02:57 ID:oq.mIL1I0
【雪村あかり(茅野カエデ)@暗殺教室】
[状態]肉体的ダメージ(中)、脹脛をガンドで撃ち抜かれる、疲労(中)、廃都物語(影響度:小)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]なし
[道具]携帯電話
[所持金]何とか暮らしていける程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を絶対に手に入れる。
1.なるべく普通を装う
[備考]
・遠坂凛とセリュー・ユビキタスの討伐クエストを認識しました
・遠坂凛の住所を把握しましたが、信憑性はありません
・セリュー・ユビキタスが相手を選んで殺人を行っていると推測しました
・バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)とザ・ヒーローの存在を認識、その後通達で真名と宝具とステータスを知りました
・ランサー(高城絶斗)の存在を認識しましたが、マスターの事は知りません
・新国立競技場で新たに、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、アーチャー(パム)、ライダー(大杉栄光)、アサシン(レイン・ポゥ)の存在を認知しました
・遠坂凛が魔術師である事を知りました
・伊織順平がライダー(大杉栄光)のマスターである事を認識、彼と同盟を組もうと考えています
・キャスター(タイタス1世)の産み出した魔将ク・ルーム及び、黒贄礼太郎に扮したタイタス10世を目視した影響で、廃都物語の影響を受けました


【アーチャー(バージル)@デビルメイクライシリーズ】
[状態]肉体的ダメージ(小)、魔力消費(閻魔刀によって極小)、放射能残留による肉体の内部破壊(回復進度:中)、全身に放射能による激痛
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れ、力を得る。
1.敵に出会ったら斬る
2.何の為に、此処に、か
[備考]
・バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)とザ・ヒーローの存在を認識、その後通達で真名と宝具とステータスを知りました
・ランサー(高城絶斗)の存在を認識しましたが、マスターの事は知りません
・宝具『天霆の轟く地平に、闇はなく』を纏わせた刀の直撃により、体内で放射能による細胞破壊が進行しています。悪魔としての再生能力で治癒可能ですが、通常の傷よりも大幅に時間がかかります
・バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)の異常な耐久力を認識しました
・現在雪村あかりを抱え、新国立競技場からそう離れていない目立たない所に隠れています。何処かは次の書き手様にお任せ致します


【ランサー(高城絶斗)@真・女神転生デビルチルドレン(漫画版)】
[状態]肉体的ダメージ(中)、魔力消費(中)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を楽しむ
1.聖杯には興味がないが、負けたくはない
2.何で魔王である僕が此処にいるんだろうね
3.マスターほんと使えないなぁ
4.馬鹿ばかりかよ
[備考]
・ビースト(パスカル)、バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)と交戦。睦月をマスターと認識しました
・ビーストがケルベロスに縁のある、或いはそれそのものだと見抜きました
・ビーストの動物会話スキルには、まだ気付いていません
・雪村あかりとアーチャー(バージル)の主従の存在を認識しました
・アルケアの事を訝しんでいます
・新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(バージル)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、アーチャー(パム)、ライダー(大杉栄光)、アサシン(レイン・ポゥ)の存在を認知しました

257明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 02:03:14 ID:oq.mIL1I0
【伊織順平@PERSONA3】
[状態]健康、魔力消費(小)、疲労(中)、廃都物語(影響度:小)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]なし
[道具]召喚銃
[所持金]高校生並みの小遣い並み
[思考・状況]
基本行動方針:偽りの新宿からの脱出、ないし聖杯の破壊。
0.ライブに向かう。
1.穏便な主従とコンタクトを取っていきたい。
2.討伐令を放ってはおけない。しかし現状の自分たちでは力不足だと自覚している。
[備考]
・戸山にある一般住宅に住んでいます。
・遠坂凛とは同級生です。噂くらいには聞いたことがあります
・遠坂凛が魔術師である事を認識しました
・あかりが触手を操る人物である事を知りました
・新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、アーチャー(パム)、ランサー(高城絶斗)、アサシン(レイン・ポゥ)、アサシン(ベルク・カッツェ)の存在を認知しました。真名を把握しているのはバージルだけです
・現在<新宿>上空を、栄光に抱えられた状態で飛行中です。着地地点は次の書き手様にお任せします
・キャスター(タイタス1世)の産み出した魔将ク・ルーム及び、黒贄礼太郎に扮したタイタス10世を目視した影響で、廃都物語の影響を受けました


【ライダー(大杉栄光)@相州戦神館學園 八命陣】
[状態]健康、魔力消費(中)覚えのない記憶(進度:超極小)
[装備]なし
[道具]宝石・スピネル(魔力量:大)
[所持金]マスターに同じ
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを生きて元の世界に帰す。
1.マスターを守り、導く
2.昼はマスターと離れ単独でサーヴァントの捜索をする。が、今は合流を優先
3.UVM社の社長にまつわる噂の真偽を後で確かめてみる
4.何で野枝さんの記憶植え付けるんだよあのヤブ
5.アサシン(ベルク・カッツェ)と黒贄礼太郎は生かしておけない
[備考]
・生前の思い出す事が出来ない記憶について思い出そうとしています。が、完全に思い出すのは相当困難でしょう
・キャスター(メフィスト)の存在を認知。彼から魔力の籠った宝石を貰いました
・キャスター(メフィスト)から記憶に関する治療を誘われました。判断は後続の方々にお任せします
・アサシン(ベルク・カッツェ)の存在を認識。強い敵意を抱いております
・アサシン(ベルク・カッツェ)が今回の事態の黒幕ではないかと、やや引っかかる所はありますが考えているようです


【遠坂凛@Fate/stay night】
[状態]精神的疲労(極大)、肉体的ダメージ(小→中)、魔力消費(中)、疲労(中)、額に傷、絶望(中)
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]いつもの服装(血濡れ)
[道具]魔力の籠った宝石複数(現在3つ)
[所持金]遠坂邸に置いてきたのでほとんどない
[思考・状況]
基本行動方針:生き延びる
1.バーサーカー(黒贄)になんとか動いてもらう
2.バーサーカー(黒贄)しか頼ることができない
3.聖杯戦争には勝ちたいけど…
4.今は新国立競技場から逃走
[備考]
・遠坂凛とセリュー・ユビキタスの討伐クエストを認識しました
・豪邸には床が埋め尽くされるほどの数の死体があります
・魔力の籠った宝石の多くは豪邸のどこかにしまってあります。
・精神が崩壊しかけています(現在聖杯戦争に生き残ると言う気力のみで食いつないでる状態)
・英純恋子&アサシン(レイン・ポゥ)の主従を認識しました。
・バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)が<新宿>衛生病院で宝具を放った時の轟音を聞きました
・今回の聖杯戦争が聖杯ではなく、アカシックレコードに纏わる操作権を求めて争うそれであると理解しました
・新国立競技場で新たに、ライダー(大杉栄光)の存在を認知しました。後でバーサーカー(黒贄礼太郎)から詳細に誰がいたか教えられるかもしれません
・あかりが触手を操る人物である事を知りました
・現在黒贄を連れて新国立競技場から距離を取っています。何処に移動するかは次の書き手様にお任せします

258明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 02:03:36 ID:oq.mIL1I0
【バーサーカー(黒贄礼太郎)@殺人鬼探偵】
[状態]健康
[装備]『狂気な凶器の箱』
[道具]『狂気な凶器の箱』で出た凶器
[所持金]貧困律でマスターに影響を与える可能性あり
[思考・状況]
基本行動方針:殺人する
1.殺人する
2.聖杯を調査する
3.凛さんを護衛する
4.護衛は苦手なんですが…
5.そそられる方が多いですなぁ
6.幽霊は 本当に 無理なんです
[備考]
・不定期に周辺のNPCを殺害してその死体を持って帰ってきてました
・アサシン(レイン・ポゥ)をそそる相手と認識しました
・百合子(リリス)とルイ・サイファーが人間以外の種族である事を理解しました
・現在の死亡回数は『2』です
・自身が吹っ飛ばした、美城に変身したアサシン(ベルク・カッツェ)がサーヴァントである事に気付いていません
・ライダー(大杉栄光)が未だに幽霊ではないかと思っています


【ザ・ヒーロー@真・女神転生】
[状態]肉体的ダメージ(中)、魔力消費(中)、廃都物語(影響度:小)
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]ヒノカグツチ、ベレッタ92F
[道具]ハンドベルコンピュータ
[所持金]学生相応
[思考・状況]
基本行動方針:勝利する。
1.一切の容赦はしない。全てのマスターとサーヴァントを殲滅する
2.遠坂凛及びセリュー・ユビキタスの早急な討伐。また彼女らに接近する他の主従の掃討
3.翼のマスター(桜咲刹那)を倒す
4.ルーラー達への対策
[備考]
・桜咲刹那と交戦しました。睦月、刹那をマスターと認識しました。
・ビースト(ケルベロス)をケルベロスもしくはそれと関連深い悪魔、ランサー(高城絶斗)をベルゼブブの転生体であると推理しています。ケルベロスがパスカルであることには一切気付いていません。
・雪村あかりとそのサーヴァントであるアーチャー(バージル)の存在を認識しました
・マーガレットとアサシン(浪蘭幻十)の存在を認識しましたが、彼らが何者なのかは知りません
・ルーラーと敵対してしまったと考えています
・新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、アーチャー(パム)、アサシン(レイン・ポゥ)の存在を認知しました。真名を把握しているのはバージルだけです
・現在<新宿>新国立競技場周辺から脱出しています。何処に向かうかは次の科書き手様にお任せします
・キャスター(タイタス1世)の産み出した魔将ク・ルームとの交戦及び、黒贄礼太郎に扮したタイタス10世を目視した影響で、廃都物語の影響を受けました
・ライドウが自分と同じデビルサマナー、それも恐ろしいまでの手練だと確信しています

259明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 02:03:52 ID:oq.mIL1I0
【バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)@シルヴァリオ ヴェンデッタ】
[状態]肉体的ダメージ(超々極大)、魔力消費(中の大)、霊核損傷(超々極大)、放射能残留による肉体の内部破壊(極大)、全身に放射能による激痛(極大)、
全身に炎によるダメージ(現在重度)、幻影剣による内臓損傷(現在軽度)、内蔵損壊(超々極大)、頭蓋骨の損傷(大)、脊椎の損傷(大)、出血多量(極大)
→以上を気合と根性で耐えている
[装備]星辰光発動媒体である七本の日本刀(現在六本破壊状態。宝具でない為時間経過で修復可)
[道具]なし
[所持金]マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:勝つのは俺だ。
1.あらゆる敵を打ち砕く
2.例えルーラーであろうともだ
[備考]
・ビースト(ケルベロス)、ランサー(高城絶斗)と交戦しました。睦月、刹那をマスターであると認識しました。
・ ザ・ヒーローの推理により、ビースト(ケルベロス)をケルベロスもしくはそれと関連深い悪魔、ランサー(高城絶斗)をベルゼブブの転生体であると認識しています。
・ガンマレイを1回公園に、2回空に向かってぶっ放しました。割と目立ってるかもしれません。
・セイバー(チトセ・朧・アマツ)は、彼女の意向を汲みいつか決着を付けたいと思っております
・アーチャー(那珂)は素晴らしい精神の持ち主だとは思っておりますが、それはそれとして斬り殺します
・マーガレットと彼女の従えるアサシン(浪蘭幻十)の存在を認知しましたが、マスター同様何者なのかは知りません
・早稲田鶴巻町に存在する公園とその周囲が完膚無きまでに破壊し尽くされました、放射能が残留しているので普通の人は近寄らないほうがいいと思います
・早稲田鶴巻町の某公園から離れた、バージルと交戦したマンション街の道路が完膚なきまでに破壊されました。放射能が残留しているので普通の人は近寄らない方がいいと思います
・新小川町周辺の住宅街の一角が、完膚なきまでに破壊されました。放射能が残留しているので普通の人は近寄らない方がいいと思います
・交戦中に放ったガンマレイの影響で、霞ヶ丘町の集合団地や各種店舗、<新宿>を飛び越えて渋谷区、世田谷区、目黒区、果ては神奈川県にまでガンマレイが通り過ぎ、進行ルート上に絶大な被害と大量の被害者を出していますが、聖杯戦争の舞台は<新宿>ですので、渋谷区等の被害は特に問題ありません


【セイバー(チトセ・朧・アマツ)@シルヴァリオ ヴェンデッタ】
[状態]肉体的ダメージ(中)、魔力消費(中の大)、実体化
[装備]黒い軍服
[道具]蛇腹剣
[所持金]一応メフィストから不足がない程度の金額(1000万程度)を貰った
[思考・状況]
基本行動方針:バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライドとの戦闘と勝利)
1.余り<新宿>には迷惑を掛けたくない
2.聖杯を手に入れるかどうかは、思考中
[備考]
・現在<新宿>の何処かに移動中。場所は後続の書き手様にお任せします
・新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、アーチャー(パム)、ランサー(高城絶斗)、ライダー(大杉栄光)、アサシン(レイン・ポゥ)の存在を認知しました
・アーチャー(八意永琳)とそのマスターには、比較的好意的な考えを持っております
・サヤ「あのアーチャー様は、お姉様には本当に僅差には劣りますが、美しい方でしたね……性格も宜しいですし」
・サヤ「泥投げて来たあのクソガキ殺す!! 絶対殺してやる!!」

各種備考:
※新国立競技場がランサー(高城絶斗)の宝具、ディープホールの影響で消滅、代わりにこの建物が経っていた場所は深さ八千m程の大穴だけが残された更地になりました。またディープホールの影響で、新国立競技場の在った所だけは、ガンマレイによる放射線汚染はありません
※346プロの所属のアイドルの八割五分は死亡しました。今回の話で生存が確認されている赤城みりあ、佐々木千枝、城ヶ崎莉嘉、橘ありす、鷺沢文香、アナスタシア以外に今回出演していたネームドアイドルは、完全に死亡したと思って下さい。誰が残りの一割五分かは、後続の書き手様にお任せ致します

260明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 02:04:20 ID:oq.mIL1I0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ダガー・モールスは兎に角、気が気ではなかった。
SNS、ニュースサイト、そしてテレビの緊急速報。新国立競技場近辺で起っている大殺戮、その新情報が一分単位で更新されて行くが、
その更新される情報に、状況の好転を示すものは一つとして存在しない。時間が経てば経つ程に、状況は爆発的に悪化して行く。
暫定的な死傷者数は、情報が更新される度に数十人単位で増えて行く。だが、新国立競技場から現れた光が渋谷区方面に向かって行った、と言う情報を契機に、
桁が跳ね上がった。具体的には一気に、数千、数万人単位で死者の数が増え始めたのだ。被害が及んでいる建物も新国立競技場のみならず、<新宿>外の建物にまで累が広がり始めた。

 ブルブルと身体を震わせながら、ダガーはUVM社のタワービルの最上階に設置された社長室から、新国立競技場の方を眺めた。
此処からよく、あの建物の光景が見えるのだ。酷過ぎるにも、程がある。この位置から見ても、倒壊の具合が明らかな程、あのハコはボロボロになり始めている。
最初の方は鷹揚と事を構え、今回の事件をダシに新しいプランを考えたりもしたが、それも最初の数分だけ。
入ってくる情報が最悪を極るものばかりの為、ダガーの関心はこれからの仕事よりも、新国立競技場にいる筈の那珂に向かわざるを得なくなった。心配なのだ。
那珂自体、見た目からは想像も出来ないが、耐久力と継戦能力には特に秀でている。多少は持ち堪えるだろうが、それでも限度はあるのだ。
今はまだ、那珂とダガーとを繋ぐ令呪が消滅していない為に、彼女が死亡していないのが解るが、それでもあの状況である。
何を契機に、彼女が死ぬ事になるのか解った物ではない。早く此処に戻って来て欲しいと、切に、切にダガーは祈っていた。

 病的な目で新国立競技場を見下ろしていたダガーだったが、その意識は一気に、彼のデスクへと向けられる。
電話が鳴っている。急いで駆け寄る。オガサワラからの物である事を確認するや、急いで子機に手を伸ばし電話に出た。

「貴様オガサワラァッ!! 今の今まで何処で油を売っていた!!」

 子機を取るなり口元までダガーはこれを持って行き、ありったけの声量で子機の向こう側のオガサワラに怒鳴りつけた。
余りにもオーバーな怒りと思われるかもしれないが、ダガーの怒りはかなり正当な物である。何せダガーは今まで何度も、ダガーの携帯にTELを掛けていたのだ。
それにもかかわらず、オガサワラはダガーのTELに一度だって出なかった。UVMの社長であるダガー・モールスの電話を無視しただけでも案件に近いのに、
しかも電話の内容が内容である。オガサワラの命は別に如何でも良いが、那珂の身に何かあっては堪らない。それ程までの火急の用事を、オガサワラは無視し続けていた。
オガサワラもまた、ダガーが如何なる用事で此方にTELを掛けて来たのか、よもや知らない訳はあるまい。余りにも出ないのでダガーは、オガサワラごと那珂が死んだのではと本気で思っていた程である。

「ち、違うんですボス!! た、確かに出なかった事は事実ですが、そ、その――」

「貴様、知っていて無視したのか!!」

「ち、違います!! 状況が状況だった為に、気付くのが遅れたんです!! 後は、そ、そ……その……」

「何だ!!」

 さっきから、何かをひた隠しにしている事がダガーにはよく解る。
そしてその秘密が、言ってしまえばダガーの逆鱗に触れる為に、言うのを躊躇っている風な事も、薄々ではあるが察していた。

「な、那珂さんから、あるタイミングまで電話を掛けるな、って言われたんです!!」

「何、アーチ……那珂から、だと?」

 思わずサーヴァントのクラス名で言いそうになるが、其処は何とか呑み込んだ。それよりも、オガサワラの言った事が気になる。
まさかこの期に及んで、こんな嘘を吐くとは思えない。勿論、オガサワラが操られているとか言うのなら話は別であるが、それについて思索を巡らせ、時間を無駄にするのは余りにも馬鹿げている。ダガーは話の続きを促した。

「わ、私は一緒に逃げようと何度も説得したんですが、那珂さんは言う事を聞かず、か、勝手に競技フィールドに――」

「競技、フィールドだと!?」

 バッと窓の方を振り向き、競技場の方を見やる。よりにもよって一番危険な場所ではないか。
しかも、何が起こっているのか、競技場を黒い何かが覆い尽くし始めている!! タブレットをタップしてニュースチャンネルに切り替えると、
黒いヘドロ状の何かが競技場を呑み込んで沈ませて行く、と言う続報がたった今入り始めているのだ。明らかにこれは、サーヴァントによる攻撃だ。

261明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 02:04:41 ID:oq.mIL1I0
「オガサワラァ!! 貴様、其処に那珂を一人で行かせたのか!!」

「た、確かに行かせました!! で、ですが、『私には秘策がある』とか、『それにはオガサワラさんの協力が必要』だって言って聞かなかったんです!!」

「何!?」

「那珂さんは『自分は競技フィールドに向かうから』と言ったのと同じ時に、私には『急いで競技場の外に出て周りに誰もいない所に向え』と命令したんです!! そして、周りに誰もいない所に着いたら、『那珂さんから別れた瞬間から起算して八分後に、ボスに電話を掛けろ』って言われたんです!!」

 此処まで言われて、那珂の意図に気付いた。那珂はオガサワラを競技場から脱出させるのと同時に、この男を伝令代わりにしたのである。伝える先は勿論、彼女のマスターであるダガー・モールス以外にあり得ない。

「彼女は何て言っていた!!」

「わ、私にはよく解りませんが、れ、れ……『れいじゅ』、と言う物を使って社長室に那珂さんを呼んで――」

 其処で乱暴に子機を受話器に起くダガー。要するに那珂は今、競技場で戦っており、そして、逃げ出せないと解っていたからこそ、ダガーを頼ったのだ。
そう、令呪。これを使えば百%どんな所からも逃げ切れる。令呪は確かに貴重なソースだが、此処で切らねば那珂が死ぬ。四の五の言ってはいられない、今まさにダガーは三つの鬼札の内の一つを切った。

「――令呪の福音にダガーが命ずる」

 言ってダガーは、己の喉に刻まれた、UVM社のロゴマークを模したトライバルタトゥーに右手を当てる。

「我がサーヴァント、アーチャーの那珂をこの場に呼び戻せ!!」

 そう告げた瞬間、ダガーの喉に刻まれた令呪がカッと光り輝き始め、それと同時に一画を失う。
そして次の瞬間、デスク越しに那珂が何の前触れもなく姿を現していた!! 頭からつま先間で余す事無く、素潜りをした後のように彼女はずぶ濡れだった。
だが、そんな姿が問題にならない程、今の那珂は、ダガーの知る彼女とは別の存在になっていた。
腕に装備した連装砲は、マスターであるダガーの方に向けられており、それが途轍もない威圧感を彼に与える。だが何よりも恐ろしいのは、那珂の宿す双眸の輝き。今までの中には見られない、虎か狼を思わせる鋭い光は、ダガーを威圧するには十分過ぎるものがあった。

 那珂が、自分が連装砲を向けている相手が誰なのかに気付いたらしい。
ハッとした顔で艤装を解除し、ふぅと息を吐き、へなへなと両膝から地面に座ってしまった。

「さ、作戦成功……」

 疲労困憊と言った様子で、那珂が呟き、彼女を見かねてダガーが近寄ってくる。
かくして那珂は、令呪と引きかえにではあるが、あの地獄の如き世界から逃れる事に成功したのであった。




【市ヶ谷、河田町(UVM本社)/1日目 午後3:00分】

【アーチャー(那珂)@艦隊これくしょん】
[状態]健康、魔力消費(中の中)
[装備]オレンジ色の制服
[道具]艦装(現在未装着)
[所持金]マスターから十数万は貰っている
[思考・状況]
基本行動方針:アイドルとして、平和と希望と愛を守る
1.とほほ、もうライブはこりごりだよ〜
2.ダガーもオガサワラも死なせないし、戦う時は戦う
[備考]
・現在オガサワラ(SHOW BY ROCK!!出典)と行動しています
・キャスター(タイタス1世{影})が生み出した夜種である、告死鳥(Ruina -廃都の物語- 出典)と交戦。こう言った怪物を生み出すキャスターの存在を認知しました
・現在の交戦回数は、上記の告死鳥の分も含めて『2回』です。あと1回の交戦で、改二の条件を満たします
・新国立競技場で歌を歌った事で、改二の条件を一つ満たしました
・新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(バージル)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、アーチャー(パム)、ランサー(高城絶斗)、ライダー(大杉栄光)、アサシン(レイン・ポゥ)の存在を認知しました

262明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 02:05:13 ID:oq.mIL1I0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「創生せよ……あぁ、これはとても語感がいい……。それとも、天昇せよ……? うむ、これは良いかも――」

 高度数百m地点を、パムに抱えられながら、元のアジトであるホテルセンチュリーハイアットへと向かっているレイン・ポゥと純恋子。
純恋子に纏われていた黒羽のライダースーツは既に解除され、元のパムの羽へと戻っている。
現在パムは、己の羽の一枚を彼女ら三名に作用するステルス現象に変化させ、自分達の身体の透明化に充てさせていた。誰かに見られたら事の為だ。
流石に便利な能力だとレイン・ポゥも思ってはいたが、さっきからブツブツと、パムが煩い。流石の純恋子も不気味に思っているらしく、胡乱そうな目でパムの事を見ていた。

「ねぇ、うるさいんだけど魔王様」

「む。それはまぁ……そうだな」

「? ……何か素直だな。何かあったのかよ、あの競技場で」

 パムが戦闘を楽しむと言うのはよくある事なので、それは良い。
如何も今のパムは思い悩んでいるようで、戦闘で負ったダメージが気がかりと言うよりは、何か戦闘で自分の心証や固定観念を覆される様な何かに出くわしたような。そんな空気を、レイン・ポゥはパムから感じ取ったのである。

「いやな、あの競技場で凄いかっこい――ゴホン、参考になる詠唱を唱えるサーヴァントと戦ってな。それを応用したい」

「私達の魔法って詠唱何て必要ないでしょ、固有の奴だし。やろうと思えばノータイムで行けるじゃん」

「此処から突き落とすぞ小娘。兎に角、そう言う事だ。だからな、お前に聞きたい、虹の道化師」

「何」

 もうナチュラルに虹の道化師である事を受け入れてる自分が、レイン・ポゥは恐ろしくて仕方がなかった。

「『天昇せよ、我が守護星―――魔王の光気を掲げるが為』、と、『創生せよ、天に描いた星辰を――我らは煌めく流れ星』、のどっちの詠唱が良いと思う?」

「……どっちも痛い」

「は?」

 拙い、逆鱗だったようだと思い直す。本気で考えなくては行けないらしい。
何で戦闘以外の選択肢を間違えると、物理的に首が飛ぶような相手と自分は同盟を組んでるのだろうと、レイン・ポゥは考えていた。

「そ、創世せよ……、の方かな」

 全部言うのはとても恥ずかしい詠唱なので、最初の数文字しかレイン・ポゥは言えなかった。

「私は、天昇せよの方かと。天へと昇ると言うのが好みです」

「そうか……うむ、そうか!! やはりそっちの方が良いか!!」

 ある程度悩んでから、パムは満面の笑みを浮かべ、純恋子の意見を採択した。正直レイン・ポゥには、どっちの詠唱の何が良いのかよく解らない。

「いや、実を言うと確かに『創世せよ、天に描いた星辰を――我らは煌めく流れ星』の方も捨て難いのだが、こっちの方は私と戦ったサーヴァントとの唱えた詠唱でな。そっちを採用すると所謂『パクリ』になりそうだったのでな。正直此方を使う事は嫌だったんだ。だからやはり、前者の『天昇せよ、我が守護星――魔王の光気を掲げるが為』の方がオリジナリティがあるし、私のキャラにも合致して良いなとは、薄々思っていたんだ。良いセンスだぞアイアン・メイデン純恋子。そして、虹の道化師。お前は実力こそ優れているがこっちの方のセンスがないな。普通に考えれば詠唱の中の魔王と言う言葉から、こっちの方が私好みだと解りそうなものだが、ハハハ、さてはお前は余り本を読んでないな。だからあまりセンスの方が磨かれてなかったんだ。よし、帰ったら一緒に私とセンスを磨いて修行

263明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 02:05:30 ID:oq.mIL1I0
【西新宿方面(ホテルセンチュリーハイアット近辺上空)/1日目 午後3:00分】

【英純恋子@悪魔のリドル】
[状態]意気軒昂、肉体的ダメージ(小)、魔力消費(小)、廃都物語(影響度:小)
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]サイボーグ化した四肢
[道具]四肢に換装した各種の武器(現在は仕込み式のライフルを主武装としている)
[所持金]天然の黄金律
[思考・状況]
基本行動方針:私は女王(魔王でも可)
1.願いはないが聖杯を勝ち取る
2.戦うに相応しい主従をもっと選ぶ
[備考]
・アーチャー(パム)と事実上の同盟を結びました
・パムから、メフィスト病院でキャスター(メフィスト)がドリー・カドモンで何を行ったか、そして自分の出自を語られました
・遠坂凛&バーサーカー(黒贄礼太郎)、セリュー・ユビキタス&バーサーカー(バッター)の所在地を掴みました
・メイド服のヤクザ殺し(ロベルタ)、UVM社の社長であるダガーの噂を知りました
・自分達と同じ様な手段で情報を集めている、塞と言う男の存在を認知しました
・現在<新宿>中に英財閥の情報部を散らばせています。時間が進めば、より精度の高い情報が集まるかもしれません
・遠坂凛が実は魔術師である事を知りました
・新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、ランサー(高城絶斗)の存在を認知しました
・キャスター(タイタス1世)の産み出した魔将ク・ルームとの交戦及び、黒贄礼太郎に扮したタイタス10世をテレビ越しに目視した影響で、廃都物語の影響を受けました
・次はもっとうまくやろうと思っています


【アサシン(レイン・ポゥ)@魔法少女育成計画Limited】
[状態]霊体化、肉体的ダメージ(小)、魔力消費(小)、身体の内から自分ではない何かが皮膚を裂いて現れその何かに任せて暴れ回りたい程のストレス
[装備]魔法少女の服装
[道具]
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯獲得
1.マスターを狙って殺す。その為には情報が不可欠
2.天昇じゃなくて昇天しろ馬鹿共
[備考]
・遠坂凛が実は魔術師である事を知りました
・アーチャー(パム)と事実上の同盟を結びました。凄まじく不服のようです
・パムから、メフィスト病院でキャスター(メフィスト)がドリー・カドモンで何を行ったか、そして自分の出自を語られました
・ライドウに己の本性を見抜かれました(レイン・ポゥ自身は気付いておりません)


【アーチャー(魔王パム)@魔法少女育成計画Limited】
[状態]肉体的ダメージ(中)、実体化
[装備]魔法少女の服装
[道具]
[所持金]一応メフィストから不足がない程度の金額(1000万程度)を貰った
[思考・状況]
基本行動方針:戦闘をしたい
1.私を楽しませる存在めっちゃいる
2.聖杯も捨てがたい
[備考]
・英純恋子&アサシン(レイン・ポゥ)と事実上の同盟を結びました
・新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、ランサー(高城絶斗)の存在を認知しました
・すごくテンションが上がっています

264明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 02:06:11 ID:oq.mIL1I0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「……来たか。ク・ルーム。我が配下にして無二なる友。討竜を成し遂げた不死身の英雄よ」

 その男が姿を見せた瞬間、警護を担当していた夜種の多くが、通り道の左右に分かれ、キビキビと整列を始めた。
そして彼らに見守られるが如く、岩地の道をゆっくりと歩いて進む男がいた。フードと一体化した黒灰色のローブを身に纏う、二mにも届こうかと言う偉丈夫。
両手に大剣を握り締め、油断なく、竜種の骨を削って造られた円卓の上座に座る男と、その対面に座っているスーツの男の方へと近付いて行く。
彼ら以外に、この円卓に腰を掛けるものはいない。歴代のアルケアの皇帝のみが腰を下ろす事を赦される、言ってしまえば選ばれた神の座に相当するこの円卓の席の大部分は、今は空白の状態だった。

 スーツを纏った男、ムスカ、神楽坂における一連の事件の黒幕とすら言えるこの男は、タイタス10世が大暴れしたのを見届けるや、
全く無関係なNPCの風を装い、急いで新国立競技場から脱出。その後すぐにタクシーを利用し、元のアジトである百人町の高級ホテルへと帰還していた。
そして、サーヴァントである始祖のタイタスに諸連絡を行い、暫くしてから、ク・ルームが戻って来た。事のあらましは、こう言う事になる。

「……画策した企ての方はどうなっている」

 到達するなり、ク・ルームは訊ねた。いきなりこのような事をぶしつけに訊ねられるのは、ク・ルームと、上座に座る王の中の王。
つまり始祖帝とが、旧知の間柄にして、同じ釜の飯を喰らい合った程の関係だからに他ならない。灰色のトーガを身に纏った、王の威風を放つ男は静かに口を開き始めた。

「余が当初思い描いていた、十番目に連なるタイタスを用いた策は、夢を用いる戦士の勇敢さを以って失敗に終われり」

「夢、とは? 始祖よ、其処まで解るのですか?」

 始祖のタイタスに対して、彼のマスターたるムスカが問うた。
これではムスカがサーヴァント(奴隷)で、タイタスの方がマスターの方だと、誰もが思うだろう。だが、ムスカが此処まで遜るのを、果たして誰が責められようか。
竜の肋骨を削って作った椅子の肘掛けに膝を付くこの男、魔術の始祖にして文明の創造主たるこの男の前では、ムスカの如き男は、忽ちその価値が消失してしまう。

「彼ら魔将は、我が手足にして我が耳目。余がその気になれば、山を隔てた草原、海を越えた島に魔将がいようとも、魔将が見聞きしているものは此処にいながら余も見聞出来るのだ」

「で、では始祖は此処にいながら、同志ク・ルームの視ていた物を……」

「それすらも出来ずに、魔術の王を名乗るなど……恥知らずにも程があろう」

「夢を操る戦士、とは何か。始祖よ」

「勇者よ。お前が見た戦士は、素養のない者が見ても不可思議な技を使う男にしか見えぬだろうが、あの戦士が用いていたものは夢なり。我らの生きる現実にも作用する夢よ」

「何を以って解る」

「それをこそ、愚問。認識の中に国を編む術を生んだ余が、よもや夢を見誤ると?」

 これを言われれば、ク・ルームもそうだと思う他がない。始祖の言う通り、『夢』については、始祖のタイタス程造詣の深い存在はこの地にはいないのだから。

「十番目の余は、夢の戦士の手によりまさに邯鄲に堕ちた。だが、勇者よ。お前の働きによりて、余の計画は一先ずの段階にまで至った」

「夜か」

「然り。夜の君主である月と、月の臣下たる星とが天球を行軍するその時間にこそ、我らに魔力が集まる時。そしてその時を以って、アーガの都は空に結ばれる」

「では、始祖よ!! この戦いは我々の勝利――」

「逸るな、貴種(マスター)。その言葉、口にするには余りに早い」

 タイタスの瞳が光った。それだけでこの場の気温が、十度も下がったような気配を一同は憶えた。

「時計の針が右に回る程に、余は実感する。異世界の勇者なる者達の強さを。そして、彼らの行いを知る度に、意識する。余の案に生じる、避ける事の出来ぬ綻びを」

 言葉を続ける。

「決して、気を緩めるな。聖杯戦争、一筋縄で行くものではない事は重々言っているだろう。現に、十番目の余は成す術もなく、夢を操る戦士に葬られたのだからな」

 ムスカに目を向けてから、佇むク・ルームの方に目線を向け、タイタスが口を開く。

265明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 02:06:39 ID:oq.mIL1I0
「五度、滅ぼされたな。勇者よ」

「言い訳は、しない」

 その言葉にムスカは愕然とする。あの三十分程度の短い時間に、五回も殺されたと言うのか?
如何に弱体化しているとは言え、この魔将は竜種の王と互角以上の戦いを繰り広げた勇者なのである。それをいとも簡単に幾度も葬れる手合い……それが、サーヴァントなのかと。ムスカは改めて、己らの敵になる存在の強さと恐ろしさを再認した。

「責めた訳ではない。竜をも抑え込むこの男ですら、たかが半刻の戦いで五度も命を落としてしまう。聖杯戦争……いよいよ余も、力を蓄えねばならぬと、思っただけよ」

 一呼吸を置いてから、タイタスは口を開く。

「何れにしても、見事なりク・ルーム。お前の働きの甲斐もあり、余は今後の未来を決める天啓を得る為の素を得たり。二番目の余の下まで戻るが良い」

「……御意」

 身に纏う魔将の外衣をはためかせ、ク・ルームはこの場を後にする。
向った先はタイタスが『二番目の余』と言っていた者が幽閉されている場所……つまりは、タイタス2世が閉じ込められている石室であった。
2世は始祖を除けば最も優れた膂力と霊的資質を有するが、10世同様ある時期を境に乱心を起こし発狂してしまったが為に、専用の石室に閉じ込められているのだ。
これを常に番していなければならないのが、ク・ルームである。と言うより、これこそが本来のク・ルームの仕事なのである。

「……宜しいのですか? 始祖よ。休ませなくとも」

「疲れなど、余の魔術で幾らでも治る」

「……成程」

 この恐るべき労働スケジュールが、何時か自分にまで回って来るのかと思うと、ムスカには、ゾッとしない話なのであった。




【高田馬場、百人町方面(百人町三丁目・高級ホテル地下・墓所)/1日目 午前2:00分】


【ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ@天空の城ラピュタ】
[状態]得意の絶頂、勝利への絶対的確信
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]普段着
[道具]
[所持金]とても多い
[思考・状況]
基本行動方針:世界の王となる。
0.アルケア帝国の情報を流布し、アーガデウムを完成させる。
1.本日、市ヶ谷方面で行われる生中継の音楽イベントにタイタス十世を突撃させて現場にいる者を皆殺しにし、その様子をライブで新宿に流す。
2.タイタス一世への揺るぎない信頼。だが所詮は道具に過ぎんよ!
[備考]
・美術品、骨董品を売りさばく運動に加え、アイドルのNPC(宮本フレデリカ@アイドルマスター シンデレラガールズ)を利用して歌と踊りによるアルケア幻想の流布を行っています。
・タイタス十世は黒贄礼太郎の姿を模倣しています。模倣元及び万全の十世より能力・霊格は落ち、サーヴァントに換算すれば以下のステータスに相当します。
・遠坂凛の主従とセリュー・ユビキタスの主従が聖杯戦争の参加者だと理解しました。
・結城美知夫とコンタクトを取りました
・真っ先に新国立競技場から出た為に、内部で何が行われていたのかをほとんど知りません


【魔将ク・ルーム@Ruina -廃都の物語-】
[状態]健康
[装備]二振りの大剣、準宝具・魔将の外衣(真)
[道具]タイタス十世@Ruina -廃都の物語-
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:タイタスの為に動く
1.ムスカの護衛
2.道具である十世を守り抜く
[備考]
・タイタスにより召喚された、魔将です。サーヴァントに換算すれば以下のステータスに相当します。

【クラス:セイバー 筋力A 耐久B 敏捷B 魔力A 幸運E- スキル:勇猛:C 対魔力:C 戦闘続行:EX 異形:A 心眼:C 】

・準宝具の魔将の外衣は、Cランク相当の対魔力を付与させると同時に、『7回までは死んでも即座に復活出来る』と言う効果を持ちます(現在死亡回数は5です)
・セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)、ライダー(大杉栄光)、アサシン(レイン・ポゥ)、ライドウ、ザ・ヒーロー、英純恋子の存在を認知しました(タイタス1世もこれを理解しております)

※偽黒贄礼太郎(タイタス10世)及びク・ルームの影響で、廃都物語が数百万人規模で拡散されました。が、これでもまだアーガデウムの顕現には時間が掛かります

266明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 02:06:52 ID:oq.mIL1I0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





   346プロダクションの方々へ、私めにアイドルと言う素晴らしい女子や女性を預ける事を許された親御様、そして全てのアイドルの関係者様へ



   素晴らしい夢を見させて頂き、まことにありがとうございます。シンデレラプロジェクトは発足からずっと苦しい事も続きましたが、



   私にとってはどれもかけがえのない、一つの例外もなく素晴らしい思い出ばかりでした。



   未来に希望が満ち溢れ、若く、そして素晴らしい命を散らしてしまった責任者として、そのけじめをつけたいと思います。
   


   皆さま、今までありがとうございました。そしてごめんなさい。私は、耐えられません




.

267明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 02:07:19 ID:oq.mIL1I0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 目が覚めた時には、美城は公園のベンチの上だった。
其処に仰向けに寝かされていた美城は、意識が戻るなり、バッと起き上がり、辺りを見渡した。
何があったのか、最初の数秒は思い出せなかったが、それが過ぎる頃には鮮明に思い出していた。
確か自分は、自分の姿に化けた長身の怪人に、階段から突き落とされ、頭を打ち、意識を失ってしまったのだ。今も、打ちつけた後頭部がジンジン痛む。夢ではない。
そして今美城がいる場所は明らかに、新国立競技場の内装ではない。外だった。そしてその上、どう見ても霞ヶ丘町の風景ではない。
此処は何処だと、スマートフォンを取り出し地図アプリを開いた。如何やら<新宿>の富久町、その公園であるらしかった。

 普段はあまり人通りのない街の上、今の<新宿>で起った事件が事件だ。輪を掛けて、人通りが少ない。
東京都の中で一番活気のある<新宿>の住宅街である筈なのに、この過疎の波に攫われた田舎の商店街の如き静けさは、どうだ。
まるで、街全体が死んでいるようだと、美城は思った。スマートフォンが指し示した時刻は、夕方の六時。沈みゆく太陽は、既に白から、焼けるような橙色に変じている。
振える指で、新国立競技場で何が起こったのか、美城は改めて調べ、そして、スマートフォンを落としてしまった。
新国立競技場そのものが、忽然と姿を消し、そして、346プロダクションに所属するアイドルの多くが行方不明。
今回の責任者であった美城常務自体の行方も杳として掴めず、警察はその行方を今しがた捜査し始めたらしかった。

 だが真に生々しい情報が列挙されていたのは、SNSやニュースのまとめブログである。
アイドルの死を悼む記事やツイートもあれば、淡々と事件の流れをリアルタイムで纏めているものも。
そして、PV数やRT数を稼ぎたいが為に、ある事ない事を吹聴し、恣意的な編集を行う見るに堪えないものも。
その中に、今回のイベントの最高責任者であるところの、美城を非難する記事やツイートを見た時、息が止まりそうになった。
自分だけ逃げたと言うものもあった、最低だ、人間の屑だと言う意見もある。賠償金や慰謝料を支払われる可能性だってある事を示唆するものもあった。
自分の責任を追及するものも、当たり前のようにインターネットの各所で散見出来るのだ。それは当然の流れでもあった。
何故ならば今回のイベントにGOサインを出したのは他ならぬ、この美城本人であるのだから。

 自分は何故、此処にいる? 誰に手によって、連れて来られた?
そんな事は、何の問題にもならない。ただ解るのは、自分が築き上げてきた社会的地位も、個人・企業・法人問わぬ信頼関係も、全て失ってしまったと言う事だ。
これを認識した瞬間、美城は真っ先に、胸元からペンを取り出し、懐にいつも忍ばせていた手帳の一ページをちぎり、文章をしたためていた。
そしてその後美城は、近くのゴミ箱を引き倒し、それを踏み台に、近くの枝に己の着ていたスーツを紙縒り合せ、それを枝に巻き付けていた。
紙縒りあわされたスーツの先端は輪っかになっており、その輪っかに手を掛け、美城は、一気に何十歳も老け込んだような疲れた顔立ちで、静かに呟いた。ごめんなさい、と。そしてその輪っかに頭をくぐらせようとした時だった。

「およしなさい、美城さん」

 自分の名を呼ぶ声に、美城はバッと背後を振り返った。
其処には、よく知った人物がいた。何十年来の古い付き合い、と言う訳ではない。彼と知り合ったのは一週間にも満たない短い時間。
身に纏うスーツも、シャツも、ネクタイも、タイピンも、革靴も、腕時計も。全て、『一本』の年収以上を容易く稼ぐ男が纏える一級品。
それを嫌味なく着こなすのは、これまたエリート特有の、甘く整った顔立ち。結城美知夫。今回のライブイベントの際に、数億円の融資を美城に許可した、あるメガバンクの貸付主任であった。

268明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 02:07:32 ID:oq.mIL1I0
「ゆ、結城様……貴方が如何して、此処に……」

「住まいが近かっただけですよ」

 短くそう答えながら美城の下に近付いて行くや、目にも留まらぬ速さで彼女のシャツを引っ掴み、そのまま地面に押し倒した。
突然の事だったので彼女は仰向けに勢いよく倒れ込み、強かに頭を打ちつけてしまう。
それを悪びれる事もなく結城は、彼女が脱いでいたハイヒールの右足に丁寧に畳んで入れられていた紙を取りだし、其処に書かれていた内容を読む。

「……やはり、遺書でしたか。そしてこっちは――」

 首吊りの為の、言ってしまえば『縄』と言う訳だ。
自殺の理由は、言うまでもない。今回の事件が、耐えられないからだろう。

「何で、何で邪魔をする!! お願い、私を……私を死なせて!!」

 結城の意図に気付いた美城が、それまで被っていたキャリアウーマン然とした仮面の全てを脱ぎ捨てた、本当の素顔で叫んだ。
いや、今回の事件の当事者になって、誰が気丈な姿でいられるか。彼女もまた、良心の呵責に耐えられなかった一人の人間であった。

「今の貴女にとって、こんな言葉など聞きたくもない陳腐なものなのかもしれませんが……死ぬ事は、逃げでは?」

「そうだ、そんな事……解っている!! だが、私は……私は、どうしたらいいの……!?」

 其処で顔を覆い、美城は泣き始めた。結城に引き倒された時点で、既に涙で濡れていたその顔は、化粧が崩れる程グシャグシャになっていた。

「皆、私なんかよりもずっと未来が輝いてて……、皆、とっても良い子達だったのに……どうして……どうして……、皆死んでしまったの!? ……どうして、私だけが、生き残ってしまったの……!? どうせなら、皆と一緒に、消えてなくなるべきだったのに……」

 其処で美城は、本当に大声で泣き始めてしまった。
三十路も過ぎ、じき四十に達するかと言う年齢の女性が、子供のように大泣きしているのだ。それ程までに、彼女の身に襲い掛かっている重圧は、身体を外側から圧迫し、内側から身体を張り裂いて来る程の苦しさなのである。

「こんな苦しみ……耐えられない……!! こんな重荷を背負って生きて行くなんて、私……私……!!」

「恐らく貴女は、生き残るべくして生き残ったと、私は思いますな」

 美城の肩に手を掛け、結城が呟く。その言葉を受け、美城は、何を言っているのか解らないと言う風に、彼の方に顔を向けた。

「あれから、もう三時間も経っています。酷い物でした。恐らく、逃げ遅れた方々は一人残らず死に絶えたでしょう」

「では何故、私は今も――」

「それは解りませんが……、恐らくは、貴女が生き残ったのはきっと、偶然ではない筈です。あんな酷い所から、貴女だけが生き残る。偶然と考えるには、余りにも虫が良過ぎる。貴女は、生き残るべくして、生き残ったのだと私は思います」

「そんな事……解らないでしょ……」

「そうですね。ですが、死んだアイドルの方々も、貴女に後を追って貰う事を、望んではいないと思いますがね。寧ろ、生きていて欲しいと、思っている風に私は思いますが?」

 結城の言葉に、目を見開かせた。そんな事、考えもしなかった。

「ば、馬鹿な……私に、一体何が出来ると、言うの……!? こんな、悪運だけが強い女に、何が……!!」

「それを、一緒に私と話しあいましょう。今回の事件、貴女に融資をしてしまった私も、責任を感じています。何処かで融資を断っていれば、もしかしたら、違った未来があったのかもと思うと、私は……」

「あ、貴方は関係ない!!」

「そう言って貰えると、私も大変嬉しく思います。……美城様、如何か自殺だけは思い止まって下さい。それに此処は目立ちます。今は貴女も有名になってしまわれた。此処から私の住まいが近い。其処で落ち着いて話し合いましょう」

「……」

 無言で美城は立ち上がり、結城の肩を借りた状態で、何とか靴を履き、よろよろと歩き出した。
向う先は、結城の住まいである、富久町から歩いて数分の、超高級タワーマンションであった。

269明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 02:08:18 ID:oq.mIL1I0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「此方です」

 結城に案内されたタワーマンションは、差別的な空気に満ちた言葉だが、文字通りの人生における勝ち組だけが住める物件だった。
ロビーからして既に高級感あふれる佇まいなだけでなく、通路も清掃が整っており、内装自体も現代的。
――だが、結城の部屋は、美城の予想していた部屋の内装を大きく裏切る、言ってしまえば異質その物の空間であった。

 所々に設置された、様々な数値が絶えず変動する用途不明のコンソール、液晶TVのそれとは違う巨大ディスプレイ、TVニュースでも見た事のあるスーパーコンピューター。
そして何よりも目を引くのが、随所に陳列された、何かを培養しているカプセルと、其処で蠢く何かの生物。
子供の頃に見たSFもののアニメや特撮などに出てくる、悪のマッドサイエンティストのイメージ宛らの様相。それが、国内最大級の総資産を誇る某メガバンクの貸付主任、結城美知夫のプライベートの象徴たる、私室の姿であった。

「子供の頃からの趣味……と言われると、ハハ、少々厳しいでしょうかね。これでも結構、こう言うのに憧れておりましてね。ずっとこう言う部屋にしてみたかったのですよ。尤も、同僚からは子供っぽいと笑われましたがね」

 笑みを浮かべ、鍵を掛ける結城。何が何だか、と言う風に、結城の先を歩かせられていた美城は、異様な空間を見渡すだけ。
結城はやはり、部屋の主だけあって歩き慣れている。設置された物々しい機械の類の密集した方向とは違う、クラシカルなデザインの棚が趣味の良さを窺わせる、
ホームバーの方へと向かって行く。棚の中には、酒の知識を少し嗜んだ者が見れば、直にそれと解る程の高級銘柄がズラリと並んでいた。
現代の科学技術の何年先を行っている、と言う装置や機械が部屋の殆どを埋め尽くしていると言う奇妙過ぎる空間の中にあって、このホームバーだけが、タワーマンションの部屋に備わっていた元々の設備の名残を残しており、寧ろ異常さをより際立たせていた。

 棚から酒瓶を一本取り出し、手慣れた風にそれを開け、ショットグラスにそれを注いで行く。
ストレートだった。如何やら氷を入れるオンザロックや、天然水で割る水割り等を好まない、無垢の味わいを楽しむのが好きな性格らしい。

「サントリーから販売されている、響の三十年物です。日本はウィスキーの歴史が浅いからとツウには馬鹿にされがちですが……いやはや、国内外の銘柄を色々飲み比べると、これが中々侮れない。これは中々の逸品ですよ」

 そう言って結城は、美城の方に、響と言う名前のウィスキーを注がれ、琥珀色に変じたショットグラスを差し出した。

「わ、私は遠慮しておきます……」

「おや飲めませんか? それとも、不謹慎でしたかな。落ち着かせる為に用意しましたが……いやはや、所詮は馬鹿みたいに酒を飲む銀行員の間でしか通用しない処世術でしたか」

 残念な風に、ショットグラスと響の酒瓶をカウンターテーブルの上に置き、溜息を吐いた。何処までが本気だったのか、美城にはよく解らない。

「……煩いぞマスター。気が散る、別室で待機していろ」

 それは、こんな事が起きる前の美城以上にヒステリックで、しかし、美城以上に知性の奥深さを感じさせる女性の声だった。
立ち並ぶ機械と機械の影になっている所からヌッと現れたその女性は、射干玉の如き黒髪を後ろに長く伸ばした、白衣とも、白装束とも取れる服を身に纏う女性だった。
年の頃は、美城と大差ないかも知れない。だが、何故だろう。声からは女性である事は解る。胸の隆起も、女性特有のもの。
だが不思議な事に美城は、女性を見た瞬間、『男性的』なイメージを感じ取ったのだ。男らしい、と言う印象を受けるアイドルは多々いたが、男性としての側面が見られると思う程の女性は……美城は、これまでの人生で、出会った事がなかった。

「あぁ、キャスターか。彼女だよ。以前話していた、アイドルプロダクションの……」

「……成程、彼女がか」

 如何やら結城と、キャスターと呼ばれる女性は、同棲関係に近い間柄のようで、しかも、美城の事を既に話していたようである。

「だが彼女は、いなくなった筈ではないのか? 警察も捜索している事だろうし、何よりも……何故彼女を此処に招き入れた? 手癖の悪さを、自慢する為か」

「ハハハ、馬鹿な。熟れるだけ熟れて、後は醜くなって行く女性は、僕の趣味じゃないんだ。まぁ、抱かなきゃ行けない時は抱くんだけどね」

270明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 02:08:34 ID:oq.mIL1I0
 其処で結城は、自分の分のショットグラスに、響の中身を注ぎ、蓋を閉める。
そして、美城が、何が何だか解らないと、顔の向きをキャスターの方に向けた瞬間を狙い、酒瓶を彼女の脳天にふるい落とした!!
ガシャン、と言う音。どれだけの力で殴りつけたのか、酒瓶は砕け散り、砕けたのと同時に頭から血を流し、美城は俯せに倒れ込んだ。
シャツに、琥珀色の染みに混じって紅い液体が伝い始めて浸みこんで行くのを、結城は面白そうな笑みを浮かべて眺める。

「ま、何が言いたいかって言うと、如何だろう? 彼女、チューナーにするには良いんじゃないかな? ってさ」

「……お前と言う奴は」

 呆れ気味に、キャスター、ジェナ・エンジェルが呟く。

「『窓の外で面白いものを見たから、ちょっと話してくる』……。何を見つけたのかはその時は解らなかったが、そう言う事か」

「まぁね」

 事の顛末は、ジェナの言葉の通り。
急いで新国立競技場から立ち去り、務めている銀行の<新宿>支店に戻らず、今日はこのまま行方不明を装いフケ込もうと思い、
結城は自宅のタワーマンションに戻っていたのだ。流石に情報戦に強いジェナは、新国立競技場で起った事件をある程度は理解していたらしく、その時はかなり心配していた。
どちらにしても何とか生き残った結城は、ジェナの作ったこの工房に引きこもり、暇を潰していたのだが、ふと、窓を眺めていると、公園に見知った人物がいたのを発見した。
それこそが、346プロのシンデレラプロジェクトの責任者にして、最新の融資相手、美城常務その人だったのだ。
階数がそれ程高くないのが幸いした。もっと高ければ、近くの公園に一人だけぽつんと佇んでいた女性が、美城だとは知る由もなかったろう。
そして、彼女を使った面白い遊びを思いつき、結城は彼女にコンタクトを取ったのだが……流石に、自殺を試みようとするなど思わなかった。
其処で、口八丁手八丁を用い、美城を此処まで案内し――そうして、今の様な行為を行った。美城は今もカウンターテーブル越しの床で、ビクビクと、魚の活け作りのように痙攣を続けていた。

「如何だろう、遊べるかな」

 無邪気な、子供の声音。

「……丁度、ウィルスの補充も少しは済んだ所だ。遊べるかは兎も角、チューナーには出来るさ」

「おっ、さっすがキャスター先生。確か、魔術って奴で傷を治せるんだろ? 治してさっさとチューナーにしちゃおうぜ」

 カウンターテーブルに両肘をかけた状態で、だらしなくウィスキーを口に運びながら、結城はジェナに対してそんな提案をした。
そして、そんな悪魔的な提案に対してジェナもまた、悪魔的な微笑みで返した。今からやる事に対して、面白さを感じてる事の証左であった。

 魔界都市に神はいない。何故ならば、魔界に跋扈するのは何時だって――悪魔と、悪魔のような『人間』だけであるから




【市ヶ谷、河田町方面(富久町・超高級マンション)/1日目 午後6:00分】

【結城美知夫@MW】
[状態]いずれ死に至る病
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]銀行員の服装
[道具]
[所持金]とても多い
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利し、人類の歴史に幕を下ろす。
0.とにかく楽しむ。賀来神父@MWのNPCには自分からは会わない。
1.<新宿>の有力者およびその関係者を誘惑し、情報源とする。
2.銀行で普通に働く。
[備考]
・新宿のあちこちに拠点となる場所を用意しており、マスター・サーヴァントの情報を集めています(場所の詳細は、後続の書き手様にお任せ致します)
・新宿の有力者やその子弟と肉体関係を結び、メッロメロにして情報源として利用しています。(相手の詳細は、後続の書き手様にお任せ致します)
・肉体関係を結んだ相手との夜の関係(相手が男性の場合も)は概ね紳士的に結んでおり、情事中に殺傷したNPCはまだ存在しません
・遠坂凛の主従とセリュー・ユビキタスの主従が聖杯戦争の参加者だと理解しました
・早期に新国立競技場から退散した為に、内部で何があったのかの殆どを理解していません
・346プロダクション(@アイドルマスター シンデレラガールズ)に億の金を融資しました
・宮本フレデリカがチューナーである事を知っています
・ムスカと接触、高い確率で彼が聖杯戦争に何らかの形で関わっているのではと疑っています

271明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 02:08:48 ID:oq.mIL1I0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





     心に シンデレラ

     私だけじゃ始まんない

     変われるよ 君の願いとリンクして

     誰かを 照らせるスター☆

     いつかなれますように…

     動き始めてる 輝く日のために




.

272明日晴れるかな ◆zzpohGTsas:2017/02/08(水) 02:11:21 ID:oq.mIL1I0
これで正真正銘、昨年9月の中頃から続いた本話も終了になります
予約したキャラクターを全員活躍させよう、目立たせようと思った結果、長期拘束では済まされない程あらゆるキャラクターを拘束した挙句、
あまり目立ててないキャラクターもチラホラ存在したりなど、企画主としての技量の浅さを実感する次第でした。
さしあたって、当分の間これより長い話はなさそう(合計738kb)ですので、其処だけは約束したいと思います。

何にしても、長期のキャラ拘束を、企画主の名の下に行ってしまった事を此処に謝罪いたします。まことに、申し訳ございませんでした

273 ◆2XEqsKa.CM:2017/02/08(水) 23:32:37 ID:CM0RDBgQ0
大作投下乙です
殺人的な文量が面白さと巧みさを孕んで殴りつけてくる悦び……!
殴られ続けて五ヶ月間、投下の度に感嘆し良質なクロスオーバーと原作愛に打たれておりました
<新宿>で起きた数々の悲惨な事件の中でも一際輝いた序盤の山場、堪能し何よりこれからの展開に心が躍ります
貧乏くじを引いたように見えて、特にヤバいバーサーカー連中との遭遇は免れたベルク・カッツェ、頑張れ
サーヴァントに着いていくだけだった方針が友人の死や魔戦を目撃したことで変わるか、志希にゃん
参加者中最高じゃないのか、と思うほど辣腕の魔術を見せ付けたえーりんはクビを免れるのか
ライドウとダンテのスマートさには一歩譲るも、随所でマスターあかりを庇う好プレーを見せたバージルは那珂ちゃんを斬れるのか
蝿の王、ゼットは生前から自分の仕事には真摯な一面があったのがサーヴァントとして正しく在る裏付けになっていてとてもいい
順平と栄光はライブを純粋に楽しみに来たのが嫌な展開になってしまって気の毒、ありのままの感情をぶつける姿に涙
凛ちゃん!!!アイドルを殺して平気なの!!!???あれだけ忌んでいたバーサーカーに頼っていく様子はまさに地獄への片道特急
そんな黒贄も死んでしまったが、また生き返ってよかったね凛ちゃん!!!アイドルはみんな生き返らないのに……
ヴァルゼライドに関しては投下の度に「ヴァルゼライドもついに終わりか!何が英雄だ、成り上がりめ無様に死↑ねェェ↓」という声がどこからか頭を満たしていましたが、死ななかった、気合と根性ってすごい
ザ・ヒーローとの穏やかに狂った会話が、彼のぶっ壊れぶりを現しているようで結構怖い
那珂ちゃん、ライブという舞台で唯一アイドルの仕事が出来たがそれ以上に仕事人の姿が印象に残る。とほほじゃないでしょ
ダガーは令呪を切らされたが、他のサーヴァントの戦技や人となりの情報だけでそれ以上と思える収穫だろうか。ガルパンは元気か?
パムと愉快な仲間たちは自分達の行く道を往く感がとんでもない、こいつら何があっても楽しいんだろうな(身体の内から自分ではない何かが皮膚を裂いて現れその何かに任せて暴れ回りたい程のストレス)
ムスカはムスカ。タイタスの策略も佳境に至り、中盤以降の展開を揺るがす雰囲気にwktkが止まらない!
結城、ここをMWと勘違いしているのではと思う程の外道ぶり。美城常務を賞味期限切れかのごとく誹謗したツケをいつか払うことになるだろう

キャラ毎に分けても言い切れませんがとにかくとにかく、楽しかったです!



キャスター(メフィスト)
ムスカ&キャスター(タイタス1世(影))
ロベルタ&バーサーカー(高槻涼)
アイギス&【EX】サーチャー(秋せつら)
マーガレット&アサシン(浪蘭幻十)
有里湊&【EX】セイヴァー(アレフ)
青のライダー(美姫)

予約します、延長もしておきます

274名無しさん:2017/02/09(木) 10:32:28 ID:ht.lRrtw0
美城常務……死んだ方がマシじゃね?と最初の方から思ってたけれど、まさか生き残ってチューナー化。やはり死んどけば
那珂の立ち回りが巧い。ちゃんと退路を確保してから戦場に臨むとは、此れでクラゲも那珂に対する認識を改めるか?
そして死なない総統閣下。理不尽の権化。こんなんをSATSUGAIした(夢オチ)人修羅はやはりバケモンやで

ザ・ヒーロー&バーサーカー(クリストファー・ヴァルぜライド)
セイバー(シャドームーン)
塞&アーチャー(うどんげ)
ジョナサン&アーチャー(ジョニィ)
佐藤十兵衛&セイバー(比那名居天子)
北上&魔人(アレックス)予約します

275 ◆v1W2ZBJUFE:2017/02/09(木) 10:33:27 ID:ht.lRrtw0
トリが消えてましたが此れです

276 ◆v1W2ZBJUFE:2017/02/13(月) 13:39:11 ID:DIRarfC20
予約を延長します

277 ◆v1W2ZBJUFE:2017/02/15(水) 19:22:10 ID:Z7jWGD..0
魔王パムと愉快な仲間達を追加で予約します

278名無しさん:2017/02/16(木) 21:44:56 ID:QTjaHB7w0
魔王パムと愉快な仲間達を投下します

279自由を!:2017/02/16(木) 21:46:45 ID:QTjaHB7w0
前回までのあらすじ


地獄と化した新国立競技場から生還したレイン・ポゥは、床に落としていったタブレットで情報を集めようとしたら、ジャンキーよりもイカレたゴリラ共にタブレットを奪われてしまったのじゃ。





“怒りの日、裁きの時。天地万物は灰燼と化し、ダビデとシビラの預言のごとくに砕け散る”

「ダビデとシビラの預言……魔王たる我には相応しく無いか…?」

「モーツァルトのレクイエムですか、敵を葬送するという点では丁度良いかと」

─────それ流してやるからさっさと死んでくれ。



“我招く無音の衝裂に慈悲はなく、汝に普く厄を逃れる術も無し”
 
「決め技に使えそうだな」

「普く厄を逃れる術も無し、というのが此方が敵にとって絶対的な存在である。という事を強調していますわね」

─────私がお前らという厄から逃れる術は無いものか。



“闇に飲まれよ”

「シンプルだがそれもまた良し

「シンプル・イズ・ベストという言葉も有りますしね」

─────あの泥に飲まれてりゃ良かったんだよ。



“我は混沌。我は無限。全てを飲み込み…力と為して無へと還すもの”

「あのランサーの技っぽい」

「そうですね」

─────私のストレスも無限だよ。



“カイザード・アルザード・キ・スク・ハンセ・グロス・シルク。灰燼と化せ冥界の賢者。七つの鍵を以て開け、地獄の門”

「私の羽が七枚あればなあ」

「増やせませんの?」

「無理」

─────地獄の門開いて向こう側へ旅立って下さい。



“自由を!”

「此れはダメだな」

「ダメですね」

─────自由を!!!

280自由を! ◆v1W2ZBJUFE:2017/02/16(木) 21:47:47 ID:QTjaHB7w0
ホテルセンチュリーハイアット最上階。新国立競技場からハイテンションで帰ってきた魔王様と女王様は、そのままのテンションで落ちていたタブレットを拾い、ネットサーフィンを始めていた。
目的は情報集めでも、誤情報を流して他陣営を撹乱するわけでもなく、新国立競技場で出会ったサーヴァントが使っていた、“カッコ良い詠唱”に匹敵する詠唱探しである。
「これ採用」だの「この詠唱に合わせた必殺技を」だのとホザいているイカレ魔王と、「我は無敵なり」とか「TON☆JI☆CHI 」とかヌカシている女王を尻目に、レイン・ポゥのテンションはひたすら下がっていた。
正確にはストレスが天井知らずに上がっているが、際限無く気が滅入っている。という状態である。
帰ることも許されずに、酔っ払い二匹に絡まれ続ける飲み会に気分は近い。
盛り上がる二人の戯言に、心の中とはいえツッコミ入れる自分は、人類史に残る寛大な精神の持ち主だとレイン・ポゥは自画自賛する。

「良し。“焔に現るは、誇り高きいにしえの破壊獣”と“禁断のデュエルの時、タナトスが呼んでいる”この二つは中々良いな」

「私は“故に恋人よ枯れ落ちよ、骸を晒せ”がロマンチックで気に入りました」

─────枯れ落ちろ。お前らの生命。


「おい」

「アサシン」

─────死ね。死ね。死ね死ね死ね死ね死んじまえー。

「虹の道化師」

「…………ッ!?何?」

レイン・ポゥがいまの心境を表現するのに丁度良い歌を心の中で熱唱していたら、何時の間にやらナチュラルイカレジャンキー共がレイン・ポゥに話を振ってきていた。

「何れが良いとアサシンは思います?」

「修行の一環だ、虹の道化師。此れでお前のセンスを測る」

─────いや測らなくって良いから。

ギリギリと胃が痛む様な気がする。少なくとも此処でお気に召す回答が出来なければ、この魔王様は私の精神をクスリ漬けにするべく努力しだすだろう。
誰が此奴を喚んだ。召喚者出て来い、殺してやるから。
そんな事を考えていると、焦れたパムがネットサーフィンの成果を突きつけて「選べ」と凄んでくる。
此処で一番選びたい選択肢は“パムをヌッコロス”だが、当然選べるわけが無い。

「仕方ないですわね」

純恋子が助け舟のつもりか三つ選び出した。「いやもうマスターが選んで下さい。マスターが選らんでくださったのが一番良いです」とか言ったら凄い目で二人が睨んできた。殺したい。

281自由を! ◆v1W2ZBJUFE:2017/02/16(木) 21:48:28 ID:QTjaHB7w0
選択問題・次の三つから答えよ。

1.春暁の紅姫
2.紅蓮の夜姫
3.薔薇の闇姫

何の罰ゲームだ!!!レイン・ポゥは心の中で絶叫した。

答えられて当然だろうこの程度、とばかりにふんぞり返る己がマスターを取り敢えず頭の中で惨殺しておく。
答えられなかったら、先刻魔王がヌカシていたように修行とやらが始まるのだろう。殺したい。
今のレイン・ポゥはさながら居なかった事にされた北斗の三男坊ににショットガン突きつけられたモヒカン(実際にはモヒカンではないが)の如し、選択肢を間違えれば即あべし。
それよりも答えは有るのだろうか?答えが明確な分三男坊の方がまだ有情。
それでもレイン・ポゥは必死に頭脳をフル回転させる。こんなイタイ修行とかやりたくないし。

─────待てよ。此奴確かダークネスとかホザいてたし、お嬢様とかいったら薔薇と相場が決まってるッッ!

「答えは3だッッ!」

思わず叫ぶ。叫ばずにはいられない。

「流石ですわアサシン。私の好みを良く把握していましたね」

─────してない。

「しかし何れも良いセンスだ。この三つは誰が考えたんだ」

腕組みしながらシミジミと呟く魔王。レイン・ポゥは猛烈に嫌な予感がした。逢いたいとか言い出すんじゃなかろうか?ナチュラルイカレジャンキーがこれ以上増えたら死ぬ。主にレイン・ポゥの精神が。

「神崎蘭子というアイドルですわ」

─────アイドル!?

「ひょっとして…新国立競技場でライブやってた…?」

チョッピリ震え声で訊くレイン・ポゥ、頼むからそうであってくれ。そして死んでてくれ。

「その通りですわアサシン。彼女は新国立競技場でイベントを行っていた346所属のアイドルです」

心中で歓喜の雄叫び上げながら、おくびにも出さずに生きているかどうか聞いてみる。

「別の仕事であのイベントには参加していませんでしたから、無事ですわよ」

─────死んでろおおおおおおおおお!!!!!

「是非一度会ってみたい」

やめて下さい私のメンタルが死んでしまいます。

「フフフ…英財閥の力を以ってすれば容易いことです」

「アイドルってそんなに暇じゃないだろ?」

「この件で346プロダクションは終わりです。社会的なバッシングに、遺族への賠償金。それに早速UVMが引き抜きを開始しています。明日には346は仕事も無くなるでしょう。
英財閥の力を以ってすれば、会食の時間を設けることなど容易いことです」

レイン・ポゥの淡い期待は、真夏の陽光に照らされたカキ氷の様に溶け去った。

「優れたセンスの持ち主だ。しっかり学べ、虹の道化師」

─────ふっざけんなあああああああああああ!!!!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

282自由を! ◆v1W2ZBJUFE:2017/02/16(木) 21:48:56 ID:QTjaHB7w0
「それで、だ。アイアンメイデン、私の頼みはどうなっている」

唐突に話題を変える魔王パム。その目には凶猛な戦意が漲っている。

「警察から得た情報により、セリュー・ユピキタスの拠点は突き止めています」

魔王様の頼みとは他サーヴァントの捜索に他なら無い。ランサーの乱入で新国立競技場での戦闘が、不完全燃焼に終わったパムは、今度こそ満足いくまで戦うつもりなのだ。
ついでにレイン・ポゥに言った、「令呪を獲得してやる」という言葉を守るべく、討伐例の出た面子を純恋子の伝手で探させていたのだった。
セリューを最優先して探させたのは、未知なる敵と戦いたいという、魔王様の闘争心の故である。

「もう一つ。遠坂凛の行方も凡そ判明しています」

「あの不死身のバーサーカーか。マスターとは前に戦って良い勝負だったんだろう」

フフン。と胸を張る純恋子に、レイン・ポゥは嫌なものしか感じない。

「あの時の私とは違います。今の私はダークネス……いいえ、“闇に気高く咲く鮮血の薔薇”英純恋子!!おさおさ引けは取りません!!!」

「ゆっゆっゆっゆっゆっゆっゆっ」

あまりのイタさに痙攣しだすレイン・ポゥを余所に、二人の会話は続く。

「で、“凡そ”というのは」

魔王様の質問に、さっきまで使っていたタブレットとは違う、もう一つのタブレットを取り出して説明する。
『最初見た時は島村卯月かと思ったが、改めて見ると遠坂凛だった』という目撃情報が警察に寄せられている事を。
因みに連絡者は島村卯月の担当のプロデューサーで、頭頂から股間まで刃物では無い物体で真っ二つに両断された死体になって発見されていた。

「何方を狙うか……セリュー・ユピキタスは今何処に居るのか判らないんだったな」

「〈新宿〉中を出歩いて居る様ですね」

フム…と魔王様はほんの少し考えると。

「遠坂凛を追うぞ」

と、言い放った。

「ハァ!!?」

仰天するレイン・ポゥでは無く、純恋子に何故遠坂凛を狙うのか質問する魔王様。

「遠坂凛の足跡は簡単に知れる……つまり!遠坂凛を狙ってやってくる他の主従も纏めて相手に出来る!!」

─────待ち伏せしてブッ殺すんなら私に任せろ。

「ああ…楽しくなりそうだ」

「今度こそ決着を着けますわ」

獰猛な笑みを浮かべる二人は、そんな発想は微塵も無いと、言葉以外のもので雄弁に示していた。

レイン・ポゥがストレスで発狂するのもそう遠くない未来かもしれない。

283自由を! ◆v1W2ZBJUFE:2017/02/16(木) 21:49:23 ID:QTjaHB7w0
【西新宿方面(ホテルセンチュリーハイアット最上階/1日目 午後3:30分】

【英純恋子@悪魔のリドル】
[状態]意気軒昂、肉体的ダメージ(小)、魔力消費(小)、廃都物語(影響度:小)
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]サイボーグ化した四肢
[道具]四肢に換装した各種の武器(現在は仕込み式のライフルを主武装としている)
[所持金]天然の黄金律
[思考・状況]
基本行動方針:私は女王(魔王でも可)
1.願いはないが聖杯を勝ち取る
2.戦うに相応しい主従をもっと選ぶ
3.新生した自分の力を遠坂凛に示して勝つ
[備考]
・アーチャー(パム)と事実上の同盟を結びました
・パムから、メフィスト病院でキャスター(メフィスト)がドリー・カドモンで何を行ったか、そして自分の出自を語られました
・遠坂凛&バーサーカー(黒贄礼太郎)、セリュー・ユビキタス&バーサーカー(バッター)の所在地を掴みました
・メイド服のヤクザ殺し(ロベルタ)、UVM社の社長であるダガーの噂を知りました
・自分達と同じ様な手段で情報を集めている、塞と言う男の存在を認知しました
・現在<新宿>中に英財閥の情報部を散らばせています。時間が進めば、より精度の高い情報が集まるかもしれません
・遠坂凛が実は魔術師である事を知りました
・新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、ランサー(高城絶斗)の存在を認知しました
・キャスター(タイタス1世)の産み出した魔将ク・ルームとの交戦及び、黒贄礼太郎に扮したタイタス10世をテレビ越しに目視した影響で、廃都物語の影響を受けました
・次はもっとうまくやろうと思っています
・口上と必殺技名を幾つか考えつきました


【アサシン(レイン・ポゥ)@魔法少女育成計画Limited】
[状態]霊体化、肉体的ダメージ(小)、魔力消費(小)、身体の内から自分ではない何かが皮膚を裂いて現れその何かに任せて暴れ回りたい程のストレス
[装備]魔法少女の服装
[道具]
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯獲得
1.マスターを狙って殺す。その為には情報が不可欠
2.天昇じゃなくて昇天しろ馬鹿共
3.死ね死ね死ね死ね死ね死ね死んじまえ〜
[備考]
・遠坂凛が実は魔術師である事を知りました
・アーチャー(パム)と事実上の同盟を結びました。凄まじく不服のようです
・パムから、メフィスト病院でキャスター(メフィスト)がドリー・カドモンで何を行ったか、そして自分の出自を語られました
・ライドウに己の本性を見抜かれました(レイン・ポゥ自身は気付いておりません)
・魔王パムを召喚した者に極大の殺意


【アーチャー(魔王パム)@魔法少女育成計画Limited】
[状態]肉体的ダメージ(中)、実体化
[装備]魔法少女の服装
[道具]
[所持金]一応メフィストから不足がない程度の金額(1000万程度)を貰った
[思考・状況]
基本行動方針:戦闘をしたい
1.私を楽しませる存在めっちゃいる
2.聖杯も捨てがたい
3.神崎蘭子とかいうアイドルに逢ってみたい
[備考]
・英純恋子&アサシン(レイン・ポゥ)と事実上の同盟を結びました
・新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、ランサー(高城絶斗)の存在を認知しました
・すごくテンションが上がっています
・口上と必殺技名を幾つか考えつきました
・遠坂凛の潜伏先を大雑把に把握しています。
・遠坂凛に群がってくるサーヴァントと戦うつもりです

284自由を! ◆v1W2ZBJUFE:2017/02/16(木) 21:49:54 ID:QTjaHB7w0
投下を終了します

285名無しさん:2017/02/16(木) 22:07:01 ID:GLMK4vCA0
投下乙
アサシンは聖杯に良く効く胃薬願えばいいんじゃないかな

286 ◆zzpohGTsas:2017/02/16(木) 22:21:16 ID:vMkGV3JA0
>>◆v1W2ZBJUFE様
感想は早急に言いたい所はやまやまなのですが、氏がそれ以前に予約していた数多くのキャラクターは何処に消えたのかなぁと言う事だけが疑問に思いました。
邪推、と思われるのも致し方ない所かも知れませんが、『なりすまし』、を疑ってしまいます。
もしも>>274で予約された方と、>>277で予約された方が同一人物であれば、一先ずこれについての理由の弁解を聞いてから、感想と言う事で宜しいでしょうか?
『なりすまし』であるとは思いたく御座いませんが、その場合は企画主として強権を振るう事も視野に入れねばなりませんので。
そして、これはおせっかいかも知れませんが、E-mail欄に酉キーらしきものが紛れ込んでおりますので、次に投下する際は酉を変えた方が宜しいかと申し上げます。

287自由を! ◆v1W2ZBJUFE:2017/02/16(木) 22:21:24 ID:QTjaHB7w0
すいません>>282を廃棄して、此方に変えます

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「それで、だ。アイアンメイデン、私の頼みはどうなっている」

唐突に話題を変える魔王パム。その目には凶猛な戦意が漲っている。

「警察から得た情報により、セリュー・ユピキタスの拠点は突き止めています」

魔王様の頼みとは他サーヴァントの捜索に他なら無い。ランサーの乱入で新国立競技場での戦闘が、不完全燃焼に終わったパムは、今度こそ満足いくまで戦うつもりなのだ。
ついでにレイン・ポゥに言った、「令呪を獲得してやる」という言葉を守るべく、討伐例の出た面子を純恋子の伝手で探させていたのだった。
セリューを最優先して探させたのは、未知なる敵と戦いたいという、魔王様の闘争心の故である。

「もう一つ。遠坂凛の行方も凡そ判明しています」

「あの不死身のバーサーカーか。マスターとは前に戦って良い勝負だったんだろう」

フフン。と胸を張る純恋子に、レイン・ポゥは嫌なものしか感じない。

「あの時の私とは違います。今の私はダークネス……いいえ、“闇に気高く咲く鮮血の薔薇”英純恋子!!おさおさ引けは取りません!!!」

「ゆっゆっゆっゆっゆっゆっゆっ」

あまりのイタさに痙攣しだすレイン・ポゥを余所に、二人の会話は続く。

「で、“凡そ”というのは」

魔王様の質問に、さっきまで使っていたタブレットとは違う、もう一つのタブレットを取り出して説明する。

『最初見た時は服の所為で島村卯月かと思ったが、改めて見ると遠坂凛だった』という目撃情報が警察に寄せられている事を。
因みに連絡者は島村卯月の担当のプロデューサーで、頭頂から股間まで刃物では無い物体で真っ二つに両断された死体になって発見されていた。

「認識を誤魔化していたが、服の持ち主の知り合いと遭遇してバレたってわけか」

「服を奪ったのは……今までの服が血塗れだったから?」

レイン・ポゥと純恋子が遠坂凛の行動について分析する。
実際問題として、認識阻害の術を円滑に行使する為に島村卯月の服を奪った遠坂凛が犯したミスは、たったの一つ。
血塗れの服が、認識阻害におけるエラーとなっていた様に、今度の服は、“新国立競技場で行方不明になっているアイドルのもの”という事。
アイドルであるだけに顔も名前も知られている人物の服を着て、消失した新国立競技場の方からやってくれば、ファンの一人や二人とすれ違うことみある。
そしてこの場合、服を着ている当人がエラーと化すのである。ましてや知り合いともなれば尚更である。そして気付いてしまえば最後、黒贄礼太郎による殺戮の犠牲とされる。
既に警察に連絡したプロデューサー以外にも、数人の島村卯月のファンや知人が惨殺死体となって発見されていた。

「まあその辺りは当人に訊くさ」

そんな事はどうでも良い。とばかりに魔王様が会話を打ち切った

「何方を狙うか……セリュー・ユピキタスは拠点しか判っていなくて、今何処に居るのか判らないんだったな」

「〈新宿〉中を出歩いて居る様ですね」

フム…と魔王様はほんの少し考えると。

「遠坂凛を追うぞ」

と、言い放った。

「ハァ!!?」

仰天するレイン・ポゥでは無く、純恋子に何故遠坂凛を狙うのか質問する魔王様。

「遠坂凛の足跡は簡単に知れる……つまり!遠坂凛を狙ってやってくる他の主従も纏めて相手に出来る!!」

─────待ち伏せしてブッ殺すんなら私に任せろ。

「ああ…楽しくなりそうだ」

「今度こそ決着を着けますわ」

獰猛な笑みを浮かべる二人は、そんな発想は微塵も無いと、言葉以外のもので雄弁に示していた。

レイン・ポゥがストレスで発狂するのもそう遠くない未来かもしれない。

288 ◆v1W2ZBJUFE:2017/02/16(木) 22:27:32 ID:QTjaHB7w0
>>286

本来考えていた話が詰まって気分転換にVP2やっていたら、「大魔法の詠唱って気に入りそうだよなあ」とか思って衝動的に予約してしまった訳です。すいません

289 ◆zzpohGTsas:2017/02/16(木) 22:32:39 ID:vMkGV3JA0
>>◆v1W2ZBJUFE
成程、そう言う事もありますね。
それでですが、氏が英純恋子&アサシン(レイン・ポゥ)、黒のアーチャー(魔王パム)以前に予約された主従はどうなるのでしょう?
破棄と言う形で、今UPなされた作品を通すのか、それとも以前予約されたキャラクター達の話は今別個に執筆しており予約は継続中なのか、その真を問いたいと思います。
それと、これは本当に個人的なお願いなのですが、もうトリップが割れており、なりすましが現われる可能性もゼロとは言えなくなりしたので、この辺りで新しいトリップで活動して頂ければなぁ、と。ポリシーに反するのならばそれで構わないのですが。

290 ◆/sv130J1Ck:2017/02/16(木) 22:42:10 ID:QTjaHB7w0
>>289
以前予約した面子は現在執筆中です。本来の予約期間中に投下する所存です

291 ◆zzpohGTsas:2017/02/16(木) 22:44:36 ID:vMkGV3JA0
>>◆/sv130J1Ck様
了解いたしました。疑いの目を向けまして申し訳ございません。
感想は明日にでも投下いたします。執筆の方、企画主として心から応援いたします!!

292 ◆/sv130J1Ck:2017/02/16(木) 22:51:13 ID:QTjaHB7w0
此方こそ紛らわしい真似をしてしまい申し訳ありません

293 ◆zzpohGTsas:2017/02/17(金) 22:18:09 ID:jMqwJskU0
>>自由を!
血塗れの服装では行動に支障を来たす上、認識阻害を行おうにも血液が邪魔になって上手く術が掛からない事を懸念し、UDK姉貴の制服を奪った凛ちゃんの行動が、
思わぬ形で裏目に出てしまった。その理由づけと説明が上手いので、むむ、と唸りました。この辺りの説得力のある説明は見事な手腕。
そしてパムもやはり義理堅いと言うか律儀で、レイン・ポゥ主従に令呪を与えると言う褒美を忘れてないのも、大物っぽくてとても良い。
が、その相手がよりにもよって企画中でヴァルゼライドと並ぶ理不尽なサーヴァントを従えるバーサーカー、黒贄礼太郎と言うのがどう転ぶのか。
純恋子様達は2回も黒贄さんと戦っており、いよいよ相手の強さの本質と不死の特性も気付きそうですが、此処から話がどうやって展開されるのか、見物ですね。
そして、企画中恒例となったレイン・ポゥのストレス蓄積。最初にパムが戦った相手がチトセと言う、Light特有の詠唱を使って来る相手だったのが痛い(ダブルミーニング)。
パムの方も詠唱に凝り出すわ、純恋子もそれに乗り出すわ、何かなんやかんやあって生き残ってた蘭子ちゃんと会食する羽目になるわで、
こっちの方は本当に良いようにならない。客観的に見ればパムと組めた時点で凄い幸先が良いのに、細かい所の尽くがダメと言うのが、妙なバランス感があって面白い。この主従は本当に、今後の動きに期待したい。そう思わせるに足るお話でした。

ご投下、ありがとうございました!!

294 ◆TE.qT1WkJA:2017/02/19(日) 02:51:44 ID:xFlSy7v20
投下乙です!
虹色の子かわいそう…
レイン・ポゥの胃がいつまで持つのか、ある意味で見物ですね
これだと仮に他の主従と同盟組む機会がきても、マスターと組まされているサーヴァントのせいで同盟断られそう…w

私も企画主様の素晴らしい作品に刺激されましたので、人数は少ないですが

不律&ランサー(ファウスト)
で予約させていただきます

295 ◆2XEqsKa.CM:2017/02/20(月) 01:09:43 ID:G55vu7oE0
前編投下します

296夢に見たもの ◆2XEqsKa.CM:2017/02/20(月) 01:11:14 ID:G55vu7oE0

夢は、見る暇さえなかった。
怖い―――それが、この<新宿>における"王"の偽りない最初の思考だった。
次いで、瞬く間もなく変容した外界への戸惑いが脳裏を占める。
やがて五情・六情・七情と膨れ上がっていく自我を認識するに至って、"王"は怯えも顕わに身を震わせる。
たった今の今まで、確かに眼前に存在していた"何者か"への誰何の念だけは、欠片も浮かべまいとするように。
幾ばくかの沈黙を経て、ようやく"王"は"王"らしさ、というようなものを取り戻した。
かって魔界都市<新宿>を制覇せんと魔手を伸ばし、秋せつら・浪蘭幻十・メフィストを向こうに回して互角以上に渡り合った、正真の魔人。
そんな彼にしてはあまりにも長い、数秒の沈黙であった。それほどの物を、見た証左であった。

「ここは<新宿>だ。それは間違いない。だが―――」

人の営みを感じる方向へ首を向ける。どうやらここは地下であるようだった。
広さも高さも判然としない、漆黒の世界。何故こんな所にいるのかは分からないが、とにかく快適な空間ではない。
何か出来ないか、と身体を巡る力を操作する"王"。
その手が振られた先に、周囲の暗闇よりも深く淀んだ魔霧が生じた。
霧はたちまち四器の人型を形取り、キングを守るチェスの駒のように"王"を取り囲む。
双剣を背負うナイト、弩持つビショップ、精研の巨躯たるルーク、妖艶な肢体を揺らすクイーン。
その全てが、魔人であった。

「おまえたちにも聞きたい。ここは魔界都市か、否か?」

「「似ても似つきませぬ」」

「「間違いないかと」」

綺麗に分かれた。睨みあう二人と二人を、王の苦笑が宥める。

「また契約書が必要か?」

「王……お戯れを。前の契約は未だ有効のはず」

「そうですわ。朋友の浅慮を咎めて争うほど、我々は愚かではありません」

紅一点にしては棘のある物言い。剣閃の届く間合いに詰めようとして、駒の一人は自重した。
"王"への怯臆もさることながら、今は小競り合いに興じる意味などないと、駒達も知っている。
彼らとて"王"と同じで、つい先刻まで魔界都市にて魔人たちと鎬を削っていた、という認識なのだ。
白昼夢から覚めたかのようにはっきりとした意識が、現実に対して「おかしいぞ」とアラームを鳴らしている。
その得もいえぬ違和感が、彼らをかえって冷静にさせていた。

297夢に見たもの ◆2XEqsKa.CM:2017/02/20(月) 01:13:47 ID:G55vu7oE0

「まさか気付いていないわけでもあるまい。<新宿>の魔人ども……彼奴らの精気は健在ではないか」

「本気で言っているのか? 確かにそれらしい脈動は感じるが、幽鬼のごとき儚さに感じるぞ」

「そもそも何故、やつらの存在を感じるのかしら。これまでこんな事はなかったはずよ。あちらが故意に知らせているとして、何の為に?」

「深く考える必要があるか? 誘ってくるのならば、是非もない。もう一度挑むまでだ」

最後の言葉が、全員の統一意思に最も近かった。
多少の差はあれ、古代より存えてきた魔人たちは総じて好戦的である。
"王"もまた、臣下たちと同じく支配と征服の欲求に胸を焦がしつつあった。

「よかろう」

掌の皮を引き裂くように魔杖が迫り出していく。
"王"の振るうそれは、大宇宙に充満するエーテルをも操る。
神域に達したそれに名は無く、ただただ全てを打ち破る力の現れ。
驚天動地としか言いようの無い災害が、再び新宿を襲わんとして―――。

「今の<新宿>ならば……獲れる。王の帰還だ、受け入れるがいい」

「それでは、困るのだ」

静かな声だった。だが、無空を裂く吐息、絶対性すら感じる威風が、"王"の手を止めさせた。
威厳で、この"王"を留めるなど……ありえるはずもないのに。
暴風の勢いで声の主を振り向く"王"の目に映ったのは、白。
一瞬、脳裏をよぎった魔界医師ではない。それは穢れた……穢れ尽くした白い騎士のように、"王"には見えた。
現実味のない朧な影に、四騎の敵意と"王"の凝視が集中する。

「貴様……何者だ? 夢魔の類か」

「夢、そのものだ」

「何?」

「夢からは逃れられぬぞ。魔界都市<新宿>の見た夢の中で、最も余に近しい廃王よ」


―――"王"が、魔杖を振るう。その迅速さには、恐怖の色が混ざっていた。

298夢に見たもの ◆2XEqsKa.CM:2017/02/20(月) 01:16:51 ID:G55vu7oE0




寝覚めのいい、悪夢を見た。
反射的に身を起こしたロベルタの上体から、柔らかな毛布が滑り落ちる。
意識の覚醒と同時に動いた身体を両手で探る―――異常はない。
眠りにつく前の記憶が蘇るに至って、ロベルタの額に透明な珠が浮いた。
なぜ腕がある? 無能なサーヴァントの失態により失った筈の両手が。
疑問は、すぐに氷解した。右肘と左の二の腕から先が金属の輝きを放っている。


「なんだこれは!」


目にするまで気付かなかったのには訳がある。
まるで生身のように、完全に神経が通っていたのだ。指先まで思うままに動かせる。
右の義手は銀の光沢と生物的手触りをもつ鋼を織り交ぜて打たれた鉤爪付きの逸品。
左の義手は、「右よりサイズに余裕があったのでやってみた」と言わんばかりに大砲を搭載した珍品。
両方ともに、親指の腹に【Titus】の刻印が入っている。自分を庇護すると言っていたのは妄言ではなかったのだろうか。
ふと、頭部に重さを感じた。義手を伸ばして触れれば、感触だけで艶麗さが伝わる宝石を、中央に飾る装身具があった。


「ふざけるな!!!」


寵愛とか言っていたが令嬢でも拾ったつもりか、と激したロベルタが額飾りを掴んで地面に叩きつけようとする。
だが考え直せ、本当にこれを捨ててもよいものだろうか? 冷静さを欠くべきではないと学んだろう?
これほどロベルタが健啖に振舞えるのは、義手を付けられ休息を取れたから、だけではあるまい。
余命数秒の惨状から血を補充し、傷を塞がれ、健康体に戻った現実は、明らかに超常の力によるもの。
このフェロニエールにも、何らかの特殊な効果があるのではないか? 間違いない。外すべきではないだろう。

299夢に見たもの ◆2XEqsKa.CM:2017/02/20(月) 01:17:59 ID:G55vu7oE0


「仕方ないわね……」

気を取り直し、寝かされていた棺の上から降りて下半身の具合を確かめる。
歩行には何の問題も無い。走ることもできるだろうし、すぐにでも戦闘可能だ。
バーサーカーはどこにいったのか。自分の側にいないとは、サーヴァントとしての責務も忘れたか。
念話は通じなかったが、恐らくここはタイタスというキャスターの居城。
魔術的な妨害が行われているものと判断し、ロベルタは特に気にせず部屋を見回した。
棺の他には泥土と、冷たい石壁しかない狭い部屋だった。
棺の中は空だが、開けると同時に魂の底から身震いするような霊気を感じる。何が入っていたのか。

「出られる……?」

予想に反して、部屋の扉は施錠されていない。
ロベルタは部屋を抜け出すと、予想通りの光景に辟易した。
古代文明の遺跡のような、迷路然とした通路。
あちこちから、人外のものとしか思えない息遣いや奇声が聞こえてくる。
部屋に戻った方がいい、と直感しながらも、彼女は手探りで先に進み始めた。

「……」

言葉を発する余裕も無いのに、ロベルタの足取りは不自然なほどに軽い。
まるで翼が生えたかのように迷い無く進んでいく……立ち止まった。
扉がある。恐らくは、自分が寝かされていたのと同程度の広さの部屋があるのだろう。
聞き耳を立てると、男女の笑い声が漏れ出ている。睦言とも稚言とも取れる、無邪気な声色だった。
どうしても部屋に入る気になれず、ロベルタは素通りして大階段を下りた。
明かりが強くなる。おぞましい魔気も幾分か弱まり、視界も開けていく。

「街……か……?」

ドーム状の空間に入ると、その空間を埋めるため、というように石と泥で作られた都市が見えた。
人の住んでいる気配は無い―――妖物だけが、住んでいた。

300夢に見たもの ◆2XEqsKa.CM:2017/02/20(月) 01:19:45 ID:G55vu7oE0

「ギギギギッ! 俺ノ、勝チダナ! カネ払エ!」

「畜生、これですっからかんだシシ。困ったシシー」

小鬼と獅子面の神官が、サイコロ賭博に興じている。
こちらに視線を向けても、慌てたように明後日の方向を向いて近づいてこない。
何かを恐れているようであり、話が聞けるとは思えなかった。
ロベルタは妖物たちが思い思いに生活している事に驚きながらも、先に進む。

「……これから、どうする」

あのタイタスというキャスターが自分とバーサーカーを利用するつもりで助けたのは明白。
このままいいように使われる羽目になるのは御免だ。
しかし、逃げ出したとしても先は知れている。
メフィスト病院への襲撃が失敗して魔力プールを得る算段を失った上、この一日で自分達は動きすぎた。
いつ討伐令を出されてもおかしくない程に、暴れすぎてしまった。

「当面は、ここに身を寄せるべきか」

自分の悲願を達成するためには、死ぬわけにはいかない。
だからこそあの忘却の果ての世界から戻ってきたのだ……とそこまで考えて。
ロベルタに、一つの疑問が生まれた。今の身の上でなければ、決して生まれない疑問が。

(私の願いを果たしたとして―――御当主様の無念が、若様の悲しみが本当に晴れるのか?)

こんな疑問がフッ、と浮かぶ事は、実は過去何度もあった。
ロベルタとて人間だ、<新宿>での隠れ家で亡霊に諭されるまでもなく心がブレることはある。
ただ、その度に鋼の克己心と薬物による精神変容で"思い直し直し"てきただけの事。

301夢に見たもの ◆2XEqsKa.CM:2017/02/20(月) 01:23:42 ID:G55vu7oE0


しかし今の彼女は薬物の依存症状から完全に脱していた。
もちろん、義手作成と並行して肉体の治療、破れた服の修繕などを行っていたタイタスの手によるものである。
彼女が覚醒剤、コカイン、MDMAなど多種多様な薬物中毒を患っている事を看破した始祖帝は大いに嘆いた。
なんと安く、効果の薄く、効率の悪い物を使っているのか、と。
彼女の燃え盛る情熱と、諦めを踏破し邁進する愚直さを好んで迎え入れた以上、タイタスにはロベルタに対し一種の責任があった。
ロベルタの愛おしい悪性をより高みに導き、人理にその輝きを刻む責任が。彼女の異常とも言える情熱を、薬物による人間性の削減が支えているのは明らか。
そこで、彼はロベルタの中毒症状を更に強力にすると決意する。人を超えんとする獣の狂気に、魔の助力を。
始祖帝はアーガ伝来の霊薬と竜・妖精・巨人・小人の四大奉仕種族が精製した秘薬を調合し、新進麻薬―――魔薬を創り出した。
体内に0.5mgほど取り込むだけで全身の体液と神経に浸透し、以後永遠に劇的かつ完全周期的な狂奔を起こすという効能である。
急速な体質の変化に伴う、精神の変容を、ロベルタは安定期ならではの静かな心で受け入れていたのだ。彼女のこれからの一生で、最後の安らかな時に。

「私は間違っていた。当主様も、若様も、私が血脂の煉獄に舞い戻ることなど、喜ぶわけがないではないか……」

穏やかに呟くロベルタの表情からは、険が取れていた。
もはや亡霊も見えていないだろう。では、彼女は諸人の忠告を受け入れ、復讐を思いとどまったのだろうか。
否。
タイタスの持て囃す、ロベルタの一側面が消えてなくなるわけがない。

「私は若様の元に戻り、あの方を最期の最期まで見守ろう。犬ではなく、人間として生きよう。私は私の大事な人の為に、幸せになる」

額飾りの宝石に、冒涜的な光が射した。ロベルタの眼光が。

「だが、奴等に私の幸福の一千万分の一でも与えてやるものか。犬の共食いでも、人間の復讐でもなく、悪鬼の制裁を以て償わせてやる」

銀の義手が、装飾を凝らした石の壁をざりざり、と削る。
ロベルタの顔は、加虐の悦びで歪んでいた。

302夢に見たもの ◆2XEqsKa.CM:2017/02/20(月) 01:25:32 ID:G55vu7oE0


「一人も殺さない。グレイ・フォックス部隊の人間共。子を成し、老い、幸福を追い求めるがいい」


「お前達の、お前達の子の、お前達の孫の、お前達の血脈が枯れる最後の一人にまで、私は向き合おう」


「一人たりとも『生まれてよかった』と思わせない。幸福に最も近付いた瞬間に、貴様等の周囲全てにあの日の当主様の不幸を与えてやる」


常命の者には決して成せない、永遠の報復。負の連鎖など意に介さない妖物の妄執であった。
血筋に呪いをかけるのでもなく、自分自身の手で復讐対象とその孫子を永遠に苛み続ける、という狂気。
それでいて、自分は過去の罪悪感と己への嫌悪を忘れ切り、愛する人たちに輝く笑顔を振りまき続けようという前向きさ。
ロベルタは、もはや人間ではなくなってしまったのか。比喩や悪罵ではなく、真正の魔に堕ちたのか。

「……」

ああ、魔物になりかけている女が足を止める。とうの昔に魔物となった女の気配を察知して。
都市の外れ、他より装飾が煌びやかな建物に足を踏み入れる。
反して、内装は質素だった。洞窟にすら見えた。
そこには、魔性の女がいた。魔将の女がいた。
女は、塵を啜り、泥を食み、無が放つ精を、世界が漏らす悪意を子宮に湛えていた。
親のない、営みに因らぬ生を受けた嬰児が、魔将の足元にビチャビチャと産み捨てられる。
こうして見ると、夜種たちは生物として最初に受けなければならない、親の愛を得ていない事が分かる。
まるで英雄に倒される事で物語を引き立てる端役だから、不完全でいい、と言うような子産み。
だがその印象を裏切るように、魔将・アイビスはロベルタに気付いて慈母のように微笑んだ。
たどたどしく、相手の母国語で呟く。


あ・な・た・の・こ・ど・も・よ


ロベルタは目を見開き、行き過ぎた女の冗句を笑って流した。
同胞の、冗句を。

303夢に見たもの ◆2XEqsKa.CM:2017/02/20(月) 01:28:58 ID:G55vu7oE0





心地よい、夢を見た。
まどろみというにも短い時間、目を閉じていた女は、美しかった。
目蓋が開いた瞬間に、世界そのものが色彩を持つ事を許可されたように色めく。
吸血鬼の姫……あまりにありふれた肩書きなど、その美を語るに不足が過ぎる。
その立ち姿を見れば百人の男が万通りの讃美を叫び、万人の女が百回ずつ子を生贄に捧げて口づけをせがむであろう。
櫂船の帆柱に備えられた、木箱に布を引いただけの即席の椅子ですら、この美姫が座っていたとなれば一国の王座の風格を孕む。
天与の貴姿がただの女のように片手を高々と上げ、くあ、と漏らした欠伸をもう片方の手で押さえる。このギャップだけで、二億人のナードが死滅する。

「つまらぬ街に成り下がったものよ。だが夢だけは、あの魔都のように……」

高空を泳ぐ船から眼下を見下ろして、姫は不快を隠さず言い放つ。
その声を聞いただけで、近くを飛んでいた鳥が浮力を手放して落ちていった。
落ちるのは鳥ばかりではない。船に集まってきた妖魔変化の半数ほどが脱力して死へのダイブを始めていた。
姫は、ただそこにいるだけで下級の吸血種を惹きつける。
魔界都市の一画に居を構えていた者達とは比べるべくもないが、この<新宿>においても血を吸う妖物は存在していた。
各々の主への忠誠を捨ててまで、姫に侍る光栄を受けんと集う魔物たちに、しかし姫は一瞥もせず。
己が血を分けた眷族ならまだしも、勝手に寄って来た蟻など潰す気にもならないらしい。


「母さん」

「なんじゃ」


とはいえ、多少は興を引くものもいるようだ。
先ほどまで船首の先で両手を広げ、高度を逐一呟いていた男。
身体に何らかの細工を施されて悪魔に変じたNPC。
物珍しさに免じて船内に入れた佐川という男を美姫はまじまじと見つめた。
この男、精神に異常をきたしているらしく美姫に対してまるで欲情しない。
バーサーカーの狂化でさえ、ランクA+程度ならば美姫の面貌に無反応ではいられまい。
無論、本気で誘惑しようとすれば話は別だが、それにしても並みの狂い様ではない。
その一点だけが美姫の笑いを取るところであった。

304夢に見たもの ◆2XEqsKa.CM:2017/02/20(月) 01:30:37 ID:G55vu7oE0


「やっぱり父さんと会って話をしてほしいんだ。家族は一緒にいるのが普通だからね」

「お前の父とは誰だったかの。答えよ」

「僕の口から言わせるというのですね。我らが父にして貴女の夫、佐川雅夫の名を」

聞いたことないな、と美姫は言わない。おかしそうに口を歪めただけだ。
微細な反応ではあるが、彼女のかっての臣下が見れば嫉妬に身を焼いただろう。
佐川のあまりにも真摯で滑稽な様子に、美姫はそれなりに"ウケ"ていた。

「お前を悪魔化させたのもその父か?」

「うん。お陰で僕は身体の中の毒を気にしなくてもよくなったんだよ」

「ん?」

「身体の中のガラス玉が割れて毒が全身に回った人間を正常に戻す方法はもう一つあったんだ。
 ガラス玉に薬を持つ人間を探すよりも、別種の毒を人に移す特異体質を持つ人間を見つけるのが早かった。
 まさか父さんがそうだとは思わなかったけど……お陰で僕は強くなって父さんから必要とされるようになれた」

「毒をもって毒を制するというわけじゃな」

「そう! 血だけじゃなく肉も食べなくてはならなくなったのが不便だけど」

「父親はどこにおる?」

「富久町のマンションに同居人と住んでるよ。僕は今は別居中なんだ」

同居人は勿論男性だよ、と真顔でフォローする佐川にそうか、と返して美姫は顎に手をやる。
恐らくはキャスターのサーヴァントであろうが、彼女にはわざわざ佐川父に構う理由はない。

305夢に見たもの ◆2XEqsKa.CM:2017/02/20(月) 01:32:24 ID:G55vu7oE0


「母さん、ケーキの好みはありますか? 父さんは食わず嫌いだけど再会の記念なら…」

「会わぬ」

(何故母さんはここまで頑ななんだ……女性と会話した事がないから気持ちが読めない)

「船首に戻るがよい」

(父さん……今ようやく貴方の気持ちが分かりました……貴方も捨てられた人だったんですね)


無言で船首に歩いていく佐川。
その背から目を離した美姫が、突如硬直した。
佐川が背に感じていた美姫の変調を察知できたのは当然であった。
早まった心臓の鼓動が身体のわななきを通して熱風を生み、船を揺らしたのだから。
何事か、と振り向けたことは奇跡としかいいようがなかった。
振り向いた佐川の身体が、突進してきた女の手に払われて二つに分かれる。
目から命の光を失いながら、中空にばら撒かれた彼はたった一人の例外となれた。
西新宿八丁目……その中心部で起きた、全てのNPCの失聴事件の例外に。
その瞬間、自分達の鼓膜が破れた理由が"音"であることに気付けた者は極少数だった。
その瞬間、その"音"の正体が一人の女の声であることに気付けた者は皆無だった。







「せつら!!!!!!!!!!」

306夢に見たもの ◆2XEqsKa.CM:2017/02/20(月) 01:35:15 ID:G55vu7oE0






夢は、常にその身体と一つだった。
サーチャー、秋せつらは平時の茫洋とした態度でオープンカフェの一席に腰を下ろしていた。
周囲は全て満席だが、ざわめきもカップがテーブルに触れる音も無い。
全ての客がせつらの挙動を注視しており、呼吸も、瞬きも忘れたかのように硬直している。
せつらが、カフェで飲むのに相応しいとは思えぬ○〜いお茶の缶を握る音に雑味を入れることを恐れるように。
せつらが、新聞紙を広げて時折漏らした吐息が、唇を湿らせる一瞬を見逃すまいと神に誓ったかのように。
彼ら群集が自発的に音を発するのは、せつらが不意に周囲を見回す時だけだ。
目と目が合うことを避けるために、その時ばかりは首を90〜120度も曲げてゴキリ、と音を鳴らす。
本能で知っているのだ。この美影身と視線を交わす法悦と恐怖の相乗を。


「遅いな、マスター」


せつらの呟きだけで、二人の女性客が卒倒した。
誰かを待っているかのような物言い、見ればせつらの向かいにはもう一本、○〜いお茶の250ml缶が置かれているではないか。
注文とかしないんですか? と聞ける人間はいない。店主ですら、店内のガラスに顔を貼り付けて他の事は忘却しているのだ。
そもそも、せつらの席には店員が来なかった。魔界都市<新宿>ではせつらの情報は全都民に知られているといっても過言ではなく、
その美貌に対しある程度の自衛策は確立していた。飲食店でこのような失態が起きたのは、せつらとしても相当に久しい。


「学生時代でも、もう少しマシだったけどなぁ」


だがせつらよ、お前は覚えていまい。
サーヴァントとして枠を嵌められていなかった生前の自身の美貌は、魔界都市の住民に"忘れることすら忘れさせて"いた事実を。
自失としているNPCたちは本来ならばこうなることすらなく、魂だけを忘失したように無表情で己の挙動をこなしていた筈だった。

307夢に見たもの ◆2XEqsKa.CM:2017/02/20(月) 01:36:09 ID:G55vu7oE0


「この新聞、三日前のじゃないか」

ドクター・メフィストからの依頼で、アルケアなる国の伝説を流布するサーヴァントを探していたせつら。
彼がボヤキながらオープンカフェで新聞を読んでいるのは、決してサボタージュを決め込んでいるわけではない。
大方の調査は終了したのだ。蓋を開けてみれば、彼にしてみればそれほど困難な捜索でもなかった。
まず、アルケア伝承を広げている物品を二つ三つ見つけて、表面を妖糸で探る。
無数の指紋の中から人外のそれを見つけ出し、糸で指先から掌、掌から肩、肩から霊核と再現していってクラスを特定。
見つけたのは同一の指紋のキャスター一人。これが、捜しサーヴァントと見て間違いないだろう。
件のサーヴァントが妖物をアルケア伝承の宣伝塔にしている節があったのが幸いした。
往来を歩く中で捉えた、翼獣型の妖物に身も凍る拷問を加えて聞き出した『タイタス』と同一人物と断定。
また、アイドルの新曲のいくつかに、アルケア物品が示す伝承と共通する単語があることを発見した。
後は、古物商や芸能プロダクションの人間を片っ端から当たり、最近接触してきた者とその関係者を芋づる式に捜索。
そしてムスカという一人の男を特定したのと同時、つい二十分ほど前のことだった。
街灯TVが、コンサート会場を暴漢が襲った、との一報を伝えた。
暴漢がテロリスト、テロリストが殺人鬼とグレードアップしていくのに二分とかからなかった。
血相を変えるマスターに「今から行っても間に合わない」とだけ告げ、せつらはむしろ好機と考えていた。
ムスカという男は、アイドルに新曲を与えた事によるVIP待遇として件のコンサートに顔を出しているらしい。
ならば、彼が恐怖に駆られて出てくるところを捕らえればいい、とせつらは決めた。
この数時間、<新宿>全域を妖糸で簡易に探索できる程度に歩き回ったが、タイタスの居城は探りきれなかった。
ただ結界を張っているだけではなく、結界自体を認識させない高度な術を使っているのかもしれない。

「ムスカさんがいなかったら、お手上げだったね」

泰然と言うせつらの言葉に、剣呑な響きはまるでない。
その声を聞いてこれから彼がやる行為を想像することなど、誰にも不可能であろう。
せつらは新国立競技場に遅まきながら足を運び、その周囲円形に妖糸を張る予定である。
一網打尽、とまではいかないだろうが、ムスカだけではなく事件に関わったサーヴァントやマスターもキャッチできるかもしれない。
己のマスター、アイギスは間もなくここに来る。
単身でマスターから離れて捜査をしていても、糸電話の要領で念話の限界距離をカバーできるのがせつらの強みだ。
一人で行ってもいいのだが、アイギスは激戦を予想してマスターとしてのサポートをしたいという。
せつらに断る理由は無い。彼は過保護な性質ではなかった。

308夢に見たもの ◆2XEqsKa.CM:2017/02/20(月) 01:37:14 ID:G55vu7oE0

「ん」

せつらの全身を、寒気が走った。
上空から何か―――と見上げた所で、大音量で名前を呼ばれた。
女が、下りてくる。見覚えのある女だった。
せつらは「はあ」とも「はあはあ」とも言わず、無言でその女を見つめている。
彼にとっては、最大単位の驚きの表現である。
バタバタと倒れる周囲のNPCが、塵のように宙を舞う。
隕石というには、瑕一つない玉。美の極致が今ここに二つ。

「せつら」

「また来たのか」

再度、万感を込めて己の名を呼ぶ女に、せつらは呆れ半分、驚き半分といった声音で返した。
むしろ、半分も驚きを引き出せたことを誇るように、女……美姫は満面の笑みを浮かべている。

「ほほ。私がどこに行こうと、私の勝手よ。むしろ責められるべきはお前のほうではないか?」

「なんだと」

「せつら、お前の居場所は魔界都市じゃろう。そこにしか居れぬ男。そこにこそ居るべき男。何故、斯様な所におる?」

「いる事にしたからさ」

春風駘蕩の態度を崩さないまま、せつらは女吸血鬼と会話を続ける。
なんら気負うことのない様子に、美姫の眉が悩ましげに動いた。

「マスターの為か?」

「え?」

「サーヴァントなどに落ちぶれた哀れな身。マスターを護るとでも誓いを立てたのかと聞いておる」

「うーん」

「マスターは何処じゃ!!!」

309夢に見たもの ◆2XEqsKa.CM:2017/02/20(月) 01:41:06 ID:G55vu7oE0


突如激した美姫に何だこいつ、という視線を送りながら、せつらは普通に答えた。

「彼女なら、もうすぐここにくるはずだけど」

彼女、ときた。美姫の表情から色が消える。
何の変哲も無いオープンカフェが、霜に覆われたような肌寒さを帯びた。
そして最悪のタイミングで、三人目の役者が登場する。

「サーチャー! 今の……声、は……」

オープンカフェに駆け込んできたアイギスは、余りの光景に忘我となっていた。
地上に太陽が二つ。せつらの茫洋とした「や」という挨拶がなければ、北風と太陽か。
そして燃え盛っている方の太陽は、アイギスを見ていた。
睨め付けている、などという言葉では足りない。
アイギスの命を、アイギスの魂を、アイギスの存在そのものを、視線だけですり潰そうとしていた。
事実、あと数秒長く見られていればそうなっていただろう。
しかし、美姫はアイギスからその魔視線を外した。せつらが妖糸を駆使したのか。
否、それならばせつらの方に首を向けることはあるまい。
美姫は一瞬で冷徹な美を取り戻し、せつらに声をかける。

「人形の娘に"モテる"奴」

「何でも色恋沙汰に結びつけるなよ」

色情魔、とせつら。
憮然とした美影身に満足したのか、いかに激情を消化したのか、高笑いする美姫。
アイギスは知り合いですか、とも誤解です、とも言えずに二人を交互に見ている。

「どれだけ劣化しても変わらぬ所はあるか」

「そういうお前も、僕より弱くなってるぞ。誰だ、桀王、紂王、幽王の不肖の弟子は?」

「お前も私もよく知る男よ」

「あの野郎」

310夢に見たもの ◆2XEqsKa.CM:2017/02/20(月) 01:42:57 ID:G55vu7oE0


せつらにしては珍しい、率直な悪罵が飛び出した。
<新宿>に混乱をもたらすサーヴァントを探せ、と依頼をしておいて自分はこれか、と。
愉快そうにせつらの反応を見ていた美姫の首に朱線が走る。
即座に消える。糸の切れる音は、アイギスのセンサーにも拾えなかった。
流石に目の色を変えた美姫に、悪びれもせずせつらは呟いた。

「やっぱり無理か」

「せつら―――ここで死にたいか?」

「殺しに来たんだろう?」

「急くことはない。お前が"そう"なら尚更、な」

「また下僕にする、とか言い出すんじゃないだろうな」

「黙れ」

再び、場を極点の氷土が覆った。
美姫の声は、搾り出すような苦鳴に聞こえた。何も知らぬアイギスにさえ。
全てを知るはずのせつらだけが、美しい顔を動かさずにいる。

「お前を下僕にする事は、この私が諦めたのだ。何物にも許しはせぬ。私自身にもな」

「意外と律儀な奴」

「お前が言うな」

苦笑して、美姫は地を蹴った。
大地が彼女を手放すことを恐れるように、一瞬その身を止める。
だが、天が契りを引き裂いた。重力からも自由である、というように、はるか上空へ昇る美姫。
去り際に、せつらとアイギスに声をかけた。

「せつら、そして人形娘よ。お前達には特上の悦と脅を与えてやる。この舞台がもう少し賑やかになってからな」

「ご勝手に」

別れ際にだけ、僅かにせつらが感情を見せた。
面倒なことになったぞ、と思っていると、アイギスにも分かる程に。

「……サーチャー、彼女は」

「話すと長い。……が、もういいか」

せつらの言葉に、アイギスがハッと時計を見る。
オープンカフェに飛び込んだ時から、一時間半が経過していた。
あの絶世の美女は、相対する者の時さえ魅了するのか。
せつらは忌々しげに語りだす。予定を無邪気に壊された怒りを込めるように。

311夢に見たもの ◆2XEqsKa.CM:2017/02/20(月) 01:44:43 ID:G55vu7oE0



夢を求めた。夢に焦がれた。
暗闇の中に、綺羅星の如き動体があった。
その美しさは、光さえ捕らえる重力渦にも影響されまい。
その手際は、現世を泡沫と化す邪神の目覚めにも影響されまい。
動体の名はメフィスト。腕を流星の速度で振るい、目を紅炎の如く輝かせる魔界の星。
魔界医師の異名を持つ彼は、今まさにその手腕で医術の進歩に貢献しているのか。
そうではなかった。今、病院の地下で尽くされている秘奥は魔導の術なのだ。

「―――■■■■。■■■――。■■。■。」

遠からん者にも聞き取れぬ、不可思議な音がメフィストの口から漏れている。
メフィスト病院の院長を僅かでも知る者が聞けば、造物主がついに降臨る美体を選んだのだ、と叫ぶだろう。
しかしこのゲルマンめいた言語は、彼が青春を過ごしたファウスト魔術校の公用語。魔術語であった。
この言語を用いている彼の精神は、限りなく魔術師のそれに近付いているという証か。

「完成だ」

魔術師は、唐突に魔界医師に戻った。それと同時に、メフィストの手元に黒ずんだ金属球が現れる。
輝かしい作業の成果にしては、いささか地味な被造物……と思えるのは、初見から数秒程度だろう。
球体は独りでに浮き上がると、メフィストを導くように空を転がり始めた。
時折、甲高い音を上げている。何かに共振しているようでもあった。

「蜜を追えるかな。鬘を被った雀蜂」

メフィストが後に続く。それだけで、前を行く玉は月に見えた。光彩陸離の祝福を受けて。
院長が病院を出ていくのを、止める者はいなかった。
誰も、想像もしていないのだ。この男が牙城に戻らぬことなど。
運転手付きの車にも乗らず、徒歩で出て行くのには少々驚いた者もいたが。

312夢に見たもの ◆2XEqsKa.CM:2017/02/20(月) 01:45:47 ID:G55vu7oE0


無人の野を進むがごとき歩みは、目撃したNPCに一過性のトラウマを植えつけていく。
当然のように実体化して街を闊歩する魔界医師の全身から、形容しがたいオーラが噴出している。
誰かを殺しに行くのだ。誰かを救いに行くのだ。目撃者の言葉は、綺麗に二分されていた。
駆け込んできたNPCの話を聞くメフィスト病院のスタッフは、そのどちらにも確信を持って頷けない。
彼らとしては、分かるはずもない院長の心境に想いを馳せるよりトラウマを抱えた患者の治療が先だった。
他ならぬ、メフィストの教育の賜物であった。

「ほう」

いくらか歩いた後……いくらか、というのはかかった時間が不明瞭だからである。度を越えた美しさは容易に時を計らせない。
メフィストが立ち止まって呟いた。感嘆とも言える言葉には、二つの意味があった。
まず一つ目は、思いの他近くにいたな、という驚き。
魔界医師に追われる、となれば地の果てまで逃げる者も珍しくない。無理もないとはいえ、新宿に留まっているとは。
二つ目は、ばったりと出くわした男。それは患者であり、情人であり、敵であった。
浪蘭幻十。かって<新宿>を震撼させた、魔人との再会であった。

「これは、ドクター。お久しぶりです」

「ああ」

あまりにも普通の再会であった。互いに所用の最中であり、互いに劇的な反応をすべき男は別にいる。
とはいえメフィストの方には、投げなければならぬ問いがあった。

「私の患者に、北上という娘がいる。軍国主義の化身のような武器を携えた娘だ」

「……」

「聖杯戦争のセオリーに従うなら、手負いのマスターを狙わねばならんな、幻十」

「僕のマスターは、そのセオリーに反対でしてね」

「性格の良い主に恵まれたな。羨ましく思う」

313夢に見たもの ◆2XEqsKa.CM:2017/02/20(月) 01:46:59 ID:G55vu7oE0

言外の問いに、言外の返答。冷え冷えするような綱渡りと言えた。
追求はそれで打ち切って、メフィストは金属球との追いかけっこを再開した。
その後ろを、幻十がついてくる。隣に並んでも―――むしろ重なり合っても、誰も異は唱えないであろう二人。
メフィストは歩速を緩め、幻十の好奇心を許した。二人は並んだ。

「せつらの真似事ですか? あのUFOの素行調査でも?」

「狩りだ」

メフィストの言葉は、幻十の背を凍らせた。
裏腹に、胸は躍った。ここまで出来上がっているとは―――誰が、何をした? と。
それを聞こうとする前に、メフィストが立ち止まる。
金属球が、静止していた。ここだ、と主張するように。
辿りついたのは百人町三丁目の、高層ホテル以外には近くに何の見所も無い公園である。

「ほう」

二度目の言葉が出た。今度は、二つや三つの感嘆では足りぬ。
メフィストの目を以てしても、この景色に何の異常も発見できなかったのだ。
だが己の被造物は、この地点に着いた。間違いであろうはずがない。

「この公園に何か用でも?」

「気付かんかね?」

受けて、幻十が妖糸を放つ。くまなく探査するが、何も無い。夢か煙を薙ぐように無抵抗に、妖糸は空を切った。
眉を顰める。彼のプライドも、メフィストには及ばないが相当に高い。

「白眉の術者だ。相手側から招き入れぬ限り、神であっても気付くまい」

「何事にも例外はあります」

「この場合は私がそうだな」

314夢に見たもの ◆2XEqsKa.CM:2017/02/20(月) 01:48:27 ID:G55vu7oE0

さらりと言って、メフィストはメスを取り出した。
幻十が一歩下がる。何を切ろうとしているか分からない以上、何者も彼の刃圏に入ってはならない。
だが、死をも殺せる白刃は空間も結界も要石も切断しなかった。
メフィストは刃を掌中に収めると、握り締める。
幻十には、冥王星から木星までが泣き叫んだように感じられた。メフィストの繊手が、血を流している!

「"夢歩き"と"血吐きの目覚め"の複合」

流れる血が、公園の大地に浸みる……刹那、ジャングル・ジムの片隅に空間異常が発生した。
ハッ、と気付いた幻十が、そこに妖糸を殺到させた。強力な抵抗を物ともせず、こじ開ける。
場所を知ってしまえさえすれば、今の幻十の妖糸でも破れる結界であった。
だが、隠匿性と復元力が凄まじい。妖糸を全力で繰って広げても、人一人が入れる程度の穴が開いたのみ。
それも、放置すればすぐに閉じるであろう。幻十は気を張りながらメフィストに話しかけた。

「入るならば、どうぞ。帰りの手伝いは出来ませんが」

「構わんよ」

元を断つのだから、と心の中で呟くか、メフィスト。
だがこの先にいるのは、魔界医師と比しても拮抗するキャスターのサーヴァント。
容易く滅ぼせるとは限らない―――この女が、そうであったように。

「好き血じゃ。今だけは劉貴を羨ましく思うぞ、メフィスト」

「―――!?」

一瞬前までは絶対にいなかった気配に、アサシンたる幻十が愕然として振り返る。
このような事ができるのは、魔界医師くらいのものではなかったか。
女の顔を見た幻十が、二度目の驚愕を味わった。女……美姫も同じであった。

「なんと―――お前のダミーか、メフィスト!?」

「そうお疑いならば、一夜を共にしてもよろしいですよ。美しい魔人(ひと)」

あまりにも絢爛たる、ロミオとジュリエット。メフィストと幻十以上に、抱き合ってもおかしくない二人であった。

315夢に見たもの ◆2XEqsKa.CM:2017/02/20(月) 01:49:05 ID:G55vu7oE0


「その物言い、せつらのダミーでもなさそうじゃな。妖糸も……なんじゃこれは、紛い物か」

「はは」

恋の歌劇は一瞬で終幕した。
美に打たれ、恍惚とした女は即座にその美を他者と比べて侮蔑した。
侮蔑された男にとって、己と比して上と語られた男こそが、譲ることの出来ぬ宿敵であった。
柔らかい部分を無造作に突く美しい女と、爽やかな笑みのままその報復に至れる美しい男。
二人の激突を遮ったのも、やはり美しく―――より冷ややかな男であった。

「去れ、姫よ」

「呼んだのはお前であろう。あの芳醇な血の香り―――私が見逃すとでも思うたか」

「そうか」

ならば、順番を変えよう。そう言いかけてメフィストが口を噤んだ。
美姫の表情の変化によって。女嫌いの男の、ありえぬ変節。
それほどに、美姫の眼光は鋭く"穴"を穿っていた。

「……私に夢を見せたな。それも悪夢ではなく、心地よい夢を」

美姫の声には、限りない怒りと恥辱、なにより歓喜が混ざっている。
メフィストに、その響きの記憶があった。吸血鬼として彼女の陣営に与した時に幾度となく聞いた。
興味を持ったものへの、圧倒的偏執……せつらにだけ向けられていたそれが、今別の物に振り分けられている。
好機といえた。

「同行するかね?」

「変節漢め。恥を知った方がよいぞ」

「やはり、僕も手伝いましょう」

幻十もまた、抑え切れない感情を発している。
せつらを知る姫への興、メフィストを激怒させた者への興、そして何よりも……魔界都市の様相を呈してきた、この地への興。
魔人が三人、夢界に入る。
魔界都市ですら、そうは見れない光景であった。

316夢に見たもの ◆2XEqsKa.CM:2017/02/20(月) 01:50:16 ID:G55vu7oE0
以上で投下終了です
後編は出来るだけ早く投下します

317波紋戦士暗殺計画 ◆/sv130J1Ck:2017/02/20(月) 22:50:12 ID:NJSF5ysM0
>夢に見たもの
“王”とはまたエラいもんが……出落ちっぽいけど
新・魔人同盟に迫られるタイタス帝の運命と、糸の地獄がひた迫るムスカの明日はどっちだ!?

それでは投下します

318波紋戦士暗殺計画 ◆/sv130J1Ck:2017/02/20(月) 22:50:49 ID:NJSF5ysM0
ジョニィがロベルタを狙撃した時、鈴仙は走り去る女子高生を見て、女子高生が“何らかの存在が化けたもの”と認識、
その事を念話で聞かされた塞がロベルタを見失ったジョナサンを連れてうどん屋に戻ったのだった。
そして一目につかない場所で話し合いを続けるべく、適当なカラオケボックスに移動して、周囲からの認識を誤魔化して、
ロベルタの足取りを寨の情報網で追う振りをしながら、この厄介な紳士を放り出す算段を、寨と共にしていたのだった。

塞としては、北上に関しては今のところ決めかねている。北上はジョナサンと違って、扱いやすそうだし、モデルマンのステータス自体が強力というのが主な理由だ。
塞は現状の同盟関係のままでは。聖杯は手に入らないと踏んでいる。
何時かは刃を交えるであろうライドウとダンテ。この両者を排除するにはあと二組は仲間に引き入れたい処だった。
何しろ下手なサーヴァントを凌駕する強さのライドウが、破格の強さを誇るダンテを従え、此処に更にライドウの使役する強力な複数の悪魔が加わる。
塞と十兵衛の組が組んだ処で、ライドウとダンテで此方のサーヴァントを拘束し、マスターである二人に悪魔をぶつけられれば、塞達は確実に屠られるだう。
塞の見立てでは、ライドウとダンテを斃すのに必要なサーヴァントは最低でも三体。確実を期すには四体は欲しい。
此方のサーヴァントの性能や、ライドウが此方に秘密で同盟を組んでいた場合には必要な数は更に増えるが、三を下回る事は決して無い。
更に問題が有る。聖杯を獲得できるのは只一人。なるべく戦わない、戦う時は多対一。この方針を貫いた処で、最終局面においては最後に残った二対二の勝負となる。
塞としては、此処で最後まで残っていて欲しい相手は北上とモデルマンである。何しろ無力な小娘だ。鈴仙がモデルマンを相手に十秒保たせればその間に北上を殺せる自信が塞にはある。
“北上は扱い易い”というのは、こういう面も含んでいる。
常に北上を自陣営に置いておき、モデルマンの戦力をフルに利用して最後の最後で北上を屠る。此れが出来れば勝ちの目はグッと高まるだろう。
北上の現在の窮状を考えれば懐柔など容易に出来るであろう。北上とモデルマンはデメリットを考慮しても魅力的な主従だった。
そしてそれは他の連中にとっても同じ事。今の北上は金塊抱えてオウガストリートを徘徊している様なもの、直に身ぐるみ剥がれて輪姦された挙句惨殺された骸となる事だろう。
それこそジョナサンやライドウの様な例外に出会わなければ。
それに塞には、確実に自分と同じ事を考える手合いに心当たりが有った。
佐藤十兵衛。あの狡い餓鬼は北上とモデルマンを知れば間違いなく骨までしゃぶりつくしてから捨てる算段をするだろう。
優秀且つ強力な宝具持ちのセイバーを擁する十兵衛に、これ以上の手駒を与えるわけにはいかなかった。
十兵衛に関しては、ある一点だけ塞は信じていることがある。それは、“裏切るタイミング”。十兵衛が此方を裏切るのは最終盤になってから。
具体的にはライドウを排除してから、というのが塞の読みだった。
十兵衛にしたところでライドウに対するには同盟して当たるしかない。そして塞の主従は十兵衛からはカモだと思われていることだろう。
塞は十兵衛に対し勝てると踏んでいるが、楽に仕留められるとも思っていない。十兵衛がのらりくらりと闘えば、鈴仙が天子に仕留められて終わるだろう。
塞から見た北上達は、十兵衛から見た塞達なのだった。
十兵衛は塞達に勝てる算段が有る、それを前提にしているからこそ此方と組むメリットを甘受し尽くせるのだ。
この十兵衛の目論見を破る為にも北上を押さえておくことは重要だった。
そして此処で北上を放り出せばジョナサンと行動を共にする可能性が高い。ジョナサンの様な此方の制御を受け付けない男と強力なサーヴァントを有する北上を共に行動させ続けるのは愚策というものだろう。

319波紋戦士暗殺計画 ◆/sv130J1Ck:2017/02/20(月) 22:51:33 ID:NJSF5ysM0
やはり北上を確保しておく為にも何処かに仮宿を用意してやるべきかも知れないが、その場合ジョナサンにも同じ様にしてやらないと、北上が此方を疑い出すだろう。
非常に面倒な事態だった。
ライドウや十兵衛といった要素抜きにしても、北上とモデルマンを今すぐには放り出せ無い。
何故ならばモデルマンを一蹴したアサシンというのが不気味極まりないからだ。
鈴仙のステルスをあっさり見破る上に、オールAという比那名居天子を軽く凌駕し、ダンテにも匹敵するステータスを持つモデルマンが、
全く勝負にならずに一方的に敗北する戦闘手段を持つ美貌のアサシン。そんなものと関わるのは御免蒙る。
此処は折角やる気になっているのだから、交戦経験の有るモデルマンに精々頑張って貰おう。鈴仙を差し向けてマスターを殺すまでは粘って欲しい。

そんな事を考えながら、塞は取り敢えず顔の割れたジョナサンと北上との為に、仮の宿の手配─────実際は北上とジョナサンをライドウから隔離するべく─────二人の為の宿を手配している最中で、
ジョナサンとジョニィとアレックスは鋼のバーサーカーや美貌のアサシンへの対策を話し合っていた。

「守るも攻めるも黒鉄の〜」

北上は『カラオケボックスで誰も歌っていないと不審がられる』という理由で一人歌い続けていた。



終わったか。

心中密かに塞は呟く。新国立競技場で起きていたファイトクラブは競技場の消滅という形で幕を閉じた。
本当に防音の効いた此の場所に移動して来て良かったと思う、情報端末の類を持たないジョナサンを外の騒ぎから隔離できたのは大きい。
さて、暴れ混んで来た奴は鈴仙が言うには「偽物と断言できる」そうなのだが、此処はジョナサンに盛大な勘違いをしてもらおう。

「とんでもない事が起こっていた様だな」

出来る限り沈痛な面持ちを作って塞は切り出す。取り敢えず鈴仙には波長操作を行わせておく。この後の展開がひとつだけ確信できているからだ。

「アーチャーッ!!」

怒声や咆哮という域を越えて、爆音とでもいうべき大音声。ジョナサンの抱いた怒りがどれ程のものか塞は想像がつかなかった。
波長操作を行わせていなければ警察を呼ばれただろう。

「僕たちに出来ることはもう何もない」

呟く様に告げたのはジョナサンのサーヴァントであるジョニィ。新国立競技場は既に消滅し、どうしてできたかか判らぬ大穴を残すのみ。此れでは赴いても意味はない。
立ち上がった姿勢のまま拳を震わせるジョナサンの全身から漏れ出る怒りよ、北上が小さく悲鳴を漏らした程だ。いまのジョナサンは冬篭りに失敗した羆でも避けて通るだろう。
塞は遠坂凛にホンのチョッピリ同情した。

「知っての通り、犯人は追討令が出ているマスター、遠坂凛のサーヴァントだ。」

紺授の薬で戦うところを見た鈴仙が即座に偽物と断定し、塞の集めた情報からは“何者かが黒贄礼太郎の姿に化けていた”と判明している。
だが此処は遠坂凛に罪を被ってもらおう。現場に居たそうだし。

「取り敢えず何の目的でこんな事をしたのかは判らん。他の連中に袋叩きにされそうだから魔力を補充しようと思ったのか、別の目的が有ったのか。
何方にせよ、これ程の事をやったんだ。話し合いが成立する余地は無いだろう」

ジョナサンが遠坂凜の説得に及ぶのを防ぐ為に、念を押しておく。
少なくとも鈴仙の話では、遠坂凜は覚悟を決めていたそうだし、黒贄礼太郎は話が通じる相手では無い。
つまりは、“話し合いが成立する余地は無い”というのは事実だ。嘘では無い。
即座にジョナサンの気配が膨れ上がり、塞の背筋に汗が流れる。塞の思惑が知れれば塞自身が殺されかねない。だが、大丈夫。嘘は吐いてない、推論を述べているだけだ。

320波紋戦士暗殺計画 ◆/sv130J1Ck:2017/02/20(月) 22:51:59 ID:NJSF5ysM0
「目的は判らんが遠坂凛が何処へ行ったかは大雑把にだが判明している」

ライドウは黒贄礼太郎が偽物であると気づいているだろうか?気づいていなければ此方から教えてやれば良い。ライドウは必ずや真犯人を追うだろう。

「都合が良すぎるな」

呟く様に言ったのはジョナサンのサーヴァント、ジョニィ。確かに遠坂凛に怒りを燃やすジョナサンに対し、遠坂凛の居場所を大まかとはいえ掴んでいる、となれば何らかの作為を感じるのは当然だろう。
実際に思惑はあるが、遠坂凛を見つけたのは只の偶然なのだが。

「俺は構わない。令呪を補充で来るしな、後はマスター次第だ」

ジョニィに次いで発言したアレックスの声に含まれたものに、北上が僅かに震える。闘争に怯えている様に塞には見えたが、ジョナサンとジョニィにはアレックスに怯えている様に見えた。

「偶然さ、遠坂凛は島村卯月というアイドルの制服を奪っている。消滅した競技場から行方不明のアイドルの制服を着た奴が出てくれば気づく奴だって居る。
何しろアイドルだ。名前も顔もそれなりに知られている、ファンだって居る。遠坂凛を目撃して、警察に連絡した奴が居るんだよ。『最初見た時は島村卯月かと思ったが、改めて見ると遠坂凛だった』ってな。
因みに連絡者は島村卯月の担当のプロデューサーでで、頭頂から股間まで何かで真っ二つにされた死体になって発見されてる。ニュースで今やってるよ。
ま、遠坂凛としては偽装のつもりだったんだろうがアイドルを甘く見過ぎたな」

そう言って塞が見せた情報端末には、女性に声かけたら間違いなく事案か職質だろうという殺し屋みたいな顔の男の写真と、写真の男が惨殺死体となって発見された現場が報道されていた。

「確か遠坂凛は血塗れの服装だったはず、服を盗むついでに魂喰いをしようとしてこんな事を?」

鈴仙の発言に心の中で親指を立てる塞。ナイスアシスト。
眼前にいるジョナサンの怒りが有頂天どころじゃ無くなってきて、塞の背筋(スパイン)を凍らせ(チル)た。鈴仙に感謝する気持ちがとんでもない勢いで冷えていく。
塞が名誉と人格を貶めたとはいえ、遠坂凛に対する同情を雀の涙レベルで増やした。

これでジョナサンは遠坂凛を追うだろう。真犯人に誅を下さんとするライドウと出会うことは無いはずだ……多分。もしライドウが欺瞞されている様なら教えてやれば良い。
だが、確信は出来無い。何しろ遠坂凛の足取りはある程度だが掴めているのだ。ライドウが楽に補足出来る遠坂凛を優先する可能性は充分にある。

─────紺授の薬使えたらなあ。

使っても良いがこれ以上使うと行動に支障が出る恐れがある。そんな状態で突発的な戦闘に巻き込まれたら比喩抜きで死にかねない。
まさか使用がキツくなって来た時にこんな事態になるとは思っていなかった塞は心中に溜息をついたのだった。
まあ取り敢えずはジョナサンには遠坂凛を追いかけて黒贄礼太郎と戦って死んで貰おう。何しろ不死身のフィジカルモンスターだ。ジョナサンとアーチャーが幾ら強かろうと敵うまい。
此方は鈴仙に遠坂凛を補足させておき、ジョナサンが死んだら遠坂凛を殺して逃げれば良い。ジョナサンは死んで令呪が手に入りメデタシメデタシというわけだ。
この計画にセリュー・ユピキタスを選ばなかったのは、実力が不明だからだ。とんだ雑魚でアッサリ殺せました。では話にならない。
ザ・ヒーローを選ばなかったのは逆の理由で、マスターの戦闘能力が高く、アッサリ殺せ無いからだ。
長引かせればルーラーが襲って来る以上、強いことが判明していて、かつマスターを速やかに殺せる遠坂凜をジョナサン暗殺計画に使うは当然の成り行きだった。
ジョナサンが死ねば北上は自分しか頼れる人間が居なくなる訳だからどうとでも操れる。
当面の計画を立てた塞は、ジョナサンに遠坂凛の逃亡した方向を語り出した。

「嵐の前の静けさに 刃を振り下ろしていくんだ」

北上が何曲目か判ら無い独唱を始めていた。

321波紋戦士暗殺計画 ◆/sv130J1Ck:2017/02/20(月) 22:53:41 ID:NJSF5ysM0
【四ツ谷左門町一丁目のカラオケボックス/1日目 午後3:10分】


【ジョナサン・ジョースター@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]健康、魔力消費
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]不明
[道具]不明
[所持金]かなり少ない。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を止める。
1.殺戮者(ロベルタ)を殺害する。
2.聖杯戦争を止めるため、願いを聖杯に託す者たちを説得する。
3.外道に対しては2.の限りではない。
4.黒贄礼太郎を殺す。
[備考]
佐藤十兵衛がマスターであると知りました
拠点は四ツ谷・信濃町方面(新宿御苑周辺)です。
ロベルタが聖杯戦争の参加者であり、当面の敵であると認識しました
一ノ瀬志希とそのサーヴァントあるアーチャー(八意永琳)がサーヴァントであると認識しました
塞&アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)の主従の存在を認識。塞と一応の同盟を組もうとは思っていますが、警戒は怠りません
塞がライドウと十兵衛の主従と繋がりを持っている事を知りません
北上&モデルマン(アレックス)と手を組んでいますが、モデルマンに起こった変化から、警戒をしています
遠坂凜を追跡することに決めました。

【アーチャー(ジョニィ・ジョースター)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]魔力消費、漆黒の意思(ロベルタ)
[装備]
[道具]ジョナサンが仕入れたカモミールを筆頭としたハーブ類
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を止める。
1.殺戮者(ロベルタ)を殺害する
2.マスターと自分の意思に従う
3.次にロベルタ或いは高槻涼と出会う時には、ACT4も辞さないかも知れません
4.黒贄礼太郎を殺す
[備考]
佐藤十兵衛がマスターであると知りました。
拠点は四ツ谷・信濃町方面(新宿御苑周辺)です。
ロベルタがマスターであると知り、彼の真名は高槻涼、或いはジャバウォックだと認識しました
一ノ瀬志希とそのサーヴァントあるアーチャー(八意永琳)がサーヴァントであると認識しました
アレックスがランサー以外の何かに変質した事を理解しました
メフィスト病院については懐疑的です
塞の主従についても懐疑的です

322波紋戦士暗殺計画 ◆/sv130J1Ck:2017/02/20(月) 22:54:12 ID:NJSF5ysM0
【塞@エヌアイン完全世界】
[状態]健康、魔力消費(中)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]黒いスーツとサングラス
[道具]集めた情報の入ったノートPC、<新宿>の地図
[所持金]あらかじめ持ち込んでいた大金の残り(まだ賄賂をできる程度には残っている)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲り、イギリス情報局へ持ち帰る
1.無益な戦闘はせず、情報収集に徹する
2.集めた情報や噂を調査し、マスターをあぶり出す
3.『紺珠の薬』を利用して敵サーヴァントの情報を一方的に収集する
4.鈴仙とのコンタクトはできる限り念話で行う
5.正午までに、討伐令が出ている組の誰を狙うか決める
6.ジョナサンにはさっさと死んで頂く。
[備考]
拠点は西新宿方面の京王プラザホテルの一室です。
<新宿>に関するありとあらゆる分野の情報を手に入れています(地理歴史、下水道の所在、裏社会の事情に天気情報など)
<新宿>のあらゆる噂を把握しています
<新宿>のメディア関係に介入しようとして失敗した何者かについて、心当たりがあるようです
警察と新宿区役所に協力者がおり、そこから市民の知り得ない事件の詳細や、マスターと思しき人物の個人情報を得ています
その他、聞き込みなどの調査によってマスターと思しき人物にある程度目星をつけています。ジョナサンと佐藤以外の人物を把握しているかは後続の書き手にお任せします
バーサーカー(黒贄礼太郎)を確認、真名を把握しました。また、彼が凄まじいまでの戦闘続行能力と、不死に近しい生命力の持ち主である事も知りました
遠坂凛が魔術師である事を知りました
、ザ・ヒーローとバーサーカー(ヴァルゼライド)の存在を認識しました
セリュー・ユビキタスの主従の拠点の情報を警察内部から得ています
<新宿>の全ての中高生について、欠席者および体のどこかに痣があるのを確認された生徒の情報を十兵衛から得ています
<新宿>二丁目の辺りで、サーヴァント達が交戦していた事を把握しました
佐藤十兵衛の主従と遭遇。セイバー(比那名居天子)の真名を把握しました。そして、そのスキルや強さも把握しました
葛葉ライドウの主従と遭遇。佐藤十兵衛の主従と共に、共闘体制をとりました
セイバー(ダンテ)と、バーサーカー(ヴァルゼライド)の真名を把握しました
ルーラー(人修羅)の存在を認識しました。また、ルーラーはこちらから害を加えない限り、聖杯奪還に支障のない相手だと、朧げに認識しています
、ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)、北上&モデルマン(アレックス)の主従の存在を認識しました
上記二組の主従と同盟を結ぼうとしていますが、ジョナサンの主従は早期に手を切り脱落して貰おうと考えています。また、彼らにはライドウと十兵衛とコネを持っている事は伝えていません
ジョナサンとアーチャー(ジョニィ)lを黒贄礼太郎に殺害させる計画を立てました。
北上とモデルマンには自分たちと一緒に最後に残る組になって欲しいと思っています


【アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)@東方project】
[状態]魔力消費(中)、若干の恐怖
[装備]黒のパンツスーツとサングラス
[道具]ルナティックガン及び自身の能力で生成する弾幕、『紺珠の薬』
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:サーヴァントとしての仕事を果たす
1.塞の指示に従って情報を集める
2.『紺珠の薬』はあまり使いたくないんだけど!!!!!!!!!!!!
3.黒贄礼太郎は恐ろしいサーヴァント
4.つらい。それはとても
[備考]
念話の有効範囲は約2kmです(だいたい1エリアをまたぐ程度)
未来視によりバーサーカー(黒贄礼太郎)を交戦、真名を把握しました。また、彼が凄まじいまでの戦闘続行能力と、不死に近しい生命力の持ち主である事も知りました
遠坂凛が魔術師である事を知りました
 ザ・ヒーローとバーサーカー(ヴァルゼライド)の存在を認識しました
この聖杯戦争に同郷の出身がいる事に、動揺を隠せません
セイバー(ダンテ)と、バーサーカー(ヴァルゼライド)の真名を把握しました
ルーラー(人修羅)の存在を認識しました。また、ルーラーはこちらから害を加えない限り、聖杯奪還に支障のない相手だと、朧げに認識しています
ダンテの宝具、魔剣・スパーダを一瞬だけ確認しました
アーチャー(ジョニィ・ジョースター)に強い警戒心を抱いています

323波紋戦士暗殺計画 ◆/sv130J1Ck:2017/02/20(月) 22:54:37 ID:NJSF5ysM0
【北上@艦隊これくしょん(アニメ版)】
[状態]精神的ダメージ(大)
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]鎮守府時代の緑色の制服
[道具]艤装、61cm四連装(酸素)魚雷(どちらも現在アレックスの力で透明化させている)
[所持金]三千円程
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に帰還する
1.なるべくなら殺す事はしたくない
2.戦闘自体をしたくなくなった
[備考]
14cm単装砲、右腕、令呪一画を失いました
幻十の一件がトラウマになりました
住んでいたマンションの拠点を失いました
一ノ瀬志希&アーチャー(八意永琳)、ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)、塞&アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)の存在を認識しました
右腕に、本物の様に動く義腕をはめられました。また魔人(アレックス)の手により、艤装がNPCからは見えなくなりました


【“魔人”(アレックス)@VIPRPG】
[状態]人修羅化
[装備]軽い服装、鉢巻
[道具]ドラゴンソード
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:北上を帰還させる
1.幻十に対する憎悪
2.聖杯戦争を絶対に北上と勝ち残る
3.力を……!!
[備考]
交戦したアサシン(浪蘭幻十)に対して復讐を誓っています。その為ならば如何なる手段にも手を染めるようです
右腕を一時欠損しましたが、現在は動かせる程度には回復しています。
幻十の武器の正体には、まだ気付いていません
バーサーカー(高槻涼)と交戦、また彼のマスターであるロベルタの存在を認識しました
一ノ瀬志希&アーチャー(八意永琳)、メフィストのマスターであるルイ・サイファーの存在を認知しました
マガタマ、『シャヘル』の影響で人修羅の男になりました

魔人・アレックスのステータスは以下の通りです
(筋力:A 耐久:A 敏捷:A 魔力:A 幸運:A。魔術:B→A、魔力放出:Bと直感:B、勇猛:Bを獲得しました)

324流星 影切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/02/20(月) 22:57:19 ID:NJSF5ysM0
次いでもう一つ投下します
こっちは多分長いんで区切ります

325流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/02/20(月) 22:57:46 ID:NJSF5ysM0
シャドームーンは新国立競技場で起きた出来事を、一部始終という訳では無いが目撃し把握していた。具体的にはクリストファー・ヴァルゼライドが乱入して来た辺りから。
元より新国立競技場は赴くつもりの場所ではあったが、事件発生を知ったシャドームーンは予定よりも早くに出立。
競技場では無く警察署に直行し、事件発生を知り一つ処に集まっていた警察上層部を洗脳。
〈新宿〉中の目が競技場に向いている隙を突いたこの行動は物の見事に図に当たり、シャドームーンは警察組織を掌握。そして最初に下した命令は、“競技場を遠巻きに包囲して誰も通すな”というものだった。
シャドームーンが警察組織に期待する役割は、情報収集と戦闘の際に敵の脱出を困難とする肉壁役である。
競技場が魔天すら揺るがす魔戦の場となる事を推察したシャドームーンは警官を万どころか億投入しても骸の山になるだけだと判断。
本来の役割以外の事に兵を投入して無駄死にさせるのは愚行を避け、警官を無駄死にさせず、尚且つ警察の行動を不信がられない指示を下したのだった。
そうしてシャドームーンは、競技場にほど近い場所からキングストーンの力で疑似的に気配遮断を付与させ、マイティアイで競技場内部で行われる魔戦を見届けたのだった。
そして見たのだ。シャドームーンがシャドームーンで有る限り、必ず己自身で斃さねばならぬ男を。
身を異形と化し、鋼の身体と変えられても人の心と魂を失わず、人の技と精神力とを以って絶望しか抱けない戦力差を覆し続けた男達と同じ存在を。
シャドームーンには理解できる。あの男は己が打ち倒さなければならない者と同じだと。
知った以上看過することなど有り得ぬ。シャドームーンはこの〈新宿〉に顕れて以降、初めてといえる決意を胸に、空間転移を行った。


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326流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/02/20(月) 22:58:24 ID:NJSF5ysM0
南榎町にある廃マンション『クレセント・ハイツ』の屋上。〈新宿〉全域が煮えたぎる地獄の釜の様な喧騒に包まれている中、座り込んでスマホを見るガタイの良い少年─────佐藤十兵衛が居た。

「凄ェ!なんだコイツラ明らかに体積以上に喰ってやがる!!」

見ているものはこの世界で過去に行われたフードファイト。
丸いとしか形容出来無い怪女と、桃色の髪のゆったりとした服の上からでも分かる素晴らしいプロポーションの美女が、吸い込んでいるとしか思えない勢いで皿を空にしていた。
怪女のお付きの妙にひょろ長い腕と短足と色黒のせいでゴリラにしか見えない男と、美女のお付きの銀髪の少女が顔を引き攣らせているが、当人達は気付いた風もない。

新国立競技場の惨劇を知った十兵衛は、最初はアーサー・シロタとかいうオッさんが運営しているサイトが、会場の様子を写しているという書き込みを当てにして会場の様子が判るかと覗いてみればとんだ大外れ、
下半身が炭化し、矢が突き立った神谷奈緒の死体や、完全に炭になって誰だか判ら無い死体。砕けて潰れて泥の様になった人体などが映されているだけだった。
思わずスマフォに罵声を浴びせる十兵衛。
バージルがカメラを破壊した上にNPCが全て逃げてしまった為に追加の映像が無いのだが、そんな事は露知らず、「管理人が悪魔にでも喰われりゃ良い」などと毒吐く十兵衛だった。

そして諦めて、面白そうな動画を探していると、この映像に行き当たったのだった。

“カービィvsタッコング”

そんな感想を十兵衛が抱いたのを見計らったかの様に待ち人がやって来る。

「十兵衛〜お待たせ〜」

凡そ緊張感を感じさせない美声の主は比那名居天子。少年─────佐藤十兵衛のサーヴァント。
新国立競技場で起きた惨劇を知った十兵衛は、競技場にサーヴァントが殺到することを予測。霊体化した天子を派遣して観戦させていたのだった。

「おお、どうだった?」

スマホをしまって訪ねる十兵衛。実際問題として十兵衛はそこまで期待してい無い。二丁目の戦闘を目撃した際も、あまり要領を得ない答えを返して来たからだ。
尤も、実際に戦うのは天子である為、観戦させておいても損は無いだろうと考えてはいる。
此奴が見た事を実戦で活かせるかどうかについては際限無く不安に思っているが。

「ん〜一応見て来たんだけど。前にも言ったけれど、遠くのものを見るのは自信無いのよ」

そもそもが見つかる事を避ける為にかなりの距離から見ていた事も有り、「そんなに精確に観れるとは思わない事ね」とは天子自身の言である。

そして語りだした内容は、十兵衛で無くとも戦慄するものだった。
凡そ原型を留めぬほど肉体を破壊されても平然と戦い、遂には肉体を消し去られても復活した黒礼服のバーサーカー。
マスタースパーク─────相変わらず何の事か判らなかったが─────よりも強力な閃光放つクリストファー・ヴァルぜライド。
四枚の翼を操り、凡そあらゆる攻撃を放った痴女みたいな格好の女。
気象を操り衣玖みたいな─────だからなんだよイクって何か響きがエロいけど─────雷落とす女。
紅白巫女みたいに─────だからわかんねーっての─────攻撃を透過する少年。
クリストファー・ヴァルゼライドに不意打ちを決めた虹を操る少女。
あの戦場に集った魔人達を縛った、不思議な歌を歌う少女。
そして、十兵衛が知りたかったサーヴァントの情報と、無視など到底出来ぬ重要な情報。
銃と剣と瞬間移動と良く判ら無い防御法を駆使して縦横無尽に戦い、異形の姿に変貌するライドウが従えるセイバー。
そのセイバーと互角に戦った瞬間移動と飛ぶ斬撃と虚空に出現する剣を飛ばす、これまた異形の姿に変貌するセイバーそっくりな何か因縁の有る剣士。
そして─────十兵衛の目下の同盟相手、塞が従えるサーヴァント、鈴仙・優曇華院・因幡の師。月の賢者八意永琳。
それらの強者達をどうやってか纏めて行動不能にしたオレンジ色の服着た少女。
最後に現れた、競技場を消し去った少年。

327流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/02/20(月) 22:58:49 ID:NJSF5ysM0
「あのオッサンのサーヴァントの師匠って……お前の処から来過ぎだろ!!?」

英霊とやらが何れだけ居るか知らないが、幾ら何でも多過ぎる。単に幻想郷とやらが多士済々なだけなのか?

「私が知る訳ないでしょう。それにしても面倒なのが出て来たわね」

十兵衛は天子の発言に聞き捨てならないものを聞いた。「面倒?」この自信満々な傲岸不遜を絵に描いたような女が「面倒」。

「其奴はそんなに強いのか?」

「さあ?手の内がさっぱり判らないからなんとも言えないけれど。幻想郷でも上位に入る顔触れを纏めて捻った綿月姉妹の師だから、相当強い筈よ」

「何だそりゃ?東方不敗か何かかよ?」

まあ髪型は似ているが。

「誰それ?とにかく、心しなさい十兵衛。あそこに居たのは全員油断していると足元を掬われる相手よ」

天子が見た処、一番弱いのは虹を使う少女だが、紅と蒼の二人の魔剣士の猛攻を凌ぎ切り、剰え蒼いコートの方の技を盗んで反撃し、
その後八意永琳を初めとする強者達に盛大に袋叩きにされても防ぎきったクリストファー・ヴァルゼライドに、完璧な不意打ちを決めるというのは尋常では無い。
紅魔館のメイドの様に時を止めた明けでは無い。おそらくは覚の妹の方の様な能力持つのだろうが、あれは厄介だと思う。
何しろ自分でも多分防げない不意打ち、十兵衛に矛先が向けばどうしようも無い。為す術無く己は退場させられるだろう。
─────だが、それでも。

「安心しなさい十兵衛、勝つのは私よ。私が敗北するなんて事はありえ無いんだから」

傲慢とも言うべき確信を持って断言するその姿を見て、十兵衛は安心感を─────抱いたりはしなかった。
十兵衛の抱いた感想は、“世紀末救世主をチビヤロウ呼ばわりして、自信満々で挑んだ元プロボクサー”。或いは“某地上最強の生物
目をつけられたムエタイ”といったものだった。
どう転んでもあべしするかジャガられるかの未来しか見えない。
取り敢えず何か言ってやろうと思い、口上を考えていると、突如として轟音が響き、クレセント・ハイツが直下型地震にでも遭ったかのように激震した。


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328流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/02/20(月) 23:00:51 ID:NJSF5ysM0
人の居ない方へ居ない方へと移動を続けたザ・ヒーローとクリストファー・ヴァルゼライドは、人気の無い寂れた場所に来ていた。
群がって来る野次馬や、逆に非難する者たち、道路を封鎖する警官を避けて移動するうちに、南榎町の一角に辿り着いていた。
移動しながらヴァルゼライドの手傷を癒してはいるものの、余りにも損傷が酷く、癒えるのは相当の時間と魔力を費やさねばならない様だった。
ヴァルゼライドは全く意に介しておらず、意気軒昂だが、ザ・ヒーローとしては看過できる傷では無い。
それに、魔力の消費も無視出来無い。ザ・ヒーローが今後の事を考え、僅かに焦燥を抱いていると、不意にザ・ヒーローの背筋を悪寒が走り抜けた。
無言で大きく前方に飛ぶザ・ヒーロー。ヴァルゼライドも同じであったらしく、並んで飛びながら、宙で身を捻って180度向きを変え、最優先で修復した刀を左右の手で抜きガンマレイを纏わす。
同じくヒノカグツチを抜き、宙で方向を転換し構えるザ・ヒーロー。
そして二人の足が未だ地につかぬうちに、天空より飛来した銀色の影が、先程まで二人の居た地点に着弾。
アスファルトの路面が20m範囲に渡って砕けて大穴が空き、更にその周囲の路面が70m程陥没し、爆弾でも投下されたかの様な音と震動が生じた。
音速を超えて飛来する瓦礫を撃ち落としながら再度後方に飛びす去るザ・ヒーロー。
隣で同じ様に飛びす去るヴァルゼライドが、着弾地点目掛けガンマレイを放つ。
生じた土煙も未だ飛来する瓦礫も消し飛ばし、穿たれた穴に着弾したガンマレイが再度の爆発を起こし、上空数百mにまで噴煙と土砂を噴き上げ、周囲に瓦礫を降り注がせる。

─────!?

何かを感じたのか、咄嗟に後ろを振り向くヴァルゼライド。その顔面に勢い良く拳が叩き込まれ、ヴァルゼライドをガンマレイにより更に広がった穴の中に叩き込む。
即座に反応したザ・ヒーローがヒノカグツチを薙ぎつけるが、真紅の剣身が斬撃を阻み、ザ・ヒーローの攻撃と同時に放たれていた前蹴りが、ザ・ヒーローを蹴り飛ばした。

瞬時に15mも飛ばされた処で、地にヒノカグツチを突き立てて急制動をかけ、5m程の溝を地に刻んでザ・ヒーローは停止した。
間髪入れず、穴の中から崩落する瓦礫を足台として踏み抜いたヴァルゼライドが躍り出て、ガンマレイを纏った双刀を勢い良く振り下ろすが、既に場所を移していた襲撃者を捉えられず、路面に鍔元まで刀身を埋め込むだけに終わった。

「何者だ」

ザ・ヒーローが問う。〈新宿〉で今まで対峙した相手に対し、ザ・ヒーローが声を掛けるのはこれが最初。相手の返答など最初から期待していない。仕切り直す為の時間稼ぎだった。

「クリストファー・ヴァルゼライド………。俺はお前を殺しに来た」

問いに対する答え。返した者は総身を銀の鎧で覆い、髑髏を思わせる蝗の様な頭部に、エメラルド色の瞳を鈍く輝かせた剣士。世紀王シャドームーンに他ならなかった。

「お前も糞蠅の様に、楽に勝ちを貪りに来たのか」

立て直したヴァルゼライドが、鋼が軋むような声で問う。先刻の蝿の王を思い出して怒りに再度火が着いたのか、刀身に纏ったガンマレイが輝きを増した。

329流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/02/20(月) 23:01:19 ID:NJSF5ysM0
「ならば最初に空を飛んで逃げた女のサーヴァントを狙っている」

シャドームーンの答え。これは真実その通りで、最初に空を飛んで逃げた女のサーヴァントこと八意永琳、彼女とといえども、
上空数百mの高さで、マスターである志希を抱えた状態でシャドームーンに攻撃されれば、確実に敗北していただろう。
シャドームーンが攻撃しなかったのは自分以外に覗き見ていた者の存在を認識していた為だ。
だが、この男だけは見逃せぬ。この〈新宿〉のちに顕現した者共は、世紀王シャドームーンといえども敗北して地に伏すかもしれぬ魔人達。
だが、それら総ては、聖杯への途上にある障害でしかない。
只この男一人を除いては。
クリストファー・ヴァルゼライド。シャドームーンが只一つの座に至る為に戦い、そして敗れたRXの様に、条理を捻じ曲げ不思議な事を起こしてのける男。
シャドームーンは思うのだ。この男を避ける様では、この男一人を斃せぬ様では、己は到底RXの前に立つ事など出来ぬと。この男の輝きを上回れぬ様ではRXもまた上回れぬと。
此処に世紀王シャドームーンは、クリストファー・ヴァルゼライドを『敵』と、聖杯への途上にある障害では無く、己が何としても打ち斃さねばならない『敵』
と認識した。

「お前を斃した際の褒賞の令呪など知らぬ。俺は俺の大願に掛けて、クリストファー・ヴァルゼライド、お前を殺す」

シャドームーンの言葉と共に放出される極大の殺意と戦意。この前には言葉など一切不要。世紀王が不退転の意思を以って、光の英雄を斃しに来たと、見るもの総てに悟らせる。

「貴様には貴様の願いが有り、その為に聖杯を欲しているのは理解した。貴様は大願成就の為に、俺を殺しに来たことも。」

ヴァルゼライドが一刀を青眼に構える。一刀?今彼は両手に一振りづつ刀を持つのでは無く、両手で刀を握りしめていた。

「その決意、受け止めよう。だが、お前の大願が俺の屍の先に有る様に、俺の願いもまた、お前の屍の先に有るのだ」

両者の間に満ちる戦意が、二人の間の空間を軋ませ。二人の身に纏う殺意が、二人の周囲の空間を陽炎の様に歪ませる。

「刃を交えずとも判る、お前は強い。対する俺は傷付き、疲弊している。だが、それでも─────」

ヴァルゼライドの握る刀身が更に光を増していく。シャドームーンの全身に纏う魔力が目に見える程に濃密さを増していく。

「─────勝つのは俺だ」

クリストファー・ヴァルゼライドが断言するのと

「そうでなければ殺しに来た意味が無い」

クリストファー・ヴァルゼライドの言葉を予感していたかの様に、シャドームーンが告げたのは同時。
そして─────二人が動いたのもまた同時。


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330流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/02/20(月) 23:02:03 ID:NJSF5ysM0
ヴァルゼライドが納刀していた一刀を猛速で抜刀する。新国立競技場でバージルの次元斬から習得した剣技で先手を取りに行ったのだ。
無論この一撃が本命という訳では無い。先程の攻防からシャドームーンが空間移動を使い、まともにガンマレイを撃つだけでは回避されることを本日のこれまでに至る戦闘経験から推測。
先ずはシャドームーンの動きを止め、その後に必殺の威力を持つガンマレイを叩き込むつもりだった。
空間に無数の光条が刻まれる、本命に繋げる為の攻撃とはいえ光の一筋一筋に宿る威力と込められた意志は紛れも無く必殺。この攻撃で決着を見てもおかしくは無い。
だが、その時既にシャドームーンは動いている。無論、ヴァルゼライドの方に向かってだ。右手の長剣を真っ直ぐ突き出し、キングストーンの膨大な魔力を足に籠めて爆発が生じたかの勢いで路面を蹴り、、
一直線にヴァルゼライド目掛けて突撃する様をダンテやバージルが見れば驚いただろう。威力は落ちるが、その動きはまさしくロキが創った異界の中で、紅い魔剣士が使用した『スティンガー』に他ならない。
虚空に虚しく刻まれた光条を背に、50mの距離をコンマ一秒と懸からずシャドームーンはヴァルゼライドに突っ込む。
此れにヴァルゼライドは即座に反応、鮮烈に輝く刀身を振るい、真紅の長剣ごとシャドームーンを撃砕せんとする。
此処でシャドームーンは再度大地を蹴って加速。振り下ろされる刃よりも速くヴァルゼライドを刺し貫き、長剣に籠めた暴力的な魔力を流し込んでその肉体を四散せしめんとする。
シャドームーンの速度と動きを完全に見切って迎撃を行い出した刹那の加速。振るい出した刀に更に速度を込めるにはもはや遅い。
だが、それにも対応する事を可能とするのが、クリストファー・ヴァルゼライドの積み上げてきた研鑽と蓄積してきた経験。
更には聖杯戦争という、魔戦の場で研磨された感覚の為せる技だった。
シャドームーンを斬り伏せる為に踏み出していた足を引き戻し、本来踏み降ろす位置より手前に降ろす。
此れによりヴァルゼライドの歩幅は狭まり、斬撃の描く弧が変わり、丁度加速したシャドームーンの脳天を直撃する線を描いた。
シャドームーンの突きも己に刺さるだろうが問題無い。己は只刺されるだけ、相手は頭を撃砕されて絶命する。
こちらは生き、向こうは死ぬ。


この迎撃をシャドームーンは予測していたわけでは無い。だが、新国立競技場での一戦を見ていれば判る。この程度の攻撃に即応出来ぬ程、この英雄の技量は低くは無いと。
事実、ヴァルゼライドは即応し、シャドームーンに致命傷を与える斬撃を放ってきた。
此方の突きもヴァルゼライドを捉えるが、致命傷には至らない。
シャドームーンは敗死し、ヴァルゼライドは勝って生き延びる。

だが、ヴァルゼライドの刀は再び虚空を断った。
種は至極簡単で、迎撃されることを確信していたシャドームーンが空間転移を行った為だ。
しかも悪辣此の上ないことに、長剣を手から放した上で空間転移を行っている為、慣性に従い長剣は真っ直ぐヴァルゼライドの胸目掛けて飛来している。
握る者が居ないとはいえ、鋼すら貫く勢いの剣身に、何とか刀身を叩きつけ、防ぐことに成功するヴァルゼライド。
同時に周囲を白く染め、轟音が半径50mに渡って、建物の窓ガラスを粉砕し、地と空を伝った爆発の衝撃が数百範囲の建物を震撼させた。
シャドームーンが予め剣身に纏わせていた魔力が、ヴァルゼライドの持つ刀身に纏うガンマレイと反応し、爆発を起こしたのだとヴァルゼライドに思考する暇があったかどうか。
地面と水平に後方に飛んでいくヴァルゼライドの上方にシャドームーンが出現。ヴァルゼライドの援護に動こうとしたザ・ヒーローをシャドービームで牽制。ヴァルゼライドには今だ手に持つ短剣を投擲する。
ザ・ヒーローがシャドービームをヒノカグツチで切り払うのと同時、ヴァルゼライドもまたガンマレイを纏った刀で短剣を払い除ける─────のとシャドームーンにガンマレイを放つ事を同時にやってのけた。
この攻防一体のヴァルゼライドの動きにシャドームーンはまたしても瞬間移動で対応。立て直して地に二条の溝を20m程刻んで止まったヴァルゼライドに、上空から念動力を叩き込む。
一度目、路面の広範囲に渡って太い亀裂が入った。。
二度目、路面が大きく陥没した。
三度目、路面が砕け、下を走る下水道にヴァルゼライドが落下した。

331流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/02/20(月) 23:02:31 ID:NJSF5ysM0
シャドームーンの周囲の空間が揺らめく。無数の真紅の剣がシャドームーンを囲む様に出現。ヴァルゼライドが消えた穴目掛け殺到する。
剣の群れが穴に突入するかどうかといった処で、黄金光が真っ直ぐ天目掛けて上昇。剣の群れの悉くを蒸発させた。
黄金光が収まるより早く、ヴァルゼライドが穴の中から飛び出し、路面に降り立つ。
その前方5mの処に、再度両手に長短の剣を持ったシャドームーンも着地。二人は静かに、それでいて必殺の意思を籠めて睨み合う。
此れだけの濃密な攻防を僅か5秒にも満たぬ間に行った両者は、未だに些かの揺らぎも見せていなかった。

「ムンッ!」

「オオオオオオッッ!!」

再度同時に踏み込む。路面が砕ける程の勢いで踏み込み、互いに手にした武器を振るう。
激突した刃が音の域を超えた衝撃波を放って、周囲を揺るがす。
両者は互いに有利な位置を求めて動き、再度繰り出される刃と刃が激突し、生じる火花と衝撃波。
秒の間に撃ち交わす50余合、無数の火花が二人を彩り、衝撃波が周囲の建物と路面を破砕する。
凡そ地力で大幅に劣る─────それこそシャドームーンが本戦開始直後に撃破したバーサーカーとさして変わらぬクリストファー・ヴァルゼライドが、
力も技もヴァルゼライドの上をいくシャドームーンと此処まで拮抗できるのは何故か?
気合と根性で力を振り絞る─────処か増幅させているのもあるが、本戦開始以降最も多く戦闘を経験して来た、というのが大きい。
人という種の持つ最大の強み。人類をして万物の霊長足らしめるもの、全ての生物を比べた時、『脆弱』という言葉で語れる人類を地上の覇者足らしめたもの。
経験の蓄積と、技術の研鑽、そして体験した事象に対する思考である。
ヴァルゼライドは今まで戦い経験した者達の技を、何度も脳内で反芻しては思考し、模擬戦闘を繰り返しては勝利する術を得ようと努力し続けていた。
シミュレーションに有りがちな己に有利な夢想など一切排した模擬戦闘は、結果としてヴァルゼライドの技量を極短時間で向上させ、〈新宿〉に顕れた魔人達の技の模倣すら可能とさせたのだ。
ダンテの、バージルの、タカジョーの、ライドウの、果ては人修羅に至るまでの人の域を越えた技を、
己が今までに積み上げた技術と蓄積した経験とを以って、己の技とアレンジして使いこなすヴァルゼライドの技量は、最早今朝公園でタカジョー及びパスカルと戦った時の比では無い。
地力で遥か上をいき、極限域を越えた武技を持つシャドームーンと互角に斬り結ぶ程に。
二人の剣撃は全くの互角。このまま一日中刃を交えてもケリが着くとは萌えない。
この均衡を崩すべく此処でザ・ヒーローが参戦する。
己に殆ど意識を向けないシャドームーンが、宣言通りヴァルゼライドを殺すことに執着している事を理解したザ・ヒーローは、積極的というよりも大胆に仕掛けていった。


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332流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/02/20(月) 23:03:03 ID:NJSF5ysM0
二振りの真紅の剣が同時に振るわれる。長剣はヴァルゼライドの首を薙ぎ、短剣はザ・ヒーローの燃え盛る剣を短剣で防ぐ
シャドームーンとしては実に腹立たしい事態だった。
通常マスターはサーヴァントに対して、有効な攻撃手段はおろか、対峙して5秒と生きる術を持たぬ。
つまりはサーヴァントとサーヴァント、マスターとマスターが鉾を交えるのがセオリーなのだが、ザ・ヒーローはサーヴァントと互する力量と、サーヴァントを害せる武器を持つ。
通常のマスターならば捨て置いてヴァルゼライドに専念できるのだが、このマスターは放置すれば致命傷を負わされかね無い。
しかもザ・ヒーローは、シャドームーンの心情を理解して、防御を全く考えないで攻めてくる。
互いに全力を傾注した一対一で互角なら、二人に気を払わねばならないこの状況は、シャドームーンにとって絶対的な不利を齎していた。
だが、それでもシャドームーンは退かぬ。RXを撃ち斃す困難に比べればこの程度は気にもならない。
長剣で、受けたヴァルゼライドが後退する程の渾身の斬撃を見舞い、次いでザ・ヒーローの上段からの斬撃を短剣で跳ね上げて体を崩し、右膝膝に前蹴りを入れて蹴り砕き、ザ・ヒーローの動きを止めようとする。
対するザ・ヒーローは右足を上げて防御。シャドームーンが片足立ちという不安定な状態になった隙を逃さず、立て直したヴァルゼライドが左右の刀を振るう。
右は袈裟懸けに、左は右脚を狙った斬撃。方や必殺、方や行動に重大な損傷を与えて動きを止め、必殺の機を齎す攻撃。
どちらを受けても敗北必死な攻撃をシャドームーンは前方に跳躍し、ザ・ヒーローを飛び越えることで凌ぐ。
ザ・ヒーローが振り向くより早く着地を決めると、振り向き終わったザ・ヒーローを捕まえ、腹に膝を連続して撃ち込む。
三発目を入れた処でヴァルゼライドが横に周り、シャドームーンの背中目掛けて刃を薙ぎつけて来るのを、ヴァルゼライドにザ・ヒーローをぶつけて防ぎ、
ザ・ヒーローを上空に放り投げると、ヴァルゼライド目掛けてシャドービームを放射、ヴァルゼライドが切り払った隙を狙い念動力でヴァルゼライドを背後の廃マンションに叩き込む。
コンクリートの壁が砕けて崩れ、瓦礫に埋まったヴァルゼライドに追撃のシャドービーム。廃マンションが大きく揺らぐ勢いで、瓦礫ごと爆発炎上させた。
次いで跳躍し、上空のザ・ヒーローに拳を振るう。ヒノカグツチで受けたザ・ヒーローを、同じく廃マンション目掛けて殴り飛ばすのと、シャドームーンが先刻立っていた場所をガンマレイが通過するのが同時。

カシャンという、金属音の響き、地に降り立ったシャドームーンは油断無く再々度長短の剣を構え、ザ・ヒーローとヴァルゼライドも身を起こす。
そのまま三者は静止。飢えた獣ですら飢えを忘れて逃げだしそうな、凄惨無比な殺気が周囲に満ちた。
均衡を破ったのはヴァルゼライド。バージルから習得した技で空間に十数条の亀裂を刻む。
同じ様に前へと己の身体を撃ち出すシャドームーン。此れをザ・ヒーローがヒノカグツチを横薙ぎに振るって迎撃、
読んでいたシャドームーンは、短剣で受け止めると、突撃の推力と己が膂力とを併せてザ・ヒーローを弾き飛ばす。
ザ・ヒーローに迎撃されて、勢いを減じる処か更に増したシャドームーンにヴァルゼライドが一刀を振り上げる。
最初の攻防の焼き直しに見えるこの一幕。無論シャドームーン程の戦士がそんな事をする訳が無い。
ヴァルゼライドがシャドームーンの瞬間移動に備えて、左の刀を納刀し、脚に移動する為の力を蓄えているのは先刻承知。
ヴァルゼライドが裂帛の気勢と共に一刀を振り下ろす。その切っ先の前にシャドームーンの姿は在った。
何の事は無い、急制動を掛けて制止。ヴァルゼライドに空振りさせてから、隙を晒したヴァルゼライドに引導を渡すつもりなのだ。

この瞬間、ヴァルゼライドは─────シャドームーンの上をいった。


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333流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/02/20(月) 23:04:18 ID:NJSF5ysM0
クリストファー・ヴァルゼライドがシャドームーンの上を行った攻撃は、クリストファー・ヴァルゼライドにしか為し得ぬものだった。
要はするに、競技場でバージルの幻影剣を防いだ時と同じ事をやっただけ、虚空に黄金光の膜を形成したのだ。
持続時間が秒にも満たぬとはいえ、空振りしたヴァルゼライドの隙を補い、ヴァルゼライドの首を落とすべく踏み込んだシャドームーンに痛打を与えるには充分だった。
苦悶の声をあげて後方によろめくシャドームーンに、ヴァルゼライドは真っ向から斬りかかる。
アスファルトの路面が砕け、足首までもが埋まる程の踏み込みから、脳天から股間まで唐竹割にする斬撃。
此れをシャドームーンは膨大な魔力を纏わせた左腕のシルバーガードで防御。凄まじい火花が散り、シャドームーンの左腕の処か、全身の関節を震撼せしむる衝撃が伝わった。
シャドームーンとヴァルゼライドが、バチバチと火花を散らせながら拮抗すること3秒。シャドームーンは全方位に念動力を放ち、
ヴァルゼライドと後ろから斬りつけようとしていたザ・ヒーローを退けた。

ザ・ヒーローが立て直し、ヒノカグツチを構え直す。
シャドームーンがマイティアイを爛と輝かせ、キングストーンの絶大な力を開放しようとする。
ヴァルゼライドが刀身に纏わせたガンマレイをより一層輝かせる。




その時─────天地が翳った


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334流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/02/20(月) 23:05:34 ID:NJSF5ysM0
三人が死闘を繰り広げる路上の側に有る廃マンション、クレセント・ハイツの上空から、要石に乗った佐藤十兵衛と、その横に浮遊する比那名居天子は、眼下で繰り広げられる魔戦を見守っていた。
但し、十兵衛には何が起きているのか全く理解できていないが。

「どうするの?あれ」

「どうって言われてもなあ……」

十兵衛の基本戦略は情報収集と数の暴力による圧殺。此処で天子を投入するのは十兵衛の本意では無い。
だが、此処でヴァルゼライドを葬れば十兵衛が令呪を独占できる。
優勝を狙うのならば避けては通れぬライドウや、油断も信頼もならない塞といった面子に隠れて切り札を増やせる、というのは魅力的だった。
腕組みして考える十兵衛。
大体、今の処は目の前の相手に集中しているのと、距離を置いている所為で気付かれてはいないが、気付かれたら最後、ヴァルゼライドの放射能熱線で消し飛ばされるのは必至。
少なくとも、自分が安全地帯に移動するまでは何もしないのが賢いのだが、此処で問題になるのが“もし自分が離れて、天子を嗾けた場合。果たして此方の指示を聞くのか”というものだった。
一撃加えて退け。と命じても、無視して戦闘続行しそうな気質をこの少女は有している。

「それにしても、あのバーサーカー。放射能熱線出しまくるわ、あんな傷でも元気に戦うわ。G細胞でも植え込んでるのか?」

無論バイオじゃ無い方の。

「G細胞?」

訪ねてくる天子をスルーして眼下を見る。高い地力と多彩な能力とを持つ銀蝗のセイバーが、ヴァルゼライドを相手に手傷を負わされていた。
此処に十兵衛の肚は決まった。

「セイバー。俺を安全な場所まで運んでから、強烈なのを一発カマシてくれ。狙いはバーサーカーのマスター」

双方が傷付いたのなら得るべきは漁夫の利。強敵を労せず排し、令呪をコッソリ頂こう。

「私達は蛤と鷸を捕らえる漁夫という訳ね。任せなさい、天網恢恢疎にして漏らさず。一網打尽という言葉の意味を教えてあげる」

手に握るは天人にしか扱えぬ緋想の剣。〈新宿〉に顕現した英霊が持つ宝具の中でも上位に入る性質の剣を開帳すると、巨大な要石を造り出し、その上に乗った。

要石
─────* 天 地 開 闢 プ レ ス

直径10m、重量にして100tを超える要石が、地上で対峙する三人に落ち行く様は、まさに争いを止めぬ愚者共に対し、天が下した罰か。
古典文学に詳しい者なら、ジョナサン・スウィフトの小説に登場する、空に浮かぶ国を思い浮かべたかもしれない。
地上の三人が上を見上げたのが同時。
燃え盛る剣を持った男が要石の下から走って逃げようとし。
輝く剣を持った男が両手の光刃を振り上げ。
銀蝗の剣士の姿が描き消える。
そして─────落下した要石が路面を貫き、下水道すら粉砕し、完全に路面に埋まってから、緋想の剣を持った天子がドヤ顔で誰も居なくなった路上へと降り立った。
周囲に有った建造物が、要石の落下の際の激震と路上の陥没に伴い、大きく傾いでいるが気にした風も無い。
その時、天子の遥か上空から銀色の影が極音速すら超えて落下してくる。その様は、人が近い未来に於いて実現するであろう神威の兵器。“神の杖(ロッズ・フロム・ゴッド)”さながらのものだった。

回避も要石を用いた防御も間に合わぬ程に迫った処で、漸く気付いた天子が緋想の剣で銀影を受け止める。
隕石の落下にも匹敵する轟音は、衝撃波と化して周囲の建物を撃ち震わせ、耐えられなかった建物を倒壊させる。


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335流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/02/20(月) 23:06:55 ID:NJSF5ysM0
投下を終了します
続きは近日中に投下します

336名無しさん:2017/02/21(火) 21:48:26 ID:/ZHxzIFY0
投下乙です

>>夢に見たもの
魔界都市勢の強さと凄みの描写が非常に卓越していて、読んでいて余りの表現力の高さに唸らされました
超級の魔人達に目を付けられてしまったタイタスは災難ですが、然し然程不安を感じさせない辺りは流石の始祖帝
どう転んでも只では済まなそうなお話、後編もとても楽しみです

>>波紋戦士暗殺計画・流星 影を切り裂いて
ジョナサンを隙あらば斃したい塞の考えは尤もですが、当のジョナサンのアーチャーにはとんでもない宝具があるのがまた
シャドームーンとヴァルゼライド閣下の戦闘は非常に読み応えがあり、どちらが勝利しても何らおかしなところのない激戦に手に汗握る想いで読み進めていました
此方も此方でとてつもない対決になりそうで、後編を楽しみにしています

337 ◆84KkaZCadA:2017/02/21(火) 21:50:27 ID:/ZHxzIFY0
それと差し障りなければ、遠坂凛&バーサーカー(黒贄礼太郎)を予約させてください

338 ◆84KkaZCadA:2017/02/22(水) 18:34:29 ID:qCpQ9VzI0
投下させて戴きます

339追想のディスペア ◆84KkaZCadA:2017/02/22(水) 18:36:16 ID:qCpQ9VzI0
 地獄だ。これ以上の地獄はないと、遠坂凛は心の底からそう思う。
 体を循環する血液と言う血液が丸ごと溶けた鉛に置き換わってしまったかのように身体はただただ重く、疾走の息継ぎで酷使した喉は乾いて裂けるような痛みを伝えてくる。何か考えなければならないと頭では分かっているが、考えれば考えるほど胸の奥で暴れている心臓が鼓動を強めて凛を追い詰めるのだった。
 人気のない路地裏に入り込み、凛は歩調を緩めてようやっと少し体力を回復する。

 ――兎にも角にも、先ずはこれから何処に向かうかを明確化しなければ。衣服の調達には、一応成功した。外面を取り繕う認識阻害の魔術の恩恵もあって、これで少しは人目に付いても問題なくなる。
 だからと言って、凛は呑気に大手を振って久方振りの娑婆を満喫するような阿呆ではない。そも、新国立競技場のあの惨状を前にしても尚その近辺に留まれる等、とんでもない胆の座りようだ。在り方としては、最早自殺に近い。
 恐ろしい戦いだった。聖杯戦争を侮っていた訳では絶対にないが、それでも、あの戦いは凄まじいの一言に尽きた。
 どこもかしもも神秘で満ちている、神話の大戦めいた光景が彼処にはあった。

 並のサーヴァントであれば最低でも三度は死んでいるような傷を負って尚、知ったことかと暴れ回る黄金の英雄。
 奇矯な歌を響かせて敵の動きを止め、止まっている間に撃ち込むと言う恐るべき戦法を駆使した艦装の少女。
 深淵に繋がる闇の湖面を形成し、激烈なる大戦争を事実上終結させた魔王の如き少年。
 凛が集中して観察していた面子だけでも、これなのだ。にも関わらずあの場には、少なく見積もってもその倍ほどのサーヴァントが揃っていた。セオリー通りの聖杯戦争ではまずお目にかかれない光景だったと言える。虚無の湖面により全員が散開したように思われるが、この近くに残留している者もまだ多く居るだろう。お尋ね者の身としては、そういう意味でもとてもじゃないが長居したいとは思えない。
 ――では、何処へ向かう? それが問題だった。何だかずっと前のことに感じられるが、そもそも自分は漸く見つけた新たな拠点を早々に後にし、新たな"最低限、家の体裁を保った"拠点を探すべく動いていた所だったのだ。其処まで思い返すと、今後の方針は自ずと浮かび上がってくる。

"出来るだけ競技場から距離を取りつつ、新しく拠点に出来そうな場所に当たりを付ける事……ね"

 忌まわしい偽物に罪を被せ、少なくとも聖杯戦争に噛んでいる人間からの関心を反らす目論見は失敗に終わった。凛とて、全部が全部上手く行くと思っていた訳ではないが、彼処まで何もかも上手く行かないと一周回って可笑しくなってくる。凛はあの競技場で無駄な徒労と心労を背負わされただけで、何一つ現状を変える事が出来なかった。貴重な時間と魔力を使って、無駄に疲れに行ったような物だ。
 そう考えると元凶の偽黒贄、ひいてはそれを生み出したステージ襲撃の首謀者に八つ当たりじみた怒りが沸々と湧き上がってくる。お前達さえ居なければと、そう思わずにはいられない。感情の薪を燃やした所でどうにもならないとは分かっていても、割り切れるかどうかはまた別の話である。
 無論、何時までも終わった事を引き摺っていても仕方のない事。失敗は素直に失敗と受け止めた上で、これからその損した分をどうやって挽回していくかが肝要だ。
 其処で凛は、行動の方針を元に戻す事が一番だろうと判断した。触手遣いのマスターとの戦闘もあった以上、何処かで暫く身体を休めつつ魔力の回復に努めたい。その為にも、やはり拠点……最悪そうとまでは行かずとも、人目を凌げ、腰を落ち着けられる場所は確保しておきたかった。

340追想のディスペア ◆84KkaZCadA:2017/02/22(水) 18:37:08 ID:qCpQ9VzI0
「浮かぬ顔ですなあ」
 
 まるで他人事のように、凛から一歩引いた位置で、気怠げな瞳のバーサーカー……黒贄礼太郎がへらへら笑っていた。
 その緊張感も責任感も皆無と言った振る舞いに、凛はもう怒りすら湧いてこない。いや、事実、彼にとっては他人事のような物なのだろう。不死の性質を持ち、聖杯戦争にも凛程の執着はない異端のサーヴァント。規格外の狂化ランクをあてがわれるのも頷ける、狂気の権化。彼にも自分の怒りや焦りを共有して欲しいなどとは、今や凛は全く思っていなかった。それは無駄な事で、疲れるだけだと遅まきながら理解したからである。

「……最低限、気だけは張っておきなさい。それとなるべくなら、私の盾になるような感じで歩いて。もう大分離れたとは思うけど、サーヴァントにしてみればこのくらいの距離、殆ど無いも同然だろうから」

 あの状況で自分達を追い掛けてくる程余裕のある主従が居たかは定かではないが、警戒するに越した事はない。内に居たサーヴァントでなくとも、外で虎視眈々と待ち受けていた輩が居ないとも限らないのだ。黒贄にアサシンの襲撃を予見するなんて働きは期待していないが、正面戦闘と耐久競争に於いてだけは、この狂戦士はまさに天下一品の怪物だ。肉盾として活用すれば、実質絶無に近い消耗で得意の真っ向勝負に持ち込める。
 其処まで考えて、凛は足を一瞬止め、乾いた唇を血が出そうなくらい噛み締めた。
 後ろを歩いていた黒贄の歩みが予期せず追い付いて、彼も足を止める。殺人鬼は今、凛の隣に居た。「どうしたのですかな?」と問い掛けてくる黒贄に、凛は「何でもない」とぶっきらぼうにそう返す。此処で要らぬ追及を掛けてこない、掛けようという気にならない所だけは、今の凛にとっては少しだけ都合が良かった。

"……慣れたわね。色々と"

 遠坂凛と言う魔術師は、超を付けてもいいくらい優秀な人物だ。
 冬木の御三家が一角である遠坂の姓を持つ時点で、家柄が重視される魔術師の世界では誰もが無視出来ない。その上凛は自分の才能に驕って研鑽を怠るでもなく、自分の身に流れる血統に誇りと責任を持ち、より素晴らしい魔術師になるべく前進を続ける模範的な性分の持ち主でもあった。
 異世界の<新宿>で行う聖杯戦争と言う舞台設定には、簡単に慣れる事が出来た。然し彼女は――この街に招かれたマスターの中でも一二を争う位に、兎に角運がなかった。戦力面以外は最悪の一言に尽きる殺人鬼のバーサーカーを引き当てた挙句、何一つ自分の思い通りに行かない。聖杯戦争に於いて忌避される民間への露出と不要な殺戮を、出だしから己のサーヴァントの手で行われてしまった。
 血と臓物の臭いが常に隣り合わせの、想像していたのとは全く別な意味で過酷過ぎる聖杯戦争。
 事実常人なら、最初の大虐殺の時点で精神を病み、首を括っていてもおかしくはないだろう。

 然し遠坂凛は優秀だった。聖杯を獲らねばならないと言う想いも人一倍強く、故にその感情を支柱にして、壊れかけの精神を繋ぎ止める事が出来た。そして、それだけではない。時間は大分掛かったし失敗も山ほどしたが、凛はこの血腥い現状に段々自分が順応し始めているのを感じていた。
 素直に喜べる事では、無いだろう。それは裏を返せば、真っ当な人間の範疇から現在進行系でどんどん逸脱していることの証左に他ならない。魔術師の中には世間一般に人でなしと呼ばれるような人間も決して少なくはないが、それでも黒贄レベルの凶行に及ぶ者はまず居ない。そういう意味では今の凛は、魔術師基準でも"異常"な精神に成長しつつあるのだった。

 ああ、どうしてこんな事になってしまったのだろう。
 忘れもしないあの時――今思えば明らかに曰く付きの代物だった――最上のサファイアに手を掛けさえしなければ、自分はこんな冗談みたいな世界に迷い込むは無かったのだろうか。きっと、そうに違いない。何故なら今も手元にある"これ"はサファイア仕立ての宝石細工等ではなく、契約者の鍵。<新宿>と言うワンダーランドで執り行われる、聖杯戦争と言う名のティーパーティーへの招待状。
 数百万ぽっちでこんな上物を買えるなんてと喜んでいた自分を殴り飛ばし、ありったけのガンドで蜂の巣にしてやりたい。あの時、凛は"買った"のではない。"売った"のだ。たった数百万円ぽっちで、凛は自分の未来を悪魔に売り渡してしまったのだ。契約者の鍵と言う、代金を受け取って。

341追想のディスペア ◆84KkaZCadA:2017/02/22(水) 18:37:56 ID:qCpQ9VzI0


『人殺し!!』

 走馬灯のように、脳裏に甦る声がある。

『あなたのせいで、皆死んだ! あなたさえ来なければ、皆で楽しく、素晴らしくライブが終われた筈なのに!! 辛かったトレーニングが実を結んだんだって笑いあえたのに!!』 

 あの時、凛は違うと言った。事実として、それは正しい。
 悲痛に叫びながら滂沱の涙を流す少女の仲間達を殺したのは黒贄礼太郎を騙った何某かであって、遠坂凛はあの一件に関しては被害者だった。其処については、何の間違いもない。だが、ああ。それがどうしたと言うのだろう。
 本物の黒贄が殺した人間の家族や友人が凛を見たとしても、きっと同じ反応をした筈だ。
 要は橘ありすは、そう言った人達の代弁者でもあった。何十、下手をすれば百にも届くような人間が、この世界の何処かで遠坂凛と言う人間……もとい殺人鬼に対して、彼女と同じ感情を抱いている。母を、父を、姉を、兄を、弟を、妹を、祖父を、祖母を、友を、恩師を、返せと哀しみに震えている。

 
 人間は、人の事を声から忘れていくと言う。
 なのに凛は、あの時の少女の声を今も頭の中で再生する事が出来る。
 それ程までに深く、橘ありすの訴えは凛の心に突き刺さった。返しの付いた針のように、それが抜ける気配もない。
 それが抜けた時が、遠坂凛が完全に戻れなくなる時だ。人倫の外にある、人でなしの精神性を手に入れる時だ。そうはなりたくないと、凛はまだ辛うじてそう思う。
 そんな事を考えながら歩いていると――どん、と何かにぶつかった。

342追想のディスペア ◆84KkaZCadA:2017/02/22(水) 18:39:56 ID:qCpQ9VzI0
「痛ってえな! てめえ、どこ見て歩いてやがんだ!?」

 人だった。ガタイのいい、凛よりも背の高い男。男とは言っても、歳は凛より下だろう。背は高いが、顔立ちと声の調子を聞く感じは、精々中学生くらいと思われる。
 いきなり声を荒げた彼に驚いた様子で、後ろを歩いていた取り巻きらしい少年の一人が彼を止めに掛かった。

「とと、すいません! おい寺坂あ、気持ちは分かるけど誰彼構わず喧嘩売んのは止めろって!!」
「うるっせーぞ村松ゥ! 俺ぁな、今虫の居所が悪いんだよ!!」

 ……凛の抱いたイメージは、"典型的な不良学生"だった。親か、或いは学校か。どちらかは分からないが、今の現状に強い不満なり劣等感なりを抱いているのだろう。そのストレスを不良行為で発散する、テンプレートじみた思春期の子供。それは合っていたが、然し厳密には違っていた。
 彼らは、黒贄の殺戮とはまた別な、<新宿>を襲った災禍に依って友人を奪われた被害者であった。
 時は遡る事数時間前。何ら変哲のない住宅街の一角が、黄金の極光で無惨に焼き尽くされた。犠牲者の数はとんでもない人数に達しており、その中に、少年達がよくつるんでいる友人も含まれていたのだ。正確な安否を確認したくても、爆心地の周辺が警察に封鎖されているからどうにもならない。
 やり場のない怒りと遣る瀬無さを抱えながら当てもなくぶらついている時に、彼らはこうして凛と遭遇するに至ったのだった。認識阻害の魔術が掛かっている為、一目見られただけで素性が割れるような事はない。――ない、が。

「はは、謝る事はありませんよ。どうかお気になさらず」
「いや、ホントすんません! ……って、あれ? アンタ、確か――」

 何か言いかけた、村松と呼ばれた少年の首が、一瞬にして百八十度回転した。
 激昂する事も忘れて、何が何だか分からないと言った顔で、寺坂少年が「あ?」と呟く。次の瞬間には、二人の後ろ側にいた、やはり彼の取り巻きの一人なのだろう少女の頭がスイカのように潰されて、残った少女の首から下がハンマーのようになって寺坂の頭部をやはり果実のように粉砕した。
 此処まで、僅か四秒程だ。凶行を終えた黒贄は血塗れ姿で凛へと振り返り、その顔を見て「むむ?」と呟く。

「おや、ひょっとして拙かったでしょうか? 先程工面してやると言われた分を、今殺させて戴いたのですが」

 遠坂凛には、少年達に警告する事が出来た筈だ。何を言っているのかと言われてでも、逃げろと口にする事が出来た。
 まず人は通らないだろうと思っていた薄暗い路地裏で誰かと遭遇するなんて思わなかった――そうだとしても、やはり警告する事は出来た筈だ。然し凛は、そうしなかった。"殺人鬼・遠坂凛"の動向が早速漏れてしまうのと、少年達の命。それを天秤に掛けた結果、凛は前者の方を重視したのだ。
 此処が人気のない路地裏である事。少年達が少数である事。
 そして――先程競技場で、その場凌ぎの口約束とは言え、黒贄に"後で人命を工面してやる"と発言した事。後々変な場面でその約束を履行されるよりかは、何かと都合が良い今この時に済ませてくれた方が幾らかマシだ。そんな、凡そ真っ当な良心を持つ人間とは思えない考えの下に、凛は三人の中学生を犠牲にしたのだった。

「……行くわよ」

 擦り切れそうな精神を爆速で摩耗させながら、遠坂凛は往く。もう戻れない、"人殺し"の道を、着々と。
 
 その事を、他ならぬ凛当人も実感していた。だって今、中学生達が目の前で殺された時、凛はこう思ったのだ。
 自分の行いを嫌悪するよりも先に。仕方のない事だと自分に言い聞かせるよりも先に。

343追想のディスペア ◆84KkaZCadA:2017/02/22(水) 18:40:18 ID:qCpQ9VzI0



 ――ああ、代えたばかりの服が汚れなくて良かったな……と。



【霞ヶ丘町方面(路地裏)/1日目 午後3:30】

【遠坂凛@Fate/stay night】
[状態]精神的疲労(極大)、肉体的ダメージ(小→中)、魔力消費(中)、疲労(大)、額に傷、絶望(中)
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]いつもの服装(血濡れ)→現在は島村卯月@アイドルマスター シンデレラガールズの学校指定制服を着用しております
[道具]魔力の籠った宝石複数(現在3つ)
[所持金]遠坂邸に置いてきたのでほとんどない
[思考・状況]
基本行動方針:生き延びる
1.バーサーカー(黒贄)になんとか動いてもらう
2.バーサーカー(黒贄)しか頼ることができない
3.聖杯戦争には勝ちたいけど…
4.今は新国立競技場から逃走
5.それと並行して、新たな拠点にも当たりをつけておきたい
[備考]
遠坂凛とセリュー・ユビキタスの討伐クエストを認識しました
豪邸には床が埋め尽くされるほどの数の死体があります
魔力の籠った宝石の多くは豪邸のどこかにしまってあります。
精神が崩壊しかけています(現在聖杯戦争に生き残ると言う気力のみで食いつないでる状態)
英純恋子&アサシン(レイン・ポゥ)の主従を認識しました。
バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)が<新宿>衛生病院で宝具を放った時の轟音を聞きました
今回の聖杯戦争が聖杯ではなく、アカシックレコードに纏わる操作権を求めて争うそれであると理解しました
新国立競技場で新たに、ライダー(大杉栄光)の存在を認知しました。後でバーサーカー(黒贄礼太郎)から詳細に誰がいたか教えられるかもしれません
あかりが触手を操る人物である事を知りました
現在黒贄を連れて新国立競技場から距離を取っています。何処に移動するかは次の書き手様にお任せします


【バーサーカー(黒贄礼太郎)@殺人鬼探偵】
[状態]健康
[装備]『狂気な凶器の箱』
[道具]『狂気な凶器の箱』で出た凶器
[所持金]貧困律でマスターに影響を与える可能性あり
[思考・状況]
基本行動方針:殺人する
1.殺人する
2.聖杯を調査する
3.凛さんを護衛する
4.護衛は苦手なんですが…
5.そそられる方が多いですなぁ
6.幽霊は 本当に 無理なんです
[備考]
不定期に周辺のNPCを殺害してその死体を持って帰ってきてました
アサシン(レイン・ポゥ)をそそる相手と認識しました
百合子(リリス)とルイ・サイファーが人間以外の種族である事を理解しました
現在の死亡回数は『2』です
自身が吹っ飛ばした、美城に変身したアサシン(ベルク・カッツェ)がサーヴァントである事に気付いていません
ライダー(大杉栄光)が未だに幽霊ではないかと思っています

344 ◆84KkaZCadA:2017/02/22(水) 18:40:32 ID:qCpQ9VzI0
投下を終了します

345 ◆TE.qT1WkJA:2017/02/26(日) 22:46:02 ID:aQYdWu.U0
>>294の予約を延長します

346 ◆zzpohGTsas:2017/02/28(火) 04:25:54 ID:Xae50M.k0
>>夢に見たもの
予約した段階で思ったのは、遂に新宿聖杯に参戦している魔界都市シリーズのサーヴァントが全員予約されたか、と言う事。これは期待せざるを得ないでしょう。
そしていざ投下された物を見ると、これまた、大波乱の幕開けを思わせるような素晴らしい前半であったと言う事。
魔界都市勢、もとい菊地秀行御大特有の美貌描写や、ハッタリを効かせた文章の再現度も然る事ながら、しょっぱなから<王>とタイタスと思しき存在の会話を持って来る、
と言うクロスオーバー力には脱帽させて頂きました。再現する事に関しては特に難しい菊地節を此処まで再現されるとは、見事と言う他ない。
そして再現の見事な部分は地の文のみならず、せつらを筆頭とした魔界都市勢の会話文もまた素晴らしい。
>>「そういうお前も、僕より弱くなってるぞ。誰だ、桀王、紂王、幽王の不肖の弟子は?」
魔界都市勢の会話の中でも、これが一番凄い。原作のせつらが言いそうなセリフその物であったので、相当作品を読み込んで来たな……と言う事を窺わせる素晴らしい一文でした。
特に注目していた魔界都市シリーズのキャラクター以外にも、タイタスに匿われ人間である事を止めさせられたロベルタと、彼女を取り巻く境遇の描写も良い。
原作Ruinaにおける事実上のラストダンジョンである地下玄室、その精緻な描写は、原作をよくやり込んだ人間でなければ上手く再現出来ない素晴らしい物。
そして所々に、原作におけるタイタスの一番のシリアスブレイクが見られる小ネタをさりげなく挟むその腕前の方にも、嘆息を隠せません。
後、最近弟が十兵衛君に倒された佐川睦夫くん!! 君は陰陽トーナメントに帰ろう!!
どちらにしても、まだまだキタローとアレフのペアと、高槻君が出ておらず、どのように後編が展開されるのか、予想が出来ません。
非常に面白く、そして後編を期待させるその『引き』や、前述した様々な小ネタや再現困難な作品の地の文・会話文の再現。まことに見事で、美しかったと私は思います。

ご投下、ありがとうございました!!

>>波紋戦士暗殺計画・流星 影を切り裂いて
前者、波紋戦士暗殺計画は、塞の狡猾さも勿論、目的達成の為の様々なフォローの上手さも目立つ話だなぁと思いました。
蹴落とさねばならないライドウや十兵衛の事を意識し、彼らを倒す為の諜報・スカウト活動を行いつつ、運悪く引いてしまったババであるジョナサン主従を、
何とかして脱落させようと策を張り巡らせる様は実に狡猾。だが、ただ脱落させようと厳しい境遇にジョナサンを置かせるだけじゃなく、
彼らに違和感や不利を悟らせ難いやり方は、本当に恐ろしい。今の所塞の意図を読めず、義憤を露にするジョナサンは今の所、塞の望む通りの態度。
今後此処からジョナサンはどのように動き、そして塞の狡知と、北上主従の行く末が非常に気になるお話でした。
そして後半の、流星 影を切り裂いては、ヴァルゼライドとシャドームーンの烈しい戦闘話。先ず思ったのは、こいつ前話でアレだけ消耗しておきながらもう元気に戦うのか……、
と言う恐ろしいまでのヴァルゼライドのポジっぷり。コイツ本当に最初の話以外で戦闘しかしてないな、と言う事を改めて思い知らされました。
あれだけダンテやバージルを筆頭としたサーヴァントにボコボコにされながら、これまた<新宿>でも上位の強さのサーヴァントであるシャドームーンを相手に、
一歩も引かないガチバトルを展開するのは本当に流石総統。ですが、その戦闘描写がこれまた見事。
ヴァルゼライド程ではないにしろ、<新宿>でも戦闘経験を積んで来たシャドームーンと、語るまでもなく戦闘をこれまで一番行って来たヴァルゼライドの戦闘経験のぶつかり合い、
そして互いに『改造人間』の身の上である両名のサーヴァントの凄絶な死闘は、とても激しく、読む側である自分を熱くさせる大変面白い話でした。
そんなまさに「どうオチを付けるのか」と言う程激しい戦いに乱入して来た十兵衛主従。彼らが首を突っ込んだ事で、この話はどう展開されるのか。それが非常に気になりました。

ご投下、ありがとうございました!!

347 ◆zzpohGTsas:2017/02/28(火) 04:26:11 ID:Xae50M.k0
>>追想のディスペア
本編に登場する度に、テンションが沈んでは浮かび、そして上昇分の二倍ぐらいは沈んで行く事に定評のある新宿聖杯における遠坂凛。
そして今回の話でも……全然好転しませんでしたね……。何で状況がよくならないんですかね〜不思議ですねぇ〜(他人事)。
凛ちゃんによる新国立競技場で起こった事の回想ですが、まぁどんなに記憶を巡らせても良い事がなかった事を再認させてくれるお話でした。
他の多くの主従同様骨折り損だっただけでなく、NPCのありすから言われた『人殺し』の罵倒も、心に深い傷を負っていた模様。
あの話を執筆した身としては、ありすのあの台詞を思い出させてくれた事は嬉しい限りで御座います。あのやり取りは少し自信がありましたので。
凛の現状を読みやすく、解りやすい、見事な文章で描写しきっただけでなく、最低最悪のバーサーカーである黒贄が、暗殺教室出典のキャラを殺しても、
服が汚れなくて良かった程度に考えると言うたった一文だけで、精神が悪い方向にタフに成長して行っている事を説明出来ていて非常に良い。
遠坂凛と言うキャラクターの掘り下げが見事に成された、素晴らしいお話であると思いました。

ご投下、ありがとうございました!!

348 ◆TE.qT1WkJA:2017/03/05(日) 21:42:50 ID:jlN3P.as0
申し訳ありません、予約期限を超過していますが、>>94の予約を破棄します
ある程度進んではいますので、近日中にゲリラ投下という形で投下できると思います
予約したい方はご自由にどうぞ

349流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/03/07(火) 22:10:14 ID:Ef0xKzCs0
予約期間超過してしまった上に、途中ですが投下します。
次で終わりますんで許してください。お願いします

350流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/03/07(火) 22:11:00 ID:Ef0xKzCs0
カシャン。という音と共に大地を踏みしめるシャドームーン。先刻までの戦意は消え失せ、凄まじい怒気を宿して、天子が立っていた場所に穿たれた大穴を睨め付けた。

「絶えて滅びよ、道化」

忌々しげに呟くと、念動力で天子を穴の底から引き摺り出した。
右の拳を真直ぐに引く、エルボートリガーを作動させることなどしない。
RXとの再戦の為の儀式、己がRX前に立つ為に避けては通れぬ相手との一戦に、巫山戯た乱入をしてきた女に、シャドームーンは激怒していた。
この怒りは乱入者を、死ぬまで殴って殺しでもしなければ晴れはしない。
穿たれた穴の底から天子がゆっくりと引き上げられてくる。
見る者が居れば、シャドームーンの風貌も合間って、宙に釣り上げられた天子は魔神に捧げられた美しい贄を思わせたに違いない。
その眼に烈しい戦意を湛え、身体の周囲に要石を旋回させていなければ。

「今のは…大分痛かったんだから!!」

─────要石 カナメファンネル

天子の怒りの声と共に、天子に周囲を旋回していた要石がシャドームーン目掛けて猛進。シャドーセイバーを振るっての迎撃を嘲笑うが如く展開し、シャドームーンを包囲すると、凄まじい勢いで光弾を射出し始めた。

「ヌゥオオオオオオオ!!!」

全方位からの弾幕を浴び、全身に火花を散らせて怒声を上げるシャドームーン。然し、直線上に位置する天子とシャドームーンで射線が重なる為に、真後ろにだけ要石が配置されていない事を即座に看破、スティンガーを模した動きで一気に天子との距離を詰める。
前方に突き進むことで弾幕から逃れ、天子との距離を詰める。この二つの行為を一つの動作で行う動き。
今だシャドームーンの念動力に捉われた天子にこの攻撃を防ぐことも躱すことも叶いはしない。

351流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/03/07(火) 22:12:08 ID:Ef0xKzCs0
「ゴフッ!?」

胸に撃ち込まれる拳の一撃、エルボートリガーもシャドーセイバーを用いなかったのは、やはり怒りの所為だった。
更に振るわれる拳の連打。肝臓、胃、鳩尾、心臓、喉、と急所に連続で撃ち込んで天子に苦鳴を吐かせ続け、最後に大きく右拳を弓引いた。
弓引いた右の拳に赤熱の魔力を纏わす、放つは必殺のシャドーパンチ。頑強な肉体を持つ天人といえども、この一撃を受ければ頭が砕けて死に至る。
拳が放たれようとした時、攻撃に間が生じた機を逃さず、天子がカナメファンネルを再度操り、シャドームーンの背中に連続して要石を直接叩き込む。
シャドームーンの背中に連続して火花が散り、よろめいたシャドームーンに今度は正面からありったけの魔力弾とレーザーを射出。
シャドームーンの姿が火花の向こうに消える程の弾幕を生成し、シャドームーンを後退させる。
此処で念動力による拘束が緩んだ事を認識した天子は、全力で拘束を振り切り大きく空中へ飛翔。30m程の処に浮遊すると、再度カナメファンネルを展開し、
自身の放つ魔力弾、レーザー、要石及び、カナメファンネルの魔力弾で濃密な弾幕を形成した。
幻想郷の弾幕ごっこだと反則必至の隙間の無い魔力弾とレーザーの嵐。
回避など出来よう筈も無く、防いだ処で雨霰と降り注ぐ攻撃に削り潰される。手数と威力に物を言わせた弾雨を、念動力の壁で防ぐシャドームーンの周囲が、陽炎のように揺らめいて無数の剣が形作られていく、その全ての切っ先は、シャドームーンの殺意を示すが如く天子の方に向いている。
念動力の壁が凄まじい勢いで削られている事を全く意に介さないシャドームーン、
シャドームーンの緑色の複眼が禍々しい光を放つと、一つ一つが膨大な魔力で形成された、無数の刃が天子めがけて殺到する。
天子の弾幕が雨ならば、此方はさしずめ剣の嵐。雨を蹴散らし呑み込んで、雨の元たる不良天人を斬り刻み、肉体を塵と散らして弾雨を止めんと宙を舞う。
並のサーヴァントならば、死命を制されていただろうが、そこは弾幕の撃ち合いには慣れっこの幻想郷の住民である比那名居天子、飛来する剣を回避し、カナメファンネルをぶつけて防ぎ、緋想の剣で薙ぎ払う。
顔面目掛けて飛んできた最後の一本を回避したのを最後に、撃ち止めになった事を認識し、防御の為に使い潰したカナメファンネルを再形成したその時、
背中側に在ったカナメファンネルが突如として砕け、反射的に身を捻った刹那、首筋を掠めて、さっき躱したばかりの剣が通過、処女雪の様な白い肌から紅い血の珠が飛散した。
シャドームーンは最後に放った剣に念動力を纏わせ、天使に回避された剣の向きを変えて、背後から襲わせたのだった。
天子がこの攻撃を凌いだのは、幻想郷での弾幕ごっこでは、躱した後背後から飛んでくるという攻撃はさほど珍しく無いからだが、
それにも関わらず刹那の差で致命傷を負わせる攻撃を行ったシャドームーンの技の冴えよ。
差し伸べられた右手に自然に収まった長剣、シャドーセイバーを構えて空中の天子を睨みあげるシャドームーン。
緋想の剣を手に、身体の周囲に要石を旋回させ、地上のシャドームーンを睨みつける天子。
天子が再び弾幕を放とうとし。
シャドームーンの周囲に陽炎が生じたその時。
要石の埋まった場所から、彼らのいる方向へと向かって、直線距離にして数百mの距離に渡って地面が爆砕、その先の1km近くが煮えたぎる灼熱の溶岩と化した。


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352流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/03/07(火) 22:12:36 ID:Ef0xKzCs0
要石を壁にして、噴き上がる土煙と瓦礫を避けながら天子は見た。地面に埋まった要石の頂点部分が閃光を放つのを。
光の柱が天地を繋ぎ、要石が内部からの光圧に耐えかねたかの様に千々に砕けて四散する。
その様は地中深くに封じられていた破壊神が、封を破って地上に躍り出ようとする瞬間に天子には見えた。
果たして閃光に灼けて眩む天子の視界の中を舞ったのは、黄金の英雄クリストファー・ヴァルゼライド。遍く邪悪を憎んで許さず撃滅する英雄だった。

「嘘でしょ………」

最早天子はヴァルゼライドが人類種とは信じられなくなってきた。幾ら常識に囚われてはいけない幻想郷の住人でも限度という物が有る。

無論、ヴァルゼライドが健在なのには種が有る。ヴァルゼライドとてあんな巨岩に潰されれば死ぬ。
岩が直撃する寸前に振り上げた双刀に纏わせた黄金光の熱で、要石の自身と接触する部分を蒸発させ、砕けた路面と共に地下へと落下。
その場でガンマレイを放ち、地下からの一撃で乱入者諸共シャドームーンを消し飛ばそうと目論んだのだ。
その目論見は一応の成果を見せ、シャドームーンをこの場より消し去った。
だが、その代償は果たして成果に応じたものか?もとより満身創痍の上に、シャドームーンの猛攻に晒されたヴァルゼライドの身体は、最早死に体というものを通り越し、生きて─────現界を保てる事自体が理不尽な程の傷を負っていたのだ。
そこへ更に岩盤が蒸発したことによる、溶岩など比較にならない高熱のガスに身を浸していたのだ。ヴァルゼライドは人の英霊だ、吸血鬼でも蓬莱人でも無い、
にも関わらず五体が─────酷く傷付いているとはいえ存在し、動けること自体が異常此の上無いのだ。
ヴァルゼライドを見る天子の眼は、真性の怪物を見るそれだった。妖怪や神が其処いらで酒盛りしている幻想郷でも、天子が此の様な目で他者を見たことなどはない。

「あの銀のセイバーは消えたか、残るはお前だ。俺の願いの為、永遠の人理の繁栄の為に此処でその命を終えてもらう」

黄金光を纏わせた双刀を構えるヴァルゼライド。確かにダメージは受けている。傷の痛みと体機能の損傷はヴァルゼライドを苛んでいる。
それでもこの英雄は止まらない。有限の魔力体力では無く、無尽蔵の気合と根性で、壊れた/壊れつつある身体を支え、天子を斬ろうと動き出す。

「貴方はさっき“全ての悪の敵となり、全ての『善』と全ての『中庸』から『悪』を遠ざけ、彼方にて悪を断罪し続ける裁断者となる”そう言ったわね。
過ぎたるは猶及ばざるが如し、薬も過ぎれば毒となる。この世が病人だとするならば、貴方は過ぎた薬で、そして悪だわ。病魔を絶やしても病人を死なせる薬なんて意味が無い」

対する天子も緋想の剣を構え、身体の周囲にカナメファンネルを旋回させる。
新国立競技場でのヴァルゼライドの雷声は、
遮蔽物が無いというのもあるだろうが、かなり離れて見ていた天子の耳にも届く大音声だった。
そのヴァルゼライドの宣言に嘘偽りが無い本心からの言葉であることは天子にも理解できる。
そしてその在り方が有害極まりないことも、戦い方を見ていれば理解できる。

「だろうな。確かに俺はこの世界にとっては毒だろう。だが、毒であるからこそ病魔を駆逐する事が出来る。毒である俺が此の身を処するのは、全ての病魔を駆逐した後の事だ」

天子の言葉に返し終えた時には、既に双刀は黄金光に激しく鮮烈に輝いている。
ヴァルぜライドは天子の言葉が正しいと理解している。だがそれでも英雄は止まらない。只真っ直ぐに征き、そして理想成就という勝利を得て死ぬのみだ。
その決意と想いを刃に乗せ、クリストファー・ヴァルゼライドは比那名居天子を屠るべく動き出した。
方や地を操り天に住まう少女。
方や地に生き天罰の具現とも言うべき黄金光を放つ英雄。
生きる場所も、使うものも対照たる二人は、今天地に分かれて争覇する


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353流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/03/07(火) 22:13:13 ID:Ef0xKzCs0
天に浮かんで、地に聳え立つヴァルゼライドと対峙した天子は迷うこと無く地に降りようとした。
亜光速のガンマレイはその速度故に発動モーションを見て、放たれるより前に回避するしか無いが、飛翔速度が其れ程速くはない天子では、回避しきれ無い可能性が高いのだ。
防ぐことなど無論出来ず、回避も宙にあっては難しいとあれば、地に降りるのは理の当然。飛翔したままで、ヴァルゼライドの剣技を封じるという利点より、不利の方が大き過ぎる。
天子の動きにヴァルゼライドは、右手に握った星辰光の発動媒体であるアダマンタイト製の刀を振るう。
ヴァルゼライドの動きに、ガンマレイの発動を予感した天子は即座にカナメファンネルから光弾を射出しつつ、要石を蹴り抜き横っ飛びに移動。死光の射線上から身を避ける。
だが、そんな事はお見通しだとばかりのヴァルゼライドの一手。右は陽動、本命の左が、バージルの次元斬を模したガンマレイを発動する。
偽攻に釣られた天子に回避する術は無く、如何に頑強な天人の肉体といえども、極熱の放射能光を直接身に刻まれれば絶命するより他にない。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!?」

天子が助かったのは、放ったカナメファンネルの一弾が偶然ヴァルぜライドの左腕を直撃。技の威力を鈍らせ、狙いを狂わせた為だった。
それでも右足を掠めた死光に、まともに声も出せずに苦悶し、地へと落ちていく。
天から落ちた天人は、只人にすら組み伏せられるのは各地に残る伝説が語る通りだ。
ましてや天子を地に引き摺り下ろしたのは、人類種に於ける最大の異常者(えいゆう)クリストファー・ヴァルゼライド、比那名居天子の命運は此処に窮まる─────事は無かった。

─────気符 無念無想の境地。

如何なる攻撃を受けても怯まず退かぬ天子の闘法。一説によれば“只気合と根性で耐えているだけ”とされるだけの代物であるが─────鬼の猛打にすら引かずに制圧前進出来る頑強さをこの少女の華奢な身体は有している。
つまりは、比那名居天子は、死光の直撃を受けたのならば兎も角、光条が足を掠めた程度では倒れ伏すことも止まることもないのだ。

天に留まった天人は、その人という種とは比べられぬ程の頑強さを以って黄金の死光に耐え、大地を両の足で踏みしめて、殺到してくるヴァルぜライドを迎え撃つ。

「人間五十年。下天の内を比べれば、夢幻の如くなり。私(天人)から見れば一瞬にも満たない生で、幾ら功を積み上げても、天には届か無いと知りなさい!!」

緋想の剣を青眼に構えて天子が啖呵を切る。

「笑止。人が武技を研鑽し積み上げてきた歳月は、猿人同士が殺しあった時から始まっているッッ!!貴様がどれほどの生を生きたかは知らぬが、人という種を甘く見るなッッ!」

言葉とともに繰り出される黄金剣を、天子は橙色に燃え盛る剣で受ける。

「そっちこそ!種の違いを知りなさい!!」

354流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/03/07(火) 22:13:41 ID:Ef0xKzCs0
緋想の剣で斬り返す。ヴァルゼライドは左手の刀で受け、天子の首目掛けて右の刀で刺突を放つ。
上体を横に振って躱した天子に、繰り出した刀を横薙ぎに振って追撃。膝を曲げて屈んだ天子が地に緋想の剣を突き立て、ヴァルゼライドの足元から要石を出現させる。
当たれば腰から下が骨と血の混じった肉塊と化した奇襲を、ヴァルゼライドは跳躍することで回避、追う様に下から迫る要石を更に蹴って飛翔。上方から天子目掛けて襲い掛かる。
天子は咄嗟にレーザーを数条放ち、ヴァルゼライドの身体を穿つが、頭部だけを護って突っ込んだヴァルゼライドは天子の脳天目掛けて、太陽の如き輝きを放つ刃を振り下ろす。
受け止めた天子の足元の路面が、割れ砕けて大きく陥没する程の一撃。

「鬼並みじゃない!!?」

シャドームーンと交えていた時よりも、上昇しているヴァルゼライドの膂力に驚愕する天子だが、そんな呑気な事をしている暇は無いと、刹那にも満たぬ後に思い知る。

頭頂から股間まで両断し、踏みしめている地殻ごと打ち砕かんと振り下ろされる上段からの斬撃。
胸を貫く─────どころか当たった部位を中心に、肉が骨が吹き飛んで大穴が開きそうな突き。
万年の大樹の幹を枯れ枝の様に撃砕する剣威の薙ぎ払い。
それら全ての動き一つ一つが複数の変化を秘め、全ての動きは自然に繋がり、淀みない連続技─────どころかたった一つの動作にを緩慢に行っている様に見える程に超高水準に連結された動き、双刀を存分に駆使したこの剣嵐を、要石を併用しているとはいえ、殆んどを只一振りの剣で支える天子の身体能力こそ讃えられるべきだろう。
それでも、服の各所に焦げ目が生じているのは、凌ぎきれずにグレイズしている為だった。
そんな窮状にありながらも、天子あ半歩も下がってはいない。両足は同じ場所を踏みしめたままヴァルゼライドの猛威を耐えしのいでいる。
其れは天人としての意地か、下がらずに耐えれば即座に反撃に移れるという計算か。
それも有るが、やはり死光の掠めた右足の損傷が無視できず、この猛撃のさなかに僅かでも下がればそのまま押し潰されると理解している為だ。
受け、弾き、捌き、躱し、その合間を縫ってレーザーや要石で応戦するも、悉く黄金に燃え盛る双刀に阻まれ、当たっても英雄の勢威を微塵も揺るがせることもできはしない。
誰の眼から見ても劣勢─────どころか敗勢にある天子だが、その眼に宿した戦意に僅かの曇りも無い。
裂帛の気勢と共に振り降ろされた黄金剣を緋想の剣で受け流す。天子の足元がひび割れる。
喉笛を貫き、剣勢で首を宙へと飛ばす程の突きを、緋想の剣を横からぶつけて逸らす。天子の足が砕けた路面に僅かに沈む。
壮絶無比の剣撃が伝える衝撃は、天子の身体を伝わり、元々傷んでいた路面を更に破壊していく。
そして遂に放たれる、受けた剣ごと両断し、剣が持っても剣を支える腕が撃砕される剣威の真っ向上段からの斬撃。
此れを天子はヴァルゼライドの刀を握る右手に要石を連続してぶつけることで対抗。刀こそ手放さぬものの。流石に威力を減じた斬撃を受け止める。
同時、形容し難い音とともに天子の足元の路面が砕け足首までが地に埋まった。
同時に繰り出される首を狙った左の横一文字。天子の首を斬り飛ばす処か微塵と砕く威力を乗せた刃が、音を遥かに超えた速度で迫る。
死地に落ちた天子にこの絶殺の斬撃を躱す術無し、受けたところで押し切られて首が飛ぶ。
此処に比那名居天子は〈新宿〉の聖杯戦争に於ける最初の脱落者に─────なりはしなかった。

355流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/03/07(火) 22:14:20 ID:Ef0xKzCs0
空間をすら断裂する勢いで黄金に輝く刃が虚空を薙いだ時、天子の頭はヴァルゼライドの膝より低い位置に在った。
自分の踏んで居る場所が砕けつつあるの当にを感知していた天子は、路面が砕けて身体が沈んだと同時に膝を曲げ、上体を地面に伏せて、ヴァルゼライドの刃を躱してのけたのだ。
傍目から見れば敗北のベスト・オブ・ベストにしか見えない姿勢だが、そんな姿勢をこの気位の高い少女がするはずも無く。

─────ッッ!?

ヴァルゼライドの剣舞が極小の間、静止する。ヴァルゼライドは人の子の英雄、条理を逸脱した精神を持とうとも、その肉体構造は人のそれと同じ。
人の剣術が威を発揮するのは、相手の身体の高さが膝の辺りにあるまで、それより低い相手には、常の姿勢では刃は届かぬ。
この機を狙っていた天子が地に突き立てた緋想の剣を振り上げる。ヴァルゼライドの左の刀は振り切ったばかり、右の刀もこの下からの猛襲を防ぐには遠い。
古流剣術の奥伝にも似たこの動きは、ヴァルゼライド程の剣士をして剣舞を止め、退かせた。
咄嗟に後方に跳躍して躱したヴァルゼライドに、構え直した天子が、脚を叱咤して前方に跳躍し、真っ向上段から緋想の剣を振り下ろす。
此れに対しヴァルゼライドも猛然と右の刀を振るい、自身目掛けて振るわれる緋想の剣の切っ先目掛けて刃を振り下ろす。
振り下ろされた刀の加えた力により、緋想の剣は更に勢いを増すが、僅かに方向を狂わされ虚しく地面を穿つ。
緋想の剣を撃ち落としたヴァルゼライドの刀は、そのままの勢いで天子の頭を割りにいく。
攻防一体のこの動きは、ヴァルゼライドのいた世界では消滅した/今ヴァルゼライドの居る地─────日本に伝わる剣術で言うところの“切り落とし”と同じ技だった。。
思い切り天子が仰け反った為に、刃は被った帽子の鐔を割っただけに留まった。
ヴァルゼライドが後方に飛んで居る最中でなければ、天子の頭は両断されていただろう。
着地し、天子が放った要石を双刀で捌きながら、更に後ろに飛んだヴァルゼライドが、刀を握った両手を後ろに回す。
双刀から放たれるガンマレイ、斜め後方に放たれた黄金光が路面を穿ち、巨大な爆発を起こす。
そしてヴァルゼライドは超音速の爆風を背に受けると同時に地を蹴り、音を遥かに超える速さで天子目掛けて突貫した。
驚愕に天子の眼が見開かれる、こんな方法で加速するなど思いもよらぬ。背中に刺さった複数の石塊など知らぬとばかりに双刀を振りかざすその姿は、鬼神も三舎を避けるだろう。
咄嗟に天子は地に刺さったままの緋想の剣に魔力を注ぎ、足元の地面を隆起させ己の身体を上昇させる。
そのまま突っ込んだヴァルゼライドが黄金に輝く双刀を振り抜く、隆起した石柱に刀身が接触した刹那、常軌を逸した剣勢で石柱が爆散した。
石柱の内部に予め爆弾が仕込まれていて、それが爆発したのだと言われても納得いく爆発。石柱の上に乗っていた天子の身体が宙に放り出される。
間髪入れず放たれるガンマレイ、しかし、ヴァルゼライドがガンマレイを放つモーションに入るより早く、ヴァルゼライドの足元に撃ち込まれた要石と魔力弾が、ヴァルゼライドの足元を崩していた為、虚しく宙を彩るに留まった。
天子が空中で弾幕を形成し、ヴァルゼライドの両脚を狙って光弾を猛射、ヴァルゼライドに防御に務めさせて、その隙に着地を決める。
地に降り立ったと同時に、緋想の剣を地に突き立てると、己の足元から斜め三十度の角度で地面を勢い良く隆起させ、
先のヴァルゼライドの模倣を行い、その隆起をカタパルト代わりにして勢いをつけ、ヴァルゼライド目掛けて突撃する。


「ええええええええいッッ!!!」

「オオオオオオオオオッッ!!!」

叫喚して突っ込む天人に、英雄は双刀を振り上げ真っ向から迎撃。
三つの刃が両者の間で交差した。
刃と刃が激突した音が衝撃波と化して宙を伝わり、天子の突撃の威力が地面に激震として伝わり、砂塵はおろか周囲の瓦礫すら舞い上げる。
拮抗する両者が鍔競り合う最中、先刻放たれたガンマレイで、マグマと化して煮え滾っていた路面が盛り上がり、灼熱の波濤と化して二人の頭上から落ちてきた。


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356流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/03/07(火) 22:14:50 ID:Ef0xKzCs0
ヴァルゼライドの放ったガンマレイの爆発で飛ばされ、マグマと化した一帯に墜落したシャドームーンは、念動力を身体の周囲に展開し、自身の周りにマグマを寄せ付けず。
更にシルバーガードの防御力を併せる事で、マグマの中に潜伏。マイティアイを用いてザ・ヒーローの居場所を探っていたのだった。
結果、ザ・ヒーローは、乱入してきた女のマスターを求めて離れた場所に居る事を把握。此れでヴァルゼライドのマスターを巻き込む心配は無い。

シャドームーンは神経が繋がっているかどうか確かめる様に、左手の手指を開閉させる。
数万年の歴史を持つゴルゴムの科学力の結晶たるシャドームーンである、活火山の火口に放り込まれたのならいざ知らず、高熱で溶けたアスファルト程度では小揺るぎもしない。
気になるのはヴァルゼライドの一刀を受けた左腕。ヴァルゼライドの死光は高濃度の放射能を帯びているということは、ルーラーからの通達と、マイティアイでの観察で理解しているが、
それだけでは無い何かを、あの死光は帯びている様だった。でなければ、キングストーンの力を用いているのに、傷は治らず兎も角痛みが引かぬということがあり得ない。

─────其れでも関係ない。

動けば良いのだ。クリストファー・ヴァルゼライドはあれだけの損傷を負って、尚も烈しく戦い抜いたのだ。
比べれば、この程度は傷とも呼べぬ。

シャドームーンはキングストーンの生成する膨大な魔力を用いて、マグマを束ね、津波として、合い戦う天子とヴァルゼライドの頭上から落としたのだった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


突如として起きた灼熱の津波に、二人が愕然としたのも束の間。意識が他を向いた隙に、十数発の魔力弾を放ちながら天子が大きく後ろに飛ぶ。
ヴァルゼライドの両脚と左右に放たれた魔力弾は、脚を撃って脱出を阻む狙いと、左右に回避する余地を潰す意図の元放たれている。
此れに対しヴァルゼライドはガンマレイを応射。魔力弾諸共天子を消し飛ばそうとするが、予め読んでいた天子は再度足元の地面を隆起させて踏み台とし、上空へと自身の身体を打ち上げていた。
いよいよ降りかかってくる灼熱の波濤を迎え撃つべく、ヴァルゼライドが双刀を振り上げ、ガンマレイを放とうとしたその時、
ヴァルゼライドの背後から飛来したカナメファンネルが背中を直撃。動きが止まった刹那を逃さず、緋想の剣気が直撃する。
そして─────英雄の姿は滾り落ちるマグマの中にに消えた。

「まだだっ!」

燃え盛る溶岩の中、より熾烈に、より鮮烈に煌めく黄金光が天地を繋ぐ。
天より神が降臨したと言われて、聞いた者全てが納得しそうな光景を現出せしめたのはクリストファー・ヴァルゼライドに他ならない。
灼熱の溶岩を浴びながらも、振り上げた双刀からガンマレイを放ち、溶岩を蒸発させてしまったのだ。

この光景を上空から呆然と見やる天子。幾ら常識に囚われてはいけない幻想郷の住人でも限度という物が有る。
天子が動けずにいる間に、ヴァルゼライドが灼熱地獄と化した、陽炎揺らめく路上で双刀を動かす。
左の刀の切っ先は天子の方を。
右の刀の切っ先は津波が到来した方を。
放たれる二条のガンマレイ。切っ先が此方を向きだした瞬間に回避を始めていた天子は何とか回避に成功する。
右の刀から放たれたガンマレイは、空間そのものが揺らいでいるとしか見えない程に烈しく空気が揺らめく方へと放たれ、過ぎ去った。

357流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/03/07(火) 22:17:03 ID:Ef0xKzCs0
──────────!?

何かを感じた二人が頭上を仰ぎ見る。銀色の影が上空に浮遊する天子の更に上空に現れる。二人が構えた時、シャドームーンは既に攻撃を終えていた。
爆発音としか聞こえない轟音。シャドームーンが念動力で天子を叩き落としたのだ。
地面に種蒔いたら生えてくる戦闘員に自爆されたZ戦士そっくりなポーズで、天子の身体が路面にめり込む。その上から砕けたカナメファンネルの残骸が降り注いだ。

「ぐうう……」

流石に動く事も出来ずに呻くだけの天子目掛けて、止めを刺すべく空中からシャドームーンが膝を落とす。
レッグトリガーを最大限に稼働させたニードロップは、当たれば天子の背骨を粉砕し、九穴から赤黒い肉塊を噴出させて絶命させた事だろう。
だが、膝が触れる直前でシャドームーンの姿は掻き消え、俯せに伏したままの天子の身体が地に埋没する。
刹那の間も置かず、天子の倒れていた辺りを閃光が走り抜けた。


ガンマレイを放ったヴァルゼライドは双刀を持った両腕を真っ直ぐ伸ばして回転。自身の周囲を黄金光の幕で覆う。
シャドームーンが天子に止めを刺しに行ったのを、己の攻撃を誘う為と、己に天子を始末させる為の、二つの目的を持った行為と理解した上でのガンマレイ。
二人纏めて屠るつもり─────少なくとも天子は葬れると踏んだのだが、両者共にガンマレイを回避、ヴァルゼライドはこの結果にも動じず、シャドームーンの猛襲に備えて動く。
果たして、ヴァルゼライドが展開した防御幕に、全方位からシャドームーンが形成した武具が激突し、激しい爆発を起こす。
ここでヴァルゼライドは直感に任せてガンマレイを発射。確かにガンマレイはシャドームーンのいた位置を通り抜けるも、シャドームーンは捉えられず。
此れも又予測の内。右の刀を納刀し、左の刀を振り上げ垂直に放つ黄金光。同時に膝を地につけて屈み込む。
果たして黄金光は再度シャドームーンを捉えられず。ヴァルゼライドが屈むと同時にその背後に出現したシャドームーンが、真紅の長剣を振るうも虚しく虚空を裂いたのみ。
不意に居る筈の標的を見失い、シャドームーン程の大戦士が、刹那の間にも満たぬ間動きを止める。
先刻の天子が、ヴァルゼライドの剣舞を凌いで反撃した時と同じ状況だとは、シャドームーンは知らぬ。
此処に来て更に冴え渡るクリストファー・ヴァルゼライドの感覚は、シャドームーンの出現と同時に身体を動かし、神速という言葉ですら猶遠い抜刀でシャドームーンに斬り掛かる。

358流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/03/07(火) 22:17:39 ID:Ef0xKzCs0
シャドームーンはこの攻勢に、素早く思考を巡らせる。
空間転移─────即座に使うことは出来ない。
魔力を脚に纏わせ敢えて受ける─────否。今からでは間に合わぬ。脚を斬り飛ばされる。
後ろに飛ぶ─────否。あの虚空に光条を刻む技を仕込んでいるかもしれない。
であれば残るは─────。
サイドステップして回避─────ヴァルゼライドの斬速の方が遥かに速い。
残るは─────上。
シャドームーンは跳躍し、ヴァルゼライドの斬撃を回避する。
しかし、此処で更にヴァルゼライドは加速。左腰の刀を抜刀して水平に薙ぐ右腕のベクトルを強引に変換。真っ向上段からの縦の斬撃に変えてシャドームーンを猛襲する。
もとよりこの局面、上方にしか脱げ場が無い。故にシャドームーンの読むことは容易いが、その動きへの対応が尋常では無かった。
強引極まりない変化に筋肉が裂け、骨が軋むがそんな事には構いはしない。
この鬼神でも予測不可能な奇襲を、シャドームーンは咄嗟にシャドーセイバーで防ぐ。
天を圧する巨人が、大鉄槌で山を砕いたかの様な衝撃と轟音。双方の刃が半ばからへし折れ宙を舞う。
シャドームーンは極音速で飛ばされ、ヴァルゼライドが空に刻んでいた黄金の残痕に背中から突っ込んだ。
間髪入れずに放たれるガンマレイ。遍く悪を許さず滅ぼす黄金光がゴルゴムの世紀王、反英霊シャドームーンを討ち滅ぼす。
シャドームーンはヴァルゼライドの奇襲を受けた時、背中に魔力を集めて防御する事をしなかった。
そんな事に魔力を使うよりも、シャドーチャージャーに魔力を集める事を選んだのだ。
一日で二人の相手にこの宝具を使う事になるとはシャドームーンも思ってはいなかったが、読み合いに負けて王手詰み(チェックメイト)になった時点で切り札を切るしか無いと確信。
窮まった盤上を覆すには、最早盤面そのものを引っくり返すより他に無し。

「シャドーフラッシュ!!」

ヴァルゼライドが黄金光を放つと同時、シャドーチャージャーも緑色の光を放つ。
黄金光が緑色の光に呑まれる様に掻き消えたその時、シャドームーンはヴァルゼライド目掛けて躍り掛かっていた。
左へと─────ヴァルゼライドから見て右へと回り込み、再び形成したシャドーセイバーによる、ヴァルゼライドを縦に両断し地面にまで切っ先を食い込ませる振り下ろし。
ヴァルゼライドは必殺の一撃が霧散して、意識に空白が生じているが、そんなものが致命となる程この英雄は柔ではない。
そこで折れた刀を持つ手の方から仕掛ける。右の折れた刀では満足に防御が行えない。それはシャドームーンは知らぬが、ルーラーとの一戦でも明らかだ。
だが─────真紅の刃は半ばから折れた刀に止められていた。
激しく動揺しながらも繰り出す四撃、その全てが折れた刀で防がれる。反撃として放たれたライフル弾を超える速度のヴァルゼライドの突きを、左手の短剣で受け止める。
立て続けに繰り出される八連撃、悉くを短剣で捌いて首を狙っての刺突を返す、右の折れた刀で跳ね上げられ、空いた胸元に左の突き、
跳ね上げられた勢いを利用して後ろに飛び、右にサイドステップ。十数条の光条が虚空に刻まれる。
両者は5mの距離を置いて静止した。
シャドームーンは内心大いに驚愕していた。まさかこの極小の間に、己の剣技すら習得してのけるとは、やはりこの男は強い。それもスペックなどでは無く、人として純粋に強い。
まるで“あの男”の様に。身体を改造されても、人では無い身体となっても、人の心を失わず、人として戦い抜いた“あの男”の様に強い。

─────矢張りこの男を越えねばRXは見えてこない。

そう、確信したシャドームーンは静かに一歩を踏み出す。

359流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/03/07(火) 22:18:24 ID:Ef0xKzCs0
ヴァルゼライドは内心大いに驚愕していた。まさか己の星辰光が幻の様に消えるとは。
あれこそがこのセイバーの宝具なのだろう。宝具を抜いてさえ尋常では無い程の強さ、それがあの様な超常の宝具を用いだしたとなれば、魔星全てを同時に相手取って勝ちを収めるのではあるまいか?
今日戦った者達は、皆超絶の強さを異能を持つ者達。此の男は彼等と比べても遜色無いどころか上位に入る。

だが、それでも─────。

「“勝つ”のは俺だ」

そう口にして一歩を踏み出す。
進んだ距離は同じ、振り下ろす刃の速度も同じ、二つの刃が交わる─────。
その刹那、二人を中心に地面が急激に隆起する。
見る者が居れば、二人の発する圧で、二人の間の地面が押し上げられたと取るだろう。
この現象により、後方に崩れた姿勢を立て直そうとしていたヴァルゼライドが、不意にトンボを切って後方に飛ぶ。
同時に地面を突き破り、緋想の剣を肩に担いだ天子が飛び出して来た。
シャドームーンに叩き落とされ、ヴァルゼライドの死光を躱す為に地に潜った天子は、下水道を通って二人の下に移動、
『大地を操る程度の能力』を用いて二人の間の地面を隆起させ、隙を作らせた上で強襲したのだ
身体を真っ直ぐ伸ばし、頭からヴァルゼライド目掛けて飛翔する。天人の頑丈さを活かしたこの猛襲。直撃すればヴァルゼライドの背骨と臓腑が砕けたろうが、
天子が飛び出すと同時に回避行動に移っていたヴァルゼライドには当たらない。
だが、天子とてそれでも終わる攻撃をする様な甘いサーヴァントでは無い。自身の上方で背を晒すヴァルゼライドに担いだ緋想の剣を振るう。
緋想がヴァルゼライドの身体を背骨に沿って斬り裂く、全身を大きく震わながらも着地を決めるが、ダメージが大きすぎるのかそのまま蹲ってしまう。
好機とばかりに天子が突っ掛けるが─────。

「まだだっ!!」

裂帛の気勢を挙げ、立ち上がったヴァルゼライドが、凄まじい速度で左の無事な刀を振るう。明らかに速過ぎる、天子の服に切っ先がかする事も無く過ぎ去る攻勢。
天子の全身に走る衝撃。石壁に全力疾走してぶつかった様な痛みと衝撃を受けて後方に飛ばされる。
ヴァルゼライドが人修羅との一戦で受けた『烈風破』、振り抜いた腕で大質量の物体に等しい空気の壁を作り出しぶつけて攻撃する技で、ヴァルゼライドは天子を弾き飛ばしたのだった。
元々はガンマレイを無効化する閻魔刀を持つバージルを破る為の方策を模索していた結果の産物だが、よもやこんな形で役立つとは思ってもみなかった。
今だ宙を飛び続ける天子目掛けてヴァルゼライドは死光を放つ。
此れに対し、天子は自身の斜め後ろに要石を形成、ぶつかることで飛翔の軌道を変えて、死光の範囲外へと逃れる。
ヴァルゼライドは追い討つ事をせず、回転しながら刃を振るう。180度開店した処で火花が散り、刃が止まる。
シャドームーンが空間転移を行い、ヴァルゼライドの後ろに回り込んだのを、ヴァルゼライドがその一刀を以って防いだのだ。
獅子吼と共に繰り出されるヴァルゼライドの六連撃。防ぎ、躱しきったシャドームーンが念動力を至近距離から放つも、ヴァルゼライドは黄金光に輝く刀で両断、霧散させてしまった。
シャドームーンとて、ヴァルゼライドを相手に散々多用した念動力だ、どれ程至近距離であろうと今更正面から念動力を放っても通用しないと判っている。
元よりこの攻撃はヴァルゼライドの攻勢を止める為のもの。シャドームーンは僅かに稼いだ時間で体勢を立て直し、猛然と刃を振るう。
共に長短の刃を持つ両者は、秒週の間に無数の剣撃を交わし、身体の周囲を無数の火花で彩った。
突如として両者に飛来する十数条の赤い光線。シャドームーンとヴァルゼライドがそれぞれ反対方向に7mも飛び、レーザーの飛来した方に視線を向ける。
二人の視線を浴びて傲然と立つは、比那名居天子に他ならない。既に身体の周囲にカナメファンネルを旋回させ、傲岸とさえ言える視線を両者に向ける。

360流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/03/07(火) 22:20:42 ID:Ef0xKzCs0
「随分と面白くなってきたじゃない」

天界での何不自由無い平穏で退屈な暮らしに飽いて、ワザワザ地上に異変を起こした不良天人の本領此処に在り。
天人の永い永い生から見れば、人の生など瞬きの間に終わる程度。だが、人にとって、時に人の生の刹那の燃焼は、永劫の輝きを凌駕する。
比那名居天子は元は地上の者である。其れ故にこそ人の生の輝きに魅せられ、地上の諸人諸妖と交わり戯れる様になったのだ。

─────愉しい。こんなに愉しいのは久し振り。

地上の愉快な人間達が皆死んでしまい。妖怪達も数が減り、死ぬ前にはそれはそれは退屈だった。
死んでからまたこんな愉快な事に巡り会えるとは思わなかった。
いっそのこと聖杯に願ってもう一度生を得ようかと思う程に、心の底からの愉悦を感じながら、不良天人は驚天の魔人超人に挑みかかる。
此処に三つ巴の魔戦が開始された。


三人の中で唯一、武器が宝具であり、尚且つ頑丈極まりない身体を有し、多彩な飛び道具を持ち、地殻を操る程度の能力を持つ比那名居天子。

三人の中で最も高いステータスを有し、シルバーガードによる高水準の防御力と、多彩な能力による強力な攻撃力と、尽きることの無い魔力を有するシャドームーン。

この両者と比べれば、やはりヴァルゼライドは劣っていると言わざるを得ない。
武器で劣り、手数で劣り、魔力量で劣り、何より基準となるべきステータスで劣る。
そして満身創痍を通り越して死に体だ。今日これまでに無数の傷を受け、そして此の場でも痛手を負った。
息が有るだけで奇跡。意識が有るだけで偉業と言える重篤の身で、二本の足で立って戦うという理不尽を成し遂げるヴァルゼライドは、二人を相手に優勢を保って戦うという大理不尽を成し遂げていた。
新国立競技場で、紅蒼の魔剣士達を相手取った時は、二人の息の合い過ぎたコンビネーションの前に一方的にやられたが、シャドームーンと天子にコンビネーションなど発揮出来るわけも無く。
且つシャドームーンはヴァルゼライドと戦って勝つ為に此の場に在り、比那名居天子は佐藤十兵衛の狙いがザ・ヒーローで有る為に此の場に現れた。
此の為、シャドームーンは先ず天子の排除を優先し、天子はヴァルゼライドを狙う。
そしてヴァルゼライドは二人を此の場で屠るべく奮起する。

左の刀でシャドームーンの放った念動力を斬り散らし、右の折れた刀で天子の放った要石を、シャドームーン目掛けて飛ぶ様に軌道を変える。
シャドームーンが防いでいる隙に天子の目掛けて猛攻を掛ける。
悉くを受け、捌き、躱す天子だが、明らかにヴァルゼライドの動きに追随出来ていない。
それもその筈、幻想郷の住人は基本的に空を飛んで戦う者。地に足を着けて戦う経験が乏しい為に、間合いを構成する要素のうち、歩幅や歩法といったものに慣れていないのだ。
それでもヴァルゼライドの攻勢を凌ぎ切れるのは、陽動や回避先潰し、只の見せ球を含む無数に飛来する弾幕の中から、
自身に直撃するものを精確に見切って防ぎ、躱す、命名決闘法の経験によるものだ。
向かって左から首を薙いできた刀を緋想の剣で受け止める。ガンマレイが掠めた右足が激しく痛むが歯を食いしばって耐える。
動きが止まったのは一瞬。同時に2人は後ろに飛ぶ。
ヴァルゼライドの首の有った処を光条が、天子の首が有った位置を真紅の長剣が、同時に通過した。

361流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/03/07(火) 22:22:37 ID:Ef0xKzCs0
天子に向かってシャドームーンが猛進する。仮借無い殺意を乗せた凄絶無比の斬撃が途切れること無く天子を襲う。
十余合を打ち交わした時、傷ついた右足を狙ってシャドームーンが長剣を振るう。
緋想の剣で受けたのを狙いすまし、左の短剣を天子の口目掛けて突き込んでくる。
頑強な肉体を持つ天子といえど、口に刃を突き込まれて脳幹を貫かれれば絶命する。
仰け反って回避した天子に、シャドームーンが念動力を放とうとした時、踏み込みの勢いでアスファルトを砕き、ヴァルゼライドが二人纏めて両断する勢いで斬りつける。
シャドームーンが横に、天子が後ろに転がって回避。天子が要石を、シャドームーンが左のシャドーセイバーをヴァルゼライド目掛けて飛ばす。
長短の刀でヴァルゼライドが防いだ隙に、立て直した二人が殺到する。
龍を思わせる咆哮と共にヴァルゼライドが折れた刀を捨て、腰の刀に手をやる。今手にしている双刀では無く、新たに手にした三本目。
戦いながら再生させた三本目の刀で、バージルから習得した剣技を放つ。
シャドームーンが駆ける為に足に込めていた膨大な魔力を用いて横に飛び、天子がカナメファンネルを踏み台に上方に跳躍する。
読んでいたかの如くシャドームーンが跳躍した天子にシャドービームを放って直撃させるも、自身も光条が右の脇腹を掠めた。

地に落ちた天子目掛けて走り寄るヴァルゼライドが、突如虚空に一刀を振るうのと、立ち上がった天子が硬直したのが同時。

「アアアアアアアッッ!!」

天子が絶叫する。いきなり拘束されて、全身を魔力のスパークで灼かれているのだ。
ヴァルゼライドには看破出来ていた。ルーラーと戦った時、先んじてルーラーと交えていたアサシンの技と同類の─────操る技量も刃そのものも大幅に劣るが─────ものだと。
シャドームーンが精製した隠し札。サーチャーの使う妖糸の劣化コピー。
両手の中指から精製した、百分の一ミリの魔力糸を念動力で操り、ヴァルゼライドと天子目掛けて放ったのだ。
そもそもがオリジナルの再現など、そう簡単に出来るわけなど無い。太さも強度も�嗄性もサーチャーの妖糸には遥か及ばぬ。まして操る技など論外だ。
それでも百分の一ミリの魔力糸は不意を衝くには充分過ぎる─────筈、だったのだが。
天子には決まったものの、ヴァルゼライドは“以前にも対したことがある”かの様な手慣れた動きであっさりと防いでしまった。
魔力糸を介して天子に魔力を流し込んでダメージを与えながら、全長30cm程の魔力糸を数百条精製、念動力を用いて、ヴァルゼライド目掛けて殺到させる。
シャドームーンは知らぬ。ヴァルゼライドがこの地で戦った者の中に、サーチャー─────秋せつら─────と同じ日に生まれ、幼馴染として育ち、ただ一つの座を巡って相剋した魔人が居たことを。
シャドームーンと同じ宿命の元に産まれ、シャドームーンと同じく敗北した魔人、浪蘭幻十と対峙した経験を以って、ヴァルゼライドはシャドームーンの隠し札を破り捨てる。
ヴァルゼライドが“魔力糸の悉くを斬り払いながら猛進。瞬く間にシャドームーンに詰め寄り両手を後ろに廻す。
シャドームーンがヴァルゼライドの意図を読めず、硬直した刹那、ガンマレイを斜め後ろに発射。爆風を受けて加速する。
両腕を後ろに回したヴァルゼライドがどちらの腕で攻撃てしてくるのかシャドームーンには読めない。
常ならば無事な刀を持つ左なのだろうが、持ち替えてしまえばそれきりだ。
先手を取って斬り伏せる、という事も考えたが、ヴァルゼライドが両腕を後ろに廻した時に、意図を読めずに硬直したことで遅れを取ってしまった。
この状態で繰り出せる攻撃などそうは無く、クリストファー・ヴァルゼライドならば、全て防ぐ準備を終えているだろうと判断。
先ずは防ぐ、そして返す一撃で仕留める。シャドームーンは意識を集中し、ヴァルゼライドを注視する。

362流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/03/07(火) 22:23:54 ID:Ef0xKzCs0
ヴァルゼライドが近づく。
両腕は未だ身体の後ろ。
ヴァルゼライドが近づく。
両腕は未だ身体の後ろ。
ヴァルゼライドが近づく。
両腕は未だ身体の後ろ。
ヴァルゼライドが近づく─────最早刀の間合いでは無くなっている。
ヴァルゼライドが近づく。
左腕が動き出し、黄金に輝く刀身が振り上げられる。
ヴァルゼライドが近づく。
シャドームーンはヴァルゼライドの瞳に写る己の顔を見た。
ヴァルゼライドが近づく。
衝撃─────シャドームーンが後ろによろめく。その左胸に突き立っているのは折れた刀。
ヴァルゼライドの左は陽動。左に気を引きつけて置いて、右の刀で心臓を抉るのが本命。
思考が受けに回った時点で、この結果は定まっていたのいたのかも知れない。
左の刀を両手で握り。ヴァルゼライドがシャドームーンに刃を繰り出す。狙いは首。どれ程の戦闘続行能力があろうとも、首を落とせば身体を動かすことが出来ない。例え死なずとも戦闘不能。
総身が消滅しても平然と蘇る化け物が相手でも、首を落として動きを封じ、その間にマスターを殺せば良い。
不死身のバーサーカー黒贄礼太郎を殺すべく、ヴァルゼライドが出した答えが此れだった。あの場では乱戦の為に成功しなかったが、次に出会えば世の安寧の為に必ず殺す。
蝿の王や悪魔との混血まで居るこの魔戦の場、全ての敵に確実に死を滅びを与える手段をヴァルゼライドは思考し、そして眼前のセイバーで実践する。
シャドームーンは防御も回避も出来る状態では無く、念動力やシャドービムも使える状態ではない。だが、おとなしく首をやる程シャドームーンは諦めが良くは無い。
左腕を伸ばして斬撃を受け止める。凄絶な斬撃は、掌を断ち割り、肘まで達して刃は止まった。エルボートリガーを作動させて、刀身を砕こうとしたのにこの有様。
この時点でシャドームーンは敗北を悟っていた。
左腕を断ち割った黄金剣が更に鮮烈に煌めく。この次のヴァルゼライドの一手をシャドームーンは確信しているが何も出来ない。
刃を肉体に食い込ませたまま放つガンマレイ。RXの必殺の一撃と同じ技を以って、ヴァルゼライドはシャドームーンの左肘から先を消し飛ばした。

「グゥオオオオオオ!!!!」

此れが真っ当な一対一の闘争ならば、シャドームーンは敗北を受け入れることがまだ出来た。無念は残るが、此の男に勝てぬ様ではRXの前に立っても同じ結末を迎えるだけだからだ。
だが─────こんな邪魔が入った勝負で敗死するのは受け入れられない。
怒りと無念を乗せた念動力でヴァルゼライドを50mも後方に飛ばし、魔力のスパークで灼かれ続けて、蹲ったまま立てぬ天子に極大の殺意を向ける。

「オオオオオオオオオッッ!!!」

怒号と共に放たれる念動力。倒壊したクレセント・ハイツの瓦礫から、数トンはある円柱を宙に舞わせる。
比那名居天子は、生前に凄まじく自分勝手な理由で博麗神社を倒壊させたことが有る。
シャドームーンが今まさに、比那名居天子を潰すべく、念動力で持ち上げた円柱は、奇しくも此処とは異なる〈新宿〉で、
“神”によって天へと消え、その後天より落ちて、名も無き神社を破壊したものと同じ円柱だった。
説教の長い閻魔やスキマ妖怪なら『因果応報』とでも言うだろう。

「オ・ン・バ・シ・ラーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!?」

上を仰ぎ見た天子が間の抜けた絶叫を残し、円柱の影に消える。轟音と土煙が収まった後には誰も残ってはいなかった。

363流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/03/07(火) 22:24:42 ID:Ef0xKzCs0
本日の投下分は此処までです

364流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/03/13(月) 21:33:48 ID:weF2oNz20
長期間のキャラの拘束、大変申し訳ありませんでした。
此れより投下します

365流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/03/13(月) 21:34:29 ID:weF2oNz20
空間転移を繰り返し、メフィスト病院目指して移動しながらシャドームーンは思考する。
警察組織は掌握した。此れを今後にどう活用するべきか。
先ずは遠坂凛及びセリュー・ユピキタスの捜索だろう。この両者を仕留めることで令呪を独占する。
遠坂凛に関しては、警察からある程度の情報をあえて流すことにより、他の主従をぶつけることにする。
特に新国立競技場に居た者共は、遠坂凛はサーヴァントを失ったと認識している事だろう。そうして、あの歌うアーチャーに令呪を独占させまいとして、不死身のバーサーカー、黒贄礼太郎と遭遇する。
そして猟犬共と黒贄が交戦している間に、遠坂凛を殺せば良い。シャドームーンの持つ能力ならば十分可能だ。
マイティアイと空間転移と気配遮断の組み合わせは、現にあのザ・ヒーローですら不覚を取った。
そうして遠坂凛と黒贄礼太郎を排除し、黒贄と戦い、疲弊したサーヴァントを討つ。
あの新国立競技場での魔戦を戦った者共は、いずれも端倪すべからざる強者達。黒贄は精々頑張って奴等を消耗させて貰おう。
其の後に控えるのは黒衣のサーチャー及びクリストファー・ヴァルゼライドとの決着だ。
サーチャーのマスターはウェスが自分の手で破壊したがっている為、マスター同伴になる。リスクを無くす為にもやはり令呪を使うべきだろう。
だが、クリストファー・ヴァルゼライドに関しては、令呪など不要。己が力のみであの英雄を打倒できねば、到底RXの前には立てぬからだ。

残る討伐対象のセリュー・ユピキタスとバーサーカーに関しては、全く情報が無い。紅いセイバーの例もある。手の内を探ってから戦うべきだろう。

「勿体無い事をしたかも知れん」

シャドームーンの脳裏に浮かぶのは、本戦が始まった直後に撃破したバーサーカーとそのマスター。奴等が居れば、有用な駒として使い潰せるのに。
例えばこの場合なら、セリュー・ユピキタスにぶつけて威力偵察を行わせる。という事が可能だ。
シャドームーンはこの聖杯戦争を戦う主従の数を、こう推測していた。
今まで確認した中で、最も数が多いのがバーサーカーの四体。各クラス四体として、全八クラス有るのだから、全部で32組。
此れを単独で撃破するのは流石に面倒だ。其れに己が地に伏してもおかしく無い強者が犇いている。
やはり手駒は必要だった。
手駒が有れば、クリストファー・ヴァルゼライドとの一戦に際して、奴等が居ればザ・ヒーローを抑えさせる事も出来た。

シャドームーンは怒りを抑えて考える。
そもそもクリストファー・ヴァルゼライドというサーヴァントは目立つ。戦う度に周囲に黄金光を放ち、街並みを破壊する。
クリストファー・ヴァルゼライドは自身の存在を大声で喧伝しながら戦闘を行っているに等しい。
あの巫山戯た乱入者の様な輩が、次に沸いてこないとは言い切れない。何処か人の立ち入れ無い場所で決着を着けたかった。
此処で脳裏に浮かぶのは、紅いコートのセイバーと交えた異相空間。あの様な場所を用意出来れば、心置き無く戦えるのだが。

─────悪魔か。

あのロキとかいう悪魔以外にも存在するというが、首尾よく見つかるのだろうか。









【シャドームーン@仮面ライダーBLACK RX】
[状態]魔力消費(大だが、時間経過で回復) 、肉体的損傷(中)、左腕の肘から先を欠損
[装備]レッグトリガー、エルボートリガー
[道具]契約者の鍵×2(ウェザー、真昼/真夜)
[所持金]少ない
[思考・状況]
基本行動方針:全参加者の殺害
1.敵によって臨機応変に対応し、勝ち残る。
2.他の主従の情報収集を行う。
3.ルイ・サイファーと、サーチャー(秋せつら)、セイバー(ダンテ)を警戒
4.クリストファー・ヴァルゼライドはこの手で必ず斃す。
5.手駒が欲しい。
[備考]
千里眼(マイティアイ)により、拠点を中心に周辺の数組の主従の情報を得ています
南元町下部・食屍鬼街に住まう不法住居外国人たちを精神操作し、支配下に置いています
"秋月信彦"の側面を極力廃するようにしています。
危機に陥ったら、メフィスト病院を利用できないかと考えています
ルイ・サイファーに凄まじい警戒心を抱いています
アイギスとサーチャー(秋せつら)の存在を認識しました
葛葉ライドウ&セイバー(ダンテ)の存在を認識しました
ルシファーの存在を認識。また、彼が配下に高位の悪魔を人間に扮させ活動させている事を理解しました
〈新宿〉の警察組織を掌握しました
新国立競技場で新たに、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(バージル)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、アーチャー(パム)、ランサー(高城絶斗)、ライダー(大杉栄光)、アサシン(レイン・ポゥ)の存在を認知しました
ザ・ヒーローが人間を超えた強さを持つことを認識しました
セイバー(比那名居天子)、バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)と交戦しました。

366流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/03/13(月) 21:35:13 ID:weF2oNz20
ザ・ヒーローは南榎町の一角を当てど無く彷徨って居た。乱入してきたセイバーのマスターを仕留めるべく、ヴァルゼライドと別行動を取ったのだが、敵のマスターの姿を補足できなかったのだ。
其れもそのはずで乱入してきたセイバー、比那名居天子のマスターは矢来町に迄移動しているのだから、幾ら南榎町を探しても見つかる筈が無いのだった。
戻ってきヴァルゼライドに合流するべきか。そう、考えた時、ザ・ヒーローの全身は、不意に動きを止めた。

「グ……アアアアア…」

凄まじい力で全身を締め上げられ、宙に浮くザ・ヒーロー。その目前に姿を現したのは、銀鎧のセイバー、シャドームーンに他なら無い。
比那名居天子にオンバシラ決めた後、空間転移であの場を離脱。マイティアイでザ・ヒーローを補足し、キングストーンによる疑似的な気配遮断を用いて近づき、念動力を以って拘束したのだ。
全身を拘束されて、宙に浮いたザ・ヒーローにシャドームーンに抗する術無し。
此処にザ・ヒーローの命運窮まったかと思われた。

「お前を殺すことは容易いが、クリストファー・ヴァルゼライドを斃すまでは貴様に生きていて貰わなければならぬ」

然し、シャドームーンにザ・ヒーローを害する意思なし。
念動力でザ・ヒーローを拘束したまま、ザ・ヒーローのアームターミナルに右手を伸ばす。
ザ・ヒーローが全身に力を漲らせる。アームターミナルはザ・ヒーローの魔力ソースであり、クリストファー・ヴァルゼライドの力の元でもある。此れを破壊されては、満身創痍のヴァルゼライドを治せない。
だが、シャドームーンの行動は、ザ・ヒーローの予想もし無い事だった。
シャドームーンの右手から、アームターミナルに流れ込む魔力。其れがマグネタイトとして、アームターミナルに蓄積されていく。
この量ならば、ヴァルゼライドの傷を治して、新国立競技場に於ける魔戦をもう一度行ってもまだまだ余剰が残る。

「クリストファー・ヴァルゼライドに伝えておけ、この聖杯戦争の後に控える相克に臨む為に、俺はお前の屍を越えると」

そうしてセイバーは現れた時同様、唐突に消え去り。後にはザ・ヒーローが残された。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「クソッ!!」

地面に突き立った石柱をガンマレイで消し飛ばし、地面に空いた穴を見たヴァルゼライドは怒声をあげて地面を蹴りつける。
満身創痍と読んでも良かった身体は、最早形容する言葉も無い程に傷ついていたが、そんなものはこの怒りを鈍らせる事など無い。
あの時、銀鎧のセイバーを確実に葬る為に左腕を吹き飛ばしたが、あの場は首を落としにいくべきでは無かったか。

─────否。其れで獲れる程あの首は低くない。右腕で防ぐだけだ。

左腕を吹き飛ばし、更に左側から猛攻を掛ける。この方針に間違いは無い。あのセイバーの力量を鑑みればこれしか無い。
落ち度は一つ。己が間髪入れずにセイバーの首を落とせなかった事。そして、女のセイバーにガンマレイを撃たなかった事。
あの女のセイバーは動けない程に消耗していた。ガンマレイを放てば確実に仕留められていた。
だが、ヴァルゼライドは即座に思考を切り替える。二人共にダメージは深刻だ。当面の間戦闘能力は半減するだろう。仕留めるならば好機というもの。
ヴァルゼライドは脳裏に二人のセイバーを加えて、模擬戦闘を行いながら、ザ・ヒーローと合流すべく歩み去った。

367流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/03/13(月) 21:36:55 ID:weF2oNz20
【南榎町の一角/一日目午後4:00】


【ザ・ヒーロー@真・女神転生】
[状態]肉体的ダメージ(中)、廃都物語(影響度:小)
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]ヒノカグツチ、ベレッタ92F
[道具]ハンドベルコンピュータ
[所持金]学生相応
[思考・状況]
基本行動方針:勝利する。
1.一切の容赦はしない。全てのマスターとサーヴァントを殲滅する
2.遠坂凛及びセリュー・ユビキタスの早急な討伐。また彼女らに接近する他の主従の掃討
3.翼のマスター(桜咲刹那)を倒す
4.ルーラー達への対策
5.取り敢えずヴァルゼライドを治そう
[備考]
桜咲刹那と交戦しました。睦月、刹那をマスターと認識しました。
ビースト(ケルベロス)をケルベロスもしくはそれと関連深い悪魔、ランサー(高城絶斗)をベルゼブブの転生体であると推理しています。ケルベロスがパスカルであることには一切気付いていません。
雪村あかりとそのサーヴァントであるアーチャー(バージル)の存在を認識しました
マーガレットとアサシン(浪蘭幻十)の存在を認識しましたが、彼らが何者なのかは知りません
ルーラーと敵対してしまったと考えています
新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、アーチャー(パム)、アサシン(レイン・ポゥ)の存在を認知しました。真名を把握しているのはバージルだけです
現在<新宿>新国立競技場周辺から脱出しています。何処に向かうかは次の科書き手様にお任せします
キャスター(タイタス1世)の産み出した魔将ク・ルームとの交戦及び、黒贄礼太郎に扮したタイタス10世を目視した影響で、廃都物語の影響を受けました
ライドウが自分と同じデビルサマナー、それも恐ろしいまでの手練だと確信しています
セイバー(シャドームーン)、セイバー(比那名居天子)を認識しました。


【バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)@シルヴァリオ ヴェンデッタ】
[状態]肉体的ダメージ(超々極大)、魔力消費(大の大)、霊核損傷(超々極大)、放射能残留による肉体の内部破壊(極大)、全身に放射能による激痛(極大)、
全身に炎によるダメージ(現在重度)、幻影剣による内臓損傷(現在軽度)、内蔵損壊(超々極大)、頭蓋骨の損傷(大)、脊椎の損傷(大)、出血多量(極大) 、背骨を緋想の剣で縦に割られている(大)、背中に無数の石塊が埋まっている。
→以上を気合と根性で耐えている
[装備]星辰光発動媒体である七本の日本刀(現在五本破壊状態。宝具でない為時間経過で修復可)
[道具]なし
[所持金]マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:勝つのは俺だ。
1.あらゆる敵を打ち砕く
2.例えルーラーであろうともだ
3.ザ・ヒーローと合流する
[備考]
ビースト(ケルベロス)、ランサー(高城絶斗)と交戦しました。睦月、刹那をマスターであると認識しました。
ザ・ヒーローの推理により、ビースト(ケルベロス)をケルベロスもしくはそれと関連深い悪魔、ランサー(高城絶斗)をベルゼブブの転生体であると認識しています。
ガンマレイを1回公園に、2回空に向かってぶっ放しました。割と目立ってるかもしれません。
セイバー(チトセ・朧・アマツ)は、彼女の意向を汲みいつか決着を付けたいと思っております
アーチャー(那珂)は素晴らしい精神の持ち主だとは思っておりますが、それはそれとして斬り殺します
マーガレットと彼女の従えるアサシン(浪蘭幻十)の存在を認知しましたが、マスター同様何者なのかは知りません
セイバー(シャドームーン)、セイバー(比那名居天子)を認識しました。
早稲田鶴巻町に存在する公園とその周囲が完膚無きまでに破壊し尽くされました、放射能が残留しているので普通の人は近寄らないほうがいいと思います
早稲田鶴巻町の某公園から離れた、バージルと交戦したマンション街の道路が完膚なきまでに破壊されました。放射能が残留しているので普通の人は近寄らない方がいいと思います
新小川町周辺の住宅街の一角が、完膚なきまでに破壊されました。放射能が残留しているので普通の人は近寄らない方がいいと思います
交戦中に放ったガンマレイの影響で、霞ヶ丘町の集合団地や各種店舗、<新宿>を飛び越えて渋谷区、世田谷区、目黒区、果ては神奈川県にまでガンマレイが通り過ぎ、進行ルート上に絶大な被害と大量の被害者を出していますが、聖杯戦争の舞台は<新宿>ですので、渋谷区等の被害は特に問題ありません
南榎町に有るマンション、クレセント・ハイツの有る一帯がが完全に破壊されました。放射能が残留しているので普通の人は近寄らない方がいいと思います

368流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/03/13(月) 21:37:51 ID:weF2oNz20
十兵衛は戦場から大分離れた場所に降り立ち、そこから徒歩で移動して、矢来町のほぼ中央にある写真スタジオの前に居た。
かなりの距離を離した筈だが、時折此処にまで伝わる地響きは、十兵衛に聖杯戦争というものを雄弁に教えていた。
天子が未だに戻ってこないのは、戦いに巻き込まれたのか、戦いに乗ったのか。
どちらにせよ確かめる術は無く、十兵衛としては戻ってくるのを祈りながら待つより他無い。
手持ち無沙汰の現状、やれることといえば頭を働かせるくらいである。

まず、この聖杯戦争なる催しで言えることは、参加者の選考に関して運営は関わっていない─────完全ランダムという可能性が高い。
根拠としては、田島彬が開催した陰陽トーナメントの参加者と比較すれば判るが、あっちの参加者が皆悉くやる気全開で優勝狙い。
対して、こっちの参加者は、マスターはおろかサーヴァントにさえ、やる気が無いどころか運営に反旗を翻す気の奴等迄居る。
しかもその運営に逆らう奴の中に、主従共に全参加者中最強といって良い戦力持ちのライドウが居るという始末。
そんな連中を管理する運営の能力はどれほどのものか?

もし仮にライドウが他のマスターを全員制圧し、令呪を使わせてサーヴァントに戦うことを禁じさせれば、聖杯戦争はそこで止まる。
つまり運営としてはライドウの行動を今のうちに掣肘してもおかしくは無いが、今現在それを行おうとはしていない。
遠坂凜たセリュー・ユピキタスの様に、暴れ回る連中を抑えに回っているというのも有るだろうが、積極的に行わない理由は三つ。

1.単純にライドウが意図する処を知らない。
2.歯向かって来ても返り討ちに出来るから放っている。
3.ライドウが意図する処を知っていて、今は対処する時では無いと考えて放置している。

2の場合だと、“運営に逆らう=死”という事が確定するが、十兵衛はおそらく1だと思っている。
3という可能性については、正直判らない。3の場合だと参加者の動向をリアルタイムで知っている事になるが、こればかりは不明である。
だが、討伐令が、NPCや〈新宿〉に対する大規模な加害行為に対して発布されていることを考えれば、3は無い。
相当数のNPCを悪魔化しているサーヴァントを放置している理由が無いからだ。
それに、今迄に出た討伐令の内容を踏まえれば、確実に3は無い。

369流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/03/13(月) 21:38:19 ID:weF2oNz20
「無能だな」

十兵衛の運営に関する評価は辛辣だった。
十兵衛は元いた世界の知識に照らし合わせて考えてみるが、運営が無能という結論はそうそう変わらない。
十兵衛が思い浮かべる知識は、北野武が華麗なナイフ投げを披露した、中学生が殺しあう映画だった。
運営のレベルがあの映画並だとすると、ザ・ヒーローに対する討伐令など出ない。逆らった時点で殺されるからだ。
十兵衛が己の令呪の有る位置を手で撫でた。凡そ元居た世界からして違うマスター達の唯一の共通項。三度きりの切り札を十兵衛はずっと疑っていたが、どうやら杞憂だった様だ。
この令呪が、マスター達の動向を逐一モニターし、尚且つ反逆行為や禁則事項に抵触した場合、マスターに死を齎すのでは無いか─────此れを十兵衛は懸念していたのだ。
あの二人、ザ・ヒーローとクリストファー・ヴァルゼライドのおかげで判ったことが二つ有る。
聖杯狙い─────例えば寨のような─────にとっては気にかけることも無い事柄だが、脱出が目的の十兵衛にとっては重要な事実である。
運営に対する反逆=死では無いということ。少なくとも、運営が絶対的上位者で、全てのサーヴァントを問題としない権限を持っている訳では無い。もし持っていたとしても抵抗や対策は可能。
目的が目的の為に、運営と一戦交える可能性もある十兵衛にとって、あの二人はモルモットの役割を果たしたも同然だった。
もう一つは、“運営の監視能力の低さ”。何故にクリストファー・ヴァルゼライドというサーヴァントのみ名前とステータスを開示したのか。
そして、何故にステータスと宝具の大雑把な説明しかしていないのか。
宝具の真名も発動条件も、保持するスキルも説明されていない。“運営に喧嘩売って怒らせた”というならば、ステータス及びスキルと宝具の詳細な情報を公開して然るべきでは無いか。
更には、今迄に出た討伐令の全てが、標的がどこに居るのかを明かしていない。
どうしても始末したいなら、居場所を公開するべきだろう。
此れに関しては、ザ・ヒーロー及びクリストファー・ヴァルゼライドに対してすら無い。
何故に『ルーラー』という特殊なクラスが関わったにも関わらず、一般のマスターとサーヴァントが得られる程度の情報しかないのか。
此処から出せる推論は一つ。『此れが運営の限界』という事。おそらくはルーラーというサーヴァントの情報収集能力は、
対峙したサーヴァントの真名を看破する程度のものでしか無く、それ以外は一般のサーヴァントとそう変わらないのだろう。
つまりはよっぽど派手な動きをしない限り、運営が気付くことは無い。という結論になる。此れならNPCの悪魔化やライドウを放置している説明がつく。
そしていざ事を構えるにしても、此方の手を隠しておくことも可能だという事だ。
益々以って、あの跳ねっ返りの手綱を慎重に握っておかなくてはならなくなった。その場の勢いで宝具を使われては溜まったものでは無い。
ならばどうやってセリュー・ユピキタスの写真を入手したのかが不明だが、此の〈新宿〉のカメラ全てを掌握しているのだろうか?此処はよく判らない。

そして、この討伐令で運営が犯したミス。其れは“クリストファー・ヴァルゼライドと交戦した”という情報を提示したこと。つまり運営は〈新宿〉の何処かに居るという事を提示したに等しい。。
そしてクリストファー・ヴァルゼライドというサーヴァントは、戦闘の度に高濃度の放射能汚染を引き起こしている。つまり、居場所、或いは元居た場所の特定が容易ということだ。
ライドウならば、容易にルーラーの拠点に迫る事だろう。
そうなれば十兵衛としても行動を決めなければなら無い。迅速に離脱する為に、もし仮にライドウと共に運営と戦うのなら、ジョナサンと塞を駆り出せる。
ジョナサンは元々聖杯戦争に否定的であり、塞にした処で、運営を斃して聖杯を強奪出来るとなれば乗ってくるだろう。
もしルーラーが何らかの切り札を持っていても、十兵衛と天子以外の誰かが犠牲になれば、其れを元に攻略できる。
とまあ、仮定の話は置いておいて、此処から判る事は、運営している奴等は“此の手の事に関する経験を持たない”という事だ。例えば田島彬ならこんな杜撰なミスは犯すまい。
この事から十兵衛は運営の裏をかくことは、困難だが充分に可能だと判断した。

370流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/03/13(月) 21:38:47 ID:weF2oNz20
十兵衛は短く息を吐くと、思考を切り替える。
次に考えるべきは、脱出の方法だ。此れは4パターン有る。

1.何らかの脱出方法が有る。
2.運営をどうにかしなければ脱出不能。
3.聖杯に願わなければ脱出不能。
4.優勝しなければ脱出不能。

取り敢えずどの場合でも、必要とあれば十兵衛は天子を令呪を用いて自殺させるつもりでいる。余り気は乗らないが元より死人、良心は痛まない。
それはさて置き、どの場合でも当面の間、十兵衛は現在の同盟関係を崩すつもりは無い。
1の場合なら、脱出条件を満たすまでの身の護りとして、ライドウ達の戦力と、塞達の能力は有用だ。
2の場合ならば、ライドウ達の戦力は多いに利用出来る。天子が帰ってこなければ判らないが、ヴァルゼライドの戦力次第では、
ヴァルゼライドを退けたルーラーは運営としては無能だが、戦闘能力が極めて高い。という事になる。この場合、ライドウと組んでおくことが唯一の正答だろう。
若しくは、ルーラー何らかの隠し札を持っているかも知れないが、ライドウ達の戦力ならば、その隠し札の内容を明らかに出来るだろう。
3の場合だと、ライドウと組んで聖杯を獲れば良い。ジョナサンと手を組むのも有りだろう。
天子が途中で死んでも、ライドウかジョナサンが聖杯を獲れば、“巻き込まれたマスター達を元の世界に返す”という願いをして貰う事が出来る。あの二人ならば、この手の願いをさせることは可能だろう。
此処迄のパターンだと、十兵衛は塞を切り捨てることにな。向こうもそのつもりだろうが、塞と十兵衛では圧倒的に十兵衛が有利だ。
何故ならば、ライドウに対する為には塞単独では不可能だからだ。
塞と十兵衛の同盟は、ライドウという圧倒的な強者の存在が保証している。何かの拍子でライドウが死ねばともかく、生きて居る間は、塞は十兵衛を裏切れない。
そして4の場合。此れが一番困難なパターンだった。
この場合、一番の問題となるのは“ライドウを排除するタイミング”である。
理想的なのは、十兵衛と塞の同盟では苦戦するような連中が全員死んでいて、残った連中の手の内が判っている。というものだが、此れは高望みし過ぎだろう。
其れにライドウを倒すのならば、確実にあと一組は仲間にしたい。
此処で仲間にするとなれば、ライドウを速やかに排除出来きて、更には正面戦闘が苦手なアサシンが理想的だった。若しくは優秀なサーヴァントを従えた一般人。
敵対した時の事を考えれば、天子が苦戦するような相手でも、マスターを仕留めれば其れで済む。方針が優勝狙いならば“強いサーヴァントに一般人のマスター”というのは、理想的な同盟相手である。
そして塞も同じ事を考え、同盟相手を密かに探しているだろう。新国立競技場に居た、塞のサーヴァントの師匠とやらについては口を閉ざすことにしておこう。

まあ、対ライドウで同盟を組むのは容易だろう。何せ新国立競技場での乱戦で、主従共に破格の戦闘能力を存分に見せつけたのだ。
強敵と見做されて、対抗策としての同盟を考えている奴等が必ず居る筈だ。其奴等と組めば良い。
然し、組みたく無い相手もいる、それはアーチャーだった。単独行動スキルを持つアーチャーは、マスターを殺しても直ぐには消えない。思わぬ逆撃を食うのは御免だった。
では、アーチャーを従える塞との同盟は?
此れに関しては例外で、先ず問題は無い。何しろ向こうの手を知り尽くす天子が居る上に、京王プラザで出逢った時の向こうの反応から、あのウサギは天子に勝てないと判断して居る。
塞にした処で、真っ向勝負で十兵衛が十度戦って一度勝てれば良い方な強さだが、時間稼ぎに徹すればそうそう簡単にはやられ無い自信がある。要は天子がウサギを仕留める迄粘れば良いだけなのだ。
ライドウが健在な限り、十兵衛は塞に対し行動上で常に先手を取れる。直接戦闘以外の処で厄介極まりない二人だが、この優位は覆せ無い。
取り敢えず、現在の同盟関係ならば、どの様な状況にも対応は可能だ。この状態を崩すのは脱出方法が明らかとなり、聖杯戦争が終盤に差し掛かった頃だろう。

371流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/03/13(月) 21:39:13 ID:weF2oNz20
「お待たせ〜〜」

そこ迄考えた時、戻ってきた天子が実体化した。

「ボロボロじゃねぇか。負けたのか」

「お流れよ、お流れ。次は必ず私が勝つわよ!!」

眦を決して告げる天子に、十兵衛は口を閉ざした。オンバシラがどうこう言っているがスルー。
令呪をこっそり獲得&運営の機嫌を取る為に行ったザ・ヒーロー及びクリストファー・ヴァルゼライドの討伐は失敗したらしい。
まあ、ルーラーが知らないであろう“NPCを悪魔化しているサーヴァント”の情報があるから問題は無いが。

「取り敢えずメフィスト病院行くか」

ほっといても治るが、時間が掛かる。その間に襲われたら事だし、魔力の消費も惜しい。

「そういやヤゴコロエーリン……とかいうのは医者なんだっけか。存外メフィスト病院に居たりしてな」

「ん〜どうかしらね?結構気位高いそうだから、対抗意識燃やしてたりして、『フ…メフィスト病院か…そのくらいの事私にも出来る!!』みたいな事言ってたりして」

「で、誰にも相手にされなくて『メフィスト!メフィスト!メフィスト!どいつもこいつもメフィスト!何故奴を認めてこの私を認めないのよ!』とかキレてるのか」



この時〈新宿〉の何処かで銀髪の美女が凄まじく不愉快そうにクシャミをしたとかしなかったとか。

372流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/03/13(月) 21:39:35 ID:weF2oNz20
【矢来町にある写真スタジオの前/一日目午後4:00】

【佐藤十兵衛@喧嘩商売、喧嘩稼業】
[状態]健康 魔力消費(中)、廃都物語(影響度、小)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]部下に用意させた小道具
[道具]要石(小)、佐藤クルセイダーズ(9/10) 悪魔化した佐藤クルセイダーズ(1/1)
[所持金] 極めて多い
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争から生還する。勝利した場合はGoogle買収。
1.他の参加者と接触し、所属する団体や世界の事情を聞いて見聞を深める。
2.聖杯戦争の黒幕と接触し、真意を知りたい。
3.勝ち残る為には手段は選ばない。
4.正午までに、討伐令が出ている組の誰を狙うか決める。
5.当面は今の同盟関係を維持する。
[備考]
ジョナサン・ジョースターがマスターであると知りました
拠点は市ヶ谷・河田町方面です
金田@喧嘩商売の悲鳴をDL販売し、ちょっとした小金持ちになりました
セイバー(天子)の要石の一握を、新宿駅地下に埋め込みました
佐藤クルセイダーズの構成人員は基本的に十兵衛が通う高校の学生。
構成人員の一人、ダーマス(増田)が悪魔化(個体種不明)していますが懐柔し、支配下にあります。現在はメフィスト病院で治療に当たらせ、情報が出そろうまで待機しています
セイバー(天子)経由で、アーチャー(ジョニィ・ジョースター)、バーサーカー(高槻涼)、謎のサーヴァント(アレックス)の戦い方をある程度は知りました
アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)の存在と、真名を認識しました
ある聖杯戦争の参加者の女(ジェナ・エンジェル)の手によるチューナー(増田)と交戦、<新宿>にそう言った存在がいると認識しました
バーサーカー(黒贄礼太郎)の真名を把握しました
遠坂凛、セリュー・ユビキタスの主従の拠点の情報を塞から得ています
<新宿>の全ての中高生について、欠席者および体のどこかに痣があるのを確認された生徒の情報を十兵衛から得ています
<新宿>二丁目の辺りで、サーヴァント達が交戦していた事を把握しました
塞の主従、葛葉ライドウの主従と遭遇。共闘体制をとりました
屋上から葛葉ライドウ&セイバー(ダンテ)と、ロベルタ&バーサーカー(高槻涼)が戦っていたのを確認しました
メフィスト病院が何者かの襲撃を受けている事を知りました。が、誰なのかはまだ解っていません
セイバー(シャドームーン)を認識、ステータスを把握しました。
ルーラー及び主催者の能力について考察しました。ルーラーの能力は真名を看破する程度だと推測しましたが、その戦力は全くの未知数だと認識しています。
黒贄礼太郎に扮したタイタス10世を目視した影響で、廃都物語の影響を受けました



【比那名居天子@東方Project】
[状態]ダメージ(中)、放射能残留による肉体の内部破壊(小)、放射能による全身の痛み。 上機嫌。
[装備]なし
[道具]携帯電話
[所持金]相当少ない
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を異変として楽しみ、解決する。
1.自分の意思に従う。
2.復活を願うのも良いかも知れない。
3.まさかオンバシラされるとは思わなかった。
[備考]
拠点は市ヶ谷・河田町方面です
メフィスト病院が何者かの襲撃を受けている事を知りました。が、誰なのかはまだ解っていません
セイバー(シャドームーン)、バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)と交戦しました。
新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(バージル)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、アーチャー(パム)、ランサー(高城絶斗)、ライダー(大杉栄光)、アサシン(レイン・ポゥ)の存在を認知しました
ザ・ヒーロー及びライドウが人間を超えた強さを持つことを認識しました。

373流星 影を切り裂いて ◆/sv130J1Ck:2017/03/13(月) 21:41:29 ID:weF2oNz20
投下を終了します。wiki編集に際に直しますので、誤字や脱字、問題点が有りましたらご指摘お願いします。
長期間に渡るキャラ拘束。大変申し訳ありませんでした

374名無しさん:2017/03/17(金) 19:15:45 ID:9n/Q0mFg0
投下乙。
壮絶な三つ巴の戦闘描写にただ圧倒されました。
攻守がや相手が目まぐるしく入れ替わり、誰が落ちてもおかしくない状況(特に天子)に読む手が止まりませんでした。
あんた本当に死にかけ?と思わずにはいられない総統はやっと治療されるのか、今回はあまり良いところがなかったザ・ヒーローはここらで主従共々一回休んでください。
天子は何度も死にかけながらも、意地と根性と運で九死に一生を得て、十兵衛は討伐令だけで運営の持つ権限や居場所を推測する相変わらずの強かさ。
だが、今回一番印象に残ったのはシャドームーン、ヴァルゼライドにRXの面影を見て奴だけは万全の状態で倒したいと、敗走しながらも、わざわざ敵に塩を送る真似をするなどさすがの世紀王

375 ◆/sv130J1Ck:2017/03/17(金) 21:07:17 ID:RMHpWTpQ0
wikiに編集しておきました

376 ◆/sv130J1Ck:2017/03/18(土) 20:43:24 ID:ajX5cSEY0
wikiの編集。お疲れ様です
あの長さのSSを編集するのは始めてで、御迷惑をおかけしてしまいました

377 ◆zzpohGTsas:2017/03/19(日) 12:06:38 ID:yrmzKjgU0
>>流星 影を切り裂いて
登場する度濃密な戦闘を繰り広げ、登場する度当たり前のように<新宿>に破壊を振り撒きまくる、一種の舞台装置みたいになりつつあるヴァルゼライド。
彼の迷惑さがこれ以上となく発揮された一方で、このサーヴァントの気合と根性に裏打ちされた恐ろしい戦闘能力、そして原作じゃ英雄と言われ、
別格の扱いをされてきたキャラクターに相応しい戦闘描写を、これ以上となく書ききれていて大変すばらしい話であると感じました。
ステータスや宝具の汎用性、特性から何まであらゆる面でヴァルゼライドを上回っているシャドームーンや、同じく種族的な特性で上回る天子を、
気合と根性、原作シルヴァリオ ヴェンデッタでも見せた、強い者と戦えば戦う程に強くなると言う意味不明な特性で凌ぎ、上回るその様子は実に恐ろしい。
個人的に好きだなと思った総統新技は、ガンマレイを推進力に超スピードで移動するって言う、何かFGOの謎のヒロインXみたいな奴ですね。
環境破壊と移動を一時にこなせて一石二鳥って感じで凄い気に入りました。総統と関わって良い目に合わない奴は今の所いませんが、今回もそれは同じ。
シャドームーンも天子も、無駄に疲弊した挙句に放射線によるダメージを貰っていると言う、触るもの皆不幸にする体質は相変わらず。
とは言え、原作では一部例外を除けば無敵とすら言える程の強さだった総統も、聖杯戦争でサーヴァントとして呼ばれればまだまだ上がおり、
この上辛酸を舐めさせられ、煮え湯を呑まされ続け苦い思いをする、と言うのもまた聖杯企画の妙でしょうか。果たして今後勝利を掴めるのでしょうか。
今回の戦いで一番のダメージを負ったシャドームーンは、どう動くのかも気になる所。彼もまた登場するや、戦う機会も多いですし、この辺りでダメージが気になる所。
そして、個人的に一番、今回の話で気に入ったのは十兵衛の考察でしょうか。少ない証拠から、ルーラーの権限及びその性質を推理、今後の振る舞い方を定めるその様子は、
正に原作喧嘩商売の十兵衛の頭の良いムーブメントそのもの。この辺りの佐藤十兵衛の再現ぶりは、ブラボーを送りたい程素晴らしいと思いました。
登場したキャラクター全員に素晴らしい戦闘面での活躍を与え、そして考察も見事だった。実に素晴らしい1話であったと、自分は思います。

ご投下、ありがとうございました!!

378名無しさん:2017/03/19(日) 22:32:32 ID:Ipq3nt4E0
投下乙です!
サーヴァント、改造された魔星とはいえ基本的には単なる人間に過ぎないヴァルゼライドの、けれど単純なカタログスペックなど超越した理不尽としか言いようがない気合と根性による強大な戦闘力。そしてそんな総統を完全に凌駕する域にあるシャドームーンという頂上対決を濃密かつ見事に描き切った今作は大変見事なものでした。そしてそんなシャドームーンの、総統にRXの影を見ていずれ必ず自分の手で打ち倒すという信念の顕れは、彼が単なる悪役に留まらないキャラの格というものが表現されており、大ダメージを負って尚株が下がらない素晴らしいものでした。
そんな二人に奇襲をしかける天子一行も、怪我やトラウマを負わされつつも情報を掠めとりブレインの十兵衛が考察を更に一歩進めるなど躍進を続けている模様。単純な戦闘だけが聖杯戦争ではない、ということがよく分かる一幕だったと思います。
それぞれのキャラの濃さや行動の推移をさまざまに交錯させながらの一作、お見事でした。

379名無しさん:2017/04/13(木) 13:23:48 ID:LJSg.4Tg0
◆2XEqsKa.CM氏は流石にそろそろ進捗報告した方がいいのでは……?

380 ◆2XEqsKa.CM:2017/04/16(日) 18:45:30 ID:m1OG9HDQ0
報告が遅れてしまい申し訳ありません
SS自体はほぼ書き上がっているのですが投下できる環境にない状況です
今月中には環境が戻りますので、整い次第投下させていただきたく存じます
企画主様の了解が得られない場合、又は他の書き手様が予約キャラを進めたい場合は前編ごと破棄した体でお願いいたします

381 ◆zzpohGTsas:2017/04/27(木) 00:00:16 ID:w04rMT0c0
>>380
返信が遅れてしまい申し訳ございません。私としましては、氏の投下を心待ちにしておりますので、投下を希望いたします

382名無しさん:2017/05/03(水) 23:12:55 ID:7Q/R4PUo0
投下が来ない……

383名無しさん:2017/05/03(水) 23:29:49 ID:0I3v/3wM0
破棄なんだろ

384 ◆zzpohGTsas:2017/05/12(金) 23:59:57 ID:uLNzHYFc0
企画主として余りにも決断が遅かったかもしれませんが、ここで企画主としての考えを述べたいと思えます
◆2XEqsKa.CM氏は本編スタート当時から当企画に投稿されていた、卑近な言い方をしますと古株と言う事でしたので、
此方としても多少の期限のオーバーは大目に見ておりまして、そして4月中も、リアルでの事情が有ったとのことなので、4月一杯までは待って欲しいと言うリクエストも受け入れました。
ですが、流石にここまでオーバーしてしまっては、依怙贔屓と言うものが余りにも過ぎる上に、当企画にも寄与されている他の書き手様からも顰蹙を買いかねません。
よって、他の書き手様達との平等を保つと言う意味も込めまして、企画主権限を発動し、私は◆2XEqsKa.CM氏の予約を破棄と致します。
それと、これは私事になりますが、企画主である自分も、最近はリアルが忙しいと言う切実な現実に直面致しましたので、
予約の期間を従来の『1週間+3日』から、『3週間+3日』まで延ばさせていただきます。

私からの報告は以上です。

385 ◆zzpohGTsas:2017/05/14(日) 02:15:22 ID:cXLAa.0k0
死ぬ程久々ですが、

一ノ瀬志希&アーチャー(八意永琳)

を予約いたします

386<削除>:<削除>
<削除>

387 ◆hVull8uUnA:2017/05/18(木) 01:14:58 ID:vKi9/zTE0
改めましてこちらで
蒼のレストライダー(妖姫)予約させていただきます

388 ◆ZjW0Ah9nuU:2017/05/18(木) 01:33:18 ID:WkLGCWQw0
不律&ランサー(ファウスト)で改めて予約します

389お気に召すまま ◆hVull8uUnA:2017/05/21(日) 22:36:40 ID:Mb3H3Cd20
蒼のライダー(美姫)投下します

390お気に召すまま ◆hVull8uUnA:2017/05/21(日) 22:39:04 ID:Mb3H3Cd20
「面白い見世物じゃった」

高田馬場・百人町に向かって舟の船首を向け、三人の娘を伴い、地獄の釜の底の様な争乱の
最中にある新国立競技場を後にする際、妖姫が口にした言葉がこれであった。
妖姫はメフィスト病院を後にして、せつらを求め<新宿>を当て所なく彷徨っていた、ジャ
バウォックに対する殺意は些かも揺らいでおらぬが、態々探し求めて殺すまでも無い。
次に出会えば必ず滅ぼすが、出会わなければそれまでだと割り切っている。
元より放埓気儘に生きてきた妖姫が、今更何かに捉われる事など有り得ない─────唯一
つの例外を除いて。
そうしていたところで突如生じた巨大な神気を感知。
古の時代を思い起こすその気配に誘われて、競技場へ赴いた先で見たものは、太古の地母
神“アシェラト”に変貌した人間と、ソレを討ち滅ぼした銀髪のアーチャーだった。
妖姫にも、これは驚嘆に値する出来事だった。“人が人以外の存在に変わる事など妖姫には
別段驚くにも値しない。
例えば─────面を被ることによって、その面が模す存在、猿なら猿、虎なら虎の力を得
る。
果ては他者の姿形どころか技能や精神までをも、面が表すもののそれに変え、秋せつらの面
をつまらぬ男に被せ、せつらを二人にしてのけた面作りがいた。
例えば─────自身で作成した薬を飲み、己が内の獣性を解き放ち、姿形をそれに相応し
い姿に変えた碩学がいた。
例えば─────人間に異なる生物の要素を植え付け、半獣半人の怪物へと変える技術が存
在した。
例えば─────人に“神”を降ろす事により。或いは“神”を喰らうことによりその血肉を取
り込み、文字通りの“現人神”と化した人間が居た。
例えば─────妖姫に血を吸われた者がそうだった。

それらを知る妖姫ですら、あのアシェラト女神は驚愕に値するする存在だった。
半獣人に作り変えるのとは訳が違う。凡百の悪魔に変えたわけでは無い。
あれ程の高位の古の女神を、如何なる術を用いたのか現世に蘇らせてのけた術者は賞賛に値
した。
そして、その女神を、本来の力を到底発揮しておらぬとはいえ圧倒し、滅ぼしてみせたアー
チャーに対する評価も改めた。
そして妖姫は、アシェラトとなっていた人間と愁嘆場を繰り広げている、アーチャーのマス
ター、一ノ瀬志希の顔を改めて覚えた。
それまでの妖姫にとっての一ノ瀬志希とは、路上の蟻と同じ、永琳が居なければ存在を気に
留めるどころか、認識すらしないだろう。
永琳に対する評価が上昇した事で、一ノ瀬志希もまた、覚えておくべき顔の持ち主となった
のだった。
そして妖姫は、その場から立ち去る二人を見逃した。
陽の下で戦うには永琳は手強い相手であり、魔獣から受けた傷も癒えてはいない。
血を啜るなり、紅湯に浸かるなりして傷を癒す必要が有った。
そうして妖姫は、激しい闘争の気配を感じ、飛翔して新国立競技場の外壁の上へと降り立
ち、フィールドを睥睨した。
そして見た。広い競技場を所狭しと疾駆し、争覇する三人の剣士を。
縦横に 武器を戦い方を縦横に変える紅い魔剣士を。
空間を跳び、神速の嫌疑を振るい、次元を斬り裂く蒼い魔剣士を。
そして─────その二人に囲い責めにされながら、僅かも譲らず戦い抜き、深淵を穿った
黄金の英雄を。

391お気に召すまま ◆hVull8uUnA:2017/05/21(日) 22:39:38 ID:Mb3H3Cd20
凡そ人がその生涯に口にする米粒を遥かに上回る人間を見、殺し、血を啜ってきた妖姫です
ら、過去に於いて見てきた者たちの中でも最上位に入る男達。
淀んでいた血が賦活する。萎えていた邪悪な意志が喚び醒まされる。
例えせつらが腑抜けていたとしても、この男達を捩じ伏せ、膝下に膝まずかせる事で、充分に釣り合う事だろう。

「ルシファーも存外気の利かぬ奴、この様な男達の存在を告げぬとは、私を踊らせたいのな
ら、此奴らの事を告げれば、意のままに踊ってやっても良かったのに」

あの“明けの明星”が何を考えて私を此の地に呼びつけたか知らぬが、どうでも良い。
最初に出会ったアーチャーといい、此の地には過去見た事がない輩共が数多いる。
それこそ、四千年の間に下僕とした二人、劉貴と秀蘭にも劣らぬ。
従僕にしたい、そう思える存在が、まさか三人も一度期に現れるとは。
過去に滅ぼしてきた国などよりも、あの男達の一人の方が遥かに価値がある。
あの様な者達がいるのならば、この街を過去滅ぼした国の様に変えてやることもやっても良い。

「しかし誰もが従いそうにないというのがな。ベイの如き輩を増やしても仕方がない」

血を啜って下僕にしても従うとは到底思えぬ。妖眼で縛るにしても縛れるとは到底思えぬ。
彼奴等を従僕とするのは不可能だろう。

「まあ部下とにするなら丁度良いサーヴァントが居る。彼奴なら秀蘭の代わりは充分に勤ま
るだろう」

とは言えその代わりを用意するのも一手間凝らさねばならないが。

その為の策を練る為に甲板に舞い降りた妖姫の眼に、新国立競技場から転けつまろびつ出て
きた三人の娘が映った。
今日1日で散々地獄の底を這いずり回った、アナスタシア・鷺沢文香・橘ありすの三人だっ
た。
常ならば認識すらしない。地を這う蟻を気にする人間がいない様に。
だが、今はあの魔獣に受けた傷が癒えていない。傷を癒す為に血を飲む必要があった。
男の血は熱く濃い。女の血は甘く薄い。この先最上の熱い血を持つ三人の男をその牙にかけ
るのだから、先ずは逆の味の血を持つこの女達で喉を潤そう。
精神的にも疲弊の極みにあった三人は突如現れた妖姫の美貌に全てを忘却した。美しいとい
う言語すらが、仮初に用いられるほどの、人の理解や認識の範疇を超えた美。
気力体力充溢した状態でも忘我の態となるなら、疲弊しきった状態でなら己が生きているこ
とをすら忘れ果てるだろう。
白痴のように立ち尽くした今の三人は意思を喪失し、妖眼の命じる儘に行動する木偶でし
かなかった。
もし此処で妖姫が三人の格好に気付かなければ、三人の命運は此処で尽きていただろう。

妖姫 にとっては、“アシェラト”に変貌していた者が誰か、などという事は心底どうでも良い
事柄だった。
唯その“アシェラト”に変貌していた者が、メフィスト病院内で一戦交えたアーチャーのマス
ターと愁嘆場を演じていたからこそ、記憶に残っていたに過ぎない。

「お前達のその装束に見覚えがある」

嘗て<新宿>の吸血鬼達の長である“長老”孫である夜香、三万人のトルコ兵を串刺しにした
吸血魔王カズィクル・ベイを縛った妖姫の妖眼が、この<新宿>に赤く輝いた。
その双眸を見た刹那。三人は思考はおろか人間性すらをも喪失した。

「お前達の様に、命に溢れた者が数多く居る場所を教えよ」

競技場で魔天をすら揺るがす妖戦を戦う三人の丈夫(ますらお)といい、あの神箭手といい、
せつらといい。誰もが傷ついた身でその前に立つわけにはいかぬ相手だった。
特にせつらの前に立つ為には、傷を快癒させる必要がある。
この三人は使えぬ以上代わりを求める。その数が多ければ紅湯とし、少なければ飲み干す。
その思考の元に放たれた問いに、三人競い合う様に一つの答えを出した。

392お気に召すまま ◆hVull8uUnA:2017/05/21(日) 22:40:17 ID:Mb3H3Cd20




【四ツ谷、信濃町方面(新国立競技場周辺/1日目 午後2:30】

【ライダー(美姫)@魔界都市ブルース 夜叉姫伝】
[状態]左脇腹の損傷(大。時間経過で回復)、実体化、せつらのマスターに対する激しい怒り、
[装備]全裸
[道具]
[所持金]不要
[思考・状況]
基本行動方針:せつらのマスター(アイギス)を殺す
1.アイギスを殺す、ふがいない様ならせつらも殺す
2.ついでに見かけ次第ジャバウォックを葬る
3.セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)バーサーカー(クリストファー・ヴァルぜライド)に強い関心。彼らを力づくで捩じ伏せたいと思っています
4.血を飲むなり紅湯に浸かるなりして傷を癒したい

[備考]

* 宝具である船に乗り、<新宿>の何処かに消えました
* 一ノ瀬志希&アーチャー(八意永琳)、不律&ランサー(ファウスト)の存在を認識しました
* セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)バーサーカー(クリストファー・ヴァルぜライド)を認識しました
* 人間を悪魔化させる者がいる事を知りました
* 高田馬場・百人町方面に向かって移動中です
* アナスタシア・鷺沢文香・橘ありすの三人を妖眼で支配しました
* 部下としてあるサーヴァントに目を付けました

393お気に召すまま ◆hVull8uUnA:2017/05/21(日) 22:40:59 ID:Mb3H3Cd20
投下を終了します

394名無しさん:2017/05/21(日) 23:35:52 ID:bQlL/VSY0
投下お疲れ様です

志希にゃんも顔覚えられちゃったかー、これは美姫と志希組の因縁が続きそうな予感
そして折角生き残ったアイドル3人は今度は美姫に出くわしてしまうとは
これは誰もかれもが難易度マストダイですよ…

395 ◆hVull8uUnA:2017/05/25(木) 21:20:22 ID:/uP4gY4g0
マーガレット&アサシン(浪蘭幻十)予約します

396 ◆ZjW0Ah9nuU:2017/05/30(火) 01:31:34 ID:oieGq0Po0
予約分を投下します

また、回想シーンという形でですが企画主様の予約面子が登場してしまっているのと、
あまり描写に自信が持てない状態での投下になりますので、不自然な点や修正点がありましたら指摘をお願いします

397おじいちゃんといっしょ ◆ZjW0Ah9nuU:2017/05/30(火) 01:34:09 ID:oieGq0Po0
メフィスト病院の執務室のデスクに腰掛けて、老医不律は束の間ではあるが一息をついていた。
病院に絶え間なく訪れてくる患者を他のスタッフと共に捌ききり、ようやく訪れた数分間の貴重な空き時間だった。
勤務するスタッフの例に漏れず不律も多忙に追われているが、老体といえどまだ十全に戦えるほどには体力は有り余っている。
しかし、その厳格そうな顔つきの中には驚き醒めやらぬ様子がたたえられていた。

「まさか我々の知らぬ間にマスターが退院していたとはな…」

メフィスト病院に入院しており、少し前にこの病院を退院していたマスターの少女がいた。
不律がそれを知ったのは、綾瀬夕映の件の後処理を終えた直後のことだった。
自身にも支給されているPCタブレット端末を回収し、今後もスムーズにメフィスト病院の職務を遂行するべく――且つ、メフィスト病院外で起きた出来事もチェックしつつ――端末を操作して過去の患者のデータを閲覧していた。
既にサーヴァントらしき者が暴れた余波が<新宿>で確認されていることにも驚きはあったが、調べているとある患者のカルテに目が留まった。
番場――、という名前ではない。患者に対しての処置の一部に、だ。

――魔力を補填し、このまま安静。目が覚めるまで待つ。

「魔力」という単語は、聖杯戦争に関わる者には聞き流せぬ言葉だった。
医者の守秘義務も徹底されているからか、治療以外の余分な情報は記載されないからか『マスター』とは一言も書かれていないものの、
他の項目からして人間とわかる以上、魔力が重要となってくる人間となればそれこそマスターか、何者かの手に落ちたNPCのいずれかしかいない。
番場について詳しく調べてみると、その症状は死神すら裸足で逃げ出しそうなほどの惨状だった。

「左眼球の眼窩からの突出、両手両足の複雑骨折に、頭蓋骨破砕、それによる大脳の損傷、その他多数――」
【流石に、私としてもこの方の治療には少しばかり骨が折れますね】

不律の傍らで霊体化しているファウストとしても、ここまでの症状はそうそう見ないものらしい。
他方、『治せない』と言わないあたりはファウストも破格の医術を心得ているというべきか。
そして、番場の治療は院長であるメフィストが直々に行ったという。
その治療方法は理解の範囲を超えていたことは言うまでもないとして、成程、この症状で入院から退院までたったの2時間強というわけだ。
否、メフィストが治療したにしてはそれでもこの間隔は長すぎる。
メフィスト病院は1時間も経たずに患者の殆どが入れ替わるのだ。
一方で、二重人格をあの院長が治療していなかったことは、ともすれば番場の凄惨な状態よりも衝撃的であったが、そこは一先ず置いておこう。
やはり聖杯戦争の本戦の段階にまで生き残ったマスターは、一筋縄ではいかぬ連中ばかりのようだ。

【サーヴァントもおったじゃろうが――】
【恐らくは、この方と同じようにされたかと。ドクターメフィストは知識の記録に貪欲な御方です。
仮にサーヴァントも同じように治療を受けたとすれば、カルテとして記録されているのかもしれませんね】
【うむ…確かめてみる価値はある】

それを聞いた不律は、懐からタブレット端末を取り出し早速調べてみることにした。
メフィスト病院でなくとも、医療に携わる者の間では知識の共有が不可欠である。
不律にはサーヴァントのカルテを調べる権限がない――という懸念はあったが、それは杞憂に終わり、拍子抜けするほどに番場のサーヴァントらしき者のカルテがあっさりと表示された。
研究者としての側面も持つ不律からしても、メフィスト病院の技術力には舌を巻くばかりだ。
病院の再生医療に対してはかの研究を想起させるので、複雑な心境であったが。

398おじいちゃんといっしょ ◆ZjW0Ah9nuU:2017/05/30(火) 01:34:40 ID:oieGq0Po0

【バーサーカー…道理で魔力が足りなくなる筈じゃ。あのマスターも辛かろうて】
【バーサーカーといえば、元々は弱い英霊を強化するためのクラスです。狂化による強化分を差し引いても圧倒的な力量差があったかと考えられます】

やはりカルテには秘匿すべき真名は書かれていないが、これでは患者の秘密などあったものではないと思う不律であった。
クラスはバーサーカー。担当医は番場と同じくメフィストで、霊体・霊核の損傷が激しかったためにアストラル体を用いたことと、
治療が完了したと同時にメフィストに襲い掛かったため、メフィスト病院の地下に拘禁した旨が書かれている。
殺されずに済んだことが奇跡のように思える。

【しかし、サーヴァントよりも気にかかるのは――】
【何故、この主従がメフィスト病院にいらしたか…ですね。その観点から見ると、どうも不自然な点が見えてきます】

不律は端末を操作し、再び番場のカルテを表示する。
ジェネレーションギャップなどどこ吹く風と言わんばかりの手慣れた手つきだ。
周囲の規格外の才能の影に隠れてあまり目立たないが、不律も人間からすれば天才の域を大きく超える才がある。
使い方の基礎こそ役割の記憶頼りだが、メフィスト病院の機器を応用できているのは元々の能力に依るところも大きいのだ。

【番場の脳幹が無事な分、おそらくそれなりの時間はかろうじて生き永らえるじゃろうが…病院に来なければ死を免れなかったろう】
【そこです。番場さんは本当に『かろうじて生きていられる』ギリギリの状態なのです。…まるで敢えて調整したかのように】

【下手人が体の構造に詳しくないのか、私には若干粗があることも読み取れてしまいますが…】と、ファウストは自嘲気味に付け加えた。
人体というものは意外と頑丈なもので、生命維持に必要な部分さえある程度機能していれば回復せずともそれなりに長持ちする。
例えばあの夢見の患者や植物状態や脳死のように、「実質的に死んでいるが肉体は生きている」というケースは少なくない。
この番場のケースは、まさに『最小限に必要な部位を維持しつつ』『最大限にその他の部位を破壊している』のである。

【状態からして手ずから動くことはまず不可能。運び込まれたと見るべきじゃ】
【以上を踏まえると、その主従は「生かされていた」と考える方が自然かもしれません。バーサーカーが霊核を損傷しながらも同時に入院したことにも説明がつきます】

霊核が破壊されたサーヴァントは、通常では現界を保てずにそのまま消滅してしまう。
だが、この場合はアーチャーでもない限り、マスターのようにある程度生存することなく即時に魔力が霧散してしまい、生命を維持することができない。
しかし、生かされていたとなればどうだろうか。
魔力さえ供給できれば実体化はできなくとも、存在自体はこの世に留めることができる。
バーサーカーは木端微塵にされた後に、何かしらの術によって魔力を供給され、マスターと同じように無理矢理生かされていた、というのがファウストの仮説である。
確かに偶然見つけられて病院まで運び込まれたといえばそれまでだが、主従同士の戦闘が起きる場所でNPCが通りかかるのも不自然だし、かといって下手人がここまで痛めつけておいて見逃すのもおかしい。

【では、何のために――とはいうが、大方察しは付くな】
【ええ。メフィスト病院の、それもドクターメフィストの治療が如何なるものかをその目で見るためでしょう】

メフィスト病院、もといメフィストから預かれる恩恵はあらゆる主従にとって垂涎の的だろう。
現に、先ほどアーチャーの主従がメフィストに接近し、病院に勤務することになったのは記憶に新しい。
聖杯戦争など意に介さずに大規模な病院を構えるサーヴァントの敵情視察という戦略的な意味でも、メフィストの美貌とその治療を一目見れるだけで十分価値はある。
そこから得られる情報を少しでも多くするためにも、必要以上に傷を負わせたのだろう。

【本当に、酷いことをする方もいるものです…】

ファウストからの念話の声が重くなり、ほんの少しだけ怒気を孕んだものになる。
穏やかな物腰ではあるが、こう見えてファウストの内面は穏やかでなくなっているのを不律は感じた。
この場に実体化していれば義憤で手を震わせていたに違いない。
優しいやつだ、と思う。自分達もいずれ残酷な決断を迫られる時がくるかもしれないというのに。

399おじいちゃんといっしょ ◆ZjW0Ah9nuU:2017/05/30(火) 01:35:37 ID:oieGq0Po0

【文面の情報だけで真相が明らかになったわけではないぞ、ランサー。礼服の殺人鬼はともかく、下手人が返り討ちにした可能性もある】

黒い礼服のバーサーカーが無関係なNPCも巻き込んで殺戮の限りを尽くしていることは周知の通りだが、
カルテから得られた情報だけでは、その前後に何があったのかは断定できない。
ともすれば、番場の主従が下手人に襲い掛かり、逆に痛めつけられた上でいいように利用されたということもなくはない。
それは番場が単なる被害者なのではではなく聖杯を求めている――つまり、不律、あるいはファウストが斬らざるを得ない者であることも考えられるのだ。

【勿論、それもあり得る話でしょう。…それでも、女の子が血を流すというのは、どうにも苦手でしてね】

討伐令で礼服のバーサーカーの情報に触れた時にも、ファウストは不快感と怒りを露にしていたものだ。
それは罪なき多くの人々を殺めた、謀略があったとはいえ少女を死なせてしまった過去の自分自身への憤りでもあった。

【――せめてマスターだけでも、聖杯戦争から解放してあげたかったですね。望まぬ者にも戦いを強要するなど、世界そのものが病んでます】
【それは儂にもどうにもできぬ。メフィスト病院は病める者達を治すがための場所よ。蔓延る『病』から避難させるための場所ではない】

ファウストの声が、今度はどこかやるせない感情を含むものになる。
あんな目に遭って、さぞ怖かったことだろう。
しかも、番場は二重人格とのことだ。人格が解離するほどに暗い過去を過ごしていたに違いない。
元の世界は返せずとも、その身を病院に留めて聖杯戦争の呪縛から解き放ってやりたい、という想いがファウストにはあったが、それはメフィスト病院では通用しないことも承知していた。
不律の言ったように、メフィスト病院というのは病める者達のために用意された場所だ。
病と認められない者――病院の治療を必要としない者――は勤務するスタッフと患者の関係者以外はここにいてはならない。
病が完治すれば、その患者は即刻退院の措置が取られるというのはスタッフの間では常識だ。
スタッフである不律もその絶対原則を覆せるような立場ではなく、たとえ患者が退院を拒んだとしても、そこに例外はない。

【…聖杯もむごいことをする】
【まったくです】

ファウストの想いを汲み、不律も否応なしに退院させられたマスターのことを考える。
甚大な被害を及ぼす戦闘が既に幾度も勃発している<新宿>に、魔力を貪り食らうサーヴァント共々丸腰同然で放り出されることが何を意味するのかは想像に難くない。
不律は彼女を葬ることができなかったことを残念がってはいない。
かのマスターは二重人格、心の裡に鬼を飼っている可能性も無くはないといえど、自身の障害にならなければマスターをも斬る必要はない。
主従が一組脱落すれば確かに聖杯に願いをかける不律にとっては利益となるが、それとは別に彼女への哀れみが強かった。

400おじいちゃんといっしょ ◆ZjW0Ah9nuU:2017/05/30(火) 01:36:08 ID:oieGq0Po0


「――不律先生、来患の方がお見えです。問診の後に診察をお願いしたいのですが、ご準備できますか?」
「解った」


しばらくタブレット端末と睨めっこをしていると、執務室に入ってきた看護師からまた新たな患者が来院してきたことを告げられる。
ふと時計を見れば、午前の10時30分を示そうとしていた。
本当に束の間の休憩時間だったが、また持ち場に戻らねばならない時間が近づいている。

【今後も、メフィスト病院を訪れる主従が多くおる。ここで働いている以上しばらく自由には動けんが…また時間を見つけて調べられることは多い筈】
【では、それ以外では医者として働くと】
【うむ。聖杯戦争もまだ序盤。しばらくはアーチャーのようにここに籠城するのもよかろう。その過程で命も救えるのだからお主も吝かではあるまい】
【勿論ですとも!命に貴賤も、本物も偽物もありませんからな!】

そう念話で話しながら、不律は執務室を出る。
メフィスト病院に勤務している以上、その利を生かさぬわけにはいかない。
病院では医者として振る舞うとはいっても、情報収集を怠っていては他の主従に置いていかれるばかりだ。
勤務の合間を縫って、出来得る限りの情報はメフィスト病院で集めておきたいところだ。
だが、その利もメフィスト病院の医者としての責務を果たさねば露と消えてしまうのは明白。
なるべく時間に余裕を作るために、不律はやや早歩きで病院の通路を歩いていた。

「む」
「あ…」

診察室へ向かうその途上で、不律は二人の女性に出くわした。
居合独特の歩法を習得していたからか、早歩きとはいえ道行く人が見れば相当なスピードを出して歩いていたようで、対面する女性の長い髪が不律の立ち止まった拍子に揺れる。
思わず声を上げた、二人のうち片方は女性というよりはどちらかといえばあどけない少女のような印象が目立つ。
もう片方は落ち着いた、知的な雰囲気のある女性で、少女とは対照的だった。
いや、対照的というよりは、傍らにいる少女の持ちうる能力や足りない部分を全てにおいて昇華させたような、少女との師弟関係を匂わせるような女性であった。

「あら、不律先生」
「アーチャー…否、『鈴琳』先生か」
「ええ。薬科の臨時専属医として勤務することになりましたの。助手の一ノ瀬共々、改めてよろしくお願いしますわ」

二人の女性――アーチャー、鈴琳もとい八意永琳とそのマスターは、既にメフィスト病院のスタッフとして認められているのか、自身と同じメフィスト病院から支給された名札付きの白衣を着用していた。
志希もアーチャーの隣で少し縮こまりながら「よ、よろしくお願いします」とぎこちなくお辞儀する。
白昼堂々帯刀しており、常に仏頂面のような面構えをした老人を前にした苦手意識もあるだろうが、世代の違いからかどう接したらいいのかよくわからない様子だった。

(…因果なもんじゃ)

不律はそんな志希を見つつ、悟られぬように小さくため息をつく。
まさか、こうも早くに自身の前に巻き込まれたマスターを抱える主従が現れようとは。
先刻の病室でのやり取りどころか志希が病室に入ってきた瞬間から、彼女が不運にも契約者の鍵を拾ってしまった被害者であることは、ファウストにはもちろん不律にも一目瞭然であった。
魔力もなければ、不律のようにマスター単体でも戦えるような身体能力も有しておらず、修羅場慣れしているとも言い難い。
番場のように精神に異常があるわけでもなく、誰かを殺してでも叶えたい願いがあるという様子でもない。
一般人の基準では変わっているのかもしれないが、<新宿>の聖杯戦争の参加者の中では常人の範疇であった。
魔界都市の祝福そのものでもある輝けるメフィストの美貌と、どこぞの兇眼者どころか宇宙の真理よりも謎めいたアーチャーの胡散臭さなだけに、それが一層際立って見えた。

401おじいちゃんといっしょ ◆ZjW0Ah9nuU:2017/05/30(火) 01:36:43 ID:oieGq0Po0





【…不律さん】

ファウストが念話にて、不安げに声をかけてくる。
この主従については今後どうするつもりであるのかを、マスターに聞いているのだ。
無論、不律にはファウストがどのような答えを望んでいるのかはわかるし、不律自身もそう考えていた。

【…アーチャーが院長に取り入った目的はマスターの保護じゃ。建前の可能性もあるとはいえ、一ノ瀬を見れば確かに理に適っている】

アーチャーがメフィスト病院で何を企んでいるのかはさておき、病院――もといメフィストに接近してきた動機だけを見れば特におかしくもない。
得体の知れないサーヴァントの陣地に足を踏み入れるリスクはあれど、メフィスト病院は不律が先ほど言ったように籠城するのには最適な場所だ。
マスターが貧弱ならば、尚更ここに入るメリットは大きくなる。
メフィスト病院の防衛システムと医療技術に守られているというだけで、マスターが討たれるという懸案はほぼ解決してしまうとも言っていい。
…それだけに、退院していったマスターが出る際にどんな思いをしていたかが容易に想像できる。

【正直、私としてはこのまま成り行きで同盟を組んだままにすることをお勧めします。もちろん、志希さんの命を救いたいという気持ちもありますが――
アーチャーが敵に回したくない相手というのもあります。あの方の実力は未知数ですが、私の予測では相当な難敵となるのは間違いないかと】
【誠か】
【はい…恐らくですが、ドクターメフィストと肩を並べているといっても過言ではありません】

ファウストはメフィストと対峙していたアーチャーの姿を思い返す。
あの時感じた深淵を覗いたが如き悪寒は、アーチャーというサーヴァントの格がメフィストに匹敵し得ることを肌に知らせていた。
あの一切の妥協も許さない美の魔人の首を縦に振らせただけでなく、優秀とも言わしめたのだから単なる薬師の英霊である筈がない。
不老不死の薬といい、卓越した魔術といい、最高水準の魔力のランクといい、アーチャーは膨大な知識と才能をその魂に刻み込んでいるのは明らかだ。
未だ彼女の戦闘を見たことがないゆえに断定はできないが、戦闘に転用できるものは星の数ほどに上るだろう。

【現時点で明確なアーチャーの弱点は――】
【それ以上はいけません、不律さん】
【…わかっておる。儂も、その可能性については考えたくはない】

弱点とは、言うまでもなくマスターの一ノ瀬志希である。
このアーチャーというサーヴァントを討つという状況において、無力なマスターというこれ以上なく露呈した弱点を狙わない主従はそういないだろう。
それを承知しているからこそ、アーチャーもここにいる。
ここはメフィスト病院。聖杯の恩寵を望んでいるとしても、自ら刀を振るってはいけない。
病院で患者を殺し得る力が振るわれた時、病院そのものが牙を剥くのだから。

【どちらにせよ、アーチャーを相手にすることを考えるのは時期尚早じゃ。この主従と敵対する理由はない】

【今のところはな】と不律は付け加える。念話を通して、ファウストの安堵が伝わってくる。
強力なサーヴァントを従えながらも、聖杯を望まない巻き込まれた少女のマスター。
無力なマスターに対してはサーヴァントのみを討つという方針の不律の主従にとっては、ある意味では最も苦手とする相手だった。
不律とて、斬る必要のない相手は可能な範囲内であれば生かしておきたいというのが本心だ。そういう意味でも、この主従には敵対してほしくはないと思う。
また、一ノ瀬志希がメフィスト病院にいることができているのはアーチャーの影響が強い。
仮にアーチャーを討ち取ったとしても、一ノ瀬志希はメフィスト病院にいられなくなるだろう。
サーヴァント無しで<新宿>に放り出されては、一ノ瀬志希は死んだも同然だ。

【院長の言っていたように、アーチャーが慈悲深いことに嘘はないじゃろう。…尤も、プライドも高いようじゃが】
【でなければ、一ノ瀬さんをそのままにしておくとも限りませんしね。マスターを変えずにメフィスト病院に来たのもそのためでしょう】

アーチャーに何らかの下心はあれど、一ノ瀬志希を帰すために現界していることは偽りではあるまい。
それならば、一ノ瀬志希とアーチャーをそのまま据え置くことは不律も吝かではなかった。
共同戦線を組むかはまだ不明だが、アーチャーから何か有力な情報が得られればそれに越したことはない。
もし聖杯戦争の過程でアーチャーがメフィスト病院に反旗を翻したとしても、状況を鑑みてメフィストの下についたままにするかその場に乗じてアーチャーにつくかを見極めればいい。
アーチャーがメフィストと肩を並べているのであれば、それはメフィスト打倒の一手になり得るということでもある。
しかし、メフィスト側につくことになった場合は…一ノ瀬志希は見捨てるしかないだろう。

402おじいちゃんといっしょ ◆ZjW0Ah9nuU:2017/05/30(火) 01:37:19 ID:oieGq0Po0





「どうかしましたの?私の助手が何か」

しばらく無言で互いに向かい合っていたからか、痺れを切らしたようにアーチャーが口を開く。
どうやらあちらも暇ではないようで、大方これから薬科の持ち場へ向かうところだろう。

「いや…お主らがうまく専属医として務まるか気になっただけよ。…アーチャーには愚問か」
「ええ、愚問ね。先の案内で薬科に関連する場所は既に把握しています。一ノ瀬についても私がみっちりと指導致しますわ」

不律に対し、アーチャーは言ってのける。
一ノ瀬志希はともかく、メフィストに認められたのだからすぐに馴染むだろうとは不律自身も思っている。
アーチャーの顔には柔和な笑みが浮かんでおり、一見温かい印象を受けるが、その裏では何を考えているのか見当がつかない。
アーチャーの傍らでは、志希が怯んだ表情をしながら横目で己がサーヴァントを見ていた。
「みっちりと」に何やら嫌な予感を覚えたようであった。

【あの方は、随分人遣いが荒いようですな】
【…若い内にそういった経験をしておくのもいいじゃろう】

ファウストは、内心で志希に同情する。今のアーチャーの笑みは、余興を楽しむ時の顔だ。
ファウストが思うに、アーチャーはかなりの年月を生きているらしい。
途方もない時を長生きした者は、見出した嗜好への期待を隠すことは難しいものだ。
一方で、不律は周囲に妙な違和感を覚える。此処が病院とはいえ、人の気配がしなくなったのだ。

「それよりも貴方のサーヴァント、私達に用があるのではなくて?まさかこんな場所で人払いの術をかけるなんて」

アーチャーの言葉を聞いて、不律は顔色は変えずとも僅かに目を見開く。
志希が小さい悲鳴を上げながら不律の隣へと視線を移していたので、不律もそれに倣って顰めた目を隣へ向けると、実体を得たファウストが既に現界していた。
どうやら不律の意図しないところでファウストは霊体化したまま、人払いの術を周囲に施していたらしい。

「おや、やはり貴方には見抜かれてしまいますか」
「私の知る魔術とは少し違うみたいだけれどね」

ファウストは丁寧な物腰で話しているが、そのまま直立しているせいで見る者を圧倒させる威圧感に満ちている。
3m近い巨体に加え、長身に比してあまりにもスレンダーな身体に、頭に被った紙袋の織り成す異様な風体は、魔の道に堕ちた医者のそれを連想させる。
そんなファウストの姿を改めて視た志希は、顔を青くしつつ乾いた怯え笑いを浮かべながら、後ずさりさえしていた。

「あわ、あわわわわ…」
「あのー、そこまで怖がられると流石に傷つくのですが…」

ファウストが落ち込んだように首を傾げる。
しかしその首はきっちり180度、つまり首が完全に半回転してしまっており、逆さになった紙袋から覗く光に志希は蛇に睨まれた蛙のようにすくみ上がった。

「…あまり、私のマスターを怖がらせないでもらえるかしら」
「えー、私としたことが失礼しました。患者を見下ろすのは医者としても褒められたものではないですからな」

コホンと一呼吸置いてからファウストは志希に詫び、足を屈めて人並みの身長に合わせる。
メフィストの美貌に比べれば霞んでしまうものの、ファウストの外見は常人からすれば相当なインパクトを持つだろう。
百聞は何とやらとは言うが、やはり実際に見た方がその時に感じる感情の振れ幅は大きくなる。
しかし、メフィストの美貌に当てられた時のそれとは違い、世界の深淵を見た時のような明確な恐怖と驚嘆の混じった呆けが浮かんでいた。
なお、不律は奇妙な挙動をする輩は多く目にしてきたのですぐに慣れ、ファウストはそういうサーヴァントだと割り切っている。

403おじいちゃんといっしょ ◆ZjW0Ah9nuU:2017/05/30(火) 01:37:49 ID:oieGq0Po0

「ランサー…何か話したいことでもあるのか?」
「いえ、特に用事もございませんが、折角ですし自己紹介をと。一方だけで終わらせては不公平ですから」

不律の問いに対し、ファウストが答える。
成程、先ほどの夢見の患者をメフィストと共に診た時にはアーチャーの臨時専属医としての採用の可否のみで散会し、こちらから話す機会がなかったといえばそうだ。
しかし、自己紹介とは言ってもクラス名や医者であることくらいしか話すことはないはずだ。
また、互いに一度会っているため、一ノ瀬志希を通してファウストの情報が伝わっている可能性も高い。

【一体、何のつもりじゃ…儂は許可を出した覚えは――】
【最低限、交流を持っておくのもいいと思いまして。志希さんもアーチャーも、今は不律さんの同僚です】
【しかし――】
【…たとえ貴方の心身が鉄だとしても、孤独を貫かねばならないということはありませんよ?相手の存在を知るだけでなく、人についてもある程度触れておいた方が今後のためにもなります。
成り行きとはいえ、同盟関係になったのですから。それに、アーチャーの今後の動向を見るヒントを得られるやもしれません】
【むぅ…】

「貴方のクラスは既にマスターから聞き及んでいるわ。医者であることも一目瞭然。今更自己紹介なんて、不要ですわ」
「まあ、そうおっしゃらずに。仮初の役職とはいえ、我がマスターと同じメフィスト病院の専属医になったのですから」
「そうは言っても、貴方達もそれ以上の情報は明かしたくないのではなくて?手の内を知られたいというのなら、喜んで聞かせてもらうけど」
「いやはや、これは手厳しい」

ファウストは小さく笑いながら、アーチャーに応対する。
二人の対話を、不律は顔の皺を深くさせて、志希は不安げな顔で見守っていた。
この場がメフィスト病院内であるが故に戦闘が起きる心配はないが、それでもNPCのいない空間で英霊が対峙している状況というものは、その気がなくとも張り詰めた緊迫感を生む。

【ランサー…アーチャー達と話すことは認めよう。しかし、あまり深入りせぬようにな】
【と、言いますと?】
【確かに、儂らとアーチャー達は客観的に見れば同盟なのやもしれぬ…が、あくまでアーチャーが取り入った相手は院長じゃ。
アーチャーからすれば儂らは眼中にすらない危疑があることをくれぐれも忘れるな】
【私としても、その可能性は勿論視野に入れております。マスターの言葉とあらば…肝に銘じておきましょう】
【アーチャーは、確かに慈悲深いじゃろう。しかし同盟とは言っても過度に依存すると、儂らがトカゲの尻尾切れにされるやもしれぬ】

不律は念話でファウストに忠告する。
成り行きで同じ場所にいるものの、現時点では、未だ互いに偶然遭遇した参加者程度の関係でしかないのだ。
下手に近づきすぎると、いいように利用された上で背後から討たれないとも限らない。
しかも、相手はあの癖者で底の見えぬアーチャーだ。ともすれば、アーチャーの能力で不律がどんなスタンスかが既に割れているということも考えられる。
そうでなくとも、アーチャーならばいざという時には非情な選択肢も躊躇なく取れる人物であるという確信に近いものがあった。

【――それこそ、一ノ瀬を守るために】

アーチャーには慈悲があるかもしれないが、それは慈悲が向けられる相手次第だ。
マスターを守るために、同盟相手を切り捨てる――願いをかける不律にとっては取ってほしくない選択肢である。
ゆえに、慈悲深いことと信頼に足ることは同義ではないのだ。

【アーチャー達との共闘も悪くない。一ノ瀬も生かしておく。しかし、この主従とはある程度距離を置く。今はまだ、見極めねばならぬ時期じゃ。よいか、ランサー】
【了解しました】

404おじいちゃんといっしょ ◆ZjW0Ah9nuU:2017/05/30(火) 01:38:12 ID:oieGq0Po0





「けど、殊勝な心掛けね。材料が揃えば妖怪用の薬くらいは処方してあげるわ」
「よ、妖怪用ですと!?この私のどこが妖怪に見えるというんですか!?」
「全部、かしら」

その人間の肉体構造からあまりにも逸脱した身体に一瞥もくれず、アーチャーは無慈悲に返した。
念話では真摯な一方で、実体として話しているファウストはそれを感じさせない。
妖怪扱いされたことがかなり心外なようで、驚いているのを誇示するかのように首をろくろ首のように長くしながら、2m以上に伸ばした腕を大げさに仰いで見せる。
それを志希は絶句しながら見守っていた。

「人間用のもので結構です!何やら毒になりそうな響きなので。あ、そうだ、もし薬を調合していただけるのでしたら――」
「残念だけど、育毛剤の処方は受け付けていないの。髪の毛がないのは病じゃないですもの」
「そんなあ!?」

それを聞いてファウストは項垂れて残念がっていたが、頭の紙袋がひとりでにゴムのように伸びたかと思うと、
気を持ち直したかのように鞭打って元の大きさに戻り、アーチャーに向き直った。
不律は、アーチャーがファウストの被る紙袋の中身を見通した上で言葉を先取ったことにはもはや驚けなかった。

「…変な奴だとは思ってやるな。此処では最も『医者』らしい医者じゃ」
「えっ?あっ、はい」

ファウストの身体変化を見て現実逃避するように立ち尽くしていた志希に、不律は声をかける。
人付き合いの苦手な人間のするようなぎこちない反応が返ってくる。
あまり会話をする気はなかったが、ファウストを誤解されたまま別れて今後の行動に支障が出るのは拙い。
ファウストは言わば人間より一歩進んだような存在だが、やはり人間だ。妖怪のような怪物では一切ない。

「でも、二重の意味でへんたいしてるっていうかなんていうか〜…」
「…否定はしまい」

とはいえ、これはまだ序の口で、実際ではカエルの如く舌をしならせたり唐突に花を咲かせたり、首が取れたりするのだが。
それ以上、会話は続かなかった。
夢見の患者の件からしばらく経ってからの、束の間の対面だった。






405おじいちゃんといっしょ ◆ZjW0Ah9nuU:2017/05/30(火) 01:39:26 ID:oieGq0Po0




今から四時間程前のことを思い返しながら、不律は手術室で一人、受け持った患者の手術を黙々と執刀していた。
この患者は、メフィスト病院の襲撃者(ジャバウォック)の件での被害者ではなく、元々メフィスト病院に入院していた難病の患者である。
襲撃者によって傷ついた患者は、どんな惨状であろうとものの30分でメフィスト病院お抱えの専属医が全て完治させてしまった。
もちろん、それには病院前での治療を担当した不律や、あのアーチャーも含まれている。
異常事態から元通りになったメフィスト病院で、不律は元通りの役目をこなしているに過ぎないのだ。

では全て元通りになったかというとそんなことはなく、襲撃により防衛に割いた約1時間の空白は、未だ治療を受けていない患者が増えるということも意味していた。
1時間足らずでほぼ全ての患者が退院できるメフィスト病院には、1時間治療を受けられない時間帯があった分、平時の倍以上の患者が押し寄せる事態となっていたのだ。
不律の所属していた診療科は特にその皺寄せを受けることになり、病院前での治療から休憩無しでそのまま患者の手術の執刀を受け持っている。
やはり忙しくなっただけあって人手も足りないため、数あるメフィスト病院の手術室で不律は一人で手術に当たっているというわけである。

病院前で展開していた急設の手術設備の片付けは担当しなかった。それにかける時間分、患者の治療に専念しろということだろう。
設備の片付けを担当した者――アーチャーと一ノ瀬志希を始め、今回の皺寄せをあまり受けなかった診療科のスタッフには多少の休憩があるようだが、特に理不尽は感じない。

聖杯戦争開幕前からメフィスト病院で専属医をしていたこともあり、その手術の手際は見事なものだ。
実に、一人しかいない筈の手術室が、二人、あるいは四人に分身しているかのごとく素早い作業を行っていた。
これは比喩でもなんでもなく、手術の一工程から、心拍数、麻酔などの各確認を済ませ、次の工程に必要な道具を助手無しで取り揃えるまでの過程を5秒から10秒のローテーションで繰り返す。
傍から見れば、肘から先はあまりの速さに霞んで見え、数秒ごとに手術室を所狭しとテレポートの如く瞬間移動して回る不律の姿が目に入る。
このメフィスト病院の医師にも劣らぬ業は、不律の装備している電光被服の成し得るものであった。
電光被服には単純な身体能力だけでなく、動体視力や身体の精密操作といった神経由来の能力も強化されるため、
本来は戦闘でしか使わぬものだが、これと持ち前の知識を手術に応用することでメフィスト病院の専属医足りえる腕を発揮し、その資格を得ていたといえる。
むしろ、不律としては電光機関無しで自分以上の腕を持つ医師がいること自体がもはや常軌を逸していると言いたいものなのだが。

こうしている今も不律は懐の電源装置から電光被服に電気を送り込みつつ、独り手術を進める。
あと数分ほどで手術を終わらせることを目標にし、テキパキと患者の患部を治療する中で、不律は病院襲撃の件で邂逅したあの美しき吸血鬼――ライダーの言っていたことが脳裏に蘇る。

――魔界医師は敵対するよりも利用してやる方が都合がよい。

…仮にも、いずれメフィストを倒さねばならないと認識していながらも、その通りだと心底感じてしまう。
襲撃者の騒動による被害を短時間で修復してしまうダメージコントロール能力もそうだが、やはり恐ろしいのはメフィスト病院の防衛システムだ。
その存在だけは記憶していたが、いざ異常事態に陥ってそれを直に目にするとその凄まじさが改めて痛感させられるというものである。
件の襲撃者のサーヴァントも、それと対峙したという警備員から聞いた話だけでもかなりの難敵であろうことが伝わってくるが、
メフィストが直々に出向くまでの事態となり、あまつさえその手から逃れたのだから実際に尋常でない実力を持っているといえる。
それとは別に問題なのは、メフィストが出てくるまで動いていた防衛システムが同僚曰く「第一段階」ということだ。
つまりかの襲撃者でも「その程度で済む」のであり、その後に第二、第三の更なる防衛線が張られているということでもあり、ここがメフィストの陣地内であることを再認識させられる。
既に自明のことだが、病院内でメフィストに戦いを挑んでも勝ち目はない。

406おじいちゃんといっしょ ◆ZjW0Ah9nuU:2017/05/30(火) 01:39:55 ID:oieGq0Po0

となれば、やはりメフィストを相手にするならば病院外でなければどうしようもないだろう。
しかし、それだけでは全く以て足りないこともまた理解してしまう。
メフィスト病院という未だに未知の領域が山ほどある陣地の中で、メフィストは今も新たなシステムや装置を業務の片手間に作っているに違いない。
どんなにメフィストへの対策を練っていたとしても、彼はそれ以上のものを即座に用意していとも簡単に破られるであろう。
また、空間の謎が既にメフィスト病院に施されていることからして、ファウストの十八番の一つである空間転移や空間歪曲をも会得しているといっていい。
ファウストの得意分野をもカバーされているとなると、やはり厳しいというレベルではない。
そのことは、真っ向から戦っても不律とファウストのみでは彼を討つことは今後も億に一もないことを意味していた。
まさに、前途多難と言わざるを得ない。

「……」

縫合を終え、手術が無事終わったところで、不律は手を止めた。
メフィストと彼の抱える病院が如何なるものかを思い知る機会はたった半日で数知れずあった。
そして、<新宿>にはメフィストの他にもアーチャー、吸血鬼のライダー、そして先ほどの襲撃者や討伐対象のバーサーカーのように、規格外の強者であふれかえっていると来た。
そんな魔境<新宿>の聖杯戦争において、不律の主従はどうすれば聖杯に近づくことができるだろうか。

「やはりこの<役割>は、おいそれと手放してよいものではない…か」

真っ先に浮かんだのは、メフィスト病院から受けられる恩恵を受け続けること。
いずれ一戦を交えねばならぬだろうが、幸いなことにメフィストは聖杯にかける願いはないという。
患者を傷つけた者以外は無差別に受け入れている分、こちらから手出ししない限り報いは受けないということだ。
やはり、いくら時間がかかろうとも、機が見えるまではこの役職に甘んじた方が遥かに賢い選択肢だと、不律は思った。
その間にメフィスト病院で力をつけることは十分に可能だろう。
同時に病院内で他の主従の情報を得られれば、有利にはなっても不利になることはない。
それらのためには、以前よりも積極的に院長や他のスタッフに働きかける必要が出てくる。

(…思えば、アーチャーの狙いはマスターの保護だけでなくこちらにもあったのやもしれぬ)

ふと、メフィスト病院の専属医としてではなく聖杯戦争のマスターとして勝つため考えを巡らせると、アーチャーがメフィストに接近したもう一つの可能性が浮かび上がってくる。
アーチャーのマスターの非力さに目が行って見えていなかったが、確かにメフィスト病院は情報以上に有用な道具が豊富だ。
例えば不律の持つタブレット端末のような、メフィスト病院備え付けの道具を手に入れることができれば、憂いの5つや6つが吹き飛ぶといえよう。

「しかし、勝つためには外部の詳しい情報を得ることもまた必要…」

他方で、それは同時に専属医としての役割を果たさねばならず、<新宿>での行動に大きな制約ができてしまうということでもある。
メフィスト病院のタブレット端末で病院外での事件を調べられるとはいえ、集められる病院外部の情報には限度があり、具体的なサーヴァントの情報が届かないデメリットもある。
そのデメリットを解消するとなると、自身やファウストの代わりに足となって情報を収集し、連絡を取り合える人物――詰まる所、同盟が必要となる。
病院には今まで相当数の主従が出入りしただろうが、同盟を組むためには勤務の合間を縫って病院に属さない主従とのコンタクトは必須だろう。
幸い、メフィスト病院の専属医としての立場のおかげで交渉で切れる手札には事欠かない。メフィストの機嫌を損ねない範囲で小出しにしていけば問題はないだろう。

勿論、相手は選ぶ。アーチャーやかの兇眼者のような胡散臭い輩は、正直言って苦手だ。特に後者とは不律の過去をぶり返されたことが原因で一戦を交えたことがある。
高望みであることは承知だが、一時的な同盟を結ぶならば互いに思惑はあれど、為すべきことを果たしてくれる信用に足る人物でなければ安心はできない。
何はともあれ、今後時間が空けば、メフィスト病院を訪れた主従の中から秘密裏に連絡を取れる人物を探すことも視野にいれておくべきか。

407おじいちゃんといっしょ ◆ZjW0Ah9nuU:2017/05/30(火) 01:40:25 ID:oieGq0Po0

「頑迷固陋…儂も未だ幼き子よ」

患者の安定を確認し、手術の後片付けを済ませた手術室で、不律は独り言ちた。
4時間程前にファウストから言われたことを思い出す。

――相手の存在を知るだけでなく、人についてもある程度触れておいた方が今後のためにもなります。

確かに、その通りだと今では思う。
これまで不律は、聖杯戦争でもファウスト以外の人物とは必要以上のことはあまり話さないつもりだった。
同盟を組んでも、最終的に聖杯を得られる主従は一組だ。成り行きやその場で一時的な共闘こそすれ、結局は自分以外の全サーヴァントが命を落とさなければ意味がない。
ファウストも決して弱いサーヴァントではないこともあり、情報を得るべく他人に頼ることはあれど基本的に同盟を組むのにはあまり積極的ではなかった。
不律自身、<新宿>に来る前まではほぼ単独で行動していたために、堅実に一組一組を斃していく方が性に合った。

『医者として振る舞う』方針もそういうことだ。
本来は従来の方針故にこちらから仕掛けてもおかしくはなかったが、メフィスト病院では決して戦ってはならない以上、
目の前に主従がいても事務的な対応をしてその存在を認識するだけに留めておく、いずれ命を落とす者の人柄を知っても心労が増えるだけ、の筈だった。

しかし、強者のひしめく聖杯戦争の状況はもはや不律とサーヴァント一騎だけでどうにかなる問題ではない。
役職や同盟も駆使していかねば、最悪詰んでしまう可能性がとても大きいのだ。
そして役職にしろ、同盟にしろ、うまく活用するにはまず相手の「人」について詳しく知らなければならない。
メフィスト病院の機器や情報を得ようにも院長やスタッフと交渉せねばならないし、同盟を組むならば尚更、相手がどんな人物かを知ることが今後の明暗を分けるという場面も出てくる。
相手の存在を知るだけでなく、どんな奴かを知ってようやくスタートラインに立てるのだ。
たとえ心身が鉄だとしても、孤独を貫かねばならないということはない。
ファウストの言っていたことがよくわかる。

(儂も、折れる必要があるか)

このままでは、心まで折られかねない。
不律の心身は、確かに鉄だった。
しかし、鉄にもまた融点があった。

「オペ終了、成功です!」

その時、突如手術室にどこからともなく声が響く。
直後に床に大きなドアが出現したかと思えば、そこから生えるようにファウストが現れた。
ドアの向こう側には、不律のいる手術室と同じ光景が垣間見えていた。

「…お主も終わったか」
「ええ、久々なので少々気合いが入ってしまいましたが、バッチリです」

指でOKサインを作りながら、ファウストは答える。
ファウストには、不律が受け持っていた別の患者の治療を任せていた。
現在、メフィスト病院はこの通り患者が平時よりも多いので、中には複数の患者の手術を同時に任されている医師もおり、不律もその一人であった。
何を無茶なとも思ったが、それをやり通してみせるのがメフィスト病院の専属医なのだろう。
そこで、不律は同時に手術できるという意味でも、ファウストに不律の担当している患者の一人の治療を受け持たせることにした。
メフィスト病院ではファウストを使わないと肝に銘じていたとはいえ、それは要するに攻撃能力を使わないというだけだ。
病院にいるにも関わらず、その腕を振るうことができないでいてはファウストも息が詰まるだろう。
少しでも多くの命を救うことを使命とするファウストがそれを断るはずもなく、嬉々として引き受けた後にメフィスト病院の専属医と変わらぬ早業で病を完治させてきたところだ。

「こちらもこの通り、終えたばかりよ」
「お見事です!私も、負けてられませんね」
「今から報告と、治療を待つ他に患者がおらぬか問い合わせにいく」
「ご一緒します」

そう言って、ファウストの姿は不可視の霊体となり、不律の後ろにつく。
不律はメフィスト病院の白衣を身に纏い、手術室を出た。

【ところでランサー…少しばかり話したい事がある】
【はて…?お聞きしましょう】






408おじいちゃんといっしょ ◆ZjW0Ah9nuU:2017/05/30(火) 01:41:03 ID:oieGq0Po0




不律はメフィスト病院の通路を早めに歩きながら、先ほど考えていたことをファウストに伝えた。
それは不律が人との繋がりを重視し始めたことでもあり、不律が今後生き残れる可能性にも繋がるため、ファウストは歓迎した。
あの吸血鬼やメフィストについても脅威に思っていたのはファウストも同じだ。
あれに単騎で、しかも真っ向から立ち向かっても、生き延びることは難しいだろう。
可能な限りの命を救う――ファウストにとっては、無論不律の命も含まれているのだ。
しかし、病院の様子を見ていると、悠長に念話をしている場合ではないことが伝わってきた。

【手術室に入る前よりも、更に慌しくなっておるな】
【また、只ならぬ事態が起きたようですね】

周囲を見てみれば、医師や看護師問わず、あらゆる病院のスタッフが忙しそうに東奔西走していた。
不律が手術に当たっている間に、かなり状況が変わっているのを肌で感じた。
ファウストの言う『また』とは先刻の襲撃者の件に他ならない。
またメフィスト病院に対する襲撃者かと身構えもしたが、どうやらそういう話でもないようだ。
たった今、生々しい傷を負った患者がベッドに寝かされ、不律とすれ違う形で搬送されていくのを目にした。
どちらかといえば病院の外で起きたことが原因らしい。

「如何した」
「不律先生!ロビーで多数の患者が搬送されてきています。先生もロビーへ応援に向かっていただけますか?」

不律は近くを歩いていた看護師に声をかけ、何があったのかを把握するために話を聞いた。
看護師の話によれば、メフィスト病院の近場にある新国立競技場に黒い礼服の男が乱入して大規模な殺人が起こったようで、その余波で負傷した患者がこのメフィスト病院に押し寄せているとのことだ。
間違いなく、「また」<新宿>でサーヴァントによる騒動が起きたのであろう。
こうも<新宿>のあちこちで主従による被害が湧き起こっているのを鑑みると、初っ端から白昼堂々好き勝手にやる主従が多すぎると溜息を禁じ得ない。

【…ッ!あの礼服の殺人鬼が…!!】
【落ち着け、ランサー】

ファウストが霊体でありながらも、耳を塞ぎたくなるほどの憎しみを声に滲ませる。
不律が宥めるも、ファウストはしばらく礼服の殺人鬼への怒りを抑えきれなかった。
霊体化を解かなかったのは最低限理性が残されている証か。

【今は情報を集めることが先決、討伐対象に憤るのはその後じゃ】
【失礼、取り乱しました。…あのバーサーカーの所業は、『ファウスト』でなかった頃の私を思い出してしまいますので】

ファウストも「元」がつくとはいえ、殺人鬼だ。どんな美談が後につこうとも、その罪過が消えることは永劫にない。
ファウストに「過去への後悔」があるとすれば、彼にとって礼服の殺人鬼は「過去への後悔」を象徴するものであった。
後悔というものは、誰しもが消したくなるものだ。

「ロビーにはすぐに向かう。…ところで、その新国立競技場での事件はどこで知り得た?」

ファウストの何とも言えない感情を念話越しに感じながらも、不律は看護婦から事件の情報の出所を聞く。
勤務中でも、非常時ならばそれに乗じてある程度は自由に動けるが、流石にメフィスト病院を飛び出して国立競技場に行くとなると役職を失いかねない。
ファウストには悪いが、ここは我慢してもらうしかないだろう。
できれば、病院で知り得る限りのより具体的な情報がほしいところだ。

409おじいちゃんといっしょ ◆ZjW0Ah9nuU:2017/05/30(火) 01:41:38 ID:oieGq0Po0

「患者の方から直に聞いたのと…もっと早いものだと、その様子が病院のテレビスクリーンに映されていました。私も見ていましたから。私のいた場所だと、薬科の休憩室ですね」
「テレビに映っていたのか」

流石の不律も、驚きのあまり思わずオウム返しをしてしまう。
何と、件の殺人はテレビで生中継されていたというのだ。
その放送を直に見ていたというのに、この看護婦はやけにあっさりしている。やはり魔界病院のスタッフだからか、相当に修羅場慣れしているらしい。
それよりも、生中継されていたということは、<新宿>どころかかなりの広域にわたって事件の様子が広められたということになる。
何故、人の目につくような場所に敢えて殴り込むのか――という疑問が浮かんだが、それも後回しにして新国立競技場でそもそもどんな催しがあったのかを聞く。
不律とて、モラトリアム期間でも情報収集を怠っていたわけではなく、ニュースや新聞くらいは見るようにしていたが、殆ど記憶にないとなると余程不律の眼中になかったことになるであろう。

「ご存じないのですか?人気アイドルのライブですよ、346プロ主催の。<魔震>からの復興20周年のコンサ-トイベントだそうで」
「あいどる…?…若い者の文化は、儂にはよくわからぬ」

成程、不律の記憶にはほとんど無いわけだ。
そもそも不律は世代が世代なだけにアイドルのような若者の文化に対してはあまり理解がなく、たまに小耳に挟んだりその様子を見てもそこまで関心は持たなかった。
新聞やテレビでも宣伝は何度か目にしていた筈だが、さして気にも留めていなかったのだ。
ところが、更に重要な情報が看護師の口から出てきた。

「何とも、一ノ瀬さんの友人が出ていたそうです」
「何っ、一ノ瀬の関係者がか!?」
「ええ、一ノ瀬さんもアイドルのようで、全部本人から聞いたのですが」
「…件の惨劇を見て、一ノ瀬は如何した」
「すごい形相で、休憩室を飛び出していきましたよ。私はその後すぐに復務したので、戻ってるといいのですが」
「…そうか、礼を言う。時間をとらせたようで済まぬな」

看護婦に別れを告げ、不律は足早にその場を離れる。
今頃は外で設備の片付けに当たっていた者の休憩もとっくに終わり、勤務に戻っている頃だ。
これからどこへ向かうかというと、薬科の方面である。

【不律さん。これは、嫌な予感がしてきましたよ…!】
【奇遇じゃな。儂もそう思っておる】

何のために行くかといえば、アーチャー達が戻って来ているかどうかを確かめるためだ。
確かに直ちにロビーへ行って患者の受け入れにあたるべきだろうが、一度薬科へ寄ってアーチャー達の様子を見に行っても職務怠慢とは見なされないだろう。
しかし、一ノ瀬志希の場合は別だ。
あの院長のことだ、休憩時間を超えて患者の治療を怠っていたとなれば黙ってはいまい。最悪、解雇もあり得る。
また、休憩室を飛び出していった一ノ瀬志希に対して、アーチャーがどう動いたのかも気になる。
それも含めての寄り道だった。

「何いっ、鈴琳先生がいない!」

1分も経たずに薬科の休憩室がある場所に移動すると、やはり薬科のスタッフの大声が聞こえてくる。
その付近では、周囲よりも慌ただしさが段違いに大きかった。
数人の白衣を着た医師や看護婦が慌てた様子で話し合っており、案の定アーチャー達は戻っていないようだった。

【どう見る、ランサー】
【個人的な感情抜きでも、ここは助け舟を出しておくべきかと。アーチャーは敵に回せば厄介ですが、それは味方にすれば心強いということです】
【うむ…違いない】

ここは、やはりアーチャーと一ノ瀬志希が帰って来た時を見越して口利きをしておくべきだろう。
まだあちら側がどう考えているかは不明だが、少しでも恩を売っておけば、今後は多少なりとも楽にはなる。
不律としては警戒はまだ解いていないとはいえ、少なくとも敵対する可能性は薄れると見ている。

【尤も、アーチャーならば一人でどうにかしてしまいそうではあるが…】
【できることは全てやっておくべきですよ、不律さん。いらぬ気遣いだと言われるやもしれぬでしょうが――医者は、お節介を焼くくらいが丁度いいですからな】

ファウストの言葉を聞いて踏ん切りがついたか、不律は薬科のスタッフに近づいた。

410おじいちゃんといっしょ ◆ZjW0Ah9nuU:2017/05/30(火) 01:42:44 ID:oieGq0Po0

「少しよいか」
「不律先生!」

集まっていた薬科のスタッフが一斉に不律の方へ向く。
その中の一人が、「聞いてください!」と言おうとしたのを不律は制し、口を開いた。

「鈴琳先生についてじゃが、言伝を預かっておってな」
「鈴琳先生のことで、何かご存知で!?」

薬科のスタッフの一人が、食いつくように不律に聞き返してくる。
その表情は心配半分、焦燥半分といったところか。

「先ほど新国立競技場であった殺人事件については耳にしておるな」
「ええ、まあ…」
「そのことじゃが、鈴琳先生とその助手はその事件現場に赴いておってな」

薬科にいたスタッフのほぼ全員の顔に、今度は疑問符のついた怪訝な表情が浮かび上がる。
何を言わんとしているのかは不律にもわかる。丁度それを、スタッフの一人が聞いた。

「では、なぜ新国立競技場にまで?」

何故。メフィスト病院の医者でなくても誰しもがそう思うだろう。
本来医師が行うべき治療をすっぽかしてまですることがあった理由がなければ、納得するのは難しい。
そして、不律は「それはな」と言ってから息を少しばかり大きく吸い込み、コホンと咳払いしてから、少しだけ声を硬くして、続けた。

「まだ生きておる患者をメフィスト病院に誘導するのと――ドナー用に使える臓器や血液の残っている死体があるかを調べに行ったのじゃ」

それを聞いて、薬科の周囲であった喧騒が一気に静まり返る。
薬科周辺はメフィスト病院の騒がしさはどこ吹く風、と言わんばかりに凍てついたような静寂が支配していた。
妙な緊張感が、不律に走る。決して油断せずに、スタッフの顔色から目を離さないようにする。
周囲のスタッフの顔は呆けたように無表情だったが、次第に明るさを取り戻していった。
そして、スタッフの一人が言った。

「なんだ、そういうことか」
「う、うむ…」

胸のつっかえが取れたかのように、スタッフは心からの安堵の色を浮かべながら微笑んだ。

「わかりました。そういうことでしたら、院長や婦長から何かあれば、こちらからそう伝えておきます」

不律からアーチャーのいない理由を聞いたスタッフは一同に納得したようで、数秒後には解散し、何事もなかったかのように業務に戻っていった。
そこには、皺がれた顔の中に複雑な表情を残している不律だけが残されていた。
不律は無言で踵を返し、ロビーへと向かう。そろそろ行かなければ不律までペナルティをくらってしまう。

【私が言うのも何ですが、あんな理由でよかったのでしょうか…?】
【儂の思いつく限りでは、あれが理由としては最適じゃ。…不本意ではあるがな】

確かに、それを聞いてアーチャーと一ノ瀬志希が何を思うかは不律も理解している。
が、やはり「生きている患者をメフィスト病院に誘導するため」だけでは、理由としての説得力が薄い。
というのも、メフィスト病院にとっての患者は、『病院に救いを求めて来た者』。これに限る。
それは裏返せば、自分から行かない限り救いの手は差し伸べないということでもあり、自分から病める者を探しに行ってもメフィスト病院の方針とは矛盾してしまうのだ。

411おじいちゃんといっしょ ◆ZjW0Ah9nuU:2017/05/30(火) 01:45:46 ID:oieGq0Po0
しかし『ドナー用の臓器』については、メフィスト病院に限っては説得力のある説明だった。
不律のデフォルトの役職がメフィスト病院の専属医である分、病院での常識というものはある程度は理解している。
その最たるものが、『臓器についての扱い』だった。
メフィスト病院は常にドナー用の臓器を求めている。それを手に入れた過程や理由を問わずに、だ。
提供された臓器によってどこを治療できるか、誰を治せるかということしか考慮せず、それをこの病院のスタッフは全面的に認めている。
そのため、代用の臓器を探しにいくことはメフィスト病院のスタッフからは「患者を救うための善意の行動」と捉えられやすく、
決して「死人を侮辱している」という悪の側面は目を向けられないのだ。
ゆえに、不律はアーチャーと一ノ瀬志希のいなくなった理由づけとして、多少血生臭くなることを百も承知でこれを使った。

【やはり此処はドクターメフィストの陣地…スタッフの皆さんも人の感覚からは途方もなくズレた方々ですね】
【まったくじゃ】

ここはメフィスト病院。
魔人の営む病院であり、そこに勤める者もまた魔界の住人であることを決して忘れてはならない。
それを、不律とファウストは改めて肝に銘じずにはいられなかった。

(…儂からしてやれることはやった。流石にお主らを綺麗なままで保つことはできぬ。いらぬ世話かもわからぬが…後はお主次第じゃ、アーチャー)

【それにしても、志希さんはとても優しい子のようですね】
【…まさか、友の危機に病院を飛び出すとはな】
【しかもそのお友達の殆どがNPCである筈。にも関わらずに起こした行動です。確かに戦略上は間違っているかもしれない。しかしそれは何よりも尊い。私も、見習いたいものです】
【……】

不律は、しばらく黙りこくってから肯定の意をファウストに返した。
少なくとも、かつての友を問答無用で斬り殺してきた自分に比べれば、友のために動いたというだけであまりにも眩いものがあることは言うまでもなかった。

412おじいちゃんといっしょ ◆ZjW0Ah9nuU:2017/05/30(火) 01:46:20 ID:oieGq0Po0

【四ツ谷、信濃町方面(メフィスト病院)/1日目 午後2:40】

【不律@エヌアイン完全世界】
[状態]健康、廃都物語(影響度:小)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]白衣、電光被服(白衣の下に着用している)
[道具]日本刀、メフィスト病院のタブレット端末
[所持金] 1人暮らしができる程度(給料はメフィスト病院から出されている)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れ、過去の研究を抹殺する
1.無力な者や自分の障害に成り得ないマスターに対してはサーヴァント殺害に留めておく
2.メフィストとはいつか一戦を交えなければならないが…
3.ランサー(ファウスト)の申し出は余程のことでない限り認めてやる
4.アーチャーは警戒、しかし敵対する意思はなく、共闘も視野に入れている
5.一ノ瀬志希はできれば生かしておきたい
6.メフィスト病院の専属医としての立場を最大限利用する
7.外部で情報を集めてくれる主従を隙を見て探す
[備考]
・予め刻み込まれた記憶により、メフィスト病院の設備等は他の医療スタッフ以上に扱うことができます
・一ノ瀬志希とそのサーヴァントであるアーチャー(八意永琳)の存在を認識しました
・眠り病の呪いをかけるキャスター(タイタス1世(影))の存在を認識、そして何を行おうとしているのか凡そ理解しました。が、呪いの条件は未だに解りません。
・メフィストが投影した綾瀬夕映の過去の映像経由で、キャスター(タイタス1世(影))の宝具・廃都物語の影響を受けました
・ライダー(姫)の存在を認識しました。また彼女に目を付けられました
・メフィスト病院が何者かの襲撃を受けている事を知りました。が、誰なのかはまだ解っていません
・支給されたタブレット端末で、番場真昼とバーサーカー(シャドウラビリス)のカルテを閲覧しました
・支給されたタブレット端末で、メフィスト病院の外で起きた出来事を調べていました。しかし集められる情報には限界があるようです。どの程度調べられたかは後続の書き手にお任せします
・一ノ瀬志希が病院を飛び出したことを知りました
・薬科のスタッフに対し、鈴琳(アーチャー)とその助手(一ノ瀬志希)は「まだ生きている患者をメフィスト病院に誘導することとドナー用に使える臓器や血液の残っている死体があるかを調べることを目的に事件現場(新国立競技場)に行った」と説明しました


【ランサー(ファウスト)@GUILTY GEARシリーズ】
[状態]健康
[装備]丸刈太
[道具]スキル・何が出るかな?次第
[所持金]マスターの不律に依存
[思考・状況]
基本行動方針:多くの命を救う
1.無益な殺生は余りしたくない
2.可能ならば、不律には人を殺して欲しくない
[備考]
・キャスター(メフィスト)と会話を交わし、自分とは違う人種である事を強く認識しました
・過去を見透かされ、やや動揺しています
・一ノ瀬志希とそのサーヴァントであるアーチャー(八意永琳)の存在を認識しました
・眠り病の呪いをかけるキャスター(タイタス1世(影))の存在を認識、そして何を行おうとしているのか凡そ理解しました。が、呪いの条件は未だに解りません
・ライダー(姫)の存在を認識しました。また彼女に目を付けられました
・メフィスト病院が何者かの襲撃を受けている事を知りました。が、誰なのかはまだ解っていません
・バーサーカー(黒贄礼太郎)に激しい怒りを感じています
・不律の受け持った患者の一部の治療を担当しました

413 ◆ZjW0Ah9nuU:2017/05/30(火) 01:46:42 ID:oieGq0Po0
以上で投下を終了します

414 ◆zzpohGTsas:2017/06/11(日) 00:05:24 ID:QP1foXhs0

>>お気に召すまま
原作において、天上天下唯我独尊ぶりを発揮し、人に対して評価と言うものを下さなかった姫が、
手放しに永琳やダンテ、バージルにヴァルゼライドと言った、新宿聖杯でも強者にラベル分けされるサーヴァントを褒める姿が新鮮。
ですがそれ以上に、折角命を拾われたと言うのに、早速姫に捕まってるクローネの生き残り3人がもう哀れ過ぎてどうしようもない。
折角あの地獄から生き残ったと言うのに、早くも仲間の沢山いるあの世行きの切符を手にしてしまっている辺り、不運が極まっている。
……いや、もうあの世の方がアイドルのお仲間が多いし、寧ろ幸せになれる可能性が……? 何だ、姫って優しいじゃん!!(錯乱)
当初は<新宿>の聖杯戦争に興味を示さなかった姫。だが、新国立競技場の件で、下僕にしたいと思える様なサーヴァントを一時に3体も目に付ける、
と言うのはターニングポイントのような気がしてなりません。今後の展開を予兆させる様な、面白い話だと思いました。見事です。

ご投下、ありがとうございました!!

>>おじいちゃんといっしょ
>>「よ、妖怪用ですと!?この私のどこが妖怪に見えるというんですか!?」、自分の首を捩じりながら飛ばすような奴には残当な評価なんだよなぁ……。
GGでは一番人間やめてるようなファウスト先生ですが、あのゲームで一番良識的な性格が、自分としてはあのキャラクターの魅力だと思っており、
それがいかんなく発揮されたお話だと感じました。徹底して人道的で、モラリストな態度を取り、良識的な選択を選び続けるファウストと、
一方で、それなりの良識を持ち合わせつつも、本質的には武人であり、聖杯への執着を見せる不律との対比が実に良く表現できている。
メフィスト病院での通常業務をこなしつつ、現状における己の雇い主をどう打ち倒すかを考え、ああでもないこうでもないと思う不律の曲者感。
そして、Dr.ボルドヘッドとしての記憶が暗い翳を心に落としつつも、その過去と決別し、友の為に動こうとする志希の尊さを眩しく思うファウスト。
結局ファウストは元より、不律ですら非情になり切れず、余計な御世話だと知りつつも、彼女達に助け船を出してやるシーンは、魅力をより高めさせていると思いました。
未だに病院から出られず、雇主と雇われ人としての立場を崩せていないこの主従ですが、今後二人は如何なってしまうのか。今後の展開の足掛かりになる、素敵な話で御座いました。

ご投下、ありがとうございました!!

415 ◆zzpohGTsas:2017/06/11(日) 00:05:39 ID:QP1foXhs0
投下します

416えーりんのぱーふぇくと交渉教室 ◆zzpohGTsas:2017/06/11(日) 00:06:13 ID:QP1foXhs0
 聖杯戦争と言うイベントを、達成しなければならない大小様々な目標を包括した一つの大きな案件だと考えた場合、最も達成困難な目標とは、果たして何なのだろうか。
自身にとって一番相性的に不利なサーヴァントを下す事? 無傷の状態を維持する事? 宝具を一度も開帳しない事? 
それとも、聖杯戦争に参戦している多くの主従にとっての大願である、聖杯の獲得だろうか? 成程、これが一番達成不可能なタスクであろう。
しかし、クリアーする見込みが絶望的に低いタスクと言うのは、個々人によって違うもの。人によっては、聖杯の獲得の方がまだ簡単である、と言う程困難な仕事をせざるを得ない所もあるだろう。

 ――結論を言えば、一ノ瀬志希と八意永琳の主従も、そっちの、聖杯の獲得の方がまだ簡単なレベルの仕事をしなければならない者達だった。
八意永琳と言う天才と言う言葉を使う事すら烏滸がましい神域の知恵者、深淵たる魔導や学術の知識を有する存在にですら、そんな難事が存在するのだ。
月の賢者とすら称されたこの才女をして、達成困難と言わせしめる当面のミッション。それは、メフィスト病院の院長に今までの行為を許して貰う、と言う事であった。

 永琳とメフィストは、これから舌戦を繰り広げなくてはならない。その最大の争点は、一つだ。
永琳はメフィストの許しを得ず、勝手に職務を放りだし新国立競技場へと足を運び、其処で勝手に戦闘をしてしまった、と言う事。
他の事なら、手練手管を用いてフォロー出来る自信が永琳にはあった。だが、この点に関しては不可能。この勝手な行動を、最大の失点だと永琳は捉えていた。
あの、医術については厳格極まりない魔界医師・メフィストは、確実に自分の手前勝手を許しはしない。永琳はそう推理していた。
解雇処分、自分に下される処罰はそれだろう。命までは取られないのだから安いもの、と思われるだろうが、永琳としてはそれは困るのだ。
何せ、霊薬を作る、強力な毒を作る、などと言った、当初メフィスト病院に期待していた物事を何一つとして達成出来ぬまま、あの病院を去らざるを得ないのだ。
それは即ち、月の賢者とすら呼ばれる永琳の敗北に等しい。手持無沙汰、何の成果も得られず敵のアジトをとぼとぼ去る。
彼女にとってそれは、殺されるのと同じ程の屈辱である。そして屈辱である以上に、これではマスターである一ノ瀬志希に申し訳が立たな過ぎる。
何せ志希は、永琳を信頼して、わざわざメフィストの腹中とも言うべきメフィスト病院に紛れ込む、と言う永琳の考えを、何の疑いもなく認めてくれたのだ。
その彼女の心意気に応えられないのは、永琳の道理に反する。最低でも、何かの利は奪い取る。それが、永琳の当面の目標であった。

 とは言え、今から永琳が舌戦を繰り広げなければならないのは、あの魔界医師である。
月の賢者として宮仕えをしていた頃に、知恵者を名乗るに相応しい頭脳の持ち主達とは様々な議論を交わして来た永琳であったが、
メフィストは、彼らと比較しても何ら遜色のない――いや、それどころか、彼らすら上回る見識と知能の持ち主であると見て間違いはなかった。
これは、人に対して厳しい評価を下しがちな永琳にとっては、最大限の評価と言っても良い。彼女から、優秀であると言う評価を貰うのは、
難しいという言葉を用いるのが憚られる程の難度であると言っても良い。そんな彼女が、手放しに、メフィストを優秀だと判断している。
メフィストはそれ程までの難敵なのだ。最初に設定した、妥協に妥協したノルマですら、達成が困難かもしれない。
それでも、向かわねばならない。あの白き魔人が全てを取り仕切る、白亜の大伽藍へと。

「……少しは見れる風には、なったかしら」

 と言って、メフィスト病院前の駐車場、その、一目の付かない裏口で、永琳が呟く。

「と、思うな〜」

 暢気そうに――実際にはそう振る舞っているだけ――口にしながら、永琳のマスターである志希が返事をする
タール状の形を取って現れた虚数空間、其処に呑まれて今や消えてなくなった新国立競技場では、パムを一緒に倒す為に一時期永琳が共闘していた、
チトセ・朧・アマツが己の能力を駆使し、其処にのみ集中豪雨を降り注がせ、フィールドを濡らしていた。
当然、永琳も志希も、その雨に思いっきり打たれてしまい、全身がずぶ濡れの状態であった。当然、こんなコンディションで院内に入る訳にはゆかない。
メフィストからの心証が悪くなるのは必定であるからだ。それに永琳に至っては、フレデリカが変身したアシェラト、パムとの戦闘でダメージを負った状態である。
要するに、血を流している状態だ。臨時のスタッフと言う体裁で此処で働ている以上、永琳は病院内では実体化して行動しなければならない。
それなのに、血を流していては、患者も、他のスタッフも驚いてしまうだろう。

417えーりんのぱーふぇくと交渉教室 ◆zzpohGTsas:2017/06/11(日) 00:06:31 ID:QP1foXhs0
 よって、院内に入る前に、志希は服を永琳の魔術で乾かせて。
永琳は、己の魔術で身体の傷を癒させてから、内部に入ろうと決めたのである。
そして現在。志希の服は完全に水分が吹き飛ばされ、乾燥され、永琳の傷も元通り。目立った外傷は何処にもない。
傷一つ存在しない白い肌を見て、果たして誰が、八意永琳がつい先程までサーヴァントと熾烈な戦いを繰り広げていたと思おうか。それ程までの、完璧な施術だった。

【これは恐らく、戦闘以上に厳しい戦いになるわ、マスター。あの魔人も貴女には直接手を上げないとは信じたいけど、万が一もある。気を張っておきなさい】

【う、うん。解ったね、アーチャー。それで……勝算って言うか、何とかなるの?】

【痛い所を突いて来るわね……。少なくとも、今回新国立競技場に勝手に足を運んだ事については、此方には落ち度しかないわ。其処が、私達の急所になる】

【じゃあ……】

【勘違いしないで。不利なのは事実よ。だけど、付け入る隙が無い訳じゃないわ。其処を、私は突くわ】

 永琳の言葉には、不安も何も感じられない。
平時の気丈さが、全く声音から失われていないのである。本心では、自信がないと思っているのかもしれないと、志希は考えた。
それを、自分に気取られない為に、然も必勝の策は我にあり、とでも言うような声音で、そう言っているのだろうと。志希は思った。

【時間よ。そろそろ服も乾いたでしょう。心底気が乗らないけれど……交渉、始めるわよ】

【うん】

 と、志希は即答をした。永琳の性根の強さに呼応するように、なるべく不安や恐れを払拭させた声音でだ。
それを受けて、先ずは永琳から、メフィスト病院の医師専用通用口から内部に入って行く。己のマスターの声音が、微かに震えていたと言う事実を、敢えて指摘せずに。

418えーりんのぱーふぇくと交渉教室 ◆zzpohGTsas:2017/06/11(日) 00:06:47 ID:QP1foXhs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 メフィスト病院に勤めているスタッフ専用の通用口に入った瞬間、所定の人物を呼び出す為のアナウンスが、小気味の良い呼び出し音と同時に院内に鳴り響いた。
「薬科の鈴琳先生は、至急、二階応接間まで起こし下さい」。告げられた内容は、一字一句の間違いもなくこれであった。
鈴琳とは、この病院での八意永琳の偽名である。そして彼女は、このアナウンスを受け全てを得心。
如何やらメフィストの方も、こちらが院内に入った事に気付いたらしい。早急に話がしたい、と言う所なのであろう。

「せっかちね、息を吐く暇もないわ」

 そう軽口を叩いた後、永琳は直に、不安の色をもう見せ始めた、この病院内において助手と言う立場で通っている、一ノ瀬志希を引き連れ、
メフィストが指定した二階応接間まで足早に移動。そして一分後程経過して、両名は、応接間へと繋がる、鋼色の自動ドアの前までやって来た。

 ――『いる』、と言うのが、永琳は勿論、志希にも伝わる程の鬼気が、如何にも重圧そうな空気を醸す扉越しからでも伝わってくる。
扉を開ければ、光を編んだように眩いばかりの、白いケープを纏った魔人が佇んでいるであろう事は想像に難くない。
「お、怒ってるよねこれ……」、と小声で志希が意見を求めた。如何やら彼女は、扉越しの鬼風を、メフィストの怒気だと解釈したらしい。
そう志希が思いこむのも、むべなるかな、と言うものだ。永琳自身ですら、メフィストは『キレ』ているのではないかと、考えたのであるから。
とは言え、相手が怒っていようが何であろうが、永琳達は、この場に入るしか道はないのである。その為に永琳も、この病院に足を踏み入れたのだ。
メフィストが面会を望んでいると言うのであれば、それに応えるまで。「入るわよ」、そう短く告げた後、永琳は自動ドアを開かせ、内部に淀みなく足を踏み入らせた。

 其処は、応接間と言うよりは、西欧の王宮の客間か待合室を思わせるような、豪華絢爛たる部屋だった。
見るも壮麗たるバロック様式で統一された内装、鏡のように磨き上げられた大理石の床。
染みも無ければ汚れもないワイン色の壁紙と、其処に掛けられた、キリスト教を題材にした宗教画。
天井から垂れ下がる巨大なシャンデリアはそれ自体が水晶の小山の如く大きく、豪華以外の言葉を失う程の凄味を放っているが、そのシャンデリアそのものを支える、
天井自体も凄まじい。天井はもれなく全て巨大な一枚の黄金をドーム状に誂えたもので、その黄金を彫金し巨大な一つの天井画を形成していた。
とても、一病院の応接間とは思えぬ程に、美麗な一室だった。この病院の総予算の全てを擲って作ったと言われても、皆信じてしまう程には、この部屋は完成されていた。

「……」

 だが、この美しい部屋の最大の不幸とは、こんな一室が問題にならぬ程の存在感を放つ男が、この場に存在してしまっていると言う事だろう。
果たせるかな、この応接間にいて当然の人物が、黒革張りのチェスターフィールドソファに腰を下ろしていた。そう、その男は、美し過ぎた。余りにも。
初めてその姿を見せ、永琳が嘗てない衝撃を憶えた程の麗姿は、この病院で起こった椿事を経た後とは思えぬ程、褪せてはいない。
纏うケープは、宇宙に限りなく近い高山の山頂近くに堆積する万年雪が汚泥に見える程の純白さを保っていた。
其処から伸びる白い手は、白光を微かに放っていると錯覚する程滑らかで、輝いていた。
黒メノウを煮溶かしたような長髪は、宇宙のそれよりなお黒く――見るだけで、魂を焦がして燃え尽きさせると錯覚するほどのその美貌はまさに、この世の『美』なるものの最頂点。

 魔界医師・メフィスト。
彼はどうやら、永琳達がこの場にやって来るよりもずっと前から、この場で待機し、ずっと、無言の状態を保っていたようであった。
口は堅く、一文字に引き絞られ、その無表情の保たれた顔からは、何処となく、不機嫌そうなオーラが醸し出されている事が解る。
処断される。志希も永琳も、一瞬だが、そう思ってしまう程には、今のメフィストは、虫の居所が悪そうであった。

「かけたまえ」

 志希と、永琳の姿を横目で見やりながら、メフィストが言葉を紡いだ。
ただの一瞥。そんな、取るに足らない動作一つで、一ノ瀬志希は、その魂、その肉体を束縛されてしまう。
魔術も異能も、何もない。ただの目線だけで、この男は、人間から自由を奪ってしまうのである。

「お言葉に甘えさせて頂きますわ」

 そう言って、正気を保った状態の永琳が、志希の手を握り、そのまま、硝子のテーブルを挟んだ向かい側に設置されたチェスターフィールドまで移動。
永琳が手を引っ張った事で漸く、志希が正気を取り戻し、慌てた様子で永琳の歩調に合わせて移動。
そしてソファに近付くや、永琳が腰を下ろすのと同じタイミングで、志希も腰を下ろした。

419えーりんのぱーふぇくと交渉教室 ◆zzpohGTsas:2017/06/11(日) 00:07:25 ID:QP1foXhs0
「此処に呼ばれた理由を、説明していただけるかしら、ドクター?」

「凡愚が賢者に物を説明する事の無意味さを、知らぬ訳ではあるまい」

「ドクターほどの殿方が、己を凡愚と謙遜する事はそれ自体が罪です事よ。貴方が己の才を誇らねば、この世の全ての者の才覚の価値など芥程も無くなりますわ」

「医術は兎も角、調略の方は達者ではないのかね、女史よ。不興を買う事を恐れているように私には映るが、だとしたら、余りにも稚拙だぞ」

 如何やら、褒めて怒りを宥めさせる、と言う手段は駄目らしい。世間話の類がそれ程好きな男ではない、と言う事を永琳は再認。それに合わせたプランを行う方向性に、彼女はシフトチェンジする。

「職務を放り出した理由ですか?」

「それ以外にはないだろう。君とて、理解していない訳ではあるまい」

「サーヴァントはマスターの命令に従うのが道理、と言えば納得していただけるでしょうか?」

「半分はな」

「半分」

「常ならば、君の口にした道理の方が、成程確かに、聖杯戦争に召喚された英霊であるのなら全てに優先されるだろう。だが、当院では違う。この病院のスタッフになった以上、例えサーヴァントであろうとも、君は、当病院の掟に唯々諾々とするべきだったのだ。例えそれが、君の主の友の危機であったとしても、君は、主の命を無視して突っぱねるべきだったのだよ」

「仰る通り。己の職務を放棄する医者は、私としましても、医道に反する落伍者同然の評価しか下し得ません。不肖の弟子にして、不肖のマスター。一ノ瀬志希の我儘に従ってしまった事を、此処にお詫び致します」

 其処で永琳が、座りながら頭を下げる。遅れて志希の方も、永琳に倣った。

「月に在りて賢者と称される、八意のXXに頭を下げられると、さしもの私も弱い、と言いたい所だが、それでは君の為にならん。此処は私も、心を鬼とするとしよう」

 やはり、頭を下げる程度じゃ、許してくれないんだ。
案の定とも言う風に、志希は胸中でそんな事を思い浮かべるが、永琳は今、それ所ではなかった。
今、メフィストは、何と言った? 聞き間違える筈がない。この男は間違いなく、己の真名を言い当てた。
それも、八意永琳と言う、地上の民にも言いやすいよう自分が考えた偽の名前ではない。月の世界における、地上の民には発音不可能な、真の意味での永琳の本名を、
いとも簡単にメフィストは言い当てただけでなく、完璧な発音で、彼女の真名を口にして見せた。その事実に、永琳は、頭を下げながらも目を大きく見開かせていた。
如何やら、自分の予想を超えて、この男は難物であるようだと、永琳は考え込む。魔界医師。その綽名は、伊達でも何ともなかったようである。

「……何処で、その名を。そう聞いた所で、答えてはくれないのでしょうね」

「無論。敵に手札を明かさない程度の常識は、如何な私でも持ち合わせているさ」

 その謙遜を、永琳は自身への挑発と受け取った。
出鼻を挫かれ、掌で踊らされているのは今の所自身である。永琳は素直に、今の現状を認めた。
いやそればかりか、何故、メフィストが、真実の意味で、永琳の本当の名を知っているのか、それすらも永琳は予測が出来ずにいた。
――この男が、ドクター・メフィストだから。知っているのは当たり前。そんな理由も何もあった物じゃない理由で、本当に自分の名前を知っている、と言われても、
本気で納得してしまわんばかりの凄味と説得力を、メフィストは、全身で発散させているのであった。

「平時であれば、職務の放棄を行ったスタッフには、然るべき処罰を下してはいるのだが……君達は臨時スタッフ。それも、其処の八意女史は、当院の薬科どころか、並み居る古参の先生方と比較しても、遜色ないどころか比肩、超越する程の技量を発揮していた事を知っている」

 その、瞳の中に昏黒の宇宙が広がっていると言われても、永琳ですらが信じようと言う程の、吸い込まれそうな黒い瞳で、メフィストは二名を射抜いた。
意識を強く持たねば、永琳ですら、心どころか魂ですら持って行かれかねないその美貌は、今日の様な交渉では並々ならぬ力を発揮して来た事は、想像に難くない。
志希がゴクリ、と息を呑む。その事を咎める事は、永琳には出来ない。彼女ですらこれなのだ。一般人の志希がそんなリアクションを取って、誰が咎められようか。

「その技術を以って、君は確かに、当院に貢献していた時期もある。そう言った事情も酌量した場合、処罰を下す、と言うのは酷だと言う判断に至った」

 其処までメフィストが言った瞬間だった。
唐突に彼が、神憑り的な才を千年磨き上げた彫刻家が、白石英を手ずから削って作り上げた様な白い繊指で、パチンとフィンガースナップ。
それに呼応し、永琳達が応接間に入る為に通った自動ドアが一人でに開き始め、その方角にメフィストが腕を差し伸ばし、一言。

420えーりんのぱーふぇくと交渉教室 ◆zzpohGTsas:2017/06/11(日) 00:07:52 ID:QP1foXhs0
「お帰りはあちらだ。当院の規定違反による都合退職にならざるを得ないのが心苦しいが、君達の実力ならどの医局でも出色の存在になれるだろう。次の新天地を目指したまえ」

「優秀過ぎると、やっかみを買い過ぎますの。御院は私の実力を認めて下さった他に、私に妬みも嫉みを見せるスタッフすらいませんでしたので、居心地が良いのです」

「私はおべっかが好む所ではなくてね。本音と建前を駆使する小賢しい真似をするくらいなら、素直に、『其処の無力なマスターを保護したいから此処に残せ』ぐらい、堂々と口にして貰いたいものだな」

「それを言わないのが、大人、と言うものでしてよ」

「大人は課された職務と責任を放棄しないものだ」

 殺意と敵意を伴わせない。
ただ淡々とした、感情の裏を掻かせない交渉事。互いの土俵にどうやって相手を引きずり出すか、そして、自分の意思(わがまま)を呑ませるか。
それにのみ腐心する、大人のエゴのぶつかり合い。よりにもよってそれを行っているのが、月の賢者たる八意永琳、神の美貌を持つ魔界医師・メフィストと来ている。
一ノ瀬志希が、空間の余りの重さと密度に、呼吸が苦しい、と思って胸を抑えだすのも、無理からぬ事柄であった。

「とは言え、だ」

 玲瓏たる煌めきを内に宿した、黒水晶の如き瞳で、永琳を射抜く。
賢者は、動じなかった。流石に、何千、何万年を容易く上回る年月を生きて来ていない。天与、魔境……人知を超越したと言う意味合いで用いられるありとあらゆる比喩や修飾技術がこれ以上となく当て嵌まるメフィストの美に、彼女は既に慣れ始めていた。それでも、気を抜けば『やられる』力を、この医師の美は有していた。

「女史をこのまま、一切の弁疏も聞き入れずに、当院を解雇させる、と言うのも余りに惜しい。月の世界、興味がないと言えば、嘘になるからな」

「解雇させない、と言う選択肢を選んでくだされば、幾らでもお話しましてよ」

 ここを攻めるしかない、と志希ですら思ったタイミング。永琳ですら、此処で攻めに転ずるべきだと思った程だった。

「ここぞとばかりに、だな。だが、女史よ。私は元より、君を解雇するつもりで此処に呼んでいる。私の知らない知識を保有しているからと言って、最初の解雇が覆る可能性は絶無だぞ」

 心の中で舌打ちを響かせると同時に、何度も何度も、メフィストの顔面にデカい斧を振り下ろしまくる空想を描く永琳。
何処まで真面目な男なのだろうか。融通がこれっぽちも利かない。ガードが固すぎるのだ。他人から見た自分も、こんな風に思われているのだろうかと、永琳は自分を見つめ直す。

「絶無――だが」

「……だが?」

「私の出す課題をこの場でクリアすれば、解雇は取り下げる」

「乗ったわ」

 元より乗るしかない。課題が無理難題、或いは、マスターに危難が及ぶものであれば、直に降りる。その心構えだけは、忘れない。

「そう難しい物じゃない。『当院に私が君を留め置く正当性』、それを示して見せれば良い」

「実力、では駄目なのですか?」

「正当性としては弱すぎるな。薬科の先生の一人に体細胞を提供して貰い、これを利用し技術や記憶、人格を完全にコピーしたクローンを用意すれば、君の代わりなど事足りるのだよ」

「そうしない訳は?」

「同じ顔、同じ体格の人物が二人も同じ科にいれば、患者に混乱が生じるだろう」

「正論ですわね」

 何が何だか、と言う風に瞳をグルグル回し始めている志希を余所目に、永琳は考える。
この場合の、メフィストが求める正当性とは、技術ではない事は今の会話で示された通り。
では、その正当性とは、一体何なのだろうか? 永琳は、その正体に二秒と掛からず想到した。
彼の求める正当性、つまり答えとは、『貢献』だ。つまり、八意永琳と言う個人が、この病院について何を成せるか。それをメフィストは問うているのだ。
成程、求めているものがそうであるのならば、技術は正当性足り得ない。メフィストは其処から先、その技術で何をして来たか、それを聞きたいのである。
自分の技術があればこれが出来る、と言う未来的な話は、今のメフィストが見たい答えではない事は永琳も理解している。
肝心なのは、此処に所属してから、つまり、現在から見て過去に、永琳が何をこの病院にして見せたのか。其処なのである。

 ――そうであるのならば。勝ちの目は、自分にある。永琳は、そう確信したのだった。

421えーりんのぱーふぇくと交渉教室 ◆zzpohGTsas:2017/06/11(日) 00:08:29 ID:QP1foXhs0
「幾人もの患者を救った、と言う実績では不足ですか?」

「医者が患者を救う事など、人が食事を摂るにも等しい事柄。自慢にすらならんよ」

 予想していた答えである。現状、メフィストが永琳達を評価する目は、辛口を極るものだ。
この程度のアピールなど、一蹴する事は永琳とて予想出来ていた。と言うより、永琳がメフィストの立場でも、同じ事を口にしていただろう。
万策尽きた――などと言う事はなく。永琳は此処から、第二の矢、つまり、彼女が『本命』とも言うべき殺し文句を、今此処で解き放った。

「ですが、『御院のスタッフ』を治療した事については、自慢が出来る事柄ではありませんか?」

「ほう」

 其処を突くか、と言う風な目でメフィストが言った。或いは、想像していた通りの所を突いて来たか、とでも言う風な目だ。
まだ相手の掌で踊っている、と言う風な実感を永琳は捨てきれない。そうと思っていても、此処を突くしか最早ない。永琳は、言葉のナイフを、美の極点とも言うべきメフィストの身体に突き立てまくる。

「病院が何者かによって襲撃されていた時、私は、院長に負けぬ美貌を誇る、大淫婦に出会いましたわ」

「あの女を、七つ首の獣に騎乗するバビロンの女と呼ぶか。慧眼だな。あれを表現する言葉で、大淫婦以上に相応しいものはない」

「そして、それを呼び寄せたのは、他ならぬ貴方で御座いましょう? 院長」

 メフィストの、宝石ですらが路傍の石以下の価値に貶められる、玲瓏たる輝きを秘めたる双の眼球の奥底が、冷え始める。

「サーヴァントの身の上で、サーヴァントに似た何かを召喚する。驚くべき実力のキャスターですこと。流石は、魔界医師。そうと、スタッフに畏怖される事だけはありますわね」

「何が言いたいのかね?」

「本題を焦るなんて、院長らしくありませんわね。私の愚見にも、筋道と言うものがあります。その通りに話させて下さいな」

 ペースの手綱を握り始めている、その実感を、永琳は感じ取っていた。

「実を申し上げますと、この病院で出会った、サーヴァントとはやや気色の異なるサーヴァント……。私共が勝手に出向いた、新国立競技場でも、二体。出会いましたの」

「誰だったかね」

「二人とも、女性でしたわ。どちらも、正当な聖杯戦争で呼び出されていれば、最後の生き残りになれる程の強さだった事、我が身で実感いたしました」

「いかにも。私が呼び寄せたサーヴァント……と言うべき存在は、そのどれもが化外の強さを誇る魔人達。あれらを相手に生き残れるとは、君は荒事にも堪能らしいな」

「そんな事は問題ではありませんわ、ドクター。問題は……」

「問題は?」

 ニコッ、と微笑みながら、永琳は一言。

「『あれらの存在は確実に、此度の聖杯戦争の異物になり、そして、この<新宿>により大きな混沌(カオス)を齎す事は必至』、と言う事ですわ」

「……」

「戦いまして、理解した事がありますわ。私の出会った三名の女魔人達。そのどれもが、激しい性情を裡に秘めた、荒ぶる者。到底、大人しく雌伏の時を過ごすような者達ではありません。況して一人は、貴方も御存知の通り、人の命を命とすら思わぬ大妖婦。状況と時間次第では、あの黒礼服のバーサーカーよりも、甚大な被害を<新宿>に招く事、想像に難く御座いませんわ」

「恫喝かね、月の賢者よ」

「まぁ。ドクターはそう受け取りましたのね。私にはそんな意図は御座いませんでしたが……その発想は正味の話、私にはありませんでした」

 惚ける永琳だったが、勿論彼女は、メフィストの言う通り、脅しと釘刺しの目的で今の言葉を口にした。
如何にキャスターが魔術に造詣の深いサーヴァントとは言えど、自分達と同じ高次の霊的存在であるサーヴァントを召喚する等、あり得ない事柄である。
縦しんば召喚出来たとしても、サーヴァントを現界させる為の魔力が枯渇し、数時間と持たず召喚されたサーヴァントも、召喚した当のサーヴァントも、
ガス欠を引き起こす事は余りにも容易に想像が出来る。それを、メフィストは事もあろうにやっとのけている。
それは即ち、彼が卓越した魔術の御業の持ち主である事と、極めて潤沢な魔力の持ち主である事の証左である。だからこそ、尚の事ナシを付けておきたいのだ。
そして、サーヴァントがサーヴァントを召喚出来、完全に彼らを従えられるのであれば、迷わずそうするべきである。そうする事で、聖杯戦争は自分達にとって有利になるのであるから。

422えーりんのぱーふぇくと交渉教室 ◆zzpohGTsas:2017/06/11(日) 00:09:05 ID:QP1foXhs0
 ――但し、『従えられるのならば』、だ。
この病院で出会った大妖婦のライダー、及び、新国立競技場で応戦した四枚の黒羽のアーチャー。
彼らの態度を見るに、メフィストは明らかに彼らを御し切れていない。否、と言うよりは、手綱を握るつもりすらない、彼女の自由意思に任せている、
と言った方が適切だろうか。呼び出したサーヴァントが極めて高いモラルを持っているのであれば、その自由放任主義も良かっただろうが、
黒羽のアーチャーはいつ暴走するか解らない程の戦闘狂であったし、妖婦のライダーに至っては論外そのもの。あれは、全生命にとってのアンチ。
召喚する事も不可能だし、召喚出来たとしてもその手段を永久に封印する事の方が望ましい程の、絶対悪。
そんな存在達を聖杯戦争に呼び出し、剰え大殺戮を引き起こしたとしたら、どうなるのか。勿論、彼らを召喚したメフィストに帰責される。
マスター以外でサーヴァントを召喚出来るクラスは、エクストラクラスを除いた正規の七クラスの内、キャスター以外にあり得ない。
その中でも特に、桁違いに潤沢な魔力プールを秘めたメフィスト病院の主、つまり、キャスター・メフィストは真っ先にクロとして疑われる。
そうなった場合、メフィストは著しく不利を蒙る事になるか、最悪の場合、ルーラーからの制裁すら考えられる。

 如何にメフィストが魔界医師と謳われ、月の賢者たる永琳ですらが認める程の才能の持ち主とは言え、だ。
ルーラーから睨まれて、面白いと思う筈がない。そして、ルーラーと事を争いかねない一歩手前まで、メフィストは追い詰められている。
だが現状、あれらのサーヴァントを召喚した存在がメフィストである事は、永琳及び、その時一緒にいた不律とランサーの主従以外には今の所考えられない。
そればかりか、あの三体のサーヴァントが、正規の手段で召喚されなかったサーヴァントだと認識出来ている者すら、下手したら稀かもしれない。
自分の話を呑んでくれれば、『その事を黙ってやる』。永琳は暗に、こう言う事をメフィストに主張しているのである。そして驚くべき事には、この意見は、本命のそれではない。

「ドクター」

「何か」

 メフィストの態度は、あいも変わらず堂々としている。
志希は勿論の事、永琳にですら、内心焦っているのか如何かすら窺わせない。やはり、永琳にとってはこれ以上と相手し難い手合いであった。

「私が、この病院のスタッフを不律先生らと治療した、と言う事実については、どう思います?」

「その時の治療の程を、実はあの後拝見させて貰った。流石、の一言以外にないな」

「重ねての質問恐縮ですが……あのスタッフ達を害した存在が誰であったのか。御存知でしょうか?」

 永琳の顔から微笑みが消え、メフィストの物と同質の、冷たい光が、その双眸に宿り始めた。
極北の凍った大海、その上に巍々とした山脈の如く聳え立つ巨大な氷山が放つ冷たい冷気。それに似たオーラを、永琳の表情は醸し出し続けていた。
この男に限ってそんな事はないだろうとは、永琳も思っているが――惚ける事は、許さない。そんな凄味を、永琳の表情からは窺う事が出来た。

「私が召喚したライダー。彼女の悪性、淫悪さ、そして、強さから……我々は彼女を『姫』と呼ぶ」

「身の丈にあった者を、召喚するのが普通ではなくて? ドクター。あの吸血鬼……貴方にも私にも、手が余る程の魔そのものでしてよ」

「言われるまでもなく、私はあの女をこの地に招く事には反対だったさ。反対、しきれなかったがな」

 平時と変わらぬ声音でメフィストは言ったが、何処となく、言葉回しに疲れの色が、刷毛で塗られたかのように帯びていた。

「話を戻します。本来ならば私は、御院を頼って足を運んだ患者を治療する義務こそあれど、御院に従事するスタッフを治療する義務は、限りなくゼロに近いです。何故ならば、御院のテクノロジーを考えた場合、彼らが傷を負う可能性自体が、極めて低いからです」

「当院は、スタッフが100%のパフォーマンスを発揮出来るような設備を常に、完璧な状態で整えている。それは、外敵からの襲撃にも対応している。君の言っている事は正しい。当院のスタッフが傷付き、剰え、死ぬような事など本来的にはない」

「ですが、今回に限りそうはならなかった」

 かぶりを振るう永琳。

「勿論ドクターも御承知の通り、私の力足らずで、死なせてしまったスタッフも残念ながらおられます。ですが、私の手で一命を取り留めたスタッフがいる事も、事実」

 畳みかけるように、永琳。

「ご自身の不始末で産み出された怪物(まじん)、そしてそれによって生み出された死傷者。お見事な一人相撲だと感服致します」

「……成程。それが、君の正当性と言う訳か」

423えーりんのぱーふぇくと交渉教室 ◆zzpohGTsas:2017/06/11(日) 00:09:27 ID:QP1foXhs0
 胸の前で腕を組み、メフィストは永琳の事を眺める。
病院を預かる主として、相応しい威風と態度。天の神が産み出した精緻なミニアチュールを思わせる、白光を放っているとすら誤認させるその美貌には、
一つとして瑕疵がないように思える。志希は、確かにそう思っている。しかし、如何に態度で取り繕おうとも、優勢に立っているのは此方の方だと言う自負が、永琳にはあった。

 『お前の所のスタッフを助けたのだから、便宜を図らえ』。とどのつまり、永琳の主張とはそう言う事だ。
言うまでもなく、メフィスト病院の従業員を助けた瞬間とは、魔獣・ジャバウォックが襲撃した際の事を指している。
あの時、混乱に乗じて院内にやって来た姫は、戯れとでも言わんばかりに、機動服と呼ばれる機械鎧を纏ったスタッフを鎧袖一触。
幾人も殺して見せた事は、記憶に新しい。その時に、死に掛けであった従業員を治療したのは誰ならん、永琳と不律、そして、彼の従えるランサー・ファウストだった。
あの慌ただしい瞬間の中で、確かに永琳は、医者としての責任を果たすべく、スタッフを治療しようとも考えた。
だがそれ以上に、此処でメフィスト病院の従業員を治しておけば、後でスムーズに話が進められると言う打算があって、彼らを治したのである。
つまり、スタッフの命を救ったのは全て計算の上。今この状況の時を予期し、あの時助けたという事実を切り札(ジョーカー)にする為に。
永琳は、彼らスタッフを治療したのだ。まさに、恐るべき鬼謀である。そして、志希も漸く、永琳の目論見に気付く。
自分があわあわと狼狽していたあの時あの状況で、此処まで計算して動いていた何て、と。永琳を見る志希の目は、畏敬する神でも見る様なそれになっていた。

 自分を解雇すれば、そちらが<新宿>に撒いた災厄の件について言いふらす。
何よりも、自分には、そちらの所の従業員を治したと言う確かな実績がある。これが、メフィストに対して永琳が用意していた、切り札なのであった。

「……この程度の事を、主張出来ないようではな」

 ややあって、メフィストは落ち着いた口調でそう告げた。
この瞬間、メフィストの態度が平常通りのそれに復調。見る者の心に焦熱を齎す美貌をそのままに、目の前でミサイルが着弾した瞬間を見ても、
眉一つ動かさぬだろう事を確信させる恬然とした雰囲気を、今になって発散し始め出した。
今のメフィストの発言、そして、此処に来ての余裕の復活。その意味する所を、永琳は、全て得心した。

「……試していましたわね」

 鋭い瞳で、メフィストの瞳と真っ向から対峙する永琳。恐るべき事であった。
彼の魔界都市の住民は、どれ程の魔技を習得しようとも、どれだけ恐るべき体質を改造手術で得ようとも、魔界医師と真っ向から睨み合う事を避けた。
それは当然、この医師が、魔界都市<新宿>に於いて絶対に敵に回してはいけない三魔人の一人である、と言う事実がある事も大きい。
だがそれ以上に、その美貌のせいだ。純度の高い巨大なダイヤを丹念に研磨し、人の顔に彫り上げた様な美を誇るこの医者が、
相手を威圧・魅了すると言う目的で他人を見つめようものなら、たとい魔界都市の住民であろうとも、数秒と正気を保てまい。
ある者は、その美に心を絆され、或いは焦がされ、終生をこの男の奴隷となる事を誓うだろう。
ある者は、余りに隔絶された美の違いに発狂を引き起こし、胸元に差していたボールペンで直ちに己の心臓を貫き抉り取るだろう。
事実、やろうと思えばメフィストはこの程度の事、簡単にする事が出来る。そんな可能性を秘めた美しさに対し、真っ向から永琳が睨みつける。それがどれ程、メフィストと言う男について知っている者からすれば、勇猛果敢な行いであるのか。永琳が知る事は、ない。

「君の技術を捨て置く事は、正直な所惜しいのだよ。月の賢者、八意XX。それでも、当初私が設定した条件をクリア出来ぬようでは已む無く解雇する予定ではあったが……流石に、音に聞こえた思兼。高天原の知恵者だ」

「お褒めの言葉として、受け取っておきますわ」

424えーりんのぱーふぇくと交渉教室 ◆zzpohGTsas:2017/06/11(日) 00:09:58 ID:QP1foXhs0
 ――要するに。
メフィストは、永琳の事を解雇する気など初めからなかった。永琳は、そう解釈した。
無論、メフィストが知らない内に設定していた、解雇回避の基準を満たせていなければ、永琳も志希も病院から叩き出されていたのだろう。
だが、彼女らは見事これを回避して見せた。ならば、解雇は取り消し。こう言う事なのだろう。
それ程までに、永琳の有する、月の都の話とやらが、魅力的なものなのだろう。永琳はまだ、メフィストにこの都の事を話していない。
それを話さぬ内に、彼女を此処から立ち去らせるのは惜しい。だが、自分の求める水準にまで達していなければ、容赦なく切り捨てる。
その美貌からは想像もつかない程の、二枚舌。いや、三枚、四枚、五枚六枚も異なる舌をこの男は持っているに相違あるまい。つくづく、厄介な男だと、改めて永琳は思うのであった。

「良いだろう。君達に対して本来取る予定だった措置は、此処で撤回する。今より十分程の休息を与える。その後、業務へと戻りたまえ」

「かしこまりました。マスター。立って」

「あ、うん」

 言って永琳は、一ノ瀬を立たせ、共に一礼をさせようと試みるが、「あぁ、思い出した」、と言うメフィストの不意の一言で、彼女らは、直立したままの姿勢で静止させられてしまう。

「鈴琳……いや、八意先生、と言った方が宜しいか」

「どちらでも構いませんわ。ドクターに関しては、秘匿も何も意味がないと知りましたので」

「ではこの場に限り、八意先生と言わせて貰おう。臓器の方は如何したのかな?」

「……は?」

 永琳はメフィストに引きとめられた瞬間、何か、含みを持った忠告、或いは、それに類する謎めいた一言でも言われるものかと、思っていた。
だが、実態は違った。それどころか、志希は言うに及ばず、永琳ですらが理解が出来ていない。
神韻縹渺たる美の持ち主であるメフィストの口から放たれた、予期せぬ角度からの言葉のボディブローに、永琳達は当惑するしかないのだった。

「……ん? 不律先生は、君達が新国立競技場に向かったのは、当院のドナー用臓器を回収すると言う意味もあった、と窺っているのだが」

「……ちなみにお聞かせ頂きたいのですが、その臓器と言うのは、何処から?」

「無論、人の死体からだが。君の実力なら、死後数分以内の死体であるなら容易に回収、ドナー用に転じても問題はない程の状態を保つ事は出来るだろう」

 メフィストの言葉を、どう解釈したのか知らないが、志希の表情が途端に青褪め始め、「嘘……」と呟きながら、永琳の方を見つめた。
【あ、アーチャー……!?】、と、信頼していた友人が自分を裏切ったのを目の当たりにした人間が口にするような声音で、志希が念話を投げ掛けて来る。
【違う違う違う!! 何を勘違いしてるの!!】、と永琳が必死に否定する。志希がメフィストの言った事を如何様に解釈したのか、永琳には手に取るようにわかる。
まるで、禿鷹か、死霊術師(ネクロマンサー)のようだと思ったに違いあるまい。そして、永琳なら本当にやりそうだとも。確かに元の世界ではやった事はあるが、この世界ではやるつもりもないし、あの新国立競技場ではそんな事を行う、という考えは端からなかった。

 永琳の配属された診療科は、薬科である。これは、自分が薬剤師であった、と言う適性を見て、メフィストが配置した。
無論の事永琳はその時は、メフィストのこの采配に文句の一つも覚えなかったし、寧ろ、其処に配属されて当然だとも思っていた。
永琳は其処で、この病院で働く上での規則や心構え、労使協定――こんなものまで結ばされる――を精読した上で、契約。此処で働いていたのだ。
だから、この病院の事については、よく理解していたもの、と彼女は思いこんでいた。だが、それは間違いだった。メフィスト病院の細やかな暗黙の了解。
それを、彼女は解っていなかったのだ。結論を言えば、永琳は、メフィスト病院がドナー用の臓器が不足しており、そしてその足りない分の臓器を、
不心得者から腑分けさせて徴収している、と言う事実を知らなかったのである。知らなくて当然。何せ彼女の配属された所は薬科だ。
これが外科やら内科などに配属されていれば、彼女もそう言った情報を収集出来た事だろうが、薬による治療が望まれる薬科では、そう言った話題すら俎上に上がらなかったのである。

 不律が、今の状況の下手人である事を、永琳は理解した。
自分達を貶める為に、こんな嘘を流布させたのか。一瞬ではあるが、彼女はそう考えた。
だが、それは直に違うと、彼女は思い直した。そしてメフィストの方も、全て得心が言ったと言う風な表情で、納得。口を開いた。

425えーりんのぱーふぇくと交渉教室 ◆zzpohGTsas:2017/06/11(日) 00:11:21 ID:QP1foXhs0
「……如何やら、不律先生は、君達をサポートする為に、敢えて嘘を吐いたらしいな」

 そう言う事なのだろう。
メフィストの口ぶりから察するに、――俄かには信じ難い上、良心のへったくれもないが――不律の吐いた嘘は、この病院のスタッフにとっては、
肯定的に捉えられる事柄……、つまりは、良い事なのだろう。何せメフィストの口ぶりには、永琳を非難する様な色が全くないのであるから。
何故、あの老戦士はそんな事をしたのか。答えは明白だ、こちらに助け舟を出したつもりなのだろう。其処から、彼らに齎されるメリットは一つ。
自分達に恩を売り、味方として引き抜いておきたいのだろう。あの老人か、それとも妖怪よりも妖怪らしい身体を持ったランサーの猿知恵か。
それは永琳には解らない。どちらにしても言えるのは、『余計なお世話』、と言うもの。幸いメフィストからの心証は損なわずに済んだが、マスターからの誤解が酷い。これが、主従間の亀裂にならねばいいが、と永琳は祈る。

「『老』婆心、とは、さても良く言ったものですわね」

「全くだ。とは言え、臓器がないのならそれでも良い。引きとめて済まなかった、八意先生」

「いえ、問題はありません。私からも、聞きたい事が二つ程、御座いますので」

「……ほう」

 興味深そうな光を、その瞳が湛えた。メフィストが、他人に興味を覚える。
魔界都市の住民であるならば、それだけで、天にも昇る程の光悦……或いは、地獄に堕ちた方がマシだと言う程の恐怖を憶える。メフィストの関心とは、それだけの意味を持つ。

「一つ。ドクター。貴方は、姫と呼ばれるライダーや、黒軍服のセイバー、そして、戦闘狂極まりないアーチャーを召喚して、何を行うつもりなのですか?」

「さて、な」

「黙秘とは、無責任過ぎませんか? 確かに貴方程のキャスターであるのならば、そう言った存在を召喚して、聖杯戦争を有利に進めると言う事は取れる方策としては上等でしょう。ですが、貴方の召喚した存在は余りにも危険な存在が多すぎる。例え他の何体かが大人しくしていたとしても……姫、と呼ばれる吸血鬼を召喚したと言う事実一つだけで、ルーラーからの心証は最悪を極るもの。それで、ルーラーから討伐令を発布されたりなどしたら、馬鹿らしいにも程があり過ぎませんか?」

「全くだな。事によっては、ルーラーと争わねばならぬ時も、来るやも知れん」

 意外な事に、メフィストは、姫を召喚した事に対する永琳の非難を、すんなりと受け入れた。
如何やらこの魔界医師自身ですら、姫を<新宿>に招聘した、と言う事の意味を理解、その愚かさを承知していたらしい。
元より、メフィスト程の男が、全生命のアンチたる姫を召喚してしまった、と言う事実自体、永琳には今でも信じられない。何を思って、この男はあの怪物を、招き入れてしまったのか。……そして、永琳はその理由を、凡そであるが、理解しているつもりだった。

「貴方のマスターの、『金星人』の引き金、ですか?」

「……ほう。あれが直々に、君達の前に現れ、正体を口にしたのかは解らないが、独力で其処まで辿り着いたのであれば……成程。音に聞こえた、深遠なる知としか言いようがない」

 メフィストの「ほう」には、志希ですら理解出来る程の、驚嘆の色が含まれていた。
目の前に佇む、月の賢者、銀髪の美女の、驚くべき推理洞察力に、メフィストは、心底からの称賛を送っていた。今この瞬間、メフィストは、彼女が自分と同列の存在だと認めたのである。

「実を言うとその通りでね。時折、私は彼が何を考えているのかよく解らない時がある。『魔界』医師の名が廃るな」

「恥じる事では御座いませんわ。あれの考えが幸運にも理解出来ないのであれば……ギリギリ、ドクターは狂人の謗りを免れる事の出来る人物なのですから」

 永琳とメフィストの会話は時折、自分にも解る言葉で交わされているものにも関わらず、志希は、理解が出来ない事がある。
内容が難解であったり、そもそも自分にとって未知の内容を核に話が進んでいる、と言う事が理由としては大きい。
だが、今回の話は、志希にとってはまるで理解が出来なかった。話の内容が抽象的である事もそうだが、それ以上に、話の中心人物である、『金星人』、それのイメージが全く掴めないのである。故に、解らない。自分にも解る言葉で話しているのに、全くの異言語で交わされる会話を耳にしているような気分を、味わうしかないのである。

「続いて、もう一つの質問、宜しいでしょうか」

「伺おう」

「何故、貴方は本体ではないのですか?」

「……えっ?」

 頓狂な声を、志希は抑えきれなかった。

426えーりんのぱーふぇくと交渉教室 ◆zzpohGTsas:2017/06/11(日) 00:12:14 ID:QP1foXhs0
「あ、アーチャー? そこにいる院長先生って……」

「私でもなければ、気付かないわ。よく出来た『偽物』よ。但し――」

「ステータス及び、発揮出来る技術とその習熟度は、本体の私と同じだ。尤も、サーヴァントをサーヴァント足らしめる宝具までは、奮えないがね」

 軽く肩を竦める様な動作をし、メフィストは、立ち上がっている永琳の事を見上げた。
女性に見下ろされている、と言う事が耐えられなかったのか。それとも、そろそろ立ち上がるべきだと思ったのか。メフィストも、すっくと立ち上がって。
座っている姿もまた、女神の心を射止めるには十分過ぎる神韻があったが、其処に棒立ちしている姿もまた、美しい。
メフィストの立っているその姿に、煮溶かした白金を綺麗に塗りたくった、白樺の樹木の姿を、永琳と志希は連想した。

「偽物、と言う言い方は人聞きが悪い。クローン、或いは、ホムンクルスと呼びたまえ」

「どちらにしても、本体ではないのでしょう?」

 メフィストは時折、物理的な位置や、其処に到達するまでの時間を無視して突如としてその場に現れる、と言う事が数多い。
無論それは、メフィスト自身がこの病院の全てを知悉している院長であり、時空間に作用する程の病院のギミックを、
最大限利用していると言う事もあろう。事実、そうやって移動する事も、メフィストにはある。
それでも、メフィストの身体は一つである。同時に二つの異なる場所で治療する事は、メフィストにも難しい。
しかし、それを簡単にクリア出来る方法を、メフィストは知っている。簡単だ、『自分の数を二倍、四倍』にすれば良い。
そう、メフィストは、便利だからと言う理由で、己を模したホムンクルスを創造し、同時に異なる場所で異なる作業をやらせているのである。
ホムンクルスの医療技術、及び荒事に対する適正は、本体のそれと何らの遜色はなく、十全の活躍が約束されている。
彼らホムンクルスの仕事は、患者の治療及び、病院の運営、本体不在の際の院長業務の代理、そして、新しいギミックやデバイスの開発等多岐に渡る。
メフィスト病院が二十四時間フルタイムで営業出来、そして院長が常にその間、完璧なパフォーマンスを発揮出来る理由は正に、この自身のクローンによる分業体制、と言う所が大きいのである。

 ――だが。

「そんなに、私が本体ではないのが疑問かね」

「今はこの病院で働かせて頂いている身空とは言え、曲りなりにもサーヴァントと会うのに、ホムンクルスを代理にするのは、良い判断とは言えません。私がもし、何か叛意を起こしたとしたら、如何対策するつもりなのですか?」

「君が、此処でそれを出来ないと理解……、いや、信用しているからこそ、ホムンクルスである私が代理として君に会っているのだ」

 大した信頼のされ方だ、と永琳は胸中でゴチる。そしてすぐに、本題に入る。

「……本物のドクターは、何処に?」

「――『狩り』だ」

 その短い言葉を発した際のメフィストの言葉は、この応接間で今までメフィストが口にしたどんな言葉よりも、ずっと低く、高圧的で、そして――無慈悲だった。
まだ、氷山の方が温かみがある。志希はメフィストが発する――彼が発しているつもりなのかすら、永琳には解らない――狩りと言う言葉に怯えを隠し切れず、
永琳ですら、背骨が凍結して行くような感覚を覚える。此処まで、メフィストが『出来上がっている』とは思っていなかった。
彼をして此処まで言わせる人物。十中八九は、この病院を襲撃したサーヴァントとそのマスターであろう。
その二名は正味の話、永琳達からすれば因果応報、受けて当然の報いとしか映らないが。それでも、この魔界医師から追跡されるとなると、幾許かの同情は、隠せないと言うものであった。

427えーりんのぱーふぇくと交渉教室 ◆zzpohGTsas:2017/06/11(日) 00:12:29 ID:QP1foXhs0

「我が病院に救いを求めた者は、必ず帰す。だが、我々に危害を加えようとして、無事に帰った者は未だ嘗ていない。そして、これからも赦さない」

 二名を一瞥する、メフィスト。審判者の光が、その両目には宿っていた。

「バーサーカーのサーヴァント、ジャバウォック……もとい、高槻涼。そして、そのマスターであるロザリタ・チスネロス。本物の私は、二名を殺す為なら地の底まで追跡し、その魂を砕かんとするだろう。それは、ホムンクルスである私とて、同じ事。彼奴らは、赦されざる一線を越えたが故に」

「ドクターの応報が、果たせる事をお祈り致します」

「有り難いお言葉だ。休憩に入りたまえ、八意先生。君には、休息が必要だろう。まだ新国立競技場の疲れが抜け切れていまい。十分……いや、二十分に延長しておこう。身体を休め、業務を遂行したまえ」

「了解致しました。マスター、出るわよ」

「う、うん」

 そう言って二名は足早に、いつの間にか閉じられた自動ドアの下まで近づいて行く。
其処で永琳は、佇立するメフィストにお辞儀をし、彼女に倣うように、遅れて志希も腰を曲げ一礼。
その後二名は、主に対する一礼を受けたかのように開かれた、自動ドアの先へと消えて行く。

 音もなく、ドアが閉じる。
最早無意味とすら言える程の、壮麗たる応接間に一人、メフィストだけが残された。本物ではない、紛い物(ホムンクルス)のメフィストが。

「……金星人、か」

 ホムンクルスのメフィストは、それぞれ業務に当たるメフィスト及び、本物のメフィストが現在見聞き・体験している情報を、
超高速遠隔並列思考法により、リアルタイムで同期する事が出来る。当然、己のマスターがルイ・サイファーで、彼が何者なのかも、このメフィストには既知の事柄である。

「言い得て妙だな。月の賢者、恐るべし」

 それは、メフィストにとって、最大級の称賛の言葉であった。
彼が、女性を褒めるなど。彼の思い人である、黒コートを纏った『私』の男が聞けば、さて、何を思うのか。

428えーりんのぱーふぇくと交渉教室 ◆zzpohGTsas:2017/06/11(日) 00:12:43 ID:QP1foXhs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

【ねぇ……アーチャー】

【何かしら】

【……本当に、臓器の事……】

【一時間前の記憶すら曖昧なの? 貴女。誰の命令で、私が競技場まで出向いたのか、一々貴女に言わせないとダメかしら】

【あっはい、私です】

【宜しい】

 廊下を歩きながら、休憩所まで向かう、永琳と志希。
その道中、メフィストが言った、ドナー用の臓器探しの件がずっと頭から離れず、志希は永琳に問いかけてみるも、無論永琳にはそんな考えなどない。
メフィストの言霊の呪力が強力過ぎるとは言え、マスターである志希にですらあんな悍ましい真似を自分がしていると思われると、流石の永琳も少々凹む。いや、確かに元の世界ではやっていた事もあるが。

【アーチャー、一ついいかな】

【?】

【金星人……って、何? あの綺麗な人のマスターって、宇宙人なの?】

 志希はずっと、あの応接間で二名が行っていた会話の最後の辺りに出て来た、金星人の事が気になっていた。
余りにも謎めいており、どう言う人物なのか全く推察が出来ない。まさか、メフィストのマスターは本当に、この地球に住んでいる人間ではなく。
ウェルズの宇宙戦争に出て来たような、タコのお化けみたいな古典的な宇宙人がマスターであるとでも言うのだろうか? そんな可能性も、なくはない。
何せ呼び出されたサーヴァントが、あの美の魔人なのである。地球外の生命体でも、最早驚くに値しない。志希は、そう考えていた。

 志希は、永琳から「馬鹿ね」、とか、「そんなわけないでしょ」、とか。
自分の馬鹿げた意見を一蹴する様なリアクションを、当初は予期していた。――実際は、違った。非常に神妙そうな顔つきを露にしながら、彼女は口を開き、語った。

【……貴女の言った宇宙人の方が、ずっと可愛げがあるわね】

【違うの? じゃー、その金星人って、一体何なの?】

 時間にして、五秒程。永琳にしてはたっぷりの沈黙の後、彼女は、志希に対してこう告げた。

【悪魔、よ】

【悪、魔……?】

 何だか、人を表現する言葉としては、余りにもチープ。志希は、そんな事を考えた。

【私達が聖杯戦争を順調に生き残っていれば、何れ解る時が来るわ】

 【――けれど】

【解らない方が、ずっと幸せよ。私に出来るのは、早くその金星人が脱落する事を、心の底から、祈るだけ】

 志希には今も、永琳が口にした事の意味がよく解らない。
それでも、理解した事がある。きっと、金星人の意味など、解らない方が幸せであると言う事を。
それは、永琳の女性的で、柔らかな背中が、雄弁に語っているのであった。

429えーりんのぱーふぇくと交渉教室 ◆zzpohGTsas:2017/06/11(日) 00:13:03 ID:QP1foXhs0
【四ツ谷、信濃町方面(メフィスト病院/1日目 午後3:10】

【一ノ瀬志希@アイドルマスター・シンデレラガールズ】
[状態]健康、精神的ダメージ(極大)、廃都物語(影響度:小)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]
[道具]服用すれば魔力の回復する薬(複数)
[所持金]アイドルとしての活動で得た資金と、元々の資産でそれなり
[思考・状況]
基本行動方針:<新宿>からの脱出。
1.午後二時ごろに、市ヶ谷でフレデリカの野外ライブを聴く?(メフィスト病院で働く永琳の都合が付けば)
[備考]
・午後二時ごろに市ヶ谷方面でフレデリカの野外ライブが行われることを知りました
・ある程度の時間をメフィスト病院で保護される事になりました
・ジョナサン・ジョースターとアーチャー(ジョニィ・ジョースター)、北上とモデルマン(アレックス)の事を認識しました。但し後者に関しては、クラスの推察が出来てません
・不律と、そのサーヴァントであるランサー(ファウスト)の事を認識しました
・メフィストが投影した綾瀬夕映の過去の映像経由で、キャスター(タイタス1世(影))の宝具・廃都物語の影響を受けました
・メフィスト病院での立場は鈴琳(永琳)の助手です
・ライダー(姫)の存在を認識しました
・アーチャー(魔王パム)とセイバー(チトセ・朧・アマツ)と言う、ドリーカドモンに情報を固着させたサーヴァントの存在を認識しました
・新国立競技場にて、セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)、アーチャー(那珂)、ライダー(大杉栄光)、アサシン(レイン・ポゥ)の存在を認識しました
・地母神アシェラトのチューナーとなった宮本フレデリカの死を目の当たりにし、精神的ダメージを負いました
・メフィスト病院が何者かの襲撃を受けている事を知りました。が、誰なのかはまだ解っていません


【八意永琳@東方Project】
[状態]十全
[装備]弓矢
[道具]怪我や病に効く薬を幾つか作り置いている
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:一ノ瀬志希をサポートし、目的を達成させる。
1.周囲の警戒を行う。
2.移動しながらでも、いつでも霊薬を作成できるように準備(材料の採取など)を行っておく。
3.メフィスト病院で有利な薬の作成を行って置く
[備考]
・キャスター(タイタス一世)の呪いで眠っている横山千佳(@アイドルマスター・シンデレラガールズ)に接触し、眠り病の呪いをかけるキャスターが存在することを突き止め、そのキャスターが何を行おうとしているのか凡そ理解しました。が、呪いの条件は未だ明白に理解していません。
・ジョナサン・ジョースターとアーチャー(ジョニィ・ジョースター)、北上とモデルマン(アレックス)の事を認識しました。但し後者に関しては、クラスの推察が出来てません
・不律と、そのサーヴァントであるランサー(ファウスト)の事を認識しました
・メフィストに対しては、強い敵対心を抱いています
・メフィスト病院の臨時専属医となりました。時間経過で、何らかの薬が増えるかも知れません
・ライダー(姫)の存在を認識しました。また彼女に目を付けられました
・アーチャー(魔王パム)とセイバー(チトセ・朧・アマツ)と言う、ドリーカドモンに情報を固着させたサーヴァントの存在を認識しました。また後者のサーヴァントには、良いイメージを持っております
・新国立競技場にて、セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)、アーチャー(那珂)、ライダー(大杉栄光)、アサシン(レイン・ポゥ)の存在を認識しました
・タイタス10世の扮した偽黒贄礼太郎の正体を、本物の黒贄礼太郎だと誤認しております
・メフィスト病院が何者かの襲撃を受けている事を知りました。が、誰なのかはまだ解っていません
・事が丸く収まり次第、メフィストから襲撃者(高槻涼)との戦闘の模様と、霊薬を作成する為の薬を工面して貰うよう交渉する予定です
・メフィストから許しを得、通常業務に復活する事が出来ました
・メフィストのマスターが何者なのかついて理解していました
・メフィストが現在病院不在で、彼が幾つものホムンクルスを分業させている事を知りました

430 ◆zzpohGTsas:2017/06/11(日) 00:14:24 ID:QP1foXhs0
投下を終了いたします。この程度の話に、予約超過を致しまして申し訳ございません。
引き続きですが、

キャスター(メフィスト)
キャスター(タイタス1世)
ロベルタ&バーサーカー(高槻涼)
蒼のライダー(姫)

を予約いたします

431名無しさん:2017/06/13(火) 15:58:46 ID:xesui0kU0
投下お疲れ様です!
戦闘も劇的な展開の動きもないメフィストと永琳の舌戦がメインのお話であるにも関わらず、まるでバトル話を読んだ後のような読後感にさせられました。
メフィストがすごい人物であることはこれまでのお話でも散々語られてきましたが、永琳もそれに決して劣らない天才なのだと改めて実感出来るお話だったように思います。
そしてそんな緊迫した邂逅が終わったところで不律の老婆心が奇妙な脱力感を生む辺りでクスリとしてしまいましたね。
メフィストはこれからやはりジャバウォック討伐に向かうようなので、かの怪物と魔界医師の再戦にも期待を隠せません

432名無しさん:2017/06/13(火) 21:34:01 ID:8bOaCaf20
順調に進んでいたタイタス帝も此処でストップか?
クローネの三人が示した先に本拠があるとは因果というやつか

433 ◆hVull8uUnA:2017/06/15(木) 21:05:37 ID:3fVwORew0
予約を延長します

434捨てる神あれど拾う神なし ◆hVull8uUnA:2017/06/18(日) 19:16:08 ID:IddUBjZs0
マーガレット&アサシン(浪蘭幻十)投下します

435捨てる神あれど拾う神なし ◆hVull8uUnA:2017/06/18(日) 19:18:03 ID:IddUBjZs0
新国立競技場で起きた惨劇を、区立図書館で知り、おっとり刀で飛び出したものの、付近は避難或いは野次馬に行こうとするNPCで溢れかえり、
競技場から放たれた黄金光の通過した区域に出動する緊急車両ですらが立ち往生している有様だった。
更には新国立競技場に通じる道は悉く封鎖され、自体が沈静化するまで緊急車両すらもが立ち入れなくなっていた為、2人は新国立競技場に近づく
事すら出来なくなっていた。
尤も、マーガレットと幻十ならば、ビルからビルに飛び移る等して、封鎖を突破できるのだが、報道のヘリやNPCが飛ばしたドローンが飛び回っ
ているとあっては、それも断念せざるを得なかった。
ともあれ、迸った黄金光、この場にいても競技場から伝わってくる只ならぬ気配、NPCの見ているスマホを覗き見て得た情報からするに、
新国立競技場では、迂闊に足を踏み入れれば、鬼神すらたちどころに命を落とす程の死闘が繰り広げられているらしい。

【マスター、このまま行くのは危険だ】

【………だからと言ってこのまま何もしないわけには…………】

逡巡するマーガレット、当然の事だ。そもそもが巻き込まれたNPCの救出の為にここまで来たのだ、道が混んでいるから何もしないで帰る
などという訳にはいかない。
だからといって無闇矢鱈と危険とわかっている場所に踏み込むのも気が引ける。
マーガレットには果たすべき目的がある。それを果たさずして死ぬような真似が出来るはずもない。
自分と幻十の戦闘能力を合わせれば、先ず負ける事はない。新国立競技場で戦っている者達を殲滅することも出来なくはないかも知れない。
だが、それをやれば、確実に<新宿>の被害は増すだろう。それは、誰が為したことであれ、エリザベスの罪となる。
いっその事聖杯を手に入れて全てを無かった事にする?論外だ。エリザベスは確かに聖杯を欲していた。
これが意味するものは一つしかない。
つまりエリザベスは、“他の参加者に対して聖杯を渡す意図は無く、最後に聖杯を手にするつもりでいる”という事だ。
そしてあのルーラーを見たマーガレットには、それが“確実な勝算に基づくもの”という事を理解していた。
アレと戦って勝てるサーヴァントが果たして居るかどうか?仮に居たとしても激戦を勝ち抜いて消耗した身では、兆が一にも勝ち目はあるまい。
聖杯戦争に乗るという事は、イコールでエリザベスの目的達成を叶える為に行動するに等しい行為である。
ましてや、殲滅した者達の中に、自分と志しを同じくする者達が居たら目も当てられない。
幻十がルーラーに勝てる見込みがない今、マーガレットは他者と手を組む必要が有った。
その為にも多くの主従に接触する必要が有り、新国立競技場で起きた大規模戦闘はその機会なのだが、行けば確実に戦闘に巻き込まれる。
マーガレットの思考は堂々巡りを繰り返し、簡単に答えを出せなかった。

436捨てる神あれど拾う神なし ◆hVull8uUnA:2017/06/18(日) 19:18:34 ID:IddUBjZs0
【マスター、赴く気がないのかい】

【思案中よ】

【臆病風に吹かれた……訳ではないね。貴女なら此の地に居るマスター全てを殺すこともできるだろうし………】

毒を含んだ己がアサシンの念話に、マーガレットの額に青筋が浮かぶ。
取り敢えず脳裏に、あのルーラーにフルボッコされて泣きながら土下座する幻十をイメージする。
心なしか気が軽くなった様に思えた。

【貴方に此の地のサーヴァント全てを斃す事が不可能事なのと違ってね】

【これは手厳しい】

肩をすくめて微笑するのがが見える様だった、というより実際にほんの僅かイメージして、マーガレットの�茲が少し赤く染まった。
即座に頭を振り、今朝幻十が腕を切り落とした少女の姿と、<新宿>で最初に出逢った幻十が解体した女を思い出す。
このサーヴァントの悍ましい性根を知り、実際にアサシンの所業を目の当たりにし、その美貌に慣れている自分ですら気を抜けばこうなるのだ。
何も知らぬ者達が不意に幻十の姿を見れば、神の降臨を目撃した敬虔な信徒の如く幻十を伏し拝むだろう。
凡そ、この邪悪そのものというべき男が、その様な“信者”を手勢として得れば、<新宿>にさらなる争乱を呼ぶ事になるだろう。
ともあれ、やはり赴くべきか、あの新国立競技場から奔った黄金光。討伐例の対象であるクリストファー・ヴァルぜライドがあそこに居る。
あの黄金の死光を放つバーサーカーは“危険”等という括りですら済まされない。
黒礼服のバーサーカーは、アサシンの推測によればマスターがまだ制御しているらしいが、あの黄金の狂戦士にはマスター の制御が無い。
重度の放射能汚染をもたらすという、簡単に使えない宝具を持つサーヴァントに、好きに宝具を使わせ、しかも回を追うごとに破壊が増している。
明らかにクリストファー・ヴァルぜライドのマスターは、<新宿>の被害を気にかけていない。
エリザベスにこれ以上の罪を重ねさせない為にも、速やかに仕留めるべき相手ではあった。

【状況は思ったより混沌としている様だ。マスター、一つ提案がある】

437捨てる神あれど拾う神なし ◆hVull8uUnA:2017/06/18(日) 19:19:08 ID:IddUBjZs0
「生存者は2名。後は皆死んでいる」

マーガレットの目から見ても、霞んでいる様にしか見えない速度で、十指を動かしていた幻十がl開口一番。告げた事実がこれだった。
国立競技場に近い雑居ビルの女子トイレの個室に、実体化をした幻十とマーガレットは居た。
幻十の提案とは、魔糸を用いた探索だった。
現場には何体サーヴァントが居て、どの様な戦い方をしているのか、生存者がいるのか、といった事を、魔糸により探ろうというのだ。
生存者がいれば、幻十の操糸術の一つ“人形使い”の技を以って脱出させる。
その方針の下、幻十の実体化を許し、魔糸を用いることも許可したのだった。
こんなところにいるのは、幻十を人目に晒さない様にする為の配慮である。
実際のところ幻十の糸は、他に成人男性1人と女子高生三人の生存者を捉えていたが、そんな事までマーガレットに告げる意図はない。
他には、一室で纏って潰れている数十人の女性と、離れた場所で倒れている意識不明の女性。
そして一つの部屋で並んで死んでいる二人の少女。
この二人はどうにも引っ掛かる。死因は二人共胴体部の破損。それにしては飛び散った血と肉の量が少なすぎる。
また、状況的に室内から攻撃を受けている様なのだが、アイドルの中にマスターがいて、そのサーヴァントに殺されたのだろうか?
でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない。


「取り敢えず分かった事を言おう、は異常な怪力と不死性の持ち主がいる。恐らく痛覚が無い。
他には、銃を使う者と、空を飛んで居る者と、気象操作を行う者がいる、という事位しか判らないが。
そして最後。恐ろしく強いマスターが二人いる。一人は魔獣を使役している。
残念だがサーヴァントに関してはこんなものだ。糸を巻くのならともかく、置いているだけではね。
尤も、糸から伝わってくる気配だけでもそうとなものだ、巻きつければ即座に気づかれるだろうね」

糸による探査は、実際にはこの様なものでは済まない。戦っている者達の姿形から。心拍数、精神状態、次に行おうとしている行動。
果ては今朝の食事まで探り当てる事が出来るのだが、それも直接巻きつけていればの話。置いた糸から得られる情報など高が知れている。
だが、幻十の知り得た情報は此れが全てではない。
“恐ろしく強い”と評した二人、葛葉ライドウとザ・ヒーロー以外のマスター全員に魔糸を巻き、姿形から、身分証明書に記された個人情報類までを
探り当てている。
幻十はやろうと思えば、一ノ瀬志希、雪村あかり、伊藤順平、英純恋子の四人のマスター達。
そして、その従えるサーヴァント達を瞬時に撃破し、聖杯戦争から退場させられるのだが、行おうとはしなかった。
理由は至極単純なもので、競技場で戦っているサーヴァントの数に比して、マスターの数が少なすぎる事である。
その戦っているサーヴァント達の強さもまた破格、四騎を脱落させただけで、魔糸を用いての不意打ちが通じなくなるのは避けたいところだった。
下手に手を出して、上位の強さの者共が残る結果を招けば目も当てられぬ。
それに、魔糸の技の精髄を尽くせば、四騎どころか、競技場のサーヴァント全員を抹殺することは可能。
この意図のもと、幻十は魔糸を繰り続け、今や競技場を上空から地下まで覆う、巨大な網を形成していたのだった。
そうやって絶殺の魔糸を張り巡らせながらも、幻十はマーガレットの機嫌をとるために、発見した二人の生存者を此方に向かわせていた。

438捨てる神あれど拾う神なし ◆hVull8uUnA:2017/06/18(日) 19:19:31 ID:IddUBjZs0
緒方智絵里と三村かな子の二人は、北出入り口付近でへたり込んで泣いていた。
突如として起こった惨劇に忘我の態となり、美城常務の登場で我に返ったものの、明らかに常軌を逸した美城常務の発言に驚愕し、
美城常務の発言に端を発する狂熱に駆られて我も我もとアプリを落とし込むアイドル達に怯えていた所を、
デビュー以前からの付き合いで、同じユニットを組んでいる双葉杏に逃げて人を呼んでくる様に告げられ、強引に廊下に押し出されたのだった。
杏自身は既にアプリを落とし込んだ諸星きらり他のアイドルを気遣ってその場に 残った。
先程控え室の方から連続して聞こえてきた破壊音や、此処まで振動が伝わってきた轟音が、とてつもなく嫌な予感を感じさせる。
控え室に残った仲間達は無事なのだろうか?もう生きて再会できないのではないだろうか?
そんな不吉な考えを否定しようとするも、後から後から嫌な考えは湧いてくる。
このまま此処で死ぬのだろうか?どうしてこんな事になったのか?
思考は巡るばかりで答えは出ない。
出口は近いのだから、脱出すれば良いのだが、先刻まで外で起きていた轟音と震動が足を止めさせる。
二人の経験には存在しないが、きっと爆撃というのはああいうものを言うのだろうと、後にこの事を訊かれればそう答えるだろう。
後があればだが。
とうに北側出口は静まり返っているが、二人はそれでも動けなかった。
これが本来あるべきだった<新宿> の住民だったなら、とうに競技場の外に逃げる事ができていただろう。
真っ当な“人間の世界”で生きてきた二人には、人の世界ではない“魔界” の出来事に対応することなどできなかった。
只々泣き続ける二人の耳朶に、美しい、それ以外に表現できない声が聞こえた。

─────その付近に脅威はない。すぐに其処から動きたまえ。其処は危険だ。

空気を全く震わせない声。見回しても周囲に人影はない。
恐怖と絶望を瞬時に溶解させ、絶望を希望に、恐怖を勇気に変えたのは、その不可解さでも、告げられた内容でもない。
その声の美しさだった。
どれほど愚劣蒙昧な言葉でも、大宇宙の真理を顕す深遠な叡智の語りと信じさせ。
下劣極まりない卑語猥談の連なりでも、神韻縹渺たる詩と思わせる。
美の極限。そうとしか言えない、それ程の美声だった。
クラリスならば“神の声”とでも言うのだろうが、生憎とこの場にいるアイドル達は、魔王と邪神と堕天使と魔神の囲む鍋の具材に等しい身。
彼女達に語りかける者は、神でも御使でも聖人でもありはしない。声が響くとすれば、天からのものではなく、魔天からのものだろう。
正しく二人に語りかけたのは、浪蘭幻十。“魔界都市<新宿>”が産み落とした魔王だった。

─────立ち上がって、其処から出るんだ。出た後はメフィスト病院に行きたまえ。あの場所なら安全は確約される。

幻十が魔糸を介して二人に語りかけたのは、マーガレットの機嫌をとる為、二人だけにしか語りかけないのは、二人もいれば十分だと思ったから。
魔糸を用いて“人形遣い”を行わないのは、競技場で戦う者達を囲う檻を作るのに忙しいからだ。
二人が立ち上がった。神の啓示を聞いた敬虔な信徒の如く。

439捨てる神あれど拾う神なし ◆hVull8uUnA:2017/06/18(日) 19:20:08 ID:IddUBjZs0
─────死ね。

智絵里とかな子が競技場から出た事を、糸を介して知覚した幻十は、作り上げた檻に意思を通わせる。
億を超える極細の糸が、億を超える殺意となって、空と地から殺到する。
競技場で死闘する者達は、正しく死闘の只中であるが故に気付くことが誰一人出来なかった。
高い解析能力を持つ大杉栄光、八意永琳、パムの三人と言えど他所に意識を向ける余裕がある訳もなく。
高い直感を持つバージルもまた、周囲に死と殺意が盈ちる中で、アサシンクラスの気配遮断
のもと振るわれる魔糸に気付けない。
魔糸にに気付ける様な、他所に気を散らしたものは、とうに骸を晒していた事だろう。
新たな、そして最後の惨殺劇が、競技場で始まろうとしたどの時─────。

幻十の耳に、リズミカルな金属音が魔糸を介して聞こえてきた。

側にいるマーガレットは訝しげに幻十を観察していた。何しろイキナリ微動だにしなくなった上に、念話にも反応しなくなったのだ。
巫山戯ているのかとも思って、踵落としを脳天に見舞おうともしたが、幻十の表情が驚愕に彩られているにを見てやめた。

─────ずっと黙って立っていればねぇ。

驚愕の表情を浮かべて棒立ちというマヌケな姿であっても、神の啓示を受けた天工が精魂傾けて作り上げた彫像の如き幻十の姿。
その麗姿を眺めつつ、そんな事を思いながら、マーガレットは周囲の様子を探り、何の変化もない事を確認した。

440捨てる神あれど拾う神なし ◆hVull8uUnA:2017/06/18(日) 19:21:00 ID:IddUBjZs0
〜4分31秒後〜


「クソッ!!」

マーガレットにしてみれば唐突に─────当人からしてみれば当然の行為として─────幻十が叫んだ。
魔糸を介して競技場での那珂ちゃんライブを聴く羽目になった幻十は、“本来那珂の宝具のレンジ外に居ながら、那珂の宝具の影響を受ける”状態にあったのだった。
ライブが終わり、自由を回復すれば、幻十は再度動出す。
那珂ちゃんライブの効果で崩壊した斬断の檻を再度構築。1組逃げてしまったが、まだ中には獲物が数多く犇いている。

「では、聞いて下さい。私、那珂ちゃんが誇る唯一最大のヒットナンバー。『恋の2-4-11』を!!」

こんな醜態を晒させてくれたサーヴァントは、声と名前をしっかり把握した。
改めてその全身に魔糸を巻きつける。
此処で妙な事に幻十は気が付いた。全身に纏った装備が、今朝一蹴したサーヴァントのマスターと同質のものにしか思えないのだ。
あのマスターは、従えていたサーヴァントより幻十の印象に残っている。
幻十の顔を目の当たりにして恍惚となり、自身のサーヴァント重傷を負わされ全く歯が立たない状態で、幻十目掛けて発砲してのけたのだ。
あの時使用された奇妙な形状の砲口は、少女の肉体が少女の精神状態と切り離されていたにだろう。幻十に対して不動の直線を引いていた。
如雨露の様な外見に反して、<新宿>のありふれたサイボーグやパワードスーツなら撃破出来る威力。砲撃時の反動を全く受けていない立ち姿。
幻十は北上のことを、サイボーグ化か薬物強化で身体能力を底上げした歴戦の兵士だと思っていた。
<新宿>では珍しくなかったが、<区外>では、あんな年端もいかない少女にサイボーグ化を施せば世論が許さない。実戦運用など論外だ。
それを平然と行い、実戦で運用するのだから、<新宿>の様な所が異なる世界には存在するものだ。等と考えていたりもした。
だからこそ覚えているのだが、幻十の殺戮を防ぎ、糸の檻を崩壊させた歌の主は、装備品からするに、おそらくあの少女と同じ世界の出自。

─────関係無い。

漸く檻を再構成した幻十は、そう、心中に呟くと、那珂を億を超える肉と骨と鋼の堆積とすべく、指に力を込める。
哀れ那珂は2-4-11………になりはしないが、大破は免れないといったところで─────突如として全ての糸の感触が消滅した。

441捨てる神あれど拾う神なし ◆hVull8uUnA:2017/06/18(日) 19:21:34 ID:IddUBjZs0
─────此奴何やってるんだろう。

マーガレットはそんな事を考えていた。
唐突に驚愕の表情で固まったかと思ったら、イキナリ怒りに満ちた表情で、個室の壁を殴りつけたのだ。

マーガレットの視線が痛い。
己の提案した行為で、こうまで失態を重ね、醜態を晒すとは思わなかった。
最後に割って入った少年の声を持つサーヴァント、アレが行った事だろうと当たりをつける。
他のサーヴァントが、あんな芸当が出来るなら、とうに使用していただろうから、消去法で最後に現れたサーヴァントしか居ない。

「グ……」

歯を食いしばり、内臓を口から吐き出しそうな憤激を堪えて、幻十は1度目の攻撃を不発に終わらせたサーヴァントを脳裏に浮かべる。
声と“那珂”という真名は覚えた。姿形も戦い方も、糸を介して把握した。そして“那珂”を知る者も此処<新宿>には居る。
次に出逢えば絶対に殺す。歌いたいのなら、報いとして阿鼻叫喚という題(タイトル)の歌をたっぷり歌える様に斬り苛んでやる。
その凄惨苛烈な殺意を抑え、先ず幻十はマーガレットに対して行った機嫌取りの結果を告げる。

「…………メフィスト病院に生存者を二名、誘導しておいた」

「貴方の事だから、生存者を無視するものと思っていたけれど」

「まあ、彼女達が幸運かどうかは分からないけどね。死んだ連中の遺族には“何故あの二人だけ”と恨まれるだろうし。
周囲の好奇の目と、無思慮な言動、生き残った罪悪感に生涯悩まされるだろう。
アイドルかどうかは分からないけれど、アイドルだとしたらもう引退しかないね。
あの場で死んでいた方がマシだったかもしれない」

二人の今後の人生を、嘲笑しながら予測する幻十にマーガレッは汚物を見る様な視線を向けた。
脳内で幻十を、“メギドラオン”で、骨も残さず消毒しておく。

「…………………………………………コックローチも黒かったわね、そう言えば」

マーガレットに対する御機嫌取りの成果を、怒りからの軽挙で、自分で台無しにしたと気付いた時には、最早手遅れだった。
幻十は改めて“那珂”に対する怒りを覚えた。

442捨てる神あれど拾う神なし ◆hVull8uUnA:2017/06/18(日) 19:22:10 ID:IddUBjZs0
四ツ谷、信濃町方面(新国立競技場近くの雑居ビルの女子トイレの個室)/1日目 午後3:00】

【マーガレット@PERSONA4】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]青色のスーツ
[道具]ペルソナ全書
[所持金]凄まじい大金持ち
[思考・状況]
基本行動方針:エリザベスを止める
1.エリザベスとの決着
2.浪蘭幻十との縁切り
3.令呪の獲得
[備考]
浪蘭幻十と早く関係を切りたいと思っています
<新宿>の聖杯戦争主催者を理解しています。が、エリザベスの引き当てたサーヴァントが何者なのか理解しました
バーサーカー(ヴァルゼライド)とザ・ヒーローの主従を認識しました
〈新宿〉の現状と地理と〈魔震〉以降の歴史について、ごく一般的な知識を得ました
遠坂凛と接触し、悪人や狂人の類でなければ保護しようと思っています
バーサーカー(バッター)とセリュー・ユピキタスの動向を探る為に浪蘭幻十の一晩の実体化を許可しました
メフィスト病院について知りました。メフィストがサーヴァントかマスターかはまだ知りません
幻十がメフィスト病院に、緒方智絵里と三村かな子を誘導した事を知りました。両者の名前は知りません。
幻十との付き合い方を修得しつつあります。


【アサシン(浪蘭幻十)@魔界都市ブルース 魔王伝】
[状態]健康、やや機嫌が良い
[装備]黒いインバネスコート
[道具]チタン妖糸を体内を含めた身体の様々な部位に
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:<新宿>聖杯戦争の主催者の殺害
1.せつらとの決着
2.那珂に対する報復
[備考]
北上&モデルマン(アレックス)の主従と交戦しました
交戦場所には、戦った形跡がしっかりと残されています(車体の溶けた自動車、北上の部屋の騒動)
バーサーカー(ヴァルゼライド)とザ・ヒーローの主従を認識しました
〈新宿〉の現状と地理と〈魔震〉以降の歴史について、ごく一般的な知識を得ました
バーサーカー(バッター)とセリュー・ユピキタスの動向を探る為に一晩の実体化の許可を得ました。どこに糸を巡らせるかは後続の方にお任せします
夜の間にマーガレットに無断で新宿駅の地下を糸で探ろうと思っています
メフィスト病院について知りました。メフィストがサーヴァントかマスターかはまだ知りません
メフィスト病院に、緒方智絵里と三村かな子を誘導しました。両者の名前は知りません。
新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(バージル)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、アーチャー(パム)、ランサー(高城絶斗)、ライダー(大杉栄光)、アサシン(レイン・ポゥ)の存在を認知しました
アーチャー(那珂)以外は、大雑把な戦い方と声を把握しただけで、個人の識別には使えません。
ランサー(高城絶斗)は声しか知りませんが、魔糸を消したのはランサーだと推測しています。
アーチャー(那珂)の姿と戦い方を知りました。
アーチャー(那珂)に対して極大の殺意
346所属のアイドルの中にマスターがいるかも知れないと推測しました。
北上とアーチャー(那珂)の関係性に気付きました。
一ノ瀬志希、雪村あかり、伊藤順平、英純恋子の四人のマスターの姿形を把握しました。

443捨てる神あれど拾う神なし ◆hVull8uUnA:2017/06/18(日) 19:22:55 ID:IddUBjZs0
投下を終了します

444<削除>:<削除>
<削除>

445名無しさん:2017/06/23(金) 22:10:28 ID:pg4Lgof60
投下お疲れ様です。
まさか那珂ちゃんが知らずのうちにその場にいた全員の命の恩人になっていたという衝撃の真実
あの幻十が『恋の2-4-11』に魅せられて手を止めてしまったという事実だけで面白いし、それに怒る幻十が一周回って倍に面白い
アイドルは世界を救う、はっきりわかんだね

446名無しさん:2017/08/19(土) 22:25:43 ID:lN4JHAQk0
二ヶ月以上経ってるけど◆zzpohGTsas はどうなさったのかな?

447 ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:28:42 ID:WxYWtYhI0
お久しぶりです

投下します

448For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:29:16 ID:WxYWtYhI0
 ないない尽くしとは、まさにこの事か、と、警官達は実感する。
人手もない、キャパシティもない、そして何より、希望がない。まるで、大海の水をコップ一つで全て掻き出す作業に従事させられているような。
そんな、終わりの知れぬ作業を、彼らは行わざるを得なかった。

 事此処まで及んでしまっては、彼らの様な現場で一番下っ端の警官達。いや、聖杯戦争の参加者からNPCと呼ばれている彼らですら、認識する他ない。
此処<新宿>が、最早異常な街に成り果ててしまっている事を。余りにも立て続けに、異常な事件が頻発する。
黒礼服の殺人鬼の引き起こした大量虐殺や、度々発見される原形を留めぬ程破壊された人間の死体、<新宿>のみに起こる異常な降雨、
歌舞伎町で見られた謎の大鬼、所々で見られる黄金の光とそれの発生地で起る大破壊。そして、新国立競技場で起こった、未だ原因の知れぬ大量殺人etcetc……。
結論から言えば、連続して起こるこれらの大事件、それらの事後処理及び事情聴衆で、<新宿>警察署のキャパシティがオーバー。
事態解決の為に、<新宿>警察署が擁する、現場レベルから指揮官レベルに至る全ての人員を動員してはみるも、圧倒的なまでに人手が足りない。
故に、支援要請を他区の警察署にも出し、支援を得てはみても、それでもなお人が足りていないのだ。それ程までに、大事件が起こり過ぎている。
そもそも、上に上げた事件の中で、時系列がかなり早い方に位置する、歌舞伎町に現れたという鬼の大暴れ、それによって生まれたスクラップの自動車の、
撤去作業ですらまだ終わっていないと言う始末だ。勿論、この後の時系列で起こった事件の進捗など、語るまでもない、と言う奴であった。

 数百人規模の警察官及び、優れた技術職の警官を本来ならば必要とする事件が起っていると言うのに、
事態を解決に導く為に必要な最低限の基準人数を満たす人頭ですらが、全く集まらない。
単純な話で、余りにも重大な事件が連続して一つの区内で発生する為、その人員を起こった事件の現場及びそれぞれの当該事件の調査に割いて振り分けねばならないのだ。
つまりは、分散だ。ただでさえ貴重な人員を、<新宿>で起こった多くの事件に適材適所、と言った風に配置していれば、足りる物も足りなくなる。
とは言え、これは間違った判断ではない。区内で今も、市民を怯えさせている事件の多くは、時間が解決してくれる類のものでは勿論なく、
寧ろその逆、早急の解決が要求されるものなのである。一つとして、他の事件が解決するまで保留、と言う選択肢が選べぬ大事件なのだ。
並行して、タスクを進めねばならない。しかしそれをやればやる程、解決までに掛かる時間が指数関数的に増えて行く。
現場の人間は終わらぬ作業に疲弊し、ブレーン役を務める人間は婦って湧いてくるような新しい難題に知恵熱を引き起こしそうになる、など。
およそ今回の<新宿>で起った事件、それに携わる警察関係者の中で、誰一人として楽を出来ている者など、いないのであった。

 場所は、施設の質や大学自体が社会に広げている根、そして生徒の質。
どれをとっても、日本の私学の中でも最高峰の一つに数えられる、早稲田大学の戸山キャンパス。その近辺の交差点であった。
あの恐るべき殺人鬼が現れた訳ではないし、超常の力を操る魔人の類が姿を現した訳でも、全てを破壊するあの黄金色の爆光が降り注いだ訳でもなし。
では何故この場所に人だかりが出来ているばかりか、喧騒と混乱が今も渦を巻き、警察官達が、濡らして絞らないままの雑巾の如く、
制服を汗で滲ませながら忙しなく動き回っているのか。それは、一時間と数十分程前に起こった、不可解な出来事の故であった。
何の前触れもなく、幾つもの車両が突如として衝突・追突事故を引き起こし、更に、全く面識も関わりもない無関係の人間同士が突如として殴り合いの喧嘩を始めたり、
と言った、まるで突発的に発生する躁病めいて、奇怪な乱闘や車両事故が発生したのである。
喧嘩が乱闘に発展し、事故が事故を呼び、ヒステリーがヒステリーを招く。その様子は、人間の有する心理と理性のタガが外れ、封じられている獣性の解放・発露のようであった。

449For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:29:29 ID:WxYWtYhI0
 現在、この戸山キャンパス前で起こった集団ヒステリーは、猛暑の中で必死の思いで警官達が行っていた必死の尽力もあって、一応収束に向かいつつあった。
単純な話、騒動を起こしていた人間及び、現在進行形で喧嘩や乱闘をしていた者を現行犯逮捕及び隔離すると言う、病巣の切除めいたやり方をしていたからだ。
先ずは、事態をややこしくし、そして深刻な物にしようとする者のパージ。これが重要と言う訳だ。
一先ずは、血気盛んな人間達は粗方片付け終えたが、問題は、その者達が作り上げた産物の後始末である。
そう、殴られたりして気絶したり虫の息であったりしている人々や、事故車両の片付けは、遅々として進んでいない状態なのだ。
事故車両は牽引車が必要である為即自的な撤去は不可能であるし、軽重問わぬ傷を負った人間は、負った手傷の度合いや手傷の箇所・種別によって、
処置を一々変えねばならない。そして何よりも、負傷者を受け入れる為の病院が区の内外を問わず、パンク寸前ばかりか、病院への輸送手段ですら、
立て続けに起こる事件の影響で限界に達していると言う有様だ。そして何よりも、死体だ。不幸で哀れな話だが、警察が此処に介入した頃には、
決して少なくない死者が既に転がっていた状態だったのだ。打ち所が悪くて、と言う者もいれば、銃殺されている死体まであった。
これもまだ回収出来ておらず、この炎天下に放置状態。鼻をつく、吐き気を催すような死臭は既に当たりに充満。若手の警部や警官が、吐き気を堪えきれず吐瀉していたのが、随分昔の事のようにすら警察達には思えていた。

 まさに、ないない尽くしである。
人もいない、キャパシティもない、そして何より、事態を解決へと導く為のヴィジョンも未来も展望もない。
賽の河原にいるかのような錯覚すら、この場にいる警官達は憶えていた。この上、茹だるような暑さが、彼らの思考も身体の動きも、緩慢なものにしていた。
警察官と言う職務上、事件の解決は優先されるべき事柄なのは、無論この場にいる誰もが理解している所ではあるが、此処まで手段がない状態であると、さしもの彼らもお手上げの状態になる。

 せめて。せめて、怪我人だけは何とか病院にまで送るか、隔離させたかった。
車の撤去までは無理でも、まだ息のある怪我人や負傷者だけは、何とかして助けてやりたかった。
そして今は、それすら困難であると言う状態。自分達の組織力の限界を、こんな所で知らされ、己らの無力に打ちひしがれかけていた、その時であった。

 現場に立ち入らせない為に展開させていた、黄色のバリケードテープの前に、一台の車が停まっていた。
黒塗りの、リムジンであった。マメな拭き上げや、コーティング処理を行っているのだろう。
宇宙空間を思わせるような、吸い込まれそうな程に黒いその車体は、ギラギラと光る太陽の光を全て吸収、どの角度から見ても、太陽の光を反射している様子はなかった。
サイドウィンドウ。勿論こちらも非常にクリアで、汚れも水垢も一切付着していない。大変綺麗なガラスであるので、このリムジンは購入したばかりの新品である、
と言うイメージを見る者に与えるのだ。だが、外からでは全く車内を窺う事が出来ない。フロントガラスからならある程度は窺えようが、
見えるのは運転席と助手席側のみ。後部席の方は、白いレースのカーテンで仕切られてフロントからでは見る事は出来ない。
此処にいる警官の中には、要人警護を担当した事のある者もいる。現与党の首相及び、各大臣の乗った要人警護車を白バイや警察車両で護衛した回数も、
十や二十では利かない程である。そう言った経験から抱く、当然の疑問。あの車には、何処の何様が乗っているのか、と言う事。
まさか今の<新宿>の現状で、リムジンに乗れる程の要人が物見遊山に来る筈がない。だが、万が一、と言う事もある。
現場の責任者である、中年の警部補が直々にリムジンまで駆け寄り、迂回して別ルートから目的地へと移動する様にと注意しようとする。
大方、カーナビの案内ルートと此処が被ってしまったのだろう。警部補の男はそう考えたし、そう思ったのも何の間違いもないだろう。

 ――だが、男は知らなかった。
自分の予想の半分は正しく、もう半分。このリムジンに乗る主が、己の意思で此処まで近づいた、と言う事実を。
リムジンの後部ドアが開き、その何様が、炎天の下に姿を現す。

450For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:29:44 ID:WxYWtYhI0
 皆の動きが、静止した。
怪我人に声掛けや簡易的な治療を施している警官達。事情聴衆を行う警官及びされている被害者。現場検証を行っている鑑識。
バリケードテープ越しに警察達を眺めていた野次馬。そして、リムジンに近付いていた警部補。
いやそれどころか、この場に在る全ての自然現象が、停止した様な錯覚すら、この場にいる全ての人間は憶えていた。
ありとあらゆる音が遠い。蝉の鳴き声、スマートフォンから流れるメロディ、己の心臓の拍動すら、彼らには聞こえていなかった。
全ての意識が、目線の先に佇む、美麗な白闇に注がれていた。自分達と同じ、人に似た形をしていながら、その実、自分達と同じ人間である、と定義する事を絶対的に憚ってしまう程、美しいその何者かに、だ。

「治療を欲するかね」

 この男を再度、神が作ろうと志しても、最早その試みは二度と叶うべくもないだろう。
疫病に当てられ熱に魘されていたか、浴びる程飲んだ酒が齎す酔気の魔力を借りていたか、或いは、狂気に当てられていたか。
どちらにしても、神であろうとこの男を再び創造する事は、最早不可能なのであろう。一時の気分の高揚、軒昂。それらが最高頂度に達した状態で、かつ、
技の冴えも合わせて最高度に達していた状態で作られたような、自身を生み出した美の神よりもなお美しい男。ドクター・メフィストは、人・神・魔、その誰であろうとも、その美声を再現する事は出来ないのであろう。

 その言葉の意味を理解するまで、どれ程の時間が経過したであろうか。
メフィストは、何も大声を上げた訳ではない。尤も、この男が声を張り上げる様な事など、世界が終焉を迎え、
地球が真っ二つにならんばかりに深い裂け目が大地に刻まれようと先ずあり得ないだろうが。ただ男は、平素と変わらぬ大きさで言葉を紡いだに過ぎない。
それなのに彼の声は、この場にいる文字通り『全員』に、距離的な問題を一切無視して均質に響き渡った。
言外不能の美しさの持ち主のあらゆる仕草は、物理の法則すらも超越するようであった。大気と風を司る精霊は、義務感に満ちていたのかも知れない。
この男の美しい声は、世界の遍く所にまで送り届けねばならぬと。故に、声が均質に響いたと説明されても、誰も彼もが文句を言う事はないであろう。
しかし……メフィストの言葉の意味を理解している者は、今の所誰一人としていなかった。あまりにも簡単な話だ。今もメフィストの美しさに、圧倒され過ぎていて身体の全てがフリーズしているのだ。故に、理解も出来ない、言葉すら発せられない。唐突にメフィストの姿を見てしまったせいで、この場にいる百人を優に超す人間達は、一切の例外なく、白痴の状態に陥ってしまったのだった。

「……あ」

 三十秒程は、経過したろうか。最初に意識を取り戻したのは、メフィストから最も近い位置にいた、現場の責任者。中年の警部補であった。
三十秒と言うと、余人にとっては短い時間であろうが、それは正常の時空を生きる者の感覚だ。魔界医師の美に当てられた者にとっての一秒は、
それこそ一時間、いや、一日、一年にも匹敵しようかと言う程の、永遠のそれにまで延長される。意識の戻った警部補は先ず、驚愕した。
体感していた筈の時間と、実際に過ぎ去っていた本来の時間。その差異が、余りにもかけ離れていた事に、だ。昼夜が幾度も幾度も繰り返されたような感覚を味わっていたのに、実際には、一分程も経過していなかったのだ。

「今一度、訊ねても宜しいか」

 メフィストが再度問う。目線と身体の向きを、警部補から外している。真正面から直視すれば、再び先程の状態に陥るだろうからだ。
メフィストが無礼なのではない。寧ろこれは、メフィストのみが行って許される、最大限の配慮なのだ。美そのものたる男が凡人と相対する時、このような迂遠な手順を踏まねばならない。美し過ぎるのは、ある意味で面倒でもあるのだ。

「治療を、欲するかね」

「ち、治療……?」

 メフィストの口にした言葉を、間抜けの様に鸚鵡返しする警部補。

「見た所、怪我人の治療に相当難儀しているもの、とお見受けしたのでね。私の拙い治療で宜しければ、事態解決の手伝いをしてさしあげたい、と思った次第だ」

 メフィストの言葉を朧げに理解した警部補。掠れるような声で、「は、はい……」と口にしたのを、メフィストは聞いた。

「我が治療の門戸を叩く者に生を」

 そう口にするや、スッ、と警部補の横を通り過ぎるメフィスト。 
バッと、警部補が振り向くと、既にメフィストは怪我人の一人の下に足を運んでいた。顔を殴られ続け、顔面の形が変形してしまったばかりか、歯の何本かが折れ、
鼻の骨も頬の骨も滅茶苦茶に砕かれてしまったOLが其処にいた。そんな状態の彼女ですら、メフィストの姿に痛みを忘れて茫乎としているではないか。恐るべき、美の魔力よ。

451For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:30:18 ID:WxYWtYhI0
 メフィストは、滅茶苦茶にされたそのOLの顔を、右手で撫でるように触れて見せた。
――果たして、誰が信じようか。その動作一つだけで、その女性の変形した顔がテレビの逆再生の如く巻き戻って行き、元通りの顔になったなど!!
その場で応急処置にあたっていた警官は勿論、治された当のOL本人ですら、信じられないと言うような、愕然とした態度を隠せていない。
礼など要らぬ、と言わんばかりに、メフィストは彼女らに背を向ける。完治させた患者や怪我人には、メフィストは一切の興味関心を払わないのである。

 次にメフィストが向かったのは、電柱に正面から激突し、バンパー部分を電柱にめり込ませたセルシオの所であった。
一応内部がサイドウィンドウから確認出来るが、エアバッグがしっかりと作動していた為、命に別状はない。だが、正面衝突のせいでドアの形が変形して、
運転手が出られないばかりか、激突の際の衝撃で足を何処かにぶつけたか。アクセルを踏んでいた右足が、曲がっては行けない方向に折れている事に、
メフィストは気付いていた。兎にも角にも、先ずは運転手を外に出さねば話にならない。だが、ドアが歪んでいる為に、普通の手段では開けられない。
それこそ専用の器具を持ちいて、力付くにでも抉じ開ける位しか、この場合方策はない。
それなのにメフィストはドアに手を掛け――歪んでいるとか変形しているとかそんな事は一切お構いなしに、ドアを開けた。
誰が信じられようか、普通ならば動かす事すら不可能な状態に歪んだ扉を、解き慣れた簡単な知恵の輪でも分解する様に、メフィストは普通に開けて見せたのだ。
エアバッグとシートに挟まれた状態の運転手を外に出させてやるメフィスト。その時には既に、運転手の脚は元通りになっていた。
「え、あれ……!?」と、混乱を隠せないでいる。それはそうだ、地に足をつけても痛みを感じず、姿勢も崩れず。平然と直立出来ているのだから、つい数秒前まで脚の骨が折れていた当人からすれば、不思議としか思えないだろう。

 確固たる足取りでメフィストは、怪我人の下へと足を運び続ける。
肋骨が折れた者の胴体を服の上から撫でる。骨が独りでに動きだし、元の所に収まり、完全回復する。
勢いよく殴られたせいで目が飛び出している人間の目を摘まみ、押してやる。目が綺麗に収まったばかりか、低下気味であった視力が両目共に復活する。
頭蓋骨が陥没してグッタリしている子供に近付き、羽織っている白いケープでふわりと頭を撫でる。パチ、と子供は目を開けて立ち上がり、自分の身体の変化に戸惑っている。

 そんな事を繰り返す事、十回程。
特に命に深刻な影響を与えかねない怪我を負っているNPC達を粗方治し終えたメフィストは、用は済んだと言わんばかりに、降りて来たリムジンの方へと戻って行く。

452For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:30:33 ID:WxYWtYhI0

「さしあたって、命に関わる傷を負っていた者は治療した。時間さえあれば、他の怪我人も見たい所ではあるが……私はこれから人に会わねばならない。この辺りで、此処を去らせて貰おう」

「あ、あの――」

「御心配は不要だ。君が私に助けを求めた瞬間に、当院の救急センターにTELを送っている。当院に属する救急救命士は頗る優秀だ。じきにこの場に着くであろう」

 独りでに、リムジンのドアが開く。リムジンの運転手が操作しているらしかった。
車内に入ろうとするメフィストを、警部補が引きとめる。「待って下さい!!」、その言葉を絞り出すのに、男は、四十年以上生きてきた中で、一番の勇気と度胸が必要となった。凶悪犯の立て籠もりの事件を指揮した事もあるし、逆上してナイフを取り出した犯人を取り押さえた事すらある、この男がだ。

「あ、貴方は一体……」

「怪物を見るような目をされるのは、心外だ。医者以上の何者でもないよ」

 そう言ってメフィストは己のケープの裏地から、一枚の長方形の白紙を取り出す。名刺であった。
これを、白磁に万倍する白さと艶やかさを保有する指で挟み、警部補の方に差し渡した。それを恐る恐ると言った様子で彼は受け取る。
メフィストの名前と、彼が管理運営しているメフィスト病院の院長の肩書、そして、病院内の救急相談センターと、救急センターの電話番号が、其処には記載されていた。

「お困りならば此処に電話を掛けたまえ。当院は、病める者、傷付く者の聖域であるが故に」

 其処でメフィストは、リムジンの後部席へと入り込み、それを運転手が確認するや、ドアが閉まって行く。
メフィストから貰った名刺を眺めていた警部補は、エンジンが音もなく掛かり始め、スッと来た道を戻り始めたリムジンに、漸く気付いた。
「待って下さい!!」、と引き留めている事が、メフィストにも解る。核が轟いてもその爆音をシャットアウトしきる、完全防音の性質を付与した金属であるが、
メフィストのみは何故か、外部の声を聞く事が出来るのである。しかし、それを異常だと思う者はかの魔界都市には誰もいない。誰もがそれを、当然だと思うのだ。何故ならば彼は、ドクターメフィストであるが故に。

 それに、止まれと言われて、最早止まれないのだ。
メフィストが先程言ったように、彼はこれから人に会わねばならない。いや、厳密に言えば、人に制裁を加えねばならない、か。
怜悧な表情からは想像も出来ないだろうが、今のメフィストは、嘗てない程の怒りに燃えている。
それを表情や挙措に億尾にも出さぬのは、そう言う次元を越えて、今のメフィストは怒っていると言う事なのである。

 向う先は、百人町の高級ホテル。そして其処にいる、ロザリタ・チスネロスと、彼女を保護する何者かの下。
メフィストの双眸は、超高高度の山峰の頂点に、数万年以上もその形を保ち続ける、一粒の氷の如くに冷たく、無慈悲に煌めいているのであった。

453For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:30:47 ID:WxYWtYhI0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 人が思う以上に、キャスター・タイタス一世の仕事は多かった。寧ろ、多忙を極ると言っても良いのかも知れない。
タイタスは基本的に、百人町はムスカが宿泊している高級ホテルの地下、其処を異界化させた空間に鎮座し、諸々の作業を行っている。
暗所に引き籠っている訳ではない。そもそもキャスターは籠城戦を旨とするクラスだ。キャスタークラスに有るまじき近接戦闘能力を誇るタイタスと言えど、
赤コートのセイバーや黒軍服のバーサーカーであるクリストファー・ヴァルゼライド、などと言った恐るべき戦士達を相手取れるかと言えば、それは難しい。
王は運命を左右する程の決断を幾度となく迫られる存在であるが、今彼らと雌雄を決するのは時期が早い。つまり今の時期は、必然的に雌伏の時と言う事になる。

 こんな地下に閉じ籠っていてもなお、やるべき事は山ほどある。
行うべき事の一つ目は、自身の配下である夜種の創造である。極めて低級な子鬼や獣鬼の類であるのなら、簡単な知能を搭載した低級夜種を働かせて作らせる、
と言う事も可能であるが、少し上等な夜種――つまり、魔将及びそれに準ずる格の者を作ろうとするとなると、これはタイタスの領分になる。
とは言え魔将は同じ存在はこの世に二体同時に活動させられない上に、一度葬られた魔将を再度想像するとなると、かなりの時間と魔力が入用になる。
中〜上級の夜種となると、同じ個体を現世に同時活動させる事は可能になるが、これもまた魔将程ではないが、時間と魔力が必要となる。
つまり、低ランクの夜種と比較して人並の知能とそれなりの強さを兼ね備えた夜種となると、その数は少ないのである。食物連鎖の下位と上位の関係に似ている。
生前タイタスが練っていた計画の為に運用していた数に比べれば余りにも微々たるもの。だから、中〜上級の夜種は、外に放つよりも寧ろ、
このホテルの地下から上部に至るまで放って置き、此処を警備させると言う方法で活用していた。そしてこれらの夜種は、タイタスの片腕である魔将・アイビアと並行して、タイタスは創造を続けていた。

 次にタイタスが行うべき仕事は、道具の創造である。
つまり、武器や防具や礼装の類及び、アルケア帝国の史書や詩集、戯曲に戦記に小説、果ては骨董品などと言った類である。
武器や防具を作る理由は単純で、タイタス自身及び、魔将の面々や武器の扱いに長ける夜種の強化や、他ならぬ運命共同体であるムスカの保護と言う大事な面がある。
次に史書や詩集に骨董品と言う、文化面の側面が極めて強い道具を作る理由は、自身の宝具である『廃都物語』の効果をより高める為である。
廃都物語の魔力収集の効率を高める事は、目下最大の目的である。そもそもムスカが表社会で暗躍を続けていたのは、正しくこの目的達成の為であった。
勿論タイタスも、この任務を遂行する為に腐心している。自身の居場所が特定されないよう、しかしそれでいて、自身の名である『タイタス』の名は広めさせるような工夫を凝らし、現在は<新宿>を中心としてあらゆる所にアルケアの伝説を流布していた。

 そして最後の仕事とは他でもない、聖杯戦争の戦局の注視である。
サーヴァントである以上タイタスが、聖杯戦争の推移を注意深く見守る事は、当然の義務である。況して、他クラスよりも戦局の見極めが重要となるキャスタークラス。
舞台の何処で、何が起こったのかの把握は、特に肝要となる。だからタイタスは<新宿>の至る所に、己の視界とリンクさせた、不可視の使い魔を哨戒させていた。
その数は決して多くない。何せ彼らに施した術式は極めて特殊なそれ、優れた魔術師であるのなら、この術式から逆に、タイタスの位地を逆探知しかねない。
さりとて、<新宿>の状況を監視しない訳には行かない。だから、哨戒や監視を担当する使い魔は、その任の重要さに反して少ない。少数精鋭で臨んでいた。

 場所は、タイタスが異界化させたホテル地下。その地下の更に地下の、そのまた最奥。
つまり、夜種や歴代皇帝、そして魔将達が『地下玄室』と呼ぶ空間の最深部、タイタス一世のみが入室出来る、始祖帝の間であった。
現在彼はそこで、戯曲の編纂に精を出していた。無二の友にして、彼が認める討竜の勇者、万夫不当の大英雄であるク・ルームの活躍がテーマであった。
タイタスはこの戯曲を、アルケア帝国で用いられた言語は勿論、彼が生きた世界の言語でもなく、この世界の言語で執筆しているのだ。
日本語、英語、中国語……主要だった言語は凡そ、タイタスは極めている。語学の極意を極めたタイタスにとって、新たな言語を学ぶ事など赤子の手を捻るが如き。
今ではムスカ以上に、この世界の言語に精通し、当世風の表現を用いて多くの作品を世に流通させているのだ。

454For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:31:11 ID:WxYWtYhI0
 纏めると、タイタスの仕事と言うのは、以下のようになる。
『聖杯戦争の推移を注視しこれについての戦略や作戦・計画・サーヴァント達の対策を立てつつ』、『下級〜上級までの夜種を常に生み出し続け』、
『一時間〜二時間の間に原稿用紙百〜三百枚分もの量に相当する史書や詩集、戯曲等を新たに執筆・推敲、完成させ』、『これらの合間を縫って彼自らが武器や防具・骨董品を自作せねばならない』、と言う事だ。

 凡そ殺人的なスケジュール、と言う言葉ですらなお形容と修飾が足りないであろう。人間にはどだい、並列して行える作業と業量ではなかった。
しかし、これを実際に人の身でやれてしまうと言うのであるから、史書に記される偉大なる王としての逸話が箔付けのそれではなく、真実の物であったのだ、
と言う事が伝わって来よう。そう、王が偉大である為には、その気風やカリスマのみではない。知恵や肉体に至るまで。
凡夫の百倍、いや、千倍の質を誇っていなければならない。その事をタイタスは、この働きぶりで如実に証明しているのである。

 この世界に足を運んでから、二十と六作目の新作を書き上げ終えたタイタスは、手にしていたクイルズ(羽ペン)をテーブルの上に置いた。
御影石や大理石とはまた違う、しかし、見ただけで『値の着けようがない』程の価値であるのが解る石材を削ったテーブルである。
机には金や宝玉、種々様々な宝石が埋め込まれており、それが、タイタスの圧倒的な権威と偉大さで作らせた物である事が伝わってくる。
本来この部屋に置いてあったのは机ではなく棺であったが、今はそれは験が悪い。タイタスは棺の代わりに円卓を用意させ、これを執務机として利用していた。

 席に腰を下ろし、頬杖を付きながら物思いに耽るタイタス。
ムスカがこのホテルに五体無事で帰って来てから、始祖帝の心を掻き乱すのは、虚無の黒海に堕ちた新国立競技場での一件であった。
サーヴァントとしての実力を最高峰のそれに連ねているタイタスは、如何な強者に相対したとて、その心を焦燥させる事はない。
赤い外套を纏い、己の背丈に近しい大剣を苦も無く振う剣士も。青い外套に腕を通し、神の速度と悪魔の技量を乗せて細身の剣を操る剣士も。
黒い軍服に身に着けて、黄金色に光り輝く剣を操る狂戦士も、四枚の黒羽を操る恐るべき魔女も、破魔の弓術を憶えた銀色の髪の美女も、少年の姿をした悪魔の王も、、
天候を操り裁きの稲妻を叩き落とす隻眼の女戦士も、黒い礼服を羽織った恐るべき殺人鬼も、夢を操る不思議の青年も、虹の刃を振う少女も、悪意の鎧を纏う長躯の鬼も。
警戒するべき存在ではあったが、新国立競技場を監視していた使い魔の存在に気付けなかったと言う点では、まだ安心が出来る。

 タイタスが真に注目していたのは、『那珂ちゃん』と自分を呼ばわっていた、可憐な少女であった。
強さに関して言えば、あの場に集っていた面子の中では下の方であろう。美しさにしても、分があるとは言い難い。
そんな女性がどうして、タイタスの興味関心を引けたのか。それは実に簡単な話で、『タイタスの使い魔を無力化させていた』からである。
あの競技場の顛末を見届けていた使い魔は、一体だけではない。あれだけ大規模で、今後の聖杯戦争の行く末をも決めかねない戦闘が起っていたのだ。
タイタスは四体の使い魔をあそこに派遣させ、多角的にサーヴァント同士の戦いを監視させていたのである。
その内の、四体。競技場内部に侵入させ、至近距離で事の様相を監視させる為の二体と、元々フレデリカライブを見届ける為に派遣させた一体。
透明化させていたこれら三体を、那珂を名乗る少女は、自分の歌で透明状態を引っぺがさせ、その姿を白日の下に露にさせ、使い魔達をその場から動けなくさせていたのである。

455For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:31:30 ID:WxYWtYhI0
 それだけなら、まだ良かった。
本当に命の危機を感じたのは、使い魔の見た物をリアルタイムでその視界にリンクさせていたタイタスである。
那珂の歌で身動きの取れなくなっていたサーヴァント達からは、絶妙に見え難い位置で実体化してしまっていた使い魔達。
彼らを通じてタイタスも勿論、那珂の歌唱の様子を見ていた。――結論から言う。『タイタス自身も、那珂の歌う謎の歌唱の影響で、身動きが取れなくなっていた』。
時間にして四分三十一秒。その間タイタスは、金縛りにでもあった様に、座ったままの状態から一歩も身動きが取れなくなってしまっていたのだ。
正に、無力な状態その物。この間にサーヴァントの襲撃にあっていたのなら、たちどころにタイタスはその命を散らしていただろう。
悲痛な声を上げタイタスを救助しようとアイビアがあの手この手を尽くすも、全くタイタスの金縛りは解けない。那珂の歌が関係している事は間違いなかった。
指一本動かす事は勿論、タイタスは言葉すら発する事が出来ず、魔術を組み上げる事も不可能な状態の為、その身を縛る不可視の縄を解く事も出来ない。
つまりタイタスは、那珂が歌い終えるまでの四分三十一秒もの間、ずっと行動不能の状態に陥っていたのである。
この後、タイタスを間接的に動けなくさせていた使い魔達は、どうなったのか? ……『消滅した』。
夜の神・ミルドラの化身を想起させる、恐るべき少年の悪魔が生み出した、黒い泥。使い魔が動き出し、退避しようと動き出したその時、泥は彼らを呑み込み、一切の抵抗すら許させずその三匹は虚無に堕ちていったのである。

 己の虎の子である監視用の使い魔を滅ぼされたのは、痛手も痛手。
だがそれでも、新国立競技場の様相を最後まで見届けられたので、差し引きプラスと言う所だ。
高度数百m上空を飛行させていた、競技場を監視していた最後の使い魔一匹。結局これが、あの場所の顛末を見届けるのに一役買っていた。
この個体だけは那珂の影響を受けなかったと言う事は、あの歌は一定の距離を離すと呪(まじな)いとしての効果が消え失せる可能性が高い。
距離的に数㎞も離れていたタイタスが行動不能に陥っていたのは、視界をリンクさせていた使い魔が、那珂の歌の効果範囲内にいたから、と言う可能性が高い。
距離を離していたとて、『実際歌っている姿を見ている見かけ上の位置が効果範囲内のそれであるのなら、那珂の歌は問答無用で効果を発揮』するらしかった。

 ――那珂とやら……恐るべし――

 よもや魔術を極めたタイタスを、遥か遠くから金縛りにさせるとは、並の事ではない。
あの特徴的な装備や、歌唱或いは祝詞(のりと)を以って不可思議を成すと言う技術。それらから考えるに、那珂なる少女は、さぞや名のある巫女であったに相違ない。
恐らくは生前、彼女は数多の神殿に求められ、あらゆる礼を尽くされていたのだろう。世が世であるのなら、諸侯を超える権勢を誇っていた事は間違いない。
アルケア帝国でも、彼女の程の力ある巫女であったなら、始祖帝は相応の地位と財を約束していただろう。それ程までに、那珂は優れた巫女であった。
あの少女は特別警戒しておく必要があろう。そしてもしかしたら、なら。アーガの都を天に結ぶ為の、キーになるかも知れない。利用価値は、多分にあった。

 聖杯戦争の前途は、タイタスであろうとも決して明るい物ではない。
その事を認識しながら彼は、一息吐き出した。まだまだ、仕事を続けねばならない。そう思い立ち、再び羽ペンを手に取ろうとした――その時であった。

 ――タイタスのいる部屋が、揺れた。
いや、この部屋だけではない。ホテルの地下全体に広がる、異界化した墓所全体が、揺れているではないか。
錯覚では、ない。何事かと思い、タイタスは急いで部屋から飛び出す。揺れの強さから考えるに、震源は此処から近い位置である事を確信したタイタス。
始祖帝の間へと繋がる、渦巻き状の螺旋階段を一度の跳躍で登り切る。高度にして六十〜七十m近い高さを、タイタスはジャンプの一回で登頂し終えた。

456For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:31:58 ID:WxYWtYhI0
 恐るべき鬼気が、タイタスの身体に烈風の如くに叩き付けられてゆく。
後階段を十段上がると、震源となった場所に赴く事が出来る。其処は、大河の国から湧き出た水によって形作られた泉へと繋がる、鍾乳窟であった。
尤も、今現在<新宿>に産み出したこの墓所の異界に存在する泉の水は、女神アークフィアの霊力の満ちた正真正銘本物の神水ではない。
あくまでも、普通の水より澄んでいるだけの麗水に過ぎない。そんな物を態々タイタスが墓所に配置したのは、言ってしまえば彼なりの懐古の念であった。
その泉の方向から、タイタスが――いや、正真正銘本物の始祖帝ですら、感じた事などなきや、と思わせる程の妖気が噴出しているのである。
何者か。タイタスはまずそう思った。そして、これだけの妖気を醸す存在でありながら、墓所の最奥に等しいこの空間まで、夜種一匹にも気付かれずやって来れたのか。
急いでタイタスは階段を駆け上がり、ドーム状の広大な鍾乳洞へと躍り出る。全く同じタイミングで、タイタスが出て来た階段とは正反対の位置にある、
タイタス二世を幽閉している石室からク・ルームが飛び出して来た。『来るな!!』、と彼を目で制止させた一世。
驚愕の表情を浮かべながらも、その意を受けてク・ルームが立ち止まった。始祖帝は一人で、泉へと繋がる漏斗状の階段を駆け下りて行った。

 水晶を思わせる透明度の水の上に、果たして、水面に浮かぶには全く矛盾はなくしかし、この場で浮かんでいるには余りに不適当なものが遊弋していた。
船である。タイタスの時代によく見られた櫂船であるが、その船体の色は夜の闇を煮溶かして塗料にしたように黒く、船首は竜か蛇の如くに逆立っている。
マストが二本ついている所から、帆船である事は疑いようもないが、何故だろう。この船は、風の頼りなどなくとも、自律的に動ける、
と言うような根拠のない確信がタイタスにはあった。この船は、魔船だ。悪魔の行軍を地上へと送り込む為に、地獄の底で生み出されたナグルファルだと、
言われてもタイタスには信じる事が出来た。この船が、勢いよくこの場所に漂着した事が原因で、揺れが起こったのだろうと言うのはタイタスも既に知っている。
では、この船は一体何なのか。そして、この船を操る悪魔とは――? その事だけが、今はタイタスにとって気がかりであった。

「……誰じゃ」

 ――いや。この声は、悪魔、か? 
妖美かつ妖艶な、女の声が、船の方から聞こえてきた。この声の主は、姿を見るまでもなく美しい。
そんな確信が、タイタスにはあった。斯様な美声を授かって生まれておいて、その外見が醜女のそれであるなど、人界に生きる人間にとっての裏切りである。
姿を見せぬが故に、その声の持ち主とは? と言う事を想起せずにはいられない。この声の主は間違いなく、女神に例えられるべき美女であり――悪魔に例えられるべき、悪女である。タイタスは優れた直感能力で、船の主と思しき存在の事をこう認識した。

「余の墓所の深部にまで、船を引き連れ、誰に気付かれる事なく入り込めたその手腕。見事な腕だと称賛しよう。姿を見せよ。褒めて遣わす」

 常ならば、己の卓越した魔術の腕で、目の前の船など木端微塵にしていた所である。
だが、今はそうではない。この船の女主人を、己の目でタイタスは見て見たかったのだ。一体、何処の誰が、自分の墓所に入り込んだのか。
その勇敢な女傑の姿を、その目に焼き付けておきたかったのである。人類が宿す、根源的感情の一つ、知的好奇心。タイタス程の男であっても、その根源は消せなかった。

457For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:32:15 ID:WxYWtYhI0
 ――そして女性が甲板に姿を露し、船首まで足を運んだその時。
タイタスは、己の身体が稲妻で貫かれるような衝撃を、憶えてしまった。零れんばかりに見開かれた両目に映る、船首から此方を見下ろす女性の姿。
仄暗い泉の間が、月輪が放つ高貴な光に満ちたと言う錯覚を、この白貌帝は憶えた。月が、この間に堕ちて来たという錯覚を覚える程、部屋の光度が上がった。
そしてその月とは、船首に佇む女性の事であった。まともな者なら、直視出来まい。白子(アルビノ)のタイタスよりもなお白く、白雪が汚泥にしか見えぬ程純白の肌を持った、あの美女は、一体――。

「貴様が、私を褒めるじゃと?」

 後ろ髪を伸ばした、全裸で黒髪の女性。言葉だけで大雑把に外見を語るのであれば、これに尽きる。
だが――余りにも、美し過ぎた。俗世の塵埃から遠くかけ離れた山の頂にのみ降り注ぐ澄んだ月光。これのみを集めて人の形にすれば、この女性に……いや、なるまい。
この女性は人為的にも、そして神の意思によっても生まれる事はない。神や悪魔ですら振る事の許されない賽子、それを幾千幾万個も振い、
その全てが同じ目を出す確率よりも、目の前の女性が生まれる可能性は低いだろう。天文学的可能性、と言う言葉ですらまだ温い。ゼロだ。彼女が生まれる可能性は。
しかし、もしもそのゼロが覆されるとしたら? それをこそ、もしかしたら奇跡と呼ぶのかも知れない。そして、その奇跡の末に生まれたのが、この女性なのだろう。
が、その奇跡は人類にとって間違いなく、正しい意味ではない事は確かだ。タイタスもまた、それを肌身で実感していた。
この女性は、生まれて来てはならなかった。美の到達点、誰もが夢想するも成就する事も生まれる事もない、美のイデアとして人心を惑わすに終わらせておけば良かったのだ。だが、彼女は現れてしまった。人界に混乱を齎す為に。神『無き』世界を、神『亡き』世界へと変えんが為に。

 そう……姫と呼ばれるこの女吸血鬼は、存在自体が罪であり、悪なのだ。
その美の故に、男を惑わし、女ですら破滅させる。そして、内に燻る邪悪な性根の故に、国と世界とを破滅させる。
極点に達した美貌を以って此方を見下ろす女は、疑いようもない、混沌の化身である事を。タイタスはその神域の叡智を以って理解したのであった。

458For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:32:29 ID:WxYWtYhI0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「貴様が、私を褒めるじゃと?」

 その声音には、果てぬ嘲りと侮蔑の念が込められている。
この声だけで、マゾヒズムの気がある男は意識を失うだろう。同じ女性であっても、永劫の隷従を思わず誓ってしまいかねない程の、カリスマ性がその声には秘められていた。

「読み違いも甚だしいぞ、白子の賤夫よ。王や帝王と言うのは常に思い上がる。この私に褒美を与えるのだ、と、誰も彼もが口にする。違う。『貴様らが褒美を献上するのを私が許し、褒美を与える事を私が私自身に許す』のじゃ。貴様ら如きが私に褒美を与える等、思い上がるな下郎め」

 何と言う、唯我独尊ぶり。
この女性にとって褒美とは、賜る物ではない。献上される物であり、そして、献上する事にも許可がいるのである。
そして、気が向いた時に彼女自身が与える物でもあるのだ。世界の中心に自身がいる、そんな強烈な自負心と倨傲がなければ、こんな言葉は口に出来まい。
だが、その思い上がりが、全く間違っていないとタイタスにですら理解させてしまうのは、姫が発散する、地上の人類には醸し出しようもない『高貴』の気風の故なのであろう。この自信は、何処から来るのか? その美か? それとも――タイタスですら戦慄を覚える程の、その強さからか?

「……成程。世の言の葉がそなたの不興を買ったと言うのなら、このタイタス一世。その非礼に詫びよう。そして、あるがままに余はそなたと接しよう。尤も、悪魔の王と接した過去は、ないが故。多少の無礼には目を瞑って欲しいが」

「ほう、私を指して悪魔の王、か。愉快な感性を持っておるの、白面の者よ。それに、纏う運命も良い。暴君にして名君となるべき星と相を背負っておるな、貴様」

 様々な諸侯、様々な王は勿論、『神』すら目の当たりにした事もある姫は、始祖タイタスの霊性をその炯眼で見抜いていた。
姫が嘗て見て来た、王や皇帝、帝王を自称するあらゆる男達の中でも、目の前のタイタスは、『王』としての資質を特に高いレベルで備えている。
時代が時代なら、この星全土を全ていただろう。王は神よりその支配権を神授された、地上における神の現身に等しいと言う。
勿論現代においてそれは絵空事に等しい考え方であるのだが、タイタスの場合は、この絵空事が事実だったのでは、と思わせるに足る気風があるのだ。
姫ですら認める、王としての器の持ち主。白子の王・タイタス一世が、並ではない事を如実に示すエピソードではあるまいか。

「幾度か、問い掛けの機会を設けさせて欲しい」

「赦す。心と頭に渦巻く謎、言葉の閃きを以って祓って見よ」

 姫は船首から降りない。タイタスは、姫を見上げる形で言葉を交わす事になる。
地上を我が物顔で闊歩していたあらゆる種族を討伐し、支配・幽閉させた偉大なる王を、下に立たせて話させるのだ。
正に、人界の王など自身の悦楽を満たす為だけに存在する玩具としか思わぬ姫だからこそ出来る事であった。そしてタイタスは、その事について憤らない。
何せ『この』タイタスには、自身が嘗て王ではなく、王となる以前、誰かの付き人として活動していた時期があったと言う記憶が備わっている。
誰かを立てる、と言う事についてはタイタスと言う男は実は慣れているのだ。だから今更、姫に大上段に構えられても、怒りはしないのである。……とは言え、姫程の存在にこんな振る舞いをされて、怒れる王が存在するのか、と言う疑問の方が、寧ろ尽きぬが。

459For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:32:44 ID:WxYWtYhI0
「一つ。そなたは、何者か」

「好きに呼べ。そして、好きに思え。それが、私になる」

 事実、姫には名前はない。姫・妖姫・妲己・マーラ・サロメ……過去にこの女が名乗った事のある名は、この他にもまだまだある。
そしてそれらの名前のいづれもが、尊崇と憧憬、そして、畏怖と恐怖を以って歴史の表裏に刻まれて来た。
だが、これらの名前ですら便宜上の名に過ぎない。それもその筈、姫は、己を定義する名を授からずに生まれて来た。
名とは、入れ物である。水を溜める瓶であり、桶である。姫の美とは、定義されない――出来ない――美だからこそ、美しいのだ。
姫は、己の存在は定義されてはならず、言語される物でもないと思っていた。自分自身の在り方を固定化させる『名付け』と言う行為は正に、
何かを縛ると言う上で最も重要な行為の一つ。だから姫は、名を持たないし、持とうとも思わない。
しかし、名前がないとコミュニケーションを取る上で不便に陥るのもまた事実。だから彼女は、誰かに名前を認識させるのだ。
これが私の名であると、思わせるのである。その行為自体に、なんの意味もない。何かの呪いですらない。自分を見てそう思い、そう名乗ってみたいのならばそうすればよい。それが、自分になる。姫はそう考えているのである。

「では、『ミルドラ』と、余はそなたを呼称する。その名は、我が世における夜の女神の事を指す」

「ほほ、夜を司る神に女が多いのは、貴様の世界でも同じ事か。ならば、その名で私を呼ぶと良い」

 不興を示した様子も、姫には無い。冷たい、ともすれば酷薄とも嗜虐的とも取れる笑みを、浮かべるだけだった。

「二つ目の問を投げ掛けても構わぬか」

「良いぞ」

「ミルドラよ、そなたは何処からこの空間に彷徨いこんだ。まさか、招かれた訳ではなかろう」

「斯様な場所、招かれても来るものかえ」

 陰性の笑みを浮かべ、姫が即座に否定した。

「この“船”に任せるがまま流れていたら、偶然此処に辿り着いた。それだけよ」

 タイタスに姫の言葉の真贋を精確に図る術はないが、彼女の言っている事は紛れもない事実であった。
姫の宝具である船は、この世のものではない空間、つまり、現世と他の世界、並行世界や異世界を隔絶するように流れる時空の河や壁を潜り、遊弋する事が出来る。
聖杯戦争の舞台となっているこの<新宿>の時空は、やけに強固の上、姫自身もサーヴァント化した弊害か、弱体化が著しいので、その河や壁を突破する事は出来ない。
だが、誰にも認知されずに、その時空に潜航する事は可能であり、彼女は夜になるまで時空の川流れの上で、<新宿>での事象を眺めていたのである。

 ――そんな折に、姫は此処に衝突した。
タイタスの創造した墓所、即ち異界もまた、現世とはまた違う座標に存在する別時空の空間。
そこに、姫の宝具である船の移動ルートと重なった瞬間、無理やり船が、タイタスの陣地の空間に引きずり出される結果となってしまったのだ。
そしてそのまま、泉に向かって船が勢いよく着水。これが、タイタス達が感知した揺れの真相であった。姫自身、意図して此処に来た訳ではないのだ。
移動ルートの偶然によって、此処に招かれたに過ぎない。その事を必要最小限の言葉で姫は説明し、タイタスも得心したらしい。

「次が、最後の問だ」

「はよせい」

 欠伸をし始める姫。

460For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:33:00 ID:WxYWtYhI0
「ミルドラよ。そなたは、本当にサーヴァントか?」

「貴様にはどう見える?」

「……解らんな」

「ほほほ」

 その答えに、姫は満足が行ったらしい。
解らない、と言う答えは実は正解であった。タイタスの言葉は実は、正しかったのである。姫の正体は、解らない。これが答えであった。

 分類上は、吸血鬼、と言う事に姫はなるのだろう。だが、それすらも、精確ではない。
姫は、吸血鬼と呼ぶには余りにも吸血鬼の性質からかけ離れている。流れ水のタブーも、十字架のタブーも、姫には通用しない。
彼女が中国産の吸血鬼の性質を引き継いでいるからだ。だが、逆に中国産の吸血鬼が弱点とする桃の種や、吸血鬼全般が弱点とする白樺の杭を心臓に打つと言う行為も、
日光と言う最大の弱点ですら姫は克服しているのだ。吸血鬼にですら、滅びは来る。だが、姫は滅びない。『死』と言う事象が存在しないのである。
ひょっとしたら姫は、吸血鬼としての最大の特徴である、吸血と言う特徴だけを備え付けた、超高次元の生命体である可能性ですらある。
そもそも彼女は、多くの吸血鬼が生存を続ける為に必要な、自身の名の由来ともなっている吸血と言う行為すら必要としていない。
血を吸わずとも、姫は存在出来るのだ。余りにも、吸血鬼離れをし過ぎている。

 だから、タイタスの疑問も尤もだった。
この吸血鬼『もどき』については、謎が余りにも多い。多いが、確かな事が一つある。姫は間違いなく、順当な方法ではサーヴァントとして呼ばれ得ない。
サーヴァントとして呼ぶには、余りにも姫の存在はイレギュラー性が強すぎる。と言うより、斯様な存在を召喚出来るのであれば、聖杯など元より不要の長物。
この姫自身がある種、聖杯以上の奇跡で以ってしか召喚出来ない、神霊に半ば以上足を踏み入れている、恐るべき『何か』であるが故に。

 どちらにしても、タイタスですら、姫の正体については理解が及んでいない。そして、姫自身もこの謎については答えるつもりもないらしい。
いや違う――姫自身も、自身が何者であるのかよく解っていないのだ。四千年以上前に生まれた吸血鬼……と自分は嘯いているが、実際はそれ以上前から活動している。
それこそ、まだ地上の支配権を神々が握っていた時代から、だ。自身ですら、何年生き永らえて来たのか解らぬ時間を生きて来た『何か』。それが、姫であった。

「貴様の思う通りよ。私はこの聖杯戦争とやらに正式に呼ばれた者ではない。いわば、数合わせの為に呼び出されたようでの? 此処とは違う時空で、時の流れの上で微睡んでおったが、粗忽者の儀式で目を覚まさせられて、此処におるのだ」

「正式に……だと? サーヴァントがサーヴァントを呼び出す術を、誰かが会得しているとでも?」

「そんな事、造作もなかろうよ」

 如何やら、タイタス自身が知らぬだけで、サーヴァントを召喚出来るサーヴァントと言う者が、此処<新宿>には存在するようだ。
勿論、理屈上はそれが可能である事はタイタスも勿論知っている。但しそれは、莫大な魔力と言うリソースがあって初めて可能となる芸当だ。
この<新宿>で、其処までの魔力をプールしている所など自身の墓所以外に――いや。待て。あった筈だ。信濃町と呼ばれる一角に、姫を呼び出し得る施設。
タイタス自身が怪しいと睨み、あらゆる魔術の技を駆使して幾度となく監視を行おうにも、一向にその内部の様相を確認出来なかった、白亜の宮殿が!!

「メフィスト病院……か」

「流石に知っておったか。貴様も<新宿>に生きる者であれば、その名を肝に銘じておけ。事と次第によりては、奴と魔道の技を競い合うかも知れぬからの」

461For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:33:19 ID:WxYWtYhI0
 「尤も、そのような段になる頃には貴様の命もなかろうがの」、と、悪辣な高笑いを浮かべる姫。
確かに、サーヴァントでありながらサーヴァントを呼び寄せる術を持った存在は、尋常の事ではない。
召喚に必要な莫大な魔力を貯蔵できると言う技量から、恐らくはキャスタークラスかそれに準ずるスキルや宝具の持ち主だろう。
魔力を溜め置くと言う行為は、魔術師にとって初歩にして極意。民草が稼いだ日銭を貯金するのと同じだ。
魔術師は平時、何か魔術的な儀式や実験、鍛錬を行うのに魔力を消費する。そして、余剰の魔力を何処かにプールしておかなくてはならない。
まるで勤め人が、稼いだ給金を預金するが如く。だから如何に大量の魔力を供給し、これを上手くやりくりするか、と言う技術は優れた魔術師を指し示す指標となるのだ。

 如何に世に稀なる魔術師達が多く名を連ねるキャスタークラスのサーヴァントとは言え、その身の上に宿る実力は生前のそれより遥かに落ちる。
魔力などその最たるものだ。そもそもサーヴァントは活動するのに魔力を常に消費し続けねばならないのに、
この厳しい条件の下で魔力を増やすような運用をせねばならないのだ。タイタスやムスカが諸処の行為に尽瘁するのを見れば解る通り、これは大変な事柄である。
現にタイタスですら、虎の子である魔将を召喚するのにかなりの魔力を消費してしまった。これが正真正銘、宝具すら保有する本物のサーヴァントを召喚するとなると、
宝具・廃都物語でかき集めた魔力が根こそぎなくなってしまう。それを考えるにメフィスト病院の主は、魔力にかなりの余裕があったから、サーヴァントを召喚したのだろう。並の技量ではない。

 姫の言う通り、何時の日かは魔術の腕を競って殺し合う可能性もゼロではない。
と言うのも、魔術師と言うのは根本的に、他の魔術師と反りが合わない事が多いのである。
信奉する神や思想で諍いが起きるのは只人でも同じ事であるが、魔術師の辿った人生と言うのは概ね特殊な物が多い。捻くれた人生、とも言うべきか。
だから魔術師同士がコミュニケーションを取る場合、相手か自分が譲歩して接するか、波長が合うか、とかでもない限りは大抵の場合不和に終わる。
況して、その道を極めた魔術師ともなれば、その人間性は特殊を極める。少なくとも、一般人よりもズレた感性の持ち主である事は確かである。

 ……とは言え、魔術師が何よりも重視するのは、『利害』である。これは、魔術師のみならず、世間に生きる俗人、聖職の道を歩み僧籍を獲得している人間とて同じ事。
これらを侵害されぬ限りは、魔術師と魔術師は、気に入らない間柄であっても手を組むのもまた事実。
逆に言えこれらを侵害されると、真理の地平を開き叡智の何たるかを見聞する為の手段が、恐るべき殺生の手段へと変転するのであるが。
兎に角、今のタイタスは待ちに徹せねばならない。無駄な争いはなるべく避け、勝てる戦にだけ時と次第によって駆けつける。これが、現状のモアベターなのである。

「事は済ませたか? ならば、此処から去ね。私は暫し微睡む」

「去ね、とは此方の言葉ぞ。ミルドラよ」

「私の船の進む道に、斯様な賢しい異界を作る方が悪いのだ。嵐に見舞われた、と思って諦めるのだな、白面の王よ」

 其処で姫は、タイタスから顔を背け、船内へと入って行こうとする。
迎撃するか、と彼も思ったが、姫は別格に強い。世界の裏側に隠れた本体……その彼が、イーテリオの星を手にして漸く、勝ちの目が? と言うべき存在である。
腹の立つ話だが、此処は姫を受け入れるか――そう思い立った、その瞬間である。

462For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:33:32 ID:WxYWtYhI0
「――ほう。奇異な縁もあったものよな、貴様。いや、不運な運命、と言うべきかの?」

 船内に入ろうとした姫が足を止め、タイタスの方を見下ろしてくる。
何を言っているのか、と一瞬だけタイタスは思った。……それは、本当に一刹那の事だった。
カッ、と、タイタスは瞠若する。拠点としているホテルの回りを巡回させている、不可視の使い魔。
それが、一人の男性の姿を捉えた。その使い魔の見ている物と、己の視界を同期させているタイタス。当然、それが何を見ているのかを理解していた。

 姫に勝るとも劣らぬ、美貌の持ち主。
白いケープを羽織り、黒メノウを煮溶かして線状にして見せた様な、艶やかに煌めく黒い長髪を持った、美しい男。
人界に生まれる事は先ずあり得ない、神界・天界の美。いやあれは、悪魔の美ではあるまいか? 
タイタスは男を見た瞬間、恐怖と無慈悲さを、その麗姿から感じ取る事が出来た。親しみやすさが、姫同様にその男の美には無いのである。
美の純度が高すぎて、寧ろ『死』を想起してしまうのだ。隔絶した美の故に、頬を赤らめるとか見惚れるとか言う反応すらが、最早起きる事がない。
不興を買えば、死ぬ。見てしまえば、醜い自分に耐え切れず死を選ぶ。そんな剣呑さを、タイタスは感じ取ってしまったのである。

「あれがメフィスト。病院とは名ばかりの、自己満足の城を管理する自惚れ者よ」

 大層愉快そうに、姫が行った。
泉へと下る為の階段の頭上から、船の揺れを察知した夜種達が、今になって大挙して来る音を聞きながら。
タイタスは、急いで……しかし冷静に、メフィストと、ついでに姫のもてなし方を、考えているのであった。

463 ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:33:50 ID:WxYWtYhI0
前編の投下を終了します。死ぬ程お待たせして申し訳ございませんでした

464名無しさん:2017/11/30(木) 17:58:12 ID:ZyCQ0aAA0
投下乙&お久しぶりです

殺意マックスのメフィストにクッソ傍迷惑な姫と、厄いのに訪問されるタイタス頑張れ

465名無しさん:2017/12/02(土) 19:03:01 ID:k1RvBa6g0
お久しぶりです投下乙です
タイタスの那珂ちゃん評がなんか笑える

466名無しさん:2017/12/28(木) 15:39:40 ID:JRhCb27A0
御姫が居るからジャバはワイルドカード兼核地雷なんだよな

467名無しさん:2017/12/28(木) 20:17:15 ID:1V5zrYWI0
>>466がageたせいで投下来たと勘違いした(憤怒)

468 ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:11:30 ID:4rPyGHZs0
お年玉を投下します

469For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:12:30 ID:4rPyGHZs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 つくづく、ドリー・カドモンを依代に召喚したサーヴァントの人選が、おかし過ぎるとメフィストは思う。
チトセとパムは、まだ良い。どちらも多少血の気が多いが、まだ分別のつく性格であるからだ。
残り二名は、駄目だ。<新宿>の情勢を混乱させる為に、わざと選んだとしか思えない。
姫はそもそも論外であるし、ベルク・カッツェも、相当性質が悪いサーヴァントだ。仮にもしマスターが、サーヴァントをどれか一体好きなのを選んで、
それで聖杯戦争を勝ち抜けと言われたら、この二名は共に間違いなく選ばれる事はないであろう。それ程までに、悪質なサーヴァント達であるからだ。

 そして、これを知っててわざと、彼らの情報をドリー・カドモンに固着させたルイ・サイファーもルイ・サイファーだ。
アカシア記録制御装置(コントローラー)は、アカシア記録と言う高次空間に接続する都合上、接続した者に知りたい事柄を完璧に教えてくれる。
隠された歴史、これからの未来、根源への到達方法、そして……未知なる異世界の秘密。アカシアへの接続とは、有体に言えば、全知になれると言う事に等しい。
アカシア記録に接続してサーヴァントを召喚すると言う方法を用いると言う事はつまり、呼び出すサーヴァントがどう言う存在なのか、
初めから解っているに等しいのだ。解らない上で、姫やカッツェを召喚すると言うのならばいざ知らず、解っててあれらを召喚するのは、愚の骨頂である。
……いや。ルイは、愚者の行いだと解った上で、あの二名を召喚したのだろう。わざと、姫とカッツェを<新宿>に招いたのだ。
何の為に? 実を言うとメフィストですら、その真意は図りかねる。だが、およそまともな理由ではあるまい。最悪、面白そうだったから、と言う線すらあり得るのだ。考えるだけ無駄、なのかも知れない。

 どちらにしても言える事は一つ。
メフィストは、ルイ・サイファーの求めに従い<新宿>に招き入れた、四騎の内の一騎。赤のアサシン、ベルク・カッツェの尻拭いをやらされたと言う事である。
リムジンから降りて治療した者達は皆、あの悪鬼の跳梁の犠牲者だと言う事をメフィストは見抜いていた。
自分の患者に危害を加えなければ、極端な話世界が滅ぼうがメフィストは瑣末な事なのであるが、それでも、手を煩わされ、時間を潰されたとなると、
苦い顔を浮かべざるを得ない。カッツェよりも寧ろ、文句の一つをルイに対して言いたくもなろうと言うものであった。

「到着致しました」

 運転手の言葉に呼応し、シートに深く背を預けながら不満げに瞼を閉じさせていたメフィストが、ゆっくりと開眼。
見事な運転技術であった。ブレーキを掛けた事すら余人は認識する事が出来ない、プロのそれである。

「地下の駐車場で待機していろ」

「御意に」

 短いやり取りの後、運転手は扉を開け、其処からメフィストは外へと出て行く。
間違いなく、この場所である。メフィストが生み出した、彼自身を模したホムンクルス、その道具作成担当が生み出した『猟犬』と呼ばれるカーナビシステム。
その場所は明確に、百人町に建てられたこの超高級ホテルを指していた。猟犬、と言う物騒な名が指し示す通り、このカーナビゲーションはただのカーナビではない。
全体で十cm程の大きさしかない超小型人工衛星。秘密裏に宇宙へと打ち上げていたこれを利用する事でメフィストは、今や<新宿>の全貌を監視する事が出来る。
この人工衛星はいわゆるGPSの機能も兼ね備えており、これが発する特殊な電波を使用する事で、上記のカーナビシステムを用いる事が出来るのである。

470For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:12:52 ID:4rPyGHZs0
 何故、そして何時? こんな物を用意していたのか? 
簡単だ、メフィスト病院を襲撃したジャバウォック達を抹殺する為に、彼らが去ってからメフィストは急ピッチで、このカーナビシステムと人工衛星を構築したのである。
このカーナビシステムには特徴がもう一つあり、対象の体組織が少しでも残っていれば、カーナビそのものを管理するサーバーにその『情報』を登録。
こうする事で、宇宙空間に存在する人工衛星が情報を解析し、その場所を一瞬で探り当てるのだ。地下に潜ろうが無駄だ。
この人工衛星は宇宙空間から人間の顔を完璧に識別出来る程の分解能を持った超望遠カメラと、地下数㎞までの空間であれば透視する事が出来る霊鏡レンズを搭載している。
超魔術と超科学によって構成され、相手が何処に逃げようが監視し続け、恐るべき狩人であるメフィストにその位置を送り続ける。成程、猟犬の名は伊達ではない。
ではメフィストは、ジャバウォックの何を情報源として、この場所を発見したのか? 体組織がなければ、猟犬は臭いを探り当てられないと言うのに。
実は体組織に類する部位を、あのジャバウォックは明白に放置させていた。魔界医師と魔獣が戦った場所に放置された、ジャバウォック自身の『黄金化された腕』。
これを情報源としてサーバーに登録。彼らの居場所を探り当て、そして現在メフィストは、カーナビが指示した位置である、この百人町の高級ホテルへと足を運んだのである。

 実を言うとメフィストは、来る前まで訝しく思っていた。彼が自身の発明品の一抹の疑念を抱く事など、天が雲や星辰ごと地球に落ちてくる事象よりもあり得ない。
それなのに何故、魔界医師は猟犬の検索結果を疑問に思っていたのか。と言うのも、正しい位置を確実に捉える猟犬の検索結果が、不確定要素で揺らめいていたのである。
此処にいるかも知れない、しかし、いないかも知れない。そんな曖昧な状態の時に、猟犬の検索システムは、此処に対象がいる可能性はフィフティ・フィフティ、とする。
そして、こう言う検索結果が弾き出される時と言うのは、相手がこの世の時空ではない異界や、異なる位相や座標の別空間・別次元にいる時が殆どだ。
こうなると厄介である。異界や別時空の法則と言うのは、メフィストも今いる三次元空間の法則に囚われない。
ある場所に発生した、別時空に繋がる裂け目に呑み込まれ、その別時空から脱出しようと内部の出口から脱出したら、イタリアのベニスだったと言う事が平然と起きる。
衛星システムの検索結果上<新宿>の何処かにいても、ちょっとした契機で全く別の場所に移動される可能性が高いのだ。
メフィストとて暇ではない。手早くジャバウォックと、その主であるロザリタ・チスネロスを粛清したいのである。
それなのに、折角この場所まで足を運んだのに、また別の場所に逃げられたとあれば二度手間も良い所である。だからメフィストは内心では、この場所に来るまでジャバウォックに逃げられるのでは、と考えていたし、そしてこの百人町のホテルに発生している時空間異常は、サーヴァント同士の戦闘の余波によって生まれたか。或いは――<新宿>が、メフィストの知る『魔界都市』のそれへといよいよ変貌を始めたか、と当初は思っていた。

471For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:13:13 ID:4rPyGHZs0
 だが、違った。メフィストの推理は良い意味で裏切られた。
魔道を極めたメフィストだから解る。このホテルに発生している時空間異常は、自然発生したのではない。人為的に『施された』のだ。
それも、ただの魔術師にではない。あの魔界医師が、顔を見ずとも白眉の才能の持ち主だ、と確信させる程の技量の魔術師が、である。
それに、メフィストも既に気付いている。自身を監視している、透明化の迷彩を行っている使い魔の目線に、である。
その方向に目線を送るメフィスト。それを受けた瞬間、メフィストの目線をモロに受けた使い魔が、一瞬。半透明の馬体としての本体を露にし、そのまま大気に還っていった。
メフィストが特別な力を送った訳ではない。メフィストの美しい姿を真正面から目視する形となったその使い魔は、精霊でありながら人に縛られた状態の奴隷の身の上の己を恥じ、あの男に見られ続け恥を認識される位なら、と死を選んだのである。

 如何やら、ジャバウォック達の主従は誰かの魔術師の差し金か、或いは、その魔術師に匿われたかのどちらかであろう。
だから猟犬は、こんな場所を指し示しているのである。このホテルは高い確率で、メフィストの知らぬサーヴァントの拠点。それも、並のサーヴァントでは此処に拠点がある事すら気付けない程、高度な隠匿処理がなされている程の、だ。こうなると、メフィストの振る舞い方は一つ。サーヴァントと交渉し、ジャバウォックを譲って貰うか、その魔術師を相手に少し過激な手段を取るかのどちらかである。

「話の通じる相手なら良いが」

 いつの間にか、メフィストをこの場所に送っていたリムジンは、音もなくホテルが有する地下駐車場に消えている。 
自分も、何処ぞのサーヴァントが生み出した、ホテルと言う名の内臓へと入り込むべきであろうと、ホテル内部へと消えて行く。
……メフィストが持つ、人界に出て来る事自体がタブーとも言える禁断の魔貌に当てられ、フリーズした様に動けないでいる<新宿>のNPC達に。ホテルに消え行くこの魔界医師は、注意関心を払っていたのかどうか。

472For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:13:27 ID:4rPyGHZs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 魔術師とは元来、神秘を秘匿する物である。これは当然の理屈である。
魔術師とはその言葉が表すように、魔術を生業とする者であり、その魔術とは神秘によって成り立つ物である。
そして神秘とは何か、と問われた場合、人間が『不思議だ』とか『超常の力だ』とか思われるような力の事を指す。
つまりは、一般に流布されていない、魔や神の世界の常識、と換言出来る。
結局魔術師が何故魔術を振う事が出来るのかと言えば、この神秘と呼ばれる概念があるからに等しいのである。神秘とは彼らにしてみれば、卑近な言葉で言えば飯の種だ。
では、神秘が白日の下に詳らかになってしまえば、どうなるのか。露見された神秘は一瞬にして一般化、大衆化され、途端に神秘ではなくなるのだ。
誰もが知らないから、隠されていたから。神秘は神秘の魅魔を帯びると言うのに、誰もが知る常識に変貌してしまえば、途端にその価値は下落する。
これが究極的な段階にまで進んでしまうと、魔術師は魔術を使えなくなる。根源・真理・神座。これらに至れる研究を続けられなくなるばかりか、
今日の飯にすら有りつけなくなる。勿論死活問題である事は言うまでもない。アクもクセも強く、人間的にもズレている魔術師達が、例外なく守っている、黄金律とも呼べる程に絶対的な了解。それがこの、神秘の隠匿なのである。

 神秘の隠匿と言う都合上、魔術師はその拠点を人間の目につかない場所に設置する事が多い。
地下、山中、森林の中の洞窟。腕の立つ魔術師は異なる時空を生みだし、其処を拠点とする者もいる。神秘を隠そうとした場合、これらの場所は道理とすら言える。
だが、真に腕に覚えのある魔術師達は、市井の真っ只中に堂々と拠点を築く物だと、メフィストは考えている。と言うより、メフィスト自身がそうであるからだ。
しかしメフィストの場合は、神秘を隠匿するまでもなく、神秘と言う概念が世界中を覆い尽くしたに等しい世界の生まれであったからこそ、斯様な考えなのである。
そうでない人物が、都会の真ん中に魔術的な拠点を設営する等、これは並の心臓ではない。余程の狂人か、自惚れ者か。
そしてメフィストは、百人町のホテルに陣地を作成したサーヴァントを、恐るべき手練だと認識していた。自惚れ家であろうとも、これだけの実力なら文句はない。

 何せ見かけは本当に、地方からやって来たエリートサラリーマンや、金のある外国人達が宿泊の為に使う、典型的な高級ホテル。
そしてホテルの回りは明白に、日に千台は優に超す程の交通量を誇る道路に囲まれ、ちょっと歩けばチェーンの食事処や、コンビニエンスストアが見られる、
呆れる程に東京の風景なのである。そんな場所に、異界化させた陣地と言う大規模な拠点を構える等、尋常の精神では考えられない。
何よりも、それだけ大規模な陣地であるにも拘らず、NPCは勿論サーヴァントですらその存在に気付けないと言う事実が、この陣地を作成した者の腕前を証明している。
高田馬場の魔法街を拠点としていた、あの大魔法使いに匹敵する存在が、世にいたとは。そう思いながらメフィストは、ホテルのロビーに踏み入れていた。

 ロビーもまた、呆れる程普通の、グレードの高いホテルのそれである。
塵一つ落ちていない、清潔でピカピカの床。染み一つない壁紙。高い天井。そして、乱雑と見る者に思わせないよう考えられて設置された、ソファやテレビ等の配置。
メフィストにって全く見るべき所もない、普通のロビーだ。此処に、魔術師の拠点がある、と言われても果たして誰が信じられよう。
<新宿>で起こった諸々の事故のせいで人が少ないとは言え、今も疎らに人が行き交いしているこのホテルの何処に、そんな物があると言うのか。

 ――地下か――

 時空を弄って拠点とすると言う方法論の最大のメリットは、何処にでも拠点が作れると言う事である。
見かけ上の広さに左右されないのである。十畳程の狭さのない空間の中に異界を作ったとして、その空間の大きさは最早十畳のそれではない。
何故ならば魔力さえ潤沢であるのならば、数平方mしかない空間の内部に、東京ドーム一億個分もの広さの空間を収めさせる事だって可能なのだ。
時空の謎を理解してしまえば、その程度の真似事は造作もない。現にメフィストも病院でジャバウォックを迎え撃った際、このロジックを応用して見せた。
当初メフィストは、このホテルを虱潰しに探し回らねばなるまいかと覚悟していたが、意外や意外。直に拠点の位置を探り当てる事が出来た。

473For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:13:53 ID:4rPyGHZs0
 ――否。拠点の位置を探り当てたとか、暴き立てたと言う言い方だと語弊がある。
精確な言い方は、『向こうの方が此方を誘っている』と言うべきだ。メフィストレベルの術者であるのならば、探知出来るレベルの妖気。これを、地下から此方に向かって相手は発散し続けている。

「私を試すか」

 それもまた良い。この拠点の主にとって自分は招かれざる客、或いは、歓待を受くるに値する存在なのか疑問な存在。そう思われているのだろう。
ホストがあちらにあるのなら、ゲストは今の待遇に文句を言ってはならない。試されていると言うのであれば、それに応えるまでだ。
白日の具現のようなメフィストの美貌を見て、呆然とした状態の従業員達に関心を払う事もなく、メフィストは、廊下へと繋がる所へと歩いて行き、
レストランやバーにビリヤードルームなどと言った憩いの場へと足を運べる所を抜け、従業員達の雑務雑居の場所。
即ち、彼らの休憩室や、ボイラー室などへと繋がる、関係者以外立ち入り禁止の場所へとメフィストは到達。
この間、メフィストの姿を従業員達に見られたが、特に何も咎められなかった。メフィストは気付いたが、この陣地の主に軽い洗脳めいた物を掛けられている。
迷い込んだ者は大抵追い返されるのであろうが、メフィストに限ってはそれがなかった。向こうがメフィストを追い返さないようにと命令したか、それとも、メフィストの美しさに下された命令を忘れてしまったか。そのどちらかなのだろう。

 メフィストはボイラー室へと繋がるドアを開ける。
何の変哲もないボイラー室だ。駆動する音も、設備自体にも、何も異常な所はない。
だが、メフィストの優れた感覚は既に捉えている。此処が、敵の腹中に繋がる口腔である事を。何かの契機一つで、自分は敵の胃の中に潜り込めるのだと言う事を。

 ケープをはためかせ、誰の目から見ても平等に『其処には何もない』と言う事実が確認可能な、何もない空間を打擲するメフィスト。
何もない。そう、メフィスト以外の者からすれば、そうなるであろうと、皆は思うだろう。しかし、実際にはメフィスト自身も、何かを叩いた訳ではない。
真実、ケープが虚空に美しい白波を打った場所は、メフィストの目から見ても何もないのだ。――何処を打とうが、結果は同じだからである。
特別なアクションを、メフィストレベルの位階の魔導の技の持ち主は、最早起こす事すら必要がない。何気ない一動作で、異界への入り口を手繰り寄せる。
それはまるで、異界や魔界、常世と言うこの世ならざる空間が、メフィストの誘蛾灯の如き美貌に当てられて魅了され、一人で勝手にやってくるように。

 そして真実――姿を世界に隠していた、異界がその姿を現した。
異なる世界だから、異界と言うのか。はたまた、異形と化した世界の故に、異界と言うのか。
恐らくは、その両方の意味合いもあるのであろう。メフィストが今現在いる空間は、正しくそんな世界だった。
嫌な冷たさの空間だ。雪山の身を切るように厳しい寒さとも、氷の海の上の清冽な冷たさとも違う。
この世界はまるで、薄暗く湿った洞窟の中の様な、ジメッとした冷たさを誇っていた。否、まるで、ではない。そこは真実洞窟であったのだ。
厳密に言えば、洞窟の内部を削って作り上げた神殿、または遺跡とでも言うべきなのだろうか。
地球が生まれた時からずっと、天変地異や地殻移動、大地震や噴火を免れ、原初の暗黒をそのまま最奥に宿し続ける洞穴の中にいる様な暗黒。
一筋の光すらも拒み続けた黒闇の中にあって、メフィストは確かに、人為的に削って作り上げた痕跡をその目に見た。メフィストの炯眼は、闇さえ暴く。或いは、闇の方から、情報を教えるのかも知れない。此処がいかなる場所なのか、闇と語らう術を魔界医師は知って居たとて、誰も異な事とは思わないだろう。

474For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:14:14 ID:4rPyGHZs0
 この空間には、自然独特の無秩序(カオス)がない。人間が手を込めて作り上げた秩序(コスモス)が確かに存在する。
壁に刻まれた、メフィストですら知らぬ言語体系から成る文字の数々もそうだが、自然界ではあり得ぬ程、壁が磨かれていた。凹凸一つ、存在しない。
何よりも、床だ。床と言う概念は、自然界には存在しない。自然に存在するのは『地面』である。
今メフィストが立っている所は、磨かれ、象徴的なモチーフの刻み込まれた『床』だ。竜や獅子、侏儒の軍勢や鉄の武器を纏った軍隊を打ち払う、
たった一人の人間の意匠が其処には在った。シチュエーションを考えるに、この男は英雄と呼ばれる存在と見て間違いはないのだろう。
恐ろしく力強い印象を見る者に与えるレリーフだ。戦士を象徴しているに違いない。となれば、この異空間の主は、戦士或いはそれを束ねる者――。
詰まる所、『王』である可能性が極めて高い。王であるのならば、メフィストの周囲を取り巻く強権的な床や壁の事が説明出来る。
王が、己の権勢を以って生み出した空間であるのだろう。これだけの物を作り上げる王権である。
さぞや、歴史と人理に名を刻み、神の玉座にも王手を指しかけた者に相違あるまい。メフィストはそんな、己が名すら知らぬ覇王の存在に思いを馳せながら、一歩。
敵の腹中と断じても全くの間違いのない空間の中を、確かな足取りで歩いて行く。すると、不思議な事が起こった。
『闇自体が、真っ二つに分かれ、両端の壁にわだかまって行くのだ』。闇と言う概念自体が一か所に凝集され、白日に晒されたかのように、メフィストの歩く空間が明るく照らされ始める。闇は、人の心を掻き乱し、不安にさせ、絶望させる力を持つ。その力が、メフィスト相手には一切通用しない。この男を絶望させる事を無理だと悟った闇の方が逆に絶望し、諦観を起こしたのかも知れなかった。

 一歩、また一歩と進んで行く毎に、メフィストは、己が敵の内臓の奥深くを進んで行っていると言う実感を得る。
そして同時に、悟る。奥に奥にと進む度に、相手が己を進ませたくないと言う事を。身を以ってメフィストは、思い知らされる。
十m続く、下り階段をメフィストは音も立てずに降りて行くが、ある一段に足を付けた瞬間、階段が無数に分岐を始めた。
あり得ないのは、踊り場まで一直線のその階段の下り先が、数多に生まれ始めたと言う事もそうである。だがそれ以上に、その分岐の数である。
その数は優に、数千を超え、一万とんで二五〇にまで達している。しかもその別れ方たるや、一種のフラクタル構造を描いており、
分岐の先に無数の分岐があり、その分岐の先にこれまた分岐が無数にある、と言った風に、空間の連続性を一切無視しているのだ。しかもその分岐の全てに、踊り場がある。
ウィンチェスター・ミステリーハウスですらが足元にも及ばぬ程、狂的な構造である。理路整然を好む所とする人間が今の光景を見ようものなら、発狂は免れまい。

 メフィストが、眼前に現れた怪異に足を止めていた時間はしかし、一秒にも満たない。
目の前の分岐を玲瓏たる瞳で一瞥した後、メフィストは、分岐の一つに向かって歩いて行く。
そのルートを選んで歩いた事が誰の目にも明らかな段数、下がったその瞬間だった。魔界医師を惑わす為に生み出された全ての階段が、幻のように消え失せた。
残った一つは、言うまでもない。今この美貌の医師が歩く階段一つに他ならなかった。間違った階段を歩いていれば、どうなっていたか?
メフィストは知っている。誤ったルートを選んでいたら、その人物は死ぬまで階段を下り続ける定めを強いられる。
其処を選んだ瞬間に、上る為の段が消えるのだ。その者に残されているのは、今自分が立っている一段と下に降りる為の一段。
一段下れば、新しい一段が与えられ、また一段下れば、新しい一段が与えられる。しかし、それ以上は絶対与えられない。上への段がない為上れないし、来た道を戻れない。
だからその人物は一生、階段を下り続けるしかなくなる。しかも、一足飛びは許されない。一段一段、丹念に、永久に下り続けねばならないと言う、恐るべき運命を背負う事になるのだ。悪夢のような、トラップであった。

475For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:14:38 ID:4rPyGHZs0
 この異界の構造を、メフィストは見抜いている。よく知っている、と言っても良い。
異界の主は、己の意のまま、子供が積み木を組み立て直すように、この異界の構造を千変万化させる事が出来るのだ。
今の階段の一件など、その一環。此処に来てから既にメフィストは、十三の妨害に出会っている。
『一歩、また一歩進んでいく毎に』と言ったが、その一歩とは、正解のルートと言う意味での一歩であった。
歩いていたら突如分厚い壁が現れた事もあった。無視して進むと、壁が霧散する。幻影の壁だった。
足元が脈絡もなく、槍の穂先が敷き詰められた剣山に変わった事もあった。真実本物であったが、メフィストは槍の上に立っているにも拘らず、足に槍が突き刺さらなかった。
全ての床や壁が消滅し、何もない暗黒空間に投げ出された事もあった。前に進むのではなく、『上に向かって重力を無視して歩いた瞬間』、道が現れた。
こんな調子の妨害を、ずっとメフィストは受け続けている。これもまた、このおぞましい異界迷宮を生み出した主の試練なのであろう。
この程度の事をクリア出来ぬようであれば、謁見は許されない。そんな声なき声を、メフィストは聞いているかのようであった。
並の魔術師であれば、この迷宮に惑わされ、無惨な死を晒してしまうのがオチであるが、メフィストには斯様な目晦ましは通用しない。
この仕掛けが、子供騙しだからと言う訳ではない。実際には、極めて高度な魔術的技術を以って仕掛けられた物である。
メフィストにこの迷宮が通用しないのは、単純明快。メフィストもまたこのような、突如空間を迷宮化させる技術をよく使うからだ。
メフィスト病院など、まさにそうであろう。魔界医師の意思一つで、如何なる者の侵入を許さぬ白亜の大迷宮と化すあの病院。勿論、様々な罠もおまけで付随する。
蛇の道は蛇、だ。空間を自由自在にカスタマイズ出来る程の魔術の才を持つ者が、この局面でどう動くか、どんなトラップを仕掛けるか。
メフィストはそれを重々承知している。何せ、自分も良く同じ事をするからである。だから、相手の技は通用しない。鏡に映る我を騙す事が不可能な事に、その理屈はよく似ていた。

 階段を下り続けると、岩壁が出て来た。此処だけ、全く人の手が加えられていない。
本物の、自然石。ゴツゴツした岩肌、雫が伝う湿った岩肌。どれもこれも、人の握る彫刻刀やノミ、槌の手が及んでいない事の証であった。
その岩肌を、メフィストは左の人差し指で触れた。触れた所から、岩がその指を離さじと、融解を引き起こし、メフィストの指と岩とが永久の融合を果たそうとするのではあるまいか。それ程までにメフィストの指は、蠱惑的だった。

 だが、現実は違った。触れた所から、岩壁に縦方向に亀裂が生じ始め、其処から、ゴゴ、と言う音を立てて真っ二つに分かれて行った。
襖や障子が開かれる様子にそれは似ている。まるで、アリババの『ひらけゴマ』のようになった岩壁を見たメフィストが、壁の先に存在する、
大理石に似た石を削って作った螺旋階段を下りて行く。左の人差し指以外の箇所で、あの岩肌に触れれば、その生命は岩壁に吸収、融合され、己の意思を保ったまま岩の一部となってしまう。あれは、そう言うトラップであった。

 カツン、カツン。と、わざとらしく音を立て、メフィストが螺旋階段を下って行く。
此処まで、侵入者を迎え撃つガーディアンが見受けられない。仮にメフィストが試す側に回ったのなら、相手の力量も試そうとするものだが、
全くその傾向が空間の主には感じられない。まるで、メフィストの実力は既に知っており、量るだけ無駄だと言わん風であった。
己の実力を、病院以外で示した覚えはないが、と思うのはメフィスト。美貌には、一抹の疑問も浮かばない。謎に思いを巡らせても、それを億尾にも出さないのは、メフィストに培われたある種の癖であった。

 三分程の時間をかけ、螺旋階段を下りきるメフィスト。
透明感のある桜色の鉱石で出来た、巨大な扉が、白衣の男の前に立ちふさがっている。横幅十m、高さ十五m。単純に開扉するだけで、ヘラクレスの膂力が求められよう。
扉を眺める魔界医師。現世に渦巻く欲望の塵埃を超克した仙界の住民にですら、美しい物は手元に集めたいと言う人間誰しもが有する普遍的な欲を思い出させる、その男の美。
それに真正面から見据えられた瞬間、扉は、さくかに震えた……ような気がした。メフィストよ、お前の美は、命は勿論、心すら宿らぬ木石にですら、情欲を宿して見せるのか。

476For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:15:04 ID:4rPyGHZs0
 扉の材質は、塩化ナトリウム。言ってしまえば、この扉は塩……つまり、岩塩で構成されている。
だがそれよりも重要なのは、この扉の先に、この領域の主が存在すると言う事実。岩塩の扉から漏れ出る気風は、緩やかにメフィストに自分の存在を知らせしめて来る。
凡百の存在でない事は、既にメフィストとて理解している事柄ではあったが、事此処に来て、その理解を更に強めさせる。
相応しい対応をせねばならないな、と心を新たにし、メフィストは扉に向かって歩いて行く。
だが、どうやって扉に入るのか? 何故ならこの岩塩の扉は、見た目上扉である事が窺えると言う形をしているだけで、閂も鍵穴も、ドアノブも取っ手もない。
来た者に、それが仕切っている先の空間を開放させる為の機構を持たないのである。だがメフィストは何て事はない。
その扉に向かって迷う事無く歩いて行き――塩の扉をすり抜けて行き、その先の空間に足を踏み入れた。
そして、ほう、と。メフィストには珍しい、嘆息の声を、塩の扉が護っていた先の空間は漏らさせたのである。

 若草と華花の香りが、濃いスープのように大気と溶け合った草原だった。
空気を構成する、窒素や酸素、その他の雑多な要素と、草木の匂いが深く結びつきあっている、と思う程、青の香りが心地良い。
踏みしめる青い草は、土の状態がとても良いのか、生命力の強さが靴の上からでも伝わってくる程、生き生きとしている。
華の香り。薔薇や百合、金木犀に銀木犀、杏子に水仙などの花々の香りが、微風と交ぐわいながら、メフィストの身体を包み込む。
さぞ、花も幸福に相違なかろう。己の香りで、宇宙の意思が現世に遣わせた、美のヘラルドとしか思えないこの男を喜ばせているんだ、と思っているであろうから。
だが、香りに反してメフィストの顔は、元々の表情から微動だにしていない。花や草木を司る妖精(ニンフ)の落胆が、此処まで伝わってくるようであった。

 医師が患部を探り当てるかの如き、非情かつ冷徹な目線で、周りを見渡すメフィスト。
花の蜜を吸う為に薔薇や杏子の花に群れ集い、黄色や黒、薄青色などと言った色彩を乱舞させる無数の蝶。
遥か彼方に広がり、自然の雄大さと億万年とかけて築き上げた地球の芸術性の高さを見る者に伝えさせる、山々の稜線。
仲睦まじく湖の水を口にする馬のつがい、象のつがい、鹿のつがい。湖底まで見える程の透明さの湖には、数十どころか数百に至る程の雑多な種類の魚が、海の広さを知る事もなく泳いでいる。

 嘗てアダムとイヴが知恵の果実を齧った事で追放された楽園(エデン)。
審判者ラダマンティスが管理しているとされる、世界の西端に存在すると言う死後の楽土(エリュシオン)。
不老不死の果実や尽きない肉で満ち満ちた、女神西王母が管理する神聖なる山崑崙。
其処とは宛ら、此処の事だったのではないかと、この世の誰もが思うだろう。此処は正しく、人にとっての理想郷であった。
人の世の社会が軋み合い、衝突しあう事で生まれる様々な諍い、欲望、恐怖と、罪。それらとはこの世界は、全く無縁の場所であった。

 それがつまらぬとばかりに、メフィストは言いたそうな雰囲気であった。
最早見るものはないと言わんばかりに、彼は歩を進めさせて行き、此方を誘う気を放つ者達の方へと向かって行く。
小高い丘の頂上に生えた、密集した枝と葉々が傘のように広がった、一本の巨大な樹木。俗に、アメリカネムノキと呼ばれる大木の、その木陰。目的地を、メフィストは此処に定めていた。

 やがて、メフィストが丘の上に到着する。
ネムノキの木陰には、白い石のような物を削って作り上げた円卓があった。メフィストから見て真正面、対面の方向に、一人の男がいた。
灰色のトーガを纏った、アルビノの男である。肌の色も、後ろを長く伸ばした髪の色も、全て白い。しかし、老いと不健康、ストレスからくる白ではない。
初めからそうと定められた者のみが有する、生まれつきの『白』。だからこそ、墨を垂らせばその痕が永久に残るだろうと思わせるその白さが、力強いのだ。
そして、その双眸の紅きの、何と強壮たる事か。王の宿星を背負った男である事を、メフィストは一瞬で看破し、そしてその才覚の全てを、
頬杖を付きながらメフィストの事を眺めるトーガの覇王に認めた。それに、顔付きの方も、険が無意味に強い事を除けば、好みのタイプであった。

477For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:15:58 ID:4rPyGHZs0
 白の似合う、整った顔立ちの男。それが、メフィストの相手する者であったのならば、どれだけよかったか。
メフィストの眉が、不快に釣りあがっている。当たり前だ。メフィストから見て円卓の右端に座る、『姫』の魔貌を見てしまえば。
一瞬でその心証が、最悪の閾値を振り切ると言う物であった。

「厄介な者に憑かれているようだ」

 姫の方に一瞥をくれてから、覇王……いや、始祖帝・タイタス一世に目線を向け、メフィストはそう言った。病人に、医者が病状を告げる時のような声音だった。

「在る者に憑き纏いたる、厄介な霊に厄介な魔。これらを退散させる、この世で最も良い方法。……白麗の卿よ。貴殿は知っているか」

「簡単な事。憑依されている依代よりも、『憑依し心地の良い依代』を用意すれば良いだけだ」

「卿よ、見事な解なり。余の知る賢者と称された者ですら、卿の前では浅学をひけらかす蒙昧な輩であった事を、今この瞬間に認めよう」

 凡そ、乱暴極まりない理論を口にするメフィスト。要するに、今までその幽霊や悪魔が憑いていた人間よりも、更に憑き心地の良い人間を用意する。
言っている事はこう言う事である。だが、このメソッドは実は、狐憑きや犬神憑き、悪魔憑きなどと言った、この世のありとあらゆる霊障の特効薬なのである。
現にメフィストのいた魔界都市<新宿>においては、このような霊障に悩まされる人間の為に存在する、『憑かれ屋』と言う職業が成立していた程である。
この仕事の最上位に君臨する者の肉体は、幽霊や悪魔にとってスィート・ルームと言える程の極上の憑き心地であるらしく、
上位層の稼ぎは年収にして数億円とすら睨まれる程であったが、その分憑かれている霊や魔の数も凄まじい。一つの肉体に十の霊や魔に取り憑かれて、初めて一端と言われる程である。何れにしても、霊を退散させるのに、より良い憑依体質の依代を連れて来る事は、メフィストのレベルであっても認める有効な治療手段なのである。

「しかし残念だが、王よ。そこの疫病神を引き受けるだけの度量は私には無い。人からケチ、と言った評価をよく賜る男なのだよ」

「私を指して疫病神などと口にする男など、貴様以外にはおるまいの」

 美の精髄たる姫の姿を見て、疫病神などと言う最低以外の言葉が見つからない程の評価を下せるのは、遍く世界を探し回ったとて、
この魔界医師か、<新宿>の煎餅屋位しかあるまい。下々の者に疫病神扱いされれば、姫も立腹するが、言っている相手がこのメフィストだ。いつもの事だと、軽く流した。

「卿とて、ミルドラの女神は手に余るか、卿よ」

 ふっ、と笑みを零してタイタスが言った。

「ミルドラ、とは」

 メフィストですら、その神格の名は初耳であった。

「余の世界にて崇拝される、夜を司る神。即ち、夜に跋扈す全ての化外の者共、黒く暗き夜に煌めく星辰と月輪、この世に息づく全ての生命の安息たる眠りを司る、偉大なる大霊なり」

「其処の女性がそんな存在であったとは、驚きを通り越してどう反応して良いのか解らん。私の世界では、其処の女は『女顔のサタン』と呼ぶ。女神などと言う大層な物ではないとは、断言しておこう」

「揃いも揃って愉快な者共よ」

 口元を嗜虐的に吊り上げ、姫が言った。メフィストやタイタスの顔にも、微かながらの笑みが浮かぶ。
この会話の内容で、朗らかな空気を彼らは発散させている。何かを違えれば、一触即発の雰囲気に即座に変転する。そんな懸念から来る震えが、クスノキの葉を揺らす。
この場にいる者達は、メフィスト、タイタス、姫の三人だけに非ず。タイタスの従者として、彼の背後には、フードを目深にかぶった妙齢の美女……魔将・アイビア。
及び、彼女の配下である夜種が二十体程控えていた。凡百のサーヴァントならいざ知らず、メフィストと姫が乱心を起こした際には、
これらは何の役にも立たないとは、タイタスの考えだ。『御傍に』、と言うアイビアの意思を汲んでタイタスはこの場に侍らせる事を許しはしたが、戦力所か、彼女も彼女の抱える夜種も、肉の盾とすら彼は数えていない。この場に於いて、アイビアも夜種も、空気も同然の存在であった。

478For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:16:29 ID:4rPyGHZs0
「遠方の客は、もてなすのが王の務め。卿よ。試練の疲れもあろう。かけるが良い」

 そう言ってメフィストは、円卓に備えられた、これを構成する材質の素材と同じ物で作られた椅子に目を向ける。
それをメフィストは、手でどかし、ケープの裏側から、野球ボール程の大きさの球体を取り出し、それを地面に落とした。
するとそれは、自由落下の際にあちこちに亀裂を生じさせて行くばかりか、己の真の形を思い出したかの如く、亀裂から内部がグワッ、と展開。

一秒と言う瞬間的な速度で、球は、事務用のキャリー付きの椅子へと変貌した。フリーマーケットやバザーで投げ売りされているような安物ではない。
然るべき通販サイトや店舗で買えば、十数万円は下らない、大会社の役職付きの社員が腰を下ろすような、ハイ・グレードの椅子である。
メフィストが開発した、携帯用の折りたたみ椅子である。メフィスト病院の外で、大量の患者を診察する時、メフィストはこの椅子に患者を座らせ触診するのである。
だが果たして、直径二十〜三十cm程の球体の内部の何処に、球の体積よりも大きな椅子が内包されているのか。それは、メフィストのみが知る秘密の技術が織りなす一種の奇跡であった。

「私はこの椅子で良い」

 と言ってメフィストは、その椅子に腰を下ろす。ククッ、と姫の方から忍び笑いが零れる。
それと同時に、凄まじい怒気が、タイタスの背後から発散され始めたではないか。だが、同時にある矛盾も両立している。
その怒りに、恐怖の感も混じっているのだ。怒りを発散させている主は、タイタスの妻でもある魔将・アイビアであった。
一世が用意した、竜骨を削って作った椅子に座る事を拒否し、自身が持っていた粗末な椅子に腰を下ろすと言う行為。
それは、タイタスの好意を無碍にするばかりか、『お前の用意した椅子に座る事は我が沽券が許さぬ』と暗に主張しているのも同然の事。
メフィストが、自分のしている行為が何を意味するのか、どう受け取られるのか、知らない訳ではあるまい。知っていて、やったのだ。
それを理解した瞬間アイビアは、嘗てない怒気を目の前の魔界医師に覚えるのと同時に、タイタスを此処まで虚仮にするメフィストの恐るべき度胸に、心胆を寒からしめる程の恐怖を覚えた。タイタスをよく知るアイビアだからこそ、解るのだ。魔界医師よ、お前の心には、生命ならば誰しもが抱く感情である恐怖がないのか? と。

「素晴らしい側近をお持ちのようだな、王よ」

「我が愚妻に卿がかけるには、余りにも過ぎた言葉。出来の悪い女よ、誰に怒気を放っているのか、理解すらしていない」

 言ってタイタスが、頬杖をつかせていた右腕を離し、その状態を解き、パチン、とフィンガースナップを効かせる。
その動作を受け、アイビアが背後の夜種に命令を飛ばす。すると、小柄な体躯を持った、何とも醜い子鬼が、銀の盆を持って竜の骨を削って作った円卓へとやってくる。
直視に堪えぬその子鬼がもつには、人の持てる手技術の精髄を尽くした銀盆の意匠の美しさも、その上に乗せられた薄焼き菓子の甘く蕩ける様な香りも、余りにもミスマッチしている。

 それを竜骨の円卓に置いた瞬間、子鬼は、驚愕の表情を浮かべるや、即座に塵に還り、草の上に汚れた灰を堆積させる。
慄然の表情を浮かべるアイビア。今の子鬼は、視力をアイビアによって強制的に奪われていた。メフィスト、タイタス、姫。
この三人の会合の為だけに、アイビアが作った特製の夜種。戦闘能力など持たない。ただ、この三人の会合を彩る菓子に茶。
そして、それを乗せる銀盆を運ぶ為だけに生み出された哀れな生命。目が見えずとも、この円卓に菓子と茶を運べさせるようアイビアは教育を施していた。
何故、視力を奪ったのか? 簡単な話だ、メフィストと姫の美貌を見て、粗相を犯させぬようにする為だ。タイタスですら気を強く持たねば心を揺さぶられる、両名の美。
夜種如きが耐えられる筈もない。だからこそ夜種から光を奪っていたのだ。だが、菓子を運び終えたその瞬間、塵に還れなどと言う命令を埋め込んだ覚えは、アイビアにはない。果たして、如何なる現象が、あの刹那の間に起こったと言うのか。

「悪女だな」

「その言葉は最早褒め言葉よ」

 メフィストの言葉にそう返す姫。メフィストも、そしてタイタスも。姫の行いを見抜いていた。
そして、アイビアは永久に知る事はあるまい。あの夜種が盲目である事を見抜いた姫が、戯れと言わんばかりに、己の姿を夜種の精神に投射したと言う事実を。。
生まれてから盲目を宿命づけられた存在が初めて、心の瞳で目の当たりにした存在が、星辰の王たる日輪と星辰の女王たる月輪よりも美しく気高い姫の存在であった。
その事実に、夜種は己の存在を保てなくなった。美意識と言う観念が植え付けられていなかった存在にですら、美しいと認識させる程の姫の美貌。その衝撃を受け、夜種は塵に還ったのだ。

479For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:16:56 ID:4rPyGHZs0
「ほう。妖精の世界にも通じるか、白面の王よ。私の目に狂いがなければ、妖精共のみにその製法が伝わると言う、薄焼き菓子ではないか。二五〇〇年前のブリテンで、それと同じ物を齧るエルフの戦士共を、見た事があるぞ」

「正直な所、ミルドラよ。余は驚いている。そなたもまた、深遠たる智の持ち主であったとは」

 世事でも何でもなく、タイタスは驚いていたらしい。メフィストではなく、よもや姫に、この茶会で振る舞う菓子の正体を当てられるとは。
この世の全ての事柄を知り付くし、その知を以って世界を支配したタイタスですら、この事は予測出来なかったらしい。

 ――伝説に曰く。
妖精達の王或いは貴族として君臨する、長耳の美青年と美女で構成される一種族・エルフ。
そのエルフの中の特にハイ・クラスの戦士階級の者が、有事の際に携行すると言う幻の保存食と言う物が存在する。
妖精の言語で『レムバス』とも呼ばれるこの携行食は、一説には乾パンであるとも、ビスケットであるとも伝えられており、細やかな姿は伝わっていない。
確かなのは、その携行食は、ある種のレーションでありながらも大変甘く大変美味である上に、一枚口にするだけで一日分のカロリーと、
一日に必要な全ての必須栄養素を全て賄えると言う、完全食なのだと言う。その製法は、エルフの最上位階級である王や姫の間にしか伝わっていない。
下々のエルフや、エルフ以外の妖精はその製法は勿論、存在自体すら知らない事もあるのだと言う。当然、ただの人間がその薄焼き菓子の事を知る筈もない。
だが、そんな幻の一品は、何かの偶然で外の世界に流出してしまったらしく、そのレシピが一時、西欧に伝わってしまった事がある。
一説によると、ヘンゼルとグレーテルを誑かす為に魔女が生み出した『お菓子の家』の屋根や床には、この妖精の薄焼き菓子が使われていたとも言う。
だが現在、このレムバスに纏わる伝説もそのレシピも、初めから存在しなかったと言うレベルにまで抹消されている。――何故か? 己の特権を侵害されると考えたエルフの王族達が、虱潰しにこの存在を知る人間達を探して行き、その全てを己の魔法で、樹木や小石に変えて制裁したからだと言う。

 それを何故、タイタスは当たり前のように振る舞えるのか?
そしてどうして、姫はその知識を当たり前の様に知っているのか? 謎は何処までも、尽きない。

「治療しか能のない男に振る舞うには、余りにも勿体ない品。謹んで、その味を堪能させて貰おう」

 言ってメフィストは、指先に魔力を収束、薄焼き菓子の一枚を浮遊させる。
そしてそれを指下まで近づけさせ、それを手に取る。軽い事は勿論の事だが、意外としっかりとしている。
見た目はビスケットだが、頑丈さは厚い煎餅を思わせる。元来は戦士の携行食であったと言うが、その特徴は堅さに現れているらしい。
そしてこれを、メフィストは齧った。一瞬だけ見えた白い歯が、ダイヤのように眩しく輝く。メフィストの歯など、数百億円の価値があるどころか、<新宿>中の住民の命を全て差し出したとて、等価ではなかろう。

「成程。音に聞こえた物だけはある。香りからは連想させるようなくどい甘さではなく、スッキリとした甘さだ。それに、舌の上に甘さを筆で塗ったように、上品に後を引く。私好みの味だ、当院の茶請け菓子として参考にさせて貰おう」

 メフィストだから、自制が効く。
これがもし、他の人間であったのならば、何枚でも平らげられるような、手の止まらない甘さと味だ。
菓子好きにこのセットを与えてしまえば、一週間分どころか、一ヶ月分のカロリーを一日で蓄えてしまうだろう。それ程までに、中毒性のある味であった。
尤も、姫の方は満足する味ではなかったらしい。一枚齧るや、それを後ろ手に放り捨てた。余りにも、行儀が悪い態度だったが、この場に姫の行いを咎める者はいない。咎められる実力を持つ者がいない、と言うのが正しいのかも知れないが。

 一枚だけ、レムバスを口にし終えた後、メフィストは、対面に座るタイタスと向き直る。もう、レムバスは良いらしい。銀盆の上には、あと十数枚も残りがあった。
さて、タイタスと言う男は、見れば見る程、生まれながらの帝王だなと、メフィストは感じ入る。アレクサンドロス大王も、カエサルも、始皇帝も、ヒトラーも。
この男の威風堂々さと比してしまえば、褪せて見えてしまうであろう。そんな確信を思わせる程のカリスマ性を、タイタス一世は確かに醸していた。
本物は、一目見ただけで如何なる人間にも本物と思わせる力を有する。その絶対則を、改めてメフィストは認識するのであった。

480For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:17:17 ID:4rPyGHZs0
「この世界は、お気に召さなかったかな、白麗の卿よ」

「そう、思う訳は」

「貴殿の感情の動きが余りにも小さいからだ。賢者が、日銭を稼ぐ為に薬を錬成する時ですら、もう少しまともな目をするものだ。余の生み出せしこの空間は、貴殿にとってはつまらぬものだったか」

「私の無表情は生まれつきの物だ、気にする事はない。それが誤解を生んだのなら訂正をするが、王の生んだこの世界は、素晴らしいものだと思っている。完璧なアルカディアだとも換言出来る」

 言ってメフィストは、小高い丘から一瞥出来る、アルカディアの光景を眺めながら、その所感を口にする。

「この世界には、争いもなく、死もない。平穏と生命に満ちた世界だ。遍く人類が理想とするアルカディア。イデアの中にしか存在し得ない、天上楽土であろう」

 「だがしかし――」

「王よ。貴方の作った世界には欠点が一つ存在する。そして、その瑕疵こそが、私がこの世界の価値を損なわせる最大最悪の欠点だと思っている」

「それは、何か」

「『この世界には、人がいない』」

 メフィストは即答する。姫も、そしてタイタスも。やはりそこを突くか、と言う顔をした。

「人がいない事でよってのみ、この世界は理想郷として成立している。人がいない世界で理想郷を作り上げる。何と容易な試みであろうか。誰にでも出来る事だよ、決して難しい事じゃない」

 更にメフィストは言葉を紡いで行く。

「人がいない事で生まれる、完璧な世界(パーフェクトワールド)。私はその歪んだ世界を個人的に、完璧とは認めたくない。理想郷だとも、個人的には思わない」

「問う。人のいない世界を、不完全だとする訳を」

「私が医者だからだ」

「医者だから、とは」

「患者のいない世界は、私にとって酷く退屈でつまらない、拷問の様な世界だからだよ」

 顔を抑え、姫は笑いを上げ始めた。「やはりそう答えるか、この阿呆は!!」、堪らず姫は叫んだ。

「白面の王よ。貴様が其処の愚か者に何を見たのかは解らぬが、メフィストはそう言う男ぞ。聖人君子に見えるのは、見た目だけよ。その本質は、医者であると言う己の本質に依拠していなければ、生きる意味すら見いだせぬ弱者。それがこの男、魔界医師よ」

「だから言った筈だ。『個人的に』、このような世界はつまらないのだ、と」

「……人のいない世界だからこそ、この世界は完璧に程遠い……」

 姿勢を正しながら、タイタスは更に言葉を口にして行く。

「卿よ。その言葉は、何処までも正しい」

 その言葉に反応を示す、メフィスト。

「余は、人の本質は陰であり邪であると肯定している。争い、傷つけ合い、欲を遵守し、肉欲に耽り、欺瞞で身体を鎧い、己の財と地位とで増上慢を気取る。哀れで救いようのない生物だ」

 「だが……」

「それが元で、滅んでも良いと言う理屈にはならない」

 深紅の双眸が、メフィストと姫の双方を睨めつけた。
王の赤目、その奥底で光り輝く、鋭い剣の先端を思わせるような眼光は、只人を威圧させるだけの圧倒的な力があった。
邪眼(イーヴィル・アイ)と言う特異な力とは元来、人には持ちえぬ凄まじきカリスマを持った者の眼光であったのではないか。そうと余人に確信出来るだけの、タイタスの瞳の底光りを見て、人のカテゴリの遥かな外に君臨する、二人の『美しき者』達は、眉一つ動かさず、タイタスの瞳を見据えた。

481For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:17:30 ID:4rPyGHZs0
「人の持つ宿命と魂。それらの根源の属性が罪であると言うのなら、それを認め、それに従い、それを利用する事こそが、王たる者の務め」

「性悪説を支持するのか、王よ」

「然り。人の心に善は匙の一掬いより少なく、人の心に悪は海より広く。その事実を先ず認め、その上で動く事が肝要なのだと、余は古の昔に悟ったり」

 更に、タイタスは言葉を続ける。

「国が、階級が、宗教が、民族が。それらが互いにいがみ合い、争い合う状況は、人がいる限り避けられぬ定め。人の歴史とは結局は、平和を堅固した時代よりも、争いを収束させようとした時期の方が長かった事が、これを証明している」

「愚かな者共よの」

「然り。人とは斯様に愚かな者。その愚かしさが故に、一度は神の涙と怒りの発露たる、荒れ狂う洪水で流されたが……この世に息づく人間の殆どが愚かで、その人類を神が見限ろうとも、余は人を見棄てない。余が、遥かなる未来世までに君臨するべき定めを負った王であるが為に」

「貴方が王だからか?」

「人の上に君臨するのが王であり、王とは、余以外の人間がいなければ成立しない。この世の何処に、たった一人で星に君臨する孤独を標榜する王がいようか? 世界の破滅を希う者……それは最早王に非ず。狂気の精霊に魅入られた、哀れなる者である」

 タイタスは確かに、己の目的の為に世界に戦火を望んだ者である。
だが、全ての人間の絶滅を願った男ではなかった。今彼が口にした事は、嘘偽りのない事実そのもの。
王とは、その王権や威光を認める他者、即ち、自分以外の人間がいてこそ初めて成立する。この点に於いて王とは、商売相手がいる事で成立する商人や、
主がいてこそ成立する奴隷、戦う相手がいてこそ成立する軍人や戦士達と、何の違いもない。結局タイタスも、患者に依拠する医者であるメフィスト同様、人に依拠する王であったのだ。故に、タイタスは世界の滅亡を望んではいない。いないからこそ――である。

「この世界には虫唾が走る」

 語気を荒げて、タイタスが言った。

「人の本質が悪であると言う現実に耐え切れず、人がいなくなれば世界が平和になると言う空想に逃げるしかなかった、哀れなる童(わらし)の夢の世界。知識はあるが、世故に疎い。知識はあるが、経験がない。幼稚な秀才が考え付きそうな、つまらぬ世界よ。人がいる上で、理想郷を作り上げようとすると言う気概を、この童子からは感じる事も出来ぬ」

 この世界は、どのようにして作られたのか?
口ぶりからも解る通り、この世界はタイタス自身が練り上げたイメージを元に産み出した世界、と言う訳ではない。
今現在タイタスが匿う、ロベルタの従えるサーヴァント、高槻涼の中に閉じ込められていた、ある一人の少女の残滓。
その存在を見抜いた始祖が、彼女が何者なのかを探るべく、己の魔術でその全てを知悉しようとした時に見つけた、彼女の精神世界。
それが、この歪んだ理想郷であった。メフィスト同様、タイタスはこの世界には強く否定的であったが、同時にこれは、相手を試す為にも使えると思った。
メフィストは知っているのか知らないのか解らないが、実はこの、高槻涼の中にいる黒いアリスの精神世界は、タイタスが設定した最後の試練であった。
最終的にメフィストは、タイタス同様この世界はつまらないと言ったが、この答えこそがタイタスの設定していた正解の解答である。
もしもこの世界に対して肯定的な様子を見せていたら、タイタスはこの世界からメフィストを弾いていた――無論、出来るかどうかは別としてだが――。
何から何まで、メフィストは、タイタス好みの男だった。……これがもし、互いに陣営を異にする陣営でなければ、三顧の礼を尽くして味方に迎え入れたものであるのだが。

482For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:17:51 ID:4rPyGHZs0
「――その童について、協力を仰ぎたいが為に、私は今日此処にやって来た」

 来たな、とタイタスは構えた。メフィストが本題を切り出しにやってきた、と言う事が一瞬で伝わってくる。
他愛ない世間話の場が、権謀術数と腹の探り合いが交錯し、少しでも自分に有利な条件を引き出そうと言う駆け引きが表と裏とで行われる伏魔殿へと変貌した。
メフィストの方も、此処が本題だぞ、と言う事を隠しもしない。水晶がガラス球にしか見えぬ、美しい瞳の奥底で、鋭い光が煌めいていた。

「ロザリタ・チスネロス。私はその女性の行方を追っていたのだが、懸命な追跡の結果、王よ。彼女はこの場所にいるのではと私は睨んだ」

「卿が口にした名の女は、確かに余の庇護下にある」

 ロベルタを手に入れてからタイタスは、己の魔術で彼女の来歴を暴いていた。名前を彼が知っているのも、その為である。
そして、メフィストの言葉に対してタイタスがシラを切らなかったのには、訳がある。この事柄だけは、騙せないし隠せないと踏んだからだ。
この魔界医師は何処で、始祖帝がロベルタの身柄を手に入れたと知ったのか、と言う疑問は敢えて訊ねない。知っていてもおかしくない、と言う奇妙な確信と信頼が、タイタスの間に芽生えていたからだ。どちらにしても、此処で下手な嘘をつき、心証を損ねるのは悪手だとタイタスは考えている。だからこそ、彼は真実を開帳したのであった。

「彼女の身柄を、私に引き渡して貰いたい」

「卿よ。かの女に貴殿が其処まで心を掻き乱される所以とは、何か」

「酷い癇癪と、ヒステリーをお持ちのようでね。それを発散させてしまった為に、当院が大変な迷惑を蒙った」

 此処で姫が、メフィストの言うロザリタ・チスネロスが何者であるのか気付いた。
姫は、ジャバウォックの姿形こそ理解してはいるが、ジャバウォックの真の名と、あのバーサーカーを操るマスターの存在は全く知らなかった。
今の今まで、メフィストがタイタスの領地にやって来た理由を理解しなかったのには、此処に原因がある。

「……あの醜い鉄の怪物が、此処におるのか」

 冷気を、姫は放出し続けている。否、大気より遥かに冷たい物が放出する、白い色をした帯或いは霞状をした、真実本物の冷気ではない。
人は、この仮初の冷気をこう呼ぶのであろう。殺意、と。姫の殺意は、凍て付くように冷たい。それに当てられた人間は、
裸でブリザードの中に放り出されたように震え出し、その場から身動きが取れなくなる。人によってはそのまま、殺意の放射で全身の細胞が凍結して死んでしまう。
姫の繊手によって与えられる、とてつもなく恐ろしく、そして、美しい死。それに絶望した細胞が、主の脳や魂に反逆し、自殺を選ぶのである。
そんな殺意を、姫はタイタスに叩き付けている。鷹揚とした様子でそれを受け止めるタイタス。主君の危機に何時でも対応出来るよう、鎌を構えるアイビア。
だが、アイビアの手は酷く震えている。姫に対する恐れである事は言うまでもない。だが、こんな反応をアイビアが取れただけでも、まだ上出来であった。
彼女の配下である夜種など、蜘蛛の子散らして逃げ惑おうとするも、この世界が、タイタスの許可なく入る事も出る事も出来ない閉鎖空間であると、出口に類する物が何処にもない事を悟るや、ついに発狂を起こしてしまった。俺達は此処で終わりだ、と言う悲鳴が上がる。

「語る必要もなかったのでな、ミルドラよ」

「道理だな、姫よ」

「……成程。私にすら獲物の気配を悟らせぬ、高度な結界を張り巡らせておるか。斯様な真似、黄帝(ファンディ)の奴めにしか出来ぬと思っておったわ」

 殺意を霧散させ、姫は、ほう、と一息ついた。
吐く息にすら、桜色の香気と色気がつきそうな、扇情的な動作。人の女には真似したくても永劫出来ぬ、無限大の色気が其処にはあった
黄帝……それは中国の神話に輝く、三皇五帝の帝王・皇帝の内、最も偉大とされる王である。
彼の治世で、医薬、服装、住居、貨幣、測量、道徳、楽器、文字等の文化が興って栄え、彼の治世で中国を脅かす蛮族や悪鬼共の群れが平定されたと言う。
正に偉大な王である。姫すらが認める程に。姫が、その黄帝と同一視する、と言うのは、無上の評価であると言っても差支えがないのであった。

483For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:18:39 ID:4rPyGHZs0
「卿よ。余は、卿程に聡明と言う言葉が相応しい者を相手に、小賢しい者共の生きる術たる権謀術数や腹芸など、無意味かつ時間の空費であると考えている」

「私も、王と同じ考えだが」

「余は、ロザリタなる女性が此処にいる事をしかと認めた。なれば、貴殿も認めるべきであろう」

 瞳から放たれる威圧の視線が、メフィストの麗しい貌を射抜いた。

「ロザリタ・チスネロスを狩りに来たと」

「強い言葉を用いれば、そう言う事になるな」

 あっさりと、メフィストは認める。要するに、ロベルタを殺しに来たのだ、と言う事を彼は明言した。

「卿には悪いが、あれは最早余の所有物だ。欲しいと言われても、所持者である余が認めぬ限りには――」

 タイタスが全てを言い切るよりも前に、メフィストは懐から皮袋を取り出し、それを竜骨のテーブルの上に置いた。
ズン、と微かに円卓が揺れる。相当重い物が、中に入っているようだ。皮袋の口を縛る麻の紐をほどき、メフィストはその中身を机の上に広げさせ――
カッと、タイタスは目を見開かせた。誰の目から見ても明らかな、驚きの反応。

「ただで譲れとは、私も言わん」

 竜骨の円卓の上では、様々な色の宝石が乱舞していた。
ルビー、サファイア、エメラルド。アクアマリンにトパーズ、オパール、メノウにヒスイにガーネット。
宝石の王たるダイアモンドから、有機物由来の珊瑚や真珠や鼈甲まである。どれもこれもが、宝石の輝きを最大限際立たせるカットが施されているばかりか、
ビワの果実のように大きいと来ている。オークションにこんな物が出品されようものなら、その値段は天井を突き抜け、空の天蓋にまで達し宇宙にまで到達する程の額になるだろう。

 テーブルの上に、宇宙の星々を縮小させ撒いてみたように、宝石はキラキラと輝いている。
誰もがその光景に人は目を奪われ、こっそり失敬、と言って黙って持って行く盗人ですら、この宝石の輝きの前には数分と忘我の境地に立たされるだろう。
だが、タイタスが真に驚愕しているのは、この宝石に内包された、圧倒的なまでの魔力量!!
ムスカやタイタスの努力とは、果たして何だったのか? そうと自問自答せずにはいられぬ程大量の魔力を、これらの宝石は有しているのだ!!

「敵に塩を送る、と言うのじゃろう。こう言う時は」

「敵と断定するには、まだ早いよ」

 姫の言葉を否定するメフィストであるが、それが本心からの言葉でないのは、タイタスも姫も理解している事であろう。
聖杯戦争に参加するサーヴァントが二人出会い、しかも、その二名ともが人理と歴史に名を刻む希代の魔術師であったのであれば。
行き着く先は、高い確率での反目なのである。それが解らぬメフィストでもあるまい。解った上で、メフィストよ。お前は、タイタスにそれを送ると言うのか?
全ての粒を使えば、宝具・廃都物語が完全に成就してなお、余りが残る程の魔力総量の宝石の数々を。お前は、譲ると言うのか? その選択が、聖杯戦争の全ての決着を今この瞬間に着けてしまう事を、知っているのか!?

「キャスターのサーヴァントに対し、魔力のプールがどれ程重要であるのかは、説明するべくもなかろう。ロザリタ・チスネロスの身柄とこれらの宝石は引き換えだ。悪い取引ではないと思っているが……いかがかね」

484For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:18:54 ID:4rPyGHZs0
 否。悪い取引なものか。
寧ろ、破格と言う言葉ですらが生温い程、圧倒的にタイタスに有利な交換であった。
ロベルタ一人を諦めれば、即日の内に、思わぬ妨害で成就出来なかった、帝都アルケアを<新宿>の上空に結び出す事が出来るのだ。
それだけじゃない。前述の通り、この宝石の魔力量は、アルケアを浮上させてなお、御釣が来る程潤沢なのだ。
それも、大魔術や儀式魔術を一・二回行う程度、と言うケチな量じゃない。複数名のサーヴァントを召喚、それを維持出来るだけの量である。
これだけの魔力があるのなら、間違いなくタイタスは、今この瞬間に聖杯を獲得する事が出来る。今までムスカやタイタスが肺肝を砕いて来た努力、
それらが一瞬で過去の物となるのだ。それを考えたら、メフィストの提示したこのビジネスは、正に破格。最高の取引であった。

 メフィストの言葉に、裏はない。
本気で、ロベルタの身柄とこれらの宝石が対等だと思っている。それは、メフィストが物の価値が解らぬ程愚昧な者、と言う考えとイコールにならない。
それだけの対価を支払ってでも、ロベルタを殺したいと言う事の証明である。メフィストもまたキャスターであり、魔力が重要な要素である事は理解している筈。
そしてその魔力を、敵サーヴァントであるタイタスに送ってでも、メフィストはロベルタを葬り去りたいのだ。
敵が強くなっても、構わない。敵が聖杯を手にしたとて、知った事か。メフィストは、始祖帝が優勝すると言う結果を確固たるものにしてでも、
死に掛けのサーヴァントを御する死に掛けのマスターをこの手で葬ると言う結果を選んだのである。何たる、執念深さか!!

 タイタスは、初めてこのサーヴァントが、まともじゃないと本気で確信した。
姫の言った通りであった。この男がまともなのは、見た目だけである。いや、見た目がなまじ美しいからこそ、誤認する。
この男の価値観は根っこから、タイタスと相いれるそれではなかった。メフィストの本質は、徹底したエゴイスト。男性原理の結晶であった。
患者の治療と言う目的の為なら何でもする。そして、己の利害を害する者については、万策を尽くしてそれを滅ぼそうとする。
これらの目的の達成の為なら、恐らくメフィストは、己がどれ程不利になる条件でも呑むであろう。今回の件は正しく、メフィストのそんな歪みを象徴していた。
己の目的の為にメフィストは、タイタス以外の全てのサーヴァントを犠牲にする心算なのだ。その犠牲に、メフィスト自身も含まれている事を、彼は重々承知している。
これを、気狂いと呼ばずして何と呼ぼう。放っておいても死ぬのが定めのマスターを、自分の手で殺す為に。聖杯への到達や、<新宿>の命運をも擲とうとするこの男を。狂気の精霊の魅入られた男じゃないんだと、誰が否定出来ようか!!

「返答や如何に、王よ」

「否、である」

 タイタスは、メフィストの再度の問いに、即答した。
メフィストの表情は動かない。姫の方は、タイタスの解が心底から面白かったらしい。喜悦の表情を浮かべていた。

「余の本心を告げよう。貴殿の提示した宝石。余は、心の内が渇き、余裕と言う名の泉が枯れ果てる程に欲しい。ロザリタを手中に収めたまま、この宝石を手に入れる策はないかと、今も思案を巡らせている程にだ」

 そんな方法はないのだ、と言う事は、タイタスとて理解していた。

「宝石と、ロザリタ。そのどちらかを選べと、厳正と公平を司る大いなる天秤の皿にかけられれば、余は、ロザリタの方を選ぶ」

「王よ。彼女を選ぶ理由とは」

「一つ。あの女は余が美しいと認める、黒く燃え上がる闘争の性根と魂を持つ者であるから。その魂を包む焔と、貴殿の持つ宝石とでは、失礼だが、比べるべくもない」

「然りだ。如何に私の宝石であろうとも、魂と等価には流石にならん」

「もう一つ」

 これが肝要だ、と言う事を強調する、タイタスの語気の強さ。

「あの女は、余に助けを求めた」

「――ほう」

 メフィストの瞳に、好奇心の光が瞬く。

485For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:19:09 ID:4rPyGHZs0
「ロザリタも、奴が従えるサーヴァントも、放っておけば消滅を免れぬ程の傷を負っていた」

 それは、メフィストとしても初耳であった。
サーヴァントの方、高槻涼が大ダメージを負って消滅寸前と言うのなら話は分かる。其処まであのバーサーカーを追い詰めたのが、他ならぬメフィストと姫だからだ。
だが、そのマスターの方まで死ぬ寸前であった、と言うのは、本当に初めて聞く事柄であった。あの時メフィストは、院内及びその敷地内に、
高槻のマスターの存在を感知出来なかった。あの場にはいなかったのだろう。考えられる可能性としては、ロザリタ・チスネロスは高槻と別個に行動していた。
そしてその折に、他の主従に叩かれたが、その主従はロベルタを殺し損ねてしまったのだろう。其処でロベルタはバーサーカーを令呪で無理やり召喚し、
高槻の力を借りてその場から逃走。その際に、タイタスに見つかってしまった。これが、事のあらすじになるのだろうかとメフィストは予想し――そしてそれは、何処までも正しい推論なのであった。

「息も絶え絶えの状態で、彼奴は言った。余に、『救って欲しい』と」

 これは、嘘だった。
タイタスはロベルタや高槻など意思などお構いなく、二名を己の庇護下に於き、自身の都合の良い手駒にしようとしていた。
二人を消滅から救おうとしていると言うのは事実だ。だが其処に、二人の意思も自我もない。タイタスの恣意と独善によって、二名は生かされようとしているのだった。
その事実を、メフィストは理解しているのか否か。黙って、タイタスの瞳を見据えながら、彼の言葉に聞き入るのみ。

「卿よ。余は、貴殿の不興を買うような不穏な因子を、何時までも我が領地に留め置きたくない。ロザリタ・チスネロスが卿と斯様な因縁にあるのなら、余はあの女を手放そう」

 「――但し」

「それは今ではない。余が、彼奴の治療を終えたのなら、余は自身の魂に誓って、ロザリタもそのサーヴァントも貴殿に返還しよう。それで、手を打ってくれまいか」

 そして、性質の悪い事には、この言葉は本心だった。
ロベルタの、彼女自身をも焼き尽くさん闘争の焔にタイタスが魅入られた、と言うのは紛れもない事実。
そしてそんな彼女を救ってやりたいと思ったのも、またタイタス自身の偽らざる意思なのだ。
道具としては利用する、だが、ロベルタを救い、彼女に魅力を感じたと言うのも、真実。
確かにメフィストの持つ宝石は欲しい。だが、目前の魔力に目が眩み、自信の観念と美意識に合致する『物』であるロベルタを手放す、と言う事は、
タイタス自身の矜持にも反するのである。始祖は、この瞬間、魔力と言う確かな利よりも、プライドと自尊心を取ったのである。愚かな決断であるとはタイタス自身も理解しているが、自身の根幹を、彼は偽れなかった。

「良いだろう」

 驚くべき事に、タイタスの条件をメフィストは呑んだ。
馬鹿な、と誰もが思うだろう。彼の魔界都市<新宿>の住民であれば、メフィストのこの決断を耳にすれば、自分自身が何を聞いたのか、信じる事すら出来はすまい。
メフィスト病院に仇名す者は、メフィストの手による絶対の死が待ち受ける。区民の常識である。だからこそメフィストは、腹の中に妖物を飼っていたり、
時速数百㎞の速度での恒常的な移動を可能とするサイボーグ手術を施していたり、マッコウクジラですら即死させる『拳銃』を平然と所持する住民が跋扈する、
あの<新宿>の街に於いて畏怖の神話として語られ続けてきたのである。そんなメフィストが、自らの病院に明白な害を成したロベルタを、今この瞬間は見逃すと言ったのだ。これが果たして、どれ程アンビリーバブルな選択なのか、タイタスは知らないのである。

486For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:19:34 ID:4rPyGHZs0
 だがしかしこの選択は、メフィスト当人からすれば何処も矛盾はない物なのである。
メフィストの怒りの要点の一つに、自身あるいは彼の運営する病院が治療中の患者を横取りされるか、殺されると言う物がある。
これを犯して、メフィストの手から逃れた存在は、姫を除いて一人もいない。それ程までにメフィストは、自身の患者に害を成され、奪われる事を嫌う。
だがもしも、彼の怒りの要訣を抉った存在が、怪我人或いは病人となり、他の医者に治療されていると言うケースの場合、メフィストはどう出るのか?
答えは、単純。『治るまで待つ』のである。しかしこの出方には、何処も矛盾はないのだ。
簡単だ、メフィストが結局如何して怒るのかと言えば、病院に害を成され、患者を奪われ殺されたから、と言うのが大きいのである。
そんな彼が、下手人とは言え他の医者に治療されている最中であると言うのに、そんな事などお構いなしにその人物を殺せば、どうなるか。
勝手に一人で考えている事とやっている事に矛盾を起こしているのと同じではないか。
自分の患者を奪われるのは堪え難いが、『相手の患者を奪う事には何の躊躇いもない』。他人の医者の患者を殺すと言うのは、とどのつまりはそう言う事。
つまりは、信義則に違反しているのである。自分がやられるのは許さないが、自分がやるのは肯定される。それは、通らないだろうとメフィストは考えている。
プライドの高い医者であるからこそ、同じ医者の治療が終わるまで待つ。それは、魔界『医師』であるメフィストが己に課しているルールなのだ。

「だが、失礼な事をお伺いするが、王よ。貴殿に医術の心得はあるのか?」

「卿には及ばぬだろうが、多少の治癒術は心得ている」

 多少、どころではない。
タイタスのいた世界において、現存するあらゆる医術及び今日使われている殆どの回復の魔術は全て、このタイタス一世に端を発する。
即ち、元居た世界においてタイタスは全ての医術の産みの親と言っても過言ではないのだ。
神官の使う呪祓いや病祓いも、戦場において戦士の傷を癒す治癒の術も治癒力場の発生の魔術も彼が産みだし発展させた術である。
また、帝政を運営しながら、地上に咲き乱れる遍く薬草の薬効や毒草の効能を解析し、この世界で言う所の漢方を発展させたばかりか、
麻酔を利用した手術のメソッドをも最初に考案し、魔術を利用したレントゲン治療やCTスキャンの類似治療、果ては様々な医療器具をも生み出したのも、このタイタスであった。多少の治癒術、など過小評価も甚だしい。タイタスは片手間に、かつたった一人で、世界の医術を著しく発展させ、死に行く多くの命を救った文化英雄なのである。

「交渉は成立したな。だが、私は何処で、ロザリタ・チスネロスの身柄を受けとれば良い?」

「――『今日の、夜の八時』。20:00、と言った方が解りやすいか」

 提案するタイタス。

「約束しよう。その時刻に、貴殿らが『市ヶ谷駐屯地』と呼ばれる地にて、遅滞なく、治療をし終えたロザリタと、そのバーサーカーを引き渡すと」

「承った」

 メフィストは、タイタスの提案を呑んだ。
……嗚呼、何と不穏な取引か。誰もがきっと、疑問に思おう。何故、普通にタイタスは渡さぬのだと。
引き渡し場所を、タイタス自身が領地とするこのホテルでもなく、メフィスト病院でもなく。行政及び防衛の要となる施設、市ヶ谷駐屯地に。
何故、タイタスは設定したのかと。この場に於いて、そのタイタスの提案を指摘するような、常識と良識あるような者は、いないのだ!!

「姫よ。お前にとっては業腹だろうが、暫し耐えるが良い。そちらとて、死に掛けを殺すのはつまらなかろう」

「そうよな……。癪に障るが、貴様の助言、有り難く受け取っておこう。あの鉄の怪物を殺すのは、白面の王の治療が終えた時としよう」

487For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:20:05 ID:4rPyGHZs0
 ジャバウォックの反物質砲に貫かれた左脇腹が、疼く。
姫に備わる埒外の回復力で、快方には向かっている。だが、完治しない。数億度の炎に焼かれようが、秒で復活する姫が、完治に難航する程の威力。
貫かれた痕を埋めるように、姫の白い柔肉が隙間にパテの如く補填されては来ているが、やはりこの状態を、回復したとは言い難い。
残り数時間程の時間を、完治に有するであろう。それだけの傷を、この自分に負わせるとは。つくづくも、腹ただしいサーヴァント。
だが、そんなサーヴァントを、何の反応も下手すれば寄越さぬ状態で殺しても、姫の溜飲は下がらない。殺すなら、反応を如実に示してくれる状態で、殺したいのだ。
その瞬間が来るまでなら、姫も待つ。姫の時間のスケールからすれば、数時間程度の時間など、瞬きも同然の一瞬であるのだから。

「私が、貴方の下を訪れた目的はこれで終わってしまったな。少々早いが、この場で私も失礼しよう」

「暫し、待つが良い。魔界医師。白を魅入らせ、白を従える、美界の君主よ」

 席から立ち上がろうとするメフィストを、タイタスは制止する。言葉を受け、メフィストは座ったままの姿勢を維持。
心なしか、世界がほっと安堵したようなようであった。そう、まるで。まだこの空間に、この美しい人がもう少しだけいてくれる事を喜んでいるかのように。
大気が、空が、山が、大地が、草木が、花が。そして、其処に宿る精霊と妖精が。タイタスの判断と、メフィストの寛容さを、祝福しているかのようであった。

「余の悪い癖でな。相手が魔術に堪能だと知っていると、ついつい、ある遊びを提案したくなる。それに少しだけ、つきあってはくれまいか」

「喜んで」

「すまぬな。この退屈な穴倉では、無聊を慰める術を探すのにも難儀する。愚妻では、余の遊びには全く不敵でな。仕事も遊びも二流では、つくづく面白くない」

「仕事も遊びもこなす事を望む伴侶に、女を選ぶからだよ」

 一瞬だけメフィストの言葉の意味の理解が、タイタスもアイビアも遅れたが、この男がそう言う趣向の持ち主だと理解したのは、タイタスの方が速かった。
女を使った色仕掛けや誘惑など無意味か、と機械的に判断したタイタスは、直にその『遊び』の準備を始める。

「術比べか。ふん、何処の世界の魔術師も変わらぬの」

 姫は、これから二人が何をするのかを理解していた。
これは古の昔から、それこそ人類が王政或いは帝政、それに類するシステムの下多数の人間を支配していた時代から行われていた風習。
国王或いはそれが召し抱える魔術師と、遠方からやって来た他国の使者や使節が抱える腕利きの魔術師の、術比べであった。
この風習は、王族達の娯楽としての側面を有しているのと同時に、自国と他国の力関係を当国一流の魔術師の力量で図ると言う意味をも持つ、極めて重要な側面もあった。

488For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:20:35 ID:4rPyGHZs0
 姫は知っている。
歴史書は巧妙にひた隠すが、数千年もの時を生きる姫は、歴史に記されぬこの秘密の儀式。歴史の裏で綺羅星の様に輝いていた、一瞬の出来事を数多く見て来た。
紀元前十三年頃の、エジプトは第十九王朝の偉大なりし王、ラムセス二世ことオジマンディアスは、出エジプトの主人公であるモーセと術比べを行ったのを知っている。
己が魔術を用いて、エジプトの砂漠に直径百㎞以上の小型太陽を創造したオジマンディアスに対し、モーセは異界の海を招聘し、太陽を鎮火させた。
この勝負においてモーセは見事、エジプトから同胞である奴隷を解放させると言う約束を勝ち取ったのだが、負けたのが余程悔しかったのか。
奴隷は解放させてやるからもう一度勝負をしてくれとせがむオジマンディアスに、付き合ってられぬとモーセと奴隷達は逃走。
それをオジマンディアスは軍を率いて追い立てるが、モーセは紅海を割り、迫るファラオの軍勢から見事逃れた。この世の誰もが信じられぬが、旧約聖書において燦然と輝くこのエピソード、俗に出エジプトと呼ばれるこの物語の真実は、これであった。

 また、同じく旧約聖書に語られる、シバの女王とソロモンの逸話の真実も姫は知っている。
と言うより、そのシバの女王と姫は、同一の存在であった。使節団と言うの名の、己の吸血鬼の配下を率いて、ソロモン統治下のエルサレムにやって来た姫は、
その王国を乗っ取り我が物にし、ソロモンを腑抜けにしてエルサレムをこの世の地獄に変貌させんと画策していた。
しかし、流石に彼の賢王だった。シバの女王を名乗る姫の正体に気付いた彼は、術比べで負けた方は潔く、宝を置いてこの国を去ると言う条件を提示。
それを呑んだ姫は、彼と互いの術を比べ合った。聖書に語られる、壮麗さたるやこの世に比類ないソロモンの王宮は姫の術一つで、
この世のありとあらゆる不浄かつ醜怪な怪物や食屍鬼、悪霊に妖怪が蔓延る万魔殿と化し、大臣に近衛兵、侍女にハレムの美女達を忽ち狂乱に陥れた。
これをソロモンは、術を口にし天に祈ると、国中に立ち込める血色の暗雲を切り裂いて、巨大な光の柱が国中に降り注いだのだ。
全ての悪しき魔物達は、その光で灰すらも残らず消え失せたばかりか、存在の在り方を改竄され、地に咲く香草と花々に変換されてしまった。
一方人間の方は全くの無傷。肌にも服にも、傷一つない状態。そしてそれは、姫にしても同じ。ソロモンの実力を認め、この男とは争っても無為と知った彼女は、
潔く船に乗ってエルサレムの国を去った。これが、聖書に語られる、シバの女王とソロモン王の謁見のエピソードの真実。
シバの女王とは何処の国の女王で、そして、これだけの大悪事を行ったにも拘らず、女王の誹謗も中傷もない理由は、単純明快。歴史を記す書記官が、死の間際まで、姫の恐るべき美貌に魅入られ、彼女についての否定的な文章が書けなかったからであった。

 古代と違って、魔術師の生息域が著しく制限されたこの現代で。
今再び、古の大魔術師達が繰り広げた、術比べと言う輝かしく、そして煌めく様な一時が行われようとしていた。
況して当代でそれを行う魔術師が、美を司る女神であるヴィーナスですら嫉妬を禁じ得ぬ美貌を誇る魔界医師・メフィスト。
そして、現代に蘇った魔術の祖にして神の叡智をその手で盗んだ、人類の中から生まれた白子のプロメテウス、タイタス一世だ。
どちらも時代ばかりか、生まれた世界すら異なる大魔術師。その祈りだけで、世界をも動かさんばかりの力を誇る者達。
それらが今、この世界で術を比べ合おうと言うのだ。これを聞き、誰が、胸を躍らせぬと言うのか。これだけの演目で、聴衆の数が百にも満たぬなど、最早一種の罪であった。

「先手は王に譲ろう」

「痛み入るぞ、魔界医師よ。それでは、その言葉に甘えるとしよう」

 言ってタイタスがそう言った瞬間、アイビアから、五感の全てが失われた。
「始祖!?」と叫ぶや、地面に彼女は不様に倒れ伏す。視覚や聴覚ばかりか、地面に足を付けていると言う触覚すら奪われた彼女は、
自分が直立していると言う実感すら得られず、そのまま倒れてしまったのである。このままでは最早、自力で起き上がる事すら彼女には出来はすまい。

489For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:21:02 ID:4rPyGHZs0
 そんな事などお構いなしと言わんばかりにタイタスは、手元に寄せてあった、先程姫が美を叩き込んで塵に還した夜種が持ってきていたカップに指を通す。
白磁で出来たそのカップの中には、我々が言う所の紅茶――に似た茶が満たされていた。此処に来た時は湯気が立つ程の熱を持っていたが、
メフィストとタイタスの会話が長丁場であったせいで、すっかり冷めてしまっていた。それでもなお、タイタスにまで香って来るその芳しい香気には、嗅ぐ者に蕩けるように甘い菓子を食べたくなる欲求を喚起させる魔力が顕在だ。妖精の薄焼き菓子は、きっと良く合うであろう。

 タイタスは、カップを傾け、その紅茶の中身を竜骨の円卓の上に注いだ。
如雨露のように、カップから琥珀色の液体が零れて行く。正味一〇〇デシリットル程の紅茶を、カップは吐き出し終えた――筈だった。
紅茶はまだ零れ続ける。――否!! カップが吐き出しているのは紅茶に非ず。それは、透明な液体であった。
一見して水に見えるそれは、一秒が経過する毎に、カップから吐き出し続ける勢いと量が指数関数的に強くなって行く。
テーブルに零した紅茶は一瞬で洗い流され、メフィストが先程散らばらせた宝石も、カップから迸る水の奔流で、何処ぞへと消えて行く。
透明な水が零れてから数秒後、比喩抜きで、カップからは水が、瀑布の如き勢いで流れ続けている。
そしてその水に、アイビアが従えていた、姫の殺意に恐れて発狂していた夜種の全てを呑み込んだ。所々で上がる悲鳴。ぎゃあぎゃあと、不愉快な声が響き続ける。
タイタスが傾けるカップから、水が流れ続けて三十秒後程経過した。恐るべき風景だった。高槻涼の中に眠る、とある少女の心象風景を元にした、この閉鎖空間。
その殆どを、タイタスのカップから迸る水が満たしていた。水は直に、メフィスト、タイタス、姫の三名が茶会を楽しむ丘まで侵食。
そして遂に――三名を呑み込んだ。三名の頭の高さにまで水が侵食する。この世界の全てを、水が包み込む。
アメリカネムノキの梢まで水の高さは達し、その数秒後には、遂にこの世界を満たす水の高さは高度数千mのそれにまで達した。

 そんな、この世の終わり、聖書に語られる所のノアの洪水のエピソード宛らの光景にあって、タイタスも、メフィストも、そして姫も全く動じない。
目を見開いたまま、メフィストも姫も、タイタスを眺め続けている。三人の髪が、水中にあって広がりもしないのは、如何なる魔術があっての事なのか。
退屈そうに、姫が欠伸をする。口内に水が入ってくる。真水ではない。海水だった。タイタスは、カップから海水を放出していたのだ。
周囲を一瞥するメフィスト。タイタスが放ち続ける海水で、この世界で平和を謳歌していた様々な野生生物が溺死し、苦しみ抜いた後に死んだ事が窺える姿で、
ゆっくりと、何処にあるのかとも知れぬ水面に向かって浮かぼうとしているのを認めた。夜種に至っては、元が汚泥や塵の集まりだ。すっかり水に溶け、跡形もなく消え去っていた。

 ――私の番だな――

 メフィストが呟く。水中なので言葉も発せない。故に、タイタスにも姫にも、メフィストの言葉など届かぬ筈だった。
しかし、二名は確かに、この医師の言葉を理解していた。それは、二人が読唇術を理解していたからなのか、それとも、水の中にあってもこの美魔の言葉は問題なく届くからなのか。それは、この場に於いてまともに生き残っている三名と言う当事者でなければ、解らないのであった。

490For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:21:16 ID:4rPyGHZs0
 肯じたタイタスの姿を認めたメフィストは、懐から一本のメスを取り出し、それを空中に向かって弾いた。
果たして、メフィストの透き通るような白い肌に包まれた細指の何処に、そんな力があったのか。
音速の九倍の速度で急浮上して行ったそれは、現在の海面の高さである高度十㎞以上の高さまで、水面を貫いて浮上。
外気に触れた瞬間それは、激しく赤熱し始めた。秘めたる温度は、摂氏数百万度。海水など一溜りもなく、水蒸気爆発を引き起こさせ、大量の水蒸気となって行く。
温度が更に強くなる、メスが内包する温度は今や摂氏二千と五六七万度にまで達し、海面がせり上がる速度よりも、海を蒸発させて行く速度の方が勝る。
一分と半秒程の後、世界に満ちていた海水が遂に、完全に蒸発。後は、地上に染み込んだ海水をも余さず蒸発させるだけだった。
周囲に満ちる、大量の白靄は全て水蒸気。三人の身体に堆積する大量の白い粉は、タイタスが呼び寄せた海水が蒸発した事による塩分だった。

 ――これだけに終わらなかった。メスは凄まじい勢いで地上へと急降下して行く。
それは即ち、摂氏数千万度の熱源が、大地に迫るのと同義。ある高度に達した瞬間、水分を全て失い尽くした地上の全ての物が、灼熱と化した
大地に生える草木が、山脈の木々が、橙色の炎の海と変貌する。勿論それは、アメリカクスノキの大樹にしても同様。
更にメスが迫る。竜骨の円卓が、融解を始め、ガス蒸発を始めた。それにすら、タイタスもメフィストも、姫も動じない。
寧ろ姫に至っては、『まだ終わらぬのか』とでも言うような表情を隠してすらいなかった。
やがてメスが、地面に突き刺さった。異世界の大地全体が、一秒でマグマ化したばかりか、岩石蒸気となって空中を漂い始める。
メフィストらが鎮座する丘まで蒸発するのに、一秒も要らなかった。丘が完全に蒸発し消えてなくなるが……果たしてこれは、如何なる夢魔の光景か。
三人は、落ちない。丘が今まで存在し、三人が茶会を開いていた高さをそのままに、三人は、座ったままの姿勢を維持したままであった。客観的に見れば三人は、空に浮かんで空気椅子をしているようにしか見えなかった。

 フッ、とタイタスが右手で仰ぐような動作を行う。
その瞬間、凄まじいまでの突風が、世界を薙いだ。風速は、時速数百億㎞。
忽ち三名は、その風に流されるがまま、数秒で、大気圏外にまで放り出された。いやそれ以前に、これだけの風に叩き付けられて、何故この者達は、五体無事なのか。
普通であれば、身体が粉々所か、ナノレベルよりも細かい粒子となって、即死していると言うのに。
暗黒の大海に放り出された三名は、なおも座ったままの姿勢を維持したまま。此処は確かに宇宙だった。
燃え盛る橙色の星となった、岩石の塊。嘗て母なる星と呼ばれていた地球の惨状は、遠く離れて宇宙から見れば酷く破滅的な美に彩られていた。
そして、その風景を眺める地球の伴侶たる月は。隣の惑星である、金星と火星は。星辰の王たる太陽の如き有様となった地球を見て、何を思うのか?

 虚黒の海に放り出された三人。その内のメフィストが、取り出したメスを横に一閃させる。
刹那、空間に裂け目が生じ出し、それが、秒速数十億光年の速度で無限長の宇宙の端から端にまで延長して行った。
宇宙の端から端まで到達した切れ目が、音もなく開いて行き、其処から、白色の奔流と、宇宙の根源的破滅エネルギーを放出し始めた。
光に数億倍する速度で、破滅の力が流れ出す。嘗て地球が内包されていた太陽系のみならず、それすらも含有させていた銀河系が、
白い波濤に呑み込まれ、そこに存在していた全ての星々を砕いて塵にしながら消滅して行き、ものの数秒で更に隣の銀河を併呑し、破壊して行きそして――

491For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:21:41 ID:4rPyGHZs0
「下らん」

 姫のその一言がピシャリと響いた瞬間――夢が、醒めた。
全てが、元通りになっていた。果たしてあれは、一口齧った妖精の薄焼き菓子を食べたいと言う願望が見せた、一抹の夢幻であったのだろうか。
メフィストのメスによってマグマ化させられていた地表も全て無事。地面に萌える草や花、生命の力強さの何たるかを示す木々の数々。
地球と言う惑星の雄大な時の重みを示す山脈も、全ては元のまま。「悪い夢を見ていたのは、お前達の方だよ」。世界の全てが、そうと諭しているかのようだった。
身体の何処も、海水で濡れていない。竜骨のテーブルもその上に散らばる宝石も、元のまま。勿論、三人の周囲には、宇宙の暗黒など広がってすらいない。

 ――決定的な違いと言えば、この世界の偽りの平和を謳歌していた様々な生物及び、アイビアを除いた全ての夜種が、この地上から消滅していた、と言う事であろうが。

「いつまで茶番を続けるつもりじゃ、退屈過ぎて思わず眠り落ちてしまいそうだったぞ」

 苛立ちを隠しもしない姫。心底下らない物で時間を取られたと、本気で憤っている様であった。

 メフィストとタイタスが繰り広げていたのは、所謂幻術の出し合いであった。
インドに於いては、これらの技術はマーヤーと呼ばれ、ゴータマが現在の時代においては、このマーヤーで生計を立てていた幻術士は、西はインド、
東は春秋時代の中国に至るまで、珍しい存在ではなかった。彼らの使う幻術とは、人間の心に訴えかけて作用させるものだった。
幻術には一種の催眠状態に陥らせる効果のあるものも珍しくなく、掛けた術者の技量と掛けられた物の感受性次第では、実際に火を当てていないのに火傷を起こさせる、
と言った芸当も当然のように可能であった。しかし、無条件でこんな事が出来ると言う訳ではない。肝心なのは、術者の腕前もそうだが、真に肝要なのが、かける相手。
例えば、親に我が子を殺せと幻術を掛けたり、近衛兵に王を刺し殺せと言う幻術を掛けたとしても、これは通常成立しない。
何故ならば、幻術を掛けた事で予期出来る結果が極めて破滅的で、かつ、掛けられた当人からすればその幻術によって行う事が突拍子もない物だからだ。
結果、何が起こるかと言うと、掛けられた当人は幻術による命令と当人が有する自意識や良識・常識の間で苦しみ、遂には、幻術から覚醒してしまうのだ。
そう、幻術とは掛けられた当人の精神力と、有しているモラルや常識に極めて強く左右されてしまうのだ。それに、幻術は感受性がない相手には通用しない。
つまりは、心の総量が余りにも少なすぎる虫や寄生虫、ウィルスと言った存在を催眠に掛ける事は不可能であり、無機物に至ってはそもそも催眠に掛けられない。
高位の幻術士とは正に、どんな人間にも、どんな突拍子もない幻術を掛けられる者の事を指し示すのであり、史上それが出来た幻術士など、数える程しかいない。我国で言えば、多くの大名を一杯喰わせた、あの果心居士がそれに当たろうか。

492For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:22:00 ID:4rPyGHZs0
 そして二人は正に、この高位の幻術士……いや。魔術の歴史にその名を残す、高名な幻術士でもあった。
二人がどんな幻術を引き起こさせたのかは、先程の通り。彼らは己の有する魔術の才能、そして幻術への理解で以って、
あのようなこの世の物とは思えぬ大破壊を繰り広げさせたのである。しかし、所詮は刹那の幻に過ぎぬ幻術であるのに、何故夜種も動物も消え失せたのか。
その答えは単純明快。幻術に巻き込まれた者は、それが一度『本当に己の身体に起っている事だ』と思い込んでしまったら、最後。
真実、今自分に叩き込まれている幻術と同じ様な結果がその身に舞い込んでしまうのである。動物らも夜種も、あの幻術を本物だと思い込んでしまったせいで死んだのだ。
メフィスト、タイタス、姫が全く無事である理由は、単純明快。最初から幻術だと看破し、自分の身体に何が起ころうとも、現実の世界では全く問題がない、
と強く心の内で思っていたからに他ならない。幻術への対策は、初めからこの光景や結果は幻だと思い込む事と言う簡単な物であるが、これが恐ろしく難しい。
何せ今回の幻術の仕掛け役は、メフィストとタイタスと言う、恐るべき魔術の冴えの持ち主である。
『この二名なら、こんな事が出来ても仕方がない』。『この二名なら、出来るだろう』。そう思わせるだけの凄味と実力が、二名には確かにある。
おまけに如何に幻の現象とは言え、水の感触や熱の感覚、風の当たりも二名は限りなく本物に近づけさせている。そんな現象に直面する内に、大半の者はこう思う。
もしかしてこの現象は夢ではなく、現実の……。そう思えば最後、待っているのは、重さ数兆を超えて数京tの大海水の奔流に、摂氏数千万度の超高熱、風速は時速数億㎞超の台風に、宇宙をも滅ぼす根源から流れ出る破滅エネルギーだ。幻術とは、掛ける相手によっては最強の魔術にもなるし、その反対。全く役にも立たない魔術にもなるのだ。今回、タイタスが仕掛けた幻術は、後者に終わってしまったと言う訳だ。

「素晴らしい幻術を御見せ頂いてしまったな、王よ」

「とんでもない。卿の見せた反撃の幻術……とても幻想的で、示唆に富む」

 全く本心から言っているとは思えぬ、社交辞令的な言葉のやり取り。
これが終わると同時に、アイビアの身体から、五感が取り戻される。「タイタス様!!」と言う叫びが上がる。一際煩い声だった。
何故、他の夜種や、動物達が死んで、アイビアが無事だったのか? それは、タイタスが彼女から五感を奪っていたからに他ならない。
幻術にそもそも掛からなくするには、無機物であるか、視覚や嗅覚、聴覚に触覚に味覚を封じていれば良い。
つまりは、何も感じなくさせれば良いのだ。あのまま行けばアイビアは、確実に幻術を本物と理解し死んでしまう。
それを懸念したタイタスは、彼女から五感を奪って無力化させていた、と言う訳だ。彼は、確かにこの魔将を救っていたのである。

「今の幻術が、余が勝負する手札。卿よ、貴殿は何を以って余に挑む」

「そう大それた術は使えん。所詮、患者を直す事しか出来ぬ男だよ。大した期待は、しないで欲しい」

 言ってメフィストは、その手に透明なメスをアポートさせる。
水晶で出来ているようなクリアーさのそれはしかし、握られている手が悪すぎた。これでは、全く余人に美しいと見られぬではないか。
手に握ってしまえば、どんな宝石の輝きをも褪せさせてしまう、メフィストの魔性の手。それによって握られたメスは果たして、喜んでいるのかどうか。
これを以てメフィストは、空間に切れ目を刻み、其処に、空いた左手を突き入れる。その状態のまま、一秒程。これで良いと言わんばかりに彼は手を引き抜き、一言。

「私からの魔術はこれで終わりだ。そうだな……三分後程に、効果は現れる。その間、此処で待っている時間も惜しい。今も、我が病院に新しい患者がやって来て、私が必要だと呻いていると思うと、気が気でならないからな」

「心得た。三分、余はこの場で待てば良いのだな」

「勿論。勝敗がどちらに上がるのかは、其処のサタンが、貴方の奥方様の判断に任せて構わん。それを以って、今回の術比べは終了としようではないか」

 最後の最後まで軽口を叩くの、と言うような顔の姫。

「相解った。白麗の卿よ、帰り道の案内は必要か」

「其方の手を煩わせるまでもない。一人で帰れる」

493For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:22:13 ID:4rPyGHZs0
 その言葉を聞いて、本気か、と思ったのはアイビアだ。
タイタスの許可がなければ、永久に此処から出られぬばかりか、施された様々な罠、放流されている様々な夜種や怪物達に無惨に殺される、この恐るべき魔迷宮から、どのようにしてこの男は、退散すると言うのか?

「何から何まで、貴殿には迷惑を掛けてしまったな」

「気にする事の程ではない。今回は表敬訪問だ、多少の事は気にしない」

 皮袋に、竜骨の円卓の上の宝石をしまいながらそう口にするメフィスト。
その言葉の裏に、凄まじい意思が内包されていると気付けたのは、流石にタイタスと、姫だった。

「今後は、別の付き合い方をするかも知れない。その時は、また宜しく頼もう。タイタス一世……古帝国アルケアの始祖帝にして、彼の世界の遍く文化の発端となった男よ」

「お手柔らかに頼もうか。魔界医師」

「――ではな。この空間に、戻る事はないだろう」

 言ってメフィストは、メスを縦に一閃させる。
空間に生じた切れ目が、横に開いて行く。空間の先には、タイタスの領地にしている高級ホテルの、地下駐車場の風景が広がっているではないか。
其処にメフィストは歩いて行き、主がこの世界から消え失せるや、彼が作った切れ目は閉じて行き、ピッタリと癒着。
そして遂に、切れ目は透明さを増させて行き、この世界から消え失せて行く。麗しい魔と、恐ろしい王の、神話の一説の如き邂逅は、斯様な風にして終わったのだった。

494For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:22:27 ID:4rPyGHZs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「おかえりなさいませ、ドクター」

 リムジンのドアを開け、帽子を被った細面の運転手が、外に出て深々と一礼した。角度は、三十度キッカリ。

「変わった様子はなかったか」

 メフィスト。

「全く以って何事もない、三十分で御座いました」

「結構だ。早速、病院に戻るとしよう。患者達が私を待っている」

「畏まりました」

 言って運転手は、己の指定席へと入って行き、ボタンを押して、後部席のドアを開ける。
其処にメフィストはスルリと入って行き、シートに深く腰を下ろし、一息吐く。

「鹿は、狩れましたかな?」

 リムジンのパワースイッチを押しながら、運転手は訊ねて来た。主が、狩り損ねる筈がないだろう、と言う絶大の信頼感が、声音にはあった。

「夜に持越しだ」

「!! ……それは、それは」

 それ以上は、運転手は聞かなかった。狩り損ねた事に驚いたが、もっと深い考えがあっての事だったのだろう、と思い直す事にしたのだ。
それに、後の自分の責務は、安全にメフィストを目的地に送り届けるだけ。これ以上の質問は野暮と言う物。

 音もなくリムジンが動き出す。革製のシートの下にエクトプラズムを充填させたシートから伝わる、至福の感覚も、揺れも何も一切ないリムジンの運転手の抜群の運転スキルが約束する至上の乗り心地も、今のメフィストの憂鬱さを吹き飛ばすには、到底至らない。

「覚悟を決めるのは、白子の王か。それとも……」

 「私か」。
その呟きは、狭い車内の中で、蚊の羽音のようにさくかに響いたのだった。
決戦の時間は、想像以上に残されてない事を、リムジンのカーラジオに取り付けられた電波時計から、メフィストは知ったのであった。





【高田馬場、百人町方面/1日目 午後4:00分】

【キャスター(メフィスト)@魔界都市ブルースシリーズ】
[状態]健康、実体化、殺意(極大)
[装備]白いケープ
[道具]種々様々
[所持金]宝石や黄金を生み出せるので∞に等しい
[思考・状況]
基本行動方針:患者の治療
1.求めて来た患者を治す
2.邪魔者には死を
3.高槻涼を治療し、その後に殺す
4.ロベルタを確実に殺す
5.姫を確実に殺す
[備考]
・この世界でも、患者は治すと言う決意を表明しました。それについては、一切嘘偽りはありません
・ランサー(ファウスト)と、そのマスターの不律については認識しているようです
・ドリー・カドモンの作成を終え、現在ルイ・サイファーの存在情報を基にしたマガタマを制作しました
・そのついでに、ルイ・サイファーの小指も作りました。
・人を昏睡させ、夢を以て何かを成そうとするキャスター(タイタス1世(影))が存在する事を認識しました
・アーチャー(八意永琳)とそのマスターを臨時の専属医として雇いました
・ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)、北上&モデルマン(アレックス)の存在を認識しました
・番場真昼/真夜&バーサーカー(シャドウラビリス)の存在を認識しました
・浪蘭幻十の存在を確認しました
・浪蘭幻十のクラスについて確信に近い推察をしました
・ライダー(大杉栄光)の存在を認知しました。
・ライダー(大杉栄光)の記憶の問題を認知、治療しようとしました。後から再び治療するようになるかは、後続の書き手様にお任せします。
・マスターであるルイ・サイファーが解き放った四体のサーヴァントについて認識しました
・メフィスト病院が襲撃に会いました。が、何が起こったのかは、戦闘の余波はロビーだけで、院内の他の患者には何が起こったのか全く伝わっていません
・ロベルタ&バーサーカー(高槻涼)の存在を認識、彼らの抹殺を誓いました
・上記の抹殺について、キャスター(タイタス1世から)、1日目の午後8時に、市ヶ谷駐屯地でロベルタとバーサーカー(高槻涼)の身柄を貰い受けると約束しました
・蒼のライダー(姫)の抹殺を誓いました

495For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:22:46 ID:4rPyGHZs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 今でもタイタスは、あの魔界医師との逢瀬は、真夏の昼が見せた幻であったのではないかと考えずにはいられなかった。
あれだけ美しい男が、この世にいても良いのか? 神界に通じる魔力と魔術を有するタイタスではあるが、あれ程美しい存在は、天と神との世界にも見た事がない。
果たしてメフィストと言う男は、神の手から成る最高傑作なのか。それとも、神の意思をも超越する何らかの大いなる意思の気まぐれによりて生み出された、
この世全ての美の基準を嘲笑う悪魔なのではないのかとも、思っていた。どちらも正しく、どちらも間違っている。
酷く曖昧な結論を下さざるを得ない程に、メフィストの美は、謎めいていた。解る事は一つ。あの男との邂逅は確かに、タイタスの精神力と体力を削ったと言う事だ。

 タイタス自身は平然としていた様子だったが、実際には、あの美貌に射竦められると、鋼に鎧われたその心ですら、亀裂が入って行くのを彼は感じる。
内臓どころか、魂、前世すら見通していると言われても、お前ならしょうがないと納得してしまう程のあの目には、当惑を超えて、恐怖しか感じられない。
あんな存在が、自分と同じキャスタークラスで召喚されている。その事実に、総毛立つ戦慄を覚えてしまう。
あれと事を争う……その本当の意味を知らないタイタスは幸福だった。彼がもしも魔界都市の住民であったのなら……事を争う前に、区民なら皆、区外へと一目散に逃走する事を、選んでいたであろうから。

 もうすぐ、メフィストが口にした三分が経過しようとしている。
既にメフィストは、大仰な黒塗りのリムジンに乗ってホテルから出発しているのは確認済み。これ以上はタイタスも追跡しない。
するだけ無駄であろうと思っていたからだ。その判断を姫は、悪い物ではないと礼賛していた。
果たしてメフィストは、術比べに於いて何を仕掛けていたのか。それが非常に気になるタイタス。そして遂に、その運命の瞬間が、訪れた。

「……? 始祖よ、これは……?」

 アイビアが、疑問気な声を投げ掛ける。何が起こっているのか、解らないらしい。
だが、タイタスは何が起っているのかを瞬時に理解したらしい。見開かれた瞳が、その証拠。
姫は愉快そうな表情を上げ、ふわっ、と宙に浮かんだと見るや、纏う衣服ごと大気に溶けて行き、遂には完全な透明な姿となり、この世界から消え失せる。
タイタスは、自身とアイビアの間に隔たる空間を睨む。するとそこに、彼ら二人なら並んで通れる程の大きさの虫食い穴が空間に穿たれ、其処に

「入れ!!」

 とタイタスが一喝。すると、驚いた顔をしたアイビアが、反射的に穴の中に入って行き、遅れて始祖も、その中に駆け出す。
出た先は、ホテルの地下に作った墓所に、新しく作った広大なスペース。広さにして、三キロ平方mはあろうかと言うこの空間に、
タイタスはあの、高槻涼の中に住まうアリスが望んでいたアルカディアへと続く、異次元を創造していたのである。
異次元を創造と言っても、今現在タイタスがいる時空から見れば、何処にも、あのアルカディアへと続く入口は見つからない。
当然だ、然るべき手段がなければ、其処には干渉出来ない。何せ、異なる位相の空間に在るからこそ異次元なのである。三次元空間から其処に侵入するには、特別な才能と手順が必要、と言う訳だ。

 ――そう、其処には何もない、筈だったのだ。
アルカディアでも感じた揺れが、異次元を通じて、この墓所全体にも生じて行く。
立っていられない程の、震度五以上を想起させる直下型の地震。タイタスが、何もない空間を睨みつける事、二秒。変化が訪れた。
メフィストとの会合の為に誂えたこの広大なスペースの空間全体が、鶏卵の殻を剥くように、ボロボロと剥がれ落ちて行く。
その様はまるで、黒雲母の表面がポロポロと地面に落ちて行くようなそれに似ている。空間が剥がれた先には――地獄があった。
其処が、メフィストと姫が会話をしていたアルカディアであると理解したのは、一瞬。青空の風景をそのまま収めた、巨大な破片が地に落ちる。
それは、さっきタイタスが見た様な、空間の剥離のスケールを極大にした物だった。青空の破片の大きさは、優に数十〜数百㎞にまで達している。
それが地面に衝突すると、大地には深い亀裂が生じて行き、地割れが巻き起こって行く。
山にぶつかった青空の破片は、腹に響く様な轟音と、空にまで達する程の朦々とした砂煙を立てさせる。
剥がれた青空の先には、其処に身体を投げ入れれば二度と元の所には戻って来れないと言う、絶対的な確証を抱かせる、光すら逃さぬ黒色の空間が広がっていた。
本当に、其処には何もない。眼球や人間の口、鼻が浮かび上がり、それらが笑いの声を上げ相を浮かべる、と言う不気味の風景を演出してくれた方が、まだ安心感がある。不安感しか、その黒の空には抱けない。

496For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:23:05 ID:4rPyGHZs0
 そして、その黒が、閉じた世界を侵食する。黒い空が、タイタスの生んだ世界の果てまで伸びて行き、それ以上広がりようがないと思ったのか、
墨が壁を流れるが如く、黒が何もない世界の果てを伝って行き、遂に大地にまで到達。そしてその状態から物凄い速度で、嘗てタイタスらがメフィストと話をした、
あの小高い丘目掛けて収束する。山を呑み込む。黒いタール状の物が覆われたと思うのは、ほんの一瞬。直にストンと凹凸が消えてなくなり、大地と言う平面と一体化した。
黒が呑み込む。草木を、泉を、丘を、山々を。凄まじいとしか言いようがない速度で、世界の全てを黒が侵食して行き、そして最後に、あの丘を呑み込んだ時。真実世界の全てが黒に染まった。

「こ、これは……」

 震えた様子で、アイビアが訊ねて来る。
手元に一枚残していた、妖精の薄焼き菓子を、タイタスは、剥がれた空間の先に広がる黒い闇の中に放った。
その空間の中で、薄焼き菓子が、菓子としての形を保てたのは、ほんの二秒程。ある一定の深さ、いや、距離を進んだ瞬間、
それは蒼白い粒子となって分解され、跡形もなく消え去った。この空間に入ったが最後。タイタスであろうとも、その魂ごと先程のように分解され、消滅してしまうだろう。

 メフィストが去り際に行った、タイタスの術比べに対抗するべく行った技。
それは医者として彼が出来る、ごく当たり前の技術。『手術』。誰を、手術したのか?
答えは、誰に言っても信じて貰えまい。タイタスがメフィストとの話し合いの為に創造した、あの閉鎖空間であった。
メフィストが行ったのは、簡易的な自我を無機物に埋め込むと言うもの。心を持たぬ器物に、自意識を覚醒させると言う神業。
勿論これは、彼の魔界都市においても神憑り的な技術であった事は言うまでもないが、メフィストの行うそれは、更にその先を往く。
平時であれば、人の質問に対してYESかNOと答えられ、極々簡単な会話をこなせる程度の自我しか埋め込まないが、メフィストが行った技術は更に高度。
手術した無機物に、『美意識』を抱かせるそれをおこなったのだ。では、これを行って何故、空間が崩壊を始めたのか?

 それは、極めて簡単かつ合理的、そして――誰に言っても馬鹿げているとしか返答のしようがないもの。
生まれて初めて意識を持った空間が、最初に見た男があの『メフィスト』であった。それが、全ての始まりでもあり、終わりでもあった。
月の光を吸って生きる、夜にのみ咲く花。その花びらに浮かぶ雫を丹念に集めて作り上げた様な、美の結晶たる男を初めて空間が見た時、空間が『惚れた』のだ。
もっとこの男の姿を見ていたい。空間の抱いた純粋な思いに、誰が「馬鹿め」と口に出来ようか。メフィストの姿をこの目で一生眺め続けたいと思うのは、
魔界都市の住民であったのならば誰もが心に抱く、普遍的な感情であったからである。たかが空間の戯言、と誰も馬鹿に出来ない。

 ……だが、メフィストは去り際にこう言ったのだ。

 ――ではな。この空間に、戻る事はないだろう――

 そう、この一言は、何の考えもなくメフィストは口にした訳ではない。
もう、自分と言う空間には何があっても足を運ばない。そうと理解した瞬間、空間は、酷い絶望とショックを憶えた。
あのアルカディアを模した空間にとって、メフィストとは産みの親であり、初めて見た美しいもの。彼に産み出されたとなるや、その誇りたるや並ならぬ物だったろう。
そのメフィストに、捨てられた。そうと理解した瞬間――空間は、『自殺』を選んだ。二度と、あの男に会えぬのなら、自分が形を留め続ける意味など何もない。
そう逸った空間は、空に亀裂を生じさせ、空間の先に存在する、数学的に完全な『無』である事が証明されている虚無に、自身の存在を塗り潰させ、嘗て存在した、
と言う事実をそのまま消し去ろうとした。これこそが、メフィストがタイタス一世に見せた、王の幻術に対抗する手術。
魔界医師は、空間の自殺によって生じた虚無に、タイタスを呑み込ませ、本当に此方を殺そうとしたのである。

497For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:23:18 ID:4rPyGHZs0
「……魔界医師、か」

 そうと呟き、タイタスは、一呼吸を置いた後、再び口を開いた。

「その字(あざな)、一切の偽りなし」

 身体が、震えた。
恐れからではない。肉の身体を持つ自分が、あの神の美貌を持つ悪魔に対して仕掛けられると言うその事実に対する武者震いであり――喜びでもあった。
そしてその様子を、この世の全ての悪をかき集めて女の形にした様な、骨が震える様な美貌の持ち主である姫が、笑って眺めている事に。
タイタスは、果たして気付いているのであろうか。




【高田馬場、百人町方面(百人町三丁目・高級ホテル地下・墓所)/1日目 午後4:00分】

【キャスター(タイタス一世(影))@Ruina -廃都の物語-】
[状態]健康
[装備]ルーンの剣
[道具]墓所に眠る宝の数々
[所持金]極めて多いが現貨への換金が難しい
[思考・状況]
基本行動方針:全ての並行世界に、タイタスという存在を刻む。
1.魔力を集め、アーガデウムを完成させる。(75%ほど収集が完了している)
2.肉体を破壊された時の為に、憑依する相手(憑巫)を用意しておく。(最有力候補はマスターであるムスカ)
3.人界の否定者(ジェナ・エンジェル)を敵視。最優先で殺害する。
4.メフィスト……魔界医師……恐るべし
[備考]
・新宿全域に夜種(作成した魔物)を放って人間を墓所に連れ去り、魂喰いをしています。
・また夜種の他に、召喚術で呼び出した精霊も哨戒に当たらせており、何らかの情報を得ている可能性が高いです
・『我が呪わし我が血脈(カース・オブ・タイタス)』で召喚したタイタス十世を新宿に派遣していますが、令呪のバックアップと自力で実体化していたタイタス十世の特殊な例外によるものであり、アーガデウムが完成してキャスターが真の姿を取り戻すまでは他のタイタスを同じように運用する事は難しいようです
・キャスター(ジェナ・エンジェル)が街に大量に作り出したチューナー(喰奴)たちの魂などが変質し、彼らが抱くアルケアへの想念も何らかの変化を起こした事で『廃都物語』による魔力回収の際に詳細不明の異常が発生し、魔力収集効率が落ちています
・現在作成している魔将は、ク・ルーム、アイビア、ナムリス(故)です
・ロベルタ&バーサーカー(高槻涼)を支配下に置きました
・現在ロベルタの為の義肢を作っています
・葛葉ライドウ&セイバー(ダンテ)の存在を認知しました
・キャスター(メフィスト)の存在を認知しました
・キャスター(メフィスト)に、ロベルタ&バーサーカー(高槻涼)の身柄を、1日目の午後8時に引き渡す約束を交わしました


【ライダー(美姫)@魔界都市ブルース夜叉姫伝】
[状態]左脇腹の損傷(中。時間経過で回復)、実体化、せつらのマスターに対する激しい怒り、
[装備]全裸
[道具]
[所持金]不要
[思考・状況]
基本行動方針:せつらのマスター(アイギス)を殺す
1.アイギスを殺す、ふがいない様ならせつらも殺す
2.ついでに見かけ次第ジャバウォックを葬る(近くにいるのは解ってるけど先送り)。
3.セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)バーサーカー(クリストファー・ヴァルぜライド)に強い関心。彼らを力づくで捩じ伏せたいと思っています
4.血を飲むなり紅湯に浸かるなりして傷を癒したい
[備考]
・宝具である船に乗り、<新宿>の何処かに消えました(現在タイタス1世(影)の拠点にいます)
・一ノ瀬志希&アーチャー(八意永琳)、不律&ランサー(ファウスト)の存在を認識しました
・セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)バーサーカー(クリストファー・ヴァルぜライド)を認識しました
・人間を悪魔化させる者がいる事を知りました
・高田馬場・百人町方面に向かって移動中です
・アナスタシア・鷺沢文香・橘ありすの三人を妖眼で支配しました
・部下としてあるサーヴァントに目を付けました

498For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:24:15 ID:4rPyGHZs0
あけましておめでとう御座います。
昨年はクソ程更新が出来てませんでしたが、この企画を捨てた訳じゃないと言う事だけは、本話を以ってお伝え致したかったなぁと思う次第でございます。
本年も新宿聖杯を宜しくお願い致します。投下を終了します

499 ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:30:57 ID:4rPyGHZs0
て言うかよく見たらジャバウォック予約してた筈なのに出てなくて草。
ガバガバプロットでしたね、センセンシャル!!

500名無しさん:2018/01/03(水) 22:59:41 ID:WBQaRlXI0
投下乙ナス!

タイタスの魔術の腕前とメフィスト・姫の化け物ぶりが良く分かる話でした
空間すら自殺に追い込む美貌とかヤバ過ぎて草も生えない
三つ巴の決戦は夜に持ち越し。誰が落ちてもおかしくないが、どんな結果になるのだろうか

501 ◆zzpohGTsas:2018/01/04(木) 01:27:58 ID:vvxrZd560
ソニックブーム&セイバー(橘清音)
荒垣真次郎&アサシン(イリュージョンNo.17)
セリュー・ユビキタス&バーサーカー(バッター)
番場真昼/真夜&バーサーカー(シャドウラビリス)
有里湊&セイヴァー(アレフ)
予約します

502名無しさん:2018/01/13(土) 19:55:23 ID:Ax/lZsTo0
投下乙
それにしてもヒッタイトの下りといい今回のといい、菊池作品に良くあるはったりと外連味が効いていますね

503 ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:25:32 ID:ZOVyFBPI0
投下します

504The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:26:02 ID:ZOVyFBPI0
「上がれよ、坊や」

 そう言って、今時ヤクザ者かチンピラ、好き者しか着そうにない、赤地に金糸の刺繍が施されたシャツが特徴的な男が言った。
髑髏を模したようなデザインの、銀色に光る面頬を被り、威圧的な眼光をチラつかせる、巨躯の男の名前は、ソニックブーム。
『衝撃波』の名を冠するこの男は、あるニンジャの魂をその身に宿させた、常人(モータル)とは一線を画したニンジャ(イモータル)なのである。

 そんな男が今は、気さくな態度と声音で、偶然知り合った聖杯戦争の参加主従、荒垣とイルに入室を促す。
この部屋には罠の類は一切なく、実際安全である。であると言うのに、荒垣らは全く部屋に上がる気配を見せない。
それどころか荒垣の表情からは、凄まじいまでの険が渦巻き始めているではないか。威圧的な表情で、彼はソニックブームらを睨めつけていた。。

「オイオイボウヤ。ただの独身男の何て事ねェアパートに対して、ビビってくれるなよ」

「ただの独身の家に、死体なんざある訳ないやろドアホ」

 恐怖で言葉を失っているのか、それとも呆れているのか。
沈黙を保ち続ける荒垣の代わりに、実体化している状態のイルが、ソニックブームの言葉に反論する。
眉が酷く、不機嫌かつ不愉快そうに顰められている。当たり前だ、嗅ぎ慣れた死臭が漂って来ているのであれば、こんな顔を作りたくもなる。
それに、こんな表情を作っているのは、何もイルだけではない。ソニックブームの召喚したサーヴァント、つまり、一蓮托生の間柄であるセイバー・橘清音ですらも、
自身のマスターに対して呆れ返っているのだ。全員に、そんな目線を向けられる物であるから、流石のソニックブームも居た堪れなくなり、チッと舌打ちを響かせ、弁解の言葉を口にする。

「セイバー=サンにまでそんな目線を送られる筋合いはねぇな。この死体が何なのか、お前さんも良く解ってるだろ、エェッ?」

「勿論、理解してはいますよ。いますが……そのまま持って来る人がいますか、普通」

「誰の死体だ」

 と、口にするのは荒垣だ。
身に着けている学生服がカッチリとしてお堅いが、ソニックブームには雰囲気で解る。
体格の良さも然る事ながら、発散される雰囲気が、アウトロー寄りなのである。こう言う雰囲気は、服装で努力したとて中々消せない。
スーツや学生服程度では中和出来ない程、人間の魂や本質が放つ、『臭い』と言う物は強いのである。何度見ても、この荒垣真次郎と言う男は、ニンジャ向けの住民であった。常人なら吐き気を催しかねない死臭を嗅いでも、まるで動じていない。

「それについては、情報交換した後で話す。それでいいだろ」

「こんな環境で話すんか」

「死体の傍で話す事に躊躇う程、デリケートなサーヴァントじゃねぇだろ。アサシン=サンよ」

 荒垣が只者ではない事を、看破してしまうソニックブームだ。
勿論、イルがただの人間ではない事なども、当たり前のように理解する。但しそれは、イルがアサシンの『サーヴァント』だから、と言う理由からではない。
同じサーヴァントでも、潜った修羅場の数と質に大分違いがある事を、ソニックブームは当の昔に解っていた。
清音とイルなど正しくそうだ。同じサーヴァントでも、生前に体験した死線の数とクオリティが、二人は大分違う。清音は何処となく、幼さと未熟さがまだまだチラつく。
――イルは、違う。一体、どれ程の場数をこなせば、こんな雰囲気を発散出来ると言うのか。ソニックブームはニンジャになってから久しく感じた事のない、
戦慄を覚えた程だった。今この瞬間イルから発散されている空気は、桁違いに威圧的だ。それでいて、その威圧が空回っていない。虚勢でもないのだ。
これだけの空気は、消そうと思って消す事は最早不可能なレベルであると言うのに、イルは実体化してソニックブーム住まうマンションにやってくるまで、
あろう事かそんな空気を完璧に消して見せていた。すれ違う市井の住民に、自分が堅気の人間ではない事を悟らせぬ為であった。
それが、恐ろしい。此処までの戦士の気風を発散出来るだけの凄まじさもそうだが、それを完璧に消して見せる平素の立ち居振る舞いもそうである。

505The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:26:45 ID:ZOVyFBPI0
 其処までの領域に達しているサーヴァントが、今更死臭の香る環境で文句何て抜かすんじゃねぇ。
ソニックブームはそう言う事を口にしているのである。こう言われたら、イルも弱い。
何せこのニンジャの言う通りだからだ。イルの人生も思えば、死が身近にあった人生と言えるからであり、斯様な状況も珍しくなかったからである。

「密室に死体置いた状態で、オチオチ話も出来んやろ」

「其処を耐えろってーんだよ。ウォール・イヤー、ショウジ・アイって言うだろ。情報交換を、誰がいるかも解らない外で何て出来るかよ」

「……壁に耳あり障子に目あり、とでも言いたいんですか?」

「そうとも言うな。どっちにしろ、俺にとって安心してお前達と情報を交換出来る所が此処しか思い浮かばなかっただけだ。他に候補があるんだったら、俺もそれに従ってやるよ。俺だって死体の臭い嗅ぎながら話し合いなんざ真っ平御免だからな」

 思い浮かばない、と言うのが荒垣とイルの本音だ。
セラフィム孤児院位しか、二名は安心して話せる場所が思い浮かばなかったが、あそこはそもそも論外だ。
特にイルである。NPCとは言え、イリーナに火の粉が降りかかるような真似は、もう二度としたくないからだ。
そこ以外に候補がないとなると、此処は我慢して、ソニックブームのセッティングした場所で話し合うしかないようだ。
念話でイルも荒垣も、互いの意見の一致を見てから、マスターである荒垣の方が口を開く。

「此処で構わないが、サッサと終わらせるぞ。死体の臭いが身体にこびり付くのだけは、俺も勘弁だ」

「おう、同意するぜボウヤ」

 言ってソニックブームは、リビングにおいてあったソファの上に、スプリングが軋むような勢いで座りだす。
荒垣の方はと言うと、土足のまま部屋に上がり込み、ソニックブームの対面となる位置で、直立の姿勢のまま彼の事を見下ろした。
「土足かよ、礼儀がなってねぇ悪ガキだ」、と肩を竦めるソニックブーム。「まだ信頼してる訳じゃねぇからな」、と返す荒垣。
下手に靴を脱いで、行動に支障が出る様な状況に陥られては拙いと言う判断からである。その証拠に、ソニックブームのサーヴァント、橘清音は、
今もGスーツを装着した状態で臨戦態勢なのである。これで、胸襟をといて話し合おうじゃないか、と言う方がそもそも無理筋である。
普段のソニックブームであれば、裂帛の気魄と殺意を撒き散らしてヤクザスラングを口にしていたろうが、状況が状況だ。今回は、大目に見てやる事にした。

「俺からセリューの事について話すぜ」

 無言の荒垣とイル。構わない、と言う事の遠回しの意思表示だ。

「結論を言っちまうとだな、討伐令を敷かれるだけの事はあるイカレだったよ。マスターもサーヴァントもな」

「どっちも狂人、って事は大体、此処に来る前のアンタの言葉からも伝わった。だが、どんな感じにヤバいんや」

「倫理的にだとか、人道的に反して邪悪な思想の持ち主って訳じゃねぇ。ただ、独善的な奴なんだよ」

「独善的……?」

「セリューが殺して回った人間達、あれは実は、ただのカタギじゃねぇ。高い確率で、セリューはヤクザのみに絞ってスレイしてた」

「何でそうと解った?」

「何でも何も、セリュー自身が自信満面に口にしてたからな」

「……これは驚いた。嘘吐いてるように全然見えへんで、マスター」

 仮に嘘を吐いていたとしても、余人にそれを悟らせぬような仕草とポーカーフェイスをソニックブームは身に着けている。嘘を告げた所で、先ずそうだと人は気付くまい。
尤も、今回に限って言えば、イル程の男がこうと口にするのは、当たり前の話。何故ならば今ソニックブームが言った事は紛れもない事実。
セリューは確かに、ヤクザを重点的に殺して回っていると口にしていたのだし、その事実を単にソニックブームは告げたに過ぎないのだ。騙す、謀る以前の問題だ。そもそも騙す意図も必要性もないのだから、イルがソニックブームの言葉や挙措に譎詐を見いだせないのも仕方がないのだ。

506The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:27:07 ID:ZOVyFBPI0
「あの嬢ちゃんは言ってたぜ、自分達がヤクザ殺して回るのは、そいつらが悪だから……ってな」

「悪いNPCを裁くのは、警察とか司法関係のNPCの仕事やろ。そいつそっちの関係のロールなんか?」

「見えなかったな」

「成程な。そいつらに代わって自分が、って事か。確かに、独善的って表現は見当外れでもないみたいやな」

「んで、この主従の厄介な所は、表面上は話が通じそうだと思っちまう所にある」

「話が通じる、って言うのはどう言う意味だ」

 荒垣

「セリューって嬢ちゃんは、要するに正義感を暴走させてるんだ。根っこの所は、間違っても邪悪ではない。これは間違いない。だろう? セイバー=サン」

「えぇ。俺もそんな感じはしました。思うに……元々悪を絶対許せないって性格だったのが、サーヴァントと言う超常の力を持った存在を手に入れたせいで、歯止めが効かなくなった……と言う風に見えました」

「タチが悪ぃ事この上ねぇな」

 純粋な悪意で動いていると言うのなら、潰すのに何の遠慮も要らないのだが、善意の押し付けで動いている存在を遠慮抜きで叩ける程、荒垣と言う男は割り切れる男ではない。歯噛みの表情を隠せないでいた。

「セリューの『悪を許さない』って思考は、とてもヒーロー的だ。だからこそ、この主従は厄介だ。この主従の本質に気付けねぇ間抜けは、こう錯覚するだろう。『実はセリューさん達は良い人なんじゃ?』ってな。んな訳ねぇだろ、パニッシャーが実は善人だった、なんて面白くもねぇジョークだ」

「本来孤立して、他方から叩かれて然るべき奴らが、ひょっとしたら同盟か協力関係を得て、厄介な奴らの集まりになるかも知れない、っちゅーわけやな」

「其処は俺も危惧してる。単体じゃそれ程のサーヴァントでも、二組以上で徒党を組まれたら、何が飛び出て来るかわかんねぇからな」

 「それともう一つ」、とソニックブームは指を立てる。

「この主従には厄介なポイントがある」

「何?」

「サーヴァントだ。強さ、と言う点については、俺もセイバー=サンも直接戦った訳でもなく、奴らが戦ってる瞬間を目の当たりにした訳でもねーから、詳細は語れねぇ。だが、それとは別に危険な点がある」

 「それは?」、とイルが言った。

「契約者の鍵から投影されたホログラムの写真だけじゃ、食い殺されそうな位凶暴なバケワニだがよ、ありゃ違う。喋れるし、理知的なんだよ」

「……バーサーカーのクラス、何だろ?」

 荒垣が言いたい事も尤もだろう。
理性と会話能力を奪われた代わりに、平時のステータスに色を付けられたクラス。それがバーサーカーの筈なのだ。
それなのに、理性もあるし言葉も喋れると言うのであれば、そもそもの前提からして覆されてしまう。これでもし、ステータスの補正だけが生きているとなると、完全にインチキではあるまいか。

「そう、バーサーカーなのに何でかは知らないが、喋れる。しかも、一言二言話をするだけで解る。相当賢いぜ、あのワニ」

「喋れて知恵が回るバーサーカーか……。確かに、厄介かも――」

「まだある」

 イルの言葉を遮り、ソニックブームが言った。

「本当に問題なのはこのバケワニ、セリューを意識誘導してるフシがあるって所だ」

 眉を疑問気に吊り上げるイルと荒垣。疑問の解消の為口を開いたのは、荒垣の方であった。

「意識誘導……?」

「あの主従のやり取りを見てて思った。あの二人、マスターよりもサーヴァントの方にイニシアチブがあるように俺には見えた」

「これについては、俺も同意見です。どうにもセリューと言うマスターよりも、バーサーカーの方に主導権があるんじゃないか、と言う場面がありましたので」

「どう言う場面だったのか、説明してくれや」

「結論から言っちまうとだな、セリューって言う嬢ちゃんを体よく利用出来ねぇかと、交渉を持ちかけた。俺と組まねぇか、ってな」

「節操の欠片もねぇな」

「ルッセー。利用出来るモンは利用すんだよ。だが、結局は失敗だった。バーサーカー……バッターを名乗る野郎の独断で、一方的に決裂されてな」

「バッター……? そりゃ、バーサーカーの真名か? 何でそうだと解ったんや?」

「簡単な話だ、セリューの方が普通に奴の真名を口にしてたし、それで奴らは会話してた」

 「話を戻すぜ」、ソニックブームが話したい事に軌道を修正する。

507The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:27:25 ID:ZOVyFBPI0
「連中らも流石に、自分達が令呪って言う生肉を強制的にぶら下げられた、お尋ね者だって言う認識がある筈だ。そんな中で、同盟と言う申し出は輝いて見える筈だろ? 仮に罠だとしても、考える素振り位は見せる筈。なのにあのワニ野郎は、『一方的に哄笑を破談させたばかりか、セリューはその強行を一切咎める様子がなかった』」

「……それを見て思った訳やな。この主従は、マスターであるセリューの判断よりも、バッターっちゅうバーサーカーの判断の方が、上位にあると」

「そうだ。仮に俺の考えが正しいとなると、セリューは、バッターに誑かされて、百人以上ものヤクザNPCをスレイした可能性が高い」

「……理由の方は、解んのか?」

「知るかよ。大方魂喰いなんじゃねぇのか? 魔力は欲しい、だが罪のねぇNPCからだとマスターからの顰蹙を買う。そうなるんだったら、反社のNPCを殺して腹の足しにしよう、って説得する方がよっぽどらしいじゃねぇか」

 合理的なソニックブームの考えに、荒垣もイルも納得する。考えてみれば、当たり前の理屈であったからだ。

「セリューって言う嬢ちゃんがあそこまで独善的なのは、バッターに意識誘導されてるか、洗脳されてるかのどっちかなんじゃねぇか。俺はそう睨んでる。そうなると、今後もより多くのNPCが殺される可能性が高い。危険度としてはかなり上位の主従だろうな」

「NPCの殺戮も、セリューではなく、バッターの誘導による物……お前はそう言いてぇのか」

「ま、セリュー自身の意思によるもの、って可能性もゼロじゃないだろう。が、俺が思うにそりゃ『オオアナ』だ。その線は薄いだろうぜ」

 荒垣もイルも考える。
確かに、ソニックブームの言った通り、セリューらの行った凶行の全てが、バーサーカー・バッターの教唆によるものだとしてしまえば。
その全てに辻褄が合う。だが、その目で実物のセリュー・ユビキタスとバッターを見ていない為、本当にソニックブームの私見が真実なのか。
逸って結論は下せない。とは言え、ソニックブームが此方を謀ろうと嘘を吐いていない可能性の方が高い事も、イルは承知している。
馬鹿と話して時間を取られた、こんな事なら不意打ちで殺しておけば良かった。そのような後悔めいた感情が、ソニックブームから伝わって来るからだ。
この手の空気は、相手も本気で醸している可能性が高い。よって、今ソニックブームの提供した情報は、かなりの確率で真実の蓋然性が高いのである。彼の意見が正しいとは言わないが、参考すべき意見としては、確かな物であった。

「ま、俺らから提供出来る情報は以上だ。次はお前達だぜ、アサシン=サン、ボウヤ」

「先ずそれについて、一つ聞きたい事がある。アンタら、遠坂凛達については、どない思ってるんや?」

「トオサカ、についてだぁ……?」

 ソニックブームが顔を清音に向け、意見を求める。清音の方もまた、考え込んでいた。

「俺が真っ先に思ったのは……もしも、遠坂凛がただの女子高生、って言う情報を頭から信じるなら……あんな事をするのか? って事ですね」

 優等生らしい意見だな、と思うのはソニックブーム。清音が言った『あんな事』とは当然、あの黒礼服のバーサーカーの大量虐殺の事を指す。
これについては、ソニックブームも同じ事を思っていた。セリュー達が仮に魂喰い目的でヤクザ達を殺して回ったとしても、これについては理に適う。
何故ならば彼らは一般的に殺されても表沙汰になり難い人種を、水面下で殺して回っていたからだ。魔力欲しさに、社会のゴミのNPCを裏で殺して回る。
結果的に彼らの狂行は露見こそしてしまったが、彼らの目的を知ってしまえば、筋も理も通っている、と誰もが思うであろう。

 だが、遠坂凛達については、筋も理も、何も通らない。行き当たりばったり過ぎるのだ。
魂喰いにしても、往来の真っ只中で行う意味が不明であるし、そもそもソニックブームにも清音にも、彼女らが魂喰いを行っている風には見えなかったのである。

508The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:27:41 ID:ZOVyFBPI0
「まぁ、俺が思うのは……アー……。遠坂凛は進んで、あのマス・マーダーを行った訳じゃねーんじゃ……、って事だな」

 ソニックブームも清音も、そして荒垣もイルも。
遠坂凛とそのバーサーカーが虐殺を行っている瞬間の映像は、TVニュースで流れた映像や動画サイトで嫌と言う程見て来た。
解像度はやや粗く、鮮明とは言えないが、遠坂凛や黒礼服のバーサーカーの表情や挙措で、何となくだが、こんな事が起ってしまった理由の推測が出来る。
遠坂凛は、バーサーカーの制御に失敗した、と言う事。詐欺師、サイコパス、そして何より殺人鬼……。
そんな類が跋扈する末世末法の地・ネオサイタマに於いて、ソウカイヤに属してニンジャのスカウト業を行っていたソニックブームには良く解る。
悪党か、そうじゃないか? その手の目利きは、スカウトの達人である彼は得意である。遠坂もセリューも、ソニックブームの目から見れば、根からの悪ではなかった。
但し、あの黒礼服のバーサーカーは、別。あれの表情は、明白に殺人を楽しんでいた。ソニックブーム自体も良く見た、典型的なサイコの顔。
遠坂とバーサーカーの表情を対比させて考えた場合、やはり思い浮かぶのは、バーサーカーの制御に凛が失敗、黒礼服の男の暴走を許してしまったと言う推論だ。
況してバーサーカーは、素人の付け焼刃で御せるようなサーヴァントではないと言うじゃないか。ただの女子高校生・遠坂凛がそのブレーキをミスったと言う話も、満更嘘ではないのだろう。

「……その前提が、覆りそうな証拠が出て来たんや」

「アーン?」

 言ってイルは、荒垣に対して手を伸ばす。
意を得た荒垣が、懐から一冊のノートを取り出し、それをイルに手渡して来た。
臙脂色に近い赤色をしたハードカバーのノート。それを荒垣は、ポイッとソニックブームの方に放って来た。
これをキャッチしたソニックブームは、マジマジと表装を眺めてみる。タイトルの類はない。何を記したノートかを表す認(したた)めもない。
不思議に思いソニックブームがノートを開く。そして其処に書かれた内容を見て、ソニックブームも、清音も、眼を見開いた。

「……何処でこれを」

 問うたのは、清音の方だ。

「奴さんの家や」

「四六時中、マッポやデッカー共が張り込んでる上に、今も調査・鑑識の真っ最中じゃねぇか。アサシン、のクラスなら余裕って訳か?」

「手札を晒す程阿呆やないで」 

 イルのアサシンクラスとしての適性は、正直言って並である。気配遮断のクラスも、取り立てて高いと言う訳ではない。
だがイルは、極めて特殊かつ強力な宝具、と言うより能力を保有しており、この一点に於いて彼は凡百のアサシンを凌駕していると言っても過言ではない。
万物を無視して移動出来る特殊な方法で、遠坂邸の障害物をすり抜けて内部まで侵入した、と説明するだけなら容易いが、これは言うまでもなく切り札を暴露するに等しい。方法を言え、と言われて言う訳がないのは当たり前の事であった。

「……驚きましたね。まさか遠坂凛が、魔術師だったなんて……」

 改めて、清音はノートの内容に目を走らせる。
羊皮紙に似た色合いの紙には、聖杯戦争についての知識及び、これを乗り切り優勝する為の綿密なプランニングが記されていた。
しかも、記されている筆跡から考えるに、<新宿>での聖杯戦争が開催される以前に、このノートは作られたと見て間違いがない。
ノートに書かれた、聖杯戦争についての情報の細かさ。これは一般人ではとても到達しえないレベルのそれであり、即ちこれが意味する事とは一つ。
遠坂凛は、魔術の世界に通暁する住民であった、と言う事である。

「この、冬木・シティってのは何処だ?」

509The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:27:57 ID:ZOVyFBPI0
 ソニックブームが真っ先に思った疑問を口にする。
確かに、ノートの中には、<新宿>での聖杯戦争参加者が見れば誰でも解る程、馬鹿丁寧に聖杯及び聖杯戦争への情報が細かく記されている。
だが、その聖杯戦争の対象が、此処ではないのだ。ノートの中で、遠坂凛が想定していた聖杯戦争の舞台は、『冬木』と呼ばれる町でのもの。
実際ノートをペラっと捲ると解るが、明らかに<新宿>を示すものではない地図がスクラップとして張りつけられており、そのスクラップには、
この町の要点と呼べるだろう所がペンでマーキングされているのである。あの少女は、地の利すら真剣に考察する程、本気で聖杯戦争に取り組もうとしていたのである。

「さぁな。類似する町が、果たしてこの世界の日本にもあるのかどうか、俺にはよう解らん。が、一つの推論としては、遠坂凛は契約者の鍵で<新宿>に招かれなければ、その町で聖杯戦争を行っていた可能性が高いっちゅー事やな」

「元居た世界……と言う事ですか。その世界にも聖杯戦争があったとなると……」

「ま、このふざけた催し自体、異世界・並行世界単位でマクロ視した場合、結構普遍的なものかも知れんと言う事になるな」

「世も末ってのは、惑星単位じゃなくて、ユニヴァース単位でって事かよ」

「全くやな」

 聖杯戦争なんて馬鹿げたイベント、この世界だけに限ったものかと思っていえば、多元宇宙規模で見たらそう珍しい物でもなかったらしい。
まさか世も末、なる言葉が人間の住む地球単位でのものではなく、数多の異世界・並行世界を内在させた多元宇宙とか連立次元規模の時空を指し示すものだったとは。つくづく、宇宙には悲劇しか認められていないようであった。

「遠坂凛が魔術師であったと仮定するなら……あの虐殺自体、嬢ちゃんが仕組んだものの可能性がある……こう言う事だな? アサシン=サン」

「その、可能性がある、って程度やな。テレビで見せてた、遠坂のリアクション……あれは、ほんまもんやで」

 耳どころか、瞼の裏にすらタコが出来そうな程、区内でも区外でも、黒礼服のバーサーカーの事件は地上波やBSで放送されているが、
その模様を映した断片の動画を見るだけでも、敏い者が見れば解るのだ。黒礼服の狂行を目の当たりにする凛の表情は、どう見ても想定外の事態に出くわしたそれ。
あれがもし演技であったと言うのなら吃驚仰天も甚だしいが、その線は見た所かなり薄い。

「とま、遠坂について俺らが語れる状況は、こんなもんや」

 其処で、イルが襟を正す。

「自分、誰殺したん?」

「アーン?」

「この場で惚ける何て、大層な肝の持ち主やな。今更隠し立てする事もないやろ。お前、俺らと会う前に誰を殺ったんや?」

 部屋に香る死臭は、イルも生前は嗅いで来た物である。今更、この臭いの正体を見誤るような真似はしない。
重要なのは、荒垣達と接触する前に、ソニックブームが誰を殺したのか。これであった。
この事実が、最後の分水嶺である事をソニックブームも清音も同時に理解していた。誰を殺したのか、それ次第でイル達との交渉が決裂する。
別段交渉が破談したとて、このニンジャは何らの痛痒も感じない。使える手駒が一人減った程度、である。去った所で、どうぞ、と言うだけの話だ。
とは言え、荒垣らは既に、ソニックブームのアジトに招かれている。この場所を交渉材料に、何かしらゴネて来るのではないかと誰もが思うだろう。
荒垣達はソニックブームが今いる所が、自分達の拠点であると思っているようだが、しかし、其処からしてもう違うのである。
当の昔に清音が、ソニックブームの為に新しい拠点を、不動産屋を通して設定してくれているのだ。古い方の拠点を知った所で、全く脅しにもならない。
つまりこの状況、彼は荒垣らを逃した所で、全く痛くないのである。別段決裂しても問題ない。それに、決裂するとも、ソニックブームは思っていなかった。

510The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:28:19 ID:ZOVyFBPI0
「ついて来いよ」

 言ってソニックブームはソファから立ち上がり、目的の場所へと案内する。
案内すると言っても、イルは既に死体の置かれている場所を理解している。能力を使うまでもない。風呂場だった。
仮にイルも、死体をこの部屋の中の何処かに置けと言われたら、風呂場に置く。いざと言う時に水が使える事が大きい上に、風呂のグレードによっては室内換気も使えるからだ。置かない手はなかった。

 ユニットバス式らしい、件の死体は洗面台の方ではなく、浴槽の方に置かれていた。
それ自体は問題ではない。問題があるとしたら――

「……!! こいつは……」

 真っ先にそれに反応したのは、意外にも荒垣の方であった。見覚えがあったからである。
浴槽で、スーツの様なものを纏って人間を装ってはいるがしかし、明らかに人間ではないと確信させる異形の存在……。
全体的に人間としての形を留めていながら、身体中から針金のように太くて茶色い毛を生やし、拉げた頭から脳を露出させたその顔面から、
象の鼻めいた物をだらしなく弛緩させているその怪物。荒垣は今日の深夜に、これとは別の怪物と戦っていた。
恰幅の良さそうな女性が変身した、ギュウキと言う名の怪物(ミュータント)と、だ!!

「ほう、知ってるのか? ボウヤ」

「……誰が、どんな手段で、そして何の目的で、こんな怪物にNPCを変身させてるのかは知らねぇ。だが……一度交戦した事がある」

「成程な」

 と、スルーした素振りを見せたが、荒垣の言葉選びから、イル自身が怪物を倒したのではなく、『荒垣自身』が怪物を倒したないし退けたのだ、
と言う事をソニックブームは看破した。セリューらがこの化物と立ち回ったのを遠巻きに眺めたと言う経験から、
これらの怪物の強さの平均値が大体どれ位のものであるのか、ソニックブームは卓越したニンジャ洞察力で凡その当たりを付けていた。
少なくとも、NPCは楽々蹂躙・殺戮出来るだけの力を保有し、下手をすればサーヴァントですら不覚を取りかねない強さであると言うのが彼の意見だ。
そんな強さの存在を、マスターの身で倒したと言うのだ。例え倒して居なくとも、退けたり、逃げ果せただけでも大した物である。荒垣はどうやら、纏う雰囲気相当にただのパンクではなかったようである。

「実を言うと俺もボウヤと同じで、こんなミューテーションを起こさせた奴が誰なのか解らなくてな。で、どうだいボウヤ。こいつの情報なんか知ってるだろ? エエッ?」

 これが、ソニックブームが面倒を承知で、あの時怪物に変身しようとしていた警官の死体を古い方のアジトに運搬した理由であった。
サーヴァントを相手に戦えるだけの怪物が、この<新宿>に、人間に化けて跋扈していると言うのは、如何な歴戦のニンジャであるソニックブームとて、
楽観視出来た物ではない。しかも高い確率で、NPCを怪物に変身させているサーヴァントは、彼らを統率する気がないと来ている。
統率する気があるのだったら、尋問次第で口を滑らせ居場所を教えてしまいそうな怪物化NPCを<新宿>に放つ方がリスクが高いからである。
セリュー達と怪物のやり取りから察するに、この怪物はかなり恣意的に動く可能性が高い。それを考えると、<新宿>の聖杯戦争は相当危険な物へと様変わりする。
マスターやサーヴァントが危険な存在なのは、当たり前の事である。最大限の警戒をするのは前提とすら言っても過言じゃない。
だが、これらに加えてNPCにまで気を張れとなると、ニンジャの持久力と精神力を持つソニックブームでも相当な心労を覚悟せねばならない。
不必要なリスクは避けたい。況してモータルであるNPCにまで警戒しろと言うのは、ニンジャとしてのプライドが許さないのである。だから、情報が欲しい。
これらの怪物について、どう立ち回るべきなのか、と言う知恵が。怪物に変じるNPCの情報を、他の参加者から得る為。これが、ソニックブームが古い方のアジトに死体を置いて来た理由の全てであった。

「さっきも言ったが、俺だって詳しい事を知ってる訳じゃねぇぞ」

「んなもん承知してる。このカラクリを仕掛けた奴は、俺は本気で危険な奴だと認識してる。下手すりゃ、セリューや遠坂以上のお尋ね者になるぜ」

 少しでも情報が欲しい、と言うソニックブームの言葉は本心から出ている。
荒垣も最初の方は、疑惑の目線をこのニンジャに向けていたが、やがて、情報は共有しておいた方が良いと言う思いの方が勝ったか。
話すべき情報を吟味し終えた彼は、ゆっくりと口を開き始めた。

「倒したNPCが口にしてた言葉から考えると、こいつらは、人を喰う」

511The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:28:56 ID:ZOVyFBPI0
 それはソニックブームも理解していた。
怪物化するNPCが引き起こしていたミンチ殺人は、聖杯戦争が始まる以前から有名な事件で、その特異性と猟奇性は各種メディアで詳らかにされていた。
だがソニックブームは、実際に当該NPCが引き起こしていた殺しの様相を目の当たりにするまで、俄かに信じられずにいた。
人を喰らって殺すなど、まるで獣の所業ではないか。末法の世界ネオサイタマを跋扈するサイコパス染みたニンジャですら、もう少しまともな殺し方をすると言うのに、
末世末法と言う言葉を使う事すら躊躇われるこの<新宿>で頻発する殺人の方が、猟奇的であると言うのは余りにも恐ろしい話だった。
だが、セリュー達と怪物化するNPCが戦っていた場所に転がっていた、酸鼻を極る死体の様相から察するに、本当に彼らは人を喰らうらしい。
此処までの情報は、ソニックブームも理解している。続きはないのか、と言う目線を荒垣に送るソニックブーム。

「後はそうだな……俺がそいつと接した時には、そいつは明らかに正気を失ってた」

「インセイン、って奴か」

「少なくとも、話が通じる様な手合いじゃなかった。怪物にされた影響でそうなったのか、それとも怪物にされてから何らかの条件を踏んでああなったのかは解らねぇ。が、確かなのは、あれは『何らかの条件で人の目何て構いなしに暴走する』って所だ」

 荒垣が神楽坂で、ギュウキに変じたNPCと接触したその時には、もうあのNPCは正気とは真逆の精神状態であった。
思い出すだけで、胸糞が悪くなる。荒垣の下にやって来る前に、あの女性の身に何が起こったのか。
今となっては知る由もないが、知るだけ腹が立って来るだけなのだろう、と言うのは確実であった。

「聖杯戦争の目的を挫く事とは別に、俺は、NPCを化物にするこのサーヴァントが気に喰わねぇ。見つけ次第、潰す事も考えてる」

「俺も同意見だぜ、ボウヤ。なぁ? セイバー=サン。お前もそう思うだろ?」

 「えぇ、まぁ……」、と締まりのない返事をする清音。ソニックブームの言葉が余りにも白々しかったので、生返事になってしまったのだ。
義憤から、件の下手人を叩こうとする荒垣とは違い、この衝撃波のニンジャは、完全なる打算で動いていた。
NPCを、サーヴァント並の強さの怪物に昇華(ミューテーション)させる力を持ったサーヴァント。危険過ぎるにも程がある。
ソニックブームは、戦いを楽しむと言う事とは別の次元で、この件の犯人を見ていた。戦いを楽しむ事においても、聖杯を獲得すると言う目的においても。
そのサーヴァントは明白に危険である。だから、早々に抹殺重点せねばならない。荒垣とは違いソニックブームが、犯人を倒そうとする理由は、
何処までも恣意的で利己的なそれであるが、それでも荒垣とは利害の一致を見ている。

 この場にいる誰もが、ソニックブームが荒垣のように、正義感から荒垣に協力しようとしている訳ではない事を見抜いている。
あくまでも、当面の目的が一致しただけに過ぎない。だが、その目的の一部が噛み合った、と言う事実が重要である。
知らない相手と手を組む条件を意見の全面一致に設定してしまえば、この聖杯戦争、勝ち抜けるものも勝ち抜けなくなる。
折り合いや折衷点を見つけ、何処かで妥協し、同盟相手と言えど気を張る事が重要である。
気の抜けない相手だとは解っている。胡散臭いし、ワルの臭いがする相手だと言う事も承知している。その上で荒垣は――妥協と言う道を選んだ。

「交換出来る情報は、これが全てみたいだな」

 ふぅ、と一息つく荒垣。

「アサシン。手を組むぞ。異論はあるか?」

「ま、お前がそう言うんやったら、俺も異存はないわ。不透明な所のある主従なのは事実やが、同盟なんてそんなもんやろ」

 結局同盟など、当座の利益と利害が一致しているか、叩くべき共通の敵がいる時だけに機能する即席の絆に過ぎない。
その程度の関係で、互いが腹の内を全て曝け出す事は通常考え難い。腹に一物潜めさせている、と考えるのが自然だ。
況してソニックブームの主従など、本心は果たしてどうなのか、と言う事が全く分からない。いつか背中を刺される可能性だって、ゼロじゃない。
だが、それを恐れていたのではこの聖杯戦争を勝ち抜く可能性も低いと言うのも、また事実。此処は、ある程度のリスクを承知で、同盟を呑んだ方が、目的達成に近付く。荒垣もイルも、そう考えていたのだった。

512The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:29:12 ID:ZOVyFBPI0
「オオ、流石に話が解るなボウヤ。気に入らない奴でも、大人は笑顔を浮かべて握手しなけりゃならん事をその歳で理解したな!!」

 ソニックブームとしても、もっと愚鈍で体よく利用出来そうな主従と同盟を組みたかったが、馬鹿過ぎるのもそれはそれで困り者だ。
気の抜けない相手と言うのは、荒垣視点からだけでなく、ソニックブーム視点から見ても同じ事。
付き合い方には配慮せねばなるまいが、ある程度の道徳心と実力を保有している主従と組めると言う事は、いざと言う時に大きい。
ソニックブームらにとって最良の主従とは言い難いが、扱き下ろす程悪くはない。及第点の主従と手を組む事が出来たのだ、とソニックブームは考える事としたのであった。

「今後の指針は決まってんのか、スジモノの兄ちゃん」

「ソニックブームって名前があるんだからそう呼んで貰いたいね、アサシン=サン」

「それ名前ちゃうくて、コードネームの類やろ。ほんまにそんな名前何か? 衝撃波やぞその名前ん意味」

「ま、偽名なのは事実だ。ってか、そう簡単に本名を明かす訳にはいかねぇだろ」

 ソニックブームが口にした通り、この名前は真実のものではない。
ニンジャソウルが憑依する前、つまり彼が口にするところの『モータル』であった時代には、しっかりとした人間の本名があった。
ソウルに憑依され、魂に『この名を名乗れ』と告げられた時、彼はモータルとしての名前を捨て、カゼ・ニンジャ・クランの一人。
即ち、現在のソニックブームとしての我と個性を得たのである。ニンジャの世界では、本名での名乗りは余り使われない。
専ら、ソニックブームのようにニンジャネームでのやり取りが普通である。そんな社会で生きて来た物であるから、通称・俗称・通名が全く一般的ではない、
この世界の社会は中々ソニックブームにとっては奇妙だった。今でもうっかり、社会に溶け込む為のフマトニと言う名前を口にすべき場面で、ソニックブームと口を滑らせてしまう所があるくらいだった。

「ま、俺の名前については突っ込むな。んで、方針としちゃそうだな、生憎俺は寝てても情報が転がり込むような立場じゃないんでな。後は、言わなくても解るだろ?」

「……自分の足で動け、ってか」

「そう言う事だボウヤ」

 結局はこれに終止する。
先ずは、誰かと接触せねば始まらない。敵ならば倒す、話の解り易そうな者なら、利用しようとする。こうする事で、事態も動くであろう。

「元より俺もそうするつもりだ。話が纏まったら、とっとと此処を出るぞ。臭いが酷くてしょうがねぇ」

「オオ、そうだな。だがその前に、セイバー=サン」

「? 何です?」

「その死体はもう用済みだ。これ以上の情報は引き出せそうにねぇからな。頭と四肢を斬ってバラバラにして、何処かに埋めるぜ」

 その指示を聞いた瞬間、心底嫌そうな態度と空気を清音は発散し始める。
眉一つ動かさずこんな指示を下すソニックブームを見て、やっぱり根っこの所では大層な悪党なんだなと言う事を、清音は再認し、イルも荒垣も認識し始めたのであった。

513The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:29:26 ID:ZOVyFBPI0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 一・二世代前どころか、最早使っている人物はレッドリストに入っているのではないか、と言う程古いタイプのそれを使っている事もそうなのだが、
セリュー・ユビキタスは単純に、携帯電話と言うデバイスに上手く慣れていなかった。通話と言う機能を上手く扱えるようになったのは本当に此処最近の事で、
それ以外の機能などからっきし同然。こんな状態の女性が、いきなり現行のスマートフォンなど扱おうものなら、機能の洪水に呑まれて混乱してしまう事は想像に難くない。

 謎めいた美女のアサシンから貰った地図、その、要所となるような場所を赤丸で囲った所へと、セリューとそのバーサーカーであるサーヴァント・バッター。
そして、先程彼女らと同盟を結んだ番場真昼とシャドウラビリスは向かっていた。何故、その場所に彼女らが向かっているのか?
それは、現行のスマートフォンを持っていた番場が、セリューが女アサシンから受け取った地図に記されていた様々なチェックポイント。
其処で何が起っていたのか、SNSやニュースサイトを使って調べてくれたからである。
ある程度番場はセリューに代わって、地図のポイントを調べてくれたが、その結果は、半分近くが何もない所だった。調べても、これは、と言った情報なかった。
とは言え、怪しい動きを見せている主体が、超常の存在であるサーヴァントである。一般のNPC達では、そもそも怪しい何かすら認識出来なかった、と言う可能性もある。
あの女アサシンがこの地図をデタラメに作ったのか、と言う結論については、まだ一概には何とも言えない。
何故なら、チェックポイントの残りの半分は、本当に何かがあった所であったからだ。実際、その場所を赤丸で囲った所を調べてみると、明らかに不穏な動きがあった事が解るのだ。

 ――花園神社に放置された、黒灰色の不穏なローブ及び、大量の汚泥と穢れた塵。そして、これについての簡単なインタビューを受けている宮司の動画。
早稲田鶴巻町及び、<新宿>二丁目で勃発した大破壊。後者の方に至っては、サーヴァントと思しき者達が交戦している動画すら発見出来た。
自分達が知らない所で、サーヴァントの力を暴走させている者が沢山いる、と言うその事実。これにセリューは、義憤を憶えた。
自分達の手で、それは本当に正してやらねばならない。破壊を齎すサーヴァントは座と言う場所に送り返し、もしもマスターが、
サーヴァントの悪しき行動に加担するようなら、その時はマスターすら制裁しなければならない。やる事が、多すぎる。だが、挫けていられない。
何故なら今のセリューには、頼れる仲間が三人もいるのだ。これだけ揃っていれば、向かう所敵なし。どんな敵だって、浄化させられるに違いない!!

 今現在、四名が向かっている場所は、女アサシンの地図の要所の内、市ヶ谷の方面の一ポイントを、赤く囲った所。
その場所は、既に番場の手によって調べがついている。其処は嘗て、香砂会と呼ばれる規模の大きいヤクザの邸宅が建っていた場所である。
だが、今セリューらは、ヤクザ達を制裁する為にその場所に向かっているのではない。いや寧ろ、制裁を加えるべきヤクザはひょっとしたらもう、いないかも知れない。
結論から言う。その邸宅は今この世に存在しない。簡単だ、何者かの手によって、完膚なきまでに『破壊』されてしまっているからだ。
その破壊の様子、精確に言えば邸宅だった物の跡地を、セリューも番場も見たが、巨人が癇癪でも起こしたか、とでも言う程の有様だった。
辛うじて其処が、昔建物だったと言う名残がポツポツと散見出来る程度で、後は殆ど瓦礫と、大小さまざまな建材の破片のみ。
瓦礫の撤去にもかなりの時間を喰おう。無辜の市民に害を成して来たと言う悪因が応報されたのだろうか? それにしては、かなり荒っぽい審判ではあるが。

 セリューはその場所に、甚く興味を覚えた。
場所が比較的近かった、と言う事も確かにある。だがそれ以上に、よりにもよってヤクザの邸宅をこうした、と言う理由の方が気になった。

 ――もしかしたら……私達と同じで、正義第一に行動する人が!?――

514The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:29:54 ID:ZOVyFBPI0
 この女の残念な思考回路では、そう言った結論に行き着くのも、何らおかしい事ではない。
『戦闘の余波で結果的に壊れた可能性がある』とバッターは至極冷静に――頼もしい!!――指摘していたが、それとは別に、
その邸宅周辺がきな臭いと言う事実には変わりない。其処が最早祭りの後に過ぎなくとも、見て置く価値はゼロではない。
だから彼女らは向かっていた。香砂会の邸宅跡に。そして、期待していた。其処で出会えるであろう、同じ正義の徒の存在に――。

 Prrrr、と、携帯のアラームが鳴り響く。
番場のものではない。それは、セリューが胸ポケットに潜ませている、化石同然の古さの携帯電話であった。
香砂会までもうすぐなのに、と思いながら、携帯電話を手に取り、誰からのTELなのか確認し、「あっ」と声を上げた。

「『親切な人』からだ!!」

「え、し、親切な人……って?」

 当惑する番場の瞳に、セリューの旧型の携帯電話の画面が映る。
電話帳にも、本当にそんな名前で登録しているらしい。掛けている相手の名前はそのままズバリ、『親切な人』。
これは幾らなんでも常識がない登録ではないのかと思わないでもない番場だったが、こんな名前なのには事情がある。
何故ならセリューは、この電話先の相手の名前を知らないのだ。向こうは、何故か自分の名前を知っているのに、彼は、一度として己の名を告げた事がない。
それに対してセリューは驚くべき事に、不信感を抱いた事が一度としてなかった。声自信から感じる事が出来る絶対的な安心感もそうである。
だが、今までセリューやバッターが効率よく、ヤクザの拠点やマンションを制圧・浄化出来たのは、この善意の情報提供者である電話先の男がいたからだ。
果たして何の見返りも求めず、有益な情報を与えてくれる人間を、悪と言えるだろうか。セリューの頭の中の辞書において、それを悪と定義する事は出来ない。該当する単語はただ一つ。『善人』だった。

【……あの足長おじさん、か】

 と、バッターが念話で伝えたのと同時に、セリューはその電話に出た。笑顔であった。

「お久しぶりです、おじさん!!」

 実に、元気のよい声であった。

「はは、相変わらず元気だね。セリューさん。どうだい、その後の調子は」

「……そ、それは……」

 言い淀むセリュー。
何事もなければ、「バッチリです!!」とか、「絶好調!!」と元気よく返していたのだが、今はそんな状態でもない。
星渡りの災厄、狂乱と騒乱の怪人、ベルク・カッツェとの死闘で、魔力をある程度消費してしまったのだ。それに、あの弩級の悪をみすみす逃がしてもしまった。
決して、順風満帆な滑り出しとは言えなかった。何て言ったら良いのか、言葉を選ぶセリューを思ってか。電話先の男は、優しい声音でこう言った。

「そうか、君も結構苦労しているみたいだね。セリューさん」

「そ、そんな事ないです。私、まだ頑張れます!!」

「セリューさん。優れた戦士と言うのはね、終わるとも知れぬ、休ませてもくれぬ戦いの中で、自分の身体を癒す時間を探せる者でもある。時に君は、己の身体に癒しの時間を与える事も、大切だと私は思うな」

 そう言えばあの時、あの女アサシンは、自分の髪にそっと触れ、痛んでいると言っていた。
思えば、女性らしい身嗜みなど、整えた事なんてなかったなとセリューは回想する。
父親が殺されたあの日から、ただ悪を憎み、その為だけの力を培う日々。女性らしさなど二の次だった。
煌びやかな衣服を身に纏い、高そうな宝石のはめ込まれた装飾品を自慢げに見せつける女性に、憧れを抱いた事もとんとなかった。
休息とか癒しと言うのは、そう言った時間の事を言うのだろうか? 仕事や任務から一時離れ、自分の知らなかった世界を探検してみる。それこそが、癒し、なのであろうか?

515The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:30:12 ID:ZOVyFBPI0
「だけど――私、今は休まず頑張ります」

「ほう、何故だい?」

「だって、私があと少し、歯を食いしばって耐えたなら、『みんなが幸せになれる世界』がやって来るんです。私、もう少し頑張って頑張って、そのもう少しを、何回でも繰り返します」

「……そうか。皆が幸せになれる世界、か」

 その言葉は、電話先の男に幾許の感慨を抱かせるに足る言葉だったらしい。
彼は、セリューが本心から口にしたその言葉を、彼は舌の上で転がし、やがて数秒後程経過して、口を開いた。

「天使や神ですら成し遂げられなかった、全人類の幸福を、最初に達成した者達が君らであったのなら、さぞや、それは面白いのだろうね」

「おじさん……解ってくれたんですか?」

「人の本気の夢と理想を、私は嘲笑わない。出来得るものなら、私はいつだってその夢と理想を叶えて欲しいと思っている」

「おじさん……!!」

「だが――」

 其処で、電話先の男は言葉を区切った。穏やかな声音に、鉄が混じり始めた。

「私はそう思っていても、他の者はそうとは思わないだろうね」

「? あの、何を言って……」

「セリューさん。夢と理想を掴もうとする者には、往々にして障害と言う物が立ちはだかる。人はこれを、試練とかテストとか言う言葉で誤魔化すものだが、本質は障害だ。そしてこれらは、回避する術はない。ぶつかって、乗り越えなくてはならない」

「試練……って?」

「君の理想を、挫こうとする者。この世界における、君の不幸の源泉。彼らは、君の夢と理想の成就を妨げる為に、『死』と言う解りやすい贈り物を届けようとしてくる」

「貸せ、セリュー」

 今セリューらのいる所が偶然、人のいない住宅街であった事が幸いした。
これ幸いと実体化を始めたバッターが、セリューの持つ携帯をひったくり、それを顔まで持って行く。電話の内容は、全て耳にしていた。今を以って確信した。この電話先の相手は、聖杯戦争の関係者である蓋然性が高い。

「貴様、何者だ。俺達の事を余りにも知り過ぎているが、聖杯戦争の参加者か?」

「それは、君が思う程に重要な情報なのかな?」

「惚けるな。質問された事のみに答えろ」

「答えたいのは山々なのだが……君の疑問に全て答えていたら、君が消滅してしまうよ。バーサーカーくん」

「何を言っている」

「言った筈だ。その試練は、君達に『死』を与えんとする者であると。悠長に構えていると――」

 其処まで電話先の男が口にした次の瞬間だった。
直径にして六〇〇m以上の規模がある、バッターの極めて優れた霊的存在の知覚能力が、この場に現れたサーヴァントを感知。
αの名を冠する光輪を顕現させ、それをセリューの方に配置。――刹那、凄まじい熱量を秘めた白色の熱線が、アルファのリングを灼いた。
概念的性質を貫通する属性を有していなかった為、アルファはその熱線においても殆どノーダメージであったが、これがもし、
アルファの配置が遅れていたら、セリューはその熱線に脳髄を貫かれ、即死していた事は想像に難くない。
事態の不穏さを漸く認知し始めたセリューが、「ば、バッターさん!?」と叫ぶ。遅れて番場も、警戒の耐性に入ったらしい。
彼女の怯えを察知したかのように、イプシロンを霊基に固着させた影響で知力と実力の双方が向上されたシャドウラビリスが実体化。大斧を構えだした。

「言葉はいらなそうだね。では、健闘を祈る。そして、『神』を殴り殺した者が、『神』を斬り殺した者を倒せる事を、期待しているよ」

 其処で電話が切れ、バッターはセリューの方に携帯を放った。
バッターの白一色の瞳が、三十m先のマンションの屋上、その給水塔の上に直立し、不可思議な銃を構えている男の姿を捉えた。
近未来的なデザインの装いで身体を覆い、その背に大きな太刀を背負ったその男の名は、アレフ。
バッターが本来呼ばれるべきであった、救世主(セイヴァー)のクラスでこの<新宿>の地に呼ばれた、神を殺した事でメシアに至った男なのだった。

516The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:30:27 ID:ZOVyFBPI0
前半の投下を終了します

517名無しさん:2018/01/18(木) 06:32:24 ID:HUtH1tRY0
投下乙

足長おじさん……一体何者なんだ

518名無しさん:2018/01/18(木) 17:37:54 ID:BQpcg9420
前半投下乙です

ソニックブーム達による考察。けどすいません、セリューお姉さん達って思ってる以上にキチってるんすよ
そんなセリューさん達もアレフ&キタローと戦闘か。主従揃って強敵だがどうなるか

519The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:34:36 ID:.tmaFwNE0
投下します

520The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:35:14 ID:.tmaFwNE0

 何事もなく、聖杯戦争一日目の内、半分の時間である十二時間を、有里湊と、彼が従えるセイヴァーはやり過ごした。
厳密に言えば障害と言うべき存在とは、今朝花園神社で戦いこそしたが、アレフはこれを何の苦もなく倒してしまった。全く以って、何事もなくの範疇である。

 区立<新宿>高校二年生、それが湊に課せられたロールである。
特に、何か特別な感情を抱いた訳ではない。<新宿>の高校なのだから、まぁ、其処に通うと言うロールも妥当だな、と言うぐらいである。
月光館学園の時と年次は同じだし、何よりも元の世界と同じ高校生としての身分である。ただ、通う学校と環境が変わっただけ、程度にしか湊は認識していない。
外見通りの、冷静沈着で、そして何処か冷めた男であった。

 偽りの世界で偽りのロールに身を委ねている内に、<新宿>高校はいつの間にか期末テストを終え、夏季休校に入ると言う段階に突入していた。 
待ちに待った夏休みに浮かれながらも、<新宿>を取り巻く不穏な気に怯えた風の同級生達と共に、怠い事この上ない終業式を終え、
通知表を担任から貰い、その成績に一喜一憂する生徒達を見ながら、本日の学校での日常の風景は終わった。

 今年の夏に湊が体験した風景を、リアレンジさせて焼き直させたようであった。
元の世界では、順平が成績の余りの悪さに頭を抱え、その様子をゆかりが呆れた様子で眺め、風花が「勉強一緒につきあおうか?」と順平にフォローしていたか。
懐かしい、と湊は思った。半年にも満たない程最近の記憶であると言うのに、今ではすっかり、十年も昔の記憶の様な雰囲気すらあった。
ニュクスの件が、関わっているのだろうなと湊は考える。十一月から十二月までは、目まぐるしく時間が過ぎて行ったと言うのに、その密度が信じられない程濃かった。
百年もの歳月を、一月のスパンに圧縮して体験させたような、そんな感覚。苦楽が同居するS.E.E.Sとの思い出が、絶対の死によってなかった事にされる。
いや、過去がなくなるだけじゃない。未来すらも、このままでは果てて失せるのだ。それだけは、防がねばならない。
その事を、湊は今日の学校で再認した。これだけで、学校に来る意味があったのだ。来てよかった。
そう思いながら湊は教室を出、スマートフォンの電源を入れ、情報の収集を行う。

【うーん、状況が動くのが早い】

 と、霊体化したアレフが、湊の操作するスマートフォンの画面を見てそう口にする。
アレフの意見に、湊は同調する。自分達が学校で過ごしている間に、<新宿>では、聖杯戦争から来る諸々の大事件が起こっていたようである。
正味の話、起こった事件をつらつらと上げて行くと、キリがない程その数は多く、その事件の規模も馬鹿にならない。
この学校が、聖杯戦争参加者達のトラブルによる塵埃に巻き込まれなかったのは、最早奇跡の領域であろう。

 そしてこれだけの事件が、ものの半日の間に頻発しているのである。
マシンガン並の立て続けさだ。これでは<新宿>高校どころか、聖杯戦争の舞台である<新宿>自体が崩壊しかねないではないか。
いよいよ以て、本格的に自分達も動いた方が良いんじゃないか、と湊は考え出す。

【動く事は慣れてる。ある程度酷使しても、俺は構わないよ】

 今朝戦ったナムリスなる存在とは違い、正真正銘本物のサーヴァントとの戦いは、アレフに大きな圧を掛けてしまうだろう。
それを慮る湊の心情を見抜いたか、救世主のクラスで呼ばれたサーヴァントは、直に自分の事は気にするなとフォローを入れに来た。

【うーん、頼もしい言葉ではあるけど、大丈夫なの?】

【人より連戦に対する耐性はあるつもりだよ。疲れにくさも、まぁそれなりだ】

 そう口にする当人は、朝も昼も夜もなく、あらゆる方向――それこそ空から海から地中から。
時に銃弾よりも数倍速く動く妖鳥や天使、時に岩盤すら問題にならない程の潜航力を持つ邪龍達、時に弾丸すら跳ね返す皮膚を持った屈強な鬼や邪神など。
『怪物』と言う言葉を聞いて人類が想起出来得る限りのあらゆる悪魔が襲い掛かってくる環境で、殺される事なく生き抜いてきた男である。
そんな男のタフネスがそれなりでは、果たして、どの英霊がタフガイであると言うのか。

521The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:35:27 ID:.tmaFwNE0
【方針としては、まぁ僕らの場合、聖杯の破壊が最終目的だからね。僕らと同じ志の人達とは手を組んで、そうじゃない相手とは、戦うって感じで行こうと思ってるんだけど。どう? セイヴァー】

【悪くはないと言うか、それしかないだろうね。それに、俺の得意分野だ】

 自分と波長の合いそうな者を此方に引きずり込み、そうじゃない相手は撃ち殺し、斬り殺す。アレフも散々、悪魔相手にやって来た手段である。
交渉が決裂したと見るや、不意打ちと騙し討ちを行い、相手が動くよりも速く斬り殺した数など、百を容易く超えている。
それを悪魔相手じゃなく、サーヴァント相手にやる。それだけだとアレフは考えている。上手くいくかどうかは分からないが、流れでやるしかないだろう。

【前々から思ってたけど、僕の知ってる救世主像とセイヴァーの実際のイメージ全然かけ離れてる気がするんだけど】

【俺自身、自分が救世主ってクラスで呼ばれるとは思ってなかった程、実際救世主としての自覚は薄いよ。もっと相応しいクラスとかあると思うんだけどなぁ】

 と言った念話を続ける内に、校庭まで出る事になった湊達。
<新宿>と言う都心の真っ只中にある学校なだけあって、校庭の広さは随分と狭い。郊外にある学校の半分、下手したら1/3程度の面積しかない。
此処でドンパチが起こったらさぞや大変だろうなと、湊は冷静に、この学校が戦場になったら? と言う想定をシミュレートしていた。

【マスターとしては、何処か見て置きたい所とかある? 戦いが起きた場所を今更見る、ってのは後の祭りと思うかも知れないだろうけど、重要なヒントが隠されてる可能性だってあるものだぜ】

【そうだなぁ……】

 スマートフォンを見て、<新宿>で起こった聖杯戦争絡みと思しき事件のタブを全部展開させ、吟味する湊。

【この、香砂会って所が気になるな。此処から割と近いし、破壊の規模も目に見えて酷いから、ちょっと興味がある】

【OK。それじゃ向かうかい?】

【その前に、ご飯食べてからで良い? 今の内に食べておかないとね】

【解った】

 そう言う事になり、湊は、腹の虫に素直に従って、歌舞伎町の繁華街の方へと向かって行ったのであった。

522The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:35:40 ID:.tmaFwNE0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ラーメン・はがくれで、スープ濃い目麺固め油少な目で設定した、家系ラーメン大盛りとライスを平らげた後に、湊は自転車を漕いで目的地へと向かっていた。
カロリーは十分、食欲もバッチリ満たされた。これで今日一日、最悪食事がとれない状況に陥ってしまったとしても、明日の午後までは気合と根性で持ち堪えられる。
簡単な食い溜めを終えた湊は一直線に目的地へ……と言う訳ではなく、その前に、先ずは人目のつかない所へと移動し、学生鞄から契約者の鍵を取り出していた。
何故、こんな行動を取ったのかと言えば簡単な事。はがくれの券売機で食券を購入しようと、鞄から財布を取り出そうとした際に、鍵が光っている事に気付いたのだ。
伝達事項があるのだ、と言う事に気付いた湊は、はがくれで情報を見る事をよしとせず、食後、隠れてその内容を確認しようとアレフと決めたのだ。

 そうして現在湊達は、香砂会の邸宅から比較的近い位置にある裏通りで、契約者の鍵がホログラムとして投影する情報に、サッと目を通し終えた。
情報自体は、それ程難解な物ではない。葬れば令呪が獲得出来る、討伐対象が新しく一人増えた、と言うだけである。此処までは誰にでも理解出来る。
理解出来ないのは、何故聖杯戦争も序盤甚だしい局面で、ルーラー相手に反旗を翻すような真似をしたのか、と言う事。
聖杯戦争を台無しにすると言う方針で動こうとする湊やアレフにとって、目下最大の敵とは、聖杯戦争を運営していると思われるルーラーサイドである。
やがては彼らとも矛を交える可能性が高い。だからこそ、この主従はある程度仲間を増やしておきたいのである。
今はまだ、ルーラー達と事を構える時機ではない。それなのに何故、このザ・ヒーロー――その名前を聞いてアレフは微かに驚きの感情を見せていた――と、
バーサーカーのサーヴァント、クリストファー・ヴァルゼライドはルーラーに喧嘩を売ったのか?

 彼らが、自分達と同じで聖杯戦争を頓挫させる為に動いている主従、だとは湊もアレフも思っていなかった。
仮にそうだったとしても、あの主従と手を組んで行動する事は、不可能に近いと言う意見の一致も見ている。
当たり前だ。もうすでに討伐対象となっていると言う事実も然る事ながら、市街地に放射線を内包した宝具を放つばかりか、甚大な大破壊を齎す連中なのである。
見ないでも解る。かなり悪い方向に精神が振りきれた主従である事が。勿論此処までの話は憶測にすぎないが、どっちにしても彼らと組めない。リスクが高すぎるからだ。
【倒せば令呪を得られる主従、位の認識で行くべきだ】とアレフは口にしていた。その通りだと湊も思う。この主従は、『自分達は地雷である』と言うタスキをかけて外面にアピールしているような物である。流石に、そんな信号を纏う存在達とは、如何に湊と言っても仲よくは出来ない。

【ところで、さ。セイヴァー】

【うん?】

【さっき、このザ・ヒーローって人の情報を見た時、驚いた様な感じがしたんだけど……何で?】

【あー……それか】

 流石によく人を見てるな、とアレフは湊の事を感心しながら、その理由を説明する。

【何から何まで似てるんだよなぁ。昔、俺の世界で活躍したって言う、伝説のチャンピオンにさ】

【伝説の、チャンピオン?】

【俺が生まれた時には既に過去の人だったからな。その活躍は資料でしか確認出来ない。だけど、凄い人だったと聞くよ。自分の力で世界の平和を勝ち取った、本当の英雄だったとも聞いてる】

 思い出すのは、アレフではなくホークとして活躍していた時期の記憶。
ヴァルハラのコロシアムに飾られていた、歴代のチャンピオンの石像である。アレフと同じでデビルサマナーとしての側面を持ち、なおかつ、
その召喚者である当人自体も、信じられない程強かったと聞いている。その石像と、ホログラムとして投影されたザ・ヒーローなる人物の姿が、
寸分の狂いもない程同じであったのだ。アレフとしては正に、伝説の人物を目の当たりにした様な感覚だ。だからこそ、驚いていた。

523The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:36:03 ID:.tmaFwNE0

【サーヴァントには時間軸と言う概念がない。今の時間軸から昔、既に過去の存在が呼び出される事もあれば、未来の英霊が呼び寄せられる事もあると聞く。だが……今回の聖杯戦争に関して言えば、その法則は、マスターの側にも適用されるのかもな】

【つまり、凄い昔の人や未来の人間が、現代に即した知識を叩き込まれた上で、マスターになるかも知れない、って事?】

【そう言う事だ。何れにせよ、ヴァルゼライドと言うサーヴァントのマスターが、俺の知るザ・ヒーローであるのならば、警戒しておくべきだ。少なくとも、無力な人間ではあり得ない。接敵したら、心して掛かるんだ】

【解った】

 救世主と呼ぶには疑問が残る言動と行動を見せるアレフではあるが、正しい判断を下せる、と言う意味では湊は全幅の信頼を寄せている。
アレフの的確なアドバイスを理解した湊は、再び自転車を漕ぎ、香砂会の方へと移動を始めた。
時刻は既に午後1時10分を回っていた。諸々の用事を片付ける内に、もうこんな時間だ。速く見る物を見ねば、と湊は急いで自転車を走らせる。

 もう距離的に香砂会とそんな差はない、と言う所に来て、湊はブレーキを掛ける。
人が、多すぎる。想定出来た事柄ではあったが、実際のそれは想像以上だ。この炎天下の中であると言うのに、何たる野次馬の数か。
到底、香砂会の惨状を見ると言う話ではない。人混みをかき分けて、最前列まで行くのも苦労する、と言うレベルでNPCが集まっているのだ。
今湊達がいる距離からでは、全く以って話にならない。人間の背中と後頭部しか見えないからだ。どうしたものかな、とアレフに相談する湊。

【高い所から眺めるのが良いと思うよ。流石に、見れる位置にまで行けるまで待つって言うのは面倒だ】

【やっぱそうなるか。何処か良さそうな場所あるかな】

【あれ何かいいんじゃないか? いい感じの立地と高さだ】

 アレフが意識を向けている方向に湊が顔を向けると、成程。
手頃な高度と立ち位置のマンションがあるではないか。香砂会の展望を眺めるには打って付けの場所である。
そして、攻撃を叩き込むにも実に適した立地の場所でもある。過去にあのマンションの屋上から、誰かが飛び道具で他サーヴァントに攻撃を叩き込んだ、と言われても、何もおかしな所はあるまい。

【解った。其処まで行こうか、セイヴァー】

【よし】

 言って湊は自転車を漕ぎ、目当てのマンションの方まで移動。
惨劇の起こった場へと向かう、或いは、其処から帰って行くNPC達を避けて移動する事数分程。
高台替わりのマンションに着いた湊。自分もあの高さから香砂会の邸宅だった所を見てみたかったが、今この通りは人の通りがそれなりにある。事件のせいだった。
非常階段経由から登ろうにも、人の目に触れる可能性が高い。湊はアレフに霊体化させたままマンションの屋上まで登ってくれと指示を出す。
それを受けたアレフは、二秒程で其処に到着。遥かな高みから、その惨劇の度合いの程を確認する。

【どうかな、セイヴァー】

【酷いザマだね。およそ、建物としての体裁を全く成していない】

 率直なアレフの言葉。だが、そうとしか言いようがない。
まるで、巨人の手を上から思いっきり振り降ろしてプレスして見せたように、あらゆるものが砕かれ尽くされていた。
壁も屋根も、柱も基礎部分も。全てが、元の形を留めていない。其処は元は建物であった、と言う注釈がなければ誰もが、香砂会の後を、
産業廃棄物の処理場か粗大ごみの打ち捨て場か何かかと勘違いしてしまうだろう。それ程までに、酷い様子なのだ。

524The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:36:20 ID:.tmaFwNE0
 さぞや、派手に暴れたのだろうなとアレフは思う。
誰がどんな戦いを繰り広げたのか、あれでも推察の使用もないが、NPCの目に着く事をも覚悟の大立ち回りを繰り広げた、と言う事は確実だ。
此処で戦ったサーヴァントやマスターとは、手を組む事は出来ないかもな、と考えるアレフ。湊やアレフの方針は、聖杯戦争の参加者の殆どにとって受け入れがたい物だ。
下手をすれば、討伐令の発布された主従よりも危険と見做される可能性が高いし、最悪、運営から目を付けられて何もしていないのに討伐令が下される、
と言う事態だって往々にして起こり得る。それを考えた場合、悪目立ちすると言う事は極力避けたいのだ。勿論それは、手を組む相手にも求める。
それ故に、あのような戦いぶりをする主従とは組めない。こんな序盤も甚だしい局面で、此処まで馬鹿みたく目立つ戦い方を選択する者達なのだ。
アレフらの求める主従とは言い難い。端から手を組む事は、視野に入れない方が良いと考えるのも、当たり前の事の運びであった。

【誰がどんな感じで戦ったのか、って言う事までは、俺には解りそうにないかな】

【無駄足?】

【そんな事はない。サーヴァントと出会った時に、それとなくあの邸宅での件の事を話すのさ。それで、この事件に関わってたと解れば、縁がなかったって事で斬り捨てると】

【うーんこの畜生】

【酷い言いぐさだなぁ】

 と言うズレた会話を繰り広げていた、そんな時だった。
念話を通じて伝わるアレフの気配が、途端に、剣呑なそれへと変わる。
ナムリスと名乗る存在と戦った時も、同じような空気を醸してはいたが、今回のそれは、別格。
敵意と言うよりは最早殺意とも呼称するべき濃度の覇気を静かに放出しているアレフに、湊は怪訝そうな表情を浮かべる。

【どうしたの?】

【セリュー・ユビキタスと、それに従うバーサーカーのサーヴァントを見つけた】

 カッ、と目を見開かせる湊。予想だにしない展開だった。瓢箪から駒と言うべきなのか、或いは……。

【確かなのか?】

【間違いない。此処から三〜四十m位離れた所で、セリューの傍で実体化を始めたバーサーカーを見た】

 アレフがセリューらを見つけたのは、全くの偶然だった。
香砂会の邸宅跡から目線を外した、その場所に。セリューの主従及び、彼女に誑かされたか騙されているのか、と思しき少女の姿を視認したのである。
契約者の鍵から投影された姿の段階で、恐ろしくそのバーサーカーの姿は特徴的だったのだ。ワニの頭に、野球のユニフォーム。よもや見間違える事など、あり得ない話であった。

【マスター。君としてはどうしたい? このまま無視するか、それともコンタクトを取るか。君の判断に従おう】

【……僕は、少なくとも。あの主従と手を組む、と言う事は出来ないと思ってる】

【それで?】

【何れルーラーと戦う事は避けられないけど、今はルーラーに従っている、と言う意思表示を行うって意味でも、そのバーサーカーを倒しておいた方が良いと考えてる。それに、令呪も貰えるみたいだしね。セイヴァー。バーサーカーを倒して欲しい】

【解った】

 そう言ってアレフは、位置調整の為給水塔の上まで軽く跳躍。
懐からブラスターガンを取り出し、照準をバーサーカー……ではなく、『セリュー・ユビキタス』の方へと向け、光速の弾体を射出させる。

525The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:36:34 ID:.tmaFwNE0
 湊が、セリューではなくバーサーカーのみを殺してくれ、と暗に言っていた事には勿論アレフも気付いていた。
気付いていた上で、セリューを撃った。サーヴァントよりも、マスターの方が遥かに殺しやすい、と言う当たり前の理屈からである。
それに湊は、バーサーカーを倒せとは言ったが、『セリュー・ユビキタスを殺すな』とは言ってなかった。そんな下らない揚げ足取りで、アレフはセリューを狙った。
地獄のような世界を生き抜いてきたアレフにとって、悪魔を殺す事は勿論、眉一つ動かさず、一切の感慨も抱く事なく。人間を斬る事なんて、簡単な話。
そうでなければ自分が殺られる世界にアレフはいたのだ。向こうは動機がどうあれ、百を超えるNPCを殺す危険人物なのだ。
百人、である。一人二人ならうっかりしてなどと言った言い訳も利こうが、この人数は、気の迷いでしたと言う弁明が最早一切通用しない数値だ。
確かな意思の下で殺して回った、と見られて然るべき数をセリュー達は殺したのだ。話の通じない蓋然性が高いと、アレフは判断。
だから、セリューを殺しに掛かった。マスターを殺せばサーヴァントも死ぬ。況して相手はバーサーカー、単独行動スキルも持たない。魔力の供給源であるマスターを断てば、その時点でジ・エンドと言う訳だ。

 ――アレフの誤算は、バーサーカーのサーヴァント、バッターは彼の存在に気付いていたと言う事。 
高ランクの気配察知に似たスキルを有しているらしく、アレフの霊的気配を察知したバッターは、光速のレーザーが射出されるよりも『早く』、
アドオン球体をレーザーの軌道上に配置する事で、光の速度で迫る熱線からセリューを救って見せた。

「やるな」

 そう口にしたアレフの表情は、冷静そのもの。防いだ、と言う事実を淡々と受け止め、この上で次をどう動くか。
そんな事を思案しているような、平素の表情そのもの。光速を防いだ程度では、この救世主の心には波風一つ立たせる事は出来ないようであった。

 タッ、とアレフは給水塔を蹴り、空中に身を投げた――その、刹那。
アレフが先程まで経っていた給水塔が一瞬だけ、元の形の半分近くまで圧縮されたと見るや、一気に急膨張。
給水塔を構成するプラスチック及び、その内部の水が放射状に飛散、粉々に爆散した。バッターが何かしらの手段で攻撃に打って出たらしい。喰らっていれば、一溜りもなかっただろう。

【マスター。なるべく俺から距離を離さないようにしつつ、あの主従からは見えないような位置に常にいるよう心がけてくれ。そして、なるべくマスターだと気取られないような立ち居振る舞いも徹底しろ】

【解った】

 セイヴァーのかなり難しいリクエストに、湊は無理だと零さなかった。
出来る自信があるからなのか、それとも無理だと解っていてもやらねばならないからなのか。

 アレフが空中を舞っている、そのタイミングで、彼の回りの空間が、奇妙に歪み出す。
アレフの周囲の空間が、彼を中心としてギュッと圧縮され始めているのだ。先程バッターが行った、不可思議な現象をであろう。
これをアレフは、将門の刀を音の速度に容易く数倍する速度で鞘から一閃、空間の歪み自体を叩き斬り、瞬時に次に起こるであろう放射状の爆散現象を無効化させてしまう。
アレフの視界に、バッターの驚きのリアクションが映る。その瞬間を縫って、アレフは左手に握ったブラスターガンで、バッターに七発、セリュー自身に九発、
熱線を射出させた。これをアレフは、半秒でやってのけた。恐ろしいまでに早撃ちと連射スピードであった。
身体の何処かを撃ち抜かれれば大ダメージは免れない光速の弾体。しかしそれは、蛇が蜷局を巻くが如くに、セリューとバッターを覆うみたいに展開された、
白く輝く鎖のように長大な何かに阻まれてしまった。熱線は、鎖に当たって砕け散った。一本たりとも、二名の身体を貫く事はなかったのである。

 スタッ、と。アレフはアスファルトの地面の上に羽のように着地。
周囲に人は誰もいない。いなくて当たり前だ。いない場所に向かって、マンションの屋上から身を投げたのだから。
アレフは、バッターが二度も行った不思議な現象を回避し、彼らを殺すだけの迎撃を行いながら、空中で具に観察していた。
どのルートをどう行けば、バッター達の下へと最短ルートで、そしてNPC達の目に触れる事無く辿り着けるのか。そしてそのルートを、アレフは見抜いた。
脳内で弾き出した、最短かつ最良のルート目掛けて、アレフは地を蹴って駆けだす。

526The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:36:49 ID:.tmaFwNE0
 至極シンプルな動作一つで、時速二百㎞の加速を得たアレフは、それだけのスピードで移動しながら、入り組んだ住宅街の通りなど物ともしていない。
急な曲り道、細い路地。これらを移動するのに、減速一つしない所か、一歩踏み出すごとに徐々に加速を経させていると言う程であった。
地上からバッターの姿を視認出来るまでの間合いに移動するまでに要した時間、僅か一秒半。そして、バッターまでの距離、十m。
これを切った瞬間、アレフは移動スピードを更に跳ね上げさせる。時速四九八㎞の速度を右足の踏込だけで得たアレフは、バッターの方まで一瞬で肉薄。
将門の刀で、このワニの頭の怪物を斬り捨てようと、下段から振り上げるが、これをバッターは、手にしたバットで迎撃、防御する。
響き渡る金属音の、何たる凄まじい大きさか。だがそれよりも何よりも刀とバットの衝突の際に発生する、衝撃波だ。
これを受けて、周囲にいたセリューと真昼が、木の葉のように吹っ飛んで行き、建物の外壁に背中から衝突してしまった。

「うぐっ……!!」

「あうっ!!」

 流石に、元居た世界では帝都警備隊に所属し、オーガの鍛錬をこなしていただけはある。
セリューは咄嗟に受け身を取り、背中を強く打つ程度で済んだが、真昼の方はそうも行かなかった。
受け身も何も取れず、後頭部をしたたかに打ち付けた真昼は、掻き混ぜられたように視界の混濁が起こり始め、よろよろとへたり込んでしまう。
立とうにも、視界のグラつきが酷過ぎて呂律が回らないのだ。酒を一気に何リットルも呷った後のように、真昼は立てずにいる。立とうと言う意思を、肉体と脳が超越してしまっているのである。

「ば、番場、さん……!!」

 セリューにしたって、受け身こそ何とか取れたが、ダメージが無いわけではない。
背骨がイッたと認識してしまう程背中が痛いし、呼吸も恐ろしく苦しい。今もセリューは、過呼吸気味に、バッターとアレフの様相と真昼の様子を交互に、忙しなく眺めるしか出来ない程であった。

「貴様……」

 威圧的な語気を伴わせ、バッターはアレフの事を睨みつける。
心臓を締め付けて来るような、バッターの濃密な殺意に当てられても、アレフの心には波風一つ立たない。殺意など、元居た世界で飽きる程放射されて来た。いなし方など、遥か昔に心得ていた。

「怒る程の事じゃないだろ、自分達のやった事をやられてるだけだぞ」

 殺しに殺して百数十と余名。それだけ殺していれば、因果は廻り廻るもの。
それが、今まさにこの瞬間の事だけだ、とでも言うような事を、一の後には二が続くレベルに自明の理を語るような当然さで口にした。

「バッター……さ……ん!! がん、ばって!!」

 苦しげにセリューが口にする。その言葉に応えるが如く、バットに込める力を増させて行くバッター。
それに対抗するように、アレフがバッターが込めた以上の力を刀に込め、押し返そうとする。ググッ、と言うオノマトペが聞こえてきそうだった。
そして、誰の目から見ても明白な光景だろう。余裕綽々に競り合いをしているアレフに対して、バッターの方は、この力比べに全くゆとりがないのだ。

 ――力が、入り難い……!!――

 バッターの内心を、驚愕の念が支配して行く。
アレフがこの場に現れてから、身体の反応が鈍い上に、本来のものより筋力が劣化している事にバッターは気付いていた。
アレフが原因である事は、バッターも当然気付いている。だが、何かを仕掛けられた覚えが全くない。アレフの一撃を防いだ事が、トリガーなのか。
そしてそもそも、この原因不明のステータス低下は、宝具なのかスキルなのかも解らない。確かなのは、このままでは危険であると言う事実だけだった。

 対するアレフの方は、自身が有するクラススキル、『矛盾した救世主』がバッターに機能している事を確認し、一先ず安心する。
姿形から見ても明白だが、バッターは人間ではないらしい。このスキルは言ってしまえば、『人間以外の全ての存在に機能するステータスダウン』だ。 
相手が純粋な人間以外であるのなら、大幅にアレフに対して有利が付く、恐るべきスキル。ただでさえ桁外れたアレフの強さを、更に補強する、
敵からすれば悪夢のようなそれである。これなら、油断しなければ殺せるだろうとアレフは踏んだ。

527The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:37:00 ID:.tmaFwNE0
「砕け……散れェ!!」

 主が気絶、と言う危機に陥った為か、それまで霊体化の状態を維持していたシャドウラビリスが、堰を切ったように実体化。
手にした機械仕掛けの大斧を振り被り、背後からアレフに襲い掛かる。だが彼は、後ろの方を全く見ず、将門の刀を握っていない方の手で、
ホルスターにかけられていたブラスターガンを引き抜き、後ろ手に発砲。レーザーはシャドウラビリスの胸部を貫き、縁部分がオレンジ色に融解した細い円柱状の貫痕を置き土産にした。

「がっぁ……!?」

 苦悶の声を上げるシャドウラビリス。
矛盾した救世主のスキルの対象となっているのは、何もバッターだけではない。彼女にすら効果は発動していた。
機械すら、このスキルは対象とするのである。恐るべき、範囲の広さであった。

 バッターが握るバットから将門の刀を即座に離し、そのままシャドウラビリスの方に身体を回転。
この時の勢いを乗せて彼女の脇腹に痛烈な右回し蹴りを叩き込むアレフ。苦悶の声を上げる間もなくシャドウラビリスは吹っ飛んで行き、
近くにあったコンクリートの外塀に衝突。豆腐のように外塀は砕け散り、瓦礫の体積にシャドウラビリスは仰向けに倒れ込んだ。
蹴り足をすぐさま地面に戻したアレフは、蹴らなかった方の足で地面を蹴り、バッターから距離を離すように跳躍。
すると、先程までこの救世主が直立していた地点に、白色のリング状の物体が二つ、突き刺さったからだ。バッターが所有する宝具、アドオン球体。
その内の二つ、α(アルファ)とΩ(オメガ)であった。これを以てアレフの身体を切断しようと試みたバッターだったが、攻撃は失敗。
アドオンを己の背後に移動させ、己が手にする浄化の武器、バットを構える。バッターの背後に回った二つのアドオン球が、淡く白色に輝く。その様子はまるで、天使や仏が背に抱く、可視化された聖性やカリスマ性の象徴、光背のようであった。

 タッ、と着地するアレフ。
バッターの方に身体を向け直すや、ゆっくりと、ワニ頭の浄化者の方へとこの救世主は闊歩して行く。彼我の距離は、十m程。
大の大人の歩幅なら五秒と掛からぬような短い距離ではあるが、歩む者の先にいるのは、狂える浄化の具現・バッターである。
そうやすやすと、攻撃の間合いまで詰めよらせる事をバッターが許す筈がない。
アドオン球体・オメガを音の数倍の速度で飛来させるが、将門の刀を無造作に振い、上空へとアレフは弾き飛ばした。
オメガが接近した速度よりも、遥かにアレフの刀の一振りは速かった。刀を振り抜いたその隙を狙って、アレフの周囲の空間が歪み始める。
外から見たら、特殊なレンズで通して見たかのように、アレフの輪郭と身体は中心に引き寄せられて見えるであろう。
吹き飛ばされたオメガが、オメガ自体に備わる力を発動させたのだ。空間を急激に緊縮させたり拡散させたりして歪めさせ、
その空間内に存在する相手の身体及び物質の形状を、空間の歪みに引き摺らせる形で破壊する、フィルタと呼ばれる特殊な攻撃である。
先程マンションの給水塔を破壊したのも、オメガが使うこのフィルタと言う技術であった。だが、他の者ならいざ知らず……一度見た技はアレフには通じない。
振り抜いた刀を再び振るうと、収縮し始めた空間に無数の細線が走り始め、其処から歪みがズレ落ちて行き、元の見え方に戻る。

 今度はアルファが己の力を発動させ、白く輝いている鎖状の物質を地面から生やさせ、これをアレフ目掛けて伸ばさせて行く。
マンションから飛び降りたアレフが射出させた、ブラスターガンの光線。それを防いだのもこの鎖だった。
攻撃にも使う事が出来、十分な加速度を得さえすれば、バッターの身体と同じ大きさの岩塊や鋼塊も砕いてしまう。
しかしアレフはこれを、将門の刀を目にも映らぬ速度で振い、鎖自体を無数に輪切りして破壊し、無効化させる。

528The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:37:19 ID:.tmaFwNE0
 後数歩で、刀の間合いと言う所になるや、バッターが動き出そうとする。
アスファルトを摩擦熱で融解させる程の勢いで地面を蹴り抜く事で行われる、神速の盗塁(スチール)。
これを以てアレフの下へと急接近し、タックルをぶちかまそうとしたのであるが――それすらも、アレフは読んでいた。
低姿勢を理想とするタックル、と言う行動に於いて、バッターが行ったタックルは、正に見本や手本その物。理想とすら言える程、見事なものだった。

 ――バッターにとっての不幸とは、その最高条件のタックルが、アレフにはスローモーにしか見えていなかったと言う事だろう。
タックルの始動の段階で、踵が完全に垂直に上に向く程の高さで右脚を上げていたアレフは、舌を伸ばせば地を舐められる程の低姿勢で突進を行っているバッターに対し、
稲妻が閃いたとしか見えぬ程の速度の踵落としを、バッターの脳天目掛けて振い落す。
帽子を被ったバッターの頭頂部に、アレフの踵が激突。苦悶一つ上げさせる事もなくバッターは顎からアスファルトに衝突。
バッターと言うサーヴァントが踵と地面の間でクッションになっているにも拘らず、アスファルトに深いすり鉢状のクレーターが刻まれた事からも、その威力が窺えよう。
顎の骨が砕けんばかりの衝撃が頭部に叩き込まれたばかりか、頸椎にも衝撃で圧し折れんばかり圧力が瞬時に掛かりだす。
歯と歯が強制的に噛み合わされた影響で、自身の口腔で舌が千切れて踊っているのを、激痛と共に彼は認識する。
正直、生きている事の方が奇跡だった。ある種の人造人間であるアレフの膂力から繰り出される蹴りの威力は、金属塊ですら木端微塵にする威力を持つ。
それを真っ向から喰らって、まだ『生きていられる』程度のダメージで済むと言うのは、尋常の耐久力ではなかった。

「ば、バッターさん……!?」

 初めて見せる、一方的な蹂躙以外に言葉が思い浮かびようがない、バッターの苦戦の様相に、セリューが戦慄を露にする。
セリューがバッターに対して掛けている色眼鏡による補正を抜きにしても、バッターとアレフ。どちらが勝つと言えば、その凶悪な様相から人はバッターに軍配を上げよう。
だが、これはなんだ。アレフは余裕綽々で、バッターの放つ攻撃の全てに対応するばかりか、バッターが放った攻撃の威力に倍する一撃をカウンターさせて来る。
余りにも圧倒的過ぎる、戦力差。「どうして、この男はバッターさんに此処までのダメージを!?」。セリューの胸中には、その疑問でいっぱいいっぱいだった。

「よ、くも……痛ィ……のよォ!!」

 アレフの蹴りの威力から復活したシャドウラビリスが、決然たる殺意を秘めた目付きを彼に向けながら、大斧を構え始めたのだ。
アレフは、バッターの纏う野球のユニフォームの背を引っ掴み、その状態のまま、シャドウラビリスの方にバッターをゴムボールでも投げる様な容易さで投擲。
それを見て動揺したシャドウラビリス。急いでバッターの方を受け止めるが、それが仇となった。この一瞬の隙を狙い、アレフが急接近。
バッターをキャッチしたせいで思考に空白が生まれ、次の行動に移るのにラグを要さざるを得なくなった状態のシャドウラビリスを、
その浄化者ごと刀で斬り殺そうとしたのである。上段から刀を振り降ろすアレフ。その先端速度は、最早サーヴァントですら認識不能の速度にまで達している。
この破滅的なスピードに、現在のダメージ状況でバッターが対応出来たのは、望外の偶然以外の何物でもなかった。
『保守』と呼ばれる独特の回復技術で、己の歯で噛みちぎられた舌を癒着させて回復させながら、体勢を整えさせ、アレフの方に向き直ったバッターが、手にしたバットで刀を防御する。

 戛然と響き渡る金属音、飛び散る橙色の火花。
そして、バッターの身体に伝わる、背骨が圧し折れるのではと錯覚する程の衝撃。アレフが齎した攻撃によるインパクトで、両腕の感覚が消失する。
身体への直撃は防いだ筈なのに、何故ダメージを負ったに等しい現象が舞い込まされているのか。理不尽な現象に、バッターの双眸に瞋恚が宿る。

529The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:37:37 ID:.tmaFwNE0
「返して貰うぞ」

 悟るまでに払った代償が、重すぎた。
このサーヴァント、バッターがサーヴァントとして力を発揮する上で、最も重要となるアドオン球体・エプシロンを封印して勝てる相手では断じてない。
バーサーカー・シャドウラビリスはバッターと違い、狂化によって意思の疎通が著しく困難な上、素の実力も大した事がない存在だとは、ワイドアングルで見抜いていた。
その低い地力を補強させ、ピンチに陥った際に闊達に意思疎通を図れるようインテリジェンスを向上させる為に、アドオン球体エプシロンを、
シャドウラビリスの霊基に融合させていたのは、星渡りの災厄ベルク・カッツェとの戦闘の時からである。
他の相手ならばいざ知らず、アレフが相手では、シャドウラビリスにエプシロンを融合させたとて、焼け石に水。
エプシロンが有する真の実力を発揮させられぬままに、バッターが消滅し、この場にいる全員が脱落しかねないと言う共倒れにもなりかねない。それは拙い。
この機械のバーサーカーに、エプシロンは過ぎたオモチャであったようだ。一に十の数値を掛けるより、一より更に大きな数値に十を乗算させた方が遥かに望みはある。
シャドウラビリスの身体から、スポイトで水を吸い取るように、圧縮された白色の線が伸びて行く。それが彼女の身体からプツンと、臍の緒を断ち切られるみたいに、
リンクが切れるや急速に膨張。白色のリングの形を取る。アドオン球・エプシロンだ。その形状は、残り二つの球体であるアルファ、オメガと相似であった。

 切れた舌が元の状態に癒着されるや否や、アレフの下に叩き込まれる鎖の一振り。
何もない空間から生えるようにして現れ、鞭のように撓りながら迫るそれを、将門の刀をバットから離してバッターから距離を取る事で回避するアレフ。
バッターの背後、シャドウラビリスと彼との間の空間に、三つのアドオン球体が立ち並んで浮遊し始め、これと同時に、三球の輝きが増し始める。
漸く、本来の戦い方に戻る事が出来たとバッターは思う。単体で一人のサーヴァントに匹敵する機動力と攻撃性を、サポート性を兼ね備えた、
三位一体のアドオン球体を巧みに扱い波状攻撃を仕掛ける、と言うのがバッターの戦闘における基本スタンス。
アドオンの数が二つでも、並のサーヴァントには引けを取らないが、やはり真価は三つそろった時である。そしてアレフは、その真価を発揮させねば勝てぬ相手だった。

 今を以って、バッターは十全の状態で初めて、他サーヴァントと戦う。勿論、エプシロンを分離された影響で、シャドウラビリスの実力が矮化し始める。
知った事ではなかった。セリューは真昼とシャドウラビリスを保護すると言ったが、バッターが一番優先するべき命は、マスターであるセリューと自分なのだ。
シャドウラビリスを庇って自分が倒れる、と言う馬鹿は避けたい。この瞬間バッターは、シャドウラビリスと番場真昼/真夜の命を放棄したのである。
生き残りたければ、生き残れば良い。但し自分は、そちらの命は助けない。そのスタンスに、この瞬間バッターは転向した。

【セリュー、よく聞け】

 幸いアレフは、シャドウラビリスからエプシロンが抽出される光景を見て、警戒心を強めさせたか。
すぐには打って出てこなかった。念話を以って、セリューに意向を伝えるのは、今しかないとバッターは考えた。

【このサーヴァント、殺せば令呪を貰える主従だと明白に俺達を認識している。お前の命も、無慈悲に刈り取るだろう事は想像に難くない】

 事実その通りであった。何故ならアレフがマンションの屋上から真っ先にブラスター・ガンで狙い撃ったのは、他ならぬセリュー・ユビキタスなのだったから。

【お前が死ねば、俺も消滅する。それは最悪の事態だ、この男から距離を取れ】

【ば、バッターさんは……】

【早くしろ】

530The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:37:54 ID:.tmaFwNE0
 有無を言わさぬ、強い語調でセリューを威圧。
己のサーヴァントが初めて、自分に向けた圧力に、セリューの身体が総毛立つ。この指示が絶対的な物だと肌で感じたセリューは、もう言葉を告げなかった。
気絶している番場の方に駆け寄り、彼女を抱えてこの場から退避しようとした。――そして、それを許すアレフではない。
バッターを無視し、セリューの方に対してブラスターガンの照準を合わせ、発砲。銃を構えてから照射まで、千分の一秒も掛かっていなかった。
これを読めないバッターではない。熱線のルート上に、アドオン球体アルファを配置させ、セリューを危難から避けさせる。
光条を防いだすぐ後に、バッターはエプシロンの力を発動させる。三位一体の一つ、聖霊を象徴するこのアドオン球は、『補助の術』に長けている。
『劇』と呼ばれる体系の補助技術を行う事が出来るこのアドオンは、指定した存在の肉体的な能力を向上させられる、戦略上の要。これが、最も重要な理由の訳だ。
そしてこの劇を、バッター自身に適用させる。身体に力が漲る。一瞬で、アレフが下げた五つのステータスの内、筋力・耐久・敏捷は下がる前の値にまで上昇。
本調子に戻ったバッターは、アレフ目掛けて出塁。右足でアスファルトを蹴り、七m程離れた所にいる救世主の下へと駆けて行った。
蹴られたアスファルトがドロドロに溶け、白色の煙を噴出させる程の力での蹴りによって得られた加速は、弾丸を連想させるそれであった。

 バットを上段から振り降ろすバッターと、これに対応して将門の刀の鞘で攻撃を防ぐアレフ。
伝播する衝撃波と、響き渡る鼓膜が馬鹿になる程の大音。戦闘の際に生じる不可避の副産物である。
しかし余人にとってはいざ知らず、バッターにもアレフにも、これらは行動を鈍らせる役目一つ果たす事のないただのノイズ。
だから、音にも衝撃にも怯む事なく、ゼロ距離からブラスターガンをバッター目掛けて発砲。脇腹の位置。
勿論、この距離から放たれた光速の弾丸には、バッターと言えど反応は不可。成す術なく熱線は、彼の身体をゼリーかプティングを楊枝で刺すようにして貫通、
それだけにとどまらず、彼の背後にいたシャドウラビリスの腹部をも貫いて行く。背後から聞こえる、機械のバーサーカーの苦悶。彼女はとんだとばっちりであった。

「Faullllllllllllllllllllllllllllllt!!」

 雄叫びを上げ、エプシロンによって向上した筋力を以ってバットを振うバッター。
振いながら、アレフの踵落としによって負った頭のダメージ及び、今さっき貫かれた熱線の痕を『保守』によって回復させる、と言う行為を両立。
振われたバットをスウェーバックで回避するアレフ。振り抜かれた際の突風が、凄い勢いでアレフの顔に叩き付けられる。
バットの軌道上に、焦げた匂いが立ち込めんばかりの速度でのスウィングであった。しかし、それだけの勢いの風が顔に吹き付けて来ても、アレフは目を閉じない。
閉じれば、閉じた分だけ攻撃が叩き込まれるからである。現に、避けたと同時に、背後からアルファが放った鎖が振われるのと、
オメガによる空間操作の攻撃が、アレフに叩き込まれたのだ。これを簡単に、自身の身体ごと将門の刀を横に一回転させ、破壊。無効化させる。

 見ると、セリューが真昼をおんぶしながら、この場から遠ざかろうとするのをアレフは視認。
そうはさせないと、ブラスターガンで狙撃しようと試みるが、何かに気付いた様な表情を一瞬浮かべるのと同時に、左方向にサイドステップを刻み始めた。
上空から、斧を大上段から振り被りながら迫るシャドウラビリス。着地と同時に、手にした大斧を、アレフがさっきまでいた地面に叩き付けた。
刻まれるクレーター、生じる激震。しかし、最も肝心要の、斧で破壊するべき相手は既に攻撃範囲から失せていた。

 シャドウラビリスを無視し、ブラスターガンでセリューらを狙撃しようとまたしても試みるアレフだったが、これを実行に移すよりも速く、
アドオン球体・オメガの空間操作能力が、アレフを捉える。しかし、空間が歪み始めるよりも速く、アレフが神業の如き一閃を煌めかせたせいか。オメガが空間操作を放ったと同時に、攻撃は無為と終わった。

 セリューらの遠ざかる速度が、速い。人一人を負ぶさってると言うのに、大層なスピードだ。優に時速二十㎞は出ているであろうか。
サーヴァントが身体能力を強化させたな、とアレフは推察。事実である。バッターはエプシロンの補助技術によって、セリューの身体能力を向上させていた。
すぐにでもこの場から退散させられるのと同時に、もしも彼女が、アレフのマスターらしき人物を見つけたら殺してくれるように、と言う淡い期待も込めてである。

531The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:38:04 ID:.tmaFwNE0
 セリューを追跡して葬りに掛かろうかとアレフは思いもしたが、自身の想像以上に、バッター及び、彼が操る三つのアドオン球は曲者だった。
バッター一人と、アドオン二つまでならアレフ単体でも、蹴散しながらセリューを殺せる。
であるが、其処にもう一つのアドオンと、シャドウラビリスがいるとなるとそうも行かない。単純に、障害物の数が多いからだ。

 ――全員殺し尽すしかないか――

 シャドウラビリスについては、正味の話アレフは無視するつもりであった。
敵はあくまで、バッターとセリューだからだ。だが、これまでの流れから考えるに、このシャドウラビリスは話の通じない手合いのバーサーカーである可能性が高い。
そう言う輩とはアレフは手を組みたくないし、何よりもセリューと一緒にいたマスター、番場真昼ではシャドウラビリスを制御出来ていないであろう。
今は良くても、後で絶対に破滅する。それは、狂化したバーサーカー自身の手に掛かってか、それとも魔力切れによる退場か。
どちらにしても、此処でシャドウラビリスと縁切りにしてやったほうが、真昼にとっては幸運と言う物であろう。
令呪による命令強制も、三回までしか用を成さない。ある日数までは生き残れようが、最後の一人になるまで生き残れるには不足のない数かと言われれば、断じて否だ。

 結論、殺した方が身の為である。そうと心に決めたアレフは、将門の刀を正眼に構え直し、バッターとシャドウラビリスの方に向き直る。
剣気が、突風となって叩き付けられて行くのをバッターらは感じた。シャドウラビリスですら、只ならぬ物を感じ取ったか。唸りを上げて、後じさる。
死闘の場数をどれだけ越えて来たのか。どれだけの敵を、斬り捨てて来たのか。そうと夢想せずにはいられない、攻めれば『死ぬ』ぞ、
と言う事を身を以って実感させる程の圧が、アレフから無限大に放出されている。

 それはもう、救世主と言う存在が放って良い気では断じてなく。
それはもう、救世主と言う存在が浮かべる様な表情では断じてなく――

「来いよ」

 あらゆる存在に、死の国の寒さの何たるかを見せて来た、殺戮者のみが出せるであろう死の気配そのものであった。
目の前の生命を、取るに足らない塵芥、舞いあがった埃か何かだとしか認識していないような、仮面のような無表情であった。

532The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:38:16 ID:.tmaFwNE0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 自分も早く、バッターさんの助けにならなければ、とセリューは必死だった。
子供が見たって、解る。バッターは著しい苦戦を強いられていた。あの頼りがいがあって、強くて、自分よりもずっと賢いバッターが、である。
現れたサーヴァント……自分と同じ人間の様な姿形をしているのに、その容赦のなさも、何よりも身体能力も。バッターのそれの遥か上を行っていた。
近くで、あのセイヴァーと言うクラスのサーヴァントを目の当たりにした時、セリューは心の底から死を覚悟した。
人の形をしているのに、人間と相対していると言う感覚がゼロであった。勿論それは、セイヴァー・アレフがサーヴァントだと言う事もある。
だが、それよりもっと根幹的な部分が、あのサーヴァントは人間離れし過ぎている。そんな気を、セリューは感じ取ったのである。
トンファーガンは元より、元の世界に置いて来たコロがいたとしても、あのサーヴァントには叶うべくもなかったし、バッターのサポートすら出来なかったろう。
だから、バッターがセリュー戦線から外そうとしたのは、当然の話だ。彼女が死ねば、バッターも無条件で消滅する。
であるのなら、現状殺されれば自分も紐付けして消滅するセリューを足手まといと認識し、遠く離れた所に移動させると言うのは、余りにも常識的な判断であった。

 確かに、あの戦場ではセリューは、何の役にも立たない。
だが、それ以外の所では、役に立つ所がある筈だ。彼女はそう考えていた。
自分、つまりマスターを殺されればサーヴァントが死ぬ。それは、セリュー達だけに適用される不利益ではない。
この法則は絶対則だ。凡そあらゆる主従に適用されると言っても過言ではない、ゴールデン・ルールなのである。
そう、サーヴァントが強いのであるのならば、マスターを叩けば良いと言うのは至極当然の判断である。
アレフのマスターが善人なのか否かと言われれば、セリューは悪だと考えていた。真っ先に自分を狙って攻撃したと言う事実から、
聖杯戦争の趣旨にノっている主従である事は間違いない。そんな存在、生かしてはおけない。
自分の正義と、バッターの理想にかけて。制裁――いや。浄化されなければならない。

 バッターさんを助ける為に、番場さんを助ける為に、速くマスターを探さなくちゃ!!
そう思い、戦場から遠ざかりながらも、多方向にアンテナを伸ばして、不審人物を探すセリュー。
だが、そう簡単に見つかるのであれば、苦労はしない。サーヴァントを倒すのが難しいならマスターを。
そんな事、誰でも考え付く浅知恵である。当然、マスターは目につかない所にいるのが当たり前なのだ。
結論を言えば、アレフのマスターらしき人物が見つからない。そして、時間が経過するごとに、焦りが蓄積して行く。
今この瞬間にも、バッターは苦戦を強いられ、ダメージを負い、消滅の危機に立たされているのだ。

 自分の力足らずで、またしても大切な人が死んでしまう。
そんな事、駄目だ!! セリューは心の中で叫ぶ。恩師であるオーガが死んだ時もそうだった。
あの時のセリューは、恩師が危機に陥ってる際に、何の役にも立たなかった。師は、寂しく、そして無惨に、賊に殺されてしまったのだ。
その時の無力が、今も心の中に燻り、こびり付いている。あんな無力は、二度と御免だった。
しかも今回のケースでは、オーガの時とは違い、バッターのピンチに自分が関わっていると言う自覚が、セリューには確かにあるのだ。
つまり、セリューの頑張り次第では、バッターの消滅は、回避出来るのである。こんな状況で、バッターを死なせてしまえば自分は本当に役立たずだ。

 焦るな、冷静になれ。バッターなら、頼もしい態度で、今のセリューを見たらこうアドバイスするだろう。
そんな事、言われなくても解っているのに、秒針が右に刻々と進む毎に、弱火で炙られる様に、色水を紙が吸って行くように。
セリューの意思とは正反対に、ジワリと焦りが広がって行くのである。何処だ、何処だ、何処だ!?
翌日酷い筋肉痛になっても良い、何なら足の骨が折れたって構わない。今この瞬間で、維持と気合と根性を見せねば、嘘である。

533The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:38:28 ID:.tmaFwNE0
 何処だ何処だと曲がり角を曲がり続ける内に、人気の少ない所に出ようとして――。
其処で不意に現れた、自転車に乗った青年の姿。「わっ!?」と声を上げて、急いで制止するセリュー。
そんなセリューに驚いて、急いで急ブレーキをかけて制動を掛けたのは、青みがかった黒髪が特徴的な、儚げで、しかし何処か、力強い石を感じさせる端正な顔立ちが特徴的な美青年だった。夏使用の学生服と、背丈から推測するに、この辺りに住む高校生か。

「す、すいません!! 急いでたものですから……」

 と、慌ててセリューは謝罪の言葉を送るが、当の青年の方は、セリューの顔を見て何か驚いた様な表情を浮かべていた。
が、それも一瞬の事。「あ、こちらこそ……」とすぐに謝って来た。これで今回の件は恙なく解決――する筈だった。

 違和感を覚えたのは、セリューの方である。
目の前の青年を見ていると、異様に脊椎が熱を持つ。敵――即ち、断罪されて然るべき悪と相対した時のような、あの感じだ。
脊椎から体中に熱が伝播して行く。チリチリと、身体の内奥から火の粉が舞いあがり、それが身体の内面を焼いて行くような感覚。
真昼を抱えながらあの場から逃走する自分を慮って、バッターが此方に何らかの術を掛け、身体能力を向上させた事には既にセリューも気付いていた。
走行条件の悪さからは考えられない程、疲労の蓄積が緩やかであったからだ。バッターの助けがあった事は明白である。

 だが、あの時浄化者がセリューに与えた恩恵は、何も身体能力だけではなかった。バッターが与えたもう一つの恩恵。
それは、『魔力に対する鋭敏な感覚』。セリューとの打ち合わせで、彼女が魔術とは無縁の世界からやって来た事にバッターは既に気付いていた。
即ち、魔力と言うエネルギーを探知する術が彼女には無いのである。これでは、折角マスターと一対一で遭遇しても、それに気付かないですれ違う、
と言う余りにももったいない現象が起こってしまう。普段であれば、セリューとバッターは離れず行動している為、バッターが誰がマスターなのかセリューに教えてくれる為、
マスターが誰なのかセリューが解らないと言う事は起きない。だが、今回のようにやむを得ず別行動を行う場合は勝手が違う。
今回は自分がいっしょに行けない、だからお前がマスターを見極め倒せ。バッターはそう言う意を込めて、アドオン球エプシロンを用い、
セリューの魔力に対する察知能力を強化させた。その結果が、今彼女の身体に起っている、身体の内面から湧き出る熱であった。

「次は気を付けて運転します。それじゃ、僕はこれで――」

 そう言って少年がペダルに足を掛け直し、この場から遠ざかろうとセリューとすれ違って去って行こうとしたその時だった。
セリューは、一種の博打に出た。自分がサーヴァントを従える聖杯戦争のマスターである事を露呈させると同時に――。
しかも、何も知らないNPCが聞いても何が何だか解らないが、聖杯戦争の参加者であればそれが何を意味するのかを知りかつ強制的に警戒せざるを得ない魔法のワードを。セリューは、この場に於いて解禁した。

「――令呪を以って命ずる!!」

 その言葉を叫んだ瞬間、キキッ、と掛かるブレーキの制動音。
そして、バッと振り返る、自転車に乗った青年、有里湊。カマかけに、湊は引っかかってしまった。セリューに令呪を切ると言う考えは端からなかった。
この言葉に反応すると言う事の意味は、一つだ。青年、有里湊は、聖杯戦争の参加者であると言う事。
ステータスが可視化されないと言う事は、マスターであろう。そして、この近辺でサーヴァントを連れないで単独行動をしている、と言う事は。
誰を召喚したマスターであるのかは、自明の理だ。セイヴァーと言う特殊なクラスのサーヴァント……そのマスターである、とセリューは判断。
となれば――彼女がするべき行動は、一つである。

「正義、執行ッ!!」

 背負っていた真昼を地面に急いで横たわらせるや、セリューは懐に隠していたトンファーガンを瞬時に装着。
その銃口部分を湊の方に向け、即座に発砲。バッターの身に降りかかっている、事態が事態だ。警告なしの即発砲が、この場合理に適っていると彼女は判断したのである。
迫りくる凶弾に、湊は気付かない。ただ、落ち着いた瞳でセリューを見ている。その間に、鉛の弾は音の速度と、人体に容易に死傷を与える威力を借りて迫って行くのであった。

534The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:38:41 ID:.tmaFwNE0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ――セリュー・ユビキタスの誤算その一。


 有里湊がペルソナ使いであった事。


 ――セリュー・ユビキタスの誤算その二。


 攻撃する前に会話のフェーズに移行しなかった事。


 ――セリュー・ユビキタスの誤算その三。










 そもそも、出会ってしまった事。


.

535The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:38:54 ID:.tmaFwNE0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 弾は、湊に当たるその寸前で、カキン、と言う小気味の良い音を響かせた。
その音が響くと同時に、アクリルに似た透明さを持った球状の障壁(バリア)が、湊を取り囲むように展開される。
それが現れたのは、ほんの一瞬の事。少なくとも、セリューが認識すら出来ない程短い時間。
いやひょっとしたらセリューは、球のバリアは勿論、これが現れたと同時に生じた小気味の良い音すら、認識していなかったかも知れない。

 トンファーガンから放たれた、数発の弾丸は、放たれた弾道ルートを逆再生するが如く、射出された速度をそのままに、『セリューの方へと戻って行く』。
勿論、人の身体に死傷を与える速度をそのままに、である。避ける事すら、セリューには出来ない。計七発の弾丸は、セリューの胴体を貫き、貫通して行く。
最初の二秒間、セリューは己の身体に何が起こったのか、解らずにいた。当たり前だろう。殺すつもりで放った攻撃が、跳ね返されたなど。
常識で物を考えれば到底起こり得ない現象であるし、起こってもならない現象の筈だ。

 呆然とするセリューの意識を強制的に覚醒させたのは、自身の持つトンファーガンの威力が齎す、激痛からであった。
歯を食いしばり、苦悶を抑えながら、地面に膝を着くセリュー。歯が欠けんばかりに強く食いしばるが、それで収まる痛みじゃなかった。
意思で涙は止まらないし、弾痕から流れる血液などもっと止まらない。何で? 何が起こったの? 今のセリューの頭には、それしかなかった。

 ――セリューが知る筈もなかった。
湊は、アレフと解れたあの時、ペルソナ能力を発動させ、自分の身体に『テトラカーン』を展開させていた事など、解る筈がない。
テトラカーン、物理的な害意ある干渉を全て相手に向かって跳ね返す、高位の魔術或いはスキルである。
例外はない。マスターの攻撃は勿論、サーヴァントの攻撃にですら反射機能は等しく機能する。単独行動中に、サーヴァントに襲われれば拙い。
そうと考えた湊が、セーフティの為にこの魔術を発動させておくのは何もおかしい所はなかった。現にこうして、このセーフティはしっかりと機能した。湊の選択は一から十まで、何も間違っていなかった事の証である。

「き、貴様……ァ……!!」

 憎悪と憤怒の感情を、ありったけ。己の目線に込めてセリューが呻く。
身を丸め、貫かれた所を抑えるも、着衣物は吸いきれる限界の血液を抑える事が出来ず、ポタポタと雫となって、アスファルトの上に滴り落ちている。

「……」

 セリューの見上げる様な目線に対して、湊は平然としていた。
セリュー・ユビキタスを生かすも殺すも、自分の胸先三寸に掛かっている。それ程までに、彼女は弱っていた。
幾人もの人間を殺して来たと言う大罪人。契約者の鍵から投影される情報だけを見て考えれば、セリューと言う女性の評価はこんな所だろう。
人が人なら、此処でセリューに引導を渡すマスターもいるかも知れない。……だが、湊は違う。迷っていた。
セリューを殺す事など簡単だ。適当なペルソナを呼び出し、それで攻撃すれば良いだけだ。だが、その簡単な事で、迷っている自分がいる事に湊は気付いている。
アレフが、サーヴァントを殺せれば本当の事を言えばベストだ。マスターを殺すのが一番手っ取り早い事に頭では気付いていても、それを自分がやる勇気がない。湊は、そんな自分の性根に、最早戦えるべくもない少女に負の感情を向けられたこの段になって、気付いてしまった。

536The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:39:33 ID:.tmaFwNE0
 自転車から降り、召喚器を取り出す湊。
それを見て、セリューが警戒する。撃ち殺される、と思ったのだろう。何せ召喚器の形状は、拳銃である。
武器の類に神経質になる必要がある聖杯戦争のマスターが、これを見て気を張らない訳がなかった。が、実態は違う。
拳銃の形をしてこそいるが、このデバイス自体に殺傷能力はない。この銃の形をした道具で撃つのは、相手ではなく自分なのだから。
何らかの手段で、黙らせる必要がある。その為の方策を、湊は頭で考えていた、その時だった。

「ヒューッ、驚いた。大したボウヤじゃないか、エエッ?」

 その声が、場に広がったと同時に、湊達の頭上よりも高い所から、猫のように舞い降りた、一人の巨漢。
リーゼント風の黒髪、メンボに覆われても解る凶悪な顔立ち。そして、並の鍛え方をしていないと一目でわかる、筋肉質で大柄な身体つき。
ニンジャ・ソニックブーム。歴戦の戦士のアトモスフィアを放出する男が、この場に現れた瞬間だった。

「……あなたは?」

「そ、ソニック……ブーム、さん……!!」

 ソニックブームが降り立ったのは、セリューの背後であった。
聞き覚えのある声がしたので、その方向に顔を向けると、腕を組み仁王立ちをしながら、巨漢は、セリューを見下ろし、湊の方に威圧的な目線を投げ掛けていた。

「オオ、何時間か振りだな、セリュー=サン。どうだい、あれから正義とやらは達成出来たのか?」

 その声音は、平時のソニックブームの声の調子から考えれば、『猫なで声』、に相当するものだった。
声には相変わらず怖いものがあったが、それでも、普段に比べれば大分優しい感じで言葉にしていると言う事が、湊にもうかがえた。

「私、私……」

「解った解った。皆まで言うな。何をするべきなのか、俺にはよーく解ってるぜセリュー=サン」

 感激の表情を、苦しみながらセリューは浮かべ、湊の方に向き直った。
首の皮一枚で、命が繋がった。そう思っているのだろう。このまま湊が放置を決め込んでも、セリューは失血死していた。
放っておいても彼女は詰みなのだ。しかし此処で、ソニックブームと言う優れた戦士が加勢してくれれば、その心配もない。
バッターが来るまで持ち堪えられれば、此方の勝ちだ。湊をやっつけられなかったのは残念至極としか言いようがないが、それでも、自分が死んでバッターが迷惑するのに比べれば、遥かにマシな落とし所だ。お前はもうおしまいだ、そんな目線を、セリューは湊に対して送って見せる。湊の驚きの表情を見ると、本当に、この場にソニックブームが現れて、幸運にセリューは思うのだ。

「――アラハバキ!!」

 そう叫び、湊は召喚器の銃口をこめかみに当て、発砲。
頭に響く、衝撃。そして、身体から何かが抜け出て行くような感覚。湊の背中からエクトプラズムめいて、霧状のエネルギー体が噴出し始め、
それが急速に形を伴って行く。一秒経たずしてエネルギー体は、青色の遮光器土偶としての形に変化し始めたではないか。
隠者のペルソナ、アラハバキ。湊の中の心の海に住まう高位のペルソナ、荒ぶる地祇の一柱である。現れたアラハバキは直に、閉じた瞳を開眼させ、セリューに力を送る。
これと同時に、ソニックブームは、セリューの首筋に手刀を叩き込もうとし、直撃までもう少し、と言う所で――あのカキン、と言う小気味の良い音が響き渡った。

537The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:39:50 ID:.tmaFwNE0
「グワーッ!!」

 アラハバキが展開させたテトラカーンに手刀が直撃した瞬間、ソニックブームの野太いシャウトが響き渡る!!
テトラカーンは、相手の放った攻撃の威力をそのまま相手に跳ね返す術。言いかえれば、攻撃した側の技量や実力が高ければ高い程、効果を発揮する。
では、ソニックブーム程のカラテのワザマエを持つニンジャが、攻撃を跳ね返されればどうなるのか? 言うまでもない、大ダメージを負う!!
その結果が、これだ。折れては行けない所から骨が折れて骨が突き出ている、ソニックブームの右腕である!!

「ッテッメー!! ザッケンナコラーッ!!」

 建物が揺れんばかりのヤクザスラングを稲妻の如く迸らせるソニックブーム!!
何が起こった、と言わんばかりにセリューが、ソニックブームの方に顔を向きなおらせ、愕然の表情を浮かべた。彼の腕が折れている事に、気付いたのだ。

 湊が驚いた理由は、この場にソニックブームが現れた事よりも、セリューに対して優しく声を投げ掛けていたソニックブームが、
『セリューが背を向けているのを良い事に背後から致死の威力を内包した手刀を彼女に叩き込もうとしたから』であった。
弱っているセリューを見て、絶好の機会だと思ったのだろう。だからこの場で引導を渡そうとした、その程度は湊にも解る。
だが、その行動を見ていた時、湊は反射的にペルソナ能力を発動してしまっていた。本当はセリューは、騙されているのではないか?
自身が召喚したバーサーカーに、良い様に操られているだけではないのか? そんな可能性が頭を過り、完全に否定出来なくなっていた時、
湊には二つの選択肢が提示されていた。セリューを助けるか、それとも見殺しにするか。選ばれたのは、前者の方だった。
それを選んだ時湊は、セリューの命を救いつつも、ソニックブームの命を損なわない術、テトラカーンを発動させていたのであった。

 そして、湊のそんな行いに対し、ソニックブームが激怒するのは当然の帰結であった。
言いたい事は、湊にもよく解る。セリュー・ユビキタスが倒せば令呪一画の美味しいマスターである事。
その美味しい賞金首が死にかけの体である事。そして、此処で彼女が死ねば自分も令呪に在り付けるかも知れないと言う事。
それらの事実を目線に一気に込めて、ソニックブームは湊に叩き付けている。解っている。そんなメリットは解っている。

「……ごめんなさい」

 解っていても身体が動いてしまったんだ。だから、身勝手だが許して欲しい。そんな思いを、この一言に湊は乗せた。

「貴様、よくもソニックブームさんを……!!」

 怒りが痛みを凌駕した。
よろよろと立ち上がり、トンファーガンを構え出すセリュー。事もあろうに、ソニックブームに背を向けた状態で、またしても。
とは言え今度は、またすぐに攻撃、と言う選択肢はソニックブームもとるまい。テトラカーンで、痛い目を見てしまったからだ。
また攻撃を反射されるのでは、と言う危惧が既に彼の中には芽生えている。『テトラカーンの効力は一回の発動につき一回切り』。
この法則を知っていればまた違う行動も選べたろうが、それを知らないからこそ起こった、都合のいい展開である。

「道理を知らねぇ悪ガキには、キュウって奴を据えなきゃいけねェみたいだな、エエッ!?」

 折れた右腕は使えない。左腕だけで、自身が会得したカラテの構えを見せるソニックブームを見るや、湊も召喚器を構える。
――このタイミングであった、湊の視界に、猛速で此方に向かって来る、ソニックブームよりもずっと大柄な身体つきをした、
人の身体にワニの頭を持った恐るべき存在が映ったのは。それを見た瞬間、湊は横っ飛びに勢いよく跳躍し、ワニの進行ルート上から逃れだす。

538The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:40:06 ID:.tmaFwNE0
 この場に勢いよく現れたサーヴァント、バッターは、急いでセリューを回収。
そのゼロカンマ数秒後に、バッターの後ろを走っていたシャドウラビリスが、アスファルトに寝かせられていた真昼を回収。
そのまま、この二人のバーサーカーは嵐のような勢いで退散しようとするが、バッターはこのまま帰ろうとしなかった。
この場にいる二名のマスター、即ち、有里湊とソニックブームを認識するや、アドオン球体アルファとオメガを、彼ら目掛けて高速で飛来させる。
湊に迫るのはα、ソニックブームに迫るのはΩ。直撃すれば身体が寸断される鋭利さを内包したそれから、湊を救ったのは、救世主のクラスのサーヴァントだった。
バッターとシャドウラビリスを追跡していたアレフは、逃走している二名のバーサーカーの走る速度を超越する程の加速を、
『地面を普段より強く蹴る』と言う行動で得、本来追跡する筈だった二名を一瞬で追い抜き、湊の所まで移動。迫るアルファのアドオンを将門の刀で弾き飛ばしたのである。
一方、ソニックブームの下へと迫るΩに対抗したのは、彼の使役するセイバー・橘清音であった。
ソニックブームの下に着地した彼は、着地と同時に手にした音叉刀・疾風を振い、アレフと同様見当違いの方向にオメガを吹っ飛ばしたのだ。

 マスター両名の抹殺は未遂に終わったが、バッターにとってはそれで良い。この場から退散するのに十分過ぎる程の時間を稼ぐ事が出来たのであるから。
アレフはバッターを追跡しようと考えたが、もう遅いだろうと考えを修正。逆に彼は、バッター達ではなく、清音の方にターゲットを変更。
地を蹴り、時速数百㎞超の速度で彼の方に肉薄しようとするが、何を思い直したか、そのまま急ブレーキをかけだしたではないか。

「後はお前の自由にせーや、セイバー」

 アレフが立ち止まった理由は、単純明快。
清音とアレフの間の空間に、イルが、瞬間移動を駆使して現れたからである。
突如として現れた、得体の知れないサーヴァント。【そっちがアサシン、向こうの鎧のがセイバー】。湊が念話で告げて来る。
遅れてステータスも報告して来たが、どちらも目立った物はなかった。倒せるステータスではあるが、宝具とスキルが解らない以上は、油断するつもりはない。

「……貸し一つ、ですね。アサシン。恩にきります」

「追うぞ、セイバー=サン!!」

 言ってソニックブームは、風の如き速度で走り始め、バッター達を追跡に掛かる。
清音もまた、その場から去り始めたマスターの後を追うように、残像が残る程の速度で駆け出して行く。
――そして後には、一人のアサシンと、一人のセイヴァー、そのマスターが残される形となった。

「邪魔して悪かったな、兄ちゃん。目的挫いたんは謝るが、こっちも割と必死なんや。すまんな」

「いいよ、と言いたいけど。落とし前位はつけて貰うかな」

 自分の描いていた絵図の完成を邪魔されて怒らない程、アレフも人の心をなくしている訳ではない。
イルが悪いサーヴァントでない事は、アレフも理解しているが、それとこれとは話は別。腕の一本位は、地面に置いて行って貰おうと。
将門の刀の剣先を、イルの喉元に突き付け、アレフは静かにその闘気を漲らせた。

「ヤクザモンみたいな事言うんやな。言うとくが、そんな安い腕ちゃうで」

 腰を落とし、あの格闘技のセオリーを無視した、二本の指を中途半端に曲げる構えを取り始めるイル。臨戦態勢は、それで整った。
これを見てアレフは、刀を中段に構え始めた。正式な戦いの構えを取り始めると、また気魄の量が違う。
精神の昂ぶりは、アレフは落ち着いている方だ。それなのに、身体から発散される気魄が倍加している。
穏やかな心のまま、闘気が雫となって刀の先から零れんばかりの覇気を放出する。それは、武を極め、戦いの何たるかを知る戦士でしかあり得ない芸当であった。
「セイヴァー……」、と心配そうに口にする湊。【心配するな、直に終わる】、アレフは念話でそう告げ、イルの方に目線を送った。

539The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:40:22 ID:.tmaFwNE0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 シンパシー、なる言葉がある。
共感とか、共鳴を意味する言葉であり、何者かの考えや行動、そして生き様に対し、その通りであると言う同意を憶えた時に、この言葉は使われる。

 幻視、と言う症状がある。
意識や精神、神経の異常が齎す発露だ。幻覚、とも言われる。実際にはないものが、その人物にはあるように見えてしまう事。肯定的な意味では、使用されない言葉だ。

 それは、サーヴァントと言う霊的な身の上が見せた、霊基のある種のバグだったのか。
それとも、生前とは違う身体の組成故に発生する、サーヴァント自身ですら知覚出来ない不思議な現象であったのか。

 アレフは、イルの姿を見続けた時、一つの幻が脳裏を過った。
薄い緑色の液体で満たされた培養層。その中に、大量のプラグを体中に刺し込まれた幼児の光景を、アレフは認識した。

 イルは、アレフの姿を見続けた時、一つの幻が脳裏を過った。
眠っている金髪の女性から取り出された受精卵。これが特殊な培養槽に入れられるや、瞬きする間に、受精卵の形から人の形になって行く光景を、イルは認識した。

 彼らの見た幻が、霊基のバグなのか。それとも、それらすら超越した奇怪な現象であったのか。
それを確かめる術は、彼らにはない。ないが、確かな事実が、二つある。

「――お前も生み出された命か」

「――お前も生み出された命か」

 これから戦う相手は、メソッドこそ違えど、人為的に生み出された一つの命であったと言う事。
血の繋がった母もなく父もない身体で、世界に確かに生きていた一人の人間であったと言う事。

 シンパシー、なる言葉がある。
共感とか、共鳴を意味する言葉であり、何者かの考えや行動、そして生き様に対し、その通りであると言う同意を憶えた時に、この言葉は使われる。

 互いの出自に似たものを感じた男達が、今地面を蹴って駆け始めた。
世界が異なれば、友にすらなれたかもしれない者達が戦いあう。それもまた、聖杯戦争の妙なのだと、二名は同時に気付いたのであった。

540The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:40:35 ID:.tmaFwNE0
中編の投下を終了します

541名無しさん:2018/02/16(金) 14:22:31 ID:fG3VT0Ok0
投下乙です
キタロー&アレフはこれが初の鯖との戦闘だがやはり強い。相対したバッターさん達はご愁傷様。
後やっぱりシャビリスちゃんがクッソ役立たずで草

542名無しさん:2018/02/17(土) 07:51:31 ID:sS.wqrq60
投稿乙です

フツオが「まだだ」と頑張った結果なのに対して
アレフはフロムゲーみたいに降りかかり火の粉払っていったら
こうなったてのが対称的。後、物理反射されて全滅した
プレイヤーはかなりいるはず

543名無しさん:2018/02/18(日) 00:47:50 ID:qYgu3.WM0
投下乙です

セルと戦った時のミスターサタンばりにぶっ飛ばされるのが板についてきたシャビリスの明日はどっちだ

544The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:28:20 ID:qWajf0H60
投下します

545The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:28:59 ID:qWajf0H60
 イルが、清音に襲い掛かろうとしていたアレフを食い止めようとする、言わば『殿(しんがり)』を買って出たのには訳がある。
勿論それは、あの抜き差しならぬ主従に恩を売っておきたかったと言う打算も勿論ある。
あの主従に貸しを作るのであれば、マスターよりも清音だとイルは判断した。あのマスターは、平気で嘘を吐くし、約束も反故にする、そんな臭いを感じ取ったからだ。
聖杯戦争を勝ち抜く、生き残ると言うスタンスの参加者として考えた場合、ソニックブームの考えは寧ろ正当な物とすら言える。全く間違ってはいない。
だが、信頼は築けないだろう。虚や嘘を交える事は大事ではあるが、この戦いを勝ち抜く上で必要なもう一つのファクター、信頼は、誠実を以ってしか稼げないのである。
してみると、信頼を築けそうなのはソニックブームの従えるセイバー、橘清音の方であった。話していて解る、あの男はくそ真面目で、真っ直ぐな人間であると。
現に、この場から清音を逃した際に、彼が口にしたあの言葉だ。恩に着る、ときたものだ。解りやすい程、実直な性格の持ち主だった。

 だがそれ以上に、個人的にではあるが、イルは、ああ言う性格の持ち主は嫌いではなかった。
この聖杯戦争にだって、肯定的な意見を本当は持っていないのだろう。叶えたい願いにしても、本当はないと言うのが正直な所なのだろう。
運命の悪戯的に呼ばれ、この街の在り方に迷っているサーヴァント。それが、清音なのかも知れない。
マスターであるソニックブームは兎も角、少なくともあのセイバーについては、今此処で脱落するには惜しい人材。イルはそう思っていた。
だから、こうして貧乏くじを自分から引いてはみたのだが――

 ――正直失敗やったな……――

 現在アレフとイルは、互いに十m程離れた地点で、睨み合っていた。
互いに交わした攻撃の数は、一合程。アレフは将門の刀を横薙ぎに振い、それに対しイルは、刀が自分の身体を斬るであろう場所を部分的に透過させ、
やり過ごしてからカウンターを叩き込む……『つもり』だった。だがイルは、アレフが攻撃を放とうとしたその段階で、急速に嫌な予感を感じ取り、駆けたルートに向かってバックステップ。こうして距離を取り、現在に至るのである。

 イルが清音の代わりに場を持たせようとしたのには、もう一つある。
清音では、アレフの相手は厳しいのではないか? そう思ったからである。
その戦闘スタイルの都合上、そして武術の練度を磨いて来たイルだからこそ、解る。アレフから迸る、底知れぬ程の武の練度をだ。
きっと清音自身も認識していたに相違あるまい。もしかしたら、自分の命は最早此処には、そしてこれからも存在しない心構えで立ち向かう気だったのかも知れない。
培った武練の差が、あり過ぎる。だからバトンタッチしたのである。自分の能力であれば、殆どの攻撃は通用しない。
憎たらしい能力ではあるものの、戦闘においての有用性は疑うべくもない。この能力を駆使すれば、それなりの時間稼ぎは出来るだろうと、イルは考えていたのである。この時までは。

 認識が、甘かったとしか言いようがない。
真正面と向かいあい、睨み合って初めて解る事もあると言うもの。アレフの武練は、イルの目から見ても桁違いのものだった。
Iブレインを駆使し、相手がどう動くのか、それに対し自分がどう動くのか。また、自分から動く場合にはどうすれば良くて、それに対する相手の行動は?
諸々の試算を脳内で捏ね繰り回してみたものの――全く決定打を見いだせない。既に脳内で演算したシミュレートの数は数百を超えているが、その全てが、
アレフに対して一撃も与えられず、その内の半数近くが、自分が逆に殺されると言う未来を予測していた。

546The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:29:12 ID:qWajf0H60
 刀と言う武器を持っている都合上、相手の戦い方はきっと『騎士』から身体能力制御と自己領域を抜いたような物なのだろう。
話だけを聞けば、騎士との戦いに比べればずっとずっと、簡単なそれだと、元の世界にいた魔法士達なら思えるだろう。其処からして、既に間違いなのだ。
確かに、身体能力制御も自己領域も、アレフは使えない。光速の99%に迫る超速度での移動も、運動能力や知覚能力の向上もアレフは出来ない。
それなのに、相対するアレフの強さは、騎士のそれに匹敵する。いや、場合によっては、上回る、と言っても過言ではなかろう。

 奇抜な戦い方をする訳ではない事は、イルだって解っている。
手にした刀、ホルスターにしまわれた銃状の装置。其処から考えられる、アレフ自身の戦闘スタイルは、イルも理解している。
理解しているのに、『其処からどう言う動きを繰り出してくるのか解らない』のだ。人の形をした生き物が、剣を持っている。
どうやって攻撃して来るかなど、解らない筈がないと言うのに、予測が出来ない。こんなタイプの存在は初めてだった。

 想像も出来ない程に経験して来た戦闘の場数、それによって培った戦闘経験。そして、それらによって磨いて来た武術の冴え。
それらを以って、頭の中の量子コンピューターであるところのI-ブレインの予測すらもクランチさせる。恐るべき、アレフの武練であった。

 身体から汗が噴き出て、イルのシャツを濡らして行く。杓の中の水を、背中にぶちまけられた様であった。
自分から先んじれば状況を打破出来る確率と、自分が後手に回れば状況を打破出来る確率。完璧に、五分。
過去、此処まで次の行動を選ぶのを躊躇った事などなかった。イルは痛みを恐れない。己の身体が傷付く事については問題がない。
それで救える何かがあるのなら。それで、拓ける道があるのなら。自分の身体など、幾らでも差し出す。
その事は、己の身体に刻まれた、無数の勇気と蛮勇の象徴が証明してくれる。そんな性情でなお、イルは次の行動を選ぶのに迷っていた。
無傷では済むまい。何かしらを失ってしまうだろう。それは果たして、身体の一部か、それとも命か? 
……その段になって、初めて気付いた。身体のパーツを失うのを気にしているのではない。命を失うのが怖いのではない。

 ――アレフと言う存在を相手に、一瞬とは言え戦う。その事実を、イルは恐れているのだ。

 そんな時間が二分程続いたある時だった。
I-ブレインが、アレフとイル間の距離が、十mと二十cmから、九mジャストにまで縮まった事を告げて来た。
いつの間にか、にじり寄っていたらしい。それすらも、認識出来なかったとは。恐るべき体重操作の腕前であった。
とはいえ、人為的な動きは兎も角、距離は、特殊な技術で相対的に歪められない限りは絶対のものである。
少なくともこの場に於いて、距離と言う概念を歪める技術は使われていない。必然、I-ブレインが告げた距離は真実のものとなる。
だが、何時の間に距離を詰めて来た――イルの頭が、今現在の彼我の距離を認識したその瞬間を狙って、アレフが、弾丸の如き速度で駆けて来た!!

 ――出来るッ――

 二人の距離を考えていたその瞬間を狙っての、吶喊。
恐らくアレフは、一足飛びに飛び掛かれる距離を修正する為ににじり寄ったのではないのだろう。
イルが、今現在の距離を頭で考える、その瞬間を狙ったに違いない。本当に油断を省いたI-ブレイン保有者から、並の人間が真正面から、
彼らにそうと悟られぬよう攻撃を仕掛ける事は事実上不可能に等しいと言っても過言ではない。それ程までに、脳の処理速度が違うのだ。
アレフ程の技量の持ち主が今仕掛けたような事をして、漸く小数点以下の確率で突破口が開けるか、と言う位の可能性である。
確かに上手いが、それだけ。アレフの移動する速度は、少なくとも、イルに見切れぬ速度ではあり得なかった。

 イルは腹を括った。先ずは相手に攻撃をさせ、その後カウンターを仕掛ける。
アレフに対してこれを行い、自分の脅威を知らしめさせ、戦いを続ける事について特にメリットも得る物もない、ただ互いに徒労に終わると言う事だけを知らせしめるつもりだった。

547The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:29:23 ID:qWajf0H60
 I-ブレインに頼るまでもなく、アレフが攻撃の間合いに到達した事を悟るイル。何が来る、と思った瞬間、イルは愕然とした表情を浮かべる。
奇妙にして、恐るべき現象だった。将門の刀は、確かに振るわれている。速度は音の七倍。破滅的な速度だ。
普通であれば、目ですら追えないし、I-ブレインが真っ先に警告を発する驚異的なスピードである。

 ――あるのに、I-ブレインが一向にアレフの攻撃を『脅威』として認識していない。攻撃とすら『感知』していないのだ。
故に、防御不能のアナウンスも、回避不能のアナウンスも告げない。いやそれどころか……当のイルの『理性や本能ですら、アレフの攻撃を攻撃と認識していない』のだ。
結局イルが、アレフが攻撃を放ったと認識したのは、将門の刀が、彼の手首に到達、その皮膚一枚に触れたその瞬間が初めての事であった。
つまり、刀がイルの肌に触れるまで、I-ブレインは勿論、イル当人ですらが、音の七倍以上の速度で迫るアレフの一撃を『自分の身体を損なう必殺の一撃』だと、思っていなかったのだ。

 ――シュレディンガーの猫は箱の中!!――

 すぐに、己の身体を幻影(イリュージョン)とする言葉を心の中で叫ぶ。
本来イルは能力をフルに用いれば、身体全体に透過の処理を施させ、あらゆる攻撃や現象をすり抜けさせる事が出来る。
つまり、その気になったイルの身体を害させる事は、不可能なのである。姿形は、誰の目から見ても明らかにその場所に存在する。
それなのに、誰もイルの身体に触れる事は出来ない。何故ならば能力を発動させたイルは、量子力学的に存在しないのと同じなのだから。
其処にいるのに、其処にいない。故にこそ、幻影(イリュージョン)。霧を撃ち殺せる狙撃手はない、水を斬り殺せる剣士はいない。例外は、己と同じく、量子を御せる術を持つ者だけだ。

 とは言え、戦闘の際に何時も自分の身体を量子化させる訳には行かない。常に量子化させると、荒垣に不必要な魔力消費を強いると言う事も勿論ある。
それ以上に、完全に身体を量子力学的に存在しない扱いにするという事は、『イルの方からの攻撃も相手を透過してしまう』のだ。つまり、ダメージを与えられない。
そんな幽霊のような相手と対峙した存在は、どんな手を取るか。『逃げる』のだ。攻撃が一切通用しない相手と戦い続けるのは、時間の無駄以上の意味がない。
逃げの一手。これはイルにとって取られて一番困る選択だ。しかし、相手にその選択肢を選ばせない方法が一つだけある。
それが、自分には攻撃が通用するぞと思わせる方法である。だからイルは、戦闘に陥ったら無暗に体全部を量子化させる事はしない。
身体の一部『のみ』を敢えて透過させるのだ。その一部とは即ち、血管や骨、内臓。破壊されれば甚大なダメージを負う器官のみを、ピンポイントで透過させるのだ。
こうする事で、相手に攻撃が通ったと思わせるのだ。無論実際には、ダメージは軽微なもの。何故ならば、表皮や筋肉しかダメージを負っていないからである。
実際には平気でイルは動ける。そうして相手が油断して、大技か、隙のある攻撃を放った所で、身体の大部分を量子化、すり抜けさせて致死の一撃を与える。
これが、イルと言う男の戦いの骨子であった。同じ魔法士をして、『気が狂っている』と言わせしめた程の、常軌を逸したイルの戦い方であり、彼なりの信念に基づいた戦い方だった。

 ――この信念を、イルは曲げた。
自身の身体全体を量子力学的に存在しないものとし、アレフの恐るべき剣閃をイルはすり抜けさせる。
アレフの攻撃が、振り抜かれる。まるで水を攻撃したように、するりと抜けて行くその感覚。アレフの眉がつりあがる。
憶えがあり過ぎる感覚だった。物理攻撃を無効化させる悪魔を斬ったような手応え。まさかこのサーヴァント……、そうアレフが考えた瞬間、イルが動いた。
量子化を解除させた後に、独特に人差し指と中指を曲げさせた拳を以って、将門の刀を握るアレフの右腕、その二頭筋の辺りに拳を放つ。
当たる瞬間に自身の手を透過させ、拳を握るのに必要な神経をそのまま外部に引っこ抜こう、と言う算段だ。イルの能力ならばそれが出来る。

548The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:30:10 ID:qWajf0H60
 但し、アレフはそれをさせない。
イルが真正面からの攻撃及びフェイントに、I-ブレインが齎す高速演算能力で対応出来るのと同じように。
I-ブレインの保持者ではあるが、元の身体能力が人間の域を出ないイルでは、数多の戦場を潜り抜けてアレフが磨いた、獣の反射神経を凌駕出来ない。
イルの攻撃よりも遥かに速い速度で、攻撃した側の腕を引き、その状態からイルの左肩目掛けて弾丸もかくやと言わんばかりの刺突を放つ。
やはり、イルのI-ブレインはこれを攻撃として認知してくれない。攻撃をアレフが放ったと認識したのは、先程と同様だ。
刀の剣先が、衣服を突き破り、皮膚一枚に触れたその瞬間。普通のサーヴァントであるのならば、このタイミングで攻撃されたと気付いてももう遅い。
肩が吹っ飛び、血肉を撒き散らせながら腕が地に落ちている事だろうが、イルは違う。埒外の思考速度を持った彼は、I-ブレインの思考演算速度を以って、
即座に己の身体全体を量子化させ、再び攻撃を素通りさせる。アレフの腕が、伸びきった。果たして、如何なる速度でこの救世主は攻撃を放ったのか?
イルの背中をすり抜けた将門の刀、その剣先から放たれた衝撃波が、イルの背後の鉄筋コンクリートの塀にすり鉢状のクレーターを刻み、其処から生じて行った亀裂が壁を崩落させてしまったではないか。どれだけの威力を乗せた、突きであったと言うのか。

「かなわんで、ほんま」

 言ってイルはそのままバックステップで、自身と重なった位置にある将門の刀から距離を取り、量子化を解除させる。
今の言葉は本心から出た台詞だった。とてもではないが、人間と戦っている気がしない。

「これ以上戦って得られるものある訳ちゃうやろ。互いに疲れるだけや、これ以上はやめとけ」

「互いに疲れる、じゃないだろ? 自分が疲れるから、本当は勘弁して欲しい。そんな風にしか聞こえないが」

「実を言うとそん通りやな。おたく、人間か? 戦ってて寒気しかせんわ」

 アレフの放った、攻撃を攻撃と認識させないあの攻撃を指して、そう言っているのだろう。しかし事実、アレフは人間なのである。
生前アレフが戦って来た敵の中には、攻撃など避けられない程の巨体を持ちながら、攻撃を放った側からすれば、命中したはずなのに傷一つ負わない悪魔が相当数いた。
これは、その悪魔が高次の実力を持った存在に特有の避け方だが、『攻撃していると言う過程を歪め、命中した筈なのに避けたのと同じ扱いにして無傷でやり過ごす』、
と言った物があるのだ。アレフも生前は、これにはかなり苦戦させられた。そんな戦い方をする内に、アレフは一つの技を見出した。
先程の対処方法は、悪魔が攻撃であるとそれを認識して初めて発動出来る。この発動を阻止する為には、相手の反射神経を凌駕した速度の一撃を行うか、
『攻撃と認識させない攻撃』を行うしかない。アレフは、この後者の技術を習得した。剣を振う。そのアクションは、誰の目から見ても攻撃の筈なのだ。
しかしアレフは、この『ダメージを与える手段であると認識させない技術体系』を会得した。
相手は、アレフが行動を終え、自分の身体が損なっている瞬間に初めて、アレフが攻撃したと言う事実を認識するのである。
イルは、この技術を宝具かスキルか、そうと認識したが実際には違う。終わるとも知れぬ戦いに身を投じ、それを勝ち抜き、死ぬ瞬間まで無敗を貫いてきた人界の救世主が、その戦いの過程で敵を斬り殺す為に会得した、神技の一つに過ぎなかったのである。

「で、どうするんよ。まだ戦うって言うんなら――」

「セイヴァー」

「解ったよ」

 湊の言葉を受けて、アレフは将門の刀を鞘にしまう。ホッと息をつきかけるイル。
如何やらアレフのマスターの方は、これ以上の戦闘をよしとしなかったようである。

「正直、そこまで悪そうな人に見えないから、僕としては戦いたくない」

「なんや、マスターの方が見る目あるやないか」

「人を見た目で判断しちゃ駄目だぞ、マスター」

 自身のマスターの軽率な判断を窘めるアレフ。

「……まぁ何にしても、そっちの邪魔したんは悪う思っとる。流石に見込みのある同盟相手を、こんな早くに失う訳にはいかんかったからな」

 一歩、イルは後ろに下がる。追う気配はアレフから感じられない。いや、一歩二歩、それどころか十m二十m。
この男から距離を離したとしても、一瞬で間合いまで詰められるか、予想だにしない攻撃手段で追撃されるだろう。今攻撃の構えを見せなくても、問題がない、と言った方がこの場合正しいのか。

549The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:30:37 ID:qWajf0H60

「次逢う時は、なるべく今みたいな構図で戦いたくないもんやな。ほな、マスターの御厚意に、甘えさせて貰うとするわ」

 そう言ってイルは、バックステップを大きく刻み、この場から立ち去ろうとする。
イルの背後にあるのは、鉄筋コンクリートの塀。普通であればぶつかるのだが、身体を量子化させているので、ぶつかる事無くすり抜ける。
これを何度も何度も繰り返し、物理的にはあり得ないショートカットを利用する事で、イルは、アレフと言う恐るべき存在の居る所から退散したのであった。

「見逃して良かったのかい?」

 アレフが、湊の方に向き直り訊ねる。

「今はまだ何とも言えないけど……僕は、その選択に後悔してない」

「……そうか。そう言えるのなら、良いと思うよ」

 イルが去った所に目線を送りながら、アレフは言った。
アレフの目から見ても、イルと言う銀髪のアサシンは、救いようがない程の悪人とは見えなかった。
ただその場の流れで、同盟相手を助ける為に、立ちはだかった。その程度なのだろう。

「ここはもう目立つ。場所を変えよう」

「あぁ」

 そう言うと、即座にアレフは霊体化。
湊は、近くで横転している自転車を引き起こさせ、ペダルを漕いで急いでこの場から離れて行く。
そしてそうしながら、念話でアレフと会話をする。

【ところでさ、何でセイヴァーは、あのセイバーと敵対してたの?】

【あの、独特な鎧……と言うか甲冑? あれを装備してた奴か】

【うん】

【セリュー・ユビキタスが操るバーサーカーをあと一歩で消滅させられたのに、邪魔されちゃってね。それで、味方だと思った訳だ】

 バーサーカー・バッターを追い詰めていたアレフは、構えていた将門の剣身に反射して映った、背後から迫る謎の飛来物を認識。
それに対応しようと、背後を振り向き、刀でその飛来物――手裏剣のような物を破壊したのだ。
そして、バッターらがアレフから逃走するのに、この短い時間は十分過ぎる猶予だった。
即座に脱兎の如く退散を始めたバッター達。そして、これを追跡するアレフ……と、この手裏剣を放ったと思しき、不思議な装束のサーヴァント。
そのサーヴァントが、建物と建物の屋根を跳躍しながら、凄まじい速度でバッター達を追いかけていたのをアレフは見たのである。
此処から、あの手裏剣を放って、自分達からバッターと言う獲物を横取りしようとし、剰えバッターに逃げる時間すら与えてしまったサーヴァントは、
忍者めいて屋根と屋根を跳ぶサーヴァントだとアレフは認識。敵か、それに近しいポジションだとアレフは考えたのである。

【前途多難だなぁ】

【全くだよ】

 自転車を漕ぎながら、人が集まりつつある、嘗て戦場であった場所から遠退いて行く湊達。
頭上を見ると、青い空の上に白い月が浮かんでいた。五日後に満月となる、昼天に浮かぶ白い月が。
この世界の満月は――自分達にとって何を齎すのだろうか。不幸か、幸運か。それとも……それ以上、なのか。




【市ヶ谷、河田町方面(香砂会邸宅跡周辺)/1日目 午後1:30】

【有里湊@PERSONA3】
[状態]健康、魔力消費(極小)、廃都物語(影響度:小)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]<新宿>某高校の制服
[道具]召喚器
[所持金]学生相応
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に帰る
1.可能なら戦闘は回避したいが、避けられないのなら、仕方がない
[備考]
・倒した魔将(ナムリス)経由で、アルケア帝国の情報の断片を知りました
・現在香砂会邸宅跡周辺から遠ざかっております。向かっている先は、次の書き手様にお任せします
・拠点は四谷・信濃町方面の一軒家です
・アサシン(イル)を認識しました
・ソニックブームと、セイバー(橘清音)の存在を認識しました
・番場真昼とバーサーカー(シャドウラビリス)の存在を認識しました


【セイヴァー(アレフ)@真・女神転生Ⅱ】
[状態]健康、魔力消費(極小)
[装備]遥か未来のサイバー装備、COMP(現在クラス制限により使用不可能)
[道具]将門の刀、ブラスターガン
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを元の世界に帰す
1.マスターの方針に従うが、敵は斬る
[備考]
・アサシン(イル)を認識しました
・ソニックブームと、セイバー(橘清音)の存在を認識しました
・番場真昼とバーサーカー(シャドウラビリス)の存在を認識。セリュー組の同盟相手だと考えています

550The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:30:50 ID:qWajf0H60
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「死ぬ思ったわ」

 電柱に背を預ける荒垣の所に戻るなり、イルはそう呟いた。
何処となく、荒垣にはイルが憔悴しきっているように見える。口にした言葉を本心から言っている事の証だ。

「お前の口からそんな言葉が出る何て珍しいな」

「命張る事なんざ一度二度ちゃうが……それでも、肝冷えた位にはヤバい相手やった。生きてた頃でも、あんな怪物と戦った事ないわ」

 仮に命と言う概念が商品棚に無数に陳列されていたとして、その全部を使い切るばかりか棚が無数にあっても足りない程の、
戦場と地獄を潜り抜けて来たイル。その彼をして、セイヴァーと呼ばれたあのサーヴァントは、別格の存在であった。
あれより優れた身体能力を持つ者も、あれよりも特異で凶悪な能力を持った者もそれこそ、遍く世界を探し回れば幾らでもいるだろう。
事実イルも、そう言った存在に覚えがある。生前の時点で、アレフよりも身体スペックや能力的に優れた相手とは拳を交えてもいる。
それでもなお、勝てる、と言う展望を抱かせないのである。それどころか、戦えば死ぬ、殺されると言う確信すら抱かせる。恐るべきまでの武練と技量を持つ男だった。
何を極めれば、何を潜り抜ければ。あの高みへと至れるのか、イルには皆目見当がつかない。

「まぁ、向こうが本気で俺の命を殺ろうとするつもりがなかったから、こうして五体満足で戻れたがな。そうじゃなかった、ホンマどう転ぶか解らんかったな」

 荒垣kから送られる目線は、いまだに信じられないような物が微かに籠っている。
イルをして、此処まで言わせしめる敵なのだ。この男が嘘を言ってるとは思わないが、それでも、やはり信じられないと言う思いの方が強い。

「取り敢えず、サーヴァントがそれだけ強いってのは、良い。予測出来た事だ」

 自分の引いたサーヴァントよりも、強いサーヴァントが跳梁跋扈している。
その事実は、恐るべきものではあるが、やっぱりそうなのだろうな、と言った域を出ない。
荒垣が言ったように、往々にして予測出来た事柄だからだ。ありとあらゆる世界の、あらゆる年代からピックアップされて召喚される存在。
それがサーヴァントであるのなら、イルより強いサーヴァントが召喚されている、と言う事実は多少は驚きこそすれど、愕然とするような物ではない。

「気になるのは、『俺と同じ能力を使うマスター』の事だ」

 これが、荒垣にとって一番気になる事実だった。
アレフが清音に対して攻撃を仕掛けようと言う局面で、イルが其処に割って入って来るほんの少し前まで、荒垣はイルと行動を共にしていた。
この時、清音に恩を売っておきたいと考えたイルが、その場所へと向かって行ったその際に、こんな念話が荒垣の所に届いたのである。

 ――なんやコイツ!! マスターと同じ能力を……――

 驚いたのはイルよりも荒垣だ。同じ能力……言うまでもなく、ペルソナ能力の事である。
仔細を訊ねようと念話を飛ばそうにも、既に念話の有効射程外だった為、内容が掠れてよく聞き取れず、誰がペルソナ使いだったのかと言う肝心の情報は不明瞭。
念話圏内に近付こうとイルが考えた時、丁度アレフが清音に攻撃を仕掛けようとしていた為に、イルと荒垣は再合流が遅れた。
結局このタイミングになって初めて荒垣は、同じ能力者の特徴を知る事が出来る、と言う訳だ。

「お前と同じ能力なのかは解らんで。ただ、マスターが以前見せた能力とそっくりって思っただけやし、ホンマに似たような能力なだけなのかも知れん」

「それでも良い。そいつの特徴が知りたい」

「青みがかった髪で、背丈はマスターよりも小さい。中肉中背って奴やな。顔立ちは結構整ってて、後、ペルソナ使う時はお前と同じで銃を――どうした」

 話している内に、荒垣の表情が険しくなって行ったのを、イルは見逃さなかった。

「覚えがある。て言うか、知り合いかも知れねぇ」

「そうか……」

 当初荒垣は、ペルソナ使いであると言うのなら、自分にペルソナの制御薬を渡していた、ストレガの連中であって欲しいと願っていた。
知人と戦うなど、荒垣とて御免蒙るからだ。その点、ストレガであるのならば、殺しこそしないが思う存分叩き伏せられる。聖者気取りのあの男であったおなら、猶更だ。

551The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:31:23 ID:qWajf0H60
 想定は、最悪の方向に裏切られた。
イルの話した特徴と合致するペルソナ使い。間違いなく、S.E.E.Sのリーダーである、有里湊であろう。
彼と過ごした時間は本当に短い間であったが、その期間だけでも、湊の強さは荒垣にもよく伝わった。
味方にすると頼もしい。だが、味方の際に頼もしいと言う事は、裏を返せば敵に回った時の厄介さが段違いである事にも等しい。
初めてタルタロスで共闘したその時点で、湊の強さは自分は勿論、長い期間ペルソナを駆使して戦っていた美鶴や真田をも最早上回っていた。
きっと、才能と言うものなのだろう。そして、その才能を磨き上げた結果でもあるのだろう。あの荒垣ですら一目置いていた程の、大人物。それが、有里湊と言うペルソナ使いなのだ。

「正直な所、敵対したくないってのが本音だ。俺よりも遥かに強いし、何より……良い奴だからな」

「その点については、まぁ、問題なさそうやな。俺が此処に無事に到着出来たんも、そのマスターが厚意を見せてくれたから、ってのが大きい」

「厚意……?」

「俺がな、良い奴っぽく見えたから余り戦いたくないんやと」

「……アイツらしいといえば、らしいのかもな……」

 苦笑いを浮かべるイルと荒垣。

「っちゅーても、この聖杯戦争。何が原因で振り子の落ち先が変わるかどうかは解らない。その良い奴が、何かを境に豹変して、お前と敵対するやも知れんが――」

「その点は、覚悟している」

 懐に隠した召喚器にそっと手を当て、荒垣は言った。
迷いも何もない言葉――と言いたい所ではあったが、微かなブレが、言葉尻にあるのをイルは見逃さなかった。
それについて咎める事は、イルもしない。身内と戦うと言う段になって、決意にブレが生じる。その事を、果たして誰が咎められると言うのだろうか。

 ――俺も、出来得るもんなら、今とは違う形で会いたいな……――

 腕を組み、清音達の到着を待ちながら、イルは空に目を走らせそう思った。
セイヴァーと称呼されるサーヴァント、アレフ。自分と同じく、誰かの手によりて、人間に本来想定されたものとは異なる形で産み落とされた、人造の仔。
昔日の時には、自分と同じように、大勢の普通の人間達が普通の生活を送る為の礎石に選ばれた、哀れな者達の事を強く思っていたイル。
嘗ては普通の人間に対して憤懣を抱いていた事もあったが、それも既に過去の話。だが、正しい形――つまり、母の胎から産まれると言う風ではなく、
遺伝学の高度な発展による遺伝子操作技術で生み出された者達への思いも薄れた、と言う訳ではない。
幼い頃に見た、シティに生きる人間の為の生贄に選ばれた子供達の事は、今でも忘れないし、忘れた事もない。

 要するにイルは、アレフに対してシンパシーを抱いていた。
当然、アレフが何時しか本気で自分と敵対すると言うのであれば、その共感を捨てる覚悟はイルにも出来ている。
その時には修羅となってアレフの懐に潜り込み、羅刹となりてその心臓を抉り取る。その腹積りに、イルは何時でもなれるのだ。
しかし、余り戦う事に乗り気はしないのも事実だ。アレフは強い上に、イルと言う存在がどのようにして産まれた者なのか、理解していた。
話し合える気がするし、共に戦えそうな気もする。恐ろしい男であったが、味方に引き入れられれば、心強い。
だから、次に会う時には、敵と味方と言う二項対立的な構図で、出会いたくない。あって話も、してみたい。

 夏の気温が、イルの身体に染みて行く。
夏の空とは、こんなにも高く、広く。渺茫としたものなのかとイルは幾度となく思う。
そして、この空の下で行わねばならない事が殺し合いだと言う事実が。イルにとっては、堪らなく腹ただしいのであった。

552The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:31:36 ID:qWajf0H60




【市ヶ谷、河田町方面(香砂会邸宅跡周辺)/1日目 午後1:30】

【荒垣真次郎@PERSONA3】
[状態]健康、魔力消費(小)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]召喚器、指定の学校制服
[道具]遠坂凛が遺した走り書き数枚
[所持金]孤児なので少ない
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を企む連中を叩きのめす。自分の命は度外視。
1.ひとまずは情報と同盟相手(できれば魔術師)を探したい。最悪は力づくで抑え込むことも視野に入れる。
2.遠坂凛、セリュー・ユビキタスを見つけたらぶちのめす。ただし凛の境遇には何か思うところもある。
3.襲ってくる連中には容赦しない。
4.人を怪物に変異させる何者かに強い嫌悪。見つけたらぶちのめす。
5.ロールに課せられた厄介事を終わらせて聖杯戦争に専念したい。
[備考]
・ある聖杯戦争の参加者の女(ジェナ・エンジェル)の手によるチューナー(ギュウキ)と交戦しました。
・遠坂邸近くの路地の一角及び飲食店一軒が破壊され、ギュウキの死骸が残されています。
・ソニックブーム&セイバー(橘清音)の主従と交渉を行い、同盟を結びました
・セリューが、バーサーカー(バッター)に意識誘導をされているのでは、と言う可能性を示唆されました
・バーサーカー(バッター)が喋れる事を認識しました


【アサシン(イリュージョンNo.17)@ウィザーズ・ブレイン】
[状態]健康、魔力消費(小)
[装備]
[道具]
[所持金]素寒貧
[思考・状況]
基本行動方針:荒垣の道中に付き合う。
0.日中の捜索を担当する。
1.敵意ある相手との戦闘を引き受ける。
[備考]
・遠坂邸の隠し部屋から走り書きを数枚拝借してきました。その他にも何か見てきてる可能性があります。詳細は後続の書き手に任せます。
・有里湊&セイヴァー(アレフ)の存在を認識しました。また湊が、荒垣の関係者であり、ペルソナ使いである事も理解しています
・番場真昼/真夜&バーサーカー(シャドウラビリス)の存在を認知しました

553The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:31:59 ID:qWajf0H60
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ――追われているな―― 

 セリューを抱え、逃走を続けるバッターがそう思う。
鰐頭の浄化者に備わる、霊的・概念的存在を感知する力は、凡百のサーヴァントを凌駕して余りある。
数百m離れた場所に存在するサーヴァントを、一方的に感知出来る程そのアンテナの精度は高い。
だからこそ、解る。明らかに自分達を追跡している、二名の存在をだ。

 一人は、サーヴァントであった。
疾風の如き速度で此方を追って来ている。家屋と言う障害物を無視しているかのような移動速度。屋根から屋根を跳躍して移動しているのだろう。
姿はまだ目の当たりにしていないが、大変な奴である事は解る。戦って勝利を拾えるかどうかは、解らない。

 もう一方は、間違いなく人間であった。
厳密に言えば、一人の人間に、別の何かの『魂(ソウル)』を融合させた存在。
恐らくこの存在こそが、自分を追うサーヴァントのマスターである可能性が高いとバッターは睨んでいた。
そして、そのマスターが誰なのかも理解している。人が人を識別するのに、姿形や声、思想と言う個性を利用するのは周知の事実だが、
バッターはそれらに加えて、人の身体に内奥されている魂の個性を識別する事が出来る。そして、この魂は外見的な情報と違って誤魔化しようがなく、如何なる詐術を用いても不変である事が定められている。

 その、最早雪ぐ事すら不可能な程に汚れきった魂の持ち主。その名は『ソニックブーム』。
衝撃波の名を冠する戦士。出し難い技術によって穢れた魂と融合を果たした、忌むべき存在。
バッターからすれば、英霊や亡霊よりも唾棄すべき男だった。生者の国の人間でありながら、冥府の領分であるところの魂と融合し、不必要なまでの力を得た人間。
初めて出会った時はセリューの手前、浄化を行うのに手順を踏んだが、そうでなければ、そのような面倒な手順など経ず、側頭部目掛けてバットをスウィングしていた程には、吐き気を催す存在であった。

 ソニックブームも、彼が従えるサーヴァントに負けず劣らずの速度で此方を追い掛けている。
恐ろしい事実であった。サーヴァント並に動けるマスターの存在……危惧していなかった訳ではないが、そんな存在、机上の空論に過ぎぬと何処かで思っていた。
しかし、斯様な存在は実在するのである。ソニックブームの強さ、それを体現させている理論を思えば、これは不思議な事ではない。
ないが、ここまでの強さである事は想定外だ。セリューとソニックブームをぶつけた場合、間違いなくセリューは一方的な嬲り殺しにあってしまう。断じて、追い詰められる訳には行かなかった。

 ――足手まといめ――

 実を言えば、エプシロンの補助技術を用いて自身の身体能力を高めれば、ソニックブームや彼の従えるセイバー、橘清音を振り切る事は出来る。
出来るが、今はそれをしていない。アレフ達の所から退却してから、バッターがやった処置と言えば、抱えたまま走っているセリューに刻まれた、弾痕を癒しただけ。
既にアレフからは逃げ切っていると言うのに、何故自身のマスターの傷の手当のみしか行っていないのか。答えは、単純明快。バッターの背を追いかける、機械のバーサーカーが原因だった。

「……ッ」

 シャドウラビリス。そのような名前であると言う。名前の由来は如何でも良い。
確かなのは、今この状況において確実に、このサーヴァントは枷以外の何物でもないと言う事実であった。
敏捷のステータス自体は、それ程差がない。ないが、シャドウラビリスの方はアレフから受けた手傷の方を、回復し切れていない。
一方バッターの方は、保守の技術によって負わされたダメージの方は治癒出来ている状態だ。傷の治り具合に差がある以上、シャドウラビリスの方が後手に回るのは、当然の理屈であった。

554The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:32:11 ID:qWajf0H60
 痛みを堪えながら、バッターの後を追うシャドウラビリスにフラストレーションを溜めながら、移動を続けていたその時。
数十m以上離れた所でバッターらを追う清音に、攻性の魔力が収束して行く感覚をバッターが捉えた。
この距離と、建物の密集度合から言って、あのサーヴァントの方から自分達は見えない筈だとバッターは正確に判断。
だが、相手はサーヴァント。遮蔽物越しからでも、此方を視認、或いは認識出来る術を持っていたとて、何らおかしくはない。
そして、此方を迎え撃つ為の一撃が今、見えぬ所にいる戦士から放たれた。

 それは高速で、明白に、バッター達の方角に向かって放たれていた。
立ち並ぶ家屋、電信柱に電線。それら障害物を、人が目に見える物を避けて移動する様に器用にかわして行く。
蒼白く独りでに光るそれは、掠れば肉が抉られるような鋭さのギザギザを携えている、菱形の手裏剣であった。
初めてソニックブームと出会った時に、対応した攻撃だとバッターは直に思い出す。勿論、どんな攻撃かも承知していた。

 飛来するそれ目掛けて、アルファのアドオンで迎撃。
清音の放った手裏剣、『無限刀 嵐』とアドオンが衝突、一方的にバッターのアルファが嵐を粉砕する。
それも当然だ。宝具としてのランクもそうであるが、ただの必殺技の延長線上に過ぎない手裏剣上の斬撃に過ぎない嵐が、
確かな形を持つ上に神秘としての強度も高いアルファに、掠り傷を負わせる事も出来ない。自然な事であった。

 バッターの知覚範囲内で、狙撃、不意打ちの類は無意味に等しい。
圏境の域に達する気配遮断能力を得たとて、それがサーヴァントと言う霊的性質を秘めた者であるのなら。バッターはこれを感知する事が出来る。
気配を消したとて、其処に存在すると言う事実までは決して歪められないからだ。故に、霊性を知覚する能力に恐ろしく長けたバッターからは、逃れられない。
姿を認識させない事が肝要な不意打ちや狙撃であるのなら、アサシンクラスとしての性質を持ったサーヴァントにとって、バッターは天敵にも等しい存在であった。

 だが、清音としても、バッターが攻撃に対応する事は織り込み済みであったらしい。
一発程度の攻撃では、全くバッターに王手を掛けるのは不足。であるのなら、攻撃を連発すれば良いのだ。
無限刀 嵐は、特殊な斬撃が宝具となった物に過ぎない、いわば技術が宝具となった物である。必然、その燃費は頗る良い。
清音は勿論、ソニックブームにも負担は最小限だ。このメリットを活かして、清音は菱形の斬撃を無数に、バッターら目掛けて飛来させる。
回転しながら迫るそれを、バットで弾いたり、オメガの空間歪曲で消滅させたり、アドオン自体を体当たりさせて破壊したりと、次々迎撃。

 ――その時に発生した衝撃で、シャドウラビリスがよろめいた。
彼女の体勢上、不可避の減速。此処でバッターは、シャドウラビリスを切り捨てる算段に打って出た。
アルファの力を発動させ、衝撃波を彼女目掛けて放つ。「ッァガ……!?」、何が起こったのか理解出来ないような、シャドウラビリスの苦鳴。
そのまま何mも、バッターの移動ルートとは逆方向に吹っ飛ばされた彼女は、そのまま地面に倒れ込んだ。
異変を察知したセリューが後ろを振り返る。俯せに倒れたシャドウラビリスと、仰向けに、ラビリスから離れた所でグッタリしている真昼。
それを見て、ハッとした表情をセリューは浮かべた。

「番場さん!!」

「非情になれ、セリュー」

「でも!!」

「綺麗事のみで、正義の道は舗装されていない。そして、無慈悲と非情は、悪ではない」

 バッターの鰐頭と、背後のシャドウラビリス達の方に、悲愴な目線を交互させるセリュー。
どうすれば良いのか? 此処で自分がなすべき事とは? 生まれて初めてのジレンマに、正義の遵奉者は陥っていた。
真昼を助けに行けば、自分やバッターが危ない。このまま逃げ切れば、真昼の命がない。
悩んだまま、どんどんバッターとシャドウラビリスの距離が離れて行く。眦に涙を浮かべて、真昼の方に悲しげな目線をセリューは送り続ける。

「無言は、俺の意見を採ったと解釈する」

 そしてそのままバッターは、自身にエプシロンによる補助を適応させ、自身の敏捷性を強化。
この状態で強く地を蹴るバッター。蹴った所が陥没する程の速度での踏込で、先程までの移動速度にプラス時速一二八㎞を得た。
疾風など目ではないスピードを得たバッターは、とうとう清音達からすらも逃げ切った。かくのごとく、バッターらは<新宿>に来てからの初めての命の危機から退却したのであった。

555The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:32:55 ID:qWajf0H60




【市ヶ谷、河田町方面/1日目 午後1:30】


【セリュー・ユビキタス@アカメが斬る!】
[状態]肉体的損傷(中)、魔力消費(中)、番場真昼を失った事から来る哀しみ
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]この世界の価値観にあった服装(警備隊時代の服は別にしまってある)
[道具]トンファーガン、体内に仕込まれた銃、免許証×20、やくざの匕首、携帯電話、ピティ・フレデリカが適当に作った地図、メフィスト病院の贈答品(煎餅)
[所持金]素寒貧
[思考・状況]
基本行動方針:悪は死ね
1.正義を成す
2.悪は死ね
3.バッターに従う
4.番場さんを痛めつけた主従……悪ですね間違いない!!
5.メフィスト病院……これも悪ですね!!
6.番場さん……後で絶対助けます!!
[備考]
・遠坂凛を許し難い悪だと認識しました
・ソニックブームを殺さなければならないと認識しましたが、有里湊から助けてくれたと誤認したせいで、決意に揺らぎが生じています
・女アサシン(ピティ・フレデリカ)の姿形を認識しました
・主催者を悪だと認識しました
・自分達に討伐令が下されたのは理不尽だと憤っています
・バッターの理想に強い同調を示しております
・病院施設に逗留中と自称する謎の男性から、<新宿>の裏情報などを得ています
・西大久保二丁目の路地裏の一角に悪魔化が解除された少年(トウコツ)の死体が放置されています
・上記周辺に、戦闘による騒音が発生しました
・メフィスト病院周辺の薬局が浄化され、倒壊しました
・番場真昼/真野と同盟を組みましたが、事実上同盟が破棄されました
・有里湊&セイヴァー(アレフ)の存在を認知。またどちらも、悪だと認識しました


【バーサーカー(バッター)@OFF】
[状態]肉体的損傷(大だが、現在回復進行中)、魔力消費(中)
[装備]野球帽、野球のユニフォーム
[道具]
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:世界の浄化
1.主催者の抹殺
2.立ちはだかる者には浄化を
[備考]
・主催者は絶対に殺すと意気込んでいます
・セリューを逮捕しようとした警察を相当数殺害したようです
・新宿に魔物をバラまいているサーヴァントとマスターがいると認識しています
・自身の対霊・概念スキルでも感知できない存在がいると知りました
・女アサシン(ピティ・フレデリカ)を嫌悪しています
・『メフィスト病院』内でサーヴァントが召喚された事実を確認しました
・有里湊&セイヴァー(アレフ)の存在を認識しました
・番場真昼/真夜&バーサーカー(シャドウラビリス)を見捨てました
・…………………………………………

※現在、香砂会邸宅跡地から距離を離しています。何処に移動するかは、後続の書き手様にお任せ致します

556The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:33:20 ID:qWajf0H60
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「マジかあのバケワニ!! 同盟者を見捨てやがったぜ!!」

 結局、バッターがシャドウラビリス達を切り捨てたと知らなかったのは、セリューだけだった。
ソニックブーム及び、彼の視界を通じて『むげんまあいのNOTE』でその一部始終を見ていた清音ですら、バッターが行った行動と、その意図を見抜いていた。
セリューが見ていない隙を狙ってバッターがそんな行動に出たから仕方がないとは言え、ソニックブームは、ある種の哀れさをセリューに感じていた。
あの少女は、バッターと言うサーヴァントが心の奥に宿す狂気を認識出来ていないのだ。恐ろしく利己的で、自己中心的なサーヴァント。それがバッターだ。
その本性を、マスターである彼女だけが知らない。これ程、哀しいピエロな話もない。セリューだけが除け者、バッターが演じるキャラクターに踊らされる道化なのだ。

「……俺達から逃げ切る為に、足の遅い同盟者を見捨てる。非情ではありますが、合理的な判断であるとは思います」

「……ホウ。セイバー=サンの口からそんな冷徹な言葉が出て来るとはな」

 茶化した様子もなく、見直した風な口で、ソニックブームをは清音の顔を見た。

「ですが、それと、裏切って同盟相手に不意打ちを仕掛ける事は別です。俺の目にあの足きりは、悪以外の何物にも映りませんでした」

 結局そう言う結論に、落ち着くらしい。
「折角が男としての箔がついたって思ったのによ」、と零すソニックブームに、眉を顰める清音。

「んで……結局この嬢ちゃんは、誰なんだろうな?」

 言ってソニックブームは、足元に転がる、嘗てのセリューの同盟相手……番場真昼の方に目線を向ける。
Gスーツを纏った清音、そしてそれを御すニンジャは、シャドウラビリスと真昼の両名から一mも離れていない所にまで近づいていた。

「順当に考えれば、セリューに騙されたか、脅された、哀れなマスター……何でしょうが」

「俺もそう思う」

 言ってソニックブームが、湊に折られなかった左手で、真昼の着る制服の襟を引っ掴む。
それを見てシャドウラビリスが、凶暴な表情を浮かべながら、ノライヌめいた唸りを上げるが、流石にこの男は肝が大きい。
サーヴァントに威圧されたとて、まるで臆した様子を見せはしない。と言うよりも、このサーヴァントは何故――

「動けねぇのか、コイツ?」

 ソニックブームの疑問は其処だった。
バッターの放った攻撃の影響で、身体の何処かに著しい損傷を負い、動けないと言うのであれば話は解る。
だが今のシャドウラビリスにはそれらしい外傷はない。それなのにこの復帰の遅さは、疑問を抱かざるを得ない。余程、自分達が見つけるまでに体力を消費し過ぎたのだろうか。

 ソニックブーム達は知る由もないだろうが、バッターが従えるαのアドオン球がシャドウラビリスに向かって放った衝撃波には、
直撃した相手を麻痺させる追加効果があったのだ。その効果が今、シャドウラビリスに対して最大限発動している状態だ。だからこそ、今彼女は動けないでいる。
バッターがそんな事をした理由は一つ。シャドウラビリスがバッター達に追いつけないようにする為であった。

「どうしましょうか、彼女達……」

 清音の言葉からは、このまま捨て置けない、と言う念がありありと伝わってくる。
これは、ソニックブームでなくとも難を示すであろう。このまま見捨てる、と言う選択肢を選ぶ主従の方が、もしかしたら多いかも知れない。
余程道に外れた提案でなければ、受け入れよう。清音はそう考えていたのであるが……。

「利用されるだけされて、ってのは可哀相だからな。何とか立て直しの道位は示してやりてぇよな」

 意外にも、ソニックブームから出た言葉には、救済措置を設けてやろう、と言う旨が明白に存在した。驚きの表情を、Gスーツのマスク越しに浮かべる清音。

557The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:34:05 ID:qWajf0H60

「そう怖い顔するなよ、バーサーカー=サン。心配するな、お前のマスターは俺が責任もって保護してやるからよ」

 と、蹲って此方を睨みつけるシャドウラビリスを諭すソニックブーム。猫なで声であった。
……勿論、ソニックブームの言葉を、清音は額面通りに受け取っていなかった。確実に、何か疚しい目的があるから、保護するのだろう。そう清音は考えていた。

 清音が向ける、疑惑の目線に気付くソニックブーム。当然ソニックブームは、無償の善意で真昼を保護したのではない。
既にソニックブームは気付いていた。――真昼の身体の何処を探しても、令呪らしいものがない事に。
令呪の存在しないバーサーカー。これ程恐ろしい話はない。手綱の存在しない暴れ馬など、今のソニックブームには穀潰しも良い所であった。
同盟相手としては、論外を極る。肉の盾か、鉄砲玉。それ以外の使い方を、今のソニックブームは思い浮かべていない。
何なら、折見て荒垣の主従にぶつけると言う事も、アリである。自分に火の粉が降りかからないように、真昼達をどのように扱うか?
そのシミュレートは、ソニックブームの頭の中で、冷徹に組み上がっているのであった。




【市ヶ谷、河田町方面/1日目 午後1:30】

【ソニックブーム@ニンジャスレイヤー】
[状態]右腕骨折
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]ニンジャ装束
[道具]餞別の茶封筒、警察手帳
[所持金]ちょっと貧乏、そのうち退職金が入る
[思考・状況]
基本行動方針:戦いを楽しむ
1.願いを探す
2.セリューを利用して戦いを楽しめる時を待つ
3.セイバー=サンと合流
[備考]
・フマトニ時代に勤めていた会社を退職し、拠点も移しました(新しい拠点の位置は他の書き手氏にお任せします)。
・セリュー・ユビキタスとバッターを認識し、現住所を把握しました。
・セリューの事を、バッターに意識誘導されている哀れな被害者だと誤認しています
・新宿に魔物をバラまいているサーヴァントとマスターがいると認識しています。
・荒垣&アサシン(イル)の主従と、協力関係を結びました
・有里湊&セイヴァー(アレフ)の存在を認識しました
・悪魔(ノヅチ)の屍骸を処理しました
・古い拠点は歌舞伎町方面にあります
・気絶している真昼/真夜を抱えた状態です


【橘清音@ガッチャマンクラウズ】
[状態]健康、霊体化、変身中
[装備]ガッチャ装束
[道具]
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯にマスターの願いを届ける
1.自分も納得できるようなマスターの願いを共に探す
2.セリュー・バッターを危険視
3.他人を害する者を許さない
[備考]
・有里湊&セイヴァー(アレフ)の存在を認識しました


【番場真昼/真夜@悪魔のリドル】
[状態]肉体的損傷(小)、気絶
[令呪]残り零画
[契約者の鍵]無
[装備]学校の制服
[道具]聖遺物(煎餅)
[所持金]学生相応のそれ
[思考・状況]
基本行動方針:真昼の幸せを守る。
1.<新宿>からの脱出
[備考]
・ウェザー・リポートがセイバー(シャドームーン)のマスターであると認識しました
・本戦開始の告知を聞いていませんが、セリューたちが討伐令下にあることは知りました
・拠点は歌舞伎町・戸山方面住宅街。昼間は真昼の人格が周辺の高校に通っています
・セリュー&バーサーカー(バッター)の主従と同盟を結びましたが、これを破棄されました


【シャドウラビリス@ペルソナ4 ジ・アルティメット イン マヨナカアリーナ】
[状態]肉体的損傷(中)、魔力消費(小)、
令呪による命令【真昼を守れ】【真昼を危険に近づけるな】【回復のみに専念せよ】(回復が終了した為事実上消滅)
[装備]スラッシュアックス
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:全参加者及び<新宿>全住人の破壊
1.全てを破壊し、本物になる
[備考]
・セイバー(シャドームーン)と交戦。ウェザーをマスターと認識しました。
・メフィストが何者なのかは、未だに推測出来ていません。
・理性を獲得し無駄な暴走は控えるようになりましたが、元から破壊願望が強い為根本的な行動は改めません。
・バッターが装備させていたアドオン球体を引き剥がされました

558The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:34:27 ID:qWajf0H60
投下を終了します

559 ◆zzpohGTsas:2018/03/05(月) 03:21:18 ID:4.7Hg7Rc0
ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)
塞&アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)
マーガレット&アサシン(浪蘭幻十)
英純恋子&アサシン(レイン・ポゥ)
遠坂凛&バーサーカー(黒贄礼太郎)
アイギス&サーチャー(秋せつら)
北上&魔人(アレックス)
黒のアーチャー(魔王パム)
予約します

560名無しさん:2018/03/05(月) 03:50:39 ID:R5ZrxEgg0
遂にせっちゃんと幻ちゃんが再開するのか

561名無しさん:2018/03/05(月) 17:31:32 ID:6EI3AiLQ0
投下乙です

番場ペアが不遇すぎてもう草しか生えない。
バッターにイルと涼しい顔で連戦をこなすアレフの怪物っぷりが良く分かる

562名無しさん:2018/03/08(木) 18:18:08 ID:Rk0m/pok0
投下乙
派手さが無い代わりに隙もないアレフの恐ろしさよ

563 ◆zzpohGTsas:2018/04/14(土) 23:59:07 ID:T1ESMQgE0
投下します

564第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/14(土) 23:59:47 ID:T1ESMQgE0
 ――絵画館。
地域の特定なしに、その名前が何処の美術館を指しているのか? と問えば、十人十色の答えが出よう。
地元の美術館を答える者もいれば、常識のレベルで知って居るべき美術館の名前を答える者も、いるであろう。
だが、この<新宿>に於いて、美術館と問われれば、その名前さえ知っているのであれば、誰もが聖徳記念絵画館と答えるであろう。

 <魔震>と言う現象が、神代も過ぎ去り神秘も失せ、神も悪魔も遠くに行ってしまった現代に於いて、何故神秘の彩を纏って語られるのか。
<新宿>のみを特定して襲ったと言う事も勿論ある。他区と他区との境界線をなぞるように刻まれた亀裂だって、ミステリーの対象である。
だがそれらと同じ位置にまで並び立つ謎が、建物の破壊の度合いが、建造物によって違うと言う所である。
<魔震>前の新宿区の中では最も堅牢な構造を誇っていた筈の市ヶ谷駐屯地ですら、半崩壊に等しいレベルの損害を負ったにも関わらず、
この聖徳記念絵画館は、建物の外部に大小の亀裂が走った程度の軽微な損害で済んでいたのだ。
被害の程度が建物の構造的に小さいと言った事態は何もこの絵画館に限った話ではなく、<魔震>直後の新宿ではよくあった話である。
耐震構造がシッカリとしていた隣の一軒家は瓦礫の堆積になってしまっていたにもかかわらず、隣の築四十年のぼろアパートがほぼ無傷、
と言ったケースもあった程。この伝説は今でも語り継がれ、あの<魔震>にあって壊れなかった建物のあった土地は、パワースポット扱いされており、
その土地に建てられたアパートやマンションに住む事が出来ればそのパワーを住民も与る事が出来、幸運が約束されるとまことしやかに囁かれている程だった。

 そんな話が今も流れているせいか、聖徳記念絵画館は、お堅い展示物を主に目玉にしているのに反して客足が絶えない。
明治天皇の聖徳、つまり生前の様々な事績を描いた絵画を多数展示されている事から、聖徳記念絵画館。
堅い施設だ。少なくとも、今時の若人の人気となる所ではない。しかし絵画館の維持・運営を担当する明治神宮の上部も、
使える要素は使うと決めているらしい。このパワースポットであると言う噂を上手く扱った商品や展示を新しく産みだし、
<魔震>以前の収益を大きく超える程の黒字をここ数年叩き出している所からも、運営の辣腕さが窺い知れると言うものだった。

 平日であっても客足が多いこの施設にはしかし、現在人が全く見えない。
開館時間よりも大分前の、早朝の時間よりも人の気配を感じない。それも、当たり前の事であった。
今日の午後二時に起こった、<新宿>どころか世界中を震撼させた、新国立競技場での一大事件。
競技場内での大量虐殺もそうであるが、其処から迸った黄金光によって爆発的に跳ね上がった被害者数、そして、事件の舞台となった競技場その物の消失。
息を吐く間もなく、目まぐるしく事態が展開されてゆき、何が起こったのかを把握するよりも早く、全てが一切合財消えてなくなってしまった。
それはまるで、史書をパラパラと流し読みさせて行くかの如くに似ていた。

 足を運ぶ客もなく、聖徳記念絵画館及び、その周辺施設には現在、其処に勤務するスタッフ位しか今はいない。
元々此処を警備する為に存在した警察官達も現在、余りにも人手が足りないと言う事で、新国立競技場の捜査要請を受けそっちに向かってしまっている。
喧騒とサイレン音から取り残されたように、その地帯だけぽつねんとして静かなのは、そう言った事情があるからだった。

 そして、そう言う事情があるからこそ、隠れるには打って付けであった。

565第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:00:03 ID:qUjZ2eFg0
「……」

 遠坂凛にとってそれは、遅めの昼食だった。
場所は、絵画館から近い所にある、某球団のホームグラウンドであるところの神宮球場。
その、球場の外周に設置された観客向けのスタジアム売店の壁に寄りかかりながら、所謂球場飯と呼ばれる物を凛は口にしていた。
食べているものは、一個八九〇円の、シューマイ弁当。味の方は、まぁ悪くない。例え冷凍した物をレンジで解凍し、盛りつけただけのそれだとしても、
それまで口にしていたカップラーメンとか塩水に比べれば余程人間味のある味だった。栄養を摂取し、胃の中を質量のあるものが満たして行くと言う感覚だけでも、今の凛には有り難かった。

 勿論、対外的には国際的な指名手配犯同然の遠坂凛が、売り子に気付かれずに弁当を購入出来る筈がない。
今は、新国立競技場にいたアイドルの誰かの制服を着て変装しているとは言え、顔自体は依然として遠坂凛のままである。気付かれる可能性の方が高い。
まともに物品を購入しようとすれば、その時点でアウト。故に、購入の際には魔術による簡易的な催眠を用い、此方と気付かれない処置を取った。
これを用いれば、本来なら料金の支払い無しで商品を受けとる事も可能ではあったが、それだけは、最後に残ったプライドが許さなかった。
なけなしの所持金を叩いて、噛みしめるように。彼女はシューマイや白米を何度も噛んでいた。下手をすればこれが、最後の食事になりかねない。空腹感は、この場において殺しておきたかった。

【ははぁ、美味しそうですなぁ凛さん。私、シューマイ何て食べた回数が片手で数えられる位しかないんですよ】

【あげないから】

 シューマイを頬張りながら、霊体化した黒贄の言葉に対してそう返す。
残念そうな雰囲気が、回路を通じて伝わってくる。シューマイを一口、と言い出しそうな雰囲気を事前に出していれば、即答したくもなる。と言うよりサーヴァントに食事の必要性はない。

 <新宿>において、ブランクの地帯が出来る事は先ずあり得ない。
それはそうだ。如何に亀裂によって他区と隔絶された場所とは言え、此処は東京都の真ん中、都心も都心なのである。
経済規模も、流通するモノやカネの量も、日本全国は愚かアジア全土を見渡してもトップクラスである。この規模の都市で、人が全くいない地域の存在は、絶無に近い。
況して今凛がいる場所は、夕方に差し掛かった頃合いの球場である。もうすぐ試合も始まる時間。人がいない筈がない。
それなのに現在、閑古鳥が鳴いていると言うレベルではない程、この球場に人がいないのは即ち、すぐ近くの新国立競技場で起こった大事件のせいに他ならない。
あの事件には凛……と言うより、彼女の従えるバーサーカーであるところの、黒贄礼太郎が一枚大きく噛んでいる。事情は解る。
あんな事件が起きてしまえば、この人通りの少なさも納得と言うものだった。球場及び、絵画館側としては堪った物ではなかろうが、凛としては有り難い。
簡単に身を潜めさせられるのだから。今は、無為な戦いをするフェーズではない。サーヴァントの数が減りつつあるのを、静観する時期であった。

「――失礼するよ」

 神の振う賽子は、何処までも、遠坂凛に対して安息の時間は約束してくれないようであった。静観すると決めていても、状況がそれを許さないのである。
香の物を一緒に箸で挟んだ白米を口元に持って行きながら、ジロリと凛は、自身の眼前に聳え立つように現れた大男を見上げだす。
果たして其処には、黒贄のそれとは似ても似つかない程キチンとした黒礼服を身に纏う、アングロサクソン系の男が立っているではないか。

【あ、凛さん。サーヴァントの気配ですよ】

 本当にこの男は、と呆れる他ない。
黒贄が今更ながらに、凛にサーヴァントの気配の事を報告して来た。そんな物、聞かれるまでもなかった。
黒髪のアングロサクソン……ジョナサン・ジョースターの背後数mに、高次の霊的存在――即ちサーヴァントと思しき存在が、指先を此方に向けて構えているのが見えない、凛ではなかった。

566第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:00:24 ID:qUjZ2eFg0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 【黒贄、霊体化を解除しなさい】、そう凛が命令する頃には、シューマイ弁当はメインであるシューマイを二つ残す所の段階であった。
凛の指令を受け、黒贄は霊体化を解除。多くのサーヴァントに、恐るべき殺人鬼として認識されているその姿を露にさせる。
殺気が強まる。「おや」、と口にするのは黒贄である。ジョナサンと、ジョニィ。どちらも並外れた量の殺意を醸し出している。
だが、殺人鬼としての殺意ではない。どちらかと言えば二名の放つ殺意は、殺人鬼の物と言うよりは、殺し屋の物と見て間違いない。
特に、ジョニィの場合が顕著だ。黒贄ですら瞠目する程の量の殺意でありながら、その殺意の純粋(ピュア)さたるや、どうだ。
確実に凛と黒贄を葬ると言う気概に、限界値まで達している程の殺意だ。殺人鬼共の王は、ジョニィの放つそんな殺意に、漆黒のプラズマを見た。
マスターである筈のジョナサンの体格よりも小柄なその身体を押し包む、スパークを迸らせる黒曜石の色の火花を。

「こうして、実際に姿を見るのは初めてだな」

 ジョナサンの言葉に、誰も反応を示さない。
聖杯戦争が開催されてから、半日以上経過した現在であっても、黒贄礼太郎の姿を実際目の当たりにした主従は、そう多くはないであろう。 
大半が、うるさい位にテレビやSNSで拡散されている、あの有名な『衝撃映像』の中でしか見れていないに相違あるまい。

 実際にその姿を見る事と、映像資料でその姿を見るのとでは、全く違う。その姿を見た瞬間、ジョナサンは身の毛がよだつような恐怖を感じた。
体格は、自分と同じ程。ジョナサンも黒贄も、現代の価値観から言えば大柄、人によっては巨漢と見られてもおかしくない程、恵まれた身体つきをしていた。
どちらも共に身体つきはガッシリとしており、だからこそ礼服が良く似合う。二人は共に、アイロンをかけてるか否かとか、略礼服か否かと言う違いこそあれど、同じ色合いをした礼服を身に纏っていた。

 違うのは――その目だ。
ジョナサンの目は如何だ。とても感情的で、直情的。そして、人間的な目をしている。
それは即ち、極めて生命的な目であると同時に、人として当たり前の目だと言う事だ。非道に怒り、悲惨な出来事に哀しみ、目出度き事には喜びを湛える。
とても人間的な事であり、しかし、人間及びそれに準ずる知的生命体にしか確かに出来ない事が、当たり前のように出来る。そんな瞳をジョナサンは持っている。
黒贄の目は、違う。感情が、余りにもなさ過ぎる。製氷皿で作られた氷の粒をはめ込んだ方が、まだ温かみがあると感じるであろう程、温もりがない。
凍土で固まった、泥のような瞳だった。濁ったガラスの球のような瞳であった。宇宙の昏黒を丸めて眼球の形にした様な、怖い目であった。
この目を見続けていれば、気が触れる。そう思わせるに足る程の、負の威力を黒贄の瞳は有していた。表情は薄い微笑みであると言うのに、瞳の方には一切の感情が宿らないと言う点も、その威力に拍車をかけていた。

「……どちら様?」

 咀嚼する白米を呑み込み終えてから、凛が訊ねた。

「遠坂凛、で間違いないかな?」

「契約者の鍵を見る余裕もなかった程、慌てんぼうなのかしら? よく今まで生きて来れたわね」

 見れば解るだろ、と暗に言う凛。勿論、ジョナサンは馬鹿ではない。
服装こそテレビで流れている凛の服装とは違うが、顔を見れば一目で遠坂凛だと理解出来る。
だが、心なしか……テレビで流れた中学時代の卒業アルバムの写真等の参考映像のものとは違い、顔付きがややスれている。
きっと黒贄の大立ち回りや、聖杯戦争開始からの半日で、さぞ多大なストレスと気苦労を背負い込んだのであろう。尤もそれは、自業自得と言うものなのだが。

567第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:00:41 ID:qUjZ2eFg0
「其方の名前を一方的に知っていると言うのはフェアじゃあないが、生憎戦いの渦中だ。僕の名を明かせない非礼を許して欲しい」

 オブラートに包んだ非常に丁寧な言い方で、遠回しに『お前に明かす名などない』と言う旨をジョナサンは告げる。
清々しい程に、自分と貴方とでは相いれないと言う事が伝わってくる。だが、それで良いと凛は思う。
元より聖杯戦争は、サーヴァントの真名は勿論の事、マスターの名前が知れ渡る事だって後の禍根に繋がりかねないのだ。
戦の理から考えて、マスター自身の名を秘匿するべきと言うのは、極めて理に適っている。ジョナサンの態度を、非礼とは凛は思っていない。寧ろ常識的な判断だと思っている程だった。

「貴方は、死ぬわね」

 ジョナサンを瞳だけで見上げながら、凛が言った。
その瞳にジョナサンは、凛の様々な感情を感じ取った。虚無、鬱屈、卑屈、そして……怒りと羨望。

「アーチャーのサーヴァントを引いて置きながら、賞金首のお尋ね者の私を遠方から狙撃しないなんて、甘く見られたものよね。ミスターの目からは、私は相当無力な少女に見えたのかしら?」

 聖杯戦争に参戦しているマスターである凛には当然、ジョナサンの引き当てたサーヴァントである、ジョニィ・ジョースターのクラスが見えている。
アーチャー。何を飛び道具にするのかは解らないが、遠方からの攻撃に長けたクラスである事は凛にとっては常識中の常識である。
そんなクラスを引いていながら、ロングレンジからの攻撃を仕掛けて来ないばかりか、剰え直接近付いて会話すら交わそうとしているのだ。
ナメている。凛はジョナサンのこの行いを、一種の挑発行為と受け取った。此方が無力で、放っておいても自滅・自壊する。
そんな主従と解っているからこそ彼は、アーチャーを引いていながらこんな迂闊極まりない作戦に出たのであろう。凛が面白くないと感じるのも、むべなるかなと言うものだった。

「……君に話しかけたのは、僕の中に残った最後の良心の故だ」

「貴方の、良心?」

「僕の心の中で今、獣が暴れている。女の子に暴力を振う事を由とする、残虐な獣が」

 「しかし――」とジョナサンは言葉を続ける。

「可能なら僕は、その獣を解き放ちたくない。こんな危険な性根は押し留めたいんだ。だが、今の僕の理性では、それも難しい」

「……」

「だから、君の釈明と弁解が必要なんだ。君のサーヴァントによって起こされた虐殺は、君の手を離れたバーサーカーの暴走によるものだった。君は本当は無実で、君を『新国立競技場の大事件の犯人』だと思い込んでいるのは僕の酷い誤解だった。そんな君の、真心の言葉によってのみ、僕の心の中に巣食う兇悪な獣は鎮まる。答えて欲しい、遠坂凛」

 息を吸ってから、ジョナサンは言った。

「君が、やったのか? 君の……漆黒の意思がそうさせたのか?」

 遠坂凛が此処にいると言う情報を提供した塞に対して、ジョナサンは極めて強い語気と言葉で、凛を葬ると言う旨を表明して見せた。
だがしかし、本心ではまだ迷いがあった。遠坂凛はまだ、バーサーカー黒贄礼太郎に振り回されている、哀れな少女だと言う考えが心の片隅に存在するのだ。
その可能性がある限り、ジョナサンは凛に対して、蛮勇を奮えない。ロベルタの時は、彼女が言葉の通じない狂犬だと解っていたから、本気で殺しに掛かれた。
この少女の場合、まだその線引きがグレーなのだ。ジョナサンにとって凛は、普通の少女と、殺人鬼の相棒の中間に位置する少女。
疑わしきは、罰せない。だがそれは逆に、決定的な一言と行為さえあれば、針はどちらかに振れると言う事でもある。針を振れさせる決定的なもの、それこそが、今のジョナサンの欲するものだった。

 凛は、ジョナサン・ジョースターと言う男が、お人好しである事を見抜いた。
この男は未だに、自分の事をか弱くて、力に振り回されるだけの哀れな少女だと思っているのだ。思っていて、くれているのだ。
自分の事を被害者だと心の片隅で思ってくれる人間。凛は、感激した。まだ自分の事を、そう思ってくれる人間がこの地にいただなんて!!

 だからこそ、遠坂凛の答えは、決まっていた。
最後に残った一個のシューマイを口に運び、それを咀嚼し、呑みこんでから、凛は、ジョナサンに捧げる答えを口にした。

「――そうよ」

568第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:01:37 ID:qUjZ2eFg0
 人差し指をジョナサンの眉間に向ける凛。 
指先に収束する、赤黒い色味の魔力。ジョナサンが驚愕に目を見開かせたと同時に、指先からガンドが放たれる――『よりも早く』。
ジョナサンの背後数m地点に控えていたジョニィが、人差し指と中指の爪先を凛に合わせ、その指の爪を彼女目掛けて発射。
凛がガンドを放つ速度よりも、遥かに速い。ガンマンの抜き打ちの如き、爪弾の発射速度!!

 ――そしてそれらを凌駕して、黒贄が早く動いていた。
ジョニィの放った爪弾の射線上に、凄まじい速度で立ちはだかった黒礼服の殺人鬼。
本来ならば凛の心臓を体内で飛散させる筈だった、爪の弾丸二発は、黒贄の胸部に没入、体内に留まるだけに終わった。
凛が、いつの間にか己の近くに黒贄が高速移動していたと気付いたのは、ガンドを放ち終えた直後だった。
放たれたガンドをジョナサンは、弾く波紋を身体に纏わせ、己の右上腕をガンドの弾道上に配置、その魔力弾を見当違いの方向に弾く事で、何とか防ぎ切った。

「大道芸も極めれば人を殺せるんですなぁ、私には出来ない器用な真似です」

 爪弾を受けたにもかかわらず、いつもの薄い笑みを浮かべる黒贄。
態度はいつものように、何と言う風もないそれであるが、実際は違う。
爪弾を受けた所からは血が流れているし、事実痛みも感じている。ダメージを受けて尚、黒贄は笑うのだ。それがまるで、流儀でもあるかのように。

「それが……君の、答えなんだな……。遠坂、凛ッ!!」

 ジョナサンの顔に、怒りが彩られる。大きな刷毛で、顔に怒気を溶いた水を一塗りしたかのようであった。

「少しはサーヴァントとしてマシになったわね、黒贄」

 対照的に、凛の表情は落ち着いている。微かに口角を吊り上げて、凛はそう言った。
ジョニィの攻撃から、黒贄はその不死性を利用して身を挺して自分を守った事を、彼女は理解していた。

「探偵は、依頼人を守る事も仕事の内ですから」

 そう口にする黒贄の言葉に裏は感じ取る事は出来ないが、きっとこの男の事だ。
過去に、依頼人に対して『やらかしている』のは想像に難くない。それも一度二度の話では、ないだろう。

 後方に跳躍し、遠坂凛から距離を取るジョナサン。
【傷の方は大丈夫か】、と、ジョニィは凛の放ったガンドのダメージの有無を問う。問題ない、とジョナサンは返す。軽い流血程度に収まっている。
ガンドには面喰ったが、流石に一流の波紋使い。遠坂凛と会話を交わす前の段階から既に、不測の事態に備えて弾く波紋を身体に纏わせていた。
拳銃の弾丸すら通さない程の防御力を発揮する、ジョナサンの波紋だ。凛のガンドでも、そうそう貫ける事は出来ない。

 それより問題なのは、遠坂凛が魔術――ジョナサンは彼自身が使う波紋法とは別体系の特殊能力と認識している――を行使出来る少女だったと言う事だ。
……否、魔術を使える事自体は問題ではない。ジョナサンだって、常人から見たら魔術や奇術としか思われぬ波紋法を会得、使用出来る。これについては言いっこなし。
焦点となるのは、凛が明白にその魔術を、彼を殺傷する目的で行使したと言う点である。今の今までジョナサンは、凛の事を無力な少女だと思っていた。
実態は、違った。実はジョナサン同様、聖杯戦争を円滑に勝ち残る為の戦闘技術を予め会得していた女性であり、それを明白に、敵対する相手に行使する事の出来る精神性を持った女性であったのだ。

 認識が、転向する。左右に振れていた針が、一方に大きく傾く。
葬り去ろうとする事が、自分への対応だと言うのならば。あの国立競技場での一件について、「そうだ」と肯定したのであれば。
ジョナサンがこれからする事は、一つ。これから何を行うのか? それは、心胆を震え上がらせる程大きい、まるで蒸気機関の唸りを思わせるようなジョナサンの独特な呼吸法を聞けば、説明するべくもなかった。

「紳士は、女の子に手を上げない事を基本とする。……いや、基本なんてものじゃない。誰かに教わるまでもなく。英国に産まれた紳士は、認識しなければならないんだ。女性に、粗暴を振う事の罪と愚かさを」

 呼吸を終えた後、皮膚が粟立つ程恐ろしげなものを宿した低い声音で、ジョナサンは語る。
そして、その黒瞳には焔が灯っていた。見る者の心を寒からしめる、冷たい焔が。メラメラと、メラメラと!!

「……僕を紳士たらんとするべく尽瘁してきた、父ジョージは、天国で僕を許してくれるだろうか。――遠坂凛。君を殺した後の、僕の罪をだッ!!」

「黒贄、くじ」

「はい」

569第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:02:08 ID:qUjZ2eFg0
 言って黒贄はくじ箱をアポート。凛の方へと差出し、急いで其処に凛は手を突き入れ、適当に一枚くじを引く。
その様子を指を加えて見ているジョニィではない。タスクを発射した側ではない手の指から一発、爪弾を放つ――が。
凛へと向かって放たれた爪弾を、黒贄は左腕を動かして弾道上に重ね合わせる。相談が、肘に命中した。黒贄が纏う黒礼服の袖が、血を吸って重くなる。

「ミスター。私を殺す事が、連綿と続いた紳士の家名に泥を塗る行為だと思っているのであれば、その心配は杞憂ね」

 引いたくじの紙片を人差し指と中指で摘まみ、その状態でビッと黒贄の方に見せ付けながら、凛は言葉を続ける。

「私を殺す前に、貴方が殺されるのだもの。女殺しの汚名を被る事も、私を殺した咎で地獄に堕ちる事もないわよ」

 引いたくじには46番と書かれていた。それを見た黒贄は虚空を歪ませ、目当ての武器を手に取り始めた。
一m半ば程もある、黄金色に光り輝く錫杖だった。学生時代に考古学を学ぶ傍らに読んだ、東洋で強い勢力を持っている宗教である仏教、
其処から分かたれた一派である密教の歴史を綴った本に、密教の僧(モンク)があのような物を持つと書いてあった事をジョナサンは思い出す。
シャン、と音を鳴り響かせながら、黒贄はその錫杖を軽く縦に一閃させる。綺麗な黄金色をこそしているが、輝きがやや鈍い事から、純金ではないなと思うジョナサン。
事実その通りであった。黒贄の財産で純金製の代物等買える筈がない。彼の持つこの錫杖は、真鍮製だった。

「――あ」

 と、気の抜けるような、何かに気付いた声を上げた黒贄。
これと同時に、再び彼の姿が掻き消えた。移動したのではない。吹っ飛ばされたのである。
吹っ飛んだ方向に身体がくの字に折れ曲がり、殆ど水平に、高速度で。その速度たるや、『黒贄が吹っ飛ばされた』と凛が認識出来ない程だった。

 黒贄の素っ飛んで行った方向に目線を送ろうとする凛だったが、直に止めた。
このバーサーカーを吹っ飛ばした――いや。殴り飛ばした張本人が、目の前に佇んでいたからだ。
この男から。そして、ジョニィから目線を外したら、死ぬ。だから、黒贄の方に目線を送りたくても送れない。
目線を外したその瞬間に、この男達は自分を殺す。殺せる力を持っている。余所見出来る、筈がなかった。

「……」

 黒贄を吹っ飛ばした男は、凄まじいプレッシャーを見る者に与える人物だった。
背丈も体格も、魁偉と称される程大きくない。角や翼、鋭い爪と言う、本来人類には備わっていない特徴が見られる訳でもない。
だが、特異な特徴が、ない訳ではない。顔に刻まれた、黒いラインに緑色の縁取りが成されている、特徴的な刺青(タトゥー)である。
それこそが、目の前に現れた、正体不明のサーヴァントの唯一にして最大の特徴。背丈も普通、髪の色も一般的なそれ、顔付きですらありふれたもの。
平均的が服を着て歩いているような男の中で、その刺青だけが異彩を放っていた。この刺青は、何なのだろう? 気圧される何かを孕んでいる事は解る。
それを、言語化出来ない。ただただ、恐ろしい物、得体の知れないもの、と言う事だけが、凛には伝わる。

「コイツの処遇は決まったのか、アーチャーと、そのマスター」

 黒贄の横っ腹を殴るのに用いた右拳を引きながら、件の魔人・アレックスが問う。

「これから殺すつもりだ。君も、そのつもりで此処まで来たんだろう、モデルマン」

 答えたのは、ジョナサンだった。

「手柄は譲ってやる。アーチャーに振れば良いのか?」

「いや、僕がやる」

「いえ、困ります。私、報酬をまだ貰っていませんから」

 声のした方向にバッと顔を向けるジョナサン、ジョニィ。そして、アレックス。
魔人になった事で獲得した悪魔の腕力に加え、強化された魔術スキルによって会得した補助魔法――カジャと言うらしい――を重ね掛け、
更にこれまた魔人になった影響で会得した魔力放出スキルを乗せて、アレックスは黒贄を殴ったのである。大抵のサーヴァントなら、殴られた時点で、
特殊な防御スキルを持っていないのであれば即死。上位英霊であっても、当たり所と状況によっては戦闘の続行が困難に陥る程の威力が、アレックスの右拳にはあった。

570第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:02:23 ID:qUjZ2eFg0
 しかし、黒贄は生きていた。
無傷ではない。アレックスによって殴られた胴体。其処が、アレックスの拳が命中した所から円形に、三〜四割程も消滅していた。
流れ落ちる血。千切れて垂れ下がった腸。露出する血濡れた骨。悪魔の膂力から放たれる、アレックスの右ストレートの威力を雄弁に語っている。
その状態でなお、黒贄は平然と立ち尽くしている。アレックスの殴打によって、優に四十〜五十m程も殴り飛ばされた黒贄だったが、いつの間にか、
話せる距離にまで接近していた。その程度の距離など、タスクのスタンドを持つジョニィや、魔人となったアレックスにとって離した内にもならない。
しかし、近い方がその人物の姿をよく観察しやすいと言うのも、また事実。だからこそよく解る。
黒贄は現状の肉体的損傷でなお、あの何が面白いのか解らない微笑みを浮かべている。しかも、強がりではない。
痛みから来る冷や汗も脂汗も、そして体の震えも見られない。黒贄は本当に、これだけのダメージを受けておいて、平気でいるのだ。

 黒贄に目を奪われている間、魔術で己の身体能力を強化させる凛。
そしてそのまま、カウンターを乗り越え、シューマイ弁当を買った売店内部へと跳躍。
異変に気付いたジョニィがそのままACT2を放つが、すんでの所で凛はこれを回避。凶悪無比な速度の爪弾は、店内の業務用冷蔵庫に直撃するだけに終わる。

「よせ、店員に当たる!!」

 ジョナサンがジョニィを制止する。予想通りの反応だった。
ジョナサンの性格を極めて善良な物であるとこれまでの会話から予測した凛は、其処から、余計な被害を拡大させる事を甚く嫌う人種であるとも考えた。
結論から言えばジョナサンの性格は正しくその通りなもので、現にジョナサンは、凛の魔術によって催眠状態にあるNPCの店員の、火の粉が降りかかる事をよしとしなかった。
人間性としては出来ているが、聖杯戦争を勝ち抜くには適さない性格だろう。店員に累が及ぶ事を覚悟で攻撃を仕掛けていれば、また違った未来もあったろうに。

 凛は、売店のカウンター向こう側から、球場内部へと繋がるドアを開け、その場から離脱。
これを追おうとするジョナサンだったが――これを許さぬ者がいた。黒贄礼太郎、遠坂凛が引き当てた最強最悪の殺人鬼だ。

「キエー悪霊退散だー」

 その、気の抜けるような声音から放たれる攻撃は、冠絶的な殺意に溢れていた。
錫杖を、乱雑な軌道、それこそ技術の欠片も感じられない程適当に横薙ぎにジョナサン目掛けて振るう。それが、黒贄の放った攻撃だ。
だが――その速度たるや、余人の見切れるものでは断じてなかった。ジョナサンは、マスターとしては破格の強さを誇る。
会得した波紋法と、波紋を行使する為の鍛錬によって獲得した筋肉と反射神経と言った、肉体的なスペックは、生半なサーヴァントを凌駕して余りある。
現にジョナサンは、スタンドと言う能力を用いない素の戦いであるのなら、ジョニィを軽快に上回る強さを誇る。それ程まで、ジョナサンの強さと言うものは達しているのだ。

 ――そのジョナサンが、黒贄の攻撃を見切る事が出来なかった。
技巧もへったくれもない、黒贄の放ったその一撃は、ジョナサンの動体視力で視認出来る現界の速度を軽快に超越。
それどころか、この恐るべき殺人鬼が、自身の下へと接近してきたその瞬間ですら、ジョナサンは認識が困難な程であった。
唯一の幸いは、黒贄の姿が消えたと同時に、防御の体勢をジョナサンが反射的に取れたと言う事。逆に言えば、それだけ。
防御の構えを取ったジョナサンに、錫杖の一撃が叩き込まれる。

 痛い、と言う事実を感じるよりも速く、杖の振われた方向にジョナサンが、弾丸もかくやと言う速度で吹っ飛ばされる。
肉体の頑健さも、纏わせたはじく波紋も、何らの意味も有さない。黒贄の膂力は、ジョナサンの取った防御手段の全てを嘲笑うように貫通。
そのまま球場の外壁に衝突、それをぶち破り、彼は内部へと消えて行った。外壁はクッション代わりにもなっていなかった。
頑丈そうな外壁にぶつかってなお、当初の勢いは全く減退していない。何処まで、ジョナサンは吹っ飛ばされてしまうのか。

 ジョニィが黒贄目掛けてACT2の爪弾を射出させる。
避ける気のない黒贄。爪弾が眉間に命中、後頭部から爪の弾丸が抜けて行くが、彼はのけぞりすらしない。どころか、表情を歪ませもしない。
それ以外の表情が浮かべられないとすら言われても納得しかねない程だ。薄い笑みを浮かべたまま、黒贄は口を開く。

571第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:02:40 ID:qUjZ2eFg0
「成仏、成仏、成仏〜」

 黒贄が地面を蹴った。アスファルトに靴底の形の陥没を残す程の、恐るべき踏込の強さ。
向かった先は、ジョニィの方であった。弾丸の速度に限りなく等しいスピードで移動した黒贄は、致命の一撃を爪弾のアーチャーに叩き込まんと目論む。
が、魔人と化したアレックスが、それを許さない。同盟を結んだアーチャーの下まで即座に移動を行う。黒贄とジョニィの間。其処が、今アレックスのいる場所だ。

 錫杖を上段から、音の速度で振り下ろす黒贄。引き抜いたドラゴンソードで、これを防御するアレックス。
衝突の際に生じた、爆音にも似た衝撃音と、発生する衝撃波で、ジョニィの身体が吹っ飛ぶ。受け身を取り損ね、数m先で尻もちをついてしまう。
其処で漸くジョニィは、自分が危機的な状況に陥っていた上に、それに自分が気付けなかった事を知る。アレックスのフォローがなければ、今頃即死だっただろう。

「援護する」

 正直アレックス自身について、未だに疑いの目を向けているジョニィであるが、今は協力体制を結ばねば拙い。
黒贄と呼ばれたこのバーサーカー、半端な強さではない。退場させられる手段がない訳ではないが、そのお膳立てを整える前に殺されてしまう蓋然性の方が今は高い。
それ程までに、黒贄とジョニィの強さには、埋め難い差があった。しかし、それはあくまでも黒贄とジョニィが一対一で戦った時の場合。
アレックスと言う強力なサーヴァントが手を貸してくれるのであれば、差もグッと埋まるし、縮まる。今だけは、この体制に甘える事にジョニィはした。

 アレックスに備わる悪魔の膂力で、黒贄の怪物的膂力と、互いの武器を使った押し合い圧し合いを演じているその間に。
まだ爪の生えている指二本を己のこめかみに当てたジョニィは、そのまま自らに弾丸を射出。
瞬間、ジョニィの身体が螺旋状に変形、何処かに吸い込まれて行き、一秒と掛からず消え失せてしまう。
いや、何処かと言う言い方は正確ではない。地面に刻まれた、不自然その物としか思えない、謎の『渦』。ジョニィはこれに吸い込まれたのだ。
タスクACT3。黄金の回転を適用させた爪弾を自身に撃つ事で、根源にも近しい空間に潜航、あらゆる攻撃をやり過ごす極めて強力な回避手段である。

「成仏は『じょうぶつ』と読むのであって、『せいぶつ』とは読まない〜」

 聞くに、如何やら黒贄は歌を歌っているらしかった。
余りにも下手くそで、リズム感も何もない、脳内に浮かんだフレーズをそのまま適当に口ずさんでいるだけのようだが。
しかし、胴体の半分近くを消し飛ばされ、眉間に血色の弾痕を空けさせた状態で、この気の抜ける歌を口にしている。
その光景が、心臓を凍て付かせるような恐怖を見る者に想起させるのだ。

「ちなみに私の名前は『くらに』であって『くろにえ』ではないんですよ〜」

 いつまでも、鍔迫り合いに付き合って等いられない。
魔力放出を瞬間的に発動させ、背中から無色の魔力のバーナーを噴出させたアレックス。この勢いを利用した力尽くで、彼は黒贄の錫杖を押し切った。力尽くで杖を押し切られ、殺人鬼が体勢を崩す。

「ジャッ!!」

 生まれた隙は逃さない。
裂帛の気魄を込めた掛け声と同時に、ドラゴンソードを持たない側の左手に、意識を集中。
すると、空いた左手に凄いスピードで魔力が収束し始め、それは直に、辛うじて剣である事が窺える武骨な形状をした、紫色の魔力剣としての形を取り始める。
ルイ・サイファーを名乗る男から与えられたマガタマによって、魔人と化した事で学習・会得した、新しい力の使い方。
練習した訳でもないのに、アレックスは完璧に物にしていた。その実感に酔い痴れる事もなく、アレックスは即座に、魔力剣を振い、黒贄の胴体を袈裟懸けに切り裂いた。
主要な内臓にまで、アメジスト色の魔力剣は達している。生命維持に必要な臓器の殆どは、これで破壊出来た筈だ。
間髪入れず、アレックスは黒贄の腹部を前蹴り。魔力剣を生み出してから、この前蹴りを行うまでにかかった時間は、半秒にも満たなかった。
矢のような勢いで吹っ飛ばされた黒贄は、五十m程先にある信号機のポール部分に激突。その勢いに耐え切れず、直撃した所から信号機のポールはくの字に折れ曲がり、圧し折れ、そのままアスファルトの上に音を立てて倒れ込んでしまった。

「あ〜除霊成仏悪霊退散〜」

572第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:03:03 ID:qUjZ2eFg0
 これでなお、平気な顔で歌を口ずさめると言うのだから、アレックスも戦慄する。
サーヴァントであっても、戦闘の続行所か生命活動の維持すら最早不可能な程の損傷を負っている筈なのに、平然と黒贄は立ち上がり始めたのだ。
しかも、ノーダメージではない。黒贄は明白にダメージを負っているのだ。それなのに、平然とした様子で立ち上がり、意気軒昂と戦いを続けようとする。
痩せ我慢している様子を見せてくれたら、アレックスもどれだけ救われていたか。自分の攻撃が本当に、黒贄に痛痒を与えているのか? それにすら、彼は最早疑問を憶えていた。

 黒贄が動こうと――するよりも速く、アレックスの背後から、何かが高速で放たれ、黒贄の両太ももに命中する。
ライフル弾ですらが最早スローモーに見える程の、魔性の動体視力を会得したアレックスには、その飛来物が、高加速を得た人の生爪である事を確信。
ジョニィである。ACT3の渦から腕だけを露出させ、其処からACT2を放ったのである。一瞬ではあるが、ACT2の弾丸を受けて黒贄の動きが止まる。
その刹那を、好機と捉えるアレックス。己の宝具を用い、自身のクラスをキャスターに変更させるアレックス。
“魔人”となった現在でも、彼は、モデルマン時代の宝具を十全の状態で扱う事が出来る。
つまり、『クラス変更の恩恵を、魔人状態のステータスで受ける事が可能』なのだ。補正の掛かった魔術を、黒贄に叩き込まんと、意識を集中させるアレックス。
自身が今まで見た事も聞いた事もなかった、未知なる様々な魔術の名とその使い方が、アレックスの頭蓋の中に無数に浮かび上がって行く。
これもまた、魔人・アレックスとなった影響の一つなのだろう。どれを叩き込もうかと悩んでしまう程、魔術の選択肢が多い。
しかし、浮かび上がる魔術の数々の中に、見知った魔術があったのをアレックスは発見。これを黒贄に対して叩き込もうとする。

「セイントⅢ」

 アレックスとしては未だに、元々自分が生きていた世界の記憶と経験の方が未だに、自身の霊基に強く残っている。
だからこそ、元の世界で使われていた魔術名を口にしてしまったのだ。だが、彼は知らない。
ルイ・サイファーによってマガタマを埋め込まれ、悪魔となったその影響で、今アレックスが使っている『セイントⅢ』と呼ばれる魔術が、『ハマオン』と呼ばれる魔術に変性してしまった事に。

 光が、黒贄を包み込もうとする――よりも速く。
黒贄は恐ろしい速度で、アレックスの下へと肉薄。今度と言う今度こそ、アレックスは驚きに目を見開いた。ハマオンを回避したと言う事実にではない。
先程ジョニィを葬ろうと高速で移動をした、あの時に見せた速度が、黒贄の出せる最高の速度なのだろうとアレックスは勝手に思っていた。
違った。今の黒贄が叩き出した速度は、明らかにあの時に見せたものよりも上昇している。まだ、本気を見せていなかったのか。

「でも幽霊は殴れないから嫌いです〜」

 錫杖を、滅茶苦茶な速度で振いまくる黒贄と、これを巧みにドラゴンソードと魔力剣を振って防いで行くアレックス。
黒贄のその乱雑な一撃には、低ランクサーヴァントならば一撃で葬り去れる程の威力が平気で内包されている。
現にアレックスの足元に、攻撃を防御しているその影響で、凄いスピードで亀裂が生じ、無数に伸びて行っているのだ。黒贄の腕力の程が、窺える。
そしてこれを、平気な顔で受け止め続けるアレックスもアレックスだ。しかし、こんな拮抗は何時までも演じていられない。
言うまでもなく、アレックスの方に余裕がないのだ。事此処に至って確信に変わったが、黒贄の放つ攻撃の威力も速度も、時間が経つ毎に跳ね上がっている。
天井知らずに各種ステータスが上昇し続けると言うのであれば、持久戦に持ち込むのは愚策と言う他ない。
電撃戦だ。この場は早急に、黒贄を跡形もなく消滅させる必要がある。それが無理なら、マスターの方を葬るかだ。

 黒贄の、錫杖による連続攻撃の威力が、まだアレックスでも対処出来る内に、ケリを付けねばならない。
右上段から、左下段へと振り降ろされた錫杖を、剣で弾くアレックス。黒贄が体勢を崩した所で、魔力剣による刺突を魔人が放つ。
剣先が、喉仏に没入。黒贄のうなじまで突き抜ける。黒贄の顔から、笑みが消えない。そのまま飛び退き、無理やり身体から剣を引き抜かせる。
ゴポッ、と。コップ一杯分のそれを大幅に上回る量の血液を口から吐き出す黒贄。スープを食べるのが下手な子供のように、黒礼服の前面を紅く濡らした。
間髪入れずに、渦から露出したジョニィの右手から放たれ、黒贄に叩き込まれる爪弾。心臓の位置を的確に貫くが、防ぐ事すらしない。急所の概念すら、この男にとっては希薄か、意味を成さない物であるらしい。

573第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:03:51 ID:qUjZ2eFg0
 この男を消滅させる手段は、アレックスもジョニィも、実を言うと持っている。
ジョニィの場合は、タスクの神髄であるACT4を放てば良い。アレックスの場合は、悪魔としての力を解き放てば良い。
だが、どちらも黒贄相手にはリスクが大きい。ジョニィの場合、ACT4を放つには馬に騎乗する必要がある。黒贄の機動力では、馬に乗った瞬間に葬り去られる可能性がある。
一方アレックスの場合、悪魔の力を解放すると、広範囲に渡り破壊を振り撒いてしまう可能性がある。発動する速度については、問題ない。
ただ、黒贄程のサーヴァントを滅ぼす手段ともなると、威力も範囲も相当の物を選ばねばならない。
つまり、黒贄と言う指名手配サーヴァントを葬る為に、『自らも指名手配のリスクを負わねばならない』と言う事なのだ。これ程馬鹿らしい話もない。
加えて、巻き添えと言う問題もある。アレックスのマスターである北上は、彼とそう離れていない場所で、鈴仙と塞達と共に待機している。
下手をすると北上も塞も鈴仙も、ジョニィやジョナサンも仲よく消滅させてしまうかも知れないのだ。それを考えると、おいそれと放てる攻撃ではない。
もう少し、此処が広いフィールドであったのなら。“魔人”となった影響で使えるようになったニュークリアⅢ――悪魔は『メギドラオン』と言うらしい――や、
アレックスの生きた世界では見られなかった奥義――『死亡遊戯』とか、『地母の晩餐』と言うらしい――を放てば良いのだ。
出来ぬのであれば、超高威力の技を、当てまくるしかない。しかもまだアレックスは、魔人の力を振るい慣れていない。
今も急速に、悪魔の力の使い方については成長してはいるが、まだまだ本調子ではない。もう少し、粘る必要があった。

「そーりゃ南無阿弥陀打つ〜」

 黒贄の姿が、霞む。攻撃の速度は元より、移動速度もまた、上昇が著しい。
二十m程の距離が一瞬で、ゼロになる。アレックスの下へと肉薄した黒贄は、音が明白に遅れて聞こえる程の速度で錫杖を振い、
魔人の首を圧し折ろうと試みるが、これをアレックスは屈む事で回避。避けながら、高速で思考する。
黒贄相手には、痛みやダメージを与えさせ、行動不能に陥らせたり、攻撃の威力や速度を低下させると言う行為が意味を成さない。
ダメージや痛みに怯まないからだ。だから、下がりようがない。骨を折る程度では、黒贄の動きは止まるまい。

「……ありゃ」

 だからアレックスは、攻撃自体を不可能にさせるべく、錫杖を持った黒贄の右腕を、切断すると言う手法を取った。
魔力剣を超高速で振るい、黒贄の右腕の肘から先を斬り飛ばす。血液が迸るより早く、アレックスは黒贄の顔面にドラゴンソードを縦に叩き込む。
熟れたザクロのように、黒贄の頭部が半ばまで縦に割れる。裂け目から、断ち割られた頭蓋骨や大脳が視認出来る程だった。

 此処で一気に殺す、とアレックスが思考したその時。
強烈な覇気と敵意を撒き散らせながら、この場に向かって高速で飛来する何者かの存在を、アレックスが内包する優れた知覚能力が捉える。
見間違える筈がない。この気配は、サーヴァントの――そう思った瞬間、黒贄が恐るべき瞬発力で地面を蹴って飛び退いた。
黒贄が距離を取ったのと殆ど同じタイミングで、アレックスも後方宙返りを素早く行い、距離を取る。
その瞬間、先程まで両者がいた地点目掛けて、白い光の柱が天から地上へと伸びて行く!! 円周は、飛び退いていなければ黒贄とアレックスを容易に巻き込む程大きく、両名の判断がもう少し遅れていれば、二人はこの、高い熱エネルギーを内包した光柱に巻き込まれ大ダメージを負っていた事だろう。

574第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:04:11 ID:qUjZ2eFg0

「無粋な蠅共だ。目障りなんだよ」

 アレックスは、上空を飛んでいる、正体不明のサーヴァントの存在を視認。
確認するなり、彼は“魔人”となった影響で新たに使えるようになった技の一つを、上空から不意打ちを仕掛けて来た粗忽者に試し打ちをする。
身体にヒマワリの花みたいに鮮やかな黄色をした魔力が収束し始め、そのチャージされた魔力を、両腕を勢いよく水平に広げると言う行為を持って、射出。
瞬間、身体全体から、黄金色の光条が幾百本と、上空百m地点を飛ぶ謎の存在目掛けて向って行くではないか。
『ゼロス・ビート』、と呼ばれるこの技は、直撃した相手の生体パルスを著しく低下させる振動波を放つ事を神髄とした技であり、
掠っただけで竜種、魔獣に神獣に、果ては魔王や神霊と言った上位存在ですら麻痺させ、行動の不能に陥らせてしまう恐るべき奥義である。
尤も、それはあくまでこの振動波に直撃しても『耐えられる』だけの力を持った存在の場合、だ。
アレックス、もとい、人修羅と化したモデルマンが放つこの技の威力は、異常な値にまで達している。
本来的にはこの技は、攻撃の威力が低いのであるが、アレックスの自力で放たれれば、生体パルスを停止させるどころか生命活動を死と言う形で停止させる程の威力に昇華される。勿論それは、サーヴァントとて、例外ではない。

 複雑怪奇な軌道を描きながら、縦横無尽に四方八方から迫り来るゼロス・ビートの光線を、それは、凄まじく変則的な機動で尽く回避。
馬鹿な、とアレックスが呟く。回避すると言うのは、解る。出来なくはないだろうし、実際アレックスも、同じ技を放たれたとて、対応出来る自信がある。
だが、音の数倍に等しいゼロス・ビートの光条に対して、時速数百㎞の速度で向かって行きながら回避を行う、ともなれば話は別だ。
目で見て反応は出来ても、身体が反応して回避出来るか如何かと言うのは別問題。であるのに、平然と、光線を物ともせず回避しながら、それは地上へと急降下。そして、着地。その姿を一同に見せ始めた。

「おお見ろ、虹の道化師、アイアン・メイデン!! 望外の事態だ、このサーヴァントは強そうだな!!」

 ウキウキとした声音で、くすんだブロンドの髪をしたアーチャーは言った。
アーチャーの周りを浮遊する、シートベルト付きの黒一色のシートのような物に足を組んで座っている、カッチリとした服装の女性も、嬉しそうな顔だ。
――だだ一人。まるで猫のようにアーチャーに襟元を掴まれたままブランブランとしている、虹色のコーディネートの服を着た少女だけが。
心底面倒くさそうで、この世の終わりのような表情を浮かべているのであった。

575第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:04:22 ID:qUjZ2eFg0
前半部の投下を終了します

576名無しさん:2018/04/15(日) 13:27:45 ID:4AxBlyck0
投下乙です

もう既に激戦なのに、せつらと幻十も参戦するとかどうなるんだ…
凛がもしももっと早くにジョナサンに会っていたら、救われていたのだろうか

577名無しさん:2018/04/17(火) 01:37:25 ID:zNe74RyY0
投下お疲れ様です。
凛は完全に堕ちるところまで堕ちたという感じですね……ある程度のプライドがまだ残っているというのが果たして幸か不幸か。
いっそのこと何もかも捨てられる状態だったなら此処まで絵に描いたような最悪の展開にはならなかったのかなあと思いました
そして理不尽の塊みたいな黒贄さんは相変わらず。成仏の歌が好きです。
人修羅アレックスの強さ、原作未見故に今ひとつ分かっていなかったのですがこうして描写されると凄まじいですね。
周囲への手段を選ばなければ黒贄さんを(理論上は)消滅させられるというのも彼の規格外ぶりを物語っているように感じます。
そして上でも言われていますがこの激戦にパム、せつら、幻十といった面々が参戦するのがヤバすぎる。
脱落者が出てもおかしくない、殺人鬼王決定戦というタイトルに相応しい大惨事になりそうな予感がプンプンします。
後半部の投下も楽しみにしています!

578名無しさん:2018/05/16(水) 17:28:45 ID:vTURyW8k0
筋力A +タルカジャ×4 +魔力放出B +勇猛Bで五分とか黒贄バケモノ過ぎる

579 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:31:48 ID:Mv5chdUo0
お待たせいたしました。生きています
投下します。まだまだ分割が続きそうなのは、ご容赦ください

580第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:32:15 ID:Mv5chdUo0
 レイン・ポゥは兎に角気を揉んだ。黒贄の下にレイン・ポゥや純恋子が向かうまでの時間稼ぎ。それに腐心したのである。
当然の事だがベストは戦わない事である。当たり前だ、黒贄とレイン・ポゥとの相性は、最悪と言う言葉でも尚足りぬ程悪すぎるのだから。
レイン・ポゥの宝具は極めて否定的な言葉を用いるのなら、凄い切れ味と耐久力の虹を伸ばすだけに過ぎない。つまり、相手を斬る以外に目立った付随効果を持たない。
レイン・ポゥもそれを重々承知している。だからこそ彼女は暗殺と言う手段を磨き続けたし、自分の本性を悟らせない仕草や立ち回りを研究し続けた。
その暗殺の練度や、本性を隠す挙措の完成度の高さは、この虹の魔法少女が英霊として昇華されていると言う事実からも鑑みる事が出来よう。指折り、と言う奴だ。

 黒贄には、暗殺も演技もまるで通用しない。
ただ斬った殴った程度では問題にならない程の戦闘続行力もそうであるが、何より恐ろしいのはその性格だ。
此方をただの、殺し甲斐のある獲物としか思っていないような、あの性格。つまり黒贄礼太郎と言うサーヴァントは、イッているのだ。
こんな性格の持ち主に、演技を持ちかけた所で意味がない。何せ端から此方を殺すつもりでいるのだ。
自分は無力だとアピールしたとて、虫を潰すような感覚で殺しに来る。か弱い少女をアピールする事は、時間の無駄である。

 自身の宝具が通用しない、泣き落としも演技も無意味。では単純な戦闘で抑え込めるか、と言われれば絶対的にNO。
人智を逸した身体能力を誇る魔法少女となったレイン・ポゥだが、その魔法少女としての常識から考えても、黒贄の身体能力は常軌を逸していた。
二度と戦いたくない手合いなのだが、現状最大に内憂であるパムと純恋子は戦いたくてウッキウキなのが始末に負えない。
しかも純恋子に至っては、遠坂凛と黒贄に煮え湯を飲まされてから半日も経過していないのだ。学習能力がないのだろうかないのだろうな。だってあったら此処まで胃が痛くないもん。

 とは言え、最初に香砂会で黒贄と戦った時とは、事情が決定的に異なるのもまた事実だった。
最大のポイントは、魔王パムが自分の仲間である事。パムはハッキリ言ってレイン・ポゥの同盟相手としては、最悪の部類だ。
その性格もそうだが、生前の確執――尤もこれについてはパム自身がチャラにすると言っている為ノーカウントだろうが――もある。
レイン・ポゥとしては直ちに手を切りたかったが、その強さについては申し分がない程、パムの強さは極まっている。
彼女をぶつければ、黒贄とて或いは? そう言う展望も、確かにレイン・ポゥにはある。
黒贄を倒せれば美味しいのは今更説明するべくもない。何せこの男は、倒せる事が出来れば令呪一画がルーラーから貰えるのだ。もしも倒せれば万々歳だ。
そして、パムが倒れてもレイン・ポゥにとって美味しい。自分の行動範囲を著しく縛る疫病神の存在が消えてなくなるのだ。こっちもこっちでメリットがある。
どちらが倒れても、レイン・ポゥにはメリットがある。仮に痛み分けでも、パムにダメージが蓄積する。つまり、暗殺の可能性がグンと高まる。

 とは言えベストな選択はやはり、黒贄と戦わない事である。
が、既にパムと純恋子の間ではこの最強最悪のバーサーカーと戦う事は既定路線なのだ。
早い話、地獄の業火、荒れ狂う海原に飛びこまねばならないと言う事は既に確約している。胃が痛い事実ではあるが、これに反論するパワーはレイン・ポゥにない。
ないのであれば、自分が望むべく方向に事が進むよう事前に努力しなければならない。先ず彼女が行ったのは、黒贄の下に向かうまでの時間稼ぎ。
新国立競技場の一件にかなり深いレベルにまで関わった彼女ら三人は、あの事件の影響でかなり疲労困憊……の筈なのだが、
パムや純恋子は、何処か別時空に無限大に等しいエネルギーのプールがあって其処から活力を引っ張って来ているのでは? と思う程のエネルギッシュさだ。
すぐに黒贄の下まで向かおうとしたのだが、流石にそれは駄目だ。何と言ってもレイン・ポゥも、そして純恋子も魔力が不安だ。
レイン・ポゥはそう熱弁した。パムがこれを受けて、どう反応したのか。確かに、と肯じたのだ。
これで意を曲げてくれれば良かったのだが、レイン・ポゥは何処までもパムと言う魔法少女の……いや、パムの魔法の底の深さを甘く見ていた。
パムはレイン・ポゥの意見を聞いて、何をしたのか? 黒い羽を『魔力』に変えて、レイン・ポゥと純恋子に補填させたのだ。
その結果、レイン・ポゥが召喚されてから新国立競技場での一件までの間に消費した全ての魔力は元通り……それどころか。
全力で後数回戦っても御釣が来る程の魔力をチャージされてしまったのである。

581第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:32:39 ID:Mv5chdUo0
 ――これで私も全力で貴女に見せ場を提供出来ますわね、アサシン!!――

 嬉しそうな純恋子の顔が脳裏を過る。過る度に、顔面に斧を叩き込む妄想をセットでする事をレイン・ポゥは忘れない。

 一番時間を稼げる、と思った方法が数秒で駄目になった物であるから、レイン・ポゥも慌てる他ない。
持てる全てのアドリブ力、機転を駆使し、徹底的にパムらを拠点となるホテルに縫いとめた。
まだ確認してない情報があるかも知れない、腹ごしらえは大事だ、純恋子だとバレない服装を今の内に見繕え等々。
ありとあらゆる屁理屈を捏ね、ゴネを口にし、猪どころかロケットにすら例えられる程の猪突猛進さの純恋子とパムを相手に、
結果として三十分程も時間を稼ぐ事が出来た。レイン・ポゥの戦闘以外の、コミュニケーション能力が如何に高いかを示す証左であろう。

 これだけ経てば、流石に遠坂凛達も河岸を変えている事だろう。レイン・ポゥはそんな予測を立てていた。それですらも、甘かった。
実際は凛達は、当初純恋子達が特定していた場所を移動していたどころか、剰え交戦中。しかも黒贄と戦っていたサーヴァントの一人に至っては、
控えめに見てもパムと同等程の強さはあろうかと言う、恐るべき強さの魔人であった。
当然、こんな存在を見て、パムが滾らぬ筈がない。レイン・ポゥですら強者の気配を感じ取れているのだ、魔王が感じぬ筈がない。
黒贄だけを絞るつもりが、予期せぬ幸運に出くわしてしまった。今のパムからは、そんな雰囲気が嫌でも感じ取れてしまうのだった。

「野次馬に用はない。失せろ」

 吐き捨てるように、アレックス。彼は、パムとレイン・ポゥを互いに見比べ、その強さを大方推察し終えていた。
パムに関しては、恐ろしく強い。アレックスの身体を人修羅へと叩き落す遠因になった、美しいインバネスの男と、同等の力があろう。
それに比べて、彼女に襟を掴まれているサーヴァントの、何たるか弱い事か。比較する事自体が問題な程、パムとレイン・ポゥの強さには差があった。
そして事もあろうにパムは、この実力を持っていながら、野次馬根性が恐ろしく強いと言う最悪の性質を持ったサーヴァントだとも、アレックスは見抜いていた。
しかも発せられた言葉から考えるに、戦闘狂の気すらあるとも思われるのだから、頭が痛くなる話だった。今この場で、このような手合いのサーヴァントに絡まれる事が、特に困るのだ。

「ただの野次馬に終わっても良かったのだがな、聖杯戦争と言う催しの都合上、見て見ぬ振りは出来まい。お前は私を、無視しても良い障害に見えるのか?」

 いや、見えない。ジョニィとて同じ事を思っているだろう。
無視を決め込むには、パムと言うサーヴァントの実力は、余りにも、埒外のもの過ぎた。

「聖杯戦争とは素晴らしいものだな。飽きる程強者と戦える上に、おまけに勝ち残れば聖杯がくれるのだからな。私にとっては、Winしかない」

 そして、今この瞬間、魔王パムは相互理解の余地も必要もないサーヴァントだとアレックスもジョニィも認定。
聖杯戦争に臨むにあたってのスタンスが聖杯狙いだと確定した上に、今の言動から、聖杯は『戦闘に勝利し続けた後のおまけ』であると認識しているのだ。
解りやすい程の、戦闘狂(バトルジャンキー)。戦場の中でのみ自己を確立出来る、狂った者。それがパムなのだと、アレックスもジョニィも思った。
況してアレックスの強さがなまじ高すぎる為に、パムは完全にやる気だった。強さが完全に裏目に出てしまっていた。
このような手合いに、話し合いは端から意味を成さない。戦う事自体にカタルシスを感じるのだから、そんな物はまだるっこしいだけだろう。
尤も、戦うしかない、殺すしかない。これにカロリーと意識を傾ければ良いと言う意味では、ある意味楽なのかも知れないが。

 最初にパムを殺そうと動いたのは、ジョニィであった。
それまで発動させていたACT3の効果時間が切れ、渦から全身を現す事になるジョニィ。気配の方向に、パムがバッと振り向いた。
ジョニィの気配を感じていなかったのだ。無理もない。この瞬間に至るまでジョニィは、根源に限りなく近い所に潜航していたのである。
其処に潜った瞬間、サーヴァントとしてのものを含めた、ありとあらゆるジョニィの気配が遮断されるのだ。
ジョニィの姿を見つけられなかったこの失態は、サーヴァントの姿を確認する術を、高高度からの目視のみで終わらせていたパムの選択の故でもあった。

582第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:33:05 ID:Mv5chdUo0
 渦の中でハーブを食み終えていたジョニィ。爪は全て生え揃っていた。
十全の状態の爪の生え揃い、これを以てジョニィは、左人差し指からACT2を二発、音の壁を突き抜ける程の速度で発射。
レイン・ポゥと純恋子を空中に放り上げると同時に、黒羽に自動防御機構を搭載させ、これでジョニィの攻撃を迎え撃つ。
音速程度、パムの反射神経なら反応出来ぬ速度ではない。羽を用いたのは、身体に染みついた、初撃に対する警戒癖のせいであった。
そしてそれが、パムの命運を正の方向に別った。黒羽に刻まれた、爪弾による弾痕。それが勝手に動き始め、自身の方に迫ってくる事に気付くパム。
蓄積された戦闘の経験値の賜物、パムは即座に、ジョニィの放った爪の弾による弾痕は、生きているように動きそして対象に近付いて行き、それと肉体が重なるや、
爪の弾丸で直接貫かれたのと同じようなダメージを与えるのだと看破。この推察は、何処までも正しかった。

 パムの取った行動は迅速だった。爪弾による弾痕が刻まれた黒羽を、穂先から柄の端に至るまで真っ黒な、一本の槍へと変形させる。
勿論ただの槍ではない。柄の太さは二m程、長さに至っては十m近くもある巨大な槍である。これでは持つと言うよりは、両腕で抱えなければ保持して振う事も出来まい。
これをパムは、此方目掛けて信じ難い程の速度で接近するアレックス目掛けて、射出。初速の段階で、音を超過した加速を得たそれに対応するアレックス。
アレックスの行った事は、単純明快。槍の穂先目掛けて、思いっきり右拳を突き出すと言う物。正気の判断ではない。
パムの槍が得ている速度もそうだが、その貫通性能もパムは著しく上昇させている。厚さ十mにも達する鉄板ですら、この槍の前では紙同然。
こんな物を拳で止めようものなら、腕は拉げ、その身体を槍の穂先が穿っていた事だろう。そう――普通の拳で対応したのであれば。

 魔人の右拳と、槍の穂先が激突。
勢いが勝った。槍ではなく、人修羅の拳がである。拳面が穂先に触れた瞬間、槍は柄の中頃から音もなく圧し折れ、激突の際に生じた凄まじい強さの衝撃波が、
拳と穂先の衝突部から荒れ狂う。破壊するか、と内心でパムは唸る。驚愕し、戦慄した訳ではない。十分に予測出来た事だ。
それに、当初の目標はパムは達成した。先程放った槍は、ジョニィの放った爪弾によって刻まれた弾痕が残っていた黒羽を、変形させたもの。
それを破壊されてしまえば必然、ジョニィの宝具(スタンド)による弾痕もまた、同じ命運を辿る。パムは、ジョニィが放った初見では対処困難な一撃に、見事対応して見せたのだ。

 ジョニィが爪弾を放ってから、アレックスが黒槍を破壊するまでにかかった時間は、一秒を遥かに下回る。
それ程までの短時間で、これらのやり取りは行われていた。ジョナサンですら、認識不能なスピードで。

「球場の中に行くよ」

 未だ空中に舞っていた状態のレイン・ポゥと純恋子。
純恋子の従者たる虹の魔法少女は、何もない虚空から虹の橋を延長させ、其処に、純恋子を抱えたまま着地。
振えば人体など簡単に真っ二つにする程鋭い縁を持ったその虹の橋(ビフレスト)は、かなり急なアーチを描いて、球場内のグラウンドにまで伸びていた。
そしてレイン・ポゥは、そのアーチが伸びる方向へと、凄い速度で駆けだして行った。「私もあっちに混ざりたかったのですが」、と純恋子が呟いたのを、果たして何人が聞き取れたのか。

「仕方のない奴だ」

 苦笑いを浮かべ、小さくなって行くレイン・ポゥの背中を見送るパム。見事なまでの、保護者、引率者面だった。
この見送っている隙を狙って、アレックスが接近、岩など豆腐の如くに粉砕する修羅の拳をパムの顔面に叩き込もうとする。
しかし、黒羽の一枚を神業のような速度で、両腕両脚を覆う籠手(ガントレット)と具足(グリーヴ)に変形させ、これを鎧わせた左拳で、アレックスの拳を迎撃。
硬い、と思ったのはアレックスだ。一方的に籠手を粉砕し、そのまま拳を腕ごと破壊するかと思っていたのに、予想が外れた。想像以上の堅牢さだ。
凄まじい攻撃力だ、と思ったのはパムだ。籠手の内部には衝撃を吸収する為の緩衝材を幾重にも、レイヤーを重ねるように配置していたと言うのに、それらを貫いて、パムに衝撃を与えて来た。重ねた緩衝材の層があと数枚足りていなければ、腕が痺れていただろう。無論、緩衝材を一切抜きにしていたら、腕自体が麻痺したように動かせなくなっていたかも知れない。恐るべき、アレックスの拳の威力!!

「逸るな、しっかりと責任もって遊んでやる」

「遊ばなくて良い。とっとと死ね」

583第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:33:20 ID:Mv5chdUo0
 地を蹴りアレックスから距離を取るパム。それは距離の調整の他、攻撃の回避をも兼ねていた。
パムが先程まで、アレックスと拳を合せていた所を、正しく目にも留まらぬ速度で人の爪が行き過ぎる。
ジョニィがパム目掛けて放ったACT2、それは結局、偏在した空気を貫くだけの結果に終わる。有体に言えば、スカを食う形になった。

 次にパムが行うとすれば、地味ではあるが厄介な能力を持っているジョニィへの攻撃だろう。アレックスはそう考えた。
パムとジョニィは同じアーチャーのクラスではあるが、ステータスの面ではパムの方に軍配が上がる。
いや、軍配を上がると言う言葉を用いる事が憚られる程、ステータスの面で水を空けられている。凡そ何一つとして、ジョニィはパムにステータスで勝っていなかった。
しかもそのステータス上の強さと、実際そのステータスから発揮出来る強さに、何一つとして乖離がないと来ている。
本気でパムに対処されたら、ジョニィは成す術もなく殺されるだろう。折角の同盟相手だ。友好な関係を、築かねばならない。

 アレックスの判断は当たっていた。ブーメラン状に黒羽を、パムは変形させているのだ。
大きさは約三m程。そのブーメランの縁部分が刃のように鋭くなっている事から、どのような用途でこれを用いるのかなど即座に判断が出来る。
地を蹴り、弾丸の如き勢いでパムに――ではなく、ブーメランに向かって斜め四十五度の鋭い角度で跳躍。
近付くや、変形させたブーメランに対して、空中に浮いたままソバットを叩き込み、黒羽のブーメランを蹴り飛ばす。
しかも、ただ蹴り飛ばしただけではない。明白な意図を以て、アレックスは蹴る方向を選んでいた。
――黒贄である。最悪のバーサーカー、黒贄礼太郎の下へと、この魔人は黒羽を蹴飛ばしていたのである。
時速数百㎞を超過する程の速度で迫るブーメランに対し、右腕を斬り飛ばされた黒贄は、何をしたか。

「あ、思い出しました。あの競技場でみた美人さんじゃないですか」

 あっと気付いたような呟きをしながら、凄まじい速度で迫り来る、刃を携える黒いブーメランを、思いっきり右足の爪先で蹴り飛ばす。
黒塗りのブーメランが、黒贄のこの迎撃の影響で、中頃から圧し折れ、破壊される。そればかりか、黒贄の蹴りの勢いが余りにも強すぎたせいか。
真っ二つになったブーメランが、アレックスが蹴り飛ばした時の速度に音の数倍の速度をプラスさせたスピードで、遥か上空へと消え失せて行く。
冗談のような、その膂力。アレックスも流石に目を見開く。ジョニィもまた、同じ。パムだけが、冷静な表情で黒贄の事を見据えている。
レイン・ポゥと純恋子から、黒贄礼太郎を名乗るこのバーサーカーの異常な筋力を聞かされているばかりか、実際にその異常さを新国立競技場で目の当たりにしていたからだ。黒羽を破壊してみせたところで、今更驚くには値しなかった。

 それよりも、今の今まで黒贄がずっと――即ち、パムがこの場に現れてから今に至るまでの時間を、棒立ちの状態で過ごしていたのは、
パムが何者であったのかを思い出そうとしていたからだったらしい。信じられない程の暢気さである。いや、暢気と言うよりは最早痴呆とでも言うべき愚鈍さだ。
たっぷり数十秒の時間を使い、漸く黒贄は、この場に現れた高露出の女性の正体を思い出したらしい。そう、黒贄とパムは、言葉こそ交わさなかったが過去に出会っている。
尤も、過去、と言う言葉を用いる程昔ではない。数える事数時間前、まだ虚無に呑まれる前の新国立競技場での乱戦で、彼らは戦っていたのである。

 黒贄ですら覚えているのだ、勿論、パムも黒贄の事は憶えている。それも、鮮明に、だ。だからこそ、内心では唸っている。黒贄のその姿に、だ。
確かにパムは黒贄の姿を見知っている。だが、最後に彼女が、この希代の殺人鬼の姿を目の当たりにした時には――黒贄の姿は、凡そ戦えるに適さない程の、
『ズタボロ』の状態であった筈なのだ。機能している内臓が存在しない所か殆どを体外に掻き出され、脳を破壊され、四肢すら破壊され……。
それが、新国立競技場での黒贄礼太郎のコンディションであった筈。最早説明の余地がない程馬鹿馬鹿しい事であるが、そんな状態で戦える人間は存在しない。
魔法少女やサーヴァントであってすら、あの時の黒贄礼太郎と同等の状態で戦える存在など、片手の指で数える程しか存在するまい。
しかし、存在しないと言う訳ではない。常軌を逸したタフネス、プラナリアに例えられる程の高再生力。それがあれば、あの状態で戦う事も可能であったろう。

584第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:33:34 ID:Mv5chdUo0
 それよりも問題なのは――あの状態から黒贄が『回復』したと言う点だ。
あの時、新国立競技場に集っていたサーヴァント達は、揃いも揃って英霊の座全体から見てもトップクラスの実力を誇るサーヴァント達だった。
それらの攻撃を受けておいて、しかも、最後に出会ってから半日すら経過していないこの短時間で、黒贄はその際に負ったダメージの殆どを『回復させていた』。
今現在の黒贄の姿を改めて眺めるパム。頭蓋骨が外部からでも見える程深く、縦に割られた顔面。刃状の得物で断たれた事は明白だ。
胴体も同等の物で斬り裂かれた事が窺える斬傷が袈裟懸けに走っており、右腕もまた、同様の物で切断されたのだろう。肘の辺りから消失している。
今の黒贄の状態も酷いには酷いが、如何考えても競技場の時に比べたらマシになっている。回復、したのであろう。
競技場から脱出した時から、アレックス達と戦うまでの、短い時間の間に。

 アレックスが右足で地面を踏み抜く。彼を中心として直径十m圏内の地面に亀裂が生じ出し、其処から、橙色の光が噴き上がる。
ただの光ではない。それ自体が高い熱エネルギーを内包しており、対魔力を持たないサーヴァントが触れようものなら瞬く間に、大ダメージを負う程の力を持っている。
が、戦闘の経験値についてこの場にいるどのサーヴァントよりも上を行くパムには、この程度の攻撃を対処する等簡単な話だったらしい。
弾丸を想起させる程の速度で後ろに飛び退く事で、噴き上がるエネルギーの範囲外まで退避、いともたやすく避ける事に成功する。

 一呼吸置いてから、体内のリズムをパムは調整。そしてこの間に、ジョニィはACT3を発動させ、渦の中に潜行を始めた。
まだ秘密を隠しているらしい、パムはそう考えた。今しがた渦に潜ったジョニィを含め、この場にいる三体のサーヴァントを相手取って倒せる自信はパムにはある。
凄まじ過ぎる増上慢であるが、実際それに見合うだけの、そして行える程の実力と宝具を持っている。
但し、余裕綽々でそれが出来るのかとなると話は別だ。ジョニィなら兎も角、アレックスと黒贄は、パムの黒羽をそれこそ破壊に特化したそれに変形させねば無理だ。
それどころか、破壊や戦闘に著しく尖らせたそれに変形させたとしても、余裕で勝つのは不可能事だろう。
アレックスは単純に、技量や身体能力、そして有する能力面が凄まじく高いレベルで纏まっている為、鎧袖一触とは行かない。
一方黒贄の方は、度を越したタフネスに加え、恐らくは備わっているだろう超高水準の再生能力が厄介だ。
戦闘続行能力の高さに自己再生能力……王道でありきたりではあるが、戦闘での有用性は計り知れない。
これに加えて黒贄には、魔法少女の中でも最高スペックの身体能力を誇るパムの運動能力を超越する程の肉体的なスペックがあるのだ。厄介でない筈がない。

「やりがいがあるな」

 そう言う悪条件については、やりがいを感じる方の女。それがパムだった。
理想は全力で戦える環境だが、縛りのある戦いについて理解がない訳ではない。そう言う状況においても最大限のパフォーマンスを発揮するのが、パムの能力だ。
構え直し、再び戦いに赴こうかと思った、刹那。黒贄の姿が掻き消え、パムの下へと、百分の一秒を大幅に下回る速度で走って接近。
ワープでもなければ、魔術的な補助を借りた移動でもない。自前の筋力のみによる移動だと、サーヴァントであっても思うまい。それ程までの、スピードだった。

 空手の左腕をパム目掛けて乱雑に振り下ろす黒贄。新国立競技場で、高速で飛来する重さ二十t超の巨剣を弾き飛ばす程の腕力だ。
ただ勢いよく振るわれるだけで、致命傷の威力を内包しているのは最早言うまでもない。
定石通り、残った二枚の羽の内一枚に、自動防御の機能を付与させ、黒贄の攻撃に対応。凄い速度で羽が、振るわれた黒贄の腕の軌道上に配置。
腕の形に、黒羽が凹んだ。この地球上に存在するあらゆる物質の堅牢性を超越する硬度だったと言うのに、信じられぬ腕力だった。

 黒贄に追随するような形で、アレックスがパムの方へと接近してくる。武器は持っていない、空手だ……が。
このサーヴァントが徒手空拳でですら、並のサーヴァントを容易く屠り、葬る力がある事はパム自身も理解している。
寧ろ攻撃の選択肢が豊富な分、下手をすれば剣やらの得物を持った状態の時よりも厄介な可能性すらあった。

585第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:33:47 ID:Mv5chdUo0
「テェッ!!」

 パム達まで残り数mと言う段になって、突如、両の腕を左右に勢いよく交差させるアレックス。
何かを感じ取ったのだろう、黒贄の攻撃を防いだ自動防御機能搭載の黒羽が、パムの前に移動、その大きさを四倍程に拡大され、彼女の前面を覆うバリケードとなる。
――瞬間、バリケードがまるで風船か何かのように体積を膨張させた。殆ど限度一杯までの膨らみ具合だ。ところどころに膨らみすぎから来るヒビが生じている。
後ほんの少し力を加えられていたら、破裂させられていた事だろう。恐るべしはアレックス……いや、アレックスの宿す人修羅の力が放てる『烈風波』だ。
攻撃に付随して発生する衝撃波、これを攻撃に転用する手段は珍しくない。悪魔は勿論、人間だとて武に覚えのある者なら行使する事が出来る。
但し、人修羅の男の放つその烈風波は、悪魔達の括りから見ても異常な威力を誇る。正面からの攻撃なら、艦砲の一撃ですら無傷で乗り切るパムの黒羽の防壁があのザマなのだ。威力は用意に想像がつく。そして、直撃した時に己の身体に舞い込む、未来でさえも。

 腕の交差を解き、片腕を振るい、再びあの烈風波をバリケードとして展開させた黒羽に放ち、それが激突。した、瞬間だった。
ある種の火薬の炸裂音に似たような大音が羽の辺りから生じ始めたのだ。そしてこれと同時に、羽そのものが、破裂した。
驚きに似た光を瞳の奥で煌かせたのは、アレックスの方であった。勿論、パムの黒羽を突破すべく、壊せるレベルの出力で攻撃を加えた。
確かにアレックスの攻撃で、黒羽のバリアは砕かれた。問題は、『簡単に砕かれてしまった』と言うこの事実である。
余りにも、呆気なさ過ぎる。アレックスの見立てでは、もっと持ち応える物だと思っていたのに――其処まで彼が考えて、気付く。
この黒羽の破壊は、パムが意図して設定した『攻撃』であると。この事実を認識するのに要した時間、千分の一秒。羽が破壊された瞬間から、ラグが殆どない。

 アレックスは知る由もないが、これは戦車の装甲に装着される反応装甲に原理は近い。衝撃を受ける事で、その装甲の内側の火薬が炸裂、そして、装甲が破裂。
こうする事で、戦車本体にとって致命となる損傷を受けても、表面の反応装甲が浮き上がり、敵の攻撃の威力が分散、結果として軽微なダメージで済むと言う訳だ。
欠点は、戦車の近くを哨戒している味方の兵士が、破裂した装甲の直撃を受けて死にかねないと言う点だが……この場に於いて、
巻き添えを食らう心配のある味方のいないパムにとってこの欠点は欠点足りえない。攻防一体となった特性もそうだが、例え砕かれて破壊されても、
羽が一つ残っていれば破壊された分をリカバリー出来るパムにとって、爆発反応装甲を模倣した性質のこの羽は、極めて利便性の高いそれとなっているのだった。

 炸裂した黒羽の破片が、超音速を軽々に上回る速度でアレックスと、接近していた黒贄の方へと飛来する。
反応装甲由来の性質の黒羽があった場所からアレックスがいる所の距離は、四m程。破片の速度を考えるに、見てからの回避行動など、出来るべくもない。
何が起こったのかを理解するよりも前に、掠っただけで肉体が粉々になる威力を内包した黒片の衝突を受けて即死する未来しか有り得ない。
しかし――これを回避出来るだけの反射神経が、アレックスには与えられていた。アレックスの両腕が、消えた。消えた、としか見えない速度で動かしている。
音と言う従者がついて来れない程のスピードで両腕を動かし、こちらに害を成そうとする破片を次々弾き飛ばし、対応する。
一方黒贄の方は、破片の直撃を受け、胴体の四割近くを吹き飛ばされた状態となっていた。左わき腹が殆ど存在せず、左胸部まで、筋肉も骨格も消し飛んでいる。
これで黒贄を仕留めた、などと最早この場にいる誰もが思っていない。特にパムだ。新国立競技場で見た時よりも、まだ黒贄が今負っているダメージは、軽い。動けて当たり前とすら思っていた。

 アレックスの方へとステップインするパム。アレだけ埒外の身体能力を見せ付けられていながら、パムは彼とインファイトを行おうと考えていた。
その方が範囲攻撃を行わないので周囲への被害を考えなくても済むし、彼女自身肉弾戦にも絶対の自信がある事もそうなのだが、何よりも、
肉弾戦の方がアレックスと楽しめると彼女自身が判断した事が一番大きい。つくづくの、戦闘狂であった。

586第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:34:26 ID:Mv5chdUo0
 黒羽を変形させて生み出した黒一色の篭手、それを纏わせた右拳を、間合いに入った途端アレックスの顔面目掛けて突き出す。
アレックスは避けない。避けられないのではない、避けないのである。出来る、とパムは内心で唸る。この一撃が疑似餌である事を、アレックスは見抜いている。
先程行った、爆発反応装甲の原理。それをたった今、パムが装着している篭手と具足にも応用したのである。
迎撃の為に篭手を攻撃すれば、それが超速で飛散する。回避しても、攻撃を放ち終えた瞬間にそれらを砕いて飛散させ、攻撃後の隙を解消出来る。こんな寸法であった。
故に、アレックスの反射神経で、この右拳の一撃を見の姿勢に回られるのが一番不味い。フェイントだと解っているフェイントは、脆いのである。
アレックスが何かをする前に、篭手を爆発させようとした、刹那。自身の体重が全部消失したみたいな感覚。それが、パムの身体に舞い込んで行く。
身体の全て……それこそ内臓や骨に至るまでが、自分の意思を超越して勝手に宙へと浮かび上がるような、全身の毛が逆立つような不気味な浮遊感。
それが、パムの身体を包み込む。自分の身体は今、浮いている。自分の意思で空を飛んでいるのではない。浮かされている。視界の上下が、反転した。凄い速度で、仰向けになった自分が地面へと堕ちて行き、空が遠ざかる。自分は今投げられて――。

 パムの背面と後頭部に、衝撃が爆発した。自分は、合気に近い要領で投げられたのだと、理解したのはこの瞬間だった。掴まれた事すら悟らせない、圧倒的な技量だ。
地面の感触が硬い。コンクリートだ、当たり前である。明瞭だった視界が一瞬で、油のプールの中から外を見るようにグニャリと歪み始めた。
脳が、頭蓋の中でピンボールのように揺れているのが良く解る。脳震盪。誰が何処にいるのかすら解らない程、視界が混濁している。
絵の具を何色か適当にぶちまけ、水を含ませた筆か刷毛でなぞった見せたようなマーブル模様。それが今の、パムの視界だった。
アレックスや黒贄、ジョニィは何処に? などと、認識出来る筈もない。だが、確かな事は一つ、動かねば、死ぬ。それだけだ。

 咆哮を上げるパム。雷鳴のような大音声だった。
自分を奮い立たせる為、そして、相手を怯ませる意図を込めたこの雄たけびを上げながら、パムは、脳震盪の真っ只中であると言うのに、
信じれない程の速度で立ち上がり、姿勢を整えた。左肩を、何かが突き抜ける。炎とはまた違う、高温度の光だかレーザーだかで貫かれたような、
灼熱の痛みが肩甲骨ごと彼女の肩を貫いた。アレックスの魔力剣だ。もっと致命になりうる急所を狙ったのだろうが、パムがアグレッシブに動くせいで、
狙いが逸れて肩を攻撃する形になってしまったのだろう。恐らくアレックスの事だ、雄たけびで怯んではいるまい。
明瞭な痛みが、濁った視界をクリアなものにする。幻覚に囚われた時、視界が自分の意思とは違う何かにジャックされた時。痛みと言うのは、覚醒の特効薬となる。
混沌した視界の問題をクリアするやパムは、自分とアレックスを繋ぐ魔力剣を手刀で叩き壊し、自由の身となる。壊された魔力剣は無害な魔力へと昇華される。
パムに刺さっていた剣の残滓にしても、同じ事だった。この昇華と同時に、アレックスは編んでいた魔術をパムの身体に叩き込もうとする。
ハマオン……つまり、アレックスのいた世界でセイントⅢと呼ばれる魔術が変異した術だ。浄化の白光がパムを昇天させんと包み込もうとした瞬間、
凄まじい速度でパムは後方宙返りを行い、これを回避。そして、宙返りから着地するよりも前に、最後に残った一つの羽を三つに分割。
そして体積を、元の羽と同じサイズにまで拡大させる。これで、黒羽の枚数は元に戻った。足りない分の残り一枚は、篭手と具足に変形させたそれである。

 着地し、拳を構えるパム。魔力剣で貫かれた左肩が気になるが、問題にならない。
骨を破壊されたとしても、黒羽の破片をカルシウムに変質させ、それを砕かれた所と癒着させ回復させれば良いだけの話だ。動きが鈍くなるのは、数瞬の事。我慢せねばなるまい。

「おや、良い笑みですな。美人はそうでなくてはなりません」

 呑気も呑気に、黒贄が言った。何処がだよ、とアレックスは思わず心中で突っ込む。
今パムの浮かべてる笑みこそが、戦闘狂のテンションが最高潮に達した時に浮かび上がるそれなのだ。
なまじ元となるパムの顔つきが美女のカテゴリーの中でも最高位に相当する程の美しいそれである為、笑みは凄愴と言うよりも凄艶の域に達しており、
獰猛さと美しさが同居するその笑みに睨まれれば、如何なる男も女も、二重の意味で立ち竦む事であろう。その笑みの恐ろしさに。そして、美しさにも。

587第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:34:38 ID:Mv5chdUo0
 痛みに屈する肉体も精神も、パムは持ち合わせていない。同様に、衝撃を加えられても折れて萎える心でも最早ない。
痛みや衝撃を受ければ、寧ろ肉体も心も活性化する。それが、戦いによって齎されたものとなれば猶更だ。
私だって負けられないし、強いんだぞ。その思いで乗り越えられる。今のパムが、正しくそれだ。
何故ならば、自分に痛みを与えられ、膝を屈させる程の存在は、その時点で強者である。その強者との戦いこそが、パムにとって最も楽しいコミュニケーションなのだ。
魔法少女の世界では、その強者が――パムと真の意味で語り合える存在は、全くと言って良いほどいなかった。
クラムベリーはもしかしたらその域にまで育ち得たやも知れないが、彼女は自制する術をパム以上に育ててなかったが故に、自滅してしまった。

 自分が今、どんな顔を浮かべているのか。鏡を見るまでもなくパムは理解している。
嗤っているのだろう。アレックスが繰り出してくる未知の攻撃。黒贄礼太郎が振るう圧倒的かつプリミティヴな暴力。それらを、期待して、笑っている。
色気なんて欠片もなく、明るさなんて何処にも見当たらない、泥臭く熱の篭った、獰猛な笑みでも浮かべているのだろう。
しかたないじゃないか。だって、お前達が強すぎるのが悪いんだ。いや、悪くはないな。お前達はそのままで良い。そのままで良いから――。

「まだ、戦おう」

 ともすれば、懇願するような声音でそう口にした、その瞬間だった。
パムから十数m離れた所に存在した、ACT3の渦。其処からジョニィが、トビウオの様に勢い良く飛び出て、潜行を解除したのである。
ACT2を放つぐらいであれば、パムならば対処出来る。放たれた位置と相手のいる距離さえ解れば、死角から放たれた銃弾ですらパムは対応出来る。
だから、ジョニィの方は見る必要性すらない。……筈だったのだが。魔法少女としての嗅覚が、人間のそれとは違う、獣の臭いを感じ取ったとあれば、話は別。
ジョニィが現れた方角、つまり、パムの背後である。その方角を振り返ると――彼は、『馬』に乗っていた。
くすんだ白色の獣毛に、黒の斑点模様。その馬の特徴だ。見た所特別な力を感じない。実際問題、黒羽でアナライズしてみても、何の力も持っていない。
ギリシャ神話に語られる翼を持つ天馬ペガサスであるとか、聖なる角を持つユニコーンであるだとか、一日に千里を走るという赤兎馬だとか、
オーディンが騎乗する戦車を引くスレイプニルだとか。彼らが持っている――パムは実物を見た事がない為持っていそうな、が正解か――力強さや神韻、聖なるオーラやカリスマと言う物をその馬からは感じない。本当にただの、何の変哲もない馬であるらしい。

「畏れるに足りんぞッ!!」

 こんなもので何をしようと言うのか、魔法少女は馬より速く、そして長く走り続ける事が出来る。ただの馬など駄馬にしかならない。
黒羽を変形させ、迎撃しようとしたその瞬間にジョニィは――『馬に乗った状態で、爪をパム目掛けて放っていた』。これを、爆発反応装甲で、パムは対応しようとしたのであった。

588第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:34:53 ID:Mv5chdUo0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




     お前は馬に力を与え、その首をたてがみで装うことができるか

     馬をいなごのように跳ねさせることができるか

     そのいななきには恐るべき威力があり、谷間で砂をけって喜び勇み、武器を怖じることなく進む

     恐れを笑い、ひるむことなく、剣に背を向けて逃げることもない

     その上に箙が音をたて、槍と投げ槍がきらめくとき、角笛の音に、じっとしてはいられない

     角笛の合図があればいななき、戦いも、隊長の怒号も、鬨の声も、遠くにいながら、かぎつけている

                                                  ――ヨブ記39:19-25



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589第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:35:06 ID:Mv5chdUo0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ジョニィが放った爪弾は、彼の人差し指から剥がれて飛んで行ってから、一m。その軌道上でメタモルフォーゼをし始めた。
一切の脈絡もなく、まるでパラパラマンガのあるコマ以降を、それまでのコマとは全く別の絵に差し替えて見せたような、急な変身であった。

 大柄な人型のヴィジョンであった。赤味の強い紫色が、その体色の九割半ばを占めた、異様な姿である。
竦めさせたように首の存在が見えないのだが、もしかしたら初めから、首に類する部分はその存在にはないのかも知れない。
それに、非常に大柄だ。星の意匠を凝らした肩パッドと脚部プロテクターだけを見るなら、ラガーメンを思わせる。
一方で、無数の鱗を繋ぎ止めたような帷子を纏うその様子は、戦士の様にも見受けられる。全体的に、チグハグで、統一感がなく、不気味な印象を見る者に与える姿だった。
顔つきもまた異様で、目の部分に星のマークがペイントされ、額に相当する部分には馬の蹄に打ち付ける蹄鉄のような形をした、Uの字の飾りを着けていた。兎にも角にも、気味の悪い存在だ。

 そんな、帷子を纏った人型のヴィジョンが、宙を滑るようにパムの方へと向かって行く。
このヴィジョン――『タスク』の真正面に、パムの黒羽が変形した、反応装甲が立ち塞がる。厚さにして二十cm、縦横の幅が五mオーバー。
装甲と言うより、これでは最早壁だ。そんな物が、タスクの目の前に現れたのだ。この速度でぶつかっても壁は爆発するし、殴ったり斬ったりしても、同じ事である。
タスクは、その身体にタックルをぶちかました。無論、勢いを乗せた体当たりで突破する事も出来よう。だがそれをやれば待っているのは装甲の爆発だ。
跳ね返されるなどと言う甘い未来はない。胴体の骨が何本も圧し折られる事ですらまだ手緩い。ほぼ確実に、高速で飛来する破片に衝突し、全身がグチャグチャに潰され即死する。どちらにしても、タスクの――ジョニィの運命はこれで決まったも同然……の、筈だった。

 ショルダーパッドに覆われたタスクの肩が、反応装甲の壁にぶち当たる。……壁は爆発反応を起こさない。凪すら起きない海のように、何も起きない。
そう見えたのは、ほんの半秒の事だった。異変はすぐさま、誰の目にも明らかな形で生じだした。
黒羽が変じた反応壁、其処から、青白く光り輝くリング状の何かが音もなく、滲み出るように現れ始めたのだ。
それも、一つや二つと言う数ではない、百を容易く超えており、千個にも達するかと言う程の数だ。
リングは総じて、同じ方向目掛けて回転を続けており――その回転に従うかのように。……否。抗えないとでも言わんばかりに、その黒羽自体も、歪に回転をし始めた。

「!?」

 パムの瞳の奥底で、明白な驚きの感情が瞬いた。確かにその反応壁は回っている。しかしその『壁自体』が、回転しているのではないのだ。
その黒羽が変形して出来上がった壁、その一部分一部分が、音もなく回転をしているのである。
角が回転している事もあれば、角から離れた中央部まで。兎に角、物理的に回転する事は愚か、回転するギミックを仕込む事など不可能な部分まで回り始めている。
無論その壁に回転するギミックなどパムは仕掛けていない。となれば、思い当たる節は一つ。あの謎のヴィジョンによる攻撃で、今の現象は齎されているのだ。

 リングが回転している所から、白色の煙めいたものが上がり始める。リングと黒羽自体との摩擦、その熱で煙が生じているのだろうか。
真実は誰にも――それこそ、タスクの発動者足るジョニィにすら解らないが、確かな事は一つある。異常なスピードで、黒羽の壁が崩れ、雲散霧消して行っているのだ。
戯画や銀幕の中で見られるような、聖なる陽光を浴びて灰になり、光に実体が溶けて行く吸血鬼の表現宛らに、黒羽は崩れ、滅び、縮小し。やがて完全に消滅した。掛かった時間は、一秒と半ば。凄まじいスピードであった。

590第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:35:18 ID:Mv5chdUo0
「何をした……!!」

 黒羽が破壊される。これ自体は珍しい事じゃない。
無論、枕詞に卓越した実力者と言う言葉が付随するが、一部の魔法少女やサーヴァントならやってやれない事じゃない。
ジョニィは明らかに、その卓越した実力の部分を見出す事が出来ない。身体つきは、戦士として闘争や戦闘に向けて磨き上げられたそれではなく、
どちらかと言えばある種の『競技』に向けて絞られた風な物であり、とてもじゃないが、この場にいる怪物三名。
パム、アレックス、黒贄の三人の三つ巴の戦いに、何か気の利いたフォローを入れられる風な実力には全く見えない。
そんな人物が、黒羽をいとも簡単に破壊して見せた。この事実に、パムは明白な驚きを見せているのだ。それは即ち、今この瞬間まで、心のどこかでジョニィを侮っていた事の証左に他ならない。

 パムの問いかけに、ジョニィは何も答えない。いや、答える気は更々ないのだろう。
――パムはこの時、見た。見てしまった。ジョニィの瞳の中で、黒曜石の様に冷たく光り輝く、純度の高い殺意を。
憎いから、妬いているから、因縁があるから。そう言った感情論を超越、一切廃して、ただただ自分を目標の為だけに殺す。
そんな意思が如実に感じられるのだ。彼の何の変哲もない目の中で光り輝く、漆黒のプラズマ。それは恐らく、ジョニィ・ジョースターと言う男が、パムという魔法少女に対して抱いている、殺すと意思が結晶化した物であるのだろう。

「――上等だぞ貴様ッ!!」

 犬歯を見せ付けるような獰猛な笑みを浮かべ、パムが叫んだ。稲妻のような、声量だった。

「ほっりゃさっさー」

 痺れを切らしたかのように、黒贄がパムの元へと接近。反応装甲の破片の直撃で吹っ飛んだ脇腹から血を流しながら、元気に左腕を乱雑に振るう。
自分の背後から迫るその攻撃を、後頭部に目でもついていると言われねば納得が出来ない程の正確さで、ダッキングする事で回避。
台風を束ねて塊にしたような風圧が、頭上を行過ぎて行くのをパムは感じる。直撃していれば、パムと言えども即死だった。それほどまでの威力に、もうなっていた。
羽の一枚をサーベルの剣身の如き形状に変化させるパム。ただの剣ではなし。幅数m、長さ十mにも達する巨剣である。
これを猛速で振るい、黒贄と、拳の一撃を真横から側頭部に叩き込もうとするアレックスを一纏めに斬り殺そうとする。
アレックスは何とこれを、魔力を纏わせた右の手刀一本で、逆に剣身の方を斬り返してしまった。アレックスの手刀を受けて、黒塗りの巨剣の刀身が中頃から宙を舞う。
そして、手刀を振り下ろし終えたのと同時に、彼は刻まれた刺青から、数百万Vを超過する青白い放電現象を生じさせた。その高電圧の触手は凄い速度でパムと黒贄に迫る。
パムも、そして黒贄も。放電が迫り始めたそのタイミングで、地を蹴って大きく飛びのいて距離を離す事で回避する。放電の一部が地面に当たる。パァンッ、と言う破裂音と同時に、転がっていたコンクリートの大塊が消滅する。信じられない威力だった。

 剣身に変形させた黒羽を自らの意思で、空気に溶け込ませるように消滅させたパム。
飛び退きを終え、着地したと同時に、自分の手元にある黒羽の一つをパムは三等分にし、元の枚数に戻し始めた。
その分割する前の黒羽の大きさは、ピッタリと三等分出来る程度の大きさであったらしい。切り分けられたそれは皆同じ大きさをしていた。
その内の二つは、確かに、元通りの大きさに戻ったのであるが……一つだけ、様子がおかしかった。
大きさが元通りにならないばかりか――先程ジョニィのタスクの体当たりを受けた黒羽の同じように、青白く光るリングが滲み出るように現れ始め、消滅を始めているのだ!!

591第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:35:30 ID:Mv5chdUo0
「馬鹿なッ!!」

 余りにも不可解な現象に、パムが今度こそ驚きの声を上げる。
それと、全く同時であった。ジョニィが再び、馬に乗った状態で、爪弾を放ってきたのは。右の薬指から。
爪は先程と同じく、放たれてから一m程の所で、唐突にあの人型のヴィジョンに変貌を遂げ、その状態のまま凄い速度でパムの方へと向かって行くのだ。
何の原理で、自身が絶対の信頼を置く黒羽、その内の一枚が使用不能になっているのか。パムにはとんと解らない。だが、確かな事が一つある。
それは、あの人型に触れると言う事が、計り知れない程危険であるという事だった。さりとて、黒羽で防御する訳にも行かない。

 迷った末にパムは、地面に拳を打ち込み、其処からすぐに、地面に突き刺さった拳を引き上げさせる。
すると、それまで地面を舗装していたが、戦闘の余波で割れてしまったコンクリートの一枚岩が、つられて立ち上がって行く。
パムの拳に刺さったものの正体が、このコンクリートで出来た巨片であった。これを意図も簡単に引き上げさせたパムは、このコンクリの壁を文字通り、
タスクから身を守る為の壁として身体の前面に配置。それをし終えてからゼロカンマ二秒程後に、タスクがコンクリ壁に衝突。
凄い速度でコンクリからリングが滲み出始め、そのまま、早送りでもして見せたかのように、壁が消滅していた。役目を果たした為か、タスクもまた消えていた。

 このタイミングで、パムが動いた。
スタンディングスタートから一気に、騎乗しているジョニィの所へ、猛どころか、超がつく程のスピードでダッシュする。
魔法少女、その中にあっても最高位の身体能力を誇るパムの移動速度は、助走距離次第では、何の補助も借りない素の身体能力だけで、
新幹線のそれを容易く超える程のスピードとなる。彼女とジョニィの距離は、二十m程。それだけで、十分だった。その程度の距離で、パムは、時速三百オーバーの加速を得ていた。

 ジョニィの放ったあの攻撃、秘密は彼が騎乗している馬にあるとパムは推理。
馬を、素手で殴り飛ばそうとするが、それを許さぬ者がいた。アレックスと、黒贄である。アレックスは、同盟者を守る為。
そして黒贄は、纏めて三人を殺す為。新幹線のスピードを上回る速度で移動しているパムの元へと集い始めた。

 ジョニィが、スローダンサーの鐙を蹴って宙を舞い、それと同時にこの愛馬の展開を止めて姿を消させるのと。
黒贄の左拳と、黒羽で出来た篭手を装備したパムの一撃が衝突したのは、殆ど同時だった。衝突によって生じた、荒れ狂わんばかりの衝撃波。
まるでダイナマイトの炸裂だ。それが、ジョニィの身体にも叩き込まれる。

「うぁぐっ……!!」

 攻撃と攻撃の衝突、その余波に過ぎない衝撃波。
攻撃その物の直撃ではないにしろ、身体能力が普通人の延長線上のそれしかないジョニィにとっては、それは致命傷に平気でなりかねない。
現に、今の衝撃波の影響で、肋骨にヒビが入った。インパクトに煽られたジョニィは、鐙を蹴った事で到達した高度から、また更に十数m上空を舞い飛ぶ事になった。
このまま地面へと落ちるのか? 落ちればそのままダメージを負うだろうし、落下途中でパムの攻撃が飛んでくる可能性もゼロじゃない。
ジョニィの状況はかなり不味かったが、これを救ったものがいた。アレックスである。彼はジョニィが吹っ飛ばされた高度二十mを超える所まで一気に跳躍。
そのまま彼を抱きかかえるや、上向きに魔力放出を行う事で、一気に地上に急降下。そのまま着地し、ジョニィを救出する。

592第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:35:49 ID:Mv5chdUo0
「無事か」

 訊ねるアレックス。

「何とか……」

 言いながら、口から少量の血を零れさせるジョニィ。決して、無事ではない事が解る。

 アレックスが目線を、黒贄とパムの方へと送る。
有り得ない速度で、左腕を振るう黒贄。攻撃が、アレックスの目から見て、滅茶苦茶過ぎる。
ただ単に、腕を力任せに振るう。やってる事はそれだけだ。それだけなのに、速度も、其処に内包された威力も、桁違いのもの。
黒贄の攻撃に、技術の粋なんて欠片ほども見られない。攻撃に、技術がない。
それは即ち、自分の戦闘は無計画かつ無秩序な場当たり的なものである、と宣言しているのに等しい。つまり、すぐに息切れする上、疲れ易くなるという訳だ。
そんなものは、黒贄にはない。乱雑な攻撃を継ぎ目なく、流れるような連続性と、音を超過するスピード、そして、鉄塊すら容易く砕く腕力で叩き込み続けるのだ。
そしてこれをパムは、アレックスどころかジョニィから見ても、明白な技術力の高さで対応し続ける。
アレックスの当て推量だが、黒贄の身体能力はとっくにパムのそれを追い抜いているのだろう。単純な一撃の威力、移動する速度や反射神経。
それは黒贄の方に分があろう。だが、パムはその足りない部分を、凄まじいまでの戦闘技術で補っている。
篭手で防ぐ、防いだ傍からカウンターを行う、それを避ける黒贄。避けつつも攻撃を繰り出し、それをパムが膝蹴りを行う。
直撃する黒贄、きっと、胴の骨は粉々だ。それでもまだ、あの薄ら笑いを浮かべている。そして、痛みにも屈しない。その笑みのまままた攻撃を繰り出し、
パムが、再びこれに対応し、その時最も適した反撃を行う。武の理想だ。肉体的に然程優れていないのなら、技でそれをカバーする。
無論、肉体が強いに越した事はないだろう。現にパムの肉体のスペックは、ひ弱なそれどころか、屈強と言う言葉でも尚足りない程達している。
そのパムですら、技に頼らざるを得ない程、黒贄は強いのである。……と言っても、そんな状況に陥って尚、パムは嗤っているのであるが。

 黒贄の攻撃を、ステップを刻んで回避するのと同時に、パムは、飛翔。
高度十数m地点で、腕を組みながら停滞、浮遊。三名を見下ろす形で、彼らを睥睨する。浮かべるのは、不敵な笑み。

 ――きっと、の話になる。
確証を得た訳じゃない。だから、これが正鵠を射ているのかもパムには解らない。当てずっぽうの可能性も多分にある。しかし、パムの勘が告げている。
間違いなく、『この聖杯戦争において四枚の黒羽の内一枚は使い物にならなくなった』。つまり今この瞬間から、パムは、『三枚の黒羽で戦いを続けて行かざるを得ない』。
今羽を四枚に増やしても、先程見たいに青白く光るリングが湧いて出て、黒羽を消滅させてしまうだろう。やって見ない事には何とも言えないが、きっとそうなる。

 ジョニィの放ったあの、人型のヴィジョン。アレはパムですら初めて見る能力だった。しかし、流石に最強の魔法少女と称されるパムだけある。
培ってきた戦闘経験、そして、数多見てきた魔法少女達と、彼女らが使っていた固有の魔法の詳細データの蓄積。それらから、ジョニィの能力はある程度導き出せる。
先ずあの能力は、『馬に乗っていなければ発動出来ない』のだろう。それはそうだ。あんな恐ろしい力、素で放てるのならとっくに自分に放っている筈なのだ、と。
パムは考えていた。パムレベルの身体能力と反射神経の持ち主では、並大抵の馬に騎乗した程度では何の役にも立たない。
寧ろ判断のある程度を馬に委ねてしまう分、反応が遅れてしまい不利とすら言えるだろう。つまり、能力の発動条件は、厳しいと言う事になる。
では、その厳しい発動条件を満たした上で行ったあの爪弾には、どんな能力が付与されていると言うのか? これもまだ、推測の域を出ない。
が、確実に当たっているとパムは睨んでた。恐らくあの爪弾――と言うよりは、あの人型のヴィジョンか――に触れたものは、『死ぬ』。
一切の例外は、其処には無い。アレはきっと死神(ハーデス)を放つ力だ。次に繋ぐ機会、傷を癒す再生力、無限大の防御力。
それらの全てを、あの一撃は知らぬとばかりに叩き壊す。粉砕する。引き裂く。問答無用なのだ。
触れれば、機会を奪う。再生する力を焼き尽くす。果て無き防御も砕いて見せる。あの死神には、それが許されているのだ。
死を遠ざける手段が理不尽であればある程、あの死神はより上位の理不尽を叩きつけ死を齎して来る。アレはきっと、そう言う能力なのだろう。そしてそれは、人だけじゃない。物質にも等しく機能するに相違ない。だからこそ、黒羽は再生しないのである。

593第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:36:07 ID:Mv5chdUo0
 初め、黒羽の一枚を再生不可能なまでに破壊された時、パムは、頭蓋の中が焼き尽くされる程の怒りを一瞬覚えた。
それも無理はない。何せ自分のアイデンティティである能力の一部を、完全に封印されてしまったのだ。そんな感情を覚えるのも当然の事だ。
だが即座に、その怒りは、ジョニィ・ジョースターと言う男への畏敬と敬服に変わった。そして、あの男を侮っていた自分への、憤りにも。

 骨の髄まで戦闘の美酒に漬かされきったパムには、戦闘と言う行為についてはある種の美学のようなものを持っている。その内の一つに、攻撃についての美学がある。
例えば、世界一つ――それこそ宇宙の全てだとか、銀河一つだとか、惑星一つだとかでも良い。それを破壊出来る威力と規模の攻撃があったとする。
その攻撃は、攻撃と言う概念の一つの完成系、究極の姿の一つと言えるだろう。言ってしまえば、強さなるものの極限とすら換言出来る。
それはそうだ、世界を一つ完膚なきまでに壊し尽くせるのだ。究極、なる言葉を冠するに相応しい事は間違いない。
しかし、それだけの規模と威力の攻撃を放っていながら、本命を殺せなかったら如何言う評価が下されるのか? 攻撃とは相手を倒し、殺す為のもの。
世界を破壊出来る力を有していながら、本当に倒すべき相手を倒せなかったのなら、それは範囲だけが徒に広く、無駄に多くの命を巻き添えにするだけの、
傍迷惑な代物以外の何物でもない。そんな攻撃を攻撃として評価した場合、パムは下の下の評価を下す。
だが――範囲や、一時に殺せる人間の数は拳銃の弾丸一つ分しかないが、『必ず一人の相手を殺せる攻撃』があったと仮定して。
その攻撃に対してパムはどんな評価を下すのかと言えば、それは――『究極』である。
目当ての相手を絶対に、何があっても、どんな手段・どんな能力を有していても、問答無用で殺せる攻撃。これを攻撃と言う物の完成系と呼ばずして、何と呼ぶ。
攻撃と言う物が、相手を倒し、殺す為の物であると言うのなら。如何なる能力や不条理、体質を抉じ開けて相手を殺せる攻撃は、至高の形の一つである。

594第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:36:21 ID:Mv5chdUo0
 ――スマートな力であると、パムは思った。自分には出来ない芸当、だとも思っていた。
パムの能力は、本気を出せば出す程、殺せる蓋然性が高い攻撃をやろうとすればする程。それに比例して破壊範囲も極大の物となる。
大量破壊が可能な魔法少女。そうパムは呼ばれていた。一方で、市街地などの密集地帯では、その大量破壊が可能な力が枷となる。いらぬ破壊を招くからだ。
そんなものだから、魔王パムの本気を拝める場所は、この世界に於いては大気圏外しかないと揶揄された事もあった。そしてその揶揄は事実その通りであった。
いろいろ試行錯誤を繰り返して見たが、結局、破壊範囲と反比例するかのように威力が上がって行く攻撃は開発出来なかった。
パムは、破壊範囲と威力と言う究極は掴む事は出来たものの、絶対の殺害性能と言うもう一方の究極までは手中に収める事は出来なかった。

 ジョニィは、これを持つ。
自分が望んで已まなかったもう一方の完成系、至高にして極限のカタチの一つを手にしている。
ステータス上は自分の遥か格下、その上、超越性の欠片も感じられない平凡な風貌で、これを持つ。その事実に、パムは震えた。――嗤みを隠せない。
触れれば自分は死ぬのだぞ。レイン・ポゥはきっとそう突っ込む事であろう。確かにそうだろう。だがそれは、自分に恐怖を芽生えさせる要素に何ら育ち得ない。
掠った時点で、アウト。次はない。そんな攻撃を放ってくるのだ。スリリングで、面白かろう。パムは本気でそう考える女だった。

 あのアーチャーは、あの攻撃を得る為に。
どれだけの時間を犠牲にしたのだろう。どんな誘惑を断ち切ったのだろう。どれ程の可能性を剪定したのだろう。
辛い事のみを選び続け、楽になれる機会を捨てる事を繰り返す。それこそ、自己のメリットに繋がる全てを捨てて初めて得られる、『真の全て』。
それがあの能力なのだとパムは解釈した。戦いを司る神とは、酷くケチだ。あれ、これ、それ、どれ。全部捨てねば究極は与えない。
ジョニィはきっと、捨てたのだ。或いは、本人の意思とは裏腹に捨ててしまったのだ。後者の結果得られた強さでも、構わない。
ジョニィは、強い。アレックスも、強い。黒贄なぞ、言わずもがなだ。三名が三名とも、方向性の異なる道を極めている。つまり――三通りの遊び方が、この場で出来ると言う訳だ。

 黒羽の一つに周辺の状況を走査する機能を付与させる。少なくとも、神宮球場周辺に至るまで、まだ人は集まっていない。
今の内だった。人が集まるまでの短い時間内に、全力を出すのは――今の内であった。

「――死冬(ニヴルヘイム)」

 その一言と同時に、黒羽の一つに霜が纏わりついて行き――――――――。

595第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:37:03 ID:Mv5chdUo0
後二回に分けて投下するかもしれませんが、とりあえずは投下終了です
企画の放置、大変申し訳なく御座います。datにだけはしない事は誓いますので、どうかまた応援の程を宜しくお願いします

596名無しさん:2018/11/01(木) 12:38:25 ID:x5XIqqMw0
待ってた
パムの強さはさることながら、永久に羽の一枚を潰したジョニィの活躍が光る
殺人鬼王決定戦の名に恥じない強者ばかりで読んでいてワクワクしますね

597名無しさん:2018/11/01(木) 14:41:01 ID:bYWV6ZXs0
お前の投下を待ってたんだよ!(迫真)
投下乙です。三人の魔人の化け物っぷりと、ここぞとばかりに美味しい所を持っていったジョニィの活躍いいゾ〜これ(恍惚)
未だ登場していないキャラがどう関わってくるのかも楽しみ

598名無しさん:2018/11/01(木) 20:36:08 ID:oXr9n3Z20
投下乙

これパムは一回だけの必殺技持ったようなもんだや

599名無しさん:2018/11/03(土) 17:10:19 ID:7ip7PwB20
ACT4相手の被害を羽一枚落ちに留めたパムもスゲエや
これだけ世紀末めいた戦いが繰り広げられててまだ続きがあるの楽しみが過ぎる

600名無しさん:2018/11/03(土) 18:29:38 ID:AA/ufkRs0
北上様と幻十がかち合いそうなのが不穏な空気を醸し出す

601 ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:31:04 ID:7Sgx76gs0
新年明けました

投下します

602第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:32:05 ID:7Sgx76gs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「アサシン、野球はお好きかしら?」

 ストッ、と。レイン・ポゥが展開させた虹の橋から彼女自身が降り立ち、その後で、抱かかえられていた純恋子が地面に降り立つ。
共にピッチャーマウンドの上に立っている。この言葉は、その折に純恋子がレイン・ポゥに投げかけたものであった。

「スポーツ自体がそんなに好きじゃねーから。て言うか、アンタもそんなに野球は好きじゃないっしょ? ああ言う試合時間が長いのはお気に召さなそう」

「どちらかと言うとそうですわね。ついでに言うとサッカーもそんなに好きではありません。決着がつくのに時間がかかりますもの。私の好きなスポーツは相撲ですわ」

「まぁ……すぐに決着はつくわな……」

 まわしを締めた純恋子の姿を思い浮かべるレイン・ポゥ。
想像以上に似合っていたので、思わず噴出しそうになるが、こらえた。そう言う所は我慢強い。

 パムの黒羽を応用した事前の走査で、この神宮球場にはサーヴァントが一人もいない事は既に判明している。
いるのは、本当に幾ばくかの従業員。そして……黒贄礼太郎のマスターと思しき、魔術回路を保有した人間の女性。即ち、遠坂凛である。
此処にいる事は解っている。だが、具体的に何処に隠れているのかまでは解らない。パムが近くにいるのなら、こんな球場などガラス箱も同然。
何処に隠れていようが能力の応用で追跡可能だが、彼女が此処にいない以上、レイン・ポゥ達は自分の足で凛を探さねばならない。

 パムの事は、今でも気に入らない。寧ろ、嫌いであるとすら断言出来る。
だが、間違いなくあの魔法少女は、凛と言うマスターと渡り合う上で最も勘案せねばならない要素である、黒贄礼太郎を凛と合流させる事を防いでくれる。
凛単体なら、如何にでもなる。彼女と黒贄が合流してしまえば、手がつけられない。それをパムは阻止してくれるだろう。
勿論、それは善意から来る行いではない。パムが、黒贄と戦いたいと言う邪な感情を抱いているから、パムはあの殺人鬼と戦ってくれるのだ。
動機はこの際、如何でも良い。パムは、黒贄を食い止めてくれる。それについては一切の疑念も抱いてない。それについてはレイン・ポゥは信頼しているのだ。

「アサシン、手出しは無用でしてよ」

 問題はこの近距離パワー型の女である。
何でも遠坂凛との決着は自分がつけるのだと、彼女、英純恋子は随分と息巻いている。
実際、腕に覚えがあるマスターとマスターが戦って決着をつけるのは、何も間違ってはいなかろう。
サーヴァントを倒すのは、マスターの仕事ではない。これは戦闘をこなせるサーヴァントの領分である。
だから純恋子が、凛との戦いは自分に任せろと口にするのは、何も間違っている所はない。だが問題は、凛は魔術を使えるのだ。
これで、凛が当初の見立て通り、黒贄礼太郎と言う強大な暴力装置に振り回されるだけの無力の少女だったら、レイン・ポゥは純恋子と凛が戦うと言う事実に、
難色を示す事もなかった。だが実際は違った。凛は、戦える。度胸も、ある。こうなってくると話は別だ。なるべく純恋子と凛は戦わせたくない。
レイン・ポゥは純恋子も嫌いだ。こう言うイケイケで、自分の我が強いキャラクターが彼女は好きではないのだ。
だから純恋子が野垂れ死にしようが、銃で撃たれたり剣で滅多切りにされて無様な骸を晒そうが、普段ならば如何でも良い。だが今は不味い。
純恋子はレイン・ポゥのマスターだからだ。死なないように配慮するのは当然の運びであった。

「そんなに戦いたいか?」

 もう答えは決まりきっているだろうが、一応訊ねる。

「彼女……遠坂凛からは、貴族の風格を感じました。並ならぬ才覚を持った上で、一日たりとも努力を怠けなかった者のみが放てる、独自の風です」

「はぁ」

「そう言うオーラを持つ者に対しては、敬意と誠意を以って接せねばなりません。お分かりですね?」

「解らない」

 即答。しかも、全く返答にやる気がない。

「女王を志す者同士が相対したら、どうなるのか? 勝負でしょう」

 どうやら純恋子の脳内では、凛は女王を志す候補生扱いで、純恋子自身からは好敵手として認識されているらしい。
敵ながらレイン・ポゥは同情する。自分の知らないところでドンドンドンドン訳の解らない設定を付与されて行くのは、どんな気持ちになるのだろうか。

603第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:32:48 ID:7Sgx76gs0
 どちらにしても純恋子は、遠坂凛との戦いに完全に燃えているらしかった。
あの魔術師の女に純恋子が何を感じ取ったのかはレイン・ポゥには解るべくもないが、魔術を使うと解ってもなおこの意気軒昂ぶりは素直に凄いと思っている。
相手が恐るべき手段を使うと解れば搦め手や抜け道、卑怯に邪道も何でも用いるレイン・ポゥとは対照的だ。真っ向から相手を叩き伏せるストロングスタイル。
肯定的に捉えるのなら、互いの足りない部分を補い合える関係なのだろうが、無論、人間関係はジグソーパズルのピース宜しく、簡単にピッタリ行く物ではない。
実際は純恋子とレイン・ポゥの関係はデコボコも良い所で、サーヴァントやマスターと出会った時の応対と言う、一番重視せねばならない部分ですら、意見の合致を見ない程である。

 今回レイン・ポゥは、ある程度純恋子に譲歩する事にした。凛と戦わせるのである。
普段ならばそんな暴挙は許さないのだが、幸いにもこの神宮球場内には現状サーヴァントの類は潜伏していない事はパムの黒羽で把握済み。
つまり、この場にいるサーヴァントはレイン・ポゥ一人だけ。これならば、ある程度のマスターの逸脱は黙認出来る。
無論、マスターが死にそうな場合はフォローを入れる。凛に純恋子が殺されそうならば、それを防ぐ。当然の配慮だった。

 パムの黒羽によって、凛は、この球場内を忙しなく動き回っている事が解っている。
しかし、完全なランダムで動いているのではない。球場の形状と、移動している現在位置、そして、パムが黒贄やアレックスらと戦っている場所。
これらの要素を合算して考えれば、凛がどんな法則下で動いているのかは、一目瞭然。明らかに、パム達を意識している場所を動いている。
要するに、パム達の戦いがチラリとでも良いから確認出来るポジショニングを確保可能な所のみしか動いていないのだ。
大方、黒贄の動向が心配だから、彼の姿が最低限見る事が可能なところにいたいのだろう。判断としては、正しかろう。
しかし、一定範囲内でしかランダムに動けないと言うのであれば、それはもう、移動先を特定したに等しい。今の凛は、水に溺れた犬のようなもの。弱り目も弱り目の状態だ。叩きに行かない手はなかった。

「その場所まで赴きましょうか、アサシン」

「あいよ」

 言って二名は、マウンドからダッグアウト(控え席)へと駆け出し、フィールドから球場内部へと移動。
其処から、遠坂凛がうろついているであろう場所まで一気に距離を詰め始める。

 移動する事、約一分程。目当ての者は、いた。というより、鉢合わせの形になった。
二階通路へと通じる階段を純恋子らが駆け上がろうとしたそのタイミングで、凛とバッタリ遭遇したのである。
純恋子は階段の踊り場部分、凛が、二階の通路部分である。どうやら壁に取り付けられた窓から、黒贄達の様子が伺えるところであるらしい。
移動しながら、チラチラと、彼らの様相を見守っていたに相違あるまい。

「!!」

 目を見開かせて凛が驚く。死んだ人間が蘇った瞬間を目の当たりにしたようなリアクションであった。
無理もない、午前中に戦ったサーヴァントの主従、その中でも特に『濃かった』人物と出会ってしまったのだ。その反応も珍しいものじゃない。
そして、凛は今この瞬間、純恋子の主従が今の状況に絡んでいた事を初めて知った。無理もない。黒贄自体はパムと競技場で出会ってはいたが、
凛は今までずっと競技場内部を移動していたが為に、競技フィールドで複数のサーヴァントらと大立ち回りを繰り広げていたパムの存在を認知出来ていなかった。
認知していれば、パムがこの場に現れ、戦っている瞬間を見て、芋づる的にレイン・ポゥもこの場にいる事を予測出来た可能性もあろうが、
パムが何者なのか知らない以上そんな推測は立てられない。結局、パムがこの場に現れた瞬間からレイン・ポゥらがこの球場に侵入した瞬間を、
良いポジショニングを探している内にうっかり見逃してしまっていた凛が、純恋子らが今回の件に絡み始めた事を知る機会は、今までなかったと言う事である。

「御機嫌よう、遠坂凛さん」

 たった今より殺し合いを行おうと言う者が浮かべるとは到底思えない、洗練された淑女の笑みを浮かべて純恋子が言った。
これから茶会か、立食パーティーでも行われ、その参加者に対して向けていた笑みだと言われても、殆どの者が納得するであろう。

「女王を志す者なら、善き好敵手にはささやかながら返礼の品を用意するのが当然の礼儀。生憎と今は持ち合わせが御座いませんが、どうかご容赦――」

「邪魔」

604第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:33:28 ID:7Sgx76gs0
 純恋子が全てを言う前に、恐ろしさすら覚える程酷薄な声音でそう口にした凛は、向けた人差し指から赤黒いガンドを放った。
腕を此方に差し向ける動作から、何をしてくるのか見抜いた純恋子が、直立不動の姿勢をそのままに横に勢いスライド。ガンドが、彼女が先程まで直立していた場所を穿つ。
直撃していたら、間違いなく純恋子の胴体には致命の一撃が叩き込まれていただろう。

「せっかちで――」

 純恋子が言葉を紡ぐ暇すら、凛は与えない。ガンドを再び狙い打つ。射線上から、純恋子の姿が消えた。
果たして誰が信じられようか。何と純恋子は、階段を駆け上がるのではなく、階段の右横にある壁を『横走り』しながら凛の元へと近づいているのだ。
――良く見ると、純恋子の靴は、脱がれていた。外行きの格好に気を使う彼女が、靴を履き忘れたと言う事は有り得ない。意図的に脱いだのだ。
今回の戦いに際し、純恋子は脚部機械の換装を行っていた。即ち、脹脛や踵部分から超高速回転するローラーの他、登山靴に着けるアイゼン等、
様々な用途を持った機能を飛び出させる脚部機械を装備しているのである。
ローラーをローラースケートの要領で用いる事で高速での移動が可能になる他、悪路や凍結した場所での安定した移動をも約束する。
先程純恋子が、直立状態のまま凛のガンドを回避したのは、ローラーを高速回転させる事で勝手に移動させる機能を活かしたからだった。

「チッ!!」

 凛が、スタントアクションの達者見たく壁を走る純恋子目掛けて、ガンドを放つ。其処で、純恋子が壁を蹴って、一気に凛の下へと跳躍。
壁に真新しく刻まれた、無数の小さな穴。アイゼンの機能を用いているらしい。尤も、純恋子ならばこれに頼らずとも壁ぐらいは走って来そうな凄みは、ある。

 一気に凛の下へと迫る純恋子が、胴回し回転蹴りを凛の胴体目掛けて放つ。
腕を交差させ、それを防御する凛だったが、純恋子の脚はほぼ付け根から機械である。当然、蹴りや殴りの威力はその機械の重さがモロに乗せられる形となる。
当然、生半な防御や受けの技術が通用する訳もない。防御したところで腕は折れる、胴の骨は砕ける……筈なのだが。凛の身体の骨は折れる事はない。
しかし、無傷ではやはりない。純恋子の一撃の威力に負け、数mも凛は吹っ飛ばされる。背面から床を転がる凛だったが、直ぐに立ち上がり、姿勢を整える。
純恋子もまた、空中で派手な蹴り技を披露したせいか、着地に手間取ってしまっていた。何とか凛と純恋子が体勢を整えられたのは、同じタイミングであった。

 特に、自分の攻撃を受けても思った程ダメージがない事については、純恋子は驚いていない。
魔術の事は全く知らない門外漢、基礎のきの字も知らないが、解る事は一つ。応用次第では戦闘に転用させられ、簡単に人を殺せる術が魔術のカテゴリー内には、
当たり前のように存在すると言う事実。ならば、珍しくなかろう。自分の身体能力を底上げさせ、強化する術がある事位は容易に想像出来る。
それを用いているのだと、純恋子は直感的に理解し、そしてそれが正しかった。凛は純恋子の姿を認識した瞬間、強化の魔術を自分に適用していたのである。

 目が据わっている。凛の瞳を見て先ず純恋子はそう思った。
香砂会の邸宅で彼女の姿を見た時は、何処か浮ついていて、目的意識も定まっていない、どちらかと言うと弱さの面が目立つ瞳をしていた。
今は違う。然るべき目的を見つけ、理解し、それを達成する事に強い意識を向けている。そんな者だけが有する、特有の光をその目に宿していた。
あの短期間の間に、何が凛を変えたのか。それは純恋子には解らないが、確かな事が一つある。彼女は以前よりも全力で、自分、英純恋子を殺しに掛かると言う事だ!!

605第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:33:55 ID:7Sgx76gs0
 ブンッ、と。懐に手を入れた凛が、何かを純恋子の方へと放った。
強い山なりの軌道を描きながら迫るそれの正体を認識するよりも速く、凛がガンドでこれを打ち抜いた。
すわ、魔術的な何かしらの飛び道具か!! 純恋子がそう警戒するのも無理はない。ガンドは、凛が投げた物を寸分の狂いもなく撃ち抜く。
凛が投げたものは、容器。もっと言えば、液体を溜め置く事を目的とした、本当に小さなものであったらしい。
黒い液体が、四方八方に飛散し、その一部が純恋子の顔面に引っ掛かった。拙い、と思うのも無理からぬ事。
何せ今身体に掛かったのは、正真正銘の魔術師が保有していた得体の知れない液体なのだ。酸のように皮膚が溶けるとかなら可愛い方、最悪の場合、
非常に強い毒性の液体で、一滴浴びただけで死亡と言う事にもなりかねない。そうだとしたら、短期決戦になるだろう。
即効性の毒でも、気合と根性があれば何とか延命出来るかもしれない。超高層ビルから叩き落されても生きていた時の経験を思い出し、それを賦活剤にして、
凛に食って掛かろうとするも……結論から言えば、その気持ちが一気に収縮した。何故ならば凛の投げた液体の正体を、理解したからだ。
純恋子の嗅覚が、凛の投げた物の正体をダイレクトに教える。――醤油だ。普段純恋子が口にしている特級品のそれとは格段にグレードは落ちるが、間違いなくこれは醤油だった。

 何故醤油を掛けたのか、と一瞬だけ思考が漂白された瞬間、ガンドが脳天目掛けて放たれた。
そう、凛としては投げるものなど今放った、シューマイ弁当に付けられていた醤油の入れ物だろうが、酸の入った試験管だろうが、毒液の入った小瓶だろうが。
何でも良かった。ただ、純恋子の意識を一瞬だけ白紙に戻せれば良かった。そして、その意識の空隙を縫うように、ガンドを放つ。こんな算段だったのだ。

「しまっ――」

 其処で腕を動かしてガンドをパリィングしようとするも、もう間に合わない。脳漿と共に、頭蓋の破片と、髪ごと付着した肉片を炸裂させるのか。
そう思った刹那、矢のような速度で自分の真正面を何かが横切るのを純恋子は見た。

 ――レイン・ポゥだ。
不穏な空気を感じ取った彼女が、階段の踊り場から鋭い角度で跳躍。その勢いのまま純恋子の真正面を横切り、横切りざまに、
虹の壁を自らの体の前面に一瞬展開させ、ガンドを防御、主の危機を救ったのだ。

 純恋子が自体を認識するよりも速く、レイン・ポゥは行動に打って出た。
タッと着地するなり、虹を凛の下へと全方位から殺到させようとするが、それをするよりも、凛の行動の方が早かった。
レイン・ポゥの姿を見るなり、脱兎の如くその場から逃走。矜持も何も掻き捨て、背を向けて純恋子達から逃走を図った。
逃すか、と言わんばかりにレイン・ポゥが虹を、凛の頭上から一本、前後左右からそれぞれ一本。合計五本の虹を射出させ、
見るも無惨なバラバラ死体にさせてやろうとするが、これを彼女は、サッカー選手が行うような見事なスライディングで回避する。

 スライディングを終えた状態から急いで立ち上がる凛。
倒けつ転びつ、蹌踉とした様子で急いで立ち上がった彼女は、危なげな様子で左手の側にあった階段目掛け猛ダッシュ。
踊り場までの十数段をジャンプ一つで飛び降りる事で、階段を降ると言う工程をショートカット。何とか純恋子達から距離を取った。

「アサシン」

 普段の会話のトーンではない。静かではあるが、しかし。
母親が、お痛をした我が子を窘め、叱り付けるような声音で、純恋子はレイン・ポゥの名を呼んだ。

「謝らないから」

 即答する。

「あの女はもう、アンタの知ってる浮ついた女じゃない」

 純恋子ですら気付くのだ。死線と修羅場を掻い潜ってきた、歴戦の魔法少女であるレイン・ポゥが気付かぬ筈がない。

「その通り、だからこそ私は――」

「だからこそ」

 純恋子が全てを言い切るよりも前に、レイン・ポゥが彼女の言葉を遮った。有無を言わさない、強い語調である。

「私はアンタを戦わせたくないのさ」

 英純恋子は、レイン・ポゥから見ても優秀な女性だと思う。
機械の手足込みであるとは言え、その身体能力はとんでもなく高い上に、各界へのコネクションも豊富な上に、経済力に至っては国内でも十指は堅いレベルのそれ。
それでいて頭も良く、胆力もあると言うのだから、非の打ち所がない。性別をそのまま男に変えても、彼女は人間と言う生き物の理想系、その形の一つと言えるだろう。
だが、そんな彼女であっても、聖杯戦争では生き残れまい。これだけのスペックを有していながら、である。
何故ならば、この聖杯戦争には彼女の総合的なスペックを軽々と上回る存在が珍しくないからだ。そのスペックには無論の事、殺し合いの場に於いての適正。即ち、殺し合いについてのそれも含まれている。

606第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:34:22 ID:7Sgx76gs0
 単刀直入に言って、まだまだ純恋子は競技、スポーツ感覚が抜け切れていない。これが拙い。
相手を殺す、その覚悟は確かにある。だが純恋子には、『どんな手段を用いても』、と言う風な生汚さ、卑怯に禁じ手、タブーに反則を容易くして見せるような、
精神性が全く育っていないのだ。戦いは、そう言う非情さにどれだけ速く徹せられるかが大事だと思っているレイン・ポゥにとって、今の純恋子の精神性は、
ハッキリ言ってまるでお話にならない。しかし凛は、最後に自分達が出会った時から起算してほんの数時間の間に、その精神性に突入していた。
言うならば、戦争という非日常が醸す狂気の空間、それに順応し始めたのである。

 ――何が起こりやがった……?――

 聖杯戦争の先行きなど、一寸先は闇どころの話ではない。
一刻先どころか、比喩を抜きに一分先すらその展開が予測出来ない。戦局はまるで風の強い海の模様のように、凄い速度で変わって行くのだ。
今有利な立場にいる者が、容易く次の瞬間には不利に甘んじる事などザラにあるのだ。故に、凛があのような『鬼』になる事は珍しくもないだろう。
ほんの数時間、とは言うが、その数時間は、凛を魔に変えるには十分過ぎる程の猶予があった事は容易に想像出来る。
凛が、如何なる魔手に足首を掴まれ、鬼の住む湖沼に引き擦り込まれたのかは定かじゃないが、確かな事は一つ。
今この場に於いて、最も浮ついた精神性の持ち主は他ならぬレイン・ポゥのマスターである英純恋子であり、今の彼女では逆立ちしても、凛には勝てないと言う事だ。
凛の変化に気付いたレイン・ポゥは、だからこそ純恋子の一人舞台に乱入し、自らの手で凛を抹殺しようとした。今の純恋子では、手に余る。そう考えたのである。

「今の貴女の行いは不問とします。追いますわよ」

「へーい」

 と言って数歩、純恋子が駆け出した、その瞬間だった。
自分が今歩いている床のタイルを貫いて、『赤黒い弾丸』が飛翔して来たのは!!
咄嗟の事故に、純恋子は反応が遅れた。反応は出来た物の、弾丸が出てきた位置が位置の為に、虹のバリケードを展開する事がレイン・ポゥは間に合わなかった。
結果として、機械の右脚のアキレス腱……に相当する部位が赤黒の弾丸、ガンドに撃ち抜かれてしまう。
エマージェンシー・コールが、脚部機械に内蔵された音声指示機能が発しだす。アイゼンや、ローラー、バーナーなど、機械がこれら様々なギミックを駆使する為の、
言わば連絡部を破壊されたらしく、以降使用が不可能になってしまった旨。それを純恋子に告げたのだ。

 瞳に怒りを宿したレイン・ポゥが、七色の剃刀を展開。三m程の長さに調整したそれを、目にも留まらぬ速さで床目掛けて振るいまくる。
一瞬にして、レイン・ポゥ達が足を付けている床部分に、縦横無尽に溝が刻まれ始め、其処からバラバラと床が崩れて行く。
無数にカットされたその瓦礫ごと、下階にレイン・ポゥと純恋子が落ちて行く。凛が下にいる、それは、間違いない。
言うまでもなく、純恋子達がいた二階と、凛がいるであろう一階は、天井――純恋子達からすれば床だ――によって遮られており、
透視能力(クレヤボンス)でも持たない限りは純恋子達が今どの地点を歩いているかなど判別不能の筈だった。
が、レイン・ポゥは、凛が何故自分達の場所をある程度特定出来たのか大体ではあるが理解していた。

 ――大層な脚何ざくっつけやがって……――

607第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:34:36 ID:7Sgx76gs0
 純恋子は当たり前のように動かして見せる為、かなり錯覚しがちだが、彼女の装備している機械の手足は、重い。
当然と言えば当然だ。人間の腕部、脚部相当の大きさの、金属の塊である。しかも純恋子の装備するそれは、戦闘に耐え得るだけの強固な金属で構成されている上に、
内部に様々な機構を備えた特別製だ。重くならない筈がない。と言うより、純恋子自体がわざと重く作ってあるのだ。
格闘戦で、パンチやキックの重さを増させる為にである。重さにして、三〇〜四〇kg弱。そんな物を装備して、靴などの緩衝材なしに全力で走れば、どうなるか?
『音が生じる』。遠くからそれと解る音がだ。恐らく凛は、この音を集中して聞き分けたのだろう。その音で、純恋子の位置を天井越しに推察。
ガンドを放ち、結果、大当たりだった、と言う訳だ。成程、実によくやった。レイン・ポゥにとっては、腹が立つ程、見事なやり方だった。

 着地する純恋子とレイン・ポゥ。後者の方は床を斬った張本人の為、上手く着地するのも当たり前だが、純恋子も純恋子だ。
右の脚部機械の機能を著しくダウンさせられたにもかかわらず、実に見事な着地を決めていた。やはり、素の身体能力がかなり高いらしかった。
視線の先、三m。其処に凛の姿を認めた瞬間、レイン・ポゥは矢も盾もたまらず、虹を延長させていた。
だが、行動に移るスピードは凛の方が早かった。直ぐに横っ飛びに飛び退き、すんでの所で虹を回避。
そして、この回避行動は球場内部からの逃走をも兼ねていた。虹を避けた時の勢いをそのままに、凛は右肩から窓ガラスへと衝突。
魔術によって身体能力が強化されていた凛は、この激突でガラスをぶち破り、一気に外へと転がり出た。
凛は一瞬、欲をかき、外壁越しにガンドを撃ち放って純恋子達を迎え撃とうかと考えたが、その欲を振り払った。
外で体勢を整えるなり、神宮球場には最早目もくれず、全力でその場からの退避行動を選んだ。そして、その選択が正しかった。
凛が地を蹴って移動してから、ゼロカンマ四秒程が経過した時、機関銃の如き勢いと数で、剃刀程度の幅・細さの虹が球場の外壁を突き破り、
凛が先程まで立っていた地点に群がったからである。色気を出して、ガンドを放っていたならば、凛は今頃虹の剃刀に貫かれて物言わぬ死体へと成り果てていた事だろう。

 球場の外壁、その一部が砕け飛んだ。内側から、強いインパクトを与えられたかのような壊れ方。
壊れた壁のその先に、握り拳を作って右腕を伸ばしている純恋子の姿があった。あの程度の外壁など、彼女にとってはビスケット同然であるらしい。

「ッ――!!」

 全力疾走を行いつつも、目線を後方に送り、純恋子達にガンドを放つ凛。距離は取る、だがそれ以上に、攻撃の手は緩めてはならない。
サーヴァントにとって今の凛の放てる攻撃などたかが知れてるが、それでも、やらないよりはずっとマシだ。
何故ならば攻撃をやめれば、此方が一方的に攻撃を叩き込まれる番になるのだから。

 案の定とも言うべきか、レイン・ポゥがガンドを虹の壁で防御する。尤もこれ自体は、凛も織り込み済みである。防げて当然だからだ。
後は相手の出方、であったが、向こうの初動がやや遅い。通常ならサーヴァントであるあのアサシンが即座に攻撃を行って来そうなものだが、
それが凛の目には、やや鈍っている風に思える。恐らくは、純恋子が原因だと凛は考えた。あの淑女は本当に、自分との決着に固執しているらしく、
その我が侭さが、レイン・ポゥの動きに桎梏を課している。凛はそう推察し、それが実際その通りなのだった。
純恋子が念話でレイン・ポゥに、なるべく攻撃の手を緩めろ、と命令していない限り、凛の命運もまた違うものになっていただろう。
今のままなら、自分は逃げられる。凛はそう考え、対するレイン・ポゥは、このままだと逃げられる!! そう考えていた。
純恋子の命令を無視し、関係に亀裂が生じても良いから凛を殺そうとした、その瞬間――凛の走行ルート付近の壁が、先程純恋子が殴って壊して見せたのと同じ要領で、砕け飛んだ!!

608第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:34:50 ID:7Sgx76gs0
「んなっ!?」

 予想だにしない現象に驚いたのは、何も凛だけではない。
純恋子に、レイン・ポゥ。彼女らもまた、攻撃の手を一時中断せざるを得ない程動揺していた。
立ち止まるか、それともこのまま走り続けるか? 凛に与えられた選択の時間は余りにも短く、その猶予の中で凛は、大きく弧を描いて走る、と言う道を選んだ。
砕いた外壁から生じる、建材の煙を突き破り、凛の元へと機関車の如き速度で迫るのは、凛の知っている人物だった。
黒贄と同じような黒い礼服を身に纏ってはいるが、着こなし方は此方の方が、黒贄のそれよりもフォーマルで、しっかりとしている。几帳面さが服装に出ていた。
体格は黒贄に負けないほど骨太でガッシリとしていて、礼服が実に良く似合っている。格上の人間は標準の服装がマッチする、と言う言葉通りの男だった。
凛はこの紳士の名を知らない、が。彼が目下の自分の敵である、と言う事実だけは彼女は明白に認識していた。そしてそれは――彼、ジョナサン・ジョースターにしても、同じであった。

 圧倒的に、ジョナサンの走る速度の方が速かった。強化の魔術を自らに施していてなお、ジョナサンの身体能力は凛を凌駕している。
攻撃の間合いに近づくなり、ごうっ、と。風圧すら生じる程の勢いでジョナサンが右拳を突き出して来た。
その攻撃に、凛がうら若い女子だから、と言う風な紳士の遠慮が微塵にも感じられない。敵だから、殺す。
そんなシンプルで、解りやすい意思が、皮膚を裂いて筋肉の内から溢れんばかりに、ジョナサンの拳から滾っていた。
攻撃を、凛が両手で受ける。腕を交差させて、防いだ、が。腕越しに舞い込んできた衝撃もまた、機関車の如し、であった。本当に、車か何かに激突したのでは、と思わずにはいられない程の、凄まじい力だった。

「!!」

 声すら、上げる間もなく凛が吹っ飛ぶ。
如何に少女と言っても、十代も半ばを過ぎた、人間の女性である。そんな彼女が、殴打を防御した時の立ち姿勢をそのままに、地面と殆ど水平に、すっ飛んでいるのだ。
人一人を、十数m程も殴り飛ばせるなど、信じ難い膂力にも程がある。あの男、ジョナサンは、どんな鍛錬を経、どんな力を身につけたと言うのか。

「っぐぅ……!!」

 着地に失敗し、背面から地面に倒れこむ凛。
苦悶に顔を歪めさせながら、凛は急いで立ち上がろうとする。この動作中、右腕を柱にして立ち上がろうとした瞬間、凄まじい痛みが下腕の辺りを走った。
認識したくない現実だった、骨が折れている。いや、ヒビかもしれない。どちらでも同じ事だ、戦闘に支障が出ると言う点では、致命的なダメージである。
脚だけの力で急いで立ち上がった凛は、自身の周囲の空間を点状に歪ませ、その歪曲点からガンドをジョナサン目掛けて乱射する。
しかしこれをジョナサンは、自らのスーツの上着を冷静に脱ぎ外し、それをバサッ、と振り上げて対応。
出来る筈がない、その一瞬でこんな事を思えたのはレイン・ポゥだ。しかし――その不可能をジョナサンは可能とした。
ジョナサンが翻した上着にガンドが当たった瞬間、彼自身へと殺到する赤黒い殺意の全ては砕け散り、無害化されてしまったのだ!!
目を見開く三名。そんな三人の目線を受けつつ、ジョナサンは、ガンドを砕いた上着を纏い直し、決然とした殺意を乗せた目線を凛に浴びせかけ、叫んだ。

「魂の篭っていない攻撃で僕は倒せないぞ!! 遠坂凛!!」

 衣類の翻りでジョナサンがガンドを砕けた理由は、言うまでもなく彼の操る波紋法による。
服にはじく波紋を流し込む事で、薄皮を千枚通しで刺す様にガンドで貫かれる筈だった上着の強度を底上げさせたのである。

 ジョナサンを殺しきれる切り札を、凛は今持っている。
持ってはいるが、それを此処で使って良いものか、悩んでいる。十数年、一日たりとも怠らず、コツコツと、魔力を溜めさせ続けた高純度の宝石。
この切り札を今現在、凛は余り多く持ち合わせていない。元々の数が少ないと言う事も、ある。聖杯戦争での運用に耐えられる程の魔力を溜め込める宝石は、
それだけ高品質……卑近な言葉を用いれば、凄く高いものでなければ話にならない。
商才のない弟弟子に冬木のオーナーを任せた結果、苦しいにも程がある台所事情を強いられねばならなかった凛には、この宝石を揃えるのには兎に角苦労したものだ。
そんな、聖杯戦争に備えて用意してきた宝石を、事もあろうに凛は三個しか今持っていなかった。本来は十個持っていた筈なのに、これは何故か。
馬鹿で間抜けな話だが、聖杯戦争開始前に黒贄があの虐殺を起こした時、動揺して屋敷に置き忘れてしまったのだ。その時の自分を、殴り倒したくなる。
あの時多少のリスクを犯してでも、宝石を持って逃走を図っていれば良かったのだ。悔やんでも、悔やみきれない。最悪、あの宝石を他者が利用するケースだって、有り得る。

609第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:35:03 ID:7Sgx76gs0
 そう言った事情のせいで、凛は、宝石を使う事にはとても過敏になっている。況して、あの競技場で一度宝石を使っているのが余計その事に拍車を掛けていた。
本当に、自分が命の危機に差し迫った瞬間。その時にこそ、彼女は切り札を使うようにしているのだ。
今は果たして、その瞬間なのか。この判断に凛は、大いに迷っていた。ジョナサン・ジョースターは、強い。
マスターとしては破格の強さであろう。下手をすれば、サーヴァントとて渡り合える程の優れた人間であるかも知れない。
魔術の腕は兎も角、肝心の殺し合いでの経験値が足りていない凛にとって、ジョナサンは過ぎた相手にも程がある。
切っても、誰も凛の選択を愚かと謗らないだろう。だが、あの宝石は予備の魔力バッテリーとしても機能し得る重要なアイテムだ。此処でこの宝石を、新国立競技場での戦いからさして間も空いてない状況で使うのは――

「其処の紳士(ジェントル)、待ちなさい!!」

 凛の元へと歩んで行くジョナサン……だが、そのピシャリとした強い声を聴いた瞬間、歩を止めた。
その歩みを止めさせたのは、誰ならん。英純恋子その人だった。純恋子の事を睨みつけるレイン・ポゥ。
念話でも、【止めろアイツの好きにさせろ!!】と純恋子の心に彼女は訴えかけていた。

「貴方と遠坂凛に、如何なる事情と因縁があったのかは解りません。ですが彼女は今、私と雌雄を決しているのです!! 横槍を刺すのはお止しなさい!!」

 純恋子の目は節穴ではない。ジョナサンが凄まじく強い存在である事など、見抜いている。
下手をすれば、腕部・脚部機械に、純恋子が想定し得る最高の戦闘適性を持つ装備をこれでもかと積んだとしても、勝てないだろうと思わせるレベル。
ジョナサンの強さを、それ位にまで彼女は見積もっていた。それに、彼は紳士でもある事も、既に純恋子は理解している。
伊達に、英コンツェルンの令嬢として君臨していない。聖杯戦争と言う非日常から解き放たれれば純恋子は、社交界の花形として持て囃され、
所謂上流階級に属する人々が一目置く、崖の上に咲き誇る一厘の白百合のような高嶺の花として振舞う事が出来るのだ。
そんな世界で、ジェントルメンを見続けてきた彼女である。ジョナサンが、疑いようもない紳士の心根を持った人物である事など、お見通しと言う訳なのだ。
それ程までの紳士を激昂させるなど、何をやったんだと言う思いと、これ程の強さを持つ存在と因縁を持っているなど、流石は当面の私のライバル、と言う思い。
それらが純恋子の中で両立していた。ジョナサンにも事情はあるのだろうが、凛は自分と先約がある。後から出て来て因縁を譲ってくれ、と言うのは虫が良すぎる。

「もう容赦はしないと決めているッ!!」

 純恋子の一喝が、生娘の精一杯の強がりにしか聞こえない程の強さと覇気で、ジョナサンが叫んだ。

「彼女は生かして置く訳には行かないんだ!!」

 握り拳を作り再び歩み始めるジョナサン。決意が、固い。
何て強固な意志なのだろうと純恋子も瞠若する。それ程まで、ジョナサンが凛に対して抱く瞋恚は強いと言う事か。
目には見えぬ、『決意』と言う名の灼熱の炎をその身に纏っている様な、その覚悟。純恋子が凛に対して抱く感情と同じ強さの感情を、ジョナサンは持っている。
凛と戦い、彼女を死闘の末に打ち殺す資格を、ジョナサンは確かに有している。だが、それとこれとは話は別。凛は此方の獲物なのだ。
本気で止めねば、凛が殺される。地を蹴り、ジョナサンの元へと向かおうとした、その瞬間。
茹だる様な夏の<新宿>の暑さが、一気に下がって行くのを純恋子のみならず、ジョナサンや凛、果てはレイン・ポゥですら、感じ取った。

 最初は、クーラーの設定温度を最低にまで下げ切り、そのまま何時間も放置したような寒さだった。
それが一秒経過するや、真冬を想起させるような低気温になり、また一秒経過するや――厳冬期のシベリア宛らの、極低気温へと変貌した。

【絶対喋るなよ!!】

610第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:35:14 ID:7Sgx76gs0
 レイン・ポゥが念話で純恋子に釘を刺す。
魔法少女は生身の人間以上に肉体が頑丈である。物理的な耐久力もそうであるし、極地環境に対する強い対応力の意味でもそうだ。
故に、この極低温の環境下でも活動が可能なのだ。逆に言えば、この状況下で平然といられるのは、彼女が魔法少女だからである。
魔法少女でなければこの環境は、命の危機に直結するレベルで極限のそれである。即ち、生身の人間に過ぎない凛や純恋子、ジョナサンに耐えられる物じゃない。
現在の気温は、マイナス四〇度程度だとレイン・ポゥは推察。エベレストの山頂付近の気温を大幅に下回る。正真正銘、死に直結する温度だ。
目を開けていれば眼球が凍り付き、不用意に口を開けば口内の粘膜が凍結し、唇をくっつき合わせていると唇どうしが凍結して口すら開けなくなる。
それが、今彼らが置かれている状況なのである。不用意な行動が、死を招く。だからレイン・ポゥは釘を刺したのである。純恋子も得心したのか、首だけを頷かせた。

 真夏の<新宿>で、真冬の東北や北海道よりも遥かに寒い気温になど、通常はなりようがない。
寒さに対する耐性がある分、レイン・ポゥは冷静に物事を判断出来た。彼女から見て数十m先の、舗装されたアスファルトから立ち込める陽炎。
それを見た時、この異常な低気温が、局所的な物に過ぎないと即座に解った。恐らくは、此処神宮球場周辺程度の範囲しか、この低気温はカバー出来てないのだ。
そんなあり得ない、――魔法少女がこんな事を言うのはナンセンスだが――魔法染みた芸当が出来る存在など、レイン・ポゥには一人しか心当たりがない。パムだ。
大方、戦闘で興が乗って、黒羽を使って環境に変動が来たすレベルの攻撃を行っているのだろう。
冗談ではない、一時のテンションの乱高下に付き合わされ、こちらのマスターが死に至るなど馬鹿な話にも程がある。
今すぐ攻撃を止めるよう注意しに行かねばならない。気丈に振舞っているが、純恋子もかなり辛そうなのが見て取れる。震えを懸命に殺そうとしているが、小刻みに、彼女の身体は揺れていた。

 純恋子を抱え、虹を生み出すレイン・ポゥ。 
延長させた虹は、高度四十mの所まで伸びており、その虹の架け橋を彼女は猛ダッシュで駆け上がる。
パムが原因となっているだろうこの極低気温は、ごく小さい範囲内の事だとレイン・ポゥは推理している。そしてその範囲とは、『上空にも』適用される。
つまり、ある程度の高さまで跳躍するか移動すれば、気温は元のそれに戻るとレイン・ポゥは考えたのだ。
そして、その予感は的中した。高度が三十mを過ぎた、途端の事である。体中を循環する血液がシャーベットになりかねない程の低気温が、
蒸し暑い夏の気温へと一瞬で変貌したのである。急激な気温差にさしものレイン・ポゥの温感も狂いそうになる。
身体に変調を来たしかねない程の、急転直下の温度差である。ある境目を過ぎればその気温差は七十℃を超えると言えば、此処神宮球場の置かれている状況がどれ程異常なものなのか窺えよう。

 名残惜しそうに、純恋子が眼下を見やる。
蟻かゴマ粒みたいな小ささの凛とジョナサンが、極寒の世界の底に取り残されていた。
凍死するのが先か、どちらかの攻撃で果てるのが先か、と言う状況になるのも時間の問題だろう。
遠坂凛とは、こんな形で幕切れになると思うと何だか遣る瀬無い。【戻ってみる気はありませんか?】、純恋子が訊ねる。【死ね】と言う言葉だけが返ってきた。
酷な話であるが、天運を掴む事もまた女王にとって重要な素質である。凛は、掴む事が能わなかった。それだけなのだ、と。純恋子は思う事にするのであった。

611第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:35:40 ID:7Sgx76gs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 パム周辺の環境は、より過酷な地獄と化していた。

 ルネサンス期の爛熟に燃える中世イタリアが生んだ詩人、ダンテ・アリギエリの著作に曰く――。
地獄の最下層であるジュデッカと呼ばれる氷原に氷付けにされ、二度と地上にそのおぞましい姿を見せる事がないよう幽閉されているのだと言う。
ダンテの著作に通暁している者が、この環境に叩き込まれたのなら、寒さで薄れ行く思考の中で、こう思うだろう。此処こそが、ジュデッカなのだ、と。

 この極寒の環境の原因たるパム周辺、その気温は今やマイナス百度を割っていた。サーヴァントですら、行動に著しい障害が出る寒さだ。
球場の外壁や地面には霜がビッシリと纏わりついており、本当に、此処が<新宿>の光景なのかと見る者に忘れさせる程に信じ難い光景と現象だった。

 ――更に信じ難い事には、気温は、『まだ下がっていると言う点』である。
パムが死冬(ニヴルヘイム)と名付けたこの技は、黒羽をナノマイクロレベルの粒子に変化させ、それを広域に散布。
この粒子はある種の化学反応――魔法で生み出された物の為、魔法反応の方が正しいか――を引き起こす性質を持ち、大気に触れた瞬間急激に温度が低下するのだ。
本気になれば、<新宿>全土を越えて東京都全域を絶対零度と同等の温度にまで叩き落す事が出来るが、戦闘の昂揚感に焼けつくされずに残った、
パムのギリギリの理性がそれを押し留めた。故に、絶対零度の範囲を、パム及びジョニィ、アレックス、黒贄達がいる此処のみに限定していた。
尤も、範囲を如何に最低限度のそれに絞ったとは言え、『余波』と言うものが勿論ある。この神宮球場周辺は、マイナス五〇度くらいにはなっているだろうが……。そこは、私がこいつらを倒すまでは我慢して欲しいと、パムは心の中で謝った。

「ううむ、寒いのは苦手ですなぁ……冬の生活苦は本当にキツくてキツくて……」

 地球上で観測出来る、最も寒い場所よりも寒くなっているのだ。
生身の人間は勿論、極北の環境に生きる動物、果ては、この現象は魔力によって生み出された物である為、神秘の具象そのものたるサーヴァントも無事には済まない。
サーヴァントですら、突っ立っているだけで凍死しかねない程の気温である。そんな環境下で、無遠慮に黒贄の如く喋くっていれば如何なるか。
唇の粘膜どうしが凍結してくっ付いてしまうのに、無理に喋っている為に、唇の皮が肉ごとバリバリと。嫌な音を立てて剥がれて行くのだ。
この唇の損傷以外にも、眼球が凍り付き球状の氷みたいになっている他、鼻の穴の内部まで完全に凍結し、呼吸が出来ない状態と黒贄はなっている。
こんな状態でも、意にも介さず自分の思う所を喋ろうとする。バーサーカー、成程。そのクラスに嘘偽りはないらしいと、パムは改めて認識するのであった。

 アレックスはこの寒さの中、平然としている。
いや、平然と活動出来るよう、措置を講じていると言った方が正しいか。
身体の中の魔力を内燃、己の体内を炉の様な灼熱を帯びさせる事で、この寒さを凌いでいるのだ。今のアレックスの体温は赤熱する鉄よりもなお熱い。
一方ジョニィの方は、この場に姿が見られなかった。厳密には、この場にいる。ACT3の能力を発動させ、己の身体を渦の中に潜行させているのだ。
ジョニィにとっても、パムの死冬によって齎されるこの寒さは耐えられるものでない。愛馬であるスローダンサーも、それは同様。
結局ACT3を用いた、逃げの一手しか取れなくなってしまうのだ。そしてそれは、パムにとっても計算済み。
パムの黒羽を一つ、永続的に使用不能にしたあの死神(ACT4)が、馬に乗っている時にしか発動出来ない可能性が高いと解った以上、
そもそも馬に乗せなければ良いのは誰でも考え付く事。その誰でも想到する方法をパムは実行しているに過ぎないのだが、そのやり方とスケールが、何ともパムらしかった。

612第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:36:00 ID:7Sgx76gs0

 ――流石に隙がないな――

 この場にて特に警戒するべきは、パムですら防御不能の、文字通りの『必殺』技を持つジョニィであるが、
未だに警戒のプライオリティの上位に、アレックスはかなり深く食い込んでいる。単純な身体能力と言う面だけで見るなら、自分より上だろうとパムは思っている。
まさか肉体でのスペックで、自分と渡り合える所か互角以上の存在がいるとは、パムとしても予想外だった。油断は断じて出来ない相手である。
殺すと言う意思を漲らせ、パムを睨んで構えるアレックスとは対照的に、黒贄の方はごく自然体。構えらしい構えも取らず、ボーっと突っ立っていた。
尤も、構えを取りたくても取れないのかも知れない。何せ右腕がないのであるから、構えを取ろうにもこれでは出来まい。
工夫次第でどうとでもなる、と言うのがパムの黒贄に対する評価だが、このバーサーカーもバーサーカーで全く底が知れない。
パムですら初めて目にするタイプの戦闘続行能力と、魔法少女と言うカテゴリで考えても類を見ない圧倒的な敏捷性と、腕力。
戦った所感としては、魔法少女ではないのは当然として、そもそも地球上で生まれ出でた生命と戦っていると言う感覚すらパムは覚えなかった。
まるで、外宇宙の生命体、エイリアンの類である。その表現が腑に落ちるレベルで、黒贄礼太郎と言うバーサーカーは、サーヴァントとしても生き物としても、逸脱した何かであった。

 結局誰一人として気を緩められない、と言う結論な事に気づいたパムが、内心で苦笑いする。
誰もが、戦闘能力と言う点から見ても強く、そしてその誰もが、その強さのベクトルが違うのだ。強さの指針が隣接も掠りもしない、この三名。
聖杯戦争。あの美しい医師の主である男の言葉を当初パムは眉唾物の下らない催しだと思っていたが、あの新国立競技場の一件以来、その考えを急激に改めていた。
成程、面白い。様々な異なる『強さ』の持ち主が、一堂に会する。それに、自分も巻き込まれている。
血潮が、熱く滾ってくる。その熱が、己の身体を暖める。こんな寒さなど、何ともないぞとでも言う風に。

 アレックスの姿が茫と霞む。水蒸気を通して向こう側を見ているかのように、身体全体が瞬間的に茫洋に映る程の高速移動である。
その気になれば、パムですらが惑う程、複雑怪奇な攪乱移動を行う事も出来るのだろう。しかしアレックスの取った移動ルートは、標的目掛けて一直線。
最短距離を超高速度で。それは、早く相手を叩き潰してやりたいと言う強固な意思の表れでもある行動だった。そして、そう言う意思を、パムは好む。

 アレックスの選んだ攻撃は、右脚によるローキックだ。
ただでさえ並一通りの英霊の筋力を凌駕する、人修羅の身体能力。それを、補助魔術――タルカジャ――によって強化された一撃だ。
直撃すれば、ヒットした脚部ごと千切れ飛ぶ。平時ならパムはこう言った攻撃は受けに回るが、放った相手が悪い。避ける事を選んだ。
垂直に、膝の力だけで十mも飛び上がったパムは、アレックスが彼女を叩き落とそうとするよりも早く、黒羽を羽ばたかせ、後方に滑空。
アレックスから三十m程距離を離した所で着地し、一呼吸置き、構えを始める。アレックスに、黒贄、そしてジョニィ。
この面子が相手では最早、今パムが纏っている、黒羽を変化させた耐寒耐熱耐衝撃を兼ね備えた、黒いライダースーツですらが当てにならない。
攻撃は徹底して回避、避けられない物については、生身で受けるのではなく羽を通して。ジョニィの放つ攻撃については、馬に騎乗しながらではないものでも、全部回避。黒羽で防御する事すらしない。パムの方針が、これであった。

613第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:36:13 ID:7Sgx76gs0
 浮遊する二枚の黒羽に、月面のクレーターめいた穴が生じ始め、其処から、黒色のレーザーが迸り始める。
音はなく、無反動。連発しすぎによるオーバーヒートも一切なく、この上速度は超音速を凌駕する。相手を殺す為だけに特化した、遊びのない攻撃だ。
この攻撃の殺到をアレックスは、レーザー以上の速度で拳を動かして迎撃、破壊する事で対応する。砕かれ、霧散したレーザーを、吸魔と呼ばれる魔術で体内に吸収。
己の、引いては北上がアレックスを動かす為の活動魔力へと変換させる。レーザーを悉く破壊し終えた、この上に活力をも得たアレックスが、パムを一睨みする。
然したる攻撃もしてこないから、「何だ?」、と一瞬思うパムであったが、すぐに、あのアレックスの睨みが攻撃に直結したものである事に気付き、即サイドステップを刻む。
ただの睨めつけではない。あの視線自体が、攻撃なのだ。邪眼、邪視と呼ばれるものは、人間世界に広く知れ渡っている恐るべき魔術。
それをアレックスは行ったのだ。アレックスは、視界に入れられるだけで視界内の生命体の命を、鑢で削って行くかの如く磨耗させる視線をパムに送っていたのだ。
身体に舞い込む不気味で、チクチクするような不愉快な感覚から、アレックスの攻撃に気付いたパムは、直ぐにアレックスの目線から逃れたのである。

 羽の一枚を、縦幅十m、横幅二十m程の、最早一種の塀のような形状にし、アレックスの目線を遮らせるパム。邪眼の対策は単純だ。目線を、遮らせれば良いのである。
アレックスが直ぐに攻撃に移ろうとしたのも、つかの間。パムは何と、この生み出した黒壁を、先程のレーザーに勝るとも劣らぬ速度で、
魔人目掛けて飛来させたのである!! これには面食らうアレックス。しかし、驚いていて何もしなければ、重量にして数百トンを越える黒壁の衝突に見舞われるだけ。
先程ローキックを避けたパム同様、上へと跳躍し、高速でスライドする壁を回避するパム。パムは、これを読んでいた。彼女は既に上空で待機していた。
アレックスも、これを読んでいた。上に跳べば、空中での機動で自分に勝るパムが、待ち構えていない筈がない。そう考えるのも、当たり前の運びであった。

 アレックス目掛けて高速で滑空、接近するパム。魔力を練り固めて作った、無骨な形状の剣を右手に握るアレックス。
羽の一枚を、刃渡り七mを越す巨剣に変えさせたパムが、それを袈裟懸けに振り下ろす。魔力の剣でアレックスは防ぐが、質量の面ではパムのそれが圧倒的に勝る。
パムが振り下ろしたその方向へと、稲妻めいた勢いでアレックスが急降下。しかし、この魔人も然るもの。
空中で即座に体勢を整えていた彼は、両手両足で地面に着地。立ち込める、砂と土煙。アレックスが衝突した地点を中心として、すり鉢上のクレーターが直径五十mにも渡り生じていた。

 この機をパムは逃さない。
両手両足は、超高速度での急降下、その勢いを殺すのに用いた為、今すぐ攻撃に使う事は出来ない。
攻め時は今。パムは、先程黒い壁に変形させた黒羽を遠隔操作で霧散させる。次の攻撃に、利用する為だ。
変化させる物は、『冷気』。それを、アレックスの回りへと雲霞の如く収束させる。
自然界どころか、人為的に気温を操作出来る空間であろうともあり得ない程の、急激な温度低下。アレックスは即座に感じ取ったが、感じた頃にはもう遅い。
ゼロカンマ数秒で、アレックスの回りの気温はマイナス二五〇度を割り始めた。サーヴァントの魔力の循環にすら、影響が出る程の極低温。

「シャアッ!!」

 だが、両手両足が塞がっている程度で、次手が封殺される程悪魔の身体はチープじゃない。
己のクラスを宝具でキャスターに変化させたアレックスが、裂帛の気迫と同時に、キャスタークラスの影響で補正の掛かった魔術を発動させる。
魔術の形は、炎の塊だった。心臓の脈拍めいて搏動する、橙色どころか血液の塊のような紅色の炎が、アレックスの頭上に展開された。
悪魔が持つ強大な呪力と魔力。それを以って、西洋に語られるところのゲヘナ或いはインフェルノ。東洋においては、所の焦熱地獄。
地の底に設けられた、度し難い罪人共を苛む為の場所である地獄の火炎を再現、暴走させると言う魔術である。
悪魔達の間では『地獄の業火(ヘルファイア)』と呼ばれる強力な術だ。

614第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:36:27 ID:7Sgx76gs0
 焔塊が、太陽表面を思わせる程の熱・光エネルギーを迸らせながら、爆発する。
爆発した焔塊は、血色の焔で構成された熱波となってアレックスの周囲を駆けて行き、パムが創造した絶対零度寸前の冷気を完全に蒸発させてしまう。
それどころか、パムの技である死冬によって下げられた、周囲の極寒の気温が、地獄の業火の余熱によって急上昇。
鉄を熱したような速度で、一瞬で外気温はマイナス一〇〇度のそれから二四度のそれへと修正されてしまった。

 達者の放つ地獄の業火は、燃やす相手を正確に指定出来る。
望んだ相手には摂氏一万度の焔で灰燼すら残さず焼き尽くす事も可能である一方で、延焼・焼滅させたくないと願った相手には、
身体全体が火に包まれても熱くも痛くもない不思議な炎となって被害をゼロにする事だって可能なのだ。
つまり――これだけの業火を放って置きながら周辺環境には全く飛び火が行ってないのに、それまでボーッとしていたせいで熱波への反応が遅れ、
左脚がほぼ付け根まで消炭にされた黒贄の対比は、そう言う事になるのだ。

「あっ、ちょっと過ごしやすい気温になった」

 熱波を避ける為に飛び上がっていた黒贄が、地面に着地する。
衝撃で、膨大な熱エネルギーの影響で炭化した左脚が、砂の城でも突くように崩れ、黒贄の足元で、パウダー状の黒炭の堆積となった。

「良いですね、秋の気温って感じです。食欲の秋、スポーツの秋、読書の秋と言うように、殺人鬼にとっては殺人の秋と申しまして、一年通して一番凶器と身体のノリが良くなる季節なんですよ」

 誰も聞いてないような嘘八百の知識を垂れ流す黒贄。事実、誰も黒贄の戯言になど耳を傾けていなかった。
黒贄の虚言など双方共に聞く耳も持っていない。だが、黒贄を意識の外に追いやると言う愚だけは、冒してはなかった。
魔人と化したアレックス、魔王とすら揶揄される程高位の魔法少女であるパム。
英霊全体を見てもトップクラスの強さを持つ、この二名のサーヴァントが繰り広げる、血腥い死の香りが漂う戦いに。混じって行けるだけの強さを黒贄は持っている。
黒贄の強さが真実のものである事は、最早アレックスもパムも、そして、ACT3に潜行しているジョニィも。一切疑っていなかった。そんな存在を相手に、一秒であっても、目線を外すと言う事が、出来る筈もなかった。

 きっと黒贄は、まだまだ問題なく戦う事が出来るだろう。その、まだまだ、がどれ位のスパンなのか、アレックスもパムも判じかねている。
まだまだ根比べの時間は続くのだろうと、再び戦いの構えをアレックスとパムが取り始めた、瞬間。
空中十m弱を浮遊しているパムよりも頭上の所から、サーヴァントの気配が近づいてくるのが解る。
パムを見上げると言う姿勢の都合上、アレックスだけがその正体を判別出来る。不自然に何処かから伸びている、やけに色の濃い七色の足場。
赤橙黄緑水青紫、これら七色が揃えば、人は誰もが虹を想起する。事実、それは虹だった。光と言う実体を持たないものでなく、人が触れられる形で実体化した、質量ある虹。
その虹が、マスター同伴でパムと組んでいた、レイン・ポゥと言う名のアサシンである事を、アレックスは忘れていなかった。
パム自身も、此方に向けられるヒステリックな怒気から、頭上からやってくるサーヴァントの正体を、認識したようである。「うまくやれたから戻ってきたんだろうな」、楽観的にそう思っていた。

 浮遊するパムの近辺に、虹が伸びる。勿論、パムを狙ったものではない。
どうやら足場として活用したかったらしい。何処からか伸びている虹の足場に、純恋子を抱えた状態のレイン・ポゥが落下、着地した。

615第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:36:41 ID:7Sgx76gs0
「おう、戻って来たか」

「戻って来たかじゃないわこの牝ゴリラ、放つ技をもう少し弁えろや」

 なるべく声を荒げず、しかし、非難する事だけは決して忘れず。
瞼から火の粉でも飛び散りそうな程の怒気を宿したレイン・ポゥが、パムの事を責め立てた。
此処で漸く、パムは、死冬の影響がレイン・ポゥ達の方にまで及んでいて、その事にレイン・ポゥが立腹しているのだと気付いた。
鍛えられた魔王塾の生徒なら、この寒さに耐え切るばかりか、寧ろ『寒さで相手の動きが鈍ってて面白くなかった、どうしてくれる!!』と抗議をしていたものだが……。
レイン・ポゥはそんな手合いじゃないのか、と内心少々パムは残念に思っていた。メンタリティ育成も課題か……、そう思っていた時である。
眼下のアレックスが魔力を瞬間的に収束させ終えていた事に、パムが気付く。気付いた時には彼女の眼前に、先程アレックスが展開させていた、血色の炎塊。
即ち、地獄の業火が出現していたのである。これを見て目を見開かせたパムが、レイン・ポゥの襟を引っ掴む動作と、
それまで自分が纏っていた黒羽のライダースーツを分離、分割させると言う動作を同時に行う。
黒羽を三枚ある状態へと戻したパムは、羽一枚をつむじ風状の風防としてパムとレイン・ポゥ、純恋子に纏わせてから、超高速で炎から退散。
神宮球場のグラウンドの真上まで移動し終えたと同時に、アレックスが出現させた地獄の業火が、熱と光を撒き散らせて、爆散。
直撃していれば、一万と七五八六度の極熱が、忽ち彼女らの霊基を焼き尽くしていた事であろう。

「アレは宝具ではない、ただの技だ」

 パムはまるで、テーブルの上にコップがある、とでも言うような、全く情感の篭っていない声でレイン・ポゥに告げた。
この虹の魔法少女も、そんな事は薄々ではあるが理解していた。理解していたが、そんなの、頭では解りたくなかった。
サーヴァントの宝具に比肩し得るあの炎が、なんて事はないただの技術だとでも言うのか? 
幾らなんでも、不条理にも程がある。ただの技であれだと言うのなら、実際の宝具は、如何言う風になると言うのか? それを、考えたくもないのである。

「私も今の身の上になってから多くのサーヴァントと戦って来たが、最早宝具とただの技の境目が曖昧になるような奴らばかりだった。もしかしたら、殆どがそんな輩で、この聖杯戦争は構成されているのかも知れんな?」

 そんな気も、レイン・ポゥはしていた。黒贄礼太郎の戦いの時から、予兆はあったのである。

「どうせ、そう言う相手と戦う局面の方が多いのなら、いっその事戦いを楽しむ方向で行った方がお前としても気が軽いだろう? 苦しいと思うより、楽しいと思って臨んだ方が、お前としても良いだろうに」

「そうはなれないし、アンタと一緒だとまっっっったく心も休まらんよこっちは」

「修行が足りん」

 苛々も限界のレイン・ポゥの言葉を軽やかに無視しながら、今後の展望を考えるパム。
黒贄とアレックスは、レイン・ポゥには荷が重い。彼女の実力が劣っていると言う意味ではなく、あの二名が異常な領域にまで足を踏み入れてる程強いのだ。
レイン・ポゥ自身に非はない。だが、今となってはジョニィの足止めをさせるのも、気が引ける。
ACT4……死神を現世に具現化させる技だと言われても、誰もが信じる程の説得力を伴った、あの攻撃を見た後では。ぶつけさせるのは勇気がいる。
……それを承知でぶつけさせる事も出来るだろうが、やってみるか? 無論、情報の共有を行った後で、だ。
そんな事をパムが考えていると、ふと、頭から降ってわいたような疑問が、彼女の頭の中を支配する。
――何故、アレックス達は攻撃を仕掛けてこない? あの魔人であれば、レイン・ポゥと一緒である為十全の機動力を発揮できない今の状態を、見過ごす筈がないのだが……?

616第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:36:52 ID:7Sgx76gs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ACT3の回転時間がリミットを迎えた為、意を決して外界に飛び出したジョニィを迎えたのは、秋口だと言われても信じるであろう、穏やかな気温だった。
東京の茹だる様な夏の暑さとも、先程パムが人為的に変動させた極寒の環境とは、全く違う。半袖のシャツ一枚を理想とする状況に、様変わりしていたのだ。
アレックスが生み出した炎の影響で、気温が上書きされてしまったのだろうか? だとすれば、ファインプレーである。
ジョニィの肉体のスペックはサーヴァントとしては貧弱も良いところ、極端な環境の変動には耐性がない。
パムの死冬の影響下ではジョニィは勿論、彼が切り札を放つ為に必要な愛馬・スローダンサーもまるで役に立たない状況であったろう。
今度こそ、必殺の宝具であるところのACT4を、パムに叩き込もうと意を改めるが、それよりも何よりも、目を引くものが神宮球場の辺りから出てきた。

「おや、凛さん。ご壮健そうで」

 相変わらず呑気に。自分の身体に叩き込まれた種々様々な重症よりも、そっちの方が大事だと見える。
サーヴァントの姿勢としては、その方が正しいのだろうが、きっと、黒贄はそんな殊勝な心がけがあるのではなかろう。
ただ、自分のダメージのプライオリティが、絶対的に低いだけ。だからこそ、自分よりも、神宮球場内部から駆け出して現れた、水でも引っ被った様に全身ずぶ濡れの遠坂凛の方に、興味があるのだろう。

 黒贄の言葉に何も反応せず、凛は、彼の下まで走って駆け寄る。
駆け寄ってから半秒位が経過した後だった、凛が出てきた所から遅れて、凄い形相のジョナサンが現れたのは。
しまった、と言う様な風の顔を隠せないジョナサン。サーヴァントの所まで、逃げられてしまった。ああなっては、凛を倒す事は難しいだろう。黒贄を掻い潜って、凛を倒すのは、至難の技である。

【マスター、何があった】

 ジョニィの念話。

【遠坂凛を葬ろうと追っていたのだが……球場の内部に逃げられてね。内部構造を巧みに使われて、仕留め切れずに今に至ると言う訳だ】

【遠坂の身体が濡れているのは?】

【異様何て物じゃない程、外気温が下がっただろう? アレに堪えた遠坂凛は、ボイラー室に逃げ込んで、温水が通っているパイプを破壊して、身体を暖めていたようだ。中々頭が回る】

 成程、噴出した温水で、サーヴァントでも堪えるあの環境を凌ぎきったらしい。頭のキレが、違うらしい。
と言っても、凛としてもこの方法は賭けであった事を彼らは知らない。
魔術の世界とは別に、科学利器に囲まれた表の世界で、不器用ながらも生きていた経験に、凛は完全に救われた。
神宮球場程の施設なら、湯水を沸かす為のボイラー室があるだろうと踏んでいたのである。一般教養を学ぶ為、市井の学校に通っていて正解であった。
魔術一辺倒で、一般的な知識を身に付ける事を疎かにしていたのなら、そのような発想に辿り着けず、寒さに耐え切れず凍死していた事は間違いない。
更に幸運だったのは、湯水で温まっていた途中で、気温が急激に下がった事で、これを好機と見た彼女は、黒贄の元へと全力で疾走。
その最中で、運悪くジョナサンに見つかってしまい、チェイスが始まり……そうして、現在の状況に至ると言う訳だ。

617第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:37:11 ID:7Sgx76gs0
 黒贄の下に駆け寄るのは、凛としてもリスクの伴う行動だ。
黒贄礼太郎というバーサーカーには、マスターである凛と、その他の存在の区別がとても曖昧だ。
何が切欠で、自分がその他の側……つまり、『これから殺される側』に転落するのか解らないのである。
いや……そもそも切欠や、スイッチの類すら存在しないのかも知れない。その時の気分次第で、遠坂凛は、サーヴァントである黒贄礼太郎に殺され得るのだ。
そう言う危険性があったからこそ、今の今まで黒贄から凛は距離を取っていたし、黒贄が戦っている際も、余波を恐れて彼から距離を取っていたのだ。
サーヴァントとしては、この黒礼服のお惚け男はこれ以上とない厄介者、全く以っての外れクジであるが、もう、割り切った。

 この<新宿>には、最早凛の味方はいない。
黒贄の下に近づいたのも、そんな諦観めいた割りきりがあったからだ。この場にいるサーヴァント、マスターの全員が、凛の命を狙っている。
だったらまだ、黒贄の方に向かう方が危険性は少ない。腐っても、自分のサーヴァントであるからだ。早々、黒贄も思い切らない筈だった。
黒贄に殺されるのか、それ以外の外因で殺されるのか。凛に与えられた選択肢とは要するにこの二つであり、ならば、可能性が僅かにも低い黒贄の方に向かうのは、当然の運びと言えた。

「黒贄……」

「はい」

 酷い、傷であると凛は思う。黒贄でないサーヴァントなら、同情も心配も寄せていた。
だが、このバーサーカーは違う。黒贄礼太郎、と言う信じられない程近世の香りを伺わせる名が真名のこのサーヴァンとは、此処からが、強いのだ。
隻腕隻足、胴体も半ば近くを削り取られ、頭部を断たれ……。こんな状況でも尚、黒贄は強いのだ。
黒贄が動けないなど欠片も思っていない。凛の魔力が続く限り、この男は、死なない。翳のように黒く、昏い信頼が、凛と黒贄の間には結ばれていた。

「殺したりないかしら」

「いえ、全く」

 きっと、何人殺しても、そう答えただろう。凛にはそんな確信があった。

「私が死ねば、貴方も連鎖して此処からいなくなるわよ」

「それは困りますな。殺したりないのもそうですが、折角の大口の依頼なのです。達成して報酬を貰わないと」

 黒贄自身はまだ、聖杯戦争に勝利すると言う凛の依頼を忘れておらず、戦うと言う気勢も衰えていない。
その事を確認した、瞬間であった。凛の右手に刻まれた、狂の字を模した紅蓮の痣が、爛と光った。
すったもんだを潜り抜け、余人に表現しようにもし切れぬ程の疲労やダメージを蓄積させているとは思えぬ程の気迫を、その瞳に宿らせ、声音に乗せて、凛は言の葉を紡いだ。

618第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:37:22 ID:7Sgx76gs0
「令呪を以って命じる――」

 その言葉を、アレックスは、聞き逃さなかった。
黒贄と凛の後ろに広がる、まだ無傷を奇跡的に保つ<新宿>の街並みに、少なからぬ被害が及ぶ事を覚悟で、攻撃を行おうと試みる。
左腕を前に突き出し、かつ、その掌を開かせた状態で、瞬間的に体内の魔力循環を加速させる。
白色の粒子がアレックスの掌に集中するや、塊の形をとったその光が、加速、発射される。
魔力或いはそれに準じるエネルギーを実体化、有質量化させ、超高速で射出させるこの技を、悪魔達は『破邪の光弾』と呼称する。
戦艦の砲弾にも例えられる程のその攻撃を以って、黒贄諸共凛を抹殺しようとアレックスは試みる……が。
凛を庇うような立ち位置で、真正面に移動した黒贄が、残った左腕を横薙ぎに振り回す。
ドンッ、と言う爆音が生じると同時に、キラキラした光の破片が、黒贄の周囲に舞い散った。破壊された、破邪の光弾。その破片であった。

「クソ、仕留め損なったか!!」

 アレックスの舌打ち。
黒贄自身、光弾を壊すのに用いた左腕、その肘より先がグシャグシャに破壊されている。断じて無傷ではなかった。
柔らかい果実に強い圧力でも加えて見せたように、皮膚は裂け、裂けたそこから赤い筋繊維が血に濡れてほの光っていた。
ただのサーヴァントなら、勿論大ダメージ。それどころか、戦闘の続行が不能になりかねない程のダメージであるが、黒贄相手では、あの程度、何の意味も持たない事にアレックスも気付いていた。

「黒贄礼太郎、『この場にいるサーヴァントと戦う時はこれから、攻撃を全部避けながら殺しなさい』」

「えー、いや、ううん……私の個性の根幹を揺るがす命令ですね……あの人が見たら何て言うか――あ、今あの人じゃないのか」

 告げた命令内容に、不服の意を露にするのと、狂の字を模した凛の令呪から『けものへん』が消え失せ、王の字だけが残ったのは、全く同じタイミングなのであった。

619第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:37:36 ID:7Sgx76gs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「……経過の方は、どうなってるんだ?」

 長い沈黙を、塞が打ち破った。実に、十分。その間、彼も鈴仙も、付き添いの北上も。一言も言葉を発する事はなかったのである。

「今のところは……全員無事、よ」

【黒贄礼太郎や、乱入して来たって言うサーヴァントも含めてか?】

 塞が途中で、念話に会話を切り替えた。

【それも含めて、ね】

 意図を読んだ鈴仙も、念話で返す。
【そうか】、とだけ口にし、塞は再び沈黙する。そして、再び鈴仙は集中し、己の能力を用いて、離れた所で戦うアレックスやジョニィ達の模様を探る。

 三名は、聖徳記念絵画館の中にいた。
大政奉還、廃藩置県、教育勅語に日英同盟締結等。
日本史を紐解いたのなら誰もが学ぶ、近世日本の歴史の転換点となった場面を描いた、絵画展示室。其処で彼女らは、息を潜めていた。
アレックスらの戦いに、北上が巻き込まれぬよう、そして、万一危害が及んだ時には守れるよう、自分達は離れた所で待機する。
それが、塞達が此処にいる理由だ。但し、その理由は塞らにとっては建前。本音は、厄介者であるところジョナサン・ジョニィの主従に脱落して貰う事なのだ。
あの主従は塞の真の目標である、聖杯の奪還の妨げになる事が目に見えている上、サーヴァントの強さが大した物ではない為、同盟を組むにも値しないのである。
思想面で自分達の足を引っ張りかねず、共闘するにも強さが足りない。直裁に言えば、お荷物であった。穀潰しを養う余裕は、塞達にはない。
早々に、脱落して貰う必要があるのだ。黒贄礼太郎と言うバーサーカーの強さは、紺授の薬を通して見た未来で、鈴仙は痛い程良く解っていると言う。
強さについては、御墨付きと言う訳だ。ジョニィ達を殺せる可能性だって、申し分ない。仮に、ラッキーが重なって黒贄或いは凛を倒せてしまっても、しめたもの。
そうなると今度は、同盟相手と言う理由に託けて、ルーラー達から令呪を手に入れる可能性だって生まれるのだ。
ジョナサン達が死んでも、塞達にとっては旨味があり、番狂わせが起きて黒贄達を殺してしまっても、旨味がある。どちらに転んでも塞達にメリットが転がり込むこの作戦は、立案と言う概念の理想系とすら言えた。

 ――だが……――

 理想通りに事が運んでいたのなら、塞も鈴仙も多方面のコネ作りの為、齷齪動き回る必要はない。
実際この作戦は、初っ端に等しい段階から、計算外の存在の乱入によって暗雲が立ち込め始めていた。
鈴仙は自身の持つ、『波長を操り探る能力』で以って、黒贄やジョニィ、アレックスらの安否を確かめている。
なのだが、その能力が、彼ら三人が戦う場に乱入して来た三人の存在を認めたのである。
その内一人は、この世界にしっかりとした有機体の実体を持つ存在――人間であり、内一人は、構成要素を魔力とする存在、つまりはサーヴァント。
残った最後の一人が、有機体に近い何らかの要素で構成された肉体を持ちつつも、人間にはあり得ない程の莫大な魔力量をその身に宿す、正体不明の存在。
彼らが現れ、アレックス達の戦いに闖入し始めてから、塞も北上も気が気でならなかった。尤も、塞と北上では、心配している理由が違う。
北上の方は単純に、自身のサーヴァントであるアレックスと、同盟相手のジョナサンとジョニィの安否を気遣っての物だ。
しかし塞の場合は、アレックスと言う優秀な手駒候補の喪失が気がかりなのだ。

 ステータス面だけで言えば、目下最大の強敵であるセイバー・ダンテをも上回る強さを持つアレックス。そう簡単に、消滅の憂き目には合わないだろう。
そうと踏んでたからこそ、アレックスを黒贄の下へと向かわせたのであるが、正体不明のサーヴァント二名の乱入を許したとなると、話は別。
鈴仙の能力は探知こそ出来るが、『相手の姿を画像・映像化する事が出来ない』。相手の戦闘能力の強い弱いは判別出来ても、如何言った能力を使え、
そもそもどんな姿をしているのかの判別は結局の所目視に頼るしかない。だからこそ、不安が募る。アレックスらが戦っている存在は、如何程の存在なのだろうか。

620第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:37:52 ID:7Sgx76gs0
「あの……モデルマンは、勝てると思いますか……ね……」

 不安そうに、北上が訊ねてくる。

「一度戦った身として言わせて貰うなら、勝率は多分にあるわ。絶対に勝てる、って断じられないのが少し不安かもしれないけれど……それは割り切って」

「……はい」

 北上が不安そうに、スマートフォンをいじくりだす。
実際、モデルマン……アレックスと黒贄が良い勝負をしそうだと鈴仙が口にしたのは、北上向けのリップサービスではない。
相手の能力を探る事について並ならぬ力を持つ鈴仙が真実、そう判断しているのだ。これについては嘘はない。
だが、乱入した正体不明の存在については、正直なところ何とも言えないと言うのが実情だった。理由は簡単で、先ず相手が何者で、どんなスキル・宝具を使うのかも不明。
それだけでなく、波長を操る程度の能力で大まかな強さを調べてみた所、これが並のサーヴァントでは比較にならない位強いのである。
強い事は解るが、姿も能力については一切不明。そんな存在をアレックスが戦って、『勝てる』と断言出来る筈がなかった。

 ……と言うより、そもそも塞も鈴仙も、『アレックス達が繰り広げている戦いに乱入者が現れた事自体を明かしていない』。
そう、北上は今現在も、自分の頼れるサーヴァントは黒贄礼太郎と『だけ』戦っていると信じているのだ。
この事実を北上に対して隠蔽する理由は簡単で、北上がその事実を知れば、北上が計算外の行動に出るかも知れないと言う不安があったからだ。
彼女は、心に不安を抱えたままの、誘導しやすく御しやすい存在で、塞はいて欲しいのである。心の均衡を失い、予想外の行動に出るような駒には、なって欲しくない。
アレックスが不利になっていると言う事を知ろう物なら、どんな行動に出るのか解らない以上、上記の事実は伏せるが吉だ。

 今は、幸運に恵まれている状況だ。
ライドウとダンテと言う桁違いの強さを倒せるかもしれない鬼札の一つを抱え込み、後顧の憂いに育ち得るジョナサンとジョニィの主従の脱落を狙えて。
その上、不確定要素と番狂わせの化身の様な強さを誇る黒贄礼太郎をも葬り去れる可能性が高まるかも知れないのだ。
塞達にとっては、一石二鳥所ではない結果が転がり込み得る要素が、この戦いには内在されている。この戦いは、是が非でも落としたくない。これ以上の不確定要素は、塞も鈴仙も避けたかった。

「――?」

 波長を探る。
その行為は言葉だけで判ずるのであれば、深い集中を要し、一秒たりとも気を緩められぬ精密な作業の風に聞こえるだろうが、実際はそうではない。
波長の探知は鈴仙にとっては朝飯前、自身の能力の応用の中では基礎の基礎の基礎であり、最も簡単な部類なのだ。
しかも黒贄もアレックスも、ジョニィもジョナサンも、乱入して来た三体の存在も、極めて独特かつ特徴的な波長の持ち主の為、探り損なうなど先ずあり得ない。
現に彼らの動きは正確に把握出来ているのだ――が。その鈴仙が、不安定な『揺らぎ』を感じ取った。……いや、ただ不安定なだけじゃない。
意識しなければ、其処にあるのかないのかすらも解らない。実在と、非実在の間を彷徨っているようなその波長。量子力学のそれに似ていると鈴仙は思った。
この極小さい揺らぎは、北上は勿論塞すらも気付いていないらしい。鈴仙だけが、明白に気付けている。
意識してしまえばその存在は明白で、その揺らめきは『糸』状だった。納豆に引いた糸の何万倍も細い糸の形を取っており、それが無数、二〇〜三〇の数で、鈴仙達の下へと近づいて行き――。

621第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:38:34 ID:7Sgx76gs0
「ッ!!!」

 アレックス達の方に意識を集中させる事を取り止め、急遽、この場所に意識を向ける方向にシフトチェンジ。
蛇蝎の如く群がる糸の揺らぎ。触れれば確実に拙い自体が起こると感じた鈴仙は、自身と、塞、北上に対して、能力の応用を適用させる。
適用させた事象は、波長を操る能力を用いて、空間そのものに撓みを生じさせる――つまり、波を打たせると言う物。
空間の波は目で捉える事は出来ない上、その波に一度触れようものなら、波動の強弱次第では相手を転ばす程度から、大きく吹っ飛ばす事をも可能とする。
また、空間自体を震わせると言う現象の都合上、転ばすのも吹っ飛ばすのも、波自体がその物質や生命そのものの体積を包含するのなら、物理的な特質は一切無視される。
これもまた鈴仙の持つ能力の応用の一つだが、直接戦闘における効果は絶大極まる、認識されぬばかりか、実在と非実在の境目すら曖昧な、この糸の揺らぎをも、有らぬ方向に弾き飛ばせるのだ。

 吹き飛ばされた揺らぎの糸が、北上達の両サイドに陳列している、絵画が展示されている巨大なガラスの展示ケースに触れた、その刹那であった。
音もなくガラスケースが中の絵画ごと、何百もの破片に分割され、床に落下して行くではないか!!
「何だ!?」、と塞が叫ぶ。この段階で初めて、塞も北上も異変に気付いた。周囲を見渡す、二名。
塞はすぐ、それまで自分達の周りに飾られていた、和紙に描かれた巨大な絵画、それが辿った無惨な末路を観察する。
一目見ただけで、神業と理解出来る所業だった。客観的な事実を語るのであれば、展示ケースを中に入った絵画ごと、寸断しただけに過ぎない。
だが、その切り口が最早、神の御業としか思えぬほど、美しかった。堆積するガラス片の一つにも、ヒビが生じていない。
破片のモノによっては、高さ三mを越す所から落下したものもあると言うのに、だ。皆見事に、艶やかで、滑らかな切り口を残して、床に散らばっている。
絵画即ち紙にしても、同様。定規や分度器を当てて、カッターナイフで切ったが如く、美しい直線と曲線の切り口を描いて、嘗て日本の重要文化財と持て囃されていた名画の数々が、吹雪のように宙を舞っていた。ただの、紙屑に変貌してしまった。

「警戒して!! 敵がいるわ!!」 

 鈴仙の言葉を受けた瞬間、塞は周囲を見渡し、警戒の度合いを最大限にまで高めさせる。
超常と不可思議の見本市であるサーヴァントだ。自分達の視界の外から、目に見えない斬撃を行って襲い掛かる事位、訳はなかろう。
それよりも問題なのが、『攻撃を行ったその瞬間まで鈴仙が相手の存在に気付かなかったと言う点』である。
鈴仙が持つサーヴァントの知覚能力は、自身が持つ波長の探知能力、その適正も合わさって、大抵のサーヴァントを凌駕して有り余る。
本気になれば、床に羽毛の落ちる音や、瞬きの際に生じた僅かな空気の振動ですら、百mを超えて離れた場所からでも、鈴仙は探り当てられる。
サーヴァントが持つ特有の魔力の波を探る事は、鈴仙にとっては朝飯前。そんな彼女の探知力を掻い潜る事は並大抵の事ではなく、
優れた暗殺力で以って英霊の座へと召し上げられた、アサシンクラスですら、彼女の不意を打つ事は困難極まる。
結果的に不意打ちを防げたとは言え、これ程までの気配探知スキルを持った鈴仙が、相手が攻撃するその瞬間まで、気配すら掴めなかった、と言うこの事実。マスターである塞としては、深刻に受け止める必要があった。

【サーヴァントの気配は感じるのか?】

【ええ、今となっては明白に】

【何処にいる】

【悔しい事に、施設の中】

 当然鈴仙は、アレックス達の戦いのみに集中していた訳ではない。
アレックスらの戦いに向けていた意識は半分で、もう半分は、ここ聖徳記念絵画館に向けていた。
意識の全てを、絵画館内部に向け、虱潰しに波長を探して見た所、下手人は即座に見つかった。
波長を含めた、あらゆる気配の隠し方は見事なものだったが、鈴仙の能力を欺ける程ではなかった。
そのサーヴァントは一つ下のフロアで構えており、攻撃を防がれたせいからか? 若干の怒りめいた感情の波を感じ取る事が出来た。
どちらにしても、彼女の探知を掻い潜ってこの内部へと侵入出来るとは……只者ではない。アサシンクラスの可能性が、高まって行く。

622第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:39:06 ID:7Sgx76gs0
「……如何した、嬢ちゃん。異様な震え方だぜ」

 北上の異常に気付いたのは、塞が先だった。北上が、体中から冷や汗をかかせて、震えているのだ。
汗のかきようは尋常のものではなく、着ている制服の背中の部分が、コップ一杯分の水でも引っ掛けられたように、ぐっしょり濡れているのだ。
震え方も、武者震いや不安から来るそれではなく、恐怖を原因とするものである事を、塞も鈴仙も看破した。
と言うより、震えを見るまでもなく、表情が全てを物語っていた。涙に潤む両の目は泣き出すまで数秒か、と言う有様で、歯と歯がガチガチ言わせているその様子は、思い出すのも憚られるトラウマを疲れたかの如しであった。

「この、この攻撃は――だ、ダメ!! アレと戦っちゃ――!!」

 北上がそう叫んだ瞬間、鈴仙と塞、北上の身体から、一切の重力が喪失した。
しかしそれは、ほんの一瞬だけの事。股間の辺りがむず痒くなりそうな浮遊感が彼らの身体を包んだのは、一秒にも満たない短い時間。
次に襲い掛かったのは、下に下にと落下する感覚。状況を、北上に塞、鈴仙が直ぐに理解した。
三人がそれまで直立していた、絵画室のウレタン樹脂製の床全体が、その下の鉄筋ごと細切れにされたのである。
崩落する床と一緒に、一階へと落ちて行く一同。鈴仙は落下運動中に空を浮遊し、着地しても支障のない速度で瓦礫の散らばる床の上に降り立つ。
塞の方は優れた運動神経で以って姿勢を整え、着地。北上の方も、流石に優れた艦娘である。艤装を装備した状態ながらも、床の上に着地して見せた。

「見事な腕前だと、先ずは褒めておこうか」

 その声を聞いた瞬間、鈴仙の肌は、粟立った。
声とは、大気を通して伝わる音の漣。それ以上の物ではない。
結果としてであるが、今の言葉を発した人物は、男の物であった。しかし、ただの男の声じゃない。冠絶的に美しいと言う枕詞が、付随する。
その声を聞いた者は、美しいと言う意味を頭の中で反芻するだけのオブジェクトにし得るだけの力があった。
声の主の姿を、見るまでもなく美しいと判じられる。それだけの説得力を、漲らんばかりに内在させていたのだが、それだけじゃない。
声の波長ですらも、美しかった。波長に本来、美しいと言う概念はない。長い、短い、大きい、小さい、緩やか、激しい、整っている、不揃い。
凡そこの八パターンに該当され、それ以外の結果など本来有り得ないのだが――鈴仙は、男の声の波長を読み取った瞬間、無意識の内に思ってしまったのだ。

 ――波長ですらも、美しいと。

「……化物……」

 そう呟いたのは、鈴仙であった。

「その呼び方は、僕を指すのに適切ではないな」

 背後から、声が聞こえる。醸す波長ですら美しいのに、その美しさすらをも塗りつぶす、絶殺の気配を徒に放出し続ける、恐るべきサーヴァントの声が。
振り返るのが、怖かった。この世の終わりでも目の当たりにしたような絶望の表情の中に、天上の美を垣間見たような至悦の感情を鏤めたような、北上の表情。
彼女の目線の先にいるであろう、怪物の姿を見ると言うその行為。それは、鈴仙・優曇華院・イナバと言うサーヴァントが、最大限の尊敬と畏怖を寄せる存在。
八意永琳と言う女性に対して、弓を引くと言う行為に並ぶか、それ以上の勇気を必要とした。――意を決し、振り返り……思考が、爆ぜた。

「人は、我が姿と業を見て、魔人と呼ぶ」

 声以上の美を、黒い雲母の煌きの如くに発散させながら。
インバネスコートの魔王、浪蘭幻十は、薄く微笑みながら、三人の事を見つめているのだった。

623第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:39:21 ID:7Sgx76gs0
投下終了です

624名無しさん:2019/01/13(日) 14:37:46 ID:jXka4NAE0
投下乙です
凜は完全に修羅道に堕ちてしまったか。せめて序盤に友好的なマスターと出会えてたらな…
そして遂に幻十降臨。北上様のトラウマががが

625名無しさん:2019/03/30(土) 19:10:29 ID:Zk5YEjjE0
投下乙

北上さん逃げてーー!!

626第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:42:16 ID:9BYkc5.o0
今回で終わりかな、と思いましたけど、普通に終わらなかった(ガバガバ)
意思表示の為に投下します

627第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:42:34 ID:9BYkc5.o0
 それは、美しいと言う、美を表す上で最も基本的な語彙が、咄嗟に浮かんで来ない程の美貌だった。
人は相手の姿形、仕草や動作、声音等を、視覚や聴覚と言うフィルターを通して初めて、それが美しいのか否かの判別を行う。
前提として美があるのではない、諸々の要素を加味した上で、美しさがあるのだ。

 浪蘭幻十は、違った。判じた上での美ではない。考慮するまでもなく、この魔人は、美しいのだ。
纏うインバネスは、周辺宙域に星一つない宇宙の闇を裁って誂えたが如く、艶やかで深い黒。
きっと、この黒色を汚せる白は、この宇宙の何処にもない。余人に、そんな確信を抱かせる程、深く吸い込まれるみたいな黒だった。
そんなコートに腕を通す幻十の様は、夜の帝王と言う風情を余す事無く発散させていた。
インバネスの両ポケットに手を入れて、此方を眺める幻十を見れば、人は思うだろう。ああ、月なる星は、天にではなく、地に在ったのだ、と。

「模倣された魔界都市だと馬鹿にしていたが……成程な。それなりの者を集めるだけの魅力は、この街にはあるようだ」

 笑みに、陰惨なものを浮かばせて、幻十が言った。

「我が友より授けられた、殺戮の術。これを防ぐとは、ただならぬ英霊であるとお見受けする」

「お生憎様ね……。私の身体を害したいのであれば、操るその糸の細さ……、須臾(フェムト)のそれにまで削って来なさい」

「見た目とは裏腹に、恐ろしいサーヴァントだ。その兎の耳、男に媚びる為の物ではない、か。ならば僕がこの後何を言うつもりか、解る筈じゃないかな?」

 怖いものが――張り詰めて行く。

「……まさか、生かしては返さないとでも言うつもりじゃないでしょうね? そう言う台詞は、やられ役の小物が口にする言葉よ」

「言うのも恥ずかしい台詞だったが、僕の変わりに代弁してくれてありがたい事だ。礼として、痛みもなく、この<新宿>から座へと還す事を約束しよう」

 敵意に溢れた言葉を聴き、鈴仙の身体が、克服したはずの怯懦で強張りそうになるが、すぐに。
緊張と恐怖でゆらついている己の心、その振動を中和する精神の波を、自身の持つ能力で生み出して相殺。平常心を何とか保つ。常にこうしていないと、幻十との対峙は、厳しいものがあった。

【オイ、アーチャー……コイツぁ……】

 塞が、鈴仙に対して漸く言葉を投げかけられた。
それにしても、言葉が途切れ途切れだ。鈴仙が塞に、精神を安定させる波動を打ち込ませてもこの様子であった。
その様を見て、果たして誰が笑えようか。人界の規矩を逸脱する美貌を目の当たりにした時、人も畜生も、皆、忘我の域に誘われる。それが、美界から迷い出でた者に対する礼儀であるように。

【覚悟を決めた方が良いわよ、マスター。もう……逃げられないわ】

 鈴仙としては三人でこの場から、正に脱兎の如く逃げ去る算段でいた。
だが、それは途方もない絵空事である事を彼女は既に理解している。簡単な話である。此処聖徳記念絵画館全域に、幻十の糸が張り巡らされているのだ。
糸が展開されていないのは、今鈴仙達と幻十が一緒にいる、この部屋だけ。その部屋から一歩、他のフロアや部屋に移動してしまえば最後。
細さにして1/1000マイクロメートルの、チタン製の金属糸。それが床のみならず天井やドアノブ・展示物など、
凡そ人が触れる事の出来る物全てに付着しているばかりか、何の支えも巻きつける所もないのに空中に固定化されているのだ。
ワイヤートラップと言語化するのも、最早おこがましい。相手を確実に、塵となるまで切り刻む為の、確殺・絶殺の布陣であった。
一歩この部屋から出てしまえば、幻十の意思一つで忽ち、無数のチタン妖糸は、必殺の魔線となりて、鈴仙達を切り刻むのだろう。

「随分と細い糸を操るようだけれど……貴方の技は私には効かないわよ」

「君の操るものは、波動だろ?」

 強気な態度で、幻十の動揺を誘おうと言う算段でいた鈴仙だったが――逆に、彼女の方が動揺させられてしまった。
彼女の能力は、一目で、その本質を悟らせないと言う所に多大な利点がある。
相手の攻撃を無効化する、精神を不安定にさせる、光や音を意のままに操る、不可視になる、分身する。
そのどれもが、スキル、ないし宝具によって賄われて当たり前の、強力な能力。だが実際には、彼女は上の能力の全てを、波長を操ると言う一つの能力でカバー出来るのだ。
初見で、それを見抜く事など、絶対に出来ない。なのにまさか、能力の真髄を目の当たりにする事もないまま、看破してしまうとは……。

628第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:42:52 ID:9BYkc5.o0
「君に僕の技が解るように、僕にも君の技は良く解る。糸を弾いたのは、空間に波を打たせたから。<新宿>で起きた諸々の事件の影響で、本来だったら閉館してた筈のこの建物に侵入出来たのも、君自身の能力を応用して、透明化を施していたから。違うかい?」

 沈黙する鈴仙。幻十の指摘が、全部正鵠を射たものであるからだ。

「君は僕の技を見切ったつもりなのだろうが、強がりは止した方が良い。お見通しさ、君が僕の攻撃を防げたのは、かなり危ないところだった位はね」

 これも、痛い所を突かれている。
正直、鈴仙が幻十の妖糸を防げたのは、経験から『そう言う攻撃がある事を知っていた』事が大きい。
月の都の超技術で開発された、フェムトファイバー。フェムト(須臾)の名が指し示す通り、小ささだけを言えば、幻十の操るナノマイクロのチタン妖糸を遥かに超える。
触れている事を認知する事は勿論、地上の如何なる妖怪・技術で以っても認識が出来ないその糸は、切断も破壊も不可能で、
時の劣化をも受け付けぬ最強の強度を誇る神糸であった。そう言う糸の存在を知っていて、かつ、この糸を用いた捕縛術を用いる上司がいたと言う事実。この二つのファクターがあったからこそ、幻十の糸を防ぐ事が出来た。

 但し――それだけ。
糸の細さ・強度の面では、月の都の産物であるフェムトファイバーの方が遥かに勝る。
だが、その糸を操る技量の面で、嘗ての上司であった綿月豊姫を幻十は大幅に上回る。比較する事自体が、最早間違いと言うレベルであった。
人類が絶滅するまでに到達し得る技術水準を超越するテクノロジーを持つ月の都の神糸に、単純な技術力で追い縋る。その事実は、鈴仙にとっては驚嘆を超えて戦慄に値する事実だった。

「君達の命は最早、僕の糸に包まれて在る」

 ポケットからゆらり、と幻十が手を引き抜く。
純白どころか、透明にすら見える程に、白く輝く美しい手であった。この手に操られる糸は、この宇宙を探しても稀に見る、幸福なものである事だろう。

「魂だけで故郷に帰りたまえ」

 幻十の中指が、クッ、と動いたその瞬間、チタン妖糸が五十本程、三人目掛けて群がって行く。
サーヴァントである鈴仙には、三十本。北上と塞には、十本づつと言う配分である。
触れれば人体どころか、同質量の鋼塊すら容易く割る程の威力を誇るそれに、鈴仙は対応。
自分と、塞と北上の存在する位相を、能力の応用で一つ隣の別位相にスライド。目で見ただけなら、その場にいる風に見えるだろう。
だが、現実に於いて確認出来る三人の姿は其処にはなく、実体は、言い換えるならば別の次元に移動してしまっている。
剣で斬ろうが弾を放とうが、水に攻撃しているのと同じである。全ての攻撃はすり抜け、鈴仙達に干渉が出来なくなってしまうのだ。

「もう少し、工夫を凝らすのだな」

 鈴仙は、脊髄が凍るような恐怖を本当に覚えた。
鈴仙らの存在する位相が一つズレたのと同じように、『幻十の操る糸もまた、存在する位相が一つズレた』。
寸分の狂いなく、鈴仙達が現在いる位相に移動したのである。位相がズレると言う事は、次元の壁を越えると言う事に等しい。
人の身体で行える技術であるだとか、気合や根性と言った精神論だとかでは、次元を超える事は出来はしないのだ。
その芸当を、指先の技術一つで達成してしまう。げに恐るべき幻十の技量であった。

 判断をしくじれば、三者共に身体を細切れにされて即死する。糸の速度は、音に数倍する超音速。
しくじるどころか、手落ち一つ許されない。最速で、正解の選択肢を選び取らねばならないのだ。
鈴仙の選択は速かった、と言うよりは、殆ど反射に近いものだった。
糸が、三人の身体に触れる寸前で、『元の位相に修正させた』のである。スルッ、と。腕が水を通り抜けるみたいに、殺意の断線は三名の身体をすり抜けて行く。
位相をズラした事による、全干渉の素通りとは、相手の攻撃やアクションだけではない。『ズラされた当人の攻撃やアクションも修正される』のだ。
どんなに幻十の技量が優れていても、糸のみ相がズレた状態では、結果的にその妖糸は何も斬れないままに終わってしまう。今の素通りのロジックが、これであった。

629第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:43:12 ID:9BYkc5.o0
 不愉快そうに眉を吊り上げる幻十。
世の女が見れば、不興を買ってしまったと即座に恐れを抱き、何を貢いででもご機嫌を取り直そうとするだけの、罪な魔力が其処にはあった。
それに、胸を焦がしている時間は千分の一秒だって、鈴仙にはなかった。即座に懐から、拡声器に似た形状をした不思議の銃、ルナティックガンを取り出し、
魔力によって構成された弾丸を発射。ライフル弾に似た鋭い流線状の弾丸が、百を越える勢いで幻十に向かって殺到する。
その彼を庇うように、目に見えないナノマイクロのチタン妖糸が、凄いスピードで彼のインバネスの裏地から表れて行き、彼の身体を急速に包んで行く。
当然、先述の通りの小ささであるが為、余人には、幻十が今チタン製の糸に覆い隠れている状態である事を認識出来ない。
但し、波長を操れる鈴仙には、見て取れるよう。今の幻十の様子は、繭。絹糸で己の身体を包む蚕の幼虫宛らであった。

 弾丸が、妖糸の繭に直撃する。あられの菓子見たいにそれは砕かれて行き、魔力の粒子が、幻十の人外を美を彩るみたいに舞い散って行く。
幻十に、攻勢のバトンを絶対に手渡してはならない。そう考えている鈴仙は、彼に反撃の機会を与えなかった。
ルナティックガンから弾丸を一発だけ放つ鈴仙。弾丸を一発だけに絞ったのは、この弾が速度と貫通力、そして威力を重点的に底上げさせたものであるからだ。
本来無数の弾を拡散して放つ、無数の弾を構築する魔力を、一つの弾丸に収束させ、上のリソースに当てたと言う事である。
弾が妖糸の繭に直撃する、と言う寸前になって、鈴仙は弾丸の位相だけをズラさせる。弾が、チタン妖糸をすり抜けて行く。
幻十の表情が別のものに転ずるよりも早く、繭の内部で弾丸を実体化、そのまま彼の身体を貫こうとする。

 ――果たして、目の前に起こった現実を、誰が信じ得ようか?
幻十の目の前に突如として『棺』が現れ、その棺の表面に弾丸が直撃、砂糖菓子宛らに弾の方が砕け飛んでしまったなど!!

「んなっ……!?」

 糸で防がれる。それはまだ解る。避けられる、これも理解出来る。
美貌によって弾が逸れる。……苦しいが、幻十の美しさなら、それも已む無しと思ってしまえる説得力がある。
しかし、この防がれ方は、鈴仙としても予測も理解も出来ない。彼の麗貌を損なう事を防いだものの正体、それは真実、生者が死者の為に築く寝台であるところの、棺であったのだ。

「修行不足にも程がある。この程度の攻撃に、糸を用いず対応してしまうとは……」

 棺の向こうから、幻十の声が聞こえて来る。
棺自体の大きさが、彼の姿よりも大きい為に、どのようなリアクションを取っているのかは鈴仙には解らない。
確かなのは、声が孕んでいる苛立ちの感情通りの態度であろうと言う事だった。

 その棺は、死者に安らかなる眠りを約束する為のものと言うよりは、地獄に君臨する悪逆無道の魔王を封印する為の楔であるように、鈴仙には見えるのだ。
表面にあしらわれている、純金で出来た山羊の頭の紋章(クレスト)。その山羊の角には、顎髭の下で結ばれたマンドラゴラの蔓が纏わっていた。
何処にも、嘗て現世を精一杯生きていた死者に対する敬意も、冥府の国の主君に対する礼賛の心持ちも感じない。
見る者に伝わるのは底なしの不気味さ、言語不能の邪悪さだけだった。そしてその不気味さと邪悪さが、幻十の雰囲気に、初めから統合されているかの如くにマッチしていた。

【すまねぇ、アーチャー……やっと落ち着いた】

 煙みたいに、鈴仙の正面から棺が消えて行くのと同じタイミングであった。
精神を安定させる波長が漸く効いてきたか、念話を出来る位にまで塞の精神が復調した。

630第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:43:33 ID:9BYkc5.o0
【あのサーヴァントのクラスとかステータス……解る?】

【クラスはアサシンで……】

 クラスの予想が外れた。鈴仙としては、糸を飛ばしている風にも見えた事から、アーチャーのクラスを予想していたのだ。
とは言え、アサシンのクラスでもさして驚きはしない。ナノマイクロに相当する小ささの、目に見えぬ糸。成程、暗殺向けの道具ではないか。
それよりも鈴仙が注目したのはそのステータスである。アサシンのクラスと言う事実から予測は出来ていたが、鈴仙が身を以って体験した恐ろしさからは、
想像も出来ない位平凡な値だ。勿論、アサシンと言うクラスの常識に当てはめて考えれば、幻十のステータスは法外一歩手前のレベルで高い。
しかし、黒贄礼太郎やダンテ、紺授の薬で垣間見た未来で観測された、<新宿>の聖杯戦争を管理運営するルーラーなど。
鈴仙がこの聖杯戦争に参加しているサーヴァントの中で、明白に『強い』と断言出来る者達は皆、その強さを裏打ちするだけのステータスの高さをしっかりと持っていた。

 確信を持って言える。幻十の強さは、黒贄やダンテ、<新宿>のルーラーなど。名立たるサーヴァント達に、全く引けを取らない。
それだけの強さを持ちながら、幻十のステータスは平凡なそれ。サーヴァントの出力に相当するステータスを、彼は、純粋な妖糸の技量でカバーしている。
いや、し過ぎているというべきか。貴重なデータである。この聖杯戦争において、ステータス上の強さは然したる重みを持たない。
それが鈴仙が知れたと言う点で、この戦いは、重要な転換点のようにも思えるのだ。……問題は、だ。

 ――生きて帰れるのかしら、これ――

 それであった。データを得られた、と言っても、生きてこの場から帰る事が出来ねば、何らの意味も持たないのである。
データを抱いて死亡した、と言う死に方は誰も評価しない。次に繋げられないデータなど、散文以下の意味しか持たないからだ。
鈴仙だけなら、この場から逃げ果せる事も出来たかも知れない。塞に、北上。この二人も無事でとなると、鈴仙の処理能力の限界を超える。
今戦っている部屋から一歩、別の室内に移動しようものなら、千を越え万にも届く本数の殺線が忽ち塞と北上を血色の塵へと還してしまう。
この場で幻十を倒すか、そのマスターを葬るしか手立てはもうない。そのマスターも探したい所であるが、自身の能力を敵マスター捜索に充てる余裕すら鈴仙にはない。
全霊を以って、幻十の対応に当たらねば、死ぬからである。己の能力の全リソースを、この戦いに集中させねば、本当に拙い相手なのだった。

 幻十と目を合わせる鈴仙。彼女の瞳が妖しく、紅色に爛と光った。
瞬間、強烈な精神の振幅が、幻十の心に叩き込まれる。波長を操る能力の、応用の一つだ。感情とは精神と言う水面に沸き起こる『波』である。
その長短大小を意のままに操る鈴仙は、相手の精神を狂気に蝕ませる事や、躁鬱状態に叩き落す事をも得意とする。
今幻十に叩き込んだ振幅は、ずば抜けて短いリズムのそれ。波長が長いと暢気になり、短いと短気になる。
鈴仙が放ったこの振幅に直撃して、正気を保てる者はいない。些細な事で相手は怒るようになる。
缶のプルタブを開ける音で激昂し、炭酸が弾ける音に目くじらを立て、床に落ちている髪の毛一本にすら正気を保てなくなる、等。
日常生活を送る事が不可能なレベルで、怒気に心が支配され、まともな判断力を失う――狂気に魅入られた状態となる。今の幻十が、正しくそうなのだ。

 光の波長を操作し、自分と全く同じ似姿と服装の分身を数十体、展開させる鈴仙。
ある個体は空に浮かび、ある個体は床の上に膝立ちや立ち姿勢のまま配置され、それら分身が全員、指先から紅色の弾丸を幻十目掛けて集中砲火する。
分身は実際に質量を伴った存在ではなく、光の屈折率や音波などを操って生み出した幻覚であり、これら幻覚が実際に弾丸を放っている訳ではない。
鈴仙が弾丸を、分身が佇んでいる位置と重ね合わせるように配置させ、それを放っているだけに過ぎない。分身による波状攻撃ですらない、が。
今の幻十の精神状況ならこの状況でもう、脳の処理能力の限界を迎える筈である。ほんの些細な音ですら激怒するレベルの精神状況なのだ。今のこの状況では激怒を通り越して、怒るという精神の発露すら忘れる状況である。棒立ちの状態から、弾丸がサンドバッグみたいに叩き込まれる……手筈だったのだ。

631第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:43:57 ID:9BYkc5.o0
「悪いが、つまらないよ」

 幻十が片腕を指揮者宛らに上げたその時、鈴仙が展開させていた全ての分身が、平均して八九〇〇〜一二〇〇〇程の破片へと分割され、煙を立てて消えて行く。 
妖糸である。幻十の操る魔糸が、彼の殺意を乗せて鈴仙の弄したトリックを、放った弾丸ごと全て切り裂き破壊して見せたのだ。

「うそっ――」

 鈴仙がそう口にしたのと同じタイミングで、熱いものが彼女の左脇腹を駆け抜けた。
何が、と思い波長を以って熱さの源泉を探った瞬間、その感覚はただの熱から、熱と湿り気を帯びた極限域の激痛へと変化した。
見るまでもない、妖糸で、脇腹を斬られた。鈴仙の纏う制服が、褪紅色に濡れる。激しく動けば、内臓が零れ落ちんばかりの深さであった。

 痛みを伝える電気信号を、能力でシャットアウトさせ、行動する上で支障となる激痛を無効化させる鈴仙。
その後で、傷口に微細な振動を流し込み、内臓が、外へと零れ落ちる事を防いだ。傷口はこれで開くまい。
冷たい脂汗を流しながら、幻十の方を睨みつける鈴仙。涼しい顔をして、幻十は微笑みを浮べていた。
女の胸を恋慕に焦がす魅力を秘めたその笑みにはしかし、隠しても隠し切れぬ悪魔の喜悦が混じっている。或いは、足を挫いて動けなくなった草食獣でも、目の当たりにした肉食獣の笑みか。

 鈴仙の放った精神攻撃に、幻十は直撃した。受けながらも、通用しなかったのだ。
塵になった状態から復活出来る再生力や、砲弾すら弾き返す防御力を誇ろうが、身体ではなく心に作用する精神攻撃の都合上、それらの肉体的長所は何の意味も持たない。
しかし逆に言えば、精神攻撃は、その攻撃対象の心が達していれば意味がない。しかも肉体を全く害さない攻撃である為、相手の行動力にも影響が出ないので、
状況次第では何の役にも立たない手法に成り下がってしまうのだ。正しく、今の幻十のようにだ。

「魔界都市の魔人に、心を掻き乱す術は通用しない」

 幻十の生きた、真なる魔界都市である<新宿>は、この宇宙を貫く、既存の如何なる摂理もが通用しないカオスの坩堝であった。
滅びた筈の生物が、跳梁する。剪定された筈の世界の一部が、息を吹き返す。隠れた筈の神々や獣が、顔を出す。
<新宿>に於いて常識は砂の白のように脆く儚い概念だ。そして、絶対と呼べるものがなに一つとして存在しない街だ。
<新宿>に於いて絶対であるものを唯一上げるとするならば、法も摂理もこの街では絶対足りえないと言う事実と、自由こそがこの街の全てだと言う点であろう。

 自由と混沌、そして悪徳と狂気。それらが高い次元で融合したあの街で、人の精神を保ったまま生きて行く事など出来はしない。
あの街に生きる者は皆、人としての心を捨ててなければならない。それこそが、魔界で生きる上で最も肝要な事であったのだ。
魔界都市が孕む狂気と、魔。その具現とも言うべき魔人・浪蘭幻十が。腱や筋の一本に至るまで、魔界の精髄とも言うべきこの男の、
悪逆と言う概念そのものであるその性根の波長を操る事など、例え鈴仙であっても不可能であったのだ。何故ならば、幻十の心は――鈴仙が波長を操るまでもなく、既に狂っていたのであるから。

「さて、今一度、言っておこうかな」

 右腕を、鈴仙達の方に伸ばして、幻十は言った。

「君達の命は、僕の糸に絡まれて在る」

「――いやぁ、そう言う事もないんじゃない?」

 カッ、と。突如として響き渡ったその声に、誰よりも反応したのは、浪蘭幻十その人であった。
声がした方向を、幻十が振り返ると同時に、今まで鈴仙達の行動の自由を著しく阻害していた、部屋の外に張り巡らされていたチタン妖糸の全てが、
糸としての体裁を保てなくなるレベルにまで分割され、無害化されてしまったのだ!!
これ幸いと言わんばかりに、鈴仙は精神を安定させる強烈な波動を塞と北上に叩き込み、この部屋からの脱出を促す。
幻十と今の状況で戦うのは極めて危険だ、この場から無様にでも良いから逃走する、と言う選択を鈴仙は選んだのだ。
その意を汲んだ塞が、急いで部屋の外へと駆け出す。やや遅れて北上も、鈴仙の先導に従って走り去ろうとする塞の後を追った。

 幻十の意識を引いた声の聞こえてきた方向に、鈴仙は意識を向けなかった。向ける事が、怖かったからだ。
何故ならば――その声もまた、幻十と同じように、波長ですらも美しい声であったからだ。

632第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:44:43 ID:9BYkc5.o0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 幻十の美を、人々を誘惑する為に億万年の月日を費やして来た悪魔が得た、魔性の精髄たる美とするのなら。
幻十の後ろに佇んでいた、黒いロングコートの男の美は、人々を導き癒す為に神が生み出した、天使の美と言えるだろう。
互いに、人界には存在し得ない、異界の美の持ち主であるが、その美には明白な違いがあるのだ。
幻十の美は女のみならず男すらも蟲惑する危険な色香を纏っているのに対し、ロングコートの男の方は、春風駘蕩。春の日差しのような柔らかい美を感じ取る事が出来た。

「おひさ」

 微笑みを浮かべ、手を振る男。人界外の美の持ち主とは思えない、その気さくな態度に、幻十は怒りや不快さに顔を歪ませるでもなく。困ったような笑みを零した。

「月並みな挨拶だが……久しぶりだな。せつら」

「いやぁ、何年振りだ? 僕がお前を殺してから結構経った気がするが」

 さも当たり前の風に、男は、とんでもない事を口にした。
幻十を、殺した? この、魔界都市を象徴する魔人の一人を、この男が? 
ぽーっ、とした態度を隠しもせず、草原に寝転がれば空を流れる雲の動きを何時間でも眺めていそうな、この暢気そうな美男子が、幻十を殺したと言うのか?

「俺にも正確な時間は解らん。流れた時間の長短も、もしかしたら意味がないのかもな。ただ、久しいと言う感覚だけが、俺の中にあるだけだ」

 そして、幻十は目の前の男の言った事を、一切否定しない。暗に事実と認めている。
その通り。知己とでも接するが如き、砕けた様子で話をしているこの男こそが、幻十が終生のライバルと認める男。
自分に妖糸の技を教えた男であり、やがては斬り合い殺しあう関係に至る者。そして、その関係に終止符を打ち、幻十の首を断った、魔界都市その物の魔人。

 ――秋せつら。
あらゆる失せ物を探し当てる、西新宿のシャーロック・ホームズ。<新宿>に舞い降りた、死を齎す天使。敵対する者全てを切り裂く、破壊神。その麗しの姿を今、幻十は目の当たりにしている。

「地獄はどうだった? 楽しい?」

 旅行先から帰ってきた友人に、その場所の感想を求める風な態度で、せつらが言った。
幻十の命を奪った男は、この魔人が天国には断じて向かえず、向かう先は地獄以外に存在しないと思い込んでいる事の証左でもある。
失礼を通り越して無礼極まる発言であったが、幻十は、やはり笑みを浮べるだけだった。

「面白みの欠片もない」

 肩を竦めて、幻十が返す。

「VIP待遇か何かは知らないが、向こうも俺の扱いには困るみたいでね。針山だろうが血の池だろうが受けて立とうとは思っていたが……結局やられた事は、退屈責めさ」

「ははぁ、それは困るな。僕も何れは厄介になる所だと思ったが、この様子じゃ<新宿>の方がマシみてーだな」

「正しすぎるな。魔界都市の住民に責め苦を与えるには、設備投資が足りなさ過ぎる」

 そこで両者とも、意味深な微笑みを浮べた後、やはり、示し合わせたようなタイミングで、ほう、と一息吐く。

「聖杯戦争は上手くやってるか?」

 切り出したのは、幻十だった。

「散々だね」

 間をそれ程置かず、せつらが言った。
その言葉を終えたのと、この部屋まで来るのに用いたルートを、辿るように戻り始めたのは同じタイミングの事だった。
せつらの背中を、幻十が追う。せつらの艶やかな歩みと同じような、ゆっくりとした速度で。

633第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:44:59 ID:9BYkc5.o0
「見知った藪は相変わらず捻くれてるし、お前はいるし、敵には一人逃げられるし、良くない事だらけだ」

「幼馴染には相変わらず手厳しいなお前は。……それよりも、逃げられた? お前が、か」

「まぁな。勝ち星なしの、惨めな負け犬さ」

 絵画がまだ残っている回廊を歩きながら、僅かな驚きに彩られた表情で幻十が言った。
せつらが、敵を逃した。その事実は幻十に驚きを与えるのに十分過ぎる程の威力を持っていた。
冗談でも何でもなく、幻十はせつらであるのならば、本戦が始まってから現在まで数体のサーヴァントを葬っているのだと、本気で思っていたのだ。
サーヴァントとの戦いに直面したら、せつらはきっと、『あの人格』になって戦っているだろう事は想像に難くない。
“私”のせつらを相手に、五体無事でいられる可能性があるサーヴァントなど、この<新宿>に於いては、自分か、魔界医師。そして、あのルーラーのサーヴァントだけ。
幻十はそんな確信を持っていたのだが……まさか現実には、一体も倒せていなかったとは。

 ――聖杯戦争……か――

 魔界都市を嘯く<新宿>に集う、サーヴァント達。
成程、如何な次元時空から寄せ集めたのかは知らないが、粒は揃っているらしい。幻十は事ここに至って考えを改めた。
聖杯戦争の舞台となっているこの<新宿>に於いて、最強の座に在ると幻十が信じているサーヴァントですら、苦戦する相手がいる。
その事実を認識出来た事は、非常に大きな収穫であった。

「んで、お前の方は如何なんだ? 幻十」

「実は俺の方も芳しいとは言えなくてな。逃がした魚の数ならば、お前の四倍以上だ」

「おいおい、僕の教えた糸の技は何だったんだ? これじゃ、あやとりからやり直しだぜ幻十」

「耳が痛いな」 

 これについては、返す言葉も幻十にはない。
浪蘭棺による教育がまだまだ不十分であるとは言え、敵を幻十は余りにもリリースし過ぎていた。
これはせつらのみならず、マスターであるマーガレットからも指摘されている点だ。……勿論、このまま終わるつもりは、幻十には毛頭ないのだが。

「聖杯戦争に対する意識の低さが、そのまま表れているのかもな。俺も聖杯に対して意欲を見せれば、少しは変われるかな」

「欲しいの? 聖杯」

 幻十が、少しだけ黙った。

「お前の命に比べれば、大した価値はない。せつら」

「僕の命を奪った後なら?」

 笑みを零した。邪悪な、笑みだった。

「事物にするのも考えてやっても良い、って所さ」

「はぁ」

 気の抜ける、せつらの返事だった。

「『封印』の時と言い、今回の聖杯と言い。お前も胡散臭い品を欲しがるな。よくそれで、怪しい投資信託のセミナーには引っ掛かんなかったよ」

「興味がない訳じゃない。何でも願いが叶う、と言う部分が本当ならな。お前は如何なんだ、せつら」

「僕は興味はない」

 やはりな、と幻十は思う。
聖杯の所在よりも、せんべいを焼く為の質の良いうるち米を安く仕入れられるルートの方が、興味のある男だ。聖杯なんて目もくれない事は、解っていた。

「但し――マスターの方が興味があるな」

 ……せつらの、マスター。
考えて見れば、当たり前の話だった。『サーヴァントである以上、それを御す為のマスター』がいる。
今の今までずっと、せつらのみを警戒してきた幻十であったが、そのせつらを操るマスターについては、全く興味を抱いていなかった。
これは失念と言う言葉では足りない、失態とも言うべきミスである。幻十を御すマスターは、あらゆる意味で規格外の怪物である。
その幻十以上の強さを持つせつらを御すマスターが、桁外れの存在である事は、容易に想像出来る。俄然、興味が湧いてきた。

634第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:45:19 ID:9BYkc5.o0
「お前のマスターは何者だ、せつら」

「おーっと守秘義務。クライアントのプライバシーは第三者に明かさないものだよ、幻十」

 予測出来た返事。

「――人間か? そのマスターは」

「人間さ」

 この短いやり取りで幻十は、せつらのマスターが人間を逸脱した何かを持つ存在である事は理解した。
人間か? 幻十がそう問うたのならば、常のせつらであれば『当たり前だろ』とか、『解りきった事を言うなよ』、とか。
何かしらの小言を付け加える。それが、今回はなかった。その微妙な機微が、くさい。間違いなく、せつらのマスターには、守秘義務を貫くだけの秘密があるのだ。

「ま、これはちょっとした愚痴だが、聖杯に縋ると言うのも、溺れる者は何やら掴む、って感じで僕は好きじゃない。弱みに付け込むみたいじゃないか」

「それでも、求める価値はある」

「しょうもない品だったら如何するよ? 犬の鳴き声がワンからツーになったりするだけかも知れんぜ?」

「それでも、俺は構わない」

 声音は、いつもの調子だった。
しかし、今回の言葉には、『美しい』と言う響きだけがあったのではない。聞く者が聞けば、解るだろう。
今の幻十の言葉に、僅かながらの殺意が含まれていたと言う事実に。

 気付いた時には、せつらと幻十。二人の美魔人は、絵画館内部の、中央大広間に出ていた。
この大広間もまた、この聖徳記念絵画館の目玉となる名所の一つである。
大理石とモザイクタイルを敷き詰めて幾何学的な文様を表した綺麗な床や、壁面に取り付けられた色変わりした見事な大理石。
そして、同じく壁面と、遥か頭上の天井部分にも、西欧風のモティーフを施した石膏彫刻が、この部屋の広さと美観とに、絶妙な和を保って施されていた。

 大広間の中央付近にまで歩いて行く魔人二人。採光ガラスから溢れる、夏の<新宿>の日差しが、せつらと幻十の白貌を麗爛に染め上げる。
陽の光ですら、二名の従者であるかのようだ。この聖徳記念絵画館の大広間の見事な内装は勿論、星々の君主たる太陽ですら。
この世ならざる美の持ち主であるところの、せつらと幻十の存在感を美しいと言う形で浮き彫りにするだけの、付随物でしかなかった。

「俺が求めた魔界都市のデッドコピーの如きこの<新宿>で、聖杯戦争が開かれている以上……せつら。お前が招かれているだろう事は考えないでも解った」

「お前が思っているよりもずっと、この街は魔界だよ幻十。根っこのところから、まともな都市じゃあない」

「そんな事は解っている。コピーである、と言う点が気に食わん」

「それ言われちゃどうしようもないな」

 振り返るせつら。いつものように、のほほんとした表情であった。

「<亀裂>の刻まれた<新宿>がある以上、せつらよ。お前の姿がこの街にないのは、嘘だ」

「熱いアプローチだな。僕にお熱な厄介者なんて一人でも嫌だってのに、二人になんて増えられたら困るってもんじゃない」

 はぁ、と本気の溜息を吐いてから、せつらは幻十を見据えた。惚けた表情とは裏腹に――瞳だけが、異様に冷たい輝きを秘めていた。

「地獄の底で、お前の得た結論を聞かせて貰おうか」

「お前の首が欲しい」

 再び、溜息。せつらだった。

「暇が過ぎると人間はロクな事を考えないらしいな。面白い返事を期待した僕が馬鹿だった」

「お前の首以上に価値のあるものがこの街にあるのか? せつら。お前の首……星一つを天秤にかけてもなお、足りないぞ」

 インバネスの両ポケットに入れていた繊手を抜きながら、幻十は言葉を続ける。

「先程の、聖杯に価値を見出していないと言う俺の言葉は真実だと誓おう。お前の首だけが、今は欲しいのだ」

「へえ」

 せつらは今も、ポケットに手を入れたままだった。

635第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:45:33 ID:9BYkc5.o0
「……お前が。他の有象無象共に敗れると言う結果だけは、俺には許容出来ん。せつら、お前は俺の獲物だ」

「その言葉は、僕との腐れ縁としてかい? それとも、糸の師匠としてか?」

「双方共に正しい。そして其処に……嘗てあの街で育った者として、と言う言葉も絡む」

 押し黙る二人。陽が翳り、大広間から陽光が消えた。
施設内に設置された照明器具の、人工的な光だけが二人を照らす。その光ですらも、何処か薄暗く、褪せて見える。
せつらと、幻十。美の閾値の究極点たる二名がその場にいるのだ。光ですらも、恥じて闇の彼方へと消え失せようと言う物だった。

「“私”になれ、せつら」

 有無を言わさぬ強い語調で、幻十が言った。
鉄のように重い言葉である。幻十の、万斛たる強い思念が一句一句に篭っていた。

「『僕』何て甘っちょろい人格で俺に勝てると思うな。せつら。俺に糸を教えた、あの恐るべき魔人の人格を出せ」

「――もうなっている」

 その言葉を聞いた瞬間、凄い速度で幻十は腕を交差して構えた。
対するせつらの方は、両の腕を水平に伸ばす、と言う独特の構えを取っていた。

 せつらの姿は、何も変わっていない。
相手の容姿を褒め称える為に、この世に用意された遍く言葉。
それらの言葉全ての容量を集めても尚、せつらと幻十の美の奔騰の前では、コップに大海の水を注ぎ込むようなもの。
せつらの服装も、その美貌も。先刻と全く変わっていない――筈なのに。幻十は勿論、誰もが一つの事実を認識出来る事だろう。

 せつらが、変わった。
人格のみならず、魂までもがそっくりそのまま別のものに置換されたのではないかと、思う程に、今のせつらは人が違っていた。
放つ気風が、違う。それまでの、ともすれば聖杯戦争の舞台からは浮いているとしか思えない程暢気な雰囲気が、刃の如く鋭く冷たい殺意で漲っているのだ。
表情もまた、死その物のように冷たい。人間的な感情の起伏を、まるで感じないのだ。ただ、目の前の存在を葬る。
その強い意思だけで、今のせつらの感情は構成されており、その意思が表情に如実に表れている。やろう、なろう。そう思って、至れる境地ではない。
せつらに、死神が宿った。そうと言われても、誰もが納得するところであろう。事実、今のせつらは死神だった。幻十も、強くそう思っている。
そうだ、このせつらを倒してこそ、なのだ。幻十が掛け値なしの最強と認める、魔界都市の魔人の一人。この聖杯戦争において、幻十が最も価値の重きを置く仇敵。その男の中に眠る、死の具現が今目覚めたのである。

「“私”と会ったな、幻十」

「会いたかったのだよ、せつら」

 双方共に、互いの武器の事は知り尽くしている。
勝敗を決するのは単純に、妖糸を操るその技量。たったそれだけだ。

「修行の程を見てやろう。来い」

「ああ」

 其処で、両名の腕は、黒色の風となって消滅し始めたのだった。

636第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:45:47 ID:9BYkc5.o0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 それは、達者の手によって見事な舞踊を披露する影絵のようであった。
それは、春の野の花畑を中睦まじく飛び回る黒いアゲハの戯れのようでもあった。
それは――墨を吸わせたローブを纏った、世にも恐るべき悪魔か死神の舞踏会のようでもあった。

 せつらと幻十の動きを見て、それが『戦い』にカテゴライズされるものであるなど、果たして誰が思えようか? 
影ですらが美しい男達が軽やかなステップを刻み、時に虚空目掛けて腕を素早く動かしたり、ピアノの奏者のイメージトレーニングのように指を空中に滑らせたり。
ともすれば二人は、一つの踊りの演目を協力して披露しているようにしか見えないのだ。
動きは出鱈目なそれではない。これもまた素人が見ても解る事だが、何かしらの法則によって身体を動かしているのだと、一目で理解出来てしまうのだ。この点も、二人が奇妙な舞踏に励んでいる風に見える原因になっていた。

 だが、せつらと幻十の動きを、戦闘行為のそれだと結び付ける事は、かなり困難な事であった。
両者が何を用いて、互いの身体を害そうとしているのか? その要となる得物が見えないからだ。
その通り、両名の操る武器は、正しく『見えない』事にこそ、その本懐がある。
大きさにして1/1000マイクロメートル、つまりナノの領域に在るチタン妖糸は、目で見る事は勿論肌に直に触れていても、そうと解らない程些細な物なのだ。
素人が操った所で、この糸は屑糸である。妖糸という大層な名前で呼ばれるにも値しない、過ぎた玩具にしかならない。
せつらと、幻十。異界から現世に零れ落ちたとしか思えない、絢美の象徴たるこの二名によって操られて初めて、見る事も操る事もかなわないこの糸は、『妖糸』と呼ばわれるに相応しい必殺の線条と化すのである。

 そして、二人が用いる武器の姿が見えてしまえば、人は思うだろう。彼らの戦いには、断じて首を突っ込んではならないと。
彼らとやがて戦う運命に在る戦士達は、自ら命を果てる道を躊躇いなく選ぶだろう。何を考えても、勝てる展望が浮かばないからだ。

 圧縮された鋼の塊ですら、熱した泥の如く切断する致死の魔糸が、せつらと幻十の周囲をめまぐるしく旋回する。
糸は一本だけ動いている訳ではなく、無数。それも百や千ではない。万にも届こうかと言う数の糸が、つむじ風か荒波のように、二名の美しい体を切り刻まんと迫るのだ。
上下左右からは勿論、床下からバネ仕掛けみたいに跳ね上がって襲い掛かる糸もある。しかし、その全てが、せつらと幻十の身体から逸れて行く。
彼らの身体を傷物にすると言う事は、美の神の不興を買う事も同義。それを恐れてか、糸が自らの意思で逸れているのだ。そうと説明されても、万民は納得しよう。
しかし、実際チタンの殺糸が二人の身体を逸れるのは、迫る糸以上の技量で、せつらと幻十が妖糸を動かして対応しているからに他ならない。
無数の糸を、同じく、無数の糸であやし、躱す。行う事は、不可能に等しい程の神技だ。何せ糸は、ナノメートル。見えないのだ。
見えず、しかし、触れれば忽ち死を与える数万の断線に、せつらと幻十は一部の狂いもなく対応し、それを回避するのだ。これ以上の神技が、果たしてこの地に在ろうか。

 数万の妖糸で構成された、糸の壁が、大理石の床からグワリと起き上がり、幻十を包み込もうとする。
勿論、常人には糸の一本を視認する事だって出来ないし、そもそもその糸が無数にこより合わさって壁を構成している事すら認識出来ない。
不可視に近い小ささの糸で出来ている以上、それによって編まれた壁だって、目に見えない。当然の話だった。
しかし、幼年からナノの魔糸と付き合ってきた幻十には、壁が見えていた。それは、自分に迫る命の危機を理解している事とイコールであった。
何故なら、その壁に触れようものなら、霊基が粉微塵に斬り刻まれるからだ。靴先に力を込め、キッ、と。床との摩擦音を生じさせる幻十。
それと同時に、幻十の足元に蜘蛛の巣状に展開されていた糸がうねり、竜巻みたいに彼と糸壁の間に立ち昇った。何も、糸を操る為の部位は手指だけじゃない。
幻十とせつら。彼ら程の術者ともなれば、足の指やコートの裾、果ては舌や睫の動きでも、糸を操る事が出来るのだ。靴先でこのような芸当を起こす事は、幻十にとって造作もない。

 糸の竜巻に、壁が巻き取られる。如何に壁を編んだと言っても、それを形作っているのは糸だ。
絡め取られもするし、巻き取られもする。当然、それには尋常ならざる技術が必要になるのだが。幻十は、その技術の要諦を満たしていた。
だから出来る。殺戮の妖糸を、己の妖糸で絡め、無効化するこの技が。

637第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:46:02 ID:9BYkc5.o0
 幻十の目が驚愕に見開かれたのは、次の瞬間だった。
彼自身が生み出した糸の竜巻から、一本の不自然な妖糸が幻十向かって伸びて来たのだ。糸竜巻によって勢いを殺がれた糸の一本が、だらしなく飛来して来た……訳ではない。
それは、音速の数倍と言う、殺意に余りにも満ち満ちた速度で幻十の首へと一直線に、迷いもなく伸びてきているのだ。
小指を動かす幻十。小指の爪に巻きついた一本の糸が、こちらに向かって飛来する妖糸と全く同じ速度で、伸び始めた。
チンッ、と。微かな金属音が響いたと同時に、確かに、橙色の小さい火花が空中に弾けた。誰が、信じられよう。それは、幻十の糸と、竜巻から伸びて来た殺意の妖糸が、糸の先端どうしで衝突した際に起こった現象だったのだ。

「――ほう」

 せつらが、嘆息したような声を漏らす。この防がれ方は、想像してなかったらしい。

「今の一撃で、お前を仕留めるつもりだったが、そうはならなかった。腕を上げたな、幻十」

「お褒めに与り光栄だ。地獄で退屈していた甲斐があった。お前も学んで来ると良い、せつら」

 右小指を微かに動かす幻十。幻十の技を知らぬ者が見れば、疲労で指が痙攣しているようにしか見えなかったろう。
しかし、その引き攣りとしか誤解されかねないようなかすかな動きにすら、技術の精髄が詰まっている。
その精髄を証明するものが、せつらの足元でだらしなく弛緩し、散乱していたチタン妖糸の糸くずである。
見るが良い、最早殺意も、幻十の持つ超常の技量を必殺の威力と言う形で対象に伝えるべくもないその糸くずが、意思を持ったバネ人形の如くに跳ね上がり、
せつらの下へと殺到して行くのだ!! 幻十の小指の動きに呼応するように、その指の爪先に巻きつけられた一本のチタン妖糸。それが地面に超高速で叩き付けられた事によって、メンコの要領で糸屑共は巻き上がったのだ。鋼を斬り断つ威力をそのままに、せつらの身体にそれらは迫る。

「その程度の腕では地獄に逝ってやれん」

 言ってせつらは、纏う黒いコートをはためかせ、迫る糸片を全て跳ね除けてしまう。
この世に、幻十の操る魔糸を防ぐ衣類はない。況や、せつらの羽織る、メフィストの手によりて作られた特注の黒コートをおいておや。
糸の技に通ずる者が見れば、悟るだろう。せつらのコートの上に葉脈めいて走る、幾本ものチタン妖糸が。これが、防御の役割を果たしているのだ。この状態のせつらのコートは、近接戦闘に通暁したサーヴァントの攻撃ですら無効化する程の堅牢さを得ている。

「ふむ……」

 佇むせつらを見て、幻十が思案する。
顎に手を当て、遠くを見るような目で何かを眺めるその姿は、どんな風景に在っても幻十自身の美を浮き彫りにし、浪蘭幻十と言うキャラクターを浮かせてしまう異質さに溢れていた。

「せつら、此処はどうも空気が悪い。換気をして良いか?」

「止めはしない」

「それじゃ――遠慮なく」

 刹那、大広間全体に、溝が生じた。
ただの溝ではない。ナノマイクロの細さの溝だ。それが、四方全ての大理石の壁や、天井部全域に至るまで。瞬きよりも遥かに早い速度で、縦横無尽に刻まれ始めたのだ。
そして、その溝から壁や天井がズレて行き――壁は礫に、天井は瓦礫となって、幻十とせつら目掛けて雨の如く、崩れて降り注ぐ。
いや、崩れているのはこの大広間だけじゃない。この建物だ。此処、聖徳記念絵画館と言う建造物全てを、幻十の魔線が細切れに切り刻んだのである。

 両名とも、腕を動かすタイミングが、示し合わせたように同じだった。
腕の動きが、滑らかで美しい曲線を描く。そして、その行為に追随するように、幾千本ものチタン妖糸が艶かしく動く。
主の敵を、斬り殺す。糸の持つ動きの意味とは、正しくそれであった。

638第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:46:30 ID:9BYkc5.o0
 空中に火花が散る。触れれば海すら割る威力の妖糸どうしが、ぶつかり合った時に生じたものだ。
何もない空間で明滅する、橙や青、白い色の火花は、それ自体が幻想的な風情を持ち、見る者に妖精の世界の産物を想起させる力があった。
しかし一方で、破滅的なイメージを想起させる現象が起こっているのも、事実である。何故ならば今、幻十の妖糸によって現在進行形でこの絵画館は崩落しているのだから。
重さにして数百kgにもなろうかと言う、建材の瓦礫や鉄筋が、凄い速度でせつらと幻十目掛けて落下して来ているのだ。
尤も、この程度の瓦礫で命を奪われる魔人ではない。直ぐに彼らは、回避行動に移った。

 せつらは右、幻十は左に、ステップを刻む。
それは、脳天目掛けて落下している瓦礫を躱す意味もあったが、同時に、攻撃の意味もあった。
ステップを刻む為に、靴で地面を蹴ると、その動きを契機に、糸が音速を超過する速度で互いに迫って行く。
迫らせた妖糸の数は、両名共に同じ、二〇〇本。直撃すれば体中の急所を貫かれ、即死へと至る。
しかし、現実にはそうはならなかった。チンッ、と言う音が鳴り響くと同時に、せつらと幻十。両者から見て数m前方の空間で、火花が散ったのである。
互いに放った妖糸が、敵対者を貫くと言う所残り数mで、せつらと幻十が攻撃に用いた糸とは別に展開させていた妖糸。それらが、自分を害する攻撃を跳ね除けた時に生じた火花であった。

 雨か霰か、と言う勢いで降り注ぐ雨を、まるで幽霊の舞踊の様に、スルリスルリと避けて行くせつら、幻十。
避けながらも、彼らは相手を攻撃する事を忘れない。瓦礫を避けながら、指や腕、足を動かす事で妖糸を操り、必殺の魔糸を殺到させる。
体の動きを契機に、妖糸を動かす。それだけならば、不思議はない。だが、真に驚くべきなのは、『地上に落ちた瓦礫の衝撃をも利用している事』。
重量にして、数百kgは下るまい瓦礫を、幻十は後ろにステップを刻んで回避する。当然、地上に瓦礫がぶつかり、砕け散る。その時の衝撃が、トリガーとなった。
地上に張り巡らせていた糸が、瓦礫の激突と同時に、激流の如き勢いでせつら目掛けて四方八方のあらゆる方向から向かい始めたのである!!
しかし、せつらは、幻十がそうやって糸を動かすであろう事を読んでいた。せつらは、今まさに自分の右肩へと落ちるであろう瓦礫を糸で四分割させ、危難を回避する。
いや……危機を避ける為に、瓦礫を壊したのではない。その瓦礫には、糸が無数に巻き付いていた。
その糸は、瓦礫が割断されたのと同時に、手榴弾の様にありとあらゆる方向へと伸びて行ったのだ。そして、その糸の向かう先には、幻十が放った殺戮の糸があった。
神技の何たるかを、軌道と切れ味を以って証明している互いの妖糸が、衝突する。チンッ、と言う音と同時に、青白い火花が方々で幾度も舞った。

 あちらこちらで生じていた、青白い、点状の明滅が終わった頃には、既に記念絵画館は消滅していた。
そしてこれと同時に、激しく繰り広げられていた妖糸どうしの攻防もまた、終わりを告げる。チタン妖糸の衝突によって弾ける火花が、なりを潜めたのだ。
換気と称して行った、幻十が妖糸操り。それによって、一個の巨大な建造物は微塵と刻まれ尽くされ、瓦礫の堆積となった。
広がる夏の青空の下、蒸篭の中の様に蒸し暑い空気の最中で、せつらはうんざりとした様子で口を開いた。

「やる事が雑すぎる」

 地面に散らばる瓦礫を一瞥してから、せつらが言う。瓦礫は、外部から強い衝撃を与えた事で生まれたと言うものではなかった。

 例えて言うなら、柔らかい果物を、よく研いだナイフで切ったように、鮮やかな切り口。
例えて言うなら、ざらざらとした木目や金属を、目の粗いヤスリから細かいヤスリで削り、滑らかな切断面。
一切の例外なく、せつらと幻十の足元に散らばる、嘗て記念絵画館であった物の成れの果ては、そんな風であったのだ。
幻十が斬ったものは、コンニャクでは断じてないのだ。岩石にも似た堅牢さの、建材なのだ。それを、斯様にして切断せしめる。
これを見て、雑な仕事だと判断出来るのは世にせつらだけであろう。只人が見ても、実に見事な、神技であるとしか認識出来まい。

639第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:46:44 ID:9BYkc5.o0
「お前の糸には繊細さが見られない。サーヴァントにでもなって腕が鈍ったかは知らないが、そんな技を教えた覚えは私にはない」

「行儀に気を配りながらでも勝てる相手なら、俺だってそうするさ」

 互いの動向に気を配り、牽制しながら、せつらと幻十は睨みあう。
現状の実力は、せつらの方に分配がある。幻十自身が、そう認めていた。
サーヴァントになった事による、せつらの実力の劣化は、幻十の目で見てもそうである、と認識が出来る程だ。
“私”の人格が操る妖糸であっても、その桎梏から逃れられていなかった。しかし、実力の劣化が生じているのは、幻十にしても同じ事。
元々の実力に差がある二人が、同じだけの数値分実力を差っ引かれれば、どちらが最終的に高い実力を持つ事になるかなど、言うまでもなく明らかだろう。
差っ引く前の実力が上だった方に、決まっている。サーヴァントになった事による実力の低下の度合いが、せつらも幻十も同じ位であると言うのなら、せつらの方が強い。当たり前の話だった。

 ――自分は此処で、死ぬか。
それだけの覚悟を、幻十は胸中に抱いていた。殺されたとて、無念を抱く相手ではない。
殺されたとしても、それを事実として受け入れられるだけの男、それが浪蘭幻十にとっての秋せつらだ。
生前のあの、ジョーカー染みた殺され方をされた瞬間ですら、幻十は『是非もなし』として死を受け入れていた程だ。
サーヴァントとしての今生でも、それは変わりない。変わりはしないが、むざむざ殺される事もしない。

 来るか。そう幻十が心中で構えた瞬間。
せつらの意識が、幻十の方から、他方に向いた。神宮球場。幻十が正真正銘の『魔界都市』として認識する<新宿>においては、特筆すべき所はなかった場所だ。

「……成程。お前を呼んだマスターは……そう言う事か」

 その言葉を認識した瞬間、幻十は目を見開いた。
幻十はせつらとの戦いに完全に集中する為、マスターであるマーガレットの動向を探り、監視する為の妖糸を伸ばしていなかった。
彼女の監視は、妖糸のたった一本で事足りる。その一本を、他者に割くのも惜しいと感じる程、せつらを認めている事の証だった。
しかし、せつらは違った。幻十との戦いに集中していながらも、他方に糸を伸ばすだけの余裕はしっかりと用意しており――そのゆとりを持っていながらなお、幻十と互角以上に渡り合えていたのだ。

 幻十を無視し、せつらは、球場の方に地を蹴って駆け出した。
追い縋ろうと幻十も走り出すが、せつらが小指を動かしたその瞬間、幻十が生み出した絵画館の瓦礫を、また更に細かく割断しながら。
瓦礫の下に埋もれていた――埋もれさせていた――せつらの妖糸が跳ね上がり、幻十を包み込もうと迫る。無論、包み込まれてしまえば、幻十はその時点で挽肉だ。
邪魔だ、と言わんばかりに幻十は妖糸を操り、迫るせつらの糸の全てを逆に切断し返し、無力化させる。
ノーダメージであるがしかし、それを終えた頃には、宿敵の姿は何十mも先にまで遠ざかっていた。
幻十はせつらの事を倒すべき宿敵であると認識しているが、せつら自体には、幻十のプライオリティは低いらしい。此処まであっさり、自分をターゲットから外すとは幻十自身も思ってなかった。

 その事自体に怒りは覚えないが――マーガレットを狙われるのは拙い。
如何にサーヴァントに迫る強さを持っていたとしても、せつらに狙われては……。
このような決着は幻十としても望むべく物じゃない。幻十もまた、せつらの背を追った。
世にも美しい魔人の二人が消え去り、絵画館の在った跡地から、急激に光が褪せて、陰って行く。太陽の光を、厚い積乱雲が遮る様に、それは似ていた。
或いは世界は、安堵していたのかもしれない。二人の魔人を留め置くには、余りにも気を揉むからと。彼らの美しい姿が在ったと言う事実を名残惜しみつつも。本当は、安心していたのかもしれなかった。

640第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:47:21 ID:9BYkc5.o0
投下を終了します
次回で今回の話を終わらせたいのと同時に、今年度は更新速度を上げたいですね

641名無しさん:2019/04/11(木) 01:09:07 ID:6WYm8czg0
投下乙です
別格の強さを誇る幻十相手に粘れただけでもうどんげは凄い
そして遂に再会した妖糸使いの二人。もしもせつらと幻十がまた戦ったら?という魔王伝のその後を見れるのはとても嬉しい

あっそうだ(唐突)。DMC5はシリーズの集大成に相応しい面白さなので是非プレイして、どうぞ(ダイマ)

642 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:33:51 ID:eP/lXdxU0
なんとオメオメ生きてました。
DMC5面白かったですけどバージルくんクソ女々しくなってましたね……。

投下します

643第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:34:08 ID:eP/lXdxU0
 攻撃を、避ける。
一対一、一対他を問わず。相手から与えられる害意であるところの、攻撃と言う危難を回避する為の行動は、基本中の基本である。
それはそうだ。命を賭した殺し合いに於いて、相手からの攻撃とは即ち、肉体の損壊は勿論、生命活動の終わり……死に直結するのだ。
好んで、受けるものではあり得ない。基本は、防ぎ、避けるものである。そしてこれは、戦士や武士であろうがなかろうが、想到出来るであろう、戦闘に於ける基本中の基本であろう。

 ――その基本に忠実になるだけで、強さの格が何ランクも跳ね上がる、デタラメなサーヴァント。
彼らは、そんな規格外極まる存在と、改めて剣を交えていた。

「うむぅ、攻撃が身体に当たってないと殺人鬼として落ち着かないですね……」

 上空から、壁に例えられる密度で降り注いで来る針の雨を、左腕で握った、引っこ抜いた十m長の電信柱を小枝の様に振るい、悉く砕いて行く黒贄。
……戯画的にも程がある光景であろうが、全て、事実のままの姿だった。高度数百m上空から、一秒の絶え間なく降り注ぐものは、パムが黒羽を変化させて作り上げた、
鯨髭の様に細い黒色の針であった。高度にして七〇〇m地点から落下している事による位置エネルギーも脅威だが、落下速度は音の十五倍。
数mの鉄壁ですら、超高速度で落下するこの針の前では豆腐も同然。人の身体で受ければその結果は語るに及ばず。
この恐るべき魔雨を、殺人鬼・黒贄礼太郎は、真実、電信柱を振るう事で防いでいた。
黒贄自身優れた体躯の持ち主だが、電柱とどちらの方が背丈が大きいかと聞かれれば、悩む時間は一秒と掛かるまい。
自身の何倍も大きい上に、数トンにも達そうかと言う重さをしたその得物をブン回し、針の雨を砕いて回っている。

 そして、その防御の為の行動がそっくりそのまま、攻撃にもなっていた。
音の速度で降り注ぐ針の雨。それに対応するには必然、防御に必要な反射神経も、それを行う行動の速度も。音速の世界に足を踏み入れてなければならない。
勿論、黒針のスコールを防ぎ切っている以上、黒贄の反射神経も、その神経から伝わる命令を受け取って実際に身体を動かす速度も、音速を超過する速度である。
その通り、黒贄は現在、重さ数トンを容易く越える電信柱を、音の速度で滅茶苦茶に振り回しているのだ。
質量あるものが、超音速で移動する。必然的に衝撃波が発生する。サーヴァントですら、おいそれと近付けぬ程の威力を内包した衝撃波が。
地面が抉れる、どころの話ではない。遠坂凛が令呪を用いて命令を下してから、まだ十秒しか経過していない。
その余りにも短い時間で、神宮球場の九割九分が壊滅。瓦礫と建材の堆積しか残っていないのだ。
ソニックブームの威力と、勢い余った電柱の命中。それによる副産物が、あの球場の残骸、成れの果てなのだ。

 衝撃波と、これを生む電信柱が、アレックスの接近を阻んでいる。アレックスは幾度も黒贄への接近を試みていたが、攻めあぐねているのは目で見ても明らかだ。
接近すれば衝撃波によって甚大なダメージを負う。衝撃波を生む電信柱に直撃すれば、末路は最早言うまでもない事だった。

 近付けない。アレックスの抱いた感想だ。
パムが行っている針の雨による攻撃は、黒贄のみを狙った攻撃ではない。アレックスと、ジョニィ。彼らもその攻撃の範囲内だ。
黒針の攻撃はご丁寧にも、パムの同盟相手であるレイン・ポゥと英純恋子は言うまでもなく、ジョニィのマスターであるジョナサンも正確に外している。
マスターを狙わないのは、強者の余裕か、それとも矜持か――或いは、制限を自らに課す事で戦いの楽しさを上げさせているのか。全てだろう、アレックスはそう考えた。
針自体は、容易く対処出来る。防御力を上昇させる魔術、悪魔の間ではラクカジャと呼ばれる魔術を重ね掛けし、身体に力を入れる事で、
アレックスは防御の構えを取らずともノーダメージで攻撃を防ぎきっていた。ジョニィの方はと言えば、ACT3による潜行を用い、針の驟雨から逃れている。
普段であれば、ACT3の爪弾によって発生する渦から腕を伸ばし、爪を放つところであるが、それすら出来ない程、針は絶え間なく降り注いでいる。逃げの一手しか、取れなかった。

「そりゃ」

 一際強い勢いで電信柱を振るう黒贄。生じたソニックブームが、針の雨を悉く砕いて行く――と、同時の事だった。
電柱が、粉微塵に、砕け散ったのである。成り行きとしては、自然なものだった。超音速を遥かに超える速度で飛来する物体を、受け続けていたのだ。
当然の話、防いだものにもダメージは蓄積する。要は、電柱は、柱としての形状を保てる限界の閾値を越えてしまったのだ。

644第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:34:29 ID:eP/lXdxU0
「ありゃりゃ」

 気の抜けた声だった。現状を認識しているのか、していないのか、解らない声音。
振るっていた得物がなくなったのと同時に、パムとアレックスが、全く同じタイミングで地を蹴り、黒贄目掛けて特攻する。
アレックスは空手で向かって行き、パムの方は、今まで黒贄の頭上に展開させていた黒針を降り注がせる暗雲を解除・変形、元の羽に千分の一秒で戻してから特攻した。
このバーサーカーの危険性の高さは、両名共に共有するところであるらしい。排除のプライオリティを、今此処にいるサーヴァントの誰よりも高く設定していた。

 黒贄の方へと真っ先に接近したのは、アレックスだった。
悪魔の膂力に、攻撃能力を上昇させる魔術であるタルカジャを乗せ、ミドルキックを黒贄目掛けて放つ。
ガシッ、と脛の辺りに圧迫感を感じるアレックス。防がれた――そうと認識したのと、切断されてない左手でアレックスの脛を掴んでいた光景を見たのは同時の事。

 グンッ、と。アレックスの視界が回転し、浮遊感をではなく、圧迫感、とも言うべき感覚が身体に叩き込まれた。
振り回されている。掴まれている右の脛を支点として、アレックスは、黒贄の手によって生きた武器と化させられていた。
先程の電柱の役割を、アレックスと言うサーヴァントで黒贄は果たしているのだ。滅茶苦茶な速度でアレックスを振り回し、接近するパムを彼でブン殴ろうとする。

「チッ!!」

 ブレーキを掛けて急停止を掛けるパム。寸でのところで、アレックスと激突する事だけは防いだ。
体感した事のない速度と、それによって肉体に掛かるGが、アレックスの身体を苛ませる。
ロケット花火の先端に括りつけられた、哀れな虫の気分を、彼はその身で味わっていた。
いい加減にしろ、と言わんばかりにアレックスは魔力を集中させ、金属すら消滅させる程の威力を内包した放電を行おうとする、が。
凄い勢いで、自分の身体が重力に逆らって上へ、上へと向かって行く感覚を今度は味わう事になった。黒贄に、放擲されたのだ。
黒贄は不穏な気配を察知したのか、アレックスを放り投げ、これから自分の身体に叩き込まれる筈だった放電を回避したのである。

 ――んの野郎……!!――

 と、アレックスが目を血走らせ、攻撃を放とうとする、が。
信じられない速度で地上にいる黒贄と自分の距離が、遠ざかっているのだ。
一秒立つ頃には、黒贄達の姿はもう見えなくなり、逆に崩壊した神宮球場と、サーヴァントの交戦によって跡形もなく消滅したと言う新国立競技場が、
よく見える――と言うより、鳥瞰出来るように、が正しい言い方か――ようになり……。
もう一秒経過する頃には、境界線をなぞるように<亀裂>が走っていると言う<新宿>の全貌が、一望出来る程の高さにまで放り出されていた。
怒りの感情が、驚愕に変わった瞬間だ。「あの野郎、どんな力で――!!」そう悪態を吐きながら、対策を急いで講ずるアレックス。
このまま行けば、大気圏外にまで放り出されかねない程の勢いとスピードであったからだ。

 一方、遥か数千m下の地上においては、パムと黒贄が激戦を繰り広げていた。
羽の一本を、底面の直径が二〇m程もある巨大ドリルに変形させ、それを黒贄目掛けて突き出すパム。
これを彼は、一分間で十万にも達するレベルの速度で回転するドリル目掛けて左手を伸ばし、回転するそれに力尽くで触れ――
指と手、手首の力だけで、回転を無理やり止める事で難なきを得た。回転が、完全に止まっている。
円錐状の形が、誰の目にも明らか――な話ではない。ドリルをドリル足らしめる、掘削の為の『ねじれ』の形すらつぶさに観察が出来るレベルであった。
猛速で回転するドリルに片腕で触れている上に、その回転に晒されていながら、黒贄の腕の筋繊維や、手首や肘・肩関節には、まるでダメージがない。
筋肉は断裂一つ起こしておらず、関節や骨格にはまるで破壊されている様子がない。リアリズムを徹底して無視した、埒外の腕力だった。

 グッとドリルを握る黒贄。
ムシャリ、と言う音を立てて、円錐状のドリルの先端部が、まるで食パンみたいにちぎり取られる。
むう、と唸るのはパムだ。当然の話、相手を確実に殺す為に、黒羽を変形させてパムが用意したものだ。生半な強度で設定している筈がない。
現に、この地球の中心角を包み込む、分厚い岩石で以って構成された多数の層(レイヤー)、その全てを紙みたいに貫けるだけの掘削力があった筈なのだ。
それが、これである。驚愕とか戦慄とか、そう言った感情を飛び越えて、苦笑いしか浮かばないパムだった。

645第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:34:44 ID:eP/lXdxU0
 パムの視界から、黒贄の姿が消えた。否、消えたのではない。
先端をちぎり取られるも、未だ円錐状のドリルとしての形を保っているそれの真下を、掻い潜れる程の低姿勢を維持し、突進してきているのだ。
自ら黒羽を変形させて作り上げた産物によって視界を遮られてしまっている事もそうだが、純粋に、黒贄の移動速度が速すぎる。
ただ左脚で地を蹴るだけで、易々音の速度を突破してくるのだ。二つの要因が重なった結果パムは、黒贄の姿を捉える事が遅れてしまった。

 黒贄がタックルを仕掛けてきた、と気付いた時には、彼はもう間合いに入っていた。タックルは通常、突進時の姿勢が低ければ低い程上等なものになる。
相手の足に腕や身体を絡めさせ、バランスを崩し、寝技(グラウンド)に持って行く事が目的であるからだ。
だが黒贄の場合は、寝技に持ち込まれる前に、音の速度で足に突進を仕掛けられるだけでも、もう既に脅威である。
それどころか、足を取られた瞬間、今度は足の方が先程のドリル同様ちぎり取られてもおかしくないだろう。無論、彼を相手にマウントを取られる事など論外。
パムですら、黒贄に馬乗りの状態にされたら生きているかどうか、と弱気になる位には、彼我の近接戦闘の脅威の度合いで水を空けられていた。
そう考えれば、普通は避けるなり、逃げるなりの手段を選ぶ筈だ。彼女は、選ばなかった。しかしそれは、無謀な勇気、つまり、蛮勇から来た選択ではなかった。

 漂わせていた黒羽を一枚、パムの胸部までを覆える程度の大きさの壁に変形させる。
但し、ただの壁じゃない。外側、つまり、黒贄と面する側に、乳児の腕ほどもあろう大きさの鋭い棘を携えた、いかにも、な壁である。
それを黒贄が認識した瞬間、逆に彼の方が、目にも留まらぬ速さで、飛びのいたのである。

「やはり、か」

 タッ、と。地に足つけた黒贄を見て、得心したようにパムが言う。
思った通りだ。絶対に、針を攻撃しないとパムは推察していたが、真実その通りになった。
パムも、そしてアレックスやジョニィ、レイン・ポゥも。黒贄礼太郎というサーヴァントがある日突然攻撃を、何の気なしに避ける事を選ぶようになった……。
などとは、断じて思っていない。パムよりも寧ろ、レイン・ポゥの方が、その実感を強く抱いている事だろう。

 凛が令呪を用いて下した命令。
『この場にいるサーヴァントの攻撃を避けながら戦え』、が生きているせいだ。
令呪を用いた命令は、そのサーヴァントにとって不可能事或いは、命令の内容が余りにも抽象的なものであればあるほど、効力が低下すると言う。
黒贄に下された命令は、実に単純。攻撃を避けると言うとても具体的な命令。その上に、令呪で下された命令は黒贄礼太郎にとって不可能でもなんでもない。
故に容易く、攻撃を回避する事が出来る。と言うより、アレだけの敏捷性と反射神経の持ち主で、攻撃を避け、受けに回らなかったのがパムにとっては不思議なぐらいだった。

 恐らくだが、生半な攻撃は全部、黒贄には回避されてしまうだろう。
速度を前面にだした、真っ直ぐで素直な軌道の攻撃は、簡単に避けられよう。十重二十重に工夫を凝らしたフェイントを織り交ぜた攻撃も、同じ結果を辿ろう。
当たり前の話だが、これは脅威である。此方の攻撃が当たらない、換言すれば、ダメージを与えられないのであるから、殺し合いを制する事が出来る筈がない。

646第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:35:03 ID:eP/lXdxU0
 確かに勝つのは難しくなった。しかし――『生きて此処から退散出来る可能性は、倍以上に跳ね上がった』。
今までの黒贄は、パムから見ても不気味だった。この世の生き物と、戦っている。そんな実感が湧かない程、気味の悪い生き物だった。
戦いの常識、理の一切から、黒贄が外れた戦いをするからだった。命にダイレクトに関わる部位、急所目掛けての攻撃を、避けない。
結果、戦いの趨勢に直に直結する部位を欠損する。それでも、戦う。五体満足だった時と同等、いやそれどころか、その時以上の動きで、此方を殺しに来る。
およそ、あり得ない戦い方であった。様々な戦い方をする魔法少女を目の当たりにしてきたが、この黒贄以上に、奇異な戦い方をする者を、パムは知らなかった。
だが、今は違う。黒贄は今、攻撃を避け、防ぐ方向に舵を切っている。つまり、戦闘に於ける原則に則った戦い方をするようになったのだ。
こうなると、パムの常識で測れる存在になる。今までの黒贄であったのなら、壁に携えさせた棘で掌など貫かれても、お構いなし。
腕に棘のダメージを受けたまま、壁を攻撃し続け、破壊していた事だろう。現実には、黒贄は飛びのいて、ダメージを受ける事を避けた。

 厄介さで言えば、今の黒贄の方が遥かに上だ。
だが、戦っていて安心感を覚えるのも、今の黒贄だ。遥かにやりやすいからである。
何故なら、撤退を余儀なくされた時の逃走ルートが、確保されたも同然だからだ。
今の様に、繰り出された攻撃を悉く避けて、防ぐ姿勢にある黒贄であるのならば、その避けて受けている間の時間で、パムはこの戦闘から離脱する事が出来る。
同盟相手のレイン・ポゥ達を抱えたままでも、きっと余裕であろう。自身の黒羽は、それを可能とする。
黒贄が避け続けるしか選択出来ない程、矢継ぎ早に攻撃を繰り出し続ける事が出来るのだ。
いつでもこの戦いからは離脱出来る、と言う確信は心にゆとりを生む。勿論、この戦いからは絶対に逃げられない、と言う気負いも重要だし、
どちらかと言えばパムはそちらのような背水の心構えの方を好むのだが、時と場合にもよる。離脱する為のルートを確保する事も、また戦いだ。重要な要素だ。

 黒贄の姿が、朧に霞んだ。
黒贄の姿が残像として残っていた所を、ライフル弾もかくや、と言う速度で、何らかの飛翔体が行過ぎた。
パムの優れた動体視力は、それが、人間の爪であった事を認めた。ジョニィである。
ACT3に潜行出来る時間の限界を迎えたジョニィが、渦の中の次元から、現実世界へと出現。その姿を露にしていた。

 ACT4は、撃たない。いや、撃てないと言うべきか。
こと聖杯戦争における、ACT4の最大の弱点は、自然物を認識していないと撃てない事でもなければ、馬に乗っていなければ撃てない事でもない。
より、もっと。根源的な弱点がある。それは、馬の反射神経を凌駕する相手では、ACT4を撃つよりも前に馬を叩き殺されて発動出来なくなる点だ。
生前は、そんな弱点考えもつかなかった。SBRのレースの際は、馬に乗っている時間の方が長かったし、ACT4の能力に目覚めてからの、
スタンド使いどうしの戦いの大抵は騎乗している時が多かった。そして何よりも、人間の反射神経よりも馬の反射神経の方が優れている為、
彼らの判断に任せても問題ない部分が往々にして存在したのである。聖杯戦争では、それが出来ない。
馬よりも判断が速いどころか、馬よりも速く動ける存在が当たり前の様に跋扈している。この場にいる面子の殆どが、馬より速く移動出来る。
気軽に出せる筈がない。文字通りの必殺の宝具を有していながら、出す事が叶わない。内心でジョニィは、切歯扼腕の思いを燻らせていた。

 黒贄に回避されたACT2の爪弾を放ちながら、ジョニィは地面に仰向けに、自らの意思で倒れ込んでいた。
撃つと同時に、その動作は実行されていた。確かな予感がしたからだ。攻撃を放てば、今度は、黒贄は自分の方に攻撃を仕掛けてくるであろうと言う予感が。
それは的中した。気付いた時には黒贄が、ジョニィの目の前に現れ、無造作に、左腕を振るっていたからだ。
凄い、速度だった。仰向けに倒れているジョニィの身体に、猛烈な風が叩きつけられる程の、振り抜きのスピード。残像が、目で捉えられない。
技術の体系が欠片も感じられない、乱雑な攻撃。なのに、達人の妙技の如く、何時振られ、何時腕を振りぬき終えていたのか。それが全く解らない。滅茶苦茶な速度だった。

647第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:37:05 ID:eP/lXdxU0
 黒贄の背後から、凄まじい速度でパムが飛び掛ってきた。 
一mと半分程の高さまで飛び上がった彼女は、黒羽を変化させて作り上げた脚甲を纏った状態であり、足首から膝下までを覆ったそれを以って、
右のソバットを黒贄のこめかみに叩き込もうとする。こめかみに、彼女の足が触れた、その瞬間だった。
彼女の放ったソバット以上の速度で、黒贄は、蹴り足が回転している方向に、身体全体をグルリとターンさせる。
当然、蹴り以上の速さで身体を捻ったのだ。パムのソバットはスカを食う形となった。

 ゾワッ、と。戦慄が、背骨の底から頚椎まで走りぬける感覚をパムは覚えた。
殆ど反射的に、羽の一枚を彼女の身体全体にフィットするような薄い皮膜状に変形させ、それを自らの身体に包み込ませた。
衝撃が、パムの左脛に叩き込まれた。隕石の直撃を思わせる、信じられないインパクトである。
横方向にグルグルグルグル、風車みたいに回転しながら、パムが数百m上空まで吹っ飛んだ。
三半規管がバカになりかねない程の回転を経ながら、パムは、左脚の激痛について分析していた。
折れている、脛の骨が折れ、赤い血で滑った骨が、肉と皮膚を突き破って外部に露出しているのが、よく見える。
殴られたのは解る。黒贄が、ソバットを回避するのに用いた回転、その力を利用し、パムの左脚をブン殴ったのは解る。
超至近距離で放たれる戦艦の主砲ですら、そのダメージの九割九分以上を無効化させる、あの黒い皮膜を以ってしてすら、これである。
纏ってなかったら今頃は、左脚が千切れ飛んでいたばかりか、衝撃波が身体全体を伝って行き、身体を断裂させて即死していた事だろう。

 羽の一枚を、十m近い直径と、五m以上の厚みを持った、巨大なエアバッグに変化させたパムは、吹っ飛ばされている軌道上にこれを配置。
ボフッ、と言う音を立てて、パムは背中からそのエアバッグに衝突した。柔らかい感覚だった。ハイクラスのソファに使われているスポンジよりも、ずっと柔らかだ。
これ以上、上空に吹っ飛ばされる事はなくなったパムは、エアバッグを元の黒羽に戻させる。
折れた左脚を見る。派手にやられたな、と思いながら、黒羽を用いた治療に当たろうとしたその時、稲妻のような速度で、自分の真横を、
何かが急降下して行ったのを彼女は感じた。風圧が、彼女を叩く。黒羽を気流に変化させてその風圧を受け流させてから、パムはそれが通り過ぎていった下を見る。
その頃には既に、通り過ぎたものは黒いゴマ粒みたいな点でしかなかったが、アレはきっと、先程まで自分と戦っていた、アレックスであった事だろう。

「急がねばな」

648第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:37:51 ID:eP/lXdxU0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 猫の着地の様な柔らかさで、アレックスは、ひび割れた地面の上に降り立った。
最初に足から着地し、次に膝、そして、手。この身体の部位の順番で接地させ、衝撃を六等分に分散してみせたのだ。
ある程度の高さからなら、ただの人間でも出来るだろう。だがアレックスがこれを行って見せた高さは、高度一万と二五六一mなのである。
魔力を放出し、ブレーキとする事で、黒贄に投げられた勢いを殺させ、今度はその魔力をブースターとして用い、推進力を得た彼は、そのまま地上へと急降下。
音の六倍の加速を得て、地上へと降り立った。それだけのスピードで着地しながら、接地に用いた部位には傷もなにもなく。
いやそれどころか、着地した地面には土煙一つ立っておらず、ヒビの一つも刻まれていない。およそ人間には到底到達し得ない、体重操作の次元をも遥かに超えた、信じられぬ体術の冴えだった。

 見た時には黒贄が、余裕そうにジョニィの爪弾を回避していた。
ジョニィはACT3を用い渦の中に潜行、黒贄目掛けてライフル弾めいた勢いの爪弾を放っていた。が、どれもこれも、かすりもしない。
黒贄は最低限度の動きだけで、これを回避しているのだ。身体を軽く半身にしたりなどして、だ。
攻撃こそ当たりもしていないが、ジョニィが出来る事としては、これが正しかった。ジョニィの身体では、黒贄の一撃など、掠っただけでももう死ぬレベル。
安全圏からの攻撃を保障する、ACT3に入ってからの攻撃は、余りにも理に叶ってる。それに――この怪物を迎え撃つのは、同じ怪物であるアレックスの仕事だった。

 四つん這いに近い状態からアレックスは、一瞬で、短距離走におけるクラウチングスタートの姿勢をとり始める。
その姿勢から、放たれた銃弾の如き勢いで、黒贄目掛けて突進をし始めた。振り向く黒贄、それと同時に、隻腕の左腕が、霞んでいた。
ドッ、と。肉と肉とがぶつかり合って生じた音とは思えない程、響くような重低音が轟いた。土ぼこりが、音の駆け抜けた方向に、波の様に走り抜ける。
アレックスの右ハイキックと、黒贄の左肘が、ぶつかった音だ。攻め手はアレックス、受け手は黒贄。キックは、物の見事に、ブロックされていた。

 黒贄が飛び退くのと全く同じタイミングで、アレックスの身体から、青白い稲光が、蛇みたいに伸び始めた。
その稲光の触れる所、無事では済まない。大気は灼け、コンクリートは赤くドロドロに融解している。その電熱の故である。
アレックスの生身に触れていれば、黒贄の身体はその電流に焼かれていたろうが、見ての通り、予兆を読んでいた黒贄はこれを回避。三十m程離れた所に着地していた。

 全くの無詠唱でアレックスは、黒贄の頭頂部目掛けて、稲妻を叩き落とす。
悪魔の間ではジオダイン、と呼ばれる魔法である。それは真実、自然現象であるところの落雷そのもの。威力だけではない、その、速度ですらも。
黒贄はそれを、全く頭上を見ずして、アレックスですら視認出来ないレベルのスピードで、雷の落下点から十m程左にズレた所に移動する事で交わして見せた。
雷すら避けるのか、と愕然とするアレックス。アレックスも、愚鈍じゃない。それまで攻撃を避けたり防いだりする事の意識が、余りも低かった黒贄が、
此処にきて人が変わったように回避を選ぶようになったのが、凛の令呪のせいである事は百も承知である。 
令呪で下した命令の効力は、その命令内容が具体的であるかどうか、そしてそれが、そのサーヴァントにとって可能な事柄なのかどうかに比例する。
それを思えば、黒贄に対して凛が令呪を用いて下知した、相手の攻撃を避けろ、とは、具体的で黒贄にとって行う事など造作もない事だろう。

 ――だが。だが。
幾らなんでも、稲妻の速度を、しかも、全くそれが閃いている頭上を仰ぐ事すらせず回避するなど、令呪の効力の強弱と言う観点を既に超えている。
今、黒贄が稲妻を回避したのは、令呪によるものではないだろう。令呪はあくまでも、黒贄の行動の指針を固定化させただけに過ぎない。
つまり黒贄は――そもそも、光に限りなく近いスピードの攻撃や現象を、回避出来るだけのスペックがあったのだ。
あってなお、今まで実行に移さなかったのである。つまり今まで、わざとらしく攻撃を喰らってやると言うのは、黒贄にとっての制限……縛りのようなもの。
その枷・縛りを、黒贄自身が疎ましく思っているのか、それとも、楽しんでやっていたのかは、アレックスには解るべくもない。
確かなのは、相手を撃滅すると言う観点から見れば、今の黒贄礼太郎は間違いなく厄介であると言うことだった。

649第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:38:09 ID:eP/lXdxU0
 黒贄の姿が、大気と同化でもするかの如く消えてなくなった。そして同時に、アレックスの姿も。
黒贄が先程まで佇んでいた場所の地面に、七色の薄い板のようなものが、高速で突き刺さった。レイン・ポゥの放った虹である。
アレックスに対して敵ではないと言うアピールをするのと同時に、彼に恩を売るべく、漸く動き出した。その一環がこれだ。
アレックスと一緒に黒贄を攻撃し、追い詰める、と言う物なのだが、全く以って、攻撃が当たらない。
香砂会で戦った時よりも、格段に黒贄は強くなっている。確信に変わる、黒贄は、時間をおけばおく程、強くなる。
それが、一戦一戦と言う、戦闘一回と言うスパンなのか、それとも、召喚されてから現在までの、リアルタイムと言うスパンなのか。これは解らない。
どちらにしても確かなのは、あの恐るべきバーサーカーは、時を置かせれば置かせる程、厄介になると言う事であった。

 レイン・ポゥが、黒贄達の姿を目で追い始めたのと全く同一のタイミングで。
巨大な質量を内包した、岩の塊どうしがぶつかりあうような、凄い音が響き渡って来た。音源の方に、レイン・ポゥと純恋子が目を向ける。

 影すらも追いつかぬ、と錯覚する程の速度で、アレックスが右のストレートを放っている。
素人が放つような、予備動作が丸わかりの、テレフォン・パンチではない。
しっかりとした技術の体系に則った、無駄な動作と隙の削除を念頭に置いた動き。今で言う、ボクシングのそれに似た、弾丸どころかミサイルのような速度のパンチ。
これを黒贄は、アレックスとは正反対、予備動作だらけで、かつ無造作に、左腕を動かして迎撃。音は、そのストレートと腕の一振りがぶつかった時のもの。
前までなら、自身の攻撃と黒贄の攻撃がぶつかっても、アレックスは持ち堪える事が出来た。今回は、出来なかった。
腕が振るわれた方角に、アレックスは、矢のような速度で吹っ飛んでいった。叩き込まれた力と言う面で、黒贄はアレックスの上を行っていたのだ。

 ――クソ……!!――

 アレックスがストレートを放つのに用いた右腕が、痺れている。無数の昆虫が這い回っている様な、厭な痺れであった。
吹っ飛んでいったアレックス目掛け、黒贄が突進して来た。数千分の一秒遅れて、アレックスは地面に足を付け、その状態でグッと脚に力を込める。
摩擦が、吹っ飛ばされた勢いを急激に殺して行き、そのまま、一気に急停止。これ以上吹っ飛ばされる事を防いだ。
が、その急停止した頃にはもう、黒贄が近づいていた。黒贄が攻撃を仕掛けよう、と言うタイミングで、アレックスに助け舟が入った。
レイン・ポゥの虹と、ジョニィの爪弾である。異なる方角から離れたそれぞれの攻撃を、黒贄は、いとも容易く、身体を逸らす事で交わしてみせる。
余人には隙とも見えぬ程の短時間、しかも、最小限度の動きで以って行われたこの動作はしかし、魔人・アレックスにとっては隙であった。必殺・致死の一撃を叩き込むには、十分過ぎる程の。

 魔力で固めた剣を産み出し、それを右手で握った後、黒贄の脳天目掛けて突き出すアレックス。
肉体で受けに回ろうが、剣を構成する魔力が内包する超高熱が、それによるダメージを与える。
回避に回ろうにも、その瞬間、アレックスはその剣の魔力を爆発させる。爆風によるダメージを、当然相手は負う。どちらに転んでも、アレックスとしては問題ない。

 ――予想外だったとすれば、だ

「!!」

 右手で握る、魔力剣の感覚が、消失する。空気を握っている感覚しか、アレックスにはない。 
真実、剣が消えていた。いや、砕かれていた。黒贄が振るった左腕によって、だ。
そう、アレックスでも予想外だった事があるとすれば、最早黒贄の腕力は、アレックスが巻き起こす魔力の爆発すら超越した威力を叩き出すと言う事。
その通り、黒贄は、アレックスが引き起こす筈だった、魔力剣の爆発を、その爆発以上の衝撃エネルギーを内包した、腕力による一撃で叩き潰したのだ。
無論、中途半端に衝撃を加えた程度では、剣は、爆発する。その爆発現象を、一方的に封じ込める程、最早、黒贄の腕力は達していたのだ。

「ヤバいッ」

 そう認識した瞬間、両の腕は動いていた。
罰印に腕を交差させ、下腹部へと持って行く。十字受けだ。その瞬間、アレックスの腹部に、戦車砲か、と思わせる程の衝撃が叩き込まれた。
黒贄の、右脚だった。左脚を軸にした前蹴り。やっている事は、それだけだ。
それ自体は宝具でもなければ、況して、魔力放出等の推進力を得た上で行われた一撃でもない。ただ、本当に、自前の筋力のよってのみ行われた蹴りだ。

650第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:38:38 ID:eP/lXdxU0
 にも拘らず、その蹴りの威力は、人修羅と化したアレックスにとってですら、必殺のものだった。
受けに用いた両腕が、折れた。折れた尺骨が肉を突き破って外部に露出、その痛みと事実を認識するよりも早く、
アレックスは蹴り足の伸びた方向に、亜音速で吹っ飛んで行く。ジョニィとレイン・ポゥが気付いた時には、アレックスの姿はこの場から消えていた。何百m、吹っ飛んで行ったと言うのか。

 ――え、コレマズくね……――

 冷や汗をかくのは、レイン・ポゥである。
その戦闘スタイルの特質上、強いサーヴァントや、話の解るサーヴァントとコネクションを持っていた方が、彼女は最大限の実力を発揮出来る。
要はコバンザメなのだが、実際には強い動物の腹にくっ付いているだけの彼らとは違い、レイン・ポゥはサーヴァントと関わりを持つ為に、
常にその為のそろばんを脳内で弾いているのである。そしてその行為は、選択肢一つ誤れば即、死が待ち受けているこの戦いに於いても行われている。

 そのそろばんの計算が、狂った。
この時、レイン・ポゥがナシをつけようとしていたのは、アレックスであった。
正直に言えば、胡散臭さのようなものは感じていた。彼女の卓越した人間観察能力と、今まで小狡く生きてきた事で培われて来た第六感が告げていたのだ。
アレックスは、ヤバいと。何を以って危険なのかと言われれば、何処か精神性に危うい所があるからだ、としか言いようがない。
人間以上の強度と、鉄の如き硬度を保有していながら、何処か砂岩のような脆さを窺わせる、そんなメンタル。
それが、レイン・ポゥから見たアレックスの心だ。だが、それが何だと言うのか。誰彼構わず喧嘩を吹っかける血の気の多い魔王だとかお嬢様に比べれば全然マシ。
戦略・戦術について多少の造詣があり、合理を優先出来る程度の理性を保有した、恐ろしく強いサーヴァント。レイン・ポゥがお近づきになりたい。そう思うのも無理からぬ話だった。

 そのアレックスが、コンディションのメーターが一気に死亡のそれにまで振り切れるレベルの一撃を貰い、ふっとばされた。
そうなればこの場に残されたものとは、誰か? レイン・ポゥと、アーチャーのサーヴァント、ジョニィ・ジョースター。
弱いサーヴァント達である。勿論、本当に荒事の心得のない、喰われるだけの餌でしかないサーヴァントと言う訳ではない。黒贄と比較すれば、余りにも無力なだけである。
レイン・ポゥは今回を含めれば三度に渡り黒贄の暴れぶりを目の当たりにしている。
その三度のケースから抽出されたデータを纏め、そのデータから導き出した結論としては、自分では黒贄には絶対に勝てないと言う事だった。
元々レイン・ポゥの魔法少女としての能力は、癖がない。真っ直ぐな能力だ。その真っ直ぐな能力を、レイン・ポゥは努力と、人間性を偽る演技で今までカバーして来たのだ。
黒贄にはその全部が通用しない。猫被ってもあの狂人は、知らぬと言わんばかりにこっちを叩き殺そうとしてくるし、それに抵抗しようにも、
黒贄の身体能力はパムをも優に上回るのだ。極め付けに、何をしようとも死なないと来ている。勝てる展望が、何一つとして浮かんでこなかった。
ではその勝率を底上げする為に、この場にいるジョニィと共闘して勝ちの目を拾えるのか、と言えば、レイン・ポゥは出来ないと判断した。
単純な話で、ジョニィが、自分より弱いと思っているからだ。人間観察で推察出来るのは、何もその人物の性格だけじゃない。
身体能力も、普段の立ち居振る舞いから推測可能である。で、推測した結果は、到底黒贄と渡り合える存在ではないと言う事だ。
誰が見ても、普通人よりも少しマシ程度のスペックしかない。これでは共闘するだけ無駄である。どころか、足を引っ張る可能性すら危惧される。恐らくジョニィは、アレックスに対して寄生して勝利を拾おうとした、漁夫の利狙いだったのだろうとレイン・ポゥは考えた。やろうとしていた事は、自分と同じ、か。

651第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:39:02 ID:eP/lXdxU0
「……この期に及んで、策を弄せる、と言うのなら大した肝の大きさですってよ、アサシン」

 純恋子だって馬鹿じゃない、この状況が何を意味するのか、解っている筈である。
解っていてこの発言なのだから、やはり大物と思わざるを得ない。万策尽きた事は、誰の目から見ても明らかである。
ならば普通は尻尾巻いて逃げ出すと言うような考えに至ろうと思おうが、純恋子にはその考えはなかった。考えるだけ無駄であったからだ。
背を見せずに戦え。暗に彼女はそう言っているのだろう。実際この瞬間に限って言えば、レイン・ポゥは、純恋子の考えに同調出来る。
逃げ切れると思えないからだ。背を見せたその瞬間、叩き潰されると言う確信が、今のレイン・ポゥにはあった。それだけ、彼我の間の戦闘力の差は絶対的なのである。
ならば、真正面から戦うか、凛を探して彼女を殺すかをした方が余程生き残れる可能性がある。……尤も、逃げた時の生存確率と、逃げずに立ち向かった時の確率の差など、小数点程度の違いでしかなかろうが……。

「腹括るのは慣れてんだよ、メカゴリラ」

 全てを諦め、そして覚悟を決めた声音でそう言ってから、腰を低く落として構えるレイン・ポゥ。
ゆらり、と。陽炎めいたゆっくりとした動きで、しかし、知っている者には途方もない威圧感を与える、不気味な雰囲気を醸しだしながら。
黒贄礼太郎は、レイン・ポゥの方を見つめ始めた。背骨が、凍るような恐怖を、レイン・ポゥは覚える。

「良く生きておいでで」

 魔法少女の観点から見ても、生きてはいられない程のダメージを負っていながら、やはり、黒贄は何が面白いのか解らない微笑みを浮べている。
だが、笑みに反して、瞳は全く笑っていない。まるで瞳だけが、有機物で構成された肉体の中にあって、唯一、安っぽいガラス球に置換されているような、
無機的な光を宿した瞳だ。冷気に当てられ曇ったような黒瞳は、数時間前に殺し損ねた虹の魔法少女をジッと見つめていた。今度こそは、今度こそは。そんな意思が、見て取れるかのようだった。

「……」

 レイン・ポゥは答えない。答えるだけ無駄だと思っていたからだ。
此方の望むような、まともなやり取りが返ってくるわけでもなし、そもそも、どうせ答えたところで、黒贄の場合は最終的に彼女を殺す事、この一点に帰結する。
なら、今更会話などして、何の意味があるのだろうか。

「貴女程の魅力的な方です、私以外の殺人鬼がもう殺してしまっているんじゃ、と不安でしたが……。いやはや、流石は『馬鹿じゃないのアンタ? 言う訳ないっしょ』さん。生き残っていてくれて、何よりです」

 残った左の片腕に、黒贄は力を溜めて行く。
彼の場合は、腕一本どころか、四肢を全部切除してもなお、脅威の度合いが低下しないのではないのか。レイン・ポゥはそう思う他ない。
両腕を失ってなお、黒贄の恐ろしさは、自らのそれを容易く上回るだろう、と。本気で推測していた。

「ああ、嬉し――――」

 其処まで黒贄が言いかけた瞬間、彼の姿が、朧と霞んだ。
何処に移動したのか、レイン・ポゥは目で追える。移動したのではない、『吹っ飛ばされた』からである。
レイン・ポゥから見て左方向に、弾丸もかくやと言う勢いで、直立した姿勢を維持したままに、凄い速度で彼女から遠ざかって行く。

「なっ……!?」

 先程黒贄がアレックスにして見せた、蹴りを行い相手を高速で吹っ飛ばす、と言うその行為。
まさかそれを、今度は黒贄がやられる羽目になった。しかも、その吹っ飛ばされた方法と言うのが、彼自身がやって見せたのと同じものである事。つまり、『蹴り』であったと言うのだから、奇妙な縁であった。

「……」

 黒贄が先程まで佇んでいた地点には、バトンタッチと言わんばかりに、一人の女性が立ち尽くしていた。
蹴り足として使った右脚を戻しながら、黒贄礼太郎をフロントキックでこの場から蹴り飛ばした女性は、静かに。
レイン・ポゥとジョニィ・ジョースター達を一瞥するのだった。

652第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:39:42 ID:eP/lXdxU0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 その女性を見た時レイン・ポゥとジョニィは、彼女が人間である等と欠片も思わなかった。
姿形だけを言うならば、成程、確かに人間である。緩くウェーブの掛かったプラチナブロンドの髪を後ろで縛った、余りにも整いすぎた顔立ちの美女。
パムと同じで、可愛いと言うよりは美人と言うか、麗しいと言うカテゴリに該当する手合いの女性だった。
身に纏う青いスーツのデザインに、遊びがない。肌の露出も抑えられ、フォーマルな場に出て行く事を想定した、TPOを徹底的に遵守する為のデザイン。
カッチリとしたお固い印象を受けるが、その固さがまた、生来のものである女性の美しさを、上手く引き締めさせていた。
絵師に美女を描けと命令すれば、モデルに選ばれるのはこの女だろう。何を着ても似合おうか、そんな、ズルい女性が、其処にいた。

 ――人間じゃねぇ……――

 レイン・ポゥの体からドッと冷や汗が噴き出て来る。
何だ、目の前のあの女は。今しがた純恋子が念話で、【ステータスが目視出来ない】と告げた事から、高確率でサーヴァントでない事が予測される。
無論、ステータスの見える見えないと言う事実は、サーヴァントやマスターの推察材料足り得ない。
ステータスなど、用意に隠蔽も改竄も可能であるからだ。だからステータスの目視は、一種の基準にこそなりはすれど、絶対の信頼を置けるものではない。
レイン・ポゥが目の前の美女を、サーヴァント以外の存在だと思った理由は単純明快。霊核を魔力が覆う事で肉体と成す、つまり、
身体の構成要素が全て魔力で編まれているのがサーヴァントであるのに、目の前の女性は、完全に、生身。真実本当の肉体を持っているのである。
だから彼女は、サーヴァントではあり得ない。何故ならば、この世界に物質的に確かな実在性を持っているのだから。

 だからこそ、恐ろしいのだ。
サーヴァントが強いのであるのなら、それは、納得が出来る。サーヴァントとは、強くて当たり前だからだ。
この世に招聘された、過去或いは未来に存在している、するとされる英霊達。それがサーヴァントであるのだから、程度の大小こそあれ、強いのは当然の話。
目の前の女は、何だ? サーヴァントこそが強者としてのヒエラルキーを独占するこの<新宿>の中にあって、サーヴァントに非ずして、『レイン・ポゥの遥か上を行く強さを持った』この女性は。

 自身以上の怪物が跋扈する魔法少女の世界で、伊達に綱渡りを続けていない。相対した存在が、自分より強いのか弱いのか。その嗅覚に、レイン・ポゥは優れる。
目の前の存在は、桁違いに強い。単純な身体能力は、どんなに低く見積もってもパムと同等。つまり、真正面からの戦いでは先ず負ける。
それだけでも恐ろしいのに、真に驚愕すべきはその魔力量だ。桁違い、と言うか、底なし、と言う単語が頭を過ぎった位だ。
サーヴァントが元々保有している、活動が最低限保障している程度の魔力量。これは、人間換算で言えば、凄まじい量に該当するのだが、
平然と、あのプラチナブロンドの美女はそれ以上の魔力を保有している。コレに比べれば、レイン・ポゥのマスターである純恋子の魔力量など、コップ一杯分程度。
あの女――マーガレットの魔力量は、まさに、『大海』。どんなトップサーヴァントを何体同時に使役しても、問題がない。最早そのレベルの量であった。

「……素晴らしい」

 心の琴線に触れた、名画にでも目の当たりにしたような、感動に打ち震える声音で、純恋子が呟いた。
……この後に続きそうな言葉が、嫌でも思い描ける。そして、それを実行に移させたら、ダメだ。純恋子が、死んでしまう。

「……君、は……」

 呆然とした様子でジョナサンが言った。 
彼もまた、マーガレットがサーヴァントでなく、マスターである事を見抜いた。
彼の場合は、位置関係上目視する事が出来る、彼女の左手甲に刻まれた令呪によるところが大きいが。
死線を幾つも掻い潜ってきた、歴戦の波紋戦士であるジョナサンもまた、戦慄を隠せない。
屍生人などとは格が違う。吸血鬼などとはワケが違う!! サーヴァントをも、超越する!! ジョナサンは確信し、同時に恐れ戦いている。マーガレットが醸す、計り知れぬ程の、戦闘能力に。

653第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:40:00 ID:eP/lXdxU0
「……この程度の強さのサーヴァントに、掻き乱されていたのね」

 ややあってからマーガレットの口から放たれたのは、見下すような言葉だった。
込められた感情は、ゾッとする程に冷たい。いや、冷たさだけではない。落胆の感もまた、其処には秘められていた。

「如何やら……此処にいるマスター達には、サーヴァントは過ぎたおもちゃのようね」

 トッ、と。音を立てて、右の爪先で軽く地面を小突いた瞬間、マーガレットの身体が、バネ仕掛けの様に跳ね上がった。
この、力学的な作用など一切見込んではいないであろう動作一つで、彼女の体は三m程も浮き上がっただけでなく、
重力をも超越し、その高度で浮遊をし始めたのである。レイン・ポゥは気付いた。その浮遊の動作に、魔力が一切絡んでいないと言う事実に。つまりこの能力は、マーガレットにとっては、素で行える芸当に過ぎないのだ。

「そのおもちゃ、取り上げて上げるわ」

「聞き捨てなりませんわね」

 そう言ったのは、純恋子であった。「またコイツは……」、と言う様な顔で彼女を睨めつけるレイン・ポゥ。
しかし純恋子は、その目線を一切無視し、ズイ、と。従えている虹の魔法少女の前を往き、決然たる輝きをその双眸に込めて、口を開いた。

「そちらは、サーヴァントの事をおもちゃか、サーヴァントと言う名が指し示している通り、文字通りの奴隷扱いをしているのかも知れない。ですが、私は違いますわ」

「何が、かしら?」

「私は、アサシンの事を相棒であり、従者であり、パートナーであると見ておりますの。物扱いした事などは、一度たりとてありません」

 「ですので――」、と純恋子が言った瞬間だった。 
純恋子は、右の義腕の上に被せていた、人間の腕と誤認させるスキンを剥ぎ取り始めた。
スキンで隠して装備させていた、ライフル状の銃口。これをマーガレットに合わせてから、彼女は言葉を紡いで行く。

「撤回なさい。おもちゃ、と言う物言いを」

 その言を、マーガレットは何事もないような態度で受け止めていたが……。何故かその後で、皮肉気な笑みを浮べ、その表情のままにこう言った。

「羨ましい限りね。そう言う、素敵なサーヴァントと契約出来ていて」

 純恋子達の方と、ジョナサンの方。交互に一瞥するマーガレット。
ジョナサンの前に立っているジョニィは、油断なくマーガレットの頭部に人差し指を向けている。爪の弾丸は、いつでも放てる体勢にあった。

「どうやら、双方共に手放す気はないようね」

「淑女の頼みには応えて上げたい所ではあるが……限度と言うものがある」

 ジョナサンの答えも、無論、否。
彼としても、ジョニィの事をおもちゃ呼ばわりされた事には、思うところがあったようだ。瞳に、冷たく鋭い光が宿っていた。

「なら仕方がないわね。実力行使、とさせて貰うわ」

 その言葉と同時に、マーガレットの姿が、神速、とも形容出来る程の速度で掻き消えた。
目で、誰も追えなかった。気付いた時にはマーガレットは、パンチやキックが届く間合いにまで、純恋子の所まで急接近。
ライフルを取り付けた彼女の右義腕の肘を掴み、単純な握力で、義腕の軌道部分や導線配置の要となる部分を握り潰して破壊した。
人の身では、最早あり得ない握力だった。銃の発射機構を備えていると言う都合上、純恋子の義腕は、通常の倍以上の高耐久力と高硬度を誇っていると言うのに。それを、麩菓子か何かの様に、砕いて見せるなど。

654第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:40:14 ID:eP/lXdxU0
 レイン・ポゥが驚愕と同時に、動いた。いつの間に接近を許してしまった……? 
我が身の不覚を叱責しながら、虹の魔法少女は、純恋子の右義腕を上腕部分から、虹のギロチンを落下させる事で切断。
義腕を掴んで純恋子を拘束するマーガレットと切り離させた後で、純恋子を突き飛ばし、目の前にいる恐るべき危険人物から距離を取らせる。
それと同時に、マーガレット目掛けて、一m程の長さに延長させた虹の剃刀を、高速で振り回す。此処までに掛かった時間、凡そ一秒と半ば。
この間、レイン・ポゥは虹の刃を五度、振るっていた。頚椎、胴体――特に心臓や肺等が集中している部位――、肩と脚の付け根。
その部分を狙って振るい、その全てが、マーガレットの身体に吸い込まれるように、見事に命中した。そしてその全てが――すり抜けた。

「!!」

 目を見開かせるレイン・ポゥ。
すり抜けた、と言う言葉は比喩でも何でもない。本当に、攻撃が透過するのだ。
人の意思を持った水か何かでも、相手をしているかのようだ。いや、水ですらない。水だとて、斬れば、液体を斬ったと言う感触が伝わるからだ。
マーガレットにはそれがない。本当に、空気や霞を斬ったような手応えしか、伝わってこないのである。

 マーガレットの左腕が、霞んだ。
重力が反転し、身体の中身が全て浮つくような恐怖感を覚えるレイン・ポゥ。
それと同時に、彼女の鳩尾に、砲弾を思わせるような重い一撃が叩き込まれた。
ゴゥンッ、重く響くような音が、レイン・ポゥの腹部から生じ、それと同時に凄い勢いで彼女は吹っ飛ばされた。
優に四十、五十m。とても、人間の膂力で殴り飛ばせる距離じゃない。マーガレットが人間でない事の証であった。

「かっは……!!」

 よろめきながら立ち上がるレイン・ポゥ。
サーヴァントと言う存在の絶対則として、彼らは、神秘を保有しない攻撃では絶対に身体を害せないという物がある。
この<新宿>に於いて、マスター達が最も接する機会の多い神秘とは、魔力になろう。
その通り、魔力を内在、或いは介さない干渉手段では、サーヴァントの身体に傷を付ける事など不可能である。
極端な話、銃弾は勿論の事、戦闘機の機銃の乱射や、果てはミサイルだとて、其処に魔力(≒神秘)が無ければ、サーヴァントを殺せないのだ。
この特性があるが故に、サーヴァントはマスターに対して有利な位置に立てるのだ。マジックアイテムの類でもなければ、ナイフや弾丸を用意しても、
ダメージなど与えられず、よしんばそう言う類の武器を所持し、魔術に覚えがあったとしても、対魔力を備えたサーヴァントならそれらの利きも目に見えて悪くなる。

 マスターがサーヴァント相手に勝てないと言うのはこう言うカラクリがあるからなのだが、それなのに、マーガレットがレイン・ポゥにダメージを与えられたのは、何故か?
無論、答えとしては、マーガレットがサーヴァントに干渉出来る措置を施していたから、殴り飛ばせた。これが大きいのだろう。
実際問題として、魔術に覚えのあるマスターは、如何やらこの聖杯戦争において珍しくもなさそうなのだ。なら、この点については、驚く所はない。
問題なのは――『レイン・ポゥがコスチュームの下に忍ばせていた、アンダーシャツ代わりの虹の板を、マーガレットが殴打で真っ二つにした』、と言う点だ。
レイン・ポゥの持つ固有の魔法であり、サーヴァントの身の上では宝具扱いにもなっている、虹を生み出すこの能力。
特筆する点は切れ味の凄さだけでなく、その耐久力も含まれる。その通り、通常は、破壊されない筈なのだ。
石畳を煎餅の様に真っ二つに出来る魔法少女の脚力で地団駄ふんでもビクともせず、戦車の砲弾は勿論、ミサイルの直撃を受けても、問題ない。
それが、レイン・ポゥの持つ虹の耐久性能なのだ。彼女が全幅の信頼を置く、この耐久力を持った虹を……何故、マーガレットは壊せたのだ?
サーヴァントが砕くのであれば、まだ納得が行く。黒贄などは現に、容易く破壊して見せたのだから。だが、マスターに壊されるとなると、話は別だ。

655第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:40:33 ID:eP/lXdxU0
「冗談だろ……ッ!!」

 胃が裏返るような恐怖を覚える。
マスターサイドの人間でありながら、自らの生み出した虹を破壊する膂力。其処から演繹出来るモノは、一つ。
あの女性……マーガレットは、単純に、黒贄礼太郎に匹敵するレベルの膂力を持った怪物であると言う事。
そしてこの攻撃に、彼女は神秘を纏わせられる。つまり、サーヴァントに直接攻撃を仕掛けられるのだ。これ程、恐ろしい話もない。
現にレイン・ポゥは、防弾チョッキ代わりとして仕込ませていた虹の板がなかったら、殴られた箇所から胴体をちぎり飛ばされ、即死していたのだ。
しかも、マスターでこれなのだ。令呪が刻まれていると言う事はつまり、従えるサーヴァントも健在である事を意味する。
重ねて言う、マスターがこの強さなのだ。一体、どんな怪物を、マーガレットは従えていると言うのか……。レイン・ポゥは、頭が痛くなり、気が遠くなる程の思いで、マーガレットの事を睨みつけていた。

 レイン・ポゥの方に冷たい目線を向けるマーガレット。彼女のマスターである純恋子など、眼中にもない。
御前だけを必ず殺す、そんな意思が、青いスーツの美女の瞳から横溢していた。
空に浮き、レイン・ポゥを見下ろすマーガレットの胸部を、何かがスルリと。高速で通り抜けた。爪の、弾丸。
弾道から予測するに、間違いなくそれは、ジョニィの放った爪弾であった。やはり、偶然ではない。マーガレットは、攻撃を素通りさせられる何かを持っている。
サーヴァントレベルの攻撃ですら、一方的に無効化させられる手段。マーガレットは、最強の矛と盾を、同時に持っていると言う事なのか。

「どう言う事だ……」

 ジョニィが呟く。釈然としない様子だ。
放った爪弾は、ACT2。如何な物理的な頑強さを伴っていても、それが物理的に接触可能であるのならば、接触部に弾痕を刻み込め、
其処から、銃弾が貫通したのと何ら変わりない程のダメージを負わせる、強力なスタンド能力である。
この能力は、物理的な干渉力をもったもの、つまり、物理的にこの世に存在するものであるのなら、等しく弾丸の損傷と損壊を与える事を意味する。

 ――幽霊か?――

 ナンセンスな話すぎて、笑えない。
そもそも、サーヴァントこそが幽霊の延長線上の存在ではないか。ジョニィは今も、自分がサーヴァントであるという意識が薄い。
それでも、事実は事実だ。サーヴァントが幽霊の存在を疑うなど、馬鹿馬鹿し過ぎるにも程がある。

「手の内は尽きたようね」

 少なくともレイン・ポゥについてはそうだ。
ジョニィについては、殺せる、と言う確信を、他ならぬ彼自身が抱いている。そのメソッドを、今此処で実行出来るのか、と言う事は抜きにしてだが。

 人の形をした『死』そのものみたいな女が、レイン・ポゥに目線の照準を合わせる。
「死ぬ」、頭にそんな考えが過ぎったのと同時に、マーガレットの重心が移動を始めた。攻める為に、ではない。逃げる為に、だ。
トッ、と軽やかにバックステップを刻んだのと同時に、凄い勢いで上空から、無数の剣が降り注いで来たのだ。
剣の形は画一的で、柄のデザイン剣身の長さまで全て同じ。色に至っては皆、墨に浸して置いておいたような、黒一色。
黒塗りのロングソードは三十本程、地面に墓標めいて突き刺さっていたが、本命のマーガレットが串刺しになってない事に気付いたか。
自分の意思でそうしたかのように、剣その物がパリンと軽い音を立てて砕け散った。

 剣そのもののカラーリングを見れば、この攻撃が誰の手によるものなのかは、一目瞭然。
レイン・ポゥは勿論、ジョニィやジョナサンですら、攻撃した者の正体を理解していた。

「……人か? 貴様」

 パムにしては、その声には覇気がなく、疑問気な様子がありありと見て取れる。
彼女程の見識を以ってしてすら断定するのが難しい程に、マーガレットと言う女性は、その在り方の根底から混沌(カオス)を極めているのだ。
人でない、と言われても納得出来る。では、だったら何なのかと問われたら、全く解らない。マーガレットはそう言う人物だった。

「それはこっちの台詞よ。貴女、本当にサーヴァントなの?」

656第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:40:50 ID:eP/lXdxU0
 一〇m上空を浮遊するパムに対して鋭い目線を送りながらマーガレットが言った。 
パムがマーガレットの力量を瞬時に見抜いたように、マーガレットもまた、パムの正体を見抜いていた。
マーガレットから見たサーヴァントと言う存在は、朧げだ。根本的に霊の属性を宿した存在である為、実在性があやふやな為である。 
しかしパムは違う。パムは明白に、この世界に正しい意味で形と質量を伴って君臨している存在なのだ。存在が、余りにも確固とし過ぎている。

 受肉している事を、マーガレットは即座に理解した。だが、どうやって? 
マグネタイトを寄代として物質世界に君臨する悪魔。術者の精神力や心のチカラを糧とし、ヴィジョンとして一時的にこの世に降臨させられるペルソナ。
こう言った、強力な存在であるが故に、物質世界に来臨するには制約が多すぎる存在は、その制約の故に、物質世界に完全な形で留め置かせる事は困難を極める。
サーヴァントであっても、その原則は変わらない筈。なのに、パムは今明白に受肉している。これが、妙だ。この<新宿>に於いて、サーヴァントを受肉させ得る手段など、聖杯の奇跡以外にあり得ないと言うのに……。

「サーヴァント、と言う事になっているらしいぞ」

「答える気はない、と解釈して良い訳ね?」

「問題はない」

「そう。じゃあこの世から消えなさい」

 マーガレットが、まるで死刑の宣告か何かを想起させるような、冷たい声音でそう告げたその刹那。
光と見紛う程の速度で、マーガレットが立っている場所のすぐ傍に、青白い光の本流をたばしらせながら、人型のヴィジョンがその姿を現した。
白く光り輝く鎧を着込んだ、顔自体が光り輝いていると見える程の美青年。しかも単なる優男と言う訳ではない。
キリリとしたその顔つきと、鎧の下からでも解る程の筋肉の量、何よりもその手に握った、白銀に輝く長槍が。
戦士の威圧と説得力を見る者に与えるのだ。名を、クーフーリン。凡そ無限に等しい総数のペルソナを操るマーガレットが特に好んで使うペルソナの一体だった。

「スタンド――」

 ジョニィが何かを叫びかけたのと同時に、マーガレットが呼び出した若武者が、その手に握った槍を、魔王を気取るが如く此方を見下ろすパム目掛けて、放った。
それが果たして、人の形をした『もの』の手によって放擲されたスピードであると、果たして誰が信じられようか。
得手、クーフーリンの手から離れた瞬間、その槍は弾丸の速度を越え、音のスピードを抜き去り、地球の引力圏の井戸を振り切る速度に至る。その速度に到達するまで、十分の一秒も、掛かってない。

 さしものパムの顔からも、余裕が失せた。
槍の速度に驚いたのではない。内包しているであろう威力にも、戦慄の念はない。パムなら実際、再現は容易だ。
但し――これがマスター、サーヴァント以外の存在の手によるものとなれば、話は別だった。

「――!!」

 黒羽が棍棒に似た形に瞬時に変形、それが猛然と振るわれ、クーフーリンの投げた槍に衝突。
槍の穂先には無数の小さな槍が収められており、戦場では穂先が炸裂しその無数の小さな槍が相手を刺し貫いた、そんな伝説を知っていれば、
パムのような対処方法は通常取らないだろう。知っていたとて、パムはこんな手段に出たろう。単純な理由だ、その程度の攻撃では、自分の命は取れないと思っているからだ。

657第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:41:08 ID:eP/lXdxU0
 槍と棍棒が衝突。
明後日の方角に槍は、中頃から圧し折れながら吹っ飛ばされて行く。それを認識した瞬間、パムはマーガレット目掛けて急降下する。
パムも多人数を相手取る時に行うメソッドだが、黒羽に自律性と簡易的な意思を持たせて、取るに足らない雑兵を相手させると言う手段がある。
マーガレットが呼び出したあのクーフーリン――ペルソナは、とどのつまり、そう言うものだろうと彼女は認識していた。
そう言う自律兵器を創造する時、パムはなるべく凝った形にしない事にしている。すぐに形成出来る位には適当なデザインでありながら、
戦闘に明白に特化しているであろう事が伺えるレベルの機能性を両立させたものを創造する。マーガレットのペルソナにはそれがない。
あの美貌、あの鎧の装飾の細かさ。どれも息遣いすら感じられる程にリアルだ。マーガレットは凝り性なのだろう。
だが、そういった凝った物を動かすには、労力が要る。無論、マーガレットレベルの実力なら、その労力など誤差などと言う言葉すら使う事が憚られる、
そのレベルで僅差なのだろう。だが、その僅差に、付け入る隙がある。その僅差の間隙を押し広げる手段を、パムは、圧倒的な速度と攻撃力が生む暴力によって抉じ開けると言うやり方に見出した。

 羽の一枚が泡の様に弾けて消える。掛かった時間は、千分の一秒。
黒羽は形のない、しかし、指向性を伴った『気流』に変化していた。その気流に乗って、パムがマーガレットの下まで急降下。
音の速度を容易く越える程の速度でマーガレットの下に迫るパムは、右脚を伸ばし、伸ばした足でマーガレットの麗貌に蹴りを叩き込もうとしていた。
左脚は使えない、黒贄に折られた傷が癒えてない。直撃すれば、その蹴りは人間の首を胴体から離れさせるだけの威力がある。いや、離れると言うよりは……粉々にする威力、と言うべきか。

 マーガレットは眉一つ動かす事無く、パムの蹴り足に右掌を伸ばした。
伸びきったマーガレットの腕と、同じく伸ばしきったパムの右脚が、激突。
空間その物が、波打った。そうとしか認識出来ない程に、大気が揺れた。人体と人体の衝突の際に生じたものとは思えぬ程の大音が、
マーガレットの掌とパムの脚部の接合点から生じだし、その音に追随する形で、衝撃波が二名の周囲を駆け抜けた。

「このバカッ!!」

 一喝するレイン・ポゥ。最強の魔法少女の一角であるパムと、レイン・ポゥの虹すら破壊するマーガレット。
両名の膂力による一撃が衝突した事による衝撃波は、サーヴァントを軽く吹っ飛ばして余りある威力を内包する。
そんなもの、マスターが食らってしまえば一溜まりもない。少なくとも、今の純恋子では冗談抜きで死にかねない。
虹のバリケードを純恋子と自分の前に展開し、迫る衝撃波を防御しようと試みる。試みは、コンマ十分の一秒の差で成功した。
台風の前の雨戸か何かみたいに、ガタガタとバリケードは震えだす。判断がもう少し遅れていたら、人の体の骨格を全て粉砕するだけの威力のショックウェーブが、
叩き込まれていたのだと思うと、ゾッとしない話だった。

 一方、防ぐ術に恵まれなかったのは、ジョナサンとジョニィの方だった。
ジョニィは、あのSBRを走破した事による天性の勘で、反射的にACT3を発動、爪弾を自らに叩き込み、渦の中に潜行する事で衝撃波をやり過ごした。
ジョナサンの方はと言えば、弾く波紋を身体に纏わせ、防御の姿勢を行う事で衝撃に備える事しか、出来なかった。

「ぐぅっ!?」

 結果が、これだ。
身長一九五cm、体重一〇五kg。それが、ジョナサン・ジョースターの身体つきである。異の挟みようがない巨漢である。
肥満体ではない。寧ろ、ウィル・A・ツェペリの下で血の滲むような波紋の鍛錬を積んだせいか、脂肪分など同年代に比べてずっと少ない方なのだ。殆どが筋肉の重さだ。
その、大男のジョナサンの身体が、風に吹かれる木の葉か、或いは、子供が無造作に投げたゴムボールかの如くに、吹っ飛んでいる。
弾く波紋の効果の威力は、絶大であった。ジョナサンの現況を見る限り、波紋が全く意味を成していないと思おうが、実際はこれ以上となく機能している。
大地に踏ん張り衝撃波をやり過ごすなど絶対に不可能と考えたジョナサンは、逆に、弾く波紋を纏わせて、衝撃波と衝突。
逆に、『自分が勢い良く弾かれる事によって、本来舞い込まれる筈だったダメージを大幅に減退させる事』に成功したのだ。
弾く波紋は使い方によっては、弾かれる波紋にもなると言う訳だ。そうしていなければジョナサンの命運は此処で潰えていた。恐ろしく、正しい判断なのだった。

658第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:41:42 ID:eP/lXdxU0
「お前……」

 そしてパムの方は、レイン・ポゥの一喝も、ジョナサンとジョニィの行方すらも気にならない程驚いていた。
防がれている。マーガレットは、パムの放った裂帛の蹴撃を、腕の一本で容易く受け止めて見せた。
パムの能力の汎用性と出力を考えれば、彼女が放っていた一撃など、最奥どころか序の口のものである。が、間違ってもそれは、余人に受け止められる物ではない。況して、魔法少女ですらない存在になど……。

 蹴りを防ぐのに使っていたマーガレットの右掌が、這いずり回る蛇の如く、滑らかに動き始めた。
マーガレットの右腕は正しく、獲物を狙う大蛇の如くに、そのターゲットを定めたのだ。パムの足首。其処に巻き付く為に。
パムの右足首を、マーガレットの右手が捕えた。圧し折るも良し、単純な握力で握り潰すも良し。マーガレットの手には、それを可能とする力があった。

「っ……」

 ヌルッ、と、パムの足首を掴んだその瞬間の事だった。
上手く、掴めない。滑るのだ。指、掌。そのグリップ力が全く上手く働かない。まるで、潤滑油か何かでもパムの身体に塗られているかのような――。
トリックを認識した瞬間、マーガレットの姿が、まるで初めからその場になど存在していなかったかのように消滅する。
その、マーガレットが消滅した地点を、巨大な剣身が超高速で横切った。サーベルの様に湾曲した曲刀で、吸い込まれるような黒一色の剣身。
パムが黒羽で変形させた、刃渡り二mにもなる魔剣である。マーガレットの姿が消えてなければ、彼女の首を胴体から分離させられたのだが、ままならないものだった。

「お前、本当に何者だ?」

 パムがそう告げた瞬間、マーガレットが姿を現す。パムの真正面一〇m先で、スッと背筋を伸ばして直立している。

「力を管理する者」

 短くそう告げたマーガレットに対して、パムは、失笑を以って返した。

「驕るなよ。何を、管理する者だと? 神か何かにでもなったつもりか?」

「事実を語ったまでなのだけれど……。それに、そう言う反応を取るには、無様な姿をしてるって 自覚はないの? 貴女」

 居丈高な態度をするには、パムの今の様子は説得力に欠けていた。
これまでの戦いで負った手傷がある。ジョニィのACT4により黒羽は永久的に一枚欠けた状態になり、更には黒贄によって折られた左脚。
脚の方は黒羽の影響で回復傾向にあるとは言え、それでも、普通であれば戦うと言う選択肢が脳内からオミットされる程度の重症なのだ。
それでも戦おうとするのが、魔王が魔王が足る所以なのだが……。
極め付けに、パムの身体はズブ濡れだった。水を被ったのでもなく、況して汗でもない。そもそもパムは水で濡れているのではない。油で濡れているのだ。
パムがマーガレットの頭を蹴り飛ばそうとした時、彼女は黒羽を、一方向のみに吹きすさぶ高速の気流に変化させていた。それに乗って、彼女は蹴りを放った。
そしてその蹴りが防がれた時、パムは即座に、体に纏わせていた気流を、『高潤滑性の油に変化させ、これで自らを覆っていた』のである。
だから、マーガレットは上手く掴めなかったのだ。機転が良いと言えばその通りではある。だが、逆に言えば、それだけパムは必死だったと言う事でもある。
そうでもしなければパムの運命は途絶えていたのだ。発言の内容と、今の彼女の状態。てんで、バランスが取れていない。マーガレットの目にはパムは、生汚い女、としか映ってなかった。

「此処に来てから、魔王の威厳も渾名も形無しでな。泥臭い姿が性に合ってしまった」

 マーガレットの挑発に意外にも、パムは肯定する。
否定したところで、かえって情けないと考えたからだ。<新宿>の街に蔓延るサーヴァントは誰も彼もが紛れもない強敵ばかり。
パムが戦ったチトセも永琳、アレックスやジョニィも。魔法少女であるパムに授けられた、魔王と言う通り名から威厳と説得力を奪うだけの実力を秘めた戦士だった。
余裕を持って立ち回れた相手が、一人たりともいない。気を抜けばこっちの命が刈り取られる、油断もなにもない強敵ばかり。そして彼ら相手に、勝ち星をパムは未だ上げられていない。多少の謙虚は覚えると言うものだ。少なくとも、マーガレットの安い挑発に乗らない程度の分別は、大分前には心得ていた。

659第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:42:23 ID:eP/lXdxU0
 ――もう良いだろ、とっとと退くぞ!!――

 言外するでもなく、目線だけでレイン・ポゥはパムに主張する。これ以上此処に留まり続けるメリットがない。
当初の目的である黒贄礼太郎の討伐は失敗に終わっただけでなく、レイン・ポゥやパム、純恋子ですら、看過出来ぬダメージを負ってしまった。
加えて、結果的に三組ものサーヴァント達に自分達の存在が露呈してしまったとあっては、痛み分けと言う言葉を使う事すら苦しいであろう。
戦略的に見れば、一方的に彼女らは負けたのだ。ならば、こう言う時どうするのか? 早急に場を切り上げて、傷口が広がるのを抑える事しかあるまい。

 パムは考える。自分と、レイン・ポゥが、苦境に陥るのならばまだ良い。サーヴァントとは、魔法少女とは、そう言う生き物だからだ。
だが、純恋子は違う。魔王塾の入門の予約を承っているとは言え、まだ彼女は人間なのだ。サーヴァントでも、況して魔法少女でもない。タフな女性に過ぎないのだ。
それに、純恋子の死は、レイン・ポゥの消滅と連動している。純恋子の身を案じるのも勿論だが、まだまだレイン・ポゥには消えて欲しくない。
教えてやりたい事、やって欲しい事が山ほどあるのだ。レイン・ポゥが不服を主張しても無理やりにでもやらせる事が。

 素直に、此処は退散するべきだろうとパムは考える。
傷の手当など、黒羽さえ無事なら如何とでもなる。失った魔力すらも、黒羽ならば補填可能だ。
後は、パムの意思一つ。それ次第で、レイン・ポゥは全速力でこの場から退散するつもりでいた。

 そう、本当に意思一つなのだ。パムは気分が高揚すると、何をするか解らない。
パムはこの<新宿>に於いて、全力を出した事はない。パムの全力とは、黒羽に課してある汎用性の枷を解除する事に他ならない。
それを外せばどうなるか? 地図を書き換えねばならぬ程地形は変わる、山が消える、海が煮え立つ、都市からまともな形をした建造物が一つ残らず消え失せる。
それだけの規模と威力の攻撃を、本来ならパムは行使出来るのだ。それをしないのは、パム自身の強靭な自律力の賜物なのだ。
この自律する意思を解除せねば、アレックスにも、目の前のマーガレットにも、勝てない。そしてそれをやるべき時では、今はない。

「業腹だが……」

 退くのが、賢明か。これ以上この場に留まるのは、レイン・ポゥや純恋子の命が危険と言う以上に。
パムの自律心と言う意味で危険だ。神宮球場が跡形もなく破壊されている現状を見て、何処が自分を律しているのだ、と言われるだろうが、これでも相当我慢していた。
本気になれば、この球場の数百倍どころか、数千倍の規模の破壊を振りまけた事、そしてそうしなければ勝てない相手と戦っていた事実を鑑みるに。パムは相当手を抜いていたのだ。そして、その手抜きと言う名のリミッターを外してはならない。その理性が勝った時、パムの体は動いていた。マーガレットの方角ではない。彼女から遠ざかる方角へと。

 ――その刹那。強大な敵意と殺意とを撒き散らす何者かが、信じ難い速度でこの場に乱入して来た。
相手を殲滅、撃滅、抹殺すると言うその意思の強さと流れの太さと大きさは、宛ら氾濫で荒れ狂う大河の如し。
この瀑布のような意思の奔騰を流せる人物は、限られている。こう言った敵意と殺意の強さとは、放つ相手の強さと正比例の関係にある。
当人が強ければ強い程、殺気の鋭さや量も跳ね上がる。これだけの総量、並の強さの戦士では流出出来ない。では、誰が放っているのか? そんな者、一人しかいないではないか。

 両手に刻まれた、黒い文様に青緑色の縁取りが成された刺青。其処から、バチバチと火花を散らしながら、男はやってきた。
厳密に言えばそれは火花ではない、スパーク……生物電気の一種だ。人修羅と化した者は、常人を超越する新陳代謝と生理現象を得られるようになる。
この生物電気もまた、その一つ。彼は……アレックスは、その意思一つで、生体電流を外部に放出、落雷に匹敵するレベルの放電現象を以って相手を消し炭にする事だとて可能なのだ。……そしてそれを、実際に、行った。

660第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:42:55 ID:eP/lXdxU0
 迸る白色のスパーク。
餓えた大蛇が獲物へと殺到するが如く、アレックスの行った放電現象は、無差別に、この場にいる全ての存在へと向かって行った。
パムは、羽の一枚を、数mと言う長さに対して円周が鉛筆の芯程しかない細長い棒に変形させた。
すると、アレックスの放電現象は、その棒に誘われるように吸い込まれていった。原理としては避雷針のそれと同じ役割を果たすそれをパムは作ったのだが、
それだけでは不足と考え、電気エネルギーを無理やり逸らしてしまう性質をも付与させていた。そしてパムの目論見は見事に成功したのだ。
……避雷針自体が、アレックスの放電に耐え切れず、木っ端微塵に吹き飛んでしまったが。これ以上は危険だと判断したパムは、戦いたいと言う欲求を振り切り、超高速でレイン・ポゥと純恋子を回収。両手に抱えた状態で飛翔し、高速でその場を後にした。

 さて一方、マーガレットの方はと言うと、パムの様に、アレックスの放電現象を対処する、と言う行為を放棄していた。
但しそれは、諦観からくる選択では断じてなかった。自殺行為ではない。その理由は、マーガレットの身体に鉄をも蒸発させるその電気が当たった瞬間、
夢か幻かのように消え失せている光景を見れば、簡単に想像が出来よう。避ける必要がないのだ。
今のマーガレットは、害意ある電気の力を全て無効化するペルソナを装備している。神秘の強弱、電圧・電流の強さ。そんな要素、一切斟酌されない。それが電気、と言うエネルギーを用いた攻撃であるのなら、今のマーガレットは、神の雷霆ですら無傷でやり過ごせるのだ。

 ――無効化!!――

 知識ではアレックスも知っている。特定の属性に対する耐性がある一定の水準を超えた時、その属性による害意を無効化する。
しかしまさか、この場で、それをやられるとは思ってもなかったのだ。況してマーガレットは、見た目だけならただの人間だ。
属性の無効化は、その属性に特化した存在のみが持ち得る特権なのだ。満遍なく、様々な属性を修得し得る人間には、無効化と言う相性や特権は得られない。そのバイアスが、仇となってしまった。

 放電を無効化させながら、正しく疾風か稲妻か、とでも言うような速度でマーガレットはアレックスの下へと駆けて行く。
そのスピードを乗せた渾身の飛び膝蹴りを、アレックスの顔面へと叩き込もうとする、が。人修羅の天性の反射神経で以って、ダッキング(屈む)する事でこれを回避。
スカを喰う形になったマーガレットに対して追撃を叩き込もうと、アレックスは、頭上を行過ぎた彼女の方を振り返る。――いない。
飛び膝蹴りのような大技を回避されれば、必然、其処には隙が生まれる。跳躍して行う攻撃であるのだから、着地する、と言うプロセスが必要不可欠だからだ。
マーガレットが、着地をし損ない転倒する事は先ずありえないにしても、着地して態勢を整える、と言う手順は絶対に行う筈だ。
それこそ、空でも飛べない限りは絶対に避けられない筈――其処まで考えた瞬間。アレックスは己の背後に、ただならぬ気配を感じた!!

「!!」

 サイドステップを刻めたのは、アレックスが人修羅の反射神経を得ていたが故だった。
もしも、彼がこの行動を実行に移せなかったなら、マーガレットの抜き手が、そのまま背面から彼を貫き、心臓を致命的に破壊していただろう。
マーガレットは飛び膝蹴りが回避されたその瞬間に、瞬間移動を行い、大技を行った事による不可避の隙の発生を、無理やりにでも潰していたのである。

「――弱いわね」

 それをアレックスは、挑発と受け取った。事実、マーガレットはそう言う意図を込めて、今の発言を零した。
しかし、彼女は決してそれだけの意図で今の言葉を口にしたのではない。客観的事実を鑑みて、そう発言したのである。

 人修羅――その名は、力を管理する者としての職務を全うし、イゴールに従っていた頃。
より言えば、妹のエリザベスや弟のイゴール、カロリーヌやジュスティーヌ達が一同に会していた頃から聞き及んでいた。
力を管理する者が自由にその力をプール出来る次元……それよりも更に高位の次元であるところの、『アマラ宇宙』。
本を正せば彼は、その宇宙をたゆたうとある世界で生まれた、ただの一個の人間に過ぎなかったと言う。
その彼が、大いなる闇……即ちルシファーの薫陶を受け、『悪魔の力を得た人間』から『人の力を得た悪魔』に進化した存在こそが、人修羅なのだと言う。

661第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:43:49 ID:eP/lXdxU0
 謎多い存在である。
嘗てイゴールが主と呼んでいた普遍無意識を舞う『蝶』をも創造したもうた、『大いなる意思』を破壊する為に産み出された究極にして完全なる悪魔。そう聞いている。
大いなる闇であるルシファーを越えるとすら噂される実力を秘めた、最新の悪魔。そうとも聞いていた。
悪魔の中でも特に異端とされる者だとも聞いた。神秘の強さは古ければ古いほど強いと言う原則と同じで、悪魔の起源が古ければ古い程その悪魔も強くなるのだ。
しかし人修羅は、その原則の例外らしいのだ。最も新しい悪魔でありながら、並み居る神や魔王を屠り従えていると言うのだから、根拠の裏づけにはなるだろう。
此処まで語った情報が全て推定系なのは、マーガレットですらその全貌が理解出来ない程正体不明の悪魔なのだ。しかし確かな事は一つある。
人修羅は、強い。ベルベットルームでの仕事の傍らに届く人修羅の情報はどれもこれも確度のあやふやなモノばかりであったが、唯一、強いと言う情報だけは一貫していた。
そしてそれは、エリザベスが従える人修羅の男の姿を見た時、確信に至った。背筋が音叉の如く震えてしょうがないあの覇風。最強の悪魔の名に嘘はなかった。
しかも、サーヴァントとして存在が落魄していて、アレなのだ。本体は、まさに天地を哭かしむる強さを誇る怪物に相違あるまい。

 アレックスには、あの時<新宿>衛生病院で見た人修羅から感じた、恐ろしさと言うものを感じない。
人修羅と化したアレックスを目の当たりにした瞬間、マーガレットは戦慄を禁じえなかった。
幻十と人修羅が戦っている姿を見て、その強さは実感している。そんな者と自分が、今此処で戦う……。やるしかない、と覚悟を決めていた程だった。

 ――だが蓋を開けてみれば、『いけそう』、と言うのがマーガレットの所感となった。
種族上は、アレックスも、エリザベスの従えるルーラーも。同じ人修羅の悪魔なのだろう。だが、違うのだ。
目の前の男と、エリザベスの従える彼とでは。決定的に、何かが違う。アレックスの振るう人修羅としての強さは、確かに脅威の筈なのだ。
マーガレットであっても、油断が出来ない程に。しかし、あの人修羅と比べれば、恐ろしさが全然違う。
<新宿>衛生病院で戦った彼は、濾過・精練された、純度の高い死のような気配を感じた。
相対するだけで、身体がビリビリと痺れるような……痛みすら感じる恐ろしい気配は、噂に違わぬ威力を内包していたものだった。
アレックスにはそれがない。身体能力の面で鑑みれば、間違いなく強い筈なのに、マーガレットは彼に殺されるヴィジョンが思い描けない。
彼は、怪物と言うカテゴリーに属してはいるがそれだけの存在だ。怪物と言う境界線を越えた向こう側の存在ではない。
そうと認識した瞬間に出てきた言葉が、『弱い』だった。倒せる。そうと、マーガレットは踏んでいる。

「ッ……!! テメェは……!!」

 マーガレットの顔を見ていて、アレックスは何かを思い出したらしい。放射する殺意の切味と量が、跳ね上がる。
血走る紅蓮の瞳を見て、はて? と思うマーガレット。先程まではアレックスの姿を冷静に見れる時間がなかったが、今は違う。
一呼吸出来る時間があれば、マーガレットにとっては十分。その時間がじっくりと観察出来るのに必要な時間なのだが、それを経て感じたのは、違和感だった。
『自分は何処かで、このサーヴァントと出会った事がある』。そう思わずにはいられないのだ。
<新宿>衛生病院で見た人修羅とは明白な別個体である筈なのに、強烈な既視感があるのだ。そんな筈はない。
人修羅は特徴の多いサーヴァントである。それはそうだ、体中に特徴的な刺青を刻んだサーヴァントが、見る者の印象に残らぬ訳がない。
だからこそ、一度見て、戦った存在であるのならマーガレットは忘れない。誓って目の前の人修羅は、マーガレットとしても始めて見る……なのに、何処かで出会った事がある、と思っているのは、何故なのか。

「あのアサシンも近くにいるんだなッ」

 アレックスの言葉に今度はマーガレットが驚く番だった。
やはり、何処かで会っている。いやそれだけじゃない、彼女が従えるサーヴァント、浪蘭幻十のクラスを知っていると言う事は、交戦したと言う事でもある。
遠目から見て幻十のクラスを知ったとかではないだろう。あの男は広範囲に、自分の耳目同然に機能する妖糸をばら撒ける。
それを逃れて遠見をする事など限りなく不可能なのだ。その線がない以上、目の前の人修羅は、幻十と交戦しなおかつ生き残ったサーヴァントである事を意味する。
この上、マーガレット自身の事をも知っているとなれば、答えは最早、一つしかない。このサーヴァントとは――

662第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:44:22 ID:eP/lXdxU0
【マスター、今すぐ物理攻撃を無効化するペルソナを装備しろ!!】

 突如として、念話を通して伝わってくる幻十の声。
其処に、一切の余裕が無く、それどころか焦燥の念すら感じられたその瞬間、マーガレットの意識が、心の仮面を変じさせていた。幻十に、理由すら聞かなかった。
結果的に、何故ペルソナを変えねばならないのかを問わなくて、正解だった。もしもその場で訊ねていたら、地面や空中から殺到する、無数の妖糸が、
マーガレットの体を万単位の細切れに分割されて即死していただろうから。

「これは!!」

 物理攻撃を無効化するペルソナを装備しろ、その命令の意図が解った。
身体をすり抜けて行く、ナノマイクロサイズのチタン妖糸。その威力を、幻十の戦いぶりを見て理解しているマーガレットにとっては、戦慄するしかない光景だった。
妖糸が素通りしてゆくのが、彼女の身体に伝わっていく。対策を施してなければ、妖糸が素通りした通りの軌道で身体を分割されていた。
殺到する妖糸の量から考えるに、ペルソナを装備してなければ今頃のマーガレットの未来は、原形すら留めないひき肉であった。

「ジャアッ!!!」

 アレックスは裂帛の気迫を以って叫びながら、先の黒贄の攻撃で圧し折れた両腕、それぞれに魔力を練り固めた剣を握り、折れている事などお構いなしに振るった。
斬れる、斬れる。我が身へと迫り来る、極細極小の殺意の嵐が、ピウンッ、と言う音を立てて無力化されているのが、アレックスの腕に伝わってくる。
あの時マンションで戦った時には、見る事は愚か、形ですら朧げに認識する事も出来なかったモノの正体、軌道。それらが理解出来る。
北上の腕を切断し、自分の身体に手傷を負わせたものの正体は、目で見る事等出来ないほど小さな糸だったのだ。
本当の事を言えば、今でも、糸そのものをアレックスは視認する事は出来ない。出来ないが、腕に伝わってくる感覚は間違いなく糸のそれだし、例え目で見えずとも、アレックスの目には細い線状の殺意が感知・視認出来る。人修羅と化した事による恩恵が、最高の形で現れていた。

 マーガレットと、アレックス。二人がチタン妖糸を対処し終えてすぐのタイミングで、彼らは、姿を現した。
空中からまるで、ミサイルの着弾めいた勢いで、その二人は片膝ついて着地した。この場に現れた勢いから推察するに、此処に移動するまで相当の加速を得ていたのだろう。
二人は共に、黒いコートを着ていた。というよりどちらも、黒ずくめの服装なのだ。シャツからズボン、靴に至るまで。
違いと言えば、一方が来ているコートはロングコート、もう一方がインバネスと言う所であろうか。

 だがその二人の最大の共通点は、そんなものではないだろう。
――美しい。そう、美しいと言う客観的な事実こそが、彼らの最大の共通項。形容する言葉が、見付からない。美を表現する語彙が、この世にない。
佇むところから伸びる影すら美の極点、風にたなびくコートですらも、オーロラを幻視させる程綺麗なもの。
纏う衣服ですら、美しいもの。いやそれどころか、彼ら自身の美の一部の如くにしてしまう程……彼らの美しさは、達していた。
その麗美さは、人界のものではありえない。それは天界の美……或いは、魔界の麗しさだった。

【その男が……?】

【その通り、我が仇敵さ】

 美魔人の片割れ、インバネスを纏う方の魔人である浪蘭幻十が、何処か誇らしいものすら感じられるような声音でそう言った。
幻十から聞いていた特長と、乖離しているとマーガレットは見ていて思った。美しい、それは、間違いない。異論の挟みようがない。
だが、幻十から事前に教えられていた美しさとは、ベクトルが違うように思えるのだ。前情報では、無邪気で純粋な美だと言われていたが、今は違って見える。
冷酷、そして峻烈。人を裁き、人に無慈悲に接する恐るべき神を、幻十と相対する男、秋せつらに見たのである。

663第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:44:40 ID:eP/lXdxU0
【ちなみに言うが、もうペルソナを用いた物理無効はせつらには通じないと思って良い。奴はもうマスターの殺し方を学習した、次は回避に徹せねば死ぬぞ】

 馬鹿な、と言いたくなるマーガレットだったが、此処で幻十が嘘を吐くメリットが思い浮かばない。本心で幻十は言っているのだろう。
事実、幻十の言う通り秋せつらは、今しがたマーガレットの身体を妖糸が素通りしたのを見て、対処方法を既に弾き出していた。
いや、弾き出した、と言うような言い方は正しくない。正確には、『物理攻撃をああ言う方法で無効化する敵の斬り方を覚えた』、と言うべきか。
こう言う指の動かし方をすれば、斬れる。その方法論を編み出したに過ぎない。そして真実、そのやり方で、斬り殺してしまえる。せつらが魔人たる所以であった。

「アサシン……ッ!!」

 まるで雪崩のような量と勢いの殺意を、アサシン……即ち、浪蘭幻十へと放射させながら、アレックスが言った。
弩級の怨嗟を込めた言葉を受けるも、幻十はまるでアレックスの方を見ていない。それを、アレックスは挑発と受け取った。

「酷く怨みを買っているようだが」

 他人事のようなせつらの言葉に、幻十は笑みを零した。

「買った買われたなど、日常茶飯事じゃないか」

 それもそうか、と言わんばかりにせつらは黙った。
アレックスは、豪も此方に対して反応を寄越さない幻十に対し、赫怒を燃やしていた。実際には、アレックスに対しても幻十は細心の注意を払っていた。
索糸を用い、幻十は、アレックスが数時間も前に上落合のあるマンションで半殺しにしたサーヴァントだと気付いている。
色々と、謎はある。その中で最たるものが、何故アレックスが、<新宿>衛生病院に居を構えていた、あの恐るべきルーラーと同じ種族に転生しているのかと言う事だ。
以前戦った時のアレックスの実力とは、比べるべくもない。格段に、今のアレックスは強くなっている。何せ、幻十の糸は勿論、せつらの妖糸ですら対応出来ているのだ。
前回幻十に無様な醜態を晒した時を思い起こせば、段違いの進歩であると言えるだろう。

 であるにも関わらず、幻十がせつらの方にのみ注視している理由は、単純明快だ。
アレックスがこれだけ強くなっていてもなお、幻十のプライオリティは、せつらの方を高く設定しているからに他ならない。
人修羅・アレックスは間違いなく強い。だが、幻十はその強さに、脅威と恐怖を感じていなかった。
<新宿>衛生病院で戦った、あのルーラー。強かった。思い出しても、背骨が凍る程の恐怖を覚える。
まさかこの街に、せつらやメフィストに匹敵――いや、かれら以上かも知れないと、魔界都市の体現者である幻十に思わせしめる程の存在が、いるとは思わなかった。
あのまま、衛生病院で幻十とルーラーが戦っていれば、幻十は恐らく今この場でせつらと睨みを利かせていられなかったろう。そうと認める程、あの人修羅は強かった。
だが、此処にいるアレックスについては、同じ人修羅の男である筈なのに、まだ対処出来るものと頭のどこかで幻十は考えているのだ。そしてそれは、きっと事実なのだ。
ならば、幻十はそれに従う。アレックスは現状底の見えぬ相手だが、彼以上に底なしの強さを持つ者が、秋せつら……魔界都市で最も恐れられ、そして幻十ですら勝てぬと認めた男なのだ。生前の事を知っていてなお、未だその強さの全貌の知れぬ男。そちらの方に注力するのは、当たり前の話だった。

 痺れを切らしたのは、アレックスの方だった。
幻十への怒りが、突如現れた自分の知らないサーヴァント――即ち、秋せつらの様子を静観する、と言う基礎的な行動を取る意思に勝った。
自らのクラスを宝具、『もしもサーヴァントだったら』によってキャスターに変更。これで、彼の放つ魔術には補正が掛かる。威力の面でも、速度の面でも。
クラスの変更と同時に、せつらと幻十、マーガレットを丁度巻き込む位置に、ゼロ秒を錯覚する程の速度で竜巻が荒れ狂った。
螺旋状に巻き上がり、巻き込まれる砂煙、そして瓦礫。この竜巻に巻き込まれようものなら、高くに舞い上がる程度では済まされない。
中で螺旋を描く砂粒に体中は切り刻まれ、一秒も経たない内にその生命体は、竜巻の中で回転を行うデブリと化す。
砂粒だけではない、時速一〇〇〇km以上の速度で回転を行う瓦礫に直撃すればその時点で即死は免れ得ない。
何よりも竜巻内部で発生している真空の刃が、砂粒と瓦礫を対策する者の命を無慈悲に刈り取って行く。
死角はない。安全地帯も勿論ない。巻き込まれてしまえばその人物は、死出の花道を歩くしかないのである。しかしそれで――果たして魔人を葬る事は、出来るのか? その答えは、すぐに知れる事となる。

664第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:45:11 ID:eP/lXdxU0
 ビル数棟を積み重ねたような高さの竜巻が、無数に断ち割れた。まるで、一本の大根かゴボウかでも、包丁で雑にカットしたかのように。 
割断された竜巻は、最早竜巻としての形と威力を成さなくなり、取りとめもなく、あらゆる方向に吹き荒ぶ、粗雑な風力エネルギーとして四散してしまう。
秋せつらは、地上で佇んでいた。あれだけの風力の竜巻の中に晒されていながら、姿勢を崩した様子もなく。
まるで足元から根が伸びているかの如く不動の姿勢を維持出来たのには、如何なる摂理が彼に働いていたのか?
幻十は一方、空中を飛翔していた。彼の方は、竜巻に逆らうのではなく、それに巻き込まれつつも、身体を損なう現象については受け流す方向性を選んだのだろう。
繭の様に身体を包んでいたチタン妖糸を、人差し指の一本を軽く動かすだけで幻十は解除する――のみならず、それまで繭になっていた妖糸は、小指一本で成しうる操作量を超える動きで、幻十の背部に凄いスピードで稠密して行き、やがてそれが不可視の翼を形成する。チタンの糸で形成された、人工の翼を。幻十よ、飛ぶのか? その翼で、太陽目掛けて飛んで見せたイカロスの如くに。

 最初にアレックスへとコンタクトをとったのは、マーガレットだった。
彼女がアレックスの起こした竜巻を無力化させられたのは単純で、風や衝撃を完全に無効化するペルソナを装備していたからに他ならない。
吹き荒ぶ風力エネルギーなど知らぬと言わんばかりに、アレックスの下へと一直線。常人なら数十mは吹っ飛ばされて余りある混沌とした風のベクトルも、今の彼女にはそよ風同然だった。

 迫るマーガレットに対し、アレックスが駆け出した。
来るか、と思い、肉体の内奥に力を込めるマーガレットだったが、その彼女を、アレックスは無視。行き違いの形で、彼女を素通りした。
バッ、と背後を振り返った時には、アレックスは軽く屈んだ膝を勢い良く伸ばす、その力を用いて跳躍。妖糸の魔翼を操って、空中を滑空する幻十の方へと向かって行く。

 宙を舞う幻十目掛けて、胴回し回転蹴りを行うアレックス。そしてその一撃を、糸で構成された翼の片方を振るって迎撃する幻十。
蹴り足と翼とが、衝突する。鈍い音、響き渡る重い衝撃波。切り立った断崖ですら崩落させるに足る一撃を受けても、糸翼は中頃まで断裂される程度の損傷に留まる。
翼の中は全くの空洞であるとは思えない程の、凄まじい強度であった。しかし、今の一撃で飛行能力を失った幻十は、殺虫剤を当てられた蝿の様に墜落を始める。
そしてその隙を狙って、せつらが動いた。指を動かすと、怒涛の勢いで、アレックスと幻十の周囲を、無限と言われても信じてしまいそうな数の妖糸が殺到。
彼らの身体を、その糸と同じ大きさであるナノマイクロ、いや、それ以下の小ささにまで切り刻もうとする!!

 アレックスに破壊されてない方の糸翼、その全てを解いて、せつらの殺魔線に対抗しようとする幻十。
無論、それではまだ足りない、コートの裏地からボールペンのペン先の球程度しかない大きさの糸玉――チタン妖糸をそう言う形にしたもの――を取り出し、
それを即座に解く幻十。解かれた糸は風に舞って霧散するかと思いきや、幻十の指先が触れた瞬間、彼の意思の雄弁なる代弁者の如くに靭性を帯び始める。
せつらの糸と幻十の糸が、衝突する。チィンッ、と言う高音と同時に火花が明滅する、その様子を見て、せつら達が妖糸を操る事を知っている者が見れば思うだろう。
幻十が事なきを得たと。実際には違う。数万を越す糸を操ってなお、せつらの糸は無数にある。その本数、優に二万は下らない。

「仕方のないサーヴァントだこと!!」

665第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:45:29 ID:eP/lXdxU0
 奇しくも、アレックスとマーガレットは、迫る妖糸に対して同じ反応を取った。
マーガレットは、幻十の周囲に小規模の、アクリルで出来ているような透明感を持った、球状の泡めいたもの無数に創造。
アレックスの周囲にも、彼自身が創造した同形状の泡が生み出されていた。互いに、互いが生み出した泡に魔力を込めた瞬間だった。
アメジスト色の爆発が球の内部で発生。爆発は、球の外に出る事はなかった。両者が発生させた泡範囲内にはせつらの操る糸が配置されて『いた』。
この場にもし、ナノマイクロのサイズを視認出来る者がいれば、理解出来た事だろう。泡を素通りした部分の糸が、綺麗さっぱりと、『消滅』している事が。
泡の正体は、小規模のサイズにまでパッケージングされた閉鎖空間であり、彼らはその内部で、俗に『メギドラ』と呼ばれる魔術を発動させていた。
俗に、万能属性とも称されるこの属性の魔術は、悪魔や神が操る魔法の中でも極めて高等の物に分類される。この属性は、相手の有する耐性や概念防御を、貫く。
せつらの操る糸であっても、それは同じ。メギドラの直撃をモロに受けた妖糸は、燃えるでも崩れるでもなく、跡形もなく消滅。せつらの意思と断絶され、無害な糸屑に変貌してしまったのだ。

「出来るな」

 マーガレットに対し感嘆の言葉を漏らすせつら。余りにも、其処には感情が無い。
小石が転がっている、セミが足元で死んでいる。その程度の情感しか、言葉に込めていなかった。

「自慢のマスターさ」

「気味悪いわ」

 着地と同時にそう言った幻十に対し、鳥肌すら立つ思いでマーガレットがそう言った。
目の前にいる、サーヴァント、秋せつらの実力を脳内で反芻するマーガレット。
網膜に映るステータスは、三騎士のクラスと比べても遜色はないにしても、面白みはそれ程ない。サーチャーと言う特異なクラスである事にも、それ程驚かない。
問題はただ一点、強い、と言うその事実。幻十が再三以上に渡って語っていた、秋せつらは強い、と言うその言葉を肌で彼女は実感していた。
成程、必要以上に幻十が意識していた理由もよく解る。せつらの強さは、異常だ。武器は確かに、幻十と同じ糸なのだろう。
同じ糸の筈なのに、幻十と同じ武器である気がしない。彼よりももっと恐ろしく、そして鋭いモノを振るっているような錯覚にすら陥ってしまうのだ。
冬至の夜に浮かぶ凍てついた満月に似た美貌を持つ魔人、秋せつら。彼の手で操られる魔線は、余人が魔線と見る以上の力を、得てしまうのだろうか?

 確かに――これは、今の幻十では荷が重かろう。
しかし、せつらは知らない。自身が『出来る』と判断した、自らの親友だった男のマスターである才媛もまた、魔界都市の住民の手綱を握るに相応しい怪物である事を。

「手間の掛かる男……援護してあげるから何とかしなさい」

 そう告げるのと同時に、マーガレットは、ペルソナ辞典から一枚のカードを取り出し、そのカードに刻印されたペルソナをこの世界に招聘させた。
黒い烏帽子兜を被り、真紅の鎧具足を装備した美男子だ。無論、鎧を纏っているという服装上、柔な優男の外見ではない。鍛えられた、武者の外見だ。
幼名を牛若丸。最も知られる所の名を、源九郎義経(ヨシツネ)。平安末期から鎌倉初期にかけて八面六臂の活躍をした、源平合戦の立役者。
鞍馬山で武芸の鍛錬を積み、大胆な知略・奔放な剣術で多くの敵を惑わせ、源氏側を勝利に導いた大武将である。そして、幻十の言っていた、物理攻撃を無効化するペルソナの正体である。

 ヨシツネが剣先を、幻十に向けたその瞬間だった。 
淡い光のようなものが幻十の身体を包み込み、その光が彼の体に吸収されていったのだ。一秒も、その間経過していない。

 ――補助魔法……!!――

 アレックスが今この瞬間、地上に着地した。そして、マーガレットが幻十に対して行った術の正体を看破した。
それは、アレックスの世界で言う所の『ブレス』。それは、悪魔達の世界で言う所の『カジャ』。即ち、素の身体能力を強化させる魔術である。
魔術の世界に於いて他者の能力の強化は最難関と言われる程難度の高い術ではあるが、マーガレットレベルになるとそれを行う事など、児戯も同然。
『ヒートライザ』。それが、マーガレットが幻十にしてみせた強化の魔術の正体。その効果は、戦闘に関わる全ての能力の向上、であった。

「――こう言うサポートを必要としない程には、強くありたいものだな」

 その言葉と同時に、幻十の両腕が、残像も追いつかない速度で霞んだ。
せつらが、アレックスが。その動きに追随した。両名共に、後手に回ってしまった。腕、指、どちらの動きも、先ほどの幻十のそれよりも遥かに迅速だったからだ。
いや、速度が跳ね上がったのは、身体の動きだけじゃない。美の精緻たる幻十の腕指、それによって操られる必殺の糸条の速度もまた、恐るべきスピードに達していた。

666第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:46:05 ID:eP/lXdxU0
 せつらの指が、痙攣にも似た動きを見せた。いや、それは肉体の反射的な動きではない。
一見して痙攣や引き付けに見えるような動きでも、それは、せつらにとっては計算と意図で編まれた動き。“私”の人格は、そう言う動きを行わないのだ。
その証拠が、せつらの操る魔糸の動きだ。彼の周囲に展開されていた糸が、せつらの指の指示に従い、蛇の様に動き始めた。
ある糸は薙ぎ払われ、ある糸は地面から一気に弾け飛び、ある糸は上下左右に回転運動を始めた。その動きが無秩序なそれでない事は、迫り来る幻十の糸を切断し返しているところからも、証明済み。尤も、他人にはナノマイクロというミクロの世界での攻防など、認識出来よう筈もないが。

 アレックスについて言えば、かなり危なっかしいながらも、無事に糸を防げていた。
黒贄によって齎された腕の骨折は、荒療治ながらも自前の回復魔術で回復されており、振るえばまだ痛みが鈍く起こるその腕に魔力剣を携えて、チタン妖糸を斬り払っている。
人修羅になって得た事による優れた知覚能力で糸を認知出来るとは言え、アレックスには絶対的に、せつら・幻十の操る妖糸に対する経験値が足りていない。
防げはする、致命傷も免れられる。だが、其処から攻めに転ぜられない。防ぐだけが精一杯なのだ。しかも見た様子、幻十はまだ糸を操る本数を増やせるらしい。
本気でアレックスを対処しようとしているのなら、忽ち彼の霊基に大ダメージを与えられていよう。そうしない理由は簡単だ、出来ないから、である。
幻十の目的は、あくまでも秋せつら。その軸は、全くブレていない。もしもこの場に、ナノマイクロサイズのものを視認出来る水準にある、
文字通りの『神の目』を持った存在が居るのであれば、きっと解るだろう。明らかに、せつらに降りかかる糸の数が、アレックスよりも遥かに多い事に。
幻十がせつらを特別視している事は、今更説明するべくもない。だから現に、せつらの方に妖糸の数を多く向かわせている。勿論それは正しい。
しかしあの、“私”を名乗る恐るべき魔人が特別だとか、私的な因縁があるからだとか、必ずしもそれが全てではないのだ。

 この<新宿>で行われている聖杯戦争の中でも最強のマスター……いや、それどころか、だ。
二名が知る中で最強の魔女、宇宙の真理や魂の秘密すらその手に掴んだろうガレーン・ヌーレンブルク。
幻十どころかせつらですら、最高の魔女であると言う認識を同じにするあの高田馬場の魔女に匹敵する魔才を誇る、マーガレットが施した最強の補助魔術・ヒートライザ。
これによる絶大なブーストを得ていて尚――せつらに届かない、と言うこの現実。その通り、単純に、『せつらの方がまだ強いから彼を優先して攻撃している』……それだけの話なのだ。

 ――デタラメね……――

 せつらの強さを、知らなかった訳じゃない。
幻十から口頭で、マーガレットはその強さを知らされていた。自分と同じ技を使う、魔界都市最強の魔人の一人。そう言っていたか。
正直、彼女が使役する黒魔人について、彼女自身が抱いているイメージは最悪の閾値を優に上回る。美しいだけの、唾棄すべき魔王だと本気で思っている。
思っているが、この男が有する、魔人としての見識だけは、本物だとも思っていた。間違いない。幻十は嘘を平気で吐く。だが、せつらに関する嘘は、ない。
全て本気で話していると、短い付き合いでマーガレットは理解していた。理解していて――尚。その話には誇張や贔屓、忖度が含まれているのでは、と。この瞬間までは思っていた。

 一切、そんなモノはなかった。
幻十の語ったせつらの強さは、全て違わず真実のものだった。幻十が強く意識をする訳だ。
自分と同じ技を使い、自分と同じだけの背丈を持ち、そして、自分と並ぶ比類なき美貌を持つ男。ライバルとして意識するのも、頷ける。

667第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:46:22 ID:eP/lXdxU0
 本数にして千など容易く超える程の数量で押し寄せる、必殺の妖糸が、マーガレットに悉く当たらない。
糸を操るせつらは、理解しているだろう。マーガレットに近づいた瞬間、海をも叩き割るせつらの断線が、ドライフラワーを力尽くで揉んだように粉々になっているのを。
理屈は理解している。彼女の周りを目まぐるしく、まるで惑星を周期する衛星宜しく旋回する、球状の焔と冷気を見れば、何が起こっているのか魔人には解るのだ。
要するにマーガレットが行っている手品は、熱相転移だ。熱したグラスを急激に冷やせば、グラスが砕け散る。やらかした者も、数多かろう。
一般的な、それこそ、市井の家庭でもやりがちなミスである。コレを究極の領域にまで高めた現象を、意図的に操作して。マーガレットはせつらの糸を対処していた。
アギ(火炎)の魔術とブフ(氷結)の魔術のどちらも覚えさせたペルソナを装備し、そのペルソナが放つ太陽表面に近しい超高熱と絶対零度の極低温で、
極端な相転移を行っているのだ。無論耐えられない。直撃すれば、物質は必壊、生命体は即死だ。何せ、原子核のレベルで、その熱相転移を受けたものは消滅させられてしまうのだから。

 マーガレットが思う以上に、この場には、デタラメな人物しかいなかった。
そもそも彼女は気付いているのだろうか。音の速度を超越するスピードで迫る、1/1000マイクロのチタン妖糸を、丁寧に原子核レベルで破壊して対処している自分こそが。
傍目から見れば怪物そのものとしか映らない、と言う事実に。

【防ぎ方を変えろマスター、次は原子核を破壊された状態を維持したまま来るぞ】

 そんな馬鹿な、と突っ込む気すら最早起きない。
やりかねないと思ったからだ。原子核レベルでの破壊とはとどのつまり、消滅に等しい。
石をハンマーで砕くのとは訳が違う。石は叩き割っても、元々石であったものは残る。だが、原子レベルでの消滅は、跡形も無くなる。
形も存在も、消えて、滅びるのだ。そんな状態になった後でも、攻撃が叩き込まれる。ありえない話だ、言うまでもなく。
だが、秋せつらと呼ばれるあのサーチャーなら、やりかねない。目にした者に、これから自分は滅び去るのだと否応なしに想起させる、死神の美を持つせつらなら。やってしまうのだろうと、マーガレットは思っていた。

 今度はマーガレットは、迎撃を選ばなかった。
逃げた。と言うよりは、糸の範囲内から退散した、と言うべきか。駆けたり跳ねたり、避けたりしてではない。空間転移、即ちワープを利用して、だ。
せつらから三〇m程離れた地点まで転移したマーガレット。其処はせつらと幻十が、必殺の魔糸を乱舞させている大殺界の圏外だった。
無論計算して其処まで退避したのだ、が。所詮こんなもの、その場凌ぎに過ぎない。あの美麗極まる魔人がその気になれば、糸の殺戮範囲は、倍以上に跳ね上がるであろうから。

 一歩引いた所から見て初めて解る、恐るべき攻防である。
青、白、橙、赤、黄。それらの色は、せつら・幻十・アレックスの三名の周囲で高速で点滅する光の色だった。
色の正体は火花であった。せつらの手指から伝わる指示を受け、神業の如き軌道で迫る殺線の嵐。それが防がれる際に生じる、せつらの糸の断末魔だ。

 戦況をどうやって、こっちに有利な方に転がそうか。
せつらの意識が此方に向く、ほんの僅かな時間を利用し、目まぐるしく脳を回転させるマーガレットだったが――。
思いも寄らぬ形で、それはやって来た。但しそれは……マーガレットの側よりも、やって来た側のほうに、不利を押し付けてしまいそうだったが。

668第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:46:41 ID:eP/lXdxU0
残りは今日の夜投下します。今回の投下はこれで終了です

669名無しさん:2020/01/03(金) 11:11:36 ID:EdffP4Zg0
あらいらっしゃい!ご無沙汰じゃないっすか〜(投下乙です)

令呪の効果でセオリー通りの戦い方をするようになった黒煮、人体損壊前提の戦いをやめた事でかえってその異常な身体能力ぶりが分かることになったな
そしてマーガレットさんはやっぱりマスターで参加して良い能力じゃ無いねこれ…。頑張って育てた番長を瞬殺されたのを思い出しました(隙自語)
『私』のせつらは相変わらず底が知れない。この乱戦も終わりが近付いてきてるが、どう終結するのだろうか

670第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:49:37 ID:3fIroC7g0
投下します

671第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:50:03 ID:3fIroC7g0
 トラウマから来る、過呼吸。
それは、戦争の渦中に身を置いていた兵隊にとっては、極めて身近で、誰もが陥る可能性を秘めた発作である。
戦中での体験と記憶が、平和な日常を過ごしている最中に突如としてフラッシュバックを起こし、パニック障害などを引き起こす。
戦争と言う過酷極まる世界を生き抜いてきた兵士が、過酷とは無縁の平和な日常の中で、その精神を蝕まれるのだ。皮肉な結果以外の何物でもない。

 北上は、艦娘としての自負で、PTSD一歩手前のそのトラウマの発作を抑えていた。
抑えられたのが、奇跡だとすら思っていた。プライドは元々人並みだと思っていたが、それでも、あの瞬間だけは、北上は自分のメンタルの存外の強さを褒めてやりたかった。

 上落合のマンションで遭遇した、絶世の美貌を誇るアサシンとの不意の再会は、安定傾向にあった北上のメンタルを掻き乱すには十分過ぎる程のパワーがあった。
北上の語彙では、到底表現不可能――と言うより、人界の言葉では表象不可能な程である、あの美貌は、本来の意味とは全く異なる意味で、直視に堪えない。
見ようと決意するだけで、深海棲艦の跋扈する海域に突入する以上の覚悟が必要になる美貌など、凡そ、この世の物ではない。
そして、その美貌から繰り出される、艦娘の象徴である艤装は勿論、アレックスが操るサーヴァントとしての力すら及ばぬ、『不思議』以外の何物でもない殺しの技。
極め付けが、悪辣を極めるあの性格。艦娘の敵である所の、深海棲艦ですらが、個体によっては会話と交渉の余地がある程度には、良識と呼べるものが僅かながらにあった。
あの麗しい魔人には――それがない。あるのは徹底して、己のエゴと悪性だけ。悪逆を成す為だけに、この世に生を授かった、純然たる魔人。それが彼、浪蘭幻十と言うアサシンだった。

 そんな、恐るべき男に、北上もアレックスも、殺されかけた。
よくぞ、生きているものだと彼女は思う。判断一つ、しくじっていれば彼女らは本当にあのマンションで命を落としていたのだ。
それほどまでの激戦だった。尤も……、激戦と言うのは彼女らから見た場合であって、幻十から見れば、蟻でも蹴散らすかの如き一方的な蹂躙劇であったのだが。

 それ程まで痛い目をあわされた人物に出会ってしまえば、心が掻き乱されるのも、仕方の無い話であった。
況して絵画館で出くわした時は、アレックスと言う頼れる相棒が居なかったのだ。動揺を超えて戦慄・恐慌に近い状態にも、なろうと言う物だ。

「……なぁ、嬢ちゃん」

 絵画館の中を疾走しながら、塞は、後ろを追随する北上に対して言葉を投げかけた。
早く逃げねば、拙い。塞は、自身の予感を信頼している。良い方の、では無く、悪い方の予感の方をだ。そちらは嫌な話だが、良く当たるのだ。
尤も、塞でなくても容易に想像出来るかもしれない。この絵画館は、間違いなく、幻十の手によって戦場と化す。
それも、建物としての形が残っていれば良い方。最悪、建物の跡形もない程、壮絶な戦いが繰り広げられるだろうと言う予感すら彼にはあるのだ。
無論のこと、そんなのに巻き込まれれば一たまりも無い。逃げるが勝ち、という物だった。

「アンタ、あのアサシンの事……知ってたな?」

「……」

 どうして、そう思ったの? などと、北上は言えなかった。
シラを切って押し通す事が出来ないと、彼女は思ったからだ。故にこその、沈黙。そしてその行為は、自らがアサシン・浪蘭幻十の事を知っていた、と言う事を雄弁に語っていた。

672第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:50:20 ID:3fIroC7g0
 塞も、知らなかったと言う言葉を発させる事は許さない。状況証拠があそこまで揃っていれば、塞でなくとも馬鹿でも解る。
あの、思い出すだけで冷や汗が吹き出るような、恐ろしい美貌のアサシンを見た時の、異様な恐怖と震えが、証拠の一つ目。
と言っても、北上のこのリアクションは塞は責められない。彼自身ですら、戦慄と忌憚の念をあの美貌には隠しえなかったからだ。
況して異性である北上が、あの美しさを目の当たりにして無事でいられるだろうか? それを思えば、成程、北上のあの反応は、証拠として数えるのは無理があるのかもしれない。
だが――もう一つの証拠がそれを許さない。あの時北上は、確かにこのような旨の言葉を叫んだのだ。『あのアサシンと戦ってはいけない』……と。
これを聞けば、誰だって思うだろう。北上は過去に、あのアサシンとコンタクトを取っていたばかりか、交戦の経験すらあるのだ、と。
其処を、塞は疑らなかった。彼女の言葉を額面通りに受け取り、そして素直に解釈した。そしてその解釈は正しかった。正しすぎた、とも言う。
北上の言った通りだった。あのサーヴァントとは、戦っては行けなかった。此方側が有していた情報が余りにも少なかった為、
今更挑んでしまった事を悔いるのは非生産的だと言わざるを得ない。そうと解っていても、歯噛みせずにはいられない。
鈴仙の能力を歯牙にもかけない、奇妙な実力の持ち主だと解っていれば……早々に退散していたものを。

「悪いが、その気になった俺は、黙秘権なんて上品な考え方を遵守するつもりはない。質問が非難を飛び越えて、拷問に変わる前に答えて欲しいんだが……」

「知ってたって言うか……戦った事があります」

 やはりそうか、と塞と鈴仙。其処までは予想出来た。

「別に黙ってた訳じゃないよ。聞かれなかったからさ」

 それを言われると塞も弱い。何故なら塞は、同盟相手の過去の交戦記録の事を、軽んじていた傾向があったからだ。
無論、度外視していた訳じゃない。聞こうとは思っていたが、今回の、ジョナサン・ジョースターの退場と、遠坂凛の討伐を兼ねた作戦のセッティングで、聞く機会を逸していたと言うのも大きい。

 だが一番の問題は、塞自体の心に蟠っていた、自身が知っているサーヴァントの情報を秘そうとしていた気持ちである。
北上が従えるサーヴァント、アレックスは戦力的にも申し分ない存在なのだが、同時に、危うい面も多々見られる、おっかない爆弾だった。
強さと同じぐらい、抱える際の不安要素が大きい存在。それがアレックスだ。そんなサーヴァントを同盟相手として取り込むに辺り、
いつでも手を切れるように――この場合サーヴァントを消滅させる事と同義だ――考えていたのだ。
そのやり口の一つが、塞の知っているサーヴァントの知識を秘す、という物だった。手口を知っている敵と戦うのと、全くの初見の敵と戦うのとでは、
兵法のド素人が考えても後者の方が苦戦する率が高い事は自明である。小賢しい手だと言われれば返す言葉もないが、その賢しい一手が決め手にもなる。塞はそれを狙った。
仮に塞に対して誰か他の主従と戦った事があるか、と聞かれても彼はしらばっくれる手段を選んでいただろう。シラを切り通せる自信があるからだ。
何故なら塞はこの<新宿>での聖杯戦争に於いて、『実際に交戦した経験は今回が初めての事』だからだ。
紺珠の薬で予知した、あり得た未来での戦いにしても、それを完璧にフィードバック出来ているのは鈴仙だけなのだ。塞は本当に、交戦経験は幻十とのそれが初めてだ。
だから、語れない。知らないフリだって出来るのだ。何故ならば、サーヴァント同士の本気の戦いを目の当たりにした事は、実際問題本当になかったのだから。

 それが完全に裏目に出た。
自分の手札を晒す事を覚悟で、北上とジョナサンと情報共有するべきだったと臍をかむ思いだ。

「戦ってよく無事だったな、嬢ちゃん」

「無事じゃなかったよ……腕斬り落とされたし……。現に私の右腕、義手です」

「オイオイ、マジかよ……」

 形だけ驚くフリをするが、実際塞は、北上が過去に右腕が欠損された状態で活動していた事を情報筋から聞いて知っている。この場面でシラを切ったのは、その筋の詮索を避ける為である。

673第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:50:42 ID:3fIroC7g0
 絵画館の中を走りながら、塞は考える。今後の身の振り方、それについてだ。
塞自身の偽らざる本音を語るのなら、幻十は始末しておきたい。可能な限りではなく、是が非でもだ。
何故なら彼は現状に於いて唯一、鈴仙が如何なる原理の術を使うのか、理解している存在となるからだ。
幾度も述べた通り、鈴仙の強さの本質は、『何故強いのかと言うタネをその応用性の高さの故に理解させない』事にある。ために、タネが割れればその威力が損なわれる。
生かしておける、筈がない。では殺せるのか、と言われればそれもNO。あのアサシン、浪蘭幻十の強さは、余りにも底知れない。
認めるのも腹立たしいが、幻十の底はきっと、鈴仙のそれよりも深い。少なくとも、鈴仙の及ぶ相手ではないだろう。

 だからこそ、アレックスを回収しておく必要がある。
現状、北上を見捨てて塞と鈴仙だけで逃走すれば、確実に、幻十らから逃げ出す事は可能であろう。
だが、有用なコマは揃えて置きたい。アレックスはただ強いだけのサーヴァントではない。絵画館で自分達のピンチを――意図はしていないだろうが――救った、
旧知の間柄のサーヴァントを除けば唯一であろう、浪蘭幻十と交戦して生き残ったサーヴァントなのだ。
その交戦の結果が、どれ程無様で、手痛い敗北を喫したかなどは重要ではない。戦って、生き延びた。この事実が重要なのだ。
つまり、幻十と交戦した経験値があり、しかも強いサーヴァントなのだ。対幻十を見据えるのならば、これ程重要な手札はあるまい。
見捨てるには、惜しい。だから、アレックスと合流する腹積もりなのだ。これを達成すれば、すぐに、逃げる。手筈としてはそのつもりだった。

 ――だが、そう簡単に行かない事も、解っている。

【まだ戦ってるわよ、マスター】

 念話を飛ばしてくる鈴仙。
絵画館から脱出し、其処から百m程離れた地点に行ってからの事だった。

「すご、何アレ……」

 北上が目を瞠らせながら、彼方の模様を眺めている。
此処からでは距離的に、ゴマ粒程度の大きさにしか見えない何かが、文字通り目にも留まらぬ速さで縦横無尽に動き回っているのだ。
しかもその粒と粒が衝突する度に、拳銃の射程を優に越える程距離を離した此方側にまで、爆音と聞き間違える程の大音が響き渡るのだ。
あの粒がサーヴァントである事は、疑い様もない。遠くの物を見るスキルが艦娘には必須である都合上、この程度の距離ならば北上は、
人の顔の識別は勿論無造作に転がった針の一本ですら認識する事が出来るのだが……今回に限ってはそれが出来ない。
単純に、サーヴァント同士のスピードが速すぎるからだ。攻め手も対手も解らないレベルで、彼らは速く動いている。況や、行っている動作など言うに及ばず。

「と、言うか……。神宮球場、だっけか……? あの球場の名前。……影も形もないんだがな……」

 気付きたくない過失にでも気付いてしまったかのような、塞の言葉。
彼の言葉を認識した鈴仙と北上が、あっ、と声を上げる。ない。本当にない。絵画館付近にある建物の中で最も有名……いや。
人によっては絵画館の方がおまけと言う認識であろうレベルで有名な、あの球場が見当らないのだ。

 ……見当らない。その言い方は正しくない。それらしい物は、見付かるのだ。
『瓦礫と砂煙と鉄骨』、と言う形でだが。残骸、と言った方が語弊がないかもしれない。
戦いの余波で破壊されたと見て、間違いはないだろう。サーヴァントであってもあの規模の建築物、自らの意思で壊そうと思い立ち、
構造物の破壊を主眼に置いて力を振るわねば出来ないだろう。それを、サーヴァント個人を殺そうと言う事を目的とした活動……その余波で破壊せしめるなど、尋常の技ではない。ともすれば、彼らからしたら戦ってたら何か壊れてしまった……レベルの考えなのかも知れない。

674第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:51:05 ID:3fIroC7g0
 とてもではないが、割って入るどころの話ではない。
それどころか、近づくだけで命の危険がある壮絶な戦いぶりだ。<新宿>の市街地であの規模の戦いを繰り広げて、よく『建物の損壊だけ』で済んでいるものだ。
場所が場所なら、NPCの命など紙屑同然、酸鼻極まる血風山河が築きあがっている事だろう。そうなってないのは、戦っているサーヴァントの理性の強さの賜物であろうか。
何れにしても、アレックスとの合流は困難である事は間違いない。波長を用いた鈴仙の障壁にしても、限度がある。収まるのを待つか、と塞が考えていた時だった。
傍観など許さぬとでも言うように、彼は即断即決を余儀なくされた。命辛々幻十から逃げ出してきた、聖徳記念絵画館が崩落し始めた、その瞬間を目の当たりにして、だ。

「オイオイオイ!!」

 さしもの塞も焦る。無茶苦茶だ。
此処からでも、崩落の瞬間がよく見える。強い衝撃を受けて粉々になった、と言うよりは、建物そのものを果物だとか野菜だとかに見立てるように、綺麗に寸断。
斬られた破片が落ちて行く、と言う風な見え方がこの場合正解なのだろう。健在の切り口が、ヤスリやかんな掛けをしたように滑らかなのがその証拠だ。
およそ、人の技ではない。当たり前の話だが、建造物はスイカやメロンみたいに、簡単に斬れない。これを容易にやってのける技を如何して、人の技と言えるのか。

「ヤバ……!! 早く離れよう!! 離れた内にも入らないって、此処だと!!」

 塞や鈴仙としても北上と同意見だが、この艦娘の少女の場合、なまじ交戦した経験がある上手痛いダメージがあると言う事実がある為、意見が生々しい。
百や二百、どころか、km単位で距離を離したとて、幻十相手では安全ではないのだろう。そしてそれは事実その通り。
指先に乗る程度の極小さな糸球一個で、地球を一周してお釣りが来るレベルの長さが賄えるチタン妖糸を操るせつらや幻十にしてみれば、百mと言う肉眼で見える範囲など、机の上の鉛筆でも手に取るような容易さでカバーできてしまうのだから。

【能力を使って効率よく呼び寄せられないか?】

 鈴仙を頼ってみる塞。彼女が誇る、波長を操る力は応用性も然る事ながら、適用出来る範囲についても広大無辺。
念話可能範囲や、サーヴァントを知覚出来る範囲が向上している事からも、能力のカバー範囲はかなり広い。
前述の応用性と、カバー出来る範囲の広さを駆使すれば、此処にいながらにしてアレックスを呼び寄せられるのでは、と塞が思うのも無理はなかろう。

【出来るけど、問題ありね】

【何?】

【戦いで心が昂ぶってる相手には、効き目が薄いと言う事】

 此方から任意の振幅の波動を飛ばす事で、それが何かの意図を以って放たれた合図やサインだと認知させるテクニックは、ある。
現に月の世界から逃げ落ちる前の鈴仙はそれを行う司令塔の役割を担っていたし、幻想郷に落ち延びた時代でも、師である永琳とこのテクニックを駆使した訓練も行っている。
だがこの技を今回行うにあたり、問題が三つある。一つは、アレックスが鈴仙の波長に気付けるだけの知覚能力が備わっているかどうかだ。
しかしアレックスはどうも、鈴仙の波長については感じ取っているフシがある事に、彼女は気付いている。この点は、問題はないだろう。
あとの二つが問題だ。その内の一つが、今のアレックスが鈴仙の合図に気付くか如何かである。これは一つ目の問題点とは全く意味合いが異なる。
要するに、『戦闘でヒートアップしているアレックスが、その合図に気付けるのか?』、なのだ。
波長による合図は視覚や聴覚、嗅覚の訴求力を用いない。それはある意味で大きなメリットなのだが、今回はその、五感に訴えない部分が強いデメリットとなっていた。

675第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:51:19 ID:3fIroC7g0
 そして最大の問題は――鈴仙は、波長による合図やサインと言うのを、『アレックスと事前に打ち合わせしていない』のである。
前提として、合図やサインは、作戦実行前にこう言う意味である、と示し合わせるから意味があるのである。
世の中にはその事前の話し合いなしに、ぶっつけ本番でやってのける者もいるのだが、それはしかし、半身と形容されるレベルで通じ合った仲にのみ限る。
当然の事、鈴仙とアレックスは其処までの仲じゃない。鈴仙のサインに気付くのか如何か、余りにも微妙なラインだった。

【この位置から不精して波長を放っても、多分モデルマンも気付かないと思うわ。ある程度間近の位置にまで接近する必要がある】

【鉄火場にこっちから、か……。一応聞くが理由は?】

【波長の意味が解らなくても、流石に私達が明白に映る位置にまで行けば、向こうだってこっちの意図に気付くでしょうからね】

 成程それはその通りだ。
合図やサインの意味を事前に教えていなくとも、流石に鈴仙らが近場にまで接近すれば、アレックスも此方の狙いに気付く筈である。
……あのアレックスが苦戦を強いられるレベルの火事場に向かって行く、と言うリスクは凄まじいが、確度が高い作戦は現状、これしかなかろう。

「敗北を、認めねばならんか……」

 此方の手を汚す事無く、ジョニィとジョナサンの主従を脱落させ、そして、黒贄の主従を消耗させる。
それが理想であったが、現実の方はと言えば、看過出来ぬダメージを鈴仙が負ったばかりか、予期せぬ闖入者のせいでプランは滅茶苦茶に引っ掻き回される始末。
当初のプラン通りに事が運ぶ、などと言うのは、神秘や超常の世界の住民であるサーヴァントが跋扈する<新宿>では、それこそあり得ない話。
それを、痛い火傷で以って、塞は思い知らされる羽目になった。となれば、彼に出来る事は一つだ。傷口をこれ以上広げないよう、退散する事。それだけだ。

 ――メフィスト病院とやらで治療出来るのか、我が身で試す必要があるかも知れんな……――

 噂で聞いていた、その勇名。
どんな患者でも、タダ同然の値段で診療、治療する、聖者のアジールの如きあの病院の治療。
噂の程を、これから負うかも知れぬ手傷の診察を以って、体験する事になるかもしれないと。塞は、アレックスの下へと駆け出しながら、思うのであった。

676第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:51:37 ID:3fIroC7g0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 鈴仙の気配に気付いたのは、人修羅としての桁外れた知覚能力を持つアレックスだけじゃなかった。
と言うより、この場にいる全員が気付いていた。せつらと幻十の二名は、索敵の為に張り巡らせていた、戦闘以外の用途に用いる妖糸で。
マーガレットの方は、完全なる野生の勘と、ペルソナ能力によって向上している知覚能力の合わせ技で。波長を操り気配遮断の真似事をしている鈴仙の存在を看破した。

 鈴仙が波長を飛ばすまでもなかった。
サーヴァントが、自分以外のサーヴァントを感知出来る圏内に入るまで、まだ余裕があるだろう。鈴仙自身がそう踏んでいた所で、アレックスらは気付いたのだ。
嬉しくない誤算だった。下手すれば命に関わる、致命的なアクシデントである。それはそうだろう。何せ其処にいるのはアレックスだけではない。
と言うより、塞と鈴仙が当初いると認識していた人物が、ほぼ総代わりしていたのだ。ジョナサンがいない、ジョニィもいない。黒贄も、遠坂凛も見当らない。
其処にいるのは先ず、アレックス。次に、聖徳記念絵画館で鈴仙を襲撃した、秀麗美貌の容姿を誇る黒いアサシン・浪蘭幻十。
加えて、そのアサシンに匹敵する、雪降る夜の研ぎ澄まされた明けき月光に似た、怜悧な美貌を持った黒いコートのサーチャー・秋せつら。
そして、幻十とせつら、どちらかのマスターと思しき、匂うような美女である、マーガレット。

 ――最悪……!!――

 鈴仙が思わず胸中で零した。
絵画館で幻十から自分達を逃したサーヴァントが、インバネスではない方のコートを着た、あのサーチャーである事に鈴仙は気付いている。
あの時彼女は、自分達に助け舟を出してくれたサーヴァントは、此方側に友好的な性格の人物であるのではと思い込んでいた。
だが、違う。断言しても良い。あのサーヴァントは此方に対して一切の友誼を築く気もないし、況して敵意など抱こうものなら一片の慈悲もなくこちらを葬る気概でいる。

 絵画館で戦っていた筈の両名が如何して、此処で戦っているのか? そんな疑問は、目の前に広がる確かな現実の前に、吹き飛んでしまっていた。
『雲に妖糸を巻き付けさせ、それを用いた超高速の振り子運動で鈴仙達に先んじてアレックスのところに向かっていた』、と言われても、彼女は最早驚かなかったろう。
目の前の現実に対してどう動けば、自分達は命を零さずに済むのか? その思案に、彼女は脳の全ての機能を費やしていると言っても過言じゃないのだから。

「前を見ないで!! 下を向いてて!!」

 一喝する鈴仙。その意味を推量するよりも早く、塞の方は目を素早く瞑って俯く事が出来た。北上の方も、同じ反応を取っていた。
敵を見ない、敵から目線を外す。それは命の取り合いにおいては自殺行為以外の何物でもなかろうが、今回のケースでは鈴仙は、全く間違った指示を下していない。
視界の先四十m先にいる敵が、幻十だけならば、鈴仙はこんな言葉を発さない。精神を安定させる波長を飛ばせば、幻十の美を直視した事で生じる、
塞と北上の精神的動揺は中和し打ち消す事が可能である。二人――せつらと共にいるのであれば、それはもう不可能となる。

 この世の美ではなかった。
目に焼きつく、と言うのは正にこの事を言うのであろう。子供でも知る慣用表現を、そのまま使わざるを得ない程に、幻十は、美しい。
網膜に焼き付いて消えないのだ。瞳を閉じても、瞼の裏側、光を拒絶した視界の只中に、あの男の輝かしい美貌が勝手に結ばれ始めるのだ。
幻十自身の人間性を加味すれば、アレは魔界の美、悪魔が人を蟲惑する為の美と表現するのが適切だろう。どちらにしても、人間の世界に在って良い美しさじゃない。
――それに匹敵する美貌の持ち主が、隣にいるのだ。無論誰かは言うまでもない。秋せつらである。
相手の容姿を、目の当たりにする。その行為は、精神に何らかの影響を大なり小なりの波を立たせるのだ。
際立って美しかったり醜いものを見れば、必然、それを見てしまった者の精神的なコンディションは、平時のそれとは逸脱したものになる。
妖糸を操る魔人の美は、鈴仙にですら正気を保たせるのに波長を操る力を駆使させねばならない程なのだ。それと同レベルの美しさの者が二人も、同じ空間に居並んでいる。常人が許容出来る、脳のキャパシティの限度を超えている。目で見れば、確実に精神に異常を来たす。それを考慮したが故の、『見るな』、と言う判断であった。

 ――チッ、そう言う事かよ……――

677第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:51:49 ID:3fIroC7g0
 北上が塞達の側にいるという都合上、勿論の事アレックスは、塞が北上を保護する為に此処から遠く離れた所で待機していた、と言う事実を知っている。
その本来の目的を忘れて、北上同伴で此処までやって来たと言う事は、要するに、そう言う事である。作戦は失敗、早く逃げろ。とでも言いたいのだろう。

 そんな要求呑めるか、と威勢よく突っぱねたい所であったが、アレックスはその欲求を押し殺した。
人修羅になる、と言う事は、バーサーカーの狂化のように、理性を捨ててしまう事ではないのだ。アレックスには、状況を的確に判断し、空気を読めるだけの理性があった。
この状況は、アレックスの方が圧倒的に不利だ。幻十一人だけならばまだアレックスでも喰らい付ける余地はあったが、此処にせつらがいるとなると、途端に旗色が悪くなる。
況してこちらは黒贄やパム達との連戦で、疲弊している状態。肉体的なコンディションの面でも、有利とは言えないのだ。
今現在の状況下で、幻十を下せるのか、と問われれば、アレックスは――心底不服だが――否と答える他ないのである。

 ――逃げるって言ってもよ……――

 此処から逃げ果せる、それは良い。だが一番の問題は、逃げられるのか、と言う点なのだ。 
今アレックスらの動向を注視しているのは、物言わぬ案山子などではない。
冥府(タルタロス)からの脱走者を逃がさなかったとされる、番犬ケルベロスよりも、抜け目も隙もあったものじゃない魔人達なのである。
隙を突いて逃げようにも、ナノマイクロのチタン糸は地面は勿論空中にすら張り巡らされており、基本的に気付かれずに逃走は不可能。
強行突破をしようにも、張り巡らされた妖糸はせつらと幻十の意思一つで、核爆発ですら防ぎきるシェルターですらベニヤの様に破断させる断線に変じるのだ。
ならば、チタン糸の繰り手を葬れば良いのかといえば、これを達成するのはチタン妖糸の大殺界から逃れる事よりも遥かに困難である。
せつらも幻十も、身体に纏わせたチタン妖糸で飛び道具の類は基本的に無効化。触れた瞬間、弾丸や、ガンドを初めとした魔術的な飛び道具は破壊されるからだ。
接近して殴ろうなどもっての外。拳が触れた瞬間、手首や肘、肩の付け根から、攻撃した側の腕が斬り飛ばされるからである。
無論そうする前段階で、妖糸が殺到すると言うおまけ付きである。それならばとマスターを狙おうにも、幻十のマスターに至っては贔屓目に見て幻十とほぼ互角の強さだ。
せつらのマスターについてはアレックスは知らないが、少なくとも、マーガレットを狙おう物なら、マーガレットの迎撃で苦戦している間に、幻十ないしせつらの追撃を受け、そのまま脱落するだろう。

 状況としてはかなり、詰みに近い。
聖杯戦争に於いて当然遵守するべきあらゆるセオリーが、この場面では封殺されているのだ。
サーヴァントを狙って葬る事は勿論、定石中の定石である、マスター狙いも困難。その状態から、比喩抜きで蟻の這い出る隙間もない程、
必殺のトラップが張り巡らされている場所からほぼ無傷に近い状態で逃げ果せるなど、一見すれば無理な話である事だろう。

 ――しかしそれは、『人修羅としての力を限定して使用した時の話』。
この力を、誰に憚るでも遠慮するでもなく、相手を葬る事のみに活用した時なら、今の場面、詰みの限りではないのだ。

 腰を低く落とし上体をやや捻るような体勢に移行するアレックス。
一瞬、ほんの一瞬の事だった。アレックスは、鈴仙の方向からでは口元が見えなくなるよう上半身を捻る、その前に。
唇だけの動きで、鈴仙にメッセージを伝えた。『死ぬなよ』。その短い言葉を鈴仙は――受け取った。冷や汗が、背筋を逆らって伝い上がる程の緊張感を、同時に、彼女は受け取ってもいたのだが。

678第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:52:04 ID:3fIroC7g0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 向き不向きの問題であるだとか、得手不得手の問題であるだとか、そう言う次元の問題を超えて、そもそもが人間と言う種族は戦闘に向いていない。
子供に聞いたとて解るだろう。人とチーターとではどちらが速いか? 人と熊とではどちらの膂力が上なのか? 人と猿とではどちらの握力が上なのか?
論ずるまでもなく、人は負ける。人はチーターより速く野を駆けられないし、人と熊が相撲を取ったとて容易く嬲り殺しにあうし、猿の握力は人の筋肉を容易く毟り取る。
人と言う種族はその生態からして、野生の世界でのレベルの闘争に全く向いていないのだ。無論、鍛錬と努力を重ねてゆけば、人は強くなれる。
だが、人がどれ程武術の鍛錬を積み重ねて行こうが、羆には人間は勝てない。武の何たるかも、武の字の書き方すら解らぬ羆に、人は絶対に、文明の利器の助けを借りねば勝てぬのだ。

 人修羅という種族は、人が人の形を維持したまま、その常態と生態を戦闘に特化したものに変質させる事にあると、アレックスは直感的に認識していた。
アレックスがまだ人間であった頃の、身体能力、そして魔術を発動する上でその威力の決め手となる、魔力の出力。その、桁が違う。
彼が知る上で、特に戦闘面で秀でている種族の代表と言えば、ドラゴンの類や魔王・魔神などに代表される悪魔の面々であるが……今の彼は、
その彼らをも軽快に上回る戦闘スペックを有するに至っていた。全く恐ろしい変化だと、今だってアレックスは思っている。
アレックスに施された人修羅への変化とは言ってしまえば、車のガワをそのままに、エンジンや下回り、シャシーにマフラーなど。
スペックの決め手となる全ての内部構造を入れ替えたようなものなのだ。こんなもの、通常罷り通る訳がない。
車のボディが、エンジンを筆頭とした内部構造のスペックに適するように計算された力学の賜物であるように、
人間の身体もまたそのスペックを大きく逸脱しないように精緻の妙なるを以って計算された賜物なのである。
極論を言えば、軽自動車のエンジンをF1カーに組み込まれるようなそれに変更したとて、最高のスペックが発揮出来る筈がないのだ。間違いなく、自壊する。
人の身体でもそれは同じで、例え人間にチーターよりも速い速度や熊以上の腕力、猿以上の握力を与えたとしても、その力に肉体の方が耐えられない筈なのだ。

 人修羅化には、そのあって然るべき自壊がない。デメリットが皆無なのだ。
人間としての身体と、保有していた意思をそのままに、圧倒的な出力を得る。そんな措置、誰が信じられようか。常識で考えれば、そんな上手い話、あり得ない。
そのあり得ないが、此処に体現されている。アレックスと言う体現者は、人修羅化の奇跡を、幻十やせつら、魔王パムに黒贄礼太郎と渡り合っていた。そんな事実を以って、その素晴らしさと恐ろしさを如実に表していたのであった。

 ――デメリットらしいデメリットがあるとすれば……――

 それは、人修羅のスペックが『高すぎる』と言う点にあろうか。
人修羅の身体は、戦闘に特化し過ぎているのだ。寧ろ、それ以外に何か秀でているところがあるのか? と疑問に思うレベルで、戦闘しか想定していない。
殴る、蹴る、斬る、貫く、叩く、壊す、砕く、潰す、穿つ、皆殺しにする、殺戮する、蹂躙する、支配する。その為の力であるように、アレックスには思えてならない。
アレックスは、人修羅の力を、フルに発揮していない。発揮するには、<新宿>の舞台が余りにも小さすぎるからだ。東京の一区画など、容易く破壊してお釣りが来る。
フルスペックを発揮する事で、聖杯戦争の全てに決着が着くのなら、無論迷わずアレックスはそうしていた。が、彼に残っていた勇者としての矜持が。
そして、北上を慮る気持ちが。それを許さなかった。北上を思う理由は単純明快、彼女を初めとした、<新宿>は勿論その近隣の区に住まう住民も、巻き添えで死ぬからだった。

 その慮りを、アレックスは今は捨てた。
<新宿>を破壊しないレベルで……しかし、人修羅の力の何たるか目に焼き付けさせるレベルで広範に破壊を齎らすレベルで。
彼は今、己が身体に溜められた凄絶な力の一端を、解き放とうとしていた。

「む……」

 今までとは違う攻撃に、アレックスが移行していると最初に気付いたのはせつらだった。
アレックスの周りを取り巻く、力の本流。その変化を如実に、せつらの糸が感じ取ったのだ。
幻十もまた、気付く。気付いた速度はせつらに負けたが、幻十の場合、正真正銘本物の人修羅――それに真贋がある事は尤も、幻十もアレックスも知らない――と、
交戦した経験がある事から、せつらよりも早く事態の深刻さを理解した。無論それは、マーガレットにも、言えた事なのだが。

679第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:52:22 ID:3fIroC7g0
 ――アレックスが、動いた。
紫色の魔力剣を生み出し、その剣を、居合い抜きの要領で横一文字に振りぬく。それら一連の動作を、稲妻が閃くようなスピードで達成するアレックス。
この場にいる全てのサーヴァントは、迎撃する、と言う選択肢を頭から捨てていた。受け、防ぎ、躱す。無傷でやり過ごせるような手段を、この場で選んだ。
同じ武器を扱うと言う都合上、せつらと幻十が選んだ防御方法は全く同じ。妖糸を身体の周囲に展開させ、無類無敵の防御結界を構築すると言うもの。
但し幻十の場合、この場に守るべきマスターが存在する為に、その結界をマーガレットのほうにも張り巡らさねばならなかった。
そして鈴仙の方は、空間の波長を操り、任意の空間……つまり、鈴仙と塞、北上の周囲の空間に目には見えない波打ちを生じさせ、物理的に歪ませた。
其処に何らかの攻撃が叩き込まれれば、その波打ちの形に沿うように、攻撃が逸れて行くのだ。弾丸を放てば、意味不明の方向に跳ね返される。近づいて剣の一撃を叩き込もうにも、あらぬ方向に攻撃が滑り体勢が崩される。無敵に近い、防御法である。

 各人が、これは、と思ったその防御法が、紙みたいに切り裂かれた。
焦点温度数十万度に達するレーザー光線ですら焼き切れず、戦車の砲弾だって容易く絡め取った後に細切れにするチタン妖糸が、要点を切裂かれて糸屑に変貌する。
暴力的な加速による突破を逸らし、あらゆるものをも粉砕する瞬間的な圧力と衝撃も分散し無効化する空間の揺らぎが、木っ端めいて斬り刻まれる。
各々が防げる、と思った防御方法を、知らぬとばかりに乗り越えてきたものの正体は、空間中に生じた、紫色の光の筋であった。
引っ掛けるもの、固定するものの存在しない空間に、その光る紫色の筋は刻まれており、まるで、その空間に亀裂が生じ始めた風にも見える。
この場の面々は知らなかろうが、もしも、閻魔刀と言う刀を振るうアーチャーと面識があったのなら、次元斬と呼ばれる技を思い出すだろう。今アレックスが放った、『死亡遊戯』なる技には、その次元斬と良く似ていた。

 光の筋が、幻十とせつら、鈴仙の方に生じ始めている。その、光筋の本数はそれぞれの面子に対して一本づつ。合計、三本。
爆発的に、その紫の光の筋が増え始めた。増殖、と言う言葉すら最早生温いレベルで三名の周囲にその光筋は展開されて行く。
直撃してしまえば、空間にすら作用する術だって、紙程度の防御力も発揮しない強烈な斬撃エネルギーを秘めた光の筋が、敵や同盟相手の区別なく、無差別に生じているのだ!!

 この場から退避する、と言う結論を下す速度が速かったのは、幻十の方だった。
<新宿>における聖杯戦争の主催者、エリザベスなる女が従える方の人修羅との戦いで、その恐るべき強さを肌身で実感していたが故の、判断速度だった。
現状の自分では、人修羅と言う存在に対し有効的な一撃を加える事は難しい。彼はそう判断したのだ。故に、逃げる。
自分の身の回りで奥義・死亡遊戯によって発生した断裂の数が三本目に差し掛かった時の事だった。
幻十とせつら、この二名の糸使いは、体内にすらチタン妖糸を隠し持っている。口内は勿論、胃や大・小腸の中、果ては血管内にまで。
ナノマイクロサイズと言う極小のサイズをフルに用いて、体内の至る所に秘匿しているのだ。その体内の妖糸を操り、幻十は、神経系にその糸を巻き付かせた。
これも、幻十やせつらが、主に二通りの目的を以って使う方法である。一つは、拷問。神経や痛覚に直接糸を付着させ、常人ならばショック死、
縦しんば耐えられるだけの訓練を受けてきた者であっても泣いて命乞いをする程の激痛を与え、自白を強要させるという物。
そしてもう一つの使い方が、自己強化。自身の指の動きを光の速度で伝達するチタン妖糸を神経に巻きつかせる事で、自らの反射神経、運動神経を爆発的に向上させるのだ。

 この神業にも例えられる技術を以って、幻十は自らを強化。
その後に、大きくバックステップを刻み、アレックスから遠ざかり始めた。その速さたるや、宛ら突風だ。
マーガレットの施したヒートライザの魔術も相まった凄まじい移動速度。それは瞬きよりも速いスピードであり、死亡遊戯の殺界から彼はもう遠のいていた。
彼がアレックスから逃げ出していた時には、マーガレットの姿は、既に此処にない。空間転移を使えるのだ、馬鹿正直に走って逃げる必要性はない。技の範囲内までワープすれば、それで良いだけなのだ。

680第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:52:40 ID:3fIroC7g0
 幻十らは、アレックスから退散する道を選んだ。
だが、せつらの方は残る道を選んだ。厳密に言えば、残るのではなく、可能な限り抵抗し無理なら諦める、と言う程度のものであるが。
せつらの魔技の精髄を込めた必殺の断線が、絶妙な撓りを以ってアレックスの方へと迫る。
物質的な特性――硬い、柔らかい、熱い、冷たい、吸収しやすい、跳ね返す……。そう言った特質の全部を無視して万物を切断する、アレックスの放った死亡遊戯による空間切断。
その空間の切断現象自体を切裂きながら、せつらの魔糸が音を立てずしてアレックスへと近づいて行く、が。その空間切断を十回程斬り返した後、糸そのものが、
アレックスの技の威力に耐え切れなくなり、細切れに散らばってしまい、せつらの与えた魔法の全てが解けてしまった。

 これ以上の相手はしてられない、と思ったか。
せつらは黒いコートの表面に妖糸を電瞬の速度で葉脈状に這わせ、その後糸を張り巡らせたコートを翻す。
アレックスの放つ死亡遊戯の空間断裂が、軌道を変えられたレーザー光の如くに、コートにぶつかったその瞬間に跳ね返されてしまった。
その、翻す、と言う動作を幾度も繰り返しながら、せつらは、空中に飛び上がり、そのまま飛翔する。
雲に巻きつけた妖糸を伸縮させ空に飛び上がり、その最中に迫る空間の切断現象を、コートの翻しで捌きながら。
この美しい魔人は、漆黒の翼を羽ばたかせて空を我が物顔で飛行する大鴉のように、その場から簡単に逃げ去ってしまったのだった。

 こうしてこの場から、アレックスが殺すべき敵の姿は消えてなくなった。
ものの見事に、逃げられてしまった。歯噛みするアレックス。味方を巻き込む覚悟で放った攻撃ですらも、せつらと幻十の両名を殺しきるには、一手届かないのか。
あれが、今回の聖杯戦争に於いて最強レベルの鬼札に該当するサーヴァントであるのは間違いないだろう。
脱落する可能性も低いだろうし、アレックスが生き残っていればいるほど、再度ぶつかる未来だって当然起こりうる。
その間に、あの二人が消耗している事。そして、それまでの間に<新宿>の環境が煮詰まって行き、アレックスが本気を出しても問題がないレベルになっている事を、彼は祈った。

 ――事此処にいたって漸くアレックスは、自身が攻撃を放った存在が、せつらと幻十以外に居た事に気付いた。
厳密に言えば、敵と言うカテゴリーに分類される存在は上の二名だけだが、それ以外にも、結果的に攻撃範囲に巻き込んでしまった存在が居たではないか。
鈴仙・優曇華院・イナバ。彼女の存在を失念する程に、人修羅の持つ攻撃的な性情は、激しいのであろうか?

 恐る恐る、鈴仙の方に目線を向けるアレックス。
魔力反応から、生きている事は解る。が、実際にどの程度の状態で生きているのかがまだ未知なのだ。
同じ生きているは生きているでも、胴体が別れていたりだとか、両手両足がなくなっているでは、意味がない。それは死に掛けとか、風前の灯とか言う状態なのだから。

「ぜぇ……ぜぇ……!!」

 結論を述べるのなら、鈴仙は五体満足の状態で生きていた。
但し、目に見えて心労が伝わってくるレベルで、消耗しているらしい。自身の疲弊を、彼女は取り繕う事すらしなかった。
肩は大きく上下し、その口からは荒い息を喘がせて。眦にはたっぷりの涙を湛えている。余程、アレックスの死亡遊戯を逸らす事にプレッシャーがあったらしい。
それは、無理からぬ話であろう。何せ判断一つしくじれば、防御不能の必殺の断線が、鈴仙の知覚能力を遥かに超えた速度で叩き込まれるのだ。
此方に来るであろう空間切断現象、これがどのタイミングで、どんな軌道で放たれるのかを先読みし、それに応じた空間操作を行わねばならないのだ。
例え鈴仙と同じレベルで、これが出来る能力者であっても、全うな精神の持ち主なら間違いなく心労と緊張の極限に達し、精神その物が壊れ、気絶と言う形で現れる。
これを成し遂げられるのは最早奇跡でも起きない限り有り得ず――そして鈴仙は、その奇跡をモノにしたのだった。

「……無事だったか」

681第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:53:43 ID:3fIroC7g0
 そう呟く自分の言葉に、アレックスは、鈴仙の安否を気遣う様子が欠片もない事に気付いた
この言葉が誰の為に向けられた言葉なのか、といえば、それは彼女の背後に居る北上の方であった。
切断された空間は、程なくして戻る。永久に斬られたままではないのだ。こちらの側から見たら、風景が左右、上下にズレていても、
何秒かすればズレているラインから戻って行く。何故なら斬られているのは風景、空間を切断した斬線を通して見た遠方の光景に過ぎず、実際のものは斬られてないからだ。
が、その空間切断現象で、実際に実体を斬られたものならば話は別。実物が斬られている以上、当然、その斬られたものに自己修復機能がなければ斬られたままなのだ。
そしてその斬られたままの状態のものこそが、地面。巨人が、そのサイズ相応の定規を引いて滅茶苦茶に線を引いたみたいに、地面に刻まれた直線の深い溝。それこそが、アレックスの放った死亡遊戯の名残だった。

 刻まれた溝は、見事に鈴仙の佇む範囲までに滅茶苦茶に走っている。
明らかに鈴仙を巻き込んでいたであろうラインは、ザッと数えるだけでも数十本はある。アレックスは褒めた。鈴仙よりも、自分をだ。
よく、『この程度の本数で済んだものだ』、と。もしも自分の理性が少し、殺意の方向に強く振り切れていたのなら。鈴仙に降りかかっていた空間切断の数は倍加していた。
そして何よりも、アレックスの理性の強固さを物語るのが、空間切断が実際に起こった範囲である。地面の溝を見れば、それは明白だ。
鈴仙よりも後ろ。つまり、塞と北上が居る範囲には、全く刻まれていないのだ。これはアレックスが特に己に律していた、北上を巻き込まない。
その意思が反映されていたが故だった。……尤も、それにしたって、後二m程度切断現象がズレていたら、塞の方が五体をズタズタにされていたのだが。かなり、危ういラインであったようだ。

「二度と渡りたくない綱だったけどね……!!」

 当然過ぎる実感を込めて、鈴仙が言った。アレックスに対する恨み節すら、受け取る事が出来る。

「悪いな。結局誰も倒せないまま、傷だけを負っちまった」

「いや、気にするなよモデルマン。正直予想外の事態が重なり過ぎだ。これをアンタの責めに帰す訳には行かんよ」

 そもそもの目的が、黒贄礼太郎と遠坂凛の排除と、ジョナサンとジョニィの主従の排除――無論これは秘密である――であった。
誰に憚られる事なく水面下に黒贄達を倒せるかと思いきや、あれよあれよと言う間に横槍が増えて行き、挙句の果てには、遠くで待機していた塞達にも累が及ぶ。
こんなもの、予測が出来なくて当然だ。無論、乱入を想定していなかった塞ではない。ないが、多少なりの相手なら鈴仙は兎も角、アレックスなら捻じ伏せられると思っていた。
その、捻じ伏せられない相手が立て続けに来たのなら、それは、この場にいる誰の責任でもない。本当に、天運に恵まれなかった。それだけの話なのだろう。

「運が悪かった。そう思っとけよ、モデルマン」

「って言っても……何時までも運が悪かった、じゃ済ませられないんだよね」

 北上のこのネガティヴな言葉は当たり前の発言だった。一時の運の落ち込みが、この聖杯戦争に於いては致命傷になり得る。
それは、紺珠の薬を服用していなければ、この一日で二度も死亡の憂き目に合っていた未来を観測した鈴仙達以上に。
実際に運気の落ち込みで腕を切り落とされた北上だからこそ、重い発言だった。腕の一本で、済んだだけ北上は幸運だったとすら言える。
妖糸の繰り手に遭遇すれば、如何なる者も生きては帰れない。それが、魔界都市の住民の常識だった事を鑑みれば、今の北上の現況は、奇跡以外の何物でもないのだから。

 次に運が悪かった時は、死ぬ時かも知れない可能性が高いのだ。
況して聖杯戦争は消耗戦。リソースが目減りする事はあれど、回復する可能性など絶無に近い。
疲労、心理的ストレス、魔力の消耗に精神の磨耗など。体力的にも精神的にも落ち込んだ状態で襲撃にあえば、死ぬ確率の方が高いのは当たり前の話である。
それを、運が悪いでは切り捨てられない。本当に、命が懸かっている話なのだ。天運に見放されたから諦めろは、通用しない。

「あのアーチャー……ジョナサンさん達は如何するんですか?」

 北上が尤もな疑問を口にする。 
今回の戦いの第二目標を知らせていない以上、北上達のジョナサン達に対する認識は、同盟相手・仲間である。その無事を気にするのは、自然な成り行きだった。

682第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:54:46 ID:3fIroC7g0
「同じアーチャー……遠方のものを見る事、感じ取る手段が豊富な者どうしの連絡手段は、秘密裏に伝えている。そこに連絡が入るまで、今はこの二組で行動だ」

 大嘘だ。そんな物はない。
鈴仙の能力を使えばそう言うコンタクトを取る手段はない事もないが、範囲は有限なものの上、送り手は兎も角受け手がそのコンタクトの意図を掴めない可能性が高いメソッドである。やる意味もないし、やる気もない。そもそもあの主従には、早期脱落を願っているのだ。助け舟を出す筈もなかった。

「……無事で居ると良いな」

 それは暗に、塞の方針を北上が認めたに等しい発言でもあった。

「此処から離れよう。多分、人が集まってくる」

 これだけ派手にサーヴァントが暴れ、況して、<新宿>内でも取り分けて有名な施設が二つも消滅したのである。
人が集まらぬ筈がない。急いでこの場から退散する必要がある。その塞の提案に、北上とアレックスは頷いた。
鈴仙は、脂汗と冷や汗のハイブリッドとなった体液で、体中をグッショリとさせながら、光の波長を操って、ステルス処理を全員に施した。

 ――いなくなってみれば、この場に残るのは凄惨な破壊の爪痕。
形あるものがなにもなく、秩序だった地面が何処にもない。ただただ、耕された地面と、立ち込める石煙。元が何処を構築していたのか解らない程粉々になった、建材の瓦礫だけが。広がり散らばるカオスの坩堝が広がるだけの、都会の真ん中の都市<新宿>には似つかわしくない風景だった。





【四ツ谷、信濃町方面(聖徳美術絵画館・神宮球場跡地)/1日目 午後4:20分】


【ジョナサン・ジョースター@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]肉体的損傷(大)、魔力消費
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]不明
[道具]不明
[所持金]かなり少ない。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を止める。
1.殺戮者(ロベルタ)を殺害する。
2.聖杯戦争を止めるため、願いを聖杯に託す者たちを説得する。
3.外道に対しては2.の限りではない。
4.黒贄礼太郎を殺す。
[備考]
・佐藤十兵衛がマスターであると知りました
・拠点は四ツ谷・信濃町方面(新宿御苑周辺)です。
・ロベルタが聖杯戦争の参加者であり、当面の敵であると認識しました
・一ノ瀬志希とそのサーヴァントあるアーチャー(八意永琳)がサーヴァントであると認識しました
・塞&アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)の主従の存在を認識。塞と一応の同盟を組もうとは思っていますが、警戒は怠りません
・塞がライドウと十兵衛の主従と繋がりを持っている事を知りません
・北上&モデルマン(アレックス)と手を組んでいますが、モデルマンに起こった変化から、警戒をしています
・遠坂凜を追跡することに決めました。
・遠坂凛が魔術に通暁した者である事を理解しました
・現在魔王パムとマーガレットの戦いの余波で、かなり遠くまで吹っ飛ばされている状態です。何処まで飛ばされたのかは、後続の書き手様にお任せします

【アーチャー(ジョニィ・ジョースター)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]肉体的損傷(中)、魔力消費(中)、漆黒の意思(ロベルタ)
[装備]
[道具]ジョナサンが仕入れたカモミールを筆頭としたハーブ類
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を止める。
1.殺戮者(ロベルタ)を殺害する
2.マスターと自分の意思に従う
3.次にロベルタ或いは高槻涼と出会う時には、ACT4も辞さないかも知れません
4.黒贄礼太郎を殺す
[備考]
・佐藤十兵衛がマスターであると知りました。
・拠点は四ツ谷・信濃町方面(新宿御苑周辺)です。
・ロベルタがマスターであると知り、彼の真名は高槻涼、或いはジャバウォックだと認識しました
・一ノ瀬志希とそのサーヴァントあるアーチャー(八意永琳)がサーヴァントであると認識しました
・アレックスがランサー以外の何かに変質した事を理解しました
・メフィスト病院については懐疑的です
・塞の主従についても懐疑的です
・現在ジョナサンと合流する為、彼を追跡中です

683第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:55:38 ID:3fIroC7g0
【塞@エヌアイン完全世界】
[状態]疲労(中)、魔力消費(中)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]黒いスーツとサングラス
[道具]集めた情報の入ったノートPC、<新宿>の地図
[所持金]あらかじめ持ち込んでいた大金の残り(まだ賄賂をできる程度には残っている)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲り、イギリス情報局へ持ち帰る
1.無益な戦闘はせず、情報収集に徹する
2.集めた情報や噂を調査し、マスターをあぶり出す
3.『紺珠の薬』を利用して敵サーヴァントの情報を一方的に収集する
4.鈴仙とのコンタクトはできる限り念話で行う
5.正午までに、討伐令が出ている組の誰を狙うか決める
6.ジョナサンにはさっさと死んで頂く。……って言うか、くたばったのか? 
[備考]
・拠点は西新宿方面の京王プラザホテルの一室です。
・<新宿>に関するありとあらゆる分野の情報を手に入れています(地理歴史、下水道の所在、裏社会の事情に天気情報など)
・<新宿>のあらゆる噂を把握しています
・<新宿>のメディア関係に介入しようとして失敗した何者かについて、心当たりがあるようです
・警察と新宿区役所に協力者がおり、そこから市民の知り得ない事件の詳細や、マスターと思しき人物の個人情報を得ています
・その他、聞き込みなどの調査によってマスターと思しき人物にある程度目星をつけています。ジョナサンと佐藤以外の人物を把握しているかは後続の書き手にお任せします
・バーサーカー(黒贄礼太郎)を確認、真名を把握しました。また、彼が凄まじいまでの戦闘続行能力と、不死に近しい生命力の持ち主である事も知りました
・遠坂凛が魔術師である事を知りました
・ ザ・ヒーローとバーサーカー(ヴァルゼライド)の存在を認識しました
・セリュー・ユビキタスの主従の拠点の情報を警察内部から得ています
・<新宿>の全ての中高生について、欠席者および体のどこかに痣があるのを確認された生徒の情報を十兵衛から得ています
・<新宿>二丁目の辺りで、サーヴァント達が交戦していた事を把握しました
・佐藤十兵衛の主従と遭遇。セイバー(比那名居天子)の真名を把握しました。そして、そのスキルや強さも把握しました
・葛葉ライドウの主従と遭遇。佐藤十兵衛の主従と共に、共闘体制をとりました
・セイバー(ダンテ)と、バーサーカー(ヴァルゼライド)の真名を把握しました
・ルーラー(人修羅)の存在を認識しました。また、ルーラーはこちらから害を加えない限り、聖杯奪還に支障のない相手だと、朧げに認識しています
・ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)、北上&モデルマン(アレックス)の主従の存在を認識しました
・上記二組の主従と同盟を結ぼうとしていますが、ジョナサンの主従は早期に手を切り脱落して貰おうと考えています。また、彼らにはライドウと十兵衛とコネを持っている事は伝えていません
・ジョナサンとアーチャー(ジョニィ)lを黒贄礼太郎に殺害させる計画を立てました。
・北上とモデルマンには自分たちと一緒に最後に残る組になって欲しいと思っています
・現在ジョナサンの主従と別れている状態です


【アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)@東方project】
[状態]疲労(極大)、精神的疲労(極大)、肉体的損傷(大)、魔力消費(中)、かなりの恐怖
[装備]黒のパンツスーツとサングラス
[道具]ルナティックガン及び自身の能力で生成する弾幕、『紺珠の薬』
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:サーヴァントとしての仕事を果たす
1.塞の指示に従って情報を集める
2.『紺珠の薬』はあまり使いたくないんだけど!!!!!!!!!!!!
3.黒贄礼太郎は恐ろしいサーヴァント
4.糸使い怖い怖い怖い怖い怖い
5.モデルマン絶対制御出来るサーヴァントじゃないと思う……
6.つらい。それはとても
[備考]
・念話の有効範囲は約2kmです(だいたい1エリアをまたぐ程度)
・未来視によりバーサーカー(黒贄礼太郎)を交戦、真名を把握しました。また、彼が凄まじいまでの戦闘続行能力と、不死に近しい生命力の持ち主である事も知りました
・遠坂凛が魔術師である事を知りました
・ザ・ヒーローとバーサーカー(ヴァルゼライド)の存在を認識しました
・この聖杯戦争に同郷の出身がいる事に、動揺を隠せません
・セイバー(ダンテ)と、バーサーカー(ヴァルゼライド)の真名を把握しました
・ルーラー(人修羅)の存在を認識しました。また、ルーラーはこちらから害を加えない限り、聖杯奪還に支障のない相手だと、朧げに認識しています
・ダンテの宝具、魔剣・スパーダを一瞬だけ確認しました
・アーチャー(ジョニィ・ジョースター)に強い警戒心を抱いています
・アサシン(浪蘭幻十)とサーチャー(秋せつら)、マーガレットに対し非常に強い警戒心を抱いています

684第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:56:19 ID:3fIroC7g0
【北上@艦隊これくしょん(アニメ版)】
[状態]疲労(中)、精神的ダメージ(大)
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]鎮守府時代の緑色の制服
[道具]艤装、61cm四連装(酸素)魚雷(どちらも現在アレックスの力で透明化させている)
[所持金]三千円程
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に帰還する
1.なるべくなら殺す事はしたくない
2.戦闘自体をしたくなくなった
[備考]
・14cm単装砲、右腕、令呪一画を失いました
・幻十の一件がトラウマになりました
・住んでいたマンションの拠点を失いました
・一ノ瀬志希&アーチャー(八意永琳)、ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)、塞&アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)の存在を認識しました
・右腕に、本物の様に動く義腕をはめられました。また魔人(アレックス)の手により、艤装がNPCからは見えなくなりました


【“魔人”(アレックス)@VIPRPG】
[状態]肉体的損傷(小)、魔力消費(小)、人修羅化、思考が若干悪魔よりに傾いてきている
[装備]軽い服装、鉢巻
[道具]ドラゴンソード
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:北上を帰還させる
1.幻十に対する憎悪
2.聖杯戦争を絶対に北上と勝ち残る
3.力を……!!
[備考]
・交戦したアサシン(浪蘭幻十)に対して復讐を誓っています。その為ならば如何なる手段にも手を染めるようです
・右腕を一時欠損しましたが、現在は動かせる程度には回復しています。
・幻十の武器の正体に気付きました
・バーサーカー(高槻涼)と交戦、また彼のマスターであるロベルタの存在を認識しました
・一ノ瀬志希&アーチャー(八意永琳)、メフィストのマスターであるルイ・サイファーの存在を認知しました
・マガタマ、『シャヘル』の影響で人修羅の男になりました

魔人・アレックスのステータスは以下の通りです
(筋力:A 耐久:A 敏捷:A 魔力:A 幸運:A。魔術:B→A、魔力放出:Bと直感:B、勇猛:Bを獲得しました)

685第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:56:31 ID:3fIroC7g0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 遠坂凛が、自分の使役するサーヴァントである黒贄礼太郎が戦っているだろうフィールドに赴いたのは、全部が終わった後の事だった。
つまり、鈴仙達が去り、ジョナサン達が吹っ飛ばされ、魔王パムがレイン・ポゥを連れて退散し、せつらと幻十とマーガレットが後を濁さずして消えた後の、
瓦礫だけが広がる神宮球場跡に、タイミングを見計らってやって来たのだ。

 当然の事、目的は黒贄礼太郎の回収である。
アレを野放しにするのは拙い、と言う当たり前の理屈だ。最早全てが敵に回っている凛にとって、あのサーヴァントは最後のセーフティだから、早く回収したいのだ。
そしてそれと同じ位、あの災厄を放置するのは危険なのだ。何せアレは放っておけば人を殺す。再現とか限度とか、そんなものはあの男には設定されていない。
上限を与えていなければ、億の人数だって殺し尽くすだろうあの男の手綱は、この手で握らねばならない。それは、堕ちきった凛の心に残った、僅かな理性と良心の発露でもあった。

 ――そして結論を述べるのなら、その理性と良心を完全に捨ててしまいそうな局面に、凛は直面する。

「あ、おーい凛さーん。こっちですよー」

 朗らかな笑みを浮べながら黒贄礼太郎は、凛の方に対して、『血で濡れたジュラルミン製のライオットシールドを持った側の手を振るっていた』。

 ……早い話が、手遅れだったと言う訳だ。
考えてみれば、当たり前の話だ。サーヴァント達がこれだけ野放図に暴れまわったのだ。NPCが集まるに決まっている。
これは凛や黒贄達が知らないのも無理からぬ話だが、鈴仙は自らの能力を用い、外部に戦闘によって生じた大音をシャットアウトする結界を展開させていたのだ。
それがなくなってから、なおも大暴れを続けていれば、遠くない内に野次馬が集まるに決まっているのである。
鈴仙やアレックス、幻十にせつらに魔王パム、そしてジョニィらは、その野次馬が集まる前にこの場から遠ざかっていた。

 ――黒贄だけは、NPCが集まり終えたその『後』に、のこのことこの場に戻ってきた。そして、うっかり衝動を爆発させた。
他区から応援にやって来ていた機動隊員の首を、拾った木の小枝を振るって撥ね飛ばした後で、その隊員が持っていたライオットシールドを奪い、大暴れ。
「たまには盾を武器にするのも悪くありませんな」などと言いながら、振るった盾の縁でNPCの首を圧し折り、大脳が飛び散る程の勢いで頭部を破壊し、胴体をグシャグシャに潰して回って、殺戮の時間を謳歌していた。

 時間にして、五分とちょっと。
それだけの時間で、この場に集まっていた総計七二九人のNPCを殺しつくして見せたのだ。
……結果的にの話になるが、今この場に於いて、凛と黒贄の姿を目撃しているNPCはいない。何故ならば黒贄礼太郎が、全てのNPCを殺してしまったからだ。

「……気絶したいわよ、もう」

 築かれた血の川、死体の大地を踏みつけながら、黒贄礼太郎は凛の所へ駆け寄って言った。
死体の放つ強烈な死臭に慣れてしまっている自分が居る。その事実を悲嘆する事すらしなくなった自分がいる事に、凛は、確かに気付いていたのだった。

686第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:56:50 ID:3fIroC7g0
【四ツ谷、信濃町方面(聖徳美術絵画館・神宮球場跡地)/1日目 午後4:40分】

【英純恋子@悪魔のリドル】
[状態]意気軒昂、肉体的ダメージ(大)、魔力消費(中)、廃都物語(影響度:小)
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]サイボーグ化した四肢
[道具]四肢に換装した各種の武器(現在マーガレットとの戦いで破壊され使用不能)
[所持金]天然の黄金律
[思考・状況]
基本行動方針:私は女王(魔王でも可)
1.願いはないが聖杯を勝ち取る
2.戦うに相応しい主従をもっと選ぶ
3.新生した自分の力を遠坂凛に示して勝つ
4.あの銀髪の美女……私の生涯最大の強敵……勝たなきゃ
[備考]
・アーチャー(パム)と事実上の同盟を結びました
・パムから、メフィスト病院でキャスター(メフィスト)がドリー・カドモンで何を行ったか、そして自分の出自を語られました
・遠坂凛&バーサーカー(黒贄礼太郎)、セリュー・ユビキタス&バーサーカー(バッター)の所在地を掴みました
・メイド服のヤクザ殺し(ロベルタ)、UVM社の社長であるダガーの噂を知りました
・自分達と同じ様な手段で情報を集めている、塞と言う男の存在を認知しました
・現在<新宿>中に英財閥の情報部を散らばせています。時間が進めば、より精度の高い情報が集まるかもしれません
・遠坂凛が実は魔術師である事を知りました
・新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、ランサー(高城絶斗)の存在を認知しました
・キャスター(タイタス1世)の産み出した魔将ク・ルームとの交戦及び、黒贄礼太郎に扮したタイタス10世をテレビ越しに目視した影響で、廃都物語の影響を受けました
・次はもっとうまくやろうと思っています
・口上と必殺技名を幾つか考えつきました
・アーチャー(ジョニィ・ジョースター)とモデルマン(アレックス)の存在を認識しました。またジョナサン・ジョースターも認識しました
・マーガレットに強い対抗意識を燃やしています
・現在拠点へと出戻り中です


【アサシン(レイン・ポゥ)@魔法少女育成計画Limited】
[状態]霊体化、肉体的ダメージ(中)、魔力消費(中)、エネルギーに変換すればパージされた極大の万里の長城に対して特攻しこれを破壊しうる程のストレス
[装備]魔法少女の服装
[道具]
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯獲得
1.マスターを狙って殺す。その為には情報が不可欠
2.天昇じゃなくて昇天しろ馬鹿共
3.ああああああああああもう休ませろよおおおおおおおおおおおおおおお
[備考]
・遠坂凛が実は魔術師である事を知りました
・アーチャー(パム)と事実上の同盟を結びました。凄まじく不服のようです
・パムから、メフィスト病院でキャスター(メフィスト)がドリー・カドモンで何を行ったか、そして自分の出自を語られました
・ライドウに己の本性を見抜かれました(レイン・ポゥ自身は気付いておりません)
・魔王パムを召喚した者に極大の殺意
・現在拠点へと出戻り中です


【アーチャー(魔王パム)@魔法少女育成計画Limited】
[状態]肉体的ダメージ(中)、実体化、黒羽一枚Lost
[装備]魔法少女の服装
[道具]
[所持金]一応メフィストから不足がない程度の金額(1000万程度)を貰った
[思考・状況]
基本行動方針:戦闘をしたい
1.私を楽しませる存在めっちゃいる
2.聖杯も捨てがたい
3.神崎蘭子とかいうアイドルに逢ってみたい
4.あの女(マーガレット)……できる
5.あの男(アレックス)……次は遠慮なく戦いたい
[備考]
・英純恋子&アサシン(レイン・ポゥ)と事実上の同盟を結びました
・新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、ランサー(高城絶斗)の存在を認知しました
・すごくテンションが上がっています
・口上と必殺技名を幾つか考えつきました
・アーチャー(ジョニィ)のスタンド、タスクACT4により、宝具である黒羽を一枚破壊されました。聖杯戦争中、如何なる手段を用いても復活することはありません
・現在拠点へと出戻り中です

687第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:57:18 ID:3fIroC7g0
【マーガレット@PERSONA4】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]青色のスーツ
[道具]ペルソナ全書
[所持金]凄まじい大金持ち
[思考・状況]
基本行動方針:エリザベスを止める
1.エリザベスとの決着
2.浪蘭幻十との縁切り
3.令呪の獲得
[備考]
・浪蘭幻十と早く関係を切りたいと思っています
・<新宿>の聖杯戦争主催者を理解しています。が、エリザベスの引き当てたサーヴァントが何者なのか理解しました
・バーサーカー(ヴァルゼライド)とザ・ヒーローの主従を認識しました
・〈新宿〉の現状と地理と〈魔震〉以降の歴史について、ごく一般的な知識を得ました
・遠坂凛と接触し、悪人や狂人の類でなければ保護しようと思っています
・バーサーカー(バッター)とセリュー・ユピキタスの動向を探る為に浪蘭幻十の一晩の実体化を許可しました
・メフィスト病院について知りました。メフィストがサーヴァントかマスターかはまだ知りません
・ザ・ヒーロー及び、クリスチファー・ヴァルゼライドを速やかに撃破したい思っています
・他の主従との同盟を考えています
・幻十がメフィスト病院に、緒方智絵里と三村かな子を誘導した事を知りました。両者の名前は知りません。
・幻十との付き合い方を修得しつつあります。
・アレックスの変貌に気付いています
・現在神宮球場から離れた所に居ます。場所はどこかは、お任せします


【アサシン(浪蘭幻十)@魔界都市ブルース魔王伝】
[状態]魔力消費(極小)、疲労(小)
[装備]黒いインバネスコート
[道具]チタン妖糸を体内を含めた身体の様々な部位に
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:<新宿>聖杯戦争の主催者の殺害
1.せつらとの決着
2.那珂に対する報復
3.せつらめ……やはり一筋縄じゃいかないか
[備考]
・北上&モデルマン(アレックス)の主従と交戦しました
・交戦場所には、戦った形跡がしっかりと残されています(車体の溶けた自動車、北上の部屋の騒動)
・バーサーカー(ヴァルゼライド)とザ・ヒーローの主従を認識しました
・〈新宿〉の現状と地理と〈魔震〉以降の歴史について、ごく一般的な知識を得ました
・バーサーカー(バッター)とセリュー・ユピキタスの動向を探る為に一晩の実体化の許可を得ました。どこに糸を巡らせるかは後続の方にお任せします
・夜の間にマーガレットに無断で新宿駅の地下を糸で探ろうと思っています
・メフィスト病院について知りました。メフィストがサーヴァントかマスターかはまだ知りません
・メフィスト病院に、緒方智絵里と三村かな子を誘導しました。両者の名前は知りません。
・新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(バージル)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、アーチャー(パム)、ランサー(高城絶斗)、ライダー(大杉栄光)、アサシン(レイン・ポゥ)の存在を認知しました
・アーチャー(那珂)以外は、大雑把な戦い方と声を把握しただけで、個人の識別には使えません。
・ランサー(高城絶斗)は声しか知りませんが、魔糸を消したのはランサーだと推測しています。
・アーチャー(那珂)の姿と戦い方を知りました。
・アーチャー(那珂)に対して極大の殺意
・346所属のアイドルの中にマスターがいるかも知れないと推測しました。
・北上とアーチャー(那珂)の関係性に気付きました。
・一ノ瀬志希、雪村あかり、伊藤順平、英純恋子の四人のマスターの姿形と個人情報を把握しました。
・アーチャー(鈴仙)と塞の存在を認識しました
・アレックスの変貌に気付いています
・現在神宮球場から離れた所に居ます。場所はどこかは、お任せします

688第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:57:35 ID:3fIroC7g0
【サーチャー(秋せつら)@魔界都市ブルースシリーズ】
[状態]疲労(小)
[装備]黒いロングコート
[道具]チタン製の妖糸
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の探索
1.サーヴァントのみを狙う
2.ダメージを負ったらメフィストを利用してやるか
3.ロクでもない街だな
4.今の状態の幻十なら楽だが……どうせ宝具はアレだろうしな。面倒だから早く倒したい
[備考]
・メフィスト病院に赴き、メフィストと話しました
・彼がこの世界でも、中立の医者の立場を貫く事を知りました
・ルイ・サイファーの正体に薄々ながら気付き始めています
・ウェザー&セイバー(シャドームーン)の主従の存在を知りました
・不律、ランサー(ファウスト)の主従の存在に気づいているかどうかはお任せ致します
・現在、メフィストの依頼を受けて、眠り病の呪いをかけるキャスター(タイタス1世(影))の存在を認識、そして何を行おうとしているのか凡そ理解しました。が、呪いの条件は未だに解りません
・眠り病の呪いをかけるキャスター(タイタス1世(影))の捜索をメフィストに依頼されれ、受けました。
・浪蘭幻十がサーヴァントとして召喚されていることをメフィストから知らされました。
・浪蘭幻十のクラスについて確信に近い推察をしました。
・討伐令に乗る気は有りません。機会があれば落ち首広いはするつもりです。
・アーチャー(鈴仙)と塞、モデルマン(アレックス)と北上の存在を認識しました


【遠坂凛@Fate/stay night】
[状態]精神的疲労(極大)、肉体的ダメージ(中)、魔力消費(中)、疲労(大)、額に傷、絶望(中)
[令呪]残り一画
[契約者の鍵]有
[装備]いつもの服装(血濡れ)→現在は島村卯月@アイドルマスター シンデレラガールズの学校指定制服を着用しております
[道具]魔力の籠った宝石複数(現在3つ)
[所持金]遠坂邸に置いてきたのでほとんどない
[思考・状況]
基本行動方針:生き延びる
1.バーサーカー(黒贄)になんとか動いてもらう
2.バーサーカー(黒贄)しか頼ることができない
3.聖杯戦争には勝ちたいけど…
4.それと並行して、新たな拠点にも当たりをつけておきたい
[備考]
・遠坂凛とセリュー・ユビキタスの討伐クエストを認識しました
・豪邸には床が埋め尽くされるほどの数の死体があります
・魔力の籠った宝石の多くは豪邸のどこかにしまってあります。
・精神が崩壊しかけています(現在聖杯戦争に生き残ると言う気力のみで食いつないでる状態)
・英純恋子&アサシン(レイン・ポゥ)の主従を認識しました。
・バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)が<新宿>衛生病院で宝具を放った時の轟音を聞きました
・今回の聖杯戦争が聖杯ではなく、アカシックレコードに纏わる操作権を求めて争うそれであると理解しました
・新国立競技場で新たに、ライダー(大杉栄光)の存在を認知しました。後でバーサーカー(黒贄礼太郎)から詳細に誰がいたか教えられるかもしれません
・あかりが触手を操る人物である事を知りました
・ジョナサンとアーチャー(ジョニィ・ジョースター)、モデルマン(アレックス)、アーチャー(魔王パム)の存在を認識しました
・黒贄礼太郎に対し、ジョニィ・ジョースター、アレックス、魔王パム。以上三騎のサーヴァントの攻撃は『絶対回避する』よう令呪を使いました


【バーサーカー(黒贄礼太郎)@殺人鬼探偵】
[状態]健康
[装備]『狂気な凶器の箱』
[道具]『狂気な凶器の箱』で出た凶器
[所持金]貧困律でマスターに影響を与える可能性あり
[思考・状況]
基本行動方針:殺人する
1.殺人する
2.聖杯を調査する
3.凛さんを護衛する
4.護衛は苦手なんですが…
5.そそられる方が多いですなぁ
6.幽霊は 本当に 無理なんです
[備考]
・不定期に周辺のNPCを殺害してその死体を持って帰ってきてました
・アサシン(レイン・ポゥ)をそそる相手と認識しました
・百合子(リリス)とルイ・サイファーが人間以外の種族である事を理解しました
・現在の死亡回数は『2』です
・自身が吹っ飛ばした、美城に変身したアサシン(ベルク・カッツェ)がサーヴァントである事に気付いていません
・ライダー(大杉栄光)が未だに幽霊ではないかと思っています
・現在、ジョニィ、アレックス、パムの攻撃は全部回避する状態です

689第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:58:39 ID:3fIroC7g0
投下終了します。
アイギス登場してなくて草。嘘つきの達人か自分は。

葛葉ライドウ&セイバー(ダンテ)
白のセイバー(チトセ・朧・アマツ)
予約します

690名無しさん:2020/01/04(土) 16:15:30 ID:y4DtK9rs0
乙です
どいつもこいつも自重しない暴れっぷりですねクォレハ…、新宿壊れちゃ〜う(絶望)
原作読んでても思ったけど妖糸は攻撃と防御も当然として、探索能力がチートだなぁ

691名無しさん:2020/01/05(日) 00:28:37 ID:bF7jQkDM0
乙です 見返してみるとこの大破壊が1日中の出来事であるの恐ろしすぎですね
新宿が文字通り魔都の惨状を呈してきてオラわくわくすっぞ

692名無しさん:2020/02/27(木) 17:57:00 ID:UMf5GpMA0
亀ながら乙です
バージルニキは脱厨二病したんやで
しかし、菊池世界と狂太郎世界はホント魔界や・・・・

693 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:19:50 ID:TJVZO0ns0
投下します

694修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:20:24 ID:TJVZO0ns0
 スタリ、と男達が着地した頃には、新国立競技場はもう彼方の光景だった。
血を吸った見たいに真っ赤なコートは、気障という言葉を具現そのもの。これを嫌味なく着こなす、上半身を裸にした銀髪の男性。
夜の闇を鋏で裁断したような、黒いマントと学生服を着用した、鋭いもみ上げの美青年。
そして、その学生服の青年の周りを、懐いた文鳥かインコみたいに飛び回る、年齢にして十歳かそこらの少女。但し、ただの少女ではない。飛び回ると言うのは文字通り、青年の周りを飛行していると言う意味であり、その浮力は、長く伸ばした後ろ髪を翼の形にして羽ばたかせて得ているのだ。間違っても、人間の少女ではありえなかった。

「なぁ少年……。アレが世に言う、液状化現象、って奴か?」

 振り返りながら、コートを纏う男性の方が、傍らに立つ学生服の青年に問いかけた。コートの男の名はダンテ、学生服の青年はライドウ、と言う。

「違う」

 ライドウの返事には、ユーモアの欠片もなかった。ただ事実だけを、短く率直に述べる。明快ではあるが、とっつき難い語り口だった。

 場所は、<新宿>は市ヶ谷に居を構える大企業、大日本印刷の本社ビル。
魔震の影響によって跡形もなく倒壊した旧社屋の残骸が撤去された後当企業は、当時に於いては最先端を往く耐震・耐火・耐風構造を兼ね備えた、超高層ビルと変貌。
今では<新宿>の『顔』の企業としての地位を欲しいがまま、高層ビルが立ち並ぶ市ヶ谷のビル街にあって一際の高階層を誇るその建物は、宛ら貴族か王侯のようだった。

 ダンテとライドウは、先程まで自分達が血で血を洗う死闘を演じていた場所。即ち、新国立競技場の方面に目線を向けていた。
端的に言えば、競技場全体が、『沈んでいる』。ダンテが液状化、と言う言葉を用いたのも、頷ける。
黒いタール状の何かに、競技場と言う一個の建物が、底なし沼に沈没するように引きずり込まれているのだ。
建物だけが、ズブズブと沈んで行く。その光景を齎しているであろう、あの黒いタールのようなものが、あの場に最後に乱入して来たサーヴァント。
ランサー・高城絶斗――或いは、ベルゼブブか――の宝具によるものだとは、ライドウもダンテも理解している。

「モー・ショボー。お前はベルゼブブがあぁいう化身を用いる事があるのは、知ってるか?」

 ライドウは自らが使役する悪魔の一人。
モンゴルの民間伝承に伝わる、人の命と精気を吸い取る凶鳥であるモー・ショボーに問いを投げかけた。
ベルゼブブは魔界に於いてルシファーに次ぐと称される程強壮な力を誇る魔王であり、その力たるや一つの神話体系の主神に迫るか超える程なのだ。
強大な力を持つ悪魔と言うのは概して、人間の世界で活動する場合や隠密活動を行う際、その世界で行動するに相応しい化身と言うものを幾つも持つ。
ライドウはベルゼブブがそう言った化身を持っていて当たり前だと判断しているが、あんな年端も行かない少年の姿の化身で活動するベルゼブブと言うのは、彼としても聞いた事がない。だから、同じ悪魔であるモー・ショボーに彼は問うたのだ。

「うーん……わかんない。昔聞いた話だとね、女性の姿で行動してた世界もあったらしいんだけど……」

 それは、別に珍しくない。
悪魔は誘惑する事も仕事の内であるのだから、当然、美しい女性としての姿で行動する者もいる。勿論その逆、美男子として行動する者だって。これはライドウがデビルサマナーとしての教育と訓練を経た、『里』の知識だ。

「少年、俺の目にはあのハエ小僧……自らの意思で魔界からやって来た、ってタマには見えなかったぜ」

 これはライドウも、ダンテと同じ意見だった。
単純だ、ライドウはタカジョーを見た時、ステータスが視認出来たのだ。言うまでもなく、サーヴァントとしてのステータス、である。
これが意味する所は非常に大きい。サーヴァントとしてこの世界に顕界していると言う事は、必然、『サーヴァントとしての霊基に縛られている』事を意味する。
サーヴァントと言う存在は、ライドウからすれば『弱い』存在だった。無論、サーヴァントが持つ宝具や身体能力、異能の数々は、ライドウであっても油断出来ない。
それとは異なる意味。つまり、在り方が弱いのだ。マスターから供給される魔力が太い生命線、命綱……その癖、選ばれるマスターはランダム性が強く、
魔力が全くないのは勿論魔道の知識を欠片も有していない者がマスターに選ばれる。要するに、存在を維持出来るソースの供給元が事実上一つしかないから、弱いのだ。

695修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:20:50 ID:TJVZO0ns0
 サーヴァントをこの世からパージしたいのなら話は簡単で、マスターを殺せば問題は解決である。
無論これは、少し頭が働く者であるのなら参加者全員が想到する結論であろう。しかしこれは真理であり、完全な対処・防御は不可能を極める。
マスターはサーヴァントより弱いと言うのは当たり前の帰結であり、後者の方から積極的に攻撃されれば、マスターとしては成す術もない。
そもそも、下手なサーヴァントならダンテの力を借りずして葬り去れるライドウの方が、聖杯戦争の参加者として異常なのだ。大半のマスター側の存在は、抵抗を許さぬまま殺されてしまうのがオチであろう。

「ベルゼブブ程の悪魔がサーヴァントとして縛られているのなら、これ程あり難い事もない」

「殺せるからだろ?」

「ああ」

 相変わらずおっかないガキだ、と零すダンテ。剣呑な笑みが、その表情に張り付いていた。

 化身や分霊にまで落魄しようとも、ベルゼブブと言う悪魔は凄まじく厄介である。
魔術や異能を発動させるのに適した、霊長とは根本的に異なる構造の身体。人間などには及びもつかない深淵たる魔道の知識。
そして其処から繰り出される恐るべき魔術の数々。単純な身体能力の面でも人類など遥かに超越しており、戯れに腕や羽を振るうだけで、死体の山を築く事だって造作もない。
これに加え、複雑怪奇な魔界の政界で磨いた権謀術数と話術の腕前は、人のみならず同じく『舌』で高い地位を築いた悪魔ですら惑わされてしまう。
魔界のNo2、ルシファーに次ぐ魔界の副王たる地位は、決して飾りではない。一神話体系の主神に匹敵、或いはそれをも上回る強壮たる悪魔は、ライドウであっても苦戦を免れない。どころか、本気で倒そうとするのなら虎の子である仲魔の一匹二匹、犠牲に入れる事すら彼は視野に入れるだろう。

 そんな悪魔が、マスター……即ち人間の儚い命にその存在の有無が左右されているのだ。
そう、見方を変えればあのランサー……高城絶斗は、マスターを殺されるか否かによって、生殺与奪を握られているに等しい。
これは、ライドウにしてみればあり難い事この上ない。何せ、『マスターを殺せば自動的にベルゼブブ程の悪魔がこの世界から退場する』のだ。
マスターとサーヴァントの関係は、一蓮托生。これは、ライドウと言うトップマスター、ダンテと言うトップサーヴァントの関係にですら、同じ事が言えるのだ。
ベルゼブブよりも遥かに弱いマスターを殺せば、かの蝿王を魔界に叩き返せる。そんな考え方を、人は非情だと思おう。しかし、その考えは厳とした事実であるのだ
無論、ライドウとて血の通った人間だ。マスターを殺してベルゼブブを退場させる方策は、最終手段だと認識している。
だが同時に、その最後の手段に踏み切らねばならないと判断した時、この男は一切の迷いを抱かない。
あの悪魔のマスターが例え年端もいかない、それこそ、ライドウの齢の半分も生きていない少年少女であろうとも、愛剣たる赤口葛葉の鋭い剣身を閃かせるだろう。

「だがそう上手くいくかね、少年。下の毛すら生えてないガキの姿だったとは言えよ、ベルゼブブはベルゼブブだぜ? お前と同じ程度の強さのマスターだったら如何するんだ?」

 それは、ライドウも当然視野に入れている。
ライドウはこれだけ極まった強さを持った男でありながら、まだ、自分より格上のマスターがいるのではないかと言う疑いを捨てきれない。
彼は警戒心が強い。だから聖杯戦争の舞台である<新宿>に呼ばれた時から、その思いを抱き続けていた。
その疑いが補強されたのが、先の新国立競技場で戦った、ザ・ヒーローと言う男との戦いである。

 強かった。恐ろしく、強かった。
きっとあの青年は、自分のように、『戦う事を生まれた時から宿命付けられていた存在ではなかった』のだろう。ライドウはそう思っていた。
ライドウは生まれた時から、平安の時代より伝わる葛葉の本流四家の一つ、葛葉『ライドウ』を襲名する事を宿命付けられていた。
その宿命の故に課せられた、彼の幼年期の生活ぶりは、人権の意識と言うものがまだまだ未熟であった大正時代の世に於いても、常識外れのそれであった。
母元から離されたのは齢三歳の頃、紙を丸めてチャンバラ遊びに興じるのが普通であろう四歳の頃には、重さ一kgを超える真剣を握らされていた。
その翌年には剣術の鍛錬の他、古くは安倍晴明の時代より連綿と伝わる陰陽道の秘儀、神道の極意を叩き込まれていた。
正邪を問わぬ、人がその人生の全てを賭しても学び切る事など不可能な程の量の魔道の知識を、ライドウはものの二年で会得。
人の命など何とも思わぬ悪魔が跋扈する異界の世に、一月もの間放り込まされ、見事生還を果たしたのは十歳の頃。歴代で最も若い頃だった。

696修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:21:10 ID:TJVZO0ns0
 『葛葉ライドウ』と言う名に課せられた宿命の故に、ライドウは強く在らねばならなかった。
名の故に、強くなければならない。常人ならば当の昔に発狂していてもおかしくない、過酷な鍛錬、膨大な量の座学を、彼は難なく克服、乗り越え今に至る。
最強、最優の座を目指す為には、決して逃してはならない『時期』がある。その座を勝ち得るには、どれだけ若い年齢で、その座を意識出来るかがつとに大切なのだ。
その時期を逃してしまえば、もうその人物は最強足り得ない。同じ才能を持った者が同じだけの質の努力を経た場合、その努力を相手より前の時期に行っていた者が勝るのは、当然の話なのだ。

 剣を交えれば、ライドウは手に取るように解ってしまうのだ。相手がどの時期に、鍛錬を積んだのか如何かが。
ザ・ヒーローは、『遅い』。最強、或いは最優……。その何れをも目指すにも、遅すぎた位だろう。にも関わらず彼が見せた、ライドウを瞠若させた強さの源とは何か?
最強を目指すのに必要なファクターに、時期という物は確かに重要である。だが、世の理は葛葉の里で課される鍛錬よりもずっと残酷だ。
ある者が十年の歳月を経て獲得した力に、たった一年同じだけの努力を積むだけで容易に到達するどころか、軽々と上回ってしまう『才能』と言う物が、確かにある。
そしてその才能こそが、実を言えば葛葉の名に於いて最も重視される。ライドウが強いのは、才能も桁外れな上に、その才能を伸ばすのに費やした時間の量が膨大だからなのだ。
きっと、ザ・ヒーローと言う青年は、己の秘められた才能に気付いてなかったのだろう。気付かない方が良かったのかも知れない。
サマナーの才能とは殺しの才能と紙一重。市井に生きる一般人ならば、そんなもの、気付くどころか厳重に蓋をして封印するべきなのだ。
だが何処かで、ザ・ヒーローは、その才能を開花させざるを得なかったのだろう。そして、開花するだけじゃなかった。
アレだけの強さを育ませるだけの環境にも、恵まれた事は容易に想像出来る。ライドウであっても、予想も想像も出来ない死線の数々を、あの男は潜り抜け生き残ったのだ。

 弱いなどと、ライドウは欠片も思わない。ザ・ヒーローが手にしていた大業物・ヒノカグツチの剣を見れば、元々は彼は悪魔を使役して戦う事ぐらいお見通しだ。
悪魔を使役して戦っていれば、殺されていたのは自分だったかも知れない。そう言うifを、ライドウは冷静に分析する。
あんな強さのマスターが居ると解れば、余裕などかましていられない。自分が最強のマスターなどと、自惚れられる訳がない。
当たり前の様に、自分より強いマスターの存在を意識する。その隙のない姿勢こそが、ライドウを強者足らしめる所以なのだ。

「俺でも勝てぬ程強いのなら……」

「強いのなら?」

「心胆で補う他あるまい」

 結局は、其処に行き着く。
才能、努力、そして培ってきた経験。戦闘に於いてはそう言ったファクターが蓋し重要な、決め手になる事は間違いない。
だが、戦う者が人間である以上。戦闘と言う行為そのものが、不確定要素に左右される水物としての要素が強いものである以上。
最後の最後で決め手になるのは、当の本人のメンタリティ。即ち、『気合と根性』なのだ。泥臭い精神論は、精も根も尽き果て、絞る油すらなくなったその時に、覿面の効果を発揮するのだ。それこそ、パワーバランスの大小を、引っ繰り返しかねない程に。

「……。まぁ……それが決め手になるのは否定しないがね」

「? 何だ、歯切れが悪い」

「気合と根性に重きを置いた究極形と、直近で戦ったばかりでね」

「クリストファー・ヴァルゼライドか」

「気合と根性って、タチの悪いカンフル剤なんだなぁって思ったね。キメすぎると馬鹿になる。お前はそうならんように気をつけるんだな? 少年」

「肝に銘じておこう」

 言うやライドウは、大日本印刷の超高層ビルから見下ろす事の出来る、<新宿>の姿を眺めながら。
胡坐をかき始めたのである。いや、胡坐ではない。仏教やヨーガの僧侶が、修行や鍛錬の際に用いる座法……結跏趺坐だ。
葛葉一族は、平安の時代に晴明が編み出した悪魔召喚の術を子々孫々に受け継がせる事と同時に、その技術をより高みへと昇華させる事を重要な使命の一つとした。
故に、外来の技術は積極的に取り入れもした。古くは仏教、密教、修験道の一門と交流親睦を深め、彼らの業と修行法、思想を、一族のルーチンに取り入れた。
其処から時代は下り、戦国時代や安土桃山時代にキリシタンと、密航していた海の向こうのデビルサマナーからも、技術を会得した事もある。
……尤もそちらの方は、穏当に、とは行かなかったが。幾許の血を、葛葉もキリシタン・デビルサマナーも、流す事になったのだが。

697修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:21:30 ID:TJVZO0ns0
 今、ライドウが行っている結跏趺坐も、斯様な歴史の中で一族が取り入れたモノの一つ。インドの地において、ヨーガと呼ばれる修行法の応用だ。
独自の呼吸を以って体内のチャクラを開門、それを続ける事によって得られる効果は、魔力の回復と言う極めてシンプルなもの。
しかし、その効果はシンプルにして極めて有効的。特に、魔力の多寡が勝敗を分ける聖杯戦争に於いて、この技術の有無は凄まじく大きい。
なにせ、原則聖杯戦争が開催してしまえば事実上回復の手段は存在せず、目減りが続くだけの魔力(≒生体マグネタイト)と言うソースを、回復させる事が出来るのだ。
とはいえ、この技術にしたって、生半な者が行ったところで、サーヴァントを維持し続けるだけに必要な魔力以上の回復は出来ない。
強いて言えば、サーヴァントの自然消滅を遅れさせる程度に過ぎないだろうが、達者であるライドウにはそれはない。
トップサーヴァントに値する強さのダンテの維持以上に必要な魔力を、ライドウはこの結跏趺坐でカバー出来るのだ。デビルサマナーとして培った技術が、活きる瞬間だった。

 腕を組み、彼方を眺めるダンテ。
彼は滅多な事で、胸中を他人に図らせる事はさせない。生涯の殆どを悪魔の殲滅に費やした男は今。
英霊として召し上げられたその身で世界に呼び起こされ、何を考えているのか。時に、ライドウですら推量しかねる所がある。
だが今なら、何となく彼が考えている事が解るのだ。彼自身が兄と呼んでいた、アーチャーの英霊。
弓兵の名を関するクラスを宛がわれながら、太刀の扱いを飛び道具以上に得意とする異端のサーヴァント、バージルの事を、考えているに相違ない。

 考えているのは、これからの事か。それとも、殺し方の事か。
どちらにしても、出会った瞬間殺し合うような間柄である。血の臭いが香るような未来を幻視出来ようヴィジョンを、思い描いているのかも知れない。

「……やれやれ、落ち着く暇もありゃしないな、少年」

「そうだな……」

 半目の状態から開眼に移るライドウ。そして、不敵な笑みを浮べて、上空を見上げるダンテ。
良い空だった。<新宿>が例えこんな陰惨な地獄に変貌したとて。地上がどれ程血で汚れ、死肉の塵に塗れようと。
空の蒼だけは、汚し得ぬ普遍の美を保っているかのようだった。それは王者の蒼だった。古の昔より、天空を統べる神こそが最高の神であると定義した神話は数限りない。
それも、どれ程手を伸ばそうとも届く事は有り得ない高みと、腕をどれだけ広げようと抱えきる事等不可能な広大無辺さを天空が誇る以上、詮無き事であった。

 地上数百mの高層ビルの頂点に立とうとも、未だ空の高さの果てには及ばない。
人は、築き上げたテクノロジーなしで、空を飛ぶことは勿論、数秒間の浮遊すら行う事は出来ない。
然るに――今、地上から何百mも高い場所に居るダンテ達から見て、また更に数百mを上回る高さを飛んでいるあの黒点は、この世の王か何かなのか?
千里眼とも形容されるダンテの視力が、その黒点を人間だと認める。いや、厳密に言えば、人間の姿をした何か、か。
そしてその人間が、ついさっきまで同じ場所にいた人物そのものだとも、彼は認めた。成程、ベルゼブブの魔の手から、逃げ果せたらしい。大した嬢ちゃんだ、ダンテは笑みを強めながら、此方目掛けて流星宜しくの勢いで急降下する女性を歓迎した。

698修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:21:44 ID:TJVZO0ns0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 大日本印刷に着地しようとしたチトセ・朧・アマツを熱く迎え入れたのは、ダンテが懐から引き抜いた白い大型拳銃、アイボリーから放たれた弾丸だった。
軍属として飽きる程目の当たりにしてきた、馴染み深い代物。チトセにとっての拳銃とは正しくそれだったが、眼下三〇〇m先の銀髪の男が構える拳銃は、
一言で言えば奇形そのものだった。何を如何考えれば、拳銃をあそこまでデカく出来るのだ? 拳銃の利点である携帯性と軽量性、その全てをアレはかなぐり捨てている。
何と、戦う気なのだ? 戦車と戦う為の拳銃だと言われても、チトセには理解出来るし納得も出来る。それ程までの、気違い染みたサイズだった。

 その銃口の照準が確実にチトセの方に向けられるや否や、白鍵の名を関する大型拳銃は、花火のような火柱を銃口から吹き上がらせながら、必殺の弾丸を放っていた。
放たれた弾丸は一発限り。しかし、その一発に秘められた威力は、星辰奏者が発動する星辰光の攻撃的な力に、勝るとも劣らない。
つむじ風が、チトセの身体に鎧われた。無論、目には見えない。不可視の鎧だ。荒れ狂う風の鎧に、アイボリーの弾丸が触れた瞬間、弾自体が意思でも持ったかの如く、急なカーブを描いて弾丸がチトセから逸れて行く。飛び道具の防御方法としては実に単純だが、これが実に、有効的。チトセはこの防御法があるからこそ、生前は、銃など全く恐れていなかった程であるが……流石に今回ばかりは肝が冷えた。風に、弾丸が触れた時、本気で、撃ち殺されると思ったからだ。それ程までの、ダンテの弾丸の威力よ。

 急降下のスピードを一切減速させる事無く、チトセは、大日本印刷のヘリポートに着地する。
衝撃は、膝にも足にもない。高所からの落下に備え、軍靴の靴底に圧縮した空気を用いて生み出したエアクッションを配置させていたからである。
この措置の故に、直ぐ攻撃態勢に移行出来る。チトセはダンテの方を振り返った。位置関係は、ダンテ達から見て十m程後ろ。
彼の背後を取れるよう着地位置は狙ったが、そんな浅知恵はお見通しであったらしい。チトセが振り返り、彼女の傍にサヤが実体化を始めた時には、既にダンテとライドウは此方に銃口を向けていたのだ。

「随分あわてんぼうな登場のしかただな、ネオナチ・ガール。トイレが近いんだったらあっちから下に降りなよ」

 階下へと繋がる出入り口の方角にしゃくりながら、ダンテが言った。
品のないジョークに眉をしかめるどころか、怒気を飛ばすのはサヤ・キリガクレその人だった。両足に力を込め、チトセの命令一つで何時でも飛びかかれる様な状態に移行する。

「生憎と……ガール呼ばわりされる程の歳でもなくてね。挑発のつもりで言ったのだろうが、素直に褒め言葉として受け取ってやるよ」

 と言うより、チトセからすれば、ダンテの方がずっと若く見える。
新国立競技場が、ダンテと言う男との初邂逅の場であったとは言え、あの時は状況が状況であった為、その場に居た全員の容姿を具に観察する事は出来なかった。
一対一の今の状況下なら、冷静に頭を働かせてその容貌を眺める事が出来る。チトセからすれば、隣に居るライドウとさして歳も変わらぬ子供だ。
贔屓目に見ても、ダンテの年齢など二十代前半程度だろう。ボーイどころか、ガキとすら言えるような顔立ちと肌のハリを持ったその青年がしかし、年齢に対して余りに不相応な、殺しの技術と戦いの天稟を誇る事は、新国立競技場でチトセも理解している。なまじその強さの源が不透明な以上、星辰奏者や魔星よりも、遥かに厄介な相手であった。

「そうかい、じゃあ言い方を変えるぜ、ネオナチ・レディ。しかしその服装、かなり危ねぇな? ユダ公のナチハンターに叱られちまう前に服装を変えた方が良い。この国じゃマイクロビキニが婦女子の指定制服らしいぜ?」

「そんな国滅んでしまえ」

 チトセの言葉のその部分については、ライドウも賛同していた。サヤは……言及を避けておこう。少なくとも、かなり欲望駄々漏れの笑みを浮べていた。

「何しに此処に来た」

 ダンテの傍に佇むライドウがそう言った。
物怖じ一つせず、チトセの方をジッと見据える黒衣の学生に、この類稀な星辰奏者は、死神の姿を見た。
雰囲気も佇まいも、書生のそれではあり得なかった。実直そうな雰囲気の中に、危険な程に鋭く研ぎ澄まされた、恐るべき死の輝きを宿すこの男に、
チトセは、ダンテと同じ程の脅威を確信する。どんな修羅場を潜り抜ければ、こんな雰囲気を、しかも、この年代で醸し出せるというのか?
戦士を育て上げるのは古の昔から、弾丸が飛び交い、剣槍が林の如く立ち並ぶ戦場であると相場が決まっている。ライドウから静かに放射される殺気の質は間違いなく、命の重みが紙より軽い戦場で磨かれたそれであった。

699修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:21:56 ID:TJVZO0ns0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 大日本印刷に着地しようとしたチトセ・朧・アマツを熱く迎え入れたのは、ダンテが懐から引き抜いた白い大型拳銃、アイボリーから放たれた弾丸だった。
軍属として飽きる程目の当たりにしてきた、馴染み深い代物。チトセにとっての拳銃とは正しくそれだったが、眼下三〇〇m先の銀髪の男が構える拳銃は、
一言で言えば奇形そのものだった。何を如何考えれば、拳銃をあそこまでデカく出来るのだ? 拳銃の利点である携帯性と軽量性、その全てをアレはかなぐり捨てている。
何と、戦う気なのだ? 戦車と戦う為の拳銃だと言われても、チトセには理解出来るし納得も出来る。それ程までの、気違い染みたサイズだった。

 その銃口の照準が確実にチトセの方に向けられるや否や、白鍵の名を関する大型拳銃は、花火のような火柱を銃口から吹き上がらせながら、必殺の弾丸を放っていた。
放たれた弾丸は一発限り。しかし、その一発に秘められた威力は、星辰奏者が発動する星辰光の攻撃的な力に、勝るとも劣らない。
つむじ風が、チトセの身体に鎧われた。無論、目には見えない。不可視の鎧だ。荒れ狂う風の鎧に、アイボリーの弾丸が触れた瞬間、弾自体が意思でも持ったかの如く、急なカーブを描いて弾丸がチトセから逸れて行く。飛び道具の防御方法としては実に単純だが、これが実に、有効的。チトセはこの防御法があるからこそ、生前は、銃など全く恐れていなかった程であるが……流石に今回ばかりは肝が冷えた。風に、弾丸が触れた時、本気で、撃ち殺されると思ったからだ。それ程までの、ダンテの弾丸の威力よ。

 急降下のスピードを一切減速させる事無く、チトセは、大日本印刷のヘリポートに着地する。
衝撃は、膝にも足にもない。高所からの落下に備え、軍靴の靴底に圧縮した空気を用いて生み出したエアクッションを配置させていたからである。
この措置の故に、直ぐ攻撃態勢に移行出来る。チトセはダンテの方を振り返った。位置関係は、ダンテ達から見て十m程後ろ。
彼の背後を取れるよう着地位置は狙ったが、そんな浅知恵はお見通しであったらしい。チトセが振り返り、彼女の傍にサヤが実体化を始めた時には、既にダンテとライドウは此方に銃口を向けていたのだ。

「随分あわてんぼうな登場のしかただな、ネオナチ・ガール。トイレが近いんだったらあっちから下に降りなよ」

 階下へと繋がる出入り口の方角にしゃくりながら、ダンテが言った。
品のないジョークに眉をしかめるどころか、怒気を飛ばすのはサヤ・キリガクレその人だった。両足に力を込め、チトセの命令一つで何時でも飛びかかれる様な状態に移行する。

「生憎と……ガール呼ばわりされる程の歳でもなくてね。挑発のつもりで言ったのだろうが、素直に褒め言葉として受け取ってやるよ」

 と言うより、チトセからすれば、ダンテの方がずっと若く見える。
新国立競技場が、ダンテと言う男との初邂逅の場であったとは言え、あの時は状況が状況であった為、その場に居た全員の容姿を具に観察する事は出来なかった。
一対一の今の状況下なら、冷静に頭を働かせてその容貌を眺める事が出来る。チトセからすれば、隣に居るライドウとさして歳も変わらぬ子供だ。
贔屓目に見ても、ダンテの年齢など二十代前半程度だろう。ボーイどころか、ガキとすら言えるような顔立ちと肌のハリを持ったその青年がしかし、年齢に対して余りに不相応な、殺しの技術と戦いの天稟を誇る事は、新国立競技場でチトセも理解している。なまじその強さの源が不透明な以上、星辰奏者や魔星よりも、遥かに厄介な相手であった。

「そうかい、じゃあ言い方を変えるぜ、ネオナチ・レディ。しかしその服装、かなり危ねぇな? ユダ公のナチハンターに叱られちまう前に服装を変えた方が良い。この国じゃマイクロビキニが婦女子の指定制服らしいぜ?」

「そんな国滅んでしまえ」

 チトセの言葉のその部分については、ライドウも賛同していた。サヤは……言及を避けておこう。少なくとも、かなり欲望駄々漏れの笑みを浮べていた。

「何しに此処に来た」

 ダンテの傍に佇むライドウがそう言った。
物怖じ一つせず、チトセの方をジッと見据える黒衣の学生に、この類稀な星辰奏者は、死神の姿を見た。
雰囲気も佇まいも、書生のそれではあり得なかった。実直そうな雰囲気の中に、危険な程に鋭く研ぎ澄まされた、恐るべき死の輝きを宿すこの男に、
チトセは、ダンテと同じ程の脅威を確信する。どんな修羅場を潜り抜ければ、こんな雰囲気を、しかも、この年代で醸し出せるというのか?
戦士を育て上げるのは古の昔から、弾丸が飛び交い、剣槍が林の如く立ち並ぶ戦場であると相場が決まっている。ライドウから静かに放射される殺気の質は間違いなく、命の重みが紙より軽い戦場で磨かれたそれであった。

700修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:22:14 ID:TJVZO0ns0
「偶然……と言って信じてくれるのなら、話は早いのだが」

「この地において、最早必然と偶然の境は曖昧だ」

「まぁ、当然の物言いだな」

 サーヴァントなる、奇跡と神秘を操る超常の存在が跋扈する魔都<新宿>において、そのサーヴァント自身が、お前の下にやってきたのはたまたまだ。
そんな事を言って、誰が信じると言うのだろうか? 必然性があって、足を運んだ。誰もがそう考えるであろう。
例えチトセとライドウの立場が逆であっても、彼女は、必然性の方を信じたであろう。しかし、タチの悪い事には、今回は偶然の方が正しいのだ。

 新国立競技場を虚無に叩き落した、タカジョーのディープホールから逃れるのに、チトセは必死だった。
大気の操作と言う極めて広範な事象を操ると言うチトセの星辰光の都合上、彼女の能力は凄まじく万能である。
気流操作によるルート調節と、圧縮した空気の噴出を利用すれば、空への飛翔は訳はない。但しこれは相当に無茶苦茶な応用の仕方なので、チトセとしても消耗する。
可能な限り緊急の回避手段としてしか使いたくなかったが……あの時は、こんな緊急時にしか使えないような無理なやり方を連続して使わなければ、到底逃げ果せなかったのだ。

 げに恐るべきは高城絶斗。少年の皮を被った、残虐なる死蝿の王。
そう言った存在から逃走する以上、チトセであっても本気にならざるを得ない。
彼女がどれだけ必死だったかなど、ゼファーに抉られた右目の代わりに嵌められた、星辰光の増幅装置をむき出しにしている現状を見れば窺い知れよう。
そう、普段以上に魔力と体力を消費する方法で必死に飛び回っていたものだから、チトセとしても、着地場所を確かめる余裕がなかった。
大日本印刷を選んだのも、本当に偶然。たまたま新国立競技場から離れてなく、かつ、自分が着地するのに適した高さのビルだったから選んだ。それだけなのだ。

 ――その屋上に、ダンテとライドウがいる事に気付いたのは、もう着陸の姿勢を移行し終えた、高度五〇〇程上空地点であった。
今更軌道の修正も出来ない事、そしてダンテの方が急降下しつつあるチトセの姿に気付いたのを認識した時、彼女は腹を括った。
此処で進路変更する方が、悪手と考えたのだ。斯様な理由で、こうしてチトセは、この大日本印刷屋上に足を運んだと言うわけなのだった。

「ねぇ、どうするニンゲン? サツリクするの?」

 ライドウの傍を飛び回る少女が無邪気にそう口にする。
飛び回る、と言っても、ジャンプしながらとかそう言う意味ではない。文字通り、空を飛んでいる。
長く伸ばした後ろ髪を鳥の翼の様に固めさせ、それを羽ばたかせて空中を浮遊しているのだ。無論、そんな航空力学やら何やらを無視した飛行法を実践出来ている時点で、その少女、モー・ショボーが人間ではない事は明白であるし、それを使役するライドウもまた、通常の人間ではあり得なかった。

「まぁ待て、早まるなよ鳥頭。少年もな? ……っても、少年の場合は理解してるか」

「無論」

 鳥頭呼ばわりされてカンカンになってるモー・ショボーの抗議を無視しながら、ダンテは、チトセの方に目線を投げかけた。
やはり、改めて見ても、恐るべき戦士だった。ライドウの使役する、あの正体不明の少女もまた油断出来ない敵だったが、ダンテの場合は、桁が違う。
銃口を、此方に向けて警戒している。姿勢としてはそう言う所だが、その姿勢から、チトセを殺しに行けるルートが銃弾を放つと言う行為だけではないのだ。
ダンテは其処から、ありとあらゆるルートでチトセを殺す方法に持って行く事を可能としている。銃をしまって、背負う大剣で斬り殺すも、拳で殴り殺すも、
彼程の男であるのならば自由自在。今この状況で、ダンテが如何動くのかが解らない。チトセが選べるカードに比して、ダンテの選べるカードは、膨大であった。
意気軒昂を維持していたサヤの身体に、緊張が走るのをチトセは感じた。責められない。チトセ自身も、言いようのない緊張感を感じているからだった。

「アンタが敵じゃない、と信用する手段が、ない事もないぜ。ネオナチ・レディ」

「それはありがたいな。操に関わる事以外なら、その手段に従うのも吝かじゃない」

「ハッ、アンタが良い女なのは認めるが……ベッドでリードする気風が強そうに見えるのは、ちょっとな。俺の好みじゃねぇからパスだぜ」

 不敵な笑みを浮べたまましかし、瞳だけは冷たい殺意を帯びさせながら、ダンテは言った。

701修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:22:37 ID:TJVZO0ns0
「こっちから要求するのは二つだ」

「欲張りだな、坊や。二兎を追うものは一兎も得ず、と言う故事を知らんか?」

「昔からケーキの切り分けの時にチョコのプレートが乗ってないのを渡されると暴れちまう性格なんだ、すまんなネオナチ・レディ」

 「一つ目」

「お前のマスターは何処だ?」

「此処にいる女がそうだと言ったら、如何する?」

 言ってチトセはサヤの方を指差す。緘黙しながら、サヤはダンテの方を睨めつけていた。

「嘘だな」

 即座に反論したのはライドウの方だった。

「そう思った根拠は、何故かな? 黒衣の美男子殿」

「其処の女は余りにも実体的な存在感が希薄だ。肉を伴った存在ではない。魔力だけで編まれた者だろう」

「正解だ。大した目を持っている」

 率直にそう言ったチトセの嘆息は本当だった。
ライドウの指摘の通り、サヤはそもそもがチトセのマスターでもなければ、本当の意味での人間ではない。
彼女なるはチトセというセイバーが保有する宝具だ。生前のサヤ・キリガクレ同様の性格と姿形、行動原理と本質を兼ね備えた、動く自律兵器である。
しかもサヤは、彼女自身が消滅しても、チトセと言う存在には何らの影響を与えない。要は通常の聖杯戦争みたいに、マスターが死ねばサーヴァントも死ぬ、と言う事がないのだ。無論、チトセが死ねば彼女の宝具であるところのサヤも、消滅は免れないが……。

「彼女は私の従者……ああいや、宝具とも言うべき存在でね。厳密に言えば、人間ではないよ」

「比翼連理の片割れが宝具になったようなものか」

 ライドウの言葉に、一瞬であるがチトセは苦い顔を浮べてしまう。生前のしがらみや縁を、思い出してしまったからだ。

「で、本題に答えて貰おうかね、レディ。お宅のマスターは何処でアンタをオペレートしてんだ?」

「その質問にはこう答えるしかない。私は天涯孤独の一匹狼、マスター不在の身の上だ。とね」

 チトセの言葉を聞いた瞬間、ダンテは不敵な笑みを一瞬、真顔のそれに転じさせる。
真意を、測りかねているのが見て取れる。普通なら……つまり、聖杯戦争の常識に照らし合わせるのなら、チトセの発言は妄言虚言の類でしかない。
マスターに活動リソースのほぼ全てを依拠して貰っているサーヴァントにとって、マスターのバックアップがないと言う事は消滅を意味するのだ。
そう言う現状を理解しているのなら、通常、彼女の台詞等信じて貰える筈がないのだが……?

「どう見るね、少年」

「嘘ではない、と思う」

 意外な事に、ライドウは、チトセの言葉を信じていた。無論、全てを全て、と言う訳ではなかろうが。

「お前がマスターなしで行動出来るのは、セイバー。貴様が受肉しているからだと言う事実に関係しているのだろう?」

「詳しい原理の諸々を、説明出来る訳ではないが……。私が普通のサーヴァントとはちょっと勝手が異なる身体であるらしい事は、理解している。恐らくお前の言った事が概ね正しいのではないか? 黒衣の」

 自身の成り立ちについて、無責任極まる発言であるが、これが事実であるのだから仕方がない。
チトセは自分自身が、魔力によって形作られている所の、通常のサーヴァントとは全く異なる、確かな実体を持った受肉したサーヴァントであると言う自覚はある。
そしてそれが、自身がマスターという楔なしで活動出来る最も大きなファクターである事も、何となくではあるが理解している。
だが、それだけ。理論理屈だけは頭では理解しているものの、それが果たして正しいモノなのかがチトセには曖昧なのだ。何せ彼女には、正真正銘正式なサーヴァントとして使役された記憶なぞない訳だ。今回の受肉したサーヴァントの感覚こそが、彼女の初めてのそれなのだ。魔力のみによって形成されたサーヴァントだった時の感覚と、比較する事等出来ないし、そもそも彼らの悩みや思いなども、共有出来る筈もないのだ。

702修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:23:16 ID:TJVZO0ns0
「成程ね、レディ自身も良く解ってないわけか。ま、それはそれで構わない。それは良いんだが、もっと踏み込んだ質問をさせて貰うぜ」

 ダンテの方を見据えるチトセとサヤ。意に介した様子もなく、ダンテは言った。

「アンタ、如何言う経緯で<新宿>に居るんだ?」

 やはり聞かれる事だろうな、とチトセは思った。当然の事、彼女にして見れば予測された質問の一つである。
彼女自身、全くイレギュラーな方法論で此処<新宿>に召喚され、イレギュラーな法則によって成立している人物である事は、この身を以ってよく理解している所だ。
ならば必然、こんな疑問が湧いて出るだろう。この招かれざる客は、如何なる理由によって、この地に呼び寄せられたのか? と言う疑問だ。

 欺く必要性もない、だからチトセは隠す事もなく、自らの身の上を詳らかにした。
メフィスト病院によって、ドリー・カドモンなる神秘のアイテムを依代にする事で顕現した特殊なサーヴァントである事。
そして、この身を<新宿>に召喚せしめた人物が、メフィストと言う名の白衣白皙の美魔人と、ブラックスーツを纏った金髪の美青年であった事。
その事情を説明し終えた時には、ライドウもダンテも、押し黙ったままだった。嘘だ、と一蹴するには、妙なリアリティがある。
それに二人の目は節穴じゃない。悪魔との交渉で鍛えた眼力と、生涯通して悪魔との死闘に身を捧げた事によって得られた直感が。チトセの発言を嘘じゃないと認識しているのだ。

「ドリー・カドモン、ね……」

 チトセが説明した事項の中で、特に気になった単語の名を、ダンテは口にした。

「一神教の逸話に曰く、神が物質世界に顕現するのに相応しい、土で出来た至高の人形(ヒトガタ)の事を、アダム・カドモンと呼ぶ。それに関係するのか?」

 ライドウの言葉に、肩を竦めるチトセ。

「関係するのか? と聞かれても困るのが私としての正直な感想だな。神とも悪魔とも無縁の世界からやって来たのでね。神秘学には疎いのだよ」

「羨ましい世界だね、宗教対立とは無縁のさぞや平和なんだろうさ」

「そうでもないさ」

 神や悪魔が観測されてない世界ではあったが、宗教そのものはしっかりと、チトセのいた世界では極東黄金教と言う形で息づいてた。
尤も、アレはアレでロクな物でもなかったが……それは今、チトセの語るべき所ではないのであった。

「セイバー。お前以外に、ドリー・カドモンに固着されたサーヴァントはいるのか?」

 ライドウの質問。

「間違いなくいる。それが何体居るのかは私としては知る由もないがな。だが間違いなく、私だけじゃないのは確かだ」

「いやに断言するな、レディ。根拠でもあるのかい」

「そうと思しき者と直近で争ったばかりでね。その者が私と同じ証拠を示せと言われれば出来ないが……戦っていて、『これは間違いない』、そう思ったんだ」

 チトセが言っているのは、新国立競技場で戦った黒のアーチャー、魔王パムの事だった。
あの場所で目の当たりにした様々なサーヴァント達。彼らから感じた情報を統合するに、パムだけが、やけに異質だった。
存在感が非常に明瞭でクッキリしていたと言うのだろうか。他のサーヴァント達は皆不明瞭と言うか、ぼんやりとしたものが何処か感じられるのに対し、パムについてはそれがない。確かにこの時代に生きる、一個の人間の風に思えたのだ。

「<新宿>での今後を考えるに、考慮すべき材料だろうな。受肉したサーヴァント連中も……メフィスト病院も」

703修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:23:29 ID:TJVZO0ns0
 元より、メフィスト病院はライドウ達にとって、最も警戒するべき施設の一つであった。
あからさまに怪しいからである。その名の胡散臭さもそうだが、真に恐るべきは施設そのもの。
聖杯戦争本開催前のインターバル期間、ライドウ達は当然の如く、メフィスト病院を視察に赴いた事がある。
加えて、ロビーと其処に隣接する患者以外でも立ち入り出来る区域だけとは言え、内部に足を踏み入れた事も。
あの白亜の大宮殿を見た感想としては、魔界そのもの、であった。見掛けは二十一世紀、当世の現代的な機能の数々を兼ね備えた病院そのもの。
であるのにも関わらず、内部のテクノロジーのほぼすべてが、当世の技術水準のそれを二〜三世紀先を軽々に上回るそれ。
それだけならまだしも、一階のロビー部分だけで、ライドウですらが舌を巻くレベルで大掛かりな魔術の仕掛けが、
ライドウが注意深く観察しなければ認識も出来ない程巧妙に隠されていたのだ。
葛葉の里ですら、メフィスト病院の内部に比べれば、行楽地にあるような忍者屋敷見たいな子供騙しの代物にしか見えない程だった。
あんな場所に無策で足を踏み込もうものなら、それこそ、ライドウ達の主従ですら、生きては帰れないだろう。
何れは攻略する施設。そうとライドウらが認識していながら、攻略を後回しにせざるを得ないなど、恐るべしメフィスト病院。これを魔界と呼ばずして何と呼ぶ。
――そして今ライドウ達は、このメフィスト病院と言う名の施設と、其処の主たるサーヴァントとそれを操るマスターに対する警戒値を、極限の閾にまで引き上げさせていた。

 ――ブラックスーツに金髪の男、か……――

 勿論メフィストなる存在や、彼が生み出したとされる不特定多数の受肉したサーヴァントも、警戒するべき存在達である。
だが、真に警戒するべき存在は、他に居る。それこそが、今ライドウが思案している人物。チトセが語っていた、メフィストのマスターであると思しき男。
アバドン王事件に際して、水面下で暗躍していた男の特徴と、事件以降方々の悪魔から得られた証言の数々から得た情報と、符合する。
その男こそ、今ライドウとダンテが、今回の聖杯戦争に際して聖杯以上に追い求めている存在である可能性が高い。
だが、追い求める、と言う事の方向性が違った。男達は、メフィストのマスターを、抹殺・排除対象として見ていた。
『大魔王・ルシファー』……。もしも、メフィスト病院と彼の大魔王が繋がっていたのであれば、これ程厄介な物はない。
ルシファーの計画は大胆かつ綿密、大掛かりな上に要点をしくじった際の保険の数も多い。
そしてそれで居て、計画の立案者であるルシファーは、プランの要点に全く絡まない。故に、計画の全貌が掴み難い。
しかし、そう言う計画の常として、掛かる時間とコストは恐ろしく膨大だ。幾らルシファーとは言え、空手の状態で<新宿>にやって来て、
全くの無の状態から大掛かりな悪巧みを誰にも悟られず練り上げられるのか、と言われれば疑問符が浮かび上がる。恐らくは困難を極めよう。
だが、その困難も、メフィストと彼が操るテクノロジーにかかれば、一切合財帳消しとなる。現に、後付で聖杯戦争に新たなサーヴァントを召喚すると言う反則的な手法を、いとも容易く実行出来てしまっているではないか。ルシファーが有する悪魔の頭脳と、メフィストが有する脅威のテクノロジー。ライドウにとって、合わさってこれ程悪夢的な組み合わせもなかった。

「オーケー。一つ目の質問については、概ね納得の行く答えが得られた。これについてはもういい。……んで、だ。俺としてはこっちの方が聞きたいんだよな」

「む……?」

 怪訝そうに眉を上げるチトセに対し、ダンテは、声を低くにこう言った

「クリストファー・ヴァルゼライドについて教えて欲しい」

704修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:24:00 ID:TJVZO0ns0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「ヴァルゼライド総統閣下について……?」

 サヤが思わず、そう零した。
ヴァルゼライド。その名は、星辰体が地上の法則を侵食、支配した後の新西暦のアドラー帝国民にとっては、畏怖を以って語られる名であった。
チトセとサヤが没する頃には、ヴァルゼライドと言うキャラクターは、神話の世界の住民と同じだけの神韻と光輝を放つ固有名詞だった。
彼が生前行ってきた武勇伝に尾鰭や脚色が付いたエピソードが無数に生み出され、最終的には英雄のようだと言う同じ意味の、
『ヴァルゼライドのようだ』と言う形容詞が新しい言葉として文壇の世界でも使われ始めた程には、彼の名前はあの世界にとって凄まじい意味を持っていた。
神話の世界に名実共に足を踏み入れてしまったあの男はそれこそ、彼の反目に回り、敵対する道を選んだチトセ・朧・アマツを上司とするサヤレベルであっても。
今彼と敵対していると言う事実を忘れさせてしまう。無意識の内に『総統閣下』と呼んでしまう位には、その症状は深刻だった。

「かのバーサーカーは現状俺達が最優先で抹殺するべき対象だ」

 ライドウの言葉に、チトセとサヤは反応する。サヤは驚いたような顔をしていたが、チトセの表情は、疑いの色が強かった。
 
「勝てるのか?」

 チトセの言葉は、嘲りの意味合いは一切なかった。
純粋な興味だった。ヴァルゼライドの強さは、チトセと言う女性は良く知っていた。
英雄、閃剣、光刃、煌刀、雷神、獅子の如き者、勝利を齎す者。アドラー帝国の住民及び同盟国から呼ばれた肯定的な字の数は、優に数百は超える。
魔王、凶剣、羅刹、狂人、破壊者、戦場の餓狼、魂の賊、混沌を齎す者。一方で、敵対者から呼ばれて来た悪罵や忌み名の数も、容易く千に届く。
呼ばれた異名の数は、そのままヴァルゼライドの強さだった。取るに足らぬ者は、此処までの羨望と憎悪を掻き集められない。
英雄として齎した功績が大きすぎるから。時の寵児或いは風雲児として集めた憎悪が凄まじすぎるから。そして何よりも、強過ぎるから。
打ち立てた諸々の事実は歴史となり、時を経た歴史が、伝説へと昇華されるのだ。そのヴァルゼライドを、殺す。ライドウはそうのたまった。
彼と同じ時代を駆け抜けた者の一人として、チトセは、本当に気になったのだ。それが出来るのか如何かがだ。

「惜しいところまで追い詰めたんだが、引っ繰り返されてね。たいした腕白坊主だったよ」

 軽い調子でそう言うダンテだったが、歯噛みするような思いが言葉からは感じ取れる。大物を仕留め損なった狩人さながらの態度だ。
そして、その言葉の内容は嘘ではなかろう。現にチトセが、新国立競技場でヴァルゼライドを目の当たりにした時には、既に彼の身体は死に体であった。
全身血塗れであるのは言うに及ばない。勿論その血はヴァルゼライド当人の物であるのは間違いなかった。
生きているのが不思議な程に傷だらけで、遠めで見ても有り得ない程傷ついていたのが良く解る程。そして極め付けに、その傷から露出した内臓が見えた位である。
身体のどこかを小突けば死ぬであろう程消耗していた、クリストファー・ヴァルゼライド。その仕掛け人がダンテであったとしても、チトセは驚かない。この男なら、倒しても不思議ではなかったからだ。

「交戦したセイバーが一番、奴の強さを理解しているのは間違いないだろうし、俺自身、彼のバーサーカーが如何言う戦い方をするのかを見たから解るつもりだ」

 ライドウは言葉を其処で切った後、射抜かんばかりの真っ直ぐな目線を、チトセに投げかけてから、口を開いた。

「だが、所詮は見ただけに過ぎん。本物の知識とは呼べない。だからこそ、お前に聞きたい。セイバー。奴について詳しく教えろ」

705修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:24:20 ID:TJVZO0ns0
 チトセとしては、しらばっくれると言う態度を取る事も出来たのだが、得策ではないのでやめた。
簡単な話だ。ライドウ達は新国立競技場のフィールド部分で、チトセとヴァルゼライドが旧知の間柄を匂わすような会話を交わしている場面を、目にしている。
こんなものを見れば、誰だとて思うであろう。チトセとヴァルゼライドは、生前は同じ世界同じ時代を生きた人間であったのだと。そしてそれは、疑いようもない事実なのだった。

「教えるのは構わないが……何を知りたい?」

「馬鹿みてぇな威力のビームを発射する事と、ファイティングスピリッツとガッツに溢れた馬鹿だってのは理解してる。だが、それだけじゃないだろう」

「と、言うと?」

「どんなマジックにもカラクリがあるって事だ」

 マジック……と言うと、星辰光(アステリズム)の事だろうかとチトセは判断する。
事情を知らない人間が、星辰奏者が能力を発動する様を見れば、成程確かに、マジックかトリックの類だと疑ってしまうであろう。
だが何かを説明しようにも、ヴァルゼライドの能力は、誰ならんダンテが言った通り。超高威力のビームを超高出力、超高速度で放つだけなのだ。
当たれば必殺、掠れば致命傷。ビームそのものも特徴も、これ以上説明のしようがない程シンプル。正直、此処から先更に踏み込んで説明しようにも、チトセには、説明出来る自信がなかった。

「何度斬っても、何度撃っても。あのバーサーカーは死ぬ事は勿論、倒れる事すらなかった。寧ろ、こっちが追い立てれば追い立てる程、その強さと脅威が増してる風に見えた」

 ダンテは、語り続ける。

「手負いの獣は凶暴だ、って言うのは解るが、アレはそう言う次元を超えてる。内臓をこの手でぶっ壊しても、動いてたぐらいだからな」

 ジッと、チトセの目を見据えながら、ダンテはこう言った。

「あんな戦闘続行能力、ファイティングスピリッツだとか気合と根性だとかじゃ、とてもじゃないが説明出来ねぇ。気持ちだけじゃ超えられない位のダメージを負わせてたんだからな。だから俺は、あのヴァルゼライドって言うバーサーカーは、驚異的なタフネスを保障する何かしらの肉体的特質か、宝具を持ってるんじゃないかと推察してる。それを、教えてくれや」

 ヴァルゼライドと言うサーヴァントの素性も過去も知らぬダンテからすれば、そう思うのは当たり前の話だった。
超常と異常の見本市のようなサーヴァント達ではあるが、その強さと異常性には、明白に理由と言うものがある。
龍の血を浴びただとか飲んだだとか、半神だったり半魔だったりだとか、神から授かった武器や防具を持っているだとか、何でも良い。
人間を逸脱した強さには、何らかの理由が伴ってなければ説明がつかないのだ。これについては、ライドウもダンテも同じ意見である。
ライドウが今の強さを得れたのは、筆舌に尽くし難い鍛錬と実戦経験を積んだと言う過去があるからだ。
ダンテが悪魔狩人として名を馳せたのは、魔剣士スパーダと言う最上位の格(グレード)の悪魔を父に持ち、その上で実戦経験を重ねて行ったと言う過去があるからだ。
強さだけならば、成程ただの訓練の積み重ねで得られるものではあるだろう。だが、身体的な特質は鍛えるだけでは得られない。
ダンテは、ヴァルゼライドが見せたおぞましいまでの戦闘続行を、後天的に得たか付与されたかの特異性。
或いは、親に相当する何かから遺伝された形質だと判断していた。そうでなければ、説明が付かない。まさかあんなタフネスが、何の理由もなく付いてくる筈がないと、考えていたのだ。それは、確かに正しい推理だろう。……ヴァルゼライド以外であったなら。

 ――……そんな宝具ありましたっけ? お姉様……?――

 ――……知らんぞそんなの――

 チトセとサヤは、果てしなく困っていた。如何説明すれば良いのか。そして、説明したとて納得してくれるのか? その筋道が、全く立てられない。

 ダンテの見立て通り、チトセとサヤは、ヴァルゼライドの事を一から十まで全部説明出来る。
生い立ちから使用する星辰光、行動理念から何まで。全て具に教える事が可能だ。だからこそ、本当にダンテは受けいれてくれるのかが不安だった。
『ヴァルゼライドの戦闘続行能力は別に体に再生能力が備わっているとかそんなのではなく、自前の気合と根性の賜物だ』、など。頭で理解してくれるのだろうか?

 ヴァルゼライドの死後、彼が辿った足跡と、携わっていた諸々の研究計画を、チトセは徹底的に洗った。
彼が聖戦と呼んでいたと言う、実践しようとした計画の内容は到底許容出来る物ではない。
しかし、聖戦を成そうとしていた過程で考案された諸々の技術そのものについては、罪はない。
ヴァルゼライド主導下で生まれたテクノロジーや成果物をサルベージし、今度はアドラー帝国の平和の為に利用しようとチトセは考えたのだ。

706修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:24:34 ID:TJVZO0ns0
 が、ヴァルゼライドと言う男は、後々に自分の計画について尻尾を掴ませない為に、日記やメモ書きの類を一切残さなかった。
それこそ、彼が傍に置き、絶大な信頼を置いていた副官の彼女にすら、その仔細を一切教えていなかった程である。
計画の為に成すべき事、計画達成の為に必要な研究の過程や成果の、あれやこれ。ペーパーに換算すれば何万枚など優に下らぬ密度の内容を、
ヴァルゼライドは全て頭の中に記憶していたのだ。全ては、彼が本当に成したかった事を隠し通す為に。
結果、チトセ達はヴァルゼライド当人の方面から、その足跡をあらう事は不可能だった。余りにも彼自身が残した物的な遺産が少なすぎたからである。

 尤も、追跡不可能だったのはヴァルゼライドの方面からだけだ。
帝国の頭脳部であり、ヴァルゼライドの計画の要であった、星辰奏者及び星辰光、そして様々な新兵器の研究と開発機関。
つまり、アドラー帝国の軍人や官僚が言う所の、叡智宝瓶(アクエリアス)の方面を徹底的にチトセは絞り上げた。
ヴァルゼライドに対しどの様な強化措置を施したのか、だとか、あの男が指示した内容は何だだとか。
兎に角、チトセが疑問に思った事、ヴァルゼライドが携わった事。全て、根掘り葉掘りに詰問した。

 だから、解る。クリストファー・ヴァルゼライドの能力は、一般的な星辰奏者の枠内に納まる程度の力である、と。
確かに彼は、死のリスクが極端に高い、星辰奏者への改造手術を複数回にも渡って行い、自己の能力を極限まで高めていた。
だがそれにしたって、強化されるのはあくまで行使する星辰光(アステリズム)だけであって、新しい身体的な特徴が付与される訳ではないのだ。
ヴァルゼライドを英雄たらしめていたのは、星辰光ではない。況して、埒外の再生能力だとかそう言う類のものでもない。
程度の大小こそあれ、ヒトならば誰もが有しているであろう、気合と根性。それこそが、星辰光以上の彼の武器なのである。

「……気合と根性の可能性とやらを、お前達は何処まで信じる?」

「決め手の一つにはなるだろう」

 ライドウは即答した。戦いはメンタル面が兎角重要となる。だから、泥臭い精神論は、全く馬鹿に出来ない。それどころか、ライドウの言うようにチェックメイトを決める最後の一手にすらなり得る。

「だが、物理法則を無視する程の物ではない。それこそ、臓腑の全てを破壊されれば、どんな気合も――」

「その気合と根性で、総統閣下は動いているのだぞ?」

 不機嫌そうに、ライドウの顔が歪んだ。言葉尻を奪われたからと言うよりも、チトセが嘘を吐いた……と思っているが故の表情だろう。

「お前達は到底認めないし信じもしないだろう。だが安心しろ。奴と同じ国家に生を受け、同じ国家とその国民に共に忠義を誓った私でも、馬鹿らしくて信じられん」

 「――だが」

「それでもやはり、事実なのだ。お前達が望んでいるような答えはない。ヴァルゼライドのタフネスは、正真正銘自前の気合と根性のみに拠るもの。それだけだ」

 ダンテもまた、鋭い目つきでチトセとサヤを交互に睨めつけていた。
優れた戦士の眼力には、独特の、磁力とも魔力とも言える圧力が内在される事をチトセは知っている。
目の前の気障な紅コートの青年もまた、その圧力を、極限に近いレベルで保有する男だった。この目で睨まれれば、悪魔ですら震え上がるであろう。

「……困ったな。如何するよ少年。このレディ、嘘吐いてる風に見えないんだが」

 ややあって、溜息を吐いてからダンテはそう言った。眉間を指で押さえながらの、呆れたような態度であった。

「奇遇だな。俺も、真実を語っている風に見える」

 ライドウの場合は仲魔を用いた読心術がある為、その者が嘘を吐いているのか否かがすぐ解る。
だが、ライドウのような稼業に従事している者は往々にして、仲魔の読心術が使えないケースに遭遇する事がある。
それは、読心術そのものを封印されている事もあるし、心を閉ざしたり無意識を維持したりと言う風な方法で無効化する事もある。
そう言った時には、ライドウは自分の目と経験で、人間を判断せねばならないのだ。そしてライドウは、多くの悪魔と接したり騙されて行く内、目も経験も洗練されていった。故に解る、チトセは、嘘を吐いていない。いや、吐いている風には見えないと言うべきか。

707修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:25:27 ID:TJVZO0ns0
「お姉様が虚言を吐くような御方に、一瞬でも見えたとでも?」

「可能な限り嘘であって欲しかった……と言いたいが、まぁ、もしかしたら本当はそうなんじゃないかとは思ってたよ。あの馬鹿のタフネスについてはな」

「ヤケに総統……ヴァルゼライドに御執心じゃないか」

 湧いて出た疑問を、率直にチトセは口にする。

「アレは私達も追っている獲物でね。理由は……まぁ、お前達からすれば下らない私怨だよ」

「けど、レディ達にすりゃ殺すに足る意味があるんだろ?」

 苦笑いをチトセは浮べる。

「私怨の怖さは稼業柄よく知ってるよ。痴情のもつれ、金やビジネスチャンスの横取り、縄張り争い。そんなこんなの恨みつらみで、殺しを依頼される事もあってね」

「引き受けたのか?」

「当店はコンプライアンスを遵守し誠実な運営をモットーとしてるんだ。週休六日の、何処に出しても恥かしくないホワイトとクリーンさがウリだ、断ってるよ」

 ライドウの言葉にダンテは流暢にそう返したが、逆の意味でライドウの呆れと軽蔑を買っていた。目線が冷たい。
週休どころか年休十日もないレベルで働き詰めだった事があるチトセとしては、想像も出来ない程怠惰な世界であった。

「前世からの縁。綺麗な言葉で着飾るのなら、私がヴァルゼライドを追うのはそう言う事だ。お前達は何だ。令呪か? それとも、やはり恨みか?」

 ヴァルゼライドがこの<新宿>で、ルーラーから睨まれた結果、令呪。
つまりサーヴァントの活動リソースであるところの魔力の塊を報酬に設定されたお尋ね者になった事は知っている。
嘗て、登り詰めるところまで登り詰め、誰しもが認める絶頂期のまま壮絶な最期を遂げた男。生前英雄と呼ばれ、死後神とすら扱われた男。それがヴァルゼライドだ。
そんな男がこの世界では、指名手配されたお尋ね者、しかも生死問わず(デッドオアアライブ)と言うレベルなのに、払われる報酬がケチなリソース一つと来ている。
笑ってしまうような転落劇だが、同時に、欲に目が眩み思考が利得に蝕まれた程度の主従に、アレが遅れを取るとは思えない。悉くを返り討ちにするだろう。
だが、目の前の男達ならば或いは? ともチトセは思うのだ。思うのだが……この主従は令呪だとか私怨だとかと言う確執とは、一線を画した所に立っていて、その観点からヴァルゼライドを殺そうとしている風に見えるのだ。

「義務だ」

 チトセの疑問にライドウは即答した。ライドウの語り口は解りやすい。簡潔明瞭で、長々とした会話を好まない。そう言うクチだった。

「指名手配されたから狙うのではない。こんなもの、ルーラー側の匙一つで、それこそ俺だってされかねない。討伐令を敷かれたからと言って、全てが悪とは限らん。が――このバーサーカー達だけは明確に邪魔だ」

 目線を一瞬、<新宿>の街に向けるライドウ。
高度な建築技術が齎す高層ビルディングの数々。東アジア随一の名に偽りなしの人々の活気。
都会である。建築物の数でも、店の数でも、行き交いする人間の数でも、交通の便でも、流通する金の量でも。この街は、都会の要件を最高に近いレベルで満たしている。
ライドウやチトセの時代からは、信じられない程大都会であった。この光景を見ても何の感慨も湧かないのは、生まれた時代が近しかったダンテだけである。
ライドウにとってこの世界は、彼が生きていた大正十五年から順調に文明のレベルを上げて行き、その末に到達した未来だった。
そしてチトセにとってこの世界は、写真や文献の中でしか存在を確認する事が出来なかった、亡国アマツの在りし日の光景だった。本の中で綴られていた世界は嘘ではなかったと。<新宿>の街を歩く度に、彼女は何度も思ったのだ。

「帝都を守護する事は俺の任務だ。故にこそ、己の勝利と目的の為に、無秩序で、非生産的な破壊を、邁進の過程で生み出す奴らを生かしてはおけない」

「それが、ヴァルゼライドを殺す理由か?」

「不足に思うか?」

「まさか。十分過ぎる程だ。寧ろ、お前の気持ちは良く解っている側だと言う自信すらある」

 ライドウらが今居る場所から眺める<新宿>の風景は、見事なまでの都会の絵図だった。
このありきたりな、メトロポリスの姿はしかして、誰が見ても異常としか言いようのない姿を見せつけていた。荒廃である。これは、数百m規模の高層建築の屋上から見たら特に顕著だった。

708修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:25:46 ID:TJVZO0ns0
 まるで其処だけ、原子爆弾でも炸裂させられ産み出された爆心地のようなところになっている場所がある。
それが元は家だったと判別など出来ようもない、見るも無惨な瓦礫の堆積が広がるその様子は、家主からすれば地獄か悪夢としか映らないであろう。
アスファルトで補強された道路が、滅茶苦茶になっている所がある。どんな力をどんな方向から、そしてどのような形で以って訴えかけたのか?
トラックの運転にすら耐え得るアスファルトは粉々で、ライドウ達であっても、如何なる手段で破壊したのかの想像を不可能にさせている。

 他にも、目に付く目に付く。破壊の痕跡、崩れた建物。 
その全てが全て、ヴァルゼライドの手によるものだとはチトセも思っていない。しかし、これらの破壊の内何割かは、彼が関与してると言う事は理解している。
と言うより、彼の宝具が多くの建造物を破壊し、人の命を奪って行ったのを、此処<新宿>でチトセは真実目の当たりにしている。
彼が精練潔癖であるとは欠片も思ってない。こんな破壊のザマを見せ付けられてしまえば、チトセはライドウに同意せざるを得ない。
仮にこんな大層な暴れ方を、母国アドラーでされようものなら、彼女とてライドウ同様、下手人を生かしてはおかなかっただろう。それは、力ある統治者の義務としての行動であたt。

 ――だが

「この世界は、お前の生きた場所ではなかろう。何故義務を押し通そうとする?」

 知識としてではあるが、<新宿>における聖杯戦争、その参加者であるところのマスター達は皆、偶発的にこの地に呼び出された事は知っている。 
呼び出されたと言うのは手紙やメールや電話などと言った連絡手段を介してから、ではない。
契約者の鍵なるものに触れた瞬間に、時間や空間の制約を越えてこの地に呼び出されると言う、強制的なやり方だったそうじゃないか。
その者にとってこの<新宿>が未来、過去の姿である者もいるだろう。現にチトセにとってこの<新宿>は、遥か古、それこそ御伽噺のレベルで昔の時間軸の姿なのだ。
ライドウにとって<新宿>……つまり東京が、未来のそれなのか過去のそれなのかはチトセも解らない。だが、強制的にこの地に招かれたのだろう事は想像に難くない。
ならば、義理を通す必要など、ないのではないか。義務やモラルは時として枷となる事はチトセも知っている。
ライドウならば、その桎梏から解き放たれれば、今以上に強くなれるのでは? ならばそうするべきだろうと、暗にチトセはそう言っていた。強制的に招かれて、殺し合いを強要されているのなら。思う所の一つや二つは、ある筈だろうに。

「例え此処が俺が守護すると決めた帝都でなかろうと、其処が、帝都の未来の形の一つである以上。あり得た姿の一つであるのなら、俺はその責務を全うする義務がある」

 迷う素振りすら、ライドウは見せない。彼の言葉は鋼のような確かさを持っていた。
紋切り型の定型句にしか聞こえないような言葉はしかし、決して嘘偽りも、建前もない。本当の言葉である事が伝わってくる。

「違う世界なのだから、守護の責務も違うものだと解釈する。そんな選択肢は俺にはない。奴らがやりたいように破壊と死を振り撒くのなら、俺もやりたいように奴らに報いを与えるだけだ」

「真面目な男だなぁ、お前は」

 降参、とでも言わんばかりに諸手を挙げるチトセ。
カマかけのつもりだったが、どだい、そんな物が通用しない手合いだと今ので良く解った。
これ以上は鉄の塊に木の釘を打ち込むようなものだろうと判断し、即刻これ以上の問答を諦めてしまった。

「マスターの方にも、ヴァルゼライドと戦う覚悟があるのかを問うては見たつもりだったが……無駄な質問だったな。これでは私が恥をかいただけだ」

「どのような意図があっての事かは知らないが、下らない事をしたな。俺達は機会があればあのバーサーカーを殺すぞ」

「獲物を先取りされたからと言って、逆恨みするような真似はせんよ」

 その点については、チトセは本心を語っている。聖杯戦争は想像以上に、参戦しているサーヴァントのレベルが高い。
これならば誰かしらが、ヴァルゼライドの首を獲ってもおかしくない程の魔境だ。横取りされたからと言って、憤る事もない。……とは言え、新国立競技場でヴァルゼライドを魚雷で爆殺しようとした、あのアーチャーについては如何にも、許そうと言う気にはなれないのだが。

「おっと……オイ、少年。銃声を聞かれちまったからかね。人の気配がこっちまで上がってくるぜ」

709修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:26:17 ID:TJVZO0ns0
 何かに気付いたような顔でダンテが言った。
考えてみれば、当たり前の話……と言うより、今までが遅過ぎた位である。ダンテの持つ拳銃は、サプレッサー(消音器)の類も全く装備されていない。
いやそれどころか、つけた所で意味など欠片もない程、馬鹿でかい銃声が響き渡る、文字通りのモンスターガンである。
そんなものを、特に何も防音措置を施してない、野外の真っ只中で発砲すれば必然、人が集まってくるのは当然の話だ。
銃声を聞いて上へと向かっているのは、恐らくはこのビルの持主である会社に雇われた、警備の者であろうか。

「構わん。どうせそのセイバーが来た時点で、河岸は変えるつもりだった。良い頃合だろう」

 ほう、とチトセは考える。 ダンテもチトセも、空を飛ぶと言う手段を有してはいない。
やろうと思えば出来ると言うだけで、鳥類のように生物学的に飛べて当然の特徴を持っている訳でもなく、簡単に飛べるメソッドを確立させている訳でもない。
魔力と言うリソースを潤沢に使って、空を飛ぶ真似事をしているだけなのだ。実際にこれは普通に目的地に歩いたり走って移動するよりも、
余程非効率的で、魔力の燃費も悪く、最悪次の敵と戦う頃にはガス欠だって引き起こしかねない、無駄なやり方なのである。
チトセとサヤから見て、高城が生み出した黒泥から逃れる為に用いたダンテ達のやり方は、その無駄な物に該当すると見ていた。
あんなもの、何度も連発して行う物ではなかろう。ライドウも、そう思ってるに相違ない。ならばどうやって、此処から脱出するのか。これが見物だった。まさか飛び降りる事はあるまい。この周辺は<新宿>の中でも人通りは多い。そんな事をすれば、悪目立ちするだけだ。

「……あそこだな」

「了解」

 と言ってライドウは、此処から概算百と三〇m程の距離を離した所にある、高層ビルに目を留める。
高層と言っても、今ライドウ達が佇んでいるビルよりは高さは低い。世間一般的に見て、高層のカテゴリに分類される程度の高さ、と言うだけだ。

 ……今、自分達がいる所よりも、『低い』ビル。それを事実とした認識した瞬間、チトセはハッとした。

「……正気か?」

「ヘイ、ネオナチ・レディ。お前さん、あのイカレバーサーカーを自分達だって殺すんだ。そう言ったけど、秘策はあるのか?」

 チトセが思い描いている事を実行に移す前に、ダンテがそんな事を聞いてきた。これはダンテのみならず、ライドウとて気になっている所だった。
これまでの話を統合すると、ヴァルゼライドと言う戦士の最大の骨子は、『シンプルに強い』と言う点に集約されると二名は判断した。
超々高威力のレーザーを放ち、そのレーザーの持つ熱量をそのまま刀に纏わせる白兵戦。そして、多少の傷など物ともしない気合と根性。
それだけで、喰らい付いてくるサーヴァントだ。泥臭いが、それが同時に危険でもある。凝った能力は脆い所がある。
凝っている、複雑な能力。そう言うものはそれだけ、能力を発動するのに必要な工程が多いと言う事を意味し、そのプロセスの何処かを挫けば失敗に終わる事が多い。
ヴァルゼライドにはそれがない。余りにも戦闘スタイルがシンプルで、無駄がないからだ。シンプルとは単調であると同時に、完成もされているのだ。
その通り、ヴァルゼライドの戦い方は完成されていた。その単調単純な能力すらも、彼の戦いにとっては弱点足り得ないどころか、重要なパーツとして構築されている。
防御など意味を持たないレベルで極限威力の攻撃を持った男が、不死身のタフネスで戦闘を続け、隙を見せたら必殺の一撃が叩き込まれる。
その単純で、それ故に攻略が困難を極める戦い方を相手にするのが至難の業である事は、ダンテをして殺しきれなかったと言う事実を鑑みても明らかだ。

 その、これ以上となくシンプルで、であるが故に究極の強さを持つヴァルゼライドを、チトセは狙っていると言う。
生前からの縁とか、因縁があるだとか。そんなものは如何でも良い。殺すのならば、どうやって? が重要になる。
当然全盛期のヴァルゼライドを知っているのなら、その強さだって無論周知している筈だ。
となれば、自分達に語っていないだけで、必勝の秘策があるのだろう。ライドウもダンテもそう考えたのだ。無策で挑む程、目の前の女傑は馬鹿じゃない。口にこそしていないが、これはライドウもダンテもチトセに対して抱いている共通の見解だった。

「……気合と、根性かな」

 不敵な笑みを浮べてそう言ったチトセに対し、ダンテは肩を竦めた。ライドウの方は、もうチトセの方を見向きもしていなかった。
ライドウは屋上の縁の部分に立て付けられた、転落防止のネットフェンスに向かって、抜刀。
チトセですら視認が難しい程の速度で抜き放れた佩刀は、フェンスの一部を切断。切り離されたフェンスの網目部分を掴み、それを内側に引き倒させた。

710修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:27:04 ID:TJVZO0ns0
「そのセリフがブラフな事を祈るぜ。誰だって気合と根性で動き続けられるんだったら、この世界は終わりだからよ」

 この言葉を最後に、ダンテもチトセから目線を外した。言い切る頃にはライドウは、先程切り離したフェンスから十m程離れた所にまで移動をしていた。
それまで、ライドウの周りを飛行していたモー・ショボーは、彼の背中におんぶの要領で抱きつき始め、それを契機に、ライドウが走った。時速、五十km。
十mの助走距離のうち、五mを切った段階で、彼は自らに可視化された緑色の魔力光……もとい、マグネタイトを纏わせ、その状態で、先程開けたフェンスとフェンスの間を抜けた。

 空の世界に身を投げるかと思いきや、ライドウもダンテも屋上の縁の部分で膝を屈ませ――脚部のバネを一気に解放。
すると、まるでカタパルトから放たれた岩石めいた勢いで、跳躍が始まった。瞬きをする頃には、既に二名は豆粒の大きさだった。
本当にこんなやり方で、遥か先のビルの屋上まで向かって行くとは思わなかった。しかも魔力を無意味に燃やしている様子もない。彼らからすれば効率的なやり方だ。

「……つくづくデタラメな主従でしたね」

 もう呆れて物も言えない様子らしく、サヤは、ライドウが切り離したフェンスと、彼らが去って行った方角を交互に見つめながらそう言った。

「お姉様。やはり総統を相手に策など……」

「凝ったものは用意出来ない。だから、先程あのセイバーに言った事は嘘ではない。最終的には根比べの様相を示すだろう」

 この世界に於いて、生前のチトセの最も大きいアイデンティティの一つだった、アマツの血筋から来る強い権力、と言う長所は何の意味もない。
従って、金と権威に物を言わせた仕掛けは何も用意出来ない事を意味する。あり合せの物と、彼女の有する機転と要領の良さで、足りぬ物を補うしかない。
その補うと言う行為にしたって、ヴァルゼライドとの戦いでは、何らの意味も成さないだろう。
例え、もしこの世界でもチトセの権力が有効に働いていたとしても、その権力で用意した様々な罠や策謀を踏み越えて来るだろう。
そう言う小賢しい策略を全て乗り越えて来たから、生前のヴァルゼライドは英雄なのである。今更そんな物が通用するとは思えない。
能力にしたってそうだ。ヴァルゼライドの能力は帝国は勿論他国にも知れ渡っていたので、当然の事としてチトセもそれを知らない筈がない。
だが、チトセにしたって元は帝国内では上から数えた方が遥かに速い程に高い位置(グレード)にいた女だ。無論ヴァルゼライドもチトセの力は知っている。
自分の能力の本質も、それを基にした応用の数々も、全部理解していると見て間違いない。そしてその全てを、気合と根性で踏み越えて来るのだ。

「全く、弩級の阿呆を敵に回したものだよ」

 苦笑いを浮かべ、くつくつと笑い始めるチトセ。

「……たとえお姉様が、総統との戦いを避ける。そう仰っても、私は従う所存に御座います」

「綺麗な言葉を使うのだな。逃げる、ではなく『避ける』とは」

 押し黙るサヤ。

「そう言う、賢いやり方が出来る程頭が良くないのだよ。残念な事にな」

711修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:27:20 ID:TJVZO0ns0
 普通――。
二度目の生を偶然とは言え授かって。しかも、生前に振るっていた能力も、やや格落ちしているとは言え問題なく行使出来る。
そうと決まれば、普通人はどう生きる? 慎ましやかに生きるのもアリだろう。道徳に反しているが、その能力を振るって魔王の如く君臨するのも、理解は出来る。
チトセはそれをしなかった。ヴァルゼライドが、此処にいたからだ。いたとて、無視すると言う選択肢もあっただろう。
知らぬ存ぜぬを貫いて、市井に生きる、チトセ・朧・アマツとして振舞う事だって、容易だった筈。それを、彼女は蹴った。
惰弱ながらもしかし、確かにまともでささやかに生きる術を自らかなぐり捨ててまで。この女は、血に塗れた茨で舗装された、地獄への道を駆け抜けようとしているのだ。

「ク、クク、ククククク……」

 眼帯を押さえ、不気味に笑う、憧れの人を、サヤは困惑気味に見つめていた。

「なぁ、サヤ……。今更ながらに気付いたのだが……」

 ほぅ、と一息吐いてから、チトセは、広がる青空を見上げ、こう言った。

「馬鹿も、厄介な風邪と同じで、うつりやすいものであるらしい」

 全く、つくづく総統閣下は罪な奴だと思いながら。
チトセは己の能力を部分的に解放、大気を操り、光の屈折を操り、ステルス迷彩を自らとサヤに発動させ、透明化。
その一秒後で、屋上へと繋がるペントハウスが勢い良く開け放たれ、さすまたや警棒を持った警備員達が現れた。
誰もいない事を訝しむ彼らを眺めながら、チトセ達は、透明化を維持したまま、ライドウ達が此処を去る為に斬り離したフェンス、その先から飛び降りた。
去り際に聞いたのは、フェンスが切り取られている事に気づいた警備員達の、慌てた声と、駆け寄る音であった。






【市ヶ谷、河田町方面(大日本印刷本社ビル)/1日目 午後3:30】

【葛葉ライドウ@デビルサマナー葛葉ライドウシリーズ】
[状態]健康、魔力消費(小)、廃都物語(影響度:小)、アズミとツチグモに肉体的ダメージ(大→中)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]黒いマント、学生服、学帽
[道具]赤口葛葉、コルト・ライトニング
[所持金]学生相応のそれ
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の主催者の思惑を叩き潰す
1.帝都の平和を守る
2.危険なサーヴァントは葬り去り、話しの解る相手と同盟を組む
3.正午までに、討伐令が出ている組の誰を狙うか決める(現在困難な状態)
4.バーサーカーの主従(ロベルタ&高槻涼)を排除する
5.バーサーカー(ヴァルゼライド)の主従も最優先で排除
[備考]
・遠坂凛が、聖杯戦争は愚か魔術の知識にも全く疎い上、バーサーカーを制御出来ないマスターであり、性格面はそれ程邪悪ではないのではと認識しています
・セリュー・ユビキタスは、裏社会でヤクザを殺して回っている下手人ではないかと疑っています
・上記の二組の主従は、優先的に処理したいと思っています
・ある聖杯戦争の参加者の女(ジェナ・エンジェル)の手によるチューナー(ラクシャーサ)と交戦、<新宿>にそう言った存在がいると認識しました
・チューナーから聞いた、組を壊滅させ武器を奪った女(ロベルタ&高槻涼)が、セリュー・ユビキタスではないかと考えています
・ジェナ・エンジェルがキャスターのクラスである可能性は、相当に高いと考えています
・バーサーカー(黒贄礼太郎)の真名を把握しました
・セリュー・ユビキタスの主従の拠点の情報を塞から得ています
・セイバー(シャドームーン)の存在を認識しました。但し、マスターについては認識していません
・<新宿>の全ての中高生について、欠席者および体のどこかに痣があるのを確認された生徒の情報を十兵衛から得ています
・<新宿>二丁目の辺りで、サーヴァント達が交戦していた事を把握しました
・バーサーカーの主従(ロベルタ&高槻涼)が逃げ込んだ拠点の位置を把握しています
・佐藤十兵衛の主従、葛葉ライドウの主従と遭遇。共闘体制をとりました
・ルシファーの存在を認識。また、彼が配下に高位の悪魔を人間に扮させ活動させている事を理解しました
・新国立競技場で新たに、バージル、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、アーチャー(パム)、ランサー(高城絶斗)、ライダー(大杉栄光)、アサシン(レイン・ポゥ)の存在を認知しました。真名を把握しているのはバージルだけです
・アサシン(レイン・ポゥ)の本性を、モコイの読心術で知りました
・ランサー(高城絶斗)の正体に勘付きました
・現在<新宿>上空を、使役する悪魔モー・ショボーの神風で飛行中です。着地地点は次の書き手様にお任せします
・キャスター(タイタス1世)の産み出した魔将ク・ルームとの交戦及び、黒贄礼太郎に扮したタイタス10世をテレビ越しに目視した影響で、廃都物語の影響を受けました

712修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:27:32 ID:TJVZO0ns0

【セイバー(ダンテ)@デビルメイクライシリーズ】
[状態]肉体的ダメージ(中)、魔力消費(中)、放射能残留による肉体の内部破壊(回復進度:小)、全身に放射能による激痛
[装備]赤コート
[道具]リベリオン、エボニー&アイボリー
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の破壊
1.基本はライドウに合わせている
2.人を悪魔に変身させる参加者を斃す
3.バージルとタカジョーを強く意識
[備考]
・人を悪魔に変身させるキャスター(ジェナ・エンジェル)に対して強い怒りを抱いています
・バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)の異常な耐久力を認識しました
・宝具『天霆の轟く地平に、闇はなく』が掠めた事で、体内で放射能による細胞破壊が進行しています。悪魔としての再生能力で治癒可能ですが、通常の傷よりも大幅に時間がかかります

※現在主従共に移動中です。移動場所は後続の書き手様にお任せします


【セイバー(チトセ・朧・アマツ)@シルヴァリオ ヴェンデッタ】
[状態]肉体的ダメージ(中)、魔力消費(中の大)、実体化
[装備]黒い軍服
[道具]蛇腹剣
[所持金]一応メフィストから不足がない程度の金額(1000万程度)を貰った
[思考・状況]
基本行動方針:バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライドとの戦闘と勝利)
1.余り<新宿>には迷惑を掛けたくない
2.聖杯を手に入れるかどうかは、思考中
[備考]
・現在<新宿>の何処かに移動中。場所は後続の書き手様にお任せします
・新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、アーチャー(パム)、ランサー(高城絶斗)、ライダー(大杉栄光)、アサシン(レイン・ポゥ)の存在を認知しました
・アーチャー(八意永琳)とそのマスターには、比較的好意的な考えを持っております
・サヤ「あのアーチャー様は、お姉様には本当に僅差には劣りますが、美しい方でしたね……性格も宜しいですし」
・サヤ「泥投げて来たあのクソガキ殺す!! 絶対殺してやる!!」
・サヤ「お姉様の服装にナチス要素はありません」

713 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:30:51 ID:TJVZO0ns0
投下を終了します。これと同時に、


一ノ瀬志希&アーチャー(八意永琳)
ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)
不律&ランサー(ファウスト)
キャスター(メフィスト)
遠坂凛&バーサーカー(黒贄礼太郎)

を予約します。もしかしたら自身のプロット構築不足で出ないキャラクターがいるやも知れませんが、ご容赦の程願います

714名無しさん:2020/03/17(火) 11:49:54 ID:PKGpSCI.0
投下乙です
ベルゼブブによる考察はライドウ×デビチルのクロスといった感じで楽しかった。というか戦闘・探索だけでなく魔力回復も出来るライドウやばい
あとダンテとライドウにもドン引かれる総統閣下で草


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