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魔界都市新宿 ―聖杯血譚― 第3幕

513The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:29:26 ID:ZOVyFBPI0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 一・二世代前どころか、最早使っている人物はレッドリストに入っているのではないか、と言う程古いタイプのそれを使っている事もそうなのだが、
セリュー・ユビキタスは単純に、携帯電話と言うデバイスに上手く慣れていなかった。通話と言う機能を上手く扱えるようになったのは本当に此処最近の事で、
それ以外の機能などからっきし同然。こんな状態の女性が、いきなり現行のスマートフォンなど扱おうものなら、機能の洪水に呑まれて混乱してしまう事は想像に難くない。

 謎めいた美女のアサシンから貰った地図、その、要所となるような場所を赤丸で囲った所へと、セリューとそのバーサーカーであるサーヴァント・バッター。
そして、先程彼女らと同盟を結んだ番場真昼とシャドウラビリスは向かっていた。何故、その場所に彼女らが向かっているのか?
それは、現行のスマートフォンを持っていた番場が、セリューが女アサシンから受け取った地図に記されていた様々なチェックポイント。
其処で何が起っていたのか、SNSやニュースサイトを使って調べてくれたからである。
ある程度番場はセリューに代わって、地図のポイントを調べてくれたが、その結果は、半分近くが何もない所だった。調べても、これは、と言った情報なかった。
とは言え、怪しい動きを見せている主体が、超常の存在であるサーヴァントである。一般のNPC達では、そもそも怪しい何かすら認識出来なかった、と言う可能性もある。
あの女アサシンがこの地図をデタラメに作ったのか、と言う結論については、まだ一概には何とも言えない。
何故なら、チェックポイントの残りの半分は、本当に何かがあった所であったからだ。実際、その場所を赤丸で囲った所を調べてみると、明らかに不穏な動きがあった事が解るのだ。

 ――花園神社に放置された、黒灰色の不穏なローブ及び、大量の汚泥と穢れた塵。そして、これについての簡単なインタビューを受けている宮司の動画。
早稲田鶴巻町及び、<新宿>二丁目で勃発した大破壊。後者の方に至っては、サーヴァントと思しき者達が交戦している動画すら発見出来た。
自分達が知らない所で、サーヴァントの力を暴走させている者が沢山いる、と言うその事実。これにセリューは、義憤を憶えた。
自分達の手で、それは本当に正してやらねばならない。破壊を齎すサーヴァントは座と言う場所に送り返し、もしもマスターが、
サーヴァントの悪しき行動に加担するようなら、その時はマスターすら制裁しなければならない。やる事が、多すぎる。だが、挫けていられない。
何故なら今のセリューには、頼れる仲間が三人もいるのだ。これだけ揃っていれば、向かう所敵なし。どんな敵だって、浄化させられるに違いない!!

 今現在、四名が向かっている場所は、女アサシンの地図の要所の内、市ヶ谷の方面の一ポイントを、赤く囲った所。
その場所は、既に番場の手によって調べがついている。其処は嘗て、香砂会と呼ばれる規模の大きいヤクザの邸宅が建っていた場所である。
だが、今セリューらは、ヤクザ達を制裁する為にその場所に向かっているのではない。いや寧ろ、制裁を加えるべきヤクザはひょっとしたらもう、いないかも知れない。
結論から言う。その邸宅は今この世に存在しない。簡単だ、何者かの手によって、完膚なきまでに『破壊』されてしまっているからだ。
その破壊の様子、精確に言えば邸宅だった物の跡地を、セリューも番場も見たが、巨人が癇癪でも起こしたか、とでも言う程の有様だった。
辛うじて其処が、昔建物だったと言う名残がポツポツと散見出来る程度で、後は殆ど瓦礫と、大小さまざまな建材の破片のみ。
瓦礫の撤去にもかなりの時間を喰おう。無辜の市民に害を成して来たと言う悪因が応報されたのだろうか? それにしては、かなり荒っぽい審判ではあるが。

 セリューはその場所に、甚く興味を覚えた。
場所が比較的近かった、と言う事も確かにある。だがそれ以上に、よりにもよってヤクザの邸宅をこうした、と言う理由の方が気になった。

 ――もしかしたら……私達と同じで、正義第一に行動する人が!?――

514The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:29:54 ID:ZOVyFBPI0
 この女の残念な思考回路では、そう言った結論に行き着くのも、何らおかしい事ではない。
『戦闘の余波で結果的に壊れた可能性がある』とバッターは至極冷静に――頼もしい!!――指摘していたが、それとは別に、
その邸宅周辺がきな臭いと言う事実には変わりない。其処が最早祭りの後に過ぎなくとも、見て置く価値はゼロではない。
だから彼女らは向かっていた。香砂会の邸宅跡に。そして、期待していた。其処で出会えるであろう、同じ正義の徒の存在に――。

 Prrrr、と、携帯のアラームが鳴り響く。
番場のものではない。それは、セリューが胸ポケットに潜ませている、化石同然の古さの携帯電話であった。
香砂会までもうすぐなのに、と思いながら、携帯電話を手に取り、誰からのTELなのか確認し、「あっ」と声を上げた。

「『親切な人』からだ!!」

「え、し、親切な人……って?」

 当惑する番場の瞳に、セリューの旧型の携帯電話の画面が映る。
電話帳にも、本当にそんな名前で登録しているらしい。掛けている相手の名前はそのままズバリ、『親切な人』。
これは幾らなんでも常識がない登録ではないのかと思わないでもない番場だったが、こんな名前なのには事情がある。
何故ならセリューは、この電話先の相手の名前を知らないのだ。向こうは、何故か自分の名前を知っているのに、彼は、一度として己の名を告げた事がない。
それに対してセリューは驚くべき事に、不信感を抱いた事が一度としてなかった。声自信から感じる事が出来る絶対的な安心感もそうである。
だが、今までセリューやバッターが効率よく、ヤクザの拠点やマンションを制圧・浄化出来たのは、この善意の情報提供者である電話先の男がいたからだ。
果たして何の見返りも求めず、有益な情報を与えてくれる人間を、悪と言えるだろうか。セリューの頭の中の辞書において、それを悪と定義する事は出来ない。該当する単語はただ一つ。『善人』だった。

【……あの足長おじさん、か】

 と、バッターが念話で伝えたのと同時に、セリューはその電話に出た。笑顔であった。

「お久しぶりです、おじさん!!」

 実に、元気のよい声であった。

「はは、相変わらず元気だね。セリューさん。どうだい、その後の調子は」

「……そ、それは……」

 言い淀むセリュー。
何事もなければ、「バッチリです!!」とか、「絶好調!!」と元気よく返していたのだが、今はそんな状態でもない。
星渡りの災厄、狂乱と騒乱の怪人、ベルク・カッツェとの死闘で、魔力をある程度消費してしまったのだ。それに、あの弩級の悪をみすみす逃がしてもしまった。
決して、順風満帆な滑り出しとは言えなかった。何て言ったら良いのか、言葉を選ぶセリューを思ってか。電話先の男は、優しい声音でこう言った。

「そうか、君も結構苦労しているみたいだね。セリューさん」

「そ、そんな事ないです。私、まだ頑張れます!!」

「セリューさん。優れた戦士と言うのはね、終わるとも知れぬ、休ませてもくれぬ戦いの中で、自分の身体を癒す時間を探せる者でもある。時に君は、己の身体に癒しの時間を与える事も、大切だと私は思うな」

 そう言えばあの時、あの女アサシンは、自分の髪にそっと触れ、痛んでいると言っていた。
思えば、女性らしい身嗜みなど、整えた事なんてなかったなとセリューは回想する。
父親が殺されたあの日から、ただ悪を憎み、その為だけの力を培う日々。女性らしさなど二の次だった。
煌びやかな衣服を身に纏い、高そうな宝石のはめ込まれた装飾品を自慢げに見せつける女性に、憧れを抱いた事もとんとなかった。
休息とか癒しと言うのは、そう言った時間の事を言うのだろうか? 仕事や任務から一時離れ、自分の知らなかった世界を探検してみる。それこそが、癒し、なのであろうか?

515The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:30:12 ID:ZOVyFBPI0
「だけど――私、今は休まず頑張ります」

「ほう、何故だい?」

「だって、私があと少し、歯を食いしばって耐えたなら、『みんなが幸せになれる世界』がやって来るんです。私、もう少し頑張って頑張って、そのもう少しを、何回でも繰り返します」

「……そうか。皆が幸せになれる世界、か」

 その言葉は、電話先の男に幾許の感慨を抱かせるに足る言葉だったらしい。
彼は、セリューが本心から口にしたその言葉を、彼は舌の上で転がし、やがて数秒後程経過して、口を開いた。

「天使や神ですら成し遂げられなかった、全人類の幸福を、最初に達成した者達が君らであったのなら、さぞや、それは面白いのだろうね」

「おじさん……解ってくれたんですか?」

「人の本気の夢と理想を、私は嘲笑わない。出来得るものなら、私はいつだってその夢と理想を叶えて欲しいと思っている」

「おじさん……!!」

「だが――」

 其処で、電話先の男は言葉を区切った。穏やかな声音に、鉄が混じり始めた。

「私はそう思っていても、他の者はそうとは思わないだろうね」

「? あの、何を言って……」

「セリューさん。夢と理想を掴もうとする者には、往々にして障害と言う物が立ちはだかる。人はこれを、試練とかテストとか言う言葉で誤魔化すものだが、本質は障害だ。そしてこれらは、回避する術はない。ぶつかって、乗り越えなくてはならない」

「試練……って?」

「君の理想を、挫こうとする者。この世界における、君の不幸の源泉。彼らは、君の夢と理想の成就を妨げる為に、『死』と言う解りやすい贈り物を届けようとしてくる」

「貸せ、セリュー」

 今セリューらのいる所が偶然、人のいない住宅街であった事が幸いした。
これ幸いと実体化を始めたバッターが、セリューの持つ携帯をひったくり、それを顔まで持って行く。電話の内容は、全て耳にしていた。今を以って確信した。この電話先の相手は、聖杯戦争の関係者である蓋然性が高い。

「貴様、何者だ。俺達の事を余りにも知り過ぎているが、聖杯戦争の参加者か?」

「それは、君が思う程に重要な情報なのかな?」

「惚けるな。質問された事のみに答えろ」

「答えたいのは山々なのだが……君の疑問に全て答えていたら、君が消滅してしまうよ。バーサーカーくん」

「何を言っている」

「言った筈だ。その試練は、君達に『死』を与えんとする者であると。悠長に構えていると――」

 其処まで電話先の男が口にした次の瞬間だった。
直径にして六〇〇m以上の規模がある、バッターの極めて優れた霊的存在の知覚能力が、この場に現れたサーヴァントを感知。
αの名を冠する光輪を顕現させ、それをセリューの方に配置。――刹那、凄まじい熱量を秘めた白色の熱線が、アルファのリングを灼いた。
概念的性質を貫通する属性を有していなかった為、アルファはその熱線においても殆どノーダメージであったが、これがもし、
アルファの配置が遅れていたら、セリューはその熱線に脳髄を貫かれ、即死していた事は想像に難くない。
事態の不穏さを漸く認知し始めたセリューが、「ば、バッターさん!?」と叫ぶ。遅れて番場も、警戒の耐性に入ったらしい。
彼女の怯えを察知したかのように、イプシロンを霊基に固着させた影響で知力と実力の双方が向上されたシャドウラビリスが実体化。大斧を構えだした。

「言葉はいらなそうだね。では、健闘を祈る。そして、『神』を殴り殺した者が、『神』を斬り殺した者を倒せる事を、期待しているよ」

 其処で電話が切れ、バッターはセリューの方に携帯を放った。
バッターの白一色の瞳が、三十m先のマンションの屋上、その給水塔の上に直立し、不可思議な銃を構えている男の姿を捉えた。
近未来的なデザインの装いで身体を覆い、その背に大きな太刀を背負ったその男の名は、アレフ。
バッターが本来呼ばれるべきであった、救世主(セイヴァー)のクラスでこの<新宿>の地に呼ばれた、神を殺した事でメシアに至った男なのだった。

516The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:30:27 ID:ZOVyFBPI0
前半の投下を終了します

517名無しさん:2018/01/18(木) 06:32:24 ID:HUtH1tRY0
投下乙

足長おじさん……一体何者なんだ

518名無しさん:2018/01/18(木) 17:37:54 ID:BQpcg9420
前半投下乙です

ソニックブーム達による考察。けどすいません、セリューお姉さん達って思ってる以上にキチってるんすよ
そんなセリューさん達もアレフ&キタローと戦闘か。主従揃って強敵だがどうなるか

519The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:34:36 ID:.tmaFwNE0
投下します

520The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:35:14 ID:.tmaFwNE0

 何事もなく、聖杯戦争一日目の内、半分の時間である十二時間を、有里湊と、彼が従えるセイヴァーはやり過ごした。
厳密に言えば障害と言うべき存在とは、今朝花園神社で戦いこそしたが、アレフはこれを何の苦もなく倒してしまった。全く以って、何事もなくの範疇である。

 区立<新宿>高校二年生、それが湊に課せられたロールである。
特に、何か特別な感情を抱いた訳ではない。<新宿>の高校なのだから、まぁ、其処に通うと言うロールも妥当だな、と言うぐらいである。
月光館学園の時と年次は同じだし、何よりも元の世界と同じ高校生としての身分である。ただ、通う学校と環境が変わっただけ、程度にしか湊は認識していない。
外見通りの、冷静沈着で、そして何処か冷めた男であった。

 偽りの世界で偽りのロールに身を委ねている内に、<新宿>高校はいつの間にか期末テストを終え、夏季休校に入ると言う段階に突入していた。 
待ちに待った夏休みに浮かれながらも、<新宿>を取り巻く不穏な気に怯えた風の同級生達と共に、怠い事この上ない終業式を終え、
通知表を担任から貰い、その成績に一喜一憂する生徒達を見ながら、本日の学校での日常の風景は終わった。

 今年の夏に湊が体験した風景を、リアレンジさせて焼き直させたようであった。
元の世界では、順平が成績の余りの悪さに頭を抱え、その様子をゆかりが呆れた様子で眺め、風花が「勉強一緒につきあおうか?」と順平にフォローしていたか。
懐かしい、と湊は思った。半年にも満たない程最近の記憶であると言うのに、今ではすっかり、十年も昔の記憶の様な雰囲気すらあった。
ニュクスの件が、関わっているのだろうなと湊は考える。十一月から十二月までは、目まぐるしく時間が過ぎて行ったと言うのに、その密度が信じられない程濃かった。
百年もの歳月を、一月のスパンに圧縮して体験させたような、そんな感覚。苦楽が同居するS.E.E.Sとの思い出が、絶対の死によってなかった事にされる。
いや、過去がなくなるだけじゃない。未来すらも、このままでは果てて失せるのだ。それだけは、防がねばならない。
その事を、湊は今日の学校で再認した。これだけで、学校に来る意味があったのだ。来てよかった。
そう思いながら湊は教室を出、スマートフォンの電源を入れ、情報の収集を行う。

【うーん、状況が動くのが早い】

 と、霊体化したアレフが、湊の操作するスマートフォンの画面を見てそう口にする。
アレフの意見に、湊は同調する。自分達が学校で過ごしている間に、<新宿>では、聖杯戦争から来る諸々の大事件が起こっていたようである。
正味の話、起こった事件をつらつらと上げて行くと、キリがない程その数は多く、その事件の規模も馬鹿にならない。
この学校が、聖杯戦争参加者達のトラブルによる塵埃に巻き込まれなかったのは、最早奇跡の領域であろう。

 そしてこれだけの事件が、ものの半日の間に頻発しているのである。
マシンガン並の立て続けさだ。これでは<新宿>高校どころか、聖杯戦争の舞台である<新宿>自体が崩壊しかねないではないか。
いよいよ以て、本格的に自分達も動いた方が良いんじゃないか、と湊は考え出す。

【動く事は慣れてる。ある程度酷使しても、俺は構わないよ】

 今朝戦ったナムリスなる存在とは違い、正真正銘本物のサーヴァントとの戦いは、アレフに大きな圧を掛けてしまうだろう。
それを慮る湊の心情を見抜いたか、救世主のクラスで呼ばれたサーヴァントは、直に自分の事は気にするなとフォローを入れに来た。

【うーん、頼もしい言葉ではあるけど、大丈夫なの?】

【人より連戦に対する耐性はあるつもりだよ。疲れにくさも、まぁそれなりだ】

 そう口にする当人は、朝も昼も夜もなく、あらゆる方向――それこそ空から海から地中から。
時に銃弾よりも数倍速く動く妖鳥や天使、時に岩盤すら問題にならない程の潜航力を持つ邪龍達、時に弾丸すら跳ね返す皮膚を持った屈強な鬼や邪神など。
『怪物』と言う言葉を聞いて人類が想起出来得る限りのあらゆる悪魔が襲い掛かってくる環境で、殺される事なく生き抜いてきた男である。
そんな男のタフネスがそれなりでは、果たして、どの英霊がタフガイであると言うのか。

521The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:35:27 ID:.tmaFwNE0
【方針としては、まぁ僕らの場合、聖杯の破壊が最終目的だからね。僕らと同じ志の人達とは手を組んで、そうじゃない相手とは、戦うって感じで行こうと思ってるんだけど。どう? セイヴァー】

【悪くはないと言うか、それしかないだろうね。それに、俺の得意分野だ】

 自分と波長の合いそうな者を此方に引きずり込み、そうじゃない相手は撃ち殺し、斬り殺す。アレフも散々、悪魔相手にやって来た手段である。
交渉が決裂したと見るや、不意打ちと騙し討ちを行い、相手が動くよりも速く斬り殺した数など、百を容易く超えている。
それを悪魔相手じゃなく、サーヴァント相手にやる。それだけだとアレフは考えている。上手くいくかどうかは分からないが、流れでやるしかないだろう。

【前々から思ってたけど、僕の知ってる救世主像とセイヴァーの実際のイメージ全然かけ離れてる気がするんだけど】

【俺自身、自分が救世主ってクラスで呼ばれるとは思ってなかった程、実際救世主としての自覚は薄いよ。もっと相応しいクラスとかあると思うんだけどなぁ】

 と言った念話を続ける内に、校庭まで出る事になった湊達。
<新宿>と言う都心の真っ只中にある学校なだけあって、校庭の広さは随分と狭い。郊外にある学校の半分、下手したら1/3程度の面積しかない。
此処でドンパチが起こったらさぞや大変だろうなと、湊は冷静に、この学校が戦場になったら? と言う想定をシミュレートしていた。

【マスターとしては、何処か見て置きたい所とかある? 戦いが起きた場所を今更見る、ってのは後の祭りと思うかも知れないだろうけど、重要なヒントが隠されてる可能性だってあるものだぜ】

【そうだなぁ……】

 スマートフォンを見て、<新宿>で起こった聖杯戦争絡みと思しき事件のタブを全部展開させ、吟味する湊。

【この、香砂会って所が気になるな。此処から割と近いし、破壊の規模も目に見えて酷いから、ちょっと興味がある】

【OK。それじゃ向かうかい?】

【その前に、ご飯食べてからで良い? 今の内に食べておかないとね】

【解った】

 そう言う事になり、湊は、腹の虫に素直に従って、歌舞伎町の繁華街の方へと向かって行ったのであった。

522The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:35:40 ID:.tmaFwNE0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ラーメン・はがくれで、スープ濃い目麺固め油少な目で設定した、家系ラーメン大盛りとライスを平らげた後に、湊は自転車を漕いで目的地へと向かっていた。
カロリーは十分、食欲もバッチリ満たされた。これで今日一日、最悪食事がとれない状況に陥ってしまったとしても、明日の午後までは気合と根性で持ち堪えられる。
簡単な食い溜めを終えた湊は一直線に目的地へ……と言う訳ではなく、その前に、先ずは人目のつかない所へと移動し、学生鞄から契約者の鍵を取り出していた。
何故、こんな行動を取ったのかと言えば簡単な事。はがくれの券売機で食券を購入しようと、鞄から財布を取り出そうとした際に、鍵が光っている事に気付いたのだ。
伝達事項があるのだ、と言う事に気付いた湊は、はがくれで情報を見る事をよしとせず、食後、隠れてその内容を確認しようとアレフと決めたのだ。

 そうして現在湊達は、香砂会の邸宅から比較的近い位置にある裏通りで、契約者の鍵がホログラムとして投影する情報に、サッと目を通し終えた。
情報自体は、それ程難解な物ではない。葬れば令呪が獲得出来る、討伐対象が新しく一人増えた、と言うだけである。此処までは誰にでも理解出来る。
理解出来ないのは、何故聖杯戦争も序盤甚だしい局面で、ルーラー相手に反旗を翻すような真似をしたのか、と言う事。
聖杯戦争を台無しにすると言う方針で動こうとする湊やアレフにとって、目下最大の敵とは、聖杯戦争を運営していると思われるルーラーサイドである。
やがては彼らとも矛を交える可能性が高い。だからこそ、この主従はある程度仲間を増やしておきたいのである。
今はまだ、ルーラー達と事を構える時機ではない。それなのに何故、このザ・ヒーロー――その名前を聞いてアレフは微かに驚きの感情を見せていた――と、
バーサーカーのサーヴァント、クリストファー・ヴァルゼライドはルーラーに喧嘩を売ったのか?

 彼らが、自分達と同じで聖杯戦争を頓挫させる為に動いている主従、だとは湊もアレフも思っていなかった。
仮にそうだったとしても、あの主従と手を組んで行動する事は、不可能に近いと言う意見の一致も見ている。
当たり前だ。もうすでに討伐対象となっていると言う事実も然る事ながら、市街地に放射線を内包した宝具を放つばかりか、甚大な大破壊を齎す連中なのである。
見ないでも解る。かなり悪い方向に精神が振りきれた主従である事が。勿論此処までの話は憶測にすぎないが、どっちにしても彼らと組めない。リスクが高すぎるからだ。
【倒せば令呪を得られる主従、位の認識で行くべきだ】とアレフは口にしていた。その通りだと湊も思う。この主従は、『自分達は地雷である』と言うタスキをかけて外面にアピールしているような物である。流石に、そんな信号を纏う存在達とは、如何に湊と言っても仲よくは出来ない。

【ところで、さ。セイヴァー】

【うん?】

【さっき、このザ・ヒーローって人の情報を見た時、驚いた様な感じがしたんだけど……何で?】

【あー……それか】

 流石によく人を見てるな、とアレフは湊の事を感心しながら、その理由を説明する。

【何から何まで似てるんだよなぁ。昔、俺の世界で活躍したって言う、伝説のチャンピオンにさ】

【伝説の、チャンピオン?】

【俺が生まれた時には既に過去の人だったからな。その活躍は資料でしか確認出来ない。だけど、凄い人だったと聞くよ。自分の力で世界の平和を勝ち取った、本当の英雄だったとも聞いてる】

 思い出すのは、アレフではなくホークとして活躍していた時期の記憶。
ヴァルハラのコロシアムに飾られていた、歴代のチャンピオンの石像である。アレフと同じでデビルサマナーとしての側面を持ち、なおかつ、
その召喚者である当人自体も、信じられない程強かったと聞いている。その石像と、ホログラムとして投影されたザ・ヒーローなる人物の姿が、
寸分の狂いもない程同じであったのだ。アレフとしては正に、伝説の人物を目の当たりにした様な感覚だ。だからこそ、驚いていた。

523The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:36:03 ID:.tmaFwNE0

【サーヴァントには時間軸と言う概念がない。今の時間軸から昔、既に過去の存在が呼び出される事もあれば、未来の英霊が呼び寄せられる事もあると聞く。だが……今回の聖杯戦争に関して言えば、その法則は、マスターの側にも適用されるのかもな】

【つまり、凄い昔の人や未来の人間が、現代に即した知識を叩き込まれた上で、マスターになるかも知れない、って事?】

【そう言う事だ。何れにせよ、ヴァルゼライドと言うサーヴァントのマスターが、俺の知るザ・ヒーローであるのならば、警戒しておくべきだ。少なくとも、無力な人間ではあり得ない。接敵したら、心して掛かるんだ】

【解った】

 救世主と呼ぶには疑問が残る言動と行動を見せるアレフではあるが、正しい判断を下せる、と言う意味では湊は全幅の信頼を寄せている。
アレフの的確なアドバイスを理解した湊は、再び自転車を漕ぎ、香砂会の方へと移動を始めた。
時刻は既に午後1時10分を回っていた。諸々の用事を片付ける内に、もうこんな時間だ。速く見る物を見ねば、と湊は急いで自転車を走らせる。

 もう距離的に香砂会とそんな差はない、と言う所に来て、湊はブレーキを掛ける。
人が、多すぎる。想定出来た事柄ではあったが、実際のそれは想像以上だ。この炎天下の中であると言うのに、何たる野次馬の数か。
到底、香砂会の惨状を見ると言う話ではない。人混みをかき分けて、最前列まで行くのも苦労する、と言うレベルでNPCが集まっているのだ。
今湊達がいる距離からでは、全く以って話にならない。人間の背中と後頭部しか見えないからだ。どうしたものかな、とアレフに相談する湊。

【高い所から眺めるのが良いと思うよ。流石に、見れる位置にまで行けるまで待つって言うのは面倒だ】

【やっぱそうなるか。何処か良さそうな場所あるかな】

【あれ何かいいんじゃないか? いい感じの立地と高さだ】

 アレフが意識を向けている方向に湊が顔を向けると、成程。
手頃な高度と立ち位置のマンションがあるではないか。香砂会の展望を眺めるには打って付けの場所である。
そして、攻撃を叩き込むにも実に適した立地の場所でもある。過去にあのマンションの屋上から、誰かが飛び道具で他サーヴァントに攻撃を叩き込んだ、と言われても、何もおかしな所はあるまい。

【解った。其処まで行こうか、セイヴァー】

【よし】

 言って湊は自転車を漕ぎ、目当てのマンションの方まで移動。
惨劇の起こった場へと向かう、或いは、其処から帰って行くNPC達を避けて移動する事数分程。
高台替わりのマンションに着いた湊。自分もあの高さから香砂会の邸宅だった所を見てみたかったが、今この通りは人の通りがそれなりにある。事件のせいだった。
非常階段経由から登ろうにも、人の目に触れる可能性が高い。湊はアレフに霊体化させたままマンションの屋上まで登ってくれと指示を出す。
それを受けたアレフは、二秒程で其処に到着。遥かな高みから、その惨劇の度合いの程を確認する。

【どうかな、セイヴァー】

【酷いザマだね。およそ、建物としての体裁を全く成していない】

 率直なアレフの言葉。だが、そうとしか言いようがない。
まるで、巨人の手を上から思いっきり振り降ろしてプレスして見せたように、あらゆるものが砕かれ尽くされていた。
壁も屋根も、柱も基礎部分も。全てが、元の形を留めていない。其処は元は建物であった、と言う注釈がなければ誰もが、香砂会の後を、
産業廃棄物の処理場か粗大ごみの打ち捨て場か何かかと勘違いしてしまうだろう。それ程までに、酷い様子なのだ。

524The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:36:20 ID:.tmaFwNE0
 さぞや、派手に暴れたのだろうなとアレフは思う。
誰がどんな戦いを繰り広げたのか、あれでも推察の使用もないが、NPCの目に着く事をも覚悟の大立ち回りを繰り広げた、と言う事は確実だ。
此処で戦ったサーヴァントやマスターとは、手を組む事は出来ないかもな、と考えるアレフ。湊やアレフの方針は、聖杯戦争の参加者の殆どにとって受け入れがたい物だ。
下手をすれば、討伐令の発布された主従よりも危険と見做される可能性が高いし、最悪、運営から目を付けられて何もしていないのに討伐令が下される、
と言う事態だって往々にして起こり得る。それを考えた場合、悪目立ちすると言う事は極力避けたいのだ。勿論それは、手を組む相手にも求める。
それ故に、あのような戦いぶりをする主従とは組めない。こんな序盤も甚だしい局面で、此処まで馬鹿みたく目立つ戦い方を選択する者達なのだ。
アレフらの求める主従とは言い難い。端から手を組む事は、視野に入れない方が良いと考えるのも、当たり前の事の運びであった。

【誰がどんな感じで戦ったのか、って言う事までは、俺には解りそうにないかな】

【無駄足?】

【そんな事はない。サーヴァントと出会った時に、それとなくあの邸宅での件の事を話すのさ。それで、この事件に関わってたと解れば、縁がなかったって事で斬り捨てると】

【うーんこの畜生】

【酷い言いぐさだなぁ】

 と言うズレた会話を繰り広げていた、そんな時だった。
念話を通じて伝わるアレフの気配が、途端に、剣呑なそれへと変わる。
ナムリスと名乗る存在と戦った時も、同じような空気を醸してはいたが、今回のそれは、別格。
敵意と言うよりは最早殺意とも呼称するべき濃度の覇気を静かに放出しているアレフに、湊は怪訝そうな表情を浮かべる。

【どうしたの?】

【セリュー・ユビキタスと、それに従うバーサーカーのサーヴァントを見つけた】

 カッ、と目を見開かせる湊。予想だにしない展開だった。瓢箪から駒と言うべきなのか、或いは……。

【確かなのか?】

【間違いない。此処から三〜四十m位離れた所で、セリューの傍で実体化を始めたバーサーカーを見た】

 アレフがセリューらを見つけたのは、全くの偶然だった。
香砂会の邸宅跡から目線を外した、その場所に。セリューの主従及び、彼女に誑かされたか騙されているのか、と思しき少女の姿を視認したのである。
契約者の鍵から投影された姿の段階で、恐ろしくそのバーサーカーの姿は特徴的だったのだ。ワニの頭に、野球のユニフォーム。よもや見間違える事など、あり得ない話であった。

【マスター。君としてはどうしたい? このまま無視するか、それともコンタクトを取るか。君の判断に従おう】

【……僕は、少なくとも。あの主従と手を組む、と言う事は出来ないと思ってる】

【それで?】

【何れルーラーと戦う事は避けられないけど、今はルーラーに従っている、と言う意思表示を行うって意味でも、そのバーサーカーを倒しておいた方が良いと考えてる。それに、令呪も貰えるみたいだしね。セイヴァー。バーサーカーを倒して欲しい】

【解った】

 そう言ってアレフは、位置調整の為給水塔の上まで軽く跳躍。
懐からブラスターガンを取り出し、照準をバーサーカー……ではなく、『セリュー・ユビキタス』の方へと向け、光速の弾体を射出させる。

525The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:36:34 ID:.tmaFwNE0
 湊が、セリューではなくバーサーカーのみを殺してくれ、と暗に言っていた事には勿論アレフも気付いていた。
気付いていた上で、セリューを撃った。サーヴァントよりも、マスターの方が遥かに殺しやすい、と言う当たり前の理屈からである。
それに湊は、バーサーカーを倒せとは言ったが、『セリュー・ユビキタスを殺すな』とは言ってなかった。そんな下らない揚げ足取りで、アレフはセリューを狙った。
地獄のような世界を生き抜いてきたアレフにとって、悪魔を殺す事は勿論、眉一つ動かさず、一切の感慨も抱く事なく。人間を斬る事なんて、簡単な話。
そうでなければ自分が殺られる世界にアレフはいたのだ。向こうは動機がどうあれ、百を超えるNPCを殺す危険人物なのだ。
百人、である。一人二人ならうっかりしてなどと言った言い訳も利こうが、この人数は、気の迷いでしたと言う弁明が最早一切通用しない数値だ。
確かな意思の下で殺して回った、と見られて然るべき数をセリュー達は殺したのだ。話の通じない蓋然性が高いと、アレフは判断。
だから、セリューを殺しに掛かった。マスターを殺せばサーヴァントも死ぬ。況して相手はバーサーカー、単独行動スキルも持たない。魔力の供給源であるマスターを断てば、その時点でジ・エンドと言う訳だ。

 ――アレフの誤算は、バーサーカーのサーヴァント、バッターは彼の存在に気付いていたと言う事。 
高ランクの気配察知に似たスキルを有しているらしく、アレフの霊的気配を察知したバッターは、光速のレーザーが射出されるよりも『早く』、
アドオン球体をレーザーの軌道上に配置する事で、光の速度で迫る熱線からセリューを救って見せた。

「やるな」

 そう口にしたアレフの表情は、冷静そのもの。防いだ、と言う事実を淡々と受け止め、この上で次をどう動くか。
そんな事を思案しているような、平素の表情そのもの。光速を防いだ程度では、この救世主の心には波風一つ立たせる事は出来ないようであった。

 タッ、とアレフは給水塔を蹴り、空中に身を投げた――その、刹那。
アレフが先程まで経っていた給水塔が一瞬だけ、元の形の半分近くまで圧縮されたと見るや、一気に急膨張。
給水塔を構成するプラスチック及び、その内部の水が放射状に飛散、粉々に爆散した。バッターが何かしらの手段で攻撃に打って出たらしい。喰らっていれば、一溜りもなかっただろう。

【マスター。なるべく俺から距離を離さないようにしつつ、あの主従からは見えないような位置に常にいるよう心がけてくれ。そして、なるべくマスターだと気取られないような立ち居振る舞いも徹底しろ】

【解った】

 セイヴァーのかなり難しいリクエストに、湊は無理だと零さなかった。
出来る自信があるからなのか、それとも無理だと解っていてもやらねばならないからなのか。

 アレフが空中を舞っている、そのタイミングで、彼の回りの空間が、奇妙に歪み出す。
アレフの周囲の空間が、彼を中心としてギュッと圧縮され始めているのだ。先程バッターが行った、不可思議な現象をであろう。
これをアレフは、将門の刀を音の速度に容易く数倍する速度で鞘から一閃、空間の歪み自体を叩き斬り、瞬時に次に起こるであろう放射状の爆散現象を無効化させてしまう。
アレフの視界に、バッターの驚きのリアクションが映る。その瞬間を縫って、アレフは左手に握ったブラスターガンで、バッターに七発、セリュー自身に九発、
熱線を射出させた。これをアレフは、半秒でやってのけた。恐ろしいまでに早撃ちと連射スピードであった。
身体の何処かを撃ち抜かれれば大ダメージは免れない光速の弾体。しかしそれは、蛇が蜷局を巻くが如くに、セリューとバッターを覆うみたいに展開された、
白く輝く鎖のように長大な何かに阻まれてしまった。熱線は、鎖に当たって砕け散った。一本たりとも、二名の身体を貫く事はなかったのである。

 スタッ、と。アレフはアスファルトの地面の上に羽のように着地。
周囲に人は誰もいない。いなくて当たり前だ。いない場所に向かって、マンションの屋上から身を投げたのだから。
アレフは、バッターが二度も行った不思議な現象を回避し、彼らを殺すだけの迎撃を行いながら、空中で具に観察していた。
どのルートをどう行けば、バッター達の下へと最短ルートで、そしてNPC達の目に触れる事無く辿り着けるのか。そしてそのルートを、アレフは見抜いた。
脳内で弾き出した、最短かつ最良のルート目掛けて、アレフは地を蹴って駆けだす。

526The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:36:49 ID:.tmaFwNE0
 至極シンプルな動作一つで、時速二百㎞の加速を得たアレフは、それだけのスピードで移動しながら、入り組んだ住宅街の通りなど物ともしていない。
急な曲り道、細い路地。これらを移動するのに、減速一つしない所か、一歩踏み出すごとに徐々に加速を経させていると言う程であった。
地上からバッターの姿を視認出来るまでの間合いに移動するまでに要した時間、僅か一秒半。そして、バッターまでの距離、十m。
これを切った瞬間、アレフは移動スピードを更に跳ね上げさせる。時速四九八㎞の速度を右足の踏込だけで得たアレフは、バッターの方まで一瞬で肉薄。
将門の刀で、このワニの頭の怪物を斬り捨てようと、下段から振り上げるが、これをバッターは、手にしたバットで迎撃、防御する。
響き渡る金属音の、何たる凄まじい大きさか。だがそれよりも何よりも刀とバットの衝突の際に発生する、衝撃波だ。
これを受けて、周囲にいたセリューと真昼が、木の葉のように吹っ飛んで行き、建物の外壁に背中から衝突してしまった。

「うぐっ……!!」

「あうっ!!」

 流石に、元居た世界では帝都警備隊に所属し、オーガの鍛錬をこなしていただけはある。
セリューは咄嗟に受け身を取り、背中を強く打つ程度で済んだが、真昼の方はそうも行かなかった。
受け身も何も取れず、後頭部をしたたかに打ち付けた真昼は、掻き混ぜられたように視界の混濁が起こり始め、よろよろとへたり込んでしまう。
立とうにも、視界のグラつきが酷過ぎて呂律が回らないのだ。酒を一気に何リットルも呷った後のように、真昼は立てずにいる。立とうと言う意思を、肉体と脳が超越してしまっているのである。

「ば、番場、さん……!!」

 セリューにしたって、受け身こそ何とか取れたが、ダメージが無いわけではない。
背骨がイッたと認識してしまう程背中が痛いし、呼吸も恐ろしく苦しい。今もセリューは、過呼吸気味に、バッターとアレフの様相と真昼の様子を交互に、忙しなく眺めるしか出来ない程であった。

「貴様……」

 威圧的な語気を伴わせ、バッターはアレフの事を睨みつける。
心臓を締め付けて来るような、バッターの濃密な殺意に当てられても、アレフの心には波風一つ立たない。殺意など、元居た世界で飽きる程放射されて来た。いなし方など、遥か昔に心得ていた。

「怒る程の事じゃないだろ、自分達のやった事をやられてるだけだぞ」

 殺しに殺して百数十と余名。それだけ殺していれば、因果は廻り廻るもの。
それが、今まさにこの瞬間の事だけだ、とでも言うような事を、一の後には二が続くレベルに自明の理を語るような当然さで口にした。

「バッター……さ……ん!! がん、ばって!!」

 苦しげにセリューが口にする。その言葉に応えるが如く、バットに込める力を増させて行くバッター。
それに対抗するように、アレフがバッターが込めた以上の力を刀に込め、押し返そうとする。ググッ、と言うオノマトペが聞こえてきそうだった。
そして、誰の目から見ても明白な光景だろう。余裕綽々に競り合いをしているアレフに対して、バッターの方は、この力比べに全くゆとりがないのだ。

 ――力が、入り難い……!!――

 バッターの内心を、驚愕の念が支配して行く。
アレフがこの場に現れてから、身体の反応が鈍い上に、本来のものより筋力が劣化している事にバッターは気付いていた。
アレフが原因である事は、バッターも当然気付いている。だが、何かを仕掛けられた覚えが全くない。アレフの一撃を防いだ事が、トリガーなのか。
そしてそもそも、この原因不明のステータス低下は、宝具なのかスキルなのかも解らない。確かなのは、このままでは危険であると言う事実だけだった。

 対するアレフの方は、自身が有するクラススキル、『矛盾した救世主』がバッターに機能している事を確認し、一先ず安心する。
姿形から見ても明白だが、バッターは人間ではないらしい。このスキルは言ってしまえば、『人間以外の全ての存在に機能するステータスダウン』だ。 
相手が純粋な人間以外であるのなら、大幅にアレフに対して有利が付く、恐るべきスキル。ただでさえ桁外れたアレフの強さを、更に補強する、
敵からすれば悪夢のようなそれである。これなら、油断しなければ殺せるだろうとアレフは踏んだ。

527The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:37:00 ID:.tmaFwNE0
「砕け……散れェ!!」

 主が気絶、と言う危機に陥った為か、それまで霊体化の状態を維持していたシャドウラビリスが、堰を切ったように実体化。
手にした機械仕掛けの大斧を振り被り、背後からアレフに襲い掛かる。だが彼は、後ろの方を全く見ず、将門の刀を握っていない方の手で、
ホルスターにかけられていたブラスターガンを引き抜き、後ろ手に発砲。レーザーはシャドウラビリスの胸部を貫き、縁部分がオレンジ色に融解した細い円柱状の貫痕を置き土産にした。

「がっぁ……!?」

 苦悶の声を上げるシャドウラビリス。
矛盾した救世主のスキルの対象となっているのは、何もバッターだけではない。彼女にすら効果は発動していた。
機械すら、このスキルは対象とするのである。恐るべき、範囲の広さであった。

 バッターが握るバットから将門の刀を即座に離し、そのままシャドウラビリスの方に身体を回転。
この時の勢いを乗せて彼女の脇腹に痛烈な右回し蹴りを叩き込むアレフ。苦悶の声を上げる間もなくシャドウラビリスは吹っ飛んで行き、
近くにあったコンクリートの外塀に衝突。豆腐のように外塀は砕け散り、瓦礫の体積にシャドウラビリスは仰向けに倒れ込んだ。
蹴り足をすぐさま地面に戻したアレフは、蹴らなかった方の足で地面を蹴り、バッターから距離を離すように跳躍。
すると、先程までこの救世主が直立していた地点に、白色のリング状の物体が二つ、突き刺さったからだ。バッターが所有する宝具、アドオン球体。
その内の二つ、α(アルファ)とΩ(オメガ)であった。これを以てアレフの身体を切断しようと試みたバッターだったが、攻撃は失敗。
アドオンを己の背後に移動させ、己が手にする浄化の武器、バットを構える。バッターの背後に回った二つのアドオン球が、淡く白色に輝く。その様子はまるで、天使や仏が背に抱く、可視化された聖性やカリスマ性の象徴、光背のようであった。

 タッ、と着地するアレフ。
バッターの方に身体を向け直すや、ゆっくりと、ワニ頭の浄化者の方へとこの救世主は闊歩して行く。彼我の距離は、十m程。
大の大人の歩幅なら五秒と掛からぬような短い距離ではあるが、歩む者の先にいるのは、狂える浄化の具現・バッターである。
そうやすやすと、攻撃の間合いまで詰めよらせる事をバッターが許す筈がない。
アドオン球体・オメガを音の数倍の速度で飛来させるが、将門の刀を無造作に振い、上空へとアレフは弾き飛ばした。
オメガが接近した速度よりも、遥かにアレフの刀の一振りは速かった。刀を振り抜いたその隙を狙って、アレフの周囲の空間が歪み始める。
外から見たら、特殊なレンズで通して見たかのように、アレフの輪郭と身体は中心に引き寄せられて見えるであろう。
吹き飛ばされたオメガが、オメガ自体に備わる力を発動させたのだ。空間を急激に緊縮させたり拡散させたりして歪めさせ、
その空間内に存在する相手の身体及び物質の形状を、空間の歪みに引き摺らせる形で破壊する、フィルタと呼ばれる特殊な攻撃である。
先程マンションの給水塔を破壊したのも、オメガが使うこのフィルタと言う技術であった。だが、他の者ならいざ知らず……一度見た技はアレフには通じない。
振り抜いた刀を再び振るうと、収縮し始めた空間に無数の細線が走り始め、其処から歪みがズレ落ちて行き、元の見え方に戻る。

 今度はアルファが己の力を発動させ、白く輝いている鎖状の物質を地面から生やさせ、これをアレフ目掛けて伸ばさせて行く。
マンションから飛び降りたアレフが射出させた、ブラスターガンの光線。それを防いだのもこの鎖だった。
攻撃にも使う事が出来、十分な加速度を得さえすれば、バッターの身体と同じ大きさの岩塊や鋼塊も砕いてしまう。
しかしアレフはこれを、将門の刀を目にも映らぬ速度で振い、鎖自体を無数に輪切りして破壊し、無効化させる。

528The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:37:19 ID:.tmaFwNE0
 後数歩で、刀の間合いと言う所になるや、バッターが動き出そうとする。
アスファルトを摩擦熱で融解させる程の勢いで地面を蹴り抜く事で行われる、神速の盗塁(スチール)。
これを以てアレフの下へと急接近し、タックルをぶちかまそうとしたのであるが――それすらも、アレフは読んでいた。
低姿勢を理想とするタックル、と言う行動に於いて、バッターが行ったタックルは、正に見本や手本その物。理想とすら言える程、見事なものだった。

 ――バッターにとっての不幸とは、その最高条件のタックルが、アレフにはスローモーにしか見えていなかったと言う事だろう。
タックルの始動の段階で、踵が完全に垂直に上に向く程の高さで右脚を上げていたアレフは、舌を伸ばせば地を舐められる程の低姿勢で突進を行っているバッターに対し、
稲妻が閃いたとしか見えぬ程の速度の踵落としを、バッターの脳天目掛けて振い落す。
帽子を被ったバッターの頭頂部に、アレフの踵が激突。苦悶一つ上げさせる事もなくバッターは顎からアスファルトに衝突。
バッターと言うサーヴァントが踵と地面の間でクッションになっているにも拘らず、アスファルトに深いすり鉢状のクレーターが刻まれた事からも、その威力が窺えよう。
顎の骨が砕けんばかりの衝撃が頭部に叩き込まれたばかりか、頸椎にも衝撃で圧し折れんばかり圧力が瞬時に掛かりだす。
歯と歯が強制的に噛み合わされた影響で、自身の口腔で舌が千切れて踊っているのを、激痛と共に彼は認識する。
正直、生きている事の方が奇跡だった。ある種の人造人間であるアレフの膂力から繰り出される蹴りの威力は、金属塊ですら木端微塵にする威力を持つ。
それを真っ向から喰らって、まだ『生きていられる』程度のダメージで済むと言うのは、尋常の耐久力ではなかった。

「ば、バッターさん……!?」

 初めて見せる、一方的な蹂躙以外に言葉が思い浮かびようがない、バッターの苦戦の様相に、セリューが戦慄を露にする。
セリューがバッターに対して掛けている色眼鏡による補正を抜きにしても、バッターとアレフ。どちらが勝つと言えば、その凶悪な様相から人はバッターに軍配を上げよう。
だが、これはなんだ。アレフは余裕綽々で、バッターの放つ攻撃の全てに対応するばかりか、バッターが放った攻撃の威力に倍する一撃をカウンターさせて来る。
余りにも圧倒的過ぎる、戦力差。「どうして、この男はバッターさんに此処までのダメージを!?」。セリューの胸中には、その疑問でいっぱいいっぱいだった。

「よ、くも……痛ィ……のよォ!!」

 アレフの蹴りの威力から復活したシャドウラビリスが、決然たる殺意を秘めた目付きを彼に向けながら、大斧を構え始めたのだ。
アレフは、バッターの纏う野球のユニフォームの背を引っ掴み、その状態のまま、シャドウラビリスの方にバッターをゴムボールでも投げる様な容易さで投擲。
それを見て動揺したシャドウラビリス。急いでバッターの方を受け止めるが、それが仇となった。この一瞬の隙を狙い、アレフが急接近。
バッターをキャッチしたせいで思考に空白が生まれ、次の行動に移るのにラグを要さざるを得なくなった状態のシャドウラビリスを、
その浄化者ごと刀で斬り殺そうとしたのである。上段から刀を振り降ろすアレフ。その先端速度は、最早サーヴァントですら認識不能の速度にまで達している。
この破滅的なスピードに、現在のダメージ状況でバッターが対応出来たのは、望外の偶然以外の何物でもなかった。
『保守』と呼ばれる独特の回復技術で、己の歯で噛みちぎられた舌を癒着させて回復させながら、体勢を整えさせ、アレフの方に向き直ったバッターが、手にしたバットで刀を防御する。

 戛然と響き渡る金属音、飛び散る橙色の火花。
そして、バッターの身体に伝わる、背骨が圧し折れるのではと錯覚する程の衝撃。アレフが齎した攻撃によるインパクトで、両腕の感覚が消失する。
身体への直撃は防いだ筈なのに、何故ダメージを負ったに等しい現象が舞い込まされているのか。理不尽な現象に、バッターの双眸に瞋恚が宿る。

529The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:37:37 ID:.tmaFwNE0
「返して貰うぞ」

 悟るまでに払った代償が、重すぎた。
このサーヴァント、バッターがサーヴァントとして力を発揮する上で、最も重要となるアドオン球体・エプシロンを封印して勝てる相手では断じてない。
バーサーカー・シャドウラビリスはバッターと違い、狂化によって意思の疎通が著しく困難な上、素の実力も大した事がない存在だとは、ワイドアングルで見抜いていた。
その低い地力を補強させ、ピンチに陥った際に闊達に意思疎通を図れるようインテリジェンスを向上させる為に、アドオン球体エプシロンを、
シャドウラビリスの霊基に融合させていたのは、星渡りの災厄ベルク・カッツェとの戦闘の時からである。
他の相手ならばいざ知らず、アレフが相手では、シャドウラビリスにエプシロンを融合させたとて、焼け石に水。
エプシロンが有する真の実力を発揮させられぬままに、バッターが消滅し、この場にいる全員が脱落しかねないと言う共倒れにもなりかねない。それは拙い。
この機械のバーサーカーに、エプシロンは過ぎたオモチャであったようだ。一に十の数値を掛けるより、一より更に大きな数値に十を乗算させた方が遥かに望みはある。
シャドウラビリスの身体から、スポイトで水を吸い取るように、圧縮された白色の線が伸びて行く。それが彼女の身体からプツンと、臍の緒を断ち切られるみたいに、
リンクが切れるや急速に膨張。白色のリングの形を取る。アドオン球・エプシロンだ。その形状は、残り二つの球体であるアルファ、オメガと相似であった。

 切れた舌が元の状態に癒着されるや否や、アレフの下に叩き込まれる鎖の一振り。
何もない空間から生えるようにして現れ、鞭のように撓りながら迫るそれを、将門の刀をバットから離してバッターから距離を取る事で回避するアレフ。
バッターの背後、シャドウラビリスと彼との間の空間に、三つのアドオン球体が立ち並んで浮遊し始め、これと同時に、三球の輝きが増し始める。
漸く、本来の戦い方に戻る事が出来たとバッターは思う。単体で一人のサーヴァントに匹敵する機動力と攻撃性を、サポート性を兼ね備えた、
三位一体のアドオン球体を巧みに扱い波状攻撃を仕掛ける、と言うのがバッターの戦闘における基本スタンス。
アドオンの数が二つでも、並のサーヴァントには引けを取らないが、やはり真価は三つそろった時である。そしてアレフは、その真価を発揮させねば勝てぬ相手だった。

 今を以って、バッターは十全の状態で初めて、他サーヴァントと戦う。勿論、エプシロンを分離された影響で、シャドウラビリスの実力が矮化し始める。
知った事ではなかった。セリューは真昼とシャドウラビリスを保護すると言ったが、バッターが一番優先するべき命は、マスターであるセリューと自分なのだ。
シャドウラビリスを庇って自分が倒れる、と言う馬鹿は避けたい。この瞬間バッターは、シャドウラビリスと番場真昼/真夜の命を放棄したのである。
生き残りたければ、生き残れば良い。但し自分は、そちらの命は助けない。そのスタンスに、この瞬間バッターは転向した。

【セリュー、よく聞け】

 幸いアレフは、シャドウラビリスからエプシロンが抽出される光景を見て、警戒心を強めさせたか。
すぐには打って出てこなかった。念話を以って、セリューに意向を伝えるのは、今しかないとバッターは考えた。

【このサーヴァント、殺せば令呪を貰える主従だと明白に俺達を認識している。お前の命も、無慈悲に刈り取るだろう事は想像に難くない】

 事実その通りであった。何故ならアレフがマンションの屋上から真っ先にブラスター・ガンで狙い撃ったのは、他ならぬセリュー・ユビキタスなのだったから。

【お前が死ねば、俺も消滅する。それは最悪の事態だ、この男から距離を取れ】

【ば、バッターさんは……】

【早くしろ】

530The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:37:54 ID:.tmaFwNE0
 有無を言わさぬ、強い語調でセリューを威圧。
己のサーヴァントが初めて、自分に向けた圧力に、セリューの身体が総毛立つ。この指示が絶対的な物だと肌で感じたセリューは、もう言葉を告げなかった。
気絶している番場の方に駆け寄り、彼女を抱えてこの場から退避しようとした。――そして、それを許すアレフではない。
バッターを無視し、セリューの方に対してブラスターガンの照準を合わせ、発砲。銃を構えてから照射まで、千分の一秒も掛かっていなかった。
これを読めないバッターではない。熱線のルート上に、アドオン球体アルファを配置させ、セリューを危難から避けさせる。
光条を防いだすぐ後に、バッターはエプシロンの力を発動させる。三位一体の一つ、聖霊を象徴するこのアドオン球は、『補助の術』に長けている。
『劇』と呼ばれる体系の補助技術を行う事が出来るこのアドオンは、指定した存在の肉体的な能力を向上させられる、戦略上の要。これが、最も重要な理由の訳だ。
そしてこの劇を、バッター自身に適用させる。身体に力が漲る。一瞬で、アレフが下げた五つのステータスの内、筋力・耐久・敏捷は下がる前の値にまで上昇。
本調子に戻ったバッターは、アレフ目掛けて出塁。右足でアスファルトを蹴り、七m程離れた所にいる救世主の下へと駆けて行った。
蹴られたアスファルトがドロドロに溶け、白色の煙を噴出させる程の力での蹴りによって得られた加速は、弾丸を連想させるそれであった。

 バットを上段から振り降ろすバッターと、これに対応して将門の刀の鞘で攻撃を防ぐアレフ。
伝播する衝撃波と、響き渡る鼓膜が馬鹿になる程の大音。戦闘の際に生じる不可避の副産物である。
しかし余人にとってはいざ知らず、バッターにもアレフにも、これらは行動を鈍らせる役目一つ果たす事のないただのノイズ。
だから、音にも衝撃にも怯む事なく、ゼロ距離からブラスターガンをバッター目掛けて発砲。脇腹の位置。
勿論、この距離から放たれた光速の弾丸には、バッターと言えど反応は不可。成す術なく熱線は、彼の身体をゼリーかプティングを楊枝で刺すようにして貫通、
それだけにとどまらず、彼の背後にいたシャドウラビリスの腹部をも貫いて行く。背後から聞こえる、機械のバーサーカーの苦悶。彼女はとんだとばっちりであった。

「Faullllllllllllllllllllllllllllllt!!」

 雄叫びを上げ、エプシロンによって向上した筋力を以ってバットを振うバッター。
振いながら、アレフの踵落としによって負った頭のダメージ及び、今さっき貫かれた熱線の痕を『保守』によって回復させる、と言う行為を両立。
振われたバットをスウェーバックで回避するアレフ。振り抜かれた際の突風が、凄い勢いでアレフの顔に叩き付けられる。
バットの軌道上に、焦げた匂いが立ち込めんばかりの速度でのスウィングであった。しかし、それだけの勢いの風が顔に吹き付けて来ても、アレフは目を閉じない。
閉じれば、閉じた分だけ攻撃が叩き込まれるからである。現に、避けたと同時に、背後からアルファが放った鎖が振われるのと、
オメガによる空間操作の攻撃が、アレフに叩き込まれたのだ。これを簡単に、自身の身体ごと将門の刀を横に一回転させ、破壊。無効化させる。

 見ると、セリューが真昼をおんぶしながら、この場から遠ざかろうとするのをアレフは視認。
そうはさせないと、ブラスターガンで狙撃しようと試みるが、何かに気付いた様な表情を一瞬浮かべるのと同時に、左方向にサイドステップを刻み始めた。
上空から、斧を大上段から振り被りながら迫るシャドウラビリス。着地と同時に、手にした大斧を、アレフがさっきまでいた地面に叩き付けた。
刻まれるクレーター、生じる激震。しかし、最も肝心要の、斧で破壊するべき相手は既に攻撃範囲から失せていた。

 シャドウラビリスを無視し、ブラスターガンでセリューらを狙撃しようとまたしても試みるアレフだったが、これを実行に移すよりも速く、
アドオン球体・オメガの空間操作能力が、アレフを捉える。しかし、空間が歪み始めるよりも速く、アレフが神業の如き一閃を煌めかせたせいか。オメガが空間操作を放ったと同時に、攻撃は無為と終わった。

 セリューらの遠ざかる速度が、速い。人一人を負ぶさってると言うのに、大層なスピードだ。優に時速二十㎞は出ているであろうか。
サーヴァントが身体能力を強化させたな、とアレフは推察。事実である。バッターはエプシロンの補助技術によって、セリューの身体能力を向上させていた。
すぐにでもこの場から退散させられるのと同時に、もしも彼女が、アレフのマスターらしき人物を見つけたら殺してくれるように、と言う淡い期待も込めてである。

531The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:38:04 ID:.tmaFwNE0
 セリューを追跡して葬りに掛かろうかとアレフは思いもしたが、自身の想像以上に、バッター及び、彼が操る三つのアドオン球は曲者だった。
バッター一人と、アドオン二つまでならアレフ単体でも、蹴散しながらセリューを殺せる。
であるが、其処にもう一つのアドオンと、シャドウラビリスがいるとなるとそうも行かない。単純に、障害物の数が多いからだ。

 ――全員殺し尽すしかないか――

 シャドウラビリスについては、正味の話アレフは無視するつもりであった。
敵はあくまで、バッターとセリューだからだ。だが、これまでの流れから考えるに、このシャドウラビリスは話の通じない手合いのバーサーカーである可能性が高い。
そう言う輩とはアレフは手を組みたくないし、何よりもセリューと一緒にいたマスター、番場真昼ではシャドウラビリスを制御出来ていないであろう。
今は良くても、後で絶対に破滅する。それは、狂化したバーサーカー自身の手に掛かってか、それとも魔力切れによる退場か。
どちらにしても、此処でシャドウラビリスと縁切りにしてやったほうが、真昼にとっては幸運と言う物であろう。
令呪による命令強制も、三回までしか用を成さない。ある日数までは生き残れようが、最後の一人になるまで生き残れるには不足のない数かと言われれば、断じて否だ。

 結論、殺した方が身の為である。そうと心に決めたアレフは、将門の刀を正眼に構え直し、バッターとシャドウラビリスの方に向き直る。
剣気が、突風となって叩き付けられて行くのをバッターらは感じた。シャドウラビリスですら、只ならぬ物を感じ取ったか。唸りを上げて、後じさる。
死闘の場数をどれだけ越えて来たのか。どれだけの敵を、斬り捨てて来たのか。そうと夢想せずにはいられない、攻めれば『死ぬ』ぞ、
と言う事を身を以って実感させる程の圧が、アレフから無限大に放出されている。

 それはもう、救世主と言う存在が放って良い気では断じてなく。
それはもう、救世主と言う存在が浮かべる様な表情では断じてなく――

「来いよ」

 あらゆる存在に、死の国の寒さの何たるかを見せて来た、殺戮者のみが出せるであろう死の気配そのものであった。
目の前の生命を、取るに足らない塵芥、舞いあがった埃か何かだとしか認識していないような、仮面のような無表情であった。

532The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:38:16 ID:.tmaFwNE0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 自分も早く、バッターさんの助けにならなければ、とセリューは必死だった。
子供が見たって、解る。バッターは著しい苦戦を強いられていた。あの頼りがいがあって、強くて、自分よりもずっと賢いバッターが、である。
現れたサーヴァント……自分と同じ人間の様な姿形をしているのに、その容赦のなさも、何よりも身体能力も。バッターのそれの遥か上を行っていた。
近くで、あのセイヴァーと言うクラスのサーヴァントを目の当たりにした時、セリューは心の底から死を覚悟した。
人の形をしているのに、人間と相対していると言う感覚がゼロであった。勿論それは、セイヴァー・アレフがサーヴァントだと言う事もある。
だが、それよりもっと根幹的な部分が、あのサーヴァントは人間離れし過ぎている。そんな気を、セリューは感じ取ったのである。
トンファーガンは元より、元の世界に置いて来たコロがいたとしても、あのサーヴァントには叶うべくもなかったし、バッターのサポートすら出来なかったろう。
だから、バッターがセリュー戦線から外そうとしたのは、当然の話だ。彼女が死ねば、バッターも無条件で消滅する。
であるのなら、現状殺されれば自分も紐付けして消滅するセリューを足手まといと認識し、遠く離れた所に移動させると言うのは、余りにも常識的な判断であった。

 確かに、あの戦場ではセリューは、何の役にも立たない。
だが、それ以外の所では、役に立つ所がある筈だ。彼女はそう考えていた。
自分、つまりマスターを殺されればサーヴァントが死ぬ。それは、セリュー達だけに適用される不利益ではない。
この法則は絶対則だ。凡そあらゆる主従に適用されると言っても過言ではない、ゴールデン・ルールなのである。
そう、サーヴァントが強いのであるのならば、マスターを叩けば良いと言うのは至極当然の判断である。
アレフのマスターが善人なのか否かと言われれば、セリューは悪だと考えていた。真っ先に自分を狙って攻撃したと言う事実から、
聖杯戦争の趣旨にノっている主従である事は間違いない。そんな存在、生かしてはおけない。
自分の正義と、バッターの理想にかけて。制裁――いや。浄化されなければならない。

 バッターさんを助ける為に、番場さんを助ける為に、速くマスターを探さなくちゃ!!
そう思い、戦場から遠ざかりながらも、多方向にアンテナを伸ばして、不審人物を探すセリュー。
だが、そう簡単に見つかるのであれば、苦労はしない。サーヴァントを倒すのが難しいならマスターを。
そんな事、誰でも考え付く浅知恵である。当然、マスターは目につかない所にいるのが当たり前なのだ。
結論を言えば、アレフのマスターらしき人物が見つからない。そして、時間が経過するごとに、焦りが蓄積して行く。
今この瞬間にも、バッターは苦戦を強いられ、ダメージを負い、消滅の危機に立たされているのだ。

 自分の力足らずで、またしても大切な人が死んでしまう。
そんな事、駄目だ!! セリューは心の中で叫ぶ。恩師であるオーガが死んだ時もそうだった。
あの時のセリューは、恩師が危機に陥ってる際に、何の役にも立たなかった。師は、寂しく、そして無惨に、賊に殺されてしまったのだ。
その時の無力が、今も心の中に燻り、こびり付いている。あんな無力は、二度と御免だった。
しかも今回のケースでは、オーガの時とは違い、バッターのピンチに自分が関わっていると言う自覚が、セリューには確かにあるのだ。
つまり、セリューの頑張り次第では、バッターの消滅は、回避出来るのである。こんな状況で、バッターを死なせてしまえば自分は本当に役立たずだ。

 焦るな、冷静になれ。バッターなら、頼もしい態度で、今のセリューを見たらこうアドバイスするだろう。
そんな事、言われなくても解っているのに、秒針が右に刻々と進む毎に、弱火で炙られる様に、色水を紙が吸って行くように。
セリューの意思とは正反対に、ジワリと焦りが広がって行くのである。何処だ、何処だ、何処だ!?
翌日酷い筋肉痛になっても良い、何なら足の骨が折れたって構わない。今この瞬間で、維持と気合と根性を見せねば、嘘である。

533The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:38:28 ID:.tmaFwNE0
 何処だ何処だと曲がり角を曲がり続ける内に、人気の少ない所に出ようとして――。
其処で不意に現れた、自転車に乗った青年の姿。「わっ!?」と声を上げて、急いで制止するセリュー。
そんなセリューに驚いて、急いで急ブレーキをかけて制動を掛けたのは、青みがかった黒髪が特徴的な、儚げで、しかし何処か、力強い石を感じさせる端正な顔立ちが特徴的な美青年だった。夏使用の学生服と、背丈から推測するに、この辺りに住む高校生か。

「す、すいません!! 急いでたものですから……」

 と、慌ててセリューは謝罪の言葉を送るが、当の青年の方は、セリューの顔を見て何か驚いた様な表情を浮かべていた。
が、それも一瞬の事。「あ、こちらこそ……」とすぐに謝って来た。これで今回の件は恙なく解決――する筈だった。

 違和感を覚えたのは、セリューの方である。
目の前の青年を見ていると、異様に脊椎が熱を持つ。敵――即ち、断罪されて然るべき悪と相対した時のような、あの感じだ。
脊椎から体中に熱が伝播して行く。チリチリと、身体の内奥から火の粉が舞いあがり、それが身体の内面を焼いて行くような感覚。
真昼を抱えながらあの場から逃走する自分を慮って、バッターが此方に何らかの術を掛け、身体能力を向上させた事には既にセリューも気付いていた。
走行条件の悪さからは考えられない程、疲労の蓄積が緩やかであったからだ。バッターの助けがあった事は明白である。

 だが、あの時浄化者がセリューに与えた恩恵は、何も身体能力だけではなかった。バッターが与えたもう一つの恩恵。
それは、『魔力に対する鋭敏な感覚』。セリューとの打ち合わせで、彼女が魔術とは無縁の世界からやって来た事にバッターは既に気付いていた。
即ち、魔力と言うエネルギーを探知する術が彼女には無いのである。これでは、折角マスターと一対一で遭遇しても、それに気付かないですれ違う、
と言う余りにももったいない現象が起こってしまう。普段であれば、セリューとバッターは離れず行動している為、バッターが誰がマスターなのかセリューに教えてくれる為、
マスターが誰なのかセリューが解らないと言う事は起きない。だが、今回のようにやむを得ず別行動を行う場合は勝手が違う。
今回は自分がいっしょに行けない、だからお前がマスターを見極め倒せ。バッターはそう言う意を込めて、アドオン球エプシロンを用い、
セリューの魔力に対する察知能力を強化させた。その結果が、今彼女の身体に起っている、身体の内面から湧き出る熱であった。

「次は気を付けて運転します。それじゃ、僕はこれで――」

 そう言って少年がペダルに足を掛け直し、この場から遠ざかろうとセリューとすれ違って去って行こうとしたその時だった。
セリューは、一種の博打に出た。自分がサーヴァントを従える聖杯戦争のマスターである事を露呈させると同時に――。
しかも、何も知らないNPCが聞いても何が何だか解らないが、聖杯戦争の参加者であればそれが何を意味するのかを知りかつ強制的に警戒せざるを得ない魔法のワードを。セリューは、この場に於いて解禁した。

「――令呪を以って命ずる!!」

 その言葉を叫んだ瞬間、キキッ、と掛かるブレーキの制動音。
そして、バッと振り返る、自転車に乗った青年、有里湊。カマかけに、湊は引っかかってしまった。セリューに令呪を切ると言う考えは端からなかった。
この言葉に反応すると言う事の意味は、一つだ。青年、有里湊は、聖杯戦争の参加者であると言う事。
ステータスが可視化されないと言う事は、マスターであろう。そして、この近辺でサーヴァントを連れないで単独行動をしている、と言う事は。
誰を召喚したマスターであるのかは、自明の理だ。セイヴァーと言う特殊なクラスのサーヴァント……そのマスターである、とセリューは判断。
となれば――彼女がするべき行動は、一つである。

「正義、執行ッ!!」

 背負っていた真昼を地面に急いで横たわらせるや、セリューは懐に隠していたトンファーガンを瞬時に装着。
その銃口部分を湊の方に向け、即座に発砲。バッターの身に降りかかっている、事態が事態だ。警告なしの即発砲が、この場合理に適っていると彼女は判断したのである。
迫りくる凶弾に、湊は気付かない。ただ、落ち着いた瞳でセリューを見ている。その間に、鉛の弾は音の速度と、人体に容易に死傷を与える威力を借りて迫って行くのであった。

534The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:38:41 ID:.tmaFwNE0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ――セリュー・ユビキタスの誤算その一。


 有里湊がペルソナ使いであった事。


 ――セリュー・ユビキタスの誤算その二。


 攻撃する前に会話のフェーズに移行しなかった事。


 ――セリュー・ユビキタスの誤算その三。










 そもそも、出会ってしまった事。


.

535The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:38:54 ID:.tmaFwNE0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 弾は、湊に当たるその寸前で、カキン、と言う小気味の良い音を響かせた。
その音が響くと同時に、アクリルに似た透明さを持った球状の障壁(バリア)が、湊を取り囲むように展開される。
それが現れたのは、ほんの一瞬の事。少なくとも、セリューが認識すら出来ない程短い時間。
いやひょっとしたらセリューは、球のバリアは勿論、これが現れたと同時に生じた小気味の良い音すら、認識していなかったかも知れない。

 トンファーガンから放たれた、数発の弾丸は、放たれた弾道ルートを逆再生するが如く、射出された速度をそのままに、『セリューの方へと戻って行く』。
勿論、人の身体に死傷を与える速度をそのままに、である。避ける事すら、セリューには出来ない。計七発の弾丸は、セリューの胴体を貫き、貫通して行く。
最初の二秒間、セリューは己の身体に何が起こったのか、解らずにいた。当たり前だろう。殺すつもりで放った攻撃が、跳ね返されたなど。
常識で物を考えれば到底起こり得ない現象であるし、起こってもならない現象の筈だ。

 呆然とするセリューの意識を強制的に覚醒させたのは、自身の持つトンファーガンの威力が齎す、激痛からであった。
歯を食いしばり、苦悶を抑えながら、地面に膝を着くセリュー。歯が欠けんばかりに強く食いしばるが、それで収まる痛みじゃなかった。
意思で涙は止まらないし、弾痕から流れる血液などもっと止まらない。何で? 何が起こったの? 今のセリューの頭には、それしかなかった。

 ――セリューが知る筈もなかった。
湊は、アレフと解れたあの時、ペルソナ能力を発動させ、自分の身体に『テトラカーン』を展開させていた事など、解る筈がない。
テトラカーン、物理的な害意ある干渉を全て相手に向かって跳ね返す、高位の魔術或いはスキルである。
例外はない。マスターの攻撃は勿論、サーヴァントの攻撃にですら反射機能は等しく機能する。単独行動中に、サーヴァントに襲われれば拙い。
そうと考えた湊が、セーフティの為にこの魔術を発動させておくのは何もおかしい所はなかった。現にこうして、このセーフティはしっかりと機能した。湊の選択は一から十まで、何も間違っていなかった事の証である。

「き、貴様……ァ……!!」

 憎悪と憤怒の感情を、ありったけ。己の目線に込めてセリューが呻く。
身を丸め、貫かれた所を抑えるも、着衣物は吸いきれる限界の血液を抑える事が出来ず、ポタポタと雫となって、アスファルトの上に滴り落ちている。

「……」

 セリューの見上げる様な目線に対して、湊は平然としていた。
セリュー・ユビキタスを生かすも殺すも、自分の胸先三寸に掛かっている。それ程までに、彼女は弱っていた。
幾人もの人間を殺して来たと言う大罪人。契約者の鍵から投影される情報だけを見て考えれば、セリューと言う女性の評価はこんな所だろう。
人が人なら、此処でセリューに引導を渡すマスターもいるかも知れない。……だが、湊は違う。迷っていた。
セリューを殺す事など簡単だ。適当なペルソナを呼び出し、それで攻撃すれば良いだけだ。だが、その簡単な事で、迷っている自分がいる事に湊は気付いている。
アレフが、サーヴァントを殺せれば本当の事を言えばベストだ。マスターを殺すのが一番手っ取り早い事に頭では気付いていても、それを自分がやる勇気がない。湊は、そんな自分の性根に、最早戦えるべくもない少女に負の感情を向けられたこの段になって、気付いてしまった。

536The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:39:33 ID:.tmaFwNE0
 自転車から降り、召喚器を取り出す湊。
それを見て、セリューが警戒する。撃ち殺される、と思ったのだろう。何せ召喚器の形状は、拳銃である。
武器の類に神経質になる必要がある聖杯戦争のマスターが、これを見て気を張らない訳がなかった。が、実態は違う。
拳銃の形をしてこそいるが、このデバイス自体に殺傷能力はない。この銃の形をした道具で撃つのは、相手ではなく自分なのだから。
何らかの手段で、黙らせる必要がある。その為の方策を、湊は頭で考えていた、その時だった。

「ヒューッ、驚いた。大したボウヤじゃないか、エエッ?」

 その声が、場に広がったと同時に、湊達の頭上よりも高い所から、猫のように舞い降りた、一人の巨漢。
リーゼント風の黒髪、メンボに覆われても解る凶悪な顔立ち。そして、並の鍛え方をしていないと一目でわかる、筋肉質で大柄な身体つき。
ニンジャ・ソニックブーム。歴戦の戦士のアトモスフィアを放出する男が、この場に現れた瞬間だった。

「……あなたは?」

「そ、ソニック……ブーム、さん……!!」

 ソニックブームが降り立ったのは、セリューの背後であった。
聞き覚えのある声がしたので、その方向に顔を向けると、腕を組み仁王立ちをしながら、巨漢は、セリューを見下ろし、湊の方に威圧的な目線を投げ掛けていた。

「オオ、何時間か振りだな、セリュー=サン。どうだい、あれから正義とやらは達成出来たのか?」

 その声音は、平時のソニックブームの声の調子から考えれば、『猫なで声』、に相当するものだった。
声には相変わらず怖いものがあったが、それでも、普段に比べれば大分優しい感じで言葉にしていると言う事が、湊にもうかがえた。

「私、私……」

「解った解った。皆まで言うな。何をするべきなのか、俺にはよーく解ってるぜセリュー=サン」

 感激の表情を、苦しみながらセリューは浮かべ、湊の方に向き直った。
首の皮一枚で、命が繋がった。そう思っているのだろう。このまま湊が放置を決め込んでも、セリューは失血死していた。
放っておいても彼女は詰みなのだ。しかし此処で、ソニックブームと言う優れた戦士が加勢してくれれば、その心配もない。
バッターが来るまで持ち堪えられれば、此方の勝ちだ。湊をやっつけられなかったのは残念至極としか言いようがないが、それでも、自分が死んでバッターが迷惑するのに比べれば、遥かにマシな落とし所だ。お前はもうおしまいだ、そんな目線を、セリューは湊に対して送って見せる。湊の驚きの表情を見ると、本当に、この場にソニックブームが現れて、幸運にセリューは思うのだ。

「――アラハバキ!!」

 そう叫び、湊は召喚器の銃口をこめかみに当て、発砲。
頭に響く、衝撃。そして、身体から何かが抜け出て行くような感覚。湊の背中からエクトプラズムめいて、霧状のエネルギー体が噴出し始め、
それが急速に形を伴って行く。一秒経たずしてエネルギー体は、青色の遮光器土偶としての形に変化し始めたではないか。
隠者のペルソナ、アラハバキ。湊の中の心の海に住まう高位のペルソナ、荒ぶる地祇の一柱である。現れたアラハバキは直に、閉じた瞳を開眼させ、セリューに力を送る。
これと同時に、ソニックブームは、セリューの首筋に手刀を叩き込もうとし、直撃までもう少し、と言う所で――あのカキン、と言う小気味の良い音が響き渡った。

537The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:39:50 ID:.tmaFwNE0
「グワーッ!!」

 アラハバキが展開させたテトラカーンに手刀が直撃した瞬間、ソニックブームの野太いシャウトが響き渡る!!
テトラカーンは、相手の放った攻撃の威力をそのまま相手に跳ね返す術。言いかえれば、攻撃した側の技量や実力が高ければ高い程、効果を発揮する。
では、ソニックブーム程のカラテのワザマエを持つニンジャが、攻撃を跳ね返されればどうなるのか? 言うまでもない、大ダメージを負う!!
その結果が、これだ。折れては行けない所から骨が折れて骨が突き出ている、ソニックブームの右腕である!!

「ッテッメー!! ザッケンナコラーッ!!」

 建物が揺れんばかりのヤクザスラングを稲妻の如く迸らせるソニックブーム!!
何が起こった、と言わんばかりにセリューが、ソニックブームの方に顔を向きなおらせ、愕然の表情を浮かべた。彼の腕が折れている事に、気付いたのだ。

 湊が驚いた理由は、この場にソニックブームが現れた事よりも、セリューに対して優しく声を投げ掛けていたソニックブームが、
『セリューが背を向けているのを良い事に背後から致死の威力を内包した手刀を彼女に叩き込もうとしたから』であった。
弱っているセリューを見て、絶好の機会だと思ったのだろう。だからこの場で引導を渡そうとした、その程度は湊にも解る。
だが、その行動を見ていた時、湊は反射的にペルソナ能力を発動してしまっていた。本当はセリューは、騙されているのではないか?
自身が召喚したバーサーカーに、良い様に操られているだけではないのか? そんな可能性が頭を過り、完全に否定出来なくなっていた時、
湊には二つの選択肢が提示されていた。セリューを助けるか、それとも見殺しにするか。選ばれたのは、前者の方だった。
それを選んだ時湊は、セリューの命を救いつつも、ソニックブームの命を損なわない術、テトラカーンを発動させていたのであった。

 そして、湊のそんな行いに対し、ソニックブームが激怒するのは当然の帰結であった。
言いたい事は、湊にもよく解る。セリュー・ユビキタスが倒せば令呪一画の美味しいマスターである事。
その美味しい賞金首が死にかけの体である事。そして、此処で彼女が死ねば自分も令呪に在り付けるかも知れないと言う事。
それらの事実を目線に一気に込めて、ソニックブームは湊に叩き付けている。解っている。そんなメリットは解っている。

「……ごめんなさい」

 解っていても身体が動いてしまったんだ。だから、身勝手だが許して欲しい。そんな思いを、この一言に湊は乗せた。

「貴様、よくもソニックブームさんを……!!」

 怒りが痛みを凌駕した。
よろよろと立ち上がり、トンファーガンを構え出すセリュー。事もあろうに、ソニックブームに背を向けた状態で、またしても。
とは言え今度は、またすぐに攻撃、と言う選択肢はソニックブームもとるまい。テトラカーンで、痛い目を見てしまったからだ。
また攻撃を反射されるのでは、と言う危惧が既に彼の中には芽生えている。『テトラカーンの効力は一回の発動につき一回切り』。
この法則を知っていればまた違う行動も選べたろうが、それを知らないからこそ起こった、都合のいい展開である。

「道理を知らねぇ悪ガキには、キュウって奴を据えなきゃいけねェみたいだな、エエッ!?」

 折れた右腕は使えない。左腕だけで、自身が会得したカラテの構えを見せるソニックブームを見るや、湊も召喚器を構える。
――このタイミングであった、湊の視界に、猛速で此方に向かって来る、ソニックブームよりもずっと大柄な身体つきをした、
人の身体にワニの頭を持った恐るべき存在が映ったのは。それを見た瞬間、湊は横っ飛びに勢いよく跳躍し、ワニの進行ルート上から逃れだす。

538The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:40:06 ID:.tmaFwNE0
 この場に勢いよく現れたサーヴァント、バッターは、急いでセリューを回収。
そのゼロカンマ数秒後に、バッターの後ろを走っていたシャドウラビリスが、アスファルトに寝かせられていた真昼を回収。
そのまま、この二人のバーサーカーは嵐のような勢いで退散しようとするが、バッターはこのまま帰ろうとしなかった。
この場にいる二名のマスター、即ち、有里湊とソニックブームを認識するや、アドオン球体アルファとオメガを、彼ら目掛けて高速で飛来させる。
湊に迫るのはα、ソニックブームに迫るのはΩ。直撃すれば身体が寸断される鋭利さを内包したそれから、湊を救ったのは、救世主のクラスのサーヴァントだった。
バッターとシャドウラビリスを追跡していたアレフは、逃走している二名のバーサーカーの走る速度を超越する程の加速を、
『地面を普段より強く蹴る』と言う行動で得、本来追跡する筈だった二名を一瞬で追い抜き、湊の所まで移動。迫るアルファのアドオンを将門の刀で弾き飛ばしたのである。
一方、ソニックブームの下へと迫るΩに対抗したのは、彼の使役するセイバー・橘清音であった。
ソニックブームの下に着地した彼は、着地と同時に手にした音叉刀・疾風を振い、アレフと同様見当違いの方向にオメガを吹っ飛ばしたのだ。

 マスター両名の抹殺は未遂に終わったが、バッターにとってはそれで良い。この場から退散するのに十分過ぎる程の時間を稼ぐ事が出来たのであるから。
アレフはバッターを追跡しようと考えたが、もう遅いだろうと考えを修正。逆に彼は、バッター達ではなく、清音の方にターゲットを変更。
地を蹴り、時速数百㎞超の速度で彼の方に肉薄しようとするが、何を思い直したか、そのまま急ブレーキをかけだしたではないか。

「後はお前の自由にせーや、セイバー」

 アレフが立ち止まった理由は、単純明快。
清音とアレフの間の空間に、イルが、瞬間移動を駆使して現れたからである。
突如として現れた、得体の知れないサーヴァント。【そっちがアサシン、向こうの鎧のがセイバー】。湊が念話で告げて来る。
遅れてステータスも報告して来たが、どちらも目立った物はなかった。倒せるステータスではあるが、宝具とスキルが解らない以上は、油断するつもりはない。

「……貸し一つ、ですね。アサシン。恩にきります」

「追うぞ、セイバー=サン!!」

 言ってソニックブームは、風の如き速度で走り始め、バッター達を追跡に掛かる。
清音もまた、その場から去り始めたマスターの後を追うように、残像が残る程の速度で駆け出して行く。
――そして後には、一人のアサシンと、一人のセイヴァー、そのマスターが残される形となった。

「邪魔して悪かったな、兄ちゃん。目的挫いたんは謝るが、こっちも割と必死なんや。すまんな」

「いいよ、と言いたいけど。落とし前位はつけて貰うかな」

 自分の描いていた絵図の完成を邪魔されて怒らない程、アレフも人の心をなくしている訳ではない。
イルが悪いサーヴァントでない事は、アレフも理解しているが、それとこれとは話は別。腕の一本位は、地面に置いて行って貰おうと。
将門の刀の剣先を、イルの喉元に突き付け、アレフは静かにその闘気を漲らせた。

「ヤクザモンみたいな事言うんやな。言うとくが、そんな安い腕ちゃうで」

 腰を落とし、あの格闘技のセオリーを無視した、二本の指を中途半端に曲げる構えを取り始めるイル。臨戦態勢は、それで整った。
これを見てアレフは、刀を中段に構え始めた。正式な戦いの構えを取り始めると、また気魄の量が違う。
精神の昂ぶりは、アレフは落ち着いている方だ。それなのに、身体から発散される気魄が倍加している。
穏やかな心のまま、闘気が雫となって刀の先から零れんばかりの覇気を放出する。それは、武を極め、戦いの何たるかを知る戦士でしかあり得ない芸当であった。
「セイヴァー……」、と心配そうに口にする湊。【心配するな、直に終わる】、アレフは念話でそう告げ、イルの方に目線を送った。

539The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:40:22 ID:.tmaFwNE0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 シンパシー、なる言葉がある。
共感とか、共鳴を意味する言葉であり、何者かの考えや行動、そして生き様に対し、その通りであると言う同意を憶えた時に、この言葉は使われる。

 幻視、と言う症状がある。
意識や精神、神経の異常が齎す発露だ。幻覚、とも言われる。実際にはないものが、その人物にはあるように見えてしまう事。肯定的な意味では、使用されない言葉だ。

 それは、サーヴァントと言う霊的な身の上が見せた、霊基のある種のバグだったのか。
それとも、生前とは違う身体の組成故に発生する、サーヴァント自身ですら知覚出来ない不思議な現象であったのか。

 アレフは、イルの姿を見続けた時、一つの幻が脳裏を過った。
薄い緑色の液体で満たされた培養層。その中に、大量のプラグを体中に刺し込まれた幼児の光景を、アレフは認識した。

 イルは、アレフの姿を見続けた時、一つの幻が脳裏を過った。
眠っている金髪の女性から取り出された受精卵。これが特殊な培養槽に入れられるや、瞬きする間に、受精卵の形から人の形になって行く光景を、イルは認識した。

 彼らの見た幻が、霊基のバグなのか。それとも、それらすら超越した奇怪な現象であったのか。
それを確かめる術は、彼らにはない。ないが、確かな事実が、二つある。

「――お前も生み出された命か」

「――お前も生み出された命か」

 これから戦う相手は、メソッドこそ違えど、人為的に生み出された一つの命であったと言う事。
血の繋がった母もなく父もない身体で、世界に確かに生きていた一人の人間であったと言う事。

 シンパシー、なる言葉がある。
共感とか、共鳴を意味する言葉であり、何者かの考えや行動、そして生き様に対し、その通りであると言う同意を憶えた時に、この言葉は使われる。

 互いの出自に似たものを感じた男達が、今地面を蹴って駆け始めた。
世界が異なれば、友にすらなれたかもしれない者達が戦いあう。それもまた、聖杯戦争の妙なのだと、二名は同時に気付いたのであった。

540The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:40:35 ID:.tmaFwNE0
中編の投下を終了します

541名無しさん:2018/02/16(金) 14:22:31 ID:fG3VT0Ok0
投下乙です
キタロー&アレフはこれが初の鯖との戦闘だがやはり強い。相対したバッターさん達はご愁傷様。
後やっぱりシャビリスちゃんがクッソ役立たずで草

542名無しさん:2018/02/17(土) 07:51:31 ID:sS.wqrq60
投稿乙です

フツオが「まだだ」と頑張った結果なのに対して
アレフはフロムゲーみたいに降りかかり火の粉払っていったら
こうなったてのが対称的。後、物理反射されて全滅した
プレイヤーはかなりいるはず

543名無しさん:2018/02/18(日) 00:47:50 ID:qYgu3.WM0
投下乙です

セルと戦った時のミスターサタンばりにぶっ飛ばされるのが板についてきたシャビリスの明日はどっちだ

544The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:28:20 ID:qWajf0H60
投下します

545The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:28:59 ID:qWajf0H60
 イルが、清音に襲い掛かろうとしていたアレフを食い止めようとする、言わば『殿(しんがり)』を買って出たのには訳がある。
勿論それは、あの抜き差しならぬ主従に恩を売っておきたかったと言う打算も勿論ある。
あの主従に貸しを作るのであれば、マスターよりも清音だとイルは判断した。あのマスターは、平気で嘘を吐くし、約束も反故にする、そんな臭いを感じ取ったからだ。
聖杯戦争を勝ち抜く、生き残ると言うスタンスの参加者として考えた場合、ソニックブームの考えは寧ろ正当な物とすら言える。全く間違ってはいない。
だが、信頼は築けないだろう。虚や嘘を交える事は大事ではあるが、この戦いを勝ち抜く上で必要なもう一つのファクター、信頼は、誠実を以ってしか稼げないのである。
してみると、信頼を築けそうなのはソニックブームの従えるセイバー、橘清音の方であった。話していて解る、あの男はくそ真面目で、真っ直ぐな人間であると。
現に、この場から清音を逃した際に、彼が口にしたあの言葉だ。恩に着る、ときたものだ。解りやすい程、実直な性格の持ち主だった。

 だがそれ以上に、個人的にではあるが、イルは、ああ言う性格の持ち主は嫌いではなかった。
この聖杯戦争にだって、肯定的な意見を本当は持っていないのだろう。叶えたい願いにしても、本当はないと言うのが正直な所なのだろう。
運命の悪戯的に呼ばれ、この街の在り方に迷っているサーヴァント。それが、清音なのかも知れない。
マスターであるソニックブームは兎も角、少なくともあのセイバーについては、今此処で脱落するには惜しい人材。イルはそう思っていた。
だから、こうして貧乏くじを自分から引いてはみたのだが――

 ――正直失敗やったな……――

 現在アレフとイルは、互いに十m程離れた地点で、睨み合っていた。
互いに交わした攻撃の数は、一合程。アレフは将門の刀を横薙ぎに振い、それに対しイルは、刀が自分の身体を斬るであろう場所を部分的に透過させ、
やり過ごしてからカウンターを叩き込む……『つもり』だった。だがイルは、アレフが攻撃を放とうとしたその段階で、急速に嫌な予感を感じ取り、駆けたルートに向かってバックステップ。こうして距離を取り、現在に至るのである。

 イルが清音の代わりに場を持たせようとしたのには、もう一つある。
清音では、アレフの相手は厳しいのではないか? そう思ったからである。
その戦闘スタイルの都合上、そして武術の練度を磨いて来たイルだからこそ、解る。アレフから迸る、底知れぬ程の武の練度をだ。
きっと清音自身も認識していたに相違あるまい。もしかしたら、自分の命は最早此処には、そしてこれからも存在しない心構えで立ち向かう気だったのかも知れない。
培った武練の差が、あり過ぎる。だからバトンタッチしたのである。自分の能力であれば、殆どの攻撃は通用しない。
憎たらしい能力ではあるものの、戦闘においての有用性は疑うべくもない。この能力を駆使すれば、それなりの時間稼ぎは出来るだろうと、イルは考えていたのである。この時までは。

 認識が、甘かったとしか言いようがない。
真正面と向かいあい、睨み合って初めて解る事もあると言うもの。アレフの武練は、イルの目から見ても桁違いのものだった。
Iブレインを駆使し、相手がどう動くのか、それに対し自分がどう動くのか。また、自分から動く場合にはどうすれば良くて、それに対する相手の行動は?
諸々の試算を脳内で捏ね繰り回してみたものの――全く決定打を見いだせない。既に脳内で演算したシミュレートの数は数百を超えているが、その全てが、
アレフに対して一撃も与えられず、その内の半数近くが、自分が逆に殺されると言う未来を予測していた。

546The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:29:12 ID:qWajf0H60
 刀と言う武器を持っている都合上、相手の戦い方はきっと『騎士』から身体能力制御と自己領域を抜いたような物なのだろう。
話だけを聞けば、騎士との戦いに比べればずっとずっと、簡単なそれだと、元の世界にいた魔法士達なら思えるだろう。其処からして、既に間違いなのだ。
確かに、身体能力制御も自己領域も、アレフは使えない。光速の99%に迫る超速度での移動も、運動能力や知覚能力の向上もアレフは出来ない。
それなのに、相対するアレフの強さは、騎士のそれに匹敵する。いや、場合によっては、上回る、と言っても過言ではなかろう。

 奇抜な戦い方をする訳ではない事は、イルだって解っている。
手にした刀、ホルスターにしまわれた銃状の装置。其処から考えられる、アレフ自身の戦闘スタイルは、イルも理解している。
理解しているのに、『其処からどう言う動きを繰り出してくるのか解らない』のだ。人の形をした生き物が、剣を持っている。
どうやって攻撃して来るかなど、解らない筈がないと言うのに、予測が出来ない。こんなタイプの存在は初めてだった。

 想像も出来ない程に経験して来た戦闘の場数、それによって培った戦闘経験。そして、それらによって磨いて来た武術の冴え。
それらを以って、頭の中の量子コンピューターであるところのI-ブレインの予測すらもクランチさせる。恐るべき、アレフの武練であった。

 身体から汗が噴き出て、イルのシャツを濡らして行く。杓の中の水を、背中にぶちまけられた様であった。
自分から先んじれば状況を打破出来る確率と、自分が後手に回れば状況を打破出来る確率。完璧に、五分。
過去、此処まで次の行動を選ぶのを躊躇った事などなかった。イルは痛みを恐れない。己の身体が傷付く事については問題がない。
それで救える何かがあるのなら。それで、拓ける道があるのなら。自分の身体など、幾らでも差し出す。
その事は、己の身体に刻まれた、無数の勇気と蛮勇の象徴が証明してくれる。そんな性情でなお、イルは次の行動を選ぶのに迷っていた。
無傷では済むまい。何かしらを失ってしまうだろう。それは果たして、身体の一部か、それとも命か? 
……その段になって、初めて気付いた。身体のパーツを失うのを気にしているのではない。命を失うのが怖いのではない。

 ――アレフと言う存在を相手に、一瞬とは言え戦う。その事実を、イルは恐れているのだ。

 そんな時間が二分程続いたある時だった。
I-ブレインが、アレフとイル間の距離が、十mと二十cmから、九mジャストにまで縮まった事を告げて来た。
いつの間にか、にじり寄っていたらしい。それすらも、認識出来なかったとは。恐るべき体重操作の腕前であった。
とはいえ、人為的な動きは兎も角、距離は、特殊な技術で相対的に歪められない限りは絶対のものである。
少なくともこの場に於いて、距離と言う概念を歪める技術は使われていない。必然、I-ブレインが告げた距離は真実のものとなる。
だが、何時の間に距離を詰めて来た――イルの頭が、今現在の彼我の距離を認識したその瞬間を狙って、アレフが、弾丸の如き速度で駆けて来た!!

 ――出来るッ――

 二人の距離を考えていたその瞬間を狙っての、吶喊。
恐らくアレフは、一足飛びに飛び掛かれる距離を修正する為ににじり寄ったのではないのだろう。
イルが、今現在の距離を頭で考える、その瞬間を狙ったに違いない。本当に油断を省いたI-ブレイン保有者から、並の人間が真正面から、
彼らにそうと悟られぬよう攻撃を仕掛ける事は事実上不可能に等しいと言っても過言ではない。それ程までに、脳の処理速度が違うのだ。
アレフ程の技量の持ち主が今仕掛けたような事をして、漸く小数点以下の確率で突破口が開けるか、と言う位の可能性である。
確かに上手いが、それだけ。アレフの移動する速度は、少なくとも、イルに見切れぬ速度ではあり得なかった。

 イルは腹を括った。先ずは相手に攻撃をさせ、その後カウンターを仕掛ける。
アレフに対してこれを行い、自分の脅威を知らしめさせ、戦いを続ける事について特にメリットも得る物もない、ただ互いに徒労に終わると言う事だけを知らせしめるつもりだった。

547The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:29:23 ID:qWajf0H60
 I-ブレインに頼るまでもなく、アレフが攻撃の間合いに到達した事を悟るイル。何が来る、と思った瞬間、イルは愕然とした表情を浮かべる。
奇妙にして、恐るべき現象だった。将門の刀は、確かに振るわれている。速度は音の七倍。破滅的な速度だ。
普通であれば、目ですら追えないし、I-ブレインが真っ先に警告を発する驚異的なスピードである。

 ――あるのに、I-ブレインが一向にアレフの攻撃を『脅威』として認識していない。攻撃とすら『感知』していないのだ。
故に、防御不能のアナウンスも、回避不能のアナウンスも告げない。いやそれどころか……当のイルの『理性や本能ですら、アレフの攻撃を攻撃と認識していない』のだ。
結局イルが、アレフが攻撃を放ったと認識したのは、将門の刀が、彼の手首に到達、その皮膚一枚に触れたその瞬間が初めての事であった。
つまり、刀がイルの肌に触れるまで、I-ブレインは勿論、イル当人ですらが、音の七倍以上の速度で迫るアレフの一撃を『自分の身体を損なう必殺の一撃』だと、思っていなかったのだ。

 ――シュレディンガーの猫は箱の中!!――

 すぐに、己の身体を幻影(イリュージョン)とする言葉を心の中で叫ぶ。
本来イルは能力をフルに用いれば、身体全体に透過の処理を施させ、あらゆる攻撃や現象をすり抜けさせる事が出来る。
つまり、その気になったイルの身体を害させる事は、不可能なのである。姿形は、誰の目から見ても明らかにその場所に存在する。
それなのに、誰もイルの身体に触れる事は出来ない。何故ならば能力を発動させたイルは、量子力学的に存在しないのと同じなのだから。
其処にいるのに、其処にいない。故にこそ、幻影(イリュージョン)。霧を撃ち殺せる狙撃手はない、水を斬り殺せる剣士はいない。例外は、己と同じく、量子を御せる術を持つ者だけだ。

 とは言え、戦闘の際に何時も自分の身体を量子化させる訳には行かない。常に量子化させると、荒垣に不必要な魔力消費を強いると言う事も勿論ある。
それ以上に、完全に身体を量子力学的に存在しない扱いにするという事は、『イルの方からの攻撃も相手を透過してしまう』のだ。つまり、ダメージを与えられない。
そんな幽霊のような相手と対峙した存在は、どんな手を取るか。『逃げる』のだ。攻撃が一切通用しない相手と戦い続けるのは、時間の無駄以上の意味がない。
逃げの一手。これはイルにとって取られて一番困る選択だ。しかし、相手にその選択肢を選ばせない方法が一つだけある。
それが、自分には攻撃が通用するぞと思わせる方法である。だからイルは、戦闘に陥ったら無暗に体全部を量子化させる事はしない。
身体の一部『のみ』を敢えて透過させるのだ。その一部とは即ち、血管や骨、内臓。破壊されれば甚大なダメージを負う器官のみを、ピンポイントで透過させるのだ。
こうする事で、相手に攻撃が通ったと思わせるのだ。無論実際には、ダメージは軽微なもの。何故ならば、表皮や筋肉しかダメージを負っていないからである。
実際には平気でイルは動ける。そうして相手が油断して、大技か、隙のある攻撃を放った所で、身体の大部分を量子化、すり抜けさせて致死の一撃を与える。
これが、イルと言う男の戦いの骨子であった。同じ魔法士をして、『気が狂っている』と言わせしめた程の、常軌を逸したイルの戦い方であり、彼なりの信念に基づいた戦い方だった。

 ――この信念を、イルは曲げた。
自身の身体全体を量子力学的に存在しないものとし、アレフの恐るべき剣閃をイルはすり抜けさせる。
アレフの攻撃が、振り抜かれる。まるで水を攻撃したように、するりと抜けて行くその感覚。アレフの眉がつりあがる。
憶えがあり過ぎる感覚だった。物理攻撃を無効化させる悪魔を斬ったような手応え。まさかこのサーヴァント……、そうアレフが考えた瞬間、イルが動いた。
量子化を解除させた後に、独特に人差し指と中指を曲げさせた拳を以って、将門の刀を握るアレフの右腕、その二頭筋の辺りに拳を放つ。
当たる瞬間に自身の手を透過させ、拳を握るのに必要な神経をそのまま外部に引っこ抜こう、と言う算段だ。イルの能力ならばそれが出来る。

548The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:30:10 ID:qWajf0H60
 但し、アレフはそれをさせない。
イルが真正面からの攻撃及びフェイントに、I-ブレインが齎す高速演算能力で対応出来るのと同じように。
I-ブレインの保持者ではあるが、元の身体能力が人間の域を出ないイルでは、数多の戦場を潜り抜けてアレフが磨いた、獣の反射神経を凌駕出来ない。
イルの攻撃よりも遥かに速い速度で、攻撃した側の腕を引き、その状態からイルの左肩目掛けて弾丸もかくやと言わんばかりの刺突を放つ。
やはり、イルのI-ブレインはこれを攻撃として認知してくれない。攻撃をアレフが放ったと認識したのは、先程と同様だ。
刀の剣先が、衣服を突き破り、皮膚一枚に触れたその瞬間。普通のサーヴァントであるのならば、このタイミングで攻撃されたと気付いてももう遅い。
肩が吹っ飛び、血肉を撒き散らせながら腕が地に落ちている事だろうが、イルは違う。埒外の思考速度を持った彼は、I-ブレインの思考演算速度を以って、
即座に己の身体全体を量子化させ、再び攻撃を素通りさせる。アレフの腕が、伸びきった。果たして、如何なる速度でこの救世主は攻撃を放ったのか?
イルの背中をすり抜けた将門の刀、その剣先から放たれた衝撃波が、イルの背後の鉄筋コンクリートの塀にすり鉢状のクレーターを刻み、其処から生じて行った亀裂が壁を崩落させてしまったではないか。どれだけの威力を乗せた、突きであったと言うのか。

「かなわんで、ほんま」

 言ってイルはそのままバックステップで、自身と重なった位置にある将門の刀から距離を取り、量子化を解除させる。
今の言葉は本心から出た台詞だった。とてもではないが、人間と戦っている気がしない。

「これ以上戦って得られるものある訳ちゃうやろ。互いに疲れるだけや、これ以上はやめとけ」

「互いに疲れる、じゃないだろ? 自分が疲れるから、本当は勘弁して欲しい。そんな風にしか聞こえないが」

「実を言うとそん通りやな。おたく、人間か? 戦ってて寒気しかせんわ」

 アレフの放った、攻撃を攻撃と認識させないあの攻撃を指して、そう言っているのだろう。しかし事実、アレフは人間なのである。
生前アレフが戦って来た敵の中には、攻撃など避けられない程の巨体を持ちながら、攻撃を放った側からすれば、命中したはずなのに傷一つ負わない悪魔が相当数いた。
これは、その悪魔が高次の実力を持った存在に特有の避け方だが、『攻撃していると言う過程を歪め、命中した筈なのに避けたのと同じ扱いにして無傷でやり過ごす』、
と言った物があるのだ。アレフも生前は、これにはかなり苦戦させられた。そんな戦い方をする内に、アレフは一つの技を見出した。
先程の対処方法は、悪魔が攻撃であるとそれを認識して初めて発動出来る。この発動を阻止する為には、相手の反射神経を凌駕した速度の一撃を行うか、
『攻撃と認識させない攻撃』を行うしかない。アレフは、この後者の技術を習得した。剣を振う。そのアクションは、誰の目から見ても攻撃の筈なのだ。
しかしアレフは、この『ダメージを与える手段であると認識させない技術体系』を会得した。
相手は、アレフが行動を終え、自分の身体が損なっている瞬間に初めて、アレフが攻撃したと言う事実を認識するのである。
イルは、この技術を宝具かスキルか、そうと認識したが実際には違う。終わるとも知れぬ戦いに身を投じ、それを勝ち抜き、死ぬ瞬間まで無敗を貫いてきた人界の救世主が、その戦いの過程で敵を斬り殺す為に会得した、神技の一つに過ぎなかったのである。

「で、どうするんよ。まだ戦うって言うんなら――」

「セイヴァー」

「解ったよ」

 湊の言葉を受けて、アレフは将門の刀を鞘にしまう。ホッと息をつきかけるイル。
如何やらアレフのマスターの方は、これ以上の戦闘をよしとしなかったようである。

「正直、そこまで悪そうな人に見えないから、僕としては戦いたくない」

「なんや、マスターの方が見る目あるやないか」

「人を見た目で判断しちゃ駄目だぞ、マスター」

 自身のマスターの軽率な判断を窘めるアレフ。

「……まぁ何にしても、そっちの邪魔したんは悪う思っとる。流石に見込みのある同盟相手を、こんな早くに失う訳にはいかんかったからな」

 一歩、イルは後ろに下がる。追う気配はアレフから感じられない。いや、一歩二歩、それどころか十m二十m。
この男から距離を離したとしても、一瞬で間合いまで詰められるか、予想だにしない攻撃手段で追撃されるだろう。今攻撃の構えを見せなくても、問題がない、と言った方がこの場合正しいのか。

549The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:30:37 ID:qWajf0H60

「次逢う時は、なるべく今みたいな構図で戦いたくないもんやな。ほな、マスターの御厚意に、甘えさせて貰うとするわ」

 そう言ってイルは、バックステップを大きく刻み、この場から立ち去ろうとする。
イルの背後にあるのは、鉄筋コンクリートの塀。普通であればぶつかるのだが、身体を量子化させているので、ぶつかる事無くすり抜ける。
これを何度も何度も繰り返し、物理的にはあり得ないショートカットを利用する事で、イルは、アレフと言う恐るべき存在の居る所から退散したのであった。

「見逃して良かったのかい?」

 アレフが、湊の方に向き直り訊ねる。

「今はまだ何とも言えないけど……僕は、その選択に後悔してない」

「……そうか。そう言えるのなら、良いと思うよ」

 イルが去った所に目線を送りながら、アレフは言った。
アレフの目から見ても、イルと言う銀髪のアサシンは、救いようがない程の悪人とは見えなかった。
ただその場の流れで、同盟相手を助ける為に、立ちはだかった。その程度なのだろう。

「ここはもう目立つ。場所を変えよう」

「あぁ」

 そう言うと、即座にアレフは霊体化。
湊は、近くで横転している自転車を引き起こさせ、ペダルを漕いで急いでこの場から離れて行く。
そしてそうしながら、念話でアレフと会話をする。

【ところでさ、何でセイヴァーは、あのセイバーと敵対してたの?】

【あの、独特な鎧……と言うか甲冑? あれを装備してた奴か】

【うん】

【セリュー・ユビキタスが操るバーサーカーをあと一歩で消滅させられたのに、邪魔されちゃってね。それで、味方だと思った訳だ】

 バーサーカー・バッターを追い詰めていたアレフは、構えていた将門の剣身に反射して映った、背後から迫る謎の飛来物を認識。
それに対応しようと、背後を振り向き、刀でその飛来物――手裏剣のような物を破壊したのだ。
そして、バッターらがアレフから逃走するのに、この短い時間は十分過ぎる猶予だった。
即座に脱兎の如く退散を始めたバッター達。そして、これを追跡するアレフ……と、この手裏剣を放ったと思しき、不思議な装束のサーヴァント。
そのサーヴァントが、建物と建物の屋根を跳躍しながら、凄まじい速度でバッター達を追いかけていたのをアレフは見たのである。
此処から、あの手裏剣を放って、自分達からバッターと言う獲物を横取りしようとし、剰えバッターに逃げる時間すら与えてしまったサーヴァントは、
忍者めいて屋根と屋根を跳ぶサーヴァントだとアレフは認識。敵か、それに近しいポジションだとアレフは考えたのである。

【前途多難だなぁ】

【全くだよ】

 自転車を漕ぎながら、人が集まりつつある、嘗て戦場であった場所から遠退いて行く湊達。
頭上を見ると、青い空の上に白い月が浮かんでいた。五日後に満月となる、昼天に浮かぶ白い月が。
この世界の満月は――自分達にとって何を齎すのだろうか。不幸か、幸運か。それとも……それ以上、なのか。




【市ヶ谷、河田町方面(香砂会邸宅跡周辺)/1日目 午後1:30】

【有里湊@PERSONA3】
[状態]健康、魔力消費(極小)、廃都物語(影響度:小)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]<新宿>某高校の制服
[道具]召喚器
[所持金]学生相応
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に帰る
1.可能なら戦闘は回避したいが、避けられないのなら、仕方がない
[備考]
・倒した魔将(ナムリス)経由で、アルケア帝国の情報の断片を知りました
・現在香砂会邸宅跡周辺から遠ざかっております。向かっている先は、次の書き手様にお任せします
・拠点は四谷・信濃町方面の一軒家です
・アサシン(イル)を認識しました
・ソニックブームと、セイバー(橘清音)の存在を認識しました
・番場真昼とバーサーカー(シャドウラビリス)の存在を認識しました


【セイヴァー(アレフ)@真・女神転生Ⅱ】
[状態]健康、魔力消費(極小)
[装備]遥か未来のサイバー装備、COMP(現在クラス制限により使用不可能)
[道具]将門の刀、ブラスターガン
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを元の世界に帰す
1.マスターの方針に従うが、敵は斬る
[備考]
・アサシン(イル)を認識しました
・ソニックブームと、セイバー(橘清音)の存在を認識しました
・番場真昼とバーサーカー(シャドウラビリス)の存在を認識。セリュー組の同盟相手だと考えています

550The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:30:50 ID:qWajf0H60
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「死ぬ思ったわ」

 電柱に背を預ける荒垣の所に戻るなり、イルはそう呟いた。
何処となく、荒垣にはイルが憔悴しきっているように見える。口にした言葉を本心から言っている事の証だ。

「お前の口からそんな言葉が出る何て珍しいな」

「命張る事なんざ一度二度ちゃうが……それでも、肝冷えた位にはヤバい相手やった。生きてた頃でも、あんな怪物と戦った事ないわ」

 仮に命と言う概念が商品棚に無数に陳列されていたとして、その全部を使い切るばかりか棚が無数にあっても足りない程の、
戦場と地獄を潜り抜けて来たイル。その彼をして、セイヴァーと呼ばれたあのサーヴァントは、別格の存在であった。
あれより優れた身体能力を持つ者も、あれよりも特異で凶悪な能力を持った者もそれこそ、遍く世界を探し回れば幾らでもいるだろう。
事実イルも、そう言った存在に覚えがある。生前の時点で、アレフよりも身体スペックや能力的に優れた相手とは拳を交えてもいる。
それでもなお、勝てる、と言う展望を抱かせないのである。それどころか、戦えば死ぬ、殺されると言う確信すら抱かせる。恐るべきまでの武練と技量を持つ男だった。
何を極めれば、何を潜り抜ければ。あの高みへと至れるのか、イルには皆目見当がつかない。

「まぁ、向こうが本気で俺の命を殺ろうとするつもりがなかったから、こうして五体満足で戻れたがな。そうじゃなかった、ホンマどう転ぶか解らんかったな」

 荒垣kから送られる目線は、いまだに信じられないような物が微かに籠っている。
イルをして、此処まで言わせしめる敵なのだ。この男が嘘を言ってるとは思わないが、それでも、やはり信じられないと言う思いの方が強い。

「取り敢えず、サーヴァントがそれだけ強いってのは、良い。予測出来た事だ」

 自分の引いたサーヴァントよりも、強いサーヴァントが跳梁跋扈している。
その事実は、恐るべきものではあるが、やっぱりそうなのだろうな、と言った域を出ない。
荒垣が言ったように、往々にして予測出来た事柄だからだ。ありとあらゆる世界の、あらゆる年代からピックアップされて召喚される存在。
それがサーヴァントであるのなら、イルより強いサーヴァントが召喚されている、と言う事実は多少は驚きこそすれど、愕然とするような物ではない。

「気になるのは、『俺と同じ能力を使うマスター』の事だ」

 これが、荒垣にとって一番気になる事実だった。
アレフが清音に対して攻撃を仕掛けようと言う局面で、イルが其処に割って入って来るほんの少し前まで、荒垣はイルと行動を共にしていた。
この時、清音に恩を売っておきたいと考えたイルが、その場所へと向かって行ったその際に、こんな念話が荒垣の所に届いたのである。

 ――なんやコイツ!! マスターと同じ能力を……――

 驚いたのはイルよりも荒垣だ。同じ能力……言うまでもなく、ペルソナ能力の事である。
仔細を訊ねようと念話を飛ばそうにも、既に念話の有効射程外だった為、内容が掠れてよく聞き取れず、誰がペルソナ使いだったのかと言う肝心の情報は不明瞭。
念話圏内に近付こうとイルが考えた時、丁度アレフが清音に攻撃を仕掛けようとしていた為に、イルと荒垣は再合流が遅れた。
結局このタイミングになって初めて荒垣は、同じ能力者の特徴を知る事が出来る、と言う訳だ。

「お前と同じ能力なのかは解らんで。ただ、マスターが以前見せた能力とそっくりって思っただけやし、ホンマに似たような能力なだけなのかも知れん」

「それでも良い。そいつの特徴が知りたい」

「青みがかった髪で、背丈はマスターよりも小さい。中肉中背って奴やな。顔立ちは結構整ってて、後、ペルソナ使う時はお前と同じで銃を――どうした」

 話している内に、荒垣の表情が険しくなって行ったのを、イルは見逃さなかった。

「覚えがある。て言うか、知り合いかも知れねぇ」

「そうか……」

 当初荒垣は、ペルソナ使いであると言うのなら、自分にペルソナの制御薬を渡していた、ストレガの連中であって欲しいと願っていた。
知人と戦うなど、荒垣とて御免蒙るからだ。その点、ストレガであるのならば、殺しこそしないが思う存分叩き伏せられる。聖者気取りのあの男であったおなら、猶更だ。

551The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:31:23 ID:qWajf0H60
 想定は、最悪の方向に裏切られた。
イルの話した特徴と合致するペルソナ使い。間違いなく、S.E.E.Sのリーダーである、有里湊であろう。
彼と過ごした時間は本当に短い間であったが、その期間だけでも、湊の強さは荒垣にもよく伝わった。
味方にすると頼もしい。だが、味方の際に頼もしいと言う事は、裏を返せば敵に回った時の厄介さが段違いである事にも等しい。
初めてタルタロスで共闘したその時点で、湊の強さは自分は勿論、長い期間ペルソナを駆使して戦っていた美鶴や真田をも最早上回っていた。
きっと、才能と言うものなのだろう。そして、その才能を磨き上げた結果でもあるのだろう。あの荒垣ですら一目置いていた程の、大人物。それが、有里湊と言うペルソナ使いなのだ。

「正直な所、敵対したくないってのが本音だ。俺よりも遥かに強いし、何より……良い奴だからな」

「その点については、まぁ、問題なさそうやな。俺が此処に無事に到着出来たんも、そのマスターが厚意を見せてくれたから、ってのが大きい」

「厚意……?」

「俺がな、良い奴っぽく見えたから余り戦いたくないんやと」

「……アイツらしいといえば、らしいのかもな……」

 苦笑いを浮かべるイルと荒垣。

「っちゅーても、この聖杯戦争。何が原因で振り子の落ち先が変わるかどうかは解らない。その良い奴が、何かを境に豹変して、お前と敵対するやも知れんが――」

「その点は、覚悟している」

 懐に隠した召喚器にそっと手を当て、荒垣は言った。
迷いも何もない言葉――と言いたい所ではあったが、微かなブレが、言葉尻にあるのをイルは見逃さなかった。
それについて咎める事は、イルもしない。身内と戦うと言う段になって、決意にブレが生じる。その事を、果たして誰が咎められると言うのだろうか。

 ――俺も、出来得るもんなら、今とは違う形で会いたいな……――

 腕を組み、清音達の到着を待ちながら、イルは空に目を走らせそう思った。
セイヴァーと称呼されるサーヴァント、アレフ。自分と同じく、誰かの手によりて、人間に本来想定されたものとは異なる形で産み落とされた、人造の仔。
昔日の時には、自分と同じように、大勢の普通の人間達が普通の生活を送る為の礎石に選ばれた、哀れな者達の事を強く思っていたイル。
嘗ては普通の人間に対して憤懣を抱いていた事もあったが、それも既に過去の話。だが、正しい形――つまり、母の胎から産まれると言う風ではなく、
遺伝学の高度な発展による遺伝子操作技術で生み出された者達への思いも薄れた、と言う訳ではない。
幼い頃に見た、シティに生きる人間の為の生贄に選ばれた子供達の事は、今でも忘れないし、忘れた事もない。

 要するにイルは、アレフに対してシンパシーを抱いていた。
当然、アレフが何時しか本気で自分と敵対すると言うのであれば、その共感を捨てる覚悟はイルにも出来ている。
その時には修羅となってアレフの懐に潜り込み、羅刹となりてその心臓を抉り取る。その腹積りに、イルは何時でもなれるのだ。
しかし、余り戦う事に乗り気はしないのも事実だ。アレフは強い上に、イルと言う存在がどのようにして産まれた者なのか、理解していた。
話し合える気がするし、共に戦えそうな気もする。恐ろしい男であったが、味方に引き入れられれば、心強い。
だから、次に会う時には、敵と味方と言う二項対立的な構図で、出会いたくない。あって話も、してみたい。

 夏の気温が、イルの身体に染みて行く。
夏の空とは、こんなにも高く、広く。渺茫としたものなのかとイルは幾度となく思う。
そして、この空の下で行わねばならない事が殺し合いだと言う事実が。イルにとっては、堪らなく腹ただしいのであった。

552The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:31:36 ID:qWajf0H60




【市ヶ谷、河田町方面(香砂会邸宅跡周辺)/1日目 午後1:30】

【荒垣真次郎@PERSONA3】
[状態]健康、魔力消費(小)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]召喚器、指定の学校制服
[道具]遠坂凛が遺した走り書き数枚
[所持金]孤児なので少ない
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を企む連中を叩きのめす。自分の命は度外視。
1.ひとまずは情報と同盟相手(できれば魔術師)を探したい。最悪は力づくで抑え込むことも視野に入れる。
2.遠坂凛、セリュー・ユビキタスを見つけたらぶちのめす。ただし凛の境遇には何か思うところもある。
3.襲ってくる連中には容赦しない。
4.人を怪物に変異させる何者かに強い嫌悪。見つけたらぶちのめす。
5.ロールに課せられた厄介事を終わらせて聖杯戦争に専念したい。
[備考]
・ある聖杯戦争の参加者の女(ジェナ・エンジェル)の手によるチューナー(ギュウキ)と交戦しました。
・遠坂邸近くの路地の一角及び飲食店一軒が破壊され、ギュウキの死骸が残されています。
・ソニックブーム&セイバー(橘清音)の主従と交渉を行い、同盟を結びました
・セリューが、バーサーカー(バッター)に意識誘導をされているのでは、と言う可能性を示唆されました
・バーサーカー(バッター)が喋れる事を認識しました


【アサシン(イリュージョンNo.17)@ウィザーズ・ブレイン】
[状態]健康、魔力消費(小)
[装備]
[道具]
[所持金]素寒貧
[思考・状況]
基本行動方針:荒垣の道中に付き合う。
0.日中の捜索を担当する。
1.敵意ある相手との戦闘を引き受ける。
[備考]
・遠坂邸の隠し部屋から走り書きを数枚拝借してきました。その他にも何か見てきてる可能性があります。詳細は後続の書き手に任せます。
・有里湊&セイヴァー(アレフ)の存在を認識しました。また湊が、荒垣の関係者であり、ペルソナ使いである事も理解しています
・番場真昼/真夜&バーサーカー(シャドウラビリス)の存在を認知しました

553The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:31:59 ID:qWajf0H60
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ――追われているな―― 

 セリューを抱え、逃走を続けるバッターがそう思う。
鰐頭の浄化者に備わる、霊的・概念的存在を感知する力は、凡百のサーヴァントを凌駕して余りある。
数百m離れた場所に存在するサーヴァントを、一方的に感知出来る程そのアンテナの精度は高い。
だからこそ、解る。明らかに自分達を追跡している、二名の存在をだ。

 一人は、サーヴァントであった。
疾風の如き速度で此方を追って来ている。家屋と言う障害物を無視しているかのような移動速度。屋根から屋根を跳躍して移動しているのだろう。
姿はまだ目の当たりにしていないが、大変な奴である事は解る。戦って勝利を拾えるかどうかは、解らない。

 もう一方は、間違いなく人間であった。
厳密に言えば、一人の人間に、別の何かの『魂(ソウル)』を融合させた存在。
恐らくこの存在こそが、自分を追うサーヴァントのマスターである可能性が高いとバッターは睨んでいた。
そして、そのマスターが誰なのかも理解している。人が人を識別するのに、姿形や声、思想と言う個性を利用するのは周知の事実だが、
バッターはそれらに加えて、人の身体に内奥されている魂の個性を識別する事が出来る。そして、この魂は外見的な情報と違って誤魔化しようがなく、如何なる詐術を用いても不変である事が定められている。

 その、最早雪ぐ事すら不可能な程に汚れきった魂の持ち主。その名は『ソニックブーム』。
衝撃波の名を冠する戦士。出し難い技術によって穢れた魂と融合を果たした、忌むべき存在。
バッターからすれば、英霊や亡霊よりも唾棄すべき男だった。生者の国の人間でありながら、冥府の領分であるところの魂と融合し、不必要なまでの力を得た人間。
初めて出会った時はセリューの手前、浄化を行うのに手順を踏んだが、そうでなければ、そのような面倒な手順など経ず、側頭部目掛けてバットをスウィングしていた程には、吐き気を催す存在であった。

 ソニックブームも、彼が従えるサーヴァントに負けず劣らずの速度で此方を追い掛けている。
恐ろしい事実であった。サーヴァント並に動けるマスターの存在……危惧していなかった訳ではないが、そんな存在、机上の空論に過ぎぬと何処かで思っていた。
しかし、斯様な存在は実在するのである。ソニックブームの強さ、それを体現させている理論を思えば、これは不思議な事ではない。
ないが、ここまでの強さである事は想定外だ。セリューとソニックブームをぶつけた場合、間違いなくセリューは一方的な嬲り殺しにあってしまう。断じて、追い詰められる訳には行かなかった。

 ――足手まといめ――

 実を言えば、エプシロンの補助技術を用いて自身の身体能力を高めれば、ソニックブームや彼の従えるセイバー、橘清音を振り切る事は出来る。
出来るが、今はそれをしていない。アレフ達の所から退却してから、バッターがやった処置と言えば、抱えたまま走っているセリューに刻まれた、弾痕を癒しただけ。
既にアレフからは逃げ切っていると言うのに、何故自身のマスターの傷の手当のみしか行っていないのか。答えは、単純明快。バッターの背を追いかける、機械のバーサーカーが原因だった。

「……ッ」

 シャドウラビリス。そのような名前であると言う。名前の由来は如何でも良い。
確かなのは、今この状況において確実に、このサーヴァントは枷以外の何物でもないと言う事実であった。
敏捷のステータス自体は、それ程差がない。ないが、シャドウラビリスの方はアレフから受けた手傷の方を、回復し切れていない。
一方バッターの方は、保守の技術によって負わされたダメージの方は治癒出来ている状態だ。傷の治り具合に差がある以上、シャドウラビリスの方が後手に回るのは、当然の理屈であった。

554The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:32:11 ID:qWajf0H60
 痛みを堪えながら、バッターの後を追うシャドウラビリスにフラストレーションを溜めながら、移動を続けていたその時。
数十m以上離れた所でバッターらを追う清音に、攻性の魔力が収束して行く感覚をバッターが捉えた。
この距離と、建物の密集度合から言って、あのサーヴァントの方から自分達は見えない筈だとバッターは正確に判断。
だが、相手はサーヴァント。遮蔽物越しからでも、此方を視認、或いは認識出来る術を持っていたとて、何らおかしくはない。
そして、此方を迎え撃つ為の一撃が今、見えぬ所にいる戦士から放たれた。

 それは高速で、明白に、バッター達の方角に向かって放たれていた。
立ち並ぶ家屋、電信柱に電線。それら障害物を、人が目に見える物を避けて移動する様に器用にかわして行く。
蒼白く独りでに光るそれは、掠れば肉が抉られるような鋭さのギザギザを携えている、菱形の手裏剣であった。
初めてソニックブームと出会った時に、対応した攻撃だとバッターは直に思い出す。勿論、どんな攻撃かも承知していた。

 飛来するそれ目掛けて、アルファのアドオンで迎撃。
清音の放った手裏剣、『無限刀 嵐』とアドオンが衝突、一方的にバッターのアルファが嵐を粉砕する。
それも当然だ。宝具としてのランクもそうであるが、ただの必殺技の延長線上に過ぎない手裏剣上の斬撃に過ぎない嵐が、
確かな形を持つ上に神秘としての強度も高いアルファに、掠り傷を負わせる事も出来ない。自然な事であった。

 バッターの知覚範囲内で、狙撃、不意打ちの類は無意味に等しい。
圏境の域に達する気配遮断能力を得たとて、それがサーヴァントと言う霊的性質を秘めた者であるのなら。バッターはこれを感知する事が出来る。
気配を消したとて、其処に存在すると言う事実までは決して歪められないからだ。故に、霊性を知覚する能力に恐ろしく長けたバッターからは、逃れられない。
姿を認識させない事が肝要な不意打ちや狙撃であるのなら、アサシンクラスとしての性質を持ったサーヴァントにとって、バッターは天敵にも等しい存在であった。

 だが、清音としても、バッターが攻撃に対応する事は織り込み済みであったらしい。
一発程度の攻撃では、全くバッターに王手を掛けるのは不足。であるのなら、攻撃を連発すれば良いのだ。
無限刀 嵐は、特殊な斬撃が宝具となった物に過ぎない、いわば技術が宝具となった物である。必然、その燃費は頗る良い。
清音は勿論、ソニックブームにも負担は最小限だ。このメリットを活かして、清音は菱形の斬撃を無数に、バッターら目掛けて飛来させる。
回転しながら迫るそれを、バットで弾いたり、オメガの空間歪曲で消滅させたり、アドオン自体を体当たりさせて破壊したりと、次々迎撃。

 ――その時に発生した衝撃で、シャドウラビリスがよろめいた。
彼女の体勢上、不可避の減速。此処でバッターは、シャドウラビリスを切り捨てる算段に打って出た。
アルファの力を発動させ、衝撃波を彼女目掛けて放つ。「ッァガ……!?」、何が起こったのか理解出来ないような、シャドウラビリスの苦鳴。
そのまま何mも、バッターの移動ルートとは逆方向に吹っ飛ばされた彼女は、そのまま地面に倒れ込んだ。
異変を察知したセリューが後ろを振り返る。俯せに倒れたシャドウラビリスと、仰向けに、ラビリスから離れた所でグッタリしている真昼。
それを見て、ハッとした表情をセリューは浮かべた。

「番場さん!!」

「非情になれ、セリュー」

「でも!!」

「綺麗事のみで、正義の道は舗装されていない。そして、無慈悲と非情は、悪ではない」

 バッターの鰐頭と、背後のシャドウラビリス達の方に、悲愴な目線を交互させるセリュー。
どうすれば良いのか? 此処で自分がなすべき事とは? 生まれて初めてのジレンマに、正義の遵奉者は陥っていた。
真昼を助けに行けば、自分やバッターが危ない。このまま逃げ切れば、真昼の命がない。
悩んだまま、どんどんバッターとシャドウラビリスの距離が離れて行く。眦に涙を浮かべて、真昼の方に悲しげな目線をセリューは送り続ける。

「無言は、俺の意見を採ったと解釈する」

 そしてそのままバッターは、自身にエプシロンによる補助を適応させ、自身の敏捷性を強化。
この状態で強く地を蹴るバッター。蹴った所が陥没する程の速度での踏込で、先程までの移動速度にプラス時速一二八㎞を得た。
疾風など目ではないスピードを得たバッターは、とうとう清音達からすらも逃げ切った。かくのごとく、バッターらは<新宿>に来てからの初めての命の危機から退却したのであった。

555The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:32:55 ID:qWajf0H60




【市ヶ谷、河田町方面/1日目 午後1:30】


【セリュー・ユビキタス@アカメが斬る!】
[状態]肉体的損傷(中)、魔力消費(中)、番場真昼を失った事から来る哀しみ
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]この世界の価値観にあった服装(警備隊時代の服は別にしまってある)
[道具]トンファーガン、体内に仕込まれた銃、免許証×20、やくざの匕首、携帯電話、ピティ・フレデリカが適当に作った地図、メフィスト病院の贈答品(煎餅)
[所持金]素寒貧
[思考・状況]
基本行動方針:悪は死ね
1.正義を成す
2.悪は死ね
3.バッターに従う
4.番場さんを痛めつけた主従……悪ですね間違いない!!
5.メフィスト病院……これも悪ですね!!
6.番場さん……後で絶対助けます!!
[備考]
・遠坂凛を許し難い悪だと認識しました
・ソニックブームを殺さなければならないと認識しましたが、有里湊から助けてくれたと誤認したせいで、決意に揺らぎが生じています
・女アサシン(ピティ・フレデリカ)の姿形を認識しました
・主催者を悪だと認識しました
・自分達に討伐令が下されたのは理不尽だと憤っています
・バッターの理想に強い同調を示しております
・病院施設に逗留中と自称する謎の男性から、<新宿>の裏情報などを得ています
・西大久保二丁目の路地裏の一角に悪魔化が解除された少年(トウコツ)の死体が放置されています
・上記周辺に、戦闘による騒音が発生しました
・メフィスト病院周辺の薬局が浄化され、倒壊しました
・番場真昼/真野と同盟を組みましたが、事実上同盟が破棄されました
・有里湊&セイヴァー(アレフ)の存在を認知。またどちらも、悪だと認識しました


【バーサーカー(バッター)@OFF】
[状態]肉体的損傷(大だが、現在回復進行中)、魔力消費(中)
[装備]野球帽、野球のユニフォーム
[道具]
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:世界の浄化
1.主催者の抹殺
2.立ちはだかる者には浄化を
[備考]
・主催者は絶対に殺すと意気込んでいます
・セリューを逮捕しようとした警察を相当数殺害したようです
・新宿に魔物をバラまいているサーヴァントとマスターがいると認識しています
・自身の対霊・概念スキルでも感知できない存在がいると知りました
・女アサシン(ピティ・フレデリカ)を嫌悪しています
・『メフィスト病院』内でサーヴァントが召喚された事実を確認しました
・有里湊&セイヴァー(アレフ)の存在を認識しました
・番場真昼/真夜&バーサーカー(シャドウラビリス)を見捨てました
・…………………………………………

※現在、香砂会邸宅跡地から距離を離しています。何処に移動するかは、後続の書き手様にお任せ致します

556The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:33:20 ID:qWajf0H60
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「マジかあのバケワニ!! 同盟者を見捨てやがったぜ!!」

 結局、バッターがシャドウラビリス達を切り捨てたと知らなかったのは、セリューだけだった。
ソニックブーム及び、彼の視界を通じて『むげんまあいのNOTE』でその一部始終を見ていた清音ですら、バッターが行った行動と、その意図を見抜いていた。
セリューが見ていない隙を狙ってバッターがそんな行動に出たから仕方がないとは言え、ソニックブームは、ある種の哀れさをセリューに感じていた。
あの少女は、バッターと言うサーヴァントが心の奥に宿す狂気を認識出来ていないのだ。恐ろしく利己的で、自己中心的なサーヴァント。それがバッターだ。
その本性を、マスターである彼女だけが知らない。これ程、哀しいピエロな話もない。セリューだけが除け者、バッターが演じるキャラクターに踊らされる道化なのだ。

「……俺達から逃げ切る為に、足の遅い同盟者を見捨てる。非情ではありますが、合理的な判断であるとは思います」

「……ホウ。セイバー=サンの口からそんな冷徹な言葉が出て来るとはな」

 茶化した様子もなく、見直した風な口で、ソニックブームをは清音の顔を見た。

「ですが、それと、裏切って同盟相手に不意打ちを仕掛ける事は別です。俺の目にあの足きりは、悪以外の何物にも映りませんでした」

 結局そう言う結論に、落ち着くらしい。
「折角が男としての箔がついたって思ったのによ」、と零すソニックブームに、眉を顰める清音。

「んで……結局この嬢ちゃんは、誰なんだろうな?」

 言ってソニックブームは、足元に転がる、嘗てのセリューの同盟相手……番場真昼の方に目線を向ける。
Gスーツを纏った清音、そしてそれを御すニンジャは、シャドウラビリスと真昼の両名から一mも離れていない所にまで近づいていた。

「順当に考えれば、セリューに騙されたか、脅された、哀れなマスター……何でしょうが」

「俺もそう思う」

 言ってソニックブームが、湊に折られなかった左手で、真昼の着る制服の襟を引っ掴む。
それを見てシャドウラビリスが、凶暴な表情を浮かべながら、ノライヌめいた唸りを上げるが、流石にこの男は肝が大きい。
サーヴァントに威圧されたとて、まるで臆した様子を見せはしない。と言うよりも、このサーヴァントは何故――

「動けねぇのか、コイツ?」

 ソニックブームの疑問は其処だった。
バッターの放った攻撃の影響で、身体の何処かに著しい損傷を負い、動けないと言うのであれば話は解る。
だが今のシャドウラビリスにはそれらしい外傷はない。それなのにこの復帰の遅さは、疑問を抱かざるを得ない。余程、自分達が見つけるまでに体力を消費し過ぎたのだろうか。

 ソニックブーム達は知る由もないだろうが、バッターが従えるαのアドオン球がシャドウラビリスに向かって放った衝撃波には、
直撃した相手を麻痺させる追加効果があったのだ。その効果が今、シャドウラビリスに対して最大限発動している状態だ。だからこそ、今彼女は動けないでいる。
バッターがそんな事をした理由は一つ。シャドウラビリスがバッター達に追いつけないようにする為であった。

「どうしましょうか、彼女達……」

 清音の言葉からは、このまま捨て置けない、と言う念がありありと伝わってくる。
これは、ソニックブームでなくとも難を示すであろう。このまま見捨てる、と言う選択肢を選ぶ主従の方が、もしかしたら多いかも知れない。
余程道に外れた提案でなければ、受け入れよう。清音はそう考えていたのであるが……。

「利用されるだけされて、ってのは可哀相だからな。何とか立て直しの道位は示してやりてぇよな」

 意外にも、ソニックブームから出た言葉には、救済措置を設けてやろう、と言う旨が明白に存在した。驚きの表情を、Gスーツのマスク越しに浮かべる清音。

557The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:34:05 ID:qWajf0H60

「そう怖い顔するなよ、バーサーカー=サン。心配するな、お前のマスターは俺が責任もって保護してやるからよ」

 と、蹲って此方を睨みつけるシャドウラビリスを諭すソニックブーム。猫なで声であった。
……勿論、ソニックブームの言葉を、清音は額面通りに受け取っていなかった。確実に、何か疚しい目的があるから、保護するのだろう。そう清音は考えていた。

 清音が向ける、疑惑の目線に気付くソニックブーム。当然ソニックブームは、無償の善意で真昼を保護したのではない。
既にソニックブームは気付いていた。――真昼の身体の何処を探しても、令呪らしいものがない事に。
令呪の存在しないバーサーカー。これ程恐ろしい話はない。手綱の存在しない暴れ馬など、今のソニックブームには穀潰しも良い所であった。
同盟相手としては、論外を極る。肉の盾か、鉄砲玉。それ以外の使い方を、今のソニックブームは思い浮かべていない。
何なら、折見て荒垣の主従にぶつけると言う事も、アリである。自分に火の粉が降りかからないように、真昼達をどのように扱うか?
そのシミュレートは、ソニックブームの頭の中で、冷徹に組み上がっているのであった。




【市ヶ谷、河田町方面/1日目 午後1:30】

【ソニックブーム@ニンジャスレイヤー】
[状態]右腕骨折
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]ニンジャ装束
[道具]餞別の茶封筒、警察手帳
[所持金]ちょっと貧乏、そのうち退職金が入る
[思考・状況]
基本行動方針:戦いを楽しむ
1.願いを探す
2.セリューを利用して戦いを楽しめる時を待つ
3.セイバー=サンと合流
[備考]
・フマトニ時代に勤めていた会社を退職し、拠点も移しました(新しい拠点の位置は他の書き手氏にお任せします)。
・セリュー・ユビキタスとバッターを認識し、現住所を把握しました。
・セリューの事を、バッターに意識誘導されている哀れな被害者だと誤認しています
・新宿に魔物をバラまいているサーヴァントとマスターがいると認識しています。
・荒垣&アサシン(イル)の主従と、協力関係を結びました
・有里湊&セイヴァー(アレフ)の存在を認識しました
・悪魔(ノヅチ)の屍骸を処理しました
・古い拠点は歌舞伎町方面にあります
・気絶している真昼/真夜を抱えた状態です


【橘清音@ガッチャマンクラウズ】
[状態]健康、霊体化、変身中
[装備]ガッチャ装束
[道具]
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯にマスターの願いを届ける
1.自分も納得できるようなマスターの願いを共に探す
2.セリュー・バッターを危険視
3.他人を害する者を許さない
[備考]
・有里湊&セイヴァー(アレフ)の存在を認識しました


【番場真昼/真夜@悪魔のリドル】
[状態]肉体的損傷(小)、気絶
[令呪]残り零画
[契約者の鍵]無
[装備]学校の制服
[道具]聖遺物(煎餅)
[所持金]学生相応のそれ
[思考・状況]
基本行動方針:真昼の幸せを守る。
1.<新宿>からの脱出
[備考]
・ウェザー・リポートがセイバー(シャドームーン)のマスターであると認識しました
・本戦開始の告知を聞いていませんが、セリューたちが討伐令下にあることは知りました
・拠点は歌舞伎町・戸山方面住宅街。昼間は真昼の人格が周辺の高校に通っています
・セリュー&バーサーカー(バッター)の主従と同盟を結びましたが、これを破棄されました


【シャドウラビリス@ペルソナ4 ジ・アルティメット イン マヨナカアリーナ】
[状態]肉体的損傷(中)、魔力消費(小)、
令呪による命令【真昼を守れ】【真昼を危険に近づけるな】【回復のみに専念せよ】(回復が終了した為事実上消滅)
[装備]スラッシュアックス
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:全参加者及び<新宿>全住人の破壊
1.全てを破壊し、本物になる
[備考]
・セイバー(シャドームーン)と交戦。ウェザーをマスターと認識しました。
・メフィストが何者なのかは、未だに推測出来ていません。
・理性を獲得し無駄な暴走は控えるようになりましたが、元から破壊願望が強い為根本的な行動は改めません。
・バッターが装備させていたアドオン球体を引き剥がされました

558The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:34:27 ID:qWajf0H60
投下を終了します

559 ◆zzpohGTsas:2018/03/05(月) 03:21:18 ID:4.7Hg7Rc0
ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)
塞&アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)
マーガレット&アサシン(浪蘭幻十)
英純恋子&アサシン(レイン・ポゥ)
遠坂凛&バーサーカー(黒贄礼太郎)
アイギス&サーチャー(秋せつら)
北上&魔人(アレックス)
黒のアーチャー(魔王パム)
予約します

560名無しさん:2018/03/05(月) 03:50:39 ID:R5ZrxEgg0
遂にせっちゃんと幻ちゃんが再開するのか

561名無しさん:2018/03/05(月) 17:31:32 ID:6EI3AiLQ0
投下乙です

番場ペアが不遇すぎてもう草しか生えない。
バッターにイルと涼しい顔で連戦をこなすアレフの怪物っぷりが良く分かる

562名無しさん:2018/03/08(木) 18:18:08 ID:Rk0m/pok0
投下乙
派手さが無い代わりに隙もないアレフの恐ろしさよ

563 ◆zzpohGTsas:2018/04/14(土) 23:59:07 ID:T1ESMQgE0
投下します

564第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/14(土) 23:59:47 ID:T1ESMQgE0
 ――絵画館。
地域の特定なしに、その名前が何処の美術館を指しているのか? と問えば、十人十色の答えが出よう。
地元の美術館を答える者もいれば、常識のレベルで知って居るべき美術館の名前を答える者も、いるであろう。
だが、この<新宿>に於いて、美術館と問われれば、その名前さえ知っているのであれば、誰もが聖徳記念絵画館と答えるであろう。

 <魔震>と言う現象が、神代も過ぎ去り神秘も失せ、神も悪魔も遠くに行ってしまった現代に於いて、何故神秘の彩を纏って語られるのか。
<新宿>のみを特定して襲ったと言う事も勿論ある。他区と他区との境界線をなぞるように刻まれた亀裂だって、ミステリーの対象である。
だがそれらと同じ位置にまで並び立つ謎が、建物の破壊の度合いが、建造物によって違うと言う所である。
<魔震>前の新宿区の中では最も堅牢な構造を誇っていた筈の市ヶ谷駐屯地ですら、半崩壊に等しいレベルの損害を負ったにも関わらず、
この聖徳記念絵画館は、建物の外部に大小の亀裂が走った程度の軽微な損害で済んでいたのだ。
被害の程度が建物の構造的に小さいと言った事態は何もこの絵画館に限った話ではなく、<魔震>直後の新宿ではよくあった話である。
耐震構造がシッカリとしていた隣の一軒家は瓦礫の堆積になってしまっていたにもかかわらず、隣の築四十年のぼろアパートがほぼ無傷、
と言ったケースもあった程。この伝説は今でも語り継がれ、あの<魔震>にあって壊れなかった建物のあった土地は、パワースポット扱いされており、
その土地に建てられたアパートやマンションに住む事が出来ればそのパワーを住民も与る事が出来、幸運が約束されるとまことしやかに囁かれている程だった。

 そんな話が今も流れているせいか、聖徳記念絵画館は、お堅い展示物を主に目玉にしているのに反して客足が絶えない。
明治天皇の聖徳、つまり生前の様々な事績を描いた絵画を多数展示されている事から、聖徳記念絵画館。
堅い施設だ。少なくとも、今時の若人の人気となる所ではない。しかし絵画館の維持・運営を担当する明治神宮の上部も、
使える要素は使うと決めているらしい。このパワースポットであると言う噂を上手く扱った商品や展示を新しく産みだし、
<魔震>以前の収益を大きく超える程の黒字をここ数年叩き出している所からも、運営の辣腕さが窺い知れると言うものだった。

 平日であっても客足が多いこの施設にはしかし、現在人が全く見えない。
開館時間よりも大分前の、早朝の時間よりも人の気配を感じない。それも、当たり前の事であった。
今日の午後二時に起こった、<新宿>どころか世界中を震撼させた、新国立競技場での一大事件。
競技場内での大量虐殺もそうであるが、其処から迸った黄金光によって爆発的に跳ね上がった被害者数、そして、事件の舞台となった競技場その物の消失。
息を吐く間もなく、目まぐるしく事態が展開されてゆき、何が起こったのかを把握するよりも早く、全てが一切合財消えてなくなってしまった。
それはまるで、史書をパラパラと流し読みさせて行くかの如くに似ていた。

 足を運ぶ客もなく、聖徳記念絵画館及び、その周辺施設には現在、其処に勤務するスタッフ位しか今はいない。
元々此処を警備する為に存在した警察官達も現在、余りにも人手が足りないと言う事で、新国立競技場の捜査要請を受けそっちに向かってしまっている。
喧騒とサイレン音から取り残されたように、その地帯だけぽつねんとして静かなのは、そう言った事情があるからだった。

 そして、そう言う事情があるからこそ、隠れるには打って付けであった。

565第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:00:03 ID:qUjZ2eFg0
「……」

 遠坂凛にとってそれは、遅めの昼食だった。
場所は、絵画館から近い所にある、某球団のホームグラウンドであるところの神宮球場。
その、球場の外周に設置された観客向けのスタジアム売店の壁に寄りかかりながら、所謂球場飯と呼ばれる物を凛は口にしていた。
食べているものは、一個八九〇円の、シューマイ弁当。味の方は、まぁ悪くない。例え冷凍した物をレンジで解凍し、盛りつけただけのそれだとしても、
それまで口にしていたカップラーメンとか塩水に比べれば余程人間味のある味だった。栄養を摂取し、胃の中を質量のあるものが満たして行くと言う感覚だけでも、今の凛には有り難かった。

 勿論、対外的には国際的な指名手配犯同然の遠坂凛が、売り子に気付かれずに弁当を購入出来る筈がない。
今は、新国立競技場にいたアイドルの誰かの制服を着て変装しているとは言え、顔自体は依然として遠坂凛のままである。気付かれる可能性の方が高い。
まともに物品を購入しようとすれば、その時点でアウト。故に、購入の際には魔術による簡易的な催眠を用い、此方と気付かれない処置を取った。
これを用いれば、本来なら料金の支払い無しで商品を受けとる事も可能ではあったが、それだけは、最後に残ったプライドが許さなかった。
なけなしの所持金を叩いて、噛みしめるように。彼女はシューマイや白米を何度も噛んでいた。下手をすればこれが、最後の食事になりかねない。空腹感は、この場において殺しておきたかった。

【ははぁ、美味しそうですなぁ凛さん。私、シューマイ何て食べた回数が片手で数えられる位しかないんですよ】

【あげないから】

 シューマイを頬張りながら、霊体化した黒贄の言葉に対してそう返す。
残念そうな雰囲気が、回路を通じて伝わってくる。シューマイを一口、と言い出しそうな雰囲気を事前に出していれば、即答したくもなる。と言うよりサーヴァントに食事の必要性はない。

 <新宿>において、ブランクの地帯が出来る事は先ずあり得ない。
それはそうだ。如何に亀裂によって他区と隔絶された場所とは言え、此処は東京都の真ん中、都心も都心なのである。
経済規模も、流通するモノやカネの量も、日本全国は愚かアジア全土を見渡してもトップクラスである。この規模の都市で、人が全くいない地域の存在は、絶無に近い。
況して今凛がいる場所は、夕方に差し掛かった頃合いの球場である。もうすぐ試合も始まる時間。人がいない筈がない。
それなのに現在、閑古鳥が鳴いていると言うレベルではない程、この球場に人がいないのは即ち、すぐ近くの新国立競技場で起こった大事件のせいに他ならない。
あの事件には凛……と言うより、彼女の従えるバーサーカーであるところの、黒贄礼太郎が一枚大きく噛んでいる。事情は解る。
あんな事件が起きてしまえば、この人通りの少なさも納得と言うものだった。球場及び、絵画館側としては堪った物ではなかろうが、凛としては有り難い。
簡単に身を潜めさせられるのだから。今は、無為な戦いをするフェーズではない。サーヴァントの数が減りつつあるのを、静観する時期であった。

「――失礼するよ」

 神の振う賽子は、何処までも、遠坂凛に対して安息の時間は約束してくれないようであった。静観すると決めていても、状況がそれを許さないのである。
香の物を一緒に箸で挟んだ白米を口元に持って行きながら、ジロリと凛は、自身の眼前に聳え立つように現れた大男を見上げだす。
果たして其処には、黒贄のそれとは似ても似つかない程キチンとした黒礼服を身に纏う、アングロサクソン系の男が立っているではないか。

【あ、凛さん。サーヴァントの気配ですよ】

 本当にこの男は、と呆れる他ない。
黒贄が今更ながらに、凛にサーヴァントの気配の事を報告して来た。そんな物、聞かれるまでもなかった。
黒髪のアングロサクソン……ジョナサン・ジョースターの背後数mに、高次の霊的存在――即ちサーヴァントと思しき存在が、指先を此方に向けて構えているのが見えない、凛ではなかった。

566第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:00:24 ID:qUjZ2eFg0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 【黒贄、霊体化を解除しなさい】、そう凛が命令する頃には、シューマイ弁当はメインであるシューマイを二つ残す所の段階であった。
凛の指令を受け、黒贄は霊体化を解除。多くのサーヴァントに、恐るべき殺人鬼として認識されているその姿を露にさせる。
殺気が強まる。「おや」、と口にするのは黒贄である。ジョナサンと、ジョニィ。どちらも並外れた量の殺意を醸し出している。
だが、殺人鬼としての殺意ではない。どちらかと言えば二名の放つ殺意は、殺人鬼の物と言うよりは、殺し屋の物と見て間違いない。
特に、ジョニィの場合が顕著だ。黒贄ですら瞠目する程の量の殺意でありながら、その殺意の純粋(ピュア)さたるや、どうだ。
確実に凛と黒贄を葬ると言う気概に、限界値まで達している程の殺意だ。殺人鬼共の王は、ジョニィの放つそんな殺意に、漆黒のプラズマを見た。
マスターである筈のジョナサンの体格よりも小柄なその身体を押し包む、スパークを迸らせる黒曜石の色の火花を。

「こうして、実際に姿を見るのは初めてだな」

 ジョナサンの言葉に、誰も反応を示さない。
聖杯戦争が開催されてから、半日以上経過した現在であっても、黒贄礼太郎の姿を実際目の当たりにした主従は、そう多くはないであろう。 
大半が、うるさい位にテレビやSNSで拡散されている、あの有名な『衝撃映像』の中でしか見れていないに相違あるまい。

 実際にその姿を見る事と、映像資料でその姿を見るのとでは、全く違う。その姿を見た瞬間、ジョナサンは身の毛がよだつような恐怖を感じた。
体格は、自分と同じ程。ジョナサンも黒贄も、現代の価値観から言えば大柄、人によっては巨漢と見られてもおかしくない程、恵まれた身体つきをしていた。
どちらも共に身体つきはガッシリとしており、だからこそ礼服が良く似合う。二人は共に、アイロンをかけてるか否かとか、略礼服か否かと言う違いこそあれど、同じ色合いをした礼服を身に纏っていた。

 違うのは――その目だ。
ジョナサンの目は如何だ。とても感情的で、直情的。そして、人間的な目をしている。
それは即ち、極めて生命的な目であると同時に、人として当たり前の目だと言う事だ。非道に怒り、悲惨な出来事に哀しみ、目出度き事には喜びを湛える。
とても人間的な事であり、しかし、人間及びそれに準ずる知的生命体にしか確かに出来ない事が、当たり前のように出来る。そんな瞳をジョナサンは持っている。
黒贄の目は、違う。感情が、余りにもなさ過ぎる。製氷皿で作られた氷の粒をはめ込んだ方が、まだ温かみがあると感じるであろう程、温もりがない。
凍土で固まった、泥のような瞳だった。濁ったガラスの球のような瞳であった。宇宙の昏黒を丸めて眼球の形にした様な、怖い目であった。
この目を見続けていれば、気が触れる。そう思わせるに足る程の、負の威力を黒贄の瞳は有していた。表情は薄い微笑みであると言うのに、瞳の方には一切の感情が宿らないと言う点も、その威力に拍車をかけていた。

「……どちら様?」

 咀嚼する白米を呑み込み終えてから、凛が訊ねた。

「遠坂凛、で間違いないかな?」

「契約者の鍵を見る余裕もなかった程、慌てんぼうなのかしら? よく今まで生きて来れたわね」

 見れば解るだろ、と暗に言う凛。勿論、ジョナサンは馬鹿ではない。
服装こそテレビで流れている凛の服装とは違うが、顔を見れば一目で遠坂凛だと理解出来る。
だが、心なしか……テレビで流れた中学時代の卒業アルバムの写真等の参考映像のものとは違い、顔付きがややスれている。
きっと黒贄の大立ち回りや、聖杯戦争開始からの半日で、さぞ多大なストレスと気苦労を背負い込んだのであろう。尤もそれは、自業自得と言うものなのだが。

567第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:00:41 ID:qUjZ2eFg0
「其方の名前を一方的に知っていると言うのはフェアじゃあないが、生憎戦いの渦中だ。僕の名を明かせない非礼を許して欲しい」

 オブラートに包んだ非常に丁寧な言い方で、遠回しに『お前に明かす名などない』と言う旨をジョナサンは告げる。
清々しい程に、自分と貴方とでは相いれないと言う事が伝わってくる。だが、それで良いと凛は思う。
元より聖杯戦争は、サーヴァントの真名は勿論の事、マスターの名前が知れ渡る事だって後の禍根に繋がりかねないのだ。
戦の理から考えて、マスター自身の名を秘匿するべきと言うのは、極めて理に適っている。ジョナサンの態度を、非礼とは凛は思っていない。寧ろ常識的な判断だと思っている程だった。

「貴方は、死ぬわね」

 ジョナサンを瞳だけで見上げながら、凛が言った。
その瞳にジョナサンは、凛の様々な感情を感じ取った。虚無、鬱屈、卑屈、そして……怒りと羨望。

「アーチャーのサーヴァントを引いて置きながら、賞金首のお尋ね者の私を遠方から狙撃しないなんて、甘く見られたものよね。ミスターの目からは、私は相当無力な少女に見えたのかしら?」

 聖杯戦争に参戦しているマスターである凛には当然、ジョナサンの引き当てたサーヴァントである、ジョニィ・ジョースターのクラスが見えている。
アーチャー。何を飛び道具にするのかは解らないが、遠方からの攻撃に長けたクラスである事は凛にとっては常識中の常識である。
そんなクラスを引いていながら、ロングレンジからの攻撃を仕掛けて来ないばかりか、剰え直接近付いて会話すら交わそうとしているのだ。
ナメている。凛はジョナサンのこの行いを、一種の挑発行為と受け取った。此方が無力で、放っておいても自滅・自壊する。
そんな主従と解っているからこそ彼は、アーチャーを引いていながらこんな迂闊極まりない作戦に出たのであろう。凛が面白くないと感じるのも、むべなるかなと言うものだった。

「……君に話しかけたのは、僕の中に残った最後の良心の故だ」

「貴方の、良心?」

「僕の心の中で今、獣が暴れている。女の子に暴力を振う事を由とする、残虐な獣が」

 「しかし――」とジョナサンは言葉を続ける。

「可能なら僕は、その獣を解き放ちたくない。こんな危険な性根は押し留めたいんだ。だが、今の僕の理性では、それも難しい」

「……」

「だから、君の釈明と弁解が必要なんだ。君のサーヴァントによって起こされた虐殺は、君の手を離れたバーサーカーの暴走によるものだった。君は本当は無実で、君を『新国立競技場の大事件の犯人』だと思い込んでいるのは僕の酷い誤解だった。そんな君の、真心の言葉によってのみ、僕の心の中に巣食う兇悪な獣は鎮まる。答えて欲しい、遠坂凛」

 息を吸ってから、ジョナサンは言った。

「君が、やったのか? 君の……漆黒の意思がそうさせたのか?」

 遠坂凛が此処にいると言う情報を提供した塞に対して、ジョナサンは極めて強い語気と言葉で、凛を葬ると言う旨を表明して見せた。
だがしかし、本心ではまだ迷いがあった。遠坂凛はまだ、バーサーカー黒贄礼太郎に振り回されている、哀れな少女だと言う考えが心の片隅に存在するのだ。
その可能性がある限り、ジョナサンは凛に対して、蛮勇を奮えない。ロベルタの時は、彼女が言葉の通じない狂犬だと解っていたから、本気で殺しに掛かれた。
この少女の場合、まだその線引きがグレーなのだ。ジョナサンにとって凛は、普通の少女と、殺人鬼の相棒の中間に位置する少女。
疑わしきは、罰せない。だがそれは逆に、決定的な一言と行為さえあれば、針はどちらかに振れると言う事でもある。針を振れさせる決定的なもの、それこそが、今のジョナサンの欲するものだった。

 凛は、ジョナサン・ジョースターと言う男が、お人好しである事を見抜いた。
この男は未だに、自分の事をか弱くて、力に振り回されるだけの哀れな少女だと思っているのだ。思っていて、くれているのだ。
自分の事を被害者だと心の片隅で思ってくれる人間。凛は、感激した。まだ自分の事を、そう思ってくれる人間がこの地にいただなんて!!

 だからこそ、遠坂凛の答えは、決まっていた。
最後に残った一個のシューマイを口に運び、それを咀嚼し、呑みこんでから、凛は、ジョナサンに捧げる答えを口にした。

「――そうよ」

568第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:01:37 ID:qUjZ2eFg0
 人差し指をジョナサンの眉間に向ける凛。 
指先に収束する、赤黒い色味の魔力。ジョナサンが驚愕に目を見開かせたと同時に、指先からガンドが放たれる――『よりも早く』。
ジョナサンの背後数m地点に控えていたジョニィが、人差し指と中指の爪先を凛に合わせ、その指の爪を彼女目掛けて発射。
凛がガンドを放つ速度よりも、遥かに速い。ガンマンの抜き打ちの如き、爪弾の発射速度!!

 ――そしてそれらを凌駕して、黒贄が早く動いていた。
ジョニィの放った爪弾の射線上に、凄まじい速度で立ちはだかった黒礼服の殺人鬼。
本来ならば凛の心臓を体内で飛散させる筈だった、爪の弾丸二発は、黒贄の胸部に没入、体内に留まるだけに終わった。
凛が、いつの間にか己の近くに黒贄が高速移動していたと気付いたのは、ガンドを放ち終えた直後だった。
放たれたガンドをジョナサンは、弾く波紋を身体に纏わせ、己の右上腕をガンドの弾道上に配置、その魔力弾を見当違いの方向に弾く事で、何とか防ぎ切った。

「大道芸も極めれば人を殺せるんですなぁ、私には出来ない器用な真似です」

 爪弾を受けたにもかかわらず、いつもの薄い笑みを浮かべる黒贄。
態度はいつものように、何と言う風もないそれであるが、実際は違う。
爪弾を受けた所からは血が流れているし、事実痛みも感じている。ダメージを受けて尚、黒贄は笑うのだ。それがまるで、流儀でもあるかのように。

「それが……君の、答えなんだな……。遠坂、凛ッ!!」

 ジョナサンの顔に、怒りが彩られる。大きな刷毛で、顔に怒気を溶いた水を一塗りしたかのようであった。

「少しはサーヴァントとしてマシになったわね、黒贄」

 対照的に、凛の表情は落ち着いている。微かに口角を吊り上げて、凛はそう言った。
ジョニィの攻撃から、黒贄はその不死性を利用して身を挺して自分を守った事を、彼女は理解していた。

「探偵は、依頼人を守る事も仕事の内ですから」

 そう口にする黒贄の言葉に裏は感じ取る事は出来ないが、きっとこの男の事だ。
過去に、依頼人に対して『やらかしている』のは想像に難くない。それも一度二度の話では、ないだろう。

 後方に跳躍し、遠坂凛から距離を取るジョナサン。
【傷の方は大丈夫か】、と、ジョニィは凛の放ったガンドのダメージの有無を問う。問題ない、とジョナサンは返す。軽い流血程度に収まっている。
ガンドには面喰ったが、流石に一流の波紋使い。遠坂凛と会話を交わす前の段階から既に、不測の事態に備えて弾く波紋を身体に纏わせていた。
拳銃の弾丸すら通さない程の防御力を発揮する、ジョナサンの波紋だ。凛のガンドでも、そうそう貫ける事は出来ない。

 それより問題なのは、遠坂凛が魔術――ジョナサンは彼自身が使う波紋法とは別体系の特殊能力と認識している――を行使出来る少女だったと言う事だ。
……否、魔術を使える事自体は問題ではない。ジョナサンだって、常人から見たら魔術や奇術としか思われぬ波紋法を会得、使用出来る。これについては言いっこなし。
焦点となるのは、凛が明白にその魔術を、彼を殺傷する目的で行使したと言う点である。今の今までジョナサンは、凛の事を無力な少女だと思っていた。
実態は、違った。実はジョナサン同様、聖杯戦争を円滑に勝ち残る為の戦闘技術を予め会得していた女性であり、それを明白に、敵対する相手に行使する事の出来る精神性を持った女性であったのだ。

 認識が、転向する。左右に振れていた針が、一方に大きく傾く。
葬り去ろうとする事が、自分への対応だと言うのならば。あの国立競技場での一件について、「そうだ」と肯定したのであれば。
ジョナサンがこれからする事は、一つ。これから何を行うのか? それは、心胆を震え上がらせる程大きい、まるで蒸気機関の唸りを思わせるようなジョナサンの独特な呼吸法を聞けば、説明するべくもなかった。

「紳士は、女の子に手を上げない事を基本とする。……いや、基本なんてものじゃない。誰かに教わるまでもなく。英国に産まれた紳士は、認識しなければならないんだ。女性に、粗暴を振う事の罪と愚かさを」

 呼吸を終えた後、皮膚が粟立つ程恐ろしげなものを宿した低い声音で、ジョナサンは語る。
そして、その黒瞳には焔が灯っていた。見る者の心を寒からしめる、冷たい焔が。メラメラと、メラメラと!!

「……僕を紳士たらんとするべく尽瘁してきた、父ジョージは、天国で僕を許してくれるだろうか。――遠坂凛。君を殺した後の、僕の罪をだッ!!」

「黒贄、くじ」

「はい」

569第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:02:08 ID:qUjZ2eFg0
 言って黒贄はくじ箱をアポート。凛の方へと差出し、急いで其処に凛は手を突き入れ、適当に一枚くじを引く。
その様子を指を加えて見ているジョニィではない。タスクを発射した側ではない手の指から一発、爪弾を放つ――が。
凛へと向かって放たれた爪弾を、黒贄は左腕を動かして弾道上に重ね合わせる。相談が、肘に命中した。黒贄が纏う黒礼服の袖が、血を吸って重くなる。

「ミスター。私を殺す事が、連綿と続いた紳士の家名に泥を塗る行為だと思っているのであれば、その心配は杞憂ね」

 引いたくじの紙片を人差し指と中指で摘まみ、その状態でビッと黒贄の方に見せ付けながら、凛は言葉を続ける。

「私を殺す前に、貴方が殺されるのだもの。女殺しの汚名を被る事も、私を殺した咎で地獄に堕ちる事もないわよ」

 引いたくじには46番と書かれていた。それを見た黒贄は虚空を歪ませ、目当ての武器を手に取り始めた。
一m半ば程もある、黄金色に光り輝く錫杖だった。学生時代に考古学を学ぶ傍らに読んだ、東洋で強い勢力を持っている宗教である仏教、
其処から分かたれた一派である密教の歴史を綴った本に、密教の僧(モンク)があのような物を持つと書いてあった事をジョナサンは思い出す。
シャン、と音を鳴り響かせながら、黒贄はその錫杖を軽く縦に一閃させる。綺麗な黄金色をこそしているが、輝きがやや鈍い事から、純金ではないなと思うジョナサン。
事実その通りであった。黒贄の財産で純金製の代物等買える筈がない。彼の持つこの錫杖は、真鍮製だった。

「――あ」

 と、気の抜けるような、何かに気付いた声を上げた黒贄。
これと同時に、再び彼の姿が掻き消えた。移動したのではない。吹っ飛ばされたのである。
吹っ飛んだ方向に身体がくの字に折れ曲がり、殆ど水平に、高速度で。その速度たるや、『黒贄が吹っ飛ばされた』と凛が認識出来ない程だった。

 黒贄の素っ飛んで行った方向に目線を送ろうとする凛だったが、直に止めた。
このバーサーカーを吹っ飛ばした――いや。殴り飛ばした張本人が、目の前に佇んでいたからだ。
この男から。そして、ジョニィから目線を外したら、死ぬ。だから、黒贄の方に目線を送りたくても送れない。
目線を外したその瞬間に、この男達は自分を殺す。殺せる力を持っている。余所見出来る、筈がなかった。

「……」

 黒贄を吹っ飛ばした男は、凄まじいプレッシャーを見る者に与える人物だった。
背丈も体格も、魁偉と称される程大きくない。角や翼、鋭い爪と言う、本来人類には備わっていない特徴が見られる訳でもない。
だが、特異な特徴が、ない訳ではない。顔に刻まれた、黒いラインに緑色の縁取りが成されている、特徴的な刺青(タトゥー)である。
それこそが、目の前に現れた、正体不明のサーヴァントの唯一にして最大の特徴。背丈も普通、髪の色も一般的なそれ、顔付きですらありふれたもの。
平均的が服を着て歩いているような男の中で、その刺青だけが異彩を放っていた。この刺青は、何なのだろう? 気圧される何かを孕んでいる事は解る。
それを、言語化出来ない。ただただ、恐ろしい物、得体の知れないもの、と言う事だけが、凛には伝わる。

「コイツの処遇は決まったのか、アーチャーと、そのマスター」

 黒贄の横っ腹を殴るのに用いた右拳を引きながら、件の魔人・アレックスが問う。

「これから殺すつもりだ。君も、そのつもりで此処まで来たんだろう、モデルマン」

 答えたのは、ジョナサンだった。

「手柄は譲ってやる。アーチャーに振れば良いのか?」

「いや、僕がやる」

「いえ、困ります。私、報酬をまだ貰っていませんから」

 声のした方向にバッと顔を向けるジョナサン、ジョニィ。そして、アレックス。
魔人になった事で獲得した悪魔の腕力に加え、強化された魔術スキルによって会得した補助魔法――カジャと言うらしい――を重ね掛け、
更にこれまた魔人になった影響で会得した魔力放出スキルを乗せて、アレックスは黒贄を殴ったのである。大抵のサーヴァントなら、殴られた時点で、
特殊な防御スキルを持っていないのであれば即死。上位英霊であっても、当たり所と状況によっては戦闘の続行が困難に陥る程の威力が、アレックスの右拳にはあった。

570第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:02:23 ID:qUjZ2eFg0
 しかし、黒贄は生きていた。
無傷ではない。アレックスによって殴られた胴体。其処が、アレックスの拳が命中した所から円形に、三〜四割程も消滅していた。
流れ落ちる血。千切れて垂れ下がった腸。露出する血濡れた骨。悪魔の膂力から放たれる、アレックスの右ストレートの威力を雄弁に語っている。
その状態でなお、黒贄は平然と立ち尽くしている。アレックスの殴打によって、優に四十〜五十m程も殴り飛ばされた黒贄だったが、いつの間にか、
話せる距離にまで接近していた。その程度の距離など、タスクのスタンドを持つジョニィや、魔人となったアレックスにとって離した内にもならない。
しかし、近い方がその人物の姿をよく観察しやすいと言うのも、また事実。だからこそよく解る。
黒贄は現状の肉体的損傷でなお、あの何が面白いのか解らない微笑みを浮かべている。しかも、強がりではない。
痛みから来る冷や汗も脂汗も、そして体の震えも見られない。黒贄は本当に、これだけのダメージを受けておいて、平気でいるのだ。

 黒贄に目を奪われている間、魔術で己の身体能力を強化させる凛。
そしてそのまま、カウンターを乗り越え、シューマイ弁当を買った売店内部へと跳躍。
異変に気付いたジョニィがそのままACT2を放つが、すんでの所で凛はこれを回避。凶悪無比な速度の爪弾は、店内の業務用冷蔵庫に直撃するだけに終わる。

「よせ、店員に当たる!!」

 ジョナサンがジョニィを制止する。予想通りの反応だった。
ジョナサンの性格を極めて善良な物であるとこれまでの会話から予測した凛は、其処から、余計な被害を拡大させる事を甚く嫌う人種であるとも考えた。
結論から言えばジョナサンの性格は正しくその通りなもので、現にジョナサンは、凛の魔術によって催眠状態にあるNPCの店員の、火の粉が降りかかる事をよしとしなかった。
人間性としては出来ているが、聖杯戦争を勝ち抜くには適さない性格だろう。店員に累が及ぶ事を覚悟で攻撃を仕掛けていれば、また違った未来もあったろうに。

 凛は、売店のカウンター向こう側から、球場内部へと繋がるドアを開け、その場から離脱。
これを追おうとするジョナサンだったが――これを許さぬ者がいた。黒贄礼太郎、遠坂凛が引き当てた最強最悪の殺人鬼だ。

「キエー悪霊退散だー」

 その、気の抜けるような声音から放たれる攻撃は、冠絶的な殺意に溢れていた。
錫杖を、乱雑な軌道、それこそ技術の欠片も感じられない程適当に横薙ぎにジョナサン目掛けて振るう。それが、黒贄の放った攻撃だ。
だが――その速度たるや、余人の見切れるものでは断じてなかった。ジョナサンは、マスターとしては破格の強さを誇る。
会得した波紋法と、波紋を行使する為の鍛錬によって獲得した筋肉と反射神経と言った、肉体的なスペックは、生半なサーヴァントを凌駕して余りある。
現にジョナサンは、スタンドと言う能力を用いない素の戦いであるのなら、ジョニィを軽快に上回る強さを誇る。それ程まで、ジョナサンの強さと言うものは達しているのだ。

 ――そのジョナサンが、黒贄の攻撃を見切る事が出来なかった。
技巧もへったくれもない、黒贄の放ったその一撃は、ジョナサンの動体視力で視認出来る現界の速度を軽快に超越。
それどころか、この恐るべき殺人鬼が、自身の下へと接近してきたその瞬間ですら、ジョナサンは認識が困難な程であった。
唯一の幸いは、黒贄の姿が消えたと同時に、防御の体勢をジョナサンが反射的に取れたと言う事。逆に言えば、それだけ。
防御の構えを取ったジョナサンに、錫杖の一撃が叩き込まれる。

 痛い、と言う事実を感じるよりも速く、杖の振われた方向にジョナサンが、弾丸もかくやと言う速度で吹っ飛ばされる。
肉体の頑健さも、纏わせたはじく波紋も、何らの意味も有さない。黒贄の膂力は、ジョナサンの取った防御手段の全てを嘲笑うように貫通。
そのまま球場の外壁に衝突、それをぶち破り、彼は内部へと消えて行った。外壁はクッション代わりにもなっていなかった。
頑丈そうな外壁にぶつかってなお、当初の勢いは全く減退していない。何処まで、ジョナサンは吹っ飛ばされてしまうのか。

 ジョニィが黒贄目掛けてACT2の爪弾を射出させる。
避ける気のない黒贄。爪弾が眉間に命中、後頭部から爪の弾丸が抜けて行くが、彼はのけぞりすらしない。どころか、表情を歪ませもしない。
それ以外の表情が浮かべられないとすら言われても納得しかねない程だ。薄い笑みを浮かべたまま、黒贄は口を開く。

571第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:02:40 ID:qUjZ2eFg0
「成仏、成仏、成仏〜」

 黒贄が地面を蹴った。アスファルトに靴底の形の陥没を残す程の、恐るべき踏込の強さ。
向かった先は、ジョニィの方であった。弾丸の速度に限りなく等しいスピードで移動した黒贄は、致命の一撃を爪弾のアーチャーに叩き込まんと目論む。
が、魔人と化したアレックスが、それを許さない。同盟を結んだアーチャーの下まで即座に移動を行う。黒贄とジョニィの間。其処が、今アレックスのいる場所だ。

 錫杖を上段から、音の速度で振り下ろす黒贄。引き抜いたドラゴンソードで、これを防御するアレックス。
衝突の際に生じた、爆音にも似た衝撃音と、発生する衝撃波で、ジョニィの身体が吹っ飛ぶ。受け身を取り損ね、数m先で尻もちをついてしまう。
其処で漸くジョニィは、自分が危機的な状況に陥っていた上に、それに自分が気付けなかった事を知る。アレックスのフォローがなければ、今頃即死だっただろう。

「援護する」

 正直アレックス自身について、未だに疑いの目を向けているジョニィであるが、今は協力体制を結ばねば拙い。
黒贄と呼ばれたこのバーサーカー、半端な強さではない。退場させられる手段がない訳ではないが、そのお膳立てを整える前に殺されてしまう蓋然性の方が今は高い。
それ程までに、黒贄とジョニィの強さには、埋め難い差があった。しかし、それはあくまでも黒贄とジョニィが一対一で戦った時の場合。
アレックスと言う強力なサーヴァントが手を貸してくれるのであれば、差もグッと埋まるし、縮まる。今だけは、この体制に甘える事にジョニィはした。

 アレックスに備わる悪魔の膂力で、黒贄の怪物的膂力と、互いの武器を使った押し合い圧し合いを演じているその間に。
まだ爪の生えている指二本を己のこめかみに当てたジョニィは、そのまま自らに弾丸を射出。
瞬間、ジョニィの身体が螺旋状に変形、何処かに吸い込まれて行き、一秒と掛からず消え失せてしまう。
いや、何処かと言う言い方は正確ではない。地面に刻まれた、不自然その物としか思えない、謎の『渦』。ジョニィはこれに吸い込まれたのだ。
タスクACT3。黄金の回転を適用させた爪弾を自身に撃つ事で、根源にも近しい空間に潜航、あらゆる攻撃をやり過ごす極めて強力な回避手段である。

「成仏は『じょうぶつ』と読むのであって、『せいぶつ』とは読まない〜」

 聞くに、如何やら黒贄は歌を歌っているらしかった。
余りにも下手くそで、リズム感も何もない、脳内に浮かんだフレーズをそのまま適当に口ずさんでいるだけのようだが。
しかし、胴体の半分近くを消し飛ばされ、眉間に血色の弾痕を空けさせた状態で、この気の抜ける歌を口にしている。
その光景が、心臓を凍て付かせるような恐怖を見る者に想起させるのだ。

「ちなみに私の名前は『くらに』であって『くろにえ』ではないんですよ〜」

 いつまでも、鍔迫り合いに付き合って等いられない。
魔力放出を瞬間的に発動させ、背中から無色の魔力のバーナーを噴出させたアレックス。この勢いを利用した力尽くで、彼は黒贄の錫杖を押し切った。力尽くで杖を押し切られ、殺人鬼が体勢を崩す。

「ジャッ!!」

 生まれた隙は逃さない。
裂帛の気魄を込めた掛け声と同時に、ドラゴンソードを持たない側の左手に、意識を集中。
すると、空いた左手に凄いスピードで魔力が収束し始め、それは直に、辛うじて剣である事が窺える武骨な形状をした、紫色の魔力剣としての形を取り始める。
ルイ・サイファーを名乗る男から与えられたマガタマによって、魔人と化した事で学習・会得した、新しい力の使い方。
練習した訳でもないのに、アレックスは完璧に物にしていた。その実感に酔い痴れる事もなく、アレックスは即座に、魔力剣を振い、黒贄の胴体を袈裟懸けに切り裂いた。
主要な内臓にまで、アメジスト色の魔力剣は達している。生命維持に必要な臓器の殆どは、これで破壊出来た筈だ。
間髪入れず、アレックスは黒贄の腹部を前蹴り。魔力剣を生み出してから、この前蹴りを行うまでにかかった時間は、半秒にも満たなかった。
矢のような勢いで吹っ飛ばされた黒贄は、五十m程先にある信号機のポール部分に激突。その勢いに耐え切れず、直撃した所から信号機のポールはくの字に折れ曲がり、圧し折れ、そのままアスファルトの上に音を立てて倒れ込んでしまった。

「あ〜除霊成仏悪霊退散〜」

572第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:03:03 ID:qUjZ2eFg0
 これでなお、平気な顔で歌を口ずさめると言うのだから、アレックスも戦慄する。
サーヴァントであっても、戦闘の続行所か生命活動の維持すら最早不可能な程の損傷を負っている筈なのに、平然と黒贄は立ち上がり始めたのだ。
しかも、ノーダメージではない。黒贄は明白にダメージを負っているのだ。それなのに、平然とした様子で立ち上がり、意気軒昂と戦いを続けようとする。
痩せ我慢している様子を見せてくれたら、アレックスもどれだけ救われていたか。自分の攻撃が本当に、黒贄に痛痒を与えているのか? それにすら、彼は最早疑問を憶えていた。

 黒贄が動こうと――するよりも速く、アレックスの背後から、何かが高速で放たれ、黒贄の両太ももに命中する。
ライフル弾ですらが最早スローモーに見える程の、魔性の動体視力を会得したアレックスには、その飛来物が、高加速を得た人の生爪である事を確信。
ジョニィである。ACT3の渦から腕だけを露出させ、其処からACT2を放ったのである。一瞬ではあるが、ACT2の弾丸を受けて黒贄の動きが止まる。
その刹那を、好機と捉えるアレックス。己の宝具を用い、自身のクラスをキャスターに変更させるアレックス。
“魔人”となった現在でも、彼は、モデルマン時代の宝具を十全の状態で扱う事が出来る。
つまり、『クラス変更の恩恵を、魔人状態のステータスで受ける事が可能』なのだ。補正の掛かった魔術を、黒贄に叩き込まんと、意識を集中させるアレックス。
自身が今まで見た事も聞いた事もなかった、未知なる様々な魔術の名とその使い方が、アレックスの頭蓋の中に無数に浮かび上がって行く。
これもまた、魔人・アレックスとなった影響の一つなのだろう。どれを叩き込もうかと悩んでしまう程、魔術の選択肢が多い。
しかし、浮かび上がる魔術の数々の中に、見知った魔術があったのをアレックスは発見。これを黒贄に対して叩き込もうとする。

「セイントⅢ」

 アレックスとしては未だに、元々自分が生きていた世界の記憶と経験の方が未だに、自身の霊基に強く残っている。
だからこそ、元の世界で使われていた魔術名を口にしてしまったのだ。だが、彼は知らない。
ルイ・サイファーによってマガタマを埋め込まれ、悪魔となったその影響で、今アレックスが使っている『セイントⅢ』と呼ばれる魔術が、『ハマオン』と呼ばれる魔術に変性してしまった事に。

 光が、黒贄を包み込もうとする――よりも速く。
黒贄は恐ろしい速度で、アレックスの下へと肉薄。今度と言う今度こそ、アレックスは驚きに目を見開いた。ハマオンを回避したと言う事実にではない。
先程ジョニィを葬ろうと高速で移動をした、あの時に見せた速度が、黒贄の出せる最高の速度なのだろうとアレックスは勝手に思っていた。
違った。今の黒贄が叩き出した速度は、明らかにあの時に見せたものよりも上昇している。まだ、本気を見せていなかったのか。

「でも幽霊は殴れないから嫌いです〜」

 錫杖を、滅茶苦茶な速度で振いまくる黒贄と、これを巧みにドラゴンソードと魔力剣を振って防いで行くアレックス。
黒贄のその乱雑な一撃には、低ランクサーヴァントならば一撃で葬り去れる程の威力が平気で内包されている。
現にアレックスの足元に、攻撃を防御しているその影響で、凄いスピードで亀裂が生じ、無数に伸びて行っているのだ。黒贄の腕力の程が、窺える。
そしてこれを、平気な顔で受け止め続けるアレックスもアレックスだ。しかし、こんな拮抗は何時までも演じていられない。
言うまでもなく、アレックスの方に余裕がないのだ。事此処に至って確信に変わったが、黒贄の放つ攻撃の威力も速度も、時間が経つ毎に跳ね上がっている。
天井知らずに各種ステータスが上昇し続けると言うのであれば、持久戦に持ち込むのは愚策と言う他ない。
電撃戦だ。この場は早急に、黒贄を跡形もなく消滅させる必要がある。それが無理なら、マスターの方を葬るかだ。

 黒贄の、錫杖による連続攻撃の威力が、まだアレックスでも対処出来る内に、ケリを付けねばならない。
右上段から、左下段へと振り降ろされた錫杖を、剣で弾くアレックス。黒贄が体勢を崩した所で、魔力剣による刺突を魔人が放つ。
剣先が、喉仏に没入。黒贄のうなじまで突き抜ける。黒贄の顔から、笑みが消えない。そのまま飛び退き、無理やり身体から剣を引き抜かせる。
ゴポッ、と。コップ一杯分のそれを大幅に上回る量の血液を口から吐き出す黒贄。スープを食べるのが下手な子供のように、黒礼服の前面を紅く濡らした。
間髪入れずに、渦から露出したジョニィの右手から放たれ、黒贄に叩き込まれる爪弾。心臓の位置を的確に貫くが、防ぐ事すらしない。急所の概念すら、この男にとっては希薄か、意味を成さない物であるらしい。

573第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:03:51 ID:qUjZ2eFg0
 この男を消滅させる手段は、アレックスもジョニィも、実を言うと持っている。
ジョニィの場合は、タスクの神髄であるACT4を放てば良い。アレックスの場合は、悪魔としての力を解き放てば良い。
だが、どちらも黒贄相手にはリスクが大きい。ジョニィの場合、ACT4を放つには馬に騎乗する必要がある。黒贄の機動力では、馬に乗った瞬間に葬り去られる可能性がある。
一方アレックスの場合、悪魔の力を解放すると、広範囲に渡り破壊を振り撒いてしまう可能性がある。発動する速度については、問題ない。
ただ、黒贄程のサーヴァントを滅ぼす手段ともなると、威力も範囲も相当の物を選ばねばならない。
つまり、黒贄と言う指名手配サーヴァントを葬る為に、『自らも指名手配のリスクを負わねばならない』と言う事なのだ。これ程馬鹿らしい話もない。
加えて、巻き添えと言う問題もある。アレックスのマスターである北上は、彼とそう離れていない場所で、鈴仙と塞達と共に待機している。
下手をすると北上も塞も鈴仙も、ジョニィやジョナサンも仲よく消滅させてしまうかも知れないのだ。それを考えると、おいそれと放てる攻撃ではない。
もう少し、此処が広いフィールドであったのなら。“魔人”となった影響で使えるようになったニュークリアⅢ――悪魔は『メギドラオン』と言うらしい――や、
アレックスの生きた世界では見られなかった奥義――『死亡遊戯』とか、『地母の晩餐』と言うらしい――を放てば良いのだ。
出来ぬのであれば、超高威力の技を、当てまくるしかない。しかもまだアレックスは、魔人の力を振るい慣れていない。
今も急速に、悪魔の力の使い方については成長してはいるが、まだまだ本調子ではない。もう少し、粘る必要があった。

「そーりゃ南無阿弥陀打つ〜」

 黒贄の姿が、霞む。攻撃の速度は元より、移動速度もまた、上昇が著しい。
二十m程の距離が一瞬で、ゼロになる。アレックスの下へと肉薄した黒贄は、音が明白に遅れて聞こえる程の速度で錫杖を振い、
魔人の首を圧し折ろうと試みるが、これをアレックスは屈む事で回避。避けながら、高速で思考する。
黒贄相手には、痛みやダメージを与えさせ、行動不能に陥らせたり、攻撃の威力や速度を低下させると言う行為が意味を成さない。
ダメージや痛みに怯まないからだ。だから、下がりようがない。骨を折る程度では、黒贄の動きは止まるまい。

「……ありゃ」

 だからアレックスは、攻撃自体を不可能にさせるべく、錫杖を持った黒贄の右腕を、切断すると言う手法を取った。
魔力剣を超高速で振るい、黒贄の右腕の肘から先を斬り飛ばす。血液が迸るより早く、アレックスは黒贄の顔面にドラゴンソードを縦に叩き込む。
熟れたザクロのように、黒贄の頭部が半ばまで縦に割れる。裂け目から、断ち割られた頭蓋骨や大脳が視認出来る程だった。

 此処で一気に殺す、とアレックスが思考したその時。
強烈な覇気と敵意を撒き散らせながら、この場に向かって高速で飛来する何者かの存在を、アレックスが内包する優れた知覚能力が捉える。
見間違える筈がない。この気配は、サーヴァントの――そう思った瞬間、黒贄が恐るべき瞬発力で地面を蹴って飛び退いた。
黒贄が距離を取ったのと殆ど同じタイミングで、アレックスも後方宙返りを素早く行い、距離を取る。
その瞬間、先程まで両者がいた地点目掛けて、白い光の柱が天から地上へと伸びて行く!! 円周は、飛び退いていなければ黒贄とアレックスを容易に巻き込む程大きく、両名の判断がもう少し遅れていれば、二人はこの、高い熱エネルギーを内包した光柱に巻き込まれ大ダメージを負っていた事だろう。

574第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:04:11 ID:qUjZ2eFg0

「無粋な蠅共だ。目障りなんだよ」

 アレックスは、上空を飛んでいる、正体不明のサーヴァントの存在を視認。
確認するなり、彼は“魔人”となった影響で新たに使えるようになった技の一つを、上空から不意打ちを仕掛けて来た粗忽者に試し打ちをする。
身体にヒマワリの花みたいに鮮やかな黄色をした魔力が収束し始め、そのチャージされた魔力を、両腕を勢いよく水平に広げると言う行為を持って、射出。
瞬間、身体全体から、黄金色の光条が幾百本と、上空百m地点を飛ぶ謎の存在目掛けて向って行くではないか。
『ゼロス・ビート』、と呼ばれるこの技は、直撃した相手の生体パルスを著しく低下させる振動波を放つ事を神髄とした技であり、
掠っただけで竜種、魔獣に神獣に、果ては魔王や神霊と言った上位存在ですら麻痺させ、行動の不能に陥らせてしまう恐るべき奥義である。
尤も、それはあくまでこの振動波に直撃しても『耐えられる』だけの力を持った存在の場合、だ。
アレックス、もとい、人修羅と化したモデルマンが放つこの技の威力は、異常な値にまで達している。
本来的にはこの技は、攻撃の威力が低いのであるが、アレックスの自力で放たれれば、生体パルスを停止させるどころか生命活動を死と言う形で停止させる程の威力に昇華される。勿論それは、サーヴァントとて、例外ではない。

 複雑怪奇な軌道を描きながら、縦横無尽に四方八方から迫り来るゼロス・ビートの光線を、それは、凄まじく変則的な機動で尽く回避。
馬鹿な、とアレックスが呟く。回避すると言うのは、解る。出来なくはないだろうし、実際アレックスも、同じ技を放たれたとて、対応出来る自信がある。
だが、音の数倍に等しいゼロス・ビートの光条に対して、時速数百㎞の速度で向かって行きながら回避を行う、ともなれば話は別だ。
目で見て反応は出来ても、身体が反応して回避出来るか如何かと言うのは別問題。であるのに、平然と、光線を物ともせず回避しながら、それは地上へと急降下。そして、着地。その姿を一同に見せ始めた。

「おお見ろ、虹の道化師、アイアン・メイデン!! 望外の事態だ、このサーヴァントは強そうだな!!」

 ウキウキとした声音で、くすんだブロンドの髪をしたアーチャーは言った。
アーチャーの周りを浮遊する、シートベルト付きの黒一色のシートのような物に足を組んで座っている、カッチリとした服装の女性も、嬉しそうな顔だ。
――だだ一人。まるで猫のようにアーチャーに襟元を掴まれたままブランブランとしている、虹色のコーディネートの服を着た少女だけが。
心底面倒くさそうで、この世の終わりのような表情を浮かべているのであった。

575第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:04:22 ID:qUjZ2eFg0
前半部の投下を終了します

576名無しさん:2018/04/15(日) 13:27:45 ID:4AxBlyck0
投下乙です

もう既に激戦なのに、せつらと幻十も参戦するとかどうなるんだ…
凛がもしももっと早くにジョナサンに会っていたら、救われていたのだろうか

577名無しさん:2018/04/17(火) 01:37:25 ID:zNe74RyY0
投下お疲れ様です。
凛は完全に堕ちるところまで堕ちたという感じですね……ある程度のプライドがまだ残っているというのが果たして幸か不幸か。
いっそのこと何もかも捨てられる状態だったなら此処まで絵に描いたような最悪の展開にはならなかったのかなあと思いました
そして理不尽の塊みたいな黒贄さんは相変わらず。成仏の歌が好きです。
人修羅アレックスの強さ、原作未見故に今ひとつ分かっていなかったのですがこうして描写されると凄まじいですね。
周囲への手段を選ばなければ黒贄さんを(理論上は)消滅させられるというのも彼の規格外ぶりを物語っているように感じます。
そして上でも言われていますがこの激戦にパム、せつら、幻十といった面々が参戦するのがヤバすぎる。
脱落者が出てもおかしくない、殺人鬼王決定戦というタイトルに相応しい大惨事になりそうな予感がプンプンします。
後半部の投下も楽しみにしています!

578名無しさん:2018/05/16(水) 17:28:45 ID:vTURyW8k0
筋力A +タルカジャ×4 +魔力放出B +勇猛Bで五分とか黒贄バケモノ過ぎる

579 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:31:48 ID:Mv5chdUo0
お待たせいたしました。生きています
投下します。まだまだ分割が続きそうなのは、ご容赦ください

580第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:32:15 ID:Mv5chdUo0
 レイン・ポゥは兎に角気を揉んだ。黒贄の下にレイン・ポゥや純恋子が向かうまでの時間稼ぎ。それに腐心したのである。
当然の事だがベストは戦わない事である。当たり前だ、黒贄とレイン・ポゥとの相性は、最悪と言う言葉でも尚足りぬ程悪すぎるのだから。
レイン・ポゥの宝具は極めて否定的な言葉を用いるのなら、凄い切れ味と耐久力の虹を伸ばすだけに過ぎない。つまり、相手を斬る以外に目立った付随効果を持たない。
レイン・ポゥもそれを重々承知している。だからこそ彼女は暗殺と言う手段を磨き続けたし、自分の本性を悟らせない仕草や立ち回りを研究し続けた。
その暗殺の練度や、本性を隠す挙措の完成度の高さは、この虹の魔法少女が英霊として昇華されていると言う事実からも鑑みる事が出来よう。指折り、と言う奴だ。

 黒贄には、暗殺も演技もまるで通用しない。
ただ斬った殴った程度では問題にならない程の戦闘続行力もそうであるが、何より恐ろしいのはその性格だ。
此方をただの、殺し甲斐のある獲物としか思っていないような、あの性格。つまり黒贄礼太郎と言うサーヴァントは、イッているのだ。
こんな性格の持ち主に、演技を持ちかけた所で意味がない。何せ端から此方を殺すつもりでいるのだ。
自分は無力だとアピールしたとて、虫を潰すような感覚で殺しに来る。か弱い少女をアピールする事は、時間の無駄である。

 自身の宝具が通用しない、泣き落としも演技も無意味。では単純な戦闘で抑え込めるか、と言われれば絶対的にNO。
人智を逸した身体能力を誇る魔法少女となったレイン・ポゥだが、その魔法少女としての常識から考えても、黒贄の身体能力は常軌を逸していた。
二度と戦いたくない手合いなのだが、現状最大に内憂であるパムと純恋子は戦いたくてウッキウキなのが始末に負えない。
しかも純恋子に至っては、遠坂凛と黒贄に煮え湯を飲まされてから半日も経過していないのだ。学習能力がないのだろうかないのだろうな。だってあったら此処まで胃が痛くないもん。

 とは言え、最初に香砂会で黒贄と戦った時とは、事情が決定的に異なるのもまた事実だった。
最大のポイントは、魔王パムが自分の仲間である事。パムはハッキリ言ってレイン・ポゥの同盟相手としては、最悪の部類だ。
その性格もそうだが、生前の確執――尤もこれについてはパム自身がチャラにすると言っている為ノーカウントだろうが――もある。
レイン・ポゥとしては直ちに手を切りたかったが、その強さについては申し分がない程、パムの強さは極まっている。
彼女をぶつければ、黒贄とて或いは? そう言う展望も、確かにレイン・ポゥにはある。
黒贄を倒せれば美味しいのは今更説明するべくもない。何せこの男は、倒せる事が出来れば令呪一画がルーラーから貰えるのだ。もしも倒せれば万々歳だ。
そして、パムが倒れてもレイン・ポゥにとって美味しい。自分の行動範囲を著しく縛る疫病神の存在が消えてなくなるのだ。こっちもこっちでメリットがある。
どちらが倒れても、レイン・ポゥにはメリットがある。仮に痛み分けでも、パムにダメージが蓄積する。つまり、暗殺の可能性がグンと高まる。

 とは言えベストな選択はやはり、黒贄と戦わない事である。
が、既にパムと純恋子の間ではこの最強最悪のバーサーカーと戦う事は既定路線なのだ。
早い話、地獄の業火、荒れ狂う海原に飛びこまねばならないと言う事は既に確約している。胃が痛い事実ではあるが、これに反論するパワーはレイン・ポゥにない。
ないのであれば、自分が望むべく方向に事が進むよう事前に努力しなければならない。先ず彼女が行ったのは、黒贄の下に向かうまでの時間稼ぎ。
新国立競技場の一件にかなり深いレベルにまで関わった彼女ら三人は、あの事件の影響でかなり疲労困憊……の筈なのだが、
パムや純恋子は、何処か別時空に無限大に等しいエネルギーのプールがあって其処から活力を引っ張って来ているのでは? と思う程のエネルギッシュさだ。
すぐに黒贄の下まで向かおうとしたのだが、流石にそれは駄目だ。何と言ってもレイン・ポゥも、そして純恋子も魔力が不安だ。
レイン・ポゥはそう熱弁した。パムがこれを受けて、どう反応したのか。確かに、と肯じたのだ。
これで意を曲げてくれれば良かったのだが、レイン・ポゥは何処までもパムと言う魔法少女の……いや、パムの魔法の底の深さを甘く見ていた。
パムはレイン・ポゥの意見を聞いて、何をしたのか? 黒い羽を『魔力』に変えて、レイン・ポゥと純恋子に補填させたのだ。
その結果、レイン・ポゥが召喚されてから新国立競技場での一件までの間に消費した全ての魔力は元通り……それどころか。
全力で後数回戦っても御釣が来る程の魔力をチャージされてしまったのである。

581第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:32:39 ID:Mv5chdUo0
 ――これで私も全力で貴女に見せ場を提供出来ますわね、アサシン!!――

 嬉しそうな純恋子の顔が脳裏を過る。過る度に、顔面に斧を叩き込む妄想をセットでする事をレイン・ポゥは忘れない。

 一番時間を稼げる、と思った方法が数秒で駄目になった物であるから、レイン・ポゥも慌てる他ない。
持てる全てのアドリブ力、機転を駆使し、徹底的にパムらを拠点となるホテルに縫いとめた。
まだ確認してない情報があるかも知れない、腹ごしらえは大事だ、純恋子だとバレない服装を今の内に見繕え等々。
ありとあらゆる屁理屈を捏ね、ゴネを口にし、猪どころかロケットにすら例えられる程の猪突猛進さの純恋子とパムを相手に、
結果として三十分程も時間を稼ぐ事が出来た。レイン・ポゥの戦闘以外の、コミュニケーション能力が如何に高いかを示す証左であろう。

 これだけ経てば、流石に遠坂凛達も河岸を変えている事だろう。レイン・ポゥはそんな予測を立てていた。それですらも、甘かった。
実際は凛達は、当初純恋子達が特定していた場所を移動していたどころか、剰え交戦中。しかも黒贄と戦っていたサーヴァントの一人に至っては、
控えめに見てもパムと同等程の強さはあろうかと言う、恐るべき強さの魔人であった。
当然、こんな存在を見て、パムが滾らぬ筈がない。レイン・ポゥですら強者の気配を感じ取れているのだ、魔王が感じぬ筈がない。
黒贄だけを絞るつもりが、予期せぬ幸運に出くわしてしまった。今のパムからは、そんな雰囲気が嫌でも感じ取れてしまうのだった。

「野次馬に用はない。失せろ」

 吐き捨てるように、アレックス。彼は、パムとレイン・ポゥを互いに見比べ、その強さを大方推察し終えていた。
パムに関しては、恐ろしく強い。アレックスの身体を人修羅へと叩き落す遠因になった、美しいインバネスの男と、同等の力があろう。
それに比べて、彼女に襟を掴まれているサーヴァントの、何たるか弱い事か。比較する事自体が問題な程、パムとレイン・ポゥの強さには差があった。
そして事もあろうにパムは、この実力を持っていながら、野次馬根性が恐ろしく強いと言う最悪の性質を持ったサーヴァントだとも、アレックスは見抜いていた。
しかも発せられた言葉から考えるに、戦闘狂の気すらあるとも思われるのだから、頭が痛くなる話だった。今この場で、このような手合いのサーヴァントに絡まれる事が、特に困るのだ。

「ただの野次馬に終わっても良かったのだがな、聖杯戦争と言う催しの都合上、見て見ぬ振りは出来まい。お前は私を、無視しても良い障害に見えるのか?」

 いや、見えない。ジョニィとて同じ事を思っているだろう。
無視を決め込むには、パムと言うサーヴァントの実力は、余りにも、埒外のもの過ぎた。

「聖杯戦争とは素晴らしいものだな。飽きる程強者と戦える上に、おまけに勝ち残れば聖杯がくれるのだからな。私にとっては、Winしかない」

 そして、今この瞬間、魔王パムは相互理解の余地も必要もないサーヴァントだとアレックスもジョニィも認定。
聖杯戦争に臨むにあたってのスタンスが聖杯狙いだと確定した上に、今の言動から、聖杯は『戦闘に勝利し続けた後のおまけ』であると認識しているのだ。
解りやすい程の、戦闘狂(バトルジャンキー)。戦場の中でのみ自己を確立出来る、狂った者。それがパムなのだと、アレックスもジョニィも思った。
況してアレックスの強さがなまじ高すぎる為に、パムは完全にやる気だった。強さが完全に裏目に出てしまっていた。
このような手合いに、話し合いは端から意味を成さない。戦う事自体にカタルシスを感じるのだから、そんな物はまだるっこしいだけだろう。
尤も、戦うしかない、殺すしかない。これにカロリーと意識を傾ければ良いと言う意味では、ある意味楽なのかも知れないが。

 最初にパムを殺そうと動いたのは、ジョニィであった。
それまで発動させていたACT3の効果時間が切れ、渦から全身を現す事になるジョニィ。気配の方向に、パムがバッと振り向いた。
ジョニィの気配を感じていなかったのだ。無理もない。この瞬間に至るまでジョニィは、根源に限りなく近い所に潜航していたのである。
其処に潜った瞬間、サーヴァントとしてのものを含めた、ありとあらゆるジョニィの気配が遮断されるのだ。
ジョニィの姿を見つけられなかったこの失態は、サーヴァントの姿を確認する術を、高高度からの目視のみで終わらせていたパムの選択の故でもあった。

582第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:33:05 ID:Mv5chdUo0
 渦の中でハーブを食み終えていたジョニィ。爪は全て生え揃っていた。
十全の状態の爪の生え揃い、これを以てジョニィは、左人差し指からACT2を二発、音の壁を突き抜ける程の速度で発射。
レイン・ポゥと純恋子を空中に放り上げると同時に、黒羽に自動防御機構を搭載させ、これでジョニィの攻撃を迎え撃つ。
音速程度、パムの反射神経なら反応出来ぬ速度ではない。羽を用いたのは、身体に染みついた、初撃に対する警戒癖のせいであった。
そしてそれが、パムの命運を正の方向に別った。黒羽に刻まれた、爪弾による弾痕。それが勝手に動き始め、自身の方に迫ってくる事に気付くパム。
蓄積された戦闘の経験値の賜物、パムは即座に、ジョニィの放った爪の弾による弾痕は、生きているように動きそして対象に近付いて行き、それと肉体が重なるや、
爪の弾丸で直接貫かれたのと同じようなダメージを与えるのだと看破。この推察は、何処までも正しかった。

 パムの取った行動は迅速だった。爪弾による弾痕が刻まれた黒羽を、穂先から柄の端に至るまで真っ黒な、一本の槍へと変形させる。
勿論ただの槍ではない。柄の太さは二m程、長さに至っては十m近くもある巨大な槍である。これでは持つと言うよりは、両腕で抱えなければ保持して振う事も出来まい。
これをパムは、此方目掛けて信じ難い程の速度で接近するアレックス目掛けて、射出。初速の段階で、音を超過した加速を得たそれに対応するアレックス。
アレックスの行った事は、単純明快。槍の穂先目掛けて、思いっきり右拳を突き出すと言う物。正気の判断ではない。
パムの槍が得ている速度もそうだが、その貫通性能もパムは著しく上昇させている。厚さ十mにも達する鉄板ですら、この槍の前では紙同然。
こんな物を拳で止めようものなら、腕は拉げ、その身体を槍の穂先が穿っていた事だろう。そう――普通の拳で対応したのであれば。

 魔人の右拳と、槍の穂先が激突。
勢いが勝った。槍ではなく、人修羅の拳がである。拳面が穂先に触れた瞬間、槍は柄の中頃から音もなく圧し折れ、激突の際に生じた凄まじい強さの衝撃波が、
拳と穂先の衝突部から荒れ狂う。破壊するか、と内心でパムは唸る。驚愕し、戦慄した訳ではない。十分に予測出来た事だ。
それに、当初の目標はパムは達成した。先程放った槍は、ジョニィの放った爪弾によって刻まれた弾痕が残っていた黒羽を、変形させたもの。
それを破壊されてしまえば必然、ジョニィの宝具(スタンド)による弾痕もまた、同じ命運を辿る。パムは、ジョニィが放った初見では対処困難な一撃に、見事対応して見せたのだ。

 ジョニィが爪弾を放ってから、アレックスが黒槍を破壊するまでにかかった時間は、一秒を遥かに下回る。
それ程までの短時間で、これらのやり取りは行われていた。ジョナサンですら、認識不能なスピードで。

「球場の中に行くよ」

 未だ空中に舞っていた状態のレイン・ポゥと純恋子。
純恋子の従者たる虹の魔法少女は、何もない虚空から虹の橋を延長させ、其処に、純恋子を抱えたまま着地。
振えば人体など簡単に真っ二つにする程鋭い縁を持ったその虹の橋(ビフレスト)は、かなり急なアーチを描いて、球場内のグラウンドにまで伸びていた。
そしてレイン・ポゥは、そのアーチが伸びる方向へと、凄い速度で駆けだして行った。「私もあっちに混ざりたかったのですが」、と純恋子が呟いたのを、果たして何人が聞き取れたのか。

「仕方のない奴だ」

 苦笑いを浮かべ、小さくなって行くレイン・ポゥの背中を見送るパム。見事なまでの、保護者、引率者面だった。
この見送っている隙を狙って、アレックスが接近、岩など豆腐の如くに粉砕する修羅の拳をパムの顔面に叩き込もうとする。
しかし、黒羽の一枚を神業のような速度で、両腕両脚を覆う籠手(ガントレット)と具足(グリーヴ)に変形させ、これを鎧わせた左拳で、アレックスの拳を迎撃。
硬い、と思ったのはアレックスだ。一方的に籠手を粉砕し、そのまま拳を腕ごと破壊するかと思っていたのに、予想が外れた。想像以上の堅牢さだ。
凄まじい攻撃力だ、と思ったのはパムだ。籠手の内部には衝撃を吸収する為の緩衝材を幾重にも、レイヤーを重ねるように配置していたと言うのに、それらを貫いて、パムに衝撃を与えて来た。重ねた緩衝材の層があと数枚足りていなければ、腕が痺れていただろう。無論、緩衝材を一切抜きにしていたら、腕自体が麻痺したように動かせなくなっていたかも知れない。恐るべき、アレックスの拳の威力!!

「逸るな、しっかりと責任もって遊んでやる」

「遊ばなくて良い。とっとと死ね」

583第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:33:20 ID:Mv5chdUo0
 地を蹴りアレックスから距離を取るパム。それは距離の調整の他、攻撃の回避をも兼ねていた。
パムが先程まで、アレックスと拳を合せていた所を、正しく目にも留まらぬ速度で人の爪が行き過ぎる。
ジョニィがパム目掛けて放ったACT2、それは結局、偏在した空気を貫くだけの結果に終わる。有体に言えば、スカを食う形になった。

 次にパムが行うとすれば、地味ではあるが厄介な能力を持っているジョニィへの攻撃だろう。アレックスはそう考えた。
パムとジョニィは同じアーチャーのクラスではあるが、ステータスの面ではパムの方に軍配が上がる。
いや、軍配を上がると言う言葉を用いる事が憚られる程、ステータスの面で水を空けられている。凡そ何一つとして、ジョニィはパムにステータスで勝っていなかった。
しかもそのステータス上の強さと、実際そのステータスから発揮出来る強さに、何一つとして乖離がないと来ている。
本気でパムに対処されたら、ジョニィは成す術もなく殺されるだろう。折角の同盟相手だ。友好な関係を、築かねばならない。

 アレックスの判断は当たっていた。ブーメラン状に黒羽を、パムは変形させているのだ。
大きさは約三m程。そのブーメランの縁部分が刃のように鋭くなっている事から、どのような用途でこれを用いるのかなど即座に判断が出来る。
地を蹴り、弾丸の如き勢いでパムに――ではなく、ブーメランに向かって斜め四十五度の鋭い角度で跳躍。
近付くや、変形させたブーメランに対して、空中に浮いたままソバットを叩き込み、黒羽のブーメランを蹴り飛ばす。
しかも、ただ蹴り飛ばしただけではない。明白な意図を以て、アレックスは蹴る方向を選んでいた。
――黒贄である。最悪のバーサーカー、黒贄礼太郎の下へと、この魔人は黒羽を蹴飛ばしていたのである。
時速数百㎞を超過する程の速度で迫るブーメランに対し、右腕を斬り飛ばされた黒贄は、何をしたか。

「あ、思い出しました。あの競技場でみた美人さんじゃないですか」

 あっと気付いたような呟きをしながら、凄まじい速度で迫り来る、刃を携える黒いブーメランを、思いっきり右足の爪先で蹴り飛ばす。
黒塗りのブーメランが、黒贄のこの迎撃の影響で、中頃から圧し折れ、破壊される。そればかりか、黒贄の蹴りの勢いが余りにも強すぎたせいか。
真っ二つになったブーメランが、アレックスが蹴り飛ばした時の速度に音の数倍の速度をプラスさせたスピードで、遥か上空へと消え失せて行く。
冗談のような、その膂力。アレックスも流石に目を見開く。ジョニィもまた、同じ。パムだけが、冷静な表情で黒贄の事を見据えている。
レイン・ポゥと純恋子から、黒贄礼太郎を名乗るこのバーサーカーの異常な筋力を聞かされているばかりか、実際にその異常さを新国立競技場で目の当たりにしていたからだ。黒羽を破壊してみせたところで、今更驚くには値しなかった。

 それよりも、今の今まで黒贄がずっと――即ち、パムがこの場に現れてから今に至るまでの時間を、棒立ちの状態で過ごしていたのは、
パムが何者であったのかを思い出そうとしていたからだったらしい。信じられない程の暢気さである。いや、暢気と言うよりは最早痴呆とでも言うべき愚鈍さだ。
たっぷり数十秒の時間を使い、漸く黒贄は、この場に現れた高露出の女性の正体を思い出したらしい。そう、黒贄とパムは、言葉こそ交わさなかったが過去に出会っている。
尤も、過去、と言う言葉を用いる程昔ではない。数える事数時間前、まだ虚無に呑まれる前の新国立競技場での乱戦で、彼らは戦っていたのである。

 黒贄ですら覚えているのだ、勿論、パムも黒贄の事は憶えている。それも、鮮明に、だ。だからこそ、内心では唸っている。黒贄のその姿に、だ。
確かにパムは黒贄の姿を見知っている。だが、最後に彼女が、この希代の殺人鬼の姿を目の当たりにした時には――黒贄の姿は、凡そ戦えるに適さない程の、
『ズタボロ』の状態であった筈なのだ。機能している内臓が存在しない所か殆どを体外に掻き出され、脳を破壊され、四肢すら破壊され……。
それが、新国立競技場での黒贄礼太郎のコンディションであった筈。最早説明の余地がない程馬鹿馬鹿しい事であるが、そんな状態で戦える人間は存在しない。
魔法少女やサーヴァントであってすら、あの時の黒贄礼太郎と同等の状態で戦える存在など、片手の指で数える程しか存在するまい。
しかし、存在しないと言う訳ではない。常軌を逸したタフネス、プラナリアに例えられる程の高再生力。それがあれば、あの状態で戦う事も可能であったろう。

584第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:33:34 ID:Mv5chdUo0
 それよりも問題なのは――あの状態から黒贄が『回復』したと言う点だ。
あの時、新国立競技場に集っていたサーヴァント達は、揃いも揃って英霊の座全体から見てもトップクラスの実力を誇るサーヴァント達だった。
それらの攻撃を受けておいて、しかも、最後に出会ってから半日すら経過していないこの短時間で、黒贄はその際に負ったダメージの殆どを『回復させていた』。
今現在の黒贄の姿を改めて眺めるパム。頭蓋骨が外部からでも見える程深く、縦に割られた顔面。刃状の得物で断たれた事は明白だ。
胴体も同等の物で斬り裂かれた事が窺える斬傷が袈裟懸けに走っており、右腕もまた、同様の物で切断されたのだろう。肘の辺りから消失している。
今の黒贄の状態も酷いには酷いが、如何考えても競技場の時に比べたらマシになっている。回復、したのであろう。
競技場から脱出した時から、アレックス達と戦うまでの、短い時間の間に。

 アレックスが右足で地面を踏み抜く。彼を中心として直径十m圏内の地面に亀裂が生じ出し、其処から、橙色の光が噴き上がる。
ただの光ではない。それ自体が高い熱エネルギーを内包しており、対魔力を持たないサーヴァントが触れようものなら瞬く間に、大ダメージを負う程の力を持っている。
が、戦闘の経験値についてこの場にいるどのサーヴァントよりも上を行くパムには、この程度の攻撃を対処する等簡単な話だったらしい。
弾丸を想起させる程の速度で後ろに飛び退く事で、噴き上がるエネルギーの範囲外まで退避、いともたやすく避ける事に成功する。

 一呼吸置いてから、体内のリズムをパムは調整。そしてこの間に、ジョニィはACT3を発動させ、渦の中に潜行を始めた。
まだ秘密を隠しているらしい、パムはそう考えた。今しがた渦に潜ったジョニィを含め、この場にいる三体のサーヴァントを相手取って倒せる自信はパムにはある。
凄まじ過ぎる増上慢であるが、実際それに見合うだけの、そして行える程の実力と宝具を持っている。
但し、余裕綽々でそれが出来るのかとなると話は別だ。ジョニィなら兎も角、アレックスと黒贄は、パムの黒羽をそれこそ破壊に特化したそれに変形させねば無理だ。
それどころか、破壊や戦闘に著しく尖らせたそれに変形させたとしても、余裕で勝つのは不可能事だろう。
アレックスは単純に、技量や身体能力、そして有する能力面が凄まじく高いレベルで纏まっている為、鎧袖一触とは行かない。
一方黒贄の方は、度を越したタフネスに加え、恐らくは備わっているだろう超高水準の再生能力が厄介だ。
戦闘続行能力の高さに自己再生能力……王道でありきたりではあるが、戦闘での有用性は計り知れない。
これに加えて黒贄には、魔法少女の中でも最高スペックの身体能力を誇るパムの運動能力を超越する程の肉体的なスペックがあるのだ。厄介でない筈がない。

「やりがいがあるな」

 そう言う悪条件については、やりがいを感じる方の女。それがパムだった。
理想は全力で戦える環境だが、縛りのある戦いについて理解がない訳ではない。そう言う状況においても最大限のパフォーマンスを発揮するのが、パムの能力だ。
構え直し、再び戦いに赴こうかと思った、刹那。黒贄の姿が掻き消え、パムの下へと、百分の一秒を大幅に下回る速度で走って接近。
ワープでもなければ、魔術的な補助を借りた移動でもない。自前の筋力のみによる移動だと、サーヴァントであっても思うまい。それ程までの、スピードだった。

 空手の左腕をパム目掛けて乱雑に振り下ろす黒贄。新国立競技場で、高速で飛来する重さ二十t超の巨剣を弾き飛ばす程の腕力だ。
ただ勢いよく振るわれるだけで、致命傷の威力を内包しているのは最早言うまでもない。
定石通り、残った二枚の羽の内一枚に、自動防御の機能を付与させ、黒贄の攻撃に対応。凄い速度で羽が、振るわれた黒贄の腕の軌道上に配置。
腕の形に、黒羽が凹んだ。この地球上に存在するあらゆる物質の堅牢性を超越する硬度だったと言うのに、信じられぬ腕力だった。

 黒贄に追随するような形で、アレックスがパムの方へと接近してくる。武器は持っていない、空手だ……が。
このサーヴァントが徒手空拳でですら、並のサーヴァントを容易く屠り、葬る力がある事はパム自身も理解している。
寧ろ攻撃の選択肢が豊富な分、下手をすれば剣やらの得物を持った状態の時よりも厄介な可能性すらあった。

585第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:33:47 ID:Mv5chdUo0
「テェッ!!」

 パム達まで残り数mと言う段になって、突如、両の腕を左右に勢いよく交差させるアレックス。
何かを感じ取ったのだろう、黒贄の攻撃を防いだ自動防御機能搭載の黒羽が、パムの前に移動、その大きさを四倍程に拡大され、彼女の前面を覆うバリケードとなる。
――瞬間、バリケードがまるで風船か何かのように体積を膨張させた。殆ど限度一杯までの膨らみ具合だ。ところどころに膨らみすぎから来るヒビが生じている。
後ほんの少し力を加えられていたら、破裂させられていた事だろう。恐るべしはアレックス……いや、アレックスの宿す人修羅の力が放てる『烈風波』だ。
攻撃に付随して発生する衝撃波、これを攻撃に転用する手段は珍しくない。悪魔は勿論、人間だとて武に覚えのある者なら行使する事が出来る。
但し、人修羅の男の放つその烈風波は、悪魔達の括りから見ても異常な威力を誇る。正面からの攻撃なら、艦砲の一撃ですら無傷で乗り切るパムの黒羽の防壁があのザマなのだ。威力は用意に想像がつく。そして、直撃した時に己の身体に舞い込む、未来でさえも。

 腕の交差を解き、片腕を振るい、再びあの烈風波をバリケードとして展開させた黒羽に放ち、それが激突。した、瞬間だった。
ある種の火薬の炸裂音に似たような大音が羽の辺りから生じ始めたのだ。そしてこれと同時に、羽そのものが、破裂した。
驚きに似た光を瞳の奥で煌かせたのは、アレックスの方であった。勿論、パムの黒羽を突破すべく、壊せるレベルの出力で攻撃を加えた。
確かにアレックスの攻撃で、黒羽のバリアは砕かれた。問題は、『簡単に砕かれてしまった』と言うこの事実である。
余りにも、呆気なさ過ぎる。アレックスの見立てでは、もっと持ち応える物だと思っていたのに――其処まで彼が考えて、気付く。
この黒羽の破壊は、パムが意図して設定した『攻撃』であると。この事実を認識するのに要した時間、千分の一秒。羽が破壊された瞬間から、ラグが殆どない。

 アレックスは知る由もないが、これは戦車の装甲に装着される反応装甲に原理は近い。衝撃を受ける事で、その装甲の内側の火薬が炸裂、そして、装甲が破裂。
こうする事で、戦車本体にとって致命となる損傷を受けても、表面の反応装甲が浮き上がり、敵の攻撃の威力が分散、結果として軽微なダメージで済むと言う訳だ。
欠点は、戦車の近くを哨戒している味方の兵士が、破裂した装甲の直撃を受けて死にかねないと言う点だが……この場に於いて、
巻き添えを食らう心配のある味方のいないパムにとってこの欠点は欠点足りえない。攻防一体となった特性もそうだが、例え砕かれて破壊されても、
羽が一つ残っていれば破壊された分をリカバリー出来るパムにとって、爆発反応装甲を模倣した性質のこの羽は、極めて利便性の高いそれとなっているのだった。

 炸裂した黒羽の破片が、超音速を軽々に上回る速度でアレックスと、接近していた黒贄の方へと飛来する。
反応装甲由来の性質の黒羽があった場所からアレックスがいる所の距離は、四m程。破片の速度を考えるに、見てからの回避行動など、出来るべくもない。
何が起こったのかを理解するよりも前に、掠っただけで肉体が粉々になる威力を内包した黒片の衝突を受けて即死する未来しか有り得ない。
しかし――これを回避出来るだけの反射神経が、アレックスには与えられていた。アレックスの両腕が、消えた。消えた、としか見えない速度で動かしている。
音と言う従者がついて来れない程のスピードで両腕を動かし、こちらに害を成そうとする破片を次々弾き飛ばし、対応する。
一方黒贄の方は、破片の直撃を受け、胴体の四割近くを吹き飛ばされた状態となっていた。左わき腹が殆ど存在せず、左胸部まで、筋肉も骨格も消し飛んでいる。
これで黒贄を仕留めた、などと最早この場にいる誰もが思っていない。特にパムだ。新国立競技場で見た時よりも、まだ黒贄が今負っているダメージは、軽い。動けて当たり前とすら思っていた。

 アレックスの方へとステップインするパム。アレだけ埒外の身体能力を見せ付けられていながら、パムは彼とインファイトを行おうと考えていた。
その方が範囲攻撃を行わないので周囲への被害を考えなくても済むし、彼女自身肉弾戦にも絶対の自信がある事もそうなのだが、何よりも、
肉弾戦の方がアレックスと楽しめると彼女自身が判断した事が一番大きい。つくづくの、戦闘狂であった。

586第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:34:26 ID:Mv5chdUo0
 黒羽を変形させて生み出した黒一色の篭手、それを纏わせた右拳を、間合いに入った途端アレックスの顔面目掛けて突き出す。
アレックスは避けない。避けられないのではない、避けないのである。出来る、とパムは内心で唸る。この一撃が疑似餌である事を、アレックスは見抜いている。
先程行った、爆発反応装甲の原理。それをたった今、パムが装着している篭手と具足にも応用したのである。
迎撃の為に篭手を攻撃すれば、それが超速で飛散する。回避しても、攻撃を放ち終えた瞬間にそれらを砕いて飛散させ、攻撃後の隙を解消出来る。こんな寸法であった。
故に、アレックスの反射神経で、この右拳の一撃を見の姿勢に回られるのが一番不味い。フェイントだと解っているフェイントは、脆いのである。
アレックスが何かをする前に、篭手を爆発させようとした、刹那。自身の体重が全部消失したみたいな感覚。それが、パムの身体に舞い込んで行く。
身体の全て……それこそ内臓や骨に至るまでが、自分の意思を超越して勝手に宙へと浮かび上がるような、全身の毛が逆立つような不気味な浮遊感。
それが、パムの身体を包み込む。自分の身体は今、浮いている。自分の意思で空を飛んでいるのではない。浮かされている。視界の上下が、反転した。凄い速度で、仰向けになった自分が地面へと堕ちて行き、空が遠ざかる。自分は今投げられて――。

 パムの背面と後頭部に、衝撃が爆発した。自分は、合気に近い要領で投げられたのだと、理解したのはこの瞬間だった。掴まれた事すら悟らせない、圧倒的な技量だ。
地面の感触が硬い。コンクリートだ、当たり前である。明瞭だった視界が一瞬で、油のプールの中から外を見るようにグニャリと歪み始めた。
脳が、頭蓋の中でピンボールのように揺れているのが良く解る。脳震盪。誰が何処にいるのかすら解らない程、視界が混濁している。
絵の具を何色か適当にぶちまけ、水を含ませた筆か刷毛でなぞった見せたようなマーブル模様。それが今の、パムの視界だった。
アレックスや黒贄、ジョニィは何処に? などと、認識出来る筈もない。だが、確かな事は一つ、動かねば、死ぬ。それだけだ。

 咆哮を上げるパム。雷鳴のような大音声だった。
自分を奮い立たせる為、そして、相手を怯ませる意図を込めたこの雄たけびを上げながら、パムは、脳震盪の真っ只中であると言うのに、
信じれない程の速度で立ち上がり、姿勢を整えた。左肩を、何かが突き抜ける。炎とはまた違う、高温度の光だかレーザーだかで貫かれたような、
灼熱の痛みが肩甲骨ごと彼女の肩を貫いた。アレックスの魔力剣だ。もっと致命になりうる急所を狙ったのだろうが、パムがアグレッシブに動くせいで、
狙いが逸れて肩を攻撃する形になってしまったのだろう。恐らくアレックスの事だ、雄たけびで怯んではいるまい。
明瞭な痛みが、濁った視界をクリアなものにする。幻覚に囚われた時、視界が自分の意思とは違う何かにジャックされた時。痛みと言うのは、覚醒の特効薬となる。
混沌した視界の問題をクリアするやパムは、自分とアレックスを繋ぐ魔力剣を手刀で叩き壊し、自由の身となる。壊された魔力剣は無害な魔力へと昇華される。
パムに刺さっていた剣の残滓にしても、同じ事だった。この昇華と同時に、アレックスは編んでいた魔術をパムの身体に叩き込もうとする。
ハマオン……つまり、アレックスのいた世界でセイントⅢと呼ばれる魔術が変異した術だ。浄化の白光がパムを昇天させんと包み込もうとした瞬間、
凄まじい速度でパムは後方宙返りを行い、これを回避。そして、宙返りから着地するよりも前に、最後に残った一つの羽を三つに分割。
そして体積を、元の羽と同じサイズにまで拡大させる。これで、黒羽の枚数は元に戻った。足りない分の残り一枚は、篭手と具足に変形させたそれである。

 着地し、拳を構えるパム。魔力剣で貫かれた左肩が気になるが、問題にならない。
骨を破壊されたとしても、黒羽の破片をカルシウムに変質させ、それを砕かれた所と癒着させ回復させれば良いだけの話だ。動きが鈍くなるのは、数瞬の事。我慢せねばなるまい。

「おや、良い笑みですな。美人はそうでなくてはなりません」

 呑気も呑気に、黒贄が言った。何処がだよ、とアレックスは思わず心中で突っ込む。
今パムの浮かべてる笑みこそが、戦闘狂のテンションが最高潮に達した時に浮かび上がるそれなのだ。
なまじ元となるパムの顔つきが美女のカテゴリーの中でも最高位に相当する程の美しいそれである為、笑みは凄愴と言うよりも凄艶の域に達しており、
獰猛さと美しさが同居するその笑みに睨まれれば、如何なる男も女も、二重の意味で立ち竦む事であろう。その笑みの恐ろしさに。そして、美しさにも。

587第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:34:38 ID:Mv5chdUo0
 痛みに屈する肉体も精神も、パムは持ち合わせていない。同様に、衝撃を加えられても折れて萎える心でも最早ない。
痛みや衝撃を受ければ、寧ろ肉体も心も活性化する。それが、戦いによって齎されたものとなれば猶更だ。
私だって負けられないし、強いんだぞ。その思いで乗り越えられる。今のパムが、正しくそれだ。
何故ならば、自分に痛みを与えられ、膝を屈させる程の存在は、その時点で強者である。その強者との戦いこそが、パムにとって最も楽しいコミュニケーションなのだ。
魔法少女の世界では、その強者が――パムと真の意味で語り合える存在は、全くと言って良いほどいなかった。
クラムベリーはもしかしたらその域にまで育ち得たやも知れないが、彼女は自制する術をパム以上に育ててなかったが故に、自滅してしまった。

 自分が今、どんな顔を浮かべているのか。鏡を見るまでもなくパムは理解している。
嗤っているのだろう。アレックスが繰り出してくる未知の攻撃。黒贄礼太郎が振るう圧倒的かつプリミティヴな暴力。それらを、期待して、笑っている。
色気なんて欠片もなく、明るさなんて何処にも見当たらない、泥臭く熱の篭った、獰猛な笑みでも浮かべているのだろう。
しかたないじゃないか。だって、お前達が強すぎるのが悪いんだ。いや、悪くはないな。お前達はそのままで良い。そのままで良いから――。

「まだ、戦おう」

 ともすれば、懇願するような声音でそう口にした、その瞬間だった。
パムから十数m離れた所に存在した、ACT3の渦。其処からジョニィが、トビウオの様に勢い良く飛び出て、潜行を解除したのである。
ACT2を放つぐらいであれば、パムならば対処出来る。放たれた位置と相手のいる距離さえ解れば、死角から放たれた銃弾ですらパムは対応出来る。
だから、ジョニィの方は見る必要性すらない。……筈だったのだが。魔法少女としての嗅覚が、人間のそれとは違う、獣の臭いを感じ取ったとあれば、話は別。
ジョニィが現れた方角、つまり、パムの背後である。その方角を振り返ると――彼は、『馬』に乗っていた。
くすんだ白色の獣毛に、黒の斑点模様。その馬の特徴だ。見た所特別な力を感じない。実際問題、黒羽でアナライズしてみても、何の力も持っていない。
ギリシャ神話に語られる翼を持つ天馬ペガサスであるとか、聖なる角を持つユニコーンであるだとか、一日に千里を走るという赤兎馬だとか、
オーディンが騎乗する戦車を引くスレイプニルだとか。彼らが持っている――パムは実物を見た事がない為持っていそうな、が正解か――力強さや神韻、聖なるオーラやカリスマと言う物をその馬からは感じない。本当にただの、何の変哲もない馬であるらしい。

「畏れるに足りんぞッ!!」

 こんなもので何をしようと言うのか、魔法少女は馬より速く、そして長く走り続ける事が出来る。ただの馬など駄馬にしかならない。
黒羽を変形させ、迎撃しようとしたその瞬間にジョニィは――『馬に乗った状態で、爪をパム目掛けて放っていた』。これを、爆発反応装甲で、パムは対応しようとしたのであった。

588第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:34:53 ID:Mv5chdUo0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




     お前は馬に力を与え、その首をたてがみで装うことができるか

     馬をいなごのように跳ねさせることができるか

     そのいななきには恐るべき威力があり、谷間で砂をけって喜び勇み、武器を怖じることなく進む

     恐れを笑い、ひるむことなく、剣に背を向けて逃げることもない

     その上に箙が音をたて、槍と投げ槍がきらめくとき、角笛の音に、じっとしてはいられない

     角笛の合図があればいななき、戦いも、隊長の怒号も、鬨の声も、遠くにいながら、かぎつけている

                                                  ――ヨブ記39:19-25



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589第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:35:06 ID:Mv5chdUo0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ジョニィが放った爪弾は、彼の人差し指から剥がれて飛んで行ってから、一m。その軌道上でメタモルフォーゼをし始めた。
一切の脈絡もなく、まるでパラパラマンガのあるコマ以降を、それまでのコマとは全く別の絵に差し替えて見せたような、急な変身であった。

 大柄な人型のヴィジョンであった。赤味の強い紫色が、その体色の九割半ばを占めた、異様な姿である。
竦めさせたように首の存在が見えないのだが、もしかしたら初めから、首に類する部分はその存在にはないのかも知れない。
それに、非常に大柄だ。星の意匠を凝らした肩パッドと脚部プロテクターだけを見るなら、ラガーメンを思わせる。
一方で、無数の鱗を繋ぎ止めたような帷子を纏うその様子は、戦士の様にも見受けられる。全体的に、チグハグで、統一感がなく、不気味な印象を見る者に与える姿だった。
顔つきもまた異様で、目の部分に星のマークがペイントされ、額に相当する部分には馬の蹄に打ち付ける蹄鉄のような形をした、Uの字の飾りを着けていた。兎にも角にも、気味の悪い存在だ。

 そんな、帷子を纏った人型のヴィジョンが、宙を滑るようにパムの方へと向かって行く。
このヴィジョン――『タスク』の真正面に、パムの黒羽が変形した、反応装甲が立ち塞がる。厚さにして二十cm、縦横の幅が五mオーバー。
装甲と言うより、これでは最早壁だ。そんな物が、タスクの目の前に現れたのだ。この速度でぶつかっても壁は爆発するし、殴ったり斬ったりしても、同じ事である。
タスクは、その身体にタックルをぶちかました。無論、勢いを乗せた体当たりで突破する事も出来よう。だがそれをやれば待っているのは装甲の爆発だ。
跳ね返されるなどと言う甘い未来はない。胴体の骨が何本も圧し折られる事ですらまだ手緩い。ほぼ確実に、高速で飛来する破片に衝突し、全身がグチャグチャに潰され即死する。どちらにしても、タスクの――ジョニィの運命はこれで決まったも同然……の、筈だった。

 ショルダーパッドに覆われたタスクの肩が、反応装甲の壁にぶち当たる。……壁は爆発反応を起こさない。凪すら起きない海のように、何も起きない。
そう見えたのは、ほんの半秒の事だった。異変はすぐさま、誰の目にも明らかな形で生じだした。
黒羽が変じた反応壁、其処から、青白く光り輝くリング状の何かが音もなく、滲み出るように現れ始めたのだ。
それも、一つや二つと言う数ではない、百を容易く超えており、千個にも達するかと言う程の数だ。
リングは総じて、同じ方向目掛けて回転を続けており――その回転に従うかのように。……否。抗えないとでも言わんばかりに、その黒羽自体も、歪に回転をし始めた。

「!?」

 パムの瞳の奥底で、明白な驚きの感情が瞬いた。確かにその反応壁は回っている。しかしその『壁自体』が、回転しているのではないのだ。
その黒羽が変形して出来上がった壁、その一部分一部分が、音もなく回転をしているのである。
角が回転している事もあれば、角から離れた中央部まで。兎に角、物理的に回転する事は愚か、回転するギミックを仕込む事など不可能な部分まで回り始めている。
無論その壁に回転するギミックなどパムは仕掛けていない。となれば、思い当たる節は一つ。あの謎のヴィジョンによる攻撃で、今の現象は齎されているのだ。

 リングが回転している所から、白色の煙めいたものが上がり始める。リングと黒羽自体との摩擦、その熱で煙が生じているのだろうか。
真実は誰にも――それこそ、タスクの発動者足るジョニィにすら解らないが、確かな事は一つある。異常なスピードで、黒羽の壁が崩れ、雲散霧消して行っているのだ。
戯画や銀幕の中で見られるような、聖なる陽光を浴びて灰になり、光に実体が溶けて行く吸血鬼の表現宛らに、黒羽は崩れ、滅び、縮小し。やがて完全に消滅した。掛かった時間は、一秒と半ば。凄まじいスピードであった。

590第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:35:18 ID:Mv5chdUo0
「何をした……!!」

 黒羽が破壊される。これ自体は珍しい事じゃない。
無論、枕詞に卓越した実力者と言う言葉が付随するが、一部の魔法少女やサーヴァントならやってやれない事じゃない。
ジョニィは明らかに、その卓越した実力の部分を見出す事が出来ない。身体つきは、戦士として闘争や戦闘に向けて磨き上げられたそれではなく、
どちらかと言えばある種の『競技』に向けて絞られた風な物であり、とてもじゃないが、この場にいる怪物三名。
パム、アレックス、黒贄の三人の三つ巴の戦いに、何か気の利いたフォローを入れられる風な実力には全く見えない。
そんな人物が、黒羽をいとも簡単に破壊して見せた。この事実に、パムは明白な驚きを見せているのだ。それは即ち、今この瞬間まで、心のどこかでジョニィを侮っていた事の証左に他ならない。

 パムの問いかけに、ジョニィは何も答えない。いや、答える気は更々ないのだろう。
――パムはこの時、見た。見てしまった。ジョニィの瞳の中で、黒曜石の様に冷たく光り輝く、純度の高い殺意を。
憎いから、妬いているから、因縁があるから。そう言った感情論を超越、一切廃して、ただただ自分を目標の為だけに殺す。
そんな意思が如実に感じられるのだ。彼の何の変哲もない目の中で光り輝く、漆黒のプラズマ。それは恐らく、ジョニィ・ジョースターと言う男が、パムという魔法少女に対して抱いている、殺すと意思が結晶化した物であるのだろう。

「――上等だぞ貴様ッ!!」

 犬歯を見せ付けるような獰猛な笑みを浮かべ、パムが叫んだ。稲妻のような、声量だった。

「ほっりゃさっさー」

 痺れを切らしたかのように、黒贄がパムの元へと接近。反応装甲の破片の直撃で吹っ飛んだ脇腹から血を流しながら、元気に左腕を乱雑に振るう。
自分の背後から迫るその攻撃を、後頭部に目でもついていると言われねば納得が出来ない程の正確さで、ダッキングする事で回避。
台風を束ねて塊にしたような風圧が、頭上を行過ぎて行くのをパムは感じる。直撃していれば、パムと言えども即死だった。それほどまでの威力に、もうなっていた。
羽の一枚をサーベルの剣身の如き形状に変化させるパム。ただの剣ではなし。幅数m、長さ十mにも達する巨剣である。
これを猛速で振るい、黒贄と、拳の一撃を真横から側頭部に叩き込もうとするアレックスを一纏めに斬り殺そうとする。
アレックスは何とこれを、魔力を纏わせた右の手刀一本で、逆に剣身の方を斬り返してしまった。アレックスの手刀を受けて、黒塗りの巨剣の刀身が中頃から宙を舞う。
そして、手刀を振り下ろし終えたのと同時に、彼は刻まれた刺青から、数百万Vを超過する青白い放電現象を生じさせた。その高電圧の触手は凄い速度でパムと黒贄に迫る。
パムも、そして黒贄も。放電が迫り始めたそのタイミングで、地を蹴って大きく飛びのいて距離を離す事で回避する。放電の一部が地面に当たる。パァンッ、と言う破裂音と同時に、転がっていたコンクリートの大塊が消滅する。信じられない威力だった。

 剣身に変形させた黒羽を自らの意思で、空気に溶け込ませるように消滅させたパム。
飛び退きを終え、着地したと同時に、自分の手元にある黒羽の一つをパムは三等分にし、元の枚数に戻し始めた。
その分割する前の黒羽の大きさは、ピッタリと三等分出来る程度の大きさであったらしい。切り分けられたそれは皆同じ大きさをしていた。
その内の二つは、確かに、元通りの大きさに戻ったのであるが……一つだけ、様子がおかしかった。
大きさが元通りにならないばかりか――先程ジョニィのタスクの体当たりを受けた黒羽の同じように、青白く光るリングが滲み出るように現れ始め、消滅を始めているのだ!!

591第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:35:30 ID:Mv5chdUo0
「馬鹿なッ!!」

 余りにも不可解な現象に、パムが今度こそ驚きの声を上げる。
それと、全く同時であった。ジョニィが再び、馬に乗った状態で、爪弾を放ってきたのは。右の薬指から。
爪は先程と同じく、放たれてから一m程の所で、唐突にあの人型のヴィジョンに変貌を遂げ、その状態のまま凄い速度でパムの方へと向かって行くのだ。
何の原理で、自身が絶対の信頼を置く黒羽、その内の一枚が使用不能になっているのか。パムにはとんと解らない。だが、確かな事が一つある。
それは、あの人型に触れると言う事が、計り知れない程危険であるという事だった。さりとて、黒羽で防御する訳にも行かない。

 迷った末にパムは、地面に拳を打ち込み、其処からすぐに、地面に突き刺さった拳を引き上げさせる。
すると、それまで地面を舗装していたが、戦闘の余波で割れてしまったコンクリートの一枚岩が、つられて立ち上がって行く。
パムの拳に刺さったものの正体が、このコンクリートで出来た巨片であった。これを意図も簡単に引き上げさせたパムは、このコンクリの壁を文字通り、
タスクから身を守る為の壁として身体の前面に配置。それをし終えてからゼロカンマ二秒程後に、タスクがコンクリ壁に衝突。
凄い速度でコンクリからリングが滲み出始め、そのまま、早送りでもして見せたかのように、壁が消滅していた。役目を果たした為か、タスクもまた消えていた。

 このタイミングで、パムが動いた。
スタンディングスタートから一気に、騎乗しているジョニィの所へ、猛どころか、超がつく程のスピードでダッシュする。
魔法少女、その中にあっても最高位の身体能力を誇るパムの移動速度は、助走距離次第では、何の補助も借りない素の身体能力だけで、
新幹線のそれを容易く超える程のスピードとなる。彼女とジョニィの距離は、二十m程。それだけで、十分だった。その程度の距離で、パムは、時速三百オーバーの加速を得ていた。

 ジョニィの放ったあの攻撃、秘密は彼が騎乗している馬にあるとパムは推理。
馬を、素手で殴り飛ばそうとするが、それを許さぬ者がいた。アレックスと、黒贄である。アレックスは、同盟者を守る為。
そして黒贄は、纏めて三人を殺す為。新幹線のスピードを上回る速度で移動しているパムの元へと集い始めた。

 ジョニィが、スローダンサーの鐙を蹴って宙を舞い、それと同時にこの愛馬の展開を止めて姿を消させるのと。
黒贄の左拳と、黒羽で出来た篭手を装備したパムの一撃が衝突したのは、殆ど同時だった。衝突によって生じた、荒れ狂わんばかりの衝撃波。
まるでダイナマイトの炸裂だ。それが、ジョニィの身体にも叩き込まれる。

「うぁぐっ……!!」

 攻撃と攻撃の衝突、その余波に過ぎない衝撃波。
攻撃その物の直撃ではないにしろ、身体能力が普通人の延長線上のそれしかないジョニィにとっては、それは致命傷に平気でなりかねない。
現に、今の衝撃波の影響で、肋骨にヒビが入った。インパクトに煽られたジョニィは、鐙を蹴った事で到達した高度から、また更に十数m上空を舞い飛ぶ事になった。
このまま地面へと落ちるのか? 落ちればそのままダメージを負うだろうし、落下途中でパムの攻撃が飛んでくる可能性もゼロじゃない。
ジョニィの状況はかなり不味かったが、これを救ったものがいた。アレックスである。彼はジョニィが吹っ飛ばされた高度二十mを超える所まで一気に跳躍。
そのまま彼を抱きかかえるや、上向きに魔力放出を行う事で、一気に地上に急降下。そのまま着地し、ジョニィを救出する。

592第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:35:49 ID:Mv5chdUo0
「無事か」

 訊ねるアレックス。

「何とか……」

 言いながら、口から少量の血を零れさせるジョニィ。決して、無事ではない事が解る。

 アレックスが目線を、黒贄とパムの方へと送る。
有り得ない速度で、左腕を振るう黒贄。攻撃が、アレックスの目から見て、滅茶苦茶過ぎる。
ただ単に、腕を力任せに振るう。やってる事はそれだけだ。それだけなのに、速度も、其処に内包された威力も、桁違いのもの。
黒贄の攻撃に、技術の粋なんて欠片ほども見られない。攻撃に、技術がない。
それは即ち、自分の戦闘は無計画かつ無秩序な場当たり的なものである、と宣言しているのに等しい。つまり、すぐに息切れする上、疲れ易くなるという訳だ。
そんなものは、黒贄にはない。乱雑な攻撃を継ぎ目なく、流れるような連続性と、音を超過するスピード、そして、鉄塊すら容易く砕く腕力で叩き込み続けるのだ。
そしてこれをパムは、アレックスどころかジョニィから見ても、明白な技術力の高さで対応し続ける。
アレックスの当て推量だが、黒贄の身体能力はとっくにパムのそれを追い抜いているのだろう。単純な一撃の威力、移動する速度や反射神経。
それは黒贄の方に分があろう。だが、パムはその足りない部分を、凄まじいまでの戦闘技術で補っている。
篭手で防ぐ、防いだ傍からカウンターを行う、それを避ける黒贄。避けつつも攻撃を繰り出し、それをパムが膝蹴りを行う。
直撃する黒贄、きっと、胴の骨は粉々だ。それでもまだ、あの薄ら笑いを浮かべている。そして、痛みにも屈しない。その笑みのまままた攻撃を繰り出し、
パムが、再びこれに対応し、その時最も適した反撃を行う。武の理想だ。肉体的に然程優れていないのなら、技でそれをカバーする。
無論、肉体が強いに越した事はないだろう。現にパムの肉体のスペックは、ひ弱なそれどころか、屈強と言う言葉でも尚足りない程達している。
そのパムですら、技に頼らざるを得ない程、黒贄は強いのである。……と言っても、そんな状況に陥って尚、パムは嗤っているのであるが。

 黒贄の攻撃を、ステップを刻んで回避するのと同時に、パムは、飛翔。
高度十数m地点で、腕を組みながら停滞、浮遊。三名を見下ろす形で、彼らを睥睨する。浮かべるのは、不敵な笑み。

 ――きっと、の話になる。
確証を得た訳じゃない。だから、これが正鵠を射ているのかもパムには解らない。当てずっぽうの可能性も多分にある。しかし、パムの勘が告げている。
間違いなく、『この聖杯戦争において四枚の黒羽の内一枚は使い物にならなくなった』。つまり今この瞬間から、パムは、『三枚の黒羽で戦いを続けて行かざるを得ない』。
今羽を四枚に増やしても、先程見たいに青白く光るリングが湧いて出て、黒羽を消滅させてしまうだろう。やって見ない事には何とも言えないが、きっとそうなる。

 ジョニィの放ったあの、人型のヴィジョン。アレはパムですら初めて見る能力だった。しかし、流石に最強の魔法少女と称されるパムだけある。
培ってきた戦闘経験、そして、数多見てきた魔法少女達と、彼女らが使っていた固有の魔法の詳細データの蓄積。それらから、ジョニィの能力はある程度導き出せる。
先ずあの能力は、『馬に乗っていなければ発動出来ない』のだろう。それはそうだ。あんな恐ろしい力、素で放てるのならとっくに自分に放っている筈なのだ、と。
パムは考えていた。パムレベルの身体能力と反射神経の持ち主では、並大抵の馬に騎乗した程度では何の役にも立たない。
寧ろ判断のある程度を馬に委ねてしまう分、反応が遅れてしまい不利とすら言えるだろう。つまり、能力の発動条件は、厳しいと言う事になる。
では、その厳しい発動条件を満たした上で行ったあの爪弾には、どんな能力が付与されていると言うのか? これもまだ、推測の域を出ない。
が、確実に当たっているとパムは睨んでた。恐らくあの爪弾――と言うよりは、あの人型のヴィジョンか――に触れたものは、『死ぬ』。
一切の例外は、其処には無い。アレはきっと死神(ハーデス)を放つ力だ。次に繋ぐ機会、傷を癒す再生力、無限大の防御力。
それらの全てを、あの一撃は知らぬとばかりに叩き壊す。粉砕する。引き裂く。問答無用なのだ。
触れれば、機会を奪う。再生する力を焼き尽くす。果て無き防御も砕いて見せる。あの死神には、それが許されているのだ。
死を遠ざける手段が理不尽であればある程、あの死神はより上位の理不尽を叩きつけ死を齎して来る。アレはきっと、そう言う能力なのだろう。そしてそれは、人だけじゃない。物質にも等しく機能するに相違ない。だからこそ、黒羽は再生しないのである。

593第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:36:07 ID:Mv5chdUo0
 初め、黒羽の一枚を再生不可能なまでに破壊された時、パムは、頭蓋の中が焼き尽くされる程の怒りを一瞬覚えた。
それも無理はない。何せ自分のアイデンティティである能力の一部を、完全に封印されてしまったのだ。そんな感情を覚えるのも当然の事だ。
だが即座に、その怒りは、ジョニィ・ジョースターと言う男への畏敬と敬服に変わった。そして、あの男を侮っていた自分への、憤りにも。

 骨の髄まで戦闘の美酒に漬かされきったパムには、戦闘と言う行為についてはある種の美学のようなものを持っている。その内の一つに、攻撃についての美学がある。
例えば、世界一つ――それこそ宇宙の全てだとか、銀河一つだとか、惑星一つだとかでも良い。それを破壊出来る威力と規模の攻撃があったとする。
その攻撃は、攻撃と言う概念の一つの完成系、究極の姿の一つと言えるだろう。言ってしまえば、強さなるものの極限とすら換言出来る。
それはそうだ、世界を一つ完膚なきまでに壊し尽くせるのだ。究極、なる言葉を冠するに相応しい事は間違いない。
しかし、それだけの規模と威力の攻撃を放っていながら、本命を殺せなかったら如何言う評価が下されるのか? 攻撃とは相手を倒し、殺す為のもの。
世界を破壊出来る力を有していながら、本当に倒すべき相手を倒せなかったのなら、それは範囲だけが徒に広く、無駄に多くの命を巻き添えにするだけの、
傍迷惑な代物以外の何物でもない。そんな攻撃を攻撃として評価した場合、パムは下の下の評価を下す。
だが――範囲や、一時に殺せる人間の数は拳銃の弾丸一つ分しかないが、『必ず一人の相手を殺せる攻撃』があったと仮定して。
その攻撃に対してパムはどんな評価を下すのかと言えば、それは――『究極』である。
目当ての相手を絶対に、何があっても、どんな手段・どんな能力を有していても、問答無用で殺せる攻撃。これを攻撃と言う物の完成系と呼ばずして、何と呼ぶ。
攻撃と言う物が、相手を倒し、殺す為の物であると言うのなら。如何なる能力や不条理、体質を抉じ開けて相手を殺せる攻撃は、至高の形の一つである。

594第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:36:21 ID:Mv5chdUo0
 ――スマートな力であると、パムは思った。自分には出来ない芸当、だとも思っていた。
パムの能力は、本気を出せば出す程、殺せる蓋然性が高い攻撃をやろうとすればする程。それに比例して破壊範囲も極大の物となる。
大量破壊が可能な魔法少女。そうパムは呼ばれていた。一方で、市街地などの密集地帯では、その大量破壊が可能な力が枷となる。いらぬ破壊を招くからだ。
そんなものだから、魔王パムの本気を拝める場所は、この世界に於いては大気圏外しかないと揶揄された事もあった。そしてその揶揄は事実その通りであった。
いろいろ試行錯誤を繰り返して見たが、結局、破壊範囲と反比例するかのように威力が上がって行く攻撃は開発出来なかった。
パムは、破壊範囲と威力と言う究極は掴む事は出来たものの、絶対の殺害性能と言うもう一方の究極までは手中に収める事は出来なかった。

 ジョニィは、これを持つ。
自分が望んで已まなかったもう一方の完成系、至高にして極限のカタチの一つを手にしている。
ステータス上は自分の遥か格下、その上、超越性の欠片も感じられない平凡な風貌で、これを持つ。その事実に、パムは震えた。――嗤みを隠せない。
触れれば自分は死ぬのだぞ。レイン・ポゥはきっとそう突っ込む事であろう。確かにそうだろう。だがそれは、自分に恐怖を芽生えさせる要素に何ら育ち得ない。
掠った時点で、アウト。次はない。そんな攻撃を放ってくるのだ。スリリングで、面白かろう。パムは本気でそう考える女だった。

 あのアーチャーは、あの攻撃を得る為に。
どれだけの時間を犠牲にしたのだろう。どんな誘惑を断ち切ったのだろう。どれ程の可能性を剪定したのだろう。
辛い事のみを選び続け、楽になれる機会を捨てる事を繰り返す。それこそ、自己のメリットに繋がる全てを捨てて初めて得られる、『真の全て』。
それがあの能力なのだとパムは解釈した。戦いを司る神とは、酷くケチだ。あれ、これ、それ、どれ。全部捨てねば究極は与えない。
ジョニィはきっと、捨てたのだ。或いは、本人の意思とは裏腹に捨ててしまったのだ。後者の結果得られた強さでも、構わない。
ジョニィは、強い。アレックスも、強い。黒贄なぞ、言わずもがなだ。三名が三名とも、方向性の異なる道を極めている。つまり――三通りの遊び方が、この場で出来ると言う訳だ。

 黒羽の一つに周辺の状況を走査する機能を付与させる。少なくとも、神宮球場周辺に至るまで、まだ人は集まっていない。
今の内だった。人が集まるまでの短い時間内に、全力を出すのは――今の内であった。

「――死冬(ニヴルヘイム)」

 その一言と同時に、黒羽の一つに霜が纏わりついて行き――――――――。

595第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:37:03 ID:Mv5chdUo0
後二回に分けて投下するかもしれませんが、とりあえずは投下終了です
企画の放置、大変申し訳なく御座います。datにだけはしない事は誓いますので、どうかまた応援の程を宜しくお願いします

596名無しさん:2018/11/01(木) 12:38:25 ID:x5XIqqMw0
待ってた
パムの強さはさることながら、永久に羽の一枚を潰したジョニィの活躍が光る
殺人鬼王決定戦の名に恥じない強者ばかりで読んでいてワクワクしますね

597名無しさん:2018/11/01(木) 14:41:01 ID:bYWV6ZXs0
お前の投下を待ってたんだよ!(迫真)
投下乙です。三人の魔人の化け物っぷりと、ここぞとばかりに美味しい所を持っていったジョニィの活躍いいゾ〜これ(恍惚)
未だ登場していないキャラがどう関わってくるのかも楽しみ

598名無しさん:2018/11/01(木) 20:36:08 ID:oXr9n3Z20
投下乙

これパムは一回だけの必殺技持ったようなもんだや

599名無しさん:2018/11/03(土) 17:10:19 ID:7ip7PwB20
ACT4相手の被害を羽一枚落ちに留めたパムもスゲエや
これだけ世紀末めいた戦いが繰り広げられててまだ続きがあるの楽しみが過ぎる

600名無しさん:2018/11/03(土) 18:29:38 ID:AA/ufkRs0
北上様と幻十がかち合いそうなのが不穏な空気を醸し出す

601 ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:31:04 ID:7Sgx76gs0
新年明けました

投下します

602第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:32:05 ID:7Sgx76gs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「アサシン、野球はお好きかしら?」

 ストッ、と。レイン・ポゥが展開させた虹の橋から彼女自身が降り立ち、その後で、抱かかえられていた純恋子が地面に降り立つ。
共にピッチャーマウンドの上に立っている。この言葉は、その折に純恋子がレイン・ポゥに投げかけたものであった。

「スポーツ自体がそんなに好きじゃねーから。て言うか、アンタもそんなに野球は好きじゃないっしょ? ああ言う試合時間が長いのはお気に召さなそう」

「どちらかと言うとそうですわね。ついでに言うとサッカーもそんなに好きではありません。決着がつくのに時間がかかりますもの。私の好きなスポーツは相撲ですわ」

「まぁ……すぐに決着はつくわな……」

 まわしを締めた純恋子の姿を思い浮かべるレイン・ポゥ。
想像以上に似合っていたので、思わず噴出しそうになるが、こらえた。そう言う所は我慢強い。

 パムの黒羽を応用した事前の走査で、この神宮球場にはサーヴァントが一人もいない事は既に判明している。
いるのは、本当に幾ばくかの従業員。そして……黒贄礼太郎のマスターと思しき、魔術回路を保有した人間の女性。即ち、遠坂凛である。
此処にいる事は解っている。だが、具体的に何処に隠れているのかまでは解らない。パムが近くにいるのなら、こんな球場などガラス箱も同然。
何処に隠れていようが能力の応用で追跡可能だが、彼女が此処にいない以上、レイン・ポゥ達は自分の足で凛を探さねばならない。

 パムの事は、今でも気に入らない。寧ろ、嫌いであるとすら断言出来る。
だが、間違いなくあの魔法少女は、凛と言うマスターと渡り合う上で最も勘案せねばならない要素である、黒贄礼太郎を凛と合流させる事を防いでくれる。
凛単体なら、如何にでもなる。彼女と黒贄が合流してしまえば、手がつけられない。それをパムは阻止してくれるだろう。
勿論、それは善意から来る行いではない。パムが、黒贄と戦いたいと言う邪な感情を抱いているから、パムはあの殺人鬼と戦ってくれるのだ。
動機はこの際、如何でも良い。パムは、黒贄を食い止めてくれる。それについては一切の疑念も抱いてない。それについてはレイン・ポゥは信頼しているのだ。

「アサシン、手出しは無用でしてよ」

 問題はこの近距離パワー型の女である。
何でも遠坂凛との決着は自分がつけるのだと、彼女、英純恋子は随分と息巻いている。
実際、腕に覚えがあるマスターとマスターが戦って決着をつけるのは、何も間違ってはいなかろう。
サーヴァントを倒すのは、マスターの仕事ではない。これは戦闘をこなせるサーヴァントの領分である。
だから純恋子が、凛との戦いは自分に任せろと口にするのは、何も間違っている所はない。だが問題は、凛は魔術を使えるのだ。
これで、凛が当初の見立て通り、黒贄礼太郎と言う強大な暴力装置に振り回されるだけの無力の少女だったら、レイン・ポゥは純恋子と凛が戦うと言う事実に、
難色を示す事もなかった。だが実際は違った。凛は、戦える。度胸も、ある。こうなってくると話は別だ。なるべく純恋子と凛は戦わせたくない。
レイン・ポゥは純恋子も嫌いだ。こう言うイケイケで、自分の我が強いキャラクターが彼女は好きではないのだ。
だから純恋子が野垂れ死にしようが、銃で撃たれたり剣で滅多切りにされて無様な骸を晒そうが、普段ならば如何でも良い。だが今は不味い。
純恋子はレイン・ポゥのマスターだからだ。死なないように配慮するのは当然の運びであった。

「そんなに戦いたいか?」

 もう答えは決まりきっているだろうが、一応訊ねる。

「彼女……遠坂凛からは、貴族の風格を感じました。並ならぬ才覚を持った上で、一日たりとも努力を怠けなかった者のみが放てる、独自の風です」

「はぁ」

「そう言うオーラを持つ者に対しては、敬意と誠意を以って接せねばなりません。お分かりですね?」

「解らない」

 即答。しかも、全く返答にやる気がない。

「女王を志す者同士が相対したら、どうなるのか? 勝負でしょう」

 どうやら純恋子の脳内では、凛は女王を志す候補生扱いで、純恋子自身からは好敵手として認識されているらしい。
敵ながらレイン・ポゥは同情する。自分の知らないところでドンドンドンドン訳の解らない設定を付与されて行くのは、どんな気持ちになるのだろうか。

603第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:32:48 ID:7Sgx76gs0
 どちらにしても純恋子は、遠坂凛との戦いに完全に燃えているらしかった。
あの魔術師の女に純恋子が何を感じ取ったのかはレイン・ポゥには解るべくもないが、魔術を使うと解ってもなおこの意気軒昂ぶりは素直に凄いと思っている。
相手が恐るべき手段を使うと解れば搦め手や抜け道、卑怯に邪道も何でも用いるレイン・ポゥとは対照的だ。真っ向から相手を叩き伏せるストロングスタイル。
肯定的に捉えるのなら、互いの足りない部分を補い合える関係なのだろうが、無論、人間関係はジグソーパズルのピース宜しく、簡単にピッタリ行く物ではない。
実際は純恋子とレイン・ポゥの関係はデコボコも良い所で、サーヴァントやマスターと出会った時の応対と言う、一番重視せねばならない部分ですら、意見の合致を見ない程である。

 今回レイン・ポゥは、ある程度純恋子に譲歩する事にした。凛と戦わせるのである。
普段ならばそんな暴挙は許さないのだが、幸いにもこの神宮球場内には現状サーヴァントの類は潜伏していない事はパムの黒羽で把握済み。
つまり、この場にいるサーヴァントはレイン・ポゥ一人だけ。これならば、ある程度のマスターの逸脱は黙認出来る。
無論、マスターが死にそうな場合はフォローを入れる。凛に純恋子が殺されそうならば、それを防ぐ。当然の配慮だった。

 パムの黒羽によって、凛は、この球場内を忙しなく動き回っている事が解っている。
しかし、完全なランダムで動いているのではない。球場の形状と、移動している現在位置、そして、パムが黒贄やアレックスらと戦っている場所。
これらの要素を合算して考えれば、凛がどんな法則下で動いているのかは、一目瞭然。明らかに、パム達を意識している場所を動いている。
要するに、パム達の戦いがチラリとでも良いから確認出来るポジショニングを確保可能な所のみしか動いていないのだ。
大方、黒贄の動向が心配だから、彼の姿が最低限見る事が可能なところにいたいのだろう。判断としては、正しかろう。
しかし、一定範囲内でしかランダムに動けないと言うのであれば、それはもう、移動先を特定したに等しい。今の凛は、水に溺れた犬のようなもの。弱り目も弱り目の状態だ。叩きに行かない手はなかった。

「その場所まで赴きましょうか、アサシン」

「あいよ」

 言って二名は、マウンドからダッグアウト(控え席)へと駆け出し、フィールドから球場内部へと移動。
其処から、遠坂凛がうろついているであろう場所まで一気に距離を詰め始める。

 移動する事、約一分程。目当ての者は、いた。というより、鉢合わせの形になった。
二階通路へと通じる階段を純恋子らが駆け上がろうとしたそのタイミングで、凛とバッタリ遭遇したのである。
純恋子は階段の踊り場部分、凛が、二階の通路部分である。どうやら壁に取り付けられた窓から、黒贄達の様子が伺えるところであるらしい。
移動しながら、チラチラと、彼らの様相を見守っていたに相違あるまい。

「!!」

 目を見開かせて凛が驚く。死んだ人間が蘇った瞬間を目の当たりにしたようなリアクションであった。
無理もない、午前中に戦ったサーヴァントの主従、その中でも特に『濃かった』人物と出会ってしまったのだ。その反応も珍しいものじゃない。
そして、凛は今この瞬間、純恋子の主従が今の状況に絡んでいた事を初めて知った。無理もない。黒贄自体はパムと競技場で出会ってはいたが、
凛は今までずっと競技場内部を移動していたが為に、競技フィールドで複数のサーヴァントらと大立ち回りを繰り広げていたパムの存在を認知出来ていなかった。
認知していれば、パムがこの場に現れ、戦っている瞬間を見て、芋づる的にレイン・ポゥもこの場にいる事を予測出来た可能性もあろうが、
パムが何者なのか知らない以上そんな推測は立てられない。結局、パムがこの場に現れた瞬間からレイン・ポゥらがこの球場に侵入した瞬間を、
良いポジショニングを探している内にうっかり見逃してしまっていた凛が、純恋子らが今回の件に絡み始めた事を知る機会は、今までなかったと言う事である。

「御機嫌よう、遠坂凛さん」

 たった今より殺し合いを行おうと言う者が浮かべるとは到底思えない、洗練された淑女の笑みを浮かべて純恋子が言った。
これから茶会か、立食パーティーでも行われ、その参加者に対して向けていた笑みだと言われても、殆どの者が納得するであろう。

「女王を志す者なら、善き好敵手にはささやかながら返礼の品を用意するのが当然の礼儀。生憎と今は持ち合わせが御座いませんが、どうかご容赦――」

「邪魔」

604第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:33:28 ID:7Sgx76gs0
 純恋子が全てを言う前に、恐ろしさすら覚える程酷薄な声音でそう口にした凛は、向けた人差し指から赤黒いガンドを放った。
腕を此方に差し向ける動作から、何をしてくるのか見抜いた純恋子が、直立不動の姿勢をそのままに横に勢いスライド。ガンドが、彼女が先程まで直立していた場所を穿つ。
直撃していたら、間違いなく純恋子の胴体には致命の一撃が叩き込まれていただろう。

「せっかちで――」

 純恋子が言葉を紡ぐ暇すら、凛は与えない。ガンドを再び狙い打つ。射線上から、純恋子の姿が消えた。
果たして誰が信じられようか。何と純恋子は、階段を駆け上がるのではなく、階段の右横にある壁を『横走り』しながら凛の元へと近づいているのだ。
――良く見ると、純恋子の靴は、脱がれていた。外行きの格好に気を使う彼女が、靴を履き忘れたと言う事は有り得ない。意図的に脱いだのだ。
今回の戦いに際し、純恋子は脚部機械の換装を行っていた。即ち、脹脛や踵部分から超高速回転するローラーの他、登山靴に着けるアイゼン等、
様々な用途を持った機能を飛び出させる脚部機械を装備しているのである。
ローラーをローラースケートの要領で用いる事で高速での移動が可能になる他、悪路や凍結した場所での安定した移動をも約束する。
先程純恋子が、直立状態のまま凛のガンドを回避したのは、ローラーを高速回転させる事で勝手に移動させる機能を活かしたからだった。

「チッ!!」

 凛が、スタントアクションの達者見たく壁を走る純恋子目掛けて、ガンドを放つ。其処で、純恋子が壁を蹴って、一気に凛の下へと跳躍。
壁に真新しく刻まれた、無数の小さな穴。アイゼンの機能を用いているらしい。尤も、純恋子ならばこれに頼らずとも壁ぐらいは走って来そうな凄みは、ある。

 一気に凛の下へと迫る純恋子が、胴回し回転蹴りを凛の胴体目掛けて放つ。
腕を交差させ、それを防御する凛だったが、純恋子の脚はほぼ付け根から機械である。当然、蹴りや殴りの威力はその機械の重さがモロに乗せられる形となる。
当然、生半な防御や受けの技術が通用する訳もない。防御したところで腕は折れる、胴の骨は砕ける……筈なのだが。凛の身体の骨は折れる事はない。
しかし、無傷ではやはりない。純恋子の一撃の威力に負け、数mも凛は吹っ飛ばされる。背面から床を転がる凛だったが、直ぐに立ち上がり、姿勢を整える。
純恋子もまた、空中で派手な蹴り技を披露したせいか、着地に手間取ってしまっていた。何とか凛と純恋子が体勢を整えられたのは、同じタイミングであった。

 特に、自分の攻撃を受けても思った程ダメージがない事については、純恋子は驚いていない。
魔術の事は全く知らない門外漢、基礎のきの字も知らないが、解る事は一つ。応用次第では戦闘に転用させられ、簡単に人を殺せる術が魔術のカテゴリー内には、
当たり前のように存在すると言う事実。ならば、珍しくなかろう。自分の身体能力を底上げさせ、強化する術がある事位は容易に想像出来る。
それを用いているのだと、純恋子は直感的に理解し、そしてそれが正しかった。凛は純恋子の姿を認識した瞬間、強化の魔術を自分に適用していたのである。

 目が据わっている。凛の瞳を見て先ず純恋子はそう思った。
香砂会の邸宅で彼女の姿を見た時は、何処か浮ついていて、目的意識も定まっていない、どちらかと言うと弱さの面が目立つ瞳をしていた。
今は違う。然るべき目的を見つけ、理解し、それを達成する事に強い意識を向けている。そんな者だけが有する、特有の光をその目に宿していた。
あの短期間の間に、何が凛を変えたのか。それは純恋子には解らないが、確かな事が一つある。彼女は以前よりも全力で、自分、英純恋子を殺しに掛かると言う事だ!!

605第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:33:55 ID:7Sgx76gs0
 ブンッ、と。懐に手を入れた凛が、何かを純恋子の方へと放った。
強い山なりの軌道を描きながら迫るそれの正体を認識するよりも速く、凛がガンドでこれを打ち抜いた。
すわ、魔術的な何かしらの飛び道具か!! 純恋子がそう警戒するのも無理はない。ガンドは、凛が投げた物を寸分の狂いもなく撃ち抜く。
凛が投げたものは、容器。もっと言えば、液体を溜め置く事を目的とした、本当に小さなものであったらしい。
黒い液体が、四方八方に飛散し、その一部が純恋子の顔面に引っ掛かった。拙い、と思うのも無理からぬ事。
何せ今身体に掛かったのは、正真正銘の魔術師が保有していた得体の知れない液体なのだ。酸のように皮膚が溶けるとかなら可愛い方、最悪の場合、
非常に強い毒性の液体で、一滴浴びただけで死亡と言う事にもなりかねない。そうだとしたら、短期決戦になるだろう。
即効性の毒でも、気合と根性があれば何とか延命出来るかもしれない。超高層ビルから叩き落されても生きていた時の経験を思い出し、それを賦活剤にして、
凛に食って掛かろうとするも……結論から言えば、その気持ちが一気に収縮した。何故ならば凛の投げた液体の正体を、理解したからだ。
純恋子の嗅覚が、凛の投げた物の正体をダイレクトに教える。――醤油だ。普段純恋子が口にしている特級品のそれとは格段にグレードは落ちるが、間違いなくこれは醤油だった。

 何故醤油を掛けたのか、と一瞬だけ思考が漂白された瞬間、ガンドが脳天目掛けて放たれた。
そう、凛としては投げるものなど今放った、シューマイ弁当に付けられていた醤油の入れ物だろうが、酸の入った試験管だろうが、毒液の入った小瓶だろうが。
何でも良かった。ただ、純恋子の意識を一瞬だけ白紙に戻せれば良かった。そして、その意識の空隙を縫うように、ガンドを放つ。こんな算段だったのだ。

「しまっ――」

 其処で腕を動かしてガンドをパリィングしようとするも、もう間に合わない。脳漿と共に、頭蓋の破片と、髪ごと付着した肉片を炸裂させるのか。
そう思った刹那、矢のような速度で自分の真正面を何かが横切るのを純恋子は見た。

 ――レイン・ポゥだ。
不穏な空気を感じ取った彼女が、階段の踊り場から鋭い角度で跳躍。その勢いのまま純恋子の真正面を横切り、横切りざまに、
虹の壁を自らの体の前面に一瞬展開させ、ガンドを防御、主の危機を救ったのだ。

 純恋子が自体を認識するよりも速く、レイン・ポゥは行動に打って出た。
タッと着地するなり、虹を凛の下へと全方位から殺到させようとするが、それをするよりも、凛の行動の方が早かった。
レイン・ポゥの姿を見るなり、脱兎の如くその場から逃走。矜持も何も掻き捨て、背を向けて純恋子達から逃走を図った。
逃すか、と言わんばかりにレイン・ポゥが虹を、凛の頭上から一本、前後左右からそれぞれ一本。合計五本の虹を射出させ、
見るも無惨なバラバラ死体にさせてやろうとするが、これを彼女は、サッカー選手が行うような見事なスライディングで回避する。

 スライディングを終えた状態から急いで立ち上がる凛。
倒けつ転びつ、蹌踉とした様子で急いで立ち上がった彼女は、危なげな様子で左手の側にあった階段目掛け猛ダッシュ。
踊り場までの十数段をジャンプ一つで飛び降りる事で、階段を降ると言う工程をショートカット。何とか純恋子達から距離を取った。

「アサシン」

 普段の会話のトーンではない。静かではあるが、しかし。
母親が、お痛をした我が子を窘め、叱り付けるような声音で、純恋子はレイン・ポゥの名を呼んだ。

「謝らないから」

 即答する。

「あの女はもう、アンタの知ってる浮ついた女じゃない」

 純恋子ですら気付くのだ。死線と修羅場を掻い潜ってきた、歴戦の魔法少女であるレイン・ポゥが気付かぬ筈がない。

「その通り、だからこそ私は――」

「だからこそ」

 純恋子が全てを言い切るよりも前に、レイン・ポゥが彼女の言葉を遮った。有無を言わさない、強い語調である。

「私はアンタを戦わせたくないのさ」

 英純恋子は、レイン・ポゥから見ても優秀な女性だと思う。
機械の手足込みであるとは言え、その身体能力はとんでもなく高い上に、各界へのコネクションも豊富な上に、経済力に至っては国内でも十指は堅いレベルのそれ。
それでいて頭も良く、胆力もあると言うのだから、非の打ち所がない。性別をそのまま男に変えても、彼女は人間と言う生き物の理想系、その形の一つと言えるだろう。
だが、そんな彼女であっても、聖杯戦争では生き残れまい。これだけのスペックを有していながら、である。
何故ならば、この聖杯戦争には彼女の総合的なスペックを軽々と上回る存在が珍しくないからだ。そのスペックには無論の事、殺し合いの場に於いての適正。即ち、殺し合いについてのそれも含まれている。

606第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:34:22 ID:7Sgx76gs0
 単刀直入に言って、まだまだ純恋子は競技、スポーツ感覚が抜け切れていない。これが拙い。
相手を殺す、その覚悟は確かにある。だが純恋子には、『どんな手段を用いても』、と言う風な生汚さ、卑怯に禁じ手、タブーに反則を容易くして見せるような、
精神性が全く育っていないのだ。戦いは、そう言う非情さにどれだけ速く徹せられるかが大事だと思っているレイン・ポゥにとって、今の純恋子の精神性は、
ハッキリ言ってまるでお話にならない。しかし凛は、最後に自分達が出会った時から起算してほんの数時間の間に、その精神性に突入していた。
言うならば、戦争という非日常が醸す狂気の空間、それに順応し始めたのである。

 ――何が起こりやがった……?――

 聖杯戦争の先行きなど、一寸先は闇どころの話ではない。
一刻先どころか、比喩を抜きに一分先すらその展開が予測出来ない。戦局はまるで風の強い海の模様のように、凄い速度で変わって行くのだ。
今有利な立場にいる者が、容易く次の瞬間には不利に甘んじる事などザラにあるのだ。故に、凛があのような『鬼』になる事は珍しくもないだろう。
ほんの数時間、とは言うが、その数時間は、凛を魔に変えるには十分過ぎる程の猶予があった事は容易に想像出来る。
凛が、如何なる魔手に足首を掴まれ、鬼の住む湖沼に引き擦り込まれたのかは定かじゃないが、確かな事は一つ。
今この場に於いて、最も浮ついた精神性の持ち主は他ならぬレイン・ポゥのマスターである英純恋子であり、今の彼女では逆立ちしても、凛には勝てないと言う事だ。
凛の変化に気付いたレイン・ポゥは、だからこそ純恋子の一人舞台に乱入し、自らの手で凛を抹殺しようとした。今の純恋子では、手に余る。そう考えたのである。

「今の貴女の行いは不問とします。追いますわよ」

「へーい」

 と言って数歩、純恋子が駆け出した、その瞬間だった。
自分が今歩いている床のタイルを貫いて、『赤黒い弾丸』が飛翔して来たのは!!
咄嗟の事故に、純恋子は反応が遅れた。反応は出来た物の、弾丸が出てきた位置が位置の為に、虹のバリケードを展開する事がレイン・ポゥは間に合わなかった。
結果として、機械の右脚のアキレス腱……に相当する部位が赤黒の弾丸、ガンドに撃ち抜かれてしまう。
エマージェンシー・コールが、脚部機械に内蔵された音声指示機能が発しだす。アイゼンや、ローラー、バーナーなど、機械がこれら様々なギミックを駆使する為の、
言わば連絡部を破壊されたらしく、以降使用が不可能になってしまった旨。それを純恋子に告げたのだ。

 瞳に怒りを宿したレイン・ポゥが、七色の剃刀を展開。三m程の長さに調整したそれを、目にも留まらぬ速さで床目掛けて振るいまくる。
一瞬にして、レイン・ポゥ達が足を付けている床部分に、縦横無尽に溝が刻まれ始め、其処からバラバラと床が崩れて行く。
無数にカットされたその瓦礫ごと、下階にレイン・ポゥと純恋子が落ちて行く。凛が下にいる、それは、間違いない。
言うまでもなく、純恋子達がいた二階と、凛がいるであろう一階は、天井――純恋子達からすれば床だ――によって遮られており、
透視能力(クレヤボンス)でも持たない限りは純恋子達が今どの地点を歩いているかなど判別不能の筈だった。
が、レイン・ポゥは、凛が何故自分達の場所をある程度特定出来たのか大体ではあるが理解していた。

 ――大層な脚何ざくっつけやがって……――

607第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:34:36 ID:7Sgx76gs0
 純恋子は当たり前のように動かして見せる為、かなり錯覚しがちだが、彼女の装備している機械の手足は、重い。
当然と言えば当然だ。人間の腕部、脚部相当の大きさの、金属の塊である。しかも純恋子の装備するそれは、戦闘に耐え得るだけの強固な金属で構成されている上に、
内部に様々な機構を備えた特別製だ。重くならない筈がない。と言うより、純恋子自体がわざと重く作ってあるのだ。
格闘戦で、パンチやキックの重さを増させる為にである。重さにして、三〇〜四〇kg弱。そんな物を装備して、靴などの緩衝材なしに全力で走れば、どうなるか?
『音が生じる』。遠くからそれと解る音がだ。恐らく凛は、この音を集中して聞き分けたのだろう。その音で、純恋子の位置を天井越しに推察。
ガンドを放ち、結果、大当たりだった、と言う訳だ。成程、実によくやった。レイン・ポゥにとっては、腹が立つ程、見事なやり方だった。

 着地する純恋子とレイン・ポゥ。後者の方は床を斬った張本人の為、上手く着地するのも当たり前だが、純恋子も純恋子だ。
右の脚部機械の機能を著しくダウンさせられたにもかかわらず、実に見事な着地を決めていた。やはり、素の身体能力がかなり高いらしかった。
視線の先、三m。其処に凛の姿を認めた瞬間、レイン・ポゥは矢も盾もたまらず、虹を延長させていた。
だが、行動に移るスピードは凛の方が早かった。直ぐに横っ飛びに飛び退き、すんでの所で虹を回避。
そして、この回避行動は球場内部からの逃走をも兼ねていた。虹を避けた時の勢いをそのままに、凛は右肩から窓ガラスへと衝突。
魔術によって身体能力が強化されていた凛は、この激突でガラスをぶち破り、一気に外へと転がり出た。
凛は一瞬、欲をかき、外壁越しにガンドを撃ち放って純恋子達を迎え撃とうかと考えたが、その欲を振り払った。
外で体勢を整えるなり、神宮球場には最早目もくれず、全力でその場からの退避行動を選んだ。そして、その選択が正しかった。
凛が地を蹴って移動してから、ゼロカンマ四秒程が経過した時、機関銃の如き勢いと数で、剃刀程度の幅・細さの虹が球場の外壁を突き破り、
凛が先程まで立っていた地点に群がったからである。色気を出して、ガンドを放っていたならば、凛は今頃虹の剃刀に貫かれて物言わぬ死体へと成り果てていた事だろう。

 球場の外壁、その一部が砕け飛んだ。内側から、強いインパクトを与えられたかのような壊れ方。
壊れた壁のその先に、握り拳を作って右腕を伸ばしている純恋子の姿があった。あの程度の外壁など、彼女にとってはビスケット同然であるらしい。

「ッ――!!」

 全力疾走を行いつつも、目線を後方に送り、純恋子達にガンドを放つ凛。距離は取る、だがそれ以上に、攻撃の手は緩めてはならない。
サーヴァントにとって今の凛の放てる攻撃などたかが知れてるが、それでも、やらないよりはずっとマシだ。
何故ならば攻撃をやめれば、此方が一方的に攻撃を叩き込まれる番になるのだから。

 案の定とも言うべきか、レイン・ポゥがガンドを虹の壁で防御する。尤もこれ自体は、凛も織り込み済みである。防げて当然だからだ。
後は相手の出方、であったが、向こうの初動がやや遅い。通常ならサーヴァントであるあのアサシンが即座に攻撃を行って来そうなものだが、
それが凛の目には、やや鈍っている風に思える。恐らくは、純恋子が原因だと凛は考えた。あの淑女は本当に、自分との決着に固執しているらしく、
その我が侭さが、レイン・ポゥの動きに桎梏を課している。凛はそう推察し、それが実際その通りなのだった。
純恋子が念話でレイン・ポゥに、なるべく攻撃の手を緩めろ、と命令していない限り、凛の命運もまた違うものになっていただろう。
今のままなら、自分は逃げられる。凛はそう考え、対するレイン・ポゥは、このままだと逃げられる!! そう考えていた。
純恋子の命令を無視し、関係に亀裂が生じても良いから凛を殺そうとした、その瞬間――凛の走行ルート付近の壁が、先程純恋子が殴って壊して見せたのと同じ要領で、砕け飛んだ!!

608第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:34:50 ID:7Sgx76gs0
「んなっ!?」

 予想だにしない現象に驚いたのは、何も凛だけではない。
純恋子に、レイン・ポゥ。彼女らもまた、攻撃の手を一時中断せざるを得ない程動揺していた。
立ち止まるか、それともこのまま走り続けるか? 凛に与えられた選択の時間は余りにも短く、その猶予の中で凛は、大きく弧を描いて走る、と言う道を選んだ。
砕いた外壁から生じる、建材の煙を突き破り、凛の元へと機関車の如き速度で迫るのは、凛の知っている人物だった。
黒贄と同じような黒い礼服を身に纏ってはいるが、着こなし方は此方の方が、黒贄のそれよりもフォーマルで、しっかりとしている。几帳面さが服装に出ていた。
体格は黒贄に負けないほど骨太でガッシリとしていて、礼服が実に良く似合っている。格上の人間は標準の服装がマッチする、と言う言葉通りの男だった。
凛はこの紳士の名を知らない、が。彼が目下の自分の敵である、と言う事実だけは彼女は明白に認識していた。そしてそれは――彼、ジョナサン・ジョースターにしても、同じであった。

 圧倒的に、ジョナサンの走る速度の方が速かった。強化の魔術を自らに施していてなお、ジョナサンの身体能力は凛を凌駕している。
攻撃の間合いに近づくなり、ごうっ、と。風圧すら生じる程の勢いでジョナサンが右拳を突き出して来た。
その攻撃に、凛がうら若い女子だから、と言う風な紳士の遠慮が微塵にも感じられない。敵だから、殺す。
そんなシンプルで、解りやすい意思が、皮膚を裂いて筋肉の内から溢れんばかりに、ジョナサンの拳から滾っていた。
攻撃を、凛が両手で受ける。腕を交差させて、防いだ、が。腕越しに舞い込んできた衝撃もまた、機関車の如し、であった。本当に、車か何かに激突したのでは、と思わずにはいられない程の、凄まじい力だった。

「!!」

 声すら、上げる間もなく凛が吹っ飛ぶ。
如何に少女と言っても、十代も半ばを過ぎた、人間の女性である。そんな彼女が、殴打を防御した時の立ち姿勢をそのままに、地面と殆ど水平に、すっ飛んでいるのだ。
人一人を、十数m程も殴り飛ばせるなど、信じ難い膂力にも程がある。あの男、ジョナサンは、どんな鍛錬を経、どんな力を身につけたと言うのか。

「っぐぅ……!!」

 着地に失敗し、背面から地面に倒れこむ凛。
苦悶に顔を歪めさせながら、凛は急いで立ち上がろうとする。この動作中、右腕を柱にして立ち上がろうとした瞬間、凄まじい痛みが下腕の辺りを走った。
認識したくない現実だった、骨が折れている。いや、ヒビかもしれない。どちらでも同じ事だ、戦闘に支障が出ると言う点では、致命的なダメージである。
脚だけの力で急いで立ち上がった凛は、自身の周囲の空間を点状に歪ませ、その歪曲点からガンドをジョナサン目掛けて乱射する。
しかしこれをジョナサンは、自らのスーツの上着を冷静に脱ぎ外し、それをバサッ、と振り上げて対応。
出来る筈がない、その一瞬でこんな事を思えたのはレイン・ポゥだ。しかし――その不可能をジョナサンは可能とした。
ジョナサンが翻した上着にガンドが当たった瞬間、彼自身へと殺到する赤黒い殺意の全ては砕け散り、無害化されてしまったのだ!!
目を見開く三名。そんな三人の目線を受けつつ、ジョナサンは、ガンドを砕いた上着を纏い直し、決然とした殺意を乗せた目線を凛に浴びせかけ、叫んだ。

「魂の篭っていない攻撃で僕は倒せないぞ!! 遠坂凛!!」

 衣類の翻りでジョナサンがガンドを砕けた理由は、言うまでもなく彼の操る波紋法による。
服にはじく波紋を流し込む事で、薄皮を千枚通しで刺す様にガンドで貫かれる筈だった上着の強度を底上げさせたのである。

 ジョナサンを殺しきれる切り札を、凛は今持っている。
持ってはいるが、それを此処で使って良いものか、悩んでいる。十数年、一日たりとも怠らず、コツコツと、魔力を溜めさせ続けた高純度の宝石。
この切り札を今現在、凛は余り多く持ち合わせていない。元々の数が少ないと言う事も、ある。聖杯戦争での運用に耐えられる程の魔力を溜め込める宝石は、
それだけ高品質……卑近な言葉を用いれば、凄く高いものでなければ話にならない。
商才のない弟弟子に冬木のオーナーを任せた結果、苦しいにも程がある台所事情を強いられねばならなかった凛には、この宝石を揃えるのには兎に角苦労したものだ。
そんな、聖杯戦争に備えて用意してきた宝石を、事もあろうに凛は三個しか今持っていなかった。本来は十個持っていた筈なのに、これは何故か。
馬鹿で間抜けな話だが、聖杯戦争開始前に黒贄があの虐殺を起こした時、動揺して屋敷に置き忘れてしまったのだ。その時の自分を、殴り倒したくなる。
あの時多少のリスクを犯してでも、宝石を持って逃走を図っていれば良かったのだ。悔やんでも、悔やみきれない。最悪、あの宝石を他者が利用するケースだって、有り得る。

609第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:35:03 ID:7Sgx76gs0
 そう言った事情のせいで、凛は、宝石を使う事にはとても過敏になっている。況して、あの競技場で一度宝石を使っているのが余計その事に拍車を掛けていた。
本当に、自分が命の危機に差し迫った瞬間。その時にこそ、彼女は切り札を使うようにしているのだ。
今は果たして、その瞬間なのか。この判断に凛は、大いに迷っていた。ジョナサン・ジョースターは、強い。
マスターとしては破格の強さであろう。下手をすれば、サーヴァントとて渡り合える程の優れた人間であるかも知れない。
魔術の腕は兎も角、肝心の殺し合いでの経験値が足りていない凛にとって、ジョナサンは過ぎた相手にも程がある。
切っても、誰も凛の選択を愚かと謗らないだろう。だが、あの宝石は予備の魔力バッテリーとしても機能し得る重要なアイテムだ。此処でこの宝石を、新国立競技場での戦いからさして間も空いてない状況で使うのは――

「其処の紳士(ジェントル)、待ちなさい!!」

 凛の元へと歩んで行くジョナサン……だが、そのピシャリとした強い声を聴いた瞬間、歩を止めた。
その歩みを止めさせたのは、誰ならん。英純恋子その人だった。純恋子の事を睨みつけるレイン・ポゥ。
念話でも、【止めろアイツの好きにさせろ!!】と純恋子の心に彼女は訴えかけていた。

「貴方と遠坂凛に、如何なる事情と因縁があったのかは解りません。ですが彼女は今、私と雌雄を決しているのです!! 横槍を刺すのはお止しなさい!!」

 純恋子の目は節穴ではない。ジョナサンが凄まじく強い存在である事など、見抜いている。
下手をすれば、腕部・脚部機械に、純恋子が想定し得る最高の戦闘適性を持つ装備をこれでもかと積んだとしても、勝てないだろうと思わせるレベル。
ジョナサンの強さを、それ位にまで彼女は見積もっていた。それに、彼は紳士でもある事も、既に純恋子は理解している。
伊達に、英コンツェルンの令嬢として君臨していない。聖杯戦争と言う非日常から解き放たれれば純恋子は、社交界の花形として持て囃され、
所謂上流階級に属する人々が一目置く、崖の上に咲き誇る一厘の白百合のような高嶺の花として振舞う事が出来るのだ。
そんな世界で、ジェントルメンを見続けてきた彼女である。ジョナサンが、疑いようもない紳士の心根を持った人物である事など、お見通しと言う訳なのだ。
それ程までの紳士を激昂させるなど、何をやったんだと言う思いと、これ程の強さを持つ存在と因縁を持っているなど、流石は当面の私のライバル、と言う思い。
それらが純恋子の中で両立していた。ジョナサンにも事情はあるのだろうが、凛は自分と先約がある。後から出て来て因縁を譲ってくれ、と言うのは虫が良すぎる。

「もう容赦はしないと決めているッ!!」

 純恋子の一喝が、生娘の精一杯の強がりにしか聞こえない程の強さと覇気で、ジョナサンが叫んだ。

「彼女は生かして置く訳には行かないんだ!!」

 握り拳を作り再び歩み始めるジョナサン。決意が、固い。
何て強固な意志なのだろうと純恋子も瞠若する。それ程まで、ジョナサンが凛に対して抱く瞋恚は強いと言う事か。
目には見えぬ、『決意』と言う名の灼熱の炎をその身に纏っている様な、その覚悟。純恋子が凛に対して抱く感情と同じ強さの感情を、ジョナサンは持っている。
凛と戦い、彼女を死闘の末に打ち殺す資格を、ジョナサンは確かに有している。だが、それとこれとは話は別。凛は此方の獲物なのだ。
本気で止めねば、凛が殺される。地を蹴り、ジョナサンの元へと向かおうとした、その瞬間。
茹だる様な夏の<新宿>の暑さが、一気に下がって行くのを純恋子のみならず、ジョナサンや凛、果てはレイン・ポゥですら、感じ取った。

 最初は、クーラーの設定温度を最低にまで下げ切り、そのまま何時間も放置したような寒さだった。
それが一秒経過するや、真冬を想起させるような低気温になり、また一秒経過するや――厳冬期のシベリア宛らの、極低気温へと変貌した。

【絶対喋るなよ!!】

610第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:35:14 ID:7Sgx76gs0
 レイン・ポゥが念話で純恋子に釘を刺す。
魔法少女は生身の人間以上に肉体が頑丈である。物理的な耐久力もそうであるし、極地環境に対する強い対応力の意味でもそうだ。
故に、この極低温の環境下でも活動が可能なのだ。逆に言えば、この状況下で平然といられるのは、彼女が魔法少女だからである。
魔法少女でなければこの環境は、命の危機に直結するレベルで極限のそれである。即ち、生身の人間に過ぎない凛や純恋子、ジョナサンに耐えられる物じゃない。
現在の気温は、マイナス四〇度程度だとレイン・ポゥは推察。エベレストの山頂付近の気温を大幅に下回る。正真正銘、死に直結する温度だ。
目を開けていれば眼球が凍り付き、不用意に口を開けば口内の粘膜が凍結し、唇をくっつき合わせていると唇どうしが凍結して口すら開けなくなる。
それが、今彼らが置かれている状況なのである。不用意な行動が、死を招く。だからレイン・ポゥは釘を刺したのである。純恋子も得心したのか、首だけを頷かせた。

 真夏の<新宿>で、真冬の東北や北海道よりも遥かに寒い気温になど、通常はなりようがない。
寒さに対する耐性がある分、レイン・ポゥは冷静に物事を判断出来た。彼女から見て数十m先の、舗装されたアスファルトから立ち込める陽炎。
それを見た時、この異常な低気温が、局所的な物に過ぎないと即座に解った。恐らくは、此処神宮球場周辺程度の範囲しか、この低気温はカバー出来てないのだ。
そんなあり得ない、――魔法少女がこんな事を言うのはナンセンスだが――魔法染みた芸当が出来る存在など、レイン・ポゥには一人しか心当たりがない。パムだ。
大方、戦闘で興が乗って、黒羽を使って環境に変動が来たすレベルの攻撃を行っているのだろう。
冗談ではない、一時のテンションの乱高下に付き合わされ、こちらのマスターが死に至るなど馬鹿な話にも程がある。
今すぐ攻撃を止めるよう注意しに行かねばならない。気丈に振舞っているが、純恋子もかなり辛そうなのが見て取れる。震えを懸命に殺そうとしているが、小刻みに、彼女の身体は揺れていた。

 純恋子を抱え、虹を生み出すレイン・ポゥ。 
延長させた虹は、高度四十mの所まで伸びており、その虹の架け橋を彼女は猛ダッシュで駆け上がる。
パムが原因となっているだろうこの極低気温は、ごく小さい範囲内の事だとレイン・ポゥは推理している。そしてその範囲とは、『上空にも』適用される。
つまり、ある程度の高さまで跳躍するか移動すれば、気温は元のそれに戻るとレイン・ポゥは考えたのだ。
そして、その予感は的中した。高度が三十mを過ぎた、途端の事である。体中を循環する血液がシャーベットになりかねない程の低気温が、
蒸し暑い夏の気温へと一瞬で変貌したのである。急激な気温差にさしものレイン・ポゥの温感も狂いそうになる。
身体に変調を来たしかねない程の、急転直下の温度差である。ある境目を過ぎればその気温差は七十℃を超えると言えば、此処神宮球場の置かれている状況がどれ程異常なものなのか窺えよう。

 名残惜しそうに、純恋子が眼下を見やる。
蟻かゴマ粒みたいな小ささの凛とジョナサンが、極寒の世界の底に取り残されていた。
凍死するのが先か、どちらかの攻撃で果てるのが先か、と言う状況になるのも時間の問題だろう。
遠坂凛とは、こんな形で幕切れになると思うと何だか遣る瀬無い。【戻ってみる気はありませんか?】、純恋子が訊ねる。【死ね】と言う言葉だけが返ってきた。
酷な話であるが、天運を掴む事もまた女王にとって重要な素質である。凛は、掴む事が能わなかった。それだけなのだ、と。純恋子は思う事にするのであった。

611第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:35:40 ID:7Sgx76gs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 パム周辺の環境は、より過酷な地獄と化していた。

 ルネサンス期の爛熟に燃える中世イタリアが生んだ詩人、ダンテ・アリギエリの著作に曰く――。
地獄の最下層であるジュデッカと呼ばれる氷原に氷付けにされ、二度と地上にそのおぞましい姿を見せる事がないよう幽閉されているのだと言う。
ダンテの著作に通暁している者が、この環境に叩き込まれたのなら、寒さで薄れ行く思考の中で、こう思うだろう。此処こそが、ジュデッカなのだ、と。

 この極寒の環境の原因たるパム周辺、その気温は今やマイナス百度を割っていた。サーヴァントですら、行動に著しい障害が出る寒さだ。
球場の外壁や地面には霜がビッシリと纏わりついており、本当に、此処が<新宿>の光景なのかと見る者に忘れさせる程に信じ難い光景と現象だった。

 ――更に信じ難い事には、気温は、『まだ下がっていると言う点』である。
パムが死冬(ニヴルヘイム)と名付けたこの技は、黒羽をナノマイクロレベルの粒子に変化させ、それを広域に散布。
この粒子はある種の化学反応――魔法で生み出された物の為、魔法反応の方が正しいか――を引き起こす性質を持ち、大気に触れた瞬間急激に温度が低下するのだ。
本気になれば、<新宿>全土を越えて東京都全域を絶対零度と同等の温度にまで叩き落す事が出来るが、戦闘の昂揚感に焼けつくされずに残った、
パムのギリギリの理性がそれを押し留めた。故に、絶対零度の範囲を、パム及びジョニィ、アレックス、黒贄達がいる此処のみに限定していた。
尤も、範囲を如何に最低限度のそれに絞ったとは言え、『余波』と言うものが勿論ある。この神宮球場周辺は、マイナス五〇度くらいにはなっているだろうが……。そこは、私がこいつらを倒すまでは我慢して欲しいと、パムは心の中で謝った。

「ううむ、寒いのは苦手ですなぁ……冬の生活苦は本当にキツくてキツくて……」

 地球上で観測出来る、最も寒い場所よりも寒くなっているのだ。
生身の人間は勿論、極北の環境に生きる動物、果ては、この現象は魔力によって生み出された物である為、神秘の具象そのものたるサーヴァントも無事には済まない。
サーヴァントですら、突っ立っているだけで凍死しかねない程の気温である。そんな環境下で、無遠慮に黒贄の如く喋くっていれば如何なるか。
唇の粘膜どうしが凍結してくっ付いてしまうのに、無理に喋っている為に、唇の皮が肉ごとバリバリと。嫌な音を立てて剥がれて行くのだ。
この唇の損傷以外にも、眼球が凍り付き球状の氷みたいになっている他、鼻の穴の内部まで完全に凍結し、呼吸が出来ない状態と黒贄はなっている。
こんな状態でも、意にも介さず自分の思う所を喋ろうとする。バーサーカー、成程。そのクラスに嘘偽りはないらしいと、パムは改めて認識するのであった。

 アレックスはこの寒さの中、平然としている。
いや、平然と活動出来るよう、措置を講じていると言った方が正しいか。
身体の中の魔力を内燃、己の体内を炉の様な灼熱を帯びさせる事で、この寒さを凌いでいるのだ。今のアレックスの体温は赤熱する鉄よりもなお熱い。
一方ジョニィの方は、この場に姿が見られなかった。厳密には、この場にいる。ACT3の能力を発動させ、己の身体を渦の中に潜行させているのだ。
ジョニィにとっても、パムの死冬によって齎されるこの寒さは耐えられるものでない。愛馬であるスローダンサーも、それは同様。
結局ACT3を用いた、逃げの一手しか取れなくなってしまうのだ。そしてそれは、パムにとっても計算済み。
パムの黒羽を一つ、永続的に使用不能にしたあの死神(ACT4)が、馬に乗っている時にしか発動出来ない可能性が高いと解った以上、
そもそも馬に乗せなければ良いのは誰でも考え付く事。その誰でも想到する方法をパムは実行しているに過ぎないのだが、そのやり方とスケールが、何ともパムらしかった。

612第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:36:00 ID:7Sgx76gs0

 ――流石に隙がないな――

 この場にて特に警戒するべきは、パムですら防御不能の、文字通りの『必殺』技を持つジョニィであるが、
未だに警戒のプライオリティの上位に、アレックスはかなり深く食い込んでいる。単純な身体能力と言う面だけで見るなら、自分より上だろうとパムは思っている。
まさか肉体でのスペックで、自分と渡り合える所か互角以上の存在がいるとは、パムとしても予想外だった。油断は断じて出来ない相手である。
殺すと言う意思を漲らせ、パムを睨んで構えるアレックスとは対照的に、黒贄の方はごく自然体。構えらしい構えも取らず、ボーっと突っ立っていた。
尤も、構えを取りたくても取れないのかも知れない。何せ右腕がないのであるから、構えを取ろうにもこれでは出来まい。
工夫次第でどうとでもなる、と言うのがパムの黒贄に対する評価だが、このバーサーカーもバーサーカーで全く底が知れない。
パムですら初めて目にするタイプの戦闘続行能力と、魔法少女と言うカテゴリで考えても類を見ない圧倒的な敏捷性と、腕力。
戦った所感としては、魔法少女ではないのは当然として、そもそも地球上で生まれ出でた生命と戦っていると言う感覚すらパムは覚えなかった。
まるで、外宇宙の生命体、エイリアンの類である。その表現が腑に落ちるレベルで、黒贄礼太郎と言うバーサーカーは、サーヴァントとしても生き物としても、逸脱した何かであった。

 結局誰一人として気を緩められない、と言う結論な事に気づいたパムが、内心で苦笑いする。
誰もが、戦闘能力と言う点から見ても強く、そしてその誰もが、その強さのベクトルが違うのだ。強さの指針が隣接も掠りもしない、この三名。
聖杯戦争。あの美しい医師の主である男の言葉を当初パムは眉唾物の下らない催しだと思っていたが、あの新国立競技場の一件以来、その考えを急激に改めていた。
成程、面白い。様々な異なる『強さ』の持ち主が、一堂に会する。それに、自分も巻き込まれている。
血潮が、熱く滾ってくる。その熱が、己の身体を暖める。こんな寒さなど、何ともないぞとでも言う風に。

 アレックスの姿が茫と霞む。水蒸気を通して向こう側を見ているかのように、身体全体が瞬間的に茫洋に映る程の高速移動である。
その気になれば、パムですらが惑う程、複雑怪奇な攪乱移動を行う事も出来るのだろう。しかしアレックスの取った移動ルートは、標的目掛けて一直線。
最短距離を超高速度で。それは、早く相手を叩き潰してやりたいと言う強固な意思の表れでもある行動だった。そして、そう言う意思を、パムは好む。

 アレックスの選んだ攻撃は、右脚によるローキックだ。
ただでさえ並一通りの英霊の筋力を凌駕する、人修羅の身体能力。それを、補助魔術――タルカジャ――によって強化された一撃だ。
直撃すれば、ヒットした脚部ごと千切れ飛ぶ。平時ならパムはこう言った攻撃は受けに回るが、放った相手が悪い。避ける事を選んだ。
垂直に、膝の力だけで十mも飛び上がったパムは、アレックスが彼女を叩き落とそうとするよりも早く、黒羽を羽ばたかせ、後方に滑空。
アレックスから三十m程距離を離した所で着地し、一呼吸置き、構えを始める。アレックスに、黒贄、そしてジョニィ。
この面子が相手では最早、今パムが纏っている、黒羽を変化させた耐寒耐熱耐衝撃を兼ね備えた、黒いライダースーツですらが当てにならない。
攻撃は徹底して回避、避けられない物については、生身で受けるのではなく羽を通して。ジョニィの放つ攻撃については、馬に騎乗しながらではないものでも、全部回避。黒羽で防御する事すらしない。パムの方針が、これであった。


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