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魔界都市新宿 ―聖杯血譚― 第3幕

434捨てる神あれど拾う神なし ◆hVull8uUnA:2017/06/18(日) 19:16:08 ID:IddUBjZs0
マーガレット&アサシン(浪蘭幻十)投下します

435捨てる神あれど拾う神なし ◆hVull8uUnA:2017/06/18(日) 19:18:03 ID:IddUBjZs0
新国立競技場で起きた惨劇を、区立図書館で知り、おっとり刀で飛び出したものの、付近は避難或いは野次馬に行こうとするNPCで溢れかえり、
競技場から放たれた黄金光の通過した区域に出動する緊急車両ですらが立ち往生している有様だった。
更には新国立競技場に通じる道は悉く封鎖され、自体が沈静化するまで緊急車両すらもが立ち入れなくなっていた為、2人は新国立競技場に近づく
事すら出来なくなっていた。
尤も、マーガレットと幻十ならば、ビルからビルに飛び移る等して、封鎖を突破できるのだが、報道のヘリやNPCが飛ばしたドローンが飛び回っ
ているとあっては、それも断念せざるを得なかった。
ともあれ、迸った黄金光、この場にいても競技場から伝わってくる只ならぬ気配、NPCの見ているスマホを覗き見て得た情報からするに、
新国立競技場では、迂闊に足を踏み入れれば、鬼神すらたちどころに命を落とす程の死闘が繰り広げられているらしい。

【マスター、このまま行くのは危険だ】

【………だからと言ってこのまま何もしないわけには…………】

逡巡するマーガレット、当然の事だ。そもそもが巻き込まれたNPCの救出の為にここまで来たのだ、道が混んでいるから何もしないで帰る
などという訳にはいかない。
だからといって無闇矢鱈と危険とわかっている場所に踏み込むのも気が引ける。
マーガレットには果たすべき目的がある。それを果たさずして死ぬような真似が出来るはずもない。
自分と幻十の戦闘能力を合わせれば、先ず負ける事はない。新国立競技場で戦っている者達を殲滅することも出来なくはないかも知れない。
だが、それをやれば、確実に<新宿>の被害は増すだろう。それは、誰が為したことであれ、エリザベスの罪となる。
いっその事聖杯を手に入れて全てを無かった事にする?論外だ。エリザベスは確かに聖杯を欲していた。
これが意味するものは一つしかない。
つまりエリザベスは、“他の参加者に対して聖杯を渡す意図は無く、最後に聖杯を手にするつもりでいる”という事だ。
そしてあのルーラーを見たマーガレットには、それが“確実な勝算に基づくもの”という事を理解していた。
アレと戦って勝てるサーヴァントが果たして居るかどうか?仮に居たとしても激戦を勝ち抜いて消耗した身では、兆が一にも勝ち目はあるまい。
聖杯戦争に乗るという事は、イコールでエリザベスの目的達成を叶える為に行動するに等しい行為である。
ましてや、殲滅した者達の中に、自分と志しを同じくする者達が居たら目も当てられない。
幻十がルーラーに勝てる見込みがない今、マーガレットは他者と手を組む必要が有った。
その為にも多くの主従に接触する必要が有り、新国立競技場で起きた大規模戦闘はその機会なのだが、行けば確実に戦闘に巻き込まれる。
マーガレットの思考は堂々巡りを繰り返し、簡単に答えを出せなかった。

436捨てる神あれど拾う神なし ◆hVull8uUnA:2017/06/18(日) 19:18:34 ID:IddUBjZs0
【マスター、赴く気がないのかい】

【思案中よ】

【臆病風に吹かれた……訳ではないね。貴女なら此の地に居るマスター全てを殺すこともできるだろうし………】

毒を含んだ己がアサシンの念話に、マーガレットの額に青筋が浮かぶ。
取り敢えず脳裏に、あのルーラーにフルボッコされて泣きながら土下座する幻十をイメージする。
心なしか気が軽くなった様に思えた。

【貴方に此の地のサーヴァント全てを斃す事が不可能事なのと違ってね】

【これは手厳しい】

肩をすくめて微笑するのがが見える様だった、というより実際にほんの僅かイメージして、マーガレットの�茲が少し赤く染まった。
即座に頭を振り、今朝幻十が腕を切り落とした少女の姿と、<新宿>で最初に出逢った幻十が解体した女を思い出す。
このサーヴァントの悍ましい性根を知り、実際にアサシンの所業を目の当たりにし、その美貌に慣れている自分ですら気を抜けばこうなるのだ。
何も知らぬ者達が不意に幻十の姿を見れば、神の降臨を目撃した敬虔な信徒の如く幻十を伏し拝むだろう。
凡そ、この邪悪そのものというべき男が、その様な“信者”を手勢として得れば、<新宿>にさらなる争乱を呼ぶ事になるだろう。
ともあれ、やはり赴くべきか、あの新国立競技場から奔った黄金光。討伐例の対象であるクリストファー・ヴァルぜライドがあそこに居る。
あの黄金の死光を放つバーサーカーは“危険”等という括りですら済まされない。
黒礼服のバーサーカーは、アサシンの推測によればマスターがまだ制御しているらしいが、あの黄金の狂戦士にはマスター の制御が無い。
重度の放射能汚染をもたらすという、簡単に使えない宝具を持つサーヴァントに、好きに宝具を使わせ、しかも回を追うごとに破壊が増している。
明らかにクリストファー・ヴァルぜライドのマスターは、<新宿>の被害を気にかけていない。
エリザベスにこれ以上の罪を重ねさせない為にも、速やかに仕留めるべき相手ではあった。

【状況は思ったより混沌としている様だ。マスター、一つ提案がある】

437捨てる神あれど拾う神なし ◆hVull8uUnA:2017/06/18(日) 19:19:08 ID:IddUBjZs0
「生存者は2名。後は皆死んでいる」

マーガレットの目から見ても、霞んでいる様にしか見えない速度で、十指を動かしていた幻十がl開口一番。告げた事実がこれだった。
国立競技場に近い雑居ビルの女子トイレの個室に、実体化をした幻十とマーガレットは居た。
幻十の提案とは、魔糸を用いた探索だった。
現場には何体サーヴァントが居て、どの様な戦い方をしているのか、生存者がいるのか、といった事を、魔糸により探ろうというのだ。
生存者がいれば、幻十の操糸術の一つ“人形使い”の技を以って脱出させる。
その方針の下、幻十の実体化を許し、魔糸を用いることも許可したのだった。
こんなところにいるのは、幻十を人目に晒さない様にする為の配慮である。
実際のところ幻十の糸は、他に成人男性1人と女子高生三人の生存者を捉えていたが、そんな事までマーガレットに告げる意図はない。
他には、一室で纏って潰れている数十人の女性と、離れた場所で倒れている意識不明の女性。
そして一つの部屋で並んで死んでいる二人の少女。
この二人はどうにも引っ掛かる。死因は二人共胴体部の破損。それにしては飛び散った血と肉の量が少なすぎる。
また、状況的に室内から攻撃を受けている様なのだが、アイドルの中にマスターがいて、そのサーヴァントに殺されたのだろうか?
でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない。


「取り敢えず分かった事を言おう、は異常な怪力と不死性の持ち主がいる。恐らく痛覚が無い。
他には、銃を使う者と、空を飛んで居る者と、気象操作を行う者がいる、という事位しか判らないが。
そして最後。恐ろしく強いマスターが二人いる。一人は魔獣を使役している。
残念だがサーヴァントに関してはこんなものだ。糸を巻くのならともかく、置いているだけではね。
尤も、糸から伝わってくる気配だけでもそうとなものだ、巻きつければ即座に気づかれるだろうね」

糸による探査は、実際にはこの様なものでは済まない。戦っている者達の姿形から。心拍数、精神状態、次に行おうとしている行動。
果ては今朝の食事まで探り当てる事が出来るのだが、それも直接巻きつけていればの話。置いた糸から得られる情報など高が知れている。
だが、幻十の知り得た情報は此れが全てではない。
“恐ろしく強い”と評した二人、葛葉ライドウとザ・ヒーロー以外のマスター全員に魔糸を巻き、姿形から、身分証明書に記された個人情報類までを
探り当てている。
幻十はやろうと思えば、一ノ瀬志希、雪村あかり、伊藤順平、英純恋子の四人のマスター達。
そして、その従えるサーヴァント達を瞬時に撃破し、聖杯戦争から退場させられるのだが、行おうとはしなかった。
理由は至極単純なもので、競技場で戦っているサーヴァントの数に比して、マスターの数が少なすぎる事である。
その戦っているサーヴァント達の強さもまた破格、四騎を脱落させただけで、魔糸を用いての不意打ちが通じなくなるのは避けたいところだった。
下手に手を出して、上位の強さの者共が残る結果を招けば目も当てられぬ。
それに、魔糸の技の精髄を尽くせば、四騎どころか、競技場のサーヴァント全員を抹殺することは可能。
この意図のもと、幻十は魔糸を繰り続け、今や競技場を上空から地下まで覆う、巨大な網を形成していたのだった。
そうやって絶殺の魔糸を張り巡らせながらも、幻十はマーガレットの機嫌をとるために、発見した二人の生存者を此方に向かわせていた。

438捨てる神あれど拾う神なし ◆hVull8uUnA:2017/06/18(日) 19:19:31 ID:IddUBjZs0
緒方智絵里と三村かな子の二人は、北出入り口付近でへたり込んで泣いていた。
突如として起こった惨劇に忘我の態となり、美城常務の登場で我に返ったものの、明らかに常軌を逸した美城常務の発言に驚愕し、
美城常務の発言に端を発する狂熱に駆られて我も我もとアプリを落とし込むアイドル達に怯えていた所を、
デビュー以前からの付き合いで、同じユニットを組んでいる双葉杏に逃げて人を呼んでくる様に告げられ、強引に廊下に押し出されたのだった。
杏自身は既にアプリを落とし込んだ諸星きらり他のアイドルを気遣ってその場に 残った。
先程控え室の方から連続して聞こえてきた破壊音や、此処まで振動が伝わってきた轟音が、とてつもなく嫌な予感を感じさせる。
控え室に残った仲間達は無事なのだろうか?もう生きて再会できないのではないだろうか?
そんな不吉な考えを否定しようとするも、後から後から嫌な考えは湧いてくる。
このまま此処で死ぬのだろうか?どうしてこんな事になったのか?
思考は巡るばかりで答えは出ない。
出口は近いのだから、脱出すれば良いのだが、先刻まで外で起きていた轟音と震動が足を止めさせる。
二人の経験には存在しないが、きっと爆撃というのはああいうものを言うのだろうと、後にこの事を訊かれればそう答えるだろう。
後があればだが。
とうに北側出口は静まり返っているが、二人はそれでも動けなかった。
これが本来あるべきだった<新宿> の住民だったなら、とうに競技場の外に逃げる事ができていただろう。
真っ当な“人間の世界”で生きてきた二人には、人の世界ではない“魔界” の出来事に対応することなどできなかった。
只々泣き続ける二人の耳朶に、美しい、それ以外に表現できない声が聞こえた。

─────その付近に脅威はない。すぐに其処から動きたまえ。其処は危険だ。

空気を全く震わせない声。見回しても周囲に人影はない。
恐怖と絶望を瞬時に溶解させ、絶望を希望に、恐怖を勇気に変えたのは、その不可解さでも、告げられた内容でもない。
その声の美しさだった。
どれほど愚劣蒙昧な言葉でも、大宇宙の真理を顕す深遠な叡智の語りと信じさせ。
下劣極まりない卑語猥談の連なりでも、神韻縹渺たる詩と思わせる。
美の極限。そうとしか言えない、それ程の美声だった。
クラリスならば“神の声”とでも言うのだろうが、生憎とこの場にいるアイドル達は、魔王と邪神と堕天使と魔神の囲む鍋の具材に等しい身。
彼女達に語りかける者は、神でも御使でも聖人でもありはしない。声が響くとすれば、天からのものではなく、魔天からのものだろう。
正しく二人に語りかけたのは、浪蘭幻十。“魔界都市<新宿>”が産み落とした魔王だった。

─────立ち上がって、其処から出るんだ。出た後はメフィスト病院に行きたまえ。あの場所なら安全は確約される。

幻十が魔糸を介して二人に語りかけたのは、マーガレットの機嫌をとる為、二人だけにしか語りかけないのは、二人もいれば十分だと思ったから。
魔糸を用いて“人形遣い”を行わないのは、競技場で戦う者達を囲う檻を作るのに忙しいからだ。
二人が立ち上がった。神の啓示を聞いた敬虔な信徒の如く。

439捨てる神あれど拾う神なし ◆hVull8uUnA:2017/06/18(日) 19:20:08 ID:IddUBjZs0
─────死ね。

智絵里とかな子が競技場から出た事を、糸を介して知覚した幻十は、作り上げた檻に意思を通わせる。
億を超える極細の糸が、億を超える殺意となって、空と地から殺到する。
競技場で死闘する者達は、正しく死闘の只中であるが故に気付くことが誰一人出来なかった。
高い解析能力を持つ大杉栄光、八意永琳、パムの三人と言えど他所に意識を向ける余裕がある訳もなく。
高い直感を持つバージルもまた、周囲に死と殺意が盈ちる中で、アサシンクラスの気配遮断
のもと振るわれる魔糸に気付けない。
魔糸にに気付ける様な、他所に気を散らしたものは、とうに骸を晒していた事だろう。
新たな、そして最後の惨殺劇が、競技場で始まろうとしたどの時─────。

幻十の耳に、リズミカルな金属音が魔糸を介して聞こえてきた。

側にいるマーガレットは訝しげに幻十を観察していた。何しろイキナリ微動だにしなくなった上に、念話にも反応しなくなったのだ。
巫山戯ているのかとも思って、踵落としを脳天に見舞おうともしたが、幻十の表情が驚愕に彩られているにを見てやめた。

─────ずっと黙って立っていればねぇ。

驚愕の表情を浮かべて棒立ちというマヌケな姿であっても、神の啓示を受けた天工が精魂傾けて作り上げた彫像の如き幻十の姿。
その麗姿を眺めつつ、そんな事を思いながら、マーガレットは周囲の様子を探り、何の変化もない事を確認した。

440捨てる神あれど拾う神なし ◆hVull8uUnA:2017/06/18(日) 19:21:00 ID:IddUBjZs0
〜4分31秒後〜


「クソッ!!」

マーガレットにしてみれば唐突に─────当人からしてみれば当然の行為として─────幻十が叫んだ。
魔糸を介して競技場での那珂ちゃんライブを聴く羽目になった幻十は、“本来那珂の宝具のレンジ外に居ながら、那珂の宝具の影響を受ける”状態にあったのだった。
ライブが終わり、自由を回復すれば、幻十は再度動出す。
那珂ちゃんライブの効果で崩壊した斬断の檻を再度構築。1組逃げてしまったが、まだ中には獲物が数多く犇いている。

「では、聞いて下さい。私、那珂ちゃんが誇る唯一最大のヒットナンバー。『恋の2-4-11』を!!」

こんな醜態を晒させてくれたサーヴァントは、声と名前をしっかり把握した。
改めてその全身に魔糸を巻きつける。
此処で妙な事に幻十は気が付いた。全身に纏った装備が、今朝一蹴したサーヴァントのマスターと同質のものにしか思えないのだ。
あのマスターは、従えていたサーヴァントより幻十の印象に残っている。
幻十の顔を目の当たりにして恍惚となり、自身のサーヴァント重傷を負わされ全く歯が立たない状態で、幻十目掛けて発砲してのけたのだ。
あの時使用された奇妙な形状の砲口は、少女の肉体が少女の精神状態と切り離されていたにだろう。幻十に対して不動の直線を引いていた。
如雨露の様な外見に反して、<新宿>のありふれたサイボーグやパワードスーツなら撃破出来る威力。砲撃時の反動を全く受けていない立ち姿。
幻十は北上のことを、サイボーグ化か薬物強化で身体能力を底上げした歴戦の兵士だと思っていた。
<新宿>では珍しくなかったが、<区外>では、あんな年端もいかない少女にサイボーグ化を施せば世論が許さない。実戦運用など論外だ。
それを平然と行い、実戦で運用するのだから、<新宿>の様な所が異なる世界には存在するものだ。等と考えていたりもした。
だからこそ覚えているのだが、幻十の殺戮を防ぎ、糸の檻を崩壊させた歌の主は、装備品からするに、おそらくあの少女と同じ世界の出自。

─────関係無い。

漸く檻を再構成した幻十は、そう、心中に呟くと、那珂を億を超える肉と骨と鋼の堆積とすべく、指に力を込める。
哀れ那珂は2-4-11………になりはしないが、大破は免れないといったところで─────突如として全ての糸の感触が消滅した。

441捨てる神あれど拾う神なし ◆hVull8uUnA:2017/06/18(日) 19:21:34 ID:IddUBjZs0
─────此奴何やってるんだろう。

マーガレットはそんな事を考えていた。
唐突に驚愕の表情で固まったかと思ったら、イキナリ怒りに満ちた表情で、個室の壁を殴りつけたのだ。

マーガレットの視線が痛い。
己の提案した行為で、こうまで失態を重ね、醜態を晒すとは思わなかった。
最後に割って入った少年の声を持つサーヴァント、アレが行った事だろうと当たりをつける。
他のサーヴァントが、あんな芸当が出来るなら、とうに使用していただろうから、消去法で最後に現れたサーヴァントしか居ない。

「グ……」

歯を食いしばり、内臓を口から吐き出しそうな憤激を堪えて、幻十は1度目の攻撃を不発に終わらせたサーヴァントを脳裏に浮かべる。
声と“那珂”という真名は覚えた。姿形も戦い方も、糸を介して把握した。そして“那珂”を知る者も此処<新宿>には居る。
次に出逢えば絶対に殺す。歌いたいのなら、報いとして阿鼻叫喚という題(タイトル)の歌をたっぷり歌える様に斬り苛んでやる。
その凄惨苛烈な殺意を抑え、先ず幻十はマーガレットに対して行った機嫌取りの結果を告げる。

「…………メフィスト病院に生存者を二名、誘導しておいた」

「貴方の事だから、生存者を無視するものと思っていたけれど」

「まあ、彼女達が幸運かどうかは分からないけどね。死んだ連中の遺族には“何故あの二人だけ”と恨まれるだろうし。
周囲の好奇の目と、無思慮な言動、生き残った罪悪感に生涯悩まされるだろう。
アイドルかどうかは分からないけれど、アイドルだとしたらもう引退しかないね。
あの場で死んでいた方がマシだったかもしれない」

二人の今後の人生を、嘲笑しながら予測する幻十にマーガレッは汚物を見る様な視線を向けた。
脳内で幻十を、“メギドラオン”で、骨も残さず消毒しておく。

「…………………………………………コックローチも黒かったわね、そう言えば」

マーガレットに対する御機嫌取りの成果を、怒りからの軽挙で、自分で台無しにしたと気付いた時には、最早手遅れだった。
幻十は改めて“那珂”に対する怒りを覚えた。

442捨てる神あれど拾う神なし ◆hVull8uUnA:2017/06/18(日) 19:22:10 ID:IddUBjZs0
四ツ谷、信濃町方面(新国立競技場近くの雑居ビルの女子トイレの個室)/1日目 午後3:00】

【マーガレット@PERSONA4】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]青色のスーツ
[道具]ペルソナ全書
[所持金]凄まじい大金持ち
[思考・状況]
基本行動方針:エリザベスを止める
1.エリザベスとの決着
2.浪蘭幻十との縁切り
3.令呪の獲得
[備考]
浪蘭幻十と早く関係を切りたいと思っています
<新宿>の聖杯戦争主催者を理解しています。が、エリザベスの引き当てたサーヴァントが何者なのか理解しました
バーサーカー(ヴァルゼライド)とザ・ヒーローの主従を認識しました
〈新宿〉の現状と地理と〈魔震〉以降の歴史について、ごく一般的な知識を得ました
遠坂凛と接触し、悪人や狂人の類でなければ保護しようと思っています
バーサーカー(バッター)とセリュー・ユピキタスの動向を探る為に浪蘭幻十の一晩の実体化を許可しました
メフィスト病院について知りました。メフィストがサーヴァントかマスターかはまだ知りません
幻十がメフィスト病院に、緒方智絵里と三村かな子を誘導した事を知りました。両者の名前は知りません。
幻十との付き合い方を修得しつつあります。


【アサシン(浪蘭幻十)@魔界都市ブルース 魔王伝】
[状態]健康、やや機嫌が良い
[装備]黒いインバネスコート
[道具]チタン妖糸を体内を含めた身体の様々な部位に
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:<新宿>聖杯戦争の主催者の殺害
1.せつらとの決着
2.那珂に対する報復
[備考]
北上&モデルマン(アレックス)の主従と交戦しました
交戦場所には、戦った形跡がしっかりと残されています(車体の溶けた自動車、北上の部屋の騒動)
バーサーカー(ヴァルゼライド)とザ・ヒーローの主従を認識しました
〈新宿〉の現状と地理と〈魔震〉以降の歴史について、ごく一般的な知識を得ました
バーサーカー(バッター)とセリュー・ユピキタスの動向を探る為に一晩の実体化の許可を得ました。どこに糸を巡らせるかは後続の方にお任せします
夜の間にマーガレットに無断で新宿駅の地下を糸で探ろうと思っています
メフィスト病院について知りました。メフィストがサーヴァントかマスターかはまだ知りません
メフィスト病院に、緒方智絵里と三村かな子を誘導しました。両者の名前は知りません。
新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(バージル)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、アーチャー(パム)、ランサー(高城絶斗)、ライダー(大杉栄光)、アサシン(レイン・ポゥ)の存在を認知しました
アーチャー(那珂)以外は、大雑把な戦い方と声を把握しただけで、個人の識別には使えません。
ランサー(高城絶斗)は声しか知りませんが、魔糸を消したのはランサーだと推測しています。
アーチャー(那珂)の姿と戦い方を知りました。
アーチャー(那珂)に対して極大の殺意
346所属のアイドルの中にマスターがいるかも知れないと推測しました。
北上とアーチャー(那珂)の関係性に気付きました。
一ノ瀬志希、雪村あかり、伊藤順平、英純恋子の四人のマスターの姿形を把握しました。

443捨てる神あれど拾う神なし ◆hVull8uUnA:2017/06/18(日) 19:22:55 ID:IddUBjZs0
投下を終了します

444<削除>:<削除>
<削除>

445名無しさん:2017/06/23(金) 22:10:28 ID:pg4Lgof60
投下お疲れ様です。
まさか那珂ちゃんが知らずのうちにその場にいた全員の命の恩人になっていたという衝撃の真実
あの幻十が『恋の2-4-11』に魅せられて手を止めてしまったという事実だけで面白いし、それに怒る幻十が一周回って倍に面白い
アイドルは世界を救う、はっきりわかんだね

446名無しさん:2017/08/19(土) 22:25:43 ID:lN4JHAQk0
二ヶ月以上経ってるけど◆zzpohGTsas はどうなさったのかな?

447 ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:28:42 ID:WxYWtYhI0
お久しぶりです

投下します

448For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:29:16 ID:WxYWtYhI0
 ないない尽くしとは、まさにこの事か、と、警官達は実感する。
人手もない、キャパシティもない、そして何より、希望がない。まるで、大海の水をコップ一つで全て掻き出す作業に従事させられているような。
そんな、終わりの知れぬ作業を、彼らは行わざるを得なかった。

 事此処まで及んでしまっては、彼らの様な現場で一番下っ端の警官達。いや、聖杯戦争の参加者からNPCと呼ばれている彼らですら、認識する他ない。
此処<新宿>が、最早異常な街に成り果ててしまっている事を。余りにも立て続けに、異常な事件が頻発する。
黒礼服の殺人鬼の引き起こした大量虐殺や、度々発見される原形を留めぬ程破壊された人間の死体、<新宿>のみに起こる異常な降雨、
歌舞伎町で見られた謎の大鬼、所々で見られる黄金の光とそれの発生地で起る大破壊。そして、新国立競技場で起こった、未だ原因の知れぬ大量殺人etcetc……。
結論から言えば、連続して起こるこれらの大事件、それらの事後処理及び事情聴衆で、<新宿>警察署のキャパシティがオーバー。
事態解決の為に、<新宿>警察署が擁する、現場レベルから指揮官レベルに至る全ての人員を動員してはみるも、圧倒的なまでに人手が足りない。
故に、支援要請を他区の警察署にも出し、支援を得てはみても、それでもなお人が足りていないのだ。それ程までに、大事件が起こり過ぎている。
そもそも、上に上げた事件の中で、時系列がかなり早い方に位置する、歌舞伎町に現れたという鬼の大暴れ、それによって生まれたスクラップの自動車の、
撤去作業ですらまだ終わっていないと言う始末だ。勿論、この後の時系列で起こった事件の進捗など、語るまでもない、と言う奴であった。

 数百人規模の警察官及び、優れた技術職の警官を本来ならば必要とする事件が起っていると言うのに、
事態を解決に導く為に必要な最低限の基準人数を満たす人頭ですらが、全く集まらない。
単純な話で、余りにも重大な事件が連続して一つの区内で発生する為、その人員を起こった事件の現場及びそれぞれの当該事件の調査に割いて振り分けねばならないのだ。
つまりは、分散だ。ただでさえ貴重な人員を、<新宿>で起こった多くの事件に適材適所、と言った風に配置していれば、足りる物も足りなくなる。
とは言え、これは間違った判断ではない。区内で今も、市民を怯えさせている事件の多くは、時間が解決してくれる類のものでは勿論なく、
寧ろその逆、早急の解決が要求されるものなのである。一つとして、他の事件が解決するまで保留、と言う選択肢が選べぬ大事件なのだ。
並行して、タスクを進めねばならない。しかしそれをやればやる程、解決までに掛かる時間が指数関数的に増えて行く。
現場の人間は終わらぬ作業に疲弊し、ブレーン役を務める人間は婦って湧いてくるような新しい難題に知恵熱を引き起こしそうになる、など。
およそ今回の<新宿>で起った事件、それに携わる警察関係者の中で、誰一人として楽を出来ている者など、いないのであった。

 場所は、施設の質や大学自体が社会に広げている根、そして生徒の質。
どれをとっても、日本の私学の中でも最高峰の一つに数えられる、早稲田大学の戸山キャンパス。その近辺の交差点であった。
あの恐るべき殺人鬼が現れた訳ではないし、超常の力を操る魔人の類が姿を現した訳でも、全てを破壊するあの黄金色の爆光が降り注いだ訳でもなし。
では何故この場所に人だかりが出来ているばかりか、喧騒と混乱が今も渦を巻き、警察官達が、濡らして絞らないままの雑巾の如く、
制服を汗で滲ませながら忙しなく動き回っているのか。それは、一時間と数十分程前に起こった、不可解な出来事の故であった。
何の前触れもなく、幾つもの車両が突如として衝突・追突事故を引き起こし、更に、全く面識も関わりもない無関係の人間同士が突如として殴り合いの喧嘩を始めたり、
と言った、まるで突発的に発生する躁病めいて、奇怪な乱闘や車両事故が発生したのである。
喧嘩が乱闘に発展し、事故が事故を呼び、ヒステリーがヒステリーを招く。その様子は、人間の有する心理と理性のタガが外れ、封じられている獣性の解放・発露のようであった。

449For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:29:29 ID:WxYWtYhI0
 現在、この戸山キャンパス前で起こった集団ヒステリーは、猛暑の中で必死の思いで警官達が行っていた必死の尽力もあって、一応収束に向かいつつあった。
単純な話、騒動を起こしていた人間及び、現在進行形で喧嘩や乱闘をしていた者を現行犯逮捕及び隔離すると言う、病巣の切除めいたやり方をしていたからだ。
先ずは、事態をややこしくし、そして深刻な物にしようとする者のパージ。これが重要と言う訳だ。
一先ずは、血気盛んな人間達は粗方片付け終えたが、問題は、その者達が作り上げた産物の後始末である。
そう、殴られたりして気絶したり虫の息であったりしている人々や、事故車両の片付けは、遅々として進んでいない状態なのだ。
事故車両は牽引車が必要である為即自的な撤去は不可能であるし、軽重問わぬ傷を負った人間は、負った手傷の度合いや手傷の箇所・種別によって、
処置を一々変えねばならない。そして何よりも、負傷者を受け入れる為の病院が区の内外を問わず、パンク寸前ばかりか、病院への輸送手段ですら、
立て続けに起こる事件の影響で限界に達していると言う有様だ。そして何よりも、死体だ。不幸で哀れな話だが、警察が此処に介入した頃には、
決して少なくない死者が既に転がっていた状態だったのだ。打ち所が悪くて、と言う者もいれば、銃殺されている死体まであった。
これもまだ回収出来ておらず、この炎天下に放置状態。鼻をつく、吐き気を催すような死臭は既に当たりに充満。若手の警部や警官が、吐き気を堪えきれず吐瀉していたのが、随分昔の事のようにすら警察達には思えていた。

 まさに、ないない尽くしである。
人もいない、キャパシティもない、そして何より、事態を解決へと導く為のヴィジョンも未来も展望もない。
賽の河原にいるかのような錯覚すら、この場にいる警官達は憶えていた。この上、茹だるような暑さが、彼らの思考も身体の動きも、緩慢なものにしていた。
警察官と言う職務上、事件の解決は優先されるべき事柄なのは、無論この場にいる誰もが理解している所ではあるが、此処まで手段がない状態であると、さしもの彼らもお手上げの状態になる。

 せめて。せめて、怪我人だけは何とか病院にまで送るか、隔離させたかった。
車の撤去までは無理でも、まだ息のある怪我人や負傷者だけは、何とかして助けてやりたかった。
そして今は、それすら困難であると言う状態。自分達の組織力の限界を、こんな所で知らされ、己らの無力に打ちひしがれかけていた、その時であった。

 現場に立ち入らせない為に展開させていた、黄色のバリケードテープの前に、一台の車が停まっていた。
黒塗りの、リムジンであった。マメな拭き上げや、コーティング処理を行っているのだろう。
宇宙空間を思わせるような、吸い込まれそうな程に黒いその車体は、ギラギラと光る太陽の光を全て吸収、どの角度から見ても、太陽の光を反射している様子はなかった。
サイドウィンドウ。勿論こちらも非常にクリアで、汚れも水垢も一切付着していない。大変綺麗なガラスであるので、このリムジンは購入したばかりの新品である、
と言うイメージを見る者に与えるのだ。だが、外からでは全く車内を窺う事が出来ない。フロントガラスからならある程度は窺えようが、
見えるのは運転席と助手席側のみ。後部席の方は、白いレースのカーテンで仕切られてフロントからでは見る事は出来ない。
此処にいる警官の中には、要人警護を担当した事のある者もいる。現与党の首相及び、各大臣の乗った要人警護車を白バイや警察車両で護衛した回数も、
十や二十では利かない程である。そう言った経験から抱く、当然の疑問。あの車には、何処の何様が乗っているのか、と言う事。
まさか今の<新宿>の現状で、リムジンに乗れる程の要人が物見遊山に来る筈がない。だが、万が一、と言う事もある。
現場の責任者である、中年の警部補が直々にリムジンまで駆け寄り、迂回して別ルートから目的地へと移動する様にと注意しようとする。
大方、カーナビの案内ルートと此処が被ってしまったのだろう。警部補の男はそう考えたし、そう思ったのも何の間違いもないだろう。

 ――だが、男は知らなかった。
自分の予想の半分は正しく、もう半分。このリムジンに乗る主が、己の意思で此処まで近づいた、と言う事実を。
リムジンの後部ドアが開き、その何様が、炎天の下に姿を現す。

450For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:29:44 ID:WxYWtYhI0
 皆の動きが、静止した。
怪我人に声掛けや簡易的な治療を施している警官達。事情聴衆を行う警官及びされている被害者。現場検証を行っている鑑識。
バリケードテープ越しに警察達を眺めていた野次馬。そして、リムジンに近付いていた警部補。
いやそれどころか、この場に在る全ての自然現象が、停止した様な錯覚すら、この場にいる全ての人間は憶えていた。
ありとあらゆる音が遠い。蝉の鳴き声、スマートフォンから流れるメロディ、己の心臓の拍動すら、彼らには聞こえていなかった。
全ての意識が、目線の先に佇む、美麗な白闇に注がれていた。自分達と同じ、人に似た形をしていながら、その実、自分達と同じ人間である、と定義する事を絶対的に憚ってしまう程、美しいその何者かに、だ。

「治療を欲するかね」

 この男を再度、神が作ろうと志しても、最早その試みは二度と叶うべくもないだろう。
疫病に当てられ熱に魘されていたか、浴びる程飲んだ酒が齎す酔気の魔力を借りていたか、或いは、狂気に当てられていたか。
どちらにしても、神であろうとこの男を再び創造する事は、最早不可能なのであろう。一時の気分の高揚、軒昂。それらが最高頂度に達した状態で、かつ、
技の冴えも合わせて最高度に達していた状態で作られたような、自身を生み出した美の神よりもなお美しい男。ドクター・メフィストは、人・神・魔、その誰であろうとも、その美声を再現する事は出来ないのであろう。

 その言葉の意味を理解するまで、どれ程の時間が経過したであろうか。
メフィストは、何も大声を上げた訳ではない。尤も、この男が声を張り上げる様な事など、世界が終焉を迎え、
地球が真っ二つにならんばかりに深い裂け目が大地に刻まれようと先ずあり得ないだろうが。ただ男は、平素と変わらぬ大きさで言葉を紡いだに過ぎない。
それなのに彼の声は、この場にいる文字通り『全員』に、距離的な問題を一切無視して均質に響き渡った。
言外不能の美しさの持ち主のあらゆる仕草は、物理の法則すらも超越するようであった。大気と風を司る精霊は、義務感に満ちていたのかも知れない。
この男の美しい声は、世界の遍く所にまで送り届けねばならぬと。故に、声が均質に響いたと説明されても、誰も彼もが文句を言う事はないであろう。
しかし……メフィストの言葉の意味を理解している者は、今の所誰一人としていなかった。あまりにも簡単な話だ。今もメフィストの美しさに、圧倒され過ぎていて身体の全てがフリーズしているのだ。故に、理解も出来ない、言葉すら発せられない。唐突にメフィストの姿を見てしまったせいで、この場にいる百人を優に超す人間達は、一切の例外なく、白痴の状態に陥ってしまったのだった。

「……あ」

 三十秒程は、経過したろうか。最初に意識を取り戻したのは、メフィストから最も近い位置にいた、現場の責任者。中年の警部補であった。
三十秒と言うと、余人にとっては短い時間であろうが、それは正常の時空を生きる者の感覚だ。魔界医師の美に当てられた者にとっての一秒は、
それこそ一時間、いや、一日、一年にも匹敵しようかと言う程の、永遠のそれにまで延長される。意識の戻った警部補は先ず、驚愕した。
体感していた筈の時間と、実際に過ぎ去っていた本来の時間。その差異が、余りにもかけ離れていた事に、だ。昼夜が幾度も幾度も繰り返されたような感覚を味わっていたのに、実際には、一分程も経過していなかったのだ。

「今一度、訊ねても宜しいか」

 メフィストが再度問う。目線と身体の向きを、警部補から外している。真正面から直視すれば、再び先程の状態に陥るだろうからだ。
メフィストが無礼なのではない。寧ろこれは、メフィストのみが行って許される、最大限の配慮なのだ。美そのものたる男が凡人と相対する時、このような迂遠な手順を踏まねばならない。美し過ぎるのは、ある意味で面倒でもあるのだ。

「治療を、欲するかね」

「ち、治療……?」

 メフィストの口にした言葉を、間抜けの様に鸚鵡返しする警部補。

「見た所、怪我人の治療に相当難儀しているもの、とお見受けしたのでね。私の拙い治療で宜しければ、事態解決の手伝いをしてさしあげたい、と思った次第だ」

 メフィストの言葉を朧げに理解した警部補。掠れるような声で、「は、はい……」と口にしたのを、メフィストは聞いた。

「我が治療の門戸を叩く者に生を」

 そう口にするや、スッ、と警部補の横を通り過ぎるメフィスト。 
バッと、警部補が振り向くと、既にメフィストは怪我人の一人の下に足を運んでいた。顔を殴られ続け、顔面の形が変形してしまったばかりか、歯の何本かが折れ、
鼻の骨も頬の骨も滅茶苦茶に砕かれてしまったOLが其処にいた。そんな状態の彼女ですら、メフィストの姿に痛みを忘れて茫乎としているではないか。恐るべき、美の魔力よ。

451For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:30:18 ID:WxYWtYhI0
 メフィストは、滅茶苦茶にされたそのOLの顔を、右手で撫でるように触れて見せた。
――果たして、誰が信じようか。その動作一つだけで、その女性の変形した顔がテレビの逆再生の如く巻き戻って行き、元通りの顔になったなど!!
その場で応急処置にあたっていた警官は勿論、治された当のOL本人ですら、信じられないと言うような、愕然とした態度を隠せていない。
礼など要らぬ、と言わんばかりに、メフィストは彼女らに背を向ける。完治させた患者や怪我人には、メフィストは一切の興味関心を払わないのである。

 次にメフィストが向かったのは、電柱に正面から激突し、バンパー部分を電柱にめり込ませたセルシオの所であった。
一応内部がサイドウィンドウから確認出来るが、エアバッグがしっかりと作動していた為、命に別状はない。だが、正面衝突のせいでドアの形が変形して、
運転手が出られないばかりか、激突の際の衝撃で足を何処かにぶつけたか。アクセルを踏んでいた右足が、曲がっては行けない方向に折れている事に、
メフィストは気付いていた。兎にも角にも、先ずは運転手を外に出さねば話にならない。だが、ドアが歪んでいる為に、普通の手段では開けられない。
それこそ専用の器具を持ちいて、力付くにでも抉じ開ける位しか、この場合方策はない。
それなのにメフィストはドアに手を掛け――歪んでいるとか変形しているとかそんな事は一切お構いなしに、ドアを開けた。
誰が信じられようか、普通ならば動かす事すら不可能な状態に歪んだ扉を、解き慣れた簡単な知恵の輪でも分解する様に、メフィストは普通に開けて見せたのだ。
エアバッグとシートに挟まれた状態の運転手を外に出させてやるメフィスト。その時には既に、運転手の脚は元通りになっていた。
「え、あれ……!?」と、混乱を隠せないでいる。それはそうだ、地に足をつけても痛みを感じず、姿勢も崩れず。平然と直立出来ているのだから、つい数秒前まで脚の骨が折れていた当人からすれば、不思議としか思えないだろう。

 確固たる足取りでメフィストは、怪我人の下へと足を運び続ける。
肋骨が折れた者の胴体を服の上から撫でる。骨が独りでに動きだし、元の所に収まり、完全回復する。
勢いよく殴られたせいで目が飛び出している人間の目を摘まみ、押してやる。目が綺麗に収まったばかりか、低下気味であった視力が両目共に復活する。
頭蓋骨が陥没してグッタリしている子供に近付き、羽織っている白いケープでふわりと頭を撫でる。パチ、と子供は目を開けて立ち上がり、自分の身体の変化に戸惑っている。

 そんな事を繰り返す事、十回程。
特に命に深刻な影響を与えかねない怪我を負っているNPC達を粗方治し終えたメフィストは、用は済んだと言わんばかりに、降りて来たリムジンの方へと戻って行く。

452For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:30:33 ID:WxYWtYhI0

「さしあたって、命に関わる傷を負っていた者は治療した。時間さえあれば、他の怪我人も見たい所ではあるが……私はこれから人に会わねばならない。この辺りで、此処を去らせて貰おう」

「あ、あの――」

「御心配は不要だ。君が私に助けを求めた瞬間に、当院の救急センターにTELを送っている。当院に属する救急救命士は頗る優秀だ。じきにこの場に着くであろう」

 独りでに、リムジンのドアが開く。リムジンの運転手が操作しているらしかった。
車内に入ろうとするメフィストを、警部補が引きとめる。「待って下さい!!」、その言葉を絞り出すのに、男は、四十年以上生きてきた中で、一番の勇気と度胸が必要となった。凶悪犯の立て籠もりの事件を指揮した事もあるし、逆上してナイフを取り出した犯人を取り押さえた事すらある、この男がだ。

「あ、貴方は一体……」

「怪物を見るような目をされるのは、心外だ。医者以上の何者でもないよ」

 そう言ってメフィストは己のケープの裏地から、一枚の長方形の白紙を取り出す。名刺であった。
これを、白磁に万倍する白さと艶やかさを保有する指で挟み、警部補の方に差し渡した。それを恐る恐ると言った様子で彼は受け取る。
メフィストの名前と、彼が管理運営しているメフィスト病院の院長の肩書、そして、病院内の救急相談センターと、救急センターの電話番号が、其処には記載されていた。

「お困りならば此処に電話を掛けたまえ。当院は、病める者、傷付く者の聖域であるが故に」

 其処でメフィストは、リムジンの後部席へと入り込み、それを運転手が確認するや、ドアが閉まって行く。
メフィストから貰った名刺を眺めていた警部補は、エンジンが音もなく掛かり始め、スッと来た道を戻り始めたリムジンに、漸く気付いた。
「待って下さい!!」、と引き留めている事が、メフィストにも解る。核が轟いてもその爆音をシャットアウトしきる、完全防音の性質を付与した金属であるが、
メフィストのみは何故か、外部の声を聞く事が出来るのである。しかし、それを異常だと思う者はかの魔界都市には誰もいない。誰もがそれを、当然だと思うのだ。何故ならば彼は、ドクターメフィストであるが故に。

 それに、止まれと言われて、最早止まれないのだ。
メフィストが先程言ったように、彼はこれから人に会わねばならない。いや、厳密に言えば、人に制裁を加えねばならない、か。
怜悧な表情からは想像も出来ないだろうが、今のメフィストは、嘗てない程の怒りに燃えている。
それを表情や挙措に億尾にも出さぬのは、そう言う次元を越えて、今のメフィストは怒っていると言う事なのである。

 向う先は、百人町の高級ホテル。そして其処にいる、ロザリタ・チスネロスと、彼女を保護する何者かの下。
メフィストの双眸は、超高高度の山峰の頂点に、数万年以上もその形を保ち続ける、一粒の氷の如くに冷たく、無慈悲に煌めいているのであった。

453For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:30:47 ID:WxYWtYhI0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 人が思う以上に、キャスター・タイタス一世の仕事は多かった。寧ろ、多忙を極ると言っても良いのかも知れない。
タイタスは基本的に、百人町はムスカが宿泊している高級ホテルの地下、其処を異界化させた空間に鎮座し、諸々の作業を行っている。
暗所に引き籠っている訳ではない。そもそもキャスターは籠城戦を旨とするクラスだ。キャスタークラスに有るまじき近接戦闘能力を誇るタイタスと言えど、
赤コートのセイバーや黒軍服のバーサーカーであるクリストファー・ヴァルゼライド、などと言った恐るべき戦士達を相手取れるかと言えば、それは難しい。
王は運命を左右する程の決断を幾度となく迫られる存在であるが、今彼らと雌雄を決するのは時期が早い。つまり今の時期は、必然的に雌伏の時と言う事になる。

 こんな地下に閉じ籠っていてもなお、やるべき事は山ほどある。
行うべき事の一つ目は、自身の配下である夜種の創造である。極めて低級な子鬼や獣鬼の類であるのなら、簡単な知能を搭載した低級夜種を働かせて作らせる、
と言う事も可能であるが、少し上等な夜種――つまり、魔将及びそれに準ずる格の者を作ろうとするとなると、これはタイタスの領分になる。
とは言え魔将は同じ存在はこの世に二体同時に活動させられない上に、一度葬られた魔将を再度想像するとなると、かなりの時間と魔力が入用になる。
中〜上級の夜種となると、同じ個体を現世に同時活動させる事は可能になるが、これもまた魔将程ではないが、時間と魔力が必要となる。
つまり、低ランクの夜種と比較して人並の知能とそれなりの強さを兼ね備えた夜種となると、その数は少ないのである。食物連鎖の下位と上位の関係に似ている。
生前タイタスが練っていた計画の為に運用していた数に比べれば余りにも微々たるもの。だから、中〜上級の夜種は、外に放つよりも寧ろ、
このホテルの地下から上部に至るまで放って置き、此処を警備させると言う方法で活用していた。そしてこれらの夜種は、タイタスの片腕である魔将・アイビアと並行して、タイタスは創造を続けていた。

 次にタイタスが行うべき仕事は、道具の創造である。
つまり、武器や防具や礼装の類及び、アルケア帝国の史書や詩集、戯曲に戦記に小説、果ては骨董品などと言った類である。
武器や防具を作る理由は単純で、タイタス自身及び、魔将の面々や武器の扱いに長ける夜種の強化や、他ならぬ運命共同体であるムスカの保護と言う大事な面がある。
次に史書や詩集に骨董品と言う、文化面の側面が極めて強い道具を作る理由は、自身の宝具である『廃都物語』の効果をより高める為である。
廃都物語の魔力収集の効率を高める事は、目下最大の目的である。そもそもムスカが表社会で暗躍を続けていたのは、正しくこの目的達成の為であった。
勿論タイタスも、この任務を遂行する為に腐心している。自身の居場所が特定されないよう、しかしそれでいて、自身の名である『タイタス』の名は広めさせるような工夫を凝らし、現在は<新宿>を中心としてあらゆる所にアルケアの伝説を流布していた。

 そして最後の仕事とは他でもない、聖杯戦争の戦局の注視である。
サーヴァントである以上タイタスが、聖杯戦争の推移を注意深く見守る事は、当然の義務である。況して、他クラスよりも戦局の見極めが重要となるキャスタークラス。
舞台の何処で、何が起こったのかの把握は、特に肝要となる。だからタイタスは<新宿>の至る所に、己の視界とリンクさせた、不可視の使い魔を哨戒させていた。
その数は決して多くない。何せ彼らに施した術式は極めて特殊なそれ、優れた魔術師であるのなら、この術式から逆に、タイタスの位地を逆探知しかねない。
さりとて、<新宿>の状況を監視しない訳には行かない。だから、哨戒や監視を担当する使い魔は、その任の重要さに反して少ない。少数精鋭で臨んでいた。

 場所は、タイタスが異界化させたホテル地下。その地下の更に地下の、そのまた最奥。
つまり、夜種や歴代皇帝、そして魔将達が『地下玄室』と呼ぶ空間の最深部、タイタス一世のみが入室出来る、始祖帝の間であった。
現在彼はそこで、戯曲の編纂に精を出していた。無二の友にして、彼が認める討竜の勇者、万夫不当の大英雄であるク・ルームの活躍がテーマであった。
タイタスはこの戯曲を、アルケア帝国で用いられた言語は勿論、彼が生きた世界の言語でもなく、この世界の言語で執筆しているのだ。
日本語、英語、中国語……主要だった言語は凡そ、タイタスは極めている。語学の極意を極めたタイタスにとって、新たな言語を学ぶ事など赤子の手を捻るが如き。
今ではムスカ以上に、この世界の言語に精通し、当世風の表現を用いて多くの作品を世に流通させているのだ。

454For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:31:11 ID:WxYWtYhI0
 纏めると、タイタスの仕事と言うのは、以下のようになる。
『聖杯戦争の推移を注視しこれについての戦略や作戦・計画・サーヴァント達の対策を立てつつ』、『下級〜上級までの夜種を常に生み出し続け』、
『一時間〜二時間の間に原稿用紙百〜三百枚分もの量に相当する史書や詩集、戯曲等を新たに執筆・推敲、完成させ』、『これらの合間を縫って彼自らが武器や防具・骨董品を自作せねばならない』、と言う事だ。

 凡そ殺人的なスケジュール、と言う言葉ですらなお形容と修飾が足りないであろう。人間にはどだい、並列して行える作業と業量ではなかった。
しかし、これを実際に人の身でやれてしまうと言うのであるから、史書に記される偉大なる王としての逸話が箔付けのそれではなく、真実の物であったのだ、
と言う事が伝わって来よう。そう、王が偉大である為には、その気風やカリスマのみではない。知恵や肉体に至るまで。
凡夫の百倍、いや、千倍の質を誇っていなければならない。その事をタイタスは、この働きぶりで如実に証明しているのである。

 この世界に足を運んでから、二十と六作目の新作を書き上げ終えたタイタスは、手にしていたクイルズ(羽ペン)をテーブルの上に置いた。
御影石や大理石とはまた違う、しかし、見ただけで『値の着けようがない』程の価値であるのが解る石材を削ったテーブルである。
机には金や宝玉、種々様々な宝石が埋め込まれており、それが、タイタスの圧倒的な権威と偉大さで作らせた物である事が伝わってくる。
本来この部屋に置いてあったのは机ではなく棺であったが、今はそれは験が悪い。タイタスは棺の代わりに円卓を用意させ、これを執務机として利用していた。

 席に腰を下ろし、頬杖を付きながら物思いに耽るタイタス。
ムスカがこのホテルに五体無事で帰って来てから、始祖帝の心を掻き乱すのは、虚無の黒海に堕ちた新国立競技場での一件であった。
サーヴァントとしての実力を最高峰のそれに連ねているタイタスは、如何な強者に相対したとて、その心を焦燥させる事はない。
赤い外套を纏い、己の背丈に近しい大剣を苦も無く振う剣士も。青い外套に腕を通し、神の速度と悪魔の技量を乗せて細身の剣を操る剣士も。
黒い軍服に身に着けて、黄金色に光り輝く剣を操る狂戦士も、四枚の黒羽を操る恐るべき魔女も、破魔の弓術を憶えた銀色の髪の美女も、少年の姿をした悪魔の王も、、
天候を操り裁きの稲妻を叩き落とす隻眼の女戦士も、黒い礼服を羽織った恐るべき殺人鬼も、夢を操る不思議の青年も、虹の刃を振う少女も、悪意の鎧を纏う長躯の鬼も。
警戒するべき存在ではあったが、新国立競技場を監視していた使い魔の存在に気付けなかったと言う点では、まだ安心が出来る。

 タイタスが真に注目していたのは、『那珂ちゃん』と自分を呼ばわっていた、可憐な少女であった。
強さに関して言えば、あの場に集っていた面子の中では下の方であろう。美しさにしても、分があるとは言い難い。
そんな女性がどうして、タイタスの興味関心を引けたのか。それは実に簡単な話で、『タイタスの使い魔を無力化させていた』からである。
あの競技場の顛末を見届けていた使い魔は、一体だけではない。あれだけ大規模で、今後の聖杯戦争の行く末をも決めかねない戦闘が起っていたのだ。
タイタスは四体の使い魔をあそこに派遣させ、多角的にサーヴァント同士の戦いを監視させていたのである。
その内の、四体。競技場内部に侵入させ、至近距離で事の様相を監視させる為の二体と、元々フレデリカライブを見届ける為に派遣させた一体。
透明化させていたこれら三体を、那珂を名乗る少女は、自分の歌で透明状態を引っぺがさせ、その姿を白日の下に露にさせ、使い魔達をその場から動けなくさせていたのである。

455For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:31:30 ID:WxYWtYhI0
 それだけなら、まだ良かった。
本当に命の危機を感じたのは、使い魔の見た物をリアルタイムでその視界にリンクさせていたタイタスである。
那珂の歌で身動きの取れなくなっていたサーヴァント達からは、絶妙に見え難い位置で実体化してしまっていた使い魔達。
彼らを通じてタイタスも勿論、那珂の歌唱の様子を見ていた。――結論から言う。『タイタス自身も、那珂の歌う謎の歌唱の影響で、身動きが取れなくなっていた』。
時間にして四分三十一秒。その間タイタスは、金縛りにでもあった様に、座ったままの状態から一歩も身動きが取れなくなってしまっていたのだ。
正に、無力な状態その物。この間にサーヴァントの襲撃にあっていたのなら、たちどころにタイタスはその命を散らしていただろう。
悲痛な声を上げタイタスを救助しようとアイビアがあの手この手を尽くすも、全くタイタスの金縛りは解けない。那珂の歌が関係している事は間違いなかった。
指一本動かす事は勿論、タイタスは言葉すら発する事が出来ず、魔術を組み上げる事も不可能な状態の為、その身を縛る不可視の縄を解く事も出来ない。
つまりタイタスは、那珂が歌い終えるまでの四分三十一秒もの間、ずっと行動不能の状態に陥っていたのである。
この後、タイタスを間接的に動けなくさせていた使い魔達は、どうなったのか? ……『消滅した』。
夜の神・ミルドラの化身を想起させる、恐るべき少年の悪魔が生み出した、黒い泥。使い魔が動き出し、退避しようと動き出したその時、泥は彼らを呑み込み、一切の抵抗すら許させずその三匹は虚無に堕ちていったのである。

 己の虎の子である監視用の使い魔を滅ぼされたのは、痛手も痛手。
だがそれでも、新国立競技場の様相を最後まで見届けられたので、差し引きプラスと言う所だ。
高度数百m上空を飛行させていた、競技場を監視していた最後の使い魔一匹。結局これが、あの場所の顛末を見届けるのに一役買っていた。
この個体だけは那珂の影響を受けなかったと言う事は、あの歌は一定の距離を離すと呪(まじな)いとしての効果が消え失せる可能性が高い。
距離的に数㎞も離れていたタイタスが行動不能に陥っていたのは、視界をリンクさせていた使い魔が、那珂の歌の効果範囲内にいたから、と言う可能性が高い。
距離を離していたとて、『実際歌っている姿を見ている見かけ上の位置が効果範囲内のそれであるのなら、那珂の歌は問答無用で効果を発揮』するらしかった。

 ――那珂とやら……恐るべし――

 よもや魔術を極めたタイタスを、遥か遠くから金縛りにさせるとは、並の事ではない。
あの特徴的な装備や、歌唱或いは祝詞(のりと)を以って不可思議を成すと言う技術。それらから考えるに、那珂なる少女は、さぞや名のある巫女であったに相違ない。
恐らくは生前、彼女は数多の神殿に求められ、あらゆる礼を尽くされていたのだろう。世が世であるのなら、諸侯を超える権勢を誇っていた事は間違いない。
アルケア帝国でも、彼女の程の力ある巫女であったなら、始祖帝は相応の地位と財を約束していただろう。それ程までに、那珂は優れた巫女であった。
あの少女は特別警戒しておく必要があろう。そしてもしかしたら、なら。アーガの都を天に結ぶ為の、キーになるかも知れない。利用価値は、多分にあった。

 聖杯戦争の前途は、タイタスであろうとも決して明るい物ではない。
その事を認識しながら彼は、一息吐き出した。まだまだ、仕事を続けねばならない。そう思い立ち、再び羽ペンを手に取ろうとした――その時であった。

 ――タイタスのいる部屋が、揺れた。
いや、この部屋だけではない。ホテルの地下全体に広がる、異界化した墓所全体が、揺れているではないか。
錯覚では、ない。何事かと思い、タイタスは急いで部屋から飛び出す。揺れの強さから考えるに、震源は此処から近い位置である事を確信したタイタス。
始祖帝の間へと繋がる、渦巻き状の螺旋階段を一度の跳躍で登り切る。高度にして六十〜七十m近い高さを、タイタスはジャンプの一回で登頂し終えた。

456For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:31:58 ID:WxYWtYhI0
 恐るべき鬼気が、タイタスの身体に烈風の如くに叩き付けられてゆく。
後階段を十段上がると、震源となった場所に赴く事が出来る。其処は、大河の国から湧き出た水によって形作られた泉へと繋がる、鍾乳窟であった。
尤も、今現在<新宿>に産み出したこの墓所の異界に存在する泉の水は、女神アークフィアの霊力の満ちた正真正銘本物の神水ではない。
あくまでも、普通の水より澄んでいるだけの麗水に過ぎない。そんな物を態々タイタスが墓所に配置したのは、言ってしまえば彼なりの懐古の念であった。
その泉の方向から、タイタスが――いや、正真正銘本物の始祖帝ですら、感じた事などなきや、と思わせる程の妖気が噴出しているのである。
何者か。タイタスはまずそう思った。そして、これだけの妖気を醸す存在でありながら、墓所の最奥に等しいこの空間まで、夜種一匹にも気付かれずやって来れたのか。
急いでタイタスは階段を駆け上がり、ドーム状の広大な鍾乳洞へと躍り出る。全く同じタイミングで、タイタスが出て来た階段とは正反対の位置にある、
タイタス二世を幽閉している石室からク・ルームが飛び出して来た。『来るな!!』、と彼を目で制止させた一世。
驚愕の表情を浮かべながらも、その意を受けてク・ルームが立ち止まった。始祖帝は一人で、泉へと繋がる漏斗状の階段を駆け下りて行った。

 水晶を思わせる透明度の水の上に、果たして、水面に浮かぶには全く矛盾はなくしかし、この場で浮かんでいるには余りに不適当なものが遊弋していた。
船である。タイタスの時代によく見られた櫂船であるが、その船体の色は夜の闇を煮溶かして塗料にしたように黒く、船首は竜か蛇の如くに逆立っている。
マストが二本ついている所から、帆船である事は疑いようもないが、何故だろう。この船は、風の頼りなどなくとも、自律的に動ける、
と言うような根拠のない確信がタイタスにはあった。この船は、魔船だ。悪魔の行軍を地上へと送り込む為に、地獄の底で生み出されたナグルファルだと、
言われてもタイタスには信じる事が出来た。この船が、勢いよくこの場所に漂着した事が原因で、揺れが起こったのだろうと言うのはタイタスも既に知っている。
では、この船は一体何なのか。そして、この船を操る悪魔とは――? その事だけが、今はタイタスにとって気がかりであった。

「……誰じゃ」

 ――いや。この声は、悪魔、か? 
妖美かつ妖艶な、女の声が、船の方から聞こえてきた。この声の主は、姿を見るまでもなく美しい。
そんな確信が、タイタスにはあった。斯様な美声を授かって生まれておいて、その外見が醜女のそれであるなど、人界に生きる人間にとっての裏切りである。
姿を見せぬが故に、その声の持ち主とは? と言う事を想起せずにはいられない。この声の主は間違いなく、女神に例えられるべき美女であり――悪魔に例えられるべき、悪女である。タイタスは優れた直感能力で、船の主と思しき存在の事をこう認識した。

「余の墓所の深部にまで、船を引き連れ、誰に気付かれる事なく入り込めたその手腕。見事な腕だと称賛しよう。姿を見せよ。褒めて遣わす」

 常ならば、己の卓越した魔術の腕で、目の前の船など木端微塵にしていた所である。
だが、今はそうではない。この船の女主人を、己の目でタイタスは見て見たかったのだ。一体、何処の誰が、自分の墓所に入り込んだのか。
その勇敢な女傑の姿を、その目に焼き付けておきたかったのである。人類が宿す、根源的感情の一つ、知的好奇心。タイタス程の男であっても、その根源は消せなかった。

457For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:32:15 ID:WxYWtYhI0
 ――そして女性が甲板に姿を露し、船首まで足を運んだその時。
タイタスは、己の身体が稲妻で貫かれるような衝撃を、憶えてしまった。零れんばかりに見開かれた両目に映る、船首から此方を見下ろす女性の姿。
仄暗い泉の間が、月輪が放つ高貴な光に満ちたと言う錯覚を、この白貌帝は憶えた。月が、この間に堕ちて来たという錯覚を覚える程、部屋の光度が上がった。
そしてその月とは、船首に佇む女性の事であった。まともな者なら、直視出来まい。白子(アルビノ)のタイタスよりもなお白く、白雪が汚泥にしか見えぬ程純白の肌を持った、あの美女は、一体――。

「貴様が、私を褒めるじゃと?」

 後ろ髪を伸ばした、全裸で黒髪の女性。言葉だけで大雑把に外見を語るのであれば、これに尽きる。
だが――余りにも、美し過ぎた。俗世の塵埃から遠くかけ離れた山の頂にのみ降り注ぐ澄んだ月光。これのみを集めて人の形にすれば、この女性に……いや、なるまい。
この女性は人為的にも、そして神の意思によっても生まれる事はない。神や悪魔ですら振る事の許されない賽子、それを幾千幾万個も振い、
その全てが同じ目を出す確率よりも、目の前の女性が生まれる可能性は低いだろう。天文学的可能性、と言う言葉ですらまだ温い。ゼロだ。彼女が生まれる可能性は。
しかし、もしもそのゼロが覆されるとしたら? それをこそ、もしかしたら奇跡と呼ぶのかも知れない。そして、その奇跡の末に生まれたのが、この女性なのだろう。
が、その奇跡は人類にとって間違いなく、正しい意味ではない事は確かだ。タイタスもまた、それを肌身で実感していた。
この女性は、生まれて来てはならなかった。美の到達点、誰もが夢想するも成就する事も生まれる事もない、美のイデアとして人心を惑わすに終わらせておけば良かったのだ。だが、彼女は現れてしまった。人界に混乱を齎す為に。神『無き』世界を、神『亡き』世界へと変えんが為に。

 そう……姫と呼ばれるこの女吸血鬼は、存在自体が罪であり、悪なのだ。
その美の故に、男を惑わし、女ですら破滅させる。そして、内に燻る邪悪な性根の故に、国と世界とを破滅させる。
極点に達した美貌を以って此方を見下ろす女は、疑いようもない、混沌の化身である事を。タイタスはその神域の叡智を以って理解したのであった。

458For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:32:29 ID:WxYWtYhI0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「貴様が、私を褒めるじゃと?」

 その声音には、果てぬ嘲りと侮蔑の念が込められている。
この声だけで、マゾヒズムの気がある男は意識を失うだろう。同じ女性であっても、永劫の隷従を思わず誓ってしまいかねない程の、カリスマ性がその声には秘められていた。

「読み違いも甚だしいぞ、白子の賤夫よ。王や帝王と言うのは常に思い上がる。この私に褒美を与えるのだ、と、誰も彼もが口にする。違う。『貴様らが褒美を献上するのを私が許し、褒美を与える事を私が私自身に許す』のじゃ。貴様ら如きが私に褒美を与える等、思い上がるな下郎め」

 何と言う、唯我独尊ぶり。
この女性にとって褒美とは、賜る物ではない。献上される物であり、そして、献上する事にも許可がいるのである。
そして、気が向いた時に彼女自身が与える物でもあるのだ。世界の中心に自身がいる、そんな強烈な自負心と倨傲がなければ、こんな言葉は口に出来まい。
だが、その思い上がりが、全く間違っていないとタイタスにですら理解させてしまうのは、姫が発散する、地上の人類には醸し出しようもない『高貴』の気風の故なのであろう。この自信は、何処から来るのか? その美か? それとも――タイタスですら戦慄を覚える程の、その強さからか?

「……成程。世の言の葉がそなたの不興を買ったと言うのなら、このタイタス一世。その非礼に詫びよう。そして、あるがままに余はそなたと接しよう。尤も、悪魔の王と接した過去は、ないが故。多少の無礼には目を瞑って欲しいが」

「ほう、私を指して悪魔の王、か。愉快な感性を持っておるの、白面の者よ。それに、纏う運命も良い。暴君にして名君となるべき星と相を背負っておるな、貴様」

 様々な諸侯、様々な王は勿論、『神』すら目の当たりにした事もある姫は、始祖タイタスの霊性をその炯眼で見抜いていた。
姫が嘗て見て来た、王や皇帝、帝王を自称するあらゆる男達の中でも、目の前のタイタスは、『王』としての資質を特に高いレベルで備えている。
時代が時代なら、この星全土を全ていただろう。王は神よりその支配権を神授された、地上における神の現身に等しいと言う。
勿論現代においてそれは絵空事に等しい考え方であるのだが、タイタスの場合は、この絵空事が事実だったのでは、と思わせるに足る気風があるのだ。
姫ですら認める、王としての器の持ち主。白子の王・タイタス一世が、並ではない事を如実に示すエピソードではあるまいか。

「幾度か、問い掛けの機会を設けさせて欲しい」

「赦す。心と頭に渦巻く謎、言葉の閃きを以って祓って見よ」

 姫は船首から降りない。タイタスは、姫を見上げる形で言葉を交わす事になる。
地上を我が物顔で闊歩していたあらゆる種族を討伐し、支配・幽閉させた偉大なる王を、下に立たせて話させるのだ。
正に、人界の王など自身の悦楽を満たす為だけに存在する玩具としか思わぬ姫だからこそ出来る事であった。そしてタイタスは、その事について憤らない。
何せ『この』タイタスには、自身が嘗て王ではなく、王となる以前、誰かの付き人として活動していた時期があったと言う記憶が備わっている。
誰かを立てる、と言う事についてはタイタスと言う男は実は慣れているのだ。だから今更、姫に大上段に構えられても、怒りはしないのである。……とは言え、姫程の存在にこんな振る舞いをされて、怒れる王が存在するのか、と言う疑問の方が、寧ろ尽きぬが。

459For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:32:44 ID:WxYWtYhI0
「一つ。そなたは、何者か」

「好きに呼べ。そして、好きに思え。それが、私になる」

 事実、姫には名前はない。姫・妖姫・妲己・マーラ・サロメ……過去にこの女が名乗った事のある名は、この他にもまだまだある。
そしてそれらの名前のいづれもが、尊崇と憧憬、そして、畏怖と恐怖を以って歴史の表裏に刻まれて来た。
だが、これらの名前ですら便宜上の名に過ぎない。それもその筈、姫は、己を定義する名を授からずに生まれて来た。
名とは、入れ物である。水を溜める瓶であり、桶である。姫の美とは、定義されない――出来ない――美だからこそ、美しいのだ。
姫は、己の存在は定義されてはならず、言語される物でもないと思っていた。自分自身の在り方を固定化させる『名付け』と言う行為は正に、
何かを縛ると言う上で最も重要な行為の一つ。だから姫は、名を持たないし、持とうとも思わない。
しかし、名前がないとコミュニケーションを取る上で不便に陥るのもまた事実。だから彼女は、誰かに名前を認識させるのだ。
これが私の名であると、思わせるのである。その行為自体に、なんの意味もない。何かの呪いですらない。自分を見てそう思い、そう名乗ってみたいのならばそうすればよい。それが、自分になる。姫はそう考えているのである。

「では、『ミルドラ』と、余はそなたを呼称する。その名は、我が世における夜の女神の事を指す」

「ほほ、夜を司る神に女が多いのは、貴様の世界でも同じ事か。ならば、その名で私を呼ぶと良い」

 不興を示した様子も、姫には無い。冷たい、ともすれば酷薄とも嗜虐的とも取れる笑みを、浮かべるだけだった。

「二つ目の問を投げ掛けても構わぬか」

「良いぞ」

「ミルドラよ、そなたは何処からこの空間に彷徨いこんだ。まさか、招かれた訳ではなかろう」

「斯様な場所、招かれても来るものかえ」

 陰性の笑みを浮かべ、姫が即座に否定した。

「この“船”に任せるがまま流れていたら、偶然此処に辿り着いた。それだけよ」

 タイタスに姫の言葉の真贋を精確に図る術はないが、彼女の言っている事は紛れもない事実であった。
姫の宝具である船は、この世のものではない空間、つまり、現世と他の世界、並行世界や異世界を隔絶するように流れる時空の河や壁を潜り、遊弋する事が出来る。
聖杯戦争の舞台となっているこの<新宿>の時空は、やけに強固の上、姫自身もサーヴァント化した弊害か、弱体化が著しいので、その河や壁を突破する事は出来ない。
だが、誰にも認知されずに、その時空に潜航する事は可能であり、彼女は夜になるまで時空の川流れの上で、<新宿>での事象を眺めていたのである。

 ――そんな折に、姫は此処に衝突した。
タイタスの創造した墓所、即ち異界もまた、現世とはまた違う座標に存在する別時空の空間。
そこに、姫の宝具である船の移動ルートと重なった瞬間、無理やり船が、タイタスの陣地の空間に引きずり出される結果となってしまったのだ。
そしてそのまま、泉に向かって船が勢いよく着水。これが、タイタス達が感知した揺れの真相であった。姫自身、意図して此処に来た訳ではないのだ。
移動ルートの偶然によって、此処に招かれたに過ぎない。その事を必要最小限の言葉で姫は説明し、タイタスも得心したらしい。

「次が、最後の問だ」

「はよせい」

 欠伸をし始める姫。

460For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:33:00 ID:WxYWtYhI0
「ミルドラよ。そなたは、本当にサーヴァントか?」

「貴様にはどう見える?」

「……解らんな」

「ほほほ」

 その答えに、姫は満足が行ったらしい。
解らない、と言う答えは実は正解であった。タイタスの言葉は実は、正しかったのである。姫の正体は、解らない。これが答えであった。

 分類上は、吸血鬼、と言う事に姫はなるのだろう。だが、それすらも、精確ではない。
姫は、吸血鬼と呼ぶには余りにも吸血鬼の性質からかけ離れている。流れ水のタブーも、十字架のタブーも、姫には通用しない。
彼女が中国産の吸血鬼の性質を引き継いでいるからだ。だが、逆に中国産の吸血鬼が弱点とする桃の種や、吸血鬼全般が弱点とする白樺の杭を心臓に打つと言う行為も、
日光と言う最大の弱点ですら姫は克服しているのだ。吸血鬼にですら、滅びは来る。だが、姫は滅びない。『死』と言う事象が存在しないのである。
ひょっとしたら姫は、吸血鬼としての最大の特徴である、吸血と言う特徴だけを備え付けた、超高次元の生命体である可能性ですらある。
そもそも彼女は、多くの吸血鬼が生存を続ける為に必要な、自身の名の由来ともなっている吸血と言う行為すら必要としていない。
血を吸わずとも、姫は存在出来るのだ。余りにも、吸血鬼離れをし過ぎている。

 だから、タイタスの疑問も尤もだった。
この吸血鬼『もどき』については、謎が余りにも多い。多いが、確かな事が一つある。姫は間違いなく、順当な方法ではサーヴァントとして呼ばれ得ない。
サーヴァントとして呼ぶには、余りにも姫の存在はイレギュラー性が強すぎる。と言うより、斯様な存在を召喚出来るのであれば、聖杯など元より不要の長物。
この姫自身がある種、聖杯以上の奇跡で以ってしか召喚出来ない、神霊に半ば以上足を踏み入れている、恐るべき『何か』であるが故に。

 どちらにしても、タイタスですら、姫の正体については理解が及んでいない。そして、姫自身もこの謎については答えるつもりもないらしい。
いや違う――姫自身も、自身が何者であるのかよく解っていないのだ。四千年以上前に生まれた吸血鬼……と自分は嘯いているが、実際はそれ以上前から活動している。
それこそ、まだ地上の支配権を神々が握っていた時代から、だ。自身ですら、何年生き永らえて来たのか解らぬ時間を生きて来た『何か』。それが、姫であった。

「貴様の思う通りよ。私はこの聖杯戦争とやらに正式に呼ばれた者ではない。いわば、数合わせの為に呼び出されたようでの? 此処とは違う時空で、時の流れの上で微睡んでおったが、粗忽者の儀式で目を覚まさせられて、此処におるのだ」

「正式に……だと? サーヴァントがサーヴァントを呼び出す術を、誰かが会得しているとでも?」

「そんな事、造作もなかろうよ」

 如何やら、タイタス自身が知らぬだけで、サーヴァントを召喚出来るサーヴァントと言う者が、此処<新宿>には存在するようだ。
勿論、理屈上はそれが可能である事はタイタスも勿論知っている。但しそれは、莫大な魔力と言うリソースがあって初めて可能となる芸当だ。
この<新宿>で、其処までの魔力をプールしている所など自身の墓所以外に――いや。待て。あった筈だ。信濃町と呼ばれる一角に、姫を呼び出し得る施設。
タイタス自身が怪しいと睨み、あらゆる魔術の技を駆使して幾度となく監視を行おうにも、一向にその内部の様相を確認出来なかった、白亜の宮殿が!!

「メフィスト病院……か」

「流石に知っておったか。貴様も<新宿>に生きる者であれば、その名を肝に銘じておけ。事と次第によりては、奴と魔道の技を競い合うかも知れぬからの」

461For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:33:19 ID:WxYWtYhI0
 「尤も、そのような段になる頃には貴様の命もなかろうがの」、と、悪辣な高笑いを浮かべる姫。
確かに、サーヴァントでありながらサーヴァントを呼び寄せる術を持った存在は、尋常の事ではない。
召喚に必要な莫大な魔力を貯蔵できると言う技量から、恐らくはキャスタークラスかそれに準ずるスキルや宝具の持ち主だろう。
魔力を溜め置くと言う行為は、魔術師にとって初歩にして極意。民草が稼いだ日銭を貯金するのと同じだ。
魔術師は平時、何か魔術的な儀式や実験、鍛錬を行うのに魔力を消費する。そして、余剰の魔力を何処かにプールしておかなくてはならない。
まるで勤め人が、稼いだ給金を預金するが如く。だから如何に大量の魔力を供給し、これを上手くやりくりするか、と言う技術は優れた魔術師を指し示す指標となるのだ。

 如何に世に稀なる魔術師達が多く名を連ねるキャスタークラスのサーヴァントとは言え、その身の上に宿る実力は生前のそれより遥かに落ちる。
魔力などその最たるものだ。そもそもサーヴァントは活動するのに魔力を常に消費し続けねばならないのに、
この厳しい条件の下で魔力を増やすような運用をせねばならないのだ。タイタスやムスカが諸処の行為に尽瘁するのを見れば解る通り、これは大変な事柄である。
現にタイタスですら、虎の子である魔将を召喚するのにかなりの魔力を消費してしまった。これが正真正銘、宝具すら保有する本物のサーヴァントを召喚するとなると、
宝具・廃都物語でかき集めた魔力が根こそぎなくなってしまう。それを考えるにメフィスト病院の主は、魔力にかなりの余裕があったから、サーヴァントを召喚したのだろう。並の技量ではない。

 姫の言う通り、何時の日かは魔術の腕を競って殺し合う可能性もゼロではない。
と言うのも、魔術師と言うのは根本的に、他の魔術師と反りが合わない事が多いのである。
信奉する神や思想で諍いが起きるのは只人でも同じ事であるが、魔術師の辿った人生と言うのは概ね特殊な物が多い。捻くれた人生、とも言うべきか。
だから魔術師同士がコミュニケーションを取る場合、相手か自分が譲歩して接するか、波長が合うか、とかでもない限りは大抵の場合不和に終わる。
況して、その道を極めた魔術師ともなれば、その人間性は特殊を極める。少なくとも、一般人よりもズレた感性の持ち主である事は確かである。

 ……とは言え、魔術師が何よりも重視するのは、『利害』である。これは、魔術師のみならず、世間に生きる俗人、聖職の道を歩み僧籍を獲得している人間とて同じ事。
これらを侵害されぬ限りは、魔術師と魔術師は、気に入らない間柄であっても手を組むのもまた事実。
逆に言えこれらを侵害されると、真理の地平を開き叡智の何たるかを見聞する為の手段が、恐るべき殺生の手段へと変転するのであるが。
兎に角、今のタイタスは待ちに徹せねばならない。無駄な争いはなるべく避け、勝てる戦にだけ時と次第によって駆けつける。これが、現状のモアベターなのである。

「事は済ませたか? ならば、此処から去ね。私は暫し微睡む」

「去ね、とは此方の言葉ぞ。ミルドラよ」

「私の船の進む道に、斯様な賢しい異界を作る方が悪いのだ。嵐に見舞われた、と思って諦めるのだな、白面の王よ」

 其処で姫は、タイタスから顔を背け、船内へと入って行こうとする。
迎撃するか、と彼も思ったが、姫は別格に強い。世界の裏側に隠れた本体……その彼が、イーテリオの星を手にして漸く、勝ちの目が? と言うべき存在である。
腹の立つ話だが、此処は姫を受け入れるか――そう思い立った、その瞬間である。

462For Ruin ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:33:32 ID:WxYWtYhI0
「――ほう。奇異な縁もあったものよな、貴様。いや、不運な運命、と言うべきかの?」

 船内に入ろうとした姫が足を止め、タイタスの方を見下ろしてくる。
何を言っているのか、と一瞬だけタイタスは思った。……それは、本当に一刹那の事だった。
カッ、と、タイタスは瞠若する。拠点としているホテルの回りを巡回させている、不可視の使い魔。
それが、一人の男性の姿を捉えた。その使い魔の見ている物と、己の視界を同期させているタイタス。当然、それが何を見ているのかを理解していた。

 姫に勝るとも劣らぬ、美貌の持ち主。
白いケープを羽織り、黒メノウを煮溶かして線状にして見せた様な、艶やかに煌めく黒い長髪を持った、美しい男。
人界に生まれる事は先ずあり得ない、神界・天界の美。いやあれは、悪魔の美ではあるまいか? 
タイタスは男を見た瞬間、恐怖と無慈悲さを、その麗姿から感じ取る事が出来た。親しみやすさが、姫同様にその男の美には無いのである。
美の純度が高すぎて、寧ろ『死』を想起してしまうのだ。隔絶した美の故に、頬を赤らめるとか見惚れるとか言う反応すらが、最早起きる事がない。
不興を買えば、死ぬ。見てしまえば、醜い自分に耐え切れず死を選ぶ。そんな剣呑さを、タイタスは感じ取ってしまったのである。

「あれがメフィスト。病院とは名ばかりの、自己満足の城を管理する自惚れ者よ」

 大層愉快そうに、姫が行った。
泉へと下る為の階段の頭上から、船の揺れを察知した夜種達が、今になって大挙して来る音を聞きながら。
タイタスは、急いで……しかし冷静に、メフィストと、ついでに姫のもてなし方を、考えているのであった。

463 ◆zzpohGTsas:2017/11/30(木) 15:33:50 ID:WxYWtYhI0
前編の投下を終了します。死ぬ程お待たせして申し訳ございませんでした

464名無しさん:2017/11/30(木) 17:58:12 ID:ZyCQ0aAA0
投下乙&お久しぶりです

殺意マックスのメフィストにクッソ傍迷惑な姫と、厄いのに訪問されるタイタス頑張れ

465名無しさん:2017/12/02(土) 19:03:01 ID:k1RvBa6g0
お久しぶりです投下乙です
タイタスの那珂ちゃん評がなんか笑える

466名無しさん:2017/12/28(木) 15:39:40 ID:JRhCb27A0
御姫が居るからジャバはワイルドカード兼核地雷なんだよな

467名無しさん:2017/12/28(木) 20:17:15 ID:1V5zrYWI0
>>466がageたせいで投下来たと勘違いした(憤怒)

468 ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:11:30 ID:4rPyGHZs0
お年玉を投下します

469For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:12:30 ID:4rPyGHZs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 つくづく、ドリー・カドモンを依代に召喚したサーヴァントの人選が、おかし過ぎるとメフィストは思う。
チトセとパムは、まだ良い。どちらも多少血の気が多いが、まだ分別のつく性格であるからだ。
残り二名は、駄目だ。<新宿>の情勢を混乱させる為に、わざと選んだとしか思えない。
姫はそもそも論外であるし、ベルク・カッツェも、相当性質が悪いサーヴァントだ。仮にもしマスターが、サーヴァントをどれか一体好きなのを選んで、
それで聖杯戦争を勝ち抜けと言われたら、この二名は共に間違いなく選ばれる事はないであろう。それ程までに、悪質なサーヴァント達であるからだ。

 そして、これを知っててわざと、彼らの情報をドリー・カドモンに固着させたルイ・サイファーもルイ・サイファーだ。
アカシア記録制御装置(コントローラー)は、アカシア記録と言う高次空間に接続する都合上、接続した者に知りたい事柄を完璧に教えてくれる。
隠された歴史、これからの未来、根源への到達方法、そして……未知なる異世界の秘密。アカシアへの接続とは、有体に言えば、全知になれると言う事に等しい。
アカシア記録に接続してサーヴァントを召喚すると言う方法を用いると言う事はつまり、呼び出すサーヴァントがどう言う存在なのか、
初めから解っているに等しいのだ。解らない上で、姫やカッツェを召喚すると言うのならばいざ知らず、解っててあれらを召喚するのは、愚の骨頂である。
……いや。ルイは、愚者の行いだと解った上で、あの二名を召喚したのだろう。わざと、姫とカッツェを<新宿>に招いたのだ。
何の為に? 実を言うとメフィストですら、その真意は図りかねる。だが、およそまともな理由ではあるまい。最悪、面白そうだったから、と言う線すらあり得るのだ。考えるだけ無駄、なのかも知れない。

 どちらにしても言える事は一つ。
メフィストは、ルイ・サイファーの求めに従い<新宿>に招き入れた、四騎の内の一騎。赤のアサシン、ベルク・カッツェの尻拭いをやらされたと言う事である。
リムジンから降りて治療した者達は皆、あの悪鬼の跳梁の犠牲者だと言う事をメフィストは見抜いていた。
自分の患者に危害を加えなければ、極端な話世界が滅ぼうがメフィストは瑣末な事なのであるが、それでも、手を煩わされ、時間を潰されたとなると、
苦い顔を浮かべざるを得ない。カッツェよりも寧ろ、文句の一つをルイに対して言いたくもなろうと言うものであった。

「到着致しました」

 運転手の言葉に呼応し、シートに深く背を預けながら不満げに瞼を閉じさせていたメフィストが、ゆっくりと開眼。
見事な運転技術であった。ブレーキを掛けた事すら余人は認識する事が出来ない、プロのそれである。

「地下の駐車場で待機していろ」

「御意に」

 短いやり取りの後、運転手は扉を開け、其処からメフィストは外へと出て行く。
間違いなく、この場所である。メフィストが生み出した、彼自身を模したホムンクルス、その道具作成担当が生み出した『猟犬』と呼ばれるカーナビシステム。
その場所は明確に、百人町に建てられたこの超高級ホテルを指していた。猟犬、と言う物騒な名が指し示す通り、このカーナビゲーションはただのカーナビではない。
全体で十cm程の大きさしかない超小型人工衛星。秘密裏に宇宙へと打ち上げていたこれを利用する事でメフィストは、今や<新宿>の全貌を監視する事が出来る。
この人工衛星はいわゆるGPSの機能も兼ね備えており、これが発する特殊な電波を使用する事で、上記のカーナビシステムを用いる事が出来るのである。

470For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:12:52 ID:4rPyGHZs0
 何故、そして何時? こんな物を用意していたのか? 
簡単だ、メフィスト病院を襲撃したジャバウォック達を抹殺する為に、彼らが去ってからメフィストは急ピッチで、このカーナビシステムと人工衛星を構築したのである。
このカーナビシステムには特徴がもう一つあり、対象の体組織が少しでも残っていれば、カーナビそのものを管理するサーバーにその『情報』を登録。
こうする事で、宇宙空間に存在する人工衛星が情報を解析し、その場所を一瞬で探り当てるのだ。地下に潜ろうが無駄だ。
この人工衛星は宇宙空間から人間の顔を完璧に識別出来る程の分解能を持った超望遠カメラと、地下数㎞までの空間であれば透視する事が出来る霊鏡レンズを搭載している。
超魔術と超科学によって構成され、相手が何処に逃げようが監視し続け、恐るべき狩人であるメフィストにその位置を送り続ける。成程、猟犬の名は伊達ではない。
ではメフィストは、ジャバウォックの何を情報源として、この場所を発見したのか? 体組織がなければ、猟犬は臭いを探り当てられないと言うのに。
実は体組織に類する部位を、あのジャバウォックは明白に放置させていた。魔界医師と魔獣が戦った場所に放置された、ジャバウォック自身の『黄金化された腕』。
これを情報源としてサーバーに登録。彼らの居場所を探り当て、そして現在メフィストは、カーナビが指示した位置である、この百人町の高級ホテルへと足を運んだのである。

 実を言うとメフィストは、来る前まで訝しく思っていた。彼が自身の発明品の一抹の疑念を抱く事など、天が雲や星辰ごと地球に落ちてくる事象よりもあり得ない。
それなのに何故、魔界医師は猟犬の検索結果を疑問に思っていたのか。と言うのも、正しい位置を確実に捉える猟犬の検索結果が、不確定要素で揺らめいていたのである。
此処にいるかも知れない、しかし、いないかも知れない。そんな曖昧な状態の時に、猟犬の検索システムは、此処に対象がいる可能性はフィフティ・フィフティ、とする。
そして、こう言う検索結果が弾き出される時と言うのは、相手がこの世の時空ではない異界や、異なる位相や座標の別空間・別次元にいる時が殆どだ。
こうなると厄介である。異界や別時空の法則と言うのは、メフィストも今いる三次元空間の法則に囚われない。
ある場所に発生した、別時空に繋がる裂け目に呑み込まれ、その別時空から脱出しようと内部の出口から脱出したら、イタリアのベニスだったと言う事が平然と起きる。
衛星システムの検索結果上<新宿>の何処かにいても、ちょっとした契機で全く別の場所に移動される可能性が高いのだ。
メフィストとて暇ではない。手早くジャバウォックと、その主であるロザリタ・チスネロスを粛清したいのである。
それなのに、折角この場所まで足を運んだのに、また別の場所に逃げられたとあれば二度手間も良い所である。だからメフィストは内心では、この場所に来るまでジャバウォックに逃げられるのでは、と考えていたし、そしてこの百人町のホテルに発生している時空間異常は、サーヴァント同士の戦闘の余波によって生まれたか。或いは――<新宿>が、メフィストの知る『魔界都市』のそれへといよいよ変貌を始めたか、と当初は思っていた。

471For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:13:13 ID:4rPyGHZs0
 だが、違った。メフィストの推理は良い意味で裏切られた。
魔道を極めたメフィストだから解る。このホテルに発生している時空間異常は、自然発生したのではない。人為的に『施された』のだ。
それも、ただの魔術師にではない。あの魔界医師が、顔を見ずとも白眉の才能の持ち主だ、と確信させる程の技量の魔術師が、である。
それに、メフィストも既に気付いている。自身を監視している、透明化の迷彩を行っている使い魔の目線に、である。
その方向に目線を送るメフィスト。それを受けた瞬間、メフィストの目線をモロに受けた使い魔が、一瞬。半透明の馬体としての本体を露にし、そのまま大気に還っていった。
メフィストが特別な力を送った訳ではない。メフィストの美しい姿を真正面から目視する形となったその使い魔は、精霊でありながら人に縛られた状態の奴隷の身の上の己を恥じ、あの男に見られ続け恥を認識される位なら、と死を選んだのである。

 如何やら、ジャバウォック達の主従は誰かの魔術師の差し金か、或いは、その魔術師に匿われたかのどちらかであろう。
だから猟犬は、こんな場所を指し示しているのである。このホテルは高い確率で、メフィストの知らぬサーヴァントの拠点。それも、並のサーヴァントでは此処に拠点がある事すら気付けない程、高度な隠匿処理がなされている程の、だ。こうなると、メフィストの振る舞い方は一つ。サーヴァントと交渉し、ジャバウォックを譲って貰うか、その魔術師を相手に少し過激な手段を取るかのどちらかである。

「話の通じる相手なら良いが」

 いつの間にか、メフィストをこの場所に送っていたリムジンは、音もなくホテルが有する地下駐車場に消えている。 
自分も、何処ぞのサーヴァントが生み出した、ホテルと言う名の内臓へと入り込むべきであろうと、ホテル内部へと消えて行く。
……メフィストが持つ、人界に出て来る事自体がタブーとも言える禁断の魔貌に当てられ、フリーズした様に動けないでいる<新宿>のNPC達に。ホテルに消え行くこの魔界医師は、注意関心を払っていたのかどうか。

472For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:13:27 ID:4rPyGHZs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 魔術師とは元来、神秘を秘匿する物である。これは当然の理屈である。
魔術師とはその言葉が表すように、魔術を生業とする者であり、その魔術とは神秘によって成り立つ物である。
そして神秘とは何か、と問われた場合、人間が『不思議だ』とか『超常の力だ』とか思われるような力の事を指す。
つまりは、一般に流布されていない、魔や神の世界の常識、と換言出来る。
結局魔術師が何故魔術を振う事が出来るのかと言えば、この神秘と呼ばれる概念があるからに等しいのである。神秘とは彼らにしてみれば、卑近な言葉で言えば飯の種だ。
では、神秘が白日の下に詳らかになってしまえば、どうなるのか。露見された神秘は一瞬にして一般化、大衆化され、途端に神秘ではなくなるのだ。
誰もが知らないから、隠されていたから。神秘は神秘の魅魔を帯びると言うのに、誰もが知る常識に変貌してしまえば、途端にその価値は下落する。
これが究極的な段階にまで進んでしまうと、魔術師は魔術を使えなくなる。根源・真理・神座。これらに至れる研究を続けられなくなるばかりか、
今日の飯にすら有りつけなくなる。勿論死活問題である事は言うまでもない。アクもクセも強く、人間的にもズレている魔術師達が、例外なく守っている、黄金律とも呼べる程に絶対的な了解。それがこの、神秘の隠匿なのである。

 神秘の隠匿と言う都合上、魔術師はその拠点を人間の目につかない場所に設置する事が多い。
地下、山中、森林の中の洞窟。腕の立つ魔術師は異なる時空を生みだし、其処を拠点とする者もいる。神秘を隠そうとした場合、これらの場所は道理とすら言える。
だが、真に腕に覚えのある魔術師達は、市井の真っ只中に堂々と拠点を築く物だと、メフィストは考えている。と言うより、メフィスト自身がそうであるからだ。
しかしメフィストの場合は、神秘を隠匿するまでもなく、神秘と言う概念が世界中を覆い尽くしたに等しい世界の生まれであったからこそ、斯様な考えなのである。
そうでない人物が、都会の真ん中に魔術的な拠点を設営する等、これは並の心臓ではない。余程の狂人か、自惚れ者か。
そしてメフィストは、百人町のホテルに陣地を作成したサーヴァントを、恐るべき手練だと認識していた。自惚れ家であろうとも、これだけの実力なら文句はない。

 何せ見かけは本当に、地方からやって来たエリートサラリーマンや、金のある外国人達が宿泊の為に使う、典型的な高級ホテル。
そしてホテルの回りは明白に、日に千台は優に超す程の交通量を誇る道路に囲まれ、ちょっと歩けばチェーンの食事処や、コンビニエンスストアが見られる、
呆れる程に東京の風景なのである。そんな場所に、異界化させた陣地と言う大規模な拠点を構える等、尋常の精神では考えられない。
何よりも、それだけ大規模な陣地であるにも拘らず、NPCは勿論サーヴァントですらその存在に気付けないと言う事実が、この陣地を作成した者の腕前を証明している。
高田馬場の魔法街を拠点としていた、あの大魔法使いに匹敵する存在が、世にいたとは。そう思いながらメフィストは、ホテルのロビーに踏み入れていた。

 ロビーもまた、呆れる程普通の、グレードの高いホテルのそれである。
塵一つ落ちていない、清潔でピカピカの床。染み一つない壁紙。高い天井。そして、乱雑と見る者に思わせないよう考えられて設置された、ソファやテレビ等の配置。
メフィストにって全く見るべき所もない、普通のロビーだ。此処に、魔術師の拠点がある、と言われても果たして誰が信じられよう。
<新宿>で起こった諸々の事故のせいで人が少ないとは言え、今も疎らに人が行き交いしているこのホテルの何処に、そんな物があると言うのか。

 ――地下か――

 時空を弄って拠点とすると言う方法論の最大のメリットは、何処にでも拠点が作れると言う事である。
見かけ上の広さに左右されないのである。十畳程の狭さのない空間の中に異界を作ったとして、その空間の大きさは最早十畳のそれではない。
何故ならば魔力さえ潤沢であるのならば、数平方mしかない空間の内部に、東京ドーム一億個分もの広さの空間を収めさせる事だって可能なのだ。
時空の謎を理解してしまえば、その程度の真似事は造作もない。現にメフィストも病院でジャバウォックを迎え撃った際、このロジックを応用して見せた。
当初メフィストは、このホテルを虱潰しに探し回らねばなるまいかと覚悟していたが、意外や意外。直に拠点の位置を探り当てる事が出来た。

473For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:13:53 ID:4rPyGHZs0
 ――否。拠点の位置を探り当てたとか、暴き立てたと言う言い方だと語弊がある。
精確な言い方は、『向こうの方が此方を誘っている』と言うべきだ。メフィストレベルの術者であるのならば、探知出来るレベルの妖気。これを、地下から此方に向かって相手は発散し続けている。

「私を試すか」

 それもまた良い。この拠点の主にとって自分は招かれざる客、或いは、歓待を受くるに値する存在なのか疑問な存在。そう思われているのだろう。
ホストがあちらにあるのなら、ゲストは今の待遇に文句を言ってはならない。試されていると言うのであれば、それに応えるまでだ。
白日の具現のようなメフィストの美貌を見て、呆然とした状態の従業員達に関心を払う事もなく、メフィストは、廊下へと繋がる所へと歩いて行き、
レストランやバーにビリヤードルームなどと言った憩いの場へと足を運べる所を抜け、従業員達の雑務雑居の場所。
即ち、彼らの休憩室や、ボイラー室などへと繋がる、関係者以外立ち入り禁止の場所へとメフィストは到達。
この間、メフィストの姿を従業員達に見られたが、特に何も咎められなかった。メフィストは気付いたが、この陣地の主に軽い洗脳めいた物を掛けられている。
迷い込んだ者は大抵追い返されるのであろうが、メフィストに限ってはそれがなかった。向こうがメフィストを追い返さないようにと命令したか、それとも、メフィストの美しさに下された命令を忘れてしまったか。そのどちらかなのだろう。

 メフィストはボイラー室へと繋がるドアを開ける。
何の変哲もないボイラー室だ。駆動する音も、設備自体にも、何も異常な所はない。
だが、メフィストの優れた感覚は既に捉えている。此処が、敵の腹中に繋がる口腔である事を。何かの契機一つで、自分は敵の胃の中に潜り込めるのだと言う事を。

 ケープをはためかせ、誰の目から見ても平等に『其処には何もない』と言う事実が確認可能な、何もない空間を打擲するメフィスト。
何もない。そう、メフィスト以外の者からすれば、そうなるであろうと、皆は思うだろう。しかし、実際にはメフィスト自身も、何かを叩いた訳ではない。
真実、ケープが虚空に美しい白波を打った場所は、メフィストの目から見ても何もないのだ。――何処を打とうが、結果は同じだからである。
特別なアクションを、メフィストレベルの位階の魔導の技の持ち主は、最早起こす事すら必要がない。何気ない一動作で、異界への入り口を手繰り寄せる。
それはまるで、異界や魔界、常世と言うこの世ならざる空間が、メフィストの誘蛾灯の如き美貌に当てられて魅了され、一人で勝手にやってくるように。

 そして真実――姿を世界に隠していた、異界がその姿を現した。
異なる世界だから、異界と言うのか。はたまた、異形と化した世界の故に、異界と言うのか。
恐らくは、その両方の意味合いもあるのであろう。メフィストが今現在いる空間は、正しくそんな世界だった。
嫌な冷たさの空間だ。雪山の身を切るように厳しい寒さとも、氷の海の上の清冽な冷たさとも違う。
この世界はまるで、薄暗く湿った洞窟の中の様な、ジメッとした冷たさを誇っていた。否、まるで、ではない。そこは真実洞窟であったのだ。
厳密に言えば、洞窟の内部を削って作り上げた神殿、または遺跡とでも言うべきなのだろうか。
地球が生まれた時からずっと、天変地異や地殻移動、大地震や噴火を免れ、原初の暗黒をそのまま最奥に宿し続ける洞穴の中にいる様な暗黒。
一筋の光すらも拒み続けた黒闇の中にあって、メフィストは確かに、人為的に削って作り上げた痕跡をその目に見た。メフィストの炯眼は、闇さえ暴く。或いは、闇の方から、情報を教えるのかも知れない。此処がいかなる場所なのか、闇と語らう術を魔界医師は知って居たとて、誰も異な事とは思わないだろう。

474For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:14:14 ID:4rPyGHZs0
 この空間には、自然独特の無秩序(カオス)がない。人間が手を込めて作り上げた秩序(コスモス)が確かに存在する。
壁に刻まれた、メフィストですら知らぬ言語体系から成る文字の数々もそうだが、自然界ではあり得ぬ程、壁が磨かれていた。凹凸一つ、存在しない。
何よりも、床だ。床と言う概念は、自然界には存在しない。自然に存在するのは『地面』である。
今メフィストが立っている所は、磨かれ、象徴的なモチーフの刻み込まれた『床』だ。竜や獅子、侏儒の軍勢や鉄の武器を纏った軍隊を打ち払う、
たった一人の人間の意匠が其処には在った。シチュエーションを考えるに、この男は英雄と呼ばれる存在と見て間違いはないのだろう。
恐ろしく力強い印象を見る者に与えるレリーフだ。戦士を象徴しているに違いない。となれば、この異空間の主は、戦士或いはそれを束ねる者――。
詰まる所、『王』である可能性が極めて高い。王であるのならば、メフィストの周囲を取り巻く強権的な床や壁の事が説明出来る。
王が、己の権勢を以って生み出した空間であるのだろう。これだけの物を作り上げる王権である。
さぞや、歴史と人理に名を刻み、神の玉座にも王手を指しかけた者に相違あるまい。メフィストはそんな、己が名すら知らぬ覇王の存在に思いを馳せながら、一歩。
敵の腹中と断じても全くの間違いのない空間の中を、確かな足取りで歩いて行く。すると、不思議な事が起こった。
『闇自体が、真っ二つに分かれ、両端の壁にわだかまって行くのだ』。闇と言う概念自体が一か所に凝集され、白日に晒されたかのように、メフィストの歩く空間が明るく照らされ始める。闇は、人の心を掻き乱し、不安にさせ、絶望させる力を持つ。その力が、メフィスト相手には一切通用しない。この男を絶望させる事を無理だと悟った闇の方が逆に絶望し、諦観を起こしたのかも知れなかった。

 一歩、また一歩と進んで行く毎に、メフィストは、己が敵の内臓の奥深くを進んで行っていると言う実感を得る。
そして同時に、悟る。奥に奥にと進む度に、相手が己を進ませたくないと言う事を。身を以ってメフィストは、思い知らされる。
十m続く、下り階段をメフィストは音も立てずに降りて行くが、ある一段に足を付けた瞬間、階段が無数に分岐を始めた。
あり得ないのは、踊り場まで一直線のその階段の下り先が、数多に生まれ始めたと言う事もそうである。だがそれ以上に、その分岐の数である。
その数は優に、数千を超え、一万とんで二五〇にまで達している。しかもその別れ方たるや、一種のフラクタル構造を描いており、
分岐の先に無数の分岐があり、その分岐の先にこれまた分岐が無数にある、と言った風に、空間の連続性を一切無視しているのだ。しかもその分岐の全てに、踊り場がある。
ウィンチェスター・ミステリーハウスですらが足元にも及ばぬ程、狂的な構造である。理路整然を好む所とする人間が今の光景を見ようものなら、発狂は免れまい。

 メフィストが、眼前に現れた怪異に足を止めていた時間はしかし、一秒にも満たない。
目の前の分岐を玲瓏たる瞳で一瞥した後、メフィストは、分岐の一つに向かって歩いて行く。
そのルートを選んで歩いた事が誰の目にも明らかな段数、下がったその瞬間だった。魔界医師を惑わす為に生み出された全ての階段が、幻のように消え失せた。
残った一つは、言うまでもない。今この美貌の医師が歩く階段一つに他ならなかった。間違った階段を歩いていれば、どうなっていたか?
メフィストは知っている。誤ったルートを選んでいたら、その人物は死ぬまで階段を下り続ける定めを強いられる。
其処を選んだ瞬間に、上る為の段が消えるのだ。その者に残されているのは、今自分が立っている一段と下に降りる為の一段。
一段下れば、新しい一段が与えられ、また一段下れば、新しい一段が与えられる。しかし、それ以上は絶対与えられない。上への段がない為上れないし、来た道を戻れない。
だからその人物は一生、階段を下り続けるしかなくなる。しかも、一足飛びは許されない。一段一段、丹念に、永久に下り続けねばならないと言う、恐るべき運命を背負う事になるのだ。悪夢のような、トラップであった。

475For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:14:38 ID:4rPyGHZs0
 この異界の構造を、メフィストは見抜いている。よく知っている、と言っても良い。
異界の主は、己の意のまま、子供が積み木を組み立て直すように、この異界の構造を千変万化させる事が出来るのだ。
今の階段の一件など、その一環。此処に来てから既にメフィストは、十三の妨害に出会っている。
『一歩、また一歩進んでいく毎に』と言ったが、その一歩とは、正解のルートと言う意味での一歩であった。
歩いていたら突如分厚い壁が現れた事もあった。無視して進むと、壁が霧散する。幻影の壁だった。
足元が脈絡もなく、槍の穂先が敷き詰められた剣山に変わった事もあった。真実本物であったが、メフィストは槍の上に立っているにも拘らず、足に槍が突き刺さらなかった。
全ての床や壁が消滅し、何もない暗黒空間に投げ出された事もあった。前に進むのではなく、『上に向かって重力を無視して歩いた瞬間』、道が現れた。
こんな調子の妨害を、ずっとメフィストは受け続けている。これもまた、このおぞましい異界迷宮を生み出した主の試練なのであろう。
この程度の事をクリア出来ぬようであれば、謁見は許されない。そんな声なき声を、メフィストは聞いているかのようであった。
並の魔術師であれば、この迷宮に惑わされ、無惨な死を晒してしまうのがオチであるが、メフィストには斯様な目晦ましは通用しない。
この仕掛けが、子供騙しだからと言う訳ではない。実際には、極めて高度な魔術的技術を以って仕掛けられた物である。
メフィストにこの迷宮が通用しないのは、単純明快。メフィストもまたこのような、突如空間を迷宮化させる技術をよく使うからだ。
メフィスト病院など、まさにそうであろう。魔界医師の意思一つで、如何なる者の侵入を許さぬ白亜の大迷宮と化すあの病院。勿論、様々な罠もおまけで付随する。
蛇の道は蛇、だ。空間を自由自在にカスタマイズ出来る程の魔術の才を持つ者が、この局面でどう動くか、どんなトラップを仕掛けるか。
メフィストはそれを重々承知している。何せ、自分も良く同じ事をするからである。だから、相手の技は通用しない。鏡に映る我を騙す事が不可能な事に、その理屈はよく似ていた。

 階段を下り続けると、岩壁が出て来た。此処だけ、全く人の手が加えられていない。
本物の、自然石。ゴツゴツした岩肌、雫が伝う湿った岩肌。どれもこれも、人の握る彫刻刀やノミ、槌の手が及んでいない事の証であった。
その岩肌を、メフィストは左の人差し指で触れた。触れた所から、岩がその指を離さじと、融解を引き起こし、メフィストの指と岩とが永久の融合を果たそうとするのではあるまいか。それ程までにメフィストの指は、蠱惑的だった。

 だが、現実は違った。触れた所から、岩壁に縦方向に亀裂が生じ始め、其処から、ゴゴ、と言う音を立てて真っ二つに分かれて行った。
襖や障子が開かれる様子にそれは似ている。まるで、アリババの『ひらけゴマ』のようになった岩壁を見たメフィストが、壁の先に存在する、
大理石に似た石を削って作った螺旋階段を下りて行く。左の人差し指以外の箇所で、あの岩肌に触れれば、その生命は岩壁に吸収、融合され、己の意思を保ったまま岩の一部となってしまう。あれは、そう言うトラップであった。

 カツン、カツン。と、わざとらしく音を立て、メフィストが螺旋階段を下って行く。
此処まで、侵入者を迎え撃つガーディアンが見受けられない。仮にメフィストが試す側に回ったのなら、相手の力量も試そうとするものだが、
全くその傾向が空間の主には感じられない。まるで、メフィストの実力は既に知っており、量るだけ無駄だと言わん風であった。
己の実力を、病院以外で示した覚えはないが、と思うのはメフィスト。美貌には、一抹の疑問も浮かばない。謎に思いを巡らせても、それを億尾にも出さないのは、メフィストに培われたある種の癖であった。

 三分程の時間をかけ、螺旋階段を下りきるメフィスト。
透明感のある桜色の鉱石で出来た、巨大な扉が、白衣の男の前に立ちふさがっている。横幅十m、高さ十五m。単純に開扉するだけで、ヘラクレスの膂力が求められよう。
扉を眺める魔界医師。現世に渦巻く欲望の塵埃を超克した仙界の住民にですら、美しい物は手元に集めたいと言う人間誰しもが有する普遍的な欲を思い出させる、その男の美。
それに真正面から見据えられた瞬間、扉は、さくかに震えた……ような気がした。メフィストよ、お前の美は、命は勿論、心すら宿らぬ木石にですら、情欲を宿して見せるのか。

476For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:15:04 ID:4rPyGHZs0
 扉の材質は、塩化ナトリウム。言ってしまえば、この扉は塩……つまり、岩塩で構成されている。
だがそれよりも重要なのは、この扉の先に、この領域の主が存在すると言う事実。岩塩の扉から漏れ出る気風は、緩やかにメフィストに自分の存在を知らせしめて来る。
凡百の存在でない事は、既にメフィストとて理解している事柄ではあったが、事此処に来て、その理解を更に強めさせる。
相応しい対応をせねばならないな、と心を新たにし、メフィストは扉に向かって歩いて行く。
だが、どうやって扉に入るのか? 何故ならこの岩塩の扉は、見た目上扉である事が窺えると言う形をしているだけで、閂も鍵穴も、ドアノブも取っ手もない。
来た者に、それが仕切っている先の空間を開放させる為の機構を持たないのである。だがメフィストは何て事はない。
その扉に向かって迷う事無く歩いて行き――塩の扉をすり抜けて行き、その先の空間に足を踏み入れた。
そして、ほう、と。メフィストには珍しい、嘆息の声を、塩の扉が護っていた先の空間は漏らさせたのである。

 若草と華花の香りが、濃いスープのように大気と溶け合った草原だった。
空気を構成する、窒素や酸素、その他の雑多な要素と、草木の匂いが深く結びつきあっている、と思う程、青の香りが心地良い。
踏みしめる青い草は、土の状態がとても良いのか、生命力の強さが靴の上からでも伝わってくる程、生き生きとしている。
華の香り。薔薇や百合、金木犀に銀木犀、杏子に水仙などの花々の香りが、微風と交ぐわいながら、メフィストの身体を包み込む。
さぞ、花も幸福に相違なかろう。己の香りで、宇宙の意思が現世に遣わせた、美のヘラルドとしか思えないこの男を喜ばせているんだ、と思っているであろうから。
だが、香りに反してメフィストの顔は、元々の表情から微動だにしていない。花や草木を司る妖精(ニンフ)の落胆が、此処まで伝わってくるようであった。

 医師が患部を探り当てるかの如き、非情かつ冷徹な目線で、周りを見渡すメフィスト。
花の蜜を吸う為に薔薇や杏子の花に群れ集い、黄色や黒、薄青色などと言った色彩を乱舞させる無数の蝶。
遥か彼方に広がり、自然の雄大さと億万年とかけて築き上げた地球の芸術性の高さを見る者に伝えさせる、山々の稜線。
仲睦まじく湖の水を口にする馬のつがい、象のつがい、鹿のつがい。湖底まで見える程の透明さの湖には、数十どころか数百に至る程の雑多な種類の魚が、海の広さを知る事もなく泳いでいる。

 嘗てアダムとイヴが知恵の果実を齧った事で追放された楽園(エデン)。
審判者ラダマンティスが管理しているとされる、世界の西端に存在すると言う死後の楽土(エリュシオン)。
不老不死の果実や尽きない肉で満ち満ちた、女神西王母が管理する神聖なる山崑崙。
其処とは宛ら、此処の事だったのではないかと、この世の誰もが思うだろう。此処は正しく、人にとっての理想郷であった。
人の世の社会が軋み合い、衝突しあう事で生まれる様々な諍い、欲望、恐怖と、罪。それらとはこの世界は、全く無縁の場所であった。

 それがつまらぬとばかりに、メフィストは言いたそうな雰囲気であった。
最早見るものはないと言わんばかりに、彼は歩を進めさせて行き、此方を誘う気を放つ者達の方へと向かって行く。
小高い丘の頂上に生えた、密集した枝と葉々が傘のように広がった、一本の巨大な樹木。俗に、アメリカネムノキと呼ばれる大木の、その木陰。目的地を、メフィストは此処に定めていた。

 やがて、メフィストが丘の上に到着する。
ネムノキの木陰には、白い石のような物を削って作り上げた円卓があった。メフィストから見て真正面、対面の方向に、一人の男がいた。
灰色のトーガを纏った、アルビノの男である。肌の色も、後ろを長く伸ばした髪の色も、全て白い。しかし、老いと不健康、ストレスからくる白ではない。
初めからそうと定められた者のみが有する、生まれつきの『白』。だからこそ、墨を垂らせばその痕が永久に残るだろうと思わせるその白さが、力強いのだ。
そして、その双眸の紅きの、何と強壮たる事か。王の宿星を背負った男である事を、メフィストは一瞬で看破し、そしてその才覚の全てを、
頬杖を付きながらメフィストの事を眺めるトーガの覇王に認めた。それに、顔付きの方も、険が無意味に強い事を除けば、好みのタイプであった。

477For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:15:58 ID:4rPyGHZs0
 白の似合う、整った顔立ちの男。それが、メフィストの相手する者であったのならば、どれだけよかったか。
メフィストの眉が、不快に釣りあがっている。当たり前だ。メフィストから見て円卓の右端に座る、『姫』の魔貌を見てしまえば。
一瞬でその心証が、最悪の閾値を振り切ると言う物であった。

「厄介な者に憑かれているようだ」

 姫の方に一瞥をくれてから、覇王……いや、始祖帝・タイタス一世に目線を向け、メフィストはそう言った。病人に、医者が病状を告げる時のような声音だった。

「在る者に憑き纏いたる、厄介な霊に厄介な魔。これらを退散させる、この世で最も良い方法。……白麗の卿よ。貴殿は知っているか」

「簡単な事。憑依されている依代よりも、『憑依し心地の良い依代』を用意すれば良いだけだ」

「卿よ、見事な解なり。余の知る賢者と称された者ですら、卿の前では浅学をひけらかす蒙昧な輩であった事を、今この瞬間に認めよう」

 凡そ、乱暴極まりない理論を口にするメフィスト。要するに、今までその幽霊や悪魔が憑いていた人間よりも、更に憑き心地の良い人間を用意する。
言っている事はこう言う事である。だが、このメソッドは実は、狐憑きや犬神憑き、悪魔憑きなどと言った、この世のありとあらゆる霊障の特効薬なのである。
現にメフィストのいた魔界都市<新宿>においては、このような霊障に悩まされる人間の為に存在する、『憑かれ屋』と言う職業が成立していた程である。
この仕事の最上位に君臨する者の肉体は、幽霊や悪魔にとってスィート・ルームと言える程の極上の憑き心地であるらしく、
上位層の稼ぎは年収にして数億円とすら睨まれる程であったが、その分憑かれている霊や魔の数も凄まじい。一つの肉体に十の霊や魔に取り憑かれて、初めて一端と言われる程である。何れにしても、霊を退散させるのに、より良い憑依体質の依代を連れて来る事は、メフィストのレベルであっても認める有効な治療手段なのである。

「しかし残念だが、王よ。そこの疫病神を引き受けるだけの度量は私には無い。人からケチ、と言った評価をよく賜る男なのだよ」

「私を指して疫病神などと口にする男など、貴様以外にはおるまいの」

 美の精髄たる姫の姿を見て、疫病神などと言う最低以外の言葉が見つからない程の評価を下せるのは、遍く世界を探し回ったとて、
この魔界医師か、<新宿>の煎餅屋位しかあるまい。下々の者に疫病神扱いされれば、姫も立腹するが、言っている相手がこのメフィストだ。いつもの事だと、軽く流した。

「卿とて、ミルドラの女神は手に余るか、卿よ」

 ふっ、と笑みを零してタイタスが言った。

「ミルドラ、とは」

 メフィストですら、その神格の名は初耳であった。

「余の世界にて崇拝される、夜を司る神。即ち、夜に跋扈す全ての化外の者共、黒く暗き夜に煌めく星辰と月輪、この世に息づく全ての生命の安息たる眠りを司る、偉大なる大霊なり」

「其処の女性がそんな存在であったとは、驚きを通り越してどう反応して良いのか解らん。私の世界では、其処の女は『女顔のサタン』と呼ぶ。女神などと言う大層な物ではないとは、断言しておこう」

「揃いも揃って愉快な者共よ」

 口元を嗜虐的に吊り上げ、姫が言った。メフィストやタイタスの顔にも、微かながらの笑みが浮かぶ。
この会話の内容で、朗らかな空気を彼らは発散させている。何かを違えれば、一触即発の雰囲気に即座に変転する。そんな懸念から来る震えが、クスノキの葉を揺らす。
この場にいる者達は、メフィスト、タイタス、姫の三人だけに非ず。タイタスの従者として、彼の背後には、フードを目深にかぶった妙齢の美女……魔将・アイビア。
及び、彼女の配下である夜種が二十体程控えていた。凡百のサーヴァントならいざ知らず、メフィストと姫が乱心を起こした際には、
これらは何の役にも立たないとは、タイタスの考えだ。『御傍に』、と言うアイビアの意思を汲んでタイタスはこの場に侍らせる事を許しはしたが、戦力所か、彼女も彼女の抱える夜種も、肉の盾とすら彼は数えていない。この場に於いて、アイビアも夜種も、空気も同然の存在であった。

478For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:16:29 ID:4rPyGHZs0
「遠方の客は、もてなすのが王の務め。卿よ。試練の疲れもあろう。かけるが良い」

 そう言ってメフィストは、円卓に備えられた、これを構成する材質の素材と同じ物で作られた椅子に目を向ける。
それをメフィストは、手でどかし、ケープの裏側から、野球ボール程の大きさの球体を取り出し、それを地面に落とした。
するとそれは、自由落下の際にあちこちに亀裂を生じさせて行くばかりか、己の真の形を思い出したかの如く、亀裂から内部がグワッ、と展開。

一秒と言う瞬間的な速度で、球は、事務用のキャリー付きの椅子へと変貌した。フリーマーケットやバザーで投げ売りされているような安物ではない。
然るべき通販サイトや店舗で買えば、十数万円は下らない、大会社の役職付きの社員が腰を下ろすような、ハイ・グレードの椅子である。
メフィストが開発した、携帯用の折りたたみ椅子である。メフィスト病院の外で、大量の患者を診察する時、メフィストはこの椅子に患者を座らせ触診するのである。
だが果たして、直径二十〜三十cm程の球体の内部の何処に、球の体積よりも大きな椅子が内包されているのか。それは、メフィストのみが知る秘密の技術が織りなす一種の奇跡であった。

「私はこの椅子で良い」

 と言ってメフィストは、その椅子に腰を下ろす。ククッ、と姫の方から忍び笑いが零れる。
それと同時に、凄まじい怒気が、タイタスの背後から発散され始めたではないか。だが、同時にある矛盾も両立している。
その怒りに、恐怖の感も混じっているのだ。怒りを発散させている主は、タイタスの妻でもある魔将・アイビアであった。
一世が用意した、竜骨を削って作った椅子に座る事を拒否し、自身が持っていた粗末な椅子に腰を下ろすと言う行為。
それは、タイタスの好意を無碍にするばかりか、『お前の用意した椅子に座る事は我が沽券が許さぬ』と暗に主張しているのも同然の事。
メフィストが、自分のしている行為が何を意味するのか、どう受け取られるのか、知らない訳ではあるまい。知っていて、やったのだ。
それを理解した瞬間アイビアは、嘗てない怒気を目の前の魔界医師に覚えるのと同時に、タイタスを此処まで虚仮にするメフィストの恐るべき度胸に、心胆を寒からしめる程の恐怖を覚えた。タイタスをよく知るアイビアだからこそ、解るのだ。魔界医師よ、お前の心には、生命ならば誰しもが抱く感情である恐怖がないのか? と。

「素晴らしい側近をお持ちのようだな、王よ」

「我が愚妻に卿がかけるには、余りにも過ぎた言葉。出来の悪い女よ、誰に怒気を放っているのか、理解すらしていない」

 言ってタイタスが、頬杖をつかせていた右腕を離し、その状態を解き、パチン、とフィンガースナップを効かせる。
その動作を受け、アイビアが背後の夜種に命令を飛ばす。すると、小柄な体躯を持った、何とも醜い子鬼が、銀の盆を持って竜の骨を削って作った円卓へとやってくる。
直視に堪えぬその子鬼がもつには、人の持てる手技術の精髄を尽くした銀盆の意匠の美しさも、その上に乗せられた薄焼き菓子の甘く蕩ける様な香りも、余りにもミスマッチしている。

 それを竜骨の円卓に置いた瞬間、子鬼は、驚愕の表情を浮かべるや、即座に塵に還り、草の上に汚れた灰を堆積させる。
慄然の表情を浮かべるアイビア。今の子鬼は、視力をアイビアによって強制的に奪われていた。メフィスト、タイタス、姫。
この三人の会合の為だけに、アイビアが作った特製の夜種。戦闘能力など持たない。ただ、この三人の会合を彩る菓子に茶。
そして、それを乗せる銀盆を運ぶ為だけに生み出された哀れな生命。目が見えずとも、この円卓に菓子と茶を運べさせるようアイビアは教育を施していた。
何故、視力を奪ったのか? 簡単な話だ、メフィストと姫の美貌を見て、粗相を犯させぬようにする為だ。タイタスですら気を強く持たねば心を揺さぶられる、両名の美。
夜種如きが耐えられる筈もない。だからこそ夜種から光を奪っていたのだ。だが、菓子を運び終えたその瞬間、塵に還れなどと言う命令を埋め込んだ覚えは、アイビアにはない。果たして、如何なる現象が、あの刹那の間に起こったと言うのか。

「悪女だな」

「その言葉は最早褒め言葉よ」

 メフィストの言葉にそう返す姫。メフィストも、そしてタイタスも。姫の行いを見抜いていた。
そして、アイビアは永久に知る事はあるまい。あの夜種が盲目である事を見抜いた姫が、戯れと言わんばかりに、己の姿を夜種の精神に投射したと言う事実を。。
生まれてから盲目を宿命づけられた存在が初めて、心の瞳で目の当たりにした存在が、星辰の王たる日輪と星辰の女王たる月輪よりも美しく気高い姫の存在であった。
その事実に、夜種は己の存在を保てなくなった。美意識と言う観念が植え付けられていなかった存在にですら、美しいと認識させる程の姫の美貌。その衝撃を受け、夜種は塵に還ったのだ。

479For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:16:56 ID:4rPyGHZs0
「ほう。妖精の世界にも通じるか、白面の王よ。私の目に狂いがなければ、妖精共のみにその製法が伝わると言う、薄焼き菓子ではないか。二五〇〇年前のブリテンで、それと同じ物を齧るエルフの戦士共を、見た事があるぞ」

「正直な所、ミルドラよ。余は驚いている。そなたもまた、深遠たる智の持ち主であったとは」

 世事でも何でもなく、タイタスは驚いていたらしい。メフィストではなく、よもや姫に、この茶会で振る舞う菓子の正体を当てられるとは。
この世の全ての事柄を知り付くし、その知を以って世界を支配したタイタスですら、この事は予測出来なかったらしい。

 ――伝説に曰く。
妖精達の王或いは貴族として君臨する、長耳の美青年と美女で構成される一種族・エルフ。
そのエルフの中の特にハイ・クラスの戦士階級の者が、有事の際に携行すると言う幻の保存食と言う物が存在する。
妖精の言語で『レムバス』とも呼ばれるこの携行食は、一説には乾パンであるとも、ビスケットであるとも伝えられており、細やかな姿は伝わっていない。
確かなのは、その携行食は、ある種のレーションでありながらも大変甘く大変美味である上に、一枚口にするだけで一日分のカロリーと、
一日に必要な全ての必須栄養素を全て賄えると言う、完全食なのだと言う。その製法は、エルフの最上位階級である王や姫の間にしか伝わっていない。
下々のエルフや、エルフ以外の妖精はその製法は勿論、存在自体すら知らない事もあるのだと言う。当然、ただの人間がその薄焼き菓子の事を知る筈もない。
だが、そんな幻の一品は、何かの偶然で外の世界に流出してしまったらしく、そのレシピが一時、西欧に伝わってしまった事がある。
一説によると、ヘンゼルとグレーテルを誑かす為に魔女が生み出した『お菓子の家』の屋根や床には、この妖精の薄焼き菓子が使われていたとも言う。
だが現在、このレムバスに纏わる伝説もそのレシピも、初めから存在しなかったと言うレベルにまで抹消されている。――何故か? 己の特権を侵害されると考えたエルフの王族達が、虱潰しにこの存在を知る人間達を探して行き、その全てを己の魔法で、樹木や小石に変えて制裁したからだと言う。

 それを何故、タイタスは当たり前のように振る舞えるのか?
そしてどうして、姫はその知識を当たり前の様に知っているのか? 謎は何処までも、尽きない。

「治療しか能のない男に振る舞うには、余りにも勿体ない品。謹んで、その味を堪能させて貰おう」

 言ってメフィストは、指先に魔力を収束、薄焼き菓子の一枚を浮遊させる。
そしてそれを指下まで近づけさせ、それを手に取る。軽い事は勿論の事だが、意外としっかりとしている。
見た目はビスケットだが、頑丈さは厚い煎餅を思わせる。元来は戦士の携行食であったと言うが、その特徴は堅さに現れているらしい。
そしてこれを、メフィストは齧った。一瞬だけ見えた白い歯が、ダイヤのように眩しく輝く。メフィストの歯など、数百億円の価値があるどころか、<新宿>中の住民の命を全て差し出したとて、等価ではなかろう。

「成程。音に聞こえた物だけはある。香りからは連想させるようなくどい甘さではなく、スッキリとした甘さだ。それに、舌の上に甘さを筆で塗ったように、上品に後を引く。私好みの味だ、当院の茶請け菓子として参考にさせて貰おう」

 メフィストだから、自制が効く。
これがもし、他の人間であったのならば、何枚でも平らげられるような、手の止まらない甘さと味だ。
菓子好きにこのセットを与えてしまえば、一週間分どころか、一ヶ月分のカロリーを一日で蓄えてしまうだろう。それ程までに、中毒性のある味であった。
尤も、姫の方は満足する味ではなかったらしい。一枚齧るや、それを後ろ手に放り捨てた。余りにも、行儀が悪い態度だったが、この場に姫の行いを咎める者はいない。咎められる実力を持つ者がいない、と言うのが正しいのかも知れないが。

 一枚だけ、レムバスを口にし終えた後、メフィストは、対面に座るタイタスと向き直る。もう、レムバスは良いらしい。銀盆の上には、あと十数枚も残りがあった。
さて、タイタスと言う男は、見れば見る程、生まれながらの帝王だなと、メフィストは感じ入る。アレクサンドロス大王も、カエサルも、始皇帝も、ヒトラーも。
この男の威風堂々さと比してしまえば、褪せて見えてしまうであろう。そんな確信を思わせる程のカリスマ性を、タイタス一世は確かに醸していた。
本物は、一目見ただけで如何なる人間にも本物と思わせる力を有する。その絶対則を、改めてメフィストは認識するのであった。

480For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:17:17 ID:4rPyGHZs0
「この世界は、お気に召さなかったかな、白麗の卿よ」

「そう、思う訳は」

「貴殿の感情の動きが余りにも小さいからだ。賢者が、日銭を稼ぐ為に薬を錬成する時ですら、もう少しまともな目をするものだ。余の生み出せしこの空間は、貴殿にとってはつまらぬものだったか」

「私の無表情は生まれつきの物だ、気にする事はない。それが誤解を生んだのなら訂正をするが、王の生んだこの世界は、素晴らしいものだと思っている。完璧なアルカディアだとも換言出来る」

 言ってメフィストは、小高い丘から一瞥出来る、アルカディアの光景を眺めながら、その所感を口にする。

「この世界には、争いもなく、死もない。平穏と生命に満ちた世界だ。遍く人類が理想とするアルカディア。イデアの中にしか存在し得ない、天上楽土であろう」

 「だがしかし――」

「王よ。貴方の作った世界には欠点が一つ存在する。そして、その瑕疵こそが、私がこの世界の価値を損なわせる最大最悪の欠点だと思っている」

「それは、何か」

「『この世界には、人がいない』」

 メフィストは即答する。姫も、そしてタイタスも。やはりそこを突くか、と言う顔をした。

「人がいない事でよってのみ、この世界は理想郷として成立している。人がいない世界で理想郷を作り上げる。何と容易な試みであろうか。誰にでも出来る事だよ、決して難しい事じゃない」

 更にメフィストは言葉を紡いで行く。

「人がいない事で生まれる、完璧な世界(パーフェクトワールド)。私はその歪んだ世界を個人的に、完璧とは認めたくない。理想郷だとも、個人的には思わない」

「問う。人のいない世界を、不完全だとする訳を」

「私が医者だからだ」

「医者だから、とは」

「患者のいない世界は、私にとって酷く退屈でつまらない、拷問の様な世界だからだよ」

 顔を抑え、姫は笑いを上げ始めた。「やはりそう答えるか、この阿呆は!!」、堪らず姫は叫んだ。

「白面の王よ。貴様が其処の愚か者に何を見たのかは解らぬが、メフィストはそう言う男ぞ。聖人君子に見えるのは、見た目だけよ。その本質は、医者であると言う己の本質に依拠していなければ、生きる意味すら見いだせぬ弱者。それがこの男、魔界医師よ」

「だから言った筈だ。『個人的に』、このような世界はつまらないのだ、と」

「……人のいない世界だからこそ、この世界は完璧に程遠い……」

 姿勢を正しながら、タイタスは更に言葉を口にして行く。

「卿よ。その言葉は、何処までも正しい」

 その言葉に反応を示す、メフィスト。

「余は、人の本質は陰であり邪であると肯定している。争い、傷つけ合い、欲を遵守し、肉欲に耽り、欺瞞で身体を鎧い、己の財と地位とで増上慢を気取る。哀れで救いようのない生物だ」

 「だが……」

「それが元で、滅んでも良いと言う理屈にはならない」

 深紅の双眸が、メフィストと姫の双方を睨めつけた。
王の赤目、その奥底で光り輝く、鋭い剣の先端を思わせるような眼光は、只人を威圧させるだけの圧倒的な力があった。
邪眼(イーヴィル・アイ)と言う特異な力とは元来、人には持ちえぬ凄まじきカリスマを持った者の眼光であったのではないか。そうと余人に確信出来るだけの、タイタスの瞳の底光りを見て、人のカテゴリの遥かな外に君臨する、二人の『美しき者』達は、眉一つ動かさず、タイタスの瞳を見据えた。

481For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:17:30 ID:4rPyGHZs0
「人の持つ宿命と魂。それらの根源の属性が罪であると言うのなら、それを認め、それに従い、それを利用する事こそが、王たる者の務め」

「性悪説を支持するのか、王よ」

「然り。人の心に善は匙の一掬いより少なく、人の心に悪は海より広く。その事実を先ず認め、その上で動く事が肝要なのだと、余は古の昔に悟ったり」

 更に、タイタスは言葉を続ける。

「国が、階級が、宗教が、民族が。それらが互いにいがみ合い、争い合う状況は、人がいる限り避けられぬ定め。人の歴史とは結局は、平和を堅固した時代よりも、争いを収束させようとした時期の方が長かった事が、これを証明している」

「愚かな者共よの」

「然り。人とは斯様に愚かな者。その愚かしさが故に、一度は神の涙と怒りの発露たる、荒れ狂う洪水で流されたが……この世に息づく人間の殆どが愚かで、その人類を神が見限ろうとも、余は人を見棄てない。余が、遥かなる未来世までに君臨するべき定めを負った王であるが為に」

「貴方が王だからか?」

「人の上に君臨するのが王であり、王とは、余以外の人間がいなければ成立しない。この世の何処に、たった一人で星に君臨する孤独を標榜する王がいようか? 世界の破滅を希う者……それは最早王に非ず。狂気の精霊に魅入られた、哀れなる者である」

 タイタスは確かに、己の目的の為に世界に戦火を望んだ者である。
だが、全ての人間の絶滅を願った男ではなかった。今彼が口にした事は、嘘偽りのない事実そのもの。
王とは、その王権や威光を認める他者、即ち、自分以外の人間がいてこそ初めて成立する。この点に於いて王とは、商売相手がいる事で成立する商人や、
主がいてこそ成立する奴隷、戦う相手がいてこそ成立する軍人や戦士達と、何の違いもない。結局タイタスも、患者に依拠する医者であるメフィスト同様、人に依拠する王であったのだ。故に、タイタスは世界の滅亡を望んではいない。いないからこそ――である。

「この世界には虫唾が走る」

 語気を荒げて、タイタスが言った。

「人の本質が悪であると言う現実に耐え切れず、人がいなくなれば世界が平和になると言う空想に逃げるしかなかった、哀れなる童(わらし)の夢の世界。知識はあるが、世故に疎い。知識はあるが、経験がない。幼稚な秀才が考え付きそうな、つまらぬ世界よ。人がいる上で、理想郷を作り上げようとすると言う気概を、この童子からは感じる事も出来ぬ」

 この世界は、どのようにして作られたのか?
口ぶりからも解る通り、この世界はタイタス自身が練り上げたイメージを元に産み出した世界、と言う訳ではない。
今現在タイタスが匿う、ロベルタの従えるサーヴァント、高槻涼の中に閉じ込められていた、ある一人の少女の残滓。
その存在を見抜いた始祖が、彼女が何者なのかを探るべく、己の魔術でその全てを知悉しようとした時に見つけた、彼女の精神世界。
それが、この歪んだ理想郷であった。メフィスト同様、タイタスはこの世界には強く否定的であったが、同時にこれは、相手を試す為にも使えると思った。
メフィストは知っているのか知らないのか解らないが、実はこの、高槻涼の中にいる黒いアリスの精神世界は、タイタスが設定した最後の試練であった。
最終的にメフィストは、タイタス同様この世界はつまらないと言ったが、この答えこそがタイタスの設定していた正解の解答である。
もしもこの世界に対して肯定的な様子を見せていたら、タイタスはこの世界からメフィストを弾いていた――無論、出来るかどうかは別としてだが――。
何から何まで、メフィストは、タイタス好みの男だった。……これがもし、互いに陣営を異にする陣営でなければ、三顧の礼を尽くして味方に迎え入れたものであるのだが。

482For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:17:51 ID:4rPyGHZs0
「――その童について、協力を仰ぎたいが為に、私は今日此処にやって来た」

 来たな、とタイタスは構えた。メフィストが本題を切り出しにやってきた、と言う事が一瞬で伝わってくる。
他愛ない世間話の場が、権謀術数と腹の探り合いが交錯し、少しでも自分に有利な条件を引き出そうと言う駆け引きが表と裏とで行われる伏魔殿へと変貌した。
メフィストの方も、此処が本題だぞ、と言う事を隠しもしない。水晶がガラス球にしか見えぬ、美しい瞳の奥底で、鋭い光が煌めいていた。

「ロザリタ・チスネロス。私はその女性の行方を追っていたのだが、懸命な追跡の結果、王よ。彼女はこの場所にいるのではと私は睨んだ」

「卿が口にした名の女は、確かに余の庇護下にある」

 ロベルタを手に入れてからタイタスは、己の魔術で彼女の来歴を暴いていた。名前を彼が知っているのも、その為である。
そして、メフィストの言葉に対してタイタスがシラを切らなかったのには、訳がある。この事柄だけは、騙せないし隠せないと踏んだからだ。
この魔界医師は何処で、始祖帝がロベルタの身柄を手に入れたと知ったのか、と言う疑問は敢えて訊ねない。知っていてもおかしくない、と言う奇妙な確信と信頼が、タイタスの間に芽生えていたからだ。どちらにしても、此処で下手な嘘をつき、心証を損ねるのは悪手だとタイタスは考えている。だからこそ、彼は真実を開帳したのであった。

「彼女の身柄を、私に引き渡して貰いたい」

「卿よ。かの女に貴殿が其処まで心を掻き乱される所以とは、何か」

「酷い癇癪と、ヒステリーをお持ちのようでね。それを発散させてしまった為に、当院が大変な迷惑を蒙った」

 此処で姫が、メフィストの言うロザリタ・チスネロスが何者であるのか気付いた。
姫は、ジャバウォックの姿形こそ理解してはいるが、ジャバウォックの真の名と、あのバーサーカーを操るマスターの存在は全く知らなかった。
今の今まで、メフィストがタイタスの領地にやって来た理由を理解しなかったのには、此処に原因がある。

「……あの醜い鉄の怪物が、此処におるのか」

 冷気を、姫は放出し続けている。否、大気より遥かに冷たい物が放出する、白い色をした帯或いは霞状をした、真実本物の冷気ではない。
人は、この仮初の冷気をこう呼ぶのであろう。殺意、と。姫の殺意は、凍て付くように冷たい。それに当てられた人間は、
裸でブリザードの中に放り出されたように震え出し、その場から身動きが取れなくなる。人によってはそのまま、殺意の放射で全身の細胞が凍結して死んでしまう。
姫の繊手によって与えられる、とてつもなく恐ろしく、そして、美しい死。それに絶望した細胞が、主の脳や魂に反逆し、自殺を選ぶのである。
そんな殺意を、姫はタイタスに叩き付けている。鷹揚とした様子でそれを受け止めるタイタス。主君の危機に何時でも対応出来るよう、鎌を構えるアイビア。
だが、アイビアの手は酷く震えている。姫に対する恐れである事は言うまでもない。だが、こんな反応をアイビアが取れただけでも、まだ上出来であった。
彼女の配下である夜種など、蜘蛛の子散らして逃げ惑おうとするも、この世界が、タイタスの許可なく入る事も出る事も出来ない閉鎖空間であると、出口に類する物が何処にもない事を悟るや、ついに発狂を起こしてしまった。俺達は此処で終わりだ、と言う悲鳴が上がる。

「語る必要もなかったのでな、ミルドラよ」

「道理だな、姫よ」

「……成程。私にすら獲物の気配を悟らせぬ、高度な結界を張り巡らせておるか。斯様な真似、黄帝(ファンディ)の奴めにしか出来ぬと思っておったわ」

 殺意を霧散させ、姫は、ほう、と一息ついた。
吐く息にすら、桜色の香気と色気がつきそうな、扇情的な動作。人の女には真似したくても永劫出来ぬ、無限大の色気が其処にはあった
黄帝……それは中国の神話に輝く、三皇五帝の帝王・皇帝の内、最も偉大とされる王である。
彼の治世で、医薬、服装、住居、貨幣、測量、道徳、楽器、文字等の文化が興って栄え、彼の治世で中国を脅かす蛮族や悪鬼共の群れが平定されたと言う。
正に偉大な王である。姫すらが認める程に。姫が、その黄帝と同一視する、と言うのは、無上の評価であると言っても差支えがないのであった。

483For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:18:39 ID:4rPyGHZs0
「卿よ。余は、卿程に聡明と言う言葉が相応しい者を相手に、小賢しい者共の生きる術たる権謀術数や腹芸など、無意味かつ時間の空費であると考えている」

「私も、王と同じ考えだが」

「余は、ロザリタなる女性が此処にいる事をしかと認めた。なれば、貴殿も認めるべきであろう」

 瞳から放たれる威圧の視線が、メフィストの麗しい貌を射抜いた。

「ロザリタ・チスネロスを狩りに来たと」

「強い言葉を用いれば、そう言う事になるな」

 あっさりと、メフィストは認める。要するに、ロベルタを殺しに来たのだ、と言う事を彼は明言した。

「卿には悪いが、あれは最早余の所有物だ。欲しいと言われても、所持者である余が認めぬ限りには――」

 タイタスが全てを言い切るよりも前に、メフィストは懐から皮袋を取り出し、それを竜骨のテーブルの上に置いた。
ズン、と微かに円卓が揺れる。相当重い物が、中に入っているようだ。皮袋の口を縛る麻の紐をほどき、メフィストはその中身を机の上に広げさせ――
カッと、タイタスは目を見開かせた。誰の目から見ても明らかな、驚きの反応。

「ただで譲れとは、私も言わん」

 竜骨の円卓の上では、様々な色の宝石が乱舞していた。
ルビー、サファイア、エメラルド。アクアマリンにトパーズ、オパール、メノウにヒスイにガーネット。
宝石の王たるダイアモンドから、有機物由来の珊瑚や真珠や鼈甲まである。どれもこれもが、宝石の輝きを最大限際立たせるカットが施されているばかりか、
ビワの果実のように大きいと来ている。オークションにこんな物が出品されようものなら、その値段は天井を突き抜け、空の天蓋にまで達し宇宙にまで到達する程の額になるだろう。

 テーブルの上に、宇宙の星々を縮小させ撒いてみたように、宝石はキラキラと輝いている。
誰もがその光景に人は目を奪われ、こっそり失敬、と言って黙って持って行く盗人ですら、この宝石の輝きの前には数分と忘我の境地に立たされるだろう。
だが、タイタスが真に驚愕しているのは、この宝石に内包された、圧倒的なまでの魔力量!!
ムスカやタイタスの努力とは、果たして何だったのか? そうと自問自答せずにはいられぬ程大量の魔力を、これらの宝石は有しているのだ!!

「敵に塩を送る、と言うのじゃろう。こう言う時は」

「敵と断定するには、まだ早いよ」

 姫の言葉を否定するメフィストであるが、それが本心からの言葉でないのは、タイタスも姫も理解している事であろう。
聖杯戦争に参加するサーヴァントが二人出会い、しかも、その二名ともが人理と歴史に名を刻む希代の魔術師であったのであれば。
行き着く先は、高い確率での反目なのである。それが解らぬメフィストでもあるまい。解った上で、メフィストよ。お前は、タイタスにそれを送ると言うのか?
全ての粒を使えば、宝具・廃都物語が完全に成就してなお、余りが残る程の魔力総量の宝石の数々を。お前は、譲ると言うのか? その選択が、聖杯戦争の全ての決着を今この瞬間に着けてしまう事を、知っているのか!?

「キャスターのサーヴァントに対し、魔力のプールがどれ程重要であるのかは、説明するべくもなかろう。ロザリタ・チスネロスの身柄とこれらの宝石は引き換えだ。悪い取引ではないと思っているが……いかがかね」

484For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:18:54 ID:4rPyGHZs0
 否。悪い取引なものか。
寧ろ、破格と言う言葉ですらが生温い程、圧倒的にタイタスに有利な交換であった。
ロベルタ一人を諦めれば、即日の内に、思わぬ妨害で成就出来なかった、帝都アルケアを<新宿>の上空に結び出す事が出来るのだ。
それだけじゃない。前述の通り、この宝石の魔力量は、アルケアを浮上させてなお、御釣が来る程潤沢なのだ。
それも、大魔術や儀式魔術を一・二回行う程度、と言うケチな量じゃない。複数名のサーヴァントを召喚、それを維持出来るだけの量である。
これだけの魔力があるのなら、間違いなくタイタスは、今この瞬間に聖杯を獲得する事が出来る。今までムスカやタイタスが肺肝を砕いて来た努力、
それらが一瞬で過去の物となるのだ。それを考えたら、メフィストの提示したこのビジネスは、正に破格。最高の取引であった。

 メフィストの言葉に、裏はない。
本気で、ロベルタの身柄とこれらの宝石が対等だと思っている。それは、メフィストが物の価値が解らぬ程愚昧な者、と言う考えとイコールにならない。
それだけの対価を支払ってでも、ロベルタを殺したいと言う事の証明である。メフィストもまたキャスターであり、魔力が重要な要素である事は理解している筈。
そしてその魔力を、敵サーヴァントであるタイタスに送ってでも、メフィストはロベルタを葬り去りたいのだ。
敵が強くなっても、構わない。敵が聖杯を手にしたとて、知った事か。メフィストは、始祖帝が優勝すると言う結果を確固たるものにしてでも、
死に掛けのサーヴァントを御する死に掛けのマスターをこの手で葬ると言う結果を選んだのである。何たる、執念深さか!!

 タイタスは、初めてこのサーヴァントが、まともじゃないと本気で確信した。
姫の言った通りであった。この男がまともなのは、見た目だけである。いや、見た目がなまじ美しいからこそ、誤認する。
この男の価値観は根っこから、タイタスと相いれるそれではなかった。メフィストの本質は、徹底したエゴイスト。男性原理の結晶であった。
患者の治療と言う目的の為なら何でもする。そして、己の利害を害する者については、万策を尽くしてそれを滅ぼそうとする。
これらの目的の達成の為なら、恐らくメフィストは、己がどれ程不利になる条件でも呑むであろう。今回の件は正しく、メフィストのそんな歪みを象徴していた。
己の目的の為にメフィストは、タイタス以外の全てのサーヴァントを犠牲にする心算なのだ。その犠牲に、メフィスト自身も含まれている事を、彼は重々承知している。
これを、気狂いと呼ばずして何と呼ぼう。放っておいても死ぬのが定めのマスターを、自分の手で殺す為に。聖杯への到達や、<新宿>の命運をも擲とうとするこの男を。狂気の精霊の魅入られた男じゃないんだと、誰が否定出来ようか!!

「返答や如何に、王よ」

「否、である」

 タイタスは、メフィストの再度の問いに、即答した。
メフィストの表情は動かない。姫の方は、タイタスの解が心底から面白かったらしい。喜悦の表情を浮かべていた。

「余の本心を告げよう。貴殿の提示した宝石。余は、心の内が渇き、余裕と言う名の泉が枯れ果てる程に欲しい。ロザリタを手中に収めたまま、この宝石を手に入れる策はないかと、今も思案を巡らせている程にだ」

 そんな方法はないのだ、と言う事は、タイタスとて理解していた。

「宝石と、ロザリタ。そのどちらかを選べと、厳正と公平を司る大いなる天秤の皿にかけられれば、余は、ロザリタの方を選ぶ」

「王よ。彼女を選ぶ理由とは」

「一つ。あの女は余が美しいと認める、黒く燃え上がる闘争の性根と魂を持つ者であるから。その魂を包む焔と、貴殿の持つ宝石とでは、失礼だが、比べるべくもない」

「然りだ。如何に私の宝石であろうとも、魂と等価には流石にならん」

「もう一つ」

 これが肝要だ、と言う事を強調する、タイタスの語気の強さ。

「あの女は、余に助けを求めた」

「――ほう」

 メフィストの瞳に、好奇心の光が瞬く。

485For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:19:09 ID:4rPyGHZs0
「ロザリタも、奴が従えるサーヴァントも、放っておけば消滅を免れぬ程の傷を負っていた」

 それは、メフィストとしても初耳であった。
サーヴァントの方、高槻涼が大ダメージを負って消滅寸前と言うのなら話は分かる。其処まであのバーサーカーを追い詰めたのが、他ならぬメフィストと姫だからだ。
だが、そのマスターの方まで死ぬ寸前であった、と言うのは、本当に初めて聞く事柄であった。あの時メフィストは、院内及びその敷地内に、
高槻のマスターの存在を感知出来なかった。あの場にはいなかったのだろう。考えられる可能性としては、ロザリタ・チスネロスは高槻と別個に行動していた。
そしてその折に、他の主従に叩かれたが、その主従はロベルタを殺し損ねてしまったのだろう。其処でロベルタはバーサーカーを令呪で無理やり召喚し、
高槻の力を借りてその場から逃走。その際に、タイタスに見つかってしまった。これが、事のあらすじになるのだろうかとメフィストは予想し――そしてそれは、何処までも正しい推論なのであった。

「息も絶え絶えの状態で、彼奴は言った。余に、『救って欲しい』と」

 これは、嘘だった。
タイタスはロベルタや高槻など意思などお構いなく、二名を己の庇護下に於き、自身の都合の良い手駒にしようとしていた。
二人を消滅から救おうとしていると言うのは事実だ。だが其処に、二人の意思も自我もない。タイタスの恣意と独善によって、二名は生かされようとしているのだった。
その事実を、メフィストは理解しているのか否か。黙って、タイタスの瞳を見据えながら、彼の言葉に聞き入るのみ。

「卿よ。余は、貴殿の不興を買うような不穏な因子を、何時までも我が領地に留め置きたくない。ロザリタ・チスネロスが卿と斯様な因縁にあるのなら、余はあの女を手放そう」

 「――但し」

「それは今ではない。余が、彼奴の治療を終えたのなら、余は自身の魂に誓って、ロザリタもそのサーヴァントも貴殿に返還しよう。それで、手を打ってくれまいか」

 そして、性質の悪い事には、この言葉は本心だった。
ロベルタの、彼女自身をも焼き尽くさん闘争の焔にタイタスが魅入られた、と言うのは紛れもない事実。
そしてそんな彼女を救ってやりたいと思ったのも、またタイタス自身の偽らざる意思なのだ。
道具としては利用する、だが、ロベルタを救い、彼女に魅力を感じたと言うのも、真実。
確かにメフィストの持つ宝石は欲しい。だが、目前の魔力に目が眩み、自信の観念と美意識に合致する『物』であるロベルタを手放す、と言う事は、
タイタス自身の矜持にも反するのである。始祖は、この瞬間、魔力と言う確かな利よりも、プライドと自尊心を取ったのである。愚かな決断であるとはタイタス自身も理解しているが、自身の根幹を、彼は偽れなかった。

「良いだろう」

 驚くべき事に、タイタスの条件をメフィストは呑んだ。
馬鹿な、と誰もが思うだろう。彼の魔界都市<新宿>の住民であれば、メフィストのこの決断を耳にすれば、自分自身が何を聞いたのか、信じる事すら出来はすまい。
メフィスト病院に仇名す者は、メフィストの手による絶対の死が待ち受ける。区民の常識である。だからこそメフィストは、腹の中に妖物を飼っていたり、
時速数百㎞の速度での恒常的な移動を可能とするサイボーグ手術を施していたり、マッコウクジラですら即死させる『拳銃』を平然と所持する住民が跋扈する、
あの<新宿>の街に於いて畏怖の神話として語られ続けてきたのである。そんなメフィストが、自らの病院に明白な害を成したロベルタを、今この瞬間は見逃すと言ったのだ。これが果たして、どれ程アンビリーバブルな選択なのか、タイタスは知らないのである。

486For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:19:34 ID:4rPyGHZs0
 だがしかしこの選択は、メフィスト当人からすれば何処も矛盾はない物なのである。
メフィストの怒りの要点の一つに、自身あるいは彼の運営する病院が治療中の患者を横取りされるか、殺されると言う物がある。
これを犯して、メフィストの手から逃れた存在は、姫を除いて一人もいない。それ程までにメフィストは、自身の患者に害を成され、奪われる事を嫌う。
だがもしも、彼の怒りの要訣を抉った存在が、怪我人或いは病人となり、他の医者に治療されていると言うケースの場合、メフィストはどう出るのか?
答えは、単純。『治るまで待つ』のである。しかしこの出方には、何処も矛盾はないのだ。
簡単だ、メフィストが結局如何して怒るのかと言えば、病院に害を成され、患者を奪われ殺されたから、と言うのが大きいのである。
そんな彼が、下手人とは言え他の医者に治療されている最中であると言うのに、そんな事などお構いなしにその人物を殺せば、どうなるか。
勝手に一人で考えている事とやっている事に矛盾を起こしているのと同じではないか。
自分の患者を奪われるのは堪え難いが、『相手の患者を奪う事には何の躊躇いもない』。他人の医者の患者を殺すと言うのは、とどのつまりはそう言う事。
つまりは、信義則に違反しているのである。自分がやられるのは許さないが、自分がやるのは肯定される。それは、通らないだろうとメフィストは考えている。
プライドの高い医者であるからこそ、同じ医者の治療が終わるまで待つ。それは、魔界『医師』であるメフィストが己に課しているルールなのだ。

「だが、失礼な事をお伺いするが、王よ。貴殿に医術の心得はあるのか?」

「卿には及ばぬだろうが、多少の治癒術は心得ている」

 多少、どころではない。
タイタスのいた世界において、現存するあらゆる医術及び今日使われている殆どの回復の魔術は全て、このタイタス一世に端を発する。
即ち、元居た世界においてタイタスは全ての医術の産みの親と言っても過言ではないのだ。
神官の使う呪祓いや病祓いも、戦場において戦士の傷を癒す治癒の術も治癒力場の発生の魔術も彼が産みだし発展させた術である。
また、帝政を運営しながら、地上に咲き乱れる遍く薬草の薬効や毒草の効能を解析し、この世界で言う所の漢方を発展させたばかりか、
麻酔を利用した手術のメソッドをも最初に考案し、魔術を利用したレントゲン治療やCTスキャンの類似治療、果ては様々な医療器具をも生み出したのも、このタイタスであった。多少の治癒術、など過小評価も甚だしい。タイタスは片手間に、かつたった一人で、世界の医術を著しく発展させ、死に行く多くの命を救った文化英雄なのである。

「交渉は成立したな。だが、私は何処で、ロザリタ・チスネロスの身柄を受けとれば良い?」

「――『今日の、夜の八時』。20:00、と言った方が解りやすいか」

 提案するタイタス。

「約束しよう。その時刻に、貴殿らが『市ヶ谷駐屯地』と呼ばれる地にて、遅滞なく、治療をし終えたロザリタと、そのバーサーカーを引き渡すと」

「承った」

 メフィストは、タイタスの提案を呑んだ。
……嗚呼、何と不穏な取引か。誰もがきっと、疑問に思おう。何故、普通にタイタスは渡さぬのだと。
引き渡し場所を、タイタス自身が領地とするこのホテルでもなく、メフィスト病院でもなく。行政及び防衛の要となる施設、市ヶ谷駐屯地に。
何故、タイタスは設定したのかと。この場に於いて、そのタイタスの提案を指摘するような、常識と良識あるような者は、いないのだ!!

「姫よ。お前にとっては業腹だろうが、暫し耐えるが良い。そちらとて、死に掛けを殺すのはつまらなかろう」

「そうよな……。癪に障るが、貴様の助言、有り難く受け取っておこう。あの鉄の怪物を殺すのは、白面の王の治療が終えた時としよう」

487For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:20:05 ID:4rPyGHZs0
 ジャバウォックの反物質砲に貫かれた左脇腹が、疼く。
姫に備わる埒外の回復力で、快方には向かっている。だが、完治しない。数億度の炎に焼かれようが、秒で復活する姫が、完治に難航する程の威力。
貫かれた痕を埋めるように、姫の白い柔肉が隙間にパテの如く補填されては来ているが、やはりこの状態を、回復したとは言い難い。
残り数時間程の時間を、完治に有するであろう。それだけの傷を、この自分に負わせるとは。つくづくも、腹ただしいサーヴァント。
だが、そんなサーヴァントを、何の反応も下手すれば寄越さぬ状態で殺しても、姫の溜飲は下がらない。殺すなら、反応を如実に示してくれる状態で、殺したいのだ。
その瞬間が来るまでなら、姫も待つ。姫の時間のスケールからすれば、数時間程度の時間など、瞬きも同然の一瞬であるのだから。

「私が、貴方の下を訪れた目的はこれで終わってしまったな。少々早いが、この場で私も失礼しよう」

「暫し、待つが良い。魔界医師。白を魅入らせ、白を従える、美界の君主よ」

 席から立ち上がろうとするメフィストを、タイタスは制止する。言葉を受け、メフィストは座ったままの姿勢を維持。
心なしか、世界がほっと安堵したようなようであった。そう、まるで。まだこの空間に、この美しい人がもう少しだけいてくれる事を喜んでいるかのように。
大気が、空が、山が、大地が、草木が、花が。そして、其処に宿る精霊と妖精が。タイタスの判断と、メフィストの寛容さを、祝福しているかのようであった。

「余の悪い癖でな。相手が魔術に堪能だと知っていると、ついつい、ある遊びを提案したくなる。それに少しだけ、つきあってはくれまいか」

「喜んで」

「すまぬな。この退屈な穴倉では、無聊を慰める術を探すのにも難儀する。愚妻では、余の遊びには全く不敵でな。仕事も遊びも二流では、つくづく面白くない」

「仕事も遊びもこなす事を望む伴侶に、女を選ぶからだよ」

 一瞬だけメフィストの言葉の意味の理解が、タイタスもアイビアも遅れたが、この男がそう言う趣向の持ち主だと理解したのは、タイタスの方が速かった。
女を使った色仕掛けや誘惑など無意味か、と機械的に判断したタイタスは、直にその『遊び』の準備を始める。

「術比べか。ふん、何処の世界の魔術師も変わらぬの」

 姫は、これから二人が何をするのかを理解していた。
これは古の昔から、それこそ人類が王政或いは帝政、それに類するシステムの下多数の人間を支配していた時代から行われていた風習。
国王或いはそれが召し抱える魔術師と、遠方からやって来た他国の使者や使節が抱える腕利きの魔術師の、術比べであった。
この風習は、王族達の娯楽としての側面を有しているのと同時に、自国と他国の力関係を当国一流の魔術師の力量で図ると言う意味をも持つ、極めて重要な側面もあった。

488For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:20:35 ID:4rPyGHZs0
 姫は知っている。
歴史書は巧妙にひた隠すが、数千年もの時を生きる姫は、歴史に記されぬこの秘密の儀式。歴史の裏で綺羅星の様に輝いていた、一瞬の出来事を数多く見て来た。
紀元前十三年頃の、エジプトは第十九王朝の偉大なりし王、ラムセス二世ことオジマンディアスは、出エジプトの主人公であるモーセと術比べを行ったのを知っている。
己が魔術を用いて、エジプトの砂漠に直径百㎞以上の小型太陽を創造したオジマンディアスに対し、モーセは異界の海を招聘し、太陽を鎮火させた。
この勝負においてモーセは見事、エジプトから同胞である奴隷を解放させると言う約束を勝ち取ったのだが、負けたのが余程悔しかったのか。
奴隷は解放させてやるからもう一度勝負をしてくれとせがむオジマンディアスに、付き合ってられぬとモーセと奴隷達は逃走。
それをオジマンディアスは軍を率いて追い立てるが、モーセは紅海を割り、迫るファラオの軍勢から見事逃れた。この世の誰もが信じられぬが、旧約聖書において燦然と輝くこのエピソード、俗に出エジプトと呼ばれるこの物語の真実は、これであった。

 また、同じく旧約聖書に語られる、シバの女王とソロモンの逸話の真実も姫は知っている。
と言うより、そのシバの女王と姫は、同一の存在であった。使節団と言うの名の、己の吸血鬼の配下を率いて、ソロモン統治下のエルサレムにやって来た姫は、
その王国を乗っ取り我が物にし、ソロモンを腑抜けにしてエルサレムをこの世の地獄に変貌させんと画策していた。
しかし、流石に彼の賢王だった。シバの女王を名乗る姫の正体に気付いた彼は、術比べで負けた方は潔く、宝を置いてこの国を去ると言う条件を提示。
それを呑んだ姫は、彼と互いの術を比べ合った。聖書に語られる、壮麗さたるやこの世に比類ないソロモンの王宮は姫の術一つで、
この世のありとあらゆる不浄かつ醜怪な怪物や食屍鬼、悪霊に妖怪が蔓延る万魔殿と化し、大臣に近衛兵、侍女にハレムの美女達を忽ち狂乱に陥れた。
これをソロモンは、術を口にし天に祈ると、国中に立ち込める血色の暗雲を切り裂いて、巨大な光の柱が国中に降り注いだのだ。
全ての悪しき魔物達は、その光で灰すらも残らず消え失せたばかりか、存在の在り方を改竄され、地に咲く香草と花々に変換されてしまった。
一方人間の方は全くの無傷。肌にも服にも、傷一つない状態。そしてそれは、姫にしても同じ。ソロモンの実力を認め、この男とは争っても無為と知った彼女は、
潔く船に乗ってエルサレムの国を去った。これが、聖書に語られる、シバの女王とソロモン王の謁見のエピソードの真実。
シバの女王とは何処の国の女王で、そして、これだけの大悪事を行ったにも拘らず、女王の誹謗も中傷もない理由は、単純明快。歴史を記す書記官が、死の間際まで、姫の恐るべき美貌に魅入られ、彼女についての否定的な文章が書けなかったからであった。

 古代と違って、魔術師の生息域が著しく制限されたこの現代で。
今再び、古の大魔術師達が繰り広げた、術比べと言う輝かしく、そして煌めく様な一時が行われようとしていた。
況して当代でそれを行う魔術師が、美を司る女神であるヴィーナスですら嫉妬を禁じ得ぬ美貌を誇る魔界医師・メフィスト。
そして、現代に蘇った魔術の祖にして神の叡智をその手で盗んだ、人類の中から生まれた白子のプロメテウス、タイタス一世だ。
どちらも時代ばかりか、生まれた世界すら異なる大魔術師。その祈りだけで、世界をも動かさんばかりの力を誇る者達。
それらが今、この世界で術を比べ合おうと言うのだ。これを聞き、誰が、胸を躍らせぬと言うのか。これだけの演目で、聴衆の数が百にも満たぬなど、最早一種の罪であった。

「先手は王に譲ろう」

「痛み入るぞ、魔界医師よ。それでは、その言葉に甘えるとしよう」

 言ってタイタスがそう言った瞬間、アイビアから、五感の全てが失われた。
「始祖!?」と叫ぶや、地面に彼女は不様に倒れ伏す。視覚や聴覚ばかりか、地面に足を付けていると言う触覚すら奪われた彼女は、
自分が直立していると言う実感すら得られず、そのまま倒れてしまったのである。このままでは最早、自力で起き上がる事すら彼女には出来はすまい。

489For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:21:02 ID:4rPyGHZs0
 そんな事などお構いなしと言わんばかりにタイタスは、手元に寄せてあった、先程姫が美を叩き込んで塵に還した夜種が持ってきていたカップに指を通す。
白磁で出来たそのカップの中には、我々が言う所の紅茶――に似た茶が満たされていた。此処に来た時は湯気が立つ程の熱を持っていたが、
メフィストとタイタスの会話が長丁場であったせいで、すっかり冷めてしまっていた。それでもなお、タイタスにまで香って来るその芳しい香気には、嗅ぐ者に蕩けるように甘い菓子を食べたくなる欲求を喚起させる魔力が顕在だ。妖精の薄焼き菓子は、きっと良く合うであろう。

 タイタスは、カップを傾け、その紅茶の中身を竜骨の円卓の上に注いだ。
如雨露のように、カップから琥珀色の液体が零れて行く。正味一〇〇デシリットル程の紅茶を、カップは吐き出し終えた――筈だった。
紅茶はまだ零れ続ける。――否!! カップが吐き出しているのは紅茶に非ず。それは、透明な液体であった。
一見して水に見えるそれは、一秒が経過する毎に、カップから吐き出し続ける勢いと量が指数関数的に強くなって行く。
テーブルに零した紅茶は一瞬で洗い流され、メフィストが先程散らばらせた宝石も、カップから迸る水の奔流で、何処ぞへと消えて行く。
透明な水が零れてから数秒後、比喩抜きで、カップからは水が、瀑布の如き勢いで流れ続けている。
そしてその水に、アイビアが従えていた、姫の殺意に恐れて発狂していた夜種の全てを呑み込んだ。所々で上がる悲鳴。ぎゃあぎゃあと、不愉快な声が響き続ける。
タイタスが傾けるカップから、水が流れ続けて三十秒後程経過した。恐るべき風景だった。高槻涼の中に眠る、とある少女の心象風景を元にした、この閉鎖空間。
その殆どを、タイタスのカップから迸る水が満たしていた。水は直に、メフィスト、タイタス、姫の三名が茶会を楽しむ丘まで侵食。
そして遂に――三名を呑み込んだ。三名の頭の高さにまで水が侵食する。この世界の全てを、水が包み込む。
アメリカネムノキの梢まで水の高さは達し、その数秒後には、遂にこの世界を満たす水の高さは高度数千mのそれにまで達した。

 そんな、この世の終わり、聖書に語られる所のノアの洪水のエピソード宛らの光景にあって、タイタスも、メフィストも、そして姫も全く動じない。
目を見開いたまま、メフィストも姫も、タイタスを眺め続けている。三人の髪が、水中にあって広がりもしないのは、如何なる魔術があっての事なのか。
退屈そうに、姫が欠伸をする。口内に水が入ってくる。真水ではない。海水だった。タイタスは、カップから海水を放出していたのだ。
周囲を一瞥するメフィスト。タイタスが放ち続ける海水で、この世界で平和を謳歌していた様々な野生生物が溺死し、苦しみ抜いた後に死んだ事が窺える姿で、
ゆっくりと、何処にあるのかとも知れぬ水面に向かって浮かぼうとしているのを認めた。夜種に至っては、元が汚泥や塵の集まりだ。すっかり水に溶け、跡形もなく消え去っていた。

 ――私の番だな――

 メフィストが呟く。水中なので言葉も発せない。故に、タイタスにも姫にも、メフィストの言葉など届かぬ筈だった。
しかし、二名は確かに、この医師の言葉を理解していた。それは、二人が読唇術を理解していたからなのか、それとも、水の中にあってもこの美魔の言葉は問題なく届くからなのか。それは、この場に於いてまともに生き残っている三名と言う当事者でなければ、解らないのであった。

490For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:21:16 ID:4rPyGHZs0
 肯じたタイタスの姿を認めたメフィストは、懐から一本のメスを取り出し、それを空中に向かって弾いた。
果たして、メフィストの透き通るような白い肌に包まれた細指の何処に、そんな力があったのか。
音速の九倍の速度で急浮上して行ったそれは、現在の海面の高さである高度十㎞以上の高さまで、水面を貫いて浮上。
外気に触れた瞬間それは、激しく赤熱し始めた。秘めたる温度は、摂氏数百万度。海水など一溜りもなく、水蒸気爆発を引き起こさせ、大量の水蒸気となって行く。
温度が更に強くなる、メスが内包する温度は今や摂氏二千と五六七万度にまで達し、海面がせり上がる速度よりも、海を蒸発させて行く速度の方が勝る。
一分と半秒程の後、世界に満ちていた海水が遂に、完全に蒸発。後は、地上に染み込んだ海水をも余さず蒸発させるだけだった。
周囲に満ちる、大量の白靄は全て水蒸気。三人の身体に堆積する大量の白い粉は、タイタスが呼び寄せた海水が蒸発した事による塩分だった。

 ――これだけに終わらなかった。メスは凄まじい勢いで地上へと急降下して行く。
それは即ち、摂氏数千万度の熱源が、大地に迫るのと同義。ある高度に達した瞬間、水分を全て失い尽くした地上の全ての物が、灼熱と化した
大地に生える草木が、山脈の木々が、橙色の炎の海と変貌する。勿論それは、アメリカクスノキの大樹にしても同様。
更にメスが迫る。竜骨の円卓が、融解を始め、ガス蒸発を始めた。それにすら、タイタスもメフィストも、姫も動じない。
寧ろ姫に至っては、『まだ終わらぬのか』とでも言うような表情を隠してすらいなかった。
やがてメスが、地面に突き刺さった。異世界の大地全体が、一秒でマグマ化したばかりか、岩石蒸気となって空中を漂い始める。
メフィストらが鎮座する丘まで蒸発するのに、一秒も要らなかった。丘が完全に蒸発し消えてなくなるが……果たしてこれは、如何なる夢魔の光景か。
三人は、落ちない。丘が今まで存在し、三人が茶会を開いていた高さをそのままに、三人は、座ったままの姿勢を維持したままであった。客観的に見れば三人は、空に浮かんで空気椅子をしているようにしか見えなかった。

 フッ、とタイタスが右手で仰ぐような動作を行う。
その瞬間、凄まじいまでの突風が、世界を薙いだ。風速は、時速数百億㎞。
忽ち三名は、その風に流されるがまま、数秒で、大気圏外にまで放り出された。いやそれ以前に、これだけの風に叩き付けられて、何故この者達は、五体無事なのか。
普通であれば、身体が粉々所か、ナノレベルよりも細かい粒子となって、即死していると言うのに。
暗黒の大海に放り出された三名は、なおも座ったままの姿勢を維持したまま。此処は確かに宇宙だった。
燃え盛る橙色の星となった、岩石の塊。嘗て母なる星と呼ばれていた地球の惨状は、遠く離れて宇宙から見れば酷く破滅的な美に彩られていた。
そして、その風景を眺める地球の伴侶たる月は。隣の惑星である、金星と火星は。星辰の王たる太陽の如き有様となった地球を見て、何を思うのか?

 虚黒の海に放り出された三人。その内のメフィストが、取り出したメスを横に一閃させる。
刹那、空間に裂け目が生じ出し、それが、秒速数十億光年の速度で無限長の宇宙の端から端にまで延長して行った。
宇宙の端から端まで到達した切れ目が、音もなく開いて行き、其処から、白色の奔流と、宇宙の根源的破滅エネルギーを放出し始めた。
光に数億倍する速度で、破滅の力が流れ出す。嘗て地球が内包されていた太陽系のみならず、それすらも含有させていた銀河系が、
白い波濤に呑み込まれ、そこに存在していた全ての星々を砕いて塵にしながら消滅して行き、ものの数秒で更に隣の銀河を併呑し、破壊して行きそして――

491For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:21:41 ID:4rPyGHZs0
「下らん」

 姫のその一言がピシャリと響いた瞬間――夢が、醒めた。
全てが、元通りになっていた。果たしてあれは、一口齧った妖精の薄焼き菓子を食べたいと言う願望が見せた、一抹の夢幻であったのだろうか。
メフィストのメスによってマグマ化させられていた地表も全て無事。地面に萌える草や花、生命の力強さの何たるかを示す木々の数々。
地球と言う惑星の雄大な時の重みを示す山脈も、全ては元のまま。「悪い夢を見ていたのは、お前達の方だよ」。世界の全てが、そうと諭しているかのようだった。
身体の何処も、海水で濡れていない。竜骨のテーブルもその上に散らばる宝石も、元のまま。勿論、三人の周囲には、宇宙の暗黒など広がってすらいない。

 ――決定的な違いと言えば、この世界の偽りの平和を謳歌していた様々な生物及び、アイビアを除いた全ての夜種が、この地上から消滅していた、と言う事であろうが。

「いつまで茶番を続けるつもりじゃ、退屈過ぎて思わず眠り落ちてしまいそうだったぞ」

 苛立ちを隠しもしない姫。心底下らない物で時間を取られたと、本気で憤っている様であった。

 メフィストとタイタスが繰り広げていたのは、所謂幻術の出し合いであった。
インドに於いては、これらの技術はマーヤーと呼ばれ、ゴータマが現在の時代においては、このマーヤーで生計を立てていた幻術士は、西はインド、
東は春秋時代の中国に至るまで、珍しい存在ではなかった。彼らの使う幻術とは、人間の心に訴えかけて作用させるものだった。
幻術には一種の催眠状態に陥らせる効果のあるものも珍しくなく、掛けた術者の技量と掛けられた物の感受性次第では、実際に火を当てていないのに火傷を起こさせる、
と言った芸当も当然のように可能であった。しかし、無条件でこんな事が出来ると言う訳ではない。肝心なのは、術者の腕前もそうだが、真に肝要なのが、かける相手。
例えば、親に我が子を殺せと幻術を掛けたり、近衛兵に王を刺し殺せと言う幻術を掛けたとしても、これは通常成立しない。
何故ならば、幻術を掛けた事で予期出来る結果が極めて破滅的で、かつ、掛けられた当人からすればその幻術によって行う事が突拍子もない物だからだ。
結果、何が起こるかと言うと、掛けられた当人は幻術による命令と当人が有する自意識や良識・常識の間で苦しみ、遂には、幻術から覚醒してしまうのだ。
そう、幻術とは掛けられた当人の精神力と、有しているモラルや常識に極めて強く左右されてしまうのだ。それに、幻術は感受性がない相手には通用しない。
つまりは、心の総量が余りにも少なすぎる虫や寄生虫、ウィルスと言った存在を催眠に掛ける事は不可能であり、無機物に至ってはそもそも催眠に掛けられない。
高位の幻術士とは正に、どんな人間にも、どんな突拍子もない幻術を掛けられる者の事を指し示すのであり、史上それが出来た幻術士など、数える程しかいない。我国で言えば、多くの大名を一杯喰わせた、あの果心居士がそれに当たろうか。

492For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:22:00 ID:4rPyGHZs0
 そして二人は正に、この高位の幻術士……いや。魔術の歴史にその名を残す、高名な幻術士でもあった。
二人がどんな幻術を引き起こさせたのかは、先程の通り。彼らは己の有する魔術の才能、そして幻術への理解で以って、
あのようなこの世の物とは思えぬ大破壊を繰り広げさせたのである。しかし、所詮は刹那の幻に過ぎぬ幻術であるのに、何故夜種も動物も消え失せたのか。
その答えは単純明快。幻術に巻き込まれた者は、それが一度『本当に己の身体に起っている事だ』と思い込んでしまったら、最後。
真実、今自分に叩き込まれている幻術と同じ様な結果がその身に舞い込んでしまうのである。動物らも夜種も、あの幻術を本物だと思い込んでしまったせいで死んだのだ。
メフィスト、タイタス、姫が全く無事である理由は、単純明快。最初から幻術だと看破し、自分の身体に何が起ころうとも、現実の世界では全く問題がない、
と強く心の内で思っていたからに他ならない。幻術への対策は、初めからこの光景や結果は幻だと思い込む事と言う簡単な物であるが、これが恐ろしく難しい。
何せ今回の幻術の仕掛け役は、メフィストとタイタスと言う、恐るべき魔術の冴えの持ち主である。
『この二名なら、こんな事が出来ても仕方がない』。『この二名なら、出来るだろう』。そう思わせるだけの凄味と実力が、二名には確かにある。
おまけに如何に幻の現象とは言え、水の感触や熱の感覚、風の当たりも二名は限りなく本物に近づけさせている。そんな現象に直面する内に、大半の者はこう思う。
もしかしてこの現象は夢ではなく、現実の……。そう思えば最後、待っているのは、重さ数兆を超えて数京tの大海水の奔流に、摂氏数千万度の超高熱、風速は時速数億㎞超の台風に、宇宙をも滅ぼす根源から流れ出る破滅エネルギーだ。幻術とは、掛ける相手によっては最強の魔術にもなるし、その反対。全く役にも立たない魔術にもなるのだ。今回、タイタスが仕掛けた幻術は、後者に終わってしまったと言う訳だ。

「素晴らしい幻術を御見せ頂いてしまったな、王よ」

「とんでもない。卿の見せた反撃の幻術……とても幻想的で、示唆に富む」

 全く本心から言っているとは思えぬ、社交辞令的な言葉のやり取り。
これが終わると同時に、アイビアの身体から、五感が取り戻される。「タイタス様!!」と言う叫びが上がる。一際煩い声だった。
何故、他の夜種や、動物達が死んで、アイビアが無事だったのか? それは、タイタスが彼女から五感を奪っていたからに他ならない。
幻術にそもそも掛からなくするには、無機物であるか、視覚や嗅覚、聴覚に触覚に味覚を封じていれば良い。
つまりは、何も感じなくさせれば良いのだ。あのまま行けばアイビアは、確実に幻術を本物と理解し死んでしまう。
それを懸念したタイタスは、彼女から五感を奪って無力化させていた、と言う訳だ。彼は、確かにこの魔将を救っていたのである。

「今の幻術が、余が勝負する手札。卿よ、貴殿は何を以って余に挑む」

「そう大それた術は使えん。所詮、患者を直す事しか出来ぬ男だよ。大した期待は、しないで欲しい」

 言ってメフィストは、その手に透明なメスをアポートさせる。
水晶で出来ているようなクリアーさのそれはしかし、握られている手が悪すぎた。これでは、全く余人に美しいと見られぬではないか。
手に握ってしまえば、どんな宝石の輝きをも褪せさせてしまう、メフィストの魔性の手。それによって握られたメスは果たして、喜んでいるのかどうか。
これを以てメフィストは、空間に切れ目を刻み、其処に、空いた左手を突き入れる。その状態のまま、一秒程。これで良いと言わんばかりに彼は手を引き抜き、一言。

「私からの魔術はこれで終わりだ。そうだな……三分後程に、効果は現れる。その間、此処で待っている時間も惜しい。今も、我が病院に新しい患者がやって来て、私が必要だと呻いていると思うと、気が気でならないからな」

「心得た。三分、余はこの場で待てば良いのだな」

「勿論。勝敗がどちらに上がるのかは、其処のサタンが、貴方の奥方様の判断に任せて構わん。それを以って、今回の術比べは終了としようではないか」

 最後の最後まで軽口を叩くの、と言うような顔の姫。

「相解った。白麗の卿よ、帰り道の案内は必要か」

「其方の手を煩わせるまでもない。一人で帰れる」

493For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:22:13 ID:4rPyGHZs0
 その言葉を聞いて、本気か、と思ったのはアイビアだ。
タイタスの許可がなければ、永久に此処から出られぬばかりか、施された様々な罠、放流されている様々な夜種や怪物達に無惨に殺される、この恐るべき魔迷宮から、どのようにしてこの男は、退散すると言うのか?

「何から何まで、貴殿には迷惑を掛けてしまったな」

「気にする事の程ではない。今回は表敬訪問だ、多少の事は気にしない」

 皮袋に、竜骨の円卓の上の宝石をしまいながらそう口にするメフィスト。
その言葉の裏に、凄まじい意思が内包されていると気付けたのは、流石にタイタスと、姫だった。

「今後は、別の付き合い方をするかも知れない。その時は、また宜しく頼もう。タイタス一世……古帝国アルケアの始祖帝にして、彼の世界の遍く文化の発端となった男よ」

「お手柔らかに頼もうか。魔界医師」

「――ではな。この空間に、戻る事はないだろう」

 言ってメフィストは、メスを縦に一閃させる。
空間に生じた切れ目が、横に開いて行く。空間の先には、タイタスの領地にしている高級ホテルの、地下駐車場の風景が広がっているではないか。
其処にメフィストは歩いて行き、主がこの世界から消え失せるや、彼が作った切れ目は閉じて行き、ピッタリと癒着。
そして遂に、切れ目は透明さを増させて行き、この世界から消え失せて行く。麗しい魔と、恐ろしい王の、神話の一説の如き邂逅は、斯様な風にして終わったのだった。

494For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:22:27 ID:4rPyGHZs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「おかえりなさいませ、ドクター」

 リムジンのドアを開け、帽子を被った細面の運転手が、外に出て深々と一礼した。角度は、三十度キッカリ。

「変わった様子はなかったか」

 メフィスト。

「全く以って何事もない、三十分で御座いました」

「結構だ。早速、病院に戻るとしよう。患者達が私を待っている」

「畏まりました」

 言って運転手は、己の指定席へと入って行き、ボタンを押して、後部席のドアを開ける。
其処にメフィストはスルリと入って行き、シートに深く腰を下ろし、一息吐く。

「鹿は、狩れましたかな?」

 リムジンのパワースイッチを押しながら、運転手は訊ねて来た。主が、狩り損ねる筈がないだろう、と言う絶大の信頼感が、声音にはあった。

「夜に持越しだ」

「!! ……それは、それは」

 それ以上は、運転手は聞かなかった。狩り損ねた事に驚いたが、もっと深い考えがあっての事だったのだろう、と思い直す事にしたのだ。
それに、後の自分の責務は、安全にメフィストを目的地に送り届けるだけ。これ以上の質問は野暮と言う物。

 音もなくリムジンが動き出す。革製のシートの下にエクトプラズムを充填させたシートから伝わる、至福の感覚も、揺れも何も一切ないリムジンの運転手の抜群の運転スキルが約束する至上の乗り心地も、今のメフィストの憂鬱さを吹き飛ばすには、到底至らない。

「覚悟を決めるのは、白子の王か。それとも……」

 「私か」。
その呟きは、狭い車内の中で、蚊の羽音のようにさくかに響いたのだった。
決戦の時間は、想像以上に残されてない事を、リムジンのカーラジオに取り付けられた電波時計から、メフィストは知ったのであった。





【高田馬場、百人町方面/1日目 午後4:00分】

【キャスター(メフィスト)@魔界都市ブルースシリーズ】
[状態]健康、実体化、殺意(極大)
[装備]白いケープ
[道具]種々様々
[所持金]宝石や黄金を生み出せるので∞に等しい
[思考・状況]
基本行動方針:患者の治療
1.求めて来た患者を治す
2.邪魔者には死を
3.高槻涼を治療し、その後に殺す
4.ロベルタを確実に殺す
5.姫を確実に殺す
[備考]
・この世界でも、患者は治すと言う決意を表明しました。それについては、一切嘘偽りはありません
・ランサー(ファウスト)と、そのマスターの不律については認識しているようです
・ドリー・カドモンの作成を終え、現在ルイ・サイファーの存在情報を基にしたマガタマを制作しました
・そのついでに、ルイ・サイファーの小指も作りました。
・人を昏睡させ、夢を以て何かを成そうとするキャスター(タイタス1世(影))が存在する事を認識しました
・アーチャー(八意永琳)とそのマスターを臨時の専属医として雇いました
・ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)、北上&モデルマン(アレックス)の存在を認識しました
・番場真昼/真夜&バーサーカー(シャドウラビリス)の存在を認識しました
・浪蘭幻十の存在を確認しました
・浪蘭幻十のクラスについて確信に近い推察をしました
・ライダー(大杉栄光)の存在を認知しました。
・ライダー(大杉栄光)の記憶の問題を認知、治療しようとしました。後から再び治療するようになるかは、後続の書き手様にお任せします。
・マスターであるルイ・サイファーが解き放った四体のサーヴァントについて認識しました
・メフィスト病院が襲撃に会いました。が、何が起こったのかは、戦闘の余波はロビーだけで、院内の他の患者には何が起こったのか全く伝わっていません
・ロベルタ&バーサーカー(高槻涼)の存在を認識、彼らの抹殺を誓いました
・上記の抹殺について、キャスター(タイタス1世から)、1日目の午後8時に、市ヶ谷駐屯地でロベルタとバーサーカー(高槻涼)の身柄を貰い受けると約束しました
・蒼のライダー(姫)の抹殺を誓いました

495For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:22:46 ID:4rPyGHZs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 今でもタイタスは、あの魔界医師との逢瀬は、真夏の昼が見せた幻であったのではないかと考えずにはいられなかった。
あれだけ美しい男が、この世にいても良いのか? 神界に通じる魔力と魔術を有するタイタスではあるが、あれ程美しい存在は、天と神との世界にも見た事がない。
果たしてメフィストと言う男は、神の手から成る最高傑作なのか。それとも、神の意思をも超越する何らかの大いなる意思の気まぐれによりて生み出された、
この世全ての美の基準を嘲笑う悪魔なのではないのかとも、思っていた。どちらも正しく、どちらも間違っている。
酷く曖昧な結論を下さざるを得ない程に、メフィストの美は、謎めいていた。解る事は一つ。あの男との邂逅は確かに、タイタスの精神力と体力を削ったと言う事だ。

 タイタス自身は平然としていた様子だったが、実際には、あの美貌に射竦められると、鋼に鎧われたその心ですら、亀裂が入って行くのを彼は感じる。
内臓どころか、魂、前世すら見通していると言われても、お前ならしょうがないと納得してしまう程のあの目には、当惑を超えて、恐怖しか感じられない。
あんな存在が、自分と同じキャスタークラスで召喚されている。その事実に、総毛立つ戦慄を覚えてしまう。
あれと事を争う……その本当の意味を知らないタイタスは幸福だった。彼がもしも魔界都市の住民であったのなら……事を争う前に、区民なら皆、区外へと一目散に逃走する事を、選んでいたであろうから。

 もうすぐ、メフィストが口にした三分が経過しようとしている。
既にメフィストは、大仰な黒塗りのリムジンに乗ってホテルから出発しているのは確認済み。これ以上はタイタスも追跡しない。
するだけ無駄であろうと思っていたからだ。その判断を姫は、悪い物ではないと礼賛していた。
果たしてメフィストは、術比べに於いて何を仕掛けていたのか。それが非常に気になるタイタス。そして遂に、その運命の瞬間が、訪れた。

「……? 始祖よ、これは……?」

 アイビアが、疑問気な声を投げ掛ける。何が起こっているのか、解らないらしい。
だが、タイタスは何が起っているのかを瞬時に理解したらしい。見開かれた瞳が、その証拠。
姫は愉快そうな表情を上げ、ふわっ、と宙に浮かんだと見るや、纏う衣服ごと大気に溶けて行き、遂には完全な透明な姿となり、この世界から消え失せる。
タイタスは、自身とアイビアの間に隔たる空間を睨む。するとそこに、彼ら二人なら並んで通れる程の大きさの虫食い穴が空間に穿たれ、其処に

「入れ!!」

 とタイタスが一喝。すると、驚いた顔をしたアイビアが、反射的に穴の中に入って行き、遅れて始祖も、その中に駆け出す。
出た先は、ホテルの地下に作った墓所に、新しく作った広大なスペース。広さにして、三キロ平方mはあろうかと言うこの空間に、
タイタスはあの、高槻涼の中に住まうアリスが望んでいたアルカディアへと続く、異次元を創造していたのである。
異次元を創造と言っても、今現在タイタスがいる時空から見れば、何処にも、あのアルカディアへと続く入口は見つからない。
当然だ、然るべき手段がなければ、其処には干渉出来ない。何せ、異なる位相の空間に在るからこそ異次元なのである。三次元空間から其処に侵入するには、特別な才能と手順が必要、と言う訳だ。

 ――そう、其処には何もない、筈だったのだ。
アルカディアでも感じた揺れが、異次元を通じて、この墓所全体にも生じて行く。
立っていられない程の、震度五以上を想起させる直下型の地震。タイタスが、何もない空間を睨みつける事、二秒。変化が訪れた。
メフィストとの会合の為に誂えたこの広大なスペースの空間全体が、鶏卵の殻を剥くように、ボロボロと剥がれ落ちて行く。
その様はまるで、黒雲母の表面がポロポロと地面に落ちて行くようなそれに似ている。空間が剥がれた先には――地獄があった。
其処が、メフィストと姫が会話をしていたアルカディアであると理解したのは、一瞬。青空の風景をそのまま収めた、巨大な破片が地に落ちる。
それは、さっきタイタスが見た様な、空間の剥離のスケールを極大にした物だった。青空の破片の大きさは、優に数十〜数百㎞にまで達している。
それが地面に衝突すると、大地には深い亀裂が生じて行き、地割れが巻き起こって行く。
山にぶつかった青空の破片は、腹に響く様な轟音と、空にまで達する程の朦々とした砂煙を立てさせる。
剥がれた青空の先には、其処に身体を投げ入れれば二度と元の所には戻って来れないと言う、絶対的な確証を抱かせる、光すら逃さぬ黒色の空間が広がっていた。
本当に、其処には何もない。眼球や人間の口、鼻が浮かび上がり、それらが笑いの声を上げ相を浮かべる、と言う不気味の風景を演出してくれた方が、まだ安心感がある。不安感しか、その黒の空には抱けない。

496For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:23:05 ID:4rPyGHZs0
 そして、その黒が、閉じた世界を侵食する。黒い空が、タイタスの生んだ世界の果てまで伸びて行き、それ以上広がりようがないと思ったのか、
墨が壁を流れるが如く、黒が何もない世界の果てを伝って行き、遂に大地にまで到達。そしてその状態から物凄い速度で、嘗てタイタスらがメフィストと話をした、
あの小高い丘目掛けて収束する。山を呑み込む。黒いタール状の物が覆われたと思うのは、ほんの一瞬。直にストンと凹凸が消えてなくなり、大地と言う平面と一体化した。
黒が呑み込む。草木を、泉を、丘を、山々を。凄まじいとしか言いようがない速度で、世界の全てを黒が侵食して行き、そして最後に、あの丘を呑み込んだ時。真実世界の全てが黒に染まった。

「こ、これは……」

 震えた様子で、アイビアが訊ねて来る。
手元に一枚残していた、妖精の薄焼き菓子を、タイタスは、剥がれた空間の先に広がる黒い闇の中に放った。
その空間の中で、薄焼き菓子が、菓子としての形を保てたのは、ほんの二秒程。ある一定の深さ、いや、距離を進んだ瞬間、
それは蒼白い粒子となって分解され、跡形もなく消え去った。この空間に入ったが最後。タイタスであろうとも、その魂ごと先程のように分解され、消滅してしまうだろう。

 メフィストが去り際に行った、タイタスの術比べに対抗するべく行った技。
それは医者として彼が出来る、ごく当たり前の技術。『手術』。誰を、手術したのか?
答えは、誰に言っても信じて貰えまい。タイタスがメフィストとの話し合いの為に創造した、あの閉鎖空間であった。
メフィストが行ったのは、簡易的な自我を無機物に埋め込むと言うもの。心を持たぬ器物に、自意識を覚醒させると言う神業。
勿論これは、彼の魔界都市においても神憑り的な技術であった事は言うまでもないが、メフィストの行うそれは、更にその先を往く。
平時であれば、人の質問に対してYESかNOと答えられ、極々簡単な会話をこなせる程度の自我しか埋め込まないが、メフィストが行った技術は更に高度。
手術した無機物に、『美意識』を抱かせるそれをおこなったのだ。では、これを行って何故、空間が崩壊を始めたのか?

 それは、極めて簡単かつ合理的、そして――誰に言っても馬鹿げているとしか返答のしようがないもの。
生まれて初めて意識を持った空間が、最初に見た男があの『メフィスト』であった。それが、全ての始まりでもあり、終わりでもあった。
月の光を吸って生きる、夜にのみ咲く花。その花びらに浮かぶ雫を丹念に集めて作り上げた様な、美の結晶たる男を初めて空間が見た時、空間が『惚れた』のだ。
もっとこの男の姿を見ていたい。空間の抱いた純粋な思いに、誰が「馬鹿め」と口に出来ようか。メフィストの姿をこの目で一生眺め続けたいと思うのは、
魔界都市の住民であったのならば誰もが心に抱く、普遍的な感情であったからである。たかが空間の戯言、と誰も馬鹿に出来ない。

 ……だが、メフィストは去り際にこう言ったのだ。

 ――ではな。この空間に、戻る事はないだろう――

 そう、この一言は、何の考えもなくメフィストは口にした訳ではない。
もう、自分と言う空間には何があっても足を運ばない。そうと理解した瞬間、空間は、酷い絶望とショックを憶えた。
あのアルカディアを模した空間にとって、メフィストとは産みの親であり、初めて見た美しいもの。彼に産み出されたとなるや、その誇りたるや並ならぬ物だったろう。
そのメフィストに、捨てられた。そうと理解した瞬間――空間は、『自殺』を選んだ。二度と、あの男に会えぬのなら、自分が形を留め続ける意味など何もない。
そう逸った空間は、空に亀裂を生じさせ、空間の先に存在する、数学的に完全な『無』である事が証明されている虚無に、自身の存在を塗り潰させ、嘗て存在した、
と言う事実をそのまま消し去ろうとした。これこそが、メフィストがタイタス一世に見せた、王の幻術に対抗する手術。
魔界医師は、空間の自殺によって生じた虚無に、タイタスを呑み込ませ、本当に此方を殺そうとしたのである。

497For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:23:18 ID:4rPyGHZs0
「……魔界医師、か」

 そうと呟き、タイタスは、一呼吸を置いた後、再び口を開いた。

「その字(あざな)、一切の偽りなし」

 身体が、震えた。
恐れからではない。肉の身体を持つ自分が、あの神の美貌を持つ悪魔に対して仕掛けられると言うその事実に対する武者震いであり――喜びでもあった。
そしてその様子を、この世の全ての悪をかき集めて女の形にした様な、骨が震える様な美貌の持ち主である姫が、笑って眺めている事に。
タイタスは、果たして気付いているのであろうか。




【高田馬場、百人町方面(百人町三丁目・高級ホテル地下・墓所)/1日目 午後4:00分】

【キャスター(タイタス一世(影))@Ruina -廃都の物語-】
[状態]健康
[装備]ルーンの剣
[道具]墓所に眠る宝の数々
[所持金]極めて多いが現貨への換金が難しい
[思考・状況]
基本行動方針:全ての並行世界に、タイタスという存在を刻む。
1.魔力を集め、アーガデウムを完成させる。(75%ほど収集が完了している)
2.肉体を破壊された時の為に、憑依する相手(憑巫)を用意しておく。(最有力候補はマスターであるムスカ)
3.人界の否定者(ジェナ・エンジェル)を敵視。最優先で殺害する。
4.メフィスト……魔界医師……恐るべし
[備考]
・新宿全域に夜種(作成した魔物)を放って人間を墓所に連れ去り、魂喰いをしています。
・また夜種の他に、召喚術で呼び出した精霊も哨戒に当たらせており、何らかの情報を得ている可能性が高いです
・『我が呪わし我が血脈(カース・オブ・タイタス)』で召喚したタイタス十世を新宿に派遣していますが、令呪のバックアップと自力で実体化していたタイタス十世の特殊な例外によるものであり、アーガデウムが完成してキャスターが真の姿を取り戻すまでは他のタイタスを同じように運用する事は難しいようです
・キャスター(ジェナ・エンジェル)が街に大量に作り出したチューナー(喰奴)たちの魂などが変質し、彼らが抱くアルケアへの想念も何らかの変化を起こした事で『廃都物語』による魔力回収の際に詳細不明の異常が発生し、魔力収集効率が落ちています
・現在作成している魔将は、ク・ルーム、アイビア、ナムリス(故)です
・ロベルタ&バーサーカー(高槻涼)を支配下に置きました
・現在ロベルタの為の義肢を作っています
・葛葉ライドウ&セイバー(ダンテ)の存在を認知しました
・キャスター(メフィスト)の存在を認知しました
・キャスター(メフィスト)に、ロベルタ&バーサーカー(高槻涼)の身柄を、1日目の午後8時に引き渡す約束を交わしました


【ライダー(美姫)@魔界都市ブルース夜叉姫伝】
[状態]左脇腹の損傷(中。時間経過で回復)、実体化、せつらのマスターに対する激しい怒り、
[装備]全裸
[道具]
[所持金]不要
[思考・状況]
基本行動方針:せつらのマスター(アイギス)を殺す
1.アイギスを殺す、ふがいない様ならせつらも殺す
2.ついでに見かけ次第ジャバウォックを葬る(近くにいるのは解ってるけど先送り)。
3.セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)バーサーカー(クリストファー・ヴァルぜライド)に強い関心。彼らを力づくで捩じ伏せたいと思っています
4.血を飲むなり紅湯に浸かるなりして傷を癒したい
[備考]
・宝具である船に乗り、<新宿>の何処かに消えました(現在タイタス1世(影)の拠点にいます)
・一ノ瀬志希&アーチャー(八意永琳)、不律&ランサー(ファウスト)の存在を認識しました
・セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)バーサーカー(クリストファー・ヴァルぜライド)を認識しました
・人間を悪魔化させる者がいる事を知りました
・高田馬場・百人町方面に向かって移動中です
・アナスタシア・鷺沢文香・橘ありすの三人を妖眼で支配しました
・部下としてあるサーヴァントに目を付けました

498For Ruin ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:24:15 ID:4rPyGHZs0
あけましておめでとう御座います。
昨年はクソ程更新が出来てませんでしたが、この企画を捨てた訳じゃないと言う事だけは、本話を以ってお伝え致したかったなぁと思う次第でございます。
本年も新宿聖杯を宜しくお願い致します。投下を終了します

499 ◆zzpohGTsas:2018/01/03(水) 21:30:57 ID:4rPyGHZs0
て言うかよく見たらジャバウォック予約してた筈なのに出てなくて草。
ガバガバプロットでしたね、センセンシャル!!

500名無しさん:2018/01/03(水) 22:59:41 ID:WBQaRlXI0
投下乙ナス!

タイタスの魔術の腕前とメフィスト・姫の化け物ぶりが良く分かる話でした
空間すら自殺に追い込む美貌とかヤバ過ぎて草も生えない
三つ巴の決戦は夜に持ち越し。誰が落ちてもおかしくないが、どんな結果になるのだろうか

501 ◆zzpohGTsas:2018/01/04(木) 01:27:58 ID:vvxrZd560
ソニックブーム&セイバー(橘清音)
荒垣真次郎&アサシン(イリュージョンNo.17)
セリュー・ユビキタス&バーサーカー(バッター)
番場真昼/真夜&バーサーカー(シャドウラビリス)
有里湊&セイヴァー(アレフ)
予約します

502名無しさん:2018/01/13(土) 19:55:23 ID:Ax/lZsTo0
投下乙
それにしてもヒッタイトの下りといい今回のといい、菊池作品に良くあるはったりと外連味が効いていますね

503 ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:25:32 ID:ZOVyFBPI0
投下します

504The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:26:02 ID:ZOVyFBPI0
「上がれよ、坊や」

 そう言って、今時ヤクザ者かチンピラ、好き者しか着そうにない、赤地に金糸の刺繍が施されたシャツが特徴的な男が言った。
髑髏を模したようなデザインの、銀色に光る面頬を被り、威圧的な眼光をチラつかせる、巨躯の男の名前は、ソニックブーム。
『衝撃波』の名を冠するこの男は、あるニンジャの魂をその身に宿させた、常人(モータル)とは一線を画したニンジャ(イモータル)なのである。

 そんな男が今は、気さくな態度と声音で、偶然知り合った聖杯戦争の参加主従、荒垣とイルに入室を促す。
この部屋には罠の類は一切なく、実際安全である。であると言うのに、荒垣らは全く部屋に上がる気配を見せない。
それどころか荒垣の表情からは、凄まじいまでの険が渦巻き始めているではないか。威圧的な表情で、彼はソニックブームらを睨めつけていた。。

「オイオイボウヤ。ただの独身男の何て事ねェアパートに対して、ビビってくれるなよ」

「ただの独身の家に、死体なんざある訳ないやろドアホ」

 恐怖で言葉を失っているのか、それとも呆れているのか。
沈黙を保ち続ける荒垣の代わりに、実体化している状態のイルが、ソニックブームの言葉に反論する。
眉が酷く、不機嫌かつ不愉快そうに顰められている。当たり前だ、嗅ぎ慣れた死臭が漂って来ているのであれば、こんな顔を作りたくもなる。
それに、こんな表情を作っているのは、何もイルだけではない。ソニックブームの召喚したサーヴァント、つまり、一蓮托生の間柄であるセイバー・橘清音ですらも、
自身のマスターに対して呆れ返っているのだ。全員に、そんな目線を向けられる物であるから、流石のソニックブームも居た堪れなくなり、チッと舌打ちを響かせ、弁解の言葉を口にする。

「セイバー=サンにまでそんな目線を送られる筋合いはねぇな。この死体が何なのか、お前さんも良く解ってるだろ、エェッ?」

「勿論、理解してはいますよ。いますが……そのまま持って来る人がいますか、普通」

「誰の死体だ」

 と、口にするのは荒垣だ。
身に着けている学生服がカッチリとしてお堅いが、ソニックブームには雰囲気で解る。
体格の良さも然る事ながら、発散される雰囲気が、アウトロー寄りなのである。こう言う雰囲気は、服装で努力したとて中々消せない。
スーツや学生服程度では中和出来ない程、人間の魂や本質が放つ、『臭い』と言う物は強いのである。何度見ても、この荒垣真次郎と言う男は、ニンジャ向けの住民であった。常人なら吐き気を催しかねない死臭を嗅いでも、まるで動じていない。

「それについては、情報交換した後で話す。それでいいだろ」

「こんな環境で話すんか」

「死体の傍で話す事に躊躇う程、デリケートなサーヴァントじゃねぇだろ。アサシン=サンよ」

 荒垣が只者ではない事を、看破してしまうソニックブームだ。
勿論、イルがただの人間ではない事なども、当たり前のように理解する。但しそれは、イルがアサシンの『サーヴァント』だから、と言う理由からではない。
同じサーヴァントでも、潜った修羅場の数と質に大分違いがある事を、ソニックブームは当の昔に解っていた。
清音とイルなど正しくそうだ。同じサーヴァントでも、生前に体験した死線の数とクオリティが、二人は大分違う。清音は何処となく、幼さと未熟さがまだまだチラつく。
――イルは、違う。一体、どれ程の場数をこなせば、こんな雰囲気を発散出来ると言うのか。ソニックブームはニンジャになってから久しく感じた事のない、
戦慄を覚えた程だった。今この瞬間イルから発散されている空気は、桁違いに威圧的だ。それでいて、その威圧が空回っていない。虚勢でもないのだ。
これだけの空気は、消そうと思って消す事は最早不可能なレベルであると言うのに、イルは実体化してソニックブーム住まうマンションにやってくるまで、
あろう事かそんな空気を完璧に消して見せていた。すれ違う市井の住民に、自分が堅気の人間ではない事を悟らせぬ為であった。
それが、恐ろしい。此処までの戦士の気風を発散出来るだけの凄まじさもそうだが、それを完璧に消して見せる平素の立ち居振る舞いもそうである。

505The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:26:45 ID:ZOVyFBPI0
 其処までの領域に達しているサーヴァントが、今更死臭の香る環境で文句何て抜かすんじゃねぇ。
ソニックブームはそう言う事を口にしているのである。こう言われたら、イルも弱い。
何せこのニンジャの言う通りだからだ。イルの人生も思えば、死が身近にあった人生と言えるからであり、斯様な状況も珍しくなかったからである。

「密室に死体置いた状態で、オチオチ話も出来んやろ」

「其処を耐えろってーんだよ。ウォール・イヤー、ショウジ・アイって言うだろ。情報交換を、誰がいるかも解らない外で何て出来るかよ」

「……壁に耳あり障子に目あり、とでも言いたいんですか?」

「そうとも言うな。どっちにしろ、俺にとって安心してお前達と情報を交換出来る所が此処しか思い浮かばなかっただけだ。他に候補があるんだったら、俺もそれに従ってやるよ。俺だって死体の臭い嗅ぎながら話し合いなんざ真っ平御免だからな」

 思い浮かばない、と言うのが荒垣とイルの本音だ。
セラフィム孤児院位しか、二名は安心して話せる場所が思い浮かばなかったが、あそこはそもそも論外だ。
特にイルである。NPCとは言え、イリーナに火の粉が降りかかるような真似は、もう二度としたくないからだ。
そこ以外に候補がないとなると、此処は我慢して、ソニックブームのセッティングした場所で話し合うしかないようだ。
念話でイルも荒垣も、互いの意見の一致を見てから、マスターである荒垣の方が口を開く。

「此処で構わないが、サッサと終わらせるぞ。死体の臭いが身体にこびり付くのだけは、俺も勘弁だ」

「おう、同意するぜボウヤ」

 言ってソニックブームは、リビングにおいてあったソファの上に、スプリングが軋むような勢いで座りだす。
荒垣の方はと言うと、土足のまま部屋に上がり込み、ソニックブームの対面となる位置で、直立の姿勢のまま彼の事を見下ろした。
「土足かよ、礼儀がなってねぇ悪ガキだ」、と肩を竦めるソニックブーム。「まだ信頼してる訳じゃねぇからな」、と返す荒垣。
下手に靴を脱いで、行動に支障が出る様な状況に陥られては拙いと言う判断からである。その証拠に、ソニックブームのサーヴァント、橘清音は、
今もGスーツを装着した状態で臨戦態勢なのである。これで、胸襟をといて話し合おうじゃないか、と言う方がそもそも無理筋である。
普段のソニックブームであれば、裂帛の気魄と殺意を撒き散らしてヤクザスラングを口にしていたろうが、状況が状況だ。今回は、大目に見てやる事にした。

「俺からセリューの事について話すぜ」

 無言の荒垣とイル。構わない、と言う事の遠回しの意思表示だ。

「結論を言っちまうとだな、討伐令を敷かれるだけの事はあるイカレだったよ。マスターもサーヴァントもな」

「どっちも狂人、って事は大体、此処に来る前のアンタの言葉からも伝わった。だが、どんな感じにヤバいんや」

「倫理的にだとか、人道的に反して邪悪な思想の持ち主って訳じゃねぇ。ただ、独善的な奴なんだよ」

「独善的……?」

「セリューが殺して回った人間達、あれは実は、ただのカタギじゃねぇ。高い確率で、セリューはヤクザのみに絞ってスレイしてた」

「何でそうと解った?」

「何でも何も、セリュー自身が自信満面に口にしてたからな」

「……これは驚いた。嘘吐いてるように全然見えへんで、マスター」

 仮に嘘を吐いていたとしても、余人にそれを悟らせぬような仕草とポーカーフェイスをソニックブームは身に着けている。嘘を告げた所で、先ずそうだと人は気付くまい。
尤も、今回に限って言えば、イル程の男がこうと口にするのは、当たり前の話。何故ならば今ソニックブームが言った事は紛れもない事実。
セリューは確かに、ヤクザを重点的に殺して回っていると口にしていたのだし、その事実を単にソニックブームは告げたに過ぎないのだ。騙す、謀る以前の問題だ。そもそも騙す意図も必要性もないのだから、イルがソニックブームの言葉や挙措に譎詐を見いだせないのも仕方がないのだ。

506The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:27:07 ID:ZOVyFBPI0
「あの嬢ちゃんは言ってたぜ、自分達がヤクザ殺して回るのは、そいつらが悪だから……ってな」

「悪いNPCを裁くのは、警察とか司法関係のNPCの仕事やろ。そいつそっちの関係のロールなんか?」

「見えなかったな」

「成程な。そいつらに代わって自分が、って事か。確かに、独善的って表現は見当外れでもないみたいやな」

「んで、この主従の厄介な所は、表面上は話が通じそうだと思っちまう所にある」

「話が通じる、って言うのはどう言う意味だ」

 荒垣

「セリューって嬢ちゃんは、要するに正義感を暴走させてるんだ。根っこの所は、間違っても邪悪ではない。これは間違いない。だろう? セイバー=サン」

「えぇ。俺もそんな感じはしました。思うに……元々悪を絶対許せないって性格だったのが、サーヴァントと言う超常の力を持った存在を手に入れたせいで、歯止めが効かなくなった……と言う風に見えました」

「タチが悪ぃ事この上ねぇな」

 純粋な悪意で動いていると言うのなら、潰すのに何の遠慮も要らないのだが、善意の押し付けで動いている存在を遠慮抜きで叩ける程、荒垣と言う男は割り切れる男ではない。歯噛みの表情を隠せないでいた。

「セリューの『悪を許さない』って思考は、とてもヒーロー的だ。だからこそ、この主従は厄介だ。この主従の本質に気付けねぇ間抜けは、こう錯覚するだろう。『実はセリューさん達は良い人なんじゃ?』ってな。んな訳ねぇだろ、パニッシャーが実は善人だった、なんて面白くもねぇジョークだ」

「本来孤立して、他方から叩かれて然るべき奴らが、ひょっとしたら同盟か協力関係を得て、厄介な奴らの集まりになるかも知れない、っちゅーわけやな」

「其処は俺も危惧してる。単体じゃそれ程のサーヴァントでも、二組以上で徒党を組まれたら、何が飛び出て来るかわかんねぇからな」

 「それともう一つ」、とソニックブームは指を立てる。

「この主従には厄介なポイントがある」

「何?」

「サーヴァントだ。強さ、と言う点については、俺もセイバー=サンも直接戦った訳でもなく、奴らが戦ってる瞬間を目の当たりにした訳でもねーから、詳細は語れねぇ。だが、それとは別に危険な点がある」

 「それは?」、とイルが言った。

「契約者の鍵から投影されたホログラムの写真だけじゃ、食い殺されそうな位凶暴なバケワニだがよ、ありゃ違う。喋れるし、理知的なんだよ」

「……バーサーカーのクラス、何だろ?」

 荒垣が言いたい事も尤もだろう。
理性と会話能力を奪われた代わりに、平時のステータスに色を付けられたクラス。それがバーサーカーの筈なのだ。
それなのに、理性もあるし言葉も喋れると言うのであれば、そもそもの前提からして覆されてしまう。これでもし、ステータスの補正だけが生きているとなると、完全にインチキではあるまいか。

「そう、バーサーカーなのに何でかは知らないが、喋れる。しかも、一言二言話をするだけで解る。相当賢いぜ、あのワニ」

「喋れて知恵が回るバーサーカーか……。確かに、厄介かも――」

「まだある」

 イルの言葉を遮り、ソニックブームが言った。

「本当に問題なのはこのバケワニ、セリューを意識誘導してるフシがあるって所だ」

 眉を疑問気に吊り上げるイルと荒垣。疑問の解消の為口を開いたのは、荒垣の方であった。

「意識誘導……?」

「あの主従のやり取りを見てて思った。あの二人、マスターよりもサーヴァントの方にイニシアチブがあるように俺には見えた」

「これについては、俺も同意見です。どうにもセリューと言うマスターよりも、バーサーカーの方に主導権があるんじゃないか、と言う場面がありましたので」

「どう言う場面だったのか、説明してくれや」

「結論から言っちまうとだな、セリューって言う嬢ちゃんを体よく利用出来ねぇかと、交渉を持ちかけた。俺と組まねぇか、ってな」

「節操の欠片もねぇな」

「ルッセー。利用出来るモンは利用すんだよ。だが、結局は失敗だった。バーサーカー……バッターを名乗る野郎の独断で、一方的に決裂されてな」

「バッター……? そりゃ、バーサーカーの真名か? 何でそうだと解ったんや?」

「簡単な話だ、セリューの方が普通に奴の真名を口にしてたし、それで奴らは会話してた」

 「話を戻すぜ」、ソニックブームが話したい事に軌道を修正する。

507The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:27:25 ID:ZOVyFBPI0
「連中らも流石に、自分達が令呪って言う生肉を強制的にぶら下げられた、お尋ね者だって言う認識がある筈だ。そんな中で、同盟と言う申し出は輝いて見える筈だろ? 仮に罠だとしても、考える素振り位は見せる筈。なのにあのワニ野郎は、『一方的に哄笑を破談させたばかりか、セリューはその強行を一切咎める様子がなかった』」

「……それを見て思った訳やな。この主従は、マスターであるセリューの判断よりも、バッターっちゅうバーサーカーの判断の方が、上位にあると」

「そうだ。仮に俺の考えが正しいとなると、セリューは、バッターに誑かされて、百人以上ものヤクザNPCをスレイした可能性が高い」

「……理由の方は、解んのか?」

「知るかよ。大方魂喰いなんじゃねぇのか? 魔力は欲しい、だが罪のねぇNPCからだとマスターからの顰蹙を買う。そうなるんだったら、反社のNPCを殺して腹の足しにしよう、って説得する方がよっぽどらしいじゃねぇか」

 合理的なソニックブームの考えに、荒垣もイルも納得する。考えてみれば、当たり前の理屈であったからだ。

「セリューって言う嬢ちゃんがあそこまで独善的なのは、バッターに意識誘導されてるか、洗脳されてるかのどっちかなんじゃねぇか。俺はそう睨んでる。そうなると、今後もより多くのNPCが殺される可能性が高い。危険度としてはかなり上位の主従だろうな」

「NPCの殺戮も、セリューではなく、バッターの誘導による物……お前はそう言いてぇのか」

「ま、セリュー自身の意思によるもの、って可能性もゼロじゃないだろう。が、俺が思うにそりゃ『オオアナ』だ。その線は薄いだろうぜ」

 荒垣もイルも考える。
確かに、ソニックブームの言った通り、セリューらの行った凶行の全てが、バーサーカー・バッターの教唆によるものだとしてしまえば。
その全てに辻褄が合う。だが、その目で実物のセリュー・ユビキタスとバッターを見ていない為、本当にソニックブームの私見が真実なのか。
逸って結論は下せない。とは言え、ソニックブームが此方を謀ろうと嘘を吐いていない可能性の方が高い事も、イルは承知している。
馬鹿と話して時間を取られた、こんな事なら不意打ちで殺しておけば良かった。そのような後悔めいた感情が、ソニックブームから伝わって来るからだ。
この手の空気は、相手も本気で醸している可能性が高い。よって、今ソニックブームの提供した情報は、かなりの確率で真実の蓋然性が高いのである。彼の意見が正しいとは言わないが、参考すべき意見としては、確かな物であった。

「ま、俺らから提供出来る情報は以上だ。次はお前達だぜ、アサシン=サン、ボウヤ」

「先ずそれについて、一つ聞きたい事がある。アンタら、遠坂凛達については、どない思ってるんや?」

「トオサカ、についてだぁ……?」

 ソニックブームが顔を清音に向け、意見を求める。清音の方もまた、考え込んでいた。

「俺が真っ先に思ったのは……もしも、遠坂凛がただの女子高生、って言う情報を頭から信じるなら……あんな事をするのか? って事ですね」

 優等生らしい意見だな、と思うのはソニックブーム。清音が言った『あんな事』とは当然、あの黒礼服のバーサーカーの大量虐殺の事を指す。
これについては、ソニックブームも同じ事を思っていた。セリュー達が仮に魂喰い目的でヤクザ達を殺して回ったとしても、これについては理に適う。
何故ならば彼らは一般的に殺されても表沙汰になり難い人種を、水面下で殺して回っていたからだ。魔力欲しさに、社会のゴミのNPCを裏で殺して回る。
結果的に彼らの狂行は露見こそしてしまったが、彼らの目的を知ってしまえば、筋も理も通っている、と誰もが思うであろう。

 だが、遠坂凛達については、筋も理も、何も通らない。行き当たりばったり過ぎるのだ。
魂喰いにしても、往来の真っ只中で行う意味が不明であるし、そもそもソニックブームにも清音にも、彼女らが魂喰いを行っている風には見えなかったのである。

508The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:27:41 ID:ZOVyFBPI0
「まぁ、俺が思うのは……アー……。遠坂凛は進んで、あのマス・マーダーを行った訳じゃねーんじゃ……、って事だな」

 ソニックブームも清音も、そして荒垣もイルも。
遠坂凛とそのバーサーカーが虐殺を行っている瞬間の映像は、TVニュースで流れた映像や動画サイトで嫌と言う程見て来た。
解像度はやや粗く、鮮明とは言えないが、遠坂凛や黒礼服のバーサーカーの表情や挙措で、何となくだが、こんな事が起ってしまった理由の推測が出来る。
遠坂凛は、バーサーカーの制御に失敗した、と言う事。詐欺師、サイコパス、そして何より殺人鬼……。
そんな類が跋扈する末世末法の地・ネオサイタマに於いて、ソウカイヤに属してニンジャのスカウト業を行っていたソニックブームには良く解る。
悪党か、そうじゃないか? その手の目利きは、スカウトの達人である彼は得意である。遠坂もセリューも、ソニックブームの目から見れば、根からの悪ではなかった。
但し、あの黒礼服のバーサーカーは、別。あれの表情は、明白に殺人を楽しんでいた。ソニックブーム自体も良く見た、典型的なサイコの顔。
遠坂とバーサーカーの表情を対比させて考えた場合、やはり思い浮かぶのは、バーサーカーの制御に凛が失敗、黒礼服の男の暴走を許してしまったと言う推論だ。
況してバーサーカーは、素人の付け焼刃で御せるようなサーヴァントではないと言うじゃないか。ただの女子高校生・遠坂凛がそのブレーキをミスったと言う話も、満更嘘ではないのだろう。

「……その前提が、覆りそうな証拠が出て来たんや」

「アーン?」

 言ってイルは、荒垣に対して手を伸ばす。
意を得た荒垣が、懐から一冊のノートを取り出し、それをイルに手渡して来た。
臙脂色に近い赤色をしたハードカバーのノート。それを荒垣は、ポイッとソニックブームの方に放って来た。
これをキャッチしたソニックブームは、マジマジと表装を眺めてみる。タイトルの類はない。何を記したノートかを表す認(したた)めもない。
不思議に思いソニックブームがノートを開く。そして其処に書かれた内容を見て、ソニックブームも、清音も、眼を見開いた。

「……何処でこれを」

 問うたのは、清音の方だ。

「奴さんの家や」

「四六時中、マッポやデッカー共が張り込んでる上に、今も調査・鑑識の真っ最中じゃねぇか。アサシン、のクラスなら余裕って訳か?」

「手札を晒す程阿呆やないで」 

 イルのアサシンクラスとしての適性は、正直言って並である。気配遮断のクラスも、取り立てて高いと言う訳ではない。
だがイルは、極めて特殊かつ強力な宝具、と言うより能力を保有しており、この一点に於いて彼は凡百のアサシンを凌駕していると言っても過言ではない。
万物を無視して移動出来る特殊な方法で、遠坂邸の障害物をすり抜けて内部まで侵入した、と説明するだけなら容易いが、これは言うまでもなく切り札を暴露するに等しい。方法を言え、と言われて言う訳がないのは当たり前の事であった。

「……驚きましたね。まさか遠坂凛が、魔術師だったなんて……」

 改めて、清音はノートの内容に目を走らせる。
羊皮紙に似た色合いの紙には、聖杯戦争についての知識及び、これを乗り切り優勝する為の綿密なプランニングが記されていた。
しかも、記されている筆跡から考えるに、<新宿>での聖杯戦争が開催される以前に、このノートは作られたと見て間違いがない。
ノートに書かれた、聖杯戦争についての情報の細かさ。これは一般人ではとても到達しえないレベルのそれであり、即ちこれが意味する事とは一つ。
遠坂凛は、魔術の世界に通暁する住民であった、と言う事である。

「この、冬木・シティってのは何処だ?」

509The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:27:57 ID:ZOVyFBPI0
 ソニックブームが真っ先に思った疑問を口にする。
確かに、ノートの中には、<新宿>での聖杯戦争参加者が見れば誰でも解る程、馬鹿丁寧に聖杯及び聖杯戦争への情報が細かく記されている。
だが、その聖杯戦争の対象が、此処ではないのだ。ノートの中で、遠坂凛が想定していた聖杯戦争の舞台は、『冬木』と呼ばれる町でのもの。
実際ノートをペラっと捲ると解るが、明らかに<新宿>を示すものではない地図がスクラップとして張りつけられており、そのスクラップには、
この町の要点と呼べるだろう所がペンでマーキングされているのである。あの少女は、地の利すら真剣に考察する程、本気で聖杯戦争に取り組もうとしていたのである。

「さぁな。類似する町が、果たしてこの世界の日本にもあるのかどうか、俺にはよう解らん。が、一つの推論としては、遠坂凛は契約者の鍵で<新宿>に招かれなければ、その町で聖杯戦争を行っていた可能性が高いっちゅー事やな」

「元居た世界……と言う事ですか。その世界にも聖杯戦争があったとなると……」

「ま、このふざけた催し自体、異世界・並行世界単位でマクロ視した場合、結構普遍的なものかも知れんと言う事になるな」

「世も末ってのは、惑星単位じゃなくて、ユニヴァース単位でって事かよ」

「全くやな」

 聖杯戦争なんて馬鹿げたイベント、この世界だけに限ったものかと思っていえば、多元宇宙規模で見たらそう珍しい物でもなかったらしい。
まさか世も末、なる言葉が人間の住む地球単位でのものではなく、数多の異世界・並行世界を内在させた多元宇宙とか連立次元規模の時空を指し示すものだったとは。つくづく、宇宙には悲劇しか認められていないようであった。

「遠坂凛が魔術師であったと仮定するなら……あの虐殺自体、嬢ちゃんが仕組んだものの可能性がある……こう言う事だな? アサシン=サン」

「その、可能性がある、って程度やな。テレビで見せてた、遠坂のリアクション……あれは、ほんまもんやで」

 耳どころか、瞼の裏にすらタコが出来そうな程、区内でも区外でも、黒礼服のバーサーカーの事件は地上波やBSで放送されているが、
その模様を映した断片の動画を見るだけでも、敏い者が見れば解るのだ。黒礼服の狂行を目の当たりにする凛の表情は、どう見ても想定外の事態に出くわしたそれ。
あれがもし演技であったと言うのなら吃驚仰天も甚だしいが、その線は見た所かなり薄い。

「とま、遠坂について俺らが語れる状況は、こんなもんや」

 其処で、イルが襟を正す。

「自分、誰殺したん?」

「アーン?」

「この場で惚ける何て、大層な肝の持ち主やな。今更隠し立てする事もないやろ。お前、俺らと会う前に誰を殺ったんや?」

 部屋に香る死臭は、イルも生前は嗅いで来た物である。今更、この臭いの正体を見誤るような真似はしない。
重要なのは、荒垣達と接触する前に、ソニックブームが誰を殺したのか。これであった。
この事実が、最後の分水嶺である事をソニックブームも清音も同時に理解していた。誰を殺したのか、それ次第でイル達との交渉が決裂する。
別段交渉が破談したとて、このニンジャは何らの痛痒も感じない。使える手駒が一人減った程度、である。去った所で、どうぞ、と言うだけの話だ。
とは言え、荒垣らは既に、ソニックブームのアジトに招かれている。この場所を交渉材料に、何かしらゴネて来るのではないかと誰もが思うだろう。
荒垣達はソニックブームが今いる所が、自分達の拠点であると思っているようだが、しかし、其処からしてもう違うのである。
当の昔に清音が、ソニックブームの為に新しい拠点を、不動産屋を通して設定してくれているのだ。古い方の拠点を知った所で、全く脅しにもならない。
つまりこの状況、彼は荒垣らを逃した所で、全く痛くないのである。別段決裂しても問題ない。それに、決裂するとも、ソニックブームは思っていなかった。

510The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:28:19 ID:ZOVyFBPI0
「ついて来いよ」

 言ってソニックブームはソファから立ち上がり、目的の場所へと案内する。
案内すると言っても、イルは既に死体の置かれている場所を理解している。能力を使うまでもない。風呂場だった。
仮にイルも、死体をこの部屋の中の何処かに置けと言われたら、風呂場に置く。いざと言う時に水が使える事が大きい上に、風呂のグレードによっては室内換気も使えるからだ。置かない手はなかった。

 ユニットバス式らしい、件の死体は洗面台の方ではなく、浴槽の方に置かれていた。
それ自体は問題ではない。問題があるとしたら――

「……!! こいつは……」

 真っ先にそれに反応したのは、意外にも荒垣の方であった。見覚えがあったからである。
浴槽で、スーツの様なものを纏って人間を装ってはいるがしかし、明らかに人間ではないと確信させる異形の存在……。
全体的に人間としての形を留めていながら、身体中から針金のように太くて茶色い毛を生やし、拉げた頭から脳を露出させたその顔面から、
象の鼻めいた物をだらしなく弛緩させているその怪物。荒垣は今日の深夜に、これとは別の怪物と戦っていた。
恰幅の良さそうな女性が変身した、ギュウキと言う名の怪物(ミュータント)と、だ!!

「ほう、知ってるのか? ボウヤ」

「……誰が、どんな手段で、そして何の目的で、こんな怪物にNPCを変身させてるのかは知らねぇ。だが……一度交戦した事がある」

「成程な」

 と、スルーした素振りを見せたが、荒垣の言葉選びから、イル自身が怪物を倒したのではなく、『荒垣自身』が怪物を倒したないし退けたのだ、
と言う事をソニックブームは看破した。セリューらがこの化物と立ち回ったのを遠巻きに眺めたと言う経験から、
これらの怪物の強さの平均値が大体どれ位のものであるのか、ソニックブームは卓越したニンジャ洞察力で凡その当たりを付けていた。
少なくとも、NPCは楽々蹂躙・殺戮出来るだけの力を保有し、下手をすればサーヴァントですら不覚を取りかねない強さであると言うのが彼の意見だ。
そんな強さの存在を、マスターの身で倒したと言うのだ。例え倒して居なくとも、退けたり、逃げ果せただけでも大した物である。荒垣はどうやら、纏う雰囲気相当にただのパンクではなかったようである。

「実を言うと俺もボウヤと同じで、こんなミューテーションを起こさせた奴が誰なのか解らなくてな。で、どうだいボウヤ。こいつの情報なんか知ってるだろ? エエッ?」

 これが、ソニックブームが面倒を承知で、あの時怪物に変身しようとしていた警官の死体を古い方のアジトに運搬した理由であった。
サーヴァントを相手に戦えるだけの怪物が、この<新宿>に、人間に化けて跋扈していると言うのは、如何な歴戦のニンジャであるソニックブームとて、
楽観視出来た物ではない。しかも高い確率で、NPCを怪物に変身させているサーヴァントは、彼らを統率する気がないと来ている。
統率する気があるのだったら、尋問次第で口を滑らせ居場所を教えてしまいそうな怪物化NPCを<新宿>に放つ方がリスクが高いからである。
セリュー達と怪物のやり取りから察するに、この怪物はかなり恣意的に動く可能性が高い。それを考えると、<新宿>の聖杯戦争は相当危険な物へと様変わりする。
マスターやサーヴァントが危険な存在なのは、当たり前の事である。最大限の警戒をするのは前提とすら言っても過言じゃない。
だが、これらに加えてNPCにまで気を張れとなると、ニンジャの持久力と精神力を持つソニックブームでも相当な心労を覚悟せねばならない。
不必要なリスクは避けたい。況してモータルであるNPCにまで警戒しろと言うのは、ニンジャとしてのプライドが許さないのである。だから、情報が欲しい。
これらの怪物について、どう立ち回るべきなのか、と言う知恵が。怪物に変じるNPCの情報を、他の参加者から得る為。これが、ソニックブームが古い方のアジトに死体を置いて来た理由の全てであった。

「さっきも言ったが、俺だって詳しい事を知ってる訳じゃねぇぞ」

「んなもん承知してる。このカラクリを仕掛けた奴は、俺は本気で危険な奴だと認識してる。下手すりゃ、セリューや遠坂以上のお尋ね者になるぜ」

 少しでも情報が欲しい、と言うソニックブームの言葉は本心から出ている。
荒垣も最初の方は、疑惑の目線をこのニンジャに向けていたが、やがて、情報は共有しておいた方が良いと言う思いの方が勝ったか。
話すべき情報を吟味し終えた彼は、ゆっくりと口を開き始めた。

「倒したNPCが口にしてた言葉から考えると、こいつらは、人を喰う」

511The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:28:56 ID:ZOVyFBPI0
 それはソニックブームも理解していた。
怪物化するNPCが引き起こしていたミンチ殺人は、聖杯戦争が始まる以前から有名な事件で、その特異性と猟奇性は各種メディアで詳らかにされていた。
だがソニックブームは、実際に当該NPCが引き起こしていた殺しの様相を目の当たりにするまで、俄かに信じられずにいた。
人を喰らって殺すなど、まるで獣の所業ではないか。末法の世界ネオサイタマを跋扈するサイコパス染みたニンジャですら、もう少しまともな殺し方をすると言うのに、
末世末法と言う言葉を使う事すら躊躇われるこの<新宿>で頻発する殺人の方が、猟奇的であると言うのは余りにも恐ろしい話だった。
だが、セリュー達と怪物化するNPCが戦っていた場所に転がっていた、酸鼻を極る死体の様相から察するに、本当に彼らは人を喰らうらしい。
此処までの情報は、ソニックブームも理解している。続きはないのか、と言う目線を荒垣に送るソニックブーム。

「後はそうだな……俺がそいつと接した時には、そいつは明らかに正気を失ってた」

「インセイン、って奴か」

「少なくとも、話が通じる様な手合いじゃなかった。怪物にされた影響でそうなったのか、それとも怪物にされてから何らかの条件を踏んでああなったのかは解らねぇ。が、確かなのは、あれは『何らかの条件で人の目何て構いなしに暴走する』って所だ」

 荒垣が神楽坂で、ギュウキに変じたNPCと接触したその時には、もうあのNPCは正気とは真逆の精神状態であった。
思い出すだけで、胸糞が悪くなる。荒垣の下にやって来る前に、あの女性の身に何が起こったのか。
今となっては知る由もないが、知るだけ腹が立って来るだけなのだろう、と言うのは確実であった。

「聖杯戦争の目的を挫く事とは別に、俺は、NPCを化物にするこのサーヴァントが気に喰わねぇ。見つけ次第、潰す事も考えてる」

「俺も同意見だぜ、ボウヤ。なぁ? セイバー=サン。お前もそう思うだろ?」

 「えぇ、まぁ……」、と締まりのない返事をする清音。ソニックブームの言葉が余りにも白々しかったので、生返事になってしまったのだ。
義憤から、件の下手人を叩こうとする荒垣とは違い、この衝撃波のニンジャは、完全なる打算で動いていた。
NPCを、サーヴァント並の強さの怪物に昇華(ミューテーション)させる力を持ったサーヴァント。危険過ぎるにも程がある。
ソニックブームは、戦いを楽しむと言う事とは別の次元で、この件の犯人を見ていた。戦いを楽しむ事においても、聖杯を獲得すると言う目的においても。
そのサーヴァントは明白に危険である。だから、早々に抹殺重点せねばならない。荒垣とは違いソニックブームが、犯人を倒そうとする理由は、
何処までも恣意的で利己的なそれであるが、それでも荒垣とは利害の一致を見ている。

 この場にいる誰もが、ソニックブームが荒垣のように、正義感から荒垣に協力しようとしている訳ではない事を見抜いている。
あくまでも、当面の目的が一致しただけに過ぎない。だが、その目的の一部が噛み合った、と言う事実が重要である。
知らない相手と手を組む条件を意見の全面一致に設定してしまえば、この聖杯戦争、勝ち抜けるものも勝ち抜けなくなる。
折り合いや折衷点を見つけ、何処かで妥協し、同盟相手と言えど気を張る事が重要である。
気の抜けない相手だとは解っている。胡散臭いし、ワルの臭いがする相手だと言う事も承知している。その上で荒垣は――妥協と言う道を選んだ。

「交換出来る情報は、これが全てみたいだな」

 ふぅ、と一息つく荒垣。

「アサシン。手を組むぞ。異論はあるか?」

「ま、お前がそう言うんやったら、俺も異存はないわ。不透明な所のある主従なのは事実やが、同盟なんてそんなもんやろ」

 結局同盟など、当座の利益と利害が一致しているか、叩くべき共通の敵がいる時だけに機能する即席の絆に過ぎない。
その程度の関係で、互いが腹の内を全て曝け出す事は通常考え難い。腹に一物潜めさせている、と考えるのが自然だ。
況してソニックブームの主従など、本心は果たしてどうなのか、と言う事が全く分からない。いつか背中を刺される可能性だって、ゼロじゃない。
だが、それを恐れていたのではこの聖杯戦争を勝ち抜く可能性も低いと言うのも、また事実。此処は、ある程度のリスクを承知で、同盟を呑んだ方が、目的達成に近付く。荒垣もイルも、そう考えていたのだった。

512The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:29:12 ID:ZOVyFBPI0
「オオ、流石に話が解るなボウヤ。気に入らない奴でも、大人は笑顔を浮かべて握手しなけりゃならん事をその歳で理解したな!!」

 ソニックブームとしても、もっと愚鈍で体よく利用出来そうな主従と同盟を組みたかったが、馬鹿過ぎるのもそれはそれで困り者だ。
気の抜けない相手と言うのは、荒垣視点からだけでなく、ソニックブーム視点から見ても同じ事。
付き合い方には配慮せねばなるまいが、ある程度の道徳心と実力を保有している主従と組めると言う事は、いざと言う時に大きい。
ソニックブームらにとって最良の主従とは言い難いが、扱き下ろす程悪くはない。及第点の主従と手を組む事が出来たのだ、とソニックブームは考える事としたのであった。

「今後の指針は決まってんのか、スジモノの兄ちゃん」

「ソニックブームって名前があるんだからそう呼んで貰いたいね、アサシン=サン」

「それ名前ちゃうくて、コードネームの類やろ。ほんまにそんな名前何か? 衝撃波やぞその名前ん意味」

「ま、偽名なのは事実だ。ってか、そう簡単に本名を明かす訳にはいかねぇだろ」

 ソニックブームが口にした通り、この名前は真実のものではない。
ニンジャソウルが憑依する前、つまり彼が口にするところの『モータル』であった時代には、しっかりとした人間の本名があった。
ソウルに憑依され、魂に『この名を名乗れ』と告げられた時、彼はモータルとしての名前を捨て、カゼ・ニンジャ・クランの一人。
即ち、現在のソニックブームとしての我と個性を得たのである。ニンジャの世界では、本名での名乗りは余り使われない。
専ら、ソニックブームのようにニンジャネームでのやり取りが普通である。そんな社会で生きて来た物であるから、通称・俗称・通名が全く一般的ではない、
この世界の社会は中々ソニックブームにとっては奇妙だった。今でもうっかり、社会に溶け込む為のフマトニと言う名前を口にすべき場面で、ソニックブームと口を滑らせてしまう所があるくらいだった。

「ま、俺の名前については突っ込むな。んで、方針としちゃそうだな、生憎俺は寝てても情報が転がり込むような立場じゃないんでな。後は、言わなくても解るだろ?」

「……自分の足で動け、ってか」

「そう言う事だボウヤ」

 結局はこれに終止する。
先ずは、誰かと接触せねば始まらない。敵ならば倒す、話の解り易そうな者なら、利用しようとする。こうする事で、事態も動くであろう。

「元より俺もそうするつもりだ。話が纏まったら、とっとと此処を出るぞ。臭いが酷くてしょうがねぇ」

「オオ、そうだな。だがその前に、セイバー=サン」

「? 何です?」

「その死体はもう用済みだ。これ以上の情報は引き出せそうにねぇからな。頭と四肢を斬ってバラバラにして、何処かに埋めるぜ」

 その指示を聞いた瞬間、心底嫌そうな態度と空気を清音は発散し始める。
眉一つ動かさずこんな指示を下すソニックブームを見て、やっぱり根っこの所では大層な悪党なんだなと言う事を、清音は再認し、イルも荒垣も認識し始めたのであった。

513The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:29:26 ID:ZOVyFBPI0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 一・二世代前どころか、最早使っている人物はレッドリストに入っているのではないか、と言う程古いタイプのそれを使っている事もそうなのだが、
セリュー・ユビキタスは単純に、携帯電話と言うデバイスに上手く慣れていなかった。通話と言う機能を上手く扱えるようになったのは本当に此処最近の事で、
それ以外の機能などからっきし同然。こんな状態の女性が、いきなり現行のスマートフォンなど扱おうものなら、機能の洪水に呑まれて混乱してしまう事は想像に難くない。

 謎めいた美女のアサシンから貰った地図、その、要所となるような場所を赤丸で囲った所へと、セリューとそのバーサーカーであるサーヴァント・バッター。
そして、先程彼女らと同盟を結んだ番場真昼とシャドウラビリスは向かっていた。何故、その場所に彼女らが向かっているのか?
それは、現行のスマートフォンを持っていた番場が、セリューが女アサシンから受け取った地図に記されていた様々なチェックポイント。
其処で何が起っていたのか、SNSやニュースサイトを使って調べてくれたからである。
ある程度番場はセリューに代わって、地図のポイントを調べてくれたが、その結果は、半分近くが何もない所だった。調べても、これは、と言った情報なかった。
とは言え、怪しい動きを見せている主体が、超常の存在であるサーヴァントである。一般のNPC達では、そもそも怪しい何かすら認識出来なかった、と言う可能性もある。
あの女アサシンがこの地図をデタラメに作ったのか、と言う結論については、まだ一概には何とも言えない。
何故なら、チェックポイントの残りの半分は、本当に何かがあった所であったからだ。実際、その場所を赤丸で囲った所を調べてみると、明らかに不穏な動きがあった事が解るのだ。

 ――花園神社に放置された、黒灰色の不穏なローブ及び、大量の汚泥と穢れた塵。そして、これについての簡単なインタビューを受けている宮司の動画。
早稲田鶴巻町及び、<新宿>二丁目で勃発した大破壊。後者の方に至っては、サーヴァントと思しき者達が交戦している動画すら発見出来た。
自分達が知らない所で、サーヴァントの力を暴走させている者が沢山いる、と言うその事実。これにセリューは、義憤を憶えた。
自分達の手で、それは本当に正してやらねばならない。破壊を齎すサーヴァントは座と言う場所に送り返し、もしもマスターが、
サーヴァントの悪しき行動に加担するようなら、その時はマスターすら制裁しなければならない。やる事が、多すぎる。だが、挫けていられない。
何故なら今のセリューには、頼れる仲間が三人もいるのだ。これだけ揃っていれば、向かう所敵なし。どんな敵だって、浄化させられるに違いない!!

 今現在、四名が向かっている場所は、女アサシンの地図の要所の内、市ヶ谷の方面の一ポイントを、赤く囲った所。
その場所は、既に番場の手によって調べがついている。其処は嘗て、香砂会と呼ばれる規模の大きいヤクザの邸宅が建っていた場所である。
だが、今セリューらは、ヤクザ達を制裁する為にその場所に向かっているのではない。いや寧ろ、制裁を加えるべきヤクザはひょっとしたらもう、いないかも知れない。
結論から言う。その邸宅は今この世に存在しない。簡単だ、何者かの手によって、完膚なきまでに『破壊』されてしまっているからだ。
その破壊の様子、精確に言えば邸宅だった物の跡地を、セリューも番場も見たが、巨人が癇癪でも起こしたか、とでも言う程の有様だった。
辛うじて其処が、昔建物だったと言う名残がポツポツと散見出来る程度で、後は殆ど瓦礫と、大小さまざまな建材の破片のみ。
瓦礫の撤去にもかなりの時間を喰おう。無辜の市民に害を成して来たと言う悪因が応報されたのだろうか? それにしては、かなり荒っぽい審判ではあるが。

 セリューはその場所に、甚く興味を覚えた。
場所が比較的近かった、と言う事も確かにある。だがそれ以上に、よりにもよってヤクザの邸宅をこうした、と言う理由の方が気になった。

 ――もしかしたら……私達と同じで、正義第一に行動する人が!?――

514The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:29:54 ID:ZOVyFBPI0
 この女の残念な思考回路では、そう言った結論に行き着くのも、何らおかしい事ではない。
『戦闘の余波で結果的に壊れた可能性がある』とバッターは至極冷静に――頼もしい!!――指摘していたが、それとは別に、
その邸宅周辺がきな臭いと言う事実には変わりない。其処が最早祭りの後に過ぎなくとも、見て置く価値はゼロではない。
だから彼女らは向かっていた。香砂会の邸宅跡に。そして、期待していた。其処で出会えるであろう、同じ正義の徒の存在に――。

 Prrrr、と、携帯のアラームが鳴り響く。
番場のものではない。それは、セリューが胸ポケットに潜ませている、化石同然の古さの携帯電話であった。
香砂会までもうすぐなのに、と思いながら、携帯電話を手に取り、誰からのTELなのか確認し、「あっ」と声を上げた。

「『親切な人』からだ!!」

「え、し、親切な人……って?」

 当惑する番場の瞳に、セリューの旧型の携帯電話の画面が映る。
電話帳にも、本当にそんな名前で登録しているらしい。掛けている相手の名前はそのままズバリ、『親切な人』。
これは幾らなんでも常識がない登録ではないのかと思わないでもない番場だったが、こんな名前なのには事情がある。
何故ならセリューは、この電話先の相手の名前を知らないのだ。向こうは、何故か自分の名前を知っているのに、彼は、一度として己の名を告げた事がない。
それに対してセリューは驚くべき事に、不信感を抱いた事が一度としてなかった。声自信から感じる事が出来る絶対的な安心感もそうである。
だが、今までセリューやバッターが効率よく、ヤクザの拠点やマンションを制圧・浄化出来たのは、この善意の情報提供者である電話先の男がいたからだ。
果たして何の見返りも求めず、有益な情報を与えてくれる人間を、悪と言えるだろうか。セリューの頭の中の辞書において、それを悪と定義する事は出来ない。該当する単語はただ一つ。『善人』だった。

【……あの足長おじさん、か】

 と、バッターが念話で伝えたのと同時に、セリューはその電話に出た。笑顔であった。

「お久しぶりです、おじさん!!」

 実に、元気のよい声であった。

「はは、相変わらず元気だね。セリューさん。どうだい、その後の調子は」

「……そ、それは……」

 言い淀むセリュー。
何事もなければ、「バッチリです!!」とか、「絶好調!!」と元気よく返していたのだが、今はそんな状態でもない。
星渡りの災厄、狂乱と騒乱の怪人、ベルク・カッツェとの死闘で、魔力をある程度消費してしまったのだ。それに、あの弩級の悪をみすみす逃がしてもしまった。
決して、順風満帆な滑り出しとは言えなかった。何て言ったら良いのか、言葉を選ぶセリューを思ってか。電話先の男は、優しい声音でこう言った。

「そうか、君も結構苦労しているみたいだね。セリューさん」

「そ、そんな事ないです。私、まだ頑張れます!!」

「セリューさん。優れた戦士と言うのはね、終わるとも知れぬ、休ませてもくれぬ戦いの中で、自分の身体を癒す時間を探せる者でもある。時に君は、己の身体に癒しの時間を与える事も、大切だと私は思うな」

 そう言えばあの時、あの女アサシンは、自分の髪にそっと触れ、痛んでいると言っていた。
思えば、女性らしい身嗜みなど、整えた事なんてなかったなとセリューは回想する。
父親が殺されたあの日から、ただ悪を憎み、その為だけの力を培う日々。女性らしさなど二の次だった。
煌びやかな衣服を身に纏い、高そうな宝石のはめ込まれた装飾品を自慢げに見せつける女性に、憧れを抱いた事もとんとなかった。
休息とか癒しと言うのは、そう言った時間の事を言うのだろうか? 仕事や任務から一時離れ、自分の知らなかった世界を探検してみる。それこそが、癒し、なのであろうか?

515The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:30:12 ID:ZOVyFBPI0
「だけど――私、今は休まず頑張ります」

「ほう、何故だい?」

「だって、私があと少し、歯を食いしばって耐えたなら、『みんなが幸せになれる世界』がやって来るんです。私、もう少し頑張って頑張って、そのもう少しを、何回でも繰り返します」

「……そうか。皆が幸せになれる世界、か」

 その言葉は、電話先の男に幾許の感慨を抱かせるに足る言葉だったらしい。
彼は、セリューが本心から口にしたその言葉を、彼は舌の上で転がし、やがて数秒後程経過して、口を開いた。

「天使や神ですら成し遂げられなかった、全人類の幸福を、最初に達成した者達が君らであったのなら、さぞや、それは面白いのだろうね」

「おじさん……解ってくれたんですか?」

「人の本気の夢と理想を、私は嘲笑わない。出来得るものなら、私はいつだってその夢と理想を叶えて欲しいと思っている」

「おじさん……!!」

「だが――」

 其処で、電話先の男は言葉を区切った。穏やかな声音に、鉄が混じり始めた。

「私はそう思っていても、他の者はそうとは思わないだろうね」

「? あの、何を言って……」

「セリューさん。夢と理想を掴もうとする者には、往々にして障害と言う物が立ちはだかる。人はこれを、試練とかテストとか言う言葉で誤魔化すものだが、本質は障害だ。そしてこれらは、回避する術はない。ぶつかって、乗り越えなくてはならない」

「試練……って?」

「君の理想を、挫こうとする者。この世界における、君の不幸の源泉。彼らは、君の夢と理想の成就を妨げる為に、『死』と言う解りやすい贈り物を届けようとしてくる」

「貸せ、セリュー」

 今セリューらのいる所が偶然、人のいない住宅街であった事が幸いした。
これ幸いと実体化を始めたバッターが、セリューの持つ携帯をひったくり、それを顔まで持って行く。電話の内容は、全て耳にしていた。今を以って確信した。この電話先の相手は、聖杯戦争の関係者である蓋然性が高い。

「貴様、何者だ。俺達の事を余りにも知り過ぎているが、聖杯戦争の参加者か?」

「それは、君が思う程に重要な情報なのかな?」

「惚けるな。質問された事のみに答えろ」

「答えたいのは山々なのだが……君の疑問に全て答えていたら、君が消滅してしまうよ。バーサーカーくん」

「何を言っている」

「言った筈だ。その試練は、君達に『死』を与えんとする者であると。悠長に構えていると――」

 其処まで電話先の男が口にした次の瞬間だった。
直径にして六〇〇m以上の規模がある、バッターの極めて優れた霊的存在の知覚能力が、この場に現れたサーヴァントを感知。
αの名を冠する光輪を顕現させ、それをセリューの方に配置。――刹那、凄まじい熱量を秘めた白色の熱線が、アルファのリングを灼いた。
概念的性質を貫通する属性を有していなかった為、アルファはその熱線においても殆どノーダメージであったが、これがもし、
アルファの配置が遅れていたら、セリューはその熱線に脳髄を貫かれ、即死していた事は想像に難くない。
事態の不穏さを漸く認知し始めたセリューが、「ば、バッターさん!?」と叫ぶ。遅れて番場も、警戒の耐性に入ったらしい。
彼女の怯えを察知したかのように、イプシロンを霊基に固着させた影響で知力と実力の双方が向上されたシャドウラビリスが実体化。大斧を構えだした。

「言葉はいらなそうだね。では、健闘を祈る。そして、『神』を殴り殺した者が、『神』を斬り殺した者を倒せる事を、期待しているよ」

 其処で電話が切れ、バッターはセリューの方に携帯を放った。
バッターの白一色の瞳が、三十m先のマンションの屋上、その給水塔の上に直立し、不可思議な銃を構えている男の姿を捉えた。
近未来的なデザインの装いで身体を覆い、その背に大きな太刀を背負ったその男の名は、アレフ。
バッターが本来呼ばれるべきであった、救世主(セイヴァー)のクラスでこの<新宿>の地に呼ばれた、神を殺した事でメシアに至った男なのだった。

516The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/01/17(水) 22:30:27 ID:ZOVyFBPI0
前半の投下を終了します

517名無しさん:2018/01/18(木) 06:32:24 ID:HUtH1tRY0
投下乙

足長おじさん……一体何者なんだ

518名無しさん:2018/01/18(木) 17:37:54 ID:BQpcg9420
前半投下乙です

ソニックブーム達による考察。けどすいません、セリューお姉さん達って思ってる以上にキチってるんすよ
そんなセリューさん達もアレフ&キタローと戦闘か。主従揃って強敵だがどうなるか

519The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:34:36 ID:.tmaFwNE0
投下します

520The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:35:14 ID:.tmaFwNE0

 何事もなく、聖杯戦争一日目の内、半分の時間である十二時間を、有里湊と、彼が従えるセイヴァーはやり過ごした。
厳密に言えば障害と言うべき存在とは、今朝花園神社で戦いこそしたが、アレフはこれを何の苦もなく倒してしまった。全く以って、何事もなくの範疇である。

 区立<新宿>高校二年生、それが湊に課せられたロールである。
特に、何か特別な感情を抱いた訳ではない。<新宿>の高校なのだから、まぁ、其処に通うと言うロールも妥当だな、と言うぐらいである。
月光館学園の時と年次は同じだし、何よりも元の世界と同じ高校生としての身分である。ただ、通う学校と環境が変わっただけ、程度にしか湊は認識していない。
外見通りの、冷静沈着で、そして何処か冷めた男であった。

 偽りの世界で偽りのロールに身を委ねている内に、<新宿>高校はいつの間にか期末テストを終え、夏季休校に入ると言う段階に突入していた。 
待ちに待った夏休みに浮かれながらも、<新宿>を取り巻く不穏な気に怯えた風の同級生達と共に、怠い事この上ない終業式を終え、
通知表を担任から貰い、その成績に一喜一憂する生徒達を見ながら、本日の学校での日常の風景は終わった。

 今年の夏に湊が体験した風景を、リアレンジさせて焼き直させたようであった。
元の世界では、順平が成績の余りの悪さに頭を抱え、その様子をゆかりが呆れた様子で眺め、風花が「勉強一緒につきあおうか?」と順平にフォローしていたか。
懐かしい、と湊は思った。半年にも満たない程最近の記憶であると言うのに、今ではすっかり、十年も昔の記憶の様な雰囲気すらあった。
ニュクスの件が、関わっているのだろうなと湊は考える。十一月から十二月までは、目まぐるしく時間が過ぎて行ったと言うのに、その密度が信じられない程濃かった。
百年もの歳月を、一月のスパンに圧縮して体験させたような、そんな感覚。苦楽が同居するS.E.E.Sとの思い出が、絶対の死によってなかった事にされる。
いや、過去がなくなるだけじゃない。未来すらも、このままでは果てて失せるのだ。それだけは、防がねばならない。
その事を、湊は今日の学校で再認した。これだけで、学校に来る意味があったのだ。来てよかった。
そう思いながら湊は教室を出、スマートフォンの電源を入れ、情報の収集を行う。

【うーん、状況が動くのが早い】

 と、霊体化したアレフが、湊の操作するスマートフォンの画面を見てそう口にする。
アレフの意見に、湊は同調する。自分達が学校で過ごしている間に、<新宿>では、聖杯戦争から来る諸々の大事件が起こっていたようである。
正味の話、起こった事件をつらつらと上げて行くと、キリがない程その数は多く、その事件の規模も馬鹿にならない。
この学校が、聖杯戦争参加者達のトラブルによる塵埃に巻き込まれなかったのは、最早奇跡の領域であろう。

 そしてこれだけの事件が、ものの半日の間に頻発しているのである。
マシンガン並の立て続けさだ。これでは<新宿>高校どころか、聖杯戦争の舞台である<新宿>自体が崩壊しかねないではないか。
いよいよ以て、本格的に自分達も動いた方が良いんじゃないか、と湊は考え出す。

【動く事は慣れてる。ある程度酷使しても、俺は構わないよ】

 今朝戦ったナムリスなる存在とは違い、正真正銘本物のサーヴァントとの戦いは、アレフに大きな圧を掛けてしまうだろう。
それを慮る湊の心情を見抜いたか、救世主のクラスで呼ばれたサーヴァントは、直に自分の事は気にするなとフォローを入れに来た。

【うーん、頼もしい言葉ではあるけど、大丈夫なの?】

【人より連戦に対する耐性はあるつもりだよ。疲れにくさも、まぁそれなりだ】

 そう口にする当人は、朝も昼も夜もなく、あらゆる方向――それこそ空から海から地中から。
時に銃弾よりも数倍速く動く妖鳥や天使、時に岩盤すら問題にならない程の潜航力を持つ邪龍達、時に弾丸すら跳ね返す皮膚を持った屈強な鬼や邪神など。
『怪物』と言う言葉を聞いて人類が想起出来得る限りのあらゆる悪魔が襲い掛かってくる環境で、殺される事なく生き抜いてきた男である。
そんな男のタフネスがそれなりでは、果たして、どの英霊がタフガイであると言うのか。

521The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:35:27 ID:.tmaFwNE0
【方針としては、まぁ僕らの場合、聖杯の破壊が最終目的だからね。僕らと同じ志の人達とは手を組んで、そうじゃない相手とは、戦うって感じで行こうと思ってるんだけど。どう? セイヴァー】

【悪くはないと言うか、それしかないだろうね。それに、俺の得意分野だ】

 自分と波長の合いそうな者を此方に引きずり込み、そうじゃない相手は撃ち殺し、斬り殺す。アレフも散々、悪魔相手にやって来た手段である。
交渉が決裂したと見るや、不意打ちと騙し討ちを行い、相手が動くよりも速く斬り殺した数など、百を容易く超えている。
それを悪魔相手じゃなく、サーヴァント相手にやる。それだけだとアレフは考えている。上手くいくかどうかは分からないが、流れでやるしかないだろう。

【前々から思ってたけど、僕の知ってる救世主像とセイヴァーの実際のイメージ全然かけ離れてる気がするんだけど】

【俺自身、自分が救世主ってクラスで呼ばれるとは思ってなかった程、実際救世主としての自覚は薄いよ。もっと相応しいクラスとかあると思うんだけどなぁ】

 と言った念話を続ける内に、校庭まで出る事になった湊達。
<新宿>と言う都心の真っ只中にある学校なだけあって、校庭の広さは随分と狭い。郊外にある学校の半分、下手したら1/3程度の面積しかない。
此処でドンパチが起こったらさぞや大変だろうなと、湊は冷静に、この学校が戦場になったら? と言う想定をシミュレートしていた。

【マスターとしては、何処か見て置きたい所とかある? 戦いが起きた場所を今更見る、ってのは後の祭りと思うかも知れないだろうけど、重要なヒントが隠されてる可能性だってあるものだぜ】

【そうだなぁ……】

 スマートフォンを見て、<新宿>で起こった聖杯戦争絡みと思しき事件のタブを全部展開させ、吟味する湊。

【この、香砂会って所が気になるな。此処から割と近いし、破壊の規模も目に見えて酷いから、ちょっと興味がある】

【OK。それじゃ向かうかい?】

【その前に、ご飯食べてからで良い? 今の内に食べておかないとね】

【解った】

 そう言う事になり、湊は、腹の虫に素直に従って、歌舞伎町の繁華街の方へと向かって行ったのであった。

522The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:35:40 ID:.tmaFwNE0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ラーメン・はがくれで、スープ濃い目麺固め油少な目で設定した、家系ラーメン大盛りとライスを平らげた後に、湊は自転車を漕いで目的地へと向かっていた。
カロリーは十分、食欲もバッチリ満たされた。これで今日一日、最悪食事がとれない状況に陥ってしまったとしても、明日の午後までは気合と根性で持ち堪えられる。
簡単な食い溜めを終えた湊は一直線に目的地へ……と言う訳ではなく、その前に、先ずは人目のつかない所へと移動し、学生鞄から契約者の鍵を取り出していた。
何故、こんな行動を取ったのかと言えば簡単な事。はがくれの券売機で食券を購入しようと、鞄から財布を取り出そうとした際に、鍵が光っている事に気付いたのだ。
伝達事項があるのだ、と言う事に気付いた湊は、はがくれで情報を見る事をよしとせず、食後、隠れてその内容を確認しようとアレフと決めたのだ。

 そうして現在湊達は、香砂会の邸宅から比較的近い位置にある裏通りで、契約者の鍵がホログラムとして投影する情報に、サッと目を通し終えた。
情報自体は、それ程難解な物ではない。葬れば令呪が獲得出来る、討伐対象が新しく一人増えた、と言うだけである。此処までは誰にでも理解出来る。
理解出来ないのは、何故聖杯戦争も序盤甚だしい局面で、ルーラー相手に反旗を翻すような真似をしたのか、と言う事。
聖杯戦争を台無しにすると言う方針で動こうとする湊やアレフにとって、目下最大の敵とは、聖杯戦争を運営していると思われるルーラーサイドである。
やがては彼らとも矛を交える可能性が高い。だからこそ、この主従はある程度仲間を増やしておきたいのである。
今はまだ、ルーラー達と事を構える時機ではない。それなのに何故、このザ・ヒーロー――その名前を聞いてアレフは微かに驚きの感情を見せていた――と、
バーサーカーのサーヴァント、クリストファー・ヴァルゼライドはルーラーに喧嘩を売ったのか?

 彼らが、自分達と同じで聖杯戦争を頓挫させる為に動いている主従、だとは湊もアレフも思っていなかった。
仮にそうだったとしても、あの主従と手を組んで行動する事は、不可能に近いと言う意見の一致も見ている。
当たり前だ。もうすでに討伐対象となっていると言う事実も然る事ながら、市街地に放射線を内包した宝具を放つばかりか、甚大な大破壊を齎す連中なのである。
見ないでも解る。かなり悪い方向に精神が振りきれた主従である事が。勿論此処までの話は憶測にすぎないが、どっちにしても彼らと組めない。リスクが高すぎるからだ。
【倒せば令呪を得られる主従、位の認識で行くべきだ】とアレフは口にしていた。その通りだと湊も思う。この主従は、『自分達は地雷である』と言うタスキをかけて外面にアピールしているような物である。流石に、そんな信号を纏う存在達とは、如何に湊と言っても仲よくは出来ない。

【ところで、さ。セイヴァー】

【うん?】

【さっき、このザ・ヒーローって人の情報を見た時、驚いた様な感じがしたんだけど……何で?】

【あー……それか】

 流石によく人を見てるな、とアレフは湊の事を感心しながら、その理由を説明する。

【何から何まで似てるんだよなぁ。昔、俺の世界で活躍したって言う、伝説のチャンピオンにさ】

【伝説の、チャンピオン?】

【俺が生まれた時には既に過去の人だったからな。その活躍は資料でしか確認出来ない。だけど、凄い人だったと聞くよ。自分の力で世界の平和を勝ち取った、本当の英雄だったとも聞いてる】

 思い出すのは、アレフではなくホークとして活躍していた時期の記憶。
ヴァルハラのコロシアムに飾られていた、歴代のチャンピオンの石像である。アレフと同じでデビルサマナーとしての側面を持ち、なおかつ、
その召喚者である当人自体も、信じられない程強かったと聞いている。その石像と、ホログラムとして投影されたザ・ヒーローなる人物の姿が、
寸分の狂いもない程同じであったのだ。アレフとしては正に、伝説の人物を目の当たりにした様な感覚だ。だからこそ、驚いていた。

523The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:36:03 ID:.tmaFwNE0

【サーヴァントには時間軸と言う概念がない。今の時間軸から昔、既に過去の存在が呼び出される事もあれば、未来の英霊が呼び寄せられる事もあると聞く。だが……今回の聖杯戦争に関して言えば、その法則は、マスターの側にも適用されるのかもな】

【つまり、凄い昔の人や未来の人間が、現代に即した知識を叩き込まれた上で、マスターになるかも知れない、って事?】

【そう言う事だ。何れにせよ、ヴァルゼライドと言うサーヴァントのマスターが、俺の知るザ・ヒーローであるのならば、警戒しておくべきだ。少なくとも、無力な人間ではあり得ない。接敵したら、心して掛かるんだ】

【解った】

 救世主と呼ぶには疑問が残る言動と行動を見せるアレフではあるが、正しい判断を下せる、と言う意味では湊は全幅の信頼を寄せている。
アレフの的確なアドバイスを理解した湊は、再び自転車を漕ぎ、香砂会の方へと移動を始めた。
時刻は既に午後1時10分を回っていた。諸々の用事を片付ける内に、もうこんな時間だ。速く見る物を見ねば、と湊は急いで自転車を走らせる。

 もう距離的に香砂会とそんな差はない、と言う所に来て、湊はブレーキを掛ける。
人が、多すぎる。想定出来た事柄ではあったが、実際のそれは想像以上だ。この炎天下の中であると言うのに、何たる野次馬の数か。
到底、香砂会の惨状を見ると言う話ではない。人混みをかき分けて、最前列まで行くのも苦労する、と言うレベルでNPCが集まっているのだ。
今湊達がいる距離からでは、全く以って話にならない。人間の背中と後頭部しか見えないからだ。どうしたものかな、とアレフに相談する湊。

【高い所から眺めるのが良いと思うよ。流石に、見れる位置にまで行けるまで待つって言うのは面倒だ】

【やっぱそうなるか。何処か良さそうな場所あるかな】

【あれ何かいいんじゃないか? いい感じの立地と高さだ】

 アレフが意識を向けている方向に湊が顔を向けると、成程。
手頃な高度と立ち位置のマンションがあるではないか。香砂会の展望を眺めるには打って付けの場所である。
そして、攻撃を叩き込むにも実に適した立地の場所でもある。過去にあのマンションの屋上から、誰かが飛び道具で他サーヴァントに攻撃を叩き込んだ、と言われても、何もおかしな所はあるまい。

【解った。其処まで行こうか、セイヴァー】

【よし】

 言って湊は自転車を漕ぎ、目当てのマンションの方まで移動。
惨劇の起こった場へと向かう、或いは、其処から帰って行くNPC達を避けて移動する事数分程。
高台替わりのマンションに着いた湊。自分もあの高さから香砂会の邸宅だった所を見てみたかったが、今この通りは人の通りがそれなりにある。事件のせいだった。
非常階段経由から登ろうにも、人の目に触れる可能性が高い。湊はアレフに霊体化させたままマンションの屋上まで登ってくれと指示を出す。
それを受けたアレフは、二秒程で其処に到着。遥かな高みから、その惨劇の度合いの程を確認する。

【どうかな、セイヴァー】

【酷いザマだね。およそ、建物としての体裁を全く成していない】

 率直なアレフの言葉。だが、そうとしか言いようがない。
まるで、巨人の手を上から思いっきり振り降ろしてプレスして見せたように、あらゆるものが砕かれ尽くされていた。
壁も屋根も、柱も基礎部分も。全てが、元の形を留めていない。其処は元は建物であった、と言う注釈がなければ誰もが、香砂会の後を、
産業廃棄物の処理場か粗大ごみの打ち捨て場か何かかと勘違いしてしまうだろう。それ程までに、酷い様子なのだ。

524The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:36:20 ID:.tmaFwNE0
 さぞや、派手に暴れたのだろうなとアレフは思う。
誰がどんな戦いを繰り広げたのか、あれでも推察の使用もないが、NPCの目に着く事をも覚悟の大立ち回りを繰り広げた、と言う事は確実だ。
此処で戦ったサーヴァントやマスターとは、手を組む事は出来ないかもな、と考えるアレフ。湊やアレフの方針は、聖杯戦争の参加者の殆どにとって受け入れがたい物だ。
下手をすれば、討伐令の発布された主従よりも危険と見做される可能性が高いし、最悪、運営から目を付けられて何もしていないのに討伐令が下される、
と言う事態だって往々にして起こり得る。それを考えた場合、悪目立ちすると言う事は極力避けたいのだ。勿論それは、手を組む相手にも求める。
それ故に、あのような戦いぶりをする主従とは組めない。こんな序盤も甚だしい局面で、此処まで馬鹿みたく目立つ戦い方を選択する者達なのだ。
アレフらの求める主従とは言い難い。端から手を組む事は、視野に入れない方が良いと考えるのも、当たり前の事の運びであった。

【誰がどんな感じで戦ったのか、って言う事までは、俺には解りそうにないかな】

【無駄足?】

【そんな事はない。サーヴァントと出会った時に、それとなくあの邸宅での件の事を話すのさ。それで、この事件に関わってたと解れば、縁がなかったって事で斬り捨てると】

【うーんこの畜生】

【酷い言いぐさだなぁ】

 と言うズレた会話を繰り広げていた、そんな時だった。
念話を通じて伝わるアレフの気配が、途端に、剣呑なそれへと変わる。
ナムリスと名乗る存在と戦った時も、同じような空気を醸してはいたが、今回のそれは、別格。
敵意と言うよりは最早殺意とも呼称するべき濃度の覇気を静かに放出しているアレフに、湊は怪訝そうな表情を浮かべる。

【どうしたの?】

【セリュー・ユビキタスと、それに従うバーサーカーのサーヴァントを見つけた】

 カッ、と目を見開かせる湊。予想だにしない展開だった。瓢箪から駒と言うべきなのか、或いは……。

【確かなのか?】

【間違いない。此処から三〜四十m位離れた所で、セリューの傍で実体化を始めたバーサーカーを見た】

 アレフがセリューらを見つけたのは、全くの偶然だった。
香砂会の邸宅跡から目線を外した、その場所に。セリューの主従及び、彼女に誑かされたか騙されているのか、と思しき少女の姿を視認したのである。
契約者の鍵から投影された姿の段階で、恐ろしくそのバーサーカーの姿は特徴的だったのだ。ワニの頭に、野球のユニフォーム。よもや見間違える事など、あり得ない話であった。

【マスター。君としてはどうしたい? このまま無視するか、それともコンタクトを取るか。君の判断に従おう】

【……僕は、少なくとも。あの主従と手を組む、と言う事は出来ないと思ってる】

【それで?】

【何れルーラーと戦う事は避けられないけど、今はルーラーに従っている、と言う意思表示を行うって意味でも、そのバーサーカーを倒しておいた方が良いと考えてる。それに、令呪も貰えるみたいだしね。セイヴァー。バーサーカーを倒して欲しい】

【解った】

 そう言ってアレフは、位置調整の為給水塔の上まで軽く跳躍。
懐からブラスターガンを取り出し、照準をバーサーカー……ではなく、『セリュー・ユビキタス』の方へと向け、光速の弾体を射出させる。

525The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:36:34 ID:.tmaFwNE0
 湊が、セリューではなくバーサーカーのみを殺してくれ、と暗に言っていた事には勿論アレフも気付いていた。
気付いていた上で、セリューを撃った。サーヴァントよりも、マスターの方が遥かに殺しやすい、と言う当たり前の理屈からである。
それに湊は、バーサーカーを倒せとは言ったが、『セリュー・ユビキタスを殺すな』とは言ってなかった。そんな下らない揚げ足取りで、アレフはセリューを狙った。
地獄のような世界を生き抜いてきたアレフにとって、悪魔を殺す事は勿論、眉一つ動かさず、一切の感慨も抱く事なく。人間を斬る事なんて、簡単な話。
そうでなければ自分が殺られる世界にアレフはいたのだ。向こうは動機がどうあれ、百を超えるNPCを殺す危険人物なのだ。
百人、である。一人二人ならうっかりしてなどと言った言い訳も利こうが、この人数は、気の迷いでしたと言う弁明が最早一切通用しない数値だ。
確かな意思の下で殺して回った、と見られて然るべき数をセリュー達は殺したのだ。話の通じない蓋然性が高いと、アレフは判断。
だから、セリューを殺しに掛かった。マスターを殺せばサーヴァントも死ぬ。況して相手はバーサーカー、単独行動スキルも持たない。魔力の供給源であるマスターを断てば、その時点でジ・エンドと言う訳だ。

 ――アレフの誤算は、バーサーカーのサーヴァント、バッターは彼の存在に気付いていたと言う事。 
高ランクの気配察知に似たスキルを有しているらしく、アレフの霊的気配を察知したバッターは、光速のレーザーが射出されるよりも『早く』、
アドオン球体をレーザーの軌道上に配置する事で、光の速度で迫る熱線からセリューを救って見せた。

「やるな」

 そう口にしたアレフの表情は、冷静そのもの。防いだ、と言う事実を淡々と受け止め、この上で次をどう動くか。
そんな事を思案しているような、平素の表情そのもの。光速を防いだ程度では、この救世主の心には波風一つ立たせる事は出来ないようであった。

 タッ、とアレフは給水塔を蹴り、空中に身を投げた――その、刹那。
アレフが先程まで経っていた給水塔が一瞬だけ、元の形の半分近くまで圧縮されたと見るや、一気に急膨張。
給水塔を構成するプラスチック及び、その内部の水が放射状に飛散、粉々に爆散した。バッターが何かしらの手段で攻撃に打って出たらしい。喰らっていれば、一溜りもなかっただろう。

【マスター。なるべく俺から距離を離さないようにしつつ、あの主従からは見えないような位置に常にいるよう心がけてくれ。そして、なるべくマスターだと気取られないような立ち居振る舞いも徹底しろ】

【解った】

 セイヴァーのかなり難しいリクエストに、湊は無理だと零さなかった。
出来る自信があるからなのか、それとも無理だと解っていてもやらねばならないからなのか。

 アレフが空中を舞っている、そのタイミングで、彼の回りの空間が、奇妙に歪み出す。
アレフの周囲の空間が、彼を中心としてギュッと圧縮され始めているのだ。先程バッターが行った、不可思議な現象をであろう。
これをアレフは、将門の刀を音の速度に容易く数倍する速度で鞘から一閃、空間の歪み自体を叩き斬り、瞬時に次に起こるであろう放射状の爆散現象を無効化させてしまう。
アレフの視界に、バッターの驚きのリアクションが映る。その瞬間を縫って、アレフは左手に握ったブラスターガンで、バッターに七発、セリュー自身に九発、
熱線を射出させた。これをアレフは、半秒でやってのけた。恐ろしいまでに早撃ちと連射スピードであった。
身体の何処かを撃ち抜かれれば大ダメージは免れない光速の弾体。しかしそれは、蛇が蜷局を巻くが如くに、セリューとバッターを覆うみたいに展開された、
白く輝く鎖のように長大な何かに阻まれてしまった。熱線は、鎖に当たって砕け散った。一本たりとも、二名の身体を貫く事はなかったのである。

 スタッ、と。アレフはアスファルトの地面の上に羽のように着地。
周囲に人は誰もいない。いなくて当たり前だ。いない場所に向かって、マンションの屋上から身を投げたのだから。
アレフは、バッターが二度も行った不思議な現象を回避し、彼らを殺すだけの迎撃を行いながら、空中で具に観察していた。
どのルートをどう行けば、バッター達の下へと最短ルートで、そしてNPC達の目に触れる事無く辿り着けるのか。そしてそのルートを、アレフは見抜いた。
脳内で弾き出した、最短かつ最良のルート目掛けて、アレフは地を蹴って駆けだす。

526The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:36:49 ID:.tmaFwNE0
 至極シンプルな動作一つで、時速二百㎞の加速を得たアレフは、それだけのスピードで移動しながら、入り組んだ住宅街の通りなど物ともしていない。
急な曲り道、細い路地。これらを移動するのに、減速一つしない所か、一歩踏み出すごとに徐々に加速を経させていると言う程であった。
地上からバッターの姿を視認出来るまでの間合いに移動するまでに要した時間、僅か一秒半。そして、バッターまでの距離、十m。
これを切った瞬間、アレフは移動スピードを更に跳ね上げさせる。時速四九八㎞の速度を右足の踏込だけで得たアレフは、バッターの方まで一瞬で肉薄。
将門の刀で、このワニの頭の怪物を斬り捨てようと、下段から振り上げるが、これをバッターは、手にしたバットで迎撃、防御する。
響き渡る金属音の、何たる凄まじい大きさか。だがそれよりも何よりも刀とバットの衝突の際に発生する、衝撃波だ。
これを受けて、周囲にいたセリューと真昼が、木の葉のように吹っ飛んで行き、建物の外壁に背中から衝突してしまった。

「うぐっ……!!」

「あうっ!!」

 流石に、元居た世界では帝都警備隊に所属し、オーガの鍛錬をこなしていただけはある。
セリューは咄嗟に受け身を取り、背中を強く打つ程度で済んだが、真昼の方はそうも行かなかった。
受け身も何も取れず、後頭部をしたたかに打ち付けた真昼は、掻き混ぜられたように視界の混濁が起こり始め、よろよろとへたり込んでしまう。
立とうにも、視界のグラつきが酷過ぎて呂律が回らないのだ。酒を一気に何リットルも呷った後のように、真昼は立てずにいる。立とうと言う意思を、肉体と脳が超越してしまっているのである。

「ば、番場、さん……!!」

 セリューにしたって、受け身こそ何とか取れたが、ダメージが無いわけではない。
背骨がイッたと認識してしまう程背中が痛いし、呼吸も恐ろしく苦しい。今もセリューは、過呼吸気味に、バッターとアレフの様相と真昼の様子を交互に、忙しなく眺めるしか出来ない程であった。

「貴様……」

 威圧的な語気を伴わせ、バッターはアレフの事を睨みつける。
心臓を締め付けて来るような、バッターの濃密な殺意に当てられても、アレフの心には波風一つ立たない。殺意など、元居た世界で飽きる程放射されて来た。いなし方など、遥か昔に心得ていた。

「怒る程の事じゃないだろ、自分達のやった事をやられてるだけだぞ」

 殺しに殺して百数十と余名。それだけ殺していれば、因果は廻り廻るもの。
それが、今まさにこの瞬間の事だけだ、とでも言うような事を、一の後には二が続くレベルに自明の理を語るような当然さで口にした。

「バッター……さ……ん!! がん、ばって!!」

 苦しげにセリューが口にする。その言葉に応えるが如く、バットに込める力を増させて行くバッター。
それに対抗するように、アレフがバッターが込めた以上の力を刀に込め、押し返そうとする。ググッ、と言うオノマトペが聞こえてきそうだった。
そして、誰の目から見ても明白な光景だろう。余裕綽々に競り合いをしているアレフに対して、バッターの方は、この力比べに全くゆとりがないのだ。

 ――力が、入り難い……!!――

 バッターの内心を、驚愕の念が支配して行く。
アレフがこの場に現れてから、身体の反応が鈍い上に、本来のものより筋力が劣化している事にバッターは気付いていた。
アレフが原因である事は、バッターも当然気付いている。だが、何かを仕掛けられた覚えが全くない。アレフの一撃を防いだ事が、トリガーなのか。
そしてそもそも、この原因不明のステータス低下は、宝具なのかスキルなのかも解らない。確かなのは、このままでは危険であると言う事実だけだった。

 対するアレフの方は、自身が有するクラススキル、『矛盾した救世主』がバッターに機能している事を確認し、一先ず安心する。
姿形から見ても明白だが、バッターは人間ではないらしい。このスキルは言ってしまえば、『人間以外の全ての存在に機能するステータスダウン』だ。 
相手が純粋な人間以外であるのなら、大幅にアレフに対して有利が付く、恐るべきスキル。ただでさえ桁外れたアレフの強さを、更に補強する、
敵からすれば悪夢のようなそれである。これなら、油断しなければ殺せるだろうとアレフは踏んだ。

527The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:37:00 ID:.tmaFwNE0
「砕け……散れェ!!」

 主が気絶、と言う危機に陥った為か、それまで霊体化の状態を維持していたシャドウラビリスが、堰を切ったように実体化。
手にした機械仕掛けの大斧を振り被り、背後からアレフに襲い掛かる。だが彼は、後ろの方を全く見ず、将門の刀を握っていない方の手で、
ホルスターにかけられていたブラスターガンを引き抜き、後ろ手に発砲。レーザーはシャドウラビリスの胸部を貫き、縁部分がオレンジ色に融解した細い円柱状の貫痕を置き土産にした。

「がっぁ……!?」

 苦悶の声を上げるシャドウラビリス。
矛盾した救世主のスキルの対象となっているのは、何もバッターだけではない。彼女にすら効果は発動していた。
機械すら、このスキルは対象とするのである。恐るべき、範囲の広さであった。

 バッターが握るバットから将門の刀を即座に離し、そのままシャドウラビリスの方に身体を回転。
この時の勢いを乗せて彼女の脇腹に痛烈な右回し蹴りを叩き込むアレフ。苦悶の声を上げる間もなくシャドウラビリスは吹っ飛んで行き、
近くにあったコンクリートの外塀に衝突。豆腐のように外塀は砕け散り、瓦礫の体積にシャドウラビリスは仰向けに倒れ込んだ。
蹴り足をすぐさま地面に戻したアレフは、蹴らなかった方の足で地面を蹴り、バッターから距離を離すように跳躍。
すると、先程までこの救世主が直立していた地点に、白色のリング状の物体が二つ、突き刺さったからだ。バッターが所有する宝具、アドオン球体。
その内の二つ、α(アルファ)とΩ(オメガ)であった。これを以てアレフの身体を切断しようと試みたバッターだったが、攻撃は失敗。
アドオンを己の背後に移動させ、己が手にする浄化の武器、バットを構える。バッターの背後に回った二つのアドオン球が、淡く白色に輝く。その様子はまるで、天使や仏が背に抱く、可視化された聖性やカリスマ性の象徴、光背のようであった。

 タッ、と着地するアレフ。
バッターの方に身体を向け直すや、ゆっくりと、ワニ頭の浄化者の方へとこの救世主は闊歩して行く。彼我の距離は、十m程。
大の大人の歩幅なら五秒と掛からぬような短い距離ではあるが、歩む者の先にいるのは、狂える浄化の具現・バッターである。
そうやすやすと、攻撃の間合いまで詰めよらせる事をバッターが許す筈がない。
アドオン球体・オメガを音の数倍の速度で飛来させるが、将門の刀を無造作に振い、上空へとアレフは弾き飛ばした。
オメガが接近した速度よりも、遥かにアレフの刀の一振りは速かった。刀を振り抜いたその隙を狙って、アレフの周囲の空間が歪み始める。
外から見たら、特殊なレンズで通して見たかのように、アレフの輪郭と身体は中心に引き寄せられて見えるであろう。
吹き飛ばされたオメガが、オメガ自体に備わる力を発動させたのだ。空間を急激に緊縮させたり拡散させたりして歪めさせ、
その空間内に存在する相手の身体及び物質の形状を、空間の歪みに引き摺らせる形で破壊する、フィルタと呼ばれる特殊な攻撃である。
先程マンションの給水塔を破壊したのも、オメガが使うこのフィルタと言う技術であった。だが、他の者ならいざ知らず……一度見た技はアレフには通じない。
振り抜いた刀を再び振るうと、収縮し始めた空間に無数の細線が走り始め、其処から歪みがズレ落ちて行き、元の見え方に戻る。

 今度はアルファが己の力を発動させ、白く輝いている鎖状の物質を地面から生やさせ、これをアレフ目掛けて伸ばさせて行く。
マンションから飛び降りたアレフが射出させた、ブラスターガンの光線。それを防いだのもこの鎖だった。
攻撃にも使う事が出来、十分な加速度を得さえすれば、バッターの身体と同じ大きさの岩塊や鋼塊も砕いてしまう。
しかしアレフはこれを、将門の刀を目にも映らぬ速度で振い、鎖自体を無数に輪切りして破壊し、無効化させる。

528The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:37:19 ID:.tmaFwNE0
 後数歩で、刀の間合いと言う所になるや、バッターが動き出そうとする。
アスファルトを摩擦熱で融解させる程の勢いで地面を蹴り抜く事で行われる、神速の盗塁(スチール)。
これを以てアレフの下へと急接近し、タックルをぶちかまそうとしたのであるが――それすらも、アレフは読んでいた。
低姿勢を理想とするタックル、と言う行動に於いて、バッターが行ったタックルは、正に見本や手本その物。理想とすら言える程、見事なものだった。

 ――バッターにとっての不幸とは、その最高条件のタックルが、アレフにはスローモーにしか見えていなかったと言う事だろう。
タックルの始動の段階で、踵が完全に垂直に上に向く程の高さで右脚を上げていたアレフは、舌を伸ばせば地を舐められる程の低姿勢で突進を行っているバッターに対し、
稲妻が閃いたとしか見えぬ程の速度の踵落としを、バッターの脳天目掛けて振い落す。
帽子を被ったバッターの頭頂部に、アレフの踵が激突。苦悶一つ上げさせる事もなくバッターは顎からアスファルトに衝突。
バッターと言うサーヴァントが踵と地面の間でクッションになっているにも拘らず、アスファルトに深いすり鉢状のクレーターが刻まれた事からも、その威力が窺えよう。
顎の骨が砕けんばかりの衝撃が頭部に叩き込まれたばかりか、頸椎にも衝撃で圧し折れんばかり圧力が瞬時に掛かりだす。
歯と歯が強制的に噛み合わされた影響で、自身の口腔で舌が千切れて踊っているのを、激痛と共に彼は認識する。
正直、生きている事の方が奇跡だった。ある種の人造人間であるアレフの膂力から繰り出される蹴りの威力は、金属塊ですら木端微塵にする威力を持つ。
それを真っ向から喰らって、まだ『生きていられる』程度のダメージで済むと言うのは、尋常の耐久力ではなかった。

「ば、バッターさん……!?」

 初めて見せる、一方的な蹂躙以外に言葉が思い浮かびようがない、バッターの苦戦の様相に、セリューが戦慄を露にする。
セリューがバッターに対して掛けている色眼鏡による補正を抜きにしても、バッターとアレフ。どちらが勝つと言えば、その凶悪な様相から人はバッターに軍配を上げよう。
だが、これはなんだ。アレフは余裕綽々で、バッターの放つ攻撃の全てに対応するばかりか、バッターが放った攻撃の威力に倍する一撃をカウンターさせて来る。
余りにも圧倒的過ぎる、戦力差。「どうして、この男はバッターさんに此処までのダメージを!?」。セリューの胸中には、その疑問でいっぱいいっぱいだった。

「よ、くも……痛ィ……のよォ!!」

 アレフの蹴りの威力から復活したシャドウラビリスが、決然たる殺意を秘めた目付きを彼に向けながら、大斧を構え始めたのだ。
アレフは、バッターの纏う野球のユニフォームの背を引っ掴み、その状態のまま、シャドウラビリスの方にバッターをゴムボールでも投げる様な容易さで投擲。
それを見て動揺したシャドウラビリス。急いでバッターの方を受け止めるが、それが仇となった。この一瞬の隙を狙い、アレフが急接近。
バッターをキャッチしたせいで思考に空白が生まれ、次の行動に移るのにラグを要さざるを得なくなった状態のシャドウラビリスを、
その浄化者ごと刀で斬り殺そうとしたのである。上段から刀を振り降ろすアレフ。その先端速度は、最早サーヴァントですら認識不能の速度にまで達している。
この破滅的なスピードに、現在のダメージ状況でバッターが対応出来たのは、望外の偶然以外の何物でもなかった。
『保守』と呼ばれる独特の回復技術で、己の歯で噛みちぎられた舌を癒着させて回復させながら、体勢を整えさせ、アレフの方に向き直ったバッターが、手にしたバットで刀を防御する。

 戛然と響き渡る金属音、飛び散る橙色の火花。
そして、バッターの身体に伝わる、背骨が圧し折れるのではと錯覚する程の衝撃。アレフが齎した攻撃によるインパクトで、両腕の感覚が消失する。
身体への直撃は防いだ筈なのに、何故ダメージを負ったに等しい現象が舞い込まされているのか。理不尽な現象に、バッターの双眸に瞋恚が宿る。

529The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:37:37 ID:.tmaFwNE0
「返して貰うぞ」

 悟るまでに払った代償が、重すぎた。
このサーヴァント、バッターがサーヴァントとして力を発揮する上で、最も重要となるアドオン球体・エプシロンを封印して勝てる相手では断じてない。
バーサーカー・シャドウラビリスはバッターと違い、狂化によって意思の疎通が著しく困難な上、素の実力も大した事がない存在だとは、ワイドアングルで見抜いていた。
その低い地力を補強させ、ピンチに陥った際に闊達に意思疎通を図れるようインテリジェンスを向上させる為に、アドオン球体エプシロンを、
シャドウラビリスの霊基に融合させていたのは、星渡りの災厄ベルク・カッツェとの戦闘の時からである。
他の相手ならばいざ知らず、アレフが相手では、シャドウラビリスにエプシロンを融合させたとて、焼け石に水。
エプシロンが有する真の実力を発揮させられぬままに、バッターが消滅し、この場にいる全員が脱落しかねないと言う共倒れにもなりかねない。それは拙い。
この機械のバーサーカーに、エプシロンは過ぎたオモチャであったようだ。一に十の数値を掛けるより、一より更に大きな数値に十を乗算させた方が遥かに望みはある。
シャドウラビリスの身体から、スポイトで水を吸い取るように、圧縮された白色の線が伸びて行く。それが彼女の身体からプツンと、臍の緒を断ち切られるみたいに、
リンクが切れるや急速に膨張。白色のリングの形を取る。アドオン球・エプシロンだ。その形状は、残り二つの球体であるアルファ、オメガと相似であった。

 切れた舌が元の状態に癒着されるや否や、アレフの下に叩き込まれる鎖の一振り。
何もない空間から生えるようにして現れ、鞭のように撓りながら迫るそれを、将門の刀をバットから離してバッターから距離を取る事で回避するアレフ。
バッターの背後、シャドウラビリスと彼との間の空間に、三つのアドオン球体が立ち並んで浮遊し始め、これと同時に、三球の輝きが増し始める。
漸く、本来の戦い方に戻る事が出来たとバッターは思う。単体で一人のサーヴァントに匹敵する機動力と攻撃性を、サポート性を兼ね備えた、
三位一体のアドオン球体を巧みに扱い波状攻撃を仕掛ける、と言うのがバッターの戦闘における基本スタンス。
アドオンの数が二つでも、並のサーヴァントには引けを取らないが、やはり真価は三つそろった時である。そしてアレフは、その真価を発揮させねば勝てぬ相手だった。

 今を以って、バッターは十全の状態で初めて、他サーヴァントと戦う。勿論、エプシロンを分離された影響で、シャドウラビリスの実力が矮化し始める。
知った事ではなかった。セリューは真昼とシャドウラビリスを保護すると言ったが、バッターが一番優先するべき命は、マスターであるセリューと自分なのだ。
シャドウラビリスを庇って自分が倒れる、と言う馬鹿は避けたい。この瞬間バッターは、シャドウラビリスと番場真昼/真夜の命を放棄したのである。
生き残りたければ、生き残れば良い。但し自分は、そちらの命は助けない。そのスタンスに、この瞬間バッターは転向した。

【セリュー、よく聞け】

 幸いアレフは、シャドウラビリスからエプシロンが抽出される光景を見て、警戒心を強めさせたか。
すぐには打って出てこなかった。念話を以って、セリューに意向を伝えるのは、今しかないとバッターは考えた。

【このサーヴァント、殺せば令呪を貰える主従だと明白に俺達を認識している。お前の命も、無慈悲に刈り取るだろう事は想像に難くない】

 事実その通りであった。何故ならアレフがマンションの屋上から真っ先にブラスター・ガンで狙い撃ったのは、他ならぬセリュー・ユビキタスなのだったから。

【お前が死ねば、俺も消滅する。それは最悪の事態だ、この男から距離を取れ】

【ば、バッターさんは……】

【早くしろ】

530The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:37:54 ID:.tmaFwNE0
 有無を言わさぬ、強い語調でセリューを威圧。
己のサーヴァントが初めて、自分に向けた圧力に、セリューの身体が総毛立つ。この指示が絶対的な物だと肌で感じたセリューは、もう言葉を告げなかった。
気絶している番場の方に駆け寄り、彼女を抱えてこの場から退避しようとした。――そして、それを許すアレフではない。
バッターを無視し、セリューの方に対してブラスターガンの照準を合わせ、発砲。銃を構えてから照射まで、千分の一秒も掛かっていなかった。
これを読めないバッターではない。熱線のルート上に、アドオン球体アルファを配置させ、セリューを危難から避けさせる。
光条を防いだすぐ後に、バッターはエプシロンの力を発動させる。三位一体の一つ、聖霊を象徴するこのアドオン球は、『補助の術』に長けている。
『劇』と呼ばれる体系の補助技術を行う事が出来るこのアドオンは、指定した存在の肉体的な能力を向上させられる、戦略上の要。これが、最も重要な理由の訳だ。
そしてこの劇を、バッター自身に適用させる。身体に力が漲る。一瞬で、アレフが下げた五つのステータスの内、筋力・耐久・敏捷は下がる前の値にまで上昇。
本調子に戻ったバッターは、アレフ目掛けて出塁。右足でアスファルトを蹴り、七m程離れた所にいる救世主の下へと駆けて行った。
蹴られたアスファルトがドロドロに溶け、白色の煙を噴出させる程の力での蹴りによって得られた加速は、弾丸を連想させるそれであった。

 バットを上段から振り降ろすバッターと、これに対応して将門の刀の鞘で攻撃を防ぐアレフ。
伝播する衝撃波と、響き渡る鼓膜が馬鹿になる程の大音。戦闘の際に生じる不可避の副産物である。
しかし余人にとってはいざ知らず、バッターにもアレフにも、これらは行動を鈍らせる役目一つ果たす事のないただのノイズ。
だから、音にも衝撃にも怯む事なく、ゼロ距離からブラスターガンをバッター目掛けて発砲。脇腹の位置。
勿論、この距離から放たれた光速の弾丸には、バッターと言えど反応は不可。成す術なく熱線は、彼の身体をゼリーかプティングを楊枝で刺すようにして貫通、
それだけにとどまらず、彼の背後にいたシャドウラビリスの腹部をも貫いて行く。背後から聞こえる、機械のバーサーカーの苦悶。彼女はとんだとばっちりであった。

「Faullllllllllllllllllllllllllllllt!!」

 雄叫びを上げ、エプシロンによって向上した筋力を以ってバットを振うバッター。
振いながら、アレフの踵落としによって負った頭のダメージ及び、今さっき貫かれた熱線の痕を『保守』によって回復させる、と言う行為を両立。
振われたバットをスウェーバックで回避するアレフ。振り抜かれた際の突風が、凄い勢いでアレフの顔に叩き付けられる。
バットの軌道上に、焦げた匂いが立ち込めんばかりの速度でのスウィングであった。しかし、それだけの勢いの風が顔に吹き付けて来ても、アレフは目を閉じない。
閉じれば、閉じた分だけ攻撃が叩き込まれるからである。現に、避けたと同時に、背後からアルファが放った鎖が振われるのと、
オメガによる空間操作の攻撃が、アレフに叩き込まれたのだ。これを簡単に、自身の身体ごと将門の刀を横に一回転させ、破壊。無効化させる。

 見ると、セリューが真昼をおんぶしながら、この場から遠ざかろうとするのをアレフは視認。
そうはさせないと、ブラスターガンで狙撃しようと試みるが、何かに気付いた様な表情を一瞬浮かべるのと同時に、左方向にサイドステップを刻み始めた。
上空から、斧を大上段から振り被りながら迫るシャドウラビリス。着地と同時に、手にした大斧を、アレフがさっきまでいた地面に叩き付けた。
刻まれるクレーター、生じる激震。しかし、最も肝心要の、斧で破壊するべき相手は既に攻撃範囲から失せていた。

 シャドウラビリスを無視し、ブラスターガンでセリューらを狙撃しようとまたしても試みるアレフだったが、これを実行に移すよりも速く、
アドオン球体・オメガの空間操作能力が、アレフを捉える。しかし、空間が歪み始めるよりも速く、アレフが神業の如き一閃を煌めかせたせいか。オメガが空間操作を放ったと同時に、攻撃は無為と終わった。

 セリューらの遠ざかる速度が、速い。人一人を負ぶさってると言うのに、大層なスピードだ。優に時速二十㎞は出ているであろうか。
サーヴァントが身体能力を強化させたな、とアレフは推察。事実である。バッターはエプシロンの補助技術によって、セリューの身体能力を向上させていた。
すぐにでもこの場から退散させられるのと同時に、もしも彼女が、アレフのマスターらしき人物を見つけたら殺してくれるように、と言う淡い期待も込めてである。

531The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:38:04 ID:.tmaFwNE0
 セリューを追跡して葬りに掛かろうかとアレフは思いもしたが、自身の想像以上に、バッター及び、彼が操る三つのアドオン球は曲者だった。
バッター一人と、アドオン二つまでならアレフ単体でも、蹴散しながらセリューを殺せる。
であるが、其処にもう一つのアドオンと、シャドウラビリスがいるとなるとそうも行かない。単純に、障害物の数が多いからだ。

 ――全員殺し尽すしかないか――

 シャドウラビリスについては、正味の話アレフは無視するつもりであった。
敵はあくまで、バッターとセリューだからだ。だが、これまでの流れから考えるに、このシャドウラビリスは話の通じない手合いのバーサーカーである可能性が高い。
そう言う輩とはアレフは手を組みたくないし、何よりもセリューと一緒にいたマスター、番場真昼ではシャドウラビリスを制御出来ていないであろう。
今は良くても、後で絶対に破滅する。それは、狂化したバーサーカー自身の手に掛かってか、それとも魔力切れによる退場か。
どちらにしても、此処でシャドウラビリスと縁切りにしてやったほうが、真昼にとっては幸運と言う物であろう。
令呪による命令強制も、三回までしか用を成さない。ある日数までは生き残れようが、最後の一人になるまで生き残れるには不足のない数かと言われれば、断じて否だ。

 結論、殺した方が身の為である。そうと心に決めたアレフは、将門の刀を正眼に構え直し、バッターとシャドウラビリスの方に向き直る。
剣気が、突風となって叩き付けられて行くのをバッターらは感じた。シャドウラビリスですら、只ならぬ物を感じ取ったか。唸りを上げて、後じさる。
死闘の場数をどれだけ越えて来たのか。どれだけの敵を、斬り捨てて来たのか。そうと夢想せずにはいられない、攻めれば『死ぬ』ぞ、
と言う事を身を以って実感させる程の圧が、アレフから無限大に放出されている。

 それはもう、救世主と言う存在が放って良い気では断じてなく。
それはもう、救世主と言う存在が浮かべる様な表情では断じてなく――

「来いよ」

 あらゆる存在に、死の国の寒さの何たるかを見せて来た、殺戮者のみが出せるであろう死の気配そのものであった。
目の前の生命を、取るに足らない塵芥、舞いあがった埃か何かだとしか認識していないような、仮面のような無表情であった。

532The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:38:16 ID:.tmaFwNE0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 自分も早く、バッターさんの助けにならなければ、とセリューは必死だった。
子供が見たって、解る。バッターは著しい苦戦を強いられていた。あの頼りがいがあって、強くて、自分よりもずっと賢いバッターが、である。
現れたサーヴァント……自分と同じ人間の様な姿形をしているのに、その容赦のなさも、何よりも身体能力も。バッターのそれの遥か上を行っていた。
近くで、あのセイヴァーと言うクラスのサーヴァントを目の当たりにした時、セリューは心の底から死を覚悟した。
人の形をしているのに、人間と相対していると言う感覚がゼロであった。勿論それは、セイヴァー・アレフがサーヴァントだと言う事もある。
だが、それよりもっと根幹的な部分が、あのサーヴァントは人間離れし過ぎている。そんな気を、セリューは感じ取ったのである。
トンファーガンは元より、元の世界に置いて来たコロがいたとしても、あのサーヴァントには叶うべくもなかったし、バッターのサポートすら出来なかったろう。
だから、バッターがセリュー戦線から外そうとしたのは、当然の話だ。彼女が死ねば、バッターも無条件で消滅する。
であるのなら、現状殺されれば自分も紐付けして消滅するセリューを足手まといと認識し、遠く離れた所に移動させると言うのは、余りにも常識的な判断であった。

 確かに、あの戦場ではセリューは、何の役にも立たない。
だが、それ以外の所では、役に立つ所がある筈だ。彼女はそう考えていた。
自分、つまりマスターを殺されればサーヴァントが死ぬ。それは、セリュー達だけに適用される不利益ではない。
この法則は絶対則だ。凡そあらゆる主従に適用されると言っても過言ではない、ゴールデン・ルールなのである。
そう、サーヴァントが強いのであるのならば、マスターを叩けば良いと言うのは至極当然の判断である。
アレフのマスターが善人なのか否かと言われれば、セリューは悪だと考えていた。真っ先に自分を狙って攻撃したと言う事実から、
聖杯戦争の趣旨にノっている主従である事は間違いない。そんな存在、生かしてはおけない。
自分の正義と、バッターの理想にかけて。制裁――いや。浄化されなければならない。

 バッターさんを助ける為に、番場さんを助ける為に、速くマスターを探さなくちゃ!!
そう思い、戦場から遠ざかりながらも、多方向にアンテナを伸ばして、不審人物を探すセリュー。
だが、そう簡単に見つかるのであれば、苦労はしない。サーヴァントを倒すのが難しいならマスターを。
そんな事、誰でも考え付く浅知恵である。当然、マスターは目につかない所にいるのが当たり前なのだ。
結論を言えば、アレフのマスターらしき人物が見つからない。そして、時間が経過するごとに、焦りが蓄積して行く。
今この瞬間にも、バッターは苦戦を強いられ、ダメージを負い、消滅の危機に立たされているのだ。

 自分の力足らずで、またしても大切な人が死んでしまう。
そんな事、駄目だ!! セリューは心の中で叫ぶ。恩師であるオーガが死んだ時もそうだった。
あの時のセリューは、恩師が危機に陥ってる際に、何の役にも立たなかった。師は、寂しく、そして無惨に、賊に殺されてしまったのだ。
その時の無力が、今も心の中に燻り、こびり付いている。あんな無力は、二度と御免だった。
しかも今回のケースでは、オーガの時とは違い、バッターのピンチに自分が関わっていると言う自覚が、セリューには確かにあるのだ。
つまり、セリューの頑張り次第では、バッターの消滅は、回避出来るのである。こんな状況で、バッターを死なせてしまえば自分は本当に役立たずだ。

 焦るな、冷静になれ。バッターなら、頼もしい態度で、今のセリューを見たらこうアドバイスするだろう。
そんな事、言われなくても解っているのに、秒針が右に刻々と進む毎に、弱火で炙られる様に、色水を紙が吸って行くように。
セリューの意思とは正反対に、ジワリと焦りが広がって行くのである。何処だ、何処だ、何処だ!?
翌日酷い筋肉痛になっても良い、何なら足の骨が折れたって構わない。今この瞬間で、維持と気合と根性を見せねば、嘘である。

533The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:38:28 ID:.tmaFwNE0
 何処だ何処だと曲がり角を曲がり続ける内に、人気の少ない所に出ようとして――。
其処で不意に現れた、自転車に乗った青年の姿。「わっ!?」と声を上げて、急いで制止するセリュー。
そんなセリューに驚いて、急いで急ブレーキをかけて制動を掛けたのは、青みがかった黒髪が特徴的な、儚げで、しかし何処か、力強い石を感じさせる端正な顔立ちが特徴的な美青年だった。夏使用の学生服と、背丈から推測するに、この辺りに住む高校生か。

「す、すいません!! 急いでたものですから……」

 と、慌ててセリューは謝罪の言葉を送るが、当の青年の方は、セリューの顔を見て何か驚いた様な表情を浮かべていた。
が、それも一瞬の事。「あ、こちらこそ……」とすぐに謝って来た。これで今回の件は恙なく解決――する筈だった。

 違和感を覚えたのは、セリューの方である。
目の前の青年を見ていると、異様に脊椎が熱を持つ。敵――即ち、断罪されて然るべき悪と相対した時のような、あの感じだ。
脊椎から体中に熱が伝播して行く。チリチリと、身体の内奥から火の粉が舞いあがり、それが身体の内面を焼いて行くような感覚。
真昼を抱えながらあの場から逃走する自分を慮って、バッターが此方に何らかの術を掛け、身体能力を向上させた事には既にセリューも気付いていた。
走行条件の悪さからは考えられない程、疲労の蓄積が緩やかであったからだ。バッターの助けがあった事は明白である。

 だが、あの時浄化者がセリューに与えた恩恵は、何も身体能力だけではなかった。バッターが与えたもう一つの恩恵。
それは、『魔力に対する鋭敏な感覚』。セリューとの打ち合わせで、彼女が魔術とは無縁の世界からやって来た事にバッターは既に気付いていた。
即ち、魔力と言うエネルギーを探知する術が彼女には無いのである。これでは、折角マスターと一対一で遭遇しても、それに気付かないですれ違う、
と言う余りにももったいない現象が起こってしまう。普段であれば、セリューとバッターは離れず行動している為、バッターが誰がマスターなのかセリューに教えてくれる為、
マスターが誰なのかセリューが解らないと言う事は起きない。だが、今回のようにやむを得ず別行動を行う場合は勝手が違う。
今回は自分がいっしょに行けない、だからお前がマスターを見極め倒せ。バッターはそう言う意を込めて、アドオン球エプシロンを用い、
セリューの魔力に対する察知能力を強化させた。その結果が、今彼女の身体に起っている、身体の内面から湧き出る熱であった。

「次は気を付けて運転します。それじゃ、僕はこれで――」

 そう言って少年がペダルに足を掛け直し、この場から遠ざかろうとセリューとすれ違って去って行こうとしたその時だった。
セリューは、一種の博打に出た。自分がサーヴァントを従える聖杯戦争のマスターである事を露呈させると同時に――。
しかも、何も知らないNPCが聞いても何が何だか解らないが、聖杯戦争の参加者であればそれが何を意味するのかを知りかつ強制的に警戒せざるを得ない魔法のワードを。セリューは、この場に於いて解禁した。

「――令呪を以って命ずる!!」

 その言葉を叫んだ瞬間、キキッ、と掛かるブレーキの制動音。
そして、バッと振り返る、自転車に乗った青年、有里湊。カマかけに、湊は引っかかってしまった。セリューに令呪を切ると言う考えは端からなかった。
この言葉に反応すると言う事の意味は、一つだ。青年、有里湊は、聖杯戦争の参加者であると言う事。
ステータスが可視化されないと言う事は、マスターであろう。そして、この近辺でサーヴァントを連れないで単独行動をしている、と言う事は。
誰を召喚したマスターであるのかは、自明の理だ。セイヴァーと言う特殊なクラスのサーヴァント……そのマスターである、とセリューは判断。
となれば――彼女がするべき行動は、一つである。

「正義、執行ッ!!」

 背負っていた真昼を地面に急いで横たわらせるや、セリューは懐に隠していたトンファーガンを瞬時に装着。
その銃口部分を湊の方に向け、即座に発砲。バッターの身に降りかかっている、事態が事態だ。警告なしの即発砲が、この場合理に適っていると彼女は判断したのである。
迫りくる凶弾に、湊は気付かない。ただ、落ち着いた瞳でセリューを見ている。その間に、鉛の弾は音の速度と、人体に容易に死傷を与える威力を借りて迫って行くのであった。

534The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:38:41 ID:.tmaFwNE0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ――セリュー・ユビキタスの誤算その一。


 有里湊がペルソナ使いであった事。


 ――セリュー・ユビキタスの誤算その二。


 攻撃する前に会話のフェーズに移行しなかった事。


 ――セリュー・ユビキタスの誤算その三。










 そもそも、出会ってしまった事。


.

535The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:38:54 ID:.tmaFwNE0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 弾は、湊に当たるその寸前で、カキン、と言う小気味の良い音を響かせた。
その音が響くと同時に、アクリルに似た透明さを持った球状の障壁(バリア)が、湊を取り囲むように展開される。
それが現れたのは、ほんの一瞬の事。少なくとも、セリューが認識すら出来ない程短い時間。
いやひょっとしたらセリューは、球のバリアは勿論、これが現れたと同時に生じた小気味の良い音すら、認識していなかったかも知れない。

 トンファーガンから放たれた、数発の弾丸は、放たれた弾道ルートを逆再生するが如く、射出された速度をそのままに、『セリューの方へと戻って行く』。
勿論、人の身体に死傷を与える速度をそのままに、である。避ける事すら、セリューには出来ない。計七発の弾丸は、セリューの胴体を貫き、貫通して行く。
最初の二秒間、セリューは己の身体に何が起こったのか、解らずにいた。当たり前だろう。殺すつもりで放った攻撃が、跳ね返されたなど。
常識で物を考えれば到底起こり得ない現象であるし、起こってもならない現象の筈だ。

 呆然とするセリューの意識を強制的に覚醒させたのは、自身の持つトンファーガンの威力が齎す、激痛からであった。
歯を食いしばり、苦悶を抑えながら、地面に膝を着くセリュー。歯が欠けんばかりに強く食いしばるが、それで収まる痛みじゃなかった。
意思で涙は止まらないし、弾痕から流れる血液などもっと止まらない。何で? 何が起こったの? 今のセリューの頭には、それしかなかった。

 ――セリューが知る筈もなかった。
湊は、アレフと解れたあの時、ペルソナ能力を発動させ、自分の身体に『テトラカーン』を展開させていた事など、解る筈がない。
テトラカーン、物理的な害意ある干渉を全て相手に向かって跳ね返す、高位の魔術或いはスキルである。
例外はない。マスターの攻撃は勿論、サーヴァントの攻撃にですら反射機能は等しく機能する。単独行動中に、サーヴァントに襲われれば拙い。
そうと考えた湊が、セーフティの為にこの魔術を発動させておくのは何もおかしい所はなかった。現にこうして、このセーフティはしっかりと機能した。湊の選択は一から十まで、何も間違っていなかった事の証である。

「き、貴様……ァ……!!」

 憎悪と憤怒の感情を、ありったけ。己の目線に込めてセリューが呻く。
身を丸め、貫かれた所を抑えるも、着衣物は吸いきれる限界の血液を抑える事が出来ず、ポタポタと雫となって、アスファルトの上に滴り落ちている。

「……」

 セリューの見上げる様な目線に対して、湊は平然としていた。
セリュー・ユビキタスを生かすも殺すも、自分の胸先三寸に掛かっている。それ程までに、彼女は弱っていた。
幾人もの人間を殺して来たと言う大罪人。契約者の鍵から投影される情報だけを見て考えれば、セリューと言う女性の評価はこんな所だろう。
人が人なら、此処でセリューに引導を渡すマスターもいるかも知れない。……だが、湊は違う。迷っていた。
セリューを殺す事など簡単だ。適当なペルソナを呼び出し、それで攻撃すれば良いだけだ。だが、その簡単な事で、迷っている自分がいる事に湊は気付いている。
アレフが、サーヴァントを殺せれば本当の事を言えばベストだ。マスターを殺すのが一番手っ取り早い事に頭では気付いていても、それを自分がやる勇気がない。湊は、そんな自分の性根に、最早戦えるべくもない少女に負の感情を向けられたこの段になって、気付いてしまった。

536The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:39:33 ID:.tmaFwNE0
 自転車から降り、召喚器を取り出す湊。
それを見て、セリューが警戒する。撃ち殺される、と思ったのだろう。何せ召喚器の形状は、拳銃である。
武器の類に神経質になる必要がある聖杯戦争のマスターが、これを見て気を張らない訳がなかった。が、実態は違う。
拳銃の形をしてこそいるが、このデバイス自体に殺傷能力はない。この銃の形をした道具で撃つのは、相手ではなく自分なのだから。
何らかの手段で、黙らせる必要がある。その為の方策を、湊は頭で考えていた、その時だった。

「ヒューッ、驚いた。大したボウヤじゃないか、エエッ?」

 その声が、場に広がったと同時に、湊達の頭上よりも高い所から、猫のように舞い降りた、一人の巨漢。
リーゼント風の黒髪、メンボに覆われても解る凶悪な顔立ち。そして、並の鍛え方をしていないと一目でわかる、筋肉質で大柄な身体つき。
ニンジャ・ソニックブーム。歴戦の戦士のアトモスフィアを放出する男が、この場に現れた瞬間だった。

「……あなたは?」

「そ、ソニック……ブーム、さん……!!」

 ソニックブームが降り立ったのは、セリューの背後であった。
聞き覚えのある声がしたので、その方向に顔を向けると、腕を組み仁王立ちをしながら、巨漢は、セリューを見下ろし、湊の方に威圧的な目線を投げ掛けていた。

「オオ、何時間か振りだな、セリュー=サン。どうだい、あれから正義とやらは達成出来たのか?」

 その声音は、平時のソニックブームの声の調子から考えれば、『猫なで声』、に相当するものだった。
声には相変わらず怖いものがあったが、それでも、普段に比べれば大分優しい感じで言葉にしていると言う事が、湊にもうかがえた。

「私、私……」

「解った解った。皆まで言うな。何をするべきなのか、俺にはよーく解ってるぜセリュー=サン」

 感激の表情を、苦しみながらセリューは浮かべ、湊の方に向き直った。
首の皮一枚で、命が繋がった。そう思っているのだろう。このまま湊が放置を決め込んでも、セリューは失血死していた。
放っておいても彼女は詰みなのだ。しかし此処で、ソニックブームと言う優れた戦士が加勢してくれれば、その心配もない。
バッターが来るまで持ち堪えられれば、此方の勝ちだ。湊をやっつけられなかったのは残念至極としか言いようがないが、それでも、自分が死んでバッターが迷惑するのに比べれば、遥かにマシな落とし所だ。お前はもうおしまいだ、そんな目線を、セリューは湊に対して送って見せる。湊の驚きの表情を見ると、本当に、この場にソニックブームが現れて、幸運にセリューは思うのだ。

「――アラハバキ!!」

 そう叫び、湊は召喚器の銃口をこめかみに当て、発砲。
頭に響く、衝撃。そして、身体から何かが抜け出て行くような感覚。湊の背中からエクトプラズムめいて、霧状のエネルギー体が噴出し始め、
それが急速に形を伴って行く。一秒経たずしてエネルギー体は、青色の遮光器土偶としての形に変化し始めたではないか。
隠者のペルソナ、アラハバキ。湊の中の心の海に住まう高位のペルソナ、荒ぶる地祇の一柱である。現れたアラハバキは直に、閉じた瞳を開眼させ、セリューに力を送る。
これと同時に、ソニックブームは、セリューの首筋に手刀を叩き込もうとし、直撃までもう少し、と言う所で――あのカキン、と言う小気味の良い音が響き渡った。

537The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:39:50 ID:.tmaFwNE0
「グワーッ!!」

 アラハバキが展開させたテトラカーンに手刀が直撃した瞬間、ソニックブームの野太いシャウトが響き渡る!!
テトラカーンは、相手の放った攻撃の威力をそのまま相手に跳ね返す術。言いかえれば、攻撃した側の技量や実力が高ければ高い程、効果を発揮する。
では、ソニックブーム程のカラテのワザマエを持つニンジャが、攻撃を跳ね返されればどうなるのか? 言うまでもない、大ダメージを負う!!
その結果が、これだ。折れては行けない所から骨が折れて骨が突き出ている、ソニックブームの右腕である!!

「ッテッメー!! ザッケンナコラーッ!!」

 建物が揺れんばかりのヤクザスラングを稲妻の如く迸らせるソニックブーム!!
何が起こった、と言わんばかりにセリューが、ソニックブームの方に顔を向きなおらせ、愕然の表情を浮かべた。彼の腕が折れている事に、気付いたのだ。

 湊が驚いた理由は、この場にソニックブームが現れた事よりも、セリューに対して優しく声を投げ掛けていたソニックブームが、
『セリューが背を向けているのを良い事に背後から致死の威力を内包した手刀を彼女に叩き込もうとしたから』であった。
弱っているセリューを見て、絶好の機会だと思ったのだろう。だからこの場で引導を渡そうとした、その程度は湊にも解る。
だが、その行動を見ていた時、湊は反射的にペルソナ能力を発動してしまっていた。本当はセリューは、騙されているのではないか?
自身が召喚したバーサーカーに、良い様に操られているだけではないのか? そんな可能性が頭を過り、完全に否定出来なくなっていた時、
湊には二つの選択肢が提示されていた。セリューを助けるか、それとも見殺しにするか。選ばれたのは、前者の方だった。
それを選んだ時湊は、セリューの命を救いつつも、ソニックブームの命を損なわない術、テトラカーンを発動させていたのであった。

 そして、湊のそんな行いに対し、ソニックブームが激怒するのは当然の帰結であった。
言いたい事は、湊にもよく解る。セリュー・ユビキタスが倒せば令呪一画の美味しいマスターである事。
その美味しい賞金首が死にかけの体である事。そして、此処で彼女が死ねば自分も令呪に在り付けるかも知れないと言う事。
それらの事実を目線に一気に込めて、ソニックブームは湊に叩き付けている。解っている。そんなメリットは解っている。

「……ごめんなさい」

 解っていても身体が動いてしまったんだ。だから、身勝手だが許して欲しい。そんな思いを、この一言に湊は乗せた。

「貴様、よくもソニックブームさんを……!!」

 怒りが痛みを凌駕した。
よろよろと立ち上がり、トンファーガンを構え出すセリュー。事もあろうに、ソニックブームに背を向けた状態で、またしても。
とは言え今度は、またすぐに攻撃、と言う選択肢はソニックブームもとるまい。テトラカーンで、痛い目を見てしまったからだ。
また攻撃を反射されるのでは、と言う危惧が既に彼の中には芽生えている。『テトラカーンの効力は一回の発動につき一回切り』。
この法則を知っていればまた違う行動も選べたろうが、それを知らないからこそ起こった、都合のいい展開である。

「道理を知らねぇ悪ガキには、キュウって奴を据えなきゃいけねェみたいだな、エエッ!?」

 折れた右腕は使えない。左腕だけで、自身が会得したカラテの構えを見せるソニックブームを見るや、湊も召喚器を構える。
――このタイミングであった、湊の視界に、猛速で此方に向かって来る、ソニックブームよりもずっと大柄な身体つきをした、
人の身体にワニの頭を持った恐るべき存在が映ったのは。それを見た瞬間、湊は横っ飛びに勢いよく跳躍し、ワニの進行ルート上から逃れだす。

538The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:40:06 ID:.tmaFwNE0
 この場に勢いよく現れたサーヴァント、バッターは、急いでセリューを回収。
そのゼロカンマ数秒後に、バッターの後ろを走っていたシャドウラビリスが、アスファルトに寝かせられていた真昼を回収。
そのまま、この二人のバーサーカーは嵐のような勢いで退散しようとするが、バッターはこのまま帰ろうとしなかった。
この場にいる二名のマスター、即ち、有里湊とソニックブームを認識するや、アドオン球体アルファとオメガを、彼ら目掛けて高速で飛来させる。
湊に迫るのはα、ソニックブームに迫るのはΩ。直撃すれば身体が寸断される鋭利さを内包したそれから、湊を救ったのは、救世主のクラスのサーヴァントだった。
バッターとシャドウラビリスを追跡していたアレフは、逃走している二名のバーサーカーの走る速度を超越する程の加速を、
『地面を普段より強く蹴る』と言う行動で得、本来追跡する筈だった二名を一瞬で追い抜き、湊の所まで移動。迫るアルファのアドオンを将門の刀で弾き飛ばしたのである。
一方、ソニックブームの下へと迫るΩに対抗したのは、彼の使役するセイバー・橘清音であった。
ソニックブームの下に着地した彼は、着地と同時に手にした音叉刀・疾風を振い、アレフと同様見当違いの方向にオメガを吹っ飛ばしたのだ。

 マスター両名の抹殺は未遂に終わったが、バッターにとってはそれで良い。この場から退散するのに十分過ぎる程の時間を稼ぐ事が出来たのであるから。
アレフはバッターを追跡しようと考えたが、もう遅いだろうと考えを修正。逆に彼は、バッター達ではなく、清音の方にターゲットを変更。
地を蹴り、時速数百㎞超の速度で彼の方に肉薄しようとするが、何を思い直したか、そのまま急ブレーキをかけだしたではないか。

「後はお前の自由にせーや、セイバー」

 アレフが立ち止まった理由は、単純明快。
清音とアレフの間の空間に、イルが、瞬間移動を駆使して現れたからである。
突如として現れた、得体の知れないサーヴァント。【そっちがアサシン、向こうの鎧のがセイバー】。湊が念話で告げて来る。
遅れてステータスも報告して来たが、どちらも目立った物はなかった。倒せるステータスではあるが、宝具とスキルが解らない以上は、油断するつもりはない。

「……貸し一つ、ですね。アサシン。恩にきります」

「追うぞ、セイバー=サン!!」

 言ってソニックブームは、風の如き速度で走り始め、バッター達を追跡に掛かる。
清音もまた、その場から去り始めたマスターの後を追うように、残像が残る程の速度で駆け出して行く。
――そして後には、一人のアサシンと、一人のセイヴァー、そのマスターが残される形となった。

「邪魔して悪かったな、兄ちゃん。目的挫いたんは謝るが、こっちも割と必死なんや。すまんな」

「いいよ、と言いたいけど。落とし前位はつけて貰うかな」

 自分の描いていた絵図の完成を邪魔されて怒らない程、アレフも人の心をなくしている訳ではない。
イルが悪いサーヴァントでない事は、アレフも理解しているが、それとこれとは話は別。腕の一本位は、地面に置いて行って貰おうと。
将門の刀の剣先を、イルの喉元に突き付け、アレフは静かにその闘気を漲らせた。

「ヤクザモンみたいな事言うんやな。言うとくが、そんな安い腕ちゃうで」

 腰を落とし、あの格闘技のセオリーを無視した、二本の指を中途半端に曲げる構えを取り始めるイル。臨戦態勢は、それで整った。
これを見てアレフは、刀を中段に構え始めた。正式な戦いの構えを取り始めると、また気魄の量が違う。
精神の昂ぶりは、アレフは落ち着いている方だ。それなのに、身体から発散される気魄が倍加している。
穏やかな心のまま、闘気が雫となって刀の先から零れんばかりの覇気を放出する。それは、武を極め、戦いの何たるかを知る戦士でしかあり得ない芸当であった。
「セイヴァー……」、と心配そうに口にする湊。【心配するな、直に終わる】、アレフは念話でそう告げ、イルの方に目線を送った。

539The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:40:22 ID:.tmaFwNE0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 シンパシー、なる言葉がある。
共感とか、共鳴を意味する言葉であり、何者かの考えや行動、そして生き様に対し、その通りであると言う同意を憶えた時に、この言葉は使われる。

 幻視、と言う症状がある。
意識や精神、神経の異常が齎す発露だ。幻覚、とも言われる。実際にはないものが、その人物にはあるように見えてしまう事。肯定的な意味では、使用されない言葉だ。

 それは、サーヴァントと言う霊的な身の上が見せた、霊基のある種のバグだったのか。
それとも、生前とは違う身体の組成故に発生する、サーヴァント自身ですら知覚出来ない不思議な現象であったのか。

 アレフは、イルの姿を見続けた時、一つの幻が脳裏を過った。
薄い緑色の液体で満たされた培養層。その中に、大量のプラグを体中に刺し込まれた幼児の光景を、アレフは認識した。

 イルは、アレフの姿を見続けた時、一つの幻が脳裏を過った。
眠っている金髪の女性から取り出された受精卵。これが特殊な培養槽に入れられるや、瞬きする間に、受精卵の形から人の形になって行く光景を、イルは認識した。

 彼らの見た幻が、霊基のバグなのか。それとも、それらすら超越した奇怪な現象であったのか。
それを確かめる術は、彼らにはない。ないが、確かな事実が、二つある。

「――お前も生み出された命か」

「――お前も生み出された命か」

 これから戦う相手は、メソッドこそ違えど、人為的に生み出された一つの命であったと言う事。
血の繋がった母もなく父もない身体で、世界に確かに生きていた一人の人間であったと言う事。

 シンパシー、なる言葉がある。
共感とか、共鳴を意味する言葉であり、何者かの考えや行動、そして生き様に対し、その通りであると言う同意を憶えた時に、この言葉は使われる。

 互いの出自に似たものを感じた男達が、今地面を蹴って駆け始めた。
世界が異なれば、友にすらなれたかもしれない者達が戦いあう。それもまた、聖杯戦争の妙なのだと、二名は同時に気付いたのであった。

540The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/02/14(水) 18:40:35 ID:.tmaFwNE0
中編の投下を終了します

541名無しさん:2018/02/16(金) 14:22:31 ID:fG3VT0Ok0
投下乙です
キタロー&アレフはこれが初の鯖との戦闘だがやはり強い。相対したバッターさん達はご愁傷様。
後やっぱりシャビリスちゃんがクッソ役立たずで草

542名無しさん:2018/02/17(土) 07:51:31 ID:sS.wqrq60
投稿乙です

フツオが「まだだ」と頑張った結果なのに対して
アレフはフロムゲーみたいに降りかかり火の粉払っていったら
こうなったてのが対称的。後、物理反射されて全滅した
プレイヤーはかなりいるはず

543名無しさん:2018/02/18(日) 00:47:50 ID:qYgu3.WM0
投下乙です

セルと戦った時のミスターサタンばりにぶっ飛ばされるのが板についてきたシャビリスの明日はどっちだ

544The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:28:20 ID:qWajf0H60
投下します

545The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:28:59 ID:qWajf0H60
 イルが、清音に襲い掛かろうとしていたアレフを食い止めようとする、言わば『殿(しんがり)』を買って出たのには訳がある。
勿論それは、あの抜き差しならぬ主従に恩を売っておきたかったと言う打算も勿論ある。
あの主従に貸しを作るのであれば、マスターよりも清音だとイルは判断した。あのマスターは、平気で嘘を吐くし、約束も反故にする、そんな臭いを感じ取ったからだ。
聖杯戦争を勝ち抜く、生き残ると言うスタンスの参加者として考えた場合、ソニックブームの考えは寧ろ正当な物とすら言える。全く間違ってはいない。
だが、信頼は築けないだろう。虚や嘘を交える事は大事ではあるが、この戦いを勝ち抜く上で必要なもう一つのファクター、信頼は、誠実を以ってしか稼げないのである。
してみると、信頼を築けそうなのはソニックブームの従えるセイバー、橘清音の方であった。話していて解る、あの男はくそ真面目で、真っ直ぐな人間であると。
現に、この場から清音を逃した際に、彼が口にしたあの言葉だ。恩に着る、ときたものだ。解りやすい程、実直な性格の持ち主だった。

 だがそれ以上に、個人的にではあるが、イルは、ああ言う性格の持ち主は嫌いではなかった。
この聖杯戦争にだって、肯定的な意見を本当は持っていないのだろう。叶えたい願いにしても、本当はないと言うのが正直な所なのだろう。
運命の悪戯的に呼ばれ、この街の在り方に迷っているサーヴァント。それが、清音なのかも知れない。
マスターであるソニックブームは兎も角、少なくともあのセイバーについては、今此処で脱落するには惜しい人材。イルはそう思っていた。
だから、こうして貧乏くじを自分から引いてはみたのだが――

 ――正直失敗やったな……――

 現在アレフとイルは、互いに十m程離れた地点で、睨み合っていた。
互いに交わした攻撃の数は、一合程。アレフは将門の刀を横薙ぎに振い、それに対しイルは、刀が自分の身体を斬るであろう場所を部分的に透過させ、
やり過ごしてからカウンターを叩き込む……『つもり』だった。だがイルは、アレフが攻撃を放とうとしたその段階で、急速に嫌な予感を感じ取り、駆けたルートに向かってバックステップ。こうして距離を取り、現在に至るのである。

 イルが清音の代わりに場を持たせようとしたのには、もう一つある。
清音では、アレフの相手は厳しいのではないか? そう思ったからである。
その戦闘スタイルの都合上、そして武術の練度を磨いて来たイルだからこそ、解る。アレフから迸る、底知れぬ程の武の練度をだ。
きっと清音自身も認識していたに相違あるまい。もしかしたら、自分の命は最早此処には、そしてこれからも存在しない心構えで立ち向かう気だったのかも知れない。
培った武練の差が、あり過ぎる。だからバトンタッチしたのである。自分の能力であれば、殆どの攻撃は通用しない。
憎たらしい能力ではあるものの、戦闘においての有用性は疑うべくもない。この能力を駆使すれば、それなりの時間稼ぎは出来るだろうと、イルは考えていたのである。この時までは。

 認識が、甘かったとしか言いようがない。
真正面と向かいあい、睨み合って初めて解る事もあると言うもの。アレフの武練は、イルの目から見ても桁違いのものだった。
Iブレインを駆使し、相手がどう動くのか、それに対し自分がどう動くのか。また、自分から動く場合にはどうすれば良くて、それに対する相手の行動は?
諸々の試算を脳内で捏ね繰り回してみたものの――全く決定打を見いだせない。既に脳内で演算したシミュレートの数は数百を超えているが、その全てが、
アレフに対して一撃も与えられず、その内の半数近くが、自分が逆に殺されると言う未来を予測していた。

546The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:29:12 ID:qWajf0H60
 刀と言う武器を持っている都合上、相手の戦い方はきっと『騎士』から身体能力制御と自己領域を抜いたような物なのだろう。
話だけを聞けば、騎士との戦いに比べればずっとずっと、簡単なそれだと、元の世界にいた魔法士達なら思えるだろう。其処からして、既に間違いなのだ。
確かに、身体能力制御も自己領域も、アレフは使えない。光速の99%に迫る超速度での移動も、運動能力や知覚能力の向上もアレフは出来ない。
それなのに、相対するアレフの強さは、騎士のそれに匹敵する。いや、場合によっては、上回る、と言っても過言ではなかろう。

 奇抜な戦い方をする訳ではない事は、イルだって解っている。
手にした刀、ホルスターにしまわれた銃状の装置。其処から考えられる、アレフ自身の戦闘スタイルは、イルも理解している。
理解しているのに、『其処からどう言う動きを繰り出してくるのか解らない』のだ。人の形をした生き物が、剣を持っている。
どうやって攻撃して来るかなど、解らない筈がないと言うのに、予測が出来ない。こんなタイプの存在は初めてだった。

 想像も出来ない程に経験して来た戦闘の場数、それによって培った戦闘経験。そして、それらによって磨いて来た武術の冴え。
それらを以って、頭の中の量子コンピューターであるところのI-ブレインの予測すらもクランチさせる。恐るべき、アレフの武練であった。

 身体から汗が噴き出て、イルのシャツを濡らして行く。杓の中の水を、背中にぶちまけられた様であった。
自分から先んじれば状況を打破出来る確率と、自分が後手に回れば状況を打破出来る確率。完璧に、五分。
過去、此処まで次の行動を選ぶのを躊躇った事などなかった。イルは痛みを恐れない。己の身体が傷付く事については問題がない。
それで救える何かがあるのなら。それで、拓ける道があるのなら。自分の身体など、幾らでも差し出す。
その事は、己の身体に刻まれた、無数の勇気と蛮勇の象徴が証明してくれる。そんな性情でなお、イルは次の行動を選ぶのに迷っていた。
無傷では済むまい。何かしらを失ってしまうだろう。それは果たして、身体の一部か、それとも命か? 
……その段になって、初めて気付いた。身体のパーツを失うのを気にしているのではない。命を失うのが怖いのではない。

 ――アレフと言う存在を相手に、一瞬とは言え戦う。その事実を、イルは恐れているのだ。

 そんな時間が二分程続いたある時だった。
I-ブレインが、アレフとイル間の距離が、十mと二十cmから、九mジャストにまで縮まった事を告げて来た。
いつの間にか、にじり寄っていたらしい。それすらも、認識出来なかったとは。恐るべき体重操作の腕前であった。
とはいえ、人為的な動きは兎も角、距離は、特殊な技術で相対的に歪められない限りは絶対のものである。
少なくともこの場に於いて、距離と言う概念を歪める技術は使われていない。必然、I-ブレインが告げた距離は真実のものとなる。
だが、何時の間に距離を詰めて来た――イルの頭が、今現在の彼我の距離を認識したその瞬間を狙って、アレフが、弾丸の如き速度で駆けて来た!!

 ――出来るッ――

 二人の距離を考えていたその瞬間を狙っての、吶喊。
恐らくアレフは、一足飛びに飛び掛かれる距離を修正する為ににじり寄ったのではないのだろう。
イルが、今現在の距離を頭で考える、その瞬間を狙ったに違いない。本当に油断を省いたI-ブレイン保有者から、並の人間が真正面から、
彼らにそうと悟られぬよう攻撃を仕掛ける事は事実上不可能に等しいと言っても過言ではない。それ程までに、脳の処理速度が違うのだ。
アレフ程の技量の持ち主が今仕掛けたような事をして、漸く小数点以下の確率で突破口が開けるか、と言う位の可能性である。
確かに上手いが、それだけ。アレフの移動する速度は、少なくとも、イルに見切れぬ速度ではあり得なかった。

 イルは腹を括った。先ずは相手に攻撃をさせ、その後カウンターを仕掛ける。
アレフに対してこれを行い、自分の脅威を知らしめさせ、戦いを続ける事について特にメリットも得る物もない、ただ互いに徒労に終わると言う事だけを知らせしめるつもりだった。

547The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:29:23 ID:qWajf0H60
 I-ブレインに頼るまでもなく、アレフが攻撃の間合いに到達した事を悟るイル。何が来る、と思った瞬間、イルは愕然とした表情を浮かべる。
奇妙にして、恐るべき現象だった。将門の刀は、確かに振るわれている。速度は音の七倍。破滅的な速度だ。
普通であれば、目ですら追えないし、I-ブレインが真っ先に警告を発する驚異的なスピードである。

 ――あるのに、I-ブレインが一向にアレフの攻撃を『脅威』として認識していない。攻撃とすら『感知』していないのだ。
故に、防御不能のアナウンスも、回避不能のアナウンスも告げない。いやそれどころか……当のイルの『理性や本能ですら、アレフの攻撃を攻撃と認識していない』のだ。
結局イルが、アレフが攻撃を放ったと認識したのは、将門の刀が、彼の手首に到達、その皮膚一枚に触れたその瞬間が初めての事であった。
つまり、刀がイルの肌に触れるまで、I-ブレインは勿論、イル当人ですらが、音の七倍以上の速度で迫るアレフの一撃を『自分の身体を損なう必殺の一撃』だと、思っていなかったのだ。

 ――シュレディンガーの猫は箱の中!!――

 すぐに、己の身体を幻影(イリュージョン)とする言葉を心の中で叫ぶ。
本来イルは能力をフルに用いれば、身体全体に透過の処理を施させ、あらゆる攻撃や現象をすり抜けさせる事が出来る。
つまり、その気になったイルの身体を害させる事は、不可能なのである。姿形は、誰の目から見ても明らかにその場所に存在する。
それなのに、誰もイルの身体に触れる事は出来ない。何故ならば能力を発動させたイルは、量子力学的に存在しないのと同じなのだから。
其処にいるのに、其処にいない。故にこそ、幻影(イリュージョン)。霧を撃ち殺せる狙撃手はない、水を斬り殺せる剣士はいない。例外は、己と同じく、量子を御せる術を持つ者だけだ。

 とは言え、戦闘の際に何時も自分の身体を量子化させる訳には行かない。常に量子化させると、荒垣に不必要な魔力消費を強いると言う事も勿論ある。
それ以上に、完全に身体を量子力学的に存在しない扱いにするという事は、『イルの方からの攻撃も相手を透過してしまう』のだ。つまり、ダメージを与えられない。
そんな幽霊のような相手と対峙した存在は、どんな手を取るか。『逃げる』のだ。攻撃が一切通用しない相手と戦い続けるのは、時間の無駄以上の意味がない。
逃げの一手。これはイルにとって取られて一番困る選択だ。しかし、相手にその選択肢を選ばせない方法が一つだけある。
それが、自分には攻撃が通用するぞと思わせる方法である。だからイルは、戦闘に陥ったら無暗に体全部を量子化させる事はしない。
身体の一部『のみ』を敢えて透過させるのだ。その一部とは即ち、血管や骨、内臓。破壊されれば甚大なダメージを負う器官のみを、ピンポイントで透過させるのだ。
こうする事で、相手に攻撃が通ったと思わせるのだ。無論実際には、ダメージは軽微なもの。何故ならば、表皮や筋肉しかダメージを負っていないからである。
実際には平気でイルは動ける。そうして相手が油断して、大技か、隙のある攻撃を放った所で、身体の大部分を量子化、すり抜けさせて致死の一撃を与える。
これが、イルと言う男の戦いの骨子であった。同じ魔法士をして、『気が狂っている』と言わせしめた程の、常軌を逸したイルの戦い方であり、彼なりの信念に基づいた戦い方だった。

 ――この信念を、イルは曲げた。
自身の身体全体を量子力学的に存在しないものとし、アレフの恐るべき剣閃をイルはすり抜けさせる。
アレフの攻撃が、振り抜かれる。まるで水を攻撃したように、するりと抜けて行くその感覚。アレフの眉がつりあがる。
憶えがあり過ぎる感覚だった。物理攻撃を無効化させる悪魔を斬ったような手応え。まさかこのサーヴァント……、そうアレフが考えた瞬間、イルが動いた。
量子化を解除させた後に、独特に人差し指と中指を曲げさせた拳を以って、将門の刀を握るアレフの右腕、その二頭筋の辺りに拳を放つ。
当たる瞬間に自身の手を透過させ、拳を握るのに必要な神経をそのまま外部に引っこ抜こう、と言う算段だ。イルの能力ならばそれが出来る。

548The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:30:10 ID:qWajf0H60
 但し、アレフはそれをさせない。
イルが真正面からの攻撃及びフェイントに、I-ブレインが齎す高速演算能力で対応出来るのと同じように。
I-ブレインの保持者ではあるが、元の身体能力が人間の域を出ないイルでは、数多の戦場を潜り抜けてアレフが磨いた、獣の反射神経を凌駕出来ない。
イルの攻撃よりも遥かに速い速度で、攻撃した側の腕を引き、その状態からイルの左肩目掛けて弾丸もかくやと言わんばかりの刺突を放つ。
やはり、イルのI-ブレインはこれを攻撃として認知してくれない。攻撃をアレフが放ったと認識したのは、先程と同様だ。
刀の剣先が、衣服を突き破り、皮膚一枚に触れたその瞬間。普通のサーヴァントであるのならば、このタイミングで攻撃されたと気付いてももう遅い。
肩が吹っ飛び、血肉を撒き散らせながら腕が地に落ちている事だろうが、イルは違う。埒外の思考速度を持った彼は、I-ブレインの思考演算速度を以って、
即座に己の身体全体を量子化させ、再び攻撃を素通りさせる。アレフの腕が、伸びきった。果たして、如何なる速度でこの救世主は攻撃を放ったのか?
イルの背中をすり抜けた将門の刀、その剣先から放たれた衝撃波が、イルの背後の鉄筋コンクリートの塀にすり鉢状のクレーターを刻み、其処から生じて行った亀裂が壁を崩落させてしまったではないか。どれだけの威力を乗せた、突きであったと言うのか。

「かなわんで、ほんま」

 言ってイルはそのままバックステップで、自身と重なった位置にある将門の刀から距離を取り、量子化を解除させる。
今の言葉は本心から出た台詞だった。とてもではないが、人間と戦っている気がしない。

「これ以上戦って得られるものある訳ちゃうやろ。互いに疲れるだけや、これ以上はやめとけ」

「互いに疲れる、じゃないだろ? 自分が疲れるから、本当は勘弁して欲しい。そんな風にしか聞こえないが」

「実を言うとそん通りやな。おたく、人間か? 戦ってて寒気しかせんわ」

 アレフの放った、攻撃を攻撃と認識させないあの攻撃を指して、そう言っているのだろう。しかし事実、アレフは人間なのである。
生前アレフが戦って来た敵の中には、攻撃など避けられない程の巨体を持ちながら、攻撃を放った側からすれば、命中したはずなのに傷一つ負わない悪魔が相当数いた。
これは、その悪魔が高次の実力を持った存在に特有の避け方だが、『攻撃していると言う過程を歪め、命中した筈なのに避けたのと同じ扱いにして無傷でやり過ごす』、
と言った物があるのだ。アレフも生前は、これにはかなり苦戦させられた。そんな戦い方をする内に、アレフは一つの技を見出した。
先程の対処方法は、悪魔が攻撃であるとそれを認識して初めて発動出来る。この発動を阻止する為には、相手の反射神経を凌駕した速度の一撃を行うか、
『攻撃と認識させない攻撃』を行うしかない。アレフは、この後者の技術を習得した。剣を振う。そのアクションは、誰の目から見ても攻撃の筈なのだ。
しかしアレフは、この『ダメージを与える手段であると認識させない技術体系』を会得した。
相手は、アレフが行動を終え、自分の身体が損なっている瞬間に初めて、アレフが攻撃したと言う事実を認識するのである。
イルは、この技術を宝具かスキルか、そうと認識したが実際には違う。終わるとも知れぬ戦いに身を投じ、それを勝ち抜き、死ぬ瞬間まで無敗を貫いてきた人界の救世主が、その戦いの過程で敵を斬り殺す為に会得した、神技の一つに過ぎなかったのである。

「で、どうするんよ。まだ戦うって言うんなら――」

「セイヴァー」

「解ったよ」

 湊の言葉を受けて、アレフは将門の刀を鞘にしまう。ホッと息をつきかけるイル。
如何やらアレフのマスターの方は、これ以上の戦闘をよしとしなかったようである。

「正直、そこまで悪そうな人に見えないから、僕としては戦いたくない」

「なんや、マスターの方が見る目あるやないか」

「人を見た目で判断しちゃ駄目だぞ、マスター」

 自身のマスターの軽率な判断を窘めるアレフ。

「……まぁ何にしても、そっちの邪魔したんは悪う思っとる。流石に見込みのある同盟相手を、こんな早くに失う訳にはいかんかったからな」

 一歩、イルは後ろに下がる。追う気配はアレフから感じられない。いや、一歩二歩、それどころか十m二十m。
この男から距離を離したとしても、一瞬で間合いまで詰められるか、予想だにしない攻撃手段で追撃されるだろう。今攻撃の構えを見せなくても、問題がない、と言った方がこの場合正しいのか。

549The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:30:37 ID:qWajf0H60

「次逢う時は、なるべく今みたいな構図で戦いたくないもんやな。ほな、マスターの御厚意に、甘えさせて貰うとするわ」

 そう言ってイルは、バックステップを大きく刻み、この場から立ち去ろうとする。
イルの背後にあるのは、鉄筋コンクリートの塀。普通であればぶつかるのだが、身体を量子化させているので、ぶつかる事無くすり抜ける。
これを何度も何度も繰り返し、物理的にはあり得ないショートカットを利用する事で、イルは、アレフと言う恐るべき存在の居る所から退散したのであった。

「見逃して良かったのかい?」

 アレフが、湊の方に向き直り訊ねる。

「今はまだ何とも言えないけど……僕は、その選択に後悔してない」

「……そうか。そう言えるのなら、良いと思うよ」

 イルが去った所に目線を送りながら、アレフは言った。
アレフの目から見ても、イルと言う銀髪のアサシンは、救いようがない程の悪人とは見えなかった。
ただその場の流れで、同盟相手を助ける為に、立ちはだかった。その程度なのだろう。

「ここはもう目立つ。場所を変えよう」

「あぁ」

 そう言うと、即座にアレフは霊体化。
湊は、近くで横転している自転車を引き起こさせ、ペダルを漕いで急いでこの場から離れて行く。
そしてそうしながら、念話でアレフと会話をする。

【ところでさ、何でセイヴァーは、あのセイバーと敵対してたの?】

【あの、独特な鎧……と言うか甲冑? あれを装備してた奴か】

【うん】

【セリュー・ユビキタスが操るバーサーカーをあと一歩で消滅させられたのに、邪魔されちゃってね。それで、味方だと思った訳だ】

 バーサーカー・バッターを追い詰めていたアレフは、構えていた将門の剣身に反射して映った、背後から迫る謎の飛来物を認識。
それに対応しようと、背後を振り向き、刀でその飛来物――手裏剣のような物を破壊したのだ。
そして、バッターらがアレフから逃走するのに、この短い時間は十分過ぎる猶予だった。
即座に脱兎の如く退散を始めたバッター達。そして、これを追跡するアレフ……と、この手裏剣を放ったと思しき、不思議な装束のサーヴァント。
そのサーヴァントが、建物と建物の屋根を跳躍しながら、凄まじい速度でバッター達を追いかけていたのをアレフは見たのである。
此処から、あの手裏剣を放って、自分達からバッターと言う獲物を横取りしようとし、剰えバッターに逃げる時間すら与えてしまったサーヴァントは、
忍者めいて屋根と屋根を跳ぶサーヴァントだとアレフは認識。敵か、それに近しいポジションだとアレフは考えたのである。

【前途多難だなぁ】

【全くだよ】

 自転車を漕ぎながら、人が集まりつつある、嘗て戦場であった場所から遠退いて行く湊達。
頭上を見ると、青い空の上に白い月が浮かんでいた。五日後に満月となる、昼天に浮かぶ白い月が。
この世界の満月は――自分達にとって何を齎すのだろうか。不幸か、幸運か。それとも……それ以上、なのか。




【市ヶ谷、河田町方面(香砂会邸宅跡周辺)/1日目 午後1:30】

【有里湊@PERSONA3】
[状態]健康、魔力消費(極小)、廃都物語(影響度:小)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]<新宿>某高校の制服
[道具]召喚器
[所持金]学生相応
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に帰る
1.可能なら戦闘は回避したいが、避けられないのなら、仕方がない
[備考]
・倒した魔将(ナムリス)経由で、アルケア帝国の情報の断片を知りました
・現在香砂会邸宅跡周辺から遠ざかっております。向かっている先は、次の書き手様にお任せします
・拠点は四谷・信濃町方面の一軒家です
・アサシン(イル)を認識しました
・ソニックブームと、セイバー(橘清音)の存在を認識しました
・番場真昼とバーサーカー(シャドウラビリス)の存在を認識しました


【セイヴァー(アレフ)@真・女神転生Ⅱ】
[状態]健康、魔力消費(極小)
[装備]遥か未来のサイバー装備、COMP(現在クラス制限により使用不可能)
[道具]将門の刀、ブラスターガン
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを元の世界に帰す
1.マスターの方針に従うが、敵は斬る
[備考]
・アサシン(イル)を認識しました
・ソニックブームと、セイバー(橘清音)の存在を認識しました
・番場真昼とバーサーカー(シャドウラビリス)の存在を認識。セリュー組の同盟相手だと考えています

550The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:30:50 ID:qWajf0H60
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「死ぬ思ったわ」

 電柱に背を預ける荒垣の所に戻るなり、イルはそう呟いた。
何処となく、荒垣にはイルが憔悴しきっているように見える。口にした言葉を本心から言っている事の証だ。

「お前の口からそんな言葉が出る何て珍しいな」

「命張る事なんざ一度二度ちゃうが……それでも、肝冷えた位にはヤバい相手やった。生きてた頃でも、あんな怪物と戦った事ないわ」

 仮に命と言う概念が商品棚に無数に陳列されていたとして、その全部を使い切るばかりか棚が無数にあっても足りない程の、
戦場と地獄を潜り抜けて来たイル。その彼をして、セイヴァーと呼ばれたあのサーヴァントは、別格の存在であった。
あれより優れた身体能力を持つ者も、あれよりも特異で凶悪な能力を持った者もそれこそ、遍く世界を探し回れば幾らでもいるだろう。
事実イルも、そう言った存在に覚えがある。生前の時点で、アレフよりも身体スペックや能力的に優れた相手とは拳を交えてもいる。
それでもなお、勝てる、と言う展望を抱かせないのである。それどころか、戦えば死ぬ、殺されると言う確信すら抱かせる。恐るべきまでの武練と技量を持つ男だった。
何を極めれば、何を潜り抜ければ。あの高みへと至れるのか、イルには皆目見当がつかない。

「まぁ、向こうが本気で俺の命を殺ろうとするつもりがなかったから、こうして五体満足で戻れたがな。そうじゃなかった、ホンマどう転ぶか解らんかったな」

 荒垣kから送られる目線は、いまだに信じられないような物が微かに籠っている。
イルをして、此処まで言わせしめる敵なのだ。この男が嘘を言ってるとは思わないが、それでも、やはり信じられないと言う思いの方が強い。

「取り敢えず、サーヴァントがそれだけ強いってのは、良い。予測出来た事だ」

 自分の引いたサーヴァントよりも、強いサーヴァントが跳梁跋扈している。
その事実は、恐るべきものではあるが、やっぱりそうなのだろうな、と言った域を出ない。
荒垣が言ったように、往々にして予測出来た事柄だからだ。ありとあらゆる世界の、あらゆる年代からピックアップされて召喚される存在。
それがサーヴァントであるのなら、イルより強いサーヴァントが召喚されている、と言う事実は多少は驚きこそすれど、愕然とするような物ではない。

「気になるのは、『俺と同じ能力を使うマスター』の事だ」

 これが、荒垣にとって一番気になる事実だった。
アレフが清音に対して攻撃を仕掛けようと言う局面で、イルが其処に割って入って来るほんの少し前まで、荒垣はイルと行動を共にしていた。
この時、清音に恩を売っておきたいと考えたイルが、その場所へと向かって行ったその際に、こんな念話が荒垣の所に届いたのである。

 ――なんやコイツ!! マスターと同じ能力を……――

 驚いたのはイルよりも荒垣だ。同じ能力……言うまでもなく、ペルソナ能力の事である。
仔細を訊ねようと念話を飛ばそうにも、既に念話の有効射程外だった為、内容が掠れてよく聞き取れず、誰がペルソナ使いだったのかと言う肝心の情報は不明瞭。
念話圏内に近付こうとイルが考えた時、丁度アレフが清音に攻撃を仕掛けようとしていた為に、イルと荒垣は再合流が遅れた。
結局このタイミングになって初めて荒垣は、同じ能力者の特徴を知る事が出来る、と言う訳だ。

「お前と同じ能力なのかは解らんで。ただ、マスターが以前見せた能力とそっくりって思っただけやし、ホンマに似たような能力なだけなのかも知れん」

「それでも良い。そいつの特徴が知りたい」

「青みがかった髪で、背丈はマスターよりも小さい。中肉中背って奴やな。顔立ちは結構整ってて、後、ペルソナ使う時はお前と同じで銃を――どうした」

 話している内に、荒垣の表情が険しくなって行ったのを、イルは見逃さなかった。

「覚えがある。て言うか、知り合いかも知れねぇ」

「そうか……」

 当初荒垣は、ペルソナ使いであると言うのなら、自分にペルソナの制御薬を渡していた、ストレガの連中であって欲しいと願っていた。
知人と戦うなど、荒垣とて御免蒙るからだ。その点、ストレガであるのならば、殺しこそしないが思う存分叩き伏せられる。聖者気取りのあの男であったおなら、猶更だ。

551The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:31:23 ID:qWajf0H60
 想定は、最悪の方向に裏切られた。
イルの話した特徴と合致するペルソナ使い。間違いなく、S.E.E.Sのリーダーである、有里湊であろう。
彼と過ごした時間は本当に短い間であったが、その期間だけでも、湊の強さは荒垣にもよく伝わった。
味方にすると頼もしい。だが、味方の際に頼もしいと言う事は、裏を返せば敵に回った時の厄介さが段違いである事にも等しい。
初めてタルタロスで共闘したその時点で、湊の強さは自分は勿論、長い期間ペルソナを駆使して戦っていた美鶴や真田をも最早上回っていた。
きっと、才能と言うものなのだろう。そして、その才能を磨き上げた結果でもあるのだろう。あの荒垣ですら一目置いていた程の、大人物。それが、有里湊と言うペルソナ使いなのだ。

「正直な所、敵対したくないってのが本音だ。俺よりも遥かに強いし、何より……良い奴だからな」

「その点については、まぁ、問題なさそうやな。俺が此処に無事に到着出来たんも、そのマスターが厚意を見せてくれたから、ってのが大きい」

「厚意……?」

「俺がな、良い奴っぽく見えたから余り戦いたくないんやと」

「……アイツらしいといえば、らしいのかもな……」

 苦笑いを浮かべるイルと荒垣。

「っちゅーても、この聖杯戦争。何が原因で振り子の落ち先が変わるかどうかは解らない。その良い奴が、何かを境に豹変して、お前と敵対するやも知れんが――」

「その点は、覚悟している」

 懐に隠した召喚器にそっと手を当て、荒垣は言った。
迷いも何もない言葉――と言いたい所ではあったが、微かなブレが、言葉尻にあるのをイルは見逃さなかった。
それについて咎める事は、イルもしない。身内と戦うと言う段になって、決意にブレが生じる。その事を、果たして誰が咎められると言うのだろうか。

 ――俺も、出来得るもんなら、今とは違う形で会いたいな……――

 腕を組み、清音達の到着を待ちながら、イルは空に目を走らせそう思った。
セイヴァーと称呼されるサーヴァント、アレフ。自分と同じく、誰かの手によりて、人間に本来想定されたものとは異なる形で産み落とされた、人造の仔。
昔日の時には、自分と同じように、大勢の普通の人間達が普通の生活を送る為の礎石に選ばれた、哀れな者達の事を強く思っていたイル。
嘗ては普通の人間に対して憤懣を抱いていた事もあったが、それも既に過去の話。だが、正しい形――つまり、母の胎から産まれると言う風ではなく、
遺伝学の高度な発展による遺伝子操作技術で生み出された者達への思いも薄れた、と言う訳ではない。
幼い頃に見た、シティに生きる人間の為の生贄に選ばれた子供達の事は、今でも忘れないし、忘れた事もない。

 要するにイルは、アレフに対してシンパシーを抱いていた。
当然、アレフが何時しか本気で自分と敵対すると言うのであれば、その共感を捨てる覚悟はイルにも出来ている。
その時には修羅となってアレフの懐に潜り込み、羅刹となりてその心臓を抉り取る。その腹積りに、イルは何時でもなれるのだ。
しかし、余り戦う事に乗り気はしないのも事実だ。アレフは強い上に、イルと言う存在がどのようにして産まれた者なのか、理解していた。
話し合える気がするし、共に戦えそうな気もする。恐ろしい男であったが、味方に引き入れられれば、心強い。
だから、次に会う時には、敵と味方と言う二項対立的な構図で、出会いたくない。あって話も、してみたい。

 夏の気温が、イルの身体に染みて行く。
夏の空とは、こんなにも高く、広く。渺茫としたものなのかとイルは幾度となく思う。
そして、この空の下で行わねばならない事が殺し合いだと言う事実が。イルにとっては、堪らなく腹ただしいのであった。

552The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:31:36 ID:qWajf0H60




【市ヶ谷、河田町方面(香砂会邸宅跡周辺)/1日目 午後1:30】

【荒垣真次郎@PERSONA3】
[状態]健康、魔力消費(小)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]召喚器、指定の学校制服
[道具]遠坂凛が遺した走り書き数枚
[所持金]孤児なので少ない
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を企む連中を叩きのめす。自分の命は度外視。
1.ひとまずは情報と同盟相手(できれば魔術師)を探したい。最悪は力づくで抑え込むことも視野に入れる。
2.遠坂凛、セリュー・ユビキタスを見つけたらぶちのめす。ただし凛の境遇には何か思うところもある。
3.襲ってくる連中には容赦しない。
4.人を怪物に変異させる何者かに強い嫌悪。見つけたらぶちのめす。
5.ロールに課せられた厄介事を終わらせて聖杯戦争に専念したい。
[備考]
・ある聖杯戦争の参加者の女(ジェナ・エンジェル)の手によるチューナー(ギュウキ)と交戦しました。
・遠坂邸近くの路地の一角及び飲食店一軒が破壊され、ギュウキの死骸が残されています。
・ソニックブーム&セイバー(橘清音)の主従と交渉を行い、同盟を結びました
・セリューが、バーサーカー(バッター)に意識誘導をされているのでは、と言う可能性を示唆されました
・バーサーカー(バッター)が喋れる事を認識しました


【アサシン(イリュージョンNo.17)@ウィザーズ・ブレイン】
[状態]健康、魔力消費(小)
[装備]
[道具]
[所持金]素寒貧
[思考・状況]
基本行動方針:荒垣の道中に付き合う。
0.日中の捜索を担当する。
1.敵意ある相手との戦闘を引き受ける。
[備考]
・遠坂邸の隠し部屋から走り書きを数枚拝借してきました。その他にも何か見てきてる可能性があります。詳細は後続の書き手に任せます。
・有里湊&セイヴァー(アレフ)の存在を認識しました。また湊が、荒垣の関係者であり、ペルソナ使いである事も理解しています
・番場真昼/真夜&バーサーカー(シャドウラビリス)の存在を認知しました

553The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:31:59 ID:qWajf0H60
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ――追われているな―― 

 セリューを抱え、逃走を続けるバッターがそう思う。
鰐頭の浄化者に備わる、霊的・概念的存在を感知する力は、凡百のサーヴァントを凌駕して余りある。
数百m離れた場所に存在するサーヴァントを、一方的に感知出来る程そのアンテナの精度は高い。
だからこそ、解る。明らかに自分達を追跡している、二名の存在をだ。

 一人は、サーヴァントであった。
疾風の如き速度で此方を追って来ている。家屋と言う障害物を無視しているかのような移動速度。屋根から屋根を跳躍して移動しているのだろう。
姿はまだ目の当たりにしていないが、大変な奴である事は解る。戦って勝利を拾えるかどうかは、解らない。

 もう一方は、間違いなく人間であった。
厳密に言えば、一人の人間に、別の何かの『魂(ソウル)』を融合させた存在。
恐らくこの存在こそが、自分を追うサーヴァントのマスターである可能性が高いとバッターは睨んでいた。
そして、そのマスターが誰なのかも理解している。人が人を識別するのに、姿形や声、思想と言う個性を利用するのは周知の事実だが、
バッターはそれらに加えて、人の身体に内奥されている魂の個性を識別する事が出来る。そして、この魂は外見的な情報と違って誤魔化しようがなく、如何なる詐術を用いても不変である事が定められている。

 その、最早雪ぐ事すら不可能な程に汚れきった魂の持ち主。その名は『ソニックブーム』。
衝撃波の名を冠する戦士。出し難い技術によって穢れた魂と融合を果たした、忌むべき存在。
バッターからすれば、英霊や亡霊よりも唾棄すべき男だった。生者の国の人間でありながら、冥府の領分であるところの魂と融合し、不必要なまでの力を得た人間。
初めて出会った時はセリューの手前、浄化を行うのに手順を踏んだが、そうでなければ、そのような面倒な手順など経ず、側頭部目掛けてバットをスウィングしていた程には、吐き気を催す存在であった。

 ソニックブームも、彼が従えるサーヴァントに負けず劣らずの速度で此方を追い掛けている。
恐ろしい事実であった。サーヴァント並に動けるマスターの存在……危惧していなかった訳ではないが、そんな存在、机上の空論に過ぎぬと何処かで思っていた。
しかし、斯様な存在は実在するのである。ソニックブームの強さ、それを体現させている理論を思えば、これは不思議な事ではない。
ないが、ここまでの強さである事は想定外だ。セリューとソニックブームをぶつけた場合、間違いなくセリューは一方的な嬲り殺しにあってしまう。断じて、追い詰められる訳には行かなかった。

 ――足手まといめ――

 実を言えば、エプシロンの補助技術を用いて自身の身体能力を高めれば、ソニックブームや彼の従えるセイバー、橘清音を振り切る事は出来る。
出来るが、今はそれをしていない。アレフ達の所から退却してから、バッターがやった処置と言えば、抱えたまま走っているセリューに刻まれた、弾痕を癒しただけ。
既にアレフからは逃げ切っていると言うのに、何故自身のマスターの傷の手当のみしか行っていないのか。答えは、単純明快。バッターの背を追いかける、機械のバーサーカーが原因だった。

「……ッ」

 シャドウラビリス。そのような名前であると言う。名前の由来は如何でも良い。
確かなのは、今この状況において確実に、このサーヴァントは枷以外の何物でもないと言う事実であった。
敏捷のステータス自体は、それ程差がない。ないが、シャドウラビリスの方はアレフから受けた手傷の方を、回復し切れていない。
一方バッターの方は、保守の技術によって負わされたダメージの方は治癒出来ている状態だ。傷の治り具合に差がある以上、シャドウラビリスの方が後手に回るのは、当然の理屈であった。

554The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:32:11 ID:qWajf0H60
 痛みを堪えながら、バッターの後を追うシャドウラビリスにフラストレーションを溜めながら、移動を続けていたその時。
数十m以上離れた所でバッターらを追う清音に、攻性の魔力が収束して行く感覚をバッターが捉えた。
この距離と、建物の密集度合から言って、あのサーヴァントの方から自分達は見えない筈だとバッターは正確に判断。
だが、相手はサーヴァント。遮蔽物越しからでも、此方を視認、或いは認識出来る術を持っていたとて、何らおかしくはない。
そして、此方を迎え撃つ為の一撃が今、見えぬ所にいる戦士から放たれた。

 それは高速で、明白に、バッター達の方角に向かって放たれていた。
立ち並ぶ家屋、電信柱に電線。それら障害物を、人が目に見える物を避けて移動する様に器用にかわして行く。
蒼白く独りでに光るそれは、掠れば肉が抉られるような鋭さのギザギザを携えている、菱形の手裏剣であった。
初めてソニックブームと出会った時に、対応した攻撃だとバッターは直に思い出す。勿論、どんな攻撃かも承知していた。

 飛来するそれ目掛けて、アルファのアドオンで迎撃。
清音の放った手裏剣、『無限刀 嵐』とアドオンが衝突、一方的にバッターのアルファが嵐を粉砕する。
それも当然だ。宝具としてのランクもそうであるが、ただの必殺技の延長線上に過ぎない手裏剣上の斬撃に過ぎない嵐が、
確かな形を持つ上に神秘としての強度も高いアルファに、掠り傷を負わせる事も出来ない。自然な事であった。

 バッターの知覚範囲内で、狙撃、不意打ちの類は無意味に等しい。
圏境の域に達する気配遮断能力を得たとて、それがサーヴァントと言う霊的性質を秘めた者であるのなら。バッターはこれを感知する事が出来る。
気配を消したとて、其処に存在すると言う事実までは決して歪められないからだ。故に、霊性を知覚する能力に恐ろしく長けたバッターからは、逃れられない。
姿を認識させない事が肝要な不意打ちや狙撃であるのなら、アサシンクラスとしての性質を持ったサーヴァントにとって、バッターは天敵にも等しい存在であった。

 だが、清音としても、バッターが攻撃に対応する事は織り込み済みであったらしい。
一発程度の攻撃では、全くバッターに王手を掛けるのは不足。であるのなら、攻撃を連発すれば良いのだ。
無限刀 嵐は、特殊な斬撃が宝具となった物に過ぎない、いわば技術が宝具となった物である。必然、その燃費は頗る良い。
清音は勿論、ソニックブームにも負担は最小限だ。このメリットを活かして、清音は菱形の斬撃を無数に、バッターら目掛けて飛来させる。
回転しながら迫るそれを、バットで弾いたり、オメガの空間歪曲で消滅させたり、アドオン自体を体当たりさせて破壊したりと、次々迎撃。

 ――その時に発生した衝撃で、シャドウラビリスがよろめいた。
彼女の体勢上、不可避の減速。此処でバッターは、シャドウラビリスを切り捨てる算段に打って出た。
アルファの力を発動させ、衝撃波を彼女目掛けて放つ。「ッァガ……!?」、何が起こったのか理解出来ないような、シャドウラビリスの苦鳴。
そのまま何mも、バッターの移動ルートとは逆方向に吹っ飛ばされた彼女は、そのまま地面に倒れ込んだ。
異変を察知したセリューが後ろを振り返る。俯せに倒れたシャドウラビリスと、仰向けに、ラビリスから離れた所でグッタリしている真昼。
それを見て、ハッとした表情をセリューは浮かべた。

「番場さん!!」

「非情になれ、セリュー」

「でも!!」

「綺麗事のみで、正義の道は舗装されていない。そして、無慈悲と非情は、悪ではない」

 バッターの鰐頭と、背後のシャドウラビリス達の方に、悲愴な目線を交互させるセリュー。
どうすれば良いのか? 此処で自分がなすべき事とは? 生まれて初めてのジレンマに、正義の遵奉者は陥っていた。
真昼を助けに行けば、自分やバッターが危ない。このまま逃げ切れば、真昼の命がない。
悩んだまま、どんどんバッターとシャドウラビリスの距離が離れて行く。眦に涙を浮かべて、真昼の方に悲しげな目線をセリューは送り続ける。

「無言は、俺の意見を採ったと解釈する」

 そしてそのままバッターは、自身にエプシロンによる補助を適応させ、自身の敏捷性を強化。
この状態で強く地を蹴るバッター。蹴った所が陥没する程の速度での踏込で、先程までの移動速度にプラス時速一二八㎞を得た。
疾風など目ではないスピードを得たバッターは、とうとう清音達からすらも逃げ切った。かくのごとく、バッターらは<新宿>に来てからの初めての命の危機から退却したのであった。

555The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:32:55 ID:qWajf0H60




【市ヶ谷、河田町方面/1日目 午後1:30】


【セリュー・ユビキタス@アカメが斬る!】
[状態]肉体的損傷(中)、魔力消費(中)、番場真昼を失った事から来る哀しみ
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]この世界の価値観にあった服装(警備隊時代の服は別にしまってある)
[道具]トンファーガン、体内に仕込まれた銃、免許証×20、やくざの匕首、携帯電話、ピティ・フレデリカが適当に作った地図、メフィスト病院の贈答品(煎餅)
[所持金]素寒貧
[思考・状況]
基本行動方針:悪は死ね
1.正義を成す
2.悪は死ね
3.バッターに従う
4.番場さんを痛めつけた主従……悪ですね間違いない!!
5.メフィスト病院……これも悪ですね!!
6.番場さん……後で絶対助けます!!
[備考]
・遠坂凛を許し難い悪だと認識しました
・ソニックブームを殺さなければならないと認識しましたが、有里湊から助けてくれたと誤認したせいで、決意に揺らぎが生じています
・女アサシン(ピティ・フレデリカ)の姿形を認識しました
・主催者を悪だと認識しました
・自分達に討伐令が下されたのは理不尽だと憤っています
・バッターの理想に強い同調を示しております
・病院施設に逗留中と自称する謎の男性から、<新宿>の裏情報などを得ています
・西大久保二丁目の路地裏の一角に悪魔化が解除された少年(トウコツ)の死体が放置されています
・上記周辺に、戦闘による騒音が発生しました
・メフィスト病院周辺の薬局が浄化され、倒壊しました
・番場真昼/真野と同盟を組みましたが、事実上同盟が破棄されました
・有里湊&セイヴァー(アレフ)の存在を認知。またどちらも、悪だと認識しました


【バーサーカー(バッター)@OFF】
[状態]肉体的損傷(大だが、現在回復進行中)、魔力消費(中)
[装備]野球帽、野球のユニフォーム
[道具]
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:世界の浄化
1.主催者の抹殺
2.立ちはだかる者には浄化を
[備考]
・主催者は絶対に殺すと意気込んでいます
・セリューを逮捕しようとした警察を相当数殺害したようです
・新宿に魔物をバラまいているサーヴァントとマスターがいると認識しています
・自身の対霊・概念スキルでも感知できない存在がいると知りました
・女アサシン(ピティ・フレデリカ)を嫌悪しています
・『メフィスト病院』内でサーヴァントが召喚された事実を確認しました
・有里湊&セイヴァー(アレフ)の存在を認識しました
・番場真昼/真夜&バーサーカー(シャドウラビリス)を見捨てました
・…………………………………………

※現在、香砂会邸宅跡地から距離を離しています。何処に移動するかは、後続の書き手様にお任せ致します

556The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:33:20 ID:qWajf0H60
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「マジかあのバケワニ!! 同盟者を見捨てやがったぜ!!」

 結局、バッターがシャドウラビリス達を切り捨てたと知らなかったのは、セリューだけだった。
ソニックブーム及び、彼の視界を通じて『むげんまあいのNOTE』でその一部始終を見ていた清音ですら、バッターが行った行動と、その意図を見抜いていた。
セリューが見ていない隙を狙ってバッターがそんな行動に出たから仕方がないとは言え、ソニックブームは、ある種の哀れさをセリューに感じていた。
あの少女は、バッターと言うサーヴァントが心の奥に宿す狂気を認識出来ていないのだ。恐ろしく利己的で、自己中心的なサーヴァント。それがバッターだ。
その本性を、マスターである彼女だけが知らない。これ程、哀しいピエロな話もない。セリューだけが除け者、バッターが演じるキャラクターに踊らされる道化なのだ。

「……俺達から逃げ切る為に、足の遅い同盟者を見捨てる。非情ではありますが、合理的な判断であるとは思います」

「……ホウ。セイバー=サンの口からそんな冷徹な言葉が出て来るとはな」

 茶化した様子もなく、見直した風な口で、ソニックブームをは清音の顔を見た。

「ですが、それと、裏切って同盟相手に不意打ちを仕掛ける事は別です。俺の目にあの足きりは、悪以外の何物にも映りませんでした」

 結局そう言う結論に、落ち着くらしい。
「折角が男としての箔がついたって思ったのによ」、と零すソニックブームに、眉を顰める清音。

「んで……結局この嬢ちゃんは、誰なんだろうな?」

 言ってソニックブームは、足元に転がる、嘗てのセリューの同盟相手……番場真昼の方に目線を向ける。
Gスーツを纏った清音、そしてそれを御すニンジャは、シャドウラビリスと真昼の両名から一mも離れていない所にまで近づいていた。

「順当に考えれば、セリューに騙されたか、脅された、哀れなマスター……何でしょうが」

「俺もそう思う」

 言ってソニックブームが、湊に折られなかった左手で、真昼の着る制服の襟を引っ掴む。
それを見てシャドウラビリスが、凶暴な表情を浮かべながら、ノライヌめいた唸りを上げるが、流石にこの男は肝が大きい。
サーヴァントに威圧されたとて、まるで臆した様子を見せはしない。と言うよりも、このサーヴァントは何故――

「動けねぇのか、コイツ?」

 ソニックブームの疑問は其処だった。
バッターの放った攻撃の影響で、身体の何処かに著しい損傷を負い、動けないと言うのであれば話は解る。
だが今のシャドウラビリスにはそれらしい外傷はない。それなのにこの復帰の遅さは、疑問を抱かざるを得ない。余程、自分達が見つけるまでに体力を消費し過ぎたのだろうか。

 ソニックブーム達は知る由もないだろうが、バッターが従えるαのアドオン球がシャドウラビリスに向かって放った衝撃波には、
直撃した相手を麻痺させる追加効果があったのだ。その効果が今、シャドウラビリスに対して最大限発動している状態だ。だからこそ、今彼女は動けないでいる。
バッターがそんな事をした理由は一つ。シャドウラビリスがバッター達に追いつけないようにする為であった。

「どうしましょうか、彼女達……」

 清音の言葉からは、このまま捨て置けない、と言う念がありありと伝わってくる。
これは、ソニックブームでなくとも難を示すであろう。このまま見捨てる、と言う選択肢を選ぶ主従の方が、もしかしたら多いかも知れない。
余程道に外れた提案でなければ、受け入れよう。清音はそう考えていたのであるが……。

「利用されるだけされて、ってのは可哀相だからな。何とか立て直しの道位は示してやりてぇよな」

 意外にも、ソニックブームから出た言葉には、救済措置を設けてやろう、と言う旨が明白に存在した。驚きの表情を、Gスーツのマスク越しに浮かべる清音。

557The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:34:05 ID:qWajf0H60

「そう怖い顔するなよ、バーサーカー=サン。心配するな、お前のマスターは俺が責任もって保護してやるからよ」

 と、蹲って此方を睨みつけるシャドウラビリスを諭すソニックブーム。猫なで声であった。
……勿論、ソニックブームの言葉を、清音は額面通りに受け取っていなかった。確実に、何か疚しい目的があるから、保護するのだろう。そう清音は考えていた。

 清音が向ける、疑惑の目線に気付くソニックブーム。当然ソニックブームは、無償の善意で真昼を保護したのではない。
既にソニックブームは気付いていた。――真昼の身体の何処を探しても、令呪らしいものがない事に。
令呪の存在しないバーサーカー。これ程恐ろしい話はない。手綱の存在しない暴れ馬など、今のソニックブームには穀潰しも良い所であった。
同盟相手としては、論外を極る。肉の盾か、鉄砲玉。それ以外の使い方を、今のソニックブームは思い浮かべていない。
何なら、折見て荒垣の主従にぶつけると言う事も、アリである。自分に火の粉が降りかからないように、真昼達をどのように扱うか?
そのシミュレートは、ソニックブームの頭の中で、冷徹に組み上がっているのであった。




【市ヶ谷、河田町方面/1日目 午後1:30】

【ソニックブーム@ニンジャスレイヤー】
[状態]右腕骨折
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]ニンジャ装束
[道具]餞別の茶封筒、警察手帳
[所持金]ちょっと貧乏、そのうち退職金が入る
[思考・状況]
基本行動方針:戦いを楽しむ
1.願いを探す
2.セリューを利用して戦いを楽しめる時を待つ
3.セイバー=サンと合流
[備考]
・フマトニ時代に勤めていた会社を退職し、拠点も移しました(新しい拠点の位置は他の書き手氏にお任せします)。
・セリュー・ユビキタスとバッターを認識し、現住所を把握しました。
・セリューの事を、バッターに意識誘導されている哀れな被害者だと誤認しています
・新宿に魔物をバラまいているサーヴァントとマスターがいると認識しています。
・荒垣&アサシン(イル)の主従と、協力関係を結びました
・有里湊&セイヴァー(アレフ)の存在を認識しました
・悪魔(ノヅチ)の屍骸を処理しました
・古い拠点は歌舞伎町方面にあります
・気絶している真昼/真夜を抱えた状態です


【橘清音@ガッチャマンクラウズ】
[状態]健康、霊体化、変身中
[装備]ガッチャ装束
[道具]
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯にマスターの願いを届ける
1.自分も納得できるようなマスターの願いを共に探す
2.セリュー・バッターを危険視
3.他人を害する者を許さない
[備考]
・有里湊&セイヴァー(アレフ)の存在を認識しました


【番場真昼/真夜@悪魔のリドル】
[状態]肉体的損傷(小)、気絶
[令呪]残り零画
[契約者の鍵]無
[装備]学校の制服
[道具]聖遺物(煎餅)
[所持金]学生相応のそれ
[思考・状況]
基本行動方針:真昼の幸せを守る。
1.<新宿>からの脱出
[備考]
・ウェザー・リポートがセイバー(シャドームーン)のマスターであると認識しました
・本戦開始の告知を聞いていませんが、セリューたちが討伐令下にあることは知りました
・拠点は歌舞伎町・戸山方面住宅街。昼間は真昼の人格が周辺の高校に通っています
・セリュー&バーサーカー(バッター)の主従と同盟を結びましたが、これを破棄されました


【シャドウラビリス@ペルソナ4 ジ・アルティメット イン マヨナカアリーナ】
[状態]肉体的損傷(中)、魔力消費(小)、
令呪による命令【真昼を守れ】【真昼を危険に近づけるな】【回復のみに専念せよ】(回復が終了した為事実上消滅)
[装備]スラッシュアックス
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:全参加者及び<新宿>全住人の破壊
1.全てを破壊し、本物になる
[備考]
・セイバー(シャドームーン)と交戦。ウェザーをマスターと認識しました。
・メフィストが何者なのかは、未だに推測出来ていません。
・理性を獲得し無駄な暴走は控えるようになりましたが、元から破壊願望が強い為根本的な行動は改めません。
・バッターが装備させていたアドオン球体を引き剥がされました

558The proof of the pudding is in the eating ◆zzpohGTsas:2018/03/04(日) 02:34:27 ID:qWajf0H60
投下を終了します

559 ◆zzpohGTsas:2018/03/05(月) 03:21:18 ID:4.7Hg7Rc0
ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)
塞&アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)
マーガレット&アサシン(浪蘭幻十)
英純恋子&アサシン(レイン・ポゥ)
遠坂凛&バーサーカー(黒贄礼太郎)
アイギス&サーチャー(秋せつら)
北上&魔人(アレックス)
黒のアーチャー(魔王パム)
予約します

560名無しさん:2018/03/05(月) 03:50:39 ID:R5ZrxEgg0
遂にせっちゃんと幻ちゃんが再開するのか

561名無しさん:2018/03/05(月) 17:31:32 ID:6EI3AiLQ0
投下乙です

番場ペアが不遇すぎてもう草しか生えない。
バッターにイルと涼しい顔で連戦をこなすアレフの怪物っぷりが良く分かる

562名無しさん:2018/03/08(木) 18:18:08 ID:Rk0m/pok0
投下乙
派手さが無い代わりに隙もないアレフの恐ろしさよ

563 ◆zzpohGTsas:2018/04/14(土) 23:59:07 ID:T1ESMQgE0
投下します

564第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/14(土) 23:59:47 ID:T1ESMQgE0
 ――絵画館。
地域の特定なしに、その名前が何処の美術館を指しているのか? と問えば、十人十色の答えが出よう。
地元の美術館を答える者もいれば、常識のレベルで知って居るべき美術館の名前を答える者も、いるであろう。
だが、この<新宿>に於いて、美術館と問われれば、その名前さえ知っているのであれば、誰もが聖徳記念絵画館と答えるであろう。

 <魔震>と言う現象が、神代も過ぎ去り神秘も失せ、神も悪魔も遠くに行ってしまった現代に於いて、何故神秘の彩を纏って語られるのか。
<新宿>のみを特定して襲ったと言う事も勿論ある。他区と他区との境界線をなぞるように刻まれた亀裂だって、ミステリーの対象である。
だがそれらと同じ位置にまで並び立つ謎が、建物の破壊の度合いが、建造物によって違うと言う所である。
<魔震>前の新宿区の中では最も堅牢な構造を誇っていた筈の市ヶ谷駐屯地ですら、半崩壊に等しいレベルの損害を負ったにも関わらず、
この聖徳記念絵画館は、建物の外部に大小の亀裂が走った程度の軽微な損害で済んでいたのだ。
被害の程度が建物の構造的に小さいと言った事態は何もこの絵画館に限った話ではなく、<魔震>直後の新宿ではよくあった話である。
耐震構造がシッカリとしていた隣の一軒家は瓦礫の堆積になってしまっていたにもかかわらず、隣の築四十年のぼろアパートがほぼ無傷、
と言ったケースもあった程。この伝説は今でも語り継がれ、あの<魔震>にあって壊れなかった建物のあった土地は、パワースポット扱いされており、
その土地に建てられたアパートやマンションに住む事が出来ればそのパワーを住民も与る事が出来、幸運が約束されるとまことしやかに囁かれている程だった。

 そんな話が今も流れているせいか、聖徳記念絵画館は、お堅い展示物を主に目玉にしているのに反して客足が絶えない。
明治天皇の聖徳、つまり生前の様々な事績を描いた絵画を多数展示されている事から、聖徳記念絵画館。
堅い施設だ。少なくとも、今時の若人の人気となる所ではない。しかし絵画館の維持・運営を担当する明治神宮の上部も、
使える要素は使うと決めているらしい。このパワースポットであると言う噂を上手く扱った商品や展示を新しく産みだし、
<魔震>以前の収益を大きく超える程の黒字をここ数年叩き出している所からも、運営の辣腕さが窺い知れると言うものだった。

 平日であっても客足が多いこの施設にはしかし、現在人が全く見えない。
開館時間よりも大分前の、早朝の時間よりも人の気配を感じない。それも、当たり前の事であった。
今日の午後二時に起こった、<新宿>どころか世界中を震撼させた、新国立競技場での一大事件。
競技場内での大量虐殺もそうであるが、其処から迸った黄金光によって爆発的に跳ね上がった被害者数、そして、事件の舞台となった競技場その物の消失。
息を吐く間もなく、目まぐるしく事態が展開されてゆき、何が起こったのかを把握するよりも早く、全てが一切合財消えてなくなってしまった。
それはまるで、史書をパラパラと流し読みさせて行くかの如くに似ていた。

 足を運ぶ客もなく、聖徳記念絵画館及び、その周辺施設には現在、其処に勤務するスタッフ位しか今はいない。
元々此処を警備する為に存在した警察官達も現在、余りにも人手が足りないと言う事で、新国立競技場の捜査要請を受けそっちに向かってしまっている。
喧騒とサイレン音から取り残されたように、その地帯だけぽつねんとして静かなのは、そう言った事情があるからだった。

 そして、そう言う事情があるからこそ、隠れるには打って付けであった。

565第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:00:03 ID:qUjZ2eFg0
「……」

 遠坂凛にとってそれは、遅めの昼食だった。
場所は、絵画館から近い所にある、某球団のホームグラウンドであるところの神宮球場。
その、球場の外周に設置された観客向けのスタジアム売店の壁に寄りかかりながら、所謂球場飯と呼ばれる物を凛は口にしていた。
食べているものは、一個八九〇円の、シューマイ弁当。味の方は、まぁ悪くない。例え冷凍した物をレンジで解凍し、盛りつけただけのそれだとしても、
それまで口にしていたカップラーメンとか塩水に比べれば余程人間味のある味だった。栄養を摂取し、胃の中を質量のあるものが満たして行くと言う感覚だけでも、今の凛には有り難かった。

 勿論、対外的には国際的な指名手配犯同然の遠坂凛が、売り子に気付かれずに弁当を購入出来る筈がない。
今は、新国立競技場にいたアイドルの誰かの制服を着て変装しているとは言え、顔自体は依然として遠坂凛のままである。気付かれる可能性の方が高い。
まともに物品を購入しようとすれば、その時点でアウト。故に、購入の際には魔術による簡易的な催眠を用い、此方と気付かれない処置を取った。
これを用いれば、本来なら料金の支払い無しで商品を受けとる事も可能ではあったが、それだけは、最後に残ったプライドが許さなかった。
なけなしの所持金を叩いて、噛みしめるように。彼女はシューマイや白米を何度も噛んでいた。下手をすればこれが、最後の食事になりかねない。空腹感は、この場において殺しておきたかった。

【ははぁ、美味しそうですなぁ凛さん。私、シューマイ何て食べた回数が片手で数えられる位しかないんですよ】

【あげないから】

 シューマイを頬張りながら、霊体化した黒贄の言葉に対してそう返す。
残念そうな雰囲気が、回路を通じて伝わってくる。シューマイを一口、と言い出しそうな雰囲気を事前に出していれば、即答したくもなる。と言うよりサーヴァントに食事の必要性はない。

 <新宿>において、ブランクの地帯が出来る事は先ずあり得ない。
それはそうだ。如何に亀裂によって他区と隔絶された場所とは言え、此処は東京都の真ん中、都心も都心なのである。
経済規模も、流通するモノやカネの量も、日本全国は愚かアジア全土を見渡してもトップクラスである。この規模の都市で、人が全くいない地域の存在は、絶無に近い。
況して今凛がいる場所は、夕方に差し掛かった頃合いの球場である。もうすぐ試合も始まる時間。人がいない筈がない。
それなのに現在、閑古鳥が鳴いていると言うレベルではない程、この球場に人がいないのは即ち、すぐ近くの新国立競技場で起こった大事件のせいに他ならない。
あの事件には凛……と言うより、彼女の従えるバーサーカーであるところの、黒贄礼太郎が一枚大きく噛んでいる。事情は解る。
あんな事件が起きてしまえば、この人通りの少なさも納得と言うものだった。球場及び、絵画館側としては堪った物ではなかろうが、凛としては有り難い。
簡単に身を潜めさせられるのだから。今は、無為な戦いをするフェーズではない。サーヴァントの数が減りつつあるのを、静観する時期であった。

「――失礼するよ」

 神の振う賽子は、何処までも、遠坂凛に対して安息の時間は約束してくれないようであった。静観すると決めていても、状況がそれを許さないのである。
香の物を一緒に箸で挟んだ白米を口元に持って行きながら、ジロリと凛は、自身の眼前に聳え立つように現れた大男を見上げだす。
果たして其処には、黒贄のそれとは似ても似つかない程キチンとした黒礼服を身に纏う、アングロサクソン系の男が立っているではないか。

【あ、凛さん。サーヴァントの気配ですよ】

 本当にこの男は、と呆れる他ない。
黒贄が今更ながらに、凛にサーヴァントの気配の事を報告して来た。そんな物、聞かれるまでもなかった。
黒髪のアングロサクソン……ジョナサン・ジョースターの背後数mに、高次の霊的存在――即ちサーヴァントと思しき存在が、指先を此方に向けて構えているのが見えない、凛ではなかった。

566第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:00:24 ID:qUjZ2eFg0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 【黒贄、霊体化を解除しなさい】、そう凛が命令する頃には、シューマイ弁当はメインであるシューマイを二つ残す所の段階であった。
凛の指令を受け、黒贄は霊体化を解除。多くのサーヴァントに、恐るべき殺人鬼として認識されているその姿を露にさせる。
殺気が強まる。「おや」、と口にするのは黒贄である。ジョナサンと、ジョニィ。どちらも並外れた量の殺意を醸し出している。
だが、殺人鬼としての殺意ではない。どちらかと言えば二名の放つ殺意は、殺人鬼の物と言うよりは、殺し屋の物と見て間違いない。
特に、ジョニィの場合が顕著だ。黒贄ですら瞠目する程の量の殺意でありながら、その殺意の純粋(ピュア)さたるや、どうだ。
確実に凛と黒贄を葬ると言う気概に、限界値まで達している程の殺意だ。殺人鬼共の王は、ジョニィの放つそんな殺意に、漆黒のプラズマを見た。
マスターである筈のジョナサンの体格よりも小柄なその身体を押し包む、スパークを迸らせる黒曜石の色の火花を。

「こうして、実際に姿を見るのは初めてだな」

 ジョナサンの言葉に、誰も反応を示さない。
聖杯戦争が開催されてから、半日以上経過した現在であっても、黒贄礼太郎の姿を実際目の当たりにした主従は、そう多くはないであろう。 
大半が、うるさい位にテレビやSNSで拡散されている、あの有名な『衝撃映像』の中でしか見れていないに相違あるまい。

 実際にその姿を見る事と、映像資料でその姿を見るのとでは、全く違う。その姿を見た瞬間、ジョナサンは身の毛がよだつような恐怖を感じた。
体格は、自分と同じ程。ジョナサンも黒贄も、現代の価値観から言えば大柄、人によっては巨漢と見られてもおかしくない程、恵まれた身体つきをしていた。
どちらも共に身体つきはガッシリとしており、だからこそ礼服が良く似合う。二人は共に、アイロンをかけてるか否かとか、略礼服か否かと言う違いこそあれど、同じ色合いをした礼服を身に纏っていた。

 違うのは――その目だ。
ジョナサンの目は如何だ。とても感情的で、直情的。そして、人間的な目をしている。
それは即ち、極めて生命的な目であると同時に、人として当たり前の目だと言う事だ。非道に怒り、悲惨な出来事に哀しみ、目出度き事には喜びを湛える。
とても人間的な事であり、しかし、人間及びそれに準ずる知的生命体にしか確かに出来ない事が、当たり前のように出来る。そんな瞳をジョナサンは持っている。
黒贄の目は、違う。感情が、余りにもなさ過ぎる。製氷皿で作られた氷の粒をはめ込んだ方が、まだ温かみがあると感じるであろう程、温もりがない。
凍土で固まった、泥のような瞳だった。濁ったガラスの球のような瞳であった。宇宙の昏黒を丸めて眼球の形にした様な、怖い目であった。
この目を見続けていれば、気が触れる。そう思わせるに足る程の、負の威力を黒贄の瞳は有していた。表情は薄い微笑みであると言うのに、瞳の方には一切の感情が宿らないと言う点も、その威力に拍車をかけていた。

「……どちら様?」

 咀嚼する白米を呑み込み終えてから、凛が訊ねた。

「遠坂凛、で間違いないかな?」

「契約者の鍵を見る余裕もなかった程、慌てんぼうなのかしら? よく今まで生きて来れたわね」

 見れば解るだろ、と暗に言う凛。勿論、ジョナサンは馬鹿ではない。
服装こそテレビで流れている凛の服装とは違うが、顔を見れば一目で遠坂凛だと理解出来る。
だが、心なしか……テレビで流れた中学時代の卒業アルバムの写真等の参考映像のものとは違い、顔付きがややスれている。
きっと黒贄の大立ち回りや、聖杯戦争開始からの半日で、さぞ多大なストレスと気苦労を背負い込んだのであろう。尤もそれは、自業自得と言うものなのだが。

567第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:00:41 ID:qUjZ2eFg0
「其方の名前を一方的に知っていると言うのはフェアじゃあないが、生憎戦いの渦中だ。僕の名を明かせない非礼を許して欲しい」

 オブラートに包んだ非常に丁寧な言い方で、遠回しに『お前に明かす名などない』と言う旨をジョナサンは告げる。
清々しい程に、自分と貴方とでは相いれないと言う事が伝わってくる。だが、それで良いと凛は思う。
元より聖杯戦争は、サーヴァントの真名は勿論の事、マスターの名前が知れ渡る事だって後の禍根に繋がりかねないのだ。
戦の理から考えて、マスター自身の名を秘匿するべきと言うのは、極めて理に適っている。ジョナサンの態度を、非礼とは凛は思っていない。寧ろ常識的な判断だと思っている程だった。

「貴方は、死ぬわね」

 ジョナサンを瞳だけで見上げながら、凛が言った。
その瞳にジョナサンは、凛の様々な感情を感じ取った。虚無、鬱屈、卑屈、そして……怒りと羨望。

「アーチャーのサーヴァントを引いて置きながら、賞金首のお尋ね者の私を遠方から狙撃しないなんて、甘く見られたものよね。ミスターの目からは、私は相当無力な少女に見えたのかしら?」

 聖杯戦争に参戦しているマスターである凛には当然、ジョナサンの引き当てたサーヴァントである、ジョニィ・ジョースターのクラスが見えている。
アーチャー。何を飛び道具にするのかは解らないが、遠方からの攻撃に長けたクラスである事は凛にとっては常識中の常識である。
そんなクラスを引いていながら、ロングレンジからの攻撃を仕掛けて来ないばかりか、剰え直接近付いて会話すら交わそうとしているのだ。
ナメている。凛はジョナサンのこの行いを、一種の挑発行為と受け取った。此方が無力で、放っておいても自滅・自壊する。
そんな主従と解っているからこそ彼は、アーチャーを引いていながらこんな迂闊極まりない作戦に出たのであろう。凛が面白くないと感じるのも、むべなるかなと言うものだった。

「……君に話しかけたのは、僕の中に残った最後の良心の故だ」

「貴方の、良心?」

「僕の心の中で今、獣が暴れている。女の子に暴力を振う事を由とする、残虐な獣が」

 「しかし――」とジョナサンは言葉を続ける。

「可能なら僕は、その獣を解き放ちたくない。こんな危険な性根は押し留めたいんだ。だが、今の僕の理性では、それも難しい」

「……」

「だから、君の釈明と弁解が必要なんだ。君のサーヴァントによって起こされた虐殺は、君の手を離れたバーサーカーの暴走によるものだった。君は本当は無実で、君を『新国立競技場の大事件の犯人』だと思い込んでいるのは僕の酷い誤解だった。そんな君の、真心の言葉によってのみ、僕の心の中に巣食う兇悪な獣は鎮まる。答えて欲しい、遠坂凛」

 息を吸ってから、ジョナサンは言った。

「君が、やったのか? 君の……漆黒の意思がそうさせたのか?」

 遠坂凛が此処にいると言う情報を提供した塞に対して、ジョナサンは極めて強い語気と言葉で、凛を葬ると言う旨を表明して見せた。
だがしかし、本心ではまだ迷いがあった。遠坂凛はまだ、バーサーカー黒贄礼太郎に振り回されている、哀れな少女だと言う考えが心の片隅に存在するのだ。
その可能性がある限り、ジョナサンは凛に対して、蛮勇を奮えない。ロベルタの時は、彼女が言葉の通じない狂犬だと解っていたから、本気で殺しに掛かれた。
この少女の場合、まだその線引きがグレーなのだ。ジョナサンにとって凛は、普通の少女と、殺人鬼の相棒の中間に位置する少女。
疑わしきは、罰せない。だがそれは逆に、決定的な一言と行為さえあれば、針はどちらかに振れると言う事でもある。針を振れさせる決定的なもの、それこそが、今のジョナサンの欲するものだった。

 凛は、ジョナサン・ジョースターと言う男が、お人好しである事を見抜いた。
この男は未だに、自分の事をか弱くて、力に振り回されるだけの哀れな少女だと思っているのだ。思っていて、くれているのだ。
自分の事を被害者だと心の片隅で思ってくれる人間。凛は、感激した。まだ自分の事を、そう思ってくれる人間がこの地にいただなんて!!

 だからこそ、遠坂凛の答えは、決まっていた。
最後に残った一個のシューマイを口に運び、それを咀嚼し、呑みこんでから、凛は、ジョナサンに捧げる答えを口にした。

「――そうよ」

568第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:01:37 ID:qUjZ2eFg0
 人差し指をジョナサンの眉間に向ける凛。 
指先に収束する、赤黒い色味の魔力。ジョナサンが驚愕に目を見開かせたと同時に、指先からガンドが放たれる――『よりも早く』。
ジョナサンの背後数m地点に控えていたジョニィが、人差し指と中指の爪先を凛に合わせ、その指の爪を彼女目掛けて発射。
凛がガンドを放つ速度よりも、遥かに速い。ガンマンの抜き打ちの如き、爪弾の発射速度!!

 ――そしてそれらを凌駕して、黒贄が早く動いていた。
ジョニィの放った爪弾の射線上に、凄まじい速度で立ちはだかった黒礼服の殺人鬼。
本来ならば凛の心臓を体内で飛散させる筈だった、爪の弾丸二発は、黒贄の胸部に没入、体内に留まるだけに終わった。
凛が、いつの間にか己の近くに黒贄が高速移動していたと気付いたのは、ガンドを放ち終えた直後だった。
放たれたガンドをジョナサンは、弾く波紋を身体に纏わせ、己の右上腕をガンドの弾道上に配置、その魔力弾を見当違いの方向に弾く事で、何とか防ぎ切った。

「大道芸も極めれば人を殺せるんですなぁ、私には出来ない器用な真似です」

 爪弾を受けたにもかかわらず、いつもの薄い笑みを浮かべる黒贄。
態度はいつものように、何と言う風もないそれであるが、実際は違う。
爪弾を受けた所からは血が流れているし、事実痛みも感じている。ダメージを受けて尚、黒贄は笑うのだ。それがまるで、流儀でもあるかのように。

「それが……君の、答えなんだな……。遠坂、凛ッ!!」

 ジョナサンの顔に、怒りが彩られる。大きな刷毛で、顔に怒気を溶いた水を一塗りしたかのようであった。

「少しはサーヴァントとしてマシになったわね、黒贄」

 対照的に、凛の表情は落ち着いている。微かに口角を吊り上げて、凛はそう言った。
ジョニィの攻撃から、黒贄はその不死性を利用して身を挺して自分を守った事を、彼女は理解していた。

「探偵は、依頼人を守る事も仕事の内ですから」

 そう口にする黒贄の言葉に裏は感じ取る事は出来ないが、きっとこの男の事だ。
過去に、依頼人に対して『やらかしている』のは想像に難くない。それも一度二度の話では、ないだろう。

 後方に跳躍し、遠坂凛から距離を取るジョナサン。
【傷の方は大丈夫か】、と、ジョニィは凛の放ったガンドのダメージの有無を問う。問題ない、とジョナサンは返す。軽い流血程度に収まっている。
ガンドには面喰ったが、流石に一流の波紋使い。遠坂凛と会話を交わす前の段階から既に、不測の事態に備えて弾く波紋を身体に纏わせていた。
拳銃の弾丸すら通さない程の防御力を発揮する、ジョナサンの波紋だ。凛のガンドでも、そうそう貫ける事は出来ない。

 それより問題なのは、遠坂凛が魔術――ジョナサンは彼自身が使う波紋法とは別体系の特殊能力と認識している――を行使出来る少女だったと言う事だ。
……否、魔術を使える事自体は問題ではない。ジョナサンだって、常人から見たら魔術や奇術としか思われぬ波紋法を会得、使用出来る。これについては言いっこなし。
焦点となるのは、凛が明白にその魔術を、彼を殺傷する目的で行使したと言う点である。今の今までジョナサンは、凛の事を無力な少女だと思っていた。
実態は、違った。実はジョナサン同様、聖杯戦争を円滑に勝ち残る為の戦闘技術を予め会得していた女性であり、それを明白に、敵対する相手に行使する事の出来る精神性を持った女性であったのだ。

 認識が、転向する。左右に振れていた針が、一方に大きく傾く。
葬り去ろうとする事が、自分への対応だと言うのならば。あの国立競技場での一件について、「そうだ」と肯定したのであれば。
ジョナサンがこれからする事は、一つ。これから何を行うのか? それは、心胆を震え上がらせる程大きい、まるで蒸気機関の唸りを思わせるようなジョナサンの独特な呼吸法を聞けば、説明するべくもなかった。

「紳士は、女の子に手を上げない事を基本とする。……いや、基本なんてものじゃない。誰かに教わるまでもなく。英国に産まれた紳士は、認識しなければならないんだ。女性に、粗暴を振う事の罪と愚かさを」

 呼吸を終えた後、皮膚が粟立つ程恐ろしげなものを宿した低い声音で、ジョナサンは語る。
そして、その黒瞳には焔が灯っていた。見る者の心を寒からしめる、冷たい焔が。メラメラと、メラメラと!!

「……僕を紳士たらんとするべく尽瘁してきた、父ジョージは、天国で僕を許してくれるだろうか。――遠坂凛。君を殺した後の、僕の罪をだッ!!」

「黒贄、くじ」

「はい」

569第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:02:08 ID:qUjZ2eFg0
 言って黒贄はくじ箱をアポート。凛の方へと差出し、急いで其処に凛は手を突き入れ、適当に一枚くじを引く。
その様子を指を加えて見ているジョニィではない。タスクを発射した側ではない手の指から一発、爪弾を放つ――が。
凛へと向かって放たれた爪弾を、黒贄は左腕を動かして弾道上に重ね合わせる。相談が、肘に命中した。黒贄が纏う黒礼服の袖が、血を吸って重くなる。

「ミスター。私を殺す事が、連綿と続いた紳士の家名に泥を塗る行為だと思っているのであれば、その心配は杞憂ね」

 引いたくじの紙片を人差し指と中指で摘まみ、その状態でビッと黒贄の方に見せ付けながら、凛は言葉を続ける。

「私を殺す前に、貴方が殺されるのだもの。女殺しの汚名を被る事も、私を殺した咎で地獄に堕ちる事もないわよ」

 引いたくじには46番と書かれていた。それを見た黒贄は虚空を歪ませ、目当ての武器を手に取り始めた。
一m半ば程もある、黄金色に光り輝く錫杖だった。学生時代に考古学を学ぶ傍らに読んだ、東洋で強い勢力を持っている宗教である仏教、
其処から分かたれた一派である密教の歴史を綴った本に、密教の僧(モンク)があのような物を持つと書いてあった事をジョナサンは思い出す。
シャン、と音を鳴り響かせながら、黒贄はその錫杖を軽く縦に一閃させる。綺麗な黄金色をこそしているが、輝きがやや鈍い事から、純金ではないなと思うジョナサン。
事実その通りであった。黒贄の財産で純金製の代物等買える筈がない。彼の持つこの錫杖は、真鍮製だった。

「――あ」

 と、気の抜けるような、何かに気付いた声を上げた黒贄。
これと同時に、再び彼の姿が掻き消えた。移動したのではない。吹っ飛ばされたのである。
吹っ飛んだ方向に身体がくの字に折れ曲がり、殆ど水平に、高速度で。その速度たるや、『黒贄が吹っ飛ばされた』と凛が認識出来ない程だった。

 黒贄の素っ飛んで行った方向に目線を送ろうとする凛だったが、直に止めた。
このバーサーカーを吹っ飛ばした――いや。殴り飛ばした張本人が、目の前に佇んでいたからだ。
この男から。そして、ジョニィから目線を外したら、死ぬ。だから、黒贄の方に目線を送りたくても送れない。
目線を外したその瞬間に、この男達は自分を殺す。殺せる力を持っている。余所見出来る、筈がなかった。

「……」

 黒贄を吹っ飛ばした男は、凄まじいプレッシャーを見る者に与える人物だった。
背丈も体格も、魁偉と称される程大きくない。角や翼、鋭い爪と言う、本来人類には備わっていない特徴が見られる訳でもない。
だが、特異な特徴が、ない訳ではない。顔に刻まれた、黒いラインに緑色の縁取りが成されている、特徴的な刺青(タトゥー)である。
それこそが、目の前に現れた、正体不明のサーヴァントの唯一にして最大の特徴。背丈も普通、髪の色も一般的なそれ、顔付きですらありふれたもの。
平均的が服を着て歩いているような男の中で、その刺青だけが異彩を放っていた。この刺青は、何なのだろう? 気圧される何かを孕んでいる事は解る。
それを、言語化出来ない。ただただ、恐ろしい物、得体の知れないもの、と言う事だけが、凛には伝わる。

「コイツの処遇は決まったのか、アーチャーと、そのマスター」

 黒贄の横っ腹を殴るのに用いた右拳を引きながら、件の魔人・アレックスが問う。

「これから殺すつもりだ。君も、そのつもりで此処まで来たんだろう、モデルマン」

 答えたのは、ジョナサンだった。

「手柄は譲ってやる。アーチャーに振れば良いのか?」

「いや、僕がやる」

「いえ、困ります。私、報酬をまだ貰っていませんから」

 声のした方向にバッと顔を向けるジョナサン、ジョニィ。そして、アレックス。
魔人になった事で獲得した悪魔の腕力に加え、強化された魔術スキルによって会得した補助魔法――カジャと言うらしい――を重ね掛け、
更にこれまた魔人になった影響で会得した魔力放出スキルを乗せて、アレックスは黒贄を殴ったのである。大抵のサーヴァントなら、殴られた時点で、
特殊な防御スキルを持っていないのであれば即死。上位英霊であっても、当たり所と状況によっては戦闘の続行が困難に陥る程の威力が、アレックスの右拳にはあった。

570第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:02:23 ID:qUjZ2eFg0
 しかし、黒贄は生きていた。
無傷ではない。アレックスによって殴られた胴体。其処が、アレックスの拳が命中した所から円形に、三〜四割程も消滅していた。
流れ落ちる血。千切れて垂れ下がった腸。露出する血濡れた骨。悪魔の膂力から放たれる、アレックスの右ストレートの威力を雄弁に語っている。
その状態でなお、黒贄は平然と立ち尽くしている。アレックスの殴打によって、優に四十〜五十m程も殴り飛ばされた黒贄だったが、いつの間にか、
話せる距離にまで接近していた。その程度の距離など、タスクのスタンドを持つジョニィや、魔人となったアレックスにとって離した内にもならない。
しかし、近い方がその人物の姿をよく観察しやすいと言うのも、また事実。だからこそよく解る。
黒贄は現状の肉体的損傷でなお、あの何が面白いのか解らない微笑みを浮かべている。しかも、強がりではない。
痛みから来る冷や汗も脂汗も、そして体の震えも見られない。黒贄は本当に、これだけのダメージを受けておいて、平気でいるのだ。

 黒贄に目を奪われている間、魔術で己の身体能力を強化させる凛。
そしてそのまま、カウンターを乗り越え、シューマイ弁当を買った売店内部へと跳躍。
異変に気付いたジョニィがそのままACT2を放つが、すんでの所で凛はこれを回避。凶悪無比な速度の爪弾は、店内の業務用冷蔵庫に直撃するだけに終わる。

「よせ、店員に当たる!!」

 ジョナサンがジョニィを制止する。予想通りの反応だった。
ジョナサンの性格を極めて善良な物であるとこれまでの会話から予測した凛は、其処から、余計な被害を拡大させる事を甚く嫌う人種であるとも考えた。
結論から言えばジョナサンの性格は正しくその通りなもので、現にジョナサンは、凛の魔術によって催眠状態にあるNPCの店員の、火の粉が降りかかる事をよしとしなかった。
人間性としては出来ているが、聖杯戦争を勝ち抜くには適さない性格だろう。店員に累が及ぶ事を覚悟で攻撃を仕掛けていれば、また違った未来もあったろうに。

 凛は、売店のカウンター向こう側から、球場内部へと繋がるドアを開け、その場から離脱。
これを追おうとするジョナサンだったが――これを許さぬ者がいた。黒贄礼太郎、遠坂凛が引き当てた最強最悪の殺人鬼だ。

「キエー悪霊退散だー」

 その、気の抜けるような声音から放たれる攻撃は、冠絶的な殺意に溢れていた。
錫杖を、乱雑な軌道、それこそ技術の欠片も感じられない程適当に横薙ぎにジョナサン目掛けて振るう。それが、黒贄の放った攻撃だ。
だが――その速度たるや、余人の見切れるものでは断じてなかった。ジョナサンは、マスターとしては破格の強さを誇る。
会得した波紋法と、波紋を行使する為の鍛錬によって獲得した筋肉と反射神経と言った、肉体的なスペックは、生半なサーヴァントを凌駕して余りある。
現にジョナサンは、スタンドと言う能力を用いない素の戦いであるのなら、ジョニィを軽快に上回る強さを誇る。それ程まで、ジョナサンの強さと言うものは達しているのだ。

 ――そのジョナサンが、黒贄の攻撃を見切る事が出来なかった。
技巧もへったくれもない、黒贄の放ったその一撃は、ジョナサンの動体視力で視認出来る現界の速度を軽快に超越。
それどころか、この恐るべき殺人鬼が、自身の下へと接近してきたその瞬間ですら、ジョナサンは認識が困難な程であった。
唯一の幸いは、黒贄の姿が消えたと同時に、防御の体勢をジョナサンが反射的に取れたと言う事。逆に言えば、それだけ。
防御の構えを取ったジョナサンに、錫杖の一撃が叩き込まれる。

 痛い、と言う事実を感じるよりも速く、杖の振われた方向にジョナサンが、弾丸もかくやと言う速度で吹っ飛ばされる。
肉体の頑健さも、纏わせたはじく波紋も、何らの意味も有さない。黒贄の膂力は、ジョナサンの取った防御手段の全てを嘲笑うように貫通。
そのまま球場の外壁に衝突、それをぶち破り、彼は内部へと消えて行った。外壁はクッション代わりにもなっていなかった。
頑丈そうな外壁にぶつかってなお、当初の勢いは全く減退していない。何処まで、ジョナサンは吹っ飛ばされてしまうのか。

 ジョニィが黒贄目掛けてACT2の爪弾を射出させる。
避ける気のない黒贄。爪弾が眉間に命中、後頭部から爪の弾丸が抜けて行くが、彼はのけぞりすらしない。どころか、表情を歪ませもしない。
それ以外の表情が浮かべられないとすら言われても納得しかねない程だ。薄い笑みを浮かべたまま、黒贄は口を開く。

571第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:02:40 ID:qUjZ2eFg0
「成仏、成仏、成仏〜」

 黒贄が地面を蹴った。アスファルトに靴底の形の陥没を残す程の、恐るべき踏込の強さ。
向かった先は、ジョニィの方であった。弾丸の速度に限りなく等しいスピードで移動した黒贄は、致命の一撃を爪弾のアーチャーに叩き込まんと目論む。
が、魔人と化したアレックスが、それを許さない。同盟を結んだアーチャーの下まで即座に移動を行う。黒贄とジョニィの間。其処が、今アレックスのいる場所だ。

 錫杖を上段から、音の速度で振り下ろす黒贄。引き抜いたドラゴンソードで、これを防御するアレックス。
衝突の際に生じた、爆音にも似た衝撃音と、発生する衝撃波で、ジョニィの身体が吹っ飛ぶ。受け身を取り損ね、数m先で尻もちをついてしまう。
其処で漸くジョニィは、自分が危機的な状況に陥っていた上に、それに自分が気付けなかった事を知る。アレックスのフォローがなければ、今頃即死だっただろう。

「援護する」

 正直アレックス自身について、未だに疑いの目を向けているジョニィであるが、今は協力体制を結ばねば拙い。
黒贄と呼ばれたこのバーサーカー、半端な強さではない。退場させられる手段がない訳ではないが、そのお膳立てを整える前に殺されてしまう蓋然性の方が今は高い。
それ程までに、黒贄とジョニィの強さには、埋め難い差があった。しかし、それはあくまでも黒贄とジョニィが一対一で戦った時の場合。
アレックスと言う強力なサーヴァントが手を貸してくれるのであれば、差もグッと埋まるし、縮まる。今だけは、この体制に甘える事にジョニィはした。

 アレックスに備わる悪魔の膂力で、黒贄の怪物的膂力と、互いの武器を使った押し合い圧し合いを演じているその間に。
まだ爪の生えている指二本を己のこめかみに当てたジョニィは、そのまま自らに弾丸を射出。
瞬間、ジョニィの身体が螺旋状に変形、何処かに吸い込まれて行き、一秒と掛からず消え失せてしまう。
いや、何処かと言う言い方は正確ではない。地面に刻まれた、不自然その物としか思えない、謎の『渦』。ジョニィはこれに吸い込まれたのだ。
タスクACT3。黄金の回転を適用させた爪弾を自身に撃つ事で、根源にも近しい空間に潜航、あらゆる攻撃をやり過ごす極めて強力な回避手段である。

「成仏は『じょうぶつ』と読むのであって、『せいぶつ』とは読まない〜」

 聞くに、如何やら黒贄は歌を歌っているらしかった。
余りにも下手くそで、リズム感も何もない、脳内に浮かんだフレーズをそのまま適当に口ずさんでいるだけのようだが。
しかし、胴体の半分近くを消し飛ばされ、眉間に血色の弾痕を空けさせた状態で、この気の抜ける歌を口にしている。
その光景が、心臓を凍て付かせるような恐怖を見る者に想起させるのだ。

「ちなみに私の名前は『くらに』であって『くろにえ』ではないんですよ〜」

 いつまでも、鍔迫り合いに付き合って等いられない。
魔力放出を瞬間的に発動させ、背中から無色の魔力のバーナーを噴出させたアレックス。この勢いを利用した力尽くで、彼は黒贄の錫杖を押し切った。力尽くで杖を押し切られ、殺人鬼が体勢を崩す。

「ジャッ!!」

 生まれた隙は逃さない。
裂帛の気魄を込めた掛け声と同時に、ドラゴンソードを持たない側の左手に、意識を集中。
すると、空いた左手に凄いスピードで魔力が収束し始め、それは直に、辛うじて剣である事が窺える武骨な形状をした、紫色の魔力剣としての形を取り始める。
ルイ・サイファーを名乗る男から与えられたマガタマによって、魔人と化した事で学習・会得した、新しい力の使い方。
練習した訳でもないのに、アレックスは完璧に物にしていた。その実感に酔い痴れる事もなく、アレックスは即座に、魔力剣を振い、黒贄の胴体を袈裟懸けに切り裂いた。
主要な内臓にまで、アメジスト色の魔力剣は達している。生命維持に必要な臓器の殆どは、これで破壊出来た筈だ。
間髪入れず、アレックスは黒贄の腹部を前蹴り。魔力剣を生み出してから、この前蹴りを行うまでにかかった時間は、半秒にも満たなかった。
矢のような勢いで吹っ飛ばされた黒贄は、五十m程先にある信号機のポール部分に激突。その勢いに耐え切れず、直撃した所から信号機のポールはくの字に折れ曲がり、圧し折れ、そのままアスファルトの上に音を立てて倒れ込んでしまった。

「あ〜除霊成仏悪霊退散〜」

572第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:03:03 ID:qUjZ2eFg0
 これでなお、平気な顔で歌を口ずさめると言うのだから、アレックスも戦慄する。
サーヴァントであっても、戦闘の続行所か生命活動の維持すら最早不可能な程の損傷を負っている筈なのに、平然と黒贄は立ち上がり始めたのだ。
しかも、ノーダメージではない。黒贄は明白にダメージを負っているのだ。それなのに、平然とした様子で立ち上がり、意気軒昂と戦いを続けようとする。
痩せ我慢している様子を見せてくれたら、アレックスもどれだけ救われていたか。自分の攻撃が本当に、黒贄に痛痒を与えているのか? それにすら、彼は最早疑問を憶えていた。

 黒贄が動こうと――するよりも速く、アレックスの背後から、何かが高速で放たれ、黒贄の両太ももに命中する。
ライフル弾ですらが最早スローモーに見える程の、魔性の動体視力を会得したアレックスには、その飛来物が、高加速を得た人の生爪である事を確信。
ジョニィである。ACT3の渦から腕だけを露出させ、其処からACT2を放ったのである。一瞬ではあるが、ACT2の弾丸を受けて黒贄の動きが止まる。
その刹那を、好機と捉えるアレックス。己の宝具を用い、自身のクラスをキャスターに変更させるアレックス。
“魔人”となった現在でも、彼は、モデルマン時代の宝具を十全の状態で扱う事が出来る。
つまり、『クラス変更の恩恵を、魔人状態のステータスで受ける事が可能』なのだ。補正の掛かった魔術を、黒贄に叩き込まんと、意識を集中させるアレックス。
自身が今まで見た事も聞いた事もなかった、未知なる様々な魔術の名とその使い方が、アレックスの頭蓋の中に無数に浮かび上がって行く。
これもまた、魔人・アレックスとなった影響の一つなのだろう。どれを叩き込もうかと悩んでしまう程、魔術の選択肢が多い。
しかし、浮かび上がる魔術の数々の中に、見知った魔術があったのをアレックスは発見。これを黒贄に対して叩き込もうとする。

「セイントⅢ」

 アレックスとしては未だに、元々自分が生きていた世界の記憶と経験の方が未だに、自身の霊基に強く残っている。
だからこそ、元の世界で使われていた魔術名を口にしてしまったのだ。だが、彼は知らない。
ルイ・サイファーによってマガタマを埋め込まれ、悪魔となったその影響で、今アレックスが使っている『セイントⅢ』と呼ばれる魔術が、『ハマオン』と呼ばれる魔術に変性してしまった事に。

 光が、黒贄を包み込もうとする――よりも速く。
黒贄は恐ろしい速度で、アレックスの下へと肉薄。今度と言う今度こそ、アレックスは驚きに目を見開いた。ハマオンを回避したと言う事実にではない。
先程ジョニィを葬ろうと高速で移動をした、あの時に見せた速度が、黒贄の出せる最高の速度なのだろうとアレックスは勝手に思っていた。
違った。今の黒贄が叩き出した速度は、明らかにあの時に見せたものよりも上昇している。まだ、本気を見せていなかったのか。

「でも幽霊は殴れないから嫌いです〜」

 錫杖を、滅茶苦茶な速度で振いまくる黒贄と、これを巧みにドラゴンソードと魔力剣を振って防いで行くアレックス。
黒贄のその乱雑な一撃には、低ランクサーヴァントならば一撃で葬り去れる程の威力が平気で内包されている。
現にアレックスの足元に、攻撃を防御しているその影響で、凄いスピードで亀裂が生じ、無数に伸びて行っているのだ。黒贄の腕力の程が、窺える。
そしてこれを、平気な顔で受け止め続けるアレックスもアレックスだ。しかし、こんな拮抗は何時までも演じていられない。
言うまでもなく、アレックスの方に余裕がないのだ。事此処に至って確信に変わったが、黒贄の放つ攻撃の威力も速度も、時間が経つ毎に跳ね上がっている。
天井知らずに各種ステータスが上昇し続けると言うのであれば、持久戦に持ち込むのは愚策と言う他ない。
電撃戦だ。この場は早急に、黒贄を跡形もなく消滅させる必要がある。それが無理なら、マスターの方を葬るかだ。

 黒贄の、錫杖による連続攻撃の威力が、まだアレックスでも対処出来る内に、ケリを付けねばならない。
右上段から、左下段へと振り降ろされた錫杖を、剣で弾くアレックス。黒贄が体勢を崩した所で、魔力剣による刺突を魔人が放つ。
剣先が、喉仏に没入。黒贄のうなじまで突き抜ける。黒贄の顔から、笑みが消えない。そのまま飛び退き、無理やり身体から剣を引き抜かせる。
ゴポッ、と。コップ一杯分のそれを大幅に上回る量の血液を口から吐き出す黒贄。スープを食べるのが下手な子供のように、黒礼服の前面を紅く濡らした。
間髪入れずに、渦から露出したジョニィの右手から放たれ、黒贄に叩き込まれる爪弾。心臓の位置を的確に貫くが、防ぐ事すらしない。急所の概念すら、この男にとっては希薄か、意味を成さない物であるらしい。

573第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:03:51 ID:qUjZ2eFg0
 この男を消滅させる手段は、アレックスもジョニィも、実を言うと持っている。
ジョニィの場合は、タスクの神髄であるACT4を放てば良い。アレックスの場合は、悪魔としての力を解き放てば良い。
だが、どちらも黒贄相手にはリスクが大きい。ジョニィの場合、ACT4を放つには馬に騎乗する必要がある。黒贄の機動力では、馬に乗った瞬間に葬り去られる可能性がある。
一方アレックスの場合、悪魔の力を解放すると、広範囲に渡り破壊を振り撒いてしまう可能性がある。発動する速度については、問題ない。
ただ、黒贄程のサーヴァントを滅ぼす手段ともなると、威力も範囲も相当の物を選ばねばならない。
つまり、黒贄と言う指名手配サーヴァントを葬る為に、『自らも指名手配のリスクを負わねばならない』と言う事なのだ。これ程馬鹿らしい話もない。
加えて、巻き添えと言う問題もある。アレックスのマスターである北上は、彼とそう離れていない場所で、鈴仙と塞達と共に待機している。
下手をすると北上も塞も鈴仙も、ジョニィやジョナサンも仲よく消滅させてしまうかも知れないのだ。それを考えると、おいそれと放てる攻撃ではない。
もう少し、此処が広いフィールドであったのなら。“魔人”となった影響で使えるようになったニュークリアⅢ――悪魔は『メギドラオン』と言うらしい――や、
アレックスの生きた世界では見られなかった奥義――『死亡遊戯』とか、『地母の晩餐』と言うらしい――を放てば良いのだ。
出来ぬのであれば、超高威力の技を、当てまくるしかない。しかもまだアレックスは、魔人の力を振るい慣れていない。
今も急速に、悪魔の力の使い方については成長してはいるが、まだまだ本調子ではない。もう少し、粘る必要があった。

「そーりゃ南無阿弥陀打つ〜」

 黒贄の姿が、霞む。攻撃の速度は元より、移動速度もまた、上昇が著しい。
二十m程の距離が一瞬で、ゼロになる。アレックスの下へと肉薄した黒贄は、音が明白に遅れて聞こえる程の速度で錫杖を振い、
魔人の首を圧し折ろうと試みるが、これをアレックスは屈む事で回避。避けながら、高速で思考する。
黒贄相手には、痛みやダメージを与えさせ、行動不能に陥らせたり、攻撃の威力や速度を低下させると言う行為が意味を成さない。
ダメージや痛みに怯まないからだ。だから、下がりようがない。骨を折る程度では、黒贄の動きは止まるまい。

「……ありゃ」

 だからアレックスは、攻撃自体を不可能にさせるべく、錫杖を持った黒贄の右腕を、切断すると言う手法を取った。
魔力剣を超高速で振るい、黒贄の右腕の肘から先を斬り飛ばす。血液が迸るより早く、アレックスは黒贄の顔面にドラゴンソードを縦に叩き込む。
熟れたザクロのように、黒贄の頭部が半ばまで縦に割れる。裂け目から、断ち割られた頭蓋骨や大脳が視認出来る程だった。

 此処で一気に殺す、とアレックスが思考したその時。
強烈な覇気と敵意を撒き散らせながら、この場に向かって高速で飛来する何者かの存在を、アレックスが内包する優れた知覚能力が捉える。
見間違える筈がない。この気配は、サーヴァントの――そう思った瞬間、黒贄が恐るべき瞬発力で地面を蹴って飛び退いた。
黒贄が距離を取ったのと殆ど同じタイミングで、アレックスも後方宙返りを素早く行い、距離を取る。
その瞬間、先程まで両者がいた地点目掛けて、白い光の柱が天から地上へと伸びて行く!! 円周は、飛び退いていなければ黒贄とアレックスを容易に巻き込む程大きく、両名の判断がもう少し遅れていれば、二人はこの、高い熱エネルギーを内包した光柱に巻き込まれ大ダメージを負っていた事だろう。

574第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:04:11 ID:qUjZ2eFg0

「無粋な蠅共だ。目障りなんだよ」

 アレックスは、上空を飛んでいる、正体不明のサーヴァントの存在を視認。
確認するなり、彼は“魔人”となった影響で新たに使えるようになった技の一つを、上空から不意打ちを仕掛けて来た粗忽者に試し打ちをする。
身体にヒマワリの花みたいに鮮やかな黄色をした魔力が収束し始め、そのチャージされた魔力を、両腕を勢いよく水平に広げると言う行為を持って、射出。
瞬間、身体全体から、黄金色の光条が幾百本と、上空百m地点を飛ぶ謎の存在目掛けて向って行くではないか。
『ゼロス・ビート』、と呼ばれるこの技は、直撃した相手の生体パルスを著しく低下させる振動波を放つ事を神髄とした技であり、
掠っただけで竜種、魔獣に神獣に、果ては魔王や神霊と言った上位存在ですら麻痺させ、行動の不能に陥らせてしまう恐るべき奥義である。
尤も、それはあくまでこの振動波に直撃しても『耐えられる』だけの力を持った存在の場合、だ。
アレックス、もとい、人修羅と化したモデルマンが放つこの技の威力は、異常な値にまで達している。
本来的にはこの技は、攻撃の威力が低いのであるが、アレックスの自力で放たれれば、生体パルスを停止させるどころか生命活動を死と言う形で停止させる程の威力に昇華される。勿論それは、サーヴァントとて、例外ではない。

 複雑怪奇な軌道を描きながら、縦横無尽に四方八方から迫り来るゼロス・ビートの光線を、それは、凄まじく変則的な機動で尽く回避。
馬鹿な、とアレックスが呟く。回避すると言うのは、解る。出来なくはないだろうし、実際アレックスも、同じ技を放たれたとて、対応出来る自信がある。
だが、音の数倍に等しいゼロス・ビートの光条に対して、時速数百㎞の速度で向かって行きながら回避を行う、ともなれば話は別だ。
目で見て反応は出来ても、身体が反応して回避出来るか如何かと言うのは別問題。であるのに、平然と、光線を物ともせず回避しながら、それは地上へと急降下。そして、着地。その姿を一同に見せ始めた。

「おお見ろ、虹の道化師、アイアン・メイデン!! 望外の事態だ、このサーヴァントは強そうだな!!」

 ウキウキとした声音で、くすんだブロンドの髪をしたアーチャーは言った。
アーチャーの周りを浮遊する、シートベルト付きの黒一色のシートのような物に足を組んで座っている、カッチリとした服装の女性も、嬉しそうな顔だ。
――だだ一人。まるで猫のようにアーチャーに襟元を掴まれたままブランブランとしている、虹色のコーディネートの服を着た少女だけが。
心底面倒くさそうで、この世の終わりのような表情を浮かべているのであった。

575第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/04/15(日) 00:04:22 ID:qUjZ2eFg0
前半部の投下を終了します

576名無しさん:2018/04/15(日) 13:27:45 ID:4AxBlyck0
投下乙です

もう既に激戦なのに、せつらと幻十も参戦するとかどうなるんだ…
凛がもしももっと早くにジョナサンに会っていたら、救われていたのだろうか

577名無しさん:2018/04/17(火) 01:37:25 ID:zNe74RyY0
投下お疲れ様です。
凛は完全に堕ちるところまで堕ちたという感じですね……ある程度のプライドがまだ残っているというのが果たして幸か不幸か。
いっそのこと何もかも捨てられる状態だったなら此処まで絵に描いたような最悪の展開にはならなかったのかなあと思いました
そして理不尽の塊みたいな黒贄さんは相変わらず。成仏の歌が好きです。
人修羅アレックスの強さ、原作未見故に今ひとつ分かっていなかったのですがこうして描写されると凄まじいですね。
周囲への手段を選ばなければ黒贄さんを(理論上は)消滅させられるというのも彼の規格外ぶりを物語っているように感じます。
そして上でも言われていますがこの激戦にパム、せつら、幻十といった面々が参戦するのがヤバすぎる。
脱落者が出てもおかしくない、殺人鬼王決定戦というタイトルに相応しい大惨事になりそうな予感がプンプンします。
後半部の投下も楽しみにしています!

578名無しさん:2018/05/16(水) 17:28:45 ID:vTURyW8k0
筋力A +タルカジャ×4 +魔力放出B +勇猛Bで五分とか黒贄バケモノ過ぎる

579 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:31:48 ID:Mv5chdUo0
お待たせいたしました。生きています
投下します。まだまだ分割が続きそうなのは、ご容赦ください

580第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:32:15 ID:Mv5chdUo0
 レイン・ポゥは兎に角気を揉んだ。黒贄の下にレイン・ポゥや純恋子が向かうまでの時間稼ぎ。それに腐心したのである。
当然の事だがベストは戦わない事である。当たり前だ、黒贄とレイン・ポゥとの相性は、最悪と言う言葉でも尚足りぬ程悪すぎるのだから。
レイン・ポゥの宝具は極めて否定的な言葉を用いるのなら、凄い切れ味と耐久力の虹を伸ばすだけに過ぎない。つまり、相手を斬る以外に目立った付随効果を持たない。
レイン・ポゥもそれを重々承知している。だからこそ彼女は暗殺と言う手段を磨き続けたし、自分の本性を悟らせない仕草や立ち回りを研究し続けた。
その暗殺の練度や、本性を隠す挙措の完成度の高さは、この虹の魔法少女が英霊として昇華されていると言う事実からも鑑みる事が出来よう。指折り、と言う奴だ。

 黒贄には、暗殺も演技もまるで通用しない。
ただ斬った殴った程度では問題にならない程の戦闘続行力もそうであるが、何より恐ろしいのはその性格だ。
此方をただの、殺し甲斐のある獲物としか思っていないような、あの性格。つまり黒贄礼太郎と言うサーヴァントは、イッているのだ。
こんな性格の持ち主に、演技を持ちかけた所で意味がない。何せ端から此方を殺すつもりでいるのだ。
自分は無力だとアピールしたとて、虫を潰すような感覚で殺しに来る。か弱い少女をアピールする事は、時間の無駄である。

 自身の宝具が通用しない、泣き落としも演技も無意味。では単純な戦闘で抑え込めるか、と言われれば絶対的にNO。
人智を逸した身体能力を誇る魔法少女となったレイン・ポゥだが、その魔法少女としての常識から考えても、黒贄の身体能力は常軌を逸していた。
二度と戦いたくない手合いなのだが、現状最大に内憂であるパムと純恋子は戦いたくてウッキウキなのが始末に負えない。
しかも純恋子に至っては、遠坂凛と黒贄に煮え湯を飲まされてから半日も経過していないのだ。学習能力がないのだろうかないのだろうな。だってあったら此処まで胃が痛くないもん。

 とは言え、最初に香砂会で黒贄と戦った時とは、事情が決定的に異なるのもまた事実だった。
最大のポイントは、魔王パムが自分の仲間である事。パムはハッキリ言ってレイン・ポゥの同盟相手としては、最悪の部類だ。
その性格もそうだが、生前の確執――尤もこれについてはパム自身がチャラにすると言っている為ノーカウントだろうが――もある。
レイン・ポゥとしては直ちに手を切りたかったが、その強さについては申し分がない程、パムの強さは極まっている。
彼女をぶつければ、黒贄とて或いは? そう言う展望も、確かにレイン・ポゥにはある。
黒贄を倒せれば美味しいのは今更説明するべくもない。何せこの男は、倒せる事が出来れば令呪一画がルーラーから貰えるのだ。もしも倒せれば万々歳だ。
そして、パムが倒れてもレイン・ポゥにとって美味しい。自分の行動範囲を著しく縛る疫病神の存在が消えてなくなるのだ。こっちもこっちでメリットがある。
どちらが倒れても、レイン・ポゥにはメリットがある。仮に痛み分けでも、パムにダメージが蓄積する。つまり、暗殺の可能性がグンと高まる。

 とは言えベストな選択はやはり、黒贄と戦わない事である。
が、既にパムと純恋子の間ではこの最強最悪のバーサーカーと戦う事は既定路線なのだ。
早い話、地獄の業火、荒れ狂う海原に飛びこまねばならないと言う事は既に確約している。胃が痛い事実ではあるが、これに反論するパワーはレイン・ポゥにない。
ないのであれば、自分が望むべく方向に事が進むよう事前に努力しなければならない。先ず彼女が行ったのは、黒贄の下に向かうまでの時間稼ぎ。
新国立競技場の一件にかなり深いレベルにまで関わった彼女ら三人は、あの事件の影響でかなり疲労困憊……の筈なのだが、
パムや純恋子は、何処か別時空に無限大に等しいエネルギーのプールがあって其処から活力を引っ張って来ているのでは? と思う程のエネルギッシュさだ。
すぐに黒贄の下まで向かおうとしたのだが、流石にそれは駄目だ。何と言ってもレイン・ポゥも、そして純恋子も魔力が不安だ。
レイン・ポゥはそう熱弁した。パムがこれを受けて、どう反応したのか。確かに、と肯じたのだ。
これで意を曲げてくれれば良かったのだが、レイン・ポゥは何処までもパムと言う魔法少女の……いや、パムの魔法の底の深さを甘く見ていた。
パムはレイン・ポゥの意見を聞いて、何をしたのか? 黒い羽を『魔力』に変えて、レイン・ポゥと純恋子に補填させたのだ。
その結果、レイン・ポゥが召喚されてから新国立競技場での一件までの間に消費した全ての魔力は元通り……それどころか。
全力で後数回戦っても御釣が来る程の魔力をチャージされてしまったのである。

581第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:32:39 ID:Mv5chdUo0
 ――これで私も全力で貴女に見せ場を提供出来ますわね、アサシン!!――

 嬉しそうな純恋子の顔が脳裏を過る。過る度に、顔面に斧を叩き込む妄想をセットでする事をレイン・ポゥは忘れない。

 一番時間を稼げる、と思った方法が数秒で駄目になった物であるから、レイン・ポゥも慌てる他ない。
持てる全てのアドリブ力、機転を駆使し、徹底的にパムらを拠点となるホテルに縫いとめた。
まだ確認してない情報があるかも知れない、腹ごしらえは大事だ、純恋子だとバレない服装を今の内に見繕え等々。
ありとあらゆる屁理屈を捏ね、ゴネを口にし、猪どころかロケットにすら例えられる程の猪突猛進さの純恋子とパムを相手に、
結果として三十分程も時間を稼ぐ事が出来た。レイン・ポゥの戦闘以外の、コミュニケーション能力が如何に高いかを示す証左であろう。

 これだけ経てば、流石に遠坂凛達も河岸を変えている事だろう。レイン・ポゥはそんな予測を立てていた。それですらも、甘かった。
実際は凛達は、当初純恋子達が特定していた場所を移動していたどころか、剰え交戦中。しかも黒贄と戦っていたサーヴァントの一人に至っては、
控えめに見てもパムと同等程の強さはあろうかと言う、恐るべき強さの魔人であった。
当然、こんな存在を見て、パムが滾らぬ筈がない。レイン・ポゥですら強者の気配を感じ取れているのだ、魔王が感じぬ筈がない。
黒贄だけを絞るつもりが、予期せぬ幸運に出くわしてしまった。今のパムからは、そんな雰囲気が嫌でも感じ取れてしまうのだった。

「野次馬に用はない。失せろ」

 吐き捨てるように、アレックス。彼は、パムとレイン・ポゥを互いに見比べ、その強さを大方推察し終えていた。
パムに関しては、恐ろしく強い。アレックスの身体を人修羅へと叩き落す遠因になった、美しいインバネスの男と、同等の力があろう。
それに比べて、彼女に襟を掴まれているサーヴァントの、何たるか弱い事か。比較する事自体が問題な程、パムとレイン・ポゥの強さには差があった。
そして事もあろうにパムは、この実力を持っていながら、野次馬根性が恐ろしく強いと言う最悪の性質を持ったサーヴァントだとも、アレックスは見抜いていた。
しかも発せられた言葉から考えるに、戦闘狂の気すらあるとも思われるのだから、頭が痛くなる話だった。今この場で、このような手合いのサーヴァントに絡まれる事が、特に困るのだ。

「ただの野次馬に終わっても良かったのだがな、聖杯戦争と言う催しの都合上、見て見ぬ振りは出来まい。お前は私を、無視しても良い障害に見えるのか?」

 いや、見えない。ジョニィとて同じ事を思っているだろう。
無視を決め込むには、パムと言うサーヴァントの実力は、余りにも、埒外のもの過ぎた。

「聖杯戦争とは素晴らしいものだな。飽きる程強者と戦える上に、おまけに勝ち残れば聖杯がくれるのだからな。私にとっては、Winしかない」

 そして、今この瞬間、魔王パムは相互理解の余地も必要もないサーヴァントだとアレックスもジョニィも認定。
聖杯戦争に臨むにあたってのスタンスが聖杯狙いだと確定した上に、今の言動から、聖杯は『戦闘に勝利し続けた後のおまけ』であると認識しているのだ。
解りやすい程の、戦闘狂(バトルジャンキー)。戦場の中でのみ自己を確立出来る、狂った者。それがパムなのだと、アレックスもジョニィも思った。
況してアレックスの強さがなまじ高すぎる為に、パムは完全にやる気だった。強さが完全に裏目に出てしまっていた。
このような手合いに、話し合いは端から意味を成さない。戦う事自体にカタルシスを感じるのだから、そんな物はまだるっこしいだけだろう。
尤も、戦うしかない、殺すしかない。これにカロリーと意識を傾ければ良いと言う意味では、ある意味楽なのかも知れないが。

 最初にパムを殺そうと動いたのは、ジョニィであった。
それまで発動させていたACT3の効果時間が切れ、渦から全身を現す事になるジョニィ。気配の方向に、パムがバッと振り向いた。
ジョニィの気配を感じていなかったのだ。無理もない。この瞬間に至るまでジョニィは、根源に限りなく近い所に潜航していたのである。
其処に潜った瞬間、サーヴァントとしてのものを含めた、ありとあらゆるジョニィの気配が遮断されるのだ。
ジョニィの姿を見つけられなかったこの失態は、サーヴァントの姿を確認する術を、高高度からの目視のみで終わらせていたパムの選択の故でもあった。

582第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:33:05 ID:Mv5chdUo0
 渦の中でハーブを食み終えていたジョニィ。爪は全て生え揃っていた。
十全の状態の爪の生え揃い、これを以てジョニィは、左人差し指からACT2を二発、音の壁を突き抜ける程の速度で発射。
レイン・ポゥと純恋子を空中に放り上げると同時に、黒羽に自動防御機構を搭載させ、これでジョニィの攻撃を迎え撃つ。
音速程度、パムの反射神経なら反応出来ぬ速度ではない。羽を用いたのは、身体に染みついた、初撃に対する警戒癖のせいであった。
そしてそれが、パムの命運を正の方向に別った。黒羽に刻まれた、爪弾による弾痕。それが勝手に動き始め、自身の方に迫ってくる事に気付くパム。
蓄積された戦闘の経験値の賜物、パムは即座に、ジョニィの放った爪の弾による弾痕は、生きているように動きそして対象に近付いて行き、それと肉体が重なるや、
爪の弾丸で直接貫かれたのと同じようなダメージを与えるのだと看破。この推察は、何処までも正しかった。

 パムの取った行動は迅速だった。爪弾による弾痕が刻まれた黒羽を、穂先から柄の端に至るまで真っ黒な、一本の槍へと変形させる。
勿論ただの槍ではない。柄の太さは二m程、長さに至っては十m近くもある巨大な槍である。これでは持つと言うよりは、両腕で抱えなければ保持して振う事も出来まい。
これをパムは、此方目掛けて信じ難い程の速度で接近するアレックス目掛けて、射出。初速の段階で、音を超過した加速を得たそれに対応するアレックス。
アレックスの行った事は、単純明快。槍の穂先目掛けて、思いっきり右拳を突き出すと言う物。正気の判断ではない。
パムの槍が得ている速度もそうだが、その貫通性能もパムは著しく上昇させている。厚さ十mにも達する鉄板ですら、この槍の前では紙同然。
こんな物を拳で止めようものなら、腕は拉げ、その身体を槍の穂先が穿っていた事だろう。そう――普通の拳で対応したのであれば。

 魔人の右拳と、槍の穂先が激突。
勢いが勝った。槍ではなく、人修羅の拳がである。拳面が穂先に触れた瞬間、槍は柄の中頃から音もなく圧し折れ、激突の際に生じた凄まじい強さの衝撃波が、
拳と穂先の衝突部から荒れ狂う。破壊するか、と内心でパムは唸る。驚愕し、戦慄した訳ではない。十分に予測出来た事だ。
それに、当初の目標はパムは達成した。先程放った槍は、ジョニィの放った爪弾によって刻まれた弾痕が残っていた黒羽を、変形させたもの。
それを破壊されてしまえば必然、ジョニィの宝具(スタンド)による弾痕もまた、同じ命運を辿る。パムは、ジョニィが放った初見では対処困難な一撃に、見事対応して見せたのだ。

 ジョニィが爪弾を放ってから、アレックスが黒槍を破壊するまでにかかった時間は、一秒を遥かに下回る。
それ程までの短時間で、これらのやり取りは行われていた。ジョナサンですら、認識不能なスピードで。

「球場の中に行くよ」

 未だ空中に舞っていた状態のレイン・ポゥと純恋子。
純恋子の従者たる虹の魔法少女は、何もない虚空から虹の橋を延長させ、其処に、純恋子を抱えたまま着地。
振えば人体など簡単に真っ二つにする程鋭い縁を持ったその虹の橋(ビフレスト)は、かなり急なアーチを描いて、球場内のグラウンドにまで伸びていた。
そしてレイン・ポゥは、そのアーチが伸びる方向へと、凄い速度で駆けだして行った。「私もあっちに混ざりたかったのですが」、と純恋子が呟いたのを、果たして何人が聞き取れたのか。

「仕方のない奴だ」

 苦笑いを浮かべ、小さくなって行くレイン・ポゥの背中を見送るパム。見事なまでの、保護者、引率者面だった。
この見送っている隙を狙って、アレックスが接近、岩など豆腐の如くに粉砕する修羅の拳をパムの顔面に叩き込もうとする。
しかし、黒羽の一枚を神業のような速度で、両腕両脚を覆う籠手(ガントレット)と具足(グリーヴ)に変形させ、これを鎧わせた左拳で、アレックスの拳を迎撃。
硬い、と思ったのはアレックスだ。一方的に籠手を粉砕し、そのまま拳を腕ごと破壊するかと思っていたのに、予想が外れた。想像以上の堅牢さだ。
凄まじい攻撃力だ、と思ったのはパムだ。籠手の内部には衝撃を吸収する為の緩衝材を幾重にも、レイヤーを重ねるように配置していたと言うのに、それらを貫いて、パムに衝撃を与えて来た。重ねた緩衝材の層があと数枚足りていなければ、腕が痺れていただろう。無論、緩衝材を一切抜きにしていたら、腕自体が麻痺したように動かせなくなっていたかも知れない。恐るべき、アレックスの拳の威力!!

「逸るな、しっかりと責任もって遊んでやる」

「遊ばなくて良い。とっとと死ね」

583第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:33:20 ID:Mv5chdUo0
 地を蹴りアレックスから距離を取るパム。それは距離の調整の他、攻撃の回避をも兼ねていた。
パムが先程まで、アレックスと拳を合せていた所を、正しく目にも留まらぬ速度で人の爪が行き過ぎる。
ジョニィがパム目掛けて放ったACT2、それは結局、偏在した空気を貫くだけの結果に終わる。有体に言えば、スカを食う形になった。

 次にパムが行うとすれば、地味ではあるが厄介な能力を持っているジョニィへの攻撃だろう。アレックスはそう考えた。
パムとジョニィは同じアーチャーのクラスではあるが、ステータスの面ではパムの方に軍配が上がる。
いや、軍配を上がると言う言葉を用いる事が憚られる程、ステータスの面で水を空けられている。凡そ何一つとして、ジョニィはパムにステータスで勝っていなかった。
しかもそのステータス上の強さと、実際そのステータスから発揮出来る強さに、何一つとして乖離がないと来ている。
本気でパムに対処されたら、ジョニィは成す術もなく殺されるだろう。折角の同盟相手だ。友好な関係を、築かねばならない。

 アレックスの判断は当たっていた。ブーメラン状に黒羽を、パムは変形させているのだ。
大きさは約三m程。そのブーメランの縁部分が刃のように鋭くなっている事から、どのような用途でこれを用いるのかなど即座に判断が出来る。
地を蹴り、弾丸の如き勢いでパムに――ではなく、ブーメランに向かって斜め四十五度の鋭い角度で跳躍。
近付くや、変形させたブーメランに対して、空中に浮いたままソバットを叩き込み、黒羽のブーメランを蹴り飛ばす。
しかも、ただ蹴り飛ばしただけではない。明白な意図を以て、アレックスは蹴る方向を選んでいた。
――黒贄である。最悪のバーサーカー、黒贄礼太郎の下へと、この魔人は黒羽を蹴飛ばしていたのである。
時速数百㎞を超過する程の速度で迫るブーメランに対し、右腕を斬り飛ばされた黒贄は、何をしたか。

「あ、思い出しました。あの競技場でみた美人さんじゃないですか」

 あっと気付いたような呟きをしながら、凄まじい速度で迫り来る、刃を携える黒いブーメランを、思いっきり右足の爪先で蹴り飛ばす。
黒塗りのブーメランが、黒贄のこの迎撃の影響で、中頃から圧し折れ、破壊される。そればかりか、黒贄の蹴りの勢いが余りにも強すぎたせいか。
真っ二つになったブーメランが、アレックスが蹴り飛ばした時の速度に音の数倍の速度をプラスさせたスピードで、遥か上空へと消え失せて行く。
冗談のような、その膂力。アレックスも流石に目を見開く。ジョニィもまた、同じ。パムだけが、冷静な表情で黒贄の事を見据えている。
レイン・ポゥと純恋子から、黒贄礼太郎を名乗るこのバーサーカーの異常な筋力を聞かされているばかりか、実際にその異常さを新国立競技場で目の当たりにしていたからだ。黒羽を破壊してみせたところで、今更驚くには値しなかった。

 それよりも、今の今まで黒贄がずっと――即ち、パムがこの場に現れてから今に至るまでの時間を、棒立ちの状態で過ごしていたのは、
パムが何者であったのかを思い出そうとしていたからだったらしい。信じられない程の暢気さである。いや、暢気と言うよりは最早痴呆とでも言うべき愚鈍さだ。
たっぷり数十秒の時間を使い、漸く黒贄は、この場に現れた高露出の女性の正体を思い出したらしい。そう、黒贄とパムは、言葉こそ交わさなかったが過去に出会っている。
尤も、過去、と言う言葉を用いる程昔ではない。数える事数時間前、まだ虚無に呑まれる前の新国立競技場での乱戦で、彼らは戦っていたのである。

 黒贄ですら覚えているのだ、勿論、パムも黒贄の事は憶えている。それも、鮮明に、だ。だからこそ、内心では唸っている。黒贄のその姿に、だ。
確かにパムは黒贄の姿を見知っている。だが、最後に彼女が、この希代の殺人鬼の姿を目の当たりにした時には――黒贄の姿は、凡そ戦えるに適さない程の、
『ズタボロ』の状態であった筈なのだ。機能している内臓が存在しない所か殆どを体外に掻き出され、脳を破壊され、四肢すら破壊され……。
それが、新国立競技場での黒贄礼太郎のコンディションであった筈。最早説明の余地がない程馬鹿馬鹿しい事であるが、そんな状態で戦える人間は存在しない。
魔法少女やサーヴァントであってすら、あの時の黒贄礼太郎と同等の状態で戦える存在など、片手の指で数える程しか存在するまい。
しかし、存在しないと言う訳ではない。常軌を逸したタフネス、プラナリアに例えられる程の高再生力。それがあれば、あの状態で戦う事も可能であったろう。

584第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:33:34 ID:Mv5chdUo0
 それよりも問題なのは――あの状態から黒贄が『回復』したと言う点だ。
あの時、新国立競技場に集っていたサーヴァント達は、揃いも揃って英霊の座全体から見てもトップクラスの実力を誇るサーヴァント達だった。
それらの攻撃を受けておいて、しかも、最後に出会ってから半日すら経過していないこの短時間で、黒贄はその際に負ったダメージの殆どを『回復させていた』。
今現在の黒贄の姿を改めて眺めるパム。頭蓋骨が外部からでも見える程深く、縦に割られた顔面。刃状の得物で断たれた事は明白だ。
胴体も同等の物で斬り裂かれた事が窺える斬傷が袈裟懸けに走っており、右腕もまた、同様の物で切断されたのだろう。肘の辺りから消失している。
今の黒贄の状態も酷いには酷いが、如何考えても競技場の時に比べたらマシになっている。回復、したのであろう。
競技場から脱出した時から、アレックス達と戦うまでの、短い時間の間に。

 アレックスが右足で地面を踏み抜く。彼を中心として直径十m圏内の地面に亀裂が生じ出し、其処から、橙色の光が噴き上がる。
ただの光ではない。それ自体が高い熱エネルギーを内包しており、対魔力を持たないサーヴァントが触れようものなら瞬く間に、大ダメージを負う程の力を持っている。
が、戦闘の経験値についてこの場にいるどのサーヴァントよりも上を行くパムには、この程度の攻撃を対処する等簡単な話だったらしい。
弾丸を想起させる程の速度で後ろに飛び退く事で、噴き上がるエネルギーの範囲外まで退避、いともたやすく避ける事に成功する。

 一呼吸置いてから、体内のリズムをパムは調整。そしてこの間に、ジョニィはACT3を発動させ、渦の中に潜行を始めた。
まだ秘密を隠しているらしい、パムはそう考えた。今しがた渦に潜ったジョニィを含め、この場にいる三体のサーヴァントを相手取って倒せる自信はパムにはある。
凄まじ過ぎる増上慢であるが、実際それに見合うだけの、そして行える程の実力と宝具を持っている。
但し、余裕綽々でそれが出来るのかとなると話は別だ。ジョニィなら兎も角、アレックスと黒贄は、パムの黒羽をそれこそ破壊に特化したそれに変形させねば無理だ。
それどころか、破壊や戦闘に著しく尖らせたそれに変形させたとしても、余裕で勝つのは不可能事だろう。
アレックスは単純に、技量や身体能力、そして有する能力面が凄まじく高いレベルで纏まっている為、鎧袖一触とは行かない。
一方黒贄の方は、度を越したタフネスに加え、恐らくは備わっているだろう超高水準の再生能力が厄介だ。
戦闘続行能力の高さに自己再生能力……王道でありきたりではあるが、戦闘での有用性は計り知れない。
これに加えて黒贄には、魔法少女の中でも最高スペックの身体能力を誇るパムの運動能力を超越する程の肉体的なスペックがあるのだ。厄介でない筈がない。

「やりがいがあるな」

 そう言う悪条件については、やりがいを感じる方の女。それがパムだった。
理想は全力で戦える環境だが、縛りのある戦いについて理解がない訳ではない。そう言う状況においても最大限のパフォーマンスを発揮するのが、パムの能力だ。
構え直し、再び戦いに赴こうかと思った、刹那。黒贄の姿が掻き消え、パムの下へと、百分の一秒を大幅に下回る速度で走って接近。
ワープでもなければ、魔術的な補助を借りた移動でもない。自前の筋力のみによる移動だと、サーヴァントであっても思うまい。それ程までの、スピードだった。

 空手の左腕をパム目掛けて乱雑に振り下ろす黒贄。新国立競技場で、高速で飛来する重さ二十t超の巨剣を弾き飛ばす程の腕力だ。
ただ勢いよく振るわれるだけで、致命傷の威力を内包しているのは最早言うまでもない。
定石通り、残った二枚の羽の内一枚に、自動防御の機能を付与させ、黒贄の攻撃に対応。凄い速度で羽が、振るわれた黒贄の腕の軌道上に配置。
腕の形に、黒羽が凹んだ。この地球上に存在するあらゆる物質の堅牢性を超越する硬度だったと言うのに、信じられぬ腕力だった。

 黒贄に追随するような形で、アレックスがパムの方へと接近してくる。武器は持っていない、空手だ……が。
このサーヴァントが徒手空拳でですら、並のサーヴァントを容易く屠り、葬る力がある事はパム自身も理解している。
寧ろ攻撃の選択肢が豊富な分、下手をすれば剣やらの得物を持った状態の時よりも厄介な可能性すらあった。

585第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:33:47 ID:Mv5chdUo0
「テェッ!!」

 パム達まで残り数mと言う段になって、突如、両の腕を左右に勢いよく交差させるアレックス。
何かを感じ取ったのだろう、黒贄の攻撃を防いだ自動防御機能搭載の黒羽が、パムの前に移動、その大きさを四倍程に拡大され、彼女の前面を覆うバリケードとなる。
――瞬間、バリケードがまるで風船か何かのように体積を膨張させた。殆ど限度一杯までの膨らみ具合だ。ところどころに膨らみすぎから来るヒビが生じている。
後ほんの少し力を加えられていたら、破裂させられていた事だろう。恐るべしはアレックス……いや、アレックスの宿す人修羅の力が放てる『烈風波』だ。
攻撃に付随して発生する衝撃波、これを攻撃に転用する手段は珍しくない。悪魔は勿論、人間だとて武に覚えのある者なら行使する事が出来る。
但し、人修羅の男の放つその烈風波は、悪魔達の括りから見ても異常な威力を誇る。正面からの攻撃なら、艦砲の一撃ですら無傷で乗り切るパムの黒羽の防壁があのザマなのだ。威力は用意に想像がつく。そして、直撃した時に己の身体に舞い込む、未来でさえも。

 腕の交差を解き、片腕を振るい、再びあの烈風波をバリケードとして展開させた黒羽に放ち、それが激突。した、瞬間だった。
ある種の火薬の炸裂音に似たような大音が羽の辺りから生じ始めたのだ。そしてこれと同時に、羽そのものが、破裂した。
驚きに似た光を瞳の奥で煌かせたのは、アレックスの方であった。勿論、パムの黒羽を突破すべく、壊せるレベルの出力で攻撃を加えた。
確かにアレックスの攻撃で、黒羽のバリアは砕かれた。問題は、『簡単に砕かれてしまった』と言うこの事実である。
余りにも、呆気なさ過ぎる。アレックスの見立てでは、もっと持ち応える物だと思っていたのに――其処まで彼が考えて、気付く。
この黒羽の破壊は、パムが意図して設定した『攻撃』であると。この事実を認識するのに要した時間、千分の一秒。羽が破壊された瞬間から、ラグが殆どない。

 アレックスは知る由もないが、これは戦車の装甲に装着される反応装甲に原理は近い。衝撃を受ける事で、その装甲の内側の火薬が炸裂、そして、装甲が破裂。
こうする事で、戦車本体にとって致命となる損傷を受けても、表面の反応装甲が浮き上がり、敵の攻撃の威力が分散、結果として軽微なダメージで済むと言う訳だ。
欠点は、戦車の近くを哨戒している味方の兵士が、破裂した装甲の直撃を受けて死にかねないと言う点だが……この場に於いて、
巻き添えを食らう心配のある味方のいないパムにとってこの欠点は欠点足りえない。攻防一体となった特性もそうだが、例え砕かれて破壊されても、
羽が一つ残っていれば破壊された分をリカバリー出来るパムにとって、爆発反応装甲を模倣した性質のこの羽は、極めて利便性の高いそれとなっているのだった。

 炸裂した黒羽の破片が、超音速を軽々に上回る速度でアレックスと、接近していた黒贄の方へと飛来する。
反応装甲由来の性質の黒羽があった場所からアレックスがいる所の距離は、四m程。破片の速度を考えるに、見てからの回避行動など、出来るべくもない。
何が起こったのかを理解するよりも前に、掠っただけで肉体が粉々になる威力を内包した黒片の衝突を受けて即死する未来しか有り得ない。
しかし――これを回避出来るだけの反射神経が、アレックスには与えられていた。アレックスの両腕が、消えた。消えた、としか見えない速度で動かしている。
音と言う従者がついて来れない程のスピードで両腕を動かし、こちらに害を成そうとする破片を次々弾き飛ばし、対応する。
一方黒贄の方は、破片の直撃を受け、胴体の四割近くを吹き飛ばされた状態となっていた。左わき腹が殆ど存在せず、左胸部まで、筋肉も骨格も消し飛んでいる。
これで黒贄を仕留めた、などと最早この場にいる誰もが思っていない。特にパムだ。新国立競技場で見た時よりも、まだ黒贄が今負っているダメージは、軽い。動けて当たり前とすら思っていた。

 アレックスの方へとステップインするパム。アレだけ埒外の身体能力を見せ付けられていながら、パムは彼とインファイトを行おうと考えていた。
その方が範囲攻撃を行わないので周囲への被害を考えなくても済むし、彼女自身肉弾戦にも絶対の自信がある事もそうなのだが、何よりも、
肉弾戦の方がアレックスと楽しめると彼女自身が判断した事が一番大きい。つくづくの、戦闘狂であった。

586第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:34:26 ID:Mv5chdUo0
 黒羽を変形させて生み出した黒一色の篭手、それを纏わせた右拳を、間合いに入った途端アレックスの顔面目掛けて突き出す。
アレックスは避けない。避けられないのではない、避けないのである。出来る、とパムは内心で唸る。この一撃が疑似餌である事を、アレックスは見抜いている。
先程行った、爆発反応装甲の原理。それをたった今、パムが装着している篭手と具足にも応用したのである。
迎撃の為に篭手を攻撃すれば、それが超速で飛散する。回避しても、攻撃を放ち終えた瞬間にそれらを砕いて飛散させ、攻撃後の隙を解消出来る。こんな寸法であった。
故に、アレックスの反射神経で、この右拳の一撃を見の姿勢に回られるのが一番不味い。フェイントだと解っているフェイントは、脆いのである。
アレックスが何かをする前に、篭手を爆発させようとした、刹那。自身の体重が全部消失したみたいな感覚。それが、パムの身体に舞い込んで行く。
身体の全て……それこそ内臓や骨に至るまでが、自分の意思を超越して勝手に宙へと浮かび上がるような、全身の毛が逆立つような不気味な浮遊感。
それが、パムの身体を包み込む。自分の身体は今、浮いている。自分の意思で空を飛んでいるのではない。浮かされている。視界の上下が、反転した。凄い速度で、仰向けになった自分が地面へと堕ちて行き、空が遠ざかる。自分は今投げられて――。

 パムの背面と後頭部に、衝撃が爆発した。自分は、合気に近い要領で投げられたのだと、理解したのはこの瞬間だった。掴まれた事すら悟らせない、圧倒的な技量だ。
地面の感触が硬い。コンクリートだ、当たり前である。明瞭だった視界が一瞬で、油のプールの中から外を見るようにグニャリと歪み始めた。
脳が、頭蓋の中でピンボールのように揺れているのが良く解る。脳震盪。誰が何処にいるのかすら解らない程、視界が混濁している。
絵の具を何色か適当にぶちまけ、水を含ませた筆か刷毛でなぞった見せたようなマーブル模様。それが今の、パムの視界だった。
アレックスや黒贄、ジョニィは何処に? などと、認識出来る筈もない。だが、確かな事は一つ、動かねば、死ぬ。それだけだ。

 咆哮を上げるパム。雷鳴のような大音声だった。
自分を奮い立たせる為、そして、相手を怯ませる意図を込めたこの雄たけびを上げながら、パムは、脳震盪の真っ只中であると言うのに、
信じれない程の速度で立ち上がり、姿勢を整えた。左肩を、何かが突き抜ける。炎とはまた違う、高温度の光だかレーザーだかで貫かれたような、
灼熱の痛みが肩甲骨ごと彼女の肩を貫いた。アレックスの魔力剣だ。もっと致命になりうる急所を狙ったのだろうが、パムがアグレッシブに動くせいで、
狙いが逸れて肩を攻撃する形になってしまったのだろう。恐らくアレックスの事だ、雄たけびで怯んではいるまい。
明瞭な痛みが、濁った視界をクリアなものにする。幻覚に囚われた時、視界が自分の意思とは違う何かにジャックされた時。痛みと言うのは、覚醒の特効薬となる。
混沌した視界の問題をクリアするやパムは、自分とアレックスを繋ぐ魔力剣を手刀で叩き壊し、自由の身となる。壊された魔力剣は無害な魔力へと昇華される。
パムに刺さっていた剣の残滓にしても、同じ事だった。この昇華と同時に、アレックスは編んでいた魔術をパムの身体に叩き込もうとする。
ハマオン……つまり、アレックスのいた世界でセイントⅢと呼ばれる魔術が変異した術だ。浄化の白光がパムを昇天させんと包み込もうとした瞬間、
凄まじい速度でパムは後方宙返りを行い、これを回避。そして、宙返りから着地するよりも前に、最後に残った一つの羽を三つに分割。
そして体積を、元の羽と同じサイズにまで拡大させる。これで、黒羽の枚数は元に戻った。足りない分の残り一枚は、篭手と具足に変形させたそれである。

 着地し、拳を構えるパム。魔力剣で貫かれた左肩が気になるが、問題にならない。
骨を破壊されたとしても、黒羽の破片をカルシウムに変質させ、それを砕かれた所と癒着させ回復させれば良いだけの話だ。動きが鈍くなるのは、数瞬の事。我慢せねばなるまい。

「おや、良い笑みですな。美人はそうでなくてはなりません」

 呑気も呑気に、黒贄が言った。何処がだよ、とアレックスは思わず心中で突っ込む。
今パムの浮かべてる笑みこそが、戦闘狂のテンションが最高潮に達した時に浮かび上がるそれなのだ。
なまじ元となるパムの顔つきが美女のカテゴリーの中でも最高位に相当する程の美しいそれである為、笑みは凄愴と言うよりも凄艶の域に達しており、
獰猛さと美しさが同居するその笑みに睨まれれば、如何なる男も女も、二重の意味で立ち竦む事であろう。その笑みの恐ろしさに。そして、美しさにも。

587第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:34:38 ID:Mv5chdUo0
 痛みに屈する肉体も精神も、パムは持ち合わせていない。同様に、衝撃を加えられても折れて萎える心でも最早ない。
痛みや衝撃を受ければ、寧ろ肉体も心も活性化する。それが、戦いによって齎されたものとなれば猶更だ。
私だって負けられないし、強いんだぞ。その思いで乗り越えられる。今のパムが、正しくそれだ。
何故ならば、自分に痛みを与えられ、膝を屈させる程の存在は、その時点で強者である。その強者との戦いこそが、パムにとって最も楽しいコミュニケーションなのだ。
魔法少女の世界では、その強者が――パムと真の意味で語り合える存在は、全くと言って良いほどいなかった。
クラムベリーはもしかしたらその域にまで育ち得たやも知れないが、彼女は自制する術をパム以上に育ててなかったが故に、自滅してしまった。

 自分が今、どんな顔を浮かべているのか。鏡を見るまでもなくパムは理解している。
嗤っているのだろう。アレックスが繰り出してくる未知の攻撃。黒贄礼太郎が振るう圧倒的かつプリミティヴな暴力。それらを、期待して、笑っている。
色気なんて欠片もなく、明るさなんて何処にも見当たらない、泥臭く熱の篭った、獰猛な笑みでも浮かべているのだろう。
しかたないじゃないか。だって、お前達が強すぎるのが悪いんだ。いや、悪くはないな。お前達はそのままで良い。そのままで良いから――。

「まだ、戦おう」

 ともすれば、懇願するような声音でそう口にした、その瞬間だった。
パムから十数m離れた所に存在した、ACT3の渦。其処からジョニィが、トビウオの様に勢い良く飛び出て、潜行を解除したのである。
ACT2を放つぐらいであれば、パムならば対処出来る。放たれた位置と相手のいる距離さえ解れば、死角から放たれた銃弾ですらパムは対応出来る。
だから、ジョニィの方は見る必要性すらない。……筈だったのだが。魔法少女としての嗅覚が、人間のそれとは違う、獣の臭いを感じ取ったとあれば、話は別。
ジョニィが現れた方角、つまり、パムの背後である。その方角を振り返ると――彼は、『馬』に乗っていた。
くすんだ白色の獣毛に、黒の斑点模様。その馬の特徴だ。見た所特別な力を感じない。実際問題、黒羽でアナライズしてみても、何の力も持っていない。
ギリシャ神話に語られる翼を持つ天馬ペガサスであるとか、聖なる角を持つユニコーンであるだとか、一日に千里を走るという赤兎馬だとか、
オーディンが騎乗する戦車を引くスレイプニルだとか。彼らが持っている――パムは実物を見た事がない為持っていそうな、が正解か――力強さや神韻、聖なるオーラやカリスマと言う物をその馬からは感じない。本当にただの、何の変哲もない馬であるらしい。

「畏れるに足りんぞッ!!」

 こんなもので何をしようと言うのか、魔法少女は馬より速く、そして長く走り続ける事が出来る。ただの馬など駄馬にしかならない。
黒羽を変形させ、迎撃しようとしたその瞬間にジョニィは――『馬に乗った状態で、爪をパム目掛けて放っていた』。これを、爆発反応装甲で、パムは対応しようとしたのであった。

588第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:34:53 ID:Mv5chdUo0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




     お前は馬に力を与え、その首をたてがみで装うことができるか

     馬をいなごのように跳ねさせることができるか

     そのいななきには恐るべき威力があり、谷間で砂をけって喜び勇み、武器を怖じることなく進む

     恐れを笑い、ひるむことなく、剣に背を向けて逃げることもない

     その上に箙が音をたて、槍と投げ槍がきらめくとき、角笛の音に、じっとしてはいられない

     角笛の合図があればいななき、戦いも、隊長の怒号も、鬨の声も、遠くにいながら、かぎつけている

                                                  ――ヨブ記39:19-25



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589第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:35:06 ID:Mv5chdUo0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ジョニィが放った爪弾は、彼の人差し指から剥がれて飛んで行ってから、一m。その軌道上でメタモルフォーゼをし始めた。
一切の脈絡もなく、まるでパラパラマンガのあるコマ以降を、それまでのコマとは全く別の絵に差し替えて見せたような、急な変身であった。

 大柄な人型のヴィジョンであった。赤味の強い紫色が、その体色の九割半ばを占めた、異様な姿である。
竦めさせたように首の存在が見えないのだが、もしかしたら初めから、首に類する部分はその存在にはないのかも知れない。
それに、非常に大柄だ。星の意匠を凝らした肩パッドと脚部プロテクターだけを見るなら、ラガーメンを思わせる。
一方で、無数の鱗を繋ぎ止めたような帷子を纏うその様子は、戦士の様にも見受けられる。全体的に、チグハグで、統一感がなく、不気味な印象を見る者に与える姿だった。
顔つきもまた異様で、目の部分に星のマークがペイントされ、額に相当する部分には馬の蹄に打ち付ける蹄鉄のような形をした、Uの字の飾りを着けていた。兎にも角にも、気味の悪い存在だ。

 そんな、帷子を纏った人型のヴィジョンが、宙を滑るようにパムの方へと向かって行く。
このヴィジョン――『タスク』の真正面に、パムの黒羽が変形した、反応装甲が立ち塞がる。厚さにして二十cm、縦横の幅が五mオーバー。
装甲と言うより、これでは最早壁だ。そんな物が、タスクの目の前に現れたのだ。この速度でぶつかっても壁は爆発するし、殴ったり斬ったりしても、同じ事である。
タスクは、その身体にタックルをぶちかました。無論、勢いを乗せた体当たりで突破する事も出来よう。だがそれをやれば待っているのは装甲の爆発だ。
跳ね返されるなどと言う甘い未来はない。胴体の骨が何本も圧し折られる事ですらまだ手緩い。ほぼ確実に、高速で飛来する破片に衝突し、全身がグチャグチャに潰され即死する。どちらにしても、タスクの――ジョニィの運命はこれで決まったも同然……の、筈だった。

 ショルダーパッドに覆われたタスクの肩が、反応装甲の壁にぶち当たる。……壁は爆発反応を起こさない。凪すら起きない海のように、何も起きない。
そう見えたのは、ほんの半秒の事だった。異変はすぐさま、誰の目にも明らかな形で生じだした。
黒羽が変じた反応壁、其処から、青白く光り輝くリング状の何かが音もなく、滲み出るように現れ始めたのだ。
それも、一つや二つと言う数ではない、百を容易く超えており、千個にも達するかと言う程の数だ。
リングは総じて、同じ方向目掛けて回転を続けており――その回転に従うかのように。……否。抗えないとでも言わんばかりに、その黒羽自体も、歪に回転をし始めた。

「!?」

 パムの瞳の奥底で、明白な驚きの感情が瞬いた。確かにその反応壁は回っている。しかしその『壁自体』が、回転しているのではないのだ。
その黒羽が変形して出来上がった壁、その一部分一部分が、音もなく回転をしているのである。
角が回転している事もあれば、角から離れた中央部まで。兎に角、物理的に回転する事は愚か、回転するギミックを仕込む事など不可能な部分まで回り始めている。
無論その壁に回転するギミックなどパムは仕掛けていない。となれば、思い当たる節は一つ。あの謎のヴィジョンによる攻撃で、今の現象は齎されているのだ。

 リングが回転している所から、白色の煙めいたものが上がり始める。リングと黒羽自体との摩擦、その熱で煙が生じているのだろうか。
真実は誰にも――それこそ、タスクの発動者足るジョニィにすら解らないが、確かな事は一つある。異常なスピードで、黒羽の壁が崩れ、雲散霧消して行っているのだ。
戯画や銀幕の中で見られるような、聖なる陽光を浴びて灰になり、光に実体が溶けて行く吸血鬼の表現宛らに、黒羽は崩れ、滅び、縮小し。やがて完全に消滅した。掛かった時間は、一秒と半ば。凄まじいスピードであった。

590第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:35:18 ID:Mv5chdUo0
「何をした……!!」

 黒羽が破壊される。これ自体は珍しい事じゃない。
無論、枕詞に卓越した実力者と言う言葉が付随するが、一部の魔法少女やサーヴァントならやってやれない事じゃない。
ジョニィは明らかに、その卓越した実力の部分を見出す事が出来ない。身体つきは、戦士として闘争や戦闘に向けて磨き上げられたそれではなく、
どちらかと言えばある種の『競技』に向けて絞られた風な物であり、とてもじゃないが、この場にいる怪物三名。
パム、アレックス、黒贄の三人の三つ巴の戦いに、何か気の利いたフォローを入れられる風な実力には全く見えない。
そんな人物が、黒羽をいとも簡単に破壊して見せた。この事実に、パムは明白な驚きを見せているのだ。それは即ち、今この瞬間まで、心のどこかでジョニィを侮っていた事の証左に他ならない。

 パムの問いかけに、ジョニィは何も答えない。いや、答える気は更々ないのだろう。
――パムはこの時、見た。見てしまった。ジョニィの瞳の中で、黒曜石の様に冷たく光り輝く、純度の高い殺意を。
憎いから、妬いているから、因縁があるから。そう言った感情論を超越、一切廃して、ただただ自分を目標の為だけに殺す。
そんな意思が如実に感じられるのだ。彼の何の変哲もない目の中で光り輝く、漆黒のプラズマ。それは恐らく、ジョニィ・ジョースターと言う男が、パムという魔法少女に対して抱いている、殺すと意思が結晶化した物であるのだろう。

「――上等だぞ貴様ッ!!」

 犬歯を見せ付けるような獰猛な笑みを浮かべ、パムが叫んだ。稲妻のような、声量だった。

「ほっりゃさっさー」

 痺れを切らしたかのように、黒贄がパムの元へと接近。反応装甲の破片の直撃で吹っ飛んだ脇腹から血を流しながら、元気に左腕を乱雑に振るう。
自分の背後から迫るその攻撃を、後頭部に目でもついていると言われねば納得が出来ない程の正確さで、ダッキングする事で回避。
台風を束ねて塊にしたような風圧が、頭上を行過ぎて行くのをパムは感じる。直撃していれば、パムと言えども即死だった。それほどまでの威力に、もうなっていた。
羽の一枚をサーベルの剣身の如き形状に変化させるパム。ただの剣ではなし。幅数m、長さ十mにも達する巨剣である。
これを猛速で振るい、黒贄と、拳の一撃を真横から側頭部に叩き込もうとするアレックスを一纏めに斬り殺そうとする。
アレックスは何とこれを、魔力を纏わせた右の手刀一本で、逆に剣身の方を斬り返してしまった。アレックスの手刀を受けて、黒塗りの巨剣の刀身が中頃から宙を舞う。
そして、手刀を振り下ろし終えたのと同時に、彼は刻まれた刺青から、数百万Vを超過する青白い放電現象を生じさせた。その高電圧の触手は凄い速度でパムと黒贄に迫る。
パムも、そして黒贄も。放電が迫り始めたそのタイミングで、地を蹴って大きく飛びのいて距離を離す事で回避する。放電の一部が地面に当たる。パァンッ、と言う破裂音と同時に、転がっていたコンクリートの大塊が消滅する。信じられない威力だった。

 剣身に変形させた黒羽を自らの意思で、空気に溶け込ませるように消滅させたパム。
飛び退きを終え、着地したと同時に、自分の手元にある黒羽の一つをパムは三等分にし、元の枚数に戻し始めた。
その分割する前の黒羽の大きさは、ピッタリと三等分出来る程度の大きさであったらしい。切り分けられたそれは皆同じ大きさをしていた。
その内の二つは、確かに、元通りの大きさに戻ったのであるが……一つだけ、様子がおかしかった。
大きさが元通りにならないばかりか――先程ジョニィのタスクの体当たりを受けた黒羽の同じように、青白く光るリングが滲み出るように現れ始め、消滅を始めているのだ!!

591第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:35:30 ID:Mv5chdUo0
「馬鹿なッ!!」

 余りにも不可解な現象に、パムが今度こそ驚きの声を上げる。
それと、全く同時であった。ジョニィが再び、馬に乗った状態で、爪弾を放ってきたのは。右の薬指から。
爪は先程と同じく、放たれてから一m程の所で、唐突にあの人型のヴィジョンに変貌を遂げ、その状態のまま凄い速度でパムの方へと向かって行くのだ。
何の原理で、自身が絶対の信頼を置く黒羽、その内の一枚が使用不能になっているのか。パムにはとんと解らない。だが、確かな事が一つある。
それは、あの人型に触れると言う事が、計り知れない程危険であるという事だった。さりとて、黒羽で防御する訳にも行かない。

 迷った末にパムは、地面に拳を打ち込み、其処からすぐに、地面に突き刺さった拳を引き上げさせる。
すると、それまで地面を舗装していたが、戦闘の余波で割れてしまったコンクリートの一枚岩が、つられて立ち上がって行く。
パムの拳に刺さったものの正体が、このコンクリートで出来た巨片であった。これを意図も簡単に引き上げさせたパムは、このコンクリの壁を文字通り、
タスクから身を守る為の壁として身体の前面に配置。それをし終えてからゼロカンマ二秒程後に、タスクがコンクリ壁に衝突。
凄い速度でコンクリからリングが滲み出始め、そのまま、早送りでもして見せたかのように、壁が消滅していた。役目を果たした為か、タスクもまた消えていた。

 このタイミングで、パムが動いた。
スタンディングスタートから一気に、騎乗しているジョニィの所へ、猛どころか、超がつく程のスピードでダッシュする。
魔法少女、その中にあっても最高位の身体能力を誇るパムの移動速度は、助走距離次第では、何の補助も借りない素の身体能力だけで、
新幹線のそれを容易く超える程のスピードとなる。彼女とジョニィの距離は、二十m程。それだけで、十分だった。その程度の距離で、パムは、時速三百オーバーの加速を得ていた。

 ジョニィの放ったあの攻撃、秘密は彼が騎乗している馬にあるとパムは推理。
馬を、素手で殴り飛ばそうとするが、それを許さぬ者がいた。アレックスと、黒贄である。アレックスは、同盟者を守る為。
そして黒贄は、纏めて三人を殺す為。新幹線のスピードを上回る速度で移動しているパムの元へと集い始めた。

 ジョニィが、スローダンサーの鐙を蹴って宙を舞い、それと同時にこの愛馬の展開を止めて姿を消させるのと。
黒贄の左拳と、黒羽で出来た篭手を装備したパムの一撃が衝突したのは、殆ど同時だった。衝突によって生じた、荒れ狂わんばかりの衝撃波。
まるでダイナマイトの炸裂だ。それが、ジョニィの身体にも叩き込まれる。

「うぁぐっ……!!」

 攻撃と攻撃の衝突、その余波に過ぎない衝撃波。
攻撃その物の直撃ではないにしろ、身体能力が普通人の延長線上のそれしかないジョニィにとっては、それは致命傷に平気でなりかねない。
現に、今の衝撃波の影響で、肋骨にヒビが入った。インパクトに煽られたジョニィは、鐙を蹴った事で到達した高度から、また更に十数m上空を舞い飛ぶ事になった。
このまま地面へと落ちるのか? 落ちればそのままダメージを負うだろうし、落下途中でパムの攻撃が飛んでくる可能性もゼロじゃない。
ジョニィの状況はかなり不味かったが、これを救ったものがいた。アレックスである。彼はジョニィが吹っ飛ばされた高度二十mを超える所まで一気に跳躍。
そのまま彼を抱きかかえるや、上向きに魔力放出を行う事で、一気に地上に急降下。そのまま着地し、ジョニィを救出する。

592第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:35:49 ID:Mv5chdUo0
「無事か」

 訊ねるアレックス。

「何とか……」

 言いながら、口から少量の血を零れさせるジョニィ。決して、無事ではない事が解る。

 アレックスが目線を、黒贄とパムの方へと送る。
有り得ない速度で、左腕を振るう黒贄。攻撃が、アレックスの目から見て、滅茶苦茶過ぎる。
ただ単に、腕を力任せに振るう。やってる事はそれだけだ。それだけなのに、速度も、其処に内包された威力も、桁違いのもの。
黒贄の攻撃に、技術の粋なんて欠片ほども見られない。攻撃に、技術がない。
それは即ち、自分の戦闘は無計画かつ無秩序な場当たり的なものである、と宣言しているのに等しい。つまり、すぐに息切れする上、疲れ易くなるという訳だ。
そんなものは、黒贄にはない。乱雑な攻撃を継ぎ目なく、流れるような連続性と、音を超過するスピード、そして、鉄塊すら容易く砕く腕力で叩き込み続けるのだ。
そしてこれをパムは、アレックスどころかジョニィから見ても、明白な技術力の高さで対応し続ける。
アレックスの当て推量だが、黒贄の身体能力はとっくにパムのそれを追い抜いているのだろう。単純な一撃の威力、移動する速度や反射神経。
それは黒贄の方に分があろう。だが、パムはその足りない部分を、凄まじいまでの戦闘技術で補っている。
篭手で防ぐ、防いだ傍からカウンターを行う、それを避ける黒贄。避けつつも攻撃を繰り出し、それをパムが膝蹴りを行う。
直撃する黒贄、きっと、胴の骨は粉々だ。それでもまだ、あの薄ら笑いを浮かべている。そして、痛みにも屈しない。その笑みのまままた攻撃を繰り出し、
パムが、再びこれに対応し、その時最も適した反撃を行う。武の理想だ。肉体的に然程優れていないのなら、技でそれをカバーする。
無論、肉体が強いに越した事はないだろう。現にパムの肉体のスペックは、ひ弱なそれどころか、屈強と言う言葉でも尚足りない程達している。
そのパムですら、技に頼らざるを得ない程、黒贄は強いのである。……と言っても、そんな状況に陥って尚、パムは嗤っているのであるが。

 黒贄の攻撃を、ステップを刻んで回避するのと同時に、パムは、飛翔。
高度十数m地点で、腕を組みながら停滞、浮遊。三名を見下ろす形で、彼らを睥睨する。浮かべるのは、不敵な笑み。

 ――きっと、の話になる。
確証を得た訳じゃない。だから、これが正鵠を射ているのかもパムには解らない。当てずっぽうの可能性も多分にある。しかし、パムの勘が告げている。
間違いなく、『この聖杯戦争において四枚の黒羽の内一枚は使い物にならなくなった』。つまり今この瞬間から、パムは、『三枚の黒羽で戦いを続けて行かざるを得ない』。
今羽を四枚に増やしても、先程見たいに青白く光るリングが湧いて出て、黒羽を消滅させてしまうだろう。やって見ない事には何とも言えないが、きっとそうなる。

 ジョニィの放ったあの、人型のヴィジョン。アレはパムですら初めて見る能力だった。しかし、流石に最強の魔法少女と称されるパムだけある。
培ってきた戦闘経験、そして、数多見てきた魔法少女達と、彼女らが使っていた固有の魔法の詳細データの蓄積。それらから、ジョニィの能力はある程度導き出せる。
先ずあの能力は、『馬に乗っていなければ発動出来ない』のだろう。それはそうだ。あんな恐ろしい力、素で放てるのならとっくに自分に放っている筈なのだ、と。
パムは考えていた。パムレベルの身体能力と反射神経の持ち主では、並大抵の馬に騎乗した程度では何の役にも立たない。
寧ろ判断のある程度を馬に委ねてしまう分、反応が遅れてしまい不利とすら言えるだろう。つまり、能力の発動条件は、厳しいと言う事になる。
では、その厳しい発動条件を満たした上で行ったあの爪弾には、どんな能力が付与されていると言うのか? これもまだ、推測の域を出ない。
が、確実に当たっているとパムは睨んでた。恐らくあの爪弾――と言うよりは、あの人型のヴィジョンか――に触れたものは、『死ぬ』。
一切の例外は、其処には無い。アレはきっと死神(ハーデス)を放つ力だ。次に繋ぐ機会、傷を癒す再生力、無限大の防御力。
それらの全てを、あの一撃は知らぬとばかりに叩き壊す。粉砕する。引き裂く。問答無用なのだ。
触れれば、機会を奪う。再生する力を焼き尽くす。果て無き防御も砕いて見せる。あの死神には、それが許されているのだ。
死を遠ざける手段が理不尽であればある程、あの死神はより上位の理不尽を叩きつけ死を齎して来る。アレはきっと、そう言う能力なのだろう。そしてそれは、人だけじゃない。物質にも等しく機能するに相違ない。だからこそ、黒羽は再生しないのである。

593第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:36:07 ID:Mv5chdUo0
 初め、黒羽の一枚を再生不可能なまでに破壊された時、パムは、頭蓋の中が焼き尽くされる程の怒りを一瞬覚えた。
それも無理はない。何せ自分のアイデンティティである能力の一部を、完全に封印されてしまったのだ。そんな感情を覚えるのも当然の事だ。
だが即座に、その怒りは、ジョニィ・ジョースターと言う男への畏敬と敬服に変わった。そして、あの男を侮っていた自分への、憤りにも。

 骨の髄まで戦闘の美酒に漬かされきったパムには、戦闘と言う行為についてはある種の美学のようなものを持っている。その内の一つに、攻撃についての美学がある。
例えば、世界一つ――それこそ宇宙の全てだとか、銀河一つだとか、惑星一つだとかでも良い。それを破壊出来る威力と規模の攻撃があったとする。
その攻撃は、攻撃と言う概念の一つの完成系、究極の姿の一つと言えるだろう。言ってしまえば、強さなるものの極限とすら換言出来る。
それはそうだ、世界を一つ完膚なきまでに壊し尽くせるのだ。究極、なる言葉を冠するに相応しい事は間違いない。
しかし、それだけの規模と威力の攻撃を放っていながら、本命を殺せなかったら如何言う評価が下されるのか? 攻撃とは相手を倒し、殺す為のもの。
世界を破壊出来る力を有していながら、本当に倒すべき相手を倒せなかったのなら、それは範囲だけが徒に広く、無駄に多くの命を巻き添えにするだけの、
傍迷惑な代物以外の何物でもない。そんな攻撃を攻撃として評価した場合、パムは下の下の評価を下す。
だが――範囲や、一時に殺せる人間の数は拳銃の弾丸一つ分しかないが、『必ず一人の相手を殺せる攻撃』があったと仮定して。
その攻撃に対してパムはどんな評価を下すのかと言えば、それは――『究極』である。
目当ての相手を絶対に、何があっても、どんな手段・どんな能力を有していても、問答無用で殺せる攻撃。これを攻撃と言う物の完成系と呼ばずして、何と呼ぶ。
攻撃と言う物が、相手を倒し、殺す為の物であると言うのなら。如何なる能力や不条理、体質を抉じ開けて相手を殺せる攻撃は、至高の形の一つである。

594第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:36:21 ID:Mv5chdUo0
 ――スマートな力であると、パムは思った。自分には出来ない芸当、だとも思っていた。
パムの能力は、本気を出せば出す程、殺せる蓋然性が高い攻撃をやろうとすればする程。それに比例して破壊範囲も極大の物となる。
大量破壊が可能な魔法少女。そうパムは呼ばれていた。一方で、市街地などの密集地帯では、その大量破壊が可能な力が枷となる。いらぬ破壊を招くからだ。
そんなものだから、魔王パムの本気を拝める場所は、この世界に於いては大気圏外しかないと揶揄された事もあった。そしてその揶揄は事実その通りであった。
いろいろ試行錯誤を繰り返して見たが、結局、破壊範囲と反比例するかのように威力が上がって行く攻撃は開発出来なかった。
パムは、破壊範囲と威力と言う究極は掴む事は出来たものの、絶対の殺害性能と言うもう一方の究極までは手中に収める事は出来なかった。

 ジョニィは、これを持つ。
自分が望んで已まなかったもう一方の完成系、至高にして極限のカタチの一つを手にしている。
ステータス上は自分の遥か格下、その上、超越性の欠片も感じられない平凡な風貌で、これを持つ。その事実に、パムは震えた。――嗤みを隠せない。
触れれば自分は死ぬのだぞ。レイン・ポゥはきっとそう突っ込む事であろう。確かにそうだろう。だがそれは、自分に恐怖を芽生えさせる要素に何ら育ち得ない。
掠った時点で、アウト。次はない。そんな攻撃を放ってくるのだ。スリリングで、面白かろう。パムは本気でそう考える女だった。

 あのアーチャーは、あの攻撃を得る為に。
どれだけの時間を犠牲にしたのだろう。どんな誘惑を断ち切ったのだろう。どれ程の可能性を剪定したのだろう。
辛い事のみを選び続け、楽になれる機会を捨てる事を繰り返す。それこそ、自己のメリットに繋がる全てを捨てて初めて得られる、『真の全て』。
それがあの能力なのだとパムは解釈した。戦いを司る神とは、酷くケチだ。あれ、これ、それ、どれ。全部捨てねば究極は与えない。
ジョニィはきっと、捨てたのだ。或いは、本人の意思とは裏腹に捨ててしまったのだ。後者の結果得られた強さでも、構わない。
ジョニィは、強い。アレックスも、強い。黒贄なぞ、言わずもがなだ。三名が三名とも、方向性の異なる道を極めている。つまり――三通りの遊び方が、この場で出来ると言う訳だ。

 黒羽の一つに周辺の状況を走査する機能を付与させる。少なくとも、神宮球場周辺に至るまで、まだ人は集まっていない。
今の内だった。人が集まるまでの短い時間内に、全力を出すのは――今の内であった。

「――死冬(ニヴルヘイム)」

 その一言と同時に、黒羽の一つに霜が纏わりついて行き――――――――。

595第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2018/11/01(木) 01:37:03 ID:Mv5chdUo0
後二回に分けて投下するかもしれませんが、とりあえずは投下終了です
企画の放置、大変申し訳なく御座います。datにだけはしない事は誓いますので、どうかまた応援の程を宜しくお願いします

596名無しさん:2018/11/01(木) 12:38:25 ID:x5XIqqMw0
待ってた
パムの強さはさることながら、永久に羽の一枚を潰したジョニィの活躍が光る
殺人鬼王決定戦の名に恥じない強者ばかりで読んでいてワクワクしますね

597名無しさん:2018/11/01(木) 14:41:01 ID:bYWV6ZXs0
お前の投下を待ってたんだよ!(迫真)
投下乙です。三人の魔人の化け物っぷりと、ここぞとばかりに美味しい所を持っていったジョニィの活躍いいゾ〜これ(恍惚)
未だ登場していないキャラがどう関わってくるのかも楽しみ

598名無しさん:2018/11/01(木) 20:36:08 ID:oXr9n3Z20
投下乙

これパムは一回だけの必殺技持ったようなもんだや

599名無しさん:2018/11/03(土) 17:10:19 ID:7ip7PwB20
ACT4相手の被害を羽一枚落ちに留めたパムもスゲエや
これだけ世紀末めいた戦いが繰り広げられててまだ続きがあるの楽しみが過ぎる

600名無しさん:2018/11/03(土) 18:29:38 ID:AA/ufkRs0
北上様と幻十がかち合いそうなのが不穏な空気を醸し出す

601 ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:31:04 ID:7Sgx76gs0
新年明けました

投下します

602第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:32:05 ID:7Sgx76gs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「アサシン、野球はお好きかしら?」

 ストッ、と。レイン・ポゥが展開させた虹の橋から彼女自身が降り立ち、その後で、抱かかえられていた純恋子が地面に降り立つ。
共にピッチャーマウンドの上に立っている。この言葉は、その折に純恋子がレイン・ポゥに投げかけたものであった。

「スポーツ自体がそんなに好きじゃねーから。て言うか、アンタもそんなに野球は好きじゃないっしょ? ああ言う試合時間が長いのはお気に召さなそう」

「どちらかと言うとそうですわね。ついでに言うとサッカーもそんなに好きではありません。決着がつくのに時間がかかりますもの。私の好きなスポーツは相撲ですわ」

「まぁ……すぐに決着はつくわな……」

 まわしを締めた純恋子の姿を思い浮かべるレイン・ポゥ。
想像以上に似合っていたので、思わず噴出しそうになるが、こらえた。そう言う所は我慢強い。

 パムの黒羽を応用した事前の走査で、この神宮球場にはサーヴァントが一人もいない事は既に判明している。
いるのは、本当に幾ばくかの従業員。そして……黒贄礼太郎のマスターと思しき、魔術回路を保有した人間の女性。即ち、遠坂凛である。
此処にいる事は解っている。だが、具体的に何処に隠れているのかまでは解らない。パムが近くにいるのなら、こんな球場などガラス箱も同然。
何処に隠れていようが能力の応用で追跡可能だが、彼女が此処にいない以上、レイン・ポゥ達は自分の足で凛を探さねばならない。

 パムの事は、今でも気に入らない。寧ろ、嫌いであるとすら断言出来る。
だが、間違いなくあの魔法少女は、凛と言うマスターと渡り合う上で最も勘案せねばならない要素である、黒贄礼太郎を凛と合流させる事を防いでくれる。
凛単体なら、如何にでもなる。彼女と黒贄が合流してしまえば、手がつけられない。それをパムは阻止してくれるだろう。
勿論、それは善意から来る行いではない。パムが、黒贄と戦いたいと言う邪な感情を抱いているから、パムはあの殺人鬼と戦ってくれるのだ。
動機はこの際、如何でも良い。パムは、黒贄を食い止めてくれる。それについては一切の疑念も抱いてない。それについてはレイン・ポゥは信頼しているのだ。

「アサシン、手出しは無用でしてよ」

 問題はこの近距離パワー型の女である。
何でも遠坂凛との決着は自分がつけるのだと、彼女、英純恋子は随分と息巻いている。
実際、腕に覚えがあるマスターとマスターが戦って決着をつけるのは、何も間違ってはいなかろう。
サーヴァントを倒すのは、マスターの仕事ではない。これは戦闘をこなせるサーヴァントの領分である。
だから純恋子が、凛との戦いは自分に任せろと口にするのは、何も間違っている所はない。だが問題は、凛は魔術を使えるのだ。
これで、凛が当初の見立て通り、黒贄礼太郎と言う強大な暴力装置に振り回されるだけの無力の少女だったら、レイン・ポゥは純恋子と凛が戦うと言う事実に、
難色を示す事もなかった。だが実際は違った。凛は、戦える。度胸も、ある。こうなってくると話は別だ。なるべく純恋子と凛は戦わせたくない。
レイン・ポゥは純恋子も嫌いだ。こう言うイケイケで、自分の我が強いキャラクターが彼女は好きではないのだ。
だから純恋子が野垂れ死にしようが、銃で撃たれたり剣で滅多切りにされて無様な骸を晒そうが、普段ならば如何でも良い。だが今は不味い。
純恋子はレイン・ポゥのマスターだからだ。死なないように配慮するのは当然の運びであった。

「そんなに戦いたいか?」

 もう答えは決まりきっているだろうが、一応訊ねる。

「彼女……遠坂凛からは、貴族の風格を感じました。並ならぬ才覚を持った上で、一日たりとも努力を怠けなかった者のみが放てる、独自の風です」

「はぁ」

「そう言うオーラを持つ者に対しては、敬意と誠意を以って接せねばなりません。お分かりですね?」

「解らない」

 即答。しかも、全く返答にやる気がない。

「女王を志す者同士が相対したら、どうなるのか? 勝負でしょう」

 どうやら純恋子の脳内では、凛は女王を志す候補生扱いで、純恋子自身からは好敵手として認識されているらしい。
敵ながらレイン・ポゥは同情する。自分の知らないところでドンドンドンドン訳の解らない設定を付与されて行くのは、どんな気持ちになるのだろうか。

603第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:32:48 ID:7Sgx76gs0
 どちらにしても純恋子は、遠坂凛との戦いに完全に燃えているらしかった。
あの魔術師の女に純恋子が何を感じ取ったのかはレイン・ポゥには解るべくもないが、魔術を使うと解ってもなおこの意気軒昂ぶりは素直に凄いと思っている。
相手が恐るべき手段を使うと解れば搦め手や抜け道、卑怯に邪道も何でも用いるレイン・ポゥとは対照的だ。真っ向から相手を叩き伏せるストロングスタイル。
肯定的に捉えるのなら、互いの足りない部分を補い合える関係なのだろうが、無論、人間関係はジグソーパズルのピース宜しく、簡単にピッタリ行く物ではない。
実際は純恋子とレイン・ポゥの関係はデコボコも良い所で、サーヴァントやマスターと出会った時の応対と言う、一番重視せねばならない部分ですら、意見の合致を見ない程である。

 今回レイン・ポゥは、ある程度純恋子に譲歩する事にした。凛と戦わせるのである。
普段ならばそんな暴挙は許さないのだが、幸いにもこの神宮球場内には現状サーヴァントの類は潜伏していない事はパムの黒羽で把握済み。
つまり、この場にいるサーヴァントはレイン・ポゥ一人だけ。これならば、ある程度のマスターの逸脱は黙認出来る。
無論、マスターが死にそうな場合はフォローを入れる。凛に純恋子が殺されそうならば、それを防ぐ。当然の配慮だった。

 パムの黒羽によって、凛は、この球場内を忙しなく動き回っている事が解っている。
しかし、完全なランダムで動いているのではない。球場の形状と、移動している現在位置、そして、パムが黒贄やアレックスらと戦っている場所。
これらの要素を合算して考えれば、凛がどんな法則下で動いているのかは、一目瞭然。明らかに、パム達を意識している場所を動いている。
要するに、パム達の戦いがチラリとでも良いから確認出来るポジショニングを確保可能な所のみしか動いていないのだ。
大方、黒贄の動向が心配だから、彼の姿が最低限見る事が可能なところにいたいのだろう。判断としては、正しかろう。
しかし、一定範囲内でしかランダムに動けないと言うのであれば、それはもう、移動先を特定したに等しい。今の凛は、水に溺れた犬のようなもの。弱り目も弱り目の状態だ。叩きに行かない手はなかった。

「その場所まで赴きましょうか、アサシン」

「あいよ」

 言って二名は、マウンドからダッグアウト(控え席)へと駆け出し、フィールドから球場内部へと移動。
其処から、遠坂凛がうろついているであろう場所まで一気に距離を詰め始める。

 移動する事、約一分程。目当ての者は、いた。というより、鉢合わせの形になった。
二階通路へと通じる階段を純恋子らが駆け上がろうとしたそのタイミングで、凛とバッタリ遭遇したのである。
純恋子は階段の踊り場部分、凛が、二階の通路部分である。どうやら壁に取り付けられた窓から、黒贄達の様子が伺えるところであるらしい。
移動しながら、チラチラと、彼らの様相を見守っていたに相違あるまい。

「!!」

 目を見開かせて凛が驚く。死んだ人間が蘇った瞬間を目の当たりにしたようなリアクションであった。
無理もない、午前中に戦ったサーヴァントの主従、その中でも特に『濃かった』人物と出会ってしまったのだ。その反応も珍しいものじゃない。
そして、凛は今この瞬間、純恋子の主従が今の状況に絡んでいた事を初めて知った。無理もない。黒贄自体はパムと競技場で出会ってはいたが、
凛は今までずっと競技場内部を移動していたが為に、競技フィールドで複数のサーヴァントらと大立ち回りを繰り広げていたパムの存在を認知出来ていなかった。
認知していれば、パムがこの場に現れ、戦っている瞬間を見て、芋づる的にレイン・ポゥもこの場にいる事を予測出来た可能性もあろうが、
パムが何者なのか知らない以上そんな推測は立てられない。結局、パムがこの場に現れた瞬間からレイン・ポゥらがこの球場に侵入した瞬間を、
良いポジショニングを探している内にうっかり見逃してしまっていた凛が、純恋子らが今回の件に絡み始めた事を知る機会は、今までなかったと言う事である。

「御機嫌よう、遠坂凛さん」

 たった今より殺し合いを行おうと言う者が浮かべるとは到底思えない、洗練された淑女の笑みを浮かべて純恋子が言った。
これから茶会か、立食パーティーでも行われ、その参加者に対して向けていた笑みだと言われても、殆どの者が納得するであろう。

「女王を志す者なら、善き好敵手にはささやかながら返礼の品を用意するのが当然の礼儀。生憎と今は持ち合わせが御座いませんが、どうかご容赦――」

「邪魔」

604第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:33:28 ID:7Sgx76gs0
 純恋子が全てを言う前に、恐ろしさすら覚える程酷薄な声音でそう口にした凛は、向けた人差し指から赤黒いガンドを放った。
腕を此方に差し向ける動作から、何をしてくるのか見抜いた純恋子が、直立不動の姿勢をそのままに横に勢いスライド。ガンドが、彼女が先程まで直立していた場所を穿つ。
直撃していたら、間違いなく純恋子の胴体には致命の一撃が叩き込まれていただろう。

「せっかちで――」

 純恋子が言葉を紡ぐ暇すら、凛は与えない。ガンドを再び狙い打つ。射線上から、純恋子の姿が消えた。
果たして誰が信じられようか。何と純恋子は、階段を駆け上がるのではなく、階段の右横にある壁を『横走り』しながら凛の元へと近づいているのだ。
――良く見ると、純恋子の靴は、脱がれていた。外行きの格好に気を使う彼女が、靴を履き忘れたと言う事は有り得ない。意図的に脱いだのだ。
今回の戦いに際し、純恋子は脚部機械の換装を行っていた。即ち、脹脛や踵部分から超高速回転するローラーの他、登山靴に着けるアイゼン等、
様々な用途を持った機能を飛び出させる脚部機械を装備しているのである。
ローラーをローラースケートの要領で用いる事で高速での移動が可能になる他、悪路や凍結した場所での安定した移動をも約束する。
先程純恋子が、直立状態のまま凛のガンドを回避したのは、ローラーを高速回転させる事で勝手に移動させる機能を活かしたからだった。

「チッ!!」

 凛が、スタントアクションの達者見たく壁を走る純恋子目掛けて、ガンドを放つ。其処で、純恋子が壁を蹴って、一気に凛の下へと跳躍。
壁に真新しく刻まれた、無数の小さな穴。アイゼンの機能を用いているらしい。尤も、純恋子ならばこれに頼らずとも壁ぐらいは走って来そうな凄みは、ある。

 一気に凛の下へと迫る純恋子が、胴回し回転蹴りを凛の胴体目掛けて放つ。
腕を交差させ、それを防御する凛だったが、純恋子の脚はほぼ付け根から機械である。当然、蹴りや殴りの威力はその機械の重さがモロに乗せられる形となる。
当然、生半な防御や受けの技術が通用する訳もない。防御したところで腕は折れる、胴の骨は砕ける……筈なのだが。凛の身体の骨は折れる事はない。
しかし、無傷ではやはりない。純恋子の一撃の威力に負け、数mも凛は吹っ飛ばされる。背面から床を転がる凛だったが、直ぐに立ち上がり、姿勢を整える。
純恋子もまた、空中で派手な蹴り技を披露したせいか、着地に手間取ってしまっていた。何とか凛と純恋子が体勢を整えられたのは、同じタイミングであった。

 特に、自分の攻撃を受けても思った程ダメージがない事については、純恋子は驚いていない。
魔術の事は全く知らない門外漢、基礎のきの字も知らないが、解る事は一つ。応用次第では戦闘に転用させられ、簡単に人を殺せる術が魔術のカテゴリー内には、
当たり前のように存在すると言う事実。ならば、珍しくなかろう。自分の身体能力を底上げさせ、強化する術がある事位は容易に想像出来る。
それを用いているのだと、純恋子は直感的に理解し、そしてそれが正しかった。凛は純恋子の姿を認識した瞬間、強化の魔術を自分に適用していたのである。

 目が据わっている。凛の瞳を見て先ず純恋子はそう思った。
香砂会の邸宅で彼女の姿を見た時は、何処か浮ついていて、目的意識も定まっていない、どちらかと言うと弱さの面が目立つ瞳をしていた。
今は違う。然るべき目的を見つけ、理解し、それを達成する事に強い意識を向けている。そんな者だけが有する、特有の光をその目に宿していた。
あの短期間の間に、何が凛を変えたのか。それは純恋子には解らないが、確かな事が一つある。彼女は以前よりも全力で、自分、英純恋子を殺しに掛かると言う事だ!!

605第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:33:55 ID:7Sgx76gs0
 ブンッ、と。懐に手を入れた凛が、何かを純恋子の方へと放った。
強い山なりの軌道を描きながら迫るそれの正体を認識するよりも速く、凛がガンドでこれを打ち抜いた。
すわ、魔術的な何かしらの飛び道具か!! 純恋子がそう警戒するのも無理はない。ガンドは、凛が投げた物を寸分の狂いもなく撃ち抜く。
凛が投げたものは、容器。もっと言えば、液体を溜め置く事を目的とした、本当に小さなものであったらしい。
黒い液体が、四方八方に飛散し、その一部が純恋子の顔面に引っ掛かった。拙い、と思うのも無理からぬ事。
何せ今身体に掛かったのは、正真正銘の魔術師が保有していた得体の知れない液体なのだ。酸のように皮膚が溶けるとかなら可愛い方、最悪の場合、
非常に強い毒性の液体で、一滴浴びただけで死亡と言う事にもなりかねない。そうだとしたら、短期決戦になるだろう。
即効性の毒でも、気合と根性があれば何とか延命出来るかもしれない。超高層ビルから叩き落されても生きていた時の経験を思い出し、それを賦活剤にして、
凛に食って掛かろうとするも……結論から言えば、その気持ちが一気に収縮した。何故ならば凛の投げた液体の正体を、理解したからだ。
純恋子の嗅覚が、凛の投げた物の正体をダイレクトに教える。――醤油だ。普段純恋子が口にしている特級品のそれとは格段にグレードは落ちるが、間違いなくこれは醤油だった。

 何故醤油を掛けたのか、と一瞬だけ思考が漂白された瞬間、ガンドが脳天目掛けて放たれた。
そう、凛としては投げるものなど今放った、シューマイ弁当に付けられていた醤油の入れ物だろうが、酸の入った試験管だろうが、毒液の入った小瓶だろうが。
何でも良かった。ただ、純恋子の意識を一瞬だけ白紙に戻せれば良かった。そして、その意識の空隙を縫うように、ガンドを放つ。こんな算段だったのだ。

「しまっ――」

 其処で腕を動かしてガンドをパリィングしようとするも、もう間に合わない。脳漿と共に、頭蓋の破片と、髪ごと付着した肉片を炸裂させるのか。
そう思った刹那、矢のような速度で自分の真正面を何かが横切るのを純恋子は見た。

 ――レイン・ポゥだ。
不穏な空気を感じ取った彼女が、階段の踊り場から鋭い角度で跳躍。その勢いのまま純恋子の真正面を横切り、横切りざまに、
虹の壁を自らの体の前面に一瞬展開させ、ガンドを防御、主の危機を救ったのだ。

 純恋子が自体を認識するよりも速く、レイン・ポゥは行動に打って出た。
タッと着地するなり、虹を凛の下へと全方位から殺到させようとするが、それをするよりも、凛の行動の方が早かった。
レイン・ポゥの姿を見るなり、脱兎の如くその場から逃走。矜持も何も掻き捨て、背を向けて純恋子達から逃走を図った。
逃すか、と言わんばかりにレイン・ポゥが虹を、凛の頭上から一本、前後左右からそれぞれ一本。合計五本の虹を射出させ、
見るも無惨なバラバラ死体にさせてやろうとするが、これを彼女は、サッカー選手が行うような見事なスライディングで回避する。

 スライディングを終えた状態から急いで立ち上がる凛。
倒けつ転びつ、蹌踉とした様子で急いで立ち上がった彼女は、危なげな様子で左手の側にあった階段目掛け猛ダッシュ。
踊り場までの十数段をジャンプ一つで飛び降りる事で、階段を降ると言う工程をショートカット。何とか純恋子達から距離を取った。

「アサシン」

 普段の会話のトーンではない。静かではあるが、しかし。
母親が、お痛をした我が子を窘め、叱り付けるような声音で、純恋子はレイン・ポゥの名を呼んだ。

「謝らないから」

 即答する。

「あの女はもう、アンタの知ってる浮ついた女じゃない」

 純恋子ですら気付くのだ。死線と修羅場を掻い潜ってきた、歴戦の魔法少女であるレイン・ポゥが気付かぬ筈がない。

「その通り、だからこそ私は――」

「だからこそ」

 純恋子が全てを言い切るよりも前に、レイン・ポゥが彼女の言葉を遮った。有無を言わさない、強い語調である。

「私はアンタを戦わせたくないのさ」

 英純恋子は、レイン・ポゥから見ても優秀な女性だと思う。
機械の手足込みであるとは言え、その身体能力はとんでもなく高い上に、各界へのコネクションも豊富な上に、経済力に至っては国内でも十指は堅いレベルのそれ。
それでいて頭も良く、胆力もあると言うのだから、非の打ち所がない。性別をそのまま男に変えても、彼女は人間と言う生き物の理想系、その形の一つと言えるだろう。
だが、そんな彼女であっても、聖杯戦争では生き残れまい。これだけのスペックを有していながら、である。
何故ならば、この聖杯戦争には彼女の総合的なスペックを軽々と上回る存在が珍しくないからだ。そのスペックには無論の事、殺し合いの場に於いての適正。即ち、殺し合いについてのそれも含まれている。

606第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:34:22 ID:7Sgx76gs0
 単刀直入に言って、まだまだ純恋子は競技、スポーツ感覚が抜け切れていない。これが拙い。
相手を殺す、その覚悟は確かにある。だが純恋子には、『どんな手段を用いても』、と言う風な生汚さ、卑怯に禁じ手、タブーに反則を容易くして見せるような、
精神性が全く育っていないのだ。戦いは、そう言う非情さにどれだけ速く徹せられるかが大事だと思っているレイン・ポゥにとって、今の純恋子の精神性は、
ハッキリ言ってまるでお話にならない。しかし凛は、最後に自分達が出会った時から起算してほんの数時間の間に、その精神性に突入していた。
言うならば、戦争という非日常が醸す狂気の空間、それに順応し始めたのである。

 ――何が起こりやがった……?――

 聖杯戦争の先行きなど、一寸先は闇どころの話ではない。
一刻先どころか、比喩を抜きに一分先すらその展開が予測出来ない。戦局はまるで風の強い海の模様のように、凄い速度で変わって行くのだ。
今有利な立場にいる者が、容易く次の瞬間には不利に甘んじる事などザラにあるのだ。故に、凛があのような『鬼』になる事は珍しくもないだろう。
ほんの数時間、とは言うが、その数時間は、凛を魔に変えるには十分過ぎる程の猶予があった事は容易に想像出来る。
凛が、如何なる魔手に足首を掴まれ、鬼の住む湖沼に引き擦り込まれたのかは定かじゃないが、確かな事は一つ。
今この場に於いて、最も浮ついた精神性の持ち主は他ならぬレイン・ポゥのマスターである英純恋子であり、今の彼女では逆立ちしても、凛には勝てないと言う事だ。
凛の変化に気付いたレイン・ポゥは、だからこそ純恋子の一人舞台に乱入し、自らの手で凛を抹殺しようとした。今の純恋子では、手に余る。そう考えたのである。

「今の貴女の行いは不問とします。追いますわよ」

「へーい」

 と言って数歩、純恋子が駆け出した、その瞬間だった。
自分が今歩いている床のタイルを貫いて、『赤黒い弾丸』が飛翔して来たのは!!
咄嗟の事故に、純恋子は反応が遅れた。反応は出来た物の、弾丸が出てきた位置が位置の為に、虹のバリケードを展開する事がレイン・ポゥは間に合わなかった。
結果として、機械の右脚のアキレス腱……に相当する部位が赤黒の弾丸、ガンドに撃ち抜かれてしまう。
エマージェンシー・コールが、脚部機械に内蔵された音声指示機能が発しだす。アイゼンや、ローラー、バーナーなど、機械がこれら様々なギミックを駆使する為の、
言わば連絡部を破壊されたらしく、以降使用が不可能になってしまった旨。それを純恋子に告げたのだ。

 瞳に怒りを宿したレイン・ポゥが、七色の剃刀を展開。三m程の長さに調整したそれを、目にも留まらぬ速さで床目掛けて振るいまくる。
一瞬にして、レイン・ポゥ達が足を付けている床部分に、縦横無尽に溝が刻まれ始め、其処からバラバラと床が崩れて行く。
無数にカットされたその瓦礫ごと、下階にレイン・ポゥと純恋子が落ちて行く。凛が下にいる、それは、間違いない。
言うまでもなく、純恋子達がいた二階と、凛がいるであろう一階は、天井――純恋子達からすれば床だ――によって遮られており、
透視能力(クレヤボンス)でも持たない限りは純恋子達が今どの地点を歩いているかなど判別不能の筈だった。
が、レイン・ポゥは、凛が何故自分達の場所をある程度特定出来たのか大体ではあるが理解していた。

 ――大層な脚何ざくっつけやがって……――

607第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:34:36 ID:7Sgx76gs0
 純恋子は当たり前のように動かして見せる為、かなり錯覚しがちだが、彼女の装備している機械の手足は、重い。
当然と言えば当然だ。人間の腕部、脚部相当の大きさの、金属の塊である。しかも純恋子の装備するそれは、戦闘に耐え得るだけの強固な金属で構成されている上に、
内部に様々な機構を備えた特別製だ。重くならない筈がない。と言うより、純恋子自体がわざと重く作ってあるのだ。
格闘戦で、パンチやキックの重さを増させる為にである。重さにして、三〇〜四〇kg弱。そんな物を装備して、靴などの緩衝材なしに全力で走れば、どうなるか?
『音が生じる』。遠くからそれと解る音がだ。恐らく凛は、この音を集中して聞き分けたのだろう。その音で、純恋子の位置を天井越しに推察。
ガンドを放ち、結果、大当たりだった、と言う訳だ。成程、実によくやった。レイン・ポゥにとっては、腹が立つ程、見事なやり方だった。

 着地する純恋子とレイン・ポゥ。後者の方は床を斬った張本人の為、上手く着地するのも当たり前だが、純恋子も純恋子だ。
右の脚部機械の機能を著しくダウンさせられたにもかかわらず、実に見事な着地を決めていた。やはり、素の身体能力がかなり高いらしかった。
視線の先、三m。其処に凛の姿を認めた瞬間、レイン・ポゥは矢も盾もたまらず、虹を延長させていた。
だが、行動に移るスピードは凛の方が早かった。直ぐに横っ飛びに飛び退き、すんでの所で虹を回避。
そして、この回避行動は球場内部からの逃走をも兼ねていた。虹を避けた時の勢いをそのままに、凛は右肩から窓ガラスへと衝突。
魔術によって身体能力が強化されていた凛は、この激突でガラスをぶち破り、一気に外へと転がり出た。
凛は一瞬、欲をかき、外壁越しにガンドを撃ち放って純恋子達を迎え撃とうかと考えたが、その欲を振り払った。
外で体勢を整えるなり、神宮球場には最早目もくれず、全力でその場からの退避行動を選んだ。そして、その選択が正しかった。
凛が地を蹴って移動してから、ゼロカンマ四秒程が経過した時、機関銃の如き勢いと数で、剃刀程度の幅・細さの虹が球場の外壁を突き破り、
凛が先程まで立っていた地点に群がったからである。色気を出して、ガンドを放っていたならば、凛は今頃虹の剃刀に貫かれて物言わぬ死体へと成り果てていた事だろう。

 球場の外壁、その一部が砕け飛んだ。内側から、強いインパクトを与えられたかのような壊れ方。
壊れた壁のその先に、握り拳を作って右腕を伸ばしている純恋子の姿があった。あの程度の外壁など、彼女にとってはビスケット同然であるらしい。

「ッ――!!」

 全力疾走を行いつつも、目線を後方に送り、純恋子達にガンドを放つ凛。距離は取る、だがそれ以上に、攻撃の手は緩めてはならない。
サーヴァントにとって今の凛の放てる攻撃などたかが知れてるが、それでも、やらないよりはずっとマシだ。
何故ならば攻撃をやめれば、此方が一方的に攻撃を叩き込まれる番になるのだから。

 案の定とも言うべきか、レイン・ポゥがガンドを虹の壁で防御する。尤もこれ自体は、凛も織り込み済みである。防げて当然だからだ。
後は相手の出方、であったが、向こうの初動がやや遅い。通常ならサーヴァントであるあのアサシンが即座に攻撃を行って来そうなものだが、
それが凛の目には、やや鈍っている風に思える。恐らくは、純恋子が原因だと凛は考えた。あの淑女は本当に、自分との決着に固執しているらしく、
その我が侭さが、レイン・ポゥの動きに桎梏を課している。凛はそう推察し、それが実際その通りなのだった。
純恋子が念話でレイン・ポゥに、なるべく攻撃の手を緩めろ、と命令していない限り、凛の命運もまた違うものになっていただろう。
今のままなら、自分は逃げられる。凛はそう考え、対するレイン・ポゥは、このままだと逃げられる!! そう考えていた。
純恋子の命令を無視し、関係に亀裂が生じても良いから凛を殺そうとした、その瞬間――凛の走行ルート付近の壁が、先程純恋子が殴って壊して見せたのと同じ要領で、砕け飛んだ!!

608第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:34:50 ID:7Sgx76gs0
「んなっ!?」

 予想だにしない現象に驚いたのは、何も凛だけではない。
純恋子に、レイン・ポゥ。彼女らもまた、攻撃の手を一時中断せざるを得ない程動揺していた。
立ち止まるか、それともこのまま走り続けるか? 凛に与えられた選択の時間は余りにも短く、その猶予の中で凛は、大きく弧を描いて走る、と言う道を選んだ。
砕いた外壁から生じる、建材の煙を突き破り、凛の元へと機関車の如き速度で迫るのは、凛の知っている人物だった。
黒贄と同じような黒い礼服を身に纏ってはいるが、着こなし方は此方の方が、黒贄のそれよりもフォーマルで、しっかりとしている。几帳面さが服装に出ていた。
体格は黒贄に負けないほど骨太でガッシリとしていて、礼服が実に良く似合っている。格上の人間は標準の服装がマッチする、と言う言葉通りの男だった。
凛はこの紳士の名を知らない、が。彼が目下の自分の敵である、と言う事実だけは彼女は明白に認識していた。そしてそれは――彼、ジョナサン・ジョースターにしても、同じであった。

 圧倒的に、ジョナサンの走る速度の方が速かった。強化の魔術を自らに施していてなお、ジョナサンの身体能力は凛を凌駕している。
攻撃の間合いに近づくなり、ごうっ、と。風圧すら生じる程の勢いでジョナサンが右拳を突き出して来た。
その攻撃に、凛がうら若い女子だから、と言う風な紳士の遠慮が微塵にも感じられない。敵だから、殺す。
そんなシンプルで、解りやすい意思が、皮膚を裂いて筋肉の内から溢れんばかりに、ジョナサンの拳から滾っていた。
攻撃を、凛が両手で受ける。腕を交差させて、防いだ、が。腕越しに舞い込んできた衝撃もまた、機関車の如し、であった。本当に、車か何かに激突したのでは、と思わずにはいられない程の、凄まじい力だった。

「!!」

 声すら、上げる間もなく凛が吹っ飛ぶ。
如何に少女と言っても、十代も半ばを過ぎた、人間の女性である。そんな彼女が、殴打を防御した時の立ち姿勢をそのままに、地面と殆ど水平に、すっ飛んでいるのだ。
人一人を、十数m程も殴り飛ばせるなど、信じ難い膂力にも程がある。あの男、ジョナサンは、どんな鍛錬を経、どんな力を身につけたと言うのか。

「っぐぅ……!!」

 着地に失敗し、背面から地面に倒れこむ凛。
苦悶に顔を歪めさせながら、凛は急いで立ち上がろうとする。この動作中、右腕を柱にして立ち上がろうとした瞬間、凄まじい痛みが下腕の辺りを走った。
認識したくない現実だった、骨が折れている。いや、ヒビかもしれない。どちらでも同じ事だ、戦闘に支障が出ると言う点では、致命的なダメージである。
脚だけの力で急いで立ち上がった凛は、自身の周囲の空間を点状に歪ませ、その歪曲点からガンドをジョナサン目掛けて乱射する。
しかしこれをジョナサンは、自らのスーツの上着を冷静に脱ぎ外し、それをバサッ、と振り上げて対応。
出来る筈がない、その一瞬でこんな事を思えたのはレイン・ポゥだ。しかし――その不可能をジョナサンは可能とした。
ジョナサンが翻した上着にガンドが当たった瞬間、彼自身へと殺到する赤黒い殺意の全ては砕け散り、無害化されてしまったのだ!!
目を見開く三名。そんな三人の目線を受けつつ、ジョナサンは、ガンドを砕いた上着を纏い直し、決然とした殺意を乗せた目線を凛に浴びせかけ、叫んだ。

「魂の篭っていない攻撃で僕は倒せないぞ!! 遠坂凛!!」

 衣類の翻りでジョナサンがガンドを砕けた理由は、言うまでもなく彼の操る波紋法による。
服にはじく波紋を流し込む事で、薄皮を千枚通しで刺す様にガンドで貫かれる筈だった上着の強度を底上げさせたのである。

 ジョナサンを殺しきれる切り札を、凛は今持っている。
持ってはいるが、それを此処で使って良いものか、悩んでいる。十数年、一日たりとも怠らず、コツコツと、魔力を溜めさせ続けた高純度の宝石。
この切り札を今現在、凛は余り多く持ち合わせていない。元々の数が少ないと言う事も、ある。聖杯戦争での運用に耐えられる程の魔力を溜め込める宝石は、
それだけ高品質……卑近な言葉を用いれば、凄く高いものでなければ話にならない。
商才のない弟弟子に冬木のオーナーを任せた結果、苦しいにも程がある台所事情を強いられねばならなかった凛には、この宝石を揃えるのには兎に角苦労したものだ。
そんな、聖杯戦争に備えて用意してきた宝石を、事もあろうに凛は三個しか今持っていなかった。本来は十個持っていた筈なのに、これは何故か。
馬鹿で間抜けな話だが、聖杯戦争開始前に黒贄があの虐殺を起こした時、動揺して屋敷に置き忘れてしまったのだ。その時の自分を、殴り倒したくなる。
あの時多少のリスクを犯してでも、宝石を持って逃走を図っていれば良かったのだ。悔やんでも、悔やみきれない。最悪、あの宝石を他者が利用するケースだって、有り得る。

609第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:35:03 ID:7Sgx76gs0
 そう言った事情のせいで、凛は、宝石を使う事にはとても過敏になっている。況して、あの競技場で一度宝石を使っているのが余計その事に拍車を掛けていた。
本当に、自分が命の危機に差し迫った瞬間。その時にこそ、彼女は切り札を使うようにしているのだ。
今は果たして、その瞬間なのか。この判断に凛は、大いに迷っていた。ジョナサン・ジョースターは、強い。
マスターとしては破格の強さであろう。下手をすれば、サーヴァントとて渡り合える程の優れた人間であるかも知れない。
魔術の腕は兎も角、肝心の殺し合いでの経験値が足りていない凛にとって、ジョナサンは過ぎた相手にも程がある。
切っても、誰も凛の選択を愚かと謗らないだろう。だが、あの宝石は予備の魔力バッテリーとしても機能し得る重要なアイテムだ。此処でこの宝石を、新国立競技場での戦いからさして間も空いてない状況で使うのは――

「其処の紳士(ジェントル)、待ちなさい!!」

 凛の元へと歩んで行くジョナサン……だが、そのピシャリとした強い声を聴いた瞬間、歩を止めた。
その歩みを止めさせたのは、誰ならん。英純恋子その人だった。純恋子の事を睨みつけるレイン・ポゥ。
念話でも、【止めろアイツの好きにさせろ!!】と純恋子の心に彼女は訴えかけていた。

「貴方と遠坂凛に、如何なる事情と因縁があったのかは解りません。ですが彼女は今、私と雌雄を決しているのです!! 横槍を刺すのはお止しなさい!!」

 純恋子の目は節穴ではない。ジョナサンが凄まじく強い存在である事など、見抜いている。
下手をすれば、腕部・脚部機械に、純恋子が想定し得る最高の戦闘適性を持つ装備をこれでもかと積んだとしても、勝てないだろうと思わせるレベル。
ジョナサンの強さを、それ位にまで彼女は見積もっていた。それに、彼は紳士でもある事も、既に純恋子は理解している。
伊達に、英コンツェルンの令嬢として君臨していない。聖杯戦争と言う非日常から解き放たれれば純恋子は、社交界の花形として持て囃され、
所謂上流階級に属する人々が一目置く、崖の上に咲き誇る一厘の白百合のような高嶺の花として振舞う事が出来るのだ。
そんな世界で、ジェントルメンを見続けてきた彼女である。ジョナサンが、疑いようもない紳士の心根を持った人物である事など、お見通しと言う訳なのだ。
それ程までの紳士を激昂させるなど、何をやったんだと言う思いと、これ程の強さを持つ存在と因縁を持っているなど、流石は当面の私のライバル、と言う思い。
それらが純恋子の中で両立していた。ジョナサンにも事情はあるのだろうが、凛は自分と先約がある。後から出て来て因縁を譲ってくれ、と言うのは虫が良すぎる。

「もう容赦はしないと決めているッ!!」

 純恋子の一喝が、生娘の精一杯の強がりにしか聞こえない程の強さと覇気で、ジョナサンが叫んだ。

「彼女は生かして置く訳には行かないんだ!!」

 握り拳を作り再び歩み始めるジョナサン。決意が、固い。
何て強固な意志なのだろうと純恋子も瞠若する。それ程まで、ジョナサンが凛に対して抱く瞋恚は強いと言う事か。
目には見えぬ、『決意』と言う名の灼熱の炎をその身に纏っている様な、その覚悟。純恋子が凛に対して抱く感情と同じ強さの感情を、ジョナサンは持っている。
凛と戦い、彼女を死闘の末に打ち殺す資格を、ジョナサンは確かに有している。だが、それとこれとは話は別。凛は此方の獲物なのだ。
本気で止めねば、凛が殺される。地を蹴り、ジョナサンの元へと向かおうとした、その瞬間。
茹だる様な夏の<新宿>の暑さが、一気に下がって行くのを純恋子のみならず、ジョナサンや凛、果てはレイン・ポゥですら、感じ取った。

 最初は、クーラーの設定温度を最低にまで下げ切り、そのまま何時間も放置したような寒さだった。
それが一秒経過するや、真冬を想起させるような低気温になり、また一秒経過するや――厳冬期のシベリア宛らの、極低気温へと変貌した。

【絶対喋るなよ!!】

610第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:35:14 ID:7Sgx76gs0
 レイン・ポゥが念話で純恋子に釘を刺す。
魔法少女は生身の人間以上に肉体が頑丈である。物理的な耐久力もそうであるし、極地環境に対する強い対応力の意味でもそうだ。
故に、この極低温の環境下でも活動が可能なのだ。逆に言えば、この状況下で平然といられるのは、彼女が魔法少女だからである。
魔法少女でなければこの環境は、命の危機に直結するレベルで極限のそれである。即ち、生身の人間に過ぎない凛や純恋子、ジョナサンに耐えられる物じゃない。
現在の気温は、マイナス四〇度程度だとレイン・ポゥは推察。エベレストの山頂付近の気温を大幅に下回る。正真正銘、死に直結する温度だ。
目を開けていれば眼球が凍り付き、不用意に口を開けば口内の粘膜が凍結し、唇をくっつき合わせていると唇どうしが凍結して口すら開けなくなる。
それが、今彼らが置かれている状況なのである。不用意な行動が、死を招く。だからレイン・ポゥは釘を刺したのである。純恋子も得心したのか、首だけを頷かせた。

 真夏の<新宿>で、真冬の東北や北海道よりも遥かに寒い気温になど、通常はなりようがない。
寒さに対する耐性がある分、レイン・ポゥは冷静に物事を判断出来た。彼女から見て数十m先の、舗装されたアスファルトから立ち込める陽炎。
それを見た時、この異常な低気温が、局所的な物に過ぎないと即座に解った。恐らくは、此処神宮球場周辺程度の範囲しか、この低気温はカバー出来てないのだ。
そんなあり得ない、――魔法少女がこんな事を言うのはナンセンスだが――魔法染みた芸当が出来る存在など、レイン・ポゥには一人しか心当たりがない。パムだ。
大方、戦闘で興が乗って、黒羽を使って環境に変動が来たすレベルの攻撃を行っているのだろう。
冗談ではない、一時のテンションの乱高下に付き合わされ、こちらのマスターが死に至るなど馬鹿な話にも程がある。
今すぐ攻撃を止めるよう注意しに行かねばならない。気丈に振舞っているが、純恋子もかなり辛そうなのが見て取れる。震えを懸命に殺そうとしているが、小刻みに、彼女の身体は揺れていた。

 純恋子を抱え、虹を生み出すレイン・ポゥ。 
延長させた虹は、高度四十mの所まで伸びており、その虹の架け橋を彼女は猛ダッシュで駆け上がる。
パムが原因となっているだろうこの極低気温は、ごく小さい範囲内の事だとレイン・ポゥは推理している。そしてその範囲とは、『上空にも』適用される。
つまり、ある程度の高さまで跳躍するか移動すれば、気温は元のそれに戻るとレイン・ポゥは考えたのだ。
そして、その予感は的中した。高度が三十mを過ぎた、途端の事である。体中を循環する血液がシャーベットになりかねない程の低気温が、
蒸し暑い夏の気温へと一瞬で変貌したのである。急激な気温差にさしものレイン・ポゥの温感も狂いそうになる。
身体に変調を来たしかねない程の、急転直下の温度差である。ある境目を過ぎればその気温差は七十℃を超えると言えば、此処神宮球場の置かれている状況がどれ程異常なものなのか窺えよう。

 名残惜しそうに、純恋子が眼下を見やる。
蟻かゴマ粒みたいな小ささの凛とジョナサンが、極寒の世界の底に取り残されていた。
凍死するのが先か、どちらかの攻撃で果てるのが先か、と言う状況になるのも時間の問題だろう。
遠坂凛とは、こんな形で幕切れになると思うと何だか遣る瀬無い。【戻ってみる気はありませんか?】、純恋子が訊ねる。【死ね】と言う言葉だけが返ってきた。
酷な話であるが、天運を掴む事もまた女王にとって重要な素質である。凛は、掴む事が能わなかった。それだけなのだ、と。純恋子は思う事にするのであった。

611第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:35:40 ID:7Sgx76gs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 パム周辺の環境は、より過酷な地獄と化していた。

 ルネサンス期の爛熟に燃える中世イタリアが生んだ詩人、ダンテ・アリギエリの著作に曰く――。
地獄の最下層であるジュデッカと呼ばれる氷原に氷付けにされ、二度と地上にそのおぞましい姿を見せる事がないよう幽閉されているのだと言う。
ダンテの著作に通暁している者が、この環境に叩き込まれたのなら、寒さで薄れ行く思考の中で、こう思うだろう。此処こそが、ジュデッカなのだ、と。

 この極寒の環境の原因たるパム周辺、その気温は今やマイナス百度を割っていた。サーヴァントですら、行動に著しい障害が出る寒さだ。
球場の外壁や地面には霜がビッシリと纏わりついており、本当に、此処が<新宿>の光景なのかと見る者に忘れさせる程に信じ難い光景と現象だった。

 ――更に信じ難い事には、気温は、『まだ下がっていると言う点』である。
パムが死冬(ニヴルヘイム)と名付けたこの技は、黒羽をナノマイクロレベルの粒子に変化させ、それを広域に散布。
この粒子はある種の化学反応――魔法で生み出された物の為、魔法反応の方が正しいか――を引き起こす性質を持ち、大気に触れた瞬間急激に温度が低下するのだ。
本気になれば、<新宿>全土を越えて東京都全域を絶対零度と同等の温度にまで叩き落す事が出来るが、戦闘の昂揚感に焼けつくされずに残った、
パムのギリギリの理性がそれを押し留めた。故に、絶対零度の範囲を、パム及びジョニィ、アレックス、黒贄達がいる此処のみに限定していた。
尤も、範囲を如何に最低限度のそれに絞ったとは言え、『余波』と言うものが勿論ある。この神宮球場周辺は、マイナス五〇度くらいにはなっているだろうが……。そこは、私がこいつらを倒すまでは我慢して欲しいと、パムは心の中で謝った。

「ううむ、寒いのは苦手ですなぁ……冬の生活苦は本当にキツくてキツくて……」

 地球上で観測出来る、最も寒い場所よりも寒くなっているのだ。
生身の人間は勿論、極北の環境に生きる動物、果ては、この現象は魔力によって生み出された物である為、神秘の具象そのものたるサーヴァントも無事には済まない。
サーヴァントですら、突っ立っているだけで凍死しかねない程の気温である。そんな環境下で、無遠慮に黒贄の如く喋くっていれば如何なるか。
唇の粘膜どうしが凍結してくっ付いてしまうのに、無理に喋っている為に、唇の皮が肉ごとバリバリと。嫌な音を立てて剥がれて行くのだ。
この唇の損傷以外にも、眼球が凍り付き球状の氷みたいになっている他、鼻の穴の内部まで完全に凍結し、呼吸が出来ない状態と黒贄はなっている。
こんな状態でも、意にも介さず自分の思う所を喋ろうとする。バーサーカー、成程。そのクラスに嘘偽りはないらしいと、パムは改めて認識するのであった。

 アレックスはこの寒さの中、平然としている。
いや、平然と活動出来るよう、措置を講じていると言った方が正しいか。
身体の中の魔力を内燃、己の体内を炉の様な灼熱を帯びさせる事で、この寒さを凌いでいるのだ。今のアレックスの体温は赤熱する鉄よりもなお熱い。
一方ジョニィの方は、この場に姿が見られなかった。厳密には、この場にいる。ACT3の能力を発動させ、己の身体を渦の中に潜行させているのだ。
ジョニィにとっても、パムの死冬によって齎されるこの寒さは耐えられるものでない。愛馬であるスローダンサーも、それは同様。
結局ACT3を用いた、逃げの一手しか取れなくなってしまうのだ。そしてそれは、パムにとっても計算済み。
パムの黒羽を一つ、永続的に使用不能にしたあの死神(ACT4)が、馬に乗っている時にしか発動出来ない可能性が高いと解った以上、
そもそも馬に乗せなければ良いのは誰でも考え付く事。その誰でも想到する方法をパムは実行しているに過ぎないのだが、そのやり方とスケールが、何ともパムらしかった。

612第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:36:00 ID:7Sgx76gs0

 ――流石に隙がないな――

 この場にて特に警戒するべきは、パムですら防御不能の、文字通りの『必殺』技を持つジョニィであるが、
未だに警戒のプライオリティの上位に、アレックスはかなり深く食い込んでいる。単純な身体能力と言う面だけで見るなら、自分より上だろうとパムは思っている。
まさか肉体でのスペックで、自分と渡り合える所か互角以上の存在がいるとは、パムとしても予想外だった。油断は断じて出来ない相手である。
殺すと言う意思を漲らせ、パムを睨んで構えるアレックスとは対照的に、黒贄の方はごく自然体。構えらしい構えも取らず、ボーっと突っ立っていた。
尤も、構えを取りたくても取れないのかも知れない。何せ右腕がないのであるから、構えを取ろうにもこれでは出来まい。
工夫次第でどうとでもなる、と言うのがパムの黒贄に対する評価だが、このバーサーカーもバーサーカーで全く底が知れない。
パムですら初めて目にするタイプの戦闘続行能力と、魔法少女と言うカテゴリで考えても類を見ない圧倒的な敏捷性と、腕力。
戦った所感としては、魔法少女ではないのは当然として、そもそも地球上で生まれ出でた生命と戦っていると言う感覚すらパムは覚えなかった。
まるで、外宇宙の生命体、エイリアンの類である。その表現が腑に落ちるレベルで、黒贄礼太郎と言うバーサーカーは、サーヴァントとしても生き物としても、逸脱した何かであった。

 結局誰一人として気を緩められない、と言う結論な事に気づいたパムが、内心で苦笑いする。
誰もが、戦闘能力と言う点から見ても強く、そしてその誰もが、その強さのベクトルが違うのだ。強さの指針が隣接も掠りもしない、この三名。
聖杯戦争。あの美しい医師の主である男の言葉を当初パムは眉唾物の下らない催しだと思っていたが、あの新国立競技場の一件以来、その考えを急激に改めていた。
成程、面白い。様々な異なる『強さ』の持ち主が、一堂に会する。それに、自分も巻き込まれている。
血潮が、熱く滾ってくる。その熱が、己の身体を暖める。こんな寒さなど、何ともないぞとでも言う風に。

 アレックスの姿が茫と霞む。水蒸気を通して向こう側を見ているかのように、身体全体が瞬間的に茫洋に映る程の高速移動である。
その気になれば、パムですらが惑う程、複雑怪奇な攪乱移動を行う事も出来るのだろう。しかしアレックスの取った移動ルートは、標的目掛けて一直線。
最短距離を超高速度で。それは、早く相手を叩き潰してやりたいと言う強固な意思の表れでもある行動だった。そして、そう言う意思を、パムは好む。

 アレックスの選んだ攻撃は、右脚によるローキックだ。
ただでさえ並一通りの英霊の筋力を凌駕する、人修羅の身体能力。それを、補助魔術――タルカジャ――によって強化された一撃だ。
直撃すれば、ヒットした脚部ごと千切れ飛ぶ。平時ならパムはこう言った攻撃は受けに回るが、放った相手が悪い。避ける事を選んだ。
垂直に、膝の力だけで十mも飛び上がったパムは、アレックスが彼女を叩き落とそうとするよりも早く、黒羽を羽ばたかせ、後方に滑空。
アレックスから三十m程距離を離した所で着地し、一呼吸置き、構えを始める。アレックスに、黒贄、そしてジョニィ。
この面子が相手では最早、今パムが纏っている、黒羽を変化させた耐寒耐熱耐衝撃を兼ね備えた、黒いライダースーツですらが当てにならない。
攻撃は徹底して回避、避けられない物については、生身で受けるのではなく羽を通して。ジョニィの放つ攻撃については、馬に騎乗しながらではないものでも、全部回避。黒羽で防御する事すらしない。パムの方針が、これであった。

613第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:36:13 ID:7Sgx76gs0
 浮遊する二枚の黒羽に、月面のクレーターめいた穴が生じ始め、其処から、黒色のレーザーが迸り始める。
音はなく、無反動。連発しすぎによるオーバーヒートも一切なく、この上速度は超音速を凌駕する。相手を殺す為だけに特化した、遊びのない攻撃だ。
この攻撃の殺到をアレックスは、レーザー以上の速度で拳を動かして迎撃、破壊する事で対応する。砕かれ、霧散したレーザーを、吸魔と呼ばれる魔術で体内に吸収。
己の、引いては北上がアレックスを動かす為の活動魔力へと変換させる。レーザーを悉く破壊し終えた、この上に活力をも得たアレックスが、パムを一睨みする。
然したる攻撃もしてこないから、「何だ?」、と一瞬思うパムであったが、すぐに、あのアレックスの睨みが攻撃に直結したものである事に気付き、即サイドステップを刻む。
ただの睨めつけではない。あの視線自体が、攻撃なのだ。邪眼、邪視と呼ばれるものは、人間世界に広く知れ渡っている恐るべき魔術。
それをアレックスは行ったのだ。アレックスは、視界に入れられるだけで視界内の生命体の命を、鑢で削って行くかの如く磨耗させる視線をパムに送っていたのだ。
身体に舞い込む不気味で、チクチクするような不愉快な感覚から、アレックスの攻撃に気付いたパムは、直ぐにアレックスの目線から逃れたのである。

 羽の一枚を、縦幅十m、横幅二十m程の、最早一種の塀のような形状にし、アレックスの目線を遮らせるパム。邪眼の対策は単純だ。目線を、遮らせれば良いのである。
アレックスが直ぐに攻撃に移ろうとしたのも、つかの間。パムは何と、この生み出した黒壁を、先程のレーザーに勝るとも劣らぬ速度で、
魔人目掛けて飛来させたのである!! これには面食らうアレックス。しかし、驚いていて何もしなければ、重量にして数百トンを越える黒壁の衝突に見舞われるだけ。
先程ローキックを避けたパム同様、上へと跳躍し、高速でスライドする壁を回避するパム。パムは、これを読んでいた。彼女は既に上空で待機していた。
アレックスも、これを読んでいた。上に跳べば、空中での機動で自分に勝るパムが、待ち構えていない筈がない。そう考えるのも、当たり前の運びであった。

 アレックス目掛けて高速で滑空、接近するパム。魔力を練り固めて作った、無骨な形状の剣を右手に握るアレックス。
羽の一枚を、刃渡り七mを越す巨剣に変えさせたパムが、それを袈裟懸けに振り下ろす。魔力の剣でアレックスは防ぐが、質量の面ではパムのそれが圧倒的に勝る。
パムが振り下ろしたその方向へと、稲妻めいた勢いでアレックスが急降下。しかし、この魔人も然るもの。
空中で即座に体勢を整えていた彼は、両手両足で地面に着地。立ち込める、砂と土煙。アレックスが衝突した地点を中心として、すり鉢上のクレーターが直径五十mにも渡り生じていた。

 この機をパムは逃さない。
両手両足は、超高速度での急降下、その勢いを殺すのに用いた為、今すぐ攻撃に使う事は出来ない。
攻め時は今。パムは、先程黒い壁に変形させた黒羽を遠隔操作で霧散させる。次の攻撃に、利用する為だ。
変化させる物は、『冷気』。それを、アレックスの回りへと雲霞の如く収束させる。
自然界どころか、人為的に気温を操作出来る空間であろうともあり得ない程の、急激な温度低下。アレックスは即座に感じ取ったが、感じた頃にはもう遅い。
ゼロカンマ数秒で、アレックスの回りの気温はマイナス二五〇度を割り始めた。サーヴァントの魔力の循環にすら、影響が出る程の極低温。

「シャアッ!!」

 だが、両手両足が塞がっている程度で、次手が封殺される程悪魔の身体はチープじゃない。
己のクラスを宝具でキャスターに変化させたアレックスが、裂帛の気迫と同時に、キャスタークラスの影響で補正の掛かった魔術を発動させる。
魔術の形は、炎の塊だった。心臓の脈拍めいて搏動する、橙色どころか血液の塊のような紅色の炎が、アレックスの頭上に展開された。
悪魔が持つ強大な呪力と魔力。それを以って、西洋に語られるところのゲヘナ或いはインフェルノ。東洋においては、所の焦熱地獄。
地の底に設けられた、度し難い罪人共を苛む為の場所である地獄の火炎を再現、暴走させると言う魔術である。
悪魔達の間では『地獄の業火(ヘルファイア)』と呼ばれる強力な術だ。

614第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:36:27 ID:7Sgx76gs0
 焔塊が、太陽表面を思わせる程の熱・光エネルギーを迸らせながら、爆発する。
爆発した焔塊は、血色の焔で構成された熱波となってアレックスの周囲を駆けて行き、パムが創造した絶対零度寸前の冷気を完全に蒸発させてしまう。
それどころか、パムの技である死冬によって下げられた、周囲の極寒の気温が、地獄の業火の余熱によって急上昇。
鉄を熱したような速度で、一瞬で外気温はマイナス一〇〇度のそれから二四度のそれへと修正されてしまった。

 達者の放つ地獄の業火は、燃やす相手を正確に指定出来る。
望んだ相手には摂氏一万度の焔で灰燼すら残さず焼き尽くす事も可能である一方で、延焼・焼滅させたくないと願った相手には、
身体全体が火に包まれても熱くも痛くもない不思議な炎となって被害をゼロにする事だって可能なのだ。
つまり――これだけの業火を放って置きながら周辺環境には全く飛び火が行ってないのに、それまでボーッとしていたせいで熱波への反応が遅れ、
左脚がほぼ付け根まで消炭にされた黒贄の対比は、そう言う事になるのだ。

「あっ、ちょっと過ごしやすい気温になった」

 熱波を避ける為に飛び上がっていた黒贄が、地面に着地する。
衝撃で、膨大な熱エネルギーの影響で炭化した左脚が、砂の城でも突くように崩れ、黒贄の足元で、パウダー状の黒炭の堆積となった。

「良いですね、秋の気温って感じです。食欲の秋、スポーツの秋、読書の秋と言うように、殺人鬼にとっては殺人の秋と申しまして、一年通して一番凶器と身体のノリが良くなる季節なんですよ」

 誰も聞いてないような嘘八百の知識を垂れ流す黒贄。事実、誰も黒贄の戯言になど耳を傾けていなかった。
黒贄の虚言など双方共に聞く耳も持っていない。だが、黒贄を意識の外に追いやると言う愚だけは、冒してはなかった。
魔人と化したアレックス、魔王とすら揶揄される程高位の魔法少女であるパム。
英霊全体を見てもトップクラスの強さを持つ、この二名のサーヴァントが繰り広げる、血腥い死の香りが漂う戦いに。混じって行けるだけの強さを黒贄は持っている。
黒贄の強さが真実のものである事は、最早アレックスもパムも、そして、ACT3に潜行しているジョニィも。一切疑っていなかった。そんな存在を相手に、一秒であっても、目線を外すと言う事が、出来る筈もなかった。

 きっと黒贄は、まだまだ問題なく戦う事が出来るだろう。その、まだまだ、がどれ位のスパンなのか、アレックスもパムも判じかねている。
まだまだ根比べの時間は続くのだろうと、再び戦いの構えをアレックスとパムが取り始めた、瞬間。
空中十m弱を浮遊しているパムよりも頭上の所から、サーヴァントの気配が近づいてくるのが解る。
パムを見上げると言う姿勢の都合上、アレックスだけがその正体を判別出来る。不自然に何処かから伸びている、やけに色の濃い七色の足場。
赤橙黄緑水青紫、これら七色が揃えば、人は誰もが虹を想起する。事実、それは虹だった。光と言う実体を持たないものでなく、人が触れられる形で実体化した、質量ある虹。
その虹が、マスター同伴でパムと組んでいた、レイン・ポゥと言う名のアサシンである事を、アレックスは忘れていなかった。
パム自身も、此方に向けられるヒステリックな怒気から、頭上からやってくるサーヴァントの正体を、認識したようである。「うまくやれたから戻ってきたんだろうな」、楽観的にそう思っていた。

 浮遊するパムの近辺に、虹が伸びる。勿論、パムを狙ったものではない。
どうやら足場として活用したかったらしい。何処からか伸びている虹の足場に、純恋子を抱えた状態のレイン・ポゥが落下、着地した。

615第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:36:41 ID:7Sgx76gs0
「おう、戻って来たか」

「戻って来たかじゃないわこの牝ゴリラ、放つ技をもう少し弁えろや」

 なるべく声を荒げず、しかし、非難する事だけは決して忘れず。
瞼から火の粉でも飛び散りそうな程の怒気を宿したレイン・ポゥが、パムの事を責め立てた。
此処で漸く、パムは、死冬の影響がレイン・ポゥ達の方にまで及んでいて、その事にレイン・ポゥが立腹しているのだと気付いた。
鍛えられた魔王塾の生徒なら、この寒さに耐え切るばかりか、寧ろ『寒さで相手の動きが鈍ってて面白くなかった、どうしてくれる!!』と抗議をしていたものだが……。
レイン・ポゥはそんな手合いじゃないのか、と内心少々パムは残念に思っていた。メンタリティ育成も課題か……、そう思っていた時である。
眼下のアレックスが魔力を瞬間的に収束させ終えていた事に、パムが気付く。気付いた時には彼女の眼前に、先程アレックスが展開させていた、血色の炎塊。
即ち、地獄の業火が出現していたのである。これを見て目を見開かせたパムが、レイン・ポゥの襟を引っ掴む動作と、
それまで自分が纏っていた黒羽のライダースーツを分離、分割させると言う動作を同時に行う。
黒羽を三枚ある状態へと戻したパムは、羽一枚をつむじ風状の風防としてパムとレイン・ポゥ、純恋子に纏わせてから、超高速で炎から退散。
神宮球場のグラウンドの真上まで移動し終えたと同時に、アレックスが出現させた地獄の業火が、熱と光を撒き散らせて、爆散。
直撃していれば、一万と七五八六度の極熱が、忽ち彼女らの霊基を焼き尽くしていた事であろう。

「アレは宝具ではない、ただの技だ」

 パムはまるで、テーブルの上にコップがある、とでも言うような、全く情感の篭っていない声でレイン・ポゥに告げた。
この虹の魔法少女も、そんな事は薄々ではあるが理解していた。理解していたが、そんなの、頭では解りたくなかった。
サーヴァントの宝具に比肩し得るあの炎が、なんて事はないただの技術だとでも言うのか? 
幾らなんでも、不条理にも程がある。ただの技であれだと言うのなら、実際の宝具は、如何言う風になると言うのか? それを、考えたくもないのである。

「私も今の身の上になってから多くのサーヴァントと戦って来たが、最早宝具とただの技の境目が曖昧になるような奴らばかりだった。もしかしたら、殆どがそんな輩で、この聖杯戦争は構成されているのかも知れんな?」

 そんな気も、レイン・ポゥはしていた。黒贄礼太郎の戦いの時から、予兆はあったのである。

「どうせ、そう言う相手と戦う局面の方が多いのなら、いっその事戦いを楽しむ方向で行った方がお前としても気が軽いだろう? 苦しいと思うより、楽しいと思って臨んだ方が、お前としても良いだろうに」

「そうはなれないし、アンタと一緒だとまっっっったく心も休まらんよこっちは」

「修行が足りん」

 苛々も限界のレイン・ポゥの言葉を軽やかに無視しながら、今後の展望を考えるパム。
黒贄とアレックスは、レイン・ポゥには荷が重い。彼女の実力が劣っていると言う意味ではなく、あの二名が異常な領域にまで足を踏み入れてる程強いのだ。
レイン・ポゥ自身に非はない。だが、今となってはジョニィの足止めをさせるのも、気が引ける。
ACT4……死神を現世に具現化させる技だと言われても、誰もが信じる程の説得力を伴った、あの攻撃を見た後では。ぶつけさせるのは勇気がいる。
……それを承知でぶつけさせる事も出来るだろうが、やってみるか? 無論、情報の共有を行った後で、だ。
そんな事をパムが考えていると、ふと、頭から降ってわいたような疑問が、彼女の頭の中を支配する。
――何故、アレックス達は攻撃を仕掛けてこない? あの魔人であれば、レイン・ポゥと一緒である為十全の機動力を発揮できない今の状態を、見過ごす筈がないのだが……?

616第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:36:52 ID:7Sgx76gs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ACT3の回転時間がリミットを迎えた為、意を決して外界に飛び出したジョニィを迎えたのは、秋口だと言われても信じるであろう、穏やかな気温だった。
東京の茹だる様な夏の暑さとも、先程パムが人為的に変動させた極寒の環境とは、全く違う。半袖のシャツ一枚を理想とする状況に、様変わりしていたのだ。
アレックスが生み出した炎の影響で、気温が上書きされてしまったのだろうか? だとすれば、ファインプレーである。
ジョニィの肉体のスペックはサーヴァントとしては貧弱も良いところ、極端な環境の変動には耐性がない。
パムの死冬の影響下ではジョニィは勿論、彼が切り札を放つ為に必要な愛馬・スローダンサーもまるで役に立たない状況であったろう。
今度こそ、必殺の宝具であるところのACT4を、パムに叩き込もうと意を改めるが、それよりも何よりも、目を引くものが神宮球場の辺りから出てきた。

「おや、凛さん。ご壮健そうで」

 相変わらず呑気に。自分の身体に叩き込まれた種々様々な重症よりも、そっちの方が大事だと見える。
サーヴァントの姿勢としては、その方が正しいのだろうが、きっと、黒贄はそんな殊勝な心がけがあるのではなかろう。
ただ、自分のダメージのプライオリティが、絶対的に低いだけ。だからこそ、自分よりも、神宮球場内部から駆け出して現れた、水でも引っ被った様に全身ずぶ濡れの遠坂凛の方に、興味があるのだろう。

 黒贄の言葉に何も反応せず、凛は、彼の下まで走って駆け寄る。
駆け寄ってから半秒位が経過した後だった、凛が出てきた所から遅れて、凄い形相のジョナサンが現れたのは。
しまった、と言う様な風の顔を隠せないジョナサン。サーヴァントの所まで、逃げられてしまった。ああなっては、凛を倒す事は難しいだろう。黒贄を掻い潜って、凛を倒すのは、至難の技である。

【マスター、何があった】

 ジョニィの念話。

【遠坂凛を葬ろうと追っていたのだが……球場の内部に逃げられてね。内部構造を巧みに使われて、仕留め切れずに今に至ると言う訳だ】

【遠坂の身体が濡れているのは?】

【異様何て物じゃない程、外気温が下がっただろう? アレに堪えた遠坂凛は、ボイラー室に逃げ込んで、温水が通っているパイプを破壊して、身体を暖めていたようだ。中々頭が回る】

 成程、噴出した温水で、サーヴァントでも堪えるあの環境を凌ぎきったらしい。頭のキレが、違うらしい。
と言っても、凛としてもこの方法は賭けであった事を彼らは知らない。
魔術の世界とは別に、科学利器に囲まれた表の世界で、不器用ながらも生きていた経験に、凛は完全に救われた。
神宮球場程の施設なら、湯水を沸かす為のボイラー室があるだろうと踏んでいたのである。一般教養を学ぶ為、市井の学校に通っていて正解であった。
魔術一辺倒で、一般的な知識を身に付ける事を疎かにしていたのなら、そのような発想に辿り着けず、寒さに耐え切れず凍死していた事は間違いない。
更に幸運だったのは、湯水で温まっていた途中で、気温が急激に下がった事で、これを好機と見た彼女は、黒贄の元へと全力で疾走。
その最中で、運悪くジョナサンに見つかってしまい、チェイスが始まり……そうして、現在の状況に至ると言う訳だ。

617第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:37:11 ID:7Sgx76gs0
 黒贄の下に駆け寄るのは、凛としてもリスクの伴う行動だ。
黒贄礼太郎というバーサーカーには、マスターである凛と、その他の存在の区別がとても曖昧だ。
何が切欠で、自分がその他の側……つまり、『これから殺される側』に転落するのか解らないのである。
いや……そもそも切欠や、スイッチの類すら存在しないのかも知れない。その時の気分次第で、遠坂凛は、サーヴァントである黒贄礼太郎に殺され得るのだ。
そう言う危険性があったからこそ、今の今まで黒贄から凛は距離を取っていたし、黒贄が戦っている際も、余波を恐れて彼から距離を取っていたのだ。
サーヴァントとしては、この黒礼服のお惚け男はこれ以上とない厄介者、全く以っての外れクジであるが、もう、割り切った。

 この<新宿>には、最早凛の味方はいない。
黒贄の下に近づいたのも、そんな諦観めいた割りきりがあったからだ。この場にいるサーヴァント、マスターの全員が、凛の命を狙っている。
だったらまだ、黒贄の方に向かう方が危険性は少ない。腐っても、自分のサーヴァントであるからだ。早々、黒贄も思い切らない筈だった。
黒贄に殺されるのか、それ以外の外因で殺されるのか。凛に与えられた選択肢とは要するにこの二つであり、ならば、可能性が僅かにも低い黒贄の方に向かうのは、当然の運びと言えた。

「黒贄……」

「はい」

 酷い、傷であると凛は思う。黒贄でないサーヴァントなら、同情も心配も寄せていた。
だが、このバーサーカーは違う。黒贄礼太郎、と言う信じられない程近世の香りを伺わせる名が真名のこのサーヴァンとは、此処からが、強いのだ。
隻腕隻足、胴体も半ば近くを削り取られ、頭部を断たれ……。こんな状況でも尚、黒贄は強いのだ。
黒贄が動けないなど欠片も思っていない。凛の魔力が続く限り、この男は、死なない。翳のように黒く、昏い信頼が、凛と黒贄の間には結ばれていた。

「殺したりないかしら」

「いえ、全く」

 きっと、何人殺しても、そう答えただろう。凛にはそんな確信があった。

「私が死ねば、貴方も連鎖して此処からいなくなるわよ」

「それは困りますな。殺したりないのもそうですが、折角の大口の依頼なのです。達成して報酬を貰わないと」

 黒贄自身はまだ、聖杯戦争に勝利すると言う凛の依頼を忘れておらず、戦うと言う気勢も衰えていない。
その事を確認した、瞬間であった。凛の右手に刻まれた、狂の字を模した紅蓮の痣が、爛と光った。
すったもんだを潜り抜け、余人に表現しようにもし切れぬ程の疲労やダメージを蓄積させているとは思えぬ程の気迫を、その瞳に宿らせ、声音に乗せて、凛は言の葉を紡いだ。

618第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:37:22 ID:7Sgx76gs0
「令呪を以って命じる――」

 その言葉を、アレックスは、聞き逃さなかった。
黒贄と凛の後ろに広がる、まだ無傷を奇跡的に保つ<新宿>の街並みに、少なからぬ被害が及ぶ事を覚悟で、攻撃を行おうと試みる。
左腕を前に突き出し、かつ、その掌を開かせた状態で、瞬間的に体内の魔力循環を加速させる。
白色の粒子がアレックスの掌に集中するや、塊の形をとったその光が、加速、発射される。
魔力或いはそれに準じるエネルギーを実体化、有質量化させ、超高速で射出させるこの技を、悪魔達は『破邪の光弾』と呼称する。
戦艦の砲弾にも例えられる程のその攻撃を以って、黒贄諸共凛を抹殺しようとアレックスは試みる……が。
凛を庇うような立ち位置で、真正面に移動した黒贄が、残った左腕を横薙ぎに振り回す。
ドンッ、と言う爆音が生じると同時に、キラキラした光の破片が、黒贄の周囲に舞い散った。破壊された、破邪の光弾。その破片であった。

「クソ、仕留め損なったか!!」

 アレックスの舌打ち。
黒贄自身、光弾を壊すのに用いた左腕、その肘より先がグシャグシャに破壊されている。断じて無傷ではなかった。
柔らかい果実に強い圧力でも加えて見せたように、皮膚は裂け、裂けたそこから赤い筋繊維が血に濡れてほの光っていた。
ただのサーヴァントなら、勿論大ダメージ。それどころか、戦闘の続行が不能になりかねない程のダメージであるが、黒贄相手では、あの程度、何の意味も持たない事にアレックスも気付いていた。

「黒贄礼太郎、『この場にいるサーヴァントと戦う時はこれから、攻撃を全部避けながら殺しなさい』」

「えー、いや、ううん……私の個性の根幹を揺るがす命令ですね……あの人が見たら何て言うか――あ、今あの人じゃないのか」

 告げた命令内容に、不服の意を露にするのと、狂の字を模した凛の令呪から『けものへん』が消え失せ、王の字だけが残ったのは、全く同じタイミングなのであった。

619第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:37:36 ID:7Sgx76gs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「……経過の方は、どうなってるんだ?」

 長い沈黙を、塞が打ち破った。実に、十分。その間、彼も鈴仙も、付き添いの北上も。一言も言葉を発する事はなかったのである。

「今のところは……全員無事、よ」

【黒贄礼太郎や、乱入して来たって言うサーヴァントも含めてか?】

 塞が途中で、念話に会話を切り替えた。

【それも含めて、ね】

 意図を読んだ鈴仙も、念話で返す。
【そうか】、とだけ口にし、塞は再び沈黙する。そして、再び鈴仙は集中し、己の能力を用いて、離れた所で戦うアレックスやジョニィ達の模様を探る。

 三名は、聖徳記念絵画館の中にいた。
大政奉還、廃藩置県、教育勅語に日英同盟締結等。
日本史を紐解いたのなら誰もが学ぶ、近世日本の歴史の転換点となった場面を描いた、絵画展示室。其処で彼女らは、息を潜めていた。
アレックスらの戦いに、北上が巻き込まれぬよう、そして、万一危害が及んだ時には守れるよう、自分達は離れた所で待機する。
それが、塞達が此処にいる理由だ。但し、その理由は塞らにとっては建前。本音は、厄介者であるところジョナサン・ジョニィの主従に脱落して貰う事なのだ。
あの主従は塞の真の目標である、聖杯の奪還の妨げになる事が目に見えている上、サーヴァントの強さが大した物ではない為、同盟を組むにも値しないのである。
思想面で自分達の足を引っ張りかねず、共闘するにも強さが足りない。直裁に言えば、お荷物であった。穀潰しを養う余裕は、塞達にはない。
早々に、脱落して貰う必要があるのだ。黒贄礼太郎と言うバーサーカーの強さは、紺授の薬を通して見た未来で、鈴仙は痛い程良く解っていると言う。
強さについては、御墨付きと言う訳だ。ジョニィ達を殺せる可能性だって、申し分ない。仮に、ラッキーが重なって黒贄或いは凛を倒せてしまっても、しめたもの。
そうなると今度は、同盟相手と言う理由に託けて、ルーラー達から令呪を手に入れる可能性だって生まれるのだ。
ジョナサン達が死んでも、塞達にとっては旨味があり、番狂わせが起きて黒贄達を殺してしまっても、旨味がある。どちらに転んでも塞達にメリットが転がり込むこの作戦は、立案と言う概念の理想系とすら言えた。

 ――だが……――

 理想通りに事が運んでいたのなら、塞も鈴仙も多方面のコネ作りの為、齷齪動き回る必要はない。
実際この作戦は、初っ端に等しい段階から、計算外の存在の乱入によって暗雲が立ち込め始めていた。
鈴仙は自身の持つ、『波長を操り探る能力』で以って、黒贄やジョニィ、アレックスらの安否を確かめている。
なのだが、その能力が、彼ら三人が戦う場に乱入して来た三人の存在を認めたのである。
その内一人は、この世界にしっかりとした有機体の実体を持つ存在――人間であり、内一人は、構成要素を魔力とする存在、つまりはサーヴァント。
残った最後の一人が、有機体に近い何らかの要素で構成された肉体を持ちつつも、人間にはあり得ない程の莫大な魔力量をその身に宿す、正体不明の存在。
彼らが現れ、アレックス達の戦いに闖入し始めてから、塞も北上も気が気でならなかった。尤も、塞と北上では、心配している理由が違う。
北上の方は単純に、自身のサーヴァントであるアレックスと、同盟相手のジョナサンとジョニィの安否を気遣っての物だ。
しかし塞の場合は、アレックスと言う優秀な手駒候補の喪失が気がかりなのだ。

 ステータス面だけで言えば、目下最大の強敵であるセイバー・ダンテをも上回る強さを持つアレックス。そう簡単に、消滅の憂き目には合わないだろう。
そうと踏んでたからこそ、アレックスを黒贄の下へと向かわせたのであるが、正体不明のサーヴァント二名の乱入を許したとなると、話は別。
鈴仙の能力は探知こそ出来るが、『相手の姿を画像・映像化する事が出来ない』。相手の戦闘能力の強い弱いは判別出来ても、如何言った能力を使え、
そもそもどんな姿をしているのかの判別は結局の所目視に頼るしかない。だからこそ、不安が募る。アレックスらが戦っている存在は、如何程の存在なのだろうか。

620第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:37:52 ID:7Sgx76gs0
「あの……モデルマンは、勝てると思いますか……ね……」

 不安そうに、北上が訊ねてくる。

「一度戦った身として言わせて貰うなら、勝率は多分にあるわ。絶対に勝てる、って断じられないのが少し不安かもしれないけれど……それは割り切って」

「……はい」

 北上が不安そうに、スマートフォンをいじくりだす。
実際、モデルマン……アレックスと黒贄が良い勝負をしそうだと鈴仙が口にしたのは、北上向けのリップサービスではない。
相手の能力を探る事について並ならぬ力を持つ鈴仙が真実、そう判断しているのだ。これについては嘘はない。
だが、乱入した正体不明の存在については、正直なところ何とも言えないと言うのが実情だった。理由は簡単で、先ず相手が何者で、どんなスキル・宝具を使うのかも不明。
それだけでなく、波長を操る程度の能力で大まかな強さを調べてみた所、これが並のサーヴァントでは比較にならない位強いのである。
強い事は解るが、姿も能力については一切不明。そんな存在をアレックスが戦って、『勝てる』と断言出来る筈がなかった。

 ……と言うより、そもそも塞も鈴仙も、『アレックス達が繰り広げている戦いに乱入者が現れた事自体を明かしていない』。
そう、北上は今現在も、自分の頼れるサーヴァントは黒贄礼太郎と『だけ』戦っていると信じているのだ。
この事実を北上に対して隠蔽する理由は簡単で、北上がその事実を知れば、北上が計算外の行動に出るかも知れないと言う不安があったからだ。
彼女は、心に不安を抱えたままの、誘導しやすく御しやすい存在で、塞はいて欲しいのである。心の均衡を失い、予想外の行動に出るような駒には、なって欲しくない。
アレックスが不利になっていると言う事を知ろう物なら、どんな行動に出るのか解らない以上、上記の事実は伏せるが吉だ。

 今は、幸運に恵まれている状況だ。
ライドウとダンテと言う桁違いの強さを倒せるかもしれない鬼札の一つを抱え込み、後顧の憂いに育ち得るジョナサンとジョニィの主従の脱落を狙えて。
その上、不確定要素と番狂わせの化身の様な強さを誇る黒贄礼太郎をも葬り去れる可能性が高まるかも知れないのだ。
塞達にとっては、一石二鳥所ではない結果が転がり込み得る要素が、この戦いには内在されている。この戦いは、是が非でも落としたくない。これ以上の不確定要素は、塞も鈴仙も避けたかった。

「――?」

 波長を探る。
その行為は言葉だけで判ずるのであれば、深い集中を要し、一秒たりとも気を緩められぬ精密な作業の風に聞こえるだろうが、実際はそうではない。
波長の探知は鈴仙にとっては朝飯前、自身の能力の応用の中では基礎の基礎の基礎であり、最も簡単な部類なのだ。
しかも黒贄もアレックスも、ジョニィもジョナサンも、乱入して来た三体の存在も、極めて独特かつ特徴的な波長の持ち主の為、探り損なうなど先ずあり得ない。
現に彼らの動きは正確に把握出来ているのだ――が。その鈴仙が、不安定な『揺らぎ』を感じ取った。……いや、ただ不安定なだけじゃない。
意識しなければ、其処にあるのかないのかすらも解らない。実在と、非実在の間を彷徨っているようなその波長。量子力学のそれに似ていると鈴仙は思った。
この極小さい揺らぎは、北上は勿論塞すらも気付いていないらしい。鈴仙だけが、明白に気付けている。
意識してしまえばその存在は明白で、その揺らめきは『糸』状だった。納豆に引いた糸の何万倍も細い糸の形を取っており、それが無数、二〇〜三〇の数で、鈴仙達の下へと近づいて行き――。

621第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:38:34 ID:7Sgx76gs0
「ッ!!!」

 アレックス達の方に意識を集中させる事を取り止め、急遽、この場所に意識を向ける方向にシフトチェンジ。
蛇蝎の如く群がる糸の揺らぎ。触れれば確実に拙い自体が起こると感じた鈴仙は、自身と、塞、北上に対して、能力の応用を適用させる。
適用させた事象は、波長を操る能力を用いて、空間そのものに撓みを生じさせる――つまり、波を打たせると言う物。
空間の波は目で捉える事は出来ない上、その波に一度触れようものなら、波動の強弱次第では相手を転ばす程度から、大きく吹っ飛ばす事をも可能とする。
また、空間自体を震わせると言う現象の都合上、転ばすのも吹っ飛ばすのも、波自体がその物質や生命そのものの体積を包含するのなら、物理的な特質は一切無視される。
これもまた鈴仙の持つ能力の応用の一つだが、直接戦闘における効果は絶大極まる、認識されぬばかりか、実在と非実在の境目すら曖昧な、この糸の揺らぎをも、有らぬ方向に弾き飛ばせるのだ。

 吹き飛ばされた揺らぎの糸が、北上達の両サイドに陳列している、絵画が展示されている巨大なガラスの展示ケースに触れた、その刹那であった。
音もなくガラスケースが中の絵画ごと、何百もの破片に分割され、床に落下して行くではないか!!
「何だ!?」、と塞が叫ぶ。この段階で初めて、塞も北上も異変に気付いた。周囲を見渡す、二名。
塞はすぐ、それまで自分達の周りに飾られていた、和紙に描かれた巨大な絵画、それが辿った無惨な末路を観察する。
一目見ただけで、神業と理解出来る所業だった。客観的な事実を語るのであれば、展示ケースを中に入った絵画ごと、寸断しただけに過ぎない。
だが、その切り口が最早、神の御業としか思えぬほど、美しかった。堆積するガラス片の一つにも、ヒビが生じていない。
破片のモノによっては、高さ三mを越す所から落下したものもあると言うのに、だ。皆見事に、艶やかで、滑らかな切り口を残して、床に散らばっている。
絵画即ち紙にしても、同様。定規や分度器を当てて、カッターナイフで切ったが如く、美しい直線と曲線の切り口を描いて、嘗て日本の重要文化財と持て囃されていた名画の数々が、吹雪のように宙を舞っていた。ただの、紙屑に変貌してしまった。

「警戒して!! 敵がいるわ!!」 

 鈴仙の言葉を受けた瞬間、塞は周囲を見渡し、警戒の度合いを最大限にまで高めさせる。
超常と不可思議の見本市であるサーヴァントだ。自分達の視界の外から、目に見えない斬撃を行って襲い掛かる事位、訳はなかろう。
それよりも問題なのが、『攻撃を行ったその瞬間まで鈴仙が相手の存在に気付かなかったと言う点』である。
鈴仙が持つサーヴァントの知覚能力は、自身が持つ波長の探知能力、その適正も合わさって、大抵のサーヴァントを凌駕して有り余る。
本気になれば、床に羽毛の落ちる音や、瞬きの際に生じた僅かな空気の振動ですら、百mを超えて離れた場所からでも、鈴仙は探り当てられる。
サーヴァントが持つ特有の魔力の波を探る事は、鈴仙にとっては朝飯前。そんな彼女の探知力を掻い潜る事は並大抵の事ではなく、
優れた暗殺力で以って英霊の座へと召し上げられた、アサシンクラスですら、彼女の不意を打つ事は困難極まる。
結果的に不意打ちを防げたとは言え、これ程までの気配探知スキルを持った鈴仙が、相手が攻撃するその瞬間まで、気配すら掴めなかった、と言うこの事実。マスターである塞としては、深刻に受け止める必要があった。

【サーヴァントの気配は感じるのか?】

【ええ、今となっては明白に】

【何処にいる】

【悔しい事に、施設の中】

 当然鈴仙は、アレックス達の戦いのみに集中していた訳ではない。
アレックスらの戦いに向けていた意識は半分で、もう半分は、ここ聖徳記念絵画館に向けていた。
意識の全てを、絵画館内部に向け、虱潰しに波長を探して見た所、下手人は即座に見つかった。
波長を含めた、あらゆる気配の隠し方は見事なものだったが、鈴仙の能力を欺ける程ではなかった。
そのサーヴァントは一つ下のフロアで構えており、攻撃を防がれたせいからか? 若干の怒りめいた感情の波を感じ取る事が出来た。
どちらにしても、彼女の探知を掻い潜ってこの内部へと侵入出来るとは……只者ではない。アサシンクラスの可能性が、高まって行く。

622第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:39:06 ID:7Sgx76gs0
「……如何した、嬢ちゃん。異様な震え方だぜ」

 北上の異常に気付いたのは、塞が先だった。北上が、体中から冷や汗をかかせて、震えているのだ。
汗のかきようは尋常のものではなく、着ている制服の背中の部分が、コップ一杯分の水でも引っ掛けられたように、ぐっしょり濡れているのだ。
震え方も、武者震いや不安から来るそれではなく、恐怖を原因とするものである事を、塞も鈴仙も看破した。
と言うより、震えを見るまでもなく、表情が全てを物語っていた。涙に潤む両の目は泣き出すまで数秒か、と言う有様で、歯と歯がガチガチ言わせているその様子は、思い出すのも憚られるトラウマを疲れたかの如しであった。

「この、この攻撃は――だ、ダメ!! アレと戦っちゃ――!!」

 北上がそう叫んだ瞬間、鈴仙と塞、北上の身体から、一切の重力が喪失した。
しかしそれは、ほんの一瞬だけの事。股間の辺りがむず痒くなりそうな浮遊感が彼らの身体を包んだのは、一秒にも満たない短い時間。
次に襲い掛かったのは、下に下にと落下する感覚。状況を、北上に塞、鈴仙が直ぐに理解した。
三人がそれまで直立していた、絵画室のウレタン樹脂製の床全体が、その下の鉄筋ごと細切れにされたのである。
崩落する床と一緒に、一階へと落ちて行く一同。鈴仙は落下運動中に空を浮遊し、着地しても支障のない速度で瓦礫の散らばる床の上に降り立つ。
塞の方は優れた運動神経で以って姿勢を整え、着地。北上の方も、流石に優れた艦娘である。艤装を装備した状態ながらも、床の上に着地して見せた。

「見事な腕前だと、先ずは褒めておこうか」

 その声を聞いた瞬間、鈴仙の肌は、粟立った。
声とは、大気を通して伝わる音の漣。それ以上の物ではない。
結果としてであるが、今の言葉を発した人物は、男の物であった。しかし、ただの男の声じゃない。冠絶的に美しいと言う枕詞が、付随する。
その声を聞いた者は、美しいと言う意味を頭の中で反芻するだけのオブジェクトにし得るだけの力があった。
声の主の姿を、見るまでもなく美しいと判じられる。それだけの説得力を、漲らんばかりに内在させていたのだが、それだけじゃない。
声の波長ですらも、美しかった。波長に本来、美しいと言う概念はない。長い、短い、大きい、小さい、緩やか、激しい、整っている、不揃い。
凡そこの八パターンに該当され、それ以外の結果など本来有り得ないのだが――鈴仙は、男の声の波長を読み取った瞬間、無意識の内に思ってしまったのだ。

 ――波長ですらも、美しいと。

「……化物……」

 そう呟いたのは、鈴仙であった。

「その呼び方は、僕を指すのに適切ではないな」

 背後から、声が聞こえる。醸す波長ですら美しいのに、その美しさすらをも塗りつぶす、絶殺の気配を徒に放出し続ける、恐るべきサーヴァントの声が。
振り返るのが、怖かった。この世の終わりでも目の当たりにしたような絶望の表情の中に、天上の美を垣間見たような至悦の感情を鏤めたような、北上の表情。
彼女の目線の先にいるであろう、怪物の姿を見ると言うその行為。それは、鈴仙・優曇華院・イナバと言うサーヴァントが、最大限の尊敬と畏怖を寄せる存在。
八意永琳と言う女性に対して、弓を引くと言う行為に並ぶか、それ以上の勇気を必要とした。――意を決し、振り返り……思考が、爆ぜた。

「人は、我が姿と業を見て、魔人と呼ぶ」

 声以上の美を、黒い雲母の煌きの如くに発散させながら。
インバネスコートの魔王、浪蘭幻十は、薄く微笑みながら、三人の事を見つめているのだった。

623第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◇zzpohGTsas ◆zzpohGTsas:2019/01/13(日) 00:39:21 ID:7Sgx76gs0
投下終了です

624名無しさん:2019/01/13(日) 14:37:46 ID:jXka4NAE0
投下乙です
凜は完全に修羅道に堕ちてしまったか。せめて序盤に友好的なマスターと出会えてたらな…
そして遂に幻十降臨。北上様のトラウマががが

625名無しさん:2019/03/30(土) 19:10:29 ID:Zk5YEjjE0
投下乙

北上さん逃げてーー!!

626第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:42:16 ID:9BYkc5.o0
今回で終わりかな、と思いましたけど、普通に終わらなかった(ガバガバ)
意思表示の為に投下します

627第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:42:34 ID:9BYkc5.o0
 それは、美しいと言う、美を表す上で最も基本的な語彙が、咄嗟に浮かんで来ない程の美貌だった。
人は相手の姿形、仕草や動作、声音等を、視覚や聴覚と言うフィルターを通して初めて、それが美しいのか否かの判別を行う。
前提として美があるのではない、諸々の要素を加味した上で、美しさがあるのだ。

 浪蘭幻十は、違った。判じた上での美ではない。考慮するまでもなく、この魔人は、美しいのだ。
纏うインバネスは、周辺宙域に星一つない宇宙の闇を裁って誂えたが如く、艶やかで深い黒。
きっと、この黒色を汚せる白は、この宇宙の何処にもない。余人に、そんな確信を抱かせる程、深く吸い込まれるみたいな黒だった。
そんなコートに腕を通す幻十の様は、夜の帝王と言う風情を余す事無く発散させていた。
インバネスの両ポケットに手を入れて、此方を眺める幻十を見れば、人は思うだろう。ああ、月なる星は、天にではなく、地に在ったのだ、と。

「模倣された魔界都市だと馬鹿にしていたが……成程な。それなりの者を集めるだけの魅力は、この街にはあるようだ」

 笑みに、陰惨なものを浮かばせて、幻十が言った。

「我が友より授けられた、殺戮の術。これを防ぐとは、ただならぬ英霊であるとお見受けする」

「お生憎様ね……。私の身体を害したいのであれば、操るその糸の細さ……、須臾(フェムト)のそれにまで削って来なさい」

「見た目とは裏腹に、恐ろしいサーヴァントだ。その兎の耳、男に媚びる為の物ではない、か。ならば僕がこの後何を言うつもりか、解る筈じゃないかな?」

 怖いものが――張り詰めて行く。

「……まさか、生かしては返さないとでも言うつもりじゃないでしょうね? そう言う台詞は、やられ役の小物が口にする言葉よ」

「言うのも恥ずかしい台詞だったが、僕の変わりに代弁してくれてありがたい事だ。礼として、痛みもなく、この<新宿>から座へと還す事を約束しよう」

 敵意に溢れた言葉を聴き、鈴仙の身体が、克服したはずの怯懦で強張りそうになるが、すぐに。
緊張と恐怖でゆらついている己の心、その振動を中和する精神の波を、自身の持つ能力で生み出して相殺。平常心を何とか保つ。常にこうしていないと、幻十との対峙は、厳しいものがあった。

【オイ、アーチャー……コイツぁ……】

 塞が、鈴仙に対して漸く言葉を投げかけられた。
それにしても、言葉が途切れ途切れだ。鈴仙が塞に、精神を安定させる波動を打ち込ませてもこの様子であった。
その様を見て、果たして誰が笑えようか。人界の規矩を逸脱する美貌を目の当たりにした時、人も畜生も、皆、忘我の域に誘われる。それが、美界から迷い出でた者に対する礼儀であるように。

【覚悟を決めた方が良いわよ、マスター。もう……逃げられないわ】

 鈴仙としては三人でこの場から、正に脱兎の如く逃げ去る算段でいた。
だが、それは途方もない絵空事である事を彼女は既に理解している。簡単な話である。此処聖徳記念絵画館全域に、幻十の糸が張り巡らされているのだ。
糸が展開されていないのは、今鈴仙達と幻十が一緒にいる、この部屋だけ。その部屋から一歩、他のフロアや部屋に移動してしまえば最後。
細さにして1/1000マイクロメートルの、チタン製の金属糸。それが床のみならず天井やドアノブ・展示物など、
凡そ人が触れる事の出来る物全てに付着しているばかりか、何の支えも巻きつける所もないのに空中に固定化されているのだ。
ワイヤートラップと言語化するのも、最早おこがましい。相手を確実に、塵となるまで切り刻む為の、確殺・絶殺の布陣であった。
一歩この部屋から出てしまえば、幻十の意思一つで忽ち、無数のチタン妖糸は、必殺の魔線となりて、鈴仙達を切り刻むのだろう。

「随分と細い糸を操るようだけれど……貴方の技は私には効かないわよ」

「君の操るものは、波動だろ?」

 強気な態度で、幻十の動揺を誘おうと言う算段でいた鈴仙だったが――逆に、彼女の方が動揺させられてしまった。
彼女の能力は、一目で、その本質を悟らせないと言う所に多大な利点がある。
相手の攻撃を無効化する、精神を不安定にさせる、光や音を意のままに操る、不可視になる、分身する。
そのどれもが、スキル、ないし宝具によって賄われて当たり前の、強力な能力。だが実際には、彼女は上の能力の全てを、波長を操ると言う一つの能力でカバー出来るのだ。
初見で、それを見抜く事など、絶対に出来ない。なのにまさか、能力の真髄を目の当たりにする事もないまま、看破してしまうとは……。

628第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:42:52 ID:9BYkc5.o0
「君に僕の技が解るように、僕にも君の技は良く解る。糸を弾いたのは、空間に波を打たせたから。<新宿>で起きた諸々の事件の影響で、本来だったら閉館してた筈のこの建物に侵入出来たのも、君自身の能力を応用して、透明化を施していたから。違うかい?」

 沈黙する鈴仙。幻十の指摘が、全部正鵠を射たものであるからだ。

「君は僕の技を見切ったつもりなのだろうが、強がりは止した方が良い。お見通しさ、君が僕の攻撃を防げたのは、かなり危ないところだった位はね」

 これも、痛い所を突かれている。
正直、鈴仙が幻十の妖糸を防げたのは、経験から『そう言う攻撃がある事を知っていた』事が大きい。
月の都の超技術で開発された、フェムトファイバー。フェムト(須臾)の名が指し示す通り、小ささだけを言えば、幻十の操るナノマイクロのチタン妖糸を遥かに超える。
触れている事を認知する事は勿論、地上の如何なる妖怪・技術で以っても認識が出来ないその糸は、切断も破壊も不可能で、
時の劣化をも受け付けぬ最強の強度を誇る神糸であった。そう言う糸の存在を知っていて、かつ、この糸を用いた捕縛術を用いる上司がいたと言う事実。この二つのファクターがあったからこそ、幻十の糸を防ぐ事が出来た。

 但し――それだけ。
糸の細さ・強度の面では、月の都の産物であるフェムトファイバーの方が遥かに勝る。
だが、その糸を操る技量の面で、嘗ての上司であった綿月豊姫を幻十は大幅に上回る。比較する事自体が、最早間違いと言うレベルであった。
人類が絶滅するまでに到達し得る技術水準を超越するテクノロジーを持つ月の都の神糸に、単純な技術力で追い縋る。その事実は、鈴仙にとっては驚嘆を超えて戦慄に値する事実だった。

「君達の命は最早、僕の糸に包まれて在る」

 ポケットからゆらり、と幻十が手を引き抜く。
純白どころか、透明にすら見える程に、白く輝く美しい手であった。この手に操られる糸は、この宇宙を探しても稀に見る、幸福なものである事だろう。

「魂だけで故郷に帰りたまえ」

 幻十の中指が、クッ、と動いたその瞬間、チタン妖糸が五十本程、三人目掛けて群がって行く。
サーヴァントである鈴仙には、三十本。北上と塞には、十本づつと言う配分である。
触れれば人体どころか、同質量の鋼塊すら容易く割る程の威力を誇るそれに、鈴仙は対応。
自分と、塞と北上の存在する位相を、能力の応用で一つ隣の別位相にスライド。目で見ただけなら、その場にいる風に見えるだろう。
だが、現実に於いて確認出来る三人の姿は其処にはなく、実体は、言い換えるならば別の次元に移動してしまっている。
剣で斬ろうが弾を放とうが、水に攻撃しているのと同じである。全ての攻撃はすり抜け、鈴仙達に干渉が出来なくなってしまうのだ。

「もう少し、工夫を凝らすのだな」

 鈴仙は、脊髄が凍るような恐怖を本当に覚えた。
鈴仙らの存在する位相が一つズレたのと同じように、『幻十の操る糸もまた、存在する位相が一つズレた』。
寸分の狂いなく、鈴仙達が現在いる位相に移動したのである。位相がズレると言う事は、次元の壁を越えると言う事に等しい。
人の身体で行える技術であるだとか、気合や根性と言った精神論だとかでは、次元を超える事は出来はしないのだ。
その芸当を、指先の技術一つで達成してしまう。げに恐るべき幻十の技量であった。

 判断をしくじれば、三者共に身体を細切れにされて即死する。糸の速度は、音に数倍する超音速。
しくじるどころか、手落ち一つ許されない。最速で、正解の選択肢を選び取らねばならないのだ。
鈴仙の選択は速かった、と言うよりは、殆ど反射に近いものだった。
糸が、三人の身体に触れる寸前で、『元の位相に修正させた』のである。スルッ、と。腕が水を通り抜けるみたいに、殺意の断線は三名の身体をすり抜けて行く。
位相をズラした事による、全干渉の素通りとは、相手の攻撃やアクションだけではない。『ズラされた当人の攻撃やアクションも修正される』のだ。
どんなに幻十の技量が優れていても、糸のみ相がズレた状態では、結果的にその妖糸は何も斬れないままに終わってしまう。今の素通りのロジックが、これであった。

629第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:43:12 ID:9BYkc5.o0
 不愉快そうに眉を吊り上げる幻十。
世の女が見れば、不興を買ってしまったと即座に恐れを抱き、何を貢いででもご機嫌を取り直そうとするだけの、罪な魔力が其処にはあった。
それに、胸を焦がしている時間は千分の一秒だって、鈴仙にはなかった。即座に懐から、拡声器に似た形状をした不思議の銃、ルナティックガンを取り出し、
魔力によって構成された弾丸を発射。ライフル弾に似た鋭い流線状の弾丸が、百を越える勢いで幻十に向かって殺到する。
その彼を庇うように、目に見えないナノマイクロのチタン妖糸が、凄いスピードで彼のインバネスの裏地から表れて行き、彼の身体を急速に包んで行く。
当然、先述の通りの小ささであるが為、余人には、幻十が今チタン製の糸に覆い隠れている状態である事を認識出来ない。
但し、波長を操れる鈴仙には、見て取れるよう。今の幻十の様子は、繭。絹糸で己の身体を包む蚕の幼虫宛らであった。

 弾丸が、妖糸の繭に直撃する。あられの菓子見たいにそれは砕かれて行き、魔力の粒子が、幻十の人外を美を彩るみたいに舞い散って行く。
幻十に、攻勢のバトンを絶対に手渡してはならない。そう考えている鈴仙は、彼に反撃の機会を与えなかった。
ルナティックガンから弾丸を一発だけ放つ鈴仙。弾丸を一発だけに絞ったのは、この弾が速度と貫通力、そして威力を重点的に底上げさせたものであるからだ。
本来無数の弾を拡散して放つ、無数の弾を構築する魔力を、一つの弾丸に収束させ、上のリソースに当てたと言う事である。
弾が妖糸の繭に直撃する、と言う寸前になって、鈴仙は弾丸の位相だけをズラさせる。弾が、チタン妖糸をすり抜けて行く。
幻十の表情が別のものに転ずるよりも早く、繭の内部で弾丸を実体化、そのまま彼の身体を貫こうとする。

 ――果たして、目の前に起こった現実を、誰が信じ得ようか?
幻十の目の前に突如として『棺』が現れ、その棺の表面に弾丸が直撃、砂糖菓子宛らに弾の方が砕け飛んでしまったなど!!

「んなっ……!?」

 糸で防がれる。それはまだ解る。避けられる、これも理解出来る。
美貌によって弾が逸れる。……苦しいが、幻十の美しさなら、それも已む無しと思ってしまえる説得力がある。
しかし、この防がれ方は、鈴仙としても予測も理解も出来ない。彼の麗貌を損なう事を防いだものの正体、それは真実、生者が死者の為に築く寝台であるところの、棺であったのだ。

「修行不足にも程がある。この程度の攻撃に、糸を用いず対応してしまうとは……」

 棺の向こうから、幻十の声が聞こえて来る。
棺自体の大きさが、彼の姿よりも大きい為に、どのようなリアクションを取っているのかは鈴仙には解らない。
確かなのは、声が孕んでいる苛立ちの感情通りの態度であろうと言う事だった。

 その棺は、死者に安らかなる眠りを約束する為のものと言うよりは、地獄に君臨する悪逆無道の魔王を封印する為の楔であるように、鈴仙には見えるのだ。
表面にあしらわれている、純金で出来た山羊の頭の紋章(クレスト)。その山羊の角には、顎髭の下で結ばれたマンドラゴラの蔓が纏わっていた。
何処にも、嘗て現世を精一杯生きていた死者に対する敬意も、冥府の国の主君に対する礼賛の心持ちも感じない。
見る者に伝わるのは底なしの不気味さ、言語不能の邪悪さだけだった。そしてその不気味さと邪悪さが、幻十の雰囲気に、初めから統合されているかの如くにマッチしていた。

【すまねぇ、アーチャー……やっと落ち着いた】

 煙みたいに、鈴仙の正面から棺が消えて行くのと同じタイミングであった。
精神を安定させる波長が漸く効いてきたか、念話を出来る位にまで塞の精神が復調した。

630第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:43:33 ID:9BYkc5.o0
【あのサーヴァントのクラスとかステータス……解る?】

【クラスはアサシンで……】

 クラスの予想が外れた。鈴仙としては、糸を飛ばしている風にも見えた事から、アーチャーのクラスを予想していたのだ。
とは言え、アサシンのクラスでもさして驚きはしない。ナノマイクロに相当する小ささの、目に見えぬ糸。成程、暗殺向けの道具ではないか。
それよりも鈴仙が注目したのはそのステータスである。アサシンのクラスと言う事実から予測は出来ていたが、鈴仙が身を以って体験した恐ろしさからは、
想像も出来ない位平凡な値だ。勿論、アサシンと言うクラスの常識に当てはめて考えれば、幻十のステータスは法外一歩手前のレベルで高い。
しかし、黒贄礼太郎やダンテ、紺授の薬で垣間見た未来で観測された、<新宿>の聖杯戦争を管理運営するルーラーなど。
鈴仙がこの聖杯戦争に参加しているサーヴァントの中で、明白に『強い』と断言出来る者達は皆、その強さを裏打ちするだけのステータスの高さをしっかりと持っていた。

 確信を持って言える。幻十の強さは、黒贄やダンテ、<新宿>のルーラーなど。名立たるサーヴァント達に、全く引けを取らない。
それだけの強さを持ちながら、幻十のステータスは平凡なそれ。サーヴァントの出力に相当するステータスを、彼は、純粋な妖糸の技量でカバーしている。
いや、し過ぎているというべきか。貴重なデータである。この聖杯戦争において、ステータス上の強さは然したる重みを持たない。
それが鈴仙が知れたと言う点で、この戦いは、重要な転換点のようにも思えるのだ。……問題は、だ。

 ――生きて帰れるのかしら、これ――

 それであった。データを得られた、と言っても、生きてこの場から帰る事が出来ねば、何らの意味も持たないのである。
データを抱いて死亡した、と言う死に方は誰も評価しない。次に繋げられないデータなど、散文以下の意味しか持たないからだ。
鈴仙だけなら、この場から逃げ果せる事も出来たかも知れない。塞に、北上。この二人も無事でとなると、鈴仙の処理能力の限界を超える。
今戦っている部屋から一歩、別の室内に移動しようものなら、千を越え万にも届く本数の殺線が忽ち塞と北上を血色の塵へと還してしまう。
この場で幻十を倒すか、そのマスターを葬るしか手立てはもうない。そのマスターも探したい所であるが、自身の能力を敵マスター捜索に充てる余裕すら鈴仙にはない。
全霊を以って、幻十の対応に当たらねば、死ぬからである。己の能力の全リソースを、この戦いに集中させねば、本当に拙い相手なのだった。

 幻十と目を合わせる鈴仙。彼女の瞳が妖しく、紅色に爛と光った。
瞬間、強烈な精神の振幅が、幻十の心に叩き込まれる。波長を操る能力の、応用の一つだ。感情とは精神と言う水面に沸き起こる『波』である。
その長短大小を意のままに操る鈴仙は、相手の精神を狂気に蝕ませる事や、躁鬱状態に叩き落す事をも得意とする。
今幻十に叩き込んだ振幅は、ずば抜けて短いリズムのそれ。波長が長いと暢気になり、短いと短気になる。
鈴仙が放ったこの振幅に直撃して、正気を保てる者はいない。些細な事で相手は怒るようになる。
缶のプルタブを開ける音で激昂し、炭酸が弾ける音に目くじらを立て、床に落ちている髪の毛一本にすら正気を保てなくなる、等。
日常生活を送る事が不可能なレベルで、怒気に心が支配され、まともな判断力を失う――狂気に魅入られた状態となる。今の幻十が、正しくそうなのだ。

 光の波長を操作し、自分と全く同じ似姿と服装の分身を数十体、展開させる鈴仙。
ある個体は空に浮かび、ある個体は床の上に膝立ちや立ち姿勢のまま配置され、それら分身が全員、指先から紅色の弾丸を幻十目掛けて集中砲火する。
分身は実際に質量を伴った存在ではなく、光の屈折率や音波などを操って生み出した幻覚であり、これら幻覚が実際に弾丸を放っている訳ではない。
鈴仙が弾丸を、分身が佇んでいる位置と重ね合わせるように配置させ、それを放っているだけに過ぎない。分身による波状攻撃ですらない、が。
今の幻十の精神状況ならこの状況でもう、脳の処理能力の限界を迎える筈である。ほんの些細な音ですら激怒するレベルの精神状況なのだ。今のこの状況では激怒を通り越して、怒るという精神の発露すら忘れる状況である。棒立ちの状態から、弾丸がサンドバッグみたいに叩き込まれる……手筈だったのだ。

631第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:43:57 ID:9BYkc5.o0
「悪いが、つまらないよ」

 幻十が片腕を指揮者宛らに上げたその時、鈴仙が展開させていた全ての分身が、平均して八九〇〇〜一二〇〇〇程の破片へと分割され、煙を立てて消えて行く。 
妖糸である。幻十の操る魔糸が、彼の殺意を乗せて鈴仙の弄したトリックを、放った弾丸ごと全て切り裂き破壊して見せたのだ。

「うそっ――」

 鈴仙がそう口にしたのと同じタイミングで、熱いものが彼女の左脇腹を駆け抜けた。
何が、と思い波長を以って熱さの源泉を探った瞬間、その感覚はただの熱から、熱と湿り気を帯びた極限域の激痛へと変化した。
見るまでもない、妖糸で、脇腹を斬られた。鈴仙の纏う制服が、褪紅色に濡れる。激しく動けば、内臓が零れ落ちんばかりの深さであった。

 痛みを伝える電気信号を、能力でシャットアウトさせ、行動する上で支障となる激痛を無効化させる鈴仙。
その後で、傷口に微細な振動を流し込み、内臓が、外へと零れ落ちる事を防いだ。傷口はこれで開くまい。
冷たい脂汗を流しながら、幻十の方を睨みつける鈴仙。涼しい顔をして、幻十は微笑みを浮べていた。
女の胸を恋慕に焦がす魅力を秘めたその笑みにはしかし、隠しても隠し切れぬ悪魔の喜悦が混じっている。或いは、足を挫いて動けなくなった草食獣でも、目の当たりにした肉食獣の笑みか。

 鈴仙の放った精神攻撃に、幻十は直撃した。受けながらも、通用しなかったのだ。
塵になった状態から復活出来る再生力や、砲弾すら弾き返す防御力を誇ろうが、身体ではなく心に作用する精神攻撃の都合上、それらの肉体的長所は何の意味も持たない。
しかし逆に言えば、精神攻撃は、その攻撃対象の心が達していれば意味がない。しかも肉体を全く害さない攻撃である為、相手の行動力にも影響が出ないので、
状況次第では何の役にも立たない手法に成り下がってしまうのだ。正しく、今の幻十のようにだ。

「魔界都市の魔人に、心を掻き乱す術は通用しない」

 幻十の生きた、真なる魔界都市である<新宿>は、この宇宙を貫く、既存の如何なる摂理もが通用しないカオスの坩堝であった。
滅びた筈の生物が、跳梁する。剪定された筈の世界の一部が、息を吹き返す。隠れた筈の神々や獣が、顔を出す。
<新宿>に於いて常識は砂の白のように脆く儚い概念だ。そして、絶対と呼べるものがなに一つとして存在しない街だ。
<新宿>に於いて絶対であるものを唯一上げるとするならば、法も摂理もこの街では絶対足りえないと言う事実と、自由こそがこの街の全てだと言う点であろう。

 自由と混沌、そして悪徳と狂気。それらが高い次元で融合したあの街で、人の精神を保ったまま生きて行く事など出来はしない。
あの街に生きる者は皆、人としての心を捨ててなければならない。それこそが、魔界で生きる上で最も肝要な事であったのだ。
魔界都市が孕む狂気と、魔。その具現とも言うべき魔人・浪蘭幻十が。腱や筋の一本に至るまで、魔界の精髄とも言うべきこの男の、
悪逆と言う概念そのものであるその性根の波長を操る事など、例え鈴仙であっても不可能であったのだ。何故ならば、幻十の心は――鈴仙が波長を操るまでもなく、既に狂っていたのであるから。

「さて、今一度、言っておこうかな」

 右腕を、鈴仙達の方に伸ばして、幻十は言った。

「君達の命は、僕の糸に絡まれて在る」

「――いやぁ、そう言う事もないんじゃない?」

 カッ、と。突如として響き渡ったその声に、誰よりも反応したのは、浪蘭幻十その人であった。
声がした方向を、幻十が振り返ると同時に、今まで鈴仙達の行動の自由を著しく阻害していた、部屋の外に張り巡らされていたチタン妖糸の全てが、
糸としての体裁を保てなくなるレベルにまで分割され、無害化されてしまったのだ!!
これ幸いと言わんばかりに、鈴仙は精神を安定させる強烈な波動を塞と北上に叩き込み、この部屋からの脱出を促す。
幻十と今の状況で戦うのは極めて危険だ、この場から無様にでも良いから逃走する、と言う選択を鈴仙は選んだのだ。
その意を汲んだ塞が、急いで部屋の外へと駆け出す。やや遅れて北上も、鈴仙の先導に従って走り去ろうとする塞の後を追った。

 幻十の意識を引いた声の聞こえてきた方向に、鈴仙は意識を向けなかった。向ける事が、怖かったからだ。
何故ならば――その声もまた、幻十と同じように、波長ですらも美しい声であったからだ。

632第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:44:43 ID:9BYkc5.o0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 幻十の美を、人々を誘惑する為に億万年の月日を費やして来た悪魔が得た、魔性の精髄たる美とするのなら。
幻十の後ろに佇んでいた、黒いロングコートの男の美は、人々を導き癒す為に神が生み出した、天使の美と言えるだろう。
互いに、人界には存在し得ない、異界の美の持ち主であるが、その美には明白な違いがあるのだ。
幻十の美は女のみならず男すらも蟲惑する危険な色香を纏っているのに対し、ロングコートの男の方は、春風駘蕩。春の日差しのような柔らかい美を感じ取る事が出来た。

「おひさ」

 微笑みを浮かべ、手を振る男。人界外の美の持ち主とは思えない、その気さくな態度に、幻十は怒りや不快さに顔を歪ませるでもなく。困ったような笑みを零した。

「月並みな挨拶だが……久しぶりだな。せつら」

「いやぁ、何年振りだ? 僕がお前を殺してから結構経った気がするが」

 さも当たり前の風に、男は、とんでもない事を口にした。
幻十を、殺した? この、魔界都市を象徴する魔人の一人を、この男が? 
ぽーっ、とした態度を隠しもせず、草原に寝転がれば空を流れる雲の動きを何時間でも眺めていそうな、この暢気そうな美男子が、幻十を殺したと言うのか?

「俺にも正確な時間は解らん。流れた時間の長短も、もしかしたら意味がないのかもな。ただ、久しいと言う感覚だけが、俺の中にあるだけだ」

 そして、幻十は目の前の男の言った事を、一切否定しない。暗に事実と認めている。
その通り。知己とでも接するが如き、砕けた様子で話をしているこの男こそが、幻十が終生のライバルと認める男。
自分に妖糸の技を教えた男であり、やがては斬り合い殺しあう関係に至る者。そして、その関係に終止符を打ち、幻十の首を断った、魔界都市その物の魔人。

 ――秋せつら。
あらゆる失せ物を探し当てる、西新宿のシャーロック・ホームズ。<新宿>に舞い降りた、死を齎す天使。敵対する者全てを切り裂く、破壊神。その麗しの姿を今、幻十は目の当たりにしている。

「地獄はどうだった? 楽しい?」

 旅行先から帰ってきた友人に、その場所の感想を求める風な態度で、せつらが言った。
幻十の命を奪った男は、この魔人が天国には断じて向かえず、向かう先は地獄以外に存在しないと思い込んでいる事の証左でもある。
失礼を通り越して無礼極まる発言であったが、幻十は、やはり笑みを浮べるだけだった。

「面白みの欠片もない」

 肩を竦めて、幻十が返す。

「VIP待遇か何かは知らないが、向こうも俺の扱いには困るみたいでね。針山だろうが血の池だろうが受けて立とうとは思っていたが……結局やられた事は、退屈責めさ」

「ははぁ、それは困るな。僕も何れは厄介になる所だと思ったが、この様子じゃ<新宿>の方がマシみてーだな」

「正しすぎるな。魔界都市の住民に責め苦を与えるには、設備投資が足りなさ過ぎる」

 そこで両者とも、意味深な微笑みを浮べた後、やはり、示し合わせたようなタイミングで、ほう、と一息吐く。

「聖杯戦争は上手くやってるか?」

 切り出したのは、幻十だった。

「散々だね」

 間をそれ程置かず、せつらが言った。
その言葉を終えたのと、この部屋まで来るのに用いたルートを、辿るように戻り始めたのは同じタイミングの事だった。
せつらの背中を、幻十が追う。せつらの艶やかな歩みと同じような、ゆっくりとした速度で。

633第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:44:59 ID:9BYkc5.o0
「見知った藪は相変わらず捻くれてるし、お前はいるし、敵には一人逃げられるし、良くない事だらけだ」

「幼馴染には相変わらず手厳しいなお前は。……それよりも、逃げられた? お前が、か」

「まぁな。勝ち星なしの、惨めな負け犬さ」

 絵画がまだ残っている回廊を歩きながら、僅かな驚きに彩られた表情で幻十が言った。
せつらが、敵を逃した。その事実は幻十に驚きを与えるのに十分過ぎる程の威力を持っていた。
冗談でも何でもなく、幻十はせつらであるのならば、本戦が始まってから現在まで数体のサーヴァントを葬っているのだと、本気で思っていたのだ。
サーヴァントとの戦いに直面したら、せつらはきっと、『あの人格』になって戦っているだろう事は想像に難くない。
“私”のせつらを相手に、五体無事でいられる可能性があるサーヴァントなど、この<新宿>に於いては、自分か、魔界医師。そして、あのルーラーのサーヴァントだけ。
幻十はそんな確信を持っていたのだが……まさか現実には、一体も倒せていなかったとは。

 ――聖杯戦争……か――

 魔界都市を嘯く<新宿>に集う、サーヴァント達。
成程、如何な次元時空から寄せ集めたのかは知らないが、粒は揃っているらしい。幻十は事ここに至って考えを改めた。
聖杯戦争の舞台となっているこの<新宿>に於いて、最強の座に在ると幻十が信じているサーヴァントですら、苦戦する相手がいる。
その事実を認識出来た事は、非常に大きな収穫であった。

「んで、お前の方は如何なんだ? 幻十」

「実は俺の方も芳しいとは言えなくてな。逃がした魚の数ならば、お前の四倍以上だ」

「おいおい、僕の教えた糸の技は何だったんだ? これじゃ、あやとりからやり直しだぜ幻十」

「耳が痛いな」 

 これについては、返す言葉も幻十にはない。
浪蘭棺による教育がまだまだ不十分であるとは言え、敵を幻十は余りにもリリースし過ぎていた。
これはせつらのみならず、マスターであるマーガレットからも指摘されている点だ。……勿論、このまま終わるつもりは、幻十には毛頭ないのだが。

「聖杯戦争に対する意識の低さが、そのまま表れているのかもな。俺も聖杯に対して意欲を見せれば、少しは変われるかな」

「欲しいの? 聖杯」

 幻十が、少しだけ黙った。

「お前の命に比べれば、大した価値はない。せつら」

「僕の命を奪った後なら?」

 笑みを零した。邪悪な、笑みだった。

「事物にするのも考えてやっても良い、って所さ」

「はぁ」

 気の抜ける、せつらの返事だった。

「『封印』の時と言い、今回の聖杯と言い。お前も胡散臭い品を欲しがるな。よくそれで、怪しい投資信託のセミナーには引っ掛かんなかったよ」

「興味がない訳じゃない。何でも願いが叶う、と言う部分が本当ならな。お前は如何なんだ、せつら」

「僕は興味はない」

 やはりな、と幻十は思う。
聖杯の所在よりも、せんべいを焼く為の質の良いうるち米を安く仕入れられるルートの方が、興味のある男だ。聖杯なんて目もくれない事は、解っていた。

「但し――マスターの方が興味があるな」

 ……せつらの、マスター。
考えて見れば、当たり前の話だった。『サーヴァントである以上、それを御す為のマスター』がいる。
今の今までずっと、せつらのみを警戒してきた幻十であったが、そのせつらを操るマスターについては、全く興味を抱いていなかった。
これは失念と言う言葉では足りない、失態とも言うべきミスである。幻十を御すマスターは、あらゆる意味で規格外の怪物である。
その幻十以上の強さを持つせつらを御すマスターが、桁外れの存在である事は、容易に想像出来る。俄然、興味が湧いてきた。

634第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:45:19 ID:9BYkc5.o0
「お前のマスターは何者だ、せつら」

「おーっと守秘義務。クライアントのプライバシーは第三者に明かさないものだよ、幻十」

 予測出来た返事。

「――人間か? そのマスターは」

「人間さ」

 この短いやり取りで幻十は、せつらのマスターが人間を逸脱した何かを持つ存在である事は理解した。
人間か? 幻十がそう問うたのならば、常のせつらであれば『当たり前だろ』とか、『解りきった事を言うなよ』、とか。
何かしらの小言を付け加える。それが、今回はなかった。その微妙な機微が、くさい。間違いなく、せつらのマスターには、守秘義務を貫くだけの秘密があるのだ。

「ま、これはちょっとした愚痴だが、聖杯に縋ると言うのも、溺れる者は何やら掴む、って感じで僕は好きじゃない。弱みに付け込むみたいじゃないか」

「それでも、求める価値はある」

「しょうもない品だったら如何するよ? 犬の鳴き声がワンからツーになったりするだけかも知れんぜ?」

「それでも、俺は構わない」

 声音は、いつもの調子だった。
しかし、今回の言葉には、『美しい』と言う響きだけがあったのではない。聞く者が聞けば、解るだろう。
今の幻十の言葉に、僅かながらの殺意が含まれていたと言う事実に。

 気付いた時には、せつらと幻十。二人の美魔人は、絵画館内部の、中央大広間に出ていた。
この大広間もまた、この聖徳記念絵画館の目玉となる名所の一つである。
大理石とモザイクタイルを敷き詰めて幾何学的な文様を表した綺麗な床や、壁面に取り付けられた色変わりした見事な大理石。
そして、同じく壁面と、遥か頭上の天井部分にも、西欧風のモティーフを施した石膏彫刻が、この部屋の広さと美観とに、絶妙な和を保って施されていた。

 大広間の中央付近にまで歩いて行く魔人二人。採光ガラスから溢れる、夏の<新宿>の日差しが、せつらと幻十の白貌を麗爛に染め上げる。
陽の光ですら、二名の従者であるかのようだ。この聖徳記念絵画館の大広間の見事な内装は勿論、星々の君主たる太陽ですら。
この世ならざる美の持ち主であるところの、せつらと幻十の存在感を美しいと言う形で浮き彫りにするだけの、付随物でしかなかった。

「俺が求めた魔界都市のデッドコピーの如きこの<新宿>で、聖杯戦争が開かれている以上……せつら。お前が招かれているだろう事は考えないでも解った」

「お前が思っているよりもずっと、この街は魔界だよ幻十。根っこのところから、まともな都市じゃあない」

「そんな事は解っている。コピーである、と言う点が気に食わん」

「それ言われちゃどうしようもないな」

 振り返るせつら。いつものように、のほほんとした表情であった。

「<亀裂>の刻まれた<新宿>がある以上、せつらよ。お前の姿がこの街にないのは、嘘だ」

「熱いアプローチだな。僕にお熱な厄介者なんて一人でも嫌だってのに、二人になんて増えられたら困るってもんじゃない」

 はぁ、と本気の溜息を吐いてから、せつらは幻十を見据えた。惚けた表情とは裏腹に――瞳だけが、異様に冷たい輝きを秘めていた。

「地獄の底で、お前の得た結論を聞かせて貰おうか」

「お前の首が欲しい」

 再び、溜息。せつらだった。

「暇が過ぎると人間はロクな事を考えないらしいな。面白い返事を期待した僕が馬鹿だった」

「お前の首以上に価値のあるものがこの街にあるのか? せつら。お前の首……星一つを天秤にかけてもなお、足りないぞ」

 インバネスの両ポケットに入れていた繊手を抜きながら、幻十は言葉を続ける。

「先程の、聖杯に価値を見出していないと言う俺の言葉は真実だと誓おう。お前の首だけが、今は欲しいのだ」

「へえ」

 せつらは今も、ポケットに手を入れたままだった。

635第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:45:33 ID:9BYkc5.o0
「……お前が。他の有象無象共に敗れると言う結果だけは、俺には許容出来ん。せつら、お前は俺の獲物だ」

「その言葉は、僕との腐れ縁としてかい? それとも、糸の師匠としてか?」

「双方共に正しい。そして其処に……嘗てあの街で育った者として、と言う言葉も絡む」

 押し黙る二人。陽が翳り、大広間から陽光が消えた。
施設内に設置された照明器具の、人工的な光だけが二人を照らす。その光ですらも、何処か薄暗く、褪せて見える。
せつらと、幻十。美の閾値の究極点たる二名がその場にいるのだ。光ですらも、恥じて闇の彼方へと消え失せようと言う物だった。

「“私”になれ、せつら」

 有無を言わさぬ強い語調で、幻十が言った。
鉄のように重い言葉である。幻十の、万斛たる強い思念が一句一句に篭っていた。

「『僕』何て甘っちょろい人格で俺に勝てると思うな。せつら。俺に糸を教えた、あの恐るべき魔人の人格を出せ」

「――もうなっている」

 その言葉を聞いた瞬間、凄い速度で幻十は腕を交差して構えた。
対するせつらの方は、両の腕を水平に伸ばす、と言う独特の構えを取っていた。

 せつらの姿は、何も変わっていない。
相手の容姿を褒め称える為に、この世に用意された遍く言葉。
それらの言葉全ての容量を集めても尚、せつらと幻十の美の奔騰の前では、コップに大海の水を注ぎ込むようなもの。
せつらの服装も、その美貌も。先刻と全く変わっていない――筈なのに。幻十は勿論、誰もが一つの事実を認識出来る事だろう。

 せつらが、変わった。
人格のみならず、魂までもがそっくりそのまま別のものに置換されたのではないかと、思う程に、今のせつらは人が違っていた。
放つ気風が、違う。それまでの、ともすれば聖杯戦争の舞台からは浮いているとしか思えない程暢気な雰囲気が、刃の如く鋭く冷たい殺意で漲っているのだ。
表情もまた、死その物のように冷たい。人間的な感情の起伏を、まるで感じないのだ。ただ、目の前の存在を葬る。
その強い意思だけで、今のせつらの感情は構成されており、その意思が表情に如実に表れている。やろう、なろう。そう思って、至れる境地ではない。
せつらに、死神が宿った。そうと言われても、誰もが納得するところであろう。事実、今のせつらは死神だった。幻十も、強くそう思っている。
そうだ、このせつらを倒してこそ、なのだ。幻十が掛け値なしの最強と認める、魔界都市の魔人の一人。この聖杯戦争において、幻十が最も価値の重きを置く仇敵。その男の中に眠る、死の具現が今目覚めたのである。

「“私”と会ったな、幻十」

「会いたかったのだよ、せつら」

 双方共に、互いの武器の事は知り尽くしている。
勝敗を決するのは単純に、妖糸を操るその技量。たったそれだけだ。

「修行の程を見てやろう。来い」

「ああ」

 其処で、両名の腕は、黒色の風となって消滅し始めたのだった。

636第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:45:47 ID:9BYkc5.o0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 それは、達者の手によって見事な舞踊を披露する影絵のようであった。
それは、春の野の花畑を中睦まじく飛び回る黒いアゲハの戯れのようでもあった。
それは――墨を吸わせたローブを纏った、世にも恐るべき悪魔か死神の舞踏会のようでもあった。

 せつらと幻十の動きを見て、それが『戦い』にカテゴライズされるものであるなど、果たして誰が思えようか? 
影ですらが美しい男達が軽やかなステップを刻み、時に虚空目掛けて腕を素早く動かしたり、ピアノの奏者のイメージトレーニングのように指を空中に滑らせたり。
ともすれば二人は、一つの踊りの演目を協力して披露しているようにしか見えないのだ。
動きは出鱈目なそれではない。これもまた素人が見ても解る事だが、何かしらの法則によって身体を動かしているのだと、一目で理解出来てしまうのだ。この点も、二人が奇妙な舞踏に励んでいる風に見える原因になっていた。

 だが、せつらと幻十の動きを、戦闘行為のそれだと結び付ける事は、かなり困難な事であった。
両者が何を用いて、互いの身体を害そうとしているのか? その要となる得物が見えないからだ。
その通り、両名の操る武器は、正しく『見えない』事にこそ、その本懐がある。
大きさにして1/1000マイクロメートル、つまりナノの領域に在るチタン妖糸は、目で見る事は勿論肌に直に触れていても、そうと解らない程些細な物なのだ。
素人が操った所で、この糸は屑糸である。妖糸という大層な名前で呼ばれるにも値しない、過ぎた玩具にしかならない。
せつらと、幻十。異界から現世に零れ落ちたとしか思えない、絢美の象徴たるこの二名によって操られて初めて、見る事も操る事もかなわないこの糸は、『妖糸』と呼ばわれるに相応しい必殺の線条と化すのである。

 そして、二人が用いる武器の姿が見えてしまえば、人は思うだろう。彼らの戦いには、断じて首を突っ込んではならないと。
彼らとやがて戦う運命に在る戦士達は、自ら命を果てる道を躊躇いなく選ぶだろう。何を考えても、勝てる展望が浮かばないからだ。

 圧縮された鋼の塊ですら、熱した泥の如く切断する致死の魔糸が、せつらと幻十の周囲をめまぐるしく旋回する。
糸は一本だけ動いている訳ではなく、無数。それも百や千ではない。万にも届こうかと言う数の糸が、つむじ風か荒波のように、二名の美しい体を切り刻まんと迫るのだ。
上下左右からは勿論、床下からバネ仕掛けみたいに跳ね上がって襲い掛かる糸もある。しかし、その全てが、せつらと幻十の身体から逸れて行く。
彼らの身体を傷物にすると言う事は、美の神の不興を買う事も同義。それを恐れてか、糸が自らの意思で逸れているのだ。そうと説明されても、万民は納得しよう。
しかし、実際チタンの殺糸が二人の身体を逸れるのは、迫る糸以上の技量で、せつらと幻十が妖糸を動かして対応しているからに他ならない。
無数の糸を、同じく、無数の糸であやし、躱す。行う事は、不可能に等しい程の神技だ。何せ糸は、ナノメートル。見えないのだ。
見えず、しかし、触れれば忽ち死を与える数万の断線に、せつらと幻十は一部の狂いもなく対応し、それを回避するのだ。これ以上の神技が、果たしてこの地に在ろうか。

 数万の妖糸で構成された、糸の壁が、大理石の床からグワリと起き上がり、幻十を包み込もうとする。
勿論、常人には糸の一本を視認する事だって出来ないし、そもそもその糸が無数にこより合わさって壁を構成している事すら認識出来ない。
不可視に近い小ささの糸で出来ている以上、それによって編まれた壁だって、目に見えない。当然の話だった。
しかし、幼年からナノの魔糸と付き合ってきた幻十には、壁が見えていた。それは、自分に迫る命の危機を理解している事とイコールであった。
何故なら、その壁に触れようものなら、霊基が粉微塵に斬り刻まれるからだ。靴先に力を込め、キッ、と。床との摩擦音を生じさせる幻十。
それと同時に、幻十の足元に蜘蛛の巣状に展開されていた糸がうねり、竜巻みたいに彼と糸壁の間に立ち昇った。何も、糸を操る為の部位は手指だけじゃない。
幻十とせつら。彼ら程の術者ともなれば、足の指やコートの裾、果ては舌や睫の動きでも、糸を操る事が出来るのだ。靴先でこのような芸当を起こす事は、幻十にとって造作もない。

 糸の竜巻に、壁が巻き取られる。如何に壁を編んだと言っても、それを形作っているのは糸だ。
絡め取られもするし、巻き取られもする。当然、それには尋常ならざる技術が必要になるのだが。幻十は、その技術の要諦を満たしていた。
だから出来る。殺戮の妖糸を、己の妖糸で絡め、無効化するこの技が。

637第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:46:02 ID:9BYkc5.o0
 幻十の目が驚愕に見開かれたのは、次の瞬間だった。
彼自身が生み出した糸の竜巻から、一本の不自然な妖糸が幻十向かって伸びて来たのだ。糸竜巻によって勢いを殺がれた糸の一本が、だらしなく飛来して来た……訳ではない。
それは、音速の数倍と言う、殺意に余りにも満ち満ちた速度で幻十の首へと一直線に、迷いもなく伸びてきているのだ。
小指を動かす幻十。小指の爪に巻きついた一本の糸が、こちらに向かって飛来する妖糸と全く同じ速度で、伸び始めた。
チンッ、と。微かな金属音が響いたと同時に、確かに、橙色の小さい火花が空中に弾けた。誰が、信じられよう。それは、幻十の糸と、竜巻から伸びて来た殺意の妖糸が、糸の先端どうしで衝突した際に起こった現象だったのだ。

「――ほう」

 せつらが、嘆息したような声を漏らす。この防がれ方は、想像してなかったらしい。

「今の一撃で、お前を仕留めるつもりだったが、そうはならなかった。腕を上げたな、幻十」

「お褒めに与り光栄だ。地獄で退屈していた甲斐があった。お前も学んで来ると良い、せつら」

 右小指を微かに動かす幻十。幻十の技を知らぬ者が見れば、疲労で指が痙攣しているようにしか見えなかったろう。
しかし、その引き攣りとしか誤解されかねないようなかすかな動きにすら、技術の精髄が詰まっている。
その精髄を証明するものが、せつらの足元でだらしなく弛緩し、散乱していたチタン妖糸の糸くずである。
見るが良い、最早殺意も、幻十の持つ超常の技量を必殺の威力と言う形で対象に伝えるべくもないその糸くずが、意思を持ったバネ人形の如くに跳ね上がり、
せつらの下へと殺到して行くのだ!! 幻十の小指の動きに呼応するように、その指の爪先に巻きつけられた一本のチタン妖糸。それが地面に超高速で叩き付けられた事によって、メンコの要領で糸屑共は巻き上がったのだ。鋼を斬り断つ威力をそのままに、せつらの身体にそれらは迫る。

「その程度の腕では地獄に逝ってやれん」

 言ってせつらは、纏う黒いコートをはためかせ、迫る糸片を全て跳ね除けてしまう。
この世に、幻十の操る魔糸を防ぐ衣類はない。況や、せつらの羽織る、メフィストの手によりて作られた特注の黒コートをおいておや。
糸の技に通ずる者が見れば、悟るだろう。せつらのコートの上に葉脈めいて走る、幾本ものチタン妖糸が。これが、防御の役割を果たしているのだ。この状態のせつらのコートは、近接戦闘に通暁したサーヴァントの攻撃ですら無効化する程の堅牢さを得ている。

「ふむ……」

 佇むせつらを見て、幻十が思案する。
顎に手を当て、遠くを見るような目で何かを眺めるその姿は、どんな風景に在っても幻十自身の美を浮き彫りにし、浪蘭幻十と言うキャラクターを浮かせてしまう異質さに溢れていた。

「せつら、此処はどうも空気が悪い。換気をして良いか?」

「止めはしない」

「それじゃ――遠慮なく」

 刹那、大広間全体に、溝が生じた。
ただの溝ではない。ナノマイクロの細さの溝だ。それが、四方全ての大理石の壁や、天井部全域に至るまで。瞬きよりも遥かに早い速度で、縦横無尽に刻まれ始めたのだ。
そして、その溝から壁や天井がズレて行き――壁は礫に、天井は瓦礫となって、幻十とせつら目掛けて雨の如く、崩れて降り注ぐ。
いや、崩れているのはこの大広間だけじゃない。この建物だ。此処、聖徳記念絵画館と言う建造物全てを、幻十の魔線が細切れに切り刻んだのである。

 両名とも、腕を動かすタイミングが、示し合わせたように同じだった。
腕の動きが、滑らかで美しい曲線を描く。そして、その行為に追随するように、幾千本ものチタン妖糸が艶かしく動く。
主の敵を、斬り殺す。糸の持つ動きの意味とは、正しくそれであった。

638第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:46:30 ID:9BYkc5.o0
 空中に火花が散る。触れれば海すら割る威力の妖糸どうしが、ぶつかり合った時に生じたものだ。
何もない空間で明滅する、橙や青、白い色の火花は、それ自体が幻想的な風情を持ち、見る者に妖精の世界の産物を想起させる力があった。
しかし一方で、破滅的なイメージを想起させる現象が起こっているのも、事実である。何故ならば今、幻十の妖糸によって現在進行形でこの絵画館は崩落しているのだから。
重さにして数百kgにもなろうかと言う、建材の瓦礫や鉄筋が、凄い速度でせつらと幻十目掛けて落下して来ているのだ。
尤も、この程度の瓦礫で命を奪われる魔人ではない。直ぐに彼らは、回避行動に移った。

 せつらは右、幻十は左に、ステップを刻む。
それは、脳天目掛けて落下している瓦礫を躱す意味もあったが、同時に、攻撃の意味もあった。
ステップを刻む為に、靴で地面を蹴ると、その動きを契機に、糸が音速を超過する速度で互いに迫って行く。
迫らせた妖糸の数は、両名共に同じ、二〇〇本。直撃すれば体中の急所を貫かれ、即死へと至る。
しかし、現実にはそうはならなかった。チンッ、と言う音が鳴り響くと同時に、せつらと幻十。両者から見て数m前方の空間で、火花が散ったのである。
互いに放った妖糸が、敵対者を貫くと言う所残り数mで、せつらと幻十が攻撃に用いた糸とは別に展開させていた妖糸。それらが、自分を害する攻撃を跳ね除けた時に生じた火花であった。

 雨か霰か、と言う勢いで降り注ぐ雨を、まるで幽霊の舞踊の様に、スルリスルリと避けて行くせつら、幻十。
避けながらも、彼らは相手を攻撃する事を忘れない。瓦礫を避けながら、指や腕、足を動かす事で妖糸を操り、必殺の魔糸を殺到させる。
体の動きを契機に、妖糸を動かす。それだけならば、不思議はない。だが、真に驚くべきなのは、『地上に落ちた瓦礫の衝撃をも利用している事』。
重量にして、数百kgは下るまい瓦礫を、幻十は後ろにステップを刻んで回避する。当然、地上に瓦礫がぶつかり、砕け散る。その時の衝撃が、トリガーとなった。
地上に張り巡らせていた糸が、瓦礫の激突と同時に、激流の如き勢いでせつら目掛けて四方八方のあらゆる方向から向かい始めたのである!!
しかし、せつらは、幻十がそうやって糸を動かすであろう事を読んでいた。せつらは、今まさに自分の右肩へと落ちるであろう瓦礫を糸で四分割させ、危難を回避する。
いや……危機を避ける為に、瓦礫を壊したのではない。その瓦礫には、糸が無数に巻き付いていた。
その糸は、瓦礫が割断されたのと同時に、手榴弾の様にありとあらゆる方向へと伸びて行ったのだ。そして、その糸の向かう先には、幻十が放った殺戮の糸があった。
神技の何たるかを、軌道と切れ味を以って証明している互いの妖糸が、衝突する。チンッ、と言う音と同時に、青白い火花が方々で幾度も舞った。

 あちらこちらで生じていた、青白い、点状の明滅が終わった頃には、既に記念絵画館は消滅していた。
そしてこれと同時に、激しく繰り広げられていた妖糸どうしの攻防もまた、終わりを告げる。チタン妖糸の衝突によって弾ける火花が、なりを潜めたのだ。
換気と称して行った、幻十が妖糸操り。それによって、一個の巨大な建造物は微塵と刻まれ尽くされ、瓦礫の堆積となった。
広がる夏の青空の下、蒸篭の中の様に蒸し暑い空気の最中で、せつらはうんざりとした様子で口を開いた。

「やる事が雑すぎる」

 地面に散らばる瓦礫を一瞥してから、せつらが言う。瓦礫は、外部から強い衝撃を与えた事で生まれたと言うものではなかった。

 例えて言うなら、柔らかい果物を、よく研いだナイフで切ったように、鮮やかな切り口。
例えて言うなら、ざらざらとした木目や金属を、目の粗いヤスリから細かいヤスリで削り、滑らかな切断面。
一切の例外なく、せつらと幻十の足元に散らばる、嘗て記念絵画館であった物の成れの果ては、そんな風であったのだ。
幻十が斬ったものは、コンニャクでは断じてないのだ。岩石にも似た堅牢さの、建材なのだ。それを、斯様にして切断せしめる。
これを見て、雑な仕事だと判断出来るのは世にせつらだけであろう。只人が見ても、実に見事な、神技であるとしか認識出来まい。

639第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:46:44 ID:9BYkc5.o0
「お前の糸には繊細さが見られない。サーヴァントにでもなって腕が鈍ったかは知らないが、そんな技を教えた覚えは私にはない」

「行儀に気を配りながらでも勝てる相手なら、俺だってそうするさ」

 互いの動向に気を配り、牽制しながら、せつらと幻十は睨みあう。
現状の実力は、せつらの方に分配がある。幻十自身が、そう認めていた。
サーヴァントになった事による、せつらの実力の劣化は、幻十の目で見てもそうである、と認識が出来る程だ。
“私”の人格が操る妖糸であっても、その桎梏から逃れられていなかった。しかし、実力の劣化が生じているのは、幻十にしても同じ事。
元々の実力に差がある二人が、同じだけの数値分実力を差っ引かれれば、どちらが最終的に高い実力を持つ事になるかなど、言うまでもなく明らかだろう。
差っ引く前の実力が上だった方に、決まっている。サーヴァントになった事による実力の低下の度合いが、せつらも幻十も同じ位であると言うのなら、せつらの方が強い。当たり前の話だった。

 ――自分は此処で、死ぬか。
それだけの覚悟を、幻十は胸中に抱いていた。殺されたとて、無念を抱く相手ではない。
殺されたとしても、それを事実として受け入れられるだけの男、それが浪蘭幻十にとっての秋せつらだ。
生前のあの、ジョーカー染みた殺され方をされた瞬間ですら、幻十は『是非もなし』として死を受け入れていた程だ。
サーヴァントとしての今生でも、それは変わりない。変わりはしないが、むざむざ殺される事もしない。

 来るか。そう幻十が心中で構えた瞬間。
せつらの意識が、幻十の方から、他方に向いた。神宮球場。幻十が正真正銘の『魔界都市』として認識する<新宿>においては、特筆すべき所はなかった場所だ。

「……成程。お前を呼んだマスターは……そう言う事か」

 その言葉を認識した瞬間、幻十は目を見開いた。
幻十はせつらとの戦いに完全に集中する為、マスターであるマーガレットの動向を探り、監視する為の妖糸を伸ばしていなかった。
彼女の監視は、妖糸のたった一本で事足りる。その一本を、他者に割くのも惜しいと感じる程、せつらを認めている事の証だった。
しかし、せつらは違った。幻十との戦いに集中していながらも、他方に糸を伸ばすだけの余裕はしっかりと用意しており――そのゆとりを持っていながらなお、幻十と互角以上に渡り合えていたのだ。

 幻十を無視し、せつらは、球場の方に地を蹴って駆け出した。
追い縋ろうと幻十も走り出すが、せつらが小指を動かしたその瞬間、幻十が生み出した絵画館の瓦礫を、また更に細かく割断しながら。
瓦礫の下に埋もれていた――埋もれさせていた――せつらの妖糸が跳ね上がり、幻十を包み込もうと迫る。無論、包み込まれてしまえば、幻十はその時点で挽肉だ。
邪魔だ、と言わんばかりに幻十は妖糸を操り、迫るせつらの糸の全てを逆に切断し返し、無力化させる。
ノーダメージであるがしかし、それを終えた頃には、宿敵の姿は何十mも先にまで遠ざかっていた。
幻十はせつらの事を倒すべき宿敵であると認識しているが、せつら自体には、幻十のプライオリティは低いらしい。此処まであっさり、自分をターゲットから外すとは幻十自身も思ってなかった。

 その事自体に怒りは覚えないが――マーガレットを狙われるのは拙い。
如何にサーヴァントに迫る強さを持っていたとしても、せつらに狙われては……。
このような決着は幻十としても望むべく物じゃない。幻十もまた、せつらの背を追った。
世にも美しい魔人の二人が消え去り、絵画館の在った跡地から、急激に光が褪せて、陰って行く。太陽の光を、厚い積乱雲が遮る様に、それは似ていた。
或いは世界は、安堵していたのかもしれない。二人の魔人を留め置くには、余りにも気を揉むからと。彼らの美しい姿が在ったと言う事実を名残惜しみつつも。本当は、安心していたのかもしれなかった。

640第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2019/04/11(木) 00:47:21 ID:9BYkc5.o0
投下を終了します
次回で今回の話を終わらせたいのと同時に、今年度は更新速度を上げたいですね

641名無しさん:2019/04/11(木) 01:09:07 ID:6WYm8czg0
投下乙です
別格の強さを誇る幻十相手に粘れただけでもうどんげは凄い
そして遂に再会した妖糸使いの二人。もしもせつらと幻十がまた戦ったら?という魔王伝のその後を見れるのはとても嬉しい

あっそうだ(唐突)。DMC5はシリーズの集大成に相応しい面白さなので是非プレイして、どうぞ(ダイマ)

642 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:33:51 ID:eP/lXdxU0
なんとオメオメ生きてました。
DMC5面白かったですけどバージルくんクソ女々しくなってましたね……。

投下します

643第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:34:08 ID:eP/lXdxU0
 攻撃を、避ける。
一対一、一対他を問わず。相手から与えられる害意であるところの、攻撃と言う危難を回避する為の行動は、基本中の基本である。
それはそうだ。命を賭した殺し合いに於いて、相手からの攻撃とは即ち、肉体の損壊は勿論、生命活動の終わり……死に直結するのだ。
好んで、受けるものではあり得ない。基本は、防ぎ、避けるものである。そしてこれは、戦士や武士であろうがなかろうが、想到出来るであろう、戦闘に於ける基本中の基本であろう。

 ――その基本に忠実になるだけで、強さの格が何ランクも跳ね上がる、デタラメなサーヴァント。
彼らは、そんな規格外極まる存在と、改めて剣を交えていた。

「うむぅ、攻撃が身体に当たってないと殺人鬼として落ち着かないですね……」

 上空から、壁に例えられる密度で降り注いで来る針の雨を、左腕で握った、引っこ抜いた十m長の電信柱を小枝の様に振るい、悉く砕いて行く黒贄。
……戯画的にも程がある光景であろうが、全て、事実のままの姿だった。高度数百m上空から、一秒の絶え間なく降り注ぐものは、パムが黒羽を変化させて作り上げた、
鯨髭の様に細い黒色の針であった。高度にして七〇〇m地点から落下している事による位置エネルギーも脅威だが、落下速度は音の十五倍。
数mの鉄壁ですら、超高速度で落下するこの針の前では豆腐も同然。人の身体で受ければその結果は語るに及ばず。
この恐るべき魔雨を、殺人鬼・黒贄礼太郎は、真実、電信柱を振るう事で防いでいた。
黒贄自身優れた体躯の持ち主だが、電柱とどちらの方が背丈が大きいかと聞かれれば、悩む時間は一秒と掛かるまい。
自身の何倍も大きい上に、数トンにも達そうかと言う重さをしたその得物をブン回し、針の雨を砕いて回っている。

 そして、その防御の為の行動がそっくりそのまま、攻撃にもなっていた。
音の速度で降り注ぐ針の雨。それに対応するには必然、防御に必要な反射神経も、それを行う行動の速度も。音速の世界に足を踏み入れてなければならない。
勿論、黒針のスコールを防ぎ切っている以上、黒贄の反射神経も、その神経から伝わる命令を受け取って実際に身体を動かす速度も、音速を超過する速度である。
その通り、黒贄は現在、重さ数トンを容易く越える電信柱を、音の速度で滅茶苦茶に振り回しているのだ。
質量あるものが、超音速で移動する。必然的に衝撃波が発生する。サーヴァントですら、おいそれと近付けぬ程の威力を内包した衝撃波が。
地面が抉れる、どころの話ではない。遠坂凛が令呪を用いて命令を下してから、まだ十秒しか経過していない。
その余りにも短い時間で、神宮球場の九割九分が壊滅。瓦礫と建材の堆積しか残っていないのだ。
ソニックブームの威力と、勢い余った電柱の命中。それによる副産物が、あの球場の残骸、成れの果てなのだ。

 衝撃波と、これを生む電信柱が、アレックスの接近を阻んでいる。アレックスは幾度も黒贄への接近を試みていたが、攻めあぐねているのは目で見ても明らかだ。
接近すれば衝撃波によって甚大なダメージを負う。衝撃波を生む電信柱に直撃すれば、末路は最早言うまでもない事だった。

 近付けない。アレックスの抱いた感想だ。
パムが行っている針の雨による攻撃は、黒贄のみを狙った攻撃ではない。アレックスと、ジョニィ。彼らもその攻撃の範囲内だ。
黒針の攻撃はご丁寧にも、パムの同盟相手であるレイン・ポゥと英純恋子は言うまでもなく、ジョニィのマスターであるジョナサンも正確に外している。
マスターを狙わないのは、強者の余裕か、それとも矜持か――或いは、制限を自らに課す事で戦いの楽しさを上げさせているのか。全てだろう、アレックスはそう考えた。
針自体は、容易く対処出来る。防御力を上昇させる魔術、悪魔の間ではラクカジャと呼ばれる魔術を重ね掛けし、身体に力を入れる事で、
アレックスは防御の構えを取らずともノーダメージで攻撃を防ぎきっていた。ジョニィの方はと言えば、ACT3による潜行を用い、針の驟雨から逃れている。
普段であれば、ACT3の爪弾によって発生する渦から腕を伸ばし、爪を放つところであるが、それすら出来ない程、針は絶え間なく降り注いでいる。逃げの一手しか、取れなかった。

「そりゃ」

 一際強い勢いで電信柱を振るう黒贄。生じたソニックブームが、針の雨を悉く砕いて行く――と、同時の事だった。
電柱が、粉微塵に、砕け散ったのである。成り行きとしては、自然なものだった。超音速を遥かに超える速度で飛来する物体を、受け続けていたのだ。
当然の話、防いだものにもダメージは蓄積する。要は、電柱は、柱としての形状を保てる限界の閾値を越えてしまったのだ。

644第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:34:29 ID:eP/lXdxU0
「ありゃりゃ」

 気の抜けた声だった。現状を認識しているのか、していないのか、解らない声音。
振るっていた得物がなくなったのと同時に、パムとアレックスが、全く同じタイミングで地を蹴り、黒贄目掛けて特攻する。
アレックスは空手で向かって行き、パムの方は、今まで黒贄の頭上に展開させていた黒針を降り注がせる暗雲を解除・変形、元の羽に千分の一秒で戻してから特攻した。
このバーサーカーの危険性の高さは、両名共に共有するところであるらしい。排除のプライオリティを、今此処にいるサーヴァントの誰よりも高く設定していた。

 黒贄の方へと真っ先に接近したのは、アレックスだった。
悪魔の膂力に、攻撃能力を上昇させる魔術であるタルカジャを乗せ、ミドルキックを黒贄目掛けて放つ。
ガシッ、と脛の辺りに圧迫感を感じるアレックス。防がれた――そうと認識したのと、切断されてない左手でアレックスの脛を掴んでいた光景を見たのは同時の事。

 グンッ、と。アレックスの視界が回転し、浮遊感をではなく、圧迫感、とも言うべき感覚が身体に叩き込まれた。
振り回されている。掴まれている右の脛を支点として、アレックスは、黒贄の手によって生きた武器と化させられていた。
先程の電柱の役割を、アレックスと言うサーヴァントで黒贄は果たしているのだ。滅茶苦茶な速度でアレックスを振り回し、接近するパムを彼でブン殴ろうとする。

「チッ!!」

 ブレーキを掛けて急停止を掛けるパム。寸でのところで、アレックスと激突する事だけは防いだ。
体感した事のない速度と、それによって肉体に掛かるGが、アレックスの身体を苛ませる。
ロケット花火の先端に括りつけられた、哀れな虫の気分を、彼はその身で味わっていた。
いい加減にしろ、と言わんばかりにアレックスは魔力を集中させ、金属すら消滅させる程の威力を内包した放電を行おうとする、が。
凄い勢いで、自分の身体が重力に逆らって上へ、上へと向かって行く感覚を今度は味わう事になった。黒贄に、放擲されたのだ。
黒贄は不穏な気配を察知したのか、アレックスを放り投げ、これから自分の身体に叩き込まれる筈だった放電を回避したのである。

 ――んの野郎……!!――

 と、アレックスが目を血走らせ、攻撃を放とうとする、が。
信じられない速度で地上にいる黒贄と自分の距離が、遠ざかっているのだ。
一秒立つ頃には、黒贄達の姿はもう見えなくなり、逆に崩壊した神宮球場と、サーヴァントの交戦によって跡形もなく消滅したと言う新国立競技場が、
よく見える――と言うより、鳥瞰出来るように、が正しい言い方か――ようになり……。
もう一秒経過する頃には、境界線をなぞるように<亀裂>が走っていると言う<新宿>の全貌が、一望出来る程の高さにまで放り出されていた。
怒りの感情が、驚愕に変わった瞬間だ。「あの野郎、どんな力で――!!」そう悪態を吐きながら、対策を急いで講ずるアレックス。
このまま行けば、大気圏外にまで放り出されかねない程の勢いとスピードであったからだ。

 一方、遥か数千m下の地上においては、パムと黒贄が激戦を繰り広げていた。
羽の一本を、底面の直径が二〇m程もある巨大ドリルに変形させ、それを黒贄目掛けて突き出すパム。
これを彼は、一分間で十万にも達するレベルの速度で回転するドリル目掛けて左手を伸ばし、回転するそれに力尽くで触れ――
指と手、手首の力だけで、回転を無理やり止める事で難なきを得た。回転が、完全に止まっている。
円錐状の形が、誰の目にも明らか――な話ではない。ドリルをドリル足らしめる、掘削の為の『ねじれ』の形すらつぶさに観察が出来るレベルであった。
猛速で回転するドリルに片腕で触れている上に、その回転に晒されていながら、黒贄の腕の筋繊維や、手首や肘・肩関節には、まるでダメージがない。
筋肉は断裂一つ起こしておらず、関節や骨格にはまるで破壊されている様子がない。リアリズムを徹底して無視した、埒外の腕力だった。

 グッとドリルを握る黒贄。
ムシャリ、と言う音を立てて、円錐状のドリルの先端部が、まるで食パンみたいにちぎり取られる。
むう、と唸るのはパムだ。当然の話、相手を確実に殺す為に、黒羽を変形させてパムが用意したものだ。生半な強度で設定している筈がない。
現に、この地球の中心角を包み込む、分厚い岩石で以って構成された多数の層(レイヤー)、その全てを紙みたいに貫けるだけの掘削力があった筈なのだ。
それが、これである。驚愕とか戦慄とか、そう言った感情を飛び越えて、苦笑いしか浮かばないパムだった。

645第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:34:44 ID:eP/lXdxU0
 パムの視界から、黒贄の姿が消えた。否、消えたのではない。
先端をちぎり取られるも、未だ円錐状のドリルとしての形を保っているそれの真下を、掻い潜れる程の低姿勢を維持し、突進してきているのだ。
自ら黒羽を変形させて作り上げた産物によって視界を遮られてしまっている事もそうだが、純粋に、黒贄の移動速度が速すぎる。
ただ左脚で地を蹴るだけで、易々音の速度を突破してくるのだ。二つの要因が重なった結果パムは、黒贄の姿を捉える事が遅れてしまった。

 黒贄がタックルを仕掛けてきた、と気付いた時には、彼はもう間合いに入っていた。タックルは通常、突進時の姿勢が低ければ低い程上等なものになる。
相手の足に腕や身体を絡めさせ、バランスを崩し、寝技(グラウンド)に持って行く事が目的であるからだ。
だが黒贄の場合は、寝技に持ち込まれる前に、音の速度で足に突進を仕掛けられるだけでも、もう既に脅威である。
それどころか、足を取られた瞬間、今度は足の方が先程のドリル同様ちぎり取られてもおかしくないだろう。無論、彼を相手にマウントを取られる事など論外。
パムですら、黒贄に馬乗りの状態にされたら生きているかどうか、と弱気になる位には、彼我の近接戦闘の脅威の度合いで水を空けられていた。
そう考えれば、普通は避けるなり、逃げるなりの手段を選ぶ筈だ。彼女は、選ばなかった。しかしそれは、無謀な勇気、つまり、蛮勇から来た選択ではなかった。

 漂わせていた黒羽を一枚、パムの胸部までを覆える程度の大きさの壁に変形させる。
但し、ただの壁じゃない。外側、つまり、黒贄と面する側に、乳児の腕ほどもあろう大きさの鋭い棘を携えた、いかにも、な壁である。
それを黒贄が認識した瞬間、逆に彼の方が、目にも留まらぬ速さで、飛びのいたのである。

「やはり、か」

 タッ、と。地に足つけた黒贄を見て、得心したようにパムが言う。
思った通りだ。絶対に、針を攻撃しないとパムは推察していたが、真実その通りになった。
パムも、そしてアレックスやジョニィ、レイン・ポゥも。黒贄礼太郎というサーヴァントがある日突然攻撃を、何の気なしに避ける事を選ぶようになった……。
などとは、断じて思っていない。パムよりも寧ろ、レイン・ポゥの方が、その実感を強く抱いている事だろう。

 凛が令呪を用いて下した命令。
『この場にいるサーヴァントの攻撃を避けながら戦え』、が生きているせいだ。
令呪を用いた命令は、そのサーヴァントにとって不可能事或いは、命令の内容が余りにも抽象的なものであればあるほど、効力が低下すると言う。
黒贄に下された命令は、実に単純。攻撃を避けると言うとても具体的な命令。その上に、令呪で下された命令は黒贄礼太郎にとって不可能でもなんでもない。
故に容易く、攻撃を回避する事が出来る。と言うより、アレだけの敏捷性と反射神経の持ち主で、攻撃を避け、受けに回らなかったのがパムにとっては不思議なぐらいだった。

 恐らくだが、生半な攻撃は全部、黒贄には回避されてしまうだろう。
速度を前面にだした、真っ直ぐで素直な軌道の攻撃は、簡単に避けられよう。十重二十重に工夫を凝らしたフェイントを織り交ぜた攻撃も、同じ結果を辿ろう。
当たり前の話だが、これは脅威である。此方の攻撃が当たらない、換言すれば、ダメージを与えられないのであるから、殺し合いを制する事が出来る筈がない。

646第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:35:03 ID:eP/lXdxU0
 確かに勝つのは難しくなった。しかし――『生きて此処から退散出来る可能性は、倍以上に跳ね上がった』。
今までの黒贄は、パムから見ても不気味だった。この世の生き物と、戦っている。そんな実感が湧かない程、気味の悪い生き物だった。
戦いの常識、理の一切から、黒贄が外れた戦いをするからだった。命にダイレクトに関わる部位、急所目掛けての攻撃を、避けない。
結果、戦いの趨勢に直に直結する部位を欠損する。それでも、戦う。五体満足だった時と同等、いやそれどころか、その時以上の動きで、此方を殺しに来る。
およそ、あり得ない戦い方であった。様々な戦い方をする魔法少女を目の当たりにしてきたが、この黒贄以上に、奇異な戦い方をする者を、パムは知らなかった。
だが、今は違う。黒贄は今、攻撃を避け、防ぐ方向に舵を切っている。つまり、戦闘に於ける原則に則った戦い方をするようになったのだ。
こうなると、パムの常識で測れる存在になる。今までの黒贄であったのなら、壁に携えさせた棘で掌など貫かれても、お構いなし。
腕に棘のダメージを受けたまま、壁を攻撃し続け、破壊していた事だろう。現実には、黒贄は飛びのいて、ダメージを受ける事を避けた。

 厄介さで言えば、今の黒贄の方が遥かに上だ。
だが、戦っていて安心感を覚えるのも、今の黒贄だ。遥かにやりやすいからである。
何故なら、撤退を余儀なくされた時の逃走ルートが、確保されたも同然だからだ。
今の様に、繰り出された攻撃を悉く避けて、防ぐ姿勢にある黒贄であるのならば、その避けて受けている間の時間で、パムはこの戦闘から離脱する事が出来る。
同盟相手のレイン・ポゥ達を抱えたままでも、きっと余裕であろう。自身の黒羽は、それを可能とする。
黒贄が避け続けるしか選択出来ない程、矢継ぎ早に攻撃を繰り出し続ける事が出来るのだ。
いつでもこの戦いからは離脱出来る、と言う確信は心にゆとりを生む。勿論、この戦いからは絶対に逃げられない、と言う気負いも重要だし、
どちらかと言えばパムはそちらのような背水の心構えの方を好むのだが、時と場合にもよる。離脱する為のルートを確保する事も、また戦いだ。重要な要素だ。

 黒贄の姿が、朧に霞んだ。
黒贄の姿が残像として残っていた所を、ライフル弾もかくや、と言う速度で、何らかの飛翔体が行過ぎた。
パムの優れた動体視力は、それが、人間の爪であった事を認めた。ジョニィである。
ACT3に潜行出来る時間の限界を迎えたジョニィが、渦の中の次元から、現実世界へと出現。その姿を露にしていた。

 ACT4は、撃たない。いや、撃てないと言うべきか。
こと聖杯戦争における、ACT4の最大の弱点は、自然物を認識していないと撃てない事でもなければ、馬に乗っていなければ撃てない事でもない。
より、もっと。根源的な弱点がある。それは、馬の反射神経を凌駕する相手では、ACT4を撃つよりも前に馬を叩き殺されて発動出来なくなる点だ。
生前は、そんな弱点考えもつかなかった。SBRのレースの際は、馬に乗っている時間の方が長かったし、ACT4の能力に目覚めてからの、
スタンド使いどうしの戦いの大抵は騎乗している時が多かった。そして何よりも、人間の反射神経よりも馬の反射神経の方が優れている為、
彼らの判断に任せても問題ない部分が往々にして存在したのである。聖杯戦争では、それが出来ない。
馬よりも判断が速いどころか、馬よりも速く動ける存在が当たり前の様に跋扈している。この場にいる面子の殆どが、馬より速く移動出来る。
気軽に出せる筈がない。文字通りの必殺の宝具を有していながら、出す事が叶わない。内心でジョニィは、切歯扼腕の思いを燻らせていた。

 黒贄に回避されたACT2の爪弾を放ちながら、ジョニィは地面に仰向けに、自らの意思で倒れ込んでいた。
撃つと同時に、その動作は実行されていた。確かな予感がしたからだ。攻撃を放てば、今度は、黒贄は自分の方に攻撃を仕掛けてくるであろうと言う予感が。
それは的中した。気付いた時には黒贄が、ジョニィの目の前に現れ、無造作に、左腕を振るっていたからだ。
凄い、速度だった。仰向けに倒れているジョニィの身体に、猛烈な風が叩きつけられる程の、振り抜きのスピード。残像が、目で捉えられない。
技術の体系が欠片も感じられない、乱雑な攻撃。なのに、達人の妙技の如く、何時振られ、何時腕を振りぬき終えていたのか。それが全く解らない。滅茶苦茶な速度だった。

647第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:37:05 ID:eP/lXdxU0
 黒贄の背後から、凄まじい速度でパムが飛び掛ってきた。 
一mと半分程の高さまで飛び上がった彼女は、黒羽を変化させて作り上げた脚甲を纏った状態であり、足首から膝下までを覆ったそれを以って、
右のソバットを黒贄のこめかみに叩き込もうとする。こめかみに、彼女の足が触れた、その瞬間だった。
彼女の放ったソバット以上の速度で、黒贄は、蹴り足が回転している方向に、身体全体をグルリとターンさせる。
当然、蹴り以上の速さで身体を捻ったのだ。パムのソバットはスカを食う形となった。

 ゾワッ、と。戦慄が、背骨の底から頚椎まで走りぬける感覚をパムは覚えた。
殆ど反射的に、羽の一枚を彼女の身体全体にフィットするような薄い皮膜状に変形させ、それを自らの身体に包み込ませた。
衝撃が、パムの左脛に叩き込まれた。隕石の直撃を思わせる、信じられないインパクトである。
横方向にグルグルグルグル、風車みたいに回転しながら、パムが数百m上空まで吹っ飛んだ。
三半規管がバカになりかねない程の回転を経ながら、パムは、左脚の激痛について分析していた。
折れている、脛の骨が折れ、赤い血で滑った骨が、肉と皮膚を突き破って外部に露出しているのが、よく見える。
殴られたのは解る。黒贄が、ソバットを回避するのに用いた回転、その力を利用し、パムの左脚をブン殴ったのは解る。
超至近距離で放たれる戦艦の主砲ですら、そのダメージの九割九分以上を無効化させる、あの黒い皮膜を以ってしてすら、これである。
纏ってなかったら今頃は、左脚が千切れ飛んでいたばかりか、衝撃波が身体全体を伝って行き、身体を断裂させて即死していた事だろう。

 羽の一枚を、十m近い直径と、五m以上の厚みを持った、巨大なエアバッグに変化させたパムは、吹っ飛ばされている軌道上にこれを配置。
ボフッ、と言う音を立てて、パムは背中からそのエアバッグに衝突した。柔らかい感覚だった。ハイクラスのソファに使われているスポンジよりも、ずっと柔らかだ。
これ以上、上空に吹っ飛ばされる事はなくなったパムは、エアバッグを元の黒羽に戻させる。
折れた左脚を見る。派手にやられたな、と思いながら、黒羽を用いた治療に当たろうとしたその時、稲妻のような速度で、自分の真横を、
何かが急降下して行ったのを彼女は感じた。風圧が、彼女を叩く。黒羽を気流に変化させてその風圧を受け流させてから、パムはそれが通り過ぎていった下を見る。
その頃には既に、通り過ぎたものは黒いゴマ粒みたいな点でしかなかったが、アレはきっと、先程まで自分と戦っていた、アレックスであった事だろう。

「急がねばな」

648第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:37:51 ID:eP/lXdxU0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 猫の着地の様な柔らかさで、アレックスは、ひび割れた地面の上に降り立った。
最初に足から着地し、次に膝、そして、手。この身体の部位の順番で接地させ、衝撃を六等分に分散してみせたのだ。
ある程度の高さからなら、ただの人間でも出来るだろう。だがアレックスがこれを行って見せた高さは、高度一万と二五六一mなのである。
魔力を放出し、ブレーキとする事で、黒贄に投げられた勢いを殺させ、今度はその魔力をブースターとして用い、推進力を得た彼は、そのまま地上へと急降下。
音の六倍の加速を得て、地上へと降り立った。それだけのスピードで着地しながら、接地に用いた部位には傷もなにもなく。
いやそれどころか、着地した地面には土煙一つ立っておらず、ヒビの一つも刻まれていない。およそ人間には到底到達し得ない、体重操作の次元をも遥かに超えた、信じられぬ体術の冴えだった。

 見た時には黒贄が、余裕そうにジョニィの爪弾を回避していた。
ジョニィはACT3を用い渦の中に潜行、黒贄目掛けてライフル弾めいた勢いの爪弾を放っていた。が、どれもこれも、かすりもしない。
黒贄は最低限度の動きだけで、これを回避しているのだ。身体を軽く半身にしたりなどして、だ。
攻撃こそ当たりもしていないが、ジョニィが出来る事としては、これが正しかった。ジョニィの身体では、黒贄の一撃など、掠っただけでももう死ぬレベル。
安全圏からの攻撃を保障する、ACT3に入ってからの攻撃は、余りにも理に叶ってる。それに――この怪物を迎え撃つのは、同じ怪物であるアレックスの仕事だった。

 四つん這いに近い状態からアレックスは、一瞬で、短距離走におけるクラウチングスタートの姿勢をとり始める。
その姿勢から、放たれた銃弾の如き勢いで、黒贄目掛けて突進をし始めた。振り向く黒贄、それと同時に、隻腕の左腕が、霞んでいた。
ドッ、と。肉と肉とがぶつかり合って生じた音とは思えない程、響くような重低音が轟いた。土ぼこりが、音の駆け抜けた方向に、波の様に走り抜ける。
アレックスの右ハイキックと、黒贄の左肘が、ぶつかった音だ。攻め手はアレックス、受け手は黒贄。キックは、物の見事に、ブロックされていた。

 黒贄が飛び退くのと全く同じタイミングで、アレックスの身体から、青白い稲光が、蛇みたいに伸び始めた。
その稲光の触れる所、無事では済まない。大気は灼け、コンクリートは赤くドロドロに融解している。その電熱の故である。
アレックスの生身に触れていれば、黒贄の身体はその電流に焼かれていたろうが、見ての通り、予兆を読んでいた黒贄はこれを回避。三十m程離れた所に着地していた。

 全くの無詠唱でアレックスは、黒贄の頭頂部目掛けて、稲妻を叩き落とす。
悪魔の間ではジオダイン、と呼ばれる魔法である。それは真実、自然現象であるところの落雷そのもの。威力だけではない、その、速度ですらも。
黒贄はそれを、全く頭上を見ずして、アレックスですら視認出来ないレベルのスピードで、雷の落下点から十m程左にズレた所に移動する事で交わして見せた。
雷すら避けるのか、と愕然とするアレックス。アレックスも、愚鈍じゃない。それまで攻撃を避けたり防いだりする事の意識が、余りも低かった黒贄が、
此処にきて人が変わったように回避を選ぶようになったのが、凛の令呪のせいである事は百も承知である。 
令呪で下した命令の効力は、その命令内容が具体的であるかどうか、そしてそれが、そのサーヴァントにとって可能な事柄なのかどうかに比例する。
それを思えば、黒贄に対して凛が令呪を用いて下知した、相手の攻撃を避けろ、とは、具体的で黒贄にとって行う事など造作もない事だろう。

 ――だが。だが。
幾らなんでも、稲妻の速度を、しかも、全くそれが閃いている頭上を仰ぐ事すらせず回避するなど、令呪の効力の強弱と言う観点を既に超えている。
今、黒贄が稲妻を回避したのは、令呪によるものではないだろう。令呪はあくまでも、黒贄の行動の指針を固定化させただけに過ぎない。
つまり黒贄は――そもそも、光に限りなく近いスピードの攻撃や現象を、回避出来るだけのスペックがあったのだ。
あってなお、今まで実行に移さなかったのである。つまり今まで、わざとらしく攻撃を喰らってやると言うのは、黒贄にとっての制限……縛りのようなもの。
その枷・縛りを、黒贄自身が疎ましく思っているのか、それとも、楽しんでやっていたのかは、アレックスには解るべくもない。
確かなのは、相手を撃滅すると言う観点から見れば、今の黒贄礼太郎は間違いなく厄介であると言うことだった。

649第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:38:09 ID:eP/lXdxU0
 黒贄の姿が、大気と同化でもするかの如く消えてなくなった。そして同時に、アレックスの姿も。
黒贄が先程まで佇んでいた場所の地面に、七色の薄い板のようなものが、高速で突き刺さった。レイン・ポゥの放った虹である。
アレックスに対して敵ではないと言うアピールをするのと同時に、彼に恩を売るべく、漸く動き出した。その一環がこれだ。
アレックスと一緒に黒贄を攻撃し、追い詰める、と言う物なのだが、全く以って、攻撃が当たらない。
香砂会で戦った時よりも、格段に黒贄は強くなっている。確信に変わる、黒贄は、時間をおけばおく程、強くなる。
それが、一戦一戦と言う、戦闘一回と言うスパンなのか、それとも、召喚されてから現在までの、リアルタイムと言うスパンなのか。これは解らない。
どちらにしても確かなのは、あの恐るべきバーサーカーは、時を置かせれば置かせる程、厄介になると言う事であった。

 レイン・ポゥが、黒贄達の姿を目で追い始めたのと全く同一のタイミングで。
巨大な質量を内包した、岩の塊どうしがぶつかりあうような、凄い音が響き渡って来た。音源の方に、レイン・ポゥと純恋子が目を向ける。

 影すらも追いつかぬ、と錯覚する程の速度で、アレックスが右のストレートを放っている。
素人が放つような、予備動作が丸わかりの、テレフォン・パンチではない。
しっかりとした技術の体系に則った、無駄な動作と隙の削除を念頭に置いた動き。今で言う、ボクシングのそれに似た、弾丸どころかミサイルのような速度のパンチ。
これを黒贄は、アレックスとは正反対、予備動作だらけで、かつ無造作に、左腕を動かして迎撃。音は、そのストレートと腕の一振りがぶつかった時のもの。
前までなら、自身の攻撃と黒贄の攻撃がぶつかっても、アレックスは持ち堪える事が出来た。今回は、出来なかった。
腕が振るわれた方角に、アレックスは、矢のような速度で吹っ飛んでいった。叩き込まれた力と言う面で、黒贄はアレックスの上を行っていたのだ。

 ――クソ……!!――

 アレックスがストレートを放つのに用いた右腕が、痺れている。無数の昆虫が這い回っている様な、厭な痺れであった。
吹っ飛んでいったアレックス目掛け、黒贄が突進して来た。数千分の一秒遅れて、アレックスは地面に足を付け、その状態でグッと脚に力を込める。
摩擦が、吹っ飛ばされた勢いを急激に殺して行き、そのまま、一気に急停止。これ以上吹っ飛ばされる事を防いだ。
が、その急停止した頃にはもう、黒贄が近づいていた。黒贄が攻撃を仕掛けよう、と言うタイミングで、アレックスに助け舟が入った。
レイン・ポゥの虹と、ジョニィの爪弾である。異なる方角から離れたそれぞれの攻撃を、黒贄は、いとも容易く、身体を逸らす事で交わしてみせる。
余人には隙とも見えぬ程の短時間、しかも、最小限度の動きで以って行われたこの動作はしかし、魔人・アレックスにとっては隙であった。必殺・致死の一撃を叩き込むには、十分過ぎる程の。

 魔力で固めた剣を産み出し、それを右手で握った後、黒贄の脳天目掛けて突き出すアレックス。
肉体で受けに回ろうが、剣を構成する魔力が内包する超高熱が、それによるダメージを与える。
回避に回ろうにも、その瞬間、アレックスはその剣の魔力を爆発させる。爆風によるダメージを、当然相手は負う。どちらに転んでも、アレックスとしては問題ない。

 ――予想外だったとすれば、だ

「!!」

 右手で握る、魔力剣の感覚が、消失する。空気を握っている感覚しか、アレックスにはない。 
真実、剣が消えていた。いや、砕かれていた。黒贄が振るった左腕によって、だ。
そう、アレックスでも予想外だった事があるとすれば、最早黒贄の腕力は、アレックスが巻き起こす魔力の爆発すら超越した威力を叩き出すと言う事。
その通り、黒贄は、アレックスが引き起こす筈だった、魔力剣の爆発を、その爆発以上の衝撃エネルギーを内包した、腕力による一撃で叩き潰したのだ。
無論、中途半端に衝撃を加えた程度では、剣は、爆発する。その爆発現象を、一方的に封じ込める程、最早、黒贄の腕力は達していたのだ。

「ヤバいッ」

 そう認識した瞬間、両の腕は動いていた。
罰印に腕を交差させ、下腹部へと持って行く。十字受けだ。その瞬間、アレックスの腹部に、戦車砲か、と思わせる程の衝撃が叩き込まれた。
黒贄の、右脚だった。左脚を軸にした前蹴り。やっている事は、それだけだ。
それ自体は宝具でもなければ、況して、魔力放出等の推進力を得た上で行われた一撃でもない。ただ、本当に、自前の筋力のよってのみ行われた蹴りだ。

650第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:38:38 ID:eP/lXdxU0
 にも拘らず、その蹴りの威力は、人修羅と化したアレックスにとってですら、必殺のものだった。
受けに用いた両腕が、折れた。折れた尺骨が肉を突き破って外部に露出、その痛みと事実を認識するよりも早く、
アレックスは蹴り足の伸びた方向に、亜音速で吹っ飛んで行く。ジョニィとレイン・ポゥが気付いた時には、アレックスの姿はこの場から消えていた。何百m、吹っ飛んで行ったと言うのか。

 ――え、コレマズくね……――

 冷や汗をかくのは、レイン・ポゥである。
その戦闘スタイルの特質上、強いサーヴァントや、話の解るサーヴァントとコネクションを持っていた方が、彼女は最大限の実力を発揮出来る。
要はコバンザメなのだが、実際には強い動物の腹にくっ付いているだけの彼らとは違い、レイン・ポゥはサーヴァントと関わりを持つ為に、
常にその為のそろばんを脳内で弾いているのである。そしてその行為は、選択肢一つ誤れば即、死が待ち受けているこの戦いに於いても行われている。

 そのそろばんの計算が、狂った。
この時、レイン・ポゥがナシをつけようとしていたのは、アレックスであった。
正直に言えば、胡散臭さのようなものは感じていた。彼女の卓越した人間観察能力と、今まで小狡く生きてきた事で培われて来た第六感が告げていたのだ。
アレックスは、ヤバいと。何を以って危険なのかと言われれば、何処か精神性に危うい所があるからだ、としか言いようがない。
人間以上の強度と、鉄の如き硬度を保有していながら、何処か砂岩のような脆さを窺わせる、そんなメンタル。
それが、レイン・ポゥから見たアレックスの心だ。だが、それが何だと言うのか。誰彼構わず喧嘩を吹っかける血の気の多い魔王だとかお嬢様に比べれば全然マシ。
戦略・戦術について多少の造詣があり、合理を優先出来る程度の理性を保有した、恐ろしく強いサーヴァント。レイン・ポゥがお近づきになりたい。そう思うのも無理からぬ話だった。

 そのアレックスが、コンディションのメーターが一気に死亡のそれにまで振り切れるレベルの一撃を貰い、ふっとばされた。
そうなればこの場に残されたものとは、誰か? レイン・ポゥと、アーチャーのサーヴァント、ジョニィ・ジョースター。
弱いサーヴァント達である。勿論、本当に荒事の心得のない、喰われるだけの餌でしかないサーヴァントと言う訳ではない。黒贄と比較すれば、余りにも無力なだけである。
レイン・ポゥは今回を含めれば三度に渡り黒贄の暴れぶりを目の当たりにしている。
その三度のケースから抽出されたデータを纏め、そのデータから導き出した結論としては、自分では黒贄には絶対に勝てないと言う事だった。
元々レイン・ポゥの魔法少女としての能力は、癖がない。真っ直ぐな能力だ。その真っ直ぐな能力を、レイン・ポゥは努力と、人間性を偽る演技で今までカバーして来たのだ。
黒贄にはその全部が通用しない。猫被ってもあの狂人は、知らぬと言わんばかりにこっちを叩き殺そうとしてくるし、それに抵抗しようにも、
黒贄の身体能力はパムをも優に上回るのだ。極め付けに、何をしようとも死なないと来ている。勝てる展望が、何一つとして浮かんでこなかった。
ではその勝率を底上げする為に、この場にいるジョニィと共闘して勝ちの目を拾えるのか、と言えば、レイン・ポゥは出来ないと判断した。
単純な話で、ジョニィが、自分より弱いと思っているからだ。人間観察で推察出来るのは、何もその人物の性格だけじゃない。
身体能力も、普段の立ち居振る舞いから推測可能である。で、推測した結果は、到底黒贄と渡り合える存在ではないと言う事だ。
誰が見ても、普通人よりも少しマシ程度のスペックしかない。これでは共闘するだけ無駄である。どころか、足を引っ張る可能性すら危惧される。恐らくジョニィは、アレックスに対して寄生して勝利を拾おうとした、漁夫の利狙いだったのだろうとレイン・ポゥは考えた。やろうとしていた事は、自分と同じ、か。

651第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:39:02 ID:eP/lXdxU0
「……この期に及んで、策を弄せる、と言うのなら大した肝の大きさですってよ、アサシン」

 純恋子だって馬鹿じゃない、この状況が何を意味するのか、解っている筈である。
解っていてこの発言なのだから、やはり大物と思わざるを得ない。万策尽きた事は、誰の目から見ても明らかである。
ならば普通は尻尾巻いて逃げ出すと言うような考えに至ろうと思おうが、純恋子にはその考えはなかった。考えるだけ無駄であったからだ。
背を見せずに戦え。暗に彼女はそう言っているのだろう。実際この瞬間に限って言えば、レイン・ポゥは、純恋子の考えに同調出来る。
逃げ切れると思えないからだ。背を見せたその瞬間、叩き潰されると言う確信が、今のレイン・ポゥにはあった。それだけ、彼我の間の戦闘力の差は絶対的なのである。
ならば、真正面から戦うか、凛を探して彼女を殺すかをした方が余程生き残れる可能性がある。……尤も、逃げた時の生存確率と、逃げずに立ち向かった時の確率の差など、小数点程度の違いでしかなかろうが……。

「腹括るのは慣れてんだよ、メカゴリラ」

 全てを諦め、そして覚悟を決めた声音でそう言ってから、腰を低く落として構えるレイン・ポゥ。
ゆらり、と。陽炎めいたゆっくりとした動きで、しかし、知っている者には途方もない威圧感を与える、不気味な雰囲気を醸しだしながら。
黒贄礼太郎は、レイン・ポゥの方を見つめ始めた。背骨が、凍るような恐怖を、レイン・ポゥは覚える。

「良く生きておいでで」

 魔法少女の観点から見ても、生きてはいられない程のダメージを負っていながら、やはり、黒贄は何が面白いのか解らない微笑みを浮べている。
だが、笑みに反して、瞳は全く笑っていない。まるで瞳だけが、有機物で構成された肉体の中にあって、唯一、安っぽいガラス球に置換されているような、
無機的な光を宿した瞳だ。冷気に当てられ曇ったような黒瞳は、数時間前に殺し損ねた虹の魔法少女をジッと見つめていた。今度こそは、今度こそは。そんな意思が、見て取れるかのようだった。

「……」

 レイン・ポゥは答えない。答えるだけ無駄だと思っていたからだ。
此方の望むような、まともなやり取りが返ってくるわけでもなし、そもそも、どうせ答えたところで、黒贄の場合は最終的に彼女を殺す事、この一点に帰結する。
なら、今更会話などして、何の意味があるのだろうか。

「貴女程の魅力的な方です、私以外の殺人鬼がもう殺してしまっているんじゃ、と不安でしたが……。いやはや、流石は『馬鹿じゃないのアンタ? 言う訳ないっしょ』さん。生き残っていてくれて、何よりです」

 残った左の片腕に、黒贄は力を溜めて行く。
彼の場合は、腕一本どころか、四肢を全部切除してもなお、脅威の度合いが低下しないのではないのか。レイン・ポゥはそう思う他ない。
両腕を失ってなお、黒贄の恐ろしさは、自らのそれを容易く上回るだろう、と。本気で推測していた。

「ああ、嬉し――――」

 其処まで黒贄が言いかけた瞬間、彼の姿が、朧と霞んだ。
何処に移動したのか、レイン・ポゥは目で追える。移動したのではない、『吹っ飛ばされた』からである。
レイン・ポゥから見て左方向に、弾丸もかくやと言う勢いで、直立した姿勢を維持したままに、凄い速度で彼女から遠ざかって行く。

「なっ……!?」

 先程黒贄がアレックスにして見せた、蹴りを行い相手を高速で吹っ飛ばす、と言うその行為。
まさかそれを、今度は黒贄がやられる羽目になった。しかも、その吹っ飛ばされた方法と言うのが、彼自身がやって見せたのと同じものである事。つまり、『蹴り』であったと言うのだから、奇妙な縁であった。

「……」

 黒贄が先程まで佇んでいた地点には、バトンタッチと言わんばかりに、一人の女性が立ち尽くしていた。
蹴り足として使った右脚を戻しながら、黒贄礼太郎をフロントキックでこの場から蹴り飛ばした女性は、静かに。
レイン・ポゥとジョニィ・ジョースター達を一瞥するのだった。

652第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:39:42 ID:eP/lXdxU0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 その女性を見た時レイン・ポゥとジョニィは、彼女が人間である等と欠片も思わなかった。
姿形だけを言うならば、成程、確かに人間である。緩くウェーブの掛かったプラチナブロンドの髪を後ろで縛った、余りにも整いすぎた顔立ちの美女。
パムと同じで、可愛いと言うよりは美人と言うか、麗しいと言うカテゴリに該当する手合いの女性だった。
身に纏う青いスーツのデザインに、遊びがない。肌の露出も抑えられ、フォーマルな場に出て行く事を想定した、TPOを徹底的に遵守する為のデザイン。
カッチリとしたお固い印象を受けるが、その固さがまた、生来のものである女性の美しさを、上手く引き締めさせていた。
絵師に美女を描けと命令すれば、モデルに選ばれるのはこの女だろう。何を着ても似合おうか、そんな、ズルい女性が、其処にいた。

 ――人間じゃねぇ……――

 レイン・ポゥの体からドッと冷や汗が噴き出て来る。
何だ、目の前のあの女は。今しがた純恋子が念話で、【ステータスが目視出来ない】と告げた事から、高確率でサーヴァントでない事が予測される。
無論、ステータスの見える見えないと言う事実は、サーヴァントやマスターの推察材料足り得ない。
ステータスなど、用意に隠蔽も改竄も可能であるからだ。だからステータスの目視は、一種の基準にこそなりはすれど、絶対の信頼を置けるものではない。
レイン・ポゥが目の前の美女を、サーヴァント以外の存在だと思った理由は単純明快。霊核を魔力が覆う事で肉体と成す、つまり、
身体の構成要素が全て魔力で編まれているのがサーヴァントであるのに、目の前の女性は、完全に、生身。真実本当の肉体を持っているのである。
だから彼女は、サーヴァントではあり得ない。何故ならば、この世界に物質的に確かな実在性を持っているのだから。

 だからこそ、恐ろしいのだ。
サーヴァントが強いのであるのなら、それは、納得が出来る。サーヴァントとは、強くて当たり前だからだ。
この世に招聘された、過去或いは未来に存在している、するとされる英霊達。それがサーヴァントであるのだから、程度の大小こそあれ、強いのは当然の話。
目の前の女は、何だ? サーヴァントこそが強者としてのヒエラルキーを独占するこの<新宿>の中にあって、サーヴァントに非ずして、『レイン・ポゥの遥か上を行く強さを持った』この女性は。

 自身以上の怪物が跋扈する魔法少女の世界で、伊達に綱渡りを続けていない。相対した存在が、自分より強いのか弱いのか。その嗅覚に、レイン・ポゥは優れる。
目の前の存在は、桁違いに強い。単純な身体能力は、どんなに低く見積もってもパムと同等。つまり、真正面からの戦いでは先ず負ける。
それだけでも恐ろしいのに、真に驚愕すべきはその魔力量だ。桁違い、と言うか、底なし、と言う単語が頭を過ぎった位だ。
サーヴァントが元々保有している、活動が最低限保障している程度の魔力量。これは、人間換算で言えば、凄まじい量に該当するのだが、
平然と、あのプラチナブロンドの美女はそれ以上の魔力を保有している。コレに比べれば、レイン・ポゥのマスターである純恋子の魔力量など、コップ一杯分程度。
あの女――マーガレットの魔力量は、まさに、『大海』。どんなトップサーヴァントを何体同時に使役しても、問題がない。最早そのレベルの量であった。

「……素晴らしい」

 心の琴線に触れた、名画にでも目の当たりにしたような、感動に打ち震える声音で、純恋子が呟いた。
……この後に続きそうな言葉が、嫌でも思い描ける。そして、それを実行に移させたら、ダメだ。純恋子が、死んでしまう。

「……君、は……」

 呆然とした様子でジョナサンが言った。 
彼もまた、マーガレットがサーヴァントでなく、マスターである事を見抜いた。
彼の場合は、位置関係上目視する事が出来る、彼女の左手甲に刻まれた令呪によるところが大きいが。
死線を幾つも掻い潜ってきた、歴戦の波紋戦士であるジョナサンもまた、戦慄を隠せない。
屍生人などとは格が違う。吸血鬼などとはワケが違う!! サーヴァントをも、超越する!! ジョナサンは確信し、同時に恐れ戦いている。マーガレットが醸す、計り知れぬ程の、戦闘能力に。

653第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:40:00 ID:eP/lXdxU0
「……この程度の強さのサーヴァントに、掻き乱されていたのね」

 ややあってからマーガレットの口から放たれたのは、見下すような言葉だった。
込められた感情は、ゾッとする程に冷たい。いや、冷たさだけではない。落胆の感もまた、其処には秘められていた。

「如何やら……此処にいるマスター達には、サーヴァントは過ぎたおもちゃのようね」

 トッ、と。音を立てて、右の爪先で軽く地面を小突いた瞬間、マーガレットの身体が、バネ仕掛けの様に跳ね上がった。
この、力学的な作用など一切見込んではいないであろう動作一つで、彼女の体は三m程も浮き上がっただけでなく、
重力をも超越し、その高度で浮遊をし始めたのである。レイン・ポゥは気付いた。その浮遊の動作に、魔力が一切絡んでいないと言う事実に。つまりこの能力は、マーガレットにとっては、素で行える芸当に過ぎないのだ。

「そのおもちゃ、取り上げて上げるわ」

「聞き捨てなりませんわね」

 そう言ったのは、純恋子であった。「またコイツは……」、と言う様な顔で彼女を睨めつけるレイン・ポゥ。
しかし純恋子は、その目線を一切無視し、ズイ、と。従えている虹の魔法少女の前を往き、決然たる輝きをその双眸に込めて、口を開いた。

「そちらは、サーヴァントの事をおもちゃか、サーヴァントと言う名が指し示している通り、文字通りの奴隷扱いをしているのかも知れない。ですが、私は違いますわ」

「何が、かしら?」

「私は、アサシンの事を相棒であり、従者であり、パートナーであると見ておりますの。物扱いした事などは、一度たりとてありません」

 「ですので――」、と純恋子が言った瞬間だった。 
純恋子は、右の義腕の上に被せていた、人間の腕と誤認させるスキンを剥ぎ取り始めた。
スキンで隠して装備させていた、ライフル状の銃口。これをマーガレットに合わせてから、彼女は言葉を紡いで行く。

「撤回なさい。おもちゃ、と言う物言いを」

 その言を、マーガレットは何事もないような態度で受け止めていたが……。何故かその後で、皮肉気な笑みを浮べ、その表情のままにこう言った。

「羨ましい限りね。そう言う、素敵なサーヴァントと契約出来ていて」

 純恋子達の方と、ジョナサンの方。交互に一瞥するマーガレット。
ジョナサンの前に立っているジョニィは、油断なくマーガレットの頭部に人差し指を向けている。爪の弾丸は、いつでも放てる体勢にあった。

「どうやら、双方共に手放す気はないようね」

「淑女の頼みには応えて上げたい所ではあるが……限度と言うものがある」

 ジョナサンの答えも、無論、否。
彼としても、ジョニィの事をおもちゃ呼ばわりされた事には、思うところがあったようだ。瞳に、冷たく鋭い光が宿っていた。

「なら仕方がないわね。実力行使、とさせて貰うわ」

 その言葉と同時に、マーガレットの姿が、神速、とも形容出来る程の速度で掻き消えた。
目で、誰も追えなかった。気付いた時にはマーガレットは、パンチやキックが届く間合いにまで、純恋子の所まで急接近。
ライフルを取り付けた彼女の右義腕の肘を掴み、単純な握力で、義腕の軌道部分や導線配置の要となる部分を握り潰して破壊した。
人の身では、最早あり得ない握力だった。銃の発射機構を備えていると言う都合上、純恋子の義腕は、通常の倍以上の高耐久力と高硬度を誇っていると言うのに。それを、麩菓子か何かの様に、砕いて見せるなど。

654第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:40:14 ID:eP/lXdxU0
 レイン・ポゥが驚愕と同時に、動いた。いつの間に接近を許してしまった……? 
我が身の不覚を叱責しながら、虹の魔法少女は、純恋子の右義腕を上腕部分から、虹のギロチンを落下させる事で切断。
義腕を掴んで純恋子を拘束するマーガレットと切り離させた後で、純恋子を突き飛ばし、目の前にいる恐るべき危険人物から距離を取らせる。
それと同時に、マーガレット目掛けて、一m程の長さに延長させた虹の剃刀を、高速で振り回す。此処までに掛かった時間、凡そ一秒と半ば。
この間、レイン・ポゥは虹の刃を五度、振るっていた。頚椎、胴体――特に心臓や肺等が集中している部位――、肩と脚の付け根。
その部分を狙って振るい、その全てが、マーガレットの身体に吸い込まれるように、見事に命中した。そしてその全てが――すり抜けた。

「!!」

 目を見開かせるレイン・ポゥ。
すり抜けた、と言う言葉は比喩でも何でもない。本当に、攻撃が透過するのだ。
人の意思を持った水か何かでも、相手をしているかのようだ。いや、水ですらない。水だとて、斬れば、液体を斬ったと言う感触が伝わるからだ。
マーガレットにはそれがない。本当に、空気や霞を斬ったような手応えしか、伝わってこないのである。

 マーガレットの左腕が、霞んだ。
重力が反転し、身体の中身が全て浮つくような恐怖感を覚えるレイン・ポゥ。
それと同時に、彼女の鳩尾に、砲弾を思わせるような重い一撃が叩き込まれた。
ゴゥンッ、重く響くような音が、レイン・ポゥの腹部から生じ、それと同時に凄い勢いで彼女は吹っ飛ばされた。
優に四十、五十m。とても、人間の膂力で殴り飛ばせる距離じゃない。マーガレットが人間でない事の証であった。

「かっは……!!」

 よろめきながら立ち上がるレイン・ポゥ。
サーヴァントと言う存在の絶対則として、彼らは、神秘を保有しない攻撃では絶対に身体を害せないという物がある。
この<新宿>に於いて、マスター達が最も接する機会の多い神秘とは、魔力になろう。
その通り、魔力を内在、或いは介さない干渉手段では、サーヴァントの身体に傷を付ける事など不可能である。
極端な話、銃弾は勿論の事、戦闘機の機銃の乱射や、果てはミサイルだとて、其処に魔力(≒神秘)が無ければ、サーヴァントを殺せないのだ。
この特性があるが故に、サーヴァントはマスターに対して有利な位置に立てるのだ。マジックアイテムの類でもなければ、ナイフや弾丸を用意しても、
ダメージなど与えられず、よしんばそう言う類の武器を所持し、魔術に覚えがあったとしても、対魔力を備えたサーヴァントならそれらの利きも目に見えて悪くなる。

 マスターがサーヴァント相手に勝てないと言うのはこう言うカラクリがあるからなのだが、それなのに、マーガレットがレイン・ポゥにダメージを与えられたのは、何故か?
無論、答えとしては、マーガレットがサーヴァントに干渉出来る措置を施していたから、殴り飛ばせた。これが大きいのだろう。
実際問題として、魔術に覚えのあるマスターは、如何やらこの聖杯戦争において珍しくもなさそうなのだ。なら、この点については、驚く所はない。
問題なのは――『レイン・ポゥがコスチュームの下に忍ばせていた、アンダーシャツ代わりの虹の板を、マーガレットが殴打で真っ二つにした』、と言う点だ。
レイン・ポゥの持つ固有の魔法であり、サーヴァントの身の上では宝具扱いにもなっている、虹を生み出すこの能力。
特筆する点は切れ味の凄さだけでなく、その耐久力も含まれる。その通り、通常は、破壊されない筈なのだ。
石畳を煎餅の様に真っ二つに出来る魔法少女の脚力で地団駄ふんでもビクともせず、戦車の砲弾は勿論、ミサイルの直撃を受けても、問題ない。
それが、レイン・ポゥの持つ虹の耐久性能なのだ。彼女が全幅の信頼を置く、この耐久力を持った虹を……何故、マーガレットは壊せたのだ?
サーヴァントが砕くのであれば、まだ納得が行く。黒贄などは現に、容易く破壊して見せたのだから。だが、マスターに壊されるとなると、話は別だ。

655第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:40:33 ID:eP/lXdxU0
「冗談だろ……ッ!!」

 胃が裏返るような恐怖を覚える。
マスターサイドの人間でありながら、自らの生み出した虹を破壊する膂力。其処から演繹出来るモノは、一つ。
あの女性……マーガレットは、単純に、黒贄礼太郎に匹敵するレベルの膂力を持った怪物であると言う事。
そしてこの攻撃に、彼女は神秘を纏わせられる。つまり、サーヴァントに直接攻撃を仕掛けられるのだ。これ程、恐ろしい話もない。
現にレイン・ポゥは、防弾チョッキ代わりとして仕込ませていた虹の板がなかったら、殴られた箇所から胴体をちぎり飛ばされ、即死していたのだ。
しかも、マスターでこれなのだ。令呪が刻まれていると言う事はつまり、従えるサーヴァントも健在である事を意味する。
重ねて言う、マスターがこの強さなのだ。一体、どんな怪物を、マーガレットは従えていると言うのか……。レイン・ポゥは、頭が痛くなり、気が遠くなる程の思いで、マーガレットの事を睨みつけていた。

 レイン・ポゥの方に冷たい目線を向けるマーガレット。彼女のマスターである純恋子など、眼中にもない。
御前だけを必ず殺す、そんな意思が、青いスーツの美女の瞳から横溢していた。
空に浮き、レイン・ポゥを見下ろすマーガレットの胸部を、何かがスルリと。高速で通り抜けた。爪の、弾丸。
弾道から予測するに、間違いなくそれは、ジョニィの放った爪弾であった。やはり、偶然ではない。マーガレットは、攻撃を素通りさせられる何かを持っている。
サーヴァントレベルの攻撃ですら、一方的に無効化させられる手段。マーガレットは、最強の矛と盾を、同時に持っていると言う事なのか。

「どう言う事だ……」

 ジョニィが呟く。釈然としない様子だ。
放った爪弾は、ACT2。如何な物理的な頑強さを伴っていても、それが物理的に接触可能であるのならば、接触部に弾痕を刻み込め、
其処から、銃弾が貫通したのと何ら変わりない程のダメージを負わせる、強力なスタンド能力である。
この能力は、物理的な干渉力をもったもの、つまり、物理的にこの世に存在するものであるのなら、等しく弾丸の損傷と損壊を与える事を意味する。

 ――幽霊か?――

 ナンセンスな話すぎて、笑えない。
そもそも、サーヴァントこそが幽霊の延長線上の存在ではないか。ジョニィは今も、自分がサーヴァントであるという意識が薄い。
それでも、事実は事実だ。サーヴァントが幽霊の存在を疑うなど、馬鹿馬鹿し過ぎるにも程がある。

「手の内は尽きたようね」

 少なくともレイン・ポゥについてはそうだ。
ジョニィについては、殺せる、と言う確信を、他ならぬ彼自身が抱いている。そのメソッドを、今此処で実行出来るのか、と言う事は抜きにしてだが。

 人の形をした『死』そのものみたいな女が、レイン・ポゥに目線の照準を合わせる。
「死ぬ」、頭にそんな考えが過ぎったのと同時に、マーガレットの重心が移動を始めた。攻める為に、ではない。逃げる為に、だ。
トッ、と軽やかにバックステップを刻んだのと同時に、凄い勢いで上空から、無数の剣が降り注いで来たのだ。
剣の形は画一的で、柄のデザイン剣身の長さまで全て同じ。色に至っては皆、墨に浸して置いておいたような、黒一色。
黒塗りのロングソードは三十本程、地面に墓標めいて突き刺さっていたが、本命のマーガレットが串刺しになってない事に気付いたか。
自分の意思でそうしたかのように、剣その物がパリンと軽い音を立てて砕け散った。

 剣そのもののカラーリングを見れば、この攻撃が誰の手によるものなのかは、一目瞭然。
レイン・ポゥは勿論、ジョニィやジョナサンですら、攻撃した者の正体を理解していた。

「……人か? 貴様」

 パムにしては、その声には覇気がなく、疑問気な様子がありありと見て取れる。
彼女程の見識を以ってしてすら断定するのが難しい程に、マーガレットと言う女性は、その在り方の根底から混沌(カオス)を極めているのだ。
人でない、と言われても納得出来る。では、だったら何なのかと問われたら、全く解らない。マーガレットはそう言う人物だった。

「それはこっちの台詞よ。貴女、本当にサーヴァントなの?」

656第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:40:50 ID:eP/lXdxU0
 一〇m上空を浮遊するパムに対して鋭い目線を送りながらマーガレットが言った。 
パムがマーガレットの力量を瞬時に見抜いたように、マーガレットもまた、パムの正体を見抜いていた。
マーガレットから見たサーヴァントと言う存在は、朧げだ。根本的に霊の属性を宿した存在である為、実在性があやふやな為である。 
しかしパムは違う。パムは明白に、この世界に正しい意味で形と質量を伴って君臨している存在なのだ。存在が、余りにも確固とし過ぎている。

 受肉している事を、マーガレットは即座に理解した。だが、どうやって? 
マグネタイトを寄代として物質世界に君臨する悪魔。術者の精神力や心のチカラを糧とし、ヴィジョンとして一時的にこの世に降臨させられるペルソナ。
こう言った、強力な存在であるが故に、物質世界に来臨するには制約が多すぎる存在は、その制約の故に、物質世界に完全な形で留め置かせる事は困難を極める。
サーヴァントであっても、その原則は変わらない筈。なのに、パムは今明白に受肉している。これが、妙だ。この<新宿>に於いて、サーヴァントを受肉させ得る手段など、聖杯の奇跡以外にあり得ないと言うのに……。

「サーヴァント、と言う事になっているらしいぞ」

「答える気はない、と解釈して良い訳ね?」

「問題はない」

「そう。じゃあこの世から消えなさい」

 マーガレットが、まるで死刑の宣告か何かを想起させるような、冷たい声音でそう告げたその刹那。
光と見紛う程の速度で、マーガレットが立っている場所のすぐ傍に、青白い光の本流をたばしらせながら、人型のヴィジョンがその姿を現した。
白く光り輝く鎧を着込んだ、顔自体が光り輝いていると見える程の美青年。しかも単なる優男と言う訳ではない。
キリリとしたその顔つきと、鎧の下からでも解る程の筋肉の量、何よりもその手に握った、白銀に輝く長槍が。
戦士の威圧と説得力を見る者に与えるのだ。名を、クーフーリン。凡そ無限に等しい総数のペルソナを操るマーガレットが特に好んで使うペルソナの一体だった。

「スタンド――」

 ジョニィが何かを叫びかけたのと同時に、マーガレットが呼び出した若武者が、その手に握った槍を、魔王を気取るが如く此方を見下ろすパム目掛けて、放った。
それが果たして、人の形をした『もの』の手によって放擲されたスピードであると、果たして誰が信じられようか。
得手、クーフーリンの手から離れた瞬間、その槍は弾丸の速度を越え、音のスピードを抜き去り、地球の引力圏の井戸を振り切る速度に至る。その速度に到達するまで、十分の一秒も、掛かってない。

 さしものパムの顔からも、余裕が失せた。
槍の速度に驚いたのではない。内包しているであろう威力にも、戦慄の念はない。パムなら実際、再現は容易だ。
但し――これがマスター、サーヴァント以外の存在の手によるものとなれば、話は別だった。

「――!!」

 黒羽が棍棒に似た形に瞬時に変形、それが猛然と振るわれ、クーフーリンの投げた槍に衝突。
槍の穂先には無数の小さな槍が収められており、戦場では穂先が炸裂しその無数の小さな槍が相手を刺し貫いた、そんな伝説を知っていれば、
パムのような対処方法は通常取らないだろう。知っていたとて、パムはこんな手段に出たろう。単純な理由だ、その程度の攻撃では、自分の命は取れないと思っているからだ。

657第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:41:08 ID:eP/lXdxU0
 槍と棍棒が衝突。
明後日の方角に槍は、中頃から圧し折れながら吹っ飛ばされて行く。それを認識した瞬間、パムはマーガレット目掛けて急降下する。
パムも多人数を相手取る時に行うメソッドだが、黒羽に自律性と簡易的な意思を持たせて、取るに足らない雑兵を相手させると言う手段がある。
マーガレットが呼び出したあのクーフーリン――ペルソナは、とどのつまり、そう言うものだろうと彼女は認識していた。
そう言う自律兵器を創造する時、パムはなるべく凝った形にしない事にしている。すぐに形成出来る位には適当なデザインでありながら、
戦闘に明白に特化しているであろう事が伺えるレベルの機能性を両立させたものを創造する。マーガレットのペルソナにはそれがない。
あの美貌、あの鎧の装飾の細かさ。どれも息遣いすら感じられる程にリアルだ。マーガレットは凝り性なのだろう。
だが、そういった凝った物を動かすには、労力が要る。無論、マーガレットレベルの実力なら、その労力など誤差などと言う言葉すら使う事が憚られる、
そのレベルで僅差なのだろう。だが、その僅差に、付け入る隙がある。その僅差の間隙を押し広げる手段を、パムは、圧倒的な速度と攻撃力が生む暴力によって抉じ開けると言うやり方に見出した。

 羽の一枚が泡の様に弾けて消える。掛かった時間は、千分の一秒。
黒羽は形のない、しかし、指向性を伴った『気流』に変化していた。その気流に乗って、パムがマーガレットの下まで急降下。
音の速度を容易く越える程の速度でマーガレットの下に迫るパムは、右脚を伸ばし、伸ばした足でマーガレットの麗貌に蹴りを叩き込もうとしていた。
左脚は使えない、黒贄に折られた傷が癒えてない。直撃すれば、その蹴りは人間の首を胴体から離れさせるだけの威力がある。いや、離れると言うよりは……粉々にする威力、と言うべきか。

 マーガレットは眉一つ動かす事無く、パムの蹴り足に右掌を伸ばした。
伸びきったマーガレットの腕と、同じく伸ばしきったパムの右脚が、激突。
空間その物が、波打った。そうとしか認識出来ない程に、大気が揺れた。人体と人体の衝突の際に生じたものとは思えぬ程の大音が、
マーガレットの掌とパムの脚部の接合点から生じだし、その音に追随する形で、衝撃波が二名の周囲を駆け抜けた。

「このバカッ!!」

 一喝するレイン・ポゥ。最強の魔法少女の一角であるパムと、レイン・ポゥの虹すら破壊するマーガレット。
両名の膂力による一撃が衝突した事による衝撃波は、サーヴァントを軽く吹っ飛ばして余りある威力を内包する。
そんなもの、マスターが食らってしまえば一溜まりもない。少なくとも、今の純恋子では冗談抜きで死にかねない。
虹のバリケードを純恋子と自分の前に展開し、迫る衝撃波を防御しようと試みる。試みは、コンマ十分の一秒の差で成功した。
台風の前の雨戸か何かみたいに、ガタガタとバリケードは震えだす。判断がもう少し遅れていたら、人の体の骨格を全て粉砕するだけの威力のショックウェーブが、
叩き込まれていたのだと思うと、ゾッとしない話だった。

 一方、防ぐ術に恵まれなかったのは、ジョナサンとジョニィの方だった。
ジョニィは、あのSBRを走破した事による天性の勘で、反射的にACT3を発動、爪弾を自らに叩き込み、渦の中に潜行する事で衝撃波をやり過ごした。
ジョナサンの方はと言えば、弾く波紋を身体に纏わせ、防御の姿勢を行う事で衝撃に備える事しか、出来なかった。

「ぐぅっ!?」

 結果が、これだ。
身長一九五cm、体重一〇五kg。それが、ジョナサン・ジョースターの身体つきである。異の挟みようがない巨漢である。
肥満体ではない。寧ろ、ウィル・A・ツェペリの下で血の滲むような波紋の鍛錬を積んだせいか、脂肪分など同年代に比べてずっと少ない方なのだ。殆どが筋肉の重さだ。
その、大男のジョナサンの身体が、風に吹かれる木の葉か、或いは、子供が無造作に投げたゴムボールかの如くに、吹っ飛んでいる。
弾く波紋の効果の威力は、絶大であった。ジョナサンの現況を見る限り、波紋が全く意味を成していないと思おうが、実際はこれ以上となく機能している。
大地に踏ん張り衝撃波をやり過ごすなど絶対に不可能と考えたジョナサンは、逆に、弾く波紋を纏わせて、衝撃波と衝突。
逆に、『自分が勢い良く弾かれる事によって、本来舞い込まれる筈だったダメージを大幅に減退させる事』に成功したのだ。
弾く波紋は使い方によっては、弾かれる波紋にもなると言う訳だ。そうしていなければジョナサンの命運は此処で潰えていた。恐ろしく、正しい判断なのだった。

658第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:41:42 ID:eP/lXdxU0
「お前……」

 そしてパムの方は、レイン・ポゥの一喝も、ジョナサンとジョニィの行方すらも気にならない程驚いていた。
防がれている。マーガレットは、パムの放った裂帛の蹴撃を、腕の一本で容易く受け止めて見せた。
パムの能力の汎用性と出力を考えれば、彼女が放っていた一撃など、最奥どころか序の口のものである。が、間違ってもそれは、余人に受け止められる物ではない。況して、魔法少女ですらない存在になど……。

 蹴りを防ぐのに使っていたマーガレットの右掌が、這いずり回る蛇の如く、滑らかに動き始めた。
マーガレットの右腕は正しく、獲物を狙う大蛇の如くに、そのターゲットを定めたのだ。パムの足首。其処に巻き付く為に。
パムの右足首を、マーガレットの右手が捕えた。圧し折るも良し、単純な握力で握り潰すも良し。マーガレットの手には、それを可能とする力があった。

「っ……」

 ヌルッ、と、パムの足首を掴んだその瞬間の事だった。
上手く、掴めない。滑るのだ。指、掌。そのグリップ力が全く上手く働かない。まるで、潤滑油か何かでもパムの身体に塗られているかのような――。
トリックを認識した瞬間、マーガレットの姿が、まるで初めからその場になど存在していなかったかのように消滅する。
その、マーガレットが消滅した地点を、巨大な剣身が超高速で横切った。サーベルの様に湾曲した曲刀で、吸い込まれるような黒一色の剣身。
パムが黒羽で変形させた、刃渡り二mにもなる魔剣である。マーガレットの姿が消えてなければ、彼女の首を胴体から分離させられたのだが、ままならないものだった。

「お前、本当に何者だ?」

 パムがそう告げた瞬間、マーガレットが姿を現す。パムの真正面一〇m先で、スッと背筋を伸ばして直立している。

「力を管理する者」

 短くそう告げたマーガレットに対して、パムは、失笑を以って返した。

「驕るなよ。何を、管理する者だと? 神か何かにでもなったつもりか?」

「事実を語ったまでなのだけれど……。それに、そう言う反応を取るには、無様な姿をしてるって 自覚はないの? 貴女」

 居丈高な態度をするには、パムの今の様子は説得力に欠けていた。
これまでの戦いで負った手傷がある。ジョニィのACT4により黒羽は永久的に一枚欠けた状態になり、更には黒贄によって折られた左脚。
脚の方は黒羽の影響で回復傾向にあるとは言え、それでも、普通であれば戦うと言う選択肢が脳内からオミットされる程度の重症なのだ。
それでも戦おうとするのが、魔王が魔王が足る所以なのだが……。
極め付けに、パムの身体はズブ濡れだった。水を被ったのでもなく、況して汗でもない。そもそもパムは水で濡れているのではない。油で濡れているのだ。
パムがマーガレットの頭を蹴り飛ばそうとした時、彼女は黒羽を、一方向のみに吹きすさぶ高速の気流に変化させていた。それに乗って、彼女は蹴りを放った。
そしてその蹴りが防がれた時、パムは即座に、体に纏わせていた気流を、『高潤滑性の油に変化させ、これで自らを覆っていた』のである。
だから、マーガレットは上手く掴めなかったのだ。機転が良いと言えばその通りではある。だが、逆に言えば、それだけパムは必死だったと言う事でもある。
そうでもしなければパムの運命は途絶えていたのだ。発言の内容と、今の彼女の状態。てんで、バランスが取れていない。マーガレットの目にはパムは、生汚い女、としか映ってなかった。

「此処に来てから、魔王の威厳も渾名も形無しでな。泥臭い姿が性に合ってしまった」

 マーガレットの挑発に意外にも、パムは肯定する。
否定したところで、かえって情けないと考えたからだ。<新宿>の街に蔓延るサーヴァントは誰も彼もが紛れもない強敵ばかり。
パムが戦ったチトセも永琳、アレックスやジョニィも。魔法少女であるパムに授けられた、魔王と言う通り名から威厳と説得力を奪うだけの実力を秘めた戦士だった。
余裕を持って立ち回れた相手が、一人たりともいない。気を抜けばこっちの命が刈り取られる、油断もなにもない強敵ばかり。そして彼ら相手に、勝ち星をパムは未だ上げられていない。多少の謙虚は覚えると言うものだ。少なくとも、マーガレットの安い挑発に乗らない程度の分別は、大分前には心得ていた。

659第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:42:23 ID:eP/lXdxU0
 ――もう良いだろ、とっとと退くぞ!!――

 言外するでもなく、目線だけでレイン・ポゥはパムに主張する。これ以上此処に留まり続けるメリットがない。
当初の目的である黒贄礼太郎の討伐は失敗に終わっただけでなく、レイン・ポゥやパム、純恋子ですら、看過出来ぬダメージを負ってしまった。
加えて、結果的に三組ものサーヴァント達に自分達の存在が露呈してしまったとあっては、痛み分けと言う言葉を使う事すら苦しいであろう。
戦略的に見れば、一方的に彼女らは負けたのだ。ならば、こう言う時どうするのか? 早急に場を切り上げて、傷口が広がるのを抑える事しかあるまい。

 パムは考える。自分と、レイン・ポゥが、苦境に陥るのならばまだ良い。サーヴァントとは、魔法少女とは、そう言う生き物だからだ。
だが、純恋子は違う。魔王塾の入門の予約を承っているとは言え、まだ彼女は人間なのだ。サーヴァントでも、況して魔法少女でもない。タフな女性に過ぎないのだ。
それに、純恋子の死は、レイン・ポゥの消滅と連動している。純恋子の身を案じるのも勿論だが、まだまだレイン・ポゥには消えて欲しくない。
教えてやりたい事、やって欲しい事が山ほどあるのだ。レイン・ポゥが不服を主張しても無理やりにでもやらせる事が。

 素直に、此処は退散するべきだろうとパムは考える。
傷の手当など、黒羽さえ無事なら如何とでもなる。失った魔力すらも、黒羽ならば補填可能だ。
後は、パムの意思一つ。それ次第で、レイン・ポゥは全速力でこの場から退散するつもりでいた。

 そう、本当に意思一つなのだ。パムは気分が高揚すると、何をするか解らない。
パムはこの<新宿>に於いて、全力を出した事はない。パムの全力とは、黒羽に課してある汎用性の枷を解除する事に他ならない。
それを外せばどうなるか? 地図を書き換えねばならぬ程地形は変わる、山が消える、海が煮え立つ、都市からまともな形をした建造物が一つ残らず消え失せる。
それだけの規模と威力の攻撃を、本来ならパムは行使出来るのだ。それをしないのは、パム自身の強靭な自律力の賜物なのだ。
この自律する意思を解除せねば、アレックスにも、目の前のマーガレットにも、勝てない。そしてそれをやるべき時では、今はない。

「業腹だが……」

 退くのが、賢明か。これ以上この場に留まるのは、レイン・ポゥや純恋子の命が危険と言う以上に。
パムの自律心と言う意味で危険だ。神宮球場が跡形もなく破壊されている現状を見て、何処が自分を律しているのだ、と言われるだろうが、これでも相当我慢していた。
本気になれば、この球場の数百倍どころか、数千倍の規模の破壊を振りまけた事、そしてそうしなければ勝てない相手と戦っていた事実を鑑みるに。パムは相当手を抜いていたのだ。そして、その手抜きと言う名のリミッターを外してはならない。その理性が勝った時、パムの体は動いていた。マーガレットの方角ではない。彼女から遠ざかる方角へと。

 ――その刹那。強大な敵意と殺意とを撒き散らす何者かが、信じ難い速度でこの場に乱入して来た。
相手を殲滅、撃滅、抹殺すると言うその意思の強さと流れの太さと大きさは、宛ら氾濫で荒れ狂う大河の如し。
この瀑布のような意思の奔騰を流せる人物は、限られている。こう言った敵意と殺意の強さとは、放つ相手の強さと正比例の関係にある。
当人が強ければ強い程、殺気の鋭さや量も跳ね上がる。これだけの総量、並の強さの戦士では流出出来ない。では、誰が放っているのか? そんな者、一人しかいないではないか。

 両手に刻まれた、黒い文様に青緑色の縁取りが成された刺青。其処から、バチバチと火花を散らしながら、男はやってきた。
厳密に言えばそれは火花ではない、スパーク……生物電気の一種だ。人修羅と化した者は、常人を超越する新陳代謝と生理現象を得られるようになる。
この生物電気もまた、その一つ。彼は……アレックスは、その意思一つで、生体電流を外部に放出、落雷に匹敵するレベルの放電現象を以って相手を消し炭にする事だとて可能なのだ。……そしてそれを、実際に、行った。

660第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:42:55 ID:eP/lXdxU0
 迸る白色のスパーク。
餓えた大蛇が獲物へと殺到するが如く、アレックスの行った放電現象は、無差別に、この場にいる全ての存在へと向かって行った。
パムは、羽の一枚を、数mと言う長さに対して円周が鉛筆の芯程しかない細長い棒に変形させた。
すると、アレックスの放電現象は、その棒に誘われるように吸い込まれていった。原理としては避雷針のそれと同じ役割を果たすそれをパムは作ったのだが、
それだけでは不足と考え、電気エネルギーを無理やり逸らしてしまう性質をも付与させていた。そしてパムの目論見は見事に成功したのだ。
……避雷針自体が、アレックスの放電に耐え切れず、木っ端微塵に吹き飛んでしまったが。これ以上は危険だと判断したパムは、戦いたいと言う欲求を振り切り、超高速でレイン・ポゥと純恋子を回収。両手に抱えた状態で飛翔し、高速でその場を後にした。

 さて一方、マーガレットの方はと言うと、パムの様に、アレックスの放電現象を対処する、と言う行為を放棄していた。
但しそれは、諦観からくる選択では断じてなかった。自殺行為ではない。その理由は、マーガレットの身体に鉄をも蒸発させるその電気が当たった瞬間、
夢か幻かのように消え失せている光景を見れば、簡単に想像が出来よう。避ける必要がないのだ。
今のマーガレットは、害意ある電気の力を全て無効化するペルソナを装備している。神秘の強弱、電圧・電流の強さ。そんな要素、一切斟酌されない。それが電気、と言うエネルギーを用いた攻撃であるのなら、今のマーガレットは、神の雷霆ですら無傷でやり過ごせるのだ。

 ――無効化!!――

 知識ではアレックスも知っている。特定の属性に対する耐性がある一定の水準を超えた時、その属性による害意を無効化する。
しかしまさか、この場で、それをやられるとは思ってもなかったのだ。況してマーガレットは、見た目だけならただの人間だ。
属性の無効化は、その属性に特化した存在のみが持ち得る特権なのだ。満遍なく、様々な属性を修得し得る人間には、無効化と言う相性や特権は得られない。そのバイアスが、仇となってしまった。

 放電を無効化させながら、正しく疾風か稲妻か、とでも言うような速度でマーガレットはアレックスの下へと駆けて行く。
そのスピードを乗せた渾身の飛び膝蹴りを、アレックスの顔面へと叩き込もうとする、が。人修羅の天性の反射神経で以って、ダッキング(屈む)する事でこれを回避。
スカを喰う形になったマーガレットに対して追撃を叩き込もうと、アレックスは、頭上を行過ぎた彼女の方を振り返る。――いない。
飛び膝蹴りのような大技を回避されれば、必然、其処には隙が生まれる。跳躍して行う攻撃であるのだから、着地する、と言うプロセスが必要不可欠だからだ。
マーガレットが、着地をし損ない転倒する事は先ずありえないにしても、着地して態勢を整える、と言う手順は絶対に行う筈だ。
それこそ、空でも飛べない限りは絶対に避けられない筈――其処まで考えた瞬間。アレックスは己の背後に、ただならぬ気配を感じた!!

「!!」

 サイドステップを刻めたのは、アレックスが人修羅の反射神経を得ていたが故だった。
もしも、彼がこの行動を実行に移せなかったなら、マーガレットの抜き手が、そのまま背面から彼を貫き、心臓を致命的に破壊していただろう。
マーガレットは飛び膝蹴りが回避されたその瞬間に、瞬間移動を行い、大技を行った事による不可避の隙の発生を、無理やりにでも潰していたのである。

「――弱いわね」

 それをアレックスは、挑発と受け取った。事実、マーガレットはそう言う意図を込めて、今の発言を零した。
しかし、彼女は決してそれだけの意図で今の言葉を口にしたのではない。客観的事実を鑑みて、そう発言したのである。

 人修羅――その名は、力を管理する者としての職務を全うし、イゴールに従っていた頃。
より言えば、妹のエリザベスや弟のイゴール、カロリーヌやジュスティーヌ達が一同に会していた頃から聞き及んでいた。
力を管理する者が自由にその力をプール出来る次元……それよりも更に高位の次元であるところの、『アマラ宇宙』。
本を正せば彼は、その宇宙をたゆたうとある世界で生まれた、ただの一個の人間に過ぎなかったと言う。
その彼が、大いなる闇……即ちルシファーの薫陶を受け、『悪魔の力を得た人間』から『人の力を得た悪魔』に進化した存在こそが、人修羅なのだと言う。

661第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:43:49 ID:eP/lXdxU0
 謎多い存在である。
嘗てイゴールが主と呼んでいた普遍無意識を舞う『蝶』をも創造したもうた、『大いなる意思』を破壊する為に産み出された究極にして完全なる悪魔。そう聞いている。
大いなる闇であるルシファーを越えるとすら噂される実力を秘めた、最新の悪魔。そうとも聞いていた。
悪魔の中でも特に異端とされる者だとも聞いた。神秘の強さは古ければ古いほど強いと言う原則と同じで、悪魔の起源が古ければ古い程その悪魔も強くなるのだ。
しかし人修羅は、その原則の例外らしいのだ。最も新しい悪魔でありながら、並み居る神や魔王を屠り従えていると言うのだから、根拠の裏づけにはなるだろう。
此処まで語った情報が全て推定系なのは、マーガレットですらその全貌が理解出来ない程正体不明の悪魔なのだ。しかし確かな事は一つある。
人修羅は、強い。ベルベットルームでの仕事の傍らに届く人修羅の情報はどれもこれも確度のあやふやなモノばかりであったが、唯一、強いと言う情報だけは一貫していた。
そしてそれは、エリザベスが従える人修羅の男の姿を見た時、確信に至った。背筋が音叉の如く震えてしょうがないあの覇風。最強の悪魔の名に嘘はなかった。
しかも、サーヴァントとして存在が落魄していて、アレなのだ。本体は、まさに天地を哭かしむる強さを誇る怪物に相違あるまい。

 アレックスには、あの時<新宿>衛生病院で見た人修羅から感じた、恐ろしさと言うものを感じない。
人修羅と化したアレックスを目の当たりにした瞬間、マーガレットは戦慄を禁じえなかった。
幻十と人修羅が戦っている姿を見て、その強さは実感している。そんな者と自分が、今此処で戦う……。やるしかない、と覚悟を決めていた程だった。

 ――だが蓋を開けてみれば、『いけそう』、と言うのがマーガレットの所感となった。
種族上は、アレックスも、エリザベスの従えるルーラーも。同じ人修羅の悪魔なのだろう。だが、違うのだ。
目の前の男と、エリザベスの従える彼とでは。決定的に、何かが違う。アレックスの振るう人修羅としての強さは、確かに脅威の筈なのだ。
マーガレットであっても、油断が出来ない程に。しかし、あの人修羅と比べれば、恐ろしさが全然違う。
<新宿>衛生病院で戦った彼は、濾過・精練された、純度の高い死のような気配を感じた。
相対するだけで、身体がビリビリと痺れるような……痛みすら感じる恐ろしい気配は、噂に違わぬ威力を内包していたものだった。
アレックスにはそれがない。身体能力の面で鑑みれば、間違いなく強い筈なのに、マーガレットは彼に殺されるヴィジョンが思い描けない。
彼は、怪物と言うカテゴリーに属してはいるがそれだけの存在だ。怪物と言う境界線を越えた向こう側の存在ではない。
そうと認識した瞬間に出てきた言葉が、『弱い』だった。倒せる。そうと、マーガレットは踏んでいる。

「ッ……!! テメェは……!!」

 マーガレットの顔を見ていて、アレックスは何かを思い出したらしい。放射する殺意の切味と量が、跳ね上がる。
血走る紅蓮の瞳を見て、はて? と思うマーガレット。先程まではアレックスの姿を冷静に見れる時間がなかったが、今は違う。
一呼吸出来る時間があれば、マーガレットにとっては十分。その時間がじっくりと観察出来るのに必要な時間なのだが、それを経て感じたのは、違和感だった。
『自分は何処かで、このサーヴァントと出会った事がある』。そう思わずにはいられないのだ。
<新宿>衛生病院で見た人修羅とは明白な別個体である筈なのに、強烈な既視感があるのだ。そんな筈はない。
人修羅は特徴の多いサーヴァントである。それはそうだ、体中に特徴的な刺青を刻んだサーヴァントが、見る者の印象に残らぬ訳がない。
だからこそ、一度見て、戦った存在であるのならマーガレットは忘れない。誓って目の前の人修羅は、マーガレットとしても始めて見る……なのに、何処かで出会った事がある、と思っているのは、何故なのか。

「あのアサシンも近くにいるんだなッ」

 アレックスの言葉に今度はマーガレットが驚く番だった。
やはり、何処かで会っている。いやそれだけじゃない、彼女が従えるサーヴァント、浪蘭幻十のクラスを知っていると言う事は、交戦したと言う事でもある。
遠目から見て幻十のクラスを知ったとかではないだろう。あの男は広範囲に、自分の耳目同然に機能する妖糸をばら撒ける。
それを逃れて遠見をする事など限りなく不可能なのだ。その線がない以上、目の前の人修羅は、幻十と交戦しなおかつ生き残ったサーヴァントである事を意味する。
この上、マーガレット自身の事をも知っているとなれば、答えは最早、一つしかない。このサーヴァントとは――

662第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:44:22 ID:eP/lXdxU0
【マスター、今すぐ物理攻撃を無効化するペルソナを装備しろ!!】

 突如として、念話を通して伝わってくる幻十の声。
其処に、一切の余裕が無く、それどころか焦燥の念すら感じられたその瞬間、マーガレットの意識が、心の仮面を変じさせていた。幻十に、理由すら聞かなかった。
結果的に、何故ペルソナを変えねばならないのかを問わなくて、正解だった。もしもその場で訊ねていたら、地面や空中から殺到する、無数の妖糸が、
マーガレットの体を万単位の細切れに分割されて即死していただろうから。

「これは!!」

 物理攻撃を無効化するペルソナを装備しろ、その命令の意図が解った。
身体をすり抜けて行く、ナノマイクロサイズのチタン妖糸。その威力を、幻十の戦いぶりを見て理解しているマーガレットにとっては、戦慄するしかない光景だった。
妖糸が素通りしてゆくのが、彼女の身体に伝わっていく。対策を施してなければ、妖糸が素通りした通りの軌道で身体を分割されていた。
殺到する妖糸の量から考えるに、ペルソナを装備してなければ今頃のマーガレットの未来は、原形すら留めないひき肉であった。

「ジャアッ!!!」

 アレックスは裂帛の気迫を以って叫びながら、先の黒贄の攻撃で圧し折れた両腕、それぞれに魔力を練り固めた剣を握り、折れている事などお構いなしに振るった。
斬れる、斬れる。我が身へと迫り来る、極細極小の殺意の嵐が、ピウンッ、と言う音を立てて無力化されているのが、アレックスの腕に伝わってくる。
あの時マンションで戦った時には、見る事は愚か、形ですら朧げに認識する事も出来なかったモノの正体、軌道。それらが理解出来る。
北上の腕を切断し、自分の身体に手傷を負わせたものの正体は、目で見る事等出来ないほど小さな糸だったのだ。
本当の事を言えば、今でも、糸そのものをアレックスは視認する事は出来ない。出来ないが、腕に伝わってくる感覚は間違いなく糸のそれだし、例え目で見えずとも、アレックスの目には細い線状の殺意が感知・視認出来る。人修羅と化した事による恩恵が、最高の形で現れていた。

 マーガレットと、アレックス。二人がチタン妖糸を対処し終えてすぐのタイミングで、彼らは、姿を現した。
空中からまるで、ミサイルの着弾めいた勢いで、その二人は片膝ついて着地した。この場に現れた勢いから推察するに、此処に移動するまで相当の加速を得ていたのだろう。
二人は共に、黒いコートを着ていた。というよりどちらも、黒ずくめの服装なのだ。シャツからズボン、靴に至るまで。
違いと言えば、一方が来ているコートはロングコート、もう一方がインバネスと言う所であろうか。

 だがその二人の最大の共通点は、そんなものではないだろう。
――美しい。そう、美しいと言う客観的な事実こそが、彼らの最大の共通項。形容する言葉が、見付からない。美を表現する語彙が、この世にない。
佇むところから伸びる影すら美の極点、風にたなびくコートですらも、オーロラを幻視させる程綺麗なもの。
纏う衣服ですら、美しいもの。いやそれどころか、彼ら自身の美の一部の如くにしてしまう程……彼らの美しさは、達していた。
その麗美さは、人界のものではありえない。それは天界の美……或いは、魔界の麗しさだった。

【その男が……?】

【その通り、我が仇敵さ】

 美魔人の片割れ、インバネスを纏う方の魔人である浪蘭幻十が、何処か誇らしいものすら感じられるような声音でそう言った。
幻十から聞いていた特長と、乖離しているとマーガレットは見ていて思った。美しい、それは、間違いない。異論の挟みようがない。
だが、幻十から事前に教えられていた美しさとは、ベクトルが違うように思えるのだ。前情報では、無邪気で純粋な美だと言われていたが、今は違って見える。
冷酷、そして峻烈。人を裁き、人に無慈悲に接する恐るべき神を、幻十と相対する男、秋せつらに見たのである。

663第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:44:40 ID:eP/lXdxU0
【ちなみに言うが、もうペルソナを用いた物理無効はせつらには通じないと思って良い。奴はもうマスターの殺し方を学習した、次は回避に徹せねば死ぬぞ】

 馬鹿な、と言いたくなるマーガレットだったが、此処で幻十が嘘を吐くメリットが思い浮かばない。本心で幻十は言っているのだろう。
事実、幻十の言う通り秋せつらは、今しがたマーガレットの身体を妖糸が素通りしたのを見て、対処方法を既に弾き出していた。
いや、弾き出した、と言うような言い方は正しくない。正確には、『物理攻撃をああ言う方法で無効化する敵の斬り方を覚えた』、と言うべきか。
こう言う指の動かし方をすれば、斬れる。その方法論を編み出したに過ぎない。そして真実、そのやり方で、斬り殺してしまえる。せつらが魔人たる所以であった。

「アサシン……ッ!!」

 まるで雪崩のような量と勢いの殺意を、アサシン……即ち、浪蘭幻十へと放射させながら、アレックスが言った。
弩級の怨嗟を込めた言葉を受けるも、幻十はまるでアレックスの方を見ていない。それを、アレックスは挑発と受け取った。

「酷く怨みを買っているようだが」

 他人事のようなせつらの言葉に、幻十は笑みを零した。

「買った買われたなど、日常茶飯事じゃないか」

 それもそうか、と言わんばかりにせつらは黙った。
アレックスは、豪も此方に対して反応を寄越さない幻十に対し、赫怒を燃やしていた。実際には、アレックスに対しても幻十は細心の注意を払っていた。
索糸を用い、幻十は、アレックスが数時間も前に上落合のあるマンションで半殺しにしたサーヴァントだと気付いている。
色々と、謎はある。その中で最たるものが、何故アレックスが、<新宿>衛生病院に居を構えていた、あの恐るべきルーラーと同じ種族に転生しているのかと言う事だ。
以前戦った時のアレックスの実力とは、比べるべくもない。格段に、今のアレックスは強くなっている。何せ、幻十の糸は勿論、せつらの妖糸ですら対応出来ているのだ。
前回幻十に無様な醜態を晒した時を思い起こせば、段違いの進歩であると言えるだろう。

 であるにも関わらず、幻十がせつらの方にのみ注視している理由は、単純明快だ。
アレックスがこれだけ強くなっていてもなお、幻十のプライオリティは、せつらの方を高く設定しているからに他ならない。
人修羅・アレックスは間違いなく強い。だが、幻十はその強さに、脅威と恐怖を感じていなかった。
<新宿>衛生病院で戦った、あのルーラー。強かった。思い出しても、背骨が凍る程の恐怖を覚える。
まさかこの街に、せつらやメフィストに匹敵――いや、かれら以上かも知れないと、魔界都市の体現者である幻十に思わせしめる程の存在が、いるとは思わなかった。
あのまま、衛生病院で幻十とルーラーが戦っていれば、幻十は恐らく今この場でせつらと睨みを利かせていられなかったろう。そうと認める程、あの人修羅は強かった。
だが、此処にいるアレックスについては、同じ人修羅の男である筈なのに、まだ対処出来るものと頭のどこかで幻十は考えているのだ。そしてそれは、きっと事実なのだ。
ならば、幻十はそれに従う。アレックスは現状底の見えぬ相手だが、彼以上に底なしの強さを持つ者が、秋せつら……魔界都市で最も恐れられ、そして幻十ですら勝てぬと認めた男なのだ。生前の事を知っていてなお、未だその強さの全貌の知れぬ男。そちらの方に注力するのは、当たり前の話だった。

 痺れを切らしたのは、アレックスの方だった。
幻十への怒りが、突如現れた自分の知らないサーヴァント――即ち、秋せつらの様子を静観する、と言う基礎的な行動を取る意思に勝った。
自らのクラスを宝具、『もしもサーヴァントだったら』によってキャスターに変更。これで、彼の放つ魔術には補正が掛かる。威力の面でも、速度の面でも。
クラスの変更と同時に、せつらと幻十、マーガレットを丁度巻き込む位置に、ゼロ秒を錯覚する程の速度で竜巻が荒れ狂った。
螺旋状に巻き上がり、巻き込まれる砂煙、そして瓦礫。この竜巻に巻き込まれようものなら、高くに舞い上がる程度では済まされない。
中で螺旋を描く砂粒に体中は切り刻まれ、一秒も経たない内にその生命体は、竜巻の中で回転を行うデブリと化す。
砂粒だけではない、時速一〇〇〇km以上の速度で回転を行う瓦礫に直撃すればその時点で即死は免れ得ない。
何よりも竜巻内部で発生している真空の刃が、砂粒と瓦礫を対策する者の命を無慈悲に刈り取って行く。
死角はない。安全地帯も勿論ない。巻き込まれてしまえばその人物は、死出の花道を歩くしかないのである。しかしそれで――果たして魔人を葬る事は、出来るのか? その答えは、すぐに知れる事となる。

664第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:45:11 ID:eP/lXdxU0
 ビル数棟を積み重ねたような高さの竜巻が、無数に断ち割れた。まるで、一本の大根かゴボウかでも、包丁で雑にカットしたかのように。 
割断された竜巻は、最早竜巻としての形と威力を成さなくなり、取りとめもなく、あらゆる方向に吹き荒ぶ、粗雑な風力エネルギーとして四散してしまう。
秋せつらは、地上で佇んでいた。あれだけの風力の竜巻の中に晒されていながら、姿勢を崩した様子もなく。
まるで足元から根が伸びているかの如く不動の姿勢を維持出来たのには、如何なる摂理が彼に働いていたのか?
幻十は一方、空中を飛翔していた。彼の方は、竜巻に逆らうのではなく、それに巻き込まれつつも、身体を損なう現象については受け流す方向性を選んだのだろう。
繭の様に身体を包んでいたチタン妖糸を、人差し指の一本を軽く動かすだけで幻十は解除する――のみならず、それまで繭になっていた妖糸は、小指一本で成しうる操作量を超える動きで、幻十の背部に凄いスピードで稠密して行き、やがてそれが不可視の翼を形成する。チタンの糸で形成された、人工の翼を。幻十よ、飛ぶのか? その翼で、太陽目掛けて飛んで見せたイカロスの如くに。

 最初にアレックスへとコンタクトをとったのは、マーガレットだった。
彼女がアレックスの起こした竜巻を無力化させられたのは単純で、風や衝撃を完全に無効化するペルソナを装備していたからに他ならない。
吹き荒ぶ風力エネルギーなど知らぬと言わんばかりに、アレックスの下へと一直線。常人なら数十mは吹っ飛ばされて余りある混沌とした風のベクトルも、今の彼女にはそよ風同然だった。

 迫るマーガレットに対し、アレックスが駆け出した。
来るか、と思い、肉体の内奥に力を込めるマーガレットだったが、その彼女を、アレックスは無視。行き違いの形で、彼女を素通りした。
バッ、と背後を振り返った時には、アレックスは軽く屈んだ膝を勢い良く伸ばす、その力を用いて跳躍。妖糸の魔翼を操って、空中を滑空する幻十の方へと向かって行く。

 宙を舞う幻十目掛けて、胴回し回転蹴りを行うアレックス。そしてその一撃を、糸で構成された翼の片方を振るって迎撃する幻十。
蹴り足と翼とが、衝突する。鈍い音、響き渡る重い衝撃波。切り立った断崖ですら崩落させるに足る一撃を受けても、糸翼は中頃まで断裂される程度の損傷に留まる。
翼の中は全くの空洞であるとは思えない程の、凄まじい強度であった。しかし、今の一撃で飛行能力を失った幻十は、殺虫剤を当てられた蝿の様に墜落を始める。
そしてその隙を狙って、せつらが動いた。指を動かすと、怒涛の勢いで、アレックスと幻十の周囲を、無限と言われても信じてしまいそうな数の妖糸が殺到。
彼らの身体を、その糸と同じ大きさであるナノマイクロ、いや、それ以下の小ささにまで切り刻もうとする!!

 アレックスに破壊されてない方の糸翼、その全てを解いて、せつらの殺魔線に対抗しようとする幻十。
無論、それではまだ足りない、コートの裏地からボールペンのペン先の球程度しかない大きさの糸玉――チタン妖糸をそう言う形にしたもの――を取り出し、
それを即座に解く幻十。解かれた糸は風に舞って霧散するかと思いきや、幻十の指先が触れた瞬間、彼の意思の雄弁なる代弁者の如くに靭性を帯び始める。
せつらの糸と幻十の糸が、衝突する。チィンッ、と言う高音と同時に火花が明滅する、その様子を見て、せつら達が妖糸を操る事を知っている者が見れば思うだろう。
幻十が事なきを得たと。実際には違う。数万を越す糸を操ってなお、せつらの糸は無数にある。その本数、優に二万は下らない。

「仕方のないサーヴァントだこと!!」

665第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:45:29 ID:eP/lXdxU0
 奇しくも、アレックスとマーガレットは、迫る妖糸に対して同じ反応を取った。
マーガレットは、幻十の周囲に小規模の、アクリルで出来ているような透明感を持った、球状の泡めいたもの無数に創造。
アレックスの周囲にも、彼自身が創造した同形状の泡が生み出されていた。互いに、互いが生み出した泡に魔力を込めた瞬間だった。
アメジスト色の爆発が球の内部で発生。爆発は、球の外に出る事はなかった。両者が発生させた泡範囲内にはせつらの操る糸が配置されて『いた』。
この場にもし、ナノマイクロのサイズを視認出来る者がいれば、理解出来た事だろう。泡を素通りした部分の糸が、綺麗さっぱりと、『消滅』している事が。
泡の正体は、小規模のサイズにまでパッケージングされた閉鎖空間であり、彼らはその内部で、俗に『メギドラ』と呼ばれる魔術を発動させていた。
俗に、万能属性とも称されるこの属性の魔術は、悪魔や神が操る魔法の中でも極めて高等の物に分類される。この属性は、相手の有する耐性や概念防御を、貫く。
せつらの操る糸であっても、それは同じ。メギドラの直撃をモロに受けた妖糸は、燃えるでも崩れるでもなく、跡形もなく消滅。せつらの意思と断絶され、無害な糸屑に変貌してしまったのだ。

「出来るな」

 マーガレットに対し感嘆の言葉を漏らすせつら。余りにも、其処には感情が無い。
小石が転がっている、セミが足元で死んでいる。その程度の情感しか、言葉に込めていなかった。

「自慢のマスターさ」

「気味悪いわ」

 着地と同時にそう言った幻十に対し、鳥肌すら立つ思いでマーガレットがそう言った。
目の前にいる、サーヴァント、秋せつらの実力を脳内で反芻するマーガレット。
網膜に映るステータスは、三騎士のクラスと比べても遜色はないにしても、面白みはそれ程ない。サーチャーと言う特異なクラスである事にも、それ程驚かない。
問題はただ一点、強い、と言うその事実。幻十が再三以上に渡って語っていた、秋せつらは強い、と言うその言葉を肌で彼女は実感していた。
成程、必要以上に幻十が意識していた理由もよく解る。せつらの強さは、異常だ。武器は確かに、幻十と同じ糸なのだろう。
同じ糸の筈なのに、幻十と同じ武器である気がしない。彼よりももっと恐ろしく、そして鋭いモノを振るっているような錯覚にすら陥ってしまうのだ。
冬至の夜に浮かぶ凍てついた満月に似た美貌を持つ魔人、秋せつら。彼の手で操られる魔線は、余人が魔線と見る以上の力を、得てしまうのだろうか?

 確かに――これは、今の幻十では荷が重かろう。
しかし、せつらは知らない。自身が『出来る』と判断した、自らの親友だった男のマスターである才媛もまた、魔界都市の住民の手綱を握るに相応しい怪物である事を。

「手間の掛かる男……援護してあげるから何とかしなさい」

 そう告げるのと同時に、マーガレットは、ペルソナ辞典から一枚のカードを取り出し、そのカードに刻印されたペルソナをこの世界に招聘させた。
黒い烏帽子兜を被り、真紅の鎧具足を装備した美男子だ。無論、鎧を纏っているという服装上、柔な優男の外見ではない。鍛えられた、武者の外見だ。
幼名を牛若丸。最も知られる所の名を、源九郎義経(ヨシツネ)。平安末期から鎌倉初期にかけて八面六臂の活躍をした、源平合戦の立役者。
鞍馬山で武芸の鍛錬を積み、大胆な知略・奔放な剣術で多くの敵を惑わせ、源氏側を勝利に導いた大武将である。そして、幻十の言っていた、物理攻撃を無効化するペルソナの正体である。

 ヨシツネが剣先を、幻十に向けたその瞬間だった。 
淡い光のようなものが幻十の身体を包み込み、その光が彼の体に吸収されていったのだ。一秒も、その間経過していない。

 ――補助魔法……!!――

 アレックスが今この瞬間、地上に着地した。そして、マーガレットが幻十に対して行った術の正体を看破した。
それは、アレックスの世界で言う所の『ブレス』。それは、悪魔達の世界で言う所の『カジャ』。即ち、素の身体能力を強化させる魔術である。
魔術の世界に於いて他者の能力の強化は最難関と言われる程難度の高い術ではあるが、マーガレットレベルになるとそれを行う事など、児戯も同然。
『ヒートライザ』。それが、マーガレットが幻十にしてみせた強化の魔術の正体。その効果は、戦闘に関わる全ての能力の向上、であった。

「――こう言うサポートを必要としない程には、強くありたいものだな」

 その言葉と同時に、幻十の両腕が、残像も追いつかない速度で霞んだ。
せつらが、アレックスが。その動きに追随した。両名共に、後手に回ってしまった。腕、指、どちらの動きも、先ほどの幻十のそれよりも遥かに迅速だったからだ。
いや、速度が跳ね上がったのは、身体の動きだけじゃない。美の精緻たる幻十の腕指、それによって操られる必殺の糸条の速度もまた、恐るべきスピードに達していた。

666第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:46:05 ID:eP/lXdxU0
 せつらの指が、痙攣にも似た動きを見せた。いや、それは肉体の反射的な動きではない。
一見して痙攣や引き付けに見えるような動きでも、それは、せつらにとっては計算と意図で編まれた動き。“私”の人格は、そう言う動きを行わないのだ。
その証拠が、せつらの操る魔糸の動きだ。彼の周囲に展開されていた糸が、せつらの指の指示に従い、蛇の様に動き始めた。
ある糸は薙ぎ払われ、ある糸は地面から一気に弾け飛び、ある糸は上下左右に回転運動を始めた。その動きが無秩序なそれでない事は、迫り来る幻十の糸を切断し返しているところからも、証明済み。尤も、他人にはナノマイクロというミクロの世界での攻防など、認識出来よう筈もないが。

 アレックスについて言えば、かなり危なっかしいながらも、無事に糸を防げていた。
黒贄によって齎された腕の骨折は、荒療治ながらも自前の回復魔術で回復されており、振るえばまだ痛みが鈍く起こるその腕に魔力剣を携えて、チタン妖糸を斬り払っている。
人修羅になって得た事による優れた知覚能力で糸を認知出来るとは言え、アレックスには絶対的に、せつら・幻十の操る妖糸に対する経験値が足りていない。
防げはする、致命傷も免れられる。だが、其処から攻めに転ぜられない。防ぐだけが精一杯なのだ。しかも見た様子、幻十はまだ糸を操る本数を増やせるらしい。
本気でアレックスを対処しようとしているのなら、忽ち彼の霊基に大ダメージを与えられていよう。そうしない理由は簡単だ、出来ないから、である。
幻十の目的は、あくまでも秋せつら。その軸は、全くブレていない。もしもこの場に、ナノマイクロサイズのものを視認出来る水準にある、
文字通りの『神の目』を持った存在が居るのであれば、きっと解るだろう。明らかに、せつらに降りかかる糸の数が、アレックスよりも遥かに多い事に。
幻十がせつらを特別視している事は、今更説明するべくもない。だから現に、せつらの方に妖糸の数を多く向かわせている。勿論それは正しい。
しかしあの、“私”を名乗る恐るべき魔人が特別だとか、私的な因縁があるからだとか、必ずしもそれが全てではないのだ。

 この<新宿>で行われている聖杯戦争の中でも最強のマスター……いや、それどころか、だ。
二名が知る中で最強の魔女、宇宙の真理や魂の秘密すらその手に掴んだろうガレーン・ヌーレンブルク。
幻十どころかせつらですら、最高の魔女であると言う認識を同じにするあの高田馬場の魔女に匹敵する魔才を誇る、マーガレットが施した最強の補助魔術・ヒートライザ。
これによる絶大なブーストを得ていて尚――せつらに届かない、と言うこの現実。その通り、単純に、『せつらの方がまだ強いから彼を優先して攻撃している』……それだけの話なのだ。

 ――デタラメね……――

 せつらの強さを、知らなかった訳じゃない。
幻十から口頭で、マーガレットはその強さを知らされていた。自分と同じ技を使う、魔界都市最強の魔人の一人。そう言っていたか。
正直、彼女が使役する黒魔人について、彼女自身が抱いているイメージは最悪の閾値を優に上回る。美しいだけの、唾棄すべき魔王だと本気で思っている。
思っているが、この男が有する、魔人としての見識だけは、本物だとも思っていた。間違いない。幻十は嘘を平気で吐く。だが、せつらに関する嘘は、ない。
全て本気で話していると、短い付き合いでマーガレットは理解していた。理解していて――尚。その話には誇張や贔屓、忖度が含まれているのでは、と。この瞬間までは思っていた。

 一切、そんなモノはなかった。
幻十の語ったせつらの強さは、全て違わず真実のものだった。幻十が強く意識をする訳だ。
自分と同じ技を使い、自分と同じだけの背丈を持ち、そして、自分と並ぶ比類なき美貌を持つ男。ライバルとして意識するのも、頷ける。

667第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:46:22 ID:eP/lXdxU0
 本数にして千など容易く超える程の数量で押し寄せる、必殺の妖糸が、マーガレットに悉く当たらない。
糸を操るせつらは、理解しているだろう。マーガレットに近づいた瞬間、海をも叩き割るせつらの断線が、ドライフラワーを力尽くで揉んだように粉々になっているのを。
理屈は理解している。彼女の周りを目まぐるしく、まるで惑星を周期する衛星宜しく旋回する、球状の焔と冷気を見れば、何が起こっているのか魔人には解るのだ。
要するにマーガレットが行っている手品は、熱相転移だ。熱したグラスを急激に冷やせば、グラスが砕け散る。やらかした者も、数多かろう。
一般的な、それこそ、市井の家庭でもやりがちなミスである。コレを究極の領域にまで高めた現象を、意図的に操作して。マーガレットはせつらの糸を対処していた。
アギ(火炎)の魔術とブフ(氷結)の魔術のどちらも覚えさせたペルソナを装備し、そのペルソナが放つ太陽表面に近しい超高熱と絶対零度の極低温で、
極端な相転移を行っているのだ。無論耐えられない。直撃すれば、物質は必壊、生命体は即死だ。何せ、原子核のレベルで、その熱相転移を受けたものは消滅させられてしまうのだから。

 マーガレットが思う以上に、この場には、デタラメな人物しかいなかった。
そもそも彼女は気付いているのだろうか。音の速度を超越するスピードで迫る、1/1000マイクロのチタン妖糸を、丁寧に原子核レベルで破壊して対処している自分こそが。
傍目から見れば怪物そのものとしか映らない、と言う事実に。

【防ぎ方を変えろマスター、次は原子核を破壊された状態を維持したまま来るぞ】

 そんな馬鹿な、と突っ込む気すら最早起きない。
やりかねないと思ったからだ。原子核レベルでの破壊とはとどのつまり、消滅に等しい。
石をハンマーで砕くのとは訳が違う。石は叩き割っても、元々石であったものは残る。だが、原子レベルでの消滅は、跡形も無くなる。
形も存在も、消えて、滅びるのだ。そんな状態になった後でも、攻撃が叩き込まれる。ありえない話だ、言うまでもなく。
だが、秋せつらと呼ばれるあのサーチャーなら、やりかねない。目にした者に、これから自分は滅び去るのだと否応なしに想起させる、死神の美を持つせつらなら。やってしまうのだろうと、マーガレットは思っていた。

 今度はマーガレットは、迎撃を選ばなかった。
逃げた。と言うよりは、糸の範囲内から退散した、と言うべきか。駆けたり跳ねたり、避けたりしてではない。空間転移、即ちワープを利用して、だ。
せつらから三〇m程離れた地点まで転移したマーガレット。其処はせつらと幻十が、必殺の魔糸を乱舞させている大殺界の圏外だった。
無論計算して其処まで退避したのだ、が。所詮こんなもの、その場凌ぎに過ぎない。あの美麗極まる魔人がその気になれば、糸の殺戮範囲は、倍以上に跳ね上がるであろうから。

 一歩引いた所から見て初めて解る、恐るべき攻防である。
青、白、橙、赤、黄。それらの色は、せつら・幻十・アレックスの三名の周囲で高速で点滅する光の色だった。
色の正体は火花であった。せつらの手指から伝わる指示を受け、神業の如き軌道で迫る殺線の嵐。それが防がれる際に生じる、せつらの糸の断末魔だ。

 戦況をどうやって、こっちに有利な方に転がそうか。
せつらの意識が此方に向く、ほんの僅かな時間を利用し、目まぐるしく脳を回転させるマーガレットだったが――。
思いも寄らぬ形で、それはやって来た。但しそれは……マーガレットの側よりも、やって来た側のほうに、不利を押し付けてしまいそうだったが。

668第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/03(金) 00:46:41 ID:eP/lXdxU0
残りは今日の夜投下します。今回の投下はこれで終了です

669名無しさん:2020/01/03(金) 11:11:36 ID:EdffP4Zg0
あらいらっしゃい!ご無沙汰じゃないっすか〜(投下乙です)

令呪の効果でセオリー通りの戦い方をするようになった黒煮、人体損壊前提の戦いをやめた事でかえってその異常な身体能力ぶりが分かることになったな
そしてマーガレットさんはやっぱりマスターで参加して良い能力じゃ無いねこれ…。頑張って育てた番長を瞬殺されたのを思い出しました(隙自語)
『私』のせつらは相変わらず底が知れない。この乱戦も終わりが近付いてきてるが、どう終結するのだろうか

670第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:49:37 ID:3fIroC7g0
投下します

671第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:50:03 ID:3fIroC7g0
 トラウマから来る、過呼吸。
それは、戦争の渦中に身を置いていた兵隊にとっては、極めて身近で、誰もが陥る可能性を秘めた発作である。
戦中での体験と記憶が、平和な日常を過ごしている最中に突如としてフラッシュバックを起こし、パニック障害などを引き起こす。
戦争と言う過酷極まる世界を生き抜いてきた兵士が、過酷とは無縁の平和な日常の中で、その精神を蝕まれるのだ。皮肉な結果以外の何物でもない。

 北上は、艦娘としての自負で、PTSD一歩手前のそのトラウマの発作を抑えていた。
抑えられたのが、奇跡だとすら思っていた。プライドは元々人並みだと思っていたが、それでも、あの瞬間だけは、北上は自分のメンタルの存外の強さを褒めてやりたかった。

 上落合のマンションで遭遇した、絶世の美貌を誇るアサシンとの不意の再会は、安定傾向にあった北上のメンタルを掻き乱すには十分過ぎる程のパワーがあった。
北上の語彙では、到底表現不可能――と言うより、人界の言葉では表象不可能な程である、あの美貌は、本来の意味とは全く異なる意味で、直視に堪えない。
見ようと決意するだけで、深海棲艦の跋扈する海域に突入する以上の覚悟が必要になる美貌など、凡そ、この世の物ではない。
そして、その美貌から繰り出される、艦娘の象徴である艤装は勿論、アレックスが操るサーヴァントとしての力すら及ばぬ、『不思議』以外の何物でもない殺しの技。
極め付けが、悪辣を極めるあの性格。艦娘の敵である所の、深海棲艦ですらが、個体によっては会話と交渉の余地がある程度には、良識と呼べるものが僅かながらにあった。
あの麗しい魔人には――それがない。あるのは徹底して、己のエゴと悪性だけ。悪逆を成す為だけに、この世に生を授かった、純然たる魔人。それが彼、浪蘭幻十と言うアサシンだった。

 そんな、恐るべき男に、北上もアレックスも、殺されかけた。
よくぞ、生きているものだと彼女は思う。判断一つ、しくじっていれば彼女らは本当にあのマンションで命を落としていたのだ。
それほどまでの激戦だった。尤も……、激戦と言うのは彼女らから見た場合であって、幻十から見れば、蟻でも蹴散らすかの如き一方的な蹂躙劇であったのだが。

 それ程まで痛い目をあわされた人物に出会ってしまえば、心が掻き乱されるのも、仕方の無い話であった。
況して絵画館で出くわした時は、アレックスと言う頼れる相棒が居なかったのだ。動揺を超えて戦慄・恐慌に近い状態にも、なろうと言う物だ。

「……なぁ、嬢ちゃん」

 絵画館の中を疾走しながら、塞は、後ろを追随する北上に対して言葉を投げかけた。
早く逃げねば、拙い。塞は、自身の予感を信頼している。良い方の、では無く、悪い方の予感の方をだ。そちらは嫌な話だが、良く当たるのだ。
尤も、塞でなくても容易に想像出来るかもしれない。この絵画館は、間違いなく、幻十の手によって戦場と化す。
それも、建物としての形が残っていれば良い方。最悪、建物の跡形もない程、壮絶な戦いが繰り広げられるだろうと言う予感すら彼にはあるのだ。
無論のこと、そんなのに巻き込まれれば一たまりも無い。逃げるが勝ち、という物だった。

「アンタ、あのアサシンの事……知ってたな?」

「……」

 どうして、そう思ったの? などと、北上は言えなかった。
シラを切って押し通す事が出来ないと、彼女は思ったからだ。故にこその、沈黙。そしてその行為は、自らがアサシン・浪蘭幻十の事を知っていた、と言う事を雄弁に語っていた。

672第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:50:20 ID:3fIroC7g0
 塞も、知らなかったと言う言葉を発させる事は許さない。状況証拠があそこまで揃っていれば、塞でなくとも馬鹿でも解る。
あの、思い出すだけで冷や汗が吹き出るような、恐ろしい美貌のアサシンを見た時の、異様な恐怖と震えが、証拠の一つ目。
と言っても、北上のこのリアクションは塞は責められない。彼自身ですら、戦慄と忌憚の念をあの美貌には隠しえなかったからだ。
況して異性である北上が、あの美しさを目の当たりにして無事でいられるだろうか? それを思えば、成程、北上のあの反応は、証拠として数えるのは無理があるのかもしれない。
だが――もう一つの証拠がそれを許さない。あの時北上は、確かにこのような旨の言葉を叫んだのだ。『あのアサシンと戦ってはいけない』……と。
これを聞けば、誰だって思うだろう。北上は過去に、あのアサシンとコンタクトを取っていたばかりか、交戦の経験すらあるのだ、と。
其処を、塞は疑らなかった。彼女の言葉を額面通りに受け取り、そして素直に解釈した。そしてその解釈は正しかった。正しすぎた、とも言う。
北上の言った通りだった。あのサーヴァントとは、戦っては行けなかった。此方側が有していた情報が余りにも少なかった為、
今更挑んでしまった事を悔いるのは非生産的だと言わざるを得ない。そうと解っていても、歯噛みせずにはいられない。
鈴仙の能力を歯牙にもかけない、奇妙な実力の持ち主だと解っていれば……早々に退散していたものを。

「悪いが、その気になった俺は、黙秘権なんて上品な考え方を遵守するつもりはない。質問が非難を飛び越えて、拷問に変わる前に答えて欲しいんだが……」

「知ってたって言うか……戦った事があります」

 やはりそうか、と塞と鈴仙。其処までは予想出来た。

「別に黙ってた訳じゃないよ。聞かれなかったからさ」

 それを言われると塞も弱い。何故なら塞は、同盟相手の過去の交戦記録の事を、軽んじていた傾向があったからだ。
無論、度外視していた訳じゃない。聞こうとは思っていたが、今回の、ジョナサン・ジョースターの退場と、遠坂凛の討伐を兼ねた作戦のセッティングで、聞く機会を逸していたと言うのも大きい。

 だが一番の問題は、塞自体の心に蟠っていた、自身が知っているサーヴァントの情報を秘そうとしていた気持ちである。
北上が従えるサーヴァント、アレックスは戦力的にも申し分ない存在なのだが、同時に、危うい面も多々見られる、おっかない爆弾だった。
強さと同じぐらい、抱える際の不安要素が大きい存在。それがアレックスだ。そんなサーヴァントを同盟相手として取り込むに辺り、
いつでも手を切れるように――この場合サーヴァントを消滅させる事と同義だ――考えていたのだ。
そのやり口の一つが、塞の知っているサーヴァントの知識を秘す、という物だった。手口を知っている敵と戦うのと、全くの初見の敵と戦うのとでは、
兵法のド素人が考えても後者の方が苦戦する率が高い事は自明である。小賢しい手だと言われれば返す言葉もないが、その賢しい一手が決め手にもなる。塞はそれを狙った。
仮に塞に対して誰か他の主従と戦った事があるか、と聞かれても彼はしらばっくれる手段を選んでいただろう。シラを切り通せる自信があるからだ。
何故なら塞はこの<新宿>での聖杯戦争に於いて、『実際に交戦した経験は今回が初めての事』だからだ。
紺珠の薬で予知した、あり得た未来での戦いにしても、それを完璧にフィードバック出来ているのは鈴仙だけなのだ。塞は本当に、交戦経験は幻十とのそれが初めてだ。
だから、語れない。知らないフリだって出来るのだ。何故ならば、サーヴァント同士の本気の戦いを目の当たりにした事は、実際問題本当になかったのだから。

 それが完全に裏目に出た。
自分の手札を晒す事を覚悟で、北上とジョナサンと情報共有するべきだったと臍をかむ思いだ。

「戦ってよく無事だったな、嬢ちゃん」

「無事じゃなかったよ……腕斬り落とされたし……。現に私の右腕、義手です」

「オイオイ、マジかよ……」

 形だけ驚くフリをするが、実際塞は、北上が過去に右腕が欠損された状態で活動していた事を情報筋から聞いて知っている。この場面でシラを切ったのは、その筋の詮索を避ける為である。

673第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:50:42 ID:3fIroC7g0
 絵画館の中を走りながら、塞は考える。今後の身の振り方、それについてだ。
塞自身の偽らざる本音を語るのなら、幻十は始末しておきたい。可能な限りではなく、是が非でもだ。
何故なら彼は現状に於いて唯一、鈴仙が如何なる原理の術を使うのか、理解している存在となるからだ。
幾度も述べた通り、鈴仙の強さの本質は、『何故強いのかと言うタネをその応用性の高さの故に理解させない』事にある。ために、タネが割れればその威力が損なわれる。
生かしておける、筈がない。では殺せるのか、と言われればそれもNO。あのアサシン、浪蘭幻十の強さは、余りにも底知れない。
認めるのも腹立たしいが、幻十の底はきっと、鈴仙のそれよりも深い。少なくとも、鈴仙の及ぶ相手ではないだろう。

 だからこそ、アレックスを回収しておく必要がある。
現状、北上を見捨てて塞と鈴仙だけで逃走すれば、確実に、幻十らから逃げ出す事は可能であろう。
だが、有用なコマは揃えて置きたい。アレックスはただ強いだけのサーヴァントではない。絵画館で自分達のピンチを――意図はしていないだろうが――救った、
旧知の間柄のサーヴァントを除けば唯一であろう、浪蘭幻十と交戦して生き残ったサーヴァントなのだ。
その交戦の結果が、どれ程無様で、手痛い敗北を喫したかなどは重要ではない。戦って、生き延びた。この事実が重要なのだ。
つまり、幻十と交戦した経験値があり、しかも強いサーヴァントなのだ。対幻十を見据えるのならば、これ程重要な手札はあるまい。
見捨てるには、惜しい。だから、アレックスと合流する腹積もりなのだ。これを達成すれば、すぐに、逃げる。手筈としてはそのつもりだった。

 ――だが、そう簡単に行かない事も、解っている。

【まだ戦ってるわよ、マスター】

 念話を飛ばしてくる鈴仙。
絵画館から脱出し、其処から百m程離れた地点に行ってからの事だった。

「すご、何アレ……」

 北上が目を瞠らせながら、彼方の模様を眺めている。
此処からでは距離的に、ゴマ粒程度の大きさにしか見えない何かが、文字通り目にも留まらぬ速さで縦横無尽に動き回っているのだ。
しかもその粒と粒が衝突する度に、拳銃の射程を優に越える程距離を離した此方側にまで、爆音と聞き間違える程の大音が響き渡るのだ。
あの粒がサーヴァントである事は、疑い様もない。遠くの物を見るスキルが艦娘には必須である都合上、この程度の距離ならば北上は、
人の顔の識別は勿論無造作に転がった針の一本ですら認識する事が出来るのだが……今回に限ってはそれが出来ない。
単純に、サーヴァント同士のスピードが速すぎるからだ。攻め手も対手も解らないレベルで、彼らは速く動いている。況や、行っている動作など言うに及ばず。

「と、言うか……。神宮球場、だっけか……? あの球場の名前。……影も形もないんだがな……」

 気付きたくない過失にでも気付いてしまったかのような、塞の言葉。
彼の言葉を認識した鈴仙と北上が、あっ、と声を上げる。ない。本当にない。絵画館付近にある建物の中で最も有名……いや。
人によっては絵画館の方がおまけと言う認識であろうレベルで有名な、あの球場が見当らないのだ。

 ……見当らない。その言い方は正しくない。それらしい物は、見付かるのだ。
『瓦礫と砂煙と鉄骨』、と言う形でだが。残骸、と言った方が語弊がないかもしれない。
戦いの余波で破壊されたと見て、間違いはないだろう。サーヴァントであってもあの規模の建築物、自らの意思で壊そうと思い立ち、
構造物の破壊を主眼に置いて力を振るわねば出来ないだろう。それを、サーヴァント個人を殺そうと言う事を目的とした活動……その余波で破壊せしめるなど、尋常の技ではない。ともすれば、彼らからしたら戦ってたら何か壊れてしまった……レベルの考えなのかも知れない。

674第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:51:05 ID:3fIroC7g0
 とてもではないが、割って入るどころの話ではない。
それどころか、近づくだけで命の危険がある壮絶な戦いぶりだ。<新宿>の市街地であの規模の戦いを繰り広げて、よく『建物の損壊だけ』で済んでいるものだ。
場所が場所なら、NPCの命など紙屑同然、酸鼻極まる血風山河が築きあがっている事だろう。そうなってないのは、戦っているサーヴァントの理性の強さの賜物であろうか。
何れにしても、アレックスとの合流は困難である事は間違いない。波長を用いた鈴仙の障壁にしても、限度がある。収まるのを待つか、と塞が考えていた時だった。
傍観など許さぬとでも言うように、彼は即断即決を余儀なくされた。命辛々幻十から逃げ出してきた、聖徳記念絵画館が崩落し始めた、その瞬間を目の当たりにして、だ。

「オイオイオイ!!」

 さしもの塞も焦る。無茶苦茶だ。
此処からでも、崩落の瞬間がよく見える。強い衝撃を受けて粉々になった、と言うよりは、建物そのものを果物だとか野菜だとかに見立てるように、綺麗に寸断。
斬られた破片が落ちて行く、と言う風な見え方がこの場合正解なのだろう。健在の切り口が、ヤスリやかんな掛けをしたように滑らかなのがその証拠だ。
およそ、人の技ではない。当たり前の話だが、建造物はスイカやメロンみたいに、簡単に斬れない。これを容易にやってのける技を如何して、人の技と言えるのか。

「ヤバ……!! 早く離れよう!! 離れた内にも入らないって、此処だと!!」

 塞や鈴仙としても北上と同意見だが、この艦娘の少女の場合、なまじ交戦した経験がある上手痛いダメージがあると言う事実がある為、意見が生々しい。
百や二百、どころか、km単位で距離を離したとて、幻十相手では安全ではないのだろう。そしてそれは事実その通り。
指先に乗る程度の極小さな糸球一個で、地球を一周してお釣りが来るレベルの長さが賄えるチタン妖糸を操るせつらや幻十にしてみれば、百mと言う肉眼で見える範囲など、机の上の鉛筆でも手に取るような容易さでカバーできてしまうのだから。

【能力を使って効率よく呼び寄せられないか?】

 鈴仙を頼ってみる塞。彼女が誇る、波長を操る力は応用性も然る事ながら、適用出来る範囲についても広大無辺。
念話可能範囲や、サーヴァントを知覚出来る範囲が向上している事からも、能力のカバー範囲はかなり広い。
前述の応用性と、カバー出来る範囲の広さを駆使すれば、此処にいながらにしてアレックスを呼び寄せられるのでは、と塞が思うのも無理はなかろう。

【出来るけど、問題ありね】

【何?】

【戦いで心が昂ぶってる相手には、効き目が薄いと言う事】

 此方から任意の振幅の波動を飛ばす事で、それが何かの意図を以って放たれた合図やサインだと認知させるテクニックは、ある。
現に月の世界から逃げ落ちる前の鈴仙はそれを行う司令塔の役割を担っていたし、幻想郷に落ち延びた時代でも、師である永琳とこのテクニックを駆使した訓練も行っている。
だがこの技を今回行うにあたり、問題が三つある。一つは、アレックスが鈴仙の波長に気付けるだけの知覚能力が備わっているかどうかだ。
しかしアレックスはどうも、鈴仙の波長については感じ取っているフシがある事に、彼女は気付いている。この点は、問題はないだろう。
あとの二つが問題だ。その内の一つが、今のアレックスが鈴仙の合図に気付くか如何かである。これは一つ目の問題点とは全く意味合いが異なる。
要するに、『戦闘でヒートアップしているアレックスが、その合図に気付けるのか?』、なのだ。
波長による合図は視覚や聴覚、嗅覚の訴求力を用いない。それはある意味で大きなメリットなのだが、今回はその、五感に訴えない部分が強いデメリットとなっていた。

675第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:51:19 ID:3fIroC7g0
 そして最大の問題は――鈴仙は、波長による合図やサインと言うのを、『アレックスと事前に打ち合わせしていない』のである。
前提として、合図やサインは、作戦実行前にこう言う意味である、と示し合わせるから意味があるのである。
世の中にはその事前の話し合いなしに、ぶっつけ本番でやってのける者もいるのだが、それはしかし、半身と形容されるレベルで通じ合った仲にのみ限る。
当然の事、鈴仙とアレックスは其処までの仲じゃない。鈴仙のサインに気付くのか如何か、余りにも微妙なラインだった。

【この位置から不精して波長を放っても、多分モデルマンも気付かないと思うわ。ある程度間近の位置にまで接近する必要がある】

【鉄火場にこっちから、か……。一応聞くが理由は?】

【波長の意味が解らなくても、流石に私達が明白に映る位置にまで行けば、向こうだってこっちの意図に気付くでしょうからね】

 成程それはその通りだ。
合図やサインの意味を事前に教えていなくとも、流石に鈴仙らが近場にまで接近すれば、アレックスも此方の狙いに気付く筈である。
……あのアレックスが苦戦を強いられるレベルの火事場に向かって行く、と言うリスクは凄まじいが、確度が高い作戦は現状、これしかなかろう。

「敗北を、認めねばならんか……」

 此方の手を汚す事無く、ジョニィとジョナサンの主従を脱落させ、そして、黒贄の主従を消耗させる。
それが理想であったが、現実の方はと言えば、看過出来ぬダメージを鈴仙が負ったばかりか、予期せぬ闖入者のせいでプランは滅茶苦茶に引っ掻き回される始末。
当初のプラン通りに事が運ぶ、などと言うのは、神秘や超常の世界の住民であるサーヴァントが跋扈する<新宿>では、それこそあり得ない話。
それを、痛い火傷で以って、塞は思い知らされる羽目になった。となれば、彼に出来る事は一つだ。傷口をこれ以上広げないよう、退散する事。それだけだ。

 ――メフィスト病院とやらで治療出来るのか、我が身で試す必要があるかも知れんな……――

 噂で聞いていた、その勇名。
どんな患者でも、タダ同然の値段で診療、治療する、聖者のアジールの如きあの病院の治療。
噂の程を、これから負うかも知れぬ手傷の診察を以って、体験する事になるかもしれないと。塞は、アレックスの下へと駆け出しながら、思うのであった。

676第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:51:37 ID:3fIroC7g0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 鈴仙の気配に気付いたのは、人修羅としての桁外れた知覚能力を持つアレックスだけじゃなかった。
と言うより、この場にいる全員が気付いていた。せつらと幻十の二名は、索敵の為に張り巡らせていた、戦闘以外の用途に用いる妖糸で。
マーガレットの方は、完全なる野生の勘と、ペルソナ能力によって向上している知覚能力の合わせ技で。波長を操り気配遮断の真似事をしている鈴仙の存在を看破した。

 鈴仙が波長を飛ばすまでもなかった。
サーヴァントが、自分以外のサーヴァントを感知出来る圏内に入るまで、まだ余裕があるだろう。鈴仙自身がそう踏んでいた所で、アレックスらは気付いたのだ。
嬉しくない誤算だった。下手すれば命に関わる、致命的なアクシデントである。それはそうだろう。何せ其処にいるのはアレックスだけではない。
と言うより、塞と鈴仙が当初いると認識していた人物が、ほぼ総代わりしていたのだ。ジョナサンがいない、ジョニィもいない。黒贄も、遠坂凛も見当らない。
其処にいるのは先ず、アレックス。次に、聖徳記念絵画館で鈴仙を襲撃した、秀麗美貌の容姿を誇る黒いアサシン・浪蘭幻十。
加えて、そのアサシンに匹敵する、雪降る夜の研ぎ澄まされた明けき月光に似た、怜悧な美貌を持った黒いコートのサーチャー・秋せつら。
そして、幻十とせつら、どちらかのマスターと思しき、匂うような美女である、マーガレット。

 ――最悪……!!――

 鈴仙が思わず胸中で零した。
絵画館で幻十から自分達を逃したサーヴァントが、インバネスではない方のコートを着た、あのサーチャーである事に鈴仙は気付いている。
あの時彼女は、自分達に助け舟を出してくれたサーヴァントは、此方側に友好的な性格の人物であるのではと思い込んでいた。
だが、違う。断言しても良い。あのサーヴァントは此方に対して一切の友誼を築く気もないし、況して敵意など抱こうものなら一片の慈悲もなくこちらを葬る気概でいる。

 絵画館で戦っていた筈の両名が如何して、此処で戦っているのか? そんな疑問は、目の前に広がる確かな現実の前に、吹き飛んでしまっていた。
『雲に妖糸を巻き付けさせ、それを用いた超高速の振り子運動で鈴仙達に先んじてアレックスのところに向かっていた』、と言われても、彼女は最早驚かなかったろう。
目の前の現実に対してどう動けば、自分達は命を零さずに済むのか? その思案に、彼女は脳の全ての機能を費やしていると言っても過言じゃないのだから。

「前を見ないで!! 下を向いてて!!」

 一喝する鈴仙。その意味を推量するよりも早く、塞の方は目を素早く瞑って俯く事が出来た。北上の方も、同じ反応を取っていた。
敵を見ない、敵から目線を外す。それは命の取り合いにおいては自殺行為以外の何物でもなかろうが、今回のケースでは鈴仙は、全く間違った指示を下していない。
視界の先四十m先にいる敵が、幻十だけならば、鈴仙はこんな言葉を発さない。精神を安定させる波長を飛ばせば、幻十の美を直視した事で生じる、
塞と北上の精神的動揺は中和し打ち消す事が可能である。二人――せつらと共にいるのであれば、それはもう不可能となる。

 この世の美ではなかった。
目に焼きつく、と言うのは正にこの事を言うのであろう。子供でも知る慣用表現を、そのまま使わざるを得ない程に、幻十は、美しい。
網膜に焼き付いて消えないのだ。瞳を閉じても、瞼の裏側、光を拒絶した視界の只中に、あの男の輝かしい美貌が勝手に結ばれ始めるのだ。
幻十自身の人間性を加味すれば、アレは魔界の美、悪魔が人を蟲惑する為の美と表現するのが適切だろう。どちらにしても、人間の世界に在って良い美しさじゃない。
――それに匹敵する美貌の持ち主が、隣にいるのだ。無論誰かは言うまでもない。秋せつらである。
相手の容姿を、目の当たりにする。その行為は、精神に何らかの影響を大なり小なりの波を立たせるのだ。
際立って美しかったり醜いものを見れば、必然、それを見てしまった者の精神的なコンディションは、平時のそれとは逸脱したものになる。
妖糸を操る魔人の美は、鈴仙にですら正気を保たせるのに波長を操る力を駆使させねばならない程なのだ。それと同レベルの美しさの者が二人も、同じ空間に居並んでいる。常人が許容出来る、脳のキャパシティの限度を超えている。目で見れば、確実に精神に異常を来たす。それを考慮したが故の、『見るな』、と言う判断であった。

 ――チッ、そう言う事かよ……――

677第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:51:49 ID:3fIroC7g0
 北上が塞達の側にいるという都合上、勿論の事アレックスは、塞が北上を保護する為に此処から遠く離れた所で待機していた、と言う事実を知っている。
その本来の目的を忘れて、北上同伴で此処までやって来たと言う事は、要するに、そう言う事である。作戦は失敗、早く逃げろ。とでも言いたいのだろう。

 そんな要求呑めるか、と威勢よく突っぱねたい所であったが、アレックスはその欲求を押し殺した。
人修羅になる、と言う事は、バーサーカーの狂化のように、理性を捨ててしまう事ではないのだ。アレックスには、状況を的確に判断し、空気を読めるだけの理性があった。
この状況は、アレックスの方が圧倒的に不利だ。幻十一人だけならばまだアレックスでも喰らい付ける余地はあったが、此処にせつらがいるとなると、途端に旗色が悪くなる。
況してこちらは黒贄やパム達との連戦で、疲弊している状態。肉体的なコンディションの面でも、有利とは言えないのだ。
今現在の状況下で、幻十を下せるのか、と問われれば、アレックスは――心底不服だが――否と答える他ないのである。

 ――逃げるって言ってもよ……――

 此処から逃げ果せる、それは良い。だが一番の問題は、逃げられるのか、と言う点なのだ。 
今アレックスらの動向を注視しているのは、物言わぬ案山子などではない。
冥府(タルタロス)からの脱走者を逃がさなかったとされる、番犬ケルベロスよりも、抜け目も隙もあったものじゃない魔人達なのである。
隙を突いて逃げようにも、ナノマイクロのチタン糸は地面は勿論空中にすら張り巡らされており、基本的に気付かれずに逃走は不可能。
強行突破をしようにも、張り巡らされた妖糸はせつらと幻十の意思一つで、核爆発ですら防ぎきるシェルターですらベニヤの様に破断させる断線に変じるのだ。
ならば、チタン糸の繰り手を葬れば良いのかといえば、これを達成するのはチタン妖糸の大殺界から逃れる事よりも遥かに困難である。
せつらも幻十も、身体に纏わせたチタン妖糸で飛び道具の類は基本的に無効化。触れた瞬間、弾丸や、ガンドを初めとした魔術的な飛び道具は破壊されるからだ。
接近して殴ろうなどもっての外。拳が触れた瞬間、手首や肘、肩の付け根から、攻撃した側の腕が斬り飛ばされるからである。
無論そうする前段階で、妖糸が殺到すると言うおまけ付きである。それならばとマスターを狙おうにも、幻十のマスターに至っては贔屓目に見て幻十とほぼ互角の強さだ。
せつらのマスターについてはアレックスは知らないが、少なくとも、マーガレットを狙おう物なら、マーガレットの迎撃で苦戦している間に、幻十ないしせつらの追撃を受け、そのまま脱落するだろう。

 状況としてはかなり、詰みに近い。
聖杯戦争に於いて当然遵守するべきあらゆるセオリーが、この場面では封殺されているのだ。
サーヴァントを狙って葬る事は勿論、定石中の定石である、マスター狙いも困難。その状態から、比喩抜きで蟻の這い出る隙間もない程、
必殺のトラップが張り巡らされている場所からほぼ無傷に近い状態で逃げ果せるなど、一見すれば無理な話である事だろう。

 ――しかしそれは、『人修羅としての力を限定して使用した時の話』。
この力を、誰に憚るでも遠慮するでもなく、相手を葬る事のみに活用した時なら、今の場面、詰みの限りではないのだ。

 腰を低く落とし上体をやや捻るような体勢に移行するアレックス。
一瞬、ほんの一瞬の事だった。アレックスは、鈴仙の方向からでは口元が見えなくなるよう上半身を捻る、その前に。
唇だけの動きで、鈴仙にメッセージを伝えた。『死ぬなよ』。その短い言葉を鈴仙は――受け取った。冷や汗が、背筋を逆らって伝い上がる程の緊張感を、同時に、彼女は受け取ってもいたのだが。

678第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:52:04 ID:3fIroC7g0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 向き不向きの問題であるだとか、得手不得手の問題であるだとか、そう言う次元の問題を超えて、そもそもが人間と言う種族は戦闘に向いていない。
子供に聞いたとて解るだろう。人とチーターとではどちらが速いか? 人と熊とではどちらの膂力が上なのか? 人と猿とではどちらの握力が上なのか?
論ずるまでもなく、人は負ける。人はチーターより速く野を駆けられないし、人と熊が相撲を取ったとて容易く嬲り殺しにあうし、猿の握力は人の筋肉を容易く毟り取る。
人と言う種族はその生態からして、野生の世界でのレベルの闘争に全く向いていないのだ。無論、鍛錬と努力を重ねてゆけば、人は強くなれる。
だが、人がどれ程武術の鍛錬を積み重ねて行こうが、羆には人間は勝てない。武の何たるかも、武の字の書き方すら解らぬ羆に、人は絶対に、文明の利器の助けを借りねば勝てぬのだ。

 人修羅という種族は、人が人の形を維持したまま、その常態と生態を戦闘に特化したものに変質させる事にあると、アレックスは直感的に認識していた。
アレックスがまだ人間であった頃の、身体能力、そして魔術を発動する上でその威力の決め手となる、魔力の出力。その、桁が違う。
彼が知る上で、特に戦闘面で秀でている種族の代表と言えば、ドラゴンの類や魔王・魔神などに代表される悪魔の面々であるが……今の彼は、
その彼らをも軽快に上回る戦闘スペックを有するに至っていた。全く恐ろしい変化だと、今だってアレックスは思っている。
アレックスに施された人修羅への変化とは言ってしまえば、車のガワをそのままに、エンジンや下回り、シャシーにマフラーなど。
スペックの決め手となる全ての内部構造を入れ替えたようなものなのだ。こんなもの、通常罷り通る訳がない。
車のボディが、エンジンを筆頭とした内部構造のスペックに適するように計算された力学の賜物であるように、
人間の身体もまたそのスペックを大きく逸脱しないように精緻の妙なるを以って計算された賜物なのである。
極論を言えば、軽自動車のエンジンをF1カーに組み込まれるようなそれに変更したとて、最高のスペックが発揮出来る筈がないのだ。間違いなく、自壊する。
人の身体でもそれは同じで、例え人間にチーターよりも速い速度や熊以上の腕力、猿以上の握力を与えたとしても、その力に肉体の方が耐えられない筈なのだ。

 人修羅化には、そのあって然るべき自壊がない。デメリットが皆無なのだ。
人間としての身体と、保有していた意思をそのままに、圧倒的な出力を得る。そんな措置、誰が信じられようか。常識で考えれば、そんな上手い話、あり得ない。
そのあり得ないが、此処に体現されている。アレックスと言う体現者は、人修羅化の奇跡を、幻十やせつら、魔王パムに黒贄礼太郎と渡り合っていた。そんな事実を以って、その素晴らしさと恐ろしさを如実に表していたのであった。

 ――デメリットらしいデメリットがあるとすれば……――

 それは、人修羅のスペックが『高すぎる』と言う点にあろうか。
人修羅の身体は、戦闘に特化し過ぎているのだ。寧ろ、それ以外に何か秀でているところがあるのか? と疑問に思うレベルで、戦闘しか想定していない。
殴る、蹴る、斬る、貫く、叩く、壊す、砕く、潰す、穿つ、皆殺しにする、殺戮する、蹂躙する、支配する。その為の力であるように、アレックスには思えてならない。
アレックスは、人修羅の力を、フルに発揮していない。発揮するには、<新宿>の舞台が余りにも小さすぎるからだ。東京の一区画など、容易く破壊してお釣りが来る。
フルスペックを発揮する事で、聖杯戦争の全てに決着が着くのなら、無論迷わずアレックスはそうしていた。が、彼に残っていた勇者としての矜持が。
そして、北上を慮る気持ちが。それを許さなかった。北上を思う理由は単純明快、彼女を初めとした、<新宿>は勿論その近隣の区に住まう住民も、巻き添えで死ぬからだった。

 その慮りを、アレックスは今は捨てた。
<新宿>を破壊しないレベルで……しかし、人修羅の力の何たるか目に焼き付けさせるレベルで広範に破壊を齎らすレベルで。
彼は今、己が身体に溜められた凄絶な力の一端を、解き放とうとしていた。

「む……」

 今までとは違う攻撃に、アレックスが移行していると最初に気付いたのはせつらだった。
アレックスの周りを取り巻く、力の本流。その変化を如実に、せつらの糸が感じ取ったのだ。
幻十もまた、気付く。気付いた速度はせつらに負けたが、幻十の場合、正真正銘本物の人修羅――それに真贋がある事は尤も、幻十もアレックスも知らない――と、
交戦した経験がある事から、せつらよりも早く事態の深刻さを理解した。無論それは、マーガレットにも、言えた事なのだが。

679第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:52:22 ID:3fIroC7g0
 ――アレックスが、動いた。
紫色の魔力剣を生み出し、その剣を、居合い抜きの要領で横一文字に振りぬく。それら一連の動作を、稲妻が閃くようなスピードで達成するアレックス。
この場にいる全てのサーヴァントは、迎撃する、と言う選択肢を頭から捨てていた。受け、防ぎ、躱す。無傷でやり過ごせるような手段を、この場で選んだ。
同じ武器を扱うと言う都合上、せつらと幻十が選んだ防御方法は全く同じ。妖糸を身体の周囲に展開させ、無類無敵の防御結界を構築すると言うもの。
但し幻十の場合、この場に守るべきマスターが存在する為に、その結界をマーガレットのほうにも張り巡らさねばならなかった。
そして鈴仙の方は、空間の波長を操り、任意の空間……つまり、鈴仙と塞、北上の周囲の空間に目には見えない波打ちを生じさせ、物理的に歪ませた。
其処に何らかの攻撃が叩き込まれれば、その波打ちの形に沿うように、攻撃が逸れて行くのだ。弾丸を放てば、意味不明の方向に跳ね返される。近づいて剣の一撃を叩き込もうにも、あらぬ方向に攻撃が滑り体勢が崩される。無敵に近い、防御法である。

 各人が、これは、と思ったその防御法が、紙みたいに切り裂かれた。
焦点温度数十万度に達するレーザー光線ですら焼き切れず、戦車の砲弾だって容易く絡め取った後に細切れにするチタン妖糸が、要点を切裂かれて糸屑に変貌する。
暴力的な加速による突破を逸らし、あらゆるものをも粉砕する瞬間的な圧力と衝撃も分散し無効化する空間の揺らぎが、木っ端めいて斬り刻まれる。
各々が防げる、と思った防御方法を、知らぬとばかりに乗り越えてきたものの正体は、空間中に生じた、紫色の光の筋であった。
引っ掛けるもの、固定するものの存在しない空間に、その光る紫色の筋は刻まれており、まるで、その空間に亀裂が生じ始めた風にも見える。
この場の面々は知らなかろうが、もしも、閻魔刀と言う刀を振るうアーチャーと面識があったのなら、次元斬と呼ばれる技を思い出すだろう。今アレックスが放った、『死亡遊戯』なる技には、その次元斬と良く似ていた。

 光の筋が、幻十とせつら、鈴仙の方に生じ始めている。その、光筋の本数はそれぞれの面子に対して一本づつ。合計、三本。
爆発的に、その紫の光の筋が増え始めた。増殖、と言う言葉すら最早生温いレベルで三名の周囲にその光筋は展開されて行く。
直撃してしまえば、空間にすら作用する術だって、紙程度の防御力も発揮しない強烈な斬撃エネルギーを秘めた光の筋が、敵や同盟相手の区別なく、無差別に生じているのだ!!

 この場から退避する、と言う結論を下す速度が速かったのは、幻十の方だった。
<新宿>における聖杯戦争の主催者、エリザベスなる女が従える方の人修羅との戦いで、その恐るべき強さを肌身で実感していたが故の、判断速度だった。
現状の自分では、人修羅と言う存在に対し有効的な一撃を加える事は難しい。彼はそう判断したのだ。故に、逃げる。
自分の身の回りで奥義・死亡遊戯によって発生した断裂の数が三本目に差し掛かった時の事だった。
幻十とせつら、この二名の糸使いは、体内にすらチタン妖糸を隠し持っている。口内は勿論、胃や大・小腸の中、果ては血管内にまで。
ナノマイクロサイズと言う極小のサイズをフルに用いて、体内の至る所に秘匿しているのだ。その体内の妖糸を操り、幻十は、神経系にその糸を巻き付かせた。
これも、幻十やせつらが、主に二通りの目的を以って使う方法である。一つは、拷問。神経や痛覚に直接糸を付着させ、常人ならばショック死、
縦しんば耐えられるだけの訓練を受けてきた者であっても泣いて命乞いをする程の激痛を与え、自白を強要させるという物。
そしてもう一つの使い方が、自己強化。自身の指の動きを光の速度で伝達するチタン妖糸を神経に巻きつかせる事で、自らの反射神経、運動神経を爆発的に向上させるのだ。

 この神業にも例えられる技術を以って、幻十は自らを強化。
その後に、大きくバックステップを刻み、アレックスから遠ざかり始めた。その速さたるや、宛ら突風だ。
マーガレットの施したヒートライザの魔術も相まった凄まじい移動速度。それは瞬きよりも速いスピードであり、死亡遊戯の殺界から彼はもう遠のいていた。
彼がアレックスから逃げ出していた時には、マーガレットの姿は、既に此処にない。空間転移を使えるのだ、馬鹿正直に走って逃げる必要性はない。技の範囲内までワープすれば、それで良いだけなのだ。

680第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:52:40 ID:3fIroC7g0
 幻十らは、アレックスから退散する道を選んだ。
だが、せつらの方は残る道を選んだ。厳密に言えば、残るのではなく、可能な限り抵抗し無理なら諦める、と言う程度のものであるが。
せつらの魔技の精髄を込めた必殺の断線が、絶妙な撓りを以ってアレックスの方へと迫る。
物質的な特性――硬い、柔らかい、熱い、冷たい、吸収しやすい、跳ね返す……。そう言った特質の全部を無視して万物を切断する、アレックスの放った死亡遊戯による空間切断。
その空間の切断現象自体を切裂きながら、せつらの魔糸が音を立てずしてアレックスへと近づいて行く、が。その空間切断を十回程斬り返した後、糸そのものが、
アレックスの技の威力に耐え切れなくなり、細切れに散らばってしまい、せつらの与えた魔法の全てが解けてしまった。

 これ以上の相手はしてられない、と思ったか。
せつらは黒いコートの表面に妖糸を電瞬の速度で葉脈状に這わせ、その後糸を張り巡らせたコートを翻す。
アレックスの放つ死亡遊戯の空間断裂が、軌道を変えられたレーザー光の如くに、コートにぶつかったその瞬間に跳ね返されてしまった。
その、翻す、と言う動作を幾度も繰り返しながら、せつらは、空中に飛び上がり、そのまま飛翔する。
雲に巻きつけた妖糸を伸縮させ空に飛び上がり、その最中に迫る空間の切断現象を、コートの翻しで捌きながら。
この美しい魔人は、漆黒の翼を羽ばたかせて空を我が物顔で飛行する大鴉のように、その場から簡単に逃げ去ってしまったのだった。

 こうしてこの場から、アレックスが殺すべき敵の姿は消えてなくなった。
ものの見事に、逃げられてしまった。歯噛みするアレックス。味方を巻き込む覚悟で放った攻撃ですらも、せつらと幻十の両名を殺しきるには、一手届かないのか。
あれが、今回の聖杯戦争に於いて最強レベルの鬼札に該当するサーヴァントであるのは間違いないだろう。
脱落する可能性も低いだろうし、アレックスが生き残っていればいるほど、再度ぶつかる未来だって当然起こりうる。
その間に、あの二人が消耗している事。そして、それまでの間に<新宿>の環境が煮詰まって行き、アレックスが本気を出しても問題がないレベルになっている事を、彼は祈った。

 ――事此処にいたって漸くアレックスは、自身が攻撃を放った存在が、せつらと幻十以外に居た事に気付いた。
厳密に言えば、敵と言うカテゴリーに分類される存在は上の二名だけだが、それ以外にも、結果的に攻撃範囲に巻き込んでしまった存在が居たではないか。
鈴仙・優曇華院・イナバ。彼女の存在を失念する程に、人修羅の持つ攻撃的な性情は、激しいのであろうか?

 恐る恐る、鈴仙の方に目線を向けるアレックス。
魔力反応から、生きている事は解る。が、実際にどの程度の状態で生きているのかがまだ未知なのだ。
同じ生きているは生きているでも、胴体が別れていたりだとか、両手両足がなくなっているでは、意味がない。それは死に掛けとか、風前の灯とか言う状態なのだから。

「ぜぇ……ぜぇ……!!」

 結論を述べるのなら、鈴仙は五体満足の状態で生きていた。
但し、目に見えて心労が伝わってくるレベルで、消耗しているらしい。自身の疲弊を、彼女は取り繕う事すらしなかった。
肩は大きく上下し、その口からは荒い息を喘がせて。眦にはたっぷりの涙を湛えている。余程、アレックスの死亡遊戯を逸らす事にプレッシャーがあったらしい。
それは、無理からぬ話であろう。何せ判断一つしくじれば、防御不能の必殺の断線が、鈴仙の知覚能力を遥かに超えた速度で叩き込まれるのだ。
此方に来るであろう空間切断現象、これがどのタイミングで、どんな軌道で放たれるのかを先読みし、それに応じた空間操作を行わねばならないのだ。
例え鈴仙と同じレベルで、これが出来る能力者であっても、全うな精神の持ち主なら間違いなく心労と緊張の極限に達し、精神その物が壊れ、気絶と言う形で現れる。
これを成し遂げられるのは最早奇跡でも起きない限り有り得ず――そして鈴仙は、その奇跡をモノにしたのだった。

「……無事だったか」

681第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:53:43 ID:3fIroC7g0
 そう呟く自分の言葉に、アレックスは、鈴仙の安否を気遣う様子が欠片もない事に気付いた
この言葉が誰の為に向けられた言葉なのか、といえば、それは彼女の背後に居る北上の方であった。
切断された空間は、程なくして戻る。永久に斬られたままではないのだ。こちらの側から見たら、風景が左右、上下にズレていても、
何秒かすればズレているラインから戻って行く。何故なら斬られているのは風景、空間を切断した斬線を通して見た遠方の光景に過ぎず、実際のものは斬られてないからだ。
が、その空間切断現象で、実際に実体を斬られたものならば話は別。実物が斬られている以上、当然、その斬られたものに自己修復機能がなければ斬られたままなのだ。
そしてその斬られたままの状態のものこそが、地面。巨人が、そのサイズ相応の定規を引いて滅茶苦茶に線を引いたみたいに、地面に刻まれた直線の深い溝。それこそが、アレックスの放った死亡遊戯の名残だった。

 刻まれた溝は、見事に鈴仙の佇む範囲までに滅茶苦茶に走っている。
明らかに鈴仙を巻き込んでいたであろうラインは、ザッと数えるだけでも数十本はある。アレックスは褒めた。鈴仙よりも、自分をだ。
よく、『この程度の本数で済んだものだ』、と。もしも自分の理性が少し、殺意の方向に強く振り切れていたのなら。鈴仙に降りかかっていた空間切断の数は倍加していた。
そして何よりも、アレックスの理性の強固さを物語るのが、空間切断が実際に起こった範囲である。地面の溝を見れば、それは明白だ。
鈴仙よりも後ろ。つまり、塞と北上が居る範囲には、全く刻まれていないのだ。これはアレックスが特に己に律していた、北上を巻き込まない。
その意思が反映されていたが故だった。……尤も、それにしたって、後二m程度切断現象がズレていたら、塞の方が五体をズタズタにされていたのだが。かなり、危ういラインであったようだ。

「二度と渡りたくない綱だったけどね……!!」

 当然過ぎる実感を込めて、鈴仙が言った。アレックスに対する恨み節すら、受け取る事が出来る。

「悪いな。結局誰も倒せないまま、傷だけを負っちまった」

「いや、気にするなよモデルマン。正直予想外の事態が重なり過ぎだ。これをアンタの責めに帰す訳には行かんよ」

 そもそもの目的が、黒贄礼太郎と遠坂凛の排除と、ジョナサンとジョニィの主従の排除――無論これは秘密である――であった。
誰に憚られる事なく水面下に黒贄達を倒せるかと思いきや、あれよあれよと言う間に横槍が増えて行き、挙句の果てには、遠くで待機していた塞達にも累が及ぶ。
こんなもの、予測が出来なくて当然だ。無論、乱入を想定していなかった塞ではない。ないが、多少なりの相手なら鈴仙は兎も角、アレックスなら捻じ伏せられると思っていた。
その、捻じ伏せられない相手が立て続けに来たのなら、それは、この場にいる誰の責任でもない。本当に、天運に恵まれなかった。それだけの話なのだろう。

「運が悪かった。そう思っとけよ、モデルマン」

「って言っても……何時までも運が悪かった、じゃ済ませられないんだよね」

 北上のこのネガティヴな言葉は当たり前の発言だった。一時の運の落ち込みが、この聖杯戦争に於いては致命傷になり得る。
それは、紺珠の薬を服用していなければ、この一日で二度も死亡の憂き目に合っていた未来を観測した鈴仙達以上に。
実際に運気の落ち込みで腕を切り落とされた北上だからこそ、重い発言だった。腕の一本で、済んだだけ北上は幸運だったとすら言える。
妖糸の繰り手に遭遇すれば、如何なる者も生きては帰れない。それが、魔界都市の住民の常識だった事を鑑みれば、今の北上の現況は、奇跡以外の何物でもないのだから。

 次に運が悪かった時は、死ぬ時かも知れない可能性が高いのだ。
況して聖杯戦争は消耗戦。リソースが目減りする事はあれど、回復する可能性など絶無に近い。
疲労、心理的ストレス、魔力の消耗に精神の磨耗など。体力的にも精神的にも落ち込んだ状態で襲撃にあえば、死ぬ確率の方が高いのは当たり前の話である。
それを、運が悪いでは切り捨てられない。本当に、命が懸かっている話なのだ。天運に見放されたから諦めろは、通用しない。

「あのアーチャー……ジョナサンさん達は如何するんですか?」

 北上が尤もな疑問を口にする。 
今回の戦いの第二目標を知らせていない以上、北上達のジョナサン達に対する認識は、同盟相手・仲間である。その無事を気にするのは、自然な成り行きだった。

682第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:54:46 ID:3fIroC7g0
「同じアーチャー……遠方のものを見る事、感じ取る手段が豊富な者どうしの連絡手段は、秘密裏に伝えている。そこに連絡が入るまで、今はこの二組で行動だ」

 大嘘だ。そんな物はない。
鈴仙の能力を使えばそう言うコンタクトを取る手段はない事もないが、範囲は有限なものの上、送り手は兎も角受け手がそのコンタクトの意図を掴めない可能性が高いメソッドである。やる意味もないし、やる気もない。そもそもあの主従には、早期脱落を願っているのだ。助け舟を出す筈もなかった。

「……無事で居ると良いな」

 それは暗に、塞の方針を北上が認めたに等しい発言でもあった。

「此処から離れよう。多分、人が集まってくる」

 これだけ派手にサーヴァントが暴れ、況して、<新宿>内でも取り分けて有名な施設が二つも消滅したのである。
人が集まらぬ筈がない。急いでこの場から退散する必要がある。その塞の提案に、北上とアレックスは頷いた。
鈴仙は、脂汗と冷や汗のハイブリッドとなった体液で、体中をグッショリとさせながら、光の波長を操って、ステルス処理を全員に施した。

 ――いなくなってみれば、この場に残るのは凄惨な破壊の爪痕。
形あるものがなにもなく、秩序だった地面が何処にもない。ただただ、耕された地面と、立ち込める石煙。元が何処を構築していたのか解らない程粉々になった、建材の瓦礫だけが。広がり散らばるカオスの坩堝が広がるだけの、都会の真ん中の都市<新宿>には似つかわしくない風景だった。





【四ツ谷、信濃町方面(聖徳美術絵画館・神宮球場跡地)/1日目 午後4:20分】


【ジョナサン・ジョースター@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]肉体的損傷(大)、魔力消費
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]不明
[道具]不明
[所持金]かなり少ない。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を止める。
1.殺戮者(ロベルタ)を殺害する。
2.聖杯戦争を止めるため、願いを聖杯に託す者たちを説得する。
3.外道に対しては2.の限りではない。
4.黒贄礼太郎を殺す。
[備考]
・佐藤十兵衛がマスターであると知りました
・拠点は四ツ谷・信濃町方面(新宿御苑周辺)です。
・ロベルタが聖杯戦争の参加者であり、当面の敵であると認識しました
・一ノ瀬志希とそのサーヴァントあるアーチャー(八意永琳)がサーヴァントであると認識しました
・塞&アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)の主従の存在を認識。塞と一応の同盟を組もうとは思っていますが、警戒は怠りません
・塞がライドウと十兵衛の主従と繋がりを持っている事を知りません
・北上&モデルマン(アレックス)と手を組んでいますが、モデルマンに起こった変化から、警戒をしています
・遠坂凜を追跡することに決めました。
・遠坂凛が魔術に通暁した者である事を理解しました
・現在魔王パムとマーガレットの戦いの余波で、かなり遠くまで吹っ飛ばされている状態です。何処まで飛ばされたのかは、後続の書き手様にお任せします

【アーチャー(ジョニィ・ジョースター)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]肉体的損傷(中)、魔力消費(中)、漆黒の意思(ロベルタ)
[装備]
[道具]ジョナサンが仕入れたカモミールを筆頭としたハーブ類
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を止める。
1.殺戮者(ロベルタ)を殺害する
2.マスターと自分の意思に従う
3.次にロベルタ或いは高槻涼と出会う時には、ACT4も辞さないかも知れません
4.黒贄礼太郎を殺す
[備考]
・佐藤十兵衛がマスターであると知りました。
・拠点は四ツ谷・信濃町方面(新宿御苑周辺)です。
・ロベルタがマスターであると知り、彼の真名は高槻涼、或いはジャバウォックだと認識しました
・一ノ瀬志希とそのサーヴァントあるアーチャー(八意永琳)がサーヴァントであると認識しました
・アレックスがランサー以外の何かに変質した事を理解しました
・メフィスト病院については懐疑的です
・塞の主従についても懐疑的です
・現在ジョナサンと合流する為、彼を追跡中です

683第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:55:38 ID:3fIroC7g0
【塞@エヌアイン完全世界】
[状態]疲労(中)、魔力消費(中)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]黒いスーツとサングラス
[道具]集めた情報の入ったノートPC、<新宿>の地図
[所持金]あらかじめ持ち込んでいた大金の残り(まだ賄賂をできる程度には残っている)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲り、イギリス情報局へ持ち帰る
1.無益な戦闘はせず、情報収集に徹する
2.集めた情報や噂を調査し、マスターをあぶり出す
3.『紺珠の薬』を利用して敵サーヴァントの情報を一方的に収集する
4.鈴仙とのコンタクトはできる限り念話で行う
5.正午までに、討伐令が出ている組の誰を狙うか決める
6.ジョナサンにはさっさと死んで頂く。……って言うか、くたばったのか? 
[備考]
・拠点は西新宿方面の京王プラザホテルの一室です。
・<新宿>に関するありとあらゆる分野の情報を手に入れています(地理歴史、下水道の所在、裏社会の事情に天気情報など)
・<新宿>のあらゆる噂を把握しています
・<新宿>のメディア関係に介入しようとして失敗した何者かについて、心当たりがあるようです
・警察と新宿区役所に協力者がおり、そこから市民の知り得ない事件の詳細や、マスターと思しき人物の個人情報を得ています
・その他、聞き込みなどの調査によってマスターと思しき人物にある程度目星をつけています。ジョナサンと佐藤以外の人物を把握しているかは後続の書き手にお任せします
・バーサーカー(黒贄礼太郎)を確認、真名を把握しました。また、彼が凄まじいまでの戦闘続行能力と、不死に近しい生命力の持ち主である事も知りました
・遠坂凛が魔術師である事を知りました
・ ザ・ヒーローとバーサーカー(ヴァルゼライド)の存在を認識しました
・セリュー・ユビキタスの主従の拠点の情報を警察内部から得ています
・<新宿>の全ての中高生について、欠席者および体のどこかに痣があるのを確認された生徒の情報を十兵衛から得ています
・<新宿>二丁目の辺りで、サーヴァント達が交戦していた事を把握しました
・佐藤十兵衛の主従と遭遇。セイバー(比那名居天子)の真名を把握しました。そして、そのスキルや強さも把握しました
・葛葉ライドウの主従と遭遇。佐藤十兵衛の主従と共に、共闘体制をとりました
・セイバー(ダンテ)と、バーサーカー(ヴァルゼライド)の真名を把握しました
・ルーラー(人修羅)の存在を認識しました。また、ルーラーはこちらから害を加えない限り、聖杯奪還に支障のない相手だと、朧げに認識しています
・ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)、北上&モデルマン(アレックス)の主従の存在を認識しました
・上記二組の主従と同盟を結ぼうとしていますが、ジョナサンの主従は早期に手を切り脱落して貰おうと考えています。また、彼らにはライドウと十兵衛とコネを持っている事は伝えていません
・ジョナサンとアーチャー(ジョニィ)lを黒贄礼太郎に殺害させる計画を立てました。
・北上とモデルマンには自分たちと一緒に最後に残る組になって欲しいと思っています
・現在ジョナサンの主従と別れている状態です


【アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)@東方project】
[状態]疲労(極大)、精神的疲労(極大)、肉体的損傷(大)、魔力消費(中)、かなりの恐怖
[装備]黒のパンツスーツとサングラス
[道具]ルナティックガン及び自身の能力で生成する弾幕、『紺珠の薬』
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:サーヴァントとしての仕事を果たす
1.塞の指示に従って情報を集める
2.『紺珠の薬』はあまり使いたくないんだけど!!!!!!!!!!!!
3.黒贄礼太郎は恐ろしいサーヴァント
4.糸使い怖い怖い怖い怖い怖い
5.モデルマン絶対制御出来るサーヴァントじゃないと思う……
6.つらい。それはとても
[備考]
・念話の有効範囲は約2kmです(だいたい1エリアをまたぐ程度)
・未来視によりバーサーカー(黒贄礼太郎)を交戦、真名を把握しました。また、彼が凄まじいまでの戦闘続行能力と、不死に近しい生命力の持ち主である事も知りました
・遠坂凛が魔術師である事を知りました
・ザ・ヒーローとバーサーカー(ヴァルゼライド)の存在を認識しました
・この聖杯戦争に同郷の出身がいる事に、動揺を隠せません
・セイバー(ダンテ)と、バーサーカー(ヴァルゼライド)の真名を把握しました
・ルーラー(人修羅)の存在を認識しました。また、ルーラーはこちらから害を加えない限り、聖杯奪還に支障のない相手だと、朧げに認識しています
・ダンテの宝具、魔剣・スパーダを一瞬だけ確認しました
・アーチャー(ジョニィ・ジョースター)に強い警戒心を抱いています
・アサシン(浪蘭幻十)とサーチャー(秋せつら)、マーガレットに対し非常に強い警戒心を抱いています

684第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:56:19 ID:3fIroC7g0
【北上@艦隊これくしょん(アニメ版)】
[状態]疲労(中)、精神的ダメージ(大)
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]鎮守府時代の緑色の制服
[道具]艤装、61cm四連装(酸素)魚雷(どちらも現在アレックスの力で透明化させている)
[所持金]三千円程
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に帰還する
1.なるべくなら殺す事はしたくない
2.戦闘自体をしたくなくなった
[備考]
・14cm単装砲、右腕、令呪一画を失いました
・幻十の一件がトラウマになりました
・住んでいたマンションの拠点を失いました
・一ノ瀬志希&アーチャー(八意永琳)、ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)、塞&アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)の存在を認識しました
・右腕に、本物の様に動く義腕をはめられました。また魔人(アレックス)の手により、艤装がNPCからは見えなくなりました


【“魔人”(アレックス)@VIPRPG】
[状態]肉体的損傷(小)、魔力消費(小)、人修羅化、思考が若干悪魔よりに傾いてきている
[装備]軽い服装、鉢巻
[道具]ドラゴンソード
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:北上を帰還させる
1.幻十に対する憎悪
2.聖杯戦争を絶対に北上と勝ち残る
3.力を……!!
[備考]
・交戦したアサシン(浪蘭幻十)に対して復讐を誓っています。その為ならば如何なる手段にも手を染めるようです
・右腕を一時欠損しましたが、現在は動かせる程度には回復しています。
・幻十の武器の正体に気付きました
・バーサーカー(高槻涼)と交戦、また彼のマスターであるロベルタの存在を認識しました
・一ノ瀬志希&アーチャー(八意永琳)、メフィストのマスターであるルイ・サイファーの存在を認知しました
・マガタマ、『シャヘル』の影響で人修羅の男になりました

魔人・アレックスのステータスは以下の通りです
(筋力:A 耐久:A 敏捷:A 魔力:A 幸運:A。魔術:B→A、魔力放出:Bと直感:B、勇猛:Bを獲得しました)

685第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:56:31 ID:3fIroC7g0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 遠坂凛が、自分の使役するサーヴァントである黒贄礼太郎が戦っているだろうフィールドに赴いたのは、全部が終わった後の事だった。
つまり、鈴仙達が去り、ジョナサン達が吹っ飛ばされ、魔王パムがレイン・ポゥを連れて退散し、せつらと幻十とマーガレットが後を濁さずして消えた後の、
瓦礫だけが広がる神宮球場跡に、タイミングを見計らってやって来たのだ。

 当然の事、目的は黒贄礼太郎の回収である。
アレを野放しにするのは拙い、と言う当たり前の理屈だ。最早全てが敵に回っている凛にとって、あのサーヴァントは最後のセーフティだから、早く回収したいのだ。
そしてそれと同じ位、あの災厄を放置するのは危険なのだ。何せアレは放っておけば人を殺す。再現とか限度とか、そんなものはあの男には設定されていない。
上限を与えていなければ、億の人数だって殺し尽くすだろうあの男の手綱は、この手で握らねばならない。それは、堕ちきった凛の心に残った、僅かな理性と良心の発露でもあった。

 ――そして結論を述べるのなら、その理性と良心を完全に捨ててしまいそうな局面に、凛は直面する。

「あ、おーい凛さーん。こっちですよー」

 朗らかな笑みを浮べながら黒贄礼太郎は、凛の方に対して、『血で濡れたジュラルミン製のライオットシールドを持った側の手を振るっていた』。

 ……早い話が、手遅れだったと言う訳だ。
考えてみれば、当たり前の話だ。サーヴァント達がこれだけ野放図に暴れまわったのだ。NPCが集まるに決まっている。
これは凛や黒贄達が知らないのも無理からぬ話だが、鈴仙は自らの能力を用い、外部に戦闘によって生じた大音をシャットアウトする結界を展開させていたのだ。
それがなくなってから、なおも大暴れを続けていれば、遠くない内に野次馬が集まるに決まっているのである。
鈴仙やアレックス、幻十にせつらに魔王パム、そしてジョニィらは、その野次馬が集まる前にこの場から遠ざかっていた。

 ――黒贄だけは、NPCが集まり終えたその『後』に、のこのことこの場に戻ってきた。そして、うっかり衝動を爆発させた。
他区から応援にやって来ていた機動隊員の首を、拾った木の小枝を振るって撥ね飛ばした後で、その隊員が持っていたライオットシールドを奪い、大暴れ。
「たまには盾を武器にするのも悪くありませんな」などと言いながら、振るった盾の縁でNPCの首を圧し折り、大脳が飛び散る程の勢いで頭部を破壊し、胴体をグシャグシャに潰して回って、殺戮の時間を謳歌していた。

 時間にして、五分とちょっと。
それだけの時間で、この場に集まっていた総計七二九人のNPCを殺しつくして見せたのだ。
……結果的にの話になるが、今この場に於いて、凛と黒贄の姿を目撃しているNPCはいない。何故ならば黒贄礼太郎が、全てのNPCを殺してしまったからだ。

「……気絶したいわよ、もう」

 築かれた血の川、死体の大地を踏みつけながら、黒贄礼太郎は凛の所へ駆け寄って言った。
死体の放つ強烈な死臭に慣れてしまっている自分が居る。その事実を悲嘆する事すらしなくなった自分がいる事に、凛は、確かに気付いていたのだった。

686第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:56:50 ID:3fIroC7g0
【四ツ谷、信濃町方面(聖徳美術絵画館・神宮球場跡地)/1日目 午後4:40分】

【英純恋子@悪魔のリドル】
[状態]意気軒昂、肉体的ダメージ(大)、魔力消費(中)、廃都物語(影響度:小)
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]サイボーグ化した四肢
[道具]四肢に換装した各種の武器(現在マーガレットとの戦いで破壊され使用不能)
[所持金]天然の黄金律
[思考・状況]
基本行動方針:私は女王(魔王でも可)
1.願いはないが聖杯を勝ち取る
2.戦うに相応しい主従をもっと選ぶ
3.新生した自分の力を遠坂凛に示して勝つ
4.あの銀髪の美女……私の生涯最大の強敵……勝たなきゃ
[備考]
・アーチャー(パム)と事実上の同盟を結びました
・パムから、メフィスト病院でキャスター(メフィスト)がドリー・カドモンで何を行ったか、そして自分の出自を語られました
・遠坂凛&バーサーカー(黒贄礼太郎)、セリュー・ユビキタス&バーサーカー(バッター)の所在地を掴みました
・メイド服のヤクザ殺し(ロベルタ)、UVM社の社長であるダガーの噂を知りました
・自分達と同じ様な手段で情報を集めている、塞と言う男の存在を認知しました
・現在<新宿>中に英財閥の情報部を散らばせています。時間が進めば、より精度の高い情報が集まるかもしれません
・遠坂凛が実は魔術師である事を知りました
・新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、ランサー(高城絶斗)の存在を認知しました
・キャスター(タイタス1世)の産み出した魔将ク・ルームとの交戦及び、黒贄礼太郎に扮したタイタス10世をテレビ越しに目視した影響で、廃都物語の影響を受けました
・次はもっとうまくやろうと思っています
・口上と必殺技名を幾つか考えつきました
・アーチャー(ジョニィ・ジョースター)とモデルマン(アレックス)の存在を認識しました。またジョナサン・ジョースターも認識しました
・マーガレットに強い対抗意識を燃やしています
・現在拠点へと出戻り中です


【アサシン(レイン・ポゥ)@魔法少女育成計画Limited】
[状態]霊体化、肉体的ダメージ(中)、魔力消費(中)、エネルギーに変換すればパージされた極大の万里の長城に対して特攻しこれを破壊しうる程のストレス
[装備]魔法少女の服装
[道具]
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯獲得
1.マスターを狙って殺す。その為には情報が不可欠
2.天昇じゃなくて昇天しろ馬鹿共
3.ああああああああああもう休ませろよおおおおおおおおおおおおおおお
[備考]
・遠坂凛が実は魔術師である事を知りました
・アーチャー(パム)と事実上の同盟を結びました。凄まじく不服のようです
・パムから、メフィスト病院でキャスター(メフィスト)がドリー・カドモンで何を行ったか、そして自分の出自を語られました
・ライドウに己の本性を見抜かれました(レイン・ポゥ自身は気付いておりません)
・魔王パムを召喚した者に極大の殺意
・現在拠点へと出戻り中です


【アーチャー(魔王パム)@魔法少女育成計画Limited】
[状態]肉体的ダメージ(中)、実体化、黒羽一枚Lost
[装備]魔法少女の服装
[道具]
[所持金]一応メフィストから不足がない程度の金額(1000万程度)を貰った
[思考・状況]
基本行動方針:戦闘をしたい
1.私を楽しませる存在めっちゃいる
2.聖杯も捨てがたい
3.神崎蘭子とかいうアイドルに逢ってみたい
4.あの女(マーガレット)……できる
5.あの男(アレックス)……次は遠慮なく戦いたい
[備考]
・英純恋子&アサシン(レイン・ポゥ)と事実上の同盟を結びました
・新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、ランサー(高城絶斗)の存在を認知しました
・すごくテンションが上がっています
・口上と必殺技名を幾つか考えつきました
・アーチャー(ジョニィ)のスタンド、タスクACT4により、宝具である黒羽を一枚破壊されました。聖杯戦争中、如何なる手段を用いても復活することはありません
・現在拠点へと出戻り中です

687第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:57:18 ID:3fIroC7g0
【マーガレット@PERSONA4】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]青色のスーツ
[道具]ペルソナ全書
[所持金]凄まじい大金持ち
[思考・状況]
基本行動方針:エリザベスを止める
1.エリザベスとの決着
2.浪蘭幻十との縁切り
3.令呪の獲得
[備考]
・浪蘭幻十と早く関係を切りたいと思っています
・<新宿>の聖杯戦争主催者を理解しています。が、エリザベスの引き当てたサーヴァントが何者なのか理解しました
・バーサーカー(ヴァルゼライド)とザ・ヒーローの主従を認識しました
・〈新宿〉の現状と地理と〈魔震〉以降の歴史について、ごく一般的な知識を得ました
・遠坂凛と接触し、悪人や狂人の類でなければ保護しようと思っています
・バーサーカー(バッター)とセリュー・ユピキタスの動向を探る為に浪蘭幻十の一晩の実体化を許可しました
・メフィスト病院について知りました。メフィストがサーヴァントかマスターかはまだ知りません
・ザ・ヒーロー及び、クリスチファー・ヴァルゼライドを速やかに撃破したい思っています
・他の主従との同盟を考えています
・幻十がメフィスト病院に、緒方智絵里と三村かな子を誘導した事を知りました。両者の名前は知りません。
・幻十との付き合い方を修得しつつあります。
・アレックスの変貌に気付いています
・現在神宮球場から離れた所に居ます。場所はどこかは、お任せします


【アサシン(浪蘭幻十)@魔界都市ブルース魔王伝】
[状態]魔力消費(極小)、疲労(小)
[装備]黒いインバネスコート
[道具]チタン妖糸を体内を含めた身体の様々な部位に
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:<新宿>聖杯戦争の主催者の殺害
1.せつらとの決着
2.那珂に対する報復
3.せつらめ……やはり一筋縄じゃいかないか
[備考]
・北上&モデルマン(アレックス)の主従と交戦しました
・交戦場所には、戦った形跡がしっかりと残されています(車体の溶けた自動車、北上の部屋の騒動)
・バーサーカー(ヴァルゼライド)とザ・ヒーローの主従を認識しました
・〈新宿〉の現状と地理と〈魔震〉以降の歴史について、ごく一般的な知識を得ました
・バーサーカー(バッター)とセリュー・ユピキタスの動向を探る為に一晩の実体化の許可を得ました。どこに糸を巡らせるかは後続の方にお任せします
・夜の間にマーガレットに無断で新宿駅の地下を糸で探ろうと思っています
・メフィスト病院について知りました。メフィストがサーヴァントかマスターかはまだ知りません
・メフィスト病院に、緒方智絵里と三村かな子を誘導しました。両者の名前は知りません。
・新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(バージル)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、アーチャー(パム)、ランサー(高城絶斗)、ライダー(大杉栄光)、アサシン(レイン・ポゥ)の存在を認知しました
・アーチャー(那珂)以外は、大雑把な戦い方と声を把握しただけで、個人の識別には使えません。
・ランサー(高城絶斗)は声しか知りませんが、魔糸を消したのはランサーだと推測しています。
・アーチャー(那珂)の姿と戦い方を知りました。
・アーチャー(那珂)に対して極大の殺意
・346所属のアイドルの中にマスターがいるかも知れないと推測しました。
・北上とアーチャー(那珂)の関係性に気付きました。
・一ノ瀬志希、雪村あかり、伊藤順平、英純恋子の四人のマスターの姿形と個人情報を把握しました。
・アーチャー(鈴仙)と塞の存在を認識しました
・アレックスの変貌に気付いています
・現在神宮球場から離れた所に居ます。場所はどこかは、お任せします

688第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:57:35 ID:3fIroC7g0
【サーチャー(秋せつら)@魔界都市ブルースシリーズ】
[状態]疲労(小)
[装備]黒いロングコート
[道具]チタン製の妖糸
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の探索
1.サーヴァントのみを狙う
2.ダメージを負ったらメフィストを利用してやるか
3.ロクでもない街だな
4.今の状態の幻十なら楽だが……どうせ宝具はアレだろうしな。面倒だから早く倒したい
[備考]
・メフィスト病院に赴き、メフィストと話しました
・彼がこの世界でも、中立の医者の立場を貫く事を知りました
・ルイ・サイファーの正体に薄々ながら気付き始めています
・ウェザー&セイバー(シャドームーン)の主従の存在を知りました
・不律、ランサー(ファウスト)の主従の存在に気づいているかどうかはお任せ致します
・現在、メフィストの依頼を受けて、眠り病の呪いをかけるキャスター(タイタス1世(影))の存在を認識、そして何を行おうとしているのか凡そ理解しました。が、呪いの条件は未だに解りません
・眠り病の呪いをかけるキャスター(タイタス1世(影))の捜索をメフィストに依頼されれ、受けました。
・浪蘭幻十がサーヴァントとして召喚されていることをメフィストから知らされました。
・浪蘭幻十のクラスについて確信に近い推察をしました。
・討伐令に乗る気は有りません。機会があれば落ち首広いはするつもりです。
・アーチャー(鈴仙)と塞、モデルマン(アレックス)と北上の存在を認識しました


【遠坂凛@Fate/stay night】
[状態]精神的疲労(極大)、肉体的ダメージ(中)、魔力消費(中)、疲労(大)、額に傷、絶望(中)
[令呪]残り一画
[契約者の鍵]有
[装備]いつもの服装(血濡れ)→現在は島村卯月@アイドルマスター シンデレラガールズの学校指定制服を着用しております
[道具]魔力の籠った宝石複数(現在3つ)
[所持金]遠坂邸に置いてきたのでほとんどない
[思考・状況]
基本行動方針:生き延びる
1.バーサーカー(黒贄)になんとか動いてもらう
2.バーサーカー(黒贄)しか頼ることができない
3.聖杯戦争には勝ちたいけど…
4.それと並行して、新たな拠点にも当たりをつけておきたい
[備考]
・遠坂凛とセリュー・ユビキタスの討伐クエストを認識しました
・豪邸には床が埋め尽くされるほどの数の死体があります
・魔力の籠った宝石の多くは豪邸のどこかにしまってあります。
・精神が崩壊しかけています(現在聖杯戦争に生き残ると言う気力のみで食いつないでる状態)
・英純恋子&アサシン(レイン・ポゥ)の主従を認識しました。
・バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)が<新宿>衛生病院で宝具を放った時の轟音を聞きました
・今回の聖杯戦争が聖杯ではなく、アカシックレコードに纏わる操作権を求めて争うそれであると理解しました
・新国立競技場で新たに、ライダー(大杉栄光)の存在を認知しました。後でバーサーカー(黒贄礼太郎)から詳細に誰がいたか教えられるかもしれません
・あかりが触手を操る人物である事を知りました
・ジョナサンとアーチャー(ジョニィ・ジョースター)、モデルマン(アレックス)、アーチャー(魔王パム)の存在を認識しました
・黒贄礼太郎に対し、ジョニィ・ジョースター、アレックス、魔王パム。以上三騎のサーヴァントの攻撃は『絶対回避する』よう令呪を使いました


【バーサーカー(黒贄礼太郎)@殺人鬼探偵】
[状態]健康
[装備]『狂気な凶器の箱』
[道具]『狂気な凶器の箱』で出た凶器
[所持金]貧困律でマスターに影響を与える可能性あり
[思考・状況]
基本行動方針:殺人する
1.殺人する
2.聖杯を調査する
3.凛さんを護衛する
4.護衛は苦手なんですが…
5.そそられる方が多いですなぁ
6.幽霊は 本当に 無理なんです
[備考]
・不定期に周辺のNPCを殺害してその死体を持って帰ってきてました
・アサシン(レイン・ポゥ)をそそる相手と認識しました
・百合子(リリス)とルイ・サイファーが人間以外の種族である事を理解しました
・現在の死亡回数は『2』です
・自身が吹っ飛ばした、美城に変身したアサシン(ベルク・カッツェ)がサーヴァントである事に気付いていません
・ライダー(大杉栄光)が未だに幽霊ではないかと思っています
・現在、ジョニィ、アレックス、パムの攻撃は全部回避する状態です

689第一回<新宿>殺人鬼王決定戦 ◆zzpohGTsas:2020/01/04(土) 00:58:39 ID:3fIroC7g0
投下終了します。
アイギス登場してなくて草。嘘つきの達人か自分は。

葛葉ライドウ&セイバー(ダンテ)
白のセイバー(チトセ・朧・アマツ)
予約します

690名無しさん:2020/01/04(土) 16:15:30 ID:y4DtK9rs0
乙です
どいつもこいつも自重しない暴れっぷりですねクォレハ…、新宿壊れちゃ〜う(絶望)
原作読んでても思ったけど妖糸は攻撃と防御も当然として、探索能力がチートだなぁ

691名無しさん:2020/01/05(日) 00:28:37 ID:bF7jQkDM0
乙です 見返してみるとこの大破壊が1日中の出来事であるの恐ろしすぎですね
新宿が文字通り魔都の惨状を呈してきてオラわくわくすっぞ

692名無しさん:2020/02/27(木) 17:57:00 ID:UMf5GpMA0
亀ながら乙です
バージルニキは脱厨二病したんやで
しかし、菊池世界と狂太郎世界はホント魔界や・・・・

693 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:19:50 ID:TJVZO0ns0
投下します

694修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:20:24 ID:TJVZO0ns0
 スタリ、と男達が着地した頃には、新国立競技場はもう彼方の光景だった。
血を吸った見たいに真っ赤なコートは、気障という言葉を具現そのもの。これを嫌味なく着こなす、上半身を裸にした銀髪の男性。
夜の闇を鋏で裁断したような、黒いマントと学生服を着用した、鋭いもみ上げの美青年。
そして、その学生服の青年の周りを、懐いた文鳥かインコみたいに飛び回る、年齢にして十歳かそこらの少女。但し、ただの少女ではない。飛び回ると言うのは文字通り、青年の周りを飛行していると言う意味であり、その浮力は、長く伸ばした後ろ髪を翼の形にして羽ばたかせて得ているのだ。間違っても、人間の少女ではありえなかった。

「なぁ少年……。アレが世に言う、液状化現象、って奴か?」

 振り返りながら、コートを纏う男性の方が、傍らに立つ学生服の青年に問いかけた。コートの男の名はダンテ、学生服の青年はライドウ、と言う。

「違う」

 ライドウの返事には、ユーモアの欠片もなかった。ただ事実だけを、短く率直に述べる。明快ではあるが、とっつき難い語り口だった。

 場所は、<新宿>は市ヶ谷に居を構える大企業、大日本印刷の本社ビル。
魔震の影響によって跡形もなく倒壊した旧社屋の残骸が撤去された後当企業は、当時に於いては最先端を往く耐震・耐火・耐風構造を兼ね備えた、超高層ビルと変貌。
今では<新宿>の『顔』の企業としての地位を欲しいがまま、高層ビルが立ち並ぶ市ヶ谷のビル街にあって一際の高階層を誇るその建物は、宛ら貴族か王侯のようだった。

 ダンテとライドウは、先程まで自分達が血で血を洗う死闘を演じていた場所。即ち、新国立競技場の方面に目線を向けていた。
端的に言えば、競技場全体が、『沈んでいる』。ダンテが液状化、と言う言葉を用いたのも、頷ける。
黒いタール状の何かに、競技場と言う一個の建物が、底なし沼に沈没するように引きずり込まれているのだ。
建物だけが、ズブズブと沈んで行く。その光景を齎しているであろう、あの黒いタールのようなものが、あの場に最後に乱入して来たサーヴァント。
ランサー・高城絶斗――或いは、ベルゼブブか――の宝具によるものだとは、ライドウもダンテも理解している。

「モー・ショボー。お前はベルゼブブがあぁいう化身を用いる事があるのは、知ってるか?」

 ライドウは自らが使役する悪魔の一人。
モンゴルの民間伝承に伝わる、人の命と精気を吸い取る凶鳥であるモー・ショボーに問いを投げかけた。
ベルゼブブは魔界に於いてルシファーに次ぐと称される程強壮な力を誇る魔王であり、その力たるや一つの神話体系の主神に迫るか超える程なのだ。
強大な力を持つ悪魔と言うのは概して、人間の世界で活動する場合や隠密活動を行う際、その世界で行動するに相応しい化身と言うものを幾つも持つ。
ライドウはベルゼブブがそう言った化身を持っていて当たり前だと判断しているが、あんな年端も行かない少年の姿の化身で活動するベルゼブブと言うのは、彼としても聞いた事がない。だから、同じ悪魔であるモー・ショボーに彼は問うたのだ。

「うーん……わかんない。昔聞いた話だとね、女性の姿で行動してた世界もあったらしいんだけど……」

 それは、別に珍しくない。
悪魔は誘惑する事も仕事の内であるのだから、当然、美しい女性としての姿で行動する者もいる。勿論その逆、美男子として行動する者だって。これはライドウがデビルサマナーとしての教育と訓練を経た、『里』の知識だ。

「少年、俺の目にはあのハエ小僧……自らの意思で魔界からやって来た、ってタマには見えなかったぜ」

 これはライドウも、ダンテと同じ意見だった。
単純だ、ライドウはタカジョーを見た時、ステータスが視認出来たのだ。言うまでもなく、サーヴァントとしてのステータス、である。
これが意味する所は非常に大きい。サーヴァントとしてこの世界に顕界していると言う事は、必然、『サーヴァントとしての霊基に縛られている』事を意味する。
サーヴァントと言う存在は、ライドウからすれば『弱い』存在だった。無論、サーヴァントが持つ宝具や身体能力、異能の数々は、ライドウであっても油断出来ない。
それとは異なる意味。つまり、在り方が弱いのだ。マスターから供給される魔力が太い生命線、命綱……その癖、選ばれるマスターはランダム性が強く、
魔力が全くないのは勿論魔道の知識を欠片も有していない者がマスターに選ばれる。要するに、存在を維持出来るソースの供給元が事実上一つしかないから、弱いのだ。

695修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:20:50 ID:TJVZO0ns0
 サーヴァントをこの世からパージしたいのなら話は簡単で、マスターを殺せば問題は解決である。
無論これは、少し頭が働く者であるのなら参加者全員が想到する結論であろう。しかしこれは真理であり、完全な対処・防御は不可能を極める。
マスターはサーヴァントより弱いと言うのは当たり前の帰結であり、後者の方から積極的に攻撃されれば、マスターとしては成す術もない。
そもそも、下手なサーヴァントならダンテの力を借りずして葬り去れるライドウの方が、聖杯戦争の参加者として異常なのだ。大半のマスター側の存在は、抵抗を許さぬまま殺されてしまうのがオチであろう。

「ベルゼブブ程の悪魔がサーヴァントとして縛られているのなら、これ程あり難い事もない」

「殺せるからだろ?」

「ああ」

 相変わらずおっかないガキだ、と零すダンテ。剣呑な笑みが、その表情に張り付いていた。

 化身や分霊にまで落魄しようとも、ベルゼブブと言う悪魔は凄まじく厄介である。
魔術や異能を発動させるのに適した、霊長とは根本的に異なる構造の身体。人間などには及びもつかない深淵たる魔道の知識。
そして其処から繰り出される恐るべき魔術の数々。単純な身体能力の面でも人類など遥かに超越しており、戯れに腕や羽を振るうだけで、死体の山を築く事だって造作もない。
これに加え、複雑怪奇な魔界の政界で磨いた権謀術数と話術の腕前は、人のみならず同じく『舌』で高い地位を築いた悪魔ですら惑わされてしまう。
魔界のNo2、ルシファーに次ぐ魔界の副王たる地位は、決して飾りではない。一神話体系の主神に匹敵、或いはそれをも上回る強壮たる悪魔は、ライドウであっても苦戦を免れない。どころか、本気で倒そうとするのなら虎の子である仲魔の一匹二匹、犠牲に入れる事すら彼は視野に入れるだろう。

 そんな悪魔が、マスター……即ち人間の儚い命にその存在の有無が左右されているのだ。
そう、見方を変えればあのランサー……高城絶斗は、マスターを殺されるか否かによって、生殺与奪を握られているに等しい。
これは、ライドウにしてみればあり難い事この上ない。何せ、『マスターを殺せば自動的にベルゼブブ程の悪魔がこの世界から退場する』のだ。
マスターとサーヴァントの関係は、一蓮托生。これは、ライドウと言うトップマスター、ダンテと言うトップサーヴァントの関係にですら、同じ事が言えるのだ。
ベルゼブブよりも遥かに弱いマスターを殺せば、かの蝿王を魔界に叩き返せる。そんな考え方を、人は非情だと思おう。しかし、その考えは厳とした事実であるのだ
無論、ライドウとて血の通った人間だ。マスターを殺してベルゼブブを退場させる方策は、最終手段だと認識している。
だが同時に、その最後の手段に踏み切らねばならないと判断した時、この男は一切の迷いを抱かない。
あの悪魔のマスターが例え年端もいかない、それこそ、ライドウの齢の半分も生きていない少年少女であろうとも、愛剣たる赤口葛葉の鋭い剣身を閃かせるだろう。

「だがそう上手くいくかね、少年。下の毛すら生えてないガキの姿だったとは言えよ、ベルゼブブはベルゼブブだぜ? お前と同じ程度の強さのマスターだったら如何するんだ?」

 それは、ライドウも当然視野に入れている。
ライドウはこれだけ極まった強さを持った男でありながら、まだ、自分より格上のマスターがいるのではないかと言う疑いを捨てきれない。
彼は警戒心が強い。だから聖杯戦争の舞台である<新宿>に呼ばれた時から、その思いを抱き続けていた。
その疑いが補強されたのが、先の新国立競技場で戦った、ザ・ヒーローと言う男との戦いである。

 強かった。恐ろしく、強かった。
きっとあの青年は、自分のように、『戦う事を生まれた時から宿命付けられていた存在ではなかった』のだろう。ライドウはそう思っていた。
ライドウは生まれた時から、平安の時代より伝わる葛葉の本流四家の一つ、葛葉『ライドウ』を襲名する事を宿命付けられていた。
その宿命の故に課せられた、彼の幼年期の生活ぶりは、人権の意識と言うものがまだまだ未熟であった大正時代の世に於いても、常識外れのそれであった。
母元から離されたのは齢三歳の頃、紙を丸めてチャンバラ遊びに興じるのが普通であろう四歳の頃には、重さ一kgを超える真剣を握らされていた。
その翌年には剣術の鍛錬の他、古くは安倍晴明の時代より連綿と伝わる陰陽道の秘儀、神道の極意を叩き込まれていた。
正邪を問わぬ、人がその人生の全てを賭しても学び切る事など不可能な程の量の魔道の知識を、ライドウはものの二年で会得。
人の命など何とも思わぬ悪魔が跋扈する異界の世に、一月もの間放り込まされ、見事生還を果たしたのは十歳の頃。歴代で最も若い頃だった。

696修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:21:10 ID:TJVZO0ns0
 『葛葉ライドウ』と言う名に課せられた宿命の故に、ライドウは強く在らねばならなかった。
名の故に、強くなければならない。常人ならば当の昔に発狂していてもおかしくない、過酷な鍛錬、膨大な量の座学を、彼は難なく克服、乗り越え今に至る。
最強、最優の座を目指す為には、決して逃してはならない『時期』がある。その座を勝ち得るには、どれだけ若い年齢で、その座を意識出来るかがつとに大切なのだ。
その時期を逃してしまえば、もうその人物は最強足り得ない。同じ才能を持った者が同じだけの質の努力を経た場合、その努力を相手より前の時期に行っていた者が勝るのは、当然の話なのだ。

 剣を交えれば、ライドウは手に取るように解ってしまうのだ。相手がどの時期に、鍛錬を積んだのか如何かが。
ザ・ヒーローは、『遅い』。最強、或いは最優……。その何れをも目指すにも、遅すぎた位だろう。にも関わらず彼が見せた、ライドウを瞠若させた強さの源とは何か?
最強を目指すのに必要なファクターに、時期という物は確かに重要である。だが、世の理は葛葉の里で課される鍛錬よりもずっと残酷だ。
ある者が十年の歳月を経て獲得した力に、たった一年同じだけの努力を積むだけで容易に到達するどころか、軽々と上回ってしまう『才能』と言う物が、確かにある。
そしてその才能こそが、実を言えば葛葉の名に於いて最も重視される。ライドウが強いのは、才能も桁外れな上に、その才能を伸ばすのに費やした時間の量が膨大だからなのだ。
きっと、ザ・ヒーローと言う青年は、己の秘められた才能に気付いてなかったのだろう。気付かない方が良かったのかも知れない。
サマナーの才能とは殺しの才能と紙一重。市井に生きる一般人ならば、そんなもの、気付くどころか厳重に蓋をして封印するべきなのだ。
だが何処かで、ザ・ヒーローは、その才能を開花させざるを得なかったのだろう。そして、開花するだけじゃなかった。
アレだけの強さを育ませるだけの環境にも、恵まれた事は容易に想像出来る。ライドウであっても、予想も想像も出来ない死線の数々を、あの男は潜り抜け生き残ったのだ。

 弱いなどと、ライドウは欠片も思わない。ザ・ヒーローが手にしていた大業物・ヒノカグツチの剣を見れば、元々は彼は悪魔を使役して戦う事ぐらいお見通しだ。
悪魔を使役して戦っていれば、殺されていたのは自分だったかも知れない。そう言うifを、ライドウは冷静に分析する。
あんな強さのマスターが居ると解れば、余裕などかましていられない。自分が最強のマスターなどと、自惚れられる訳がない。
当たり前の様に、自分より強いマスターの存在を意識する。その隙のない姿勢こそが、ライドウを強者足らしめる所以なのだ。

「俺でも勝てぬ程強いのなら……」

「強いのなら?」

「心胆で補う他あるまい」

 結局は、其処に行き着く。
才能、努力、そして培ってきた経験。戦闘に於いてはそう言ったファクターが蓋し重要な、決め手になる事は間違いない。
だが、戦う者が人間である以上。戦闘と言う行為そのものが、不確定要素に左右される水物としての要素が強いものである以上。
最後の最後で決め手になるのは、当の本人のメンタリティ。即ち、『気合と根性』なのだ。泥臭い精神論は、精も根も尽き果て、絞る油すらなくなったその時に、覿面の効果を発揮するのだ。それこそ、パワーバランスの大小を、引っ繰り返しかねない程に。

「……。まぁ……それが決め手になるのは否定しないがね」

「? 何だ、歯切れが悪い」

「気合と根性に重きを置いた究極形と、直近で戦ったばかりでね」

「クリストファー・ヴァルゼライドか」

「気合と根性って、タチの悪いカンフル剤なんだなぁって思ったね。キメすぎると馬鹿になる。お前はそうならんように気をつけるんだな? 少年」

「肝に銘じておこう」

 言うやライドウは、大日本印刷の超高層ビルから見下ろす事の出来る、<新宿>の姿を眺めながら。
胡坐をかき始めたのである。いや、胡坐ではない。仏教やヨーガの僧侶が、修行や鍛錬の際に用いる座法……結跏趺坐だ。
葛葉一族は、平安の時代に晴明が編み出した悪魔召喚の術を子々孫々に受け継がせる事と同時に、その技術をより高みへと昇華させる事を重要な使命の一つとした。
故に、外来の技術は積極的に取り入れもした。古くは仏教、密教、修験道の一門と交流親睦を深め、彼らの業と修行法、思想を、一族のルーチンに取り入れた。
其処から時代は下り、戦国時代や安土桃山時代にキリシタンと、密航していた海の向こうのデビルサマナーからも、技術を会得した事もある。
……尤もそちらの方は、穏当に、とは行かなかったが。幾許の血を、葛葉もキリシタン・デビルサマナーも、流す事になったのだが。

697修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:21:30 ID:TJVZO0ns0
 今、ライドウが行っている結跏趺坐も、斯様な歴史の中で一族が取り入れたモノの一つ。インドの地において、ヨーガと呼ばれる修行法の応用だ。
独自の呼吸を以って体内のチャクラを開門、それを続ける事によって得られる効果は、魔力の回復と言う極めてシンプルなもの。
しかし、その効果はシンプルにして極めて有効的。特に、魔力の多寡が勝敗を分ける聖杯戦争に於いて、この技術の有無は凄まじく大きい。
なにせ、原則聖杯戦争が開催してしまえば事実上回復の手段は存在せず、目減りが続くだけの魔力(≒生体マグネタイト)と言うソースを、回復させる事が出来るのだ。
とはいえ、この技術にしたって、生半な者が行ったところで、サーヴァントを維持し続けるだけに必要な魔力以上の回復は出来ない。
強いて言えば、サーヴァントの自然消滅を遅れさせる程度に過ぎないだろうが、達者であるライドウにはそれはない。
トップサーヴァントに値する強さのダンテの維持以上に必要な魔力を、ライドウはこの結跏趺坐でカバー出来るのだ。デビルサマナーとして培った技術が、活きる瞬間だった。

 腕を組み、彼方を眺めるダンテ。
彼は滅多な事で、胸中を他人に図らせる事はさせない。生涯の殆どを悪魔の殲滅に費やした男は今。
英霊として召し上げられたその身で世界に呼び起こされ、何を考えているのか。時に、ライドウですら推量しかねる所がある。
だが今なら、何となく彼が考えている事が解るのだ。彼自身が兄と呼んでいた、アーチャーの英霊。
弓兵の名を関するクラスを宛がわれながら、太刀の扱いを飛び道具以上に得意とする異端のサーヴァント、バージルの事を、考えているに相違ない。

 考えているのは、これからの事か。それとも、殺し方の事か。
どちらにしても、出会った瞬間殺し合うような間柄である。血の臭いが香るような未来を幻視出来ようヴィジョンを、思い描いているのかも知れない。

「……やれやれ、落ち着く暇もありゃしないな、少年」

「そうだな……」

 半目の状態から開眼に移るライドウ。そして、不敵な笑みを浮べて、上空を見上げるダンテ。
良い空だった。<新宿>が例えこんな陰惨な地獄に変貌したとて。地上がどれ程血で汚れ、死肉の塵に塗れようと。
空の蒼だけは、汚し得ぬ普遍の美を保っているかのようだった。それは王者の蒼だった。古の昔より、天空を統べる神こそが最高の神であると定義した神話は数限りない。
それも、どれ程手を伸ばそうとも届く事は有り得ない高みと、腕をどれだけ広げようと抱えきる事等不可能な広大無辺さを天空が誇る以上、詮無き事であった。

 地上数百mの高層ビルの頂点に立とうとも、未だ空の高さの果てには及ばない。
人は、築き上げたテクノロジーなしで、空を飛ぶことは勿論、数秒間の浮遊すら行う事は出来ない。
然るに――今、地上から何百mも高い場所に居るダンテ達から見て、また更に数百mを上回る高さを飛んでいるあの黒点は、この世の王か何かなのか?
千里眼とも形容されるダンテの視力が、その黒点を人間だと認める。いや、厳密に言えば、人間の姿をした何か、か。
そしてその人間が、ついさっきまで同じ場所にいた人物そのものだとも、彼は認めた。成程、ベルゼブブの魔の手から、逃げ果せたらしい。大した嬢ちゃんだ、ダンテは笑みを強めながら、此方目掛けて流星宜しくの勢いで急降下する女性を歓迎した。

698修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:21:44 ID:TJVZO0ns0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 大日本印刷に着地しようとしたチトセ・朧・アマツを熱く迎え入れたのは、ダンテが懐から引き抜いた白い大型拳銃、アイボリーから放たれた弾丸だった。
軍属として飽きる程目の当たりにしてきた、馴染み深い代物。チトセにとっての拳銃とは正しくそれだったが、眼下三〇〇m先の銀髪の男が構える拳銃は、
一言で言えば奇形そのものだった。何を如何考えれば、拳銃をあそこまでデカく出来るのだ? 拳銃の利点である携帯性と軽量性、その全てをアレはかなぐり捨てている。
何と、戦う気なのだ? 戦車と戦う為の拳銃だと言われても、チトセには理解出来るし納得も出来る。それ程までの、気違い染みたサイズだった。

 その銃口の照準が確実にチトセの方に向けられるや否や、白鍵の名を関する大型拳銃は、花火のような火柱を銃口から吹き上がらせながら、必殺の弾丸を放っていた。
放たれた弾丸は一発限り。しかし、その一発に秘められた威力は、星辰奏者が発動する星辰光の攻撃的な力に、勝るとも劣らない。
つむじ風が、チトセの身体に鎧われた。無論、目には見えない。不可視の鎧だ。荒れ狂う風の鎧に、アイボリーの弾丸が触れた瞬間、弾自体が意思でも持ったかの如く、急なカーブを描いて弾丸がチトセから逸れて行く。飛び道具の防御方法としては実に単純だが、これが実に、有効的。チトセはこの防御法があるからこそ、生前は、銃など全く恐れていなかった程であるが……流石に今回ばかりは肝が冷えた。風に、弾丸が触れた時、本気で、撃ち殺されると思ったからだ。それ程までの、ダンテの弾丸の威力よ。

 急降下のスピードを一切減速させる事無く、チトセは、大日本印刷のヘリポートに着地する。
衝撃は、膝にも足にもない。高所からの落下に備え、軍靴の靴底に圧縮した空気を用いて生み出したエアクッションを配置させていたからである。
この措置の故に、直ぐ攻撃態勢に移行出来る。チトセはダンテの方を振り返った。位置関係は、ダンテ達から見て十m程後ろ。
彼の背後を取れるよう着地位置は狙ったが、そんな浅知恵はお見通しであったらしい。チトセが振り返り、彼女の傍にサヤが実体化を始めた時には、既にダンテとライドウは此方に銃口を向けていたのだ。

「随分あわてんぼうな登場のしかただな、ネオナチ・ガール。トイレが近いんだったらあっちから下に降りなよ」

 階下へと繋がる出入り口の方角にしゃくりながら、ダンテが言った。
品のないジョークに眉をしかめるどころか、怒気を飛ばすのはサヤ・キリガクレその人だった。両足に力を込め、チトセの命令一つで何時でも飛びかかれる様な状態に移行する。

「生憎と……ガール呼ばわりされる程の歳でもなくてね。挑発のつもりで言ったのだろうが、素直に褒め言葉として受け取ってやるよ」

 と言うより、チトセからすれば、ダンテの方がずっと若く見える。
新国立競技場が、ダンテと言う男との初邂逅の場であったとは言え、あの時は状況が状況であった為、その場に居た全員の容姿を具に観察する事は出来なかった。
一対一の今の状況下なら、冷静に頭を働かせてその容貌を眺める事が出来る。チトセからすれば、隣に居るライドウとさして歳も変わらぬ子供だ。
贔屓目に見ても、ダンテの年齢など二十代前半程度だろう。ボーイどころか、ガキとすら言えるような顔立ちと肌のハリを持ったその青年がしかし、年齢に対して余りに不相応な、殺しの技術と戦いの天稟を誇る事は、新国立競技場でチトセも理解している。なまじその強さの源が不透明な以上、星辰奏者や魔星よりも、遥かに厄介な相手であった。

「そうかい、じゃあ言い方を変えるぜ、ネオナチ・レディ。しかしその服装、かなり危ねぇな? ユダ公のナチハンターに叱られちまう前に服装を変えた方が良い。この国じゃマイクロビキニが婦女子の指定制服らしいぜ?」

「そんな国滅んでしまえ」

 チトセの言葉のその部分については、ライドウも賛同していた。サヤは……言及を避けておこう。少なくとも、かなり欲望駄々漏れの笑みを浮べていた。

「何しに此処に来た」

 ダンテの傍に佇むライドウがそう言った。
物怖じ一つせず、チトセの方をジッと見据える黒衣の学生に、この類稀な星辰奏者は、死神の姿を見た。
雰囲気も佇まいも、書生のそれではあり得なかった。実直そうな雰囲気の中に、危険な程に鋭く研ぎ澄まされた、恐るべき死の輝きを宿すこの男に、
チトセは、ダンテと同じ程の脅威を確信する。どんな修羅場を潜り抜ければ、こんな雰囲気を、しかも、この年代で醸し出せるというのか?
戦士を育て上げるのは古の昔から、弾丸が飛び交い、剣槍が林の如く立ち並ぶ戦場であると相場が決まっている。ライドウから静かに放射される殺気の質は間違いなく、命の重みが紙より軽い戦場で磨かれたそれであった。

699修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:21:56 ID:TJVZO0ns0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 大日本印刷に着地しようとしたチトセ・朧・アマツを熱く迎え入れたのは、ダンテが懐から引き抜いた白い大型拳銃、アイボリーから放たれた弾丸だった。
軍属として飽きる程目の当たりにしてきた、馴染み深い代物。チトセにとっての拳銃とは正しくそれだったが、眼下三〇〇m先の銀髪の男が構える拳銃は、
一言で言えば奇形そのものだった。何を如何考えれば、拳銃をあそこまでデカく出来るのだ? 拳銃の利点である携帯性と軽量性、その全てをアレはかなぐり捨てている。
何と、戦う気なのだ? 戦車と戦う為の拳銃だと言われても、チトセには理解出来るし納得も出来る。それ程までの、気違い染みたサイズだった。

 その銃口の照準が確実にチトセの方に向けられるや否や、白鍵の名を関する大型拳銃は、花火のような火柱を銃口から吹き上がらせながら、必殺の弾丸を放っていた。
放たれた弾丸は一発限り。しかし、その一発に秘められた威力は、星辰奏者が発動する星辰光の攻撃的な力に、勝るとも劣らない。
つむじ風が、チトセの身体に鎧われた。無論、目には見えない。不可視の鎧だ。荒れ狂う風の鎧に、アイボリーの弾丸が触れた瞬間、弾自体が意思でも持ったかの如く、急なカーブを描いて弾丸がチトセから逸れて行く。飛び道具の防御方法としては実に単純だが、これが実に、有効的。チトセはこの防御法があるからこそ、生前は、銃など全く恐れていなかった程であるが……流石に今回ばかりは肝が冷えた。風に、弾丸が触れた時、本気で、撃ち殺されると思ったからだ。それ程までの、ダンテの弾丸の威力よ。

 急降下のスピードを一切減速させる事無く、チトセは、大日本印刷のヘリポートに着地する。
衝撃は、膝にも足にもない。高所からの落下に備え、軍靴の靴底に圧縮した空気を用いて生み出したエアクッションを配置させていたからである。
この措置の故に、直ぐ攻撃態勢に移行出来る。チトセはダンテの方を振り返った。位置関係は、ダンテ達から見て十m程後ろ。
彼の背後を取れるよう着地位置は狙ったが、そんな浅知恵はお見通しであったらしい。チトセが振り返り、彼女の傍にサヤが実体化を始めた時には、既にダンテとライドウは此方に銃口を向けていたのだ。

「随分あわてんぼうな登場のしかただな、ネオナチ・ガール。トイレが近いんだったらあっちから下に降りなよ」

 階下へと繋がる出入り口の方角にしゃくりながら、ダンテが言った。
品のないジョークに眉をしかめるどころか、怒気を飛ばすのはサヤ・キリガクレその人だった。両足に力を込め、チトセの命令一つで何時でも飛びかかれる様な状態に移行する。

「生憎と……ガール呼ばわりされる程の歳でもなくてね。挑発のつもりで言ったのだろうが、素直に褒め言葉として受け取ってやるよ」

 と言うより、チトセからすれば、ダンテの方がずっと若く見える。
新国立競技場が、ダンテと言う男との初邂逅の場であったとは言え、あの時は状況が状況であった為、その場に居た全員の容姿を具に観察する事は出来なかった。
一対一の今の状況下なら、冷静に頭を働かせてその容貌を眺める事が出来る。チトセからすれば、隣に居るライドウとさして歳も変わらぬ子供だ。
贔屓目に見ても、ダンテの年齢など二十代前半程度だろう。ボーイどころか、ガキとすら言えるような顔立ちと肌のハリを持ったその青年がしかし、年齢に対して余りに不相応な、殺しの技術と戦いの天稟を誇る事は、新国立競技場でチトセも理解している。なまじその強さの源が不透明な以上、星辰奏者や魔星よりも、遥かに厄介な相手であった。

「そうかい、じゃあ言い方を変えるぜ、ネオナチ・レディ。しかしその服装、かなり危ねぇな? ユダ公のナチハンターに叱られちまう前に服装を変えた方が良い。この国じゃマイクロビキニが婦女子の指定制服らしいぜ?」

「そんな国滅んでしまえ」

 チトセの言葉のその部分については、ライドウも賛同していた。サヤは……言及を避けておこう。少なくとも、かなり欲望駄々漏れの笑みを浮べていた。

「何しに此処に来た」

 ダンテの傍に佇むライドウがそう言った。
物怖じ一つせず、チトセの方をジッと見据える黒衣の学生に、この類稀な星辰奏者は、死神の姿を見た。
雰囲気も佇まいも、書生のそれではあり得なかった。実直そうな雰囲気の中に、危険な程に鋭く研ぎ澄まされた、恐るべき死の輝きを宿すこの男に、
チトセは、ダンテと同じ程の脅威を確信する。どんな修羅場を潜り抜ければ、こんな雰囲気を、しかも、この年代で醸し出せるというのか?
戦士を育て上げるのは古の昔から、弾丸が飛び交い、剣槍が林の如く立ち並ぶ戦場であると相場が決まっている。ライドウから静かに放射される殺気の質は間違いなく、命の重みが紙より軽い戦場で磨かれたそれであった。

700修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:22:14 ID:TJVZO0ns0
「偶然……と言って信じてくれるのなら、話は早いのだが」

「この地において、最早必然と偶然の境は曖昧だ」

「まぁ、当然の物言いだな」

 サーヴァントなる、奇跡と神秘を操る超常の存在が跋扈する魔都<新宿>において、そのサーヴァント自身が、お前の下にやってきたのはたまたまだ。
そんな事を言って、誰が信じると言うのだろうか? 必然性があって、足を運んだ。誰もがそう考えるであろう。
例えチトセとライドウの立場が逆であっても、彼女は、必然性の方を信じたであろう。しかし、タチの悪い事には、今回は偶然の方が正しいのだ。

 新国立競技場を虚無に叩き落した、タカジョーのディープホールから逃れるのに、チトセは必死だった。
大気の操作と言う極めて広範な事象を操ると言うチトセの星辰光の都合上、彼女の能力は凄まじく万能である。
気流操作によるルート調節と、圧縮した空気の噴出を利用すれば、空への飛翔は訳はない。但しこれは相当に無茶苦茶な応用の仕方なので、チトセとしても消耗する。
可能な限り緊急の回避手段としてしか使いたくなかったが……あの時は、こんな緊急時にしか使えないような無理なやり方を連続して使わなければ、到底逃げ果せなかったのだ。

 げに恐るべきは高城絶斗。少年の皮を被った、残虐なる死蝿の王。
そう言った存在から逃走する以上、チトセであっても本気にならざるを得ない。
彼女がどれだけ必死だったかなど、ゼファーに抉られた右目の代わりに嵌められた、星辰光の増幅装置をむき出しにしている現状を見れば窺い知れよう。
そう、普段以上に魔力と体力を消費する方法で必死に飛び回っていたものだから、チトセとしても、着地場所を確かめる余裕がなかった。
大日本印刷を選んだのも、本当に偶然。たまたま新国立競技場から離れてなく、かつ、自分が着地するのに適した高さのビルだったから選んだ。それだけなのだ。

 ――その屋上に、ダンテとライドウがいる事に気付いたのは、もう着陸の姿勢を移行し終えた、高度五〇〇程上空地点であった。
今更軌道の修正も出来ない事、そしてダンテの方が急降下しつつあるチトセの姿に気付いたのを認識した時、彼女は腹を括った。
此処で進路変更する方が、悪手と考えたのだ。斯様な理由で、こうしてチトセは、この大日本印刷屋上に足を運んだと言うわけなのだった。

「ねぇ、どうするニンゲン? サツリクするの?」

 ライドウの傍を飛び回る少女が無邪気にそう口にする。
飛び回る、と言っても、ジャンプしながらとかそう言う意味ではない。文字通り、空を飛んでいる。
長く伸ばした後ろ髪を鳥の翼の様に固めさせ、それを羽ばたかせて空中を浮遊しているのだ。無論、そんな航空力学やら何やらを無視した飛行法を実践出来ている時点で、その少女、モー・ショボーが人間ではない事は明白であるし、それを使役するライドウもまた、通常の人間ではあり得なかった。

「まぁ待て、早まるなよ鳥頭。少年もな? ……っても、少年の場合は理解してるか」

「無論」

 鳥頭呼ばわりされてカンカンになってるモー・ショボーの抗議を無視しながら、ダンテは、チトセの方に目線を投げかけた。
やはり、改めて見ても、恐るべき戦士だった。ライドウの使役する、あの正体不明の少女もまた油断出来ない敵だったが、ダンテの場合は、桁が違う。
銃口を、此方に向けて警戒している。姿勢としてはそう言う所だが、その姿勢から、チトセを殺しに行けるルートが銃弾を放つと言う行為だけではないのだ。
ダンテは其処から、ありとあらゆるルートでチトセを殺す方法に持って行く事を可能としている。銃をしまって、背負う大剣で斬り殺すも、拳で殴り殺すも、
彼程の男であるのならば自由自在。今この状況で、ダンテが如何動くのかが解らない。チトセが選べるカードに比して、ダンテの選べるカードは、膨大であった。
意気軒昂を維持していたサヤの身体に、緊張が走るのをチトセは感じた。責められない。チトセ自身も、言いようのない緊張感を感じているからだった。

「アンタが敵じゃない、と信用する手段が、ない事もないぜ。ネオナチ・レディ」

「それはありがたいな。操に関わる事以外なら、その手段に従うのも吝かじゃない」

「ハッ、アンタが良い女なのは認めるが……ベッドでリードする気風が強そうに見えるのは、ちょっとな。俺の好みじゃねぇからパスだぜ」

 不敵な笑みを浮べたまましかし、瞳だけは冷たい殺意を帯びさせながら、ダンテは言った。

701修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:22:37 ID:TJVZO0ns0
「こっちから要求するのは二つだ」

「欲張りだな、坊や。二兎を追うものは一兎も得ず、と言う故事を知らんか?」

「昔からケーキの切り分けの時にチョコのプレートが乗ってないのを渡されると暴れちまう性格なんだ、すまんなネオナチ・レディ」

 「一つ目」

「お前のマスターは何処だ?」

「此処にいる女がそうだと言ったら、如何する?」

 言ってチトセはサヤの方を指差す。緘黙しながら、サヤはダンテの方を睨めつけていた。

「嘘だな」

 即座に反論したのはライドウの方だった。

「そう思った根拠は、何故かな? 黒衣の美男子殿」

「其処の女は余りにも実体的な存在感が希薄だ。肉を伴った存在ではない。魔力だけで編まれた者だろう」

「正解だ。大した目を持っている」

 率直にそう言ったチトセの嘆息は本当だった。
ライドウの指摘の通り、サヤはそもそもがチトセのマスターでもなければ、本当の意味での人間ではない。
彼女なるはチトセというセイバーが保有する宝具だ。生前のサヤ・キリガクレ同様の性格と姿形、行動原理と本質を兼ね備えた、動く自律兵器である。
しかもサヤは、彼女自身が消滅しても、チトセと言う存在には何らの影響を与えない。要は通常の聖杯戦争みたいに、マスターが死ねばサーヴァントも死ぬ、と言う事がないのだ。無論、チトセが死ねば彼女の宝具であるところのサヤも、消滅は免れないが……。

「彼女は私の従者……ああいや、宝具とも言うべき存在でね。厳密に言えば、人間ではないよ」

「比翼連理の片割れが宝具になったようなものか」

 ライドウの言葉に、一瞬であるがチトセは苦い顔を浮べてしまう。生前のしがらみや縁を、思い出してしまったからだ。

「で、本題に答えて貰おうかね、レディ。お宅のマスターは何処でアンタをオペレートしてんだ?」

「その質問にはこう答えるしかない。私は天涯孤独の一匹狼、マスター不在の身の上だ。とね」

 チトセの言葉を聞いた瞬間、ダンテは不敵な笑みを一瞬、真顔のそれに転じさせる。
真意を、測りかねているのが見て取れる。普通なら……つまり、聖杯戦争の常識に照らし合わせるのなら、チトセの発言は妄言虚言の類でしかない。
マスターに活動リソースのほぼ全てを依拠して貰っているサーヴァントにとって、マスターのバックアップがないと言う事は消滅を意味するのだ。
そう言う現状を理解しているのなら、通常、彼女の台詞等信じて貰える筈がないのだが……?

「どう見るね、少年」

「嘘ではない、と思う」

 意外な事に、ライドウは、チトセの言葉を信じていた。無論、全てを全て、と言う訳ではなかろうが。

「お前がマスターなしで行動出来るのは、セイバー。貴様が受肉しているからだと言う事実に関係しているのだろう?」

「詳しい原理の諸々を、説明出来る訳ではないが……。私が普通のサーヴァントとはちょっと勝手が異なる身体であるらしい事は、理解している。恐らくお前の言った事が概ね正しいのではないか? 黒衣の」

 自身の成り立ちについて、無責任極まる発言であるが、これが事実であるのだから仕方がない。
チトセは自分自身が、魔力によって形作られている所の、通常のサーヴァントとは全く異なる、確かな実体を持った受肉したサーヴァントであると言う自覚はある。
そしてそれが、自身がマスターという楔なしで活動出来る最も大きなファクターである事も、何となくではあるが理解している。
だが、それだけ。理論理屈だけは頭では理解しているものの、それが果たして正しいモノなのかがチトセには曖昧なのだ。何せ彼女には、正真正銘正式なサーヴァントとして使役された記憶なぞない訳だ。今回の受肉したサーヴァントの感覚こそが、彼女の初めてのそれなのだ。魔力のみによって形成されたサーヴァントだった時の感覚と、比較する事等出来ないし、そもそも彼らの悩みや思いなども、共有出来る筈もないのだ。

702修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:23:16 ID:TJVZO0ns0
「成程ね、レディ自身も良く解ってないわけか。ま、それはそれで構わない。それは良いんだが、もっと踏み込んだ質問をさせて貰うぜ」

 ダンテの方を見据えるチトセとサヤ。意に介した様子もなく、ダンテは言った。

「アンタ、如何言う経緯で<新宿>に居るんだ?」

 やはり聞かれる事だろうな、とチトセは思った。当然の事、彼女にして見れば予測された質問の一つである。
彼女自身、全くイレギュラーな方法論で此処<新宿>に召喚され、イレギュラーな法則によって成立している人物である事は、この身を以ってよく理解している所だ。
ならば必然、こんな疑問が湧いて出るだろう。この招かれざる客は、如何なる理由によって、この地に呼び寄せられたのか? と言う疑問だ。

 欺く必要性もない、だからチトセは隠す事もなく、自らの身の上を詳らかにした。
メフィスト病院によって、ドリー・カドモンなる神秘のアイテムを依代にする事で顕現した特殊なサーヴァントである事。
そして、この身を<新宿>に召喚せしめた人物が、メフィストと言う名の白衣白皙の美魔人と、ブラックスーツを纏った金髪の美青年であった事。
その事情を説明し終えた時には、ライドウもダンテも、押し黙ったままだった。嘘だ、と一蹴するには、妙なリアリティがある。
それに二人の目は節穴じゃない。悪魔との交渉で鍛えた眼力と、生涯通して悪魔との死闘に身を捧げた事によって得られた直感が。チトセの発言を嘘じゃないと認識しているのだ。

「ドリー・カドモン、ね……」

 チトセが説明した事項の中で、特に気になった単語の名を、ダンテは口にした。

「一神教の逸話に曰く、神が物質世界に顕現するのに相応しい、土で出来た至高の人形(ヒトガタ)の事を、アダム・カドモンと呼ぶ。それに関係するのか?」

 ライドウの言葉に、肩を竦めるチトセ。

「関係するのか? と聞かれても困るのが私としての正直な感想だな。神とも悪魔とも無縁の世界からやって来たのでね。神秘学には疎いのだよ」

「羨ましい世界だね、宗教対立とは無縁のさぞや平和なんだろうさ」

「そうでもないさ」

 神や悪魔が観測されてない世界ではあったが、宗教そのものはしっかりと、チトセのいた世界では極東黄金教と言う形で息づいてた。
尤も、アレはアレでロクな物でもなかったが……それは今、チトセの語るべき所ではないのであった。

「セイバー。お前以外に、ドリー・カドモンに固着されたサーヴァントはいるのか?」

 ライドウの質問。

「間違いなくいる。それが何体居るのかは私としては知る由もないがな。だが間違いなく、私だけじゃないのは確かだ」

「いやに断言するな、レディ。根拠でもあるのかい」

「そうと思しき者と直近で争ったばかりでね。その者が私と同じ証拠を示せと言われれば出来ないが……戦っていて、『これは間違いない』、そう思ったんだ」

 チトセが言っているのは、新国立競技場で戦った黒のアーチャー、魔王パムの事だった。
あの場所で目の当たりにした様々なサーヴァント達。彼らから感じた情報を統合するに、パムだけが、やけに異質だった。
存在感が非常に明瞭でクッキリしていたと言うのだろうか。他のサーヴァント達は皆不明瞭と言うか、ぼんやりとしたものが何処か感じられるのに対し、パムについてはそれがない。確かにこの時代に生きる、一個の人間の風に思えたのだ。

「<新宿>での今後を考えるに、考慮すべき材料だろうな。受肉したサーヴァント連中も……メフィスト病院も」

703修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:23:29 ID:TJVZO0ns0
 元より、メフィスト病院はライドウ達にとって、最も警戒するべき施設の一つであった。
あからさまに怪しいからである。その名の胡散臭さもそうだが、真に恐るべきは施設そのもの。
聖杯戦争本開催前のインターバル期間、ライドウ達は当然の如く、メフィスト病院を視察に赴いた事がある。
加えて、ロビーと其処に隣接する患者以外でも立ち入り出来る区域だけとは言え、内部に足を踏み入れた事も。
あの白亜の大宮殿を見た感想としては、魔界そのもの、であった。見掛けは二十一世紀、当世の現代的な機能の数々を兼ね備えた病院そのもの。
であるのにも関わらず、内部のテクノロジーのほぼすべてが、当世の技術水準のそれを二〜三世紀先を軽々に上回るそれ。
それだけならまだしも、一階のロビー部分だけで、ライドウですらが舌を巻くレベルで大掛かりな魔術の仕掛けが、
ライドウが注意深く観察しなければ認識も出来ない程巧妙に隠されていたのだ。
葛葉の里ですら、メフィスト病院の内部に比べれば、行楽地にあるような忍者屋敷見たいな子供騙しの代物にしか見えない程だった。
あんな場所に無策で足を踏み込もうものなら、それこそ、ライドウ達の主従ですら、生きては帰れないだろう。
何れは攻略する施設。そうとライドウらが認識していながら、攻略を後回しにせざるを得ないなど、恐るべしメフィスト病院。これを魔界と呼ばずして何と呼ぶ。
――そして今ライドウ達は、このメフィスト病院と言う名の施設と、其処の主たるサーヴァントとそれを操るマスターに対する警戒値を、極限の閾にまで引き上げさせていた。

 ――ブラックスーツに金髪の男、か……――

 勿論メフィストなる存在や、彼が生み出したとされる不特定多数の受肉したサーヴァントも、警戒するべき存在達である。
だが、真に警戒するべき存在は、他に居る。それこそが、今ライドウが思案している人物。チトセが語っていた、メフィストのマスターであると思しき男。
アバドン王事件に際して、水面下で暗躍していた男の特徴と、事件以降方々の悪魔から得られた証言の数々から得た情報と、符合する。
その男こそ、今ライドウとダンテが、今回の聖杯戦争に際して聖杯以上に追い求めている存在である可能性が高い。
だが、追い求める、と言う事の方向性が違った。男達は、メフィストのマスターを、抹殺・排除対象として見ていた。
『大魔王・ルシファー』……。もしも、メフィスト病院と彼の大魔王が繋がっていたのであれば、これ程厄介な物はない。
ルシファーの計画は大胆かつ綿密、大掛かりな上に要点をしくじった際の保険の数も多い。
そしてそれで居て、計画の立案者であるルシファーは、プランの要点に全く絡まない。故に、計画の全貌が掴み難い。
しかし、そう言う計画の常として、掛かる時間とコストは恐ろしく膨大だ。幾らルシファーとは言え、空手の状態で<新宿>にやって来て、
全くの無の状態から大掛かりな悪巧みを誰にも悟られず練り上げられるのか、と言われれば疑問符が浮かび上がる。恐らくは困難を極めよう。
だが、その困難も、メフィストと彼が操るテクノロジーにかかれば、一切合財帳消しとなる。現に、後付で聖杯戦争に新たなサーヴァントを召喚すると言う反則的な手法を、いとも容易く実行出来てしまっているではないか。ルシファーが有する悪魔の頭脳と、メフィストが有する脅威のテクノロジー。ライドウにとって、合わさってこれ程悪夢的な組み合わせもなかった。

「オーケー。一つ目の質問については、概ね納得の行く答えが得られた。これについてはもういい。……んで、だ。俺としてはこっちの方が聞きたいんだよな」

「む……?」

 怪訝そうに眉を上げるチトセに対し、ダンテは、声を低くにこう言った

「クリストファー・ヴァルゼライドについて教えて欲しい」

704修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:24:00 ID:TJVZO0ns0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「ヴァルゼライド総統閣下について……?」

 サヤが思わず、そう零した。
ヴァルゼライド。その名は、星辰体が地上の法則を侵食、支配した後の新西暦のアドラー帝国民にとっては、畏怖を以って語られる名であった。
チトセとサヤが没する頃には、ヴァルゼライドと言うキャラクターは、神話の世界の住民と同じだけの神韻と光輝を放つ固有名詞だった。
彼が生前行ってきた武勇伝に尾鰭や脚色が付いたエピソードが無数に生み出され、最終的には英雄のようだと言う同じ意味の、
『ヴァルゼライドのようだ』と言う形容詞が新しい言葉として文壇の世界でも使われ始めた程には、彼の名前はあの世界にとって凄まじい意味を持っていた。
神話の世界に名実共に足を踏み入れてしまったあの男はそれこそ、彼の反目に回り、敵対する道を選んだチトセ・朧・アマツを上司とするサヤレベルであっても。
今彼と敵対していると言う事実を忘れさせてしまう。無意識の内に『総統閣下』と呼んでしまう位には、その症状は深刻だった。

「かのバーサーカーは現状俺達が最優先で抹殺するべき対象だ」

 ライドウの言葉に、チトセとサヤは反応する。サヤは驚いたような顔をしていたが、チトセの表情は、疑いの色が強かった。
 
「勝てるのか?」

 チトセの言葉は、嘲りの意味合いは一切なかった。
純粋な興味だった。ヴァルゼライドの強さは、チトセと言う女性は良く知っていた。
英雄、閃剣、光刃、煌刀、雷神、獅子の如き者、勝利を齎す者。アドラー帝国の住民及び同盟国から呼ばれた肯定的な字の数は、優に数百は超える。
魔王、凶剣、羅刹、狂人、破壊者、戦場の餓狼、魂の賊、混沌を齎す者。一方で、敵対者から呼ばれて来た悪罵や忌み名の数も、容易く千に届く。
呼ばれた異名の数は、そのままヴァルゼライドの強さだった。取るに足らぬ者は、此処までの羨望と憎悪を掻き集められない。
英雄として齎した功績が大きすぎるから。時の寵児或いは風雲児として集めた憎悪が凄まじすぎるから。そして何よりも、強過ぎるから。
打ち立てた諸々の事実は歴史となり、時を経た歴史が、伝説へと昇華されるのだ。そのヴァルゼライドを、殺す。ライドウはそうのたまった。
彼と同じ時代を駆け抜けた者の一人として、チトセは、本当に気になったのだ。それが出来るのか如何かがだ。

「惜しいところまで追い詰めたんだが、引っ繰り返されてね。たいした腕白坊主だったよ」

 軽い調子でそう言うダンテだったが、歯噛みするような思いが言葉からは感じ取れる。大物を仕留め損なった狩人さながらの態度だ。
そして、その言葉の内容は嘘ではなかろう。現にチトセが、新国立競技場でヴァルゼライドを目の当たりにした時には、既に彼の身体は死に体であった。
全身血塗れであるのは言うに及ばない。勿論その血はヴァルゼライド当人の物であるのは間違いなかった。
生きているのが不思議な程に傷だらけで、遠めで見ても有り得ない程傷ついていたのが良く解る程。そして極め付けに、その傷から露出した内臓が見えた位である。
身体のどこかを小突けば死ぬであろう程消耗していた、クリストファー・ヴァルゼライド。その仕掛け人がダンテであったとしても、チトセは驚かない。この男なら、倒しても不思議ではなかったからだ。

「交戦したセイバーが一番、奴の強さを理解しているのは間違いないだろうし、俺自身、彼のバーサーカーが如何言う戦い方をするのかを見たから解るつもりだ」

 ライドウは言葉を其処で切った後、射抜かんばかりの真っ直ぐな目線を、チトセに投げかけてから、口を開いた。

「だが、所詮は見ただけに過ぎん。本物の知識とは呼べない。だからこそ、お前に聞きたい。セイバー。奴について詳しく教えろ」

705修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:24:20 ID:TJVZO0ns0
 チトセとしては、しらばっくれると言う態度を取る事も出来たのだが、得策ではないのでやめた。
簡単な話だ。ライドウ達は新国立競技場のフィールド部分で、チトセとヴァルゼライドが旧知の間柄を匂わすような会話を交わしている場面を、目にしている。
こんなものを見れば、誰だとて思うであろう。チトセとヴァルゼライドは、生前は同じ世界同じ時代を生きた人間であったのだと。そしてそれは、疑いようもない事実なのだった。

「教えるのは構わないが……何を知りたい?」

「馬鹿みてぇな威力のビームを発射する事と、ファイティングスピリッツとガッツに溢れた馬鹿だってのは理解してる。だが、それだけじゃないだろう」

「と、言うと?」

「どんなマジックにもカラクリがあるって事だ」

 マジック……と言うと、星辰光(アステリズム)の事だろうかとチトセは判断する。
事情を知らない人間が、星辰奏者が能力を発動する様を見れば、成程確かに、マジックかトリックの類だと疑ってしまうであろう。
だが何かを説明しようにも、ヴァルゼライドの能力は、誰ならんダンテが言った通り。超高威力のビームを超高出力、超高速度で放つだけなのだ。
当たれば必殺、掠れば致命傷。ビームそのものも特徴も、これ以上説明のしようがない程シンプル。正直、此処から先更に踏み込んで説明しようにも、チトセには、説明出来る自信がなかった。

「何度斬っても、何度撃っても。あのバーサーカーは死ぬ事は勿論、倒れる事すらなかった。寧ろ、こっちが追い立てれば追い立てる程、その強さと脅威が増してる風に見えた」

 ダンテは、語り続ける。

「手負いの獣は凶暴だ、って言うのは解るが、アレはそう言う次元を超えてる。内臓をこの手でぶっ壊しても、動いてたぐらいだからな」

 ジッと、チトセの目を見据えながら、ダンテはこう言った。

「あんな戦闘続行能力、ファイティングスピリッツだとか気合と根性だとかじゃ、とてもじゃないが説明出来ねぇ。気持ちだけじゃ超えられない位のダメージを負わせてたんだからな。だから俺は、あのヴァルゼライドって言うバーサーカーは、驚異的なタフネスを保障する何かしらの肉体的特質か、宝具を持ってるんじゃないかと推察してる。それを、教えてくれや」

 ヴァルゼライドと言うサーヴァントの素性も過去も知らぬダンテからすれば、そう思うのは当たり前の話だった。
超常と異常の見本市のようなサーヴァント達ではあるが、その強さと異常性には、明白に理由と言うものがある。
龍の血を浴びただとか飲んだだとか、半神だったり半魔だったりだとか、神から授かった武器や防具を持っているだとか、何でも良い。
人間を逸脱した強さには、何らかの理由が伴ってなければ説明がつかないのだ。これについては、ライドウもダンテも同じ意見である。
ライドウが今の強さを得れたのは、筆舌に尽くし難い鍛錬と実戦経験を積んだと言う過去があるからだ。
ダンテが悪魔狩人として名を馳せたのは、魔剣士スパーダと言う最上位の格(グレード)の悪魔を父に持ち、その上で実戦経験を重ねて行ったと言う過去があるからだ。
強さだけならば、成程ただの訓練の積み重ねで得られるものではあるだろう。だが、身体的な特質は鍛えるだけでは得られない。
ダンテは、ヴァルゼライドが見せたおぞましいまでの戦闘続行を、後天的に得たか付与されたかの特異性。
或いは、親に相当する何かから遺伝された形質だと判断していた。そうでなければ、説明が付かない。まさかあんなタフネスが、何の理由もなく付いてくる筈がないと、考えていたのだ。それは、確かに正しい推理だろう。……ヴァルゼライド以外であったなら。

 ――……そんな宝具ありましたっけ? お姉様……?――

 ――……知らんぞそんなの――

 チトセとサヤは、果てしなく困っていた。如何説明すれば良いのか。そして、説明したとて納得してくれるのか? その筋道が、全く立てられない。

 ダンテの見立て通り、チトセとサヤは、ヴァルゼライドの事を一から十まで全部説明出来る。
生い立ちから使用する星辰光、行動理念から何まで。全て具に教える事が可能だ。だからこそ、本当にダンテは受けいれてくれるのかが不安だった。
『ヴァルゼライドの戦闘続行能力は別に体に再生能力が備わっているとかそんなのではなく、自前の気合と根性の賜物だ』、など。頭で理解してくれるのだろうか?

 ヴァルゼライドの死後、彼が辿った足跡と、携わっていた諸々の研究計画を、チトセは徹底的に洗った。
彼が聖戦と呼んでいたと言う、実践しようとした計画の内容は到底許容出来る物ではない。
しかし、聖戦を成そうとしていた過程で考案された諸々の技術そのものについては、罪はない。
ヴァルゼライド主導下で生まれたテクノロジーや成果物をサルベージし、今度はアドラー帝国の平和の為に利用しようとチトセは考えたのだ。

706修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:24:34 ID:TJVZO0ns0
 が、ヴァルゼライドと言う男は、後々に自分の計画について尻尾を掴ませない為に、日記やメモ書きの類を一切残さなかった。
それこそ、彼が傍に置き、絶大な信頼を置いていた副官の彼女にすら、その仔細を一切教えていなかった程である。
計画の為に成すべき事、計画達成の為に必要な研究の過程や成果の、あれやこれ。ペーパーに換算すれば何万枚など優に下らぬ密度の内容を、
ヴァルゼライドは全て頭の中に記憶していたのだ。全ては、彼が本当に成したかった事を隠し通す為に。
結果、チトセ達はヴァルゼライド当人の方面から、その足跡をあらう事は不可能だった。余りにも彼自身が残した物的な遺産が少なすぎたからである。

 尤も、追跡不可能だったのはヴァルゼライドの方面からだけだ。
帝国の頭脳部であり、ヴァルゼライドの計画の要であった、星辰奏者及び星辰光、そして様々な新兵器の研究と開発機関。
つまり、アドラー帝国の軍人や官僚が言う所の、叡智宝瓶(アクエリアス)の方面を徹底的にチトセは絞り上げた。
ヴァルゼライドに対しどの様な強化措置を施したのか、だとか、あの男が指示した内容は何だだとか。
兎に角、チトセが疑問に思った事、ヴァルゼライドが携わった事。全て、根掘り葉掘りに詰問した。

 だから、解る。クリストファー・ヴァルゼライドの能力は、一般的な星辰奏者の枠内に納まる程度の力である、と。
確かに彼は、死のリスクが極端に高い、星辰奏者への改造手術を複数回にも渡って行い、自己の能力を極限まで高めていた。
だがそれにしたって、強化されるのはあくまで行使する星辰光(アステリズム)だけであって、新しい身体的な特徴が付与される訳ではないのだ。
ヴァルゼライドを英雄たらしめていたのは、星辰光ではない。況して、埒外の再生能力だとかそう言う類のものでもない。
程度の大小こそあれ、ヒトならば誰もが有しているであろう、気合と根性。それこそが、星辰光以上の彼の武器なのである。

「……気合と根性の可能性とやらを、お前達は何処まで信じる?」

「決め手の一つにはなるだろう」

 ライドウは即答した。戦いはメンタル面が兎角重要となる。だから、泥臭い精神論は、全く馬鹿に出来ない。それどころか、ライドウの言うようにチェックメイトを決める最後の一手にすらなり得る。

「だが、物理法則を無視する程の物ではない。それこそ、臓腑の全てを破壊されれば、どんな気合も――」

「その気合と根性で、総統閣下は動いているのだぞ?」

 不機嫌そうに、ライドウの顔が歪んだ。言葉尻を奪われたからと言うよりも、チトセが嘘を吐いた……と思っているが故の表情だろう。

「お前達は到底認めないし信じもしないだろう。だが安心しろ。奴と同じ国家に生を受け、同じ国家とその国民に共に忠義を誓った私でも、馬鹿らしくて信じられん」

 「――だが」

「それでもやはり、事実なのだ。お前達が望んでいるような答えはない。ヴァルゼライドのタフネスは、正真正銘自前の気合と根性のみに拠るもの。それだけだ」

 ダンテもまた、鋭い目つきでチトセとサヤを交互に睨めつけていた。
優れた戦士の眼力には、独特の、磁力とも魔力とも言える圧力が内在される事をチトセは知っている。
目の前の気障な紅コートの青年もまた、その圧力を、極限に近いレベルで保有する男だった。この目で睨まれれば、悪魔ですら震え上がるであろう。

「……困ったな。如何するよ少年。このレディ、嘘吐いてる風に見えないんだが」

 ややあって、溜息を吐いてからダンテはそう言った。眉間を指で押さえながらの、呆れたような態度であった。

「奇遇だな。俺も、真実を語っている風に見える」

 ライドウの場合は仲魔を用いた読心術がある為、その者が嘘を吐いているのか否かがすぐ解る。
だが、ライドウのような稼業に従事している者は往々にして、仲魔の読心術が使えないケースに遭遇する事がある。
それは、読心術そのものを封印されている事もあるし、心を閉ざしたり無意識を維持したりと言う風な方法で無効化する事もある。
そう言った時には、ライドウは自分の目と経験で、人間を判断せねばならないのだ。そしてライドウは、多くの悪魔と接したり騙されて行く内、目も経験も洗練されていった。故に解る、チトセは、嘘を吐いていない。いや、吐いている風には見えないと言うべきか。

707修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:25:27 ID:TJVZO0ns0
「お姉様が虚言を吐くような御方に、一瞬でも見えたとでも?」

「可能な限り嘘であって欲しかった……と言いたいが、まぁ、もしかしたら本当はそうなんじゃないかとは思ってたよ。あの馬鹿のタフネスについてはな」

「ヤケに総統……ヴァルゼライドに御執心じゃないか」

 湧いて出た疑問を、率直にチトセは口にする。

「アレは私達も追っている獲物でね。理由は……まぁ、お前達からすれば下らない私怨だよ」

「けど、レディ達にすりゃ殺すに足る意味があるんだろ?」

 苦笑いをチトセは浮べる。

「私怨の怖さは稼業柄よく知ってるよ。痴情のもつれ、金やビジネスチャンスの横取り、縄張り争い。そんなこんなの恨みつらみで、殺しを依頼される事もあってね」

「引き受けたのか?」

「当店はコンプライアンスを遵守し誠実な運営をモットーとしてるんだ。週休六日の、何処に出しても恥かしくないホワイトとクリーンさがウリだ、断ってるよ」

 ライドウの言葉にダンテは流暢にそう返したが、逆の意味でライドウの呆れと軽蔑を買っていた。目線が冷たい。
週休どころか年休十日もないレベルで働き詰めだった事があるチトセとしては、想像も出来ない程怠惰な世界であった。

「前世からの縁。綺麗な言葉で着飾るのなら、私がヴァルゼライドを追うのはそう言う事だ。お前達は何だ。令呪か? それとも、やはり恨みか?」

 ヴァルゼライドがこの<新宿>で、ルーラーから睨まれた結果、令呪。
つまりサーヴァントの活動リソースであるところの魔力の塊を報酬に設定されたお尋ね者になった事は知っている。
嘗て、登り詰めるところまで登り詰め、誰しもが認める絶頂期のまま壮絶な最期を遂げた男。生前英雄と呼ばれ、死後神とすら扱われた男。それがヴァルゼライドだ。
そんな男がこの世界では、指名手配されたお尋ね者、しかも生死問わず(デッドオアアライブ)と言うレベルなのに、払われる報酬がケチなリソース一つと来ている。
笑ってしまうような転落劇だが、同時に、欲に目が眩み思考が利得に蝕まれた程度の主従に、アレが遅れを取るとは思えない。悉くを返り討ちにするだろう。
だが、目の前の男達ならば或いは? ともチトセは思うのだ。思うのだが……この主従は令呪だとか私怨だとかと言う確執とは、一線を画した所に立っていて、その観点からヴァルゼライドを殺そうとしている風に見えるのだ。

「義務だ」

 チトセの疑問にライドウは即答した。ライドウの語り口は解りやすい。簡潔明瞭で、長々とした会話を好まない。そう言うクチだった。

「指名手配されたから狙うのではない。こんなもの、ルーラー側の匙一つで、それこそ俺だってされかねない。討伐令を敷かれたからと言って、全てが悪とは限らん。が――このバーサーカー達だけは明確に邪魔だ」

 目線を一瞬、<新宿>の街に向けるライドウ。
高度な建築技術が齎す高層ビルディングの数々。東アジア随一の名に偽りなしの人々の活気。
都会である。建築物の数でも、店の数でも、行き交いする人間の数でも、交通の便でも、流通する金の量でも。この街は、都会の要件を最高に近いレベルで満たしている。
ライドウやチトセの時代からは、信じられない程大都会であった。この光景を見ても何の感慨も湧かないのは、生まれた時代が近しかったダンテだけである。
ライドウにとってこの世界は、彼が生きていた大正十五年から順調に文明のレベルを上げて行き、その末に到達した未来だった。
そしてチトセにとってこの世界は、写真や文献の中でしか存在を確認する事が出来なかった、亡国アマツの在りし日の光景だった。本の中で綴られていた世界は嘘ではなかったと。<新宿>の街を歩く度に、彼女は何度も思ったのだ。

「帝都を守護する事は俺の任務だ。故にこそ、己の勝利と目的の為に、無秩序で、非生産的な破壊を、邁進の過程で生み出す奴らを生かしてはおけない」

「それが、ヴァルゼライドを殺す理由か?」

「不足に思うか?」

「まさか。十分過ぎる程だ。寧ろ、お前の気持ちは良く解っている側だと言う自信すらある」

 ライドウらが今居る場所から眺める<新宿>の風景は、見事なまでの都会の絵図だった。
このありきたりな、メトロポリスの姿はしかして、誰が見ても異常としか言いようのない姿を見せつけていた。荒廃である。これは、数百m規模の高層建築の屋上から見たら特に顕著だった。

708修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:25:46 ID:TJVZO0ns0
 まるで其処だけ、原子爆弾でも炸裂させられ産み出された爆心地のようなところになっている場所がある。
それが元は家だったと判別など出来ようもない、見るも無惨な瓦礫の堆積が広がるその様子は、家主からすれば地獄か悪夢としか映らないであろう。
アスファルトで補強された道路が、滅茶苦茶になっている所がある。どんな力をどんな方向から、そしてどのような形で以って訴えかけたのか?
トラックの運転にすら耐え得るアスファルトは粉々で、ライドウ達であっても、如何なる手段で破壊したのかの想像を不可能にさせている。

 他にも、目に付く目に付く。破壊の痕跡、崩れた建物。 
その全てが全て、ヴァルゼライドの手によるものだとはチトセも思っていない。しかし、これらの破壊の内何割かは、彼が関与してると言う事は理解している。
と言うより、彼の宝具が多くの建造物を破壊し、人の命を奪って行ったのを、此処<新宿>でチトセは真実目の当たりにしている。
彼が精練潔癖であるとは欠片も思ってない。こんな破壊のザマを見せ付けられてしまえば、チトセはライドウに同意せざるを得ない。
仮にこんな大層な暴れ方を、母国アドラーでされようものなら、彼女とてライドウ同様、下手人を生かしてはおかなかっただろう。それは、力ある統治者の義務としての行動であたt。

 ――だが

「この世界は、お前の生きた場所ではなかろう。何故義務を押し通そうとする?」

 知識としてではあるが、<新宿>における聖杯戦争、その参加者であるところのマスター達は皆、偶発的にこの地に呼び出された事は知っている。 
呼び出されたと言うのは手紙やメールや電話などと言った連絡手段を介してから、ではない。
契約者の鍵なるものに触れた瞬間に、時間や空間の制約を越えてこの地に呼び出されると言う、強制的なやり方だったそうじゃないか。
その者にとってこの<新宿>が未来、過去の姿である者もいるだろう。現にチトセにとってこの<新宿>は、遥か古、それこそ御伽噺のレベルで昔の時間軸の姿なのだ。
ライドウにとって<新宿>……つまり東京が、未来のそれなのか過去のそれなのかはチトセも解らない。だが、強制的にこの地に招かれたのだろう事は想像に難くない。
ならば、義理を通す必要など、ないのではないか。義務やモラルは時として枷となる事はチトセも知っている。
ライドウならば、その桎梏から解き放たれれば、今以上に強くなれるのでは? ならばそうするべきだろうと、暗にチトセはそう言っていた。強制的に招かれて、殺し合いを強要されているのなら。思う所の一つや二つは、ある筈だろうに。

「例え此処が俺が守護すると決めた帝都でなかろうと、其処が、帝都の未来の形の一つである以上。あり得た姿の一つであるのなら、俺はその責務を全うする義務がある」

 迷う素振りすら、ライドウは見せない。彼の言葉は鋼のような確かさを持っていた。
紋切り型の定型句にしか聞こえないような言葉はしかし、決して嘘偽りも、建前もない。本当の言葉である事が伝わってくる。

「違う世界なのだから、守護の責務も違うものだと解釈する。そんな選択肢は俺にはない。奴らがやりたいように破壊と死を振り撒くのなら、俺もやりたいように奴らに報いを与えるだけだ」

「真面目な男だなぁ、お前は」

 降参、とでも言わんばかりに諸手を挙げるチトセ。
カマかけのつもりだったが、どだい、そんな物が通用しない手合いだと今ので良く解った。
これ以上は鉄の塊に木の釘を打ち込むようなものだろうと判断し、即刻これ以上の問答を諦めてしまった。

「マスターの方にも、ヴァルゼライドと戦う覚悟があるのかを問うては見たつもりだったが……無駄な質問だったな。これでは私が恥をかいただけだ」

「どのような意図があっての事かは知らないが、下らない事をしたな。俺達は機会があればあのバーサーカーを殺すぞ」

「獲物を先取りされたからと言って、逆恨みするような真似はせんよ」

 その点については、チトセは本心を語っている。聖杯戦争は想像以上に、参戦しているサーヴァントのレベルが高い。
これならば誰かしらが、ヴァルゼライドの首を獲ってもおかしくない程の魔境だ。横取りされたからと言って、憤る事もない。……とは言え、新国立競技場でヴァルゼライドを魚雷で爆殺しようとした、あのアーチャーについては如何にも、許そうと言う気にはなれないのだが。

「おっと……オイ、少年。銃声を聞かれちまったからかね。人の気配がこっちまで上がってくるぜ」

709修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:26:17 ID:TJVZO0ns0
 何かに気付いたような顔でダンテが言った。
考えてみれば、当たり前の話……と言うより、今までが遅過ぎた位である。ダンテの持つ拳銃は、サプレッサー(消音器)の類も全く装備されていない。
いやそれどころか、つけた所で意味など欠片もない程、馬鹿でかい銃声が響き渡る、文字通りのモンスターガンである。
そんなものを、特に何も防音措置を施してない、野外の真っ只中で発砲すれば必然、人が集まってくるのは当然の話だ。
銃声を聞いて上へと向かっているのは、恐らくはこのビルの持主である会社に雇われた、警備の者であろうか。

「構わん。どうせそのセイバーが来た時点で、河岸は変えるつもりだった。良い頃合だろう」

 ほう、とチトセは考える。 ダンテもチトセも、空を飛ぶと言う手段を有してはいない。
やろうと思えば出来ると言うだけで、鳥類のように生物学的に飛べて当然の特徴を持っている訳でもなく、簡単に飛べるメソッドを確立させている訳でもない。
魔力と言うリソースを潤沢に使って、空を飛ぶ真似事をしているだけなのだ。実際にこれは普通に目的地に歩いたり走って移動するよりも、
余程非効率的で、魔力の燃費も悪く、最悪次の敵と戦う頃にはガス欠だって引き起こしかねない、無駄なやり方なのである。
チトセとサヤから見て、高城が生み出した黒泥から逃れる為に用いたダンテ達のやり方は、その無駄な物に該当すると見ていた。
あんなもの、何度も連発して行う物ではなかろう。ライドウも、そう思ってるに相違ない。ならばどうやって、此処から脱出するのか。これが見物だった。まさか飛び降りる事はあるまい。この周辺は<新宿>の中でも人通りは多い。そんな事をすれば、悪目立ちするだけだ。

「……あそこだな」

「了解」

 と言ってライドウは、此処から概算百と三〇m程の距離を離した所にある、高層ビルに目を留める。
高層と言っても、今ライドウ達が佇んでいるビルよりは高さは低い。世間一般的に見て、高層のカテゴリに分類される程度の高さ、と言うだけだ。

 ……今、自分達がいる所よりも、『低い』ビル。それを事実とした認識した瞬間、チトセはハッとした。

「……正気か?」

「ヘイ、ネオナチ・レディ。お前さん、あのイカレバーサーカーを自分達だって殺すんだ。そう言ったけど、秘策はあるのか?」

 チトセが思い描いている事を実行に移す前に、ダンテがそんな事を聞いてきた。これはダンテのみならず、ライドウとて気になっている所だった。
これまでの話を統合すると、ヴァルゼライドと言う戦士の最大の骨子は、『シンプルに強い』と言う点に集約されると二名は判断した。
超々高威力のレーザーを放ち、そのレーザーの持つ熱量をそのまま刀に纏わせる白兵戦。そして、多少の傷など物ともしない気合と根性。
それだけで、喰らい付いてくるサーヴァントだ。泥臭いが、それが同時に危険でもある。凝った能力は脆い所がある。
凝っている、複雑な能力。そう言うものはそれだけ、能力を発動するのに必要な工程が多いと言う事を意味し、そのプロセスの何処かを挫けば失敗に終わる事が多い。
ヴァルゼライドにはそれがない。余りにも戦闘スタイルがシンプルで、無駄がないからだ。シンプルとは単調であると同時に、完成もされているのだ。
その通り、ヴァルゼライドの戦い方は完成されていた。その単調単純な能力すらも、彼の戦いにとっては弱点足り得ないどころか、重要なパーツとして構築されている。
防御など意味を持たないレベルで極限威力の攻撃を持った男が、不死身のタフネスで戦闘を続け、隙を見せたら必殺の一撃が叩き込まれる。
その単純で、それ故に攻略が困難を極める戦い方を相手にするのが至難の業である事は、ダンテをして殺しきれなかったと言う事実を鑑みても明らかだ。

 その、これ以上となくシンプルで、であるが故に究極の強さを持つヴァルゼライドを、チトセは狙っていると言う。
生前からの縁とか、因縁があるだとか。そんなものは如何でも良い。殺すのならば、どうやって? が重要になる。
当然全盛期のヴァルゼライドを知っているのなら、その強さだって無論周知している筈だ。
となれば、自分達に語っていないだけで、必勝の秘策があるのだろう。ライドウもダンテもそう考えたのだ。無策で挑む程、目の前の女傑は馬鹿じゃない。口にこそしていないが、これはライドウもダンテもチトセに対して抱いている共通の見解だった。

「……気合と、根性かな」

 不敵な笑みを浮べてそう言ったチトセに対し、ダンテは肩を竦めた。ライドウの方は、もうチトセの方を見向きもしていなかった。
ライドウは屋上の縁の部分に立て付けられた、転落防止のネットフェンスに向かって、抜刀。
チトセですら視認が難しい程の速度で抜き放れた佩刀は、フェンスの一部を切断。切り離されたフェンスの網目部分を掴み、それを内側に引き倒させた。

710修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:27:04 ID:TJVZO0ns0
「そのセリフがブラフな事を祈るぜ。誰だって気合と根性で動き続けられるんだったら、この世界は終わりだからよ」

 この言葉を最後に、ダンテもチトセから目線を外した。言い切る頃にはライドウは、先程切り離したフェンスから十m程離れた所にまで移動をしていた。
それまで、ライドウの周りを飛行していたモー・ショボーは、彼の背中におんぶの要領で抱きつき始め、それを契機に、ライドウが走った。時速、五十km。
十mの助走距離のうち、五mを切った段階で、彼は自らに可視化された緑色の魔力光……もとい、マグネタイトを纏わせ、その状態で、先程開けたフェンスとフェンスの間を抜けた。

 空の世界に身を投げるかと思いきや、ライドウもダンテも屋上の縁の部分で膝を屈ませ――脚部のバネを一気に解放。
すると、まるでカタパルトから放たれた岩石めいた勢いで、跳躍が始まった。瞬きをする頃には、既に二名は豆粒の大きさだった。
本当にこんなやり方で、遥か先のビルの屋上まで向かって行くとは思わなかった。しかも魔力を無意味に燃やしている様子もない。彼らからすれば効率的なやり方だ。

「……つくづくデタラメな主従でしたね」

 もう呆れて物も言えない様子らしく、サヤは、ライドウが切り離したフェンスと、彼らが去って行った方角を交互に見つめながらそう言った。

「お姉様。やはり総統を相手に策など……」

「凝ったものは用意出来ない。だから、先程あのセイバーに言った事は嘘ではない。最終的には根比べの様相を示すだろう」

 この世界に於いて、生前のチトセの最も大きいアイデンティティの一つだった、アマツの血筋から来る強い権力、と言う長所は何の意味もない。
従って、金と権威に物を言わせた仕掛けは何も用意出来ない事を意味する。あり合せの物と、彼女の有する機転と要領の良さで、足りぬ物を補うしかない。
その補うと言う行為にしたって、ヴァルゼライドとの戦いでは、何らの意味も成さないだろう。
例え、もしこの世界でもチトセの権力が有効に働いていたとしても、その権力で用意した様々な罠や策謀を踏み越えて来るだろう。
そう言う小賢しい策略を全て乗り越えて来たから、生前のヴァルゼライドは英雄なのである。今更そんな物が通用するとは思えない。
能力にしたってそうだ。ヴァルゼライドの能力は帝国は勿論他国にも知れ渡っていたので、当然の事としてチトセもそれを知らない筈がない。
だが、チトセにしたって元は帝国内では上から数えた方が遥かに速い程に高い位置(グレード)にいた女だ。無論ヴァルゼライドもチトセの力は知っている。
自分の能力の本質も、それを基にした応用の数々も、全部理解していると見て間違いない。そしてその全てを、気合と根性で踏み越えて来るのだ。

「全く、弩級の阿呆を敵に回したものだよ」

 苦笑いを浮かべ、くつくつと笑い始めるチトセ。

「……たとえお姉様が、総統との戦いを避ける。そう仰っても、私は従う所存に御座います」

「綺麗な言葉を使うのだな。逃げる、ではなく『避ける』とは」

 押し黙るサヤ。

「そう言う、賢いやり方が出来る程頭が良くないのだよ。残念な事にな」

711修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:27:20 ID:TJVZO0ns0
 普通――。
二度目の生を偶然とは言え授かって。しかも、生前に振るっていた能力も、やや格落ちしているとは言え問題なく行使出来る。
そうと決まれば、普通人はどう生きる? 慎ましやかに生きるのもアリだろう。道徳に反しているが、その能力を振るって魔王の如く君臨するのも、理解は出来る。
チトセはそれをしなかった。ヴァルゼライドが、此処にいたからだ。いたとて、無視すると言う選択肢もあっただろう。
知らぬ存ぜぬを貫いて、市井に生きる、チトセ・朧・アマツとして振舞う事だって、容易だった筈。それを、彼女は蹴った。
惰弱ながらもしかし、確かにまともでささやかに生きる術を自らかなぐり捨ててまで。この女は、血に塗れた茨で舗装された、地獄への道を駆け抜けようとしているのだ。

「ク、クク、ククククク……」

 眼帯を押さえ、不気味に笑う、憧れの人を、サヤは困惑気味に見つめていた。

「なぁ、サヤ……。今更ながらに気付いたのだが……」

 ほぅ、と一息吐いてから、チトセは、広がる青空を見上げ、こう言った。

「馬鹿も、厄介な風邪と同じで、うつりやすいものであるらしい」

 全く、つくづく総統閣下は罪な奴だと思いながら。
チトセは己の能力を部分的に解放、大気を操り、光の屈折を操り、ステルス迷彩を自らとサヤに発動させ、透明化。
その一秒後で、屋上へと繋がるペントハウスが勢い良く開け放たれ、さすまたや警棒を持った警備員達が現れた。
誰もいない事を訝しむ彼らを眺めながら、チトセ達は、透明化を維持したまま、ライドウ達が此処を去る為に斬り離したフェンス、その先から飛び降りた。
去り際に聞いたのは、フェンスが切り取られている事に気づいた警備員達の、慌てた声と、駆け寄る音であった。






【市ヶ谷、河田町方面(大日本印刷本社ビル)/1日目 午後3:30】

【葛葉ライドウ@デビルサマナー葛葉ライドウシリーズ】
[状態]健康、魔力消費(小)、廃都物語(影響度:小)、アズミとツチグモに肉体的ダメージ(大→中)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]黒いマント、学生服、学帽
[道具]赤口葛葉、コルト・ライトニング
[所持金]学生相応のそれ
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の主催者の思惑を叩き潰す
1.帝都の平和を守る
2.危険なサーヴァントは葬り去り、話しの解る相手と同盟を組む
3.正午までに、討伐令が出ている組の誰を狙うか決める(現在困難な状態)
4.バーサーカーの主従(ロベルタ&高槻涼)を排除する
5.バーサーカー(ヴァルゼライド)の主従も最優先で排除
[備考]
・遠坂凛が、聖杯戦争は愚か魔術の知識にも全く疎い上、バーサーカーを制御出来ないマスターであり、性格面はそれ程邪悪ではないのではと認識しています
・セリュー・ユビキタスは、裏社会でヤクザを殺して回っている下手人ではないかと疑っています
・上記の二組の主従は、優先的に処理したいと思っています
・ある聖杯戦争の参加者の女(ジェナ・エンジェル)の手によるチューナー(ラクシャーサ)と交戦、<新宿>にそう言った存在がいると認識しました
・チューナーから聞いた、組を壊滅させ武器を奪った女(ロベルタ&高槻涼)が、セリュー・ユビキタスではないかと考えています
・ジェナ・エンジェルがキャスターのクラスである可能性は、相当に高いと考えています
・バーサーカー(黒贄礼太郎)の真名を把握しました
・セリュー・ユビキタスの主従の拠点の情報を塞から得ています
・セイバー(シャドームーン)の存在を認識しました。但し、マスターについては認識していません
・<新宿>の全ての中高生について、欠席者および体のどこかに痣があるのを確認された生徒の情報を十兵衛から得ています
・<新宿>二丁目の辺りで、サーヴァント達が交戦していた事を把握しました
・バーサーカーの主従(ロベルタ&高槻涼)が逃げ込んだ拠点の位置を把握しています
・佐藤十兵衛の主従、葛葉ライドウの主従と遭遇。共闘体制をとりました
・ルシファーの存在を認識。また、彼が配下に高位の悪魔を人間に扮させ活動させている事を理解しました
・新国立競技場で新たに、バージル、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、アーチャー(パム)、ランサー(高城絶斗)、ライダー(大杉栄光)、アサシン(レイン・ポゥ)の存在を認知しました。真名を把握しているのはバージルだけです
・アサシン(レイン・ポゥ)の本性を、モコイの読心術で知りました
・ランサー(高城絶斗)の正体に勘付きました
・現在<新宿>上空を、使役する悪魔モー・ショボーの神風で飛行中です。着地地点は次の書き手様にお任せします
・キャスター(タイタス1世)の産み出した魔将ク・ルームとの交戦及び、黒贄礼太郎に扮したタイタス10世をテレビ越しに目視した影響で、廃都物語の影響を受けました

712修羅の道行 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:27:32 ID:TJVZO0ns0

【セイバー(ダンテ)@デビルメイクライシリーズ】
[状態]肉体的ダメージ(中)、魔力消費(中)、放射能残留による肉体の内部破壊(回復進度:小)、全身に放射能による激痛
[装備]赤コート
[道具]リベリオン、エボニー&アイボリー
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の破壊
1.基本はライドウに合わせている
2.人を悪魔に変身させる参加者を斃す
3.バージルとタカジョーを強く意識
[備考]
・人を悪魔に変身させるキャスター(ジェナ・エンジェル)に対して強い怒りを抱いています
・バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)の異常な耐久力を認識しました
・宝具『天霆の轟く地平に、闇はなく』が掠めた事で、体内で放射能による細胞破壊が進行しています。悪魔としての再生能力で治癒可能ですが、通常の傷よりも大幅に時間がかかります

※現在主従共に移動中です。移動場所は後続の書き手様にお任せします


【セイバー(チトセ・朧・アマツ)@シルヴァリオ ヴェンデッタ】
[状態]肉体的ダメージ(中)、魔力消費(中の大)、実体化
[装備]黒い軍服
[道具]蛇腹剣
[所持金]一応メフィストから不足がない程度の金額(1000万程度)を貰った
[思考・状況]
基本行動方針:バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライドとの戦闘と勝利)
1.余り<新宿>には迷惑を掛けたくない
2.聖杯を手に入れるかどうかは、思考中
[備考]
・現在<新宿>の何処かに移動中。場所は後続の書き手様にお任せします
・新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、アーチャー(パム)、ランサー(高城絶斗)、ライダー(大杉栄光)、アサシン(レイン・ポゥ)の存在を認知しました
・アーチャー(八意永琳)とそのマスターには、比較的好意的な考えを持っております
・サヤ「あのアーチャー様は、お姉様には本当に僅差には劣りますが、美しい方でしたね……性格も宜しいですし」
・サヤ「泥投げて来たあのクソガキ殺す!! 絶対殺してやる!!」
・サヤ「お姉様の服装にナチス要素はありません」

713 ◆zzpohGTsas:2020/03/17(火) 00:30:51 ID:TJVZO0ns0
投下を終了します。これと同時に、


一ノ瀬志希&アーチャー(八意永琳)
ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)
不律&ランサー(ファウスト)
キャスター(メフィスト)
遠坂凛&バーサーカー(黒贄礼太郎)

を予約します。もしかしたら自身のプロット構築不足で出ないキャラクターがいるやも知れませんが、ご容赦の程願います

714名無しさん:2020/03/17(火) 11:49:54 ID:PKGpSCI.0
投下乙です
ベルゼブブによる考察はライドウ×デビチルのクロスといった感じで楽しかった。というか戦闘・探索だけでなく魔力回復も出来るライドウやばい
あとダンテとライドウにもドン引かれる総統閣下で草


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