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☆魔法少女リリカルなのは総合エロ小説第100話

1名無しさん@魔法少女:2009/08/05(水) 20:14:08 ID:7A.0xa9.
魔法少女、続いてます。

 ここは、 魔法少女リリカルなのはシリーズ のエロパロスレ避難所の2スレ目です。


『ローカル ルール』
1.リリカルあぷろだ等、他所でのネタを持ち込まないようにしましょう。
2.エロは無くても大丈夫です。
3.特殊な嗜好の作品(18禁を含む)は投稿前に必ず確認又は注意書きをお願いします。
  あと可能な限り、カップリングについても投稿前に注意書きをお願いします。
【補記】
1.また、以下の事柄を含む作品の場合も、注意書きまたは事前の相談をした方が無難です。
  ・オリキャラ
  ・原作の設定の改変
2.以下の事柄を含む作品の場合は、特に注意書きを絶対忘れないようにお願いします。
  ・凌辱あるいは鬱エンド(過去に殺人予告があったそうです)

『マナー』
【書き手】
1.割込み等を予防するためにも投稿前のリロードをオススメします。
  投稿前に注意書きも兼ねて、これから投下する旨を予告すると安全です。
2.スレッドに書き込みを行いながらSSを執筆するのはやめましょう。
  SSはワードやメモ帳などできちんと書きあげてから投下してください。
3.名前欄にタイトルまたはハンドルネームを入れましょう。
4.投下終了時に「続く」「ここまでです」などの一言を入れたり、あとがきを入れるか、
   「1/10」「2/10」……「10/10」といった風に全体の投下レス数がわかるような配慮をお願いします。

【読み手 & 全員】
1.書き手側には創作する自由・書きこむ自由があるのと同様に、
  読み手側には読む自由・読まない自由があります。
  読みたくないと感じた場合は、迷わず「読まない自由」を選ぶ事が出来ます。
  書き手側・読み手側は双方の意思を尊重するよう心がけて下さい。
2.粗暴あるいは慇懃無礼な文体のレス、感情的・挑発的なレスは慎みましょう。
3.カプ・シチュ等の希望を出すのは構いませんが、度をわきまえましょう。
  頻度や書き方によっては「乞食」として嫌われます。
4.書き手が作品投下途中に、読み手が割り込んでコメントする事が多発しています。
  読み手もコメントする前に必ずリロードして確認しましょう。

『注意情報・臨時』(暫定)
 書き込みが反映されないトラブルが発生しています。
 特に、1行目改行、且つ22行以上の長文は、エラー表示無しで異次元に消えることがあるそうです。
 投下時はなるべく1レスごとにリロードし、ちゃんと書き込めているかどうか確認をしましょう。

前スレ
☆魔法少女リリカルなのは総合エロ小説第99話
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/12448/1243670352/

260鏡の中の狂宴 第3話 2/10:2009/08/21(金) 23:54:46 ID:.vFRfgc6
「ははは、この娘本当に小学生か? 信じられねえ、むしゃぶりついてくるぜ」
嘲笑に近い笑い声を受けながらも、ヴィヴィオは男の怒張を舐め、一滴残らずしゃぶり尽くす。
運がよければ、蜂蜜のお代りを貰えた。
「出るぞっ、しっかり飲めっ!」
どぷっ、と空気に晒されないままの白濁が、口の中で跳ね回る。
口直しとして、これ以上酷い代物を思いつけなかった。
「これで初物だって言うんだから、カルマー中尉もよくやるぜ」

──そう、未だ誰にも秘所には触れられていないのだ。
運命の男の人に出逢う前に、唇を奪われてしまったけれど。
しかも、唇ではなく、固くそそり立った怒張で。
それも、初めてのキスだったのに、精液まで舌に打ち付けられて、飲まされた。
「私、汚れちゃったんだ……」
鏡へ映った自分の姿は、どこまでも惨めだった。

***

そんなある日、「パブロフの犬」という言葉を聞かされた。
犬に食事を与える時、一緒に時計のベルを鳴らす。
これをしばらく繰り返した後にベルだけを鳴らすと、
犬は食べ物にありつけるものと思って涎を垂らし始めるというものだ。
そしてもう一つ、興味深い実験結果があった。
ボタンを押すと餌が確実に出る機械と、ランダムに出たり出なかったりする機械。
餌の残量は外からは分からない。
これらを別々の檻に入れ、犬や猿で実験すると、
ランダムに出たり出なかったりの方は、餌がなくなっても延々ボタンを押し続けていたという。
同じことがヴィヴィオにも起きつつあった。
「はぁ、はぁ……」
男の一物を見ると、口の中に唾液が沸いてくるのだ。
萎びたままのそれであっても、懸命にねぶる。しごく。
覚え始めた上目遣い──これをやると男たちが優しくなるのだ──で見上げると、
「いい子だね」と頭さえ撫でてくれる。
蜂蜜を塗っていないと分かっていても、止められない。
男たちの肉棒を射精させて精を求める姿は、ボタンを押して餌を求める犬そのままだった。
「んっ……おおおおっ……」
強烈に吸い上げた鈴口からは、大量の粘液があふれ出す。
苦さと臭さだけの味が、ほんの僅かに甘みを帯び始めていた。

「ヴィヴィオ、良いニュースだよ。今日はビッグチャンスだ」
昼前──起きて、朝食を取って、そして二度目の食事が運ばれてきたタイミングだ──、
カルマーは憎々しいまでの笑顔を湛えたまま、姿を現した。
このところ、シラーロスを始めとした20人ほどの男たちに囲まれる生活を送っていたから、
監禁生活とも相まって危うく顔を忘れるとことだった。
「いい、ニュース?」
途切れ途切れに聞くと、ニコニコ顔を崩さずに彼は頷いた。
「そう。これだよ」
カルマーが指をパチンと鳴らすと、コック姿の男女が次々と研究室の中に入ってきた。
次々に取り出したるは、目も眩まんばかりの豪華豪勢を極めた料理の数々。
濃厚な香りが鼻に入った瞬間、ヴィヴィオの口の端からはダラダラと涎が出始めた。
拭うこともせずポタリと床に落ち、それが開始の合図だった。

261鏡の中の狂宴 第3話 3/10:2009/08/21(金) 23:55:27 ID:.vFRfgc6
「三日に一度の、ご奉仕大会〜!」
ヴィヴィオはキョトンとした。友達同士で映画を見に行くような気軽な乗り。
テンションの異常さに、ついていけなかった。
「さぁ、ヴィヴィオちゃん、今日は二つの選択肢を選べるよ!」
いつもの食事が乗った盆と、豪華な食事の乗った沢山の皿を指差して、カルマーは言った。
「そっちの、いつものご飯は無償だよ。何も対価はいらないし、リスクもない。スパッと今すぐあげるよ」
そしてもう一つのこっち……と、彼はフルコースの料理を指差した。
「これを貰えるか、それとも貰えないか? いざ、命運を賭けて勝負!」
ひとしきり叫んだあと、カルマーはヴィヴィオに向き直って聞いた。
「で、ヴィヴィオはどっちを選ぶ? 確実な50%か、それともオールオアナッシングか
負けた時はどうなるか、もちろん分かってるね?」
ヴィヴィオの答えは、最初から決まっていた。
スッ……と指を差した先は、フルコース。
「勝負を受けるんだね? 後戻りはできないよ?」
ヴィヴィオは、コクリと頷いた。
リスクなくして、見返りはありえない。
意思を確認したカルマーは後ろで控えている女に指示すると、彼女はドアの向こうに消えていった。
そうして戻ってきた時、色素の薄い、赤毛の女の子が連れてこられた。
ヴィヴィオと同い年か、あるいは一つ下か。
胸の膨らみはヴィヴィオよりも大きい。両目は青く、髪を軽くウェーブさせていた。
自分以上に怯え切っている姿を見て、ヴィヴィオは一瞬冷静に、そして冷酷になった。
――この子が相手なら、勝てるかもしれない。
屈辱を味わい、長く陽を見ない生活を送ってきたヴィヴィオにとって、処女とその証は最後の牙城だった。
絶対に、負ける訳にはいかない。
「さて、勝負を説明しよう。ここにいる5人の男に奉仕して、先に精液を全部飲んだ方が勝ちだ。
但し、手は使ってはいけない。口だけ。これはいつも通り」
カルマーは一人を見やり、にやりとヴィヴィオへ笑いかけた。
「強いて言うなら、その可愛いあんよだけかな?」
どういう意味か、と聞く必要もなかった。
既に何人もの男たちを、足で扱いてきたのだから。
赤毛の女の子とヴィヴィオの前に男が立った。
二人とも中肉中背。最初はどちらが特に有利ということもなさそうだった。
「それじゃ……スタート!」
ゴングが鳴らされ、非情の勝負が始まった。
だが、この時ヴィヴィオは軽視していた。相手の、名も知らぬ少女がその身に秘めている実力を……

我先にと、ヴィヴィオは先頭の男にしゃぶりついた。
小さいままだった肉棒が、力を得て急激に膨らんでいくのが分かる。
臭みが鼻を突くいつもの感触にも、いい加減麻痺してきた。
「もっときつく扱けんのか」
頭の上から命令が来る。
ヴィヴィオは素直に従い、口をきゅっと窄めてストロークを始めた。
舌全体と口蓋を使って亀頭を舐るが、彼はそれで満足しないようだった。
急に後頭部を掴まれ、グイと前に押し込まれる。
喉の奥まで汚らしいペニスが挿入され、呼吸が一瞬で苦しくなった。
「んむっ、んぐぅっ!!」
「これくらいじゃないといけないんだよ、分かるか?」

262鏡の中の狂宴 第3話 4/10:2009/08/21(金) 23:56:16 ID:.vFRfgc6
鼻から出る息と、肉棒のストロークが一致しない。
吸うのも吐くのもできない時間は、しかしすぐに終った。
一番奥の奥──もう気管支をも塞ぐ勢いだった──に
無言のまま、どくりと脈動。精液が舌にもどこにも触れることなく、
ヴィヴィオのことは、射精するための道具程度にしか考えていないかのような扱い。
味も臭いも分からぬまま、白濁だけが胃の中にぶちこまれていった。
呼吸とトレードオフではあったが、その分五感の一つは苦しまずに済んだ。
「ほら、まだ二人目だぞ。こんなところでへばってたらいつまでも終らねえぜ」
ゲホゲホ、と咽込むヴィヴィオの前に、更なるペニスが立ちはだかる。
一方、対戦相手の少女はまだ一人目だ。この勝負、一気に決められるかもしれない。
オッドアイに決意を込めて、ヴィヴィオは次なる戦いを始めた。

***

カルマーは間近で二人の対決を見ていた。
状況はヴィヴィオの方がやや優勢か。だがどちらに転ぶのか、誰にも分からない。
「面白い光景だとは思わないか? この勝負、受けなかった女は未だに一人もいない。
ヴィヴィオもまた例外ではなかったという訳だ」
まさに高みの見物。檻の外から淫らな奉仕を見ているカルマーは、そばの研究員に言った。
「ええ。私らも面白いデータが沢山集まるので、珍重しています」
「ほう? お前もいつかあの輪の中に入るかもしれないんだ、精々腹上死しないように鍛えておけよ」
「は、はい」
ヴィヴィオはキスすらも果たせぬまま、肉棒をひたすら舐め、精を飲み続けている。
一方、秘唇は男を受け入れたことがないまま、淫核だけをひたすらに弄っていた。
直に、あの敏感な突起を徹底的に凌辱する日も来よう。
「あるべきバランスではない。だが、それ故に美しい」
普通の人間に「三角形を描け」と言うと、ほとんどが底辺を下に描く。
一部の数学者は尖った場所を下にするという。
ヴィヴィオは丁度、そんな三角形だ。
カルマーという手を経て、どこにでもあるつまらない三角形は、数学者の手によって美しく生まれ変わる。
「俺も、生まれ変わっちまったよ。お前の『ママ』のせいでな……」
彼は椅子に深く座り込み、過去を思い出した。
忌まわしきものを振り払う手段ができた今では、それは格好の肴だった。

カルマーはなのはが来るまで、ずっと教導官を担当していた男だった。
物心ついたときから血反吐を吐くような、いや実際に何度も吐いてそれでも努力し続け、
ついに上り詰めた管理局職員の地位。
だが、キャリア組として入局した職場では競争なぞ終らず、ようやく落ち着いた頃には20を半分以上過ぎていた。
これでも当時は最速で勝ち上がったのだ。次々と取り残されていく同僚を、彼は冷めた目で見ていた。
彼らには努力が足りない。そう、ずっと思っていた。
それが、名も知れぬ管理外世界から突然かっさらわれた。まだ10代の小娘に、だ。
聞けば、提督クラスの人間と懇意にしていて、コネを使いあっという間にカルマーの地位を奪っていったのだという。
これが純粋な世代交代なら、或いはなのはが一番下から順当に上がってきたのなら、まだ納得もできよう。
だがそうではなかった。一度落ちれば二度と這い上がれない競争を、なのはは経由しなかった。
はらわたが煮え繰り返るほどの憎悪が心を支配し、カルマーは復讐を誓い、仲間を集めた。

263鏡の中の狂宴 第3話 5/10:2009/08/21(金) 23:56:54 ID:.vFRfgc6
結果、反ハラオウン同盟が出来上がった。現在は大提督にまで昇進したクロノはもちろん、
年寄り連中の中にはその父であるクライドに恨みを持つ者まで、派閥は膨れ上がった。
最上位の幹部にさえ、プレシア・テスタロッサへの類い稀なる反感を抱えている人間がいた。
高町なのはの失態と共に機は熟し、なのは、引いてはハラオウンの血筋を管理局から追放する手立てが整った――
「ま、まさか会議室のジジイどもが本当の目的に気づいてるとは思わないがな」
追放では飽き足らないとカルマーは考え、その結果がこの凌辱劇だった。
最近の食事も睡眠も、信じられないまでに甘美に感じられる。

ヴィヴィオを聖王陛下とは決して呼ばなかったのは、認めたくなかったからではない。
一人の少女と対等に向き合うことで、彼女の安心を買いたかったからだ。
そしてそれは成功し、ヴィヴィオを絶望の底へと叩き込むことができた。
今少女が抱いているのは、「あんなにいい人が悪いことをするはずがない、
何か特別な原因があるか、さもなくば黒幕がいるに違いない」とう臆面もない心だ。
笑いが止まらないとはまさにこのこと。
闇の中で生きさせ、光と引き換えに地獄を供する。
人の心はどこまでも脆い。一度崩れた場所に手を差し伸べると、それが何であっても掴んでしまう。
死んだ方がまだ救われるかもしれないのに、それでも生に執着する。
「あぁ、ヴィヴィオ、早く終るといいな」
誰にも聞こえないように、カルマーはそっと呟いた。
冷たくなった目をヴィヴィオに向ける。幼い聖王はオッドアイを煌かせながら、まだ見知らぬ男と闘っていた。

***

「んちゅ、じゅぷ、んくっ、ちゅっ、んーっ……」
ゴングが鳴ってから三十分が経過した。
勝負は既に四人目。この脂ぎって腹の飛び出したような中年男から精液を搾り取れば、
大体勝負は決まったようなものだ。
というのも、相手はまだ一人目のままだ。
これが僥倖かどうかは分からないが、とにかく優位に立っているのは確かだ。
「お、お嬢ちゃん、そろそろ出るよ」
至福そのものの下卑た顔でヴィヴィオを見下ろし、頬の裏を突くように抽送を強める。
程なくして、その体躯よろしく脂の多い白濁が、ヴィヴィオの口内を占めた。
「んむっ! ……んくっ、こくっ、じゅちゅっ……」
飲み下す時よりも、舌に触れる精液の感触が我慢できないほど不快だ。
汚されている。穢されている。我慢できないほど苦しいのに、逃げ出すことができない。
どろりと、おぞましい味と粘度が口内を満たした。
こくり、こくりと飲み下していくが、吐きそうなくらい気持ち悪かった。
いや、目の前にぶら下げられたご馳走が目の前になかったら、絶対に胃の中のものを残らずぶちまけていただろう。
「頑張れよ、お嬢ちゃん。儂の次で最後だからのう」
ぶよぶよした手で髪を撫でられ、後ろの人間と交代していく。
ちょっぴり自慢だった金色の束さえも、今は慰み物の一つと化してしまっている。
泣きたくなるのを堪えて、ヴィヴィオは最後の男に──
「え?」
ヴィヴィオは驚きに目を見張った。
五人目の男というのは、まだ年端も行かぬ少年だった。
概ね、ヴィヴィオと同い年だろう。
シルバーブロンドの髪に黒い瞳。びくびくと怯えながらも、その肉棒はガチガチに固まっていた。
これから何をされるのかまったく分からないけれど、身体だけは反応している。そんな少年だ。
「ほら、この少年で最後だぞ。しっかりやれよ」

264鏡の中の狂宴 第3話 6/10:2009/08/21(金) 23:57:31 ID:.vFRfgc6
ジャッジが冷酷にせっつく。ビクリと身体を縮ませた少年は、ヴィヴィオにおずおずと言った。
「よ、よろしくお願い、します……」
ヴィヴィオの方はといえば、まったくの拍子抜けだった。
いつもなら逆らえないような男たちに囲まれて、強制的に奉仕という名の凌辱をしてきたのに、
今度ばかりは違う、いかにも純真そうな少年だ。
もしかすると、ヴィヴィオと似たような理由でここに来たのかもしれない。
「お名前は?」
ただ、ただならぬ興味が沸いたのも事実だった。
びくびくおどおどと震えていた少年は、ぽつりと答えた。
「ク、クラウス……」
「クラウス君、か。いい名前だね」
ようやく相手は二人目に突入したばかりだ。
もう勝負は決まったようなもの、ゆっくりやったって勝てる。
ご褒美とばかり、ヴィヴィオはクラウスのペニスに口づけた。
まだ皮被りの肉竿に、ゆっくりと舌を這わせる。
だが、ヴィヴィオは知ることはない。
最後に一つでも与えられる救いがあれば、人はどんな運命にも抗わないということを……

「おっと、やっぱり来たようだな」
寸刻、カルマーが感慨深く言ったのも無理はない。
相手の少女が、猛烈な勢いで追い上げ始めたのだ。
赤毛を振り乱し、青い目を欲望に輝かせながら、じゅるじゅると美味そうに肉棒を啜る。
下手になってからが強くなるのだとは、ヴィヴィオは当然知らなかった。
あっという間に二人目を平らげ、三人目に取り掛かる。ペースとしては相当早い、下手を打つと負けてしまう。
「ぺろ、んちゅ、んんっ、んむぅ……」
クラウスの包皮を、舌先で剥きあげる。
ぺりぺりとはがれるような感覚の後、鼻に来たのは猛烈に濃厚な牡の匂い。
ペースト状の何かが舌先に触れ、匂いはそこから放たれていた。いわゆる、恥垢というやつだ。
よほど吐き出したくなったが、そんなことをした日にどんな目が待っているのか、
今のヴィヴィオには一瞬で想像できる。
必死の思いで唾液を分泌し、勢いに任せて飲み込んだ。
舌に残る嫌な嫌な感覚以外、何もない。胃がムカムカするような気がするが、気のせいだと思い込むことにした。
少年は初めての性的快感なのか、甲高い声で啼き喘ぐ姿は少女そのままだ。
今まで、奉仕という名の被虐を受け続けてきたヴィヴィオにとって、それはあまりにも新しすぎる刺激だった。
ちゅるり、と亀頭を舐る。くちゅくちゅ、じゅぷじゅぷと、
大きな飴玉を口いっぱいに頬張るがごとく、クラウスの肉棒に奉仕する。
「あっ、あっ、ああっ……」
少年の声は裏返り、明らかな性感を帯びて、もうすぐ勝負は決するものと思われた。
だが、そこで事件が起きた。
隣で頑張っていた少女が、いつの間にか四人目を飛び越えて最後の一人に到達してしまったのだ。
優しく、舌と唇で愛撫していたヴィヴィオは、時間の経過に気付かなかったのだ。
不味い、このままでは負けてしまうという焦りが、もう一つの事件を生んだ。
「痛ッ!!」
少年の肉茎に、誤って歯を立ててしまったのだ。
顔を歪める少年。零れ落ちる涙。誰だって一番の弱点に噛み付かれたら泣きたくもなる。
が、泣きたいのはヴィヴィオの方だった。

265鏡の中の狂宴 第3話 7/10:2009/08/21(金) 23:58:04 ID:.vFRfgc6
左右で色の違う目を上目遣いにしてクラウスを見上げ、『ごめんね』と労わるように優しくペニスを舐める。
だが、一度硬度を落とした怒張を再び勃起させるまでに、どれだけの時間がかかるだろう。
相手の少女は順調に進んでいる。アレは下になってからが強いと言うべきか、それとも勝利者の余裕と呼ぶべきか。
負けじと、ずずずと音を立てながら肉棒を吸い込み、口全体を使って全力でしごく。
すると、クラウスの肉棒が力を取り戻してきた。それでも、まだ半勃ちといったところだが。
「ありがとう」
クラウスは、言った言葉の意味が分からないかもしれない。でも構わない。
凄惨な凌辱劇に巻き込まれるか、それとも生き残るか。
文字通り生き死にを賭けた闘いに於いては、敵側の事情など一切構っていられないのだ。
じゅるり、じゅぷり。わざと音を立てて、なるべく少年の性欲を刺激するように動く。
これは、男たちへの奉仕で手馴れたものだ。
「手を使うな」とは言われたが、目線や鼻、喉まで使ってはならないと命じられた覚えはないし、
それらの行為で変な反則を取られたこともなかった。
だが、相手もまた熟知している。少女のストロークが強く、速くなっていき、相手ももう長くなさそうだ。
負けていられない、とヴィヴィオも強気に出た。ほとんどギャンブルになる。
さっき強く噛んでしまったところ──亀頭と裏筋の間を、今度は甘噛みし始めた。
やわやわと、傷口に軟膏を塗るかのような動きで、舌と歯を巧みに使って癒していく。
隣の男も、表情から見て射精が秒読みだ。いよいよのっぴきならない。
一度引いた苦い我慢汁が、もう一度ダラダラと流れてきた。
「んちゅ、じゅぷ、んぷっ、んくっ、ふぅっ、んんっ……」
休憩もへったくれもない。苦しい呼吸は全部鼻に任せて、ヴィヴィオの口はストロークを繰り返す。
もう、自分がどんな理由でフェラチオをしているのかなどということは忘れた。
この勝負に負ければ死よりもおぞましいことが待っている。それだけで十分だ。
「頑張って……クラウス、君……」
負ける訳にはいかない。絶対に負けられない闘いだ。
全身全霊、持てるだけの力を注ぎ込んで、少年の肉棒にむしゃぶりつく。
「あ、ああっ、ああああっ……あああああああああああああーっ!」
来た。これだ。ドロドロの精液、そう今まで今まで一度も射精したことがないかのような粘度だ。
匂いが恐ろしく強くなる。でも、それは男臭さというよりはまだ足りない。
これは、言うならば青臭さ。新鮮な野菜の匂い、今まさに土から引き抜いた野菜の匂いだ。
後から後から溢れ出てくる濃密な精は、舌に絡み付いて全く離れていく気配がない。
誰の唇にも触れず、ただ男性器だけに口づけを繰り返してきたヴィヴィオの口腔へ、
白濁は容赦なく流れ込んでくる。呼吸困難になるほど、口の中は少年の精液で一杯になった。
「んくっ、んぐっ、ごくっ……」
飲めば飲むほどに、頭が侵食され、冒されていく幻想。
『苦痛が霞み、消えて行く』という苦痛と戦いながらも、ヴィヴィオは精を飲み干した。
口の中が空いた段階で、すぐに鈴口から精液の残滓を吸い上げる。
これをやらないと痛い目に遭うことは、既に身体が──特に後頭部が知っていた。
ちゅぽん、と唇を離すと、ジャッジに肩を叩かれた。
口を開けて中を見せると、女のジャッジはヴィヴィオの手を高く掲げた。
「え? え?」
勝ったのか? 凌辱の宴で、敵を薙ぎ倒したのか?
隣の少女を見ると、まだ五人目と戦っていた。いや、もう彼は射精した後で、残りは飲み込むだけだったのだろう。
額に脂汗が浮かんでいる。敗北を認めたくない時の目だった。
喉が少し動いて、少女の口が男のペニスから離れた。
立ち上がってジャッジの許へ行き、口を開けるも、ジャッジは目を閉じて首を横に振るだけだった。
「ねえ、あの娘よりあたしの方が早かったでしょ!? どうなの、あたしの勝ちでしょう!!」
ジャッジはただ『違う』と首を振り、後ろを振り向いて手を挙げた。
すると、屈強な男たちが少女の身体を取り押さえ、手枷足枷に首輪までつけ始めた。
「あ、あの娘……どうなるの?」
恐る恐るヴィヴィオが聞くと、ジャッジの女はさもつまらなそうに言った。

266鏡の中の狂宴 第3話 8/10:2009/08/21(金) 23:58:44 ID:.vFRfgc6
「知ってるだろ? 死ぬまで男の慰み者になるか、でなきゃ何かの実験台になるか。どっちかだよ」
ということは、一歩間違えればヴィヴィオ自身がそうなっていたことになる。
人体実験の材料にされて切り刻まれる自分を想像して、身体をぶるりと震わせる。
しかし、次第に喜びが心を占めてきた。
私、勝ったんだ! 酷いことされずに済む、おいしいご飯が待ってる!
心神喪失にも等しい瞳をした少女が、まるで現行犯逮捕された強盗みたいに連行されていく。
一度、ヴィヴィオの方を振り向き、そして、大きく目を見開いた。
怯えた表情だった。少女が、幽霊か猛獣でも見た時の目をした。
「助けて、殺さないで」と、訴えかけているかのようだった。
それでも声は出ないらしく、彼女は口をパクパクしているだけだった。
「おい、行くぞ」
連れて行かれるその足に、一切力が入っていない。
やがて、チロチロと太ももに水が流れていった。
「や……いや……」
最初、少女はこれから起こる凌辱──今まで勝利し続けることで守ってきた、乙女の純潔を失うこと──への
恐怖から失禁したものだとばかり思っていたが、事実はそうではなかった。
ふと、何気なく、頬に手を当てた。顔の筋肉が引きつっているかのように強張っている。
両手で触れてみて、ようやく分かった。

ヴィヴィオは笑っていたのだ。
自分だけが助かり、相手を谷底に突き落としたことに、どこまでも喜んでいたのだ。

不気味だった。でも嬉しさと楽しさは後から後から湧き出て、止まらないのだ。
これから待つ快楽。相手を蹴落とした悦び。
その両方が、ヴィヴィオを高揚させてどうしようもさせなくなるのだった。
「あは、あはは、あはははははははははははははははははははは……」
高笑いはどこまでも止まらなかった。そう、その姿は気違いそのもの。
名も知らぬ赤毛の少女は、ヴィヴィオの顔を見て失禁したのだった。

勝利の後、娑婆でだって食べられないような豪勢な食事が、所狭しとテーブルに並べられた。
カルマーの宣言通り、一切合財が無条件で、だ。
その全てが麻薬のように美味で、ヴィヴィオは明らかに胃の容積を遥かに超える量を食べた。
腹が破裂するほど食べ尽くしたいところだったが、そんな欲求に反して身体は限界を迎えた。
何せ、食道まで食べ物で一杯に溢れかえっていたのだ。
あと一口でも……というラインをギリギリまで見極めて、ヴィヴィオはナイフとフォークを置いた。
「どうだい、この勝負。満足頂けたかな?」
ナプキンで口を拭うヴィヴィオに、カルマーが問いかける。
聖王は、薬物依存症患者そのままの顔で笑いかけた。
「うん、とっても」
この後、ヴィヴィオはことあるごとにこの『勝負』を受け、またことごとく勝利してゆくことになるのだが、
それはまた別の話。

***

ヴィヴィオは狭い檻の中で、王者に君臨していた。
一つ一つの「奉仕」は息を吸うこととと同化し、ファーストキスを奪われた想い出は遠くに消えかけていた。
三日に一度、提示される勝負をヴィヴィオは受け続け、そして連戦連勝だった。
が、しかし。
ヴィヴィオの頭には、強烈な二つの欲望が衝突を起こしていた。

267鏡の中の狂宴 第3話 9/10:2009/08/21(金) 23:59:25 ID:.vFRfgc6
『この辺りでそろそろ止めないと、そのうち負けちゃう。そうなったら……』
『でも、あのご飯は物凄く美味しい。麻薬とかが入ってる訳でもないのに。
ダメ、アレを食べられないままここで過ごすなんて、我慢できない……』
豪勢な食事への欲望に抗うだけの力は、とうの昔にヴィヴィオから消え去っていた。
でも、どこかで誰かが警告を続けている。「そのままではいけないのだ」と。
そんな声を無視し続けることも辛かったが、砂漠にたった一つ残されたオアシスを無視して先に進むなんて、
どうしても、どうやっても、どんなに努力しても、無理だった。
そういえば、とヴィヴィオは思い出す。
フィルムはあと何時間残っているのだろう。あとどれだけの苦痛を帯びればここから出られるのだろう。
答えは誰も教えてくれない。
確か、○○月××日だと教えると、その日まで気力を保とうとするらしいからだ──と無限書庫で読んだ記憶がある。
いや、逆か。期日を指定すれば、人はそれまで気を張り続ける。
試合の日がいつまでも来ないまま練習だけしていると、どうしてもモチベーションが落ちる。そんな話だった。
今のヴィヴィオは、いつ解放されるか分からない無期禁固の中で、それでもひたすら耐えている状態だった。
出られるという希望は、もう挫けていた。
たまに与えられる享楽から逃げ出すことのできない、餌に釣り上げられたモルモット。
『敵ながら天晴れ』という言葉が一番似合うくらいの、綺麗に決まった一本釣りだった。

「おはよう」
冷たく光る鉄の棒。外には忙しなく動き回る研究者たち。いつもの光景だ。
カルマーが来る時は、決まって悪いことが起きる。
けれど、彼は「勝負」と引き換えに、「享楽」を提供してくれる、唯一の人間だ。
現状を認め、受け入れる限り、彼はヴィヴィオにそう酷いことはしない。
……だが、ヴィヴィオはもう気付けない。
自分が現在置かれている状況そのものがまさに悪夢であり、常人には耐えられない凄惨さであるということに、
少女の侵食された頭ではもう思い出せなかった。
抵抗の意思をも、同じ光、同じ景色、同じ無音の世界の中でどんどん削られ風化し、今では雲散霧消していた。
「おはよう、ございます」
声色を失った、疲れきった響きで答えると、カルマーはにやりと笑った。
「どうしたの、そんな元気のない顔。……そうだ、今日は面白いところに連れて行ってあげるよ」
何とも白々しい。
「何、いつもヴィヴィオちゃんだけが気味の悪い思いをするというのは流石に酷いだろう?
だから、今日はヴィヴィオちゃんを気持ちよくさせてあげる日にしたのさ」
訳が分からない。そんな一瞬の混乱を突いて、カルマーはヴィヴィオの死線に入ってきた。
すっかり軽くなった身体をいとも簡単に持ち上げられて、
今まで謎のヴェールに包まれていた、部屋中央にある椅子へと座らせられる。
椅子には大量のベルトが仕舞いこんであった。
男の手で押さえつけられたまま、両手両足を動かないように固定される。自力で外すこともできない。
それが終ると、シートベルトみたいなものを腰にも結わえられる。
カルマーが手元のリモコンを押すと、ゆっくりと椅子は後ろに倒れていった。
同時に、両手と両足が少しずつ開いていく。これが寝ている姿なら、いわゆる「大の字」と呼ばれるものだ。
だが、足の方はそれで終らない。膝のところでカクリと曲がり、Mの字型に足を開かれる。
ほんの少しでも腰を落とせば、短めのスカートから、ショーツが見えるまでに大きく、股を割られた。
「え、何、これ……?」
手近なパイプ椅子を使って天井に手を伸ばし、カメラを括りつける。どうやらそれで完了のようだ。
全てが突然で、何一つ訳の分からぬまま唖然としていたヴィヴィオだったが、
ようやく自分が拘束されたことに思い至ると、途端に錯乱した。
「なに、これ!? ねえ、離して! お願い、これ取ってよぉ!
どうしてこんな酷いことするの、ねえ、早く取ってえええっ!!」
いつものニヤニヤ笑いを崩さないカルマーは、三月ウサギよりよっぽど性質が悪かった。

268鏡の中の狂宴 第3話 10/10:2009/08/21(金) 23:59:55 ID:.vFRfgc6
「勘違いはいけないよ、ヴィヴィオちゃん。僕は君に気持ち良くなって貰うためにコレを企画したんだ。
ま、ちょっとやり方は強引だったけどね。あと、例のフィルムもこれで埋めるから、
ヴィヴィオちゃんはちょっぴり楽をできるって訳だ。どうだい、魅力的な選択肢だろう?」
いつの間にか、部屋からはカルマーと一人の女研究員を除いては誰もいなくなっていた。
カルマーが話を終らせると、不気味なまでの重たい沈黙が部屋を支配した。
その直後、かすかに聞こえるコンピューター類の駆動音。全部水冷式なのか、ほとんど何も聞こえない。
「それじゃ、僕はこれでいなくなるよ。あとのことは、このメアリー・オーヴィル博士がやってくれるよ」
軽く会釈した縁なし眼鏡の女は、三十歳前後のいわゆる研究一筋な人間だった。
カルマーが立ち去った後、メアリーは眼鏡を無造作に外し、白衣の裾で軽く拭いた。
もう一度掛け直したその瞳で、ヴィヴィオの顔をまじまじと覗き込んでくる。あまりにも無遠慮な視線だった。
それから、手元にあるボードに目を落とし、「なるほど、この娘は……」と何事か呟いてから、
おもむろにしゃがみ込んで椅子の下に手を差し込んだ。そうして出てきたのは、どうやらキーボード。
数十秒間、メアリーは無言のままキーボードを叩き続けた後、それを元に戻した。
彼女はモニターを見ていたに違いないが、拘束された身体ではそこまで見えない。
すると、細いワーム状の触手が大量に椅子の側面から躍り出た。
それぞれの頭には、何に使うか分からないが、各々複雑な形に別れていた。
繊毛のようなもの、明らかに鋏のような鋭いもの、スポイトのような穴、指が十本もある奇妙な手。
後のは形容するのは無理だった。しかも、それぞれ何本もうねっていてとても数え切れない。
それらが突然、ヴィヴィオに襲い掛かった。
「きゃぁっ!」
霧吹きのようなものが顔の前で噴霧される。
アルコールでも入っているのか、それはあっという間に乾いていったが、それが何だかは分からない。
分からないまま、次のワームが迫る。それは、パチパチと制服のボタンを器用に外していった。
無機質な機械が服を脱がしていく光景に、ヴィヴィオは悲鳴を上げた。
けれど、無慈悲なワームへは決して祈りなど届かない。あっという間に、上半身は下着姿になった。
いっそ全部脱がしてしまえばいいのに、中途半端に肌蹴ているのが恥ずかしい。
すると、首元と裾から二本の触手が身体の中に入っていった。背筋に悪寒が走る。
ワームはヘソの辺りで握手をすると、突然上に向かって動き、シャツを押し上げた。
そのまま鋸のように引き抜くと、哀れにも下着は真っ二つに裂けてしまった。
サッ、サッと服をまとめて広げると、淡く膨らんだ二つの丘も、その先でちょんと尖っている蕾も、
全てが曝け出されてしまった。
「あ……あ……あ……」
予想できていたこととはいえ、言葉が麻痺して口から出てこない。
この後、何が起きるのか──二本のワームが出し抜けに乳首に食いついた。
「きゃぁっ!」
機械らしいごつごつした見た目の割には、先端部分だけは生体そのものだった。
イソギンチャクのような繊毛を大量に備えている触手からは、
潤滑液のようなぬるぬるしたものが、それはもう無意味だと感じるくらいにだらだらと分泌されている。
触手たちは、ヴィヴィオから乳を啜る気でもいるかのようだ。
きゅむきゅむと乳首を揉み、上下に扱く。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
おかしい。乳首をちょっと捏ねられただけなのに、身体が熱くなってきた。
吐息が甘い。ぷっくりと膨らんできた蕾が、自分でも分かる。
それでも尚、乳首だけを執拗に繊毛で撫で続ける触手たち。
粘液のぬめりも手伝って、一度突かれた性感は容易く異形の姿にもむず痒さを覚え始めていた。
「そろそろ頃合のようね……」
メアリーは手にしたリモコンを操作した。
その瞬間、更に多くの触手が沸いて出て、それらは全てヴィヴィオの股間へと迫った。

269Foolish Form ◆UEcU7qAhfM:2009/08/22(土) 00:01:01 ID:udfh2Ggc
次回、幼女に触手攻め。
凌辱OKな人はお楽しみに。

では。

270名無しさん@魔法少女:2009/08/22(土) 18:49:42 ID:lQJtvow2
うひょおおww 陵辱GJ!
なんとも素敵なヴィヴィオ攻め、良いですねぇ。
次回もお待ちしておりますよー。

271名無しさん@魔法少女:2009/08/22(土) 23:30:44 ID:XnU56Gvs
投下させていただきます。

・全4レス
・SS後日談、オリジナル色強め
・オリキャラ(男の娘)が出ます
・厨二病だと思う
・シグナム無双、バトルメイン
・エロなし

272紫炎剣客奇憚 ACT.02 1/4:2009/08/22(土) 23:33:58 ID:XnU56Gvs
 JS事件より三年が過ぎ、世界は一応の平和を享受していた。
 シグナム自身、この三年程は目だった動乱もなく、主はやてや仲間達との穏やかな日々を送っていた。多少は退屈もしたが、剣の騎士は己を戒める術を心得ていた。
 しかし"戒め"を"止める"と書いて、"武"……今、シグナムは久々に武人として腕を振るえる任務に悦びを感じている。
 ――筈だった。
「シグナム、元気ないぜー? 久々の出張なんだ、もっとシャバの空気を楽しまないと」
 頭上を飛び回る相棒、アギトの声もどこか上の空で、シグナムは少ない手荷物を片手に空港を歩く。辺境、静かな田舎の世界ゆえか人影は少ない。一週間に何本も無い定期便が、頭上で魔法陣の輝きに消えていった。
「それはそうと、そろそろ教えてくれよシグナムー! あたし達は今回、何を叩っ斬ればいいんだ?」
「……子供だ」
 アギトの無邪気な問いに、シグナムの心中は陰惨とした憂鬱な気持ちで澱んだ。
「子供? 危険なロストロギアとか、時空犯罪者の巣窟とかじゃなく……ガキかよー」
 アギトの羽ばたきから力が抜けていった。己の肩にへたりこむ相棒の姿に、僅かに頬を緩めるシグナム。
「だから付いてこなくてもいいと言った。こんな仕事は私一人で沢山だ」
「いーやっ! そりゃ駄目だねシグナム。大体アンタに子供が斬れるもんか」
 シグナムの肩にあぐらをかいて、アギトが頬を膨らませる。その不器用な信頼に感謝しつつ、シグナムは内心呟いた。主はやての命とあらば、子供でも斬れると。
 ただ、今回ばかりはシグナムも気が滅入っていた。自ら見逃した命を、己の手で刈り取るハメになるのだから。もしも主はやての危惧する通り、その子が世界の敵ならば尚更……よしんば、そうでなくても。
「あっ、シグナム副隊長。お待ちしておりました、お疲れ様です」
 不意に懐かしい名で呼ばれて、シグナムは視界の中央で口を押さえる少女を見つけた。上司と部下は三年前までだが、それでも少女は脱帽して身を正す。桃色の髪がふわりと揺れた。
「久しいな、ライトニング04……と、今は自然保護隊だったな、キャロ」
 うっかり自分まで間違えてしまい、キャロ・ル・ルシエの変わらぬ愛らしさにシグナムは懐かしさを感じた。僅かにだがキャロは背が伸びており、その身体は少しずつだが女性らしい曲線を帯びはじめている。何より魔導士としての成長が見るだけで感じ取れ、素直にシグナムは嬉しかった。
「バスでの移動になります。フリードリヒは今エリオくんが……」
「済まないな、キャロ。お前達辺境の魔導士達に、私の不始末を押し付ける形になってしまって」
「いえ、私達なら頻繁に顔も出せますし。副隊……シグナム二等空尉は中央でお忙しいですから」
「ライトニング03は……エリオは元気にしているか?」
 はい! と、元気な笑顔を見せるキャロにアギトが挨拶もそこそこに絡む。どうやら交際関係は健全かつ順調なようで、シグナムは何故か安心した自分を不思議に思った。
「フッ……パートナーか」
「あんだよシグナムー、シグナムにはあたしが居るじゃんかよー」
「そうだったな。ではキャロ、案内を頼む」
「はい、こちらへどうぞ」
 嘗ての部下に連れられて、シグナムは辺境の地へと踏み出した。嘗て己が見逃し、現在世界を脅かしているかもしれない《宿業の子》が生まれ育った土地へと。

273紫炎剣客奇憚 ACT.02 2/4:2009/08/22(土) 23:37:00 ID:XnU56Gvs
 それは時空管理局が辺境の各地に持つ、要人避難用施設の一つだった。この手の施設は特権階級が私物化して別荘になっているものがある反面、管理名簿に記載が忘れられた老巧施設も多い。
 目の前の山荘が正に後者で、それを三年前に素早く手配した主はやてに、シグナムは感服する他無い。
「わたしも時々、様子を見に来てるんです。この世界に来ること、意外と多いですから」
 そう言ってキャロがドアを開く。簡素な山荘は部屋数も少なく、すぐに台所に立つ女性が振り返った。その姿を視界に捉えるや、アギトが火の玉となって飛び込んでゆく。
「手前ぇ、4番目っ! こんなところで何やってやがる! 確か三年前脱走したって……おーし」
「ま、待ってアギトさん。これには深い訳が」
 驚き慌てて止めに入るキャロの前で、アギトの纏う空気が沸騰して炎熱化する。動じず静かにシグナムは手を伸べ、逸る相棒をむんずと右手に捕まえた。
「放せよシグナ……解った、ユニゾンだな! っしゃあ、ぶった斬ってやんぜ!」
「アギト、主はやてに許しを得て、私がこの地にかくまっているのだ」
「なるほど、シグナムがかくまっ……はぁ!?」
 どうにか炎を収めたアギトに、キャロが説明を始める。その姿越しにシグナムは、三年ぶりにクアットロと再会した。目と目が合うや、クアットロは深々と頭を下げる。
「御無沙汰しております、騎士シグナム。長年に渡る非礼をお許し下さい」
「そう畏まるな。……少し痩せたな」
 頭を上げたクアットロは、以前の刺々しさを感じさせぬ静かな笑みを僅かに浮かべた。少しどころかかなり痩せ細っており、時折苦しそうに咳き込む。
 何とかアギトを納得させたキャロが、崩れ落ちるクアットロを支えて寝室へと連れ立った。自然とシグナムも、むくれたアギトを伴い続く。
「クアットロさんは……戦闘機人としてのメンテナンスをずっと受けていないので」
 ベットに寝かしつけて、キャロが切なげに呟く。憔悴しきって衰弱したクアットロはしかし、気にした様子もなくシグナムの来訪を迎えた。その意味するところを察していた。
「あ、貴女が来たということは……最近中央で悪い、噂を聞き、ゴホゴホッ」
「流石は情報処理に特化したナンバーズ、耳が早いな」
 表情一つ変えぬものの、シグナムは胸の疼痛に奥歯を噛んだ。目の前にいるのは、嘗て自分が見逃したナンバーズ……それ以前に、病に臥せった一人の母親だった。
「ドクターのガジェットが現れた……今はまだ、当局は巧妙に事態を隠しているみたいですね」
 クアットロの言葉に、キャロとアギトは驚き互いを見合わせた。シグナムだけが黙って頷き、起き上がろうとするクアットロを手で制する。
「つまり、時空管理局は……ドクターの、生存を、疑ってる」
「率直に聞こう、クアットロ。お前の子は……ジェイル・スカリエッティだったのか?」
 クアットロは力なく、しかしはっきりと首を横に振った。
「あの子は……私の子です。ふふ、ガラにもなく懸命に育てました。僅か三年であんなに大きく」
「会わせて貰う。今、何処へ?」
 その問いに応えたのはキャロだった。
「空です、きっと……エリオくんがいつも、特訓してるんです」
 空と聞いてシグナムは、寝室の窓に目をやる。突如その時、ガラスがカタカタと揺れて空気が震えた。
 轟! と大気を沸騰させて、巨大な飛竜が上空を通過する。一目でキャロのフリードリヒだと知れたが……それを駆るエリオの後を追って、蒼穹を疾駆する小さな影があった。
「クアットロ、お前の身体のこともある。私を信用して貰えるか?」
 頷く気配を背中に感じて、シグナムは玄関へと静かに躍り出た。

274紫炎剣客奇憚 ACT.02 3/4:2009/08/22(土) 23:40:01 ID:XnU56Gvs
 吹き渡る風は強く、天空の雲脚は驚く程速い。穏やかな陽光に反して、空は荒れているとシグナムは見上げた。その晴れ渡る嵐の中、二人の魔導士が火花を散らしていた。
 片方はキャロのパートナーである竜騎士のエリオ。嘗ては部下で、珍しく戦技の手解きをした事もある少年だった。そしてもう片方が問題の……
「疾いが、軽いな」
 正式な魔導士ですらない、小さな影をエリオのアスラーダが捉えた。シグナムにはエリオの目覚しい成長が、手に取るように伝わった。同時に、相手の未熟さも。基礎がまるでできていない、ただスピードがあるだけの剣だった。
 その振るい手は空中でバランスを崩し、手放したアームドデバイスが落下してくる。それはまるで、狙い済ましたかのようにシグナムの足元に突き立った。
「よくぞ一人でここまで……やはり天才、血は争えぬか」
 大地に突き刺さるレイピアを引き抜き、軽く振ってみる。凍れる碧き刀身が僅かに撓って、剣の軌跡を霜が舞った。珍しい氷属性……それも、たった一人の子供が作ったハンドメイドのデバイス。
「カートリッジシステムは……搭載されていないな。やはり土地柄、部品も手に入らぬか」
「お怪我はありませんでしたか? ごめんなさい、それ僕のです」
 ふわりとシグナムの目の前に、一人の少女が舞い降りた。
 腰まで伸びたストレートの髪は紫色で、透ける様な白い肌とのコントラストが眩しい。整った顔立ちはあどけなさが残り、エリオやキャロと同年代に見える。しかし実年齢では、三歳に満たぬ筈……件の《宿業の子》であれば。
「……これは、お前が一人で?」
「は、はい。設計上はもっと色々盛り込める予定だったんですけど、部品が手に入らなくて」
 少女は黄昏色の瞳を輝かせた。その姿は無邪気だが、シグナムには良く知る時空犯罪者を髣髴とさせる。アンダーシャツにキュロットスカートという姿では無く、もし白衣を着ていたら……間違いなく、あの男の面影を誰もが感じ取るだろう。
「名は?」
「エリシオンです。挨拶して、エリシオン。お客様だよ」
「Buon giorno!」
「……デバイズの名ではない、お前の名だ」
「それは、ええと……困ります、あの、知らない人に名乗っちゃいけないって母様が」
 困ったように俯く少女へと、レイピアを……エリシオンを放って返すシグナム。彼女は相手が受け取るより早く、懐よりレヴァンティンを引っ張り出すや、高らかにその名をコールした。
 眩い光が紫炎となって集い、ヴォルケンリッターが一人、剣の騎士シグナムを象った。
「凄い、騎士だ……あ、あのっ」
「この方は騎士シグナム、私と貴方の命の恩人です」
 不意にシグナムの背後で扉が開いて、クアットロが現れた。ショールを羽織るその姿は弱々しいが、毅然とした瞳を眼鏡の奥に輝かせている。
「母様、ではこの方が……」
「名乗りなさい……貴方の真の名を。そして挑みなさい。貴方が目指す『真の騎士』を知るのです」
 それだけ言って咳き込み、クアットロは後から現れたキャロに支えられた。
 シグナムは警戒しつつ背後に寄り添うアギトに目配せし、降下してくるエリオにも無言で視線を放ると。静かにレヴァンティンを構えて少女へと突きつけた。
「僕は……僕はプリジオーネ。プリジオーネ・スカリエッティ」
 初夏の空に雪華が舞い、少女の纏う衣服が弾けて消え失せた。

275紫炎剣客奇憚 ACT.02 4/4:2009/08/22(土) 23:42:50 ID:XnU56Gvs
「エリシオン、バリアジャケット展開」
「Va bene!」
 冷たく光る細い刀身に、光の紋様が走る。刹那、氷の結晶が乱舞してプリジオーネの身体を覆った。それは瞬時にくびれた腰から下をスカートで包み、平坦な胸を覆ってネクタイをあしらう。翡翠色を基調とした着衣に、柑色のラインが走った。
「ふむ、素人がここまで……フッ、剣を交えれば解ること。来い、プリジオーネ」
「は、はいっ!」
 シグナムとプリジオーネが同時に地を蹴る。見守る者達の視線すら追いつけぬスピードで、瞬く間に二人は戦闘に支障のない空域へと躍り出た。
 シグナムは先ず、プリジオーネが間違いなくジェイル・スカリエッティの血筋だと断定した。三年でここまで成長し、あまつさえ辺境のド田舎でアームドデバイスを一人で組み立ててしまう……天才の再来を感じさせる神業だった。
 だが、同時に戦闘に関してはエリオが少し稽古をつけていたらしいが、稚拙の一言に尽きた。
「どうした? 来ないのなら私からゆくぞ」
 シグナムはレヴァンティンを引き気味に構えて空を裂く。空戦における基本は、相手の軌道を削ぐこと。常に先手を打ち、相手の動きをコントロールして追い詰める……プリジオーネにはまだ、その基礎が備わっていなかった。
「疾いだけではっ!」
「嘘っ、僕が追いつかれた!?」
 甲高い音を響かせて、中空で両者は斬り結んだ。プリジオーネは夢中で剣を振るい、時にみえみえのフェイントを混ぜて刺突を繰り出すが……シグナムは難なくそれを捌きながら、相手の実力を読む余裕があった。
 スピードはある。加速もトップスピードも申し分ない。しかし、その剣は余りにも軽かった。
「こ、これが騎士の剣……エリオさんには通じたのにっ!」
「自惚れるな、少年。竜騎士を相手に、それで闘えていたつもりか……甘いな」
 ――今、私は少年と言ったか?
 先程から感じる違和感に、シグナムは口をついて出た言葉を反芻した。先程から少女だと思っていたが、体格的にギリギリ……思惟を巡らせるシグナムの、その僅かな隙をプリジオーネが衝いて来た。
「届け、僕の剣っ!」
 凍気を纏った一突きがシグナムを掠める。意識を眼前の相手へと戻したシグナムはしかし、それを容易く回避するや、レヴァンティンの刃を返して峰で胴を薙いだ。
 身体をくの字に曲げて、失速したプリジオーネが落下してゆく。
 迷わずシグナムは後を追って声を張り上げた。
「何故、騎士を目指す……少年っ!」
 応えるプリジオーネが姿勢を制御し、震える切っ先をシグナムに向けてきた。そこには確かに、交戦の継続を求める意思があった。まだ、闘志があった。
「母様を助けたいから! 母様の話してくれた、大恩ある騎士に……貴女に憧れたからっ!」
「ならば見るがいい、全力で相手をしよう。――紫電一閃っ!」
 青空に鮮血が舞った。眼下に顔を覆うクアットロを、エリオやキャロを見た。
 シグナムはその日、主はやてにこう報告した……昨今世間を騒がせる『第二のジェイル・スカリエッティ』を処理した、と。

276名無しさん@魔法少女:2009/08/22(土) 23:43:59 ID:XnU56Gvs
以上、投下終了です。
お目汚し失礼いたしました。

277名無しさん@魔法少女:2009/08/22(土) 23:58:55 ID:XSJpyMA2
>>276
乙だが一つ突っ込みを 
× アスラーダ → ○ ストラーダ
うん。それじゃどこぞのモータースポーツアニメの車だw

278276:2009/08/23(日) 07:37:38 ID:MbzButF.
>>277
うわっ、やってしまいました…大失敗(汗)
何かストラーダの名前、いっつも間違えてしまいます。
エリオファンの方、すまぬ…すまぬ…

何はともあれ、ご指摘感謝!今後気をつけます。

279名無しさん@魔法少女:2009/08/23(日) 16:19:10 ID:TJJM3YzA
そこでロッソストラーダですよ

280名無しさん@魔法少女:2009/08/23(日) 16:52:59 ID:.mn3cyvU
乙!
なんかかっこいいな!
定型の話だけど面白いな!

あと一つ突っ込み。
戒を止めるじゃなくて、矛を止めると書いて武だよw

もっとも、昔は矛と盾の意だったらしいけど。

281名無しさん@魔法少女:2009/08/23(日) 19:03:21 ID:ZPiQGyAc
>>276
GJ!

282B・A:2009/08/23(日) 19:54:18 ID:pR2DO.I6
よし、日曜日に間に合った。
投下いきます。

注意事項
・sts再構成
・非エロ
・バトルあり
・オリ展開あり
・基本的に新人視点(例外あり)
・レジアスのはやて(と本局と教会)批判はまだまだ続く
・ライトニング分隊大活躍
・タイトルは「Lyrical StrikerS」

283Lyrical StrikerS 第5話①:2009/08/23(日) 19:55:28 ID:pR2DO.I6
第5話 「星と雷」



レジアス・ゲイズの一日は多忙である。
朝は送迎車の中でスケジュールを確認し、出勤するなり各部署から回ってきている山のような書類に目を通す。
定例会議では治安維持について各部署の代表者や陸士部隊の部隊長と議論を戦わせ、
必要とあらば各方面への電話や直接の訪問も怠らない。無論、自分を支援してくれている財界や政界の支援者への便宜も忘れない。
他にも陸士部隊や管理局の関連施設の視察、式典などの行事への参加、広報のための取材や会見など様々な仕事が待ち構えており、
腰を落ち着けている暇などほとんどないため、酷い時は満足に食事を取る暇もないことがある。
今日も先程まで会議に参加し、近年の検挙率上昇に関して熱弁してきたところである。
レジアスが愛娘にして副官であるオーリスから、機動六課に出動要請が入ったことを告げられたのは、
自身の執務室に戻って来てすぐのことであった。

「山岳レールウェイにガジェットだと? 何故、こちらに情報が入っていない? 
レリックがミッドに運び込まれていたことも、初耳だぞ」

「教会本部が独自に追っていたようです。同時に新型のガジェットも発見されたため、
慎重な対応を要するために報告を控えていたと」

「差し詰め、子飼いの機動六課に手柄を立てさせる魂胆なのだろう。忌々しい、聞けば六課の設立も、
聖王教会の小娘が主導で行っていたというではないか」

「カリム・グラシア少将です、中将。公式の場ではお控えください」

「わかっている」

融通の利かない愛娘の言葉に、レジアスは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる。
カリム・グラシアは次元世界で最大規模を誇る宗教組織“聖王教会”教会騎士団に所属する騎士であり、
時空管理局にも理事官として在籍している。そのため、両組織において影響力が非常に強く、
機動六課の後見人としての顔も持っている。捜査官として多少の実績はあるとはいえ、
部隊長の経験がない八神はやてが自身の部隊を持つことができたのは、彼女の働きかけが大きいと言える。
また、彼女は他に類を見ない稀少技能の持ち主でもり、レアスキル嫌いのレジアスに取っては二重の意味で気に入らない相手であった。

「教会も本局も地上を軽く見過ぎている。その癖、こちらが行動を起こせば口を出して妨害し、
挙句、当てつけのように本局指揮下の地上部隊の設立だ。我々が泥と血に塗れて地上を守護してきたというのに、
あいつらはそれを鼻で笑うかのように好き放題をしてくる。勝手に部隊を作り上げ、潤沢な予算で人員を集め、
何をするにも事後報告。腹立たしいにもほどがある。今回も八神はやてが知らせて来なければ、
このことを我らが知ったのは事件が終わった後のはずだ」

「そこまで言うのでしたら、何故、機動六課の指揮権を放棄されたのですか? 形式的とはいえ、
あれだけの戦力をある程度自由に使えるのならば、引き込んでおいて損はないと思われますが?」

「犯罪者の部隊など必要ない。それに機動六課の目的がレリックやガジェットへの対応であるのならば、
間違いなくあの男へと辿り着く。それを最高評議会が黙認しているというのなら、
恐らくは牽制の意味合いがあるのだろう。泳がせておいて問題ない」

レジアスの口から最高評議会という言葉が出ると、オーリスは僅かに眉を釣り上がらせた。
最高評議会。
それは時空管理局設立の立役者である3人の人物が立ち上げた組織であり、次元の海と陸を守護する時空管理局の最高意思決定機関である。
退役した身であるため、平時は運営方針に対して口出しなどせず成り行きを見守るに徹しているが、
必要と判断した際は本局と地上本部の両方を動かすことのできる権限を有している。
レジアスは彼らからの信任を得ており、時空管理局の未来を左右するあるプロジェクトを一任されている。
地上軽視の風潮が強い本局を相手に豪気な態度で挑めるのは、レジアス自身の手腕もさることながら、
最高評議会の後ろ盾が影響していることも大きい。

「最高評議会は、あの男を御し切れていないというのですか?」

「或いは、対外的なパフォーマンスか。何れにしろ、小娘は生贄だ。見ろ」

そう言って、レジアスは仮想ディスプレイを愛娘の前に展開する。
そこには、オーリスが事前に集めてレジアスに報告した機動六課の事細かな情報が映し出されていた。
レジアスはその中から写真入りの組織図を呼び出すと、画面全体に拡大させて自らの推論を述べる。

284Lyrical StrikerS 第5話②:2009/08/23(日) 19:56:52 ID:pR2DO.I6
「指揮官としての実績は皆無の小娘が部隊長を務め、主力である2名の分隊長は移籍ではなく本局からの貸し出し扱い。
小娘の私的戦力たる闇の書の騎士どもを除けば、後は経歴の浅い新人や縁故者ばかり。更には期間限定の実験部隊扱い、
詰まりは切り捨てようと思えばいつでも切り捨てられる仕様だ」

それはつまり、部隊が想定していた成果を上げられなかったり、取り返しのつかないミスを仕出かした際は、
部隊長である八神はやてに全ての責任を押し付けて部隊を解散させることができるということだ。
無論、多少なりとも本局の責任問題として槍玉に上がることはあるだろうが、少数精鋭の特殊部隊のテストケースであったためと
押し通すこともそう難しくはない。

「奴を牽制できればそれで良し、駄目なら部隊を解散。責任は最高でも本局が負うため、彼らに不利益な点を一切ない。
ならば、これを利用しない手はないだろう。腹立たしいが、六課に捜査協力することで情報を得るつもりだ。
最近の奴は派手に動き過ぎていて、こちらでも対処し切れぬことがある。無論、それ以外にも使い道はあるがな。
情報を得れずとも、適当な理由をこしらえて本局や教会どもを黙らせることができればそれで良い。
これだけ違法スレスレのやり方で作り上げたのだ、材料には事欠かんだろう」

「では、機動六課の査察を?」

「日程の調整を頼む。査察は、わし自ら行おう」

背後の窓の向こうに広がるクラナガンの全景を振り返り、レジアスは皮肉めいた笑みを浮かべる。
自嘲しながらも何かを期待するような笑み。
彼はここにはいない誰かに語りかけるように、誰にも聞こえない小さな声で呟いた。

「精々、足掻け。狸めが…………どこに堕ちるか見届けてやる」







空を駆けるヘリの揺れが、お尻を伝って全身に響き渡る。
操縦手を務めるヴァイス・グランセニック陸曹の運転技術によるものか、速度の割に揺れは少なく、
気分を害するようなこともない。だが、初の実戦を前にしてキャロの緊張は最高潮に達しようとしていた。
繰り返してきた訓練を思い返し、今日まで必死で覚えた4人での連携を頭の中で反芻する。
明確に生まれるイメージは勝利。
なのに、上手くやれるという自信が持てない。
完璧なシュミレーションを何度も繰り返すが、その度に不安は折り重なるように比重を増していき、
気持ちが堕ち込んでいく。魔導師に取って基本といえる、魔力生成のための呼吸のリズムも崩れつつあった。

「わぁっ、何あれ!?」

ヘリの窓から外の様子を伺っていたスバルが、視界を埋め尽くすガジェットの群れを見て驚愕する。
隊列を組んで飛翔してくるのは、最近になって存在を確認されたばかりだという飛行型のガジェットⅡ型だ。
白い雲の浮かぶ青がガジェットの灰色で染められ、Ⅰ型に占領された列車へと迫っている。
ヴァイスも必死でヘリを飛ばしているが、ここからではⅡ型の方が先に列車へと辿り着いてしまう。
そうなってしまえば、レリックの確保は非常に難しくなるだろう。
成り行きを見守っていたなのはは、通信でグリフィスやフェイトと二、三言話をすると、
決意のこもった眦を上げてヴァイスが座る操縦席へ呼びかける。

「ヴァイスくん、わたしも出るよ。フェイト隊長と2人で空を抑える」

「うっす、なのはさん。お願いします」

ヴァイスの返答は短かった。
信頼しているからこその応答。
激励も声援もそこにはなく、ただ無言の信頼だけが2人の間にはあった。
なのははヴァイスのサムズアップに無言で頷き返し、くるりと踵を返して開き始めたハッチに向き直る。
彼女の手には、普段は胸元に下げられている深紅の宝石が握られていた。

「じゃ、ちょっと出てくるけど、みんなも頑張って、ズバッとやっつけちゃおう」

「「「はい」」」

「…はい」

緊張の余り、返事が他の3人よりも遅れてしまう。
すると、外に飛び出そうとしていたなのはが向き直り、こちらを安心させるように微笑みを浮かべる。
訓練では見せたことのない穏やかな笑みに、キャロだけでなく他の者もどこか意外な表情を浮かべていた。
唯一、スバルだけが彼女の笑みに覚えがあるかのように頷いているが、それに気づいた者はいなかった。

285Lyrical StrikerS 第5話③:2009/08/23(日) 19:59:02 ID:pR2DO.I6
「キャロ、大丈夫、そんなに緊張しなくても。離れていても、通信で繋がっている。1人じゃないから、
ピンチの時は助け合えるし、キャロの魔法はみんなを守ってあげられる、優しくて強い力なんだから」

緊急の事態でありながら、なのははゆっくりと噛み締める様に言葉を紡ぐ。
こちらを安心させるために。
緊張を解き解し、ベストを尽くさせるために。

「それじゃ、いってくるね」

最後に微笑んだなのはの姿が、フッと空へと堕ちていく。
直後、眩い桃色の閃光が迸り、強い魔力の波動がヘリの壁をビリビリと揺さぶった。
窓から覗くと、バリアジャケットに身を包んだなのはが一直線にガジェットⅡ型の群れへと飛翔している。
もの凄いスピードで迫るなのはの存在に気がついたガジェットの群れは、下部に設置された2門の砲塔を迫り来る敵へと向ける。
一方のなのはは、スピードを緩めることなく突撃を続け、左手で持っていたレイジングハートをまっすぐに構えていた。
刹那、雨のような熱線の弾幕を搔い潜りながら、なのはは桃色の閃光を放つ。
編隊を組んでいた数機のガジェットは、たったそれだけで跡形もなく焼き払われていく。
一瞬の内に陣形を崩されたガジェットは、それでも目の前の障害を排除しようと散発的な攻撃を続けている。
だが、なのはは砲撃の反動を利用して既にガジェットの射程距離外まで後退しており、カートリッジの消費と共に生み出した
無数の誘導操作弾をまるで手足のように操りながらガジェットを撃墜していく。
この間、僅か数分。
たったの数分で、敵の足並みは滅茶苦茶に乱されていた。
ここに至って、ガジェット達はなのはを最大の敵と認識して襲いかかって来る。
運の悪いことに、今のなのははアクセルシューターを発動していて動くことができない。
しかも、シューターは半分以上を攻撃に使ってしまったため、このままでは迎撃が間に合わない。
万事休すかと、キャロ達4人は息を呑む。
その時、一筋のきらめきが、なのはの背後に迫っていたガジェットを一刀に両断した。

「フェイトさん!」

回転する金色の刃がガジェットを一掃し、なのはの隣に黒と白のバリアジャケットを纏ったフェイトが並び立つ。
市街にいたため、出動の遅れたフェイトが間に合ったのだ。いや、ひょっとしたらなのはは、
フェイトからの援護があることをわかっていて、動かなかったのかもしれない。

(凄い…………何て息の合ったコンビネーション)

まるで一心同体であるかのように、2人は言葉も交わさぬまま背中合わせに立ってガジェットの群れを蹴散らしていく。
なのはの砲撃がガジェットをまとめて吹き飛ばし、フェイトの斬撃が確実に鉄の塊を生みだしていく。
正に一騎当千。4人の誰もがその戦いに見惚れ、言葉を失っていた。
そして、その隙にヴァイスはヘリを加速させ、一気に暴走する列車の上部へと機体を近づけていく。

「新人ども。隊長さんたちが空を抑えてくれているおかげで、安全無事に降下ポイントに到着だ!!」

ヴァイスの言葉で我に返り、4人はバリアジャケットに身を包んだリインへと向き直る。
彼女が語った作戦は、非常にシンプルなものだった。
全てのガジェットを破壊し、レリックを安全に確保する。
レリックは列車の真ん中辺りに位置する貨物室に保管されているため、分隊ごとに分かれて
車両の前後から貨物室へと向かう。
ガジェットⅡ型はなのはとフェイトが押さえてくれているため、今ならば安全に降下できるらしい。
まずはスターズ分隊の2人が支給されたばかりのデバイスを手に、力強く空へと躍り出る。

「スターズ03、スバル・ナカジマ!」

「スターズ04、ティアナ・ランスター」

「「いきます!!」」

2人の姿がヘリから消え、なのはの時と同じように閃光が空を染める。
2年間、レスキューで働いていただけあって、2人は高所からの飛び降りにも恐怖は感じていないようだった。
胸の内にある確固たる自信。
自分は上手くやれると、2人は強く信じているのだ。
羨ましいと、キャロは思った。
土壇場に来て、自分はまだ自身が持てていない。
列車の上に飛び置いて、戦う覚悟ができていない。

「次、ライトニング! チビども、気を付けてな!」

激励の込められたヴァイスの怒声が、ヘリの中を木霊する。
半ば促されるまま、キャロはヘリの後部へと移動した。
主の不安を敏感に感じ取ったフリードが、心配そうにこちらを見つめている。
しかし、今のキャロには彼を労わる余裕すらない。
急がなければ、急いで飛び下りなければと、気持ちばかりが焦って空回りしている。
その時だ。
傍らに立つ少年の言葉が、ほんの少しだけ恐怖を振り払ってくれたのは。

286Lyrical StrikerS 第5話④:2009/08/23(日) 20:01:56 ID:pR2DO.I6
「一緒に降りようか?」

ただ静かに、エリオは微笑みながら右手を差し出す。
言葉は短かったが、そこには強い思いが込められている気がした。
大丈夫だから。
何かあっても、僕が守るから。
フェイトのように抱きしめてくれたわけではない。
なのはのように、励ましてくれたわけでもない。
ただ実直に、無言で労わるだけ。けれど、他の人にはない無条件の信頼がそこにあった。
一緒にいられる、側にいてくれる。
自分が孤独ではないという実感。
自分は今、この世界で祝福されている。

「うん」

握り締めた手は暖かく、安堵が胸中に染み渡る。
今なら飛べると、キャロは強く思った。

「ライトニング03、エリオ・モンディアル」

「ライトニング04、キャロ・ル・ルシエとフリードリヒ」

「きゃふぅ」

「「いきます」」

飛び降りた。
力強く、はっきりと。
手はしっかりと繋いだまま。
繋がった場所から、勇気が伝わってくる。
澄み渡った心は、自分の体を一個の機械へと組み替えていく。
魔法という超常の力を振るうための、神秘の回路。
戦いの始まりが、高々に告げられる。

「セットアップ!」

そして、4人の魔法使いは戦場へと降り立った。







着地の衝撃を膝で吸収し、スバルは戒めを解くかのように姿勢を正す。
顔を上げると、列車の反対側にエリオとキャロが着地したのが見えた。
初めてのバリアジャケットの生成は、うまくいったようだ。
今まで使ってきた着脱式の簡易ジャケットとは違う、全身に薄い重りを巻きつ付けたかのような感覚。
重さは感じなかったが、一呼吸する間に魔力が消費されていき、負荷がリンカーコアを蝕んだ。
少し辛いが、きちんと魔力を錬れば問題ない。緊急時でも、呼吸のリズムは崩すなという戒めには丁度良い。
新しい相棒となるマッハキャリバーも、履き心地は自作したローラー以上だ。

「あれ、このジャケットって?」

ふと目に飛び込んだ自身のバリアジャケットの意匠に、スバルは目を丸くする。
青の色彩が施された白いジャケット。少し盛り上がったような肩のシルエットは、
今も空で戦っているなのはのバリアジャケットと非常によく似ている。

「デザインと性能は、各分隊の隊長さんのを参考にしているですよ。ちょっと癖はありますが、高性能です」

管制のために降りてきたリインが、茶目っ気を含んだ笑みを浮かべる。
なのはと同じデザインの防護服を着ているということが、スバルを強く感動させた。
防護服を通じて、憧れの人の力強さが伝わってくる。
彼女と一緒に戦っているのだという確かな実感が込み上げてくる。
彼女は空、自分は地上。
戦うフィールドは違うけれど、同じ場所で戦っている。

287Lyrical StrikerS 第5話⑤:2009/08/23(日) 20:02:45 ID:pR2DO.I6
「スバル、感激は後」

ティアナの言葉で、スバルは我に返る。
直後、車両の天井を不自然に盛り上がり、数本の光が金属の屋根を突き破る。
内部のガジェットが、こちらの存在を感知したようだ。
浮かれていた気持ちが一瞬の内に引き締まり、思考が光よりも早く疾走する。
まるでスイッチが入ったかのように精神が昂ぶり、2人は弾かれるように戦闘態勢を取った。
リンカーコアが活性化するままに、スバルが拳を作り、ティアナがクロスミラージュを構える。

《Drive ignition》

厳かに発せられたデバイスの音声が合図となった。
立て続けに放たれるティアナの魔力弾が、車体に取りついていたガジェットを葬り去る。
今までは生成に時間を要した対AMF弾も、新デバイスの補助によって連射が可能なほど素早く作り出すことができる。
それどころか、有り余る破壊力はガジェットの装甲を貫通しても尚止まらず、遙か後方の車両の天井にぶつかるまで消滅しなかった。
今までに使っていたアンカーガンとは段違いの性能に、ティアナは驚愕の表情を浮かべる。
だが、彼女はすぐに冷静さを取り戻すと、こちらが突入しやすいように弾幕を張ってガジェットを牽制する。
その隙にスバルは、いつものようにローラーのギアを最大にまで叩き上げ、視界の端に流れ弾を映しながら熱線によって開いた穴に飛び降りる。
雄叫びと共に右腕のリボルバーナックルが軋みを上げ、視界が眼下のガジェットを捉えた。
迎撃のために列車の制御を奪っていたケーブルを引き抜くが、スバルの拳は赤い鞭が振るわれるよりも早く、
ガジェットの固い装甲を粉砕する。
濛々と上がる黒煙の向こうから、空気が動く気配を感じ取る。
即座に後退しながら反転し、背後にいたガジェットの攻撃を回避、自身が破壊したガジェットの残骸を
力任せに投げつけてもう1機を破壊する。
視界に映るガジェットは残り3機。
やたら滅多に乱射させる熱線を搔い潜りながら、スバルはマルチタスクで次の一手を組み立てる。
その瞬間、こちらの意図を汲み取ったマッハキャリバーが、自身に登録されていた魔法を自動で詠唱する。

《Absorb Grip》

(えっ?)

戸惑いながらも、スバルは強化されたローラーのグリップを駆使して壁を疾走し、
ナックルスピナーに魔力を凝縮していく。
いつものように、相手を牽制するための射撃魔法。
だが、撃ち出されたのはこちらの想像を遙かに超えた破壊の嵐であった。
懐に潜り込むまで、相手の攻撃を防げればいい。そう思って放った風の弾丸は凄まじい風圧を巻き起こし、
車内のガジェットのみならず魔法を放った自分をも巻き込んで、列車の天井を破壊したのである。

「ううっ、わあぁぁぁぁぁっ!?」

何の前触れもなく空中に体が投げ出され、スバルの思考が乱れる。
列車はまだ暴走しており、左右は断崖絶壁。急いで足場を作らなければ地面に叩きつけられてしまう。
しかし、焦りで構成がまとまらず、慣れ親しんだはずの魔法をうまく詠唱できない。
すると、またしてもマッハキャリバーが自動詠唱を行い、見慣れた蒼いレールが生みだされる。
スバルは無我夢中でマッハキャリバーが造り上げたウィングロードを駆け抜けると、自分が放り出されたのとは別の車両に飛び降りた。
勢い余って倒れ込むと思ったが、マッハキャリバーは着地の慣性も見事に相殺してくれる。
こちらの予想を遙かに上回る出力と高性能AIによる魔法の自動詠唱、そして何より、自分と姉にしか使えないはずのウィングロードを
マッハキャリバーが詠唱したことに対し、スバルは驚愕を禁じ得なかった。

「マッハキャリバー、お前って、もしかしてかなり凄い? 加速とかグリップコントロールとか? 
それにウィングロードまで……………」

《私はあなたをより強く、より速く走らせるために造り出されましたから》

スバルの驚嘆に、マッハキャリバーは淡々と答える。
レイジングハートのような温かみとは違う、どこか無機質で冷たい合成音。
それだけが自分の役目だと言わんばかりの、身も蓋もない返答。
道具としてのアイデンティティは、正にデバイスの鑑なのだろう。
けれど、今の自分達の関係は主従のそれだ。
主である魔導師を補佐し、守るために力を振るう。
それは決して間違いではないけれど、自分の求めるものとは少し違っていた。
あの2人のように、深い部分で繋がった関係。
頼れる相棒であり、気の置けない友人であり、かけがえのない家族。
ただの主従で終わらせる気など、スバルにはなかった。

288Lyrical StrikerS 第5話⑥:2009/08/23(日) 20:03:18 ID:pR2DO.I6
《Master?》

「ああ、ごめん……………ありがとう。けど、ちょっと言い換えよう。マッハキャリバーには、AIとはいえ心があるんでしょう?」

リボルバーシュートの余波で破壊された車両を見ながら、スバルはどこか感慨深げに呟く。
これは自分1人の力でやったことでも、マッハキャリバーがやったことでもない。
自分とこの娘、2人で振るった力なのだ。
今はまだ危なっかしくて、うまく扱えないけれど。
いつか、この力をきちんと使えるようになりたい。
いや、なるんだ。

「お前はね、あたしと一緒に走るために、生まれてきたんだよ」

《同じ意味に感じます》

「違うんだよ、色々と」

いつか、空で戦うあの人のように。
彼女と戦うあのデバイスのように。
エースと呼ばれるあの2人のように。
想いをまっすぐに貫くことのできる魔法使いになるんだ。

《考えておきます》

「うん」

微笑みを返し、思考を切り替える。
なのはとフェイトが空を抑えてくれていることで、Ⅱ型の増援はない。
運転席を占拠していたガジェットもティアナが全て破壊しており、エリオとキャロも順調に貨物車両へ向かっている。
列車の中にはまだ多くのガジェットが残っているようだが、この調子ならば問題なく任務を完了できそうだ。

『スバル、車両の停止は私が引き受けるです。ティアナと合流して、レリックの確保を!』

「了解」

リインからの指示に従い、再びガジェットの待つ車内へと飛び降りる。
待ち構えていたかのような手厚い歓迎は、鋼の拳で以て返礼するつもりだ。

「いくよ、マッハキャリバー!」

《All right, my master》

頼もしい返事が、スバルに勇気を与えてくれる。
新型のガジェットが出現したと報告が入ったのは、その直後であった。







巨大なアームが振りかぶられ、エリオとキャロは弾かれるように床を蹴る。
2人が対峙しているのは、Ⅱ型と同じく発見されたばかりの大型ガジェット“Ⅲ型”だ。
目的地である貨物車両を前にして現われたこの新型は、その巨体とパワーを遺憾なく発揮してエリオとキャロを追い詰めていく。
エリオの斬撃もフリードの火球も通用せず、伸縮自在のアームが振るわれる度にキャロを庇うエリオの体に傷が増えていった。

「三士! フリード、ブラストフレア!」

無駄とわかりつつも、ブーストを施した火球をガジェットへと放つ。
だが、Ⅰ型をいとも容易く融解させた竜のブレスをⅢ型はアームの一閃で薙ぎ払い、
弾かれた火球が背後の崖にぶつかって轟音が轟く。
エリオも果敢に斬りかかるが、Ⅲ型の装甲は電流への耐性も強化されているようで、機能障害どころか
表面に傷一つ付けることができなかった。

289Lyrical StrikerS 第5話⑦:2009/08/23(日) 20:04:26 ID:pR2DO.I6
(攻撃が利かない……………今のままじゃ、今の力じゃ……………勝てない…………)

AMFの濃度が増していき、徐々に体への負担も大きくなってくる。
慌ててキャロは後退すると、ガジェットを抑え込んでいるエリオを援護しようと詠唱を始める。
だが、今の自分達の力で強力なAMFを誇るⅢ型を破壊できるであろうか?
エリオにしろフリードにしろ、生半可なブーストではあの装甲は破れないだろう。
攻撃手段を使役竜に依存している自分など以ての外だ。

(フリードなら…………竜魂召喚なら……………)

自身が保有する奥の手の1つ、竜魂召喚。
それは飛竜フリードリヒに施されているリミッターを解除し、真の力を引き出す魔法である。
しかし、真の力を取り戻したフリードの精神は非常に不安定であり、制御に失敗すれば周囲を見境なく攻撃する暴走状態に陥ってしまう。
そもそも、キャロはその強すぎる力故に故郷を追い出されたという過去を持っている。
彼女の故郷は第6管理世界アルザス地方。彼女の性である“ル・ルシエ”は一族の名であり、
使い手の少ない召喚魔法を伝える部族であった。
一族はみんな家族であり、誰もが何らかの形で召喚魔法に関わる集落。
召喚魔法を学ぶ者、召喚獣を育てる者、召喚魔法を理論化し残そうとする者、召喚師を育てる者。
その中でもキャロは、一際異質な存在であった。
彼女は生まれながらに“竜使役”の技能を有し、竜と心を通わせる能力を持っていた。
それ自体は決して珍しいことではない。キャロの才覚は些か突出していたが、
ル・ルシエは竜の使役を最も得意としていたため、才能溢れる彼女の誕生を大いに祝福していた。
彼女が真に異質であったのは、言い伝えに名を残すアルザスの巫女と同じ加護を受けていたからであった。
アルザスの森に生息する真竜クラスの稀少古代種。
黒き火竜と呼ばれる竜と、キャロは心を通わせることができたのである。
ル・ルシエ一族はその竜を神として称え、畏敬の念を抱いていた。
もしもアルザスの巫女が有り触れた存在ならば、キャロが故郷を追い出されることはなかったかもしれない。
だが、不運にもアルザスの巫女は言い伝えや昔話に登場すだけの存在であり、最年長である長老ですら実物を見たことがなかった。
それ故にキャロは伝説の復活と一族から褒め称えられ、そしてその強過ぎる力を恐れられた。
彼女が窮地に陥れば、火竜が全てを灰塵と化した。
森で大型動物に襲われた時、暗い洞窟で迷子になった時、鳴り響く雷鳴に恐怖を駆り立てられた時、
火竜は巫女を危機から守ろうと次元の壁すら引き裂き、周囲を火の海へと変えていった。

『僅か6歳にして白銀の飛竜を従え、黒き火竜の加護を受けた。お前は真に素晴らしき竜召喚師だ』

『じゃが、強過ぎる力は災いと争いしか呼ばん』

『すまんな、お前をこれ以上、この里に置く訳にはいかんのじゃ』

故郷を追われた夜のことは、今でもハッキリと覚えている。
里で一番の賢者である長老が見せた悲しい表情。
怯えているようにも悔やんでいるようにも見えた長老の眼差しが、今でも忘れられない。
見送ってくれる者は誰もいない。
引き留めてくれる者もいない。
魔法を教えてくれた両親すら、満足に口も利いてくれなかった。
災いを呼び寄せる呪われた竜召喚師。
フリードと共に世界を旅して周りながら、いつしかキャロは自分をそう思うようになった。
無論、竜召喚の力を人々のために役立てようと思ったことは何度かあった。
だが、その度にキャロはフリードの制御に失敗し、惨劇を目の当たりにしてきた。
燃え盛る劫火、砕かれる大地、鳴り響く悲鳴と絶望の怨嗟。
自らの怯えを敏感に感じ取ったフリードはこちらの命令すら無視して暴れ回り、この世に地獄を作り出すのだ。
その中心にいるのは、恐怖で震えているだけの自分。
フリードはどんなに破壊の限りを尽くそうと、主である自分だけは傷つけようとしない。
ただ守るために振るわれる暴力。それを延々と見せつけられるだけの弱い自分。
管理局に保護されてからもそれは変わらず、フェイトに引き取られるまでは心を凍てつかせた日々を送っていた。
だから、自分を受け入れてくれている機動六課を、今もこうして自分を守ろうとしてくれているエリオを傷つけてしまうかもしれないことが怖い。
また全てを破壊してしまうのではないのかという恐怖が、彼女の心を竦ませる。
その躊躇がガジェットに好機を与え、重圧として圧し掛かっていたAMFが糊のように四肢に纏わりついてくる。
同時に、足下に展開していた魔法陣も消えていった。AMFの濃度が更に増したのだ。

290Lyrical StrikerS 第5話⑧:2009/08/23(日) 20:05:03 ID:pR2DO.I6
「こんな遠くまで?」

「うわああぁぁぁぁぁあっ!!」

「三士!?」

魔法による肉体強化が消えたことで、力負けしたエリオの体が車体に叩きつけられる。
耳にこびり付くような苦悶の声。
騎士甲冑のおかげで致命傷は防げたようだが、かなりのダメージを負っているのは明らかだ。
助けなければと飛び出すが、思うように体が動いてくれない。
みんなを傷つけてしまうかもしれないという恐怖が彼女を縛っているのだ。
そして、戦場で震え上がる戦士は敵にとって格好の獲物であった。

「下がって!」

エリオが突き出した槍が、キャロ目がけて振り下ろされたアームをギリギリのところで防ぐ。

「大丈夫、任せて」

自分を押し潰そうとするアームを何とか受け流し、エリオは自らを囮にするかのように跳躍する。
すかさず、ガジェットは剃刀のような熱線で焼き殺そうとするが、エリオは紙一重でそれを回避して背後に着地、
そのまま攻撃せんとストラーダを振りかぶる。だが、ガジェットはその見た目よりも遙かに素早い動きで反転すると、
しなりの利いたアームでエリオを壁に叩きつける。
一瞬、エリオの纏っていた騎士甲冑が明滅する。
ダメージが大きくて呼吸ができず、魔力の生成が間に合っていないのだ。

『エリオ!?』

ケリュケイオンから、フェイトの悲鳴が聞こえる。
通信のために繋ぎっぱなしにしていたオープン回線で呼びかけているようだ。

「フェイトさん、三士が、モンディアルさんが!」

『待っていて、すぐに………くっ、このぉっ!!』

空の彼方で爆音が轟く。
金色の閃光の異名を持つ彼女でも、リミッターをかけられた状態ではガジェットⅡ型の群れを振り切るのは難しいらしい。
かと言って、なのはの砲撃ではレリックを巻き込む恐れがあるし、リインやスバル達も自分のことで手一杯のはず。
今、動けるのは自分だけだ。
自分の竜召喚だけが、エリオを救うことができる。
なのに、勇気が持てない。
ここへ飛び降りる時にあった力強さが、自分の中のどこを探しても見つからない。
手を繋いでいないから。
一人ぼっちだから、勇気が持てない。

「ううわぁぁぁぁぁぁぁっ!!! くはっ…………」

「っ!?」

アームに巻き上げられたエリオの体が動かなくなる。
抗う力を失った少年騎士は、子どもに飽きられた玩具のように投げ飛ばされ、崖下へと堕ちていく。
騎士甲冑があるとはいえ、この高さでは無事では済まない。
落下のダメージを防ぐことはできても、地面に叩きつけられた衝撃までは消せないからだ。
このままでは、間違いなくエリオは死ぬ。
小さな体がトマトみたいに潰れて、あの優しい笑みを二度と浮かべなくなる。

(モンディアル………三士…………)

キャロの脳裏に、ここ1ヶ月の間のエリオとの思い出が蘇る。
ターミナルでの出会い。
ベンチで交わした会話。
初めての模擬戦。
スピードだけが取り柄だと言った時の笑顔。
転んだ自分を労わってくれた優しさ。
嫌いなニンジンを、無言で食べてくれた不器用さ。
出動の前に分け与えてくれた勇気と、共に空を飛んだ時の安心感。

『キャロは、どこへ行って、何をしたい?』

フェイトに引き取られた時の問いかけが、脳裏を掠める。
いつだっていてはいけない場所がいて、してはいけないことがあった自分。
災厄を呼ぶだけだった竜召喚師としての自分。
けれど、そんな自分でも守れるものがあるのなら。
呪われた力でも、救える命があるのなら。
我が身の不幸を呪わず、胸を張って生きていける場所があるのなら。
いつかの問いかけに答えても良いのなら、自分はここにいたい。
機動六課で、大切な家族や友達と一緒に笑っていたい。

291Lyrical StrikerS 第5話⑨:2009/08/23(日) 20:05:38 ID:pR2DO.I6
「エリオくん………………エリオくーん!」

自分でも、どうしてそんな行動に出れたのか不思議でならなかった。
気がつくとキャロは、列車から飛び降りて落下していくエリオの後を追いかけていたのだ。
空を飛べぬ陸戦魔導師にとっては自殺行為としか言いようのない暴挙。
しかし、無我夢中のキャロはそこまで冷静な考えが及ばなかった。
ただ、このままエリオを一人ぼっちにしてはいけないという思いと、あの手の温もりをもう一度繋ぎたいという思いが、
彼女の内側から失敗に対する恐れを消し去っていた。そして、結果論ではあるがガジェットから距離が空いたことで、
魔法を無効化するAMFの効果範囲から逃れることができた。
それは、キャロがフルパフォーマンスの魔法が使えることを意味していた。

(守りたい。優しい人、わたしに笑いかけてくれる人達を、自分の力で……………守りたい!)

《Drive ignition》

ケリュケイオンがシステムの起動を告げ、キャロの体から膨大な魔力が迸る。
2人を包み込んだ桃色の魔力は球体のような形へと変化し、重力という鎖を引き千切って局地的な無重力空間を生み出した。
その中心に座するキャロは、抱きしめた少年の体を優しく労わると、傍らに降り立った自らの使役竜に目を向けた。

「フリード、不自由な思いさせててごめん。わたし、ちゃんと制御するから…………いくよ!」

腕の中で目を覚ましたエリオが、自身の置かれた状況に唖然とした表情を浮かべる。
厳かに紡がれる詠唱。
それは、フリードに秘められた真の力を解放する祝詞だ。

「蒼穹を走る白き閃光、我が翼となり天を駆けよ。来よ、我が竜フリードリヒ、竜魂召喚!」

魔力の渦が一際膨れ上がり、卵の殻が破れる様に1匹の巨大な竜が顕現する。
全長10メートルほどの赤き瞳の白竜。それこそ、白銀の飛竜と呼ばれたフリードの真の姿であった。







大気を震わせる魔力の波は、気を失っていたエリオの意識を覚醒させるほど凄まじいものであった。
信じられないことに、その中心点にいるのは自分を抱きしめている小さな少女なのだ。
戦うことに怯え、震えあがっていた少女。
どこか抜けていて、転んでばかりいる妹みたいな女の子。
実際に彼女が巨大化したフリードを使役している姿を垣間見ても、夢を見ているのではないのかと錯覚してしまう。
それほどまでに、目の前の出来事は現実離れしていた。

「フリード、ブラストレイ! ファイア!」

キャロの号令で、フリードの口から今までと比較にならないほどの強烈な炎が吐き出される。
空間ごと燃やし尽くさんと迫る飛竜のブレス。その破壊力たるや、平均的なAAランク魔導師の砲撃にも匹敵するだろう。
膨大な熱量は安全圏にいるはずのこちらにまで及んでおり、玉のような汗が額を伝う。
だが、炎の向こうから現れたガジェットは腕やケーブルが焼き切れてはいるが、健在であった。
Ⅰ型よりも強固な装甲と、丸い形状が幸いして攻撃を耐え抜いたようだ。

(何とか内部に電気を流せれば……………)

AMFは自然現象まで無効化できない。
エリオの持つ魔力変換資質「電気」はガジェットにとって正に天敵と呼べる能力ではあるが、
未熟なエリオでは直接相手に触れなければ電気を流し込むことができない。
AMFの効果範囲内にいては電気魔法も使えないため、今のエリオには打つ手がなかった。
だが、震えを必死で堪えながらフリードを使役するキャロを見て、弱気な考えを改める。
自分が何とかしなければならない。
キャロは恐怖と戦いながら、自分を危機から救ってくれた。
今度は、自分がキャロを守る番だ。

292Lyrical StrikerS 第5話⑩:2009/08/23(日) 20:06:12 ID:pR2DO.I6
「砲撃がダメなら物理攻撃だ。今度は僕とストラーダがやる」

「うん」

フリードの上に立ち上がり、ストラーダを両手で構える。
呼吸を整え、リンカーコアを静かに活性化させる。
背中に感じる温もりは、キャロが側にいることの安心感だ。
彼女からの支援が、今は何よりも心強い。

「我が乞うは、疾風の翼。若き槍騎士に、駆け抜ける力を」

《Enchanted Field Invalid》

「我が乞うは、清銀の剣。若き槍騎士の刃に、祝福の光を」

《Boost Up. Strike Power》

「いくよ、エリオくん!」

「了解、キャロ!」

力強くフリードの背を蹴り、列車の中から姿を現したガジェットⅢ型に向かって飛び降りる。

「ツインブースト、スラッシュ&ストライク!」

《Empfang》

一拍遅れてキャロの補助魔法がストラーダに吸い込まれ、金色の魔力刃が桃色へと染まる。
訓練の時と同じく、自分の中で膨れ上がる強い力のうねりにエリオは顔を歪ませながらも、
襲いかかるガジェットのアームとケーブル目がけて振り上げたストラーダを一閃する。
フリードの火炎から逃れた触手達はその一撃で細切れに千切れ飛び、爆発しながら崖下へと落ちていく。
丸裸となったガジェットの盾となるものは、もう何もない。
だが、AMFの効果圏内に入ったことで魔力結合が急速に失われていき、
ストラーダの先端の魔力刃も儚く明滅する。キャロにフィールド魔法を無効化するブーストを施してもらっているため、
今は辛うじて形作っているが、そう長くは保ちそうにない。

「一気に勝負をかけっ…………えぇっ!?」

ストラーダを振りかぶった瞬間、ガジェットの巨体が迫っていたことに気づいて大きく後退する。
攻撃手段を失ったガジェットは、あろうことかその巨大な胴体でエリオを押し潰そうとしているのだ。
エリオが必殺の一撃を放つためにはどうしても助走をつける間合いが必要なため、エリオは後退することを余儀なくされる。
そして、そうしている間にもキャロの補助魔法は加速度的に効果を失っている。
キャロが新たにブーストを施そうとするが、AMFが邪魔をしてストラーダに届く前にかき消されてしまうので、
後数十秒もすれば完全に魔法が消えてしまう状態にまで追い詰められていた。。

「エリオくん!」

「大丈夫、ヒントは君がくれた!」

不敵な笑みを浮かべ、エリオは槍投げの要領でストラーダを真上に放つ。
そして、自身はガジェットを踏み台にして跳躍し、AMFの効果圏内から飛び出たストラーダに手を伸ばした。

「キャロ!」

「エリオくん!」

再びブーストを施されたストラーダが、エリオの手の中に戻ってくる。
重力にストラーダの重みが加わり、落下の勢いが増す。
すかさずエリオは2発のカートリッジをロードし、魔力噴射を噴かせながら眼下のガジェットへと向き直った。

《Explosion》

「一閃、必中ッ!」

稲妻と化したエリオの一撃が、ガジェットの巨体に迫る。
その一撃は一直線。ほんの少しだけ前後に移動すれば、回避することは造作もない。
しかし、ガジェットは動くことができなかった。ボールのような球体の体が、金色の糸によって列車に縛りつけられていたからだ。

293Lyrical StrikerS 第5話⑪:2009/08/23(日) 20:12:22 ID:pR2DO.I6
「ライトニングバインド…………エリオ、とどめを!」

「うううおおおおおぉぉぉぉぉぉっ! ぶちぬけぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

一際輝きを増した魔力刃が、ガジェットの装甲を貫く。
刀身から放たれた電撃は、フェイトが施したライトニングバインドの副次効果によって威力を強化されており、
キャロのブーストと合間って凄まじい威力の斬撃を生み出していた。
エリオはその有り余る破壊力に導かれるように反転し、両断されたガジェットを真一文字に薙ぐ。
十字に切り捨てられたガジェットはそのまま機能を停止させて大爆発を起こし、エリオの矮躯が黒煙に飲み込まれる。
黒煙が晴れた時、手にしたストラーダは本来の蒼い槍へと戻っていた。

「やった、エリオくん!」

「エリオ、よくやったね」

いつの間にか戦闘が終わっていたのか、フェイトが列車の上へと降りてくる。
リインも列車のコントロールを取り戻せたようで、暴走していた列車は徐々に減速を始めていた。

「キャロもちゃんとフリードを制御できたんだね。2人とも偉いよ、本当によく頑張った
後でご褒美、あげないとね」

「えっと、フェイトさん…………その…………」

手放しで褒め称えるフェイトに照れ臭さを感じ、エリオを頬を赤く染めて視線を逸らす。
すると、回収対象であるケースを抱えたスバルとティアナがヘリへと機関する姿が目に入った。

(レリックはスバルさん達が回収したのか。ガジェット1機に手こずるなんて、僕達もまだまだだな。
けど、キャロが無事で良かった………………あれ?)

自分が今まで、ごく自然にキャロのことを名前で呼んでいたことに首を傾げる。
そういえば、キャロも自分のことを名前で呼んでいた。
いつの間に自分達は、互いを名前で呼び合うようになったのだろうか?
エリオはしばし首を捻った後、誰にも気づかれないように笑みを浮かべて考えるのを止める。

(まあ、良いか。家族なんだし、こっちの方が)

ちょっとだけ、自分達の距離が縮まった気がする。
多分、これが家族としての最初の一歩だったのだろう。
そんな風に、エリオは思っていた。







どことも知れぬ闇の中で、機動六課の戦いを観察していた者がいた。
その男はヨレヨレの白衣を纏った研究者風の人物で、眼前の巨大ディスプレイを見つめる瞳は狂気に彩られた金色だ。
ギラギラと熱のこもったその瞳に覗かれた者は、誰もが彼の正気を疑うだろう。
夜行性の動物を思わせるその風貌が端正なだけに、瞳に宿る狂気がより異様な気配を醸し出している。

『刻印ナンバーⅨ。護送体勢に入りました』

「ふぅむ」

『追撃戦力を送りますか?』

「やめておこう。レリックは惜しいが彼女達のデータが取れただけでも十分さ」

顔を向けることなく通信の向こうにいる女性に言い、男は映し出される映像を興味深げに見聞する。
機動六課。
手元の資料では本局の特殊部隊としか記載されていないが、その戦力は予想以上に大きなもののようだ。
しかも、ほとんどのメンバーが何らかの稀少技能を有しており、若い隊員の潜在能力も高い。
どれもが弄りがいのある素晴らしいサンプル達ばかりだ。

294Lyrical StrikerS 第5話⑫:2009/08/23(日) 20:12:52 ID:pR2DO.I6
「この案件はやはり素晴らしい。エース・オブ・エース、タイプゼロ、竜召喚師。
初の管理局製融合デバイスがいるということは、あの闇の書の主とヴォルケンリッターもいるはずだ。
みんな、私の研究にとって興味深い素材だよ。データがないこの娘が少し気になるが、まあ人数合わせのための凡人だろう。
非凡なものは持っているようだが、サンプルとしては役不足だな。良いさ、こんな馬の骨の存在など気にならないくらい、
稀少な存在がそこにいるのだから」

画面が切り替わり、金色の髪の魔導師と赤い髪の少年騎士が映し出される。
ガジェットを相手に奮戦する2人の映像を前にして、男は唇の端を吊り上げる。
三日月のように裂けた笑みは、まさに悪魔の微笑であった。

「この子達を、生きて動いているプロジェクトFの残滓を手に入れるチャンスがあるのだから」

薄暗い闇の中で、男の笑い声が木霊する。
一しきり笑った後、男は思い出したように通信の女に向けて問いかけた。

「そういえば、ルーテシアはどうしているかな? レリックがあったのなら、あの娘も動いているはずだ」

『いるよ』

最初からやり取りを聞いていたと言わんばかりに、紫紺の髪の少女が回線を割り込ませる。

「やあ、可愛いルーテシア。今回は残念だったね」

『あれは11番のレリックじゃないから、気にしてないよ』

「そうだったね。けれど、覚えておくと良い。君が間に合わなかったためにレリックを奪われてしまった。
これが意味することがなんなのか、賢い君にならわかるだろう?」

『私が戦わなきゃ、11番のレリックもあいつらに取られちゃうの?』

「君の頑張り次第だろうね。けど、あのピンクの女の子は君と同じ召喚師、色々と気を付けねばならないんじゃないかな?」

『大丈夫、私にはガリューがいる。だから…………あんな幸せそうな奴らに、負けたりしない』

無感情ながらもどこか迫力こもった呟きを最後に、少女からの通信が切れる。
面白いことになってきたと、男はほくそ笑んだ。
機動六課、レリック、ガジェット、そして自分達。
これは本当に、面白い祭りになりそうだ。






                                                              to be continued

295B・A:2009/08/23(日) 20:13:26 ID:pR2DO.I6
以上です。
タイトルは「星と雷」。けど、実質ライトニングが主役。
追放されるくらいだから、ヴォルちゃんはきっと手が付けられなかったんじゃないかなと。
如何にも生き字引ですって感じの長老が自分のところの巫女を追放なんて決断するくらいだから。
ちなみに、これを書くために5話を見返してキャロの回想で泣いちゃったのはここだけの秘密だ。

296名無しさん@魔法少女:2009/08/24(月) 17:57:19 ID:Q27xho7U
投下乙、次回も待ってます。

297名無しさん@魔法少女:2009/08/24(月) 21:17:31 ID:DEC4lrCI
乙です。
期待してまっせ

298シロクジラ ◆9mRPC.YYWA:2009/08/24(月) 21:28:04 ID:qghMEkD6
>>295
これは……エリキャロなのかエリルーなのかが気になるところです。
そしてドクターのティアナ評ひでぇw
陰謀渦巻いてますが、ゼストさんとかどういう立ち位置なのやら……と今後が気になります。
GJでしたー


さて、だいぶご無沙汰ですが、シリアス鬱長編「嘆きの中で」7話、いきます。

作品概要というかあらすじ
一部のメンバーを除いて死屍累々の機動六課。
STSバッドエンドからの分岐、IFアフターストーリー。
新暦79年、STSから四年後の時空です。

・生存者の相違点
スバル・ナカジマ=主人公で執務官。
ゼスト・グランガイツ=ルーテシア父。存命し捜査に協力。
エリオ・モンディアル=スカリエッティ側につく。家族の復活が望み。
高町なのは=海鳴市の数少ない生き残り。

スカリエッティ側
ナンバーズが一部裏切り、死者も出ている。
スカリエッティは逃げのびており、陰謀中。

NGは「嘆きの中で」かトリで。

299嘆きの中で ◆9mRPC.YYWA:2009/08/24(月) 21:29:18 ID:qghMEkD6
嘆きの中で 第7話


――嘆こうと思えば、何時でも出来た。
だが私達は既にそれすら許されないのだ。
殺し続けた記憶……新暦75年……四年前の地球で、私と妹達は殺戮を行った。
悲鳴を上げる人々がいた。家族を護るために剣を手にした者達がいた。
主を逃すために、捨て身で挑んできた人形があった。
娘の名を叫び続ける親が存在した。
そのすべてが――犠牲者だった。
いいや、虐殺される肉塊だった。

「……ノーヴェ。ドクター……いいや、スカリエッティに従うな。もうすべて終わったんだ……!」

「……あのさ、チンク姉。何言ってるんだよ貴方は――」

四年前がすべてを変えた。

私も、妹達も、なにもかも――変わってしまったのだ。
無垢なる者など記憶の中にしかない。誰もが手を穢し、血の臭いに溺れた。
目の前の妹――ノーヴェは、漆黒のプロテクターを泥で汚して、ギチギチと歯を鳴らした。
金色の瞳から零れる涙を拭おうともせず、呟いた。

「――たっくさんぶっ殺したじゃんか。タカマチの家族はバラバラに吹っ飛んで、ウミナリとか言う街は火の海。
ディエチとオットーはよく働いたよな……留守番してたあたしだって、データ共有で“何を殺したか”ぐらいはわかるっ!」

海鳴市殲滅戦――広域殺戮兵器ガジェットドローンⅤ型の初めて投入された作戦。
管理外世界への大儀なき武力行使、否、虐殺だった。
一般市民、無関係な管理外世界へ向けた攻撃。
火の海で死んでいく人々と、笑い転げる創造主……ジェイル・スカリエッティ。
自らが作りだした地獄の風景を見て、私は決めたのだ。
あの男からの離反を。

「……消せない罪だ。だが決めた、せめてお前達を止めてから死ぬと」

ノーヴェの顔に浮かぶものは悲哀、憎悪、歓喜。
唇から紡がれるのは、引き返せないという決意。

「遅いんだよ……何もかもっ! 今更戻れるかよっ!」

構えられるガンナックル――生成された粒子弾頭、二百七十発が射出されるも、私の身体はそのすべてを予測演算していた。
すべては想定したとおりだ。そう、ノーヴェの引き返せないという嘆きすらも、戦闘機人チンクにはわかっていたから。
体内のリンカーコアを活性化させると、私は防護コートの重力素子によって跳んだ。
跳躍――手の中に出現する投擲ナイフ=六本の電磁加速――レールガン。
ノーヴェの展開した積層シールドに深々と食い込んだそれら。

「そうか。ならば」

ISの発動――金属を爆発物とする異能の発現。

「せめて一撃で逝け」

銀色の閃光。

その中でノーヴェは、幽かに笑っていた。

300嘆きの中で ◆9mRPC.YYWA:2009/08/24(月) 21:29:51 ID:qghMEkD6
「……なに?」

否、“嗤っている”。
嘲るように暴力的に、されど一筋の悲しみを残して。

「なぁんにも知らねぇんだな、貴方は……アレが、アレがなんなのかを!」

爆発――。





理想は捨てた。
心に残るのは壊れた夢。
“英雄”に成るには、夢を捨てる必要があった。
自分はもう、憧れた存在になることは出来ないだろう。
夢を捨てることもせず、心に抱え込んだ結果、壊してしまった。

――ああ、でも僕は……キャロとフェイトさんが生きていれば、良かったんだ。
救いなどいらなかった。彼女達が生きてさえいれば、エリオ・モンディアルという存在は満足だ。
そう言う単純な構図、なのにどうして――“あの人”は道を阻む?
激情のままに叫ぶ。

「――邪魔をするなぁ、高町なのはァァァ!!」

あはは、と掠れた笑い声。かつて自分達の上官だった女性は、白い法衣を揺らして、おぞましい笑みを浮かべていた。
金色の魔杖たるレイジングハート・エクセリオンを構え、幾つもの障壁を展開、フリードリヒのブレスからエリオを護りながら。
彼女はこちらを一瞥すると、どうしようもなく掠れた声で言った。

「エリオ、想像してみて御覧? 家族が、ある日、どうしようもない悪意によって“壊された”瞬間を。
二度とその人達の顔を見ることが出来ないくらい、とっても、とっても酷い殺され方をして――」

ぐにゃり、と笑顔が歪む。
おおよそ形容しがたいもので満たされたその表情は――“憎悪”“悲哀”“狂気”。
燃え上がる負の感情。煉獄で鍛え上げられたようなそれに、エリオは恐怖した。

「――貴方は耐えられるの?」

「……う、ぁ」

彼の端正な顔が負け犬のように恐怖に歪む中、高町なのはは酷く透き通った表情で“微笑む”。
レイジングハートの先端を白龍フリードリヒの真っ正面へ突きつけ、カートリッジシステムの機構が排莢、排莢、排莢。
三発分の大口径カートリッジの魔力――バカ魔力と云うに相応しいオーバーSランクの魔力制御技能により、
重力制御で白い悪魔の身体が音速を超過して飛び立つ。エリオは何とか身体制御で跳ね起き、
その戦技舞踏に気圧されながら木立の中へ逃げ込んだ。
ガチガチと歯が鳴り続ける。

「怖い」

ぼそり、と呟くと、エリオの中でその感情は爆発しそうになっていた。
恐怖――戦うことへの、或いは命を奪うことへの恐れ。
そうだ。エリオ・モンディアルは臆病だ。
臆病だから魔法の行使には必ずリミッターを付けていたし、そうすることで“人殺し”という狂気から逃げていた。

301嘆きの中で ◆9mRPC.YYWA:2009/08/24(月) 21:30:58 ID:qghMEkD6
少なくとも、フェイト・テスタロッサやキャロ・ル・ルシエを殺されてなお――彼には“仇討ち”という選択肢がない。
ただ、二人の復活という望みだけが彼の希望で、生きる活力だった。
遠くで鳴り続ける巨竜と魔導師の激闘の音、それすらも怯えしか産まぬほどに――弱い。
木立を抜けた。山道にエリオは転がり出て――“だから”。

「時空管理局です……っ! エリオ?」

その紫の少女によって、闘志は掻き消された。
漆黒のドレスと紫の艶やかな髪、紅い瞳と白い肌。
人形じみた少女の姿が目に飛び込んだ瞬間、何もかも吹き飛んだ。

「……ルーテシア・アルピーノ……どうして、君が此処にいるっ!」

「どうし――」

その先に続くのは「どうして?」か「どうしたの?」か。
そんなこともどうでも良い。ただひたすらに世界が憎かった。
何故ならば、キャロが命を賭けて助け出したはずの女の子が、戦場にいるのだから。
脳裏を駆け巡る感情/情報の波――合致する事実の輪郭。
嗚呼――漸く理解出来た。

「……“そういうことか”」

「――て此処に――」

ガチリ、とエリオの中の大切なものが焼き切れる音。
何時だって世界は、こんなはずじゃなかったことばかりだ。
せめて君だけは、こんな血の臭いがする場所に居て欲しくなかった。
だというのに――現実は、彼女を争いに駆り出している。
しかもよりによって、時空管理局という敵として。

――それが世界の選択ならば、

「ガリューを喚んで、ルー。君と僕は敵同士だ」

――誰かを救うことなど、エリオ・モンディアルには許されていない。
抑えきれない脆い心の罅が、ビキビキと広がっていく。
何もかも、無駄だったんだ。

「でないと――」

ギ、ギギギギギギギギギ、ギ!
突撃槍ストラーダの嘶き。リンカーコアが軋みを上げるほどの過剰魔力。
心が甘くひび割れていく。この残酷な巡り合わせすらも、運命だというのなら。

「――僕は!」

―――呪われてやる!
ダークブルーの外殻槍、ストラーダが蒸気を吐き出して加速。
その無慈悲で暴力的で激情的な刺突は、確かに少女を穿とうとしていた。
だが、

「ならば世界に背くか、小僧」

刹那、凄まじい暴風とともに黒金の刃がエリオに向けて打ち込まれる。
エリオはこの刺突を突撃槍の腹で受け止め、弾き飛ばされることで受け身を成立させる。
そして対峙する敵の姿に、改めて吼えた。

「死人が今更! 土塊に還れぇ!」

その騎士は白銀を四肢に纏い、矛で少年の激情を受け止める。

「死んでばかりいられんさ――ゼスト・グランガイツ、受けて立つ」

302嘆きの中で ◆9mRPC.YYWA:2009/08/24(月) 21:31:43 ID:qghMEkD6



エリオ・モンディアルが去ったあとの高町なのはとフリードリヒの戦域。
戦場となった森林地帯の遙か上空に、それは存在した。
高々度輸送機――大型偵察機をベースにカーゴキャリアを取り付けた代物だ――の機内に在るモノ。
それは無数の兵器だった。無数の兵器達だった。無数の機械であり、人にあらざるものだった。
その中に、戦闘機人ナンバーズの投降者――No.10ディエチはいた。
技術復興部奇兵師団。超法規的に質量兵器の保持を認められた、時空管理局の暗部にしてカウンターフォース。
消せぬ罪の烙印に喘ぎ、心を焼く過去――既に何度となく反芻した行為だ。
砲撃。砲身より解き放たれる偉大な破壊の王。彼女に出来る唯一の償い。
殺して殺して殺して殺して殺して……その果てに許される永久の眠り。
カーゴキャリアのハッチが開放され、低空で暴風のように荒れ狂う白龍を見下ろす。
ディエチはイノーメスカノンⅡ――黒鉄の塊をゆっくりと構えると、機関部の外殻を展開しコネクターに外部冷却装置とパワーセルを接続、
速射砲の体を成した巨砲を全身の人工筋肉によって保持し、白龍フリードリヒの右翼へ狙いを定めた。

「……ごめんなさい」

引き金を引く。機関部が唸りを上げて砲弾を生成、砲身から連続で吐き出し、フリードリヒの翼を貫く。
着弾、着弾、着弾――バランスを崩した白龍の巨体が、地面へ落下し始め――代わって桜色の閃光。
それは業火の如き憎悪の刃。四年前、ディエチが恐怖を感じた女性の砲撃魔法。
飛行機を掠めたそれは物理破壊設定、確実に殺すための威力。
天へ向けて解き放たれた砲撃は、確かに“ディエチを狙っていた”。
ぞくり、と肌が泡立つのを感じながら、それでも戦闘機人たる少女は通信を試みた。

「投降してください――ナノハ・タカマチ」

通信ウィンドウが開く。現れたのは栗色の髪を纏めた女性。
かつての溌剌とした様子は無いが、未だ衰えぬ美貌の高町なのはだった。

「貴方の行動は上層部も問題視し始めています……これ以上は――」

《よく喋る人殺しだね。私の家族を殺しておいて》

「……四年前のことは――罪に問われようと問われまいと、いずれ償います」

高町なのは――何処か澄んだ笑顔。

《なら――死んで》

鳥肌が立つほどの殺意が乗った砲撃が膨れあがり、遙か彼方より光の槍が飛来する。
イノーメスカノンⅡの防御機構発動――数キロメートル先からの砲撃を予測、弾道算出を完了。
大容量パワーセルのエネルギーを使い、オーバーSランクの砲撃を弾く強固な半球状のシールドを形成。
光が障壁と衝突する中、ディエチは通信モニターへ向けて叫んだ。

「まだ死ねないっ! あの奈落の底で藻掻く妹達が居るから――!」

《文字通り、冥府へ逝ったお父さん達は! そんなことすら云えなかった!》

パワーセルの出力を上回らんとする砲撃に驚嘆しながらも、戦闘機人は抗う。
少なくとも死ねない――“あの化け物”を壊すまでは。
ガリガリガリガリガリ、と障壁が削れていく中、悪魔のような声が聞こえた。
それは呪いのようにディエチの心を蝕む、あの日の悪意そのものだ。

《あーあーあー、マイクテスト。うん、しっかり繋がっているね》

ザザザ、と空間モニターに砂嵐が走るが、そんなことはどうでもいいと思えるほど“悪意”に満ちていた。
モニターに映る高町なのはの顔が、どうしようもない感情に塗れ、憎々しげに声が吐かれる。

303嘆きの中で ◆9mRPC.YYWA:2009/08/24(月) 21:32:32 ID:qghMEkD6
《お前は……!》

紫の長髪に餓鬼のような笑顔、爛々と輝く金色の瞳――白衣の狂科学者(マッドサイエンティスト)の姿。
“彼”は踊るようにお辞儀をすると、ケラケラと甲高く笑う。

《ご機嫌ようミッドチルダ、いや全世界の諸君。私は世間ではテロリストなどと言われる身分だ。
世界中でガジェットドローンが観測されて何やら大騒ぎのようだが、悲嘆も恐怖も必要無い、何故なら――》

放送はありとあらゆる回線帯をジャックし、塗り潰そうと笑い続ける。

《――君たちは知るのだよ、真の“歓喜”を!》

砲撃が鳴り止み、

「ジェェエイルゥ、スカリエッティィィィ!!」

一人の女人の声が雷鳴の如く天を裂いた。





《いやはや、私が憎いかね? 怖いかね? 
ああいいぞいいぞ、もっとのたうって“彼女”の起動を早めてくれ。
私はオモチャが弄りたい性分でね。なに、怖いことはない》

ドクターの声。
ノーヴェは目を開いた。自身を粉微塵に砕いてくれるはずの爆撃は掠り傷も与えてくれず、
代わりと言わんばかりに他人の血臭と機械のスパークが五感を塗り潰した。
金色の瞳が映すのは白いコートを纏った影。
決して背が高いとは言えない女性が、痛みに痩せ我慢して歯を食い縛っている。
納得できない光景故に、ノーヴェは叫ぶ。

「セカンド、なんのつもりだ!」

「……せるもんか」

「あぁ?」

タイプゼロセカンド――スバル・ナカジマは魔法障壁で爆撃のダメージを防ぎ、その代償として左腕を失っていた。
バリアジャケットごともぎ取られた腕は駆動骨格を剥き出しにし、神経ケーブルを断裂させてぶら下げている。
人間ではない。紛れもない異形の証たる機械化された肉体は、しかし暖かな血の通う“ヒト”だった。
それを見てノーヴェは思う。なんだってあたしなんかを庇うんだ、と。
スバルが吼えた。

「死なせるもんか、もう誰もッ!」

ああ、こいつはバカなんだ。正真正銘のバカなんだと、ノーヴェは思い知った。
仲間を殺されてなお、こんなことを何故言っていられる? 普通ならぶち殺しても飽き足らないはずだ。
少なくとも自分はそうだった。ティアナ・ランスターは、ろくな状態ではなかったと思う。
だけど、こいつは。

チンクが虚を突くようにナイフを投擲する。電磁誘導によりレールガンの初速を持つ兵装である。
人間の反応速度ではどう足掻いても防御など不可能。故にチンクの意志はただ一つだ。

304嘆きの中で ◆9mRPC.YYWA:2009/08/24(月) 21:33:08 ID:qghMEkD6
―――スバルごとノーヴェを処理する。

なんと冷酷でわかりやすい方法だろう。
こっちのほうが理解出来るな、とノーヴェは嘆息した。
だがしかし、高初速のナイフ十数本よりも兇悪な光が奔った。

「……やっぱり死ねないなァ、迎えが来たよ、チンク姉」

そう彼女が呟いた刹那、すべてのナイフが砕け散る、否、――粉砕された。
電光石火の殺人機動を前にして、チンクは防護コートの機構を作動させる。
巨大な光刃が発生し、一迅の暴風――いや人影――が小柄な少女に襲いかかる。
銀髪が爆風に揺れ、その金色の隻眼が驚愕に見開かれ――幽かに驚きを浮かべた。

「……トーレ!」

対する影は無言だ。手足から蜻蛉の羽根にもブレードにも見える光翼を展開し、全身に強靱な装甲外骨格を装着した戦闘機人。
長身ながら女性らしいプロポーションを外骨格と仮面で覆ったその人は、紛れもなくナンバーズの戦闘部隊を束ねる者だった。
仮面から零れた青紫の髪が、さわりと揺れた。不意に言葉がチンクへ投げかけられる。

「退け。今宵はドクターの意向故、見逃そう――チンク」

チンクは咄嗟の判断で、腰のハードポイントから荷電粒子カッターを抜き放った。
触れたものを容赦なく焼き切る機甲刃を前に、トーレは嗤う。

「狗を演じてまで私たちを殺したいか。それほどの価値が――」

背が低いことを利用し、短刀ほどの大きさのカッターを突き出す――トーレのしなやかな美脚が蹴撃にてこれを迎え撃ち、
駆動骨格が軋むほどのダメージをチンクへ与えていた。痛み――右腕の骨格に深刻な損傷。
思わず低い悲鳴が洩れる。

「っ!」

「――“この世界”にあるのか?」

その表情を隠す漆黒の仮面故に、チンクはトーレの真意を量りかねた
ただ一つ理解出来たのは、自分は命を奪われないと言うこと、そして今の装備では決して勝てないと言うことだ。
身体もバリアジャケットもボロボロのスバル・ナカジマは、朽ちた左腕が握っていたクロスミラージュを右手で構え発砲するも、

「邪魔だ」

弾丸を超える加速――トーレの拳を腹へ打ち込まれ、血を吐きながら大木へ叩きつけられた。
咄嗟に腹筋部の筋肉と体術を駆使してインパクトの衝撃を殺すが、内臓へ浸透したダメージは深い。
吐き気を覚えながらも立ち上がろうと湿った土の上を這い、口中に広がる血に溺れかかるスバルはそれでも、ノーヴェへ手を伸ばしていた。

「……ダメ……ノーヴェ……あたしたちは、きっと……」

305嘆きの中で ◆9mRPC.YYWA:2009/08/24(月) 21:34:32 ID:qghMEkD6
まだ戻れる――そんな言葉/希望。

「……黙れよ。あたしは違う、ただの兵器だ」

その姿から目を逸らすと、ノーヴェはチンクへ視線を投げかけ、まるで餓鬼のように笑いながら言う。
チンクは視線を痛みに耐えながら受け止め、息を吐いた。

「なァ、チンク姉。貴方は知っているのかよ、ドクターたちの掘り起こしたロストロギアがなんなのかさ」

「……なに?」

ああ――何も知らないんだ、とノーヴェは笑う。
発色の良い赤毛を揺らして笑い、ガンナックルを嵌めた右腕で天を指さした。
スカリエッティの声が何処からか聞こえる。

《――さぁて、準備が出来た。先史人類アルハザード人が残せし命の卵――古代の叡智<アカシャ・コア>のお披露目だ!》

大地が爆ぜ、融解した隔壁がマグマのように噴き出し、メキメキと地面を割る機動兵器――ガジェットドローンⅤ型の群れが、何かを牽引している。
全長三十メートルの飛行船型の巨躯、全身に無数のレーザー発射口を備えた浮遊砲台三機が地下から引き摺るものは、

「なに、これ……?」

―――有機的に蠢き、無数の目蓋を持つ漆黒の心臓。
どれほどの巨獣の臓器だというのか、その直径は目視で五十メートルはあるだろう。

「……これが貴様の望みか」

―――それは黄金色の瞳を見開き、眼下の地上を見下ろした。
その瞳の色はアルハザードの遺児、ジェイル・スカリエッティと等しい。

「嘘だ……こんな、こんな!」

―――まるで神が降りたが如く、すべてを包み込む畏敬。
思わず拒絶したくなるような、禍々しい気配である。

スバルが、チンクが、ヴァイスが、ゼストが、エリオが、ルーテシアが、なのはが、ディエチが―――戦場の誰もが視認する悪夢。
それを首を傾げて眺め、蒼白の装甲を纏ったトーレが呟いた。

「刮目し待つがいい――祝祭の時を」


第7話 了。

306シロクジラ ◆9mRPC.YYWA:2009/08/24(月) 21:38:53 ID:qghMEkD6
と、以上でございます。
ここまでくるのに極めて個人的都合により一年……時間かけ過ぎた……

オリ展開バリバリになる&オリキャラも少数ですがご登場願うかも、ですが、
お付き合いいただければ幸いです。なお、鬱展開は仕様になる予定

307名無しさん@魔法少女:2009/08/24(月) 22:58:24 ID:2.tIJDnU
欝は大好物です。GJ!

308名無しさん@魔法少女:2009/08/24(月) 23:47:10 ID:mnEvTKCg
GJ

309名無しさん@魔法少女:2009/08/25(火) 20:29:24 ID:/yF2YA2E
おお久しぶりにこの作品きてたか。保管庫で読み直してくるぜ。

310ザ・シガー:2009/08/25(火) 23:09:32 ID:1xHvx2UM
おお、更新乙です。
ハードなストーリーは良いですねぇ、次回も楽しみにしてます。

しかし、氏のSSはギャグとシリアスの差が激しすぎるwww



そして私も投下するとしよう。
非エロ・長編・『偽りの恋人』、今回で最終回だ。

311偽りの恋人:2009/08/25(火) 23:11:20 ID:1xHvx2UM
偽りの恋人8


「んぅ……あ、あれ?」


 閉じた瞳に感じた眩しさに、ソフィアは身をよじり、目を覚ました。
 視線の先には白の一色がある。
 白色の電灯にが照らす、シミ一つ無い真っ白な天井。
 そして鼻腔をツンと突く消毒液の匂いに、身体を覆う純白のシーツの感触。
 考えるまでも無く、そこは医務室のベッドの上だった。
 痺れるような痛みがあり、体力と魔力を著しく消耗した肉体が重い。
 少女はその痛みを堪えながら、一度ベッドの上で身体を起こす。
 疲労で鈍る脳を懸命に働かせて記憶を探った。
 彼女の聡明な頭脳が自分の状況を理解するのに、そう時間はかからなかった。


「ああ……負けたんですね、私は」


 完敗だった。
 出せる技は出し尽くし、あらゆる力を使い尽くした。
 それでも負けた、完膚なきまでに。
 しかも、最後の一手は慢心から招いたものだった。
 あの時、自分は完全にヴァイスを舐めていた、見下していた。
 もしあそこでシグナムと対峙せず、彼の狙撃をもっと警戒していれば、あるいは状況は変わったかもしれない。
 だが、そうはならなかった。
 ティアナと自分を撃ち抜いた一弾も忘れて、自分は彼を否定した。
 それは理性的な帰結ではなく、感情的な拒絶だった。
 愚かだ。
 あまりにも、愚かだった。
 もはや取り返しなどつかない事を思い、少女は唇を噛み締める。


「あら、もう起きたの?」


 唐突に声がかけられ、ソフィアは視線をそちらに向けた。
 そこに立っていたのは白衣の美女。
 ふわりと舞う、短く切りそろえられたボブヘアの金髪。
 白衣とブラウンの制服に覆われたたおやかな肢体。
 そして、優しげな笑みを浮かべた美貌。
 機動六課の主任医務官、湖の騎士シャマルである。
 ソフィアも顔だけは知っている、故に、少女は問うた。


「シャマル先生、でよろしかったですよね?」

「ええ、初めましてルイーズさん。身体はどう? 大した傷はなかったけれど」

「大丈夫です……まだ少し調子が戻りませんけど」


 少女の答えに、美しい医務官は嬉しげに柔らかく笑んだ。


「良かった。純粋な魔力のダメージで昏倒しただけだから、これなら何も問題ないみたいね」


 心底安堵した、といった声でシャマルは言う。
 相手を心から労わり、肉体だけでなく心も癒す。それは正に慈母のようだった。
 まあ、母であるどころか伴侶や恋人もいない彼女にそんな事を言えば、機嫌を悪くするかもしれないが。
 そんな事を思考の片隅で思いながら、ソフィアは問いを口にする。


「あの……ティアナさんはどうなさいましたか?」

「ティアナなら、一足先に出て行ったわ。あの子も怪我はほとんどないから、心配いらないわよ」

「そうですか。良かった……」


 今度はソフィアが安堵の溶けた声を漏らす。
 短い付き合いとはいえ、ティアナはもう彼女にとって掛け替えのない親友だった。
 ティアナの無事を聞き、思わずソフィアの表情は綻ぶ。


「ねえ、ルイーズさん」


 そんな少女に、シャマルがそっと声を掛けた。

312偽りの恋人:2009/08/25(火) 23:12:58 ID:1xHvx2UM
 顔を俯かせ、どこか憂いを帯びたような残響で静かに。


「その……あまり気を落とさないでね? シグナムの事……残念だったけど……」


 と、告げた。
 模擬戦に敗れ、もはやソフィアの初恋は完全に潰えた。
 シャマルの言葉は、そんな少女を労わろうという優しさだろう。
 ソフィアを慰めようと白衣の美女は色々と言葉を重ねた。
 どこかたどたどしい口調で言葉を繋げる様は、純真な健気さを感じさせる。
 見ていて微笑ましく、思わずソフィアの口元に微笑が浮かんだ。


「お気になさらないでください。私は大丈夫ですから」


 答えた少女の言葉は、僅かに涙の残滓があった。





 医務室を後にしたソフィアは、力ない足取りで六課隊舎を歩いていた。
 全てが終わったという虚脱感が身体を支配し、心もまた空虚の中にある。
 フラフラと、まるで夢遊病者のように少女は歩く。
 夕焼けの、燃えるような茜色が眩い。
 郷愁を誘う赤色は心に染み入り、酷く寂しさをそそった。
 ぼんやりと空を見上げ、ぼんやりと歩く。
 ただ、歩く。
 物憂げな眼差しで美貌と黄金の髪を夕日の茜色に染めるソフィアのその様は、どこか浮世離れした影のある美しさをかもし出していた。
 見る者の心を、どこか遠い地平に誘うような儚げな美貌。
 そんな少女の美貌が表情を変えた、驚愕へと。


「隊長……」


 半ば自然に、少女の薄桃色の唇から残響が零れた。
 ソフィアの心に驚きをもたらした原因は、目の前の女性。
 ポニーテールに結われた緋色の髪を揺らす、艶めく美女、烈火の将と二つ名を持つ騎士がいた。
 二人の間に、沈黙が流れる。
 言葉もなく、動きもなく、ただ視線だけを交錯させた時間が場を支配した。
 それを最初に破ったのは、黄金の髪の少女だった。


「隊長……その……一つよろしいですか?」


 アイスブルーの瞳に不安を溶かし、声を震わせて、乙女は問う。
 ソフィアの問いに、シグナムは小さく首を立てに振り、答えた。
 了承の意だ。
 彼女の答えを受け、少女は言葉を紡ぎ続けた、切なげな残響で。


「私は負けました、もう……あなたへの想いを遂げる事は叶いません」


 酷く悲しみに満ちつつも、されど朗々と歌うような、甘くひび割れた響き。
 その響きを以って、少女は言葉を紡いだ、


「でも……もう一度だけ……もう一度だけ言わせてください、伝えさせてください」


 愛の言葉を。


「私はあなたを――愛しています」


 簡潔な言葉の中には、どこまでも果てしない恋慕の情が篭っていた。
 大気に響き、溶け行く音の名残が全て消え去るまで、数拍の間が生まれた。
 ソフィアの言葉を聞き届け、シグナムはその意味を深く噛み締める。
 そして、静かに答えた。


「すまない、私は……応えられない」


 いつもは凛然と輝く瞳をどこか憂いげに細め、シグナムの口から出でたのは拒絶の意。
 それはかつて、もう随分と昔に感じるほんの少し前に少女から告げられた恋慕の思いへ、ようやく出した返事だった。

313偽りの恋人:2009/08/25(火) 23:14:16 ID:1xHvx2UM
 自分を慕う少女を傷つけたくないが為に、偽りの恋人を用いて先延ばしにしてきた答え。
 拒まれると知りつつ、もう一度想いを伝えてきた少女の姿に将はこれ以上欺きを成す事ができなかったのだろう。
 もはや飾る事無く、シグナムの唇は言葉を吐き出した。


「ルイーズ、お前は私にとって大事な存在だ。でもそれは……やはり部下として、仲間としてだ。本当に……すまない」


 拒絶とは、それが決して悪意なくとも、告げる者にも告げられる者にも等しく心に痛みが訪れる。
 今のシグナムもまた然り、彼女の心には棘が刺さるような鋭い痛みがあった。
 告げられたソフィアの心はいかばかりか。
 だがしかし、少女の顔に浮かんだのは苦しみのそれではなかった。


「いえ、いいんです」


 ふわりと、まるで可憐な花が咲くように、


「ありがとうございます……お返事していただけて」


 笑っていた。
 愛らしく、美しく、そしてそれ以上に切なく。
 澄んだ青の瞳から一筋の涙を流しながら、乙女は失恋を受け入れた。





 ずっとそれが聞きたかった。
 本当は心の隅で、勝負なんかであの人と結ばれるとは思ってなかった。
 ただ、私は答えて欲しかったんだ。
 私の言葉に、私の想いに、あの人の声で答えて欲しかった。
 それが例え拒絶だったとしても。
 シグナム隊長の言葉を受けた私は機動六課の中庭で一人、暮れなずむ空を見上げながら、泣いていた。
 目尻から溢れ、頬を伝う水の感触、涙の感触。
 そっと拭うと、心地良い冷たさが指先を濡らす。
 こんなに泣くのは、いつ以来なのか。
 静かに流れる涙はなかなか止んでくれなかった。


「ソフィ、か?」


 掛けられた声は男性のそれだった。
 振り返れば、そこには長身の引き締まった男性、私を撃ち倒した狙撃手。
 ヴァイス・グランセニック陸曹が立っていた。
 みっともない姿を見せたくなくて、私は目尻と頬を濡らしていた涙を乱暴に拭い去る。
 

「な、なにか用ですか?」


 涙に濡れ、少しかすれた声で問う。
 彼は一拍の間を置いて、答えた。


「いや、まあ、用って程の事はないんだけどな。ただお前さんの姿を見かけたから」

「そう、ですか」


 私を見つめる、ヴァイス陸曹の澄んだ瞳。
 そこにあるのは、憐憫、同情の色だった。
 彼は、恋破れた私を哀れんでいるのだろうか。
 一瞬そう思ったが、少し違和感を感じた。
 向けられる眼差しの色は、ただ人を哀れむものではない。
 その眼はまるで、自身を相手に重ねるような……


「ヴァイス陸曹」


 ふと、私はある事実に気付いた。


「あなたも……あなたも私と同じなんですね?」


 それは気付いて然るべきものだった。

314偽りの恋人:2009/08/25(火) 23:15:40 ID:1xHvx2UM
 瞳から感じる、胸の内に秘めた淡い思いの鼓動が、私とよく似ていたから。


「あなたもあの人を愛しているんですね?」


 と、私は問うた。
 問い掛けの言葉に、彼は一瞬目を見開き、次いで顔を苦く歪める。
 そして帰ってきたのは小さく首を縦に振る、肯定の意を込めた首肯。


「やっぱり、そうなんですね」

「……分かるか?」

「ええ、私もあの人を愛してますから」

「そうか」

「そうですよ」


 ヴァイス陸曹はまるで悪戯が見つかった子供みたいに苦笑すると、もう一度だけ、そうか、と呟いた。
 なんでだろう、難い恋敵の筈なのに、私は彼のそんな表情がとても愛らしく思えた。


「ヴァイス陸曹」


 だから私は告げる、嘘偽りのない言葉を。


「想いは、ちゃんと告げた方が良いですよ。後悔しないように」


 言えば、また目尻から涙の水滴が滲むのを感じた。
 自分の初恋が破れた事が哀しい、でも不思議と口元は自然と笑む。
 その私に、ヴァイス陸曹が問いの言葉を掛けた。


「なあ、お前は後悔してねえのか? 結局、こういう風に終わっちまってさ」


 問う言葉の意は、私に後悔の有無を確かめるものだった。
 馬鹿馬鹿しいな、と思う。
 そんな質問に答える言葉は一つしかないのだから。


「もちろん、してないに決まってるでしょう?」


 言い切った。
 それ以外の言葉なんてありはしない。
 尽くせる事はして、そして終わった。
 だからもう後悔なんて欠片もない。
 私の言葉を聞き、彼の目が一瞬丸くなる。
 そしてすぐに表情は苦笑に変わり、瞳は優しげに細められた。


「……そうか」


 もう一度だけそう言うと、ヴァイス陸曹は踵を返す。
 そして彼は、それじゃあな、とだけ言い残すと淀みない足取りで、一度も振り返る事無く去って行った。
 立ち去る背中に何かもう一言くらい言葉を投げようと思ったけれど、上手く言葉が出てこない。
 やっと口が開いた時には、ヴァイス陸曹の背中は随分と遠くにあった。


「頑張ってください、ね」


 ただ一言、そう呟いた。





 夕日が半ばまで沈み、茜色が消え行き、星と月と共に艶やかな紫の残滓を空に描く。
 夕と夜との境目が織り成す夜空の情景は見る者の心を否応なく引きつけ、魅せる。
 だがそれをさらに超えるものがあった。

315偽りの恋人:2009/08/25(火) 23:16:51 ID:1xHvx2UM
 女だ。
 絶世の美女が、その夜景の下に佇んでいた。
 冷たく心地良い夜風に流れるのは、燃えるような艶のある緋色の髪。
 女性にしてはやや高い身長、抜群のプロポーションの肢体は凹凸の激しいラインを持ち、凄まじく扇情的だ。
 凛々しい美貌に輝く双眸、深いインディゴブルーの切れ長の瞳はどこか切なげな眼差し。
 それは一個の美の完成形だった。

 
「シグナム姐さん、こんな所にいたんですか?」


 名を呼ばれ、美女が振り向く。
 視線の先には、シグナム、と自分の名を呼んだ男が立っていた。
 今日一つの戦いを共に戦った相棒であり、数年来の部下、ヴァイス・グランセニックだ。


「まあな。少し空を見ていた」


 ここは機動六課隊舎の屋上、六課で一番空に近く、一番綺麗な空が見える場所だ。
 シグナムは屋上で一人佇み、静かに夜空を眺めていた。
 手すりに背を預けて立つ彼女の横に、ヴァイスはゆっくりと歩み寄り並ぶ。
 そしてただ、静かに夜空を見上げた。
 そよぐ風がときおり耳を撫でる以外に音はなく、静寂が場を支配する。
 美しい夜天の輝きの下で、涼やかな風を感じる、心地良い無音。
 それを最初に破ったのはシグナムだった。


「今日はすまなかったなヴァイス。礼を言うぞ」


 風が悪戯に弄ぶ髪を手で掻き揚げながら、そっと囁くように告げる。
 言葉を受け、ヴァイスの視線が夜空からシグナムへと下ろされた。
 彼は一度頬を掻くと、苦笑を浮かべた。


「気にしないでくださいよ、俺も久しぶりに良い運動になりましたから」

「スターライトブレイカーを受けるのが良い運動か? 随分激しいな」

「はは、そうっすね」


 シグナムの投げた冗談にヴァイスは小さな笑いを漏らした。
 二人の零した笑い声が、冷え始めた夜の空気を僅かに震わせる。
 しかしその余韻を、次いで紡がれた言葉が塗り替えた。


「ヴァイス」


 狙撃手の名を呼ぶ声は普段とは比べられないほど力ないものだった。
 どこか切なげな残響で、烈火の将は囁く。


「私は、酷い事をしたな」

「何がですか?」

「あの子を騙した」


 あの子、とは言うまでもなく、今日戦いを演じた少女ソフィア・ヴィクトリア・ルイーズの事だろう。
 ヴァイスの問いに、将は静かに言葉を紡ぐ。


「偽の恋人を仕立てて、あの子が向けた恋心から逃げようとした……酷い事だ、私はあの子から逃げたんだ」


 恋に不得手で、それも相手が同性という状況で、シグナムはどうして良いか分からずつい嘘を吐いてしまった。
 恋人がいる、と。

316偽りの恋人:2009/08/25(火) 23:18:11 ID:1xHvx2UM
 元はといえばそれが全ての原因で、最初からはっきりと断っておけば何も話はこじれなかっただろう。
 偽りの恋人を延命したとして結局は失恋を叩きつけねばならなかった。
 今にして思えば愚かであり滑稽である。
 それを、シグナムは悔やんでいた。
 だが、その悔やむ言葉を遮るものがあった。


「姐さん」


 いつもより少し低く、そしてどこか耳に心地良い残響、ヴァイスの囁く声だった。


「そんなに気にしなくても大丈夫っすよ。あいつは、そんな事で姐さんを恨んだりしませんから」


 先ほど出会ったソフィアの顔を思い出し、彼はそう告げる。
 ソフィアはヴァイスとシグナムの関係が偽りであると見抜きながらも、それを責めようとはしなかった。
 そして例え恋破れても、その果てに悲しみがあったとしても、少女はそれを受け入れていた。
 だからこそヴァイスは言い切る。
 その言葉に、シグナムは問いを投げた。


「やけに自信たっぷりだな?」

「まあ、俺とあいつは結構似た者同士、って事ですよ」


 似た者同士、と彼は言う。
 その言葉の意図を図りかね、シグナムは小首を傾げて疑問を浮かべた。
 まあ、同じ相手を好いた者同士の共感、などとは知る由もないだろう。
 そしてヴァイスは、ところで、と言葉を続ける。


「一個だけ頼みがあるんですけど、良いですかね?」


 今までにないほど、もしかしたら先の模擬戦時よりも真剣味を帯びた声でヴァイスが問うた。
 自分に向けられる、鋭くそれでいて暖かい眼差しに、シグナムは心臓の鼓動が僅かに高まるのを感じる。
 一体、何を頼もうというのか。
 思慮を数瞬巡らせるが答えは出ず、されど拒否する理由もない。
 将の口からはすぐさま了承の意が出た。


「ああ、良いぞ。今日は色々と助けられたからな、何でも聞いてやる」


 と。
 彼女の答えを聞き、ヴァイスは一度息を飲む。
 緊張の二文字が顔に張り付き、額を一筋の汗が流れた。
 今から始まるのは、出会ってからの数年間溜め込んだ想いの丈をぶちまける一世一代の正念場だった。
 だが彼は怯む事無く、進む。
 一歩を大きく詰め寄り、シグナムの正面、それこそ吐息のかかる距離まで近寄る。
 そして告げた。


「ちょっとだけ、目瞑ってもらえますか?」


 彼の要求に、シグナムはまた小首を傾げて疑問符を浮かべる。
 どういう意図があるのか、今度こそ図りかねた。

317偽りの恋人:2009/08/25(火) 23:19:39 ID:1xHvx2UM
 だが拒絶はなく、受け入れる。


「ああ、構わんぞ」


 言葉と共にそっと目を細め、瞑る。
 凛々しい美貌に輝いていた濃い寒色の瞳が閉じられ、目を瞑った彼女の表情は美の色彩を変えた。
 鮮烈な美しさがどこか儚さを帯び、見る者を惹き付けて止まない。
 そう瞳を閉じたまま、シグナムは問うた。


「で? これでなんだと?」

「ありがとうございます、姐さん。すぐ済みますから」

「済む? 済むとはいった」


 一体何だ? と、問おうとした。
 だが出来なかった。
 肩にそっと手が、狙撃手の固く大きな手が重ねられたかと思えば、口を塞がれた。
 唇に何かが触れる、それはヴァイスの唇だった。
 優しく甘いキスだった。

 昔から言われている、愛を告げる方法。
 何の複雑さもない、単純で完璧な方法。

 ――キスをして愛してると囁く――

 たったそれだけの事だった。





 ティアナ・ランスターは、手首に巻いたお気に入りの腕時計を見た。
 時刻は15時45分、約束の時間の15分前だった。
 場所はクラナガンでも有名な待ち合わせスポット、駅の銅像前。
 今日は休日で、ティアナは友人との待ち合わせの最中だ。
 そして、いつも通り相手は約束時間の15分前に現れる。


「お待たせ、ティア」


 涼やかな心地良い声がそう投げ掛けられた。
 ティアナが視線を向ければ、そこには金髪の少女、ソフィア・ヴィクトリア・ルイーズの姿。
 先日演じた模擬戦以来、二人はすっかり仲良くなった。
 今ではもう親友と呼んで差し支えない間柄。
 この日は、あの模擬戦での敗退の悔しさをショッピングで発散しようという意味合いでのお出かけだ。
 いつもの制服姿ではない、白いワンピースに紺のパーカーという落ち着いた私服姿だった。
 しかし、服装の事よりも大きな変化にティアナは気付く。


「ソフィあんた……髪、切ったの?」

「あ、えっと……うん」


 少し恥ずかしそうに、頬を淡く染めて頷く。
 以前は腰元まで伸ばされていた輝く金髪は、今はもう首のあたりまで切りそろえられていた。
 言わずもがな、そこにあるのは失恋の意である。


「私ふられてしまいましたから、昔の思いごとばっさり。と」

「もったいないわねぇ……凄く綺麗だったのに」

「また伸ばせば良いだけの事ですよ」


 残念がるティアナに答えた言葉にもはや悲しみはなく、表情は眩い笑顔だった。

318偽りの恋人:2009/08/25(火) 23:20:32 ID:1xHvx2UM
 恋破れた過去をもはや悔やまない、失恋を乗り越えた少女の顔は明るい。
 ソフィアのその表情に、ティアナは自分の髪にそっと触れる。


「ふーん。じゃあ、私も切れば良かったかな」

「え?」

「いや、私もさ……ふられちゃったし」


 誰に? と、問うまでもない。
 ティアナが恋した男はあの狙撃手で、ならば少女は彼に愛を告げたのだろう。
 だが、それは実らなかった。


「そう、ですか」

「そうよ。なんでも“惚れた女がいる”だって」


 少しだけ寂しそうに、ティアナはそう言う。
 しかし彼女もまた、恋を失った悲しみを吹っ切ったのだろうか、表情は苦笑だ。
 こんな美少女をふるなんて、と冗談を言うくらいには元気だった。
 そして、ティアナは悪戯っぽい口調でソフィアに問う。


「ねえ、ヴァイス陸曹の好きな相手って分かる?」

「ええ、たぶん」

「じゃあ、今二人がどうなってるかは?」

「うーん、それはどうでしょう」


 二人ともその答えは知っていた。
 戯れに、好きだった相手の事を語らいたいから出した質問であり答えだった。


「じゃあ、それはお茶でもしながら話しません?」


 ソフィアの唇から零れたのは、質問への答えではなく提案。
 その言葉に、ティアナもまた似たような言葉を紡いだ。


「それよりまずは服でも見に行かない? 話しながら」

「そうですね。じゃあそうしましょうか」


 ソフィアが了承を伝えると、決まりね、とティアナは呟く。
 そうして二人は歩き出した、楽しい休日の始まりだ。

 その日の二人の話題は、本当の恋人同士になったある男女の話だった。



終幕。

319ザ・シガー:2009/08/25(火) 23:24:08 ID:1xHvx2UM
はい、投下終了。

本当は前回投下と合わせて一度に投下しようと思ったのですが、予定より長くなって二分割しました。
ともあれ無事完結、今まで応援ありがとうございましたです。
この話はまだガチエロの番外編やら考えてるのですが、とりあえず今はここで終わらせておきます。

というか、そろそろ鉄拳をちゃんと進めますww

320名無しさん@魔法少女:2009/08/25(火) 23:56:18 ID:KUniBgbc
完結おめでとうございます!
狙撃手なのに真っ向勝負のヴァイスが格好良すぎました!
ソフィアとティアナがくっつくのではないかとこっそり予測してましたが、良い友人関係のようで安心しています。
ではでは、鉄拳の続きも楽しみしています、乙でした!

321名無しさん@魔法少女:2009/08/26(水) 19:42:46 ID:yCJp7ez6
この間のドラマCDで「伝説の司書長byなのは(クロノ経由)」という発言を見て
『穏やかな心を持ちながら、激しい怒りによって目覚めた伝説の司書長、スーパースクライア』
というネタがここにあったことを思い出した

322名無しさん@魔法少女:2009/08/27(木) 00:35:41 ID:lhaSpqdw
完結乙です
次回作も待ってます

323名無しさん@魔法少女:2009/08/27(木) 19:27:33 ID:3iOfN/cs
>>322
次回作より現在進行形の奴を完結させてもらうほうがいいんじゃね?

324名無しさん@魔法少女:2009/08/27(木) 22:43:28 ID:Jtf4ZDYQ
>>322
先に鉄拳待ちだろJK
っても筆がのらん様だからゆっくり待つのが吉だが

325名無しさん@魔法少女:2009/08/28(金) 01:02:07 ID:6ThGHwvo
>>295
ライトニング好きな私にとってはキャロとルー、どちらとエリオがくっつくのかも楽しみです。
GJ!

326名無しさん@魔法少女:2009/08/29(土) 11:18:41 ID:ydIT/vu6
なのはが火病で半万年捏造のレイプ民族チョンにレイプされるssまだー。

327名無しさん@魔法少女:2009/08/29(土) 13:59:52 ID:PJsJsBkQ
なのはの四肢切断して達磨にして
なのはの目の前でヴィヴィオをレイプしながらその両手両足を貪り喰いたい

328 ◆6BmcNJgox2:2009/08/29(土) 14:14:38 ID:tz.Wew7I
久々にユノキャロ書きます。

・ルーテシア台頭によるエリキャロの不成立をきっかけにして始まるユノキャロ
・一見寝取りっぽいけど、冷静に事を判断して見ると寝取りにならない複雑な状況注意
・キャロ崩壊もといキャラ崩壊注意
・今回はあえてユーノを淫獣っぽく描こうかな〜と
・キャロはある程度大人のレディーになってると思ってください
・以前やってたユノキャロシリーズとは何の関連も無し(当然エリオがルーを選ぶ理由も異なる)
・エリキャロ派はここで引き返した方が良いかも
・微エロに近い非エロ

329嫌よ嫌よも好きの内ってか 1 ◆6BmcNJgox2:2009/08/29(土) 14:15:41 ID:tz.Wew7I
 キャロ・ル・ルシエ。彼女は幼き頃に生まれ育った村を追い出されると言う悲運に苛まれるも、
フェイト・T・ハラオウンとの出会いによって救われ、また同じく両親に捨てられると言う悲運に苛まれていた
エリオと苦楽を共にした事もあって、一切グレもせずにとても良い娘に育ったそうな。

 それからさらに数年後、幼子だったキャロは美しき大人のレディーに成長していた。
大人になれば恋だってする。キャロは恋するお年頃。その恋のお相手とは……

「今日こそはエリオ君に告白するんだから。そして兄妹の様な関係から恋人にステップアップしなきゃ!」

 キャロが幼き頃から共に苦楽を共にして来たエリオ・モンディアル。彼がそうだった。
確かに今まではフェイトの下で兄妹の様な関係として暮らして来たエリオとキャロだったが、
時の流れがキャロにエリオに対する本当の恋心を抱かせるまでに至っていたのである。

「エリオ君だってきっと私と同じ気持ちのはず。だって今までだって一緒に暮らして来たんだもの。
私もエリオ君だって何時までも子供じゃないんだから。そろそろ…良い頃だよね?」

 これからエリオに対して告白をする為、キャロは不安と興奮の入り混じった感情を何とか
落ち着かせ、安心させようとしつつ歩いていたのだが……そんな彼女にも悩みの種はあった。

「やあこんにちわキャロ。今日も可愛いね。」
「ユッ…ユーノさん!?」

 キャロにいきなり馴れ馴れしく話しかけて来たメガネの優男。彼こそキャロの悩みの種であった。

「キャロ、今日は丁度良い事に休日だから一緒に何か食べにいかないかい?」
「ユーノさん! いい加減にして下さい! 私はこれから大切な用があるんです!」

 優しい表情と口調でキャロを誘う優男に対し、キャロは迷惑と言わんばかりの表情で怒鳴っていた。
彼の名はユーノ・スクライア。彼はキャロをいたく気に行っているようで、何時の頃かこうして
ちょくちょくキャロの前に現れては何かと誘って来る様になっていたのだった。

 確かに表向きには時空管理局・本局にある無限書庫の司書長で、キャロの尊敬するフェイトさえ
一目置いていると言うキャロとは比べ物にならない程の大人物。むしろそんな大物から気に入られる事は
凄く栄誉な事なのだろうが、キャロの前では司書長と言う肩書が嘘の様にチャラチャラした優男然の態度で
キャロを誘って来る為、キャロにとってはエリオとの恋を邪魔する淫獣でしか無かった。
そのしつこさはちょくちょく夢に出てきてしまう程であり、またその夢の中では無理矢理に
抱かれると言う事も多々あったりし、それがキャロを嫌わせる要因となっていた。

「もう本当いい加減にしてください! これ以上私に近寄るとヴォルテールを召喚しますよ!」
「手厳しいな〜。可愛い顔が台無しだよ。」

 普段からキャロにとってユーノは邪魔者でしか無いのに、今と言う状況下においては
存在そのものが忌わしい存在。その為キャロは顔を真っ赤にして召喚体勢を取りユーノを
威嚇するが、ユーノはまるで堪えていない。それがキャロには馬鹿にされている様で腹立たしかった。

「こんな人の相手してる場合じゃありません! 私は行きますよ!」
「あ、キャロ!」

 何時までもユーノの相手はしていられないとばかりにキャロはその場を走り去った。無論行く先は
エリオのいる場所。本来の目的であるエリオに対する告白を成す為にキャロは走った。

 けれど………まさか……あんな事になってしまうなんて……………

330嫌よ嫌よも好きの内ってか 2 ◆6BmcNJgox2:2009/08/29(土) 14:17:28 ID:tz.Wew7I
「ん………。」
「んん…………。」

 エリオはキャロとは別の紫色の髪の美女と抱き合い愛し合っていた。彼女の名はルーテシア・アルピーノ。
過去に起こったとある事件をきっかけにエリオ・キャロと出会い、友達になった彼女は
今こうしてエリオと恋仲になり、口付けを交わし、肢体同士を重ねあう仲にもなっていたのだが………

「え!? エリオ………君………?」

 そこには愛し合う二人を前にして失意の表情で立ち尽くすキャロの姿があった。
無理も無い。意中の相手が別の女と愛し合っている光景を目の当たりにしてしまったのだ。
そのせいか、キャロの目から徐々にハイライトが消えて行く………

「エリオ…君…何を…してるの…?」
「キャロこそこんな所で何をしてるんだい?」

 キャロはエリオの取った行動が信じられなかった。何故ならばキャロは、自分がエリオを愛している様に
エリオも自分の事が好きに違いないと信じていたのだから。しかし現実は違った。エリオはキャロとは
また別の女を愛していたのだ。そして何よりも、その事をキャロに悟られてしまった事に罪悪感を
感じないエリオの態度がキャロには耐えられなかった。

「どうして!? どうしてエリオ君とルーちゃんが!? どうして!?」
「どうしてって……僕達は愛し合っているんだ。恋愛は自由だろう?」
「私達は何時までも子供じゃないんだよ。」

 目から涙を飛び散らせ叫ぶキャロだが、エリオとルーテシアはやはり足並みを揃えて悪びれもしない。
まるで二人が愛し合う事が当然の様な態度で、やはりそれがキャロには気に入らなかった。

「私は!? 私はどうなの!? ねぇ! 私はどうなっちゃうの!?」
「当然じゃないか。キャロだって大事だよ。だって僕達兄妹みたいなもんじゃないか。」
「私にとってもキャロは大切な友達…。」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 ここに来てキャロは真の現実を思い知った。エリオを愛していたキャロと違い、エリオはキャロを
恋愛対象として見てはいなかった。兄妹みたいなものと言う表現がまさにそれ。確かにエリオは
決してキャロを嫌っているわけでは無く、むしろ充分に好いているのだろう。しかしそれはあくまでも
『LIKE』としての好きであって、『LOVE』では無い。キャロにはそれが苦しくて苦しくて…………

「あぁぁぁぁひゃひゃひゃひゃぁぁぁ!! あぎゃむぎゃめぎゃぽてぇぇぇぇ!! あきゃきゃきゃぁ!!」
「わー! キャロが狂ったー!」
「どうしたの!? しっかりして!?」

 キャロはショックの余り意味不明の奇声を張り上げ、その場を走り去ってしまった。

331嫌よ嫌よも好きの内ってか 3 ◆6BmcNJgox2:2009/08/29(土) 14:18:31 ID:tz.Wew7I
 それからキャロは、一人自室で蹲って泣き崩れていた。

「う…う………私………寝取られちゃった………ルーちゃんに……エリオ君……寝取られちゃったよ……
いや……そもそもエリオ君は…私を恋愛対象として見て無かったんだ……ただの兄妹の様なものでしか無い…
と言う事は……………エリオ君にとっては…………寝取られたって自覚さえ無いって事じゃない!
惨め過ぎる………惨め過ぎるよ………私……ただの道化じゃない………ルーちゃんとエリオ君を
引き立てる……ただの道化………噛ませ犬…………私って何なの……私ってぇぇぇぇぇぇ!!」

 キャロの目からはハイライトが消え、そして溢れんばかりの涙が流れ出ていた。そう。彼女の言った通り。
確かにエリオとキャロが両思いの関係にあり、その状況下でルーテシアがエリオを取って行くと言うのなら
寝取りになったのであろう。しかし実際はエリオはキャロを恋愛対象として見てはいなかった。それならば
彼がルーテシアとどんなに愛し合おうとも、寝取りは成立しない。自分が恋人を寝取られた……と言う事に
すらならない。そもそも相手は恋人では無かったのだから……と言う状況がキャロをますます惨めにさせ、
その悲しさの余り…………

「アハハハハハハハハハハ………アァァァァヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ!!」

 キャロは笑った。奇声をあげ、狂った様に笑い始めてしまった。目からはハイライトが消え、
目から大量の涙を滝のように流し、飛び散らせながら狂った様に笑い続けていたのだが………

「やあこんにちわキャロ。そんなに笑って何か良い事でもあったのかい?」
「!!」

 そこへ突然現れたのは誰でも無いユーノ。キャロが辛い目にあった事も知らず、何時もの調子で
さわやかな笑顔でキャロを何かしらに誘いに来ており、今のキャロに対しては火に油どころか
大量の火薬を投げ込む様なものであり…………

「うぉわたぁぁぁぁ!!」
「んべ!!」

 次の瞬間キャロは一切有無を言わせる事無くユーノを殴り飛ばしていた。そんな事をするなんて
明らかにキャロらしくない。しかし、キャロの悲しみは彼女に彼女らしく無い事をさせる程だったのである。
しかし…それだけだった。キャロに殴られた事によって怖気付いて逃げ出すと思われたユーノは
構わず近寄って来たのである。

「キャロ? いきなり殴りかかって来るなんてどうしたのかい? 何かあったのかい?」
「うるさい! 何でもありませんよ! 貴方が邪魔なだけです! 帰ってください! 帰れよぉぉ!!」

 キャロの怒りはユーノに乱暴な言葉を吐かせるまでに至っていた。と言うのに、ユーノは帰らない。
それどころかキャロの身を心配しているかの様な真剣な目で見つめていたのである。

332嫌よ嫌よも好きの内ってか 4 ◆6BmcNJgox2:2009/08/29(土) 14:19:58 ID:tz.Wew7I
「いいや、その調子じゃ何か嫌な事があったはず。それで僕に八つ当たりをしているんだろう?
何なら話してごらん? 相談に乗ってあげるよ。」
「何でも無い! 何でも無いんです! エリオ君がルーちゃんとラブラブイチャイチャしていようと
何でも無い事なんですよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「そういう事か。」
「うっ!!」

 キャロは怒りの余り、つい本心を暴露してしまった。それにはキャロも思わず顔が真っ赤になってしまうが
ユーノは真剣な目で彼女を見つめていた。

「そっそうですよ! 私はエリオ君好きだったんですよ! でもエリオ君は私じゃなくルーちゃんが
好きで、私なんか眼中に無かったんですよ! それってどういう事だと思いますか!?
つまり寝取りにすらなってないって事なんですよ! だってそうでしょう!? エリオ君は最初から
私を好きですら無かったんですから! なのに一方的にエリオ君も私を好きに違いないって思い込んでた
私が情けなくて情けなくて…これはもう笑うしかないでしょうわははははははははは!!」

 本心を暴露された事によって開き直ったのか、キャロはユーノに怒鳴り付ける様にそう叫び、
あろう事か再び笑い始めてしまった。そして今度はキャロがユーノを見つめるのである。

「そうですよ。やっぱり私は一人身。昔村を追い出されてからずっと一人だったって事なんですよ!
フェイトさん? エリオ君? 誰ですかそれは!? 私は最初から今にいたるまでずっと一人ですよ!
さあユーノさん! 何をしているんですか!? ここにいるのは後ろ盾も何も無いただの一人の女ですよ!
好きなだけ押し倒せば良いじゃないですか! 抱けば良いじゃないですか! 犯せば良いじゃないですか!
さあユーノさん! どこからでもかかって来てくださいよ!!」

 もはやキャロはヤケクソだった。この場合ヤケクソとしか表現する事は出来ない。
キャロの目からはハイライトが消え、涙を飛び散らせながら憎んでいたはずの相手に
自身を抱く事を乞う。信じていた相手に裏切られた事実はキャロをこの様な行動を
取らせてしまう程だったのだ……が……男らしく鼻息荒くさせて飛びかかってくるかと
思われたユーノの表情は意外にも冷静だった。

「いや…遠慮しておくよ。」
「え!? 何でですか!? ユーノさんは私の事好きじゃないんですか!? 冗談じゃないですよ!
今まで散々ユーノさんの方から一方的に訪ねておいて…これは無いですよ!!」
「勿論好きだよ。断言する。僕は心の底からキャロ…君を愛している。でもね……それはキャロ、
君もまた心の底から僕の事を好きになってくれなければ意味が無いんだ。失恋した腹立ち紛れに
僕に迫ってくる様な半端な気持ちの君を抱いても…意味は無いんだ…。」
「え………。」

 キャロが呆然とする中、ユーノはそっと部屋を後にする。

333嫌よ嫌よも好きの内ってか 5 ◆6BmcNJgox2:2009/08/29(土) 14:21:45 ID:tz.Wew7I
「悪いけど今日はここで出直させてもらうよ。それじゃあまた…。」
「なっ…ちょっと待って下さいよユーノさん! ユーノさぁぁぁぁぁん!!」

 キャロが呼び止めようとするのも構わずユーノは帰ってしまい、部屋にはキャロ一人が残された。
その日以降だ。夢に出て来る程にまでしつこく訪ねて来たはずのユーノがキャロの前に姿を現さなくなったのは。
今までユーノにしつこく迫られていた頃は腹立たしかったのに…こうして迫られなくなると…何か寂しい。

「ふ…フフ…そういう事ですか……ユーノさんも所詮はその程度の男だったと言う事ですね…?
私の事愛してるとか言っておいて…この体たらく…。今頃私の事も忘れて他所の女の子の尻でも追い駆けて
いるんでしょうね? エリオ君と一緒……男なんてみんなそんな下らない生き物じゃないですかぁぁぁ!!」

 再びキャロの目からはハイライトが消え、彼女は何かを悟った。

「もう良いですよ私は。私に男の子なんていりません! 私は仕事に生きます! 仕事に生きて…
生涯処女を貫いてみせます!! もう男なんて………男なんてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 その日以来キャロは何かが変わった。エリオとルーテシアの結婚式にも最後まで顔を出さず、
二人が新婚旅行に出かけた後もただただ一人淡々と仕事をこなすだけの日々を暮らす毎日。
今までの辛い境遇が彼女を変えたのだ。

「行くよ…フリード……。今まで通りの保護区周辺のパトロール…。」

 ハイライトの消えた目でフリードに歩み寄るキャロの姿はフリードすら怖気づかせてしまう程で
あったが…その時だった。

「やあこんにちわキャロ。久し振りだね。元気してたかい?」
「ゆっ…ユーノさん!?」

 そう。そこへ現れたのはユーノ。その意外すぎる再開は思わずキャロの目を通常に戻してしまう程だった。

「いっ今更何の用ですか!?」
「ごめんよキャロ〜。実は無限書庫の仕事の関係で他所に出張なんかも入ったりしていたんだ。
でも大丈夫。それも全てきっちり終わらせて来たから以前と同じ様に君とお付き合い出来るよ。」

 彼が突然キャロの前に姿を見せなくなったのは、キャロに飽きたとかそういう問題では無く、
単に仕事の関係による出張が入っていただけの事だった。しかし、キャロにとってはそう割り切れる物では無い。

334嫌よ嫌よも好きの内ってか 6 ◆6BmcNJgox2:2009/08/29(土) 14:22:39 ID:tz.Wew7I
「な…何を今更…そんな言い訳したって遅いですよ! 私はもう男の人なんて信じない事に決めたんです!」
「そっか…そうだよね。仕事で出張が入ったからとは言え君に寂しい思いをさせてしまったのは事実だもんね。
でももう大丈夫! 大丈夫だからね! これからは僕が君に寂しい思いをさせない位に沢山愛してあげるよ。」
「だからそういう問題じゃないんです!」

 キャロが取り乱していた時のシリアスな様相からは一転してヘラヘラしたキャロを誘うモードのユーノに
キャロはほとほと困り果てていたが、キャロは逃げるようにフリードの背に跨った。

「私はこれから仕事があるんです! 用があるなら今度の休日に訪ねて来て下さい!」

 キャロは顔を赤くしながら吐き捨てる様にそう言い放ち、彼女を乗せたフリードは天高く飛び立つのだが…
フリードの背の上でキャロはある思いに馳せていた。

「皮肉な事だよね…。私の事を一番想っていたのは…エリオ君でも何でも無く…ユーノさんだったなんて…。
でも私に一番酷い事をしたのもユーノさんなんだよね…。何が酷いって…今になって私にこの際ユーノさんでも
良いかな〜なんて思わせてしまった事…。きっとユーノさんがしつこく私にアタックして来たのは
サブリミナル効果を狙ったと言うか…私を洗脳する為だったんだろうな…。でももうそれでも良いや。
どうあがいたってエリオ君の心はルーちゃんに向いてて、私が手に入れる事は不可能なんだし…
私も何時までもくよくよせずに新しい恋を探さなきゃね! 今度ユーノさんが訪ねて来たら………
ユーノさんがどうしてもって言うならお茶の一杯位は一緒に飲んであげよっかな…。」

 今この瞬間から…二人の物語は新たなステップへ進む………のだが………それはまた別のお話である。
おいおい男はもう信じないって言ったのは何処の誰ですか? と言う突っ込みは一まず置いといて…。

                       おしまい

335 ◆6BmcNJgox2:2009/08/29(土) 14:23:23 ID:tz.Wew7I
嫌よ嫌よも好きの内と言う事で最初は凄い嫌ってたのに徐々に〜なんて感じの恋愛をやろうと思ってたけど
(だからユーノをあえて淫獣っぽくしたり、キャロに真っ向からユーノを嫌う様に描いたり)
実際やってみるとこれが中々難しいね。鳥山明先生が恋愛を描くのは苦手と仰っていた気持ちが分かる。

ちなみに続編の予定はありませんので。

336名無しさん@魔法少女:2009/08/29(土) 16:36:45 ID:V8bTtlCw
GJ
しかし、ハイライトの消えたキャロを想像すると
某夢見がちな従姉妹が思い浮かんでしまう。

337名無しさん@魔法少女:2009/08/29(土) 20:30:50 ID:tKKk2Oag
なぜかあおいちゃんとヤマトくんを思い出した。

338名無しさん@魔法少女:2009/08/30(日) 01:55:47 ID:SCyazVy2
このユーノはキャロに会うためにフェイトさんのザンパーとかをかわしたことがありそうで困るw

339B・A:2009/08/31(月) 23:02:42 ID:krqFdWfs
投下いきます。


注意事項
・sts再構成
・非エロ
・オリ展開あり
・基本的に新人視点(例外あり)
・レジアスとはやての仲が悪い(のかな?)
・スカリエッティ狂い気味
・タイトルは「Lyrical StrikerS」

340Lyrical StrikerS 第6話①:2009/08/31(月) 23:03:54 ID:krqFdWfs
第6話 「夢の先に」



向かい合った少女の矮躯が、僅かに低くなる。
来るか、とスバルは拳を身構え、リンカーコアから汲み上げた魔力をマッハキャリバーの魔力回路へと注ぎ込んだ。
全身のバイパスを異物が駆け抜け、自身と愛機が一つになる感覚。
思考はどこまでも冴え渡り、全能になったかのような高揚が自身を支配していく。
次の瞬間、少女の姿が視界からかき消えた。
ビリビリと震える第六感。
一呼吸の間もなく眼前に迫る鉄槌に対して、余りに遅い自分の反応に焦りが生まれる。
砕かれる。
そう思った刹那、スバルは脳裏に鉄槌を弾き返す盾のイメージを作り出した。
そのイメージを汲み取ったマッハキャリバーは、即座に自身に登録されている魔法の中から的確なものを選択、
綻びを纏った歪な盾が現実に形を成し、ギリギリのタイミングで振り下ろされた鉄槌を受け止める。

「痛ぅ………くぅ……………」

「でやぁぁぁぁぁぁっ!!」

衝撃で体が僅かに揺らぎ、踏ん張りの利かなくなった足が数歩分後退する。
バリア越しに伝わる負荷が腕を軋ませ、スバルの表情は見る間に険しくなっていった。
そんなスバルに対し、少女は駄目押しとも言える一撃をお見舞いする。
力任せの一撃を食らったバリアは砕けこそしなかったものの、その衝撃で吹っ飛ばされたスバルは後方の樹木に背中をぶつけ、
小さな悲鳴を漏らした。

「い、痛たぁ……………」

「なるほど、やっぱバリアの強度自体はそんなに悪くねぇな」

「あ、ありがとうございます………ヴィータ副隊長」

自分の攻撃を受け止めてバリアを消滅させなかったことに感心する上司の言葉に、スバルは頬を引きつらせながら答える。
平静を装ってはいるが、右腕は指先まで痺れていてもう少しの間、使いものになりそうにない。
頑丈さにはかなり自信があっただけに、衝撃も大きかった。
小柄な彼女の体のどこに、これだけの力があるというのだろうか?

(さ、さすがは三等空尉。職歴10年は伊達じゃないか)

一見するとエリオやキャロよりも年下に見えるが、ヴィータは10年近くも管理局で働いているベテランらしい。
その話を聞いた時は耳を疑ったが、こうして手合わせしてみるとそれが嘘偽りではないことが痛いほど実感できる。
踏み込みの速度、突進力、頑強さ、一発の重さ。自分と同じ戦闘スタイルでありながら、その技能は未熟な自分よりも遙かに上を逝っている。
わざわざ相手が合わせてくれなければ、攻撃を受け止める間もなく撃墜されていただろう。

「どうした?」

「え、いえ…………副隊長は凄いなと」

「煽てても何も出ねえぞ。それに、凄いって言うならお前の方だ。初回であたしの攻撃を受けた新人で、
気を失わなかったのはお前が初めてだからな。全く、頑丈さはある意味なのは以上だ」

「いえ、それは……………」

一瞬、勘ぐられたかと背筋に冷や汗が伝う。
だが、ヴィータはそれ以上の詮索はしようとしなかった。
単純にこちらの頑丈さに感心しているだけで、体の秘密に気がついたわけではないようだ。

「あたしやお前のポジション“フロントアタッカー”はな、敵陣に単身で切り込んだり、最前線で防衛ラインを守ったりが主な仕事なんだ。
防御スキルと生存能力が高いほど、攻撃時間が長く取れるし、サポート陣にも頼らねぇで済むって、これは訓練校で教わったな?」

「はいっ! ヴィータ副隊長」

「受け止めるバリア系、弾いて逸らすシールド系、身に纏って自分を守るフィールド系。この3種を使いこなしつつ、ぽんぽん吹っ飛ばされねぇように、
下半身の踏ん張りとマッハキャリバーの使いこなしを身につけろ」

「はいっ! がんばります!」

《学習します》

こちらの言葉に合わせるように、マッハキャリバーも応答する。
最初は機械的な娘だと思っていたが、これが意外と多弁で好奇心旺盛な性格だと気づくのに時間はかからなかった。
まだ起動してから数日しか経っていないのに、AIの成長が他の3機よりも著しいのがその証拠だ。
ちなみにクロスミラージュは無口で実直な性格、ストラーダは実直だが情緒的で、ケリュケイオンは母性的で控えめな性格らしい。
シャーリー曰く、各自の個性に合わせてAI自体が成長していくように造られているらしいが、
それは言い換えればデバイスが持ち主の映し鏡であるということにもなる。
これから先、デバイスがみんなとどんな関係を築いていくのか、スバルは密かに楽しみで胸を膨らませていた。

341Lyrical StrikerS 第6話②:2009/08/31(月) 23:06:00 ID:krqFdWfs
「…っ!?」

不意に爆音が背後で轟き、エリオとキャロの感嘆の声が耳に届く。
ここからでは何が起きたのかよくわからないが、向こうでも訓練が盛り上がっているようだ。
家族水入らずで訓練だなんて、何だか少し羨ましい。

(良いなぁ、ティアはなのはさんに教われて)

離れた場所でなのはから手ずから教導を受けているティアナを思い、スバルは軽い嫉妬心を覚える。
個別スキルの訓練は、まず得意分野からというなのはの方針で同じポジションであるヴィータが担当教官に抜擢されたらしいが、
やはり憧れの人からの教導も受けてみたかった。

「おい」

「えっ………」

どすの利いた声で我に返ると、ヴィータが持つ鉄槌の先端が突きつけられていた。
その向こうでは、どこか不機嫌そうな表情を浮かべたヴィータがこちらを睨んでいる。

「そうか、あたしの訓練は退屈で詰まんねぇってか……………」

「い、いえ、そんなことは……………」

「同じことだ! 目の前のことに集中しろ! よそ見してたらケガするのは武装隊もレスキューも同じだ、馬鹿!」

苛立たしげにカートリッジを取り出したヴィータが、相棒であるグラーフアイゼンのチャンバーに装填していく。
そこはかとなく嫌な予感に、スバルは頬を引きつらせる。
これはひょっとして、かなり不味い展開なのでは?

「あたしはなのはみたいに優しくないからな。グラーフアイゼンにぶっ叩かれたくなかったらしっかり守れよ……………明日からな」

「明日!? 今日は!? 今日はどうなるんですか!?」

「ダーイ!」

鬼のような形相でグラーフアイゼンを振りかぶるヴィータの姿が視界に焼きつく。
スバルは思った。
この人を怒らせちゃいけない。
何があろうと、絶対に。







遠くから聞こえてきた怒声に、エリオとキャロは何事かと振り向く。
スバルがヴィータに訓練を受けている方角から聞こえてくるが、かなりハードな訓練を受けているようだ。
散発的に聞こえる轟音は、まるで土木工事をしている杭打ち機のようで耳を覆いたくなる。

「す、凄い音………10tトラックが正面衝突したような……………」

「スバルさん、大丈夫かな?」

「うぅん、ヴィータのことだから大事にはならないと思うけど……………」

教官資格を取得する際、研修で憎まれ役を演じるためにわざと怒鳴ったり無茶な要求を突きつけたりしていたらしいが、
その姿が酷く堂に入っていたとフェイトは言う。
確かに、彼女は怒りっぽいし好悪の感情の差が極端な面もあるので、鬼教官という言葉がしっくりくる。
最も、普段の彼女は非常に面倒見の良いお姉さんなのだが。

「一応、後でシャマルに診てもらうように言っておいてもらえるかな? 打ち身の跡とか、残ってたらいけないし」

「はい」

「うん。それじゃ、基本のおさらいといこうか。エリオ、さっき私がしたみたいにやってみて」

「は、はい!」

少し緊張した声音で答え、訓練スペースの中心へと足を運ぶ。
周囲には障害物となる柱が設置されており、こちらを自動追尾する訓練用オートスフィアの群れが宙を漂っている。
回避訓練の第一段階は、低速で撃ち出される弾を正確に回避すること。
基本は動き回って狙わせず、攻撃が当たる位置に長居しない。
フェイトから教わった回避の心得を思い返し、深呼吸で気持ちを落ち着ける。

342Lyrical StrikerS 第6話③:2009/08/31(月) 23:06:47 ID:krqFdWfs
「いきます!」

合図を送り、オートスフィアからエネルギー弾が発射される。
低速に設定しているので、一発一発の速度は遅い。
スフィア自体の動きも疎らで統一性がなく、避けることはそれほど難しくなかった。

「良い調子。でも、これならどうかな?」

フェイトがそう言うと、スフィアの動きが途端に素早くなり、こちらの進行方向を塞ぐように攻撃してくる。
どうやら、外部からフェイトが操作しているようだ。弾速は相変わらず低速だが、
スフィアの動きが変則的でフェイントのような挙動も見られる。

(けど、まだ避けられない動きじゃない。速度を上げて、一気に!)

地を踏んだ瞬間、エリオは加速魔法を発動させてエネルギー弾の雨を搔い潜る。
加速した時の中では、ただでさえ遅い弾が止まって見えるため、それを避けることは造作でもなかった。
フェイトは撃ち出す弾の数を増やし、こちらの動きに攻撃を合わせようとするが、
着弾の前に駆け抜けてしまうためエリオを捉えることができない。

(やった、僕にもできっ…………っ!?)

不意に、身の丈ほどある捩じれた柱が視界に飛び込んでくる。
咄嗟にエリオはブレーキをかけて柱を避けようとするが、勢いのついた足は止まらずに地面を蹴り続け、
減速する間もなく柱が眼前へと迫って来る。
直後、エリオは顔面を強かにぶつけて転倒し、その上からオートスフィアの集中砲火を受けて悶絶する。

「かはっ!?」

「エリオくん!」

キャロの悲鳴が聞こえ、エネルギー弾の雨が止む。
訓練用なのでケガはないが、全身に鈍い痛みが残っている。
だが、それ以上に障害物にぶつかるという初歩的なミスを犯してしまったことが悔しかった。
フェイトはあんなにも上手く攻撃を避けていたのに、自分は調子に乗って目も当てられない失敗をしてしまった。
こんなことでは、一人前のベルカの騎士になるなんて夢のまた夢だ。

「エリオ、大丈夫?」

「は、はい…………すみません、もう一度………」

「ううん、今ので十分。エリオ、どうして柱にぶつかったのかわかるかな?」

「え、えっと…………前をちゃんと見てなかったから?」

「ちょっと違うかな。エリオ、さっき避けようとしても体が言うこと聞かなかったでしょ? 
あれは加速がつき過ぎて頭に体が追いつかなくなったからなんだ。私やエリオみたいな高速戦闘主体の魔法使いが
常に気をつけなきゃいけないことは、自分と周りの動きを先読みして行動すること。エリオは気づいていなかったかもしれないけど、
さっきはエリオが柱にぶつかるように私が誘導していたんだよ。ごめんね、エリオ」

そう言って、フェイトはこちらに目線を合わせるように跪くと、詫びる様に頭を撫でてくる。

343Lyrical StrikerS 第6話④:2009/08/31(月) 23:08:00 ID:krqFdWfs
「けど、動きは悪くなかったから、落ち着いて動けばちゃんと避けられるようになるよ」

「フェイトさん…………はい、ありがとうございます」

「キャロも、後ろにいるからって油断しちゃダメだよ。キャロはチームの要だからね」

「はい、フェイトさん」

「良い、防御と違って回避は誰でもできること。極端な話、背中を向けて全力疾走しても攻撃は避けられるの。
けれど、ちゃんと周りを見ていなかったら、さっきみたいにぶつかって隙を作っちゃうし、
仲間の連携を崩したり誤射の標的になるかもしれない。スピードが上がれば上がるほど、
勘やセンスに頼って動くのは危ないの。だから、反応速度とフィールドの動きを先読みした回避ルートの構築が大切なんだよ。
“ガードウイング”のエリオはどの位置からでも攻撃やサポートができるように。“フルバック”のキャロは素早く動いて
仲間の支援をしてあげられるように確実で有効な回避アクションの基礎、しっかり覚えていこう」

「「はい!!」」

力強い返事が重なり、フェイトは嬉しそうに眼尻を細める。
その笑顔が、何よりの励みとなった。
母親代わりの恩人が喜んでくれている。
強くなれば、彼女が認めてくれる。
今は、それだけが嬉しかった。
今はまだ、それだけが強くなる動機であった。







無数の魔力弾が視界を飛び回り、こちらを翻弄するように不規則な動きで襲いかかって来る。
飛来する魔力弾は7発。
赤が3に青と黄色が2。
炸裂反応型と誘導操作型と囮用のブラフだ。
ならば、迎撃するのは5発だけで良い。

「バレット! レフトV、ライトRF」

《Alert》

指示を下すや否や、クロスミラージュから警告が発せられる。
大気を引き裂く音が背後から聞こえる。
迫り来る魔力弾は2発。
前方の7発は囮で、本命は後ろの2発だったのだ。

(迎撃………ダメ、後ろを撃てば前にやられる)

咄嗟に地面を転がって回避するが、魔力弾は転がった先へ先へと追いかけながら地面を抉っていく。
思考に体が追いついてくれない。
対応策が思いついても、それをこなすだけの余裕が今の自分にはないのだ。

「ティアナみたいな精密射撃型は、いちいち避けたり受けたりしていたんじゃ仕事ができないからね。
そうやって動いちゃうと後が続かないよ!」

(そんなこと、言われなくてもわかっている!)

わかり切ったことを改めて告げるなのはに内心で毒づきながら、ティアナは両手のクロスミラージュを構える。
癪だが、今の自分ではクロスミラージュの補助を受けなければ全方位から襲いかかって来る魔力弾を迎撃できない。
使えるものは使うしかない。
自分の夢のために。
成すべき理想のために。

《Barret V and RF》

「シューット!」

次弾の装填が完了するなり、銃口を標的へと向けて引き金を引く。
まず先に撃ち出されたバレットFが誘導操作弾の熱量を感知して自動追尾を始め、
弾幕に穴ができた隙に用意しておいたヴァリアブルバレットで炸裂反応弾を撃ち落とす。
だが、教導官の弾幕は途切れることがない。
今度は左右から、弧を描くように3発ずつ魔力弾が迫る。

「バレットCF!」

《Cross Fire Shoot》

瞬時にカートリッジをロードし、左右の魔力弾を迎撃する。
耳をつんざく様な爆音が至近距離で炸裂するが、それでも集中を解くことはない。
一瞬でも気を抜けば、集中砲火を浴びることになる。
マルチタスクをフル活用しなければ、この訓練は乗り切れない。

344Lyrical StrikerS 第6話⑤:2009/08/31(月) 23:09:35 ID:krqFdWfs
「足は止めて視野は広く。射撃型の真髄は!?」

「あらゆる相手に正確な弾丸をセレクトして命中させる。判断速度と命中精度!!」

使い果たしたカートリッジを銃身ごと捨て去り、新たなカートリッジを装填する。
地面には訓練で使用した空のカートリッジが大量に転がっているが、それに頓着している暇もない。
足を取られないように気を使うのが精一杯だ。

「チームの中央に立って、誰よりも早く中・長距離を制す。それがわたしやティアナのポジション“センターガード”の役目だよ」

「はい」

返事をする暇さえも惜しい。
もっと強く、もっと早く動かなければ。
いつしかティアナは言葉を発するのも忘れ、向かってくる魔力弾を迎撃することに集中する。
この日、ティアナが使用したカートリッジの本数はこの訓練だけで延べ60本にも及んだ。







新デバイスを受理し、個別のスキルの訓練が始まってから、なのはの教導は一段と厳しいものになっていった。
やっていること自体は基本の繰り返しなのだが、その密度が半端でなく濃い。
しかも日毎に要求するハードルは高くなっていくため、勤務が終わればすぐに寮に戻って就寝するのがパターンとなりつつあった。
そのため、自然と団らんの時間は食事の場へと集中していき、他の隊員との交流も食堂で行われるようになった。
今日も、ここに来るまでに一緒になったシャーリーと共に昼食の席を囲んでいる。
ティアナが何気ない疑問を口にしたのは、そんな楽しいお昼時であった。

「しかし、うちの部隊って関係者繋がりが多いですね。隊長達も幼馴染同士なんでしたっけ?」

そう言われて部隊の相関図を頭に思い描くと、確かに身内人事が多いなとキャロは思った。
部隊長以下3人は幼馴染で、内2人は同じ世界出身。副隊長も部隊長とは家族同然の間柄で、
スバルはその部隊長が指揮官研修を受けていた部隊の部隊長の娘。自分とエリオも隊長であるフェイトの保護児童で、
部隊長補佐のグリフィスもはやて部隊長とは旧知の仲。メカニックのシャーリーはその幼馴染で、
ヘリパイロットのヴァイスはというとシグナム副隊長のかつての部下で、ロングアーチのアルト・クラエッタとは
同部隊のパイロットと整備士の関係だったらしい。
数日前になのはが言っていたように、確かに機動六課は身内人事だ。
ここまでメンバーを身内で固めているのには、何か理由があるのかもしれない。
だが、シャーリーはその辺に関してよくわかっていないのか、余り多くを語らずに話の矛先を隊長達の出身世界へと向けてしまう。

「なのはさんと八神部隊長は同じ世界出身で、フェイトさんも子どもの頃はその世界で暮らしてたとか」

「えっと、確か管理外世界の97番でしたっけ?」

エリオの言葉に、シャーリーは正解だという意の笑みを返す。
第97管理外世界。
地球という名前らしいが、自分も行ったことがない。
フェイトの話では文明レベル以外はミッドチルダとそう変わらないらしいが、自然ばかり見てきた自分では上手くイメージできなかった。

「97番ってうちのお父さんのご先祖様がいた世界なんだよね」

「そうなんですか?」

「そういえば、名前の響きとか何となく似てますよね、なのはさん達と」

顔つきがそんなに似ていないのは、母親の血筋が濃いからなのだろうか?
一度だけ見せてもらった写真の父親とは、本当に親子なのかと疑いたくなるくらい似ていなかった。
逆に母親とは生き写しというくらい似ていたので、地球人の資質は遺伝しにくいのかもしれない。

「そっちの世界には、あたしもお父さんも行ったことないし、よくわかんないんだけどね」

「へぇ…………」

「そういえば、エリオはどこ出身だっけ?」

「僕は本局育ちなんで」

何気なく答えたエリオの言葉に、質問したスバル以外の表情が険しくなる。
本局育ち。
その言葉が意味することは2つある。
1つは本局勤務の局員の子供で、局内の住宅エリアで生まれ育った者。
そして、もう1つは。

345Lyrical StrikerS 第6話⑥:2009/08/31(月) 23:10:13 ID:krqFdWfs
「本局の特別保護施設育ちなんです。8歳までそこにいました」

施設育ちと聞いて、スバルが済まなそうに顔を俯かせる。
エリオは呆気らかんと笑っているが、自分が知る限りでも彼の経歴は酷なものだった。
実の両親からも存在を否定され、薄汚れた暗闇の中で孤独を噛み締めた1年間。
いつしか人間そのものを嫌うようになり、近づく者全てに牙を剥いていた時期があったらしい。
エリオは言っていた。
夜中に窓の外で輝く星を見るのが好きだと。
フェイトに保護されるまで、あんなに綺麗な星を見たことがなかったと。
ル・ルシエの里を追放された自分には、まだ気持ちを共有できるフリードがいた。
言葉を交わすことのできる動物達がいた。
けれど、エリオには誰もいなかった。
星を見ることのできた自分と違い、彼は泥を見続けるだけの過去を背負っている。
あの笑顔の向こうで、いったいどれだけの涙と絶望を滾らせたのだろうか?

「あ、あの、気にしないでください。優しくしてもらってましたし、全然普通に、幸せに暮らしてましたんで」

「そうそう、その頃からずっと、フェイトさんがエリオの保護責任者なんだもんね」

「はい」

重い空気を吹き飛ばそうと、シャーリーが助け船を出す。
フェイトの名前を出されると、エリオは本当に嬉しそうに笑顔を見せる。
エリオは、自分よりも多くの時間をフェイトと過ごしてきた。
自分が彼女の温かさに救われたように、彼もまた彼女と過ごした時間で今の笑顔を取り戻せたのだろう。
本当、フェイト・T・ハラオウンは自分達のお母さんだ。
あの人がいたから、今の自分達がいるのだ。

「色々とよくしてくれましたし、色んなところに遊びに連れて行ってもらいましたし、時々ですけど魔法も教えてくれて。
本当に、いつも優しくしてくれて……………僕は今も、フェイトさんに育ててもらっているって思ってます。
フェイトさん、子どもの頃に家庭のことでちょっとだけ寂しい思いをしたことあるって。だから、寂しい子どもや悲しい子どものこと、
放っておけないんだそうです。自分も、優しくしてくれる温かい手に救ってもらったからって」

それが誰のことを指すのかは、自分達は知らない。
けれど、フェイトが2つのファミリーネームを持っていることと、縁も所縁もないはずの地球で子ども時代を過ごしたことが、
答えになっているのかもしれない。
彼女も出会えたのだ。
自分達が出会ったように、安らぎを得られる家族や友人と。







機動六課が初出動を無事に成功させたという知らせは、良くも悪くも地上本部を騒がせていた。
血気盛んな若手は憧れの本局が設立した部隊の功績を称え、本局を快く思わない幹部連中はある者は露骨に嫌悪感を示し、
ある者は対抗するように自分の部隊の強化に走り、ある者は本局に取り入ろうとする動きを見せ始めている。
それらの騒ぎを、レジアスは「下らない」と一蹴していた。
鳴り物入りで投入されたのだ、たかが暴走列車の停止くらい成功させてもらわなければ費やした予算と時間が無駄になるというものだ。
憎たらしい相手ではあるが、それくらいの分別はレジアスも持っていた。
最も、件の部隊の長である狸と出会うまではだが。

「むぅ………………」

「うっ………………」

天敵同士である互いの存在を認め、2人の表情が険しくなる。
ここは渡り廊下の一本道。隠れられる場所はどこにもない。
そして、互いにこの廊下の先に用があるようなので、後戻りすることもできない。
そもそも、周り道などすれば相手に負けを認めるように思えてならなかった。

(何故だ、あの狸めが何故、ここにいる?)

捜査情報のやり取りなどは通信かメールで事足りる。
自分や幹部連中に直接出向いて報告するようなこともないはずだ。
ならば、何の目的があってここに来たのだろうか?
しばし考えた後、レジアスは少し前にオーリスから教えられたことを思い出した。

346Lyrical StrikerS 第6話⑦:2009/08/31(月) 23:10:57 ID:krqFdWfs
(こちらの捜査網を利用しに来た訳か)

そもそも機動六課はレリック事件への対応を目的に設立された部隊であり、リソースのほとんどを武装戦力に回している。
はやてから提出された組織図を見てみても専属の捜査員は皆無であり、執務官であるフェイト・T・ハラオウンが
分隊長と兼任で捜査主任をすると明記されていた。
言わば、火消しはできても火の素を絶つことができないのである。
きっと、地上本部に協力を要請してレリックの密輸ルートを特定しようという魂胆なのだろう。
だが、地上本部に対してコネクションが皆無であるはやてが捜査協力を取り付けることに苦労していることは想像に難くなかった。
他所の縄張りの事件に手を貸せるほど、地上本部は暇ではないのだ。

(最も、その他所の縄張りが地上だということが腹立たしいがな)

こうして考えると、指揮系統が独立していることが六課にとっては長所であると同時に短所にもなっている。
地上本部の命令を待たずに行動できるという点で他の部隊に勝っている半面、横の連携を必要とする捜査や情報戦では遅れを取ってしまう。
機動六課の最大の弱点。何れは補ってもらわねば、こちらの狙い通りの働きが期待できなくなる。

「これはゲイズ中将、ご機嫌麗しゅう」

「ふん、小娘が気取りおって。初出動を成功させて調子づいているようだが、あの程度の任務なら地上の陸士は半分の時間で解決できるぞ」

「なら、勉強させてもらわなあきまへんね。何分、まだまだ若輩な身ですので」

「半人前を部隊長に据えるほど、本局は戦力が切迫しているようだな。何なら、何人か貸し出そうか?」

「そちらこそ、武装局員の教導が必要ならいつでも言ってくださいね。教導隊にも顔が利きますので」

「白々しい。そちらこそ捜査の人手がいるなら紹介してやるぞ」

嫌味の応酬を繰り広げ、真っ向からぶつかり合った視線が火花を散らす。
レジアス自身は前々からはやてのことを毛嫌いしていたが、最近でははやてもそれに応じるように嫌味を述べるようになった。
表向きは共闘関係にある2人ではあるが、こうして顔を合わせると決まって舌戦を繰り広げるのが半ば定番となっているのだ。

「中将、八神二佐も謹んでください。ここは公共の場です」

見かねたオーリスが止めに入るが、2人は尚も何か言いたそうに睨みあっている。
そんな睨み合いが十数秒ほど続いた後、2人は居住まいを正して形ばかりの挨拶を済ませて歩みを再開する。
だが、数歩も行かぬ内にレジアスは立ち止まると、どこか非難めいた声音で背後の娘に話しかけた。

「捜査協力を募っているそうだな。こちらから陸士108部隊に話を通しておこう。
あそこは密輸専門で、お前とも既知の間柄なはずだ」

「中将?」

父親の突然の提案に、オーリスが驚愕の表情を浮かべる。
一方、はやては特に驚いた様子など見せず、澄ました声で聞き返してくる。
長年、管理局の高官を相手にやり合ってきたレジアスには、年若い小娘が必死に冷静を装っているように思えた。

「見返りは?」

「2週間後にホテル・アグスタでロストロギアのオークションが開かれる。お前達の専門だ、警備しろ。
あの小生意気なガラクタどもが出てくるかもしれないからな」

「了解しました、ゲイズ中将。必ずやご期待に添えて見せます」

少しの間を置き、足音が遠ざかっていく。
すると、オーリスがいつも以上に険しい顔をしてこちらを睨んできた。
その形相足るや、歴戦の魔導師も裸足で逃げ出してしまいたくなるほどの迫力だ。

347Lyrical StrikerS 第6話⑧:2009/08/31(月) 23:11:41 ID:krqFdWfs
「中将、捜査協力だけならばわかります。ですが、ホテルの警備は……………」

「言葉を慎め、人の目もある」

「……………汚点を残さぬためですか?」

「八百長などして堪るか。それに、機動六課はお前が考えているほど柔な部隊ではない。
精々、あの娘には踊ってもらおう。奴を引きずり出すためにな」

「では……………」

「研究の難航を理由に黙り込んでいる奴らに焦ってもらわなければな。
ガラクタ如きでは相手にならない強者が、こちら側にはいるのだから」

毒蛇のように凄惨な笑みを浮かべながら、レジアスは再び歩き出す。
彼の望みは唯一つ、地上の絶対正義を貫くこと。
この取り引きもまた、彼にとって理想を果たすために被る泥に他ならなかった。







どことも知れない闇の中で、1人の男が暗い通路を歩いていた。
左右に立ち並ぶのは琥珀色の溶液で満たされた培養槽。その中に浮かんでいるのは紛れもなく生きた人間だ。
男はその情景をまるで絵画を愛でる芸術の信徒のように舐め回し、通路の果てにある開けた区画へと辿り着く。
すると、男の到着を待ち侘びていたかのように巨大な仮想ディスプレイが展開し、薄紫色の髪の女性が映し出された。
その瞳は男と同じ金色で、作り物めいた彼女の表情も相まって酷く不気味な人形に見える。

「ウーノ、クライアントからの指示は?」

『例の物は予定通り、ホテル・アグスタへ運び込まれるそうです。警備は一個部隊のみで行わせるとのことで、
強奪はさほど難しくないかと。また、ゼストとルーテシアに対して、無断での支援や協力はなるべく控えるようにとメッセージが届いています』

「自律行動を開始させたガジェット・ドローンは、私の完全制御下という訳じゃないんだ。
勝手にレリックのもとへ集まってしまうのは、大目に見て欲しい」

『お伝えしておきます。ですが、そのガジェットをこのまま放置しておいて宜しいのですか? 
既に何体かのガジェットが管理局に捕獲・解析されているようです』

「放っておくと良い。あんなもの、何百体壊れようと代えが利く。寧ろ、私が認めたメッセージに気づく機会が増えるというものだ。
いい加減、こそこそと隠れ続けるのにも飽きていたところでね。そろそろ愛しの娘との鬼ごっこを再開したいとも思っていたところだ。
あの宝石とメッセージを見れば、彼女はどんな顔をするだろうね? 喜んでくれるかな? ああ、それとも憎悪に胸を焦がすかな?」

狂ったように胸を搔き毟りながら、男は醜く体を歪ませる。
狂気に満ちたその瞳を恐れる者はここにはおらず、彼の奇行を咎める者もいない。
だから、男はずっと笑い続けていた。
自分を傷つけるように、ひたすら胸を搔き毟りながら。

「はははっ、楽しいな。彼女の遺した作品と私の作品。愛しい愛しい娘達と貴重で大切なレリック・ウェポンの実験体がFの残滓とぶつかるんだ。
どっちが勝つかな? どっちが優れているかな? ウーノ、私は今から楽しみでどうにかなってしまいそうだ」

『では、何れはルーテシアを?』

「ああ、働いてもらおう。優しい優しいルーテシア。私のためにしっかりと働いておくれ。
覚めない夢を見続けられるようにね」

男の哄笑は止まらない。
ウーノ(1番)と呼ばれた女性からの通信が切れ、広間が静寂に満たされても男は笑い続ける。
狂気に彩られた笑い声で満たされた暗闇はどこまでも深く、果てがない。
それはまるで、この男の狂気そのものを表しているかのようであった。







その夜、スバルは寝つくことができずに隊舎の周りをグルグルと散歩していた。
気晴らしにと思って外に出てみたのだが、これが思っていた以上に気持ちがいい。
夜風は冷たくて時折頬を切り、潮の香りが鼻腔をくすぐって眠気を吹き飛ばす。
気分が高揚したスバルは、訓練のおさらいをしようとシューティングアーツの型を取っていた。
マッハキャリバーを起動させようとも思ったが、折角なので素手のまま一人稽古を始める。
姉に初めて突きを教わった時のように、無心になって基本の突きを繰り返し、突きが終われば次は蹴り、
そして手刀や肘打ち、裏拳と基本動作を繰り返した後、それらを組み合わせたコンビネーションへと発展していく。
突きから蹴りへ、回し蹴りから踵落としへ。目まぐるしく変わる型は全て、姉から教わったものだ。
幼い頃に死んだ母から教わったものもあるが、小さかったのでよく覚えていない。
だから、自分にとってシューティングアーツの師匠は姉であるギンガだ。

348Lyrical StrikerS 第6話⑨:2009/08/31(月) 23:13:22 ID:krqFdWfs
(やっぱり、殴った感触は良い気分じゃないや。けど、拳が空を切る度に何かが込み上げてくる。
とても熱くて胸がギュッとなるような感覚。この興奮、張り裂けるような緊張感。
あたしの中で、もう1人の自分が訴えている。強くなりたい、もっと強く……………もっと…………………)

繰り出した拳が飛び散った汗を吹き飛ばし、小さな虹が暗闇に浮かぶ。
どれくらい一人稽古をしていたのだろうか? 全身が汗でびしょ濡れで、パジャマ代わりのシャツまで真っ黒に濡れている。
小さな拍手が聞こえたのは、丁度スバルが一呼吸置いたその時であった。

「熱心だね。けど、遅くまで起きているのはあんまり感心しないな」

「な、なのはさん!?」

いつからそこにいたのか、花壇に腰かけたなのはがこちらを見つめていた。
勤務明けなのか、私服ではなく陸士隊の制服のままだ。

「す、すみません。その、寝付けなくて……………」

「良いよ、まだ10時だし。私も遅くまで残業していたから、おあいこかな。
けど、夜更かしは明日に響くから、程ほどにね」

悪戯っぽく苦笑しながら、なのははこちらに近づいてくる。
憧れの人と2人っきりという状況に、スバルの鼓動は自然と早鐘を打った。

「シューティングアーツだっけ? こうして改めて見てみると、基本の型から普通のストライクアーツと違うんだね」

「は、はい…………ローラーとナックルを使うことが前提ですから、色々と」

「久し振りに、わたしもやってみようかな。スバルちゃんとの個別訓練も、そう遠くない内にすることになるんだし。
今の内にカンを取り戻しておくのも悪くないかも。付き合ってくれるかな?」

「え、えぇっ!?」

突然の提案に、スバルは素っ頓狂な声を上げる。
憧れの人と組み手をする。それはつまり、思い描いていた1対1の教導を受けられるということだ。
だが、舞い上がった思考はすぐに冷静さを取り戻した。知っての通りなのはは射撃型。
遠距離からの砲撃が基本的な戦闘スタイルであり、クロスレンジで戦うことは皆無である。
久し振りにと発言していたが、いったい彼女はどれほどの腕前なのだろうか?

「あ、疑っているな。ちゃんと格闘型の魔法使いに教導できるように、一通りの型はマスターしているんだからね。ほら!」

言うなり、なのはは拳を突き出してくる。
咄嗟に右手でそれを払い、反射的に左拳を打ち込む。
拳速は少し遅め、射撃型のティアナに初めて演武を披露した時と同じ速度だ。
なのははそれを危なげなく受け止めると、今度は右足で顔面を狙ってくる。
反応や動きは悪くない。基本はマスターしているという言葉は伊達ではないようだ。
ならば遠慮は無用と、スバルは拳を打ち込む速度を速めていく。
最初はゆっくりと。徐々に加速をつけ、フェイントも織り交ぜる。
すると、なのはの目が忙しなく動くようになり、動きにも乱れが見られるようになった。
あのエース・オブ・エースを翻弄している。
調子に乗ったスバルは、更に複雑なコンビネーションを使ってなのはの防御を崩しにかかった。
瞬間、なのはは桃色の盾を編み上げて拳を逸らし、地面から幾本もの鎖を伸ばしてこちらを絡め取ろうとする。

「あっ、ずるい!」

地面を蹴ってバインドを回避し、スバルは叫ぶ。
実戦ならばともかく、組み手でシールドやバインドを使うのはご法度だ。

「ずるくない、これがわたしの応用なの」

「そっちがその気なら、こっちだって」

少しだけ本気を出し、バインドの雨を搔い潜ってシールドに拳の連打を叩き込む。
なのはも全力を出していなかったのか、シールドは思っていたよりも簡単に砕け散った。
取った、と伸ばした手刀をなのはの首筋へと突き出す。だが、背筋を走る悪寒に引き留められ、スバルは攻撃の手を止める。
こちらの後頭部に、なのはが生み出した桃色の魔力弾が一発、静かに狙いをつけていたからだ。

349Lyrical StrikerS 第6話⑩:2009/08/31(月) 23:14:24 ID:krqFdWfs
「ずるいです、なのはさん」

「にゃははは、今のはわたしの反則負け。でも、これだとクロスでスバルちゃんに教えられることってあんまりないかも」

「そんなことないです。シューティングアーツは駄目でも、もっと色んなことを教われます。
あたし、もっと強くなりたいんです。なのはさんみたいに、負けない強さが欲しいんです」

「ありがとう。負けない強さか……………ねえ、まだ理由を聞いていなかったよね。スバルちゃんが強くなりたい理由。
強くなって、何をしたいのかなって」

「強くなって………あたしがしたいこと?」

なのはの真っ直ぐな瞳で問われ、スバルは自分の心に問いかけるように呟く。
4年前になのはに助けられて、理不尽を前に泣くことしかできなかった自分を変えたくて、
無我夢中で魔法とシューティングアーツを習って。
いつだって、自分の中にはまず強くなりたいという思いがあった。
だから、訓練校で次の進路を決めるその時まで、自分が何をしたいかなんて考えたことがなかった。
けれど、今は違う。
明確な思いと夢が、この胸にはある。
戦うのは好きじゃない。だから、この力を戦い以外の形で社会に役立てたい。
かつて、目の前の恩人が自分にそうしてくれたように。
原点に立ち返るといつも思う。
あんな辛い目に遭うのはご免だ。
自分ですらそう思うのだから、きっとみんな同じ気持ちだ。
だから、みんなをそんな苦しみから助け出したい。
誰かが傷つく姿なんて、見たくないし認めたくもない。
みんなに笑っていて欲しい。
そのために、自分は戦うのだ。
笑顔を奪おうとする理不尽と。
みんなから幸せを奪おうとする、災害と。

「災害とか争いごととか、そんなどうしようもない状況が起きた時、苦しくて悲しくて、
助けてって泣いている人を助けてあげられるようになりたいです。自分の力で、安全な場所まで、一直線に」

「それ、誰の受け売りかな?」

「すみません、どうしても使いたくて」

どちらからというでなく笑みを零し、フェンスにもたれかかりながら夜空を見上げる。
いつかのように眩い星達が煌く、静かで何もない夜の空。
伸ばした手は未だ届かないけれど、この手の先に彼女がいると確信することができる。

「あたし、もっと強くなります。マッハキャリバーと一緒に、もっと」

《Yes, my master》

首から下げたマッハキャリバー明滅し、主の言葉を肯定する。
頼もしい教え子とそのデバイスの微笑ましい光景を見守りながら、なのはは静かに笑みを浮かべていた。






                                                                          to be continued

350B・A:2009/08/31(月) 23:15:34 ID:krqFdWfs
以上です。
レジアスもスカも書いていて楽しいこと楽しいこと。
特にレジィは出番増えまくりですからね、はやてに嫌がらせするために。
ツンデレな年ごろですかね、これは。

351名無しさん@魔法少女:2009/09/01(火) 23:20:43 ID:t6DolLOg
GJ!

これは良い再構成、次回も待ってます。

352 ◆6BmcNJgox2:2009/09/02(水) 00:31:16 ID:KWoi0vKY
それでは行きます。

・エリオとキャロ結婚後と言う設定
・キャロが村を追い出された理由に関しての独自解釈(本編との矛盾)注意
・バットエンド注意
・非エロ
・本編終了後にもれなく全てを台無しにするおまけが付いてきます。

353これが災いだと言うのか… 1 ◆6BmcNJgox2:2009/09/02(水) 00:32:30 ID:KWoi0vKY
 エリオとキャロは結婚をしたものの、仕事が忙しい関係もあって未だ新婚旅行に行けずにいた。
その上さらにエリオは出張でしばらくの間ミッドに単身赴任しなければならなくなったのである。

「ごめんねキャロ。僕達結婚したばかりだって言うのにこんな事になって。」
「お仕事の都合なら仕方が無いよ。気にしないで。」
「ありがとうキャロ。今回の単身赴任が終わった後で何とか休暇を取れないか上に掛け合ってみるよ。
上手く休暇が取れたら…その時は新婚旅行に行こう?」

 エリオは何時の日かキャロと新婚旅行に行く事を約束し、ミッドへの出張へ出かけた。
キャロもまた笑顔でエリオを見送っており、二人は本当に幸せな夫婦……と思われていたのに………

            まさか………あんな事になってしまうなんて……

 エリオがミッドへ行ったその日の夜、キャロは一人入浴していたのだが……そこである事に気付いた。

「あれ…? これ…何…?」

 キャロの皮膚から何かが生えている。それは桃色で固く、まるで竜のウロコの様な物だった。
それも一箇所だけでは無い。キャロの体中の所々に固いウロコの様な物が生えて来ていたのだ。
しかも…それだけでは無かった………

「あ…ウロコが…また増えて……ええ!?」

 キャロの柔肌の彼方此方に桃色のウロコが目立ち始めた時、キャロはさらなる異変に気付く。
それは角。頭から二本の角が生えて来ていたのである。

「え!? これ角!? 何で!? 何でこんな事になっちゃうの!?」

 キャロは戸惑った。これは明らかに可笑しい。自分の体に異変が起きつつあるのは確実。
しかし、だからと言ってキャロは自分の身体を医者に見せる事は無かった。何故ならば…怖かったのである。
ウロコや角の生えた自分のこの体が他の物に知られてしまえば…どこか変な研究所に連れて行かれて
変な人体実験等をされてしまうに違いないと…キャロは考えていたのである。

 だがそうしている間にもキャロの柔肌は固いウロコへ姿を変え、角はおろか口からは鋭い牙が生えて…
明らかに人間とは違う…別の何かへと変貌を遂げて行った……

 そして数日後…全ての窓が閉じられ、カーテンによって日の光も差さず薄暗くなった部屋の奥で
全身を布団で覆った何か蠢いていた………

「嫌…嫌だよ……怖い…怖いよ…私…私………。」

 この数日の間にキャロの体は完全に人間のそれでは無くなってしまっていた。全身の柔肌は
完全に桃色の固いウロコへ姿を変え、頭には鋭い角、手足の先には鋭い爪、口には鋭い牙…
言うなれば……それは竜。キャロは……竜になっていたのである。

354これが災いだと言うのか… 2 ◆6BmcNJgox2:2009/09/02(水) 00:33:22 ID:KWoi0vKY
「何で…何で…? 私…何で竜になっちゃったの…?」

 何故自分がこんな事になってしまったのか…キャロにはわけが分からなかった。明らかに医学の
常識を無視している。かといって変身魔法の類とも違う。ただ一つ分かるのはキャロが人間では無く
竜になってしまったと言う事実のみ。

 布団から出て…鏡を見てますます絶望に打ちひしがれるキャロ。鏡に映った自分の姿は、
美しい娘であったキャロの顔、体が完全に人間のそれでは無く、竜の姿になってしまった事を
改めて実感させ絶望させるに充分だった。

「このままじゃ私……体だけじゃなく…心まで竜になっちゃうかも……そんなの嫌だよ…。
エリオ君…エリオ君に会いたい……私が人の心を失う前に…せめて最後に一度だけ…エリオ君に会いたい!!」

 そう考えたキャロは思わず駆け出した。

「エリオ君! エリオ君! エリオく…ぐぎゃろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 キャロが玄関を飛び出した直後、彼女の背中からは翼が開き、その体そのものも巨大化していく。
そのサイズたるやヴォルテールの数倍と言う巨大な物であり…

「ギャァァァァァァロォォォォォォォォ!!」

 その口から発せられる物は人間の言語では無く、巨竜の咆哮。キャロは完全に…人ではなくなっていた…。

 そして巨竜と化したキャロは次元さえ超越し、ミッドへ向けて飛翔して行く。目的はエリオ。
エリオと再び会う事。

 間も無くしてキャロはミッド首都クラナガンに降り立つのだが…そんな所にヴォルテールの数倍の
サイズの巨竜が降り立てばパニックになる事は当然の事だった。

「うああああ!! 巨大なドラゴンだぁぁぁぁ!!」
「助けてぇぇぇぇぇ!!」

 突然の事態に人々は泣き叫び、散り散りになって逃げ出して行く。しかしそんな彼等に気付く事無く、
キャロはエリオを求めて歩き始めるのだ。

355これが災いだと言うのか… 3 ◆6BmcNJgox2:2009/09/02(水) 00:34:18 ID:KWoi0vKY
『エリオ君! エリオ君は何処!? 何処にいるの!?』

 キャロはエリオを求め、何度もエリオの名を呼び続ける。しかし、それも人間には
巨竜の咆哮にしか聞こえないのである。そして巨竜と化したキャロが歩くだけで道路のアスファルトは砕け
住宅は踏み潰され、ビルは破壊されて行く。

 その後もキャロはクラナガンの街を闊歩しエリオを探して行くったが…やがて時空管理局武装隊からの
攻撃を受けた。街の彼方此方に武装隊の戦闘魔導師達が展開し、キャロに攻撃魔法を撃ち込んで行くのである。
だがしかし、その桃色に輝く強固なウロコにはまるで通じず…あろう事か逆にその大きな口から発せられる
火炎によって街もろともに焼かれて行く。

 僅か数十分としない内にクラナガンの街は火の海と化した。そしてその火の海の中を何事も無かった
かの様に悠々と歩く巨竜と化したキャロの姿があるのみ。


 ああ何故この様な事になってしまったのだろう。まさに災い。これはもはや災いとしか呼ぶ他は無い。
そうだ。これこそが災いだったのだ。

 かつてキャロは災いをもたらすとされ、生まれ故郷であるアルザスを追われている。それに関して
強すぎる竜召喚の力を恐れられての事であると考えられていたのだが…実際はそうでは無かった。
よく考えても見て欲しい。キャロはアルザスにおいて大地の守護者と信仰の対象にさえなっている
真竜ヴォルテールを召喚する事の出来る巫女的な要素を持っている。この場合、キャロがただ単に
強い力を持っているだけで故郷を追われなければならないと言うのは矛盾が生じるだろう。
そう。キャロが故郷を追われた理由は決して強すぎる竜召喚の力による物では無かったのである。

 その実体。キャロが故郷を追われた理由…その真相…その答えは今のキャロの異形なる姿が物語っている。
何故キャロがあの様な姿になったのかは分からない。しかし、アルザスのル・ルシエの里の者達は
何らかの方法でキャロがいずれヴォルテールの数倍とも言える巨竜になる事を察知し、それを恐れて
キャロを故郷から追い出したのであろう。


 巨竜と化したキャロが火の海、瓦礫の山と化したクラナガンの街を闊歩し、エリオを探し回っていた頃、
時空管理局の本局ではその事件の対策に追われていた。

「ミッド地上クラナガンに巨大な竜が現れたなんて…今時怪獣映画じゃないんだぞ!」
「ミッド地上本部との通信繋がりません!」
「負傷者死傷者計測不能!」

 などなど、彼方此方で罵声のごとき人々の声が響き渡る。無理も無い。確かに次元世界には
巨大生物の類はいるが、大半は害獣駆除の範疇で現有戦力による対処が充分に可能である。
しかし巨竜と化したキャロの桃色のウロコはゴムの様なしなやかさと金属のごとき強固さを
併せ持ち、時空管理局の誇る多彩な魔法を弾き返してしまっていたのである。
そして火力もまたヴォルテールの数倍であり、本局といえども攻め難い物だった。

356これが災いだと言うのか… 4 ◆6BmcNJgox2:2009/09/02(水) 00:35:32 ID:KWoi0vKY
 この未曾有の異常事態に、軌道拘置所に収監されいたとある囚人が特例的に牢から出された。
彼の名はジェイル=スカリエッティ。

「管理局に手を貸すのは癪だが、我が都を壊されてしまうのは困るからな。君等がそこまで言うのなら
手を貸さない事も無い。」

 住めば都と言う言葉もあるが、何故かジェイルは軌道拘置所暮らしに愛着を持つ様になり
我が都とすら呼ぶ程にもなっていたのだが、そのお陰で力を貸してくれて良かった良かった。
と言う事で、早速彼はある物を作っていた。

「ほら。とりあえずあり合わせの材料で作ってみたぞ。」
「作ってみたって…野球のボールやん。」

 ジェイルが勝手に何かしない様にと言う監視も兼ねて彼と同行していた八神はやては
彼が作ったどう見ても野球のボールにしか見えない白いボール状の物体に呆れていたのだが…

「おっと慎重に扱いたまえ。一見ただのボールにしか見えないが、中身は超高性能爆薬が詰まっている。
起爆させてしまえばあっと言う間に本局ごとドカーンだぞ。」
「ば…爆薬!?」

 ジェイルの言った爆薬と言う言葉に皆は凍り付いた。無理も無い管理局はこの手の質量兵器の
使用は基本的に禁じているからだ。おまけにこのボール型爆弾は爆発すれば本局も吹き飛ばせる程の
爆発力があると言うのだからなおさらである。

「爆薬って…管理局は質量兵器の使用を禁止してるのは知っとるよね!?」
「今と言う状況でその様な事を言っている場合では無かろう? それとも他にあの竜を
倒す手段があると言うのかね?」
「くっ……………。」

 今と言う状況では質量兵器禁止もへったくれも無く、彼の言う通りにせざるを得ない。

「とは言え、これを持ってしてもあの竜の固い外皮を破る事は容易な事では無いだろうな。
とすれば方法は一つ。何とかしてこれをあの竜の口の中に放り込み、内側から爆破するのだ。」
「でも…それはかなりの危険が伴う…。」

 確かに彼の言うとおり、外部からの攻撃では通じない巨竜も内側からなら倒す事も出来るだろう。
しかし、実際にその爆弾を巨竜の口の中に放り込むのは容易な事では無い。それ以前に近寄る事も
ままならずその火炎に焼かれてしまう可能性も高い。

357これが災いだと言うのか… 5 ◆6BmcNJgox2:2009/09/02(水) 00:36:30 ID:KWoi0vKY
 その結果考え出された作戦はこうだ。四方八方から巨竜に対し攻撃魔法の雨アラレを撃ち込み、
巨竜がどちらに対処すれば良いか困惑している隙にジェイルの作ったボール型爆弾を巨竜の
口の中に投げ込み内側から爆破する。この様な作戦で果たして本当に上手く行くのかは分からないが
今この瞬間にも巨竜による被害は増え続けている。よって一刻も早く何とかしなければならない。

 作戦は早速決行され、巨竜の闊歩する瓦礫の山と化したかつてクラナガンの街であった場所の彼方此方に
武装隊魔導師が展開した。巨竜の注意を引き、ボール型爆弾を巨竜の口の中へ投げ込む為の決死隊が
接近しやすくする為である。そして……その彼方此方に展開する武装隊魔導師の中にはエリオの姿もあった。

「まさかこんな事になってしまうなんて…。でも僕は必ず生きて帰るぞ。キャロが待っているんだ!」

 ヴォルテールの数倍の体躯と火力を誇る巨竜と相対するのはエリオと言えども怖気づかずには
いられなかったが、家で帰りを待つ妻キャロの事を思い出す事で勇気を奮い立たせた。

「砲撃はじめぇぇぇ!!」
「今の内に突撃だ!」

 砲撃が始まった。武装隊の各魔導師達が陸と空、四方八方から巨竜へ攻撃魔法を撃ち込み
多種多様な攻撃魔法の雨アラレが巨竜の巨体を包み込んで行き、その隙にボール型爆弾を
抱えた決死隊が巨竜へ接近して行く。

『痛い! 痛いよ! エリオ君助けて!』

 流石にこれは痛かったのか、キャロはエリオに助けを求めた。しかし、エリオを含め
人間にはその叫びも巨竜の咆哮にしか聞こえ無かったのである。

『エリオ君! エリオくぅぅぅぅぅ!!』
「いかん! 回避ー!」

 人間には巨竜の咆哮にしか聞こえないキャロの泣き叫ぶ声と共に火炎が放たれた。
それが決死隊のいる方向へ向けられており、決死隊は回避行動を取っていたのだが
完全には間に合ったとは言えなかった。

「あ! 決死隊が!」

 全滅では無い。確かに全滅では無い。しかし、全員が動けないも同然の状態であり
なおかつ回避行動時の拍子にボール型爆弾が地面へ落ち転がっていたのだ。

「くっ! こうなったら!」

 偶然現場の一番近くにいたエリオがそのボール型爆弾を拾い抱え巨竜へ向けて突撃した。
決死隊がやられてしまった以上もう自分がやるしか無い。

358これが災いだと言うのか… 6 ◆6BmcNJgox2:2009/09/02(水) 00:38:02 ID:KWoi0vKY
「うあああああ!! キャロ! 僕を守ってくれぇぇぇぇぇ!!」
『あ! エリオ君! エリオくぅぅぅぅん!』

 キャロは自分に向けて駆け寄ってくるエリオの存在に気付いた。それはそれは喜んだであろう。
何しろずっと探していたエリオが自分から駆け寄って来ていたのだから。キャロは
嬉しさの余り同じ様にエリオへ向けて駆け寄っていたのだが……………

「今だ! 今しかない! 頼む! 口の中に入ってくれぇぇぇぇ!!
僕はまだ死ぬわけには行かないんだ! キャロを残して死んでたまるかぁぁぁぁ!!」

 エリオはストラーダの先端にボール爆弾を装着し、そこから魔法を推力にして
97管理外世界の兵器で言う所のパンツァーファーストの様な形でぶっ放した。
そして……ボール型爆弾は巨竜の口の中に入り込み…その喉の奥へと吸い込まれて行き…

 次の瞬間………巨竜の体は木っ端微塵。文字通り木っ端微塵に砕け散った。
特撮ヒーロー番組でヒーローの必殺技を受けた怪獣が粉々になるシーンを思い浮かべると
分かり易いのかもしれない。それくらい綺麗な吹き飛び方だったのである。
流石の頑強な外皮を持つ巨竜も内側からの大爆発には一溜まりも無かった。

「やった! やったぞ! キャロ! 僕は生き残った! 僕は生き残ったぞー!」


 やられてしまった決死隊に代わって巨竜の口の中へ爆弾を撃ちこんだエリオは忽ち英雄となった。
勲章のみならず、特別有給休暇さえ与えられたのだ。

「あの時はもう何もかも無我夢中でやってた事だけど…僕は凄い事をしたんだな〜。
いずれにしてもこの特別有給休暇があればキャロと一緒に新婚旅行へ出かける事が出来るぞ。」

 こうしてエリオは悠々と家に帰って来たのだが、家の中にキャロの姿は無かった。

「なるほど。キャロはどこか出かけているんだな。ならここで待っていよう。
帰ってきたら驚くぞ〜。何ってったって特別有給休暇だもんな。キャロとの新婚旅行は
何処へ行こう…。」


 エリオはキャロの帰りを待つ事にしたのだが…キャロが帰って来る事は無かった。
何故ならば…キャロはエリオが殺したのだから。その事を知る者は…死したキャロを除き…誰もいない。

                     END

359全てを台無しにするおまけ ◆6BmcNJgox2:2009/09/02(水) 00:39:06 ID:KWoi0vKY
        IFストーリー『もしもこれがユノキャロSSだったら』

 突如として巨大な竜に姿を変えてしまったキャロは口から火炎を吐いてクラナガンの街を破壊して行くぞー。
しかしそこへ現れる一人の男の姿がー。

「キャロー! 君が体だけじゃなく心まで竜になってしまったと言うのなら…僕も人間をやめるぞー!」

 巨竜と化したキャロに向かって走る男・ユーノが翠色の光を放った瞬間、彼は巨大なフェレットに姿を変えた。

「キューキュー!」
「ギャロォォォォ!」

 巨竜と巨フェレの怪獣大決戦だ。

「巨大なフェレットがドラゴンに向かって行く。一体どうなるのでしょう?」
「さあ? 勝った方が私達の敵になるだけや。」

 巨竜と巨フェレの対決を時空管理局はただ見守る事しか出来ない。人間とは何と無力な存在なのだろうか…

「キューキュー!」
「ギャロォォォ!!」

 長きに渡る死闘の結果、巨竜と巨フェレは共に高い絶壁から海へと転落し行方不明となった。
あれだけの生命力を誇った巨竜と巨フェレが海に落ちただけで死ぬはずは無いと時空管理局は
捜索を始めたが、懸命の捜索にも関わらず巨竜と巨フェレは忽然と姿を消した。

 それから時が流れ、巨竜と巨フェレに破壊された都市の復興の兆しが見え始めていた頃、
今度は何と時空怪獣なる巨大生物が襲来しまた破壊を始めてしまったのだー。

 時空管理局が立ち向かうが時空怪獣は強力で歯が立たない。するとその時だ。

「キューキュー!」
「ギャロォォォ!」

 そこに現れたのは何と行方不明になっていた巨フェレと巨竜。そう。この二体は死んではいなかった。
あの後なんか色々あって何処かの島で暮らしていたんだそうな。それはともかくとして、時空怪獣だけでも
厄介なのにこの二体にまで暴れられたらもう大変と誰もが絶望するが、何と二体は時空怪獣に立ち向かって
行ったでは無いか。

「キューキュー!」
「ギャロォォォ!」

 この後、巨フェレと巨竜は次々と襲来する時空怪獣からミッドを守る正義の怪獣へ変貌して行くのだが…
それはまた別のお話って言うか昭和のゴジラじゃねーんだから。

                        おしまい




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