●イラク戦争の英雄ペトレイアスの軍事的プロフェッショナリズム
2020年1月26日投稿
>>著者はペトレイアスはイラクで多国籍軍の指揮をとることになる遥か前から、対反乱作戦に対する研究を独自に進めていたことを指摘しており、それが米軍の公式の見解と異なるものだったことを紹介しています。
まず、ペトレイアスは1986年に米陸軍のジャーナルである『パラメーターズ(Parameters)』で発表した論文「アメリカ軍とベトナムの教訓:ポスト・ベトナム時代における軍事的影響力と武力行使(The American military and the lessons of Vietnam: a study of military influence and the use of force in the post-Vietnam era)」において、ベトナム以降の米軍は「COIN(対反乱作戦)を避けるべきという教訓を得ながら、今後予期される紛争ではCOINに重点を置かなければならないというジレンマに置かれている」と述ています(同上、183頁)。
同様の問題意識は翌年にペトレイアスが提出した博士論文にも受け継がれており、そこでは米軍は将来の戦争が非正規戦争になることを見越し、対反乱作戦の準備を進めるべきという主張を展開しました(同上、183頁)。この主張に関連して、当時の米軍で掲げられていたワインバーガー・ドクトリンの妥当性も「戦争と平和の単純な二分法は非現実的」と批判しています(同上)。
>>ペトレイアスは自らの研究成果を、研究論文として発表することによって、陸軍の内外で論争を引き起こし、問題解決に向けて努力を指向させようとしました。当時、ペトレイアスの議論に対しては、賛成派ナーグル(John A. Nagl)や反対派ジェンタイル(Gian P. Gentile)が現れ、活発な論争が展開されたのですが、それが後の米軍の戦略思想の発展に貢献するものであったという観点から、次のように述べています(同上、188頁)。
「浮かんだアイデアを、自分の中で温めておくだけでは十分ではない。それを論文という形で発表し、磨き上げ、実践することがフリードマンのいう「状況を著しく改善させる手段を講じるために、多種多様な関係者を協働させる」こと、つまり広く社会を巻き込んで問題解決へと指向させることにも繋がるのである」(同上)
著者がここで述べているのは、ペトレイアスが検証の可能性を尊重する学問的な態度の重要性です。米軍が公式に示している立場を公然と批判するだけでなく、その批判の内容を研究として公表することによって、より広い検証可能性を担保しました。著者はこのペトレイアスの知的態度は、兵士の生命を預かる士官として、「あるべき姿勢といえるのではないだろうか」と述べています(同上)。
>>まとめ
ペトレイアスが実践した公式的見解への批判や、論文の公表による検証可能性の確保は、科学哲学の用語である反証可能性(Falsifiability)の重視と言い換えることができるかもしれません。反証可能性とは、ある理論が間違いであることを証明できるという可能性を指しています。イギリスの哲学者カール・ポッパー(Karl Raimund Popper)の説によれば、反証可能性を備えていない理論は、もはや科学的な理論と見なすことはできないとされています。この基準は軍事学の研究に対しても適用可能なものであり、軍事学の研究が科学としての水準を保てるかどうかは、ペトレイアスのように非公式な見解や、他者との論争に対してオープンな姿勢をとれるかどうかによって左右される問題でしょう。単一事例分析だけでは一般化された結論を出すことはできませんが、組織の見解の妥当性を独自の観点で批判的に検証する能力や、自らの研究成果を容赦なく他者から批判に晒すことを厭わない公平な姿勢を身に着けることが、新時代の軍事的プロフェッショナリズムの特質である可能性は、注意深く検討すべき重要な仮説だと思います。
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