>>バイデン政権が情報発信を強化した背景には2014年にロシアによるウクライナ領クリミア半島の併合を許した失敗の教訓がある。当時のバラク・オバマ政権は情報開示に消極的で、欧州の同盟国などにも情報を十分に伝えなかったという。オバマ政権の元高官は、「知っている情報を世界に発信すれば、我々の利益になると思ったことが何度もあった」と振り返っている。私は、バイデン政権が「開示による抑止(Deterrence by disclosure)」を採用したことは適切だったと思っている。バイデン政権が開示した多くの情報は正確であったことは大多数の識者が認めるところだ。確かに、「開示による抑止」によってプーチンのウクライナ攻撃を抑止できなかった。しかし、「開示による抑止」により、プーチンの主張の欺瞞性を世界に明らかにできた。また、米国と同盟国や友好国との相互理解は深まったし、機先を制する米国の情報開示にプーチンの対応が難しくなったことは確かであろう。
結論として、プーチンの嘘(ロシアはウクライナ侵攻計画を持っていない、米国が戦争を煽っている、ロシア軍は撤退をしている、ウクライナがロシア人に対するジェノサイドを行っているなど)に基づく情報戦は、バイデン政権の「開示による抑止」に敗北したのだ。「開示による抑止」を可能にしたのは、バイデン政権がロシアのウクライナ侵攻に対処するために編成した「タイガー・チーム」の存在が大きい。
>>タイガー・チームとは何か
以下の記述は、2月14日付のワシントンポスト紙の記事(Inside the White House preparations for a Russian invasion)に基づく。タイガー・チームは2021年11月に正式に誕生した。国家安全保障担当のジェイク・サリバン大統領補佐官が国家安全保障会議(NSC)のアレックス・ビック戦略計画担当ディレクターに、複数の省庁にまたがる計画策定の指揮をとるよう依頼したことが始まりだ。ビック氏は、国防省、国務省、エネルギー省、財務省、国土安全保障省に加え、人道的危機を所掌する米国際開発庁を加入させた。また、情報機関も関与させ、ロシアが取り得る様々な行動方針、それに対するリスクと利点などを検討したという。シナリオには、サイバー攻撃、ウクライナの一部だけを占領する限定的な攻撃、ヴォロディミル・ゼレンスキー政権を崩壊させ、国土の大半または全部を占領しようとする全面的な侵攻まで幅広いシナリオを想定し、侵攻から2週間後までの対応策をまとめた「プレイブック」を作成した。
この「プレイブック」を基に現在もロシアの侵攻に対処している。ロシアを抑止するために検討してきたテーマは、欧州などと協調した外交努力や経済制裁、米軍の展開、ウクライナへの兵器支援、大使館の警備体制など幅広い。以上のような取り組みは、起こりうる事態を予測するのに役立っただけでなく、ロシアの情報戦に先手を打ち、その意図を事前に暴露し、ロシアのプロパガンダ力を削ぐことであった。
>>おわりに
ロシア軍のウクライナでの攻撃は続いているが、米欧諸国はロシアの一部銀行に対するSWIFT(国際銀行間の送金・決済システム)からの排除、ロシア中央銀行への制裁などの強い制裁を発動した。この制裁によりロシア国内の経済・金融は大混乱に陥るであろう。プーチンのウクライナ侵攻は、戦略的には明らかに失敗であり、その後始末に苦労するであろう。現代戦は、全領域戦(All-Domain Warfare)がその本質である。全領域戦とは陸・海・空戦、サイバー戦、宇宙戦、電磁波戦、情報戦、外交戦、経済制裁などの経済戦、法律戦などを含むあらゆる手段を駆使した戦いである。バイデン政権のタイガー・チームの編成は、全領域戦の実践であると私は思う。
渡部 悦和
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