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【アク禁】スレに作品を上げられない人の依頼スレ【巻き添え】part5

1名無しリゾナント:2014/07/26(土) 02:32:26
アク禁食らって作品を上げられない人のためのスレ第5弾です。

ここに作品を上げる →本スレに代理投稿可能な人が立候補する
って感じでお願いします。

(例)
① >>1-3に作品を投稿
② >>4で作者がアンカーで範囲を指定した上で代理投稿を依頼する
③ >>5で代理投稿可能な住人が名乗りを上げる
④ 本スレで代理投稿を行なう
その際本スレのレス番に対応したアンカーを付与しとくと後々便利かも
⑤ 無事終了したら>>6で完了通知
なお何らかの理由で代理投稿を中断せざるを得ない場合も出来るだけ報告 

ただ上記の手順は異なる作品の投稿ががっちあったり代理投稿可能な住人が同時に現れたりした頃に考えられたものなので③あたりは別に省略してもおk
なんなら⑤もw
本スレに対応した安価の付与も無くても支障はない
むずかしく考えずこっちに作品が上がっていたらコピペして本スレにうpうp

231名無しリゾナント:2014/10/09(木) 20:45:08
もっともこの程度のことは古典にあたるまでもない、技の上達とともに勝手に体得する戦術上の真理だ。
「長い柄のついた槍でも、突いてくるなら尖ってるとこは自分の近くに来るじゃん。遠いのは持ってる人間だけでしょ」
「???」

俗にいう一足一刀の間合いと呼ばれるものがある。
実体的な距離のみではない、時間や心理といったものまで含んだ距離感。
あと一歩踏み込めば相手を斬れる、同時に相手にも斬られる間合い。
ここまでなら、だれでも容易に理解できる。
ではその次である。
両者の武器が同じならいい。
が、片方の武器だけ長ければ、どうなる?
長いほうは一歩踏み込まずとも当たり、短いほうは2歩3歩入らなければ当たらない。
それは明らかに長いほうが有利、ということではないのか?

いま鈴木香音の頭の中にある疑問もこれだろう。
当然の疑問である。
至って正しい考察、とくに現代人ならば、普通の感覚だ。

ところが鞘師は、そんな疑問を抱いたことすらない。
彼女のそれは「技術」を最初から、一足飛びで、身に付けてしまった者特有の感覚である。
戦術はそれを発想する者の「技術」によって決定される。
「技術」の低い者には高い「技術」を前提とした戦術は生み出せない。
推測することすら、できない。
鞘師の普通、それは鎌倉時代や戦国時代の、武に生きる者の「普通」なのだ。

相手の得物が長いならば、相手の「得物」に対して「一足一刀の間合い」を取ればよい。
それが答え。
武に生きる者は、誰に教わるでもなく、この解答を直感しうる。

232名無しリゾナント:2014/10/09(木) 20:46:04
「ええっ?ますますわからないよ」
「相手が持ってる槍だって突いたり叩いたりしないとウチをやっつけられないわけじゃん」
「うん」
「だったらさ、ウチに向かって突いてくる槍自体を切っちゃえば、いいんだよ」
「えーそんなことできんの?」
「長いってことは重たいってことだしね、そんなにひょいひょい動かないし難しくないよ」

ちょちょちょ、ちょっとまてまて、鈴木は心の中で突っ込む。
鞘師が槍を扱う、確かにその姿こそ鈴木は知らないものの、6尺棒8尺棒、あるいは、
それに準ずるような、長い棒を扱う姿なら、鈴木は数限りなく見てきている。

りほちゃん、あんたいつもとんでもない速さで突きまくって叩きまくってるけど?
あれで「そんなにひょいひょい動かない」って言われても説得力ゼロだよ。

「…そんなもんかなぁ、でも切っちゃうの難しくない?りほちゃんしかできない気がするんだけど」
「切り落とせなくても、たとえば切込み付けただけで相手は槍を手繰れなくなるから、
それでも相当の攻撃を封じられるし…というか、うん、なんでもいいんだよ、そうゆうのは。
柄を切ってもいいし、掴んでもいいんだけど、そういうのはなんでもよくて、その前に…」

すでに別の話。
より高度な、さらに、さらに高い技術を前提とした…

鞘師はおせんべいとストローの生えたペットボトルを向き合わせる。
「この真ん中の線を割って、相手の線を反らしちゃえば、ウチには当たらなくなるんだ。長さは関係ないんだ」
「あーりほちゃんがたまにいうやつね、でもアタシそれ全然わかんないんだ」
「そっかー」

鈴木は別に鞘師の弟子というわけでもない。鞘師も水軍流そのものを教えるわけではない。
格闘についてのレクチャーの際、鞘師の口から出る言葉は平易でシンプルなものばかりである。
もっともそれは鞘師自身が持つ武術的な言葉の知識が少ない、というのが実際のところなのだが。

233名無しリゾナント:2014/10/09(木) 20:47:46
鞘師が言っている事、これは正中の話である。
槍だの刀だのという些末なことで優劣が極端に変化するのは、
「ここ」を抑える技量のない者同士の世界のことであって、
鞘師が住む、戦国の技量の世界では、そもそもが考えるだけ無駄なことなのである。
だがこの「考えるだけ無駄」ということが、現代の人間には理解できない。

「無駄」?そんなことはないはずだ。
もし無駄なら、そもそも槍を生み出す意味がない。
なぜ槍がある?それは刀より強いからに決まっている。

そう考えてしまう。
その考え自体が初めから間違っている、とは思い至らない。

刀や槍、それらが実用されてきた時代において、
両者はどちらに対してどちらが強いか、といった理由ではなく、「何を」目的とするかで選択されてきた。
「何を」そう、両者の優劣が如実に変化するとしたらそれは戦術ではなく「戦略上において」、なのである。

ではある、のだが…

「でも一番いいのはやっぱり」
「やっぱり?」

鞘師は言葉をつづける。
それは、今までの話を根底から―――

「こっちもでっかい刀使うのが一番いいね」
「え?」

「だって、武器は、でっかいほうが有利だからね」

ずこーっ

234名無しリゾナント:2014/10/09(木) 20:48:41
今までの話を根底からご破算にする、身も蓋もない回答。
もう、なにがなにやら―――



―――戦国時代より前、鎌倉時代より後、この時代、武士たちの駆る得物は巨大化の一途をたどった。
より重く、より長く、そして、さらに重く…

武器の長さなど関係ないなどと言っておきながら、この時代の武器は信じられぬほどに長く、そして重かった。

大太刀、長巻、まさかり、大槌、金砕棒…

現代人では、振るうどころか、持ち上げることすら困難な、巨大で長大な『鉄と木の化け物』たち。
これを当時の武士は、それこそ尻の青い10代の少年であれ、軽々と、操ってのけた。

大きな得物には大きな弱点が「本来は」ある。
その重さゆえに、その長さゆえに、軽く手頃な太刀の動きについていけない。
それどころか、下手をすれば、振り上げて、振り下ろすことすら、できない。
だが武士は、この弱点を単純な「力」ではなく「技術」によってねじ伏せた。

一般的な日本刀の重さが約1kg前後、対して、
実在する大型武器の重さは大きいもので8kg程度、実用最大クラスでなんと20kgに到達。

これは、とても人に克服しうる重さではない。

ではどうしたか?
彼らはこの重さを、「克服」するのではなく、「活用」しつくした。

鞘師は完全な静止状態から一瞬でトップスピードまで加速する術を知っている。
すなわち戦国の武士たちも、その術を知っている。

235名無しリゾナント:2014/10/09(木) 20:49:49
己の体重の変化から全身に小さな落下エネルギーが生まれる。
部分部分は小さくとも、それが全身一度に起こったのなら…

瞬間的に加速された肉体は己の体重に比して大きな慣性力をもつ。
人の体重…少なくとも50kg以上、8kgの武器でも6倍以上ある。
その慣性力によって大型武器も同時に加速される。
その加速が大型武器による高速で激烈な一撃を生む。

加速された大型武器にはその重量に応じて大きな慣性力が生じる。
その慣性力に引っ張られ、いや、「乗る」ことで、
次なる体の変化、移動が引き起こされる。

身体が生んだ慣性により武器が奔り、武器の生んだ慣性により身体が奔る。
連関する重さと速さの天秤が無限に循環していく。

それが、大きな得物の大きな弱点をねじ伏せた「技術」。

技術によって武器の長さによる差をなくし、
さらに進んで、技術によって武器の重さによる差をなくした。

だからこそ「長いほうが有利、重いほうが有利」となった。

まさに今鞘師が口にした―――そして、到達しつつある境地。

236名無しリゾナント:2014/10/09(木) 20:50:55
武器の長短は関係ない、武器の軽重も関係ない、
だからこそ、一周回って、武器の長短と軽重は、やっぱり関係ある。

だが、まて、ちょっとまて、ということはだ。
そこまでの技術があるなら何も無理に「長く重いもの」を使わなくても、
手ごろなもの、すなわち「普通なもの」を使えば、より存分に技を発揮できるのでは?
それもまた真理、長すぎるもの重すぎるものは、やはりそれより短く軽い物に劣る。
あれ、では短く軽い物のほうが有利なのか?あれ?それは?え?

ぐるぐるぐるぐる…

ぐるぐるぐるぐる…いつまでも輪転する二匹の蛇。

ぐるぐるぐるぐる…ぐるぐるぐるぐる…

真ん中の線が反れるとかなんとか言う話どこいっちゃったんだっけ?
本当に回転する蛇が見えそうな気分だよ、りほちゃん。

だめだこりゃ、結局、鈴木には、何も理解できなかった。

237名無しリゾナント:2014/10/09(木) 20:51:56
>>230-236
■ ロングレンジヘビーウェイト −鞘師里保・鈴木香音− ■
でした。

238名無しリゾナント:2014/10/11(土) 09:22:12
■ サバーアップ −光井愛佳− ■

「黒い、人狼ですか?」
「そやぁ…知らんか?」
「そうですね、狼型の【獣化】能力者自体は、組織にも複数いるはずです。
でも、今のお話にあるような人狼が、あの施設の警備の中にいた記録は残っていなかった…
…私の方でも少し、調べてみましょうか…」
「うんたのむわぁ…いっつも堪忍な、困ったことがあるたび話聞いてもろて…」
「いいんですよ、私でよければいつでも…そう、さっきの話ですけど、
その…『保管庫』と呼ばれる場所で、黒い人狼に『喰われて』いた、
という大きなリボンの女の子についてですが、何かほかにありませんか?」
「いや、さっき話したんで全部や」
「そうですか…」
「ん?」
「いえ…それにしても工藤遥さん…でしたっけ?すっかり元気になったみたいで」
「そや!そやぁ!あの生意気盛りめ…
…でも、ほんまや、ほんまそうやってん…必死やってんな。
組織の人間やって負い目があってんな…みんながそれ知ったら追い出されるかもしれん…
…嫌われるかもしれん…そんなんなこと抱えて、言えへんかってんな…
一時期ずうっとふさぎ込んでる時期あってな…表向きは頑張ってな、
新垣さんつかまえて能力の制御にめっちゃ精出しとったけど、そんなんバレバレや…
でも、なんや、ふっきれたみたいでな、いろいろと過去の話も…してくれるようになってん…」

「はい…」

239名無しリゾナント:2014/10/11(土) 09:22:46
「最近なウチ…うれしいんや…後輩がな、みんなええ子やん?
いままでずうっとウチが後輩で、年上ばっかと付き合うてきてんから、
意外と、後輩の扱い不器用やってん…
それで、譜久村とか鈴木とかにな、
きついこと言うたり…そんたびにああまたやってもうたって…
…また嫌われるて…」

「ええ…」

「でも、だあれもウチを嫌わへんかってん。
みいんな光井さん光井さんゆうて寄ってきてくれはるんや…
…なんや、ウチも同じや…工藤とおーんなじ…はは…ほんま可愛くて可愛くて…」

「…」

「…あれ?ウチなんでこんな話?今日ってたしか久しぶりに凰卵の卒業生の子らと…
そのあとみんなで居酒屋来て…あれ?…」
「やだなぁ光井さん、そのあと『同じリゾネイターである私』と、酔い覚ましに来てるんですよ」
「ああ?……ああ、そうや…そうやった…」
「それより光井さん、フクちゃ…いいえ譜久村さん?でしたっけ?彼女は最近どんな…」

240名無しリゾナント:2014/10/11(土) 09:23:21
>>238-239
■ サバーアップ −光井愛佳− ■
でした。

241名無しリゾナント:2014/10/19(日) 01:21:51
>>187-192 の続きです



衣梨奈の鼻先には、鈍色の空を映すナイフが突きつけられている。
ナイフの持ち主は先ほど衣梨奈が気絶させたはずの、電車の運転手。
そしてその背後に、不敵な笑みを浮かべつつ立っている少女の姿があった。

「この前のリベンジにしては、せこいやり方っちゃね」

意識を集中しなければならない時に、まさかの状況。
衣梨奈は目の前の少女に対し、憎まれ口を叩くことしかできない。

「あの時の屈辱を、って言いたいとこだけど。今日はあんたには用は無い」

そして衣梨奈を急襲した少女 ― 福田花音 ― は。
以前会った時より幾分余裕をなくした表情で、衣梨奈に告げた。
それでも、立場の揺らぎを悟られないように表情に笑みを貼り付けることを忘れない。

「何であやちょとあんたたちが一緒にいるか知らないけど」

花音が一歩前に出るのと同時に、衣梨奈が男を押しのける。
鮮やかな手際で男を後ろ手に縛り無力化すると、身を挺して花音の正面に立ち塞がった。

「…なんのつもり? そこにいる子はあたしたちの仲間なの。返してくれない?」
「あんたの態度からは、そうは思えないっちゃけど」

花音の能力によって操られた男、そのナイフの切っ先から殺意が滲み出ているのは衣梨奈も感じ取っていた。しかしこうやって
本人と対峙していると、すぐにその過ちに気づく。

花音の殺意は、自分ではなく明らかに彩花に向けられているということに。

242名無しリゾナント:2014/10/19(日) 01:23:07
「この子を、どうすると?」
「言う必要はない。早くそこをどいてよ」

確かに衣梨奈と彩花は今日会ったばかり。
おまけに会話すら交わしていない。衣梨奈が現場に駆けつけた時には既に彼女は正気を失っていた。それでも。

「どかん。この子は…はるなんの大事な友達やけん」

直接春菜に聞かなくてもわかる。
五指をずたずたに引き裂いてまで助けようとした人間が、大事な友達じゃないはずがない。
その春菜は今、衣梨奈の能力に身を委ねてその友達の心の闇を打ち払おうとしている。
だったら、守るしかない。

「はぁ?そんなわけないじゃん」

ただ、衣梨奈の意志は花音には届かない。
それどころか。

「あやちょはあたしたちにすら心を開かないのに、そんなやつと友達? 寝言は寝てから言ってよ」
「生憎衣梨は目覚めがいいけん、寝言やなかよ」
「そう。だったら、あんたを…『排除』するまで」
「へっ。そんなことできると? 衣梨奈知っとうよ、あんた自身は大して強くないって」

慈悲の無い声で処刑を告げる花音に、衣梨奈は余裕の笑みを見せる。
彼女たちと直接戦った聖たちから、花音の能力は既に聞いていた。人を洗脳し操る能力の持ち主だが、あまり戦闘向きではないと。

243名無しリゾナント:2014/10/19(日) 01:24:18
「あんたごときに言われるとはね。でもまあ、確かに花音自身はそんなに強くない。あんたみたいなガチバカっぽいのと戦うなんてま
っぴら御免。でもね」

花音が、すっと片手を上げた。
停車した電車の陰からぞろ、ぞろと現れる群集たち。
サラリーマン、OL、工事現場の作業員、ご丁寧に警察官までいる。

ゾンビ映画に出てくるゾンビのように緩慢に、しかし確実に衣梨奈を取り囲んでいった。
あっと言う間に人間バリケードの完成だ。
その群集たちの中心に立ち、誇らしげに花音が言い放つ。

「あたしには百の…ううん、千の軍勢がいる。自分の手を汚さずに、目的を果たすことができる。これってすごいことじゃない?」
「…最低っちゃね」

目的さえ果たせればいかなる手段も厭わない。それではダークネスと一緒ではないか。
衣梨奈は憤るが。花音を糾弾している暇はない。一分一秒が、惜しい。今は衣梨奈の力は春菜が彩花の精神世界を潜行するのに割かれ
ている。集中力が途切れればそれで終わりだ。

「最低で、結構」

言うより迅く、衣梨奈たちを取り囲んでいた群集たちが一斉に襲い掛かる。
先ほどの緩い動きとは打って変わっての、野生の狼を彷彿させるような鋭い猛襲。だが哀れなるかな、理性を奪われた獣たちは悉く衣
梨奈の張り巡らせた罠に絡め取られた。

244名無しリゾナント:2014/10/19(日) 01:25:31
「能力を使わずに相手を無力化する…ねえ。馬鹿っぽいくせに頭使うんだね」
「衣梨奈は天才やけんね」
「あっそ。ところであたしが昔、何て呼ばれてたか知ってる?」
「そんなん知らん」
「…神童」

糸に絡め取られ、身動きの取れないはずの人々。
だが、機械的に動かされた手が、足が糸に逆らう。強靭な糸に阻まれた肉体はやがて切り裂かれ、血の筋を走らせはじめた。

「あんた何を!!」
「別にそいつらが傷つこうが、あたしは痛くも何ともない。いくら切り刻まれてもいい。手が足がちぎれたっていいの。最終的に目的
さえ果たされれば」

冗談か何かの類であれば。そう願わずに居られなかった。
けれど花音は、笑ってはいなかった。
衣梨奈に突きつけられる、二つの選択肢。
彼らを解放し餌食になるか、彼らを縛りつけ傷つけるか。

「ねえ、どうする? 正義の味方リゾナンター様は、罪も無い人々を傷付けるくらいなら自らの身を犠牲にする? それとも、正義を
貫くために敢えて心を鬼にでもしてみる?」
「……」
「苦しい? でもね、あんたたちみたいな『温室育ち』の感じる苦しみよりも…あたしらがここまで上り詰めるのに味わった絶望のほ
うが、何倍も辛いんだから」

245名無しリゾナント:2014/10/19(日) 01:27:06
その時、衣梨奈は花音の背後に暗い情念を感じた。
自分達を温室育ちと揶揄するほどの背景とは。
確か彼女たちは警察機関の所属だと言っていたことを衣梨奈は記憶していた。
とするならば、国の機関が彼女たちに「そのような絶望」を経験させたというのか。

そうしている間にも、花音の忠実な僕たちは血を流し、肉を切り裂きながらも糸の包囲網を打ち破ろうとしている。
躊躇している時間はなかった。

五指から伸びる、ピアノ線。
衣梨奈は瞳を閉じ、それから意識を集中させる。

まるで電気のように伝わる、鋭い力。
糸の中でもがく花音の軍隊たちは、体を大きく痙攣させ、そして動かなくなった。

「な、何をしたのよあんた…」
「ほんのちょびっとだけ。衣梨奈の『精神破壊』を開放した。あんたが操ってるおかげで、ダメージも少ない。やけん、あんたのほう
もこの人たちをコントロールできんやろ?」

正確無比な里沙の「精神干渉」と比べ、衣梨奈の「精神破壊」は文字通りの破壊する力。里沙のように必要最低限の干渉で対象を支配
下におくのは至難の業と言ってもいい。能力者ではない人間がこの能力に晒されれば、文字通りの精神の破壊を引き起こす。

しかし、対象が既に他の能力者によって精神的支配を受けていれば、話は別。
互いの能力への干渉によって、言わば双方の支配が及ばない状態にすることができるのだ。
対精神系能力者への対処。精神干渉の分野においてトップクラスである里沙は、事あるごとに衣梨奈に相互無力化の原理を教えていた。
そのことを思い出した、会心の一撃。

確かに一人の能力者としては、花音のほうが上手だった。
しかし、里沙を師匠に持ち、彼女の経験と知識を受け継いだ衣梨奈の思わぬ一手にしてやられた形となった。とは言え、衣梨奈はその
貴重な知識の都合のいい箇所しか覚えてはいないのだが。

246名無しリゾナント:2014/10/19(日) 01:27:59
振り出しに戻った戦況。
それでも花音の見下すような表情は変わらず。

「…言ったでしょ。あたしの兵隊は百…千、無限だって」
「させるかっ!!」

自らの能力「隷属革命」により新たな僕を呼び出そうとする花音に、衣梨奈が飛びかかる。
もとより戦闘力に乏しい花音、あっという間に衣梨奈に組み伏されてしまう。
能力の相克はあくまでも布石、本命は自らが勝るフィジカルの勝負に持ち込むことだった。

「くそっ、離せ!離せ!!」
「はるなんの仕事が終わったら離してやるけん、それまで大人しくしてるとよ」

大の大人でさえ、糸を手繰ることで鍛えられた衣梨奈の腕力から逃れるのは至難の業。
増してや、自らの手を汚したことのないか弱き細腕では。

「何が仕事よ!あんな、あんな胡散臭いやつにあやちょを救えるはずない!!だったらいっそあたしが!!」

激しい憎悪。それとともに伝わる、深い絶望。
おそらく彼女なりに、手を尽くしたのだろう。その上で、自らの手で終わりを選択するという結論を下した。衣梨奈はそう判断した。
だからこそ。

247名無しリゾナント:2014/10/19(日) 01:28:41
軽い破裂音が、花音の頬を打つ。
平手で叩かれたのだ。

「なっ…」
「黙って見とき。はるなんが、『あんたの友達』を助ける」

反論しようとする花音だが、両手首を掴まれ、身動きすらできない。
衣梨奈は、倒れている彩花と春菜のほうを見やる。

はるなんなら、きっとやってくれる。

そこには仲間への、揺るがない信頼があった。

248名無しリゾナント:2014/10/19(日) 01:30:50
>>241-247
『リゾナンター爻(シャオ)』 更新終了
間を置いた割には短くてすみません

249名無しリゾナント:2014/10/24(金) 02:25:27
■ ジョイフルドライブ −新垣里沙・田中れいな・光井愛佳− ■

高速を疾走する大型四輪駆動。
運転するは新垣里沙、助手席に光井愛佳、後部座席に田中れいな。
車内から溢れるは、絶えることのない笑顔、笑い声。

「…ぎゃっはっはっは!それで?それで?ガキさん!」
「ほぉ!そーで佐藤が言うのよ!『ガキさん鬼ごっこしましょ』って!」
「うそやぁん!そんな…ひひっ…そんな!」
「ほーんとよ!もー今!アンタ本気で怒られたばっかでしょうが!ってアータシもびっくりしちゃって」

倒れこみ、足をバタバタさせる田中、話し続ける新垣。
二人と共に笑いながら、光井は思う。

なんかええなぁ…お二人がこんな楽しそうにしてるん、ひさしぶりや…ええなぁ…
まるでピクニックや…ああ…ホンマこれがピクニックやったら、もっとええのに…

『N県山間部』

爆発、火災、たなびく煙…
組織に関わる、なんらかの施設があったと思われる、あの廃村。
その調査に3人は向っている。

きっと、この旅で「知りたくなかった」そんな陰鬱な事実を目の当たりにする。
きっと、この旅は「嫌な思い出になる」、わかっとるんや。

わかっとる、わかっとる…でも…それでも、ええやん。

うん、ええやん、それでも二人が、いま、こんなに楽しそうなら…

うん、きっと、ええこと…

250名無しリゾナント:2014/10/24(金) 02:26:37
>>249
■ ジョイフルドライブ −新垣里沙・田中れいな・光井愛佳− ■
でした。

251名無しリゾナント:2014/10/31(金) 00:51:22
>>241-247 の続きです



春菜の目に、鮮やかな色彩が飛び込んでくる。
原色を基調とした部屋の中には、たくさんの子供達がいた。
ビビットな色に反比例して際立つ、白いワンピースを着せられた少女たち。
数人でかたまって無邪気に遊具で遊ぶものもいれば、一人で座り込み虚空を見つめているようなものもいる。そして彼女たちを。

マジックミラー越しに見ている、白衣の男たち。
春菜は、今自分が見ている光景が「研究所」のものだとすぐに理解する。
なぜなら、彼女もまた似たような環境に置かれていたから。

部屋の裏手にあるドアが、かちゃりと音を立てて開錠される。
現れた白衣の男。少女の一人に声をかけ、手を引いて外へ出て行った。

あの子は…それに、もしかして…

幼いながらも、はっきりとした顔立ち。浅黒い肌。
連れ出された子は、間違いなくこの精神空間の主である彩花。そして連れ出した男の目的は。

252名無しリゾナント:2014/10/31(金) 00:53:18
場面が暗転する。
部屋の中央に、機械仕掛けの椅子。その中に幼い彩花がすっぽりと納まっていた。
椅子の周囲には大小さまざまの計数器。一人の研究員がクリップボードを片手に、彩花に話しかけている。が、彩花の顔は青ざめ、
額には珠の様な汗を滲ませていた。

突然、男が片手をあげる。
それを合図に、ガラス越しに見ていた他の研究員たちが目の前の機器を操作する。
走る電流、痙攣する彩花。計数器の針が大きくぶれ、モニタのグラフが激しく上下した。

やっぱり。これは…「人体実験」。

春菜もまた、新興宗教団体が抱える研究機関によって同じような経験をしていた。
表向きは異能開発のための諸実験。だが、内容はとてもではないが人道に配慮したものとは言えなかった。目を固く瞑りたくなる
ような、耳を塞ぎたくなるような、そして声を枯らして叫びたくなるような記憶が蘇る。

いけない。私自身が後ろを向いてる場合じゃない。和田さんを、助けなきゃ。

そんな春菜の心情を反映するかのように、再び場面が転換する。
場所は先ほども見た、子供達の収容場所。そこに、背丈は変わらないが明らかに成人した金髪の女が入り込んでくる。

「あれ、矢口さん…こんな夜中にどうしたんですか?」

少女の一人が、訝しげな顔をして矢口と呼ばれた女に問いかける。
矢口は天使のような微笑を精一杯作り、こう言った。

253名無しリゾナント:2014/10/31(金) 00:55:15
「なあお前ら、ここから抜け出したくないか?」
「え…それってどういう」
「抜け出すってなに?」
「面白いこと?」

蜂の巣を突いたように、矢口に群がる子供達。
そんな様子に辟易しつつ。
お気に入りらしき牛柄のパーカーが上下左右に引っ張られるのを振り解きながら、

「ここから、脱走すんだよ。お前らは自由だ」

と半笑いの表情で言った。
子供達の熱狂が頂点に達し、牛柄パーカーは千切られるのではというくらいに引っ張られ、捻られる。ったくだからガキは嫌いな
んだよ、あいつら思いだすんだよこんにゃろ、と小さく呟きながら。全員に呼びかけ、部屋を後にする。
原色で彩られた部屋から、白が消えた。

春菜の感覚を、肌寒さが襲う。
一面の雪吹雪。唸るような風の音が鳴り止まない。
白く染められた世界を、尾根伝いに進む一行があった。吹き付ける鋭い風と雪に塗れ、それでもただひたすらに前を向くしかない
少女たち。

「ねえ、これ…本当にただの訓練なの…」
「警察の人もうそつきだ」
「いやだよ、まだ研究所のほうが…」
「なに言ってるの、あんなとこに戻るくらいなら」
「寒いよ…おなかすいたよ…」

極低温に晒され、もがき苦しむ言葉ですらも途切れ途切れの幼い子供達。
どうやら先ほどの研究所から別の機関 ― 恐らく警察組織なのだろう ― に彼女たちは所属したようだ。が、目の前の光景を
見る限りはとてもではないが、彼女たちが苦難から逃れられたとは思えない。

254名無しリゾナント:2014/10/31(金) 00:56:07
「あ…」

一行の最後尾、ついてゆくのがやっとだった一人の少女がバランスを崩す。
よろけた先は断崖絶壁、深淵に吸い込まれるように身を預けた少女。
春菜はもちろん、息を呑むことしか出来ない。たとえその手を差し伸べたところで相手は記憶の幻だからだ。
けれど追憶は春菜の思いを汲み取るかのように流れる。今にも闇に飲まれそうな小さな手を、掴むものがいた。

「桃香ちゃん!!」
「あ、あやか…ちゃん?」

間一髪で少女の命を救ったのは、彩花。
ただ、その力はあまりにもか弱く。

必死にその手を繋ぎ止めようとするも、無情にも桃香と呼ばれた少女は少しずつ、彩花の手からずり落ちようとしていた。

「あやかちゃん、もう、いいよ…このままだと…」
「なに言ってるさ!桃香ちゃんはあやが絶対に助けるから!!」

力強い言葉とは対照的に、抜けてゆく力。
彩花の体は桃香に引っ張られるように、絶壁へと近づいていた。

その時だった。
彩花の手を強引に振り解き、奈落の底へと桃香が落ちていったのは。

― もう、こんな思いをするのは、いや ―

春菜の視界が、黒く染められる。
響き渡るのは彩花の声だけ。

255名無しリゾナント:2014/10/31(金) 00:56:38
― だから。だから、スマイレージのみんなだけは失いたくなかったのに ―

黒の一部が切り取られ、そこに映るは。
赤い死神。崩壊したビルの瓦礫の山で、圧倒的な力でもって対峙する少女たちを屠ってゆく。

― 失いたくなんか、なかったのに ―

全身を吹き飛ばされ、無残に転がる彩花。
肉片すら残さず塵と化した、紗季。

心臓を貫かれ、崩れ落ちる憂佳。

― いらない。もういらない ―

春菜たちがさくらやれいなを救出するため孤島に赴いたのと時を同じくして。
このような無残な戦いが繰り広げられていたとは。
結果、今彼女を取り囲んでいる状況は。精神世界の入口で見た黒く塗りつぶされたカンバスと一緒だった。

塗り込められる、怒り。悲しみ、嘆き。それらを通り越した、絶望。
黒く歪んだ空間から彩花の悲痛な心の叫びが降り注ぐ。

256名無しリゾナント:2014/10/31(金) 00:57:55
時を同じくして、春菜の立っていた場所に亀裂が走る。
世界の崩壊。あまりに黒い、光無き闇が形をなすことにすら耐え切れず崩れ落ちようとしていた。

私が、私なんかが救えるような話じゃなかったんだ。

軋轢が、やがて破壊へと変わる。
砕けた闇は、さらなる深淵へと吸い込まれていった。
彩花の絶望をまともに身に受けた春菜は、いつ終わるとも知れない落下に身を任せながら思う。地獄のような試練の連続の果てに
彩花が辿り着いたのは、周りから誰もいなくなるような孤独。
そこに、過去に自らに降りかかった悲劇を重ねていた。

一片の希望すら差さぬ、闇。
春菜もまたその境遇を経験していた。教団の道具となるための悪夢のような日々。それを身を持って体験しているからこそ、春菜
は彩花を否定する事ができなかった。自分だって、あの時さゆみたちが助けに来てくれなければやがては同じような絶望に苛まれ
ていたかもしれない。

窮地を救ってくれた、さゆみたちリゾナンターと邂逅した時に見た、眩しい光。
それを思い出し、少しだけ春菜の心は温かくなった。
けれども、それすらも深い闇は呑みこんでゆく。

生田さん…みんな…ごめんなさい…

そして春菜の意識もまた、彩花の精神世界に溶け込むようにして消えていった。

257名無しリゾナント:2014/10/31(金) 00:58:38
>>251-256
『リゾナンター爻(シャオ)』 更新終了

258名無しリゾナント:2014/10/31(金) 12:48:57
【注意書き】
・冒頭で期待されるかもしれませんが娘OGのみで話が進みますw

『黄金の魂』


トリック・オア・トリート!!

不意を突かれて一瞬固まっちまった。
ああ、そういえば今日はそういう日だっけ。

髪を伸ばせばとびっきりの美少女になるだろうに、敢えてそうなるのを拒否しているかのような娘。
まっすぐ育てば白黒の頃の映画女優みたいな美人に仕上がりそうな雰囲気を漂わせた娘。
要するにこまっしゃくれたガキ二人がお菓子のおねだりをしてきたってわけだ。

目障りだ、くそガキどもが!
そんな風に言いたいのは山々だった。
ただそれをしてガキどもに泣かれたり、騒がれたりして時間を費やすと困る事情がこっちにはある。
だからジャージのポケットに突っ込んでいた酢こんぶをガキどもの前に差し出した。

「悪いがこれしか持ってねえんだ」

古風な美人顔のガキはきゃっきゃきゃっきゃと喜んでいるが、ショートヘアのガキはどこかすまなさそうな様子で礼を言ってきた。
どうやらこいつの方が飼い主らしい。
いいさ、と鷹揚に手を振りながら目的の場所に重い足を進めていく。
まーちゃんもお礼を言ってという飼い主の声を背中に聞きながら溜息を一つ吐く。

アタシはいま喫茶リゾナントのある町のメーンステーション、JRの在来線の駅前商店街を歩いている。
目的はアタシが所属している組織の同僚、というか先輩の一人に呼び出されて、指定の場所に向かっているわけだ。
正直に言うと気が重い。

259名無しリゾナント:2014/10/31(金) 12:49:29

バックれていいならとっととバックれたいところだが、もしそうしたらいま感じている気の重さの何倍もの精神的負荷を味合わされることになる。
だから体調や気分に余裕があるいまのうちに済ませておきたいというわけ。

ああ、にしても憂鬱だぁ。
私は一軒のカラオケボックスの前に立っている。
建築法だか消防法だかを厳密に適用すればほぼ確実に指導を受けそうなボロっちいビル。
ここの四階にアタシを呼び出した当人がいるわけだが…。

このビルたった今崩れればいいのにと思いながら自動ドアを潜った私の目に映った物、それは…。
人外だ。
人外の化け物どもが、闇から這い出てきた魑魅魍魎どもがカラオケボックスのロビーにたむろしていた。
息を止め、黙ってムーンウォークで店外に脱出したアタシは深呼吸した。

これはもう、二週間ぐらい高飛びする覚悟で呼び出しを無視するしかねえ。
そんな私の思いを見透かしたかのよう、メールを受信した旨を知らせる着信音が鳴った。
多分早く来いという催促のメールだ。
こんなことならさっきの電話に出るんじゃなかった、まったく。
やっぱ着信音とか細かく設定しとかなきゃなあと後悔したところで手遅れだ。

しょうがない、もう一度だ。
もう一度だけ、店に入ってみて人外どもが跋扈していたら全速力で離脱してその足で高飛びしよう。
意を決して再度、自動ドアを潜ると意外なことに十二、三匹いた人外どもの影も形も無い。
どうやら客として上階のボックスに入ったのだろう。
かちあわないことを祈りながらエレベーターに向かう私を呼び止める声。

「カラオケチェーン CYOIKARA へようこそ。 お客様はお一人様アルかっ、おお前は…」

一応は客に向かってお前呼ばわりする不届きな店員を睨んで震え上がらそうとしたアタシ。
店員の顔を見て意表を突かれる。
向こうも同じ思いなのか暫くの間、睨みあう形になった。

260名無しリゾナント:2014/10/31(金) 12:50:11

「お前は、リンリンじゃねえか!」
「氷の魔女、ミティ!!」

カラオケボックスの制服に身を固めた少女…いや、もう少女という歳じゃねえ。
アタシの仇敵にして旧敵。
喫茶リゾナントを拠点に活動する能力者集団、リゾナンターのオリジナルメンバーにして中国の国家機関、刃千吏の機関員。
銭琳ことリンリン。
いや、こういう場合はリンリンこと銭琳っていうのが正しいのか。
どっちにせよやつがロビーのカウンターに猫足立ちで身構えながら、目を緑色に輝かせている。

「悪い魔女は火あぶりアルね!!」

言い放つリンリンの手にはカウンター脇に置いてあったらしいパンフレットの束。
どうやらいきなり緑炎で攻撃してくるつもりらしい。

「ちょ待てタンマ。この状況で火熾せば火災報知器が発動して、スプリンクラーで店内水びたしになるぞ」
「心配ナイ。消防の査察がある時以外は報知器はちゃんと切ってアルね!」
「ちゃんとじゃねえ。物凄く心配だよ、大丈夫かCYOIKARAチェーン。 もしも火事とか出したらどうすんだよ」
「そんな時の為にニートの引きこもりを役員待遇で飼ってアルね。そいつに遺書を書かせて首を吊らせたらそれでしまいネ」
「しまわねえよ。もし犠牲者とか出たら保証もあるだろうし、営業だって出来なくなるだろうが」
「保証は誠意を以って対応するネ。店の利益から月額五百円でも支払ってる限り追求は出来ないアルね」
「しかし店の名前が報道されたら客足だって鈍るだろうが」
「その時は頭の CY を削って OIKARA にするネ。百円ショップで仕入れたサイリウムを千円で売ってぼろ儲けするアルよ」
「うりゃおい! うりゃおい! っていい加減にしろよ。 つうかさっきから聞いていると。お前相当深くブラックな経営に関わってるみたいじゃねえか」

アタシの言葉を聞いたリンリンは凄みある笑みを顔に浮かべた。

「ちっばれちまったらしょうがない。死人に口なしとはよく言ったものアルね」
「待て待て。どうでもいいから。 CYOIKARAの諸事情とかどうっでもいいから。そもそもお前とここでバトる気もねえし」

261名無しリゾナント:2014/10/31(金) 12:50:42

ともかく発炎能力を解除して気を落ち着かせるようにという説得を不承不承受け入れたリンリン。
どの程度の深さで店の経営に参画してるのかはわからないが、やはり金蔓の中で騒ぎは起こしたくないと見える。

「お客様はお一人さまアルか。今夜はハロウィンナイト特別キャンペーンを実施中アルね」
「だからアタシは先客に呼ばれ…、ってハロウィンナイトのキャンペーンって何だ」
「今宵ハロウィンのコスプレをして来店されたお客様にはお一人様五百円の御食事券をサービスサービス」
「ありがたいっつたらありがたいけど、これまた微妙な金額だな」
「CYOIKARAを見くびったらいけないアルね。 更に魔法少女のコスプレをされたお客様には魔法少女世界一決定戦への出場権が与えられるアルね」

要するにまどかだか、なのはだか。
はたまたクリィミーなマミだかプリティなキュアだか。
魔法少女のコスプレをしてそのアニメの主題歌を歌って高得点を出せば賞品が出るイベントがあるらしい。
全国規模で。

「一等賞品はなんと、だららららららららららららららららららららららららららっじゃじゃん♪ おこめ券五千円分」
「反応に困るわ。それは五千ありゃあ五?は買えるけど」

アタシの言葉を合図に朗らかな営業スマイルを浮かべていたリンリンの顔にどす黒い闇が翳った。

「ごご五千円で五?ってまじアルか。 お前金持ちアル」
「あんまし気にしたことはねえけど魚沼産の特Aとかだとだいたいそんなもんじゃね、あれ、もうちょっと安かったちょ待て」

明確な殺意を目に宿したリンリンが能力を発動しようとしていた。

262名無しリゾナント:2014/10/31(金) 12:51:30

「このブルジョワジーな小日本人。 魚釣島是一个独特的中国領土」
「どさくさにまぎれて政治的主張を行うな。つうかお前ん家だって中国じゃ名士の部類に入るんだろうが」
「アノクソオヤジ」
「はぁ? つうか待て。お前の親父スレのオリジナルキャラの中じゃ結構人気ある方だぞ。それをお前」
「わたしまだまだまだまだ日本で学ぶことたくさんあるアルよ。だからリゾナンターを離れても留学を続けたいって言ったらあの頑固親父」
「そういう金は自分で稼げって言ったんだな」

反抗期をこじらせた中国娘が不満そうに頷いてみせる。

「いやっそれはお前には厳しく思えるかもしれないけど、親父さんの言ってることももっともだと思うぜ」

アタシの慰めが耳に入ったのか入ってないのか。

「あ〜あ。昔みたいにパンダの密猟を見逃して結構な金が入ってきた時代が懐かしいネ」
「はい↑」

知らず知らずのうちに声が裏返っていた。

「あのなお前ちょっと言葉には気をつけてだな…」
「生きたパンダ一頭密輸すれば家が一軒立ったネ。 病死したパンダの毛皮を剥いでも車一台ぐらい」
「こら待てこら」
「何目を白黒させてるアルか。こういうの役得いうアル。、中国じゃ常識のことネ」
「いやほんとに待てしゃべるの止めろお前今すぐ」

全力で不測の事態を回避しようとするアタシに対してリンリンは素のままの様子だ。

「お前それ以上話したら、いろんなものが終わっちまうぞ」

263名無しリゾナント:2014/10/31(金) 12:52:04

アタシの言葉を耳にしたリンリンが不敵な笑いを浮かべ、掌に緑炎を宿す。

「では終わりの始まりを始めようアルか」
「火は止めろ火は」

終わりを始めようとか大層な台詞、カラオケボックスで働いている奴の言うことじゃねえし。

結局のところパッチリ眼の中国娘はなにやら日本で行われるイベントに参加したいという願いが親父さんに聞いてもらえず、それに反発して家を飛び出し単身日本にやってきて中国資本のこの店で働いているらしい。
いや何か違うかもしれないがそういうことにしておこう。

「つうかコミケに行きたいんだよな」
「はっどうしてわかったアルか?」
「いや前にアニメだかコミックだかのコスプレをUPしてたじゃねえか。それにどこかのスレではそういうキャラってことにおいなんでまた火を熾す火を」
「お前のこと見損なってた。乱暴で残忍でもストーカーまがいの陰湿な奴じゃないと思ってたアル、はっまさか」

今度は自分の意志で緑炎を収めたリンリンの頬が赤く染まりでれ〜っとしてきた。

「そうアルか?」
「何が?」
「そうだったアルか?」
「だから何がそうだってんだって多分っていうか絶対違ってると思うぞ」
「そんなに私のことが気になっていたアルか?」
「いやっ、別に」

何かよからぬ方向に妄想を始めたのか。
光と闇。炎と氷。相容れぬ仇敵同士などぶつぶつつぶやき始めたリンリンが妙に気色悪すぎる。
っていうかおぞましい。

「あはぁ〜。 美貴琳アルか。 いま時代は敢えて、敢えて一周回って美貴琳アルか」

264名無しリゾナント:2014/10/31(金) 12:53:02

受けとか責めとかもうアタシには訳がわからないことを口にし始めた妄想娘の鼻から紅いものが…。

「ぶはぁぁぁぁぁっ。 美貴琳キタ──ヽ('∀')ノ──!! 」
「来ねえよ。時代を何周回ってもそんなもの来ねえからな」

手刀で軽い当身を奴の後ろ首筋あたりにくれてやり、鼻血のストップに協力してやる。
そして数分後。

「お前の気持ちはうれしいアルがやっぱりそれはいけないアルね」
「まだ言っているのかテメー。無いから、それだけは絶対無いから」
「だったら今日はなんでこの店に…? まさかお前も魔法少女世界一決定戦にエントリーしにきたアルか?」
「それもねえよ」
「それはそうアルね。もう少女って歳じゃ…」
「テメーそれ以上ふざけてるとまじで凍らすぞ」

不毛なやり取りを続けながらふと思い当たったことがある。

「つうか、さっきこの店のロビーにたむろしてた化け物どもも」
「そうアル。魔法少女の仲間アル」
「いや魔法少女って、明らかな男もいたじゃねえか。いまいちデラックスじゃないマツコとか」
「お前何も知らないアル。仲間を守るため世界を救うため魔法を手に入れようとする人はみんな魔法少女アルね」

いやさっきアタシが見かけた人外の化け物ども。
カラフルな衣装にゴツゴツして厳つい身体を無理やり詰め込んでいた野郎どもは魔法少女というよりは使い魔が精々だと思うが。

「まあいいアル。とにかくそんなジャージ姿じゃハロウィンナイト特別キャンペーンの対象にはならないアル」

だから正規料金だと強く迫ってくる。
ようやく話の出口に近づいてきた、そんな気がする。

265名無しリゾナント:2014/10/31(金) 12:53:34

「いやっだからアタシは先にこの店に来てる人間に呼ばれてきたんだって」
「何だつまらない。そうならそうと早く…はっ」

おいまた様子が変になったぞ、まったく。

「その先客というのは男アルか? 女アルか。女アルね。女に違いないアルね、女同士の密会アルね」

口角から飛ばしてくる唾がなんか気持ち悪い。
アタシはジャージのポケットからスマホを取り出した。
メールの受信を知らせる青いライトが点灯したままだ。

受信ボックスを調べてみると、やっぱりそうだった。


送信者 保田圭
件名 「黄金の魂」

------------------

について早急に話し合いましょう

まったく何が「黄金の魂」なんだか。
運命に導かれて集いし戦士たちが邪悪な敵に打ち勝って、各々の帰るべき場所に戻る際の別れ際。
岸壁を離れる船と陸。
海を隔てて対峙する仲間に向かって、彼らには「黄金の魂」があるとかいうならちょっとばかし荘厳で清々しい感じはするだろう。
しかし場所は狭っ苦しいカラオケボックス。
対する相手は保田大明神。
気分はどんより曇るしかねえってもんだ。

266名無しリゾナント:2014/10/31(金) 12:54:15

そんなアタシの気持ちを知ってか知らずか。
メールを盗み見したリンリンは相手が女だと知って歓喜する。

「やすみきキタ──ヽ('∀')ノ──!」
「いやっ来ないから。金輪際来ないから」
「いいアルいいアル。いや〜それにしても意外なカップルアルね」
「だからカップルじゃねえし」
「保田さんというとあの将棋の駒みたいな顔をしたおばさんアルね」

こいつ。
ちょっと見ない間にいろんな意味で腐ってやがる。
まあそれはそれで構いはしないが、この調子でまとわりつかれると色々面倒だ。
そう思ったアタシは少しばかり話を盛って釘を刺しておくことにした。

「お前な。まあアタシだからまだそういう感じでもいいけど保田さんに対して同じ調子で絡んでみろよ」
「いったいどうなるアルか?」

たとえば…。
バスルームで髪を洗ってると、シャンプーを洗い流してる先から背後に忍び寄った大明神様にシャンプーをぶっ掛けられる。
それも墨の香りだとか納豆由来成分だとか。
髪のためにはいいんだろうが、オバハンくさい匂いプンプンになるまで延々シャンプーを続ける羽目になるとしたら。

「それは…いやアルけど私のマンション、安いけど一応オートロックアルね。 セキュリティ上の心配は一切…」
「要らねえって言いたいんだろうが、あの人の【時間停止】の前にはそんなもん何の役にも立たねえってことはわかるだろうが」

心なしか顔が曇った中国娘に追い討ちをかけることにした。

267名無しリゾナント:2014/10/31(金) 12:56:49
>>-

とりあえず『黄金の魂』の(前)ということで
あと残り二回ぐらいで終了予定なので収録はまとめて一箇所にということで。

…しかし登場人物も読者も誰も得しないなこの話
書いてる人間はちょっと楽しいけどw

268名無しリゾナント:2014/11/01(土) 02:04:55
■ ブラッドアンドペイン −新垣里沙− ■

ざくり

声は無い。
精一杯噛み殺した、声にならぬ、悲鳴。
砕かんほどに歯を噛み、苦痛に耐える。

ざくり

彼女は手にしたナイフを突き立てる。
突き立て、えぐり、その腱を切り、骨を削る。

ざくり

つうっ!ぐぎっ!
耐え切れず、声を漏らす。

これほどまでに、これほどまでに自分は、苦痛に弱い人間になっていたのか。

新垣は再び服を破り、素早く己の太腿を縛る。
止血。
だが、その間にも、四肢のいたるところ、次々と浅い切り傷が増えていく。

「うへへぇ…がきさぁん、がんばってぇ、痛いのはあたしもおんなじなんだからぁ〜」

おどけた態度、とぼけた声、いつものままの、いつもの彼女…

「なんで…なんで…なんでアンタがこんなところに…」

269名無しリゾナント:2014/11/01(土) 02:05:27
新垣は止血をあきらめる。
どのみち、この出血では長くはもたない。
何分?おそらく、もう1分も…
助けが来ないのであれば、このまま気を失い、やがて失血死するだろう。
もはや、物理的な戦闘は、不可能だった。

ぼやける視界の中、新垣は顔を上げる…
視線の先、そこに彼女がいた。

彼女の両脚、自分と同じ個所、吹き出す真っ赤な血。
大きくえぐれた傷。

等しく同じ傷口を、等しく同じ苦しみを。

それが、彼女の能力。

防ぐ手段は、無い。

当然のことながら、能力で傷を負わせるならば、己も同等の傷を負う。
かつて彼女がこの力を使うとき、その傍らにはいつも…
だが今、彼女は一人…
こんな状態で能力を使うなど、自殺行為。

270名無しリゾナント:2014/11/01(土) 02:07:47
己が目を、疑った。

塞がっていく。

彼女の傷が、見る間に塞がり、流れ出た血液までもが、皮膚から吸収されていく。

治癒能力者がどこかに?付近に姿はない。
いや、こんな治り方、見たこともない。
何?いったい?
まさか、これも、アンタが?

「…なんでアンタ…それ…」

いや、それ以前に、それ以前に、だ。
いまの彼女は、彼女の『心臓』は、その傷に耐えきれない、その苦痛に耐えきれない。
だから、彼女は戦列を離れた。
だから、彼女は入院していた。
彼女はもう、能力を使えない。
使えない『はず』だ。

それなのに…
それなのに…

「へへぇ気がづいちゃったぁ?そーだよねぇ…そりゃ気づくよねぇ…ガキさん、ねぇあたしさぁ」


―――あたし、化け物になっちゃった☆


「いやあ違うかぁガキさぁん!、もともと化け物だった!うん!そうだった!」

271名無しリゾナント:2014/11/01(土) 02:08:18
彼女は敬礼する、片目をつぶり舌を出す。
おどけた態度、とぼけた声、いつものままの、いつもの彼女…
かけがえのない、かけがえのない仲間が、そこに…

新垣は、その名を―――

崩れ落ち、吹き出す血の海の中、新垣は、その名を―――

272名無しリゾナント:2014/11/01(土) 02:09:03
>>268-271
■ ブラッドアンドペイン −新垣里沙− ■
でした。

273名無しリゾナント:2014/11/03(月) 12:08:21
>>251-256 の続きです



ダークネス本拠地、「首領」の部屋のさらに奥。
いくつものモニターが設置されたその空間は、「首領」がとある面々と謁見するためだけに存在していた。

政界、財界、そして公権力。
一線は引いたものの、未だにOBとしてこの国を支配し続ける古狸たちだ。
彼らは能力者を時に正義の、そして時に闇の力として扱い、従えてきた。今も昔も変わらない権力構造は、「首
領」の頭痛の種でもあった。

そんな彼女が、憂鬱そうな表情を浮かべつつ「謁見の間」に入る。
気の滅入るような茶番劇の幕開けだ。

「…ふん、ようやくのお出ましか」

モニターの一つが、目を覚ますかのように光を帯びて映像を映し出す。
恰幅の良いスーツ姿の中年は、不機嫌そうに不満を述べた。

「待ちくたびれたぞ」
「我々を待たすなど、いい根性をしている」
「しかも、今日は『例の日』だというのに。飽きれたものだ」

連続して、周囲のモニターも明滅する。
いずれもひと癖もふた癖もありそうな面々。
男の一人の言葉を聞き、そう言えば今日はその日だった。と「首領」は思い出す。
よりによってあいつらが来るんか。はぁ。めんどくさいわ。
口まで出かかった言葉を押し留め、恭しく頭を垂れる。

274名無しリゾナント:2014/11/03(月) 12:09:21
「すみません。本日は公務が立て込んでいたもので」

とりあえずの、謝罪。
今日は「下」から上がってくる報告の処理に時間を取られていたのは確かだった。
とりあえずは泳がせている「金鴉」「煙鏡」の監視の目も、相変わらず緩められない状況でもある。
けれど、約束の時間に来られないほどのものでもない。
要するに、面倒くさかったのだ。
その態度が伝わったか伝わらなかったか、男の一人が声を荒げた。

「何が公務だ!我々の小間使い程度の分際で!我々がその気になればいつだって他の組織に…」
「我々は常にあなた方の要望に応えているつもりです。けど、それでも我々を斬り捨てると言うなら、『仕方あ
りませんね』」

一瞬。ほんの一瞬ではあるが。
「首領」の双眸が、男を射抜く。モニター越しでも伝わる、凍てつく殺意。
忽ち男の心は大きく後退してしまった。

「な、何も本気で捉えることはないだろう。まったく、これだから…」

怯え恐れ、最後は語尾を濁してしまう男を軽蔑しつつ。
政財界を牛耳る妖怪たち。彼らは例外を除き、人生の大半を不相応な高台から眺めてきたものばかりだ。だから、
先ほどのような言葉も出る。事実、能力者を束ねる組織はダークネスだけではない。

けれど、本当にダークネスから鞍替えするほどの覚悟など彼らにはないことも「首領」は知っていた。
互いが決別するには、互いの暗部を知り過ぎている。
そして大前提として。こちらが異能を持つ者なのに対して、彼らはあくまでも異能を持たざる者であるということ。

275名無しリゾナント:2014/11/03(月) 12:10:11
部屋の奥が、眩しい光に包まれた。
「首領」は「彼ら」が降臨したことを知る。
前列に置かれているモニターとは比べ物にならないくらいの大きな画面が、五つ。
映し出されたのは五人の男だった。
それまで偉そうにふんぞり返っていた面々が、最敬礼で頭を下げる。

「久しいな、中澤」

枯れ枝のような風貌の男性が、口を開く。
佇まいは柔らかそうだが、その声は心すら凍らせそうな響きを含んでいた。

「先の、孤島での実験結果は聞いているよ。素晴らしいじゃないか」

続いて、目尻を下げて満面の笑みを湛える男性。
血色のいい苺色の頬を緩ませた表情からは友好的な印象すら与えるが。

「それで、実用化までどれくらいかかるのかね」

白髪交じりの短髪の男性が、訊ねる。
戦争を知らない子供に語りかけるように優しげな口調、だがそこに別の意図が隠されているのは明白で。

「同士Sよ、少々事を急ぎすぎでは?」
「何を言う同士T。共鳴の力の入手は我らの悲願だったはず。忘れたのか?」
「はは、同士Sは少々焦っておられるようだな」
「同士Bが悠長すぎるのだ」

壁一面に広がる大きなモニターに、大きく映し出される顔同士が諍いを始める。
彼らに比べたら小物と言っても差し支えない小さなモニターたちは、その様子を眺めながらやきもきしているしかない。

276名無しリゾナント:2014/11/03(月) 12:11:25
「落ち着きたまえ。進捗状況は『警視庁君』や『自衛隊君』からも報告が上がっているはずだろう。今は、ゆっ
くり待つだけだ。そうだろう、中澤君?」
「ええ、そうですね」

サングラスをかけた長髪の男性が、わかってくださいとばかりに三人の会話の間に入る。
ちなみに彼が「警視庁君」「自衛隊君」呼ばわりしたのは、その組織のトップに立ったこともあるOBたち。当
の本人たちはモニターの中で肩を竦めて居心地が悪そうにしていた。

「ところで中澤、聞きたいことがあるんだが」

口髭を蓄えた、ダンディーな佇まいの男。
体の中に1万ボルトを流されたような、嫌な予感が走る。

「例の地下施設に幽閉してた例の2人組を解放したそうじゃないか」
「…よく御存知で。ま、うちのマルシェの意向ですから」
「誰の意向だろうと構わないが、わかってるな。『次はない』ぞ」

口髭の男の声が、低くなる。
中澤は男の顔を一瞥し、それから、

「ええ、わかってます」

とだけ答えた。

277名無しリゾナント:2014/11/03(月) 12:12:05
「わかればいいのだよ。『悪餓鬼の悪戯』のせいで、かの軍事大国との密約が御破算になったこと。よもや忘れてはおるまいな」
「君が手を下していなければ、我らの名の下に処刑していたのだが」
「温情も二度目はないと思え」
「お前の、お前らの地位とて磐石ではないことを理解してもらわないとな」

「首領」は、俯いたまま言葉を発しない。
ダークネスの出資者とも言うべき、政財界の重鎮たち。その親玉的存在が彼ら五人であった。
文字通りこの国を動かし、搾り取り、甘い蜜を吸ってきた連中、能力者など彼らにとってのただの「手段」でしかなかった。

「さて、今日の本題はそんなことではない。ここ数ヶ月の、ダークネスの活動報告。聞かせてもらおうか」

278名無しリゾナント:2014/11/03(月) 12:12:35


「首領」が挨拶を終えて、画面から消える。
PCのモニターを見ていたその男は、マウスをクリックし四分割の画面に切り替えた。

「…どう思う?」

口髭を生やした男が、他の四人に問いかける。

「表向きは従順、だがね」
「『次はない』の言葉に返したあの表情を見たかね」
「あれは牙を抜かれた飼い犬の顔じゃない。激しい炎を内に秘めた、猛獣の顔だ」
「中澤裕子。あいつはやはり、危険だ」

長髪のサングラス、白髪交じりの短髪、人の良さそうな垂れ目、枯れ枝のような風貌の男が次々に感想を述べる。
そこにあるのは、警戒。そして危険視。

「我々も覚悟を決めるべきか」

5つのため息が、ほぼ同時に吐かれた。

「例のモノはいつでも使えるようになっているんだろうな」
「もちろんだとも」
「使う前に奴らに嗅ぎつかれる可能性は」
「ないね。『先生』のところの能力者に護られてるからな。それにあんな場所にあんなものがあるとは誰も思うまい」
「餌は既に撒いてある。連中がそっちにかまけてる間に」
「殲滅だ」
「代わりならいくらでもいる。それこそ『先生』のところに任せてもいい」

交差する言葉が示唆するもの。
それはつまり、ダークネスの粛清とそれに代わる組織の任命。

279名無しリゾナント:2014/11/03(月) 12:13:21
「なあ、同士H」

改めて、白髪交じりの短髪が問いかける。

「何だ、改まって」
「中澤が俺たちを睨む目つきを見てな。こう言っちゃあ何だが、昔の血が騒いだんだ」
「…狂乱の、学生闘争の時代…か」
「結局、俺たちは昔のまんまなんだよ」
「平和を標榜する割にはずいぶん荒っぽいことを言うんだな」
「いや、争いの火種を滅してこその、平和だよ」

平和、という言葉に反応し笑いあう五人。
その笑いが何を意味するのか。それを詮索し合うほど、彼らは若くはなかった。

「では、次回の会合は『その時』か…合言葉は『ほっこり』」
「『ゆっこり』」
「『おっとり』」
「『ほっこり』」
「『おっとり』」

老獪な男たちを映し出していたPCの分割画面が一つ、また一つと黒の向こうへと消えてゆく
そして最後には、何も映らない滑らかな闇だけが取り残された。

280名無しリゾナント:2014/11/03(月) 12:14:44
>>273-279
『リゾナンター爻(シャオ)』 更新終了
登場人物がむさ苦しいおっさんばかりですみませんw

281名無しリゾナント:2014/11/04(火) 17:41:54
■ ウィルキャッチニィザア −田中れいなX光井愛佳− ■

「いかせへん…」

光井は痙攣するその手でその脚を掴んだ。

「あかん…あかんのや…行ったらあかん…あかんの…田中さん…」
「愛佳…今、愛佳が何で止めるんか、れいなにはわからんし、言えん理由もわからん…言えんなら、れいなも聞かん」
「後生や…ここに…ここに…」
「でも、ガキさんが呼んどる…わかるやろ…だから、れいなは行く」
「あかん…あかん…ねぇ田中さん…後生や…ここにおって…ここに…」

その脳天に、田中の拳が、炸裂した。

勝てるわけがない。
止められるわけがない、それなのに光井は、力づくで、田中を行かせまいと…
なぜ?いったいなぜ止める?
新垣を助けに行くことの、どこに止めねばならぬ理由がある?
光井は答えなかった。
田中も聞かなかった。

気を失った光井を抱え、四輪駆動車の後部座席へ寝かせる。
自分の長袖を伸ばし、光井のほほについた涙の跡をぬぐう。

「あほ愛佳…」

助けを呼ぶ、新垣の心の叫び、いまは、その叫びに、応える。

だから、今は待っとって。

すぐに、ガキさん連れて、帰ってくるけん。

282名無しリゾナント:2014/11/04(火) 17:42:45
>>281
■ ウィルキャッチニィザア −田中れいなX光井愛佳− ■
でした。

283名無しリゾナント:2014/11/04(火) 17:47:39
>>281に重大なミスがありました
いったん白紙に願います

284名無しリゾナント:2014/11/04(火) 17:48:28
■ ウィルキャッチニィザア −田中れいなX光井愛佳− ■

「いかせへん…」

光井は痙攣するその手でその脚を掴んだ。

「あかん…あかんのや…行ったらあかん…あかんの…田中さん…」
「愛佳…今、愛佳が何で止めるんか、れいなにはわからんし、言えん理由もわからん…言えんなら、れいなも聞かん」
「後生や…ここに…ここに…」
「でも、ガキさんが叫びよう…わかるやろ…だから、れいなは行く」
「あかん…あかん…ねぇ田中さん…後生や…ここにおって…ここに…」

その脳天に、田中の拳が、炸裂した。

勝てるわけがない。
止められるわけがない、それなのに光井は、力づくで、田中を行かせまいと…
なぜ?いったいなぜ止める?
新垣を助けに行くことの、どこに止めねばならぬ理由がある?
光井は答えなかった。
田中も聞かなかった。

気を失った光井を抱え、四輪駆動車の後部座席へ寝かせる。
自分の長袖を伸ばし、光井のほほについた涙の跡をぬぐう。

「あほ愛佳…」

新垣の心の叫び、いまは、その叫びに、応える。

だから、今は待っとって。

すぐに、ガキさん連れて、帰ってくるけん。

285名無しリゾナント:2014/11/04(火) 17:49:03
>>284
■ ウィルキャッチニィザア −田中れいなX光井愛佳− ■
でした。

286名無しリゾナント:2014/11/07(金) 06:34:58
>>273-279 の続きです



竹内朱莉は先ほどから、度々深いため息をついている。
テーブルの正面には、ツインテールの少女。意思の強そうな眉とそれに反比例した子犬のような鼻、そして口元から
覗く八重歯は愛らしくすらある。ただ、朱莉のため息の原因は明らかにこの少女に起因していて。

「だからさ、めいたちはもうお笑い担当でいいと思うわけ」
「…能力者のお笑い担当って何よ」
「だって和田さんとか福田さんは一線級で活躍してるわけじゃん。でもめいたちはずーーーーっとサポートしかでき
なくてさ。何か悔しいじゃんそういうの」
「そりゃまあ。でもお笑いと関係なくない?お笑いの能力って意味わかんないし」

先ほどから目の前の少女・田村芽実が主張する「お笑い担当能力者」という存在について、改めて朱莉が疑問を投げ
かける。すると、

「めいたちははっきし言って能力も中途半端…まありなぷーのアレは何か便利そうだけど。けどさ、クライアントの
皆様がめいたちに求めてるのってさ、何て言うか、こう、お笑い要素みたいな感じだと思うのよ」

とやはり的を得ない回答を口にする。
朱莉のため息は増えるばかりだ。

287名無しリゾナント:2014/11/07(金) 06:36:32
「めいたちの立ち位置はさ、やっぱ面白いのじゃん。めいたち面白いの好きだし」
「うん」
「たけちゃんめっちゃ面白いから。お笑い担当になろうよ、って。めいが色々物真似とかやるから、それでかななん
がゴリラの真似して」
「あのー、田村さん? それって異能力と何の関係もなくない?」
「それだったらちゃんと活躍できるかなって」
「いやいやいや。もしかしたらうちらだって和田さんや福田さんみたいに一級線で活躍できるかもしれないじゃん。
たけ、かななん、りなぷーで『日本三大能力者』って祭り上げられるかもしんないし」
「何それ。たけちゃん可哀想」

可哀想、というキーワードは。
それまで何とかぎりぎりのところで耐えていた朱莉の防衛線を、いとも容易く突破した。

「君はねぇ、ちょっと、その、ねぇ、マイナス思考をやめた方がいいよ…いや、ほんとに」
「マイナスじゃない! ほんとにこれはめい考えたの!!」
「しかも自分だけなら…そのお笑い担当とかいうのに朱莉たちを巻き込まないでくれるかなあ」

本来、朱莉は相手に対しここまで無慈悲な言い回しはしない。
少々の芽実の愚痴なら笑い飛ばせるくらいの度量は持っている。だがしかし。
このマイナス具合は彼女の許容範囲を超えていた。下手をすれば殴り飛ばしてもおかしくない。
そこをやはり何とか留めているのは、やはり彩花のことがあるからだった。

リーダーが行方不明である、そんな状況が芽実をマイナス思考の泥沼に引きずり込んでいるのは間違いない。それ
に対して何とかしてやろう、助け舟を出してやろう。朱莉なりに考えはするものの、どうにもならないからため息
が出る。これこそ絶望的な有様だ。そう思った矢先の出来事だった。

288名無しリゾナント:2014/11/07(金) 06:37:50
口を尖らせて、なおぶつぶつと愚痴を垂れていた芽実。
その頬が突然、赤く腫れ上がる。

「え? いたっ! なに、ちょっと」

まるで、何かにぶつかった。
いや、まるで誰かに殴られたような。
否。芽実は実際に「誰か」に殴られたのだ。

「りなぷーでしょ!!」

涙目になってその名前を呼ぶと、芽実を殴った誰かがやる気なさそうにぼんやりと姿を現しはじめた。

「ひどいよいきなり殴るなんて!て言うかいつからいたの!?」
「さっきから。いつ終わるかなって待ってたんだけど、それかタケが切れて殴って終わるかなとか思ってたんだけど。
ぜんぜん終わんないし」

姿を現した脱力系少女・勝田里奈が、殴った拳をまじまじと見ながら、そんなことを言う。
朱莉のさすがに朱莉でもそこまではしないよ、という言葉などまるで耳に届いていないかった。
ちなみに彼女の能力である「隠密(ステルス)」は、厳密に言えば姿を消す能力ではない。

姿を隠す、と言えば今は亡き光の使い手・前田憂佳の十八番であったが。
彼女が光の屈折率を利用し、物理的に姿を隠していたのと、里奈が姿を消したのは根本的に仕組みが違う。

ざっくり言ってしまえば、射程範囲の対象から自分の存在を「消す」能力。
相手の精神に働きかけて自分の姿を認識できなくしてしまうので、能力の影響下にある人間には彼女が「見えない」。
無防備の芽実に放った拳は、まさにステルスパンチといったところか。

289名無しリゾナント:2014/11/07(金) 06:39:16
「それよりさ、かななんは? 一緒だったんじゃないの?」
「香菜なら、結界に和田さんっぽいのが引っ掛かったって言って、様子見に行った」
「あ、そう。りなぷーは見に行かなかったんだ」

たぶん面倒臭いからだろう。と朱莉は思いつつ口には出さなかった。
今は、殴られたことに気を取られている芽実の魔のゾーンから救い出してくれたことに感謝しよう。餅巾着を食べてい
るのを見て「共食いだ」などと揶揄したり、朱莉の鼻が低いのをもじって「はな ひくし」と悪口を言うのも3回くら
いは見逃してやろう。そう思った。

「でもさ…和田さん、大丈夫かな」
「さぁ。香菜の『結界』は何が引っ掛かったのかはわかるけど、それが生きてるか死んでるかまではわからないし」
「ちょ、りなぷー!!」

里奈のあまりな物言いに思わず目を剥く朱莉。
確かにその通りなんだけど、それをさっきまでネガティブモードに入ってた芽実の前で言うかね普通。と呆れつつ。

「そうだよね…和田さんにもしものことがあったら。福田さんはこう、引っ張ってくようなタイプじゃないし。そした
らめいたちが中心になって…やっていけるのかなあ」
「ほらきた」

想定内の芽実の反応に、思わず朱莉からそんな台詞が出てきてしまう。
これでは振り出しに戻ったようなものだし、芽実は殴られ損だ。案外里奈も自分でやっておいて殴り損だなどと思って
いるかもしれない。

290名無しリゾナント:2014/11/07(金) 06:40:05
「たったったたいへんや!!」

そんなところに飛び込んできた関西弁。
全速力で走ってここまで来たのだろう。中西香菜はぜえぜえと息を切らしながら、部屋に上がりこむ。

「おかえり香菜」
「反応が冷静すぎるよりなぷー」
「ちょっとかななん何が大変なの」

三者三様の対応に、少しずつ息が整ってきた香菜は。
何か言いにくいことを吐き出すような表情でこう言った。

「あんなあ、実は和田さんが…」

291名無しリゾナント:2014/11/07(金) 06:42:54
>>286-290
『リゾナンター爻(シャオ)』 更新終了

292名無しリゾナント:2014/11/07(金) 18:34:35
【お知らせ】
他の作者さんの作品に登場するキャラのスピンアウト的な単発を一本。
ぶっちゃけリゾナンターは出てきませんが、もしそのことに不満を抱かれるであろう方に一言。

>>155が悪い

293名無しリゾナント:2014/11/07(金) 18:36:34
「舞美、遅っ」

遅れて到着したリーダーをからかおうとして口にした言葉が途絶えた。
血が流れている。
矢島舞美の美しい顔から出血している。
誰にも傷つけることなどできないはずの“invincible”である筈の存在。
無敵でなければいけない矢島舞美の唇から血が流れているのだ。
驚かないわけには…。

「ひゅひゃあ、ついうっかりして」

うん、アホだ。
平常運転のアホ舞美だ。
舞美の両腕には直径20cm、長さ80cmぐらいの金属製の円筒が抱えられている。

「置時計の振り子の後ろに隠してあったんで分解しようと思ったんだけど」
「ごめん、話が見えてこないんだけど」

舞美の抱えているのはどうやら爆発物。
それを分解しようとしたことまでは分かるが、それがどうして唇から血を流すことに繋がる。

「よくハリウッドとかだとさ、爆弾解体の時には工具的な何か咥えてたりするじゃん」

洋画で描かれる爆弾の解体作業を真似しようとしたものの、適当な工具を持っていなかった舞美は…。

「愛用の銃剣を咥えてたら唇の端が切れたって馬鹿丸出しっていうか意味無いじゃん。 あんないかつい銃剣なんか細かい作業に仕えるわけないし、どうせ素手で分解したんでしょ」
「あぁ傷つくな、なっきー」

私たちのやり取りを聞いていた舞の顔が蒼ざめている。

294名無しリゾナント:2014/11/07(金) 18:37:36

「ごめん、舞美。それ私が担当したルートだよね。見落とした」
「う〜ん、いいよ。私だって何か食べるものが隠してないか探してたらたまたま見つかっただけだから」

嘘だね。
舞美は嘘を言っている。
譜久村家の所有する山荘を急襲、内部にいる人間を生死を問わず確保。
その指令に応えるべく、三つの経路からの侵入。
指令が文字通りの指令であるか、あるいは罠であるか。
いずれにせよ脱出経路を確保しておくために、セキュリティの解除と爆発物の有無を確認しながらの侵入を敢行。
簡単で単調な作業をゲームにするために、侵入時の最終目的地である大広間までのタイムトライアルに仕立てたのは私だ。

他のチームが二人一組。
自分は一人だというハンディを背負ってるのに、おそらくは他の2チームのルートもクロスチェックしたんだ。
三つのルートを回りながら、5分30秒程度の遅れ。
ほんとうに、このバカときたら。

「でもよかったよ」
「何が」

即時に反応したのは舞美同様、私たちの中では白兵戦担当のちっさーで。

「だって私たちに拘束されるかわいそうな譜久村家の一族なんて最初からいなかったんだから」
「もう舞美ったら〜」

状況から考えて今回の任務は最初から私たちを誘き寄せる為の罠だった。
かわいそうな譜久村一族はこの山荘にはいなかったっかもしれないけど、敵さんはわたしたちをかわいそうな目に遭わせる気気満々みたいなんだけど。

「ちっさー、この爆弾の匂い嗅いでみて」

295名無しリゾナント:2014/11/07(金) 18:38:08

片手でひょいっと投げた円筒を全身で受け止める千聖。
その意外な重さに驚いたのか、抱え込むようにしてその場に座り込む。

「火薬の量はそんなに多くないみたいだし、燃料系でもない。金属片が入ってるっぽいけど」

私には到底できない臭覚で爆弾の中身を解析していく千聖。
小型のクラスターで私たちに手傷を負わせるのが目的なのか。
たとえ捕まえることが叶わなくとも、千聖や舞美のDNAを採取できたら敵さんには御の字だろうし。

「いやっ、さっき振り回してみた感じだとチャフっぽいね」
「ちょなんで爆弾を振り回したりするかな〜」
「うふふ、ごめん」

チャフは通常、電波障害を引き起こすためのものだけど、それを実内で私たちに対して使う目的は…。

「ジャマー系の能力阻害」
「ピンポンピンポンだろうね。 おそらくは位置認識の阻害が目的かな。屋外には十中八九、大型の電磁波発生装置もスタンばってると見た」
「じゃあ早く逃げなきゃ」

能力の阻害というキーワードを聞いた舞が焦ったような顔をする。
通常兵器相手ならほぼ無敵というか完全に無敵なんだからもうちょっと落ち着いてもいいと思うんだけど。

「え〜お腹が空いてるのにすぐに動けないよ」
「あんたね、携行糧食はどうしたのよ」
「久しぶりに5人揃っての出撃じゃん。 あまりにも楽しみだったから昨日の晩寝れなくてさ〜、食べちゃった」

このアホリーダーは。
敵さんも決して馬鹿じゃない。
私たちの能力の全容までは把握してなくとも、その一端は掴みかけてるし、それなりに対策してるっぽい。
過大に評価する必要はないけど、甘く見すぎるのも禁物だと思うんだけど。

296名無しリゾナント:2014/11/07(金) 18:38:53

「ごうぢゃがばいリまじだよ〜」

ちょ愛理。
見かけなかったと思ったら、何暢気に紅茶なんか入れてんのよ。
ガスとか簡単に爆発させられるし、さすがにここはリーダーとして一言言っとかなきゃ。

「さすが愛理ママ、気が利いてる〜。あと何か食べる物は?」
「グッギーばぁっだばぁら開げざぜでぼぉらっばぁけど」

ダメだ。
他人のこと言えた義理じゃないけどアホばっかしだ。
舞なんか硬直し始めてるし。
そうだよね、薬物を仕込まれてる可能性だってあるし。
千聖!!

「ちょっと待って。 最初に私が毒見するから」

え〜っと嘆く舞美から取り上げたクッキーを咀嚼して、紅茶を半分くらい飲み下す。

「大丈夫。 多分だけど…」

わ〜いとクッキーに噛り付く舞美。
紅茶を口にする愛理。

「痛っ」
「熱っ」

だ大丈夫…なのか私たち。
口にするでもなくクッキーを割っている舞。
何事もなかったかのように紅茶を味わう千聖。
私は…私に何かあったら巻き戻せないから、うん。

297名無しリゾナント:2014/11/07(金) 18:39:25

「うわっビスケット。いいな〜」
「あんた昨日の晩に食べたんでしょ」

数枚のクッキーでは物足りないらしい大食漢が物欲しそうに私の手元を見つめてる。

「欲しいのならワンとお言い」
「ワワン!!」

馬鹿犬に糧食用のビスケットを放り投げる。
こんな時は同じバカでも舞の方がまだ話相手にはなる…筈だ。

「以前はともかくここ最近は防衛さんともトラブルはなかったよね?」
「…うん。多分あの喫茶店の案件で不満があったんじゃないのかな」

舞の口から発せられた喫茶店という言葉に私を含めた他のメンバーが反応する。
物憂げな表情を見せる愛理。
懐かしげな貌になる千聖。
私の心は高まるというほどではないが、少しざわつく。
舞美はというと不敵な笑いを浮かべ。

「はる坊に釘は刺しといたよ。あっ釘を刺したら怪我しちゃうね。まあ軽く警告ね」
「でも防衛さんの希望は…」
「シャーラップ」

いつになく強い口調で舞を黙らせる。

「あいつらの胸の内とか腹の中とか興味ないから。腹芸がしたいなら自分らの宴会で好きなだけやってりゃいい」

それはリーダーとしての最後通告だろう。
この状況を作り出した防衛省周辺との関係を丸く収めるつもりは無いという。

298名無しリゾナント:2014/11/07(金) 18:41:44

「舞、イエスかノーで答えて。 電磁波系のジャマーを喰らった状態で自分以外の誰かを銃弾から守れる」
「多分、無理。 私一人だけならデフォルト状態で問題ないと思うけど位置感覚をずらされると他の誰かはきつい」
「オッケー。 じゃあ一番ジャマーの影響が少ないであろうちっさーが先行して、阻害装置。多分トレーラーかなんかに偽装してるやつをぶっ壊して、ついでにその辺をしっちゃかめっちゃかにかき回して」
「了解」

矢島舞美はバカだ。
それもかなり残念な部類のバカだが、こういう状況。
仲間に危機が迫ってる状況下で彼女が下す判断は限りなく正しい。

「ちっさーが突撃してから時間差で愛理、早貴、舞が発進。舞は能力で二人を守って」
「あのさ…」
「何?」
「私だったら阻害装置が壊されることを想定して、他に何台か配置しておくけど。逃げ道を想定してさ」

舞のネガティブ思考がまた始まった。
舞美はというとその掌で舞の頭を撫でている。

「えらいね〜。舞のそういうところに私はいつも助けられてるよ」

ネガ舞を慰撫しながら、その恐怖心を取り除いていく。
能力阻害用の電磁波は指向性の強いものでなければ意味を成さない。
したがってその有効範囲は普通の電波のように広範囲というわけにはいかない。
かなり狭範囲になってしまう。

「ちっさーが一台ぶっ壊せば、一定時間の安全は確保できる。それでいい」
「でも…」
「私たちの生命線は愛理の歌で、私たちの切り札はなっきーの能力。でも今二人を守れるのは舞の能力しかないから」

両肩を抱かれ見つめられていた舞の瞳に炎が点ったのがわかる。
それはとても弱々しいけど決して消えることのない魂の焔。
でも肩、痛そう。

299名無しリゾナント:2014/11/07(金) 18:42:31

「四人はそのまま全速離脱。後は…私一人で殲滅するから」

千聖が私の顔を窺ってきた。
血みどろの白兵戦を展開する決意をした舞美を一人で戦わせていいのか。
自分たち、少なくとも自分ひとりだけでも反転して援護すべきではないかという思い。
矢島舞美は無敵のバカだ。
しかし自分の強さに驕り単独先行するような愚か者ではない。
今、舞美は自分に怒りを覚えている。

防衛省周辺との融和路線を選択することで、私たちを欲しがっているどの機関とも等距離の関係が築けるという甘い考えを抱いた自分に激怒している。
能力者に人格があるとは思わず、只の数値として捉え国益とやらに貢献させようという人間が国の中枢にいまだ存在する事実に憤怒している。
今宵これからの戦いで実際に血を流す兵士の殆どは自ら意思決定する権限を持たず、実際の責任者は安全な高みから見下ろすという不公平な構造に義憤を抱いている。
でもそんな状況でも矢島舞美は絶望しない。
絶望して、全てを投げ出して、壊れてしまった方が楽だとしてもそんな道を決して選択しない。
それが矢島舞美だ。

私たちを導くリーダーとして、全ての責めを負うことで辛うじて、舞美はかつて犯した過ちの贖罪を果たし続ける。
だったらそんな舞美の決断に口を挟むことなど誰が出来ようか。
ゆっくりと首を振った私に頷く千聖。
これから創り出す状況は決まった。
後は…。

「ちょ舞美、時計外してどうするの」
「いや〜、いろいろご馳走になったからせめて、ね」
「ねって、私たち罠にかけられたんだよ」
「でも譜久村の人たちもぐるだったかはわからないし」
「もしそうだとしても譜久村家ってちょっとした財閥並みの金持ちだよ」

300名無しリゾナント:2014/11/07(金) 18:43:32

腕時計を紅茶やクッキーの対価として置いていこうとする舞美を千聖と舞が諌めている。

「でぼ、じがんばばぜしじどがばいぼ、ぼればらのぼうぼうにじじょうぼぎだすんじゃ」
 (でも、時間合わせしとかないと、これからの行動に支障をきたすんじゃ)

ナイス、愛理。
滑舌は相変わらずだけど、ナイス。
でも舞美がここまで正しさを貫いてみせるってことは、逆に今夜これからとっても酷いことをするってことだからさ。

「そうだ、これ持っとく」

私はデジタルオーディオプレイヤーを舞美に投げた。
ディスカウントストアで買った安物なんだけど、ちゃんと動画も映るやつ。

「前に言ったでしょ。 私たちと同じ五人のグループの新曲。そのパート割を時間の目安・・・」

えっえっえっえっ。
私掴まれてる。
舞美の掌で頭を鷲づかみにされて、宙吊りにされて、痛っ。

「どうして、そんなことするのかなあ」

はぃ?

「そんな違法ダウンロードなんかアーティストの人に何も還元されないのに」

ちょ待ってって。
タップタップタップ。
離せないから少し手を緩めて地面に下ろして。

301名無しリゾナント:2014/11/07(金) 18:45:03

「ここれ公式のPVだから。違法じゃないから許してお願い」
「じゃあちゃんとシングル買う?」
「買うから。帰ったらちゃんと買うから」
「じゃあ許す」

鉄枷から解放された私の真似を千聖がしてる。

「私、帰ったらCD買うんだ。 はいなっきーの死亡フラグ立ちました」

お前なあ。
わたしはあんたと違って身体は普通の人間並みなんだから。
拳を振り上げる私に笑って見せるとジャケットのフードを上げる。
もう千聖は戦闘態勢に入りつつある。

「へえ、I miss you か。良さげだね」
「でしょ、でしょ。そのPVも大きなお屋敷で撮影してるし」
「でもここの譜久村邸よりはちょっと貧相かな」

肩耳にイヤフォンを挿し、小声で口ずさみながら冷静な比較。
愛理も自分向きのパートを歌ってる。
前から言おうと思ってたけど歌う時は滑舌良いよね。

「でも…この子たちいい気なもんだね。こんな衣装を着てお化粧して好きな歌を歌って踊って」

舞の気持ちもわからなくはないけどさ。

「それは違うよ」

おっバカリーダーが何か良いこと言いそうな雰囲気。

302名無しリゾナント:2014/11/07(金) 18:46:20

「多分、この子たちだっていろんな悲しみを経験して、それを引きずりながら何とか前に向かって歩いてるんだ、同じ」

みんなおんなじという舞美の言葉は現実とは多分かけ離れている。
でも舞美がそんなにまっすぐだから他のみんなもなんとかこの地獄の中絶望に飲み込まれず生きていける。

「わたしたちは大切なものを失った。それはもう取り戻せない。だからこれ以上失うわけにはいかない。あいつらにこれっぽっちもくれてやるわけにはいかない。だから…」

それは舞美の悲しみ、そして私たち全員の怒り。
二振りの銃剣を手にした舞美が号令を下す。

「これより状況を開始します」

私たちは独立特殊攻撃部隊“ Celsius ”
何度も打ちのめされてきた。
何度も大切なものを失った。
もう二度と負けるわけにはいかない。

303名無しリゾナント:2014/11/07(金) 18:50:26
>>-
以上『I miss you』的な何か
うん■■さんならせいぜい2レスで描ききる話だよね


--------------------------------------------ここまで

↑とりあえずアリバイ作りというか転載禁止対策としてここに投下しときます
本スレの方には夜、皆さんが寝静まったころに行ってくる予定
もし他の方が投下される場合は気にせず自分の方を優先なさってください

304名無しリゾナント:2014/11/08(土) 22:44:28
「大丈夫カ?怪我してナイカ?」
屋根の上のポニーテールの小柄な女性がたどたどしい日本語で優しい言葉を問いかけながら、振り返る
緑色の炎は一瞬の輝きを放ち、それは幻であったかのように鮮明に脳裏に刻み込まれてしまった
「・・・大丈夫です」「えりも」
頭に降りかかった瓦礫を払いながら二人は体を起こす
「それはヨカッタ。でも、まだカメイサンは元気デスネ」
女性は右手を腰のベルトに携えていた拳銃に手を伸ばした
「ここは危険だから、離れたほうがイイネ」

突然、二人の体が浮かび上がった、いや何かに、捕まえられたのだ
「な、なんや?」
「・・・パンダ?」
小田と生田はパンダの背中にのせられた形になっていた
しかし、それは遊園地にあるような子供向けのファンシーなそれではなく、獰猛な一個体として、であったが
「動くなっていうとると?・・・て待つと!そっちは危ないやろ!!
 新垣さんのピアノ線が張り巡らされているとよ!!怪我するっちゃ」
恐怖で顔が引きつるが、ピアノ線がどこにはられているのかわからないこの状況では当然であろう
しかし、生田は知らない、すでに何十ものピアノ線の中をこのパンダが突き抜けていることを
野生の動物、それに加え、鍛え上げられた肉体によりピアノ線はただの糸に成り下がっていたのだ

「パンダつええ・・・ピアノ線の中につっこんでいるのに無傷っすか」
「工藤、何言うとるんや!パンダやないやろ!っちゅうか、なんであいつもなんでここにおるんや!!」
「愛佳、それよりもカメに集中!」
すでに道重に足を治してもらった新垣は新たなピアノ線を手袋につなぎ準備を整え終えていた
宙に浮かぶ、その影をその場にいる全員が注視する

305名無しリゾナント:2014/11/08(土) 22:45:00
緑色の炎に焼かれたというのに、身にまとっている御召物一つ燃えていなかった
ただ宙にふわふわと浮いており、時々呼吸に合わせて胸が膨らんだり縮んでいるのを確認できるのみ
銃口を向けられているのにもかかわらず、無心の表情を携えている

銃を向けている側もある意味では同じ、表情を変えることはなかった。浮かんでいる表情は笑顔だが
「ハハハ、さすが亀井サンですね、私の炎くらいじゃびくともシナイ」
場違いとも思える明るい笑い声をあげているが、三日月の目の奥には鋭い眼光が光り続けている
「風で私の炎で燃やされる前に身を守ったンデスカ。前よりも強くなってマスネ。デモ、私も成長してルンデスヨ」

緑色に輝く弾丸が数発、放たれ亀井に伸びていく
彗星の尾のように弾丸の通過した後には緑炎の道筋が放たれた弾丸の数だけ描かれる
「・・・」
亀井は迫ってくる弾丸にも顔色一つ変えずに、腕をふる
弾丸に無数の切れ目が走り、原型を失うほどの細かな破片になる
緑色の炎をあびた火の粉たちはさらにふきすさぶ風にあおられ、点に昇っていく
弾丸と同じ緑色に燃え上がった拳銃を持ち、女性は満足げに頷く
「・・・やりますネ。デモ、ワタシ、あきらめ悪いデスヨ」
次々と銃弾を放ち続け、亀井はそれを砕き続ける

「す、スゴイ、二人とも・・・あの人はいったい?」
新垣が準備を整え、今にも亀井にワイヤーを伸ばそうとしながら早口で答えた
「あの子はリンリン。私や愛佳、さゆみんと同じく始まりの9人の一人
 中国の秘密組織『刃千吏』の幹部、のはずだけど、なんでここにいるかな?」
「それはジュンジュンが答えようカ?新垣サン」

振り返るとそこには、全裸の女性

306名無しリゾナント:2014/11/08(土) 22:45:30
「ちょ!ジュンジュン!何しとんの!」
「光井サン、お久しぶりデス」
「いやいや、久しぶりやけど、それどころやないやろ!何しとんねん!まだ高校にも上がる前の子もおるんやで」
「デモ光井さん、私の姿、慣れているダロ?」
「愛佳は慣れとっても、ほかの子達が訳わからんやろ!!誰か、身にまとうものもってきて!」
慌てる光井に堂々としたジュンジュンと呼ばれた女性、その姿は滑稽に見えてしまう

「な、何者なんだろうね?」
こんな場所に突然全裸で現れた不審な女性に驚きを通り越し、引いている鈴木
その声を聴いたのか女性は鈴木はとっさに横にいた石田の後ろに隠れようとした(実際には隠れることはできなかったが
「・・・」
「な、なんですか?私の顔に何かついてますか!!闘るっていうなら闘りますが!?」
自分よりも背丈20cm以上高いであろう女性に対しても強気に出る石田
「オマエ、いい匂いするナ」
「!!」

「はい光井さん。服とってきました!」
「あ、それ、さゆみのジャージ!!」
「へ?なんで道重さんのジャージがなんでここにあるんや?」
その答えはジャージを持っている人物の無邪気な微笑みだった
「へへへ、まーちゃん、急いで跳んでとってきたんですよ!みにしげさん、褒めてくださ〜い」
凍り付く光井の表情、恐る恐る口を開く
「・・・佐藤、リゾナントまで飛んできたってこと?」
「はい!」
「・・・またテレポートできる?」
「え〜まさ、疲れたなう。しばらく無理うぃる」
「ドアホ!!!」
「え〜なんで怒ってるんですか?」

307名無しリゾナント:2014/11/08(土) 22:46:00
そんな喧騒に巻き込まれることなく鞘師は生田と小田のもとへと駆け寄っていた
「二人とも大丈夫?」
「えりは大丈夫やけん、ジュンジュンさんめっちゃ強くて速いと!」
「・・・石田さんのリオンと同じ、いやそれ以上かもしれないです
 ・・・それより、亀井さんと闘っているあの人、危ないです」
「危ない?」
小田の言いたいことの意味が分からず、同じ言葉を繰り返す鞘師
「・・・亀井さんは『何か』隠しています」

上空には浮かんだまま弾丸を弾き続ける亀井。そんな亀井に向かい屋根の上で弾丸を放ち続けるリンリン
「え?えりの目にはリンリンさんが一方的に押しているようにしかみえんと
 それにしてもリンリンさんの弾丸一向にきれないっちゃね」
「・・・あれは弾丸というよりも直接炎を発射しているようですよ、生田さん」
「うん、あの拳銃はただの飾り、といったところだね、なんでそんなことをしているのかわからないけど」
「え?小田ちゃんも里保も気づいてたと?」
「うん、もちろん」

そんな会話を知ってか知らずか、リンリンは拳銃をホルダーに戻した
その姿をみて、亀井も腕をおろし、ゆっくりと地上へと降りてくる
「やはり直接、組まないと倒せないデスカ」
両手を前に突き出し、膝を軽く折り曲げ構え、四肢に緑炎を纏う
そして、改めて笑い、左足で地面を強く蹴る

(速い!)
靴底から炎を放ち、その遠心力を利用し、さながらロケットの如き速さで詰め寄る
その速さの中で、的確に鋭く亀井の首めがけ、同じく炎をまとった手刀が振り下ろされる
亀井はその手刀に左腕を合わせ大きく払いのけ、同時に体の重心を落としリンリンの懐に潜り込もうとする
それを待っていたかのようにリンリンは伸ばし切っていた膝を折り曲げ、下りてこようとする亀井の顔面に狙いを定める
それを体の柔軟性を用いて反り返りながらも、リンリンの反対側の足に自身の足を絡ませて倒そうとする
それを瞬時に察知し、リンリンは炎を足底から噴射し空中に逃げこんだ

308名無しリゾナント:2014/11/08(土) 22:46:35
二人の攻防をみて何が起こったのかわからないメンバーも多かったであろう
鞘師や小田にとっては一つ一つの動きの意味を理解できただろうが、ただ逃げただけに見えないものもいた
飯窪にとっては何もみえなかった、と言わざるを得ないものであり、近くにいた工藤に開設を求めていた
しかし工藤自身もすべてを把握するには至らず、解説をする頃にはすでに亀井に向かいリンリンが再びとびかかっていた

「サスガ、亀井サン、強いですネ」
ジュンジュンはのんきに腕を組んで、瓦礫に腰掛けながらバナナを食べ始めていた
「ちょ、ジュン、どこにバナナおいてあったん?それおいてあるんやったら服用意してれば」
「ん?してたぞ。デモ光井サン、ジュンジュンの話聞かないで勝手に服もってコイとイッタ」
「・・・そうなん?」
「ソウダ」
そして大きな口でバナナを食べ、食べたそうにしている佐藤に向かい、食べるか?といって差し出した
食べる!といってジュンジュンの横に座り食べだした佐藤をみて、この子もかわいいナとつぶやいた

「ねえ、ガキさん、それよりえりをなんとかしないといけないんじゃないですか?」
「そ、そうだね・・・う〜んと、みんな、作戦言うからしっかりと聞く!いっかいしか言わないからね
 鞘師と小田は石田のリオンにのってカメに直接向かう、佐藤と飯窪、ふくちゃんはさゆみんの警護
 飯窪と工藤は愛佳の予知を私達に伝えて、生田は私と一緒にサイコダイブの用意を」
「新垣さんと一緒に?えり、がんば・・・」

そこで生田の近くに何かが勢いよく落ちてきた
砂埃があがり、じきにその何かが見え始めると、生田はひぃっと叫び声を上げた
「て、手首っちゃん」
それは間違いなく人の右手であったもの。切断された断面からは骨がのぞいている

あわてて亀井とリンリンのほうをむくとリンリンの右手首から上がなくなっていた
「アハハ、やはり亀井サンは強いデス」
地面に尋常ではない量の血だまりができあがっていた。左手で右手首をやいて止血しているようだ
「しかし、リンリンの右手で亀井さんにそれだけの傷を負わせられるなら本望ですね」
なぜか笑うリンリン

309名無しリゾナント:2014/11/08(土) 22:47:31
亀井はというと・・・来ていた衣服に穴が開き、そこから赤く焼き爛れた皮膚がのぞいていた
特に顔面は左目の周囲から頬にかけて真っ赤に腫れていた
「美人の亀井サンには申し訳ないデスガ、手加減できないですからネ」
しかし、亀井はそんな傷の痛みを感じていないのかゆっくりとリンリンに近づいていく
「とはいえ、あはは、リンリンマン、ピンチですね」

一歩、また一歩と近づく穴の開いたブーツを履いた女
煙をあげるパンツから覗く赤く爛れた肌
痛みを感じていないのであろうか、歪むことなき無表情

「ちょっと、何してるんですか!新垣さんも光井さんもジュンジュンさんも!
 仲間がピンチだっていうのに、なんで動かないんですか!道重さんも!・・・もう、私が行く!!」
しびれを切らしたように集中力を高める石田
月明かりに照らされ、青き幻獣が現れ、石田はその背にまたがる

そして、倒れこむリンリンの元へと向かわんと、リオンは強く地面を蹴った
しかし、リオンの動きは光と闇の色を持つ獣の腕に妨げられた
「な、なにするんですか!!」
獣は何も言わず、リオンを抑え込む
「仲間を助けないで何をしているんですか!いま、すべきことはリンリンさんを助けること」
「おまえじゃ、助けられナイ、かわいい後輩、無駄死にさせるわけイカナイ」
「な、なんですか!先輩とはいえ、私だって怒りますよ」
とはいうもののリオンは完全にジュンジュンに抑え込まれ、身動き取れなくなっていた

「せやから」
にじみ出るリンリンの汗が月夜に映える
「こういうトキは」
ザスッとした砂利を踏む亀井の足音
「ハァ、悔しいけど、頼りになる」
満月が宙に浮かび、影が大きくなる
「仲間に任せるの」

310名無しリゾナント:2014/11/08(土) 22:48:11
何者かの影が飛び出し、亀井の腹をけり上げ、亀井は勢いよく転がっていく
「ニシシ・・・ヒーローは美味しいところだけいただくものっちゃん」
不良にしかみえない佇まいはあの日別れたまま、しかしそこに秘めた頼もしさはあの日以上
「ほら、リンリン、立つと。エリに負けるとかありえんちゃろ?」

しかし、驚くのはそれだけではなかった
すぐに亀井が立ち上がった、しかし、ゲボッと血の塊を吐き出した
「ありゃりゃ、れいな手加減せんかったけん、やりすぎたと?」
「イエ、私も本気でしたカラ、バッチリです」
リンリンを背負いながられいながあほか、と呟き、笑う
「でも、えりがこんなんで倒れると思うと?」
「ナイデスネ」
その通りであった。己の吐いた血を見ても動じることなく、ただただ二人を、リゾナンターを眺めていた

血が得意ではない工藤にとってその光景はさぞおぞましいものであったのだろう
内心、気持ち悪かったのだが、逃げるわけにもいかない、とあえて他の視線から亀井を観察しようとした
・・・と、あるものに気づいた
「道重さん」
ぽつりと工藤が報告する
「なに、工藤?」
「亀井さんの力って・・・風使いと傷の共有、それだけですよね?」
「??? そうだけど・・・何?」
「・・・亀井さんの傷が治ってます」

そうなのだ、ゆっくりとであったが、亀井の傷が少しずつふさぎ始め、赤く爛れた肌も元の肉感的な色を取り戻していた

それをみて慌てるのは鞘師や生田、譜久村をはじめとした、始まりの9人以外
新垣、道重、田中、光井、ジュンジュン、リンリンは物怖じもしていない
それどころか、新垣はため息を漏らしていた
それを見逃さなかったのは鞘師と小田の二名
(今、新垣さんため息を??)(・・・何か知っているんでしょうか)

311名無しリゾナント:2014/11/08(土) 22:49:08
「何をしているんだ亀井!!何をもたもたしている!!
 田中に新垣に道重に光井、リンリン、ジュンジュン、それに9人もそろっているんだ!!」
甲高い声が糸のように張った緊張感を切り裂いた
「詐術師!!おったと?」
「な、このおいらのことを!!おい、亀井!」
「・・・」
「この、生意気ななんちゃってヤンキーをやっつけろ!!」
亀井は動かない
「おい、聞いているのか!!亀井、お前、先輩の言うことがきけないのか!
 おい、反応しろよ!時間の無駄なんだよ!!役立たずが!」
そこで亀井はぴくっと反応し、詐術師へ顔を向けた
「お、そうだ、それでいいんだ、少しは反省するんだ、おいらはオリメンにもっと・・・」
そこで詐術師は体の異変を感じた。人並み外れて饒舌なはずの口が動かしにくいのだ

「ふ、譜久村さん、あれ・・・」
「え、そうみえますけど、そんなこと・・・」
「いやいやいやいや、嘘だ、嘘だ、嘘だから、嘘だから」
慌てる敵の姿に急に不安になった詐術師は喉元に手を伸ばした。しかし、妙に風を感じるのだ
(なんだ?いやに体が軽いぞ)
喉に手を当てたが、おかしい、何も触れられないのだ
(???)

そして突きつけられる現実、水溜りに映る自分の姿
腕が、喉元に当てようとしたはずの腕が、途中から淡い光になって消えていっているのだ
月の光に照らされ、淡く桃色に光って自身の体が溶けていく
(な、なんだよ、これ!!)
そう、叫びたくても、すでに喉も光に溶けていき、声は静寂に置き換わる

人の体が闇に飲み込まれる、恐ろしいはずの光景なのにリゾナンター達は目を離せなかった
元々小柄の詐術師の体が少しずつ、桃色の光に浸食されていく
一人の人間が闇に溶ける、そんな光景が美しく目が離せないのだ

312名無しリゾナント:2014/11/08(土) 22:49:50
とはいえ、消えかけていく当の詐術師は気も狂わんばかりに暴れ続ける
口であった、大きな穴から、声が出ているのであれば壊れんばかりの叫びをあげている
その音は誰にも届かない
恐怖、それだけであろうか、絶望を受け入れなかった者の最後の表情をうかべた


詐術師は消えた、痕跡すら残されていなかった

しかし亀井は笑わない、怒らない、泣かない、悩みもしない
詐術師をけし、何事もなかったかのようにリゾナンター達の方を向いた
「・・・」

各々背中に汗が流れるのを感じ、無意識に力が入る
(いま、わたしに何ができるのだろうか?)
重苦しい空気に肺がつぶされそうになり、呼吸一つすらまともにできそうになる

しかし、意外なことに亀井はリゾナンターから視線を外し、自身の燃えた服に触れた
そして―何もすることなく浮かんでいく

「ま、まって、エリ!待つの!」
親友の声に耳を貸さず、空高く昇っていく
それを待っていたかのように、宙に穴が開き、そのなかに亀井は姿を消した
振り返ることなく亀井は去って行った

「あれはダークネスのワープ装置ですね。ということはまだ亀井さんは」
「うん、ダークネスの側にいるってことだね」
早くも周囲に一般人がいないか、確認しだす新垣と光井

「シカシ、リンリン派手にやられたナ」
「ハハハ、亀井サン、強かったネ。ジュン、バナナくれ」
「ダメダ」

313名無しリゾナント:2014/11/08(土) 22:53:12
「で、でも、助かったっちゃね。あの力、今のえり達じゃどうしようもないと」
地べたに疲れ果て大の字になって倒れこんだ生田
それを覗きこみながら「生田、お疲れ」と鈴木が笑う
「でも、あの力ってなんだろうね。あれって風の力なのかな?」
「ねえ、くどぅー、くどぅの目ではどう視えたと?」
寝ころんだ姿のまま首だけ工藤に向けて尋ねる生田

「はるの眼には、詐術師の体が、こう、溶けていくみたいで、風に吹かれるようではなかったです
 なんていうんでしょうか、こう、お風呂の中に温泉の元をいれたみたいに・・・」
「でも、きれいだったね!」
「まあちゃん!何言ってるの??
「だって、詐術師さんの体、ピンク色に輝いていたんだもん、はるなんも思ったでしょ」
強く否定しきれなかった飯窪は黙るしかなかった

「・・・あの、道重さん」
「なに、りほりほ?」
「・・・私達に隠していること、あるんじゃないですか?」
表情が答えを示していた、明らかに答えはYES
「私達と比べて道重さんたちはあまり驚いていないようにみえました。
 みなさん、なにか知っているのではないんですか?」
「さゆ、隠しても無駄っちゃろ、いわなきゃいけないこともあると。もうれーな達だけの問題やないけん」
「そうだね、私も田中っちに賛成なのだ。この子達もリゾナンターなのだから伝えておくべきだと思う」
いつの間にか新垣と光井も近くに来ていた

「ジュンジュンもそう思うゾ」
「私も同じデス」

「・・・そうね、わかった。れいな、でも、さゆみの口から言わせてほしいの。だって、始まりは・・・」
「わかっとうよ。さゆともえりともれーなは、くされ縁やけん」
「ありがとう。ねえ、みんな、大事な話があるの、しっかり聞いてほしいの」
そして、道重の口から真実が語られることとなる

314名無しリゾナント:2014/11/08(土) 22:56:14
>>
『Vanish!Ⅲ 〜password is 0〜』(5)です
100話おめでとうございます。
これからも素直に面白いと思える話が出続けることを期待させていただきます。


ここまで代理よろしくお願いいたします。

315名無しリゾナント:2014/11/09(日) 01:26:21
いってきます

316名無しリゾナント:2014/11/09(日) 02:35:58
いってきました
途中連投規制回避のため間が空いてしまいましたw

317名無しリゾナント:2014/11/10(月) 01:49:56
■ ミッシングメモリー −道重さゆみ− ■

ガキさん達に繋がらない。

嫌な予感が、大きくなる。

どうしよう…、どうしよう。

よりによって、こんなときに、ねえ絵里、どうしよう。

リゾナントへと戻る道重さゆみの足が早まる。


「『亀井絵里』です『か・め・い・え・り』、そんなはずないでしょ!」

はっとする、思わず声が大きくなった、だがそんなことをしても意味などなかった。
無駄、無駄だった。

「いいえ、『亀井絵里』さんという方が、入院している記録はありません」

だれも、亀井絵里を覚えていなかった、どこにも記録は残っていなかった。
看護婦さんも、担当の先生も、誰一人、誰一人、覚えていない。
「道重さゆみ」のことは、みな覚えている、それなのに。

318名無しリゾナント:2014/11/10(月) 01:51:02
不自然だ。

そもそも、この病院の関係者にとって、
道重さゆみは「うちの患者の亀井絵里さんに面会に来る道重さゆみさん」だったはずだ。
それが「うちの患者に面会に来る道重さゆみさん」になっていた。
その患者が誰か、を、誰も覚えていない。
興味すら、示さない。

無かったことになっている。
存在しない。
最初から、いない。

拉致?能力者?組織?

思考が千々に乱れ、不安だけが心を支配していく。

立ち止まる。

だめだ、しっかりしてさゆみ、考えて!考えるの!

かけ続けていた携帯を切る。
はやる心を抑える。
暫く考える。
考える。

そして、再び携帯を。
踵を、返す。

「ふくちゃん、お願いがあるの、今すぐ来て!」

319名無しリゾナント:2014/11/10(月) 01:51:50
>>317-318
■ ミッシングメモリー −道重さゆみ− ■
でした。

320名無しリゾナント:2014/11/11(火) 14:12:13
【お詫び】
「黄金の魂」という題名に相応しい崇高な物語になるはずだったんです
だったんですが、なんだか最低な話になりつつあります。
共鳴って素晴らしいねって思っておられる方にとっては許せない内容かもしれませんね
回避した方がいいかもしれないと誘い受け

>>-の続き

更にだ…。
朝目覚めると何故か立ってるんだ。
ちゃんとベッドで眠ったはずなのに立った状態で目覚めるんだ。
そして頭の上には大皿に盛られた汁満タンの冷やし中華。
足元にはお気に入りの服が広がってる。
腕は使えない。
何故か
ガムテープで後ろ手に縛られてるんだ。
別に金属製の手錠とかじゃねえ。
ただのガムテープだ。
力づくなら剥がせねえわけじゃねえ。
ただそうするには頭の上の冷やし中華が邪魔だ。
それをどうするか。
部屋や服が汚れるのを覚悟で冷やし中華をぶちまけるか、それとも何とかバランスを取ってせめて流しまで辿り着こうか考え中、不意に真横にあの人が現れて、鼻息も荒く耳元に囁かれるんだ。

「冷やし中華はまだ冷やし中か…なんて・ね」

ただでさえ曇っていたリンリンの顔が土気色に染まっていくのがわかる。

「そそれは恐ろしい。 というかとてつもなく嫌です」

状況を想像してあまりの恐ろしさゆえか、せっかく構築していたアルアルキャラが崩壊してしまっている。

321名無しリゾナント:2014/11/11(火) 14:12:41

「これが真っ向からの殴り合いなら望むところだ。正直そういうの好きだし。しかし地味に確実にHP削られてくの…辛いぜ」

更にと付け加えようとしたアタシを手で制したリンリンは、エレベーターの方へ向かうよう促した

「出来るだけ大人しくしてますから何とか穏便に。それとさっき私が言ったこと保田さんにはなにとぞ内密に」

ふぅ。
どうにかエレベーターに乗れた。まったく最初の関門でどれだけ時間を費やしてるんだか。
あとはさっさと保田の大明神に拝謁して「黄金の魂」とやらについて意見を交換して、あとはさっさと退散だ。

つうか遅い。
このエレベーターのスピードまじ遅いだよ。
いや遅ければご対面が遅れていいといえばいいんだが、遅すぎるのも苛つく。
どう考えたって階段を歩いて上った方が早いっていうぐらいの時間がかかって到着した四階。

このカラオケボックスの建物は大雑把にいうと凹形になっている。
勿論上からみたらの話な。
その左右がボックスになっていて真ん中の部分がエレベーターや階段、そしてトイレが設けられている。
但し一階当たりの面積は狭いので一フロアには男女どちらか一方の専用トイレが作られてるそういう感じの構造。
確か最初の電話では四階にある女子トイレに来てくれって話だった。
でもいきなりトイレに向かうってのもぞっとしない。
とりあえずこの階にあるボックスを覗いてみることにする。
ひょっとしたらそっちの方に鎮座されてるかもしんねえし。
四階の女子トイレを指定してきたってことは三階か五階のボックスに陣取ってる可能性あるわけだが。

とにかくエレベーターを出て向かって左側のボックスに向かおうとしたちょうどその時、そのボックスの扉が開いた。
中からは若い連中の賑やかな声。
違ったか。
出てきたのは基本リンリンのと同じ色調の制服。
ただし男verを着た店員だった。

322名無しリゾナント:2014/11/11(火) 14:13:28
イケメンの部類には入らないな。
こういう接客業で働いている人間特有のちょっと崩れた感が無いどちらかというと無骨な感じ。
髪も短めにカッとして、顎にはゴート髭。
ラーメン屋の大将とか創作居酒屋のマスターなんか似合いそうだな。
そんな感じのCYOIKARAの店員が空になった大皿を抱えて歩いてきた。

「いらっしゃいませ!! 前を通らせていただきます」
「あ、どぅも↓」

なんか活力に満ち溢れてる感じに軽く気圧されたみたいな。
まあアタシはこれからのことでちょっと落ち気味なこともあるけど。
どうやら左側のボックスは関係無いみたいだね、だったら一応右側を覗いとくか。
つうかゴート髭の兄ちゃん呼び止めて保田さんの取ってる部屋番訊こうかな。
らしくもない逡巡で立ち止まっているとジトッとした視線を感じる。
こ、この雰囲気は…。
女子トイレの扉が少しだけ隙間が開いている。
そこからアタシに視線を注いでいるのは。

「遅かったじゃない、藤本」

裏の世界では「永遠殺し」という二つ名で呼ばれている保田圭その人だった。

「つうかアタシ別にあんた直属の部下でもないんですけどね」

意外だと思われるかもしれないが、アタシが身を預けている組織には確固たる指揮系統だとか鉄の規律だとかは存在しない。
各々が心の中に抱く闇で世界中を覆い尽さんとする意志の集合体。
それがダークネスの真実だ。
だから【永遠殺し】と呼ばれる女とアタシの関係も本来なら上下関係なんか無い対等の筈。
だから事前のアポイントメントもない当日の呼び出しなんか応じる義理は無い。
なのにこうしてノコノコ顔を出しているのは個々の力関係とか器の大小とか。

323名無しリゾナント:2014/11/11(火) 14:14:16

まあそれ以上にリンリンにも言ったけどこの人特有の能力を利用しての嫌がらせがたまんないという面もあるんだが。
いまふと思ったんだが保田さんの能力を使った数々の嫌がらせこそ本当の「パワーハラスメント」ってやつじゃねえか。
ま、ともかく完全に無視を貫くのはキツイ相手だが、唯々諾々と従うのも業腹だってわけさ。
ま、そんなアタシの感情なんか目の前にいるオバハンには関係なさそうだが。

「まあいいわ。重大事なのよ藤本」

だからね〜もう少し手順を踏むとか相手に花を持たせるとか思わないのか。
思わないんだろうね。
そういう先輩風っつーかボス風を吹かせたいんならテメーのシンパ相手に吹かせて欲しいもんだが。
まあ来てしまったんだから仕方ない。
とりあえず話は聞いてやる。
が、その前にだ…。

「重大な話をこんな所で立ち話するのもなんでしょうが。 部屋に行ってますから何号室か教えてくださいよ」

初冬っていうには早い時期。
それでも外を出歩くのに少し肌寒くなってきたのは事実だけど、ビル内は空調のおかげでまあ快適にすごせる温度である。
一体型なのか女子トイレもその恩恵は被っている。
寒くてしょうがないというわけではない。
だったら何故場所を変えたいかというと。
臭いのだ。
いやっ、誤解しないで欲しい。
そっちの方の臭いじゃない。
芳香剤だかなんだかの匂いが強烈過ぎて、鼻が拒絶反応を起こしそうなんだ。
アタシは【永遠殺し】にそのことを伝えるために、わざと鼻をクンクンさせてやった。
こんな臭いところじゃ話をする気になれませんってなぐあいに。

「鼻が利くわね、藤本。Chloeのオードパルフォムよ。このひねりを加えた遊び心が気に入ってるのよね」

324名無しリゾナント:2014/11/11(火) 14:15:00

悪かった、Chloe。
あんたらの賞品を貶すつもりじゃなかった。
ただどんな香水でも度を過ぎてしまったら逆効果だと思う。
っていうか、このオバハンはいったいどれほどの量を使ったんだ。
それとも瓶ごとぶちまけたのかってぐあいの感じなんだが。

「とにかくここから離れるわけにはいかないの」
「ですけど他の客がいつ入ってくるかもしれませんし」
「その点は大丈夫。この階のもう一方の部屋は若い男の子ばっかりみたいだし」

いやっそれだけじゃ不十分だろう。
一階ごとに男女各々の専用トイレが交互にあるってことはこの階の上下階の女性客がやってくる可能性も高い。
女子会とかやってる部屋があったら、ただでさえ足りないだろうし。

「とにかく今ここを離れるわけにはいかないの。最悪誰かが来たときには【時間停止】を使用してでも排除するから」

オバハ…いや保田さんの口から【時間停止】という言葉が出たことでだらけてたアタシの中の緊張が高まった。
何故かって?
一口に能力者といってもいろんなタイプがある。
能力の種類に色々あるというのは勿論だが、今アタシが言っているのはそういうタイプ分けじゃない。
その能力者の品性というか人格、ようするに自分の能力を必要以上に誇示するかしないかっていうタイプ分けだ。

神様の気まぐれってやつで異能を手にしたことに不幸を感じるどこかの喫茶店の連中みたいな奴ばかりじゃないってこと。
人とは異なる能力を手にしたことに浮かれちまって使いまくることで自己主張するタイプも少なくない。
勿論誇示するといったってテレビのバラエティ番組で実演したり、動画サイトにアップしたりするとかじゃない。
そんなやつらは全てとまではいわないが殆どがまやかしのイカサマだ。

要はここで使うかってタイミングで必要以上の強度で能力を行使してみたり、その能力を応用した技にこっぱずかしい名前をつけたりする奴。
一番わかりやすい例えが石川梨華だ。

325名無しリゾナント:2014/11/11(火) 14:15:57
アイツのサイコキネシスは確かに協力だ。
そんなものに番付があるのかどうかわからないが、力の最大出力や精緻さ連発が効くか。
いろんな面を総合すれば、アイツはサイコキノの横綱級だろう。
その念動力を使って粛々と粛清人をやってればいいものを、アイツはそれだけに留まらなかった。
念動波による攻撃にオリジナルのネーミングをつけるという痛い真似をしえかした。
波動を刃状に形成した攻撃を念動刃(サイコブレード)と名づけたあたりはまだ良かった。

しかしバカなアイツはやらかしちまった。
銃弾状に調整した波動を念動弾(サイコブレッド)と名づけちまった。
弾丸といえばブレット。
ブレッドといえばパンのことじゃねえか。
念動で捏ね上げたパンはさぞかし弾力があって美味いことだろうよ。
アタシが皮肉交じりに教えてやっても間違いに気がつかねえ。
そればかりかその名を裏の世界に広めようと、サイコブレッドを放つ度に従属武官(取り巻き)の岡田とか三好とかに叫ばせる始末。

「石川さん、あかん。 サイコブレッドみたいな強力な技使ったら跡形も残らへん!」
「うぉぉぉぉぉぉ。 さすがは黒の粛清。サイコブレッド、っぱねえっ!す」

恐怖を世界に知らしめるべき粛清人が、バカっぷりを裏の世界中に知らしめてしまった。
っていうかv-u-denも気づけよって話だ。
当の石川はというとオリジナル攻撃第三弾として念動嵐(Psy-clone)を編み出すために修行中だ。
ホントまじサイクロンでどっか飛ばされていってくれねえか。

話は逸れた。
そんな不詳の弟子である石川梨華とは違い、【永遠殺し】保田圭はその能力を誇示しないタイプだ。
いや【永遠殺し】という二つ名自体が香ばしいといえば香ばしい、それは認める。
能力を発動する際、“時間よ止まれ”だの“時間よ私の前に傅きなさい”だの詠唱を行うのも微妙なところだ。
そもそもアタシをはじめ意に沿わない相手に能力で悪さをすること行為自体が能力の誇示でないかという見方もできる。

326名無しリゾナント:2014/11/11(火) 14:16:54
しかしアタシから見た保田圭は己の能力を誇示しないタイプに属する。
石川梨華が広く拡散するタイプなら、保田圭は一点に収束するタイプとでもいおうか。
石川梨華がバカみたいにくぱぁーっとおっ広げるタイプなら、保田圭はウジウジもったいぶるタイプとでもいうか。
とにかくそんな保田圭の口から【時間停止】能力を使用してでも機密を守ると言ったのだ。
緊張も高まるってものさ。

アタシが来るなり、重大事とやらについて話し始めようとしたってことにしても、アタシが頼りにされてるってことだろう。難儀なところもあるがその実力を認めざるを得ない先達に当てにされたんなら気分は悪くない。
密談に応じてやろうじゃねえか。
そんなこんなで香水の強烈な匂い漂う女子トイレに留まることを決めたアタシは、自分も警戒するつもりであるということを示すため、ドアに険し目の視線を注ぎながら話を促した。
そういや「黄金の魂」についてとかいう云ってたっけ。

「とんでもない事態に陥ったのよ」
「だからどんな事態だってんですか」

よく見るといつになく慌て気味のご様子だ。
こいつはほんとうに一大事が起こったのか。
例の喫茶店に新人が四名も入ったという情報は掴んでいるが、いきなり主戦力として使えるとも思えねえし。
ってことはやっぱり内向きの問題か。

「トイレの水が流れなくなったの」

は? 今なんと仰いましたかね。

「聞こえなかったの藤本。 トイレの水が流れないの」
「いやそれはおかしい。それはそれなりに大変だろうけどアタシをわざわざ呼び出すほどじゃないでしょうが」

これはからかわれてるのか。
いやっそれとも。

327名無しリゾナント:2014/11/11(火) 14:18:27
「黄金よ」
「あぁそういえばメールでそう書いてましたっけ。 確か黄金の魂」
「黄金の塊よ」
「はぃ?」
「本当に鈍い子ね。黄金の塊を詰まらせてトイレの水が流れなくなったって言ってるの」

あのすいません。
その黄金の塊っていうのは、まさか?

「ここ一週間お通じがすぐれなかったのよね。 だから午前中、前に効果があった骨盤矯正を整体院でやってもらったのよ」
「おい、アンタちょっと待てよ!!」
「午後は隠れ家でペーパーワークに没頭してたんだけど、全然来る気配が無くてね」
「言うに事欠いて何言ってるんだ」
「それで油断しちゃったのよね。で、執務が終わったからいつもみたくこの店に歌いにやってきたんだけど」
「語るな。しれしれと経緯を語るなっていうか聞かせるな。そんなもの聞きたくねえんだよ」
「ワインにシャンパンを空けて、あ勿論ミニボトルよ。それから定番の芋焼酎を頂いていると、来たのよ。ビッグウエーブが」

いやっ、もう何が来たのかとかは言うなっていうか言わせねえよ。聞きたくねえよ。
脱兎のごとくその場から立ち去ろうとしたアタシを【永遠殺し】の微妙に篭る声が制止した。

「そんなに今晩夢の国に辿り着くまで耳元で“おやすみきてぃ”って囁いて欲しいの?」

既に永遠に醒めない悪夢に迷い込んでいる気がするんだが。

「そんなに私の手作りの味噌汁の香りで目が覚めたいの? まな板で糠付けを刻む音で目が覚めたいの? ほっぺにチュッで目が覚めたいの?」

想像するだけで何かを催してきそうなシチュエーションから考えを逸らそうとするアタシ。
その原因たる【永遠殺し】は、あっと声を洩らしていた。

328名無しリゾナント:2014/11/11(火) 14:19:08
「よく考えると私の言ってること全部お仕置きじゃなくご褒美よね」

いえ、かなりキツイ地獄の刑罰なんですけど。

「とにかく待ちなさい。私の話を全部聞きなさい」

【永遠殺し】保田圭の口から語られたこと。
それは闇の、裏の世界における【永遠殺し】の存在意義。

さっきアタシは言った。
ダークネスには確固たる指揮系統だとか鉄の規律だとかは存在しないと。
ダークネスの幹部級は一国一城の主みたいなものだ。
ということはその稼ぎも自分の才覚によるってことだ。

勿論ダークネスの利益に繋がる破壊工作だとか粛清だとか。
そんな特別業務に携わった場合は特別報酬がきっちり支給される。
しかし基本的に二つ名持ちの幹部級の能力者は、自分の才覚で稼いだ金で自分を養っている。
そればかりかその稼ぎの中から少なからぬ献金だか上納金だかを上層部に収めてさえいる。
そこまでして組織に所属しているメリットがあるのかと言われたら、あるとしか答えられない。
詳しくは言えないけど、これまで散々派手に暴れてきたこのアタシが、警察の目とか気にせずお天道様の下を歩いているのはそのほんの一端なんだなあ。

とにかくアタシたちが口に糊するのにもっとも手っ取り早い稼ぎ口は、雇われの荒事だ。
石川なんかは粛清の他にどこかの金持ちの依頼で、貴重な美術品だかレアものの宝石だかを盗んだりしてる。
何を血迷ったのか岡田や三好を引き込んで“怪盗v-u-den”と名乗り、盗みの予告状を送り届けたり、盗んだ現場にメッセージを残したり。
まあ目立ちたがり屋のバカだ。
【催眠】能力を保有する吉澤あたりは、命知らずの密入国者や無知無教養なならず者に催眠を施して編成した一夜限りの軍勢、“Midnight shift”を派遣して結構な金を稼いでる。

329名無しリゾナント:2014/11/11(火) 14:20:02
かくいうアタシもそっちの方面じゃ【戦争魔女】として知られている。
アタシの異能は他の奴らの異能とは違っていて、発動やらに手順が必要で時間がかかる。
その所為で一対一のバトルでそのまま活用するのにはちょっと不利なんだが、一度発動すれば、ロングレンジかつワイドレンジの攻撃が可能。
つまり軍隊の援護射撃ってやつにおあつらえ向きってことさ。

そんな雇われの荒事がダークネスの利益に繋がらないと判断された場合は、依頼の段階で即時撤収命令が出る。
しかし利益を損なわないと判断された場合は何の連絡もない。
時に、戦争の相手側にダークネスの人間が立っていたとしてもだ。

あの時は熱くなりすぎた。
中央アフリカのとある国の守旧派と革新派の争い。
アタシの手駒は現地の正規兵が二百人ばかり。
革新派の支配してる地区に急襲を掛けた。
十三万発の氷槍を撃ち込んで突撃させた革命軍本拠はもぬけの殻。
正規兵とはいっても過酷な訓練を乗り越えた精鋭ってわけでもない。
所詮は烏合の衆。標的を見失って右往左往しているところに横槍を仕掛けてきたのが“Midnight shift”。
欧州で民主政権の発足を宣言した革新派に雇われた吉澤が指揮していた。

アタシたちダークネスは手を取り合って一つ船に乗り、同じ場所に向かって旅する同行者じゃない。
各々が約束の場所の方角に向けて走る船にたまたま乗り合わせただけの同乗者に過ぎない。
だから時にアタシたちは潰しあう。
だからこそアタシたちは常々蝕み合う。
戦い続け、最後に生き残ったたった一人の者に闇の王の王冠を授けることこそが、ダークネスの大義であるかといわんばかりに。

アタシたちの一人一人が心に秘めた目的と。
ダークネスが世界の闇に向けて掲げる一つの大義。
二つのものが必ず溶け合うとは限らない。

だからアタシは一杯喰らわされた吉澤の澄ました顔に最低三十発は叩き込むつもりで奴の率いる軍隊に突進した。
奴もアタシを殺る気満々で傀儡と化した部隊を展開した。

330名無しリゾナント:2014/11/11(火) 14:21:16
結界と地雷網。
氷矢と銃弾。
眩霧と十字砲火。

存分に潰し合った結果、馬鹿を見たのはアタシたちの尖兵となった者たち。
敵のアイツの凶弾に倒れたのか、味方のアタシに背中を撃たれたのか。
敵のアタシに胸を貫かれたのか、味方であるアイツに欺かれ非業の死を遂げたのか。
合わせて五百近い死者が出て、内戦は実質的に終わった。
勇ましい兵隊たちは馬鹿を見たけどその国の民衆たちにとってはそれほど最悪の事態ってわけじゃなかった。
武器を持つ力を持たず、現為政者からも未来の為政者候補からも穀潰しの無駄飯食いとしか扱われてこなかった女子供に怪我人たち。
軍事力を喪失したその国の異常事態を憂いた世界の首脳が国連のPKOを派遣した結果、失われるはずだった多くの命が救われることになった。
でもそれで一件落着と収まらないのがこの世の中だ。

安全地帯から資金を提供してアタシたちを動かした支配者たちは自分たちの権益が損なわれる事態を快く受け入れるはずも無い。
最悪の事態をもたらしたアタシたちに制裁を加えるべく、手元に残った有り金全部つぎ込んで別なる闇を動かそうする。
そんな時にあの人は現れる。

【永遠殺しの調停者】

あの人は緊迫した時間を止め、時にスケープゴートを仕立て、時に代案を示し、時に当事者を時間から排除することで、錯綜した事態を調停する。

“Gravity” 後藤真希
“Terrible Assassin”高橋愛

世界の災厄と恐れられる二人の能力者と比してなんら劣らぬ力を持ちながら、そのチカラを誇示しようとしない存在。
チカラを誇示しないことで、その存在を誇示する存在。


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