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長編SS投下用スレッド

1一応管理人 ◆TD8lO4QhRk:2007/08/28(火) 22:40:04
本スレに投下すると連投規制に引っかかったりレスを消費しすぎるなどの
理由で投下しにくいSS用のスレです。
使い方としてはSSの冒頭部分を本スレに落として「続きは(このスレの
URL)」みたいな感じがいいかと。

なお、1レスあたり50行までに設定されています。

2名無しさん:2007/08/28(火) 22:43:43
管理人さんGJ!

3名無しさん:2007/08/28(火) 22:47:37
管理人さん乙!

4名無しさん:2007/08/28(火) 22:58:53
管理人さん乙です。

5 ◆z14eimiXXE:2007/08/30(木) 12:31:28
設定修正。
50行書き込んでも表示上限が30行まででそれ以上は「省略されました」の表示が
出ちゃうんで1レスあたりの投稿上限自体を30行にしました。

6名無しさん:2007/09/09(日) 02:46:52
  , -‐- 、.  
 ,'. /  ト、 ヽ.  
. i. ((从ソ u从〉 
l. (|┳ ┳i!l  いつかお世話になりそうなので保守させてもらおう。
.ハNiヘ  ー ノハ!.  ……えっ、ここでは必要ないのかいキョン?
.   {iつ旦O   
.  とくュュュュ〉

7名無しさん:2007/11/12(月) 21:25:17
う〜ん、24-741のラスト、、ちょっと強引かなと思ったんでGJ出来ない。

んで勝手に改変

「お前が来てくれてよかった。お陰で助かったし、ついでに慌てる佐々木というレアな様子も見れたしな」
「わ、忘れてくれ、そんな事。僕が守って来たキャラクターが崩壊してしまうじゃないか!」
「いーや忘れないね。今後お前に俺の愚かさを指摘されたら一生この事を引き合いに出させてもらう。一生な」
「くっ…キミがこんなにもSだったとは。どうやらキミの評価を改めねばならないようだね」
「………」
「キョン?」
「ああすまん、ちょっと考え事してた。まだ時期じゃ無かったようだな」
「時期じゃないってどういう意味だい?」
「俺に鈍感鈍感言う割にお前も存外鈍感だって事さ。じゃあな、寝てるとこ騒がせて済まなかった、早く病気治せよ」
そう言ってキョンは帰った。僕が鈍感?キョンは何を言いたかったんだろう

「はぁ、似た者夫婦なのです」

8名無しさん:2008/05/16(金) 18:52:34
コソーリ投下
 
『来なかった佐々木』
 
 
 いつものように机に向かい、いつものようにキーボードを叩き、いつものようにバックスペースを連打する。
 要するにスランプな訳だが、次の締切まであと四日あるのに加えてもうそろそろ佐々木
がやってくる時間だ。
 あいつとの会話は面白いし、思わぬネタを提供してくれることもある。なにより後ろに
居てくれるだけで何と言うか安心感みたいなものがあって、一人で書いてるよりも筆が進
むのだ。
 そんなわけでアイデアが出てこない執筆活動はひとまず中断し、プロット整理等しなが
ら佐々木の到着を待つ事にした。
 
 ……遅い。30分過ぎた時は渋滞にでもはまったかと思っていたが、1時間となるとさすが
に心配になってくる。連絡を取ろうと佐々木の携帯に何度も電話してみるも、留守録のメッ
セージが空しく流れ続けるだけだった。
 佐々木、お前はいったい何処で何をしてるんだ?ついにその日、佐々木が家に来る事は
無かった。
 
 
 
 
 
 まんじりともしない一夜が明けて翌朝、普段は使わない備え付けの電話が鳴り響いた。
 
 『もしもしキョン先生ですか?実は大変な事になりまして』
 
 受話器から聞こえてきた声は、佐々木が勤めている出版社の編集長のものだった。佐々

9名無しさん:2008/05/16(金) 18:54:05
木を俺の専任にしてくれた件の上司であり、俺にとっても大恩人と呼べる人だ。
 
 「大変な事?佐々木が昨日来なかったのと何か関係があるんですか」
 
 編集長は、佐々木が来れなかったのは交通事故に遭ったからと教えてくれた。
 編集長が警察から受けた説明によると、昨日午前11時40分頃、佐々木が信号待ちをして
いる所へトラックが突っ込んで来て前の車との間に挟まれたのだそうだ。
 幸い命に別状はなく、意識もはっきりとしていると聞いて少しだけ安心する。
 
 その後運ばれた病院の名を聞いた俺は、とるものもとらず佐々木の元へ車を走らせた。
 佐々木よ、今お前がいなくなったりしたら小説の続きどころか一文字も書けなくなる自
信があるぞ。そうなったら廃業か?お先真っ暗だな俺の人生。いやいやそんな事はどうだっ
ていいんだ、とにかく無事でいてくれよ、佐々木!
 
 
 
 程なく病院に到着、受付を済ませ佐々木の病室までの行き方を確認する。外科の一般病
棟の四人部屋か、ICUとかじゃなくて良かったぜ。
 
 しばらく歩きここだなと思って病室に入ると、見舞いと思しき女性達と談笑している佐
々木の姿を見付けた。
 
 「やあ先生、ご心配をお懸けしてしまったようですね、すいません」
 
 同室の患者さん達及び先客の女性陣に軽く挨拶をしたところ、患者さん達はにこやかに
挨拶を返してくれたが、佐々木の見舞い達は俺を見るなり「あ!」と小さく声をあげると
佐々木に「ではまた来ますね」と言い残し挨拶もそこそこに出ていってしまった。

10名無しさん:2008/05/16(金) 18:55:32
 何やら顔がニヤニヤしていたのが気にならないでもないが、まずは佐々木だ。
 
 「よう佐々木、元気……なわけないよな、やっぱり」
 
 「そうでもないさ。動けないだけで体調はすこぶる良好だよ」
 
 軽口を叩いてはいるが、実際佐々木の首はコルセットで固定され、両足はギプスで固め
た上宙吊りにされていた。
 
 「怪我の具合はどうだ、治るまでどれくらいか聞いてるか?」
 
 「先生が仰るに、首は軽度のムチウチ症で一週間もすれば自由になる。でも足は両方と
も複雑骨折していて、退院は二ヶ月ほどで出来るらしいが自宅療養とリハビリを含めて全
治六ヶ月はかかるだそうだ」
 
 「六ヶ月……。半年か、大変だな。俺に出来る事があれば何でも言ってくれ。可能な限
り力になるぞ」
 
 「ありがとうキョン、キミにそう言ってもらえて嬉しいよ。とりあえず今は話し相手に
なってくれれば満足さ」
 
 「話し相手ねぇ。そんなんでいいならいくらでも付き合うさ。
 そういえばさっきの連中は同僚かなんかか?だとしたら不謹慎な奴らだな、お前がこん
な大変な時に笑ってたぞ」
 
 「彼女等は確かに僕の同僚だが、笑ってたというよりは、思わず笑みが零れたという表
現が正しいだろうね。別に悪気があってのことじゃない、祝福半分の冷やかし半分という
ところだろう」

11名無しさん:2008/05/16(金) 18:56:46
 事故に遭って祝福?保険がしっかりしていて働かなくても金が貰えでもするのか?俺が
そう言うと佐々木はあからさまにはぁ、と溜息をつき、「そうだよね、キミならそう考え
るよね」などと宣った。俺、なんか悪いこと言ったか?
 
 「なんでもないよ!それより小説の続きは進んでいるのだろうね?次の締切は3日後だっ
たと記憶しているが」
 
 ぐっ……それを言われると頭が痛い。実は昨日から全く進んでいないのだ。
 
 「進んでないようだね。丁度いい、そこの引き出しに原稿用紙と鉛筆があるから、それ
で書いてみたらどうだい?」
 
 佐々木はそう言って自分の右手にある机を指差した。
 なんで病室にそんな物を持ち込んでるんだ?まさかこの展開を予想してたんじゃあるま
いな。それに今時紙と鉛筆なんて、と反論したが結局丸め込まれた俺はそのまま病室で原
稿を書く事とあいなった。
 
 所詮俺ごときが口で勝てる相手ではないのだ。
なんてぶーたれてたのはもう4時間も前の話だ。
 佐々木が後ろで見ていてくれたからだろうか、はたまた紙と鉛筆で頑張っていた往年の
文豪の英霊でも乗り移ったのか、俺は昨日の分のノルマをあっさりと達成し、今日の分の
展開もしっかりと固めることができた。
 さすがにスピードではパソコンに及ぶべくもないため、ここで書いていたら面会時間を
過ぎてしまいそうなので残りは家に戻ってやる事にする。
 
 「ふぅ、こんなもんだろ。じゃあな佐々木、また来るぜ」
 
 「お疲れ様。では今度来てくれる時は同部屋の皆さん達の為に是非手土産一つでも持っ
てきてくれ。それが大人としての常識というものだよキョン。

12名無しさん:2008/05/16(金) 18:58:50
 あ、僕には暇潰し用の雑学の本をお願いするよ。若しくはキミの生原稿でもいい」
 
 分かったよ、と軽く手を振りながら返し、病室を後にした。
 車の中で今日の分は1時間もあれば余裕だろうと考えた俺は、
メシもまだだったし、明日の佐々木への差し入れを探すというの
もあったので、結局いろいろと寄り道をしてようやく家路についた。
 だがこの時俺は、ひとつ大事な事を忘れていたんだ。
 
 
 
 
 「先に謝っときます、また入院させてしまったらスイマセン」
 
 たっぷり2時間ほどかけて家に着いた時、ドアの前にはちょっとした良心の呵責と共に
俺の記憶の片隅に引っ掛かっている初老の男性が、胃の辺りを押さえて立っていた。

13名無しさん:2010/04/23(金) 15:08:37
改行テスト1
2
3
4
5




10









20









30

14名無しさん:2010/04/23(金) 15:12:43
改行30が限界っぽいですね・・・。
あと長編じゃないけど他に投下できる場所がないのでココで失礼します。
本スレに転載してくださる方、投稿者の名前に
「月刊佐々木さん4月号」でよろしくお願いします。@全鯖規制中

15月刊佐々木さん4月号:2010/04/23(金) 15:13:21
4月。
いよいよ中学も最終学年を迎える運びとなった訳だが
それは同時に俺にとって最大の障壁がハッキリと姿を現す事を意味していた。

つまりそう、日本津々浦々、全国の中学生のほとんどが経験する「高校入試」である

もちろん、家庭の事情で高校に進学せず専門学校に行ったり、あるいは就職する人も
いるかもしれないが、やはり大半の中学生は高校進学を選択するだろう。
近年では、中学から私立に行き、中高一貫と言う名のエスカレーターに乗って
高校へ進学する生徒も増えているそうだが、まぁ、それは今は置いておくとして。

高校入試の事を考えると頭が痛い、のだが、実は俺より頭が痛かったのは俺の母親の方だった。
と言っても、こういった問題では当事者である子どもより、
親の方が思い悩む傾向にあるのは定説と考えて差し支えないのだろう。

そんなある日、突然母親から1枚のチラシを受け取った。

16月刊佐々木さん4月号:2010/04/23(金) 15:14:34
「……入塾のお手続きご案内……?」

すでに必要事項には全て記入が済んでおり、あとはこれを届けて来いと言う。
俺は自分が置かれた状況を瞬時に把握していた。

「キョンくーん、じゅくいくの?」

イマイチ塾が何か分かってない妹の事は放っておくとして、だ。
まぁ理由を聞く必要はある訳もなかったが、
しかし無抵抗でと言うのも若い故のプライドが許さなかったので一言申した。

「……行かなきゃダメですか」
「小遣いなくすよ」

こうして有無を言わさぬ母上の圧力に俺の膝は容易に屈してしまったのだった。

17月刊佐々木さん4月号:2010/04/23(金) 15:15:15
「塾、ねぇ」

幸い目的の塾は自宅から自転車で15分という距離にあり
苦痛を伴わずに通える範囲だった。

「はい、ご苦労さま。それじゃちょっとテストしてみようか」
「え、今からですか?」
「そう。君の編入クラスを決める参考にするから。
 と言ってもクラス自体は多くないんだけどね。それでも指導の際には参考になるから」

試験のために勉強に来たというのに、そのための試験を受けねばならんとは横暴も良いところだ。
しかも今日これから。試験勉強期間もないのか、と憤慨できる訳もなく。
某売られた仔牛のように俺は連れられて行ったのだった。

テストは所謂小テストで、1教科10分ほどのボリュームでそれを5教科。
それなりに疲れる内容だったが、まぁ実力は出し切れただろう。
良い点数に直結するとは限らないが。

「今日はどうする?せっかくだから授業に出て行くかい?」

一瞬迷ったが、こうなったら腹をくくるしかない。
じゃあ、と俺は、それでも不承不承だが、授業に参加するのだった。

18月刊佐々木さん4月号:2010/04/23(金) 15:15:50
塾での授業は週3回。火、木、土曜。
毎日じゃないというのが不幸中の幸いだが、
それでも昨年度に比べれば大幅な勉強時間の増大だ。

「キョン、塾はどう?」
「まだ入ったばかりだが、とりあえず楽しくはないな」

あははと笑うのは国木田。成績優秀、眉目秀麗、品行方正。
俺が通う事になった塾とは別の塾に行っている。

「まぁ楽しくはないかもしれないけど、やっとくに越した事はないよ」
「ん、なんだ。キョンは塾に行くようになったのか?」

隣から会話に割って入ってきたのは中河だった。
コイツは国木田とは反対に体育会系を地で行くようなヤツだ。
品行が悪いとか、容姿が端麗でないとか言うつもりはないが。

19月刊佐々木さん4月号:2010/04/23(金) 15:16:28
「まぁな。とうとう母親の堪忍袋が仕事を放棄したらしい」
「お前は勉強しないからなぁ」
「おいちょっと待て。国木田ならともかくお前には言われたくないぞ、中河」

コイツはまさしく体育会系。三度の飯より筋肉イジメが好きなようなヤツなのだ。
その中河に言われたのでは俺の立つ瀬がない。

「中河は部活やってるし、キョンの方が分が悪いよ」
「……む」

そう言われてしまうと反論の余地がない。

「まぁそうなんだ。こないだっから塾に通う事になっちまったんだよ」
「俺たちも3年だからな。仕方ないだろう」

やれやれ。思わず俺は窓の外、晴れ渡る空を見上げていた。

20月刊佐々木さん4月号:2010/04/23(金) 15:17:57
塾に通い始めて一週間、俺はそのクラスで1つの発見をしていた。
いや、そんな大仰なものでもないかもしれないのだが。

学校の同級生が、同じ塾の同じクラスにいるのだ。
名前はなんだっけな。自己紹介の時に……あーえっと、そうだそうだ。

「よ、佐々木」
「ん?おや、君は……確か同じクラスの、えーと……」

まだ話した事のない女子だったが、どうやら顔は覚えてもらっていたらしい。

同じ空間にいるとは言え、基本的に男子と女子は違う世界の住人だ。
席が隣とか、部活が同じとか、そういった共通の基盤なしには
あまり交流することもなく終わるケースが多い気がする。
事実、2年の時など、1年間で会話した回数が片手で済むような女子が何人もいたしな。

一応断っておくが、俺は女子に嫌われていた訳ではない、……と思いたい。
俺は元々女子に積極的に話しかけるような性格はしていないのだった。

だがこの時は、戦地に1人取り残された三等兵が、
友軍に再開合流できたような気持ちでいたのだ。

21月刊佐々木さん4月号:2010/04/23(金) 15:19:50
「お前もこの塾に来てるんだな」
「あぁ、僕は去年の夏からずっとね。君は?」
「俺はこの4月からさ。ま、入りたてのヒヨッコってヤツだ」

くっと笑う。女子にしてはちょっと独特な笑い方という印象。
いや、男子にだってこんな風に笑うヤツはいないかもしれんが。

「学校でも塾でも同じクラス、か。何かあればお互い宜しくという事で良いかい?」
「おう。まさしくそれを言おうとしてたんだぜ。先取りされたな」

くっくっ。手を口に当て、こもるように笑った。

「君のことは何と呼べば良いかな?」
「姓でも名でも好きな方で呼べば良いさ。お勧めしないがキョンってあだ名もある」
「キョン、キョンか。良い響きだね。それで呼ぶことにしよう」

では、と居住まいを正すようにこちらに向き直って

「僕は佐々木。よろしく、キョン」
「あぁ、よろしくな、佐々木」

これから1年、一緒に戦う事になる新しい友人と、俺は握手を交わしたのだった。

22月刊佐々木さん4月号:2010/04/23(金) 15:21:36
4月号ここまでです。
まぁ、誰もコピペしてくれなかったらこのままでも大丈夫です。

ここってID表示されないんだなぁ・・・規制が解けなかったら
またここに5月号を置いていきます。では・・・。

23名無しさん:2010/04/24(土) 00:15:26
乙でし、ちょっと仲良くなってるであろう来月を待ってます

>ID表示されない
つトリップ設定 やり方はわかりますよね?

24名無しさん:2010/04/24(土) 06:45:35
>>23
ありがとうございます。
酉つけるまでもないかなと思ってるのですが・・・一応つけ方は分かります。

ちなみに本スレ>>685さん
>キョンから佐々木に話しかけるかな?

男性に対してのみ「僕」という一人称を使う女子が
自分から男子に話しかけるというのはちょっと考えづらかったんです。

原作では「どちらからともなく話しかけた」とキョンが言っているので
まぁキョンから話しかけて問題はないかなと考えた次第です。

25 ◆ISvfeyctdw:2010/04/24(土) 15:27:21
本スレ荒れすぎワロエナイ・・・
酉つけてみよう

26月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/04/24(土) 15:30:28
◆ISvfeyctdw に一致する情報は見つかりませんでした。

ということで一応これでいきます。ではまた来月・・・

27名無しさん:2010/04/25(日) 01:24:08
ノシ

28 ◆DmxqQ9DtDo:2010/06/13(日) 15:41:50
酉まちがってませんように;本家未認証『来なかった佐々木』書いた人です

「佐々木さんリハビリ中に、勤めてる出版社が倒産・買収の危機→キョンが直接雇う、報酬は人生の半分」
てのを構想のままウン年放置してたら、ハガレンで先にやられちまったい\(^O^)/

29月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/06/19(土) 18:41:14
月刊佐々木さん6月号です。
またも全鯖規制なのでこちらに投下させて頂きます。
折を見てどなたか本スレにコピペして頂けると幸いです。

30月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/06/19(土) 18:42:43
昨今巷で騒がれている地球温暖化の影響による異常気象とやらも
梅雨前線にはあまり関係がなかったようで、つまりここのところ
しとしとと雨が降り続ける毎日なのである。

6月も半ばを過ぎ、紫陽花が青に紫にピンクと通学路の彩りを
加えてくれているコトは本来自然に感謝すべきところなのだろうが
こうも毎日続くと気が滅入ってしまうのは仕方のない事だった。

「よう、佐々木」
「あぁ、おはようキョン。今日も浮かない顔をしているね」

いつものことだ。気にするな。

「梅雨に敵愾心を抱くのは無理からぬ事かもしれないが、自然には逆らえない。
 それに日本から梅雨がなくなっては農家の方々を始め、夏場の水不足が
 深刻な地域など、困る人が大勢いる事も忘れてはならないね」

わかってるさ、そんな事は。だがたまにはお天道様の顔を拝みたくなるのが人の性だろ。

31月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/06/19(土) 18:43:15
「だね。実は僕の母親もこの時期になると、乾燥機の導入を真剣に父と論議し始める。
 何事もバランスが大事だと言うところか」
「そうだな」

塾に通うようになり2ヶ月。佐々木と一緒に勉強する事になって1ヶ月。
最近は塾だけでなく、学校において他愛ない会話するようになった。

「あ、佐々木さーん」
「はい、どうしたの?あぁ、またね、キョン」
「おう」

良く話すようになって程なく気づいたが、佐々木は女子相手と男子相手では言葉遣いが異なるらしい。
女子とはフツーの一般的な女子の口調なのだが、男子と話す場合は口調まで男っぽくなるのだ。

32月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/06/19(土) 18:43:53
「キョン」
「ん、あぁ国木田か。おはようさん」
「うん、おはよう。今日も雨だね」
「全く。この時期はほとんど室内で筋トレに終始せねばならんのが歯がゆい」

国木田と中河。学年トップクラスの秀才と、スポ根バカの2人が揃って教室に入ってきた。

「中河もおはよう。朝練か?」
「あぁ。と言っても校庭を走り回れる訳ではないからな……フラスコレーションが溜まるというものだ」
「……それは多分フラストレーションだよ」

国木田の冷静な突っ込みを豪快に笑い飛ばす。こら、やめろ。ツバが飛んできた。

それにしてもこの梅雨の時期のジメジメ感はなんとかならんものだろうか。
夏に向けて気温も徐々に上昇し始めると共に、相乗効果で湿気が加速度的に不快になる。

33月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/06/19(土) 18:44:54
せっかく授業を真面目に受けようとしているのに、端からやる気を削がれてしまうだろう。
俺はこんなにやる気なのに、湿度が高いせいで、授業中に落書きとか始めてしまうじゃないか。
全く困ったもんだぜ。いや、ホントは真面目に受けたいんだからな?本当だ。

そんな俺の背中を指でトントンと叩かれる。
次いで後ろの席のヤツが小さな紙切れを指に挟んで差し出した。

板書している先生に見つからぬよう素早く受け取り、目線で礼を言った。
さてさて、誰からで何と書いてあるものか。

『キョン 今日の授業内容は試験に出そうだから真面目に受けた方が良い 佐々木』

見られていた……だと……。
だがテストに出ると言われては致し方ない。
肌に貼りつくシャツを振り払うように、俺は一心不乱にノートを取り始めるのだった。

34月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/06/19(土) 18:45:51
放課後。朝から降っている雨は未だに止む気配がない。
いや、朝からというのは語弊があるかもしれないな。
昨夜寝る時も雨は降っていたので、もし夜中の間も人知れず降り続けていたのなら
延々とひたすら降り続けているのかもしれなかった。

なんとまぁ勤勉なこった。俺にゃ真似できん。

「待ったかな?」
「いや、ぼーっとしてたし問題ない」

今日は塾がないので学校の図書室の一角に潜み、塾の課題をやりつつ
佐々木先生より不明な点をお聞きするという算段だ。

「それじゃあ始めようか、キョン」
「ああ。よろしく頼む」

カリカリと鉛筆の走る音が静かな図書室に染み渡っていく。
時折聞こえる運動部の掛け声や、廊下を歩く女生徒たちの声、
そして微かに聞こえるサーという雨音。

図書室はカビ対策のためか校内では職員室と保健室を除いては
唯一空調が効いており、要するに現在除湿作動中のこの空間は
勉強に集中するのに最適な場所なのだ。

35月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/06/19(土) 18:47:10
塾で配布された問題集は単元ごとに参考時間が設けられているので
まずはその時間内に解ける問題から解いていく。

分からないところはとりあえず飛ばすが、時間が余っている限りは
頭をヒネり、考え、悩みぬかなければならない、というのが佐々木先生のお達しだった。

『何でも最初から人に聞いては君のためにならないからね。
 自力で解こうとする姿勢にこそ、問題を解く力が宿るものだよ』

本番で他人に質問できる訳など当然ないのだから、至極正論だ。
そういう訳で俺は半年前、いや2ヶ月前ならガラでもないと自分で思うほど
真剣に数学の問題に向き合っている。

それでも対面に座る佐々木をチラリと見ると鉛筆が止まることなく淀むことなく進んでいる。
全くたいしたもんだ。

「ふむ。そろそろ時間かな」
「ん、もうか」

時計を見れば開始してから1時間が経過していた。

36月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/06/19(土) 18:48:09
「どうかな?」
「うーむ。とりあえずあからさまに不安があるのはこの辺だな……」
「ほう」
「単純な計算問題はなんとかなってると思うんだが……」

黙って佐々木は俺のノートを見ている。
長い睫毛が幾度か瞬きで開閉される度に、パシパシと音を立てていそうだ。
耳を澄ませば聞こえるんじゃなかろうか。

「解き方としては良いんだが……ココとココ。それにココは途中でケアレスミスしているね」
「な、なんだとっ……う、た、確かに……」
「まぁそういう失敗は気をつけて落ち着いてやれば減っていくものさ。
 後は見直しを習慣にした方が良いかな」
「わ、わかった」

それから、と佐々木は挟んで

「キョンは文章問題を計算式に置き換えるのがまだ得意じゃないみたいだね」
「そんな事を得意とするヤツがこの世にはいるのか……」
「当然だろう。というかキョンも得意になってくれないと僕が困る」

今日の勉強会も不甲斐ない散々な事になりそうだ。
まぁ、だからこそ佐々木に協力してもらっている訳だが。

37月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/06/19(土) 18:49:39
かきかき。カリカリ。けしけし。ペラペラ。
目の前で勉強に没頭している人間がいるせいか
自分まで勉強に集中できていたようで佐々木から声をかけられる頃には
校内に下校を促がすチャイムメロディが響き渡り、外はすっかり暗くなっていた。

「キョン。そろそろ帰らないとまずいね」
「……あ、あぁ、もうそんな時間か」
「随分集中できていたようだね」
「まぁな」

その大半はお前のおかげだが、その事が俺の口をついて出る事はなかった。

「まだ雨降ってるんだな」
「うむ、そのようだ」

言いながら俺たちはカバンに勉強道具をしまい込んだ。

38月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/06/19(土) 18:50:56
「佐々木は傘持ってきたのか?」
「……キョン、今朝登校する時にも雨は降っていたんだが……」
「……」
「君にとって僕のイメージとは雨が降っているのに傘を持たずに家を出て
 さらに雨に濡れながらそのまま学校まで来るような人間なのかい」
「……すまんかった」

そんな他愛もない話をしながら、誰もいなくなった廊下を、佐々木と肩を並べて歩く。

「明日は晴れるかねぇ」
「梅雨の中休みに期待したいところだね」
「だな」

校門前。佐々木はアッチ。俺はコッチ。

「じゃあまた明日。授業の復習は忘れずにやりたまえよ」
「面倒だがまぁやるさ。また明日な」

そうして佐々木は手を振って俺と逆方向へ歩き出した。
男言葉で話す佐々木の傘は淡い薄桃色で、ほの暗い梅雨の景色の中に一際明るく見える。

佐々木の姿が遠く見えなくなる前に、俺は自分の家へと足を向けるのだった。

39月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/06/19(土) 18:53:43
6月号はここまで。
そいではよろしくお願いします。

また来月ーノシ

40名無しさん:2010/06/21(月) 12:34:18
ノシ

41名無しさん:2010/06/22(火) 23:41:16

佐々木さんかわいいよ佐々木さん

42月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/06/27(日) 10:53:18
だ、誰も本スレにコピペしてくれない・・・orz

でも本スレ流れ悪いしなぁ・・・だめなのかなー・・・

43名無しさん:2010/06/27(日) 12:10:46
>>42
もうすぐ来月になっちゃいますよね
書き込み出来る人で避難所見てる人居ないんかなあ

44名無しさん:2010/06/27(日) 13:22:14
テキストに落としたまますっかり忘れてて申し訳ない。
本スレに転載しました。

また来月も期待してますぜ

45名無しさん:2010/06/27(日) 13:33:52
>>44
横から転載乙

46名無しさん:2010/06/27(日) 14:57:00
6月号、中の人の代わりにWikiに転載しておきました。

47月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/06/27(日) 16:23:11
ありがとうございました><;

48月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/07/19(月) 22:37:14
「暑い……」

今年の梅雨明けが例年より早めだったせいなのかは定かではないが
お天道様の尽力もあってうだるように暑い日がこのところ続いており
俺の勉強する気力は反比例するように下降気味の7月。

「暑いなんて言うな、キョンよ。暑いと言うと余計暑くなるぞ」
「中河、お前今、自分で何度『暑い』と言ったか分かるか?3度だ」

そもそも、暑いと言ったら暑くなるなんてのは曖昧模糊、都市伝説、迷信の極みで
暑いと言わなければ暑くなくなるなんて非科学的な現象が起こる訳でもない。

「まぁ気分の問題だよね」
「だな」

しがない市立中学の教室にエアコンなるものは完備されておらず
扇風機も何もないのだから、窓を全開にして風が吹くのを待つだけの身にとっては
ウチワすらありがたいものに感じる。

「団扇は扇ぐのを止めた途端汗が吹き出るのが難だな」
「自転車と同じだな。漕いでる内は気持ち良いんだが……」

さすがに暑苦しい男の代名詞、体育会系の中河にもこの暑さは堪えるらしい。
机に突っ伏していて、今にも溶けそう、あるいは焦げそうな感じだ。

49月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/07/19(月) 22:37:45
「そういえば今日の最高気温、昨日より1℃高いって予報だったね」
「言うな国木田。今朝出てくる前に天気予報見て俺のやる気は3割減だ」
「へー。でもまだ7割残ってるんだね」

いや、残念ながら半分残っていないのが現状だ。

「なんで?」

お前の発言でさらに3割削られた。

「それは悪い事をしちゃったかな」
「でもまぁ、良いさ」

そう言って、俺は視線を机の脇に移した。
紺色のビニールバッグの中には今か今かと出番を待つ相棒が息を潜めている。

「4時間目だよな」

視線の意図に気づいた国木田は首肯した。

「楽しみだね、プール」

50月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/07/19(月) 22:39:05
キツめの塩素の匂いが鼻を刺す。
数日前に下級生が掃除していたのを思い出して一応感謝しておく。

不思議なものであれだけ辛かった夏の焼け付くような陽射しも、
蒸しあがりそうな気温も、ここではプールを引き立てるスパイスに成り下がる。

教師の号令の下、全員で準備体操をした後は各自自由。
いきなり日陰に避難する女子、飛び込んで怒られる男子など様々だ。

俺はどちらでもなく、プールサイドに腰掛け、プールに足を突っ込んでブラブラ。
パシャパシャと音を立てて立つ波が目にも耳にも心地よい。

「おやキョン、こんなところで何をしているんだい?」
「佐々木か」

見上げるとそこに立っていたのは戦友、佐々木だった。

「泳がないのかい?」
「今は待ちきれなかった第一陣で混雑してるからな。もうちょい落ち着いたら入るさ」
「なら僕もそうしようかな。隣良いかい?」

そう言って佐々木は腰を下ろした。

51月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/07/19(月) 22:40:53
「今日は朝から気温が高かったね。昨夜風があったから冷房を切って寝たんだが
 明け方5時くらいには暑くて目が覚めてしまったよ」
「それは佐々木らしからぬ失策だったな。俺は冷房をつけたまま寝たが
 朝起きたら何故か布団の中に妹がいたよ」

もちろん頭にゲンコツくれてやったがな。

「可愛らしい事じゃないか」
「いや、寒くなったんなら冷房切れよと」
「一理あるかもしれないがね、その妹さんは確かまだ小学生だろう?
 理屈ではなく本能のままに行動している事は想像に難くない。
 妹さんは1人で寝ているのかい?それともご両親と?」

両親と一緒の部屋だな。

「なるほど。では妹さんはご両親と一緒の布団にいるよりキョンと同じ布団で
 寝ていたかっただとすると、どうだろう。妹の兄に対する愛情の深さが垣間見えるじゃないか」
「いや、そんな深遠なものはないと思うが……」
「もしくはこうも考えられる。ご両親は僕のように油断して冷房を切って就寝された。
 しかし子どもとは体温が得てして高いものだ。暑さに対する我慢や抵抗も弱い。
 暑さに目を覚まし、兄の部屋を覗いてみると冷房が効いて涼しい事この上なかった、と」

それで俺の部屋で寝たって訳か。なるほど。あり得る話しだ。

52月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/07/19(月) 22:41:52
「もちろん推測の域を出ないがね。しかしキョン、君はもう少し妹さんの気持ちに気を配るべきだ」
「あん?どういうことだ?」
「言葉通りの意味だよ。どちらにせよ君の事を慕っているのだから
 兄として器の大きいところを見せてやってはどうかな?」

それこそ俺は文字通り小市民の凡俗でね。
妹の愛情がどれほどのものか分からないが
未だ成熟していない俺の矮小な器には残念ながら収まりきらんだろう。あぁ申し訳ない。

「やれやれ……君はまったく良く口が回るな、キョン」
「それこそこっちの台詞だ、佐々木」

くつくつと喉を鳴らして笑うと奇妙な隣人は視線をプールに向けた。

「そろそろ入るかい?先ほどに比べたらだいぶ落ち着いたようだしね」
「あぁ、そうだな。よっと」

勢いをつけ、腕力でプールサイドから自分の身体を押し上げた。
ぱちゃんと音を立て、胸のあたりまで水に浸かるとひんやりして気持ち良い。

53月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/07/19(月) 22:42:25
続いて佐々木もプールへ入ったが、佐々木は肩まで水がかかっている。

「ふう、気持ち良いね。やはり夏のプールは良いものだ」
「そういえばだな、佐々木」
「ん?」

それまで全く気にしていなかった事を、俺は尋ねた。

「お前、俺の事なんかより他の女子と一緒じゃなくて良かったのか?」
「……キョン、君はもう少し人の気持ちに気を配るべきだな」
「ん?その台詞はさっき聞いたばかりだが……?」

そう言うと佐々木は眉を顰めた。

「……君は器の大小より、まず人の心の機微に対する敏感さを磨いた方が良いのかもね……」
「…………?」

54月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/07/19(月) 22:51:15
「……ョン、キョン」
「っ……あぁ、すまん」

プールの後というのはなんでこうも眠くなるのか。
今現在、俺と佐々木は塾に来ているのだが、
先ほどからどうにも舟を漕いでは隣の佐々木に起こしてもらっている。

夏は受験生の大事な時期だと口を酸っぱくして言われているが
こっちだって耳にタコが出来るほど聞いている。
このままじゃ酢だこができちまうぞ、ちくしょう。

「ほら」

そう言って佐々木がこっそり机の下で渡してきたのはブラックガム。
なるほど、これは助かる。

「サンキュ」

お礼を言ってありがたく1枚頂く。

「ここは確かキョンの弱いところだったよね。明日の放課後にでも復習しよう」
「重ね重ねありがとよ」

かつては前とか後ろとか斜めには座っても、真横に座る事はあまりなかったが
最近では毎回横に座るし、特別な事情でもない限り塾にも学校から一緒に来るようになった。
そこには果たして俺が気を配るべき心の機微が、変化があったのだろうか。

そんな授業の内容とは別の事を、ぼんやりと考えていた。
塩素の匂いを隣から微かに鼻に感じながら。

55月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/07/19(月) 22:52:16
7月号でした。なんか本スレ雰囲気悪いねぇ。夏休みだからですかねぇ(´・ω・`)

56名無しさん:2010/07/20(火) 08:21:27
>>55 乙でした
暑さでみんなイライラしてるんじゃないでしょうか? 携帯も規制されてるし
アンチは仕方ないとして住人同士のいがみ合いは避けたいものですね

57名無しさん:2010/07/21(水) 18:46:05
おつおつ(・ω・)ノ
雰囲気良い二人は、実際の気温とは無関係にいつ見てもぽかぽかしますなあ

スレの雰囲気とありますが、品性の無い書き込みは知性と理性を以って成る佐々木さんスレ住民として、さくっとあぼんしております
規制のため自らネタ振り出来ないのが残念至極ではありますが

58月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/08/15(日) 16:48:23
なんとなく思い立ったのでちょい早めの8月号いきます

59月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/08/15(日) 16:50:05
照りつける太陽。焦げたようなアスファルトの匂い。
立ち込める陽炎。アブラゼミの大合唱。

夏真っ盛りの8月。

俺は朝も早よからチャリを飛ばしていた。

とっくに学校は夏休みに入っており、例年なら友達と連れ立ってプールに行ったり
ゲームに興じるなど傍目にも自堕落な長期休暇を味わう季節だったはずなのだが、
どういう訳か俺が漕ぐチャリの前かごに入っているのは水着でも携帯ゲーム機でもなく勉強道具。

まぁどういう訳か、などと言いはしたが実際のところ、その理由は至って明瞭で
中学3年である俺は受験生であるからして、つまりこれから塾で夏期講習があるのだった。

自分で言うのはなんだが、まさかこの俺がそんなもんに出る事になろうとは思いもしなかった。
が、右肩下がりする成績にとうとうオフクロの堪忍袋の緒が切れたのをきっかけに
塾に押し込まれ、さらに意外にも、それはまだ継続されているのである。

「あぢぃ」

横に誰がいる訳でもないが愚痴をこぼさねばやってられんほどに暑い。
今日の予想最高気温は36度らしい。バカかアホかと。なんだその数字は。
もちろんこれは華氏ではなく摂氏だ。地球温暖化許すまじ。

そう大した距離でもないが、塾に着いて自転車を専用の駐輪場に止めると
噴出す汗の量も勢いも加速したのではないかと感じたが矢も盾も取らず
俺は空調の効いた空間を求め、塾の中へと走りこんだ。

60月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/08/15(日) 16:52:35
「やぁキョン」
「お? おぉ、佐々木か。おはようさん」
「あぁ、おはよう。今日も暑いね」

佐々木は自動ドアを入ってすぐのロビーに座っていた。

「まだ教室開いてないのか?」
「いや、そういう訳ではないがね」
「ふうん?ま、いいや。いこうぜ」
「待ちたまえキョン」

階段へ向かおうとした俺を佐々木は引き止めた。
その声に振り返ると佐々木は肩にかけたバッグの中から
シンプルな薄緑のハンドタオルを俺に差し出した。

「その汗のままでは身体に障る。仮にも受験生が、風邪や腹痛で貴重な夏休みを失うのは良くない」
「あ、あぁ・・・そういやそうだな。これじゃ冷えるか」

家を出るまではなんの問題もなかった肌は、暑さに号泣するように汗を流している。

「だが、それはその、お前のタオルだろう。俺が使ったら困らないか?」
「君が気遣いとは珍しいな」

くつくつと喉を鳴らして笑う佐々木の皮肉にジト目を送ると、
佐々木はなおも笑いながら再びバッグに手を戻した。
その手が再び俺の前に現れる時には、タオルは2枚に増えていた。

61月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/08/15(日) 16:53:44
「この気温だからね。予備のハンドタオルとハンカチは常備しているさ。
 だからこちらの1枚はキョンが使うと良い」
「用意周到だな・・・」

そう言いつつ俺は佐々木から有難くタオルを拝借した。

「当然の身だしなみだよ」

日の丸に必勝と殴り書きされた定番のハチマキを頭に巻く講師が
普段より熱っぽく教鞭を取りながら授業は進む。

夏を制する者は受験を制する、とは誰が言った言葉なのか。
今ではさも常識のように言われているし、まぁ、事実そうなのだろう。
周囲の生徒達も心なしか集中している、もしくは集中を強いられているように見える。

しかし佐々木は変わらない。俺の横で涼しい顔をして黙々とノートを取っている。
そのクセ、問題を解けと指名されれば、サラリと淀みなく答えるのだ。
うーむ。コイツは本当に秀才というヤツなのかもしれん。

そんなこんなで休憩を挟みつつ計3科目。
終わる頃には軽くグロッキーになりかけていた。

「キョン、大丈夫かい?」
「あぁ・・・だいぶ慣れた」
「それはよかった。人間の環境に対する順応力の高さはよく言われる事だが
 目の前でそれを見せ付けられると、また感慨深くすら感じてしまうよ」

62月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/08/15(日) 16:54:43
「・・・大げさだ」

だが実際、夏期講習初日は我ながらひどいものだったし、
佐々木はそれを目の当たりにしている。
その辺は少々歯がゆいところもあるのだが、既に佐々木にはかなり恥を晒してしまっている。
ある意味手遅れだ。

「まぁ、それだけ軽口が叩けるなら問題ないだろう。もう一頑張りだね」

そう、佐々木の言うもう一頑張りとは、
他の受講生たちが皆帰っていく中で俺と佐々木は塾に残って午後も自習していくのだ。

『俺が言うのもなんだがこういうのは図書館が定番なのかと思っていたぞ』
『夏休みの図書館は存外混んでいるし、こうは言いたくないが子どもが多い。
 キョンには少々集中しづらいと思うがどうかな』

そんなやりとりもあって結局いつも通り、塾の自習室の一角に陣取ることになった。

「帰る頃にはもう少し涼しくなると良いね」
「そうだな。全くそう願いたいもんだ」

63月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/08/15(日) 16:55:13
いつしか王様のごとく真上に君臨していた太陽も傾き、
窓から差し込む光はオレンジへと変わっていた。

「ふあぁ・・・疲れた・・・」
「お疲れ、キョン」

・・・ホントにコイツはタフだな・・・。
涼しげな顔で片づけをする佐々木を見ながら俺は伸びた身体をぶらぶらさせる。

「・・・帰るか」

一抹の寂しさを胸のどこかに感じなら俺はそう呟いて席を立ち、
カバンに教科書やら参考書やらを無造作に突っ込み、肩に引っ掛けた。

『お疲れ様、気をつけて帰ってね』

顔なじみの講師にロビーで挨拶され、それに会釈とお疲れ様の言葉で応える。
外に出るとアブラゼミはヒグラシにステージの主役を譲ったらしい。
その泣き声はどこか寂寥を感じさせるような気がして、俺は空を見上げた。

64月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/08/15(日) 16:55:47
「キョン?」
「・・・なんか、聞こえるな」

遠くの方から祭囃子が聞こえる。正確にはスピーカーから録音が流れているのだろうが。

「あぁ、確か今日は夏祭りをやっているのではなかったかな。向こうの方だよ」
「ふーん・・・」

佐々木も、俺も、何も言わずにそちらを見ている。
ヒグラシの鳴く声。緩やかに濃さを増す夕闇。流れる雲。

「・・・少し遠回りになるが」
「・・・」
「そっち通って帰るか」
「・・・うん」

自転車を押す俺と、水色のワンピースに身を包んだ佐々木。
俺達は静かに、祭囃子が聞こえる方へと歩みを進めていくのだった。

65月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/08/15(日) 16:57:18
8月号はここまでです。今日は暑いですねえ。
皆さん体調には留意されますよう・・・。

あーコミケで佐々木さん本出てないかなー。
行ってないですけど。ではまた来月。

66名無しさん:2010/08/16(月) 17:48:30
乙ー
ワタシも今夜19時からちっちゃな祭り&花火大会に行く予定なんでタイムリーですよ
規模が小さい分花火までの距離も近いんで、全身で爆音を感じてきます

コミケの佐々キョン本、同人情報スレを見るにいくつかあったみたいですね

67月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/09/19(日) 10:59:50
狂ったように暑い夏休みが終わり、とうとう2学期が始まってしまった9月。

中学3年も早や半分を過ぎたという事になるのだが、それはつまり
母親の強権発動に端を発した塾通いの日々もあと半分という事になる。

俺は決して勉強熱心でもないし、できる事ならできるだけ勉強はせずに暮らしていたい。
というのも変な日本語のように聞こえるがこれが俺の率直な考えだ。
受験勉強もきっと俺自身は全くやる気を起こさず、ただ周囲の空気に流されて
冬休みくらいからなんとなく教科書や問題集を広げるのだろう。

というのが、俺の4月の時点でのぼんやりとした展望だったのだが――。

「何か思い悩んでいる事でもあるのかな」
「ん?」
「心ここにあらず、という感じだったよ、君の目は」

そう言って、フォークとスプーンが一体になった食器でポテトサラダを口に運ぶのは佐々木だ。

「いやあ、意外と勉強も続くもんだなと」

くつくつと笑うと、咀嚼していたものをこくんと飲み込んで佐々木は言葉を紡ぐ。

「あまり勉強が好きじゃない事は知っている、いや、よく分かったけれどね」
「……お前には迷惑かけたなぁ……」
「ほう? もう過去形にしてしまって良いのかな?」
「スミマセン、今後とも何卒……」

そんな事を話しながらお互いに弁当をつついているとドアを開けた男が
こっちを見ながら近づいてきた。

68月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/09/19(日) 11:00:30
「おお、キョン。今日は佐々木と弁当食ってんのか?」
「ん? まあな。どうかしたか?」
「いや、どうって言うんじゃないがな……」

中河の視線は俺と佐々木を2、3回ほど往復した後、国木田へと向いた。
俺も一緒に国木田の方を向いてみたが、国木田は微笑ましそうな顔をしている。

すると中河は肩をすくめてそちらへ歩いていってしまう。

「……なんだあ?」

くつくつ。佐々木が喉を鳴らして笑う。

「さて」

そう言って佐々木が弁当の包みの中から取り出したのは梨だった。
さらに果物ナイフまで――キレイに刃の部分を包んであったが――持ち出した。
すると鼻歌交じりにスルスルとシュルシュルと皮を剥き始める。

「ほう、上手いもんだな」
「ん? ああ、まあこれくらいは。慣れれば簡単なものさ」

視線をこちらに向けても、その手の動きは淀みなく、止まることはない。

「親戚の家から大量に送られてきてね。家で食べるだけではなかなか処分しきれそうにない。
 そこで君にも手伝ってもらおうと思って持参した次第さ。キョンは梨は嫌いかい?」
「いや、どちらかというと好きだぞ。シャリシャリした歯ざわりとか良いよな」
「うむ。早いものは晩夏から市場に出回り始める。今年は豊作だったようでね。
 昨夜家族で食べてみたから、味については保証しよう」

69月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/09/19(日) 11:01:12
結局梨の皮は最初から最後まで途切れることはなかった。
8等分に割って、綺麗に芯を切り取ると、これまた準備していた爪楊枝を刺して差し出した。

「ほら、食べてみたまえ」
「おぉ、すまんな」

かぷりと梨に食らいつく。

「果汁も十分で、程よく甘い。うまいな……ってどうした?」
「えっ? あ、あぁ、いや、な、なんでもない。そうか、美味しいのなら何よりだ」

珍しい。どうやらあの佐々木がうろたえている。
だが一体何があったというのか。
ふと視線が気になったのでそちらを向くと国木田たちがこちらを唖然として見ていた。

「なんだ? どうかしたのか、お前らまで」
「えっ? いや、今、あれ? ね、ねぇ、中河」
「あ、おう。いや、その、なんだ。別に羨ましいとは思ってないぞ」
「あん? なんだ、もしかしてお前も梨が食べたいのか?」

余程俺の食べ方が美味しそうに見えたのか、単に梨が好きなのか。
ならば言ってくれれば良いのに、全くもっておかしなヤツだ。
普段は親しき仲にも礼儀ありという言葉を説き聞かせたいと
思わせるほどなのに、変なところで遠慮深いんだな。

「佐々木、中河たちに1切れずつやっても構わんよな?」
「それは構わない、が……」

佐々木の許可をもらっていくつかに爪楊枝を刺し、国木田のところへ持って行き、
弁当箱のフタの上に置いてやった。

70月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/09/19(日) 11:01:43
「やれやれ。欲しけりゃそう言ってくれりゃ良いんだよ。なあ?」
「そ、そう、だな。全く。水臭い。ははは」
「おし、もう1切れもらうかな」

新しい爪楊枝を刺して口へと放り込む。
かみ締めると甘い汁が溢れ出して口内を喉を潤していく。

「あ……」

と、佐々木が何やら惜しんでいるような声を出す。
もしかして狙っていた1切れだったのか?
焼肉焼いてて自分専用のベストな肉を焼く、みたいな。
そういう事をするヤツ(要は俺の妹だが)には見えなかったのだが。

佐々木は何やら手に持ったままの楊枝を所在なげに動かしていたが
やがて梨に突き刺すと、俯きがちな自分の口へと運んだ。
それを見て俺もまた1切れを取って食べる。

「美味いよな」
「あ、あぁ、そう、だな。旬の物を食べると言うのは身体にも良いからね」
「そう言うよな。夏は夏野菜を食べると……なんだっけ」
「夏野菜は体を冷やす効果があると言われている。しかも栄養価が高いから夏バテ防止にうってつけだ」

だから、と言いながら佐々木は自分の持っていた爪楊枝を最後の1切れに刺して俺へ向けた。

「ほら、もう1つどうだい?」

微笑んで梨を差し出す佐々木の頬は、なぜか梨ではなくりんごのように赤かった。

71月刊 ◆ISvfeyctdw:2010/09/19(日) 11:03:57
9月号でした。中秋の名月ネタと梨、どっちにしようか迷いましたが
結局は梨に落ち着きました。
一応フォローしておくと、>>69で佐々木さんや周囲が狼狽しているのは
伝説の「あーん」になっていたからです。(でもキョンは無意識)
そんな感じでまた来月に。

72sage:2011/08/26(金) 22:50:14
漏れもコソーリ等価。これまでの職人さんに感謝。
「夕日」

1 お,おい,何もそんなに急ぐことはないだろう。
このあたりはそんなに見るところもないんだからさ,のんびり行こうぜ。

全く君は・・・。何事にも時機というものがあるんだよ。
陽が完全に落ちてしまうまでにどうしてもあのベンチのところまでに行かなければならないよ。

前から早足で歩く方だったかもしれないが,佐々木がこうも跳ね回るように行動するのは意外だった。
せっかくの新婚旅行ではあったが,俺は無理やり終わりにした仕事の疲れややり残しがないかという心配やらが心をよぎることは否定できなった。
こんなものなのかね,新婚旅行ってやつは。

「・・・。いいかい,そういうわけで,この辺りに来たらここからの夕陽を見逃す手はないんだよ。」
彼女は,見晴らしの良いベンチに腰をかけて夕陽が沈むのを見たいのだそうだ。
場所やら由来やら,それなりにいろいろあるらしい。彼女によると。
だが,俺は上の空で聴いていた。
見知らぬ土地で見る佐々木の印象が強く,つい彼女の表情に見入ってしまう。それで馬耳東風よろしく聴覚はお留守になってしまうのだ。

73sage:2011/08/26(金) 22:50:54
「キョン。君は一体僕の話を聴いているのかい」
「ああ。聴いているさ。しかし,まあ,なんだ。その,なんだ。あれだ。今日はなぜかな。うーん。お前がな・・・」
「僕が一体どうしたっていうんだい。気になるじゃないか。その言い方は」
「いや,なんつーかな。まあ,気にするな」
「気になるさ。早く言いたまえよ。何なら無理やりにでも・・・」
佐々木がなにやら手を俺の顔に伸ばしてきてほっぺたをつまんで引っ張ったりしている。
俺も反撃に転じようという気持ちが起きたが,さすがにいい年をして周りが気になる。
佐々木は全体的にセーフだろう。俺は全体的にアウトだ。
「分かった,分かった。言うから。何だかな,とてもきれいだと思ったんだよ。」
嘘ではない。佐々木よ,お前は元気だなと思ったが,それよりもこういった方がいいような気がしたのだ。
とたんに,佐々木の頬が夕陽のように真っ赤になり,俯いた。
「・・・いつもだよ・・・」
「うん?」
沈み行く夕陽を背にしながら佐々木は顔を上げた。ああ,この表情だ。
「僕はこれまでだってずっと,いつも君の事を思って,君のために・・・」

74sage:2011/08/26(金) 22:52:10
2 ・・・あのときも,俺は疲れていたんだな。
俺はひとりごちた。
忙しい作業がひと段落すると,思考は勝手に記憶の彼方をさまよう。
それにしても,忙しい。最近俺は良くやっていると言っていい。至らぬ点も多いのだが。
「キョン。・・・大丈夫なのかい。疲れてはいないかい」
佐々木がふと気付いたように俺を見上げて言った。
「うん?だいじょうぶだ。佐々木。何も心配するな」
俺は佐々木にできる限りのやさしさを込めるようにして言った。
「そうかい。なら良かった。それにしても君は何かを思い出していたのではないかい?君の表情からすると君は幸せな記憶を想起してように思えるが」
佐々木は俺に微笑み返した。
佐々木が俺の思考を当てることなど日常的なことだ。
「ああ。ちょっとね。お前のことを考えていたんだ。」
「僕のことかい。それはうれしいね。良かったら概要を聴かせてくれないかい」
「ああ。二人で旅行に行ったときのことだ。お前は本当に元気ではしゃいでいたよなあ」
佐々木が即座に記憶の中から俺の意図したものを引き出した。
そしてその記憶は佐々木の心をふと軽くしたようだ。
「くっくっ。そりゃそうさ。君にはいろいろ本当に待たされたからねえ。僕が多少我を忘れていたとしても何も不思議ではないよ」

75sage:2011/08/26(金) 22:52:59
「ん。そうか。」
たしかに,俺がもっと早く彼女との生活を決断することもありえたはずだ。
しかし,俺にはその前にしなければならないことがあると思っていた。佐々木をしっかりと支えることができるようにならなければ。それだけは譲りたくなかったのだ。
「そうだなあ。待たせて悪かったなあ」
俺はそう言いながら佐々木の頭をなでた。
白髪が目立つようになった。それでも変わらず可愛らしく品がある,というのは俺の欲目がそう見せるのか。
「いいさ。少なくとも無駄に待つことはなかったからね。君はその分僕に優しくしてくれていただろう。これからも。」
「ああ,これからも。」
俺は佐々木の頭をなでつづけた。
佐々木は,急に歌を口ずさみ始めた。
”I don't wanna wait in vain for your love.I don't wanna wait in vain for your love."
佐々木,お前。
すると,佐々木は一瞬冗談さ,といういたずらっぽい表情を浮かべた後,そのまま俺を見つめたままあのときの表情を浮かべた。それからゆっくりと目を閉じた。
「・・・おやすみ。佐々木」

76sage:2011/08/26(金) 22:54:33
3 佐々木は,ほとんど自力では歩けなくなってしまった。
食事も,独力でとることができない。
それにしても,俺が会社員ではなく,自営業のような仕事に就いたのは良かったな。
最低限,佐々木に必要なときには側にいてやれているのではないかと思っている。
側にいてやれる・・・か。
何を偉そうに言ってやがる。佐々木だって俺がもっとしっかりしていれば不満やら不安やらを思うままにぶちまけたいだろう。
佐々木が極力痛みやら不安やらをぶつけないようにしているのは,俺に対する気遣いからじゃないか。
佐々木の体力は季節が移り変わるように確実に落ちていき,俺が介助を必要とする作業が増え,介助時間も増えていった。

77sage:2011/08/26(金) 22:55:18
おい。佐々木。できたぞ。
いつもの食事の時間だから,佐々木は気づいているだろう。俺は食事を運ぶ。そして,佐々木の上体を起こして,少しずつ食べるものを佐々木の口へと運ぶ。以前は,佐々木はほとんど全量を食べていた。最近は食べ残しも多い。
佐々木が食べられないことに気づかずに,食べ物をこぼしてしまうこともしばしばある。
食事が終わると,佐々木の口の周りを拭き,俺は後片づけを手早く済ませる。
そして,佐々木のところに戻るのだが,佐々木は食事の後は俺と話しをしたいようで,俺が戻るのを待っているようなのだ。
だから,片付けは急いで済ませないといけない。
「気分はどうだ。佐々木。」
「・・・・。うん。・・・悪くない」
話す量からすればまるで長門だな。
佐々木はやっとのことでそんな言葉を絞り出したが,表情はわずかにほほえんでいるようにも見える。
「そうか。それはそうと。どうでもいいことだが。世界の景気は一層後退しているようだぞ。ドルが円に対してまた大きく下げている。
 日本の産業とてどうなるものやら。というか俺たちはこの資本主義という茶番をいつまで続けなければならないものなのかね。無論,これまで試された他の主義だってとても採用することが相当とはいえんだろうがなあ。なあ。」
佐々木とそんな話しもしたことがあったな。

78sage:2011/08/26(金) 22:55:54
佐々木は,こんなことにもいつも目を配っていたな。しかし,佐々木はある立場に反対したり又はそれを擁護したりということについては興味や関心がないのだ。執着がないというか。どうでもいいというか。俺もそんな佐々木の考え方には影響を受けていた。それにしても,こいつが本当に興味があることって言うのは・・・ないのかもしれないな。あるのかもしれないが。しかし,ないということはそれはそれで幸せなことじゃないか。
佐々木の反応が今ひとつのようなので,話題を変える。
「なあ。まだ8月だが,最近は天気が悪いせいか,少しは涼しい日もあるようになった。それでだ。お前の体調が悪くなければ,たまには外に出てみないか。」
「・・・うん。」
「そうか。」
とはいえ,佐々木を屋外に出すことは大変なのだ。良く様子を見ていないと,状態が急に悪くなっていることもある。
しかし,俺は,できる限り,佐々木に外の自然に触れて欲しかったのだ。緑色が芽生え,夏に青々とした力強い葉をつけ,色づいた後に何の不満も漏らさず静かに次々と落ちていく様子をできる限り直接に触れて欲しかったのだ。
佐々木や俺に起きている出来事は,何も特別なことではない。当り前のことだ。本当に当り前のことなのだ。
なあ,佐々木。お前は俺よりずっと賢いんだから,そんなこと俺に言われなくったって分かっているよな。
でもなあ,お気に入りの曲を繰り返し聴くように,繰り返しこういったことに触れるのは悪くないだろう?

79sage:2011/08/26(金) 22:57:22
4 そういえば,ずっと音楽なんて聴いていなかったな。
俺はようやく部屋をわずかずつでも片付けようとしながら,ふと佐々木と良く聴いたCDを取り上げた。
片付けようとしても片付けられないものが多すぎる。場所を動かすことすらためらわれる。ましてや捨てたり洗ったりすることなんかとてもできそうにない。
長い間,後悔と罪悪感が心を占めて続け,俺の心は身動きすらできなかった。
「俺は,できる限りのことをやったと思う。」
そんな自己憐憫に何の意味もない。
こと俺に関して言えば,後悔や罪悪感の原因は明白だ。
俺は佐々木の看病やら介護やら仕事やら自分の生活やらで完全にオーバーロードとなった。そして,佐々木を煩わしがり,自分を呪ったのだ。
俺は,俺にそんな気持ちが起こることが許せなかった。俺は佐々木を幸せにすると誓ったのだから。いや,その合意内容はもっと虚ろなものだった。それじゃない。俺は,佐々木に対して俺にできる最もよいことをしてやろうと約束をしたのだった。
約束を違えたら,どうなるのか。何らかの制裁があるべきだという考え方もあるだろう。それは絶対的な考え方ではないはずだ。それでも,俺が殊更に意識することなく,そのような考え方に服従していることは明らかだった。
「・・・佐々木。佐々木。」

80sage:2011/08/26(金) 22:58:20
俺はうずく胸の痛みに対して救いを求めるかのように佐々木の名を口にした。
そのように俺はあたかも外出する際に鍵や財布を持ち歩くように,佐々木について自分を責め,そして既にいない佐々木の名を呼ぶことを習慣としていた。
俺に残された時間もさほどないだろう。
社会的に見れば佐々木の夫であること以外の意義など俺にはなかったかもしれない。このことは自嘲ではなく,本当に少し愉快に感じられた。
だがそんな俺が残された時間で何をすればいいのか。佐々木・・・。

全く君は・・・。何事にも時機というものがあるんだよ。
陽が完全に落ちてしまうまでにどうしてもあのベンチのところまでに行かなければならないよ。

佐々木があの表情を浮かべて俺に呼びかけていた。
何だ。佐々木よ。全くお前らしいぜ。
俺はこのままのんびりと沈んでいきたかったのに許してくれないのか。

それにしても佐々木,新婚旅行のときのお前,反則的なまでに鮮やかでもう消えないかもしれんぞ。そういう予定だったのか,それともそうじゃないのか。なあ,佐々木。

81sage:2011/08/26(金) 22:59:49
おわりですorz 改行等のマナーを知らず,失礼しました。

82名無しさん:2011/08/27(土) 09:48:33
乙です
sageは名前欄じゃなくてE-mail欄ですよ
まぁ、別にsage進行じゃなくても…

83名無しさん:2011/08/28(日) 01:21:28
sageのご指摘ありがとうございます。
恥ずかしいのでね。
文中の曲です(オリジナルじゃないけど。)
ttp://www.youtube.com/watch?v=xWmSiYqn9s0

84名無しさん:2011/08/28(日) 02:47:32
読点(、)がカンマ(,)になってるのは何故? こだわりでもあるのかしら?
どっちにしても句読点の使い方が微妙ですね
どこで読点を使えばいいか、っていうのは実際に声に出して読んでみると分かりやすいですよ
なんか気になったんで書いてみました

85名無しさん:2011/08/28(日) 13:35:34
貴重なご意見ありがとう。
,は仕事で使っている設定です。句点の打ち方も少し職業病みたいなものもあるかもしれません。
こういったものを真面目に書いたのは初めてでね。
見づらかったら申し訳ないです。

86名無しさん:2011/09/05(月) 08:29:26
知らぬ間に投下されていただと?

乙です。
昔あったアルツハイマーになったキョンを介護する話を思い出した。それの逆版かな。
設定の都合だと思うけど、キョンが佐々木を名字呼びするのは想像力を働かせました。

87名無しさん:2011/09/09(金) 16:27:25
>>86
読んでいただいてありがとうございます。
若年性のアルツハイマーの話しは,非常に興味深く読みました。
特に参考にしたのは,長編SSの夢というタイトルのSSです。
何度となく繰り返して読み,構成や書き出し等はほぼぱくりみたいになってしまいました。

佐々木と呼ぶのは,佐々木が職務上佐々木という氏を使用しておりキョンと佐々木が同業者で同じ職場で働いているという前提です。
にしても,プライベートで佐々木と呼ぶのは止めたまえ等という話しは出るでしょうが・・・
キョンは佐々木と一緒になるために,一人で努力を重ねてきたので,つい佐々木という名前が口をついて出てしまうと妄想しています。

88『みんなぼっち』:2013/08/03(土) 11:50:52
アクセス規制なので、こちらに投下。以前書いたいじめSSの続編となります。

何の為に学校に通うのか。最近は勉強に楽しさを見出してきて、より高いレベルを求め、佐々木と同じ塾に通う日々だ。
北高自体、そんなにレベルの高い高校ではない。上には上がいるし、その上の連中の見ている景色を少し見たくなってきた。
「最近は勉強が楽しくなってきた。」
「それは重畳だね。」
分からない場所を調べ、解いて行く。これだけの事に楽しみを見出すのだから、いかにこれまでが無知であったかよく分かる。
分からないから知りたい。それがきっとあの馬鹿の考える事なんだろうな。
佐々木は少し困ったように笑うと、空を見上げる。
「太陽に片想いした、イカロスの気持ちが分かるよ。」
「お前が何を言いたいか、さっぱりだ。」
「キミはそれでいい。」
今更、キミに鋭さなんて求めてはいない。佐々木はそう言うと、少し明るい、しかし無理の隠せない笑顔を見せた。
「折角の休日だ。たまには家に閉じこもらず、外で遊ぶかい?」
ま、気晴らしは必要ではあるな。だが。
「その前にシャワーだ。」
「僕はこのままでも構わないがね。」
「ほざけ、アホ。」

駅前で食事して、公園をぶらついて、とても買えない値段の商品を見て…。これじゃ、昔の不思議探索と変わりはしない。
…情けねえ。まだ未練があるんだろうな。我ながらしつこい男だ。

駅前には騒がしい集団がいた。
…声だけで分かる連中というのも珍しい。涼宮達、SOS団だ。
俺の代わりに谷口や国木田がいる。どうせこんなもんなのにな。
「…行こうぜ、佐々木。」
「…そうだね。」

全く、やれやれだ。

89『みんなぼっち』:2013/08/03(土) 12:15:00
駅前にいた涼宮さん達。あなたは気付いていたかしら。
後悔と悔恨、逡巡に彩られ、哀しみ嘆く様を。
私なら、彼等を仲直りさせる事は雑作もない。キョンもきっかけを探している節もある。だが。

それをやって、一体何になる?

嫌疑はいい。素直でない男だけにそれは仕方ない話だ。しかし。反論の機会すら与えずに貶めたあの集団に、キョンを返すわけにはいかない。
そして。
こうなってしまってから漸く気付いた自分の気持ちにも。

『得難い親友』という嘘。
結局は自分の意気地の無さへの肯定に過ぎなかった。

執着を受け、気持ち悪いまでに付きまとわれた時、真っ先に浮かんだのはキョンの顔だった。
彼なら、どんな自分でも受け入れてくれる。だから無茶も出来たし、排除を厭わずに出来た。

叶わぬ愛を囁き、こうした関係に仕向け、自分を見ないキョンを見て、自分が苦しむ。

「(胸の痛みで自分の思いを確認しようだなんて、とんだナルシスト、そしてとんだマゾヒストだ。)」

自分を傷つけ、その痛みに酔いしれる私はきっとマゾヒストなんだろう。

「さっき、涼宮さん達がいたね。まだ戻りたいかい?」
「!!」

目を白黒させながら焦る彼を見て、傷付くと同時にえもいえない快感に襲われる私は、サディストでもあるのだろうが。

90『みんなぼっち』:2013/08/03(土) 12:49:22
ちょいと長丁場になるので、一旦区切ります。

91『みんなぼっち』:2013/08/03(土) 16:38:18
キョンがいた。
佐々木さんと一緒だったということは、あの二人はそういう関係になったのかも知れない。
きっかけなんて、単純な話だ。些細過ぎて忘れてしまうような事。それを錦の旗印にして、何故か皆が追随し、あっけなく戻れない場所まで行った。
私も楽しくなり、キョンへの迫害を繰り返し…キョンは次第に慌てた顔から失望の表情に変わっていった。それに最初に気付いたのは、私だったと自負している。
一人称が涼宮に変わり、迫害を受けたきっかけについて、全て否定の材料を持ってきた。
これで終わり、また何か楽しみをと思っていると、キョンはキッパリ言った。
「もう沢山だ。付き合いきれん。」
古泉くんがとりなす為にキョンを外に連れ出したが…
ハッキリ聞こえたのは
「今更、お前らを仲間だなどと思えるか!」

92『みんなぼっち』:2013/08/03(土) 16:58:10
何もかも壊れた。そう自覚した時、古泉くんとみくるちゃんが叫んだ。
願え、と。
二人の言葉に従い、私は心から願った。また元に戻りますように、と。

覆水盆に返らずとはよく言ったもので、私の祈りなんて歯牙にもかけられない。見ると、有希も青い顔をしていた。
私が理解した事。それは、些細な事でキョンを深く傷付け、キョンを失った事だ。

皆を問い詰めると、キョンは一度皆に弁解したようだ。だが、皆は歯牙にもかけなかった。理由は分からないし、聞きたくもない。
ただ、私の行動が理由である事は疑いない事実だろう。
自ら作ったSOS団を、自ら壊し…一人の人間を救いようなく傷付けた。その人間は、謝らせてもくれない。

存在を無いものと見做される位なら、いっそ殴られたり罵られたほうがマシだ。

自業自得。その言葉がこの状況にピッタリと合う。
何もしてあげる事が出来ないから、せめてずっと待っている。SOS団を解散しない理由は、それだ。
谷口や国木田くんを入れたのも、キョンが帰って来やすいようにする為。

許してとは言わないし、許さなくてもいい。だからこそ、償い位はさせて。
私は心から願った。

93『みんなぼっち』:2013/08/03(土) 17:21:00
何が間違っていたか、分からない。
僕は彼を見誤っていた。それが現実なのだろう。
涼宮さんにとっての鍵。彼はどんな状況にあっても彼女を見捨てないと思っていた。
それに、僕達の立場は明確だったはずだ。
それを明確にしただけの事。
長門さん、朝比奈さんも同じ考えであり、今更ながらに考えると涼宮さんの能力は、彼を起点に始まり、彼を終点に終わった。
つまりは。鍵の重要性を無視した結果だ。

「僕にしてみると、投げ出せる立場が羨ましいですがね…」

それは本音だが、だからといって道を誤る理由にはならない。そして彼を迫害する理由にも。
「頭を下げろというなら、幾らでも下げますし…僕の首が欲しいならくれてやるんですがね。」
もう、僕達には何もない。
後ろ盾も組織も何も。
涼宮さんの影響があったのは、言い訳だろう。長門さんなら影響を知らせる事も出来た。そして長門さんは何も言わなかった。それは僕達の本音でもあった。そう思わざるを得ない。

…僕達には、もう規格外の力なんて何もない。ただの高校生だ。

本当に、誰しもがひとりぼっちになり、こうして寄り添っていてもひとりぼっちだ。

「みんなぼっち、と言ったほうがしっくりきますかね…」

乾いた笑いを洩らし、佐々木さんと歩く彼の後ろ姿を見送った。せめて、その手が離れないように祈りを込めて。

そうしている自分が、吐き気がする程に情けなく、一人になった時の非力さを痛感するばかりの行為だとしても。

続く。

94名無しさん:2013/08/13(火) 07:07:29
>>93
これは……以前の続きとありますが前の作品の名前教えてもらえますか?

95名無しさん:2013/08/13(火) 08:41:54
>>94
69-204「ふたりぼっち」

96『ひとり』:2013/08/13(火) 13:06:34
高校生なんて割と不便だらけだ。
大人のように何かを好きに出来る訳でもなく、子どものように無責任に居られる訳でもない。
社会に出たら理不尽が待ち構えているから、それの予行を今やってると考えれば、俺の現状にもまぁ納得はしてやれる。
…佐々木から言われた事の受け売りだがな!
「(今日も屋上で時間潰しか。)」
誤解は解いたが、後の居場所なんてあるわけねぇ。やれやれ。かといって何かを取り戻そうと躍起になるだけのモチベーションもない。
非行に走る理由付けにはなるが、それをやるだけの行動も面倒臭い。そこまで堕ちる理由もないし、別に今を変えたいなんて思えないしな。
非行に走るというのは、ある意味では自分が構ってほしいからだ。
俺は誰にも構って欲しくない。
願わくは、一刻も早く時間が過ぎて悲しい出来事を忘れたいというだけだ。

「(かといって、俺はまた佐々木を求めるんだろうな。)」

佐々木を受け入れているつもりで、佐々木に依存する自分がいる。
現状の生活に不満がないのは、多分佐々木によって喪失感を埋めているからかも知れない。
佐々木はどうなのだろうか。
佐々木にしても「状況は似たようなものだよ」と言っていた。
今日は佐々木と何か美味しいものでも食べに行くかね。そう贅沢は出来んが、佐々木の好きなケーキに炭焼きコーヒーなんていいな。
説明をしておけば、佐々木が受けた嫌がらせは流言飛語だ。
佐々木は俺と爛れた関係にある、など無茶苦茶な話であり…まぁその後にそうなったのだから、こいつは予言者ではあったわけだが。
その他はストーカー行為、筆舌に尽くし難い侮蔑や、学内での噂など。
その噂や侮蔑について佐々木は一切否定せず、逆手に取りストーカーを撃退したわけだから凄まじい。
「別に否定はしないよ。僕は彼とそのような行為をしたわけだからね。」
と、俺の腕を引きながら言った時の相手の表情は、正直見ものだった。
逆上した相手に俺が殴られたんだが、そこはまあどうでもいい。
しかし分からんのが、何故相手に自分の幻想を押し付けるのかね?
佐々木が初めてだろうがなかろうが、それこそどうでもいい話ではないか?別に誰かに抱かれていたら売女など言うのは、それこそ最大の侮辱だ。
さすがに性的に乱れ、複数などの変態嗜好の持ち主なら一言言っておくべきだろうがな。

97『ひとり』:2013/08/13(火) 13:37:34
佐々木に言わせると、集団からリンチを受けたも同然だった俺の状況が、更に酷いらしいがね。俺はその意見については否定する。
俺の場合は、俺が招いた状況というのも少なからずある。だが、佐々木は一方通行の好意を寄せられただけだ。
それにより、何故に佐々木が傷付かないといかんのだ?
晴れない気持ちのまま屋上で寝転がる。さっさと昼休みが終わって放課後にならんかね。ついでに言えば、さっさと卒業させてくれんかね。
未だに続く嫌がらせ。その跡が残るぐしゃぐしゃになったパンを噛みながら、俺は時間が過ぎるのを待った。

「(さて、今日もまたクラスに一人か。)」
人の口に戸板は立てられないと言うが、それこそこうした進学校の人間達に相応しい。
興味はあれど実行に移せない連中に、耳だけ肥え太り実践のない頭でっかち。
「(綺麗なものだけ見ていたら、こんな連中になれるのかね。)」
白馬の王子様なんていやしないし、いると信じるのは幼児だけでいい。結局がいつか誰しも通るような道を、こうして大仰にやるのは私達が子どもである証なのだろう。
行為だけ真似ても大人になどなれない。それは重々分かった事だ。
私の状況は、まあ自業自得だ。私に隙があり過ぎた。相手に対する優しさと甘さの違い。これを考えていなかった。
執着してきた男も、ある意味では被害者。八方美人的になるのは良くない。最初から望みなど見せなければ、こうした事態にはならなかったわけで。
さて、キョンは今頃何をしているんだろう。
ずっと屋上で一人飯だと言っていたが、その光景は容易に目に浮かぶ。つまらなそうな顔をしながら、早く時間が過ぎないかと考えているのだろう。
私にしても彼にしても、非行に走るにはあまりに意気地がない。
生活に不満はあれ、それを変えて他人に絡まれたくない、というのが一番大きいのだが。
私は彼と一緒にいるつもりだが、傍から見ると共依存の状態なのだろうと思う。
自分と向かい合っているつもりで、私達は何も出来ていない。ただ、一緒にいると気持ち良く時間が過ぎているだけだ。
キョンの傷が癒えた時、彼は私を邪魔にするのではないか?それが私が今、一番気になる事項だ。
それならば、お互いの成長を期する為に今は…とも思うが、彼の手の温もりから離れたいとも思わない。
「(末期的…いや、退廃的だ。)」
このままデカダンス気取りで行くのも悪くはないが、それは自分一人で堕ちればいい。
良くも悪くも、キョンは自分に近過ぎる。
お弁当を広げながら、私は盛大に溜め息をついた。

98『ひとり』:2013/08/13(火) 23:36:19
私にしてみると、些細な誤解や行き違い…説明しておくと、あのmikuruフォルダとやらか。あれをきっかけにキョンが孤立するなど思ってもいなかった。
確かに消すといって消していないのはキョンの落ち度であるが、それを理由に排斥にかかるかね?馬鹿馬鹿しい。
元を正せば涼宮さんのやらかした奇行の一部だ。いくらでも弁解出来ただろうに。
彼の仲間達も、だが。
彼の仲間達の意見については、あくまでも涼宮さんを刺激させない方向にしたのだろう。迂闊に刺激して藪を突ついて蛇を出す結果になっては敵わない。
ここがまずひとつの行き違い。
そして次の行き違いは、それを上手くキョンに伝えられなかった事だろう。
推測に過ぎない話だが、彼等はキョンにこう言った確率が高い。

「あくまでも涼宮さんの監視」

立場を考えたらそれは当然だろう。彼等が何を思いそうしたか。理由は前文であろう。
キョンは詳しくは語らなかったが、この推測は恐らくは正しい。
「(でなければ、キョンはSOS団から抜けようなどと思わないはずだ。)」
今頃、相当の対価を払っているだろうが…そこは自業自得だ。私が彼等の軛を解く理由にもならない。…まぁ、感謝はするけど。
今日は何処に行こうかしら。
流石にお互いの部屋での爛れた時間は避けたい。
行為自体はどうでもいいが、自分を気遣い、優しく流れる時間は何にも替え難い。
「(それはキョンにとって、私でなくてもいい時間かも知れないけど。)」
…本日何度目かの溜め息。我ながら度し難いね。
「(いつか離れて行く運命だとしても、今はキミの側に居られる。こんな僕を嗤うかい?)」
私は私に問い掛けた。…答えなんて返ってくるわけもなく、私はカラになった弁当箱をバッグに直し、塾の予習を始めた。

99『ひとり』:2013/08/14(水) 03:31:23
珍しい来客があり、私は対応に出たのです。あまり好ましい来客だとは言えませんでしたが。
客人にお茶を差し出し、私は衝撃的な事実を幾つか知る事になったのです。曰く。
佐々木さんがストーカー行為の被害者となり、窮地へ追い込まれてしまった話。
そして。涼宮さんの能力の喪失による機関の解散。キョンさんが涼宮さんを完全に見放した話。
幾つかの事実を知るにつれて、私は疑問を抱いたのです。
涼宮さんの能力喪失はともかくとして、形がどうあれ佐々木さんとキョンさんが結ばれたとあれば、能力は佐々木さんに移っていてもおかしくはない。
だけど、そのような事実はない。
まだ私に超常的な能力があるとするならば、私にそれを感じる事ができるはず。
それすら感じないという事は。二人がそれを望まないとなる仮説も考えられるのです。
私の場合、キョンさんや涼宮さんはどうでもいいのですが、佐々木さんが心配になるのです。
彼女は理性的だ、と言われていますが、理性的であるというよりは…全てに対する諦念。
期待するより諦めたほうがマシ。そう考える奥ゆかしい女性であり、そこが私にとっても一番好ましい所なのですが…
……何故にそんな冷たい目をするのです?森さん。
「…性癖は自由だけど、度が過ぎるなら引くわ。」
「失礼な方なのです。」
鏡で自分の姿を見てみろ、と言い残して去りゆく森さん。その背中に私は問い掛けました。
「何故この情報を私に?」
森さんは、ゆっくり振り返ると私に言ったのです。
「あの子への情けといえるのかしらね。」
話を聞いてどうやるかは、あんた次第だけど。そう皮肉も込めて。

そんなもん、決まっているのですよ。

佐々木さんとキョンさんが本当に結ばれたなら、佐々木さんは能力を得るはずなのです。
となれば、私もまた佐々木さんと一緒に居られるのですよ!地下から這い出て、佐々木さんを救うは今なのです!
天命、我にあり!選ばれし者の恍惚と不安、二つながら我にあり!
喜び勇んで転入手続きをし、早速転入…………確か、あの高校って無茶苦茶レベル高かったような…………
……すみません、後方支援に勤めざるを得ないのですよ、佐々木さん……

続く。

100『一方通行』:2013/08/15(木) 20:48:44
辟易するような日常と、鬱屈した生活。そして刹那的な快楽を求め、お互いを貪る日々。実にデカダンスだ。
こんなんじゃ、お互いダメになっちまうのは分かりきった話なんだがな…。
「刹那的な行動というのも悪くはないが、些か短絡的過ぎたね。」
「全くだ。」
気怠く横になり、お互いに抱き合う。お互い性急に事を進めただけに、お互いにお互いを汚した感覚が強い。
求めあったのは事実にしても、ロマンスなどには程遠く、ただ誰かに側にいて欲しかったというのが事実だろう。…報われんな。お互い。

抱き締め、キョンの体温を感じる。
どこか辛そうな表情で私を抱く彼は、恐らく私と似た事を考えているのだろう。
このまま何もかも忘れて、ふたりきりでふたりぼっちになれたら。どれだけ幸せなんだろうか。
子どもの頃に夢想した幸せ。そして少女ならば誰しも憧れるような恋物語。そこには幸せそうな男女が幸せな恋愛を模っていた。想い合う二人が求めあい、お互いの想いを通じ合わせる。
だが、私の現実はこれだ。
好きな人の窮地に託け、自分の境遇を重ね、親友を汚した。この親友という言葉すら欺瞞だったわけだから、最早笑えないジョークだ。
親友といってラインを引き、親友といって異性として惹かれた自分を誤魔化した。
何故かなんて分かりきった話だ。
仮にキョンに想いを伝え、断られたら。私は文字通りに『キョン』という存在を失う。それだけは私には堪らなく怖く、それだけは耐え難いものだった。
私はキョンという存在に、ずっと甘えていたかったのだろう。私の『理想』の存在として。
今、こんな関係になっても私は『好きだ』と言えない。何処まで不器用、そして愚かなのだろう。
真っ白な闇に包まれ、何処か遠くへ行く感覚。刹那的な快楽に包まれ、私は意識を手放した。

橘京子は、北高の前に立った。
「手始めに、まずはSOS団から血祭りなのですよ!」
涼宮さんの能力復活は、やはり最大の懸念事項なのです。そうなれば、やはり先程の佐々木さん達の様子を伝え、涼宮さんが入る余地は無い事を改めて思い知らせるのです!
そうなれば、キョンさんも涼宮さんから見放され、改めて佐々木さんのもとに行くのですよ。
恋愛なんて第三者が一番見えているものなのです。キョンさんの未練を徹底的に排除すれば、佐々木さんも幸せになるのです。
佐々木さんの現状には心を痛めていますが、今は佐々木さんには会えないのですよ。今は、佐々木さんの敵の排除なのです!

意気揚々と北高に不法侵入する橘を見ながら、森は人選ミスを心から悔やんだのであった…。


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