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アメリカ軍がファンタジー世界に召喚されますたNo.15

1名無し三等陸士@F世界:2016/10/03(月) 01:41:59 ID:9R7ffzTs0
アメリカ軍のスレッドです。議論・SS投下・雑談 ご自由に。

アメリカンジャスティスVS剣と魔法

・sage推奨。 …必要ないけど。
・書きこむ前にリロードを。
・SS作者は投下前と投下後に開始・終了宣言を。
・SS投下中の発言は控えめ。
・支援は15レスに1回くらい。
・嵐は徹底放置。
・以上を守らないものは…テロリスト認定されます。 嘘です。

440ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:11:16 ID:m8U/qgi.0
第288話 天空を翔ける流星

1486年(1946年)2月2日 午前8時30分 シホールアンル帝国領ドムスクル
シホールアンル帝国領ドムスクルは、ヒーレリ領北部とシホールアンル本国領の境界から、北に60マイル離れた位置にある
小さな町である。
連合軍は来たる大攻勢の前準備として、各地で小規模な攻勢を継続しており、2月1日には、米軍の先鋒部隊がドムスクルから
南20マイルの位置に到達した。
これと呼応する形で、アメリカ軍航空部隊がシホールアンル帝国領中部地区に向けて盛んに航空作戦を展開しており、防戦準備
にあたるシホールアンル軍地上部隊に対して、断続的に空襲を仕掛けていた。
事態を重く見たシホールアンル側は、前々より温存し、未だ戦場となっていない本国北部地域より徐々にかき集めつつあった
航空戦力を、本国領中部地域に投入することを決め、2月2日より連合軍航空部隊に対して、迎撃戦闘を挑む事となった。

シホールアンル軍第78空中騎士隊に所属する38騎のワイバーンは、同僚部隊である第66空中騎士隊の29騎と共に、ドムスクル方面
へ向けて進撃中の敵戦爆連合編隊を迎撃すべく、猛スピードで敵の推定位置に向かいつつあった。
第78空中騎士隊第2中隊長を務めるウルグリン・ネヴォイド大尉は、指揮官騎より発せられた敵発見の魔法通信を受けるや、
指示された方向に顔を向けた。

「いたぞ……アメリカ軍の戦爆連合編隊だ」

ネヴォイド大尉は恨めし気に呟きながら、右手で顔の左頬を撫でた。
彼の左頬には、横に引っ掛かれたような傷跡がある。

「昨年の1月に負傷して以来、苦心惨憺しながらもようやく回復できた。復帰したからには、以前よりも増して、多くの敵を撃ち抜き、
連中を血祭りにあげてやる!」

彼は顔を憎悪に歪めながらも、自らの士気を大いに奮い立たせた。
ネヴォイド大尉は、対米戦では南大陸戦から戦い続けてきたベテランであり、これまでに21機の米軍機を撃墜している。
個人の技量も優秀でありながら、媚態の掌握術も巧みであり、ネヴォイド大尉の指揮する中隊はどのような戦況にあろうとも一定の
戦果を挙げ続けてきた。
だが、その栄光は長く続かなかった。
昨年1月下旬に起きたアメリカ機動部隊のヒーレリ領沿岸の事前空襲で、ネヴォイド大尉の属していたワイバーン基地は米艦載機の
奇襲を受け、所属のワイバーン隊はその大半が、飛び立つ事もままならぬまま、地上で次々と撃破されてしまった。

441ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:11:53 ID:m8U/qgi.0
ネヴォイド大尉はその巻き添えを受けて瀕死の重傷を負い、前線から離脱せざるを得なくなった。
それからと言う物の、ネヴォイド大尉は本国送還となり、首都ウェルバンル近郊の陸軍病院で治療を受けたが、医師からは竜騎士へ
の復帰は絶望的であると伝えられた。
だが、ネヴォイド大尉は決死の覚悟で回復に励んだ。
その様は、復帰は出来ぬと判断した医師を大いに驚かせるほどであった。
懸命のリハビリの甲斐あってか、12月初めには無事退院し、12月5日には、シホールアンル西北部にあるワイバーン隊予備訓練所で
完熟訓練にあたり、そこでも抜群の成績を収めて前線復帰を果たすことができた。
そして今日……彼は待望の循環を迎えたのである。

「前方に敵編隊視認!距離、6000グレル!(12000メートル)

指揮官騎から新たな魔法通信が飛び込んできた。
言われた通りに、前方に目を凝らすと、確かに敵編隊と思しき多数の黒い物体が見受けられる。
位置的に敵を見下ろす形になっているため、高度差の有利はこちら側に取れているようだ。

「第1、第2中隊は敵の護衛機!第3、第4中隊は敵の爆撃機を攻撃せよ!」
「了解!」

ネヴォイド大尉は魔法通信でそう返してから、指揮下にある第2中隊の部下に命令を伝達する。

「第2中隊の目標は敵の護衛戦闘機!繰り返す、目標は敵の護衛戦闘機だ!訓練通り、2騎一組となって敵と戦え!」

彼が命令を伝え終わると同時に、指揮官騎直率の第1中隊が増速し始めた。
ネヴォイド大尉の第2中隊や、第3、第4中隊も負けじとばかりにスピードを上げる。
程なくして、敵側もワイバーン群の接近に対応し始めた。
爆撃機の周囲に張り付いていた戦闘機と思しき機影が多数離れ、ワイバーンに向けて上昇しつつある。
第1、第2中隊のワイバーンはそれを下降しながら向き合う形となっていた。

「敵はマスタングか」

ネヴォイド大尉は、うっすらと見え始めた敵影の機種を言い当てる。
細長い機首に涙滴型の風防ガラス、胴体化にある細長い穴……

442ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:12:49 ID:m8U/qgi.0
アメリカ軍の主力戦闘機であるP-51マスタングだ。
機体の格闘性能はワイバーンに劣るものの、機体自体のスピードが速く、上昇性能や下降性能が高い。
それに加え、近年は性能を幾らか向上したマスタング(P-51H。P-51Dと比べて最大速度と運動性能が向上している)が
前線に出始めているため、非常に厄介な敵の1つとなっている。
マスタングに対等に近い形で渡り合えるのはケルフェラクぐらいだが、この場には居ない。
ワイバーンのみで、目の前の難敵と渡り合うしかなかった。
眼前のマスタングは、3000グレル程の距離に近づくと、両翼からポロポロと、何かを投下し始めた。
ネヴォイドは、そこからマスタングがやにわに増速したように思えた。
戦闘態勢に入る敵戦闘機の後方には、箱形の密集隊形を組んでいる爆撃機群が見える。
おぼろげではあるが、その特徴のある2つの垂直尾翼や、上方向に反った主翼の根本がはっきりと見て取れた。

「ミッチェルだな」

ネヴォイドは、南大陸戦初期から見慣れた爆撃機の機種名を呟いた。
B-25ミッチェル双発爆撃機。古強者となった彼から見れば、ある意味馴染み深い敵と言える。
だが、その馴染み深い敵は、南大陸から、この神聖なる帝国本土上空にまでその姿を見せつけてきた。
祖国の空を侵した以上は、生かして帰すべきではない。
しかし、ネヴォイド達の任務は、そのミッチェルを護衛するマスタングを引き付ける事だ。
その間に、第3、第4中隊が容赦なくミッチェルを叩き落としてくれる事を期待するしかなかった。

先頭を行く第1中隊が敵との距離を急速に詰め、程なくして互いに頃合い良しと判断した距離で攻撃が開始される。
ワイバーンの光弾とマスタングの機銃弾が発射されるのは、ほぼ同時であった。
下方から競り上がるマスタングに光弾が降り注ぎ、上方目掛けて駆け上がるワイバーンに機銃弾が撃ち上げられる。
ワイバーン群の何騎かが被弾し、その周辺に防御魔法起動の光が明滅した。
第1中隊は防御魔法のお陰で脱落騎を出す事なく、マスタングの集団と瞬時にすれ違った。
一方のマスタング側は数機が被弾し、うち1機が発動機付近から濃い煙を吹き出して編隊から脱落し始めた。
マスタングはそのまま第2中隊目掛けて突っ込んで来る。
ネヴォイドは、隊長機と思しき先頭のマスタングに狙いを定めた。
マスタングも、ワイバーンも互いに250レリンク(500メートル)以上の高速で接近しているため、あっという間に距離が縮まる。
彼は、目標が距離200レリンク(400メートル)に迫った瞬間、相棒に光弾発射を命じる。

443ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:13:50 ID:m8U/qgi.0
竜騎士とワイバーン、互いの魔術回路を繋げ上で発された命令は即座にワイバーンに伝わり、大きく開かれた顎から
光弾が複数初連射された。
対して、マスタングも両翼から発射炎を明滅させる。
主翼の下から多量の薬莢を吐き出すのが見え、それ同時に、真一文字に向かってくる6条の火箭がネヴォイド騎に向かってくると思われた。
ネヴォイドは一瞬だけ身を屈めたが、機銃弾はネヴォイド騎の左側に外れていった。
ネヴォイドは、マスタングに光弾が命中する事を期待したが、マスタングは特有の発動機音をがなり立てながら、あっという間に
すれ違っていった。

「散会!2騎ずつに別れて戦え!」

第2中隊のワイバーンは、2騎単位で別れると、それぞれの目標に向かい始める。

「カンプト!離れるなよ!」
「了解!」

ネヴォイドは、僚騎を務めるカンプト少尉にそう念を押しつつ、新たなマスタング目掛けてワイバーンを進ませる。
そのマスタング2機は、右に反転しようとしている。
距離は800レリンク(1600メートル)程だが、全速力で突っ込むワイバーン2騎は、即座に距離を詰めていく。
マスタングはネヴォイドのペアに気付くや、機首を向けて増速し始める。

「一旦下降だ!」

ネヴォイドはそう叫び、ワイバーンが急に下降を始める。
2騎のワイバーンは下降したが、その時、彼我の距離は300レリンク程にまで縮まっていた。
マスタング側からすれば、狙いをワイバーンに定め始めたところに、そのワイバーンが目の前から消えた格好になる。
数秒ほど下降したネヴォイドは、今度は急上昇を命じ、相棒がそれに応えて体をくねらせ、瞬時に上昇をへと移る。

(相手がベテランなら、この方法はすぐに見破られる。さて、どうなるか!)

彼は心中で呟き、急上昇の圧力に顔を歪めながらも、マスタングに視線を向ける。
目標のマスタングは思いのほか動きが鈍く、ようやく機体を左に旋回下降させようとしていた。

「フン!相手はヒヨッコだな!」

444ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:14:22 ID:m8U/qgi.0
ネヴォイドの口角が吊り上がる。
マスタングのパイロットがネヴォイド達に顔を向けるのが見えたが、その頃には、ワイバーン2騎は射撃位置についていた。
ワイバーンは、マスタングの左側面に光弾を撃ち込む形となった。
マスタングが不意に機体の角度を傾けた事もあり、光弾は被弾面積を増大させた敵機に容赦なく突き刺さった。
敵機の両主翼や胴体に次々と命中し、特に左主翼部分には多数の光弾が叩き込まれた。
防弾装備の充実した米軍機とはいえ、一定箇所に光弾を受け続けて耐えられる筈がなかった。
左主翼から紅蓮の炎が噴き出したマスタングは、断末魔の様相を呈しながら急激に高度を下げていく。

「1機撃墜!次だ!」

ネヴォイドは次の目標を、マスタングの2番機に定め、即座に光弾を放つ。
しかし、2番機は1番機と比べて幾分反応が速かった。
ワイバーン2騎が放つ光弾の弾幕を、機首を急激に下げることで回避しようとした。
全部をかわすことは出来ず、数発が胴体や右主翼に突き刺さったように見えるが、マスタングは気にすることなく急降下に移った。

「クソ!」

ネヴォイドは舌打ちしながら、逃げに入ったマスタングを睨み付ける。
米軍機が急降下に入れば、追撃することはほぼ不可能である。
ワイバーンの急降下性能では米軍機に追いつけないからだ。
ネヴォイドの操る85年型汎用ワイバーンは、開戦時のワイバーンと比べて速度性能は大幅に改良されているが、それでもマスタングやサンダーボルト
といった米軍機の急降下性能には及ばない。
追撃が全く出来ないわけではないが、敵機は350グレル(700キロ)ほどの速度で下っていくため、ワイバーンでは追いつくどころか、
徐々に離されていくのが現状だ。

「不毛な事はやらん。次の目標を探すぞ!」

ネヴォイドは逃げ散る敵は放っておき、次の敵を探す事にした。

第1中隊10騎、第2中隊12騎のワイバーン群に対し、向かってきたマスタングは38機にも上ったが、第1、第2中隊の各騎は数の差に怯む事無く
空中戦を続けた。
最初の正面攻撃を終えた後は、彼我入り乱れての乱戦となる。

445ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:14:55 ID:m8U/qgi.0
反転したワイバーンが飛び去ったマスタングに追い縋る。
上手い具合に背後を取ったワイバーンのあるペアは、不覚を取ったマスタングの背後目掛けて光弾のつるべ撃ちを放った。
たちまち胴体や主翼に被弾し、痛々しい弾痕を穿たれたマスタングが黒煙を吐きながら墜落する。
その横合いに別のマスタングが突っかかり、ワイバーンのペアに12.7ミリ弾のシャワーを浴びせた。
防御魔法が起動し、殺到する機銃弾を悉く弾き飛ばすが、2番騎の防御魔法が耐用限界を迎えたため、一際大きな輝きを発した。
直後、横合いから複数の機銃弾に貫かれ、竜騎士共々射殺された。
撃墜された2番騎を悼む暇もなく、1番騎は別のマスタングの攻撃をかわし、隙あらば背後を取って光弾を浴びせる。
しかし、1騎のワイバーンに対し、4機のマスタングが断続的に攻撃を行ったため、しまいには下方からマスタングが放った機銃弾をまともに
受け、致命傷を負って真っ逆さまに墜落していく。
第1、第2中隊は数の差に幾分押され気味になりつつあったが、その事は想定内であった。

「第3、第4中隊、爆撃機群に取り付きます!」

新たなマスタングと格闘戦を行うネヴォイドは、その最中に入ってきた魔法通信を聞くなり、緊張で張り付いた表情を微かに緩ませた。

「いいぞ!計画通りだ!」

この時、第3中隊、第4中隊のワイバーン16騎は、敵爆撃機群の右上方より接近していた。
爆撃機の周囲についていた10機ほどのマスタングがワイバーンに立ち向かい、空戦に引きずり込もうとする。
だが、16騎のワイバーンはマスタングと短い正面攻撃を行っただけで、あとは猛然と爆撃機群に迫った。
ミッチェルの胴体上方と側面部に取り付けられた機銃が銃身をワイバーンに向けられ、機銃弾が放たれる。
ワイバーンは体をくねらせ、または横滑りさせる等して機銃弾をかわしていく。
48機のミッチェルが放つ弾幕は、なかなかに凄まじい物があるが、ワイバーンが常用している防御結界は、それが無駄な努力と嘲笑するかのように、
明滅しながら機銃弾を弾き飛ばし、瞬時に射点へ辿り着いた。
ワイバーンの光弾が、編隊の一番外側を飛行するミッチェルに叩き込まれる。
光弾が主翼の外板に突き刺さり、キラキラと光る破片が大空に吹き荒ぶ。
カモとされたミッチェルに1番騎、2番騎、3番騎と、光弾が次々と注がれ、被弾数が増していくが、流石は防御力に定評のあるミッチェルだ。
多量の光弾を叩き込まれても墜落する気配がない。
だが、操縦席に光弾が注がれてからは、状況が一変する。
直後、ミッチェルが大きく動揺し、右に機体を傾けながら編隊から離れ始めた。

446ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:15:45 ID:m8U/qgi.0
第7航空軍第451爆撃航空師団第621爆撃航空団に属する第601爆撃航空群のB-25H48機は、横合いからワイバーンの襲撃に遭い、今しも1機のB-25が
撃墜されようとしていた。

「81飛行隊の5番機が被弾!墜落していきます!」
「クソ!マスタングの連中は何やってやがる!」

第601爆撃航空群第92飛行隊の指揮官であるカディス・ヘンリー少佐は、不甲斐ない味方戦闘機を呪った。

「アリューシャンからこの前線に転戦して、最初の戦闘でこの有様とはな!」

ヘンリー少佐は怒りの余り、操縦桿を思い切り握り締めた。
第7航空軍は、元々はアリューシャン列島防衛の戦力として、1943年2月からアリューシャン列島ならびに、アラスカ島に主戦力を常駐させていたが、
1945年9月には北大陸戦線への異動が決まり、新設された第9航空軍と交代する形でアリューシャン、アラスカ島から離れた。
第7航空軍の前線到着は昨年の12月末であったが、既に敵の反攻が失敗に終わり、大勢も決した事もあって、第7航空軍の出番はなかった。
それから今日までは、ひたすら訓練に明け暮れていた。
他の味方航空部隊が前線で次々と戦果を挙げる中、第7航空軍の将兵は悶々とした日々を過ごしたが、今日の作戦が伝えられると、彼らの士気は高まった。
ヘンリー少佐は、必ずや敵の前線陣地に爆弾を叩き込み、搭載してきた機銃弾や75ミリ砲弾を1発残らず撃ち込んでやると意気込んだが、その初戦で
味方はまずい戦をしつつあった。

「マスタングの連中、半分以上が経験未熟なパイロットですからな。なんとなく予想はしてましたが、まさか当たるとはねぇ」

副操縦士のコリアン系アメリカ人であるブン・ジョントゥル中尉が苦り切った口調でヘンリー少佐に言う。
ヘンリー少佐もジョンケイド中尉も、第7航空軍に属するまでは別の部隊でB-25に乗り続けてきた猛者である。
出撃前、マスタングのパイロットたちをひとしきり見回したが、前線で戦い通した熟練者と比べると、明らかに不安があった。
601BG(爆撃航空群)の護衛には60機のP-51が当たり、その半数以上が制空隊として敵ワイバーンと戦い、残りが爆撃機の周囲に張り付いて
突破してくるワイバーンを食い止めるはずであったが、それが失敗した事は明白だ。
B-25への攻撃を終え、一旦距離を置くワイバーンに他のP-51が追い縋るが、そこの空域に護衛機は居なくなり、がら空きとなる。
そこを別のワイバーンが衝いて、猛スピードで爆撃機に肉薄し、光弾を叩き込んでいく。
コンバットボックスを組んだ爆撃機編隊も弾幕射撃で対抗するが、B-25はB-24やB-17のように多くの機銃を搭載してはいないため、打ち出す弾の数はどうしても
少なくなる。

447ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:16:15 ID:m8U/qgi.0
「81飛行隊3番機被弾!編隊から落伍します!」
「191飛行隊に向けて新たなワイバーンが接近!新手です!」
「あ、護衛機が1機やられたぞ!」

レシーバーに刻々と戦況が伝えられて来るが、どれもこれもが凶報であるため、ヘンリー少佐は心の底から不快であった。

「ええい!何かいい報告はないのか!?」
「味方戦闘機、新手のワイバーンに向かいます!敵騎の数、約20!」
「指揮官騎より各機に告ぐ!編隊を密にせよ!繰り返す、編隊を密にせよ!」

601BGの指揮官騎より、所属する3飛行隊各機に命令が下される。

「そんな事は分かってるわ!それより、味方のマスタングは何をしてるんだ!?」
「敵ワイバーンを追い掛けてますな」

ジョントゥル中尉が眉を顰めながら、機首の右側に向けて顎をしゃくった。
先に攻撃してきたワイバーンと、マスタングが空戦をしている様が見て取れる。
格闘戦に誘い込もうとするワイバーンに対し、マスタングは本国で教えられた通り、一撃離脱戦法に徹して空戦を進めているようだ。
だが、それは同時に、与えられていた護衛任務をすっぽかして敵を落とす事のみに集中している証だ。

「ヒヨッコ共が!頭に血が上って護衛任務のやり方を忘れてやがる!帰ったら連中を一人残らずぶん殴ってやるぞ!」
「一応、全部のマスタングが編隊から離れている訳では無いですな」

ジョントゥル中尉は、B-25の付近に展開したまま、ジグザグ飛行を続ける5,6機のP-51を指さした。

「いい奴らだ。これからも上手くやって行けるだろうさ」

ヘンリーは微かに笑みを浮かべ、命令を遵守したマスタングに心中で感謝の言葉を贈る。

「敵ワイバーン、191飛行隊に突っ込みます!数は10騎!」
「了解!」

448ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:17:01 ID:m8U/qgi.0
新たな報告を耳にしたヘンリーは、一言だけ返してから現在地を確認する。
現在、601BGは目標であるドムスクルまで40マイルの地点に到達しつつあった。
今は200マイル(320キロ)の速度で飛行しているため、30分以内には目標である敵の野戦陣地を攻撃できるであろう。
しかし、敵ワイバーンの迎撃は熾烈だ。
昨年の一連の戦闘で、シホールアンル帝国軍は正面の航空戦力を大量に損失した他、後方地域にあった予備航空戦力も、海軍が首都近郊へ不意打ちを
掛けたため保有数が払底し、航空戦力は壊滅した思われていた。
このため、今日の出撃では、シホールアンル航空部隊の反撃は少ないであろうと予測がされていた。
ところが、現実はこの有様だ。
敵は後方地域から残っていた航空戦力をかき集め、惜しげもなく前線に投入してきている。
負け戦にあっても、一歩も引こうとしない敵航空部隊の信念は、敵ながら見上げた物だと、ヘンリーは素直に評価していた。

「191飛行隊に被弾機あり!あっ、指揮官機です!指揮官機被弾!!」
「なんだって……指揮官機がやられただと!?」

ヘンリーは思わずギョッとなり、191飛行隊が飛んでいるであろう、左側の空域に顔を向ける。
ヘンリー機からはうっすらとだが、191飛行隊の先頭を行くB-25が、左右のエンジンから紅蓮の炎と黒煙を吹きながら、機首を下に墜落していく様子が
見て取れた。

「くそ、ゼルゲイ……!」

ヘンリーは歯噛みしながら、指揮官騎を操縦していたパイロットの名前を呟いた。
191飛行隊の指揮官であるヒョードル・ゼルゲイ少佐は、ロシア系アメリカ人の出であり、ロシア人らしい濃い顎髭と堂々たる巨躯、それに似合わず、繊細な
飛行を行うことで有名なベテランパイロットであった。
ゼルゲイ少佐とは大して面識が無かったが、年末の宴会で話したときはその人懐っこい性格から、ヘンリーも付き合っていて面白いパイロットであると思った。
年末のパーティーでゼルゲイと意気投合したヘンリーは、楽し気に会話を交わした物だったが……

「ホント、いい奴から居なくなっちまう」

ヘンリーは幾分意気消沈したが、任務中という事もあり、すぐに我に返る。

「護衛のマスタングより緊急信!新たな敵編隊接近中!敵編隊の一部にはケルフェラクも含む模様!」
「畜生!連中総出で殴りに来たぞ……!」

449ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:17:31 ID:m8U/qgi.0
彼は忌々し気に愚痴を吐いた。
直後、レシーバーに切迫した声が響いた。

「右上方より敵ワイバーン4騎!こっちに向かってきます!!」

それは、胴体上方の旋回機銃手の声だった。

「こっちにだと!?機銃手、野郎をぶち落とせ!」
「言われなくてもやりますぜ!」

レシーバーに威勢の良い返事が響く。
胴体上部機銃を任されているウィジー・コルスト軍曹は、12.7ミリ連装機銃を下降しつつあるワイバーンに向けた。
敵は緩降下しながら急速に向かいつつある。
彼はワイバーンの1番騎に照準を合わせ、距離800で機銃を発射した。
2本の銃身から機銃弾が放たれ、曳光弾が敵ワイバーンに注がれていく。
ワイバーンは体をくねらせたり、ロールを行いながら機銃弾をかわそうとする。
そのトリッキーな機動は、米軍機では絶対に真似できない代物だ。

「いつもながら、気持ち悪い動きを見せやがるぜ!このゴキブリが!!」

コルストはワイバーンに罵声を放ちつつも、敵の未来位置を予測して機銃を発射し続ける。
だが、敵の細かい動きに対応しきれず、弾が当たらない。

「ファック!この機にもB-29に積まれている遠隔機銃が付いていれば、少しはマシになると言うのに!」

B-25に搭載されている旋回機銃は、目視照準で敵に狙いを定めて発砲を行うが、B-29には遠隔装置式で、照準器に敵の未来位置を予測して
射撃を行える新型の機銃が搭載されている。
この新開発の機銃は、従来の旋回機銃と比べて格段に操作性が良い上に、複雑な動きをするワイバーン相手でも命中弾が出やすく、経験の未熟な機銃手でも
1ヶ月半ほどの訓練を積めばそれなりに扱うことができるため、故障が多い事を除けば敵の迎撃がやりやすい傑作機銃と言えた。
このため、B-29や、最新鋭のB-36以外の爆撃機は、肉眼で敵を見据えながら、難しいワイバーン迎撃をこなすしかなかった。

450ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:18:09 ID:m8U/qgi.0
敵1番騎との距離はあっという間に縮まり、距離200メートルまで迫ると、ワイバーンが大きな口を開いた。
コルストは、その口に機銃弾を食らわせようとし、12.7ミリ弾を発射し続ける。
ワイバーンも光弾を発射し、緑色の輝く光弾が機体目掛けて降り注いできた。
けたたましい機銃の発射音と共に、足元に太い50口径弾の薬莢が断続的に落下して金属的な音が鳴り響く。
その直後、機体に光弾が突き刺さり、不快気な音と共に機体が振動で揺れ動く。
コルストは、1番騎に注いだ機銃弾が外れ、1番騎が下方に飛び去って行くのを横目で見つつ、新たに2番騎へ機銃を向けて、発砲を再開する。
2番騎に夥しい数の機銃弾が注がれるが、2番騎もまた、トリッキーな機動で機銃弾をかわす。
だが、その未来位置を見計らったかのように、右側法の銃座から放たれた射弾が、上手い具合にワイバーンの横腹を抉った。
短時間で多数の機銃弾を横腹に受けたワイバーンは、断末魔の叫びを発し、横腹から出血しながら、真っ逆さまになって墜落していった。

「ハッ!思い知ったかクソが!!」

コルストは、撃墜されたワイバーンに悪態をつきながら、続けて突進してくる3,4番騎に機銃を向け、発砲を開始した。
ワイバーン3,4番騎に対して、多数の機銃弾が注がれるが、この敵ワイバーンは怖気づいたのか、400メートルから300程の距離でひとしきり光弾を撃ちまくると、
そそくさと下方に向けて飛び去って行った。
この射弾も敵の狙いが甘かった事もあり、2発が胴体部に命中しただけで大半は機体を逸れていった。

ヘンリー機は10発ほどの敵弾を受けたが、当たり所が良かったせいもあり、機体は快調に動き続けていたが、状況は悪くなる一方だ。

「敵の新手、更に接近中!」
「制空隊は何している!敵のワイバーンを殲滅できんのか!?」
「は……何騎かは撃墜したようですが、敵も今だに士気旺盛で、依然として制空隊と空戦中の模様です」
「ええい、こっちの増援はどうしたんだ?」
「その点に関しては、まだ何とも……」
「チッ!第一波の俺達が貧乏くじを引かされる形になるか……!」

ヘンリーは、護衛のP-51隊の指揮官に忌々し気にそう吐き捨ててから、一旦通信を終える。

「今日だけで、第7航空軍500機以上の攻撃隊を差し向けるが、敵の出方からして、第一波の俺たちはまだまだ叩かれ続けることになりそうだ」
「代わりに、第二波、第三波の連中は悠々と敵陣を爆撃できるって事ですかな」
「そうなるかもしれん」

451ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:18:42 ID:m8U/qgi.0
ジョントゥルの皮肉気な言葉に、ヘンリーは自嘲めいた声音で相槌を打った。

状況は悪い。
601BGのB-25のうち、一体何機が、復仇の念に燃える敵の猛攻の前に生き残れるのか。
次は燃えるのは自分か。
はたまた、隣を飛行する僚機なのか……
そんな憂鬱めいた空気がB-25編隊の中に流れ、唐突の味方編隊出現の方を聞いた時は、誰もが無反応なままであった。

戦場に到達した時、先行していた味方の戦爆連合編隊は、敵航空部隊の予想を超える抵抗の前に苦戦を強いられており、その状況は、
高度8000を行く彼らからも把握する事ができた。

「こちらホワイトスターリーダー。爆撃機編隊の指揮官騎へ。聞こえたら返事をしてくれ。応援に来たぞ!」

彼は、無線機越しにB-25編隊の指揮官騎を呼び出した。

「こちら601BGの指揮官、ラパス・ホルストン大佐だ。応援に来てくれたか!感謝するぞ!!」
「遅れて申し訳ありません。今から援護に向かいます!」
「君達は今どこにいる……あぁ……そんな所にいたのか……!」
「そちらの周囲に張り付いているワイバーンは、P-51がどうにか食い止めているようですが、貴編隊10時方向より敵の密集編隊が
迫りつつあります。我々はそちらを叩きたいが、大佐はどこを叩いてもらいたいと思われますか?」

無線機の向こうにいるホルストン大佐はしばし黙考したが、強い口調で決断を下した。

「10時方向の新手を迎撃してくれ!こっちに取り付いている敵ワイバーンはこちらで何とかしよう」
「了解!敵の新手に向かいます!」

彼はそう告げると、指揮下の各飛行隊に命令を下す。

「よく聞け!これより、B-25編隊に向かいつつある敵の新手に向かう!この機体に乗っての初の実戦だ。ヘマするなよ!」
「「了解!!」」
「よし、各機、俺に続け!」

452ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:19:22 ID:m8U/qgi.0
彼……第74戦闘航空師団第712戦闘航空団所属の第551戦闘航空群指揮官を務めるリチャード・ボング中佐は、愛機を緩やかに
左旋回させ、目標となる敵編隊の上方に付こうとしていた。
ボング中佐は、新しい愛機の発する強烈なエンジン音にこれまでに無い頼もしさを感じる。

「この機種には一度、事故で殺されかけたが……手懐ければこれほど凄い奴は居ないな」

ボング中佐は、本国勤務時に起きた出来事を思い出しつつも、自信ありげな表情を浮かべた。
愛機の速度計は600キロどころか、700キロを軽く超え、800キロに迫ろうとしている。
今までのアメリカ軍機ではあり得ない速度だ。
だが、彼が乗る機体なら、これぐらいの速度は軽々と出す事が出来る。
いや、800キロどころか、それ以上のスピードを出す事も可能である。

程なくして、ボング中佐の指揮する戦闘機隊は、敵編隊の上方に到達し、機体の右下から敵編隊を見下ろす形になった。

「全機、ドロップタンクを投棄。突っ込むぞ!」

ボング中佐は短くそう言うと、両翼についていた予備の燃料タンクを投棄し、愛機を右旋回させつつ急降下に入った。
プロペラ機とは全く異なる、金切り音を強くしたようなエンジン音が更に高くなり、スピード計は更に上昇を始める。
800キロすらも優に超えてしまうどころか、900キロ台にすら到達し、そして更にスピードが上がる。
急降下のGで体がシートに押さえつけられてしまうが、ボングはそれを気にすることなく、眼前の敵編隊に視線を集中する。
敵との距離は、文字通り、あっという間に縮まってしまった。
彼は短いながらも、敵編隊の最先頭を行くワイバーンに照準を合わせた。
ワイバーン編隊は反応は、何故か鈍い。

(フッ。それも当然だな!)

彼は心中でそう思い、いまだに相対できないままのワイバーンに向けて、機首に搭載されたの12.7ミリ機銃を猛然と撃ち放った。
機首に集中して6門配備されている為か、機銃の曳光弾はまるで、一本の太い棒のように見えた。
射撃の機会は2秒ほどしかなく、すぐに敵機の姿が後方へと消えてしまう。
10秒ほど下降してから、ボングは操縦桿をゆっくりと引いて旋回上昇に入る。

「各機、最初の攻撃が終わった後はペアに別れて動け!良い狩りを期待する!」

453ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:20:01 ID:m8U/qgi.0
ボングは970キロから、700キロ程に速度を落としながら旋回上昇を続ける。
各機に指示を伝えつつ、今しがた攻撃した敵編隊を見据え続けた。

敵編隊は、ボングの率いる戦闘機隊が攻撃したため、大きく隊形を崩し、墜落し始めている敵も5、6騎ほど確認できた。

「ようし!P-80の最初の攻撃は成功したようだな!」

ボングは最初の攻撃で敵を撃墜した事に、心の底から満足感を覚えた。


ボング中佐の操る戦闘機の名は、P-80Aシューティングスター。


アメリカが開発した、合衆国軍最新鋭にして、世界初のジェット戦闘機である。

P-80シューティングスターは、アメリカのロッキード社で開発された。
初飛行は1944年9月25日に行われ、その日から各種のテストと量産型へ向けた更なる開発がすすめられた。
前線部隊への配備は1945年11月に、アリューシャン・アラスカから前線に移動中であった第7航空軍の部隊に組み込まれる形で
進められ、45年12月末には、48機のP-80が配備を終え、今日まで出撃の機会を待ち続けていた。
P-80シューティングスターの性能は、従来のプロペラ戦闘機と比べて速度や高空性能が格段に向上した等、様々な面で特徴付けられている。
機体の性能は、全長10.5メートル、全幅11.81メートル、機体重量は無装備状態で約4トン、燃料や弾薬を搭載した場合は7.6トンとなっている。
同じ陸軍航空隊に属しているP-51と比較すると、サイズは若干大きいぐらいだが、重量自体はP-51よりも幾分重く、重戦闘機であるP-47と遜色ない重さだ。
この重い機体を、アリソン社製のJ33-A-35ターボジェットエンジンが動かし、その最大速力は970キロにも上る。

機体の外観は流線形を多用した事もあり、全体的にスッキリと引き絞られたような形をしている。
F6FやP-47等の武骨なフォルムが、米軍機のイメージとして浮かびやすいとされているが、P-80はどことなく、P-51のような優美さを連想させる
姿となっている。
この機体に搭載される武装は、12.7ミリ機銃が機首に6丁集中配備されており、機銃を発射する時は敵に対して、点を穿つような格好になるため、
射撃スタイルはP-38を思わせる形となっている。
この他にも、外装として1トンまでの爆弾、またはロケット弾が10発、あるいは12発搭載でき、地上攻撃にも対応できるよう設計されている。
P-80の性能はまさに、新時代の戦闘機と言っても過言ではない物であるが、P-80もまた、新兵器に付き物である各種の不具合に悩まされている。
特に、P-80を最も特徴付けているアリソン社製のターボジェットエンジンは故障が多く、配備直前までは四苦八苦しながら問題解決に当たっていた。

454ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:20:37 ID:m8U/qgi.0
551FG(戦闘航空群)を束ねるボング中佐も、テストパイロットとしてP-80を操縦中にエンジントラブルに見舞われ、九死に一生を得たほどだ。
とはいえ、前線部隊に配備後は、ターボジェットエンジンの不具合も改善されつつあり、稼働率は高いレベルを維持し続けている。
今回は初の実戦参加という事もあって、整備員達の努力の甲斐もあり、全機が戦場に向けて出撃できた。

アメリカ陸軍航空隊の期待を背負って出撃したP-80は、その期待に応えるべく、圧倒的な速度差を活かしてシホールアンル軍のワイバーンを
次々と撃墜したのである。

ボングは次の目標を、編隊の最後尾を行く3機編隊に定めた。

「敵はワイバーンの他に、ケルフェラクも引き連れていたか」

彼は幾分、苦みの混じった口調で呟く。
前線でP-38に乗っていた時は、ワイバーンよりもケルフェラクの方に何度も煮え湯を飲まされていた。
一撃離脱戦法をメインとするP-38は、ワイバーンを襲った後にそのまま急降下してしまえば、敵は追いつけずに諦めていくので楽だった。
だが、ケルフェラクは機体自体の性能もよく、頑丈であるため、一度離脱に掛かろうとしても追い縋ってくるのだ。
急降下性能も優秀なケルフェラクは、P-38に追いつく事も多々あるため、逃げ切れずに光弾を浴びせられ、撃墜された機は多い。
ボングも過去に、ケルフェラクとの空戦中に死にかけた事があるため、ケルフェラクに対する敵愾心は強かった。

「次の目標は、2時方向上方にいるケルフェラクだ。ついて来い!」

ボングは、僚機にそう命じると、増速してケルフェラクに向かった。
エンジンの出力が再び上がり、甲高い金属音が唸りをあげてスピードが増していく。
ケルフェラクとの距離は急速に縮まり、距離500で機銃の発射を行おうとした。
だが、ケルフェラクはP-80の接近に気付き、すぐさま散会して狙いを外した。

「チッ!勘のいい奴だ!」

ボングを舌打ちしつつ、ケルフェラクの下方を通過した。
ケルフェラクは、背後を見せたP-80に光弾を放ってきたが、コクピットからは、右側に大きく光弾が外れていくのが見えた。
P-80は800キロ以上の猛速で離脱していたため、狙いがつけ辛かったのだろう。
ボングはスピードを落とさぬまま、左旋回しながら次の射撃の機会を待つ。

455ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:21:51 ID:m8U/qgi.0
従来機と比べて、速度が速い分、旋回半径は大きい。
速度が速く、旋回性能も悪いとされるP-38ですら、P-80のように大回りする事はない。
だが、スピードが付いている為か、旋回を始めて回り切るまでの時間は思いのほか早かった。
ケルフェラクの方を見ると、ケルフェラクもまた旋回して背後を取ろうとしているのが見える。

「上昇するぞ!」

ボングは僚機に指示を飛ばすと同時に、愛機を猛スピードで上昇させた。
エンジン出力を最大にしたP-80は、900キロ以上の猛速で大空を駆け上がっていく。
高度計は5000、6000、7000、8000と、目まぐるしく変化する。
8500で上昇を止め、一旦水平飛行に移った。
ボングは右斜め後方に目を向けるが、目標としたケルフェラクは雲の向こうにいるため、姿を確認できない。

「あっさりと振り切ってしまって申し訳ない限りだ」

彼は愉快そうに呟きつつ、機体を左旋回させ、ついでに降下に入った。
雲を突っ切ると、先程攻撃を加えたケルフェラクが飛行しているのが見えた。
散会したため、1機ずつバラバラに動いている。
ボングは、一番右側を行くケルフェラクに向けて突進した。
高度8000から一気に降下したP-80は、目標までの距離を瞬時に詰めていく。
ケルフェラクは、一度見失ったP-80が左上方に迫っていたことに気付き、慌てて右旋回に入ろうとした。
しかし、その時には、ケルフェラクの未来位置を予測したP-80が射弾を送り込んでいた。
2機のP-80が放った機銃弾は、過たずケルフェラクを撃ち抜き、致命傷を負ってしまった。
ケルフェラクが被弾し、機首から白煙を噴き上げると同時に、P-80は瞬時に下方に飛び去って行く。
まさに、電光石火の如き早業である。

「1機撃墜!やりました!」

僚機の弾んだ声がボングのレシーバーに響いた。

456ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:29:07 ID:m8U/qgi.0
「了解!獲物はまだまだいる。燃料の続く限り攻撃するぞ!」

ボングは快活の良い口調で返しつつ、燃料計に視線を送る。
燃料は7割ほど残っていた。
P-80は、燃料消費がプロペラ機と比べて激しい。
航続距離は1900キロ程となっているのだが、空戦ともなると、ターボジェットエンジンは燃料をぐいぐいと消費してしまうため
実際の航続性能はカタログスペックよりも短い。
今のまま空戦を続けていれば、あと10分ほどで燃料は半分以下になってしまうだろう。
しかし、現在地は基地より200マイル(320キロ)しか離れていないため、余裕が無い訳ではない。

(まだまだやれる……)

ボングはそう確信し、次の獲物に向かうべく、愛機を増速させた。



ネヴォイド大尉は、唐突に表れた未知の戦闘機を見るなり、思考が完全に停止してしまった。

「な……何だ、あの早さは!?」

突然現れた6機の新手は、高空から飛行機雲を引いて悠々と飛んでいると思いきや、見た事のない猛スピードで空を駆け下り、
あっという間に2騎のワイバーンを撃墜したのだ。
P-51との戦闘で7騎に減っていた第1中隊のワイバーンは、この短い攻撃で更に2騎を失ってしまった。
別のワイバーンが下降して追い縋ろうとしたが、その頃には、未知の敵機は遥か下方にまで下ってしまい、追撃すらできなかった。
それに加え、未知の新型機は今までに聞いた事のない音を轟かせている。
遠雷の如き轟音に誰もが度肝を抜かされた。

「早い、早すぎる……!それに、なんて爆音だ!」

ネヴォイドは敵の非常識とも思える早さと、耳の奥に捻じ込まれるような強烈な爆音に、自分が夢を見ているのではないかと疑った。
しかし、部下の報告を聞くと、彼は、今の光景が夢ではないと確信する。

457ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:30:12 ID:m8U/qgi.0
「隊長!あの敵機の速度が速すぎます……あ、今度は下から来ます!こっちに来ます!!」
「迎撃しろ!体を敵に向けるんだ!」

ネヴォイドはすかさず指示を飛ばし、狙われている部下の小隊に迎撃するように伝える。

部下の率いる3騎のワイバーンは、急ターンで敵機に正面を向けるが、その直後に敵機から機銃弾が飛んできた。
ワイバーンは光弾を放つ直前に、敵に先手を打たれたのだ。
ワイバーンもまた光弾を放ったが、直後に小隊長騎が被弾し、次に3番騎も被弾する。
正面から竜騎士共々、致命傷を受けた2騎のワイバーンは、頭を下に高度を下げ始めるが、そこを敵機が猛速ですれ違っていく。
まるで、銀色の巨大な剣が、2騎のワイバーンに斬撃を与えたような光景であった。

「ああああ……なんて事だ……!」

ネヴォイドは、部下のあっけない死に様を見て、声を震わせる。
そして、悲報はさらに続く。

「あぐ……やられた……!誰か、第1中隊の指揮を……!」

魔法通信に悲鳴じみた甲高い声が鳴り響く。
未知の新型機は、あの6機以外にもいたのだ。

(第1、第2中隊はマスタングに加え、12機もの未知の新型機に襲われている!)

この瞬間、ネヴォイドは決断した。

「これより、このネヴォイド大尉が第1中隊の指揮を執る!第1、第2中隊はこれより撤退し、戦場を離脱する!第3、第4中隊も順次
空戦域より撤退されたし!」

458ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:31:43 ID:m8U/qgi.0
午前9時20分 ドムスクル近郊上空

ドムスクルへの銃爆撃を終えた601BGは、編隊を組み直しながら帰還の途についていた。

「味方機が上空を通過中。帰還する模様です」

コ・パイのジョントゥル中尉がヘンリー少佐にそう伝える。
上空を見つめると、高度7000で編隊を組んだP-80が南に向かっている様子が見て取れた。

「帰りも慌ただしい連中だな」
「しかし、P-80の参戦には驚きましたな。奴さん、まるで水を得た魚のように敵を落としまくってましたよ」
「初実戦だったから大暴れしたかったんだろう。俺としては、一方的にやられまくるシホット共に、半ば同情してしまったぞ」
「速度差があり過ぎますからね。あんだけ動き回れれば、後手後手になるのは致し方ない事です」

ジョントゥルの言葉に、ヘンリーは無言でうなずいた。

「しかし、あれが新時代の戦闘機の戦い方か……もはや、P-51やP-47も……いや、プロペラ機自体が時代遅れになってしまったな」

彼はそう呟くと同時に、どこか寂しいような思いも感じた。


この日の戦闘で、アメリカ軍は戦闘機、爆撃機合わせて29機の損失を出した。
29機のうち、戦闘機15機、爆撃機8機が空戦で失われ、爆撃機3機が対空砲火に撃墜され、残り3機は基地に帰還後、修復不能として廃棄処分された。

それに対して、シホールアンル側はワイバーン32騎、ケルフェラク12騎を喪失。
このうち、ワイバーン13騎とケルフェラク12騎は、P-80に撃墜されていた。
その一方で、P-80は1機が被弾し他のみで、被撃墜機はおろか、損失機すら無かった。

シホールアンル軍がようやく生み出した余剰戦力を投入して挑んだ航空反撃は、P-80シューティングスターという新型機の登場によって、初日から
大苦戦を強いられる結果となった。

459ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:32:35 ID:m8U/qgi.0
SS投下終了です。今回はちと短めになってしまいました。

460名無し三等陸士@F世界:2019/02/01(金) 23:04:56 ID:Jxa7EpIk0
いつも投稿ありがとうございます!
今回も楽しく拝読致しました
いよいよ航空戦も末期戦状態ですね
落としどころがどうなるかに期待です

ところで>>439でトリップが割れてしまいましたので、新しいのをつけ直されることをおすすめいたします

461 ◆3KN/U8aBAs:2019/02/01(金) 23:18:28 ID:GP..ZAwg0
投稿お疲れ様です!
ジェットが登場して航空機も一気に変革の時ですなあ
40年もするとジェットのみになるんですがね

462名無し三等陸士@F世界:2019/02/02(土) 09:36:11 ID:z3hhesvo0
おおおおおお新作きたあああああああ
まってたああああああ

463名無し三等陸士@F世界:2019/02/02(土) 17:24:17 ID:bGF34tbQ0
なんか予感がして久しぶりに来てみたら新作投下きてた(*'ω'*)更新乙かれさまっす

464HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 19:47:43 ID:/1e016WM0
ヨークタウン氏乙です
貴重な航空戦力を投入した迎撃作戦、予想外の敵の登場で初手より躓く、といった感じでしょうか
しかもこの敵、例によって倍々ゲームじみた勢いで増えるのはほぼ確定
シホールアンル空中騎士団の、そしてシホールアンル帝国の終わりは近い…

ところで良い機会ですのでこちらも久々に外伝投下したいのですが、よろしいでしょうか?

465名無し三等陸士@F世界:2019/02/02(土) 21:07:40 ID:o3rpl5oY0
うおおおおお、今年初の最新話ktkr
ヨークタウンさん、いまさらですが
あけおめことよろ〜!

>>464
期待wktk

466HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 21:52:30 ID:/1e016WM0
では久々に投下行きます(確か前回投下したのは3年か4年前だった)

タイトルは『害虫と呼ばれた男』
それではしばしのお付き合いを…

467HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 21:54:18 ID:/1e016WM0
南大陸 バルランド王国首都オールレイング

南大陸きっての大国であるバルランド王国、その中心であるこの都市は南大陸有数の歓楽街があることでも知られており、そこでは戦時下であるにもかかわらず演劇や音楽といった様々な娯楽や高級な酒と料理が提供されてきた。
さらにアメリカ合衆国がこの世界に召喚され、南大陸諸国と同盟を結んでからは映画やジャズ、バーボンウイスキーといったアメリカから輸入された娯楽や物品がラインナップに加わり、訪れる人々を楽しませている。
そして今夜もまた、歓楽街に幾つもある劇場の一つで多くの人々がそういった娯楽を楽しんでいた。

だが、その楽しい時間は招かざる来客によって破られる。

「全員動くな! 合衆国陸軍憲兵隊だ!」

その叫びとともに店内に雪崩れ込んでくるアメリカ兵たち、誰もが『MP』と印刷された腕章を腕に巻き、銃を手にしている。
表玄関、裏口、その他の様々な出入り口から現れた彼らは劇場のすべての部屋を瞬く間に制圧し、居合わせた人々をその銃口で威圧した。
老いも若きも、男も女も分け隔てはしないその強硬な態度に誰もがおびえ、言葉を失う。

先程の喧騒が嘘のように静まり返る劇場の大広間。その入り口に将校に率いられたMPの一隊が現れると立ち尽くす人々をかき分けて進み、一段高い特等席で先ほどまで高級料理に舌鼓を打っていた一人のアメリカ人客を取り囲んだ。
進み出たまだ歳若い指揮官の中尉が精一杯の威厳を示しつつ、言い放つ。

「ジョゼフ・ホーランドことベンジャミン・シーゲルだな、お前を逮捕する!」

彼の一声に場の緊張が大きく高まる。だが当の本人は席を立つこともなく、整ったその顔に不敵な微笑を浮かべながら目の前の将校を見上げていた。


ベンジャミン・シーゲル、人呼んで"バグジー"(害虫)。
アメリカ合衆国の裏社会を支配する暗黒街の顔役たち、その紳士録に名を連ねるこの男はブルックリンの片隅で貧乏なユダヤ系移民の家庭に生まれ、少年時代から似たような連中と徒党を組んで様々な悪事に手を染めてきた。
窃盗、強盗、殺人、脅迫、密輸、違法賭博……決断の早さと腕っ節、そして度胸のおかげで彼は暗黒街の過酷な生存競争を勝ち抜き、ついには当時の暗黒街の超大物、チャールズ・"ラッキー"・ルチアーノなどと共に暗黒街の顔役の一人に数えられるようになり、かの悪名高い犯罪組織"マーダー・インク"(別名『殺人株式会社』、暗黒街における暗殺ビジネスを一手に担った組織として知られる)の設立にも関与、暗黒街にその名を轟かせることとなる。
だがそんな彼に転機が訪れた、派手にやり過ぎたがゆえに敵が増え過ぎたのだ。彼に恨みを持つ同業者、東部各州の州警察、FBIの捜査官たち。彼らのある者は夜昼となく彼をつけ狙い、またある者は彼を刑務所送りにすべく身辺を嗅ぎまわった。暗黒街の実力者となった彼はこれを恐れることはなかったが、彼の『商売仲間』たちは違った。

468HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 21:55:51 ID:/1e016WM0
「アイツが出来るのはわかるが、さすがにこれはやり過ぎだ」
「では彼を罰するか? それは短慮だと私は思うがね」
「それじゃ理由を付けて奴を厄介払いするのはどうだ? 幸い西海岸っていうおあつらえ向きの土地もある」
「ふむ……悪くないな」

かくして彼は新天地である西海岸のカリフォルニア州へと拠点を移し、そこでも生まれながらの悪党としての才能を存分に発揮して地元のギャングたちを束ね瞬く間に勢力を拡大、己の影響力を様々なところに及ぼすことに成功する(驚くべきことに彼の影響力はハリウッドにまで及んでいた)。
だがそこに降りかかったのが合衆国の異世界召喚という大事件である。

この事件により全米の犯罪組織が多かれ少なかれ打撃を受けたが、その中には彼のブルックリン時代からの旧友にしてルチアーノの腹心でもあるマイヤー・ランスキー(シーゲルと同じユダヤ系で、イタリア系が幅を利かせる暗黒街における彼の数少ない味方)もいた。
フロリダやニューオーリンズに地盤を持つ彼は1930年代後半からキューバで大規模なカジノ事業を営んでいたが、これが失われたことで彼の組織は大打撃をこうむり、ルチアーノ帝国での彼の地位もまた、揺らいでいたのだ。
そんな旧友の元を訪れたシーゲル、開口一番

「俺と一緒に南大陸でカジノを始めようぜ。キューバ同様FBIの連中は手が出せないし、俺が直接乗り込めばあんな野蛮な連中を抱き込むなんて造作も無いさ」

と切り出し、ランスキーを仰天させる。
当然だろう、暗黒街の大物の一人であるシーゲル自らが未知の土地へと乗り込むというのだ。若かりし頃から行動を共にし、相棒の人となり、とりわけ決断の早さとずば抜けた行動力を良く知っていた彼ではあったが、これには流石に驚いた。
だがそんな彼をシーゲルは説得する。

「俺のカリフォルニアでの仕事っぷりは知ってるだろう? それに困ってる親友を見捨てたら最後、俺は孤立無援だ」
「そう心配するなよマイヤー、相手は電気もラジオも知らない連中だぜ? まあ噂じゃ連中の魔法はヤバいシロモノだって話も聞くが、その時は鉛弾にモノを言わせるだけさ」
「ありがとう、持つべきものは友だな。あと頼みがある、俺の留守の間縄張りを見ててくれないかな? 俺の手下だけじゃ正直不安でね。ああそうだ、例のラスベガスの件は俺が帰ってくるまで待ってくれないか? いい考えがあるんだ」

そんなこんなで旧友の協力を取り付けた彼は他の暗黒街の実力者たちに己の南大陸行きを承認させ、当時犯罪組織の影響下にあった港湾労働者組合や彼自身が持つ様々な方面へのコネ、さらには旧友ランスキーの協力も得て巧みに官憲の目を欺き、見事南大陸入りに成功するのであった。

469HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 21:57:21 ID:/1e016WM0
めでたく南大陸入りに成功し、異世界の土地で行動を始めたシーゲルが目をつけたのはバルランド王国であった。これはエルフの国であるミスリアル、獣人の国であるカレアントと違い『人間の国』であり、そしていい具合に『腐って』いたからだ。
彼はまず表向きの身分である貿易商の肩書を用いてこの国の大商人たちと会食を繰り返す一方で怪しげな店にも足繁く通い、表立った商売のみならず『陰商売』つまり売春や賭博、人身売買などの非合法ビジネスに関わる者達の情報を収集する。
店で景気良く金(もちろん『汚い金』である)を使う彼のもとには瞬く間にその手の情報が集まり、程なくして彼はこの国の裏社会の実情を詳細に把握する。
だがその姿は高度に組織化された犯罪組織というものを見慣れた彼にとってあまりにも古臭いものだった。

「なんとまあ……どいつもこいつも人種に民族、身分だの何だので寄り集まってやがる。おまけにしきたりがどうの、伝統がどうのって……こんなオツムにカビが生えた連中を相手にするだけ時間の無駄だな」

アメリカ合衆国の犯罪組織は"パブリック・エネミー"ジョン・ディリンジャーや"スカーフェイス"アル・カポネといったギャングたちが幅を利かせた禁酒法時代以降も犯罪組織同士で、そして彼らの敵である法執行機関――FBI、州警察、そして"アンタッチャブルズ"の別名で知られる財務省酒類取締局――と戦いを繰り広げ、その中で成長と進化を続けてきた。
特にシーゲルと親しい間柄である"ラッキー"ルチアーノに至っては犯罪を純粋にビジネスとして捉え、優秀な人材であれば生まれや人種に囚われず取り立てて己の組織を全米有数の犯罪組織に成長させ、その力を背景に全米の犯罪組織をまとめ上げている。
それを目の当たりにしてきたシーゲルから見れば、南大陸の犯罪組織の有り様はあまりにも古色蒼然としたものだった。
だが、そんな彼の目に留まったものがある。

「『兄弟団』ね……。生まれも人種も関係ない、ひとたび兄弟の誓いを交わせば仲間同士、皆で力を合わせて助け合え、か」

それはシホールアンル帝国の一連の侵略戦争の結果生まれた組織だった。
シホールアンル帝国に征服された様々な土地で日の当たるところを歩けない稼業を営んでた人々、その中でもとりわけ若い世代の連中の中で自然発生的に生まれた組織の連合体。巨大ではあるが自衛のために全体を束ねる特定の指導者を持たない形態をとっていたが故に『頭のない怪物』と呼ばれていた存在。
彼らはかの悪名高い帝国内務省の密偵――またの名を『ジェクラの飼い犬』、あるいは『陰険男の手先』――と暗闘を繰り広げつつ帝国内務省の働きにより既存の『裏稼業』の多くが壊滅した北大陸において勢力を拡大。ついにはここ南大陸にもじわじわと力を及ぼしてきていた。

470HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 21:58:34 ID:/1e016WM0
「頭のない怪物、とは上手く名づけたもんだ。しっかししち面倒くさいことやってるもんだが、ナチの秘密警察みたいな連中がのさばってる土地じゃそっちの方が何かと都合がいいってことなんだろうな」

興味と苦々しさが半々のつぶやき、後者はユダヤ系であるが故のものだ。事実彼のナチ嫌いは相当なものであり、ナチ高官の暗殺を目論んだことすらある。
その時の記憶を反芻する彼の脳裏で二つの『帝国』を称する国、シホールアンルとナチス・ドイツが重ねあわされ、ゆっくりとイコールで結び付けられていった。

「よし……こいつに決めた。こいつらなら当てにできる」


そして一月後、彼はついにバルランド国内における『兄弟団』最大の勢力と接触することに成功する。
『オールレイング兄弟団』(兄弟団はマフィアと違い組織の名にボスの名を冠さない、これも組織防衛の一環である)。首都の半ばと周辺一帯を勢力化に収めている彼らは誕生してから数年しか経ってない新興勢力ではあったが、有能な指導者と命知らずの部下に恵まれたため旧来の勢力を次々と駆逐し急成長、今やバルランド王国の裏社会においていっぱしの存在となっていた。

そんな連中と接触するため少なからぬ資金をばら撒き、手間暇をかけて『つなぎ』を付けることに成功したシーゲル。だが彼の苦労はまだ終わらない。
実際接触出来たからといってすんなりボスに会える筈もなく、さらに数週間かけて彼らの信用を得るべくあれこれと動き回り、様々な手管を弄する。
世辞を振り撒き、時には脅す。金品の類で相手の歓心を買う。もちろん情報収集の手は片時も休めない。
その甲斐あってついにシーゲルはオールレイングの歓楽街の一角にある料理屋(もちろんただの料理屋ではない、『筋者御用達』の店である)にてかの組織のリーダー、ラティ・ベルフェスと初めて対面する。

「へぇ、アメリカの商人さん、ねえ……俺たち相手に何を商おうっていうんだい?」

開口一番そう言い放つと口を閉じ、今度は値踏みするような視線でシーゲルを射竦めるベルフェス。若々しさを漲らせた青い両目は瞬かず、ぴたりと彼に狙いを付けている。
シーゲルに負けず劣らず整った顔立ち、だがその顔に先程まで浮かべていた笑みは欠片も見て取れない。
無論そんな態度に怯むシーゲルではない。余裕たっぷりの態度で卓上のグラスに手を伸ばし、気取った手つきでそれを手にする。そのままゆっくりとグラスを弄び、時折口元に近づけては中の果実酒の香りを愉しむとおもむろに口を開く。

「あんたがたが欲しいもの、さね。商人ってのはそういうものさ」
「そうかい、じゃあ注文だ。まずはあんたの本当の名前と正体を頼むぜ」

471HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 21:59:48 ID:/1e016WM0
出会い頭に顔面目掛けての全力ストレート、とでも表現すべき発言、あるいは『お前のチンケな誤魔化しなぞとっくにお見通しだ』という恫喝。
当のシーゲルはそれを敢えていなさず、正面から受け止めた

「ベンジャミン・シーゲル、あんたらの同業者さ」
「……俺たちのシマを奪いにアメリカからわざわざ出張ってきた、ってわけじゃない。だろ?」
「話が早くて助かるぜ」

ほぼ同時に笑みを浮かべる両者。だからといって警戒を解くような真似はしない。今の二人にとってこれはある意味『戦い』なのだ。
心中で相手の意図と人となりを推し量り、言葉という武器で探りを入れ、相手の発言の端々を捕えてはまた推測を巡らせる。旨い料理と酒を愉しみつつ、二人の筋者は静かな戦いを繰り広げた。

(この世界の連中を古臭い田舎者と思ってたが、こんな奴もいるんだな。もしこいつがアメリカにいたなら今頃はいっぱしのギャングになってたに違いない。手強いぞ、こいつ。)
(手下も連れず身一つで他人の縄張りに乗り込んでくる、最初はただの向こう見ずかと思ったがどうやら違ったようだ。度胸といい行動力といい、こいつ相当なものだぞ)

言葉を重ねるうち両者は眼前の相手がどのような人物かを把握し、それまで抱いていた認識を改めた。
油断ならぬ相手、敵に回せばさぞ手ごわいだろう。だがもし味方に出来たなら大きなプラスになる。
二人の男が心中で出した結論は偶然としては出来すぎなほど一致していた。

やがて卓上に並んだ皿があらかた空になり、果実酒の瓶も空っぽになる頃。

「どうやら今夜はお開きだな、ミスター・シーゲル」
「正直飲み足りんし喋り足りんがね。雰囲気はいいし料理は旨い、実にいい店なんだが」

ベルフェスの問いかけに笑みを浮かべて返答するシーゲル。その一言に得たりとばかりにベルフェスは話を持ちかける。

「じゃあ次回は俺があんたを招待するってのはどうかな? ミスター・シーゲル」

探るような、値踏みするような視線。だが当のシーゲルは破顔一笑、まるで旧来の友人からの申し出でも受けるかのような態度でそれに応えた。

「いいねぇ、あんたのような『大物』のもてなしなら大歓迎さ。俺の宿は知ってるんだろう? 用意が出来たらあんたの所の若い衆でも寄越してくれよ。楽しみにしてるぜ」

かくして異世界の同業者からの招待を受けたシーゲル。冷静に考えればまともな判断とは到底言えない行為だろう。
友人や部下であっても全幅の信頼を置くな、本当に信じられるのは己だけ。それが暗黒街に生きる者たちの暗黙の、そして絶対のルールなのだ。ましてや一度会っただけの相手の招待を受け、身一つで相手の根城に赴く。明らかな自殺行為であった。
だが彼は怯まない。
これこそ、最大のチャンス。これをものにすることが出来れば『勝てる』。ブルックリンの路上で悪事を重ねていた頃からの経験に培われた勘がそう告げていた。

472HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 22:00:51 ID:/1e016WM0
そして十日後、オールレイング郊外にある邸宅の一つにシーゲルの姿があった。
この世界の建築様式で建てられた広壮な屋敷、ただし巡らされた塀は高く、敷地のそこここには武器を携えた屈強な男たちの姿が見て取れる。建物の出来といい警備の厳重さといい、この国の貴族たちの屋敷に備わってるそれと比較しても遜色ない。
その屋敷の中でシーゲルはベルフェスと共に様々なものを娯しんだ。
広々としたテーブルに上に並べられた豪勢な料理、傍らには選りすぐりの美人が美酒の瓶を携え、合図ひとつで手にした器に酌をする。
部屋の一隅では楽団がこの世界の音楽を奏で、臨時に設えられた舞台の上では煌びやかな衣装を纏った若い娘たちが音楽に合わせて踊り、歌う。
彼が仲間たちや『同業者』と何度も楽しんだパーティーとはいささか毛色が違ったが、シーゲルはこの場の様々なものを楽しみ、同時に他の列席者をそれとなく観察し、時にはバルコニーから広々とした庭を眺めたりもした。

(人一人もてなすのにこれだけのものを用意するとは、はったり混じりだとしても大したもんだぜ。だが本番はこれからだろうな。さて、何が出る?)

程なくして彼の予想は的中する。ベルフェスの合図と共に楽団が、女たちが次々に部屋を去り、入れ替わりに入ってきた召使たちが無言で酒や料理を片付け、立ち去る。部屋に残ったのは主人であるベルフェスとその取り巻きたち、そして唯一の客人であるシーゲルだけだ。
静けさを取り戻した室内、料理が片付けられたテーブルの一端に据えられた立派な拵えの椅子にベルフェスが腰を下ろすのをきっかけに一部の男たちが次々に着座し始める。他の者は壁際に退き、整列して命令を待つ兵士のように控えた。
シーゲルもまた着席を勧められ、ちょうどベルフェスと向かい合う位置に席を占める。

「では"ビジネス"の話と行こうじゃないか、ミスター・シーゲル。それとも"バグジー"って二つ名の方がいいのかな?」
「…………そう呼んでいいのは俺と本当に親しいごく一部の者だけだ。そこまで調べ上げたのなら当然知ってるだろう?」

低い、ドスをきかせた声、だが当のベルフェスは怯んだ様子など毛ほども見せず、逆に思い切った提案をする。

「俺はあんたとそういう間柄になりたいんだが、駄目かい?」
「…………」

ある意味不躾な質問に沈黙で応えるシーゲル。ただし相手を観察し続けるのは止めてない。

(手間隙かけて俺のことを調べ上げた上にこの言葉、ずいぶんと高く買われたもんだな。まあこの国の裏社会を牛耳るための後ろ盾が欲しい、そんなところか)

いや、違う、こいつはそんな奴じゃない、その程度で満足する男じゃない。目を見れば分かる。
こいつはもっとデカいことを企んでる、それに俺を引っ張り込むつもりだ。

シーゲルの予想は当たっていた。

473HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 22:02:30 ID:/1e016WM0
「なああんた、この国のことどう思う?」
「……身内じゃなくよそ者の俺の意見が聞きたいって事か。そうさな……」

問われるままにバルランド王国についての意見を述べるシーゲル。相手の意図を掴みきれていないため慎重に言葉を選びつつ話すのだが、その内容はかなり辛い。
貴族たちの腐敗、軍隊の後進性、硬直した社会体制ゆえ活用されてない有能な人材……この国を心から愛する者なら時に同意し、時には激怒するような内容だ。
だが当のベルフェスは彼の話を熱心に聞き、同席する男たちも黙って耳を傾ける。

「……まあ、俺が言えるのはこれくらいだな」

漸く喋り終えると背もたれに体を預け、大きく息をつくシーゲル。相変わらず警戒は解いてない。一方ベルフェスを初めとする他の男たちは口を開くことなく、ただ両の目でシーゲルを注視し続けていた。
重い、重い沈黙。だがそれをこの館の主人の一声が破る。

「貴重な意見、感謝するぜ、ミスター・シーゲル。礼といっては何だが、こいつを見てくれ……おいウェイネル、『アイツ』を持ってこい。両方ともだ」

ベルフェスの声に応じて壁際に立っていた男たちの一人が動く。
無言で部屋の奥にあるドアから出て行ったその男の方をちらりと見遣り、もの問いたげな顔のシーゲルに目配せをするベルフェス。やがて屈強な男が二人、それぞれ大きな木箱を抱えて部屋に入ってくる。最後に先ほどウェイネルと呼ばれた男が入ってくるとドアを閉じ。運び込まれた木箱を無言で開けるとその中身をベルフェスへと手渡す。

「こいつは俺の『兄弟たち』が手に入れてきた戦利品だよ。あんたにゃ見慣れたシロモノだろうが、まあ見てくれ」
「ほぉ……こいつぁ」

渡されたものを手に席を立ち、シーゲルの側へと歩み寄るベルフェス。
彼の手にあるのは彼がかつて幾度も目にし、また愛用もしたトンプソン・サブマシンガン、それも今のアメリカ軍で使用されている大量生産向けに簡略化されたM1ではなく、手の込んだ造りで知られるM1928だった。
だが、このようなものを彼はこれまで目にしたことがなかった。

フォアグリップとピストルグリップ、ショルダーストックは焦げ茶色の見たこともない木材で作られ、滑り止めのためのきめ細かなチェッカリングが刻まれている。一方銃身や機関部、弾倉といった金属部分は鈍い銀色に輝いており、所々に赤や青の宝石がはめ込まれていた。
手渡された銃の美しさに思わず感嘆のため息を漏らすシーゲル、だがベルフェスは顔をしかめ、吐き捨てるような口調で話し続ける。

「この国の貴族様の中にゃわざわざこんなシロモノを拵えさせて喜んでるバカもいるのさ。そして仲間内で集まってやくたいもない的当てごっこをやっては喜んでやがる。全くろくでもない奴らだよ」

474HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 22:03:27 ID:/1e016WM0
言い終えると同意を求めるような視線を向けるベルフェス。そんな彼にシーゲルはわかってるよ、と言いたげな表情を作って応じる。
再び降りた沈黙、それをベルフェスが破る。今度はことさらに明るい声で喋りつつ、部下がもう一つの木箱から取り出したものをシーゲルへと見せた。

「今度はこっちを見てくれ。俺たちのとっておきの武器でね、こいつらがあったからこそ今の俺たちがあるのさ」

こちらの銃は無骨で実用一点張り、しかもかなり荒い造りだった。短めの銃身は幾つも穴の空いた被筒で覆われ、そのすぐ後ろの機関部からは四角い弾倉が下向きに突き出し、さらにその後ろには引き金とピストルグリップが配置されている。一方機関部上部には大きめの排莢孔があり、そこから指掛け穴を開けられた遊底が見て取れた。無骨な機関部の後尾には簡素な造りの金属製銃床が蝶番を介して取り付けられている。
どうやら高価なM1の代わりに配備が進められつつあるM3サブマシンガンを独自に改造したもののようだが、使い勝手より生産性を重視したオリジナルと比べて細かなところに改善点が見て取れた。

「俺の『兄弟たち』が拵えたシロモノさ。貴族さまのお高いおもちゃにゃ見てくれでは勝てねえが、あいつ一挺拵える時にかかる金と手間でこいつがざっと十挺は揃えられる計算だ」

そう言って手にした銃を壁際にいる男たちの一人に抛るベルフェス。その男は危なげなく銃を掴みとると手慣れた様子で銃床を伸ばして射撃姿勢を取り、遠くの的を狙い撃つ仕草をしてみせた。

「あんたらの国ではこいつを"シカゴ・タイプライター"って呼ぶそうだが、それに倣えばあの銃はさしずめ"バルランド・タイプライター"ってとこだな」

ことさらに冗談めかした口調、だが彼の青い両目は笑っていない。

「この国は腐ってる。ろくでもない貴族共がのさばって、政治に戦争、その他諸々の事に毎度毎度口出しをしてやがるんだ。そのせいでこの国は滅びる一歩手前まで行ったんだぜ。あんたたちの国がこの世界に召喚されてなけりゃ今頃この国は滅んでいたさ」

強い口調で祖国のありよう、とりわけ貴族たちを批判するベルフェス。その整った顔には内心の怒りがありありと浮かんでいる。

「だがあんたたちの国は違う。威張り散らす貴族はいないし、やる気と才能さえありゃのし上がれる。俺はあんたの国には行ったことがないが、聞こえてくる噂を話半分に聞いてもほんとうに素晴らしい国だよ」

今度は笑みを浮かべ、アメリカという国に対する尊敬と憧れを口にする。

475HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 22:04:31 ID:/1e016WM0
両目を輝かせ、熱の籠もった口調で語り続ける相手の姿に内心驚きつつ、外見上は平静を保とうとするシーゲル。だが次の発言にはさしもの彼も度肝を抜かれた。

「だから俺は常々こう思ってるんだ。この国を俺たちの力でアメリカみたいに出来ないか、ってね。そんなところにアメリカ人のあんたがやってきた。俺たちと組んでこの国で一商売するためにね」

思わぬ方向に転がり始めた話題。内心の驚きを押し隠すシーゲルの前でベルフェスは熱弁をふるい続ける。

「俺がこの国の権力を握ったら、まずはあのろくでなし共をまとめて吹き飛ばすね。王様は立派な人だから大統領になって貰って、俺と兄弟たちがこの国を動かすのさ。俺は国務長官兼陸軍長官あたりになって、まずはあんたらと一緒にあのシホットをとっちめてやる……おいみんな、お前らはどの長官がいい?」

ウェイネルのその言葉に室内にいた手下たちが「俺は財務長官だ!」「それじゃ俺は商務長官で」「親分が陸軍長官ならあっしは海軍長官を貰いまさぁ」などと口々に答える。


こいつはバカだ。それもありきたりのバカじゃない、知恵と力を持った桁外れのバカで、おまけに極め付けにいかれてる。
俺もいかれた奴と呼ばれたことが何度もあるが、こいつのいかれっぷりは俺以上なのは間違いない。ああ、間違いない。
こんな奴と付き合った日には命が幾らあっても足りない。が、こいつの行動力は大したものだし、見た感じじゃ独力でかなりの規模の組織を作り上げ、そして維持している。組織の影響力はかなり広い範囲に及んでいそうだし、命知らずの部下もかなりいそうだ。
こいつを上手いこと手懐けてこちら側に抱き込めば、俺の計画は九割方成功したも同然だろう。
ならばこの俺の取るべき道は――


場面は再び劇場、MPたちに制圧され、逃げ出す隙など一切ないその場所でシーゲルは未だ余裕ある態度を崩さない。

「やあやあ皆様方、とっておきのニュースがあるんですが聞きたくありませんかね?それともあっしを問答無用で箱詰めにして本土に送り返しますかね?あっしとしてはどちらでもいいんですが、皆様の経歴に傷が付くんじゃないかとそれがし、ひそかに気にかけているんですがね」

満面の笑みを浮かべ、怪しげなボストン訛りで話しだすシーゲル。話し終えると胸に留めた赤いカーネーションの造花を手に取り、香りを嗅ぐ仕草をしてみせる。自分を取り巻くMPの集団を前にたじろぐどころか観客を前にした舞台俳優のようにきざったらしく振る舞う彼、MPたちの指揮を執っていた中尉の顔がみるみるうちに赤みを帯びる。

「たかがギャング風情が何を偉そうに――」

476HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 22:05:31 ID:/1e016WM0
怒りに任せて怒鳴り散らそうとする中尉、だが彼の声は尻すぼみとなる。MPの列をかき分けていつの間にか現れた数名の将校、その先頭に立つ少佐の階級章をつけた男が彼の肩に手をかけたのだ。その男は予想もしない出来事に驚く彼を押しのけてシーゲルに近づくとその青い目でシーゲルを値踏みするように眺める。

「その『とっておきのニュース』とやらについて詳しく聞かせてもらえないかな、ミスター・シーゲル。君の態度から察するに、それは我々にとって実に有益な情報であると私は推測しているのだが?」

氷のような声。だがシーゲルの笑みはいっそう大きくなった。その笑みを崩さないまま彼は席を立ち、目の前の男に歩み寄る。

「もちろんですとも。あっしはこれでも『愛国者』なんですぜ。ところで勇敢なアメリカ軍の皆様方は売国奴ならともかく、愛国者をとっ捕まえて牢屋に放り込むのがお仕事なんですかい?」
「………………」

『愛国者』という言葉をわざとらしく強調して言うとちらりと中尉に視線を遣り、相手を小馬鹿にするような笑みを浮かべるシーゲル。相手の顔色が視界の隅で彼が胸に留めているカーネーションよりも赤くなるのを見て取ると、視線を再び目の前の男に戻す。
その顔には相手を嘲るような感情はなく、本気の勝負に出ている男特有の真剣さがあった。

無論、彼は何の考えもなしにこんな態度をとったわけではない。
あの邸宅での一時、目の前で途方もないことを言い出したウェイネルに彼は入れ知恵をしたのだ。

「あんたは力ずくでこの国を変えようとしてる。でもそれはあのクソッタレなシホット共と同じことをやらかすってことだぜ」
「あんた、俺のやり方にケチをつけるってのかい?」
「まあそう熱くなりなさんな」

色をなすベルフェスと不穏な態度を示した部下たちを落ち着かせ、話し出すシーゲル。その後のシーゲルの発言を要約すればこうなる。

「力ずくでなくても世の中は変えられるのさ。まずはあんたが持ってる金を元手に真っ当な商売をしてたんまりと稼いで、その金をあちこちにばら撒くのさ。金に汚い貴族様にその日暮らしの貧乏人、そのうちみんな金をばら撒くあんたをありがたがるようになる」

腰を浮かしかけてた男たちが元通りに着座し、彼の言葉に声を傾け始める。

「もちろん金をばら撒くだけじゃないぜ、あんたの『兄弟たち』に頑張ってもらって目障りな奴らの弱みを探りだすんだ。どんな奴にでも秘密にしておきたいことの一つや二つはある。そいつを押さえちまえばもうこっちのもんさ」

わが意を得たりとばかりに次々と頷く男たち、どうやら情報収集の重要性と手に入れた情報の活用法についてはきっちり理解してるようだ。

477HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 22:06:28 ID:/1e016WM0
「時には力ずくで行かなきゃならない時もあるさ、でもそういう時は喧嘩を売られて嫌々受けたって体裁にするんだ。仕掛けてきたのは奴らで、俺達は身を守るために仕方なく戦っただけだってな。で、仕上げに『連中は最後まで戦うのを止めなかったから、結局相手を叩き潰すしかなかった』って一言を付け加えておく。そうすりゃお偉いさんはケチが付けられねえし、あんたに好意的な連中は拍手喝采、あんたをヒーローにまつりあげてくれるぜ」
「まだるっこしいな、そういうのは」
「手順を踏むのは大事だぜ、女を口説く時なんか特にそうだ。要は相手を満足させながら自分の望むように動かすのさ。あんたもやったことがあるだろ?」

口を挟んだ相手にそう切り返すとニヤリと笑い、目くばせをする。
相手が一呼吸遅れて笑みを浮かべるのを見て内心胸をなでおろす。

(やれやれ、こんな思いをしたのは始めてだぜ。異世界ってのはとんでもない奴がいる所なんだな)

そんな内心など知るはずもないベルフェスは再びシーゲルへと向き直り、身を乗り出して今度は頼みごとをする。

「なあ、ミスター・シーゲル、いや、ここは"バグジーの兄貴"って呼ばせてくれ。俺たちにアメリカン・ギャングの流儀ってやつを教えてくれないか? あんたみたいな大物なら、さぞかし凄いことを知ってるんだろ?」
「いいとも、だが無料じゃあないぜ」
「分かってるさ、俺はあんたの『事業』を手伝い、あんたはその見返りに俺たちにギャングの流儀を教える、そうだろ?」
「……契約成立、だな」

手を差し出すシーゲルとその手を両手で握り返すベルフェス。異なる世界のならず者同士が手を取り合った最初の例であった。

その後シーゲルは数日にわたってこの館に逗留しつつ、彼の計画していた『事業』――カジノを中心とした大規模な歓楽街の建設――をベルフェスたちに語る一方で、この国の有力者、特に貴族たちの情報収集を依頼する。
そして瞬く間に集まる情報、その大半は人には話せない趣味や不行跡といったものだが、中には敵国であるシホールアンルに通じていること、現国王に対する反逆を企んでいることを匂わせるようなものすらも存在した。

これこそがシーゲルの言う『とっておきのニュース』の正体であった。

478HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 22:07:30 ID:/1e016WM0
そしてこの劇場の一件から丸一週間後の朝、オールレイング市内にあるシーゲルの宿の前に一台の立派な馬車が停まっていた。
周囲には幾つもの人影、取りまきを連れたベルフェスと旅装を調えたシーゲル。この日彼はオールレイングを発ち、貿易商の『ジョゼフ・ホーランド』としてこの国を去るのだ。

「色々と世話になっちまったな。しかも帰りの足まで用意してくれるとはありがたいぜ」
「大したことじゃないさ、あんたが教えてくれたあれこれのおかげで俺たちはバカをやらずに済んだんだからな」
「いやいや、礼を言うのはこっちさ。あんたの『兄弟たち』が集めてくれた情報がなけりゃ、俺はここにはいなかった」

シーゲルが『とっておきのニュース』として軍関係者に売り込んだバルランド貴族たちの裏情報、それはアメリカという国がこの世界における外交戦で優位に立つために喉から手が出るほど欲していたものでもあった。彼はそれを提供することにより、大手を振って帰国することができる身分を手に入れたのだ(実際はこれに加えて旧友ランスキーの口ぞえ――彼はシホールアンル工作員の国内潜入を警戒する海軍情報部と密かに協力関係を築いていた――もあったのだが、今のシーゲルはそのことを知らない)。

「おかげで面倒な連中に目を付けられちまったけどな」

ため息混じりにそう言うと、通りの向こう側でこれ見よがしに屯してる男たち――民間人を装った軍情報部の連中――を恨めしく睨むベルフェス。
彼らは相当前からシーゲルを秘密裏に監視していたのだが(かの少佐曰く『君の動向はかなり前から掴んでいたのだが、思惑がはっきりするまで泳がせていた。残念ながら思慮の浅い連中のせいでああいった結果になったがな』とのこと)これからは大っぴらな監視に切り替えることでベルフェスたちの行動を掣肘するつもりらしい。
そんな彼をシーゲルは励ます。

「なあに、商売相手が増えたと思えよ。それと遠くないうちに俺の友人が使いを寄越すはずだから、その時は良くしてやってくれ」
「マイヤー・ランスキー、だったな。任せておけよ、お前さんの昔からのダチをがっかりさせるようなことはしないさ」

別れの握手を交わす両者、馬車に乗り込んだシーゲルは名残惜しそうな顔でベルフェスに声をかける。

「それじゃそろそろお別れだ。この戦争が終わったらまた会おうぜ」
「ああ、その時はまた盛大にもてなさせてもらうよ、期待していてくれ」

馬蹄の音と共に馬車が走り出し、通りの角を回る。
こうして再会を約して別れた二人であるが、彼らが再び会うことはなかった。

479HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 22:08:22 ID:/1e016WM0
ラティ・ベルフェスはその後裏稼業で蓄えた資金を元手に合法的な事業を開始、戦争景気の波に上手く乗れたこともあり事業は瞬く間に成長、この結果彼は短期間でバルランドでも有数の金持ちにのし上がる。
続いて彼はその財産の一部で慈善事業を開始、多くの戦災孤児や戦争難民を救済し、更生した裏社会の顔役としてバルランド王国のみならず南大陸各国、さらにアメリカ合衆国にまでその名を知られることとなる。

しかし終戦よりおよそ10ヶ月後、彼は国内に幾つかある別荘の一つにいたところをアメリカ軍の支援を受けたバルランド王国軍の一部隊に包囲され、武器密造と禁制品の密輸、違法賭博の容疑で出頭を命じられるがこれを拒否。その場に居合わせた部下たちと別荘に隠匿していた銃器で抵抗するも射殺される。そして生きて捕らえられた仲間たちの自白と国内各地のアジトから押収された様々な物品と書類などから彼の一味がアメリカの犯罪組織と連携しつつ金と暴力でこの国を裏から牛耳ろうとしていたことが明らかになると、それまでの更生した裏社会の顔役というイメージから一転、稀代の大悪党としてその名を歴史に刻むこととなった。
ただ彼の一味が営んでいた表稼業――貿易商、製造業、そして就職斡旋業――は他人の手に渡り、バルランド王国の近代化において大きな役割を果たしてゆく。
後世の歴史家はこのバルランド近代化の原動力となった存在をこう呼んだ。
ラティ・ベルフェスの遺産(レガシー)、と。

一方ベンジャミン・シーゲルは帰国後、旧友ランスキーと共に以前から計画していたネバダ州でのカジノ事業に着手、暗黒街の同業者たちから集められた資金を手に当時は荒野の中の田舎町であったラスベガスの開発を開始する。莫大な資金を注ぎ込んだことにより開発は順調に進み、ついにはラスベガス初のホテル兼カジノである『フラミンゴ』の開業までこぎつけたシーゲル。
しかし終戦による不況のため膨大な赤字を出したうえ、出資者であるギャング仲間から資金横領の疑いまでかけられる。幸いランスキーの懸命な弁護のお陰で最悪の事態こそ免れるが、以前から低下しつつあった暗黒街での彼の声望は地に落ちた。
それでも彼はラスベガスの開発を諦めず、また『フラミンゴ』も手放すことはなかった。やがて彼の努力により『フラミンゴ』の経営状態は少しずつ好転してきたが、その時には全てが手遅れだった。

終戦一年後、シーゲルはカリフォルニアにある愛人の別荘にいたところを狙撃され、頭部に銃弾を受けて死亡する。彼と対立していた犯罪組織の仕業とも、彼を目障りに感じた軍情報部の仕業とも言われるが、確かなことは今もなおわかっていない。そして彼の死後『フラミンゴ』は他のギャングの手を転々としつつ、所有者たちに利益をもたらし続ける。
これを見た他のギャングたちもラスベガスでのカジノ事業へ次々と参入、ここにシーゲルの夢見たカジノの街ラスベガスは完成する。

ベルフェスの遺産という巨大な事業はバルランドの歴史を大きく推し進め、この世界におけるかの国の地位を大きく高めることとなった。
そしてラスベガス。一人の大物ギャングが荒野の真ん中に作った娯楽の街。その街は彼の死後も発展を続け、この街からギャングが一掃された今もこの世界の人々を魅了し続けている。

『害虫と呼ばれた男』 完

480HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 22:14:59 ID:/1e016WM0
投下終了
当時世界トップクラス、と言ってもおかしくないほど組織化されていたアメリカの犯罪組織
彼らは史実でもアメリカ軍の勝利に陰で貢献していたとか…

あとこの世界のラスベガスにはケモ耳生やした美人カジノディーラーがいるんでしょうなあ…

481名無し三等陸士@F世界:2019/02/02(土) 22:56:06 ID:o3rpl5oY0
更新乙です!
こんな嬉しい日々が起こるとは夢のようだ。と感じてしまうほど
久々な感じです。

あの世界のアメリカにおいての人種問題で亜人達が白人側にとって好意的に受け入れられればいいが
そうすればケモ耳の美人が主体でカジノが稼動してれば満員御礼の毎日でしょうね・・・

ただ、ギャングがあの世界での活動はメキシコ以上にすごいことになりそう。

482名無し三等陸士@F世界:2019/02/03(日) 21:20:09 ID:jHo95bcg0
ヨークタウン氏も外伝氏も投下乙!

ついにジェット戦闘機の到来
P-51より安くて強い!とりあえず5000機発注の化物
しかし朝鮮戦争やらベトナム戦争でジェットの撃墜記録はあるとはいえ
今のシホットにそんな技量が残っているかどうか
オールフェスとリリスティ周囲は情報を聞きたくなさそう
リリスティ「海軍に似たような機体が出たらどうしよう」

483ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/02/03(日) 22:33:42 ID:m8U/qgi.0
皆様レスありがとうございます!

>>460氏 ありがとうございます。修正しないままやってしまいましたが、ご期待に添えられたようで良かったです。

P-80の登場によって、シホールアンル軍の劣勢ぶりが今まで以上に顕在化されたので、本国上層部も頭が痛い限りです。
トリップに関しては、既に対策済みなので大丈夫です。

>>461氏 ありがとうございます!P-80の登場は、戦争の更なる変化をもたらす事になるでしょう。
ひとまず、シホールアンル軍は今後、加速度的に増殖するP-80にあれよこれよとヤられて行く事になります。

>>462-463氏 ありがとうございます!お待たせして申し訳ない限りです。

>>464氏 ありがとうございます。最初の航空反撃は、P-80によって文字通り粉砕された形になりますね。
シホールアンル航空部隊の幕引きは、本国の命運と共に加速度的に迫りつつあります。

そしてSSを拝読いたしましたが、いやぁ……素晴らしいクライムストーリーですね。
アメリカのギャング映画も割と好きな身としては表情に楽しむことが出来ました。
機を掴んで異世界に乗り込むシーゲルと、それに対するベルフェスの息詰まるようでいて、気心の通じる痛快なシーンは
何とも言えないですね!

そして、その最期が切ないようでいて、太く短い人生を全うした彼らの遺産が、後世に有効活用されている点も
またいい物だと感じた次第です。
次回の投稿も首を長くしてお待ちしております!

>>465氏 ありがとうございます!お待たせしました。
こちらこそ、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

>>481氏 ありがとうございます。ようやく更新が果たせて、自分もようやく仕事が出来た気分です。

>>482氏 ありがとうございます。
とりあえず、5000機ポンッと発注するアメリカさんは本当えげつないもんです。

あと、シホールアンル側の技量に関してですが……何とも言えないでしょうなぁ
相当上手くやれば出来るでしょうが、ジェット機を操るアメリカ軍パイロットは、隊長のリチャード・ボング中佐を始めとして
P-38出身の熟練搭乗員多数が機種転換で配置されていますから……無理そうですね(残酷

あと、海軍のジェット戦闘機は、まだ母艦航空隊に配備されておりませんので、リリスティは安心できますね!
なお、47年には初飛行の目途が付いている模様

484ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/02/03(日) 22:38:10 ID:m8U/qgi.0
おっと、少し間違っておりました
米海軍のジェット艦上機ですが、FH-1ファントムの量産型が順次生産され、飛行隊の訓練も
初夏までに完了するため、遅くても夏までには母艦航空隊に配備されるでしょう
残念、リリスティ!

485名無し三等陸士@F世界:2019/02/04(月) 19:58:44 ID:USuBzXpI0
おお、いつの間にか更新されてる!お二人とも投下乙です。
ボング中佐、史実ではテスト飛行中に事故死したけど、この世界では一命を取りとめてたんですね…。
ボング中佐以外にもルーズベルトやキッド提督、それにアーニー・パイルも未だ健在だけど、サリバン兄弟も全員無事生き残ってるのかな?
あとジェット艦載機は配備前に戦争終わりそうですね。
そして外伝氏、転移後の世界でもやっぱり裏社会の人間が色々暗躍してたんですね…。
『兄弟たち』その他異世界の裏社会に目をつけたハリウッドが近い将来異世界版ゴッドファーザーなんかを制作する可能性が微レ存…?

486名無し三等陸士@F世界:2019/02/05(火) 09:09:49 ID:SsL0ljeU0
外伝もよかったなぁ 読み応えありましたわ

487名無し三等陸士@F世界:2019/02/05(火) 19:39:39 ID:Q7pG7f7o0
コンカラーの発動機がジェットエンジンになったらどうなるんだろう〜(棒)

488 ◆3KN/U8aBAs:2019/02/09(土) 23:27:52 ID:GP..ZAwg0
外伝投下おつかれさまです!
犯罪ネタだと温めてるネタがあるんですが
外伝方式で投下してもいいんでしょうか?

489名無し三等陸士@F世界:2019/02/10(日) 01:02:04 ID:m8U/qgi.0
いいと思いますよ

490フェデジオ ◆3KN/U8aBAs:2019/02/22(金) 10:52:55 ID:GP..ZAwg0
コテハンつけることにしました。フェデジオ(フェデラルジオグラフィック)です。

星がはためくときの外伝作品として以下投下いたします。
テーマは「アメリカの本土防衛」

491フェデジオ ◆3KN/U8aBAs:2019/02/22(金) 10:53:25 ID:GP..ZAwg0
海を越えた先の大陸において我が軍は進撃を続けている。
しかし、戦場で勝つことだけが戦争の勝利ではない。

戦場となっていない本土の安全を確保することは、戦場で勝つこと以上に重要なことである。
なぜなら故郷が危険ならば前線の兵士たちは家族のことを考えなければならなくなるし、
なによりも兵士たちが戦いを続けられるのは我々の本土の工業力であるからだ。
敵国のスパイが我が国を混乱に陥れるためにスパイを送り込むかもしれないし、
国内外の犯罪組織が「好まれざるモノ」を本土に送り込むかもしれない。
どうやってこれらの脅威を排除し本土の平穏を維持するのだろうか?
このフィルムでは本土防衛(Homeland Security)を紹介する。

アメリカ大陸(U.S. Continent)は軍や警察をはじめとした連邦・州の様々な政府組織よって守られている。
各組織は連携して大きく4つの防衛線を張っている。空、海、海岸そして内陸である。
それぞれの防衛線は本土防衛という共通の目的のために別々の役割を担っている。

第一線は空を飛ぶ航空機である。これらは主に陸軍と海軍によって行われている。
空中から本土に接近する他国の船を発見し監視することが目的である。
もし目標と接触した場合は、その情報を第二線へ通報し、監視を継続する。

第二線は海上の船である。海軍と沿岸警備隊が担当している。
航空機からの通報または自らが発見した他国船に接近し、その正体を明らかにすることが目的である。
連邦政府の許可を受けている船ならば案内のためエスコ-トとして目的地まで同行する。
許可を受けていない他国の船はアメリカ領海内に入れないため、水兵たちはその場で進路を変更するように伝える。
目標の船がその指示に従わない場合、または不審な動きを行った場合は臨検が行われることもある。
臨検の結果密航や密輸と言った犯罪等が発覚した場合、乗組員は被疑者として拘束され船は証拠品として差し押さえられる。
乗組員と船は取り調べののち、司法による裁定が下されるまでアメリカ本土の安全な施設に留置される。

第三線は港湾での検査である。これは沿岸警備隊・国境警備隊・税関と言った様々な組織がかかわっている。
第一線と第二線ではアメリカの船によって行われる違法行為を発見することはできない。
そのため入港した船舶に対する抜き打ち検査が不定期に実施される。
その中で発覚した犯罪行為には厳重な処分が下されることもある。それは船員に対しても例外ではない。

第四線はFBI・警察による取り締まりである。
これはすでに本土に侵入した物体や人間を厳密な捜査によって探し出し、
客観的な証拠と公正な令状に基づいて取り締まりを行うことで、本土防衛を完全なものとするのである。

各種の政府機関と複数の防衛線により、今日の本土防衛は堅固なものとなっている。
だから、街中で他国の人間や道具を見かけたとしても、通報をしたり不安になる必要もない。
彼らは連邦政府の厳格な審査の結果アメリカに入ることをを許可されたからだ。
我々の健全で秩序だった生活を維持し続けることは、国家の安定をもたらすとともに、
兵士たちが本土の家族を心配する必要をなくし、彼らを戦いだけに集中させることができる。

国家の安定と兵士たちの安心は、戦争の勝利へ今日も貢献するのである。

ニュース映画「Homeland Security」
制作:OWI(Office of War Infomation)

492フェデジオ ◆3KN/U8aBAs:2019/02/22(金) 10:54:50 ID:GP..ZAwg0
投下終了
映画館のニュース映画はそれほど長くないので短めにまとめました。
宣伝映画の独特の言い回しを意識してみましたがどうでしょうか?

493名無し三等陸士@F世界:2019/02/23(土) 21:21:36 ID:ba2Z62z.0
投下乙です
短いけれど独特の言い回し、実にいい感じですね
これを英訳してつべにあるWWⅡの記録映像編集したものに字幕として載せたら本物と勘違いする人が出たりする、かも?

494ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/02/26(火) 23:34:04 ID:6V4KV3Qk0
>>485氏 ありがとうございます。
ボング中佐はP-80のテスト中に亡くなられていますが、この世界ではそれを乗り越えてP-80の初陣を飾る事が出来ましたね。

>サリバン兄弟
彼らに関してですが、残念ながら……3人しか生き残っておりません
乗艦だったジュノーは第1次レビリンイクル沖海戦でシホールアンル軍のケルフェラクに撃沈され、三男と四男が戦死、
長男と五男も瀕死の重傷を負い、後に軍務続行不可と判断されて除隊となり、次男だけが海軍の水兵として軽巡洋艦クリーブランドに
乗艦しております。

>>487氏 今よりも更に早くなりそうです

>>フェデジオ氏 作品投稿お疲れ様であります!
これぞ宣伝!といった内容で良かったですなぁ
実際に見た宣伝動画を見ている良いうな気分でした
この世界では、各所の映画館でニュース映画の一つとして国民に公開されている事でしょうな

495名無し三等陸士@F世界:2019/07/23(火) 18:01:40 ID:WsPbLyg20
B-36で影が薄くなってるけど、B-47 ストラトジェットが今度は実験飛行場でエンジン温めていそうな…
F-86 セイバーを思い出すと、ここでのP-80はどんなデザインなんかな?とか
まぁ、この大戦中にMiG-15をシホットが出してこない限りセイバーは戦後かな。
仮に、MiG-15を飛ばせても、ドイツのMe262みたいにやられそうな…うーん末期

陸だとM46パットンへの更新もしくはM26E2の改造型や本土攻略用のT95もしくはT29見たいなヤベー奴歩兵もスーパー・バズーカ背負い始めたり
朝鮮戦争世代が混ざり始めるのにドイツの技術接収や東西対立がまだ起きてないのでブレイクスルーはどうなるのかな?
米軍の設計したT-44-100みたいなのが頭をよぎりつつ、そろそろ戦車砲弾もAPDS、HESH、HEAT-FSが出てくる頃合いですよね。
本当にキルラルブス可愛そう。
1話から追いついたので長くなりました。

496ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/10/01(火) 00:47:17 ID:Ju5lS.5c0
>>495

遅ればせながら、1話から読んで頂きありがとうございます。
大分長ったらしい誤字脱字だらけのSSを最後まで読まれるとは……根性が凄いです(やめい

P-80のデザインは史実通りのままですね。あと、ジェット戦闘機のような物は、理論はシホールアンルや、
その他列強国などでも確立されたり、実験がすすめられております

>ブレイクスルー
実を言いますと……(検閲

不定期投稿になってしまいましたが、最後までお付き合い頂けると幸いであります。

497外パラサイト:2019/11/02(土) 22:40:26 ID:LZmtvjdU0
最近まったくSSを書いていないのでお詫びのイラスト支援

ttps://www.pixiv.net/artworks/77617583

498名無し三等陸士@F世界:2019/11/04(月) 11:38:06 ID:5jIEUXDU0
したばらが不安定化してるけど、ヨークタウン様の作品が仮に
スレで掲載ができない環境になったらwikiに直接更新してくれるんだろうか?ブログに掲載するんだろうか?

499名無し三等陸士@F世界:2019/11/04(月) 22:44:37 ID:Dj8V2ZTo0
いいぞ外伝もっとやれ

500ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/11/05(火) 00:33:58 ID:Ju5lS.5c0
>>外伝氏 いつもありがとうございます。良い励みになりますね!

>>498氏 したらばが亡くなった場合、wikiに直接更新しようかと思っております

501名無し三等陸士@F世界:2019/11/09(土) 13:23:50 ID:0jp0/UI20
>>500
レスありがとうございます。
シホールアンルよりも早く敗北な予感がまさかあるとはと・・予想外です。
時代の流れですね

>>497
遅くなりましたが外伝乙です!

502ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:48:36 ID:9E2YatiQ0
こんばんは。これよりSSを投稿いたします。

503ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:49:37 ID:9E2YatiQ0
第289話 帝国領総戦線

1486年(1946年)2月3日 午後4時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル

帝都ウェルバンルの空は曇りに覆われていた。
未だに冬のままのウェルバンルは、前日に降り積もった雪があちこちに残っており、晴れない空模様は人口の減少した
ウェルバンルをより一層、殺風景な物にしていた。

「冴えない光景に冴えない戦況、そして、冴えないあたしの心境……いいところが無いわね」

シホールアンル帝国海軍総司令官を務めるリリスティ・モルクンレル元帥は、1月下旬より設置された陸海軍合同司令部のベランダから
首都を一望しながらそう独語する。
彼女がいる陸海軍合同司令部は、陸軍総司令部と海軍総司令部の中間にある5階建ての古い施設を改修して設置されている。
これまで、陸軍総司令官と海軍総司令官が共に協議を行う場合は、いずれかの総司令部に出向いて話し合っていた。
ただ、会談を行う頻度はあまり多くなく、平時は年に3度ほど。戦況がひっ迫し始めた84年から85年でも5度しかなく、大体の作戦案は
陸軍、または海軍内でのみ作成され、組織のトップが頻繁に顔を合わせて作戦のすり合わせ等を行う事は少なかった。
だが、戦況が極度に悪化した現在においては、前線の状況は目まぐるしく変化するため、陸海軍の連絡も密にする必要がある。
そこで、陸軍総司令官のルィキム・エルグマド元帥はリリスティに陸海軍合同司令部設置を提案し、リリスティもこれに快諾した。
この陸海軍合同司令部には、陸軍、海軍双方の総司令部より連絡員のみならず、本総司令部の参謀達も多く配置されており、
来たるべき連合軍地上部隊の大攻勢や、米海軍の活動に即応できる態勢が整えられていた。
また、陸海軍首脳部で協議を行う際は、この合同司令部で話し合う事も決められ、今日は合同司令部設置後、初の陸海軍首脳の協議が
行われる予定であった。

本日の協議では、昨日までの戦況の確認と敵軍の最新情報の公開や、作戦のすり合わせ等が行われる。
だが、海軍側が用意した情報の内容は、非常に厳しい物ばかりである。

「提督。協議前なのに、そんな浮かぬ顔されるのはあまりよろしくない事かと」

背後から肩を落とすリリスティを気遣う部下が、心配そうな言葉を発するが、その口調はややおどけていた。

「この状況で晴れた顔つきで居ろというのかい?魔道参謀ー?」

リリスティは力のこもらぬ声で返しつつ、のっそりとした動きで後ろに振り返った。
総司令部魔道参謀を務めるヴィルリエ・フレギル少将は、地味にだらしない上司を見て苦笑してしまった。

「皇帝陛下がそのお姿を見たらなんと思われるでしょうか……恐らく、激怒して最前線に送られてしまうでしょうな」
「そん時ぁヤツも前線に道連れよ」

ひねくれ気味にそう発するリリスティを見かねたヴィルリエは、微笑みを浮かべて上司の両頬を両手でつまんだ。

「い、いた!何すんの!?」
「まーだ?まーだ目が覚めないの?んじゃこうして」
「ちょちょ、痛い!やめてったら!」

つまんだ皮膚を更に伸ばそうとするヴィルリエの手を、リリスティは強引に離した。

「こんのバカ!上官暴行罪で憲兵隊に突き出すわよ!」
「いやはや、これは失礼をば。それより……目は覚めたみたいね」

504ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:50:17 ID:9E2YatiQ0
ヴィルリエはやれやれと言いたげな態度で、自らの目を指さしながら彼女に言う。

「まぁ……そうだ……ね」

リリスティは両頬をさすりながら、先程まで感じていた眠気が晴れた事に気付く。
彼女は多忙の為、一昨日からロクに睡眠が取れておらず、今や疲労困憊であった。

「眠気のせいでバカな事を口走ってたから、眠気覚ましのおまじないをかけてやったけど、効果はあったみたいね」

ヴィルリエはそう言ってから、気持ちよさげに笑い声をあげる。

「おまじないって……ただ頬をつねっただけじゃん」

リリスティはジト目を浮かべつつ、ぼそりと呟く。
彼女は軽く咳ばらいをしてから、改まった口調でヴィルリエに聞いた。

「さて。そろそろ来るんだね。ヴィル?」
「ええ。陸軍総司令部からエルグマド閣下がこちらに向かわれているとの知らせよ。リリィ、そろそろ会議室に戻らないと」
「言われなくてもそうするよ」

リリスティは凛とした顔つきでそう返し、ヴィルリエの肩を軽く叩きながら会議室に向かい始めた。

午後4時10分になると、合同司令部3階に設けられた会議室にエルグマド元帥とその一行が入室してきた。
席に座っていたリリスティは参謀達と共に立ち上がり、一行を出迎えた。

「お待ちしておりました、エルグマド閣下」
「すまぬの、諸君。ヒーレリ国境線と南部領戦線の対応で手を焼いておってな」

エルグマド元帥はにこやかに笑ってから、海軍側の向かい側に置かれた席まで歩み寄った。
彼はリリスティの真向かいまで歩いてから、軽くうなずく。

「それでは、早速始めるとしようか」

リリスティは無言で頷くと、陸海軍双方の参加者たちはひとまず、席に着いた。

「諸君らもご存知の事であろうが、前線の状況は……加速度的に悪化しておる。まずは、陸海軍双方の状況確認を行う事にする。
手始めに陸軍から最新情報の公開等を行いたいが、よろしいかな?」

エルグマドの問いに、リリスティは無言で頷いた。
彼は左隣に座る参謀長に目配せし、参謀長は小さく頷いてから作戦参謀と共に席を立った。

「総司令官閣下の申されました通り、陸軍部隊は各地で苦戦を余儀なくされております」

陸軍総司令部参謀長を務めるスタヴ・エフェヴィク中将は、壁の前に掛けられていた指示棒を手に取り、壁に貼り付けられた
地図を棒の先で指し始めた。
エフェヴィク中将は昨年8月まで第12飛空艇軍を率いていた歴戦の指揮官である。
元々は陸軍の歩兵畑の軍人であったが、30代中盤からワイバーン部隊の指揮を執り始め、着実に実績を重ねてきている。

505ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:50:55 ID:9E2YatiQ0
昨年7月末のリーシウィルム沖航空戦では、アメリカ海軍の高速機動部隊に対して最後まで戦闘を完遂しなかった事を咎め
られ、8月初旬に第12飛空艇軍司令官を解任され、9月からは北方の第77予備軍の司令官という閑職に回されていた。

エルグマドが陸軍総司令官に任命されてからは、元々、エフェヴィク中将の経験と見識の広さに目を付けていた彼が直々に
任地である北東海岸の基地に赴き、しばしの間帝国の現状と、エルグマド自らが抱く心境を打ち明けた後、

「国家危急存亡の折、陸軍総司令部の参謀連中を束ねられるのは……エフェヴィク。君を置いて他には居ない。是が非でも、首都の
総司令部に赴き、その経験と、君の見識を生かして貰いたい」

と、真剣な眼差しを向けながらエフェヴィクに語り掛けた。

僻地に左遷され、内心腐っていたエフェヴィクは最初、やんわり断ろうとしていたが、陸軍総司令官であるエルグマドに直々に懇請されては
それが出来る筈もなく、1月初旬には後任の司令官と交代し、陸軍総司令部の参謀長として首都ウェルバンルに赴任する事となった。

「特に包囲された南部領付近の攻勢は激しく、包囲下の部隊は後退を続けております。また、帝国本土領においても、敵は適宜攻勢をかけて
おり、我が方は防戦一方です。既に……」

エフェヴィクは帝国のヒーレリ領北西部……いや、“旧帝国領ヒーレリ北西部”の辺りを指示棒の先で撫で回していく。

「ヒーレリ領は帝国領にあらず、帝国軍を撃退した連合軍は国境付近で進撃を止めつつも、戦力の補充と部隊の増援を計りながら、旧ヒーレリ
北西部国境付近からの帝国領侵攻を伺っているおります」

エフェヴィクは更に、指示棒の先で旧ヒーレリ領北西部、西武付近、帝国本土中部、重囲下にある南部領を順番に叩いた。

「陸軍は主に、この4方面において連合軍と交戦していることになります。今のところ、帝国北部に分散していた予備の師団や、急編成の部隊を
順次前線に投入し、または本土西部の部隊を幾つか移動させ、旧ヒーレリ領北西部や西武付近等の戦線に投入する事も計画しておりますが……
如何せん、兵力が足りません」

彼は指示棒の先で、帝国本土領……南部を除く範囲を大きく撫で回した。

「紙面上の兵力だけでも170万しかおりません。そして、実際の兵力は……大甘に見積もってもその8割。7割あれば御の字と言った所です」

エフェヴィクは、棒の先で南部領を叩く。

「この南部領に囚われた150万。そう……失われつつある150万が、本土領にいれば、幾らかは兵力の融通も利きましたが、現状は非常に
厳しく、本土領へ侵攻中、または、進行予定の敵軍兵力は、包囲網を攻撃中の部隊を除いても我が軍より多いと判断しております」

彼は手を休める事なく、指示棒の先を地図の右側……アリューシャン列島へと向けた。

「そして、敵軍はこのアリューシャ列島から、帝国本土東海岸にいつでも地上部隊を投入可能となっております。いわば……帝国軍は実に、
5つの戦線を抱えていると言ってもおかしくないのです」

エフェヴィクはアリューシャ列島のウラナスカ島を棒の先で叩く。

「東海岸戦線においては、特にこの地に展開する敵機動部隊が重要な役割を担っております。昨日も敵空母より発艦した艦載機によって
東海岸の海軍基地、物資集積所のある港が幾つか爆撃されており、この爆撃が集中的に続く場合、東海岸方面からの敵の上陸作戦が実行
される事は確実であると、我々は判断しております」

506ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:51:41 ID:9E2YatiQ0
エフェヴィクはその後も、淡々とした口調で話を続けた。
やがて、エフェヴィクにかわり、作戦参謀のトルスタ・ウェブリク大佐が対応策の説明を始めた。
ウェブリク大佐は、エルグマドが首都に赴任するまでは総司令部作戦副参謀だったが先の空襲で作戦参謀が戦死したため、繰り上げで
作戦参謀を務める事になった。

「次に、これらの敵部隊に対する我が軍の迎撃ですが……参謀長も申しました通り、現状は敵との兵力差はもとより、装備や練度に対しても
敵に大きく劣ります。このため、迎撃作戦の主体は首都防衛を重点とせざるを得ず、首都より遠方の地方に関しては、遅滞戦闘を主体とした
作戦を行うのが現実的かと思われます」

ウェブリク大佐は一同に顔を向ける。
彼は平静さを装っていたが、その口調は重々しかった。

「ただし、その遅滞戦闘ですら、現状では困難と言えます。敵の航空戦力は日増しに増大するばかりか、その質においても、我が方のそれを
遥かに上回っている有様です」

彼はそう言いながら、懐から折り畳まれた紙を一枚取り出し、それを広げて壁に貼り付けた。

「ご存知とは思いますが、これは敵が新たに前線へ投入した新型機です。この新型機の名称は……シューティングスター」

ウェブリク大佐は、簡単ながらも、紙に描かれた新型機に指示棒をあて、そして一同に顔を向ける。

「我が軍が撃墜困難……いや、不可能となっている超高速新型戦闘機であります」

シューティングスターという名を耳にした一同は、ほぼ例外なく表情を曇らせるか、または眉を顰めていた。

昨日、突如として前線に現れたシューティングスターは、ワイバーン隊やケルフェラク隊相手に一方的な戦闘を展開し、
連合軍航空部隊の迎撃に従事していたシホールアンル側は、事前の予想を超える大損害を受けてしまった。
このため、シホールアンル軍は中部地区に展開していたワイバーン隊、飛空艇隊の航空作戦を全て中止。
帝国本土中部地区の制空権は、僅か1日ほどで連合軍に奪われてしまった。

前線部隊より入手した情報によると、シューティングスターはこれまでの常識では考えられぬほどの高速で飛行が可能であり、
推測ながら、その最大速度は400レリンク(800キロ)を軽く超えるとされている。


帝国軍に、400レリンクを出せるワイバーンやケルフェラクは無い。


空中戦で大事なのは、1にも2にも、速度だ。
どれだけ驚異的な機動力を有していようが、戦う相手より遅ければ、常に不利な体勢で戦う事を余儀なくされる。
放たれる弾をかわせば、相手の攻撃は無に帰すが、追いつけなければ、相手の弾切れを待つのみとなってしまう。

実際、シューティングスターに襲われたワイバーン隊やケルフェラク隊の生き残りは、敵があまりにも早すぎる為、
防御一辺倒の戦闘に終始し、背後に回って反撃しようとすれば、敵は高速で瞬時に離脱してしまい、光弾を放つ事すら
かなわなかったという証言が非常に多かった。

「今のところ、シューティングスターの目撃例はこの一件のみとなっており、他戦線では確認できておりません。ですが……」

ウェブリク大佐は若干顔を俯かせつつ、言葉を続ける。

507ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:52:33 ID:9E2YatiQ0
「これまでの経験からして、アメリカ軍はこの新兵器を大量配備しつつある事は明らかと言えるでしょう。マスタング、サンダーボルト、スーパーフォートレス。
これらの兵器も、戦場に顔を見せ始めたと思いきや、半年足らずで大量に配備され、我が方を圧迫しております」
「要するに……帝国本土上空は、そのシューティングスターという超高速飛空艇で埋め尽くされるのも時間の問題、という事か。おぞましい物だ」

腕を組みながら聞いていたエルグマドが、不快気な口調で漏らした。

「シューティングスター……空の脅威も当然ではありますが、海からの脅威にも目を光らせなければいけません」

それまで黙って話を聞いていたリリスティが、重い口を開く。

「昨年の戦闘で、我が方は帝国本土東海岸と南海岸部の制海権を失っています。このため、敵は好き放題に活動しており、3日前にも東海岸に接近した
敵の機動部隊が東海岸の軍事施設を攻撃しています。これと同じことは、南海岸にも起こりえる事で、復旧作業中のリーシウィルムや、まだ無傷の
軍港が敵機動部隊に狙われる可能性があります」

リリスティは内心、決戦に惨敗した事を非常に悔しがっていたが、それを表には出さずに言葉を続けていく。

「今のところ、各軍港に分散配置した、残存の竜母や戦艦といった主力艦艇群はすべて、シュヴィウィルグ運河を通って北海岸に避退、または避退中では
ありますが」

ここで、唐突にドアがノックされる音が室内に響いた。

「失礼します!」
「何事か!?」

入室してきた陸軍の連絡官を見て、ウェブリク大佐が問いかける。

「リーシウィルムの西部軍集団司令部より緊急信であります!」

連絡官は早口でまくし立てるように答える。
それと同時に、海軍の制服を着た連絡官が現れ、足早にヴィルリエのもとに歩み寄った。

「総司令官。シュヴィウィルグから……いや、シュヴィウィルグとリーシウィルム、それから……」

ヴィルリエから小声で報告を聞いたリリスティは、無意識に眉を顰めてしまった。

「本当、敵機動部隊は我が物顔で暴れているわね」
「どうやら、海軍側でも敵機動部隊襲来の報告を受けたようだな?」

聞き耳を立てていたエルグマドが苦笑しながら、リリスティに聞く。

508ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:53:07 ID:9E2YatiQ0
「はい。陸軍と海軍の連絡官は、ほぼ同時に似た報告を受けたようです」


今しがた伝えられた報告によると、現在、帝国領南海岸の4つの拠点……リーシウィルム、シュヴィウィルグ、トリヲストル、カレノスクナの地点に
敵機動部隊から発艦した艦載機が襲来し、攻撃中という物だった。
攻撃は現在も続いている為、被害状況の詳細は分からないが、シュヴィウィルグでは、運河を通って避退しつつあった竜母クリヴェライカと
戦艦ケルグラストが敵艦載機に攻撃され、防戦中という情報も入っている。

「モルクンレル提督は海からの脅威にも目を光らせるべきと言われたが、まさにその通りであるな」
「この一連の攻撃が敵の上陸作戦の前触れであるかは判断できませんが、もし上陸作戦が開始されれば、陸軍の計画も修正を余儀なくされるかと
思われます」

ウェブリクがそう言うと、エルグマドは無言のまま大きく頷いた。

陸軍は、旧ヒーレリ領境付近を除き、本土西部の沿岸部近くに12個師団を配備しており、その内陸部には6個師団。そして、編成を終えたばかりの
新師団が4個師団配備されている。
陸軍の計画では、このうち、半数近くに当たる10個師団を順次本土中部、並びに首都防衛線に近い東部付近に増援として送る手筈となっており、
既に第1陣である歩兵2個師団が鉄道を使って、大きく北から迂回する形で東部戦線に送られつつある。
第2陣である1個歩兵師団と2個石甲師団は3月始めに鉄道輸送される予定で、6月までに10個師団全てを各戦線の前線、またはやや後方に予備部隊
として配置する予定だ。

だが、その計画も、連合軍が帝国西部付近に上陸作戦を開始すれば、自然と狂ってしまう。
これまでの経験からして、連合軍は一度に1個軍(6〜8個師団相当)を上陸させて強引に戦線を形成し、帝国軍を単一の戦線に戦力を集中させずに
複数の正面で戦闘を強要させる傾向にある。

旧ジャスオ領や旧レスタン領、旧ヒーレリ領の戦いはまさにその典型であり、帝国軍は唐突に2正面戦闘を強いられて敗走を続けた。
それと同じ事を実行する可能性は、極めて高いと言えた。

もし、連合軍が西部付近の着上陸作戦を実行すれば、10個師団の他戦線の移動は不可能となり、少なく見積もっても4個師団は残存して敵の上陸に
備えなければならないだろう。

「敵が上陸作戦を伴っているか否かは、ワイバーン隊の洋上偵察を実施すれば明らかになります。それよりも、今後の防戦計画について話を続けていく
べきかと思われますが……陸軍からは続きはありますでしょうか?」

ヴィルリエがそう言うと、エルグマドはそうであったな、と一言発してから、ウェブリク大佐に説明を続けさせた。

509ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:55:46 ID:9E2YatiQ0
1486年(1946年)2月8日 午前7時 ロアルカ島

昨日深夜に護衛任務を終えて、ロアルカ島の軍港に入港した駆逐艦フロイクリは、古ぼけた桟橋の側に艦を係留させ、短い休息を満喫していた。
フロイクリ艦長ルシド・フェヴェンナ中佐は、艦橋に上がるなり、やや遠くに浮かぶ見慣れない船にしばし注目した。

「ほう……珍しい船がいるな」

彼は、航海士官とやり取りをかわしていた副長のロンド・ネルス少佐に声をかけた。

「おはようございます艦長。珍しい船とは、あの木造船の事ですな?」
「ああ。今時は珍しい赤と黒の大きい船体か。どこの国の船だ?」
「最初は自分らも分からんかったんですが、聞いた所によると……イズリィホン将国の船のようです」
「イズリィホンか………戦争ではやたらめったに強いという、あの噂の……」

フェヴェンナはそう言いながら、ふと、イズリィホン船に何らかの異常が起きている事に気が付いた。
綺麗に塗装されたと思しき船体は、あちこちが傷付いており、特に船体後部には何人もの船員が張り付いて修復作業にあたっている。
特に目を引くのが、3本あるマストのうち、真ん中のマストが中ほどから折れてしまい、その上部がそっくり無くなっている事だ。
前、後部のマストには白い帆が畳まれているが、よく見ると、その帆にも小さな穴が開いている事が確認される。

「やたらに傷付いているようだが……」
「ノア・エルカ列島の西方沖で嵐に巻き込まれたそうです。あのイズリィホン船は何とか耐え抜いたとの事ですが、船体の損傷は大きいようですな」
「しかし、メインのマストがあの様では全速力は出せんだろう。あの船の船長は、ここでメインマストの修理をするだろうな」
「魔法石機関の無いイズリィホン船では妥当な判断と言えますね」

2人がその調子で会話を交わしていると、気を利かせた従兵が香茶入りのカップを持ってきてくれた。

「艦長、副長。淹れたての香茶であります」
「おう。気が利くな」

フェヴェンナは従兵に礼の言葉を述べつつ、カップを取って茶を啜った。

「明日の出港は朝の4時だったな」
「はい。僚艦3隻と別の駆逐隊4隻合同で、12隻の輸送艦を本土に護送する予定です。」
「往路は珍しく、一隻の損失も無く辿り着けたが……帰りは何隻残るかな」

フェヴェンナは自嘲めいた口調で、ネルス副長に言うが、副長は無言のまま肩をすくめた。

午前7時 イズリィホン船サルシ号

サルシ号の船頭を務めるヲムホ・ダバウドは、自ら指揮する乗船の状況を眉を顰めながら見回していた。

「イズリィホン水軍随一の大型軍船も、大嵐の前では小舟も同然じゃのう……」

ダバウドはしわくちゃの小烏帽子(略帽のような物)に手を置きながらそう嘆いた。
サルシ号はイズリィホン将国水軍で最新鋭の大型軍船で、全長は30グレル(60メートル)、全幅22メートル(44メートル)で、
排水量は800ラッグ(1200トン)になる。

510ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:56:52 ID:9E2YatiQ0
イズリィホンがこれまでに建造した軍船の中では最大の船だ。
サルシ号は従来の軍船と比べて格段に大型化したにもかかわらず、船の操作性はこれまでの船と比べて向上していると言われている。
この船を建造したのは、イズリィホン内でも有数の規模を誇るオルミ領の造船所で、長年イズリィホンの軍船を建造し続けてきた名門であった。
オルミ国の守護大名はこの船を見るなり、どんな海でも悠々と渡ることが出来ると太鼓判を押し、幕府の中枢もこの船に大きな期待を抱いた。

しかし、自然はこの優秀な軍船を容赦なく振り回し、しまいには無視できぬ損害を与えてしまった。
特に、真ん中の帆棒(マストを表す)を失った事は大きな痛手である。

「早く修復せんと、シホールアンルにいる特使殿を待たせてしまう……ひとまず、ここは……」

ダバウドは髭で覆われた顎を右手でさすりながら、仏頂面で考え事を続ける。
その背後に快活の良い声音がかけられた。

「やあやあ!良い天気だのう!」

声の主はそう言いながらダバウドの両肩を叩いてから、するりと彼の前に歩み出た。

「これは団長殿。相変わらず元気溌剌でございまするな……」
「当たり前だろう!見よ、この見事な晴れ。わしらの前途を示しているとは思わぬか?」

ダバウドが被る烏帽子とは違う、手入れの行き届いた張りのある烏帽子を被る男は、満面の笑みを浮かべながら聞いてきた。

「一昨日は酷い目に遭われたのに。団長殿は相変わらず豪胆なお方ですなぁ」
「これでもオルミ国の守護を任されておる身じゃ。領内の民や国人衆を率いるからには、どんな場に遭うても行く筋は明るい!と、言わねばならぬからの」

オルミ国守護を務める男……ルォードリア・キサスはダバウドにそう言ってから、豪快に笑い声をあげた。

彼は若干28歳にして、キサス家の当主を務めている。
キサス家は数あるイズリィホン武家の中でも強い勢力を誇り、元々は由緒ある家柄から派生した中規模の勢力程度の武家であるのだが、先々代、先代の
キサス家当主が手練手管を用いて中枢に取り入り、先代当主も従軍した乱鎮圧の功がきっかけでイズリィホン国内でも有力な大名として勢力を拡大。
ルォードリアが18歳でキサス家の家督を継ぎ、その4年後、倒幕運動鎮圧の功もあり、キサス家は名実ともに国内で10位内に入る程の領地を
手に入れ、押しも押されぬ有力大名として国中に知られる事となった。
ただ、キサス家の躍進は、長年分家筋として見ていた本家、ルィナクト家の勢力圏を半ば毟り取る格好で行われていたため、ルィナクト家の者達からは
目の敵にされているのが現状だ。

そんな彼の性格は豪放磊落で、新しい物好きという面も持ち合わせている。
また、自分の思うままに物事を進めようとする面もあり、自分勝手な守護様と、陰口をたたく者も少なくない。

その彼が、一国の守護を務めていながら、なぜサルシ号に乗っているのか?

出港前に突如乗船してきた彼に、ダバウドは問いかけたが、キサスは

511ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:57:39 ID:9E2YatiQ0
「これは、わしの領地で作った船じゃ。幕府水軍の所属とは言う物の、造船所の船大工は長年、キサス家が育ててあげてきた。言うなれば、この軍船は
わしの赤子のような物じゃと思う。その赤子を送り出した主が、この旅路に同道するのは至極当然!と、思うのじゃが……違うかの?」

真剣な口調で逆に聞き返していた。
答えに窮したダバウドに、キサスは更に述べる。

「それに、この旅路で何か新しい物が見れると思うのだ。ソルスクェノ殿に再会したい気持ちも強いが……一番の目的は、イズリィホンには無い新しい物を、
この目で見る事じゃ。シホールアンルには、それがある」

それを聞いたダバウドは、なんと自由奔放なお方なのかと、心中で思った。
しかし、辺境といえるこのロアルカ島を見ても、イズリィホンには無い物が多く見受けられる。

特に、帆も貼らずに高速で進むシホールアンル海軍の高速艦艇には度肝を抜かされた。
小型に部類されているシホールアンル駆逐艦でさえ、イズリィホン“最大”の軍船であるダバウド号より大きいのだ。
造船技術だけを取ってみても、イズリィホンとシホールアンルの差は非常に大きいという事がよくわかる一例だ。

「あの戦船を見るだけでも、多くの事を感じることが出来るのう」

キサスは、眼前の駆逐艦に指を差しながらダバウトに言った。

「そう言えば、シホールアンルの代官殿がそろそろ来船される頃でございますな」
「ほう。もうそんな時間であるか」

ダバウドがそう言うと、キサスは昨日の夜半にダバウドを始めとする代表者数名を上陸させ、シホールアンル側に船の修理ができる
ドックと資材があるのか調べさせた事を思い出した。

ダバウドらの報告によると、唐突の来訪にであるにも関わらず、シホールアンル側の対応は紳士的であり、彼らの話を聞いてくれた。
相手側の話では、修理用船渠はちょうど空きがあるのでなんとか手配できるとの回答を得られている。
資材に関してだが、はっきりとした回答は得られなかったものの、夜が明けてから担当士官を船に向かわせ、被害状況を確認したいと言われた。

「噂をすればその姿あり、という奴じゃの」

キサスは、おもむろに左舷側を見た後、ダバウドの肩を叩きながらそう言う。
桟橋から小型艇が離れ、徐々にサルシ号に近付きつつある。

「シホールアンル籍の帆船もちらほら見るが、ああいう小型艇にも帆が付いておらぬとは……不思議な物でございますな」
「うむ。見る物全てがわしらを驚かせてくれる。退屈せんわい」

キサスはどこか満足気な口調でダバウドに返した。

程無くして、小型艇がサルシ号に接舷し、シホールアンル海軍の担当士官が部下2名を引き連れて船内に入ってきた。

キサスとダバウドは第3甲板の乗降口で担当士官らを出迎えた。

512ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:58:47 ID:9E2YatiQ0
「日々ご多忙の中、軍船サルシへの視察にお越し頂き、誠に感謝いたしまする。改めまして、それがしはサルシの船頭を務めまするヲホム・ダバウドと
申します」

ダバウドは恐縮しつつ、恭しい仕草で頭を下げた。

「それがしは、ルォードリア・キサスと申しまする。特使殿の出迎えのため、遠くイズリィホンより馳せ参じました。見ての通り、貴国の船を比べる
べくも無い船ではございますが、不幸にも嵐に見舞われたため、かような事態に立ち至りました。我らは異国の地にて任を終えた同胞を出迎える事が
勤めでありますが、船は傷付き、先行きは怪しい……我が同胞のためにも、ここは友邦国のお歴々のお骨折りを頂きたく、伏して、お願いを申し上げる
所存でございます」

キサスは通りの良い、張りのある声音で担当士官らに願いを申し述べた。

「私はシホールアンル海軍西方辺境隊に所属するヴォリオ・ブレウィンドル少佐と申します。辺境隊司令官よりあなた方の話はお聞きしております。
遠い異国の地に赴任する同胞を想う思いは、私にもよく理解できます。私自身、兄がフリンデルド本土の公使館員として働いております。戦況悪化の折、
あなた方の望んだ通りの支援が出来るかは正直……確約できぬところがあります」

ブレウィンドル少佐は一旦言葉を止め、痩せた面長の顔を右や左に振り向ける。

「しかしながら、出来る限りの事はやらせて頂きます。そのために、まずはこの船の被害状況をこの目で確認させて頂きます」
「おお。心強い限りじゃ……」

キサスは、ブレウィンドル少佐の内に秘めた誠実さを感じた後、無意識のうちに感嘆の言葉を漏らしていた。

「頼みますぞ!ダバウド、お歴々を案内つかまつれ」
「は。これよりはそれがしがご案内仕ります。まずはこちらへ……」

ダバウドは担当士官ら案内すべく、先頭に立って甲板へ上がり始めた。
キサスは彼らの後ろ型を流し見しつつ、そのまま視線をシホールアンル駆逐艦を向けた。

「しかし……何度見ても凄い船じゃが……この国ではあれ程の大船でさえ、小さいというのだ。大きい奴はどれほどのものになる事か……
ここにいるだけでも、わしらの国の伝統や、常識が何であったのか……心の中で揺れ動いてしまうわ。誠に、バサラよのぅ」

彼はそうぼやいてから、高々と笑い声を上げた。

異変は、損傷個所の確認を行っている最中に起きた。

キサスの耳に、遠くからけたたましい警笛のような物が飛び込んできた。

「む……なんじゃこの音は?」

513ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:59:28 ID:9E2YatiQ0
第58任務部隊第1任務群は、午前4時30分にはロアルカ島より南東250マイルの沖合に到達し、午前5時までには第1次攻撃隊130機が
発艦し、ロアルカ島攻撃に向かった。

第1次攻撃隊がロアルカ島に迫ったのは、午前7時を過ぎてからであった。

第1次攻撃隊指揮官兼空母リプライザル攻撃隊指揮官を務めるヨシュア・パターソン中佐は、眼前に広がるノア・エルカ列島の中心拠点である
ロアルカ島を見据えながら、指揮下の各母艦航空隊に向けて、マイク越しに指示を下し始めた。

「攻撃隊指揮官騎より、各隊へ。目標地点に到達、これより攻撃を開始する。リプライザル隊は港湾南側の停泊地、並びに地上施設。ランドルフ隊は島中央部
の停泊地、並びに付近を航行中の艦船。ヴァリー・フォージ隊は港湾北側の停泊地を攻撃せよ!」

パターソン中佐の指示を受けた各隊は、それぞれの目標に向けて行動を開始する。

第1次攻撃隊の内訳は、リプライザルからF8F12機、AD-1A36機。
ランドルフからF8F12機、AD-1A24機。
ヴァリー・フォージからF6F16機、SB2C18機、TBF12機となっている。

出撃前のブリーフィングによると、ロアルカ島の港湾施設は島の中央部に集中しており、大きく3つに分けられると言われている。
また、捕虜から得た情報では、ロアルカ島付近には航空部隊が配備されておらず、対空火器も比較的少ない事が判明している。
このため、同島に向かわせる攻撃隊は護衛機の比率を下げ、攻撃機を多く加える事で、ロアルカ島の敵艦船、並びに、敵施設への攻撃を重点的に
行う事となった。

空母ごとに別れた3つの梯団が別々の動きを見せ始め、更に高度を上げる機体があれば、逆に高度を下げて行く機体もある。
リプライザル隊は真っ先に戦場に到達したため、敵の対空砲火は自然とリプライザル隊に集中する事となった。
敵の迎撃が全くないため、護衛のF8Fが敵の対空砲火を制圧するため、まっしぐらに敵へ突っ込んで行く。
ロアルカ島の大きな入り江には、慌てて出港したと思しき艦艇が多数見受けられ、そのうちの半分から対空砲火が撃ち上げられた。
F8Fは、高射砲弾の炸裂をものともせず、光弾に絡め取られる事もないまま、敵陣に接近して両翼の20ミリ弾を叩き込んだ。
F8Fに狙われたのは、地上の軍事施設の周囲に配置された対空陣地であった。
長方形型の兵舎と思われる5つの施設の周囲には、8個程の対空陣地が置かれており、それらが対空射撃を行うのだが、猛速で飛行する
F8Fの動きに付いていけず、光弾はF8Fの残像を貫くばかりであった。
20ミリ機銃の集中射を受けたある対空陣地が瞬時に沈黙し、それを見たシホールアンル兵は驚愕の表情を見せたあと、半狂乱になりながら防空壕に
飛び込んでいく。
別の対空陣地は果敢に反撃しようと、銃座の指揮官が声を張り上げて指示を飛ばすが、魔道銃を構えた兵士は、F8Fの機首が自分たちに向けられるや、
すぐに魔道銃を放棄してしまった。
指揮官は激怒し、長剣を抜きながら兵士を追いかけようとするが、そこに20ミリ弾がしこたま撃ち込まれ、指揮官は銃座ごと体を粉砕された。
ロアルカ島守備隊の駐屯地上空には、F8Fの機首から発せられる大馬力エンジンが盛んに唸り声を響かせており、それは平和を維持する地に現れた
破壊者そのものの雄叫びと言っても過言ではなかった。

サルシ号の船上から見たそれは、イズリィホン人である彼らから見たら、まるで夢現の中の出来事のように思えていた。
だが……それは夢現の中の出来事ではなかった。

「敵機動部隊だ!」

514ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:00:09 ID:9E2YatiQ0
キサスは、上甲板に上がった瞬間、ブレウィンドル少佐の発した金切り声を耳にしていた。

「敵機動部隊ですと?となると……あれが、シホールアンルが戦っている敵であると。そう申されるのですな?」
「その通りです!しかし、こんな辺境の島にまで奴らが襲撃してくるとは……!」

キサスは、それまで澄ました表情を見せていたブレウィンドル少佐が、明らかに狼狽している事に気付いた。

「これは、視察どころではない!一刻も早く陸地に戻らねば」

ブレウィンドル少佐は目を血走らせながら、慌てて小艇に移乗しようとするが、そこにキサスが待ったをかけた。

「お待ち下され!今陸地に戻るのは危ういのではありませぬか?」

彼は片手を周囲に巡らせた。
キサス号の付近に停泊していた駆逐艦や哨戒艇が大慌てで出港し、広い湾内に展開しようとしている。
今この状況で陸地に戻ろうとしたら、小艇はこれらの艦と衝突する可能性があった。

「た、確かに……」
「今は事が収まるまで、この船に留まられるのが宜しいかと思われますが」

キサスの提案を受けたブレウィンドル少佐は、半ば困惑しながらも、顔を頷かせた。

(この者、生の戦を経験しておらぬな?)

同時に、キサスはブレウィンドル少佐が、前線を経験していない事にも気付き始めた。

「しかし、なぜこの僻地にまで、敵の機動部隊が……」
「ブレウィンドル殿。それがしは疑問に思うたのですが、この地には精強無比と強いと謡われておられる筈のワイバーンが見えぬのですの。
ワイバーンはあれらを迎え撃たぬので?」
「ワイバーン隊は……おりません」

ブレウィンドルは、半ば絶望めいた口調でキサスに答える。

「敵が来ない僻地にワイバーン隊を置いて、ただ遊ばせる訳にはいかんと上層部が判断したのです」
「ううむ……となると、これはしてやられたという事になりますのぅ」

キサスは同情の言葉を述べるが、ブレウィンドルはそれに返答せず、無言のまま拳を握り締めていた。
この間にも、アメリカ軍機の空襲は続いていく。

陸の地上施設に第一弾を投下した米艦載機は、港湾施設や在泊艦船にも襲い掛かる。
キサスは、遠方ながらも、初めて目の当たりにする米軍機の攻撃を食い入るように見つめ続けた。

幾つもの小さな影は、ワイバーンと違って左右の翼を振らないのだが、それでいてワイバーンよりも動きが良いように思える。
特に直進時の速さはこれまでに見たワイバーンや、国の妖族、怪異共のそれと比べ物にならないぐらい早い。

515ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:01:26 ID:9E2YatiQ0
それでいて、小さな影からは聞いた事もない轟音が響き渡り、音だけで敵を殺傷しようとしているのかと思わんばかりだ。

「なんとも耳障りの音じゃ。しかし、よくよく聞いて見ると、これはこれで力強いようにも思えてしまう……」

キサスは、上空に木霊するライトR-3350エンジンや、P&W製R2800エンジンの音に対し、素直な感想を述べた。

アメリカ軍艦載機は、高空から降下して目標を攻撃する機や、超低空から目標に忍び寄ろうとする機、そして、高速で先行して
目標に牽制攻撃を仕掛ける等、役割に応じて目標を襲撃している事が、おぼろげながらもわかり始めた。

これらの攻撃は凄まじく、停泊中の大船はもとより、抜錨して湾内で動き回っていた船ですら、アメリカ軍機の攻撃の前に次々と
討ち取られつつある。
しかし、対する友邦国の軍も決してめげることなく、地上からは絶えず導術兵器の反撃(イズリィホンではそう呼んでいる)を行い、
湾内の艦艇は、国旗と戦闘旗を雄々しくはためかせながら光弾を吐き続けている。
絶対的な劣勢下にありながらも、猛々しく戦う姿は、世界一の強国シホールアンルの意地を表しているかのようだ。

「アメリカ軍とやらの攻撃も恐ろしい物じゃが、それに立ち向かう貴国軍の戦船も負けず劣らず、天晴れなものですな」
「ええ。確かに果敢です。ですが……!」

ブレウィンドルは唐突に言葉を失ってしまった。
今しも、懸命の対空戦闘を続けていた一隻の駆逐艦が、スカイレイダーから放たれた爆弾を全弾回避し、生還の望みを掴んだ筈であったが、
低空から接近してきた別のスカイレイダーの雷撃を受けてしまった。
2機のスカイレイダーは、両翼から2本ずつの魚雷を投下し、計4本の魚雷が駆逐艦の艦体に迫った。
駆逐艦は急転舵で回避を試みたが、全て避ける事は叶わなかった。
駆逐艦の左舷側中央部に1本の巨大な水柱が立ち上がると、駆逐艦は急速に速度を落とし始めた。

「今のはなんじゃ!?あの喧しい飛び物が、海の中に細長い棒状の物体を捨てたはずじゃったが……」
「今のは魚雷という兵器によって行われた対艦攻撃です。私も実際に見るのは初めてではありますが、敵は艦船を撃沈する際に、
飛空艇の腹や、翼の下に魚雷を抱かせ、至近距離まで接近して目標に魚雷を当てに行くのです。その際、魚雷は海中に潜り込み、
目標は海の中にある下腹を、あの棒状の物体によって串刺しされてしまい、そして……中に仕込んだ火薬を爆発させて大打撃を
与えていくと、私はそう聞き及んでおります」
「なんと……となると、魚雷という名の得物は恐ろしい威力を持っておるのですな」

キサスは驚愕の表情を浮かべながら、傾斜を深めていく駆逐艦を見つめ続けた。

(あの戦船の中にもまた、シホールアンルの水士達が大勢乗っておる。船の傾きが異様に早いとなると……)

乗員の多くが死ぬ。それも、短時間の内で……100名単位で……

516ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:02:13 ID:9E2YatiQ0
「次元が……わしらの知る戦とは、何もかもが違い過ぎる。人が討ち取られていく数と、それに立ち至る時の流れまでもが」
「キサス殿の船は、不用意に動かず、このままじっとしておかれた方がよろしいでしょう」
「無論、そのつもりでございまする。ましてや、イズリィホンはこの戦に関しておりますぬからな。戦ともなれば、大旗を掲げて」

その瞬間、キサスは体の動きを止めた。

(旗……わしらの旗は……!)

彼はハッとなり、心中で呟きながらマストに顔を振り向けた。
サルシ号は嵐に見舞われ、メインマストを損傷してしまっている。その際、イズリィホンの国章が描かれた旗も無くしてしまった。
その後、サルシ号はシホールアンル側の警戒艦に不審船として止められた後、臨検させてイズリィホン船籍の船である事を説明した
後に、ロアルカ島への停泊を許されている。
つまり、サルシ号は、一目にイズリィホン船籍の船と識別できない状態にあるのだ。

それは即ち……

「あ……殿ぉ!空から何かが向かって来ますぞ!」

サルシ号が米艦載機に、シホールアンル船籍……つまり、敵艦船として認識される事を意味していた。

空母ヴァリー・フォージから発艦したSB2Cヘルダイバー艦爆16機は、TBFアベンジャー艦攻12機と共に、目標と定めた
港湾地区上空に達していた。

「眼下には桟橋から出港したての大型の輸送艦2隻に……あれは木造の輸送船か。それが1隻。あとは出港して湾内に展開しつつある小型艦3隻。
ちょこまかと動き回る駆逐艦は無視して、輸送艦を狙うか」

ヴァリー・フォージ艦爆隊指揮官であるデニス・ホートン少佐は、自隊の主目標を輸送船3隻に絞る事に決めた。

「デニス!聞こえるか!?そっちは何を狙うんだ?」

唐突に、レシーバー越しに艦攻隊指揮官の声が響く。

「ジェイソンか。こっちは輸送艦を叩く予定だ。そちらの目標はどれだ?」
「こっちは駆逐艦を狙う。何機かはまだ雷撃に不慣れだから、輸送艦を狙わせたいと思っているが」
「ふむ。いいだろう。相手からの反撃は少ない。のんびりと行かせてもらうよ」
「位置的にそっちの方が先だな。いい戦果を期待しているぞ。グッドラック!」

ホートン少佐は同僚の声に苦笑しながら、レシーバーを切った。

(不慣れなクルーがいるのはこっちも同じだな。16機中、8機のクルーは初陣だ。緊張で上手くやれんかもしれんだろうが……
訓練通りにやってくれることを祈るばかりかな)

517ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:02:54 ID:9E2YatiQ0
彼は部下の練度に不安を感じながらも、各機に指示を下し始めた。
第1、第2小隊は輸送艦1、2番艦。第3、第4小隊は木造の輸送艦を目標に定め、各々攻撃を開始した。


サルシ号の上空に、これまた聞いた事のない轟音が鳴り始めた。

「な、なんだこの金切り音は!?」
「あ奴はもののけか!?」

部下の護衛兵が耳を押さえたり、上空に指を向けながら、迫り来るある物を凝視する。
キサスは釣られるように空を見上げた。
サルシ号の右舷上方から、何かが急角度で降下を始めていた。
その姿は最初小さかったが、みるみるうちに大きくなっていく。

「と、殿!あ奴はこっちに落ちてきますぞ!」
「いや!落ちておるのではない!あれが、あの者達のやり方なのじゃ!」

キサスは、先程目撃したシホールアンル艦に対するスカイレイダーの急降下爆撃を思い出し、サルシ号も同じ方法で攻撃を受けているのだと
心中でそう確信していた。

「ヘルダイバーだ!もう助からないぞ!!」

唐突に、傍らのブレウィンドルが叫び声をあげた。

「ヘルダイバー?それがあ奴の名でございまするか!?」

キサスはブレウィンドルに聞き、彼も答えたが、この時には、ヘルダイバーから発する甲高い轟音が地上に鳴り響いていたため、その声を
聞き取ることが出来なかった。

(なんという音じゃ!これでは、何も聴き取れぬ!!)

彼は無意識のうちに両手で耳を塞いでしまった。
だが、ヘルダイバーの発する轟音は、耳を掌で覆っても消える事はなく、むしろ大きくなる始末であった。
キサスは、徐々に機体を大きくするヘルダイバーを睨み付ける。
栄えあるイズィリホン武士団の一棟梁としての矜持が、この未知なる物体から逃れようとする自分をこの場に押し留めていた。
その矜持がいつまで保たれるかを試すかのように、米艦爆はサルシ号に向けて急速に接近していく。
サルシ号には3機の艦爆が向かっており、先頭はサルシ号まで高度2000メートルを切っていた。
キサスは緊張しながらも、ヘルダイバーと呼ばれるもののけの特徴を頭の中にじっくりと刻みつつあった。

(これまでに、妖族や天狗族、鬼族と言った異形とも呼ばれる者どもをわしは目の当たりにしてきたが……これこそ、正真正銘の異形と
言うべきかもしれぬ)

518ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:03:49 ID:9E2YatiQ0
彼は、翼の根元を膨らませながら、急降下して来るヘルダイバーに対してそのような印象を抱いた。
その時、ヘルダイバーの目前に複数の花のような物がが咲いた。


駆逐艦フロイクリは緊急出港を行った後、敵の空襲を受けたが、必死の対空戦闘を甲斐あって損傷は軽微で済んだ。
艦上で対空戦闘の指揮を執っていたフェヴェンナ艦長は、見張り員の報告を聞くなり、ぎょっとなった表情でキサス号の上空に
顔を振り向けた。

「まずいぞ!アメリカ人共はイズィリホン船を爆撃しようとしている!」

フロイクリは今しがた、急回頭で敵の航空雷撃を回避したところだ。
彼は、輸送艦を爆撃して避退しようとする敵機を目標に定めようとしていたが、急遽目標を変更する事にした。

「目標、イズィリホン船上空の敵機!急ぎ撃て!」

フロイクリの4ネルリ(10.28センチ)連装両用砲が右舷側に指向され、6門の主砲が急降下しつつある米艦爆に照準を合わせる。
命令から10秒経過したところで、仰角を上げた連装砲塔が火を噴いた。
高射砲弾はヘルダイバーのやや前方で炸裂し、6つの黒い花がイズィリホン船の上空に咲いた。
ヘルダイバーには砲弾の鋭い破片が突き刺さったはずだが、臆した様子を見せることばく、強引に黒煙を突っ切った。

「魔道銃発射!」

砲術長が号令し、直後にフロイクリの対空魔道銃が射撃を開始する。
右舷に指向できる8丁の魔道銃から放たれた光弾が、ヘルダイバーへの横槍となって注がれていくが、なかなか命中しない。
だが、それがきっかけとなったのか、ヘルダイバーは高度1000メートルを切らぬうちに胴体から爆弾を投下した。

「敵機爆弾投下!」

(くそ!落とせなかったか!)

フェヴェンナは敵を落とせなかった事を悔やんだが、すぐに別の指示を下した。

「2番機を狙え!まだ爆弾を持っているぞ!」

フロイクリの照準は、その後ろを降下する2番機に向けられる。
6門の砲と8丁の魔道銃が矢継ぎ早に射弾を繰り出す。
他の僚艦は対空戦闘を続けるか、被弾して大破状態にあるため、フロイクリ1隻のみの対空砲火では思うような弾幕がはれない。
それでも、フロイクリの対空射撃は一定の効果があった。
長い間戦場を渡り歩いた歴戦艦だけあって、乗員の腕は確かであり、射撃の精度は良好であった。
それに加えて、ヘルダイバーは乗員が未熟な事もあって、1番機と同様、高度1000を切った直後に爆弾投下という、及び腰の攻撃を行わせる
という効果もあった。

「1番機の爆弾が着弾!イズィリホン船の左舷側海面に外れました!」
「3番機、本艦右舷上空より接近!突っ込んできます!」

519ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:04:25 ID:9E2YatiQ0
上空より響き渡るダイブブレーキの轟音に負けじとばかりに、大音声で報告が艦橋に飛び込んできた。

「こっちが狙われたか!」

フェヴェンナは表情を険しくするが、ヘルダイバーの矛先を引き付ける事も出来た。
彼はある種の達成感を感じながら、操艦に集中し続けた。



サルシ号に向かっていた米艦爆の腹から何かが放たれた。

「伏せて!爆弾です!!」

ブレウィンドル少佐が叫び、両手で頭を押さえながら甲板に突っ伏した。
直後に、キサスらもそれに倣って体を伏せた。

頭の上でまた変わった轟音が響き渡り、音だけでサルシ号を潰そうとしているように思えた。
直後、強烈な爆裂音と共に左舷側から猛烈な振動が伝わった。

「ぬ、ぬおぉ!」

キサスは船体に伝わる衝撃に体を転がされ、仰向けの形で体が止まった。
その眼前には、甲高い叫び声を上げながら真一文字に突っ込みつつある米軍機がいた。
先と同様、翼の根本を膨らませながら迫りつつある。
その周囲に黒い花が咲き、更には色鮮やかなつぶてが横合いから吹き荒んでいる。

(あ奴はシホールアンルの戦船から攻撃を受けておるな!)

キサスは、先程までシホールアンル艦の対空戦闘を見学していたため、この機がどこかにいるシホールアンル艦から
対空射撃を受けているのがわかった。
しかし、友邦国海軍の戦船はサルシ号を狙う機を落とすことが出来ぬまま、新たな攻撃を許してしまった。
胴体からまた黒い何かが吐き出された。
そして、両翼から閃光のような物が断続的に見えたと思いきや、礫のような物がサルシ号に降り注ぎ、船体の各所で雨垂れのような異音が鳴り響いた。

米艦爆は機銃を放った後、エンジン音をがなり立てながら、サルシ号の上空50メートルを飛行していった。

黒い物は丸い円となってサルシ号に落下しつつある。
それを見たキサスは、即座に死を覚悟した。

(わしは逝くのか……志半ばにして……)

ならば、その瞬間が来るまで決して目は閉じぬ。

520ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:06:38 ID:9E2YatiQ0
大の字になりながら、迫り来る黒い物体がサルシ号に着弾するまで、キサスは目をつぶらないことにした。
イズィリホン武士の誇りが、彼にそうさせた。

しかし……

黒い物体は、丸い真円から若干細長い棒のように見えた。
その直後、物体はサルシ号の右舷側海面に落下していった。
右舷側から轟音と共に強い振動が伝わり、仰向けとなっていたキサスは、左舷側に転がされてしまった。
背中を左舷側の壁に打ち付けたキサスは、低いうめき声をあげたが、激痛を振り払うように勢いをつけて起き上がった。

「ええい!やりたい放題やりおって!!」

キサスは忌々し気に騒いだ。
更に3機目の爆音が鳴り響いたが、3機目は狙いを変えたのだろう、シホールアンル駆逐艦に向けて突入していった。

「もしや……あの船がわしらを手助けしてくれたのか。ありがたや……」

彼は、対空戦闘を繰り広げながら、回避運動を行う駆逐艦に向けて感謝の言葉を贈った。

「さりながら……状況は未だに良いとは言えぬ。アメリカとやらの軍勢はまたもや、こちらに手を掛けてくるであろう。それを防ぐためには……」

キサスはそう独語しながら、折れたメインマストに目を向ける。
サルシ号には、所属を示す記しが無い。
戦場と化したこの場で、それが致命的であるという事は、今しがた証明されたところだ。
国から掲げてきた記しは、今や海の底である。

(記しはもはや無き物になった。さりながら……あの姿までは、無き物となったわけではない……!)

彼はあることを思いつき、供廻りの衆に指示を下そうとした。
だが……

「おのれぇ!やりおったな!!」
「不埒な輩めら!成敗してくれるわ!!」

キサスが振り向くと、そこには、本格的に武装した部下達が口角泡を飛ばしながら迎撃の準備を整えていた。
船内に一時避難しながらも、爆撃を受けて怒りが爆発し、予め用意されていた弓矢を引っ提げて甲板に上がって来たのだろう。

521ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:07:38 ID:9E2YatiQ0
(いかん!)

キサスは素早く動き、部下たちの前に躍り出た。

「ならん!ならんぞ!!」
「な…殿!?」
「如何なされた!?」

部下達は困惑の表情を浮かべる。

「イズリィホンは、アメリカという国とは戦をしておらん!」
「戦をしておらぬですと!?殿!あ奴らは我らに炸裂弾を投げつけ、一網打尽にしようとしたではありませんか!」
「返り討ちにしてやりましょうぞ!」
「如何にも!不遜な輩は討つべし!」

部下達は興奮のあまり、弓矢を掲げながら周囲を飛行する米軍機に反撃しようとしている。
だが、キサスは供廻り衆の感情に流されてはいなかった。

「この大たわけめが!今しがたの攻撃を見てもわからぬのか!?あんな速さで飛ぶあ奴らに、弓矢で射ても当たりはせぬわ!
それ以前に、わしらが攻撃されたのは、ただの事故じゃ!」

彼は大声で叱責しつつ、メインマストを指差した。

「記しが備わっておれば、あのような攻撃は受けなかったかもしれぬ!」
「あの記しはもはやありません!そのため、敵の攻撃を受けておるのですぞ!」
「だから敵ではないのだ!わしらは、それを示さなければならん!」
「示すですと?旗はとうの昔に失われてしまいましたぞ!」
「うむ。確かに失われておるの。じゃが……」

キサスはニタリと笑みを浮かべると、左手で自らの頭を叩いた。

「ここの中にある記しまでは、失っておらん。そち達もあの模様を覚えておるであろう?」
「た、確かに……」
「殿。もしや、殿は記しを作ると言われるのですか?」
「そうじゃ。作る!材料は船倉の中にあるだろう?とびきり質の良い奴がの」

彼がそう言うと、供廻り衆は仰天してしまった。

「殿!あれは幕府が用意したシホールアンルへの献上品でございますぞ!どれもこれも、イズィリホンでは最高級の品ばかり」
「さりながら、あれはここで使うしかあるまい。白い布に色とりどりの染料。記し作りには持って来いじゃ」
「な、なんと……」

522ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:09:37 ID:9E2YatiQ0
部下達は絶句してしまった。
キサスらは、出港前に幕府よりシホールアンルへの献上品として幾つかの貢ぎ物を渡されていた。
なかでも白い布は、特殊な工程を経て作られた最高級の一品であり、シホールアンル側は数ある献上品の中でも、特にこの高級布を
好んでいた。
シホールアンル首都ウェルバンルにある帝国宮殿内で飾られている絵画の中では、3割ほどがこのイズィリホン製の白布を使用して制作されて
おり、市井においても高い値が付くほどだ。
イズィリホンの下級武士層ではまず手が届かず、有力大名でさえもおいそれと手出しできぬと言われるほど、白布の質は高かった。
キサスは、その献上品を使って記し……国旗を作ろうと言い出したのだ。
部下達が絶句するのも無理からぬことであった。

「なりませぬとは言わせん。さもなければ、ここで粉微塵に打ち砕かれるだけぞ!」

キサスは有無を言わせぬ口調で部下達に言う。
対空砲火の喧騒と、上空を乱舞する米軍機の爆音が常に鳴り響いているため、口から出る声も常に大きい。
心なしか、喉が痛んできたが、キサスはここが耐えどころと確信し、あえて痛みを無視した。

「心配無用!幕府のお歴々が咎めれば、嵐に遭うた時に波にさらわれたと言えば良いわ。さあ!急いでここに持って参れ!早急にじゃ!」
「ぎょ、御意!」

複数の部下が慌てて下に駆け下りていった。
その間、キサスは右舷方向に目を向ける。

シホールアンル駆逐艦は今しがた、米艦爆の急降下爆撃を間一髪のところで回避していた。
そのやや遠方を、複数の小さな点が、ゆっくりと海上に降下していくところに彼は気付く。
横一列に3つならんだ黒い点は、海面からやや離れた上空にまで降下した後、這い寄るかのように進みつつある。
その先には……

(一難去ってまた一難、であるか……!)

「殿!献上品をお持ち致しました!」
「染料は!?」
「こちらに!」

部下達が黒い艶のある箱を持って甲板に上がってきた。
キサスは、部下が持っていた細長い箱をひったくると、中にあった白い布を取り出し、それを甲板に広げた。

523ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:10:22 ID:9E2YatiQ0
ヴァリー・フォージより発艦した12機のTBFアベンジャーのうち、3機は未だに手付かずで残されていた木造の輸送船を的に定め、
高度を下げながら的の右舷側より接近しつつあった。

「高度40メートルまで下げろ!前方の駆逐艦は無視だ。今の状態じゃ当てられん!」

アベンジャー隊第3小隊長のギりー・エメリッヒ中尉は2番機、3番機に指示を送りながら、目標を見据える。
現在、目標までの距離は約6000メートルほど。
輸送船の右舷側2000メートルに展開する駆逐艦は今しがた、ヘルダイバーの爆撃を回避し、対空戦闘を続けながら高速で直進に移っている。
本音を言うと、エメリッヒ中尉はあの駆逐艦を攻撃したかったが、彼が率いる小隊は、2番機、3番機のクルーが初陣であるため、高速で動き
回る駆逐艦に魚雷を当てるのは難しいだろうと考えた。
そこで、彼は当てるのが難しい駆逐艦よりも、停泊している輸送船を雷撃して、確実に戦果を挙げる事にした。
攻撃が命中すれば、初陣のクルーも自信を付けるであろう。

「敵の木造輸送艦まであと5000!各機、雷撃準備!」

エメリッヒ中尉は無線で指示を下しつつ、胴体の爆弾倉をあける。
胴体下面の外板が左右に別れ、その内部に格納されている航空魚雷が姿を現す。
母艦航空隊の必需品の一つであるMk13魚雷だ。

「駆逐艦が対空砲火を撃ち上げているが、気にするな!1隻のみの射撃では、アベンジャーは容易く落ちん!」

エメリッヒ中尉は無線機越しに2番機、3番機のクルーらを勇気づける。

「2番機が若干フラフラしています!」

エメリッヒ機の無線手が報告してきた。
現在は高度40メートルだが、新米パイロットにとってはきつい高度だ。
緊張で操縦桿を握る手に力が入り過ぎているのだろう。

「2番機!力み過ぎるな!機体がフラフラしていたら、当たるものも当たらん!落ち着いて操縦しろ!」
「了解!」

彼は喝を入れながら、目標を見据え続ける。

524ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:11:15 ID:9E2YatiQ0
駆逐艦は高射砲弾を連射し、編隊の周囲で断続的に砲弾が炸裂する。
時折、近くで黒煙が沸いて破片が当たる音がするものの、グラマンワークス(実際はGM社製だが)の作った機体は打撃に耐え続けた。
編隊のスピードは、魚雷投下を考慮しているため、200マイル(320キロ)程しか出していないが、それでも目標との距離は急速に
縮まり、駆逐艦の上空を通り過ぎた後は、木造船まであと一息という所まで迫った。

「目標に接近!距離500で魚雷を投下する!」

エメリッヒは各機にそう伝えつつ、雷撃針路を維持する。
エメリッヒ機を先頭に右斜め単横陣の形で接近するアベンジャー3機は、敵船の右舷側に接近しつつある。
距離は尚も詰まり、今は1700メートルを切った。

(あの小型の木造船相手に、航空魚雷3本は過剰過ぎるだろうが……あの船の積み荷は敵の戦略物資だ。悪いが、俺達は仕事を果たさせて貰う)

彼は幾ばくかの同情の念を抱いたが、それに構わず沈める事にした。
それと同時に、認識票にも載っていない初見山の木造船に対して、遂にシホールアンルも使い古しの船を使わねばならなくなったのか、とも思った。

(俺達を恨むなよ。戦争を引き起こした上層部を恨んでくれ)

エメリッヒは心中でそう呟きつつ、魚雷投下レバーを握った。
距離は1000を切り、間もなく魚雷を投下する。
だが、ここで彼は、思わぬ光景を目の当たりにした。

距離が1000を切る頃には、うっすらとだが、甲板上の様子が見てわかる事がある。
パイロットは基本的に、視力が良くないとなれないが、エメリッヒは入隊前にアラスカで漁師として働いていた事もあり、視力は2.0はある。
その2つの目には、甲板上で盛んに旗を振り回す一団が映っていた。

(旗?)

彼は怪訝な表情を浮かべつつ、なぜ彼らが旗を振っているのかが気になった。
この時、距離は900メートル。
急に、彼の心中で疑問が沸き起こった。

目標は軍用船なのか?
いや、……あの船はシホールアンル船なのか?

それ以前に、あの船は攻撃してはいけないものではないか?

525ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:12:15 ID:9E2YatiQ0
900メートルが過ぎ、700メートル台に接近した。
エメリッヒの双眸には、相変わらず旗を振り回す一団が見えていたが、距離が詰まることによって、得られる情報も多くなった。
独特な民族衣装を着た一団は、多くが手を振り回していたが、一部はしきりに、振り回す旗を見ろと言わんばかりに指を向けていた。
旗の模様はシホールアンル国籍の物ではなく、全く違う模様が見えていた。

(敵じゃないぞ!!)

この瞬間、エメリッヒは全身後が凍り付いたような感覚に見舞われた。
体の反応は、自分が思っていた以上に素早かった。

「各機へ!攻撃中止!攻撃中止だ!!あれはシホールアンル船ではない!!」

エメリッヒは無線機越しに叫ぶように命じた。
その直後に、胴体の爆弾層を閉じ、機体を左右にバンクさせた。
アベンジャー3機は魚雷を投下せぬまま、高度40メートルで国籍不明船の上空を通過していった。

青と赤が横半分に分けられ、中央に赤紫色の丸が手描きで描かれたシンプルな記し……イズィリホン将国の国旗を、部下と2名と共に
力強くはためかせていたキサスは、爆音を上げながらフライパスした米軍機を見送ったあと、急に体の力が抜けたように感じた。
彼は思わず、その場で屈んでしまった。

「お……おぉ。分かってくれたようじゃ……のぅ」
「殿!如何されました!?」
「殿!」

供廻り衆がキサスの周りに集まり、彼を気遣う。

「いや、大丈夫じゃ。ただ幾ばくか疲れただけじゃ」

キサスはそう言って、微笑みを浮かべる。
それからしばらくして、空襲警報が鳴りやんだ。

5分後、一旦落ち着きを取り戻したキサス号では、乗員が被害個所の確認を行う傍ら、破損したメインマストに急ごしらえの国旗を掲げていた。

「これがイズィリホンの国旗ですか」

ブレウィンドルは、文献以外でしか見た事が無かったイズィリホンの国旗をまじまじと見つめた。

526ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:13:41 ID:9E2YatiQ0
「これこそ。我らが誇るイズィリホンの記しでございまする。さりながら……それがしには少々足りぬものがあると思いましてな」
「足りぬですと?何かの紋章を書き忘れたのでしょうか?」
「いや、荒々しいではありますが、記しはこの通りの様相で差し支えありませぬ」
「元の通りに描けた、という事ですな。なのに、なぜ足りぬと?」
「それはですの……まぁ、それがしの言葉のあやという物でござります」

キサスはそう言ってから、高笑いを上げる。
ふと、ブレウィンドルは、このキサスという男が野心家ではないかと思ってしまった。

(この方は、何か大きな事をやりそうな予感がするな。こう、歴史的な事を)

ブレウィンドルは心中でそう呟いた。

のんびりと物思いに耽る時間は、そう長くはなかった。
先の空襲から20分足らずで、再び空襲警報が鳴ったからである。

「ま、また空襲警報だ!」
「殿!」

シホールアンルの担当官と、供廻り衆から再び悲鳴のような声が上がった。
それを聞いたキサスは、どういう訳か苦笑いを浮かべた。

「偉大なる帝国は、土地という土地、島という島、隅々まで総戦場になりけり、という事かの」


午前8時 ルィキント列島南南西220マイル地点

人間の生活習慣という物は、ある程度の期間が過ぎると常態化していくものである。
それは、社会においても同じであり、朝の仕事準備、業務、休憩、業務、帰宅と言った流れでほぼ進んでいく。
軍隊においても、それは同じだ。

早朝の偵察機発艦からの周辺海域索敵は、最大のライバルでもあったシホールアンル機動部隊が壊滅した今でも続行されている。
それは、アメリカ機動部隊のルーチンワークの一つでもあった。
そんな何気ない動作と化した索敵行は、ある物を彼らに見せつける事となった。

空母ランドルフより発艦したS1Aハイライダーは、暇で単調な索敵行を半ば終えようとしたときに、それを見つけた。
いや、後世の歴史家の中では、見つけてしまった、という表現を時々用いられるほど、この索敵行は歴史上の大事件であった。

「機長!あれは間違いありません!誰が見ても竜母です!」
「ああ、確かにそうだ!だが、なぜこんな所に?」

527ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:14:26 ID:9E2YatiQ0
機長は7、8隻の護衛艦に過去まれた中央の大型艦を見るなり、疑問に思うばかりであった。
海軍情報部では、シホールアンル海軍の大型艦は全て、本国沿岸の安全地帯に避退していると判断しているという。
先日のシュヴィウィルグ運河攻撃の際、同地で遭遇した敵竜母部隊は、攻撃を担当したTG58.3が攻撃を加えたが、ある程度の打撃を与えただけで
撃沈には至らなかったという。
そもそも、TG58.1はこの地に有力なシホールアンル海軍艦艇が存在しているとは考えてはおらず、この日の索敵行は、どちらかというと初見の
海域の調査を目的とした物であった。
このため、早朝に発艦したハイライダーは4機ほどで、通常よりも少なく、哨戒ラインの密度も薄い。
それに加えて、ハイライダー各機は海域の情報収集と、長距離飛行を念頭に置かれたため、ドロップタンクを装備している。
飛行距離は往復で1000(1600キロ)マイルもあり、通常の索敵行と比べても明らかに長い。
機長は、長い遊覧飛行だと心中で思っていたほどだ。

だが、のんびりと飛行を楽しむ時間は、唐突に打ち切られてしまった。

「ランドルフに報告だ!」
「了解!」

機長は後席の無線手に指示を伝えるが、そこで新たなものを見つけた。
ハイライダーより5000メートル離れた空域に、別の飛行物体を確認した。
その小さな物体は、大きく翻ってから頭をこちらに向けた。
その物体に、これまでに見慣れた、敵の“生き物らしい動作”は全く見受けられなかった。

(危険だ!)

言いようの無い恐怖感に襲われた機長は、咄嗟に機首を反転させ、この海域からの離脱を図った。

「未確認飛行物体を視認!離脱するぞ!」

反転したハイライダーは再び水平飛行に戻ると、離脱の為、エンジンを全開にした。
その頃には、向かっていた飛行物体は急速に距離を詰めつつあった。

「国籍不明機接近してきます!」
「わかってる!飛ばすぞ!」

ハイライダーは持ち前の加速性能を発揮し始めた。
不審機も加速したのか、しばしの間距離が離れなかったが、時速600キロメートル以上になると徐々に離れ始め、650キロを超える頃には
その姿は急速に小さくなり始め、700キロに達した時には、不審機の姿も、未知の母艦を伴った機動部隊も見えなくなっていた。

528ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:14:58 ID:9E2YatiQ0
午前10時 ロアルカ島南東250マイル地点

第5艦隊司令長官を務めるフランク・フレッチャー大将は、旗艦である戦艦ミズーリのCICで戦果報告を聞いていた。

「先程、第2次攻撃隊の艦載機が母艦に帰投致しました。第2次の戦果報告は現在集計中ですが、第1次攻撃隊は艦船10隻撃沈、6隻撃破、
複数の地上施設並びに、魔法石鉱山の爆撃し、多大な損害を与えております。こちら側の損害は、4機が現地で撃墜されたほか、被弾12機、
着艦事故で3機が失われました」

通信参謀のアラン・レイバック中佐が淡々とした口調で報告していく。

「第2次攻撃隊の戦果に関しては、先にも申しました通り集計中ですが、暫定ながらも地上施設と港湾施設に甚大な被害を与えたとの報告が
入っております」
「事前の予想通り、攻撃は成功だという訳だな」

フレッチャーはそう言いつつも、表情は険しかった。

「だが、現地では予想していなかった事態も発生したと聞いている。諸君らも聞いておるだろうが」

彼は言葉を区切り、溜息を吐いてからゆっくりとした口調で続ける。

「第1次攻撃隊は、攻撃の途中でシホールアンル帝国とは別の国に所属していると思しき、国籍不明の木造船を発見したと伝えてきた。
そして……その木造船を誤爆したという報告も、入っている。一連の報告は、既に太平洋艦隊司令部に向けて送ってはいるが……」
「国籍不明船を誤爆したパイロットからの報告では、乗員が未知の国旗のような物を振っていたとあります。また、木造船自体もシホールアンル船
と比べて年代的に数世代あとの物である事が判明しております。木造船を狙った爆弾は外れており、雷撃を敢行したアベンジャー隊も
寸前で国籍不明船と気付いたため、同船舶が撃沈に至る程の損害は与えてはおりませぬが……」
「ヘルダイバーは爆弾投下後に機銃掃射を行い、ある程度の機銃弾が同船舶に命中したとの報告も入っている。不明船の所属国の調査は、
後に行われる事になるだろう」
「この後、第3次攻撃隊の準備が予定されておりますが。どうされますか?」

参謀長のアーチスト・デイビス少将の問いに、フレッチャーは即答した。

「第3次攻撃は、この際中止にする。元々、ノア・エルカ列島はシホールアンルの辺境地帯だ。同地を訪れている、非交戦国の独航船や
輸送船が停泊している可能性は1隻だけはないだろう。もし、別の国籍不明船を誤爆すれば、合衆国は世界中から非難される事になる。
参謀長!」

フレッチャーは改めて命令を下した。

529ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:15:35 ID:9E2YatiQ0
「TG58.1司令部に伝えよ。第3次攻撃中止。TG58.1は偵察機を収容後、直ちに作戦海域から離れるべし、以上だ」
「はっ!」

参謀長はフレッチャーの命令を受け取ると、通信参謀にその命令をTG58.1司令部に伝達するよう、指示を下した。

(しかし、まさかの誤爆事件発生となってしまったが……この他にも、問題はある)

フレッチャーは、やや陰鬱そうな表情を浮かべつつ、紙束の中に挟まっていた、一枚の紙を手に取り、その内容を黙読した。



「ルィキント列島より南南西220マイルの沖合にて、未知の母艦らしき物を伴う艦隊を発見せり。艦隊には艦載機と思しき飛行物体
も帯同し、偵察機を追撃する動きを見せるものなり。同飛行物体はワイバーンにあらず」

530ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:16:22 ID:9E2YatiQ0
SS投下終了です

531HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/12/24(火) 19:16:42 ID:rWhpEeEQ0
投下乙、粋なクリスマスプレゼントですな!
誤爆事件、最悪の展開こそ避けられたがこれからどうなることやら
あと最後に出てきた未知の艦隊、一体どこの勢力のものなのか…

532名無し三等陸士@F世界:2019/12/25(水) 11:06:32 ID:Meu0lnu.0
 状況や時期を考えればオールフェスと諸島返還を求めていた「あの国」なんだろうけど、
時期的にまだ返還期限じゃない筈なんだが偵察にでも来たのかな?

533名無し三等陸士@F世界:2019/12/26(木) 17:51:51 ID:/WZS.Q/E0
おおおお ここに来て新たな展開か!
作者やりおるなあ

534名無し三等陸士@F世界:2019/12/31(火) 11:21:50 ID:f7RAahgA0
 竜母艦載用飛空艇はシホールアンル帝国ではついぞ実用化されませんでしたから
未知の艦隊が所属する勢力も中々の技術力を持っているみたいですね。

535ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/31(火) 22:41:34 ID:EEBr8sA20
皆様レスありがとうございます。

>>531氏 偶然クリスマスと重なってしまいました。

>誤爆 やられた側の所属国が分からんので、まずは情報収集からですね
アメリカとしては、当該国は怒り狂っていると思っておりますので、謝罪はもちろんの事、賠償金を用意する事も考えております。

その国はどこなのか、まだ明かせませんが……なかなかのやり手ですね

>>532氏 ちなみに、発見された側は米艦載機の遭遇は予想外の事なので、非常に焦っておりますね。

>>533氏 未知の機動部隊発見は、アメリカにとっては青天の霹靂とも言えますね。
シホールアンル、マオンドを倒せば平和になると思っていた矢先に、最悪、シホールアンルと同等の国力を持つ国との対峙を
想定しなければいけないですから

>>534氏 米国側もかなりの危機感を持っています。史実同様、東西冷戦は確実に到来する事でしょう。

本年中は投稿数が少なく、寂しい物になりましたが、拙作をご愛顧いただき、誠にありがとうございました。
来年こそは完結を目指して邁進していきたいと思います。

それでは皆様、良いお年を。

536HF/DF ◆e1YVADEXuk:2020/10/26(月) 20:55:08 ID:xzg.VGas0
待機

537ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:00:03 ID:XDQ6yAnU0
こんばんは〜。これよりSSを投下いたします

538ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:00:52 ID:XDQ6yAnU0
第290話 異国の使者


2月10日 午前8時

レンベルリカ連邦共和国領 カイクネシナ

マオンド共和国が対米戦に敗退後、正式にレーフェイル大陸の一国家として建国されたレンベルリカ連邦共和国は、アメリカの支援のもとで
徐々に回復しつつあった。
アメリカは同国に民間レベルのみならず、軍事レベルにおいても支援を行うため、同地に陸軍部隊2個師団を含む7万を駐留させながら、
今後の展開に対応するため、レンベルリカ国内にいくつか基地を建設し、そこにも陸海軍部隊を配置していた。

レンベルリカ駐在アメリカ大使であるジョセフ・グルーがそのカイクネシナに到着したのは、その日の午前8時を過ぎてからであった。

「どうぞ、お通りください」

基地のゲート前で、警備兵がグルー大使に目配せしてから進入を促した。
運転手はゆっくりと車を前進させ、カイクネシナ基地に入っていく。

「……会うのは2回目になるが。今回はどのような会合になるだろうか」

グルー大使は、カイクネシナ基地にて待っているであろう、ある人物の顔を思い出しつつ、小声でつぶやいた。
今日、グルー大使は、フリンデルド帝国より派遣された使者と会談を行う予定となっている。
フリンデルド帝国は、昨年12月中旬にアメリカ行きの使者を派遣し、その途中にレーフェイル大陸にあるレンベルリカ連邦を訪れている。
フリンデルド側としては、アメリカに行く前にまずレンベルリカを訪問し、同国の誕生を祝すと共に今後の国家間の交流を前提とした会談を
行いつつ、航海に必要な各種消耗品の補給を行う事を考えた。
レンベルリカ政府側との最初の交流は上手くいき、食料等の消耗品の補給も無事に終えることが出来た。
だが、アメリカ行きだけは叶わなかった。

いや……叶わないようにさせられた。

使者のアメリカ行きストップを命じたのは紛れもなくアメリカ本国首脳部であり、それを使者に伝えたのが、このグルー大使であった。

それから幾日が過ぎ……
レンベルリカ側はアメリカと相談を行いつつ、フリンデルド側に嫌悪感を抱かれぬように、かの国からの幾つかの提案を受け入れた。
その一つが、レンベルリカ国内にフリンデルド側の公使館を置く事だった。
公使館の設置は1月までには完了し、その責任者は工事完了直後から公使館に着任し、レンベルリカ側やアメリカ側との国交樹立に向けた交渉を行っている。
事務レベルでの交渉が緩やかに進み、次はレーフェイル各国使者との顔合わせに移ろうとしたその矢先に、海軍がシホールアンル租借領でフリンデルド側
施設を誤爆したのみならず、他の友邦国船舶をも誤爆したという情報が伝えられた。

アメリカ国務省は即座に、グルー大使にフリンデルド側行使に向けて、ひとまずの謝罪を行う事を命じ、グルーは本国から追加の電文を受け取った後、
公使館から大使館の中間地点に位置するカイクネシナ海軍基地に会談の場所を設け、直ちに急行したのである。

目的の施設に辿り着くまでにしばしの間があった。
グルーは胸中でこれから言う言葉を反芻しつつ、車内から軍港内の艦艇を見つめていく。
軍港内には、海軍の哨戒用の小艦艇や護衛駆逐艦、護衛空母が複数係留されている。
グルーは1か月前にこの基地を訪れているが、その時も哨戒艇や護衛駆逐艦といった警戒用の艦艇ばかりが目に付いていた。

539ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:01:35 ID:XDQ6yAnU0
大西洋方面では、大西洋艦隊所属の第7艦隊がレーフェイル大陸周辺の警備を請け負っており、大型艦は3隻のニューメキシコ級戦艦以外在籍しておらず、
その主力は10隻の護衛空母と多数の護衛駆逐艦、哨戒艇などで占められている。

それだけに、警備専門の護衛艦群の中に突然現れた巨大な浮きドッグと、その内部に鎮座するエセックス級正規空母の姿は、とてつもない存在感を醸し出していた。

「なに……?」

グルーはその大型空母を視認するなり、思考を瞬時に停止させてしまった。

車が目的の施設に到着すると、そこには意外な人物が待っていた。

カーキ色の軍服に略帽を付けた将校が車のドアを開けると、目の前の将官がグルーに向けて敬礼をしてきた。

「お待ちしておりました。グルー大使」
「これはキンケイド提督……どうしてこちらに?」

グルーはやや驚きながら、車から降りていく。
第7艦隊司令長官を務めるトーマス・キンケイド大将は、言葉を紡ぎながら右手を差し出した。

「先方は既に到着し、中で待たれています」
「なんと……予定の時間よりまだ10分ほどありますぞ」

グルーは当惑しつつも、キンケイド大将と握手を交わした。
下車したグルー大使は、左手に手提げカバンを持ちながら、キンケイド大将と共にコンクリート造りの施設の中に入って行った。

「大使。公使閣下はこちらの部屋で待たれております」
「は…ご案内ありがとうございます」

キンケイドがドアの前で立っていた兵士に目配せすると、兵士は無言の指示に従い、ドアを開けた。

「ロルカノイ公使閣下。お待たせいたしました」
「これはこれは大使閣下。お久しぶりでございます」

ソファーに座っていた銀髪で長身の紳士は、グルーが入室するなり慇懃な口調で挨拶した。

ピシウス・ロルカノイ公使は、フリンデルド帝国外交省より派遣された使節である。
年は若くないが、その面長の顔は幾つもの難事を乗り越えてきた、歴戦の戦士を思わせる凄みがあった。
事実、ロルカイノ公使は元軍人であり、大佐で軍を退役した後に外交官となっている。
体つきも程良くがっしりとしており、身長も190センチ以上と背丈も大きく、かなりの偉丈夫だ。

2人は挨拶と同時に握手を交わした後、そそくさと席に着いた。

「本来ならば、私が直接出向くべきでありましたが」
「何をおっしゃられますか。大使閣下」

ロルカイノ公使は張りのある声音でグルーに言う。

「私こそが大使閣下の官邸に向かうべきでした。ですが、貴方方からレンベルリカ国内の治安状況が些か不安定な事を考慮し、アメリカ大使館と
フリンデルド公使館のほぼ中間地点にあるここを会談場所としたいと申された時、私は即座に理解いたしましたぞ」


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