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阿含宗という宗教法人を主とした意見交換板

301サライ:2011/06/13(月) 22:58:32
>>299 ちょっと、間が開きましてすいませんでした。あらためて、レスさせていただきます。好運会の"運命概観"のタネ本は「さあ、やるぞ No6」のP168にも出てますが(平成11年10月1日法話)、昭和初期の小林四明氏という法象学会の会長が書いた「法象学」という本です。上記、法話の約6年後の平成18年2月にこの「法象学」を、まるで大学生のパクリ卒論の如く、ほとんど丸写しして、(コンピーター占いを少し付け足しして)好運会会員に本人5万円、家族3万円で頒布したんですね。(修行宝鑑待ちの人はお詫び料として1万円引きして、あらかじめ納付してあった修行宝鑑お礼分加味され、あと、3万追加納付!して合計4万円で差し上げますよ、と来た。)(天照さんは1万円返してもらったとの事ですね。) しかし、天照さんがあげた、サムエル菊池先生や新谷先生はよい外部専門家を連れてきましたが、占いの分野では、アゴン宗の専門家不足を補うため、なんと、昭和初期の小林四明氏を連れてきて、本を丸写ししたわけです。60〜70年たっていれば、著作権も消滅しているのでしょうが、せめて、運命概観に"出典"を明記するのが、先人である小林先生に対する"礼儀"でしょう。「さあ、やるぞNo6」は平成16年2月に出版されてますがね。("好運会運命概観"頒布開始の平成18年2月のちょうど2年前)。皆が"さあやるぞ"、にタネ本が明記されているかなんて、いちいち確認しませんからね。「法象学○白○星篇」 小林四明著 で、星の数に分冊され出版社名不記載の書物です。占い専門古書店で高額で取引されているようです。まあ、小林氏に5万で縁を付けさせてくれたと考えられるでしょうが、出典を書けよ、といいたいですね。私が近年、アゴンにギマンを感じた一場面です。

302サライ:2011/06/13(月) 23:17:47
あっ、「さあ、やるぞ必ず勝つNo6」の中で小林四明氏の名が出てるのは P168→P166の誤りでした。 さて、最近聞いたところでは、W田さんが最近、関東別院のミーテイングにやって来たとか。きっと、教団全体でカネの集まりが悪いから、東京にはカネがありそうだから集金促進に来たんでしょうね。(来なくていいのにね。)今や時代遅れの"教団の論理"より、ネットで情報収集している"賢明な消費者"の方が一段上ということですね。ムダな支出はしなくなってきているということです。阿含宗なんて、ネットで検索されたら、今一発でアウトですものね。(苦笑)

303サライ:2011/06/14(火) 20:56:14
>>300 占い一般の話ですが、"密教占星術"No1 No2なる本をゲイカが出して、その続編もNo6まで?出す、なんて前書のはしがきで宣言しておきながら、出版予定は、かけ声倒れに終わりました。30年たって代わりに出てきたのが、"好運会"。だが中身はオリジナルの物ではなく、他人の書物を引き写し、それで3〜5万円を取る。予言月報もほとんど、デタラメ?なのか全くよくわからない中身で年12000円取る。本場の占いを期待した人には裏切りの中身でしょう。まあ、今後、アゴン宗以外の、教えていただいた橋本 京明氏などの本場の方がいらっしゃるでしょうから、気長に研究していきたいと思います。あくまで、趣味ですよね。伊勢白山道さんは「これからは幽界が縮小していく時代だから、占いも当たらない時代になってくる」とおっしゃってますよね。そうなると占いはあくまで"遊び"と割り切ってやったほうがいいようですよね。

304天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/06/16(木) 19:08:02
サライさん、私もしばらくぶりでした。いろんな作業やらで返信が遅れまして本日拝見しました。

いやあ、酷いですねえ。密教占星術に絡む事項は考察室にてある程度解明されましたが、まさか
好運会はそのようなことで、また「さあ、やるぞ6」でそのようなことを書いてたとは。
あれは法話集なので法話でしゃべった?ということでもあるんですよね?
やっぱりおしゃべりな教祖の自爆行為か!と大笑いですね。
私もサライさん同様に非常に改めて欺瞞を感じましたね。

w田さん出しゃばりましたかwww
あんたは黙って関東にいろ、と言いたいのですが、痺れを切らしましたか。
こうなると今後の動きもやぶさかでなくなるかも?
尚且つゲイカが倒れたり、亡くなったら偉いことに(笑)

密教占星術もシリーズ化する予定でしたが、ネタは最後まで出さないゲイカですから出さない。
というか暴露もされたので出せないかもw
会報を見て驚きましたが、伝法会も8月以外に行っているとか。
何も知らない信者さんは「門戸をようやく開いた」と思っているでしょうが、阿含宗側は金が
欲しくてやっているだけなんですよねえ。
そして将来信者にも護摩を焚かせる予定ですが、さてさて。
これも結局「釣り」だと見ていますよ。

伊勢さんの言うことは同意ですね。
今後は悪の幅を利かせた宗教らもそれに関する良くないものも淘汰されるでしょう。
そうなるとシンプルで人に不利益を与えないものが残ります。
そういう風になるのが「自然な浄化」なのでしょうね。
私もそういう時代がくるのかも、と思って居たりします。

305天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/06/21(火) 05:29:27
ここは雑多な関連事項を書けるので書いてみるw

阿含宗のゲイカの滅後について考えれば、やはり長女さんがやるのかなあ?とか。
いつの間にか光和のTOPになっていますよね。

三女さんが本当はやるのかな?と昔思ってたらいつの間にか居なくなっているしw
掲示板で聞いた状態なら戻ってこれないですよね。
次女さんはこれまた3姉妹の中で一番関わりが薄いし、さてさて。

まあ実際の政権を握るのは和田さんでしょうね。
深田さんは死ぬまで「買い○」の状態でしょう。
和田さんに反抗して「俺が管長だ」とやったらそれはそれで面白いがwww
おそらくそれはやらないでしょう。深田さんの性格では、ね。

そうなれば看板上というか登記上では「長女さん」とか誰かが。
実際の運営は和田さんかなあ、でしょうか。

くだらない書き込みですみません・・・。

306サライ:2011/06/23(木) 00:10:20
>>304 レスが、またまた、不定期になりましてすいません。好運会のパクリの件がしたらばの方にも取り上げていただきました。天照さんのおっしゃる通り"おしゃべりな教祖の自爆行為"でネタ元は遠回しでちらっと言及しているから、それが、彼らの最後の"逃げ" なんでしょうね。今日は2チャンで深山さんがシャンバラの元店町のN本さんの話が続いてましたね。愛人はI川さんだけじゃなかったのか、という思いです。N本さんはアゴン職員さんと結婚、2人とも深見東州氏の所に行ったみたいだ!?とあり、あら、と驚きました。W

307名無しさん:2011/06/23(木) 01:11:32
>>306
関西では、元女子部のK女史も愛人という説がありましたよw
W田さんも愛人だったそうだし、お盛んな自称聖者さんですねw

308天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/06/23(木) 05:46:19
>>307 名無しさん、投稿ありがとうございます。
そうですか〜噂が本当ならまさに色欲盛んな聖者さんですね・・・。(唖然)

>>306 サライさん、いつも恐れ入ります。
気軽な感じでかまいませんので、どうぞふらりとお書きになってください。

@chs−1でのサライさんの記事情報がしたらばでも引用されて「凄いな〜」と思っていました。
サライさんの現信者情報は本当に助かっていますし、またサライさんも博学なので私も刺激を
受けまくっており感謝でございます。

2chの過去ログで見かけたことの有るN本さんの件などが現在も引用されるのはいいことだなあ、
と思っていました。過去ログは膨大で編集作業に私もかなり参っている次第ですが、本当に貴重な
ものが多く、それらをいつでもチョイスできるようにしたい、とは思っているんです。
ですが、かなり骨の折れる作業なのでまだ進んでない状態です。

何かの話題で引用されて会話されるとその情報を知らない・読んでなかった人にはとても有益な
情報となり、また記憶や話題から去るとどうしても貴重な話題もうずもれてしまいます。
時折何かの拍子というか機会で何度も出るのは有る意味いいことだと思いますね。

辞めた元信者さんが深見氏のところへ行ったりというのは聞いてましたが、そうなるのは分かる気が
しますね。私の法友が私に対し「阿含宗を辞めたらどこへ行きますか」と聞いた際に無理やり答えたら
深見氏か真言宗か無所属のどれかになるだろう。まあ無所属はその時に言わなかったので深見氏か
真言宗のどちらかになるだろうね、と言いましたがでも深見氏は以前に申しましたようにどうも
理解しがたい箇所があるので却下になったのです。
そして真言宗もどうもね・・・と言う感じでいたらまさか本当に自分が阿含宗を辞めるとは(苦笑)
その当時には予測もしてなかったんですけどね〜。

309天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/06/23(木) 05:54:59
今回の2chのN本さんの記事に対し深山さんの考察論は非常に鋭いなあと見ていました。
納得する箇所が多く、改めて考えさせられた思いです。

過去の出来事を時系列や現象を追いながら見てゆくと、どこまでゲイカは汚かったのか。
また聖者などといえない・呼べない・見れない行為を展開していたのかと呆れますね。

アゴンさんも教団の今の事項を報告してくださっていますが、それらも拝見し呆れます。
2chで揶揄して「阿呆宗」というのを以前見たらむかつきましたが、今では逆に
「凄く様相を表している表現だなあ」と思います。

「俺は天才で凄いのだ」と言ってた教祖がまさかただの阿呆だとは・・・。
あ、違ったか。天才詐欺師だったよねwww

310サライ:2011/06/25(土) 14:31:43
>>307 名無しさん、レスありがとうございます。関西のK女史ですか。どなただか、存知上げませんが、いろいろドラマがありますね。"自称聖者"なんてやめればいいのにね。「私は凡夫でした。これから凡夫として修行します」 と、言って、教団はしかるべき、第3者に譲渡し、引退するのが筋かもね。

311名無しさん:2011/06/25(土) 21:56:26
>>310
レスありがとうございます。
サライさん、アゴンさんが最近、
「桐山さんが僧侶の真似事」
と発言した事を書いてくれましたね。(間違っていたらすみません)
それを読んだ時、非常に驚きました。
謙遜にしても、おかしすぎるでしょう。「はしくれ」ならまだしも。
わずかばかりでも、桐山さんが自分を省みる様になれば……
と思いましたが、やはりそれはなさそうですね。

312サライ:2011/06/25(土) 23:52:39
>>308 天照さん、こちらこそ、恐れ入ります。過去ログの膨大な編集作業に取り組まれ、参ってらっしゃるとのお話、お疲れさまです。そのおかげで阿含宗の現在、過去関係者が、おかげでネット検索、交流できるわけです。 伝法会は、この5月から6月にかけて、1泊2日で各本部でやったみたいです。1〜2回生3万、3回生4万、4回生5万、5回生6万(ゴマ許し状お礼2万円別)とのこと。1泊に短縮された割には高いですね。護摩許し状の説明書きには「 他宗の密教寺院でも、護摩を焚ける免状です」みたいな事が書いてありますが、これって、実行された方、いるんですかね。私も機会があったら、他宗の密教の坊さんに相談してみたいものです。ゲイカがそう書いてるんですから。「変身の原理」にも、「他のアジャリ様の元で修行されるのもよろしかろう」、とありますし。≫305 W田さんじゃ、ちと、いやですね。親族じゃないから、後継者は無理でしょうから、法務部と一緒になって、"鎌倉幕府の執権政治"のような合同衆議体制になるのでしょうかね。親族は傀儡(かいらい)の将軍家みたいな感じですね。

313サライ:2011/06/26(日) 00:13:04
>>309 "阿呆宗"はいけてますねw。神田の喫茶店シャンバラが展開しているときは、"街に出る阿含宗"のキャッチフレーズの元、おしゃれな感じでしたが、突然閉鎖、裏でN本女性店長との疑惑。物事には、表と裏がある。結局、プライベートの堤氏の事なんて、あたり前だし、ある意味、どうでもいいけど信者は何も知らないんですよね。最近ヤフー質問箱でアゴンを指して「こんな経歴の教祖なのになぜ信者になったのですか」と質問している方がいましたが、この方は愛人問題は"武士の情け"で黙認する、とありましたね。

314サライ:2011/06/26(日) 00:48:27
>>311 名無しさんのおっしゃる通り、また、アゴンさんが書いてくれたように、4月10日の別院・愛染明王祭で「私は今、坊さんのまねごとをして幸せに暮らしています」とゲイカのコメントがありました。また、直後の16日冥徳祭でも「私は坊さんではありませんが」とおっしゃっているようです。確かに、教団の最近の出版物からも、僧侶としての経歴として、肝心の「○○年○○寺で得度」が載ってませんので、いわゆる、坊さんを名乗るのはついに諦めたんですかね。新興宗教を興して、外国に寄付をして見返りに"名誉僧位・法号"を頂いた。現在"大僧正゙を自称してますが、これは紛らわしいから"スリランカ名誉大僧正"を称したほうがより正確ではないかと思いますね。また、これらの名誉称号は"真似事"のための称号だとゲイカがついに認めたという事ですね。

315天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/06/26(日) 07:23:26
>>312 サライさん、詳しい情報ありがとうございます。
なるほど。今はそのようになっておられるのですね。
昔の私なら喜んで参加していたでしょうね。

私も早く護摩を焚きたいと思ってましたから実にはまってたわけで、
汗顔しきりです。
そういえば先達から以前聞いた話ですが、護摩許し状御礼は昔高額だったようで。
なんか一説には10万だったとか。
伝法料のほかに別に封筒で納めるのだそうで、まさしく管長への袖の下、ですね。
本当にふざけた教団とシステムです。

許し状は他宗に持っていったらおそらく恥をかきます。
そういう他宗に持っていって護摩を焚こうとした人が居ないからゲイカも
大きな顔で言っているのでしょう。非常に我らもなめられたものです。
阿含宗の中だけしか通用せず、尚且つ阿含宗の中で自由に焚けないのですから
もうただの飾りにしかならないものを我らは喜んで受けていたわけです。
こういう真実を世に晒さないと駄目だと本当につくづく思います。

316天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/07/01(金) 05:51:44
この@chs−1の935の続きをこっちに書きます。

そこで自分も退会間際にはこういうのも考えたことがあります。

阿含宗が間違っているのはおおよそ分かった。だけど阿含宗全体が悪いというわけではない。
悪いのは管長と阿含宗の内容だけだ。だから阿含宗の教義を直し、中身を替えれば良いのではないか。
いわゆる「内部修正・変換」を考えていたのです。

ですが、シュミレートして見たらそれはどうか、なのです。
つまり本当の仏教を阿含宗で行う、つまり新しい「阿含宗」にしたいのは山々だが、それをやって
行けるのかどうか、また実際的に出来るのか、です。

まず阿含宗に来ている人の多くは今の阿含宗の教義に納得したから来ている人たちです。
それをほとんど修正されて「そうか〜」というか否か、です。
180度違う内容に果たして今居る信者さんはOKを出すのか、です。
おそらくOKを出す人は少ないでしょうね。

次に仮に全員がOKを出したとしても、釈尊の実際の示唆にあわせた内容では教団が持たない。
阿含宗は確かに創価学会と比べたら小さい教団です。
ですが、全国や外国にも支部や道場を持つ教団です。それらを運営・継続するには金が必要です。
護摩も無くし、先祖供養も辞めて金もほとんど入らないシステムでどうやって運営をするか、です。
信者の会費だけでは到底持ちません。そこに現実の厳しさがあります。

また管長は解雇・追放ですから誰が指導をするか、です。
運営・管理・指導も結構シビアです。
こうなってくると新生阿含宗は逆に「継続できるのか」という問題に立たされます。
そうなると阿含宗は看板おろしはしなくても縮小はありえるし、下手をすれば廃業は時間の
問題となる現象が起きてくるでしょう。

そうなると阿含宗にこだわるよりも別な団体として立ち上げるか、同好会レベルでやるしかない。
釈尊が「別に私は宗教団体を作るつもりは無かった」という姿勢が良く感じられてきます。
本当に運営などをすると如何に大変かが分かります。むしろ団体など立てないほうが良い。
みんなが釈迦仏教をやるのにそんなに仰々しく団体を設けたり、利潤を生むような作業をしないで
良い。また実践には今有る宗教団体とは全然違うものになる、というのが見えてくる。
なので私は「ああ、今ある阿含宗でやるのは無理だな」と判断しましたね。

317天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/07/01(金) 06:11:06
阿含宗、という名前は私は実は好きなんですよ。辞めた今でも嫌いでは無い。
嫌いなのは管長と和田さんぐらいか(笑)
やはり信者の皆さんも良い人が多いし、悪い思い出ばかりじゃない。

確かに変な信者さんも居ることは居るが、そんなのは社会においても同じこと。
どこかに変わった人や変な人ぐらい数人はいるものです。

ですからそういう特例?を除けば私は阿含宗も悪い場所じゃないと自覚しています。
悪かったのは管長と教義などの内容だけです。

阿含経を奉じてその中身を実践する教団としての名前は最高ですよ。
ですから阿含宗という看板は決して悪くない。

だが、問題は中身と教祖です。本当にこれがガンじゃないか、と思うくらいです。
だけど、先に述べたように教祖を追放し、教義を変えた程度では済まないのが現実です。
これをどうにか出来たなら私も阿含宗には戻りたいですな。
本当の仏教を示唆してちゃんとマトモな仏教をやるのなら、です。

前述で「仮に信者全員OKだと」いう風に言いましたが無理ですよ。
信者の多くは管長が出した教義とご利益が目的ですから、それが皆無となれば面白くも
なんとも無い。お金を払ってまで「本当の仏教を講じたいんだ」などと言う人は多くは
残らない。また今までの過去の教義を否定するわけですから訴えられかねない。

「よくも今まで騙したな」「今までの金を返せ」「責任を取れ」などなど言われる。
そういうのも考えたら危なくて今の阿含宗を新生にしてまでやる、というのは私なら
お金があってもやりませんな。

むしろ今のままが阿含宗であり潰れるまで桐山阿含宗なのが宿命なのです。
中身を挿げ替えたり修正などは夢の夢です。

そんな労苦を背負うよりも新しい団体を立ち上げた方が楽です。
ですが儲からないでしょうね。

釈尊は儲けとか世俗から離れていますから釈迦仏教をやろうとすればするほど運営は
きつくなるし儲からない。逆に儲けるのなら詐欺まがいか偽仏教になってしまう。
そうやらないと儲かるものではない。

第一、仏舎利行もやらない。護摩も焚かない。先祖供養もやらない。超能力開発もなし。
有るのはひたすら煩悩解脱の示唆とお勉強だけだったら会費も払いたくないでしょう?
自学でほとんどできることですし、ある程度学べば後は本人の努力です。

そして例えば何か病気とか問題で困ったことがあってもそれを祈祷もやめるので受け付けない。
なんとも味気ない宗教団体になってしまうからです。
こんな団体に残る人は本当に僅かだろうと思いますよ。
そしてこういう経緯の末路は廃業して終りになるでしょうね。

318天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/07/01(金) 06:21:36
ですから自分(退会間直の自分)もそうでしたが、実に都合のいいことを考えるんですよ。
悪いのは管長と間違った教義だけ。それを直していけばいいんじゃね、と。

そして護摩も行も先祖供養も「残す」考えなんですよ。
本当に管長を辞めさせて中身を一部変える、という思考で物を考えている。
これなら確かに運営は出来るんですよね。

でもそれは偽仏教のままなんですよ。そこに気付いていない。
そうして自分が良い様に・過ごし易いようにしか”考えてない”んです。
掲示板でよく論じたり学ぶとそこが良くわかる。
そして理解できれば私が言った「釈迦仏教をやればやるほど今の阿含宗は出来ない」
というのが見えてくるんです。

ですから信者さんで「今の阿含宗を変えたい」というのは良くわかりますが、それは甘い。
砂糖よりも甘いですね。甘すぎる考えで、それこそ小学生よりも劣っているのではないか、
と思うくらい甘い。

結局は管長の教義や思考にほだされている。慣らされているので気付かないのです。
本当の釈迦仏教をやるというのはそこまで理解できないと駄目でしょう。
というか本当の釈迦仏教を講じなくても中身を分かれば見えてくるはずです。
如何に阿含宗が毒された哀しい偽仏教かが分かります。

ただ、本当に看板だけは最高なんだよなあ。
惜しいしもったいないとは思いますよ。
管長も馬鹿なことをしたものだと思いますね。

319サライ:2011/07/03(日) 23:02:52
>>318 "阿含宗"の看板は最高ですか(笑)。廣野氏の本のP187に出てましたね。北野氏が桐山氏に冗談で言った言葉のテープ再生「桐山君は、密教、密教というから密教界から苦言が出るんじゃ。"阿含"なら、"阿含宗"なら誰からも文句は出まい。といってやったのがヒントになって阿含宗が出来てしまった」北野氏の冗談(瓢箪)から駒が出て創立した阿含宗・・・・ ・・ とありましたね。北野師にはホントゲイカは何から何までお世話になって、教団の陰の名付け親にまでなってもらったんですね。それを金剛院派"照真秘流"を"詐欺師"よばわりして、離れ、小田師の"三宝院流憲深(三憲)という法脈に乗り換えたという。なんともまぁ。アゴンの名付け親の北野先生には申し訳なかった事ですね。師を詐欺師呼ばわりしておいて、後年ご自身も詐欺師呼ばわりされているわけですから、いやはや。

320天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/07/04(月) 05:20:52
>>319 なるほど!阿含宗の設立は本当はこれでしたか! 速読して見逃してましたね(汗
これで又阿含宗の謎(笑)が1つ解けましたね。サライさん、しかと教わりましたm(_ _)m

しかし319に有りますように、本当に同意ですね。
北野氏に世話になりながら恩を仇で返すのはさすが一宗の教祖になるだけの器のある人
ならでは?なのかも知れません(冗談です)

ですが、やはり根本仏教を謳い「うちが本物の仏教教団だぞ」というには充分な名前で、
その背景を知らなかった私も何ですが、看板だけは凄かったとは思います。
看板だけがでかくて潰れた企業などは世間に山のようにあるわけですが(苦笑)

321天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/07/15(金) 05:30:14
思い返せば、北野氏の名前を見たのは「守護霊を持て2」でしたか。
サラッとしか出てこないのでこれも過去あまり気にかけないでいましたが、思えばこの
北野氏というのが阿含宗に居ても話題にでないので先達に聞けば良かったね。
喧嘩分れしたのですもの、話題にすら出るはずがないよね。

322サライ:2011/07/15(金) 15:03:01
>>321 大作 「密教・ 超能力の秘密」!(何が秘密なんだか)のあと書きにも出てますね。"北野師に法の手ほどきを受け、小田師に金胎両部の法をさずかる"云々。廣野本を読むと北野恵宝師はアゴン宗の歴史には切っても切れないご縁の深い方ですね。むしろ、縁切らないで一緒にやってれば、もう少しまともな教団になったんではないかとも思います。廣野本はアゴン宗信徒は必読ですね。悪口とか云々でなく、ゲイカの行歴が学べる。次は織田隆弘著「密教宝庫を開く」はらブックス・原書房刊も入手できたので、じっくり読み込む予定です。

323天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/07/15(金) 18:58:43
>>322 なるほど。そちらにもそのようなのがありましたか。これは汗顔&感謝です。

私も北野氏ともう少し交流があっても良かろう、と思ってましたが廣野本を読んでたら
それは叶わぬ状態なのを見て「なんだかなあ」という思いでした。
北野氏も北野氏の面もあり、また「自分が一番」というゲイカですからやはり無理が
あったのでしょうね。

織田僧正にはもうちょっと長生きしてもらってゲイカにヤキを入れて欲しかったですね。
本当に良い人は早く亡くなりますよね・・・。

324サライ:2011/07/16(土) 16:29:16
>>323 ホント、織田師には、もっと、ゲイカにヤキを入れていただきたかったですね。伊勢のお護摩の直前ですか、「私を長年批判してきた坊さんが亡くなった。この伊勢の招聘の話を聞いてこの坊さんは病床で、くやしがっただろう。(いやみったらしい!被害者妄想)このように、我々は伊勢でお護摩を焚くという栄光を手に出来た」みたいな事、ゲイカ言ってましたね。この"坊さん"が織田師かどうか、まだわかりませんが、いずれ、ゲイカも、いずれ師匠の北野師の元に旅立つでしょうから、向こうの世界で織田師にまた、ヤキ入れてもらって、北野師にかばってもらうしかないんじゃないですかね。(笑)

325天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/07/17(日) 06:04:21
>>324 それ記憶にあります。「自分をことごとく批判してきたやつらが寿命やらで亡くなって、長生きした自分が勝ちだ。どうだ」
とあの勝ち誇った姿勢。でも、長生きのせいで「浦島太郎」になっているのも嘆いてたのを聞いています。
かなり「ざまあみろ」と「しょぼーん」が交差しているみたいですね。

しかしながらやはり満悦・慢心甚だしいですよね、ゲイカは。
長生きして自分を批判するやつが居なくなったから嬉しい?
まあ、そうなのかもしれませんが、うちらのことなんてわからないんでしょうなあ。
求聞持脳で最新のニュースを把握?しているはずの教祖様がネットの怖さを知らないなんて(爆笑)
直に罵声や攻撃を浴びせるやつらが居なくなってせいせいしているなんてあまりにもアナログ過ぎます。
昭和の時代じゃないんだから(大笑い)

ま、せいぜいボケて我らの攻撃をしっかり浴びてもらいましょうかwww
そしてゲイカも亡くなったらあの世でしっかり大勢の方々にヤキ入れてもらいましょうかねwww

326サライ:2011/07/18(月) 21:44:32
>>325 >「ざまあみろ」と「しょぼーん」が交差しているみたいですね。 。。。。ゲイカ、 しょぼーんとしてましたか。(笑)ゲイカは、「悪口こそ、私の原動力」ってよく、おっしゃっていた。適度な敵がいたほうがやりがいがあるということですね。だからって、最近では、アウシュビッツの護摩の時ですか、かなり、中傷誹謗が入ったらしいといきり立っていて、直前で、「護摩焚くのやめるか」 となりかけたとか。あと、"昔、悪口言った坊さんの家に殴り込み行こうかと思った"、と1〜2年前に言いってましたね。繰り返し恨み節聞かされるほうは、たまったものではないですが。①他宗教団体がらみのやっかみ悪口 と②阿含宗霊感商法被害は、それぞれ、全く異質な問題です。それを一色単にして、「いわれのない、中傷」で片づけてられては困りますね。いつまでも、進歩がない。批判、意見の中身をじっくり検討しろ、ということです。

327名無しさん:2011/07/19(火) 05:46:48
>>326 昔の勢いがあって強気な時期のゲイカは確かにサライさん仰せのとおりの批判者罵倒の
言い方が主でした。ですが、いつ頃かなあ。2005年辺り、いやもうちょっと前だったかな。
法話で「自分も80を超えて同期や近い世代の人間が亡くなって残るのは自分の子供や孫の
ような人達になってきて寂しい云々」と言っていましたよ。本当にそれは寂しそうでした。

相変わらず入り口は罵倒から始まるのですが、ふっと現実に戻れば自分しかいない。
その様相に「長生きも良い様で悪い」と感じているのかもしれません。
またゲイカは「自分は負けるのが大嫌いだ」というのを言っていますよね。
だから批判されたり馬鹿にされると物凄く嫌がる。それをバネにして上がってきた、といいますが
ただの負けず嫌いで詐欺が上手く行っただけの話でしょう?
何が「血の涙」とか「たくさんの苦労」ですかね。人を騙すのに一生懸命が苦労???
さすが阿呆宗の教祖だけはあります(笑)

管長は昔「会費というのは私の法話を聞く価値があるかどうかも入っている」という内容を
言われていました。大分前から管長の法話は非常にくだらないものとなりましたね。
ですから信者は護摩だけ終わればそそくさと帰宅する状態が増えていますね。
もう¥2000の価値は無いのは当然ですし、聞きたくもない。自慢話や愚痴のような内容を
聞かされて何が楽しいですか。恨み節を繰り返し聞かされるほうはたまったものではない、に同意
ですよ。

そしていつまでも進歩が無い。もう呆けているのでしょう。ただの老人ですよ。
同じことばかりや昔話を繰り返す。また人の意見を聞けないし聞かない。
脳障害モロな教祖にはファンしか寄らないでしょう。後は功徳欲しさか。
自分が一番で最高、と思っているおめでたい老人ですから介護が必要なんですよ(笑)

信者さんはヘルパーじゃないんだけどね・・・。

328名無しさん:2011/07/19(火) 05:49:28
あれ?HNが消えてる。>>327は天照です。失礼・・。

329天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/07/27(水) 04:25:51
廣野本を読んで思うことは、やはりゲイカは「どうしょうもないな」と思う傾向があることです。
だからと言って放置するつもりはありませんが。

それは放置しておいたからこそ今まで悪行為が進行してしまったのと現在に於いてもその悪い
癖や状態が継続してしまったことです。
世間一般では「馬鹿は構うな」という対応が大半ですから放置になりがちです。
まして現代はネットが普及していますが、昔はそれも無かった。
なので阿含宗の欺瞞を知り不満に思うなら「黙って辞める」が主でした。
その「黙っておいたこと」が現在までに色々と波及をしてしまった原因ではないかと思います。

ローテクな時代にも相当な対応をしていれば現在に於いてまでの悪行為をどうにかできたかも
知れないが、自分に於いて考えれば気がつくには大変時間がかかりすぎた。
また気が付いた最大の経緯は「ネット」です。批判本も出ていたとはいえ気が付くにはあまりにも
遅すぎた。それがネットの普及で大分ゲイカの悪どい行為や中身も知られるようになってきた。
批判本よりも早く・大きく与える影響というのはネットには有ると感じますね。

しかしながらそれはまだ一部の人にだけへのアプローチだけにしかなってなく、多くの阿含宗
信者さんへの警告にはまだ弱すぎる。そこをどのようにしたら良いか、日々考えています。

ネットの活動は下地のようなものだと思っています。家で言えば「基礎」のようなものですか。
基礎だけで家が建ったわけではないのと同じように、これから柱や壁や屋根や窓を作るように
色々とやってゆかねばいけないと思っています。

330天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/07/27(水) 04:26:11
実際信者を20数年やってきて現在のゲイカの情報を聞いて思うことは、「昔はまだマシだった」
と思うことです。これは実際的にも過去に於いてもゲイカの持つ「良くない傾向」というのは
有りましたがここ近年のボケや妄想の酷さは確かに過去より拍車が掛かり酷いものです。
ですが、廣野本を読んでゆくとどうやら元来生まれ持った「どうしょうもない性格」であることが
見えてくるから怖いものです。

最たる目立つものだけ挙げれば、ゲイカの贅沢振りや他者との高低さの酷さです。
ゲイカは「鰻重」を出前で取って、塚田さんには「コッペパン」で済ませて平気な姿勢とか、
信者から借金をしても悪いとも思わない。今で言う逆ギレも平気でしたそうです。
時間にルーズな点や、口だけ立派で中身が伴わない言動ぶりの数々を見ると、観音慈恵会時代から
現在に至るまでさほど変わりの無い様相に「気が付かなかった自分」を恥じたくなります。

確かに信仰には眼を曇らせる要素はあります。しかし、あまりにも情報が少なすぎた。
自分にも落ち度の程度は大きいものの、中々教祖の酷さや内容に比較検証する場所が無さすぎた。
自分の気づきの遅さと時代の変化の恩恵を受ける遅さに残念な気持ちです。

やはり経験して思うことは「教団や教祖の言い分を鵜呑みにしてはいけない」ということです。
どこまでも照らし合わせたり時系列でも良いから調べて精査することも必要です。
あまりにも自分は鵜呑みにして信用しすぎた。その結果が気付きを遅らせましたね。

331天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/07/27(水) 05:20:10
ですから言うならば「ボケと記憶障害と妄想が酷くなった」ということ以外は昔から
変わらずのゲイカそのまんま、だということです。
自分も時折「昔の方がしゃんとしてたよなあ」とは感じます。
感じますが、それは確かに今の状態よりは若かったし身体もしっかりはしていた。
しかし詐欺を平気で働く、もとい嘘を平気でつくあの癖などは元来のものです。
廣野本が無ければ私もここまで自覚を持たなかったでしょうね。
(かなり昔のゲイカの過去なんて分かりませんからね)

声掛けばかりで実行力は無い。物事をきちんと仕上げられない。
インチキ・デタラメ・ハッタリが主。言ったもの勝ちの癖も治らない。
ワンマン体制で人の意見も聞かないし自分だけが一番主義もそのまんま。
悪いことをしているという自覚の無さは天下一品です。
最たるは「自分だけが可愛い」という自己愛主義者です。
それに脳障害が絡んでいるから、余計タチが悪い。

今は周りが支えているから持っているようなものです。
いづれ因果が巡って来そうですから、今までは放置でも通ったがこれからは違う。
思う存分受けてもらうしか方法は無いようです。

332サライ:2011/08/01(月) 21:16:25
廣野氏の本を今回、私も一度目を通しました。字が小さい分、分量がある大作ですね。宗教団体成立のケーススタディーとして、学べます。教団など、実際、よそさんも、ドロドロしたものなんでしょうね。結局、団体を作ったら、やる事は金集めしかないのでしょう。あとはそのカネを使っていかに、名誉を買うか。世の中には、地道な活動で人助けをしている方もいて、本来そういう道が理想だが、阿含宗といえども結果、金儲けに走り、結果、そのお布施の拠出に苦しむ人々が出てしまう。団体を作るなら健全な団体が理想だが、なかなかそううまくいかない。エゴの団体になってしまうのでしょう。

333天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/08/02(火) 06:55:02
>>332 私も同意です。まさに今の宗教法人の大半は穢れている&逸れていると思います。
また付け加えるなら、こういうのも。

どなたかは忘れましたが、このように言っている方がいました。

「どの宗教(団体)も最初は良かったんだ。段々金集めや色んなものに走り出してから
おかしくなっている。そういう傾向さえなければ悪くはないんだ」

私はこれは詭弁だと思います。最初が良くて途中から悪くなる?
確かにそういう団体もあるかもしれないが、私の知るところではそういうのは見たことがない。
そういうのもあって宗教法人の100%に近い大半のものはどこかかしら欠点があるものです。
そしてその酷いものが大半で多くを占める、と見ています。

健全な団体、エゴなき団体を探すのだけれどもやはり無いですね。
私もクリーンな阿含宗を考えた輩ですがどうしても無理が生じる。
そうなるとどうしても逸れてエゴが生じる。

お釈迦様が「団体や宗教をつくる気など毛頭無かったが、自然的にできた」というのは
本当に凄いことだと思います。

334天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/08/05(金) 04:54:25
廣野本を読むと色んなことに気づかされますが、今回ピックアップしたいのはゲイカのデタラメ・いい加減さと
無責任さです。
阿含宗に於いてもその様は出ていますが、阿含宗になってからそういう癖が出たというものではなく、元来の癖
であることが分かってきます。つまり最初から真面目に宗教団体を立ち上げ自他共に救われたいというような
考えなど毛頭ない、というのが分かります。

しかしながら遠い過去の事まではほとんどの信者さんは分からず「おかしいな」という風に思ってもそれを
どうにかできるというものではない。寧ろ「これはおかしい」と立ち上がる、または言う信者さんが少ないため
教祖の思うがままに進んでいる、という状況でしょう。

また日本人の中には「滅多やたらに批判するものではない」という風習?のようなものが有りますから、
表立って批判するとか教団内、または直に批判するということも無い。
教団自体そういう体制ですから尚の事であるのは言うまでもないわけですが・・・。

しかしこれほどだらしない教祖もあるものか、と呆れましたね。
こういうやつを野放しにしてきたのかと自分も反省ですね。(知らなかったのが原因ですが)

今では教団自体がゲイカをある程度コントロールしているので法話なども時間で開始が成されていますが
以前は平気で何分でも待たされた。あれがまさか「だらしの無さ」だとは夢にも思わない。

殴ってやりたいところですが、まあいづれゲイカに来る因果応報で味わってもらいますか。

336天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/10/31(月) 06:29:06
しばらくこちらで書いてなかったので書いてみますかw

2chでは「得度」の話題が出ていますね。金剛院派氏がプロパイダ規制が以前かかっていて
投稿(レス)ができなかったのでタイムラグが生じてしまいましたが、致し方ないですね。

トコトン会話していただく形なので今後の行方を見守ってゆきたいですが、本当にここは
はっきりさせて欲しいところです。

一番の悪種はゲイカです。ちゃんと出せばそれで済んだのです。
出さないでいるから議論を醸す。ゲイカにはこういう類のものが数個あります。

私は以前から個人見解はこのようにしています。
「別段僧侶の云々など要らない。実際に答え(現象)を出せばいい」

これもまた以前も触れましたが顕正会の樋田さんがサイトでも出しているので見れますが、
樋田さんは強く学会側を「血脈・法脈が無い教団」と批判しています。
樋田さんの説明を聞けば確かに血脈は大事ですし、また実際日本でもその意味や重さは
強いとされている。そういうものから見たらゲイカのような出さない(出せない?)のは
やはり異質だしペテンじゃないか、と言われるのは必死です。

私はこれに対し学会さんは血脈や法脈での主張は取り下げて、尚且つ現実の世界で答えを
出せば別段どうでもないでしょうと感じます。

ただ、言葉で言うのは簡単です。では実際的に「答えを出す」と言うのはできるか?です。
これは無理です。今までこれを成しえた教団は1つもありません。
釈尊やキリスト様でもありませんからね。

いくら大きい組織という学会さんでも、そんな毎度奇跡の連発など出せるものではない。
しかし、法力無非なる桐山氏ならできるのかも知れませんね。
などと持ち上げてもできるはずは無いか(笑)

教団の大きい・小さいとか血脈の云々ではない。如何に血脈があろうとも、伝法を受けたので
僧籍があろうともそんなので人を救えないでしょう?と思う。
宗教と言うのは如何に人を正しい方向に導き、救われるか、また自己の向上や社会性を以って
社会にも貢献できるか、でしょう。

それが本末転倒に成り信者から搾取することが宗教になっている。
だから宗教は悪視されるんだよなあ、と私は見ています。

337天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/11/01(火) 06:22:30
2chの内容も面白くなってきました。金剛院派氏と庚申氏との会話や、ユビさん深山さんの見解。
どれも深く感じ入るものです。

金剛院派氏と庚申氏の方は今後の展開を見送るとしてユビさんの意見には頷きましたね。
本当にゲイカのたいどというか性質・性格には「あさましい」これが非常に当てはまる。

それもただの浅い「あさましさ」ではなく「半端でないあさましさ」です。
その尋常でない浅ましさにより多くの人が桐山ペテン節にひっかかった。
ダライラマも小田アジャリさん、その他有名人も見事に騙された。
しかも一人二人と言う少人数では有りません。

また我々一般人も結構多く騙された。退会者もおおいので現在は信者さんも少なくなったが、
自分らが入信した昭和の終わりころなどは阿含宗の信者数のピークでしたでしょう。
人を騙して大きくのし上がったトンデモ教祖が桐山氏です。

桐山氏本人は潔さを言っていたようだが、そんなのは、はったりで口上だけです。
本当に潔く浅ましさがなければ嘘もつかないし誠実さと言うものが出ているはずです。

口先ばっかりで平気で嘘をつき、ばれても謝罪1つするわけでもない。
ダンマリを決めて、尚且つつける嘘は死ぬまで通す姿勢です。
こういうバカ教祖が桐山氏なのです。

ゲイカを山師とは言ったのは、非常に良く適した言葉だと思いますね。

338天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/11/07(月) 06:12:24
よそはよそなので構わなければ良いですが、思うところがあるので書いて見ます。

2chのコピペ者、つける薬が無いですなあ。阿含宗の信者ではなくカルト批判者という
ことですが、まったく道が逸れていることに気がついてないおバカ振りです。
自分の言ったことに責任も道理も通せないし気がつかないのですから救いようが無い。
人をののしり、自分こそは至上最高の垂れ流しです。以前自分がどこかの箇所で書いた
「自分がやった殺人は世のためだ」といった頭の狂った外国の殺人者と近いものがある。
ただ違いは殺人をしてないと言うだけです。思考は近いものがあります。

自分のやっていることや考えていることは正しくて周りが馬鹿に見える。
人の意見も聞かずに自分こそが正しいと自惚れ浸る。こういうことだけは一人前で自分のやっている
高位がどういうものなのか、またどういう影響や内容であるかがわからないのです。
体は大人でも脳みそが子供のままの人の典型的な例ですね。

落ち着いて考えればわかることさえわからないのですから、まさに救いようがありません。

339天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/11/07(月) 06:30:08
誤字訂正

高位=X 行為=○でした。タイプミス失礼しました。

彼の最も悪いところは、趣旨が逸れていることです。また人の意見を聞けない盲目さです。
それゆえに逸れたことを指摘されても気がつかないで尚且つ自分を偉いとさえ言っている。
錯誤と慢心が無ければこういうことは普通おきません。

彼のすべきことはカルト批判なのですからそれに徹するべきです。
だが、それすらしておらず尚且つカルト認定した阿含宗の内容さえ知らない。
うわべだけで本当の一部の事項しか知らないで「俺阿含宗のこと知らねえから」という始末です。

本来カルト批判者ならそのカルト教団の中身を熟知まで行かなくてもある程度は知っておくべきで
そこからカルト批判を行うから「ああ、そういう方なんだなあ」と周りも評価するのです。
そういう姿勢も見せず、確かに誰かが別所のスレに「桐山犯罪暦」の記事を貼ったのが契機なよう
ですが、それに対して「報復するか」というのはお門違いです。

また警告してきても他所に依然と「桐山犯罪暦」を貼る輩がいたとしてもそれはおかしい、と
気がつくのが本当でしょう。
何でわざわざ他所に犯罪暦を貼るのか。それは擁護側が批判板での批判側をどうにかすることが
できずに悔しくて仕方ない。だが実際は何もできない。

批判側に何とか一矢報いたい。そこで阿含宗と関係ないスレに「桐山犯罪暦」を貼ることで
他所の妨害になる。他所の方ではスレ違いな投稿ですから当然心象は良くない。
内容を見れば批判側の示した内容の記事です。単純に捉えれば「阿含宗批判側が桐山憎しの怨念が
消えないのであちこちに犯罪暦を貼って憂さを晴らしているか、または愉快犯行為をしている」
と思わせたくてやっている行為なのです。

丁度そこに「歪んだ正義漢を持った輩」が引っかかって阿含宗スレに攻撃をかけた。
愉快犯にはとっても都合の良いものです。批判側が「やってない」といっても信じないのですから
頑迷な錯誤者だけに愉快犯は「してやったり」なのですからね。

340天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/11/07(月) 06:39:08
「目には目を」「阿含宗スレに警告をしてもやめない」それでこの頑迷者が怒るのはわかります。
しかし、どうしてこのように他所への「犯罪暦投稿」がやまないのか、また真意はどこか、また犯人は?
と考えたら普通は阿含宗スレへの攻撃は考えるか別な方法を取るでしょう。

そして、その方の趣旨は「カルト批判」なのですから阿含宗スレへの攻撃が趣旨ではありません。
それが今や阿含宗スレへの嫌がらせが彼の趣旨になっているではないか。
人がやったから俺もやる、では世の中の秩序も保たれませんし、愉快犯のいい餌食になっている
ことさえ気づかない。自分の報復や気分が良くなることしか考えていません。
こういう幼稚で低思考・判断な人が「俺はカルト批判者だ」といっても信用するわけが有りません。
自分の信用も品位も程度も低く見られるのをなんとも思わない体たらくぶりです。
それは怒りと自己満足優先と錯誤と慢心が彼の核だからです。
自分の性格を省みて直すと言うこともできない子供なのです。

341天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/11/07(月) 06:54:25
2chはご存知のとおり管理は管理者しかできません。またその管理者も平素管理ができるわけでは有りません。
ですからそのことがわかれば2chでは「スルー」するか管理者にアク禁申請をするしか有りません。
そうなると個人ができることは「スルー」が要、となってきます。

実は私はそれが非常に嫌でこのしたらばを使っております。
荒らしや良くない行為を防ぐために、つまりできるだけ有意義な論を展開できるように良くない行動や記事は
管理しています。そういうシステムの掲示板でなければ残念ながら今の2chでは当たり前のように「スルー」
で対応して行くのが基本、となります。

文句の1つも言いたいし、報復だってしたくなるのはわかります。
しかし、それは貴方のやることなのか?最大優先事項なのか?なのです。
私には残念ながら貴方のやっている行為は低劣なものにしか映りません。
それこそ言うならば「何がカルト批判者だ」と言いたい。

自分のやっていることや内容を良くわからず、尚且つ人の意見も聞けないで人を小ばかにした態度。
社会人とは認められないですね。脳みその壊れたお坊ちゃまのようだ。

第一阿含宗スレの中身を見たら今貴方がやっている行為は阿含宗の教祖の行為と似ているのです。
ああ、教祖と同じ馬鹿が湧いて出てきたか、と多くの人が感じていることでしょう。
だから最初は擁護者が「カルト批判者だ」と嘘をついて登場し、主張しているのだと思った。
ところがこの人は擁護者でなかったとしたら外部者になるわけだが、外部者にしても掲示板のルールも
常識も何も無い「ただの自己中野郎」ということになってしまう。まさにその状態ではないか。

自分のやっていることや指摘されて自己を省みれない人が来る場所ではないし、またカルト批判者を名乗っても
何の効果も信憑性も無い。本当に何もわかってない正義漢かぶれでおバカ丸出しの恥さらしです。

人やカルト教団を批判する前に自分をまず直さないといけないと思いますがね。

342天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/15(日) 07:33:26
2chで先ほどまで投稿をしてきましたが今朝は早朝投稿というのもあり余計な邪魔が入らず
軽快でしたね。しかも長文OKだったしw

信者さんを罵倒するつもりは無いが本当に嘆かわしい。

「このような単純なことを何度も信者に言わせるあなたは無能です。」

余計な一言です。こういうことを言わなければいいものを・・・。

確かに私も擁護も経験しているので批判されれば気分は悪い。
だが、気分が悪いのと事実を無視して嘘を信じている自分を放置して良いのか、です。
相手の言った意見さえ無視し敵意むき出しにする、または小馬鹿にする。
だから「阿含信者は」といわれるのです。

阿含信者は良い人が本当に多い。ゆえに騙されているかも、とも思います。
ですが、人が良くてもいざ掲示板での発言となればさて・・・。

私も経験してわかりましたが掲示板というのは気楽な面と気楽じゃない面が混在します。
かけるのは気楽でも責任が生じるからです。発言には責任が生じる。
また発言姿勢にも問われる面がある。

ただのヤジや雑言で済むなら何も気を使わないし責任も不要。
ところがそうは行かないんですね。しかもログが残る。
ツイッターのような一過性のようなものならいいけど、掲示板は違います。

まあ、あの意見を出された名無しさんも早く欺瞞を知ってくれたら私たちの言っている
意味もわかってくれると思うのですけどね・・・。

344天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/25(水) 07:32:16
さて、ここではしたらばで言っていた阿含宗の「因縁解脱」について僭越ながら書かせていただきたいと思います。
記憶力抜群な(笑)私ですので手落ちや間違いがあるかもしれません。
その場合はどうぞ優しく突っ込んでくださいね。(これこれ)

掲示板や表向きな書物では単に「因縁解脱」というのだけの説明なのでわかりづらいのが
あると思います。それを気づかせてくださった無関係さんの投稿が良いきっかけとなりました。
深く感謝申し上げます。

まず、阿含宗の言うところの「悟り」というか目的は大まかに言うと「因縁解脱すること」です。
これはご存知の通り釈迦仏教、つまり本当の仏教の教えではありません。
因縁解脱という発想自体が仏教には有りません。ですから阿含宗以外でもこの因縁解脱を
さも仏教の教えという風にしているところ(団体)や人間がいるようですがこれは全くの無知です。
先ずは仏教の教えでないことを押さえながら、別物としての阿含宗の教学を把握してください。

阿含宗では悟りを得るには「成仏法の実践=修行をしなければ成仏できない」といっています。
この部分までは正しいのです。この部分の中身を忠実に釈尊の教えどおりにやれば問題が無い。
ここから急に「変わる」のが阿含宗のインチキなのです。
この成仏法によって「悪い因縁を切る事が解脱への道である」としているのです。

何故なら悪い因縁はその当人が何世もの輪廻を繰り返している中で作り上げた・蓄積した
悪業、つまりカルマや悪因縁を作ってしまったということをいきなり始めるわけです。
そしてその積み重ねは自分の運を悪くする原因になっている元種であるとしているわけです。

345天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/25(水) 07:38:10
悪い因縁を無くす(切る・消滅させる)ためにはただの善行で相殺はできない。
仏様の持つ力と徳が必要である。それと成仏法と成仏力でようやく消すことが出来るとする
わけです。人間とは違う特殊な能力や悟りを得たという高度な能力を持つ存在だからこそ
そういうのが出来るのだというわけ(嘘)です。

そしてその方法を行うためには成仏法の実践が必要になってきます。
ですがこの成仏法というのは非常に高度で難解なので普通の人が挑んでも取得実践できないと
言うのが桐山氏の主張です。
なのでそれを在家の一般人が実践できるようにしたのが「ご宝塔」で、それに成仏法が注入、
つまり込められている。そのご宝塔を前に阿含宗で定められた方法(手順)に従い勤行を行う。
先ずそれが信者の行う基本の行為です。
勤行を行うことによって成仏法から成仏力が発生しその力を受けることができる。
それを毎日繰り返してゆくことで悪因縁が薄らいでゆく。
それと同時に信者の背後には先祖が居ます。その先祖らにも成仏力が届いて先祖供養を成しえる。
つまり因縁解脱だけでなく先祖供養まで行じれるので素晴らしい法なんだというのが教学としてあるわけです。
ですからまず、信者になったら勤行は毎日続けるようでなければいけない、ということです。

次に勤行だけではダメだ。梵行というものを行わなければ不足なんだといいます。
これは本来の仏教用語から逸れた・間違った使い方で阿含宗だけに使用されている嘘の内容ですが
阿含宗式の梵行と言うのは「徳を積むための修行」ということだと思ってください。

仏様はご供養に応えるご本尊である。だからご供養すればお金の代わりに徳がいただけるという
事を阿含宗では言っているのです。だからよほどサボりたい人でなければ梵行を行おうとするのは
信者さんには必須であることなのです。

ですから信者にこの梵行を教団はやらせるわけです。内容は教団に奉仕修行をすることです。
形はそうなのですが内容的には「仏様にご供養する」という意味になっています。
仏様(釈尊など)はこの世に居ません。遺骨だけ残して霊界へお帰りになられた。
だがこの遺骨に仏陀釈尊の魂というかパワーが残っている。宝の御遺身なんだ、という位置付けで
すからまず仏舎利を祀っている。また道場の内陣には様々な本尊の御霊が祀ってある。
つまり道場には「ご本尊が居られてご供養ができる場所」となっているわけです。
ですから道場、つまり阿含宗に対してご供養するということは因縁解脱と宝生の徳がいただけると
して信者をコントロールし操作しているわけです。

346天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/25(水) 07:40:16
仏様は実際に我々生きているものとしては存在してません。しかし並外れた能力はある。
そこで実際に生きている存在ではないのだから供養に対してお金を授けたりはしない。
徳という目に見えないものだがそれを以って皆さんへお返ししているのだ、といいます。

この徳は便利なもので、過去世で積んだ悪業を相殺するのにも役立つし、また生きている間に何か
悪因縁で困った事項が起きた際に助けてもらうときにも使える、とされています。
また生きているときに安穏な人生を送って不幸ごとに遭わない場合はもちろん徳の貯金として
とどめておくことが出来、来世で使うことも可能です。
つまり徳があれば過去世で積んだ悪業の帳消しにもなり、貯めておけば何かのときに使える。
また幸せの元としての「善因果の元」になるので良い因果が巡ることにつながると言う内容も
言っています。
つまり徳はお金よりも凄いものでそれを仏様は無尽蔵に持っており、供養をした信者に授ける
ことができる特別(特異)な存在とされているわけです。

また仏様は因縁解脱を果たされて涅槃へ入られた。いわゆる因縁解脱の経験者なのです。
ですから因縁解脱する方法など十分わかりきっているのです。
ですから仏様に素直にご供養を施し徳を頂き加護を得られるような信者で無ければいけない、
というのが阿含宗の教えでもあります。
ですから勤行と梵行。これを信者は力の限り行え、が阿含宗の教学なのです。

そしてこれだけでも成仏は無理なのです。
それは悪因縁の影には必ずといって良いほど「霊障の仏(先祖)」がいる(ある)というのが
阿含宗の教学です。
霊障の仏が居なければ勤行・梵行で、じきに因縁は切れてゆくのだが、霊障の仏の居ない人は
まずいない、というわけです。それは今まで成仏法が世の中に出てなかった、抹殺されていた
のですから世界に霊障が遍満してしまっているというわけです。

ですから心がけや生き方も正しく素晴らしい人が居ても、悪因縁にために人生を台無しにしている
人がたくさんいるであろう。日々ニュースでも「どうしてこうも罪も無い人が無残な死に方をして
いるのか」「不幸な人生を歩んでいるのか」などが報道されますが、それらを上げているわけです。

347天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/25(水) 07:41:36
悪いのは悪因縁はもちろんだがそれを影で支えているものがある。それが霊障の仏なんだという
事を阿含宗では言っているわけです。
ですから悪因縁を切るためにはまず霊障の仏を無くすことが先決であると言います。
教祖桐山氏自身も経験でそれを体験した。一生懸命因縁解脱を励むが中々はかどらない。
色々経験しているうちに霊障の仏を成仏させてから因縁解脱をすると早く切れるというのをみた
ので強くその理論を打ち出して言っているわけです。

(もちろんこれは桐山氏の妄想であり嘘であります)

そして先祖を成仏させるには「釈迦の成仏法」が不可欠であり、それを駆使できるのは桐山靖雄
ただ一人ということになっています。阿含宗だけがこのどこの教団にも出来ない芸当が出来るという
背景にはこういった妄想甚だしい理論理屈があるのでなせているわけです。

ですから因縁解脱をするには霊障の仏が一体も居ない状態にするのが望ましいのです。

こうなると勤行・梵行の他に「先祖供養」が必要になってきますね。
でもそれだけでは因縁解脱はまだできない。

どういうことか? それは因縁解脱の要でもあると私は見ているのですが以下に述べることが
重要であり、尚且つ阿含宗はこれを「成しえていない」のです。
これが今まで詳しく述べてなかったことであり先の教学同様肝心なところであります。

そもそも何故人は生まれ変わり、つまり輪廻転生の中で「悪業」をつくるのか、です。
悪業は煩悩に左右されその煩悩により悪業を積んでしまうということです。
煩悩の発生を深く見てみれば「人間の心」に到達します。人間の心に煩悩がある限り
悪業を行ってしまう。それゆえに悪業を消す作業だけでは不足で悪業を起こさないという
実際の示唆が必要になります。

そして人間の心は非常に複雑で難解です。これで良いというものが無い。
だからじゃあ「何も出来ない」では話にならないわけです。そうなったら因縁解脱どころか
成仏=仏陀に成るということ自体が「夢物語・嘘」になってしまう。

そこで深く人の心にある煩悩を分析したのが「随煩悩」という分類です。
これらのいづれかの煩悩により人間は行動を起こし悪業を積んでいるとされています。

348天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/25(水) 07:46:46
なのでこの「随煩悩」を調整というかコントロールし駆使できたら成仏が出来るとされています。
ですからこれは私の例えですがコンピュータのレジストリに匹敵するのではないかと見ています。
ここを上手くやれれば仏陀になれる。私はそこを注目しました。

ですが阿含宗はこのコントロールは一切行っていません。
やらせているのは勤行・梵行・先祖供養ということだけでこの事項は述べて触れてはいるものの
一切手付かずでそれこそ「絵に描いた餅」のような状態なのです。

本来なら「座右宝鑑」を引用できれば良いのですが画像が無いので代わりにこちらを引用しますが
http://agama.zouri.jp/doku22.html を見てください。随煩悩について書かれています。

ずっと見て行くと根本十大煩悩となって続いて解説が進んでいっています。
そしてこれらを解決できる方法として「十善地法」というのを信者に与え実践させる。
ところがこれがいい加減で適切でないのです。

http://agama.zouri.jp/doku40.html にまで来ると解説が始まり、課行・戒行となっています。
これらの事項の選定を教祖がして信者に与えるとされるが、それが酷い手落ちなのです。

まず、これをいただくにはタダでは無理です。まず今では「好運会」に入る必要がある。
以前は「因縁解脱修行宝鑑」というものを授けていたがそれは信者を三人導けば無料で下付された。
だがそれでは「儲けにならない」と踏んだためシステムを変えて好運会と変更した。

これに入るにはまず5万円が必要で、その他数種の必須事項がある。それをクリアしないと金だけ
収めても「拝受できない」のです。その必須事項は現在はまた変わっているかもしれないが、
以前の私のうろ嘘覚えの記憶では「冥徳講に入っていて講費の滞納が無い人」「ついたち縁起護摩講
に入っている人」「会費を滞納して無い人」「人を一名以上導いていて尚且つその入信者が会費を
滞納などしてないこと」とかがあったのです。(まだ項目があったかもしれない)

それでその条件をクリアせねば信者さんはいつまで経っても因縁解脱の指導を受けられないと
いうことになります。これでは因縁解脱も金と教団の方針に従うものだけ、という偏った姿勢の
物であることがわかります。

349天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/25(水) 07:49:29
次に実際に手に入れても「無駄」ということが有ります。
それはなぜか? 実際私が過去その「因縁解脱修行宝鑑」を手に入れらたからわかったのです。
つまり「項目だけあげつらって後はお前が成せ」という姿勢だからです。

その項目はここにあります。http://agama.zouri.jp/ig-4.html

私の因縁が先ず書かれています。その次に性格など。
そしてPが進んでゆくと次Pには戒行がある。その後次のPには課行がある。たったこれだけです。

これらの実行で私の因縁は切れるというのです。納得がいきますか?

私は本もそれなりに読んでいるしそれなりに勉強をした。だからこの修行宝鑑に基づいて何か指導が
有るかと思ったら特段ありません。項目を明確化しただけというだけで、では実際に私がどのように
因縁がどのくらい切れて実際的な示唆をされたか、というとこの書物だけの下付だけです。
後は本を読んだりビデオなどを見て修行せよ。これが阿含宗の現実です。

ですから凄く失望した。こんなものに自分は期待し渇望していたのかと。
何の詳しい示唆も無い。因縁の発動期や内容も示されていない。
ただ「ガンの因縁あり」で納得がいくか。いつ、どのようにどの体の箇所がガンに成るから貴方は
このように対処しガンにならないように修行に励め、というぐらい言うのが普通であろう。

時期も内容も対応策もロクに無いままで「お前はこれらをやれ」で納得がいくはずが無い。
また肝心の十善地法も良くわからない。詳しい解説が無いから当然です。
そして過去の教祖の著書・発行物なども調べたが、これ以上の解説は全くありません。
結局は項目を挙げつらって終わりなのです。こんな玩具が阿含宗の因縁解脱なのです。

350天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/25(水) 07:51:07
なぜ私はかくも突っ込んで考えるようになったか? 妄信していたのにも、です。
それは法友に精神疾患を抱えた人が数名居り接したことがるのでわかった次第です。
つまり精神疾患を抱えたままではこの修行宝鑑に書かれていることも出来ないし、瞑想さえも
ままならないのです。そういった人たちはどうするのか?が皆目示されていない。

教祖は過去求聞持法や成仏法で知能の低い人や障害のある方をある程度までに引き上げられる
ということを述べて居ました。ならば精神疾患に苦しむ方々を治し改善し救い上げることが出来よう。
ところがいつまで経ってもそう言う事項は確認されてないし、以前著書で精神疾患に苦しむ信者の
例が掲載されていたが、これも実際にその方にあったわけでないので皆目わからないし、また事後の
経過も報告されていません。

私は実際阿含宗の法こそ至上最高のものであると、尚且つどうにかできると信じてきた。
それが一切見られないし実際に自分の回りに疾患で苦しんでいる信者がいれば尚更です。
解脱供養をしても改善されず治らないのを見て「これは変だ」と成るわけです。
霊障が元凶なら元凶を取り除いたのだから治るはずです。実際霊障が元で問題が解決したという
事は体験談で成されて伝えられている。
だが、現実はそうならないこの矛盾に対して色々模索するが答えが出てこない。
尚且つ教祖は相変わらずの調子で足元さえ見えてない始末です。

因縁解脱を成すためならこの自分の持つ性格やら習気に対してのアクションがあってしかりです。
そしてそのための実際の示唆が教祖からあってしかるべきです。
それが項目だけ示されて後はお前がやれ、では話になりません。

また因縁解脱は運命上の示唆であって、仏陀に成るという観点ではお粗末です。
仏陀に成るというのはそう簡単なものではないはずです。
因縁解脱は阿含宗教義としての見方ですが大事なものであろうでしょうが、私はそれよりも
完全解脱が欲しいわけです。いわゆる「輪廻こりごり」派なのです。

どうやったら涅槃へ至れるか。完全解脱を果たしたのだから教祖はその方法を実際に指導する
義務があるはずです。ですが皆目それが見えてこない。

351天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/26(木) 13:38:32
阿含宗では「随煩悩」を深層意識としてみています。
意識には今自分たちが起きていて生活しているときに普通に現れている意識を「顕在意識」または
「表層意識」といいます。表に表れている自己の意識のことです。
普通の場合はこの表に出ている意識によって物を考え判断し行動するといわれています。

しかし意識というものはこの表層意識だけではなく、陰に隠れた意識もあるんだというのが心理学
の研究にあります。それが深層意識というものです。

この意識は表層意識の裏側や下側的な位置づけにあって普通表には出ない意識とされています。
しかし、表に出ないというのではなくて「表に出づらい」というだけであって全く意味が無いもの
ではない。存在もほとんど無関係なものではないとしています。

それはなぜか?それは例えば自分たちが普段生活している毎日の人生上での記憶が実は寝ている間に
圧縮されてこの深層意識に蓄積記録されるそうです。ただ自分たちはそれを自動で行い忘れているので
わからない・自覚が無いだけなのです。
例えですがコンピュータなどもそういうのがあります。今までのデータを圧縮して格納する。
まあ、コンピュータは過去のデータを引き出せますが、人間は普通では引き出せません。
常に新しいものや間直のもの、また強く記憶に残ったものだけが残りそれ以外は容易には思い出せません。
ですが記憶が消えてしまったわけではなくて、脳の深くに残されているわけです。

そしてその深層意識では過去の先祖の持っている意識や自分が持つ煩悩の発生と成るものがそこに
格納されているという理論を桐山氏は発言しているのです。
尚且つ生物には遺伝というものが有りますが、単なるDNAだけの遺伝ではなく遺伝を超えたもの。
それが「霊障」だという風に桐山氏は言っているわけです。
(もちろんこれは桐山氏が考えた妄想や推測論にすぎません)

表層意識だけでなく時に人間は突き動かされるような衝動を覚えるときがある。
そう言う場合は皆この「深層意識」のせいなのであるというのが桐山理論なのです。
もちろん心理学ではそう言うことも言っていますが、霊障がそれを起こしているなどとは言いません。
そういう理論を打ち立てたのが桐山氏ですが、これは別段心理学で取り上げられて認められたもの
ではありません。
心理学では表層意識と深層意識があってその位置づけや内容は表層意識は普段我々が生活する上での
使う意識であり、深層意識は貯まった表層意識の蓄積物であり人間の持つ陰に隠れた意識というもので
ある、としています。霊が云々というのは桐山氏だけです。

つまり桐山氏は何とか霊障というものを正当化させたくて心理学にあるこの仕組みを利用したのでは
ないかということです。桐山氏の言うような事が立証すれば先祖供養はこのように絶対必要なことになり、
尚且つ先祖を成仏させないとその影響がでるぞ、ということに成りますからね。
だから巷でも「何故あのように良い人が犯罪を起こしたか」とか学歴も常識もあるような人が犯罪を
いとも簡単に犯してしまうのか、ということへ結びつけて「正当化しよう」としたのだと思います。

ですから桐山氏がこのように阿含教学で「随煩悩」を出してきたのは、さも仏教でもこのように
意識層というものまでは言ってないが心理学にあるような意識のことに触れている内容を言っている。
つまり半ば「言っているようなものだ」と認識させ、仏教は実はシステマティックなもので決して
拝み奉るだけのようなものではないんだ、とまで味付けをしたわけです。

352天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/26(木) 13:39:47
そして仏教はこのように「意識・心理までも調整や矯正できる高度な教えなんだ」として世にだし、
主張展開してきたわけです。
ある意味これは仏教学者も宗教家もこういうことはやってないので斬新に映った。
なのでそれに飛びついた、または関心を寄せた人が多かったわけです。
だからこういうところに抜け目が無いというか嘘八百の桐山氏ならではだと思うところです。

何せ言ったもの勝ち、ですからそう言うのを早く見つけたり創案して出せばウケる場合がある。
つまりその点も含めて当時の日本にはそれがある程度展開できたので阿含宗は流行ったといえます。

そしてこの深層意識をどうにかしないといけない。
先祖の霊障は「死者用の成仏法」で成仏させて霊障を解く。
生きている人間の「随煩悩」は生きている人間が行う「釈迦の成仏法」で解いてゆく、ということなのです。

ところがこの成仏法は難解で普通の人には中々熟知や実行ができない。
出家してプロ的な講じをしないと無理であり、またプロになったからといって必ず成しえるという
ことも難しい問題です。
また実際皆が成仏を目指して多くの人間が出家したらこの世の中も成り立たなくなる。
やはり昔の釈迦仏教でもそうだったが在家のまま成仏できた人もいるわけです。

そうなると在家のまま成仏できる方法がある、となりますが、それを形にしたのが阿含宗の修行法
である、「勤行・梵行・先祖供養」ということなのです。
そしてそれらをやる傍ら「随煩悩」をどうにかしなければいけないわけです。

ですがこの随煩悩は厄介で難解です。いとも簡単にクリアできたら誰も苦労はしません。
ましてや「深層意識」なのですからね。
霊障としての深層意識的存在は先に言いましたように「先祖供養」で解く。
あとは生きている本人自身の「深層意識の調整」が成せれば仏陀になれるのは近いわけです。

ところがそれに対しての講釈は一人前ですが、実際の示唆が無いのですから話になりません。
尚且つ金を払わないと&一定の条件をクリアしないとその入り口さえ立てない。

そしてそれらのクリアをしていざ因縁の項目やどんな随煩悩であるかを指摘してもらっても
それを解くための指導がありません。

353天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/26(木) 14:34:16
これで桐山氏は因縁解脱を果たしたといえるのでしょうか。

尚且つ「自分には脳障害の因縁は無い」と宣言していたが、数年前から脳障害の顕現が出て
脳梗塞を患いその影響下にあります。
つまり言っていることと実際に桐山氏に起きた事実との整合性が無いのです。
これでは仏教の悟りどころか阿含宗で言っている因縁解脱さえ果たせないのですから如何に
デタラメでインチキを成してきたかを自分で暴露してしまったようなものです。

ですから随煩悩を掲げ心理学を用り講釈をたれても「何の効果も無い」ということです。
インチキでデタラメとハッタリ、妄想や想像で考えた類の構成ですからボロがでたのです。
また実際に突き詰めてゆくと、どうしても矛盾や不整合な点が浮き上がってくる。
それに対し桐山氏は深く明快に答えることが無く、言うことといえば詭弁ばかりです。
または急に切れたり強がって見せたりなどをすることしかしない。
相手に納得が行くだけの説明も無く、また実際に示して成功事例を見せたことが無い。
嘘とハッタリで経過してきた人生だというのがモロバレなのが桐山氏なのです。

第一心理学者でも精神のプロでもない人間が「どうこうできる」というのもおかしな話です。
精神科のDrも精神を患った人を治すのに本当に骨が折れている。また実際ある精神科の先生は
自分の著書の中で「必ず治せるという保証は無い」とさえ言われています。
プロでもそうなのですから、単なる一介の宗教家がいとも簡単に治せたらその方が奇跡です。

まあ「奇跡の教団」というのをウリにしてきたのですから、それも手伝わせて発展してきた
のでしょうが、ここ最近はトンとその得意の謳い文句さえ聞こえてきません。

354天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/26(木) 14:34:40
勤行について少し説明をさせていただきましょう。
桐山氏は観音慈恵会から阿含宗になって、それこそ昭和59〜60年辺りからといったら良いでしょうか。
勤行のこういった説明をあまりしなくなりました。それを書いてある本があります。

「人間改造の原理と方法」という本です。ここの47Pから私が述べた意識層に於いての説明があります。
その後見て行くと実践編として160Pから具体的な説明に入っています。
そして190Pから私の言いたい事が書かれているのです。そう「千座行」について書かれています。

要約して言えば「千座行(現在は仏舎利尊行)を行えば無意識層に開放が適う」ということです。
ですが、私の経験ではこの事実は「見あたらない」のです。

まず実際的なことから言えば、いくら勤行をしても開放されたという事実がありません。
もしも開放されるのであれば信者さんが抱える精神疾患の事項や煩悶などは改善の傾向に成るはずです。
そして中々治らない場合は教祖の指導によって改善が成されるはずです。
しかし、そう言う事実はありません。

次にこれは欺瞞を知ってから掲示板やHP活動を知ってからわかったことですが、阿含宗で授けている
旧名称であれば千座行が「よその教団のパクリ」と密教古来からの秘法成るものなんてものではなく
ただの祈祷法に桐山氏が味付けしたインチキ物であることがわかったことです。

こんなもので「意識層を変える」とか「運をよくする」とか「習気を取り除く下地行」などとよく言えた
モノだと呆れかえりました。
私も在籍中はここまで知らなかったがいくら&長年勤行をやっても抑圧が開放されないので変だと思った。
尚且つ自分のちんけな抑圧などは可愛いもので、精神疾患を持っている信者さんは悲惨です。
救いを求めて阿含宗に来ても治らず、尚且つ言う言葉は「解脱供養と実際に精神科に行くべきだ」という
お粗末な回答だからです。尚且つ解脱供養をしても改善が見えずとなると「阿含宗では無理な場合もある」
とさじを投げる回答ぶりという始末です。結局嘘をついているので証明も改善もできないのです。

355天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/26(木) 14:42:48
別著の「チャンネルをまわせ」には265Pより千座行について「霊障及び先祖よりの抑圧」を書かれています。
ここの要点は「人は様々な抑圧を持っていてその影響下にある。それらを開放せねば運命の改革も改善も
望めない」というものです。悪い運命は「悪因縁」ということであり悪因縁は無意識層にあるのであり、
それらが人の悪い運命を形成している元である、としています。

これらを開放するためには千座行と解脱供養が必要である、ということです。
ですが、これはオカルト的なものを心理学や科学的な説明?によるもので決してやっている行為は宗教
そのものだが、中身はそうではない。システマティックなもので釈尊の成仏法にはこういったものが
隠されていて実は凄いものなのだ、と謳った訳です。

ですが、いくらどのように謳おうが実際的に示せなければ無意味です。
私は信者としても実際的に経験をしてきましたし、一番の気づくきっかけはこの教祖の書物を読んだり
ビデオなどの解説をそれなりに勉強した。そして何とか「釈迦の成仏法」で法友が救われて欲しいと
いう懸命さから見えてきた事項でした。

今までこれを言わなかったのは結構面倒くさい事項だったからです。
尚且つ信者で無い方にこれを説明するのはいささか気がひけた。
ですが、一部の方には阿含関連のデータもお分けしているのできっと著書も示しながらだとわかる
のではないか。また私も掲示板の活動もある程度年数が進んできたので「良い頃合かも」と感じ
今回の公開に踏み切りました。

ですので、阿含宗では勤行が要であり、それに関して梵行、先祖供養が重んじられるというのがある程度
お分かりになったと思います。
因縁解脱に際してもこのような「裏」というか細部説明があるというのは管長の著書を読まない人には
あまり知られて無い事項です。そして逆に信じているのは「因縁解脱と宝生の功徳が授かる」という事項
だけだと思います。

またなぜに頭の良い人(主に学問の知識がある人とみてもいいでしょう)が阿含宗の詐欺に引っかかるのか、
というのはこういう教祖の「方便」に騙されたというのがあります。
さも学問や知識があるように見せかけて実際はパクリとか嘘のオンパレードの詐欺師であった。
まったく以って桐山氏は用意周到だったというか現代人の隙をみて突いてきたな、という感じです。

いづれにしても仏教の基礎知識が大抵の人が持っていなかった(知らなかった)のが騙された原因でしょう。
如何にこうやって見事な?方便を広げても「釈迦仏教ではあるまい」というのと整合性の無さをわかったら
阿含宗には入信しなかったと思います。

そう言うわけで途中省いた箇所もありますが、それにしても長い(汗)
最後まで説明にお付き合いいただきありがとうございました。以上でお粗末ですが説明を終わります。

356道場:2012/04/28(土) 08:40:34
全くその通りです。
桐山詐欺師の裏側がしっかりまとめ上げられておりよく透けてみえます。
わたしも引っかかった一人ですのでとても共感できます。

357天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/28(土) 21:39:45
>>356 道場さん、感想をいただきありがとうございます。
拙い頭でどのように自分の経験と思いを表現するかが本当に難しかったです。
そんな中、共感いただけて本当に嬉しいです。感謝申し上げます。

>>354 誤字がありましたので訂正。

次にこれは欺瞞を知ってから掲示板やHP活動を知ってからわかったことですが

これを

次にこれは欺瞞を知ってから掲示板やHP活動をやってからわかったことですが

に訂正です。大変失礼しました。

358淵海子平:2012/04/29(日) 10:27:31
天照さんのバイタリティーあふれる文章とても参考になりました。

はっきり言うまでもなく阿含宗では深刻な精神病で苦しむ方々を
救うことなどできるはずがありません。
阿含宗の法で精神病が治るとは偶然を神仏に託してただ拝んでいるだけです
要は責任を神仏に押し付けてあとは知らんぷりということでしょう
そのような偶然(奇跡?)にすがるしか解決策を持っていないのが
阿含宗の実態であります。
実際はなんの手立てもない、当たり前です、所詮ただの宗教団体なのですから。
それをさも、何でも解決できる、どんな葛藤も解決できるなどと期待を持たせて
信者勧誘、集金活動しているところに問題があります。
私の法友で長年精神の葛藤に悩み苦しんでいた方がいました、彼は
総本山に社務所ができた時、こう言ってました
「これで長年苦しんできた葛藤から救われる、なぜって?管長が念力で直接
私の脳を強じんでタフな脳に改造してくれるのだから」と真顔で語っておりました。
彼は社務所ができた時にくばられた修行方針のマニュアルを見てそう信じたのです。
だがその社務所も今は全く機能しておりません。

私が唖然としたのは
守護霊授与に関して桐山さんが
「守護霊はそれなりに幸せでエリートな人にしかお授けできない」とはなしていたことです
何故なら不幸な人にお授けしたら阿含宗の守護霊の評判が落ちる、だから授与者はよくよく吟味する
必要がある、というようなことを言っていたのです
私は唖然としました、何のために守護霊を与えるのか?始めから幸せなエリートに
守護霊を授与してどうなるというのだ?今、貧しく日々の生活に追われ苦しんでいる人にこそ
守護霊が必要なのではないか?それを教団の評判が下がるから不幸な人にはお授けできない
とはどういうことか?
本当にバカバカしく思いました。
はっきり言うまでもなく阿含宗では病気は治りませんし病気になっても責任取れない取りません
しかし布教伝導にはどんなことも解決できると断言しています
阿含宗と桐山さんは自分が吐いた言葉に責任は取りません。
阿含宗と桐山さんにおんぶにだっこ、たよりっぱなしの人生に終止符を打ってください。
自立した人生を
自灯明法灯明です。

359天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/01(火) 06:43:30
淵海子平さん、感想とご意見ありがとうございます。
本当におっしゃるとおりで私は教団内にある様々な事項を見てその酷さに呆れたものです。

私はここ数年前まではサービス業に就いていて中々阿含宗の行事や修行に参加できずいつも
不憫さと悔しい思いで居りました。それが数年前からサービス業を辞め転職してある程度
時間が取れるようになって阿含宗の道場に足繁く通うようになって深く接するようになって
から阿含宗の実際の事項などにようやく触れられたので気づいたと思います。

会員の激減と会員が道場に寄りつかない現実。精神疾患を持って苦しんでいる人のいる現実。
教祖の教団の状況(足元)さえ見えていないという事その他挙げればキリがありませんが
とにかく下っ端のいち信者が危機感を持っているというのに教祖にそれが無い。
欺瞞を知らない当時の私でしたが本当に馬鹿げている・狂っていると思いました。

あまりにも妄想を展開しすぎて信者も相手にしなくなってきたのが現実のようかと。
そのように感じましたね。
はっきり欺瞞を知らないから辞めてない人が多いようですので、欺瞞を大破の信者が知ったら
おそらく阿含宗は半分以上の人が辞めると思いますね。

まだまだ欺瞞を皆さんに知らせるには工夫や方法、時間が必要です。

360天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/01(火) 06:45:05
誤字訂正 大破=X 大抵=○ でした。

361天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/05(土) 06:34:27
阿含宗に神仏がいるか、ですが、まあ究極的な割り方をすると成ると2つにわかれましょう。
1つは「居る」ですし、1つは「居ない」というやつです。

居るにしても、ではどういうのが居るのか?になります。
そうなると教義に沿ったものから追うのが一番わかりやすい。

まず釈尊。三身即一の如来。ジュンテイ如来。後は二大龍神さまと密教で得意の数々の諸尊ですか。
これらがいわゆる「神仏」ということでしょう。

ですが、これも追ってゆけば「居ない」のがわかります。
まず、釈尊。釈尊は死後霊界に行かれ涅槃へ入っています。
ですのであちらの世界からこちらへは来ません。

またブッダ最後のたびでもアーナンダに言っているように遺骨(仏舎利)に於いても特段
その中に釈尊の魂が宿るとか何か効験があるとかは無い旨を言われています。
そうなると仏舎利を祀っても別に効験は得られないし、魂があるわけでもないので特に不要。
尚且つスリランカから分骨してもらったようだがあれは「真正」ではないので意味が無い。
真正でも拝んでも何も無いので如何に密教の様式であっても意味を成さないのです。
そう言うわけで釈尊を本尊に迎えうっても神仏の加護は特に無い、ということがいえます。

362天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/05(土) 06:41:26
三身即一の如来。ジュンテイ如来。後は二大龍神さまと密教で得意の数々の諸尊ですが、これらは
架空の存在で釈尊が「居るぞ」と認められたものでは有りません。
後世の人間が考えて作った架空の存在です。

例えばウルトラマンという特撮があります。そういうウルトラマンが本当に実在して宇宙の果てから
本当に現れるのであれば信じることも出来ますが、それはありえません。
それと同じようなのがこの諸尊の類なのです。

この世で如来なのは釈尊だけです。これは歴史上事実な如来です。
それ以外は架空のものです。

ですからそれらを如何にちりばめ陳列しても架空の存在を超えられない。
そして架空の存在を拝んでも何も得られないわけです。

日本には神道などもあり色んな宗教を受け入れる姿勢がありますから何でもOKな
体質があるのでつい「何でもあり」になってしまいがちです。

また私の経験上阿含宗の信仰をやって効験を得たのはほとんどありません。
法友でもそう言う人は多く存在します。
つまり架空の存在を拝まされて「居る」と錯誤させられて搾取されている、ということです。

阿含宗はまさに詐欺宗教です。

363akb55:2012/05/05(土) 16:07:52
天照さん344〜362お疲れ様でした。おっしゃる通りです。
私も長い間、現形に引きづられて「居る」と錯誤させられていた者です。
桐山さんは、大乗仏教を腐すために作者不明の偽仏教経典と言っていました。
その表現で言うと阿含宗の神仏は、偽仏教経典製作者たちがこんな仏様が
居たら良いなぁと頭で考えて作った架空の仏です。何の力もありません。
信者のみなさん、冷静になって良く考えて下さい。

364天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/05(土) 16:43:48
akb55さん、ご意見ありがとうございます。

思うにゲイカは我々に何とか「自分の主張を皆に認めさせたかった」考えにより示すものが欲しかった。
その方法の1つが「現形」だと私は思っています。
やはり色々な説明なども必要では有りますが、視覚に訴えるものが効果は出やすいというのがあります。
文字よりも写真、写真よりも動画、というようにWebの世界でもそういう訴求力というものの影響力はあります。

尚且つ神仏は霊のように形が無いためどうしても目の前に「はい」と出しづらい。
それをどのように信じさせるか、となれば現形での写真で「どうですか」と示す方がやりやすい。
写真などの技術のある時代だからこそ成しえた騙しのテクニックであると思いますね。

また写真の無い時代からも騙しのテクニックはあったようです。
それは「騙す方の展開を思い込ませて信じ込ませる」というやつです。
写真の無い時代には「口八丁手八丁」よろしく言葉で信じさせるしかない。
また素人を騙すにはある程度の理論などでも見せるしかなく、それ以外だとさくら方式、つまり
信者の誰かが何らかの奇跡体験をする。そうするとそれは現実に起きたことなので信用しやすい。
誰それさんがガンだったがそれが阿含の力で治った、となれば信じ込みやすくなる算段です。
うちの弟もなかなか治らなかった肝臓の値が一発で治ったわけですから、私もさすがに信じた。
ところが阿含の奇跡はせいぜい一度きりが非常に多い。奇跡は再び得れず弟は亡くなった。
また死ぬか生きるかまで行かない法友も救いを得れず困窮したままです。
阿含の神仏は本当にいるか否か、を論じたくなくても自然と論じまた検証せずにいられない。
そこから派生したのが自分の検証や考察へシフトして行った経緯がありますね。

365天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/05(土) 16:58:19
akb55さんは私などより種々の深度の経験があるとのことなので私の例は些細なものでありますが、
阿含宗を愛し探求から成された考察や検証が最初でした。
「どこかに救いがあるはずだ」そう信じて自分は勿論法友らの救いの道も求めていました。
(当時は弟がまだガンが発症してなかった)

探求らが2〜3年続いてから弟のガンの発症があり、尚も救いを求める気持ちは高まった
次第です。でも求めて行った先には神仏からの答え(応え)もなく、教祖も教団の状況や信者の
状況を把握しておらず呆れる始末。このような状況に「信仰に救いを求めていてはダメになるのではないか」
と思ったわけです。こうなると信仰をしている意味がなくなります。

別に頼りたくて頼るわけではない。出来れば神仏や教祖の力など頼らずに危難を乗り越えクリアしたい。
だが、そうなると阿含宗の信仰は不要となってしまうわけです。
そして阿含宗の信仰に返り咲くと「困ったときは仏様におすがりしなさい」という教祖。
これでは自家撞着に陥るのは当然ではないか、と思いました。

そこで私は気がついた。ああ、宗教というのは依存させてなんぼ、の世界なんだなあと。
欺瞞が知らないからここまでしかわからなかったが、実際そうでした。
そして当てにならない本尊(神仏)や教祖に頼らず「どこかに道は無いか」と模索した。
その後その願いが届いて「2ch」にたどり着くわけです。そして欺瞞を知った。
結果「阿含宗は嘘とインチキとデタラメで構成された偽仏教・詐欺宗教」ということでした。
だからいくらやっても効果など出ず、自家撞着に陥るわけです。

366天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/05(土) 17:10:46
私は常々提唱していますが、さほど困ったことが無いような環境の良い人・境涯の良い人は阿含宗の信仰を
やっていけると思っています。教祖の嘘を飲み込み信じまくって幸せな気分で居られる。結構なことです。

私が言いたいのは自分や自分の家族、知人、友人などかけがえの無い人が苦しんでそれがどうにも
救われないという状態に陥った際に心より信じた阿含宗の信仰が機能しないということへの叫びなのです。

平素安穏で平和・無事なら何でこんなに阿含宗をインチキ呼ばわりしますか。
自分もおそらく何でも阿含宗の信仰で救われ叶うのなら疑うことはしなかったでしょう。
自分が至らない、つまり低い境涯や状態だったからこそ真剣に挑んだ、考えたわけです。

ところが教祖の言うことは矛盾と整合性の低さではピカいちです。
こんなバカなことがあるなんて、と本当にショックだった。

今したらばで「退会について」のスレで「神仏について」語っていますが、そこもそうです。
そこでは擁護意見としては阿含宗には法と神仏がある(居る)とされている。

しかしそれらが本当であればどうして私や私の法友らが救われずにいたのかが説明できない。
阿含の法は機能せず、神仏は随分差別をし冷酷な存在と成るではないか。
悪いがそんな法や存在なら要らないですよ。すぐにでも辞めて自分の力で歩くか他教に行きます。

阿含の法と神仏、成仏法があるからこそ意味を成すわけです。
意味を成さないのなら何も信仰する必要はないのです。
もしも信仰するのならそれは管長の言うように本当に「個人の道楽」になってしまう。
悪いが私は遊びで阿含の信仰などする気は有りません。

367天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/05(土) 17:19:21
ですから困ったことが人生で無いに越したことは無いが、もしも自分や自分の周りに困ったことが出て
それで阿含宗に救いを求めても得られなかった際に私や私以外にも救いを得られなかった人たちの意見が
始めてわかるであろう。ということです。
そしてその際にわかっても傷つかない程度であればまだ良いが、かなり傷ついてからでは遅すぎる。
何も無い平和なうちに気がついてこんな嘘っぱちの偽仏教教団から離れるべきだと強く言います。

後悔先に立たず、とは言ったものです。
私もまさか騙されているとは夢にも思わなかった。
阿含宗には神仏が居て我々を加護してくれていざというときには救ってくれる。
そう言うありがたい存在であると疑わなかった。

ところが実際はガンなどの事項ではない私や法友さえ救いもしない。
見て見ぬ振りなのか?と思った。
霊写真にもご宝塔にも、道場の本尊・内陣にも篤く祈り拝むだけではダメだから別途修行をして
人事尽くして天命を待つ、をした。

その結果が「何にもなし」ですよ。呆れる・失望するのは当然ではないですか。
そしてその結果を元に自分は「何が悪いか」「何が足りなかったか」などを検証・考察した。
ところが何も過失は無いのです。そこで訝しく思ったわけです。

368天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/05(土) 17:30:41
欺瞞を知って尚も考察と検証を重ねた結果、嘘とインチキとデタラメであることがわかりました。
そうなると阿含の信仰をやっても効果が無いのは当然であり、自分らが如何に教祖の指導に沿っても
効果が出ない・得られないのは当然というのもわかりました。
それだけ阿含宗の信仰というのはとんでもないものなのです。

平和で何も無いうちは戯言を言ってられる。
いざ自分がいよいよとなったらどうするか? 笑っていられるものでは有りません。
困ったことが無いから笑っていられるのです。

ですから「困った先の杖」と阿含宗ではよく申しますが、本当の杖は我々の言葉です。
批判側の情報なのです。
確かに信者としては嫌で聞きたくも無い内容ばかりです。
ですが、本当に困ったことがあって阿含宗にお金や労力を費やして無碍に終わる。
それから気づくという方法もありますが、それでは遅い。
痛い目に遭わないとわからないでは智慧がなさ過ぎます。自分もそうだった。

たまたま今の世の中はネットも普及して掲示板やHPをくまなく見れる環境が取れるようになって
きました。このチャンスと機会を活かすべきだと私は思います。

阿含宗には様々なトラップが仕掛けられています。それを見破る・知るためには掲示板や考察HPの
情報が一番有益です。また実際調べてが煩雑な場合は掲示板に来て教えを請うのも1つの方法です。
参加して学ぶ。これもかなり役に立ちます。

ぜひ桐山靖雄の毒牙に掛からないように、と願う次第です。

369天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/07(月) 11:14:10
さて、したらばにて「通りすがりの者さん」の投稿にこういうのがありました。

「何年か前にテレビで、エドガーケーシーを取りあげていたのですが。
DVDに録画してたまに確認しているのですが、「アカシックレコード」という言葉で
因縁、神仏に似たような行動を説明していました。
いまだに、解答を得ていないのですが。(また、別の機会に続きを)」

これは本来阿含宗のことには関係ないのですが、私もちょっと語りたい面があります
のでしばし触れさせていただきます。

私も1999年より前にTVでエドガーケーシー氏を取り上げた番組があり、その
影響もあって本を買い傾倒した時期がありました。
また阿含宗とも関連する事項などもないか、なども模索しておりました。
非常に懐かしい話題であります。

私は自分で研究した結果ですが、エドガーケーシー氏のことはやはり阿含宗とは
あまり共通点はないように見受けました。
いち心霊とか超常現象などの世界であれば十分カテゴリがあってよろしいのでしょうが、
やはりかなりの結びつきはないと判断しております。

そしてアカシックレコードのことですが当時自分は何も知らないだけに興味を持ちましたが
調べていくと「どうしようもない事実」に行きあたり離れた経緯があります。

まずアカシックレコードを読むには「誰でも読めない」ということが1つ。
次に仮に読めたとしても「あたらない」という事実です。
この2つが私が離れた最大の理由です。

本の作者によっては「誰でも読もう」というようなことを言っている人が居ましたが、
完全にオカルトです。まず実際にそう言うことはできませんので絵空事であるのが
わかります。

次に読めても当たらないのであれば意味を成さない、という点です。
せっかく「読むだけの能力」を得ても(笑)当たらないのであれば意味が無い。
これには大きく分けて2つの理由が挙げられます。

1つは「読めているつもりで本当は読めていない」
もう1つが「読めているのだが刻々変化するので内容が変わるゆえ外れる」
というやつです。

しかし私はこれは詭弁だと思います。何のためにアカシックを読むのかには意味があり
まさか天体観測と同様には出来ますまい。
アカシックには古来からの記憶や情報があり尋常ではないものです。
その物を読んでも意味が無いに等しいのなら読めても読めなくても意味は無い。
ですから私は興ざめした経緯があります。

370天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/07(月) 11:27:20
また仏教の教義に照らしてもさほどアカシックは必要ではないと感じましたね。

釈尊はひたすら煩悩解脱を薦めた。ブッダになって涅槃へいたる。
まさに究極の世界へのいざ無いが仏教の目的であり修行の最終点です。

そこにはアカシックが如何様なものであろうが解脱すれば別段関係ない。
解脱途中の過程であってもせいぜい自分の過去や広い宇宙でどうだとか色んなもの
の情報などは得られるでしょうが、情報というだけで解脱にはやはり関係ない。
一介の情報という程度であろうと私は思います。

もしもアカシックが解脱への手助けに成るものがあるのなら良いかと思います。
しかし、最終的には手助けはあくまで手助けを超えられず、肝心なのは自分です。

ですからどうせ読めないアカシックは夢物語としてわたしはひたすら解脱への
模索や修行する方で良いかと思いますね。

そして「いまだに、解答を得ていないのですが。」とありますが、私はそれは
正解だと思います。
アカシックには回答は書かれていないと思います。
それはいまだそう言う記述をする人を私も見たことが無いからです。

特にインチキ・パクリである「因縁解脱」に於いてそれがアカシックに書かれて
いるというのは甚だ懐疑です。

私はアカシックはPCでいうところのHDDと認識しています。
おおよその構築として情報はあるものの、生ものとしての生き物の変化で多少の
差異が生じたりすることがあるようですし、それも書き換えられたりなどする。
だからあくまで記録装置としてみているので私はHDDだなあ、と見ています。

だから仏教の事項に即すると当てはまらなくなってくるでしょうし、参考にしても
あくまで参考にしかならないと思います。それは読めたら、が前提ですが。

ですから読めない我々は単なるそう言う存在があるようだという興味とか創造の世界
で置いておくしかないと思いますね。

後は通りすがりの者さんの意見も伺いたいので、投稿をお待ちしております。
もちろんこの話題に「乗った」とか興味や情報のある方の投稿もお待ちして居ります。

何せ@chs-1ですからwww

371天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/07(月) 11:52:02
誤字訂正

アカシックには回答は書かれていないと思います、を

アカシックには解答は書かれていないと思います、に訂正です。

372天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/11(金) 09:07:06
アカシックについて再度。

実は書いたつもりで書き損じてたのに気づいたので追記、というのが本当のところ(汗)

著者名は忘れましたが、トンデモ本の著者にあげられていたのを後で見てびっくり。
確かに後で見直して「あ、本当にトンデモだ」とわかりブックオフに売ってしまいました。
買取は¥50だった。

さて、私がその方の内容で印象深く覚えているのは「アカシックを読め」というやつでした。
アカシックには様々な記録が成されている。過去だけでなく未来もある、というのです。
だからアカシックを読めば未来がわかる、というやつでしてこれは興味が出た。

アカシックを読めば自分の因縁がわかる。発生の原因もわかると思ったのですね。
だから「アカシックを読め」にはなるほどと思ったのです。だから本も買った。

しかし、私も当時はかなりの阿呆でしたから「読む方法がない」事に気づかないわけです。
で、後から「どうやって読むのだ?」に気付かされたわけです。

さすがに霊感でも無理ですし、第一そんな存在わかりますかね。
そこで初めて「ああ、建前だけの中身のない本か」とトンデモに気づいたわけです。
(トンデモ本の著者に挙げられたのを観て気がついてから確認した、が正しいのですが)

トンデモ本の著者一覧に挙げられたのを観て気がついたのですが、アカシックを読めの人
だけでなくその他にも数人挙げられていました。
それらの皆さんはやはり内容は「トンデモ」でしたね。内容がトンデモだから挙げられた
わけですが、私は最初気がつかなかった。疎いとはこのことです。

もしも阿含宗がこのトンデモに挙げられていたらどうだったなか?ふと思うときがあります。
まあ、当時の私は欺瞞も知らず尚且つ疎かったのですから気づけたか皆目わかりませんが、
阿含宗で言うならば「チャンネルをまわせ」みたいなものですか。

チャンネルをまわせ、という表題は格好よく斬新に映りますが、ではどうやって?は
やはりわからない。そりゃあアカシックよりも「これがまわす方法だ」と阿含宗の信仰を
薦めれば事足りるのでしょうが中身が無いですから、判別するには時間が掛かる。
やはり騙されるのは必死でしょう。

アカシックを読めは別段宗教でもなんでもないですからまだ可愛いですが、もしこれが
宗教ならば大問題です。読めもしないものを読め、ですし、それをどうにかできるわけはない。
やはり頭がイカレた人や集団、となっているでしょうから。

そう言うわけでアカシックで思い出した事項で書くのを忘れていた追記、でした。

373天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/17(木) 06:29:51
>>372 なんじゃこりゃ。誤字発見。訂正を。

「もしも阿含宗がこのトンデモに挙げられていたらどうだったなか?」の最後の部分「なか」ってどうよ。
ここは「かな」が正しいです。

訂正しお詫びいたします。

374天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/18(火) 06:28:41
この板内の@chs−1第四章で自分の投稿[594]から書いたことを深く書きたいと思い、ここで展開します。

あの事項は自分が退会する直前に際する時期、つまり阿含宗をよく勉強し、如何に解脱できるかを追ったゆえに
欺瞞には気づかなかったものの当時在籍していて考察した中身なのです。

事の発端はゲイカの指導に沿うが、なかなか成果を得られないことに疑問を感じていました。
欺瞞を知れば一発で理由がわかるのですが、その頃はまだ掲示板というものを見ておらず、全く騙されていた
時期ですから、答えが見つからないわけです。

しかしながら、「ゲイカの教えには答えや鍵があるはずだ」そう信じてゲイカの過去のビデオや本を読んだり、
ダルマチャクラや座右宝鑑などを読んで回答を得ようとしていました。
その行為の結果、欺瞞は知らないものの批判側の提示したことへのいざないになったと思っております。
私が早く批判側の説明内容の意味を把握できたのはここにも原因があったかと思われます。

阿含宗では密教にあるように「現世成仏」が目的です。その現世成仏を果たすにはそれなりのシステムというか、
内容があるはずだと信じて疑わなかった。そしてそのための指導をいつか受けられると思っていた。
普段の例祭やゲイカの発言には「まだ本格的指導は無い」というのは知っていましたから、私たちの修行が進んだら
いつかは本格的な指導、つまり仏陀になれるための指導がある、と思っていたわけです。

しかしながらそれはいつまでも見えない。今まではオウム真理教がスパイを阿含宗に送っていたため指導ができない、
とゲイカが言っていたのだが、オウムも警察に捜査され解体されたのですから、さあいよいよ待った甲斐があった。
ようやく指導が受けられる。そう思っていたわけです。

375天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/18(火) 06:42:50
ところが皆さんご存知のように、いつまで経っても指導が無いわけです。
それに対しさすがの私もイラづいていた。
「これからは弟子たちの育成の時期に入る」と宣言していたくせに得に指導が無いわけです。
これにはさすがの私も頭にきていました。

しかし、ゲイカに文句を言う前に「自分でちゃんと調べて置かねばゲイカに文句は言えない」とか
「ゲイカはヒントを出していて気づくようにしているのかもしれない」と考え、まずは怒りを抑えて
阿含宗の総ざらいというか再勉強を試みたわけです。

そして色々見て行く内に当時推奨していた「心解脱」に目が行った。自分自身あまりこの心解脱には
興味が無かったのですが、そこに鍵があると思い横に置いていた項目「心解脱」の考察に入ったわけです。

すると簡単に言えば心解脱は「気づくための自己研鑽」と「自分の悪い性格を矯正する」という2つがあると
自分は判断しました。なるほど。これをまず成しえて自己を矯正してゆく。そこからメソッドみたいなものへ
入ってゆくのだな、と観念したわけです。

そしてその性格矯正について「どうすべきか」を考察したら、そこで止まった(頓挫した)わけです。
どういうことか? つまりゲイカは座右宝鑑や法話などでいろいろ言うことは言うが、実際に性格矯正をするかは
指導が無いわけです。

そういうと「十善地法があるじゃないか」という人がいるかと思いますが、あれを良くみてご覧ください。
項目上げと講釈だけで実際にどのようにするかはありません。

例えば性欲が異常に強い人がいるとします。そういう人にどのように指導するのか?
ただ単に「煩悩滅却だ」とかで滝に打たれたりするのでしょうか? 別なことでもいいが、自分に起きるどうしようもない
沸き立つ事項の様々なことをあの十善地法でクリアできるのでしょうか。

例えが極端でしたから実際の話をすると、阿含宗内ではかなりの精神疾患に悩まされている人が相当数いた。
これは道場に足しげく通えなかった自分が一時的に無職になり、頻繁に道場に通えるようになってわかったことです。
そういう方々の問題をどうクリアできるのか、が非常に探求の根幹となったわけです。
そしてそういった方々の救済と解決を「阿含宗は果たせる」と期待した自分があったのです。

376天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/18(火) 06:52:42
つまり真摯に追ってゆくうちに「十善地法だけでは無理だ」とわかった。
そうなると霊的な問題は解脱供養をすることで解決するだろうし、後はゲイカによる直接指導があると思った。

ところが阿含宗ではネット回線を使ったネットワークがあってゲイカが東京やどこかの道場にいて相談者などの
諸問題に対応して指導をしていると期待していたのですが、それが「皆目無い」とわかって「変だ」と思いました。

今まではゲイカが実際に飛行機やJRなどで地方道場に来られ底で指導しているというのはありました。
しかしネットというものを阿含宗でも使えるように整備が整ったわけですから、いつでも迅速な対応と指導ができる、
そう思っていたわけです。しかし、それが皆目無いとはどういうことか?

私の疑念や疑問は高まるばかりです。

そしてとりあえずゲイカの言った事はやっていたわけです。
お金が無いので解脱供養以外のことはやっていた。梵行はもとより、十善地法でやれるものはやっていた。
しかしすでに「これで指導なのか」とわかりきっている物足りない十善地法では限界があります。
そこでイラついていた最中、ネットのところに心が動いた。

「暇つぶしに阿含宗ではご法度であったネットでも見てみるか」

これがまさか幸いするとは夢にも思いませんでした。
そして掲示板を見ていて私を知っている人にはもう承知のことですが、色々掲示板で参加するうちに欺瞞を認識した。
そして退会し自分は欺瞞を世に知らしめす方法としてHP作成や掲示板運営に動いているわけです。

377天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/18(火) 07:00:44
十善地法のことを馬鹿にした書き方をしているような印象が受けるかと思いますが、そうではありません。
別段私は十善地法に恨みはないしケチをつけるつもりはありません。
ただ、実際問題としてあれでは性格矯正は無理だ、とわかっているからそこを言うのです。

ゲイカは因縁透視をして信者さんの因縁を示します。そして十善地法に沿った改善方法を示します。
ですが、それらは項目だけで詳しい説明もない。わからなければ座右宝鑑などに書いているからそれを読んで
自分で修行せよ、がゲイカの姿勢なのです。

これって果たして指導といえますか? 変だなあと思いながらも沿ってしまうのが信者。
だけど示したものをやらずにいたら文句を言うのは筋違いだと考え、深く考察し実際にやれるものはやった。
ところがあんな概略項目というか深くないものに改善などできるはずがありません。
むしろ改善をなしえた人がいたら「見てみたい」くらいです。

つまりゲイカはちゃんとした指導などできません。
しかし指導できない、では教団が持ちません。なので十善地法なるものをだしてそれを講じることで改善がなせる。
成せないのは自分の修行が足りないからだ、熟してないからだとしているわけです。
そういう適当なことで我等をごまかしているのが現実なのです。

378天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/18(火) 07:06:30
そして第四章でも触れましたが、まさか追っていった結果で心解脱は「ビッパサナー」になるとは夢にも思いませんでしたね。
そしてその行為が釈尊の教えというか修行法であることなど気がつくはずがありません。
どこまでも自分というものを見てゆき、自己を鍛錬してゆくなんてナモナモ行為の阿含宗にはそういったことなどありませんから、
私はゲイカに文句を言う前にヒント的なエリアに近づき、尚且つ掲示板に触れて真相を知るのですから、時間や年月は掛かったものの、
本当の仏教と欺瞞を知った成果は得られたのは本当に幸いでしたね。

ですからゲイカのやっていることは嘘とインチキと出鱈目だと批判するのがそこです。
全くなっていない。

時間が来たので、また時間のあるときに書かせていただきます。(一旦終了)

379天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/19(水) 05:07:24
早朝から失礼します。それでは>>376の続きから追ってみましょう。

私は阿含宗で解脱するには2つの物が必須だと見ていました。
1つは霊的なものを取り除く。1つは実際的に自分というものを構築・調整してゆく。
この二つが重要だと見ていました。

後者の方は後で書くとして、先の方の「霊的なものを取り除く」ですが、いわゆるこれが
「解脱供養」を主とした「先祖の怨念を無くすもの」であり、自分の習気にも関わること
なので阿含宗的には重要なものです。

しかし、果たして釈尊がそういうことを示唆していたか?というと見えてこない。
なので調べてゆくと驚愕の事実が。
つまり釈尊は死者成仏など無関係であったことがあるのです。

死者の怨念・霊的障り、というのはゲイカの主張です。
そしてそれを解くには「シャカの成仏法」が必要なのだという。
しかし、肝心のその「おシャカ様」が死者を成仏せしめない、としたらどうするか?
そうなるとゲイカの言っていることは「おかしい」となります。

先祖が成仏できずに怨念などを抱えたままに中有界に留まり、生きている子孫に悪影響を与える。
生きている側は死者の不成仏の影響で運命や人生に悪影響を受ける。
これが阿含宗の教学であり、ゲイカの主張です。

これがもし「嘘」であったらどうするか? いや、実際嘘なんですが、そこに私は気づかなかった。
ゲイカの主張は正しいものと信じていたわけです。ところが嘘だった。
釈尊が説かないものをゲイカは言い、我らにその嘘の示唆を行わせていたのです。
霊的障りや悪影響などはゲイカの作り事であり嘘だったのです。

380天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/19(水) 05:18:22
嘘なんですから解脱供養なんてものをやったところで効果など無いのは当然です。
そうなるとゲイカが言った「霊的浄化」なんてものは「無い」ということです。
間違った思考であり、釈尊が説かないデタラメな考えなのです。

私は先に「道場で見かけた精神疾患を抱えた信者さん」を見かけました。
皆さん大変苦しんでいて難儀な思いをしておりました。
それに対し阿含宗では「解脱供養と実際に病院へ行っての治療」を勧めていました。

しかしなかなか治らないのが現実で、それこそ簡単に治るのなら苦労しません。
尚且つ病院へ行って治らないから阿含宗つまり宗教に救いを求めているわけです。
ですが、実際に回答があるのは「治るまで解脱供養をしなさい&病気治療しなさい」
なのです。

これを見て私は呆れました。
ゲイカは「病気なら医学で治せる場合があるが、医学で治せないものは宗教で」と
宗教の持つ力、阿含宗の持つ力というものを出していた。
ところがさすがの阿含宗でも効果がなかなか見られない、となると効果が出るまで
解脱供養を重ねるか、長きに渡って病院での治療をせよ、で終わるとは何事か。

奇跡の宗教という阿含宗もなしのつぶて。尚且つ霊的障りを霊視にて見つけ出し、
その解消へといざなうのがあってしかり、なはずです。
だが、それが成されていなければ、意味などあろうか。

後で阿含宗&ゲイカの欺瞞を知ってそれはわかりました。
嘘をついてインチキ・デタラメな方策を説いているのですから、効くはずなどありません。
ですから、精神疾患で苦しんで救いを求めている信者さんらは助からず苦しんだまま、なのです。

救済ができない教団が阿含宗なのです。

381天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/19(水) 05:28:45
次は精神疾患などがない信者さんは、自分の力といいましょうか、指導方針に従って修行すれば
成果は得られるはずが阿含宗の教学です。
ですが、実際の指導方針はどうか?といえば、梵行と言う名称でひとくくりにして、その中の
内容は「教団へ利益が向くような内容」ばかりで端的に言えば「貢ぐ行為」ばかりです。

心解脱の内容を精査すれば、自己の洗い出しと把握をしてまず自分を知り、自分の何が足りないか。
または自分のどこが欠点(欠陥)であるかを是正する・修正することが要だというのがわかります。

そうなるとそれに対しての深い指導が必要となりますが、それが阿含宗には皆目無いのです。

私は最初それをわかったとき、自分を疑いました。
洗いざらい阿含宗を自分の知る範囲ですが調べまくった。だが、ゲイカの主張は書物や映像以外の
もので「これは」と思うものは無く、いつも同じことで終わっているのです。

まあ阿含宗は密教ということもあり、秘密というか表に出してない隠した部分があるのだろう。
そう思っていましたが、実際先達も職員もそういった「秘密裏な部分」というものは知らず、
やはり誰もが「今までゲイカが説いた事項しかない」という回答しかありませんでした。

というか、掲示板でもよく言われますが、では信者の一人でもいいから「完成者」というものが
いてゲイカがそれを認定した、という人が一人もいない、というのは明らかに変です。
見たくれもぱっとしない、または崇高そうな人物でなくてもいいから
「この誰それさんは、修行を完成した信者第一号であり、仏陀である」というのを出せばいい。
しかし、そういうことは今の一度も無く、ゲイカだけが完成者ということです。
だが、その完成者が脳梗塞でヘロヘロになっているのは果たしてどうか。

382天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/19(水) 05:35:29
阿含宗には完成者の信者は一人も無く、教祖は完成者だというが現在のような有様です。
また何の指導もなくては完成者などできるはずなどないでしょう。
そしてやっている内容を精査すれば「供養供養」というが、中身は「貢ぐ行為」です。
教団と教祖が利益する内容で仏陀になれる??? 甚だ馬鹿げた話です。

せっかく心解脱の意味や内容を出しておきながら、それをやられては困る。
だから逸らして「供養一辺倒」内容で繕い、それらをやらせるのです。
だから心解脱なんてものも「嘘っぱち」なのです。

それどころか肝心の「因縁解脱」も「仏陀になってニルバーナに入る」ことすらありません。
文言や掲げるコンセプトはそのような言い回しだが、実際はそれに沿うようなことはしない。
どこまでも供養供養で追い、教団と教祖が利益するような内容を信者に与えることしかしない。
最初から詐欺が目的なので、偽仏教で当然であり、本当の仏教から逸れても関係ないのです。

つまり阿含信者は成仏できなくても「関係ない」のです。

383天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/19(水) 05:49:48
ゲイカに騙される原因を追えばやはり「仏教に疎い」のと「釣る材料にはまる」のが原因なようです。
そもそも自分も「仏教」がどういうものか。また正しい仏教を知りませんでした。
なのでゲイカの言う・示すものが「正しいもの」と錯誤して信じてしまった。ゆえに騙されたわけです。

そこで正しい仏教の片鱗でもいいから知って、阿含宗の内容と比較し照らし合わせればその違いがわかる。
つまりゲイカの嘘などが見えてくるのです。

ゲイカの主張などは巷にある民衆が好きそうな、または聞いてもそんなに違和感を感じないようなものが
多いです。実際阿含宗でやっている護摩も真言宗や天台宗、尚且つ法華教団でも焚く。
また各種祈願や祈祷も神社でもやっていることですし、特段変ではない。

尚且つ先祖供養というものも掲げていますから、それもまたシロウトには判別がつきづらい。
仏教に疎い一般市民を巻き込んで、ゲイカの目論見が達成できるように組んだ罠というか餌に自分らは
騙されているのが現実です。

釈尊はそういった巷に遍満して認識されているものを説いていません。
どこまでも自分というものを律し、自分を変えてゆく。
人間から仏陀という存在に変わり、最終的には輪廻をしない存在になって生命を終えるのです。

そういうと「いや、自分はそういうのを求めていない。生きているうちはお金も必要だし、実際的に
利益や利便が得られるようなものが欲しい」という方が居られるでしょう。
そういう人は仏教の出すものを「いらない」といっているようなものです。
仏教は利益とかを追求するものではありません。むしろ世俗的なものから離れようとします。
ですからそういった「ご利益内容」を醸した偽仏教=阿含宗に騙されるのです。
阿含宗は仏教ではないのです。

384天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/19(水) 05:57:36
だからゲイカの主張は「阿含宗こそ本物の仏教(教団)」といっていますが完全な嘘で偽仏教です。
本当の仏教を講じるなら、「利益や世俗的なものから離れる・示唆する」のが本当です。

ただ、厳密に言えばそこは「出家者」のスタイルでもあります。
在家者にはそこまではしない。だが、結果は同じです。在家にいても最終到達場所は「ニルバーナ」です。
ですから修行の過程や内容、示唆、方法がある程度違うだけで、在家も出家も「ゴールは同じ」なのです。

それを阿含宗は正しく説いたか?というと、していません。
偽仏教で仏教から逸れている行為をしていて説ける筈がありません。
というか説いたなら教団の利益も教祖の目論みも全てパーになるからです。

釈尊の生き方や方針を知ればそのようになっています。
むしろ釈尊が儲け方針で信者や弟子を儲けの対象にした話は聞きません。
いくら私たちが仏教に疎い、といえどもそこぐらいはわかるものです。
釈尊が「俺に貢げ。教団と俺様に供養するんだ」という態度をとったなんて話は聞きません。
ですがゲイカのやっていることはそういったことを表に出さず、うまくやっている。
なので詐欺を働いていることに気がつかれづらく、ばれにくいのです。
巧妙な方法と方便で搾取して儲けているのが阿含宗なのです。

385天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/19(水) 06:08:32
釈尊はひたすら仏陀になることを教えました。
生きている間に金が必要だから、そういうのを得るようにとかは説きません。
どこまでも現実と自分というものを注視して観察を怠らない。
そして自分というものを完成させるように日々寝ている以外は修行なのです。
非常に厳しい指導であったのです。

生きているうちは楽しいことや嬉しいこと。また美味しいものや心地よいものなどもある。
しかし、それらは生きている間だけであって、せいぜい100年も味わえるかどうか、です。
またいつも長くは続かない。尚且つ世の中は変化しています。
自分が良いと思えるものも永遠には続かない。

病気をしたり、怪我をしたり、暑い・寒いもある。
人とのいざかいもある。自分の欲しいものを得れない場合もある。
歳をとって老いてゆくことも出てくる。
また自分が悪くなくても他から悪影響を受けることがある。
(戦争や気候変化などの災害などなど)

また生きているうちに良いことが多く続けば良いが、そうでない人もいる。
苦が多い人生では辛い事ばかりが続く。

人生の大半は苦が多く、死んでも輪廻して何らかの存在に生まれる。
つまり輪廻から脱出しない限り、いいことも悪いこともある世界から離れられないわけです。

それこそ人生の艱難辛苦を味わったら、「もう転生はいいわ」と思えてくるものです。
いくら美男子(美女)や金持ち、いい境涯に生まれても、それは長くは続かない。
必ず幸せと苦が交互にやってくる。終わらないドラマを演じさせられているようです。

386天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/19(水) 06:19:15
そういったものから離れるためには、悟りを得て解脱して仏陀になる。
輪廻する原因や根幹を取り除き、死後転生してこない存在になる。
それを教えたのが「仏教」です。

そのためには阿含宗の説くような「供養」なんてものではなく、自己鍛錬のような
修行が必要なのです。供養で成仏するのではありません。

また先祖の霊障だとか、徳がどうだとかは関係ありません。
全部ゲイカの嘘と方便です。

守護霊も守護神も関係ありません。自分の体1つと正しい修行法を行う。
それでいいのです。
ただ、その正しい修行法が巷には広まっておらず、実際正しい仏教を知っている人は
数多くないのが現実です。そして実践しているとなれば尚更いません。

ですから釈尊の正しい教えだけでも知っていると、如何に阿含宗が嘘の教えをしているかが
わかります。まずは偽仏教に騙されないということが必要です。
そして詐欺の憂き目に遭わず、自分の人生を歩めるようにする。まずはそこからです。
その上で、もしも「釈尊の説く本当の仏教の内容」を行いたい人は行えばいいということです。

まずは阿含宗のような偽仏教に人生を費やない。
それでなくても人生、生きていくだけでも大変です。
まずは自分の生き方を確立しなければいけません。詐欺師に貢ぐ必要はないのです。

387天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/19(水) 06:29:39
そして普通の生き方、人生というものを生きてゆく。普通の人はこれで良いでしょう。
もしも釈尊の説く「仏教」を講じたい人は道を求めて正しい教えをみつけ講じればいい。

私も阿含宗というものが本当の仏教教団で本当の教えを説いていると信じきっていた。
非常に残念なことでしたが、死ぬまでに間違いに気づけて良かったと思っています。
もしも死ぬまで偽仏教を信じていたら・・・と思うと嫌気が差しますね。

私は崇高な考えなどありませんでしたが、人生を生きてきて20代で
「輪廻したくないな」と考えるようになりましたね。

もちろん阿含宗の教えの中で匂わせた本当の仏教の事項の1つですが、本当にそう思った。
阿含宗で修行して輪廻を断ち切り、来世は生まれ変わらないようにしたいと願っていた。
ニルバーナに入るのが目的だったんです。
つまり、本当の仏教を求めていたんですね。

生きていても必ず苦はやってくる。良いことがあっても僅かであって長続きしない。
また今は私は40代ですが、体もだいぶ老いてきた。

これからどんどん歳をとり、尚且つ今の不安定な世情ではどのような世の中になるかわからない。
仮に今のままの状況であっても、生活の保障などないので不安材料は事尽きない。

またいつ死ぬかわからない。無常な世の中、人生というものをみて
「釈尊が言ったことは真理だなあ」とつくづく感じています。
そして釈尊が示唆したことを果たしたい。そう思っていたのです。

388天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/19(水) 06:38:36
だからもしも「俺は阿含宗が好きだ」とか「ご利益結構」など私の意見を否定して
阿含宗命でいる方はそうすればいいでしょう。

しかし、嘘の教えを講じさせられるのが嫌だ、とか本当の仏教を講じたい人は
すぐにでも阿含宗から去るべきです。人生の無駄です。

私は欺瞞を知らなくて24年も居てしまった。
早くに欺瞞を知っていれば早くにやめたし、損をしなかったと思います。

また釈尊の教えを実行するに当たってはそんなにお金は掛かりません。
基本¥0であり、まあ掛かるとすればそれらを知るために本を買ったりするぐらいです。
阿含宗に何万と使う思いをしたら、はるかに安い。

そして本など一回買えば何度も買う必要は無い。
つまり掛かってもさほどお金も使わない。購入して自分が内容をわかりさえすれば
そこからは¥0です。
本当の仏教はこれだけ健やかで搾取など無いのです。
如何に阿含宗が偽仏教で金喰い虫〜パラサイト教団かがわかります。

ぜひ、心ある方は退会して自由を得てください。そして本当の仏教を講じましょう。(終)

389名無しさん:2012/10/13(土) 21:01:21
大事な話の途中に申し訳ないのですが、2ちゃんねるのコピペアラシが
異常にアラシています。
そこで、以前運営に通報された方がいらしたら、どうすれば良いのか
教えていただけますか?

http://qb5.2ch.net/sec2chd/subback.html
以前、上のサイトでのスレたてかも、と思って書いた者ですが、
どうやら違うようです。
教えていただけると幸いです。

391名無しさん:2013/07/25(木) 14:31:01
http://jbbs.livedoor.jp/study/11788/

生長の家も荒らされているみたいですが
以前ここを荒らしてた●●が
生長の家ネームうのはなで
ご活躍中です。

39226年宗徒:2013/08/14(水) 17:00:46
道場、自宅のご宝塔から受けるバイブレーションは、やはり素晴らしい。ただ一点、これがあるから阿含宗はやめられない。

393天照 ◆MO30b8Jwoo:2013/08/15(木) 22:40:21 ID:2PyHKWBA0
>>392 ふーむ。金属と月光石と深田僧上の気合が入ったものがそんなに素晴らしいのか。
これは目出度いなあ。エイホーw

39426年宗徒:2013/08/17(土) 07:44:47 ID:HB3chb/20
宗教団体のなかで、良心的と思われる教団ってありますか?自分は金光教が良心的だと感じています。

396天照 ◆MO30b8Jwoo:2013/08/18(日) 05:21:50 ID:3zj2Ac4s0
何の信仰をする・信じようというのも日本国には「信教の自由」がありますから自由です。
●●教や□□宗を信じ講じるのも個人の自由ですからお好きに。

ただ個人的見解は別ですので意見は意見として書かせていただきます。(これも自由の範疇)

かく言う私も錯誤をしており昔は宝塔や道場の内陣からの波動は素晴らしい物だと思っていました。
ところがそれが毎度感じられないということがあり、変だなあと思っていました。

そのうち阿含宗の欺瞞を知り真偽の程を調べてみると、駄目判定が出ました。
それらは「agama考察室」の中に掲載されている通りです。

仏舎利が偽物で尚且つご宝塔はよそ様の教団のパクリと販売までされているものです。
ネットで通販で買える代物です。それを拝んで喜んでいた自分が愚かというしかない。

というかまさか阿含宗がそういうチャチなもので繕っていながら「釈迦の成仏法・力」などとのたまい、
我らに拝ませていたとは茶番も茶番です。騙す方も騙されるほうも茶番ですよ。

なので真偽の程を知らないから言える>>392ですが、ああ目出度いなあというのはそこなのですね。

397天照 ◆MO30b8Jwoo:2013/08/18(日) 05:26:38 ID:3zj2Ac4s0
あと、欺瞞を知らない時期にちょっとしたことがあって阿含宗でなければどこの教団が
良いかと模索したことがあります。

そうすると私も金光教かな?と思ったことがあります。

しかしながら阿含宗の欺瞞を知り全ての宗教に於いての判別を知ったら残念ながらどこの
教団も欠点を抱えていて肝心の金光教も駄目判定でしたね。

金光教さんも親切で良い人が多いようです。きっと対応もよろしいのでしょう。
でもやはり安心して身を任せられる。または信仰を深めて一生を掛けれるものではない。

まあ個人的にお好きなようですからそれはそれでよろしいのではないかと思います。
でも阿含宗も云々というから随分ごちゃまぜな体制ですね。

何でもOKな日本人ならではかな?嗚呼。

39826年宗徒:2013/08/18(日) 17:28:05 ID:lYhC6.qA0
ご回答ありがとうございます。ちなみに、大本の出口日出麿呂に心酔したこともありました。畢竟、宗教とは、かもしれない、という思いこみ、独り相撲の世界でしかないのかとも思っております。

399天照 ◆MO30b8Jwoo:2013/08/19(月) 08:33:17 ID:3zj2Ac4s0
私も金光教に「いいな」と思う前に「大本教」も「いいかも?」と思いました。
ですがそのときは難解だった箇所があったので保留し、他を模索の結果「金光教」が
いいかも?と思ってました。そして幸い自分の居るところにも支部があるので
そのうち行こうか、とも思ってました。
もちろんそれは入信ではなくまずは様子というか中身を知りに、という意味でした。
もしかしたら何か画点が行けば様子以上の事もあったでしょう。

しかし保留にしていた大本教考察と再度深く(自分なりに)金光教をみたらアウト判定が。
というかほとんどの宗教法人・団体でOKの出るものは世に無く、全てアウトに近い。
ですから26年宗徒さんの>>398にある
「畢竟、宗教とは、かもしれない、という思いこみ、独り相撲の世界でしかないのか」は
私は中々な見解だと思っています。

私は宗教は「人を向上させより良い人間を構築させるもの」と大事にしていた。
ところがそういう風になる人もいますが本当に僅かです。
哀しいながら実際に宗教を講じている人の多くは未熟で愚かです。(自分も含めて)

そうすると「宗教って一体何?」となる。講じる人はもちろん宗教自体の中身も悪い場合がある。
そうなれば「宗教が宗教たる所以も意味が無くなる」または「宗教は無力」もいえるわけです。
尚且つ阿含宗に於いて言うならば教祖自身から終わっている教団なら話にすらならない。

400天照 ◆MO30b8Jwoo:2013/08/19(月) 08:41:56 ID:3zj2Ac4s0
わかりやすい例を言えばキリスト教を見ればわかる。
キリスト様の説いたこともロクに出来ずむしろ宗教がネックになり戦争などを起こしているではないか。

あれが宗教を講じる人間のやることですか。
又は「キリスト教はその程度のもの」ですか。もしくは「キリスト教は何を教えているのだ」もいえる。

そういうと「いや、教えより教えを学ぶ・実践する人間の問題である」と言う人もいます。
それは確かにわかるが、では宗教の意味や意義、効力など無いに等しいではないか?

教える方は悪くないが教わる方で逸れてしまうのは教わる方が悪いのだというのは言い訳・詭弁に過ぎない。
馬鹿を言うな。そのものです。

尚且つ巷に有る宗教らは信者を食い物にする仕組みが大半です。
そういう仕組みが無い宗教で尚且つ信者が逸れない教団があればそこがまず第一段階のOK判断です。

そういう宗教は未だどこにもありません。

また教義や中の示唆もみればわかります。大抵の宗教は本尊を従える。ここでもすでにアウトです。
あと多いのは拘束が酷い。信者に強制をする。教団の中身が明瞭でない。組織化もそうです。

こういう風にまだ判定方法はあるが照らせばどこもOKはありません。


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