したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

lw´‐ _‐ノv逆上せ上がるなら君がいいようです(ФωФ )

1名無しさん:2025/08/01(金) 21:09:20 ID:l74WHbvE0

変人と言われる類の人間に、会ったことはあるだろうか。

意思が通じていると思ったら通じていない。会話が成り立っているようで成り立っていない。相手の行動をいくら予想しようとも、簡単にこちらの思惑に反した動きをする。
関わっているうちに、おかしいのはこちらの方ではないのかと勘違いしてしまいそうになる。それなのに、どれだけ相手の言動に辟易しようとも、何故か強烈に目を惹かれてしまう。
理解しようとすればするほど、分からないことが増えていく。それはまるで、海の深さを知ろうと足を入れたら、いつの間にか、体全体が海底へと沈んでいたみたいに。

しかし、だからといって海を責めることはできない。沈んだ人間の危機管理こそが最たる問題なのであって、海に文句を言う人間はいない。
それと同じだ。海の深さを知りたいからといって、足を踏み入れたのが悪いように。夜を照らす灯りに惹かれた虫が、炎で焼け死んでしまうように。
相手が数寄者であることを理解しておきながら、それでも手を伸ばした者が悪く、間抜けで、愚かで、負けなのだ。



これは、そんな変人に溺れてしまった、とある阿呆の話である。

66名無しさん:2025/08/08(金) 00:09:46 ID:t4EJT4zM0

lw´*‐ _‐ノvっll「ちょっとしたイタズラだよ。二本の指をこうやって立てて、君の唇に当てただけ」

(;ФωФ)「ゆ、ゆび……?」

lw´*‐ _‐ノvっll「ほら。こうしてみなよ」

シューがやってみせたように、自分も指を二本だけ立てて、そっと唇に当ててみる。
その感触は、ついさっきされたものとほとんど一緒であった。

理解すると共に、急激に体全体からガクッと力が抜けた。
なるほど。そういうカラクリだったのか。

目を瞑っていたから分からなかったが、てっきり、その。

lw´*‐ _‐ノv「……何をされたと思ったんだい?」

明らかに何かしらの意図が含まれた質問をされる。
少し離れたシューを見る。お湯で髪が濡れているからか、その身バスタオル一枚しか纏っていないからか、それとも別の要因か。
ずっと隣に居たはずの友人が、なぜだかひどく煽情的に見えた。

67名無しさん:2025/08/08(金) 00:10:44 ID:t4EJT4zM0

(;ФωФ)「ど、どういうつもりなのだ! こんな質の悪い揶揄いをするなどと!」

lw´‐ _‐ノv「ごめんよ。悪かったと思ってるさ」

(;ФωФ)「本当に反省しているのか!? 些か度が過ぎるであろうに……!」

lw´  _ ノv「……でも、こうでもしないと」

lw´‐ _‐ノv「君は、目を開けてくれなかったろう?」

そう言って、シューはさっきの自分と同じように、岩の縁に腕を出す。
陶磁のように白い肩がどうにも目に眩しい。

68名無しさん:2025/08/08(金) 00:11:12 ID:t4EJT4zM0


lw´‐ _‐ノv「ちょうど今からなんだ。ここから見えるのは」

(;ФωФ)「見えるって、君は一体何の話を……」

中途半端な位置で吾輩は言葉を中断した。
いや、正確には中断したのではない。

突如として響いた轟音にかき消されたのである。

突然明るくなった夜の方に顔を向ける。
さっきまで、シューが入ってくるまで一人で呆けながら見ていた夜景色。
ビルや家、商業施設に、ここと同じような旅館やホテル。

その全てを吹き飛ばすような花が、夜空一面に咲いたのだ。

69名無しさん:2025/08/08(金) 00:11:53 ID:t4EJT4zM0

( ФωФ)「……花火」

無意識に言葉が口から零れる。再び、辺りがパッと明るくなる。
花火だ。自分が見たいと切望していた花火が今、目の前で打ちあがっているのだ。

赤や黄色といったカラフルな色が、黒のキャンバスに飛び散っている。
この街すらも吹き飛ばしてしまうのではないかと思えるほどの轟音が鼓膜を揺らしている。

lw´‐ _‐ノv「旅館に着いた時に、女将さんに聞いたんだ。この温泉は、一番綺麗な花火を見られる所なんだって」

シューの説明を聞きながら、夜空で咲き乱れる炎の花を見続ける。
一発一発が見たことのないほどに大きく、煌びやか。更には普通の花火の形だけではなく、何処かで見たようなキャラクターの顔を模したものまで打ち上がっている。

普通の花火大会と違って、他の観客の喧騒もこの場にはない。
まるで、自分たち二人のためだけに咲いているのかと思えるほどに。

70名無しさん:2025/08/08(金) 00:13:13 ID:t4EJT4zM0

(*ФωФ)「これは……本当に凄いであるな」

lw´‐ _‐ノv「いや、これだけじゃないんだよ。

lw´‐ _‐ノv「ちょっとでいいからさ、こっち見て、ね?」

シューの発言に疑問を感じ、やや遠慮がちではあったが、促されるままに彼女を見る。
女神のように柔らかな笑みを浮かべた彼女は、落ち着いた様子で水面を指差した。

今吾輩たちが入っているこの風呂がどうしたというのか。不思議に思いながら、視線を少し下にやる。
そうして、すぐに分かった。

自分たちが浸かっている、この温泉。その水面全体に、花火が映っていたのだ。
池に満月が映るように。覗き込んだ水溜まりに自分の顔や、青空が見えるように。

吾輩たちが入っている温泉の水面にも、上空に咲く絢爛な花火が反射していた。

71名無しさん:2025/08/08(金) 00:14:12 ID:t4EJT4zM0


lw´‐ _‐ノv「『逆さ花火』って言うんだって」

水面に映った花火を拾うように、お湯を両手で掬ってみせるシュー。
彼女曰く、海や湖などの水面に映った花火のことを『逆さ花火』と呼ぶらしい。

少しだけ後ろに下がって、改めてシューを見る。
今度は下手に視線を逸らすことなく、しっかりと彼女の姿を真正面から捉える。
水の上に咲いた無数の花火の中心で、綺麗な長い黒髪を濡らした少女が楽しそうに笑っている。

その様子はまるで、自分が持つ凡庸な言葉で精一杯例えるなら、そう。
花畑の中で遊ぶ、夏の妖精みたいだった。

72名無しさん:2025/08/08(金) 00:14:42 ID:t4EJT4zM0

(*ФωФ)「――綺麗だ」

 心に浮かんだ感想が無意識に飛び出る。
 シューは驚いたようにこちらを見てから、嬉しそうにニコリと笑ってみせた。

lw´*‐ _‐ノv「ふふ。喜んでくれたみたいで、嬉しいよ」

( ФωФ)「……あぁ」

( ФωФ)「今まで見たどんな景色よりも、綺麗であった」

心に沸いた感情をストレートに伝える。
言い訳の一つも出来ないほどに自分は、花火とシューに見惚れてしまったのだ。

73名無しさん:2025/08/08(金) 00:15:41 ID:t4EJT4zM0

lw´  _ ノv「……どうかな、これでボクは」

lw´  _ ノv「君の、良い思い出になれたかな」

( ФωФ)「……うん?」

少し寂し気に俯いたシューに違和感を覚える。

( ФωФ)「思い出って……何を言っているのであるか?」

なんだか嫌な予感がして尋ねる。
するとシューは何かを堪えるように、体に巻いたバスタオルをぎゅっと握った。

74名無しさん:2025/08/08(金) 00:16:51 ID:t4EJT4zM0

lw´  _ ノv「……だって君は来年、地元に」

lw´  _ ノv「東京に戻るんだろう?」

鈍器で後頭部を殴られたような、そんな衝撃が電撃のように走った。

(;ФωФ)「な……何の話であるか、それは」

シューに話したことはない、それどころか同じ医学部の友人にもほとんどまだ喋っていない悩み事。
それが彼女の口から突如放たれたことに、取り繕う余裕もなく慌てて尋ねた。

75名無しさん:2025/08/08(金) 00:19:14 ID:t4EJT4zM0

lw´  _ ノv「……医学部生は大体、大きな病院に就職するんだろう? 東京はきっと、そういう病院も多いだろうし」

lw´  _ ノv「それに君、昔言ってたじゃないか。家族が心配だから福岡にずっと留まるつもりはないって。地元の東京に戻るか迷ってるって」

(;ФωФ)「そ、それは……呑みの席の話であってだな」

シューの言葉に思わずしどろもどろになってしまう。
彼女の言う通り、自分の地元は東京だ。福岡にずっといるつもりはないと以前、冗談半分ではあったものの呑みの場で彼女に告げたのもまた事実。

だが、違う。
確かにそれも少しは考えたが、違うのだ。

76名無しさん:2025/08/08(金) 00:20:03 ID:t4EJT4zM0

lw´  _ ノv「……ごめん。白けた話をしてしまった。ボクはもう出るよ」

(;ФωФ)「ま……待ってくれシュー! 吾輩は……!!」

言わなければ。今この場で、はっきりと否定しなければ。
昔と今では違うのだと断言しなければ。

大きく口を開き、息を吸う。
最近になってようやく決めた自分の進路を、初めて誰かに話してみようと試みた、その瞬間。


一際大きな青い花火が、爆弾みたいに夜空を照らした。


.

77名無しさん:2025/08/08(金) 00:20:57 ID:t4EJT4zM0

lw´;‐ _‐ノv「きゃっ……!」

(;ФωФ)っ「危ない!」

花火の轟音で驚いてしまい、体勢を崩したシューを慌てて抱きかかえる。
バスタオル越しに彼女の体に触ってしまう。すると、水を含んで重くなったバスタオルがするっと湯船に落ちる。

lw´;*‐ _‐ノv
       「「………あっ」」
(;ФωФ)

未だに上空で咲いたままの青い光が、ほんの一瞬、彼女の体を照らしてしまう。

78名無しさん:2025/08/08(金) 00:21:38 ID:t4EJT4zM0

見てはいけないものを見た、そのすぐ後。

(* ω )フラッ

一気に脳から血が抜けたような感覚がして、吾輩の体は勢いよく倒れてしまった。

lw´;‐ _‐ノv「ちょ……ちょっと、ロマ! 大丈夫!?」

バシャバシャと駆け寄ってくる音が、遥か遠くから聞こえてくる。
段々と耳が遠くなり、目を開けているにもかかわらず、視界が一気に暗くなっていく。

薄れゆく意識の中、花火よりも大きなシューの声だけが、懸命に鼓膜を揺らしていた。

79名無しさん:2025/08/08(金) 00:22:22 ID:t4EJT4zM0
続きはまた後日投下します。
もうすぐ終わります。

80名無しさん:2025/08/08(金) 00:46:06 ID:1T2GjtIQ0
おつおつ

81名無しさん:2025/08/11(月) 23:27:39 ID:x/DZhNo20

*


ひんやりとした感触がして、海の底から浅瀬へとゆっくり浮上するような感覚がした。
何か冷たいものが頬に当たっている。冷気を纏ったそれは、未だに火照った頬にとっては存外に心地いい。

薄目を開ける。
未だピントが合わないままの視界の中心で、見覚えのある黒髪が揺れている。

lw´‐ _‐ノv「……あ、起きたかい? ロマ」

すぐ傍から、耳馴染みの良い声が聞こえた。

82名無しさん:2025/08/11(月) 23:28:48 ID:x/DZhNo20

(;∩ωФ)「……シュー?」

lw´‐ _‐ノv「おはよう。全く、大変だったんだぞ。温泉で倒れた君を運び出したのは。ボクと宿の人たちに感謝してくれよ」

lw´‐ _‐ノv「せっかくの貸し切りなのに、何度も離れのスタッフさんたちを呼ぶのは中々に申し訳ないな。後ほど君も頭を下げることを覚えておくように」

微笑を湛えたままのシューの顔を見て、ついさっきまでの出来事を順番に想起していく。

温泉に入っていたら、いきなりシューも入ってきたこと。
露天風呂から花火が見えて、水面に映った逆さ花火とシューが綺麗だったこと。
それから話をして少し気まずくなって、転びかけたシューを支えたら、彼女のバスタオルが落ちて、そして……。

顔をブンブンと左右に振り、思い出した記憶をなんとか頭から追い出そうとする。
だがどうにも、青い花火に照らされたあの一瞬が、カメラのフラッシュみたいに脳裏に焼き付いてしまっていた。

83名無しさん:2025/08/11(月) 23:29:56 ID:x/DZhNo20

lw´‐ _‐ノv「どうしたんだい? やっぱり、どこか具合が……?」

(;ФωФ)「い、いや、なんでもない気にするな! もう至って平常通りである。迷惑をかけてすまなかったな」

早口で自らの元気をアピールし、上体を起こしてキョロキョロと辺りを見回す。
ダイニングを兼ねていた広い座敷の部屋。元々あった筈の長机はおそらく、自分を寝かせるように別の所へ移したのだろう。
そして自分は、いつの間にか長机があった場所に敷かれていた布団に寝かされていたらしい。

84名無しさん:2025/08/11(月) 23:31:32 ID:x/DZhNo20

湯気がかかったような気分のまま顔を前に向ける。
壁にかけられた絵画に、何故か視線が引っ張られる。

それは、夏を描いた絵だった。
今日登った石鎚山で見たものにも劣らない、深紅に染まった彼岸花を楽し気に見つめる少女の絵が眼前にあった。

……いや、よく見るとそうではない。
あれは、彼岸花に見立てた線香花火だ。

桜色の浴衣に身を包んだ緑髪の少女がしゃがみ込んで、線香花火を楽しんでいる。その様子を描いた絵。
花のような笑みを浮かべた少女を近くから、それでいて一歩引いて見つめている絵。
絵画はおろか、芸術に関しては全くと言っていいほど知識がない自分でも、どうしてか強烈に惹きつけられる一枚であった。

85名無しさん:2025/08/11(月) 23:36:26 ID:x/DZhNo20

lw´‐ _‐ノv「どうしたんだい? じっと絵を見つめて」

( ФωФ)「いや……なかなかどうして荘厳な絵だと思ってな」

自然の広大さを描いたというよりは、何気ない季節の一ページを描いた絵。
それは分かっているのに、日常を出力した絵画への感想としては些か誇大かと思われる語彙が口から零れた。

lw´‐ _‐ノv「あぁ、良い絵だよねアレ。プロが描いたんじゃなくて、芸大生が描いた作品らしいけど」

( ФωФ)「そうなのか?」

lw´‐ _‐ノv「とあるコンクールで賞を採ったから京都にある美術館の無料展示で飾られていたらしいけど、旅館のオーナーが旅行の時に偶然見つけて買い取ったんだって」

lw´‐ _‐ノv「それでこっちの宿に飾ることにしたらしいけど、何処ぞのお金持ちが見て気に入ったのかな。何故か急に高値が付いて、売却を願う人が現れたらしい。今は色んな人たちと売る売らないで揉めてるそうさ」

lw´‐ _‐ノv「さっき宿の人がこっそり教えてくれたよ。中々面白い話だよね」

シューの説明を聞きながら絵を見つめる。
自分は絵について大した見分はない。義務教育レベルの知識すら持ち合わせていない。
それでも何故だろうか。
この絵を描いた人はきっと、彼岸花のように絢爛に開いた線香花火ではなく、それを楽しんでいる少女の方を綺麗に思ったのだろうと感じた。

どうしてか、そんな確信が胸の中にあった。

86名無しさん:2025/08/11(月) 23:37:52 ID:x/DZhNo20

( ФωФ)「……おや? そういえば、この服は……」

慣れない感覚が肌に擦れて、意識が絵から現実へと引き戻される。
そこでようやく自分が今、浴衣を着ていることに気が付いた。

シューも、自分とは色違いだが同じデザインの浴衣を着ている。この旅館の名前が入った、上等そうな浴衣。
おそらく、気絶しているうちに旅館の人に着せてもらったのだろう。シューにもだが、色んな人たちにとんでもない迷惑をかけてしまった。ここを出る時には必ず礼を言わなくてはなるまい。

87名無しさん:2025/08/11(月) 23:38:45 ID:x/DZhNo20

(;∩ω-)「うっ……」

軽い眩暈がして額を抑える。
どうやら、まだ少し体力が戻り切っていないようだ。

lw´;‐ _‐ノv「大丈夫? ほら、無理せず横になって」

(;-ω-)「ああ、すまんな……」

シューに促されるまま、再び布団に横になる。

部屋の照明は少し暗くされており、さほど眩しくはない。
このまま目を瞑ってしまえば、すぐにでも眠ってしまえそうだった。

88名無しさん:2025/08/11(月) 23:39:29 ID:x/DZhNo20

lw´‐ _‐ノvっ□「はいコレ。氷嚢の代わり」

(;-ωФ)っ□「ありがとう……って、何だコレは」

おそらくさっきまで自分の顔に当てられていたのであろう小さな瓶について指摘する。
シューが吾輩に差し出してきた『道後』という文字が堂々と記された瓶は、明らかに酒の類であったからだ。

89名無しさん:2025/08/11(月) 23:41:03 ID:x/DZhNo20

lw´‐ _‐ノv「湯上がり用に作られた愛媛のクラフトビールだってさ。中々可愛い文字のフォントだよね」

( -ωФ)「体調不良者に差し出す物ではないだろうに……常識のない変人はこれだから困る」

lw´‐ _‐ノv「別に君に呑ませる気はないよ。赤いままの君の顔を冷やそうとしたんだが、他にちょうどいい冷たい物がなかったから仕方なく。ボクの慈愛を無下にしないでおくれ」

逆上せたばかりの頭では良い反論も思いつかず、仕方なく黙り込む。
というか、なぜクラフトビールを買っているのか。まさか、夕食の時にあれほど日本酒を吞んだのにまだ呑み足りないというのか。

シューは見た目に反し、かなりの酒豪だ。
ビールやチューハイはおろか、かなり高い度数である筈の日本酒やワインを水のように呑む。しかも全く顔色に出ないことから、彼女のペースに自然と合わせてしまって倒れる人間たちを山ほど見てきた。
シューと酒を呑む時は決して油断せず、自分のペースを守らねばならない。それが四年前、二十歳になった時に学んだ鉄則である。

90名無しさん:2025/08/11(月) 23:42:16 ID:x/DZhNo20

lw´‐ _‐ノv「まだしんどいのなら、もう大人しく寝てしまっていいよ。明日宿を出なきゃいけない時間は遅いし、ゆっくりしてからでも温泉街巡りは出来るだろうから」

( -ω-)「……そうか」

風鈴のように心地良いシューの声を聞いているだけで、なんだか眠たくなってくる。

もうこのまま睡魔に負けてしまおうか。
そう思った矢先、言わなければならないと思っていた言葉を思い出し、眠気に抗ってどうにか口を動かした。

91名無しさん:2025/08/11(月) 23:43:03 ID:x/DZhNo20

( -ω-)「……なぁ、シュー」

lw´‐ _‐ノv「なんだい?」

( -ωФ)「……吾輩が大学を卒業した後、なんだがな」

言葉にした瞬間、シューが少し身構えたのが空気で分かる。
気絶する直前のことを思い出す。
それと同時に、彼女が今回の度に自分を巻き込んだ理由についても、なんとなく察しがついた。

おそらくこれは自分への、彼女なりの恩返しのようなものだったのだろう。
六年にも及ぶ友人関係。
その礼として、最後の我々の思い出としてこの土地を、あの水面に映る盛大な逆さ花火を選んだのだ。

92名無しさん:2025/08/11(月) 23:44:42 ID:x/DZhNo20

lw´  _ ノv「別に、特にそこまで気にしてないさ。君は君が行きたい所に行けばいい。この現代社会、互いの息災を知るのに物理的な距離なんて大した問題ではないし……」

( -ωФ)「勘違いさせてしまったのは本当に申し訳ないのだが」

( ФωФ)「吾輩は、福岡を離れる予定はないぞ」

lw´‐ _‐ノv「……えっ?」

少し遅れて、シューがビックリしたように目を丸くする。
まだ返事こそ先方には出していないが、東京に戻らないことは既に決めていた。

93名無しさん:2025/08/11(月) 23:45:52 ID:x/DZhNo20

( ФωФ)「吾輩が卒業後の研修先に選んだのは東京ではなく、今の大学の附属病院だ。卒業して研修医になっても、福岡の地を離れることはない」

シューは固まったまま、時折思い出したように瞬きをしながら吾輩を見つめている。

lw´;‐ _‐ノv「で、でも、『ずっと福岡にいるつもりはない』って、昔……」

( ФωФ)「別に、離れたいという意味で言った訳ではない。『一生福岡に住み続けるかは分からない』という程度の意味合いで発言しただけだ」

94名無しさん:2025/08/11(月) 23:46:36 ID:x/DZhNo20

まぁ実際、少しは東京に戻ることも考えた。

吾輩の父は既に他界しているし、親戚も多くはない。
東京に残っている母のことが心配で一度、『東京に戻ろうか』と連絡したのが二週間程前のこと。
その時、電話越しに母から告げられたのは、『余計な心配をせず、やりたいことをやれ』という、あっさりとした激励であった。

自分のやりたいことや学びたいことは、今の大学に附属している大学病院で十分に出来る。
それならば無理に東京に戻ったり、別の土地に行くこともなく、親しみ深いこの地に残りたいというのが本音であったのだ。

95名無しさん:2025/08/11(月) 23:47:00 ID:x/DZhNo20

lw´;‐ _‐ノv「じゃ、じゃあ……まだ、こっちに居てくれるの?」

( ФωФ)「少なくとも、研修医である数年はな」

そう告げると、シューは緊張の糸が解れたように、ふわりとした笑みを浮かべた。

lw´‐ _‐ノv「………」

lw´*‐ _‐ノv「そっかぁ」

黒い瞳が嬉しそうに細められる。
その顔があまりに可愛く見えたものだから、手を伸ばしたくなってしまう。

96名無しさん:2025/08/11(月) 23:47:45 ID:x/DZhNo20

( ФωФ)「だから、来年とはいかないまでも、近いうちにまた来よう」

( ФωФ)「……今度はちゃんと、米が実った田んぼを見に」

吾輩の言葉に、シューは一瞬だけ固まってから、しっかりと首を縦に振る。
心底安心したような微笑を湛えたままの彼女を見ていると、その安心がこちらにも移ってしまったのか、なんだか一気に眠たくなってきた。

97名無しさん:2025/08/11(月) 23:48:21 ID:x/DZhNo20

( -ωФ)「……すまん、シュー。ちょっと……」

lw´‐ _‐ノvっ「うん。おやすみ、ロマ。また明日ね」

( -ω-)「……おや、すみ……」

額に当てられたシューの手の冷たさを感じながら、ゆっくりと瞳を閉じる。
そのまま、須臾にも満たない時間で、吾輩の意識は再び暗闇へと落ちていった。

98名無しさん:2025/08/11(月) 23:49:12 ID:x/DZhNo20

*


未だに冷気を纏ったままの瓶を片手で弄びながら、ロマの寝顔を見つめる。
こうして見ると、やはり自分と同い年の青年なのだと感じる。
普段はその話し方や堂々とした態度から、分かっていても年上に見える時があるのだ。

lw´‐ _‐ノv「……変人、ねぇ」

寝る前にロマから言われた言葉を復唱する。
家族にも友人にもよく言われる、耳に胼胝ができるほど聞いた自分への評価。

今更、誰かにそう言われても特段思うことはない。
自分が世間とズレていることは自覚しているし、かと言って自分の生き方を大きく変える必要もない。
誰かに迷惑をかけないことを意識しながら、これからも自分の尺度で世界を生きていくだけだ。

誰に言われても構わない。だがしかし、一人だけ例外がいる。
今、無防備にも自分の目の前で眠りについた、一番の友人であり、想い人。

99名無しさん:2025/08/11(月) 23:50:29 ID:x/DZhNo20

lw´‐ _‐ノvっ「本当に、君にだけは言われたくないなー」

空いている方の手の指で、ロマの頬を優しく突く。おそらく今の彼には、何をしても起きはしないだろう。

彼の言動に周章狼狽した経験を挙げるなら、丸一日あっても語りきれない。
中でも代表的なエピソードは、フィールドワーク先の北海道の網走で忘れてしまった麦わら帽子を、わざわざ休日二日間かけて取りに行ってくれたことだろうか。
それとも、吞んでみたい酒があると言っただけなのに、自分より先に酒蔵への見学を申し込んでいたのを見た時だろうか。
此方の突発的な誘いにいつもついて来てくれる点といい、ふとした時に出る言葉といい、思い返していけばキリがない。

足元に置いていた栓抜きで瓶を開け、中のビールを一気に半分ほど胃に流し込む。
本来ならばロマと二人で呑もうと思っていたから、部屋の冷蔵庫にはまだあと五つほどあるというのに。結局一人呑みになってしまった。

100名無しさん:2025/08/11(月) 23:51:55 ID:x/DZhNo20

lw´‐ _‐ノv「……結構、勇気出したんだけどね」

我ながら、かなり思い切ったことをしているつもりだった。

親しい間柄とはいえ、恋人でもない異性を泊まりの旅行に誘ったこと。二人で同じ部屋にしたこと。
挙句には、変な理由を付けて、温泉まで一緒に入ったこと。

逆さ花火を見せたいことは本音だった。米が実った壮大な田畑を眺めたいことも本当だった。
てっきり彼といられるのは来年の三月までだと思い込んでいたから、それまでに何か、彼が喜びそうな思い出を作ってあげたいと願っていた。

けれど確かに、そこに下心が混じっていなかったと言えば嘘になる。
恋愛経験なぞ皆無な身の上であるのに、姉や妹、数少ない友人たちに相談して、修士論文以上にあれこれと練った計画が今回の旅であった。

101名無しさん:2025/08/11(月) 23:53:11 ID:x/DZhNo20

振り返ってみると、やはり失敗の方が多くなってしまった。

見たかった田んぼは見れずじまい。
食事の時、日本酒で酔わせてロマの本音を引き出そうと思っていたのに、彼はさっさと風呂に向かってしまう始末。
更には温泉でバスタオルまで取れてしまって、一瞬だが、体も見られてしまった。まぁ、別に彼にならいいのだが。

残っていた酒の中身を一気に飲み干す。
ボクは体質的にあまり酔わないようで、酒の力に頼ることもできない。だから発想逆転させてロマを酔わせようと思ったのだが、これも失敗。
おそらく温泉で気絶した原因は疲れだけでなく、体内に残っていた日本酒のアルコールも一因であったのだろう。

102名無しさん:2025/08/11(月) 23:55:22 ID:x/DZhNo20

lw´‐ _‐ノv「結局あんまり上手くいかなかったな……まぁ、荒れてたとはいえ田んぼも見れたし、話に聞いていた虹にも出会えたし」

lw´*‐ _‐ノv「……まだ、君はこっちに居てくれるし、いいか」

今回の二人旅を振り返る。
姉が福引で当てた旅館のチケットを譲ってもらった日から計画を立て、色々と強引ながら理由を付けて始まった今回の、二人きりの旅行。

大学院の研究も、想い人が自分のことをどう想っているのかも、今回の旅ではイマイチ成果が上がらなかった。
まぁ前者は少ないながら直にこちらの土地に触れられたし、後者に関しても、自分のことを異性だと認識していそうな反応はあったから、全く成果ナシという訳ではないか。

103名無しさん:2025/08/11(月) 23:56:34 ID:x/DZhNo20

脳内で一人反省会を開きながら、じっとロマの唇を見る。

やはりあの時、本当にしてしまった方が良かっただろうか。
そんな考えが浮かんでは、シャボン玉に触れるみたいにパッと思考を消滅させる。
もし先走って、今の友人という関係が壊れてしまったらと思うと、途端に息も出来なくなる。それだけは死んでも嫌だった。

lw´‐ _‐ノv「……家にお邪魔して何もしないのは無礼だと言われたけれど」

lw´‐ _‐ノv「見方を変えれば、何もしてこないのも無礼なんじゃないのかい?」

姉の言葉を想起しながら、六年間、指一本すら触れようとしてこない友人に悪態を吐く。
夕食時に呑んだ日本酒の量が多かったのだろうか、それとも今呑んだクラフトビールが最後のダメ押しになったのだろうか。
普段は頭に留めるだけで絶対に口にしないような文句が自然と漏れた。

104名無しさん:2025/08/11(月) 23:57:39 ID:x/DZhNo20

小さな寝息を立て始めた友人に、そっと顔を近づける。
普段と比べると、酔っている自覚はある。
彼の顔に、小さな影が差す。

lw´*‐ _‐ノv「………」

だがそれでも自分の理性はまだ崩れてはくれないようで、本当にしてしまう勇気は出ず、近づけた唇を結局また離してしまった。

lw´*‐ _‐ノvっll「……じゃあ、これくらいは」

二本の指を立て、自分の唇をそっと撫でる。
昔、妹が持っていた何かの少女漫画で読んだ、口づけされたと相手に勘違いさせるテクニック。

105名無しさん:2025/08/11(月) 23:58:11 ID:x/DZhNo20

心臓が破裂しそうなほどに鳴っている。
鼓動音が彼に聞こえて起こしてしまわないかと、大袈裟にも程がある心配が胸の中で膨らむ。

それでも、今の自分は酔っているから。
そして彼は寝ているから。
何より、これだけやっても碌な反応を見せてくれない彼もちょっと悪いのだから。

無数の言い訳を用意しながら、二本の指をゆっくり下ろす。
そして、自分の唇に触れた指先でそっと、想い人の唇に触れた。

106名無しさん:2025/08/11(月) 23:59:25 ID:x/DZhNo20

lw´*∩ _ ノv(……何をやってるんだ、ボクは)

羞恥心と自己嫌悪、そして少しの充足感。
ぐちゃぐちゃになった感情に悶えながら、ボクは自分の頬に手を当てる。
温泉から上がってかなりの時間が経っているのに、未だ逆上せたみたいに熱いまま。

立ち上がり、部屋に備え付けられた冷蔵庫を開ける。
手に取ったのは二人で呑もうと用意していたクラフトビールではなく、予め入っていたミネラルウォーターのペットボトル。

冷えた水が喉を通る。
ほんの少しだけ、火照った頬の熱が消えた気がした。

107名無しさん:2025/08/12(火) 00:01:04 ID:3ANb/bJI0

壁にかかっている時計を見る。もうそろそろ日付が変わる頃。
流石に今日は色々とありすぎて疲れた。
いくら明日の朝はのんびりできるといえども、早く起きた方がいいことに変わりはないし、ボクもそろそろ寝てしまいたい。

少し離れた場所に敷かれた布団を見る。
口元に手を当てて、考えを巡らせること数十秒。

布団の端を両手で持ったボクは、ズリズリとロマが寝ている方に移動させた。

lw´*‐ _‐ノv「………これくらいは、いいよね」

ロマが眠っている布団にピタリとくっ付ける形にする。
我ながら、なんて浅ましい行動なのだと呆れるが、せっかくの機会なのだ。
想い人の隣でぐっすり眠ることくらい、一度だけなら許されるだろう。

108名無しさん:2025/08/12(火) 00:02:16 ID:3ANb/bJI0

布団に入り、ロマの寝顔を盗み見る。全く起きる気配のない、ぐっすりとした横顔。
そっと自分の頬に手を当てる。
部屋の冷房はしっかり働いている筈なのに、まだ熱い。

山でロマに言われたことを思い出す。
彼はきっと、特に意識せずに放ったのであろう、たった二文字のとある言葉。


  ( ФωФ)『吾輩は、驟雨が好きである』


どう考えても、そういう意味でボクに言われた訳じゃない。
言葉の響きが自分の名前と似ていただけ。そんなことは分かっている。

それでも、その紛らわしい単語の後に続いた『二文字』が、茹った頭から一向に離れない。

109名無しさん:2025/08/12(火) 00:04:23 ID:3ANb/bJI0

何か違うことを考えて思考を紛らわせようと、思考の方向性を変える。

そうだ、確か家に使ってないタコ焼き器があったはず。それでロシアンルーレットとかやったら中々に面白いかもしれない。
なんなら、夏の太陽で鉄板を熱せば、電気無しのエコなタコ焼きだって出来そうだ。
それで、まずは家族とやって楽しかったら、次は『彼』の家で、二人で一緒に――。

lw´∩ _∩ノv(………あー)

思考が止まる。呼吸も止まる。音も世界も全てが止まる。
今の今まで浮かんでいた構想が、花火みたいに弾けて消えた。

110名無しさん:2025/08/12(火) 00:05:48 ID:3ANb/bJI0

lw´*∩ _∩ノv(……逆上せちゃったなぁ。ボク)

頬を両手で触り、その熱さを確認する。
冷房も季節も温泉も関係ない。この熱は、たった一日如きじゃ絶対に冷めない。なにせ、六年物なのだから。

暦は八月。季節は紛うことなき夏。そして、彼に出会って、もう六年が経つ。
それほどの長い間ずっと隣にいてしまったから。
あの暖かさにずっと触れてしまっていたから。


すっかり自分は彼に、逆上せ上がってしまっていた。


.

111名無しさん:2025/08/12(火) 00:06:28 ID:3ANb/bJI0

変人と言われる類の人間に、会ったことはあるだろうか。

意思が通じていると思ったら通じていない。会話が成り立っているようで成り立っていない。相手の行動をいくら予想しようとも、簡単にこちらの思惑に反した動きをする。
関わっているうちに、おかしいのはこちらの方ではないのかと勘違いしてしまいそうになる。それなのに、どれだけ相手の言動に辟易しようとも、何故か強烈に目を惹かれてしまう。
理解しようとすればするほど、分からないことが増えていく。それはまるで、海の深さを知ろうと足を入れたら、いつの間にか、体全体が海底へと沈んでいたみたいに。

しかし、だからといって海を責めることはできない。沈んだ人間の危機管理こそが最たる問題なのであって、海に文句を言う人間はいない。
それと同じだ。海の深さを知りたいからといって、足を踏み入れたのが悪いように。夜を照らす灯りに惹かれた虫が、炎で焼け死んでしまうように。
相手が数寄者であることを理解しておきながら、それでも手を伸ばした者が悪く、間抜けで、愚かで、負けなのだ。



これは、そんな変人に溺れてしまった、とある阿呆の話である。

112名無しさん:2025/08/12(火) 00:07:14 ID:3ANb/bJI0


lw´‐ _‐ノv逆上せ上がるなら君がいいようです(ФωФ )


〜おしまい〜

113名無しさん:2025/08/12(火) 00:11:23 ID:3ANb/bJI0

夏を題材にした作品でした。
関係ないようで実はちょっとある、他の季節の話たちはこちら↓
   
春…『( ゚д゚ )絵描きとヴィオラのようですミセ*゚ー゚)リ』
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/21864/1714317818/
秋…『( ^ν^)ショソン・オ・ポムにアンコールを、のようです』
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/21864/1696417933/
冬…『(´・_ゝ・`)白天、氷華を希うようです('、`*川』
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/21864/1704034805/

四季をテーマにした恋愛小説シリーズは今回で終了です。
お読みいただき、本当にありがとうございました。

114名無しさん:2025/08/13(水) 18:47:48 ID:GYxHUHTk0
乙乙、激甘だった ロマシューは近年収穫量へってるしありがたい

115名無しさん:2025/08/19(火) 06:04:48 ID:veczVPmk0
おつ!
いいものをみた


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板