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('A`)姥捨川のようです
1
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 19:01:51 ID:XDMznai60
2020年(令和2年)。
水難による死者・行方不明者は、
722人。(前年対比+27人)
このうち、65歳以上の者。
369人。(構成比51.1%)
【警察庁生活安全局生活安全企画課 「令和2年における水難の概況」 より抜粋】
2
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 19:02:47 ID:XDMznai60
('A`)姥捨川のようです
.
3
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 19:04:01 ID:XDMznai60
いつまで、こんな生活を続けなければならないのだろうか。
('A`)「…………」
そんなことをぼんやりと考えながら、俺は台所で昼飯の準備をしていた。
炊飯器から茶碗へ少なめに米をよそう。
それと、毎朝配達される宅食の弁当、少し冷ました茶をお盆に乗せ、食卓へと運ぶ。
これで用意はできた。
俺はいつものように一室へ向かう。
('A`)「お袋、昼飯」
母の部屋の襖を開け、俺は短くそう告げた。
事務的で、必要最低限の台詞だった。
「あぁ、ドクオ」
母が、ゆっくりとこちらへ振り返る。
六畳一間のその部屋は、いたって簡素な内装だった。
24型のテレビ。
畳の間には不似合いな、大型のベッド。
そして―――父の仏壇。
家にいる間、母はずっと、この部屋にいる。
4
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 19:05:48 ID:XDMznai60
母はベッドに腰掛けた体勢のまま、何も言わずにじっとこちらを見つめている。
先程の言葉が聞こえていなかったようだ。
俺はもう一度、
('A`)「昼飯」
と、一言。
「あぁ……はい、お昼ね。ごめんなさい。すぐ、行くからね」
母は、よっこいしょ、と声を上げながら立ち上がる。
俺は踵を返し、食卓へと戻った。
椅子を引いて、母が座りやすいようにしておく。
廊下の方を見ると、母はまだ部屋の前で襖を閉めている。
俺は心の中で溜め息をつくと、のそのそと動く母の姿をただ黙視した。
それからたっぷりと時間を使い、母はようやく俺が引いていた椅子に腰掛けた。
ガタガタと椅子を押しやって良い位置に調整し終えたら、俺は食卓の横に設置されたソファーに飛び乗るように座った。
ズボンのポケットからスマホを取り出し、SNSを何とはなしに巡回する。
「準備してくれてありがとうね。じゃあ、いただきます」
母はスプーンを手に取り、ご飯を掬い取る。
しばらく前から母は、箸が上手く扱えなくなってしまっていた。
5
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 19:08:01 ID:XDMznai60
「ドクオ。あんたは一緒に食べないの?」
('A`)「俺は後で食べるよ」
母からの問いかけに、俺はスマホの画面から目を離さずに答える。
「一緒に食べた方が片付けとか楽でしょう?」
('A`)「……今はまだあんまり腹減ってないから」
「そう……。なら、しかたないねえ」
それで会話は終わった。
それからは、部屋には食器の音だけが絶えず鳴るだけだった。
さして興味のないネットニュースをざっと眺める。ふと、食器が擦れる音が止まり静寂が訪れた。
顔を横に向けると、母はスプーンを置いていた。食べ終わったようだ。
俺は立ち上がり、小棚から錠剤を取り出すと母の前に置いた。
「ありがとうね」
母はそう言って、数種類ある錠剤を一つずつ口に運んでは繰り返しお茶で流し入れていた。
6
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 19:10:38 ID:XDMznai60
母を自室へ戻し、俺は後片付けをしながら思考を巡らせる。
('A`)(今日はまだ、安定してる方、か……)
今からおよそ三年前、母は認知症と診断された。
始まりは一つの電話からだった。
('A`)「え……。母が、ですか?」
当時、都心で一人暮らしをしていた俺の元に、警察から連絡が入った。
なんでも、俺の母を保護したので身元引き受けをしてほしい、とのことだった。
('A`)「あ、でも……。俺、いま別の県に住んでいまして。ちょっとすぐに向かうのは……」
結局その日は警察の方から家に送ってもらう、ということで話がついた。
('A`)(なにやってんだよお袋……)
どうも、明かりも消えた深夜の畦道を、一人でフラフラと歩いていたとのことだ。
別に散歩好きでもなかったはずの母の行動に疑問を覚える。
('A`)(仕方ないか……。しばらく帰ってなかったし、一度帰ろう)
父の初盆。
最後に帰ったのがそれだから、もう五年は帰郷していなかった。
7
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 19:12:34 ID:XDMznai60
父は癌だった。
発見されたときはもう手の施しようがなかった―――らしい。
らしい、というのは、俺はその頃は既に都心にいたから。
入院して、痩せて細くなった、でも息子の姿を見て嬉しそうに笑っていた父を、俺は一度見舞っただけだった。
その後に俺が再び実家に帰ったのは、父の葬儀を執り行うためだった。
葬儀の間、母はずっと泣いていた。
息子の俺から見ても、父と母は仲の良い夫婦だった。
('A`)「元気出せよ、お袋」
葬儀が終わっても尚、泣いていた母にその一言だけを残して、俺は都心へと戻っていった。
或いは、もしも俺がこの時、もう少し母に寄り添えていられたのなら、母の認知症は発症しなかったのだろうか?
今、改めて思い返せば、父の死が認知症の引き金になっていた事は間違いないだろう。
でも、俺は何もしなかった。
初盆は帰って墓参りはしたものの、それ以降俺が母に会いに行くことはなかった。
8
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 19:13:57 ID:XDMznai60
警察から連絡を受けた翌日、母へ電話をかけることにした。
そういえば、電話すら久しぶりだな、と思った。
数回のコールの後、電話が取られる。
「……はい、もしもし」
低く、くぐもった声だった。
記憶の中にある母の声とは違っていた。
('A`)「あ、お袋? 俺だけど」
「……どちら様でしょうか?」
('A`)「……?」
違和感を覚える。
何故、俺だと分からないのだろうか?
電話がかかってきた時に俺の名前が携帯に表示されたはずだ。
それに、俺は一人っ子だ。母を「お袋」と呼ぶ人間は、俺だけしかいない。
('A`)「いや、俺だって。ドクオ」
「…………」
数刻の沈黙の後、
「…………ああ! なんだ、ドクオかい。久しぶりだねえ」
明るい声が通話口から出力される。
記憶の中の声に、近づいた気がした。
9
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 19:16:49 ID:XDMznai60
('A`)「ああ……。それでさ、昨日警察から電話がかかってきたんだけど―――」
それからしばしの間、母と会話をした。
母が言うには、買い物で遅くなっただけで特別変なことはしていないのだと。
しかし、俺が週末に帰郷するつもりだと告げると、母は大歓迎だった。
「お父さんのお墓にも顔見せてあげなさいね、きっと喜ぶから」と。
そして週末、俺は新幹線に乗り込み、数年振りの帰路に就く。
窓から流れ行く風景を眺めつつ、考える。
母と電話した時―――もしそこで、特に何も察知しなければ、わざわざ帰る必要も無かったかもしれない。
しかし俺は、その時に漠然とした不安を抱えていた。
「まさか……」と思う反面、きっと思い過ごしだろうと、半ば強引に楽観視していた。
だが、そういう時の不安というものは、往々にして当たってしまうのだろう。
本人の希望に反する形として。
新幹線から普通電車に乗り継ぎ、さらに揺られること数時間。最寄りの駅に到着した。
駅を出て、家までの道のりを歩いていく。
幅の広い川に沿って進んだ。幾百とも見てきたその景色に、思わず舌打ちをする。
('A`)(ちっとも変わらないな……。まるでこの一帯だけが時代に取り残されたようだ。それが嫌で、俺は―――)
この町を捨てて、都会に出た。
もはや俺にとって、ここは帰ってくる場所では、無いのだ。
10
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 19:18:35 ID:XDMznai60
歩くこと二十分。実家に到着する。
「宇津田」と書かれた表札は、随分と色褪せて見えた。
家の前で、俺は少しばかり二の足を踏む。無論、自分の家なのだから遠慮なく中に入ればいいのだけれど。
これまでの嫌な予感。
もしそれがただの取り越し苦労ならば問題ない。一泊でもして明日また都心に戻ればいい。
しかし、仮にそうではないのであれば―――
('A`)(……ここで考えても、仕方無いな)
意を決し、俺は玄関へと歩を進め、扉を開けた。
('A`)「ただいま」
そこまで声を出した後、
('A`;)「―――っ」
俺は絶句することとなった。
玄関から見える廊下。少しだけ窺える部屋の中。そのどちらもが、まるで泥棒に押し入られたかのように荒れていた。
衣類は散乱し、新聞紙の山は崩れ落ちたまま放置され、あちこちに薄く積もった埃は屋内の空気を最悪にしている。
本当に、ここは俺がかつて住んでいた家なのか。
あまりにも荒れ果てた実家の姿に、俺は何とも言い表せないほどのショックを受けていた。
11
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 19:20:20 ID:XDMznai60
「あらあら、帰ってきてたのねドクオ。そんなところに立ってないで、早く上がりなさいな」
玄関先で凍りついている俺の元に、母が何気ない様子で部屋の奥から歩み寄る。
その極々自然な母の様子と異質な環境が、俺をますます混乱させた。
('A`;)「お袋……。何だよ、コレ……?」
「え? まあ、いいから上がりなさい。疲れたでしょう?」
('A`;)「いや待って。何だって言ってるだろ、この家の中は!」
「ああ……、そうね、ごめんなさいね。少し汚れているでしょう?」
('A`;)(『少し』? コレが、少しだって―――?)
当然、許容できる範囲を明らかに大きく越えた様相だ。
俺が子供の時の母は綺麗好きで、毎日の掃除を欠かしていなかった。
「お父さんがいなくなってから、つい手を抜いちゃうのよねぇ」
('A`;)「……」
もう、疑いようがないのだろう。
薄々勘づきながらも、その事実から目を逸らせたくて、深く考えないようにしてきたのに。
きっと母は、認知症になってしまった。
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