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('A`)姥捨川のようです
1
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 19:01:51 ID:XDMznai60
2020年(令和2年)。
水難による死者・行方不明者は、
722人。(前年対比+27人)
このうち、65歳以上の者。
369人。(構成比51.1%)
【警察庁生活安全局生活安全企画課 「令和2年における水難の概況」 より抜粋】
32
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 19:55:51 ID:XDMznai60
('A`;)(お袋は錯乱してるのか、親父が生きていると思い込んでいる。それに、さっきのお袋の『嫌がらせ』って言葉―――)
玄関から中に入る。
靴を脱ぐのがもどかしい。脱ぎきれなくて危うくすっ転びそうになる。
('A`;)(今のお袋に、『あれ』はどんな風に見える―――?)
母の部屋。その襖を開けて、中を見る。
そこには。
('A`)「―――」
水に濡れ、あちこちが黒く焦げ付いた、父の仏壇があった。
母は、ここに火を着けたのだ。
その光景を見た俺の足は力を失い、俺はその場にへたり込んだ。
家事が出来なくなっても、綺麗に保たれていた仏壇。
認知症が診断された後でも、母は毎日の線香だけは欠かしていなかった。
聖域。あるいは最後の砦。母の僅かに残った理性は、この仏壇で繋ぎ止められていると、俺は思っていた。
でも、それももう―――。
外では母のわめき声がまた聞こえだした。
母の盆に、きっともう水は、残っていない。
33
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 19:58:05 ID:XDMznai60
ボヤ騒ぎの翌日。
俺は有給を使って、仕事を休んでいた。今の気力では、まともに働くことも出来ない。
母は興奮が収まらないので病院へ強引に連れていき、二、三日ほど入院してもらうことにした。
良かった、と思う。いま母と二人きりになったら、俺は何をしてしまうか分からない。
仏壇はもう母の部屋には置いておけない。ひとまず使っていない部屋に移動させた。
燃やされたとのことだが、そこまでボロボロになっていたわけではなかった。
少なくとも今すぐ崩れ落ちそうという感じでも無いし、位牌も多少汚れていただけでほとんど無事だった。
居間で一人。俺はソファーに座っている。
時刻は昼前。家の中は静寂に支配されている。
外からも何も聞こえない。無音だ。
何も音が無いと……、色々と考えてしまう。
どうしたら今の生活から抜け出せるか。
どうしたら母の介護をしないで済むか。
どうしたら母がいなくなってくれるのか。
どうしたら母を―――。
テレビを点けた。普段はすっかり見なくなったテレビを。
無音は、ダメだ。変なことを考えてしまう。取り返しのつかないことを考えてしまう。
何でもいいから、音を。気の迷いを埋め尽くすような、声を。
テレビには、数年前の洪水被害のドキュメンタリーが映っていた。
その番組を目にした俺は、思い付く。
思い付いて、しまった。
34
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:00:05 ID:XDMznai60
('A`)(大雨による川の氾濫。死者・行方不明者多数。一度濁流に飲み込まれれば―――人は、助からない)
('A`)(家の近くにも、一本、町の真ん中を通り抜ける大きな川が流れている。
大雨が降った時には、川の流れる音が家の中まで聞こえてくるほどに激しい流れになったりもする)
('A`)(近場での水難事故も、毎年のように聞く。そういう『事故』は、近所ではあまり珍しくないんだ)
('A`)(……………………)
('A`)(俺は、何を考えている?
何をしようとしている?
きっとそれは、駄目だ。最低なことだ。
―――罪を、犯そうとしている)
('A`)(でも―――)
('A`)(恐らく、『事故』に偽装することが出来る。
お袋は徘徊癖がある。もしも、大雨が降った夜に、お袋が徘徊して、そして『運悪く』川に転落してしまったとしたら―――)
('A`)(……………………)
('A`)(……きっと、俺はもうこれ以上、今の生活に耐えられない)
('A`)(だから、俺は―――)
.
35
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:00:37 ID:XDMznai60
('A`)(お袋を、川に落として殺そう)
.
36
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:02:24 ID:XDMznai60
数日後。
母が病院から帰ってきた。
俺の姿を見ても何も言わなかったので、十分に落ち着いたらしい。まあ頭の中がどれほど滅茶苦茶になっているかは分からないが。
とにかく、これまで通り母の介護を続けた。俺の『計画』にはタイミングが必要だ。そのチャンスが来るまでひたすら待つ。
ある日、大雨が朝から間断なく降り続いた。
夜になって川を見に行くと、かなり流れが急になっている。
だが計画を実行するにはまだ足りない。狙うのは『台風直撃の日』だ。
('A`)(でも、下見をするには丁度いい日だ)
そう思い、まだ降りやまない雨の中を車で走る。
川沿いに下流へと進んでいき、『現場』に使えそうな所を探していく。
('A`)(この辺りは……、橋の手すりに隙間があって落としやすいな。でも近くに家がある。NGだ)
一番に重視しなければいけないのは「目撃者を出さないこと」。
この辺りは夜の十二時を跨げば明かりもほぼ無くなるところがほとんどだが、それでも民家の近くでは行動に移せない。
('A`)(あ、この辺いいかも。一番近くの家からも死角になっている。ここなら、見られない)
一応他の場所も見回ってみるつもりだが、この場所が条件を満たしていて良さそうだ。
自分の家からもほどよく離れているし、人通りも特に少ない地点だ。
今は夜で周りがあまり見えないので、昼にもう一度来て地形を確認しておこう。
37
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:04:29 ID:XDMznai60
('A`)(計画の日、やっぱりレンタカーを借りておいた方が良いかな?
当日に俺の車が周辺を走っていた、ってのが目撃されると不味いしな)
場所も決まったので家路に就く。
帰る間も更に計画を煮詰めていく。
('A`)(……いや、事件の日に俺がレンタカーを借りていたのが警察にバレると怪しまれるかもしれない。
多少のリスクはあっても自分の車を使うしかないか)
計画の日のシミュレートを脳内で進めていく。
穴は無いか。必要なものは準備できるか。
バレたら正真正銘人生終了だ。何回も何十回も頭の中で犯行を繰り返す。
('A`)(……もし、全てが終われば。都心に戻ろう。
家は売ってしまえば良い。向こうでの再就職は苦戦するかもしれないけど、キャリアのあるIT系を探せば、何処かには引っ掛かるだろ)
自由を。人生を取り戻す。
その為なら俺は、何だって捨ててみせる。
故郷だろうが、実の母親だろうが、だ。
38
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:06:05 ID:XDMznai60
そして、遂にやって来た。
大型台風。直撃コース。しかも都合が良いことに通過する時間帯は深夜から明け方にかけて。
ここまで好条件なのは、もうやってこないだろう。
日も暮れて、夜。
外は随分と雨と風が強くなってきている。川の様子も確認したが、水位は順調に増してきている。
計画は十二時を回った頃にする予定なので、その時には充分すぎるほどの水流となっているだろう。
今、俺の心は外で揺れる木々のようにざわついている。
あと数時間もすれば、俺は母を殺す。心穏やかでいられるはずがない。
「見つかったらどうしよう」。そんな不安は計画を立てたときから現在までずっと付きまとっている。
それでも、やる。やるんだ。もう後戻りなんてできない。
俺の人生は、俺だけのために。
他の誰にも、邪魔なんてさせるかよ。
39
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:07:48 ID:XDMznai60
時計をずっと睨み付けている。
秒針が進むのが遅い。
チク、タク、という音が脳内でリフレインしている。
それでも時は過ぎて、機は熟した。
雨風も、耳障りなほどに窓を叩いている。
これならば外を出歩く人影など皆無だろう。
俺はすっと立ち上がり、母の部屋へと向かった。
襖を開けて部屋に入る。
母はまだ起きていた。部屋の明かりは落としていたが、テレビを点けてじっと見ていた。
まあこの頃は昼夜逆転していたのを知っていたので予想内だ。却って都合が良い。
('A`)「お袋」
自分でも驚く程に冷たい声だった。
母は俺の声に反応してこちらを向く。
そういえば、母とちゃんと口を利くのはあのボヤ騒ぎ以来だったか。
いや。
そもそも俺は、田舎に帰ってきてから今まで、母とまともに話し合ってきたことがあっただろうか。
もし。もしも俺が、母と、母の病気に正面から向き合っていたら。
今から起こる結末は、避けることができていたのかもしれない。
でも、それも今更だ。
もうどうでも良いことなんだ。
今日で全てが終わるのだから。
俺は、母を外へ誘い出す言葉を続けて口にした。
40
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:08:13 ID:XDMznai60
「親父に、逢いに行こう」
.
41
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:09:39 ID:XDMznai60
車を走らせて、下見していた場所に到着する。
車は川から少し離れたところに路駐しておく。この周辺は同じように路駐してある車がいくらかあるので、特に怪しまれることもないだろう。
車のエンジンを落として、辺りを見回してみる。
人の姿は見えないし、遠くにある民家に照明は点いていない。
('A`)(よし、大丈夫だ。行こう)
俺は車を降りて、助手席側に回り込み、母に手を添えて降ろした。
外は相変わらず雨風が激しく飛び回っている。少し立っていただけで俺も母もすっかりずぶ濡れになった。
レインコートを用意しなかったのは、僅かでも証拠になり得るものを可能な限り排除したかったからだ。
横に立ち、母の腰に腕を回して、半ば担ぎ上げるようにしながら川へ向かって歩き出す。
ここに来るまでもそうだったが、今も母は全く文句も言わずに俺に着いてきている。
未だ理性が曖昧になっているのか。
それとも、父に逢うことを、それほど望んでいるのか。
42
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:11:45 ID:XDMznai60
川の縁に立つ。
コンクリートで固められた護岸壁から下を覗き込めば、うねり狂った川が轟音を立てて流れている。
落ちたら俺ですらひとたまりもなく溺れるだろう。高齢の母であれば、言わずもがなだ。
心臓が早鐘を打つ。
これからの行動に失敗は許されない。
俺は今から罪を犯す。そのシミュレートは何度もしてきたが、それでもいざその場に立ち合わせると、膝の震えが止まらない。
だがここで引き下がる訳にはいかない。
母の介護をするだけの生活に、戻りたくはない。
俺は母に向かって声を掛けた。
('A`)「お袋。川の向こう岸だ。親父は、向こうにいる」
母を川岸の限界のところにまで連れていき、川の反対側を指差す。
当然そこには誰もいないし、そもそも真っ暗で何も見えない。
ただこれで「川のへりに立つ母」と「その背中側に立つ俺」の構図が出来上がった。
43
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:13:09 ID:XDMznai60
全て整った。
後はこの小さな背中を押してしまえば、それで完了。
造作もない、簡単なことだ。
なのに、それでも。
( A ;)(―――押せ、ないっ……!
腕が、固まって……、動かないっ!)
背中を押す。
母を、人を殺す。
その恐怖。嫌悪感。
まるで自分が立っている床が崩れ落ちるスイッチを、自ら押すような感覚。
44
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:14:35 ID:XDMznai60
押せば戻れない。
ただの人には戻れない。
仮にその犯行がバレなかったとしても。
俺は、俺自身が殺人犯だと知っている。
その事実に俺は―――耐えて生きていけるのか?
( A ;)(うっ……ううう…………)
どうする?
怖い。
早く押さなきゃ。
長引けば長引くほど目撃のリスクが上がっていく。
でも足が、腕が動かない。
止めるのか?
今ならまだ間に合う?
でももう嫌なんだ。
俺は一人で生きていきたい。
誰かを背負って生きるのは、辛いんだ。
だから、殺さなきゃ。
45
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:15:22 ID:XDMznai60
その時。
こちらに背を向けていた母が。
ゆっくりと、振り返って。
「ドクオ」
俺の名を、呼んだ。
46
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:16:12 ID:XDMznai60
( A ;)「あっ…………」
その声に、突き動かされるように。
俺は、母の体を押し込んだ。
母は、一気に濁流に飲み込まれ、俺の目の前から消えた。
.
47
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:17:28 ID:XDMznai60
( A ;)「…………」
母が消えた後も、俺はずっと下流の方を眺めていた。
母の姿など見えるはずもないのに。
もう二度と、生きて俺の前に現れることはないのに。
俺が―――、俺が母を、殺して―――。
( A ;)「あ、う、」
( A ;)「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!」
取り乱した俺は逃げるようにその場から走り去り、車に飛び乗った。
震える手でエンジンを掛けて発進させる。
48
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:18:53 ID:XDMznai60
( A ;)「ふーっ、ふーっ、ふーっ……!」
呼吸が粗い。意識が定まらない。
俺、何をした?
殺した。母を、殺したんだ。
何をやってるんだ。何で俺は人殺しなんてやってるんだよ。
ハンドルを持つ手が震えている。
自分が恐ろしくて堪らない。
どうして、俺は母を殺すしかないと考えていた?
まともな思考をしていればそんな結論には至らなかったはず。
でも遅い。思い直すのが遅すぎる。
だってもう俺は、こ、殺し―――!
( A ;)「ああっ、ああああああああああああああああああああ!!!!」
車はぐんぐんスピードを増していく。
アクセルを踏む足を戻せない。
目の前の光景が、ハイスピードでぐるぐる回っている。
体内の血液が目まぐるしく循環しているような感覚に陥る。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
なんで、こんな。
俺は、どうして―――。
49
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:21:28 ID:XDMznai60
( A ;)「…………」
気付けば、家に辿り着いていた。
どうやって戻ってきたのか全く記憶にない。
事故を起こさなかったのが不思議で仕方がない。
よろよろと車から降り、家の中に入る。
一目散に自分の部屋に戻り、頭から毛布を被って身を丸めた。
全身は濡れてないところがない程で、布団もお構い無しに水浸しになるが、だからって今は風呂に入ることなんて出来ない。
溜まっている水に身を沈める行為なんて、今の俺に出来るはずがない。
( A ;)「っ、……ぅ、ぁ…………!」
今にも叫びだして暴れまわろうとする体を必死になって押さえつける。
体はガタガタと震え続け、体の奥底から何かが溢れだしそうになるのを堪える。
( A ;)「ごめん……。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめん、なさい……っ」
謝る。
謝罪の言葉を口にする。
誰に謝っているのか。母だろうか。
分からないまま、ただただ謝っていた。
50
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:24:07 ID:XDMznai60
( A ;)「…………」
もうどのくらいこうしていただろうか。
暗闇の中、毛布にくるまり、かと言って眠れるはずもなく。
頭の中ではずっと、母を押した瞬間を繰り返していた。
あの時。
母は振り返って俺の名を呼んだ。
どんな感情で、俺を呼んだのだろうか。
押された時、母は、何を思って―――。
( A ;)「……っ」
押して、母を川に落として。
そういえば大声で叫んでしまった。
もしかしたら、あの時近くに人がいたのではないだろうか。
もしも、全てを見られていたのなら。
今頃、目撃者が通報していたら。
今にも、パトカーが家の前までやってくるかもしれない。
( A ;)「いや、だ。怖い。捕まりたくないっ……!」
後悔している。
ずっと後悔している。
殺人なんて、そんなことをしてはいけない、なんて。
小さな子供でも分かるようなことを。
ああ。捕まれば、俺はどうなる?
殺人だ。重罪だ。情状酌量の余地もない。
刑期は十年か? 二十年か? 無期懲役? まさか死刑まで?
嫌だ。
逃げなきゃ。
でも逃げるって何処に? 海外?
そんなの無理だ。俺なんかが海外で一人で生きていけるものか。
詰んでいる。もう詰んでいるんだ。
俺の人生は、終わってしまったんだ。
終わりだ。終わり…………。
51
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:25:47 ID:XDMznai60
('A`)「…………」
気が付けば、外から光が差していた。
いつの間にか朝になっていたらしい。あれほど騒がしかった雨風の音もすっかり止んでいた。
のそり、と立ち上がる。
服はまだ濡れている上に体に張り付いていて、気持ち悪いことこの上ない。
ひとまず着替えることにする。
着替え終えたら俺はそのまま外へ出て歩き始めた。
この時には、俺は一つの決心をしていた。
向かう先は交番。
俺は、自首をすることにした。
これ以上罪の意識に耐えることは出来なかった。
交番内に入ると、一人の警察官が机に座って何か書類のようなものを書いているところだった。
俺の存在に気付き、こちらを向く。いつもの、若い警察官だった。
見慣れた人だったので、俺は少し安心した。自首するなら、この人が良い、とすら思っていた。
52
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:26:40 ID:XDMznai60
('A`)「あの……」
「っ、宇津田さん!? どうしたんですか、ひどい顔色ですよ!?」
俺の姿を見た彼は、とても驚いた表情をしていた。
どうやら、今の俺は相当やつれてしまっているらしい。
('A`)「……それが、その……。俺、母を……。母が……」
さあ、言おう。
言ってしまおう。
母を殺しました、と。
俺を逮捕してください、と。
('A`)「母、が…………」
('A`)「母が、いなくなったんです」
―――?
あれ?
おかしいな。
そうじゃない。
殺しましたって、言わないと―――。
53
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:28:55 ID:XDMznai60
「っ! お母様が、いなくなったんですか!? まさか、昨夜の台風の中、出歩かれたんですかっ!?」
('A`)「……夜、ふと目が覚めて。なんだか胸騒ぎがして、母の様子を見に行ったら、何処にも、いなくて」
いや待て。
違うだろう。
俺は何を言っているんだ?
なんて嘘をついている?
('A`)「車に乗って辺りを探したんですが、何処にも見つからなくて……。
朝になっても、帰ってこなくて……」
「それは、大変じゃないですか!
わ、分かりました。すぐに他の交番とも連携してお母様を捜索します!」
俺の話を聞いた警察官は、焦りながらも電話で何処かに連絡をし始めた。
待って。待ってくれ。違うんだ。
俺は……。自首を……。
「宇津田さん。心配なのは分かりますが、今は休みましょう。一晩中探し回ったのでしょう?
休まないと宇津田さんが倒れてしまいますよ。大丈夫です、我々が必ずお母様を見つけ出しますので―――」
そう言って警察官は、一旦俺を家に帰るように促した。
俺は踵を返して帰宅する。
家に辿り着き、俺は玄関で靴も脱がずに立ち尽くした。
いつの間にか、俺は両目から涙を流していた。
ああ、なんだよ、畜生。
自首をする勇気すら、俺には無いっていうのかよ。
54
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:31:12 ID:XDMznai60
その後。
家に警察から電話が掛かってきて、母が遺体で発見されたと聞いた。
死因は溺死だった。あの現場からおよそ2kmほど下ったあたりで水草に引っ掛かっていたらしい。
身元確認のために呼び出されて、母の遺体と対面した。
変わり果てた母を見て、俺はその場で泣き崩れた。
濁流に飲み込まれたからか、あちこちが傷や痣だらけの母の体を見て、自分がしでかした事の重大さにただ怯えるしかなかった。
それから、母の葬儀が執り行われた。
俺がまるで動けなかったため、遠方に住んでいた母の弟にあたる叔父が代わりに喪主となって式を進めてくれた。
通夜では工場の社長も弔問に来ていた。
憔悴しきっていた俺の前に座り、
「ドクオ君。しばらく、仕事は休みなさい。
こちらのことは気にしなくていいからね。
何か助けが欲しかったら、いつでも私に言うんだよ」
そんな言葉を掛けてくれた。
55
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:32:03 ID:XDMznai60
式の後、警察から母の死は事故でほぼ間違いないと報告を受けた。
台風の夜に、いつもの徘徊癖によって出歩いた母は、強風に煽られて川に転落。流されてしまったのだろう、と。
俺はこの連絡を聞いて、警察の捜査も案外杜撰なんだな、と思った。
確かに俺が目論んだ通りの結末ではある。そうなのだが。
それでも、何処か穴を見つけて、そして俺を捕まえて欲しかった。
自首することも出来ない情けない俺を、裁いて欲しかった。
56
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:34:16 ID:XDMznai60
母の葬儀から一週間が経った。
俺は何もすることが出来ず、ずっと家の中に閉じこもっている。
ここ数日、よく夢を見るのだ。
俺がまだ子供だった頃の、夢だ。
内容は他愛ない、普段の日々。
晩御飯。俺と、父と、母が食卓に座る。
目の前には母の手料理が並ぶ。三人揃って「いただきます」と言う。
俺がその日小学校であった出来事を話して、父はそれに相槌を打ちながら笑って聞いてくれて、母は俺と父を見ながら微笑んで―――。
そんな、夢。
別の日には、運動会で俺が走っているところを父と母が応援してくれてた夢を。
他にも、クリスマスの日にプレゼントを貰って喜ぶ俺の頭を、父と母が撫でてくれた夢。
毎日、色んな過去の夢を見た。
でも毎回、終わり方は同じなのだ。
急に目の前が、ガラスに亀裂が走ったようにひび割れて、そして景色ごと粉々に崩れ落ちる。
俺は一人、暗闇に取り残されて―――そして、目が覚める。
目が覚めると、俺はいつも涙を流している。
それは、昔の思い出が懐かしてく泣いているのか。
それとも、思い出ごと俺が壊してしまったことが悲しくて泣いているのか。
俺自身でさえ、分からなかった。
57
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:35:46 ID:XDMznai60
悔やんでいる。
あの日のことを。俺が犯した過ちを。
悪魔に唆され、悪魔となった俺。
壊れてしまった母を捨てようとしていた俺こそが、実は壊れていたのだと。
あの時、最後に、母は振り返って、俺の名を呼んだ。
母は、何を思っていたのだろう。どういう気持ちで、俺の名を呼んだのだろう。
今にも殺そうと迫っていた息子の顔を見て、何を思ったのだろう。
その時の母の顔が網膜に貼り付いて、離れない。
目を開けていても閉じていても、いつだって浮かんでくる。
まるで訴えかけてくるかのように。まるで、呪いのように。
自由を求めて俺は母を捨てた。
後先など何も考えない、愚行だった。
人を殺して、手に入れられるものなんて在るはずもないのに。
今でも俺の両肩には母が乗っている。
それがお前の罪だと、一生を懸けて償えと、背に乗る母が四六時中呟いている。
58
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:37:08 ID:XDMznai60
俺は、いつか何処かで野垂れ死ぬその時まで、ずっと母を背負ったまま歩いていかねばならない―――。
.
59
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:37:39 ID:XDMznai60
.
60
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:38:06 ID:XDMznai60
2020年(令和2年)。
水難による死者・行方不明者は、
722人。(前年対比+27人)
このうち、65歳以上の者。
369人。(構成比51.1%)
【警察庁生活安全局生活安全企画課 「令和2年における水難の概況」 より抜粋】
61
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:38:30 ID:XDMznai60
それらは、全て―――
.
62
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:39:10 ID:XDMznai60
―――本当に、『事故』なのか?
.
63
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:39:42 ID:XDMznai60
.
64
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:40:08 ID:XDMznai60
('A`)姥捨川のようです
終
65
:
◆SvZ5lqBEjM
:2021/10/16(土) 20:40:58 ID:XDMznai60
投下は以上となります。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
66
:
名無しさん
:2021/10/16(土) 20:45:35 ID:d9419uZs0
あまりに生々しすぎる……乙
67
:
名無しさん
:2021/10/16(土) 22:49:36 ID:OfWgR.aM0
乙です、
68
:
名無しさん
:2021/10/16(土) 23:24:59 ID:xysNfqLY0
素晴らしい
69
:
名無しさん
:2021/10/16(土) 23:51:44 ID:T6dyu4eM0
たいへん狂おしい
70
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 10:36:14 ID:T7Tl81S.0
これはかなりリアル鬱…
あまりにも身近で誰にでもありそうで、いやあるんだろうな
おつおつ
71
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 11:32:49 ID:mhM21lVI0
エグい……
72
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 23:10:52 ID:LxXpfktk0
乙
タイトルのセンスが良いなと思いました
73
:
名無しさん
:2021/10/19(火) 13:38:44 ID:8tzEEJxc0
結局母を背負って生きるしか道が無かった虚しさよ
乙
74
:
名無しさん
:2021/10/22(金) 22:53:29 ID:JRxp7kBE0
おつ
協力してくれる人がいて場所を選ばなければグループホームとか入れたろうに…
75
:
名無しさん
:2021/10/27(水) 18:14:37 ID:iMXlgk7.0
おつ
辛い辛いまじ辛い
あらゆる理由が辛い
76
:
名無しさん
:2021/10/28(木) 16:19:42 ID:wTC1s3lg0
乙
介護中イライラして追い詰められていくところとかすごい生々しかった…
77
:
名無しさん
:2021/11/01(月) 14:16:23 ID:f4frwl1I0
全然他人事じゃない。
親が大事だとしても、どこまで自分を削れるものなんだろうと考えてしまった
乙でした
78
:
名無しさん
:2021/11/09(火) 17:05:54 ID:aKaLSVfY0
おつ
終わり方ぞっとした
ドクオもカーチャンもあまりにも人間らしすぎる
79
:
名無しさん
:2021/11/28(日) 12:17:07 ID:mb6oV/mM0
加筆修正した投票絵です。
カーチャン……
https://downloadx.getuploader.com/g/3%7Cboonnews/217/%E7%84%A1%E9%A1%8C2-1.jpg
80
:
名無しさん
:2021/11/28(日) 22:43:09 ID:BnQXPWnU0
>>79
いい。とてもいい
81
:
名無しさん
:2021/11/28(日) 22:43:34 ID:hezGB6pk0
すばらい
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