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ξ゚⊿゚)ξツンちゃん夜を往くようです

175名無しさん:2020/12/10(木) 21:42:11 ID:9P.ObFjI0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


('A`)「……今ある問題は、ざっとこんなモンか」

 ドクオが手を止め、シャーペンの先でノートを小突く。
 さしもの私も気分を切り替え、此度の説明パートに全力で乗っかった。

ξ゚⊿゚)ξ「ふむふむ」

 ドクオのノートに書き出されていた項目は以下の3つ。

・特訓と試験
・勇者軍とかからの攻撃
・内通者が居るっぽい

 端的かつパーフェクトにまとめられた諸般の問題は、やはり私の手には余るものだった。
 特訓&試験についてはギリギリ頑張りますと言えるものの、他2つは如何ともしがたい。

 勇者軍や素直四天王との戦闘はもはや必然。
 向こうが私を狙う限り、この危険性は絶対に排除しきれない。
 このイオンですら安全と言い切れない以上、気をつけますとしか言えないんだなこれが。

 ――そして3つ目の内通者だが、私は、これを積極的に解決する必要は無いと考えていた。

 これまでの手口からして、敵は小規模な戦闘で事を済ませたがっている印象がある。
 ここでもし内通者を炙り出せば敵もやり方を変えてきて、多分そっちのが危険が危ない。
 打算的にも今は放置! それが正しい答えなのだと、私は自信をもって確信していた。

('A`)「まぁどれも簡単にはいかねぇわな。
    今やれる事と言えば、内通者に目星をつける程度か……」

ξ゚⊿゚)ξ(愚かな。そこは放置が正解だというのに……)

 しかしドクオと私の考え方は違う。
 長い付き合いだからこそ、そういう違いを私は知っているのだ。
 とはいえ事なかれ主義VS正論バカは泥沼化が必然なので、私はお口をチャックした。

.

176名無しさん:2020/12/10(木) 21:44:51 ID:9P.ObFjI0

('A`)「おい内藤、お前の方でなんか情報無いのかよ」

( ^ω^)「あれば共有している」

('A`)「……そうかよ。聞いて損した」


ξ゚⊿゚)ξ モグモグ

 今のやり取り、ドクオなら「お前が内通者なんだろ?」くらい言うかと思ったが、意外に素直だった。
 そりゃ腹の底では疑っているだろうけど、ここで口論が起きないのはマジでありがたい。
 このイオン回は我々の親睦を兼ねたもの。喧嘩は面倒、なるべく回避したいのである。

( ^ω^)「でも使えそうなものは持ってるお」 ポイッ
  つミ□

ξ゚⊿゚)ξ !

 直後、テーブルに物投げるマンと化した内藤くんがまたしても物を投げた。なぜ執拗に物を投げるんだ。
 今度のは小さなメモ帳。やたらボロく、死ぬほど使い込まれているのが見て取れる。
 内藤くんはメモ帳の中ほどを開き、走り書きの小汚い文字を指して言った。

( ^ω^)「ここに書いてあるのは僕やハインを含めた関係者達の情報だお。
      ハインから色々聞いてメモしておいた。参考程度に使ってくれ」

ξ゚⊿゚)ξ「つまりキャラ紹介なのだわ」

(^ω^)「そうだお!」

.

177名無しさん:2020/12/10(木) 21:46:25 ID:9P.ObFjI0

(;'A`)「……うわぁ、また変に情報が細かいな。
    これお前の体重まで書いてあるぞ。62キロって」

ξ゚⊿゚)ξ「は?」

('A`)「いや62キロって。実際そんくらいだろ?」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「なるほど一気に信憑性が欠けたようだな」

 第1話を読んでいれば分かる事だが私の体重は41キロぴったりである。
 それを62キロだなんて適当もいいところ。これだから人間は信用できないのだ。
 となれば内通者にも察しがつく。そういえば内通と内藤で字面が似ているな……。

( ^ω^)「いや事実だ。でなきゃ情報としての意味が無い」

ξ゚⊿゚)ξ「でもプライバシーへの配慮も必要だと思うのよ昨今は特にねモラルが」

(;'A`)「いいから早くしようぜ。さっさと帰りてぇんだよ俺は……」

( ^ω^)「正直ここで話す必要も無いがな。情報漏洩の危険は否めない」

ξ゚⊿゚)ξ「無視もよくない」

('A`)「正論だな。ならもうメモの確認だけして帰るか」

( ^ω^)「それでいいお」

ξ゚⊿゚)ξ

.

178名無しさん:2020/12/10(木) 21:49:34 ID:9P.ObFjI0


 〜みんなでメモ帳を見ようのコーナー〜


('A`)「どれどれ、最初はツンか」

( ^ω^)「最重要ターゲット、もとい僕らの仕事先だお」


≪ ξ゚⊿゚)ξ / 魔王城ツン ≫

【戦闘方法】 身体強化 魔力成形(自動防御マフラー)
【基礎能力】 [パワー:C] [スピード:C] [スタミナ:D] [コントロール:F]
【備考補足】 びっくりするほど弱い 奇行目立つ C〜D級魔物 体重62キロ

A=すごい   B=ややすごい  C=凡魔物
D=凡人    E=よわい     F=論外     S〜SSS=すごすぎ


('A`)「大体合ってる」

( ^ω^)「これが内通者に利用される事はあると思うお。
      でも、これ自体が内通者をやれるとは到底思えないお」

ξ゚⊿゚)ξ(この魔王城ツンが“これ”扱いだと……?)

('A`)「ツンが内通者なら全滅でいいよ。次だ次」

( ^ω^)「度し難い忠誠心だお」

.

179名無しさん:2020/12/10(木) 21:56:24 ID:9P.ObFjI0

≪ ミセ*゚ー゚)リ / 餓狼峰ミセリ ≫

【戦闘方法】 魔獣化(恐らく狼)
【基礎能力】 [パワー:A] [スピード:B] [スタミナ:B] [コントロール:A]
【備考補足】 強い A〜B級魔物 魔王城ツンの世話係&特訓相手 物理◯


≪ 川д川 / 貞子 ≫

【戦闘方法】 魔術全般
【基礎能力】 [パワー:-] [スピード:-] [スタミナ:S] [コントロール:SS]
【備考補足】 強い S級魔物 魔術◎


('A`)「この2人もありえねぇ。というか2人が内通してたら終わりだよ」

( ^ω^)「呑気なものだな。この件に限って絶対は無いんだぞ。
      前提として、全員に可能性があることは忘れるなお」

('A`)「そりゃ分かってるけど、怪しい情報収集やってる誰かさんに言われてもな」

( ^ω^)「……そっち側の情報はミセリからハインに伝わったものだお。
      不審がるのは勝手だけど、根拠に乏しい言いがかりは反応に困る」

(;'A`)「……はいはい。悪かったよ」

.

180名無しさん:2020/12/10(木) 21:58:02 ID:9P.ObFjI0

≪ 从 ゚∀从 / ハインリッヒ高岡 ≫

【戦闘方法】 激化薬(自動防御)
【基礎能力】 [パワー:D] [スピード:D] [スタミナ:C] [コントロール:B]
【備考補足】 元勇者軍 祖父 不透明な人脈あり 還暦過ぎ 


≪ ( ^ω^) / 内藤ホライゾン ≫

【戦闘方法】 激化薬(復元)
【基礎能力】 [パワー:D] [スピード:D] [スタミナ:C] [コントロール:C]
【備考補足】


('A`)「……ここは情報が少ないな」

( ^ω^)

('A`)「まぁ言う事ねえわ。お前も答えないだろ」

( ^ω^)「ハインの人脈は僕でも把握しきれてないお。
      僕の情報についても書くのを省いただけで、聞かれれば答えるお」

(;'A`)「いや、だからって取っ掛かりも無いんだよ。
    こないだ降って湧いてきたような相手に何を聞けってんだ……」

( ^ω^)「お前が内通者だろ、など」

('A`)「それで済むなら聞いて回ってるよ……」


ξ゚⊿゚)ξ(意外と会話が弾んでいる……私を捨て置いて……)

.

181名無しさん:2020/12/10(木) 22:00:26 ID:9P.ObFjI0

≪ ('A`) / 魔物部ドクオ ≫

【戦闘方法】 魔獣化(詳細不明)
【基礎能力】 [パワー:-] [スピード:-] [スタミナ:-] [コントロール:-]
【備考補足】 ほぼ不明 能力を隠している 言動がネチネチしている


( ^ω^)「だが情報の少なさで言えばお前も同じだ。
      信用している上司とやらも、お前については詳しく話さなかったらしいが」

('A`)「そりゃ隠してるからな。俺のは目立つんだよ」
  _,
( ^ω^)「目立つ……?」

ξ゚⊿゚)ξ「……えっ、内藤くんってドクオのアレ見てないの?
      2回も共闘してるんだし、てっきり知ってるもんだと……」

( ^ω^)「共闘した覚えはない」

('A`)「ないな」

ξ;゚⊿゚)ξ「いやあるでしょ。勇者軍の時と、ハインさんの時とで2回……」

 そうである、全カットされているが2人の戦闘シーンは既に存在しているのだ。
 聞く機会もなかったので完全スルーしていたが、気になると言えば気になるところ。
 そろそろ話に加わる為にも、私は改めて質問を投げてみた。

ξ゚⊿゚)ξ「そういえば最初、2人はどんな奴と戦ってたの?
      あらすじ見たけど足止めされてたんでしょ?」

('A`)「あらすじ?」

ξ゚⊿゚)ξ「これの5よ」


〜ツンちゃん襲撃のあらすじ(再掲)〜

1 ミセリ、ツンに連休を言い渡す
2 ミセリ、その間に魔界へ出張。魔王に直談判
3 ツン、勝手に1人で行動。ハインの屋敷へ
4 ミセリ、なんとか話をまとめて地上に戻る
5 ハインとドクオ&ブーン、敵の襲撃を受ける ←ココ
6 ツン、敵の襲撃を受ける
7 ミセリ、デミタス貞子と共に地上へ。辛うじて危機に間に合う

.

182名無しさん:2020/12/10(木) 22:06:34 ID:9P.ObFjI0


( ^ω^)「あの時に戦ったのは」

('A`)「――いや、べつに大した戦闘じゃなかった。
   10人くらいで足止めされたけど、それだけだ」

( ^ω^)


ξ゚⊿゚)ξ「……そうなの?」

('A`)「ああ、ハインに比べれば楽なもんだったよ。
    あっちは敵の主力が相手だったらしいし、俺達は運がよかったな」

ξ;゚⊿゚)ξ「ハインさんの相手、王座の九人だっけ? なんか強いらしいけど……」

('A`)「ま、お前にはまだ早すぎる相手だよ。
    こっちを変に心配するより、今は自分の事に集中しとけって」

('A`)「回り回って、結局それが俺達の助けになるんだから」

ξ゚ー゚)ξ「……それもそうね。やる事は変わらないのだわ」

('∀`)「そうそう。でなきゃ確実に試験ダメだしな」

ξ゚⊿゚)ξ「事実はやめなさい」


 ――と、話にオチがついた途端。

( ^ω^)「あの時に戦ったのは、たった10人の子供だったお」

 内藤くんが語気を強めて話を戻し、ドクオに邪魔された言葉を改めて言い切った。
 彼は呆れたように姿勢を崩すと、視線をテーブルに落とし、露骨に嘆息してみせる。

( ^ω^)「あれは勇者軍の最下層構成員。
      要するに使い捨てで、見るに堪えない消耗品だお」

('A`)「……おい」

( ^ω^)「聞かれれば答えると言った。
      お前の言い回しを悪だとは思わないが、こっちの主義は違う」

 ドクオと内藤くんが互いを睨んで押し黙る。
 そこに、私が割り込める余裕はなかった。

.

183名無しさん:2020/12/10(木) 22:10:34 ID:9P.ObFjI0

( ^ω^)「もっとも、あれを『大した戦闘』ではなかったと言えるのはそいつだけだ。
      あの時まともに戦ってたのは僕だけで、そいつは何もしなかったからな」

( ^ω^)「あれはそれなりに激しい戦闘だった。
      殺さなければ殺される。あれは、そういう殺し合いだったお」

ξ;゚⊿゚)ξ …

( ^ω^)「10人中9人を僕が殺して、残る1人はそいつの前で無駄死にしたお。
      詳しく知りたいなら、覚えている限りを話すが」

ξ;゚⊿゚)ξ「……殺した、っていうのは」

( ^ω^)「言葉の通りだ。嘘だと思うならハインに聞け。
      死体の確認くらい、まだ出来るだろう」

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ「……そう。分かった」

 私はドクオの顔を見直し、少し間を置いてから息を吐いた。

 ――これは十分にありえた事態。
 敵味方、誰も死なずに済むなんて展開をマジで信じていた訳じゃない。
 私は人間を殺したくないと思っているが、これは私の個人的な話であり、他のみんなは違うのだから。

ξ゚⊿゚)ξ「……お疲れさま。
      でも、このくらい隠さなくていいのよ」

('A`)「……言う必要が無かっただけだ」

 ドクオやミセリさんはあくまでも私の従者。
 彼らからすれば主人の身を守るのは当然の業務であり、私はその恩恵ありきで命を繋いできた。
 この関係はずっと同じ、魔界に居た頃からなにも変わらない。

 私の代わりに誰かが手を汚して、それで「お疲れさま」だなんて本当は言いたくない。
 しかし私には力が無い。彼らの仕事を余計なお世話だと断じる説得力も無い。
 だから私は――本当なら、もっと急いで強くなるべきだったのだ。

 でも、分かっているのにいつも間に合わない。
 気がつけばいつもみんなが先回りしていて、着いた頃にはもうやる事がない。
 それが本当に不甲斐なくて最悪で、自分自身がどうしようもなくて、最悪だった。

.

184名無しさん:2020/12/10(木) 22:13:57 ID:9P.ObFjI0


 ……だとしても、私と彼らの関係は変わらない。
 主人である私には、彼らの仕事に関わる義務があるのだ。

 正直ここでドクオを咎めるのは簡単だし、それはそれで主人の威厳も保てるだろう。
 後出しの正論で管を巻いて、感情的に立ち振る舞って、さもお嬢様という感じでキャラを立てる。
 それはそれで間違っていないし、それはそれで分相応と言えなくもない。

 ……言えなくもないが、私がそれを望まないのだ。
 だから私は義務を優先し、不甲斐ないまま「お疲れさま」を口にする。
 私が望む魔王城ツンを、これ以上私から遠ざけないためにも。


ξ゚⊿゚)ξ「……内藤くん。今の話、もう少しだけ聞きたいのだわ」

( ^ω^)「分かった」

 私の要求に短く答えると、内藤くんは実に呆気なく顛末を暴露してくれた。

 ――死んだ10人の身体的特徴。激化薬が彼らにもたらした能力。
 殺害に用いた武器。最期の様子。死体を漁っても情報は得られなかったこと。
 敵とこういう会話をした。この2人は連携が取れていた。この4人は感情的で隙だらけだった。

 かくして内藤くんは淡々と言葉を並べ、結果、5分足らずで話を終わらせてしまった。

ξ゚⊿゚)ξ

 顔も知らない誰かが死んだ、というだけの他人事があっさりと幕を下ろす。
 これは義務。感情的な深入りはしないし、過分な語彙も使わない。
 私の名前は魔王城ツン。一時の同情に駆られ、味方を間違えるような愚行はありえなかった。

( ^ω^)「で、最後の1人だが」

 残った1人はドクオの前で無駄死にしたというその人だけ。
 内藤くんは続けて話そうとしたが、途端、小さな挙手が彼を遮った。

('A`)ノ「すまん、ちょっといいか」

(^ω^)「いいよ!」

ξ゚⊿゚)ξ !?

 その手はドクオが挙げたもの。
 私達はすぐ彼の方を向いた。

.

185名無しさん:2020/12/10(木) 22:15:24 ID:9P.ObFjI0

ξ゚⊿゚)ξ「ドクオ、急にどうしたの?」

('A`)「いや、今の話とはまったく関係ないんだが……」

 ドクオは手を下げ、努めて静かに口火を切った。

('A`)「……魔力だ。微弱なのがある。そう遠くない」

 そう言いながら何かを探り始めるドクオ。
 私には魔力なんて感じられないが、ドクオの方が感知も上手いので恐らく事実だ。

ξ;゚⊿゚)ξ「え、誰の魔力? 知らないやつ? 貞子さんから連絡は?」

('A`)「知らないやつだし連絡も入ってない。
    この魔力、そもそも探知結界に引っ掛かってないんだろうな」

( 'A`)「かなり希薄で断続的な魔力だ。
    集中してなきゃすぐに見失うぞ……」

ξ;゚⊿゚)ξ「……なら私から貞子さんに連絡するのだわ。
       ドクオはそのまま集中してて」

 スマホを取り出し、急いで自宅に電話をかける。
 呼出音が鳴ること数度、間もなく向こうから声が返ってきた。

.

186名無しさん:2020/12/10(木) 22:16:27 ID:9P.ObFjI0


 『――はい、もしもし』


ξ゚⊿゚)ξ「もしもし、ツンちゃんです」

 『なるほど分かりました』

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「えっ? 早くない?」

 『今からイオン周辺を隔離しますので3人で迎撃に向かって下さい』

 『ではまた』


ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ ?

 一方的に通話を切られてしまった。
 よく分からないけどまた戦闘になりそうだった。ちくしょう帰って寝たい。

.

187名無しさん:2020/12/10(木) 22:18:30 ID:9P.ObFjI0


( ^ω^)「……何がどうなった」

ξ゚⊿゚)ξ「彼女、迎撃してって言ったのだわ」

( ^ω^)「……は? 迎撃?」

(; ^ω^)「今の一瞬でそれを決めたのか? とんでもない即決だな……」

ξ゚⊿゚)ξ「そうだなぁ」

 そうだなぁと思った。
 ので、言われた通りに迎撃に行こうと思った。

(;'A`) (^ω^ ;)

 しかしドクオと内藤くんはそうでもなかったらしく、
 彼らは一度顔を見合わせてから、慎重に口を開いた。

(; ^ω^)「この状況で、どうして迎撃なんて話になるんだお?」

(;'A`)「……普通は撤退だろ。今の、本当に貞子さんだったのか?」


ξ゚⊿゚)ξ

 えっ


.

188名無しさん:2020/12/10(木) 22:19:04 ID:9P.ObFjI0


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189名無しさん:2020/12/10(木) 22:21:26 ID:9P.ObFjI0

≪2≫


 〜イオン フードコート〜


ξ゚⊿゚)ξ「久々に遊んでしまったのだわ」モグモグ

 50レスくらいかけてイオンで遊び尽くした後、私達はフードコートで軽食にありついていた。
 放課後、イオン、フードコート、そしてハンバーガー(バーキン)と、青春濃度はかなり高めの様相である。
 夕飯前の小うるせえ雑踏も風情というヤツものだ。消費社会LOVE……。

ξ゚⊿゚)ξ「ええいボウリングよ、ボウリングもやりたいのだわ」

 もうなんだかテンション上がってきちゃったな。
 行くかカラオケ、それも悪くない。

(;'A`)「それはまた今度だよ。今日はもう遅いんだ、素直に帰っとこうぜ」

( ^ω^)「同意見だ。情報整理も済んだ事だしな」

ξ゚⊿゚)ξ「ええい現代シニシズムの体現者どもめ」

 しかして時刻は午後7時。
 帰ったあとの云々も考えると、そろそろ帰った方がよいのも事実だった。
 今日の話し合いも内藤くんのおかげで捗ったし、これ以上遊ぶにはもう駄々をこねるしかなかった。
 そして私が駄々をこねると副産物としてウサちゃんが爆誕してしまう。魔力とはそういうものだった。


(´・_ゝ・`)「……でもまぁいいんじゃないか、カラオケくらい」

ξ゚⊿゚)ξ !

 と、思わぬ所から援護射撃が飛んでくる。
 彼の名前は盛岡デミタス。今日はたまたま近くに居たらしく、気がつけば当然のように話に加わっていた。
 それで別段なにか有益な情報を持ってきた訳でもないのだが、諸般の飲み食いを奢ってくれたので諸般ヨシである。

.

190名無しさん:2020/12/10(木) 22:24:28 ID:9P.ObFjI0

(´・_ゝ・`)「ガキなんだから遊びも大切にしときな。思い出ボムの火力も上がるし」

ξ゚⊿゚)ξ「そうなのだわそうなのだわ」

 前回同様そうなのだわロボと化した私。
 楽して勝つならこの手に限る。いいぞ盛岡もっと言うのだ。

(´・_ゝ・`)「俺はもう帰るし、保護者への言い訳も俺がしといてやるよ」

(;'A`)「おい盛岡、あんまりツンを甘やかすなって……」

(´・_ゝ・`)「かっ勘違いしないでよねっ。みんなには結構酷いことしてるんだからっ」

 外堀を埋めながらスーツの懐に手を突っ込み、自前の長財布を取り出す盛岡。
 彼は中から数枚の紙幣を抜き取ると、それだけをポケットに戻し、財布の方をテーブルに置いた。

(´・_ゝ・`)「あとこれ全部やる。好きに使えよ、すぐに要るし」

ξ゚⊿゚)ξ !?

(;'A`)「いやだから煽るなって盛岡! こいつバカなんだぞ!」

(´・_ゝ・`)「それカードの番号とかも全部メモ入ってるから」

(´・_ゝ・`)「平気で使えるぞ、1000万円」

ξ゚⊿゚)ξ

('A`)(あっこれダメだ)

 私は盛岡の財布を手に取り、その中身を神妙に検めた。

ξ゚⊿゚)ξ

 ――これからは盛岡“さん”と表現していく。
 私は固く誓った。

.

191名無しさん:2020/12/10(木) 22:25:52 ID:9P.ObFjI0


('A`)「……よし分かった、これから今すぐカラオケとボーリングに行こう」

('A`)「ただしそれ以外は全部ダメだ。何一つとして許さん」


ξ゚⊿゚)ξ
.                              ゲーム
ξ ⊿゚)ξ「今夜、こいつの中身を何倍にもできる《遊戯》があるとしたら――」


('A`)「ダメです」

ξ;゚⊿゚)ξ「ええ〜!! 4倍までにするから!!」

('A`)「お願いだから落ち着いてほしい」

ξ;゚⊿゚)ξ「私こっちのが才覚あるんだけど!!」

('A`)「絶対にダメ」

ξ;´⊿`)ξ「どうせ泡銭なのに!?」

('A`)「そういう発想を止めてんだよ。あと1000万円は泡銭じゃねえ」

⊂( ^ω^)「よーし! それじゃあみんなでカラオケ行くお!」
  (  と)
  /  >

ξ゚⊿゚)ξ !?

 私達はカラオケに行くことになった。
 とにかく金がいっぱいある。私は無敵だった。

.

192名無しさん:2020/12/10(木) 22:29:30 ID:9P.ObFjI0

≪3≫


ξ゚⊿゚)ξ「それじゃあ盛岡さん、私達はこっち行くから」

(´・_ゝ・`)「ああ」

 イオンを出た一行は近場の繁華街に向かい、そこで別々のルートを選択した。
 カラオケに行く若人達とそれを見送る盛岡デミタス。
 彼との別れを簡単に済ませた魔王城ツンは、早速スマホを取り出して声高に通話を始めた。

ξ゚⊿゚)ξ「――あ、もしもし!? まゆちゃん!? お金あるんだけど来ない!?」

('A`)「呼び出し方が最悪すぎる」

(^ω^)「そういう日もある」

(´・_ゝ・`)「気をつけてなー」

ξ゚⊿゚)ξ「はい盛岡さん! 行ってきます!」

.

193名無しさん:2020/12/10(木) 22:39:41 ID:9P.ObFjI0


(´・_ゝ・`)

(´・_ゝ・`)「……やっと行ったか、っと」

 歩道の端に寄り、往来を避けてツンを見送る。
 彼女達の姿は十秒ちょっとで見えなくなったが、それでも盛岡はしばらくの間、彼女達の行き先を見つめ続けていた。


「すみません、お時間よろしいですか?」

 ――不意に、隣から声を掛けられる。
 一旦無視を決め込むも、当てつけのように殺気立つ人影が視界の端に首を突っ込んでくる。
 無視するなという圧力に負けた盛岡はやむをえず隣を見遣り、ちょっとだけ視線を下げた。

(´・_ゝ・`)「……こんばんは」

「はい。こんばんは」

 彼の隣に現れたのは制服姿の女学生。
 茶髪のサイドテールを指に巻きながら、どこか不機嫌そうに盛岡を見上げている。

(´・_ゝ・`)「出てきていいのかよ。盤外に徹するんじゃなかったのか」

「そのつもりでしたよ。あなたが想定通りであれば」

(´・_ゝ・`)

 盛岡は応えなかった。死ぬほどノーリアクションだった。
 制服の少女はしばし黙ってから、彼の変わりようの無さに頭を振る。

「とにかく来て下さい。ちょっと事情聴取をさせてもらいます」

(´・_ゝ・`)「へいへい……」


.

194名無しさん:2020/12/10(木) 22:49:15 ID:9P.ObFjI0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 話の続きをするにあたって、盛岡が連れて来られたのは小さなスタンドバーだった。
 演出の為に作られた暗がりと、それを都合よく照らす間接照明の列。
 天井に埋め込まれたスピーカーからぼそぼそと流れる洋楽は、『これ以上の声量で喋るな』という店側の牽制でもあった。

(´・_ゝ・`)「悪いな、視点を持ち込んで」

|(●),  、(●)、|「構わない。よくある店だ」

 断りを入れてテーブルについた盛岡を、バーテンダーの男はくぐもった声で歓迎した。
 その寛容への礼として、彼はサービスのテキーラを一気に飲み干して見せた。

「悪酔いしても知りませんよ」

(´・_ゝ・`)「モヒートくれ。ミント別皿で」

 テーブルに諭吉が置かれ、バーテンダーがそれを回収する。
 釣り銭のやり取りは無く、両者は暗黙のままに事を済ませる。

(´・_ゝ・`)「お前も好きなの飲めよ。奢るぞ」

「……ではオリジナルを」

 程なく、盛岡のモヒートと一緒に店のオリジナルカクテルがテーブルに並んだ。
 2人はすぐにそれを取り、情緒もクソもなくグビグビと飲み進めた。
 おっさん&女学生が立ち並んで酒を飲む姿はかなり犯罪的だったが、それを咎める概念はこの店には立ち入れなかった。

.

195名無しさん:2020/12/10(木) 22:51:33 ID:Qa5M7iYc0
ツンちゃん頑張って

196名無しさん:2020/12/10(木) 22:52:34 ID:9P.ObFjI0


「……魔王城ツンの育成、魔王軍の軍備拡張、最序盤へのリソース集中」

 グラスの中身を空にして、彼女は静かに話し始めた。

「これらを主軸とした『整合世界計画』については、既に合意を得たものと思っていましたが」

(´・_ゝ・`)

「文句があるなら言って下さい。あなたは、すでに何度も我々の計画に背いている」
 元より烏合の衆。自分勝手は構いませんが、邪魔をするなら話は別です」

(´・_ゝ・`) …

 盛岡は無言だった。モヒート別皿のミントをモサモサと食べている。
 徹底して返答を拒否する構え――彼女は目を細め、真正面から食って掛かった。

「であれば先程のロールバックに話題を絞りましょう。
 勝手に話を巻き戻して、一体どういうおつもりですか?」

(´・_ゝ・`)「いや、あれはお前のやり方が杜撰だったからフォローしたんだよ。
      電話で誘導するなら口調寄せろよ。完全にバレるとこだったろ」

「……それは失礼。まぁ、その意味では助かったと言えるんですけど」

 彼女は言葉を止め、盛岡の目を見てゆっくりと言った。

「こちらの『特権』による介入が、関係者以外にバレる筈がないんですよ」

(´・_ゝ・`)

「気付くような誰かが居たんですか? あの中に」

(´・_ゝ・`)

 しばし目を見合う両者。
 やがて根負けしたのは盛岡の方。彼はテーブルに腕を置き、言葉を選ぶ。

.

197名無しさん:2020/12/10(木) 22:56:47 ID:9P.ObFjI0


(´・_ゝ・`)「俺は切り札を持ってる。その為に、少しだけ無理をした」

「……でしょうね」

 彼女は極めて多くの含みをもって呟き、神の視点を一瞥した。

(´・_ゝ・`)「別に全部言ってもいいんだが、今じゃ意味が無い。
      せっかくの切り札だし、役無しにはしたくないんだ」

「……少し考えます。一人称で」

 バーテンダーに2杯目を注文し、それを飲みながら逡巡を始める彼女。
 そこには一切の言葉がなく、特筆すべき情景も展開しなかった。

     バックボーン
「……《個人世界》の容量限界、そっちは大丈夫なんですか?」

(´・_ゝ・`)「いやだから無理をしたんだってば」

「あぁ、そりゃそうですよね。そうか……」

 断片的に、仲間内にしか伝わらないような言葉で会話する2人。
 ここには顔見知りしか居ない筈だが、どうやら彼らは見えない何かに警戒しているようだった。

 そして、彼らはその何かを意図して遠ざけようとしている。
 彼らの言葉選びにはそういう作為が感じられた。
 私がそう感じた。

「一応聞きますけど、ここは4周目ですね?」

(´・_ゝ・`)「それは、はい」

「助けは必要ですか?」

(´・_ゝ・`)「いらない」

「……整合世界は失敗する」

(´・_ゝ・`)「いいえ」

「……その上で計画を放棄し、独断に出たと」

 彼女は長く息を吐き、アキネイターめいた問答をすっぱりと終わらせた。
 盛岡の言動は少しも要領を得なかったが、残念ながら、彼女はここを引き際として溜飲を下げてしまった。

.

198名無しさん:2020/12/10(木) 22:59:20 ID:9P.ObFjI0


「しかし参りましたね。この感じでは、裏切り者として始末するしかありません」

 困った風に言いながら、彼女の指先がテーブルをなぞり上げる。
 それと同時にピコンという起動音が鳴り、彼女の目先に3匹のクマのキャラクターが浮かび上がった。

 しかし、彼女が呼び出したクマの立体映像は誰の目にも映っていない。
 これは彼女の個人的な世界観に基づいた能力。
 異なる世界観を生きる者達では、そもそも彼女の能力を認知する事ができなかった。

「すみません。分け与えた特権はすべて没収します。
 現状、仲間を信頼してる余裕もないのでご容赦を」

(´・_ゝ・`)「全部は取るなよ。何も残らないんだから」

「全部取れれば苦労しないですよ。……始めます」

 大中小のクマが順に転がるアニメーションが終わり、次に現れたのは無数のフォルダアイコン。
 彼女はその中から『あ』と名付けられたフォルダを開き、迷わず『demitasse.exe』を実行した。

 ――彼女の視界にキャラクタークリエイトっぽい画面が広がり、盛岡デミタスに関する全てが表示される。
 出生、来歴、人間関係、各種スキル、ステータス等々。
 一個人をゲームキャラにデフォルメしたような情報の数々は、人為的情報収集の規模を明らかに逸脱していた。

(´・_ゝ・`)「急げ急げ」

「ミスるので黙って」

 彼女は真っ先にスキル欄を開いて『特権』の記述を一掃、すぐにアプリケーションを終了した。
 全行程は僅かに3秒。画面の文字列は一瞬で消え去り、その核心を読み取る事は出来なかった。
 惜しい。

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199名無しさん:2020/12/10(木) 23:00:41 ID:9P.ObFjI0


「間に合いましたかね。とりあえず、これで容量節約です」

 一息つき、彼女はわざとらしく額を拭った。

(´・_ゝ・`)「……そういう意味でやったのか? 案外優しいのね」

「妥当なリスクヘッジです。勘違いしないように」

 彼女は軽薄に笑い、2杯目のカクテルをあっさりと飲みきった。

 盛岡デミタスという一個人が抱える秘密――その全てを放置して自己完結する醜態。
 『説明の義務は無い』とでも言わんばかりだ。彼女達の言動は、極めて自閉的だった。

「それじゃあ帰ります。これ以上は会話が有意義になりそうですし」

(´・_ゝ・`)「なんだよ話し足りないぞ。もっと飲んでけって」

 ふと、盛岡がグラスを持って乾杯を誘う。
 彼女は仕方無げに頬を緩めたが、盛岡の誘いには乗らず、そのまま店を出ていった。


|(●),  、(●)、|「……フラれたな」

(´・_ゝ・`)「バカ言うな、本命じゃねえよ」

 残されたのはおっさん2人。
 特に意味のない沈黙が流れ、店内BGMが一層際立つ。

|(●),  、(●)、|「なにか話すか?」

(´・_ゝ・`)「……いや、このままやり過ごす」

 以降、30時間ほど沈黙が流れまくった。
 マジで意味がなかった。


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200名無しさん:2020/12/10(木) 23:01:04 ID:9P.ObFjI0


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201名無しさん:2020/12/10(木) 23:03:30 ID:9P.ObFjI0

≪4≫


川 ゚ -゚)「……ああそうだ、今の依頼料では帳尻が合わないんだ」

 喧騒に包囲された暗闇(カラオケ)で、素直クールは今回の依頼主に連絡を取っていた。
 その内容は至極単純、依頼料の値上げである。
 必要な口実も十分に揃っていたため、話し合いは終始素直クールの優勢だった。

川 ゚ -゚)「…………」

川 ゚ -゚)「……分かった。一旦それで手を打とう」

 話し合いの決着は数十分後。
 ひとまずの結論をもって通話を終えた素直クールは、煮え切らない感情を溜息に乗せて吐き出した。


川 ゚ -゚)「……ぬぅ」

ノパ⊿゚)「ねーちゃん、やっぱダメだった?」

 彼女を気にかけて声をかけたのは素直ヒート。
 傭兵チーム『素直四天王』の3番手、パワー担当。ほかに個性はない。

川 ゚ -゚)「いや、3倍までは確約させたよ。向こうはかなり渋ってたがな」

ノハ*゚⊿゚)「おお! なら十分じゃん!」

川 ゚ -゚)「……そうでもない。想定より敵が強い分、仕立てと掃除の取り分も増える」

川 ゚ -゚)「その辺りは節約前提でやってもいいんだが、まぁ、満足には程遠いかな……」

ノパ⊿゚)「ああ、中間搾取……」

 ――昨今、世界各地で起こる超常事例は確実にその数を減らしている。
 魔王勇者とは無縁の世界観に属している彼女らにとって、それはかなりの大問題だった。

 活躍の場は減り、残った仕事も同業者で奪い合い、斡旋業者からも凄まじい搾取を受ける。
 特筆すべき能力があればまだマシだったが、その点で言っても彼女達はギリギリだった。

 そんな窮地に舞い込んできた仕事こそ今回の案件、魔王城ツンの討伐。
 現在もっともデカい市場規模を有しながら、しかし滅多に出回らない異世界絡みのそれ。
 普段の数十倍の報酬を期待できるこの仕事に、素直クール達は特大の期待を寄せていたのだ。

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202名無しさん:2020/12/10(木) 23:04:48 ID:9P.ObFjI0

ノパ⊿゚)「ほーんと仕事減ってくよな。どこも平和でさぁ」

 曖昧な不満をこぼしつつ、ソファにあぐらをかいて揺れる素直ヒート。
 かわいい。

川 ゚ -゚)「そう言うな。悪いことじゃないんだ」

ノハ;゚⊿゚)「……そりゃ分かってるけど、食いっぱぐれた同業だって酷いもんじゃん。
      その始末だって仕事と金にされて、同類で共食いしてさ……」

川 ゚ -゚)「それでも最後の1人になるまで続ける訳じゃない。
     目標だって決めただろう? 今更気にかけるな」

ノハ;゚⊿゚)

ノハ;-⊿-)「……うーん……」

 それでもヒートは腕を組んで瞑目し、頭の中で自問自答を繰り広げた。

 ――魔王勇者の世界はさておき、彼女達の世界はとっくに干上がっている。
 前述した問題はもちろんのこと、もはや『何も起こらない』が珍しくないのだ。
 それこそ異なる世界観に首を突っ込まなければ話にならないほど、彼女達の生活は『平和』に食い殺されている。

 平和によって肯定されるもの、されないもの。
 素直四天王という存在は、少なくとも後者に類するものだった。

o川*゚-゚)o「……引退して普通に暮らすんでしょ、目標」

 やがてヒートを諌めたのは素直四天王の4番手。
 彼女の名前は素直キュート。思春期なのでそっとしてほしい。

o川*゚-゚)o「給料増えたんならもういいじゃん。揉めるのが一番ダルいし」

ノハ;゚⊿゚)「……いやでも、それで廃業してちゃ元も子もねぇだろ」

o川*゚-゚)o「だから引退なんだって。少しは割り切りなさいよ」

 キュートは項垂れてスマホに目を落とし、口を噤んだ。
 仕事を斡旋されている立場上、関係者との不和は死活問題に直結する。
 各位思うところはあっても、キュートの発言に異を唱える者は居なかった。

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203名無しさん:2020/12/10(木) 23:05:45 ID:9P.ObFjI0


川 ゚ -゚)「……にしても、シュールが遅いな」チラッ

 湿気った話題はさておいて、素直クールが振り向いてドアを見る。
 そういえばここはカラオケ。
 細かい話も済んだことだし、あとはフリータイム限界まで騒ぐだけなのだ。

 ところが、ドリンクバーに送り込んだ素直シュール(素直四天王の2番手)が中々戻ってこない。
 通話中から数えても10分以上は離席しているし、嫌な予感がしなくもなかった。

川 ゚ -゚)

 恐らく、というかほぼ確実にドリンクバーで遊んでいる。
 誰かが止める必要があった。

川;゚ -゚)「……すまん、ちょっと見てくる。先に始めててくれ」

ノパ⊿゚)「オッケー」



    |┃三    _______
    |┃     /    ヽ
    |┃ ≡  |〒ソwvw″
____.|ミ\___lw´‐ _‐ノv <ただいま
    |┃=___    \
    |┃ ≡   |    人 \ ガチャッ


 即帰ってきた。

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204名無しさん:2020/12/10(木) 23:07:27 ID:9P.ObFjI0

川;゚ -゚)「おおう、おかえり。遅かったな」

lw´‐ _‐ノv「うん」

川;゚ -゚)「飲み物は持ってこなかったのか?」

lw´‐ _‐ノv「やむをえず」

 手ぶらで帰ってきたシュールはそのままシュルッと着席し、カラオケの端末を触り始めた。

川;゚ -゚)「……なあシュール、店の迷惑になる事してないよな?」

lw´‐ _‐ノv「してないよ。むしろ徳を積んだというか」 ピコピコ

 端末を操作しつつ、シュールは後ろ手に持っていたものをテーブルに置いて見せた。
 それは男物の長財布であり、もちろんシュールの私物ではなかった。

川 ゚ -゚)「なんだ、落とし物か? やたら膨らんで見えるが……」

o川*゚-゚)o チラッ

lw´‐ _‐ノv「まぁちょっと中身見てみてよ。それ凄いから」

川 ゚ -゚)

lw´‐ _‐ノv

川;゚ -゚)「いやダメだろ道徳的に。普通に店に渡してくるよ」スッ

lw´‐ _‐ノv「ちょっと迷うあたりが好きだよ」

.

205名無しさん:2020/12/10(木) 23:09:40 ID:9P.ObFjI0


o川;*゚ー゚)o「――いやちょっと待った!!」シュバッ!!

 素直クールが財布を取ろうとした瞬間、キュートが凄まじい速さで財布を取り上げた。
 その挙動に驚愕半ばドン引きする素直クール。なんだこいつ。
 彼女は眉間にしわを作り、キュートを強く訝しんだ。

lw´‐ _‐ノv「やっぱり分かっちゃうか、価値が」

o川;*゚ー゚)o「い、一応チェックをば……」

川 ゚ -゚)「……その財布、そんなに凄いのか?」

o川;*゚ー゚)o「本物ならね。まぁ中身のがヤバそうだけど……」

 四方八方から財布を観察し、その内外を神妙に検めるキュート。
 いまいち話が分からない素直クールは、この世に存在するエルメスというブランドを知らなかった。

lw´‐ _‐ノv「姉さん、あとでビックリすると思うよ」

川 ゚ -゚)「ううむ、一体どういう事なんだ……」

o川;*゚ー゚)o …!

 資産価値およそ1000万円の長財布。
 これがもたらす大きな意味を、彼女達はまだ何も分かっていなかった。

ノハ-⊿-) スピー

 ちなみに素直ヒートは寝落ちしていた(頭を使いすぎた)。

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206名無しさん:2020/12/10(木) 23:12:18 ID:9P.ObFjI0

≪5≫


     *
    ~
ξ*゚⊿゚)ξ「ガハハ! 飲め食え騒げ! 踊れ〜!」

 一方その頃、大金を手にした魔王城ツンは淑女にあるまじき態度でカラオケを楽しんでいた。
 ぶっちゃけ既に無一文なのだが、本人がまだ気付いていないので問題は無かった。

  ,, _ シャララララ
   (::鬥::),,
('A`)ノ

(^ω^)「ツンちゃん歌うまいNE!」

ξ*゚⊿゚)ξ「ドクオいつまでタンバリンやってるのよ! おらっ歌え鬼滅とか」

('A`)「はい」

 カラオケ開始から数時間が経過、いよいよ最悪になってきた魔王城ツン。
 気が狂ったブーン、もうどうにでもなれ状態のドクオ、そしてまゆちゃん(モブ)。
 なまじ気心知れた面々であっても、調子に乗った魔王城ツンを止めるのは不可能だった。

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207名無しさん:2020/12/10(木) 23:13:35 ID:9P.ObFjI0

ξ*-⊿-)ξ「あーよっこらせックス!!」ドスン

 「お疲れさま! 沢山歌えてすごいね!」

 ツンは最悪の台詞を吐きながらソファに座った。
 さっきドリンクバーで調合してきたスペシャルドリンクを飲みつつ、ドクオの歌唱に耳を傾ける。

('A`)「強くなれる理由を知った」

ξ゚⊿゚)ξ(まぁ聞かなくていいか……)

 ドクオは一瞬で見限られた。


ξ;゚⊿゚)ξ「……そういえばまゆちゃん、今日はいきなり呼び出しちゃってごめんね。
       死ぬほど迷惑だと気付いた時にはもう手遅れで……」

 「ううん、別に用事も無かったから! 親も許してくれたし!」

ξ*゚⊿゚)ξ「ほんと? じゃあ今日はいっぱい遊べるのだわ!」

 「1回くらいしてみたかったんだよね、夜遊び!」

 そう言ってイタズラに笑い、まゆちゃんはグラスを持ってツンに差し出した。
 ウェーイ乾杯! 2人はガハハした。

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208名無しさん:2020/12/10(木) 23:16:49 ID:9P.ObFjI0

ξ*゚⊿゚)ξ「ああもう、まゆちゃんは私の日常そのものなのだわ!」ガバッ

 ツンは勢いに任せてまゆちゃんに抱きついた。
 勇者軍とかなんか色々、思い詰めていたものが少しだけ軽くなる。

 じわりと広がる居心地のいい温もりに、ツンは心からの安心を覚えていた。
 他に言い換えられる言葉など、何もなかった。

ξ*´⊿`)ξ「ああ、今がずっと続けばいいのに……」

 「……ずっと?」

ξ*゚⊿゚)ξ「そうなのだわ! やっぱり普通が一番なのよ!」

 「……そっか。そうだね、私もそう思う!」

 まゆちゃんは笑顔で応え、もう一度ツンと乾杯してガハハした。

(^ω^)「たのしいNE!」

ξ*゚⊿゚)ξ「NE!」

('A`)「どうしたって消せない夢も」

 〜おわり〜

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209名無しさん:2020/12/10(木) 23:17:24 ID:9P.ObFjI0


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210名無しさん:2020/12/10(木) 23:18:13 ID:9P.ObFjI0


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爪'ー`)「今回の戦闘、成果はまずまずといった感じかな」

爪'ー`)「10人ちょっとの動員で事実確認が出来たんだ。そう悪い出費じゃない」


爪'ー`)「……彼らの死体? さあ、向こうが始末したんじゃないかな」

爪'ー`)「戦闘時の映像ならアサピーの管轄だ。見たければ声を掛けるといい」


爪'ー`)「しかし、わざわざ仲間の死に際を見たがるとは殊勝だね」

爪'ー`)「今はとにかく人手不足だ。勤勉なのは実に好ましい」

爪'ー`)「仲間の死さえも糧にするその姿勢、私は大いに評価するよ」



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211名無しさん:2020/12/10(木) 23:22:52 ID:9P.ObFjI0



 ――境遇に不満があった訳ではない。


 凡俗の列を飛び出して、そこで何かをしたかった訳でもない。
 夢や希望も特にはない。つまらない人間と言われれば、きっと私はその通りなのだろう。

 ただひとつ、それでも思惑があったとすれば。
 私は、私の理想に少しでも近付きたかったのだ。

 実体のない作為に漫然と支配されている感覚。
 鬱積を編み込んだ繭はひどく居心地がよく、蚕のような一生も悪くないと安心を覚える。

 けれど、私はその安心を苦痛と言い換えた。
 そうする事で繭に火をつけ、蛹をも焼き、その正体を暴こうとした。
 蛹の中にある『ぐちゃぐちゃ』こそが私なのだと、そんな理想を抱きながら。

 曖昧さに生かされる道を捨て、私は今、燃え盛る繭に包まれている。
 原型を留めることに興味はなかった。形骸を保つ意味も考えなかった。
 決意と手段が揃った時点で、私は『私』という義務を捨て去っている。

「……無駄死には、1人だけか」

 決別の日は遠く、私は未だ炎と共に在る。
 正体はまだ分からない。
 それを決めつけようとするものを、私は許さない。


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212名無しさん:2020/12/10(木) 23:23:14 ID:9P.ObFjI0



          #04 形骸世界、理想論者たち、Forgive an Angel


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213名無しさん:2020/12/10(木) 23:29:04 ID:9P.ObFjI0

#1 >>2-65  #2 >>74-117  #3 >>122-160
#4 >>169-212

季節ごとに書き溜めを全部投下していく感じなので、次回投下は4月頃です
ここからしばらくは一本道です
アーマードコアの新作が出る前に完結できるよう頑張ります

214名無しさん:2020/12/12(土) 11:40:09 ID:CVd20G0s0

デミタスどうなるんだ…

215名無しさん:2020/12/13(日) 02:07:08 ID:.RCATf2w0
乙!
ブーンがバグってるんだっけ、いきなり言動明るくなるの怖い

216名無しさん:2021/01/01(金) 01:37:56 ID:8wC4DC3c0
支援

217 ◆gFPbblEHlQ:2021/02/05(金) 02:35:42 ID:o1xlCQcw0
進捗報告です
今年の4月1日に投下するものが大体完成しました
完成してない部分が致命的なのでがんばるぞい(^ω^)

おまけ 夜を往くツンちゃんBB&進捗切り抜き
https://blog-imgs-142.fc2.com/g/e/k/gekitetunchan/yorutun02.gif
https://blog-imgs-142.fc2.com/g/e/k/gekitetunchan/yorutun03.png

218名無しさん:2021/02/06(土) 01:10:38 ID:LR/Oj5ms0
待ってり

219名無しさん:2021/02/06(土) 09:29:20 ID:QMWglZrU0
待ってる超待ってる

220名無しさん:2021/02/07(日) 11:36:59 ID:BPmHm4Vk0
まゆちゃんもサイドテールも現状この存在感でカオナシなのは何なんだ・・・「逆に」なのか・・・

221名無しさん:2021/02/20(土) 16:36:18 ID:euN61lwE0
顔の有無とか言動の端々とか、全てに裏があるように感じてソワソワする
4月が楽しみだ

222 ◆gFPbblEHlQ:2021/03/07(日) 21:24:55 ID:E6U361vo0
投下予告とお知らせです
今月末の27日〜31日くらいに2話分を投下します
4月の投下はまた改めて予告します

新たにツンちゃんまとめを爆誕させました
https://gekitetunchan.blog.fc2.com/blog-entry-25.html

今後しばらく投下も続くので、個人で担える部分はやっておこうという方針です
クールライターさんのまとめに背中を押された形でもあります
4周目以降は自分でまとめ、1〜3周目は引き続きリンクを使わせて貰おうと思っています

ほぼ個人サイト的なものになりますが、閲覧に支障がなければこのまま運用します

223名無しさん:2021/03/07(日) 21:28:59 ID:E6U361vo0
1周目の頃から乙や感想や支援絵など本当にありがとうございます
まるで凸凹で石ころだらけの道のようなスレですが、綺麗に舗装するべく今後も頑張っていきます
季節ごとに数話投下しておくので、年に1回でもまとめて読んで貰えれば嬉しいです

224名無しさん:2021/03/07(日) 21:52:12 ID:7rUgwHaY0
おお、こんなサイトデザインもあるのか・・・

225名無しさん:2021/03/08(月) 05:31:20 ID:m4YbkmyU0
今月中に投下あるんですか! やったー!

226BBH ◆CaOyByoJC6:2021/03/10(水) 00:00:51 ID:TSNUgTSE0
BBHのリンクページにツンちゃんまとめを掲載してよろしいでしょうか。

227名無しさん:2021/03/10(水) 00:36:23 ID:evwbwfzo0
オアーッ今月中の投下だと……嬉しすぎる……ありがとうございます……
個人サイト、携帯でもAA綺麗に見れて感動した

228 ◆gFPbblEHlQ:2021/03/14(日) 09:02:44 ID:MCkzJeWM0
>>224 あるよーっ!(^ω^)
>>225 やったーっ!(^ω^)
>>226 いいよーっ!(^ω^)
>>227 オアーッ!(^ω^)

229名無しさん:2021/03/27(土) 09:55:15 ID:XvCFsZPM0
今更ながら全部一気読みした
めちゃくちゃ面白い、支援!

230名無しさん:2021/03/27(土) 21:49:50 ID:JEV2xlVs0
前の周回は読まなくてもいけるとのことで自分もまだ読めてないけど、大体は読まれてる感じ?
どのみち読むつもりではあるけれども

231 ◆gFPbblEHlQ:2021/03/28(日) 20:27:38 ID:GWXSQBmE0

≪1≫


 勇者、魔王、超能力者。
 凡人、異常者、はぐれ者。

 そういった表面的な体裁を気に掛ける者は、王座の九人には一人も居なかった。

.

232名無しさん:2021/03/28(日) 20:33:37 ID:GWXSQBmE0


 組織の形骸化により様相を変えた勇者軍、その最大戦力たる王座の九人。
 彼らは老若男女を問わないチグハグな集まりだったが、しかし一方で無二の共通点を持っていた。

 彼らの共通点とは『主観への違和』。
 その感覚を要約すると、彼らは『どうして空は蒼いのか』みたいな引っかかりをずっと抱えていたのだ。

 ふとした時、さしたる理由のない違和感を抱くことは誰にでもある。
 知性と野性を鑑みれば、これは万人に搭載されている普通の感受性と言っていい。
 ただし、そういう曖昧な感覚にハッキリした機微を求める精神性は思春期から壮年期にかけて確実に衰えていく。

 なぜ衰えるのか?
 そういうものだからだ。

 ――『そういうものだから』で片付けなければ追いつかないほど、この世界には未知が多いからだ。
 気にかけていたらキリがない。いちいち調べて検証してたら寿命が尽きてしまう。魔物とか特に意味不明だ。
 だから誰もが受け入れるのだ。もう分かった、世界とはそういうものなのだと。


 そうして静かに心は鈍り、自意識は落ち着いていく。
 効率的な処理を覚え、所属する枠組みの規範に適応していく。
 空は蒼いし夜空は冥いしツンちゃんは夜を往く。そういう世界なので。

 そして、これもまた『大人になった』なんて曖昧かつ効率的な形容で済むくだり。
 『世の中意外と曖昧なんだな』という言語化に至った瞬間、好奇心は諦めに追いつかれている。

..

233名無しさん:2021/03/28(日) 20:37:13 ID:GWXSQBmE0


 ――だが、王座の九人は別だった。
 素朴実在論とは妥協の共有に他ならないが、彼らはそういう打算を一切受け入れなかったのだ。

 小さな頃から心に残り、大人になっても消えない疑問。
 社会のルールを理解しつつも、穴だらけの命題を埋める何かを常に探している。

 勇者軍は、その何かを見つけられそうな場所として彼らの前に現れた。
 妥協をしなくていい環境には、一切の妥協を認めない者達がよく似合う。
 両者の相性は火に油を注ぐように完璧で、それゆえ勇者軍は組織として成立できていた。

.

234名無しさん:2021/03/28(日) 20:43:25 ID:GWXSQBmE0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 勇者軍が拠点としている施設は世界各地に点在していた。
 その大半は『一切の軍事力は魔王軍討伐にのみ用いる』といった誓約のもと、暗に政治的な御目溢しにあやかっている。
 各国家機関とて人間社会に魔物が潜伏している事実は把握していたが、いたずらな公表は社会の大混乱を招いてしまう。
 ここらへんの話は余談なので割愛するにせよ、魔物への備えとして勇者軍を容認する動きはそう珍しくなかった。


 勇者軍日本支部とでも言うべき拠点は、列島から遠く離れた孤島に設けられていた。
 便宜上には存在せず、あらゆる無法を許された島。
 軍内部におけるこの島の役割は、激化薬の研究と共に『次世代の戦力』を獲得する事だった。


(-@∀@)「……おお、ここに居たか」

 施設内でもとりわけ明るく、大きく開けたフードコート。
 そこに現れた白衣&眼鏡の男は、フードコート内の人だかりを見て静かに独りごちた。
 人だかりの殆どは病衣の子供達であったが、みんな笑顔でハッピーな感じだったのでよかった。

子供1「じいさん、また授業やってよ!」

爪'ー`)「おお構わないよ。教科は?」

子供1「道徳!」

爪'ー`)「道徳かぁ、それ私も足りてないんだよなぁ」

 子供達は、灰色のカーディガンを羽織った老け顔の男を中心にしていた。
 男の実年齢は五十代後半であったが、そこから一回り若く見受けられるだけの鋭い気風が彼にはあった。
 要約するに、カリスマという言葉が簡潔であろう。

 肩下まで伸びる色褪せた長髪。柔らかな物腰に、思慮深くゆっくりと語られる言葉の綾。
 椅子に座って子供達と戯れているだけなのに、その光景には語り部と民衆の図画を連想させる機微があった。
 それもそのはず、彼は勇者軍最大戦力『王座の九人』において実質的なリーダーを務める人物だった。

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235名無しさん:2021/03/28(日) 20:46:58 ID:GWXSQBmE0


(-@∀@)「おいフォックス! ちょっといいか!」

 白衣の男が大声を上げると、子供達の輪が大きくひび割れた。
 その裂け目から視線を返してくるフォックス。
 彼は事を察したように軽く頷き、子供達の顔をぐるりと一望した。

爪'ー`)「すまん、仕事の時間だ。私の小言はまたにしよう」

子供2「は?」

 途端、子供1から子供14くらいまでが一斉に不満を張り上げた。
 年老いた耳にもしっかり響き渡ってくる子供達の声。
 フォックスは耳を抑えて苦笑い、ガキどもを懸命に宥めた。

J( 'ー`)し「はいはいみんな、教室に戻りましょうね」

 ほどなく、子供達の引率者が床に膝をついて言った。
 優しい口調で言いはしたが、彼女の背景には反撃さえ許さない穏やかな圧が見え透いている。
 感情に蓋をされた子供達はそれでも顔をしかめたが、それさえ無意味とすぐに悟り、口を閉ざした。

J( 'ー`)し「……それじゃあ失礼します。また相手してあげて下さい」

爪'ー`)「いつでもどうぞ。みんなまたね」

 一礼してからフォックスに背を向け、子供達を引き連れていく女性。
 エプロン姿の彼女はカーチャン(偽名)と呼ばれる人物で、この施設における諸般の子守を担当していた。
 古くから日本支部に在籍し、『次世代の戦力』について多大な貢献をしてきた古株だ。
 あと王座の九人だった。

.

236名無しさん:2021/03/28(日) 20:48:21 ID:GWXSQBmE0



(-@∀@)「……いやぁ、つくづく人気者だな。鳩にエサ撒いてる老人みたいだ」

 ごっそり人気が消えたのを見計らい、白衣眼鏡マンがようやく近付いてくる。
 時たま名残惜しそうに振り返る子供達に手振りを返しながら、フォックスは彼の茶化しに対応した。

爪'ー`)「実際もう老人だよ。青臭い皮肉は喉を通らん」

(-@∀@)「カマトトぶんなって。あと百年は若者だぞ」ドカッ

 陽気に言いながら反対側のベンチシートに陣取る白衣眼鏡マン。
 瓶底眼鏡に秘めたその瞳――自称老人には眩しすぎたのか、フォックスは溜息混じりに頭を振った。

爪'ー`)「堪らない人生観だな。いつまで生きてる予定なんだか」

(-@∀@)「……死ぬ予定は無いが?」

 口早に言い、その言葉尻に「何を仰る」と付け加えるマン。
 彼は改まった風に両手を広げて見せると、しばし沈黙してから本題を切り出した。

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237名無しさん:2021/03/28(日) 20:52:05 ID:GWXSQBmE0

(-@∀@)「で、諸々済んだぞ。魔王軍との交戦シミュレートは完璧だ」

(-@∀@)「準備も万端。あとはリアルに実行するだけ」

爪'ー`)「おお! それはすごい!」

(-@∀@)「……実行するだけ、だが」

 当てつけのように言い直し、テーブルにつんのめる白衣眼鏡マンもといアサピー。
 前もってフォックスの思惑を予想していたアサピーは、彼が言うべき答えを先に口走った。

(-@∀@)「動かないんだろ?」

爪'ー`)

爪'ー`)「え? あーそうだね。動かないよ」

(-@∀@)「……ハハッ! だと思ったぜ!」

 予定調和に声を荒らげ、アサピーは大袈裟に仰け反って見せる。
 人を小馬鹿にした仰々しい身振り。その不躾は、彼らをつなぐもの無くして成立はしなかった。
 フォックスが老人ならアサピーも老人である。数十年前に勇者軍で出会って以降、付き合いは長い。

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238名無しさん:2021/03/28(日) 20:57:50 ID:GWXSQBmE0


爪'ー`)「なのでアサピー、手が空いてたらスポンサーへの言い訳を頼む。
     あれの相手は私には難しい。金だの地位だの、難しいんだ」

(-@∀@)「それもやっといたよ。お前にゃ接待は無理だ」

 アサピーは高らかに指を鳴らし、フォックスの杞憂を軽くあしらった。

 勇者軍とて人の集まり。その内部勢力は大きく二分されており、各所の確執は中々に度し難い。
 しかしアサピーだけは例外だ。彼の立場は少し特殊で、組織内でも特に重大なものだった。
 王座の九人と激化薬研究の主任。2つの立場を上手く使えば、彼の意見は誰にも覆せなかった。

(-@∀@)「あちらさんの“““有意義な会議”””が長引くよう、燃料はたっぷり注いでおいたぜ。
      先の襲撃で増えすぎた手札をどう使えばいいんだか、今頃大声で議論中だろうよ」

爪'ー`)「はは、それは仕方ないさ。普通そうだよ」

 フォックスは足を組み直し、両手を膝に乗せて空笑った。
 拍子を数えて跳ねる指先。彼の脳内では、彼自身が思い描いた盤面が次の一手を待ち侘びていた。

爪'ー`)「勇者軍は――特にあっちの、宗教的な人達は日陰暮らしが長いからね。
     チャンスの扱いなんて分からないし、初々しくもなる」
                       トップ
(-@∀@)「……自称勇者軍ながら《勇者》は不在。
       バカが仕切るよりはマシだが、やっぱり組織は鈍化するよな」

爪'ー`)「分かってるならお前が仕切るといい。適任だぞ」

(-@∀@)「俺がか? 別に構わねえけど――」

 そこで返事を区切り、一瞬真顔になって逡巡するアサピー。
 三度フォックスの意図を見抜いたのか、彼は中指で眼鏡を正し、にんまりと笑った。

(-@∀@)「いや待て、今のは冗談として受け取っておく!
       臨時であってもゴメンだね、こんな反社会組織の旗持ちなんざよ!」

爪'ー`)「あー」

(-@∀@)「ていうかお前がやれよ。ああいうのはカリスマがやるべきだろ」

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239名無しさん:2021/03/28(日) 21:02:03 ID:GWXSQBmE0


爪'ー`)「けっきょく人手不足は相変わらずか。いやぁ困ったね」

(-@∀@)「おい話を飛ばすな。お前がちゃんとリーダーやりゃいいんだよ」

爪'ー`)「おかしいなぁ。ブラックなのは思想だけなんだが……」

 自棄気味に語りつつ、フォックスは両手を後頭部に運んだ。

 資金、人脈、情報などは豊富にあっても、それらを有効活用する為の労働力が彼らには無い。
 致命的ではないにしろ、一部の突出した者達で実務を片付けている現状は末端人員ですら弁えている。
 だから日本支部のような育成機関もあったのだが、ついぞ組織の円熟は間に合わなかった。

 魔王軍との接触を果たした時点で後進育成は打ち切り。
 彼らはもう、今ある戦力だけで事を進めるしかなくなっていた。

爪'ー`)(……後進育成が『間に合わなかった』では、ないんだろうな)

 勇者軍はまだ万全ではない。よしんば戦争を始めてもキャパオーバーが悪化するだけ。
 侵略戦争など夢のまた夢。今はとにかく雌伏に甘んじ、機が熟すのを待つのが正解――。

 と、この程度の合理は勇者軍上層部でなくても思い至る。
 それでも彼らが見切り発車同然の行動を起こし、魔王軍の所在を特定したのには理由がある。

 あの日、あの時、あの場所には、勇者軍が必要とする全てが完璧に出揃っていたのだ。

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240名無しさん:2021/03/28(日) 21:13:06 ID:GWXSQBmE0


(-@∀@)「……なんだよ、お前まだ気にしてるのか?」

爪'ー`)「まぁ、暇潰し程度には」

(-@∀@)「懐疑的だなぁ。俺もだけど」

爪'ー`)「……ただの偶然がここまで完璧に噛み合う訳がないんだよ。
     私でもあれくらいの整合性は用意できる。そして漁夫の利をゲット、勝ち逃げだ」

 ハインリッヒ高岡、内藤ホライゾン、魔王城ツンが同時に無防備を晒したあの一夜。
 恐らくは秒単位での噛み合わせがなければ成立しない奇跡的な状況。
 いつかの二度目を待ち続けるには、あの偶然は余りにも出来過ぎていたのだ。

 だから勇者軍は行動を起こした。
 リスクとリターンの採算は、辛うじて五分。

(-@∀@)「ちなみに俺もできるぜ。襲撃を仕組むくらい造作もないね」

 変なところで張り合うアサピー。
 フォックスは素直に受け取って続けた。

爪'ー`)「気掛かりなのはそこだよ。人力で可能だからこそ疑わざるを得ない。
     なのに、あの襲撃にはハッキリした勝者が居ないんだ。ただそこだけが腑に落ちない」

爪'ー`)「今回の偶然が何者かの故意だったとして、そいつの目的だけが見当たらない……」

(-@∀@)「……で、裏切り者を探してみたり、他勢力が隠れてないか調べてみたものの」

爪'ー`)


爪;'ー`)「なんにも出てこなかった」

爪;'ー`)「もう完全に手詰まりだ、助けてくれ……!」

 わざとらしく声を弱らせると、フォックスは糸が切れたようにテーブルに崩れ落ちた。

(*-@∀@)

 その敗北宣言は実に爽快。賢明な人間がやっているので尚更スカッとする。
 頼られるのも悪い気はせず、アサピーは最悪の笑みをもって彼の肩をポンポンした。

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241名無しさん:2021/03/28(日) 21:24:18 ID:GWXSQBmE0


 ――フォックス自身もほぼ勝ちを確信していたレベルで、先日の襲撃には滞りがなかった。
 展開の予測、事前準備、敵勢力の分散など――本当に、何もかもが完璧に進行していたのだ。

 にも関わらず、対象の捕獲or殺害にはなぜか失敗。
 終わってみれば結果は及第点。かけた期待分のリターンがあったかと言えば、ぶっちゃけ微妙。
 後進育成が間に合っていればと思わなくもないが、そのルートは見切り発車の運賃に使ってしまった。

 敵前に姿を晒すリスクは全会が承知していた事。
 分かった上でなおリターンを追ったのだから、今更それを悔いるのは時間の無駄。
 敵の所在を掴めただけでも帳尻は合うのだし、魔王城ツンの実力を計れたのも大きな成果だ。

 しかしながら、フォックスの懸念はこの妙に均衡の取れた筋書きそのものにあった。

 敵に姿を晒しはしたが、相手の実態を掴めたことで次手への進行はスムーズになった。
 向こうも急死に一生を得ると同時に、こちらの狙いと内通者の存在には気付いたはずだ。

 ここで損得勘定をするに、両陣営がプラマイゼロないし微プラスというのは奇妙に映る。
 それが偶然や奇跡なら尚の事、天秤の傾きがあまりに小さすぎる。
 誰かがバランスを取っている。確たる根拠もなく、フォックスはそう思わずに居られなかった。

(-@∀@)「だから偶然なんだっつの。宝くじみてーなもんよ」

爪;'ー`)「ぐぬぬ……」

(-@∀@)「そんなアナタに量子力学。変数と隠れんぼするよか楽しいぜ」

 今はとにかくスピードが物を言う。こちらが万全でない以上、魔王軍に本気を出されるとかなり分が悪い。
 なのでさっさと動くべきなのだが、フォックスはあえて『待ち』を選んだ。
 組織としては完全に愚行。一定の理解を示すアサピーですら、その判断は冗談として受け取っている。

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242名無しさん:2021/03/28(日) 21:30:23 ID:GWXSQBmE0


爪;'ー`)「……量子力学って、超常時代に一度破れてなかったか」

(-@∀@)「断じて否! ただし異能は考えないものとする!」

(-'@∀@)「って、今のご時世そうなってんのよ。
       俺みたいな異能研究者はテロリスト同然の扱いだ。いや参ったね」

爪;'ー`)「今そんななってるのか。今どきのインテリも大変だな」

 他人行儀に同調し、フォックスは微笑む。

(-@∀@)「ま、それでも間違ってんのは世間だけどな。
       事実を放置し何も考えず、忘れる方が健全だなんて知性の放棄だ」

(-@∀@)「俺だって信じたかない。だが魔物も何も実在してたんだから扱うしかねえだろ。
       向き合って考えて、それで少しずつ人智に収納する。時間は掛かるがそれが歴史だ」

 アサピーは断言し、走り書きのような愚痴を続けた。

(-@∀@)「なのに世界はこのザマよ。みんなで仲良く既知の有限に留まろうとしてやがる。
       未知への好奇心を失った秩序ある世界、そいつは死よりも恐ろしいのだぜ」


爪'ー`)「……悪魔を憐れむ我々は、黙殺を選んだ人々には不気味に見えるだろうな」

(-@∀@)「ああ? まぁサタニズムでもマクスウェルでも構わんが、俺はただ実在を認めてるだけだ。
       人間ってのは基本そうだろ? あるものはある。話は全部それからだ」

爪'ー`)「その通念で引っくるめるには、今の世界は風呂敷がデカすぎるな」

(-@∀@)「だから多くは傍観者を気取り、安全を確約されたメタ視点で自他を切り離した。
       ある意味それはイデアとの決別だったが、同時に、究極の非生産を意味した」

(-@∀@)「そもそもの話、超能力と勇者と魔王の存在が人知のエントロピー許容量を飽和させちまったんだよ。熱的死、というか燃え尽き症候群って言い方のがポピュラーか。そんなもんが世界規模で起こってんのは面白くないよな」


爪'ー`)

爪;'ー`)「ダメだ降参、もうやめてくれ。付き合えるのはここまでだ。
     還暦近いジジイに衒学者のマネをさせないでくれ」

(;-@∀@)「……そんな言うなら陰謀論で頭抱えんのやめろよ」

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243名無しさん:2021/03/28(日) 21:33:34 ID:GWXSQBmE0



( ・∀・)「……お前ら、もっと気楽に話せないのか?」


爪;'ー`) !

 ふと、認知の外からツッコミが入った。
 その一声に不意を突かれたのか、フォックスの肩がぴくんと跳ね上がる。
 かたやアサピーは頬杖をつき、居心地悪そうに大きく首を傾けた。

(;-@∀@)「あーあ実物まで来ちまったよ。お前が悪魔とか言うからだぞ」

爪;'ー`)「なすりつけるな」

( ・∀・)「邪険にするなって。ほら土産だ、スウェーデンの」

(;-@∀@)「……そんなんガキに配れ。いちいち持ってくんな」

( ・∀・)「配ってきたのに余ったの。数はきっちり合わせたんだがな」

 彼は不満気にぼやき、オシャレ特化の小ぢんまりした紙袋をテーブルに乗せた。

 アサピー達を前にして気兼ねなく振る舞う彼もまた、王座の九人に名を連ねる1人だった。
 彼の名前はモララーと言い、己を『神の代役』と呼んで憚らない、勇者軍的にもやや扱いに困る存在だった。
 身形をスタジャンとジーンズで済ませてる神に説得力があるかはさておき、その実力は申し分ない。

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244名無しさん:2021/03/28(日) 21:34:39 ID:GWXSQBmE0

爪'ー`)「数が合わない? ……あーそれ、先日ちょっと使ったからだな」

( ・∀・)「例の襲撃にか? で、結果は」

爪'ー`)「まぁまぁだな。次に活かせる情報は手に入ったよ」

( ・∀・)「そっか。だったらこいつは手向けに使おう」

 呆気らかんに言い、片手の指先に紙袋を引っ掛けるモララー。
 そうして土産を回収すると、彼は戯けるように身を翻してテーブルを離れていった。

(-@∀@)「おいモララー! ジョルジュの事も報告してけよ!」

( ・∀・)「相変わらずだー。寝顔はとっくに見飽きてるんだがなー」テクテク

 背中越しに受け答え、それで幕引き。
 立ち去るモララーをしばし見送りながら、アサピーは気怠そうに姿勢を崩した。

(;-@∀@)「……相変わらずじゃねえ。バイタルの数値を寄越せってんだよ」

爪'ー`)「はは。聞き方を間違えたな」

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245名無しさん:2021/03/28(日) 21:37:47 ID:GWXSQBmE0


(-@∀@)「――まぁいい、話は済んだ! 帰って寝る」

 途端アサピーは勢いよく立ち上がり、白衣のポケットに手をしまった。


(-@∀@)「とにかく会議は引っ張っとくが、お前の意向は士気に関わる。
       次は恐らく総取り狙いだ。半端は許されねえからな」

爪'ー`)「分かっている」

 フォックスはアサピーの方を向き、なんの感慨もない素朴な声色でぼやいた。


爪'ー`)「壊れた世界の筋道は、正しい誰かが直さなきゃな」


(-@∀@)


(-@∀@)「――くはっ、ハハッ、ハハハハハ!」

(-@∀@)「ヒィ〜〜〜〜ッwwwwwンフッwwwwww」


爪'ー`)

 彼の去り際の大爆笑は、フォックス的にはかなり心外だった。

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246名無しさん:2021/03/28(日) 21:38:25 ID:GWXSQBmE0



          #05 ラザロと畜群 その1


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247名無しさん:2021/03/28(日) 21:45:36 ID:GWXSQBmE0

≪2≫


 〜前回から1週間くらい経過〜


 魔界への強制送還を賭けた実技試験――その実施まであと僅か。
 余暇の全てを特訓に捧げながらも、魔王城ツンの努力は未だ結実には至っていなかった。

ξ゚⊿゚)ξ

 正直言ってあんまり成長を感じていない。
 まさかここまで成果が出ないとは……いやもう我ながらビックリである。
 現実逃避の三人称も事実を浮き彫りにするばかりだった。私はつらい。



从;゚∀从「――おいツンちゃん! 気ぃ抜けすぎだぞ!」

ξ゚⊿゚)ξ !

 ところで私は特訓中である。

 放課後は毎日ハインさんの屋敷に来ており、殴る蹴るなどの暴行を熱心に教えられている。
 とはいえその内容は攻撃より防御に寄っていて、即物的な成長を感じるのはどうにも難しかった。
 素直クールと戦った際の捌きだけは見込みがあるらしいが、正直私はビームとか出せるようになりたかった。

 ツンちゃんビーム(図1)、相手は死ぬ。
 いつか出せるようになりたいな。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
     ξ゚⊿゚)ξ ウォォォ
       つ つ"~~""    ('A`) ヒィィ
                 ノ( ヘヘ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
     (図1:ツンちゃんビームと民草)

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248名無しさん:2021/03/28(日) 21:48:09 ID:GWXSQBmE0


 〜休憩〜


('A`)「なあツン、最近じゃ魔界でもスウィ〜ツを食えるんだぜ」

('A`)「案外あっちも悪くねえって。地上に居るより楽しかったりしてな?」


ξ;゚⊿゚)ξ「ハァハァ……休憩にかこつけて心折りにくるのやめろハァハァ……」

 屋敷の縁側にブッ倒れると、浅ましい甘言をほざくドクオが水とタオルを差し出してきた。

 こんちくしょうは見物ばかりで、私の特訓には少しも助言をしてくれなかった。
 特訓内容が対人間に集中しているとはいえ、なんかこうマック女子高生的な一言をくれてもよくないだろうか。
 ちくしょう私も嘘松になりたい。しかし現実は非情だった。

('A`)「試験告知からそろそろ半月、流石に日程も決まる頃だ」

('A`)「なのに大して強くなってねえし。むしろ俺のが不安なんだぞ」

ξ;゚⊿゚)ξ「ハァハァ……うるせぇのだわボケカス……」

 汗ばんだ体を起こし、ペットボトルの水をガブ飲みする。
 私はタオルで顔を抑え、半ば無理矢理に心身を落ち着けた。

ξ; ⊿ )ξ「私だってね、好きでこんなスラダンのゴリみたいになってないのよ」

('A`)「スラダンのゴリて」

ξ; ⊿゚)ξ「私が私でさえなければ、ここまで頑張ってないのだわ……!」

('A`)「分かってるよ意地なんだろ。だからそれは認めてるって」

ξ; ⊿゚)ξ(……だから効くのよ)

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249名無しさん:2021/03/28(日) 21:49:53 ID:GWXSQBmE0




(´・_ゝ・`)「――自分が居たいと思う場所に居る、その為に頑張る」

(´・_ゝ・`)「邪魔するもんでもねえ。まったくもって健全だろうが。
      野暮な正論ほどダサいもんはねえぞドクオ」


 脈絡なく不意に現れた男、盛岡デミタス。
 盛岡は理解のある彼くんめいた台詞と共に歩み寄ってきて、湯気立つコンビニ袋をドクオに投げ渡した。

(´・_ゝ・`)「内輪の優しさだって時には毒だ。
      だからこそ、せめてその優しさが薬として機能するよう言葉を選ぶ」

(´・_ゝ・`)「そんな添削に気を回せてこそ模範的友人関係ってヤツじゃないの? 知らねえけどさ。
      ちなみにそいつは差し入れね。肉まん入ってるよ」

('A`)「……ああそう」

 理解のある彼くんに正論を投げられ、ドクオは言葉を失ったようだ。
 確かにこいつは胸が空く。他人が他人を言い負かしている様を対岸から眺める、実に気分がよい。
 かくしてシャーデンフロイデの快感を覚えた私は溜飲を下げ、哀れなドクオに助け舟を出してやった。

ξ-⊿-)ξ「いいのよ盛岡さん、気にしてないわ。
       ドクオはいつだって無神経モラハラ根暗野郎だしチンコ小さいし、慣れてる」

('A`)

ξ゚⊿゚)ξ「あ、肉まん食べるから頂戴。全部ね」

 ドクオからコンビニ袋を受け取り、中身の肉まん(4個)をもりもりと食べ始める。
 運動後の食事はやはり格別。満腹中枢もニッコリであった。

(´・_ゝ・`)「まぁ言動が一番ヤバいのは魔王城ツンだけどな」

ξ゚〜゚)ξ「ナイスジョーク。三日三晩は片腹が痛いぜ」モグモグ

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250名無しさん:2021/03/28(日) 21:52:43 ID:GWXSQBmE0


(´・_ゝ・`)「……そんで2人とも、今日はもう帰れ。行ってよしだ」

 途端、盛岡は語気を強めて勝手な事を言い出した。
 どこか表情が硬いような、いやいつも硬かったな。
 彼は私達を順に見た後、特訓再開を待つハインさんにも一瞥を送った。

(;'A`)「また急だな。俺は別にいいけど……」

ξ゚⊿゚)ξ「私は、……ハインさん次第?」

 まだ日はあるが、そもそも特訓開始が放課後なので日没は近い。
 私とハインさんはもう一回戦やる気でいたが、…いやこの表現エロいな。

 訂正し、私とハインさんはもう少しだけ特訓を続けるつもりだったが、正直止めても問題は無い。
 今日の特訓メニューはやりきってるし、あとはハインさんの判断によるが――。

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251名無しさん:2021/03/28(日) 21:54:50 ID:GWXSQBmE0


从;゚∀从「盛岡、お前また勝手な……」ザッ

(´・_ゝ・`)「なーんだよいいだろ別に? 特訓も順調そうじゃん」

 盛岡の目配せに嫌な予感を覚えたのか、ハインさんが呆れた様子で近付いてくる。
 イケオジVS理解のある彼くん、見応えのある嘘松だった。

从;゚∀从「まぁ順調と言えば順調なんだが、特訓にも仕上げってもんが……」

(´・_ゝ・`)「じゃあ今やってくれ。うわぁ見るの楽しみだな凄く」

 ハインさんの抗議も虚しく――というか盛岡が一切聞き入れず、話がパワーでゴリ押しされる。
 盛岡は私の進路を開けるように身を引き、身振り手振りで発進を促してきた。

ξ;゚⊿゚)ξ(ど、どないすれば)

从;゚∀从

 とはいえ勝手に判断はできず、私は無言でハインさんを見遣り対処を丸投げした。
 ちなみにこの時の心情を表したものが(図2)である。各位参照してほしい。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
   ヽヾ
    ξ;゚⊿゚)ξ タスケテー        λ......
     )  )                 λ......
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(図2:諸手を上げ、民草に助けを求めるツン)
(補記:ツンの1行目は諸手を表し、3行目は胴体を表し、右記の『λ』は民草を表す)

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252名無しさん:2021/03/28(日) 21:56:34 ID:GWXSQBmE0


从;゚∀从

从;-∀从「……だから、そういう勝手をやめろってんだ盛岡。
       とにかく順を追ってやらせてくれ。下手に急かすなよ」


(´・_ゝ・`)

(´^_ゝ^`)「――ああそっか! 上手ならいいのか、お前みたいに!」


 途端、一人合点したように手を打つ盛岡。
 それは私にさえ伝わるレベルの道化芝居で、滑稽さの誇示そのものが目的のようだった。
 要するに彼はハインさんを小馬鹿にしたのだ。露骨なまでに。

从 ゚∀从「……なぁ盛岡、なんで噛み付く? 俺なんかしたか?」

(´・_ゝ・`)「がぶがぶ」(笑)

从#゚∀从 イラッ

ξ゚⊿゚)ξ(あっこれはマズい)

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253名無しさん:2021/03/28(日) 21:57:44 ID:GWXSQBmE0


≡ξ;゚⊿゚)ξ「うおおおやるぞ特訓をば!!」ダダダダダッ

ヘ(;'∀`)ノ「いいぞツン!! 頑張れうおおおおお!!」

 大の大人が荒ぶるや否や、私とドクオは大声を出して誤魔化しにかかった。
 ハインさんがキレるのは流石にヤバい。怖いので止めざるを得ない。
 私は急いで立ち上がり、全速力で庭に飛び出していった。

ξ;゚⊿゚)ξ「やりましょ特訓!! 仕上げなんだか知らないけども!!」ザッ

 庭の半ばで勢いよく振り返り、ハインさんへと叫ぶ私。
 頼む、私の金髪キューティクルに免じてくれ……!


从 ゚∀从「……お前の用事、相手は俺だな?」

(´・_ゝ・`)「違ったりして。とにかく済ませてこいってば」


('A`)

(;'∀`)b(……なんかギリ収まったっぽい!!)

ξ;゚⊿゚)ξ(よし、事なかれ!!)

 ドクオのハンドサインで無事を確認、ひとまず私も胸を撫で下ろす。
 なんでこう喧嘩っ早いんだよ男衆。いっそ一回殴り合った方が友情芽生えるんだろうか。

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254名無しさん:2021/03/28(日) 22:07:45 ID:GWXSQBmE0


 ――ハインさんはすぐに落ち着きを取り戻し、私の方に来てくれた。
 それでも感情を不完全燃焼させるのはしんどい。ハインさんの嘆息も無理からぬものだった。

从;-∀从「……ツンちゃん、俺あいつ嫌いっぽいわ」

ξ゚⊿゚)ξ(どちらかと言えば私も嫌いだ)

 どちらかと言えば私も嫌いだ。でも嫌いじゃない時もあるので心は難しい。
 人付き合いとはかくも困難。盛岡はそれを分かって壊しに来るのでたちが悪い。
 ハインさんの素を見れたのは収穫だが、やっぱあいつ一度くらい殴られていいと思う。

ξ゚⊿゚)ξ(しかし決して言葉にはできぬ)

ξ゚⊿゚)ξ(負債1000万円の、この身の上では……)

 盛岡に対する負い目については前回のオチから察してほしい。
 あの財布を思い出すと一瞬で心が枯れていくのだ。ほんともう察してほしい。
 1000万円分のぬか喜びを失くした感覚、あまりにも直視に耐え難い。


从 ゚∀从「……まぁ、仕上げっても単純な話よ。
      今のツンちゃんに足りないのは成長の実感だけだしな」

 調子を戻したハインさんが相変わらずの軽口で話を戻す。
 私も同じく我に返り、彼の話に耳を傾けた。

从 ゚∀从「この一週間やってきた特訓だが、ツンちゃん的にはどうだったよ」

ξ゚⊿゚)ξ「回想シーン行きます?」

从;゚∀从「いや一言で済むだろ。というか、俺の特訓自体そんな疲れなかったろ?」

ξ;゚⊿゚)ξ「……そりゃまあ、死ぬほどって感じでは」

从 ゚∀从「そう。だから手応えが足りてねえと思ってな」

 ミセリさんのせいで感覚が狂っているかもしれないが、ハインさんとの特訓は確かに退屈気味だった。
 激しい運動はほぼ無く、むしろ基本的運動の復習に終始していた気がする。
 もちろん負荷は魔物基準だったとは思うが、内容自体は初代Wii Fitくらいシンプルだったような……。

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255名無しさん:2021/03/28(日) 22:11:31 ID:GWXSQBmE0

从 ゚∀从「仕上げってのは要するにそこ、手応えのチェックなのよ。
      んだから大した話でもねえ。自信をつけて、それで終わりだ」

ξ;゚⊿゚)ξ「えーそれ実績増やす為に卒検甘くするヤツじゃん」

Σ从;゚∀从「いやちげェよ! そういう卑屈さを直したいからやるんだよ!」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「卑屈!? この私が!?」

从;-∀从「……あのなぁ、あえて言うけど俺って強いの。強かったの。
       今でこそ衰えたが、そんでも俺の特訓はキツい方なんだぞ?」

ξ;´⊿`)ξ「でもそれ人間基準……」

从;゚∀从σ「だからそこだよ!! その自分を認めねえ性格をどうにかすんの!!」

 大仰な身振りを交えながら訴えかけてくるハインさん。
 その形相に気圧されたのか、私も流れで話を聞き入れてしまった。
 魔王城ツン、流されやすい女なのかもしれない。

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256名無しさん:2021/03/28(日) 22:15:02 ID:GWXSQBmE0


ξ;゚⊿゚)ξ「分かったから、とにかくやればいいのよね?
       それで結局なにするの? 筆記?」

从 ゚∀从「ああ、そいつは単純だよ」

 言いながら、ハインさんは半身を下げて軽く身構えた。

从 ゚∀从「雑談しながら戦うだけ。簡単だろ?」

ξ;゚⊿゚)ξ「……そういう特訓してないのに?」

 疑問を覚えて首を傾げると、その瞬間、私の耳元を突風が吹き抜けた。


从 ゚∀从「――そうだ」


 そう呟いたハインさんは、既に私の懐に踏み込んでいた。
 なんなら、既に初撃すら済ませていた。

ξ;゚⊿゚)ξ …!

 先の突風はハインさんの拳が生んだもので、その一撃は私の右耳を掠めるように空を貫いていた。
 首を傾げていなければ当たっていたし、そもそもこの初撃は――

ξ;゚⊿゚)ξ(今の、素直クールにやられたのと同じ……!)

 進研ゼミめいた気付きを得て、私は息を呑んだ。

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257名無しさん:2021/03/28(日) 22:17:24 ID:GWXSQBmE0

从 ゚∀从「流石に分かるか。殺されかけた手口だもんなッ!」

ξ;゚⊿゚)ξ「ちょっ、急に始めなッ――!」

 戸惑い慌てる魔王城ツン(ジャージ姿)。
 しかし、ハインさんは私の制止を聞き入れなかった。

从 ゚∀从「じゃあ始め! はいスタートな!」ガシッ

 ハインさんは有無を言わさずジャージの襟を掴み、片腕だけで呆気なく私を持ち上げた。

ξ;゚⊿゚)ξ「ウワァー乱雑な幕開け!! 流石にちょっと待って!!」ジタバタ

从 ゚∀从「ツンちゃん軽いな! もっと食べた方がいいぜ!」

 そう言いながら勢いづけて、ハインさんは全力で私を投げ飛ばした。

 ――乱暴だがダメージを生むような投げではない。
 速度と高さが十分にあり、着地を考える余裕があった。

 もつれた体を空中で立て直し、私は玉砂利を蹴散らしながら受け身を取った。
 減速するにつれて四足の姿勢に推移、体幹を安定させて完全に勢いを殺しきる。

ξ;゚⊿゚)ξ「……ふぅ」

 そうして生まれた間合いはおよそ、…たぶん50メートルくらい。
 あんまり遠いと間合い分かんないな。すごい投げられたとだけ伝えたい。

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258名無しさん:2021/03/28(日) 22:20:12 ID:GWXSQBmE0


从 ゚∀从「今の初動、一週間前なら大慌てで受けてたろ」

从 ゚∀从「そんで理性が追いついたらこうだ。
      戦うべきか否か、しかも人間相手に」


ξ;゚⊿゚)ξ「……」

从 ゚∀从「この悪癖、今ならマシになってると思うぜ」

 言葉の後、2度の手招き。
 かかって来いという意味の、常套句に等しい煽りを見せつけられる。

 ――心臓が高鳴る。しかし、一旦落ち着きたい。
 私は長い息を吐きながらゆるりと立ち上がり、時間稼ぎの話題を彼に投げかけた。

ξ;゚⊿゚)ξ「でも、そんなアドバイス一回だって聞いてないのだわ」

从 ゚∀从「そりゃ言ってもゴネるだろ? 効率悪いし、体に覚えさせた」

ξ;゚⊿゚)ξ !?

从 ゚∀从「慣れだよ慣れ。人間相手に戦い慣れる、これ一番大事」

 知らない間に体を開発、しかもそれを実戦で分からせようとは卑猥な魂胆だ。
 とはいえ彼の言い分には思い当たる節がいくつもあった。
 あの特訓の日々(全カット)が本当に有意義だったのなら、私の予感は的中しているに違いない。

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259名無しさん:2021/03/28(日) 22:22:03 ID:GWXSQBmE0


 この特訓で得られたものは知識ばかり。
 肉体的、魔力的なパワーアップはほぼ皆無だが、でなければ分からなかった事も1つだけある。


 人間には、およそ魔界には存在しない『弱者の利』のようなものが存在する。
 弱者が強者を打倒する――その戦術を、彼らは当然の知識として弁えているのだ。

 人間と違い、魔物の個体差には天と地ほどのバラつきがある。
 弱肉強食は当然のこと。自然淘汰はより強烈で、強者を倒そうなんて発想は即死を招くだけ。
 生き残るならまず逃亡。真の強者を前にした時、私達には『戦う』なんて選択はありえない。

 ――しかし人間は違う。
 生物としての個体差が小さいからこそ、彼らには『弱者が強者を倒す』という展開が起こりうる。

 私達にはないそんな貴重な経験を積み重ね、ただひたすらに継承してきた人類史。
 確かに彼らは脆弱だが、しかし単なる弱者でもない。
 2000年余年の時を経て、彼らはもはや強者を倒し慣れているのだ。

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260名無しさん:2021/03/28(日) 22:34:01 ID:GWXSQBmE0


 ハインさんとの特訓で、私は人間にとっての基本を教わってきた。
 その云々が何らかの結実を果たしていたとすれば、それは恐らく『違い』の再確認だ。
 特に『弱者の利』。あれを知れたのは最大の収穫と言っていい。

 弱者のままで強者を倒す、ただそれだけの為に作られた執念の集合知。
 魔界であれば決して実を結ばない『弱さとの共存』という発想。
 私に欠けていた知識、技術、心得の数々――。

ξ;゚⊿゚)ξ「……何がどう変わったんだか知らないけど」

 人間という生物を私と同じ弱者、ひいては格下だと思っていた自分が嘆かわしい。
 彼らと私達とでは基準が違う。常識が違う。世界観が違う。
 その程度の前提さえ失念していた私が問題外と扱われるのも、今思えば当然の事だったのだろう。

ξ#゚⊿゚)ξ「そこまで言うなら、加減はしなくていいのよね……!」ザッ

从 ゚∀从「余裕があるならしてもいいぜ。自信つけるのが目的だしな」

ξ#゚⊿゚)ξ「……じゃあ、少し試してみるのだわ」

 私は拳を固く握り、弱者の歴史の足を踏み入れた。

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261名無しさん:2021/03/28(日) 22:37:52 ID:GWXSQBmE0


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从 ゚∀从「――どうだ、体が軽いだろ!」

ξ;゚⊿゚)ξ「ッ!」


 手捌きと同時に体を捻り、ハインさんの蹴り上げを受け流す。
 拳が来たなら寸で避け、組み技ならば即離脱。
 そして反撃――とまではいかないが、体の軽さは確かにヤバかった。


从 ゚∀从「俺たち人間は、五体の運動を型に嵌めて考える!」

从 ゚∀从「だが大抵の魔物には型が無い! 必要が無い!
      基本誰もが唯一無二、先手必勝かつ初見殺しが基本だからな!」

从 ゚∀从「この辺の違い、ミセリから教わらなかったか!?」


ξ;゚⊿゚)ξ「教えてもらってないです!! 1回も!!」

从;゚∀从「それはそれでダメだろ!! あいつバカなのか!?」

 私は目をそらした。

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262名無しさん:2021/03/28(日) 22:44:04 ID:GWXSQBmE0


从;゚∀从「……とにかくパターン覚えるのが大事ってワケよ! 人間は!
       セオリーってもんを作って、その上で戦いを成立させてくんだわ!」

从 ゚∀从「体のキレが良くなってんのも、体がそれを覚えたからだ!
      ミセリも同じ事をしたかったんだろうが、教え上手は俺の方だったな!」

ξ;゚⊿゚)ξ !

 そう言い切った直後、ハインさんの手元から石つぶてが弾き出された。
 地面の玉砂利を使われたのだ。私はそれに目を奪われ、一瞬ハインさんの存在を忘れてしまった。


从 ゚∀从「――だからまだ、こういう動きに不意を突かれる」


 石礫を避け、ハインさんを思い出したその時。
 私達の間には大きく距離が空いていて、彼はどこぞから持ち出してきた刀を腰に据えていた。
 攻撃ではない防御の構え。私は、あの構えに見覚えがあった。

ξ;゚⊿゚)ξ(ハインさん、まさかまた真似を……!?)

 あれは素直クールが最後に見せた抜刀術だ。
 たしか名前は糸桜。あの剣撃は目で追えなかったし、手も足も出なかった。

ξ;゚⊿゚)ξ(くっ、あれはトラウマなのだわ……!)

 腰だめに構えるハインさんからは素直クールほどの殺気は感じられない。
 私が成長したのか手を抜かれているのか、或いは全てが勘違いか。

 いずれせよ、今の私は精神的な変化を問われているはずだ。
 特訓前後で変わった部分といえばそれくらいだし、でなきゃ根本的に方針を間違えていた事になる。

 ――ハインさんの性格からして方針が間違っていた可能性は低い。
 だったら私は、今ある手札であれを打破できるという事だ。
 現に、やってみせろという気合いがビシバシ伝わってくる。

ξ;゚⊿゚)ξ(……手札はある、解き方は自分で考えろということね)

ξ;゚⊿゚)ξ(だったら私がすべき事はひとつ、考えること……!)

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263名無しさん:2021/03/28(日) 22:48:19 ID:GWXSQBmE0



从 ゚∀从(……ビビりから来る気質とはいえ、つくづく察しはいいな。
      間違いなく長所だ。魔界じゃ当然のスキルだが、こっちじゃ簡単には身につかないからな)

从 ゚∀从(敵に合わせて律儀に飛び込んでこねえのも良しだ。
      型に嵌めた分だけ余裕が生まれてる。そのうち自分のペースも掴めるだろう)

从 ゚∀从(ツンちゃん意外と意固地というか、自分への差別意識がかなり強いんだよな。
      その辺かなり障害になると思ってたんだが、暗示が噛み合ってきたのか?)


ξ;゚⊿゚)ξ(……あっ、いっそ内藤くんみたいに戦闘放棄してみる?
       カウンター技なんか放置で安全じゃん、みたいな……)

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ(でもあれマジでムカつくのよね。絶対やりたくないのだわ)

 大きく息を吐き、ゆっくりと魔力を練り上げる。
 時間を使い、余裕をもって態勢を整えていく。
 赤マフラーも程なく完成。私の体は真紅を纏い、今までにない充足を覚える。


从 ゚∀从(こいつは言わば過去問からの文章問題。
      闇雲に書き殴っても意味ねえし、同情で△くれる敵はそう多くねえ)

从 ゚∀从(ここで必要なのは『問題を読み解く』っていう人間側のスキルだ。
      魔物パワーでゴリ押しできねえ以上、ツンちゃんにはどうしてもコレが要る)

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264名無しさん:2021/03/28(日) 22:53:23 ID:GWXSQBmE0


从 ゚∀从(……大器晩成を許さない魔界という環境が、魔王城ツンの素養を腐らせてきた。
      その毒気を抜く為だったら荒療治でも大歓迎だ。手段は選ばねえ)

从 ゚∀从(一発勝負の魔界と違って、こっちはトライアンドエラーが前提なんだ。
      慣れないとしても慣れてもらう。生き残るにはそれしかない)

从 ゚∀从(とにかく『やって覚えろ』だ。間違えていい、添削は俺がやる。
      人の歴史もそこそこ長い。まずは古臭えとこから始めようや)


 ハインさんの覇気が際立ち、私を急かすように風を起こす。
 なんかこう、毎度思うが生身の人間強くないか?
 出てくる相手がみんな素で私より強いの、本当にやめてほしい。

ξ;゚ー゚)ξ「……自信、失くすわね」

 わざとらしく自嘲を呟き、今の自分にどこか解放感を覚える。
 心に風が通るようだ。失くした分だけ身軽になった、その実感を強く自覚する。

从 ゚∀从「……楽しいか?」

ξ;゚⊿゚)ξ「タイムカプセルを開ける日を想像したら、ついね」

从 ゚∀从「なら急ぎな。俺はブーンみたいに甘かねえぞ」


ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ(あいつが私に甘かった事なくない?)

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265名無しさん:2021/03/28(日) 22:54:45 ID:GWXSQBmE0


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从 ゚∀从「あー終わった終わった」

ξ;x⊿x)ξ ばたんきゅ〜

 かくして1時間ほどが経過。
 またも全カットされた云々の中で、私は結局ボコボコにされた。
 前時代的な敗北演出をしつつ地面に横たわる私、……なんかこれデジャブ感あるわね。


( ^ω^)「お爺ちゃん! すごかったお!」

从 ゚∀从「おおブーン、もう戻ってたのか」

( ^ω^)「退屈な見張りだったお」

 仕上げという名の格付けが済んだ頃、縁側組(盛岡&ドクオ)には内藤くんの姿が加わっていた。
 彼のすごかったという一言には地の文数十行分の中身が感じられた。
 それは筆舌に尽くしがたく、しかしすごいの一言で形容できる日本語の不思議だった。

从 ゚∀从「そんじゃあ今日はこれで終わりな! 悪くない仕上がりだったぜ。
      俺が見たかったもんは見れたし、仮免合格ってトコかな」

ξ;´⊿`)ξ「ウス…」

 刀の峰で肩を叩きつつ、ハインさんは余裕ぶって私を見下ろした。
 ちくしょう何がイケオジだ。どいつもこいつも物理ゴリラなんだよ。


(; 'A`)>「やっぱボコられっか〜」
 つ⑩ スッ

(´・_ゝ・`)「だから言ったろ成立しないって。金は貰うけども」

 あっちもあっちで不敬極まる賭け事してるし本当に腹立たしい。あとで絶対に分け前を貰う。

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266名無しさん:2021/03/28(日) 22:57:04 ID:GWXSQBmE0


('A`)「そんじゃもう行こうぜ。帰って夕飯だ」

 私の分のカバンも持って、解散ムードでのそりと動き始めるドクオ。
 帰りを急かす彼に引っ張られ、渋々私も気持ちを切り替える。

ξ;´⊿`)ξ「待って、汗拭いてから帰る……着替えも……」

('A`)「そんなん帰ってからでいいだろ」

 やっぱりドクオは無神経だなぁと思った。
 私は普通に着替えなどを済ませた。

ξ゚⊿゚)ξ「そんじゃ帰るっす」

从 ゚∀从「おう。ちゃんと休むんだぞ。ブーンもついてってやれ」

( ^ω^)「分かっている」

('A`)「別について来なくていいぞ」

( ^ω^)「仕事だと割り切れ。いい加減に慣れろ」

从 ゚∀从「試験の日取りもそろそろだよな?
      決まったらすぐに教えてくれ。最悪の悪知恵、用意してっからよ」

ξ゚⊿゚)ξ「分かったのだわ!」

 私は家に帰った。
 メシ食って寝た。

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267名無しさん:2021/03/28(日) 23:01:43 ID:GWXSQBmE0

眠いので残りは明日にします(^ω^)

268名無しさん:2021/03/29(月) 07:45:33 ID:mM927Tdk0


269名無しさん:2021/03/29(月) 08:08:12 ID:ax3S0raQ0
今更だけどここsage進行だったか
ほんのり寂しい

270名無しさん:2021/03/29(月) 22:13:44 ID:VyF5mjO.0
乙!ツンちゃんアホじゃないからかちゃんと鍛えれば強くなるんだね

271名無しさん:2021/03/29(月) 22:27:27 ID:Q55tYwuk0

≪3≫



 ツンちゃんズが帰った後、ハインは特訓の片付けを気怠げにこなしていた。
 引きずるように熊手を使い、しっちゃかめっちゃかに荒れた玉砂利の庭を歩き回る。

从 ゚∀从「……んで、人払いは済んだ訳だが」

从 ゚∀从「これでもまだ口を開かねえのか? 盛岡デミタス」

 ざっと一面を均し終えて、ハインは満足気に庭を見渡した。
 しかし視界は既に暗く、頼りない夕陽は今にも消えて無くなりそうだった。

从 ゚∀从「どうせだ、晩飯食ってけよ。モツ煮あるぞモツ煮」

(´・_ゝ・`)

 盛岡は無言かつノーリアクションだった。

 縁側に座ったまま、ハインをまじまじと眺める盛岡デミタス。
 それに対するハインもまた、普段通りのまま熊手を持ち上げ、槍投げ選手のように大きく身構えた。

从 ゚∀从「分かった3秒以内に答えろ。でなきゃコレ投げるわ」

 ――呆気なく、3秒が経過する。

从 ゚∀从「いくぞ〜」

 一瞬後、ハインの豪腕が風を切った。
 その膂力を一身に受けた熊手は投擲と同時に先端が炸裂。
 十分な殺傷能力を持つ槍そのものへと変貌し、盛岡を急襲した。

 だが盛岡は微動だにしない。
 動けたとしてコンマ数秒の世界、回避は既に不可能だった。

(´・_ゝ・`)「モツ煮はいいな。あとで食っとく」

 なので避けず、盛岡は普通に返事をした。
 槍は外れて屋敷の中へ。窓と障子と壁を数枚貫き、屋敷の奥で沈黙した。

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272名無しさん:2021/03/29(月) 22:34:38 ID:Q55tYwuk0


从 ゚∀从

从 ゚∀从「びっ、くり」

 的中必至の投擲が理由もなく的を外した。
 ハインは露骨に驚いて見せ、困った様子で腰に手を当てた。

从 ゚∀从「俺が外した……というか外させた感じか? あんま見ない能力だな」

(´・_ゝ・`)「『外された』なら可もなく不可もない。俺はそこまで有能じゃない」

(´・_ゝ・`)「俺としては、一目でそこまで察しちゃうお前にビックリだよ」

从 ゚∀从「これでも場数は踏んでるからな。お前みたいな輩も、たまに居る」

(´・_ゝ・`)「でもノーリアクションはダメだろ。もっと大袈裟じゃないと見栄えが」

从;゚∀从「ブッチギリで反応つまんねぇ奴に言われたくねえよ……」

 ハインは盛岡の前に行き、特訓中にも使っていた刀を静かに抜いた。
 鞘は投げ捨て、納める気はないと暗に示す。

从 ゚∀从「そもそもなんだが、お前は魔物じゃないよな?」

 言いながら、彼は盛岡の胸に切っ先を突きつけた。
 狙いは心臓。ハインの腕前をもってすれば、たった数センチの加速で骨身を貫ける。

从 ゚∀从

(´・_ゝ・`)

 それでも2人は顔色を変えなかった。
 平然と、何食わぬ顔で互いを見合っている。

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273名無しさん:2021/03/29(月) 22:36:00 ID:Q55tYwuk0


从 ゚∀从「なんで人間が魔王軍に居る。目的は?」

(´・_ゝ・`)「魔王城ツンの育成。それに尽きる」

从 ゚∀从「……詳細が気になるねぇ」

 刀の切っ先が盛岡の上着に沈む。
 スーツの布地が点に歪んで、盛岡の乳首に変な刺激が走った。


(´・_ゝ・`)「えっ?」

 言葉を選ばず表現すると乳首責めである。
 いかな盛岡も困惑を露わにし、刀とハインを数度見返していた。

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274名無しさん:2021/03/29(月) 22:41:22 ID:Q55tYwuk0


从 ゚∀从「俺だってツンちゃんには強くなってほしい。
      だからこうして手を貸してる。お前に疎まれる覚えはねぇんだがな」

(´・_ゝ・`)「待ってこれ俺の乳首押してる」

从 ゚∀从「茶化すなって。こっちは真面目に聞いてんだぜ?」

(´・_ゝ・`)「じゃあ頼むから1センチだけずらしてくれ、気が散るんだよ。
      つーかマジで心臓狙うなら乳首には行かねえだろ普通」

从 ゚∀从「だから適当に誤魔化すんじゃ……」チラッ



从;゚∀从「って、マジですげぇズレてんな」

(´・_ゝ・`)「頼むぜオイ」

 心臓は胸の中央辺りにあるらしいぞ。
 気付いたハインは切っ先の位置を直し、改めて口を開いた。

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