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('A`)( ゚∀゚)川 ゚ -゚)( ^ω^)の話のようです
631
:
名無しさん
:2021/11/30(火) 22:41:50 ID:X6k0hi660
こちらこそよろしく、とハインは言う。
从 ゚∀从「これからオレはお前を描くことだろう・・ 1枚で気が済むかもしれないし、何枚か描きたくなるかもしれないし、ひょっとしたら何枚かなんてものじゃあ済まなくなるかもしれないな、そんな気がする。いやあ、ツンから興味を持ったお前がただバスケが上手いだけのやつじゃあなさそうでよかったよ」
_
( ゚∀゚)「――よくわかんねェが、褒められていると思っておくよ」
从 ゚∀从「ハ! そりゃお前、褒めてんだよ、絵描きが描きたいなんて何よりの告白だからな、さっきからオレは愛を語っているのさ、だからツンとイイ感じになりそうなんだったら先にそれを知っときたかったんだ」
彼女持ちに告るほどオレは野暮じゃねえからな、とハインは言った。
おれはこの女の口から流れるように出てくる言葉をどのように受け取ったものか困惑していた。そのまま額面通りに受け取ったら馬鹿を見そうな、冗談のような口ぶりにしか思えないが、その迫力を感じさせる顔がわずかに赤らんでいるようにも見えるのだ。
从 ゚∀从「絵はイイぞ。というかイイ絵が描ける気がするんだよ、楽しみだな、オレは描きたい絵を描くのが好きなんだけど、オレが描いた絵を自分で見るのがもっと好きなんだ、自分のすべてを残さず掬って描き上げるとさ、最初に描こうとしていたもの以上の何かが必ずキャンバスの上に表れるんだ、わかるか、オレには、それを見るのがもうたまらないことなんだ・・、ジョルジュ、オレは、お前をこれから絵に描くぞ」
自分の言葉に興奮しているのか、もはや色気を感じさせるようなうっとりとした顔でハインはおれを指さしてくるのだった。
632
:
名無しさん
:2021/11/30(火) 22:42:16 ID:X6k0hi660
半ば圧倒されるような気持ちでおれは、自分に強い視線と人差し指を向けるハインを眺める。日常的に仮想敵との対戦を想定しているボーラーとしての本能が、その迫力に飲み込まれるのではなく立ち向かえとおれに囁く。
自分からからハインに向かってみると、驚くほど近くにその指があった。
手を伸ばす必要もなく簡単に触れることのできる距離だ。どちらかがボールを持った1対1の距離というより、パスが来るまでのシューターとマークマンの距離の方が近いだろう。
だとしたらおれの方がシューターだ。ハインはおれのマークマンで、その手の一部を使って距離を厳格に保っている。手を触れさせていないのはルールが許していないからだ。とはいえ、審判に咎められない範囲で付かず離れず、時おり軽い接触も交えてこちらの動きを感じ取ろうとする。それはこちらも同様だ。そう、このように。
いつの間にか指さすのではなくおれの胸元のあたりに添えられていたハインの手が、不意におれの胸倉のあたりを素早く掴んだ。
そのまま服ごと体を強く引かれる。
反射的に踏ん張ったおれの体がハインの方に引き寄せられることはなかったが、何がどうなっているのか次の瞬間、おれの体はバランスを崩してほとんど後ろに倒れそうになっていた。
バランスを崩したおれの体が倒れ込んでいないのは、素早く距離を縮めたハインが後頭部に手を回しておれを支えていてくれたからだ。
633
:
名無しさん
:2021/11/30(火) 22:42:48 ID:X6k0hi660
从 ゚∀从「――危ないところだったな?」
右手をおれの襟首のあたりに、左手をおれの後頭部に回したハインは、おれを見下ろす笑顔でそう言った。何が起こったのかよくわからずおれはそれにただ頷く。
_
( ;゚∀゚)「――お、おう」
从 ゚∀从「一級品のポイントガードも初見で対応はできねえか」
かわいいもんだぜ、とハインは呟くように言い、そのまま顔をおれに向かって降ろしてきたので、おれは思わず声を上げた。
_
( ;゚∀゚)「ちょ、あそこに誰かいるんだぞ!?」
それはボーラーの感覚と習慣で、意識して見るまでもなく収集していたおれたちの周囲の情報だった。間接視野でおれは人影を感知していたのだ。
ハインの動きがピタリと止まる。しかし続いてハインの口から出てきた言葉に、おれは自分の耳を疑った。
从 ゚∀从「お、気づいたのか。すごいすごい」
_
( ゚∀゚)「はぁ? お前も気づいてたのか?」
从 ゚∀从「気づいたってか、オレの場合は知ってた、だな。そろそろ迎えにきているかもな〜って思ってはいたよ」
ハインはそう言い、改めて腕の中のおれにキスをした。
634
:
名無しさん
:2021/11/30(火) 22:43:26 ID:X6k0hi660
このようにして、何の了解も取られることなくおれのファーストキスはあっさりハインに奪われた。おれが気づきハインは知っていた人影がこのキスに関与してくることはなく、しかしゆっくりとこちらに近づいてきてはいることが、腕の中のおれにはわかった。
早く帰らないと怒られますお、と、男モノの声が聞こえる。聞いたことのある声だった。
_
( ゚∀゚)「――お前」
この迫力ある美人と交わしたキスに関する感慨がすべて吹き飛ぶような衝撃でおれはそいつを下から見つめる。同じクラスの、おれでも知ってる優等生だ。名前は内藤ホライゾン。
なんでこいつがここにいるんだ!? おれにはわけがわからなかった。
( ^ω^)「そのくらいにしとくお、ハイン。それ見ようによっちゃ強姦未遂だお」
从 ゚∀从「ヒュー。高岡家の力を持っても揉み消せませんかね?」
( ^ω^)「強姦罪は男が女に対しての行為にしか適応されない筈だから、家の力がなくてもハインは守られてしまうことになるお」
从 ゚∀从「あ、だから見ようによっちゃ、か。理解。納得」
( ^ω^)「やるにしても、もうちょっと段階を経れお。アホか」
从 ゚∀从「アホでした。いやあ、アツくなっちまってよ」
面目ない、とハインは内藤ホライゾンに頭を下げ、おれを腕の中から解放した。
635
:
名無しさん
:2021/11/30(火) 22:43:56 ID:X6k0hi660
( ^ω^)「・・長岡くんは、怪我などしていないかお?」
大丈夫とは思うけど、と内藤ホライゾンはおれの体を眺めて言った。先ほどのハインの品定めするような視線とはまた違った意味で、何かを吟味するような眼差しだ。
从 ゚∀从「馬鹿言え、オレがそんなヘマするわけないだろ」
( ^ω^)「仮に素人じゃなくても不意打ちは危険だお、まして長岡くんはスポーツ特待生だお? 体が資本ガチ勢にやっていいことじゃあないお」
从 ゚∀从「それはそうだな、これまた反省」
すまんかったな、とハインがおれに謝ってくるものだから、おれは薄く疎外感のようなものを感じる。なんせ、いまだにおれには何が何だかわけがわからないのに、こいつらふたりは妙に通じ合ったようなやり取りをするのだ。
だからおれは心に浮かんだ正直なところをそのまま口に出すことにした。
_
( ゚∀゚)「お前ら、いったい何なんだよ!?」
( ^ω^)「――」
从 ゚∀从「う〜ん? オレはハインリッヒ高岡だ。こいつはブーン。何か? う〜ん、なんだろな?」
つい先ほどまでおれの頭のすぐそばにあった筈の小首を傾げ、ハインリッヒ高岡が考えるような素振りを見せる。
从 ゚∀从「ま、簡単に言うと、オレの男だな、ブーンは」
そして「以後よろしく」と、この女は何でもないことのようにして言うのだった。
つづく
636
:
名無しさん
:2021/11/30(火) 22:45:09 ID:dwJtwcqk0
乙!
637
:
名無しさん
:2021/11/30(火) 22:49:34 ID:5AgnWKBM0
おつです
638
:
名無しさん
:2021/11/30(火) 23:02:25 ID:WfBazSyw0
乙です
ここでこんな風に内藤が出てくるのか!
面白い!面白すぎる!
639
:
名無しさん
:2021/12/03(金) 06:21:27 ID:vau7pNog0
面白い。ドクオとクー側にもこれほどのエピソードが秘められているのか? 楽しみ
640
:
名無しさん
:2021/12/03(金) 20:06:53 ID:gpUC0z/s0
ブーンお前お前お前
またまた続きの気になるヒキ……! 面白かった!乙
641
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:27:57 ID:aiRS0n3g0
2-9.マウンティング
高岡家のお嬢様であるハインを家まで送り届けたおれは、お金持ちの住む邸宅というものを生まれて初めて目の当たりにした。
もちろんテレビや映画、漫画なんかのフィクションの世界でその存在を知ってはいたのだが、実際に肉眼で見るとなると、なんともいえない凄まじさを感じさせてくるものである。お別れの挨拶をハインと交わしながら、おれはその背後にそびえる門構えを間接視野に収めたのだった。
从 ゚∀从「じゃあな、ジョルジュ。送ってくれてありがとよ」
_
( ゚∀゚)「ん、ああ・・ お疲れさん。お世話の本番もよろしくな」
从 ゚∀从「あいあい」
ほなさいなら、と胡散臭い関西弁で別れを告げるハインをおれはその場で見送った。
ハインが通過するのに必要なだけの大きさで開いた重厚そうな扉が静かに閉まる。羨ましいと思う気持ちすら沸き上がらないような豪邸だ。「目の当たりにした」と言っておきながら、実際におれの位置から見えるのは立派な門と白く高い塀くらいのものだけれど、ハインが吸い込まれていく門の隙間から中の様子を伺おうとすら思わなかった。
_
( ゚∀゚)「いや〜、本当にお嬢様なんだなァ」
独り言に終わっても構わないつもりでそう呟いたおれに、しかし隣の男は頷いた。
( ^ω^)「おっおっ、ハインはまごうことなきお嬢様だお」
おれのクラスの優等生、内藤ホライゾンそのひとである。
642
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:30:50 ID:aiRS0n3g0
何かのきっかけになることを期待しなかったと言うと嘘になるが、必ず反応があると思って呟いたわけではなかった。
しかし内藤ホライゾンは返答をした。そして、返答されたからにはこちらも無言でいるわけにはいかなくなったことにおれは気づいた。
_
( ゚∀゚)「――」
しかし言葉が出てこない。いったいこの「オレの男」とハインに言わせた柔らかい表情の優等生に何を言えば良いというのだろう?
そんなことを考えているうちに、内藤ホライゾンは笑みを浮かべて肩をすくめた。
( ^ω^)「僕らも帰るお、長岡くん」
_
( ゚∀゚)「あ、ああ・・ そうだな」
( ^ω^)「途中まで送ってくお」
_
( ゚∀゚)「送る? お前んちはこっちじゃねえのか?」
( ^ω^)「う〜んと、実は逆方向だお。だからぐるっと回って帰ることにするつもりだお」
_
( ゚∀゚)「はあ? なんでまたそんなことを――」
と、自分で言ってておれは気づいた。おれと会話する時間を用意するためなのだろう。
どうやらこいつは、そのまとっている雰囲気通りにイイ奴であるのかもしれなかった。
643
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:31:11 ID:aiRS0n3g0
( ^ω^)「もちろん迷惑だったら解散でもいいけど、きっとさっきのハインの口ぶりだと誤解を与えたところも多いだろうと思うから、よかったらお散歩がてらに少し話すお」
_
( ゚∀゚)「――おれは、構わねえよ」
( ^ω^)「おっおっ、それじゃあ送っていくお。それか、ちょっぴり遅くなってもいいなら、お茶でもするかお?」
_
( ゚∀゚)「お茶だあ? そんな金、持ってきてねえよ」
( ^ω^)「お金はいいお。あ、マックやスタバで奢るって意味ではなくて、よかったら僕の家で何か出させるお」
_
( ゚∀゚)「お前んち!?」
( ^ω^)「おっおっ、僕の家は飲食店をやってるんだお。何かちょろまかしてご馳走するお」
_
( ゚∀゚)「ほ〜ん。それじゃあお邪魔しますか。反対方向ってことはあっちか?」
( ^ω^)「ちょうどここからそっちに入ってく近道があるんだお」
_
( ゚∀゚)「ははあ、お前さては最初からそのつもりだったな?」
( ^ω^)「そこは想像にお任せするお」
内藤ホライゾンは柔らかい顔でそう言った。
644
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:33:26 ID:aiRS0n3g0
内藤ホライゾンが言うところの『近道』を使用したからというわけではないだろうが、本当にその店は近かった。おそらくおれの足で全力疾走すれば1分もかからないことだろう。
余裕を感じさせる柔らかい表情と態度でおれを先導する内藤ホライゾンに導かれるまま、おれは『バーボンハウス』と看板に書かれた店名を目で追い、ドアをくぐる。入口からも見えるカウンターに店主と思しきエプロン姿の男性がひとり立っていた。
( ^ω^)「ただいまお。親父、友達連れてきたからええと、奥の方借りるお」
(´・ω・`)「はいよ、いらっしゃい。ちょっと挨拶する余裕はないけど勝手にくつろいでいってちょうだいね。おもてなしは適当に」
( ^ω^)「おっおっ、それじゃあこっちに座るお。何か飲みたいものあるかお?」
_
( ゚∀゚)「いや・・ そうだな、それじゃあ紅茶かお茶を」
( ^ω^)「あいお〜」
手慣れた様子で内藤ホライゾンはカウンターの脇から関係者のみに許される空間へと消えていく。おれは店内をぐるりと見ながら指定の席へと腰かけた。
645
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:34:02 ID:aiRS0n3g0
古き良き時代の喫茶店。
『バーボンハウス』はそんな雰囲気を感じさせる店内だった。
_
( ゚∀゚)「・・ま、高校生のガキに“古き良き”なんて、言われたくもないだろうがな」
これは壁紙なのだろうか、とログハウスを感じさせる木目調の壁面をおれは眺める。再び姿を現した内藤ホライゾンはトレイに紅茶か何かのポットとカップ、そしてクッキーの入った小皿を乗せていた。
( ^ω^)「さてと、それじゃあ改めまして、僕は内藤ホライゾン、ブーンと呼ばれることが多いお」
おれの対面に腰かけ、内藤ホライゾンはそう言った。自己紹介だ。わざわざ呼び名を知らせてきたということは、おれにもそう呼んで欲しいのだろうか。
_
( ゚∀゚)「――ジョルジュ長岡だ。あだ名を付けられることはあまりないな」
( ^ω^)「それじゃあジョルジュ、僕はハインの周りをうろちょろしてることが多いから、今後ジョルジュがハインとつるむんだったら自然と僕とも関係することになるだろうと思われるお。だからこうして、何コイツ、と思われる前に話す機会を持ててよかったお」
そう言い、ポットを傾けそれぞれのカップを満たしていく優等生の発言をわざわざ否定する気にはならず、おれはそのカップを受け取りながら頷いた。
646
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:34:37 ID:aiRS0n3g0
ポットの中身はどうやら紅茶であるようだった。銘柄はわからないが良い香りのする液体をゆっくり少量口に運び、おれは内藤ホライゾンをじっと見つめる。
不思議なやつだ、とおれは思った。
その柔らかい雰囲気を印象付けているのは何より顔と表情なのだろうが、その首の乗っている体躯だけを見ると、意外なほどに引き締まっているのがよくわかる。この席までお盆を運んでそこに座っただけでもそのバランスの良さや体幹の強さが察せられるというものだ。
堂々とした態度。しかし圧迫感をこちらに感じさせはしない、不思議な柔らかさを内藤ホライゾンは持っていた。
(//^ω^)「・・なんだお? そんなに見つめられると照れちゃうお」
_
( ゚∀゚)「アホか。いや何、何を話したものかと思ってな」
( ^ω^)「おっおっ、それじゃあ僕の方から、たぶん気になってるだろうな〜って思ってることを話していくから、訊きたいことができたら言ってくれお」
_
( ゚∀゚)「助かる」
( ^ω^)「それじゃあ、まずはそうだな、僕とハインは、いわゆる彼氏彼女の間柄では全然ないお」
647
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:35:12 ID:aiRS0n3g0
_
( ゚∀゚)「あ、そうなの?」
努めて平静にそう言うおれに、内藤ホライゾンはゆっくりと頷く。おれはクッキーに手を伸ばして齧った。
( ^ω^)「だおだお。ハインは“オレの男"とか言ってたけど、あれはそういう青春めいた意味ではないお」
_
( ゚∀゚)「ほ〜ん。それじゃあどういう意味なんだ?」
( ^ω^)「そのままお。ハインは僕を、自分のものだと思っているだけという話だお」
_
( ゚∀゚)「んん〜?」
この男の言わんとするところが上手く掴めず、おれは唸り声のようなものをあげる。内藤ホライゾンは柔らかく笑って肩をすくめた。
( ^ω^)「ジョルジュはこのへん、したらば出身ではないお?」
_
( ゚∀゚)「ん、ああ、そうだな。小学生の頃くらいに引っ越してきてそれから住んでるけど、そんなにザ・地元、って感じではないかな」
( ^ω^)「この店、高岡家から近いお? 出資元が高岡家なんだお」
僕の親父は元々高岡家のお抱え料理人だお、と内藤ホライゾンは当たり前の顔で言った。
648
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:35:35 ID:aiRS0n3g0
_
( ゚∀゚)「おかかえシェフ・・」
( ^ω^)「住み込みお。ちなみに母はハインのお父さんの秘書をやってて、これは今でもやってるお。そんな両親の結婚、出産を経てしばらく経って、独立して始めたのがこの店で、だから僕は幼少期をほとんど高岡家で過ごしたんだお」
ハインは完全なガキ大将気質で、昔からこの男を連れ回していたらしい。独立したといっても、高岡家の土地に高岡家の金で建てたごく近所の店に移っただけで、ただの幼馴染というにはあまりに上下関係のハッキリとした彼らの付き合い方は、生まれてこの方ずっと変わらずにいるとのことである。
昔の世界の話のようだな、とおれは思った。上下関係というより主従関係のようにおれは感じる。ご恩と奉公とか、そういう言葉が似合いそうな関係性だ。
( ^ω^)「親の力関係なんて僕らは知ったこっちゃないと言えなくもないけど、そんなことを言う気にもならない地盤が高岡家にはあるんだお。これでハインがクソ野郎だったらやってられないところだけど、幸いそうではないし、僕としてもやりやすいからこうして"オレの男"をやってるわけだお」
_
( ゚∀゚)「ふええ〜」
すごい話だなァ、と他人事のおれは素直に呟いた。
649
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:36:10 ID:aiRS0n3g0
( ^ω^)「まあそんなわけで、ハインから変えようとしない限り今後も僕らの関係性は変わらないと思うから、ジョルジュは気にせずハインと仲良くしてやってくれよというわけだお」
_
( ゚∀゚)「なるほどな。でもさ、それでお前は構わね〜の?」
( ^ω^)「? どういう意味だお?」
_
( ゚∀゚)「なんだろな、ハインからそういうこと訊かれたから気になるのもしれねえが、何つ〜か、お前がおれにムカついてくることはないのかよ?」
ハインに対してそういう気持ちはないのか、とおれは問う。内藤ホライゾンは不思議そうな顔でポカンとおれをしばらく眺めた。
( ^ω^)「・・考えたことなかったお」
_
( ゚∀゚)「マジか。ええと、こういうのって初めてなのか?」
( ^ω^)「だお。ハインが誰かを気に入ってちょっかい出すとかはあるんだけど、だいたい対象は女の子だったりするからお、そういや、男子を気に入ってそれに僕がジェラスするかどうかはわからんお」
_
( ゚∀゚)「わかりませんか」
( ^ω^)「わからんお」
内藤ホライゾンは堂々とした態度でそう言った。
650
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:36:47 ID:aiRS0n3g0
( ^ω^)「まあでも、わからんものを気にしてもしょうがないお。だから結局、ジョルジュはできれば僕のことは気にせず、好きにハインと接してくれたら良いと思うお?」
_
( ゚∀゚)「無責任にすら思える口振りだなァ」
( ^ω^)「面目ないお。まあでもたぶん大丈夫だとは思うお。自覚してないだけでハインに対する恋愛感情が実はある、ってパターンではおそらくない筈だからお」
_
( ゚∀゚)「そうなんか? でもそれこそ、そんなの、その場になってみないとわからねえんじゃないのかよ?」
_
( ゚∀゚)「試してみないとわからんことは多いって聞くぜ? ええおい、ブーンさんよ」
自分とツンの関係性は完全に棚に上げ、おれはブーンに言葉を重ねる。ひょっとしたら棚に上げきれておらず、自分の言葉がブーメランのように返ってきて己に突き刺さりはしないかと、心の底の方で恐れているからこそ言葉が湧き出てくるのかもしれない。
そんな言葉を重ねる中で、この優等生の反応にわずかな違和感が存在するのをおれは感じた。
( ^ω^)「――」
_
( ゚∀゚)「え、何お前、その感じ。ひょっとしてお試し済みだったりするのかよ?」
意識して軽い口調でそう訊くおれに、ブーンはややぎこちなく肩をすくめた。
( ^ω^)「――昔の、話だお」
_
( ゚∀゚)「マジかよ!?」
もうやだこの町、と高岡家の牛耳るこの地域に対する呪いの言葉をおれは吐いた。
651
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:37:14 ID:aiRS0n3g0
○○○
相変わらずフリースローは入らなかったが、おれは問題なくバスケを続けられていた。
軟着陸に成功したのだ。ひょっとしたら「実力はあるけどフリースローがちょっぴり下手くそなお茶目ガード」みたいな認識をしてもらえるようになったのかもしれないし、意外と複雑な家庭環境をしているやつだからと、勝手に何かを察するやつもいたかもしれない。
何にせよ、誰かにとやかく言われるような気配はなくなっていた。それぞれ個別の受け取り方はおれの知ったことではないのだ。
_
( ゚∀゚)「いやさ、何か試合になるとあんま入らないんだよな。おれにも何でかわからね〜」
昔からそうなんだよ、と平気な顔で言ってしまえば、重ねて問い詰めてくるようなやつはいなかった。考えてみれば当然で、おれは練習態度に問題があるわけでもないし、ひとりでボールを持ちすぎるわけでもないし、かといってフリースロー確率の低さを言い訳にエースとしての勝負所を誰かに押し付けるようなこともしない。
ただ試合でフリースローが入らないだけだ。誰にもおれを責めることはできないだろう。たとえばおれがこの先プロフェッショナルなバスケットボーラーになりたいと願ったとして、この欠点を理由にどこにも受け入れられないことはあるかもしれないが、ただそれだけだ。
何より、おれのチームはそれなりに勝てていた。高校2年生の夏、おれはバスケ部のエースとして、チームをインターハイ出場に導いていたのだった。
652
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:38:09 ID:aiRS0n3g0
私立したらば学園男子バスケ部初のインターハイ出場だ。文句の付けようのない結果と言って良いだろう。
実際、地区予選の勝ち上がりが確定的となった後しばらくの間、おれたちバスケ部は校内で英雄のように扱われた。インターハイへの出発の前にキャプテンは全校生徒に向かって抱負を言わされ、練習試合にはギャラリーが集まり、顔も名前も知らない女から声をかけられるという事案がおれにも度々発生することになった。
これがモテ期か、とおれが言ってみた場合にそれを否定する者がはたしているだろうか? インターハイ本戦では相手が悪くあっさり1回戦敗退に終わったが、それでもおれたちは十分胸を張って良いと誰もが言うことだろう。
国内のプロリーグや、本場NBAを目指すなどといった強烈な目標があるやつでもない限り、の話だが。
ξ゚⊿゚)ξ「――」
_
( ゚∀゚)「――」
ξ゚⊿゚)ξ「――ま、ひとまずお疲れ。インターハイ出られてよかったわね」
_
( ゚∀゚)「あざす」
負けて帰ってきたその日の夜、おれはツンと会っていた。
653
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:38:31 ID:aiRS0n3g0
ξ゚⊿゚)ξ「インターハイ、どうだった?」
_
( ゚∀゚)「どうだった、って・・ 負けたよ、負けた。ありゃあ勝ち目がなかったな」
ξ゚⊿゚)ξ「スコア上は接戦だったみたいだけど?」
_
( ゚∀゚)「接戦ね」
全高校生ボーラー憧れのひとつインターハイとはいえ、1回戦から全試合をテレビ中継している筈もなく、ツンが試合を観られていないことをおれは知っていた。
ネット中継もなかった筈だ。どこかの物好きが何かにまとめたボックススコアか、SNSを漁ったら出てくるだろう違法アップロードされた短いプレイくらいの情報しかツンは持っていなかったに違いない。
確かに負けたとはいえ点差はたったの4点だった。ワンプレイで逆転することは不可能だけれど、最後の1分まで勝負がわからなかったと言えないこともない数字である。
数字だけは、の話だが。
_
( ゚∀゚)「ま、今度映像でも見てくれよ、部で撮ってる筈だから」
ξ゚⊿゚)ξ「もちろんそうさせてもらうけど。ていうか、そんなに駄目だったの?」
_
( ゚∀゚)「う〜ん、実力差がそこまであったかと言われたらそういうわけじゃあないと思う。たとえばボーラーとしておれがクックルに劣るとは思わないんだが、なんというか、あの日のあのゲームに勝てる気はしなかったな」
おれたちが負けたのは留学生ビッグマンであるクックルの所属するあのチームとの対戦だったのだ。おれは黒曜石を思わせるあの男の肉体を頭に浮かべ、奇妙な縁のようなものを感じた。
654
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:39:01 ID:aiRS0n3g0
クックルもおれたちと同じく高校2年生の年齢だ。あの練習試合ぶりの対面、対戦だったが、やはりあいつは規格外の身体能力と、それからの月日の積み重ねを感じさせるバスケットボール技術を持っていた。
この半年ほどでおれの身長は5センチか6センチほど伸びていたが、クックルはそれ以上に大きく、長くなっていた。その手足にまといつく筋肉もひと回り太くなっており、こいつと正面衝突するのはご勘弁だな、とひと目で思わせるような肉体を仕上げてきていた。
_
( ゚∀゚)「おれがポイントガードやってるからそんな感じに思うのかな? 試合の流れっつ〜かさ、そういう、抗ったところでどうにもならない大きなものってあるじゃん。相手が下手こいたらどうにかなることもあるんだけどよ、あの日はそれがなかったな」
ξ゚⊿゚)ξ「わからないではないけど、点取り屋的としては認めたくないところね。そういう凍りつきそうな局面をぶち壊してこそのエースじゃない?」
_
( ゚∀゚)「それもわかるよ、諦めるわけじゃあないしな。なんせ負けたら終わりだから、諦める余裕なんてそもそもどこにもないわけだけどよ」
しかし、おれは頭のどこかで試合の全体像みたいなものを客観的に見てしまう。これはおれのボーラー生活の中で培ってきた、どちらかというと長所に分類される能力だろう。
大局観というやつかもしれない。ただし、ツンが言うように、時にはそんな小賢しいことなど考えず、すべてを破壊するようなプレイをすることがエースには必要なのかもしれない。
それもおれにはわかっていた。
655
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:39:22 ID:aiRS0n3g0
これはどちらかというと、スキルやプレイスタイルというより、人間性のようなものの話になってくるのだろう。
傲慢さ。
そんなものがおれにはもっと必要なのかもしれなかった。
_
( ゚∀゚)「う〜ん、しかし、身に付けようとして身に付くのか、そんなの?」
口には出さずにそう呟く。ツンがおれに何かを渡そうとしているのに気がついた。
_
( ゚∀゚)「ん。何だよそれ?」
ξ゚⊿゚)ξ「クラスの女子に、長岡くんに渡しといてと頼まれたの。お菓子よ。インターハイお疲れさまってさ」
_
( ゚∀゚)「ウヒョ〜 モテ期来たかこれ?」
ξ゚⊿゚)ξ「どんな女の子が好きか知らないかって言われたんだけど」
_
( ゚∀゚)「う〜んそうだな、甘えさせてくれそうなお姉さんかな。巨乳希望!」
ξ゚⊿゚)ξ「同級生だっつってんでしょ、まったくもう。面倒だからそのまま伝えちゃうけど。あ、そうそう」
あんたハインとはどうなってんの、とツンは外の天気を訊くような口調で言った。
656
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:39:52 ID:aiRS0n3g0
どう答えてもよかったのだが、どう答えたものかとおれは迷った。
_
( ゚∀゚)「・・どうって?」
結局出てきたのはそんな聞き返しだ。我がごとながら、とてもモテ期が到来したとは思えない反応だ。
ツンもそう思うのか、おれは鼻で笑われた。
ξ゚⊿゚)ξ「その様子じゃあどうにもなってなさそうね? ハインから念を押されたのよ、ジョルジュに手を出してもいいものか、って」
_
( ゚∀゚)「うお、やっぱりモテ期か!?」
ξ゚⊿゚)ξ「・・そんな感じじゃあなかったけどね?」
_
( ゚∀゚)「嘘だろわけがわからねえ」
大げさに頭を抱えてそう言ってみたおれだったが、わけがわからないのは本当だった。
手を出すとは、口説くとか、告白するとか、お付き合いに発展するようなアプローチをかけていくということだろう。少なくともおれの持っている恋愛方面の知識や常識ではそうだった。
何が“そんな感じじゃあない”というのだろうか。おれにはわけがわからない。
ξ゚⊿゚)ξ「だから、好きとか嫌いとかっていうより、単純にセックスがしたいみたいな口ぶりだったわけよ。普通女子の方がそういうこと言う? あたしビックリしちゃったわ」
そう言うツンをおれは見つめる。幼馴染の口からするりとセックスという単語が出てきたことにもおれはビックリさせられていた。
657
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:40:14 ID:aiRS0n3g0
何はともあれ、ツンの分析によると、これはモテ期の到来ではないらしい。
ξ゚⊿゚)ξ「あたしが知らないところで大量のアプローチをさばいているというなら話は別だけど、今の反応から察するに、そういうわけでもないんでしょ?」
_
( ゚∀゚)「ハイ、そういうわけではないですね」
ξ゚⊿゚)ξ「正直でよろしい。やっぱりあんた、モテ期じゃないでしょ、これならあたしの方がモテてるわ」
_
( ゚∀゚)「あらまあツンさん、おモテになってらっしゃいますか」
ξ゚⊿゚)ξ「・・あんたよりは、ね」
_
( ゚∀゚)「どうさばいてらっしゃるんで?」
ξ゚⊿゚)ξ「何その口調。気になるの?」
_
( ゚∀゚)「そりゃあ気にはなるだろ。お前もそうなんじゃね〜のかよ」
ξ゚⊿゚)ξ「ま、それはそうね」
_
( ゚∀゚)「どうなんだよモテのパイセン、ちぎっては投げしてんのか?」
ξ゚⊿゚)ξ「何それ。どうって、そりゃお断りすることもあるし、普通にあたしとデートしたけりゃバスケとNBA知識を蓄えてこい、お出かけするならバスケ観戦だ、と言ったら引かれて終わることもあったわよ」
そりゃ少なくとも普通ではねえよ、とおれは思った。
658
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:40:45 ID:aiRS0n3g0
ξ゚⊿゚)ξ「でもさ、こういうのってひとつのチャンスじゃない?」
_
( ゚∀゚)「チャンス? 何のだよ」
いくつもの恋のチャンスをこの元ボーラーのバスケフリークがぶっ潰してきたのだろうことを想像しながらおれは訊く。
ツンは意外そうな顔でおれを見た。
ξ゚⊿゚)ξ「それはもちろん、そこらへんの一般人を、バスケ沼に引き入れるチャンスよ」
_
( ゚∀゚)「はあ? お前、そんなこと考えてんのか?」
ξ゚⊿゚)ξ「あんたは考えないの? ・・気づかない? あんたやあたしが思ってる以上に、世間のバスケットボールに対する興味は薄いわよ」
_
( ゚∀゚)「・・む」
そうかな? とおれは反射的に考える。バスケ部は男女共にもっとも人気な部活動のひとつだ。おれたちの通う私立したらば学園の敷地内には生徒の誰もが使えるバスケットボールコートが設置・開放されており、割合が決して多くはないが、バスケットの設置された公園も探せば見つかる。
おれの周りにはバスケットボールがそこら中にあると言っても嘘ではないことだろう。おそらくツンにしてもそうだ。
しかし、そんなおれの考えを見透かすように、ツンはおれを視線で射抜いていた。
ξ゚⊿゚)ξ「そんなことないと思うでしょ? だったらNBAや国内プロのボーラーの名前をそこらへんの友達に訊いてごらん、マジでほとんど知らないんだから」
659
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:41:14 ID:aiRS0n3g0
ξ゚⊿゚)ξ「もちろんスポーツとしてのバスケは人気よ。たぶん日本の体育館でバスケットの付いていないところを探す方が難しいだろうし、体育でも絶対やるし、クラスマッチとか体育祭とかでもおおよそ採用される種目でしょうね。でも、それだけ。やるのは人気でも、たとえば観るとか、お金を落とす対象として認識している人口は驚くほどに少ないわ」
_
( ゚∀゚)「・・・・」
そうかもしれない、とおれは思う。なんせおれ自身が、ツンに言われてNBAのプレイや日本人プロの技術を観て知るようにはなったものの、それまでほとんど認識していなかったのだ。
将来的にバスケに関わって生きていきたいなら、この状況を変えなければならないと、ツンは大人びた顔で語る。
ξ゚⊿゚)ξ「あたしがプレイヤーや裏方、そうね、チームドクターとかそういうのを除いて、直接バスケットボールから収入を得て生活することはないでしょうけど、1ファンとして何とかしないといけないんじゃないかと思うのよね」
_
( ゚∀゚)「はあ〜 なるほどねえ」
ξ゚⊿゚)ξ「何よ、あんたはあたしより直接バスケに関わっていく確率が高いでしょ? もっとそういうことも考えなさいよね。プロってことは、ファンから回してもらったお金からお給料をもらうわけなんだから」
_
( ゚∀゚)「それはそうかもしれねえな」
しかし税金をタネに行う公務員バッシングみたいな内容だな、とおれは思った。もちろんこれは思っただけだ。
660
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:41:35 ID:aiRS0n3g0
ツンの言うことには頷ける部分が多かった。確かにそうだ。
しかしおれはそこにもやはり、どこか世知辛さのようなものを感じてしまうのだった。
_
( ゚∀゚)「――もっと、こう」
純粋にバスケのことだけを考えて、ただプレイするわけにはいかないのかしらね、とおれは思う。
もちろんこれも思っただけだ。
正しいのは明らかにツンの方で、世の真実のようなものに近いものの捉え方をしているのもツンの方だろう。おれの素朴な願望は、恋に恋する乙女のように甘っちょろい幻想に過ぎないのだろう。
そんなことはわかっていた。
しかし。
と、おれは考えてしまうのだ。
_
( ゚∀゚)「――」
バスケットボールが好きだった。
どこが好きなの? と改めて訊かれると、特別な理由が実はないようにも感じられるのだが、とにかくおれはバスケットボールが好きだったのだ。
661
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:41:59 ID:aiRS0n3g0
体育館の匂いが好きだ。
着替えの最後にお気に入りの靴下を履き、馴染んだバッシュに足を通す。軽く2度ほどその場でジャンプをすると意識がコートに向いていくのだ。
視野が広がり視界が狭まる。その日の空気を肌で感じる。
ボールを掴むと手の平に吸いついてくるようだ。
動きの鋭さに応じてソールと床が音を鳴らす。チームメイトの声がする。
それだけでもたまらないのに、おれたちを全力で叩き潰そうとしてくる敵がそこにはいるのだ。
おれはおれのすべてを使って敵のことを考える。相手も当然そうだろう。
奇妙なコミュニケーションだ。
互いに、互いのすべてを理解しようとするのだ。ひょっとしたら恋人同士よりも濃厚なやりとりをしているのではないだろうか?
そしてひとつの試合を作り上げる。もちろんこちらの勝利が最優先で、試合の美しさなどまったくどうでもいいのだけれど、不思議なことに、ハイレベルで力の拮抗したボーラーたちが互いの勝利を目指し合うと、美しい試合が出来上がるのだ。
一種の作品だとさえ言えるかもしれない。そうして作り上げた作品たちを思い返すのというのもおれには楽しいことだった。
662
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:42:27 ID:aiRS0n3g0
見てみたい、という気持ちはあった。
自分がどこまでやっていけるのかをだ。
おれがボーラーとして成長し、仲間の技術レベルや連携も上達し、対戦する相手のレベルが上がるにつれて、作品としての試合の質もどうやら高まるようなのだ。
2年夏のインターハイ。
1回戦敗退という結果に終わってしまったが、その対戦相手はあのクックルのチームだった。
間違いなく強かった。練習と本番ではやはり違うなとおれは痛感させられた。
ただし、それはあちらにとってもそうだったことだろう。おれたちは間違いなく強く、練習と本番ではやはり違うなと痛感させてやれた筈だ。
どうやらこれは勝つ流れではないな、と感じながらも、おれはしっかり試合を作り上げた。これまででもっともレベルが高いステージの、もっともレベルの高い試合内容で、もっともクオリティの高い作品となったのではないか、とおれは思う。
おれたちの負けで終わったというのが唯一の欠点にして最悪なところだが、それもまたバスケットボールというものだろう。おれにとっては十分だった。
ただし、その試合内容がおれにとって十分であるかどうかに関わらず、やはりフリースローは入らなかった。
663
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:42:50 ID:aiRS0n3g0
おれはこの試合、11本のフリースローを放って5本しか成功させられなかった。
試合は4点差での敗北だ。おれが外した6本のフリースローの内、5本以上を成功していたら勝っていたんじゃないかと思うやつもいることだろう。
反論する気にもならない単純な数字の話である。
それはただの結果論で見当違いな見解だ、と言ってもいいが、そんなことを言ってくるやつにわざわざ何かを言う気にはならない。
ただフリースローが入らないだけだ。そのこと自体はどうでもいいが、しかし、やはりフリースローを与えられた後のあの時間は、不思議に思えるほどに居心地の悪いものだった。
_
( ゚∀゚)「気持ちよく酔っぱらってる最中に、冷や水をぶっかけられて素面に戻される感じかな」
酒に酔っぱらったこともそこから素に戻されたことも未成年のおれにはないけれど、あえて表現するとすれば、フリースロー・ルーティン中のおれの感覚はそんな感じだ。
ふわふわとして落ち着かない。色々なことを思い出しては頭に浮かび、しかし具体的な思考が始まるわけではないのだ。ボールが手に馴染まない。
断片的な様々なエピソードがぐるぐるとおれの周りを囲んでは消える。
どうして試合中の、フリースローの時間にだけそうなってしまうのかと不思議に思いはするのだが、何をどうしたところで解消されるわけではなかった。
664
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:43:11 ID:aiRS0n3g0
ボールへの手のかけ方や放り方、モーションに入るまでの一連の動きなどを色々変えてみたことはあるが、やはりどうにもだめだった。だからおれは諦めたのだ。
幸いなのは、見ていてギョッとするほどフォームが乱れて入らないわけでもなければ、そこらへんから放つミドルシュート以上の成功率はなんとか残せていたところだった。
致命傷にならないギリギリのラインといったところだろうか?
从 ゚∀从「あんなに外すんだったら、もう全部お前にフリースロー投げさせちゃえってならねえの? わざと反則してくるとかさ」
絵を描き始めるということでハインに呼び出されていたおれは、言われるままにポーズを作る合間にそんなことを訊かれていた。
_
( ゚∀゚)「んん、でも、そこまで入らないってわけではないからな」
从 ゚∀从「そ〜なん? めちゃ入らないって言ってなかったっけ」
_
( ゚∀゚)「フリースローとしては全然入らない部類だけどよ、そもそもバスケのシュートってそこまで成功率高くねえんだ、レイアップやダンクは別にして。半分くらい成功するっていうのは、実は得点効率的にはそんなに悪くねえ。楽は楽だしな」
从 ゚∀从「ほ〜ん。それじゃあ次はちょっとボール持ってさ、あっちにドリブルしてみてくれよ」
_
( ゚∀゚)「あいあい」
665
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:43:31 ID:aiRS0n3g0
ハインの要求は様々で、おれは数時間ほどをかけてじっくりとポージングをさせられていた。
体育館を借りたのだ。
学校の体育館を個人名義で貸し切りにすることは高岡家のお嬢様にもできなかったが、根気強く探してコスパのことを考えなければ、おれたちふたりに占有させてくれる体育館も世の中にはあるらしい。おれには考えつきもしないことだった。
言われるままにボールを扱い、時にはシュートを放ったりドリブル・ハンドリングを見せたり、ドライブの鋭さでコートを駆けボールをリムにくぐらせたりする。
間接視野と横目でハインの様子を伺うと、ただおれを見るだけではなくメモを取ったり、何か簡単な絵を描いたりしているようだった。
_
( ゚∀゚)「ふい〜 素朴な疑問なんだけどよ、これ、写真や動画をざ〜っと撮って終わるわけにはいかないのか?」
文句を言いたいわけじゃないけどよ、と前置きをした上でおれはハインにそう訊いてみる。ハインは肩をすくめて首を振った。
从 ゚∀从「すまんが、そういうわけにはいかねェな。・・何というか、実際に見ないと、グッとくるもんがないんだよな」
_
( ゚∀゚)「ぐっと?」
从 ゚∀从「ぐっと」
ハインは頷いてそう言った。
666
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:44:09 ID:aiRS0n3g0
从 ゚∀从「たとえばこの肩筋」
_
( ゚∀゚)「かたきん?」
おれのオウム返しに答えることなく、ハインはおれの左肩に触れてきた。剥き出しの三角筋をがしりと掴む。肩にハインの握力をおれは感じる。
从 ゚∀从「この皮膚の下には薄い脂肪と、さらには筋肉と骨がひしめいている。血流が通った滑らかな表面だけれど力が入ると筋肉が隆起する。その、おれが感じ取る表現とここにある質感を、保存して後で見るなんてことはできないんだよ」
カメラはレンズを向けたところの、写せるものしか写せないからな、とハインは言った。
从 ゚∀从「視覚以外の、たとえばこの体が発する熱を映像には残しておけないだろ? 匂いもそうだな、カメラに収められる情報は実はそんなに多くないんだ、だから一部を切り取るからこその、写真や映像としての芸術性のようなものもあるんだろうが、おれの描く絵には関係のない話だな」
_
( ゚∀゚)「ふええ〜 そんなもんですか」
そんなもんだよ、とハインは頷く。
从 ゚∀从「だからオレはお前の試合も観に行ったし、こうして間近で見せてももらう。おかげで良い絵が描けそうだ」
_
( ゚∀゚)「それは何より」
667
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:44:37 ID:aiRS0n3g0
描きたい構図や内容もおおかた決まった、とハインは言った。
从 ゚∀从「ワクワクするな・・ 描き上がりの出来次第だが、コンクール的なものにでも出してみようかな」
_
( ゚∀゚)「コンクール。そういうのもあるのか」
从 ゚∀从「オレはこれまでほとんど出したことがないんだけどよ、すげえ良いんじゃないかと思えるものが描けたとしたら、それが実際どんな評価をされるのか、知っておきたい気もしちゃうよな」
_
( ゚∀゚)「ツンがハインの絵は凄いみたいなこと言ってたから、てっきりもう受賞とか色々してるもんだと思ってたぜ」
从 ゚∀从「受賞ね。そりゃあ出せば選ばれることもあるかもな」
_
( ゚∀゚)「あ、やっぱり?」
从 ゚∀从「勘違いすんなよ。オレはハインリッヒ高岡だからな」
絵のクオリティがどうあれ評価されちまうこともあるだろう、とハインは続ける。
从 ゚∀从「名前で評価を歪められて受賞でもされてみろ、オレはおそらく怒り狂ってしまうだろうな。怒髪天を突いちゃうよ。モヒカンだ」
_
( ゚∀゚)「モヒカンって怒りを表現してるんだっけ? まあでも、そういうリスクがありますか」
从 ゚∀从「知らねえ。でも、ないとは言い切れないだろ、だから気持ち悪くなるかもしれなくって、そういう賞とかに応募はしないようにしてたんだよ」
668
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:44:59 ID:aiRS0n3g0
直接おれには縁のない話だろうが、貴族の憂鬱のような話をするハインの気持ちの一部はおれにもわかった。得点の根拠が明白で、その数字の多い少ないで勝負がつくバスケとはまったく違った優劣の付け方が芸術分野にはあることだろう。
場所は違えど、ハインもどこかで世知辛さのようなものを感じてきたのかもしれなかった。
_
( ゚∀゚)「――しかし、それじゃあまたなんで今回は出す気になったんだ?」
从 ゚∀从「市のコンクールだからな。こないだ変わった今のVIP市の市長は、なんていうかな、ざっくり言うと反高岡派なんだ」
_
( ゚∀゚)「反高岡派! 何だよそれ。回文には・・、なってねえな?」
从 ゚∀从「何言ってんだお前。反高岡派ってのはあれだよ、そのままだけど、高岡家をよく思ってない輩ってことだ。VIP市における高岡家の存在はでかいからな、自然と肯定派も否定派も出てくるわけだ」
否定派主催のコンクールなら、もし忖度やバイアスのようなものがかかるとしたらマイナス方向になるだろ、とハインは言った。
从 ゚∀从「そういう環境の中で入選するなら、それはもうそういうクオリティの絵だということだと思っていいだろ。だから出してみようかな〜と思うんだ」
669
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:45:21 ID:aiRS0n3g0
そのように語る間もハインの右手はおれの左肩に乗ったままで、しかし動かさずにいるわけではなく、軽く撫でるようにわずかに揉むように、その表層を這っていた。
距離が近い。いつの間にかおれたちはほとんど密着しているようになっている。
ハインがおれの匂いや熱を感じているように、おれもハインの匂いや熱を感じていた。
吐息を肌に感じそうだ。
从 ゚∀从「お前のおかげだ。描き上げるどころか描き始めてもないけど、ありがとよ」
_
( ゚∀゚)「そいつはどうも」
ざっくりとした髪の奥から力強い眼差しが向けられている。肩に感じるハインの手の平の感触と相まって、ゾクゾクとしたものをおれは感じる。
_
( ゚∀゚)「・・絵を描く対象には、実際に触れてみたいと思うのか?」
从 ゚∀从「これか? もちろんそうだよ。触れたいし、嗅ぎたいし、何ならこの皮膚を切り裂いてその下の肉を、血を、この目で見てみたいとすら思うね。きっと、すごおく赤いんだろうな?」
吸いついてくるような目線だ。
ハインはおれの目をまっすぐに見つめ、凄みを感じる笑顔でそう言った。
670
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:45:43 ID:aiRS0n3g0
左肩の辺りをうろついていたハインの右手がおれの表面を撫でるようにスライドし、やがておれの頬を小さく撫でた。
絵筆を握り続けてきたのだろうか、ツンほどではないが女子にしては固いんじゃないかと思える手の平を頬に感じる。その親指がおれの唇に薄くかかっている。
_
( ゚∀゚)「・・ブーンはそこらにいないんだろうな?」
从 ゚∀从「いないさ。今日は不意打ちもしねえ」
する必要がないからな、とハインは言った。
_
( ゚∀゚)「おれが拒絶しないとでも?」
从 ゚∀从「するのか? まあ、したところで意味がないからな」
オレはお前をいつでも抱ける、とハインは囁くように口を動かす。ちょっと抵抗してみようという気になった。
おれの頬を撫でていた右手が後頭部に回される。そのまま引き寄せようとする力におれは背筋を伸ばして抗ったのだった。
从 ゚∀从「・・ほう」
と、ハインが楽しそうに口角を上げる。女子にしてはハインは長身な方だろうが、それでもおれとは身長差がある。このままでは十分に顔を寄せてくることすらできないだろう。
从 ゚∀从「面白いことをするじゃねえか」
そう言うと、ハインはそこから小さく飛び退き、おれと腕1本分の距離を取った。
671
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:46:06 ID:aiRS0n3g0
从 ゚∀从「ん」
そしてハインは軽く拳を握るようにして両手を上げて見せてきた。どう見たって臨戦態勢だ。
この間のやり取りで薄々感じてはいたのだが、ハインには格闘技の心得か何かがあるのだろう。おれにはないが、その代わりと言ってはなんだがおれにはアスリートの身体能力が備わっていて、おれとハインの間には男女の体格差が存在している。
もちろんお遊び感覚だけれど、簡単にはやられないつもりだった。
_
( ゚∀゚)「今回は不意打ちじゃないからな」
从 ゚∀从「フン。・・言ったろ? 不意打ちは必要ない」
両手をワキワキと動かしハインがそう言った。
肩がわずかに動くのが見える。そこから拳が飛んでくるのを予感した瞬間、おれは音と衝撃を右足に感じた。
蹴られたのだ。
そう認識したおれの意識が右足に向かう。
違う。
と慌てて視線を正面に戻すと、ハインはおれの視界から消えていた。
672
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:46:26 ID:aiRS0n3g0
_
( ゚∀゚)「――ハア!?」
気づくとおれは体育館に寝転んでいた。
背後に肉体の熱を感じる。もちろんハインだ。
いつの間にかおれの背中に回って組み倒し、地面で後頭部を強打しないように丁寧に保護しながらおれを寝かせやがったのだ。
そう理解できたころには、その熱源は移動し始めていて、おれは完全になされるがままになっていた。
荒れた海の波打ち際で翻弄されているようだ。
おれはわけがわからないままに、流れに沿って体を動かす。そうしないと腕や足がひどく捻れる気がするからだ。
ようやく落ち着いた頃にはおれは仰向けに横たわっていて、見上げると胴体にハインが跨り、そこからおれを見下ろしていた。
从 ゚∀从「――よう」
と、声をかけられる。ハインの体温と体重を腹部に感じる。
从 ゚∀从「これがマウント・ポジションだ。女子からマウンティングされた気持ちはどうだ?」
_
( ゚∀゚)「マウンティングって、物理的な現象じゃないだろう」
从 ゚∀从「フフン」
ハインは笑っておれの頭を強く掴むと、そのまま体をずらすように覆いかぶさり、噛みつくようにキスをしてきた。
673
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:46:56 ID:aiRS0n3g0
○○○
ハインがその後もモララーの世話をみてくれるというのはおれたちにとって朗報だった。
从 ゚∀从「モララーのことも気に入ったしな、良い絵も描けたしこれからまた描きたくなった時の協力と、抱きたい時に抱かせてくれりゃあギブアンドテイクとしてもいいぜ」
お前に好きな女でもできた場合は要相談だな、とハインは言った。
_
( ゚∀゚)「――好きな、女ね」
从 ゚∀从「オレも鬼じゃねえからよ、お前とのセックスは気に入ってるが、ないならないでも構わねえ。気が向いたらそのまま手伝ってもいいし、ジョルカノが手伝うというならそこで身を引くのもいいだろう」
_
( ゚∀゚)「・・・・」
从 ゚∀从「もちろん支援内容がオレの手伝いより現金がいいというなら家とかに頼んでみてもいいぜ、悪いがオレ自体は金持ってねえからな。ま、家事代行とかシッターとかを入れるくらいの金を出させることくらいはできるだろうさ」
_
( ゚∀゚)「・・それは嫌だな」
从 ゚∀从「ふん。それじゃあ今後もオレがモラ世話させてもらうってことで?」
_
( ゚∀゚)「よろしく頼む」
从 ゚∀从「了解!」
ハインはそう言い、帰り際におれの頭を掴んではキスをした。
674
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:47:17 ID:aiRS0n3g0
言われるまでもなく、おれと恋人同士のような関係性になるのをハインがまったく望んでいないのだろうということが、恋愛経験の乏しいおれにもわかった。
望むどころか、おそらく考えることすらないのだろう。
いわゆる彼氏彼女の間柄ではまったくない、と断言していたブーンのことを思い出す。おれもハインの“オレの男"になったのだろうか?
実際にハインが一体おれとの関係をどのように考えているのかなんて、わざわざ訊く気にもならないことだった。
意味があるとも思えない。重要なのは、ハインがモララーの世話をしてくれることによって、おれのバスケも母さんの仕事もツンの勉強も問題なく続けられるのだろうということだ。
何ともありがたいことである。
当然モチロンその筈で、そこに疑いの余地はまったくなかった。
なんせ、もうすぐ2学期が始まるのだ。
インターハイが終わったバスケ部のおれは実質的な最上級生となり、これまで以上にチームをまとめ上げ、引っ張っていかなければならない立場になっていた。
675
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:47:38 ID:aiRS0n3g0
_
( ゚∀゚)「ほれモララー、早く靴履け、遅れるぞ」
( ・∀・)「だってジョルジュ、モララーもういっこぎうにう飲みたかった!」
_
( ゚∀゚)「単位よ。牛乳はコップだから、もう1杯、な。ていうかそういうのは飯食ってる時に言ってくれよ。出発間際に言うんじゃねえ」
(#・∀・)「だってぎうにう飲みたかった!!」
_
( ゚∀゚)「欲望の化身かお前は。接続語も時制もなんだか変なんだよなァ」
(#・∀・)「ぎうにうちょうだい!!!」
_
( ゚∀゚)「圧が凄すぎるだろ。・・はいはい、しょせんモララー様には敵いませんよ。ぎうにう持ってくるから靴履いてなさい」
( ・∀・)「ハイハイ。はやくぎうにう持ってきなさ〜い?」
_
( ゚∀゚)「うあ〜 めちゃムカつくわこのクソガキ!」
その小さな背中を蹴り飛ばしたくなる衝動を押し殺し、おれは粛々とコップに牛乳を入れ、飲み終わった小さな王様の口の周りを丁寧にティッシュで拭かせていただいた。
676
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:47:59 ID:aiRS0n3g0
平日の朝はおれがモララーを幼稚園まで送ることになっていたのだ。
母さんが送って行くには幼稚園の受け入れ開始時間と仕事の開始時間が噛み合っていなかったからだ。母さんが送って行くとすると、仕事に大幅に遅れることになってしまう。
その点おれなら運が良ければ学校にも間に合うし、せいぜいちょっぴり遅刻で済むくらいのものだった。
おれもツンもハインも同じ学校の学生だ。始業時間は変わらない。だからおれがやるべきだろうと思ったのだ。
学校や担任の教師に事情を話すと、おれの日常的な遅刻はすんなりと受け入れられた。ひょっとしたらハインが裏から何か手を回していたのかもしれない。
何にせよ、遅刻は遅刻なので内申書の評価が多少悪くなることはあるけれど、それはおれにとってどうでもいいことだった。
_
( ゚∀゚)「じゃあなモララー、いい子でな」
( ・∀・)「モララー、イイコよ! いってきます!!」
幼稚園の先生に引き渡したモララーが部屋へと入っていくのを手を振って見送り、おれは自分の学校へと足を進める。
9月1日の朝もおれはそうして過ごした。
677
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:48:21 ID:aiRS0n3g0
もはや遅刻する朝の通学路もおれには慣れっこだった。
罪悪感や居心地の悪さのようなものをわざわざ感じるのはやめたのだ。
部の朝練にもおれは出ていない。強制されていないからだ。
特権を得るようにして毎日のように遅刻してくるおれに不平等さを感じるクラスメイトもいることだろうし、一応強制されていないことにはなっているがほとんど全員が参加している朝練に来ないおれに不平等さを感じるチームメイトもいることだろう。
そんなやつらに対して引け目を感じることを、おれはやめた。
どうせおれが申し訳なさそうな態度を取ったところで許しのようなものを得られるわけではないのだ。だったら堂々としていればいい。
これは傲慢な態度だろうか?
_
( ゚∀゚)「――だったら、こちとら大歓迎だ」
ある種の傲慢さを身に付ける必要があるかもしれないおれには、なおさらそうするべきことなんじゃないかとも思えるのだった。
担任教師もそれを受け入れ、明らかに学級委員であるツンと仲が良く、学校のオーナーである高岡家のハインや学年1位の秀才であるブーンとの関係も悪くない、何よりインターハイにも出場したバスケ部のエースであるおれのそのような振舞いに文句をつけられるやつなど、もはやどこにもいなかった。
そんな事情などまったく知らない、初対面の転校生を除いては。
678
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:48:43 ID:aiRS0n3g0
確かにその日はいつもより遅くなっていた。
久しぶりの登校だったからだ。1学期の間はおれもそれなりに気を遣い、園を出た後なるべく早く学校へ辿り着くように頑張っていた。
それが長い夏休み期間の間に全国レベルのバスケットボールに触れ、童貞を卒業し、悠々と練習に参加する毎日の中で、完全に失われた習慣となっていたのだ。いつも通りのつもりで歩く中でスマホをチラ見したおれは、ディスプレイに表示された現在時刻に驚愕した。
_
( ゚∀゚)「うひゃ〜、遅刻ちこく!」
しかし急いだところでどうせ遅刻自体は確定していたし、おれはトーストを咥えた女子高生でもなかったので、そのままポテポテと歩いて登校することにしたのだった。
教室のドアを開ける。慣れているつもりであっても、久しぶりに全クラス中の視線が集まるこの一瞬はなかなか強烈なものがあった。
こんな時に役立つのがキャラクターだ。おれは傲慢なバスケ部エースの仮面を被り、堂々とした態度で言ってやる。
_
( ゚∀゚)「うひょー、ギリギリセーフか!?」
( ´∀`)「ギリギリところか思いっきりアウトモナ。さっさと席について、試験をはじめることにするモナよ」
こりゃ失礼、とコメディ寄りのやり取りをしてしまえばこちらのものだ。口から出るままに適当なことを言い放ち、おれはおれの席へと進む。
そこには見慣れない顔がいた。
679
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:49:05 ID:aiRS0n3g0
_
( ゚∀゚)「――」
('A`)「――」
何こいつ、とおれは素朴に思った。だっておれの席に知らないやつが何の断りもなく座っているのだ。状況を察しろという方が無理がある。
だからおれは疑問をそのまま口にした。
_
( ゚∀゚)「――ところで、君は誰だい?」
無反応。
どころか、不敵な眼差しでおれを見ているではないか。非難の色さえ見て取れそうなものだった。
何だよこいつ、とおれは思う。
沈黙がおれたちの間に漂い、雰囲気がどうしようもならないものになりかけていた。それを救ったのは、おれの前の席に座る学級委員のツンだった。
ξ゚⊿゚)ξ「この子はドクオくん。転校生よ。ドクオくん、こいつがジョルジュ。ジョルジュはさっさと座りなさい」
_
( ゚∀゚)「転校生ね!」
ツンから説明を聞くと同時に、前にどこかでそんなことを聞いていた記憶が猛烈な勢いで蘇ってきた。
680
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:49:49 ID:aiRS0n3g0
つまり、2学期から転校生がおれたちのクラスに加わってくるのだ。
そこでそいつに席を用意してやらなければならないわけだが、都合のいいことに学級委員のツンと誰もが認めるナイスガイであるブーンの席が近くにあるので、そこに埋め込んでやろうということになったのだ。
元あった席をひとつ後ろにズラすことにして、だ。それがおれの席だったわけである。
_
( ゚∀゚)「どうりで知らない顔だと思ったわ」
合点いったおれはスッキリとした気分でそう言った。改めて見ればそいつの後ろに慣れ親しんだおれの机が存在している。
問題解決。ただひとつ問題が残っているとすれば、この転校生から依然として不審げな眼差しが送られてきていることだろう。
とはいえどうしようもないことだったので、おれは自己紹介をして自分の席につくことにした。名前を言い合う。ぼそりと伝えられたそいつの名前をうまく聞き取ることができなかったが、すぐに名前が必要となることもないだろう。
後でツンかブーンにでも確認しておくことにすればいいし、授業や担任の話のどこかで名前を呼ばれることもあるだろう。きわめて妥当な判断だ。
そのように妥当な判断をしたおれに落ち度があったとすれば、どうしたって感じてしまう気まずさを誤魔化すような変なテンションでしばらく振舞ってしまったことと、結局そいつからシャーペンの芯を借りるハメになり、礼を言う際名前を知らないことを意識しすぎてしまったことだ。
_
( ゚∀゚)「――おう、ありがとよ、転校生」
転校生に“転校生”って呼びかけるって何だよ!?
素直にもう一度名前を訊けていればどんなによかったことだろう。おれはその夜、しばらくこの一連のやり取りを思い出しては寝床でごろごろ転がった。
つづく
681
:
名無しさん
:2021/12/17(金) 23:50:38 ID:aiRS0n3g0
今日はここまで。
ようやくドクオパートの1話あたりまでいきました。やれやれですね
682
:
名無しさん
:2021/12/18(土) 01:29:00 ID:aIqNbJJU0
乙です!
683
:
名無しさん
:2021/12/19(日) 02:00:36 ID:Amx5lFro0
ドクオ視点から始まったジョルジュは我が道を行くけど気の良いヤツって思ってたけど演じてたのか…
勝手な考察だけど表面的とは逆でジョルジュは気ぃ使いでドクオが我が道を行くタイプですね
ともあれこれからジョルジュ視点でドクオも絡んでくるのでしょうか?
楽しみです
あとモララーが可愛い
684
:
名無しさん
:2021/12/19(日) 14:55:16 ID:lcETwPT60
繋がったな
685
:
名無しさん
:2021/12/20(月) 01:37:14 ID:Z0WWdEWc0
色々交錯してますね
あとモララー可愛いw
686
:
名無しさん
:2021/12/22(水) 02:52:29 ID:5SYF18UY0
>>モララーかわわいいですよね!
とりあえずドクオ視点パート来ないかな?
私もなニッチな趣味やってるもんで応援したい
687
:
名無しさん
:2021/12/23(木) 03:44:48 ID:y4sauB1A0
>>686
ニッチな趣味?
ガヤしにいきますよ(*'ヮ'*)
688
:
名無しさん
:2021/12/23(木) 03:49:44 ID:y4sauB1A0
何?ニッチ?私誰も見向きもしないようなクラックギターずっとやってますよ…頑張りましょー!!!
689
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:33:07 ID:Zqx4K8pM0
2-10.雑念
部から入手しツンへ横流ししたインターハイでのおれの試合映像は、ツンによって解析・加工されていた。
これまでも見るべき動画のURLやおれのシュートフォームを録画したものをスマホへ送り付けてくることはあったのだけれど、これほど大掛かりな編集動画を見せられたのは初めてだった。
_
( ゚∀゚)「すげえなツン、お前こんなことできんのかよ」
ξ゚⊿゚)ξ「ふふん。結構すごいでしょ」
_
( ゚∀゚)「すげえすげえ」
大したもんだよ、とおれはツンを賛美する。鼻高々といった様子でツンは胸を張って見せた。
ξ゚⊿゚)ξ「でさ、ここのスクリーン・プレイだけど、この時このコースって見えなかったの?」
_
( ゚∀゚)「あん? ああこれか、いやこの時見えてはいたけどよ、パスを出す気にならなかったんだよな。なんでだろうな」
ξ゚⊿゚)ξ「・・ここのヘルプも見えてたから?」
_
( ゚∀゚)「あ〜、そうだな。確かにそうだ。たぶん出しても負けるって思ったんだろうな」
おれとツンは肩を並べてツンが編集した映像を眺め、それぞれのプレイの細かいところを吟味しながら、ひとつひとつと復習していく。ツン持参のタブレットから流れる映像は、スマホで見るよりはるかに見やすいものだった。
690
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:35:19 ID:Zqx4K8pM0
褒められて味をしめたわけではないだろうが、これ以降、ツンが動画を編集するたびに一緒に見るというのが恒例になった。
そして場所もおれの家ではなくなった。家でタブレット画面を覗いていると、必ずモララーが寄ってきては自分好みの動画の視聴をこちらに強要してくるからだ。どれだけテレビの画面を自分の好きにできたところで子供は満足しないのだ。
というわけで、おれたちは度々、例の『バーボンハウス』という店に集うようになっていた。ブーンの家だ。希望したのはツンだったけれど、反対する理由がおれにはひとつも見つからなかった。
( ^ω^)「コーヒーのおかわりはいかがだお?」
エプロン姿のブーンはそう言うと、おれとツンのコーヒーカップを手元に引き寄せ、ポットから黒い液体を静かに注ぐ。美しい所作だ。
_
( ゚∀゚)「プロ感あるな〜 かっけぇぜ」
( ^ω^)「おっおっ、おだてても砂糖とミルクくらいしか出ないお。ご使用はお好みで」
_
( ゚∀゚)「あいよ。しかしおれたち、こんな長時間居座って、店に迷惑じゃねえのか?」
( ^ω^)「この時間帯にジョルジュとツンくらいだったら大丈夫だお。それでも気になるなら、そうだな、僕がさっき焼いたチーズケーキでも注文してくれお」
_
( ゚∀゚)「営業! つ〜か、お前チーズケーキなんて焼けるのかよ」
( ^ω^)「結構旨いお?」
ξ゚⊿゚)ξ「買う買う! ふたつ持ってきてちょうだい」
飛びつくようにツンが注文する。じきに持ってこられたチーズケーキは確かになるほど旨かった。
691
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:36:29 ID:Zqx4K8pM0
少し前からツンはこの店のほとんど常連と化しているらしい。
確かに『バーボンハウス』は良い店だった。同級生の家というのも悪くないのかもしれない。問題があるとすればその同級生が男だというところだろうが、少なくともおれが見たところ、ツンがブーンからちょっかいをかけられているような素振りはない。
何ならおれも通い詰めても良いくらいだ。
_
( ゚∀゚)「ハインを送って行ったあの夜来たんじゃなければ、おれも常連になってたかもな」
チーズケーキを味わうついでに、声には出さずにおれは呟く。
何しろあの日は驚愕の連続だった。ぼんやりとその内容を頭に浮かべかけながら、しかし同時に、ツンから何か訊かれたら非常に面倒臭いな、とおれは思う。
コーヒーをひと口すする。別にやましいところがあるわけではないが、妙な質問が飛び込んでくるような変な時間を作らないに越したことはないだろう。
そのように考えて前かがみにタブレットに視線を戻したおれは、ツンがこちらに集中していないことに気が付いた。
_
( ゚∀゚)「何だよ・・ って、お前まだいたのかよ」
( ^ω^)「悪いかお?」
いや悪くはないけどよ、とおれは誤魔化すように否定した。
692
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:37:33 ID:Zqx4K8pM0
_
( ゚∀゚)「何だよ、やっぱり迷惑だっていうなら出ていくぜ? チーズケーキは食べてからだけどよ」
( ^ω^)「そんなことは言わないお。・・これをジョルジュに言うべきかどうか、ちょっと悩んでたんだけど、良い機会だから言っとこうと思ったんだお」
_
( ;゚∀゚)「何だよ怖ええな。それってツンも聞いてもいい話か?」
ξ;゚⊿゚)ξ「あたし!? えっと、もし問題あるなら席外すけど?」
( ^ω^)「大丈夫だお。というか、大したことじゃあないっちゃないお」
_
( ゚∀゚)「本当か? 怖ええんだよな〜、お前らから改まって知らされる情報ってやつはよ!」
口ではそのように言いながら、おれは多少安堵していた。こいつが大丈夫だと言うならおそらく大丈夫なのだろう。そのように思える何かがこの男にはある。
顎をしゃくって話の続きを促すと、ブーンは小さく肩をすくめて見せた。
( ^ω^)「転校生の、ドクオに対する態度のことだお」
_
( ゚∀゚)「転校生? のドクオ? に、対する態度??」
ξ゚⊿゚)ξ「あ、それはあたしも思ってた」
_
( ;゚∀゚)「おいおいツンもかよ」
絶対おれが悪いやつじゃん、と、内容を聞くまでもなくおれは言った。
693
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:39:48 ID:Zqx4K8pM0
おれが犬だったら腹を見せる形で仰向けに寝転んでいたことだろう。無条件降伏だ。
ただし、何が問題なのか、おれには皆目見当がついていなかった。
_
( ;゚∀゚)「おれが悪いのはわかった。しかし、何が悪いのかわからねえ」
( ^ω^)「? どういうことだお?」
_
( ゚∀゚)「その通りだよ。お前らがふたりともそう言うってことは、おそらくおれの方が悪いんだろうよ。ただな、おれの一体何が悪いのか、おれにはてんでわからねえんだ」
敗北は、受け入れてしまえばこちらのものだ。半ば開き直っておれはそう訊く。
ξ゚⊿゚)ξ「開き直ってんじゃないわよあんた」
すると、即座にツンに責められた。
_
( ゚∀゚)「だって、わかんねえもんはわかんねえんだもん」
ξ゚⊿゚)ξ「あら拗ねちゃった」
( ^ω^)「お代わりは紅茶にするかお? ウバのいいのが残っているお」
ξ゚⊿゚)ξ「あら素敵」
_
( ゚∀゚)「いやこれ気遣いに見せかけた営業だろ。奢りとは一言も言ってねえぞ」
( ^ω^)「バレたお」
_
( ;゚∀゚)「マジかよ! うぉい! 友達で商売しようとすんじゃねえ!」
694
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:40:37 ID:Zqx4K8pM0
半ば本気で抗議したおれに穏やかな笑顔を向けると、ブーンは静かに頷いた。
( ^ω^)「僕はジョルジュのクラスメイトである前に、ひとりの店員なんだお」
_
( ゚∀゚)「母親である前にひとりの女、みたいな言い方!」
( ^ω^)「しかしジョルジュが僕のことを友達だと認識しているとは思わなかったお」
_
( ;゚∀゚)「サラッと寂しいことを言うんじゃねえよ」
ξ゚⊿゚)ξ「内藤って結構意外とドライよね。まあでもそんなことはどうでもよくて、今の議題はあの転校生よ。転校生のドクオくん」
_
( ゚∀゚)「――ああそうだったな。で、何がいけないんだっけ?」
ξ゚⊿゚)ξ「・・態度? というか、雰囲気かしら? あんたドクオに冷たくない?」
_
( ;゚∀゚)「はぁ!? 別に、冷たくないだろ。普通だよ」
ξ゚⊿゚)ξ「そうかな。あたしには冷たく見えるけど」
( ^ω^)「僕から見てもそうだお」
_
( ;゚∀゚)「マジかよ。おれ、冷てえんだ・・?」
ちょっとだけどね、と、まるでフォローになっていないフォローをツンはした。
695
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:41:28 ID:Zqx4K8pM0
_
( ;゚∀゚)「いや〜。マジでそんなつもりはなかったな」
純粋な驚きと共におれは呟く。腕組みをして思い返してはみたものの、どう考えてもそんなつもりはなかったのだ。
おれからすると、むしろ冷たいのはその、転校生のドクオくんの方なんじゃないかとすら思えるものだ。
_
( ゚∀゚)「おれからすると、むしろ冷たいのはその、転校生のドクオくんの方なんじゃないかとすら思えるけどな」
だからおれはそう主張してみた。無条件降伏しながらの反論だ。てっきり退けられるとばかり思っていたのだが、意外にもツンは軽く頷いた。
ξ゚⊿゚)ξ「それは否定しない。あんたら、互いで互いを冷やし合ってんのよ。むしろ仲良しかっつ〜の!」
( ^ω^)「おっおっ、言い得て妙だお。確かにそんな感じだお〜」
ξ゚⊿゚)ξ「なんか見ててヤキモキするのよね。仲良しになる必要はないけれど、さっさと一定レベルの人間関係を築きなさい」
( ^ω^)「僕が言いたいことはツンに全部言われちゃったお」
ξ゚⊿゚)ξ「あら失礼」
何か補足があればどうぞ、と言うツンに、ブーンは肩をすくめて見せた。
696
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:41:52 ID:Zqx4K8pM0
_
( ;゚∀゚)「う〜〜ん」
唸るような声を上げながら、おれは口を尖らせる。はっきり言って不服だった。
おれにそんなつもりはない。しかし、それこそ深層心理の奥底に、少しばかり思うところがあるというのもまた事実なのかもしれなかった。だから反論の言葉が続かないのだ。
ξ゚⊿゚)ξ「何よ、言いたいことがあるなら言いなさい」
_
( ゚∀゚)「いや〜、なんていうか、口に出したら我ながら子供っぽい言い分だからなァ」
ξ゚⊿゚)ξ「何それ。イイカラさっさといいなさァ〜い?」
_
( ゚∀゚)「モララーの言い方!」
不意にツンから発せられた3歳児の口調に笑ってしまったおれは、どう考えても負けだった。
負けだ。これは受け入れるしかない敗北である。頭を掻きながらため息をつき、座り直す時間でおれは落ち着きを取り戻す。
それは、敗北を受け入れてしまいさえすればこっちのものだったからである。
_
( ゚∀゚)「いやさ、さっきは普通だって言ったけどよ、確かにちょっとばかり冷たかったかもしれねえ。正確には、冷たくするつもりはないが、特別暖かく接しはしないってところかな。暖かくないのを冷たいと言うなら、それはきっとそうなんだろう」
おれは自分のこれまでの言動と、その背景にある感情を思い起こしながらそう言った。
697
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:42:49 ID:Zqx4K8pM0
あの目だ。
ほとんど毎朝遅刻して教室に入るおれを眺める、あの冷ややかな視線。それを自分から乗り越えてまでコミュニケーションを取る気にはならないし、挨拶をしてもおかしくない距離に近づく前に、あいつは視線を逸らすのだ。
_
( ゚∀゚)「そりゃあ目が合いでもすれば、その時挨拶するのもおれはやぶさかではねえけどよ、あっちが無視してくんだもん」
しょうがねえだろ、とおれは言う。そして、言い出したら口から色々出てくるのだった。
_
( ゚∀゚)「そもそも転校してきて新入りなのはあっちの方だろ、挨拶ってえのは新入りの方からするもんじゃあねえのかよ。あっちが“おはようジョルジュくん”とでも言ってくれば、こっちは“おはようドクオくん”ってなもんで、仲良くできもするんだよ。これ、間違ってるか?」
どうだよおい、と、多少大げさに広げて見せたおれの主張を聞き、ツンとブーンは顔を見合わせた。
ξ゚⊿゚)ξ「・・おはようジョルジュくん?」
( ^ω^)「おはようドクオくん。い・・、言いそうにねえお!」
ξ゚⊿゚)ξ「想像の段階ですでにぎこちなさすぎるでしょ」
ウケるわ、とツンはおれのその主張を笑い飛ばした。
698
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:43:55 ID:Zqx4K8pM0
ひとしきり笑ったツンは冷めたコーヒーに手を伸ばす。そしてそこからひと口啜ると、睨むようにおれを見た。
ξ゚⊿゚)ξ「言いたいのは、それだけ?」
_
( ゚∀゚)「うっ・・ それだけ、だ」
ξ゚⊿゚)ξ「それなら優しくしておあげなさい。一度でいいから。あんたポイントガードでしょ、しかもエース・プレイヤー」
_
( ゚∀゚)「む。エースのポイントガードだったら何だってんだよ?」
ξ゚⊿゚)ξ「新入りがチームに入ってきたら、そのチームの中心選手は率先して迎え入れてあげないといけないでしょ? あんたはポイントガードなんだから、どんなに気に入らなくても一度くらいはパスを渡して、シュートを撃たせてあげなさいな。それを決められるかどうかはあっちのせいにしていいからさ」
_
( ゚∀゚)「・・・・」
ξ゚⊿゚)ξ「反論は?」
_
( ゚∀゚)「余地がねえ。くそったれ、畜生わかったよ」
お手上げの姿勢でそう言うおれの前にティーカップがカタリと置かれる。紅茶だ。赤みのかかったオレンジ色が美しい。伸びる手の主を目で追うと、そこにはクラスメイトの店員がいた。
( ^ω^)「おっおっ、これは僕からの奢りだお」
ξ゚⊿゚)ξ「やだイケメ〜ン」
荒く鼻息を吐いてカップを口に運ぶと、すっきりとした甘い香りがおれを包んだ。
699
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:44:58 ID:Zqx4K8pM0
○○○
言いくるめられたようなものとはいえ、約束は約束だった。おれにもあの転校生を拒絶する理由はない。
しかし、と同時におれは思うのだった。
_
( ゚∀゚)「改めて考えると、どうやっていいのかわからねえもんだな」
変に意識してしまうのだ。この期に及んでいきなりおれの方から声をかけるなど、なんだか変な感じがしてしまい、おそろしくわざとらしい振舞いになりそうな気がプンプンとする。
あの『バーボンハウス』でのやりとりの直後、初見でやれれば良かったのだろうが、あいにくその機を逸してしまった。あり得ることだ。理由は何とでも付けられた。
しかし、どのような理由を付けたところでおれがその最大の機会を逃した事実は変わらなかったし、その次の機会にもそのまた次にも、いくらでも何とでも、理由は用意できてしまうのだった。
_
( ;゚∀゚)「――」
そうして月日が経っていく。あいつが『バーボンハウス』でバイトを始め、おれの出場する練習試合をツンと一緒に見学しに来、ハインの絵がコンクールで入賞しても、おれはクラスメイトとしての最初のパスを、あの転校生に出せずじまいになっていた。
700
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:45:54 ID:Zqx4K8pM0
ハインの絵がVIP市民コンクールに入賞を果たした夜、おれはハインに呼び出されていた。
モララーが理解不能な寝相で布団に転がっているのを確認したおれは、母さんに一応の断りを入れて家を出た。サンダルをつっかけてしばらく歩く。川沿いの道へ出る。
行き先は『ティマート』というコンビニだ。正しいスペルは『T-Mart』。もちろんこのTは高岡グループを意味している。知るほどに恐ろしくすら思えてくるのだが、高岡グループの影響はこの地域のあらゆるところに及んでる。
その巨大な組織の末娘、ハインリッヒ高岡が『ティマート』の表でおれを待っていた。
从 ゚∀从「おう」
_
( ゚∀゚)「ん」
ほとんど言葉になっていない挨拶を交わしながら、おれはハインの手元にコンビニの袋が下がっているのを確認した。それに気づいたハインはニヤリと笑い、手に持つ袋を高く掲げる。
从 ゚∀从「メロンソーダなら買ってるぜ」
_
( ゚∀゚)「最高じゃんか」
ありがとよ、と礼を言いながらビニル袋を受け取ると、おれたちは並んで歩き出す。
もちろんその行き先は、この近くに建つラブホテルだった。
701
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:46:20 ID:Zqx4K8pM0
_
( ゚∀゚)「――ひょっとして、ここも高岡家の物件なのか?」
ある時そんなことを訊いたことがある。セックスを終えた後のまったりとした時間帯の、何気ない話題のひとつだ。ピロートークというやつだろうか。
色素の薄い髪が覆う奥から大きな瞳がおれを見ていた。わずかに首を振るようにして枕に埋もれた頭をこちらへ向けると、呆れたような笑みをハインは浮かべる。
从 ゚∀从「そんなわけねえだろ。何でも高岡家のもんだと思うんじゃねえ」
_
( ゚∀゚)「いやどこから“そんなわけねえ”のかわからねえのよ。理解不能な存在だからよ」
从 ゚∀从「ここを使うのはオレとお前の家からの距離的に妥当なのと、あのコンビニから近いからだよ」
_
( ゚∀゚)「ほ〜ん。身内割引でもあるのかよ?」
从 ゚∀从「あるわけねえだろ、定価だよ。ただ、どうせ金を落とすなら、身内のところに落としたいなと思うだけだよ」
_
( ゚∀゚)「それがどれほど“あるわけねえ”のかも、おれにはわからねえんだよなァ」
从 ゚∀从「ウヒヒ。この世間知らずめ!」
_
( ゚∀゚)「この閉じた地域の常識を世間と言いはしねえと思うぞ」
そのように口答えしたおれの頭を、ハインは強い力で引き寄せてきた。
702
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:46:56 ID:Zqx4K8pM0
ハインとのセックスに不満はなかった。
文句を言える立場におれがいないことを差し引いてもそれは確かで、美術担当の神様が乱暴に削り出したようなハインの顔は見るほどに魅了的に映ったし、格闘技か何かをやっているのだろう引き締まっている体は触れると驚くほどに柔らかかったし、何より単純に快感だった。
腕枕に感じる髪の感触も、頭の重さも、畳んで伸ばした手の平に収まる肩の触感も、それを愛おしく感じないと言ったら嘘になる。寝顔の頬を空いた方の手で小さく撫でると、何とも満ち足りた気持ちになるのだ。
しかし。
と、おれは同時に思う。
_
( ゚∀゚)「――これは、愛し合ってるわけじゃあないんだろうな」
治りきっていない傷跡をやたらと触ってしまうように、痛みを伴うとわかっていても、おれは定期的にそのような考えを頭に浮かべるのだった。
これはやめようと思ってやめられるものではない。おれは受け入れ、触るたびに走る痛みとその都度しばらく付き合い、やがて収まるのを待っていた。
703
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:48:07 ID:Zqx4K8pM0
何度考えてもそうだった。
ハインとおれとの関係は、決して恋愛関係ではない。始まりからしてそうだったし、その後も一貫してそうだ。おそらく契約関係に近いのだろう。
_
( ゚∀゚)「・・ブーンとは、やっぱり主従関係なのかな?」
声には出さず、傷口に爪を立てるようにして心の中でおれは訊く。ハインは決して答えない。問われていないのだから当然だ。そもそもブーンとハインの間に、具体的にどのような過去があるのかおれは知らないし、今実際どのような関係にあるのかもよく知らない。
やはりそれを訊くつもりにはならないし、自分でも意外なほどに、ブーンに対する嫉妬心のようなものが芽生えるわけでもないのだった。
そんな射精後のまどろみの中でハインの髪を指先に感じていると、不意に声をかけられた。
从 ゚∀从「なあ、今度また試合があるんだろ? ツンが言ってた」
_
( ゚∀゚)「ん・・ ああ、試合自体はしょっちゅうあるからな、どれのことかな。練習試合か?」
从 ゚∀从「いや、もっとちゃんとしたやつだ」
_
( ゚∀゚)「それじゃあ国体の話かな」
VIP国体が近づいていたのだった。
704
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:49:00 ID:Zqx4K8pM0
国体とは、簡単にいうと、都道府県対抗のオールスター戦である。全高校生ボーラー憧れの大会のひとつだ。おれはその県代表メンバーに選ばれていた。
从 ゚∀从「おばさんやツンと話しててよ、交代で観にいこうかって話になったんだ」
_
( ゚∀゚)「ほ〜ん。モララーは?」
从 ゚∀从「おばさんが行く時に連れてくってよ。オレは、ツンとブーンと、あいつと行くんだ」
_
( ゚∀゚)「・・あいつ?」
从 ゚∀从「お前と敵対している転校生、ドクオくんだよ」
_
( ゚∀゚)「ハァ!? 何でそんな話になるんだよ」
从 ゚∀从「どうやらツンは本気でバスケ沼に引きずり込むつもりみたいだな?」
_
( ゚∀゚)「マジかよ・・ あ、いや、別におれはあいつと敵対しているわけじゃあないけどな?」
从 ゚∀从「そんなことぁどうでもいんだよ。面白くなってきたな?」
_
( ゚∀゚)「面白いですかねえ・・?」
呟くようにそう言うおれを、ハインはニヤニヤと笑って見つめた。
705
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:49:24 ID:Zqx4K8pM0
从 ゚∀从「シタガクから選ばれてるのってジョルジュだけなんだろ? これってどのくらい凄いことなんだ?」
_
( ゚∀゚)「そうだな・・ まず、ひとつの県につきメンバーは12人だ。だから、同世代の県内トップ12プレイヤーしか選ばれないってことになるよな。ま、トップ層と言っていいだろう」
从 ゚∀从「ふむふむ」
_
( ゚∀゚)「でもさ、ただトッププレイヤーを集めただけじゃあ強いチームは作れないわけだよ。一応合宿とかがあるにはあるけど、部活の練習時間と比べたらあってないようなもんだし、練習というよりぶっちゃけ確認くらいなんだよな、その時間だけでできるのは」
ではそのメンバーに連携を植え付けるにはどうすればいいか?
簡単だ。元々連携があるメンバーを選べばいい。
その解答を耳にした瞬間、ハインは吹き出して笑った。
从 ゚∀从「逆説的だな!」
_
( ゚∀゚)「まあな、でもそうだろう? で、元々連携があるメンバーとはどんなやつらかというと――」
从 ゚∀从「でけえバスケ部のチームメイトをそっくりそのまま、となるわけか」
おれはゆっくりと頷いて見せた。
706
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:50:25 ID:Zqx4K8pM0
メンバー12人の内、県内トップ校のバスケ部から10人前後が選出されることは珍しくない。おれたちのチームもトップの2校からしかほとんど選出されておらず、おれはそんなチームの数少ない例外だった。
しかもチームの司令塔となるべきポイントガードのポジションでの選考だ。さらに今年は地元での国体開催な訳だから、優勝か、少なくとも優勝に近いところまで勝ち進めるチームを作りたいことだろう。素質や育成を重視するのではなく、勝てるチームの一員として、おれは召集されたのだ。
自分で話している内に気づいたのだが、これは結構な評価なのかもしれなかった。
_
( ゚∀゚)「な、おれって結構凄えだろ?」
从 ゚∀从「なるほどなァ、すごいすごい。ジョルジュを引っ張ってきたスカウトも鼻高々だな?」
_
( ゚∀゚)「だといいけどな」
放り投げるようにおれはそう言う。正直なところ、中学校進学の段階で会ったっきりどこで何をしているかわからないスカウトのことなど、おれはすっかり忘れていた。
肩をすくめる代わりにハインの頭を撫でていると、なあ、と再び質問を投げかけられた。
从 ゚∀从「いつか訊こうと思ってたんだが、お前、高校出た後どうすんだ?」
707
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:51:13 ID:Zqx4K8pM0
それは思いがけない質問だった。少なくともピロートークにふさわしい話題とは思えない。しかし同時に、将来の進路のような重い話題は、冗談だよと逃げられるような軽い場面でするべきなのかもしれないな、ともおれは思った。
唸るような声を上げて体を伸ばし、考える時間を稼いではみたが、あまり考えはまとまらなかった。
だからそのままを口に出してみることにした。
_
( ゚∀゚)「う〜ん・・ どうすんだろうな?」
从 ゚∀从「お、考えてない系か?」
_
( ゚∀゚)「どっちかというとそうだな。ツンに言ったら叱られそうだが」
从 ゚∀从「まず間違いなく説教モンだな。でもお前、もうバスケ部内では最高学年じゃねえか、そろそろ何か言われるんじゃねえか?」
_
( ゚∀゚)「ヤバい系かな?」
从 ゚∀从「どっちかというと、断然ヤバい系なんじゃねえか」
_
( ゚∀゚)「やっぱりそうか〜」
おれは大の字になって寝転んだ。
708
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:51:47 ID:Zqx4K8pM0
_
( ゚∀゚)「う〜〜ん」
そのままの体勢で唸り声を上げながら天井を眺めていると、ハインの顔が視界を覆うように現れてきた。
从 ゚∀从「ノーアイデアか?」
_
( ゚∀゚)「いえす、あいはぶのーあいであ。でも、そうだな、シタガクにそうしてもらえたように、特待生待遇みたいな感じで大学に行けたらいいな〜、とは思ってるよ」
从 ゚∀从「お、大学行くのか」
_
( ゚∀゚)「・・だめかな?」
从 ゚∀从「だめじゃあねえだろ。プロ志望じゃないのが意外だっただけだよ。プロは考えていないのか?」
_
( ゚∀゚)「いや、考えたことはあるさ。おれが考えなしでも、あいにくツン様が現実を突きつけてきなさるからよ」
从 ゚∀从「きなさるか」
_
( ゚∀゚)「きなさるな〜。ま、そうでもしなきゃおれに知識が入らないから、有難いっちゃ有難いんだけどよ」
肩をすくめながら笑ってそういう俺に、ハインの頭が被さってきてキスをした。
709
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:53:09 ID:Zqx4K8pM0
そのまま向かい合うように横たわる。おれは小さくため息をつく。
_
( ゚∀゚)「んでまあ調べたんだけどよ、日本のプロリーグの平均年俸って1000万ちょっとくらいらしいじゃねえか。で、10年くらいプレイするとして、ボーラーとしての生涯年収は1億から2億くらいになるわけだろう? サラリーマンの生涯年収が3億とかだろ、世間並みの生活を考えた場合、これじゃあ全然一生暮らせねえわけだよ」
从 ゚∀从「ほうほう」
_
( ゚∀゚)「だからマジでめちゃすげえ選手になる保証でもない限り、ボーラーとして以外の人生も考えとかなきゃならないわけだな。だったら大学は行っといた方がいいんじゃねえの?」
从 ゚∀从「なるほどなあ。しかし、どっちかというと親たちが言いそうな意見だな?」
_
( ゚∀゚)「う〜ん、そうだな、そうかもな。・・うちが母子家庭だったり、モラ世話してたりするからこんなことを考えるのかな?」
从 ゚∀从「さあな。ま、オレはそれが悪いことだとは思わねえがな、どっちにしても、お前はできる限りバスケを続けた方がいいとは思うゼ」
_
( ゚∀゚)「ほ〜ん。なんでだ?」
从 ゚∀从「決まってるだろ。バスケしてる時が一番カッコイイからだよ、ジョルジュ長岡という男はさ」
ニヤリと笑ってそう言うと、ハインは再びおれをセックスに誘うのだった。
710
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:53:56 ID:Zqx4K8pM0
○○○
VIP国体、初戦の相手はクックルのいる県だった。
_
( ゚∀゚)「・・マジかよ」
対戦表を見たおれはそう呟く。インターハイ以来の対戦だ。何とも縁のあることである。
( ´_ゝ`)「お、対戦相手クックルんとこじゃん。ジョルジュ、お前こないだ負けてたよな?」
_
( ゚∀゚)「うるせえな、お前んとこもじゃねえか。おれが知らないとでも思ったか」
( ´_ゝ`)「そうだったな。これは一本取られたワハハ」
(´<_` )「笑い事ではないぞ兄者。地元開催で初戦負けなんてやったら世間に吊るし上げられる」
_
( ゚∀゚)「おお怖。マッチアップする弟者がクックルをしっかり押さえてくれないとな?」
(´<_` )「そうなんだよな。俺はもう現時点で気が重い」
( ´_ゝ`)「ガンバレ」
(´<_` )「そんなに気持ちのこもっていない応援をできるやつ、他にいるかな?」
並んで大げさに肩を落としたが、この双子が県代表ではチームメイトというのは間違いなく心強いことだった。
711
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:54:24 ID:Zqx4K8pM0
ティップオフの時間が近づいていた。
センターサークルに両チームのビッグマンが集まる。こちらは弟者だ。あちらはクックルなのかと思っていたら、クックルより高身長の選手がそこに立っていた。
ジャンプ力を加味してもなおクックルより高く飛べるというのだろうか?
_
( ゚∀゚)「だったとしたら、驚異的だな」
そんなことを頭に浮かべる。
サークルのすぐ外にクックルがいる。ティップオフでこぼれたボールに目を光らせているわけだ。おれはというと、確保したボールを安全に受け取れる、全体に目を配ることのできる後方に陣取っていた。ポイントガードの立ち位置だ。小さくその場でジャンプを重ねて試合開始のテンションを用意していく。
_
( ゚∀゚)「フゥ〜 良い雰囲気だな・・」
ピリピリとした空気を肌に感じる中で、ぐるりと観客席に視線を這わす。このどこかにツンやハインがいるのだろう。明日の試合では母さんやモララーがいるのかもしれない。
今日負けてしまえばそれもなくなる。あの小さな王様に兄の偉大さを知らしめるためにも、おれは勝たなければならなかった。
712
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:55:43 ID:Zqx4K8pM0
あのセンターサークルのビッグマンがクックルより高く飛べるというなら驚異的だが、そうでないなら非常にありがたいことだ。
不自然なことだからだ。アメリカ人が作り上げた合理的なバスケットボールというゲームの中で、不自然なことをするにはそれなりの理由があることだろう。それは事情といってもいいかもしれない。
たとえば、数字上の身長がクックルより高い、ポジションがセンターである選手をティップオフの場から遠ざけることは許されない、といったようなチーム事情だ。クックルがティップオフの競り合いを嫌がらない男であることをおれは既に知っている。
_
( ゚∀゚)「うへへ、こいつは見ものだな?」
狩人のような視線を対戦相手へ向けていく。その途中に兄者がいた。こうしておれと同時にコートに立つ、高校のチームではポイントガードを務める良い選手だ。
兄者や弟者の所属する高校はいわゆる県下のトップ校で、この選抜チームにも6人の選手を提供している。半数だ。なんならチームメイトで5人の先発を組めるのだ。
そんな兄者が、こうしてポイントガードの位置におれが立つのを自然と受け入れてくれている。弟者も、他のやつらもそうだ。勝利を目指すために必要と思われることをやる以外のチーム事情がおれたちの県にはほとんどない。そのような関係性をおれたちはこれまでに作り上げてきた。
_
( ゚∀゚)「――お前らはどうだよ、クックル。そいつはお前より飛べるのか? ん?」
視線でそのようなことを問う。ティップオフの時間が近づいていた。
713
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:56:25 ID:Zqx4K8pM0
その問いの答えは、審判が真上に放ったボールに弟者の指先が先に届いたことで伝わってきた。
弟者の身体能力はとても優れているが、贔屓目に見てもせいぜいクックルと同等だ。身長は同じくらい。手足は明らかにクックルの方が長い。
タイミングの問題もあるのでもちろん100パーセントではないが、弟者とクックルがティップオフを争ったらこちらの分が悪いことだろう。
そんな弟者がティップオフで勝ってきたのだ。あちらの県のチーム事情のようなものがチラリと垣間見えるような気がおれにはしてくる。裏付けが必要だけれど、非常に有益となり得る情報だ。悪くない。
_
( ゚∀゚)「――それじゃあ、いくぞ」
念を込めるようにしておれは呟く。ふつふつと、体の奥底からエネルギーのようなものが湧き上がってくるのをどこかで感じる。自然と口角が吊り上がる。
バスケの時間だ。
手の平に吸い付いてくるようなボールの感触を味わいながら、おれは前進を開始した。
714
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:56:55 ID:Zqx4K8pM0
湧き上がったエネルギーのようなものが体を巡る。その一部がドリブルをつくボールに伝わり、さらにその一部がコートに伝わる。床から跳ね上がってきたボールが再びおれの手の平に収まり、やがて再び送り出される。
そのような感覚だ。おれは呼吸をするように、心臓が脈打つようにボールを扱う。すると次第に、自分の手の先の状態が目でみることもなくわかるように、コートのことがわかるようになってくるのだ。
溶け出る。
と、おれはこの感覚を呼んでいる。おれの意識や感覚がおれの肉体から溶け出ていくような気がするからだ。おれにとっては良い表現なので気に入っている。
良い雰囲気だと思うからか、早くもおれは溶け出しはじめていた。
バッシュのソールが床と擦れるスキール音が、選手が動く度に耳に聞こえる。その音の鋭さで動きの質もわかりそうなものである。閉鎖されたアリーナ内の、空気の振動さえ感じ取れそうな気がおれにはするのだ。
そして視界だ。見るともなしにすべてを見、しかしその一点の情報を正確に掴むことがおれにはできた。穴がある。
そう思った時には適切な動作でボールを左手に拾い上げ、考えるより先にそれを目標に向かっておれの体が投げていた。
715
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:57:34 ID:Zqx4K8pM0
投げた先の空間には弟者が飛び上がっていた。
恵まれた体躯と身体能力から空中でバランスを取ってボールを掴むと、弟者はそれを直接、リムに叩きつけるようにくぐらせた。形としてはアリウープと呼ばれるプレイだ。ただしこれをこの距離で、このダイナミックさで成功させられるコンビは決して多くないだろう。
_
( ゚∀゚)「うへへ、挨拶代わりにかましてやったな?」
(´<_` )「グッジョブだ」
ディフェンスに戻りながら視線で弟者と会話する。兄者がジェスチャーでアピールしているのが目に入る。
( ´_ゝ`)「うぉい! 俺以外で目立つことやってんじゃねえ!」
兄者はそのように大きく訴えかけていた。そのくせ誰よりも早く適切なポジションに戻っているのだから、何というか、むしろ言動に一貫性がないというものである。
_
( ゚∀゚)「そんなわけにもいかんだろ。さあディフェンスディフェンス!」
( ´_ゝ`)「むき〜! お前が仕切るんじゃねえ!」
もう長年見ている兄者の振る舞いに可愛らしさのようなものさえ感じながら、おれは自分がディフェンスすべき相手へ睨みつけるようにして対峙した。
716
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 22:58:31 ID:Zqx4K8pM0
好事魔多しというやつだろうか? そんな良いテンションの試合の中で、おれはひとつの困難に直面していた。
_
( ;゚∀゚)「――どうやら、いつもより入らんなこりゃ」
おれの最大の弱点、フリースローだ。
フリースローが入らないのだった。
どれほど試合にのめり込んでいようとも、おれはフリースローラインの上で素に戻る。それはいつもと同じなのだが、この日のオンとオフの温度差は、いつもに増して強烈だった。
_
( ゚∀゚)「まいったな。いつもより試合に没入できているから、その分調子が狂うのかねえ?」
問える相手などいないことは誰よりおれがわかっている。しかし、素に戻った頭で手に馴染まないボールの感触を味わう嫌悪感に抗うためには、他人事のようにそんなことを考える必要があったのだった。
しかし、逃避したところで現実は変わってくれないものだった。最初の3本のフリースローのうち2本を落としたおれは、次の2本で1本落とし、最悪なことに、その次の2本を両方外した。
相手のチームの舌なめずりする音が聞こえてきそうな成功率だ。いかんともしがたいことだった。
717
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 23:00:34 ID:Zqx4K8pM0
7本中2本しか成功しない、3割以下の成功率というのは流石に続かなかったわけだが、あまりの悪さに数えることを放棄した後もなお、おれのフリースローは半分以下しか入らなかった。致命的だ。極端なことを言ってしまうと、こんな成功率の選手がコートにいるなら、そいつがボールを持った瞬間殴りかかるのが一番効率的なディフェンスということになる。
もちろんこれはほとんど冗談だ。そして、幸いなことに、そこまで露骨に物理攻撃をされることはなかったが、それでもファウル覚悟のラフプレイじみた強気な振舞いにおれは直面することとなったのだった。
当然だ。
しかし、それが当然だからといって、おれには対抗手段がないのだ。
_
( #゚∀゚)「くそッ」
タイムアウトの笛が鳴る。とうとうおれは交代を宣告された。これもまた当然というものだろう。おれのフリースローは明らかにチームの穴になっていたし、何ならこのチームはおれがいない方が連携面などではむしろ有利なのだから。
おれが下がったポイントガードのポジションには兄者がそのままスライドし、兄者が担っていたコンボガードのような役割は廃止され、その代わりにもっと純粋なシューターの選手がコートに立った。兄者や弟者と同じ高校の出身選手だ。さぞやりやすいことだろう。
と、腐った態度を取っている暇はおれにはなかった。
何気なく向けた観客席の一部に、見覚えのある金髪のツインテールと色素の薄いざっくりとした髪、そしてあの転校生の姿を発見したからだ。
718
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 23:02:26 ID:Zqx4K8pM0
まったく、ひとの気も知らずによくも楽しく観戦としゃれこんでくれているものである。
_
( #゚∀゚)「――それも、両手に女子をはべらしちゃってさ!」
行き場を見つけたフラストレーションが流れるように溢れ出す。おそらくブーンも一緒にいたのだろうが、そんなことはどうでもよかった。2階席から見下ろす形で眺めるフリースローの入らないおれの姿はさぞみすぼらしいことだろう。
これは早急にどうにかしなければならないことだった。
_
( ゚∀゚)「しかしどうやって―― ん?」
その八つ当たりに似た怒りの発散が良かったのかもしれない。不意におれはあることに気がついた。
なにも、こんな調子のおれがわざわざメインハンドラーを務めることはないんじゃないか?
ベンチに座ってチームのプレイを見守るおれの視線の先には、正ポジションであるポイントガードとして楽しくプレイしている兄者の姿があった。
それまでの試合の中でもおれは兄者とハンドラー役を交代しながらプレイしていた。そして、オフボール側の動きをする中ではファウルされることがほとんどなかったのだ。
考えてみれば当然で、オフボールの選手にファウルを犯すというのは相手としてもリスクが高い。ただのラフなプレイではなくスポーツマンシップに反する悪質な行為と判断されれば、フリースローに追加してその後のボールもおれたちに与えられたり、反則した選手が退場を宣告されることもある。そんな指示出しはチームの士気にも関わってくることだろう。
_
( ゚∀゚)「――うちよりよっぽど複雑そうな、あっちのチーム事情はそれを嫌がるだろうな」
いつしかおれの頭からは怒りやフラストレーションの感情がどこかに消え失せ、その代わりにどうやって相手を打ちのめそうかと、プランを練ることで忙しくなっていた。
719
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 23:04:28 ID:Zqx4K8pM0
やがてその時がやってきた。タイムアウトの笛が鳴る。おれが再出場を監督へ直訴したから鳴ったのだ。
(´<_` )「ん。ジョルジュ、行けるのか?」
_
( ゚∀゚)「イクイク。点差も微妙なことだしな」
(´<_` )「――正直、ジョルジュ抜きではかなり厳しい。よくて善戦、現状維持が精いっぱいだな」
( ´_ゝ`)「それはそうだが、あのフリースローじゃ勝てんぞ。プレイのリズムも悪くなるし、入ったジョルジュが嫌がるんならやられ続けることだろうよ」
( ´_ゝ`)「あ、これ、俺がハンドラー続けたいから言ってるわけじゃあないからな!?」
_
( ゚∀゚)「わかってるよ、んなこたァ」
(´<_` )「ふむ。ま、休んで気分転換できただろうしな、これからは成功させられるのか?」
_
( ゚∀゚)「そりゃあわからん。というか、たぶん、駄目だろうな今日は。ハハ!」
(´<_` )「笑い事じゃないんだけどな。・・ま、でも、ジョルジュのフリースローと心中するなら仕方がないか」
頼むぜマジで、とわざとらしい大きさの責任を乗せるように、弟者はおれの肩をがっちりと掴んだ。ビッグマンの手の平を肩に感じながらおれは言う。
_
( ゚∀゚)「頼まれた。しかしな、この試合は今後、兄者にメインハンドラーをやってもらうことにしようと思ってるんだ」
( ´_ゝ`)「ハァ!?」
そんなおれの提案に、誰より驚いた声を出したのはその兄者だった。
720
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 23:06:24 ID:Zqx4K8pM0
監督とも話したのだ。
このチームでのおれの役割はポイントガードだ。全体的なゲームの流れを作り上げ、ボールを皆に分配する。起点となるボールハンドラーの役割を自分で務めることも多いけれど、せっかく兄者がいるのだから、半分くらいはボールを預けて負担をシェアする。
おれがボールを持つときは兄者がオフボールで走り、兄者がボールを持つときはおれがオフボールで走る。口で言うのは簡単だけれど、こうした仕事の共有を高いレベルでやれるというのがこのチームの最大の長所だった。
その共有バランスを大きく崩そうと言っているのだ。この土壇場で。いきなりそう宣告された当事者はとても驚いたことだろう。
( ´_ゝ`)「いやいや・・まあ、できるけどよ!?」
兄者は驚きの中でも安請け合いをすることを忘れなかった。
(´<_` )「まあハンドラー自体はジョルジュが下がってからこっちやってるし、高校ではポイントガードしてるわけだしな。できはするだろ」
_
( ゚∀゚)「だな。頼んだぜ」
( ´_ゝ`)「うむぅ・・ ジョルジュはシューターするのか?」
_
( ゚∀゚)「ポイントはそこだな。おれにシューターだけやらせるのはもったいないだろ? 点取り役もやらせてもらおう」
ニヤリと笑っておれはそう言う。視線の先にはツンがいた。それに気づいた兄者が呆れたように肩をすくめる。
( ´_ゝ`)「こりゃまた懐かしい顔だなァ。お前、あのクオリティを思い出させてくれるのか?」
_
( ゚∀゚)「ま、やるだけやってみるさ」
できなきゃフリースローと心中だ、とおれは努めて軽い口調で言った。
721
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 23:07:11 ID:jOwuLTEg0
支援
722
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 23:08:33 ID:Zqx4K8pM0
タイムアウト終了の笛が鳴る。選手の交代が告げられる。おれは小さくその場でジャンプを何度か繰り返し、ベンチに座っていた体を臨戦態勢に持っていく。
兄者や弟者にとってのツンは、今も優れたスラッシャーのままであることだろう。速く鋭いドライブですべてを切り裂きバスケットへと攻め込む、アタッカーの権化のような選手だった。
あんなプレイをそのまま再現することは今のおれでもできないが、その代わりに利用できる能力はある。ゲームの流れを把握する力や視野の広さ、フリースローを除いたシュートやパスの技術がそうだ。
そして、コートに溶け出ることができたおれは、その溶け出た範囲内を、まるで自分の手の平のように把握することができるのだった。
ベンチに座っている時間が長かったのでちょっぴり不安だったのだが、試合が再開されるやおれはそこに没入し、コートに溶け出る感覚をすぐに得られた。何とも言えない感覚だ。
さらに没入感が高まると、やがて視界から色彩が失われていき、その代わりに濃淡が強く感じられるようになってくる。意識して分析・評価するまでもなく、こちらとあちらのチームの強いところと弱いところがおれには感じられるのだ。
それは決して一定ではない。どちらのチームも弱点をカバーするように動き続けるからだ。自分のチームのできるだけ強いところを、相手のチームのできるだけ弱いところに当てようと互いに試みる。声に出されることはないが、きわめて濃密なコミュニケーションをおれたちは試合の中で繰り広げていく。
723
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 23:10:55 ID:Zqx4K8pM0
こちらの狙いはすぐに察せられたようだった。
おれは兄者との間に基準のようなものを持っていて、簡単にファウルすることができない、これまでに2個や3個のファウルを既に犯している選手がオフボールムーブの中でおれのマークとなった場合に、おれで攻めようと考えていた。
その狙いが成功することもあるし、失敗することももちろんあった。しかし、こちらの狙いをあちらが汲み取り、それに対応するために歪んだプレイをするというなら、その歪みを逆手に取ることがおれたちには十分可能だった。兄者が優れたハンドラーだからだ。
こんなメンバーでバスケをやれて、おれは間違いなく幸福だった。
_
( ゚∀゚)「――コートの上は、最高だ」
と、おれは溶け出す意識の中で考える。
ひとつのゲームと、それを構成するプレイの数々のことだけを考えていれば良いからだ。
これまで自分がどんな生き方をしてきたのかとか、家族構成がどうなのかとか、誰に愛され誰を愛すべきなのかとか、金があるとか友達がいるとかこの先プロになるとかならないとか、誰のために何のためにプレイするのが正しいのかとか。
そんなことは、コートの上ではきわめて純粋に、すべてがどうでもいいことだった。
雑念だ。
こうした雑念は限界状態に近い体を無理やり動かすための燃料としては優れているが、ただそれだけだ。スコアボードに表示された無機質な数字は、そんなあらゆるおれたちの事情をすべて等しく無価値だと断定する、神様のような存在だった。
724
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 23:13:12 ID:Zqx4K8pM0
クックルがおれの前に立っていた。
_
( ゚∀゚)「――」
( ゚∋゚)「――」
ボールはおれの両手に収まっていた。トリプルスレットと呼ばれる形だ。この体勢から攻撃側はパスもドリブルもシュートも可能であるため、3つの脅威ということでそうした言葉で呼ばれている。
あちらのチームが最終的に出した答えは『クックルで守る』ということだった。
おれのチームは即座にそれに反応し、おれにボールが集められた。こちらの答えは『ジョルジュで攻める』だ。
ポーカーでのやり取りに似ているのかもしれない。あちらはベットし、こちらはそれにコールしたのだ。その後行われるのは、どちらのカードが一体強いのかの比べ合いだ。
不思議なことだといつも思う。こうしたひとつのプレイで加算されるのは2点か3点、どんなに頑張ってもせいぜい4点である筈で、バスケは積み重ねのゲームで最終的なスコアは100点近くまで達することもザラである。割合としてはとても小さな筈なのに、このワンプレイが、皆でそれまで作り上げてきた試合の結果を大きく左右するのだ。
おれの両手に収まるこのボールはそういう意味合いのボールだった。おれはその意味を完全に理解し、しかし同時に、それも単なるひとつの雑念に過ぎないものだと切り捨てるように考えていた。
725
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 23:17:19 ID:Zqx4K8pM0
コートの上は最高だ。ただ相手を打ちのめすことを考えればいい。
――こいつにも事情があるのだろう。
留学生だ。その肉体はまるで黒曜石を加工して作られたように美しく、その身体能力の器にはおれから見ても優れた才能が満ちている。
しかし、それでも県代表チームで、自分中心にカスタマイズされたチームを作ってもらえてはいないのだった。その程度の評価しかされていないのか、それとも評価とはまた別軸の大人の事情がそこにあるのかは知らないが、結果はそうだ。
おれと同じように、所属する学校からは唯一となる選出だ。自分を送り出した学校に対する責任感のようなものを感じているのかもしれないし、どこの国出身なのかは知らないが、地元や家族に対する責任感のようなものを感じているのかもしれない。
こうした大きな大会で注目を浴びる必要性が、おれなんかよりずっと大きいのかもしれない。
しかしおれにも事情があった。
多種多様な、負けられない、勝つべき事情だ。こいつにどれほど理解可能か知らないが、おれにとってはどれも大事だ。そして、おれの事情もこいつの事情も、どちらも等しくどうでもよかった。
これからおれが、おれの体が選択するプレイが、リムにボールを通すかどうかだ。それだけが唯一にして最大の論点であり、それ以外のことは、どれもすべてがどうでもいいのだ。
_
( ゚∀゚)「――いくぞ」
と、おれは声には出さずに呟いてやる。クックルはそれを聞くことだろう。
おれの体に速度を与える靴底と床面の鋭い摩擦が、高いスキール音となってアリーナに響いた。
つづく
726
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 23:20:06 ID:FTAGVgas0
おつです
727
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 23:21:21 ID:jOwuLTEg0
乙です
728
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 23:23:56 ID:Zqx4K8pM0
今日はここまで。支援ありがとうございました。
ところで、skebで依頼して支援絵を描いてもらったので皆さまもご覧ください
とてもいいでしょ うへへ
https://pbs.twimg.com/media/FKWvaKIVQAEfEc2?format=jpg&name=large
https://skeb.jp/@nengu_housak/works/7
729
:
名無しさん
:2022/02/07(月) 23:26:19 ID:jOwuLTEg0
凄い
730
:
名無しさん
:2022/02/09(水) 10:24:50 ID:tgChh66E0
高校で県内トップクラスの兄者弟者が昔のツンのプレイを凄まじいものだと覚えてるの良すぎる
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