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('A`)( ゚∀゚)川 ゚ -゚)( ^ω^)の話のようです

1名無しさん:2020/09/07(月) 21:19:53 ID:8bPLXn.o0
1-1.転校初日


 僕は128点差で負けていた。

 と書くとボロ負けしている印象を受けるかもしれないが、実際貞子さんと僕の間に横たわる点差は128点だった。これは『逆境ナイン』よりひどい点差だ。数少ない救いのひとつは、この競技が野球ではないということだろう。

 貞子さんがスローライン上に立っている。

 手足が長く、すらりとしている。一目でバランスの良さがわかる構えだ。かつて初めてこの一連の動作を目にした時も、何も知らずとも彼女が優れたプレイヤーなのだろうということが僕にはすぐに見て取れた。単純に美しいのだ。

 ダーツだ。貞子さんの右手には21gのタングステンの塊が握られている。そして、そのバランスの良い構えから、引き絞られた右手が振られ、小さな矢が宙へと放たれる。

 一瞬の静寂。そして鈍い電子音。貞子さんの放ったダーツは標的をわずかに外れ、点の与えられないミスショットとなっていた。

川д川「んがッ! 外れた!」

 前のめりになってダーツの行方を見届けた貞子さんは、そのバランスの良さを放棄し、大げさに頭を抱えて声を上げた。

682名無しさん:2021/12/18(土) 01:29:00 ID:aIqNbJJU0
乙です!

683名無しさん:2021/12/19(日) 02:00:36 ID:Amx5lFro0
ドクオ視点から始まったジョルジュは我が道を行くけど気の良いヤツって思ってたけど演じてたのか…

勝手な考察だけど表面的とは逆でジョルジュは気ぃ使いでドクオが我が道を行くタイプですね

ともあれこれからジョルジュ視点でドクオも絡んでくるのでしょうか?
楽しみです
あとモララーが可愛い

684名無しさん:2021/12/19(日) 14:55:16 ID:lcETwPT60
繋がったな

685名無しさん:2021/12/20(月) 01:37:14 ID:Z0WWdEWc0
色々交錯してますね
あとモララー可愛い‪w

686名無しさん:2021/12/22(水) 02:52:29 ID:5SYF18UY0
>>モララーかわわいいですよね!
とりあえずドクオ視点パート来ないかな?
私もなニッチな趣味やってるもんで応援したい

687名無しさん:2021/12/23(木) 03:44:48 ID:y4sauB1A0
>>686
ニッチな趣味?
ガヤしにいきますよ(*'ヮ'*)

688名無しさん:2021/12/23(木) 03:49:44 ID:y4sauB1A0
何?ニッチ?私誰も見向きもしないようなクラックギターずっとやってますよ…頑張りましょー!!!

689名無しさん:2022/02/07(月) 22:33:07 ID:Zqx4K8pM0
2-10.雑念

  
 部から入手しツンへ横流ししたインターハイでのおれの試合映像は、ツンによって解析・加工されていた。

 これまでも見るべき動画のURLやおれのシュートフォームを録画したものをスマホへ送り付けてくることはあったのだけれど、これほど大掛かりな編集動画を見せられたのは初めてだった。
  _
( ゚∀゚)「すげえなツン、お前こんなことできんのかよ」

ξ゚⊿゚)ξ「ふふん。結構すごいでしょ」
  _
( ゚∀゚)「すげえすげえ」

 大したもんだよ、とおれはツンを賛美する。鼻高々といった様子でツンは胸を張って見せた。

ξ゚⊿゚)ξ「でさ、ここのスクリーン・プレイだけど、この時このコースって見えなかったの?」
  _
( ゚∀゚)「あん? ああこれか、いやこの時見えてはいたけどよ、パスを出す気にならなかったんだよな。なんでだろうな」

ξ゚⊿゚)ξ「・・ここのヘルプも見えてたから?」
  _
( ゚∀゚)「あ〜、そうだな。確かにそうだ。たぶん出しても負けるって思ったんだろうな」

 おれとツンは肩を並べてツンが編集した映像を眺め、それぞれのプレイの細かいところを吟味しながら、ひとつひとつと復習していく。ツン持参のタブレットから流れる映像は、スマホで見るよりはるかに見やすいものだった。

690名無しさん:2022/02/07(月) 22:35:19 ID:Zqx4K8pM0
  
 褒められて味をしめたわけではないだろうが、これ以降、ツンが動画を編集するたびに一緒に見るというのが恒例になった。

 そして場所もおれの家ではなくなった。家でタブレット画面を覗いていると、必ずモララーが寄ってきては自分好みの動画の視聴をこちらに強要してくるからだ。どれだけテレビの画面を自分の好きにできたところで子供は満足しないのだ。

 というわけで、おれたちは度々、例の『バーボンハウス』という店に集うようになっていた。ブーンの家だ。希望したのはツンだったけれど、反対する理由がおれにはひとつも見つからなかった。

( ^ω^)「コーヒーのおかわりはいかがだお?」

 エプロン姿のブーンはそう言うと、おれとツンのコーヒーカップを手元に引き寄せ、ポットから黒い液体を静かに注ぐ。美しい所作だ。
  _
( ゚∀゚)「プロ感あるな〜 かっけぇぜ」

( ^ω^)「おっおっ、おだてても砂糖とミルクくらいしか出ないお。ご使用はお好みで」
  _
( ゚∀゚)「あいよ。しかしおれたち、こんな長時間居座って、店に迷惑じゃねえのか?」

( ^ω^)「この時間帯にジョルジュとツンくらいだったら大丈夫だお。それでも気になるなら、そうだな、僕がさっき焼いたチーズケーキでも注文してくれお」
  _
( ゚∀゚)「営業! つ〜か、お前チーズケーキなんて焼けるのかよ」

( ^ω^)「結構旨いお?」

ξ゚⊿゚)ξ「買う買う! ふたつ持ってきてちょうだい」

 飛びつくようにツンが注文する。じきに持ってこられたチーズケーキは確かになるほど旨かった。

691名無しさん:2022/02/07(月) 22:36:29 ID:Zqx4K8pM0
  
 少し前からツンはこの店のほとんど常連と化しているらしい。

 確かに『バーボンハウス』は良い店だった。同級生の家というのも悪くないのかもしれない。問題があるとすればその同級生が男だというところだろうが、少なくともおれが見たところ、ツンがブーンからちょっかいをかけられているような素振りはない。

 何ならおれも通い詰めても良いくらいだ。
  _
( ゚∀゚)「ハインを送って行ったあの夜来たんじゃなければ、おれも常連になってたかもな」

 チーズケーキを味わうついでに、声には出さずにおれは呟く。

 何しろあの日は驚愕の連続だった。ぼんやりとその内容を頭に浮かべかけながら、しかし同時に、ツンから何か訊かれたら非常に面倒臭いな、とおれは思う。

 コーヒーをひと口すする。別にやましいところがあるわけではないが、妙な質問が飛び込んでくるような変な時間を作らないに越したことはないだろう。

 そのように考えて前かがみにタブレットに視線を戻したおれは、ツンがこちらに集中していないことに気が付いた。
  _
( ゚∀゚)「何だよ・・ って、お前まだいたのかよ」

( ^ω^)「悪いかお?」

 いや悪くはないけどよ、とおれは誤魔化すように否定した。

692名無しさん:2022/02/07(月) 22:37:33 ID:Zqx4K8pM0
  _
( ゚∀゚)「何だよ、やっぱり迷惑だっていうなら出ていくぜ? チーズケーキは食べてからだけどよ」

( ^ω^)「そんなことは言わないお。・・これをジョルジュに言うべきかどうか、ちょっと悩んでたんだけど、良い機会だから言っとこうと思ったんだお」
  _
( ;゚∀゚)「何だよ怖ええな。それってツンも聞いてもいい話か?」

ξ;゚⊿゚)ξ「あたし!? えっと、もし問題あるなら席外すけど?」

( ^ω^)「大丈夫だお。というか、大したことじゃあないっちゃないお」
  _
( ゚∀゚)「本当か? 怖ええんだよな〜、お前らから改まって知らされる情報ってやつはよ!」

 口ではそのように言いながら、おれは多少安堵していた。こいつが大丈夫だと言うならおそらく大丈夫なのだろう。そのように思える何かがこの男にはある。

 顎をしゃくって話の続きを促すと、ブーンは小さく肩をすくめて見せた。

( ^ω^)「転校生の、ドクオに対する態度のことだお」
  _
( ゚∀゚)「転校生? のドクオ? に、対する態度??」

ξ゚⊿゚)ξ「あ、それはあたしも思ってた」
  _
( ;゚∀゚)「おいおいツンもかよ」

 絶対おれが悪いやつじゃん、と、内容を聞くまでもなくおれは言った。

693名無しさん:2022/02/07(月) 22:39:48 ID:Zqx4K8pM0
  
 おれが犬だったら腹を見せる形で仰向けに寝転んでいたことだろう。無条件降伏だ。

 ただし、何が問題なのか、おれには皆目見当がついていなかった。
  _
( ;゚∀゚)「おれが悪いのはわかった。しかし、何が悪いのかわからねえ」

( ^ω^)「? どういうことだお?」
  _
( ゚∀゚)「その通りだよ。お前らがふたりともそう言うってことは、おそらくおれの方が悪いんだろうよ。ただな、おれの一体何が悪いのか、おれにはてんでわからねえんだ」

 敗北は、受け入れてしまえばこちらのものだ。半ば開き直っておれはそう訊く。

ξ゚⊿゚)ξ「開き直ってんじゃないわよあんた」

 すると、即座にツンに責められた。
  _
( ゚∀゚)「だって、わかんねえもんはわかんねえんだもん」

ξ゚⊿゚)ξ「あら拗ねちゃった」

( ^ω^)「お代わりは紅茶にするかお? ウバのいいのが残っているお」

ξ゚⊿゚)ξ「あら素敵」
  _
( ゚∀゚)「いやこれ気遣いに見せかけた営業だろ。奢りとは一言も言ってねえぞ」

( ^ω^)「バレたお」
  _
( ;゚∀゚)「マジかよ! うぉい! 友達で商売しようとすんじゃねえ!」

694名無しさん:2022/02/07(月) 22:40:37 ID:Zqx4K8pM0
  
 半ば本気で抗議したおれに穏やかな笑顔を向けると、ブーンは静かに頷いた。

( ^ω^)「僕はジョルジュのクラスメイトである前に、ひとりの店員なんだお」
  _
( ゚∀゚)「母親である前にひとりの女、みたいな言い方!」

( ^ω^)「しかしジョルジュが僕のことを友達だと認識しているとは思わなかったお」
  _
( ;゚∀゚)「サラッと寂しいことを言うんじゃねえよ」

ξ゚⊿゚)ξ「内藤って結構意外とドライよね。まあでもそんなことはどうでもよくて、今の議題はあの転校生よ。転校生のドクオくん」
  _
( ゚∀゚)「――ああそうだったな。で、何がいけないんだっけ?」

ξ゚⊿゚)ξ「・・態度? というか、雰囲気かしら? あんたドクオに冷たくない?」
  _
( ;゚∀゚)「はぁ!? 別に、冷たくないだろ。普通だよ」

ξ゚⊿゚)ξ「そうかな。あたしには冷たく見えるけど」

( ^ω^)「僕から見てもそうだお」
  _
( ;゚∀゚)「マジかよ。おれ、冷てえんだ・・?」

 ちょっとだけどね、と、まるでフォローになっていないフォローをツンはした。

695名無しさん:2022/02/07(月) 22:41:28 ID:Zqx4K8pM0
  _
( ;゚∀゚)「いや〜。マジでそんなつもりはなかったな」

 純粋な驚きと共におれは呟く。腕組みをして思い返してはみたものの、どう考えてもそんなつもりはなかったのだ。

 おれからすると、むしろ冷たいのはその、転校生のドクオくんの方なんじゃないかとすら思えるものだ。
  _
( ゚∀゚)「おれからすると、むしろ冷たいのはその、転校生のドクオくんの方なんじゃないかとすら思えるけどな」

 だからおれはそう主張してみた。無条件降伏しながらの反論だ。てっきり退けられるとばかり思っていたのだが、意外にもツンは軽く頷いた。

ξ゚⊿゚)ξ「それは否定しない。あんたら、互いで互いを冷やし合ってんのよ。むしろ仲良しかっつ〜の!」

( ^ω^)「おっおっ、言い得て妙だお。確かにそんな感じだお〜」

ξ゚⊿゚)ξ「なんか見ててヤキモキするのよね。仲良しになる必要はないけれど、さっさと一定レベルの人間関係を築きなさい」

( ^ω^)「僕が言いたいことはツンに全部言われちゃったお」

ξ゚⊿゚)ξ「あら失礼」

 何か補足があればどうぞ、と言うツンに、ブーンは肩をすくめて見せた。

696名無しさん:2022/02/07(月) 22:41:52 ID:Zqx4K8pM0
  _
( ;゚∀゚)「う〜〜ん」

 唸るような声を上げながら、おれは口を尖らせる。はっきり言って不服だった。

 おれにそんなつもりはない。しかし、それこそ深層心理の奥底に、少しばかり思うところがあるというのもまた事実なのかもしれなかった。だから反論の言葉が続かないのだ。

ξ゚⊿゚)ξ「何よ、言いたいことがあるなら言いなさい」
  _
( ゚∀゚)「いや〜、なんていうか、口に出したら我ながら子供っぽい言い分だからなァ」

ξ゚⊿゚)ξ「何それ。イイカラさっさといいなさァ〜い?」
  _
( ゚∀゚)「モララーの言い方!」

 不意にツンから発せられた3歳児の口調に笑ってしまったおれは、どう考えても負けだった。

 負けだ。これは受け入れるしかない敗北である。頭を掻きながらため息をつき、座り直す時間でおれは落ち着きを取り戻す。

 それは、敗北を受け入れてしまいさえすればこっちのものだったからである。
  _
( ゚∀゚)「いやさ、さっきは普通だって言ったけどよ、確かにちょっとばかり冷たかったかもしれねえ。正確には、冷たくするつもりはないが、特別暖かく接しはしないってところかな。暖かくないのを冷たいと言うなら、それはきっとそうなんだろう」

 おれは自分のこれまでの言動と、その背景にある感情を思い起こしながらそう言った。

697名無しさん:2022/02/07(月) 22:42:49 ID:Zqx4K8pM0
  
 あの目だ。

 ほとんど毎朝遅刻して教室に入るおれを眺める、あの冷ややかな視線。それを自分から乗り越えてまでコミュニケーションを取る気にはならないし、挨拶をしてもおかしくない距離に近づく前に、あいつは視線を逸らすのだ。
  _
( ゚∀゚)「そりゃあ目が合いでもすれば、その時挨拶するのもおれはやぶさかではねえけどよ、あっちが無視してくんだもん」

 しょうがねえだろ、とおれは言う。そして、言い出したら口から色々出てくるのだった。
  _
( ゚∀゚)「そもそも転校してきて新入りなのはあっちの方だろ、挨拶ってえのは新入りの方からするもんじゃあねえのかよ。あっちが“おはようジョルジュくん”とでも言ってくれば、こっちは“おはようドクオくん”ってなもんで、仲良くできもするんだよ。これ、間違ってるか?」

 どうだよおい、と、多少大げさに広げて見せたおれの主張を聞き、ツンとブーンは顔を見合わせた。

ξ゚⊿゚)ξ「・・おはようジョルジュくん?」

( ^ω^)「おはようドクオくん。い・・、言いそうにねえお!」

ξ゚⊿゚)ξ「想像の段階ですでにぎこちなさすぎるでしょ」

 ウケるわ、とツンはおれのその主張を笑い飛ばした。

698名無しさん:2022/02/07(月) 22:43:55 ID:Zqx4K8pM0
  
 ひとしきり笑ったツンは冷めたコーヒーに手を伸ばす。そしてそこからひと口啜ると、睨むようにおれを見た。

ξ゚⊿゚)ξ「言いたいのは、それだけ?」
  _
( ゚∀゚)「うっ・・ それだけ、だ」

ξ゚⊿゚)ξ「それなら優しくしておあげなさい。一度でいいから。あんたポイントガードでしょ、しかもエース・プレイヤー」
  _
( ゚∀゚)「む。エースのポイントガードだったら何だってんだよ?」

ξ゚⊿゚)ξ「新入りがチームに入ってきたら、そのチームの中心選手は率先して迎え入れてあげないといけないでしょ? あんたはポイントガードなんだから、どんなに気に入らなくても一度くらいはパスを渡して、シュートを撃たせてあげなさいな。それを決められるかどうかはあっちのせいにしていいからさ」
  _
( ゚∀゚)「・・・・」

ξ゚⊿゚)ξ「反論は?」
  _
( ゚∀゚)「余地がねえ。くそったれ、畜生わかったよ」

 お手上げの姿勢でそう言うおれの前にティーカップがカタリと置かれる。紅茶だ。赤みのかかったオレンジ色が美しい。伸びる手の主を目で追うと、そこにはクラスメイトの店員がいた。

( ^ω^)「おっおっ、これは僕からの奢りだお」

ξ゚⊿゚)ξ「やだイケメ〜ン」

 荒く鼻息を吐いてカップを口に運ぶと、すっきりとした甘い香りがおれを包んだ。

699名無しさん:2022/02/07(月) 22:44:58 ID:Zqx4K8pM0
○○○

 言いくるめられたようなものとはいえ、約束は約束だった。おれにもあの転校生を拒絶する理由はない。

 しかし、と同時におれは思うのだった。
  _
( ゚∀゚)「改めて考えると、どうやっていいのかわからねえもんだな」

 変に意識してしまうのだ。この期に及んでいきなりおれの方から声をかけるなど、なんだか変な感じがしてしまい、おそろしくわざとらしい振舞いになりそうな気がプンプンとする。

 あの『バーボンハウス』でのやりとりの直後、初見でやれれば良かったのだろうが、あいにくその機を逸してしまった。あり得ることだ。理由は何とでも付けられた。

 しかし、どのような理由を付けたところでおれがその最大の機会を逃した事実は変わらなかったし、その次の機会にもそのまた次にも、いくらでも何とでも、理由は用意できてしまうのだった。
  _
( ;゚∀゚)「――」

 そうして月日が経っていく。あいつが『バーボンハウス』でバイトを始め、おれの出場する練習試合をツンと一緒に見学しに来、ハインの絵がコンクールで入賞しても、おれはクラスメイトとしての最初のパスを、あの転校生に出せずじまいになっていた。

700名無しさん:2022/02/07(月) 22:45:54 ID:Zqx4K8pM0
  
 ハインの絵がVIP市民コンクールに入賞を果たした夜、おれはハインに呼び出されていた。

 モララーが理解不能な寝相で布団に転がっているのを確認したおれは、母さんに一応の断りを入れて家を出た。サンダルをつっかけてしばらく歩く。川沿いの道へ出る。

 行き先は『ティマート』というコンビニだ。正しいスペルは『T-Mart』。もちろんこのTは高岡グループを意味している。知るほどに恐ろしくすら思えてくるのだが、高岡グループの影響はこの地域のあらゆるところに及んでる。

 その巨大な組織の末娘、ハインリッヒ高岡が『ティマート』の表でおれを待っていた。

从 ゚∀从「おう」
  _
( ゚∀゚)「ん」

 ほとんど言葉になっていない挨拶を交わしながら、おれはハインの手元にコンビニの袋が下がっているのを確認した。それに気づいたハインはニヤリと笑い、手に持つ袋を高く掲げる。

从 ゚∀从「メロンソーダなら買ってるぜ」
  _
( ゚∀゚)「最高じゃんか」

 ありがとよ、と礼を言いながらビニル袋を受け取ると、おれたちは並んで歩き出す。

 もちろんその行き先は、この近くに建つラブホテルだった。

701名無しさん:2022/02/07(月) 22:46:20 ID:Zqx4K8pM0
  _
( ゚∀゚)「――ひょっとして、ここも高岡家の物件なのか?」

 ある時そんなことを訊いたことがある。セックスを終えた後のまったりとした時間帯の、何気ない話題のひとつだ。ピロートークというやつだろうか。

 色素の薄い髪が覆う奥から大きな瞳がおれを見ていた。わずかに首を振るようにして枕に埋もれた頭をこちらへ向けると、呆れたような笑みをハインは浮かべる。

从 ゚∀从「そんなわけねえだろ。何でも高岡家のもんだと思うんじゃねえ」
  _
( ゚∀゚)「いやどこから“そんなわけねえ”のかわからねえのよ。理解不能な存在だからよ」

从 ゚∀从「ここを使うのはオレとお前の家からの距離的に妥当なのと、あのコンビニから近いからだよ」
  _
( ゚∀゚)「ほ〜ん。身内割引でもあるのかよ?」

从 ゚∀从「あるわけねえだろ、定価だよ。ただ、どうせ金を落とすなら、身内のところに落としたいなと思うだけだよ」
  _
( ゚∀゚)「それがどれほど“あるわけねえ”のかも、おれにはわからねえんだよなァ」

从 ゚∀从「ウヒヒ。この世間知らずめ!」
  _
( ゚∀゚)「この閉じた地域の常識を世間と言いはしねえと思うぞ」

 そのように口答えしたおれの頭を、ハインは強い力で引き寄せてきた。

702名無しさん:2022/02/07(月) 22:46:56 ID:Zqx4K8pM0
  
 ハインとのセックスに不満はなかった。

 文句を言える立場におれがいないことを差し引いてもそれは確かで、美術担当の神様が乱暴に削り出したようなハインの顔は見るほどに魅了的に映ったし、格闘技か何かをやっているのだろう引き締まっている体は触れると驚くほどに柔らかかったし、何より単純に快感だった。

 腕枕に感じる髪の感触も、頭の重さも、畳んで伸ばした手の平に収まる肩の触感も、それを愛おしく感じないと言ったら嘘になる。寝顔の頬を空いた方の手で小さく撫でると、何とも満ち足りた気持ちになるのだ。

 しかし。

 と、おれは同時に思う。
  _
( ゚∀゚)「――これは、愛し合ってるわけじゃあないんだろうな」

 治りきっていない傷跡をやたらと触ってしまうように、痛みを伴うとわかっていても、おれは定期的にそのような考えを頭に浮かべるのだった。

 これはやめようと思ってやめられるものではない。おれは受け入れ、触るたびに走る痛みとその都度しばらく付き合い、やがて収まるのを待っていた。

703名無しさん:2022/02/07(月) 22:48:07 ID:Zqx4K8pM0
  
 何度考えてもそうだった。

 ハインとおれとの関係は、決して恋愛関係ではない。始まりからしてそうだったし、その後も一貫してそうだ。おそらく契約関係に近いのだろう。
  _
( ゚∀゚)「・・ブーンとは、やっぱり主従関係なのかな?」

 声には出さず、傷口に爪を立てるようにして心の中でおれは訊く。ハインは決して答えない。問われていないのだから当然だ。そもそもブーンとハインの間に、具体的にどのような過去があるのかおれは知らないし、今実際どのような関係にあるのかもよく知らない。

 やはりそれを訊くつもりにはならないし、自分でも意外なほどに、ブーンに対する嫉妬心のようなものが芽生えるわけでもないのだった。

 そんな射精後のまどろみの中でハインの髪を指先に感じていると、不意に声をかけられた。

从 ゚∀从「なあ、今度また試合があるんだろ? ツンが言ってた」
  _
( ゚∀゚)「ん・・ ああ、試合自体はしょっちゅうあるからな、どれのことかな。練習試合か?」

从 ゚∀从「いや、もっとちゃんとしたやつだ」
  _
( ゚∀゚)「それじゃあ国体の話かな」

 VIP国体が近づいていたのだった。

704名無しさん:2022/02/07(月) 22:49:00 ID:Zqx4K8pM0
  
 国体とは、簡単にいうと、都道府県対抗のオールスター戦である。全高校生ボーラー憧れの大会のひとつだ。おれはその県代表メンバーに選ばれていた。

从 ゚∀从「おばさんやツンと話しててよ、交代で観にいこうかって話になったんだ」
  _
( ゚∀゚)「ほ〜ん。モララーは?」

从 ゚∀从「おばさんが行く時に連れてくってよ。オレは、ツンとブーンと、あいつと行くんだ」
  _
( ゚∀゚)「・・あいつ?」

从 ゚∀从「お前と敵対している転校生、ドクオくんだよ」
  _
( ゚∀゚)「ハァ!? 何でそんな話になるんだよ」

从 ゚∀从「どうやらツンは本気でバスケ沼に引きずり込むつもりみたいだな?」
  _
( ゚∀゚)「マジかよ・・ あ、いや、別におれはあいつと敵対しているわけじゃあないけどな?」

从 ゚∀从「そんなことぁどうでもいんだよ。面白くなってきたな?」
  _
( ゚∀゚)「面白いですかねえ・・?」

 呟くようにそう言うおれを、ハインはニヤニヤと笑って見つめた。

705名無しさん:2022/02/07(月) 22:49:24 ID:Zqx4K8pM0
  
从 ゚∀从「シタガクから選ばれてるのってジョルジュだけなんだろ? これってどのくらい凄いことなんだ?」
  _
( ゚∀゚)「そうだな・・ まず、ひとつの県につきメンバーは12人だ。だから、同世代の県内トップ12プレイヤーしか選ばれないってことになるよな。ま、トップ層と言っていいだろう」

从 ゚∀从「ふむふむ」
  _
( ゚∀゚)「でもさ、ただトッププレイヤーを集めただけじゃあ強いチームは作れないわけだよ。一応合宿とかがあるにはあるけど、部活の練習時間と比べたらあってないようなもんだし、練習というよりぶっちゃけ確認くらいなんだよな、その時間だけでできるのは」

 ではそのメンバーに連携を植え付けるにはどうすればいいか?

 簡単だ。元々連携があるメンバーを選べばいい。

 その解答を耳にした瞬間、ハインは吹き出して笑った。

从 ゚∀从「逆説的だな!」
  _
( ゚∀゚)「まあな、でもそうだろう? で、元々連携があるメンバーとはどんなやつらかというと――」

从 ゚∀从「でけえバスケ部のチームメイトをそっくりそのまま、となるわけか」

 おれはゆっくりと頷いて見せた。

706名無しさん:2022/02/07(月) 22:50:25 ID:Zqx4K8pM0
  
 メンバー12人の内、県内トップ校のバスケ部から10人前後が選出されることは珍しくない。おれたちのチームもトップの2校からしかほとんど選出されておらず、おれはそんなチームの数少ない例外だった。

 しかもチームの司令塔となるべきポイントガードのポジションでの選考だ。さらに今年は地元での国体開催な訳だから、優勝か、少なくとも優勝に近いところまで勝ち進めるチームを作りたいことだろう。素質や育成を重視するのではなく、勝てるチームの一員として、おれは召集されたのだ。

 自分で話している内に気づいたのだが、これは結構な評価なのかもしれなかった。
  _
( ゚∀゚)「な、おれって結構凄えだろ?」

从 ゚∀从「なるほどなァ、すごいすごい。ジョルジュを引っ張ってきたスカウトも鼻高々だな?」
  _
( ゚∀゚)「だといいけどな」

 放り投げるようにおれはそう言う。正直なところ、中学校進学の段階で会ったっきりどこで何をしているかわからないスカウトのことなど、おれはすっかり忘れていた。

 肩をすくめる代わりにハインの頭を撫でていると、なあ、と再び質問を投げかけられた。

从 ゚∀从「いつか訊こうと思ってたんだが、お前、高校出た後どうすんだ?」

707名無しさん:2022/02/07(月) 22:51:13 ID:Zqx4K8pM0
  
 それは思いがけない質問だった。少なくともピロートークにふさわしい話題とは思えない。しかし同時に、将来の進路のような重い話題は、冗談だよと逃げられるような軽い場面でするべきなのかもしれないな、ともおれは思った。

 唸るような声を上げて体を伸ばし、考える時間を稼いではみたが、あまり考えはまとまらなかった。

 だからそのままを口に出してみることにした。
  _
( ゚∀゚)「う〜ん・・ どうすんだろうな?」

从 ゚∀从「お、考えてない系か?」
  _
( ゚∀゚)「どっちかというとそうだな。ツンに言ったら叱られそうだが」

从 ゚∀从「まず間違いなく説教モンだな。でもお前、もうバスケ部内では最高学年じゃねえか、そろそろ何か言われるんじゃねえか?」
  _
( ゚∀゚)「ヤバい系かな?」

从 ゚∀从「どっちかというと、断然ヤバい系なんじゃねえか」
  _
( ゚∀゚)「やっぱりそうか〜」

 おれは大の字になって寝転んだ。

708名無しさん:2022/02/07(月) 22:51:47 ID:Zqx4K8pM0
  _
( ゚∀゚)「う〜〜ん」

 そのままの体勢で唸り声を上げながら天井を眺めていると、ハインの顔が視界を覆うように現れてきた。

从 ゚∀从「ノーアイデアか?」
  _
( ゚∀゚)「いえす、あいはぶのーあいであ。でも、そうだな、シタガクにそうしてもらえたように、特待生待遇みたいな感じで大学に行けたらいいな〜、とは思ってるよ」

从 ゚∀从「お、大学行くのか」
  _
( ゚∀゚)「・・だめかな?」

从 ゚∀从「だめじゃあねえだろ。プロ志望じゃないのが意外だっただけだよ。プロは考えていないのか?」
  _
( ゚∀゚)「いや、考えたことはあるさ。おれが考えなしでも、あいにくツン様が現実を突きつけてきなさるからよ」

从 ゚∀从「きなさるか」
  _
( ゚∀゚)「きなさるな〜。ま、そうでもしなきゃおれに知識が入らないから、有難いっちゃ有難いんだけどよ」

 肩をすくめながら笑ってそういう俺に、ハインの頭が被さってきてキスをした。

709名無しさん:2022/02/07(月) 22:53:09 ID:Zqx4K8pM0
  
 そのまま向かい合うように横たわる。おれは小さくため息をつく。
  _
( ゚∀゚)「んでまあ調べたんだけどよ、日本のプロリーグの平均年俸って1000万ちょっとくらいらしいじゃねえか。で、10年くらいプレイするとして、ボーラーとしての生涯年収は1億から2億くらいになるわけだろう? サラリーマンの生涯年収が3億とかだろ、世間並みの生活を考えた場合、これじゃあ全然一生暮らせねえわけだよ」

从 ゚∀从「ほうほう」
  _
( ゚∀゚)「だからマジでめちゃすげえ選手になる保証でもない限り、ボーラーとして以外の人生も考えとかなきゃならないわけだな。だったら大学は行っといた方がいいんじゃねえの?」

从 ゚∀从「なるほどなあ。しかし、どっちかというと親たちが言いそうな意見だな?」
  _
( ゚∀゚)「う〜ん、そうだな、そうかもな。・・うちが母子家庭だったり、モラ世話してたりするからこんなことを考えるのかな?」

从 ゚∀从「さあな。ま、オレはそれが悪いことだとは思わねえがな、どっちにしても、お前はできる限りバスケを続けた方がいいとは思うゼ」
  _
( ゚∀゚)「ほ〜ん。なんでだ?」

从 ゚∀从「決まってるだろ。バスケしてる時が一番カッコイイからだよ、ジョルジュ長岡という男はさ」

 ニヤリと笑ってそう言うと、ハインは再びおれをセックスに誘うのだった。

710名無しさん:2022/02/07(月) 22:53:56 ID:Zqx4K8pM0
○○○

 VIP国体、初戦の相手はクックルのいる県だった。
  _
( ゚∀゚)「・・マジかよ」

 対戦表を見たおれはそう呟く。インターハイ以来の対戦だ。何とも縁のあることである。

( ´_ゝ`)「お、対戦相手クックルんとこじゃん。ジョルジュ、お前こないだ負けてたよな?」
  _
( ゚∀゚)「うるせえな、お前んとこもじゃねえか。おれが知らないとでも思ったか」

( ´_ゝ`)「そうだったな。これは一本取られたワハハ」

(´<_` )「笑い事ではないぞ兄者。地元開催で初戦負けなんてやったら世間に吊るし上げられる」
  _
( ゚∀゚)「おお怖。マッチアップする弟者がクックルをしっかり押さえてくれないとな?」

(´<_` )「そうなんだよな。俺はもう現時点で気が重い」

( ´_ゝ`)「ガンバレ」

(´<_` )「そんなに気持ちのこもっていない応援をできるやつ、他にいるかな?」

 並んで大げさに肩を落としたが、この双子が県代表ではチームメイトというのは間違いなく心強いことだった。

711名無しさん:2022/02/07(月) 22:54:24 ID:Zqx4K8pM0
  
 ティップオフの時間が近づいていた。

 センターサークルに両チームのビッグマンが集まる。こちらは弟者だ。あちらはクックルなのかと思っていたら、クックルより高身長の選手がそこに立っていた。

 ジャンプ力を加味してもなおクックルより高く飛べるというのだろうか?
  _
( ゚∀゚)「だったとしたら、驚異的だな」

 そんなことを頭に浮かべる。

 サークルのすぐ外にクックルがいる。ティップオフでこぼれたボールに目を光らせているわけだ。おれはというと、確保したボールを安全に受け取れる、全体に目を配ることのできる後方に陣取っていた。ポイントガードの立ち位置だ。小さくその場でジャンプを重ねて試合開始のテンションを用意していく。
  _
( ゚∀゚)「フゥ〜 良い雰囲気だな・・」

 ピリピリとした空気を肌に感じる中で、ぐるりと観客席に視線を這わす。このどこかにツンやハインがいるのだろう。明日の試合では母さんやモララーがいるのかもしれない。

 今日負けてしまえばそれもなくなる。あの小さな王様に兄の偉大さを知らしめるためにも、おれは勝たなければならなかった。

712名無しさん:2022/02/07(月) 22:55:43 ID:Zqx4K8pM0
  
 あのセンターサークルのビッグマンがクックルより高く飛べるというなら驚異的だが、そうでないなら非常にありがたいことだ。

 不自然なことだからだ。アメリカ人が作り上げた合理的なバスケットボールというゲームの中で、不自然なことをするにはそれなりの理由があることだろう。それは事情といってもいいかもしれない。

 たとえば、数字上の身長がクックルより高い、ポジションがセンターである選手をティップオフの場から遠ざけることは許されない、といったようなチーム事情だ。クックルがティップオフの競り合いを嫌がらない男であることをおれは既に知っている。
  _
( ゚∀゚)「うへへ、こいつは見ものだな?」

 狩人のような視線を対戦相手へ向けていく。その途中に兄者がいた。こうしておれと同時にコートに立つ、高校のチームではポイントガードを務める良い選手だ。

 兄者や弟者の所属する高校はいわゆる県下のトップ校で、この選抜チームにも6人の選手を提供している。半数だ。なんならチームメイトで5人の先発を組めるのだ。

 そんな兄者が、こうしてポイントガードの位置におれが立つのを自然と受け入れてくれている。弟者も、他のやつらもそうだ。勝利を目指すために必要と思われることをやる以外のチーム事情がおれたちの県にはほとんどない。そのような関係性をおれたちはこれまでに作り上げてきた。
  _
( ゚∀゚)「――お前らはどうだよ、クックル。そいつはお前より飛べるのか? ん?」

 視線でそのようなことを問う。ティップオフの時間が近づいていた。

713名無しさん:2022/02/07(月) 22:56:25 ID:Zqx4K8pM0
  
 その問いの答えは、審判が真上に放ったボールに弟者の指先が先に届いたことで伝わってきた。

 弟者の身体能力はとても優れているが、贔屓目に見てもせいぜいクックルと同等だ。身長は同じくらい。手足は明らかにクックルの方が長い。

 タイミングの問題もあるのでもちろん100パーセントではないが、弟者とクックルがティップオフを争ったらこちらの分が悪いことだろう。

 そんな弟者がティップオフで勝ってきたのだ。あちらの県のチーム事情のようなものがチラリと垣間見えるような気がおれにはしてくる。裏付けが必要だけれど、非常に有益となり得る情報だ。悪くない。
  _
( ゚∀゚)「――それじゃあ、いくぞ」

 念を込めるようにしておれは呟く。ふつふつと、体の奥底からエネルギーのようなものが湧き上がってくるのをどこかで感じる。自然と口角が吊り上がる。

 バスケの時間だ。

 手の平に吸い付いてくるようなボールの感触を味わいながら、おれは前進を開始した。

714名無しさん:2022/02/07(月) 22:56:55 ID:Zqx4K8pM0
  
 湧き上がったエネルギーのようなものが体を巡る。その一部がドリブルをつくボールに伝わり、さらにその一部がコートに伝わる。床から跳ね上がってきたボールが再びおれの手の平に収まり、やがて再び送り出される。

 そのような感覚だ。おれは呼吸をするように、心臓が脈打つようにボールを扱う。すると次第に、自分の手の先の状態が目でみることもなくわかるように、コートのことがわかるようになってくるのだ。

 溶け出る。

 と、おれはこの感覚を呼んでいる。おれの意識や感覚がおれの肉体から溶け出ていくような気がするからだ。おれにとっては良い表現なので気に入っている。

 良い雰囲気だと思うからか、早くもおれは溶け出しはじめていた。

 バッシュのソールが床と擦れるスキール音が、選手が動く度に耳に聞こえる。その音の鋭さで動きの質もわかりそうなものである。閉鎖されたアリーナ内の、空気の振動さえ感じ取れそうな気がおれにはするのだ。

 そして視界だ。見るともなしにすべてを見、しかしその一点の情報を正確に掴むことがおれにはできた。穴がある。

 そう思った時には適切な動作でボールを左手に拾い上げ、考えるより先にそれを目標に向かっておれの体が投げていた。

715名無しさん:2022/02/07(月) 22:57:34 ID:Zqx4K8pM0
  
 投げた先の空間には弟者が飛び上がっていた。

 恵まれた体躯と身体能力から空中でバランスを取ってボールを掴むと、弟者はそれを直接、リムに叩きつけるようにくぐらせた。形としてはアリウープと呼ばれるプレイだ。ただしこれをこの距離で、このダイナミックさで成功させられるコンビは決して多くないだろう。
  _
( ゚∀゚)「うへへ、挨拶代わりにかましてやったな?」

(´<_` )「グッジョブだ」

 ディフェンスに戻りながら視線で弟者と会話する。兄者がジェスチャーでアピールしているのが目に入る。

( ´_ゝ`)「うぉい! 俺以外で目立つことやってんじゃねえ!」

 兄者はそのように大きく訴えかけていた。そのくせ誰よりも早く適切なポジションに戻っているのだから、何というか、むしろ言動に一貫性がないというものである。
  _
( ゚∀゚)「そんなわけにもいかんだろ。さあディフェンスディフェンス!」

( ´_ゝ`)「むき〜! お前が仕切るんじゃねえ!」

 もう長年見ている兄者の振る舞いに可愛らしさのようなものさえ感じながら、おれは自分がディフェンスすべき相手へ睨みつけるようにして対峙した。

716名無しさん:2022/02/07(月) 22:58:31 ID:Zqx4K8pM0
  
 好事魔多しというやつだろうか? そんな良いテンションの試合の中で、おれはひとつの困難に直面していた。
  _
( ;゚∀゚)「――どうやら、いつもより入らんなこりゃ」

 おれの最大の弱点、フリースローだ。

 フリースローが入らないのだった。

 どれほど試合にのめり込んでいようとも、おれはフリースローラインの上で素に戻る。それはいつもと同じなのだが、この日のオンとオフの温度差は、いつもに増して強烈だった。
  _
( ゚∀゚)「まいったな。いつもより試合に没入できているから、その分調子が狂うのかねえ?」

 問える相手などいないことは誰よりおれがわかっている。しかし、素に戻った頭で手に馴染まないボールの感触を味わう嫌悪感に抗うためには、他人事のようにそんなことを考える必要があったのだった。

 しかし、逃避したところで現実は変わってくれないものだった。最初の3本のフリースローのうち2本を落としたおれは、次の2本で1本落とし、最悪なことに、その次の2本を両方外した。

 相手のチームの舌なめずりする音が聞こえてきそうな成功率だ。いかんともしがたいことだった。

717名無しさん:2022/02/07(月) 23:00:34 ID:Zqx4K8pM0
  
 7本中2本しか成功しない、3割以下の成功率というのは流石に続かなかったわけだが、あまりの悪さに数えることを放棄した後もなお、おれのフリースローは半分以下しか入らなかった。致命的だ。極端なことを言ってしまうと、こんな成功率の選手がコートにいるなら、そいつがボールを持った瞬間殴りかかるのが一番効率的なディフェンスということになる。

 もちろんこれはほとんど冗談だ。そして、幸いなことに、そこまで露骨に物理攻撃をされることはなかったが、それでもファウル覚悟のラフプレイじみた強気な振舞いにおれは直面することとなったのだった。

 当然だ。

 しかし、それが当然だからといって、おれには対抗手段がないのだ。
  _
( #゚∀゚)「くそッ」

 タイムアウトの笛が鳴る。とうとうおれは交代を宣告された。これもまた当然というものだろう。おれのフリースローは明らかにチームの穴になっていたし、何ならこのチームはおれがいない方が連携面などではむしろ有利なのだから。

 おれが下がったポイントガードのポジションには兄者がそのままスライドし、兄者が担っていたコンボガードのような役割は廃止され、その代わりにもっと純粋なシューターの選手がコートに立った。兄者や弟者と同じ高校の出身選手だ。さぞやりやすいことだろう。

 と、腐った態度を取っている暇はおれにはなかった。

 何気なく向けた観客席の一部に、見覚えのある金髪のツインテールと色素の薄いざっくりとした髪、そしてあの転校生の姿を発見したからだ。

718名無しさん:2022/02/07(月) 23:02:26 ID:Zqx4K8pM0
  
 まったく、ひとの気も知らずによくも楽しく観戦としゃれこんでくれているものである。
  _
( #゚∀゚)「――それも、両手に女子をはべらしちゃってさ!」

 行き場を見つけたフラストレーションが流れるように溢れ出す。おそらくブーンも一緒にいたのだろうが、そんなことはどうでもよかった。2階席から見下ろす形で眺めるフリースローの入らないおれの姿はさぞみすぼらしいことだろう。

 これは早急にどうにかしなければならないことだった。
  _
( ゚∀゚)「しかしどうやって―― ん?」

 その八つ当たりに似た怒りの発散が良かったのかもしれない。不意におれはあることに気がついた。

 なにも、こんな調子のおれがわざわざメインハンドラーを務めることはないんじゃないか?

 ベンチに座ってチームのプレイを見守るおれの視線の先には、正ポジションであるポイントガードとして楽しくプレイしている兄者の姿があった。

 それまでの試合の中でもおれは兄者とハンドラー役を交代しながらプレイしていた。そして、オフボール側の動きをする中ではファウルされることがほとんどなかったのだ。

 考えてみれば当然で、オフボールの選手にファウルを犯すというのは相手としてもリスクが高い。ただのラフなプレイではなくスポーツマンシップに反する悪質な行為と判断されれば、フリースローに追加してその後のボールもおれたちに与えられたり、反則した選手が退場を宣告されることもある。そんな指示出しはチームの士気にも関わってくることだろう。
  _
( ゚∀゚)「――うちよりよっぽど複雑そうな、あっちのチーム事情はそれを嫌がるだろうな」

 いつしかおれの頭からは怒りやフラストレーションの感情がどこかに消え失せ、その代わりにどうやって相手を打ちのめそうかと、プランを練ることで忙しくなっていた。

719名無しさん:2022/02/07(月) 23:04:28 ID:Zqx4K8pM0
  
 やがてその時がやってきた。タイムアウトの笛が鳴る。おれが再出場を監督へ直訴したから鳴ったのだ。

(´<_` )「ん。ジョルジュ、行けるのか?」
  _
( ゚∀゚)「イクイク。点差も微妙なことだしな」

(´<_` )「――正直、ジョルジュ抜きではかなり厳しい。よくて善戦、現状維持が精いっぱいだな」

( ´_ゝ`)「それはそうだが、あのフリースローじゃ勝てんぞ。プレイのリズムも悪くなるし、入ったジョルジュが嫌がるんならやられ続けることだろうよ」

( ´_ゝ`)「あ、これ、俺がハンドラー続けたいから言ってるわけじゃあないからな!?」
  _
( ゚∀゚)「わかってるよ、んなこたァ」

(´<_` )「ふむ。ま、休んで気分転換できただろうしな、これからは成功させられるのか?」
  _
( ゚∀゚)「そりゃあわからん。というか、たぶん、駄目だろうな今日は。ハハ!」

(´<_` )「笑い事じゃないんだけどな。・・ま、でも、ジョルジュのフリースローと心中するなら仕方がないか」

 頼むぜマジで、とわざとらしい大きさの責任を乗せるように、弟者はおれの肩をがっちりと掴んだ。ビッグマンの手の平を肩に感じながらおれは言う。
  _
( ゚∀゚)「頼まれた。しかしな、この試合は今後、兄者にメインハンドラーをやってもらうことにしようと思ってるんだ」

( ´_ゝ`)「ハァ!?」

 そんなおれの提案に、誰より驚いた声を出したのはその兄者だった。

720名無しさん:2022/02/07(月) 23:06:24 ID:Zqx4K8pM0
  
 監督とも話したのだ。

 このチームでのおれの役割はポイントガードだ。全体的なゲームの流れを作り上げ、ボールを皆に分配する。起点となるボールハンドラーの役割を自分で務めることも多いけれど、せっかく兄者がいるのだから、半分くらいはボールを預けて負担をシェアする。

 おれがボールを持つときは兄者がオフボールで走り、兄者がボールを持つときはおれがオフボールで走る。口で言うのは簡単だけれど、こうした仕事の共有を高いレベルでやれるというのがこのチームの最大の長所だった。

 その共有バランスを大きく崩そうと言っているのだ。この土壇場で。いきなりそう宣告された当事者はとても驚いたことだろう。

( ´_ゝ`)「いやいや・・まあ、できるけどよ!?」

 兄者は驚きの中でも安請け合いをすることを忘れなかった。

(´<_` )「まあハンドラー自体はジョルジュが下がってからこっちやってるし、高校ではポイントガードしてるわけだしな。できはするだろ」
  _
( ゚∀゚)「だな。頼んだぜ」

( ´_ゝ`)「うむぅ・・ ジョルジュはシューターするのか?」
  _
( ゚∀゚)「ポイントはそこだな。おれにシューターだけやらせるのはもったいないだろ? 点取り役もやらせてもらおう」

 ニヤリと笑っておれはそう言う。視線の先にはツンがいた。それに気づいた兄者が呆れたように肩をすくめる。

( ´_ゝ`)「こりゃまた懐かしい顔だなァ。お前、あのクオリティを思い出させてくれるのか?」
  _
( ゚∀゚)「ま、やるだけやってみるさ」

 できなきゃフリースローと心中だ、とおれは努めて軽い口調で言った。

721名無しさん:2022/02/07(月) 23:07:11 ID:jOwuLTEg0
支援

722名無しさん:2022/02/07(月) 23:08:33 ID:Zqx4K8pM0
  
 タイムアウト終了の笛が鳴る。選手の交代が告げられる。おれは小さくその場でジャンプを何度か繰り返し、ベンチに座っていた体を臨戦態勢に持っていく。

 兄者や弟者にとってのツンは、今も優れたスラッシャーのままであることだろう。速く鋭いドライブですべてを切り裂きバスケットへと攻め込む、アタッカーの権化のような選手だった。

 あんなプレイをそのまま再現することは今のおれでもできないが、その代わりに利用できる能力はある。ゲームの流れを把握する力や視野の広さ、フリースローを除いたシュートやパスの技術がそうだ。

 そして、コートに溶け出ることができたおれは、その溶け出た範囲内を、まるで自分の手の平のように把握することができるのだった。

 ベンチに座っている時間が長かったのでちょっぴり不安だったのだが、試合が再開されるやおれはそこに没入し、コートに溶け出る感覚をすぐに得られた。何とも言えない感覚だ。

 さらに没入感が高まると、やがて視界から色彩が失われていき、その代わりに濃淡が強く感じられるようになってくる。意識して分析・評価するまでもなく、こちらとあちらのチームの強いところと弱いところがおれには感じられるのだ。

 それは決して一定ではない。どちらのチームも弱点をカバーするように動き続けるからだ。自分のチームのできるだけ強いところを、相手のチームのできるだけ弱いところに当てようと互いに試みる。声に出されることはないが、きわめて濃密なコミュニケーションをおれたちは試合の中で繰り広げていく。

723名無しさん:2022/02/07(月) 23:10:55 ID:Zqx4K8pM0
  
 こちらの狙いはすぐに察せられたようだった。

 おれは兄者との間に基準のようなものを持っていて、簡単にファウルすることができない、これまでに2個や3個のファウルを既に犯している選手がオフボールムーブの中でおれのマークとなった場合に、おれで攻めようと考えていた。

 その狙いが成功することもあるし、失敗することももちろんあった。しかし、こちらの狙いをあちらが汲み取り、それに対応するために歪んだプレイをするというなら、その歪みを逆手に取ることがおれたちには十分可能だった。兄者が優れたハンドラーだからだ。

 こんなメンバーでバスケをやれて、おれは間違いなく幸福だった。
  _
( ゚∀゚)「――コートの上は、最高だ」

 と、おれは溶け出す意識の中で考える。

 ひとつのゲームと、それを構成するプレイの数々のことだけを考えていれば良いからだ。

 これまで自分がどんな生き方をしてきたのかとか、家族構成がどうなのかとか、誰に愛され誰を愛すべきなのかとか、金があるとか友達がいるとかこの先プロになるとかならないとか、誰のために何のためにプレイするのが正しいのかとか。

 そんなことは、コートの上ではきわめて純粋に、すべてがどうでもいいことだった。

 雑念だ。

 こうした雑念は限界状態に近い体を無理やり動かすための燃料としては優れているが、ただそれだけだ。スコアボードに表示された無機質な数字は、そんなあらゆるおれたちの事情をすべて等しく無価値だと断定する、神様のような存在だった。

724名無しさん:2022/02/07(月) 23:13:12 ID:Zqx4K8pM0
  
 クックルがおれの前に立っていた。
  _
( ゚∀゚)「――」

( ゚∋゚)「――」

 ボールはおれの両手に収まっていた。トリプルスレットと呼ばれる形だ。この体勢から攻撃側はパスもドリブルもシュートも可能であるため、3つの脅威ということでそうした言葉で呼ばれている。

 あちらのチームが最終的に出した答えは『クックルで守る』ということだった。

 おれのチームは即座にそれに反応し、おれにボールが集められた。こちらの答えは『ジョルジュで攻める』だ。

 ポーカーでのやり取りに似ているのかもしれない。あちらはベットし、こちらはそれにコールしたのだ。その後行われるのは、どちらのカードが一体強いのかの比べ合いだ。

 不思議なことだといつも思う。こうしたひとつのプレイで加算されるのは2点か3点、どんなに頑張ってもせいぜい4点である筈で、バスケは積み重ねのゲームで最終的なスコアは100点近くまで達することもザラである。割合としてはとても小さな筈なのに、このワンプレイが、皆でそれまで作り上げてきた試合の結果を大きく左右するのだ。

 おれの両手に収まるこのボールはそういう意味合いのボールだった。おれはその意味を完全に理解し、しかし同時に、それも単なるひとつの雑念に過ぎないものだと切り捨てるように考えていた。

725名無しさん:2022/02/07(月) 23:17:19 ID:Zqx4K8pM0
 
 コートの上は最高だ。ただ相手を打ちのめすことを考えればいい。

 ――こいつにも事情があるのだろう。

 留学生だ。その肉体はまるで黒曜石を加工して作られたように美しく、その身体能力の器にはおれから見ても優れた才能が満ちている。

 しかし、それでも県代表チームで、自分中心にカスタマイズされたチームを作ってもらえてはいないのだった。その程度の評価しかされていないのか、それとも評価とはまた別軸の大人の事情がそこにあるのかは知らないが、結果はそうだ。

 おれと同じように、所属する学校からは唯一となる選出だ。自分を送り出した学校に対する責任感のようなものを感じているのかもしれないし、どこの国出身なのかは知らないが、地元や家族に対する責任感のようなものを感じているのかもしれない。

 こうした大きな大会で注目を浴びる必要性が、おれなんかよりずっと大きいのかもしれない。

 しかしおれにも事情があった。

 多種多様な、負けられない、勝つべき事情だ。こいつにどれほど理解可能か知らないが、おれにとってはどれも大事だ。そして、おれの事情もこいつの事情も、どちらも等しくどうでもよかった。

 これからおれが、おれの体が選択するプレイが、リムにボールを通すかどうかだ。それだけが唯一にして最大の論点であり、それ以外のことは、どれもすべてがどうでもいいのだ。
  _
( ゚∀゚)「――いくぞ」

 と、おれは声には出さずに呟いてやる。クックルはそれを聞くことだろう。

 おれの体に速度を与える靴底と床面の鋭い摩擦が、高いスキール音となってアリーナに響いた。


   つづく

726名無しさん:2022/02/07(月) 23:20:06 ID:FTAGVgas0
おつです

727名無しさん:2022/02/07(月) 23:21:21 ID:jOwuLTEg0
乙です

728名無しさん:2022/02/07(月) 23:23:56 ID:Zqx4K8pM0
今日はここまで。支援ありがとうございました。

ところで、skebで依頼して支援絵を描いてもらったので皆さまもご覧ください
とてもいいでしょ うへへ

https://pbs.twimg.com/media/FKWvaKIVQAEfEc2?format=jpg&amp;name=large
https://skeb.jp/@nengu_housak/works/7

729名無しさん:2022/02/07(月) 23:26:19 ID:jOwuLTEg0
凄い

730名無しさん:2022/02/09(水) 10:24:50 ID:tgChh66E0
高校で県内トップクラスの兄者弟者が昔のツンのプレイを凄まじいものだと覚えてるの良すぎる

731名無しさん:2023/05/09(火) 20:05:37 ID:mYNPnDTY0
THE FIRST SLAM DUNKをこないだ観たので、バスケ繋がりってことで全編読み返しました。
縦横無尽に話が展開しているのに破綻するどころか統一感があり、作中に深く深く入り込めるこの作品が好きです、続きを気長に待っています。


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