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('A`)( ゚∀゚)川 ゚ -゚)( ^ω^)の話のようです

531名無しさん:2021/08/12(木) 21:39:51 ID:nmTz5E9I0
  
 そんなわけで、意外と難なく立ち上がった長岡家の子育て生活だったが、しかし1年と半年ほどが経つ頃にはじわじわと歪みのようなものが感じられるようになっていた。

 産休や育休の制度をはじめ、おそらく多種多様な支援を受けながら母さんは育児と労働を両立させていた。それが言うほど簡単なことであったようにはとても思えないし、そんなことができたのは、おそらく母さんが有能だったからなのだろう。

 そして有能な母さんは、その能力をもっと仕事に向けるよう期待されてもいたようだった。

从'ー'从「ぐおお、しんどい。ああ疲れた。しかし赤子のお尻のなんとプリプリしたことよ。モラ尻、モラ尻」

 そんなことを口走り、仕事から帰った格好のままで着替えもせずに息子の尻を撫でまわす母さんの姿を帰宅時見ることが日常的になったのだ。

 ツッコミ待ちのボケでやっているわけではなさそうだった。いったいどれだけの時間をそうして過ごしているのか見当もつかず、おれは特にリアクションを取ることなしに着替えて飯を食い、母親の奇行をぼんやりと眺めたものだった。きっと酒も入っているのだろう。

 モララーは尻を揉まれて笑っていた。
  _
( ゚∀゚)「う〜ん、これは、きっと疲れているんだろうなァ」

 弟の粉ミルクと間違えることなく抹茶味のプロテインをシェイクして飲み干し、おれはそのように考える。母さんはおれから見ても疲れている。その時せいぜいおれにできたのは、そのモラ尻とやらが先ほどまで糞尿にまみれていたという事実をあえて教えはしないことくらいのものだった。

 そんなある日のモララーが寝静まった後の夜、おれは母さんから「話がある」と打ち明けられたのだった。

532名無しさん:2021/08/12(木) 21:40:51 ID:nmTz5E9I0
  _
( ゚∀゚)「――いよいよ来たか」

 と、おれは思った。おれに驚きはほとんどなかった。

从'ー'从「いやあ、お気づきかもしれないけどさ」

 これはちょっと無理そうだわ、とその日の母さんはバツが悪そうに頭を掻いた。
  _
( ゚∀゚)「おう、お気づきだったさ」

从'ー'从「やっぱりそう? まいっちゃうね」

 そう言い母さんはにっこりと笑い、グラスにビールを注いでは飲んだ。

从'ー'从「まあまだ限界ではないんだけどさ、限界を迎える前に計画と相談はしとかないとね。まだ辛うじて冷静な思考ができると思う」
  _
( ゚∀゚)「辛うじてかよ」

从'ー'从「うひひ、面目ない」
  _
( ゚∀゚)「それで、どうしようか。おれはモララー様のお世話を大きく仰せつかるというのも構わんぜ。部活と両立はできねぇけどよ」

从'ー'从「そうそう、そこんところもちゃんと話し合っとかないとね。座んなさいよ」

533名無しさん:2021/08/12(木) 21:41:42 ID:nmTz5E9I0
  
 おれにそう言い、自身も椅子に座り直した母さんはまっすぐにおれを見た。おれはその視線を受け止める。飲酒に赤らんだ頬さえなければ真面目な雰囲気になってしまいそうなものだった。

 つまり、そうはならなかった。座り直して姿勢が正されたのは数秒のことで、母さんはすぐに片肘をテーブルについてにへらと笑った。

从'ー'从「うひひ、こういうのってやっぱ慣れないもんだね。子ふたりの母親になっても駄目だわ、やめやめ。普通に話そう」
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( ゚∀゚)「まァ酒が入ってりゃそらそうだろうさ」

从'ー'从「仕事だったら真面目なお話もできるんだけどね。あ〜でもこれってある意味プロ意識が高いのかな? 褒められるべきだと思う?」
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( ゚∀゚)「知らねェよ。何の話だ」

从'ー'从「そうだった、そうだった。バスケの話よ。ジョルジュ、あなたの」
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( ゚∀゚)「おれのね」

 まあわかってたけどよ、とおれは続ける。母さんはニヤニヤと笑いながらビールを飲んだ。

从'ー'从「前聞いた時は、別にバスケを辞めてもいいってジョルジュ言ってたよね。今はどう? 全中に行っちゃったりして本気度も増したんじゃない?」

534名無しさん:2021/08/12(木) 21:43:04 ID:nmTz5E9I0
  
 母さんはいじわるな質問をするような口調でそんなことを訊く。おれは肩をすくめて見せてやった。
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( ゚∀゚)「本気度は変わらねぇよ、ずっとMAXだ。あとは全中まで行ったっつっても1回戦負けだしな。大したことねえ」

从'ー'从「そう? 私は鼻高々だったけどね」
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( ゚∀゚)「それならそれはよかったけどよ」

 小さく笑って頭を掻く。母さんを喜ばせられたというならそれはおれにとっても嬉しいことだが、中3夏の全国大会への勝ち進みは本当にまぐれのようなものだった。

 まぐれというか、相手の不幸だ。県大会やその準決勝まで勝ち進めたのは自分たちの実力だと胸を張って言えるが、その準決勝と決勝はどちらも相手がベストメンバーにほど遠いものだったのだ。

 怪我だ。準決勝の相手はエースが大会前から負傷していた。それを無理に出場を重ねては何とか勝ち進んで来ていたのだが、おれたちとの対戦だった準決勝には、そのエースプレイヤーはついに出られなくなっていた。ほとんどそのおかげでおれたちは接戦をものにしたようなものだった。

 決勝戦はもっとひどかった。相手チームの正ポイントガードが、やつらの準決勝の終了間際で怪我をしたのだ。おれたちとの決勝戦の直前だ。ゲームプランを根底から覆すようなその不運には、敵の立場ながらなんとも言えない気分になる。

 そうしておれたちは中学バスケの全国大会、通称全中へ行ったのだった。そして1回戦でボコボコにやられて負けた。スコア的には何とか僅差になるよう取り繕ったが、おれは正直途中から勝てる気がまったくしていなかった。

 おれの中3の夏はそれで終わった。

535名無しさん:2021/08/12(木) 21:44:10 ID:nmTz5E9I0
  
 そう。中3の夏だ。

 中学校最高学年の夏の大会を終えたおれには中学バスケからの引退が迫っていた。
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( ゚∀゚)「ああそっか、だから今の内に話すのか」

 今のおれにはボーラーとしていくつかの選択肢が存在している。もっとも考えやすいのはこのままエスカレーターでシタガク高等部へ進学し、進学後もそこでバスケを続けるという道すじだ。少しやる気を出すなら、中等部バスケを引退して即高校の練習に混ぜてもらうというのも不可能ではないだろう。チームを全国大会に導いたおれには高等部での特待生待遇が用意されていた。

 そして、それらすべてをなかったことにして、部活バスケから足を洗うという選択肢も、考えてみればおれにはあった。

 今おれがそんなことを言い出したらどうなるだろう?

 スカウトの渋沢さんをはじめ、シタガク関係者からは猛烈な抗議をよこされるかもしれない。今のチームメイトや、来年チームメイトになる予定だったやつらからの好感は期待しない方がいいだろう。おれのことを応援してくれている人たちは、ひょっとしたらおれに裏切られたように感じるかもしれない。

 どれもなんてことはなかった。

 ツンを除いては、の話だが。

536名無しさん:2021/08/12(木) 21:47:01 ID:nmTz5E9I0
  
 ツンという女の存在は、やはりおれにとっては特別なものだった。

 バスケットボールを始めた時からそうだったのだ。これはもう仕方のないことだろう。ツンはおれより格上のボーラーで、コートを支配し、すべてを切り裂くドライブを持つ最高のスラッシャーだった。

 『だった』だ。結局あの交通事故の後、以前のおれの家の庭でやり合って以来、ツンとおれが同じコートに立つことはなかった。独自に練習か何かをやっていることは知っていたが、それに誘われることもなかったし、説明のようなこともされなかったし、ツンが女子バスケ部に加わっているような様子もなかった。ずっとクラスが違ったこともあって、体育の授業で一緒にバスケをすることもなかったのだ。

 あの事故当時、ミニバスでチームメイトだったツンとおれは、ほとんど同格のような扱いになっていた。あの頃のおれたちがチームにとってどんな立ち位置だったかを仲間に尋ねたら、ほぼ全員が「ダブルエース」と答えただろう。

 しかしおれにとっては違った。はっきりと同じレベルのプレイヤーになっただとか、総合的に見て自分の方が良い選手だとか思えたことは、ついに一度もなかったのだ。

 そんな優れたボーラーが、怪我でバスケを辞めなければならなかった。そこに対する負い目のようなものがおれにまったくないと言ったら、それは嘘になってしまうことだろう。

从'ー'从「ま、でも、実はやりようはいくつかあるのよね」

 おれがそんなことをぐるぐると考えていると、母さんは肩をすくめてそう言った。

537名無しさん:2021/08/12(木) 21:47:53 ID:nmTz5E9I0
  _
( ゚∀゚)「――やりよう?」

从'ー'从「そうそう、私たちのこれからの生活様式って感じ? ひょっとしたらジョルジュは、私が仕事の範囲を縮小して子育てと仕事を頑張りながら自分はバスケを続けるか、私に自由な振る舞いを許して自分がモララーを引き受けるかのどっちかしかないと思ってるかもしれないけれど、それはそうでもないのよね」
  _
( ゚∀゚)「そうなのか?」

从'ー'从「あ、やっぱそうだった? それはね、大きな勘違い。実は私が時には残業を交えたフルタイムでしっかり働きながら、モララーも育て上げ、ジョルジュくんも元気にバスケットボーれるような選択肢は、あるにはあります」
  _
( ゚∀゚)「ゆめみたい!」

 バスケットボーれるって何だよ、という引っかかりはスルーした。それどころではなかったのだ。

 続けられるものならもちろんバスケは続けたい。それはおれの本心だった。そこに強い執着はないというだけのことである。

 バスケをやれる。しかし、おれがそうぬか喜びする間もなく、母さんは「ただし」と言葉を続けた。

从'ー'从「ただし、前にもちらっと言ったことがあるけど、それにはもちろん金か人手が必要になる。工夫や変化をしないとね」

538名無しさん:2021/08/12(木) 21:49:19 ID:nmTz5E9I0
  _
( ゚∀゚)「――工夫」

 それか、変化だ。おれはその言葉の意味を考える。

从'ー'从「まあでも工夫はたかが知れてるわね。今も何とかやろうと都度アジャストしてきて限界が迫っているわけだし」
  _
( ゚∀゚)「変化」

 その言葉の意味を考えたくないと思っていることを、おれは自分でわかっていた。

 考えるまでもないことだからだ。それに前にも母さんから聞いている。

从'ー'从「そう、変化。増える仕事量に対処するには時間かお金か人手がかかるの。その時間を私たちはこれ以上割けないわけだから、さっきも前にも言ったように、お金か人手が必要となる」

 すぐさま手に入れられる金か人手というと、その供給源は限られていることだろう。

 それはもちろんおれかモララーの父親だ。
  _
( ゚∀゚)「――」

 おれは半ば意識的に避けていたその現実を突きつけられたような気分になった。

539名無しさん:2021/08/12(木) 21:50:43 ID:nmTz5E9I0
  
从'ー'从「お察しの通りと思うけど、ジョルジュのお父さんかモララーのお父さんからお金か労働力をいただけば、だいたい万事解決することでしょうね。ま、ジョルジュがあまり歓迎してなさそうだったから、これまではスルーしてきたわけだけどさ」

 もうスルーしてもいられないかも、と母さんは言った。おれは黙ってそれに頷いた。
  _
( ゚∀゚)「――別に知りたくなかったから訊いたことないけどよ、おれたちの社会的な? 法律的な? 関係ってどうなってんだよ?」

从'ー'从「私とあなたと、あなたのお父さんは今でも家族よ。色々面倒臭かったことだし、実は離婚しておりません」
  _
( ゚∀゚)「ほ〜ん。それは、居場所とかって知ってんのか?」

从'ー'从「知らない。けど、訊けば教えてくれるんじゃない? ジョルジュにはたまに会いたがってるわよ」
  _
( ゚∀゚)「マジか。知らんかったわ」

从'ー'从「そりゃ教えてないしね。別に隠してたわけじゃあないけど、あなたもお父さんに会いたいって言うことなんてなかったし」

 それはそうだな、とおれは背もたれに体重をかけて頷いた。

540名無しさん:2021/08/12(木) 21:52:07 ID:nmTz5E9I0
  _
( ゚∀゚)「でもさ、おれがはっきり拒否したわけでもねェし、親父にはおれに会うことができる権利みたいなものがあるんじゃねえの?」

从'ー'从「ないわよそんなの。だって離婚してないんだし」
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( ゚∀゚)「なるへそ」

 そのためにも離婚していないのかもしれないな、とおれは思った。

从'ー'从「というわけで、ジョルジュのお父さんとは、離婚して得られる権利を放棄する代わりに離婚して発生する義務を拒否しているような関係なのよね。お分かりかしら?」
  _
( ゚∀゚)「おおむね理解した」

从'ー'从「それならよかった。それで、だからモララーのお父さんと私は、正確には不倫関係になるのかな。裁判になっても負けるつもりはないけれど」
  _
( ゚∀゚)「その、ええとモララーの父ことモラ父は、おれのことは知ってんのか?」

从'ー'从「もちろんご存知。あの人は不倫のつもりはないとは思うけどね、声をかけて責任とってと言えばすっ飛んでくるかもよ」

 母さんは小さく笑いながらそう言った。

541名無しさん:2021/08/12(木) 21:53:46 ID:nmTz5E9I0
  
 おれの親父のことを話す時とは違って、モラ父について語る母さんの表情は柔らかかった。どうやらモラ父との関係性はそれほど悪くないらしい。そして、その顔はおれにひとつの考えをよこす。

 母さんはモラ父と夫婦になりたかった、もしくはなりたいのではないかということだ。

 前におれの考えを母さんが訊いてきた時、おれはそれを望まないようなことを確かに答えた。それが母さんを縛りつけていたのだろうか?

 この考えをおれが否定するのは難しいことだった。
  _
( ゚∀゚)「――」

 もし母さんが望むと言うなら、おれはそれを受け入れるべきだろう。そしてそれはおれにとっても悪いことばかりではない筈だ。おれはバスケを続けられるようになることだろうし、気に食わなければその男には極力関わらないようにもできるだろう。希望すれば、特待生待遇の一環として寮に入るようなこともできるかもしれない。

 その方が、母さんにとってもモラ父にとっても、モララーにとってもいいことかもしれないのだ。

 石ころが坂道を転がり落ちるように考えが勝手に進んでいく。この家庭における邪魔者は、ひょっとしたらおれの方なのかもしれなかった。

542名無しさん:2021/08/12(木) 21:55:27 ID:nmTz5E9I0
  
 ぐるぐるとそんなことを考えていると、母さんが大きく背伸びをしているのが見えた。にやにやとした顔でおれを眺めている。

从'ー'从「一応、参考までにお母さんの気持ちを言っとくとね」

 と、母さんはそのにやにやとした顔のままで言葉を続けた。

从'ー'从「私は結構今の生活が好きなんだよねえ。モララーは可愛いし、良い尻してるし、ジョルジュもいっぱいバスケしてて結果も出してくれてるしさ、仕事も楽しいからね。ただ、しんどい。このままの生活でやれるならやっていきたいところなんだけど、それは無理そうだな〜と今更ながらに思うから、こうしてジョルジュさんとお話しているわけですよ」
  _
( ゚∀゚)「――知ってるよ」

从'ー'从「ならいいけどさ」

 ぶっきらぼうに言ったおれを、母さんはやはりにやにやと眺める。
  _
( ゚∀゚)「何だよ?」

从'ー'从「いやあ、ジョルジュくん、あなたもなかなかカワイイよ」
  _
( ゚∀゚)「何だよ!」

 ポイントガードはポーカーフェイスじゃないといけないよ、と母さんはなおもにやにや言った。

543名無しさん:2021/08/12(木) 21:57:54 ID:nmTz5E9I0
○○○

 母さんと今後を話した数日後、おれはモララーと公園に来ていた。例の、あの公園だ。

 目的はふたつ。ひとつはモララーと遊ぶことだ。これは自動的に達成される。

( ・∀・)「ぼーる!」

 ほとんど自分と同じくらいの大きさをしたバスケットボールを楽しそうに抱え、モララーはそれをおれに向かって投げてきた。正確には、投げようとして、何とか前に転がした。

 その勢いでモララーが転んではしまわないかとヒヤヒヤものだ。

( ・∀・)「きっく!」
  _
( ゚∀゚)「キックは足な」

 そう言い、おれは力なく転がってくるボールを足で引くようにして受ける。ちゃんとしたコーチが見たら激怒するかもしれないバスケットボールの扱い方だ。

 幸か不幸か、当時のおれにはちゃんとしたコーチがいなかったので、誰にもそれを咎められることはありえなかった。
  _
( ゚∀゚)「これがキック!」

 足の裏を使ってきわめて柔らかいパスをモララーへ送ってやると、その可愛いらしさに服を着せただけのような生き物はキャッキャと笑う。おれたちはそうして何度かパス交換をした。

544名無しさん:2021/08/12(木) 21:58:42 ID:nmTz5E9I0
  
ξ゚⊿゚)ξ「――ずいぶん楽しそうじゃない」

 声がしたのでそちらを向くと、そこには狙い通りにツンがいた。ここに来た目的での残りひとつだ。必ず会えると思っていたわけではないが、どうやらおれにはツキか何かがあるらしい。
  _
( ゚∀゚)「楽しいさ」

 お前もどうだ、とツンに答える。ツンは小さく頷いた。
  _
( ゚∀゚)「ほれモララー、このお姉さんはツンちゃんだよぉ」

( ・∀・)「つんちゃん!」

ξ゚⊿゚)ξ「まあ可愛い。これが例の弟くん?」
  _
( ゚∀゚)「そうそう、今やこんなに大きくなった。長岡家は絶賛子育て中」

ξ゚⊿゚)ξ「大変?」
  _
( ゚∀゚)「めちゃ大変だよ」

ξ゚⊿゚)ξ「あらそう」

 お疲れさまね、とツンは笑って言った。

545名無しさん:2021/08/12(木) 22:00:28 ID:nmTz5E9I0
  
 ツンはざっくりとした白いジャージを着ていた。ボールを抱えてバスケのゴールがある公園にいるのでなければヤンキーの人たちに見えるかもしれないところだ。それが地毛であることをおれは知っているが、鮮やかな金髪をしているというのもヤンキーポイントのひとつだろう。

 ただしツンはヤンキーではない。足元もサンダルではなく、外履きにしているのだろうバッシュだった。

ξ゚⊿゚)ξ「――あたしに会いに来たのかしら?」

 モララーとの球遊びに参加しながら、ツンはおれにそう訊いてくる。なんとも鋭い質問だ。
  _
( ゚∀゚)「そうかな、偶然じゃねェ?」

 と試しに否定してみると、おれは即座に笑い飛ばされた。

ξ゚⊿゚)ξ「いやそりゃ無理よ。あんたこの公園めったに来ないでしょ。そんなに家から近いわけでもないし、当たり前っちゃ当たり前なんだろうけど」
  _
( ゚∀゚)「お見通しですか」

ξ゚⊿゚)ξ「ツンさまには何でもお見通しよ」
  _
( ゚∀゚)「何でもですか」

ξ゚⊿゚)ξ「何でもよ。あんたがどうせ何か言いにくいことを言いに来たんだろうなってなことも、あたしにはすべてお見通し」

546名無しさん:2021/08/12(木) 22:01:49 ID:nmTz5E9I0
  _
( ゚∀゚)「――これはまいったな」

 おれは実際まいってしまってそう言った。

 あまりに図星だったからだ。話が早いのはこちらとしてもありがたいことだけれど、あまりに察しが良すぎるというのも考えものだ。居心地の悪さをおれは感じる。

 モララーからのパスとも言えない球転がしを両手で受け取り、優しく転がし返したツンは、おれに肩をすくめて見せた。

ξ゚⊿゚)ξ「じゃないと事前に連絡してくる筈でしょ。子供の世話かつ偶然を装ってあたしに会えるかどうかもわからないこんなところに来るなんて、乗り気になれない報告か何かをしたいと言ってるようなものね。確率に背中を押してもらおうとしたんでしょ」

 そんな考えモテないわよ、とお姉さんのような顔で言うものだから、おれは思わず笑ってしまった。
  _
( ゚∀゚)「モテませんかね」

ξ゚⊿゚)ξ「無理むり。あんたはバスケやってなけりゃただのダサ坊、非モテよ」
  _
( ゚∀゚)「ダサ坊!? こりゃバスケ辞めたら大変じゃねェか!」

ξ゚⊿゚)ξ「バスケやってりゃそれなりに見てられるわよ。神とツンさまに感謝しなさい」
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( ゚∀゚)「――そうだな」

547名無しさん:2021/08/12(木) 22:02:46 ID:nmTz5E9I0
  
 そうだな、と言ったきりおれは、すぐに言葉を続けることができなかった。非常に言いにくいことだったからだ。

( ・∀・)「キャッキャ!」

 ボールを転がし、受け取るたびに楽しそうにモララーが笑う。モララーはおれとツンに向けて交互に球を転がしてくる。

( ・∀・)「じゅんばん!」

 平等にボールを得る機会をくださる小さな王様に感謝の意を表しながら、おれとツンは順番に従ってボールを受ける。

 おれ、モララー、ツン、モララー、そしておれへとボールが回る。おれはボールを優しく転がす。それを受け損ねたモララーが何がそんなに面白いのか、高い声で爆笑しながらそのボールを全身で追う。

 足がもつれてコケることにもまた笑ってしまうようだった。

 そうした何ターンかのやり取りをモララーはまったく飽きることなく楽しむ。

ξ゚⊿゚)ξ「――辞めるの?」

 やがてツンが、吐き出すようにそう訊いてきた。

548名無しさん:2021/08/12(木) 22:04:05 ID:nmTz5E9I0
  
 何と答えたらいいものか、しばらく言葉を探してみたが、どこにも適切な表現は見つからなかった。

 当たり前だ。それを伝えにここにこうして来たというのに、準備できていないのだから。その場で改めて考えたところで思いつく筈もないのだ。

 しかしその場にはツンがいた。どれほど言うべき言葉がなかろうと、おれはツンにただちに何かを言わなければならなかった。そのために来たのだ。そんなことはわかっていた。

 モララーは純粋な喜びでボール遊びに興じている。おれは動揺が表面に現れないように気をつけながら、送られてきたボールを受け止め、転がす。

 ツンの質問に答えなければならなかった。
  _
( ゚∀゚)「――そうだよ」

 そうなることになると思う、と、おれもまた吐き出すようにしてようやく言った。

 上がりっぱなしのテンションに疲れたのか、モララーがボールを受け損ねて地面に座り込んだまましばらく立ち上がれなくなっていた。

 おれはモララーに近寄ると、その体から砂をはたき落とし、怪我がないことを確認して肩車の形に担ぎ上げる。

( ・∀・)「かたぐるまん!」

 モララーは楽しそうにそう言った。

549名無しさん:2021/08/12(木) 22:06:00 ID:nmTz5E9I0
  
 おれはその場で軽くモララーを乗せた身体をゆすったりゆっくりターンしたりして赤子にエンターテイメントを提供し、そのままツンに向かって歩いた。
  _
( ゚∀゚)「おれたちはこいつを育てなきゃいけないし、母さんも仕事が大変だから、部活レベルのバスケは高校からは続けられなくなると思う。ツンには自分の口から伝えたくてさ、でも何て言ったらいいかわからなかったし、こういう形になっちまったんだ」

 ダサいのは悪いけど勘弁してくれよ、と自嘲の笑みで付け加えると、ツンはおれをまっすぐ見ていた。

ξ゚⊿゚)ξ「――そう」
  _
( ゚∀゚)「そうなんだ。訊きたいことや言いたいことがあったらよろしく頼む。ツンにはそうする権利があるんじゃないかと思うからよ」

ξ゚⊿゚)ξ「――別に特別ないけど、そうね、高校はどうするの? バスケ部辞めるって言ってもあんたシタガクにいられるの?」
  _
( ゚∀゚)「正直わからねェ! まだ誰にも言ってないからよ。これから言って、どうなるかだな。まァいられたとしても授業料免除とかはなくなるだろうし、適当な安い公立とかに転校するってのが現実的かな?」

ξ゚⊿゚)ξ「今中3のあんたが高1の4月からでしょ? それって転校って言わないんじゃないの、知らないけど」
  _
( ゚∀゚)「ハ! それもそうだな」

 なんだかこんな会話をプギャーさんともしたな、とおれたちは顔を見合わせて小さく笑った。

550名無しさん:2021/08/12(木) 22:09:11 ID:nmTz5E9I0
  
 それはおれの肩に乗ったモララーの高い笑い声とは違ってとても乾いた笑みだった。

 表面を取り繕い、見かけ上の平和を場に成立させるためだけの笑いだ。おれもツンも心の底では微塵も笑ってなどいない。

 これは嫌だな、とおれは思った。こんなものがおれとツンが作るべき空気であっていい筈がない。どうやら疲れ切った様子のモララーをおれは肩車から抱っこの形に移行させる。モララーがこの雰囲気を味わう前に寝かしつけたいと思ったのだ。

 はっきり言って、反吐が出そうな空間だった。

 そしてそれはツンにとってもそうだったのだろう。赤ん坊が寝ついたのを確認すると、ツンは目を伏せてゆっくりと深いため息をつき、顔を上げておれのことを睨みつけてきた。

ξ゚⊿゚)ξ「嫌ね、あんたとあたしで、こういう上辺だけのやり取りをするっていうのは。やっぱり見栄とか建て前とか、空気を読むとか言ってもしょうがないことは言わない方がいいとか、そんなことはどうでもいいから、あたしはあんたに訊きたいことを訊くことにする」
  _
( ゚∀゚)「同感だな。ぜひそうしてくれよ」

ξ゚⊿゚)ξ「そうさせてもらうわ」

 そう言うツンの目は怒りの炎に燃え上がっているようだった。おれが当然受け止めるべき感情だ。

551名無しさん:2021/08/12(木) 22:10:12 ID:nmTz5E9I0
  
 試合の勝敗を決定づける、クラッチタイムのボーラーのような顔をツンはしていた。

ξ゚⊿゚)ξ「あたしが訊きたいことはたったひとつよ。あんた、バスケを辞めたいの?」
  _
( ゚∀゚)「――」

 辞めたくはない。

 反射的にそう思ったが、同時にツンには即答できない何かがおれにはあった。
  _
( ゚∀゚)「――」

 ツンはおれの回答を急かすことなく待っている。おれはそれが何なのかを漠然と考える。

 それは母さんと話した家の事情がそうさせるのかもしれないし、シタガク高等部には進学せず自分で自分の進路を決めたプギャーさんとのやり取りがそうさせるのかもしれない。

 それとも、もっと単純に、辞めたいわけではないと口では言っているだけで、おれはバスケットボールをそれほど愛していないのだろうか?

 これはツンへの返答だ。

 おれは、おれの本心か、もしくは本心に可能な限り近いところを、ツンに知らせなければならなかった。

552名無しさん:2021/08/12(木) 22:12:56 ID:nmTz5E9I0
  
 自分の腕の中ですやすやと眠る赤子の長いまつ毛をおれは眺める。いつまででも眺めていられる光景だ。

 その寝顔から目を離し、おれはツンへと視線を向ける。
  _
( ゚∀゚)「――辞めたくは、ねぇよ」

 自然とそう言っていた。
  _
( ゚∀゚)「辞めたいわけじゃないけどこれこれこういう理由で辞める、ってさ、聞こえがいいからそう思ってなくても言いやすそうなもんだけどよ、色々考えてみたが、やっぱりおれは辞めたいわけじゃあないと思う」
  _
( ゚∀゚)「おれはバスケが好きだ。そりゃあ思い通りにならないことや練習がしんどいこともあるけどよ、それも含めてバスケが好きだな。続けられるなら続けてェ」

ξ゚⊿゚)ξ「――そう」
  _
( ゚∀゚)「たださ、上昇志向っつ〜の? そういうのはあんまりないんだよな。プロになりたいだとか、バスケで食っていきたいだとか、そういうことは思わねェ。もっと上手くはなりたいし、良い試合もしたいんだけど、おれ、基本的にそこまで勝ちたいってわけでもないんだよ」

ξ゚⊿゚)ξ「あら、プギャーさんとの勝負の時はそんな感じじゃなかったけど?」
  _
( ゚∀゚)「基本的に、だ。あん時は殺してやろうと思ってた」

 そりゃあそういう時もあるけどさ、とおれは笑って言った。ツンの顔にも笑みが浮かんでいて、これはおれたちの間にあるべき本当の笑顔だな、とおれは思った。

553名無しさん:2021/08/12(木) 22:14:43 ID:nmTz5E9I0
  _
( ゚∀゚)「だから何ていうかさ、何が何でも高校バスケをやりてェ! ってわけじゃあないんだよ。辞めたくはない。ただ、このモララーや母さん、それとおれの状況を考えた上で、それでも続けたいとは思わないんだ。根性なしだと思うかもしれねェが、やっぱりこれがおれの本心だ」

 悪いな、とおれはモララーの頭を撫でながら言う。ツンはまっすぐおれを見つめたままで、しかしその目は燃え上がっているようには見えなくなっていた。

 元々そうだったのかもしれない。

 おれの気持ちを黙って聞いていたツンは、その後でゆっくりと頷いて見せた。

ξ゚⊿゚)ξ「よくわかったわ。話してくれてありがとう」
  _
( ゚∀゚)「おう、こちらこそだ。なんつ〜か、自分の気持ちを再確認できた。これまでも同じようなことは言ってきたけど、ツンにこの話ができてよかったよ」

ξ゚⊿゚)ξ「それは何よりね」

 そう言うと、ツンはおれのそばに歩み寄ってきた。ジャージのズボンが擦れる音がする。

 そしてツンはその手を伸ばし、おれの腕の中で寝ているモララーの頭を優しく撫でた。

ξ゚⊿゚)ξ「それじゃあ今度はあたしの気持ちや希望も言っていい?」

 ツンはモララーの頭に手を添わせたままでそう言った。

554名無しさん:2021/08/12(木) 22:20:26 ID:nmTz5E9I0
  
 それを拒否する理由はどこにもなかった。
  _
( ゚∀゚)「おう、もちろんだよ」

 おれは言うことをすべて言ったのだ。今後の予定も報告済みだ。どんな恨み言をこの怪我でプレイの機会を失ったかつての優れたボーラーから言われようと耐えられることだろう。

 たとえツンから嫌われようとも、おれがツンを嫌うことはないだろう。純粋にそう思えていたおれは、何でもウェルカムの気持ちでツンの発言を待つ。

 しかしそれから言われたツンの提案は、そんなおれの都合や選択、そして覚悟のようなものを、すべて覆しかねないものだった。

ξ゚⊿゚)ξ「あたしはあんたにバスケを続けて欲しいと思ってる。そのためだったら、あたしにできることは手伝うわ。あんた周りの事情と状況をこれからあたしに詳しく教えて、続けられるかどうかを再検討しなさい」

 それはおれに有無を言わせない口調だった。完全に想定外だ。

 完全に面食らってしまったおれに、ツンはなおも言葉を続ける。

ξ゚⊿゚)ξ「辞めたいっていうなら別だけどね、そうじゃないなら続けてもらうわ。ああそうそう、それからね、せっかく一生懸命やるんだから、やるからには一番上を目指しなさいよね」

 好戦的な笑みを口元に貼り付け、ツンはおれをまっすぐ睨んで言った。


   つづく

555名無しさん:2021/08/12(木) 22:21:16 ID:nmTz5E9I0
今日はここまで。
やっと高校生になりそうです

556名無しさん:2021/08/12(木) 22:27:50 ID:zzkMgSvQ0
乙乙

557名無しさん:2021/08/13(金) 19:29:41 ID:4HUzFOGA0
面白い、続き楽しみにしてる

558名無しさん:2021/08/15(日) 00:26:17 ID:CUxe3TJg0
乙!今回の話特に好きだ
前回までと今回のバスケへの気持ち、幼児と中学三年生のボールの触れ方のギャップがな、なんというのか、もの悲しい
ツンちゃんに真剣に答えようともするし
あの(ドクオ視点で持っていた印象の)ジョルジュがなあ……

559名無しさん:2021/08/16(月) 18:05:11 ID:LrZe7obg0
中三であまりにも人間が出来すぎてる二人

560名無しさん:2021/08/24(火) 13:46:06 ID:g3wWDAPE0
みんな賢くて誠実で好き
続き楽しみ

561名無しさん:2021/09/30(木) 21:50:35 ID:qnb9qrWE0
2-7.フリースロー

  
 高校からはバスケを辞めるつもりだと語ったおれに反対意見を言う金髪にジャージの女の子は、強くて鋭い口調をしていた。

 大きな瞳がおれを見ている。手を伸ばせば触れられそうな距離だった。

 ドライブ突破をもくろむスラッシャーと、それを阻止するディフェンダーの距離感だ。この間合いからの視線に対する免疫がおれにはあった。そうでなければ目を逸らしてしまっていたに違いない。

 しかし、その視線を受け止められはしたものの、ツンの反対意見に反論する余裕はおれにはなかった。
  _
( ゚∀゚)「――な」

 と、情けない音が口から漏れる。ツンはニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。

ξ゚ー゚)ξ「ねえジョルジュ、さっきも言ったけど、辞めたいんだったら別に辞めてもいいとあたしは思うの。消極的な努力で何かを掴み取れるような甘い世界ではないと思うし、それではあたしの知りたいことは知れないしね」
  _
( ゚∀゚)「知りたい、こと?」

ξ゚⊿゚)ξ「そう、あたしはどうしても知りたいの。このあたしの足が健康で、100パーセントの力でバスケを続けられていた場合、はたしてどのくらいのところまで到達できていたのだろうかということをね」

 ツンはかつて事故に遭った方の膝にちらりと視線を送ってそう言った。

562名無しさん:2021/09/30(木) 21:52:31 ID:qnb9qrWE0
  
ξ゚⊿゚)ξ「この足ね、医学的にはまったくもって健康な状態なんだって。主治医の先生にもリハビリの先生にもそう言われちゃった。それがどういうことだかわかる?」
  _
( ゚∀゚)「――いや」

ξ゚ー゚)ξ「これ以上良くはなりようがないってことよ。何か問題があるならそれに対応して解決すればいいんだろうけど、問題がないっていうのなら、それはもう誰にもどうしようもないってことじゃない?」

 もちろんあたしも含めてね、とツンは言った。口角は上がり気味であるものの、その奥歯が噛み締められているのがツンの小さな頬の表情からわかる。

 ツンはゆっくりと大きく息を吸い、どこまでも深いため息をついた。

ξ゚⊿゚)ξ「こうしてちょくちょく試してはいるんだけど、だめなの。それがどうしてなのかはわからないけど、フルパワーでのステップをこの足は踏めない。たとえば頭で考えて、体を用意して、ヨーイドンでのドライブだったらイメージ通りの動きができるんだけど、状況を体とボールで判断してからゼロ秒で攻め込むことがわたしにはできない」

 かつて怪我上がりのツンとやり合った時のことをおれは思い出す。ドライブをしかけてきたツンはその第1歩がうまく踏み出せず、滑って転んだようになっていた。その時もツンは滑ったわけではなく、足が出なかったのだと言っていた。

 あれからずっとそうなのだろうか。

 そうなのだろう。

 これまで無意識的に想像してこなかったようなその日々を、試すたびにツンに訪れたのだろう絶望の数々を1度にまとめて突き付けられたような心地になって、おれはただツンを見つめることしかできなかった。

563名無しさん:2021/09/30(木) 21:54:09 ID:qnb9qrWE0
  
ξ゚⊿゚)ξ「あたし諦めが悪くってさ、あれからもあんたには黙ってずっと練習してたんだ。黙ってたっていってもとっくにバレてたわけだけど、それでも改めて話す気にもならなかった」
  _
( ゚∀゚)「――ひとりで、やってたのか?」

ξ゚⊿゚)ξ「まあね。時々女バスの先輩が付き合ってくれたりもしたけど、大体は」

ξ゚⊿゚)ξ「でも、やっぱりだめだった。色々やってはみたんだけどね。別に、右からのドライブがなくったって、そこのお前に負けるような気はしないけど――」

 左足の大きな踏み込みで始まる右方向からのドライブは、ツンというボーラーが持つ、もっとも大きな武器だったのだ。ツンはその武器を使ってこの先どのようなモンスターを倒せるものかを楽しみにしていたのであって、自分から選択肢を放棄する縛りプレイをしたいわけではないらしい。

ξ゚⊿゚)ξ「あたしもね、試合の勝ち負け自体は結構どうでもいいの。口では色々言うけどね、結局あたしがバスケに求めるものは、相手のディフェンスを切り裂き試合を支配する快感よ。ま、それができたら大体勝っちゃうわけだけど」

ξ゚⊿゚)ξ「そしてあたしは知りたかった。このプレイスタイルがどこまで通用するのか、あたしが結構良いんじゃないかと思っているあたしのこの能力が、実際のところ、はたしてどれほど良いものなのか」

 もう自分で調べることはできないけどね、とツンは言う。

ξ゚⊿゚)ξ「だから、あたしはあんたがどこまで行けるのかを見届けることによって、この好奇心を満たしたいと思っているのよ」

564名無しさん:2021/09/30(木) 21:55:28 ID:qnb9qrWE0
  _
( ゚∀゚)「――」

 そんなことでその好奇心が本当に満たされるのかよ、というのが率直なおれの疑問だった。自分がどこまでやれるかなんて、自分がやらない限りわからないのではないだろうか。

 それはもちろん今のツンに言えることではないけれど。

 おれの腕で眠るモララーの柔らかい頭を優しく撫でる。そこにツンの右手が乗ってきた。

 長年ボールを扱い続けた者が持つ、硬い手の平の小さな手だった。

ξ゚⊿゚)ξ「――怪我をする前、あんたとあたしは、ほとんど完全に同格のボーラーだったと思うの。もちろんプレイスタイルやスキルセットは違うけど、総合力のようなものを考えた時にね。あんたはそう思わない?」
  _
( ゚∀゚)「――おれも、そう思うよ」

ξ゚⊿゚)ξ「ただ目で見たり経歴で知ったりしてさ、自分と誰かを同一視して満足するようなことはあたしにはできない。でも、あんたの場合は違う気がするの。ボーラーとしてのスキルもメンタルもフィジカルも、ある程度以上をわかった上で、あたしとあんたはあの時同格のボーラーだったとあたしは思う」
  _
( ゚∀゚)「――」

ξ゚⊿゚)ξ「そんなあんたがこの先どこまでやれるかというのを見て、あの日のあたしがあのままプレイを続けられたらどこまでやれていただろうかを考えるのは、それほどナンセンスなことではないんじゃないかと思うのよね」

 ただの自己満足かもしれないけど、とまるで冗談のような口調でツンは付け加えたが、おれの手に触れるその手の平は熱かった。

565名無しさん:2021/09/30(木) 21:56:51 ID:qnb9qrWE0
  
 ――ツンが、当時のおれとツンを同レベルだと考えていた。

 何気なく伝えられたその評価は、おれにとっては心の底に響いてくるようなものだった。

 モララーの髪の感触を手の平に感じる。そしてツンの手の熱気をおれは手の甲に受けていた。

 おれは寝た子が起きない注意深さでそこから右手を抜き取り、ツンにモララーの頭を撫でさせた。かつてはおれと同じ大きさで、もっと昔はおれより大きかった筈の手だ。

 中3になったツンの手は、おれのものより小さかった。
  _
( ゚∀゚)「――母さんに、訊いてみるよ」

ξ゚⊿゚)ξ「そうして頂戴」
  _
( ゚∀゚)「ちょっとこいつを抱いててくれるか?」

ξ゚⊿゚)ξ「モチロン、どうぞ。どうかした?」
  _
( ゚∀゚)「帰る前にハンドリングとシューティングをしていきたいんだ。見てて気づいたことがあったら教えてくれよ」

ξ゚⊿゚)ξ「まかせなさい。――あんたも、バスケはあたしの分も、任せたわよ」

 まあ任せておけよ、とおれは俯いたままでボールを拾った。

566名無しさん:2021/09/30(木) 21:58:01 ID:qnb9qrWE0
○○○

 ツンの申し出を聞いた母さんは、当初やんわりと拒絶の姿勢を取っていたが、そのツンも交えた面談で直接説得を重ねられると、最終的には首を縦に振ったのだった。

从'ー'从「う〜ん、仕方がないわねぇ。そこまで言われるとおばさんどうにも断れないわ」

从'ー'从「ぶっちゃけ、正直なところ助かるし」

ξ゚⊿゚)ξ「でしょう? あたしは役に立ちますよ」

从'ー'从「しかしどんどん世間体が悪い方向に行くわね、私たちのこの家庭はさ」
  _
( ゚∀゚)「こりゃもう開き直るしかないってなもんよ。なァに、おれがバスケで成功しさえすれば、勝手に美談のひとつになることだろうさ」

从'ー'从「あとはモララーがグレなければね」
  _
( ゚∀゚)「頼むぞモララー、おれと母さんとお前の未来は、お前自身にかかってる」

( ・∀・)「い〜ヨォ! ツンちゃんかたぐるまん! ちてェ!」

ξ゚⊿゚)ξ「あいあい。ツンちゃんかたぐるまんしちゃうよォ〜」
  _
( ゚∀゚)「ひょっとして言ってることがわかったのか? しかし即座に交換条件を持ち出してくるとは・・」

 賢いかどうかは別にして、既に素直なイイコとは程遠いのではないかという疑念を胸に抱きながら、おれは思いきりツンの世話になることにした。

567名無しさん:2021/09/30(木) 21:59:11 ID:qnb9qrWE0
  
 これが、初めておれがはっきりと背負った自分の外にあるモチベーションだった。

 モチベーションと言うと聞こえが良いが、要するにしがらみだ。これまでも応援してくれるひとたちの声援やツンの視線、母さんの期待を背負いながらプレイをしてきたわけだったが、そのあたりと今回のツンの協力は、大きく性格が違っていた。

 強制力のようなものがあるのだ。

 おれはツンと約束をした。もちろんモララーの世話や家のことをまったくやらなくなるわけではないが、バスケットボールを今まで以上に最優先し、より優れたボーラーになることを。

 この口約束に法的な効力はないことだろう。常識外れなことかもしれない。

 しかし直接の影響が何もない常識なんておれにはどうでもいいことだったし、どうやらツンもそうらしかった。

ξ゚⊿゚)ξ「辞めたくなったらあんたからそう言いなさい。そしたらこの関係はおしまい、あたしは普通の女の子に戻ります」
  _
( ゚∀゚)「太古のアイドルかよ。というか、それはそっちもそうだからな。嫌になったら言ってくれ、おれは気が利かねえからよ、言ってくれなきゃ絶対気づけねェ」

ξ゚⊿゚)ξ「そうは思わないけど、そうね・・ その代わりに今言っとくとしたら、変な気を回して遠慮なんかしたら、あんた、一生許さないからね」
  _
( ゚∀゚)「おお怖」

568名無しさん:2021/09/30(木) 22:00:24 ID:qnb9qrWE0
  
 報告を受けたわけではないが、母さんはツンの親御さんとも何らかの話をつけたらしい。菓子折り持って挨拶でもしたのか、何か対価のようなものを払ったのか、それとも完全な好意に甘えまくったのかはおれは知らない。どれもあり得ることだった。

 こうしておれは高等部に進学した後もバスケに集中できる体制を手に入れた。

 そして、いつ、どのシチュエーションで言われたのかは覚えていないが、こうした話の締めくくりにツンは言った。

ξ゚⊿゚)ξ「せっかくだから、ジョルジュがこの先とっても頑張れるように、呪いの言葉をかけといてあげる」
  _
( ゚∀゚)「頑張れる呪い? 励ましのお便りとかにしてくれよ」

 というか呪いじゃ頑張れねえよ、とおれは軽口を叩いたのだが、ツンからの返答は決して軽くなかった。

 どころか、場合によっては逃げ出したくなるほどの重たさだった。

ξ゚⊿゚)ξ「――あの事故のこと、ひょっとしたらあたし以上に忘れたことはないでしょうけど、もう一度だけ思い出させておいてあげるわ。あれはあんたのせいではまったくないけど、あの日からあたしは鋭いドライブを失って、もう2度とベストのプレイはできなくなった。自分の意志には関係なくね」
  _
( ゚∀゚)「――」

ξ゚⊿゚)ξ「だからあんたは、自分の意志で辞めたくなるまで、辞めることなんて当然できないと思いなさい。自分に嘘は吐けないでしょう? 何かを誤魔化したりなんかしたら、たとえあたしがそれに気づかなかったとしても、あんたがずっと苦しむことになるんだからね」

569名無しさん:2021/09/30(木) 22:01:31 ID:qnb9qrWE0
  
 その“呪いの言葉”に対してどういうリアクションをしたか、おれはよく覚えていない。

 本当におれはこの時、そんなことをツンから言われたのだろうか?

 たまにそんなことも考える。

 あまりに記憶がおぼろげだからだ。考えてみれば、こんな罪悪感でおれを縛るようなことをツンがわざわざ言いそうな気もしない。

 心のどこかに漂っている、あの事故でツンに庇われたと思っているおれの潜在意識や罪悪感のようなものが、白昼夢のようにおれに見せた幻なのかもしれなかった。
  _
( ゚∀゚)「――に、してはリアルなんだよなァ」

 自問したところで結論が出る筈もなく、おれにできることは結局ひとつだけだった。

 より良いボーラーになることだ。

 中学時代から十分な実績を積み、特待生として当然バスケ部に入部したおれは、1年生からベンチに入り、それなりのプレイタイムを与えられることとなったのだった。

 そのチームにプギャーさんはいなかったが、代わりと言っちゃあなんだが、おれは対戦相手として凄いやつと遭遇した。

 それは留学生の、クックルという名のボーラーだった。

570名無しさん:2021/09/30(木) 22:02:39 ID:qnb9qrWE0
  
 夏の大会が終わって3年生が引退し、おれが有力な先発ポイントガードとして自他ともに認められてきていた頃の練習試合だった。近隣の他県からわざわざ遠征してきたチームの中に奴はいた。
  _
( ;゚∀゚)「なんじゃァこいつは」

 初めてクックルを見た瞬間、思わずおれはそう呟いた。

( ゚∋゚)「――ヨロシク、オナシャス」

 たどたどしい日本語でそう言うクックルは、そのすべらかで黒々とした皮膚越しにも見て取れる、隆々とした筋肉をその体にまとっていた。黒曜石のような体だな、とおれは思った。

 おれだってスポーツマン、アスリートだ。それなりに筋トレも積んでいる。

 しかし、一目で質が違うと思えてしまう肉体を、その留学生は持っていたのだった。

 そこまで抜きん出て背が高いわけではない。それでも圧力のようなものをおれは感じた。
  _
( ゚∀゚)「――冷静になって考えよう。スゴイ体をしているからといって、バスケが上手いとは限らない」

 自分に言い聞かせるように心で呟く。そもそもこれは練習試合だ。勝つこと自体が目的ではない。その前提で考えれば、少なくとも良い経験にはなることだろう。
  _
( ゚∀゚)「さあて、やつのポジションはどこだろな?」

 しかし、そんなことをおれが考える必要はなかった。

 明らかにクックルがおれのマークについていたからだ。

571名無しさん:2021/09/30(木) 22:05:06 ID:qnb9qrWE0
  
 高校生になってしばらく過ごしたおれの身長は170センチほどになっていて、これはボーラーとしては依然として小柄だが、ポイントガードとしてはごく平均的な身長だった。

 クックルは180センチくらいだろうか。190センチはないだろう。すべてをどうとでもできる身長というわけではないけれど、そのムキムキの筋肉はビッグマン仕様にしかおれには見えない。

 だからティップオフからこちらのボールになり、ドリブルを始めたおれは、自分に対峙しているようにしか見えない黒曜石の肉体を確認して驚いた。
  _
( ゚∀゚)「ハァ? おれに来んのか?」

 もちろんバスケのルールに誰が誰のマークに付かなければならないというものはない。身長2メートルのセンターがスピード系のスラッシャーに付くのも、逆も、すべては自由だ。

 だから意外ではあったけれども理解不能というわけではなかった。ゴムを束ねて貼り付けて作ったようなモリモリとした肉体も、手足の長さもあってかそれほど重たそうには見えなかった。

 そう。長いのだ。
  _
( ゚∀゚)「・・こんなの初めて、なんじゃあねえかな?」

 2メートルほどの身長をしたビッグマンとの対戦も高校生になってからは経験してきた。しかし、おれがこれまでに対峙してきたどのボーラーよりも、クックルの手足は長く伸びているようにおれには見えた。

572名無しさん:2021/09/30(木) 22:05:56 ID:qnb9qrWE0
  
( ゚∋゚)「――」
  _
( ゚∀゚)「――」

 おれがボールを運ぶにつれて、クックルとの距離が近づいてくる。

 おれの右手がボールを床に弾ませる。コートから反発してきたボールが見る必要もなくおれの右手に再び収まる。

 一定のリズムだ。全身に血流を巡らせる心臓のように、おれはボールをコートに打ち付ける。

 クックルとの距離が狭まっているのがピリピリと肌に感じられる。黒曜石の体をした留学生は、軽い前傾姿勢でおれが来るのを待ち構えている。やはりおれのマークに付くらしい。

 おれは視界の中心にクックルを捕らえながら、その一方で、見るともなしにコート全体に目を向けていた。

 味方の配置。

 敵の配置。

 バッシュの靴底が体育館の床に擦れて音が鳴る。

 一定のリズムで鼓動するおれのドリブルが少しばかり低くなり、クックルの取る前傾姿勢が少しばかり深みを増した。

573名無しさん:2021/09/30(木) 22:06:45 ID:qnb9qrWE0
  _
( ゚∀゚)「お手並み拝見といこうじゃねェか」

 バウンドを挟んで右手から左手にボールを送る。速度はそれほど出していないが、振り幅が大きく弾道の低いフロントチェンジだ。それに対する反応を見る。左手から右手にボールを戻す。

 減点なしだ。

 バランスの良い構え。鋭そうだが過剰ではない反応の気配。何より手足がきわめて長い。

 良いディフェンダーなのだろうことがすぐにわかった。
  _
( ゚∀゚)「しかし、他のディフェンスのポジショニングや動きにも大きな穴は見当たらない、と」

 レッグスルーを交えて後退しながらディフェンスとの距離を取る。視線をゴールリングに軽く投げてやる。

 スリーポイントラインを出たところ。そこからおれは1歩下がり、クックルは半歩ほどの距離を詰めてきた。

 つまり、おれとクックルの間には半歩の距離が開けられた。

574名無しさん:2021/09/30(木) 22:07:36 ID:qnb9qrWE0
  _
( ゚∀゚)「そうかい」

 それならこちらは、と頭で考えるより先に、おれの体が動いていた。

 シュートモーションだ。

 流れ落ちる水を逆再生するようなイメージでおれの体がボールを運ぶ。右手に茶色の球体が転がり、左手がそれを軽く支える。

 クックルの驚いた顔。

 お前の国にはこの距離からこのタイミングで試合開始のワンショットを撃ってくるガードはいなかったのか?

 それでも反応した長い腕が伸びてくる。
  _
( ゚∀゚)「「――しかし半歩、足りねぇなァ」

 抜群の感触でおれの指を離れていったボールがリングに触れることなくネットを潜るのを、わざわざ目で確認する必要はどこにもなかった。

575名無しさん:2021/09/30(木) 22:08:57 ID:qnb9qrWE0
○○○

 奇襲が成功したからといっておれは調子に乗りはしなかった。

 これはただの3点だ。重々承知。使えるとしたら、おそらく深く印象に残ったであろうおれのプレイ選択の傾向を、勝負所で逆手に取るためのカードとしての効果である。

 開始直後のロングスリーを沈めたおれは、守備に戻りながらクックルの方に視線を向けた。
  _
( ゚∀゚)「流石にガードはやらねぇか」

 ボール運びをしてきたのはクックルではなかった。おれはそれを確認し、背中でマークの指示を聞いてポイントガードと対峙する。普通の体格。もちろんこいつも上手いのだろうけど、先ほどのクックルの印象がおれには強く残っていた。
  _
( ゚∀゚)「クックルは――、と」

 ボールマンに抜かれないよう細心の注意を払いながら、周辺視野と気配、味方や敵の発する音で状況を把握する。どうやら攻撃時のクックルはウィングプレイヤーとなるらしい。

 何本かのパスが回され、何人かの選手が走り、やがてその留学生にボールが回る。

( ゚∋゚)「――」

 おそらく向こうも最初からそのつもりだったのだろう。こちらの守備に大きな穴があれば当然そこを突くけれど、そうでなければとりあえずクックルをぶつけてみて、その反応を伺ってみようというわけだ。

576名無しさん:2021/09/30(木) 22:09:48 ID:qnb9qrWE0
  
 トリプルスレットの形でクックルがボールを保持する。1秒か、せいぜい2-3秒のことだっただろう。

 その間もコート上のプレイヤーたちは完全に静止してはおらず、当然彼らのバッシュの奏でるスキール音が体育館に響いていた筈だ。

 なのだが、クックルがその黒曜石のような腕でボールを掴み、ゆっくりと動かしている数秒間、世界から音が消えているようにおれには感じられた。

( ゚∋゚)「イクゾ」

 と、宣言をされたわけではないけれど、いつもその形から始めているのだろうな、と思える構えをクックルは取っていた。

 何をか?

 もちろんドライブだ。

 静から動。

 単純なスピードだった。

 特別大きなフェイントも入れず、流れるような滑らかさもなしに、クックルはディフェンスをいきなりぶち抜いていた。

577名無しさん:2021/09/30(木) 22:10:34 ID:qnb9qrWE0
  
 その時クックルのマークについていたウチの選手は決して悪いディフェンダーではなかった。

 エースを封じ込め試合を決定付けられるような名手ではないかもしれないが、少なくとも弱点となってそこを突かれるべき選手ではない。安心して見ていられる。

 筈だった。
  _
( ゚∀゚)「――デカい!」

 と、思わず呟いてしまう迫力がそのムーブには備わっていた。

 正確には“デカい”というより“長い”のだろう。

 1歩が大きい。

 踏み出しの勢いとその巨大な1歩で、クックルは一瞬にしてマークマンを置き去りにしていたのだった。

 2歩目の足が大きく出される。確かにスリーポイントラインの内側ではあるけれど、かなり深い位置からの仕掛けだった。なのに、クックルの速く大きな突進は、既にペイントエリアに到達しようとしていた。

 そこにヘルプディフェンスが駆けつける。良い反応だ。留学生のビッグマンで明らかに異質な肉体をしていたクックルにはおれでなくとも注目していたのだろう。

 適切なポジショニングのカバーをされ、クックルの突進が速度を緩める。

 と、おれが思った次の瞬間、クックルは大きく動きを変えていた。

578名無しさん:2021/09/30(木) 22:11:20 ID:qnb9qrWE0
  _
( ゚∀゚)「スピンムーブ!?」

 と、それを呼んでもいいものか、おれは一瞬ためらった。

 おれが知っているスピンムーブとは動きのスケールが違ったからだ。

 クックルはディフェンスを巻き込むようにしてぐるりと回転する進路を取り、どうやったって取られない位置にボールを保護して突破した。

 これは確かにスピンムーブだ。しかしデカい。

 動きとしてはおれにもできるあのムーブとは、まったく違った攻撃力をした動きだったのだ。

 おそらく初見でこのスピンムーブを守るのは不可能だろう。

 見た瞬間にそう諦めてしまうような速さとキレを、黒曜石の肉体が放っていた。

 あのトリプルスレットの形から、結局何歩を使ったのだろう?

 3歩か、4歩か。おそらくそのくらいの筈だ。

 まるで最初からそうなることがわかっているような流れでゴール下に侵入すると、思い切り飛んでダンクを狙うわけでもなく、クックルはあっさりとボールをゴールに投げ入れた。

579名無しさん:2021/09/30(木) 22:11:51 ID:qnb9qrWE0
  
 リングをくぐったボールが床に跳ね、転々と静かに転がっていく。ゴール下から引き上げていくクックルの背中が大きく見える。
  _
( ゚∀゚)「――いやはや、こいつァ」

 まいったね。

 素直におれは呟いた。

 このワンプレイで軽く心を折られるやつもいることだろう。簡単に想像がつく。

 それほど強烈なプレイだった。

 心なしか、ウチのチームのビッグマンがボールを拾う足取りが重たいようにおれには見えた。

 最初の守備でぶち抜かれたあいつはおれと目が合うと苦々しい笑みで肩をすくめた。

 相手のチームの選手たちは得意げな顔で守備へと戻る。クックルは真剣な表情だ。

 おれは。

 自分でもわかる。

 おれは、その時おそらく笑っていた。

580名無しさん:2021/09/30(木) 22:12:42 ID:qnb9qrWE0
  
 ぞわぞわとした、むず痒いような感触を背中に感じる。

 おれの右手がボールを床に弾ませる。

 心臓の鼓動を連想させる一定のリズムでボールが右手に返ってくる。

 選手によっては浮足立っていそうなチームメイトに声をかけるタイミングなのだろう。日頃の練習で訓練している決まった動きをそれぞれに指示し、ゆっくりと時間をかけて丁寧に1本のゴールを目指していくに違いない。

 ド派手なダンクだろうと、信じられないような身体能力を駆使したドライブだろうと、もしくは苦し紛れに放ったタフショットだろうと、スリーポイントラインの内側からのシュートはもれなく2点の価値しかないからだ。慌てる必要はどこにもない。

 そんな、頭では誰もがわかっている事実やルールを、見える形で見せてやれる能力がポイントガードには必要とされる。

 そんなことはおれにもわかっていた。

 凄いプレイを見せられたからといって、こちらがそれに対抗する必要はどこにもないのだ。
  _
( ゚∀゚)「まァでも練習試合ですからね」

 チームや試合を落ち着かせてどっしりと構えるか、あいつやあいつらに舐められないようにこちらもガツンと食らわせてやるか。

 おれはボールを強く弾ませる。おれに対峙するのは、やはりというかクックルだった。

581名無しさん:2021/09/30(木) 22:13:51 ID:qnb9qrWE0
  
 しかしバスケはチームスポーツだ。おれが1対1をひたすらやり続けるわけにはいかない。

 プレイの決定権はボール保持者、多くの場合はポイントガードにあるわけだから、かえって自分勝手な選択はできないのだ。おれもその辺はわきまえている。

 だからおれはパスを回した。そしてオフボールムーブを始める。おれからもらったボールを保持するビッグマンを追い越し、走り、おれのマークについているクックルがどのように付いてくるのか、それともどこかで付いてこなくなるのかを観察してやる。

 クックルはおれに付いてきた。

 何が何でもボールを持たせない、といったような付き方ではない。おそらく自分の瞬発力と俊敏さ、そして判断力に自信があるのだろう。少し余裕を持ったマークで、おれにボールが戻ってくれば1対1で守ってやろうと思っているし、ヘルプに行こうと思えば向かえるような距離感だ。

 味方の体を利用してオフボールスクリーンにかけてやろうともしたのだが、クックルは巧みなステップでスクリーンをかわし、おれにしっかりと付いてきた。
  _
( ゚∀゚)「やるじゃん」

 と、賞賛の声をかけてやる。クックルはそれには答えず、再び戻ってきたボールを受けたおれを正面に捉え、睨みつけるようにして対峙した。

582名無しさん:2021/09/30(木) 22:14:51 ID:qnb9qrWE0
  
 一瞬の静寂。小さくジャブステップを入れたおれのバッシュがコートの表面をキュキュッと鳴らす。
  _
( ゚∀゚)「――」

( ゚∋゚)「――」

 おれたちは無言の空間をふたりで挟み合っていた。

 彫刻刀で雑に掘ったような肩筋から伸びる腕の長さを改めて眺める。一体どの体勢からどのように伸びてくるのか、想像しきれないような長さだった。

 おれの取るべき選択肢は大きく分けてふたつある。その腕の長さが届かないところで戦うか、それともボールを掠め取られる危険性を負ってでも接近戦を挑んでいくか。

 対戦を避けたわけではないが、先ほどのやり合いでは距離を取ってロングスリー、という選択をおれはした。他のパターンも見せておいた方がいいかもしれない。

 ボールをついてリズムを作る。低いドリブルで細かくボールを動かすと、クックルはそれに対応して小さくポジショニングを微調整した。やはりその動きは適切で、クックルが優れたディフェンダーであることをおれは再認識する。

 レッグスルーから1歩下がる。視線をゴールに向けてやる。1回目のやり合いと同じような動きだ。

 クックルは、今度はきっちりおれが下がっただけの距離を詰めてきた。

583名無しさん:2021/09/30(木) 22:15:40 ID:qnb9qrWE0
  _
( ゚∀゚)「お、学習してんじゃん」

 そんなことを空気で呟くおれが見ているのは大きなクックルのさらに奥、ヘルプディフェンスの配置と色だ。まだ情報が不十分で精度は低いが彼らの色の濃淡を感じ取る。

 プレッシャー。

 クックルの腕が小さくこちらに伸びてきたのだ。
  _
( ゚∀゚)「フェイントやろがい」

 おれにはそれがわかっている。おれがそれをわかっているということを、クックルもわかっていることだろう。隙ができない謙虚なサイズのプレッシャーだ。おれの反応を試しているのだ。

 おれは小さくボールを引くようにして、適切な位置でボールを弾ませた。

 自然と軽い半身になる。その動きをそのまま利用した背面からのパスが可能になる体勢だ。

 そして動きにならない小さな気配だけで首をチームメイトに振ってやった。プレッシャーを逆手に取ったタイミングでのパス出しからの、ディフェンスの虚をつくオフボールムーブ。優れたディフェンダーとしての経験がそれを頭のどこかに連想させることだろう。

 そんな条件反射的な思考が彼らの脳に達するより先に、俺は低いドライブでクックルの脇を切り裂いた。

584名無しさん:2021/09/30(木) 22:17:07 ID:qnb9qrWE0
  
 技術としてはハーフスピンと呼ばれるようなムーブだ。ディフェンスに背を向けボールを保護する体勢や、背後からのパスを相手に連想させ、その瞬間に100の力で加速する。

 それをクックルにぶつけてやった。

 初見だ。お前のスピンムーブは驚くべきスピードとサイズで初見で対応は不可能だろうが、おれのハーフスピンにお前は初見で付いてこれるか?
  _
( ゚∀゚)「ヘルプが遠いことは確認済みだ」

 おれはそのためにクックルの奥にまで目を向けたのだ。

 弧を描くような軌道でコート上を旋回してやる。ただちにクックルが反応し、付いてこようとするのだが、おれは既に加速を終えている。

 いかにクックルのスピードが優れていて、加速も早く、機敏な動きができようが、これから動き始める体でこのドライブを許さず止めるのは不可能だ。

 左肩の後ろにクックルを感じる。突破を阻止はできなかったが、それでもシュートを妨害するつもりなのだろう。プレッシャーをかけ、ミスは見逃さないようにして、シュートのクオリティを下げようとしている。あわよくばブロックを狙える身長差と身体能力がクックルにはある。

585名無しさん:2021/09/30(木) 22:18:25 ID:qnb9qrWE0
  
 しかしおれにも十分な経験があった。
  _
( ゚∀゚)「こちとらチビ助出身でしてね」

 自分よりはるかに巨大なディフェンスをおれは相手取っていたのだ。その感覚がおれには身についている。

 ひとつシュートフェイントを織り交ぜて、伸ばした腕からダブルクラッチ気味にボールをボードに当ててやる。当たらなかった。
  _
( ゚∀゚)「なにッ!?」

 思わず驚愕の声が出る。
  _
( ゚∀゚)「お前の位置からじゃあ絶対に手が届かない筈――」

 ミニバスを始めた頃のおれは自分より圧倒的に大きなサイズのディフェンスを日常的に相手にしていた。その中で培われていた感覚なのだ。確かにブランクはあるけれど、それでもなお絶対的な自信がおれにはあった。

 そんな絶対的な自信を軽く飛び越え、その黒曜石の肉体は、シュートの中でボールがおれの手を離れた瞬間、それをボードに叩きつけるようにしてブロックしていたのだった。

( ゚∋゚)「ソッコウ!」

 そしておれが着地しディフェンスのことを考えるより先に、クックルはボールを拾って駆け出していた。

586名無しさん:2021/09/30(木) 22:19:17 ID:qnb9qrWE0
  _
( ;゚∀゚)「嘘だろオイ・・」

 思わずおれは呆然とした。

 なにもレイアップシュートをブロックされたのが初めてだったわけではない。

 驚きのカバーリングからシュートを阻止された経験もおれにはある。

 しかし、想定の中にいるプレイヤーに予想外の動きをされ、確信を持っていたシュートをこれほど見事に阻止されたのは、正直言ってまったく初めてのことだったのだ。
  _
( ;゚∀゚)「――マズい」

 と、おれは本能的に察知する。平常心を失っていた。

 ポイントガードは決して平常心を失ってはならない。どれほど熱い試合だろうと、理想的な展開だろうと、その逆にボコボコにやられていようとも、頭の中の中核の部分は常に冷めさせていなければならないのだ。でないとゲームをコントロールすることなどできやしない。

 ドライブの1歩目でぶち抜かれたウィングのあいつや、スピンムーブに蹂躙されたうちのビッグマンは、あの時こんな気持ちでいたのだろうか?

 おれが自陣に戻るよりも早く、クックルたちの速攻はそのままの勢いで2点のショットをざくりとリングに通していた。

587名無しさん:2021/09/30(木) 22:19:50 ID:qnb9qrWE0
  
 依然としてハーフラインのあたりにいるおれと戻ってきたクックルがすれ違う。一瞬だけだが視線が交わる。
  _
( ゚∀゚)「――」

( ゚∋゚)「――」

 クックルの顔。いくら平常心を失っていようとも、この目をおれから逸らすわけにはいかなかった。

 歯を食いしばってクックルの真っ黒な瞳を睨みつける。やがてクックルは適切なマーク位置まで移動していき、自然とおれたちの睨み合いは解消された。

 自陣からボールが運ばれてくる。

 おれの代わりにシューティングガードでプレイする先輩がドリブルをついて上がってきたのだ。そしてパスがおれに渡される。ドンマイドンマイ、と先輩が声をかけてくる。

 気にするな、なんならもう1回行ってみろよ、と言っているのだ。
  _
( ゚∀゚)「――気に、するな?」

 そんなわけがないじゃあないか。

 おれはその時その瞬間、その言葉が耳に入るなり、なぜだか猛烈に腹が立っていた。

588名無しさん:2021/09/30(木) 22:22:25 ID:qnb9qrWE0
  _
( #゚∀゚)「ぶふぅ〜」

 ボールを保持し、トリプルスレットの形で息を口から逃がしてやる。クックルがおれに対峙している。腹に渦巻くのは怒りのような感情だ。その場で叫びたいような気分だった。

 怖かったのだと思う。

 何がか?

 もちろんクックルの能力は恐ろしいものである。

 だが、そのクックル自体というよりも、規格外の存在に直面した瞬間のこのおれが、その困難に闘志を燃やすのではなく恐怖にのまれることの方が怖かった。

 優れたボーラーでいたいのならば、決して相手のプレイに心を折られてはならないのだ。平常心を失わず、体は熱く頭は冷たくプレイをするのが良い選手というものだろう。

 優れたボーラーになる予定のこのおれが、相手にちょっと良いプレイをされたからといって、それを気にする筈がないのだ。あってはならないことなのだ。
  _
( #゚∀゚)「――」

 無言でクックルを睨みつける。怒りは恐怖に打ち勝つための有効な手段だ。平常心にはほど遠いかもしれないが、それでも腕が縮こまってしまうよりは万倍マシだ。

 クックルは両手を伸ばした前傾姿勢でおれの視線を受け止めていた。

589名無しさん:2021/09/30(木) 22:23:14 ID:qnb9qrWE0
  
 バランスの取れた良い構えだ。どこにも隙が見当たらない。こんな空気で対応されてはかえって冷静さを取り戻してしまうというものである。
  _
( ゚∀゚)「パスするか?」

 そんな考えが頭をよぎる。なにもこの場面でパスを選択したからといって逃げたことにはならないだろう。バスケはチームスポーツなのだ。おれが1対1でどんなやり合いをするかなど、言ってしまえば誤差の範囲だ。

 しかしパスはしなかった。

 逃げたくなかったわけではない。パスをすべきだとおれの体が判断したのなら、もうパスをしている筈なのだ。頭でどうしようかと考える余地があるということは、パスをすべきではない局面なのだ。少なくともそれはおれのプレイではない。

 とはいったものの、パスをしかねないタイミングではあったのだろう。なんせおれ自身もそう思ったくらいだ。その雰囲気はおれの周囲の色をわずかに変えていた筈だ。

 ディフェンス。

 おれのパスを咎めようとしているのがわかる。

 それがわかった瞬間には既に、おれはボールを強くついていた。

590名無しさん:2021/09/30(木) 22:24:13 ID:qnb9qrWE0
  
 パス動作の初動によく似たモーションからおれはドリブルを開始していた。

 先ほどまでの雰囲気とその動き出しで、いくらかタイミングを外せた筈だ。クックルの反応はやはり適切で、しかし適切な範囲の反応はしている。ニュートラルな、隙のない構えとはわずかに異なる。

 その少しの偏りをほんの少しだけ積み重ねさせてやる。右手から左手にボールが動き、おれのステップがクックルに迫る。思考する時間は与えない。

( ゚∋゚)「――!」

 自分の重心がわずかに偏っていることにやつは気づくことができただろうか?

 クックルは優れたバランス感覚でただちにその偏りを解消させることだろう。しかし、そのためには、反応のソースをいくらかをそちらに割かなければならない筈だ。

 時間にしても運動にしても大したことのない量だ。ほとんどゼロといってもいいだろう。気づかれることもないかもしれない。

 しかしおれには見えていた。

 その発見した1点に、おれはすべてのエネルギを注ぎ込むようにして突っ込んでやったのだ。

591名無しさん:2021/09/30(木) 22:25:08 ID:qnb9qrWE0
  
 最終的にブロックしたとはいえ、突破を先ほど許してしまったクックルの反応は何ならさっきよりも鋭かった。ちまちまとした駆け引きなどすべてを無にする身体能力がやつにはあるのだ。

 1歩。

 おれが十分な加速を済ませるより先に、クックルはおれの進路を妨害していた。このままおれが体ごと突っ込み激突すれば、おれのファウルになるかもしれない。

 敵ながらほれぼれするようなディフェンスだ。

 ただし、おれにはそのまま突っ込むつもりはなかった。
  _
( ゚∀゚)「そうかい」

 と、目線でクックルに言ってやる。無表情だったやつの顔にわずかな焦りが見て取れた。

(; ゚∋゚)「――ッ!」
  _
( ゚∀゚)「何か都合の悪い思い出でもあるのか?」

 コートとバッシュの奏でるスキール音でそう訊いてやる。この摩擦は全力の加速を生み出すためのものではなく、最大限の減速でおれの体をその場に停止させるためのものだ。

 停止の動作でついでに1歩の距離を後退してやる。そこはスリーポイントラインの外だった。

592名無しさん:2021/09/30(木) 22:26:08 ID:qnb9qrWE0
  
 目線をリングに向けてやる。ほれぼれする動きでドライブに対応していた黒曜石の肉体が、今は追いすがるようにしてこちらの方へと伸びてこようとしているのがおれにはわかった。

 目線の上げ下げと重心移動。そして間接視野でコートの状況を把握したおれは、そのままシュートモーションを作ってやった。

 クックルは流石のスピードと敏捷性で、完全に後手に回った筈なのにシュートチェックを無理やり間に合わせてきた。おれの右手がボールを支え、左手を添えるようにして上昇するその動きの先に長い左手を伸ばしてくる。
  _
( ゚∀゚)「その、無理やり伸ばした左手だ。おれはそいつが欲しかった」

(; ゚∋゚)「!?」

 ピタリとボールの上昇が止まる。なぜか? もちろんおれが止めたからだ。

 何のために?

 もちろんその不適切なディフェンスを、はっきりルール違反だと咎めさせてやるためだ。

 シュートフェイクに完全に引っかかったクックルのその腕が、ファウルに取られる形となるようおれはシュートモーションを丁寧に作り直した。

593名無しさん:2021/09/30(木) 22:27:12 ID:qnb9qrWE0
  
 審判の笛が高く鳴る。クックルのファウルが宣告される。

 そうして2本のフリースローがおれに与えられた。
  _
( ゚∀゚)「こちとらチビ助出身でしてね」

 ルールを正確に理解し利用するファウルドローはかつてのおれの主な得点源だったのだ。試合に長く出るようになってからは多用しなくなってはいたのだが、大切な技術のひとつとしてプレイの選択肢にはいつも入れている。
  _
( ゚∀゚)「視線と重心移動を使ってのシュートフェイクで、そこから改めてぶち抜いてやってもよかったんだがな」

 先ほどのハーフスピンの時とは違って、今回はヘルプディフェンスの配置がおれにとってイマイチだった。

 ただそれだけだ。

( ゚∋゚)「――」

 クックルが無言でこちらを見ている。おれはそれにニヤリと笑ってやった。ドンマイ、と声をかけてやらないのは、過度な挑発行為と取られてファウルを食いたくないからだ。
  _
( ゚∀゚)「ふゥ〜」

 止まった試合の中でコートの周囲を眺め渡す。観客席にツンがいた。

 そして、その金髪のツインテールを見た瞬間、おれは先ほど自分が感じていた恐怖の根源が何なのかを痛烈に理解した。

594名無しさん:2021/09/30(木) 22:29:19 ID:qnb9qrWE0
  
 元来おれにとってのバスケは挑戦の連続だった。理不尽なほどに思える体格さや身体能力、上下関係などの諸々と共におれのボーラーとしてのキャリアは構築されている。

 いつ辞めたくなってもおかしくないようなボーラー人生だったし、いつ辞めたくなってもそれはそれで構わないようなボーラー人生だった。続けていたのは、単純にバスケが好きだったのと、おれが上手にボールを扱うと母さんが笑いかけてくれたから、そして何かとタイミングが良かったというのがほとんどだろう。

 試合に勝ちたいとは思う。しかしおれは勝つためにやっているわけではないのだ。何かを勝ち取るためにやっているわけでもないし、どちらかというと、本気でそういうことを考えるのならばもっと効率的な道が他にあるんじゃないかと思ってしまう。

 仲間のためにというのはあるだろう。特にミニバス時代のツンとの相棒関係のようなものは、おれにとって非常に大きな経験だった。あれほどのパートナーにはそれ以後巡り合っていない。

 当然と言えば当然だろう。そこにはきっと思い出補正も入っている。

 そして、そんなツンはボーラーとしてはもういない。

 その代わりにいるのは、おれの代わりに弟の面倒をみてくれている、相棒というよりスポンサーのような性質をしたツンだった。この日も母さんの都合が悪ければモララーの世話をしていた筈だ。

595名無しさん:2021/09/30(木) 22:31:06 ID:qnb9qrWE0
  
 どうしてこんな気持ちになるのかうまく説明できないのだが、ツンとの今の関係性に、世知辛さのようなものを感じていることにおれは気がついたのだった。

 ひょっとしたら、それはツンに対してだけではなくて、バスケにも言えることかもしれない。

 授業料を免除され、様々な補助を受けられる特待生としての待遇をおれは学校から受けている。今後もうまくやれたら色々なところから色々なことをやってもらえることだろう。

 それらはどれも間違いなくありがたいことなのだけれど、おれはどうしてもそこにわずかな世知辛さを感じてしまうのだ。
  _
( ゚∀゚)「――おれはひょっとして、この世界が向いてないんじゃないか?」

 そんなことを考えかけて、おれは首を振って強くそれを否定した。

 ツンがバスケに向いていない筈がないからだ。

 フリースローラインに立つ。ボールが審判から渡される。

 静寂。

 試合の時計が止められているフリースローの時間の間、おれはコートの上にいながらも試合に入り込めなくなっている自分に気づいた。

596名無しさん:2021/09/30(木) 22:32:32 ID:qnb9qrWE0
  _
( ゚∀゚)「――嫌な、感じだな」

 ボールを床に弾ませてやる。

 これまで想像もつかない回数を繰り返してきたその行動が、まるで初めてのことのように感じられた。ボールが手に馴染まないのだ。
  _
( ゚∀゚)「――」

 どこかふわふわとした気分の中、しかしおれはフリースローを規定の時間内に放たなければならなかった。

 大丈夫、大丈夫、と声に出さずに自分に言い聞かせてやる。ゆっくり息を吸ってゆっくりと吐く。しかしおれにはとっくにわかっていた。
  _
( ゚∀゚)「大丈夫と言い聞かせないといけないってことは――」

 それはもう、決して大丈夫なんかじゃないのだ。

 そしておれはそのフリースローを2本連続で失敗させた。

 おれの記憶にある限り、自分なりにフォームを固めてフリースローが打てるようになってからというもの、2本得たフリースローを両方外すというのはこれが初めてのことだった。

 そしてこの日を境に、おれはフリースローの時間に対して決してぬぐえぬ苦手意識を持つことになったのだった。


   つづく

597名無しさん:2021/09/30(木) 22:34:04 ID:qnb9qrWE0
今日はここまで。
お祭り楽しみですね。応援しています!

598名無しさん:2021/09/30(木) 23:06:49 ID:ew.Eyn4Q0
乙、今回は特に名作回だな

599名無しさん:2021/10/01(金) 20:03:42 ID:ypiMeZDc0
乙!クックルとの駆け引きめちゃくちゃ熱かった!
フリースローが今に至るまで苦手なの、とても納得がいったわ
ドクオとの関わりで何か変わるのかどうか……今から楽しみ

600名無しさん:2021/10/01(金) 20:26:43 ID:fruwS9V.0
あー今回も最高 乙です

601名無しさん:2021/10/05(火) 22:48:37 ID:ghV9kLrg0
とてもわかりやすい文章でとてもおもしろい展開

602名無しさん:2021/11/30(火) 22:22:51 ID:X6k0hi660
2-8.長岡と高岡

  
 ちょっとフリースローが入らなくなったからといって、何も変わりはしなかった。

 練習のメニューとしてのフリースローは決して下手なわけではないのだ。おれはシュート自体は得意な方で、スリーポイントラインから数メートル離れたところからのロングシュートも悪くない確率で決められる。

 普通にしてれば誰もおれのことをフリースロー苦手マンだなんて、思いつきもしないだろう。
  _
( ゚∀゚)「こりゃひょっとして、自己申告でもしなけりゃバレることないんじゃねぇかな?」

 なんてことも考えたほどだ。

 だって本番のフリースローは本番でしか打つ機会がない。練習のフリースロー・ドリルではしっかりと決めて見せ、非公式の試合では「ちょっと思うところがある」なんて言って接触プレイを避けて進み、本番では今のおれにできる限りの成功率でスローする。たまたまフリースローが全然入らない試合がいくつ続いたら世間が疑ってくることだろう?
  _
( ゚∀゚)「卒業、引退まで逃げ切れやしねぇかな〜?」

 まんざら不可能な話ではないんじゃないかとおれは思っていたのだが、自分がフリースロー苦手マンになったと確信した次の練習試合を0本中0本のフリースロー成功率でやり過ごした直後におれは、ツンから呼び出しを食らったのだった。

ξ゚⊿゚)ξ「何かあったの? 」

 と、ツンはもっともこの時のおれが困る質問をシンプルに投げかけてきた。

603名無しさん:2021/11/30(火) 22:23:39 ID:X6k0hi660
  
 まさかこんなに早く咎められるとは思っておらず、おれは思いっきり挙動不審な反応をした。仮に浮気でもしたとして、その直後にあっさりと恋人から問い詰められたらこんな気持ちになるのかもしれない。
  _
( ;゚∀゚)「な、何って・・ 何がだよ!?」

ξ゚⊿゚)ξ「だからそれを訊いてんでしょうが。あんたね、あんないつもと違ったクオリティの低いプレイをしといて、あたしが気づかないとでも思ったの?」
  _
( ;゚∀゚)「別に勝ったし! 今おれ、ちょっとドライブに頼らないプレイを模索してんだよ」

ξ゚⊿゚)ξ「模索ね。あんたそもそもドライブに頼ってなんかいないでしょ、なんならクラッチタイムの強引な突破はもっと磨いた方がいいくらいだと思うけど」
  _
( ;゚∀゚)「うぐう」

ξ゚⊿゚)ξ「・・で? 何があったの? ひょっとして、怪我でもしてんじゃないでしょうね」

 ツンの視線がおれの体を頭から足の先まで舐めていく。怪我の可能性はお互いにとって否定しておかなければならないことだった。

604名無しさん:2021/11/30(火) 22:24:44 ID:X6k0hi660
  _
( ゚∀゚)「怪我は、してねえ!」

ξ゚⊿゚)ξ「怪我は、ね」

 ふうん、とわざとらしい相槌をツンはつく。おれは責められているような気になった。
  _
( ;゚∀゚)「な、なんだよ!?」

ξ゚⊿゚)ξ「なんだじゃないでしょ。何なのよ?」
  _
( ;゚∀゚)「――」

 絶句してしまったおれは何と言えばいいものかとしばらく考えてはみたのだが、言うべきことを思いつく前にあっさりと観念をした。

 おれがこの女からその場で言い逃れをするなんて土台無理なことなのだ。
  _
( ゚∀゚)「――いやさ、フリースローが入らんのだわ」

ξ゚⊿゚)ξ「はあ?」

 思い切って正面から打ち明けてみたおれに対してツンはポカンと口を開けた。

605名無しさん:2021/11/30(火) 22:25:31 ID:X6k0hi660
  
ξ゚⊿゚)ξ「あ〜、確かにあんた最近、フリースローをよく外すわね」
  _
( ゚∀゚)「うお、わかんのかよ」

 ツンの反応におれは驚く。実際におれがフリースローを目立って外したのはクックルとやり合ったあの1戦と、次の練習試合くらいのものだったのだ。

 どちらも「フリースロー苦手マンになってしまった」という確信的な実感とは違って数字上の調子はそこまで悪いものではなかった。だからおれはこのまま隠し通すこともできるのではないかと思っていたのだ。

 それを、ツンはあっさりと看破してきたというわけだ。下手に言い逃れをせず正直に打ち明けたおれの選択は間違っていなかったことだろう。

 ただし、選択が間違っていないからといって、この先のやり取りが簡単になるわけではない。ツンは当然その不調の原因を知りたがるに違いないからだ。

ξ゚⊿゚)ξ「たまたまだろうと思ってたけど、そうじゃあないの? 何かあるなら言ってみなさいよ」

 相談くらいは乗れるわよ、と、できっこない相談をツンはもちろん要求してきた。

606名無しさん:2021/11/30(火) 22:26:22 ID:X6k0hi660
  _
( ゚∀゚)「いや、何かあるってわけじゃあないんだけどよ、なんだか最近変な感じなんだよな」

ξ゚⊿゚)ξ「フリースローの時だけ?」
  _
( ゚∀゚)「――だな。妙に素に戻って集中力が途切れるっていうかさ。ちゃんと集中しろよと自分で思いはするものの、意識したらかえって気になっちまうんだ」

ξ゚⊿゚)ξ「――」
  _
( ;゚∀゚)「まあでもそのうち治まるだろうからさ! それまでちょっぴりプレイスタイルを変えてみてんだ。気分転換っていうかさ」

 そのようにジェスチャーを交えて語るおれをひんやりと見つめ、ツンは小石を投げるように呟いた。

ξ゚⊿゚)ξ「――それ、イップスってやつかもしれないわね」
  _
( ゚∀゚)「いっぷす?」

ξ゚⊿゚)ξ「野球やゴルフでの話が有名なんだろうけど、ある特定の場面で思い通りに体が動かなくなるような症候群のことよ。精神的なストレスとかプレッシャーが原因と考えられる場合が多いんじゃないかしら」
  _
( ゚∀゚)「――いっぷす」

 その何とも耳に慣れない不思議な響きの単語をおれはゆっくりと繰り返した。

607名無しさん:2021/11/30(火) 22:26:49 ID:X6k0hi660
  
ξ゚⊿゚)ξ「まあでもわかんないわね。あたしもそこまで詳しいわけではないし、少なくとも動画で見たことのあるザ・イップスって感じの症状とあんたは違うと思う」

 言われなきゃわからないくらいだし、とツンは続ける。おれはツンに言われるままに動画で典型的なイップス症例を確認した。

 ぎこちない。という言葉では表しきれないぎこちなさがそこにはあった。

 動作の途中で強制終了をかけているような不自然さで、本能的な恐怖を見ている者に感じさせる動きだ。手に冷や汗をかいているのが自分でわかる。
  _
( ;゚∀゚)「これは――ヤバいな」

ξ゚⊿゚)ξ「でしょ? あんたのフリースローにこういった気持ち悪さはないから、イップスだとしてもたぶんまだ軽症なんでしょうね。だからちょっとフリースローと距離を取るっていうのは、ひょっとしたらアリなのかも」

 知らないけど、と保険の言葉を付けたしながらツンは言った。

 おれはそれに素直に頷く。そして頭にぼんやり浮かべて考える。

 このおれのフリースローに対する意識がイップスと呼ばれるものかどうかは知らないが、その原因がおれにはわかっているのだ。

 そしてそれはおれにも誰にも、どうしようもないことだった。

608名無しさん:2021/11/30(火) 22:27:23 ID:X6k0hi660
○○○

 問題は他にもあった。

 元々あった問題が誤魔化しきれなくなってきたと言った方が正確かもしれない。

 それはやはりというか、モララーの世話だった。おれたちにとっての高校1年生の冬にめでたく3歳児になったモララーは、正式に幼稚園通いを始めていた。

 それまでの2歳児クラスは行くも行かないもかなり適当で、母さんやツンの都合によってどうするかを都度決めていたようだった。それがそれなりにカリキュラムのようなものを用意されることになり、体調不良などのちゃんとした理由がなければ気楽に休むこともできないし、その逆に「やっぱり今日もお願いします」とメッセージひとつで預けることもできなくなるようなのだ。

从'ー'从「いやあ、これはなかなか、大変ですね。母数が増えるから仕方ないとはいえ」

ξ゚⊿゚)ξ「本当に」

从'ー'从「時間がな〜 預かり保育がもうちょっと融通効けばいいんだけど、なんか微妙に短いんだよね」

ξ゚⊿゚)ξ「17時半回収がマストって、定時で上がってもギリギリですよね?」

从'ー'从「まあ保育士さんたちも帰らなきゃならないからね、それでも2時間以上延長しているわけで、頑張ってはくれてるんだろうけど・・」

 当日中に処理しなければならない仕事が降ってきても残業できないのはかえってつらい、と母さんは深くため息をついた。

609名無しさん:2021/11/30(火) 22:28:10 ID:X6k0hi660
  
 それは母さんとツンが月1回ほどの頻度で行っている『モララー子育て作戦会議』でのやり取りだった。定期的に意見交換する場を設けなければ言いたいことを言えずに不満が溜まってしまうかもしれないという危惧の元、上等なケーキとミルクたっぷりのカフェオレをお供に行われる催しだ。

 意見交換というより、年頃の女の子とキャッキャウフフお喋りしたいという母さんの欲望によって開催されているような気がしてならない。

ξ゚⊿゚)ξ「あら、大事よ、お喋りは。世のストレスの大半は綺麗なお姉さんとお喋りしてたらどこかに行っちゃうんだから」

从'ー'从「あらお姉さんなんて、嬉しい。ふふふ」
  _
( ;゚∀゚)「ふふふ、じゃねェよ気色悪いな」

 そうした同級生の女友達と母親がお喋りするという強烈な空間は、おれにはどうにも耐え難いものだった。

 だからおれは自然とモララーの世話をする担当としてその会議に参加する形に落ち着いた。おれに発言権はほとんどない。この家庭内で他におれにもできる仕事といえば、力のいるゴミ出しや水回りの掃除、買い物なんかがせいぜいだった。

 ひとりでできるバスケの練習は内容がひどく限られる。加えておれはチームの中心選手になろうとしていたので、部活を休むこともどんどん難しくなっていたのだ。

610名無しさん:2021/11/30(火) 22:28:41 ID:X6k0hi660
  
 時間の融通が難しくなっていたのは母さんも、そしてツンも同様のようだった。

 なんせツンの志望は医学部進学だ。おれには想像もつかないほどの、並々ならぬ勉強態度が必要となることだろう。おれたちが高校2年生となる頃には綱渡りのようなタイムマネージメントで生活と子育てをなんとか成立させているような有様だった。

ξ゚⊿゚)ξ「この日のこの講義はどうしても聞きたい・・ その前後はいらないとして、予備校までの距離を考えると、お迎えは無理ですね。すみません」

从'ー'从「わかった、それじゃあ一旦早めに病院を出て、お尻を回収して仕事に戻るわ。自分のデスクでお絵描きでもさせとく」

ξ゚⊿゚)ξ「あ、それじゃあ、授業終わったらそっちに迎えにいきましょうか? お家に帰してお風呂とご飯はやっときますよ。ジョルジュが帰ってきたら交代で。いいわね」
  _
( ゚∀゚)「おっけ〜。モララー、母さんとこでいい子できるか?」

( ・∀・)「任せてン。モララーいい子よ!」

从'ー'从「こころづよ〜い。いつもそれに裏切られるけど!」

( ・∀・)「あいあい、裏切るよォ!」
  _
( ;゚∀゚)「褒めてねえんだよ。裏切るな」

 と、まあこんな調子だ。

611名無しさん:2021/11/30(火) 22:29:18 ID:X6k0hi660
  
 そうしたわけで、意外と何とかやっていけるもんだなと思っていたものだったが、ついにはどうにもならない事態となった。

 それぞれにマストの、動かし難い用事が入る日が奇跡の一致をみせたのだ。

从'ー'从「・・・・」

ξ゚⊿゚)ξ「・・・・」
  _
( ゚∀゚)「・・・・」

从'ー'从「私はこの日、システム改修の立ち合いがあって、どうせ一発で上手くいくわけがないからある程度動くようになるまで帰れないんだよね・・」

ξ゚⊿゚)ξ「あたしは模試です。これを受けないと言ったらさすがに親にも担任にもブチ切れられる予感がしますね」

从;'ー'从「おおう、それは是非ともやめてちょうだい。私が社会的に抹殺される」

ξ゚⊿゚)ξ「ですよね〜。預かり保育は?」

从'ー'从「回収が5時だから、間に合う気がしないなぁ」

ξ゚⊿゚)ξ「5時か。普通に受けたら模試が終わるのは5時45分・・ 試験科目を減らせばなんとか?」

从'ー'从「それは絶対やめなさい」

612名無しさん:2021/11/30(火) 22:29:49 ID:X6k0hi660
  
 おれはと言えば、その日は完全に試合だった。それも練習試合ではなくインターハイ予選の公式戦で、バスケ部特待生の身分でこの試合を欠場したいと言い出した場合の大人たちの反応は想像してみる気にもならない。

 うちのチームの試合開始は午後2時半。試合終了後ひとり速やかに撤収し、ダッシュで駆けつければなんとか5時に間に合うかもしれない。

 そのようにおれが考えていると、ツンに目で制された。

ξ゚⊿゚)ξ「あんたは無理よ。考えるのをやめなさい」
  _
( ;゚∀゚)「おおう、なんでわかるんだ」

ξ゚⊿゚)ξ「せいぜい試合後ミーティングにもちゃんと参加しておくことね。やっぱりあたしが1科目減らすか――」

从'ー'从「いや、私が17時までに回収して、子連れでシステム改修に臨むというのが現実的なところだと思う。業者もいるから面倒といえば面倒だけど、まあ別に院長や事務長に断っとけばいいだけだしね。この土日にやるって決めたの私じゃないし」

ξ゚⊿゚)ξ「でも、あまりやりたいことではないんですよね?」

从'ー'从「――それはまあ、そうね」

ξ゚⊿゚)ξ「実はあたしの提案はもうひとつあるんです。こういう全員NGな日って今後もあると思うんですよね。というか、増えていくんじゃないかと思う」

 ツンの提案とは、なんとこのモララー育児メンバーをひとり増やそうというものだった。

613名無しさん:2021/11/30(火) 22:30:13 ID:X6k0hi660
  
从'ー'从「なんと」
  _
( ゚∀゚)「そんなことができるのか?」

ξ゚⊿゚)ξ「実はひとり、候補がいるの」

 ハインリッヒ高岡ってわかる? とツンは言った。おれはもちろん頷いた。
  _
( ゚∀゚)「お嬢様だろ?」

ξ゚⊿゚)ξ「そうそう、高岡家のお嬢様」

从'ー'从「高岡家というと――」

ξ゚⊿゚)ξ「もちろんあの高岡家です。したらば学園の経営者としてもあたしたちにおなじみ」

从'ー'从「ワオ。このアパートのオーナーとしてもおなじみじゃない」
  _
( ゚∀゚)「なんでまたそんなお嬢様が子育てに興味を?」

ξ゚⊿゚)ξ「子育てっていうか、ジョルジュに興味があるみたいだったわ」
  _
( ゚∀゚)「ワオ。モテ期か?」

 違うわ、とツンが即答ではっきり否定するものだから、おれはとても驚いた。

614名無しさん:2021/11/30(火) 22:30:52 ID:X6k0hi660
  
ξ゚⊿゚)ξ「ハインはね、絵を描くの」
  _
( ゚∀゚)「え?」

ξ゚⊿゚)ξ「そう、絵。油絵とかね」
  _
( ゚∀゚)「ああ、絵ね。それで?」

ξ゚⊿゚)ξ「ジョルジュをモデルにしたいって言ってた。あ、いや、違うか。モデルにしたいかどうか、見定めたいと言ってたわ」
  _
( ゚∀゚)「みさだめる・・」

 難しい言葉だなあ、と思うと同時に、なんだか偉そうな態度だなあ、とおれは思った。

 もっとも、ハインリッヒ高岡といえば、接点をもったことのないおれでも知っているほどのおれたちの学校の有名人で、お嬢様だ。偉そうな態度も当然許されるのかもしれない。

 しかし、ツンのフォローはやや意外な角度からのものだった。

ξ゚⊿゚)ξ「まあハインの絵はガチだからね。芸術家的に、そういう態度になっちゃうのかも」
  _
( ゚∀゚)「フゥン」

 とりあえず一度会ってみるかという話になった。お互いのためにだ。

615名無しさん:2021/11/30(火) 22:31:20 ID:X6k0hi660
○○○
  _
( ゚∀゚)「どうも。ジョルジュ長岡です」

从 ゚∀从「ハインリッヒ高岡だ! なんかオレたち似た感じの響きだな、以後よろしく!」
  _
( ゚∀゚)「どうもどうも」

 ハインでいいぞ、と呼び名を指定してきたお嬢様は、字面から受ける“お嬢様”のイメージからは程遠いキャラクターをしていた。

从 ゚∀从「だってオレ、女で末っ子なんだもん。戦略結婚っつ〜の? そういったお家事情に巻き込まれることもなさそうだってなことで、こうして伸び伸び育てられちゃったってわけさ!」

ξ゚⊿゚)ξ「生まれてこの方、性格が強烈過ぎて早々に匙を投げられただけかもしれないけどね」

从 ゚∀从「ハ! 違いねえ! まあそれでこっちは好き勝手できるんだから、匙投げ大歓迎ってところだな!」

 ひと切れあたりの代金でそこらへんの定食なら食べられそうな高級ロールケーキを手づかみで口に運び、ハインはそんなことを笑って言った。

616名無しさん:2021/11/30(火) 22:33:16 ID:X6k0hi660
  
ξ゚⊿゚)ξ「さてさてハインお嬢様、今回はこの長岡くんのお家のお手伝いをしてくれると伺っておりますが・・」

从 ゚∀从「オウ! なんせツンが出してきた条件がそうだったからな。やらせてもらうわ」
  _
( ゚∀゚)「・・いいのか? なんつ〜か、お嬢様にそんなことをさせたりして?」

 あいつウンコ漏らすかもしれねぇぞ、とおれはハインをチラ見して言った。当時のモララーはひとりで小便ができるようになってはいたが、何故か必ず大便はオムツで行うという不思議なポリシーを持っていたのだ。

 どちらかというと聞き分けは良い方だろうと思うのだが、小さな体に大きな決意でモララーは決してそれを曲げようとしなかった。母さんもツンも当然おれも、そんな強情さに根気強く付き合うよりは、大便用のオムツを定期購入してお互いの平穏を願い合うことにしていたのだった。

 モララーが幼稚園にオムツを持っていくことはできない。何をどうすればそんなコントロールが可能なのか、モララーは決して幼稚園で便意を催すことなく、あらゆる大便をケツの穴の中に留めたままで器用に家に帰ってきた。
  _
( ゚∀゚)「んでもガキのやることだから、見込みが甘くってたま〜に玄関前で事切れるんだわ」

从 ゚∀从「括約筋が?」
  _
( ゚∀゚)「すべての動作が停止して異臭が漂いまくってんのに、その後まるで漏らしてませんよヅラをするんだから大したもんだよ。漏らラーと呼ぼうかと思っちゃうね、って、やかましいわ!」

ξ゚⊿゚)ξ「お後がよろしいようで」

617名無しさん:2021/11/30(火) 22:33:46 ID:X6k0hi660
  
 我が家の恥部をさらけ出した注意喚起も意に介さず、結局ハインはモララーの世話をしてくれるということになった。

从'ー'从「ありがたいことねえ」

ξ゚⊿゚)ξ「とはいえ、いきなりワンオペ育児は途方が暮れちゃうことだろうし、何より少なくとも子供を殺さないようにしないといけないから、あの日までに何度かあたしたちのお世話を手伝ってちょうだい。イケるわと思ったらもういいから」

从 ゚∀从「おっけ〜☆ オレの女子力見せてやんよ!」
  _
( ゚∀゚)「一人称がオレの女の子に女子力というものが・・?」

ξ゚⊿゚)ξ「子育てに必要なのは女子力ではなく筋力と忍耐力であると気づいてからが本番だけどね」

从 ゚∀从「きんりょく? お世話しながら子供と遊ぶだけだろ?」

ξ゚⊿゚)ξ「3歳児モララーの体重はおよそ14キロほど。10キロの米袋より重いのよ」

 そしてその14キロほどの肉塊が軽い気持ちで永遠に終わらない抱っこや肩車、さらにはその状態での飲食を求めてきたりするのだ。おそらくモララーは10秒ほどだったら行うことができる全力疾走を1時間続けられないことが本当に不思議でしょうがないに違いない。

从'ー'从「私はふたり目だからそこまで驚きはしないけど、『ちょっと休憩』が本当にちょっとで終わって、しかもちゃんと回復しやがることにはいまだに愕然とするわね〜」

 母さんはコーヒーをすすってそう言った。

618名無しさん:2021/11/30(火) 22:34:17 ID:X6k0hi660
  
 そもそも高岡家のお嬢様に家事などできるというのだろうか?

 そんな庶民の素朴な疑問はただちに否定されることとなった。

 子育て体験の1日目をツンと過ごしたハインは、驚くほどの高評価をツンから付けられていたのだった。そして体験2日目はガチ目な練習試合の翌日で、長時間出場していたおれは軽い練習をこなした後ハインと合流してモララーを迎えに行っていた。
  _
( ゚∀゚)「いや〜、ほとんど言うことなしって聞いてますけど本当ですかね」

从 ゚∀从「失礼な。楽しかったよな、モララー?」

( ・∀・)「ハイン好き〜 絵ぇ描いてン!」

从 ゚∀从「へいへい何でも描いちゃうよ〜ん」

 お家帰ってからな、とモララーの頭を撫でるハインはどこから見ても子供を可愛がる良いお姉ちゃんで、高岡家のお嬢様という先入観とその豪胆に見える振舞いから勝手に抱いていたイメージと大きく異なることに、おれは素直に反省させられた。
  _
( ゚∀゚)「うわ、マジで懐いてんじゃん。何というか、見くびってましたわ。失礼しました」

从 ゚∀从「ひひ。絵は最高のコミュニケーション・ツールだからな!」

 オレにかかりゃあこんなもんよ、とハインはニヤリと笑って見せた。

619名無しさん:2021/11/30(火) 22:34:47 ID:X6k0hi660
  _
( ゚∀゚)「しかし家事もできるとわ・・ 女子力、あるんスね高岡さん」

从 ゚∀从「女子力マンなんだよオレは。任せなさい」
  _
( ゚∀゚)「マンの定義が覆されちゃう!」

从 ゚∀从「ほ〜らモララー、お兄ちゃんだぞ。眉毛を太くしとこうね〜」

( ・∀・)「じょるじゅ! じょるじゅのマユゲよォ〜」

从 ゚∀从「ズラしとこうね〜」

( ・∀・)「ズレちゃって! キャッキャッ!」

 そこらへんにある鉛筆やクレヨンから魔法のように描き出されるおれの似顔絵が誇張表現とデフォルメによって何とも面白いイラストに仕上がっていく。その間におれができることといえば、ハインがモララーに言われるままにペンを走らせ、モララーが描く何かにほんの少し手を加えて爆笑をさらうのを眺めていることくらいのものだった。

从 ゚∀从「おっしゃモララー、ちょっと頑張ってそれ描いてな。オレは洗濯してくるからよ、戻ってきたら見せてくれよ」

( ・∀・)「がんばってかく! ハインはせんたくしないとだめよ!」

从 ゚∀从「あいよ〜」

620名無しさん:2021/11/30(火) 22:35:09 ID:X6k0hi660
  
 ハインは洗濯もテキパキとこなした。モララーの世話をするまで自分で洗濯機を回したことのなかったおれよりずっと手慣れていたことを認めないわけにはいかないだろう。

 視線で言いたいことがわかるのか、おれと目が合ったハインはニヤリと笑って得意げに顎を上げた。

从 ゚∀从「絵ぇやってるとさ、そりゃもうめちゃくちゃ汚れんのよ。だから掃除も洗濯もお手のもの、一般家庭の汚れなんざハインちゃんには屁でもねえや」
  _
( ゚∀゚)「おみそれしました」

从 ゚∀从「ハ! 尊敬したまえ」
  _
( ゚∀゚)「はは〜」

从 ゚∀从「よろしい!」

 へりくだって下げたおれの頭を軽く叩くと、ハインはそのままおれの頭に何かゴムの締め付けを感じるものを被せてきた。

 ぴったりとフィットする。ツインテール用ではない大きな穴がふたつ空いたそれは、間違いようもなくおれのパンツだった。

从 ゚∀从「ツンにパンツまで洗わせてんのか? このスケベ!」
  _
( ゚∀゚)「別に分けろって言われてねえからなァ」

 パンツを被ったままのおれはそう言った。

621名無しさん:2021/11/30(火) 22:35:40 ID:X6k0hi660
  
 言われて気づいたが、確かにおれはパンツの洗濯までツンにされるようになっていた。手渡しているわけでもないので意識したことがなかったのだ。
  _
( ゚∀゚)「ツンの洗濯をおれがすることはないからな、気づかんかったわ」

从 ゚∀从「デリカシーよ。お前ら一応年頃の男女だろうが」
  _
( ゚∀゚)「申し訳。しかし、混ぜちゃだめラインを作ってくれれば守るけどな、練習着やら何やらあるから、完全におれのものは別にしろってのはちと厳しいんだよな」

从 ゚∀从「いや別にオレはいんだよ。こうしてパンツを洗い、洗ったパンツを持ち主に返す技術もあるからよ」
  _
( ゚∀゚)「技術ときますか」

从 ゚∀从「オウ。そのへんツンとジョルジュは意識したりしないのかな、って、ちょっと思っただけですわ。これでも思春期女子なものでしてね」
  _
( ゚∀゚)「意識か〜」

 腕を組んで考える形を取ってはみたものの、しないなァ、という純粋な否定以外の何も自分の中に見つからなかった。

622名無しさん:2021/11/30(火) 22:36:31 ID:X6k0hi660
  
だからおれはそのままの感情を口に出すことにした。
  _
( ゚∀゚)「ツンを女として見るか、ってことだろ? しねえなァ」

从 ゚∀从「ワオ、断定的」
  _
( ゚∀゚)「だって小学校の時から一緒にバスケやっててさ、あいつずっとおれより上手くて強かったんだもん」

从 ゚∀从「へ〜、やってて辞めたのは知ってたけど、ツン、そんなにガチだったのか」
  _
( ゚∀゚)「おれよりずっとガチだったんじゃねえかな。とにかく、そんなボーラーをおにゃのことして意識するってのはちょっとないかな。あっちもそんな感じじゃねえの?」

从 ゚∀从「いやそうなんだよ、向こうもそんなことを言っててさ。怪しいもんだな〜と思いまして、こうして訊かせていただいたわけですわ」
  _
( ゚∀゚)「満足していただけたなら何より」

从 ゚∀从「い〜やまだだね! ちょっと色々訊いてもいいか?」
  _
( ゚∀゚)「えぇ何だよ・・ 思春期の好奇心こわ!」

623名無しさん:2021/11/30(火) 22:37:03 ID:X6k0hi660
  
 しかしおれには訊きたいというのを拒む理由がまったくなかった。その迫ってくる圧力のようなものに引かないと言ったら嘘になるが、そんなことでこれからモララー方面でお世話にもなる高岡家のお嬢様の希望を叶えられるというならおれにとっても本望だ。
  _
( ゚∀゚)「まあいいけどよ、続きはモラ世話が終わってからな。お絵描きでの時間稼ぎもぼちぼち限界だろ」

从 ゚∀从「だな。お〜いモララー、夕飯一緒に作ろうか? お手伝いしてくれよ」

( ・∀・)「お手伝いスル〜」

 声をかけられたモララーが明るく答える。そんな幼児のやる気を聞きながら、おれはハインの横顔を眺める。

 魅力的な顔だった。

 もともと彫りが深いのだろう。化粧をしているようには見えないが、太い筆で一度に引いたようなはっきりとした輪郭は、それぞれが激しく主張する顔のパーツを絶妙なバランスで成立させている。

 妙な迫力を感じる種類の美人だ。いかにも手入れをしていませんという雰囲気をした、色素の薄いざっくりとした髪の向こうから鋭い視線がおれの方に向いているのにおれは気づく。

从 ゚∀从「どうかしたんか?」

 いや別に、とおれは言った。

624名無しさん:2021/11/30(火) 22:37:32 ID:X6k0hi660
○○○

 おれから見てもハインに減点の要素はなく、めでたくモララーのお世話をしてもらうことになった。

 ただしこれは、おれたちの希望としては、の話である。一応口約束は成立している筈だが、交換条件として出されていたのは、おれを絵のモデルとするかどうかを検討する機会を与えるというものだった。

 仮にその検討の結果、やっぱり描くに値しないということになるのであれば、すべてを反故にされてもおれたちにはどうしようもないのだ。

 おれの知らないところでとっくにハインとの挨拶あれこれは済ませているらしい母さんにモララーを引き継ぎ、おれはこの高岡家のお嬢様をそのご自宅まで送ってさしあげる道すがらにいた。
  _
( ゚∀゚)「どうですかね、うちのモララーは。可愛いもんでしょ?」

从 ゚∀从「あァ、可愛いもんだな。・・何だよその口調と態度は」
  _
( ゚∀゚)「いやァ、ここにきてやっぱりオールキャンセルだ、なんて言われたら困るな〜なんて思いましてね。こうして下手に出ているわけです」

从 ゚∀从「なんじゃそら。そんなことするわけねえだろ」
  _
( ゚∀゚)「いやァ、芸術家ってそういうイメージじゃないスか?」

从 ゚∀从「さてはへりくだってねぇなてめえ」

 喧嘩売ってんのか、とハインは笑って言った。

625名無しさん:2021/11/30(火) 22:37:57 ID:X6k0hi660
  
从 ゚∀从「約束だからな。たとえインスピレーションが湧かなかろうが、1日はひとりでお世話させていただきますよ。ちゃ〜んとね」
  _
( ゚∀゚)「それは安心」

 わかりやすく胸を撫で下ろして見せてやる。ハインはそれに頷いた。

从 ゚∀从「しかし絵は描かせてもらうぜ。その絵のモデル料、っていうか、肖像権みたいなものは、お世話の対価にいただくからな」
  _
( ゚∀゚)「しょ〜ぞ〜けん? よくわかんねえが、裸でポージング取らされるわけじゃあないんだろ?」

从;゚∀从「お前の絵描きイメージはどこで培われたものなんだ・・?」
  _
( ゚∀゚)「だってよくわかんねえんだもん。モデルってそういうことじゃあないのかよ」

从 ゚∀从「お前はバスケットボール選手だろ。当然オレが書きたいのはバスケットボール選手としてのジョルジュ長岡だ。だから試合を見たり練習を見たり、もしくは話してみたりして、湧いてきたものを描かせてもらう。だからおれがお前を描くための時間をそれほど取らせることはないだろうよ」

 描きたいものが決まった後にちょっとポーズ取ってもらったりはするかもしれないけどな、とハインは続ける。

从 ゚∀从「昨日の試合も観たけどなかなか良かったぜ。ま、正直バスケはよくわかんね〜けど」

626名無しさん:2021/11/30(火) 22:38:39 ID:X6k0hi660
  _
( ゚∀゚)「そいつはどうも」

 おれはそう言いながら、いつもの口調を意識してそのまま訊いてみることにした。
  _
( ゚∀゚)「何か気が付いたことがあったら教えてくれよな」

从 ゚∀从「ハァ? オレが?」

从 ゚∀从「オレ素人だぞ。実際、楽しくはあったがよくわかんなかった。気が付いたことなんてあるわけね〜だろ」
  _
( ゚∀゚)「いやいやその、なんつ〜の? 変に玄人かぶれていない純粋な意見が欲しいわけだよ」

从 ゚∀从「くもりなきまなこ?」
  _
( ゚∀゚)「そうそう。是非見定めてくれ」

从 ゚∀从「う〜ん、そうだなァ・・ あ、そうそう」

 フリースロー、とハインの口から出てきた言葉を耳にした瞬間、おれは反射的に息を吸った。

627名無しさん:2021/11/30(火) 22:39:10 ID:X6k0hi660
  
从 ゚∀从「フリースローってあんなに外すもんなのか? お前半分くらい外してたよな」
  _
( ゚∀゚)「――」

从 ゚∀从「おっと、怒らないでくれよ、オレもあんまりよくない質問かもなとは思うんだけど、お前が言えって言ったんだからな」
  _
( ゚∀゚)「怒りはしねェよ」

 それどころか良い質問だ、とおれは言った。

 口の端が小さく歪むのが自分でわかる。半分は自嘲で、もう半分は安堵のため息を浅く吐く。
  _
( ゚∀゚)「――普通は、あんなに外さねえ。平均値は知らないけどよ、まあ7-8割くらいは決められるやつの方が多いだろうな。特におれのポジションではよ」

从 ゚∀从「ほ〜ん。苦手なのか?」
  _
( ゚∀゚)「苦手、だな。こればっかりはしょうがないんじゃねえかなァ。・・てな感じで、受け入れるしかないと思ってる」

从 ゚∀从「なるほどね」

 そう言いハインはニヤニヤと笑う。からかっているというよりは、純粋に楽しんでいるような顔だ。少しめくれた唇の隙間から白い歯がわずかに見える。普段は鋭い印象を受ける目が好奇心に輝いて見える。

 そしてハインは大きく1歩、おれの方へと近づいてきた。

628名無しさん:2021/11/30(火) 22:39:33 ID:X6k0hi660
  
从 ゚∀从「それ。とても人間的なイイ顔だな」
  _
( ;゚∀゚)「・・そいつはどうも」

从 ゚∀从「フリースローがコンプレックスなのか?」
  _
( ゚∀゚)「はぁ!?」

从 ゚∀从「違うならスマンな、そういうふうに見えたんだ」

 ハインは歌うようにそう言って、覗き込むようにしておれを見た。

 おれは半ば呆れて視線を返す。おれが本当にフリースローの成功率に対してコンプレックスを抱いていたら一体どうするつもりだったのだろう? おれが脊髄反射で激昂してしまったとしてもこのニヤニヤ笑いを続けるのだろうか?

 もしコンプレックスがおれにあるとすれば、それはフリースロー成功率の低さ自体ではなく、その根底にあるものに対してであることだろう。そのくらいの自覚はおれにもあった。

 その瞬間、おれの脳裏に直感が走る。
  _
( ゚∀゚)「――まさか」

 そこまですべてを見通しながら、大きな問題にならない範囲でおれの逆鱗に触れることを楽しんでいるとでもいうのだろうか?

 女子にしては大きなハインの口から赤い舌が小さく伸び、笑みが浮かぶその唇をゆっくりひと舐めするのを、おれは吸い込まれるようにじっと見つめた。

629名無しさん:2021/11/30(火) 22:39:54 ID:X6k0hi660
  
从 ゚∀从「――やっぱり、イイな」

 気に入った、とハインはネコ科の動物が獲物を見るような目で言った。
  _
( ゚∀゚)「なんだよ」

从 ゚∀从「さっきの話の続きなんだが」
  _
( ゚∀゚)「フリースローの?」

从 ゚∀从「いや、お前とツンの話だな」
  _
( ゚∀゚)「ああね。そういや詳しく聞きたいって言ってたな」

 おれとツンの一体何を訊こうというのだろう?

 おれは素朴な疑問を抱く。

 確かにおれとツンの間にはただの友達以上の関係性がある。それが気になるひともいることだろう。しかしハインには既にある程度の説明はしていて、先ほどおれのツンへの気持ちもお知らせしたのだ。

 話せる範囲のことは大方話し終わったつもりのおれに、ハインはやはりニヤリと笑った。

从 ゚∀从「――ツンって相当変わってんじゃん? 最初、オレはそれが面白いなって思ってたんだ」

630名無しさん:2021/11/30(火) 22:41:05 ID:X6k0hi660
  _
( ゚∀゚)「――うん? ま、変わっているかな?」

从 ゚∀从「オレが言うのもなんだけどかなりのもんだと思うゼ。だって付き合ってもない男のためにさ、こんな時間と労力を注ぎ込んで、何の見返りもないようなもんじゃん?」
  _
( ゚∀゚)「そうだな。そこはおれも不思議に思わんでもない」

 おれはハインの言に深く頷く。

 例の事故と膝の怪我、そして怪我が治ったことになってからのツンの状態と実際のプレイ、そして事故以前のボーラーとしてのツンを知っているおれにとってはツンの動機は納得できるものではあったが、それを他のひとにも求めることはできないだろう。それくらいはおれにもわかる。

 ツンがどこまで自分の思いのたけをハインに打ち明けているかは知らないが、どちらにしてもハインの疑問はとても自然なものだとおれも感じるところである。

从 ゚∀从「かわいくて頭も良くてさ、真面目だけども不器用でもないって最強じゃん? オレとはかけ離れてるから気になって、そんなツンが尽くす男はどんなもんじゃろと思ってたんだよ」

 品定めするような視線をおれの頭の上から足の先までわかりやすく這わせたハインは、やはり笑みを浮かべて頷いた。

从 ゚∀从「こんな感じの男とはね」
  _
( ゚∀゚)「こんな感じの男です」

 よろしくどうぞ、とほとんど意味がわからずにおれは言った。


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