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錬金術師は遂せるようです

1 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 00:49:46 ID:YLCyI6VU0
ラノブンピック参加作品です
ややグロ注意

2 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 00:50:37 ID:YLCyI6VU0



これは真実にして嘘偽りなく、確実にして最も真正である。
下にあるものは上にあるもののごとく、
上にあるものは下にあるもののごとくであり、
それは唯一のものの奇蹟を果たすためである。
万象は一者の観照によって一者に由って起こり来たれるのであるから、
万象は一つのものから適応によって生じたのである。
太陽はその父、月はその母、
風はそれを胎内に運び入れ、地はその乳母である。
全世界におけるあらゆる完成の父はここにある。


   ――『エメラルド・タブレット』 ヘルメス・トリスメギストス


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3 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 00:51:45 ID:YLCyI6VU0


前章 錬金術師は導くようです


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4 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 00:52:43 ID:YLCyI6VU0
日本全国津々浦々、数ある駅の中でも五本の指に入る乗降者数を誇るターミナル、
美府駅の地下道を行き交う人混みは、揃いも揃って黒々しい。
何故なら親子連れから年若いカップルに至るまで、
魔法使いの格好をしていたからだ。
クリスマスにバレンタイン、ハロウィンにイースター。
数ある宗教イベントを食い潰してきた資本主義が
お次に目を付けたのは、ドイツの祝祭――ワルプルギスの夜だった。
春の到来を喜ぶその祭りは、厄除けを兼ねて
魔女の仮装をし、篝火を焚くのが本来の習わしである。
だが妥協と利率の折半により、和製ワルプルギスの夜は、
春季ハロウィンパレードと化していた。
中にはアメコミのヴィランやゾンビまで混じっているのだから、
明らかにハロウィンの衣装を使い回していることが伺えた。
帰宅ラッシュを大幅に超える人の波は、
これより地上を練り歩き、騒ぎ狂うのだろう。
だがどんな場所にも、例外は存在する。

( ^ν^)チッ...

舌打ちする男――入間の内心は、

( ^ν^)(どいつもこいつも、魔女宅の
       焼き増しみてぇな格好しやがって)

このように穏やかではなかった。
しかし彼が見つめる喧騒とやらは、
些細な怒りに目を向けることはなかった。
入間の纏うグレイのスーツは萎びており、
かろうじて見える襟元は皺にまみれていた。
スラックスは細身の彼にはやや大きいらしく、
行き場のないプリーツが突き出すように山を張っている。
だというのにソックスは真っ白で、
まるで中学生が履くブリーフのようだった。
唯一目を向けられるのは、革靴くらいだろうか。
黒曜の輝きを放つそれは、行き交う人々の姿を映す鏡そのものだった。
俯きながら壁に寄りかかり、エナジードリンクの空き缶を
握り潰す入間は、ブラック企業の社畜以外の何者でもなかった。
ゆえに人々は機嫌の悪そうな彼を、
無意識のうちにシャットダウンしていた。
楽しいワルプルギスの夜に参加することで、
彼らの頭はいっぱいいっぱいだったからだ。

5 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 00:53:18 ID:YLCyI6VU0
しかし入間にとって、それはかえって都合が良かった。
懐からスマホを取り出し、入間は時刻を確認する。
背後のボックス――レンタルコワーキングオフィスに
『彼女』が入室して、五分が経とうとしていた。

( ^ν^)(遅くねぇか?)

女性と同伴した経験の少ない彼は、少々苛立っていた。
だが何も起きていない以上、乱暴に急かす理由もない。
スマホを仕舞う入間は、ジッパー付きの小袋を取り出した。
白い結晶が収まったそれは怪しく見えるが、中身は岩塩である。
飴でも舐めるかのように、入間はそれを口に放り込んだ。
バキ、ガリ、ゴキ、
顎に伝わる硬さが、入間の心を癒していく。
彼は、歯応えのある食べ物が好きだった。
顎を伝って頭蓋が揺れる感触が、己が歯の健常さを確かめる瞬間が、
舌に尖る塩味の濃さが、ささくれた心を安寧に導いてくれるのだ。
くわえて食べ終わるのに時間がかかる為、丁度いい暇つぶしになった。
やがて寄りかかっていたボックスより、
振動が彼の背中へと訴えかける。
いよいよ扉が開いたのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「お待たせしました」

鈴を鳴らすような声で、少女――高出 都子(たかいで みやこ)は呟いた。
微かに上気した頬は、緊張によるものだ。

( ^ν^)「別に。
       着替えるには、ちょっと狭かっただろう」

カモフラージュ用の空き缶をゴミ箱に捨て、入間は穏やかな口調で言う。
微かに頷く都子は、入間の嘘に気付いていないらしい。
ホッとした様子を見せる彼女は、魔女の仮装をしている。
大手量販店の通販サイトで買ったものだが、値段の割に生地はしっかりしている。
ナイロン製の黒レースは雪色の肌に美しく隷従し、
ふんわりとしたパニエがスカートを膨らませていた。
女心に興味のない入間が見繕ったものだが、その出来栄えに彼は咳払いする。
無論それは、彼の耐性のなさによるものだった。

( ^ν^)「ちょいと、こちらに」

気を取り直し、入間は諸手を広げた。
不慣れな都子はそろそろと近付くが、些か距離がありすぎた。

6 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 00:53:47 ID:YLCyI6VU0
( ^ν^)「失礼」

ζ( 、 *ζ「!」

入間に抱かれ、小柄な都子はすっかり人の目から隠れてしまう。

ζ( 、 *ζ(花火、みたいな匂いがする)

スーツから漂う微かな香りを、彼女がそう形容した。
そうとは知らず、入間は呼吸を深くする。
――戦意と殺意によって研ぎ澄まされていた入間の交感神経が、
優位になった副交感神経によって、穏やかに宥められていく。
その一方で、入間の肉体は未だ熱が冷めやらぬ状態であった。
高血圧によって柔軟性を欠いた彼の血管は、
心の脈動を強烈に受け止めて、滾る血を全身に集中させている。
ナトリウムイオンを多く含んだ血は、脳に介在する
チャネルを刺激し、人智を超えた動きを齎した。
入間の呼気が、靄のように出でたのだ。
目を凝らさねば捉えることの出来ないそれを、入間は慎重に操作する。
靄はまず、二人を取り囲み、薄い膜のような壁を形成した。
その次に靄は、そろそろと人混みに領域を伸ばしていった。
未だ列の絶えない地下道を、靄はひた走る。
蟻の巣じみた地下道を抜け、ビルとビルの隙間を埋める
人の波を超え、狂乱に耽る心さえも、靄は手中に収めた。
もはや目の届かぬ場所でさえも、入間は想定し続けていた。
そして靄が限界まで伸びたことを確信し、彼は短く息を吸った。
靄は収縮し、主人である入間の元へ呼び寄せられる。
実体なき白の持つ手土産は、『喧騒』と『大衆』であった――。

7 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 00:54:31 ID:YLCyI6VU0
世の中には、二つの法が存在する。
大いなる宇宙が決めた法と、人が決めた法だ。
油が燃えることも、水が摂氏約百度で沸騰することも、
全ては大いなる宇宙が成した法である。
そのお零れによってご相伴預かる智性を賜る存在が、人間であった。
智性ある人間は、その肉体に宿す小さな宇宙を視認することが出来た。
小宇宙にはごく限定的ながらも、大宇宙が成す法則を再現する力があった。
また人間には、難解な大宇宙の真理を読み、解釈する力を備えていた。
内在する宇宙の領域を拡張し、現実迄侵食する秘術。
それこそが、錬金術である。
――入間は、数少ない錬金術師の一人だ。
先ほどの呼吸も、術の一つであった。
塩化ナトリウム――塩が持つ強力な防腐作用は、
優れた社会規範や追魔といった意味へと置き換えられていった。
彼は見えざる塩を撒くことで、『こちら側』と『その他』を
強く【区分】することが出来た。
入間はこれを利用し、『自身と都子』を、
『仮装行列の参加者』の中に【区分】した。
『都子を狙う追っ手』は、無論『その他』側。
つまり追っ手は、入間たちを騒々しい集団を構成する
要素のひとつとして認識し、個人として特定することが難しくなったのだ。

8 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 00:54:56 ID:YLCyI6VU0
( ^ν^)「さあ、医者のところへ行きやしょう」

身を固くしていた都子の肩をそっと剥がし、入間は優しく言った。
心なしか顔の赤さが増した彼女は、黙って頷いた。
都子の肩に回していた腕を解き、改めて入間は彼女の手を引く。

(;’e’)「いたか?」

(; ∵)「いや、いないようだ……」

仮装行列に混じる二人の目の前を、
参倍郷(さんばいごう)の構成員が通り過ぎていく。
彼らの胸元には、複雑な幾何学模様を主としたバッジが光り輝いている。
血の気が引いたように、都子は一瞬足を止めた。

( ^ν^)「怖がらなくたって、大丈夫さね」

歩みを止めず、入間は手を引き続ける。
その言葉通り、構成員達は遥か遠くの人波に揉まれて消えていった。
都子は、入間の機嫌を窺うように肯首する。
緊張に満ち満ちている彼女だが、その手は鉄のように冷えていた。
なにせ、今の彼女は生きているとは言い難い状態であった。
彼女の胸には、宝石が埋め込まれているのだから。

9 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 00:55:55 ID:YLCyI6VU0



断章 一
戯(あざ)るお方は言うようです


.

10 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 00:56:33 ID:YLCyI6VU0
( ^ν^)「……それで?」

回想内の入間は、乱雑に資料を卓に置いた。
資料曰く参倍郷という秘密結社の母体は、指定暴力団の参合会らしい。
戦後の復興に乗じ、長いこと美府市周辺を牛耳っていた参合会だが、
暴対法の取り締まりによって、ほぼ壊滅状態にまで追い込まれた。
追い込まれた会長は妙な顧問役を外部から招き入れた。
それこそが錬金術師であり、彼の甘言によって、
会長はたちまち取り込まれてしまったのだという。
そして錬金術師に言われるがまま、会長はなけなしの大金をはたいた。
有象無象が入り乱れる闇オークションで、彼らはひとつの宝石を競り落とした。
その名も、【傷みの王(ペインロード)】。

( ^ν^)(悪趣味な響きをしてやがる)

カリオストロ伯爵が錬金術によって成したとされる、人造の宝石であった。

川 ゚ 々゚)「いい獲物でしょ〜」

診察用の椅子に座る來狂(くるくる)は、
名前の響きと同じように、くるくると椅子を回していた。

川 ゚ 々゚)「肉体と適合すれば、なんだって
     欲しいものが手に入っちゃうんだよ?」

來狂の言う通り、【傷みの王】は観賞用のお飾りではない。
心臓を摘出し、【傷みの王】を移植することで、
対象は万物を生み出す名器と化すのだ。

( ^ν^)「あくまでも【王】と肉体が適合すれば、だろう」

投げられた資料に、入間はチラと目を落とす。
そこには、惨たらしく四散した人らしき何かの写真が添えられていた。

川 ゚ 々゚)「気難しい【王】だからねー。
     末端の構成員じゃ、お気に召さなかったみたい」

写真に書き込まれた文字曰く、この移植手術によって、
相当数の構成員が死んだらしい。
結成して早々に、参倍郷は壊滅の危機に晒された。

11 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 00:57:06 ID:YLCyI6VU0
( ^ν^)(そのまま滅んじまえばよかったのに)

その方がいっそ親切だったのではないかと彼は邪智した。
さて大金をはたいて買った救済装置は、まったく用を成さなかった。
当然幹部は怒り、会長と錬金術師に責任を求めた。
通常ならありえない事態だが、流石に会長も何か思うところがあったらしい。
彼は落とし前として、自分の娘を【王】に捧げてしまったのだ。

( ^ν^)(ところがどっこい、上手く事が運んじまった)

そして会長の娘は、貪婪(たんらん)を慰める器に成り果てた。

川 ゚ 々゚)「でも適合すれば、メリットもあるんだよ?」

無邪気な物言いで、來狂はそう言った。

( ^ν^)「知ってる」

うんざりとした口調の入間は、思春期を迎えた少年の反抗そのもの――
少なくとも、來狂にはそのように感じられた。
そうとは知らず、入間は叩き込んだ知識を手繰り寄せた。
【傷みの王】と適合した人間は、不老不死を得るらしい。
どんな深手を負おうとも、【王】は臣下の死を認めることはない。

( ^ν^)(まるで賢者の石だ)

不老不死を求めた過去の偉人にとって、これ程魅力的なものはないだろう。
しかし、【王】の真価はこれだけではない。

川 ゚ 々゚)「万が一適合したとて、そこでハイおしま〜い
     ……って訳じゃないのが、カリオストロみあるよね!」

( ^ν^)「……まあな」

來狂には滅多に同意を示さない入間だが、
今回ばかりは認めざるをえなかった。
その理由を語るには、カリオストロ伯爵の生涯を語る必要があるだろう。


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