[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
(,,゚Д゚)クリフォトに微笑むようです
237
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:15:49 ID:AxJX7IKA0
( ,,^Д^)「だから、母を――ママを、取り戻さなきゃいけないだろぉ?」
(;゚Д゚)「っ――……」
否、大いに否。
少年宝木は確かにその時に壊れてしまった。
確かに彼は目の前で母の死体を確認したはずだった。死という現実を受け入れ、世に蔓延る悪を憎み、それを殲滅せんと復讐に胸を焦がすはず――だった。
238
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:16:46 ID:AxJX7IKA0
( ,,^Д^)「あまりにも哀れだ、善人のママが殺される道理などない。つまり死は確定された訳ではない。で、あるならば……きっとこの世の何処かにママはいるんだよ」
(;゚Д゚)「……馬鹿言ってんじゃねえ。ならお前がガキの頃に見た死体は、なんだって――」
( ,,^Д^)「それはママの“最期の姿”だ」
――“最期の姿”。
確かに最期の姿だ。しかし、今、宝木の口にした言葉は、どことなく解釈を違える気がした。
( ,,^Д^)「私が見たのは偶然的にも“最期の姿”でしかない。そこでママは終わったのだろう。だがそれが姿を消した理由になんてならない。何故なら、ほら――」
宝木は僕の背を指差す。
僕は額に垂れた汗を拭いもせず、背後へと――
( ,,^Д^)「やっぱりいたろう、ママは?」
(; - )「っ……」
――椎名しぃへと、視線を向ける。
(;゚Д゚)「こいつが、お前の母親だと……?」
( ,,^Д^)「ああそうとも、我が愛しの花――我が愛しのママだ……今そこにいるのは“少女のママ”だ。何とも可憐だろう?」
(;゚Д゚)「…………」
分かった気がする。この男の気味悪さや歪さを。
こいつは、この宝木琴尾と言う男は――
(;゚Д゚)(“母を概念として捉えている”、のか……)
偶像に縋るように、存在しえない神を求めるように――宝木琴尾は死した母を概念として捉え、その母の“すべての姿”を求めている。
それは絶対的な存在を言うのではない。証拠に“少女のママ”と口にした。それは相対的な存在を示唆する――彼の母に実体性はなく、それ故に普遍的な存在として確立されている。
239
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:19:02 ID:AxJX7IKA0
(;゚Д゚)(つまり、あの三名の死体は――“嬰児の母”、“幼女の母”、“成人した母”……全て“母であって母ではない不完全な集合体”なのか)
まるで聖書を読み、なぞるように、宝木琴尾はそれを実現しようと思うのだろう。
己の崇め愛する母親を絶対的な存在とするべく、彼の思う“母親に酷似した女性”をコレクションし、そうして初めて母と再会することが出来ると。
( ,,^Д^)「母を一度手放した私はそれから死に物狂いで勉強をした。一番手っ取り早い極道の世界でのし上がり、金と権力を得て、ようやく母を探し始めることが出来た」
(;゚Д゚)「……遺体配送の事業こそが隠れ蓑かよ。死んだ女性を保管する為の施設なのか」
( ,,^Д^)「死んだ……? 違う、眠っているだけだ。まだママは完全ではない。全てのママが集えばママは私にまた笑顔を振りまいてくれる」
(;゚Д゚)「ふざけんじゃねえ……!!」
はっきりと分かることがある。この宝木と言う男に……悪意はない。何も。
どころか、人を殺したと言う実感すらなく、そう、まるでそれは、言うなれば……。
(;゚Д゚)(“殺人は単なる手段でしかない”……?)
目的としていることの為には被害も鑑みない。例え罪の一つもない、普通を謳歌する一般人であっても、彼の琴線に触れたら、彼が必要だと思えばその命を無理矢理に奪われる。
そこに罪悪感はなく、そもそも、犯罪行為だと言う意識すらもないように思える。
全ては彼の言うところの母と再会する為……母の死を受け止めきれず、妄想に憑りつかれた気狂(きちが)いにしか見えなかった。
( ,,^Д^)「だから、さぁ、ママ……こっちにきて。また笑顔を見せて、私の頭を撫でて、微笑んでよ……」
宝木が背広を翻した。それによって露わになるのは長ドス――後ろ腰に携えていたそれを引き抜くと、確かな足取りで僕達の方へと歩いてくる。
声をかけられた椎名は返事もせず、僕の右腕にしがみつく。
(;゚Д゚)「……御覧の通りだぜイかれ親父。椎名は嫌だってよ」
( ,,^Д^)「……きっと先の紅茶が飲めずに機嫌を損ねてしまったんだろう。そういう可愛げもまた愛くるしいだろう、ママは?」
(;゚Д゚)「抜かせタコ……」
宝木の様子――意外な程に握りが自然だった。足取りも悪くない。自然と重心も定まっている。
構えは未だにないが、その悠然とした佇まいは、彼の下っ端共よりも遥かに勇ましい。
240
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:21:07 ID:AxJX7IKA0
( ,,^Д^)「邪魔立てをするのかい、埴谷くん。今まで私がどれだけ慈悲深く君を見過ごしていたと思っているのかね」
(;゚Д゚)「知らねえよ腐れ外道。手前の下にいちゃ椎名はただ殺されるだけの贄も同義だ。こいつは……俺が持って帰るぜ、糞野郎」
( ,,^Д^)「……そうか、私からママを奪おうとするのか。あの時の強盗共と同じか、ママを性的な目で見て血に汚すのか……」
そう言いつつ、けれども宝木は笑みを浮かべる。
( ,,^Д^)「……いやぁ。けれどもそれも当然かな、埴谷くん?」
(;゚Д゚)「……何がだ」
( ,,^Д^)「だって君はそう言う“血”だものなぁ……?」
その言葉に僕は刹那程硬直し、正常を失いかける。
視界が紅蓮に染まり、冷静さよりも殺意が本能を突き動かしそうになる。
だがそれを留めるように、僕の腕を椎名が強く引いた。
(;゚ -゚)「埴谷くん……?」
名を呼ばれた僕だが、咄嗟に眼前に迫る怒涛の空気を察する。
それは超濃度の殺意であり、僕は寸でのところで反応した。
( ,,^Д^)「おらぁ!!」
(;゚Д゚)「ぬぐっ……!!」
真正面からの上段による撃ち落とし――咄嗟に左腕を動かし木刀で真剣と鍔迫り合う。
刃は木刀に減り込む程だった。それに拮抗する形の僕だが、やはり左腕一本では心許ない。
ああ、右腕も使えたら――なんて思うも後の祭りだ。僕はこの状況を左手一本で打破しなければならない。
( ,,^Д^)「はは、ははは……!! やはり“埴谷”の血だなぁ!? 剣が好きか、血が――人の死や殺しが大好きかぁ!?」
(; Д )「っ……うる、せぇんだよ、糞野郎……!!」
無理矢理に押し返し、互いは距離を隔てる。
僕は椎名を庇うようにしつつ、上段に構えた宝木を睨み付ける。
241
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:22:44 ID:AxJX7IKA0
( ,,^Д^)「ふふふ、木剣……似合わないなぁ、君の御家らしくない……真剣ならあるぞ、貸そうか? 好きだろう? 人を斬るのが……」
(; Д )「黙れっつってんだ……!!」
心臓を鷲掴みにされたように苦しい。動悸が激しくなり、視界が乱れてくる。
(;゚ -゚)「埴谷くん……!?」
(; Д )「……何ともねえ。いいから、お前は後ろにいろ、椎名」
椎名の心配した声へ適当に返しつつ、僕は宝木の動きを注意する。
( ,,^Д^)「ママ、早く帰っておいで。そこは危ない。いやさその少年こそが危ないのだから」
(;゚ -゚)「……?」
( ,,^Д^)「ああ、ママはそうとも、無知だからね、いやそこがまた愛いらしいんだけども……その少年はね、狂気の血を継ぐ生き物なのさ」
狂気の血――今すぐに宝木の口を粉砕しその全身を木刀で殴打し滅茶苦茶に破壊してやりたくなる。
だが言葉の一つ一つが僕の心臓を撃ち抜き、先から幾度となく脳裏に霞がかかり、同時にいつかの景色が浮かび上がってくる。
(;゚ -゚)「狂気の、血……?」
( ,,^Д^)「そうだよ、ママ……この世の暗がりにおいてね、“埴谷”と言う名は……恐怖の代名詞にも等しいんだから」
――空に紫の雲が伸び、景色に黄金の風が吹き抜ける。
ススキが頭を擡げ、枯草の香りが咽る程に溢れ、鳶の鳴き声が木霊する。
( ,,^Д^)「その小僧はね、ママ……“人斬り一家”の名で知られる“埴谷流剣術”の最後の生き残り……――」
朱(あけ)に咲く二者の躯を他所に、二人が対峙する景色があった。
一人は老齢の男性。羽織を翻しつつ、容赦の一つもない顔をする。
それに対するもう一人。背は低く、涙を流し、嗚咽を漏らし、それでも必死に剣を握りしめる。
242
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:23:16 ID:AxJX7IKA0
( ,,^Д^)「先代“埴谷”当主の殺戮から生き延びた、最後の人斬りなんだよ……?」
その少年は――僕は剣を振るう。
対する絶対的な存在から逃れる為に。
世界で一番優しくて、世界で一番強くて、世界で一番信頼していた男に抗う為に――
243
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:23:36 ID:AxJX7IKA0
――……我が一族全てを斬り殺した、祖父に抗う為に。
244
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:31:56 ID:AxJX7IKA0
◇
僕はとある田舎の古臭い家に生まれた。
元は本流となる流派の分家だそうで、剣を担う我が家は“埴谷流”と名乗っていた。
ところが道場もなく門下の人物もいない。看板すら掲げず、父は農業を営み、母はそれの手伝いをし、儲けは少ないながらも普通の農家をしていた。
「なあ、父さん。もうそういう仕事はやめよう」
儲けは少ないにせよ我が家の営みは滞りもなく、不足する事態もなく、円満解決と言った具合だった。
だが、それも全ては僕の祖父の存在があってのことだった。
祖父はいつも着流しの姿で、僕は彼に羽織りを持っていったのをよく覚えている。
彼はいつも優しい笑みを浮かべていて、その大きな掌で頭を撫でられると、僕は言葉にできない安心を得た気がした。
「それは、難しい話だ。剣がなくちゃ“埴谷”は絶える」
「でも、だからって……! 殺しを請け負うのは、もう……!」
祖父はよく僕の家族と言い合いになっていた。
幼い僕にその内容は理解が及ばない。ただ、時折腰に真剣を差して出かける祖父の背は、いつもよりも大きく、近寄りがたい雰囲気だったのは覚えている。
「お義父さん、お願いします……もう時代は違うんです。普通に、野菜や米をつくって生活を……!」
「……それが、出来る世の中だってのは素晴らしいことだ。なぁ、そりゃお前も剣を振らなくなる訳だよ」
「俺は……端からそんなつもりなんてなかったよ。普通に生きられるならそれが一番だろう、父さん!?」
「ああ、それが一番だろう。けど……銀坊は、濃い血を継いだろう。なら……剣を絶やす訳にはいかない」
「っ……銀に、剣を覚えさせるつもりですか!?」
「父さん、それだけは絶対に許さないぞっ……!!」
「……そうかい。兎角、仕事に行ってくる」
245
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:33:07 ID:AxJX7IKA0
祖父は僕にいつだって優しくて、そんな祖父が僕は大好きだった。
僕がどれだけ物を壊したり、誰かを傷つけても、彼だけは僕を責めもせず、優しく頭を撫でてくれた。
(,,;Д;)「じーちゃん、またね、隣の子がね、痛いって」
「ははは、銀坊……それはね、偶然のことだよ。偶然、銀坊の足に躓いて、それでコケただけの話だよ」
(,,;Д;)「でもね、みんなが、ぼくのこと怖いって」
「そんなことはないよ、銀坊。お前はこうして泣けるだろう。涙を流せるのはね、優しいってことなんだ」
僕と言う存在は幼い頃から他者に忌み嫌われ、誰も近寄ろうとはしなかった。
今になって思うことがある。もしかしたらあの田舎では我が家の名は広く知られていて、それ故に誰もが僕を避けていたんじゃないのか、と。
「……銀。なんだってお前はそうも物を壊したり、生き物を死なせるんだ」
(,,;Д;)「ちがっ……ぼく、しなせるつもりなんてっ……」
「いい加減にしなさいよ、銀……! 注意力が足りないのよ! 見なさい、あの野良猫を……! 不用意に脅かすから、道路に飛び出して……!」
(,,;Д;)「う、うううぅっ……! ちがう、ぼくは、ぼくは……!」
けれども、そんな家の云々は別にしても、僕には……凡そ筆舌にし難い奇妙なものがある。
触れる物は結果的に壊れ、人や生き物に近づけば怪我をしたり、最悪は命を落とすこともあった。
父と母は僕をよく叱った。それに対して僕は抗議をするけれども、父も母も……他の大勢の皆も、僕の言葉を聞き入れることはなかった。
「おい、はにやだぜ! おかあちゃんが言ってた、あそんじゃダメだってさ!」
「きのう、となりのクラスの女の子が川におちたって! またはにやのせいだ!」
「うえー、やくびょうがみぃ! お前なんていなくなっちゃえばいいんだぁー!」
(,,;Д;)「っ……うっ……」
幼い頃の僕は……よく泣いていた気がする。
一人で田舎の道を歩くことすら許されず、投げられる石の礫や、暴言なんかに心を閉ざし、家に帰れば両親は冷たい眼差しで、静かに与えられた部屋で過ごす。
246
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:34:48 ID:AxJX7IKA0
「……やっぱり“目”じゃないの、あなた」
「ああ……そうだろう」
「なんであの子がっ……」
「分からないよそんなことっ……恐らく無意識に“機能”してるっ……」
「どうするの、ただでさえ我が家は腫物の扱いなのに、あれじゃあ……!?」
「それはっ……」
「あなたの“血”でしょう!? あんな、“超感――」
「分かってるよ!! 分かってる!! けど!! 俺には何も、ないんだよっ……教えられることなんて、何も……!!」
父と母は僕の見えないところでそんな言い争いをよくしていた。
夜半、自室にまで響く彼らの会話から、僕は己が望まれない存在であったことを察する。
(,,;Д;)(いやだなぁ……)
壊して、傷つけて――皆に嫌われて。
そんな自分をどうやって好きになれよう。
居場所なんてどこにもないんだと、僕は幼いながらにそれを理解した。
「――で、ふさぎこむのかい、銀坊」
(,,;Д;)「じーちゃん……」
けれども、そんな僕の頭をいつものように撫でる人がいる。
煙草を銜え、木刀を担ぎ、羽織を翻すのは祖父だった。
いつもいつも僕がススキ野原で泣きじゃくっていると、彼は決まりごとのように僕の下へとやってきて、優しい笑みを浮かべる。
247
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:35:34 ID:AxJX7IKA0
(,,;Д;)「ぼく、いなくなった方がいいのかな……」
「どうしてそんな悲しいことを言うんだい? ワシは銀坊が大好きだぞ?」
(,,;Д;)「でも、みんな、ぼくのこと、いなくなればいいって……お父さんもお母さんも、きっとそう思ってる……!」
「……そんなことはないよ、銀坊」
暮れる景色に鳴る祖父の声が僕は大好きだった。
深く、それでいて強く、けれどしなやかで、凛とした音を発する声。
「お前の“それ”は……その“目”は、何も恐ろしくなんてない。或いは如何なる絶望をも粉砕する光になるかもしれないのになぁ」
(,,;Д;)「……?」
「なぁに、今は分からなくていい。誰にだって拙い時があるってのに、どいつもこいつも恐れるばかりで……諭すことすら出来やしない」
祖父の優しい手が差し伸べられる。僕はそれを取り、大きな祖父を見上げて道を歩き出す。
「なぁ、銀坊。そんなに泣いてばかりじゃダメだ。お前は男の子なんだから、強くなくちゃ」
(,,;Д;)「つよく……?」
「ああ、そうさ。挫けてもいけない、弱音を吐いてばかりでもいけないのさ」
(,,;Д;)「じいちゃんは、つよい……?」
「ワシか? ああ、そりゃもう強いぞぉ? それこそ名が知れ渡るくらいになぁ?」
(,,;Д;)「……じゃあ」
248
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:36:03 ID:AxJX7IKA0
もしも……僕がその一言を発しなかったなら、今も僕の家族は生きながらえ、或いは僕は打ち解け合い、幸せな家庭があったのだろうか。
249
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:36:40 ID:AxJX7IKA0
(,,;Д;)「ぼくも、じいちゃんみたいになる! 剣、おぼえる!」
「――……剣を、か?」
(,,;Д;)「だってじいちゃん、つよいんでしょ!? ぼくもじいちゃんみたいになりたいもん! だから……じいちゃん、剣をおしえてよ!」
「……そうか。そうかぁ、銀坊……そう、なるのか、お前は、結局……」
紫に伸びる雲を目で追う祖父。その時の祖父の表情は、どこか悲しみを帯びていた。
けれども、彼は身を屈めると僕を見つめ、気持ちのいい笑顔を浮かべるとこう言うのだ。
「ああ、いいぞ……お前に教えてやる。“埴谷流”の全てをな」
250
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:37:42 ID:AxJX7IKA0
それから毎日、僕はススキ野原で祖父の剣を見ていた。
木刀を振るい、身体の動かし方だとか構え方だとか、兎角、剣の術の一つ一つを教え込まれる。
(,,゚Д゚)「こうかな、じーちゃん?」
「……ああ。そうだ。そうしたら次に右足を引いて――」
剣を教えている時の祖父は、いつも険しい表情だった。
それは叱るような顔ではなくて、何と言うか……驚愕に尽きるような、そんなものだった。
「凄いなぁ、銀坊は。未だ五歳だってのに……吸収も理解も早すぎる……」
(,,^Д^)「そうかな? ぼく、つよくなってる?」
「……ああ、なってる。それも驚く程の速度で……」
日々は楽しくなった。毎日毎日学校から帰ると、今日は何を教えてくれるんだろうと、明日は何が出来るんだろうと、そんなことばかりを考えていた。
周囲の反応も気にならなくなり、僕はそのうち、木の枝なんかを手に登校したり、休み時間になると人気のない場所でそれを振っていたりもした。
「……埴谷くん、何をしているの?」
(,,゚Д゚)「あ、せんせい。あの、じーちゃんに教えてもらった剣のれんしゅうを……」
「っ……そうですか、でも危ないですから、学校ではダメですよ」
僕が剣の真似事をし始めると、大人たちは訝しみ、中には青褪めたりする人たちもいた。
そして大人に注意されると、その日には必ず父と母から説教を喰らうことになった。
「銀、なんで危ない真似をするんだ!!」
(,,;Д;)「ぼ、ぼく、なにもしてないっ……」
「棒切れなんて振り回して、もしも誰かを傷つけたらどうするの!?」
(,,;Д;)「ちゃんと、人気のないところで、ふってる、よぉっ……」
251
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:38:45 ID:AxJX7IKA0
「兎に角、もうダメだぞ!! 分かったな!?」
(,,;Д;)「でも、でもじーちゃんがっ」
「銀!? “分かりました”は!? あなた、悪い子になるつもり!?」
(,,;Д;)「っ……わかり、ましたっ……」
父と母のその反応は異常にも程があった。今までどれだけ僕が問題を起こしたって怒鳴り散らしたり自由を奪ったりしなかったのに、剣の真似事だけは一切の容赦をしなかった。
酷い時は蔵に閉じ込められ、半日にも及ぶ軟禁状態があったりもした。
何故にそれ程怒り狂うのか僕には理解が出来なかった。僕にとっては、ただただ理不尽でしかなかった。
「父さん、もうやめてくれ!! 銀に剣を教えるのは……!!」
「お義父さん、お願いですからっ……あの子を普通にしたいんです、私達は!!」
「……だが銀坊は剣を知りたがってる。いや……あの子は、剣に愛されてる」
「何を言ってんだよ!? 健全な剣道ならいざしらず、父さんが教えてるのは古武道だぞっ……しかも全部人殺しの技術だっ……!!」
「あの子の“目”も、きっとこのまま普通に過ごしていれば“機能”は薄れるはずなんです!! そう言った、血に塗れた道に近づかなければ……!!」
「“目”……そうだなぁ、あの“目”だ……やはりと言うか、改めて感じるよ。持ち前の天稟に、足すことのあの“目”……将来は、さぞ立派な剣客に――」
「父さん、もう馬鹿なことを考えるのはやめてくれよぉ!!」
「うう、うううっ……どうして、なんでこんなことにっ……」
その日の夜に聞こえた騒ぎに僕の心臓は早鐘を打つ。
僕のことを話し合っていたようだけど、やはり、僕は剣の真似事をしてはいけないようだ。
強くなるために、祖父のようになるために始めたことだったのに、それは周囲の人々を怖がらせる行為でしかないらしい。
(,,;Д;)(ぼく……なんでうまれてきたんだろう)
傷つけ、壊すことばかりが得意で、人々には気味悪がられ、父と母には叱られてばかりで。
幼いながらに己の生を、意味や意義を見出すことが出来なかった。
まるで僕は存在してはいけないような、そんな生き物なのだろうかと、悲しみに涙を零した
252
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:40:26 ID:AxJX7IKA0
――明くる日、穏やかな日曜日の午後だった。
僕は昨夜のことが胸中を渦巻き、負の感情に支配されていた。
そんな僕だったが、それでも……剣のみが、僕の支えでもあった。
(;゚Д゚)「ふっ、ふっ、はっ、ふっ」
小さな頃から僕の身体は大きく、その歳の平均身長を遥かに超す。
筋力もその歳に見合わず、僕は白樫の木刀で素振りを繰り返す。
凡そ五歳――普通ならば木刀なんて振れやしない。だが僕には振れた。その理由はやはり……“埴谷”の血が由来するのかもしれない。
意識せずとも発達する筋肉、想像の通りに動く手足、剣を振るうことで知る太刀行きの曖昧さ。
のめり込むように、ではなく、僕は剣に沈み込んでいく。
(;゚Д゚)(これをとりあげられたら、ぼく、もう、何もなくなっちゃう……)
気付けば夕暮れ時だった。黄金の景色に吹き抜ける風に身体を撫でられ、浮いた汗が雫となって垂れる。
見上げれば紫の雲が尾を引くように伸びていて、僕は五体で景色を聞(き)く。
(;-Д-)(ここだけがぼくのいばしょ……だなぁ……)
誰もいない、何もない。揺れるススキを相手に木刀をふり、ああでもないこうでもないとしている一時。
大好きだった。かけがえのない時間で、僕は、剣とだけ向かい合い、それによって初めて自身の存在を確立できる気がした。
大人たちは僕が剣を振るうことを嫌うけれど、それでもやっぱり、僕には剣しかなかった。
「銀」
「ここにいたのね、銀」
(;゚Д゚)「え、あ……お父さん、お母さん……」
そんな夕暮れの景色に、父と母が姿を見せる。
僕の手には木刀が握られていた。それを隠すように背後へと持ってきたが、父と母はそんな僕の様子に暗い顔をする。
「やっぱり、これが血ってやつなのか」
「もう、手放す気はないんでしょう、銀」
(;゚Д゚)「……? なにを?」
253
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:42:37 ID:AxJX7IKA0
「剣を……手放す気はないのか、銀」
「その木刀、こっちに寄越しなさい、銀……」
父の手に握られているものがある。祖父もよく手にしていたもの――真剣だった。
鞘に納められたそれに父は手をかけつつ、母はそんな父の行動に顔を伏せ、涙を零す。
(;゚Д゚)「……やだ」
僕は父母の求めに反抗した。
僕には何もない。けれど、唯一……剣だけが僕に生きる意味を齎してくれる。
それを取り上げられたら、果たして、僕に生きる意味はあるのだろうか。
(;゚Д゚)「これは、剣は、絶対にやめない……!」
「……そうか。そう、なのか、銀」
「うっ、うううっ……」
二人は暗い顔のまま僕へと歩み寄ってくる。
幼いながらにその空気に僕は怯えていた。あまりにも普通とは違う様子だった。
「もう、時代は違う……これ以上、平穏な生活を乱すつもりだっていうのなら……」
父が、真剣を抜いた。
抜き身を見て僕は言葉を失う。それは天高くに掲げられ、父は、確実に僕へとその切っ先を振り下ろそうとしていた。
254
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:43:03 ID:AxJX7IKA0
「死んでくれ、銀」
父は言う。
「鬼の子」
母は言う。
255
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:44:19 ID:AxJX7IKA0
それは明確な殺意であり、間もなくすれば僕は父に斬り殺されるところだった。
けれども、その太刀筋よりも早く、景色に駆け抜けた一閃がある。
「ごぇっ……」
「なん、でっ……」
父と母は背を断たれ、激しい血潮を撒き散らし、贓物を零しながら倒れ伏す。
震える二人の躯へと僕は近付く。身を屈め、二人の血に触れ、その表情を見やる。
(;゚Д゚)「お父さん、お母さん……?」
憎悪のような、けれども悲しみを思わせる顔だった。
矢継ぎ早だった呼吸もほんの少しで止まり、僕は今し方目の前で息絶えた父母に言葉を失くす。
「愚かなことだ……我が子を手にかけようだなんて……」
僕の背後に立つ影がある。それは涼しい鍔鳴りを響かせ、緩やかに靡く風に羽織を翻す。
その陰に僕は振り返った。
(;゚Д゚)「じー、ちゃん……?」
それは鬼の形相をした、僕の最も信頼する人物……祖父だった。
腰に真剣を差し、今し方切り伏せた実の息子やその妻を見下ろし、しかして何の感慨もないような表情をしている。
その顔に僕はおののく。まるでいつもと違う、どころか父母が死した状況すらも碌に受け止めきれない。
だが、そんな混乱する僕に対して、祖父が投げてよこしたのは――
「抜きなさい、銀坊」
真剣だった。
二尺三寸の打刀。それを手渡された僕は再度祖父の顔を見やる。
256
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:46:09 ID:AxJX7IKA0
「抜かねば――斬る」
祖父が静かに改めて剣を抜く。鞘を走る刀身は血脂に塗れている。
そうしてそのままに彼は鞘を放り投げ、上段へと刃を備えた。
(;゚Д゚)「なんで……なに、を……?」
「……血を絶やす訳にはいかん。お前は“埴谷”の血を継ぐに足る存在だ。故にお前を殺させはしない」
だが、と祖父は言葉を続ける。
「ここでワシに討たれるのであればそれまで。抜け、銀坊。抜いてみせろ」
祖父は理解していた筈だ。相手は五歳児、如何に天稟冴え渡るとは言え未熟の極み。
そんな僕に剣を抜かせ、あまつさえ死合うだなんてことは不可能にも等しいと。
けれども僕は強く感じ取る。祖父から滲み出る殺意は尋常ならざるもので、僕は震える脚で立つのがやっとだった。
(; Д )(ぼくも、ころされるのか?)
剣を抜けば、きっと、祖父に切り捨てられる。その予感があった。
けれども、このまま立ち尽くしていても殺される予感があった。
逃げ場はない。死した父母が己の未来であると幼いながらに理解をする。
では僕はどうするべきか、愛する祖父に刃を向けられた僕は、どうするべきか――
(;゚Д゚)「ふーっ、ふーっ……!!」
僕は、真剣を引き抜く。
重い。その上初めての刃に心臓が高鳴る。構えようと思ってもまともに出来やしない。
それでも、なんとか必死に正眼へと切っ先を持ってくる。それで精一杯だった。
257
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:46:54 ID:AxJX7IKA0
僕は、真剣を引き抜く。
重い。その上初めての刃に心臓が高鳴る。構えようと思ってもまともに出来やしない。
それでも、なんとか必死に正眼へと切っ先を持ってくる。それで精一杯だった。
(;゚Д゚)「はぁっ、はっ……!」
「……呼吸が乱れてるぞ、銀坊。そんなことではダメだ。言ったろう、限りなく呼吸を殺せと」
祖父が高見からそう言う。
殺意の濃度は変わっていない。だが――
「足に力を入れ過ぎだ。重心を少し下げなさい。そうだ……お前の体重じゃ真剣を自由に扱えん。腕力も歳に見合わん程だが、それでも振れて一合がやっとだ」
(; Д )「ふっ、ふっ……!」
「目を伏せるな、常に相手の顔や仕草を観察しなさい。構えや握りも、足の位置にも、全てに気を配りなさい」
(;。 Д )「はぁっ、はぁっ……!」
「そして……泣いてはいけないんだ、銀坊――」
258
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:47:28 ID:AxJX7IKA0
>>257
訂正
(;゚Д゚)「はぁっ、はっ……!」
「……呼吸が乱れてるぞ、銀坊。そんなことではダメだ。言ったろう、限りなく呼吸を殺せと」
祖父が高見からそう言う。
殺意の濃度は変わっていない。だが――
「足に力を入れ過ぎだ。重心を少し下げなさい。そうだ……お前の体重じゃ真剣を自由に扱えん。腕力も歳に見合わん程だが、それでも振れて一合がやっとだ」
(; Д )「ふっ、ふっ……!」
「目を伏せるな、常に相手の顔や仕草を観察しなさい。構えや握りも、足の位置にも、全てに気を配りなさい」
(;。 Д )「はぁっ、はぁっ……!」
「そして……泣いてはいけないんだ、銀坊――」
――轟、と迫る勢いがある。
祖父が刃を振った。それが僕の目に情報として飛び込んでくる。
全てがスローモーションだった。空に浮かぶ雲の色や、頭を擡げるススキの動きや、遠くで鳴く鳶の声が、全てが五感に突き刺さる。
(;。 Д )(――胴が、がら空きだ)
まるで飛び込んでこいとでも言わんばかりに、祖父の胴はがら空きだった。
僕は誘われるかのようにそこへと飛び込む。刃を正眼に構えたまま、つんのめるような形で。
「そうだ、それで……いいんだ、銀坊」
切っ先が祖父の衣服を切り裂き、表皮を切り裂き、脂肪層を突き抜け、内臓へと達したのを感じる。
それらを受け、僕は柄から手を離し、ふらつく足取りで後退った。
「死なせる訳にはいかねぇさ、何せお前は……かわいい孫なんだからよぉ」
祖父の腹に僕の握っていた真剣が突き刺さっていた。
上段に構えていた彼は真剣を手放し、膝から崩れる。
そんな祖父へと駆け寄り、僕は血に塗れる腹部へと手を宛がうが、流れる血は止まる気配もなく、次第に冷めていく祖父の体温に涙を零す。
259
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:49:20 ID:AxJX7IKA0
(,, Д )「じいちゃん。ぼくに意味はあるの」
紫に伸びる雲。彼方に続く軌跡を目で追い、知らず内に零れた涙もそのままに僕は振り返る。
黄金に揺れる景色の中、祖父は僕の頭を撫でて優しく言った。
「ある。あるに決まっているよ、銀坊」
幼いながらに己の生に意味を見いだせなかった。
だが祖父は言う。その優しい瞳で僕を見つめ、朗らかな笑みを浮かべて。
「お前の“それ”はいつか必ず誰かを助ける力になるんだよ、銀坊。だから嘆いてはいけない。己を呪ってはいけない」
皺の刻まれた手は大きく、それは僕の知る内で最も信頼出来る温もりだった。
東の空に吸い込まれていく影。暮れる景色の中、僕は祖父にしがみついて泣く。
「強くなりなさい、銀坊。例え鬼子と呼ばれようが立ち枯れになってはいけないよ」
立つ薫香は鉄、景色は黄金で空は紫。
時雨に鳴る祖父の言葉は耳朶を濡らす。それは優しい言葉だったが、僕は頷くことが出来なかった。
「いずれ……お前は誰かを助ける」
(,, Д )「嘘だ!」
祖父、祖父よ。
ならば何故あなたは血を纏う。何故刃を手に握った。
「鬼と呼ばれても強く在れ、銀坊。それがワシ等の生まれなのだから」
(,,;Д;)「いやだ、ぼくは違う! ぼくはじいちゃんみたいにはならない!」
祖父の今際に僕は叫ぶ。きっと、もしかしたら、祖父の最後とはつまり、彼なりのケジメであり、僕に見せた最後の優しさだったのだろう。
だが幼い僕に祖父の行動は理解が出来ない。父を殺し母を殺し、己までをも手掛けようとした……狂った人斬りにしか思えなかった。
「生きなさい、銀坊。きっとお前は幸せになれる。だから生きなさい、強く。その手に刃を持ち、破壊の衝動と殺意の風を受け入れて」
息を引き取った祖父に縋るように僕は泣いた。
“埴谷”と言う名の呪いを背負い、孤独になった僕は、己の生を五歳の時に悟る。
260
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:50:13 ID:AxJX7IKA0
――……僕は存在してはいけない生き物だ、と。
261
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:52:04 ID:AxJX7IKA0
◇
( ,,^Д^)「“埴谷”と言う名はね、ママ……今時珍しい、殺しを請け負う一族だったんだ」
宝木の言葉を聞いて我に返る。
奴は厭らしい笑みを浮かべて僕を見つつ、先の言葉を続けた。
( ,,^Д^)「所謂ヒットマンと言うやつだ。剣客よろしく辻斬りもお手の物、古くは政界の人間も世話になったらしいけど、しかし現代になるにつれ極道に飼い馴らされる汚れ役になった」
僕の名を、“埴谷”の真実を宝木は臆面もなく語る。
その言葉の一つ一つに嘘は何もない。僕はそれ故に歯噛みをし、宝木を強く睨み付ける。
( ,,^Д^)「そんな人殺しの家系の人間がぁ……木刀を持って? 更にはママを浚いにきたって?」
吐き捨てるように宝木は笑う。
( ,,^Д^)「存在を違えるなよ屑の血族……正義のヒーロー気取りかね? 君はどこまで言っても人殺しの血をひく、気狂いの生まれでしかないんだよ」
(; Д )「…………」
( ,,^Д^)「夢でも見ていたのか? 或いはママを囚われの姫だとか傾国の佳人のそれに思えたか? 真実は否だ。小僧、お前こそが悪そのものだろう」
悪そのもの――そう言われて手に力が籠る。
それは間違いないことだ。僕の祖父は確かに人を殺めることで生計をたて、先祖方も剣を極めた先に殺しを見出した。
それを悪と呼ばず何と呼ぶ。どうして自分の血を否定出来る。
父と母は血の呪いから逃れるように普通を求め、それを僕にも強要した。だがその果てに我が家は崩壊し、残る血筋も僕だけになった。
正気の沙汰ではない。子を殺そうとした父と母も、そんな父母を殺めた祖父も、そして刃を向けた祖父を殺した僕も……間違いなく悪そのものだ。
だから否定のしようなんてない。けれども――
(; Д )「それでも、俺は――僕は、もう、誰も斬らないと決めたんだ……」
木刀を強く握りしめ、正眼から構えをとく。
そのままに後方へと切っ先は向き、腰を深く落とし、右半身を押し出すように構えた。
(; Д )「血の呪いから逃れられないのは当然だ。祖父や、そのまた前の代の人達が人を殺すことで生きながらえてきたのも事実だ」
262
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:54:50 ID:AxJX7IKA0
半身を大きく切り出したこの構えこそは脇構え――“陽の構え”と呼ぶ。
目的は己の急所となり得る正中線を正面から外し、自身の得物の尺を誤魔化したり、敵対する存在の攻撃を限定させることだ。
今の僕に使える腕は左腕のみ。万全の状態なら正面から撃ち合っても負けることはない。
だが宝木の上段は“様になっている”――恐らくは現代剣道に所縁のある身であると察する。つまり剣に近しい人間だと言うことだ。
(; Д )「笑いたきゃ笑えばいい。僕はどうあったって人殺しの血を継ぐ人間だ。剣で他者を殺め続けることで剣の“道”を求めたイかれの家系だ」
上段の恐ろしさは先に触れたように速度も威力も最高を意味する。
ではこれに対抗する手段はないのか――
――ある。あるに決まっている。
例えどれだけ剣の理合とは即ち振り下ろすことにあろうとも、戦国時代から培われた合戦剣術から近代剣道まで、剣とは即ち――剣を制する為にある。
(#゚Д゚)「だがそれでも……人殺しの血をひく僕でも、椎名を本当の意味で笑わせてやりてえんだ……!!」
(*。 - )「っ……」
僕は椎名が嫌いだ。どこまでも無関心で何もかも他人事のような態度で、人が死んでも素知らぬ顔で、どころか死化粧なんぞを施す。
何もかもが胡散臭くて、何もかも――気に入らない。
(#゚Д゚)「椎名、お前、本当に笑いたかったのか……!! 野々が死んだ時、お前は、本当は――自分の死をそこに見たんじゃねえのか!!」
悪を愛し、悪に愛される、悪そのもの――僕は彼女をそう喩えた。
僕はそんな存在に近い奴を知っている。そいつは人殺しの家系に生まれ、今となってはドのつく不良と称され、この時に至っては……木刀を手にヤクザの親分とタイマンなんぞを張っている。
(#゚Д゚)「辛いんだ、悪に呑まれかけるのは、それから解放されることばかりを夢見るんだ!! 逃げ場もなく、抗いようのない日々に、いつだってお前は、僕は――生きた心地なんかしなかったろうが!!」
死と向かい合うことの恐ろしさ、失うことの恐ろしさ。
椎名しぃは、まるで幼い頃の僕のようで、けれども決定的な違いと言えば、僕は日々に絶望し涙を浮かべるが、椎名は、まるでそれに諦めたように、受け入れることを選んだように思えて仕方がなかった。
宝木の狂気を知っていたはずだ。自分と似た女性達が殺され、まるで標本のそれのように飾られている事実も知っていたはずだ。さもなければ僕の登場にあそこまで拒絶の意思なんて示さない。
(#゚Д゚)「手前の笑顔を見ると虫酸が走る!! 本当は笑いたくなんてないくせに、だのに心をひた隠しにして、あたかも手前がそこにいないかのように取り繕いやがって……!!」
あの日、野々がトラックに押し潰される寸前に、椎名は僕にこう言った。
263
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:55:44 ID:AxJX7IKA0
――(*゚ー゚)「ううん、違う。それは私のことであっても、私のことじゃないもの」――
264
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:57:09 ID:AxJX7IKA0
それが全ての答えだったんだ。
彼女はいつだって自分を偽る。悪に愛され、それに適応する為に悪を受け入れたように自身を誤魔化し、その為に笑顔の仮面を用意する。
(#゚Д゚)「そんなに苦しくて、そんなに辛いのなら泣けよ、椎名しぃ!! お前はお前だろうが!! お前は悪そのものなんかじゃねえ、お前は本当は、意地悪く笑う、普通の女の子だろうが!!」
僕の家に押しかけた時、僕と夕暮れを歩いた時、僕とバーで客として向かい合った時。
お前の全てはそこにあったんじゃないのか。
意地悪くて、人をコケにしたような態度をとったり、冗談めかしたようにからかったり……だのに、空気は華やぐ。
(#゚Д゚)「言え、椎名しぃ!! 僕に言え!! 僕はお前を泣かせにきた!! お前が泣けないのなら、僕がお前を泣けるようにしてやる!! だから――僕に言え!!」
僕は叫び散らし、ただ一言を待つ。
僕の背後で静かに涙を流し、嗚咽を堪え、それでも意思を紡ごうとする彼女の言葉を。
(*。 - )「はにっ、やっ、ぐんっ……」
心臓が熱くなる。
散々なまでに宝木にどうのこうのと言われた。
確かに僕は悪のそのものだ。僕こそがそうだ。
だが……そうだからこそ。
悪に生まれ、悪に愛され、悪を受け入れ、悪を誰よりも知る僕だからこそ――
265
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:57:35 ID:AxJX7IKA0
(*; -;)「だず、げでっ……!!」
(#゚Д゚)「はっ……いいぜ、上等だ――!!」
.
266
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:57:58 ID:AxJX7IKA0
――悪を粉砕することが出来るんだ。
.
267
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:59:15 ID:AxJX7IKA0
( #^Д^)「ヒーローごっこもここまでくると糞程に見苦しいなぁ、埴谷ぁ……!!」
(#゚Д゚)「言葉はよく選べよ、宝木。何せそれがお前の――」
宝木が僕に向けて駆けだす。
真正面からの打ち込みだ。迷いもなく上段から撃ち放たれるだろう。
勝負は一合。たったの一合で決まる。
相手の得物は真剣。対して僕の得物は木刀。
おまけに右腕は使い物にならない。
(#゚Д゚)「辞世の句になるんだからなぁああああああああああああ!!!!!!」
それでも――負けない。絶対に。僕は勝つ。
早く、速く、疾く――何よりも早く、先を制するが為に僕は身を前進させる。
世界はスローモーションになり、何もかもがコンマの状況により切り取られていく。
宝木の刃がもうすぐ頭上に迫っている。それでも僕は未だ前に、前にと身を押し出す。
( #^Д^)「もぉらったあああああああああああああ!!!!!!!」
宝木の剣速が更にあがった。恐らく刹那後に奴の刃は僕の頭蓋へと叩きつけられ、僕は八の字になって地面に転がるだろう。
だが――僕は止まらない。
268
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 18:59:38 ID:AxJX7IKA0
(#゚Д゚)「――吹き飛べよ、糞野郎」
( #^Д^)「――あ?」
.
269
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:00:14 ID:AxJX7IKA0
.
――“右半身”を宝木の胴体へと接触させる。
(#゚Д゚)「――ぉお――」
地を踏みしめ、丹田から一気に息を吐き出す。
(#゚Д゚)「――ぉおおおおお!!」
重心は前へ、前へ。
(#゚Д゚)「っらぁあああああああああああ!!!!!!!!!!」
そして緩めていた力を、一気に前方へと押し出す。
.
270
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:00:52 ID:AxJX7IKA0
そして緩めていた力を、一気に前方へと押し出す。
.
(#゚Д゚)「“埴谷流”の“組み打ち”は――心底痛ぇぞ!!!!!!」
喰らい、吹き飛んじまえ――“当て身”の一撃で。
.
271
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:02:26 ID:AxJX7IKA0
鈍い音が響き、僕の“当て身”が宝木へと撃ち込まれる。
だがそれでも未だ足りない。僕は未だ構えたままの木刀を――“陽の構え”から逆手に持ち替え、宝木の胴へと叩きこむ。
( # Д^)「ごっ――えっ――」
感触からして肋骨、および内臓にまで達する一撃だ。見やれば口元からは血が滲み、宝木は崩れるように倒れ伏す。
そんな宝木を見下ろしつつ、僕は木刀を担ぎ上げると大きく息を吐いた。
(#゚Д゚)「っ――……どうだ、斬らねえままに……斬ってやったぞ、津出、横堀」
この場にいない彼女達の名を口にしつつ、僕は背後へと振り返る。
そこには今し方の光景をしかと見ていた少女が一人。
彼女は蹲るように泣きじゃくっていた。それでも僕の足音を聞くと顔をあげ、その腫れた瞳で僕を見つめる。
(,,゚Д゚)「……利いたろ、僕のヤキは」
いつの間にか外から激しい音がしなくなっていた。
けれどもそれに疑問なんて抱くことはない。
何せあの殺人鬼二名のことだ、心配をしたところで無駄になるのは明らかだ。
だから、僕は、何もかもが終わっただろう状況に再度息を吐くと、蹲る彼女の視線に合わせる為に身を屈める。
(*;ー;)「……うん。凄く、利いたよ」
そう言って彼女は……悪に愛され、悪そのものと思われていた可憐なる花は笑う。
その笑みはとても綺麗で、無垢で、何一つ偽りがなくて、零れる涙すら気にもせず、彼女は僕へと言葉を紡ぐ。
272
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:03:58 ID:AxJX7IKA0
(,,゚Д゚)「なんだぁ、お前、鼻水まで出しやがって……」
(*;ー;)「ふふっ……うるさいなぁ、バーカ」
(,,-Д-)「折角綺麗なのが台無しだろ……それ、掴まれ」
(*;ー;)「えっ――きゃっ!?」
木刀を背負い、彼女を抱き上げて僕は大広間を後にする。
(*゚ー゚)「ねえ、今綺麗って?」
(,,゚Д゚)「あ? なんだもう泣き止んだのかよ? もっと泣けよ、その方が静かでいい」
(*゚ー゚)「すぐそう言うこと言うよね、埴谷――……銀くんは」
(,,゚Д゚)「……そうでもねえよ」
(*゚ー゚)「それよりさっきから一人称が僕になってるけど?」
(;-Д゚)「……一々うるせえなあ、ったくよぉ……」
まるで何ともなかったように、この一夜の大騒動など屁でもなかったように、僕と椎名は笑い合う。
そこに悪の何たるかなんてありはしない。
クリフォトに咲く花のようだと、悪に愛でられる存在だと、そう、僕は椎名を呼んだけれども、それは実際、間違いではない。
何せその薫香に中てられて多くの悪が迫り寄り、その花弁を求め虫のように群がる。
そしてその中の一つに、刃を持つ悪も含まれるのだろう。
(,,゚Д゚)(悪、か。それと向き合い、拒絶するのではなく受け入れるからこそに……人は鬼にならずに済むのかな、じーちゃん)
僕は硝煙に霞む宝木組本部の中庭へと出て、空を見上げるとそんなことを想う。
それに対する返答なんてありはしない。
けれども――
273
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:05:11 ID:AxJX7IKA0
ξメ゚ー゚)ξ「お、流石は“埴谷”の血だぁねぇ……立派にお姫様救出してるわよ、でい?」
(#゚;;-゚)「まぁそりゃそうだろうね。ボク達ですら認めざるを得ない実力者なんだし」
真に悪に染まり、それを受け入れ、どころか沈む程に悪になった殺人鬼二名。
彼女等のその微笑みはどこまでも優しく、朗らかで、慈しみに溢れている。
(,,゚Д゚)「あんたらが、全ての答えなのかもな」
僕の呟きに彼女達は首を傾げたが、僕は何もないとだけ言い、椎名をおろす。
全てが終わり、解放感に包まれるかと思えば、実際のところは……堰を切ったように疲労やらが押し寄せてきて、僕は適当な場所に腰を落とすと空を見上げた。
(,,゚Д゚)「誰も……殺さなかったぜ、じーちゃん」
脳裏に黄金の風が吹き、紫色の雲が伸びる。
揺れるススキ野原は、もう、誰の居場所でもなく、血の一つも残ってはいないだろう。
それでも……僕の中にはまだその景色がある。
遠い過去、必死で剣を振るう僕の傍に立つ祖父。
そんな彼は、またいつものように僕の頭を撫で、そしてまた、いつものように……僕へと微笑むのだ。
274
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:05:49 ID:AxJX7IKA0
四 其の四
275
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:07:38 ID:AxJX7IKA0
( メ∀・)「んで……結果的に宝木組と荒巻組は共倒れになった、と」
(,,゚Д゚)「ああ」
全ての騒動に終止符が打たれた翌日、僕は病院へと担ぎ込まれた茂良の下を訪れていた。
宛がわれた個室で彼の両腕は吊るされた状態だった。流石に両腕を骨折するとなると不便だろう、僕は少々の哀れみを抱く。
が、そんな彼の傍には阿婆擦れたような姿の美少女が三名程。侍女のようにあれやこれやと世話を焼き、それに任せきりな彼は、やはり夜を制した幼い王だった。
( メ∀・)「なんともまぁ……信じ難い結果じゃねぇか。あの糞ジジイが若頭と引き分けた、どころか相打ちだなんて……なぁ?」
(,,-Д-)「……世の中、何があるかなんて分からねえさ。歳を召したとはいえ武闘派でナラした男だったんだろう、荒巻は。そうなりゃ特攻自爆すらやりかねねえよ」
( メ∀・)「ふぅん……ま、あんま聞かねえでいてやるよ」
(,,゚Д゚)「そいつは……ありがてぇな」
昨夜に巻き起こった事実は全てが隠蔽される形となった。
荒巻組と宝木組での抗争として纏められ、結果として両陣営は壊滅状態。これにて白根組の若頭である宝木琴尾、および宝木組は機能を失い解散。
茂良の属した荒巻組も沿岸倉庫で事実上壊滅していたが、ことは宝木組本部での決着として了とされた。
即座に発信されたそれらの情報に僕は笑いを零しそうになるが……そもそもは“公安部”が介入した事態だ、情報操作は児戯に等しいことかもしれない。
僕は、何とも大袈裟な騒動だった、と疲弊した面で天井を仰ぎ見て、次いで美女に世話を焼かれる茂良を見る。
(;゚Д゚)「それとよ……あのカタナなんだけどな、茂良。そのぉ……」
( メ∀・)「あ゙〜、いい、いい。どうせぶっ潰れたんだろ? 元より返ってくるとは思ってなかったから気にすんな」
(;゚Д゚)「……いいのか?」
( メ∀・)「なぁに、単車の一台くらいどうってこたねえ。どうせこれから稼がなきゃなんねーんだからよ」
破門を喰らい、どころか親を失った茂良だが、既に切り替えているようで、彼はこれから再度闇の世界に身を投じるつもりらしい。
276
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:09:39 ID:AxJX7IKA0
( メ∀・)「少なかれ荒巻組に身を置いて得たパイプもあるし、ガキってのは数も多い。簡易的だがマフィア化しようと思う」
(,,゚Д゚)「マジでお前も懲りねえなぁ……」
( メ∀-)「いーや、今回で十分に懲りた。俺が間違ってたんだ。俺が端から頭ぁ張ってりゃこんな間抜けな姿になっちゃいなかったさ」
(,,-Д゚)「ははっ……そんな無様でもいつもの調子だってんだから、こりゃ当分死にそうにねえな、お前」
( メ∀・)「お前こそ、やぁっぱ生き残ったな。死ぬとも思ってなかったけどよ」
そこで僕達はお互い寡言になる。
茂良は美少女たちに、少しばかり席を外してくれ、と言った。
彼女達は素直に従うと、室内は静寂に支配され、僕と茂良は自然と窓の外へと視線を向け、少しずつ言葉を重ねる。
( メ∀・)「惚れてんだろ、お前」
(,,゚Д゚)「ちっげーよタコ」
( メ∀・)「嘘つけ。組の親分……白根組の若頭を半殺しにしてでも奪い返したかったんだ。並の情熱じゃあねえよ」
(,,゚Д゚)「別に俺がやったとは限らねえだろ?」
( メ∀・)「どうかな? 俺にはお前以外の実力者なんて思い浮かばねえけどなぁ」
(,,゚Д゚)「そりゃ恐悦至極、ってな」
( メ∀・)「はは……」
一度そこで言葉は途切れる。
277
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:11:18 ID:AxJX7IKA0
( メ∀・)「……大事にしてやれよ。お前がここまで大暴れしたくらいだ。あの女もまぁ、そりゃあ扱いにくいタマだろうよ」
(,,-Д-)「……お前は結構、お節介だよな。単車の件といいよ」
( メ∀・)「あ〜、お節介だぜ。とは言え気に入った奴にしか手は貸さねえ。そんでそれはお前だけだ」
(,,゚Д゚)「俺はお前が大嫌いだけどな」
( メ∀・)「そんな奴の見舞いにきたって?」
(,,゚Д゚)「せめてもの礼と、謝罪もあんだよ、ボケ野郎」
( メ∀-)「くっくっくっ……そうかい。あんがとよ、オオカミ野郎」
僕は腰かけていた椅子から立ち上がり、出入り口へと向かう。
そんな僕の背中に彼の感謝が寄せられるが、僕は振り返りもせず、ただ手を掲げて別れの合図をするのだ。
( メ∀・)「なあ、おい。今度はよ、あの子も連れてこいよ」
(,,゚Д゚)「……ああ、そうすりゃよかったかよ?」
( メ∀・)「あ?」
僕は扉を開け放つ。
一枚を隔てた先には、茂良のお抱え侍女三名の他に、もう一人の美少女がいた。
僕はそんな美少女を見やる。美少女は僕の視線に何かを察したようで、一歩と室内に踏み入ると、小さく頭を下げた。
(*゚ー゚)「こんにちは、茂良さん。お怪我は大丈夫ですか?」
( メ∀・)「……ははは。おいおい、まったくよぉ……」
茂良は少しばかり驚いた顔をし、それから僕の顔を見る。
僕と言えば特に顔に変化はないが、茂良の奴はにやにやと笑いを浮かべ、それから美少女――椎名を見て、再度僕を見やがる。
278
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:13:07 ID:AxJX7IKA0
( メ∀・)「俺も、両腕折った甲斐があるってもんだな、糞ボケ埴谷くぅん? けけけ」
(,,-Д-)「……その骨折が治ったらよ、茂良。久しぶりにバーに顔出せよ。一杯くらいは奢ってやるよ」
( メ∀-)「へっ……割に合わねえよなあ、ったく……あーあー、この世の巷は飽きやしねえや」
僕は椎名の手を引いて歩き出す。椎名は再度茂良へと振り返ると会釈をするが、それからすぐに僕の歩幅に合わせて歩き出す。
(*゚ー゚)「元気そうだったね、あの人」
(,,゚Д゚)「あー……まあ、あいつのことだ、あの程度じゃ何ともねーだろうよ」
(*゚ー゚)「ふぅん……分かるんだ?」
(,,゚Д゚)「まぁな。何せあいつは――」
(*゚ー゚)「ドのつく不良?」
(,,-Д-)「……はは。そう、正しくな」
椎名は昨夜の事件から今に至るまで、僕と共に過ごしていた。
てっきり警察等保護組織から彼女の下へ連絡が入ると思っていたが、ところが一切の通達がない。
それを不思議に思いつつも、そもそもは様々な力が関与していた案件だったこともあり、兎角、僕は彼女を保護するような形でアパートへと戻る。
そうして明けた本日になり、僕は彼女と茂良の下へと訪れると、今はこうして――新幹線に乗り込むところだった。
(,,゚Д゚)「で、それについてこようとする、と」
(*゚ー゚)「幼気な女の子を一人にするつもり?」
_,
(,,゚Д゚)「幼気だぁ? お転婆の間違いだろ」
_,
(*゚ー゚)「あはは、不良オブ不良が何を言うやら」
279
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:14:36 ID:AxJX7IKA0
彼女は、椎名しぃは……もう、笑わない。
あの他人事のような雰囲気も、何もかもに無関心だったような風体も、消えてなくなった。
白いワンピースを翻し、それに倣って彼女の白く緩やかな髪が揺れる。
そうして憎たらしいくらいの満面の笑みを浮かべて、白い歯を覗かせるくらいの笑みを浮かべて、僕を見つめる。
彼女はもう笑わない。だが、彼女はようやく……笑えるようになった。
そこに歪なものは皆無。純白で、無垢で、偽りの一つもない素直な笑みに、僕もつられて笑ってしまう。
(,,゚Д゚)「ほら、チケット。持ってろ」
(*゚ー゚)「……当然のように私のも買う、と」
(,,゚Д゚)「どうせついてくるだろ、いつもみたいに」
(*゚ー゚)「んー、どうかな? もう私は自由の身だよ? だから自分の行動くらい、自分で――」
言いかけた彼女へと手を差し伸べる。
それに彼女は言葉を飲み、僕の顔を見つめた。
(,,゚Д゚)「……行くぞ、しぃ」
(*^ー^)「……うん、銀くん」
280
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:15:59 ID:AxJX7IKA0
新幹線に揺られ、僕は車窓から過ぎゆく景色を茫と眺めていた。
向かいの席には椎名が――しぃが腰かけ、僕と同じく景色を眺めている。
(*゚ー゚)「ずっとね」
そんな折、彼女は独白のように言葉を紡いだ。
(*゚ー゚)「ずっと……私は死んでたんだよ、銀くん」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ー゚)「私、両親がいなくてね。ずっと施設を盥回しにされてたの。だけどある日、あの人が……宝木が私を引き取るって名乗り出て」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ー゚)「姓はそのまま……だから戸籍になんて入ってなかったんだ。だけど、どうやったかは知らないけど、以降、私はあの人の所有物」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ー゚)「てっきり慰み者にでもされるかと思ってた。けど……実際は逆。私がママと呼ばれ、あの人を甘やかして癒してあげるのが私の役割だった」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ー゚)「……それから、色々見せられた。あの沿岸倉庫での光景も、それ以外にも存在した“母親候補”の末路も。ああ、私もいつか死ぬんだって……」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ -゚)「……ううん。もうあの時から逃れられないって分かったから。だから、死んでたの」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ -゚)「それからはもう、何も気にしない。体調を崩しては通院して、その度に他の女の子が代わりとして宛がわれ、その子達は……殺され続けてきた」
(,,゚Д゚)「…………」
281
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:17:50 ID:AxJX7IKA0
(*゚ -゚)「学校生活でも……野々ちゃんと樋木くんの手によって多くの無関係な人たちが殺された。そんな只中にいるとね、もう……私自身が分からなくなっちゃって」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ -゚)「“あれ、私って誰だっけ”――って。そうなるとね、もう、じゃあ、あの人が望むように、いつも笑っていれば……楽だって気付いた」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ -゚)「けどね、死んでしまった人々を見る度に……“あれが私だったなら”って、“羨ましい”って思ってた。この生き地獄から解放された時は、どうあっても死ぬ時でしょう」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ -゚)「いっそ羨望したくらいで……ね」
彼女の言葉がそこで止まる。
僕は彼女を真っ直ぐに見やる。
(* - )「……ずっと、ただ、死にたかったの」
(,,゚Д゚)「……だから、お前は死者に化粧を施すんだな」
(*゚ -゚)「え……?」
僕は彼女の顔を見る。
やっぱり……綺麗だ。佳人と言う言葉が実にお似合いで、羞花閉月という言葉を贈りたくなるくらいに。
羞花閉月――月花ですらもその美貌に恥じらい身を隠す、と言う意味だ。
それ程に彼女は麗しく、誰の目をも惹く。
(,,゚Д゚)「己の死を他者に重ねる……自身の死を客観視するように、或いは俯瞰するように、他人事のそれとするのに、それでも、もし自分が死ぬのなら……綺麗でありたいと思うんだろう」
(*゚ -゚)「っ……」
(,,゚Д゚)「己を汚らわしい存在だと……厄を齎す悪そのものだと、そう、思い続けてきたんだろう」
(* - )「……だって、だってね。いっぱい人が死んだんだよ、銀くん。だったら、私と言う存在は――」
(,,゚Д゚)「お前はお前でいい」
遮るように言葉を紡ぐ。
282
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:19:15 ID:AxJX7IKA0
(,,゚Д゚)「原因がどうだとか、経緯がどうだとか、そうじゃない。お前はその子達を殺した張本人じゃない。仮にお前がいなかったなら、更に多くの犠牲者が出ていた可能性だってある。
奴のいうところの“ママ”を全国からかき集めて、それに値しないであろう少女達を無残に殺していたかもしれない。そうするならば、お前は……他の少女達を救ったとも言える」
(* - )「でも……だって……」
(,,゚Д゚)「言いたいことは分かる。結局、事実は覆らない。死んだ人間は蘇らない。お前自身がお前自身を責めるのも栓のないことだと僕は思う」
だが、と僕は続ける。
(,,゚Д゚)「それだからこそ……死んじゃダメなんだ、しぃ」
(* - )「っ……」
(,,゚Д゚)「……生き続けなきゃいけない。お前が仮に悪に愛される身だとしても、数多の絶望に苦しもうとも、それでもお前は生き続けなきゃいけない。それは一つの責任でもあるからだ」
(* - )「死んだ、人達への……?」
(,,゚Д゚)「いいや。死に続けてきたお前自身への責任だ」
(*゚ -゚)「――っ……」
(,,゚Д゚)「誰かや何かに対する贖罪だとか、そんな意志で生き続けることは、果たして本当に生きていると言えるのか?」
(*゚ -゚)「…………」
(,,゚Д゚)「そうじゃない。自分の生涯を生(き)のままに生きて、果てて、そこで人生の“道”を得たならば……きっとその最中に、人は……責任を果たせている筈なんだ」
(*゚ -゚)「…………」
(,,゚Д゚)「罪の意識に縛られて呪いを背負って生き続けた先に、待つのは怨嗟だろう。それは責任を負うのではなく、悪に身を投じて狂気を宿そうと言う……逃避に他ならねえだろう」
(*゚ -゚)「…………」
(,,゚Д゚)「だから、お前はお前のままでいい。苦しみながらもその笑みを絶やしちゃいけない。その為にお前は死者達に死化粧を――」
283
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:21:22 ID:AxJX7IKA0
死化粧――その化粧にはとある特徴があるのを御存じだろうか。
死者とは当然躯であるからして、その面は蒼白く、能面のような無表情になる。
だが、そんな様で三途の向こう岸へと送り出すのは忍びない。
故に、古くから伝統として受け継がれる死化粧は、生前のように頬を赤く染め、艶やかな紅を唇に引き、そして……口内の頬へと綿を詰める。
(,,゚Д゚)「――……優し気な笑みを浮かべるような、そんな死化粧を弔いとして施してきたんだろう、しぃ」
それが死化粧の全てだ。
死者は皆、冷たい顔をして送り出されはしない。
生きていた頃のように、優しく、儚く、慈しみに溢れたような、そんな笑みを死者の表情へと描く。
それがしぃの本能だ。自身の生死が曖昧であり、それ故に己と言う存在を確立できずに不安定なままで生きながらえていた。
他者の死によって己の死の実感と生の実感、その二つを得る。しかし、終わりに身を焦がれるも、自身の最後を、人形のままで、仮初のままで終わらせたくない。
だから彼女は描く。己が本当の意味で死ぬ時、全てが終わる時。
今際の果てに、何よりも無垢に、素直に、純白な笑顔を咲かせることが出来たら――と。
(,,゚Д゚)「笑え……しぃ。お前はもう、死んじゃいない。生きているんだ。だから……笑ってくれ」
(*。 - )「……うんっ……」
隣にやってきたしぃの頭を撫でつつ、僕は車窓から見える景色へと視線を移す。
景色は次第に田舎のそれになってきた。
外とは隔離された空間だけれども、僕は確かに感じ取る。
(,,゚Д゚)「……黄金の、風のニオイがする」
そう呟き、彼女の、しぃの体温を確かめるように、強く手を握りしめた。
284
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:23:48 ID:AxJX7IKA0
◇
僕達の住まう街から新幹線で一時間、それから田舎のバスに乗り込んで三十分、更にそこから徒歩で十五分。
それだけの大移動をすると、懐かしい景色と対面することが出来る。
(*゚ー゚)「わぁ、凄い……綺麗なススキ野原だね」
夕暮れ時のそこは、あの日と同じように、黄金に揺れていた。
碌に管理のされていないススキ野原は伸びきった草本が吹き抜ける風に撫でられ、頭を擡げると枯草の香りを届ける。
空を見上げれば広大なキャンバスに紫色の雲が伸びていて、僕は景色を全身で聞(き)くと、知らず内に小さな笑みを零していた。
(,,゚Д゚)「昔、僕はこの辺に住んでたんだ」
先を行くしぃに言葉を紡ぐ。
(,,゚Д゚)「ガキの頃はここでよく、じーちゃんに剣を教えてもらったよ。着流しの似合う、優しい人だった」
僕の血を知るしぃは、複雑そうな顔をしている。
だが僕は、そうも悲しそうな顔をするな、とだけ言って、ようやっと彼女に追いつくとその手を取る。
(,,゚Д゚)「或いは……こうして、お前の手を取るように……じーちゃんや、父や母の手を取れていたなら……何もかも変わっていたのかもしれない」
(*゚ -゚)「……後悔、してる?」
(,,-Д-)「してる。ずっと」
もう、このススキ野原に……朱に咲く死体はない。
あの日、祖父へと突き刺した真剣も、溢れた血潮も、何もかも存在しない。
ただ、あの頃から約十年の時が経ち、大きくなった僕がここにいる。
空の色合いも、景色の色合いも、香りも、何も変わらないのに、それでも……僕だけが生き残り、去来する過去に囚われ続け生きながらえてきた。
(,,゚Д゚)「でも……僕が悪でも、“埴谷”の血が禍悪の極まる坩堝に等しくても……僕は、僕でよかったと、そう思えるように……生きたい」
(*゚ -゚)「……うん」
(,,゚Д゚)「だから……この景色は、もう、おしまいだ」
285
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:25:29 ID:AxJX7IKA0
全てを消し去ることはできない。
己を縛る血も、或いは宿命であり、或いは呪いなのかもしれない。
それでも僕は、それらを拒絶もせず、否定もせず、受け入れ飲み干そう。
それが死んだ祖父や父母の為でもあり、己の生きる“道”となるからだ。
あの日の景色はもう死んだ。僕が生き続けることで過去は色褪せ消え失せる。
それらに偽りはなく、僕もまた、それらを忘れるわけにはいかない。
けれども、僕はその為だけに生き続けることはできない。
悪を知り、鬼になり得ると知るからこそ、僕は人としての“道”を進みたい。
椎名しぃを取り戻せた僕になら、もしかしたら、出来るかもしれない。
悪を受け入れ、尚も抗い生きることが……剣を手に、それでも斬らない“道”があると信じて。
僕はこの手を、椎名しぃの手を離さぬように生きていきたい。
剣を持つのは、そんな彼女を護る時だけでいい。
それが僕の、絶対とする“道”となればいい。
.
286
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:26:28 ID:AxJX7IKA0
――黄金に揺れる景色の中、優しい風が靡く。
僕は眩く照る光の中、僕へと向けられる視線に気づく。
(*゚ー゚)「前に、進もうね……一緒に」
彼女のその言葉に僕は小さく頷き、頭を撫でてやる。
(,,゚Д゚)「ああ……生きよう」
祖父よ、何故あなたは血を纏い、何故刃を握った――そう問うたことは幾千とある。
眠れぬ夜、明けぬ朝、宵の狭間……己を見失い、己の意義を忘れた時。その度にあなたに尋ねた。
けれど、祖父よ。今なら僕は分かる。
何故ならば、僕も同じく血を纏い、刃を握ったからだ。
それでも、僕は、やっぱり……斬らない。
二度とこの黄金の景色に朱が差さぬように、あの紫の雲が血で滲まないように。
僕は――悪に寄り添い、悪を受け入れ、悪と共に生きる。
悪に染まることなく……悪を制する“道”を突き進もう。
だから、さようなら。
また一歩を踏み出す為に。
僕は、生きていく――
287
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:27:02 ID:AxJX7IKA0
「――茶番ね、坊や」
.
288
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:27:53 ID:AxJX7IKA0
――空は紅蓮に燃えたかのように思えた。
「流石は“埴谷”の血……それは認めざるを得ないわね。けれどね、それでも……絶対的な存在とはなり得ない」
それは歩いてくる。
超濃度の殺意を持ち。
手には刃を――
――……匕首を握りしめ。
背後には大小を携えた殺人鬼を伴い。
不覚不足はないとでも言いたげな顔付きだった。
.
289
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:28:37 ID:AxJX7IKA0
「愛しの姫君を取り戻せてさぞご満悦でしょうね。けれど――そこで終わることは、残念ながらにできないのよ」
その女は歩いてくる。
明確な殺意と敵意を以って。
その殺意と敵意を僕に――否。
.
290
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:29:18 ID:AxJX7IKA0
「椎名しぃ――あなたを『鬼違い』と判断したわ。故に……見逃す訳にはいかない」
僕の隣に立つ椎名しぃへと向けていた。
僕は咽喉を鳴らし、必死の形相でしぃを背後へと隠す。
「無駄な抵抗はせず、大人しくその『鬼違い』を寄越しなさい……っても、無理な話よね」
女の背後の侍気取りが僕へと何かを投げてよこした。
それは――真剣だった。
.
291
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:30:13 ID:AxJX7IKA0
「坊や……どうあっても抵抗するのであれば、それはせめてもの情けよ。全身全霊できなさい」
僕はそれに手をかける。
迷える相手――否、そんな余裕のある存在ではない。
一度背後に控える侍気取りとは剣を交えた。
その時ですら生きた心地はしなかった。
だのに、僕へと迫ってくるその女の濃度は……別次元だった。
.
292
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:30:59 ID:AxJX7IKA0
「名乗るのが礼儀、だったかしら。私には生憎“道”なんてものはないんだけどね。けれどもそれが道理だというのなら……名乗りましょうか」
禍悪だ。
あれは歪だ。
殺意も戦意も視認できる程、女の周囲を渦巻いている。
僕は汗を滝のように流している。
背後でしぃが震えている。
だがそれでも逃げる訳にはいかない。
この女からは――
.
293
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:31:42 ID:AxJX7IKA0
ξメ゚⊿゚)ξ「『国解機関』序列一位……津出鶴子」
(;゚Д゚)「……“埴谷流”、埴谷銀」
.
294
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:32:15 ID:AxJX7IKA0
――最強無敵の殺人鬼からは……逃げられない。
.
295
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:32:49 ID:AxJX7IKA0
エピローグ
血戦 対 津出鶴子
.
296
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:36:59 ID:AxJX7IKA0
寄越された真剣を抜く。迷いなど一切ない。
それは殺しを前提としたものではない。防衛本能が導いた至極の答えだった。
(;゚Д゚)(――良い……刀だ)
反りは深く、恐らく元は太刀だったと思われる。
肉厚のそれを打刀に直したのだろう。重量も、鍛えも、疑う余地のない業物だと即座に理解出来た。
それを正眼に構える。他の構えなど何も思い浮かばない。
ξメ゚⊿゚)ξ「元より宝木琴尾も含め、その少女も私達の抹殺対象だったのよ、坊や」
女は――津出鶴子は匕首を構えた。
右半身を切り出し、腕は完全に伸びきった構え……何も知らぬ者から見ればふざけた構えに見えるだろう。
伸びきった腕がそもそも不自由だ。通常、短刀の扱いは徒手格闘に近く、刃物とは第一の攻撃手段ではなく、補助武器に等しくなる。
だがその構えこそは――
(;゚Д゚)(小太刀術。しかも……対剣に特化した、紛れもない本物だ……)
対剣を想定した構えだ。
伸ばしきった腕、に足すことの手の内にある匕首。その全てが“一本の剣”の扱いになる。
二尺三寸に相当するが、実際、刃は匕首のみだ。だが尺で言えば太刀と同等。つまり……通常の真剣と真正面から撃ち合うことは十分に可能になる。
ξメ゚⊿゚)ξ「世には糞垂れな異常者がいる……そう言ったわよね、坊や」
(;゚Д゚)「……それが、しぃだってのか」
ξメ゚⊿゚)ξ「そうよ。通常とは呼び難い感性に潜在的な自己境界に対する異常欲求……それを精神病質(サイコパシー)と呼ぶのよ」
297
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:38:29 ID:AxJX7IKA0
そして、と津出は続ける。
ξメ゚⊿゚)ξ「彼女は間違いなく『鬼違い』に該当する危険因子。死化粧――先の野々乃々子の件を我々は『白粉(おしろい)事件』と名付け、実害性のある存在だと判断したわ」
津出は言葉を紡ぎつつも一歩、一歩と距離を詰めてくる。
彼我を隔てる距離が埋まるほどに項が粟立ち、緊張感が増していく。
あれほど楽天家だとか昼行燈と思えた津出は、今や羅刹然とした風体で、さながらに――鬼を体現していた。
ξメ゚⊿゚)ξ「こうなるともう、放置はできない。悪を完全に開花させる前に、今この場でその芽を摘むわ」
(; Д )「はっ……先から訳の分からんことを言いやがって、そんな手前等の道理なんて――」
僕は駆けだし刃を振るう。正眼のままに胴への薙ぎ払いだ。
(#゚Д゚)「知ったこっちゃねえんだよ!!」
普通に考えて僕の太刀筋をまともに受けられる人物は……少ない。
だが僕は当然のように振るった。何せ今僕が対峙する人物は、その数少ない内の一人であると確信している。
その証拠に――
ξメ゚⊿゚)ξ「ふぅっ――!!」
(#゚Д゚)「っ――!!」
我が刃は津出の匕首により撃ち返される。
同じく胴に薙がれた匕首が僕の刃を撃ち払った。
僕の構えは当然両腕だ。確かに右手には傷が残っている。しかしそうであっても生半な姿勢で挑めば刹那で殺される。
そんな僕の、仮にもまともな構えから撃たれた一撃を、津出は何ともないように返した。
298
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:40:03 ID:AxJX7IKA0
(;゚Д゚)(どんな馬鹿力だ――!?)
いや、或いは、やはり……僕は読まれているのかもしれない。
僕は確かに刃を振るう。真剣を、津出に対して真っ向から正々堂々と。
だがその太刀筋に、殺意なんてものは――
ξメ゚⊿゚)ξ「そんなんじゃ話にならないわよ、坊や」
(; Д )「おごっ――!?」
撃ち払われ、次いで袈裟へと繋ごうとした僕だが、そんな僕の鳩尾に津出の足刀が叩き込まれる。
尋常ならざる速度、に足すことの判断力、または実戦経験の差から生じる圧倒的な戦力差――歯噛みする程の現状に、僕は後退りながらも剣を“陰”の位置へと備える。
ξメ゚⊿゚)ξ「理解力がないのかしら。言ったでしょう、その子を殺すって。だのに……まるで殺気を感じないわね」
(; Д )「へっ、どうにもね……女相手じゃ、たたっ斬ろうなんて気にゃ、なれねえからよっ……!!」
吐き捨てつつ、駆け登る胃酸を堪える。呼吸を浅く続け、再度接近してくる津出へと意識を集中した。
ξメ゚⊿゚)ξ「そんなに甘い考えで生き残れるほど――殺し合いの世界は優しくないのよ、坊や!!」
(;゚Д゚)「罷りならねえとしても――推して参るのが僕の“道”なんだよ!!」
一合、二合と僕は津出と刃を交える。
彼女の太刀筋に迷いはない。そして間違いの一つもない。
受ける度に思うのは、彼女もまた横堀と同じく“決まり事”のない剣――実戦で磨き上げた我流の剣法だと理解する。
だがそんな剣の道もある。それが王道となることもある。痛感する程に僕は叩き込まれる。
299
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:41:53 ID:AxJX7IKA0
(;゚Д゚)(この太刀じゃなかったら、間違いなく死んでたな、おい……!!)
津出は見かけによらず、どころか予想以上の馬鹿力だ。
どこにそんな膂力があるんだと疑問に思う程だが、しかしてその動きは機敏な上に決断の速度足るや迷いを一切窺えない。
韋駄天になり攻め入る彼女は容赦もなく、肉薄すれば互いは徒手を繰り広げ、その度に僕の顔や身体に痣が増えていく。
(;゚Д゚)(強いなんてもんじゃねえ……!! 出鱈目だ、なんなんだこいつは……!!)
その芯にあるものが分からない。多くの戦地を渡り歩き、今も尚殺しを手段とし生きている津出鶴子。
だが、何かがある気がする。その絶対的な実力には、核となる物がある気がする。
ξメ゚⊿゚)ξ「手遅れになってからじゃ遅いのよ、坊や」
(;゚Д゚)「っ……」
ξメ゚⊿゚)ξ「他者を殺めることを忌諱し、いっそ嫌悪し、それを外道と称するならば……それを違えたことと考えるのならば、君はまた失うわよ」
(;゚Д゚)「――っ……」
津出は言う――こいと、かかってこいと。その刃で真っ向から剣を結べと。
それに心臓が跳ね、脈動する毎に体温が上がる。
(;゚Д゚)(斬る――しかないのか、本当に)
それはきっと、この状況であれば正しいことだろう。
殺すしかない、殺す気で挑み、この場を制するしかない。
さもなければ、あの少女が――
(;゚ -゚)「銀くん!!」
椎名しぃが、殺されてしまう。
ならば、僕は、不殺の決意を自らの意思で否定するしかないのではないか。
甘い考えでこの殺人鬼を退けることなんて出来やしない。更に、自身の生存を勝ち取れるとも思えない。
だから、僕は、鬼になるしか――
300
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:45:03 ID:AxJX7IKA0
(; Д )「それ――でも……!!」
――……それでも、鬼になるしか道はないのか。
本当に、殺すことでしか、僕は未来を切り拓けないのか。
こうして刃を、本物の殺しの道具を手にして、対峙して、超えるとするならば、鬼になるしかないと……断言できるのか。
(; Д )「僕は、あんたも、誰も、殺したくなんて――ない!!」
津出の懐中へと飛び込む。僅かに彼女の速度が上だ。それでも、このまま“当て身”で吹き飛ばせば少なくとも逃げの筋は浮かぶ。
故に僕は右半身を押し出し、彼女へと再接近した瞬間に、己の全力を彼女へと叩きこむ――
ξ#゚⊿゚)ξ「それで失うことになったら、もう、誰も――あんたに微笑んでなんてくれないのよ、銀!!!!」
――叩き込んだはずだった。
だのに、僕の右半身に、津出の肉体を撃つ感触がない。
視線を前へとやる。津出がほんの僅か、たった数ミリ程度の距離を、下がっていた。
ξ#゚⊿゚)ξ「この私に――“最強の弟子”に対して“当て身”を仕出かそうなんざ!!!! 百億万年早いのよ、クソガキ!!!!」
(; Д )「――がはぁっ!?」
僕の勢いを利用し、彼女は僕の腕を軽く引く。
それにより体制を、体軸を崩した僕の懐に津出が飛び込んでくる。
ああ、これは、間違いなく――“当て身返し”……刹那後に身を襲った衝撃に意識を失いかけるも、僕は膝を突き、尚も立ち上がろうとする。
(;。 - )「銀くん、銀くん!!」
僕へとしぃが駆け寄る。それを制するように手を翳すが、彼女は僕の前に立ちはだかった。
そんな僕達へと向けて歩みを進めるのは最強無敵を誇る殺人鬼、津出鶴子。
未だ刃を握りしめたまま、津出は標的であるしぃを強く睨む。
301
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:47:02 ID:AxJX7IKA0
ξメ゚⊿゚)ξ「無力ね、坊や。勢いも糞もなく、意志も弱く、何も成し遂げられやしない」
(; Д )「っ……」
ξメ゚⊿゚)ξ「どころか、こうして護るべき対象に庇われるだなんて……呆れ果てて物も言えないわ」
津出が一歩、一歩と近づいてくる。
視線をあげれば、そこにはしぃの背がある。
華奢で、小さな彼女の背は震えていた。
それでも、震えていても……真っ直ぐに立ち、手を大に広げ、津出と真っ向から対峙する。
ξメ゚⊿゚)ξ「覚悟はいいのね」
(;。 - )「どうせ、私は死んでいたも同義だから、だから……どうか、銀くんだけは、許して」
ξメ゚⊿゚)ξ「美しい愛情ね。別に坊やに用なんて端からないのよ。私が殺すのはあなた、椎名しぃのみ」
(;。 - )「それでも!! それでも……もう、銀くんを傷つけないで……!!」
ξメ゚⊿゚)ξ「……そうも、その坊やが愛しい? あなたを護れもしない存在が」
その言葉にしぃが声を張り上げた。
(#; -;)「例えあなたに敵わなくても!! 銀くんは私を救ってくれた大切な人なのよ!! だから私が護る!! あなたから!!」
――ああ、おいおい、と言いたくなる。
まったくもって恥ずかしくなる台詞もあったものじゃない。
事実、僕はスタボロだ。あれだけヤクザ相手に上等をこいても、いざ本物を相手にすればこの無様だ。
そんな僕を庇うだなんて、まったくもって、マジで、本気で、もう、本当に――
――自分が情けなさすぎるだろうが。
302
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:49:21 ID:AxJX7IKA0
(; Д )「まだ、終わっちゃいねえぞ、おい……!!!!」
(#; -;)「銀くん……!!」
立ち上がり、刃を担ぎ、しぃを押しのけ、僕は立つ。
目前には殺人鬼、津出鶴子。その表情は相も変わらず殺意で塗り固められている。
彼我の実力差は最早歴然だ。確実に僕は劣る側だ。ここから巻き返せるかどうかなんてのも語るまでもない。
だが、それでも……死んでやらねえ。絶対に。
ξメ゚⊿゚)ξ「……つくづく、甘っちょろい子ね、あんたもしぃって子も」
(; Д )「知るか糞ボケ……これ以上しぃに近づくな。ぶち殺すぞクソアマ」
ξメ゚⊿゚)ξ「それが出来たら褒めてあげたいところだけどね」
僕は刃を構える
正眼――否、大いに否。
それは切っ先が背にくるほどに大きく、仰け反るような構えだ。
面は剥き出しになり、足の配置は前進のみを意図した形となる。
大上段――必殺必死の構え。退くことも度外視し、ひたすらに敵対する存在を斬り殺すことのみを追求した構え。
僕に殺す覚悟なんてない。そんなつもりは微塵もない。だけれども――全力を出さねばならないのならば、僕は斬る。
ξメ゚⊿゚)ξ「……いい面魂になったじゃない。それが最期の形相でいいわね、坊や」
(# Д )「ああ、上等だ。不備不足もない。かかってこい」
空気は張り詰める。間違いなく次の一合で全てが決まる。
生き残る自信――ない。敵う自信――……ある訳がない。
だが退かない。せめて一太刀、それをお見舞いするくらいの矜持は許して欲しい。
その一撃でしぃを諦めさせてやる。その五体のいずれかをぶった斬ってやる。
風が凪ぎ、世界は静に支配された。
夕暮れに染まるススキ野原。やはりここは血に塗れる忌まわしい場所なのかもしれない。
ここで果てるのもまた運命か、とも思う。それが“埴谷”の宿命にも思える。
303
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:50:35 ID:AxJX7IKA0
ξメ゚⊿゚)ξ「……いい夕焼けね」
(# Д )「…………」
ξメ゚⊿゚)ξ「坊や。君の中にも、揺れる景色があるの?」
(# Д )「……ある。あんたには」
ξメ゚⊿゚)ξ「……あるわよ。私の中の景色は、私の空は、今も未だ燃え続けたまま……真っ赤な空を、いつまでも見上げたまま」
ふいに、津出の殺意が薄れるのに気が付いた。
更には彼女は構えていた刃を下ろし、僕を真っ直ぐに見つめている。
その様子に訝しむも、津出の背後にいた横堀が接近してくると、僕はそこで悟る。
ξメ゚⊿゚)ξ「……その景色を、ずっと、大切にしなさいな、坊や」
その言葉を紡いで、彼女は僕に背を向けて歩き出してしまった。
何故急に――そう思うも、入れ違うように僕達の下へとやってきた横堀を見て、何となくのところで察した。
304
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:52:27 ID:AxJX7IKA0
(#゚;;-゚)-3「っとに、不器用だよね、あのバカはさ」
(# Д )「……試されてた、ってのかよ?」
(#゚;;-゚)「……うん、そうだよ。椎名しぃ……彼女は確かにボク達『国解機関』の抹殺対象だ。けれど……ツンがね、問題はなしとして上に掛け合ってくれたんだ」
(;゚Д゚)「えっ……」
衝撃の言葉に僕は我に返る。背後では同じくしぃが驚愕を露わにしていて、僕達は顔を見合わせた。
(#゚;;-゚)「実際問題、危険性の低い『鬼違い』は単なる観察対象で終わる。そりゃ社会的に見て問題のある人種なのは間違いないけど、『鬼違い』全てを殺すだなんてのは極端すぎる」
(;゚Д゚)「ち、ちょっと、待ってくれ、じゃあ、しぃは……?」
(#゚;;ー゚)「……自由の身だよ。これから事件の事後処理でゴタゴタはあるだろう。住居等の問題や他様々ね。だけどそれだけで終わりだよ」
それから、と言って横堀は厚みのある包みを僕へと寄越した。
(#゚;;-゚)「今回は苦労をかけたね、これはそのご褒美。あと、その剣もあげるよ」
(;゚Д゚)「え、いや、ちょ、え……?」
(;゚ー゚)「ぎ、銀くん……これ、三百万円、あるよ……」
(;゚Д゚)「は、はぁあ!? おいちょ、なんなんだよ、こりゃあ……!!」
狼狽える僕達を無視して、ついに横堀まで背を向けて歩き出した。
少し先の景色には津出がいて、横堀が彼女へと駆け寄る。
そうして肩を並べた二人は、まるでやることの全てを終えたような、そんな空気を醸して景色を歩いていく。
305
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:53:53 ID:AxJX7IKA0
(;゚Д゚)「待てよ……津出、横堀!! あんたらは、なんだって僕達に、こんな……!!」
その叫びに津出が振り向いた。
彼女は、先まで僕と殺し合いをしていたのに、だのに……あの優しく、朗らかな、慈しみに満ちた笑みを浮かべ、こう叫ぶのだ。
ξメ゚ー゚)ξ「なぁに、そりゃ他人事じゃないからねぇー!! 私も……『鬼違い』なのよーん!!」
(;゚Д゚)「は――はぁあああああ!?」
ξメ゚ー゚)ξノシ「ひっひひー!! んじゃ……まったねー!!」
なんだよそれ、と呟き、僕はいよいよ腰を落とすと参ったように笑いが零れた。
ああ、実に……お節介極まる殺人鬼共だ。要らぬ発破やら叱咤やら……年長者というやつは、毎度毎度説教臭くて嫌になる。
僕は授けられた刀を握り、それを天へと翳す。
大きく、強く、しなやかで、その犀利な空気に呑まれそうになる。
けれども、そんな僕の狂気は、彼女が――椎名しぃが寄り添うことで霧散するのだ。
(*゚ー゚)「いい先輩方……だったのかな?」
(;゚Д゚)「アホ言え、どこの世界に真剣で迫るいい先輩がいるってんだよ……」
(*゚ー゚)「けど……嬉しかったよ、さっきの言葉。立ち上がった時も、全部」
(;-Д-)「……ったくよぉ、本当に参るぜ……」
(*゚ー゚)「そんなこと言わないの。ほら、銀くん――」
306
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:55:06 ID:AxJX7IKA0
津出は言った。
私の中の景色は今も尚燃え続けたままだと。
空は朱に染まり、それを見上げ続けていると。
彼女を形作った過去を僕は知らない。
何故にああも強く、ああも美しく、ああも身を削るように生きるのかも分からない。
だが、彼女は僕に言った。
己の中にある景色を大切にしろと。
それを見失うなと。
それが彼女を支える全てなのだろう。
故に彼女はそれを教えるべく――僕が“道”に迷った時の術を教えにきてくれたんだろう。
御節介だ。だけれども……優しい人だった。
.
307
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:56:00 ID:AxJX7IKA0
(*^ー^)「帰ろう、私達の街へ!」
.
308
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:57:05 ID:AxJX7IKA0
金色の風に吹かれる。
笑っている。
君が笑うのなら。
僕も笑ってやる。
あの日の景色の中、けれども今と言う時の中、僕は君と出会い、悪と向き合うことが出来た。
これから先、何が待ち受けているかはわからない。
だが、それでも、僕はやはり……己の“道”を信じて突き進みたい。
それを君が支えてくれるのなら。
君がそうやって、優しく微笑んでくれるのなら。
僕も君と同じように、返したいんだ。
.
309
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:57:50 ID:AxJX7IKA0
(,,-Д-)「ははっ……ああ、帰ろう……しぃ」
.
310
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:58:24 ID:AxJX7IKA0
禍悪に揺れる君へ。
愛しき君へ。
悪に微笑む君へ。
僕も……クリフォトへと微笑もう。
.
311
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:58:49 ID:AxJX7IKA0
(,,゚Д゚)クリフォトに微笑むようです
終
.
312
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:59:28 ID:AxJX7IKA0
.
313
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 19:59:55 ID:AxJX7IKA0
超過時間――オーバータイム
.
314
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 20:00:30 ID:AxJX7IKA0
_
( ゚∀゚)「よいせ、ほいせ……ふいー。荷造りったら面倒で仕方ねぇなぁ」
_
( ゚∀゚)「しっかしこの店も……短い間とは言え、それなりに愛着わくな〜」
_
( ゚∀゚)「とは言え……もうさいならなんだけどさ」
カランカラン
_
( ゚∀゚)「んお? あれ、予定より早くない? ミセリにトンちゃん――」
ξメ゚⊿゚)ξ「へー、ここがあんたの気に入ったって店?」
(#゚;;-゚)「そうそう。マスターさんがね、面白くて」
ξメ゚⊿゚)ξ「あらそうなの。んじゃ私も一杯いただこうかしらねぇ」
(#゚;;-゚)「一杯だけでいいのかい?」
315
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 20:01:09 ID:AxJX7IKA0
_
( ゚∀゚)「……あー、なんだ。えぇと……お客さん達ぃ? 今は開店準備中でぇ……」
ξメ゚⊿゚)ξ「そう寂しいこと言わないでよ、いつかのお兄さん? まさかバーを経営してるだなんて知らなかったわよ?」
_
( ゚∀゚)「あー……まぁ、言ってなかったですしねぇ……」
(#゚;;-゚)「ところで開店準備中にしては、なんか私物を纏めてるように見えますよ、マスターさん」
_
( ゚∀゚)「まぁ、なんつーか……旅行にね?」
ξメ゚⊿゚)ξ「へぇ。銀の坊やを置いて?」
(#゚;;-゚)「いつまでのバカンスかな?」
_
(;-∀゚)「……はー、おいおい、マジかよこいつは……」
316
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 20:02:34 ID:AxJX7IKA0
ξメ゚⊿゚)ξ「そうも辛気臭い顔しないの。ほら酒寄越しなさいよ」
_
(;-∀-)「へいへい……バランタイン? それが好みでしょ? 十二年でいいかい?」
ξメ゚⊿゚)ξ「あらま、私のファン? 詳しいじゃない」
_
(;-∀゚)「そりゃね、あんたは有名人だもの。この日本の闇で知らんとあれば無知極まる。そっちはカミュでしょ、なんであの時オタールだったのよ」
(#゚;;-゚)「偶にはオタールだって飲みたくなる時があるさ。はいお金」
_
(;-∀-)「いいよ、タダで……はいどーぞ、お二人さん」
ξメ゚〜゚)ξ「んー……微妙。普通過ぎでしょ」
(#゚;〜゚)「やっぱマスターの一人芝居が面白いだけかぁ」
_
( ;∀;)「あれ、なんか自然と涙が、可笑しいな……」
ξメ゚⊿゚)ξ「まぁ冗談はこの程度として……」
ξメ゚⊿゚)ξ「今回はやってくれたわねぇ、“公安部”さんってばさぁ?」
_
( ゚∀゚)「あー……やっぱバレてんだ?」
(#゚;;-゚)「まあ色々不審だったけどさ、例えばツンにクリプトンの名を出したり、ボクの傷だらけの顔に突っ込まなかったり……ねぇ?」
ξメ゚⊿゚)ξつ「さっき裏も取れたしね。はいお土産」
317
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 20:03:35 ID:AxJX7IKA0
( ^Д^) ゴトリ
_
( ゚∀゚)「あ〜、どうも。でも生首をカウンターに置くのはやめよぉ? なんか画的によくないよぉ? 君達は生首で乾杯するのぉ? 織田信長なのぉ?」
ξメ゚⊿゚)ξ「はいはい喧しい喧しい。兎角、あんたらの目的は私等と宝木組のドンパチだったんでしょ? 残念ね、話にならなかったわ」
_
( ゚∀゚)「あーやっぱりね、いやそりゃそうだろと思ってたのよ、俺も。仮にも『国解機関』の序列一位と二位って言う最高戦力の二人組だし」
(#゚;;-゚)「けどまぁ妨害と言えばその程度……奇妙だよね。ボク達の壊滅を願うのなら他に戦力は用意できたはずだろ?」
_
( ゚∀゚)「まぁねえ、それはほら、企業秘密ってやつだからさ? 何にせよあんたらは生き残り、我々も必要な条件は達成できた。これで終わりでいいじゃん?」
ξメ゚⊿゚)ξ「そうねぇ、でも貸しは出来た形よねぇ、これ」
_
(;゚∀゚)「うっ……そっ、それはまぁ、ほら、お互いの上司に掛け合ってさ? 今後衝突するようなことがないように、まぁ、俺からも打診してみるよぉ? あははは……」
318
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 20:05:22 ID:AxJX7IKA0
ξメ゚⊿゚)ξ「んじゃま、これで牽制も出来たことだし……次はお互い、気を付けたいものよね。喧嘩したくないでしょ?」
_
(;゚∀゚)「そっすね〜……いや本当……」
(#゚;;-゚)「……しかし、君の所属が気になるね」
_
( ゚∀゚)「んま〜外事に属するふっつーの公安部員っすよぉ、末端のパシリってやつ」
(#゚;;-゚)「ふぅん、そうなんだ。まあ案件がそもそも海外とのやりとりが前提の犯罪だしね、頷けるっちゃ頷けるか」
ξメ゚⊿゚)ξ「ま、何にせよ件は片付いた訳だし、そんじゃね。そっちも事後処理とか撤退とか色々大変でしょ?」
_
( ゚∀゚)「おー、お察しいただけでマジうれしみ……」
(#゚;;-゚)「ボクらもそこまで暇じゃないしね。御馳走様、やっぱ微妙だったよ、君のお酒」
_
( ;∀;)「辛辣だなー……」
ξメ゚⊿゚)ξ「ああ、それと」
_
( ;∀;)「はい?」
ξメ゚⊿゚)ξ「あんたの上司に言っときなさいな」
319
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 20:05:59 ID:AxJX7IKA0
ξメ゚⊿゚)ξ「次はクロス・ロードを弾くから、“ちゃんと近くで観なさい”ってね」
_
( ゚∀゚)「…………」
.
320
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 20:06:48 ID:AxJX7IKA0
ξメ゚⊿゚)ξ「そんじゃね」
(#゚;;-゚)「……いらない挑発だなぁ、まったく。それじゃ、もう二度と会わないことを願ってるよ――『ライドウ』さん」
カラン カラン
_
( ゚∀゚)「……おいおい、諜報機関でもなく、碌にそう言った訓練されてねーだろうに……」
_
( ゚∀゚)「バレてらぁ……参るな〜……」
カラン カラン
ミセ*゚ー゚)リ「ちょいーっす、長岡さん! 今なんかヤバい二人組が出てかなかった〜?」
(゚、゚トソン「噂の最強コンビっすね〜、いやはや初めてお目にかかったけど、あれヤバイっしょ……殺意ダダ漏れで」
_
(;-∀゚)「んで満を持してご登場かよお困りギャル二匹よぉ。俺一人であいつら相手にしてたんだぞ、生きた心地しなかったわ」
321
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 20:08:04 ID:AxJX7IKA0
ミセ*゚ー゚)リ「あー、そりゃ縮むね、金玉」
(゚、゚トソン「いや元々小さいでしょ」
ミセ*゚ヮ゚)リ ドッワハハハハ (゚、゚*トソン
_
(;-∀-)「マジでお前等相手にしてると頭が痛くなるぜ……ほら、もうさっさと行くぞ」
ミセ*゚ー゚)リ「あれ、準備できてたの?」
_
(;-∀-)「いや、全部燃やしてく。あの二人の接触は恐ろしい。それに……ボスへの言伝も預かったよ」
(゚、゚;トソン「ほあー……それヤバイじゃん。もう情報知れてるんだ?」
_
(;-∀゚)「さてな、あの二人はある種、独歩の存在だ。『国解機関』でも異端も異端……そもそも津出鶴子は『鬼違い』だし、メチャクチャだぜ」
_
(;-∀゚)「ま、兎も角、急いで向かうぜ――」
322
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 20:08:41 ID:AxJX7IKA0
_
(;-∀-)「ボスのところへ」
.
323
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 20:09:45 ID:AxJX7IKA0
カラン カラン
ミ,,゚Д゚彡-~「……おいおい」
ミ,,゚Д゚彡-~「別にお前の実力からすりゃ驚きゃしねえが、しかしまぁ……」
ミ,,-Д゚彡-~「……久しぶりだな」
「おー、相変わらず煙草吸ってるのかお、布佐さん」
ミ,,゚Д゚彡-~「まぁな。早々死期も迫らねえ。寄る年波には抗えねえが……それでもなんとか生きてる」
「……生きてるうちに会えてよかったお」
ミ,,-Д-彡-~「……そうだな。本当に、その通りだ」
324
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 20:10:41 ID:AxJX7IKA0
ミ,,゚Д゚彡-~「……噂はかねがね。世界各国を飛び回ってたって?」
「ありゃ、なんで漏洩してんだお……一応は極秘っつーか最高機密なんだけども」
ミ,,゚Д゚彡-~「まぁなんだ、如何に“公安部”が隠蔽しようとしたってな、そもそもお前の存在は一種の伝説だし、それの生存が確認されたら誰だって知りたくなる」
「おっおっ……大袈裟だお。死に損なった糞に違いはないし」
ミ,,゚Д゚彡-~「そんな死に損なったお前が……“公安部”か」
「まぁ、流れでお。この身体だって彼等がくれたものだし」
「それに、国事に従うのは、結局……変わらないだろうお?」
ミ,,゚Д゚彡-~「……目的だった『躯』もお前の手で殺した。そうなれば、そりゃもう、誰もお前を恨みゃしねえさ。無論俺だって」
「そいつは……有難いおねぇ……」
325
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 20:11:46 ID:AxJX7IKA0
ミ,,゚Д゚彡-~「で……色々今回はやってくれたみたいだな?」
「ありゃ、それもバレてーらかお?」
ミ,,゚Д゚彡-~「そりゃな。何の作戦行動かは今一ハッキリしんかったが……我が最高戦力二名のデータなんて今更必要か?」
「それもそうだけど、ほら、あの少年……“埴谷銀”。彼は将来有望だからお、まぁテストも兼ねて」
ミ;゚Д゚彡-~「あ、ああ〜……やっぱそっちも欲しいか、あの少年」
「そりゃあの歳であの実力ならおー……この先、国家の安寧の為には彼のような実戦力がどうしても必要になる」
ミ;-Д゚彡-~「津出が怒るなぁ。そもそもこうしてお前が俺と会ってることすら、知られただけで恐ろしいね」
「おっおっ……」
「……元気にやってんのかお、あのバカ弟子は」
ミ,,-Д-彡-~「……疑問に思うなら会ってやればいい。あいつはもう勘付いてるはずだ、お前が生きてることを」
「なら……会わない。彼女がそれを知っているというのであればいずれ会うだろうし」
ミ,,-Д゚彡-~「殺しの場で?」
「さぁお……」
326
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 20:13:04 ID:AxJX7IKA0
「ん……ああ、迎えがきたお」
ミ,,-Д-彡-~「……また、飲みにこいよ」
「それはもう難しいおね……今回の作戦、願わくばそっちを無理矢理にこっちの実戦力として引き入れる狙いもあったんだけどお」
「ま、ありゃ無理ってもんかお。まったくもってあのバカ弟子はお困り極まる……」
ミ,,゚Д゚彡-~「お前がそう育てたんだろ、ったく」
「ただ……ああも身を削るように生きろとは言ってない」
ミ,,゚Д゚彡-~「……教育不足だ」
「そうだおね。それを伝える必要が、僕には……あるのかもしれない」
「或いはそれを義務と呼ぶのかもしれないし――」
「――……友達としての、役割かもしれない」
ミ,,-Д-彡-~「……また、待ってるぜ」
「おっおっ……うん、また会おう――兄さん」
ミ,,゚Д゚彡-~「おう、またな――」
327
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 20:13:56 ID:AxJX7IKA0
ミ,,゚Д゚彡-~「ブーン」
( メω^)「おっおっ」
.
328
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 20:14:38 ID:AxJX7IKA0
ミセ*゚ー゚)リ「あ、ボス! おっそーい!」
(゚、゚トソン「なぁに一人で『国解機関』の大将と密会してんすか〜? 怒られますよ〜?」
_
( ゚∀゚)「いや本当……好き放題し過ぎだから、ボス……マジ、俺の苦労を知って、お願い……」
( メω^)「はいはい、分かった分かった。分かったから、ほら、皆行くお」
329
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 20:15:19 ID:AxJX7IKA0
微笑むシリーズ
次章
.
330
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 20:15:43 ID:AxJX7IKA0
( メω^)「次の駒を動かしに……『ライドウ』、作戦開始だお」
.
331
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 20:16:09 ID:AxJX7IKA0
( メω^)殺人鬼へ微笑むようです
続
.
332
:
◆hrDcI3XtP.
:2019/09/08(日) 20:21:16 ID:AxJX7IKA0
読了、お疲れ様です。以上で「(,,゚Д゚)クリフォトに微笑むようです」は了となります。
思った以上に長い話になった気がしますが、銀のようなキャラクタを動かせたことはとても楽しかったです。
さて、次回作、という形になるかは不明ですが、微笑むシリーズは幾つかの構想があります。
とは言え次に筆をとるのがいつになるかは自分にも分かりませんので、気長に待っていただけたらばと思います。
それとはまた別に、微笑むシリーズではなく、ラブコメやおねロリやドタバタSF等をいくつか書き上げてあります。
こちらは修正をしつつ、ある程度定期的に投下していこうと思いますので、そちらの方もどうぞよろしくお願いします。
それでは、おじゃんでございました。
333
:
名無しさん
:2019/09/08(日) 20:25:36 ID:6JZnJtZo0
これから読むけどとりあえず長時間の投下本当に乙!
そして次回作……メッッッッチャたのしみにしてます!!
334
:
名無しさん
:2019/09/08(日) 20:37:46 ID:pwEEoMVI0
読み終わった!相変わらず面白かったぜー
前作まで読み返したよ!また書いてくれー
335
:
名無しさん
:2019/09/08(日) 20:38:27 ID:pwEEoMVI0
ブーンちゃん生きてるやんけええええ!!!!
336
:
名無しさん
:2019/09/08(日) 21:26:36 ID:x1DESFZ60
おつおつ
マジかよブーン生き残ったのかよ
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板