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海のひつじを忘れないようです

1 ◆JrLrwtG8mk:2017/08/19(土) 21:55:33 ID:rN6ohdMg0
紅白作品
微閲覧注意

481名無しさん:2017/08/22(火) 18:53:33 ID:AKaoAE960



千冊にも及ぶ彼女の著作を読み終わった時、
ぼくはさらに二つほど年を取っていた。けれどぼくの中には、
二年という歳月では計り知れないほど膨大で、遠大なものが蓄積されていた。
ぼくの中に、多くの人生が宿っていた。ぼくの背後に、多くの生命が感じられた。

ぼくはもはや、ぼくだけで生きてはいなかった。

「お嬢様の書は、多く批判を持って迎えられました」

彼女の書籍は発行され、ソウサクのみならず言語の通じる
周辺諸国にも流通されていったらしい。しかしシラヒーゲが言うとおり、
市場の反応は芳しくなかったようだ。その理由は、ぼくにもわかった。
彼女の物語は、現実を扱っていた。現実の場所、現実の国、そして現実に生きる人々を。

非道な行いを名も伏せられぬまま書かれた者が存在した。
すでに亡くなった家族の名誉を傷つけられたと憤慨する者もいた。
そして彼らがなにより怒り狂ったのは、これが創作であったから。
記憶にも記録にもない、ただの想像の産物によって陥れられるのは不当だと、彼らは訴えた。

482名無しさん:2017/08/22(火) 18:53:54 ID:AKaoAE960



存在しないこどもたちの物語。しかし物語は虚構を越え、現実に侵食した。
彼らの存在を、現に信ずる者たちが現れた。自身の境涯を義憤にかき混ぜ、
非道を行う者が現れた。痛ましい事件が、何度か起こされた。
彼女への非難は日に日に強まっていった。


いつしか彼女は、一部の者にこう呼ばれるようになっていた。
人心を惑わし、いたずらに社会を混乱させる『魔女』、と。


シラヒーゲにも、彼女の行いが果たして正しいものであるのか否か、判別できなかった。
彼女を訴える者たちの言葉には正当性があった。
彼女の言葉は、現実に根ざした正当性を含んでいるようには見えなかった。

せめて名を伏せてみてはどうか。シラヒーゲは、そう提言した。
物語の大枠は変えず、舞台や人物を架空のものにしてみるのもよいのではないかと話した。
しかし、彼女は首を縦には振らなかった。もはや一語を発することすら
困難なほどに衰弱していた彼女は、筆談で、シラヒーゲにこう告げた。


それでは意味がない、と。

483名無しさん:2017/08/22(火) 18:54:19 ID:AKaoAE960
その文を見せる彼女の手は、震えていた。
その震えを見た時、シラヒーゲは彼女を信じることに決めた。

彼女は、気にしていないわけではなかった。
自分が起こした影響が災禍を呼んでいることを理解した上で、
それでも書くことを望んでいた。最後まで書ききることを。
誰かの何かを、奪おうとも。

そして彼女は、書ききった。

本当に最後の、生命が尽きるその瞬間までをも使い果たして。

「これが、その最後の書になります」

そう言ってシラヒーゲが手渡してきた書は、
他の書籍のように立派な装丁のなされた本ではなかった。
それは、本ですらなかった。それは一冊のノートだった。
変哲のない、どこででも見かけることのできるノート。


どこかで見た覚えのある、ノート。

484名無しさん:2017/08/22(火) 18:54:52 ID:AKaoAE960
ノートを開く。中は、白紙だった。
次のページを開く。そこも白紙だった。
さらにめくる。次を、次の次を。
一枚一枚、時間を掛け、そこにあるはずのものを見る。

ページをめくる音だけが響く。
紙の中に、彼女の痕跡を探す。
そして、ついに、最後のページに到達した。

――文字が、書かれていた。


.

485名無しさん:2017/08/22(火) 18:55:21 ID:AKaoAE960








          ツン=デレは、生きた







.

486名無しさん:2017/08/22(火) 18:55:51 ID:AKaoAE960
アイスブルーの、その瞳。

文字が、にじんだ。文字の上に、水滴が落ちた。
ページの余白が、次々と円状の染みを作り始めていた。ぼくは、泣いていた。
涙が止まらなかった。そこに書かれたたった一○文字が、すなわち彼女そのものだった。

ツン=デレこそが、ぼくへと到る鍵だった。

「お嬢様はとある少年と約束を交わされておりました」

シラヒーゲの目が、ぼくの胸を、ぼくのハーモニカを見つめた。

「その少年も、あなたと同じようにハーモニカを嗜んでおられました」

シラヒーゲの目が、ぼくの顔を、ぼくの瞳を見つめた。

「亡命の折に名を変えられたそうですが、当時の彼は、
 お嬢様からこう呼ばれておりました。彼は、彼の名は……」

シラヒーゲが、その名を口にした。
ぼくのルーツ足る、その名を。
その人の名を。

487名無しさん:2017/08/22(火) 18:56:34 ID:AKaoAE960



彼。
そして。
ぼく。

彼の名は。
そして。
ぼくの名は。


ぼくらは。
ぼくらは――


.

488名無しさん:2017/08/22(火) 18:57:15 ID:AKaoAE960
               4

ぼくらはひつじを飼っている。
罪のひつじを。
贄のひつじを。
屍のひつじを。

一頭、十頭、百頭、千頭――
どれだけいるかは定かじゃない。
けれどいつも、感じてる。
彼らの鼓動に悔悟する。


ぼくは、歩く。
命に焼かれた背中を負って、
一歩一歩と、歩いてく。
歩いて歩いて、歩いて歩く。

海知る丘の、その先へ。
彼女が焦がれた、その場所へ。
数多の変遷、思いつつ。
遥けき軌跡を、描きつつ――

489名無しさん:2017/08/22(火) 18:57:55 ID:AKaoAE960


過去を。罪を。生命を。
圧し掛かる重みを捨て去ることができれば、どんなに楽だろう。

吐く息ひとつが重い。まぶたを開くことすら重い。
知らなけれ、感じなければ、捨て去ってさえしまえれば。
こんな想いを抱かずに済むのだろう。
すべてを忘れてしまえば。


それでもぼくは、忘れられない。
忘れたくない。

.

490名無しさん:2017/08/22(火) 18:58:18 ID:AKaoAE960

 
父を、母を、しぃを。

モララーを、ショボンを。

アニジャを、オトジャを。

ワタナベを、ミセリを、ヒッキーを。

小旦那様――ドクオを。

彼女――ツン=デレを。

自分を。

ぼくは、忘れない。
ぼくは、ぼくは――

.

491名無しさん:2017/08/22(火) 18:58:40 ID:AKaoAE960



( ^ω^)「海のひつじを、忘れない」


.

492名無しさん:2017/08/22(火) 18:59:27 ID:AKaoAE960


彼女の墓は、丘の上に建てられていた。
かつて彼女が閉じ込められていた塔の跡地。
海を見渡せる、その丘に。


その丘で、ぼくは、ハーモニカを吹く。

この世界に生まれ、そして去っていった、
すべてのひつじ<あなた>のために。

この世界に生まれ、そしていずれ去っていく、
すべてのひつじ飼い<あなた>のために。


ぼくは、吹き続けた。
この音色が、<あなた>まで届くように――





.

493名無しさん:2017/08/22(火) 18:59:54 ID:AKaoAE960

















.

494名無しさん:2017/08/22(火) 19:00:20 ID:AKaoAE960








           ねえ、約束してくれる?







.

495名無しさん:2017/08/22(火) 19:01:19 ID:AKaoAE960






        いつかもし、私が大人になれたなら。
        ねえ、もう一度。もう一度だけ。

        あなた<ブーン>のハーモニカを
        私<ツン=デレ>に聴かせてください――












.

496名無しさん:2017/08/22(火) 19:01:59 ID:AKaoAE960





       海のひつじを忘れないようです ―― 完 ――




.

497 ◆JrLrwtG8mk:2017/08/22(火) 19:03:10 ID:AKaoAE960
以上で完結です。ここまでお読み下さり、真にありがとうございました

498名無しさん:2017/08/22(火) 20:38:43 ID:Iy27fOgQ0
おつ
息が止まる位、のめり込んで読んだわ

499名無しさん:2017/08/23(水) 00:07:13 ID:dSWWk4jQ0
AAが無かったのは色々伏線があったんだな…… 独特の世界観が良かった 乙です

500名無しさん:2017/08/23(水) 19:08:36 ID:atWpKGuE0

>>325あたりと>>355照らし合わせたらわからなくなってきたんだが、ギコ=ブーンって訳ではないのか?

501 ◆TflJu3mvXc:2017/08/27(日) 00:44:42 ID:Y3bx3Les0
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502名無しさん:2017/08/30(水) 19:21:30 ID:pITprL5g0
やっと読み終えた……でも読み切って良かった
ツンの生き様が本当に好き。乙

503名無しさん:2017/09/01(金) 20:53:08 ID:8ECJZC860
乙です
ぜんぶ読み終えた後、涙があふれて止まらなかった
キャラの現実の時代背景が少しずつつながっているんだね、考察したらとんでもない事になりそう

504名無しさん:2017/09/05(火) 05:33:49 ID:rcRb8/mw0
車椅子=ツン、ギコ=ブーンだと思いつつうそーんと思ったりする
が引き込まれる話だった

505名無しさん:2017/09/05(火) 05:35:19 ID:rcRb8/mw0
なぜならギコの父と車椅子に関わりがあったっぽいけど塔に幽閉されてるなら関わりがあるとは思えない的なあれだが

506名無しさん:2017/09/18(月) 01:39:26 ID:acSFundo0
今読み終わった
涙が止まらん

507名無しさん:2017/10/05(木) 00:15:03 ID:WMkCbb1I0
理解できないところも多かったけど面白かった
登場人物の相関図作りたくなるなこれ


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