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(´・ω・`) ホムンクルスは生きるようです

1名無しさん:2016/04/03(日) 18:59:25 ID:hIo2mFDI0





まとめ様:ローテクなブーン系小説まとめサイト

142名無しさん:2016/07/19(火) 23:13:13 ID:97ESyuuc0

頭を下げ、研究室の扉を出た。
騒がしい扉向こうとは対照的に、店の中には誰もおらず静けさを保っている。

商品の受け渡しをする机に貼られた夥しい数のメモを見れば、相当な量の依頼を引き受けているのだとわかる。
一人で処理しきれる量ではない。
僕をあてにしてくれていたのだろう。
頼られるのはうれしいが、今はそれどころではない。

恩を仇で返す結果になってしまうかもしれないが、戻ってくるかどうかはわからない。
大和城で氷漬けの少女の情報を見せてもらえれば、もう神州にとどまる理由は無いのだから。

来客に気付くための鈴の音を店内に残し、僕は大和城に向かった。
劔の研究所から歩いてもさほど時間がかかる距離ではない。
それでも、早足になってしまっている自分に気付いていた。

門番の内一人は、僕が話しかける前に声をかけてきた。

「錬金術師のショボン殿とお見受けしますが」

(´・ω・`) 「そうです」

「よかった、来られないのかと思いました」

143名無しさん:2016/07/19(火) 23:14:12 ID:97ESyuuc0

「お待ちしておりました。最上階にて芒様とロマン様がお待ちです」

(´・ω・`) 「どうもありがとうございます」

二人の門番に礼を言い、門をくぐった。
入るのは初めてではないけれど、それを気取られない様に辺りを見回しながら歩く。
城内に入ってからは、階段を一気に駆け上った。

階段の途中、何かを運んでいる女性とぶつかりかけながら、
躓き、転びそうになりながら。息を切らせて上りきった。

( ФωФ) 「そう焦らんでも逃げはしないのである」

(;´・ω・`) 「すまない……」

/ ゚、。 / 「何とか許可をもらいました。これがそうです」

芒から受取ったのは一枚の紙切れ。
それは鮮明に描写された絵画のようであった。

吹雪に覆われた白い大地の中心に、巨大な水晶の如き氷。
その中に一日とて忘れたことはない少女が、当時の姿そのままで閉じ込められていた。
見間違えることはない。

その少女はリルケット・リファリア。

144名無しさん:2016/07/19(火) 23:15:53 ID:97ESyuuc0

不死の身体に人間の心を持つ少女。

(´・ω・`) 「間違いない……」

その傍にはあまり見たことのない形の雪像があった。
人間のような外見でありながら、腕が左右に三本ずつで合計六本。
その背からは地面にまで細長い縄のようなものが無数に垂れ下がっている。。
おまけに顔に当たる部分にあるのは巨大な一つの瞳。

( ФωФ) 「北方の神話に現れる獣の姿を模したものであるな。
         付近に住む人間が氷漬けの彼女をなにかと勘違いしたのであろう」

(´・ω・`) 「すぐに行かせてもらう」

( ФωФ) 「……もう一つ伝えねばならんことがある。
         現在、この神州を出ることは叶わぬ」

(´・ω・`) 「どういうことだ」

今日が無ければ明日、明日が無ければ明後日。
もし氷漬けの少女がリリであったなら、最も早い便で華国に戻ると決めていた。

145名無しさん:2016/07/19(火) 23:16:42 ID:97ESyuuc0

/ ゚、。 / 「昨日、華国行の船が何者かの襲撃を受けたのです。
       船員は皆無事でしたが、誰一人として何が起きたのか正確に理解していませんでした。
       辛うじて、錬金術のようなものが使われたということだけが分かっています」

( ФωФ) 「もう一つ、襲撃者は不死者を出せと要求してきたようである」

(´・ω・`) 「不死者……」

( ФωФ) 「今この神州にいる不死者は桜を除けばおぬしだけであろう。
         桜の存在を知る者は吾輩達以外にはおらぬ故、おぬしが目的であるとみて間違いない」

身柄を差し出せと言われるようなことは身に覚えがない。
特に近年は割とおとなしくしていた自覚もある。

(´・ω・`) 「……取り敢えず、会ってみるさ」

( ФωФ) 「行くのか?」

(´・ω・`) 「どうせ神州を離れるつもりだったんだ。丁度いいさ。船さえあるなら……」

( ФωФ) 「吾輩が用意してやる。ただし、その面倒事も一緒に片付けてもらいたい」

華国への定期便が止まっているのであれば、ロマンの提案に乗らざるを得ない。

146名無しさん:2016/07/19(火) 23:17:09 ID:97ESyuuc0

(´・ω・`) 「すぐに出発できるか」

( ФωФ) 「ふむ、芒」

/ ゚、。 / 「はい! 何ですか?」

( ФωФ) 「錬金船を一隻貸し出すのである。準備を」

/ ゚、。 / 「わかりました! ちょっと待っててくださいー」

少女は慌ただしく部屋を飛び出していく。
残された僕は、おとなしく座って待っているつもりだった。
気が変わったのは、目の前にある外套が改めて視界に入ったから。

(´・ω・`) 「気になってたんだけど、どういう構造なんだ」

( ФωФ) 「む……」

飾られている外套は、自らの力で動くことは出来ない。
僕が近寄ったところで、別に危険性は無いだろう。
シルクのように滑らかな肌触りでいて、容易に綻びない様な厚手の生地。
複雑な錬金術が織り込まれているせいか、見た目よりも重量がある。

( ФωФ) 「男に触られる趣味は無いのである。さっさとその手を離せ」

147名無しさん:2016/07/19(火) 23:17:43 ID:97ESyuuc0

(´・ω・`) 「感覚はあるのか?」

( ФωФ) 「……無い。あるわけが無かろう。一体どれほど苦労してこの布を作ったと思っておる」

(´・ω・`) 「そうだ、それで聞きたいことがあったのを思い出した。
       番人が護っている錬金術は自分たちで作ったものなのか?」

( ФωФ) 「そうである。想心錬金術師のディートリンデは過去を遡る想起の鈴、
         金属錬金術師のサスガ双子は成形銀に錬金術効果を上乗せする濫觴の双珠、
         空間錬金術師のキツネは、精神を無理やり引き寄せる夢幻の扇、
         複合錬金術師の吾輩は、強化外套拾参式」

古代錬金術の遺品。
そのどれもが特定の分野において極端な性能を誇っている。
桜の浮遊館には見劣りするが、僕では錬成不可能な品々。

(´・ω・`) 「しかし、拾参式って……」

( ФωФ) 「吾輩がこの外套に詰め込んだ錬金術の数である。
         残念ながら、詰め込みすぎたせいで一つ一つのパフォーマンスは若干劣ってしまったのだが」

(;´・ω・`) 「十三も……」

148名無しさん:2016/07/19(火) 23:19:09 ID:97ESyuuc0

僕ができるのはせいぜい五つ程度。
それも数十年かけて研究して、だ。

( ФωФ) 「なんだ、紹介してほしいのであるか」

(´・ω・`) 「……興味が無いと言えば嘘になるよ。その提案に乗るのは口惜しいけどね」

( ФωФ) 「可愛げのない奴である」

(´・ω・`) 「そんなものは無くて結構」

芒が戻ってくるまではどうせ動くこともできない。
強化外套の錬金術を教えてもらえるのであれば、ぜひお願いしたいところだ。

( ФωФ) 「着てみるがよい」

かけてある強化外套に両腕を通す。

芒のサイズで飾っていたため小さいかと思っていたが、腕を片方通した時に僕に丁度の大きさになった。
先程まで聞こえていた声は、頭の中に直接響く。

149名無しさん:2016/07/19(火) 23:19:47 ID:97ESyuuc0

確かに外套が勝手に喋るのでは不便だ。
それに対する返答も頭の中で返せばいいようだ。おかげで独り言をつぶやく変な奴にはならなくて済む。

( ФωФ) 「強化外套の錬金術、内心話。外套を身に纏ったものであれば、声を発することなく会話できる」

(´・ω・`) 「身体が軽い……?」

( ФωФ) 「強化身、体の構造が丈夫になるのである。基礎能力の上昇値は大体三倍から十五倍。
         子供も大人も最終地点はほぼ同じである」

出会い頭で僕が芒に抑え込まれたのはこの力のせいか。
抵抗できない程ではなかったにしろ、勢いに負けてそのまま連れ去られてしまった。
動揺で反応が遅れてしまったせいとするのは言い訳だろう。

( ФωФ) 「外套それ自体を使用者がある程度自在に動かせる、操作翼。
         合わせて、外套に伸縮自在性を与えておる。それが伸縮布である。         
         包み込んだものを抑え込む封檻獄。おぬしを捕まえた時のであるな。
         無抵抗の生き物であれば、多少の間捕らえておくことができる」

(´・ω・`) 「なんだ、抵抗すれば脱出は簡単だったのか」

( ФωФ) 「もともとの用途は輸送用である。動物を捕獲しておくことは考慮しておらんのでな」

150名無しさん:2016/07/19(火) 23:20:19 ID:97ESyuuc0

/ ゚、。 / 「戻りました……ってあれ? 二人とも何処にいるんです?」

(´・ω・`) 「え?」

( ФωФ) 「今の吾輩達の姿は限りなく見えにくくなっておる。透過影は数分ともたないがな」

/ ゚、。 / 「ロマン、びっくりしました。そこにいたのですね」

( ФωФ) 「すまぬ。準備は出来たであるか?」

/ ゚、。 / 「もう用意してくれていると思います。少ししたら港に来てくれって言われましたから」

( ФωФ) 「そうであるか。さて、ショボン」

(´・ω・`) 「ああ」

強化外套を芒に返す。
両腕が隠れきってしまうほどの大きさだったそれは、みるみる縮み少女にぴったりのサイズになった。

151名無しさん:2016/07/19(火) 23:22:17 ID:97ESyuuc0

(´・ω・`) 「世話になった」

/ ゚、。 / 「いえ、こちらこそありがとうございました」

(´・ω・`) 「礼を言われるようなことは何も……」

/ ゚、。 / 「いえ、浮遊館を調べていただいたおかげで、チャンスをもらえました。
        これが船の場所までの地図です」

(´・ω・`) 「ありがとう。……うまくいくことを祈ってる。それじゃ」

/ ゚、。 / 「お元気で」

一人と一つに見送られ、大和城から真っ直ぐ港へ向かう。
劔に一言でも伝えておこうかと考えたけれど、やめておくことにした。
彼女は今忙しいであろうし、どうせ顔を出しても手助けすることは出来ない。

港までの距離は随分近く感じた。
地図に示された場所に着いた時、目の前にあったのは岸に結ばれた一隻の船。
中に積み込まれているのは日持ちする食料と柔らかな毛布。
ご丁寧にショボン様へ、と書かれた立て看板まであった。

日除け用の屋根がついた帆のない形状は、ジョルジュのものとは似て非なる船。
後部には錬金術で創られた推進用の回転羽根が二つ。
メモ書きの通りに船室で二、三の動作を行ったところ、船はゆっくり動き始めた。

白い波を作り、蒼の海を割いて進む。
神州を離れ、華国に戻るために。

152名無しさん:2016/07/19(火) 23:23:06 ID:97ESyuuc0
















31 少女への手掛かり  End

153名無しさん:2016/07/19(火) 23:26:01 ID:97ESyuuc0
>>15  30 災厄の巫女
>>102 31 少女への手掛かり

154名無しさん:2016/07/19(火) 23:27:10 ID:97ESyuuc0
   【時系列】

0 記録 → 0 記憶
   ↑
   ↓
22 アタラシキイノチ 誕生編
23 フシノヤマイ
24 テニイレタキセキ
25 シズカナムクロ
   ↑
   ↓
6 ホムンクルスの忘却と少女の幸福のようです 少女編
7 ホムンクルスの罪と少女の難のようです   
8 ホムンクルスと少女のようです
   ↑
   |
   ↓
1 ホムンクルスは戦うようです
   │
2 ホムンクルスは稼ぐようです
   │
3 ホムンクルスは抗うようです
   │
4 ホムンクルスは救うようです
   │
5 ホムンクルスは治すようです
   │
9 ホムンクルスは迷うようです
   |
10 ホムンクルスと動乱の徴候 戦争編・前編
11 ホムンクルスと幽居の聚落
12 ホムンクルスと異質の傭兵
13 ホムンクルスと同盟の条件
14 ホムンクルスと深夜の邂逅
15 ホムンクルスと城郭の結末
   |
17 ホムンクルスと絶海の孤島 戦争編・後編
18 ホムンクルスと怨嗟の渦動
19 ホムンクルスと戦禍の傷跡
20 ホムンクルスと不在の代償
21 ホムンクルスと戦争の終結
   |

155名無しさん:2016/07/19(火) 23:27:39 ID:97ESyuuc0
   │
   │
26 朽ちぬ魂の欲望  <上>
27 朽ちぬ魂の欲望  <下>
   │
   │
16 ホムンクルスは試すようです
   │
   │
28 宴の夢
29 古の錬金術師
30 災厄の巫女
31 少女への手掛かり

156名無しさん:2016/07/19(火) 23:31:30 ID:u60bHO7g0
おつ
人外大集合だな

157名無しさん:2016/07/19(火) 23:43:33 ID:tBdgTNew0
よっしゃ
来ててくれてうれしい

158名無しさん:2016/07/19(火) 23:50:09 ID:97ESyuuc0

まずは大変お待たせてしまいすいませんでした。

完結まで、後は一直線です。
問題が無ければ、以下の日程で投下をさせて頂こうと思いますので、よろしくお願いします。


【最終編】


7/20 32話 血の遺志
7/21 33話 空を舞う翼
7/22 34話 血を穿つ角
7/23 35話 港の都市
7/24 36話 紅の災厄
7/25 37話 終の願望
7/26 38話 命の期限


すべて22時よりの投下を考えております。
どうかお楽しみください。

159名無しさん:2016/07/19(火) 23:52:05 ID:u60bHO7g0
!?

160名無しさん:2016/07/19(火) 23:54:03 ID:97ESyuuc0
>>158
一つ修正します。

34話 地を穿つ角


です。失礼しました。

161名無しさん:2016/07/20(水) 00:39:02 ID:i9fK7gjw0
おつ
本当にこのまま一直線で終わってしまうと思うと寂しくもある
リリちゃんに早く会えたらいいな

162名無しさん:2016/07/20(水) 08:53:50 ID:eZVnKq0.0
乙乙
今月中に怒濤の投下予定たのしみだ

163名無しさん:2016/07/20(水) 11:36:17 ID:b4KQvUrQ0
おつおつ

164名無しさん:2016/07/20(水) 22:26:29 ID:w1IcxiYQ0


多くを失って、多くを得て、ただひたすらに生きてきた彼は、
自らの意思に従ってこの先も生きていく。



ホムンクルスは生きるようです 最終編

165名無しさん:2016/07/20(水) 22:28:22 ID:w1IcxiYQ0















32 血の遺志

166名無しさん:2016/07/20(水) 22:31:10 ID:w1IcxiYQ0

深い霧の中を漂ってもう数時間ほど経つだろうか。
波は穏やかながら、ゆったりと船体を揺らす。
前に進んでいるつもりだが、灰色の空間を抜け出す気配は一向にない。

既に現在地は見失っていた。
陽の光すらも拡散されてまともに届かない霧の中。

まるで夢と現の狭間に閉じ込められたかのように。
波の音も、溜息すらも吸い込まれていく。

明らかな異常事態であった。
錬金術の雰囲気を僅かに纏う霧は、ちかちかと肌に刺さる様に感じる。

(´・ω・`) 「……」

神州と華国の間には、少なくとも局所的な危険地帯は存在しなかった。
たったひと月ほどで大きく環境が変化していなければ。

海底から湧き上がって来た何らかの素材が原因であるかもしれないし、
どこかで巨大な生物が呼吸をしただけかもしれない。
なにしろ世界は、一瞬でその在り方を変えるのだから。

167名無しさん:2016/07/20(水) 22:31:42 ID:w1IcxiYQ0

(´・ω・`) 「さて、どうするか」

闇雲に進んでいても時間を浪費するだけである。
霧の原因を特定しなければ脱出することはかなわないだろう。
とはいえ手元には何の道具もなく、分析することもできない。
通常なら手の打ちようのない状態であるが、こんな時でも取れる手段はいくつかある。

錬金術に対する鋭敏な感覚と、優れた五感。
どのような毒性物質であっても死ぬことのない不死の肉体があればこその方法。

(´・ω・`) 「っー……」

霧を思いっきり吸い込む。
限界一杯まで肺を満たし唾液と共に飲み込んだ。

僅かな苦みと舌が痺れるような不快感。毒性は殆ど無いだろう。
無味無臭ではあるが、目を凝らしてみれば霧には若干の銀砂が混じっている。
風よりも軽く、その場にとどまり続ける素材には覚えがあった。

168名無しさん:2016/07/20(水) 22:32:42 ID:w1IcxiYQ0

方位磁石を狂わせるような磁場を生み出し、天然の迷路との呼び名が高いユーリステア鍾乳洞。
巨大な大陸の中間部に位置するそれは、毎年多くの錬金術師が訪れる。
その鍾乳洞で大量に採取できる磁塊であれば、空気中に長時間漂い続けることが可能であるし、
幾つかの錬成過程を終えれば霧と同時に存在させることも不可能ではない。

それを僕に気付かせないという条件が重なるとすれば、仕掛けのできる場所は一カ所だけ。

(´・ω・`) 「船の底か……」

いつの間に仕掛けを施されたのか。それとも最初から存在していたのか。
疑問は一纏めにして頭の隅に追いやった。

船の錬金術機関を停止させ、軽く準備運動を済ませて海に飛び込んだ。
凍えるほどではないが、冷たい海水が全身を包む。
手足の末端部がうまく動かないままに船の底まで潜って見れば、明らかに後から加工されたものがついていた。
簡単に固定されていたその金具を引き剥がし、海面に出て呼吸を整える。

円と十字が重なったかのような金属が、ズシリと手に存在感を示す。
船に上がった後も錬金術の感触は消えておらず、力を加えると真っ二つに割れた。
服を適当に絞っているうちに、霧はゆっくりと晴れていく。

ひらけた目の前には、こちらの数十倍はあろうかという巨大な船が浮かんでいた。
舳先の一番上に立っている人の顔は、逆光でよく見えない。

169名無しさん:2016/07/20(水) 22:34:46 ID:w1IcxiYQ0

ロマンが言っていた船の襲撃犯に間違いないだろう。
ゆったりとした薄手のローブを何重にも重ねたかのような服に、
長い髪が海風に吹かれてなびく。

その両横に並ぶ男達が弓矢でこちらを狙っていた。
それに気づいた瞬間に行動を起こす。

(;´・ω・`) 「くそっ」

剣だけを掴んで咄嗟に海に飛び込んだが、右腕と脇腹を貫通していた。
潜水を続けたまま二本の矢を無理やりに身体から取り出す。
頭上に浮かぶ巨大な船底を回り込み、後部の縁に捕まった。

我ながら虫のようだと思いながらも、木枠に飛び乗って甲板を覗く。
数十人の兵士達が、列を為して前方から歩いて来る。
海面に僕の姿を探しているのだろう。
見つかってしまうことは時間の問題だった。

(´-ω-`) 「はぁ……」

僕は諦めて自ら姿を晒す。

170名無しさん:2016/07/20(水) 22:36:04 ID:w1IcxiYQ0

威勢よく飛びかかって来た三人の頭部を剣の腹で殴り、その場で昏倒させた。
どうやら練度はあまり高くないらしく、可能な限り殺さないように兵士を無力化する。
十人ほどを打ち倒したところで彼我の実力差を理解したらしい兵士達は、今以上包囲網を狭めようとはしなかった。

代わりに、先程舳先にいたであろう女性が細身の長剣を携えて僕の前に立つ。
たった一度しか会ったことが無いけれど、その顔はまだ忘れてはいなかった。

(´・ω・`) 「確か、キュート……だったか」

o川*゚ー゚)o 「ふんふん、覚えててくれたんだねー」

(´・ω・`) 「ああ……優秀な錬金術師ならそう簡単には忘れないよ」

o川*゚ー゚)o 「あなたに言われると素直に嬉しいね。でもでも、ちょっと覚悟してもらわないといけないかな」

(´・ω・`) 「なんで神州からの船を襲う」

o川*゚ー゚)o 「誘き出すための餌だよ? こんなに早く釣れるなんておもってなかったけどね」

目的は僕だというが、身に覚えはない。
華国では何もしていないし、誰かに迷惑をかけてもいない。

171名無しさん:2016/07/20(水) 22:37:00 ID:w1IcxiYQ0

(´・ω・`) 「狙われる覚えはないんだけどね」

o川*゚ー゚)o 「私の為に大人しく捕まってくれないか……なっ!」

踏み込みと斬撃はほぼ同時。
咄嗟に構えた剣で何とか受け止める。無いよりはマシ程度の鈍らだが、金属としての強度くらいは持つ。
足首までもある長い髪は戦闘の邪魔だろうが、それを気にする様子はない。

(´・ω・`) 「……理由くらいは知りたいんだけど」

容赦のない打ち込みを捌く。
長剣は見た目以上に軽く、受けること自体は難しくない。
しかし振るわれたときに発生する風切り音は、人間の体程度なら容易に切断できそうなほど鋭い。

剣自体の強度も高く、叩き折るつもりの一撃ですら傷を与えることができなかった。

o川;゚ー゚)o 「……うーん、まいった。まだ本気じゃないんでしょ?」

キュートはいったん剣を下げ、話し合いができる程度の距離を取った。
僕も合わせて剣の角度を緩める。

172名無しさん:2016/07/20(水) 22:37:26 ID:w1IcxiYQ0

o川*゚ー゚)o 「神州でじっとしててくれたら有難いんだけどね」

(´・ω・`) 「それは無理な相談だ」

o川*´ー`)o 「だよねー……」

(´・ω・`) 「いい加減話してくれないのなら、全員船から叩き落としてもいいんだが」

o川*゚ー゚)o 「私はね、完全な不老不死になりたいの。不老不死! つやつやの肌! もちもちの肢体!
        こんなに可愛く生まれてきたんだから、少しでもそれを長く続けたいじゃない?
        歳を取って衰えていくのは嫌なんだよね」

(´・ω・`) 「……不老不死なんてどこで聞いたんだか」

o川*゚ー゚)o 「ああそっか。あなた知らないんだね。不老の錬金術師、【聖女キュート】とは私のことだよ!」

(;´・ω・`) 「……っ!」

それは既に終わった話のはずだ。
ワカッテマスが不老の力を与えた錬金術師。
彼の協力者にして、アルギュール教会の重鎮。

o川*゚ー゚)o 「っても、本物の不老不死にはかなわないけどね。
       まぁそんなわけで、ちゃんとした不老不死になりたいんだよね」

173名無しさん:2016/07/20(水) 22:38:17 ID:w1IcxiYQ0

(´-ω-`) 「ワカッテマスはもう死んだ……君の約束が守られることはない」

キュートが国賓として華国に招かれたのがいつかは知らないが、
ワカッテマスの死を知らなくてもおかしくはない。

o川*゚ー゚)o 「……? ワカッテマスは関係ないよ?」

(´・ω・`) 「その不老の力、ワカッテマスに貰ったものじゃないのか」

o川*´ー`)o 「あー中途半端な不老にしてくれたのはそうだけどね。あれあれ?
         うーん……」

考え事をするかのように顎に手を当てて首をかしげるキュート。
暫く隙だらけの状態を続けてようやく答えを得たのだろう、再び意識がこちらへ向いた。

o川*゚ー゚)o 「私を不老不死にするって言ってくれた人は違うね。ワカッテマスが死んだのも知ってる」

(´・ω・`) 「……誰だ」

o川*゚ー゚)o 「私も知らない。手紙でしかやり取りしてないからね」

174名無しさん:2016/07/20(水) 22:39:13 ID:w1IcxiYQ0

伊達や酔狂で不老不死を与えると言う人間は碌でもないが、
実際に不老不死を与えようとする人間は危険である。

(´・ω・`) 「……名前は」

o川*゚ペ)o 「知らないんだって、だからさ。何通かやり取りしてたけど、
        ショボンという名前の錬金術師を見つけたら捕まえておけとだけ書かれてたんだから」

(´・ω・`) 「なぜ僕を名指しする」

o川*゚ー゚)o 「さぁねー。とにかく、達成すれば私は完全な不老不死になれるんだよ。
        だから協力してほしいんだよね」

僕がホムンクルスであることを知っている人間は少なくない。
ただし現在でも生きている人間に限れば、数十人程度だろう。
なおかつ僕の動きを制限することで得をする人間なんかいるだろうか。

(´・ω・`) 「残念だけど、君の思い通りに動くわけにはいかないな。僕にもやらなきゃいけないことがある。
       船を沈めた責任を取って華国まで送ってくれるかな」

o川*゚ー゚)o 「断る!…………っていいたいところなんだけどね。
        はぁー……教えてくれない? 完全な不老の錬金術だけでいいからさ」

(´・ω・`) 「無理だ」

175名無しさん:2016/07/20(水) 22:40:40 ID:w1IcxiYQ0

o川*゚ー゚)o 「だよねぇ……。みんな、華国に引き返すよ! お客さんは丁重にもてなすように!」

丁重にもてなすというのが寝首を掻くという意味ではない限り、残りの旅路はゆっくりできるだろう。



・  ・  ・  ・  ・  ・



食事に毒物を混ぜられることもなく、酒を飲まされて寝込みを襲われることもなく。
船旅の途中は、誘われるがままに船長室でキュートと錬金術の話をしていたおかげで、
なかなかに退屈をしなかった。

優秀な錬金術師である彼女は相当な知識を有しており、
生み出してきたのはそれ相応の錬金術。
特に東方の素材に詳しく、僕でも知らないものが多々あった。

(´・ω・`) 「なんで華国で国賓として錬金術師をしてたんだ?」

o川*゚ー゚)o 「んー。ワカッテマスに不老にしてもらったんだけど、結構経ってから完全なものじゃないってわかったの。
         だってあいつ自身が老化していくんだもん。
         その時なんだよね、誰か知らないけど手紙で連絡をもらったの。
         教会経由だったから、関係者かなーって思ったんだけど」

176名無しさん:2016/07/20(水) 22:41:10 ID:w1IcxiYQ0

(´・ω・`) 「僕を捕まえておくように指示した人物か」

o川*゚ー゚)o 「そうそう。証明として届けられた錬金術でね、私よりも実力が上だってすぐに分かった」

(´・ω・`) 「それで従ったのか?」

o川*゚ー゚)o 「実際には幾つかやり取りはしたけどね。でも、結局誰なのかわからなかったや」

(´・ω・`) 「……やれやれ、随分と気楽なもんだな」

o川*゚ー゚)o 「まぁ、これでもゆうに百年以上生きてるからね」

(´・ω・`) 「そろそろ華洛が見えてきたね」

着港の準備を進めている男たちが見えてきた。

o川*゚ー゚)o 「私たちはちょっと海の旅でもしてくるよ。
        食糧は十分に積んでいるからね」

乗組員の数からすれば、船の容量には大分余裕がある。
もともと華国と神州の間で長期間僕を待ち伏せするつもりだったのだから、備えがあるのは当然だろうが。

177名無しさん:2016/07/20(水) 22:42:22 ID:w1IcxiYQ0

o川*^ー^)o 「なかなか面白話を有難う」

(´・ω・`) 「それじゃあね」

僕だけが降ろされ、彼女たちはそのまま海に出ていった。

華国について貸し与えられた研究室に戻った時、僕を出迎えたのは予期せぬ男。
僕が入って来たことに気付いていないのか、
その男は人の部屋だというのにベッドに横になりながら、何かを食べている。

ぽろぽろとこぼれている食べかすを気にする様子は無く、
綺麗にしていたはずの部屋は泥棒が入った後のように散らかっていた。
足元に出しっぱなしにされた研究書と、部屋の隅に固められた使い終ったフラスコや試験管。
汚いメモが乱雑に張り付けられており、脱いだままの服で足の踏み場が無い。

(#´・ω・`) 「何してるんだ、ブーン」

( ^ω^) 「!!」

慌てて飛び起きた太めの男の正体は、この世に四人しかいない不老不死のホムンクルス。
こちらを確認して、何事もなかったかのように扉の方まで駆け寄ってきた。
何故この男がここにいるのか。どうやって来たのか。何を急いでいるのか。
頭の中を埋め尽くした疑問は、鈍器で殴られたかのような潰れ方をして消えた。

178名無しさん:2016/07/20(水) 22:43:36 ID:w1IcxiYQ0

(; ^ω^) 「ショボン! 大変なんだお! アルギュール教会が復活して……もう手を付けられないお!」

(;´・ω・`) 「は? いや待て、そもそもどうやって僕の居場所を知ったんだ?」

(; ´ω`) 「死ぬほど探したんだお……」

(;´・ω・`) 「……それは……すまなかったな」

その場にへたり込んでしまうほどに大変な旅路だったのだろう。
数秒間俯いたまま動かない。

( ^ω^) 「ま、とりあえず、中に入れお」

突然起き上がったかと思えば、なぜか僕の研究室に招き入れられた。
抵抗する意味は無いので、おとなしく空いた席に座る。
向かいの椅子にブーンが腰かけて、テーブルの上に地図を広げた。

大陸西方を描いたそれは、至る所にバツ印がつけられている。
それが、かつて僕が破壊した教会の場所だと理解するのにさほど時間はかからなかった。

( ^ω^) 「ショボンを探しながら、教会の様子も見てたんだお。この×印は修復された教会。
        どこも質の高い軍隊を持ってるから、騎士協会も迂闊に手が出せないお」

179名無しさん:2016/07/20(水) 22:44:41 ID:w1IcxiYQ0

(;´・ω・`) 「ワカッテマスは確かに殺したはずなのに何で……」

(; ^ω^) 「わからないお。それともう一つ……隠れ里が……」

錬金術師にのみ訪れることが許されている隠れ里。
そこはあらゆる情報を保管する書庫があり、錬金術師にとって情報交換の場となっている。
管理しているのは、初代錬金術師と崇められている声と、その手足となって動く者達。

多量の知識を悪用されることを避けるために、定期的に住処を移している。

(; ^ω^) 「隠れ里が……消えたんだお」

(´・ω・`) 「またいつものように移動しただけじゃないのか」

( ^ω^) 「知り合いの錬金術師何人かに聞いても、誰も知らないって言うんだお。
        おまけに、数十人単位の錬金術師が失踪してるお」

(´・ω・`) 「失踪?」

脳裏に浮かんだのはかつての襲撃。
たまたま僕が訪れていた時、安全なはずの隠れ里の防備を破り、
複数人の悪意ある錬金術師達が侵入した。

180名無しさん:2016/07/20(水) 22:45:56 ID:w1IcxiYQ0

書庫の頭脳である書庫番を攫い、知識を得ようとした集団。
その正体は、ジョルジュが与していたセント領主家の錬金術師達であった。

周辺地域一帯を巻き込んだ戦争となって、周辺国よって鎮圧された国。
裏で糸を引いていたのはアルギュール教会であり、ならばその主犯はおそらくワカッテマス。
だからこそ、二度と同じような事態は起きるはずがないのだ。

(´・ω・`) 「……アルギュール教会が活発化しているのと関係があるのか?」

隠れ里にいるワタナベクスが抵抗なく知識を明け渡すだろうか。
長らく会っていないとはいえ、答えは否で間違いないだろう。
使い方を誤れば国一つ滅ぼしかねないほどの知識があの場所には存在しているのだから。

(; ^ω^) 「わかんないお。とにかくショボンに伝えなきゃって思って……」

(´・ω・`) 「ありがとう。ブーンが教えてくれなかったら知らないままだった」

( ^ω^) 「で、どうするんだお?」

(´・ω・`) 「……被害は?」

( ^ω^) 「僕の知る限りはないお。ただ、いつそうなってもおかしくないお」

(´-ω-`) 「……やっと、リリの居場所のヒントが手に入ったんだ。
       今は……他のことに手をかけている暇はない」

181名無しさん:2016/07/20(水) 22:46:42 ID:w1IcxiYQ0

ワカッテマスほどのカリスマ性と能力を持つ者が現れない限り、
アルギュール教会が軍隊を持ったところでさほど脅威にはなり得ないだろう。
教会は各所に散らばっており、その離合集散は簡単ではない。

( ^ω^) 「とにかく、シュールに会いに行くお」

(´・ω・`) 「シュールに? なんでブーンが彼女のことを?」

( ^ω^) 「僕がここに入れたのは彼女のおかげだから」

ブーンは席を立ち、途中幾つかの小瓶を蹴飛ばしながら扉に向かう。
僕はその動きを目線で追っていながらも、身体はなかなか動かなかった。

今立ち上がってブーンの後をついていけば、リリを見失ってしまうかもしれない。
その不安が心を支配していた。

( ^ω^) 「……手伝ってほしいわけじゃないお。ただ、神州の話を聞きたいってシュールが」

(´・ω・`) 「わかった。どうせ向かう先があるわけじゃない」

リリの居場所に関する手掛かりは、ただ雪の降る土地であることくらいしかわかっていない。
闇雲に捜し歩いたところで見つかるものではなく、
それに関してシュールに話を聞いておきたいのもあった。

182名無しさん:2016/07/20(水) 22:47:31 ID:w1IcxiYQ0

僕は緩慢な動作で立ち上がり、ブーンに続いて部屋を出る。
異空間に迷い込んだかのように真っ直ぐ続く赤い廊下。
ブーンは勝手知ったる自分の家のように、ずんずんと前に進む。

意外と僕が出発してすぐ華国にたどり着いたんじゃないだろうか。
そうでなければ、あれだけ汚れた部屋に説明がつかない。
人の研究室に長々と居座る度胸は流石の一言だが。

(´・ω・`) 「そんなに急ぐなよ」

廊下は狭く、視界は悪い。
いつ横の通りから人が飛び出てくるかわかったものではない。
そう声をかけたところで、ブーンの歩みは緩まなかった。
仕方なく、置いて行かれないような速度で歩く。

( ^ω^) 「……前回の比じゃないんだお」

(´・ω・`) 「……セント領主家の時か」

大陸北部の国々を巻き込んだ戦争。
僕とブーン、そしてクールが協力して何とか終結させることができたあれは、
世界という規模で見れば小さなものであった。

183名無しさん:2016/07/20(水) 22:48:31 ID:w1IcxiYQ0

少し離れた地域には、戦争が起こった程度の事しか伝わっていない。
原因も、内容も、結果も、曖昧にしか記憶されていなかった。
山と海に囲まれた地域であったとはいえ、あまりにも不自然なほどに。

僕が得た違和感は記憶に新しい。
とはいえ、元凶であるワカッテマスを殺してしまったのだから、これ以上悪化するはずがないと放置していた。
残念ながら、僕の予想は外れたようだが。

( ^ω^) 「アルギュール教会の全体数は、既に騎士協会と同等にまで膨れ上がってるお。
        もう騎士協会単独じゃ抑えられないお……」

(´・ω・`) 「それで隠れ里を頼ったけど、見つけられなかったわけか」

( ^ω^) 「そうだお」

(´・ω・`) 「……ワカッテマス亡き今、一体誰があれだけの集団を統率できる?」

神州から華国に戻ってくる途中に会った彼女……キュートは言っていた。
僕を捕らえておくように手紙に書いてあった、と。
その差出人が現在のアルギュール教会を支配している人間だろうか。

184名無しさん:2016/07/20(水) 22:49:45 ID:w1IcxiYQ0

不老不死の存在を知っていて、なおかつそれを与えることができるような人間……いや、錬金術師。
キュートも凡庸な術師ではなかった。
その彼女を信じ込ませるほどの知識と実力を、直接会うことなく証明できたほどの。

恐らくブーンやクール、ジョルジュでは難しいだろう。
実際に不老不死の錬金術を知っている僕ですら簡単ではない。

( ^ω^) 「…………」

ブーンにもアルギュール教会の復活に暗躍している人間はわからないようだった。
会話が途切れてからしばらくして、僕らはシュールの店にたどり着いた。
扉の前にでぃが寝転がっていることを除けば、一ヶ月以上前と全く何も変わらない。

でぃは僕らの姿に気付き、起き上がると器用に扉を開けて中に入っていった。

lw´‐ _‐ノv 「来たね」

店のカウンターに座っていたのはシュールの意識を表に出した来雲英 周。
年老いることのない病に侵された女性の錬金術師。

(´・ω・`) 「うん」

lw´‐ _‐ノv 「どうだったかな、神州の旅は」

(´・ω・`) 「……お陰様で」

185名無しさん:2016/07/20(水) 22:50:45 ID:w1IcxiYQ0

(; ^ω^) 「ふぃー連れてきたお」

どうやらたったあれだけの距離を歩いただけで、ブーンには十分な運動だったらしい。
軽く息を整えながら、勝手に椅子に座っていた。

lw´‐ _‐ノv 「ありがとうブーン君。……話は聞いたよね」

ブーンの横に腰かけ、テーブルを挟んでシュールと向かい合う。
以前訪れた時にはなかった机の上の小さな色とりどりの小瓶が気になったが、
説明をしてくれる気はないらしい。
僕の意識が向いたことに気付き、シュールはそれらを机の下に仕舞ってしまった。

lw´‐ _‐ノv 「アルギュール教会の話だけどね……彼女が動き出したんだと思う」

(´・ω・`) 「もう一人のシュールが?」

lw´‐ _‐ノv 「錬金術を用いて武装した集団と、姿を消した複数の錬金術師。
        ブーン君の情報を鵜呑みにするならば、これらの動きが彼女の思惑に見える。
        世界に対して、アプローチをかけようとしているんじゃないかな」

(;´・ω・`) 「待ってくれ、順番に頼む」

話が飛躍しすぎている。
なぜアルギュール教会とシュールの悪意が関係すると言えるのか。
その部分が理解できないでいた

186名無しさん:2016/07/20(水) 22:51:26 ID:w1IcxiYQ0

lw´‐ _‐ノv 「ああ、確かに分かりにくかったね」

( ^ω^) 「それじゃあ、僕から話すお。僕が錬金術雑誌を購入してるのは知ってると思うお」

(´・ω・`) 「あれ、まだ続いてたんだ……」

( ^ω^) 「年に二回しか発行されないから、たぶんそんなに負担は無いんだお。
        隠れ里が移転する時は必ずそこに書いてあるんだお。次の場所のヒントが。
        でも、十数年前の一冊にはそれが書いてなかったお。
        機会があって隠れ里に向かったんだけど、誰もいなくて、何もなかったお」

定期的に場所を変える隠れ里を見つける方法は多く無い。
最も簡単なのは、隠れ里と一緒に移動している錬金術師に定期的に連絡をもらう事。
確実性が高いが、僕らにとって一番難しいのがこれだ。

なにせ三十年もしないうちにまた別の人に連絡をお願いしなければならないし、
頻繁に隠れ里に行っていれば、書庫番や初代などの限られた人間以外に正体を知られてしまう可能性もある。

(´・ω・`) 「気づかなかっただけじゃないのか?」

187名無しさん:2016/07/20(水) 22:52:25 ID:w1IcxiYQ0

( ^ω^) 「まぁ最初はそう思ったお。バックナンバーを大事に保存しているわけでもないし、
        その時になってから見返すことは出来なかったから。
        でも、跡地をどれだけ探しても何も見つからなかったのは明らかに異常だったお」

実力のある錬金術師は、跡地に向かうことで次の移動先を知ることができる。
道標として残された錬金術や、暗号化された地図などが必ず用意されていた。

(´・ω・`) 「……見つけられなかったわけじゃあ、なさそうだな」

ブーンは常々ふざけてはいるが、錬金術の知識は一級品だ。
見つけられないのであれば、それは無かったということになる。
だが、そんなことはあるだろうか。

(´・ω・`) 「隠れ里はそれ自体が一つの体系に過ぎないはずだ。
       だから、次の場所へたどり着くための目印を忘れるなんてことはありえない」

個人が運営しているお店の出店場所を変えた時に、跡地に案内掲示板を置き忘れることはあるかもしれない。
だが隠れ里はそうならないように、複数人の優秀な錬金術師と、
初代という変わることのない一つの意識によって統率されている。

( ^ω^) 「そのはずだお。だとすれば、そうせざるを得ない何か特別なことがあったと思ったんだお」

188名無しさん:2016/07/20(水) 22:55:41 ID:w1IcxiYQ0

(´・ω・`) 「で、どうやって探したんだ」

粗方予想はついたが、敢えて尋ねる。

( ^ω^) 「お、とにかく知っている錬金術師に連絡を取ってみたお。それから、騎士協会所属の錬金術師にもね」

錬金術を憎んですらいる騎士協会の連中は、
隠れ里を錬金術師の本拠地として相当警戒していると聞いたことがあった。

大罪館に存在する知識は、人間にとって害悪としかならないものもあるからそれも止む無しであるのだが。
それ故、どうやってかは知らないが騎士協会もまた隠れ里の場所は把握している。

( ^ω^) 「だけど、どっちも知らなかったんだお。
        それに加えて、仲の良かった錬金術師も何人かは音信不通状態。
        家族にすら何も告げずに姿をくらましてたやつもいたお」

(´・ω・`) 「……」

lw´‐ _‐ノv 「ちょっとごめんね。隠れ里の知識はあるんだけど、実際に行ったことはないんだよね。
        錬金術師が集まって研究成果を報告したり、素材や錬成品の売買をしたりしている場所で間違いないよね」

(´・ω・`) 「ああ、そうだ」

189名無しさん:2016/07/20(水) 22:57:08 ID:w1IcxiYQ0

( ^ω^) 「それで、いろいろ調べているうちに、アルギュール教会が再興していることに気付いたんだお。
        それをショボンに伝えなきゃと思って、探してたんだお」

lw´‐ _‐ノv 「ブーン君が華国に来たのは丁度三週間前だったんだよ。
        街で騒ぎを起こして捕まってたみたいでね。仙帝……いや、ジョルジュ君がここに連れてきてくれたんだ」

またか、という視線を送ると頭をかいて誤魔化すブーン。
人騒がせな性格はどうやら健在のようだ。

(´・ω・`) 「で、ジョルジュは?」

( ^ω^) 「さぁ、仕事が忙しいんじゃないかお」

lw´‐ _‐ノv 「陽が落ちる前くらいには訪ねて来るよ。約束をしているから。
        それで、次は私の話かな。……アルギュール教会の存在はブーン君から教えてもらったよ。
        結論から言うと、恐らく彼女と関係がある」

(´・ω・`) 「彼女と言うのは、もう一つの意識……か」

lw´‐ _‐ノv 「そうだね。不老不死の研究をする集団なんて、動けない彼女の手足としか考えられない。
        二、三人ならともかく、錬金術師が何十人も集まって同じ研究をするわけないでしょ」

実力のある錬金術師ほど一人きりで研究をすることが多い。
個人個人に錬金術の目的がある以上、簡単に共同研究をする相手を見つけることはできず、
同じ場所で研究をしていれば自分の研究結果を盗まれる恐れもあるからだ。

190名無しさん:2016/07/20(水) 22:59:28 ID:w1IcxiYQ0

よほど信頼に足る何かが無ければ、起こり得ない。
それが金銭による契約なのか、恐怖による支配なのかはわからないが。

(´・ω・`) 「教会の創始者はワカッテマスなはずだ。
       あいつの目的が不老不死であった以上、教会の目的がそうなるのは必然だろう」

lw´‐ _‐ノv 「ワカッテマスという男性の話も、ブーン君から聞いたよ。
        いくつか確認で聞きたいことがあるけど、いいかな?」

(´・ω・`) 「ああ」

すぐにリリの居場所や敵の素性を聞いて向かいたかったが、敢えて確認のようなやり取りを続けるようにした。
教会や隠れ里の一件が、一概に無関係とは思えなくなってきていたからだ。

lw´‐ _‐ノv 「ワカッテマスはあなたの父親の弟、つまり叔父にあたる」


首肯する。

191名無しさん:2016/07/20(水) 22:59:55 ID:w1IcxiYQ0


lw´‐ _‐ノv 「錬金術の才能は飛びぬけていた」


彼女が口を開くたびに、質問が僕に突き刺さる。
首肯する。


lw´‐ _‐ノv 「君の……ホムンクルスの完成には立ち会っていなかった」


着地点の見えないまま、僕はただただ頷く。


lw´‐ _‐ノv 「君の妹のために、新緑元素を手に入れようと大森林の奥地に向かい……それを護るティラミアと戦った。
        これを退けるときに、背中に合った水晶を……ワカッテマスが破壊した」


(;´・ω・`) 「っ!!」

バラバラに存在していた頭の中の記憶が、無理やりに並び替えられ、繋ぎ合わされていく。
おぼろげだった過去は、明確な熱を帯びて現在へと呼び戻された。

192名無しさん:2016/07/20(水) 23:00:27 ID:w1IcxiYQ0

(´・ω・`) 「あの時……ワカッテマスを変えたのは……」

lw´‐ _‐ノv 「十中八九、私の意識。それも、残り滓の方」

彼女に見せられた、僕の中に保存されていたかつての彼女の記憶。
その中で、確かに言っていた。



                    分割した二つの意識のうち、
               片方はコキラ一族に代々受け継がれていく。
           もう片方は水晶の中に閉じ込め、何処とも知れない山中に捨てた。

                    それが百年以上も昔のこと。

            そしてつい最近、最後の残り滓をティラミアに封じた。

193名無しさん:2016/07/20(水) 23:01:14 ID:w1IcxiYQ0

                                                             
ワカッテマスはあの時、荒れ狂っていたティラミアに一撃を与え、
その背にあった水晶を叩き壊していた。

森から戻ってきてから数日後、明らかに変化したワカッテマスの雰囲気。
御主人様とデレーシア様の命を奪い、不老不死の錬金術に異常な執着を見せるようになった。

ワカッテマスを殺した時に、エルファニアが出現した理由。
それこそが彼女の意識がワカッテマスを蝕んでいた動かぬ証拠になる。

遥か昔、シュールがエルファニアを怒らせたことがあると双子の番人から聞いた。
だからこそ、災厄はあの場に現れた。
彼女の意識を喰らい尽くすために。

怒りが短いなんてどこかで読んだが、大嘘だ。
七大災厄がどのような時間の流れに生きているのかはわからないが、
数百年間もシュールの意識の存在を忘れていなかったなんて、とんでもなく執念深い。

lw´‐ _‐ノv 「納得できることがあったみたいだね」

(´-ω-`) 「だとすれば……ワカッテマスは……」

194名無しさん:2016/07/20(水) 23:05:08 ID:w1IcxiYQ0

続く言葉は紡ぎだせなかった。
ワカッテマスを殺したその日の記憶が、その意味と形を変えて再構成されてしまったことで。

それを知ってか知らずか、シュールは話を止めず事実を確認する。

lw´‐ _‐ノv 「つまり、アルギュール教会と私の悪意には接点があった。
        これで、懸念は二つに絞られた。私のもう一つの意識と、錬金術師の里の消滅。
        関係がないとは思えないよね」

(´・ω・`) 「片方……シュールの意識についてあてがある。想起の鈴はもう使えるのか?」

神州で出会った桜の言葉の意味には、帰りの道中で予想はしていた。
今のシュールとのやり取りを経て、予想は確信に変わった。
手元にありながら、未だ調べていない情報源に。

( ^ω^) 「なんだお、それ」

(´・ω・`) 「クールの双珠と同じ古代錬金術の遺品だ」
 ∧  
(゚、。`フ 「ふにゃぁ、誰の記憶をたどるんかは知らんが用意は出来てるぞ」

でぃがくわえていた想起の鈴を手に取り、揺らす。
透き通るような鈴の音が、ちりんと鳴った。

195名無しさん:2016/07/20(水) 23:08:59 ID:w1IcxiYQ0

過去の記憶が静かに頭の中を流れだす。
ほとんど消えかけていた些末なことでさえ、滲み溢れ出てきた。
 ∧  
(゚、。`フ 「それで、誰の記憶じゃ……」

(´・ω・`) 「ワカッテマス・ヴァン・ホーエンハイム」

lw´‐ _‐ノv 「え?」

(´・ω・`) 「……間違いなく、本人のものだ」

彼の最期の言葉の通りに、保存されていた血液を持ち出してきた。

lw´‐ _‐ノv 「それは試してみる価値はあるね」

(´・ω・`) 「少し待っていてくれ。とってくる」

ブーンに無理やり連れてこられていたせいで、手元には何もない。
自分の研究室まで走って戻り、小瓶だけを持って来た。
走って消費した体力以上に胸が高鳴っている。

196名無しさん:2016/07/20(水) 23:09:43 ID:w1IcxiYQ0

ブーンに無理やり連れてこられていたせいで、手元には何もない。
自分の研究室まで走って戻り、小瓶だけを持って来た。
走って消費した体力以上に胸が高鳴っている。

(´・ω・`) 「椅子を借りるよ」

前に座ったのと同じ椅子に深く腰掛ける。
でぃが膝の上に乗っかった。

肥大化した鈴にシュールが血液を注ぎ込む。
一滴も零すことなく、染み込んで消えた。

瞬間、頭を殴られたかのような強い衝撃。
視界が回転し、窓の外の青と、部屋の中の白と、その他諸々が混じり合う。
大きな音がし、隣に立っていたはずのブーンが倒れていたのが辛うじて見えた。

197名無しさん:2016/07/20(水) 23:11:14 ID:w1IcxiYQ0

・  ・  ・  ・  ・  ・



「ここは……」

「ワカッテマスの記憶世界」

隣から聞こえた声に振り向くも、その場所には誰もいない。

「でぃの想起を最高感度まで上げたから、私たちは同時に夢を見ているような状態にあるよ」

「成程……」

「お、その声ショボンかお? どこにいるんだお?」

「ブーン、とにかく今から見えるものは全部覚えて帰る覚悟だけしておいてくれ」

「よくわからないけど、わかったお」

記憶世界の中心地。暗がりの中に指先ほどの小さな明かりを一つだけ照らして、
ワカッテマスは、そこにいた。
ただ何をすることもなく、小奇麗な研究室らしき場所の椅子に座っていた。

198名無しさん:2016/07/20(水) 23:12:21 ID:w1IcxiYQ0

(;<●><●>)  「ぐ……っ」

頭を押さえ、脂汗を流しながら。
呼吸は荒々しく、苦痛に顔を歪めていた。
胸の内からとめどなく溢れ出て来る悪意を抑え込もうと、拳を握り締めて。

「この男は病毒よりもなおひどい黒い意識に苛まれていただろうね。
 発狂してもおかしくないほどの悪意に耐え続けることができた精神力は、
 並みの人間と比べるべくもない」

数日の時がとばされ、ワカッテマスは僕やお嬢様、御主人様と話すようになった。
錬金術を行って御主人様を助けるその姿は、僕の記憶に残っている姿そのものである。

「抑え込んだ……わけではないよな」

記憶空間を埋め尽くすような怨嗟の囁き。
ひと時も絶えることないそれが、いかにワカッテマスを蝕んでいたかは想像に難くない。

「……不幸なことに、男と精神とは相性が良かったんだろうね。
 この頃には、ほとんど完全に一体化していると言える」

199名無しさん:2016/07/20(水) 23:12:54 ID:w1IcxiYQ0

「ワカッテマスは錬金術の研究をずっと続けてた。
 何をしていたのか、僕はおろか御主人様も知らなかったようだけど。
 ……恐らくは不老不死に関わる研究だと思う」

「どうやらそのようだね」

ワカッテマスが延々と繰り返しているのは、錬金術の手段と素材の取捨選択。
不老不死に至るための道筋を探しているのだろう。

その間、頭に流れ込んでくるシュールの意識は多少なりともマシになっていた。
それは、ワカッテマスの苦痛が和らいだという事。
心が奪われてしまった証明。

「でも、どれだけ研究をしても不老不死の錬金術の、一部すら知ることは出来なかった」

「人間が生きている間に不老不死を創り出すことは不可能だよ」

「ああ……そうだろうな。不老不死なんてものは、人間の理に反している。
 だからこそ人間からは生まれえない」

「私が人間じゃないってことかな」

「少なくとも、イヴィリーカの知識を得た後はそうだ」

「手厳しいね」

200名無しさん:2016/07/20(水) 23:13:49 ID:w1IcxiYQ0

ワカッテマスが最初に行動を起こしたのは、僕とデレーシア様が旅先にいる時。
金で雇った男を利用して、僕らを襲わせた。

それが失敗するや否や野党共に情報を流し、帰路を狙った。
あたかも合流するように思わせておきながら、あえて時間と場所をずらして。

「僕の実力がこれほどにまで成長するのは予想外だったんだろうな」

僕が数人の野盗を殺すところを、ワカッテマスは隠れて見ていたのだ。
だからこそ、敵の目的が奪取から殺害に変わった時にすぐに現れた。

意識の大部分を乗っ取られていながらも、最悪の状況だけは避ける様にと。
記憶の欠片には僅かな抵抗の後があった。

僕とワカッテマスをおいてデレーシア様と御主人様だけが身を隠すという決定が、
ワカッテマスの理性を完全に崩壊させた。

あの凶行に及んだ夜のことは、ワカッテマスの記憶に刻み込まれていた。
僕は記憶世界で目と耳を塞ぐ。
別の視点から再び知覚させられた惨劇。
それは精神に刻み込まれた忘れることのできない光景。

201名無しさん:2016/07/20(水) 23:15:11 ID:w1IcxiYQ0

唯一違ったのは、聞きたくないものが聞こえること。
耳を塞いでも脳に響く、記憶の本当の持ち主の叫び。

心が崩壊しかねない程に強く、魂が削れるほどに激しく。


あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ


誰にも届くことがなかったはずの、怒りと悲しみが混じり合った叫び。


「ショボン君、彼は」

「知っていたさ……」

シュールの言葉を遮る。
言われなくても、こんなもの見せられなくても、わかっていた。気づいていた。

ワカッテマスの意識が乗っ取られていたのだとすれば、
惨劇が彼の意思ではなかったのだとすれば、
記憶世界が粉々に砕けてしまうほどのこんな叫びを発しないわけがない。

202名無しさん:2016/07/20(水) 23:16:05 ID:w1IcxiYQ0

「……」


不愛想な男だった。
殆ど話すことはなく、一人で延々と研究室に篭っているような。
家族の食卓にはほとんど現れず、廊下ですれ違っても挨拶を返してもくれず、
同じ屋根の下で暮らしているとは思えないほどに会うことも少なかった。

それが変わり始めたのは、剣の指導を受け始めてから。
少しは会話もするようになったし、挨拶にも会釈程度は返してくれるようになった。

デレーシア様のために七大災厄に挑み、協力することで新緑元素を手に入れた。

ワカッテマスのことを分かっていたかと問われれば、その答えは否。
たったそれだけのことで心を許す男でもなかった。


記憶世界を埋め尽くす叫びは、僕が初めて聞いたワカッテマスの感情の発露。


「ショボン君!」

203名無しさん:2016/07/20(水) 23:17:01 ID:w1IcxiYQ0

突如として空間は乱れ、濁流の様に渦を巻く。
記憶の世界が歪められ、元に戻った時には何処とも知れない場所にワカッテマスが歩いていた。

氷でできた空間を、一人分の足音が響く。
洞窟のようではあるが、それにしては広すぎる場所。
青みがかかった靄が薄く漂う。

たった一人で杖を使いながら歩く男は、年老いてしまった後のワカッテマス。
それはつまり、この記録は過去数十年の間に起きた出来事だという事。

彼は悩むことなく迷路のようにあちこちに伸びた道を歩いていく。

「ここは……?」

「っ!」

かつかつと、まるで道案内をするかのようにゆっくりと歩く老人。
最深部にたどり着くまでにゆうに一時間はかかっただろう。
ついにワカッテマスは歩みを止めた。

「来てくれてありがとう。待っていたよ、私」

「遅くなりました」

204名無しさん:2016/07/20(水) 23:17:42 ID:w1IcxiYQ0

暗がりの中、ワカッテマスと何者かの話す声が聞こえる。
視線の先に映るものは黒い靄に包まれていて見えないが、
その高さは子供ほどのの高さもないものだと示していた。

「ほんと、待ち遠しかったよ。意外と来るのが遅かったね」

( <○><●>)  「不老不死の錬金術を生み出すために、いくつかの種をまいていたので」

「そう……それで、成果は?」

( <○><●>)  「難しいでしょうね」

「だと思った。だからわざわざ呼んだんだ」

( <○><●>)  「もう体もそう自由に動きませんから、面倒は避けたいのですが」

「その偽りの不老だったらそれが限界かな」

( <○><●>)  「そのようです」

「まぁ、不老不死はもういいよ。最高の素体を手に入れたんだ。
 私が人間として再び世界を闊歩するために、御誂え向きの身体」

暗がりの靄が一部晴れ、そこから覗いたのは巨大な水晶。
透き通る水色の檻の中に、彼女はいた。

205名無しさん:2016/07/20(水) 23:19:32 ID:w1IcxiYQ0


「リリっ!!!!」


何百年も探し続け、ようやく手掛かりを手に入れたのが数か月前。
空からの荒い映像ではあったが、彼女だと確信を持って言えた。

この世界のどこかにいるだろうことを知って、僕がすることは一つ。
草の根をかき分けてでも探し続けること。

だけどもうそこまでする必要はない。
この記憶は、リリが氷の洞窟に隠されているということを教えてくれた。
後はその場所を特定して救うだけだ。

拳を強く握り込んで現実へ戻るのを待っていたが、記憶は途切れずに続いていた。
ワカッテマスと何者かとのやり取りが続く。

「不老不死の女の身体なんだよね」

( <○><●>)  「……驚きましたね」

「この娘からはあの女の錬金術の痕跡すら感じるんだから、間違いないよ」

206名無しさん:2016/07/20(水) 23:20:20 ID:w1IcxiYQ0

( <○><●>)  「それで、いつ身体を変えるのですか」

「後数十年はかかるよ。なにせただひたすらに頑丈な錬金術で閉じ込められたからね。
 もっと優秀な錬金術師が何人もいたらいいのに」

( <○><●>)  「私のところから何人か寄越しましょうか」

「いや、いいよ。ただの人間程度じゃ役に立たない」

( <○><●>)  「では、あまり長居をしても体に障るんで、そろそろ帰らさせてもらいます」

「あぁ、そうだ」

( <○><●>)  「なんですか?」

「もう少ししたら、隠れ里を雲隠れさせるつもりだよ」

( <○><●>)  「なぜそれを私に? もうそれ程寿命が残っているとは思えませんが」

「アルギュール教会。あれが欲しいな。私が復帰した後に使えそうだから」

( <○><●>)  「わかりました。では、橋渡し役を送りましょう。
           私の力を分け与えた優秀な術師です。きっとあなたの力になる」

207名無しさん:2016/07/20(水) 23:21:41 ID:w1IcxiYQ0

「流石私だね。用意周到!」

( <○><●>)  「それでは、お元気で。………………」



最後の瞬間、激しい揺れと衝撃で夢から叩き起こされた。

(; ^ω^) 「なっ? なんだお!?」

店内飾ってある商品が殆ど棚から落ち、床に拡がっていた。
錬金術同士が干渉しあったせいで発生した不快な煙が部屋の中を漂い、
割れたガラスが足元に散らばっている。

窓の外を見れば、すぐにその原因を察することができた。

(;´・ω・`) 「外にっ!」

僕らが飛び出した瞬間に、シュールの店は崩壊し、瓦礫となった。

208名無しさん:2016/07/20(水) 23:22:17 ID:w1IcxiYQ0

「捕まえろ!」

声が聞こえる方を向けば、キュートの船に乗っていた男達が、完全武装した状態で店を囲っていた。
華国の警備兵達はそのさらに外側にいるが、まだ人数がまばらだ。

(#´・ω・`) 「何の用だ」

武器は手元になく、何とかしてシュールに危害が及ぶことは避けなければならい。
であれば、時間稼ぎでもしていずれ来るはずのジョルジュを待つしかなかった。

「華国に帰って来たキュートはもうお前と争うつもりが無さそうだったのでな、
 我々の目的の邪魔になるものは始末させてもらった」

答えたのは、恐らくは集団を仕切っている男。

(;´・ω・`) 「なっ!?」

「ショボン、お前を捕らえておくことで俺たちは遊んで暮らせるだけの金を得ることができるんだ。
 恨みはないが、黙って従ってくれれば被害が少なくて済む」

lw´‐ _‐ノv 「華国の……それもこんな都の中心部で騒ぎを起こして逃げられるわけない」

209名無しさん:2016/07/20(水) 23:23:13 ID:w1IcxiYQ0

「だからそう話している時間はないんだ。隣のデブと女は放っておけ」

(;´・ω・`) 「くそっ……!」

二人が対象外とされたのはむしろ有難かった。
これで存分に暴れることができる。

振り下ろされた刀をあえて体で受け止め、動揺する男の鼻っ柱に拳を叩き込んだ。
血を吹きだしながら後ろに倒れる男の手からなまくらを奪い取り、それを構えて他の人間を牽制する。

「なっ!」

「なんだこいつ! 傷が!」

キュートが僕の正体を知らなかったのなら、この男達が僕の正体を知らない可能性は十分にあった。
不老不死に強い願望を抱いている彼女が僕のことを知れば、裏切る可能性があったからだろう。

(´・ω・`) 「来い」

余裕があるように振舞い、あえて挑発する。
得体のしれない化け物が目の前に立っていると錯覚してくれれば重畳。
案の定、動きは止まった。

210名無しさん:2016/07/20(水) 23:23:42 ID:w1IcxiYQ0

「おいおい、俺の庭で何やってんだ。殺すぞ」

「誰だ……!」

声と同時に、囲いの外で何人かが倒れるのが見えた。
ジョルジュと武装した警備兵が、瞬時に包囲網の一角を無力化する。
  _ 
( ゚∀゚) 「遅くなったな」

(´・ω・`) 「いや、助かった」
  _
(#゚∀゚) 「こいつら全員牢に叩き込んでおけ」

「わかりました!」

抵抗虚しく、瞬く間に鎮圧された男達は、数人ずつ縄に繋がれて連れられて行った。

lw;´‐ _‐ノv 「店がー……周がものすごく怒るだろうなぁ……」

シュールが深い溜息をつく。
ここまで見事に倒壊してしまえば、中にあった設備も商品も絶望的だろう。
もともとあまり客が来ないから、立て直す間は問題ないんじゃないかとも思ったが、敢えて言わないでおいた。

211名無しさん:2016/07/20(水) 23:24:49 ID:w1IcxiYQ0
  _
( ゚∀゚) 「来雲英錬金術店の建て替え費用は国で持たせてもらう。
      優秀な錬金術師を失うのは惜しいからな」

( ^ω^) 「ジョルジュ、遅いお……」
  _
( ゚∀゚) 「ショボンが剣を持ってたら簡単だっただろうが。ブーン君がどうせ準備もさずに連れてきたんだろ」

(; ^ω^) 「うっ……」

lw´‐ _‐ノv 「さて、このまま注目を浴びながら話すのは憚られるんだけど」
  _
( ゚∀゚) 「俺の部屋が空いている。そこへ来ればいい」

(´・ω・`) 「それじゃ、移動してから話の続きをしよう」

シュールがでぃを抱きかかえ、僕らは逃げるように騒ぎの場を後にした。

212名無しさん:2016/07/20(水) 23:26:11 ID:w1IcxiYQ0

・  ・  ・  ・  ・  ・


  _
( ゚∀゚) 「たく、面倒な話になって来やがった」

(´・ω・`) 「意外と狭い部屋なんだな。仙帝というからにはそれなりに贅沢をしていると思っていたが」

四人と一匹が正方形のテーブルに座り向かい合う。
茶菓子と熱いお茶が既に並べられていたあたり、最初からこちらで話すつもりだったのだろう。
でぃは暢気にブーンの菓子を食べていた。
  _
( ゚∀゚) 「んで、誰がどこまで知ってるんだ?」

(´・ω・`) 「周のなかに、古代錬金術師であるシュールの意識が眠っているのは?」
  _
( ゚∀゚) 「一応聞いていた。直接話をしたことは少ないがな」

lw´‐ _‐ノv 「私の悪意を殺してほしいというのは共通認識だよ、ショボン君」

(´・ω・`) 「その悪意は、隠れ里にいたことのある何者かの可能性が高い」
  _
(; ゚∀゚) 「なっ……いや、確かに辻褄は合う。動ける錬金術師はいくらでもいるだろうし、
      あの場所なら錬金術の情報を集めるのに事欠かない」

213名無しさん:2016/07/20(水) 23:26:45 ID:w1IcxiYQ0

(´・ω・`) 「氷に閉じ込められたリリとどこかの場所にいた。
       シュールの悪意は彼女の身体を使って蘇ろうとしている」

ワカッテマスの記憶で見えたのは青い光と白い吐息。
内部の一面が氷に覆われた洞窟。
ロマンの情報と合わせて調べれば、大陸北西部のどこかだと見当もつけられる。

lw´‐ _‐ノv 「その前に止めなきゃいけない。彼女が不老不死の身体を手に入れてしまったら、
        私たちに対抗する術は無くなる。ジョルジュ君にも協力してほしい」
  _
( ゚∀゚) 「……断る。何度も言ったが俺は華国を離れるつもりはない」

( ^ω^) 「今、隠れ里は何処にあるか誰にもわからない。
        それだけじゃなくて、敵には人間の戦力もあるんだお! 放っておけば華国にも影響が及ぶお」
  _
( ゚∀゚) 「そう簡単に負ける様な兵じゃない。
      相手が錬金術を用いて武装をしてくるのであれば、此方もその準備を整えておくだけだ」

(´・ω・`) 「まぁいい。協力してくれるかどうかは別としても、話を聞くつもりがあるからここへ招いてくれたんだろ」

lw´‐ _‐ノv 「ブーン君は……?」

( ^ω^) 「勿論手伝うお。西方で起こってる異常事態の原因を止めなくちゃいけないんだお」

214名無しさん:2016/07/20(水) 23:27:12 ID:w1IcxiYQ0

lw´‐ _‐ノv 「私は申し訳ないけど、あまり役には立てない。この身体は周のものだから……。
        ただ、手助けは出来る。ショボン君、約束していたあれは調べ終わったよ」

シュールが取り出した三枚の紙。
小さく折りたたまれていたそれらを広げると、テンヴェイラについての情報が事細かに書き込まれていた。

lw´‐ _‐ノv 「でぃに協力してもらって、私の知っていることはすべて書き込んだつもり」

(;´・ω・`) 「出現予測地点……新大陸!?」

世界に存在する人類の版図である陸地のうち、僕らが生まれ育ったこの大陸が最も大きい。
東西南北に拡がり、東端と西端では文化や風習が全く違う。
西方に存在する大渦を超えた先にあると言われているのが、錬金術発祥の地と呼ばれる旧大陸。
南側に存在している大陸を新大陸と呼び区別している。

かつて旅したこともある新大陸の、その東端。
定期的に噴火する活火山がいくつも存在し、誰も近寄らない危険地帯。
僕ですらも足を踏み入れたことがない場所。

lw´‐ _‐ノv 「新大陸、ギルン山脈のなかで最も美しいニゴラゴ山。
        最近、一番派手に活動しているあの山にテンヴェイラが生息する可能性が高いんだよね。
        高いというか……ほぼ間違いなくいる」

215名無しさん:2016/07/20(水) 23:27:55 ID:w1IcxiYQ0

( ^ω^) 「テンヴェイラ?」

(´・ω・`) 「シュールの悪意を閉じ込めている錬金術の構成に使われているのが、七大災厄のシスターヴァ。
       それを確実に破壊するために必要なのは、同じ七大災厄の素材」
  _
( ゚∀゚) 「それがテンヴェイラってことか」

(´・ω・`) 「そうだ」
 ∧  
(゚、_`フ 「ふぁあ……話はまとまったのかの」

lw´‐ _‐ノv 「でぃ、おいで」
 ∧  
(゚、。`フ 「むっ……」

シュールに呼ばれ、その膝の上で丸くなるでぃ。
こうしてみていると、元は人間だったとは思えない。
猫としての生活の方が長いのだから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが。

lw´‐ _‐ノv 「ショボン君。あの二人が今どこにいるかわかる?」

(´・ω・`) 「双子の番人か」

216名無しさん:2016/07/20(水) 23:29:10 ID:w1IcxiYQ0

( ^ω^) 「おー、クールと一緒にいた? 最初にクールも探したんだけど見つからなかったお……」

(´・ω・`) 「たぶん彼女ならブーンより先に気づいてると思うけどね」

lw´‐ _‐ノv 「テンヴェイラを加工するためには彼らの錬金術も必要になる」
  _
( ゚∀゚) 「いちいち面倒だな。封印か何か知らないが解けかけてるんだったら、普通に壊せるんじゃないのか。
      もしくは、海の底にでも沈めちまえ」

( ^ω^) 「それじゃあ問題の先延ばしにしかならないお」

(´・ω・`) 「僕はリリを助けられたらいいんだけど、放っておくわけにもいかないとも思う。
       ワカッテマスの記憶から見れば、悪意が身体を得るためにはまだ少しは余裕はあるはずだ」
  _
( ゚∀゚) 「好きにしろ。さて、話は終わったか? 俺はさっきの騒ぎの後片付けがあるんでな。
      とっとと帰ってくれるとありがたいんだが」

lw´‐ _‐ノv 「帰る家が騒動で無くなっちゃったんだけどね」

( ゚∀゚) 「……ショボンの使ってる部屋の近くを貸そう。異論はないだろ」

(´・ω・`) 「僕は構わないけどね」

217名無しさん:2016/07/20(水) 23:31:12 ID:w1IcxiYQ0

lw´‐ _‐ノv 「それじゃ、そうさせてもらおうかな。あ、あと一つお願いがある」

( ゚∀゚) 「なんだよ」

lw´‐ _‐ノv 「ショボン君が出発した後、私を神州に連れて行ってくれないかな」

( ゚∀゚) 「あぁ!?」

lw´‐ _‐ノv 「ちょっと話をしたい人がいてね」

( ゚∀゚) 「自分で行けるだろうが」

lw´‐ _‐ノv 「許可さえもらえれば自分で行くんだけどねー」

( ゚∀゚) 「ったく、なら好きにしろ。話は終わりだ。さっさと帰れ」

半ば追い出されるように部屋を出てから、あてがわれた自分の研究室に戻った。
ブーンのせいで散らかった狭い研究室で、
僕らは今後の予定を立てるために顔を突き合わせてひろげた地図を覗き込む。

(´・ω・`) 「ここから新大陸までどれだけかかかる?」

218名無しさん:2016/07/20(水) 23:31:59 ID:w1IcxiYQ0

lw´‐ _‐ノv 「海岸沿いをずっと下って、入り江を船で渡って……」

シュールの指が最短距離を追う。
最後に海を渡って新大陸の東端にたどり着く。

lw´‐ _‐ノv 「三ヶ月くらいかな。殆ど徒歩がメインになると思う……。
        後、途中の厄介な土地は避けたほうが良いだろうからね」

( ^ω^) 「厄介な土地?」

lw´‐ _‐ノv 「まぁ、知らないほうが良いよ。たどるべき道標は地図に書き込んであげる」

(´・ω・`) 「テンヴェイラを捕まえるための錬金術が必要になるな。
       その準備も含めた旅の準備に二週間くらいかかるか」

lw´‐ _‐ノv 「周も手伝うってさ。早く自分の時間を返してくれって怒ってるから、そろそろ私は消えるとするよ」

(´・ω・`) 「いろいろと助かった。ありがとう」

lw´‐ _‐ノv 「もとはと言えば私の問題だからね。巻き込んでごめんね。それじゃーね」

柔らかく拳を握り込み、それをこめかみに二度ぶつけた。
眠りについたかのように瞳から生気が抜け、机に倒れ伏す。
数秒ほどして起き上がってきた周の機嫌は、傍目に見ても相当悪かった。

219名無しさん:2016/07/20(水) 23:32:31 ID:w1IcxiYQ0

lw;´‐ _‐ノv 「私の店……私の店が!!」

(;´・ω・`) 「ごめん……」

lw;´‐ _‐ノv 「まぁ、壊れたものは仕方がない。
         シュールが建て直すのを手伝ってくれるらしいし、国からもいくらか補助がもらえるだろうから。
         それで、大体話は聞いたんだけど、私は何を手伝えばいいの?」

( ^ω^) 「いったいどうなってんだお……」

lw´‐ _‐ノv 「その事は聞かないで。私にもわからない」

(´・ω・`) 「周はシュールと協力してテンヴェイラ捕獲用の道具を用意して。
       僕はブーンと旅の準備をするから」

先の旅路で神州に上陸するために多くの道具を廃棄してしまった代償は大きい。
あれらがあればわざわざ作り直す必要もなかったのだけれど。
御主人様にもらった剣をこちらの研究室に置いたままにしていたのは、本当に運が良かった。

( ^ω^) 「わかったお」

220名無しさん:2016/07/20(水) 23:34:11 ID:w1IcxiYQ0

(´・ω・`) 「取り敢えず僕らは明日になったら素材を集めよう」

lw´‐ _‐ノv 「私はもう自分の部屋に行くよ。おやすみー」

周が出ていってすぐ、ブーンは何処からか大きな瓶に入った酒と、
二つの猪口を持ってきてた。

(´・ω・`) 「……どこから持ってきたんだよ」

( ^ω^) 「葡萄酒やビールもいいけど、これもおいしいんだお」

(´・ω・`) 「人の研究室で好き放題しやがって……」

( ^ω^) 「まぁ、そう怒らないでくれお。
        明日からは結構大変だと思うから、今日くらいゆっくりしようっていう気づかいだお。
        ショボンがいるし、僕もいるし、きっとジョルジュやクールも手伝ってくれるから、リリも絶対助かるお」

(´-ω-`) 「ったく……わかった、今日は付き合うよ」

( ^ω^) 「流石ショボンだお! はい」

受取った猪口に並々と注がれた透明な酒。
僕らは二つを軽くぶつけ合わせ、一息に飲み干した。

221名無しさん:2016/07/20(水) 23:35:28 ID:w1IcxiYQ0
















32 血の遺志  End

222名無しさん:2016/07/20(水) 23:35:55 ID:rceDu7sw0
おつおつ

223名無しさん:2016/07/20(水) 23:36:35 ID:w1IcxiYQ0
>>15  30 災厄の巫女
>>102 31 少女への手掛かり
>>165 32 血の遺志

224名無しさん:2016/07/20(水) 23:37:38 ID:w1IcxiYQ0
   【時系列】

0 記録 → 0 記憶
   ↑
   ↓
22 アタラシキイノチ 誕生編
23 フシノヤマイ
24 テニイレタキセキ
25 シズカナムクロ
   ↑
   ↓
6 ホムンクルスの忘却と少女の幸福のようです 少女編
7 ホムンクルスの罪と少女の難のようです   
8 ホムンクルスと少女のようです
   ↑
   |
   ↓
1 ホムンクルスは戦うようです
   │
2 ホムンクルスは稼ぐようです
   │
3 ホムンクルスは抗うようです
   │
4 ホムンクルスは救うようです
   │
5 ホムンクルスは治すようです
   │
9 ホムンクルスは迷うようです
   |
10 ホムンクルスと動乱の徴候 戦争編・前編
11 ホムンクルスと幽居の聚落
12 ホムンクルスと異質の傭兵
13 ホムンクルスと同盟の条件
14 ホムンクルスと深夜の邂逅
15 ホムンクルスと城郭の結末
   |
17 ホムンクルスと絶海の孤島 戦争編・後編
18 ホムンクルスと怨嗟の渦動
19 ホムンクルスと戦禍の傷跡
20 ホムンクルスと不在の代償
21 ホムンクルスと戦争の終結
   |

225名無しさん:2016/07/20(水) 23:38:31 ID:w1IcxiYQ0
   │
   │
26 朽ちぬ魂の欲望  <上>
27 朽ちぬ魂の欲望  <下>
   │
   │
16 ホムンクルスは試すようです
   │
   │
28 宴の夢
29 古の錬金術師
30 災厄の巫女
31 少女への手掛かり
   │
32 血の遺志 最終編

226名無しさん:2016/07/21(木) 01:03:19 ID:dxdrTcYA0


227名無しさん:2016/07/21(木) 12:33:52 ID:q5v56yTk0
おー詰めてきてるなおつ!

228名無しさん:2016/07/21(木) 22:02:54 ID:Ua0yhxCg0















33 大空を舞う翼

229名無しさん:2016/07/21(木) 22:04:19 ID:Ua0yhxCg0

(; ^ω^) 「疲れたお……」

(;´・ω・`) 「流石に……しんどいね……」

見下ろせば雲が見えるほどに高い山道を僕とブーンは歩いていた。
華国を出発してからもう何十日と経ったか。

延々と続くブーンの愚痴を無視しながら海岸線に沿って南下していたが、
途中でルートを変更せざるを得なくなった。
結果、こうして山に登っているわけである。

(; ^ω^) 「きゅ……休憩を……」

(;´・ω・`) 「しょうがないな……」

この数日間は、いつ終わるとも知れない山岳地帯が目の前にあり続けた。
腰を下ろすのにちょうどいい岩を見つけ、荷物を地面に置く。
肩が少しばかり軽くなったところで、両手を真上にあげて伸ばした。

( ^ω^) 「ふぃー……あと何日続くんだお、この山道」

隣で道に身体を投げ出していたブーンが空を見上げながら問いを投げかけてきた。

230名無しさん:2016/07/21(木) 22:05:37 ID:Ua0yhxCg0

(´・ω・`) 「さぁね。一週間くらいじゃないのか」

地図を見もせずに適当に答えた。
標高の高さ故か、今日もまた晴れている空。
それ自体はありがたいことなのだが、そのせいで十分に用意してきたはずの水分も尽きかけていた。

貴重な水をブーンは全く躊躇わずに飲み干す。
水分が喉を通る小気味のいい音が、僕の堪忍袋をキリキリと締め上げる。

(´-ω-`) 「ブーン……山を下りるまで雨が降らなかったらどうするつもりだ?」

( ^ω^) 「まだショボンのが半分以上残ってるはずだお」

(´・ω・`) 「僕は今お前をこの下に突き落として口減らしするか考えているところだから、
       もう少し考えて発言したほうが良いんじゃないか」

(; ^ω^) 「お……顔が本気だお……」

水だけじゃない。食料だって想定よりも二倍近いペースで減っている。
このままじゃ次の街までサバイバル生活しないといけない。
捕まえられるような生き物がいるような場所ならどれだけよかったか。

231名無しさん:2016/07/21(木) 22:08:37 ID:Ua0yhxCg0

辺りを見回しても何もない。
植物すらほとんど生えていないこの場所で、食料と水が無くなったらと思うと肝が冷える。
そもそも当初のルートで大規模な崩落が起きてなければ、僕らは今頃目的地にもっと近づいていただろう。
自然現象に文句を言っても仕方がないのはわかっているが、タイミングの悪さに溜息が出る。

( -ω-) 「こうしてると眠たくなってくるおね」

(´・ω・`) 「そのまま永眠してくれても構わないが」

( ^ω^) 「おー……空が近いおね」

ブーンは背中から倒れ込み、真上を見上げる。
雲が足元にあるせいで、頭上にあるのは絵の具をこぼしたかのような真っ青な空。
太陽の光がやけに強く感じられるのも気のせいではない。

そのせいなのか気温は少々高めである。
標高がどれだけあるかは知らないが、冷え込んでくる季節はもう目と鼻の先なはずだ。
お湯の上を歩いているかのような安心感が、逆に不安となって心に押し寄せていた。

(´・ω・`) 「ブーン……気づいてるか?」

( ^ω^) 「……この暖かさかお」

232名無しさん:2016/07/21(木) 22:09:28 ID:Ua0yhxCg0

雪山を超えることも想定した重装備は、外気温によってその性質を変化させる錬金術の旅具。
予め設定していた温度よりも熱ければ風通しが良くなり、
寒ければ熱を逃がさないようになっている。

(´・ω・`) 「山脈それ自体が発熱してるんじゃないかな」

( ^ω^) 「わからんお。でも、そういう特殊な風土には特殊な生物が住みつくのが常だお。
        今のところそう言った様子もないし……」

通常には有り得ない様な環境が存在する時、
そこにはほぼ間違いなくその原因となる錬金術の素材か、
その恩恵を享受する生物か、そのどちらもが生息している。

錬金術師の間では常識であり、だからこそこの暖かい山脈にも何らかの種の住処となっているだろう。
こういった場所を好むのは大抵が危険な動植物であるが。

( ^ω^) 「さて、行くかお」

(´・ω・`) 「ブーンから言うなんて珍しいね。僕はてっきり声をかけるまで動かないかと思ってたよ」

( ^ω^) 「そこを越えたらそろそろ下りになってると思うんだお」

233名無しさん:2016/07/21(木) 22:10:09 ID:Ua0yhxCg0

ブーンが指さした辺りはここらで一番高く、その向こう側は見えない。
シュールの地図と照らし合わせてみても、山脈の中間地点は近かった。

(´・ω・`) 「よっし」

( ^ω^) 「ふっー……ショボン、そう言えば出発前に何を作ってたんだお」

(´・ω・`) 「あー色々。例えばこれとか」

僕はジョルジュに頼み、研究室をブーンと周にそれぞれ一部屋ずつ貸してもらった。
最初の日に旅に最低限必要なものの意見を出し合い、残りの期間は全て錬金術につぎ込んだ。

寒冷地でも温暖地でも使えるマントに、軽くて丈夫な靴、
服は長旅でも汚れにくい特別な素材。
身の回りの最低限の品から、テンヴェイラを捕らえるための特殊な錬金術まで。

余った時間を使って創り出したのは道中で役に立ちそうな道具。

艶やかな球体は握りこぶしよりも幾らか大きいほどで、掌の上で鈍色に光る。
その錬金術を説明するために、継ぎ目のない球体から一本だけ零れている極細の糸を引く。

234名無しさん:2016/07/21(木) 22:11:45 ID:Ua0yhxCg0

( ^ω^) 「お!?」

(´・ω・`) 「強靭な糸は役に立つからね。でも持ち運ぶには不便だし、絡まってしまえば役に立たない」

( ^ω^) 「どうなってんだお、これ」

引けば引くだけ糸が足元に折り重なっていく。
球体は失われた体積分だけ小さくなった。

(´・ω・`) 「合金なんだ。球形でしか存在していない無端銅と延性が最も高い鎖状鉛を特定条件下で混ぜ合わせた」

( ^ω^) 「よくそんなこと思いつくおね」

(´・ω・`) 「欲しいと思ったから作った。錬金術師らしいだろ?」

( ^ω^) 「それで、それはどうするんだお」

垂れ下がった細い糸を指さすブーン。
僕は腰に結んだ剣を僅かに持ち上げて、切り離した。

(´・ω・`) 「この通り、一度引き出してしまったら元の球形には出来ないんだけどね」

235名無しさん:2016/07/21(木) 22:12:34 ID:Ua0yhxCg0

( ^ω^) 「強度は落ちるけど、水分を幾らか足したらいけるかお?
        純水よりは金剛水のほうが良いかお」

(´・ω・`) 「それはありだな。次の機会に早速やってみる。ブーンも何か作ったんだろ」

( ^ω^) 「あんまり役には立たないかもしれないけど、いろいろ作ってみたお」

ブーンの背負う荷物は僕のものよりも二倍近い。
出来るだけ荷物を減らそうとした僕とは違い、たぶん思いつくもの全てを実行して持ってきたのだろう。

(´・ω・`) 「例えば?」

( ^ω^) 「うーん、ちょっと探すの面倒だから取り出さないけど、
        昔、朱天っていう武器を持っていた武器錬金術師の事を覚えているかお?」

(´・ω・`) 「……ハートクラフトか」

( ^ω^) 「あれの毒に似たものを創ってみたお。生き物を泥酔状態にする毒。
        他にも、再生する布や溶かすことで液体の温度を極端に落とす粉末、
        想定している毒をすべて無効化する多機能解毒薬、衝撃を与えると発光する棒状の金属」

(;´・ω・`) 「手当たり次第作ってるな……」

236名無しさん:2016/07/21(木) 22:13:56 ID:Ua0yhxCg0

( ^ω^) 「何が役に立つかわからんお。使い道がなければ後で捨てるなり売るなりすればいいし」

(´・ω・`) 「それだけ重い荷物を背負ってるから疲れるんだよ」

( ^ω^) 「かもしれなけど、準備万端に越したことはないお。ほら、もうすぐ頂上だお」

視界を塞いでいた峰を超えると、遥か下方まで雲一つなく澄み渡った世界が広がっていた。
緩やかな下り坂が山々の合間を抜けて伸びている。
そのどれを通っても目的の場所に近づけるはずだった。

しかし、僕らの足は止まったまま前に進まない。
喜ぶべき事態に覆いかぶさって来たのは、不穏な影。
現状を理解した僕らの口をついて出てきたのは全く同じ言葉だった。

(;´・ω・`) 「まずいな……」

(; ^ω^) 「まずいおね……」

僕らが立っている道を下って行った先にある峰に、幾つもの巣があった。
大木と言って差し支えない樹木を寄せ集め、その中心に二つ三つの卵がある簡素な巣。
卵の大きさは人間ほどもあり、既に雛が生まれ囀っているところもあった。

(;´・ω・`) 「初めて見た……」

237名無しさん:2016/07/21(木) 22:15:20 ID:Ua0yhxCg0

その鳥の名前は多くの人間が知っている。
人類の敵にして、空を統べる王たる生物。

(; ^ω^) 「厄介だおね……」

七大災厄と呼ばれる種は生物という枠組みを超えた存在であり、お互いに干渉しあうことはほとんどない。
それぞれが自らの境界を理解しており、交わることがないからだ。
それら七つの生物種の中で最強を論ずる意味はない。

彼らが互いに全力で戦い合えば、人類はいとも容易く滅び、この世界は無になる。
それぞれが僕らの理解の範疇を超える規格外の性能を持つためだ。

それはもはや神と形容しても問題ないほどに。


それとは別に、生物としての最強は確かにこの世界に君臨している。
過去、あらゆる時代において版図を争ってきた五種類の生物達。


五つの種の中でもっとも繁栄し、最も広大な地で活動するのは僕ら人間。
原初は木の棒や尖った石などの道具を用い、近年は錬金術を用いて戦う。
単体では最弱であるものの、その知恵で生き残って来た。

238名無しさん:2016/07/21(木) 22:16:15 ID:Ua0yhxCg0

反対に、この生物は七大災厄を除き単体で世界最強。
空を自由自在に舞う機動力と、岩をも削り取る頑強な爪。
翼は鋼のように固く、柳のようにしなやかで軽い。


荒天鷲。


幾度となく人類と争ってきた仇敵。
眼下に見えるのはその住処であった。

( ^ω^) 「この山の暖かい温度が孵化に最適なんだおね」

(´・ω・`) 「どうする?」

下に道は全ていずれかの巣の横を通らなければならない。
今目に見える範囲には一羽だけ、見張りの親鳥がその翼を休めていた。

( ^ω^) 「巣の数からして少なくても十近くのつがい。多く見積もっても全部で三十羽くらいかお」

(´・ω・`) 「避けて通るに越したことはないけど、陽が落ちてからだと難しいだろうね」

夜目が効く相手に対して、こちらは灯りが無ければ手元を確認することもできない。

239名無しさん:2016/07/21(木) 22:16:38 ID:Ua0yhxCg0

(´・ω・`) 「今日できるだけ近づいて、明日の朝から昼にかけて、見張り以外の親鳥がいないうちに突破しよう」

( ^ω^) 「了解だお」

転げ落ちないように気を付けながら、細い山道を下りる。
ゆっくりと日が沈みだし、羽搏く音が遠くから聞こえ始めた。

一羽、また一羽と巣に戻ってきては体を丸めて眠っていく。
完全に陽が沈むまでに数えられたのは二十五羽。
その後もしばらく羽音は続き、付近が無音に包まれたのは夜も更けた頃だった。



・  ・  ・  ・  ・  ・



( ^ω^) 「ショボン……あれ……」

異変に最初に気付いたのはブーンだった。
陽が昇る前には荒天鷲の群れが東の空へと飛び立っていき、巣の中に残っていたのは昨日とは異なる一羽。
僕らが巣の間を抜けようとしていた時、一つ向こうの巣の方から小さな話し声が聞こえた。

240名無しさん:2016/07/21(木) 22:18:15 ID:Ua0yhxCg0

隠れて様子を窺っていると、少しずつ卵が巣の外へと動いていく。
見張りの一羽はその変化には気づいていない。

妙な装束で全身を覆った集団は、大きく重たい荒天鷲の卵を巣の外へと運び出した。

(;´・ω・`) 「何してるんだ……死にたいのか……」

天を劈く鳴き声が、明確な殺意を伴って山頂付近を吹き抜けた。

(;´・ω・`) 「隠れろっ!」

(; ^ω^) 「おっ!」

ただ通りすがっただけで盗人と判断されてはたまらない。
頭上から降り注いだ荒天鷲にとって小さな欠片は、人間にとって一つ一つが致命な威力を誇る。
卵を盗んでいた連中がただの人間であったなら、肉片へと変わっていただろう。

拡がる土埃を吸い込まない様に口元を抑え、ただじっと潜んで耐える。
岩石の霰は止み、敵の様子を窺いながら荒天鷲は上空を旋回していた。

( ^ω^) 「生きてる人はいるかお……?」

241名無しさん:2016/07/21(木) 22:18:59 ID:Ua0yhxCg0

(´-ω-`) 「助かるわけがない……」

確認しようと巣の端から顔を出したのと、空からどろりとした液体が落ちてきたのは全くの同時だった。

(;´・ω・`) 「っ!?」

僕らも気づかれたのかと思い焦って顔を引くが、二つ三つと続いて落ちてきたその正体はすぐにわかった。
地面に零れ、その温度のあまり白い煙を立ち昇らせているのは、荒天鷲の血液。

(; ^ω^) 「……信じられんお」

一際大きな塊が地面に落下し、そのまま動くことをやめた。
全身を貫かれ血みどろに染まった荒天鷲の死体。

(;´・ω・`) 「嘘だろ……」

現存する生物の中で頂点に位置すると言われているその鳥を、ただの一瞬で殺したことも。
その傷ついた身体を蟻のように分解し、素材として分けていく手際の良さも。
普通の人間でありえないなら、答えは一つしかない。

(;´・ω・`) 「……っ! 錬金術か……」


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