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(´・ω・`) ホムンクルスは生きるようです

1名無しさん:2016/04/03(日) 18:59:25 ID:hIo2mFDI0





まとめ様:ローテクなブーン系小説まとめサイト

242名無しさん:2016/07/21(木) 22:20:47 ID:Ua0yhxCg0

遥か上空にいる相手に対して、それも最高峰の種を屠る威力の錬金術。
仮に人間同士の争いで使用されれば、甚大な被害は免れ得ない

( ^ω^) 「ショボン、作れるかお?」

(´・ω・`) 「出来るけど……」

素材もある。知識もある。それでも簡単じゃない。
これ程の威力がある危険物を、人間の錬金術師が生み出した可能性があるという事。
素直に錬金術の進歩と喜んでいいわけがない。

( ^ω^) 「卵が……」

(´・ω・`) 「……もう帰ってきてる」

威嚇ではなく、警告。
先程の見張りの一声は、万が一の時のために仲間を呼んでいたもの。

(´・ω・`) 「ブーン、もう少し奥に隠れていよう」

正直に言えば状況を確認していたいが、巻き込まれるのはごめんだ。
テンヴェイラ捕獲用の装備を失くしてしまうわけにもいかない。

243名無しさん:2016/07/21(木) 22:21:42 ID:Ua0yhxCg0

(; ^ω^) 「っ……」

荒天鷲すら殺し得る錬金術を持っていながら、わざわざ朝方の時間帯を狙った理由は一つ。
大軍に対応することができないか、殺し尽してしまうわけにはいかないかのどちらか。
前者であるということは悲鳴と叫び声ですぐに確認できた。

嵐が通り過ぎるのを巣の影に隠れて待つ。
三十分と経たずに、山頂には再び平穏が訪れた。

(;´・ω・`) 「厄介なことになったな……」

(; ^ω^) 「だおね……」

可能な限りの小声でブーンと話す。
僕らが隠れている巣に親鳥が戻ってきて動かない。
辛うじて見つかっていないようだが、もはや時間の問題だろう。

( ^ω^) 「餌を取りに行くのやめたのかお……?」

(´-ω-`) 「いや……」

否定の先を続けるのは躊躇われた。
ブーンも薄々と勘づいている。
荒天鷲は肉食であるし、必要のない狩りは行わない。

244名無しさん:2016/07/21(木) 22:23:18 ID:Ua0yhxCg0

巣の数に対して二倍の親鳥がいると仮定すれば、犠牲者の数は三十を超えているはずだ。
極力聴覚を意識しないように心掛ける。

(´・ω・`) 「今は僕らよりも荒天鷲の方がよく見えるだろうね」

( ^ω^) 「陽が昇るまでこの状態かお……」

ごつごつとした岩肌は皮膚に食い込み、すぐ真上に荒天鷲がいる中で後数時間は過ごさないといけない。
地面が暖かいお陰で凍えることがないのが唯一の救いだ。

(´・ω・`) 「何だと思う?」

( ^ω^) 「わからんお。でも、戦闘経験は無さそうだお」

統率された一部隊であれば、荒天鷲が戻って来始めた時、すぐに退避に専念したはずだ。
半端な抵抗は相手の怒りしか買わず、全滅と言う最悪の結果を迎えてしまった。

戦闘に関しては恐らくほぼ素人。
だけど、空を飛んでいる荒天鷲を撃ち落とせるだけの錬金術の扱い方を心得ている人間。
それは錬金術師以外にありえない。

集団の全員がそうとは限らないが、落ちてきた死体の様子から見れば最低でも二、三人はいる。

245名無しさん:2016/07/21(木) 22:24:48 ID:Ua0yhxCg0

(´・ω・`) 「そもそも連中はなんで荒天鷲の卵を盗もうとしてたんだ」

( ^ω^) 「わからんお。荒天鷲の卵って何か用途があったかお」

(´・ω・`) 「いや……」

希少な素材であるが故に過去を遡ってもほとんど研究の資料がない。
錬金術師達の行動原理は様々だが、幾つかの目標が存在する。

誰も知らないものを研究し、その特性や効果を明確にすることはそのうちの一つ。
荒天鷲の卵であれば、世の多くの錬金術師からはその功績を認められることだろう。

だけど、複数人の錬金術師が集まって共同研究する理由にしては弱すぎる。
素材を手に入れるまでの過程の方が難しい今回の場合には、当てはまらない。

( ^ω^) 「最近、錬金術師が集まって研究することが増えてきたんだお。
        セント領主家の事件の後くらいから、明確に」

(´・ω・`) 「共同研究か……メリットはあると思うけど……」

( ^ω^) 「僕らからしたら理解しがたいおね。結構成果も出してたけど。
        新たな研究員の募集とか発表内容が錬金術師の雑誌に載ってるお。
        十人を超える規模の集団も幾つかはあるんじゃないかな」

246名無しさん:2016/07/21(木) 22:25:42 ID:Ua0yhxCg0

(´・ω・`) 「あの時みたいな研究はしてないだろうな……」

錬金術師が皆、常識を持っていて善意で研究しているわけではない。
悪用しようとする者は少なからずいるし、それに同調して金を稼ごうとする者もいる。
そういった術師達が作った集団がセント領主家という厄介な隠れ蓑を得て、
その行動原理のために戦争の引き金となった。

( ^ω^) 「もしやっているとしても表立って動いてはいないからわからんお。
        不老不死の研究をしましょう、なんて呼びかけがあったら妨害しにいくんだけどね」

(;´・ω・`) 「それもそうだな。っつつ……身体が痛くなってきた」

(; ^ω^) 「僕はだいぶ前からだお……」

僕よりも体重の重いブーンの方が岩肌が食い込むのだろうか。
それとも脂肪があるから幾分楽なのだろうか。
その辺ははっきりとわからないが、出来れば両手両足を伸ばしてゆっくりできる場所に移動したい。

頭上の荒天鷲は先ほどから毛づくろいするだけだ。
既に諦めつつあるが、この体勢もかなりきつい。

(´・ω・`) 「ブーン、そっち側の端からどこか隠れられそうな場所は見えるか」

( ^ω^) 「ちょっと待ってくれお」

247名無しさん:2016/07/21(木) 22:26:22 ID:Ua0yhxCg0

音を立てないように地面を張って進む。
巣の外周を回って、僕とは反対側へ。

( ^ω^) 「ショボン……」

戻ってきたブーンは明らかに狼狽えている様子だった

(´・ω・`) 「なんだ」

(; ^ω^) 「人が……まだ生きてるお……」

(´・ω・`) 「さっきの連中か……」

(; ^ω^) 「うん」

少しだけ顔を出して一つ向こうに見える巣の辺りを探すが、こちらからは見えない。
地形が変わるレベルで降り注いだ岩石のせいで、生きている人間なんて最初からいないと思い込んでいた。

(; ^ω^) 「助けに行けないかお……?」

(´・ω・`) 「無理だ」

248名無しさん:2016/07/21(木) 22:27:12 ID:Ua0yhxCg0

依然として荒天鷲の半数以上が巣に残っているし、
準備もなしにその視線を掻い潜ることなんてできるわけがない。

(; ^ω^) 「でも……」

(´・ω・`) 「どういう状態なんだ」

動けるようなかすり傷程度であれば、とっくに逃げているはずだ。
未だにあの場にとどまっているということは、身動きすら取れないような重傷だろう。
仮に食料となる未来から助けることができたとしても、今の僕らじゃ傷を手当てすることができない。
長旅の準備をしてきたとはいえ、傷薬は一切持ち込んでないのだ。

( ^ω^) 「ここから見えるだけだと……片足が潰されてるお。後、頭からも血が出てる。
        あのままじゃ……」

(´-ω-`) 「ブーン、頼む。諦めてくれ」

( -ω-) 「……」

生きている命を失わせたくないという気持ちがわからないわけではない。
僕だって救うことができる命が目の前で消えそうならば、可能な限り力を尽くす。
けれどもどう考えたって、今この場でその人間を助けることは出来ない。

249名無しさん:2016/07/21(木) 22:27:57 ID:Ua0yhxCg0

( ^ω^) 「そうだ……!」

(´・ω・`) 「ブーン……? 何するつもりだ?」

持ってきた荷物の袋の中身を物色し、一つの黒い塊を取り出した。

( ^ω^) 「投げた方向へと動き続ける錬金術と光を乱反射する錬金術を仕込んでるお。
        これなら囮に……」

(´・ω・`) 「駄目だ。仮にそれに気づいたとしても空から見れば僕らの動きは丸わかりだ」

( ^ω^) 「お……」

(;´・ω・`) 「静かにっ……」

思わず口を塞いで息を止める。
頭上で響いた何かが割れるような音、次いでけたたましい鳴き声。

(´・ω・`) 「生まれたか……」

親の荒天鷲が盗人達の死体の辺りへと移動し、岩石の間から一つ掴んで戻って来た。
耳を塞いでも、それは聞こえてくる。
堅いものを砕き、柔らかいものを引きちぎる不快な音。

250名無しさん:2016/07/21(木) 22:30:06 ID:Ua0yhxCg0

それは長く続かず、親鳥は不意に空へと羽搏いていった。
他の巣を護っていた荒天鷲も同様に上空へと舞い上がり旋回軌道をとる。

そのうちの一羽が同朋の亡骸を掴み持ち上げ、山脈の向こうへと運んでいく。

( ^ω^) 「今なら……っ!」

(´・ω・`) 「ブーン!!」

止める隙は無かった。
走り出したブーンが見つからないようにと願うだけで、僕は巣の影から動かない。
荒天鷲の群れ戻って来始めた時、ブーンは男を抱える様にして巣の影まで連れてきた。

ただでさえ狭い場所に人が増えたせいで、
身体が外から見えているんじゃないかと不安になる。

(´・ω・`) 「無茶を……」

( ^ω^) 「おー……大丈夫かお……?」

「っぅ……」

(´・ω・`) 「とりあえず止血しよう」

251名無しさん:2016/07/21(木) 22:31:57 ID:Ua0yhxCg0

生憎包帯も持ってはいない。
少々もったいないが、錬金術で編み込んだ特別な布を割いて使うしかないだろう。
連れてきてしまったからには最善を尽くす。

( ^ω^) 「助かるかお……」

(´・ω・`) 「分かってると思うけど、今のままだと厳しい」

出血量は少なくないし、頭の傷は落石が掠った時のものだろう。
深くはないが脳にダメージを与えている可能性が高い。
傷口をきちんと消毒できなければ壊死してしまう恐れもある。

男の意識は現実と夢の境界線上を彷徨っているのだろう。
視線の先がゆらゆらと揺れている。

( ^ω^) 「しっかりするんだお」

(´・ω・`) 「やめろ、無理やり起こすな」

頭の上に荒天鷲が戻ってきた今、男が目を覚ました時に騒がれてしまってはたまらない。
いつ爆発するとも知れない危険物を、
わざわざ拾ってきてまで手元に置いているのだという自覚を持って欲しい。

252名無しさん:2016/07/21(木) 22:33:08 ID:Ua0yhxCg0

「うぅ……」

厄介なことになった、とは言えない。
損得計算を抜きに考えれば、ブーンの行動を責めることは出来ないからだ。

(´・ω・`) 「この男を助けるためには、出来るだけ早く下山する必要がある」

荷物の中で折りたたまれた地図を最低限拡げ、向かう先にある村を探す。
山を下りた先に集落があると印がしてあるが、この地図が何年前に作られたものかはわからない。
今のところこの地図が正確だったのは、崩落する道の直前まで。

この山脈を登った時点でそのコースを外れてしまったわけで、
もはやこの先に何があるかを予想することは出来ない。

( ^ω^) 「山を下りるのにどのくらいかかるお?」

(´・ω・`) 「登って来たのと同じくらいはあるね。四日ないし五日くらいだろう」

( ^ω^) 「…………」

(´・ω・`) 「正直、もつかどうかって言われると……。置いて行くというつもりはないけどね」

( ^ω^) 「……すまんお」

253名無しさん:2016/07/21(木) 22:35:10 ID:Ua0yhxCg0

(´・ω・`) 「いいさ、君のことはよくわかってる」

「っう……俺は……」

男が目を覚まし、起き上がろうとした肩を出来るだけ優しく支えて抑えた。
頭の下に置いた荷物を枕代わりにしていた体勢に押しとどめるために。

「あんたらは……」

(´・ω・`) 「静かに。あなたは取り敢えず助かった。だけどここはまだ荒天鷲の巣のすぐ真下だ。
       騒がれると見つかってしまう」

「っ……! 他の……仲間は……」

( -ω-) 「……」

ブーンが首を横に振った。
男は自らの境遇を理解したのだろう。
目を閉じて何かの文言を聞き取れないほどの小さな声で、繰り返し呟いていた。

「……足の感覚が全くない」

254名無しさん:2016/07/21(木) 22:35:44 ID:Ua0yhxCg0

(´・ω・`) 「かなり深い傷だ。一応止血はしているが……」

「そうか……」

( ^ω^) 「聞きたいことがあるんだけど、いいかお」

「話していると気が紛れる。あんたらにも聞きたいことはあるが、助けてもらったんだ。
 そちらの後にしてもらって構わない」

( ^ω^) 「何の目的で荒天鷲の卵を狙ったんだお」

「クライアントからの依頼だ。研究費を相当額寄付してもらっていたからな」

( ^ω^) 「仲間は全員が錬金術師だったのかお」

「……そうだ」

二ケタ以上の錬金術師を抱えることが個人でできるとは思えない。
そうなれば必然、国家規模での後ろ盾が関わっている可能性がある。

255名無しさん:2016/07/21(木) 22:36:18 ID:Ua0yhxCg0

( ^ω^) 「最初の一匹を撃ち落としたあの錬金術も自分たちで創り出したのかお」

「……いや、あれに関してはクライアントがどこからか手に入れてきた設計図に従っただけだ。
 錬成に時間はかかるし、素材はどれも高価なものばかりだったからな。数本しか作れなかった。
 今になって思えば……準備にはもう少し金をかけておくべきだったな」

( ^ω^) 「貫通性能の高い弾を高速で射出する錬金術かお」

「……ここにいるってことは一部始終を見てたってことか。見てただけで仕組みまでわかるとはな。
 高名な錬金術師様だったりするのか……っつつ……」

(´・ω・`) 「あまり喋って体力を無駄に使わないほうが良い」

( ^ω^) 「そうだおね……ごめんだお。無理に答えてくれなくてもいいお」

「いや、話をさせてくれ。その方が痛みを忘れていられる」

( ^ω^) 「さっき言ってた聞きたいことってなんだお」

「あんたら二人……ただものじゃないと思ってな。
 こんなところに来てる時点で相当な変人だろ。山脈の危険地帯はここの荒天鷲の生息地だけじゃない」

256名無しさん:2016/07/21(木) 22:38:27 ID:Ua0yhxCg0

( ^ω^) 「僕らは別の道を使う予定だったんだけど、そっちが通れなかったから仕方なくね」

あの落盤事故さえなければ、こんな厄介な山脈頼まれたって来るつもりはない。
研究目的で自ら来ることはあるかもしれないけど。

 「あぁ……海岸沿いを南下してたのか……」

( ^ω^) 「知ってるのかお」

「三年くらい前に起きた地殻変動が原因だったはずだ。
 直接見たわけではないからどういった様子なのかは知らないが」

( ^ω^) 「広範囲にわたって陥没してて、徒歩じゃ危なくて歩けないお」

「そうか……」

男は話すことをやめ、自分のいる場所を首を動かしながら確認していた。

(´・ω・`) (まずいな……せめて下山だけでもできれば)

きつく縛ったはずの布は既に半分以上が赤く染まっている。
男の唇は紫色に、呼吸は浅く、肌は白く変色してきていた。
傷口は悪化の一途をたどり、体力は次第に失われていく。

257名無しさん:2016/07/21(木) 22:40:53 ID:Ua0yhxCg0

よくもっても二、三時間程度だということはわかりきっていた。

( ^ω^) 「ショボン、無理やりにでも下りるしか……」

(´・ω・`) 「……」

時間が足りなかった。
苔くらいしか生えていない山岳地帯を抜けるのに、最低でも後四日。
天候やルートによっては五日以上。

仮に道なき道をとれば、足元に見える森にたどり着くまでにかかる時間は五分くらいか。
その衝撃に耐えられるわけもないので却下だが。

( ^ω^) 「さっきの紐をもったまま飛び降りて、森の中で傷口を塞ぐための植物を探すのはどうだお。
        それを先端に結んで引っ張れば……」

(´・ω・`) 「そんな長さはないし、どうやって荒天鷲の眼を潜り抜ける。
       空中じゃあどんなに錬金術を駆使しても勝ち目はない。
       最悪何処かわからないところに放り投げられるぞ」

(#-ω-) 「じゃあ……どうすればいいんだお……」

「なぁ」

( ^ω^) 「なんだお」

258名無しさん:2016/07/21(木) 22:41:47 ID:Ua0yhxCg0

「一つ頼みを聞いてもらえないか。俺の故郷に持って帰ってほしいんだ」

男が胸元から取り外したのは、銀色の小さな板。
彫ってあるのは男の名前だろう。戦時に傭兵達が身に付けているものと似ていた。
ただ一つ違うとすれば、それが錬金術によって創られたものであるという事。

(´・ω・`) 「白狼銀・……」

「俺の自慢の一作だ……。別に大した価値はないが。家族にとっての報せになる」

(´・ω・`) 「それを確実に届ける約束はできない」

これから僕らが向かう場所を思えば、荷物が無事であると考える方が愚かだろう。
一歩踏み間違えれば身体ごと失ってしまうかもしれない地。
朱く煮えたぎる溶岩が河川の様に流れ出るギルン山脈では。

「別に……そもそも誰にも知られず朽ちてたかもしれないんだ。可能性が与えられたから縋っているだけだ」

( ^ω^) 「何処に住んでるんだお」

「城塞都市国家フラクツク。そこで暮らしている。そのプレートに書いてある住所で……。
 あんたらに会えてよかったよ。一人死んでいくことを覚悟してたからな」

(; ^ω^) 「諦めるなお……」

259名無しさん:2016/07/21(木) 22:43:34 ID:Ua0yhxCg0

「あんたは変わった人だな。自分達も危険な状況にありながら、見ず知らずの俺を助けてくれるなんて。
 今後の……道中少しでも楽になればいいな……」

(; ^ω^) 「っ!!」

男はゆっくりと瞼を落とした。
問いかけても反応はなく、胸だけが静かに上下している。

(´・ω・`) 「ブーン……」

白銀狼を握り締めている手は微かに震えていた。
どこにぶつけることもできない怒りが、ほんの少しだけ零れ出てきていた。

(  ω ) 「わかってたお。わかってたんだお。こんな場所じゃまともに治療できないことは……」

(;´・ω・`) 「っ! 伏せろ!! ブーン!!」

突如として僕らが隠れていた巣の一部が吹き飛んだ。
掌よりも大きな瞳に睨まれ、身体が縛り付けられたかのように動かなかった。

(; ^ω^) 「やっ……べおっ……」

260名無しさん:2016/07/21(木) 22:44:28 ID:Ua0yhxCg0

それはブーンも同様なようで、激しい風が目の前を吹き抜けた瞬間、その姿が視界から消えた。
数秒遅れて振り向けば、そこにあったのは右腕が千切れかけたブーンの姿。
背にしていた荷物を庇ったのだろう。咄嗟の判断にしてはよかったと一安心した時、僕もまた地面に転がっていた。

(;´メω・`) 「ぐ……ぎぃ……」

即座に被害を確認し、全身への命令を下す。
ただひたすら走るようにと。

(; ^ω^) 「ショボン! こっちだお!」

再生したブーンに呼ばれ、下り坂を走る。
異変に気付いた他の荒天鷲達が次々と上空へと飛び上がっていく。

(メ ^ω^) 「ぐげっ……」

そのうちの一匹がブーンの肩口を掴み飛び上がろうとした。
咄嗟にその足を掴んだ僕はブーンと共に上空へと飛び上がった。

(;´・ω・`) 「まず……」

肩口を深くえぐられたブーンは再生途中で、背負った荷物のベルトも片方が千切れていた。
僕がぶら下がっているせいで傷口は拡がっていくばかり。

261名無しさん:2016/07/21(木) 22:45:05 ID:Ua0yhxCg0

肩口を深くえぐられたブーンは再生途中で、背負った荷物のベルトも片方が千切れていた。
僕がぶら下がっているせいで傷口は拡がっていくばかり。

(; ^ω^) 「いてえええええ!!」

(;´・ω・`) 「我慢……しろ……っ!」

脚から腰へ、そしてその背中によじ登る。
服が引っ張られて首が閉められているブーン。
申し訳ないが、今は気にしている余裕はない。

(; ω ) 「く……苦し……」

(;´・ω・`) 「っ!」

真下に見えるのは緑の海。
風を切る音は、いつの間にか複数になっていた。
ブーンの肩を掴んだままの爪を叩き折る。

(; ^ω^) 「おおおおおおおお!!!」

262名無しさん:2016/07/21(木) 22:47:48 ID:Ua0yhxCg0

空中に放り出された僕らを狙うように、巨大な翼をもつ荒天鷲が迫る。
真っ直ぐに向けた剣先とぶつかり合った鋼のような翼。
腕ごと持っていかれたかのような衝撃が全身を突き抜けた。

(;´・ω・`) 「ぐぅう!」

(; ^ω^) 「どうすればいいお!?」

(´・ω・`) 「とにかく、巣の辺りに戻るわけにはいかない! 僕の荷物を掴んでいてくれ!」

落下しながらの会話は喉が避けるほどの大声でやっと届く。
空中で荷物袋の中に手を突っ込み、必要な道具を取り出す。

(´・ω・`) 「覚悟しろよ」

(; ^ω^) 「おっ!?」

二つの粘土を混ぜ合わせる。
一つ一つは無害なものでも、二つの存在が重なり合ったときに普段とは全く違う反応を起こす。
錬金術によってパズルの欠片の様に二つに分離させた粘土が、
僕の両手の中で本来の性質を取り戻した。

263名無しさん:2016/07/21(木) 22:49:17 ID:Ua0yhxCg0

(´・ω・`) 「簡易製造火薬」

( ^ω^) 「出来るだけ痛くないように頼むお」

(´・ω・`) 「出来ない相談だ」

起爆の方法はいたって簡単。
ごく少量の唾を指で掬い、火薬の表面に塗り込む。
連鎖反応を起こし、想定通り十秒後に爆発した。



・  ・  ・  ・  ・  ・



( -ω-) 「っつつ……ショボン生きてるかお」

(´-ω-`) 「二回くらい死んだんじゃないか」

264名無しさん:2016/07/21(木) 22:50:15 ID:Ua0yhxCg0

身体をゆっくりと起こす。爆発の衝撃で鼓膜が吹き飛んだせいか聞こえてくる音が若干新鮮に感じる。
怪我は既に完治していたが、無事ですまないものもあった。

(´・ω・`) 「荷物の中がぐちゃぐちゃだな」

( ^ω^) 「僕はそんなに整理してなかったからあんまり変わらないお」

(´・ω・`) 「知ってたよ。とりあえず、ここがどこだかってことだけど……」

( ^ω^) 「僕らは北側に吹き飛んできたお。
        南側の森とは植物も結構違ったし、爆発した時の太陽の位置から見ても間違いないおね」

(´・ω・`) 「なんとか予定通りってことか」

荷袋に手間をかけておいてよかった。中に入っていた錬金術に目立った損傷はない。
一度地面に広げて並べ、それを順番に仕舞っていく。

( ^ω^) 「方角だけわかったら、なんとかなるかお」

(´・ω・`) 「地図にはこの辺の地域に関してあんまり書いてないんだよね」

265名無しさん:2016/07/21(木) 22:51:44 ID:Ua0yhxCg0

山岳地帯の南側を抜ける予定だったはずだったこともあり、それ以外のコースのことはあまり詳しく聞いていない。
シュールがあまり話したそうにしていなかったこともあるが、
地図に載っている場所を全て説明してもらうわけにもいかなかったのだから仕方ない。

(´・ω・`) 「とりあえず西側を目指そう。山脈が途切れた所で南下。もう一度海岸沿いへ出る。
       その後は予定通り港湾都市コルキタから船を使う」

( ^ω^) 「この森を抜けないといけないおね」

(´・ω・`) 「あんまり珍しいものはないけど……っとブーンあそこの木の影まで歩いてくれ」

( ^ω^) 「お……?」

僕らが数秒前まで立っていた場所に、尖った岩石が突き刺さった。
その全体の半分以上が土の中に埋まり、衝撃に驚いた付近の鳥たちが一斉に飛び立つ。
羽音に紛れて降り注いだ氷柱のような岩石群は適当に放り投げられたのだろう。
最初の一発以外はてんで見当違いなところへと突き刺さっていた。

(´・ω・`) 「まだ狙ってきてるね。別に僕らが何かしたわけじゃないんだけどね」

( ^ω^) 「ここが森じゃなかったらと思うとぞっとするおね。あんなのに狙われたらしんどいお」

266名無しさん:2016/07/21(木) 22:53:10 ID:Ua0yhxCg0

(´・ω・`) 「荒天鷲の住処がこんなところにあるとわかったのは収穫だった。
       素材としての興味もあるしね」

( ^ω^) 「命がいくつあっても足りんからやめとけお。
        ……それでショボン、聞きたいことがあるんだけど」

(´・ω・`) 「なんだ」

( ^ω^) 「城塞都市のえっと……フラツクツ? ってどこにあるか知ってるかお」

(´・ω・`) 「フラクツクだな。この大陸の中央より少し北側、かなり大きな都市国家だ。
       山の斜面と平地を国土としている」

訪れたことはないが、その噂はよく聞く。
都市を囲うように組み上げられた城壁は高く、厚い。
最も内側の城壁の中に生活空間が詰め込まれ、
二つ目の城壁までが田園地帯、一番外側が放牧地帯と区切られていたはずだ。

都市の背後にある山には巨大な水源があり、そこから流れ出た河は都市の中を通って海までつながっている。
数々の国家が興亡してきたこの大陸の中で、最も長く続いているとされている国家。
それが城塞都市国家フラクツク。

267名無しさん:2016/07/21(木) 22:54:31 ID:Ua0yhxCg0

国民の三倍を超える敵に壁外を囲まれても耐えきった。
誰が組んだのかわからない城壁には、何故か錬金術の痕跡があるらしい。
効果も影響も不明な錬金術。

(´・ω・`) 「結局、組み立てに用いられた石の加工に錬金術が使われてたんじゃないかっていうのが通説になっているね」

( ^ω^) 「はー詳しいおね」

(´・ω・`) 「行ってみたかったからね。いろいろあって結局無理だったけど」

かつてリリと暮らしていた頃にその国の話を初めて耳にした。
二人でいろいろ話し合って、取り敢えず見に行こうとしたけれど、
すぐ隣の国まで行ったところで諦めざるを得なかった。

その国で城塞国家の過去数年間の入国拒否者数とその理由を教えてもらったからだ。
三重の堅牢な城壁に囲まれた国が最も恐れるのは、疫病や裏切り、内通による内部からの崩壊。
そのため、基本的に移民は受け付けていない。

旅行者ですら日に数人までとの上限が決められており、厳しい監視がつく。
観光すら見張りの元で行わなければならず、錬金術を用いた道具類は持ち込み不可。

( ^ω^) 「いつか行くことがあったら、届けたいおね」

268名無しさん:2016/07/21(木) 22:55:10 ID:Ua0yhxCg0

ブーンの握る銀のタグ。
それを家族に届けないほうが幸せなのではないかとも思う。
死を確定させてしまうよりは、何処かで生きているという見せかけの希望があるほうが。

考えたところで、最終的に決めるのはタグを受け取ったブーンだ。
僕はあえて口を出さないようにした。

森林を行く僕らの周りには、定期的に岩石が降ってくる。
人間程度なら簡単に潰せてしまえそうなほど大きなもの。
木々を薙ぎ倒しては転がって止まる。

(´・ω・`) 「何処にいるかも見当ついてないくせに、随分としつこいな」

( ^ω^) 「まぁ、仲間を殺された彼らの気持ちもわからんでは無いお」

(´・ω・`) 「僕らは関係なんだけどっと、危ないな」

目の前に落ちてきた岩石が地面にめり込む。
それを避けて進む。
森を埋め尽くす植物はこれだけの騒ぎにも我関せずだ。

269名無しさん:2016/07/21(木) 22:55:56 ID:Ua0yhxCg0

道を創り出しながら歩く。人間が通ったような跡はない。
随分と長いこと放置されてきた自然なのだろう。
普段なら運が良かったと思うところだが、今の状況ではただただ面倒なだけだ。

(´・ω・`) 「珍しい植物もあんまり見ないね」

( ^ω^) 「あったらショボンを引き離すのが面倒だから助かるお」

(´・ω・`) 「流石に今集めたりはしないさ」

( ^ω^) 「どうだかわからんお」

(´・ω・`) 「それより、本当にこっちであってるんだろうな」

( ^ω^) 「そのまま進んでくれお。地図は嘘はつかないから心配するなお」

(´・ω・`) 「地図はそうでもブーンが間違うことがあるだろ」

最初からその心配しかしてない。
方位磁針が逆だったと言われても驚かないつもりだ。
ある程度の制裁は加えるが。

270名無しさん:2016/07/21(木) 22:59:14 ID:Ua0yhxCg0

( ^ω^) 「疑ってるおね」

(´・ω・`) 「そりゃあね」

(; ^ω^) 「否定されないところがつらいお……」

(´・ω・`) 「それで、今どのへんなんだ」

( ^ω^) 「たぶんこのあたりだお」

ブーンの指が円を描いたのは、荒天鷲が住処としてた山脈から南に少し向かった辺り。
乱雑な文字で”森”とだけ書かれて射線を引いた一帯。
早急に抜けてしまうつもりだったが、森はまだまだ続きそうだ。

(´・ω・`) 「町とかは無いよね」

( ^ω^) 「何の記述も無いお。というかシュールも何があるのか知らないんじゃないかお」

(´・ω・`) 「そりゃ彼女だって万能じゃないんだから。
       誰も入ったことのない森の情報なんて持ってないでしょ」

( ^ω^) 「それはそうだけど……」

271名無しさん:2016/07/21(木) 23:03:32 ID:Ua0yhxCg0

(´・ω・`) 「僕らは道を外れちゃってるわけだしね。
       となるともう少し気を付けたほうが良いかもね」

荒天鷲から無事逃れることができて僕らは安心しきっていた。
森の中に危険な生物がいないとは限らないのに。

( ^ω^) 「今はとにかく進むお。荒天鷲が諦めるくらいまで」

(´・ω・`) 「それには賛成だね」

天然の屋根の下を僕らは歩く。
偶に降ってくる少々大きな霰は無視しながら。
森の出口を目指して。

272名無しさん:2016/07/21(木) 23:04:37 ID:Ua0yhxCg0
















33 大空を舞う翼  End

273名無しさん:2016/07/21(木) 23:06:28 ID:Ua0yhxCg0
>>15  30 災厄の巫女
>>102 31 少女への手掛かり
>>165 32 血の遺志
>>228 33 大空を舞う翼

274名無しさん:2016/07/21(木) 23:06:34 ID:2SHibfbc0
毎日お疲れ様
明日も楽しみだ

275名無しさん:2016/07/21(木) 23:07:10 ID:Ua0yhxCg0
   │
   │
26 朽ちぬ魂の欲望  <上>
27 朽ちぬ魂の欲望  <下>
   │
   │
16 ホムンクルスは試すようです
   │
   │
28 宴の夢
29 古の錬金術師
30 災厄の巫女
31 少女への手掛かり
   │
32 血の遺志    最終編
33 大空を舞う翼

276名無しさん:2016/07/21(木) 23:16:51 ID:yVJTRPFw0
おむ

277名無しさん:2016/07/21(木) 23:17:21 ID:yVJTRPFw0
ミスった乙

278名無しさん:2016/07/21(木) 23:20:47 ID:jVPaRsnY0
乙乙

279名無しさん:2016/07/22(金) 10:34:58 ID:MyNQp3yk0

次も待ってる

280名無しさん:2016/07/22(金) 11:22:28 ID:xBNwfJYE0
伏線多いな

281名無しさん:2016/07/22(金) 16:58:14 ID:EeJL8kDA0
ブーンの人間好きって結構厄介だなおつ

282名無しさん:2016/07/22(金) 22:09:52 ID:jotWtS3k0















34 地を穿つ角

283名無しさん:2016/07/22(金) 22:10:15 ID:jotWtS3k0

「おおおおおん!???」

僕の少し前を歩いていたブーンが突然視界から消えた。
声のした上方を見れば、足首に引っかかった蔦で逆さに吊るされていた。

(;´・ω・`) 「ブーン! すぐに降りてこい!」

尋常じゃないことを理解していたのか、
腰に結んでいた剣ですぐさま足のロープを切り、顔を下にして地面に落ちてきた。

( メωメ) 「もが……」

ブーンの姿があった場所を数本の矢が通り過ぎていく。
樹に突き刺さった矢尻から立ち昇る藍色の煙。

(#^ω^) 「なんなんだおこの森は!」

(´・ω・`) 「……どうやら僕たちは招かれざる客みたいだね」

森の中、重なり合う木々の向こう側に感じる気配は少なくない。
先程から何度も不意を突くように方向転換をしたり、茂みの中に飛び込んだりしてみたが、
人影を見つけることは出来なかった。

284名無しさん:2016/07/22(金) 22:11:04 ID:jotWtS3k0

( ^ω^) 「森を出たら放っといてくれるのかお……」

(;´・ω・`) 「わからない。そもそも、彼らの集落が何処にあるのかも……なっ!?」

気づいた時には空を見上げていた。
腹部に感じた鈍痛はゆっくりと引いていき、近くでブーンもまた泥まみれになりながら起き上がる。

大樹の幹を利用した簡単な振り子式の罠。数十歩分も後ろに吹き飛ばされるほどの衝撃。
並みの人間であれば骨折ではすまなかっただろう。
周囲に気を取られすぎていて気づかなかった。

(メ´・ω・`) 「ってて……」

( ^ω^) 「身がもたないお」

(´・ω・`) 「かといって闇雲に攻めるわけにもいかない。僕らに敵対する意思はないことを伝えないと」

(; ^ω^) 「とは言っても……」

相手に対話をするつもりが無ければ、言い訳も説得も成り立たない。
とはいえ相手は恐らくこの森を住処にしている部族。地の利は明らかに向こうに傾いている。
このまま何もしなければ、追い込まれた獣のように狩られるだけだ。

285名無しさん:2016/07/22(金) 22:12:29 ID:jotWtS3k0

荷物の中にある錬金術を用いれば多少は状況が好転するだろうが、あまり本意ではない。
相手の正確な位置がわからぬままに使うことで、ただの脅しではすまなくなってしまう可能性がある。
そうなれば今以上に相手は僕らに殺意を向けて来るだろう。

(´・ω・`) 「とりあえず、ここは罠だらけだ。出来るだけ早く森を出たいが、どうするべきだと思う?」

( ^ω^) 「ここからだと南に向かえば森を出るための最短ルートだお。
        だけど、さっきまでの罠の様子からしてもこっち側に住処があってもおかしくないお」

(´・ω・`) 「……まさかこんな森の深いところで人間と出くわすとはね」

( ^ω^) 「先住民族かお?」

(´・ω・`) 「こんな森の中に……いや、森の奥だからか」

錬金術によって世界は狭くなったが、
ごく限られた地域の中で、コミュニティをつくり細々と生活している民族は確かに存在する。
部外者に対しての扱いは一族ごとによって異なるが、
運の悪いことにこの森に棲む一族は僕らを敵と見做したらしい。

286名無しさん:2016/07/22(金) 22:13:05 ID:jotWtS3k0

周囲に気を配りながらも足を止める。
緑の闇に潜んだ人間の呼吸が聞こえてくるような気がして気味が悪い。

( ^ω^) 「おー視線を感じるお……」

(´・ω・`) 「気のせいだ、とは言えないな。こちらからは全く見えないのは一体どういうことだ?」

( ^ω^) 「錬金術……じゃないおね?」

未開地の一族が錬金術を使えるとは思えないが、
たとえ使っていたとしても不思議ではない。
それほどまでに世の中に錬金術という存在がありふれている。

(´・ω・`) 「百年で随分と変わったな……」

( ^ω^) 「お?」

(´・ω・`) 「……いや、独り言だ。これはたぶん錬金術が原因じゃないな。
       ここまで違和感を感じるのは、生きた人間が直接絡んでいるからだろ」

( ^ω^) 「まぁ、どっちでも取る手段に大差はないお。
        とにかくこの場所からうまく抜け出すにはどうするのがいいか教えてくれお」

287名無しさん:2016/07/22(金) 22:13:37 ID:jotWtS3k0

(´・ω・`) 「落ち着いて考えよう。どうも今すぐ捕まえて焼こうとしているわけでもなさそうだ」

前に進んでいる間の敵意ある視線は、立ち止まっている間は僅かに和らいでいる。
人間の気配を隠しもしないということはつまり、彼らの目的は狩りではないということ。
それならば、考える時間は少なからずある。

(´・ω・`) 「最初に落ちてきたところからどのくらい歩いた?」

地図を広げ、指で経路をたどる。
とはいえ、森の中で何の目印もないため精度はかなり低い。

( ^ω^) 「三日半だお。僕の歩幅から考えると、大体この辺だおね」

方位磁針を地図の上に置くブーン。
僕らは東から西へと、ほぼ一直線に歩いてきた。
今も変わらず、正面はきっかり西を指している。

(´・ω・`) 「ここからもう少し南西に向かうと大きな沼がある。これを左回りに迂回しよう。
       そこからなら本来僕らが通るべき予定だった海岸沿いの街道に出れるはずだ」

( ^ω^) 「沼地の淵なんか歩いて大丈夫かお?」

(´・ω・`) 「別に底なし沼ってわけでもないだろ。
       きっちり地面を見て歩いていたら、人間一人がそんな簡単に沈むもんか」

288名無しさん:2016/07/22(金) 22:14:21 ID:jotWtS3k0

( ^ω^) 「まぁ、確かにそうだおね」

(´・ω・`) 「それに沼の近くなら隠れる場所もそう多くはないし、罠を仕掛けるような場所もない」

( ^ω^) 「決まりだお」

僕らはゆっくりと立ち上がり、茂みを切り開きながら進路を南西に向けた。
くねくねと曲がってはいるが人間が歩けるだけの獣道がある。
運よく彼らの普段使っている道に出ることができたのだろう。
おかげで背の高い雑草を切り分けてきた今までよりも倍以上のペースで進めた。

森の中、時に牽制する様に前後左右に適当に石を投げてみるが、何の反応もない。
目に入るのは雑多な草木ばかりで、食用にもできないものだ。
群生している植物のうち、錬金術に使えそうな素材はほとんどなかった。

( ^ω^) 「ショボン」

(´・ω・`) 「なんだ」

(; ^ω^) 「あれは……」

289名無しさん:2016/07/22(金) 22:15:58 ID:jotWtS3k0

前を行くブーンはほんの二、三歩ほど先にいる。見えている景色は僕とさほど変わりがないはずだ。
彼の視線の先にあったのはただの空き地。
確かに森林地帯では珍しいかもしれないが、特段騒ぎ立てるほどのものではない。
そう思いながらブーンの横に並んだ時に、その異常さに気が付いた。

広場の中心に突き刺さった白の十字。大人の腰くらいまでの高さしかないそれは、
雨に打たれて朽ち欠けながらもなお、その色を失わずにそこにあった。
まるで浸透するかのように、十字の足元に生えた草花も白く染まっている。

(;´・ω・`) 「なんだ……あれ……」

近寄りたくないと、はっきり思った。
その十字の意味も、素材も、性質も、何一つ理解できない。
神州で見たこの世界の常識を覆すような知識の存在とは異なる、
深層心理の底から湧き上がってくるような恐怖。

咄嗟に彼女の言葉を思い出せた僕はきっと運が良かったのだろう。
前に進もうとするブーンの腕を掴み、引き戻した。
あまりにもその力が強かったせいで、ブーンはバランスを崩して尻もちをついている。
それに対する抗議はなく、起き上がることもなく、ただただ眺めていた。

290名無しさん:2016/07/22(金) 22:16:29 ID:9mmLud5M0
支援!!

291名無しさん:2016/07/22(金) 22:16:45 ID:jotWtS3k0

( ^ω^) 「……」

(´・ω・`) 「……行くよ。あまり見ていないほうがいい」

引きずるようにブーンを引っ張り起こし、そのまま少しだけ来た道を戻った。
広場の大きさは充分に観測できたし、それを避けることは簡単だ。
弧を描きながら先程までと同じように南西へと向かえばいい。

ついさっきまで感じていた複数の視線は、いつの間にかなくなっていた。
それに気づいたのは、広場もはるか後方になった頃。
握りしめていた拳をようやく解くことができた。

( ^ω^) 「あれは……なんだったんだお……?」

抜け殻の様に後ろを黙ってついてきていたブーンが口を開いたのは、
休憩の為に草を刈って束にしていた時。
適当に纏めた草の上に座って、僕は質問への答えを理解しやすい形へと整えていた。

(´・ω・`) 「信じてもらうしかないんだけど、僕が神州に行ってたのは知ってるよね」

( ^ω^) 「シュールに聞いたお。神州にいる古代錬金術師の番人が、リリの情報を持っているかもってことだったおね。
       どういう結果だったのかは聞いてないけど、まぁそれは後でいいお」

292名無しさん:2016/07/22(金) 22:17:48 ID:jotWtS3k0

(´・ω・`) 「まぁ色々あって、神州でとある場所を訪れることになった。黒煙峡の浮遊館。
       その名前だけは神州の錬金術師で知らない者はいないほどの知名度があった」

( ^ω^) 「浮遊館って、そのままの意味かお……? だとしたらとんでもないお」

錬金術を用いても物体を浮かせ続けることは非常に難しい。
常に発生している落下し続ける力に抗うために、極端にエネルギーを消費するからだ。
それが館一つ分ともなれば、とんでもない規模の錬金術が必要になる。

(´・ω・`) 「あの場所はたぶん錬金術じゃなくて、地形的な現象なんだろうけどね。
       その浮遊館に一人の女性がいた。彼女は僕らと同じ……いや、僕ら以上の不死者だ」

( ^ω^) 「僕ら以上の?」

(´・ω・`) 「うん。彼女は僕のことを半端者と言っていたけどね」

中途半端で、完成されていない不老不死。
主観的に見れば、とてもそうは思えないけれど。

( ^ω^) 「何者なんだお」

(´・ω・`) 「シュールと同じ……イヴィリーカの知識を得た人間だ」

293名無しさん:2016/07/22(金) 22:19:43 ID:jotWtS3k0

(; ^ω^) 「っ!」

(´・ω・`) 「彼女が言うには、シュールよりも遥かに知識量があるらしいんだけどね。
       浮遊館の中で少し話す機会があったんだ。
       世界には人間には理解できないような場所や物があるということも教えてもらった」

( ^ω^) 「さっきのあの場所は……」

(´・ω・`) 「そのうちの一つだろうね。近寄らないに越したことはない」

木々の間を潜り抜けると、開けた場所に出た。
柔らかい地面に両足が沈む。

(´・ω・`) 「沼地まで出た……な……」

( ^ω^) 「意外と早かった……お……ね……?」

地図は正確だった。少なくとも、地形と場所を調べることにおいては。
自然環境というモノが常に変化し続けるということを、僕らは旅を始めてすぐに気付いていたはずだった。
本来通るはずになっていたはずの海岸沿いの道が、大規模な崩落によってその姿を変えていこたとで。

目の前のすべてが黒や灰色で染まった広大な沼地。
地図上ではそれは比較的異例な円形を描いているのだが、
僕らが立っているのは、沼地と森林地の境界線上で大きく沼地に突出した場所であった。

294名無しさん:2016/07/22(金) 22:20:49 ID:jotWtS3k0

沼地の中には痩せ衰えた細い木々と、腐りかけのような背の低い草、
そして中心部の辺りに小さな町程度はある集落が見える。
泥沼の中に浮かぶように存在する家々だが、人の姿は見えない。

(´・ω・`) 「こんなところに人間が住んでるのか?」

( ^ω^) 「でも道も何も見えないお……?」

ブーンが沼地の中に一歩踏み出す。それを確認してから同様に僕も足を降ろした。
足の甲ぐらいまでが沈んだだけで、意外にもしっかりした地面。

( ^ω^) 「このくらいなら問題ないおね」

(´・ω・`) 「沼の方はいいとして、さっきまで襲ってきた連中が静かなのは気になる。
       僕らはもう目と鼻の先まで来てるんだし、抵抗が激しくなってもおかしくない」

( ^ω^) 「町の中で待ち伏せしてるんじゃないかお。人の姿も見えないし」

(´・ω・`) 「別に寄るつもりはないんだけどね」

295名無しさん:2016/07/22(金) 22:22:38 ID:jotWtS3k0

( ^ω^) 「とりあえず、このまま右奥まで斜めに沼地を横切って、それから南に向かうのがいいかお」

(´・ω・`) 「沼地が広がってるから、縁沿いを進むだけじゃだめかもしれないけどね。
       その辺は別になんとでもなると思う。問題はむしろ道中だ。
       これだけの湿地帯があるんだ。結構頻繁に雨が降るだろう。雨自体はむしろ有難い」

( ^ω^) 「水は結構飲んじゃったから補充できると助かるお。最悪泥からでも濾せるけど」

(´・ω・`) 「雨によって足場はなお悪くなるだろうし、恐らくかなり濃い霧が形成されるだろうね。
       数日間くらいは立ち往生になるかもしれない」

( ^ω^) 「それなら急ぐに越したことはないおね」

躊躇わずに沼地の中へと進んでいくブーン。
置いて行かれない様に泥を跳ね飛ばしながら追いかけた。
ひんやりと冷たい感覚が足の先を包む。

思っていた以上にしっかりとした地面が僕の重さを受け止めた。
表面だけが沼地になっているんじゃないかと錯覚するほどに、固く踏みしめられた大地。

(´・ω・`) 「いったん森に引き返すのもありかなとは思ったんだけどね」

296名無しさん:2016/07/22(金) 22:23:32 ID:jotWtS3k0

( ^ω^) 「そうしなくて正解だったおね」

思っていたよりもずっと深く、僕たちのいた場所は沼地に切り込んでいた。
途中から森の中が往きやすくなったのは、あの集落に住む人々が利用している道に入ったから。
周囲に気配を感じなくなったのも、森自体が細くなってきていたせいで隠れる場所がなかったせいだろう。

服の裾は跳ね返った泥だらけになり、ぬかるんだ地面に体力が奪われていく。
次第に口数は減っていき、ただただ無言で歩く。
澱んだ空気のせいで気持ちも重くなる。

(; ^ω^) 「休憩する場所くらい欲しいおね」

(;´・ω・`) 「あんまり考えてなかったけど、今日中くらいには向こう側に着くんじゃないか」

森林との境界まで行くことが出来れば、いくらでも休む場所なんてあるだろう。
少々疲れた所で、今この湿った大地に腰を下ろすつもりにはなれない。
錬金術を編み込んだマントは衝撃や斬撃に対して強い保護を受けているが、
それ以上に長い旅路を乗り越えることができるだけの工夫が仕込んである。

汗や泥などの汚れに強く、叩くだけでほとんどの汚れは落ちるだろう。
重さを感じない程に薄く滑らかな手触りで、折り畳めば枕としても役に立つ。

297名無しさん:2016/07/22(金) 22:24:02 ID:jotWtS3k0

もしこの旅が終わった後に、旅人用の錬金術店を開くようなことがあれば、
きっと僕の知識と経験を最大限に生かせる。
誰もが安全に国家間を行き来できるようになるための旅具を。

それはリリと過ごす一つの選択肢として十分に魅力的なものだ。

( ^ω^) 「そういえば、ちょっと話を戻すんだけど」

(´・ω・`) 「なんだ」

( ^ω^) 「結局、リリはどこにいるんだお?」

(´・ω・`) 「正確な場所はわからない。ロマンが渡り鳥に対して命令を下したルート上のどこかの国と言う事しか。
       それでもいくつかヒントは合った。ブーンも見たと思う。あの氷の洞窟を。
       ロマンの見せてくれたものには雪像も写っていた」

( ^ω^) 「雪像……?」

(´・ω・`) 「化け物のような雪像だった。ロマンが言うには北方の国々で語られている神話に出て来るらしい。
       リリの閉じ込められている氷はかなりの大きさがあったし、動かすことは簡単じゃないだろう」

298名無しさん:2016/07/22(金) 22:24:40 ID:jotWtS3k0

( ^ω^) 「その氷を割った可能性は」

(´・ω・`) 「見せてもらったものに写っていたのは粗かったから断定はできないけど、
       そう簡単に砕けるものじゃないと思う。
       壊してしまえば彼女も抵抗するだろうしね」

ホムンクルスを捕縛しておくことの難しさはブーンもよく知っているだろう。
全身を雁字搦めにして指先一本動けないような状況にしなければならない。
それには氷漬けというのは最善の条件だ。

(´・ω・`) 「もし簡単に壊れる様なものなら、そもそも村人が壊していてもおかしくないしね。
       恐らく、近くの海辺に流れ着いたのを運んだんじゃないかな。
       なんとなく神聖な感じがして、飾ってたんだろうね」

( ^ω^) 「それにシュールの悪意……なんか呼びにくいおね。悪意が気づいて回収したってことかお」

(´・ω・`) 「そうじゃないかと思ってる。それなりの重量もあるだろうしそんなに遠くまでは移動できないはずだ」

( ^ω^) 「じゃあ、テンヴェイラを捕獲した後はそのルートを辿るのかお?」

(´・ω・`) 「いや……その辺がまだ決まってないんだ」

出来るならば全てを投げ捨てて今にでも北の国々を手当たり次第に探し回りたい。
わざわざシュールの悪意に対抗できるだけの準備なんて必要ないと。
ブーンとシュールの話を聞くまではそう思っていた。

299名無しさん:2016/07/22(金) 22:25:00 ID:jotWtS3k0

リリが見つかったタイミングと合わせたかのように、再び活発になったアルギュール教会。
それとほぼ同時に行方をくらました錬金術師の隠れ里。

もし仮に、二つの動きが何者かによって統制されているとするならば、
それは自分自身から分かたれた悪意以外にはありえないと、本来の持ち主が言う。
リリの命までもがその手中に落ちているのであれば、考えなしの行動はすべてを失わせてしまう。

(;´・ω・`) 「あそこの岩場で少し休んでいくか」

沼地も半分ほどまで進み、集落の一角がすぐ目と鼻の先に迫っている。
その中に入って適当な場所を探して休んでもよかったのだが、
先程まで襲ってきていた人間が住んでいる場所であるかもしれないと思うと躊躇われた。

結局、地面から生えたかのような大岩を二、三段登って荷物を降ろした。
ブーンも同様に僕の少し横で滑らかな岩を背に息を整えている。

(´・ω・`) 「随分と暖かいな……」

( ^ω^) 「だおね……」

300名無しさん:2016/07/22(金) 22:25:43 ID:jotWtS3k0

じっとしていても汗が噴き出る様な夏はとっくの昔に終わって、もうすぐ冬が来る。
それなのにどうしてこうも暖かいのか。荒天鷲の住処であった山脈も同じような感じだった。

僕らが座っている岩はまるで湯にでもつかっているのかと思うほどに、じんわりと熱が染み出て来る。
濡れた靴を乾かすのにはちょうどいいが、どうにも不気味だ。

( ^ω^) 「おー。山脈の一部か何かじゃないのかお」

鞄から乾燥させた食料を取り出して頬張るブーン。
食べながら喋ったせいで口の端からぽろぽろと食べかすが零れ落ちていく。

(´・ω・`) 「あそこだって表面は普通の場所と変わらないはずだ。たぶん地中深くに熱源があるんだろうね。
       まぁ、この岩だってその可能性はあるけど、沼地自体は冷たかっただろ」

( ^ω^) 「山脈と同じ理屈なら沼地自体も暖かくなるはずだってことかお?」

(´・ω・`) 「そうだ。まぁ、別に……今揺れたか?」

ほんの少し、きっと立っていたら見逃してしまうほどの小さなもの。

( ^ω^) 「揺れたおね」

(´・ω・`) 「この辺でも起きるのか」

301名無しさん:2016/07/22(金) 22:26:05 ID:jotWtS3k0

この大陸の東側では割と頻繁に起こる大地の揺れ。
都市を二つに割いてしまうほどの巨大な地震が、過去に数度かあったと歴史の文献には書かれている。
その予兆として小刻みに揺れる、といったどこかで聞いた話が咄嗟に頭の中に浮かび上がった。

身体を支えるために近くの岩石を掴む。
掌に感じたのは温もりと、振動。

(;´・ω・`) 「なっ!???」

(; ^ω^) 「おっ!???」

瞬間、世界がひっくり返った。
激しい隆起によって僕らは岩場から投げ出され、泥沼の中を受け身もとれずに転がった。
身体中が泥まみれになりながら、何とか起き上がる。
目の間にあった背丈より大きな岩塊だったものは、さらにその二倍の大きさに膨れ上がっていた。

(;´・ω・`) 「嘘だろ……」

黄色い水晶のような楕円形の二つの瞳と、そこらの樹よりも太い四本の足。
人間程度であれば丸ごとの見込めそうな口に並ぶ、食物をすり潰すための荒くて平らな歯牙。
額に当たる部分に生えた、太くて立派な角。

(; ^ω^) 「角礫犀……なんでこんなところに……」

302名無しさん:2016/07/22(金) 22:26:38 ID:jotWtS3k0

雄叫びによって空気が目に見えるほど震えた。
咄嗟に構えた剣も、目の前の巨躯に抗うにはあまりにも心細い。

(;´・ω・`) 「っち……荷物が……」

立ち上がった角礫犀の背に残された荷物袋。それは背中に生えた岩石群に引っかかったせいで落ちてこない。
どうやら僕らは運が悪いらしく、ブーンの荷物も同様の状態になっていた。
テンヴェイラ捕獲用のために錬金術で創り出した道具が入っており、捨て置くことは出来ない。

(´・ω・`) 「どのみち……逃げられないだろうけどね」

その巨体に似合わず、角礫犀の動きは速い。
足場が悪い泥沼の中ではすぐに追いつかれてしまうだろう。

(´-ω-`) 「ったくなんでこんなタイミングが悪い時に目を覚ますんだ」

角礫犀はその背に岩石群を背負っているせいか、眠っていることが多い。
一週間程度であれば、少々のことでは起きないと読んだこともある。
それが間違った情報だったのか、それとも何か別の原因があったのか。
目を覚ましてしまったからには、背中の荷物を何とかして取り返すしかない。

303名無しさん:2016/07/22(金) 22:27:05 ID:jotWtS3k0

(´-ω・`) 「ん……?」

角礫犀はその巨大な口で地面の泥を掬い上げ、呑み込んだ。
それは食事と呼ばれる動作。
だがこんな泥水の中に、いくら雑食とは言え角礫犀の食料になるものはないだろう。
考えるまでもなく、思い当たる節があった。

(;´・ω・`) 「ブーン……」

(; ^ω^) 「おー……荷物もって逃げられるよりはいいと……前向きに見るのは駄目かお」

ブーンの零した食べ滓に反応したのだ。
まともな食料が殆どないこの湿地帯に、埋もれる様にして眠っていた角礫犀。
ほんの僅かだとは言え、錬金術で創った栄養価の高い乾燥食料につられたのだとしても不思議はない。

当然食べ滓程度の量では満足できなかったのか、その双眸は僕らを捉える。
残念ながら残りの食料をやって難を逃れようにも、その背中にまで取りに行かなければならない。
角礫犀がそのことに気付いてじっとしていてくれるわけもなく、
途轍もない速度で正面から突進してきた。

304名無しさん:2016/07/22(金) 22:27:46 ID:jotWtS3k0

ブーンが左に、僕が右に飛んで避ける。
冷たい泥水を被りながら、通り過ぎていった角礫犀を視界に収める。
集落の端に会った二つの建物を容易く破壊し、大きく弧を描いて再びこちらに向かってきた。

(´・ω・`) 「町に被害が出る! 誘き寄せるぞ!」

( ^ω^) 「了解だお!」

御主人様の形見である白き剣を抜き、その鞘も腰から外す。
その二つを打ち付け、角礫犀の注意を引き付ける。
頭の片隅にある過去の情報を呼び起こしながら。

(#^ω^) 「ショボン!」

(;´・ω・`) 「っ!」

すんでのところで角礫犀の一撃を躱す。
目的を通り過ごしてもすぐに止まることのできないほどの強烈な突進。
集落を背にしない様に常に角度に気を配りながら相対する。
その間にブーンは、近くにあった比較的太い木の上の方まで登っていた。

305名無しさん:2016/07/22(金) 22:28:09 ID:jotWtS3k0

その意味するところは聞くまでもない。
ブーンの直下へと角礫犀を誘導しろと言うことだ。
飛び降りてその背中にある荷物をとるつもりだろう。

華国にいる間に再び錬金術を用いて鍛え直した剣。
かつて御主人様と同じような白狼銀による表面コーティングだが、それとは異なる錬金術。

(´・ω・`) 「ふっ!」

中空に描いた三日月のような曲線は、その場に明確な残像を残す。
振り抜いた剣の後にあるのは幅の広い光。
御主人様の錬金術とは違い、剣先ではなく刀身そのものを創り出す残光。

厚みのできた刃は以前よりも何倍も固い……はずだった。

(;´・ω・`) 「嘘だろ!?」

一撃を重くした結果、複数の残像を同時に生み出すことは出来なくなっていた。
それだけ強力な白狼銀の粒子は、角礫犀の突き上げとぶつかって粉々に砕けた。
光の散らばる中に存在を示す太く頑丈な角には、傷一つ入っていない。

306名無しさん:2016/07/22(金) 22:28:36 ID:jotWtS3k0

(; ^ω^) 「まじかお……」

(´・ω・`) 「っと……流石に傷つくね。まさかこれほどとはね」

無傷の角礫犀は一歩一歩近寄ってくる。
それを迎え撃つには、手元の細い剣だけではあまりにも頼りない。

(´・ω・`) 「もう少し待ってろブーン」

一度両掌の汗を拭い、正眼に構える。
遠距離攻撃が意味を為さないのであれば、直接刺し貫くだけだ。
剣それ自体が持つ刀身の硬さも鋭さも、残像の刃とは比ぶべくもない。

これ程大きい相手と正面きって戦うのは久しぶりだ。
荒天鷲からは逃げてきただけで、剣を交えてすらいない。

睨み合ったときに受ける押し潰されるようなプレッシャーは、野生動物に特有のもの。
震えで両手足が動かなくなるようなことはないが、いつも通りと言うわけにはいかないだろう。

307名無しさん:2016/07/22(金) 22:29:34 ID:jotWtS3k0

おまけに足場は悪く、唯一の利点である小回りの良さが生かしきれない。
もっとも、相手の攻撃手段は少なく、動きが読みやすい。
気を付けていれば一撃で戦闘不能になるようなことはないだろう。
勝利条件は殺すことではない。

巧くブーンの足元にまで誘導しなければ。

(´・ω・`) 「さて……」

角礫犀の知能がどれほどあるのかはわからないが、向こうも相応に警戒しているらしい。
泥を跳ね飛ばしながら、その前足に向けて剣を振り下ろした。

鈍い衝撃。
分厚い肉と脂肪に阻まれて、表面だけを切り裂くに留まった。

(´・ω・`) 「っと」

左から圧迫感を感じて数歩後ろに下がる。
先程までたっていた場所を角礫犀の頭が通り過ぎた。
風圧で沼の表面が波立つほどの勢い。

308名無しさん:2016/07/22(金) 22:31:17 ID:jotWtS3k0

巨体だからと言って動きが鈍いわけではない。
横一直線に残光を生み出し、それで牽制しながら再び懐に潜り込む。

狙いはあくまで右前足。
一撃目と同じ場所を十字に切り裂いた。

溢れてくる血液が沼地に滴り落ちる。

(´・ω・`) 「自分よりずっと小さな相手に翻弄れ続けるのも、腹が立ってきただろう?」

正面から飛び込む。
堅い角を掴み、頭に飛び乗る。僕を振り落とそうと暴れる角礫犀。
前後左右上下に激しく揺さぶられながら、ただひたすら耐えた。

身体大きければ消費する体力の量が違う。
暴れ続けることなんてできるわけがないと、そう思っていった。

(;´・ω・`) 「はぁ……っ……って」

目が回る。
吐き気が込み上げて来ては収まっていく感覚が三度ほどあり、ようやく立ち上がれた。
剣を支えにしている僕に覆いかぶさるような巨大な影。

(´ ω・`) 「……くそっ」

309名無しさん:2016/07/22(金) 22:32:10 ID:jotWtS3k0

回避出来なかった。自分自身の未来が見えた僕にできたのは、ただ悪態をつくことだけ。
一瞬で視界が弾け、世界が千切れた。
内臓が全身から零れ出るような衝撃と、それに相応する痛みが何度も意識を奪う。

(´ ω `) 「ぶ……ブーン!!!」

ただ叫んだ。
予め決めていた言葉だけを。
残った力のすべてを込めて。

(#^ω^) 「おおおおおおッッ!」

錐もみ上に空中を吹き飛んでいた僕の視界の端に映ったのは、木から飛び降りるブーン。
その体が角礫犀の背に落ちる寸前に、弾かれたように飛んで行って消えた。

(;´・ω・`) 「……なにが」

受け身もとらずに地面を跳ねながらブーンを探す。
角礫犀を挟んで対角線上に飛んで行ったはずだが、その姿何処にも見えない。

(;´・ω・`) 「僕らよりもよっぽど化け物だな……」

310名無しさん:2016/07/22(金) 22:33:11 ID:jotWtS3k0

すぐ背中側には先程倒壊した家屋。
どうやら集落の際まで弾き飛ばされてしまったらしい。

前足の傷は決して浅くはないはずだ。
流れ出ている血は止まっていないし、歩き方にも若干庇っているような動きがある。
それでいてこの強さ。

(´・ω・`) 「どうしてこんなところにいるんだか……」

( ^ω^) 「ショボン!」

(´・ω・`) 「ブーン、どこにいた!」

足の先から頭まで全身を泥で汚したブーンが、遠くで足元を挿すような動作を繰り返していた。
その動きの意味を考えながら、立ち上がって走る。
今の場所に突進してこさせるわけにはいかない。

角礫犀の歩みは遅い。
足が痛むのか、疲れ始めているのか、それともほかに理由があるのか判別はつかないが、
その隙に可能な限り集落から離れる。
角礫犀が再び走り始めたのと、僕とブーンが合流したのは同時だった。

311名無しさん:2016/07/22(金) 22:33:48 ID:jotWtS3k0

( ^ω^) 「ショボン! もう少し北に誘導するお!」

(´・ω・`) 「わかった」

( ^ω^) 「荷物は取れなかったけど……」

先程角礫犀の背に近づいたブーンの手に握られていたのは金属製の試験管。
衝撃で壊れない様に創り出した特別製のものは、
ブーンの荷物の横ポケットにも溢れんばかりに入っていた。
そのうちの一つを接触の瞬間に取り出したのだろう。

( ^ω^) 「これでも喰らえお」

その蓋を開け、ブーンは角礫犀に投げつけた。
放物線を描きながら近づいてくるその角にぶつかり、雲のような泡を発生し続ける。
粘性が高く、突進の勢いで零れることなく角礫犀の頭を覆いつくした。

( ^ω^) 「ショボン今だお!」

視界を塞がれたことに驚いた敵は、走ることをやめてその場で闇雲に暴れ出す。
僕はその隙をぬって、さらに二回、右前脚を深く切り裂いた。

312名無しさん:2016/07/22(金) 22:34:28 ID:jotWtS3k0

悲鳴のようなくぐもった声が漏れ、激しく暴れる角礫犀。
泡はすぐに風圧で弾けて消えた。

ほんの少しだけ僕を姿を隠しただけで十分。
傷つき怒り狂った角礫犀は、もう何度目かわからない突進を行う。
その瞳は僕の姿しか捉えていない。

自分自身がとこにいるのかを、何処に向かって走っているのかを知らない。
走り込んでくる巨体の犀は、一直線に僕を目指す。
僕はただ立っていた。
逃げる必要も避ける必要もない。

剣を降ろして、飛び込んでくる角礫犀を待つ。

その巨躯は僕に突き刺さる直前で、突如バランスを崩し地面に埋まって動きを止めた。
泥水が雨のように降り注ぐ。
何が起きたのかも理解できていないはずの角礫犀の背に飛び乗った僕は、二人分の荷物を掴んだ。

( ^ω^) 「ナイスだお、ショボン」

(´・ω・`) 「よく気付いたな」

313名無しさん:2016/07/22(金) 22:35:17 ID:jotWtS3k0

( ^ω^) 「木から降りて弾かれたとき、丁度その穴に落ちたんだお」

(´・ω・`) 「ああ、だから全身泥だらけなわけか」

自らが埋まっていた亀裂へと頭を突っ込み、もがく鉱山の犀。
短い脚と重たい背中のせいで、バランスを崩してしまえばそう簡単には抜け出せない。

( ^ω^) 「殺すのかお?」

(´・ω・`) 「ここから抜け出せば、また暴れだす。そうなれば次は止められないかもしれない」

( ^ω^) 「・……」

頸の後ろ。全身を鉱物で覆われた角礫犀の急所ではあるが、なまくらであっては傷一つ付けられないほどに堅い。
一撃で絶命させることはこの剣でもできないだろう。
柄を逆手に持ち、その背に立つ。
全体重をかけて振り下ろした。

白狼銀が残光を形成し、傷口をより深く抉る。
刀身が半分ほど埋まったところで刃が止まった。
頸椎によって阻まれた剣を引き抜き、血だまりの中へと再び振り下ろそうとしたとき、
バランスを崩して地面に落ちた。

314名無しさん:2016/07/22(金) 22:37:20 ID:jotWtS3k0

(; ^ω^) 「ショボン……やべぇお……」

飛び跳ねる様にして亀裂の中から脱出した角礫犀の背が鈍く輝く。
立ち上がったまま動かない。暴れるでもなく、辺りを見回している。

(;´・ω・`) 「……何が起きたんだ」

( ^ω^) 「ショボンが刺して大人しくなったと思ったら、急に亀裂から飛び出したんだお」

(´・ω・`) 「そんな力が残ってたとは思えないんだが」

( ^ω^) 「正直実際に見るまでは疑ってたんだけど……角礫犀に備わってる性質だお。
       傷ついた成体は背の鉱石が発光、身体能力値が大きく底上げされるって……。
       背中の色でいくつか種類があるみたいだけど、それはまだわかってないお……」

(´・ω・`) 「で、対処法は?」

( ^ω^) 「ん?」

(´・ω・`) 「それだけ詳しい本だったんだろ? 対処法くらい書いてなかったのか」

315名無しさん:2016/07/22(金) 22:37:59 ID:jotWtS3k0

( ´ω`) 「あー……その本の最後を締めくくるように書かれてた言葉は、私以外を除いて皆死んだ。
        あの状態になったら、力尽きるまで誰にも手が出せない、だお」

ブーンの言葉が終わった直後に、赤く染まった瞳がこちらを認識した。
長々と空を裂く咆哮が止み、ついさっきまで晴れていたはずの空から雨が降り始めた。
さらに悪化した足場に影響を受けることもなく、その速度を増した突撃。

咄嗟に左右に飛んで避けた僕らをを追うように、直前で急激な方向転換。
右側に逃げたはずのブーンが小さな悲鳴と共に姿を消した。

(#^ω^) 「おおおおお……!!」

片腕をくわえられて地面を引きずり回されるブーン。
そのまま沼地に突き刺さっていた数少ない岩石に叩き付けられた。
引きちぎれた腕を再生しながら、ブーンは岩を盾にするように立ち回る。

(  ω ) 「ごふっ……」

(´・ω・`) 「ブーン!! そのまま少しの間引き付けてくれ!」

(メ ω^) 「ぜ、善処するお!!」

316名無しさん:2016/07/22(金) 22:38:39 ID:jotWtS3k0

助走も無く振り下ろされた額の角によって、岩石が木っ端みじんに吹き飛んだ。
細かく砕けた欠片と共に空を舞うブーン。

相手をしてもらっている間に、出来るだけ冷静に状況を分析するように努める。
身体能力は軒並み底上げされているが、特に筋力の上昇値が大きいようだ。
傷ついているとは思えないほどに。
今の状態の角礫犀であれば、この剣で傷を与えることは出来ても致命傷には程遠い。

行動不能にするにはどうすればいいか。
今持っている全ての道具を頭の中に思い浮かべ、計算する。
さほど時間もかけずに単純な答えが出てきた。

結局、角礫犀は残りの命を燃やして極端に運動性能を上げているだけである。
その場限りでしかないし、永くも持たない。
放っておく以外の方法をとらないといけないとするならば、命を削る様な攻撃をすること。

身体の外はどれほど堅くても、内部が柔らかいのは生物としての常識。
ならば、そこに対する攻撃方法を考えるだけだ。

荷物の中に入っている二種類の粘土。一握りでも人間を吹き飛ばせるほどの火力を持つ。
そのまま持ち歩くのが危険なため、二つを混ぜ合わせることでその効果を発揮するようにしている。
それを混ぜ合わせ、拳大の塊を作る。

317名無しさん:2016/07/22(金) 22:39:03 ID:jotWtS3k0

(´・ω・`) 「ブーン!!」

(  ω ) 「…………!!!」

何を叫んでいるのかは聞き取れなかったが、まだ生きているようだ。
降りしきる雨の中、真っ赤な光が沼地を縦横無尽にかけていた。
その中心で、人の形をしたものが何度も何度も宙へと投げ出されている。

漸くこちらに気付いたのか、ほとんど反応のない玩具を放り出して一直線に向かってきた。
その速度は予想よりも遥かに速かったが、僕はただその開いた口の中に右手を突き出す。
肩の根元まで飲み込まれた直後、角礫犀はその動きを止めた。

(´メω・`) 「ぐ……!」

熱と衝撃で消滅した手首よりも先はすぐに再生した。
大量の煙を吐き出しながら、なおも大きく口を開く獣。
その無防備な口腔内に向けて全力で剣を突き刺した。

318名無しさん:2016/07/22(金) 22:39:43 ID:jotWtS3k0

角礫犀の眼が光を失う直前に、だらしなく開ききっていた口が閉じられた。
重厚な金属音と左手を痺れさせた衝撃。
瀕死の一撃は白剣の側面に当たり、その刀身を残光ごと噛み砕いた。

(;´・ω・`) 「嘘だろ……」

(; ^ω^) 「ショボン! 大丈夫かお!」

(;´・ω・`) 「あ、ああ……」

身体には何の異常もない。
左腕がまだ痺れているが、じきに回復する。

(; ^ω^) 「剣が……」

(´-ω-`) 「まぁいいよ。これも随分長いこと使ってたからね。
       寿命だったのかもしれない」

( ^ω^) 「欠片を回収すればまた鍛え直せるかもしれないお」

319名無しさん:2016/07/22(金) 22:40:16 ID:jotWtS3k0

固く閉じられた角礫犀の顎。
これを再び開くにはかなりの手間がかかることは明らかだった。
御主人様の形見を失ってしまうのは惜しいが、この雨のせいで沼地は一層歩きにくくなってきている。

このままでは陽が落ちるまでに湿地帯を抜けられるかも怪しい。

(´・ω・`) 「っと……」

立ちくらみがして膝をついた。
傷はすべて回復しても、体力も同じようにというわけにはいかない。
ブーンの表情にもかなりの疲労が見えた。

( ^ω^) 「少し、休んでいくお」

(´・ω・`) 「あぁ、そうさせてもらおう」

倒壊した家屋の内、辛うじて雨風を凌げそうな方に腰を下ろした。
五分と経たずに隣で横になっていたブーンは寝息を立てている。
見張りをしていようかとも思ったが、人の気配のない集落でそこまで気を使う必要もないと気が緩んでいた。

意識はゆっくりと闇の中に溶けていく。僅かに残った危機感と緊張感に両手を伸ばす。
何度も掴みなおそうとしたが、伸ばした手から離れていった。

320名無しさん:2016/07/22(金) 22:41:09 ID:jotWtS3k0

・  ・  ・  ・  ・  ・



(;´・ω・`) 「……っ!!」

目を覚ました時、僕らは槍を持った男達に囲まれていた。
雨は全く緩む様子を見せず、壁や屋根に叩き付ける様に降り注いでいた。

(´・ω・`) 「起きろ……ブーン……」

( -ω-) 「おー……」

出来るだけ小さな動きで隣に寝ていたブーンを揺らす。
寝言を数回呟いて、ようやく目を覚ます。
状況を理解するのにさらに数秒かかったらしい。

( ^ω^) 「おー、ああ」

訳の分からないことを呟きながら、目を泳がせている。

「目を覚ましたか。ついてこい」

321名無しさん:2016/07/22(金) 22:42:03 ID:jotWtS3k0

両頬に赤い線を三本入れている褐色肌の大男が、手招きをする。
槍の穂先は空に向けられているが、周りを囲む男達の警戒感が肌を刺す。
大粒の雨の中、案内された先は集落の中にある大きな広場。

そこでは、土砂降りの雨の中少しも揺らぐことのない強い炎がいくつも上がっていた。
鼻腔をくすぐったのは焦げた肉の匂い。
脂が弾ける音が耳に届き、涎が口内に染み出してくる。

「肉だ。喰え」

大男に差し出されたのは串に刺された一塊の肉。
焼きたてなのか、白い煙を挙げている。
それを受け取った僕らは、雨で冷めてしまう前に頬張った。

毒物であったとしても気にしないということもあったが、何よりも腹が減っていた。
持ち運びの容易く、日持ちのする携帯食料では栄養が足りても腹は満たされない。
中途半端な空腹感を抱えてきた僕らにとって、その匂いは暴力的すぎた。

口の中に溢れる肉汁と蕩ける脂は咀嚼するたびに混じり合い、舌の上で弾ける。
溶けてなくなってしまったのではないかと勘違いする程に柔らかく、
それでいてお腹の中に落ちていく満足感。

322名無しさん:2016/07/22(金) 22:42:26 ID:jotWtS3k0

次々差し出されるその肉を、何の肉かもわからないまま僕らは食べ続けた。
周りにいた男達も、気づけば肉を頬張っている。
広場にいたのは、ざっと数えても女子供含めて二百人以上。
遠目に見た集落の大きさからすれば少なすぎるくらいだ。

それぞれが炎で肉を焼き、雨に濡れることを気にもせずに酒らしきものを飲んでいる。
僕らは焼き物のグラスを手渡され、それを一気に飲み干した。
喉を刺激する不思議な味は、口の中に残った脂をすっきりと流し込んでいく。

程よい清涼感と満腹感に包まれ、僕らはようやく飲食の手を止めた。
それに気づいた大男も給仕の真似事をやめ、僕らの前に腰を下ろした。

「さて、腹も膨れたようだからいろいろ話をしておきたい」

(´・ω・`) 「ええ、そうですね」

「まず最初に、俺は君たちに敵対の意思はないとみているが、
 他の人間が警戒する。その剣を預からせてもらってもいいだろうか」

( ^ω^) 「構いませんお」

(´・ω・`) 「僕らとしても、これが対話の邪魔をするのであれば従います」

323名無しさん:2016/07/22(金) 22:43:04 ID:jotWtS3k0

僕の折れた剣と、ブーンの剣を大男に渡す。
男はそれを自らの脇に置いて話始めた。

「まずは謝るべきだったな。すまない」

深々と頭を下げた男。
たっぷり十秒間以上かけて、ようやく男は頭をあげた。

(´・ω・`) 「それは、森の中の事ですか」

「そうだ。君たち二人が俺たちの村に対して何かを行うのではないかと恐れていた。
 今まで外から人が訪ねてきたことなどなかったからな」

( ^ω^) 「あの罠も?」

「元は獣用の罠だ。君たちが出来るだけ引っかかるように誘導させてもらったが。
 しかし君たちは本当に丈夫だな。先程の戦いも見せてもらったが、
 俺たちとは体のつくりが違うのか?」

(´・ω・`) 「まぁそう思ってくれて問題ないです」

324名無しさん:2016/07/22(金) 22:43:59 ID:jotWtS3k0

「ふむ、まぁ俺は頭が悪いから説明されてもどうせわからん。長なら知っているのかもしれないが、
 もうかなりの老体。この雨の中外に出てこられるのはつらいだろうからな」

(´・ω・`) 「ここは一体」

「俺たちの村だ。もうずいぶんと長いことここに住んでいるらしい。
 長のおじいのそのおじいの、もひとつおじいの……うん、ずっと前からだ」

( ^ω^) 「雨の中でも消えない炎、あれはどういう仕組みだお」

「仕組み……? それはわからない。ただ昔からそうやって火を使ってきた。
 ここは雨が多いからな」

恐らくは錬金術の類だと予想はつく。
それと知らずに昔からの知恵として使っている人々も少なくない。
特に人通りの無い集落では尚更だ。
雨の多いこの土地で、彼ら一族に伝わってきたのだろう。

(´・ω・`) 「なぜこんなに歓迎されているのか教えてもらっても?」

「勿論、村を救ってもらったからだ。みぞゆ……みぞおう……の危機から」

( ^ω^) 「角礫犀のことかお?」

325名無しさん:2016/07/22(金) 22:44:37 ID:jotWtS3k0

「そう言う名前だったのか。あれは数年前にこの湿地に現れて、この辺で暴れまわっていたんだ。
 大人の男達で討伐に向かったが歯が立たず、何人もの命が犠牲になった。
 集落そのものが襲われなかったのは運が良かったとしか言えない」

(´・ω・`) 「それで……村の規模と人数が合わなかったのですね」

( ^ω^) 「お?」

「気づいていたのか」

(´・ω・`) 「ある程度予想は出来ましたよ。ここまで喜んでいるところ辺りからね」

「誰も手を出せなかったあれを討伐してくれたのが君たちだった。
 この村の恩人だ」

( ^ω^) 「ということはさっきの肉って」

「腹を裂いてみたら、内側は存外柔らかくてな。
 試しに焼いて食べてみたらうまかった。あれ一頭で村人全員が数日食べるには困らない量がある」

(´・ω・`) 「よく食べる気になりましたね……」

326名無しさん:2016/07/22(金) 22:45:06 ID:jotWtS3k0

「俺たちは何でも食べる。食べなければ生きていけないからな」

( ^ω^) 「その通りだお!」

(´・ω・`) 「角礫犀は……なんでここに?」

本来いるべき場所を離れ、湿地帯にわざわざやってきた理由。
それを知って対策を打たなければ、再び別の個体が訪れてきてもおかしくない。
そうなれば今度こそこの集落は全滅を免れないだろう。

「わからない。突然傷だらけになってこの沼地に現れた」

(´・ω・`) 「傷だらけ……?」

「あれの死骸を見てもらえばわかると思うが、背中の鉱石に不自然にかけている部分がいくつもある。
 身体中に浅くない傷も負っていた。そんな瀕死の状態ですら俺たちは手が出なかったんだが」

( ^ω^) 「何かから逃げてきた……?」

(´・ω・`) 「でも何から。一体どれほどの怪物がいれば角礫犀をそこまで追い詰められる」

( ^ω^) 「荒天鷲……ならあり得るお」

327名無しさん:2016/07/22(金) 22:45:35 ID:jotWtS3k0

(´・ω・`) 「不可能ではないってだけだ。荒天鷲は賢い。仕留めるのに手間のかかる相手をわざわざ選ぶことはないさ」

( ^ω^) 「その必要があるほどに追い詰められていたとしたら」

(´・ω・`) 「決定的に違う理由がある。角礫犀の住処は鉱山の中だ。
       どうやったってたどり着けないし、そんな狭い場所で戦えば如何に荒天鷲と言えども勝ち目はない」

( ^ω^) 「まぁそれはそうだけど……」

「……一つ思い出したことがある。あれはたぶん刀傷かなんかだ。動物の爪や牙のようではなかった」

もしそうだとすれば、人間の手によるものの可能性が高い。
一体誰が、どんな理由で角礫犀に手を出したのか。

(´・ω・`) 「どんな理由であれ、並みの人間じゃないね」

( ^ω^) 「僕らには多分関係ないことだと思うお」

「考えているところ悪いが、宴もそろそろ終わりだ。寝る場所がないのなら、俺の家に来てくれればいい」

(´・ω・`) 「いえ、僕らはあの場所で十分です」

328名無しさん:2016/07/22(金) 22:46:04 ID:jotWtS3k0

「村の英雄にそんな扱いをしたと知れたら、俺は村を追い出されてしまうだろうな。
 なに、男の一人暮らしだが部屋は広いし、わりときれいにしている」

( ^ω^) 「傾いた床で寝るのは嫌だお……」

横になってものの数秒のうちに眠りについた男がよく言う。
これ以上断ることも憚られ、その大男の家に泊めてもらうことにした。

予想よりも整頓された部屋の中で、僕らはゆっくりと休んでいた。
少し眠っていたおかげであまり眠気は無い。
男の作業を見ながら時間を潰しているうちに、一つ聞きたいことがあったのを思い出した。

(´・ω・`) 「ちょっと聞きたいんですが」

「なんだ? 俺にわかることは少ないぞ」

(´・ω・`) 「森の中にあった白い十字架が立っている場所には何かあるのですか?」

「……あれか。あれはこの土地の神様が眠っているとされる場所だ。
 それ以上でもそれ以下でもない。俺たちは近寄らないからな」

329名無しさん:2016/07/22(金) 22:46:24 ID:jotWtS3k0

(´・ω・`) 「なぜ?」

神をまつる土地は多いが、神を蔑ろにする人々は少ない。
住民全員がとなれば、それは異常だろう。

「理由は知らない。じいちゃんのじいちゃんの……くらいからずっとそう言われてるらしい。
 あの土地は百年以上もそのまままなんだと」

( ^ω^) 「そのままってどういうことだお?」

「姿が全く変わってないんだ。不思議な力が働いているのか、時間が止まっているのか。
石を投げ込んでも、一週間後には消えてなくなる。
一度ふざけて大量の果物を投げ込んだ奴がいたが、同じだった」

(´・ω・`) 「どういうことだ……」

( ^ω^) 「空間を元通りにする何かがあるのかお」

「まぁそんなわけで、俺たちは近寄らないんだ。役に立たなくて済まないな」

(´・ω・`) 「いえ、別に大丈夫です。ありがとうございました」

330名無しさん:2016/07/22(金) 22:47:04 ID:jotWtS3k0

旅に必要な情報ではない。ただ気になっただけのことで、原因が分かったところで何も得る物は無い。
そういった場所があると覚えておくだけだ。
もし今後時間があるのなら調べてみたいとは思うが。

「明日はどれくらいに出発するんだ?」

(´・ω・`) 「朝早く。日も昇らないうちに出るつもりです」

「……それは難しいと思うぞ」

(´・ω・`) 「どういうことです?」

( ^ω^) 「霧だおね」

(´・ω・`) 「あぁ、そういえばそうだったか」

「これだけ雨が降ったんだ。足場も悪いし、霧も深くなるだろう。
 明日は村から出ること自体が難しいと思うがな」
 
(´・ω・`) 「……それは明日決めることにします」

「そうすればいいさ。まだ夜は長い、ゆっくり休むといい」

( ^ω^) 「そうさせてもらうお」

331名無しさん:2016/07/22(金) 22:47:27 ID:jotWtS3k0

男は随分と遅くまで作業をこなし、ようやく自分の寝床に横になった。
それによって残った明かりが消され、暗闇が訪れる。
相変わらずの強い雨は雷鳴を伴って沼地に降り注ぐ。
それが気になって眠れないうちに朝が来た。

次第に弱くなってきた雨足。
東の空が明ける頃には、問題なく出歩けそうなほどの小雨になっていた。

「本当にもう行くのか」

(´・ω・`) 「お世話になりました。急ぎの用があるので」

( ^ω^) 「機会があったらまた遊びに来るおー」

「そうだな。お礼もし足りないし、また来てくれ」

男の後ろを歩いて村の中を移動する。
村の歴史や風習についての話を聞いているうちに、いつのまにか僕らは村の外れまで来ていた。
村の最南端、泥沼との境界線上に立つ僕らが見たものは、一面の白。

壁のように立ちはだかる霧の壁は、ギリギリのところで村の敷地を越えない。
手で触れそうなほどの濃い雲のように、重量すら感じる。

332名無しさん:2016/07/22(金) 22:48:10 ID:jotWtS3k0

( ^ω^) 「どうなってんだお」

(´・ω・`) 「僕の知っている霧とは違うんだけど……」

「これが霧だ。もう二、三日大人しくしていれば薄くなるとは思うが」

(´・ω・`) 「いや、そういう訳にはいかない……」

「別に突き抜けられないことはないと思うが、二人がはぐれてしまうかもしれない」

( ^ω^) 「その辺は何とかするお」

ブーンは鞄から取り出したのは短いロープ。
それを自分の腕に結び、もう一端をこちらに渡してきた。
受取って左手首に結ぶ。

男とロープでつながっているのはなかなかに気持ちの悪い行為だが、
これで離ればなれになることは無い。

(´・ω・`) 「それでは」

「あぁ、待ってくれ。みんながお礼をしたいと言ってるんだ」

333名無しさん:2016/07/22(金) 22:48:32 ID:jotWtS3k0

男の声で呼ばれたかのようにぞろぞろと姿を現す村人たち。
昨日晩の祭りで見た顔も多くあった。
ほぼ全員が集まったのではないかと思えるほどの見送りに、少々気後れしながら空を見上げる。

どんよりとした雲がまだ残っているが、雨は止んでいた。
降り注いだ水滴を全てその身に受けた沼地は、体重でずっぷりと足が沈む。

「地図に付け足した道の通りに歩いてくれ。そうすればすぐに足場がしっかりする。
 幾つかの目印があるから間違えないようにな」

(´・ω・`) 「ありがとうございます」

( ^ω^) 「水までもらって大丈夫なのかお」

「この村で水に困ることはないからな。空を見ればわかる。午後からまた強い雨が降るだろう」

(´・ω・`) 「急いだほうがよさそうですね」

「あぁ、森の中に入ってしまえば雨を気にする必要はない。
 最短ルートを辿って行けば、正午になる前には森にたどり着けるさ」

(´・ω・`) 「それでは」

「もし、機会があればまた寄ってくれ」

( ^ω^) 「ありがとうだお」

軽く手を振り、前を向いて泥沼の中を歩く。足を持ち上げる度に泥も一緒にくっついてくる。
そのせいで重量は二倍三倍にもなり、体力を容易く奪っていく。
目の前に広がる霧を出来るだけ早く抜けられるように願いながら。

334名無しさん:2016/07/22(金) 22:49:32 ID:jotWtS3k0
1]
















34 地を穿つ角  End

335名無しさん:2016/07/22(金) 22:50:12 ID:jotWtS3k0
>>15  30 災厄の巫女
>>102 31 少女への手掛かり
>>165 32 血の遺志
>>228 33 空を舞う翼
>>282 34 地を穿つ角

336名無しさん:2016/07/22(金) 22:50:34 ID:jotWtS3k0
   │
   │
26 朽ちぬ魂の欲望  <上>
27 朽ちぬ魂の欲望  <下>
   │
   │
16 ホムンクルスは試すようです
   │
   │
28 宴の夢
29 古の錬金術師
30 災厄の巫女
31 少女への手掛かり
   │
32 血の遺志    最終編
33 空を舞う翼
34 地を穿つ角

337名無しさん:2016/07/22(金) 22:53:11 ID:jotWtS3k0
さて、いつも乙を有難うございます。
なかなかお礼も言えずに申し訳ありません。

残すところあと四話です。
毎日投下で私の精神はボロボロですが、読者の皆さんが少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

長くて短いような「ホムンクルスは生きるようです」ですが、どうか後半戦もよろしくお願いします。


それでは。

338名も無きAAのようです:2016/07/22(金) 23:13:45 ID:xSnBAtic0

くれぐれも無理はしないでくださいね

339名無しさん:2016/07/22(金) 23:14:58 ID:n8OqF9ZE0

作者自身を一番に考えて

340名無しさん:2016/07/23(土) 00:05:33 ID:odlNgbmQ0
乙!
初期の時みたいな雰囲気好きだ

341名無しさん:2016/07/23(土) 11:32:01 ID:tG12zIz.0



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