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【艦これ】潜水艦泊地の一年戦争

144以下、名無しが深夜にお送りします:2019/01/24(木) 18:02:02 ID:Ud0bLdZ.
読み応えがあるのにサラッと読めちゃう良スレだけに直ぐ続きが欲しくなってしまう罠
58以外の娘らとのやり取りももっと見たい待機

145以下、名無しが深夜にお送りします:2019/01/30(水) 02:21:50 ID:Pl9QfleY
まーつーわ

146 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/05(火) 00:42:47 ID:wgZ/YSCM

 泊地や鎮首府は海軍の首輪つきなれど、予算や裁量についてはある程度の権限が与えられている。それは、そこが単なる詰所であるというだけでなく、艦娘たちの生活の場であることが理由として大きい。
 小規模な基地は十人程度の人員であり、それくらいならばシフトを組んで勤務する、という制度を採用しているところもある。が、艦娘の数が三十、五十、果ては百人近くなると、帳票類の作成や決済だけでも莫大な時間が失われる。上層部はそれを浪費と判断した。

 どのみち深海棲艦はこちらのことなど気にしてはくれないのだ。殆ど寝起きを共にして、生活の拠点をまるごと仕事場に移した方が、先行投資は必要になるが、長い目で見ればよほど効率的。人数が多ければ多いほどに集団生活の有用性が高まるという調査の結果もそれに拍車をかけた。
 伴って、提督の持ちうる裁量もまた大きくなった。どこに予算を投入するかというのは決して弾や油についてだけではない。宿舎が手狭になってきたから増改築をしようとか、近所だけでは生活必需品を賄いきれないので購買を作ろうとか、そのあたりの判断もまた任せられる。

147 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/05(火) 00:43:59 ID:wgZ/YSCM

 需要は供給を生む。そして雇用も生む。艦娘たちのアルバイト兼ごっこ遊びで成り立っているところもあるようだったが、機械のメンテナンス、物流、インフラの整備などはどうしたって外部の力を借りなければならない。

「トラックの提督が、賄賂を受け取ってたってことか?」

 トラック。遠い遠い、南東の地。俺は決して地理に明るくないが、名前くらいは聞いたことがあった。氷室大尉という有能な提督がいる、とも。

「違いますよ。あんまり結論を急がないでください」

 そうして青葉は語り出す。昨日のことのように思い出せます、という言葉から。

148 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/05(火) 00:44:41 ID:wgZ/YSCM

――青葉は当時艦娘ではありませんでした。大学を出て二年目、まだぺーぺーの新米記者。……そうです、青葉、これでも社会人なんですよ。
 努力の甲斐もあって、高い倍率を勝ち抜いて、第一志望の帝都新聞に入社することができました。ただ、人生全てがうまくいくわけなんてありませんよね。青葉の所属は文化部。所謂「花形」って呼ばれるような社会部とか政治部とかじゃなかったんです。

 いや、新人のうちはいろんなところをたらいまわしにされるのが慣習だってのは、青葉にもわかりました。適性もありますし、他の部署との連携だってありますから。
 それに……いま、こうして「艦娘通信」なるものが好評頂けているのは、きっとあのときの経験がもとになっていると思いますから。

149 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/05(火) 00:45:52 ID:wgZ/YSCM

 失敬、話が逸れましたね。当時の青葉は熱意の塊でした。この国の行く末を案じ、ジャーナリズムとはかくあるべきと持論を戦わせ、ゆくゆくは自らが上梓した原稿が人口に膾炙するのだと、そう夢を見ていたのです。
 実にお恥ずかしい話なのですが、その時の青葉は急いでおりました。逸っておりました。このまま文化部に籍を置いて、やれ囲碁だ、やれ将棋だ、薔薇園で人が賑わっているだの寺山修二展がどうしたの、無形文化遺産がなんぼのもんじゃい! ――と。
 もっと自分にはやるべき仕事が、相応しい記事がある、そう思い込んでいたんです。このまま三十になって、四十になって、そこでようやく大きな仕事を任せてもらえる……そんな遠い未来のことを信じられなかったのかもしれません。

150 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/05(火) 00:46:22 ID:wgZ/YSCM

 ちょうど知り合いが、国内での大麻使用の合法化の賛否に関する取材について、人手が足りないと声をかけてきたのは渡りに船でした。外国で一人の取材。渡航費は出る。現地で通訳もつく。報酬も十分。青葉がそれに飛びつかないわけがありません。
 ……いえ、トラックの泊地で大麻が使用されていたという事実を青葉は知りません。とはいえミクロネシア諸島一帯はマリファナの使用が常態化していますから、青葉が目星をつけたのはそのあたりが関係していました。
 青葉は英語ならそこそこいけますが、チューク語となると話は別です。通訳がいても取材はうまくいかないこともしばしばで、参りました。ミクロネシア諸島はまだ日本の統治下にあった時の文化が残っていて、日本語の話せるお年寄りもいるというのは少し希望だったんですが、それもあっさりと打ち砕かれて……。

151 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/05(火) 00:47:00 ID:wgZ/YSCM

 えぇ。当然泊地には伺いましたよ。氷室大尉と龍驤さん、あとは大井さん、夕張さん、鳳翔さんの四人がいました。すっかり二晩もお邪魔してしまって、トラック含むミクロネシアの話も聞きましたし、逆に日本は最近どうだという話も。
 当時、深海棲艦や艦娘については、恐らく一般向けの説明はそれほど出回っていなかったかと思います。青葉は新聞記者のはしくれでしたから、幸運でした。広報を通してアポを取って……。

 いや、あれが不幸の始まりだったのかもしれませんね。
 あの仕事を受けなければ、ミクロネシアに渡らなければ、……もっと言ってしまえば、トラック泊地に寄りさえしなければ、青葉はもしかしたら、まだ記者をやれていたのかもしれません。

 あそこには大きなドックがあって、貨物の荷捌きも兼ねていました。大きなクレーンが据え付けられて、船の上のコンテナを動かし、トラックに積まれるもの、また別の船に乗せられるもの、泊地の艦娘たちの手によって持ち運ばれていくもの、様々でした。
 青葉、ああいう施設は、泊地に付属しているから、海軍の管轄下にあると思っていたんです。でも調べてみたら運輸省と折半なんですね。そりゃそうかって感じです。泊地に通関士の資格もった人がいるとは限りませんもんね。

152 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/05(火) 00:47:34 ID:wgZ/YSCM

 ……あぁ、ごめんなさい。話はもうちょっとで終わりますんで。でも、関係がある話なんですよ。

 海運は特に重量物や小口の多いものの運搬に適しています。ただしシーレーンは当時既に深海棲艦の危機に曝されていました。運輸省としては艦娘に頼らざるを得ません。例えいくらか不本意であったとしても。
 そして防衛省がその弱みに付け込まない理由はありませんよね。



 あいつら、横流しと密輸やってます。



 ……?

 ……大丈夫ですか?
 あ、続けていい。わかりました。

153 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/05(火) 00:48:24 ID:wgZ/YSCM

 こほん。それが全国的に行われているかどうかまでは、青葉にはわかりません。少なくともトラックでは、ということになります。帳簿を見れば巧妙にズレの整合性を図った痕跡が見つかりましたし、そもそも直感でなんか変だって気づきましたよ、青葉。だって港に運び込まれる物資の量と、運び出されていく物資の量に辻褄が合わないんですもん。
 最初は、トラックは諸島ですから、そこからさらに細分化されて運び出されるのかとも思いました。でも、違うんですよね、規格が。ほら、コンテナにもサイズとか梱包の手段とかあるじゃないですか。それが変で、おかしいなぁ、って思って……。

 話を聞いたら、トラックの艦娘が関与しない集配貨があるっていうんです。でも、海運は深海棲艦の脅威に曝されてる。どうやって?
 トラックの艦娘たちじゃなくて、港の管理に携わる運輸省が、海軍から艦娘の供与を受けてって説明はされましたけど、それってどうなんでしょうね。運輸省が独自の戦力を開発することは理に叶っています。だけど艦娘っていう、いまだ公になっていないくらいに機密の戦力を、なんの担保もなしに供与されるってのは、ちょっと軍部がお人好しに思えました。
 そのときに気付いちゃったんですよ。深海棲艦って凄い便利な言葉じゃありません? だって、「輸送の最中に深海棲艦と遭遇、これを撃滅したが、物資は奪われた」って言われたら、もう誰も文句つけられないじゃないですか。はいそうですか、って言うしかない。

154 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/05(火) 00:49:53 ID:wgZ/YSCM

 そして、青葉は、世の中の偉い人は大概悪人だってひねた考えの持ち主でして。

 それから半年間は、そらもうわくわくしっぱなしでした! もしかしたら青葉はすっごいでっかい事件に出会ってしまったんじゃないか! やっぱり青葉には才能があったんだ、新聞社のいち会社員なんかに収まってられない器だったんだ!
――って、朝も昼も夜もその事件のことを追い続けて、会社も辞めて、……あはは。

 そしたら? そしたらですね、あー、うーん、まぁ、その、あれですよ。

 ホームから突き落とされました。

 電車待ってたら、こう、どーん。

 タイミング的に、退避場所に逃げ込むだけの時間があったのが、九死に一生を得ましたね。
 すぐに気が付きました。あ、これは青葉、やばいことに首を突っ込んじゃったなって。
 帰ったら家燃えてましたし。

 車はさすがに乗れませんよね。ブレーキ抜かれてるかわからないし。かといって電車もいつホームにまた突き落とされるかわかんない。かといってぶらぶらしてるだけじゃ命の無駄遣いで、じゃあ誰に「もう調べ回りませんから」って言えばいいのかもわからなくて。

155 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/05(火) 00:50:25 ID:wgZ/YSCM

 カプセルホテルを転々として、誰かの足音に怯える日々が……二週間くらい続きましたかね。精神的にも参ってしまって、いま聞こえる足音が幻聴なのか、それとも青葉を殺しに来た誰かのものなのかさえ判断がつかなくなってました。
 気が付けば銀行の口座も凍結されてて……あの時は笑ったなぁ。

 退路はありませんでした。このまま放っておいたって抵抗はするつもりありませんでしたし、そもそも餓死も現実的なラインが見えてきたくらい。
 それでも世の中ってのは青葉を逃がしてくれるつもりはないようだったんですね。公園の水道でお腹を膨らませていたら、向こうからやってきたのは、フードをかぶったいかにも怪しそうな男。

 諦観が体を支配すると、もう何もする気が起きなくなります。無力感って言うか、空気が全部コンクリートになったみたいになるんです。
 あぁもう、早く楽にしてよ、殺してよ、なぁんて思いながら、その男が近づいてくるのを見てましたっけ。

 そいつの腹が弾けて、
 次いで頭が吹き飛んで、

156 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/05(火) 00:52:17 ID:wgZ/YSCM

 ……あっという間に死体になったそいつなんてまるで気にしないふうに、ピストルを握った女の子が二人、金髪のツインテールと、薄紫色のポニーテール、そいつらが手を伸ばしてきたときには、やっぱり死にたくないって叫んじゃいましたけど。

「静かに。我々は殺し屋ではありません」

「あたしたちはあなたを助けに来たんですよぅ」
 
 ――と、青葉はそこまで一気に話を終えて、困ったように肩を竦めた。

157 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/05(火) 00:53:22 ID:wgZ/YSCM

「……信じます?」

「今更かよ」

「別にぜーんぶ嘘で、今度封が切られる映画のあらすじだってことにしてもいいんですけど?」

「……どうだかな。事実は小説よりも奇なり、なんて眉唾もんだと思っていたが……深海棲艦が現れちまった以上、宗旨替えは余儀なくされちまったからな。
 それに、お前がいま言った言葉が本当かどうかは、結局のところ目的に大した影響を与えねぇだろう」

「そうですか?」

 嬉しそうに首をかしげる青葉。

「青葉はそうして田丸三佐に拾われました。海軍とて一枚岩ではない。艦娘をそういうふうに――私腹を肥やし、自らの欲望のために利用することに、嫌悪感や忌避感を抱いている人間は軍部にもいます」

 あるいは、まだそういう時ではない、というだけなのかもしれないが。

 利権とは成長しきった大樹に差し込めるほど硬く力のある刃ではない。まだ若い、新芽のときにこそ突き刺しておくべきなのだ。しかし拙速は枯死を招く。角を矯めて牛を殺す真似だけは避けなければならない。
 田丸は「艦娘」が形作る巨大なシステムの上、そこに鎮座したがっている。ちょっとやそっとの甘い汁では靡かないだろう。

158 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/05(火) 00:54:10 ID:wgZ/YSCM

 結果的にやつが正義漢だと思われているのは、それは滑稽でもあったし癪でもあった。この世の正義はどこかしら歪んでいる。

「青葉はトラック泊地で行われた不正の証拠を手に入れました。ただし、これを公表するつもりは、いまはありません。どうせトカゲのしっぽを切られておしまいでしょう。もっと巨大な一撃になるまで、力を溜めておかなきゃならないんです。
 そして青葉は死にたくもない。東京湾に沈むのはごめんです。駅の線路でばらばらになるのも嫌です。田丸三佐と、国村司令官、あなたに青葉の命がかかっているんです」

 是非とも、是非とも、計画を成功へと導きましょう。青葉は俺の手を取ってそう言った。

 失われたはずの脚が痛む。
 そんなことはこちらも望むところだった。

159 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/05(火) 00:55:09 ID:wgZ/YSCM
―――――――――――――
ここまで

書きたくなったから書いた。お待たせしました。申し訳ございません。
謎の話。展開的に必要だったのか……?

待て、次回。

160以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/05(火) 15:32:23 ID:CZXCUkVY
乙乙ん
艦娘化した上に知名度のある存在になってても後ろ盾が無くなったら消されちゃうかもって大本営がブラック過ぎるんじゃが

161以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/06(水) 14:31:36 ID:UcbXChME
おっつおっつ

162 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/07(木) 14:10:01 ID:XWkfq2u6

「てーとく! てーとくー!」

 大声を上げながら走り寄ってきたのはイクだった。ご丁寧にきちんと水着を着こんで、その白い肌を惜しげもなく朝陽の下へと曝け出している。
 一歩地面を踏んで、そして蹴り上げるたびに、髪の毛や肢体や……まぁ、なんだ、主張の激しい胸が大きく揺れた。紺色のスクール水着は随分とこいつには窮屈そうに見えたが、最新の技術のおかげだろう、特に苦しそうな雰囲気はない。

 俺は青葉との会話を打ち切った。いまだ話すべき内容はあったが、しかし一度に全てを終わらせなければいけないわけではない。必要以上に青葉に同情的になれば、目的を見誤りかねないのだ。優先順位を違えることだけは避けたかった。
 青葉は田丸に救われた。それから、本人の言動より察するに、「田丸の犬」として活動してきたのだろう。そのために艦娘としての訓練を受けて、軍人になった。記者を目指していた少女が。
 なんともやるせない話じゃねぇか。

163 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/07(木) 14:10:43 ID:XWkfq2u6

「おはよーなの!」

 びしっと敬礼。イクの瞳の中には、朝でも星が浮かんでいる。にひひと今にも笑いそうに口角があがり、俺は一体何が彼女をそこまで楽しくさせるのか、いまだに理解ができない。
 きっと常人ならざる世界が見えているのじゃないだろうか。幻覚だとか夢だとかじゃあなくて、当然幽霊なんかでもなくて、もっと哲学的な話である。
 空が青くて気持ちいい。風が健やかで幸せ。小鳥が鳴いているからハッピー。俺には到底真似のできないようなそんな生き方もあるのだ。

「おはよ。どうした、今日は珍しく早いな」

「ふっふっふ、イクは目覚まし時計を追い越したのね!」

 同室は……ゴーヤだったか。

「他の奴らは?」

「あと十分もすればのそのそ起き出してくると思うの」

 ならそろそろ飯の準備を始めたほうがよさそうだ。朝から一切の躊躇なしに胃袋へ詰め込むからな、こいつらは。
 無論俺たちは遊びにきているわけではない。吐いてでも喰って、栄養を摂取してもらわなければ困るのだが。

164 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/07(木) 14:11:55 ID:XWkfq2u6

「あれ? お話はおしまい?」

「ん? 別に大した話をしてたわけじゃねぇよ。雑談だ雑談。なぁ?」

「はい。ランニング帰りの司令官さんと偶然出会いまして」

「ふーん。提督、今日のスケジュールはどんな感じ?」

 そんないきなり言われても出てこねぇよ、ちょっと待ってろ。
 空中を二度タップ。バーチャルディスプレイを立ち上げる。フリック、フリック、フリックしてからのアジェンダを起動。

「今日から三日間は慣らし運転だ。新型の制服の性能を見つつ、お前らそれぞれに適応する時間も必要だからな。あとはトレーニングと……そうだな、多少遠泳もするか」

「それは近海の哨戒ってこと? 掃討任務も兼ねる?」

「いや、そこまではいい。艤装の発射機構のチェックを一通り済ませないと許可が降りんからな」

「りょーかい、なのっ」

165 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/07(木) 14:13:05 ID:XWkfq2u6

「あの、それって艤装なんですか? 昨日から気にはなっていたんですが」

 スク水を――否、潜水艦娘専用制服を指さしながら、青葉。
 ここで「勿論だとも」と胸を張れればどれだけいいだろう。いや、事実として間違ってはいないのだが、あとは俺の勇気と度胸の問題である。
 かといって、ここできちんと説明しておかなければ、俺が度し難い変態として君臨するばかりの話。信頼や信用以前の問題だ。俺は既に一般人からは落伍してしまったけれど、それでもまだ人間ではいたい。

「……開発部の趣味でな」

「ほえー」

「第二開発部のひとたちも、基幹技術課のひとたちも、みーんなアホなのね」

 困った困った、とイクは下手な演技でかぶりを振った。こいつがそこまで考えていないことは明らかだった。

「そのぶん腕は確かだけどな。調子はどうだ。寒くはないか?」

 朝の空気は澄んでいて、清々しい。とはいえ水着一枚なら本来は出歩ける気温ではない。
 イクは笑顔で大きくピースをしてみせた。

「ばっちしなの!」

「体温調節機能は問題なし、と」

166 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/07(木) 14:14:17 ID:XWkfq2u6

「んじゃ、司令官。青葉はちょっと調べものをしてきますんで、もし用事があれば通信ください」

「あと三十分くらいで朝飯だが、喰うよな?」

「えぇ、えぇ、勿論ですとも!」

 青葉から秘匿通信。『ですが――』

 するりと青葉は俺の脇を抜けていった。首からぶら下げたカメラの銀色の部分が、きらりと光を反射して、目に痛い。
 すれ違いざまに意味ありげな微笑。ポニーテールが揺れる。

『――動くなら早い方がいいでしょう? 潜水艦が認められるために必要な戦果、それをいい感じの嗅覚で、こう、ぐいっとやるためには』

 ふわふわしたニュアンスの言葉だった。だが、意味は伝わる。
 青葉の姿は嘗て校舎だった建物の中へと吸い込まれるように消えていったが、秘匿通信は続いている。

『勿論田丸三佐からのお膳立てがないとは思いません。反田丸派からの妨害も、こちらのあずかり知らぬところではあるのでしょう』

167 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/07(木) 14:14:48 ID:XWkfq2u6

 だからこそ予算は通らなかったのではなかろうかと、俺は踏んでいた。あの男が大事な事柄について見切り発車をかますとはどうにも思えなかったのだ。きっとひっくり返されるような権力のやりとりがあったに違いない。
 俺たちは潜水艦の有用性を認めさせなければならず、そのためには首を縦に動かし得る戦果が、働きが、求められている。そしてそのタイミングは限られている。降って湧いてくるわけでもない。

 青葉の判断は賢明だ。一年を無為には過ごせないのであれば、戦果をあげる機会に目を凝らすことは重要だろう。
 艦娘拡充の過渡期において、それは殊更難しいことのようには思わなかったが、それでも潜水艦の運用は海上艦と少しばかり趣が違いすぎる。

 海上艦には不可能で、潜水艦には可能なこと。そして海軍に多大な利益を齎すこと。

『あるのかね、そんなものが』

『見つけなくちゃいけないんですよ。じゃないとみぃんなお先真っ暗です』

 真っ暗筆頭に言われてはたまらない。俺は肩を竦めた。

168 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/07(木) 14:16:17 ID:XWkfq2u6

「てーとく! なにぼーっとしてるの?」

「あぁ、すまん。そろそろ飯の支度でもするかと思ってな」

「今日はなーに?」

「なにったって、大してバリエーションがあるわけでもないが」

 トーストにジャム、目玉焼きとヨーグルトでも用意してやれば、こいつらはいとも容易く喜んでくれる。作る側としては、それはこの上なくありがたい反応だ。
 別に俺は料理人でもなければそれを目指しているわけではないけれど、こいつらが楽しそうに、嬉しそうにしてくれるのならば、ならそれでいいじゃないかと思えるだけの愛情が、こいつらにきちんとあった。

「学校のやつらとは連絡取ったりしてるのか」

「急にどうしたの? お父さんみたい」

「いや……」

 イクの言葉は正しかった。どうしたというのだ、俺は。

「……寂れた商店街を見ていたら、なんとなくそう思ってな。お前らにも友達がいたんだろうと」

169 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/07(木) 14:17:51 ID:XWkfq2u6

 お国のために挺身することが悪いことだと言える立場の人間ではない。ただ、それこそが最善で最良の行動であるという規範、それを盲目的に信じて生きるのは窮屈だろうとも思う。
 俺は二年間をこいつらと過ごしてきて、だがまだ全てを知った気にはなれない。資料は穴が空くほど読んだ。だが、それがなんだというのだ。

 こいつらはまだ自らの置かれている立場を知らない。知ることなくこの一年を過ごせればどれだけいいだろう。神様、と俺は願う。願わずにはいられない。

「友達はいるけど、あんまり連絡はとってないのね。いま海軍に所属してることは機密、なんでしょ?」

「まぁ、そうだな」

「いつか艦娘がもっと世間に認知されて、そのときにびっくりの種明かしでもしてやろうかなぁって、今はそれが楽しみかな」

「……そうか」

「そうなの! てーとく、ほらほら、早くご飯をつくって欲しいのね!」

 イクが俺の手に飛びついて引っ張った。二つの柔らかさが俺の肘でかたちを変える。
 これにどぎまぎしてしまうほどの初心は忘れてしまった。が、誰に見られても言い訳が面倒だったし、何より俺も少なからず男なのだ。多少強引にイクを俺から引きはがす。

170 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/07(木) 14:19:57 ID:XWkfq2u6

「あんまりくっつくな。恥じらいを持て、恥じらいを」

「えー? うひひ、イクたちの仲なのにぃ」

「親しき仲にも礼儀あり、だ。貞操観念も頭も緩いんじゃ、俺は心配だぞ」

「ほんと、お父さんみたいなの」

 てくてくとイクは先行する。

「イクだけ割り喰ってる気がするのね」

「お前は……あー」

 言おうとして、呑みこんだ。プロポーションの話をするのは間違いなくセクハラだったし、そういう目で見ていることを明言するのは、職務上差し障る。
 勿論イクは自らの体がどれだけ男の注目を集めるか、理解しているのだろう。理解してのこれなのだ。困ったものだ。

「恥じらいを持て、ってことだな。やっぱり」

171 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/07(木) 14:21:02 ID:XWkfq2u6

「あんまりくっつくな。恥じらいを持て、恥じらいを」

「えー? うひひ、イクたちの仲なのにぃ」

「親しき仲にも礼儀あり、だ。貞操観念も頭も緩いんじゃ、俺は心配だぞ」

「ほんと、お父さんみたいなの」

 てくてくとイクは先行する。

「イクだけ割り喰ってる気がするのね」

「お前は……あー」

 言おうとして、呑みこんだ。プロポーションの話をするのは間違いなくセクハラだったし、そういう目で見ていることを明言するのは、職務上差し障る。
 勿論イクは自らの体がどれだけ男の注目を集めるか、理解しているのだろう。理解してのこれなのだ。困ったものだ。

「恥じらいを持て、ってことだな。やっぱり」

172 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/07(木) 14:21:39 ID:XWkfq2u6

「イクはおっぱいが大きいもんね。ハチもだけど」

「ノーコメントだ」

 俺に振るんじゃない。

「ねぇ、てーとく」

「ノーコメント」

「やっぱりゴーヤくらいがいいの?」

 は?

「……なんであいつが出てくる」

 顔の引きつりを抑えられたか、自信がなかった。

「うひひっ!」

 イクは一際大きく悪戯っぽく笑って、けんけんぱでもするかのように、一歩、二歩、三歩と大股で先を行く。そうしてこちらを振り返る。
 トリプルテールが空中を舞う。

「朝ごはん楽しみにしてるのねー!」

173 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/07(木) 14:22:26 ID:XWkfq2u6

 ぺたぺた足音を立てながら、階段を上っていってしまった。俺は追わない。参ったな、と呟いてみるが、それで物事の解決するはずもなく。
 冗談めかした忠告と、単なる冗談の溝は深い。しかしその深度を測る術を俺は生憎持ち合わせていなかったし、あのイクという少女は天真爛漫と人外の狭間にいるような傑物だ。俺如きの理解は及ぶまい。

「……飯、かぁ」

 そうだな。そうしよう。そうするべきだ。
 俺の腹の虫もそう言っている。

174 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/07(木) 14:23:20 ID:XWkfq2u6
―――――――――――――――――
ここまで

リハビリ中。
のんびり勘を取り戻していきます。

待て、次回

175以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/07(木) 18:15:56 ID:NfmBqmK.
舞ってる次回

176以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/07(木) 19:33:52 ID:smz6lecQ
サラサラとしてドロドロしてる

177以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/07(木) 20:30:49 ID:V/7hDpwU
乙乙、潜水艦にしかできない事か……この状況だと弾除け要員とか冗談でも言えないよなぁ

178以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/08(金) 14:38:39 ID:ioa7QbNw
イク可愛い、心安らぐ…

179 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/08(金) 23:23:32 ID:B.fFT2qg

 俺たちが住んでいるのは廃校を改装した施設である。従って、壁や窓の作りは薄く、きちんと戸締りをしてもどこか肌寒さを感じてしまう。
 足元はよくある塩ビを硬質化させたようなタイルだ。リノリウム、という単語だけは書籍で見たことがあった。しかし敷き詰められているそれが、果たして本当にリノリウムとやらなのかどうか、俺には自信がなかった。別にどうでもいいことではあったが。

 気持ち程度の断熱効果を求めて執務室のデスク周りにはカーペットが敷いてある。靴下はあまり好きではないから裸足で、裏起毛のスリッパを穿いている。もともと学校なのだから、裸足で生活するようにはできていないのだ。
 潜水艦たちは裸足をぺたぺたと鳴らしながら生活しているものの、あれこそがイレギュラーなのだ、本来は。体温調節に伴って生成される断熱層は足の裏まで達しているそうだから、なにかを踏んで怪我をしたりすることはないそうだが……。
 科学の力、恐るべし、である。「進歩しすぎた技術は魔法と同じ」とは使い古された文句だが、目の当たりにしてしまえばこれほど腑に落ちる言葉もない。

180 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/08(金) 23:24:31 ID:B.fFT2qg

 執務室は所謂一般教室の半分くらいの大きさで、恐らく準備室か教員の待機室に使われていたのだろう。部屋の中心にデスクがあって、俺は採光のために大きく作られた窓ガラスを背に、現在パソコンに向かっている。

「……」

 モニタに映し出されているのは、ここ数日間の訓練によって取得された値である。
 心拍数、血圧、体温の変動。訓練所時代と比較しての射撃/水泳/格闘データ。空間認知と瞬発的対応。作戦立案から行動に至る流れさえ評価され、数値化されている。

「……」

 空中を叩く。バーチャル・ディスプレイが起動。フリック、フリックからのメーラーを立ち上げて、添付ファイルを長押し。「ダウンロードを始めますか?」――YES。
 バーチャル・ディスプレイとの同期は済ませてある。ダウンロードが完了すると同時に、パソコンのほうにもポップアップ。「共有ファイルに20xx0325.palvを保存しました」。

181 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/08(金) 23:25:10 ID:B.fFT2qg

 俺は分析/解析の専門家ではない。勿論数値を読み取り、解釈することは人並みにできる。が、本来的には、俺の仕事はそこからだ。数値の向上を目的としたトレーニングメニューの立案/実行/監督、及び栄養管理。
 ある程度の具申は認められている。なんせあいつらと生活を共にしているのは他ならぬ俺自身であり、俺しかいない。数値だけで全てを判断することの危険性を、田丸や開発部が理解してくれているのはありがたいことである。
 どれだけ潜水艦娘専用制服が優れていたとしても、効果を最大に発揮するためには、まずあいつらにやる気になってもらわなければならないのだから。

 手段はいくらもあった。飴と鞭。あるいは、北風と太陽。

 俺は籠絡を選択した。

 脚がずきりと痛む。冷えるのはよくない。キャビネットから毛布を取り出す。

「ねぇ、もうちょっとかかりそうでちか?」

「ん。悪いな」

 部屋の隅に置かれたソファに体をゆったりと預けながら、ゴーヤは首をゆるゆる振った。

「お仕事だもん。しょうがないよ。しょーがない……」

182 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/08(金) 23:25:51 ID:B.fFT2qg

 ゴーヤの髪の毛は少し湿っている。今日は朝から15時まで訓練があった。少し天気が荒れてきて、海もいずれ時化るとのことだったので、早めに上がることにしたのだった。
 このあいだ街に繰り出した時に借りてきたという映画を、潜水艦たち四人で見るとのことだったが、折角ならと俺と青葉も誘われた。生憎俺は仕事があると伝えると、ならば待つと言われてしまい、今に至る。

 善意を無碍にするのも悪いと思ったのは間違いだったか。俺の仕事は一時間を経てなお終わる気配が見えない。明日に回すか、でなくとも小休止としてもいいのだが、そういうタイミングでもなかった。
 あまり待たせるのも申し訳ない。あと十五分ほどしてもキリよくならないようならば、俺抜きで楽しんでもらおう。
 ゴーヤは首を横に振るだろうが……。

 俺は名残惜しさを感じ、これっきりとの決意を胸に、ゴーヤへ視線を写した。当然気付かれないように。

183 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/08(金) 23:26:28 ID:B.fFT2qg

 ベッドにもたれかかった彼女はこの世を憂いた表情で、ぼんやりタイルの模様を見ている。スクール水着とセーラー服の上だけという、特異な恰好。投げ出された脚は肉付きがよく、滑らかに白い。
 太腿に舌を這わせるとそれだけで心地よさに涙を浮かべる、夜のゴーヤを僅かに思った。そしてすぐに頭から追いやる。仕事中に発情しているんじゃない、俺よ。馬鹿め。

 イクは俺にゴーヤくらいの胸が好きなのかと先日尋ねてきたが、そんなことはない。そもそも俺には好みをおおっぴらにできるほどの経験がない。
 あえて答えを出すならば、やはり、「個々の部位よりもシチュエーションのほうが大事」だろうか。アダルトビデオもあまり女優や体型で選んだ記憶はなかった。

 ……しかし、イクめ、やつはどうしてあんなことを急に言いだしたのか。字面通りに受けとれば、それはゴーヤとの関係が露見しているということになる。

184 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/08(金) 23:27:05 ID:B.fFT2qg

 それ自体は半ば覚悟の上だった。隠し通せるとは思っていなかったし、隠し通すつもりもない。いずればれる時が来る、それが俺たちの共通了解であったから。
 だから、一応とゴーヤに伝えたときも「そうでちか。ま、しゃーないでちね」とあっさりしたものだった。彼女たち四人の間でそれ以上の、それ以降に、何かがあったのかもしれないが、俺は知らない。聞く気もない。

 やめやめ、やめだ。仕事に集中しよう。

 数値に向かい直す。砲撃や泳ぎなど、実践的なものについては全体的に伸びている。当然四人それぞれに得手不得手はあるものの、ひとまずは順調と言っていいだろう。実包の使用許可も先日降りた。
 スク水――否、潜水艦娘専用制服についても、だいぶ記録は採れてきたようだ。縫いこまれたナノマシンが四人の動きの癖を読み取って、独自に成長した結果でもある。

185 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/08(金) 23:27:38 ID:B.fFT2qg

 砲撃の命中率、及び戦闘の要所における勘についてはイクがトップを独走している。勝負勘が冴えているというやつなのか、咄嗟の判断を基本的に間違えない。
 その反面行動に落ち着きがない。メインタンクブローが特に怪しい。いくら敵を倒すためとはいえ、このまま急潜航急浮上を多用する戦闘を行い続ければ、いずれ減圧症でぶっ倒れる時が来る。

 そう言う意味ではハチがうまくブレーキをかけてくれることに期待だ。周辺視野が広く、戦場全体の像がよく把握できるハチは、司令塔にうってつけだ。ただし、性格由来とはいえ、イクやゴーヤを抑えつけておけるだけのパワーが足りない。そこをなんとかしなければ。

 運動性能はイムヤが突出している。敵影発見も今は殆ど彼女の仕事だ。だが、そのぶん被弾も多い。自分の機動性を過信している部分もあるだろうが、それよりも、一人先行してからの会敵というシチュエーションが眼を引く。
 イムヤ自身に忠告すべきか、それともハチに手綱を引かせるか。悩ましい。

186 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/08(金) 23:28:43 ID:B.fFT2qg

 You gotta mail.とバーチャルディスプレイから響く。

「……やっと来たか」

 差出人とサブジェクトだけを確認すると、俺は通信網を拡大し、潜水艦泊地のさらに外へと繋げていく。
 シンクコール。画面が立ち上がり、暗い四角が数秒間浮かんでいたが、すぐに明かりがつく。

『早い返事はありがたい』

 田丸剛二が画面の向こう側で笑っている。相も変わらぬ屈強な肉体と、生命力に満ち溢れた相貌をこちらに向けて、しかしその瞳の奥は茫洋としてまるで知れない。

「今はお時間大丈夫ですか?」

『ははっ。堅苦しい敬語なんて、どうしたんだ。おれにそんな口を利くのは珍しいじゃないか』

「部下が部屋にいますので」

 ちらり、とゴーヤへ視線を送ると、彼女はソファの背もたれと自らの肘を枕にして、心地よさそうに眠っていた。

「……こっちのほうがいいか?」

 田丸は依然として笑っている。いや、笑みを崩していない、という表現の方が正しいだろう。

187 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/08(金) 23:29:30 ID:B.fFT2qg

『あぁ、そうだね。きみはそっちのほうが随分ときみらしい。おれなんかは、もうきみのそう言うところに慣れてしまったんだなぁ』

「本題に入りたい」

『そうだね。メールで送った通りだけれど、演習の申請は通ったよ。相手の選定はこちらで勝手にやらせてもらった。それでよかったろう? そういう話だったと思うが』

「あぁ、大丈夫だ。ありがとう」

『どういたしまして。首尾はどうだい? データは逐一確認させてもらっているし、報告書も目を通しているけれど、順調そうじゃあないか』

 それだけではだめなのだ。順調なだけでは。それがわからない田丸ではあるまい。
 俺をおちょくっている? 違うな。予定調和の会話をこいつは好む。全てを見透かしたようなあの瞳が、笑いが、気に喰わねぇ。

「一人前の兵隊にはできるだろうな。あいつらはやけに従順だ。あれくらいの女子高生ってのは、みんなそういうもんなのか?」

『きみの高校時代を思い出してごらんよ』

 水泳漬けの青春に、異性の記憶なんて大してなかった。田丸の言葉を無視して続ける。

「ただ、パンチが足りねぇ」

『パンチ』

 田丸は一際大きく口角を歪めた。今度こそ本当に笑っている。俺の言葉の選択がツボに入ったのか、それとも……自らの思惑通りに事が進んでいるからなのか。

188 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/08(金) 23:30:10 ID:B.fFT2qg

「一人前の兵士を四人増やしたところで、意味がねぇとは言わんが、あくまで戦闘レベルだな。戦略的……百歩譲って戦術的には、どうだか。
 実際に外洋に出られるのはいつごろになりそうだ? 実包使用許可は下りた。演習願いも通った。近海掃討は来月末をめどに済ませるつもりだ。作戦行動に参加させたい」

『そうだね、近海掃討のスコアにもよるだろうね。数字を多少誤魔化すことはできるけれど、きみはそれをよしとはしないだろう』

「あぁ」

 気持ちは急く。しかし焦ってはならない。実際に戦いの場に身を躍らせるのが俺でないのだから、猶更その一線は見誤ることはできない。
 多少の背伸びと冒険は必要だろう。しかし、分不相応な戦場に向かったところで、あいつらは傷つくだけだ。田丸がたった今言ったように、俺はそれをよしとはしない。あいつらの身を危険に晒すような判断はできない。
 たとえ過保護だと言われようとも。

189 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/08(金) 23:31:20 ID:B.fFT2qg

『なら、確かな成果をお願いするよ。来月末に近海掃討でいい結果を出せるなら、再来月……うん、再来月の半ばには、外洋まで出られる申請が通せる』

「わかった。頼む」

『頼まれたよ。あぁ、そうだ。あとで演習相手の泊地のデータを送っておくよ。暗号鍵も一緒にね。演習先までの地図と、交通手段はきみの車でよかったかな?』

「暗号鍵?」

 わざわざこの流れの電話で済ませない意味と一緒に考えれば、不穏な、きなくささが鼻につく。
 田丸は蔑んだ目でどこかを見る。俺ではない。自室の何か。

『まぁ、いずれわかることさ。きみはもしかしたら知らないかもしれないけれど、おれはきみのことを十分、いや、十二分に買っているんだぜ?』

「ありがとよ」

 全くありがたくはない。

『それでは、よろしく頼むよ』

190 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/08(金) 23:32:14 ID:B.fFT2qg

 通話が切れる。俺は即座にメールが鳴らないことを確認すると、バーチャル・ディスプレイを全てピンチインで消去して、椅子から立ち上がった。大きく伸びをする。
 ごき、ぽき、と関節が音を立てた。そのままずり落ちた毛布を引っ掴み、ゴーヤのもとへと寄る。

「……んぅ」

 すやすや気持ちよさそうに寝息を立てている。胎児のように身を丸めて、やはり少しは寒いのかもしれない。毛布を掛けてやるとすぐにそれを手繰り寄せ、さらに一際小さく丸くなる。
 屈んで彼女の顔を覗き込んだ。桃色の髪の毛が、長めの睫毛にかかっている。赤らんだ頬。柔らかそうな――事実として柔らかい唇。首から肩へのラインの艶やかさ。

 人差し指を恐る恐るさし出す。いままで何度も肌に触れ、それどころか体の内側にまで触れたことさえ何度もあると言うのに、眠っている彼女の肌に指を這わせるというただそれだけのことが、どうしてか恥ずかしくって仕方がない。
 それは僅かばかりの罪悪感を伴っていた。大人しく眠らせておけよ、というもう一人の自分の忠告を無視した行いだからだ。

191 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/08(金) 23:34:28 ID:B.fFT2qg

 一本。一本だけ。人差し指の、その先端ですらなく、甲のがわの第二関節で、唇の下の窪みや口の端や、外耳の手前をつつつ、となぞる。ゴーヤの反応はなく、安心したような、それでいて少し悔しいような……。

 俺は一瞬息を呑んで、弾けるようにゴーヤから手を離す。

 両手で顔を覆った。なんだか無性に恥ずかしくて仕方がなかった。
 それは、いましがたの自分の行いによるものではない。もっと本質的で、内面的な。

 こんな一回り近くも離れた純粋無垢な少女に、俺は本当に熱を上げてしまっているのだという事実が、途轍もなく悪いことのように思えてしまったのだ。

 あぁちくしょう。

 なんでこいつ、こんなに可愛いんだ。

 可愛くなければ俺もこうにはなるまいに、というのは後の祭りが過ぎるだろう。

192 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/08(金) 23:35:20 ID:B.fFT2qg
――――――――――――――
ここまで

我々人間は、可愛いものには勝てぬようにできているのです。

待て、次回。

193以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/09(土) 00:41:56 ID:iOVHiZgg
早めの更新嬉しい乙
トレーニングからの分析による各艦娘への評価に58の名前がないのは、いの一番に済ませたからなのかそれとも……
その辺を踏まえて4人のパワーバランスを想像しつつ待機

194以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/09(土) 21:41:19 ID:G2XiDxjY
更新が早くてウレシイ……ウレシイ……
次回もお待ちしてます

195以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/11(月) 01:34:52 ID:wQhx1fnU

待つぞ

196 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/11(月) 21:32:02 ID:1D74/eo2

「……なにやってんですか?」

 その声音は特徴的なものだった。

 たとえば「なにやってんですか?」ならば、それは単純な疑問だろう。俺がたった今ゴーヤにした小ッ恥ずかしい一連の行為、それらを見ていない可能性すらある。

 たとえば「……なにやってんですか」ならば、それは呆れである。俺がたった今ゴーヤにした小ッ恥ずかしい一連の行為、それらの一部始終を眼に収めた上での、溜息とともに口から零れる言葉。

 そして、俺の背後、扉にもたれかかったイムヤの口から放たれた言の
葉は、それら二つのちょうど中間地点だった。呆れと疑問の混合体。こいつは一体何をやっているんだ? そんな彼女特有の冷静がそこにはあった。
 桃紅色のポニーテールが小刻みに揺れている。しかし姿勢や瞳は揺れていない。しっかりした体幹に支えられたボディラインと、強い意志に支えられたまなざし。

 俺の心に去来したのは、焦燥と羞恥の二種類だった。どういう言い訳をしたものか。俺たち二人の関係性についてもそうだったし、俺の行為そのものについてもそうだ。

197 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/11(月) 21:33:08 ID:1D74/eo2

「ノックをしろよ」

 とりあえず誤魔化しから入ってみるが、思えば悪手だったように感じる。完全に後ろめたい行為をやっていた人間の第一声だ。

「したよ?」

 マジか。
 まるで聞こえていなかった俺は、自らの質問を撤回した。何もなかったこととして、なるほどね、と頷いてみせる。

「どうした。なんか用事か」

「いや、ゴーヤ。映画どうする? って」

「あぁ……」

 俺とイムヤは同時にゴーヤを見た。ソファの上で毛布にくるまっている彼女は、とても気持ちよさそうな寝顔だ。

「起こすか?」

「いや……」

 困り顔のイムヤ。

198 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/11(月) 21:33:54 ID:1D74/eo2

「ってかさ、セクハラ?」

「は?」

 なにが? なんのことだ?

「いや、ゴーヤの顔、触ってたじゃん」

「あぁ……」

 かお、さわってた。イムヤに聞こえない程度の声音で反芻する。それは事実であり……あくまで表層的だ。

「どこから見てた」

「扉ンとこ」

「いや、そういうことじゃなくて」

 さして面白みのない冗談は、今この場においては寧ろマイナスだった。俺の緊張感が跳ねあがっていく。
 イムヤはどこから見ていた? どこまで知っている? 俺とゴーヤの関係を、類推しているのか、それとも認識しているのか、イクと同じように、それともゴーヤ本人から?

 軽蔑されたか? だとすれば誤解を――いや、誤解ではないのかもしれないが、認識を改めてもらわなければ。

199 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/11(月) 21:34:24 ID:1D74/eo2

「毛布かけたあたりから、かな。提督は仕事忙しかった?」

「ん、まぁな」

「そっか。じゃあゴーヤが邪魔しちゃったのかな」

 姉のような慈しみの目線をイムヤはゴーヤに送っている。
 桃色の少女は、いまだソファの上で毛布にくるまり、心地よさそうな寝顔を見せつけてくれやがる。

「邪魔っつーか……勝手に待ってて、勝手に寝た」

「あはは」とイムヤは笑う「らしいや」。

 その言葉には同意だった。勝手にやってきて、勝手に眠る。それは実に彼女「らしい」と思ったから。
 イクとはまた違った方向性で、ゴーヤは純粋であり、素直だった。自分の感情に嘘をつかない。嬉しいときは笑うし、悲しいときは泣くし、我儘を言うこともしょっちゅうで、そして必死に自省する。
 努めて誰かに迷惑をかけないように生きている。

200 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/11(月) 21:35:25 ID:1D74/eo2

「提督はさ」

「あぁ」

「ゴーヤのことが好きなの?」

 その言葉は銃弾だった。それか、もしくは、銃口だった。いや、照星か?
 非生産的な思考はぐるぐると回る。俺は縺れた糸を断ち切って、直線状の全てを貫くイムヤの視線に立ち向かう。
 俺とイムヤは一直線上に存在する。当たり前の話。二点間を真っ直ぐ結ぶのが直線の定義であるのだから、当然線上に点AとBがなければおかしい。だが、そういうことではないのだ。そんな数学的な、国語的な話はしていない。

 まっさらな平原に俺は立っていて、こちらを見るイムヤの姿だけが、確かな存在感をもってあるのだった。

「……あぁ」

 その言葉は嘘ではない。けれど、吐きだすまでに必要な勇気は相当量あった。
 自分のことを本当に自分が理解しているのかわからなく、仮にわかっているのだとしても、「俺は自分のことを理解しているのだ」と公言するのは無知の知から最も遠い行いのように感じられた。

 その上で俺は言葉を重ねる。

「俺はゴーヤを愛している」

 年の差や立場の差で非難されようとも。

201 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/11(月) 21:36:50 ID:1D74/eo2

「やっぱりね。付き合ってるんだね」

「……?」

「……あれ?」

 首をかしげる俺に、イムヤもまた首をかしげた。

「つき、あう?」

「え? 付き合ってんじゃないの?」

「……?」

「え? え? 好きなんでしょ?」

「……おう」

「付き合ってないの?」

 ……?

 なんだ? どういうことだ? 一体なにが起きている?
 イムヤとコミュニケーションが成立しているようで、その実、まるで成立していない。

「……恋人らしいことは、してやれてねぇな」

 俺はとりあえず凡庸な言葉を返す。ばつが悪くて、痒くもない頬を掻く。

202 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/11(月) 21:37:28 ID:1D74/eo2

 買い物だとか、映画を見たりだとか、イベントに出かけたりだとか、そんな行いとは俺たちは無縁だった。欲求がないのではない。とにかくその機会に恵まれてこなかった。
 俺たちの関係はいずれ露見する。その覚悟は俺もゴーヤも持っていたけれど、それは決して秘匿しない理由にはならなかった。俺には俺の立場があって、それこそ軽蔑の視線を向けられないように信頼を勝ち取るまで、不用意な動きは避けたかったのだ。

 俺たちの関係は男と女である以前に教官と生徒である。大事な大事な生徒に手を出すような人間は、教官失格の烙印を押されても文句は言えない。

 ……恋愛感情を利用しようとしたにすぎなくとも。

 色恋営業は、しかし、結果として失敗した。大失敗だ。

「それはやっぱり、あたしたちに遠慮して? まぁそうか。そうだよね」

 勝手に納得するイムヤ。話が早くて助かるというか、なんというか。
 だが、イムヤは言葉の上でこそ飲み込んだふりをしているが、不可思議な感情が声の上に乗っていた。怒りではない。侮蔑でもない――幸いなことに。心配? 不安? 焦り? 一体何に対して? 俺たちの関係? やはり、そうなのか?

203 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/11(月) 21:38:54 ID:1D74/eo2

「イクにも似たような、含みのあることを言われたよ。もうお前らは知ってんのか」

「知ってる……ん、そうだね。知ってるよ。わからないわけないじゃん。二年も一緒にいるんだよ? 友達のことがわからないなんてことはないよ。
 ……想わないなんてことも、ない」

「それは、悪かった。風紀を乱すつもりはなかったんだ。どこまで信用してくれるかわからんが……」

「信じるよ。だって提督はちゃんとしてるもん」

「してるか?」

 自覚はなかった。意識もない。その上で俺がそう見えるのだとすれば、原因が復讐心にあることは想像に難くない。
 発明の母が失敗なのだとすれば、父は「必要」だろう。俺にはそうすべき理由があり、そうする必要があった。こいつらから、何が何でも信頼を勝ち得なければいけなかった。

「これからは隠さなくてもいいよ。目の前でいちゃつかれるのはアレだけどさ」

「しねぇよ」

 それこそ風紀の問題だ。俺はゴーヤを愛しているが、お前ら三人を蔑ろにするつもりは微塵もないのだ。

204 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/11(月) 21:39:51 ID:1D74/eo2

「イムヤ」

「なに?」

「ゴーヤがなんか言っていたか?」

「……」

 イムヤの眼が泳いだ。額が引き攣る。

 自らの感情を隠したり、取り繕ったり、辻褄をあわせたり……そういった技術に関しては、やはり俺の方がこいつらよりも一日の長がある。だてに十年近く長生きしているわけではないのだ。

 俺がゴーヤのことを愛しているという宣言を受けて、イムヤは「付き合ってるの?」と尋ねた。それはおかしい。あまりにも整合しない話。
 なぜイムヤは俺たちが両想いであることを前提としたのか。俺の一方的な恋慕である可能性に至らなかったのか。――イムヤが予めゴーヤとのやりとりを経ているというまぎれもない証左。

 とはいえ、別になにかを疑われているというわけではないはずだ。今、こんな会話をしているのは、あくまで偶然の産物。イムヤは最初から俺とゴーヤの関係を問い質すつもりで扉をノックしたわけではないから。

205 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/11(月) 21:41:42 ID:1D74/eo2

 もし追及するとしたら、それは彼女たちの間で交わされた会話の内容に焦点が絞られるのだろうが、生憎そこまで野暮ではなかった。
 年頃の少女が友人に相談をする。それほどまでに健全で健康なやりとりがあるか?

「ん……」

 ソファの上で眠っていたゴーヤは、一際大きく毛布を手繰り寄せ、しかしそこで違和感を感じたらしい。体を少し捩じらせて、薄く目を開く。
 俺を見て、イムヤを見る。

「……あれ? どうした、でち?」

 要領を得ない曖昧な問い。俺たちは会話を打ち切って、顔を見合わせて笑う。

「映画そろそろ見ようと思ってさ。提督も仕事終わったみたいだから」

 厳密に言えば完璧に片が付いたわけではないのだが、いまここで否定できるほど仕事熱心な男ではない。それに折角の貴重な機会を不意にしてしまうのは、こいつらと仲を縮めるのにマイナスだから。

206 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/11(月) 21:42:24 ID:1D74/eo2

「……へへ、ほんとぉ?」

 まだ寝起きで頭が蕩けているようだった。ゴーヤは湯煎にかけられた表情筋で、甘ったるい笑顔を作る。
 感情の手が俺の眼から飛び込んできて、肺腑と心臓を一気に掴みあげる。桃色の芳香で息がつまりそうだ。

 その後、俺たちは食堂のテレビにBDを挿入して、六人で映画を見た。「アンドロイドシャーク3」というB級映画に、五人の艦娘は腹を抱えて笑っていたが、申し訳ないが俺にはまるで笑いどころがわからなかった。艦娘にだけ効果のある何らかのサブリミナル映像の存在を疑ってしまう。
 何より恐るべきは、こんな映画が第三弾まで公開されていることだろう。もしかしたら俺の感性がおかしいだけなのか?

 うるさいはずの黄色い笑い声は、不思議なことに心地よいBGMだった。頭ではなく、心が知っている。こいつらが笑いあえる環境こそが、この世の天国であることを。
 天国。あぁ、そうだ。俺は、こんなときがずっと続けばいいなと思った。

207 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/11(月) 21:44:15 ID:1D74/eo2
―――――――――――――――
ここまで。

200レス突破。五分の一も消化してしまったのか。
大井愛の高まりを感じるので、大井の話も書かないと……。

待て、次回。

208以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/11(月) 23:17:14 ID:bUiIL5zs
お疲れ様。
ゴーヤかわいいなぁ
交ってる次回

209以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/17(日) 01:35:54 ID:WREGxGX.
おっつでち

210以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/18(月) 00:06:35 ID:YyWxqSfE
乙ー
別のとこで短編かなんか書くんなら一応ここで宣伝しといてほしい

211以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/21(木) 00:15:39 ID:MSJwokXc
やっぱりあんたの書く大井は最高だな・・・

212以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/21(木) 00:21:18 ID:Kc952rBk
>>211
どこどこ?
教えて下さい

213 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/21(木) 22:24:22 ID:M/8RG4q.
戦艦水鬼「光溢れる水面に、わたしも」
【艦これ】大井「顔、赤いですよ。大丈夫ですか」
【艦これ】赤城「おいしいご飯を食べる方法」
【艦これ】加賀「幸福と空腹は似ている」
曙「百年早い」
【艦これ】「潜水艦泊地の一年戦争」
雲龍「魔法の指輪」
提督「あー……おっぱい触りてぇなぁ……」漣「……」
【艦これ】大井「顔、赤いですよ。大丈夫ですか」
【艦これ】大井「今晩寝かせるつもりはないわ」
R-18【艦これ】大井「愛の天秤」 
【艦これ】大井「禁煙」
【艦これ】漣「ギャルゲー的展開ktkr!」(長編)

>>212
なぜかURL書き込めなかったのでタイトルだけ。
あるいはトリップで検索していただければpixivのアカウント出てくるかと思います。そちらにも全部保管してあります。

別件での締切に追われており、次回投下まで暫し時間を頂きます。
申し訳ありませんがよろしくお願いいたします。

214以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/23(土) 06:55:58 ID:i1eXuAes

確かに天国だがずっと続けばいいはフラグ過ぎるんだよなぁ

215以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/23(土) 19:13:51 ID:74eHdk12
ありがたや、ありがたや

216 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/24(日) 22:48:24 ID:oNs1gIDk

 天国なんてものは存在しない。

 俺は無神論者ではなかった。神様はきっとこの世にいない。けれど、自分が信ずるなんらかの概念や哲学は、「神」と呼ばれて然るべきだ、そう思う。

 天国はなく、ゆえに地獄もない。全ては現実と繋がっている。地続きになっている。それはこの世に楽天的になることを許さず、同時に不必要な絶望も肯定せず、今生きている世界を見据えろということに他ならない。
 見据える。言うは易し、行うは難し。少なくとも今の俺には難しい話だ。結局のところ、ゴーヤを含むあいつらとの日常は、俺の欺瞞と策謀の上に成り立った、所詮ハリボテの代物なのだから。

 罪悪感は、ある。
 後悔も、またある。

217 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/24(日) 22:49:11 ID:oNs1gIDk

 ところどころ舗装の古くなった道を俺たちは往く。少し広めの普通自動車。助手席に青葉。後ろにハチ、イク、イムヤ。最後部にじゃんけんで負けたゴーヤが荷物と一緒に。

「ほーおらねー、そおっくりな猿がぁ、ぼくを指さしてるー」

 ラジオから流れてくる歌に合わせて潜水艦たちは唄っていた。愛をください、愛をください、と。

「あと少しでつくぞ」

 途中で渋滞に巻き込まれ、一時間半のはずの旅程は二時間を少し超えそうなくらいになっていた。先方には既に連絡をしてあるから問題ないが、帰りのことを考えると、あまり知らない道を暗い中走ることになりそうだ。それは少し気落ちする。

「てーとくは動物にたとえたら、たぶんワンコでちねっ」

 トンネルを抜け、木々の隙間から見えてくる海の輝きに興奮しながら、ゴーヤは言った。歌の影響だろう。

218 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/24(日) 22:49:51 ID:oNs1gIDk

「うん。それも、小型犬じゃなくって、大型。レトリバーとか」

 ハチがぼんやり言った。残る二人もそれに追従する。

「犬、ですって」

 青葉がこっそりと告げてくる。皮肉った笑顔。それは多分、俺にだけ向けられたものではなく、自らにも。
 ゴーヤがどういう感性を発揮して、俺を犬と喩えたか、俺にはわからない。
 犬はあまり好きではない。嫌い、というほどの積極的な感情はなかった。だが、あのあまりにも従順な性格は、見ていると悲しくなって、苛立ちさえ覚える時がある。首輪なんてつけられやがって。お前にはもっと、自分の足で行きたいどこかがあったんじゃないのか。

 いや。飼い慣らされる期間が長ければ、きっとそんなことは思いもよらなくなるのだろう。別天地や理想郷など時間に風化して消えていく。物理上にあるものも、形而下にあるものも、時の洗練を回避することはできないから。
――だから、俺はまだ大丈夫なはずだった。牙は抜けていない。このまま田丸の言うことだけを聞いて生きていくつもりはない。

219 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/24(日) 22:50:25 ID:oNs1gIDk

「あー! 見えてきたの!」

 林が途切れた一瞬をイクは見逃さなかったらしい。立方体がいくつか連なった、ベージュの建造物。これから俺たちが向かう先。
 演習の先。

 そして、俺が田丸から申しつけられた、任務の対象。

 事前に説明されていた駐車スペースに車を止め、俺はスーツケースを引っ張り出した。仕事道具が一式入っている。着替え、書類一式、ビデオカメラ、ノートパソコン。
 ネットワークや通信の回線はここの泊地のものを借り受けられるが、念には念を入れ、自前のものがあったほうが何かと安心できる。一応、まがりなりにも潜水艦計画は部外秘であるので、データなどの漏れがあっては一大事だ。

 俺がそうしている間、車から勢いよく飛び出した潜水艦たちは、わいわいきゃっきゃとはしゃいでいた。車に乗って出かけることはあっても、他の泊地や鎮首府へ赴くことなど、今まで殆どない。こいつらは自分たち以外の艦娘をそもそも見た経験が少ないのだ。
 だから、青葉が恐ろしいほどに落ち着いているのは、考えれば当然だった。彼女は艦娘通信とやらで全国を回っている。おおよそ唯一無二の、所属の母港を持たない艦娘。
 もしかしたらここにさえ来たことがあるのかもしれなかった。

220 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/24(日) 22:51:54 ID:oNs1gIDk

 演習相手として選出されたのは赤ヶ崎泊地である。海軍規定の定める区分のうちでは小規模拠点に属している。所属艦娘は、資料によれば二十五名。
 地域の拠点というよりは、大規模拠点の補佐が主な役割となる。ここからさらに北東へ車を三十分走らせれば、所属が八十人近くの準大規模拠点が存在するため、メインの邀撃はそちらが担当しているらしい。

 あまり練度の差が開いていても演習として効果は薄い。特にうちの艦娘たちは実戦経験もそこそこしかないのだから、下手に力の差を感じて意気消沈されても困る。
 まぁそんな性格のやつらではないのだが。

「お前ら、あんまりはしゃぐな」

 スク水、否、潜水艦娘専用制服に身を包んだ四名は、各々の鞄を小脇に抱え、整列した。その瞳は輝いている。

「初めての対外演習で興奮する気持ちはわかるが、何事も最初が肝心だ」

「舐められないようにしろってことなのね!」

 イクが叫んだ。ハチも頷いて、シャドーボクシングの真似事をする。

「大丈夫です。顔面に一発くらわせてやります」

「中々過激じゃん?」

「ふっふっふ、ゴーヤの実力見せてやるでち!」

221 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/24(日) 22:52:38 ID:oNs1gIDk

「総員整列!」

 腹の底から叫んでやると、全員が即座に、きちりと横一列に並ぶ。踵を揃えて背筋を真っ直ぐ伸ばし、俺の方を見る。
 ……どうやら鈍ってはいないようだった。そうでなくては困る。俺も、外に出てまで小言を言いたくはない。

「調子に乗るな。訓練生時代に、さんざん礼儀を説いたと思うが?
 番号!」

「いち!」

「にぃ!」

「さん!」

「しっ!」

 四人もまた腹の底から叫んだ。各自手荷物を放り投げ、寸分狂いのない敬礼。
 ここまで改まった必要はないにせよ、礼儀――挨拶であるとか、その場にそぐう振る舞いであるとか、相手に失礼のないように動けるかは、重要なことだ。水泳の世界も軍人の世界もそれは変わらない。

 じっと四人を見た。数秒、俺もやつらも、動かない。

222 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/24(日) 22:54:03 ID:oNs1gIDk

「……楽にしてよし。
 お前らはまだ全然ひよっこのぺえぺえだ。実戦経験もほとんどない。先輩たちの胸を大いに借りるつもりで挑め。無様に負けろ。敗北から学べ。涙を拭いて立て。できるか?」

「はいっ!」

 四人の声が揃う。

「とはいえ、さっきイクはいいことを言った。舐められないようにすることは大事だ。だが、繰り返すが、お前らが戦いにおいて舐められないようにするのは難しい。まだ、な。
 ならお前らにできるのは、人間性を見せつけてやることだ。わかるか? ただのガキだと思われて、演習のあとに陰口を叩かれないようにするために、何ができる?
 ハチ、どう思う」

「はい。そうですね……挨拶をきちんとする、とか」

「そうだな。繰り返すが、礼儀は大事だ。お前らが立ち居振る舞いを損なえば、人格も損なわれる。他には?」

「諦めないこと」

 イムヤが決意を籠めて言う。俺は大きく頷く。

223 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/24(日) 22:56:32 ID:oNs1gIDk

「それもある。恐らくお前らは負けるだろう。初めの数回は、特にこっぴどく、もうどうしようもないくらい完膚ないまでに……だからといって戦いを投げるな。
 これは演習だが、演習だということは頭から忘れろ。お前らの後ろには大事な人が助けを求めているのだと思え。意地を見せつけてやるんだ。そうすれば、お前らの名前は、向こうの頭に刻まれる」

「はいっ!」

 再度四人の小気味よい返事。

「覚悟はできたな? なら、行くぞ。
――待たせたな」

 泊地からの使者が一人、入り口のところで壁に背を預けているのは知っていた。だがこちらにも準備というものはある。人を待たせることは多少礼儀をこそ欠くけれど、喝を入れることはそれ以上に重要なことだろう。
 いくらかの申し訳なさを表明しながら、そちらを向く。

224 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/24(日) 22:58:02 ID:oNs1gIDk

「……ん?」

 黒いおさげと深い緑色のセーラー服が際立って目立つ、一人の少女。
 眠そうな、気怠そうな、少し生気に欠く瞳。
 その姿には見覚えはなかった。けれど、だが、しかし、その雰囲気に俺はどこか懐かしい要素を感じていた。そしてそれは相手も同じようだった。

「……あれ? あぁ、やっぱり?」

 うんざりした様子で少女は笑った。おさげが海風に揺れる。
 その笑い顔は、声は、俺の頭に稲妻を走らせるには十分すぎたようだ。ばちん、と幻聴が響いて、一瞬で、一瞬だけ、頭の中が白くなる。

 白さは衝撃だけによるものではなかった。真夏の太陽。公園。上を向いた水道の蛇口。輝く水飛沫。そこに寄る薄い、淡い色の唇。
 棒アイスを咥えた俺と、ジャングルジムによじ登る、歳の離れた幼馴染。あれは都合のいいおもり役だったのだと今ならわかる。

225 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/24(日) 22:58:50 ID:oNs1gIDk

「依子?」

「やめてよ、健臣にーちゃん。あたしその名前嫌いなんだってば」

「お前、なんで、艦娘に……適性があったのか」

「あぁ、まぁねぇ……色々、あってねぇ。そっちだって色々あったんじゃん?」

 視線は俺の、銀色の脚に向いている。

「……そうか。そりゃそうだよな。でも、依子」

「北上」

 有無を言わさぬ様相で俺の言葉を遮る。

「その名前は嫌い。あたしは『北上』。軽巡北上。忘れないでよ」

「肝に銘じておく。悪かったな」

 太陽が首筋を照らして、俺の頬を汗が一筋流れた。

226 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/24(日) 23:00:06 ID:oNs1gIDk

 背後ではゴーヤたち五人が怪訝な表情を浮かべている。事態が飲み込めていないのだろう。説明を求められるほどではないが、仮に求められたとしても、そんなこと俺にだってできやしない。

 長峰頼子は俺の幼馴染だった。といっても、歳は十ほど離れていて、関係としては兄妹に近かったかもしれない。
 俺たちは団地の同じ棟に住んでいた。俺が一階、依子が四階。親同士が多少顔見知りだったということと、鍵を忘れて泣いていた依子を助けたという一件もあって、それ以来依子は俺によく懐くようになった。俺の後を追って水泳を始めたほどに。
 その水泳は、言い方は酷いかもしれないが、凡人の壁にぶち当たって、ほどなくやめてしまったようであるが。

 肌の粟立つのを感じた。田丸から言い渡された任務、暗号鍵付のファイルにあった一文を思い出す。

 果たしてこれはまたとない好機なのだろうか? それとも予想外の角度から飛び込んできた厄介なのだろうか?
 思わず青葉を見る。青葉は少し遅れて俺が熱視線を送っていることに気づいたらしく、初めはきょとんとした顔をしていたが、すぐにあくどい顔を作った。

227 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/24(日) 23:02:20 ID:oNs1gIDk

『特定の相手がいないか調べておけばいいんですね?』

 秘匿通信で自信満々に言われた。
 まるで違う。ノーコンピッチャーかよ、くそ。

 依子――北上は、あくまで俺の単なる幼馴染にすぎない。詮索される謂れはない。
 恋人なんかじゃないんだ、とゴーヤに目線で説明する。俺にだって過去がある。別に仲のいい女の一人や二人くらいいたって当たり前の話だろう、と。
 随分とあちらからの視線が険しかったので、あぁこれは伝わっていないなと思った。誤解されている。変に焦って説明をしようとしたのがよくなかったのかもしれない。だけどしょうがないじゃないか。俺はゴーヤに嫌われたくないし、疑われたくすらないのだ。
 
 ……ただ、向こうがどう思っていたのかは、正直なところ自信はない。
 今まで忘れていたはずの、あいつの唇の柔らかさが、不意に真夏の陽炎と祭りの喧噪、そして粘ついた湿度を伴って、薄ら戻ってくる。

228 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/24(日) 23:03:07 ID:oNs1gIDk

『青葉。あとで少し、話がある』

『……了解』

 流石に空気は読んでくれた。青葉の目つきが、獲物を狙う肉食獣のそれだ。

 限りなく内密に、隠密に、誰にも知られぬように。
 危機管理上、当然そうであるべきだと思われた。田丸からの文書にはしつこいくらいに念押ししてあったが、されてなかったとしても、俺はそうするに違いない。

 この泊地で性的虐待が行われているとは信じたくなかった。
 たとえ天国がこの世に存在しないのだとしても。

229 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/24(日) 23:06:26 ID:oNs1gIDk
――――――――――――
ここまで。大体全部田丸が悪い。

北上! 北上じゃないか!
これで恐らく全ての登場人物が(恐らく)出揃いました。あとは勢いつけて畳むだけだ!
まだ先のことですけどね。

待て、次回。

230以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/25(月) 02:22:04 ID:kle3mF9.

待つぞ

231以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/25(月) 10:37:54 ID:MHOIs7mk
おっつおっつ

232以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/25(月) 21:25:17 ID:.iqadsOM
演習で駆逐軽巡からの弾除け役をして貰ってるのに申し訳なさを感じたり感じなかったり
まぁでも役割があるってのは大事だから良いよね乙

233 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/26(火) 23:47:52 ID:oizIvrP6

 艦娘を食い物にしている提督がいるという。

 そのメールの一文を見たときの、俺の驚きと言ったら! 筆舌に尽くしがたいとはこのことだろう。
 田丸さえも俺の心の内を知る由はない。あいつは俺がうまくやったと思い込んでいる。いや、事実うまくやったのではあるが、その「うまくやった」は翻っていつの間にか俺へと降りかかり……。
 いや、そのことについて考えるのは、今はやめよう。桃色の少女の深みに嵌ってしまった愚かな生き物のことをあいつは知らない。それでいい。あいつは自分以外の人間が艦娘を私的に利用することを許さない。

 赤ヶ崎泊地を田丸が選出したのは、立地が近いからでも、ましてや偶然でもなかった。十割が意図的。俺を――田丸の犬を合法的に、素知らぬ顔で敷地内へ放り込むための方便に過ぎない。
 どうやらそこの泊地を治める提督は、田丸と対立する一派に所属しているようなのだった。そしてそれはトラック泊地で物資の密輸と着服に手を染めているやつら、青葉を疎ましく思っているやつらに近しい。

234 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/26(火) 23:48:51 ID:oizIvrP6

 そのあたりの力関係は俺にはわからなかった。知りたくもない。踏み込んではいけない領域は世の中にはあるもので、生憎俺は田丸ほどの功名心はない。
 ただ、田丸が正義かと尋ねられれば、俺は首を横に振るだろう。結局は権力の奪い合いなのだ。艦娘という新たな戦力を、脅威を、どれだけ手中に収められるかという政治ゲームなのだ。

 そう、艦娘は権力の駒であり、同時に金のなる木でもあった。やがてゆくゆくは大樹に育つ、その若芽だった。所詮若芽に過ぎないとも言えた。
 成長しきってしまえばおよそ個人の手には負えない代物になる。そうなる前に、少しでも自分の影響を及ばさんとするものが、海軍内には夥しいほどいるのだろう。田丸も、無論その一人。

 だから物資の密輸や着服も行われるし、……。

235 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/26(火) 23:49:26 ID:oizIvrP6

 ……俺はゴーヤのことを想った。下劣と後ろ指をさされるかもしれないが、あいつの白い肌と桜色の乳首、そして濡れやすい秘所のことを考えた。
 若い子女を抱きたくない男がいるだろうか。「提督」という職業は、男がやるには少し理性へのダメージが大きすぎる。
 いやいや何を言うのだと外野は喚くのかもしれない。常に自らを律してこその大人、社会人、あまつさえ人間であると識者は言う。その大層ご立派な発言が、大層な誤謬だと知ることもなく。

 我が泊地の潜水艦たちの前で、同じことが言えるものかよ!

236 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/26(火) 23:50:03 ID:oizIvrP6

 権謀術数渦巻く政治の世界の中で、女を懐柔する手練手管など無数にあるはずだった。薄汚れた粘糸に引っかかる蝶がいないとは思えない。世迷言だと、風説の流布だと、切って捨てるのはあまりにもリスキー。

 性的虐待。

 欲望に任せて艦娘を甚振る、屈強な男のイメージが脳裏によぎる。

 田丸は決して正義の男ではない。単なる善意から行動を起こすとは思えなかったし、俺に善意を求めるとも思えなかった。だから、この任務には、もっとやつのプラスになるような意味があるに違いない。それは敷衍すれば俺のプラスにもつながる。
 ならばやらなければならない。田丸のことを散々こき下ろした俺だけれど、そんな俺自身、正義漢とは程遠い。

 それでも不幸になる人間は少ない方がいい。

 赤ヶ崎泊地の提督が反田丸派に属しているというのなら、スキャンダルが明るみに出て失脚することは、些細かもしれないが田丸の益になるはずだ。しかし、田丸が俺にわざわざ内密な指令を出すのだから、ことを露見させたくないということになる。
 ひっそりとことを収束させろ。秘密は全て自らの手中に収める。そういう腹積もり。

237 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/26(火) 23:50:35 ID:oizIvrP6

 それは勿論敵対する組織、あるいは人物に対してのアドバンテージとしての側面もあるだろうが、対外的な面も多分にあるように思われた。
 海軍で、兵隊を指揮する立場にある人間が、兵隊へと性的虐待を働いていた。いかにも耳目を惹きそうな話題だ。潜水艦だけではなく、艦娘にまつわる様々な計画に不都合が起きると予想は容易で、田丸はそれを嫌っているのではないだろうか。

 俺があいつの立場だったらそうする。少なくとも、そう感じる。権力を笠に非道を働く人間と一緒くたにされるのは業腹だ。
 いかに政府の組織と言えど、いや、政府の組織だからこそ、地域住民からの理解と助力なしには運営もままならない。予算だってそうだ。悪臭のする事業には誰も融資の手を差し伸べたりはしないのである。

238 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/26(火) 23:51:13 ID:oizIvrP6

 俺には直々に極秘の任務が下ったけれども、それは俺の本懐ではなかった。やるべきことではあるが、やらねばらならぬことではあるが、俺一人に任されているわけではない。全ての成果を手中にする必要はない。
 少なくとも数か月は、我が泊地は赤ヶ崎泊地と交友を深めつつ、適宜演習を交えていく方向になっている。機会は何度もある。それに、別に、俺の本職は間諜などではないのだから、あまり多くを期待されても困るのだ。

 とはいえ危機感もまたある。ここに来るまでは殆ど他人事であった。しかし、この泊地に依子が、いまや軽巡北上となって在籍しているとなれば話は別だ。十年近くの別離を経ての邂逅ではあるが、友愛の情がなくなったわけではない。
 あいつを情報源にするという手もあったが、そこまでうまく話をもっていけるかどうか。青葉の方がよっぽど弁が立つはずだ。

 そういう意味では青葉を俺は多分に信頼していた。俺たちは目的を合一にしている。ともすればあちらの方が必死かもしれないと感じる程度には。

239 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/26(火) 23:51:50 ID:oizIvrP6

 青葉は、俺が事の次第を説明すると、露骨に不機嫌そうな顔をした。嫌悪感に満ち満ちた表情。当たり前だ。俺だって最初は随分と不快な気分になったし、それが女で艦娘という立場の彼女ならばなおさらだろう。
 「デリケートな話題ですね」と青葉は言った。「隠そうとするひとも多いでしょう」と。

 その考えには俺も至っていた。身内の恥や埃を広めたい炉悪趣味な人間は限られている。
 しかし青葉はそんな言葉に対し首を横に振った。「それもありますが、そういうことではありません」。

「セカンドレイプ、という単語を聞いたことがありますか? 性犯罪、特に強姦や近親からの性的虐待にあった被害者に対し、その話を掘り下げて聞こうとするその行為自体が、被害者に深い爪痕を刻みかねません。
 知らない者は当然答える術を持たないでしょう。知っている者の中にも隠したい者はいるでしょう。そして、当事者もまた、自らの身に起きた出来事を呪い、隠し、傷つきながらも墓場まで持っていきたいと思ってしまうのです」

 しまうものなのです、と青葉は悲しそうに言う。

240 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/26(火) 23:52:25 ID:oizIvrP6

「……田丸直々の申しつけではあるが、あくまで俺たちの目的の添え物にすぎねぇぞ」

「そうです。えぇ、そうですとも。ですが、青葉は艦娘であり、同時にジャーナリストの心を忘れたことはないのです。
 システムを悪用する人間は裁かれて然るべきです」

「……あついな」

 情に篤く、情が熱い。

「冷房を利かせますか?」

 そういうことではなかったが、頷く。

「して、青葉は何をすれば」

「とりあえず、情報収集から入ろう。『提督』のひととなり。交友関係。評判。行動パターン。自ずと浮かび上がってくるだろう」

241 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/26(火) 23:53:18 ID:oizIvrP6

「艦娘の情報は?」

 必要ないとは考えづらいが、どうだろうか。優先順位は一段落ちる気がした。

「了承しました。どうせ青葉は、演習の間は暇っこですからね。顔も知れてるでしょうし、うまくやりますよ」

「頼んだ。すまない」

「えぇ、えぇ、いいってことです」

 顎に手を当てて、熟考する。熱が出ているようだった。少し回転させすぎたのかもしれない。
 田丸は恒常的な説明不足だ。自らが他人のことをわかりきっているから、他人にも同じレベルの理解度を要求する。そう、俺たちは理不尽な要求をされている。
 暇を持て余させてはくれないらしい。うまくやらなければ取り返しのつかないことにもなり得る。兵は拙速を尊ぶが、生憎俺は兵ではない。将には将なりの行動規範というものがある。

 性的虐待。
 それが単なる誤解であれば、どんなにいいものか。

 純愛であってくれと俺は願った。

242 ◆yufVJNsZ3s:2019/02/26(火) 23:56:11 ID:oizIvrP6
――――――――――――
ここまで。短め。提督はみなよく考えます。

二次創作でありがちな憲兵ネタとエロ同人を大鍋で十時間煮込んで再構築した感じのやつ。

待て、次回。

243以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/27(水) 05:51:12 ID:sFnOdHco
乙でち

最近の自衛隊とりわけ海自は下半身の不祥事が多いからね仕方無いね


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