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【艦これ】潜水艦泊地の一年戦争
244
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/02/27(水) 13:11:26 ID:UuLvXhnE
乙
待つぞ
245
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/02/27(水) 18:28:07 ID:xVnJfRQk
待つ次回(全裸正座待機で)
246
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/03/07(木) 05:02:43 ID:Fd9jGswE
おつ
次回も楽しみにしている
247
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/03/09(土) 00:14:17 ID:tZtnPtso
純愛――純愛!
純愛だって?
純愛だとよ!
俺が。この俺が、だ!
うくく、と笑いがこみあげてくる。腹の奥底、一番深いところ、光も届かない、感情の死骸が山積する、核にどこよりも近い場所から。
どす黒い石油にまみれた笑いをなんとか喉で濾過しようと試みる。こんな声を誰かに聞かせるわけにはいかなかった。
自らのために少女を騙し、手籠めにして、虜囚としようとした人間が、一体何を願っているのか。自分を棚に上げて、他者の純愛を願うなんてのは、おこがましいにもほどがある。
寧ろ賦活するべきなのだ。俺のような人間がいるのだから、と頬を叩いて。
そうだ。「俺のような人間がいるのだから」。俺のような人間がいるのだから、性的虐待なんてのは蔓延していると見て然るべきだろう。
それとも、俺のような人間などどこにでもいるものではない、と思ったほうがいいのか?
248
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/03/09(土) 00:16:00 ID:tZtnPtso
しかし、どのみち、任務は任務。俺の感情がどうであれ、境遇がどうであれ、そんなことにはお構いがなく、一切合財関係なしに、やらねばならぬ。
俺は更衣室でワイシャツからジャージへと着替えた。フォーマルな服装で赤ヶ崎の提督と挨拶すべきなんじゃないかとは思ったものの、それがあちらからの指示なら仕方がない。
更衣室は男性と女性で別れていたが、随分と古びているようだった。経年劣化、というわけではない。あまりにも不使用が行き過ぎて、空気が滞留しているのだ。時計が過去で止まっている。
「随分と時間がかかってたね」
廊下へと出た俺を待ち受けていたのは、我が泊地の潜水艦。
青葉はいない。恐らく、さっそく情報収集に向かったのだろう。仕事熱心なことだ。
「色々考え事をしててな」
「ふーん」
「さっき、北上さんから言伝がありました。執務室まで来てほしい、提督が……ここの、ですね。呼んでいるって」
249
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/03/09(土) 00:20:08 ID:tZtnPtso
ハチは一人振り返り、俺たちを促す。
「場所は聞いてます。行きましょう」
「よっしゃー、いっちょやったるのね!」
イムヤとイクも続く。ゴーヤは、ゴーヤだけが、少し遅れて。
一歩踏み出す際にちらりと俺を一瞥する。しかし言葉はない。怒りの入りまじった不安、とでも言うのだろうか、詰問の視線。
それが北上と俺の一件に端を発するのだろうことは、想像に難くない。それにしたって不安症がすぎるんじゃないかとも思うが。
男は肉体的な結びつきを、女は精神的な結びつきを重要視すると聞いたことがある。もしその言説が正しいのだとすれば、なるほど、確かに俺たちの間に恋人じみたイベントは数少なかった。ゴーヤはそのようなことも含めて、心配しているのかもしれない。
どこかでひと段落ついたら、一緒に遊びに出かけるのもいい。
ハチに連れられて扉の前へとついた。執務室。「必ずノック!」と手書きの札がぶら下げられている。
文言にもあるように、まずノック。
250
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/03/09(土) 00:21:11 ID:tZtnPtso
「お忙しいところ失礼します。沓澤泊地のものです。御挨拶に伺いました」
「入ってくれて構わないよ」
すぐさま部屋の中から返事があった。扉は冷たい鉄扉である。ドアノブを掴んで、ゆっくりと開く。
さほど広くもない部屋だった。十畳くらいはあるのかもしれないが、部屋の左右にキャビネットや本棚がどかんと構えているので、随分と体感は狭い。
奥には別の部屋へ通じる扉があった。提督の自室と繋がっているのかもしれない。
大きくない窓に、さらに鉄の格子がかかっているため、部屋の中は薄暗かった。昼でもLEDの灯りが照らしている。
窓に向かう形でデスク、そしてパソコンが置いてあって、足元には小さな冷蔵庫。メッシュ生地の椅子は、恐らく人体工学に基づいて設計された、そこそこ値の張る品だ。
軽く椅子を軋ませながら、男が立ち上がる。
「どうも、お待ちしておりました。このたびは演習相手に我が泊地を択んでいただいて、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ、こんな出来立ての泊地の演習を快諾していただいて」
「お互いにもメリットのあることですしね。
御挨拶が遅れました。ぼくはこの赤ヶ崎泊地を預かっております、酒井と申します」
「国村です。よろしくお願いします」
251
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/03/09(土) 00:21:46 ID:tZtnPtso
「潜水艦……新たな艦種。その後ろのコたちがそうですか?」
「はい」
「なるほど。話は多少は伺っていますが、あくまで多少に過ぎません。なんでも戦況を――戦場を覆す力があるとか?」
酒井は面白そうに笑っている。年齢は四十近いようだが、みてくれは随分と若い。三十前半と言っても通じるだろう。染めているのか白髪さえも見えない。
好感のもてる男だった。清潔感がある。快活としていて、こちらに嫌な気を微塵も起こさせないような。
それが天性のものなのか、はたまた意図的に造られたものなのかはわからない。勿論誰だって表面はしつらえるものだ。特にこういった社交の場では猶更である。だから、こんな一瞬のやり取りで、酒井が黒か白かを判別などできやしない。
切れ長の瞳が俺と、後ろにいる四人を捉えている。興味が半分、値踏みが半分。
俺は舌で唇を湿らせた。俺もうまく外面をしつらえる必要がある。
252
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/03/09(土) 00:23:34 ID:tZtnPtso
「その予定ではあります。いまはまだ……まぁ、有体に言って、練度が足りません」
「なるほど、そうか。となれば苦労も多いでしょう。ぼくは赤ヶ崎の設立から立ち会っていますが、随分と大変なことは多かった。勿論嬉しいことや楽しいこともひとしおですけどね。
新しい艦種の立ち上げにかかわるとなれば、同じくらいか、きっとそれ以上なんでしょうね。貸せる力はお貸ししますよ」
「ありがたいです。なんせうちの潜水艦たちは、実戦経験が余りにも少ないので」
「えぇ、お聞きしています。一応、うちも潜水艦に対応できるメンバーを集めました。召集は既にかけていますが、大丈夫ですか? 準備などがあるなら一時間ほど時間を置きましょうか?」
「……どうする? イムヤ」
リーダー格は便宜的にはイムヤということになっている。
253
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/03/09(土) 00:25:18 ID:tZtnPtso
「海の温度と潮流、あとは風向きかな。仮想戦闘海域の範囲も知りたい。それさえわかれば、いつでもいいよ。
みんなも大丈夫だよね?」
「はい」
「うん!」
「おっけー!」
「だってさ」
もう少し言葉遣いを丁寧にしろと言いたかったが、ここでお小言も違うだろう。俺は口を噤んで頷き、
「一時間はいりません。二十分ほどで済むと思います」
「わかった、ならそう伝えておきますよ。海図と海域のデータは今送ります」
酒井が手元のバーチャル・ディスプレイを操作して、ファイルを空間に放り投げる。
俺はそれを人差し指でおさえ、ピンチ・アウトで解凍した。そのままウィンドウを閉じ、うちの泊地の閉じた回線へと放流。
254
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/03/09(土) 00:26:40 ID:tZtnPtso
「御厚意感謝します」
「状況はイーブンでないと、ですから」
「イムヤ。回線に流したから、データを確認してくれ。
酒井提督、四人を演習海域に向かわせても?」
「勿論。大井、北上、入りなさい」
――北上。
俺は思わず振り向いた。と同時に開いた扉の向こうには、濃緑の制服に身を包んだ二人の少女が立っている。
「この四人を演習海域へと案内してくれ。大事なお客だ。丁重に扱ってくれよ」
「言われなくてもわかってます」
北上の隣のもう一人、栗色の髪の毛の少女は、ぶっきらぼうに言った。先ほど大井と呼ばれていた気がする。
目鼻立ちの整った美少女だった。垂れ目気味で、しかし雰囲気は鋭い。澄ましていればよほど人当たりもよさそうなものだが、今はそれが逆に強い拒絶の空気となってしまっている。
自らの泊地の長にその態度とは、俺を含めて全員が驚くばかりだが、北上も酒井も慣れているらしい。眉一つ動かしていない。
事務的? いや、違う。それは理解と度量が為せる業なのだ。
255
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/03/09(土) 00:27:42 ID:tZtnPtso
「お前らも、粗相のないようにな」
「心配しなくてもいいのねっ!」
「はい。はっちゃんも大丈夫です」
イクは親指を立て、ハチは頷く。
だからそれが心配だというのに。
「挨拶……は、歩きながらでいっか。とりあえず、沓澤泊地のひとたち、ついてきてよ」
北上は手をひらひら、四人を促す。四人も大人しくついていった。
大井も一緒に行くのかと思いきや、部屋の中へと一歩、二歩と歩みを進め、俺の目の前で立ち止まる。
そうして、ぼそりと、
「北上さんに手ェ出したら殺す」
とだけ呟いた。
踵を返して駆けていく。北上を追ったのだろうことは想像に難くなかった。少なくとも、決してこの場から逃げ出したわけではないことは明らかだった。
なんだ? 俺が何かしたか?
256
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/03/09(土) 00:28:26 ID:tZtnPtso
思わず酒井を見た。困ったような顔をしながら、額に手をやっている。
「いや、失礼。あのコは少し……その、何と言ったらいいのか。仲間への愛が、少し強すぎるみたいでして。この泊地に来たのも同日で、部屋も一緒で、気の合うところがあるから、独占欲みたいなものだとは思うんですが。機嫌を悪くされたら申し訳ない」
「あぁ、いえ……」
戸惑いを覚えながらも、北上と潜水艦たち、そして大井の去って行った廊下を見る。
「お酒は呑まれますか? 演習が終わってから、一杯どうです」
「申し訳ないんですが、車でして」
「そうですか、それは残念だ。北上と旧知なのでしょう? あいつの昔話を少し聞いてみたい気もしたんですが」
「俺たちの関係をご存じで?」
「存じ上げている、というほどではないですけどね。北上自身が、ついさっき漏らしてました。幼馴染だった、と」
「まぁ、ですが、車で来たなら帰りは気を付けたほうがいい。このあたりは田舎ですからね。街灯も大してありませんし、野生動物も出る。狸や狐くらいならまだしも、鹿と衝突すれば被害甚大はこちら側だ」
257
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/03/09(土) 00:29:55 ID:tZtnPtso
酒井は俺に笑いかける。気のいい、人当たりのいい、おっさん。そんなイメージしかない。休日に率先して犬の散歩に出かけるような。
俺は会話を通してこの酒井という男の人物像を見極めるつもりでいたのだが、しかし、いまだに攻略の糸口すら見つけられないでいる。性的虐待をするような男には、少なくとも思えなかった。
無論、それはそう「見える」だけである。そしてえてして疾しい人間の方が外面はいいものだ。やつらは自らが内に秘めたものが、どれほどどす黒く醜い汚濁かを理解しているから、それを隠すために邁進する。
ならば酒井、こいつはどうだろうか。
艦娘と肉体関係にあって、権力をちらつかせた虐待なのか。
艦娘と肉体関係にあって、相思相愛の純愛なのか。
そもそも、全てが根っからのでまかせなのか。
「……」
いや、まだ出会ったばかりだ、探りを入れるには尚早すぎる。もう少し打ち解けてからでいい。秘密の共有ができるくらいには。こっそりと、自分の悪事を吹かしたくなるくらいには。
258
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/03/09(土) 00:30:29 ID:tZtnPtso
会話を丁度いいところで打ち止めて、俺は執務室を後にした。曲がりなりにも俺は潜水艦たちの監督をする責務を負っているのだから、あまり目を離すのはまずいのだ。
とはいえ、ここまで来てしまった以上、俺にできることなど最早ない。提督という肩書は俺の地位を顕している。逆説的に、俺は艦娘ではないということも。戦うのは艦娘であって人間ではないから。
あぁ、それは実に不憫なことだった。ゴーヤたちを想う。トラック泊地を想う。性的虐待について想う。
金のためか、名誉のためか、愛国心のためか、率先して手を挙げた彼女たちは、大人の食い物となる危険性と常に隣り合わせになっている。彼女たちは人間ではあるが、人間扱いされていない――自分たちに利益を齎す都合のいい存在。
俺の復讐の道具にされ。
横領と横流しに利用され。
性的な欲望を叩きつけられる。
259
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/03/09(土) 00:31:02 ID:tZtnPtso
「……どこだ、ここは」
どうやら迷ってしまったらしかった。ドックの方に行きたかったのに、なぜか中庭へと出てしまっている。
「あぁ、ここを突っ切っていくんだよ」
「北上」
木陰で伏し目がちに、俺の幼馴染は煙草をふかしていた。
紫煙が揺れて拡散し、外気へと溶け込んでいく。霧散。アスファルトから立ち上る夏の熱気。夏祭りの喧噪。言葉には言い表せない幻想的な景色。色鮮やかさは、恐らく「昔日の美しい思い出」という補正のせいだろうと思われた。
北上の口から煙草のフィルターが離れる。薄く色づいた唇。
今なら俺は、あの日、あの時、別れ際の、こいつの口づけの意味を、笑いながら聞ける気がした。
260
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/03/09(土) 00:32:53 ID:tZtnPtso
―――――――――――――
ここまで
泊地の名前は沓澤泊地に決まりました。いまさら!
そして書けば書くほどに提督がでしゃばる。早くゴーヤといちゃいちゃしろ。
待て、次回。
261
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/03/09(土) 15:04:55 ID:BI9KygL.
舞って次回
262
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/03/10(日) 16:22:04 ID:nmgZZiB6
事前情報があると演習相手の執務室の描写と併せて、なんとも影を感じさせられてしまうな
でも大井っちの様子も踏まえると或いは全く別の可能性も……?
乙乙、待つ次回
263
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/03/14(木) 14:08:44 ID:XgIYlmBM
「……待っていて、くれたのか」
「ん。まぁね。初めて来た人は大体迷うから、ここ」
ふぅ、と北上は紫煙を吐き出す。
「あと、煙草も吸いたかったから」
大井っちには怒られるけどね、と北上。
「あいつらは?」
「潜水艦? なら、大井っちが連れてったよ。今頃は説明も終わって、動き出してんじゃないかな? こっちの演習組も向かってるってさ」
「そうか」
なら、問題はなさそうだった。
264
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/03/14(木) 14:09:25 ID:XgIYlmBM
「……」
「……」
「なに?」
棒立ちの俺を不思議そうに眺めている。
「いや、案内してくれねぇんだな、と思って」
「するよ。するする。するけどさ、ちょっと待っててよ。一本くらい吸いきらせてってば」
しっかりと肺に入れて、そして吐く。俺は煙草を吸わないが、そんな俺でさえなかなか堂に入った吸い方だなと思う程度には、北上の手つきは手慣れている。恐らくここ最近ではあるまい。
手持無沙汰も気まずいのだが、会話の糸口が見つからない。もしこれが初対面ならばきさくに話もできよう。天気の話から始めたり、くにの話から始めたりすれば、ひとまず表面上は取り繕える。
しかしこいつ相手だとそれが効かないのだ。なまじお互いのことをある程度知っているから、話題を択ばないと嫌な空気が流れてしまう。
265
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/03/14(木) 14:16:35 ID:XgIYlmBM
とはいえ、俺がこいつのことを知っているのは、俺が高校を卒業するまでだ。大学は地元から離れていた。それどころか高校だって、水泳の強いところを探したため、殆ど寮に住んでいたのだ。一週間に一度帰ったかどうかの地元で、十近く離れた幼馴染に会う機会などなかったと言っていい。
だから俺が知っているのは小学生までのこいつである。そして実家に帰った時にたまに相手をしてやったくらい。記憶の中の長峰依子は、お気に入りのアニメキャラがプリントされたトレーナーがお気に入りだった。
……いや。最後の日は夏祭りだ。あの日、あいつは浴衣を着ていた気がする。
気づかれないように呼吸を整える。導入に無難な話題とは相場が決まっている。天気の話か、知己の話か。
「おばさんは元気か?」
「よそに男作って出ていったよ」
「……」
地雷だった。
こんなことなら手持無沙汰の方がずっとマシだ。
266
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/03/14(木) 14:17:44 ID:XgIYlmBM
「悪い」
「別に? だいぶ前の話だし……そっか、健臣は知らないんだっけ」
俺がこいつのことを「依子」と呼べないのに、こいつは俺のことを「健臣」と呼んでくるのは、少し不公平な気もした。そこは立場の違いだと割り切るが。
煙草は根元まで灰になって、その火も殆ど消えてしまっている。それでも北上は煙草を口から離そうとはしない。
恐らく、何か言いたいことがあるのだろう。そんな機微を感じられないほど俺は朴念仁ではなかった。ただ、北上は口を開かない。地面に落ちた煙草の灰をぐりぐりと踏み躙る。
「……行こうか」
「……おう」
歩き出す。
お互いにいろいろあったのだ――そう述懐することは難しくなかった。難しくなかっただろうと思われた。だがしかし、残念ながら俺については、いまだ過去のものとすることは難しい。
義足の調子は上々である。これが今後も上々であり続ける保証はどこにもない。誰もしてくれない。
俺だ。俺が、自らで掴みとるのだ。
267
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/03/14(木) 14:20:30 ID:XgIYlmBM
俺たちが演習場へとつくと、そこには我が泊地の潜水艦たちが、ちょうど準備運動から戻ったところだった。太陽の下で健康的な汗が輝いているが、それ以上にあいつらの笑顔が眩しい。
四人は俺を見つけるや否や、駆け寄ってきた。
「どうだ、調子は」
「いつもと違う海で泳ぐのは、気分がいいでち」
「堤防の形と消波ブロックのせいだと思います。少し流れの変なところがありました」
「一応海図には落とし込んだよ。各自確認しておいてね」
「りょーかい! なの!」
問題はなさそうだ。「心配がない」こととイコールでないのが残念だったが。
「もう少しでみんな来るって」
北上が言う。大井がいないので、彼女が呼びに行っているのだろう。
俺はバーチャル・ウインドウを立ち上げて、ローカル回線を構築する。演習の目的は潜水艦たちの練度の向上にあるものの、データの収集や、ひいては俺自身の指揮や采配も見られている。下手は打てない。無駄にもできない。
俺たちに与えられた時間は一年間しかないのだから。
268
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/03/14(木) 14:24:28 ID:XgIYlmBM
「お待たせしました」
大井が少女たちを引き連れてやってくる。四人。全員が凛々しい表情で、背筋を真っ直ぐ天へと伸ばし、確かな足取りで地面を踏みしめる。
やや遅れて酒井も現れた。俺と同じように、ジャージ姿。休日で川沿いを散歩する父親という印象はどうしても拭えなかった。
「左から、神通、球磨、初雪、夕立。そちらが四人ということですので、数を揃えました。よろしかったですか?」
酒井に紹介された四人は一礼する。張り詰めた緊張を見る限り、率いているのは神通と呼ばれた少女なのだろう。赤を基調とした衣装がよく似合う。
他の三人、球磨、初雪、夕立も、多少の弛緩はあるものの、決して油断はないように見えた。俺は海上艦に関する知識はさほどないが、例えば手に持っている砲や腰に備え付けられた魚雷を見れば、手入れが行き届いているのは瞭然。
「胸を借りるつもりで、よろしくお願いします」
「おねがいしまーす!」
潜水艦たちの大声。酒井もにんまりと笑う。
「さぁ、これから演習を始めよう」
* * *
269
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/03/14(木) 14:25:52 ID:XgIYlmBM
* * *
「イクゥッ!」
「はいなのっ!」
ゴーヤの声に合わせてイクが魚雷を生成する。人差し指を真っ直ぐに球磨へと向け、四発全てを射出、同時に自らも水中を高速で移動する。
海上へと飛び出したハチもそれに合わせた。本を開く――魔方陣が顕現。こちらは球磨を全方位から狙う、全天球型魚雷の包囲網。
「あれ、どういう仕組みなんですか?」
折り畳み式の椅子に座る酒井が訊いてきた。俺は誤魔化すように笑って首をかしげる。本当だ、俺も知らない。最新技術と先端科学の融合に、神道というスパイスを散らして出来上がった代物だとは聞いているが。
イムヤが魚雷のタネを巨大化させた。至近距離から叩きつける――しかし球磨の反応の方がずっと早い。魚雷の弾頭は海面を強かに叩き、炸薬が二人を一気に吹き飛ばす。
「くぅううっ!」
270
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/03/14(木) 14:27:04 ID:XgIYlmBM
体勢を先に立て直したのは球磨。いや、そもそも彼女は、イムヤの攻撃を避ける時点ですでに行動のモーションに移っていた。爪先に全重心を寄せて、爆風と光の中を一気に突っ切ったのだ。
駆け抜け様に手当たり次第ばらまいた爆雷が、イクの放った魚雷を軒並み葬る。海面がざわめきたち、人を丸呑みできる大きさの水柱が、二本、三本と続けて立つ。
イクが放った最後の一本を球磨は跳躍で回避した。しかしそこはハチの読み筋だ。空中を進む魚雷の進行方向には、寸分の狂いもなく球磨がいる。
「逃がさん、でちっ!」
ゴーヤの意志に沿って魚雷が海中から姿を顕す。イムヤと球磨の間に割って入るように躍り込む。
しかし球磨は冷静さを失わなかった。どころか、楽しそうな表情をその幼い顔に浮かべ、唇を舐める。
271
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/03/14(木) 14:32:23 ID:XgIYlmBM
金属の鈍い音がした。重低音。それが、球磨が、ハチの放った魚雷を踵で蹴り飛ばした音だと全員が認識するより先に、既に彼女は宙を跳んでいる。
さらにもう一発を踏み台にして、球磨は上方向への移動を無理やり下方向への移動へと捻じ曲げる。単純に恵まれた脚力、そして足された重力によって、球磨の着水までの時間は一秒を切っている。
ゴーヤが恐怖にその顔を引き攣らせた。しかし自らの仕事は、それだけは、なんとか奮い立たせた心で実行する。一目散にイムヤへと駆け寄って、乱暴にその手首を掴み、球磨の攻撃半径からの離脱を試みたのだ。
海上では球磨に負けるかもしれないが、海中なら――少なくとも追っては来られまい。恐らくゴーヤはそう考えたのだろう。それは堅実で現実的な判断には違いない。
違いないが、しかし。
ゆえに読まれやすい。
球磨は既に海中での二人の位置に目星をつけている。
272
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/03/14(木) 14:32:53 ID:XgIYlmBM
脚力と重力による超加速、球磨の着水と同時に海面が凹んだ。海が揺れる。波が生まれる。そのままの勢いで彼女は右手を海中へと突っ込んで、制御を僅かに乱したゴーヤの右腕をしっかり掴み、そのまま一気に引きずり出した。
そして、
「……これで終わりクマね?」
背後から迫るイクの眼前に砲を突きつけて、不敵に笑う。
酒井は厭味の無い笑みを浮かべていた。
神通は虫を見る眼で今の戦いを見つめている。
初雪は怠そうに体育座りで縮こまり。
夕立は盛り上がって球磨へと手を振って。
大井と北上は離れたところで談笑していた。
「……一対四にしても、これか」
12戦0勝12敗。
言い逃れのできない惨敗であった。
273
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/03/14(木) 14:35:23 ID:XgIYlmBM
―――――――――――
ここまで
戦闘シーンの実績解除。
そろそろ濡れ場を書かねばならぬ。
待て、次回。
274
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/03/14(木) 19:58:50 ID:dj2g9HBI
乙乙、レベル1潜水艦を駆逐や軽巡にぶつけるなんて鬼畜な……と思ったけど
その辺の運用ノウハウが全くの0なんだもんな、これはキツイな
275
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/03/14(木) 22:42:42 ID:XgIYlmBM
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1552569729/
艦これではありませんが、書きました。
バーナード嬢曰く。の二次創作です、よろしければご覧ください。
276
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/03/29(金) 21:59:40 ID:/RfLEOLk
おっつ
277
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/04/08(月) 19:45:26 ID:9Xhx93us
待つわ
278
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/04/18(木) 23:52:17 ID:9NEnfLdY
雨が執務室の窓を叩く。叩きつけられている。ばちばちと。大粒の雨が。
奇しくも彼女たちの心模様を写すかのように、天気は急に崩れた。時たま遠くの空が白く光っている。子供の頃は秒数などを数えてはしゃいでいたものだが、もうそんな年ではなかった。
彼女たちの胸のうちにも、光り輝く一筋の雷鳴が鳴っていることを、俺は祈った。
「……部屋を用意するように言っておくよ。いや、タオルが先かな」
酒井は濡れた俺の姿を見て、苦笑しながら言う。
突如として勢力を増した低気圧が、予想に反した流れ方をしているらしい。その直撃を、現在この赤ヶ崎泊地は受けている真っ最中で……当然、俺たちも巻き添えを喰らった。
少し外に出てみただけで、肩は濡れ靴下の裏に染みてくる。路面状況は最悪だ。酒井の言うとおりに周辺は街灯も少ないようだし、土砂崩れの注意報さえ出ているのだ。
山の天気は変わりやすいですからね、海辺の天気も。酒井はこともなげに言う。随分と急変には慣れているような口ぶりである。海と山の端境にあるこの泊地は、確かに厄介な立地なのかもしれない。
279
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/04/18(木) 23:53:13 ID:9NEnfLdY
「あと食事もだね。空腹でしょう?」
「申し訳ありません」
「なに、たまには知らない誰かと長話するのもいい。こんな辺鄙な場所、誰も来たがりませんからなぁ。
あぁ、そうそう。こちらからお泊めすると言っておいてなんですが、一度に五部屋を開けることができそうになくてですね」
「そんな、お気遣いなく」
俺なんかはソファで大丈夫だったし、あいつらも四人にまとめておいたほうが心配事が少なくっていい。
そう言ってはみたものの、酒井は首を大袈裟に振った。客人にそんな待遇はできませんとのことだったが、客人、ただの演習相手にあまりにも大仰じゃないか。
そんな堂々たる立場ではない。ただ、ホストの申し出を断るのは、二回が限度だろう。儀礼的な拒否はしつこすぎても関係の悪化を招く。厚意に預かることの重要性を、俺は少なからず理解しているつもりだった。
結果的に三部屋が空いたということで、ゴーヤとハチ、イクとイムヤ、そして俺が個室とあいなった。まぁ、妥当だろう。
280
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/04/18(木) 23:54:26 ID:9NEnfLdY
「食事の支度はこれから始めますから、一時間少しですかね。それまではお好きにしてくださって結構ですよ。夕食、楽しみにしていてください。うちでは夕食は当番制なんですが――まぁ人数が少ないものでね、呉や横須賀などは炊き出し係がいるんでしょうけど――今日は初雪なんです。あいつは鍋とカレーとロールキャベツしか作れませんが、代わりにどれも絶品で」
そう話す酒井の表情は実に楽しげだった。気のいい家長と言った雰囲気がぴたりと似合う。
酒井の執務室にはいくつもの写真が飾られていた。真新しいものから、少し古いものまで。どれも海を背景に同じ構図で、中心に酒井。しかし残りのメンバーが僅かに違う。
「あぁ、記念写真ですよ。年に一度、年明けに撮ることにしているんです。一期一会といいますからね」
兵隊はやくざな商売だ。特に俺たちのような中間管理職は。
ただでさえ不慣れな少女たちの世話に加え、未知の化け物との活路を開き、上からの期待にも応えるなんてのは生半な責務ではない。確固たる目的か、でなければ手段の目的化が必要になる。
281
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/04/18(木) 23:56:18 ID:9NEnfLdY
「おっと、長々と失敬。では、時間になったらまたお呼びしますよ。泊地内の案内はいりますか? 北上をつけますが」
北上。
俺は丁寧に辞退した。
執務室を後にして、俺はあてがわれた客室へと向かう。向かって左端がイムヤとイク、真ん中がゴーヤとハチ、そして右端が俺。しかし今は、四人は中央、ゴーヤとハチの部屋へと集まっている。
入るべきか入らざるべきか、少し悩んだ。扉の前で立ち止まる。そうして意を決する。
控えめにノック。
「入るぞ」
返事は待たなかった。返ってくるはずがないと思っていたから。
折り畳み式のベッドが部屋の壁際に二つ置かれている。ゴーヤはそれに突っ伏していた。イムヤは部屋の隅で蹲り、口惜しそうに下唇を噛む。イクはハチの胸の下、鳩尾のあたりへと自らの顔を埋めて唸り、ハチはそれを無言で見つめている。
282
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/04/18(木) 23:57:13 ID:9NEnfLdY
「……」
誰も、何も、喋らない。
俺の姿をハチやイムヤは捉えているだろうに、それでもなお、口を開こうとしない。
だから、動くならば俺からだった。場を動かすのは俺のほうだった。
「お疲れ。やはり今日はここに泊りになりそうだ」
「……」
「夕食はここの艦娘たちが用意してくれるらしい。お前らは少しでも休んで、今日の疲れを取るといい。一時間と少しと言ってたから、それまでとりあえず自由時間だな」
「……なにか」
「ん?」
「なにか、言うことはないんでちか」
「あぁ、そうだな。あんまり好き勝手に動くなよ。ここはよその泊地なんだから」
「じゃなくてっ!」
ゴーヤはベッドを力任せに殴りつけた。ぼすん、と間の抜けた音が虚しい。
「ゴーヤは、ゴーヤたちは、ぼろぼろだったでち。ちゃんとやった。ちゃんとやったよ。やれたって思ってた。実感もあった。訓練通りにできた。陣形も、連携も。でも、それでもっ、たった一人にのされちゃった……!」
283
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/04/18(木) 23:57:52 ID:9NEnfLdY
「……そうだな」
言葉を択ぼうとして、結局失敗してしまう。教練の中でこんなときのケーススタディも実践していたはずなのに。
「うぅ……!」
なにを言って欲しいのかをゴーヤは結局言わなかった。怒って欲しいのか、慰めて欲しいのか、励まして欲しいのか、それともアドバイスが欲しいのか。
悔しさはわかる。全ての物事に壁はある。ぶち当たる時がいつか来る。遅いか早いかの違いは有れど、才能か努力かの違いは有れど、誰しも等しく挫折はあるものなのだ。
だがしかし、俺が知ったふうにそう諭したところで、一体どれだけの意味があるだろう。世の中の全員がそうであったとしても、いまのこいつらにはまるで関係がない。向き合うべきは自分であり、自分の中の悔しさであって、他者の出る幕はどこにもないから。
「不甲斐ない、です」とハチ。
「調子に乗ってた自分、ダサダサだったのね」とイク。
イムヤは相変わらず無言のままに、瞳から大粒の涙をぽろぽろと零している。
284
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/04/18(木) 23:59:33 ID:9NEnfLdY
「練度にはかなりの開きがあった」
慰めではない。慰めにもならないだろう。
「関係ないっ!」
ゴーヤは叫ぶ。
「だってゴーヤたちは強くなくちゃいけないんだもん! 強くならなくちゃいけないんだ!」
「ゴーヤッ!」
はっとしたようにイムヤは叫ぶ。涙は依然頬を伝っているが、いま彼女の顔に浮かんでいるのは、恐れにも似た何か。
僅かな混乱を覚える。イムヤのそれは叱咤だった。窘める行為だった。
なんだ? ゴーヤの何が、怒りに触れた?
「……敵が強かったから、あっちのほうが練度が高かったから、負けちゃいました。なんて言い訳が通用するもんじゃないじゃん」
自らの膝を抱きかかえながらイムヤ。表情は脚に隠れて見えない。
ナイーヴになっているのかもしれなかった。肉体的にも精神的にも、こいつらは今日一日で随分と打ちのめされた。なればこそ、人間にはよすがが必要で……俺はいまだこいつらについて知らないことの方が多い。こいつらの使命感の源泉を掴みかねずにいる。
285
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/04/19(金) 00:00:26 ID:rM3sVX7A
青葉は、艦娘に身を窶す子女などというものは、大概が金銭か私怨であるというようなことを言った。なるほどそれは随分と腑に落ちる回答だ。
とにもかくにも、まずはこいつらの今である。過去などでなく。
「誰だって最初は弱い。抜群にうまい素人なんているもんかよ。
ありきたりかもしれんが、強くなりゃいいんだ。悔しさをばねにしてな」
「提督、それはイムヤもゴーヤもわかってることなのね」
「です。頭ではわかっていても、すぐに納得できれば苦労はしません」
「……だな。すまんな」
「いえ……」
ハチは笑ってみせるが、どこか心ここに非ずといった具合である。
なにより、本来気を使わなければいけないこいつらに、俺の無力を気遣われているようで……。
286
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/04/19(金) 00:07:39 ID:rM3sVX7A
それはとにかく業腹だった。自らの非力に打ちのめされているこいつらと、それを慰めることのできない俺自身の非力。
自らの力の及ばないことなど山ほどある。俺は少なからずこいつらより長生きしていて、その事実を噛み締めることも多い。反面いくらばかりかの才能にも恵まれていたために、多くが超えることのできなかった壁の先にいたこともある。
全て他人が何とかしてくれるなんて都合のいい話があるはずもない。かといって、全て自分で解決しろと言うのも薄情な話だと思う。世の中はもう少し、優しいものだと信じたかった。
「イムヤの言った通りだ。敵が強かったで済ませることは許されない。だが、気合と根性でどうにかなるのにも限度がある。撤退は敗北じゃねぇ。玉砕を俺は認めない。絶対にだ。
……各自、思うところもあるだろうが、今日はゆっくりと休んでくれ。戦力が上の相手とどう戦えばいいか、どうすれば向こうのように強くなれるのか……余った時間で考えてみるのもいいだろう」
287
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/04/19(金) 00:09:07 ID:rM3sVX7A
「……」
応えはなかった。俺は、こんな俺の言葉でも、こいつらの心に僅かながら落ちることを期待して、言葉を紡ぐ。
「お前らにしかできないことがある。潜水艦ってのは、そのための艦種だ。だから、腐るな。腐らないでくれ。頼む」
それは本心からの言葉だった。そこには決して打算はなかった。復讐の激情すらもまったく色褪せてしまっていた。
一年の期限を四人が知っているはずもなかったが、俺は確かに、自分や田丸などの大人の思惑からこいつらが自由であることを願った。こいつらの努力と、犠牲にしてきたこれまでのことが無駄にならないことを祈った。自ら打ち捨ててしまわないことを信じた。
誰のためでもなくこいつらのために。
不思議と快い。
脚の痛みは、いまはひいている。
288
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/04/19(金) 00:10:09 ID:rM3sVX7A
「……」
応えはなかった。俺は、こんな俺の言葉でも、こいつらの心に僅かながら落ちることを期待して、言葉を紡ぐ。
「お前らにしかできないことがある。潜水艦ってのは、そのための艦種だ。だから、腐るな。腐らないでくれ。頼む」
それは本心からの言葉だった。そこには決して打算はなかった。復讐の激情すらもまったく色褪せてしまっていた。
一年の期限を四人が知っているはずもなかったが、俺は確かに、自分や田丸などの大人の思惑からこいつらが自由であることを願った。こいつらの努力と、犠牲にしてきたこれまでのことが無駄にならないことを祈った。自ら打ち捨ててしまわないことを信じた。
誰のためでもなくこいつらのために。
不思議と快い。
脚の痛みは、いまはひいている。
289
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/04/19(金) 00:10:58 ID:rM3sVX7A
俺は扉を閉める。部屋は隣だ、すぐに戻り、ベッドで一息つく。急ごしらえで用意してもらったにしては、悪くない。心遣いがありがたかった。
空中を二度タップしてメーラーを呼び出す。新着メールは三通。第二開発部基幹技術課からスク水……もとい潜水艦娘用制服について。債権管理課から再来月の予算について。そして音楽隊がコンクールで上位入賞を果たしたという広報。
どれも急を要するものではない。俺はウィンドウを閉じる。
田丸からの仕事も進めなければいけないが、どうにも気が向かなかった。青葉にある程度任せてあるというのも理由の一つだが、俺にはどうにも、この泊地の雰囲気が悪いようには思えないのだ。
いや、わかっている。わかっているのだ。悪党ほど悪事を隠すのだから、素人の勘などあてにはならない。なにより俺は田丸の犬であるのだし。
「……」
まぁ、まだ時間はあるだろう。希望的観測だろうか。いや、だが、しかし、今考えるべきは四人についてである気もする。
290
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/04/19(金) 00:13:25 ID:rM3sVX7A
雨がばちばちと窓を強く叩いている。
と、控えめなノック。俺は即座に応じる。
「おう」
「……失礼、します」
四人のうちの誰かかと思ったが、違った。一瞬俺は、その姿が北上のものに見えて、背筋を凍らせる。けれど違ったようだ。少し小柄で、おさげもない。
「どうした、初雪」
「んー、いやー……その、ご飯。もうそろそろ準備、できる、から」
「ありがとう。聞いていたよりも随分と早いな」
「食材、足りなかったらしくて……出前、頼んだ、から」
「そうか」
こんな嵐の日に、配達員に申し訳なさもあるが。
291
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/04/19(金) 00:15:12 ID:rM3sVX7A
「隣に、四人、いるでしょ? 返事がないから、どうしようかなって」
「あー……」
もう少し四人だけにしてやりたかった。涙も乾いてはいないだろうし、自分の中に落ちてもいないだろう。
「少しそっとしておいてやってくれ。必要になったら俺が連れ出すから」
「ん。わかっ、た……」
初雪はぼそぼそと喋って、大きく頷く。少し楽しそうなのは気のせいだろうか。
辛いことがあっても、悲しいことがあっても、腹は減る。寧ろ泣けばこそ空腹も加速するものだ。あの四人がまた頑張ろうと一歩踏み出すその隣に、俺がいたいと思うことは、きっと、決して、間違っていない。
292
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/04/19(金) 00:17:22 ID:rM3sVX7A
――――――――――――
ここまで
お待たせしました。モチベ出るまでに一か月かかるなんて。
引き続き書きたいときに書きます。
待て、次回。
293
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/04/19(金) 07:50:06 ID:/GdTDJZs
乙した
潜水艦を相手にワンサイドゲームとは、既に専用シフトが完成してるのか、いや逆に潜水艦側の戦術が未発達で水上で凹られた?
294
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/04/19(金) 10:05:25 ID:WblDE1V6
これはひょっとして潜水艦の娘らは自分達の置かれた状況について知っているのか……?
それか上司からまた別に話がされてるとか……ツラ……
乙乙、また楽しみに待ってる
295
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/04/23(火) 02:34:26 ID:znWlnbpE
おっつ
296
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/05/07(火) 21:09:28 ID:wEILO6bE
待つぞ
297
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/13(月) 20:36:56 ID:4sOzGRho
「うーん、なんて言いましょうか。あれなんですよ。単純に動きが遅いんですよね」
お猪口を傾けながら、神通は言う。
「と言っても鈍いというわけではなくて、体の使い方……そうですね。その表現はぴたり来る感じがします。体の使い方がこなれていない。最短距離で稼働していない。だから後の先をとられる――まぁそれに関しては、策が先読みされていて……先読みされていることに気が付かないからでもあるのですが」
潜水艦たち四人は神妙な面持ちで聞いている。その赤い。誰もそのことを指摘しないでいてくれたのはありがたいことだった。
「特に偏差的な行動を集中して訓練する必要があると思います。砲撃、雷撃に限らず、です。作戦行動にはまず当然プランがあり、そして、遂行の最中にリプランを行うのもまた当然。
遂行しつつあるプランの進捗と、相手の対応が想定よりどれだけ逸脱しているのかを常に頭の中で吟味し、速度を上げる、ないしは落とす臨機応変さを学ばなければ、建て直しが効きませんね」
298
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/13(月) 20:40:03 ID:4sOzGRho
俺の対面に座っている酒井が困ったように笑った。彼とは今日顔を合わせたばかりだが、「こうなると長いんだ」とその表情は語っている。
だろうな、と俺は思った。根拠はない。ただ、なんとなくそんな気はしていた。事実として神通の長広舌は留まるところを知らず、話題はより実践的な段階に移っている。
我が泊地の四人は時折頷きながら熱心に耳を傾けていた。ハチなどは、手元にあればメモすらとっていたかもしれない。
それは本来ならば俺の仕事ではあったが、俺だけの仕事ではないのもまた確か。神通の、そして四人の熱心に水を差す理由があるだろうか? それに、いくら提督と言えど、結局海で戦うのは艦娘なのだ。ならば同じ艦娘の視点で語られる情報は有益だ。
夕食、初雪が頼んだ出前はピザだった。日本酒にピザはあうのか、神通を見ていて少し疑問に思う。
既に食事は終わっている。赤ヶ崎の艦娘たちは三々五々に散って行った。初雪だけが、食堂のソファでごろごろとしている。時折こちらへ視線を送ってくるものの、別に話題に入るでもなし、かといって何か言いたげであるようにも見えない。
食堂には、酒が入ってこころなしか声の大きくなった神通の教導と、そして今どき珍しいアナログのテレビが洋画を垂れ流していた。
299
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/13(月) 20:41:03 ID:4sOzGRho
それらはそれなりの音量をもって俺の耳に届いたものの、だからこそ逆に、この赤ヶ崎泊地の寂しさを一層際立たせる結果となっていた。
酒井曰く、泊地とは別に艦娘の寮があり、赤ヶ崎所属の艦娘たちは基本そこに寝泊まりしているのだという。だからだいたいこの建物には人は少ない。大雨で足止めを喰らったのは俺たちだけではないということだ。
「普段はこの建物には酒井提督おひとりですか?」そう尋ねた俺に、酒井は「秘書艦はついていることも多いね」と返した。
「……」
メモ帳になにか書き物をしていた青葉の手が一瞬だけ止まる。しかし、すぐにペンは流れるよう走り始めた。他人が見ればそれは思考の澱みにしか見えなかったかもしれないが、生憎俺たちは目的を一部共有している。
視線は合わない。が、ゴーサインは確かに出た。
仕方がない。気は向かないが。
300
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/13(月) 20:42:14 ID:4sOzGRho
「秘書艦は常に固定で?」
「大体一週間を二、三人でまわしているかな。一人に任せっきりだとどうしても不都合はでるからねぇ。人数が多くなればなるほど、秘書艦の仕事も多くなるだろうけど、赤ヶ崎はまだそこまででもない」
「北上か大井あたりが?」
「大井は正解。あいつはどうにもぼくの仕事っぷりが気に入らないようで、ぐちぐち言いながら書類仕事を手伝ってくれます。北上はめんどくさがってね、どうにも」
そう言う酒井の口調は寧ろ楽観的というか、あっけらかんとしている。
「まぁ大井が週に四日、残りの三日を五十鈴と妙高に割り振って任せる感じですかね。勿論遠征や出撃の頻度との兼ね合いもありますが」
「この泊地で夜を過ごすのは少し寂しいように思いますね。『二人なら猶更』」
少しカマをかけてみる。酒井は何も二人きりとは言及しなかったが、もし本当に夜の建物に二人きりなら、性的暴行のチャンスはいくらでもある。その場合は、いま名前の挙がった三人が、被害者として真っ先に挙げられるだろう。
結果として酒井は否定しなかった。「まぁ慣れたものですよ」と笑う。「いくら歳が親子ほど離れていも、上司が宿舎――女の園に寝床を置くわけにはいきませんからね」。
301
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/13(月) 20:43:02 ID:4sOzGRho
「そういえば、聞きましたか。新しい海域への進出が認められたそうですが」
その話は俺も小耳に挟んでいた。第五海域。正式名称を、被制圧重要海域の5。今月の頭から、佐世保の鎮首府が主体となって攻略を始めたとのことだった。
その話題は恐らく海軍内ではホットなものなのだろうが、我が泊地にはあまり関係がないように思えていたし、それ以上に酒井の露骨な逸らしに感じられた。勘繰りすぎか?
「提督」
大井が食堂の入り口付近から呼んでいた。酒井は食堂にかかっている時計を見て、次いで自らの腕時計へ視線を落とし、小さく「あちゃあ」と呟く。
「電池が切れてるな、あれ」
「一昨日からですよ。知らなかったんですか? まったく」
呆れ顔の大井。
「一応仕事の時間ですが、どうします? 沓澤泊地の方々とまだ話を楽しまれるんでしたら、先に私だけで始めてますが」
302
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/13(月) 20:43:54 ID:4sOzGRho
「あぁ、いや」と酒井は俺を見る。「申し訳ない。ぼくはお暇するよ。この食堂は自由に使ってもいいので、最後に電気だけを消してくれたら」
「いえ、俺も」、そう言って潜水艦たちに視線を移す。まだ神通の講義は続いているようだった。「今日の演習のまとめがありますんで」
潜水艦たちは、とりあえず放置でいいだろう。あまり夜更かしをさせるつもりもなかったが、彼女たちに必要なのは外部との交流だ。新しい風は活発に取り入れるに限る。空気も水も澱めば腐る。
青葉もまだ食堂に残るようだった。ひたすらに何かを書き記している。神通と潜水艦たちの会話をメモしているのか、それとも反応ややりとりから何らかの知見を得ているのか。
「大井、部屋まで届けてあげなさい」
「そんな、お構いなく」
「まぁまぁ。この泊地は少し不親切な造作になってますから」
303
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/13(月) 20:45:21 ID:4sOzGRho
頑なに断る理由もなかった。大井は不満げな顔をしていたが、思えばこいつは常にそんな顔であるようにも思えて、俺はそれ以上考えるのをやめる。
顎でしゃくって俺を連れ出す大井。椅子から立ち上がると、潜水艦たちがそれぞれに声をかけてくる。ばいばい、またね、おやすみ、それじゃ。ゴーヤがテーブルの下で手を振っていたので、俺も背中で隠して手を振りかえす。
灯りの少ない廊下を歩く。まだ雨が強く窓を打ち付けているものの、食事の前よりは勢いが弱まった。
「……」
「……」
互いに無言。数分の交わりに和気藹々がそこまで必要でもなかろうが、こうもだんまりだと気も落ちる。
なんらかの話題を出そうと頭を絞ってはみたが、そもそも共通の話題が出てこない。困ったら天気、しかしこの嵐では明るいトークにならないだろう。
304
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/13(月) 20:46:53 ID:4sOzGRho
「北上さんとは、旧知なんですっけ?」
「……まぁな」
意図のわからない質問にぼんやりと返す。いや、意図なんてなくって、大井なりのコミュニケーションなのかもしれない。
それ以降大井はまた静かになった。俺の返事がお気に召さなかったのか、それともなにか対応を間違えたか?
俺を客室へと送り届けると、すぐさま踵を返し、大井の姿が曲がり角へと消えていく。
回線が確立していることを確かめると、俺はノートパソコンを開き、日報の作成へと取り掛かることにした。
* * *
305
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/13(月) 20:47:51 ID:4sOzGRho
* * *
「……ふぅ」
意識していない大きな息が出た。疲れているのか、悩んでいるのか――両方か。
ひとまず日報はつけ終わった。今日の演習のデータもある程度形になる程度まではまとめることができた。あとはこれを開発部の解析班に見てもらって、装備とスク水、否、潜水艦娘専用制服のアップデートを行ってもらおう。
やはりというべきか、これまでの慣れ親しんだ海域での訓練よりも、動きの精度が落ちていたようだ。四人に自覚はあるのだろうか。それが初めての遠征、演習による緊張から由来するのであれば、まだよかった。
結局のところ、彼女たちの未来は未知の連続なのである。そもそも本質的に艦娘の仕事とはそういうものだ。第一に俺たち自身、深海棲艦とは何なのかをよく理解できていないのだ。
よくわからない敵に彼女たちを送り出すことこそが俺たちの仕事である。俺はそれに今のところ成功しているとも言えたし、いや、犯してはならない大失態をしでかしてしまったとも言える。
後悔はない。
306
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/13(月) 20:48:39 ID:4sOzGRho
雨は俺が戻ってきたときよりも、一段と弱まっている。これならば明日の朝は問題なく出発できそうだ。
と、ノック。赤ヶ崎泊地の誰かかとも思ったが、時間が時間だし、用件や名乗りをあげないのは不自然だった。
「……誰だ?」
「あの、てーとく。ゴーヤ」
恐る恐るといった調子で、桃色の髪の毛と髪飾りが扉の隙間から現れた。
「入っていい?」
少し廊下を気にしながらだった。俺が返事を出すよりも早く、ゴーヤは客室へと滑り込んでいる。
流石に寝る時まで制服ではなかった。ショート丈のパンツとノンスリーブのキャミソール。どちらも薄く花柄をあしらっている。どうにも寝る前だったように見えるが。
「どうした?」
「どうしたっていうか」
ゴーヤはそのままてこてことこちらまで歩いてきて、
「……甘えようと、思って」
「……?」
この可愛い生き物を俺はいまだ嘗て見たことがなかった。
307
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/13(月) 20:49:49 ID:4sOzGRho
危うく変なことを言ってしまいそうになる。が、堪える。
ゴーヤが甘えったがりなのは知っていたし、スキンシップ過多であることもわかってはいた。だからこうやって夜に俺の部屋を訪ねることはそう珍しいことではない。
ただ、直接的に言葉にするのは普段の彼女とは違っていた。ゴーヤは間違いなく「察してもらいたがり」だ。にやにや笑いながら俺に肌をこすりつけ、俺がその気になるのを待っていることのほうが圧倒的に多い。
「……だめ?」
「だめじゃあねぇが」
だめなはずなどあるわけもなかった。
俺が言うなり、ゴーヤは俺の胸に飛び込んでくる。背中に手を回してきて、少し息苦しくなるくらいに抱きしめられたので、俺は少し腹筋に力を入れながら彼女を抱きしめてやる。
「……ごめんね」
なにに対する謝罪なのかわからなかった。皆目見当がつかず、返事ができない。
「……演習。負けちゃって」
俺の不理解が通じたのか、ゴーヤは続けてぽつりと漏らす。
308
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/13(月) 20:50:29 ID:4sOzGRho
演習。確かに彼女たちは負けた。完敗、あるいは惨敗とすら言ってもいいくらいだった。だがたった一度の負けにさほどの意味はない。負けてこそ学ぶことも多い。さきほどの神通の長広舌がそれを示している。
そのことを、少なくとも演習に臨む前から、彼女たちには言い聞かせてきたつもりだった。勿論初めての敗北のショックが大きいのはわかる。しかし、それも立ち直ったと思っていたのだが。
食事前のあの無力感がまだ尾を引いているのだとしたら、立ち直らせるのは提督である俺の役目であったし、なにより……。
俺だ。
俺が。
ゴーヤの落ち込んだ姿を見たくなどない。
「でも、ほんとだったら、ゴーヤたちが負けちゃったら、敵が……」
それは一つの真実ではあった。実戦で敗北は、いや、勝利すらも死や破壊と密接に関連しているのだ。
ただしこいつは思い違いをしている。
「実戦だったら、お前らはお前らだけで戦ってるんじゃねぇよ」
だから負けてもいい、とはならないが。
それでも、一人ではなく、四人でさえないのだと思うことは、彼女の人生においての杖になるのではないか。
309
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/13(月) 20:52:17 ID:4sOzGRho
「……」
たっぷりの間があって、
「……そっか、そうだよね」
と呟く。心に落ちてくれたかは自信がない。ただ祈るばかりだ。
「ね、てーとく。ゴーヤのこと嫌いになった?」
「なんでだ。急にわけわからんこと言いだすんじゃねぇ」
抗議の意をこめて髪の毛をぐしゃぐしゃにしてやる。ゴーヤはやめてやめてと笑った。ぐりぐりと額を鳩尾に擦り付けてくる。
ふわり、シャンプーの香りがした。
俺の動揺が伝わったのではない、はずだ。そう願いたかった。
ゴーヤは潤んだ瞳でこちらをじっと見つめてきて、それだけならばまだ抵抗のしようはあったのだけれど、少し火照った頬と、甘い吐息さえもそこに混じって……。
310
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/13(月) 20:53:09 ID:4sOzGRho
思考を見抜かれたのだとすぐにわかった。言葉が脳髄を引っ掴む。背筋がぞくりと凍る。
いや、いや、だめだ。よくない。ここはそもそもうちではない。余所の泊地で、客室で、俺は性的虐待の証拠を掴まなくてはならなくて。
「てーとく」
ゴーヤがもう一度言う。
「好き」
それに返すべきか返さざるべきか、逡巡が襲った。返事をするということは、つまりは見えている落とし穴を踏み抜くという所業に等しい。それでも俺は、やはり、結局、自ら穴に落ちようと思った。既に落ちているのだから、とも。
同意の言葉がきちんとした日本語になったかどうか、わからない。言い切るよりも先に柔らかい唇が俺の口を塞いだからだ。
舌と舌がゆっくり絡み合う。歯列をなぞる。歯の裏側や、口蓋の上の唾液を舐めとるたびに、ゴーヤの小さな肩が快感に震える。
311
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/13(月) 20:54:06 ID:4sOzGRho
「これから先は、さすがに」
それだけのことを口にするのに、一体どれだけの熱量が必要だったことか。
欲望に、三大欲求に打ち克つのは生半ではなく、俺はそれほど自制の利く方ではない。
「だいじょー、ぶ」
顎まで伝った涎を一度親指の腹で掬い、ゴーヤは笑う。
少女に似合わない淫靡な笑み。
彼女の手が、柔らかく、僅かにふっくらとした指先が、俺の膨らんだ股間へと延びる。ズボンの上から優しく、四本の指がそれぞれ独立した意思を持つかのように、つつ、つ、と滑っていく。
「てーとくは、ただ気持ちよくなってれば、いいでち」
312
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/13(月) 20:55:43 ID:4sOzGRho
――――――――――――
ここまで
つぎ濡れ場。
コミティアに行ってモチベの高まりを感じているので次回は早いはず。
待て、次回。
313
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/05/13(月) 21:24:22 ID:j44eDXjE
続ききてた!しかし環境が違うと興奮するのは分かるし色々あった後だから何だけど、この場でそれはヤバそうなのがなぁ
314
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/05/13(月) 22:46:08 ID:Kk3./cKE
乙ー
やはり神通=サンは教え魔、なるほど二水戦が強い訳だ
コレは墓場でカラカラになるやつ
315
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/05/14(火) 00:39:35 ID:x6SgcwF2
こいつら正気か
316
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/16(木) 02:51:31 ID:C/1PTb3c
電気を消したのはまずかった。何よりも、まず真っ先にそう思った。
部屋の扉に鍵をかけ、さらに念には念を入れ、就寝したように見せかけようと部屋の灯りを落とす提案をしたのは俺だ。だが、今思えば、暗い俺の部屋からゴーヤが出てきたのを目撃されれば、それこそ言い訳のしようがない。
そしてなによりそれ以上に、とにかく、感覚が下半身に集中するのがまずい。
暗闇の中で、俺の下のほうから、ぐちゅ、ぷちゅ、という粘ついた水音だけが響いている。聴覚。他にはなにもない。暗闇の中、いまだけは幻肢痛もどこかへ消え失せて、ただただ下半身から全身へと駆け巡る陶酔だけがそこにはある。
ゴーヤの体は小さい。四人の中で最も。だから当然その口も小さくて、きっと気のせいに違いないが、唇も薄らとしているように思えた。
317
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/16(木) 02:52:19 ID:C/1PTb3c
そんな狭い隙間に、俺の屹立がぴったりと収まっている。先端から三分の二ほどが、暖かく、柔らかい、心地のよいぬめりに覆われている。
涎と先走りの混じった液体が根本に溜まり、あるいは睾丸の方まで垂れて、ゴーヤは時たまそれを舌で掬う。毛はてらてらと濡れそぼっているのだろう。
唇がくびれを行き交うたびに言葉にできない快感がじんわり太腿を熱くする。ぐち、ちゅ、ぢゅるると耳までも犯される。
別段、口淫は初めではなかった。しかしここまで腰が砕けそうになるのは初めてだ。それはゴーヤの技量が上がっているというよりは、どちらかといえば俺自身の問題でもあるように思えた。
彼女への愛情であるとか、背徳感であるとか、暗闇だとか。
318
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/16(木) 02:52:59 ID:C/1PTb3c
手のやり場に困って彼女の頭へと手を置く。一瞬だけびくりと体を震わせたが、なにも俺が強引にしたいわけではないのだと察すると、今度は逆にもっともっととせがむ子供のように、その一本一本が細い髪の毛を手のひらへと擦り付けてきた。
頭が前後に揺さぶられるたび、くびれを唇が往復し、裏筋を舌が撫でまわす。じっとり、ゆっくりとした緩やかな動き。俺の射精を急かせているのではなかった。自惚れかもしれないが、ゴーヤ自身が、俺を味わっているように感じた。
口内に溜まった唾液や、俺に塗布されたものをこそぎ落とすかのように、口の中がすぼめられ、それでもやはりゆっくりと、前へ、後ろへ、動く。暖かい。
ゴーヤの鼻息が俺の根元へと当たって、それだけが少しくすぐったかった。それがある種の助けでもあった。でなければすぐにでも達してしまいそうだったから。
319
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/16(木) 02:54:07 ID:C/1PTb3c
「苦しくないか、無理しなくていいからな」
半分だけの本音。もう半分は、早漏だと思われたくないという見栄を張るためでもある。
僅かに動きが止まって、返事はなく、今度は少し速度を上げる。射精を促しているのではない。大丈夫だということを言外に伝えたかったのだろう。
「てーとくもっ」
ちゅぴ、という音とともに、口の中から俺自身が開放される。
「無理しなくていいでちよ。出したくなったら、出してくれて」
小鳥のような口づけが降る。先端。くびれ。中腹ときて、涎だまりを軽く啜ると、また口内へ納める。
「……気持ちいいぞ」
頭を撫でてやる。舌が大きくうねって、それが応え。
「んっ」
くぐもった声。俺のではない水音が、さらに下の方から響く。
暗闇の中、月明かりも満足に入らない雨の日であっても、その瞳が俺へと向いている気がした。なぜだか確信があった。ゴーヤは頭を撫でて欲しがっているという。
320
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/05/16(木) 02:55:25 ID:C/1PTb3c
髪の毛を梳くように撫でる。つむじからこめかみへ流れるように、そして耳を少しだけ弄って、きめ細やかな一本一本を愛おしむように、慈しむように、後頭部へと回す。
ゴーヤの口の中の潤みが増した。さらに動きが滑らかになる。同時に、俺のものではない水音も、はっきりと耳に聞こえるようほどまで。
ぐち、ぐちゅ、淫靡な音。俺に聞こえていることに気付いているのだろうか。あえて聞かせているのかもしれない。もしくは、そこまでの余裕がないのかもしれない。
ん、ふ、んう、くっ。ゴーヤの口から、空気の漏れる音ではないものが混じり始める。俺のものは過熱したローションの中を泳ぐ。
飲みこみ切れなかった唾液は唇から溢れ、線を煌めかせ、絨毯に染みを作る。
往復するたびに膝が折れ曲がりそうになった。思わず腕に力を籠めそうになって、代わりに撫でる指先に意識を集中させる。肌が熱い。耳が熱い。それは彼女が興奮しているからなのか、俺が発情しているからなのか、判断できるほどの余裕はなかった。
321
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/05/16(木) 02:56:17 ID:C/1PTb3c
ゴーヤの小柄な体が小刻みに震える。肩から全身にかけてが、びくん、ぶるり、痙攣する。
調整が最早効かなくなっているのだろう、どう考えても身に余るサイズのそれを、ゴーヤは勢いに任せて根元まで口の中へと挿入していく。わからない、あるいはそれは、俺が無意識のうちに彼女の頭を自らの腰へと叩きつけているだけなのかもしれなかった。
腰が自然と動く。抽送に合わせて、申し訳ないとは思いながらも、最大限に快楽を求める動作が止まらない。全ては本能が支配していた。
「悪い、もっ、いきそ」
「んーっ」
それは同意か了承だった。そうに違いなかった。そうであると思うことにした。
熱に浮かされた俺の頭は、ゴーヤの頭を撫でることも忘れ、彼女が逃げないようにその後頭部と側頭部へと手を回させる。
腰の奥底から衝動がこみあげてきて、それを理解してからは一瞬だった。少しでも長くこの快感を味わっていたいという願望が我慢を命ずるけれど、それよりも本能の奔流は比べて圧倒的で、すぐに理性は決壊する。
322
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/05/16(木) 02:56:55 ID:C/1PTb3c
詰まっていた全てが押し流される快楽。小さな口内に目一杯、そこすらも自分のものであるかと誇示するように、俺は彼女へと精を吐き散らかす。
あわせてゴーヤの体が震えた。苦しそうな、くぐもった声。だがその震えが全身から来ていることはすぐにわかった。二度、三度と俺が尿道に残った精を絞り出すたび、舌でそれを迎え入れ、小柄な体もまた震える。
永遠に続くかと思われた射精も、冷静になればものの数秒だったに違いない。ゴーヤはゆっくり、唇をぴったり俺のものにあわせて、これまで以上にゆっくりと、一滴も零さんとした様子で口から引き抜いていく。
ゴーヤの体が脱力する。両手が俺の腰を掴み、明らかに汗とは違うぬるりとした液体が、肌へとはりつく。
「んー」
俺のほうへとそのまま倒れこんできた。一旦腰へと抱きついた彼女の、その両脇へと腕を差し込んで、抱き締めて支える。向こうも腕を俺の背中へと回してきたけれど、その力は弱弱しかった。
顎の下でごくりと嚥下の音。なにもそこまでしなくても、と言葉が口をついて出そうになるものの、そういえばティッシュなどの用意もしていない分際で、それはあまりにもあまりにもな発言だと考え直す。
323
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/05/16(木) 02:57:38 ID:C/1PTb3c
「……ごちそうさまでした」
青臭い吐息でゴーヤが笑う。男とは単純な生き物で、そんな言葉一つでまた下半身が反応しそうになってしまった。
「出してもいいとは言ったけど、こんなにたくさん出してもいいとは言ってないでち」
「……いや、それは」
自らのことであったとて、調整の効かないことは多々存在する。
「……気持ちよかったし」
「……なら、よし」
いいのか。
まぁお許しを頂けたのなら幸いではあるが。
「今度はゴーヤも、もっと気持ちよくしてくだち」
いまだ粘液に濡れた指先が、唇へと突きつけられる。
それについては申し開きもできない。言葉を交わすよりかはと、彼女がさきほど俺にしてくれことを真似て、中指を薬指を一本ずつ口へと含んだ。
「ん、やっ」
いや? と聞くほどの度胸はない。少し塩気の混じる指先を、爪の間から指の股まで丁寧に、そこれこそ「奉仕」という言葉が似合うくらいに、丹念にしゃぶりあげた。
関節を舌が這いまわるたびにゴーヤは微かに身悶えし、小さく息を吐く。そんな姿を見て嗜虐心が湧いたが、既に頭はなんとか冷静になっていた。
324
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/05/16(木) 03:01:08 ID:C/1PTb3c
五分ほどそうしていただろうか。ゴーヤの指から口を離すと、俺の唾液にまみれた指を、またゴーヤは口に含んだ。そうして「へへ」と笑う。
思わず抱き締めてしまった。
そろそろ脱力からも解放されたらしいゴーヤは、俺の背中に手を回し、今度こそ力いっぱいに抱きしめ返してくる。痛くはない。寧ろ密着度が上がるほどに、物理的な隙間が埋まるのと相関するかのように、心が幸せで満たされる。
「――」
脚が痛んだ。
肉が弾け、神経が爆ぜるような。
針で傷口を何度も何度も突き刺されるような。
既に合成樹脂に置き換わっているはずの俺の脚が、ないはずの脚が。
深海棲艦によって奪われた脚が。
痛い。
痛む。
325
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/16(木) 03:03:26 ID:C/1PTb3c
あぁ、それでも、俺は偉い。自分で自分を褒めてやりたい。だって唐突に襲い来るこの理不尽にさえも、木枯らしにコートの前を掻き合わせるかのように、なんでもない顔で、平気なツラして、ゴーヤを抱きしめ続けることができるのだから。
あぁ、それでも、俺は知っていた。わかっているのだ。ゴーヤを愛せば愛すほど、大事に思えば思うほど、罪悪感が首を刎ねてくる。
嘘は真実にいつかすげ変わる。いや、最早すげ変わって久しい。そう主張しても、「だから?」と冷めた目で俺を見てくる俺が、暗闇の隅に潜んでいる。
きっと俺は最初から間違えてしまった。それとも、ゴーヤが俺を間違えさせたのか。
「……明日も早い。名残惜しいけど」
強く抱きしめたままに言う。
「……うん」
ゴーヤが力を緩めても、俺の腕からは力が抜けていってくれない。
困ったようにゴーヤは笑った。「さびしがり屋さんでちねぇ」と俺の頭を撫でてくれた。
「……ごめんな」
そう言って、半ば突き放すように彼女を解放する。
「ね。キスしてもいーい?」
それは、俺が彼女の口の中に出したことを気にしての発言だったのだろう。言葉を返さず、頭を軽く撫でてやって、二度、唇を食むような口づけを交わした。
ゴーヤは満足そうに頷いて、扉へと向かう。
326
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/16(木) 03:04:00 ID:C/1PTb3c
「……出る時、気をつけろよ。誰かに見つかったら」
「わかってるよ」
洒落にならないことになる。
ならば初めから、こんな出先の、他の泊地でおっぱじめなければよかったのに。良識者はそう言うに違いない。俺だってそう思う。きっと俺は気が振れているのだ。桃色の気配に中てられてしまったのだ。
ゴーヤは扉に耳を当てて廊下の気配を窺っていた。どうやら大丈夫だと確信が持てたようで、音を極力殺しながら、扉を開く。
「……」
ハチが立っていた。
327
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/16(木) 03:07:21 ID:C/1PTb3c
―――――――――
ここまで
どっかで一旦巻きを入れないとまずいんじゃないか……?
特技はプロットの逸脱です。
待て、次回。
328
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/05/16(木) 07:31:22 ID:YjE.DdFM
やべえよやべえよ……
329
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/05/16(木) 07:56:48 ID:n65nKiDY
舞ってる次回
330
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/05/16(木) 08:06:51 ID:3zr8EA/2
ままならぬ程良いものという事で。乙です。次も楽しみにしております
331
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/16(木) 17:24:50 ID:BK2Ik1aw
「……」
「……」
「……」
「……」
ゴーヤが固まっていた。
ハチは無表情に、扉の隙間からこちらを見つめている。
「……」
「……」
ゴーヤは無言で扉を閉めた。
「……」
「……」
振り向いて、俺を見る。困惑でもなく、助けを求めているのでもなかった。いま扉の向こう、消灯された廊下の薄明かりの中にぼんやり立っていたパジャマ姿の少女が、幽霊の類だったかどうかを尋ねているのだ。
寧ろ幽霊でない方が恐ろしかった。
332
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/16(木) 17:25:58 ID:BK2Ik1aw
手のひらにじっとりと汗が滲む。
ゴーヤの体も、首から上だけしか満足に動いていない。
その強張った体で、もう一度彼女は扉を開けようとチャレンジした。ドアノブの握りを確かめて、腕に力を入れ、可能な限り音の出ないように、ゆっくり、扉を開く。
「……」
「……」
ハチが立っていた。
やはり、ハチが立っていた。
変わらない無表情のまま、僅かに開いた扉の隙間からでも、こちらに視線を向けているのがわかる。
「……」
「……」
333
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/16(木) 17:26:51 ID:BK2Ik1aw
無言。
「……」
のままに、ゴーヤは引き攣った表情で扉を閉めようとして、
「……」
同じく無言のまま、ハチが扉の隙間に無理やり脚をねじ込んでくる。そしてさらに、扉の内側へと指をかけ、力任せに一気に開いた。
「ぎゃ――」
慌てて叫び声を上げそうになるゴーヤ。そんな彼女の口をハチが素早く塞いだ。左手で、アイアンクローの要領で叫びを潰し、体を室内へと滑り込ませると、右手で扉を勢いよく閉める。
素早く澱みのない動きだった。訓練された、あるいは完全に想定された動きだった。
俺たちの前に、大地をしっかと踏みしめて立つハチの姿に、ついにゴーヤも叫び声を上げる気力を失くしたようだ。ハチの指から解放されると、数歩よろけて後ろに下がる。
ぱちり、と音がして、暗闇を切り裂く室内灯の光。
334
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/16(木) 17:27:21 ID:BK2Ik1aw
ハチは依然として無表情だった。怒りも、悲しみも、そこには見えない。普段から感情表現の多い方ではなかったが、いまはまるで能面のようだ。
ただ、それでも圧があった。身をちりちりと焦がす炭火のような熱が、ハチの体から吹き荒んでいる。
心臓が早鐘を打つ。汗は手のひらだけでなく、首筋や胸元にさえ薄ら現れる。
急激な視界の変化に目が痛い。呼吸がうまく整わない。
正解は。正解はどこだ。俺たちがとるべき針路はどこにある。
「提督」
ようやくハチが口を開いた。落ち着いた、湖面のような声。朝靄さえも今は見えそうなほど。
「ゴーヤ」
「は、はいっ?」
「なにをやっていたんですか?」
質問ではない。詰問ですらない。それは単なる確認作業で、ハチの様子から察するに、この部屋の中で行われていた一連の行為は既にばれている。具体的な内容まではさすがに、と思いたかったが、少なくとも俺たちが愛し合っていたことに彼女は疑義を抱いていない。
ごまかしは選択肢に含まれなかったが、かといって素直に全てを洗いざらい話すのも躊躇われた。罪悪感、後ろめたさ、あまりにも後先考えない春の暴走――それをあけっぴろげにするのは、難しい。
335
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/16(木) 17:30:43 ID:BK2Ik1aw
ハチは一旦目を瞑り、大きく二度ずつ、吸って、吐く。
「言いたいことが……」
視線が上へとずれた。何かを考えている。
「……いくつか、あります」
数える途中で面倒になったことは明白だった。それは俺とゴーヤにとって、先の見えない恐ろしさを予感させた。
「まず、ゴーヤ」
「な、なんでちか……?」
「夜にこっそり抜け出すのなら、もう少しうまくやって。足音で気づくから。だから、こんなことになる。私だって眼を覚まさなければ、こんなことはしない」
「……うん。ごめん」
「この際、どっちから誘ったかなんてことは追求しません。自然とそうなったってこともあるだろうし」
ジト目でハチは俺を睨みつけてくる。
「ただ、TPOって言葉を知るべきです」
「……返す言葉もございません」
336
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/16(木) 17:31:17 ID:BK2Ik1aw
ハチの言葉は全て正論で、ゆえに俺は退避以外のしようがなかった。逃げ場がない。行き所もない。正しい論の前では、愛や一時の情熱など何の意味も持たない。
もしかしたら、人によっては俺のそんな考えを戯言と評するだろう。無責任だと。ただの言い訳だと。もっときちんと、立場ある大人の行動をしろと。
……よくないなぁ。
うん。これは、よくない。
水泳に全てを捧げすぎてきたというのもあるし、女に免疫が少ないというのもあるし、少し、ゴーヤに入れ込み過ぎているきらいはある。
襟を正せというハチの主張は実に心が痛い。
「ほんとですよ。まったく。ここは他の泊地ですよ? 別に、沓澤でサカる分には、みんな見て見ぬふりしてんですから」
「……」
「……」
さもありなん。なんとなくわかっていた、なぁなぁにしていた事実ではあった。
ゴーヤは顔を羞恥に染めているが、彼女だって嘗て自ら言っていたのだ。この関係が周囲にばれていないとは思っていないと。とはいえ先ほどのハチの言葉から察せる限りだと、相当に早い段階から、そして何度も我慢を強いてしまったのかもしれない。
337
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/16(木) 17:32:16 ID:BK2Ik1aw
「悪かった。少し、周りが見えてなかったかもしれない」
「てーとくぅ……」
ゴーヤが震えながら俺を見た。俺は視線を逸らす。やめろ、こっちを見るな。俺にその恥ずかしさの肩代わりはしてやれない。
「二人の関係が本気だというなら止めやしませんが、わざわざ、こんな、エロ同人みたいなことを」
「エロ同人?」
きょとんとした顔のゴーヤ。無邪気な疑問の声。
「って、なんでちか? エロ本とは違うの?」
「……」
「……」
何度目かもわからない無言だった。
というか、ハチはそこで、ようやく自らが墓穴を掘ったことを理解したらしい。一気に耳まで赤くして、困った顔で俺を見る。
……俺を見るなよ。なんでだよ。俺も名前くらいしか聞いたことねぇよ。
338
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/16(木) 17:33:52 ID:BK2Ik1aw
「てーとく?」
「いや、俺は、そういうのはよく知らん」
「べっ! 別に私だって、エロ同人? とか! そういうのよくわかんないですし!?」
その「俺は」という表現には、決して意図したものはなかったのだが、ハチは違う捉え方をしたようだった。
「はーやだやだ、これだからほんとにもう、男のひとは困っちゃうんですよね! あれが! もうほんとに、ほんと、もう、あれですわぁー! あれ!」
「具体性が消失してんぞ」
「いいんです!」
いや、よくはないと思うが。
「大体! たとえ本気だとしても! 本気なら……っ!」
ハチの声には張り裂けそうな色が浮かんできていた。少し、声が大きい。あまり注目を引きたくはないが、大丈夫だろうか。
瞳には既に涙さえ滲んでいて、それが興奮のせいのようにはどうにも思えず、俺は怪訝な顔で彼女を見る。
目が合った。
「私の方が、ゴーヤよりも早かったのにっ……!」
頭をがつんとやられた。
339
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/16(木) 17:37:38 ID:BK2Ik1aw
眩暈がする。足元が覚束ない。正常だったはずの五感は僅かの間に消えてなくなり、ただただ言葉が胸でつっかえる。
ハチの言葉は、俺の自惚れでなければ、そういうことだった。俺が今まで気づかずに蔑にしていた彼女の救難信号だった。
しかし、
「ハチ。その話は、もうとっくに終わったでち」
ゴーヤの続いた台詞が、何よりの衝撃で。
困ったような顔こそしていたが、それでいて決してぶれない芯のようなものを、確かに感じた。俺の知らないところで、既に話は済んでいて……それでもハチは言葉にし、ゴーヤはきっぱりと終結を告げている。
ハチの気持ちを知った上で俺との逢瀬に励むのは、酷い背信行為であるように思えた。俺の知っている桃色の少女は、確かに少し短絡的で直情的なところはあるものの、結果として誰かを傷つけることはあるかもしれないが、そこまで愚かではなかったはずだ。
ゴーヤに何か考えがあるのか、過去の話とやらでなんらかの協定が結ばれたのか。
340
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/16(木) 17:38:40 ID:BK2Ik1aw
ハチは手の甲で目を擦り、涙を拭う。いつもによく似た冷めた顔で、うっすらと笑った。
「そうだね。順番、だもんね」
順番? なにがだ?
「提督も、ゴーヤのこと、好きなんですよね」
ハチはともかくとして、ゴーヤまでもが、なぜだか泣きそうな子供のような表情で俺を見ているのが印象的だった。
縋るように。助けを求めるように。
溺れて、息を喘ぐように。
「……あぁ」
「愛してるんですよね」
「あぁ」
「幸せなんですよね」
「あぁ」
341
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/16(木) 17:40:43 ID:BK2Ik1aw
「そっか。ならやっぱり、はっちゃんの出る幕はないようなので……でも、それでも、ちょっとは思いますよ、提督。思うの、ゴーヤ。
ずるいなぁって。もしかしたら、そこにいたのは私だったのかもしれないなぁって」
「ハチ、ゴーヤは……」
「『その話は、もうとっくに終わった』。でしょ?
まぁそれでも、罪悪感がちょっとでもあるって言うなら、ね、二人とも。はっちゃんのお願い、きいてほしーなー……」
ハチは、また笑う。今度は意地の悪そうに、そして妖艶に。
肘を抑えて腕を組む。彼女の豊満な胸が、ゆっさりと揺れる。
「ちんちん見せて」
342
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/05/16(木) 17:41:51 ID:BK2Ik1aw
――――――――――――
ここまで
はっちゃんはむっつりすけべぇ。
次は濡れ場じゃないです。
待て、次回。
343
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/05/16(木) 23:02:21 ID:u09e7n1o
提督は罪な男よな
はっちゃんがいつも持ってる本は薄い本(分厚い)だったんやな
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