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【艦これ】潜水艦泊地の一年戦争

1以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/19(月) 21:13:21 ID:YFhFFZAw
地の文あり、独自設定あり。

同タイトルの完全版です。
SS速報ではR描写厳禁なので、こちらに引っ越しました。

595以下、名無しが深夜にお送りします:2019/07/28(日) 09:18:47 ID:ChbHEN1E
乙!待つぞ!

596以下、名無しが深夜にお送りします:2019/07/28(日) 10:05:41 ID:SErQgcf2
乙なのね! 最終回、楽しみです!

597以下、名無しが深夜にお送りします:2019/07/28(日) 11:40:38 ID:KdV0MN9M
乙乙ん
クライマックスですなぁ……完結の気配が喜ばしくもあり、名残惜しくもある

598 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/13(火) 17:33:44 ID:CAgJ3EhE

「……あー」

 百に近い視線を浴びせられて、聊か緊張しているきらいはあった。インタビューは慣れているが、ひとり前に立って何かを喋るというのは、少しばかり趣が違う。
 赤ヶ崎泊地の艦娘は、総勢で四十二。そして俺の横、距離を置いた位置に、潜水艦たちが四人直立不動の姿勢で立っている。

「本日付でこの泊地を預かることになった、国村健臣という」

 前方に動揺はない。こうなることへの予期がそこにはあった。ただし、それは決して俺が認められたこととイコールではない。
 酒井提督の退任については、赤ヶ崎泊地の艦娘たちには、北上との間でトラブルがあったことに起因する更迭と説明されていた。その説明はおおむね間違っていない。しかし、詳しい事情は勿論教えられないし、それゆえに勘繰りや不信を抱かれるのも仕方がないとは思っている。
 それでも、隠すことは必要だ。海軍にとってもそうだろうし、北上――依子、あいつの気持ちを俺が汲まずしてどうする。

599 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/13(火) 17:34:20 ID:CAgJ3EhE

 こいつは一体どういうやつなのだろう。酒井提督はどうして任を解かれたのか。そんな思いをひしひしとぶつけられている感覚。

 それに負けないように、僅かに声を張った。

「気になることは多々あると思う。不満も、不安も、あるだろう。俺は……着任一発目にこんなことを言うのもなんだが、それら全てに応えることはできない。口を噤まなければならんことは少なくない。
 だが、だからこそ、知っていて欲しい。そういうこともある。そして俺は、そういうことがないようにするために、ここにいる」

「……」

 伝わったかどうかはわからない。値踏みする視線と、ひそひそ声。

 ぱち。ぱち、ぱち。まばらな拍手が聞こえてくる。
 見れば球磨や神通が神妙に手を打っていた。思うところもあるだろうに、そうしてくれるだけの大人の態度が、随分と心へ染みた。

600 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/13(火) 17:35:12 ID:CAgJ3EhE

 たったいまの宣言は嘘ではない。欺瞞は欠片もなかった。俺は、こいつらもあいつらも、そして自分自身をも、誤魔化しながら生きていく道には戻れなかった。
 きっとよくあることなのだろう。どこにだってあるに違いない。世の中に疎い子女を手籠めにしたり、食い物にしたり……あるいはトカゲの尻尾きりで、部下に責任を押し付けたり、甘い汁を吸うことに躍起になっていたり。
 残念ながら、この世の悪を滅したり、全てを正しく矯正させようと思えるほどには、俺は青くはなれない。けれどそれは、許容とは決定的に異なっている。

 正義のヒーローなどではなかったし、気取るつもりもない。それでも自分の手の届く範囲を救ってやりたいと思うのは、傲慢とは言うまい。

 一通りの着任の挨拶を済ませてから、疲弊した体を引きずって、新しい執務室の椅子へと腰を下ろす。おおよそ酒井のものは証拠品として押収されてしまっていた。執務室はがらんとしている。

601 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/13(火) 17:36:33 ID:CAgJ3EhE

 小耳に挟んだ話ではあるが、余罪がぼろぼろと出るだろうという特捜部の目論見は、随分とあてが外れたらしかった。横領であるとか、他の艦娘も脅迫していただとか、そのような証拠は一切見つからかったという。
 それが、酒井の巧妙な証拠隠匿なのか、はたまた本当に依子に熱を上げていただけなのか、俺にはわからない。知る由もない。

 ただ、きっとなにかを、どこかで、間違えてしまったんだろう。心に傷を負った少女たちを受け入れる、嘗て聞いた酒井の人物像と、ガラス越しの依子の笑顔を回想するたびに心が痛む。

 俺たちがそうならなかった保証はどこにもない。

 と、ノック。

「入るクマ」

「おう」

 水兵さながらの格好をして、球磨がのんびりと入ってくる。

602 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/13(火) 17:38:56 ID:CAgJ3EhE

「とりあえず、着任お疲れ様って感じかな?」

「ひとまずは、な。これからやらなきゃならんことが大量に控えてる」

 当分の間、俺に球磨があてがわれたのは幸運だった。殆どが初対面のこの泊地のなかで、彼女や神通、初雪などは、潜水艦たちの相手でそれなりに知った仲だ。

「そこは仕方がないクマ。球磨たちはあんたの仕事を手伝うことはできても、肩代わりすることはできないかんね」

「わかってるさ。俺の仕事は俺のもんだ」

「そして、球磨たちの仕事は球磨のもん?」

「まぁな」

「ステイタスだとか、演習の映像だとか……あぁ、あとは航行記録と海底地形図、海流計のログも? 多分そっちにもいってると思うけど、気になるのがあったらどんどん言って欲しいクマ。いろいろ、なにかと物騒だから」

 球磨の口ぶりは神妙だった。物騒。北上の一件を揶揄しているわけではないと思いたかったが。

603 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/13(火) 17:41:13 ID:CAgJ3EhE

「一応駆逐と軽巡に関しては、球磨たちもケアに回ってる。重巡……軽空母もかな。そのあたり以上は、年齢層も高いから、それなりに理性的。ただ、まぁ、焦らずに長い目で見てよ。内心穏やかじゃないコも、きっと、多い」

 わかっているつもりではあるが、釘を刺されると身も引き締まる。功を急くことはない。足元を疎かにしてはならない。
 気苦労をかけてすまないな。そう言うと、球磨ははにかむように笑う。照れの入りまじった、真正面から受け止めていいのか不安がっているようにも見える、子供のような笑み。

「謝礼は言葉よりも現物でお願いするクマ。こっちのことはこっちでなんとかするから、あんたはあっちをきっちり、かっちり、まとめないと」

 こっちとあっち。
 海上艦と、潜水艦。

 田丸の尽力もあって、潜水艦娘計画については、おおよそ本決まりになるとのことであった。
 俺たちが赤ヶ崎泊地へ移籍してきたのには、そのあたりの運用についての事情もある。酒井の後任としてであると同時に、潜水艦を泊地規模で運用するにあたり、これまで何度もの演習を繰り返してきた赤ヶ崎に所属させるべきだという判断が下ったのだ。

604 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/13(火) 17:42:54 ID:CAgJ3EhE

 ようやく一息つける結果にはなったが、かといって安穏としていられるかと問われれば、否となるだろう。反田丸派は依然として健在だし、これからは潜水艦だけではなく赤ヶ崎の艦娘たちともうまくやっていかなければならない。
 課題は山積み。しかし辟易とはしない。あいつらがいるから……といってしまうのは、少々くさすぎるか。

「そんじゃ、球磨はさっさとお暇するね」

「ん、忙しいところ悪い」

「別に球磨がどーこーってことじゃなくて……」

 球磨はため息をひとつついて、親指で自らの背後を指した。

「おら、てめーら、そんなとこでこそこそしてんじゃねークマ」

 そのまま何かをむんずと掴んで、ぽいぽいぽいぽい、四つの人影を執務室の中へと次々放り込んでいく。
 変な笑いがこみあげてきて、上がる口角を隠そうと、顔の半分を手で覆う。まったく着任初日から忙しないやつらだ。

605 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/13(火) 17:46:22 ID:CAgJ3EhE

「あはは……」

 イムヤが頬を掻く。

「お疲れ様、でち」

「仲好きことは素晴らしきことかな、なぁんて昔の人は言ったけど、規律を乱すようなことは慎むクマ」

 あっけらかんと笑いながら球磨は部屋を出ていった。俺はわずかにぎくりとしたが、なんとか平静を装う。まるで冗談になっていない。

「なにやってんだ、お前ら」

「なにって……」

 四人が顔を見合わせる。

「ありがとうと、おめでとうを、その……」

「言おうと思ったのねー」

 天を仰ぐ。埃の溜まった蛍光灯の傘が見えた。

「こっちの台詞だ」

 言いたいことは多々あった。しかし膨大な言葉は喉を通って行かないし、逐一選んでいては日が暮れる。端的に自分のこころを伝えることのなんと難しいことか。
 とはいえこれで終わりではない。ここがゴールではない。深海棲艦との戦いは熾烈を極めていくだろうし、伴って艦娘の数は増えるだろう。こいつらは最初の潜水艦として周囲の手本とならなければいけない。

606 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/13(火) 17:49:09 ID:CAgJ3EhE

 ただ、それはそれとして、たとえ一時の安寧だとしても、それに身を委ねることの幸福が確かにあった。

 ゴーヤが俺の胸元に飛び込んでくる。桃のような甘いかおりが鼻孔一杯に広がる。そのまま勢い余って、椅子ごと俺たちは後ろへと倒れこんだ。
 衝撃に息が詰まるも、なぜだか笑いがこみあげてきて、眼の端に涙すら滲むものだから、俺はまったくどうしていいかわからなくなってしまった。こんなことは初めてだった。

 正体不明の感覚にやり場がなくなった腕で、とりあえずゴーヤの体を抱きしめる。手首から先がお留守だったので、そのままわしゃわしゃと、無造作に洗髪でもするかのようにかき乱す。
 ゴーヤはやめてやめてと言いながらも笑っていた。眼の端に涙すら滲ませていた。彼女自身、まったくどうしていいかわからないようだった。

 俺はなぜだかそれが楽しくて楽しくて仕方がない。

607 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/13(火) 17:50:16 ID:CAgJ3EhE

 大丈夫ですかと駆け寄ってきたハチすらも、巻き添えにしようと俺は首根っこを掴んで引き寄せてやった。ゴーヤと二人まとめて抱きしめてやる。二人は頬をくっつけながら、俺のシャツの裾を、襟を、それぞれ力いっぱいに握り締める。
 ハチが俺の胸板に頬を寄せながら、好きです、好きですと繰り返すので、ゴーヤの眉が見る見るうちに吊り上る。イムヤとイクも呆れ顔だ。返事に困ったものの、誤解怖れることなく再度言ってやる。「こっちの台詞だ」。

 なにやってんのよ。そう呟きながらイムヤが手を差し出してくる。握手を求められているのだと察して、当然それに応じる――芽生えた悪戯心のままに、イムヤも一気に引き倒す。
 ゴーヤとハチも愉快そうにイムヤをもみくちゃにした。あんたらお酒でも飲んだんじゃないの、なんて叫ぶイムヤだが、その動作に抵抗の様子は見えない。

608 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/13(火) 17:51:14 ID:CAgJ3EhE

「ほらっ! イクも来るでち!」

 叫んだゴーヤにあわせて、イクが跳んだ。……跳んだ?

 どすんと衝撃。少女特有の柔らかさが、腕やら脚やら、腹やら胸やら、なんなら顔にまで押し付けられて、窒息死寸前。ただでさえ幸せで胸が詰まっているというのに、これ以上は胸がはちきれてしまいそうだ。

 嘗て俺の人生は水泳とともにあり、そして失われた脚とともにあった。
 けれど、こいつらは言った。言ってくれた。自分たちが俺の脚の代わりになるのだと。それが果たしてどれほどの効果を齎したのか、こいつらは知っているのだろうか? どれだけその言葉で救われたのか、理解しているのだろうか?

 義足の感覚と、四人分の重みを、俺は交互に意識する。

 これからの人生は、こいつらとともにあるのだろう。

 脚の痛みは、既にない。

609 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/13(火) 17:53:14 ID:CAgJ3EhE

田丸が倒れたと聞いたのは、その四日後であった。

610 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/13(火) 17:58:04 ID:CAgJ3EhE
――――――――――
ここまで。

いろいろと嘘をつきました。
大人は嘘をつく生き物なので…

次回でおしまいです。

待て、次回。

611以下、名無しが深夜にお送りします:2019/08/13(火) 20:22:35 ID:cw3xnzFs
乙なのね


田丸=サン、カロウシか

612以下、名無しが深夜にお送りします:2019/08/13(火) 21:32:31 ID:Vu52aOWw
お疲れ様です

613以下、名無しが深夜にお送りします:2019/08/13(火) 23:36:42 ID:66qUk08Y
乙んつん

大団円(仮)と思わせてからの……待つ次回

614 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/14(水) 23:14:29 ID:ot2jFbd.

「過労死とは言ったが、本当に倒れるとは思ってなかったぞ」

 病院の特等個室には面会謝絶の札が掲げられていた。そんなものはまるきり無視して部屋へと入れば、広々とした病室の窓際に上質そうなベッド、その上に田丸が横になっている。
 とはいっても寝たきりという感じではなく、背中や腰、足元まで角度の調節が効くベッドで、楽な姿勢になって読書をしていた。
 大きなサイズの薄型テレビが壁にかけられているが、主電源が切られている。室内はほぼ無音に近く、換気扇の回る音だけが僅かに響いていた。

「クーラーもつけてないのかよ」

 直射日光のせいだろうか、部屋の温度は随分と高い。

 田丸はそこでようやく俺の姿を確認すると、こちらを見ているのか見ていないのか極めて曖昧な、目的を悟らせない顔をした。
 付き添いの部下やら秘書やらがいたはずだが、一体どこへいったのか。俺の訪問を予期して下がらせた? まさか――と言い切れないだけのなにかがこいつにはある。

 読んでいた本を畳み、僅かに口角を上げながら、「もうそういうのもわからなくなっていてね」と田丸。

615 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/14(水) 23:15:29 ID:ot2jFbd.

 心の芯が震えた気がした。大地に深く打ち込まれているはずのそれを、田丸の一言は容易く揺らす。

「そういうの、って」

「肌の感覚とか、味覚とか……目と耳は、最期まで残るらしくてね。それだけは幸いなんだが」

「癌とかか」

「ん……まぁ、似たようなものさ」

「治らねぇのか」

 そんなはずはないだろう、と半ば決めてかかっていた。そうであってくれとさえ。
 俺の知っている田丸剛二という男はそういう男だった。権力の椅子の虜で、他人の心を操ることに長け、良心の呵責など欠片もない。そんなやつが静かに一人で、病床に伏せるだなんてことはありはしないのだ。

「治すチャンスはいくらでもあったけどね」

「どうして」

 そんなのは緩やかな自殺じゃないか。

616 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/14(水) 23:16:37 ID:ot2jFbd.

「おれが死ぬと喜ぶやつも多いからなぁ、好機と見てなにをされるかわかったものじゃない。特に、潜水艦計画の手柄を奪いたいやつだとか……あとは、そうだな、重病だと知られると、求心力が落ちると言うのもある」

「じゃあ、なにか。潜水艦計画が決着するまで、お前はひた隠しにし続けていたってか」

「そうだね」

「俺にも」

「ははっ」

 バカにされたようで気分が悪い。

「そんな特別な関係じゃあないだろう、おれたちは。ただの、単なる、似た者同士さ」

 手首から先を失った男と、膝から下を失った男。
 どちらも深海棲艦への復讐に燃えていて。

「どうして」

「どうして?」

「治療を遅らせてまで、どうして」

「……」

 田丸はここで初めて口を噤んだ。言うべきか言わざるべきかを迷っているのではなかった。「言う」という行為は既に決めていて、なんと言葉にすればいいのかを探している。
 それはこの男にとっては珍しいように見えた。少なくとも、俺が表情から意図や思考を察することができたのは、記憶にあるのはこれが最初だ。

617 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/14(水) 23:17:40 ID:ot2jFbd.

「前にも言ったと思うけれど……」

 そこで言葉を切る。

「……いや、やめよう。おれにも矜持というものはある。露悪趣味ではないものでね」

「……?」

 言っている意味が解らない。いや、こいつの言葉の深奥を、俺が捉えられたことなどいまだ嘗て存在しなかったのかもしれなかったけれど。

「そんなことはいいんだ。おれのことよりも、きみのことさ。そのために呼びつけたんだ。
 国村提督、きみに政治を教えてあげよう。俺の後を継いでくれ。潜水艦隊と、自分の立場は、そうやってでしか守れない」

「でないと、食い物になる?」

 依子のように?

「いまはまだ、そうだね。青葉くんのように。北上くんのように。きみの知らない沢山のコたちのように」

「……死期を悟って、ようやく善人に鞍替えか? 地獄が怖くなったか」

 皮肉交じりにそう言うと、田丸は心底愉快そうに笑った。

「あはっ、あはは、ははっ! まさか! そんなはずがないだろう? 悪人だとか善人だとか、興味はないよ。目的のために手段を選べるほど、できた人間じゃあない」

 その目的さえも、ようやくわかったところなのに。そう呟いたのがはっきりと聞こえた。

* * *

618 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/14(水) 23:18:23 ID:ot2jFbd.

* * *

 田丸は、それから半年後に死んだ。ゴールデンウィークも終わり、そろそろ梅雨にさしかかろうという頃合いだった。
 寂しくも悲しくもなかった。本当だ。ただ、何らかの感情は確かに残った。その名前を俺はまだ知らないだけなのだろう。

 赤ヶ崎泊地は、なんとか前線基地としての体は保てていた。役目も果たせていた。俺の手柄なんて殆どなく、球磨や神通などの面々が半ば管理職として折衝にあたってくれたからだし、負けじと潜水艦たちも必死に戦果を挙げたからだ。
 青葉は依然として艦娘通信を発行し、色々なところへと取材に駆け回っている。潜水艦の名前も売れた。今度、海軍のお偉方が、直々に視察に来るらしい。
 噂ではどこか別の鎮首府に第二の潜水艦隊を設立するのだとか。それは非常によい報せだった。規模が拡大され根を降ろせば、最早誰かの一存でお取り潰しになることはないはずだ。

619 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/14(水) 23:20:01 ID:ot2jFbd.

 俺は喪服に着替え、電車の時刻表を改めて確認した。うん、まだ余裕がある。

 本来ならばゴーヤたちも田丸の直属だったのだから、葬式に顔を出すべきなのだろうが、生憎深海棲艦はこちらの事情なぞ汲んではくれない。俺ひとりが代表として顔をだし、四人は連名にしておくことにした。
 そのような理由とは別に、彼女たちを大人の薄汚い世界に触れさせることに抵抗があったのも確かではあるが。

「おう、ゴーヤ」

「なんでちか?」

「名前教えろ。香典に記名するから」

 俺の知っているこいつらの経歴は、変わらず改竄されたもののままだ。今更差し替えるわけにもいかず、手も加えられないでいる。つまり俺はこいつらの本名を未だ知らないことになるわけである。
 なんとも不思議な話だ。

「えぇ……伊58じゃだめ?」

 だめに決まってんだろうが。
 額をぺしんと叩いてやると、ゴーヤは困った顔をした。

620 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/14(水) 23:21:26 ID:ot2jFbd.

「あんまりいい思い出ないから、ヤなんだけど……」

 そこで、はっと気づいたように、

「ね、ねっ! 提督と結婚したら名字変わるよね、ねっ!?」

「いずれな」

 反射的に言ってから、しまったと思った。しかし時間は戻らない。時すでに遅し、ゴーヤは満面の笑みを浮かべて俺へと抱きついてきている。

「絶対でち! 絶対だかんね!」

 そのつもりは、俺にもあった。しかしもっと、こう、なんというのだろう、ムードあるときにこちらから言いだす予定だったのだが。
 照れ隠しでゴーヤを抱きしめ返そうとも思ったのだが、さすがに真昼間の泊地でそんなことはできない。公私混同はまずい。

「とりあえず今回は諦めろ。俺の顔を立ててくれ」

「んー……」

621 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/14(水) 23:22:22 ID:ot2jFbd.

 ゴーヤは逡巡して、



 田丸ひより、



 と名乗った。

622 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/14(水) 23:23:44 ID:ot2jFbd.

「……」

 俺は、あぁ、と声が漏れたのを理解した。それだけしか喉を通らなかったと言い換えてもよかった。
 目頭が熱い。

「ど、どうしたの、提督!? そんなに嬉しかったでちか!?」

 あぁ、あぁ、と頷くことしかできない。

 どうして潜水艦計画を成功に導きたかったのか。
 どうして艦娘が食い物にされることを嫌悪していたのか。

 いつか、嘗て、奴が電話口で漏らした言葉を思い出す。

「おれはね、きみ、『誰かのためになら頑張れる』と、そう信じているんだよ。きみは信じてくれないかもしれないがね。いや、事実おれも信じられなかったんだが、どうやら、そうらしい」

 あぁ、田丸よ。きっとそうなのだろう。そうなのだろうさ。自分のこれまでと、お前の振る舞いを見て、あぁ、田丸よ、聞こえているか、お前は何一つ間違ってはいなかった。

 胸が熱い。苦しい。
 居ても立ってもいられない。

623 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/14(水) 23:24:45 ID:ot2jFbd.

 こんなにも、これほどまでに、必死になれる理由があるだろうか!

 ゴーヤの手を握った。彼女はいまだに事態を飲み込めていないようで、大きな瞳をぱちくりとさせていたが、距離が近づいたことでその柔らかそうな頬を赤らめる。
 この手の中にある暖かな存在を、俺はもう二度と手放すつもりはない。

 生きる理由が、またひとつ。

<了>

624 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/14(水) 23:28:03 ID:ot2jFbd.
――――――――――
おしまい

途中更新滞ったり、構成にも心残りはありますが、ゴーヤといちゃいちゃさせられたので問題なし。
おつきあいくださりありがとうございました。

次はどうしようかなー。冬コミ受かったらそっち書かねばだし、そろそろバトルも書きたくもあり。
よろしければpixivでもフォローしてやってください。

またどこかでお会いしましょう。

待て、次作。

625以下、名無しが深夜にお送りします:2019/08/14(水) 23:28:13 ID:kU3ZLl.Y
乙、夏が始まるんやなって……

626以下、名無しが深夜にお送りします:2019/08/15(木) 04:35:44 ID:fPNlzhb6
乙でした。


なんと、義父公認!?

627以下、名無しが深夜にお送りします:2019/08/15(木) 07:31:04 ID:fPNlzhb6
あ、連レスになったら御免でち

軍人は「喪服」は使わないというか、公式に喪服として制服を使うのが規則だよ
オレも、オヤジの法事に制服で参列した

628以下、名無しが深夜にお送りします:2019/08/15(木) 07:33:21 ID:POPVRj3s
そうかい?
自衛隊の親戚は普通に喪服着てたが

629以下、名無しが深夜にお送りします:2019/08/15(木) 10:13:53 ID:ufxktTwc
名前を偽ってたのはそういう事だったか……でも孫(多分)を引き取って育てるでもなく鉄火場の最前線に立つ事になる艦娘への道を用意したって事になるのか
他の艦娘達の人選やら新規立ち上げの潜水艦部隊への編成やら田丸の立場やら娘(息子)夫婦との間に有ったかもな確執やらを思うと何とも複雑やなぁ……

乙乙ん!またどこかで会えるのを楽しみにしてるっす
願わくば他の潜水艦娘と四人の掛け合いなんかも見れたらなと

630以下、名無しが深夜にお送りします:2019/08/15(木) 10:17:27 ID:ufxktTwc
あ、ゴーヤは両親の顔覚えてないんだったか……じゃあ順当にいって……

連レス失礼、もう一度通しで読み返してくるっす

631以下、名無しが深夜にお送りします:2019/08/15(木) 13:25:47 ID:dVVVL9s.
いつも良いものを書きなさる
次も楽しみにしてる

632以下、名無しが深夜にお送りします:2019/08/15(木) 21:17:17 ID:FjXBsgB2
すごい良かった
でもこれ潜水艦みんな田丸姓だったら笑う

633 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/15(木) 23:34:19 ID:xI4jaI9I
>>627
情報提供ありがとうございます。
軽く調べてもわからなかったので、とりあえず喪服、としました。
広義の礼服、いわゆるフォーマルな制服(=普段着のシャツやスラックスとは別物)とでも読み替えていただけると幸いです。

田丸関連は……やはりわかりづらかったでしょうか。
オリキャラの描写に割くのは読者諸兄抵抗あるかなと思いましたが、本末転倒ですね。

説明や33.5話は蛇足になるのだろうか?

634以下、名無しが深夜にお送りします:2019/08/15(木) 23:55:57 ID:ufxktTwc
単純に間が開いた事による情報の抜けだから通しで読む分には分かりづらさとかはなかったっす

裏設定やら解説、説明、幕間がある分には個人的には喜ぶ、とても
他の三人が背景を語られた事で一人だけ背景を語られてない誰かさんへのある種の疑惑の答えなんかがあると更に喜ばしい

635以下、名無しが深夜にお送りします:2019/08/16(金) 05:52:11 ID:5Ga4gxlE
>>633
ウェブ検索結果:自衛官服装規則 - 防衛省 情報検索サービス
 ttp://www.clearing.mod.go.jp/kunrei_data/a_fd/1956/ax19570206_00004_000.pdf
> 第8条 自衛官は、次の各号に掲げる場合には、甲武装又は特殊服装をする場合を除き、第1種礼装、第2種礼装又は通常礼装(以下「礼装」という。)をするものとする。
> (1)(略)
> (2)公の儀式に参列し、又は公の招宴に出席する場合
> (中略)
> 4 自衛官は、冠婚葬祭等私の儀式又は招宴にあたり、必要がある場合には、第3項の規定にかかわらず、礼装をすることができる。


この辺を引用して、上官の葬儀であれば公式の部隊葬・普通の民間葬儀を問わず、制服の中でも礼装を着用します
オレがオヤジの葬儀で制服を着用したのも、ちょうど第8条の4を引用した行動ですね

こういうことは条文を検索しても微妙にイメージしにくいですし、結婚式と違って葬儀の情報は積極的に
ネット公開しない傾向があることですし、別にクレームを入れる意図はありません
単に、こういう知識があることと何時か次に創作なさる際にチラリとでも意識頂ければ、望外の喜びです

636 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/16(金) 23:08:23 ID:PUEFHwLo
>>635
なるほど、学生の詰襟などと同じ扱いということになるのかな?
情報提供ありがとうございます。この情報検索サービスも含めて、今後の作品作りに活かしていきたいと思います。

そして、蛇足&馴れ合いという批判を覚悟の上で、設定開示などを

田丸について
田丸は58の実父です。ただし58自身は両親の顔を覚えていないので、彼が父親とは気づいていません。
また、田丸は58が自分の実子であるという事実を知っていますが、それは58が潜水艦計画のメンバーとして選ばれてからのことです。
彼は自分と妻の乗っていた船が深海棲艦に襲われ、妻と、自らの手首から先を失いました。あまりの怒りと絶望の中で、自らの娘すらも捨て、深海棲艦への復讐のために生きてきました。
潜水艦計画を立ち上げたのも、国村提督が推測した通り、海軍において自らの地盤を強固にするためでした。当初は。

様々な艦娘が大人に利用され、ボロ雑巾のように使い捨てられていくさまを、そういうものだと一顧だにしてこなかった田丸。彼自身そうやって人を使い捨ててきた部分もあります。
しかし、潜水艦計画に自分の娘が応募し、適合し、候補者となったとき、思ったのです。「こんな海軍に入れるわけにはいかない」「誰かの食い物にされるわけにはいかない」と。

勿論それは欺瞞に他なりません。甚だ憤るほどの矛盾です。他人はどうだっていいけれど、身内は、しかも一度捨てたはずの娘をなんとしても守りたいというのは。
それでも、彼は強い人間でした。倫理や道徳を打ち棄ててでも強く慣れる人間でした。
自分の復讐のために生きていた彼は、初めて「誰かのためならば頑張れる」ことを知ったのです。あるいはそれまでも妻の無念を晴らすために邁進していたのかもしれません。

637 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/16(金) 23:17:10 ID:PUEFHwLo
そうして探しました。自分の眼鏡に叶う人物を。自らの娘を任せてもいいと思える、正しく導いてくれると信じられる人物を。
それが国村健臣そのひとです。

赤ヶ崎の性的虐待について調べさせたのも、国村提督に義憤の念を抱かせるとともに、58が毒牙にかからないようにする意味もありました。

田丸にとって潜水艦計画は絶対に成功させなければならない計画となりました。
国村提督と親密になるように言いつけたのも、一度既成事実を――肉体関係の範疇にとどまらず――作ってしまえば、
決して悪いようにはしないだろうと当て込んでのことです。その目論見は正しく、そもそもそう言う人間を彼は初めから選んでいました。

病床に伏してなお、彼の心は満ち足りていました。彼は善人でなく、悪人とさえ呼ばれるべき人間です。
自分がこんな気持ちのまま逝っていいのだろうか。病室を訪ねてきた国村提督の表情と、そして潜水艦たちのことを想いながら、
彼はそのまま意識を失いました。

638 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/16(金) 23:27:22 ID:PUEFHwLo
伊19について。

伊19は阿片窟の生まれです。
両親は反社会組織の末端として大麻を自宅で栽培し、自身らも大麻の常習者でした。
生後間もないころから阿片の煙を吸っていた彼女は、重度の離脱症状を患うまでになり、
それ自体は関係機関の尽力により恢復したものの、彼女に天才とも白痴とも呼べる能力を授けました。

単純な学力もそうですが、彼女は超能力という精度で他人の思惑を理解できます。その上で、ありとあらゆる人間関係に飽き、倦んでいます。
自分の知らない、ちからの及ばない「異常な世界」や「ひととひととの関係性」を求めて、戦争へと身を投じることに決めました。

639 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/16(金) 23:30:59 ID:PUEFHwLo
設定開陳はこんなもんです。
本文で表現しろ? ごもっともです、申し訳ありません。

あまりオリキャラを出しゃばらせたくなかったという点、一回の投下である程度の区切りをつけなければいけないという点、
以上の二点で田丸や19は構成からはみ出してしまいました。完全に実力不足です。

酷い蛇足におつきあいくださいまして、誠にありがとうございました。

リクエストがあればそのキャラで短編書きます。
それか、また漣か大井に回帰します。

待て、次作。

640以下、名無しが深夜にお送りします:2019/08/16(金) 23:59:48 ID:.886vx.2
不幸な山城と不幸を共にしたい話を

641以下、名無しが深夜にお送りします:2019/08/17(土) 01:27:18 ID:YADidieE
乙です
潜水艦娘4人と主人公の幸せでえっちな絡みが見たい

642以下、名無しが深夜にお送りします:2019/08/18(日) 00:38:16 ID:D2eXv6m2
乙です
良いものを読ませてもらった…いつか機会があれば続編もお願いします
リクとしてはあなたの比叡や瑞鶴とのいちゃいちゃが見てみたいなぁ

643以下、名無しが深夜にお送りします:2019/08/18(日) 15:47:07 ID:hIvLDZ3o
乙乙乙
しまった、設定開示は次回作でって言うべきであったか……
それはそれとしてこの話の続編として新天地でのアレコレとか後輩としてやってきた新潜水艦娘達や大鯨とのお話とか海外への遠征話とかオリョクルとか読みたい話が沢山あって絞れない……

644 ◆yufVJNsZ3s:2019/08/19(月) 22:33:08 ID:5sMlKRas
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1566220863/
>>640を思いつくままにだらだらと書いていきます。


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