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食るようです
1
:
名も無きAAのようです
:2015/09/01(火) 23:27:37 ID:nzAw85Ys0
世の中には変わった建物が多い。
現在僕の通っている大学なんかその最たるものだったという。
一部のマニアでは熱狂的な人気を持つらしい建築家が手掛けた教室棟の数々は、よく映画やドラマなんかの撮影場所にもなったのだそうだ。
とはいえ素晴らしい建物にも老朽化はやってくる。
僕が入学した頃、まさに工事の真っ最中ですあった。
一部の学生、特にデザイン学科からは元のデザインを尊重した作りにして欲しいという要望も出ていたようだが、それが受け入れられたかどうかは定かではない。
ただ新しく出来上がった建物を見る限り、その意見を汲んでもらえたようには思えなかった。
とにもかくにも僕の大学生活の始まりといえば、灰色の養生シートとキンキンうるさい金属音で彩られることとなった。
日府大学は、とにかく辺鄙なところだった。
元が山だったせいで急な坂道だの階段だのがあちこちにあるし、馬鹿みたいに広いので移動にも時間がかかった。
加えて今までの教室棟は鮮やかな、悪く言えば気違い染みた彩色をしていたものがみんな布に覆われて見分けがつかなかった。
学内に林が点在するせいで見通しが悪かったせいもあり、上級生に場所を聞いても一緒に迷子になってしまうことが多々あった。
知らない人に話せば馬鹿げた話だと思われるだろう。
僕だってそう思っていた。
だけど最初からそういうものだと思っていたら、急激な変化に対応できないのかもしれない、とも思った。
さて前置きは長くなったが、唯一改修工事を免れた棟があった。
三号館こと、「ミカン」と呼ばれている教室棟だ。
あまり目に優しくない黄緑色の屋根と、ベージュが混ざったような橙色の壁が「ミカン」の特徴であった。
一階のロビーには売店とソファーがずらりと並んでいる。
昼休みになると近くの棟から学生たちが押し寄せてきて、ロビーは地獄絵図と化すのが恒例であった。
二階には自習室が、三階と四階には小さい教室が四つずつ作られていて、よくゼミの発表や話し合いなんかに使われているらしい。
まぁそれも昼休みになったら関係ないのだが。
ところで三階のトイレの近くにはもう一つ階段が存在する。
「立ち入り禁止」の札がチェーンでぶら下げられているそこは、きっと屋上に続いているのだろうと今まで興味を持ったことがなかった。
そう、今までは。
88
:
名も無きAAのようです
:2015/09/09(水) 22:20:59 ID:n5nLxdoM0
川 ゚ -゚)「待たせてしまったかな」
(-_-)「や、そんなことないです」
本当は四十分ほど早く来ていました、とは口が裂けても言えなかった。
とにかく僕は愛想よく笑うことに徹していた。
笑みを絶やしてしまったら緊張がだだ漏れてろくなことにならない気がしたからだ。
川 ゚ -゚)「ならよかった。早速お店に行こうと思うんだけれども、何か寄るところとかは?」
(-_-)「大丈夫ですよ」
川 ゚ -゚)「そうか」
会話が途切れる。
素直さんはくるりと向きを変え、さっさと歩き始めた。
(-_-)「今日行くところって素直さんの行きつけだったりするんですか?」
僕は沈黙が苦手だった。
大勢で話しているならそんなに気にならないが、二人きりだと話していないとダメだという意識が働いてしまうのだろう。
川 ゚ -゚)「週二で通ってるよ」
(-_-)「それは行きすぎじゃないですか!?」
川 ゚ -゚)「新橋のサラリーマンは毎日飲み屋に寄ってるじゃないか」
(-_-)「肉と酒を一緒にしちゃダメだと思います」
川 ゚ -゚)「ダメかな」
89
:
名も無きAAのようです
:2015/09/09(水) 22:22:24 ID:n5nLxdoM0
(-_-)「ダメですよ、皆は素直さんみたいに毎日肉食べてればいいやって食生活じゃないんですから」
階段を降りて、素直さんは飲み屋が並ぶ路地を通り抜けた。
川 ゚ -゚)「む、そういえば疋田くんは未成年だったか」
(-_-)「あ、はい。まだ一年ですからね」
川 ゚ -゚)「じゃあ無理強いは出来ないな」
賑やかな酔っ払い達の声が聞こえてくる。
その喧騒に掻き消されてしまいそうだったが、素直さんの声はどこか寂しさを含んでいるような気がした。
(-_-)「あ、でも来月になったら二十歳になるんですよ」
川 ゚ -゚)「それはめでたいね」
(-_-)「そうしたら素直さんと一緒に飲みに行きたいです」
先行く素直さんは、振り返らない。
それでよかった。
今顔を見られたらひどい顔をしていたに違いなかった。
川 ゚ -゚)「楽しみにしておくよ」
感情が読み取れない声で、素直さんはそう言った。
川 ゚ -゚)「この通りの奥においしい焼肉屋があるんだ」
(-_-)「素直さんがおすすめするんなら本当においしいんでしょうねえ」
川 ゚ -゚)「そう言われるとなんだかこそばゆいな」
90
:
名も無きAAのようです
:2015/09/09(水) 22:23:45 ID:n5nLxdoM0
そう言いながら素直さんは引き戸に手をかけた。
滑りが悪いのか、ガタガタと曇りガラスが揺れてそれは開いた。
同時に肉と炭が焼ける匂いとムッとした熱気が我先にと外へ逃げ出した。
ξ゚⊿゚)ξ「いらっしゃいませー!」
空になったジョッキを持った店員は元気に叫んだ。
(;-_-)「あれっ」
その顔には見覚えがあった。
ブーンの彼女の、ツン。
ξ゚⊿゚)ξ「あれ? ヒッキーじゃない」
だん!とカウンターにジョッキを置いてツンはこちらに近付いてきた。
僕は逃げ出したい気分になった。
川 ゚ -゚)「知り合いなのか」
ξ゚⊿゚)ξ「知り合いも何もおんなじ大学なんですよー。ってまさかあんた素直さんと付き合ってるの?」
(;-_-)「付き合ってない!」
ξ゚⊿゚)ξ「付き合ってないんですか!?」
川 ゚ -゚)「ないない」
ξ゚⊿゚)ξ「ふうん、そうなんですか……」
素直さんの言葉にツンは残念そうに引き下がったが、僕にはわかっていた。
91
:
名も無きAAのようです
:2015/09/09(水) 22:24:47 ID:n5nLxdoM0
(;-_-)(絶対言いふらされる……)
思わず頭を抱えたくなったが、もうこうなっては仕方がなかった。
川 ゚ -゚)「とりあえずいつもの席に案内してもらえるか」
ξ゚⊿゚)ξ「もちろんですよー、こちらへどうぞ」
ツンはにっこりと笑い、店の奥へと歩き出した。
案内されたのは四人席の広い座敷であった。
そこには既に七輪が二つ置かれていた。
川 ゚ -゚)「準備がいいな」
ξ゚⊿゚)ξ「大体いつもこの時間にいらっしゃるじゃないですか」
川 ゚ -゚)「はは、そうか」
どこか照れくさそうにそう言って、素直さんは靴を脱いだ。
ξ゚⊿゚)ξ「それにしても素直さんがヒッキーを連れてくるなんて……。いつもお一人で来るから、二度びっくりですよ」
手渡されたメニューを受け取りながら素直さんは曖昧に微笑んだ。
川 ゚ -゚)「とりあえず濃いめのコークハイを頼む。疋田くんは何がいいかな」
(-_-)「僕ウーロン茶で」
ξ゚⊿゚)ξ「はーい、今お持ちしますね」
そう言ってツンはちらりと僕を見た。
今度会ったらゆっくり話を聞かせろ、とその目は物語っていた。
僕はそれに気付かないフリをしてメニューへと視線を落とした。
肉の種類はさることながら卵焼きやらざるそばやらバラエティに富んだメニューが載っていて思わず目移りしてしまった。
92
:
名も無きAAのようです
:2015/09/09(水) 22:26:08 ID:n5nLxdoM0
(-_-)「あれ、素直さんはメニュー見ないんですか?」
川 ゚ -゚)「肉のメニューなら暗記しているからな。今日食べたいものはもう決まっているし」
(-_-)「なにそれやばい」
川 ゚ -゚)「教えてくれればわたしが一緒に頼んでおくよ」
(-_-)「あ、ありがとうございます。じゃあ……カルビと牛タンとハラミがいいかな」
川 ゚ -゚)「それだけでいいのか」
(-_-)「えっ」
つぅっと背中に汗が流れた。
素直さんの目は真剣そのもので、捕食者のような熱意を孕んでいたからだ。
(-_-)「それだけ食べれば十分だと思うんですよ、僕は……」
川 ゚ -゚)「ああ、少食だったな……そういえば」
ξ゚⊿゚)ξ「お待たせしましたー、コークハイとウーロン茶でーす!」
やたらでかいジョッキを、これまた勢いよくテーブルに置きながらツンは伝票を手に取った。
ξ゚⊿゚)ξ「他にご注文は?」
その声は少し緊張しているように思えた。
川 ゚ -゚)「じゃあ、頼んでもいいかな」
ξ゚⊿゚)ξ「どうぞ」
まるでこれから修羅場があるかのように……。
93
:
名も無きAAのようです
:2015/09/09(水) 22:27:38 ID:n5nLxdoM0
川 ゚ -゚)「タレで上カルビとハラミ、味噌で豚ホルモンと牛ホルモンとコブクロ、塩でミノとハラミとハツが四人前、壺漬けカルビと豚トロと砂肝とツクネ、塩でカシラとレバー、タレと味噌でレバーが三人前、タレでザブトンと中落ちカルビ、塩で贅沢厚切り牛タンネギ抜きとミスジ、味噌でカイノミとシロコロと鳥レバー、あと馬刺しと桜ユッケと生ウインナーと豚ロース味噌漬け二人前、特上カルビと特上牛ロースと赤身もコメカミとテッポーとイベリコの肩ロースと豚足を一人前で」
(;-_-)「!?!?」
なだらかに告げられたそれは、呪文以外の何物でもなかった。
(;-_-)(スタバで注文するコピペみたいだ)
川 ゚ -゚)「あと塩でヤゲンナンコツとガツも二人前追加」
ξ゚⊿゚)ξ「塩でヤゲンナンコツとガツ……」
ぶつぶつと呟くツン。
その手に握られていたボールペンが、尋常ではない速さで動いていた。
川 ゚ -゚)「大丈夫かな」
ξ゚⊿゚)ξ「大丈夫です、慣れてますから!」
そう言い残し、ツンは厨房へと向かった。
(-_-)「……素直さん、いつもこんなに頼んでるんですか?」
川 ゚ -゚)「そうだな」
(-_-)「いつもより多い気がするんですけど」
川 ゚ -゚)「肉の中でも焼肉とステーキは別格なんだ、来るとついはしゃいでしまって」
(-_-)「ついってレベルじゃねえですよ」
思わず語調を乱しながら僕はウーロン茶を持った。
94
:
名も無きAAのようです
:2015/09/09(水) 22:29:01 ID:n5nLxdoM0
川 ゚ -゚)「とりあえず乾杯しようか」
(-_-)「ですね」
かちん、とジョッキが響き合う。
素直さんは待ちわびていたらしく、コークハイをごくごくと飲み下していた。
僕もコーヒーを飲んでいたせいか、喉がからからに乾いていたので三口ほど口をつけた。
(-_-)「コーラ好きなんですね」
川 ゚ -゚)「甘い物もあまり好きではないんだが、コーラだけは別でね」
(-_-)「え、じゃあお菓子とか食べないんですか?」
川 ゚ -゚)「あまり口にしたことがないね。もらえば一口食べる程度で……」
ξ゚⊿゚)ξ「お待たせしましたー、とりあえず味噌味のホルモン系全部とカルビまとめてになりまーす」
がたんごとんと重い音が響く。
四人席のテーブルは巨大な二枚皿によって占領されてしまった。
見たこともないような大きさのそれにはつやつやと輝くカルビたちと新鮮そうなホルモンがどっさりと乗っかっていた。
川 ゚ -゚)「悪いね融通きかせてもらって」
ξ゚⊿゚)ξ「常連さんですものー、手前にあるのが上カルビ、長いのが壺漬け、真ん中が特上で残りが中落ちです」
礼を言いつつも素直さんの心は既に目の前の肉に興味が移っていた。
川 ゚ -゚)「肉はわたしが焼くから疋田くんは適当に食べてくれ」
95
:
名も無きAAのようです
:2015/09/09(水) 22:30:05 ID:n5nLxdoM0
そう宣言して素直さんは一台目の七輪に隙間なくホルモンを並べ始めた。
並べ終えてしまうともう一台の七輪にカルビをテキパキと乗せ、ついでに通気孔の扉も全開に開ける。
その手つきの鮮やかさときたら、僕は思わず見惚れてしまった。
川 ゚ -゚)「焼きあがるまでが暇なんだよ」
と言いつつも手元は常に動いているから僕はそわそわしてしまった。
手伝ったほうがいいのか、それとも手出ししないほうがいいのか。
迷いに迷って結局僕はストックされていた取り皿を二枚用意することしかできなかった。
川 ゚ -゚)「カルビ焼けたぞ、これは上だ。こっちは特上」
網の隅にポイポイと置かれるそれを、箸で拾い集めた。
(-_-)(いっぱいくれるけど素直さんの分はあるのかな)
こっそり見てみるといつの間にか素直さんの取り皿にはカルビがどっさりと乗っていた。
しかも徐々にその量は減っていた。
利き手ではない左手で肉を焼きながら食べていたのである。
色々と見たことのない光景に僕は混乱しつつも一切れ肉を頬張った。
(*-_-)「お、おいしい……!」
噛みしめるごとに肉の旨味と甘辛いタレの味が滲み出て、僕は思わず叫んだ。
川 ゚ -゚)「ならよかった」
短く発せられたその言葉にはどこかよろこびが含まれていた。
ここ最近になって素直さんの声は意外と感情がこもっているのだな、と思うようになった。
ただ表情に変化がないから、分かりにくいだけなのだ。
96
:
名も無きAAのようです
:2015/09/09(水) 22:31:22 ID:n5nLxdoM0
(-_-)(もっとわかるようになれたらいいな)
そんな風に思ったのはどうしてだろうか。
こんなにも偏食で、変わっていて、普通じゃなくて、でも一緒にいて楽しいなんて。
嬉しい、と思うなんて。
川 ゚ -゚)「ホルモンも食べてみるか?」
(-_-)「あ、じゃあ少しいただきます」
川 ゚ -゚)「もしかして食べるの初めてなのか?」
(-_-)「ですね」
川 ゚ -゚)「おいしいぞ、ホルモンは。特に新鮮なものはぷりぷりしてていいんだ」
(-_-)「あー、脂がすごいんですね」
川 ゚ -゚)「でもうまいだろう」
(-_-)「おいしいですね、これお酒とだったら進んじゃいますね」
川 ゚ -゚)「だろう」
気付くと素直さんのジョッキは空になっていた。
大皿も空になっていた。
素直さんの焼肉の消費量は、普段の比ではなかった。
97
:
名も無きAAのようです
:2015/09/09(水) 22:33:16 ID:n5nLxdoM0
ξ゚⊿゚)ξ「はい塩系でーす、あと味噌漬けと生ウインナーと豚足と桜ユッケですね」
川 ゚ -゚)「あとコークハイ」
ξ゚⊿゚)ξ「はいはい」
ツンは驚きもせずに空いた皿を片付けていった。
これがきっと素直さんの普通なのだろう。
川 ゚ -゚)「豚足いる?」
(-_-)「いやいいです……。これだとタン食べる前にお腹いっぱいになりそうなんで」
川 ゚ -゚)「そうか」
(-_-)「代わりに焼いておきますよ」
川 ゚ -゚)「助かる」
蹄を持ち、酢味噌にどっぷりとつけたあと素直さんは大きな口を開けて豚足に食らいついた。
くち、にち、と皮を削ぐ音とじゅーじゅーと肉の焼ける音が混ざり合う。
僕はなんとも言えない気分になった。
僕は、素直さんの食事しているところが好きだった。
いつも真剣であったからだ。
川 ゚ -゚)「ん、どうした?」
(-_-)「いえ、なにも」
どうしてこんなにも肉にこだわるのだろう。
聞いてみたかった。
98
:
名も無きAAのようです
:2015/09/09(水) 22:36:03 ID:n5nLxdoM0
(-_-)「素直さんって、事務所持ってるって言ってたじゃないですか。どんなところなんですか?」
だけど、僕は言わなかった。
触れるのが怖かったのだ。
川 ゚ -゚)「元はヤのつく人たちがいかがわしい店を開いていたビルですったもんだの末に人殺しがあったんだ」
わしわしと肉を貪りながら、素直さんは返事をしてくれた。
(-_-)「濃いところですね!」
川 ゚ -゚)「そこの屋上の貯水槽から死体が出て風俗店もついでに摘発されてもぬけの空になったのさ」
(-_-)「やばい……」
川 ゚ -゚)「見つかるまでに時間がかかったそうだけどね。ああいうキャバクラやパブなんかだと製氷機とか水洗トイレくらいにしか使わないだろうからな、水の臭いが気にならなくてバレなかったんだろう」
(-_-)「なんでそんなところに……」
川 ゚ -゚)「一番最初に依頼で入った部屋なんだよ、そこの殺人部屋が」
ξ゚⊿゚)ξ「コークハイですー。あとミスジとか牛タンとか色々です!」
川 ゚ -゚)「ありがとう」
ξ゚⊿゚)ξ「なんの話してたんですかー?」
(-_-)「いいからあっち行ってろよ」
ξ゚⊿゚)ξ「けち」
99
:
名も無きAAのようです
:2015/09/09(水) 22:39:00 ID:n5nLxdoM0
ツンが遠ざかったのを確認して、素直さんは再び口を開いた。
川 ゚ -゚)「時々思うんだよね、その時の水から出来た氷でかき氷作ってみたいなって」
(-_-)「……へ?」
川 ゚ -゚)「かき氷、作ったことも食べたこともないんだ」
(-_-)「え、ええ。……でもなんでそんなの、」
川 ゚ -゚)「冗談だよ。昔乱歩の小説で死体ごと氷で封じる話を読んで妙に印象に残ってしまったんだ。それでかき氷を作ったら人間かき氷だなーとか」
(-_-)「怖いっすよクールさん!!!」
あ、と思った。
初めて下の名前で呼んでしまった。
川 ゚ -゚)「クールさん、か」
(-_-)「すみません」
川 ゚ -゚)「この際呼び捨てでもいいよ、クーと呼んでくれても構わない」
(-_-)「え……」
突然の申し出に、肉を掴んでいたトングから力が抜けた。
肉はぽとりと落ちていく。
テーブルに脂が派手に飛び散った。
100
:
名も無きAAのようです
:2015/09/09(水) 22:40:37 ID:n5nLxdoM0
(-_-)「く、クー……」
川 ゚ -゚)「はい」
(-_-)「っ……」
僕は、どうしようもなく顔が赤くなっていた。
もしかすると七輪の中で燻っている炭火よりも赤かったかもしれない。
とにかく恥ずかしかった。
(-_-)「いいんですか、こんな……」
川 ゚ -゚)「たまにはその名で呼ばれたいな、と」
(-_-)(たまには、)
というのは、もしかしてまたモララーさんが絡んでいるのだろうか。
川 ゚ -゚)「それに、君ならいいかもしれないって思ったんだ」
(-_-)「……クー」
川 ゚ -゚)「ん」
(-_-)「ありがとうございます」
川 ゚ -゚)「こちらこそ」
にこりと微笑んで、クーはユッケをかっ食らった。
101
:
名も無きAAのようです
:2015/09/09(水) 22:42:42 ID:n5nLxdoM0
川 ゚ -゚)「うん、君になら見せてもいいな」
(-_-)「なにをですか?」
川 ゚ -゚)「昔の写真を」
いつのまにか最後の一切れとなったミスジを頬張り、咀嚼しながらクーは懐古するような眼差しをした。
その目がどこに向けられているのかはわからない。
だけどとても穏やかで。
淡々としている彼女から微かに生きた心地を感じさせるような、そんな目をしていた。
川 ゚ -゚)「ちょっと待っていてくれ」
クーはスマホを操作し始めた。
その間にも箸は握られたままで、
くちり、
とそれがホルモンを弄んだ。
皿にはどんどん脂が広がっていく。
川 ゚ -゚)「これだね」
そう言ってクーはホルモンを口に放り込んだ。
休まずに動き続ける頰を眺めていた僕は、差し出されたスマホへと視線を移した。
そこには二人の青年が写っていた。
102
:
名も無きAAのようです
:2015/09/09(水) 22:43:52 ID:n5nLxdoM0
(-_-)(ブレザー着てる)
きっとこれは高校生の時に撮られたものなのだろうと考える。
カメラから視線を逸らす痩せぎすな青年。
その肩に手を回して快活に笑っているその人が、きっとモララーさんなんだと僕は確信した。
(-_-)「リア充って感じなんですね」
川 ゚ -゚)「一番平凡に近い男だったかもしれない。わたしがその道から引きずりおろしてしまったんだがな」
焼きあがったソーセージにクーは手を伸ばす。
ジュワジュワと油が滲み出るそれに彼女は躊躇いなく歯を立てた。
ぱりりと音がしてソーセージは口の中へと消えていく。
ある程度頰が動いた後、コークハイでそれは胃へと流し込まれてしまった。
川 ゚ -゚)「隣にいる痩せっぽちの男は鬱田ドクオと言って、モララーの親友だった」
(-_-)「だった?」
川 ゚ -゚)「殺されてしまったんだ」
(-_-)「へ?」
馬刺しをごっそりと箸で掴み取り、醤油も何もつけずに彼女は頬張った。
血の味しかしなさそうなその様子に思わず僕は眉を顰めた。
川 ゚ -゚)「元々無愛想な人でね。立体パズルを作るのに長けていたのにその評判に左右されずに黙々と作る姿が面白くなかった奴がいたんだ」
(;-_-)「そんなことで……」
川 ゚ -゚)「評判が欲しいのに相手にされなかった者からすると、鬱田の態度は鼻にかけているように見えたんだろう、とモララーが言っていた」
103
:
名も無きAAのようです
:2015/09/09(水) 22:45:12 ID:n5nLxdoM0
(-_-)「ああ……」
川 ゚ -゚)「当時捜査が難航していたんだけども、モララーが深入りしてね。犯人を見つけてしまったんだ」
(-_-)「え」
川 ゚ -゚)「……彼はお人好しだからな。それ以降身近な事件が起きると首を突っ込むようになってしまったんだ」
コークハイを飲み干し、クーは再び勢いよく肉を食らう。
食べるというより食らうという言葉の方がよく似合っていた。
その勢いは恐ろしく、だけど目を離すことが出来なかった。
やはり彼女の食事する姿は、美しかった。
(-_-)「なんだかミステリー小説の主人公みたいですね」
川 ゚ -゚)「小説は小説さ」
冷たく一蹴し、クーは再び馬刺しを攫った。
にちゃ、くちゃ、と肉が寸断されゆく音が響く。
川 ゚ -゚)「探偵ごっこをしていたって、その先に待つのが栄光やハッピーエンドだとは限らない」
その言葉を最後に、クーは食事に没頭した。
まるで自分から欠けてしまったものを補うかのように。
104
:
名も無きAAのようです
:2015/09/09(水) 22:46:45 ID:n5nLxdoM0
日府駅までの道程は相変わらず人が多かった。
既に出来上がった酔っ払い達が違う飲み屋へ向かうために移動しているからなのだろう。
川 ゚ -゚)「今日は遅くまですまなかったね」
あれきり黙っていたクーは、唐突にそう言った。
(-_-)「いえ、こちらこそご馳走になっちゃって……」
川 ゚ -゚)「気にしなくていい、大半はわたしが頼んだものなのだから」
(-_-)「でも……」
川 ゚ -゚)「いいんだよ」
そこでまた会話は途切れてしまった。
(-_-)(クーは、何を考えているんだろう)
僕にはまったく分からなかった。
この人がどんな生活をしていて、どんな風に生きてきたのか、僕は想像できなかった。
分かったことは非常に断片的なことばかりだ。
それでもただ一つ言えるのは。
(-_-)(この人の中にはモララーさんしかいないんだ)
心の奥底にまで食い込んでいるその存在を、クーはなかなか喋りたがらない。
殺された鬱田さんのことは淡々と語られるのに。
105
:
名も無きAAのようです
:2015/09/09(水) 22:48:18 ID:n5nLxdoM0
川 ゚ -゚)「疋田くんは」
(-_-)「えっ、あ、はい?」
川 ゚ -゚)「電車で帰るのか?」
(-_-)「いや、大学の寮に入ってるんでそのまま歩きです」
川 ゚ -゚)「寮か」
(-_-)「はい。そういえばクーは何処に住んでるんですか?」
川 ゚ -゚)「今日は事務所に帰るから北日府駅に行くんだ」
(-_-)「あ、そっか。仕事用と私用とで場所変わるんですもんね」
川 ゚ -゚)「仕事用の家にはもう五日も帰っていないけどな」
そう言いながらクーは鞄から定期入れを取り出した。
川 ゚ -゚)「送ってくれてありがとう」
(-_-)「や、送るってほどでもないですよ……」
川 ゚ -゚)「話せて楽しかったよ」
(-_-)(本当にそう思っているんだろうか)
何も返さず、愛想笑いをしながらそんなことを思った。
106
:
名も無きAAのようです
:2015/09/09(水) 22:50:02 ID:n5nLxdoM0
川 ゚ -゚)「月曜日はどうしようか」
(-_-)「午後は一時限だけなら空いてますよ」
川 ゚ -゚)「じゃあまたお昼を食べよう」
(-_-)「ういっす」
改札を通るクーを見送り、僕は小さく手を振った。
彼女はほんの少しだけ振り返り、会釈した。
107
:
名も無きAAのようです
:2015/09/09(水) 22:50:57 ID:n5nLxdoM0
明日は会いません
.
108
:
名も無きAAのようです
:2015/09/09(水) 22:52:35 ID:n5nLxdoM0
登場人物紹介
(-_-) 疋田
クーからの扱いの悪さにちょっとやきもき
川 ゚ -゚) 素直クール
己の気持ちを審判中
ξ゚⊿゚)ξ ツン
実家が焼肉屋さんです
焼肉セット
量が多くて書ききれませんが味はどれも天下一品です、お会計はギリギリ十万以下になりました
109
:
名も無きAAのようです
:2015/09/09(水) 22:53:16 ID:n5nLxdoM0
おまけ
ξ゚⊿゚)ξ『ちょっと聞いて聞いて』
( ^ω^)『おっおー?』
ξ゚⊿゚)ξ『例の黒髪ロングの清楚系美女、うちの店の常連さんだった』
( ^ω^)『ヒッキーの?』
ξ゚⊿゚)ξ『もち、今さっき一緒に帰ってった』
( ^ω^)『Σ(゚д゚lllノ)ノ』
( ^ω^)『どんな人なんだお』
ξ゚⊿゚)ξ『モデルさんみたいな人! すらっとしててスタイルいいし……ヒッキーより背高いのよ!』
( ^ω^)『ほーん……』
( ^ω^)(あれ、ヒッキーより背低いって聞いたんだけどな……)
( ^ω^)『ツンそれ本当に』
ξ゚⊿゚)ξ『あっごめん会計入っちゃった! またあとでLINEするね!』
( ^ω^)『がんばれおー』
ξ゚⊿゚)ξ「遅くなって申し訳ないです!」
「いえいえ、気にしないでください。ごちそうさまでした」
110
:
名も無きAAのようです
:2015/09/09(水) 22:56:08 ID:3Uu9rEdE0
乙
呪文クッソワロタ
111
:
名も無きAAのようです
:2015/09/10(木) 00:05:09 ID:/.CakfJs0
乙!焼肉食いたくなった
十万いかないくらいって……すげえ
ますます続きが気になるな
112
:
名も無きAAのようです
:2015/09/10(木) 00:53:30 ID:SMJ9APvk0
こんな時間に読むんじゃなかった……
113
:
名も無きAAのようです
:2015/09/10(木) 06:24:44 ID:PCfVRnEE0
乙、どんどん面白くなってくなあ
背のあたりが気になる
114
:
名も無きAAのようです
:2015/09/11(金) 10:16:33 ID:VKrlHqQM0
クーの食事がエロくていいね
115
:
名も無きAAのようです
:2015/09/19(土) 12:14:48 ID:57OpHQhQ0
週2でこんな豪快な食事してるのか
うっかり絶食を差し引いても凄まじい燃費の悪さだな
116
:
名も無きAAのようです
:2015/09/25(金) 13:56:47 ID:9KC/0GIY0
西日が差し込む部屋で、素直クールはぼんやりと佇んでいた。
川 ゚ -゚)(赤)
それは、放課後の色。
夕日に照らされた黒板は返り血色に染まり、机は飴色に輝いていた。
その一番前の席に、誰かが座っていることに素直はようやく気付いた。
てっきり誰もいないものだと思っていた彼女は、歩みを進めた。
川 ゚ -゚)(何故今まで気付かなかったのだろう)
その存在を認識した途端、かしゃんかしゃんという音が教室に響いた。
時折途絶えるその音は素直の鼓膜に沁みていった。
その背格好に見覚えがあった。
と同時に色褪せていた記憶が色を取り戻していった。
セピアのブレザーは暗い藍色へ、抽象的にぼかされていた頭髪も、ぼさぼさの黒髪へと変化していく。
川 ゚ -゚)(ああ)
それが誰なのかを思い出した瞬間、素直は彼の元へと駆け寄った。
かしゃん、かしゃん、と相変わらず音は続く。
川 ゚ -゚)「鬱田」
かしゃ、と音が止まる。
川 ゚ -゚)「鬱田」
もう一度呼びかける。
鬱田と呼ばれた青年は、億劫そうに振り向いた。
117
:
名も無きAAのようです
:2015/09/25(金) 13:57:35 ID:9KC/0GIY0
('A`)「ああ、素直さんか。ごめん、試作品を弄っていたから気付かなかったんだ」
川 ゚ -゚)「久しぶりだな、鬱田……」
思わず素直は言葉を漏らすが、
('A`)「試作品、見てみるか?」
鬱田の反応は素っ気ないものであった。
川 ゚ -゚)「……うん」
差し出されたパズルを手に取り、素直はうなづいた。
五センチほどの人形が十五体ほど組み合わさったそのパズルは、素直にとって馴染み深いものであった。
('A`)「人間パズルという名前にしようかと考えてて」
川 ゚ -゚)「……」
('A`)「素直さんをイメージして作ったんだ」
川 ゚ -゚)「知ってる」
('A`)「でもまだ迷ってるんだ」
川 ゚ -゚)「人型にするか、口型にするか」
('A`)「完成形を人型にしようか、口型にしようか」
川 ゚ -゚)「何度も聞いたよ」
118
:
名も無きAAのようです
:2015/09/25(金) 13:59:30 ID:9KC/0GIY0
('A`)「人を取り込んで更に人に成るのか、それとも人を取り込むから口を開けるのか」
川 ゚ -゚)「……とうとう完成しなかったな」
('A`)「俺、あの話のこと信じてるからな」
川 ゚ -゚)(もう、ずいぶん昔の話に思えてしまう)
('A`)「だから俺が」
川 ゚ -゚)「死んだら、わたしが」
('A`)「死んだら素直さんに、」
119
:
名も無きAAのようです
:2015/09/25(金) 14:01:24 ID:9KC/0GIY0
川 ゚ -゚)「…………」
微睡みから覚めた素直の目に入ったのは、白々しく室内を照らす蛍光灯であった。
川 ゚ -゚)(眩しい)
固く目を閉じかけ、その前に素直は時計を見ることにした。
午前二十五時丁度。
どうやら焼肉屋から帰ってすぐに寝付いてしまったらしい。
そういえば確かに、服からは焼けた肉や脂の匂いが漂っていた。
川 ゚ -゚)(寝直そうかな)
白光から逃れるように素直は寝返りを打つ。
ベッド代わりに使っているソファーがぎしりと軋んだ。
川 ゚ -゚)(……鬱田の夢を見てしまった)
夢を反芻すると心は抉られ、悔やむ気持ちがじみじみと広がっていった。
生きている鬱田と最後に会った時の記憶。
今までに何度も再生されてきた苦い夢。
川 ゚ -゚)(ダメだ、眠れない)
素直は感傷というものがどうにも苦手であった。
もうどうにもならない過去に対して悲しい気持ちを持つと、ひどく彼女は傷付いた。
川 ゚ -゚)(そうだ、風呂にでも入ろう)
毛布をはねのけ、起き上がった素直はシャワー室へと向かう。
120
:
名も無きAAのようです
:2015/09/25(金) 14:02:49 ID:9KC/0GIY0
シャワー室といってもそこは非常に狭く、質素な作りである。
もとはといえばスナックなどの飲み屋向きに作られた物件であり、人が住むことは想定していない。
素直がここに住むに当たってわざわざ後から誂えたスペースなので、使い勝手は決して快適とは言い難かった。
しかしそんなことは素直にとってどうでもよかった。
大事なのはここに住み続けることだけであった。
蛇口をひねると、一拍間を置いて温かな水が素直へと降り注いだ。
川 ゚ -゚)(温かい)
湯水は素直の頭を撫でた。
真っ黒に揺蕩う髪に沈み込み、じんわりと犯していく。
つぅ、と首筋に水滴が伝う。
髪の毛から流れた湯が腰や臀部をなぞり、排水口へと吸い込まれていった。
川 ゚ -゚)(鬱田)
シャンプーを手に取り、泡立てたそれを髪へと撫で付ける。
川 ゚ -゚)(鬱田は、おそらく、わたしのことが好きだったらしい)
洗っているそばからどんどん温水に押し流され、あっという間に泡はなくなってしまった。
それでも素直は髪を揉み、握りしだいた。
川 ゚ -゚)(それもモララーから聞いただけの話だから、わからない)
流水の勢いに任せて、素直は手櫛を通した。
きしみ絡まった髪が悲鳴をあげる。
が、懐古に浸る素直にはどうでもいいことであった。
川 ゚ -゚)(モララー)
唯一の、友人。
121
:
名も無きAAのようです
:2015/09/25(金) 14:04:06 ID:9KC/0GIY0
川 ゚ -゚)(いや、それも揺らぎつつある)
リンスを髪に絡ませながら素直は疋田の顔を思い出した。
川 ゚ -゚)(彼と話していると心地良い。もっと話していたくなるし、長く話していても疲れにくい人だ)
古傷だらけの四肢に石鹸の泡を滑らせながら、素直は一つの風景を思い浮かべる。
川 ゚ -゚)(穏やかに吹く風のような人だ。わたしの心に揺らぎを与えたとしてもそれは微かな動揺しかもたらさない。ほんの少しの波紋を水面にもたらす存在)
素直は己の腹を撫でた。
凹凸に乏しい体の中で唯一膨らんでいる部分。
とはいってもその突出している量も僅かなものなのだが。
つつぅっ、と人差し指が腹の傷を撫でる。
火傷、裂傷、刺傷。
全て素直の記憶にはないものだ。
川 ゚ -゚)(まだ肉が詰まっている)
ずしりとした重みを感じ、素直は安堵した。
植物では駄目なのだ。
魚では駄目なのだ。
肉でなければいけなかった。
陸で動いているものでなければ、生きていたものでなければ、素直は生のエネルギーを甘受したという実感を得られなかった。
川 ゚ -゚)(まだ、生きている)
他の命を奪い、糧に出来ている。
生きる意志のない自分に命を与えてくれる肉はまだ尽きていない。
122
:
名も無きAAのようです
:2015/09/25(金) 14:04:47 ID:9KC/0GIY0
川 ゚ -゚)(彼は受け入れてくれるだろうか)
蛇口をひねる。
きゅ、という断末魔とともに温水が途絶えた。
川 ゚ -゚)(今の一瞬を、永遠にしてしまおう)
しかしまだその時間には早すぎた。
川 ゚ -゚)(もっと話をしなければ、彼のことを知らなければ)
そう決意し、素直はシャワー室を後にした。
123
:
名も無きAAのようです
:2015/09/25(金) 14:07:38 ID:9KC/0GIY0
花氷!
いかにも花氷には違いなかった。
しかし、世にありふれた、草花の花氷ではない。
そこにはいたましい断末魔の苦悶をそのままに、人間界の花が、美しい倭文子の一糸まとわぬ裸体姿が無残にもとじこめられていたのである。––––『吸血鬼』より(江戸川乱歩著)
124
:
名も無きAAのようです
:2015/09/25(金) 14:09:03 ID:9KC/0GIY0
午前二十五時半過ぎ。
僕はパソコンを弄っていた。
いつもならとっくに眠っている時間だし、焼肉屋から帰ったらすぐ寝るつもりだった。
だけどどうにも寝付けなかった。
初めて屋上以外でクーと話したせいだろうか。
(-_-)(わかんないなー)
ぼやきながら僕は画面をスクロールした。
(-_-)「あ、これかな、クーが言ってた小説って」
ぽつりと呟きながら、僕はクーの言葉を思い出す。
川 ゚ -゚)『昔乱歩の小説で死体ごと氷で封じる話を読んで妙に印象に残ってしまったんだ。それでかき氷を作ったら人間かき氷だなーとか』
考えるに恐ろしい光景である。
死体の入った氷を、ごりごり削り出してそれを食べてみたいだなんて。
と、先ほどまで僕は思っていた。
しかしそれが、乱歩の手にかかってしまうと妖しさと恐ろしさを含んだ猟奇的な美文と化してしまうのだと僕は知った。
(-_-)(人間のかき氷、ねえ)
食べたいとは思わないが、人間の花氷なら少し見てみたいような気がした。
もしクーが、氷漬けになったらどんな姿になるのだろう。
ほんの一瞬、思考が邪な方向へと導かれて僕は慌てて頭を振った。
(-_-)(そんなことよりレポートやろう)
そう、元はと言えばレポートを書くために開いたパソコンだった。
125
:
名も無きAAのようです
:2015/09/25(金) 14:11:00 ID:9KC/0GIY0
とはいえそんなに乗り気ではなかったので、こうして脱線してしまったのだが……。
(-_-)(レポート、レポート!)
うっかり想像してしまった青白い裸を消すように、僕は検索タブを消去した。
代わりに書きかけのレポートを呼び出した。
今から書こうとしているのは臨床心理学のレポートであった。
僕は正直この授業があまり得意ではなかった。
というのも今やっているところが、非常に曖昧で複数の意味を孕む「解離」という分野だからである。
解離。
自分らしさが分かたれてしまう状態だ、と教授は話していた。
自分らしさというのがまた厄介だ。
それは記憶であり、感情であり、知覚であり、意図であり、思考でもあり、とにかく色々な要素が組み合わさって出来ているものだ。
僕たちは当たり前のように自分らしさというものを手にしているし、意識しないで生活している。
(-_-)(こんな範囲の広い話をレポートで纏めろなんて無理があるよな)
思わず毒づきながら僕は教科書やレジュメを読み進める。
仰々しく纏めると解離というのはとても難しい現象のように思えるけども、実は案外普遍的にそれは起こっている。
例えば授業中にテロリストがやって来てそれと渡り合う妄想に耽っていたらいつの間にか授業が終わっていたとか。
大事な人が事故に遭って死んでしまったことを知った時、まるで他人事のように感じてしまったとか。
実際に鍵を閉めたのか、それとも鍵を閉めようかなと考えていただけなのかわからなくなったとか。
映画を見るのに夢中でポップコーンをブーンに全部食べられているのに気付かなかったとか。
だけどそれをわざわざ解離していたとは呼ばない。
没頭とか無我夢中とか、そういう言葉で置き換えられてしまう。
こうして授業を受けるまで、それが解離の一種だったことにすら僕は知らなかったのだ。
126
:
名も無きAAのようです
:2015/09/25(金) 14:11:59 ID:9KC/0GIY0
そもそも解離という言葉で思い浮かべるのは……、
(-_-)(障害となる段階は、と)
解離性同一性障害、いわゆる多重人格だ。
一番重篤で、珍しい障害。
虐待などのショックを自分ではなく他人が受けたものだと記憶が分断され、それに伴って人格が分離してしまう症状が特徴である。
ビリー・ミリガンの本を読んだことで心理学に興味を持った僕にとって、少しだけ特別な思いを抱いてしまう障害だった。
とはいえその存在については学者の中でも賛否両論であった。
実際ブーンも実在しないのでは、と否定していたことを思い出した。
( ^ω^)『だってお、ヒッキー。症例に出てくる副人格が厨二病もいいところじゃんかお』
(-_-)『そうかぁー?』
( ^ω^)『猫になっちゃうとか、超能力使いとか、好きな人を殺したくて堪らなくなるとか、リアリティーないじゃんかお。後者に関しては空の境界かよって思っちゃったお』
(-_-)『うーん……』
( ^ω^)『嫌な記憶がすっぽり抜け落ちるっていうのはまあ分かるけど、それが副人格になるなんて僕はちょっと信じられないんだお』
たしかにブーンの言うことも分かる。
症例を見るとそこに飛び出してくる副人格は時々常軌を逸したものや、妄想の過ぎるものが多々ある。
だけど、現実に耐え難い苦痛しかないのなら、そこから遠く離れた空想の世界に入り浸るのはごく普通のことだと思うのだ。
ましてそれが子供のうちに体験したのなら、アニメや漫画を模倣した人格がいたっておかしくないのだと、
(;-_-)「!」
カタン、と、音がした。
127
:
名も無きAAのようです
:2015/09/25(金) 14:13:30 ID:9KC/0GIY0
扉と一体化している郵便受けに、何かが投げ込まれた音。
画面の隅に表示されていた時計に目を向ける。
二十六時過ぎ。
こんな時間から働いている郵便屋なんかいるわけがない。
(-_-)「はぁ……」
とため息を吐いて、僕はゆっくり玄関へと向かった。
足音を立ててはいけない。
誰が何を入れたのかは分かっているのだ。
だけどこの時間に来るのは流石に初めてであった。
(-_-)(静かに、静かに)
床に落ちていたのは、やはり予想していた通り水色の封筒であった。
差出人の名前はない。
宛名もない。
早く読んで欲しいのか、封筒の口は糊付けされていなかった。
(-_-)(まだ外にいるんだろうなぁ……)
憂鬱な気分になりながら、僕は再びパソコンへと戻った。
もちろんその手紙をゴミ箱に入れるのを忘れずに。
128
:
名も無きAAのようです
:2015/09/25(金) 14:14:58 ID:9KC/0GIY0
川 ゚ -゚)「何しているんだ、まったく」
ソファーに寝転ぶモララーに向かって、素直は呆れたようにそう言った。
( ・∀・)「まあちょっとな」
川 ゚ -゚)「退け」
言葉では怒っているものの、素直の顔は少し綻んでいた。
モララーは嬉しそうに笑い、それから素直の裸体に目を向けた。
( ・∀・)「相変わらずすげえ痕だな」
川 ゚ -゚)「仕方がない、顔に傷が残っていないだけでも幸いだ」
( ・∀・)ひでえよな、お前の親は」
川 ゚ -゚)「血の繋がりがないのだから仕方ないだろう。本当の両親とは逸れてしまったのだから」
( ・∀・)「…………」
素直の言葉にモララーは押し黙った。
その表情は複雑なもので、素直にはどうしてそんな顔をするのか見当がつかなかった。
川 ゚ -゚)「義理の子供に虐待を加える親なんていくらでもいるだろう?」
( ・∀・)「実の子供に危害加える親だっているぞ」
川 ゚ -゚)「言うと思った」
( ・∀・)「俺もクーがそう言うと思ってた」
129
:
名も無きAAのようです
:2015/09/25(金) 14:16:29 ID:9KC/0GIY0
滑稽なやりとりに、素直は無性に可笑しく思えてしまった。
とうとうしまいには我慢出来ず声をあげて素直は笑った。
( ・∀・)「なんだよー」
川 ゚ -゚)「いや、変わらないなと思って」
( ・∀・)「お前がそう望んだからだろ」
川 ゚ -゚)「そうだな」
下着を身につけ、素直はモララーの隣へ座った。
( ・∀・)「おーいお嬢さーん、シャツ着ろよ」
川 ゚ -゚)「風呂上がりで暑いんだよ」
( ・∀・)「風邪ひくぞ。いや馬鹿だから風邪ひかないか」
川 ゚ -゚)「モララーに言われたくないな」
( ・∀・)「今遠回しに馬鹿って言ったな?」
川 ゚ -゚)「言ってない言ってない」
( ・∀・)「つーか髪の毛も乾かせよ、水垂れてんじゃねえか」
川 ゚ -゚)「そのうち乾くさ」
( ・∀・)「ずぼらな奴だなー。洗濯物も溜まってるし」
130
:
名も無きAAのようです
:2015/09/25(金) 14:17:21 ID:9KC/0GIY0
川 ゚ -゚)「明日コインランドリーに行くよ」
( ・∀・)「今すぐ行けよー」
川 ゚ -゚)「ふふ」
( ・∀・)「なーに笑ってんだ」
川 ゚ -゚)「いや、話していると本当に楽しいなと思って」
( ・∀・)「…………」
川 ゚ -゚)「モララー」
( ・∀・)「ん?」
川 ゚ -゚)「そのうち、疋田くんに話そうと思うんだ。わたしのことを」
( ・∀・)「ほお」
川 ゚ -゚)「まだ少しだけ肉が残っているからそれを使おうと思う」
( ・∀・)「何作るんだ?」
川 ゚ -゚)「そうだな……」
素直は少し考えて、それから口を開いた。
川 ゚ -゚)「わたしだったらハンバーグが食べたいな」
131
:
名も無きAAのようです
:2015/09/25(金) 14:19:31 ID:9KC/0GIY0
特別な人には特別な料理を用意しましょう
.
132
:
名も無きAAのようです
:2015/09/25(金) 14:20:49 ID:9KC/0GIY0
登場人物紹介
(-_-) 疋田
心理学科に通ってます
川 ゚ -゚) 素直クール
買っても買わなくても近所の肉屋に日参してます
( ・∀・) モララー
どこにでも現れます
ハンバーグ(予定)
疋田のために作る特別なハンバーグ。この世で一番美味しいハンバーグだと素直は信じて疑わない
133
:
名も無きAAのようです
:2015/09/25(金) 14:21:49 ID:9KC/0GIY0
おまけ
( ・∀・)「あれ、クーどこ行ったんだ? ……あー、風呂かな」
( ・∀・)「しっかし相変わらず汚ねえなぁクーの部屋は……。そこらへんに服脱ぎ散らかしてんじゃねえよ……」
( ・∀・)「まったく何のために一階にコインランドリー作ったんだと思ってんだよ、ばーかばーか」
( ・∀・)「つうか風呂長えなー。考え事でもしてんのかな」
( ・∀・)「早く帰ってこいよ。話し相手がお前しかいないんだからさ」
134
:
名も無きAAのようです
:2015/09/25(金) 16:14:34 ID:jT80SvlQ0
乙
なんか不穏だな
135
:
名も無きAAのようです
:2015/09/25(金) 17:07:16 ID:cYniQiOg0
乙
手紙の差出人とかいろいろ気になる事が増えてきたなー
136
:
名も無きAAのようです
:2015/09/25(金) 17:24:14 ID:zgYpBwWoO
偏食、肉、心理学、食るの読み方、ハンバーグでカニバリズムを深読みしてしまった。
137
:
名も無きAAのようです
:2015/09/25(金) 17:35:49 ID:EOqbah6g0
乙
疋田変態だな
138
:
名も無きAAのようです
:2015/09/25(金) 18:24:50 ID:kPl1sWpU0
>>136
俺もまだ肉が残ってるってセリフを胃の中の肉でハンバーグ作るって意味かと深読みした
139
:
名も無きAAのようです
:2015/09/25(金) 21:05:18 ID:Fp4rWkM60
不穏だ、ゾクゾクしてきた
140
:
名も無きAAのようです
:2015/09/25(金) 22:04:25 ID:pal.IMAQ0
おつおつ!
少し不穏な流れになってきた気がする……
141
:
名も無きAAのようです
:2015/10/02(金) 12:19:38 ID:r0eEk06M0
午後一時丁度。
川 ゚ -゚)「疋田くん、今日は家族の話をしてくれないか」
と、喫煙所に着いた途端、クーはそう言った。
(-_-)「へ、家族ですか?」
川 ゚ -゚)「そうだ」
クーはタッパーを取り出しながらそう言った。
その大きさに気を取られながらも僕は頷いた。
(-_-)「でもそんなに面白い話はできませんよ。至って普通の家庭ですし」
川 ゚ -゚)「いいんだ、君の話が聞きたいんだ」
(-_-)「はぁ……」
若干不思議な気持ちになりながら、僕はクーの手先を見つめた。
再び同じ大きさのタッパーが取り出され、思わず苦笑した。
もう驚くことはない。
ただとにかく、こんな食生活をしていても元気な彼女が不思議で仕方がなかった。
(-_-)「今日は何を持ってきたんですか?」
川 ゚ -゚)「唐揚げだ」
(-_-)「うわーもたれそう……」
142
:
名も無きAAのようです
:2015/10/02(金) 12:20:25 ID:r0eEk06M0
川 ゚ -゚)「大丈夫だ、塩味とにんにく醤油味の両方を作ってきた」
(-_-)「そういう問題じゃないんですけどね」
そう言って僕は助六寿司を取り出した。
今日はなんとなくいなり寿司が食べたい気分だったのだ。
川 ゚ -゚)「疋田くんは、何人家族なのかね」
(-_-)「祖父と両親と、妹がいますよ」
川 ゚ -゚)「ほう」
(-_-)「祖父は今年八十八になるんだったかな」
川 ゚ -゚)「長生きだな」
(-_-)「もう長いこと寝たきりで死ぬのを待ってる感じですよ」
川 ゚ -゚)「ふむ……。妹さんはいくつになるんだ?」
(-_-)「僕の一個下ですよ、だからそんなに離れてるっていう感じはしないです」
川 ゚ -゚)「高校生か」
(-_-)「ですねえ。一時間かけて学校行ってますよ、チャリで」
川 ゚ -゚)「一時間も……」
(-_-)「バスがほとんどないところなんで。同じ県内とは思えないくらいのクソ田舎ですよほんと」
143
:
名も無きAAのようです
:2015/10/02(金) 12:21:31 ID:r0eEk06M0
とにかく、不便な所だった。
あるものといえば山と虫、それから畑くらいであろう。
若者のほとんどは山を出て行ってしまうし、自慢出来るものは何もない。
年寄りばかりがいるようなところであった。
川 ゚ -゚)「ほう。そういうところだと珍しい物が食べられそうだな」
(-_-)「うーん、お焼きとか酒饅頭とか……」
長らく食べていない名産品の数々を想像しつつ、いなり寿司を頬張った。
甘辛いタレがじんわりと口の中に広がり、僕は少し幸せな気分になった。
(-_-)「あ、でもクーにだったら猪鍋がおすすめですかね」
川 ゚ -゚)「猪か、美味しいよな」
(-_-)「食べたことあるんですか?」
川 ゚ -゚)「昔な。鬱田の墓参りに行こうと思って叢作市という所に行ったことがあって」
(-_-)「あ、それ僕の地元です」
川 ゚ -゚)「そうなのか」
(-_-)「ええ」
思いがけない共通点であった。
とはいえ聞いたことがない名字だ。
もしかすると僕の実家からは遠い、裾野の部分に住んでいる人なのかもしれなかった。
(-_-)(ガチの山奥だもんなぁ……実家……)
144
:
名も無きAAのようです
:2015/10/02(金) 12:22:46 ID:r0eEk06M0
なんてことを思いながら、僕は話を進めた。
(-_-)「叢作って言っても、どこらへんに行きました?」
川 ゚ -゚)「うーん、覚えていないな。道案内はモララーに丸投げしてしまったのでね」
(-_-)「ええ……」
川 ゚ -゚)「ああでも、わりと麓の方で……。田んぼが多かったな」
(-_-)「あ、そしたら唯田かもしれないです」
川 ゚ -゚)「いいだ?」
(-_-)「うん、田んぼがあるっていうとそこらへんかなーって。元々そこで稲作やってたのが僕のご先祖だったとかなんとか」
唐揚げを貪っていたクーは、大きく目を見開いて頷いた。
それからごきゅりと肉を飲み込む音がした。
川 ゚ -゚)「へえ、じゃあ地主さんというわけか」
(-_-)「っていってもそこの田んぼは手放しちゃったんですけどね。一時すごい不作になったことがあって、その時に猟師になっちゃったらしいんですよ」
川 ゚ -゚)「面白いな……」
(-_-)「で、そのまま山の奥に引っ込んで暮らし始めたって祖父が言ってましたね」
(-_-)(本当にそうだったのか、わからないけどな)
145
:
名も無きAAのようです
:2015/10/02(金) 12:23:51 ID:r0eEk06M0
実のところ僕はその話を信じてはいなかった。
なんでわざわざその土地を手放したのかとか、あんな不便な所に住んでいるのかとか、腑に落ちないことが多すぎるからだ。
なにかトラブルを起こして村八分になったんじゃないか、と僕は推測していた。
根拠は何もない。
が、異常に頑固だったり癇癪を起こす自分の家族を見ていると僕はそう考えてしまうのだった。
いや、僕の家族だけではない。
数少ない親族たちも頑なに人付き合いを忌避する人が多かった。
川 ゚ -゚)「疋田くん?」
(-_-)「…………」
川 ゚ -゚)「……疋田くん」
(-_-)「……あ、すみません。ちょっと考え事を……」
川 ゚ -゚)「唐揚げが食べたいのか?」
(-_-)「いや全く……」
川 ゚ -゚)「そうか。ずっとわたしの口元を見ていたから、てっきり唐揚げが食べたかったのかと」
(-_-)「え、そうでした?」
川 ゚ -゚)「気付いたら瞬きもせずにずーっと食べている所を見ていたもんだから、少し気まずかったよ」
(-_-)「え、マジですか……。すみません」
川 ゚ -゚)「謝ることはない。一個ずつ分けてあげよう」
お腹いっぱいなんで、と喉まで出かけて僕はやめた。
唐揚げが挟まれた箸がもう既に僕の口元にまで運ばれてきてしまっていたからだ。
146
:
名も無きAAのようです
:2015/10/02(金) 12:25:37 ID:r0eEk06M0
(-_-)「……いただきます」
照れくさくなりながらも僕は唐揚げを頬張った。
しんなりとした衣が歯に張り付く。
それを舌ではがし、肉と共に噛み締めると程よい塩味が口の中に広がった。
(-_-)「おいしい……」
ほっとする味であった。
塩加減は優しく、白米と一緒に食べたら物足りないだろうと思った。
でもクーはそのまま食べてしまうのだから、これぐらいで丁度いいのかもしれなかった。
川 ゚ -゚)「もっとあげようか?」
(-_-)「いやいいですよ……」
生姜の酢漬けをぱりぽりつまみながら首を横に振った。
甘酸っぱくてすっきりとした辛味が口の中に
広がっていく。
(-_-)(口直しに丁度よかったな)
そんな事を思いつつ、僕は逆に問う。
(-_-)「そういえば、クーの家族ってどんな人だったんですか? 兄弟とかいたんですか?」
途端、彼女の顔は僅かな翳りを見せた。
もしかして触れてはいけない話題だったんだろうか。
後悔してももう遅かった。
147
:
名も無きAAのようです
:2015/10/02(金) 12:26:40 ID:r0eEk06M0
川 ゚ -゚)「……義父母がいた」
(-_-)「義理の……」
川 ゚ -゚)「昔、実の親とははぐれてしまってね。たまたまその人たちに拾われたのだけれども、あまり子育てに向いている人種ではなかったんだ」
唐揚げに箸が突き刺さる。
さっき僕の口元に入っていった箸が、クーの口の中へと引き込まれていく。
間接キス。
ふと頭にそんな単語が過ぎり、僕は慌ててお茶を飲み込んだ。
箸が口から引き抜かれ、口内に取り残された肉は無惨に咀嚼されていく。
犬歯に引き裂かれたり、奥歯によってすり潰される肉の様を想像し、僕は生唾を飲み込んだ。
そのうち喉が蠕動し、肉は飲み込まれていった。
(-_-)「…………」
僕はじっとクーを見つめる。
おもむろに、空になったクーの口が動いた。
川 ゚ -゚)「……そろそろ行かないと、次は授業があるんだろう?」
(-_-)「あっ……」
時計を見れば確かに、次の授業まで十分を切っていた。
(-_-)「……すみません、変な事聞いちゃって」
川 ゚ -゚)「構わないよ」
クーは気にするような仕草を見せず、あっけらかんとそう言った。
148
:
名も無きAAのようです
:2015/10/02(金) 12:27:58 ID:r0eEk06M0
川 ゚ -゚)「明日は午前中だけが授業だっけか」
(-_-)「ですね」
川 ゚ -゚)「そうしたらもっと疋田くんとたくさん話せるな」
(-_-)「……話してて楽しいですかね、僕と」
川 ゚ -゚)「当たり前じゃないか」
僕の言葉が意外だったんだろうか。
クーの目はいつもよりも見開かれていて、それが珍しくて。
それを見た僕は、なんだか嬉しい気分になった。
(-_-)「じゃあまた明日」
川 ゚ -゚)「ああ、明日」
その言葉を最後に、僕たちは別れた。
149
:
名も無きAAのようです
:2015/10/02(金) 12:30:54 ID:r0eEk06M0
街灯の乏しい夜道を素直クールは歩いていた。
頭上では三日月が微笑み、それがかろうじて彼女の行く道を照らし出していた。
( ・∀・)「急な話だよな、引越しだなんて」
川 ゚ -゚)「そうだな。でも仕方ないだろう、仕事なのだから」
ほとんど使われていないスマホに電話が入ったのは疋田と別れてすぐだった。
その内容は今依頼で住んでいる場所を離れ、今週中にはまた違うところに引っ越してくれ、という内容であった。
引っ越し業者と打ち合わせしたり、荷物をまとめに行ったり、書類を書いたり……。
忙しなく動き続けて気付けば時刻は夜の十一時になっていた。
いつもならとっくに眠ってしまっている時間で、素直はぐったりと疲れていた。
「今度は孤独死した老人が住んでいたアパートに来てほしい」
ふと電話の声が脳裏に蘇る。
それを聞いた時から、素直はなんとなく疋田の祖父を思い浮かべていた。
川 ゚ -゚)「一人で老いを重ね、誰にも看取られずに逝くというのはどんな気持ちになるんだろうな」
( ・∀・)「寂しいだろうね。誰の記憶にも残らないし」
川 ゚ -゚)「その点では疋田くんのお祖父さんは恵まれているのかもしれないな」
( ・∀・)「さあ、どうだろうか。愛されているならその限りではないだろうけどね」
まだ見たことのない疋田の家を素直は夢想した。
地主であれば家はかなり大きいのかもしれない。
昔ながらの日本家屋で、奥まったところに祖父の部屋がある。
いつもそこは締め切られていて、電気もほとんど点かない。
カビ臭さが漂う真っ暗闇の中、その老人はか細く息をしているのみ。
150
:
名も無きAAのようです
:2015/10/02(金) 12:31:42 ID:r0eEk06M0
時折声を出して家の者を呼ぶが、食事時以外にここへ立ち入る者は誰もいないのだ。
あるいは、もしかすると離れで暮らしているのかもしれなかった。
認知症かなにかを患っていて、時折訳のわからないことを叫び出す。
それがあまりにもうるさいものだから、離れに閉じ込められてしまっているのだ。
外から鍵もかけてしまって。
( ・∀・)「相変わらず空想が豊かなことで」
茶化された素直は眉を顰め、ふんと鼻を鳴らした。
( ・∀・)「おいおい怒るなよ」
川 ゚ -゚)「…………」
( ・∀・)「悪かったって。別にそれが変だってわけじゃなくてさ、感性が豊かだなーって褒めてんだよ」
川 ゚ -゚)「…………」
( ・∀・)「おーい、クー……」
川 ゚ -゚)「……ふふ、必死だな」
堪えていた笑いを露わにした刹那。
素直は後頭部に衝撃を感じた。
川 - )「かっ……、は……!?」
うめき声と共に空気が漏れる。
突然の出来事に混乱しながらも起き上がろうとした素直は、再び頭を打ち付けられた。
川; - )「……ぐ、ぅ、う」
はあ、はあ、と聞こえる息は誰のものなのだろうか。
生暖かい液体が首筋に流れるのを感じながら、素直はゆっくりと意識を手放した。
151
:
名も無きAAのようです
:2015/10/02(金) 12:34:00 ID:VMby8yCg0
初遭遇
支援
152
:
名も無きAAのようです
:2015/10/02(金) 12:34:29 ID:r0eEk06M0
明日は会えそうにありません
.
153
:
名も無きAAのようです
:2015/10/02(金) 12:36:30 ID:r0eEk06M0
おまけ
( ^ω^)『おっおー、ヒッキー起きてるかお?』
(-_-)『起きてるけど何?』
( ^ω^)『実は明日出かける用事が入っちゃったんだお』
(-_-)『デートか! デートか貴様!』
( ^ω^)『ヾ(;^ー^)ノ』
(-_-)『図星かっ』
( ^ω^)『てへぺろっ☆だお』
(-_-)『ったくもー……。あれだろ、明日ビデオ見るからその内容まとめとけばいいんだろ?」
( ^ω^)『話が早いおヒッキー先生』
(-_-)『今度会ったら昼飯奢れよな』
( ^ω^)『もちろんだおー! ありがとうだお!』
(-_-)『はいはい』
154
:
名も無きAAのようです
:2015/10/02(金) 15:42:19 ID:LnGrUEZ60
乙!毎回面白い
クーとヒッキーの穏やかな会話が好きだ
155
:
名も無きAAのようです
:2015/10/02(金) 17:15:14 ID:.0/z0Xdo0
おいおいどうなるんだよ
156
:
名も無きAAのようです
:2015/10/02(金) 17:40:00 ID:gUnPnUrY0
乙
>>102
辺りでクーからドクオの話聞いてるのに名字忘れたのかヒッキー……
157
:
名も無きAAのようです
:2015/10/02(金) 21:56:40 ID:9c74Fb8I0
地元で鬱田って苗字を見かけなかったってことだろう
158
:
名も無きAAのようです
:2015/10/02(金) 22:30:31 ID:gUnPnUrY0
あーなるほどそういう事か
159
:
u
:2015/10/02(金) 23:09:51 ID:iVcz78g20
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ヽ::::::::::::::::::::::\_」 lヽ::::/ !:-●,__ ノ /
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160
:
名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:20:32 ID:elzXkpGg0
午前十時半過ぎ。
僕は「ミカン」の四階にある教室にいた。
本来なら既に授業が始まっている時間だ。
しかし教室では未だに談笑の声が響いていた。
何故なら、教授がプロジェクターの設定に手間取っているからである。
(;‘_L’)「おっかしいなぁ……」
時折教授が機械に話しかけるものの、それだけで直るはずがない。
かれこれ十分近くスクリーンには目が痛くなるほどの青が表示されていた。
不意に教授はプロジェクターから離れ、教卓の上のマイクを手に取った。
(‘_L’)「ああもう……。みなさん、私語禁止ですよ」
教授の弱々しい声が賑やかな室内に響くがそれだけではどうにもならなかった。
(‘_L’)「はぁ」
小さな溜息がマイクに拾われる。
僕の周りから、クスクスと嘲笑が聞こえてきた。
(-_-)(くっだらねー)
僕はなんだか無性に腹が立ってきた。
困惑と気弱さが混ざったような、教授の薄ら笑いを見て僕は更に憤った。
(-_-)(この人も、はっきり言えばいいのに)
僕は席を立った。
「ちょっと通らせてください」
隣にいた人にそう言おうとして、僕は固まった。
161
:
名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:21:56 ID:elzXkpGg0
川ー川「…………」
妹が、いた。
鴉色の長い髪の毛を揺蕩わせ、不揃いの長さに切られている前髪からは潰れたように笑う目が隠されていた。
(;-_-)「…………」
僕は、自分から声を掛けるのは止めることにした。
椅子は極力引かれていたからその後ろを通るのは容易かったし、何よりなんといえばいいのかわからなかったのだ。
(-_-)(なんなんだよ……)
胃が冷えたような気分になる。
いや、いい。
それよりも教授を手伝わなくては。
階段を下りきった僕に教授は気付かない。
(-_-)「先生」
(‘_L’)「お、おおっ……?」
突然背後から声をかけたせいか、教授は素っ頓狂に叫んだ。
(-_-)「……プロジェクターにつけてるコード、入れ違いになってますよ」
(‘_L’)「え……? …………あれ、本当だ」
白いジャックに黄色いコードが、赤いジャックに白いコードが刺さっているものだから、表示なんかされるわけがないのだ。
162
:
名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:23:41 ID:elzXkpGg0
(-_-)(なんつー機械音痴……)
なにも言わず、そのまま席に戻った。
背後からは慌てて礼を言う教授の声が聞こえてきたが、それに反応出来るほどの余裕が僕にはなかった。
(-_-)(席戻るの嫌だなぁ)
ニコニコしながら待ち構えている妹が視界に入る。
(-_-)「…………」
川ー川「…………」
極力存在を無視するものの、妹の視線がありありと感じられた。
(-_-)(面倒くさい……)
その一言に尽きた。
(‘_L’)「遅れて申し訳なかったけども授業を始めます。今日はうちの大学病院が取材された時の映像を流しますので、その感想を来週提出して頂ければと思います」
川д川「つまんなそうな授業」
ぼそりと妹が呟いた。
それと同時に教室の照明が落とされ、スクリーンに映像が映し出された。
163
:
名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:24:57 ID:elzXkpGg0
「現代ドキュメント 増える十代の自殺とその周辺」
画質はやや荒く、少し前に撮られたもののようだった。
『昨今、子供の自殺が増えています』
『何故彼らは死に急ぐのか? 答えを求め病棟へ向かった我々取材班を待ち受けていたのは子供たちの苦悩と絶望でした』
(,, д )『今は死のうとしたこと、後悔してます』
|゚ノ ∀ )『気がつくと、体がフワーってするんです』
川 - )『死ねって言われたから死のうと思ったんです』
モザイク処理のされた少年少女たちが次々に映し出され、僕は少し胸が痛んだ。
もし死んでしまっていたら、彼らはこの場にいないのだと思うと、なんだか不思議な気分になった。
ミセ*゚ー゚)リ『こんばんは。現代ドキュメントの時間です。今日は、十代の自殺とその周辺というテーマでお送りします。今日お越し頂いたのは…………』
川д川「ねえ、お兄ちゃん」
小声で、妹が声をかけてきた。
(-_-)「…………」
僕はそれに動揺しないように、前を見続けた。
スクリーンの中では、女性アナウンサーとこの授業を受け持っている教授が出てきていた。
うちの教授が出てきたことに関して、周りの人たちはざわめいていた。
が、当の本人が注意してそれはやがて収まった。
(‘_L’)『こういった、若い方たちの自殺というのは非常に衝撃的なテーマだとは思いますが、彼らには彼らなりの理由があるんですね。その事だけでも分かって頂ければと思い、僕が受け持っている患者さんたちに協力を仰ぎ……』
164
:
名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:26:28 ID:elzXkpGg0
(-_-)(自殺、ねえ)
死にたいと思った事はたしかにある。
だけどそれは、一時間もすれば消えてしまうような刹那的な感情だ。
(-_-)(少なくとも僕はそうだった)
だけど、他人がどう考えているかなんてわかるはずもない。
今こうして授業を聞いている人たちの中にもそう思い続けている人はいるかもしれない。
(-_-)(十代を通り過ぎれば嘘をつく事に長けてしまうし)
やがて映像はスタジオから、病院へと移った。
第一のケースではG君という十五歳の少年が、将来に不安を感じて衝動的にマンションの五階から飛び降りたことを告白していた。
成績は優秀で、友達も多い。
放課後になると大好きなサッカーに打ち込み、いじめられた経験もない。
教師や親からは「そんなことをするような子に見えなかった」とインタビューで語られるような明るい少年であったという。
そんな彼が持つ不安とは、なんだったのだろう。
(,, д )『なんかー、うまく言えないんだけど……。これから高校生になるって思ってもピンと来ないんですよ。そこでうまくやってる自分とか想像できなくて。今は幸せだけど、そんなのたまたまの結果だと思えばそれまでだし』
G君は、困ったように笑った。
顔は見えないが、きっと笑っているのだろう。
肩がすくみ、体を揺らしているのだから。
165
:
名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:27:52 ID:elzXkpGg0
(,, д )『そう考えるとなんかすっごい怖くなって。夜中にそれが来ると寝れなくなるんですよ。それに対してどう相手すればいいのかわからなくて。それである日気付いたらベランダから落っこちてて。もう全部嫌んなっちゃって』
最後に、取材スタッフはG君にこう問うた。
『もしもこの先死にたくなったら、死にますか?』
(,, д )『しないっす。落ちた直後に意識が少しあって、その時にうわーすごいバカなことしたって涙出てきたんで。辛くなったらこの事、思い出します』
(-_-)(強い子だなぁ)
十五歳とは思えないくらいしっかりしていた。
出来ればそのまま、真っ直ぐに育ってほしいなと僕は思った。
166
:
名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:29:25 ID:elzXkpGg0
第二のケースでは、Rさんという十七歳の少女がインタビューに答えていた。
幼少期に両親が離婚し、父親に引き取られたものの仲はあまりよくなかったらしい。
演劇部に所属していたがそれは役者としてではなく脚本や照明、音響などの裏方として活躍していたそうだ。
しかし普段は非常に大人しく、もしかするとクラスメイトからもその存在を認知されることは少なかったのかもしれなかった。
というのも高校に上がってすぐ彼女は不登校気味になり、保健室に入り浸っていたそうなのだ。
|゚ノ ∀ )『学校行くのがなんか辛くて……。でも家にいるとあの人に怒られるし』
あの人、というのは父親のことなのだろう。
相当心的距離を置いているのが伝わってきた。
|゚ノ ∀ )『あの人が怒鳴ると、意識がぼーっとするんです。それで、気がつくと、体がフワーってするんです』
(-_-)(解離、離人感)
とても辛かったんだろうな、と思いながらメモを取る。
凄惨な内容の自分語りに、僕は胸が締め付けられそうになった。
場面は変わる。
次はRさんと部活動を共にした人がインタビューに答えていた。
彼女はRさんの先輩に当たるらしい。
『Rさんから自殺の予兆は感じられましたか?』
从 ∀从『今にして思えばそうだったのかなーっていうのはありますね。あの頃、Rちゃんは脚本を何本も書き進めてる時で、でもどれも途中で書くのをやめちゃってたんですよ、この先が書けないんだーって』
(-_-)(脚本が書けない、か)
从 ∀从『どうしたの、って聞いたらどうしても演劇じゃ表現しきれないと。それで試しに読ませてもらったら、全部死にまつわる話ばっかりで、最後に登場人物みんな死んじゃうんですよ』
(-_-)(えぐい)
167
:
名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:30:43 ID:elzXkpGg0
从 ∀从『でも死んだことを説明せずに、間接的に分かってもらわないといけない、その為にはどう演出すればいいのか、と真剣に悩んでたんです。今考えるとその空虚さとか、死を美化する感じとか、あの子の内面を写していたのかなーって』
再び場面は転換し、取材スタッフは問い掛けた。
『もしもこの先死にたくなったら、死にますか?』
|゚ノ ∀ )『……したくなっちゃうかもしれないですね。とにかく今はあの人から離れたいです、遠くに行きたいです』
(-_-)(この人、死んでしまいそうだなぁ)
親子の因縁は他人の因縁よりも根深いものになりやすい。
切っても切れぬ縁であるし、何より離れることが難しいからだ。
(-_-)(いや、親子だけでもないな)
横目で妹を見ると、彼女は熱心に落書きをしていた。
盗み見していることに気付かれないよう、視線をそっと手元に戻す。
……子供であるうちは親に縋らなくては生きていけないし、生殺与奪を握る親は子供に対して自分が万能であるように錯覚してしまう。
生まれながらにして完成されてしまっている上下関係に、他人が介入することは難しい。
それどころか、産んだ恩や育てた恩、親はあなたの為を思っているからなどという言葉で相手を追い詰めてしまうこともある。
虐待された側の心理は、されていない人間にとって理解出来ない領域なのだ。
(-_-)(本当のことを全部話しても、わからない奴にはわからないのだ)
常日頃から気をつけている言葉が、頭の中に響いた。
168
:
名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:31:54 ID:elzXkpGg0
最後は、Sさんという十一歳の少女のインタビューであった。
といっても彼女の記憶に混乱が見られるため、先の二人とは違う形式で話が進められていた。
まずはSさんの育った環境についての再現ドラマが流れた。
彼女の家は典型的な機能不全家族であった。
両親は仲が悪く、父親は滅多に家に帰ってこなかったらしい。
母親もまた家をあけることが多く、近所では当てもなく徘徊するSさんの姿が目撃されていたらしい。
心理的、肉体的虐待は日常的に行われていたためSさんは次第に自分は拾われた子であるという妄想に囚われていった。
(-_-)(無理もないだろうなぁ、生まれた時から虐待なんて……)
Sさんは、別世界に実の両親が存在していると信じていた。
妄想の中の両親はとても優しく、彼女のよき理解者であった。
しかしそれはあくまでも過去の出来事であった。
離れ離れとなってしまった今となっては、架空の両親はただ甘き思い出を反復するだけの存在に過ぎなかった。
そう、妄想の両親ですら、彼女を守る存在ではなかったのだ。
Sさんは次第に現実の両親から逃げ出したくなり、五歳の時に家出を試みた。
Sさんは隣市まで徒歩で移動し、夏祭りの会場で無事保護されたらしい。
その後両親の虐待が明るみになり、Sさんは養護施設に連れて行かれ、そこで暮らすことになったそうだ。
ところが保護された後もSさんの妄想が寛解することはなかった。
時折Sさんは壁に頭を打ち付けるなどの自傷行為や、いきなり同級生に噛み付くなどの加害行為が見られたという。
これらの行動にはSさんなりの理由があったらしいが、いずれにせよ理解できるものではないだろう。
彼女は何度か児童精神科に連れて行かれ、徐々にそれらは落ち着いていったのだという。
あくまでも、施設や教師からはそう見えたのだそうだ。
しかし彼女の妄想は未だに息衝いていた。
Sさんには仲のいい男の子の友達がいて、その子にだけそれを共有していたのだという。
その子もまた何故か、Sさんの妄想を受け止めて話を合わせていたらしかった。
(-_-)(不思議な関係だ……)
ノートに書き込むのも忘れ、僕はドラマに見入った。
169
:
名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:32:00 ID:3qNqrfn20
初遭遇
支援
170
:
名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:33:04 ID:elzXkpGg0
やがてSさんとその仲のいい男子はいじめられるようになった。
虐待を経験していたSさんには、同級生からのいじめはかわいいものであったらしい。
つまりSさんはいじめられても平然としていられたのだが、男子はそうでなかった。
男子はいじめに屈服し、今度はSさんをいじめるようになった。
孤立したSさんは再び情動不安定になり、そして。
『しーね! しーね!』
一つの机を取り囲み、囃し立てる男子たち。
俯いて座っていた女子は、机からカッターナイフを取り出した。
異変に気付く一人の男子。
気付かない周り。
女子は、左手首に薄刃を突き立てた。
男子たちから悲鳴があがる。
床に散らばった血を見て、知らん振りをしてきたクラスメイトたちが叫ぶ。
いじめを苦にしての、自殺。
それはあまりにも悲しい話であった。
(-_-)「はぁ……」
思わず溜め息が漏れた。
場面が変わる。
ショートカットの女児が、じっとこちらを見つめていた。
川 - )『◯◯くんは悪くないです、真に受けたわたしが悪いんです。それに◯◯くんは毎日お見舞いに来て謝ってくるし。◯◯くん以外の他の人たちはなんとも思わないですね、どうでもいい人達なんです』
(-_-)(◯◯くんは例の男子か、酷いことされたのになんで庇うんだか)
川 - )『わたしの中には◯◯くんしかいないんです。大勢に言われたからじゃなくて、◯◯くんに死ねって言われたから死のうと思ったんです』
(-_-)「…………」
171
:
名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:35:22 ID:elzXkpGg0
川 - )『◯◯くんの言葉はすごく印象に残ります。良いことも、悪いことも。でも他の人たちの言葉はあんまり覚えられないです、すぐに頭からすーって逃げてっちゃうんです』
(-_-)(これも解離の一つだ……)
この前レポートを書いたせいか、その言葉が妙に頭によぎった。
(-_-)(あ)
いつのまにかスクリーンにはSさんではなく、一人の男子が映されていた。
これが例の◯◯くんなのだろう。
( ∀ )『酷いことを言ってしまったって自覚はあります。取り返しのつかないことをしたって、すごく情けなくなりました』
(-_-)(よくインタビューに出たなぁ)
根は悪い子ではないのかもしれない。
が、人を一人殺しかけたということには変わりなかった。
( ∀ )『実は昔、家出してたSさんを最初に見つけたの、僕で。その時にこの子守らなきゃ、って思ってたんですよ。なのにそれを裏切っちゃったって思って、すごい辛くて』
(-_-)「…………」
( ∀ )『もういじめなんかしないです、二度としないです。これからはずっと仲良しでいるつもりです』
(-_-)「……………………」
最後に、スタッフは例の質問をSさんに投げかけた。
『もしもこの先死にたくなったら、死にますか?』
川 - )『多分しないと思います。でももし、』
ぷつり、と映像が途切れた。
同時に授業終了を告げるチャイムの音がスピーカーから流れてきた。
172
:
名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:36:44 ID:elzXkpGg0
(‘_L’)「はい、これで今日の授業は終わりとなります。再三の注意になりますが、来週までに感想を出してくださいね」
ざわめきが一気に広がり、一目散に教室を出て行く人たちをぼんやりと眺めていた。
(-_-)(みんな、よくあんな暗い話を見た後に騒げるよな)
遠い世界での話だと思っているのだろうか。
(-_-)(そんなに縁遠い話でもないのに)
川д川「お兄ちゃん」
(-_-)「なんだよ」
川д川「貞子、静かに待ってたよ!」
期待に満ちた瞳で僕を見上げる姿は、まるで犬のようであった。
いや犬の方がまだ百倍もかわいいけど。
(-_-)「ああうん、はい」
川д川「むう」
(-_-)「お前な……。幼稚園児だったらお利口さんですね〜って褒めたくなるけど、大の女子高生がそんなこと出来たって褒めようって気になるわけねーだろ」
川д川「ひっどぉい」
(-_-)「つーかお前学校は?」
川д川「自主休講」
(-_-)「サボってんじゃねえよバカたれ」
173
:
名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:38:53 ID:elzXkpGg0
適当にあしらう一方で、内心困ったことになったなと思った。
これまでにも妹が勝手に大学に来たことは何度かあった。
特に夏休みの間は酷いもので、アパートの前で座り込みをしていた時もあったのだ。
その度に根気強く説得し、なんとか実家に送り返してきたのだが……。
(-_-)(これじゃクーのところに行けないなぁ)
適当に嘘をついて追い払ってしまおうか?
……それが出来れば苦労しないのだが、きっと妹は事前に時間割を調べて来ているだろう。
だから、今日来たのだ。
午前中に授業が終わってしまい、午後が丸々空くことを知っていたから……。
(-_-)「……ここじゃ目立つから、外出よう」
川д川「貞子とご飯食べてくれるの?」
(-_-)「だってお前、そのままじゃ帰らないだろう」
川ー川「ふふふー」
(-_-)「ふふふーじゃねえよ全く」
呆れながら僕はスマホを取り出した。
今日は会えないことをクーに告げておいた方がいいだろう。
(-_-)(昼、どこに行こうかな)
甘えるように絡みついてきた左手を振り払いながら、僕はメッセージを送信した。
174
:
名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:39:44 ID:elzXkpGg0
ピロリン、と無機質な着信音が部屋に響いた。
夢現の狭間にいた素直クールは、意識をすくい上げられるような感覚に陥った。
川 - )「ああ……」
ソファーから起き上がると、彼女は酷い頭痛に苛まれた。
三半規管がおかしくなっているのか、じっとしているのに船酔いした時のような吐き気に襲われる。
思わず素直は口元を押さえた。
( ・∀・)「起きたのか」
川 - )「ああ」
( ・∀・)「体調……は、あんまりよくなさそうだな。やっぱり入院した方が良かったんじゃねえの?」
川 - )「入院したら、疋田くんは心配するだろう」
テーブルに置かれたスマホに手を伸ばし、素直は溜め息を吐いた。
( ・∀・)「……で、医者の静止を突っぱねて来た甲斐はあったのかよ」
川 ゚ -゚)「あまり意地の悪いことを言ってくれるな」
簡略なメッセージを送信し、素直は再びソファーへと倒れこむ。
川 ゚ -゚)「……痛いなぁ」
175
:
名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:41:21 ID:elzXkpGg0
( ・∀・)「相手が女でよかったな、男だったら死んでたかもしれないぜ」
川 ゚ -゚)「女?」
( ・∀・)「殴られた時のこと思い出してみろよ」
川 ゚ -゚)「ふむ……」
…………素直は左側の後頭部に衝撃を感じた。
川 - )『かっ……、は……!?』
うめき声と共に彼女はアスファルトに倒れ伏せた。
同時に頭上からは、ヒュン、と空気を切る音がした。
おそらく空振りしたのだろう。
相手は舌打ちしながら起き上がろうとした素直に一歩踏み込み、再度頭を打ちのめした。
川; - )『……ぐ、ぅ、う』
カラン、となにかが地面に落ちる音が聞こえた。
音は軽く、金属的なものであった。
それを最後に、素直の記憶は途切れた。
( ・∀・)「ここから分かることは三つある。まず相手は左利きだ」
川 ゚ -゚)「なぜ?」
( ・∀・)「振りかぶる時にわざわざ利き手と逆の方向からぶん殴る奴がいると思うか?」
176
:
名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:42:35 ID:elzXkpGg0
川 ゚ -゚)「まあ、そうだけども。殺そうとしたんじゃなくて、ただいたずらに襲っただけかもしれないじゃないか」
( ・∀・)「それはどうだかなぁ。金品や鞄を物色された形跡はないし、何より空振りした時に舌打ちしてるんだぜ。お前を殺そうとしてたって線が濃厚だと思うんだけど」
川 ゚ -゚)「……恨みを買うような真似をしただろうか」
( ・∀・)「さあなあ」
川 ゚ -゚)「で、女が犯人だっていうのは?」
( ・∀・)「金属バットの類でぶん殴られたわりには軽傷だから」
川 ゚ -゚)「軽傷……」
( ・∀・)「大の男が相手だったら首の骨が折れてるに違いないだろうな。あとひょっとしたらクーよりも小柄な奴が犯人かもしれない」
川 ゚ -゚)「ふむ……」
素直の身長は百七十センチ近く、同性の平均を大きく上回っていた。
実際自分よりも高い同性に、素直は出会った事がなかった。
( ・∀・)「背の低い奴が背の高い人間を狙うとどうしても威力が殺される。二発食らってやっと脳震盪が起きたくらいだし」
川 ゚ -゚)「……犯人は、左利きの小柄な女か」
ふう、と素直はもう一度ため息を吐いた。
川 ゚ -゚)「……肉が食べたい、生肉が」
( ・∀・)「生はやめろよ」
川 ゚ -゚)「ん……」
その返事を最後に、素直は再び眠りへと落ちた。
177
:
名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:43:23 ID:elzXkpGg0
僕は、ついこの間行ったばかりのカフェに妹を連れていった。
妹と一緒に学食に行くのはとても嫌だったのだ。
川ー川「素敵なお店だね」
きょろきょろと店内を見渡しながら妹は言った。
案内されたのは奥の席で、ここへ座るのは僕も初めてであった。
飴色の照明が優しく僕たちを照らし、遠くからはコーヒー豆を挽く音が微かに聞こえてくる。
香ばしいコーヒーの香りが漂う中、僕はメニューを広げた。
少しだが緊張が安らぎ、若干だが食欲も出てきた。
(-_-)「……何飲む?」
川д川「貞子はお兄ちゃんと一緒でいいよー」
(-_-)「あっそ。……なんか食う?」
川д川「んー……、少しだけ」
(-_-)「わかった」
店員を捕まえ、僕はブレンドコーヒー二つとカツサンド一つを頼んだ。
ここのカツサンドは値段の割にはボリュームがあって、二人で分け合えばちょうどいいだろうと僕は考えていた。
(-_-)(本当は不本意だけど、ホットサンドは高いからなぁ)
懐事情を思うとそうせざるを得なかったのである。
178
:
名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:44:12 ID:elzXkpGg0
川д川「ねーお兄ちゃん」
店員が去ってすぐ、妹は話しかけてきた。
(-_-)「なに」
と僕も返すが、その次に出てくる言葉を僕は知っていた。
川д川「もう、家に帰ってこないの?」
(-_-)「何回も言ってるだろ。僕はこっちのほうで暮らすんだって」
川д川「どうして?」
(-_-)「山に籠って一生終えたくないんだよ、あそこは辛気臭いし」
川д川「でも自分で働かなくてもいっぱいお金が入ってくるんだよ?」
(-_-)「今はな。だけどうちの借家に住んでるのは爺さん婆さんばっかりじゃん、そいつらの先は長くないんだぜ?」
川д川「でも、」
o川*゚ー゚)o「お先に失礼します、ホットのブレンドコーヒーになります」
川д川「……、」
妹は言葉を飲み込み、僕は愛想よく店員からコーヒーカップを受け取った。
179
:
名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:46:06 ID:elzXkpGg0
川д川「……お兄ちゃんは、故郷が嫌いなの?」
(-_-)「ん、まあ、そうだな」
お前のことも嫌いだよ、と内心付け加えた。
川д川「なんで?」
(-_-)「畑に興味ねえもん。虫も嫌いだし、娯楽もないし。あと閉塞感が無理」
川д川「…………ご先祖様が頑張って得た土地なんだよ……?」
(-_-)「そうだな」
川д川「なのにひどくない……?」
(-_-)「……最初は僕だって大学行ったら家継ごうって思ってたよ」
かちゃん、とカップとソーサーのぶつかる音が響く。
ようやく飲もうとして持ち上げたカップを、妹がそのまま元に戻したのだ。
(-_-)「そうしたら勉強なんか必要ないって親父が怒鳴り散らして、受験に必要な書類破いたりしてたの見てるだろ?」
川д川「…………」
(-_-)「それでもう、この人とは無理だって思った」
川д川「…………でも、家族だよ?」
(-_-)「は?」
180
:
名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:49:01 ID:elzXkpGg0
川д川「お父さんのしたことはたしかに酷いことだけど、身内のしたことだよ? やっぱり仲直り、」
(#-_-)「仲直りするとかしないとかの話じゃないだろ! そんな事されたのに許せるほうがおかしくねえか!?」
o川*゚ー゚)o「あ、あのお客様……」
おどおどした店員の声に、僕ははっとした。
o川*゚ー゚)o「他のお客様のご迷惑になりますので……」
(:-_-)「す、すみません」
カツサンドの乗った皿と伝票がテーブルに置かれ、僕はぼんやりとそれを眺めた。
妹と目を合わせたくなかった。
話もしたくなかった。
これ以上話し合ったって、妹が僕の事を理解してくれるはずがないのだ。
(-_-)「……貞子」
だけど、僕は話してしまう。
言葉に出してしまう。
(-_-)「……そもそも、僕よりお前のほうが可愛がられてたじゃん」
川д川「そ、そんなこと」
(-_-)「なんでかは知らないけどさ、お前が生まれてからは親父も母さんも爺様も婆様もお前の事可愛がってさ。羨ましかったんだ」
川д川「そんなことないよ、お兄ちゃんのことも可愛がってたよ……?」
181
:
名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:49:56 ID:elzXkpGg0
(-_-)「お前が僕のおやつを横取りしてもお兄ちゃんだから我慢しなさいって言われるし、勝手に転けたお前のそばに僕がいただけで妹をいじめたに違いないと罵られ、そうやって『悪いこと』ばかりを積み重ねてきた僕には誕生日にもクリスマスにもなにも貰えず、お年玉だってお前のほうが多くもらってきた、挙げ句の果てには僕に大学は必要ないって言ったくせに、貞子、お前にはどこに行ってもいいと家族のみんなは言って、その時の僕の気持ち、分かるか?」
ぐつぐつと腸が煮えくりかえるような、嫉妬。
惨めさや羨ましさが相俟って、僕は泣きそうになっていた。
奥歯を噛み締めていなかったら、きっと涙は出ていただろう。
だけど泣いてしまったら、母親から家に締め出されて半日庭で過ごした記憶が蘇りそうで、僕は必死に堪えた。
(-_-)「なあ、僕とお前のなにが違ったんだよ。一年早く生まれただけじゃないか。なのにどうして、みんなお前を可愛がるんだよ」
川д川「お兄ちゃん……」
(-_-)「今更家に戻ったって、子供の時と同じ扱いをされるだけに決まってるじゃないか。うっかり子供一人分の食事を用意し忘れる家が、どこにあるんだよ……。もう戻りたくないんだ」
川д川「…………」
妹はとうとう押し黙った。
僕の言葉を理解してくれたのだろうか。
(-_-)(いや、そんなはずない)
希望的観測を捨てなくてはいけない。
きっとこいつは本気で分かっていないのだ。
妹の中には可愛がられた自分の記憶しかない。
どんなに近くで悲惨なことが起きていたとしても、彼女はそこから遠ざかろうとしているはずだった。
そこに自分も関われば自分もそこに落ちてしまうから、なにもなかったように記憶を処理してしまっているのだ。
川д川「……みんな、ほんとはいい人達なんだよ」
(-_-)(ほら見ろ)
僕は、自分の考えが合っていたことに安堵して、悲しくなった。
もうこれ以上苦しむことがないように、悲しまないようにと、希望を持つことを捨てていたのに。
182
:
名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:50:54 ID:elzXkpGg0
川д川「…………でも、たしかに、お兄ちゃんには悪い人達だったかも」
(-_-)(……え?)
川д川「貞子、ずっと見て見ぬフリしてきたって、お兄ちゃんに酷いことしてきたって、今、初めて気付いたの」
(-_-)「……、は…………?」
川д川「ごめんなさい、お兄ちゃんの分の幸せまで奪ってしまって、ごめんなさい」
そう言って、貞子は泣きながらテーブルに倒れ伏した。
(;-_-)「……さだ、こ?」
川д川「わたしが、もっと早くお兄ちゃんの味方をしていたらこんなに苦しまなくて済んだのに……」
(;-_-)「…………」
目の前で起きていることが、僕には信じられなかった。
憎かった妹が、泣きながら謝っている。
ある意味彼女も被害者であったのに。
(;-_-)「……泣くなよ」
長らく続いた沈黙を、僕はやっとの事で破った。
川д川「で、でも……」
(;-_-)「お前が悪いんじゃない、悪いのは親父たちだから」
183
:
名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:52:06 ID:elzXkpGg0
川д川「…………」
ぐすん、と鼻水をすする音がしたので僕はティッシュを差し出した。
川д川「ありがと……」
鼻をつまみ、どうにか鼻水を追い出そうとしている様を見ながら僕は夢を見ている気分になった。
(-_-)(本当に、貞子は分かってくれたんだろうか)
今まで話さなかった本音を、彼女は分かってくれたんだろうか。
分かって、くれたなら。
(-_-)(どれだけいいだろうか)
川ー川「……もう、無理に家に帰ってきて、とは言わないよ」
鼻水を拭き終えたらしい貞子は柔らかく微笑んだ。
川д川「でも、二つだけ許してほしいことがあるの」
(-_-)「なに?」
川д川「時々こうして会いにきてもいい?」
(-_-)「……勝手に大学や家に来ないなら僕はいいけど、親父たちは平気なのかよ」
川д川「んー……。なんとか説得するし、あの人達がお兄ちゃんのところに乗り込むことがないように気をつけとく!」
(-_-)「そうか」
184
:
名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:53:40 ID:elzXkpGg0
きっと両親たちは怒り狂うだろうが、結局は貞子を甘やかすことになるだろう。
今まで貞子のわがままを通してきた罰が、両親たちに降りかかるのだと思うと僕は少し愉快な気分になった。
(-_-)「で、二つ目は?」
川д川「お爺ちゃんのお墓参りに来て欲しいの」
(-_-)「えっ、死んだの?」
僕の言葉に、貞子は呆れたようだった。
川д川「……何度か手紙を入れたとは思うんだけど」
(-_-)「……開けてない」
川д川「なんで!」
(-_-)「だ、だっていつも家に帰ってこいって書いてあるから……」
川д川「もー」
わざとらしく頬を膨らませ、貞子はコーヒーに口をつけた。
(-_-)「ごめんて……」
川д川「……別に良いけどさ」
全く良くなさそうな顔で貞子はそう言った。
185
:
名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:55:53 ID:elzXkpGg0
(-_-)(墓参りかぁ)
僕は正直行くのが嫌だった。
嫌いな祖父の墓参りに行くというのもあるが、もっと嫌なのは風習のせいだった。
(-_-)「……それ、忌屋に泊まらなきゃいけないんだろ?」
僕の言葉に貞子は頷いた。
先祖代々から続く墓場には忌屋と呼ばれる小屋があり、墓参りをした際には必ずそこで一晩を過ごさなくてはいけないのだ。
誰かが亡くなってから一年間は、この奇習をこなさなくてはいけないので僕は苦手で仕方がなかった。
なにせ忌屋には簡易的な風呂場と寝所しかない。
山奥だから電波は届かないし、食事は持参しなくてはいけない。
何よりもうすぐ隣に墓があるもんだから、落ち着いて寝られるわけがないのだ。
弔いの為だとか、穢れを祓う為だとか言われているが僕はどうしても納得がいかなかった。
(-_-)(わざわざ怖いところに泊まるなんてどうかしてるわほんと……)
とはいえ貞子は、どうしてもこの風習を守りたいようだった。
川д川「流石にお兄ちゃん一人じゃ怖いだろうから、その時は貞子も一緒に泊まるから……」
(;-_-)「……考えとく」
結局その場では結論を出さずに、僕たちは連絡先を交換することにした。
行くとなったら、彼女に教えておかないと僕一人で忌屋に行かなきゃいけないからだ。
(;-_-)(面倒な事が次から次へと出てくるなぁ)
カツサンドを頬張りながら、僕はそう思った。
186
:
名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:56:57 ID:elzXkpGg0
食事は話し合いの場です
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187
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名も無きAAのようです
:2015/10/09(金) 13:57:56 ID:elzXkpGg0
登場人物紹介
(-_-) 疋田
分かってるようで分かっていない人
川д川 貞子
全部分かっている人
川 ゚ -゚) 素直クール
まだ分かっていない人
( ・∀・) モララー
分かろうとしている人
カツサンド
四枚切りの食パン二枚を使ってソースをたっぷり染み込ませた分厚いカツとシャキシャキのキャベツが挟んである、また付け合わせにプチトマト五個とゆで卵がのっている、一皿五百九十円
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